閑話 「感じ方は人それぞれ~出席番号9番の場合~」
2015年9月20日初投稿。
昨日はやっぱり投稿出来ませんでした。
パソコンを起動することはなんとか出来たので、早足ではありましたが感想の返信と活動報告コメントへの返信だけは行わせていただきました。
今回は、問題を起こした少年の閑話です。
(改稿しました)
***
オレの名前は、徳川 克己。
なんか、昔の有名な武将の末裔だか分家だか。
徳川って名前、あんまり格好良く無いけどな。
詳しい事は覚えていない。
爺さんが日本の大臣?だったかなんだか。
ボウエイタントウ大臣とか言ってたけど、やっぱり詳しい事は分からない。
ただ、日本の軍隊?の自衛隊を最終的にまとめてる的な事を言ってたから、格好良いとか思ってた。
父親が学者なんだって。
あれだよな。
理科の実験みたいな事するんだよな。
母親が大学の講師だって。
大学って良く分からない。
けど、頭がとっても良いって事だよな。
爺さんも亡くなった婆さんも、なんかどっちも凄い偉い地位に就いてるとか就いてたとか。
子どもの頃から、まるで御伽噺のようにちょくちょく聞かされてた。
それよりもオレは絵本とか恐竜とかの話の方が好きだったけど。
将来は、お前も日本の第一線に立つんだよ?と、一緒に住んでいた爺さんには良くそんな事を言われていた。
議会とかなんか政治とか難しい事分からなかったから、やりたくなかった。
父さんみたいに学者になっても良いかもしれないね?と、母さんは苦笑していたけど、オレは父さんみたいになりたくなかった。
人に親切に優しくなりなさいとか言いつつ、父さんはいつも電話越しに部下だか生徒だかを叱ってる。
母さんみたいにとても有名な学校の先生にもなれるかもね?とも言われたけど、でもやっぱり勉強が出来ないと母さんみたいになれないみたいだった。
母さんが持っていた教科書や教材とか、オレが使ってたドリルとか問題集とかとは文字とか書いてある内容が全く違った。
オレは勉強が嫌いだった。
でも、勉強は絶対にやらなきゃ駄目だと聞かされた。
昔から落ち着きが無くて、やんちゃだったオレ。
いつも両親からだけじゃなく、爺さんにも怒られてた。
誰に似たのか声が大きいから、よく五月蝿いって良く言われた。
今は先生にもクラスメートにも怒られる。
あと、子どもの頃から力が強かった。
大きくなるにつれてそれが、違和感に変わった。
でも、オレはそんな事無いと思っていた。
きっと、それが普通なんだと思いたかった。
爺さんがゴシンヨウにって、空手の道場に通わせてくれた。
学校行って勉強して、家に帰って来てからも勉強して、勉強が終わったら道場行って。
小学校の時のサイクルが、こんな感じだった。
でもオレは頭が弱かった所為で、小学校の勉強だって全然意味が分かってなかった。
帰って来てからも勉強が分からなくて、良く教えてくれる母さんにはゲンコツを食らってた。
毎日毎日勉強が分からなくて、最終的には泣いてたと思う。
勉強が終わらない時は道場にも行かせてもらえなくて、結局泣きまくってた。
どんどん、勉強が嫌いになっていった。
唯一の楽しみが、道場に変わったんだと思う。
身体を動かしている時は、なによりも楽しかった。
道場では学校が違ったけど、友達が出来た。
それが、榊原だった。
昔から、ちょっとくすんだ赤い髪をしていて、事あるごとに髪の色でちょっかいを掛けられていた。
少し泣き虫だったから、オレは可哀相だと思ってアイツを守った。
負けないだけの力があると思い込んでいたからだ。
上級生らしい体格の良いやつが絡んできても、オレは負けなかった。
怪我をさせてしまうことだってあった。
でも、友達を守る為だったから、仕方ないと思っていた。
榊原が泣いて鼻水垂らしながら、それでも守ってくれてありがとうと言うから、オレはそれが仕事なんだと思っていたんだ。
力が強いのは、同時に守る事が出来る事だと信じて疑わなくなった。
違和感があったとしても、これが誰かを守る為の力だと思えば怖くも無かったんだ。
父さんと母さん、爺さんにその力の事がバレるまでは。
面倒くさかった手伝いとかの最中。
勉強しながら手伝いもしろなんて母さんは理不尽だ。
その手伝いの最中に、母さんが持てなかったバケツみたいな何か。
漬物用のだって言ってったっけ。
オレは軽々と担いでしまったし、中身すらぶちまけてしまった。
怒られると思った。
何を?
中身をぶちまけて台所を汚した事だ。
でも、怒られたのはそこじゃなかった。
というか怒られなかった。
母さんは無言で片づけをしていた。
オレはそれを、泣きながら見ているだけだった。
そこからだった。
父さんと母さんのオレを見る目が、変わったのは。
爺さんもやって来た。
爺さんに見せてみろと言われて、子どもじゃ持ち上げられないような棚を用意された。
オレはそれをやっぱり軽々と持ち上げてしまった。
爺さんが頭を抱えて、オレを病院に連れて行った。
父さんと母さんは付いて来てもくれなかった。
病院での診断は、まったく問題なかった。
むしろ、健康そのものだと言われて逆に褒められたぐらいだった。
「筋肉の発達も素晴らしいですし、将来はきっとアスリートにもなれますよ」
なんて、言われてたけど。
アスリートってそもそも何?だった。
けど、やっぱり父さんと母さんの目は変わらなかった。
まるで、気持ち悪がるような目、バケモノでも見るような目でオレを見ていた。
爺さんだけは、オレを気持ち悪がることはしなかった。
だけど、まだマシってだけ。
薄々しか分からなかったけど、監視しているような目しかオレには向けなくなっていた。
家族の期待は無くなった。
父さんは学者の仕事とかに掛かりきりになって、家に帰ってこなくなっていた。
母さんがオレに勉強を教えてくれることもなくなった。
爺さんだけがオレを相手にしてくれる。
でも、その爺さんも優しくはしてくれなかった。
学校に行かなくてはいけない。
勉強をしなくてはいけない。
道場だって通わなくてはいけない。
決まり事のような毎日。
毎日毎日、うんざりする。
そのうち、オレは勉強がもっと嫌いになった。
唯一の楽しみだった道場も、オレには段々と楽しくなくなっていった。
他の子は組み手みたいなことをする。
オレはいつも丸太を素手で殴らされるだけ。
上級生らしき門下生もそうだったし、オレより小さい子どもの門下生もそう。
榊原だってそうだった。
なのに、オレは道場の片隅で丸太を相手にしているだけだ。
きっと、爺さんが道場の先生に何かを言ったんだと思う。
オレの力の事を知っているのは、いまのところ爺さんだけだと思ってたから。
けど、それは間違いだった。
結局、オレの力は、同情の先生だって、同級生だって、門下生だって知っていたようだ。
道場に行っても、オレを見る目は変わらなかった。
父さんと母さんと同じ、バケモノを見るような目でオレを見ていた。
そんな中、榊原も、オレとは目を合わさなくなった。
むかついた。
オレは助けてやったのに。
丸太を殴るだけの練習は、つまらなかった。
なにより、加減を間違えないようにするのが大変だった。
けど、一度加減を間違えて丸太を折ってしまってからは、その丸太打ちすらさせてもらえなくなった。
オレは道場の片隅に、正座しているだけになった。
代わりにいつも苛められていた榊原はどんどん強くなっていった。
オレに守られる必要なんて無いって、言ってるみたいだった。
大会とかがあっても、オレは連れて行ってももらえず、誰もいない道場で1人だけで、型を何度も繰り返すだけ。
視線が無いのは気兼ねがなくて良かったけど、どんなに上手く行っても誰も褒めてくれない。
帰ってきた門下生達が、優勝したり賞を取ったりした子を囃したてたりする。
その年に優勝したのは、オレより一個下のひょろひょろの門下生。
榊原は3位になっていた。
皆の輪の中で、アイツは笑ってた。
その輪の中には、入れそうも無かった。
そのうち、道場も嫌いになっていった。
オレの居場所、どこに行っちゃったんだろう?って、毎日毎日、考えた。
勉強は出来ない。
両親に期待はされなくなった。
運動は得意だった。
でも、誰も褒めてくれなかった。
力が強い。
バケモノを見るような目でしか見られなかった。
最終的には爺さんに、道場をやめるように言われた。
力加減の出来ないオレを道場に通わせるのは、時間とお金の無駄だと言っていた気がする。
清々するような顔をして、先生にはもう来るなと言われた。
お前の所為で怪我をした子どももいるし、そんな力があるなんて異常だとも言われた。
好きで、こんな力を持った訳じゃないのに。
同じ同情に通っていた榊原とも、もう会えなくなった。
といっても、仲が良くなっていた訳ではなかったけど、それでもオレの事を知っている人間がまた1人いなくなって、寂しかったのは覚えている。
布団にもぐってから、1人で泣いた。
そんな楽しくない毎日が続いていた、ある日。
近所のおばちゃんが、オレの事を見た途端、聞こえるような声でピーチクパーチク言ってた。
爺さんも、父さんも母さんも、頭が良いのになんでこんな子どもが産まれたのか、父さんも母さんも可哀相だって、言ってた。
オレはその日、初めて物を壊した。
電柱だった。
ちょっと殴っただけで、オレの拳と同じぐらいの穴が開いた。
おばちゃん達は、黙らなかった。
もっとうるさい悲鳴を上げて逃げ出していった。
その次の日から、オレは周りの人間からも逃げられるようになった。
暴力が好きだった訳じゃない。
ただ、道場で出来た友達を守りたかっただけ。
オレを悪く言う言葉や、後ろ指を差すおばちゃんたちが、うるさかっただけ。
なのに、いつの間にかオレは暴力を振るう、頭の悪い子どもってレッテルが貼られていた。
オレの居場所は、本当に無くなった。
学校に行っても勉強が出来なくて、馬鹿にされる。
馬鹿にした連中は物を投げ付けて黙らせたが、怪我をしてしまって、怪我をした子どもの親が、ウチに怒鳴り込みに来るようになっただけだった。
母さんは謝罪をしながら、オレを何度も叩いた。
痛い思いをしたのは、こっちだった。
また次の日から、今度はクラス中から無視をされた。
怯えるようにして逃げていったり、オレを遠巻きにしてひそひそと何かを話して笑っていたり。
それにオレは、勉強が出来ないから、言葉では反論出来なかった。
なんでだよ!って怒鳴ったら、一斉に文句を言われる。
訳が分からなくて、近くにあった物をひたすら投げるしか出来なかった。
ただの癇癪でしか無かった。
学校に警察が呼ばれた。
小学校をオレは転校する事になった。
中学に入ってからも、やっぱりまともに勉強なんて出来なかった。
運動をして、身体を動かしている方がまだマシだった。
馬鹿ばっかりやって、クラスに解けこむようにしたのは、きっと小学校の時に少しは学んだからだと思う。
馬鹿だから明るくしていればなんとかなると思ったし、実際、勉強が出来なくて馬鹿なのは、本当の事だったし。
なんとか中学は卒業できた。
高校の入試は一個落ちたけど、滑り止めで受けていたとんでもなく偏差値の低い学校にはなんとか合格できた。
けど、家から遠かったから、寮で暮らすことになった。
家に居場所が無かったから、丁度良いと思っていた。
父さんが嘆いていたのを思い出す。
父さんは確かどっか偏差値がとんでもない高い高校に、主席だか次席だからで合格したとか。
主席とか次席って意味がまず分からなかったけど、高校に受かった事ぐらい褒めてくれたって良いじゃないか。
ただ、やっぱり勉強は出来なかったけど。
頭が悪い奴がいっぱいいた。
オレ異常に馬鹿な事ばっかりやっている奴等。
授業中に弁当食ったり、授業をサボってどっかに遊びに行ってたり。
なのに、オレよりも勉強が出来る奴等ばっかりだった。
正直、悔しかった。
あと、この時からだった。
オレの身長が伸びなくなった。
150センチで止ってしまった。
下手したら女子よりも小さいオレを、身長が伸びていた連中は馬鹿にしていた。
童顔で子どもみたいな身長をしているオレを、女子も男子も揃って馬鹿にした。
それに、オレは悔しい思いをしながらも、馬鹿なふりをして我慢した。
とにかく我慢した。
じゃないと、オレは人を傷付けてしまう。
傷付けてしまった後に、何があるかなんて分かっている。
またあの目をされるのだ。
バケモノを見るような目で見られるのだ。
それだけはイヤだった。
だけど、それだけじゃ済まないのが、高校だった。
1年の時は、なんとかなった。
2年の時に、やらかした。
オレは、留年した。
単位は足りてたのに、学期末のテストで赤点しか取れなかった。
しかも、全教科。
得意な科目だった体育だって、試験問題になるとちんぷんかんぷんだった。
1年の時とは比べ物にならない程、授業の難易度が上がったのもあった。
必死で勉強してみたけど、すぐに集中力が切れるのが痛かった。
まったく、覚えていなくて国語と英語なんて見事に0点だった。
追試を受けたけど、それも駄目だった。
オレは結局、2年をもう1年やりなおした。
今度は同級生のクラスメートじゃなく、下級生のクラスメートがオレを馬鹿にした。
頭が悪い事、身長の事、留年した事。
馬鹿のふりして我慢をするのも、限界だった。
オレは全部を無視して、勉強だけに集中した。
それでも、本当にぎりぎりだったけど、1年間頑張っただけあって3年には上がれた。
けど、やっぱりそれだけじゃ済まないのも高校だ。
3年になると更に勉強のレベルが上がり、まったく分からなくなった。
頭が割れそうになるのは、いつもの事だった。
1年で基礎、2年で応用、3年で集大成だっけ?
基礎と応用の時点で躓いていたオレが、出来る訳もなかった。
やっぱり、3年になっても留年した。
3年をやり直しする事になった、春の事。
更に下級生だった奴等がクラスメートになった時に、変なのが多かった。
浅沼みたいなオタクって奴等で、しかも、そのクラスにはなんでか5人もいた。
皆それぞれ個性的な顔と身長だとか、生理的に気持ち悪いと感じる髪形とか体型とか、とにかくクラス自体が気持ち悪く感じるような奴等だった。
そいつ等も、オレの事を馬鹿にした。
もう限界だった。
勉強するのもイヤだった。
馬鹿にされるのがイヤだった。
馬鹿にされて我慢するのも限界だった。
何よりも、コイツ等みたいな気持ち悪い人間に馬鹿にされるのが我慢できなかった。
暴れた。
力の限り、暴れてやった。
気付いた時には教室が嵐にでもあったんじゃないかってぐらい滅茶苦茶だった。
オレを馬鹿にしたオタク連中は、皆大怪我して病院に搬送されていた。
オレは高校を中退した。
19歳の春だった。
寮からも追い出されて、家に帰って来ても居場所なんてどこにも無かった。
父さんや母さんはオレと話もしない。
爺さんもいつの間にか、話もしてくれなくなっていた。
いつの間にか母さんのお腹に子どもが出来ていた。
8ヶ月だって。
オレは知らされてもいなかった。
腹がぽっこりしていたし、父さんと母さんがリビングで安心したように話していた。
それをオレが聞いてしまった。
「これで、あの子を施設にでも入れれば、ウチの家が馬鹿にされる事なんて無いわね」
「そうだな。アイツは問題ばかり起こしてくれたんだ。もうそろそろ、僕達だって解放されて良い筈さ」
子どもができる。
妹か弟か、オレの兄妹が出来る。
そう聞いて、オレは嬉しいとは感じなかった。
むしろ、オレには悲しいと感じることだった。
なんとか、オレは捨てられないようにしないといけないと思ってしまった。
「ねぇ、母さん、オレ良い子になるよ。
頑張るよ。勉強だってする。手伝いだってする。もう、暴力だって振るわないし、子どもなんて産まないでよ」
馬鹿なオレは、言い回しも考えずに母さんにお願いした。
取り返しのつかない事を、母さんに言ってしまったのだ。
母さんに殴られた。
平手なんかじゃない、グーでだった。
鼻血が出た。
痛かった。
母さんは泣きながら、まるでバケモノみたいな顔をしてオレを怒鳴り散らした。
怒鳴り散らしながら、更にオレを殴った。
何度も何度も、グーでオレを殴った。
「私達がどれだけ苦労したと思っているの!!
あんたなんかを産んだ所為で家庭が滅茶苦茶になったのよ!?
父さんは仕事だって辞めさせられそうになって、お爺様だって大変な思いをしたって言うのに!!
あんたみたいな子どもなんていらなかったのよ!!
なのに、都合の良い時だけ良い子になるだなんて言って、私達の生活をもうこれ以上壊さないでよ!!」
怒鳴り声に、耳がキーンとなった。
言っている言葉の意味に、胸が痛かった。
オレに吐きかけられた言葉が、とにかく突き刺さった。
それ以上に、オレを殴る母さんの手がとにかく痛かった。
そして、
「オレだってこんな力を持って産まれたかった訳じゃないのに!!」
母さんを、オレは渾身の力で突き飛ばしていた。
気付けば、母さんは蹲って呻いていた。
ぽっこりしたお腹を抑えて、股から血を流して倒れていた。
倒れている母さんと呆然としているオレを父さんが見つけて、父さんはオレをすぐに家の外に叩き出した。
抵抗する気力も、無かった。
救急車が呼ばれた。
警察が来て、オレは爺さんが迎えに来るまでオッサン達に囲まれて事情を聞かれた。
いらないって言われた事を正直に話した。
だけど、警察の人はオレが学校で何をしたのか知っている人だった。
自業自得だと言われた。
爺さんが迎えに来た後、オレはそのまま家には帰れなかった。
更正施設とかに入る準備を勝手に進められていたし、もう何かに抗う事にも疲れていた。
後から聞いたら、母さんは流産はしなかったらしい。
それが、少しだけほっとした。
弟だった。
ただ、早産で産まれたから発育不全だったらしくて、脳に障害を負うことになるかもしれないって爺さんから聞かされた。
それは、何よりも残念だった。
オレの所為だ。
弟が産まれたのに、俺はいつもで経っても子どものままだ。
色んな人を傷付けた。
母さんまで傷付けた。
弟まで手に掛けようとしてしまった。
爺さんは、オレをこれ以上庇うのは無理だと言っていた。
特別学校の更正施設に入るか、それとも徳川の家と縁を切って自立するかを選択させられた。
後者は絶対にイヤだった。
だから、更正施設としての、この夜間学校に転入する事になった。
それが、ここにいるオレの最初の一歩。
「………また、微妙な時期に来たな~、お前。
まぁ、他にも転入生やら編入生もいるから、安心しろ?」
黒鋼先生に会った時の第一印象は『弱そう』だった。
これが、本当に更正施設なのか、その更正施設の先生なのか本気で不安になった。
黒髪で、女みたいな顔してるけど、背がオレよりも格段に高かったから、かろうじて男だってわかった。
しかも、腕がぶらぶら垂れ下がってる。
折れてるのか動かないのか知らないけど、先生らしくは無いと思っていた。
そんな形で、転校した学校のクラスへと向かった時だった。
「あ…」
「………え?」
榊原とは、ここで初めて再会した。
まさか、更正施設で再会するなんて思っても居なかった。
くすんだ赤い髪は変わってなかった。
だけど、
「徳川もこっちに来たんだ…」
「お前こそ、なにやったんだよ…」
榊原は、どこか暗く重い眼で笑うようになっていた。
………オレが初めて、コイツを怖いと思った瞬間だった。
だけど、またバケモノを見るような眼で見られるのはイヤだった。
それに、目線をあわせずに無視をされるのも嫌だったから、うっとうしいだろうとは自覚しながらも榊原に纏わり付くようになった。
榊原は、それに対して苦笑を零すだけで、追い払おうとはしなかった。
クラスメートでは、永曽根と浅沼が嫌いだった。
永曽根は、武道家の家の子どもだって言っていたのだ。
オレは政治家の家には生まれたくなくて、いっそ武道家の家にでも生まれたかった。
なのに、アイツはそれを捨てた。
オレは捨てさせられたけど、それでも永曽根が贅沢だ。
だから、嫌いだった。
浅沼は言わずとも分かるだろう。
オタクだったからだ。
太っていて生理的に気持ち悪い顔をして、言葉を発すれば宇宙言語。
絶対オレより馬鹿の筈なのに、頭が良さそうなフリをしているのが更に腹が立った。
何よりも、オレが高校を中退する原因になった奴等とそっくりだった事が気に食わなかった。
あと、黒鋼先生もどっちかと言えば嫌いだった。
最初は『弱そう』と思った先生だったのに、先生は実は強かった。
浅沼がパニック障害を起こして暴れた時、オレ達でも抑えるのが精一杯だった浅沼を先生は一発でぶっ飛ばした。
永曽根とまさかの榊原が喧嘩した時も、お互いに一発ずつ蹴りを入れて喧嘩両成敗。
しかも、涼しい顔して『ちょっとお話して来るから、自習しておけよ~』だ。
勉強も出来る。
運動も出来る。
背も高い。
格好良い。
なにより、圧倒的に強い。
なんでも出来る完璧人間。
オレとは全然違って、正反対だった。
ちょっと可愛いなって思ってた伊野田が、先生にべたべたくっ付いている時は本気で腹が立った。
それを、仕方ないと割り切ることも出来なかった。
ただ、黒鋼先生の勉強は分かり易かった。
それに、分からない事がある(いっつもだったけど)とすぐに職員室に呼び出して教えてくれた。
オレが勉強嫌いだって言っても、呆れはしても馬鹿にしなかった。
そこは素直に凄いと思った。
だけど、黒鋼先生を信じることは出来なかった。
だって、またオレの力の事を知られたら、先生だって同じ目をするに決まってる。
オレと目を合わさないようにして、結局オレを見捨てるに決まっている。
だから、馬鹿なフリをして関わらないようにした。
あんまり、先生の周りをウロチョロしないようにした。
授業もサボった。
無駄だったけど。
「コラ!お前は勉強が出来ないなら出来ないで努力をしろ」
と、オレの首根っこ捕まえて、机に座らせる。
分かり易い言葉の言い回しまで考えて、わざわざカンペを作ってまでオレに教えてくれた。
でも、それでも。
オレは黒鋼先生を信じられないでいる。
それは、こっちの世界に来てからも変わっていなかった。
元軍人だって知った時、納得はした。
強いのはその所為だと思って、同時にずるいと感じた。
思いなおしたのは、先生が拷問を受けていた時だった。
馬鹿なフリをすれば良い。
嘘でも吐いて、とっとと逃げ出せば良いのに。
騎士と先生が何を話しているかは分からなかったけど、拷問を受ける必要なんてある筈無い。
それが、オレ達を守る為だったなんて、後から聞かされた。
嘘を吐いたら、後々バレた時に面倒な事になるだけ。
だから、先生は正直に本当の事しか話さないで、拷問に耐え切ったのだと榊原から聞いた。
オレは結局、馬鹿なだけだった。
でも、まだ信じられない。
オレは先生には、この力の事は話していない。
榊原は知っているかもしれないから、先生に伝わっているのかもしれないけど。
でも、バレてない筈なんだ。
じゃないと、こんなに普通に接してくれる訳無いから。
その考えが間違いだと気付いたのは、また全部終わった後だった。
オレが暴力を振るって、誰かを傷付けた後だった。
結局、オレはまた同じ事を繰り返してしまっただけだ。
ーーー「今はオレの話をしているんじゃない!お前の話をしているんだ!」
ーーー「その行動事態がオリビアに嫌われる事だと何故分からない?
そうやって殻に篭もるのは楽だろうが、周りの連中に面倒をかけるだけならここに居る意味だって無くなるんだぞ?」
ーーー「その暴力を香神に振るったのは誰だ!?
この学校に来た理由を、お前はたった3ヶ月で忘れたのか…!?」
先生は全部知ってた。
オレが、何をして来たのかも。
オレが、どうしてこの学校に来たのかも。
オレがどんな危険な力を持っていたのかも、知っていた。
それでも、態度を変えなかったのは、オレを簡単に制圧できるからだ。
悔しかった。
先生は何でも出来る。
何でもするし、何でもやってのけてしまう。
そして、何よりも頭が良かった。
オリビアちゃんが、先生と一緒にいるのは当然だった。
なのに、オレは何も出来ない。
英語も覚えられない。
人を傷付ける力しか持って居ない。
オレが、捨てられるのも当然だった。
思いなおして、悔い改めてももう遅すぎると思った。
オレは先生の部屋に閉じ込められた。
先生の石鹸の香りがするベッドに放り捨てられて、オレは泣いた。
泣くしか無かった。
もう、これ以上、頑張る事なんて出来ないと思ってしまった。
***
徳川君が思った以上に、馬鹿で救いようの無い悪ガキみたくなっていますが根は素直で良い子なんです。
コンプレックスに囲まれてちょっと捻くれてしまっただけなんです。
作者と同じです。とか言っちゃって。
ピックアップデータ
出席番号7番、常盤 河南。
18歳。
身長171センチ、体重47キロ。
日本人には珍しい白髪に、少し薄い茶色の目。
常盤兄弟双子の兄。
とにかく線が細いので、髪の色も相俟ってモヤシにしか見えない。
身長も少々高いのでひょろ長い体型にも見えて、彼にはそれがコンプレックス。
しかし、武道を習っていたので、実は隠れマッチョとか。
趣味は人間観察。
有名な代議士の息子。
事故で半身不随になった弟の紀乃を守る為に、家出同然で実家を飛び出した優しいお兄ちゃん。
紀乃の介護をしながら、夜間学校に通っている。
母方の親族の家で厄介になっているらしいが、特別編入枠で伊野田と一緒に夜間学校に入寮して来た。
実は高所恐怖症。
異世界に来てからも、弟の介護は変わらなかったのでそこまで悲観視していなかったらしい。
最近は銀次や永曽根をお兄ちゃん認定し始めている。
守るばかりじゃなく、守られる事も必要と学び始めたらしい。
ただ、最近弟の奇行に困っている。
人体模型が持ち込まれたりしている。
紀乃の顔面神経の劣化が悩みで、笑い声には若干忌避感を抱いているらしい。
だって、怖いもん。
ブラザーコンプレックスだもん。
年頃の女の子よりも、弟が好きな18歳。
7回目となったピックアップデータ。
常盤兄弟は人くくりにしている事が多いですが、双子ならではの性格の一致は少ない。
趣味もばらばらだしね。
というか、人間観察て、昔の作者にはこれ以外浮かばなかったのでしょうか?
誤字脱字乱文等失礼致します。