24時間目 「休み時間~弟子と修行後、問題発生~」
2015年9月18日初投稿。
風邪でまだ頭がぼーっとしているので、今日は誤字脱字が多そうです。
申し訳無い。
24話目です。
(改稿しました)
***
ゲイルと飲んだ翌日である。
オレは、街道に出没している魔物に対し、近く勃発する討伐作戦に士気向上の為に担ぎ出されることとなった。
ゲイルからの要請を、オレから受領した形だ。
戦闘に参加さえしなければ、『白竜王』も文句は無いだろうし、オレが騎士の条件を満たしていない事だって、早々隣国まで簡単に伝わるものか?と、思い至ったというのもある。
そもそも、余談ではあるが、この世界には通信技術があまり発達していない為、連絡は手紙が主流で、もしもの急用の場合には、未だに鳩に似た鳥を郵便代わりに放つ。
要は情報が伝わるのが、遅いのだ。
ビクビクしていても始まらないし、開き直って、オレが騎士の条件を満たしているかどうかも有耶無耶にしてしまえば良い。
急場凌ぎではあるとは自覚しているのだが、政治的立場と友人の相談、どちらを重視するのかは、想像にお任せするのみだ。
………ただ、『白竜王』は長い耳をお持ちのようなので、しばらくは様子見と言う形で、ゲイルに城での警戒をお願いしている。
ちなみに、本日のゲイルの予定は、オレが討伐隊に参加する旨を国王や関係者に報告するという事で、王城へと向かった。
それに定例の報告会の次の日は、オレも彼も必ず休みだし、ゲイルはその休みを報告の為のルーチンに回している。
概ね、いつも通りという事だ。
アイツが二日酔いって事以外はねぇ………。
昨夜ゲイルは、あの後何かの箍が外れたらしく、調子乗ってカパカパ飲んで泥酔して、そのままウチの校舎の客間にお泊りしてくことになったの。
………ダメ人間一歩手前って、気付いてる?
***
さて、改めて言うが、早いもので、オレ達がこの異世界に来てから3ヶ月が経過した。
最初の1週間、2週間は世界の差異にあっぷあっぷしていた為、自棄にばたばたとした時期を過ごしていたものだが、技術提供の名目で技術開発部門を立ち上げ、石鹸の制作販売に乗り出してからは、オレ達の生活はガラっと変わった。
授業が英語以外、ほとんど出来なかったのは痛手だったが、それでも、英語だけ出来たのが幸いか。
生徒達は、それ以外に脳の許容量を裂く必要が無かったのか、次第に英語が堪能になっていった。
開始1ヶ月では、永曽根と伊野田がオールクリア。
香神同様に、礼儀作法も含めた英語の習得を始める事が出来た。
更にその半月程で、浅沼、榊原、杉坂姉妹、常盤兄弟と相次いでオールクリア。
永曽根達と同じく、礼儀作法を含めた英語の習得に邁進している。
ついでに、香神は1ヶ月で礼儀作法もマスターした。
さすがに、最初から英語が喋れると習得時間も差があったもんだし、彼にはそれが出来るだけの脳みそがある。
たまにパンクさせそうになりながらも、努力をしていたのも功を奏しているだろう。
間宮に関しては、修行に当てているので大して関係なかったけどな。
残りは、徳川だけ。
だが、実はここが一番頭の痛い問題だった。
『………どうしたら良いと思う?』
『(………何がでしょう?)』
オレの目線は地面に釘付け。
ちなみに、砂時計で時間も計っているが、頭の中で数えている時間の方を遵守しているのは砂時計の意味が無い。
うん、それもわざと。
今は、間宮と朝も早くから修練中だった。
片腕だけで逆立ちをして、腕立て伏せを300繰り返す。
両腕の場合は、300の後に切り替えを行うが、オレは片腕しか使えないので、倍に増やして600をルーチンとしている。
左腕はだらんと垂れ下がってだらしないのと、バランスが取れないのとで、無理矢理ベルトに挟みこんで固定している。
………傍目からして見たら、腕を縛りながらやってるみたいだとか。
なにそれ、どんなプレイ?
間宮はまだ体が出来上がっていないので200ずつと少なくしているが、流石に15歳にはまだ苦行のようだ。
四苦八苦しながら、毎日のローテーションをこなしていた。
そんな状態の間宮に、問い掛ける。
『徳川の事だよ。
アイツ、一人だけ英語の習得が遅れてるから、拗ねてんだろ?』
『(…そうですね、…ッ…!)』
ああ、間宮がよろってした。
ペースを乱したようだな。
まだ、腕立ての最中に話をするのは、無茶があっただろうか?
うん、これもわざと。
今日は、オレも生徒達も休みだが、修行に関しては別物だ。
鍛え直しも含めていたそれも、オレの毎日の鍛錬に切り替えた。
間宮以外の生徒達はおそらく、まだ寝ているだろう。
最近の通例ともなっていた。
早寝早起きをしているのは、浅沼と永曽根ぐらいか。
あいつ等は、こっちに来てから何故か急激に仲が良くなった。
永曽根は弱い者イジメはしないし、浅沼は強いものに巻かれる習性が改善された。
強化トレーニングを始めてからは、毎日のように騎士に付き添って貰って街中をランニングしているぐらいだ。
浅沼も運動を始めてから、少々腹回りがすっきりし、更にはぎっくり腰や腰痛が改善されたらしい。
おい、22歳。
オレも流石にそこまでガタが来ていないというのに。
とまぁ、そんな事を苦く笑いながら、逆立ち腕立てを続けている。
これ、ペースを乱すと苦しくなるかから、1秒1秒を区切ってやるのがベストなんだよな。
間宮は、まだ考え方が子どもな所為か、焦ってペースを乱しやすい。
オレがわざとペースを乱すように、途中途中で煽っているのもあるのかもしれないが、それに惑わされない、と間宮が気付けるようになるのは、いつ頃になるだろうか?
………まだ、面白いから言わないけど。
我ながら、性格が悪いとは思う。
『トクガワ様、最近ずっとイライラしていますものね』
『そうそう。お前とも喋りたいとは言っているんだけど、どうもオツムが足りないようで、』
オレの真横に移動して、にこにことオレ達の修練の様子を見学していたオリビアからも、オレ達が考えていた徳川の話が口に上る。
昨日は永曽根にくっ付いて魔力を吸収していたからか、今日の彼女の当番はオレのようだ。
冬場にワンピースは流石に寒いだろうと、セーターを買ってやってその上から上着、マフラー、手袋、更には耳当てまで。
そこら辺の街の少女達と同じような格好をしている彼女は、こうして見ると女神様とはとても思えない。
まぁ、生活水準が現代社会ほど高くないので、完全防寒の彼女の格好の方が珍しいかもしれないが。
『私と話したいと思ってくださるのは嬉しいのですが、ちょっと焦り過ぎている気持ちがあるようですわね』
『…焦るぐらいなら最初から、真面目にやっていれば良いものを…』
オレの言葉に、オリビアが苦笑した。
あ、間宮も苦笑している。
徳川は一言で言うなら、落第生だ。
19歳になって、秋口にこの夜間学校に転入してきた事もあって、このクラスでも馴染みきれていない。
それを、持ち前の馬鹿さと明るさでどうにかしてきても、それがいつまでも通用するかと言えばそうでもなかった。
勉強は遅れているし、それを取り戻す為の頭脳が足りない。
トリ頭、という言い方は悪いが、教えた傍から耳を貫通して右から左に受け流してしまう。
多分、脳みそのどこかで拒否反応が出ているのだろう。
『地で右から左って奴を見たのは初めてだったな。………どうしたもんか』
『ふふふ。運動は大好きな様子ですのにね…』
オリビアの言うとおりだ。
アイツ、勉強は出来ない代わりに強化訓練の成績は良い。
今のところは、間宮、永曽根についで3位をキープしているので、そこは褒めてやれる部分だ。
強化訓練の吸収は早いと言うのに、そっちの脳みそは発達していないのか。
予習復習を言い聞かせて、何度も勉強の大切さを教え込んではいるのだが、、徳川は元々の高校での勉強すら追いつけなかったと聞く。
卒業できずに留年、クラスメートと諍いを起こし、それがきっかけで引きこもり、だったか?
その後、家族とも問題を起こしてしまって、父親だか爺さんの伝手でこの学校に転入した筈だったので、地味に高校中退だったな、アイツ。
まぁ、夜間学校では卒業さえ出来れば、高校・大学の卒業試験合格とも同義の判断を貰えるから就職には問題なくなるだろうが。
………って、あ゛………。
『おーい、オレはまだ半分もやってねぇぞー…』
『………あらあら…』
『………(チーン)』
そうこう考えているうちに、隣で逆立ち腕立て伏せをしていた間宮が倒れた。
逆立ち腕立て伏せは、実はこれが一番キツイ。
頭に血が上るのだ。
流石にまだルリからは、ここまで絞り込む修行はさせられていなかったらしいが、これでもまだまだ甘いというのに、早くもノックダウンおめでとう。
下が雪で良いクッションになっているし、ついでにアイスノンには丁度良いだろう。
そのまま、しばらく寝ていると良い。
『おー…またやってる。………って、間宮、大丈夫か?』
『ああ、頭に血が上ってブラックアウトしただけだろ』
『………先生は、全く意に介していないのか…』
おっとっと。
ランニングに行っていただろう永曽根と浅沼、榊原も戻って来たようだ。
永曽根が、間宮の状況を見て多分口元を引くつかせているだろうか。
逆立ちをしているから表情は見えないが、気配はどうやら呆れているようだ。
浅沼はハァハァ(息を切らしているだけなんだろうけど、)言っている感じがちょっと気持ち悪い。
榊原は、のほほーんとしているようだ。
これぐらい、オレの修行の時なんて日常茶飯事だったし、オレの時はもっと凄かったって言ったら、どん引かれるだろうね。
こんなんで倒れてたら、次のスパーリング(組み手だ)がリンチになってたもん、確実に。
気付いたら病院で、内臓破裂だったって言われた事もあるし、師匠に。
『まぁ、これも年の功って奴だ』
『先生、間宮と8歳しか違わなかったっけ?』
『………最近、痴呆が進んでな』
『いや、それ痴呆違う』
永曽根に言われて気が付いた。
そういや、オレもまだ23歳なんだよなー…と。
今更ながら、オレって間宮に必要以上に苦行を強いている?と首を傾げたくなった。
いや、待て。
オレは、もっと早い段階から凄い事やらされてたし、やられてた。
13歳ぐらいまで地獄だったのだ。
その13歳で卒業してそのまま、裏社会デビューしているからまだ間宮は遅い方だろうし。
言ったら、オレが軍人ですってでっち上げの嘘が瓦解するから言わないけど。
永曽根や榊原はちょっと気付いていそうなもんだけど、それでも設定は遵守します。
『あーっ、やっぱりここだった!!』
『うー寒ぃー!日本よりはマシだけどさぁっ』
『オリビアちゃん、先生、おはよう!』
『おー…おはよう、杉坂姉妹に伊野田』
おっとっと。
今度は、女子組も起きてきたか。
この分だと、他の生徒達も置き始めた頃だろうか。
常盤兄弟と徳川はまだ寝てそうだけど。
時間は何時だろう?
砂時計を確認すると、とっくの昔に落ち切っていたらしい。
話をしている間に、オレのカウントも600を超えようとしていた。
朝のトレーニングから始めても、2時間近く経っているようだな。(※1時間を計れる砂時計を使用)
『うし、598、599、600…っと…!』
『相変わらず、回数がぱねぇ…』
『どうやってやるの?』
『僕、逆立ち自体出来ないから、分からないよ』
オレが片腕で地面を叩いて、体勢を戻した時には、永曽根がなんとか逆立ちをキープしている真っ最中。
榊原が片腕に挑戦してそのまま、前転して頭を打っていた。
浅沼は逆立ちが出来ずに論外、と。
『おはようございます、皆さん』
『『寒いよーオリビアー!』』
『あらあら』
女子組の微笑ましい姿にほっこりする。
英語を喋れるようになってから、何かと突っかかっていた杉坂姉妹もオリビアと仲良しになっていた。
今も幼女の彼女(なんか、卑猥な言葉だが)に引っ付いて暖を取ろうとしている。
やっぱり幼女(これが悪いのか?)だから、基礎体温が高いのだろう。
伊野田もそれに混ざって、………はいなかった。
『はい、先生。風邪引いちゃうよ?』
『ああ、ありがとう伊野田』
おう、わざわざタオル持参してたのは、その所為か。
汗をシャツの袖で拭っていたオレに伊野田が差し出してくれたタオル。
最近、彼女は随分と気が利くようになって来た。
クラスの中では一番小さいながら、お母さん的な存在になりつつある。
逞しくなったもんだ。
そのまま、女子組のところに混ざり込んだところを見ると、とてもそうは見えないのだが。
伊野田とオリビアは最近、特に仲が良い。
身長も体型もミートしている分、コンプレックスを刺激されない相手と言うのが珍しいのだろう。
2人が並んで座っていると、髪色が一緒だから姉妹のようにも見える。
やっぱり、ほっこりする。
『どうだったどうだった!?』
『うん、凄い筋肉だった…!』
『やっぱりぃ!銀次、最近鍛えまくってるからさぁ…』
『背広の上からも分かるもんね』
『そうですよねぇ。私もドキドキしちゃいます』
………会話の内容はちょっと恥ずかしかったけどな。
頼むから、オレの筋肉事情とか話さんで?とか、確かに鍛えているけど、タオルを渡す名目で確認に来ないで?とか考えてはみても、結局悪い気分にはならないオレって現金?
そして、オリビア。
お前、幼女なんだからオレの筋肉にときめかないで?
『先生、モテモテ』
『生徒だぞ、相手』
『男よりマシじゃない?』
『そうかそうか、お前もオレと組み手したいか?』
『ぎゃあああ!!間宮がいるっしょ!?遠慮します!』
『ノックダウン中だ』
『間宮ーーーー!!起きて起きて!オレ様殺される!!』
失礼な榊原は、オレの殺人組み手(なんかいつの間にか命名されていた)に参加希望らしい。
丁重に誘ってやったら、間宮に全力でダッシュしていたけど。
あ、起き上がった間宮に蹴られた。
駄目だって、間宮とオレの寝起きを狙っちゃ。
朝一は特に、神経が鋭敏なんだから、うっかり殺されても知らないからな~。
って言ったら、アンタ等本当に何者なの!?って涙混じりに怒鳴られた。
『(……すみません)』
『今日も、片腕かな?』
『Σッ!?(ビックン)』
気付いた間宮へとにこやかに笑ってやったら、滅茶苦茶肩を跳ねさせていた。
オレの笑顔って、どうやら見る人が見ると閻魔様らしい、というのは生徒達にも言われたけど、なにそれ酷い。
まぁ、普段笑わない人間が最高の笑顔って事で、違和感と恐怖心を感じるんだろうけど。
閑話休題。
『今日は良しとしておいてやろう。これが、後3回続くようなら、………分かっているな?』
『(こくこくこく)』
超高速で頷かれた。
そうか、そこまでハンデ付きの組み手は嫌か。
まぁ、ハンデ無しでもオレに勝てないもんなお前。
ちなみに、オレ達の組み手となると、何故か間宮は弱い。
正確にはちょっと違って、オレの力が強過ぎて、こいつのキャパを越えるのだ。
最初、まさか師匠に手加減なんてものをしているんじゃないかと、ちょっと本気でやってみたら、まさかの一発KO。
脳震盪起こして、2日間ぐらい昏倒していた。
………やり過ぎたとは思わない。
ゲイルとの戦闘が、やはり頭に残っていた所為もあってか、当初は、オレよりも間宮は強いと思っていたが、実はそうでも無く、コイツは、デカイ体格の相手しかした事が無くて、なおかつルリとは組み手すらした事が無かったらしい。
なるほど、アイツも、長期任務とかでとにかく海外を飛び回っていたもんな。
そう言った組み手や実戦経験を積ませる期間はなかな取れなかったようで、気配の消し方とか基本的な動き方とかは修練していても、いざ実戦となるとコイツはまだまだひよっ子だった。
そういや、異世界に来た当初には、普通の騎士にも昏倒されていたぐらいだから当然か。
そして、オレとゲイルの戦闘に関しては、言わずもがな。
オレが懐に入ることが出来れば、ゲイルは確実に3分ももたないし、間宮相手でもそれが一緒。
だけど、いざオレと間宮で組み手をすると、機敏性がミートし、力は負けてるけど、オレも接近戦は得意中の得意。
片腕のハンデがあっても、オレの防御を崩せずにジリ貧になって最終的にはスタミナ負けして間宮が陥落、という一連の流れも既にルーチンと化している。
師匠の威厳はどうやら、保たれていたようである。
………最近、なによりも、ホッとした事実だったという追記。
………しょっぱい。
ああ、もう一つついでに、先程言っていた片腕、というのは、オレでは無く間宮にハンデを負わせる方法である。
いつどこで戦闘になるのかも分からず、五体満足で闘える状態が必ずしも絶対では無い、という意味を込めて、時たま変則的にハンデを加えている。
主に、修練中にダウンした時の罰ゲームとなっているけどね。
今日は、免除してやったが、さて、罰ゲーム無しで組み手が出来るようになるのはどれ程掛かるやら。
今も、たった数分程度で、オレに防御を崩されてテンパってる。
『ほらほら、右の防御が落ちてる。
隙を見せてやってるのに、なんで逆に攻撃を向けるんだ?』
『(…ッ…見えないんです……ッ!)』
『そりゃそうだろうが。実戦で懇切丁寧に隙を見せてくれる相手が居ると思うか?
隙を探す時間は無いぞ?
ほら、右、次は左……!……って、だからなんで逆に攻撃を仕掛けるんだ!』
『(ごごごごご無体です!)』
………どうやら、今日も間宮はジリ貧のようだな。
フェイントで出した右の短剣(刃は潰してある)に惑わされて、オレの脚への注意が逸れた。
ガラ空きとなった懐も相まって容赦なく中段の蹴りを繰り出せば、間宮が軽々と裏庭の半分程まで吹っ飛んで行った。
気配の消し方は上手いのに、いざ戦闘となると気配が漏れ過ぎてて目を瞑ってても相手が出来そう。
いや、出来たとしても、油断になるからしないけど。
『先生、間宮の組み手となると途端に性格悪くなるよねー』
『………お前も、御案内しようか、榊原~』
『うげっ、聞こえてた!!』
『口は災いの元だぞ』
『…自重します』
そんな外野の野次は放っておいて。
雪に脚を取られながらも、常人とは思えないスピードで戻って来た間宮。
飛び掛りながら横薙ぎに振り払った短剣を、オレの短剣で受け流せば、彼は蹈鞴を踏み、体勢をあっという間に崩してしまった。
そんな崩れた体制の中、苦し紛れだろうか、後ろ回し蹴りを繰り出して来たので、
『コラ、何度言えば、分かるんだ!?』
軽く払った片足で回し蹴りを受け流してやり、更に追撃して旋風脚からの体勢崩し。
言うなれば、オイタだ。
元々体勢を崩していたところで見事に引っ掛かって、背中から地面に落ちた間宮が息を詰まらせる。
もう一個おまけに追撃し、腹を踏みつけて(ちゃんと加減はしている)、九の字に曲ったところを首を掴んでマウントポジション。
これで、一回死亡、と。
『アクロバティックな動作が出来る事は結構。使う場面を考えろと何度も言っているだろう?』
『(……こほっ)』
体勢を崩しているところに、わざわざ自分で背中を見せる阿呆がどこにいる。
後ろ回し蹴りはトリッキーな大技としても使われるし、確かにそれ相応の威力はあるが、相手に背中を見せるリスクも孕んでいる。
格上相手に、ましてや体勢を崩している間の使用は推奨しない。
首を掴まれて咳き込んだ間宮。
ただ、声が無い所為か咳き込む音も空気の掠れたものだけだ。
可哀相とは思っても、それでは修行にはならないから、加減はしない。
『ほらほら、とっとと起きろ。まだ10分も経ってないだろうが…』
『(………ルリ様より厳しいです)』
『当たり前だろうが。アイツが本気でやってたら、今頃お前はオレより強い』
『(………ご無体です)』
『ご無体結構。なんだったら、ハンデも付けるか?
オレはナイフも使わないで脚だけ、避けるだけ、なんてのはどうだ?』
『(ッ……いいえっ、馬鹿にしないでください!)』
よしよし、乗って来た。
こうして修行を開始して分かった事ではあったのだが、意外と間宮は、メンタル面で少々打たれ弱い。
ルリの弟子に居たという事でハングリー精神は旺盛ながら、こうやって煽ってやらないと途端に抗う気力を無くしてしまう。
挑発を加えて、闘争本能を刺激する。
オレも師匠によく使われていた手だったが、10年経ったら自分がしているとはな。
当時はむかつくとしか思っていなかったとしても、意外と受身になると考え方は変わるようだ。
その師匠ももう居ない。
感慨深くもなるものだ。
………って、あ゛………。
『ああ、すまん。加減を間違えた』
『………(チーン)』
無意識のうちに繰り出していた蹴りは、見事に手加減など無く間宮の鳩尾へと突き刺さった。
間宮は完全にノックアウト。
少し赤い唾液を吐き出して、雪の上に五体投置していた。
師匠の事を考えていた所為か、向かって来た間宮とあの人が重なってしまった。
向かってきたあの人の恐怖を思い出して、過剰防衛に走ったようだ。
『うわ、今の完全に鳩尾に決まったよね…』
『あれは…痛いぞ』
『ひぇえええっ!想像するだけで、お腹が痛いよ…!!』
うむ、すまん。
流石に鳩尾に膝蹴りは、峰打ちでも死ぬわな。
『まぁ、大変です。大丈夫ですか、マミヤ様?』
『『先生、最低~』』
『痛そうだよ~…う~…!』
女子組からも批判を食らった。
………今日は一日、なるべく間宮には優しく接してやろう。そうしよう。
オリビアに治癒魔法を受けている間宮。
体質的にはオレと間逆だった所為か、『ボミット病』の心配は無いので、存分にこの世界の魔法の恩恵にあやかれる。
『もって、10分か。まぁ、昨日の5分よりは長引いたか…』
『(………たった5分です)』
治癒魔法を受けた所為か、鳩尾のダメージもそれほど苦にもならずに間宮は立ち上がった。
しかし、その肩は最初よりも、更に小さく見え、顔つきもどことなく、しょんぼりした仔犬のようだ。
(´・ω・`;)こんな感じなので、意気消沈って様子が、すぐに分かるのは良い。
『悔しいと思うのは分かるが、その5分が生死を分ける。オレも、後5分動ければこんな腕にもならなかったかもしれない…』
『(………精進します)』
『頑張れ。…ただ、悪かったな。加減を間違えて』
ぽてぽてと、意気消沈しながらも戻ってきた間宮の頭を撫でた。
それでも、彼は若い分まだまだ伸び代があるのだ。
後、5分があれば、5年前のオレもどうなっていたかは分からない。
その5分の伸び代を今後大事にして欲しい。
一応、謝っておいたし、フォローのつもり。
オレの話を聞いて、オレの腕を見て、少し複雑そうな顔はしていたが、間宮は力強く頷いた。
心が折れ易いけど、切り替えも早いのは間宮の良い所だろうな。
………これも、徳川が見習ってくれないものか。
その時だった。
『……っと、噂をすれば、って事か?』
空気が揺れた。
出所は、校舎から。
ついでに、オレ達の耳には若干の異音が聞き取れている。
オレと間宮が、真っ先に気付いた。
これは小さいけど、敵意や殺気も含まれているか。
『間宮、先に行け。徳川だ』
『………ッ!(シュピッ!)』
おお、早い。
人間業じゃないけど、あれもあれでさもありなん。
オレが指示を出すか否かの瞬間に、彼は猛スピードで校舎の壁を駆け上がるようにして、中へと入って行った。
オレも両腕があれば学校の外壁に取り付いて、窓から乱入なんて事も出来る。
ただ、アイツ、今絶対真っ先に屋根裏に飛び込んだよな。
………アイツ、本気で何を目指してるの?忍者?
『先生、どうしたの?』
『マミヤ様、凄い勢いで学校に戻られましたけど』
『ちょっと校内で問題発生だな。お前達はダイニングに戻って待機』
『見てないのに、分かるの?』
『今に分かる』
と、オレの言葉が終わるや否や。
『ガシャーン!!』
『きゃあ、何!?』
お前ら、見事に息ぴったりだな、ソフィアにエマ。
彼女達の悲鳴よりも先にガラスの割れる音。
表に向かって何かが落下した音も聞こえたので、おそらく窓ガラスに向かって何かを叩き付けたのだろう。
その何かが、人間では無い事を祈る。
オレ達は、早足で学校の中へと駆け込んだ。
***
………≪問題が発生しました。
黒鋼教員は速やかに校舎に戻って、迅速に問題の対応に当たってください≫………。
なんて、校内放送が頭を過ぎる。
いや、校内放送なんて、ウチの学校では一回も掛かった事無いし、掛けた事も無いけど。
あれ、地味に一回やってみたかったんだけど、結局出来なかったな。
なんて、どうでも良い事を考えつつ、問題が発生したであろう校舎内へと戻る。
『うわっ、なんでパイプ椅子が…!?』
『十中八九徳川だな』
オレ達が、裏庭から校舎に戻る最中、ガラス音の原因が分かった。
ガラスと一緒に外に落ちていたパイプ椅子に、驚いた榊原の声と共に生徒達が度肝を抜かれている。
パイプ椅子は、無残にも金属部分が手形のようにひしゃげていた。
こんな事が出来るのは、限られた生徒だけだ。
校舎に残して来た生徒達で、パイプ椅子を投げられる人物というのは限られる。
常盤兄弟の弟、紀乃は車椅子なのでまず無理だし、兄の河南と香神なら無理でも無いとはいえ、金属をひしゃげさせられるか、もしくは窓まで投げ付けられるかと言えば実はそうじゃない。
残るは徳川しかいない。
生徒達には、危ないからと言い残してダイニングに待機させ、早足で階段を登る。
2階の踊り場で、音に驚いて出て来たのか河南が立ち尽くし、紀乃が車椅子の上で不安そうに上を覗いていた。
『何があったの?』
『窓から落下物。後、ちょっとした喧嘩だな…』
『喧嘩っテ感じでモない気がするけド?』
『良く聞こえる耳だな、紀乃』
『………キヒッ』
苦笑を零して、更に階段を登る。
紀乃には、ちょっとだけ釘を差した。
物音と叫び声、そして血の匂い。
これは、ちょっとマズイか?
『オリビア!』
『はいです!』
階段を登りきった踊り場でオリビアを召還。
言う前に既にオレの背後を追随していた彼女の気配は、随分と頼もしい。
開け放たれた扉の先で、隠れるようにして誰かがもみ合っている。
廊下に寄り掛かるようにして、香神が額から血を流して倒れているのが見えたので、治療は勿論、オリビアにお願いしよう。
そして、開け放たれた扉を隔てていた2人の姿に、到着したオレ達はご対面、と。
「痛いって言ってんだろ!離せよ、このっ!!」
きんきんと耳に響く怒鳴り声を上げる徳川。
そんな徳川を、間宮が無表情ながらも怒気の孕んだ視線で見下していた。
「香神はもっと痛そうだぞ、徳川」
「うっせぇ!!何だよ、畜生!!」
おっと、徳川は不機嫌マックスか。
どうやらもみ合っていたのではなく、間宮が関節を押さえて物理的に徳川の動きを封じていたようで、痛みでじたばたとしていたらしい。
廊下に倒れていた香神には、オリビアが治癒魔法を使ってくれている。
コイツも間宮と同じで、体質的に『ボミット病』を発症する事は無い。
『大丈夫か、香神?』
『ああ…。先公…悪い、………ちょっと徳川を怒らせたみてぇだ』
おや、香神はなんか達観している。
コイツは、最近リーダーシップどころか、大人に成長しているな。
『何を言って怒らせたか、分かっているのか?』
『………一応は、な。
英語教えてやってたんだけど、多分上から目線で言われたのが嫌だったんだろ…』
『そうか。理由を分かっているのは、偉いぞ香神。
ただ、次からは気をつけような?お前はそうやって、少し人を見下すきらいがあるからな』
『アイシー。気をつける』
暴れていたらしい徳川が抑え付けられて、傷が治って安心したのもあるのか。
苦笑を零して、頭を抑えながら立ち上がった香神。
頭痛は残っているだろうが、オリビアのもはや神掛かった治癒魔法に感謝する事。
あ、女神様だったか。
さて、そんな事はともかくとして、
『さて、徳川…何があった?』
「何言ってるか分かんねぇよっ!!いい加減離せよ、間宮!!」
『間宮、もうちょっと角度を上げてみようか?』
『Σッ(@□@)!?』
もう一人の問題となった生徒、徳川へと向き直る。
しかし、返ってきたのは歯をむき出した威嚇と、罵声。
しかも、オレの問いかけには、全く返答になっていない。
名前を呼んだのと何があったのかと聞いただけだぞ?
この異世界に来て、もはや3ヶ月も経ってるのに、分からないとは何事か、とちょっとイラッとしたので、間宮に更に腕を捻り上げて貰うように言ってみた。
………信じられないものを見るような顔をされた。
外に落とされていたひしゃげたパイプ椅子に、廊下に倒れていた香神は怪我までしていた。
暴れた徳川と、取り押さえている間宮。
香神が落ち着いているから、何があったかは分かっているし、状況だけを見たとしても、事実関係は歴然である。
どうやら、徳川は随分とストレスを抱え込んでいたらしいな。
「何があったかと、聞いたんだ。徳川」
「うるっせぇな!!しゃしゃり出てくんじゃ…ひぎぃッ!!」
オレに反抗的な態度を取って、恫喝したその威勢だけは評価してやろう。
今度は、間宮が自発的に関節を取って腕を捻り上げた所為か、徳川の情けない悲鳴が校舎に響いた。
………ただ、その角度はそろそろ物理的に折れちゃうから辞めなさい?
オレも、流石にコイツの腕を折ろうと思っている訳では無いから。
徳川が顔を真っ赤にして、涎と生理的な涙を流し始めている。
怒りと痛みと、オレに対する反抗心で腸煮えくり返っているんだろうな。
ただ、その痛みには少し堪えのか、
「こ、香神がオレの事馬鹿にしやがったんだ!!」
そう言って、今回の顛末を盛大に暴露。
ただ、内容に関しては、思った通りとしか思えないので、拘束は解いてやらない。
「そうかそうか。それで、暴力に訴えたと?」
「だって…っ!…見下しやがって!
英語が出来ないと、この先お前だって何も出来ないだろとか…!!」
………。
………だって、本当の事じゃんね?
香神へと視線を巡らせると、彼は苦い顔で頷いた。
言い方の問題もあるだろうが、それだけでは暴力を振るうまでの理由にはならない。
「本当の事だろう?
図星を突かれて痛かったのも分かるが、教わっている相手に返すものが違うんじゃないのか?」
「頼んでもいねぇよ!!」
こいつ、言うに事欠いて………。
これは、流石にオレもイラっとしたので、呆れ交じりだった表情をさっと引き締め、厳しい視線を徳川に向ける。
気付いているのかいないのか、彼はまた更に暴れ出しただけだった。
「ああ、頼まれても居ないのに、香神が教えてくれていたんだ。感謝しろ」
「……ッう、うっせぇうっせぇうっせぇ!!ェエ……ッ!!?」
オレの言葉にも反抗を露にし、怒鳴り声を上げようとした徳川だったが、その途中で呆気なくも間抜けな程の声を上げて、絶叫した。
えっ、あ、嘘?
今、骨がゴリッて鳴ったけど?
後ろで、香神が呻いた。
マジで、間宮、折ったの?
『(関節を外しただけです。物理的に拘束が不可能になりつつあったので…)』
『ああ、それなら安心した。
………っていうか、関節抑えられてても物理的に拘束が無理とか…』
どんな力なの、それ?
間宮、関節技に関してもオレと同等だったのに。
………オレも抜け出すのに苦労したのに…。
なんて虚しい事も考えながらも、改めて徳川へと視線を向ける。
やはり、コイツの馬鹿力は有効だが、こういう場面では本気で嬉しくない。
頼まれてもいない相手に英語を教えてくれる奇特な人間がのこの世界にどんだけいると思っているのか。
稀少だ稀少。
ましてや、そんな相手に返す対価が謝辞では無く暴力では、ただのならず者の駄々っ子だ。
「うぐっ…うぇっ!…ひっぅ…う゛うぅううう!!」
痛みにか、それとも怒りにか、耐え兼ねて泣き出した徳川。
随分とストレスを溜め込んでいたのか、真っ赤な顔と涙と涎でぐちゃぐちゃになった顔はいっそ哀れだ。
童顔だから、余計に罪悪感を募らせるのもあるしな。
ただ、それを可哀想だからと簡単に許しては、今後も同じことの繰り返しとなってしまうだろう。
今回は、怪我で済んだ。
しかし、彼には既に、人を殺せるだけの馬鹿力を持ってしまっているのだから、まかり間違って最悪の事故が起これば、オレだって生徒達だって報われ無い。
溜め息を吐くしかない。
『…仕方ない。香神は、ダイニングに戻って頭を冷して置け。
治癒魔法を掛けてもらったとしても血管が切れていると困る』
『アイシー…。
………徳川の事、オレも悪かったから、あんまり怒らないでやってくれな?』
『お前は良い子でよろしい。ただ、先に自分の心配をしろ?』
『早々、記憶がぶっ飛ぶ頭もしてねぇよ』
『それもそうか』
だって、全部覚えてるもんな。
と、話は逸れた。
『間宮はオリビアと一緒に香神に付いててやってくれるか?』
『(………大丈夫ですか?)』
『関節外された生徒に遅れを取るほど、オレも落ちぶれちゃいねぇよ』
『(それもそうですね)』
間宮は頷き、心配そうに徳川とオレを交互に見ていたオリビア。
だが、彼女も出来れば、香神についていて欲しい。
『分かりましたわ、ギンジ様。
ですが、その、………きっと、トクガワ様も悪気があった訳では無いと思いますので、』
『大丈夫、オリビア。分かっているから』
『はい。では、失礼致します』
オリビアも、丁寧なお辞儀をして踵を返した。
少しふらふらしている香神を、間宮とオリビアとで挟むようにして支え、階下に降りて行く。
ここから先は、オレが一対一で話を付けてやった方が良いだろうしな。
彼等が階段を降りて行ったのを音と気配で確認し、再度床に投げ出されたままで泣きじゃくっている徳川を見下した。
さて、ここまでの会話は、全て英語である。
例外は徳川だけだ。
何故か。
オレ達はこの世界に来て2ヶ月を過ぎた頃から、学校で使っている言葉も英語に切り替えたのだ。
勿論、習得していない徳川を覗いて、習得を終えた生徒達全員に英語での会話を義務付けた。
おかげで、最近は毎日毎日、英語での会話が飛び交っているし、授業方式だって一部を除いて全て英語だ。
その一部と言うのが徳川を相手にする場合だったのだが、
「泣いても喚いていも、現状は何も変わらないぞ?」
「ぐぅっ…ゲホッ、う゛ぅうううぅーーーーッ………うごぇ…ッ」
この通り、彼は習得どころか、その義務すらも放棄して癇癪を起こしたままである。
ただ、泣くか呻くか嘔吐くかどれかにしないか?
相変わらず、落ち着きの無い奴だなぁ。
………この嗚咽が収まるまでは、しばらく会話は駄目そうだな。
廊下に腰を落ち着けて、シガレットケースを取り出す。
このシガレットケースはオレがデザインしたもので、携帯灰皿も一緒になった優れものなので、いつでもどこでも煙草が吸える。
煙を吐き出しつつ、徳川の様子を確認。
イライラしていたのだろうし、腹の奥底に溜まった不満もたくさんあったのだろう。
それが、今回は暴発した。
日常会話を英語に切り替えたのは発破を掛ける意味もあった。
そうしないと、オレはともかく、生徒達の会話にも混ざれないくなるだろうし、そうなったらそうなったでコイツだって面白くもないだろうし焦りもするだろう、と考えての事だった。
勿論、毎日英語の授業の際には、復讐も兼ねたケアを行っていたのだが、最近はそれすらも徳川は怠るようになっていた。
しかも、ここ数日は授業をサボろうとするようにもなって、最近ではそっちの方が頭が痛い問題だった。
邁進すれば良し。
少しは、彼の素行には目を瞑り、根気強く教えて行こうと思っていた。
そう思っていたというのに、こいつは反対に黙り込むだけになっていった。
溜め込んでしまったのだ、要は。
香神が英語を教えているのも、頼まれたからではない。
徳川が溜め込んでいるという事に気が付いて、見兼ねて自発的に教えてくれていたのだろう。
つくづく、兄貴肌の少年である。
お人好しとも言う。
「ストレスが溜まっているのは分かるし、焦っているのも分かる。だけど、暴力では何も解決しないぞ?」
「…うぐっひっく…だ、だってっ馬鹿にされたんだ!…アイツ、オレが何も出来ないって…!」
「本当の事だろうが。
共通語が英語の世界で、言葉が通じなきゃ何も始まらんだろう?」
「…それだけじゃねぇよ!…オリビアちゃんに、…嫌われるとか…!オレの事、見下してたんだ!!」
うーん、それはちょっと言い過ぎたかもしれないな、香神。
ただ、お互いにイライラしていたんだろう。
香神に英語を習っていても、ちんぷんかんぷんだったから徳川がイライラしていた。
逸れに釣られて香神もイライラしてしまう。
見下す発言や、ちょっとした発破を掛ける意味合いでも馬鹿にする言動が香神に増える。
それが、徳川にとっては悪循環を助長した。
分かり易い話だな。
単純過ぎて溜め息しか出ないよ。
「言い方が悪かったんだろうな、香神も…。
ただ、馬鹿にしただけじゃないんだぞ?お前の事を奮起させようとしてくれてたのもあるんだ」
「そんなの分かるもんかっ!!
………みんな、オレの事馬鹿にしてんだろ!!先生だって同じじゃないか!!」
「まぁ…開始3ヶ月で日常的に会話を聞いてるのに覚えていないのを見てたら馬鹿にもするわな」
「ほらやっぱり!!畜生畜生畜生!!」
唾を吐き散らしながら、犬のように吠える徳川。
ダイニングに居る奴等にも聞こえているだろうな。
五月蝿いし。
正直に、オレも馬鹿にしていると言ったのは、取り繕うよりも本心を話した方が良いからだ。
………まぁ、見事に逆効果になったけど。
涙と鼻水と涎で床までぐちゃぐちゃだ。
でも、それもコイツにとっては、糧となる筈。
そう考えて、オレはなるべく根気強く、彼へと諭す。
「そりゃ、香神だってそう思うさ。
それに、アイツは自発的に教えてくれてたんだぞ。
いつまでもお前が成長しないから、アイツだって教え方に自信無くして不安にもなるさ」
今回の悪循環は、何も徳川だけでは無かった。
だから、コイツだけを責めるのは違うと分かっているし、お相子だとは思っている。
だが、暴力はいかんよ。
そう思って、更に続けようとした矢先、
「アイツの教え方が下手くそなんだろ!!」
オレの言葉をぶっちぎって彼は、怒声を上げた。
オレだけならまだ良いが、ボランティアの香神にまで禁止用語を吐き散らかそうとし始めたので、顎に蹴りを入れて黙らせた。
………正直、禁止用語は覚えて、何故英語は覚えないのかという不思議。
その許容量を、なんで英語習得に活かさないの?
「だったら、オレの教え方も下手くそだろうよ。
丸3ヶ月びっちり授業してきて、お前に英語を習得させてやれなかったんだから…」
「そうだよっ!!下手くそ!!」
コイツ、自暴自棄になっている。
また禁止用語を発しようとしたので、更に顎を蹴り上げる。
床に垂れていた涎に、赤色が混ざった。
それに、教えてもらっている相手への敬意が足りないので、コイツは少し扱いた方が良さそうだ。
………オレにここまでさせるって、相当だって分かってるのか?
「お前、何の為に香神が寝る間を惜しんで、オレのところに英語の教え方を習いに来ているのか知っているのか?
皆がお前の事を心配して、それでも心を鬼にして英語を使っているのか分かっているのか?
何の為に、オレがお前達に英語を教育しているのか分かっているのか?
………オレの言っている事、分かってるか?」
「分かんねぇよ!!何言ってるか、分からねぇんだ!!意味だって分かる訳ねぇだろ!?」
「じゃあ、その行動事態がどんな事か分かっているのか?」
「知るかよ!!いつもいつも、訳分からねぇ理屈ばっかり捏ねてる先生の話なんて!!」
「今はオレの話をしているんじゃない!お前の話をしているんだ!」
もう一度、顎を蹴り上げた。
………って、あ。
ちょっと逸れて鼻に当たっちまった。
途端に、鼻から勢いよく噴き出した赤が、彼の顔半分を染めて行く。
………なに、鼻水が鼻血に変わっただけだ。
謝る気は残念ながら、無い。
だって、言葉で分からないのなら、体で分からせるしか方法が無いからだ。
「その行動事態がオリビアに嫌われる事だと何故分からない?
そうやって殻に篭もるのは楽だろうが、周りの連中に面倒をかけるだけならここに居る意味だって無くなるんだぞ?」
それでも、ぼこぼこにするのはまだ抵抗があるので、ゆっくり言葉を掛けて行こうとした。
しかし、それも、
「うぐっ…ヴぅ!なんだよッ…!なんだよッ畜生!!暴力教師!!体罰反対!!!」
徳川の言葉に、無に帰す。
その時点で、オレは彼に甘い顔をするのは、止めることにした。
「その暴力を香神に振るったのは誰だ!
この学校に来た理由を、お前はたった3ヶ月で忘れたのか…ッ!?」
オレの怒声が、廊下に反響した。
耳の良い生徒どころから、この校舎にいる生徒達全員にも聞こえただろう。
そして、その怒声を受けた彼は震えあがったと同時、涙や血に塗れた顔をくしゃりと歪めた。
その顔には、はっきりと恐怖や絶望、過去の記憶を思い出したことによる後悔があった。
ただ、そんな顔をしたとしても、やった事には取り返しは付かないし、放ってしまった言葉だって、取り消しなんて出来ない。
そもそも、自分の事を棚に上げて、他人を貶そうなんて事は許さない。
たとえ、香神が許したとしても、オレが許すわけにはいかない。
「何を言っているか分からないだ!?
だったら、分かるように言ってやる!!お前は、自分からオリビアに嫌われるような事をしたんだ!」
「…----っ!!」
「オリビアは暴力を嫌う。なのに、お前は香神を傷付けた。
あまつさえ、自分が出来ないからと苛立ちを他人にぶつけて、自分は自分を守る為だけの殻に閉じ篭もっている!!
そんな餓鬼なんぞに、得の高い女神様が振り向いてくれる訳も無いだろうが!!」
吸い終わった煙草を、携帯灰皿に押し付けた。
オレが開発、設計も担当した優れもので、水魔法の術式が掘られているので、火に反応して水が滲み出して消火が完了される。
じゅ、と言うほんのかすかな音ですら廊下に響いた。
徳川は息を詰めたまま、俯いていた。
声も無く涙を零しながら、額を床に押し付けて血塗れで歯を食い縛っていた。
***
その後、顔の治療だけをしてオレは徳川をオレの部屋に押し込んだ。
徳川の部屋は窓ガラスが割れているので、修理をするまではオレの部屋を使わせる。
その間は、オレはダイニングに新しく設置したソファーで寝るつもりだ。
始終、徳川は黙り込んだままだった。
間宮に関節を嵌められた時も、痛みに呻いてはいても無言だった。
謝罪もしなければ、感謝も無かった。
今はそれでも良いかもしれないが、後々にはこれも禍根となり得るだろう。
まだ、19歳。
されど、もう19歳だ。
もう、大人の階段に脚を踏み込んでいる。
無理に大人になれとは言わないが、もうそろそろ自覚はすべきだ。
この日は、彼無しでオレ達は生活する事になった。
ただし、連絡事項だけは忘れない。
『グッドアフタヌーン、エブリワン。連絡事項があるので、心して聞くように』
『…先生、いつも以上に怖い顔してる』
『無表情っていうより、無理矢理抑えてる?』
『こら、そこ杉坂姉妹。オレの顔面筋肉まで観察しなくて良い』
筋肉と名が付けば、お前達はどこでも観察するのか?
そのうち、男としてのセクシー筋とか見せたら悲鳴でも上げそうだ。
………あ、エマにはもう息子も含めて見られてるんだった。
これ以上はセクハラになるから、見せようとも思わないけど。
と、話が下世話な方向にぶっ飛んだので、回収しよう。
連絡事項だ。
『近く、街道に出没している魔物の討伐作戦に参加することになった』
『………なにそれ、銀次だけ?』
『ああ、オレだけだ。
ちなみにオレは戦闘要員ではなく、騎士団の士気向上の為に招かれる事になっている。だから、安心しろ』
『………別に、心配した訳じゃないけど』
こら、エマ。
ツンデレはいらない。
そこで、浅沼はニヤニヤするんじゃない。
『リアルツンデレハァハァ』とか言うんじゃない。
それに永曽根は、あからさまに残念そうな顔をするんじゃない。
なんでお前は、こう血気盛んなのか。
暴走族の血が騒ぐとかだったら、徳川と一緒で一回〆るぞ?
『ただし、戦闘もあり得るから、念には念を。
今回は間宮だけ特別に連れて行く事にした』
『Σッ!?(ぱああっ!(((○(*゜∀゜*)○))))』
うわぁ、間宮の周囲に花が舞ってる。
分かり易い反応なので助かるけど、そんなに嬉しいものか?
『『『贔屓だ!』』』
『じゃあ、此処に居る全員で間宮に勝てたら連れて行ってやろう』
『『『ちょっ!無茶!!』』』
『!!(やる気満々)』
だって、この中で一番強いのは、実質間宮だもん。
そして、オレにもしもが合った時にも、一番頼りになるのがコイツになるし、少しずつでも構わないから、実戦の空気に触れさせていきたいの。
贔屓だ何だと騒いだ、香神、榊原、永曽根。
間宮と(物理的殴り合いで)交渉しろと言ったら、諸手を上げて降参宣言。
間宮は本気でヤろうとしなくて良い。
お前の『ヤろう』は『殺ロウ』にも変換されそうで、怖いから。
残りの生徒、浅沼と常盤兄弟はのほほんとその男子組の様子を眺めている。
コイツ等戦闘訓練受けたとしても、元々が平和主義だったからな。
『病気の事は大丈夫なの?』
『ああ、問題ない。オリビアの代わりに例の魔法具を持っていくから』
『うぅ…ッ。………残念ですが、ナガソネ様の事もありますので、オリビアは我慢します』
『ありがとうオリビア。それに、まだ国境付近までは行けないだろ?』
今回の遠征の移動距離も結構遠いらしいし。
なんか、ゲイルの話だと最初の時よりも捜索範囲が広がって、白竜国の国境付近まで近付いているようで、移動距離を着々と稼いでいるオリビアでも流石に今回は難しいだろう。
まぁ、何にせよ、オリビアが聞き分けが良いので助かっている。
永曽根の『ボミット病』の緩和は任せた。
それに、オレと間宮が学校を離れるとなると、いくら戦闘訓練を受けさせていると言っても戦力的には心許なくなるから防衛目的でもオリビアの力は必要だ。
『…と言う訳だ。しばらく、オレが学校を離れる事になるが、全員毎日のルーチンは欠かさないように。
一回休めば3日分は損することになるからな』
訓練も立派な仕事だ。
まだ1人を除いて魔法も使えないのだから、せめて訓練だけはサボらずに行って欲しい。
まぁ、しっかりと管理してくれる面倒見の良い兄貴分が2人(永曽根と香神である)がいるんだから杞憂だとは思うがな。
浅沼に関しては、最近痩せてきているのが嬉しいのか、ぎこちないながらも頑張っているようだしな。
伊野田はやっぱり色々と運動に関しては躓いているものの、それでも最近はランニングのペースは上がっている。
基礎体力基礎筋肉が着いたなら、そのうち運動神経も勝手に不随して上昇していく事だろう。
『後、紀乃は変な事しないようにな?』
『アい、ワカッタ!』
『その片言が一番怪しいんだぞ?』
『………キヒッ!?』
そして、もう一つ大切なこと。
コイツには念入りに釘を差しておく。
実はコイツ、こっそり魔法を習得してやがったのだ。
オレがいない間、もしくは人が居ない時を見計らって使っていたのを、偶然間宮が目撃し、オレに伝わって発覚した事実。
本当に、良く聞こえる耳だこと。
………しかし、キヒッ!?って何だ?
間宮のガビンよりもなんかインパクトが強いんだけど?
って、あ、咽た。
まぁ、今度全員のカウンセリングというか、面談をしようと思っている。
その時に、詳しく突っ込んで見る事にしよう。
生徒達のメンタルケアも怒涛の毎日の所為で、ついつい後回しになってしまっていたからな。
今回、徳川の件を受けてガス抜きは大切だって良く分かった。
まぁ、デモンストレーションも含めて、全員のカウンセリングと面談、ついでに進路希望の相談もしておこう。
向こうの世界に戻った時に、何も出来てないなんて事になっても困る。
はてさて、そんなこんなで、連絡事項は以上だ。
他にある問題は、やはり徳川の事だろうが、今日はやれる事はもう無いだろう。
『飯食って今日は、早めに寝よう。
オレも明日は一度、城に出向しなくちゃいけねぇから』
『…先生、休みを作ったのに、休みになって無くない?』
『いや、これでも十分休んでいるさ…』
『そう言っていっつも、夜遅くまで起きてるよね?』
『………私もギンジ様の体調が心配なのですが?』
心配してくれている伊野田を含む女子組には、苦笑を零しておく。
って言うか、オレが夜遅くまで起きている事を知っているとか杉坂姉妹、お前達こそ、夜更かしをしていないか?
ついでに言うなら、最近息がぴったり過ぎないか?
オリビアの心配は嬉しいが、これでも最近はまともの休めているから大丈夫。
前の生活が堕落し過ぎていただけだ。
『じゃあ、調理組は飯を頼む。
他は自由時間とする。ただし、間宮はオレと裏庭で修練の続き。結局、鍛錬の途中だったからな』
と言う訳で、オレと間宮は訓練に戻るから、生徒達は自由にお休みを満喫しておいて。
と、言った瞬間、
『Σッ(ビックン)!?』
『『休めって言ってんだろ!?』』
何故か、間宮は肩を跳ね上げ、女子組からはブーイングが上がった。
………あれぇ?
なんで怒られた?
いや、オレのルーチン、まだ半分も終わって無いし、間宮もこれから討伐隊に参加するから、少しでも底上げしておかないと。
徳川の事があって、中途半端になってたし、全員にこれからの鍛錬をサボるなって言いつけた手前休む訳にもいかないし。
そして、間宮が頭を超高速で横に振っている。
………どうでもいいけど、お前それで良く酔わないね。
『お願いですから、休んでくれませんか!?じゃないと泣きます!オリビアは泣きます!!』
うぇええ………?
…………そこまで言われると、オレだってどうしようもないけど。
***
結局、この日は本当に休日となってしまった。
マジでオリビアに泣かれそうになったし、実際間宮には泣かれた。
お前、そんなにオレの鍛錬が怖いの?
オレの修行の時やルリの本気の修練と比べたら…(以下省略)
いや、オリビアを泣かしたら、今度は徳川の事を言えなくなってしまう。
仕方ないから、今日は教本を読んでおく。
ちなみに、この教本。
異世界についての浅沼特製教本である。
ただし、この本。
時折R-18と錯覚してしまうんだが。
なんだよ、エルフは貧乳、魔族は巨乳、アマゾネスは爆乳とか。
最近コイツの所為で変な用語まで覚えるようになってしまったしな。
『イエスロリータ、ノータッチ』って、これ、役に立つの?
『…浅沼、ここ綴り間違ってる』
『突っ込むところそこなの先生!?』
『内容に関して突っ込んでたら、夜が明けるわ…』
『そこまでっ!?』
平和だと思いたい。
浅沼、そこまで飢えているなら、今度色町に出向させるぞ。
ゲイルと。
アイツ、地味に童○だったみたいだし。
病気貰ってきても困るから、実現はさせないけど。
あーあ、頭痛い。
徳川の件もこれ以上どうしたら良いのか分からないし、色々あって当事者でもある香神がちょっと凹んじゃってるから、このまま放置していくのも気が引けるし。
どうしたもんかな。
やれやれだ。
こうして、オレの討伐作戦前の最後の休日は終了した。
………次の休日は、いつになるのかね。
***
間宮との修行風景。
実はそこまで間宮も強くなかったというご都合主義。
間宮のリーチとゲイル氏のリーチだと間宮の圧勝。
ティーチャーとゲイル氏のリーチだとほぼ互角だったりしたのは、体格も含まれているのです。
勘が戻ってなかったという言い訳もしておきます。
浅沼さん特製の異世界教本は、マニアの間では垂涎もののR-18教本となっています。
教本だけを抜き取って、一話まるまる使って書いてみたいとかプロットに書いてあったのですが、この時の作者の頭は沸いていたようです。
それを真顔で読み進めながら、綴りを訂正するアサシン・ティーチャー。
大人のお友達には興奮する材料にしかならないようです。
ピックアップデータ
出席番号6番、杉坂・ソフィア・カルロシュア。17歳。
身長158センチ、体重44キロ。
金髪碧眼で、フランス人形具合はエマと一緒。
こっちは美人双子姉妹の姉。
スリーサイズがB100、W54、H71のこれまたナイスバディ。
エマより胸が小さいけど、制服の所為か大きく見る。
やはり伊野田の寸胴とは雲泥の差。
エマと違って、はっちゃけて制服を着崩している。
前髪をピンで留めて、おでこをアップ。
ブレザーは全開で、シャツも第3ボタンまで開けている。
ちなみにブラジャーを小さめのカップを付けているのは、胸の谷間を強調する為にわざと。
スカートは最高まで折り込んで、お尻が見えそうで見えないパンチライン。
銀次の特別クラスきってのエロリスト。
その実、エマに男子の視線が行かないように守る為に、こんな格好を始めているというのは、エマと銀次だけが知っている。
それでも、成績はエマと同着でクラスで7番目とか言う平均的。
ビ○ギャルとは言わせない。
彼女はどちらかと言うと男子だけでなく、女子も含めた人間嫌い。
きっかけとなったベビーシッターの報復やら何やら、更には両親の反応も含めて彼女には大きなトラウマになっているらしい。
ただ、彼女もやはり銀次には、特別な感情がある模様。
エマ同様、彼が自分達を特別視しない事や、助けれられたりした事で信頼がいつの間にか恋心に発展したらしい。
最近は、モーションをかける暇も無い。
エマに負けている気もする。
異世界に来てから、当たり前だった生活が覆されて精神的に病んできてしまっている様子。
夜中に泣いているのは、もっぱら彼女。
電気も、携帯も、お菓子も無い。
不満が溜まっている。
浅沼とは別の意味で、溜まっているものがあるらしい。
格好に似合わず、おっとりでもあり。
普段はおっとり、夜になると寂しがり屋さん。
6回目になります、ピックアップデータ。
女子皆銀次を好きとか、変なハーレム作りすぎた。
信頼関係は大事、って銀次が頑張ってきた成果だった筈が、いつのまにか生徒達からはロックオンされていた。
エマもソフィアも元々の根っこの性格が似ているから、好きになる人が似ている傾向もあるらしい。
誤字脱字乱文等失礼いたします。




