23時間目 「理科~石鹸作成と、職員会議~」
2015年9月17日初投稿。
タイトルそのままです。
23話目です。
内政をNAI☆SEIにするには飽き足らず、商売をSYOーBAI☆にしちゃったアサシン・ティーチャーの話。
内政の商売も、どんどん軌道に乗っているようで。
アサシン・ティーチャーはジョブチェンジが多すぎる。
※作中の製法に関しては、説明書になりません。
省略している部分も多々ありますので、決して真似しないでください。
(改稿しました)
***
折角設定した休日を崩されてはしまったが、今回の商売人の訪問は何気に嬉しかったりした。
まさか、こんなに早いとは思ってもみなかった。
………そんなに、ウチと繋ぎをつけたかったのか?
『それにしても、こんなただの海の草が何かの役に立つので?
シュピー(レモンの事)といい、大量に注文された小麦粉と良い、『予言の騎士』様は、色々と不思議なものを集められますねぇ?』
そう言って、今回商いに訪れた商人が、ふくふくと笑っていた。
オレはそれに対して、苦笑いを返す他無い。
別に収集癖とかじゃないからね?
必要だから買い揃えているだけだし。
話は逸らしておこう。
『そういや、油って何を持ってきてくれたんだ?』
『勿論、ヤシ油ですよ。
ダドルアード王国では、これぐらいしか出回っておりませんで、』
そうかぁ、オリーブオイルは流石に探せなかったか。
小粒で実を潰すと油が出てくる作物の、その油が欲しいと先に伝えておいたが、どうやら見付からなかったようだ。
これは、大粒な実を潰すと油が出てくる作物だから少々残念だ。
これも小粒と考える、常識違いの世界なのかしら?
『いや、それは違うぞ』
『冗談に本気で突っ込みいれんなよ。
オレが頭が可哀相な人みたいになってんだろ?』
『あ、頭が可哀相?
………すまん。………その、………カツラだったな』
『そっちの可哀相じゃねぇよ!?』
ゲイルに真面目に突っ込みされたので、突っ込み仕返したら、何故かカウンター食らったので、思いっきり横殴っておいた。
以上。
『先公達、またやってるよ………』
『(………夫婦漫才のようですね)』
そして、背後に控えていた香神と間宮には、呆れられる、と。
しかも、夫婦漫才とか、なんでオレがこんなマッスルカーニバルと結婚した事になっているのか。
閑話休題。
気を取り直して、商談に入ろうか。
オレ達の様子を見て、きょとんとした顔をした商人さん。
厳つい顔をしてはいるけど、本気で中身はのほほんとした御仁で、笑うと途端に愛嬌のある顔をしているから、最近は彼ばかり贔屓にしてしまっている。
オレが愛想笑いを返すと、向こうも苦笑を零してくれた。
『ところで、例の『ハチミツ』とかって扱っているのか?』
『ええ、最近扱い始めましたが、やはり本元が商会連合じゃ、独占的に持ってかれてしまっておりまして…』
オリーブオイルには負けるが、それなりに香りの良いヤシ油を使うのなら、もうちょっと添加を重視したいと考えて、最初の商談の時に相談していたの。
ただ、やっぱりというかなんというか、いくら『商業ギルド』でも流石に手に入れるのは至難の技だったようだ。
………蜂蜜の養殖農家さんもある訳無いしね。
まずは、石鹸の素体作成からになるけど、後々には添加を加えて行く予定だった。
蜂蜜に含まれたローヤルゼリーが欲しかったの。
肌の表面に保湿膜をつくることで肌荒れを防ぎ、肌をしっとりしなやかに保つ保湿効果に優れている。
オレみたいに乾燥肌だったり、疲れでくすみや肌荒れが気になる時には、蜂蜜入りの石鹸がおすすめなんだが。
………って、ここら辺がオレをオトメンと言わしめる要因だったな。
『もし、ウチが大口になるとしたら、原価はどうする?』
『そりゃあ、『予言の騎士』様からのお墨付きがいただけるのであれば、』
『本音で喋る。オレはネームバリューで買い物してる訳じゃないし、アンタのところを潰したい訳でも無いんだから』
いや、本当、ガチで。
原価を割ってでも売ろうとするのは、勘弁してくれない?
じゃないと、後々のルート確保の時に、良い噂が立つわけが無いんだし。
それに、こっちの商品に関しての協賛は国王様だから、金額はオレ達が出す訳じゃなく、国庫から。
前にも思ったけど、税金を払っている国民の皆さんごめんなさい。
この先行投資で、後々生活が良くなると思って、我慢をお願いします。
『適いませんねぇ、流石は『予言の騎士』様だ。
…こっちが、これぐらい。塩草(昆布の事)に関しては元がそれほど掛かっておりませんで、これぐらいですかねぇ』
と、提示された金額に関しては、なんとも微妙な金額だった。
やっぱり、ハチミツ(モドキである)は高いもんだ。
『どう思う、ゲイル?』
『最初の投資にしては高いと思うな。
後々、ルートが開拓出来てからの方が良いのでは無いのか?』
『………それもそうだな』
やっぱり、蜂蜜は保留だな。
食料としては買っておきたいが、毎日食べるにも高額すぎる。
あーあ、そういや食料と言えば、砂糖も開発してみるか?
この時代、砂糖なんてものが貿易でしか入って来ていないし、当たり前だが、高額だ。
甘いものって果物が主流だし、そこから搾り出した果汁を煮詰めたジャムが、子どものお菓子になってるし。
うん、甘いもの好きな人間にとっては、とっても苦しい時代だな。
………オレは、そろそろ珈琲に飢えてきたがな。
あと、煙草。
オレのストックもとっくに切れてヤ二切れだし、こっちの世界ではただのマリファナが嗜好品だった件。
………最初聞いた時おいおい、とか思った。
麻薬中毒を地で行っている奴等が、酒場にゴロゴロしてんのかよ。
あ、話が逸れた。
『いやはや、『予言の騎士』様と話していると、商いに来たのを忘れてしまいまさぁ』
『それは、申し訳ないな。有意義であれば良いんだが、』
『毎度毎度、面白いお話を聞かせていただいておりますとも』
『そりゃ、お互いさまだ』
この商人さんと話していると、実は割とゲイルに聞くよりも、世界の常識的違いもありながら、面白可笑しい話が聞けるので脱線するのが当たり前だったりする。
この商人さん、流石は商売人って感じで、聞き上手でもあるし、話し上手でもあるからな。
………漫談家にもなれるんじゃないか、とか思っておく。
『まぁ、今はハチミツも手に入れにくくなってまさぁ。
…なんでも、街道に大型魔物が出たとかで、その向こう側のキラービーの巣に近づけないってんで…』
『そりゃ、大変そうだ。キラービーって蜂の魔物だったよな?』
『ええ、そりゃもう獰猛で獰猛で、大変な魔物です。針で刺されたらあっという間にあの世行きとかで…』
良かった、殺人蜂で合ってるみたいで。
ただ、その話になった途端、背後に控えていたゲイルの神経が少しだけ尖ったのは気のせいだろうか?
チラリ、と振り返ると、難しい顔をしていたが、オレの視線の気付くと途端にきょとんと眼を瞬かせた。
………何、その若干可愛い反応。
『捕まえて来る事って出来ないのか?』
『………なんて恐ろしい事を考えるんだ、お前は』
『いや、蜂蜜の養殖でも出来るかなぁ?って』
『かははっ。いくら『予言の騎士』様でも、それは流石に御戯れが過ぎますよ』
………ごめん、割と本気で考えてたんだけど。
ただ、無理そうなのはなんとなく、会話の端々で伝わってきたからやらないよ。
(※後々に、殺人蜂の大きさが、人間の胴体と同じぐらいだと知って、この時の会話の意味が分かった。そりゃ無理だわ)
ついでに、幾つか色を付けて(先行投資の意味も含めてね)注文しておいた。
カモミールとかジンジャーとか添加に必要なハーブ類も、割と本気で探したら見付かった。
流石古き良きデトックスフレーバー様。
普通に薬とか紅茶とかで出回ってたので、今後の石鹸の添加として盛り込んでいくので、こっちも注文しておいた。
と言う訳で、この日は、商人さんとの、ほのぼのとした腹の探り合いを終了した。
やっぱり、オレにはこの程度の交渉ぐらいが、丁度良いと思うんだよね。
………もう他国の国王様との会談なんて、勘弁してください。
***
我ながら、意外と良い商いが出来たのではないかと思いながら、届いた商品のチェック。
昆布とかマジで獲れ立てぴちぴちの新鮮でやんの。
ヤシ油も、蓋を開けた途端に香った独特の甘ったるい香りに、思わず嘆息。
これは、結構良いグレードの油を卸してくれたんじゃないだろうか。
と、オレがご満悦になっている最中、
『………この塩草が、なんの役に立つのだ?』
『出汁取るぐらいしか、役に立たねぇと思うけど?』
『む?そうなのか?』
背後では、箱に大量に詰まっている昆布やわかめを運ぶ片手間に、ゲイルと香神のそんな会話が繰り広げられている。
ただ、驚く無かれ。
海藻ってのは凄いんだぞ?
『海藻ってのはミネラルが豊富だから、腸の働きも活性化してくれるから老廃物を取り除くデトックス効果が期待出来る。
それに、血液を綺麗にしてくれるからむくみや冷え性にはうってつけ。
また肌や毛髪を良くする成分が入ってるから肌や毛髪にも良いんだぞ』
なんて、雑学を一つ返しておいた。
それに、これはオレ達が今から開発していく石鹸の元なんだから、あんまり馬鹿にしてないで、ちゃんと敬意を持って接しなさい。
と、思ったのに、
『………アンタ、そこまで悩むほどの薄毛なのかよ』
『………すまん。そこまで気にしているとは、』
『違うって言ってんだろうが!!』
馬鹿なのかテメェ等は!
そっちに盛大な勘違いをするんじゃねぇ。
そして、オレは禿げてねぇ、断じて禿げてねぇ!!
***
香神からオレの薄毛問題(冤罪だ)が更に広まって、生徒全員がオレをニヤニヤ見ている気がする。
気がするのは、気の所為じゃない。
この中で分かっているのは、エマと間宮だけだ。
温い目をしているのは、きっと可哀相だけど言い出せない(バラしたら剃ると脅したからな)だけだろう。
………結局、禿げる予定になってねぇか?
まぁ、そんな事はどうでも良い。
オレの頭髪の未来予想図よりも、先にこっちに集中してくれたまえ。
さて、そんな話はさておいて。
早速、石鹸の作成に取り掛かるとしよう。
用意するものは色々と多いが、端折ってまずは材料だけ。
とっても品質が高いだろうヤシ油と、獲れ立てで活きの良い昆布。
以上です。
場所は今回、念の為に換気が簡単に出来る部屋と言う事で、ダイニングを選択した。
ただし、窓は開けっ放しではあるが、情報漏洩を懸念してカーテンは閉め切っていた。
おかげで、部屋の中が真昼な筈が、薄暗い。
装備に関しては、全員が理科実験用のマスクと、プラスチックゴーグルを着用している。
このマスクとゴーグルは、地味に旧校舎の物品回収の際に、必要になるかも、と機転を利かせたエマとソフィアが、箱ごと持ってきてくれていたのだ。
良くやってくれた。
………ただ、ニヤニヤするんじゃない。
オレの頭髪の未来予想図を考えてニヤニヤしているんだろうが、マスク越しでも分かるとか………。
………オレの傍らに控えたゲイルは、マスクもゴーグルも似合っていないから、オレもニヤニヤしちゃってるけど。
まぁ、そんな事はどうでも良いか。
「まずは、石鹸の歴史について説明します」
「異議あり。この昆布のどこに、石鹸になる要素があるんだよ?」
「異議は却下します。話を最後まで聞きやがってください、香神くん」
「………アンタの丁寧語怖い。ってか、それは丁寧語なのか?」
失敬な。
そんな事を言う奴には、お仕置きしてくれる。
授業を邪魔した挙句にオレに失敬な事を言った彼には、これから使う昆布で横殴っておいた。
………べっちゃりした。
しかし、香神だけではなく、彼の両隣にいた永曽根と浅沼が被弾。
2人とも顔や眼鏡が水滴まみれになった。
申し訳無い。
「さて、話は戻って、石鹸の歴史。
実は結構古い歴史を持って居て、メソポタミア文明からのものだ。
当時は、動物の脂に植物の灰を混ぜ合わせたもので、偶然の産物として出来上がったものをレシピ化したものが昨今まで浸透している。
ちなみに、当時は液体石鹸だった」
「へ~……。意外~……」
「メソポタミア文明ってどれぐらい前?」
「歴史を勉強しなおそうか、杉坂姉妹?」
「「遠慮します」」
紀元前3000年頃にまで遡るとだけ、説明してやった。
多分、ピンと来ないだろうな。
『メソポタミアブンメイ?…エキタイセッケン?キゲンゼンとやらは、何かの呪文か?』
『お前は授業に参加しなくて良し』
ゲイルを含めて、生徒達もピンと来ていないらしい。
ただ、お前さんはナチュラルに授業に参加するな、と何度言えば分かるのか。
お前最近、言葉の精霊を常時発動してんだろ?知ってんだぞ?
………そして、今は授業をしている最中なのに、何故呪文が出てくるのか。
「また、夫婦漫才やってる…」
「デュフフ…!先生が女の子だったら、最高だったかもね」
「こら、そこ。榊原に浅沼、お前達も昆布を食らいたいか?」
またしても昆布を振りかぶったら、逃げられた。
そして、ゲイルに水滴が掛かった。
………うん、二次被害だね、すまん。
だが、浅沼。
お前は、オレを女にしてどんな妄想をしているのかッ。
鳥肌が止らないから、辞めてッ!?
というか、そろそろ、授業をさせてくれ。
むしろ、もう勝手に進めて行くから、全員耳をかっぽじって良く聞いておきなさい。
以前も話した通り、石鹸の歴史は古い。
最初の石鹸のレシピは、なんと楔形文字で書かれていたらしいしな。
同じ頃、古代ローマの時代にサポー(Sapo)の丘で生贄の羊を焼いて神に供える習慣があり、この時に羊から滴り落ちた脂と木灰が混じり、自然の石鹸が偶然出来た。
その自然石鹸は、汚れをよく落とす不思議な土として重宝されたらしい。
石鹸(Soap)の語源はこのサポーの丘に由来しているとも言われている。
宗教儀式が齎した思わぬ発見だな。
流石、紀元前3000年前。
こっちの世界に流通していないのが不思議なぐらいだ。
まだ隆盛していないだけとか言うなら、新たな旋風をオレ達が巻き起こす事になるという事か。
………なんかこう…それもそれで、面倒。
閑話休題。
時代は飛んで8世紀、アラビア人は生石灰を用いた固形石鹸のレシピを生み出し、これをスペイン人に伝えた。
そして、スペインやイタリアなどで次第に石鹸作りが始まっていったらしい。
しかし、この石鹸レシピは動物性油脂を用いたもので一言で言えば臭い石鹸で、石鹸の存在する意味は、汚れをただ落すだけだったらしい。
だが、それも12世紀までだった。
独自に試行錯誤を重ねた結果、不快な臭いのしない石鹸の開発に成功。
確か、イタリアのサボネや、ベネチアの地中海沿岸で、元祖石鹸は、オリーブオイルと海藻灰を原料とした匂わない石鹸として産まれた。
今回作ろうとしているのは、この一番シンプルな石鹸だ。
ちなみにイタリアのサボナという地名は、フランス語で石鹸を意味するサボン(savon)の語源。
そして、その後石鹸作りはフランスやイギリスへと広がっていき、16世紀になると、マルセイユを中心に隆盛を極めていきます。
マルセイユ石鹸も、非常に有名な石鹸だが、何故マルセイユで爆発的に隆盛したかと言えば、マルセイユがオリーブオイルの産地だったからだ。
あーあ、やっぱりオリーブオイルは欲しいよな。
まぁ、贅沢は言うまい。
今ある材料で、より良い商品を作るのも、製作者としての腕の見せ所だ。
「現在ある石鹸の生成法は、だいたい四つ。
釜炊き塩析法、釜炊き法、中和法、コールド製法(コールドプロセス)だ」
「意味が分かりませ~ん!」
「自分で考えろと何度も言わせるな徳川」
『オレも分からんのだが?』
『私も、よく分からないです』
『だから、お前等もナチュラルに授業に混ざるなって!』
相変わらず知能的問題児の徳川はともかく、ゲイルと一緒にオリビアも混ざってしまう。
しかも、2人ともまた『言葉の精霊』の加護を受けやがって…っ!
おかげで、授業が進まんわ。
そんな事もやっぱりさておいて、無理矢理に授業を進めて行く。
「今回は四つ目のコールド製法(コールドプロセス)で作ろうと思っている」
作り方は、以下の通り。
まず、油脂とアルカリを反応(鹸化)させると、石鹸が出来上がる。
コールド製法は、釜炊き塩析法、釜炊き法の中に必ず含まれているプロセスである加熱をせずにゆっくりとすすめる製法だ。
従来の作り方で知られているのは中和法なのだが、今回は品質の向上を目指してコールド製法を採用する。
この製法で作った石鹸の良さは、加熱をせずに自然に熟成させる為、油脂が劣化しないこと。
それと、塩析処理をしないため、油脂とアルカリの反応で出来た石鹸成分以外の副産物『グリセリン』がまるごと含まれている事。
グリセリンは、保湿成分として非常に優れた働きをしてくれる。
肌に薄い膜を作り、水分をキープしてくれるのだ。
更には、水分を吸着する性質がある為、キープした後の肌を乾燥させない役割も果たしてくれる。
と、ここまで説明したと同時に、何故か女子組からは畏敬の篭もった視線が向けられていた。
「先生、もしかして、化粧水とかも作れちゃったりするの?」
「………マジで?え?先生、マジで?女子力高過ぎね?」
「作ろうと思えば作れるが、今は石鹸で手一杯だ」
あ、女子達はそっちに食いついた。
でも、化粧水とかも良いかもしれない。
天然成分だけで作れば、まず間違いなくアレルギー反応も出ないだろうし、そもそもこの世界では特許もいらないし。
目指せ資○堂?
脱線したから、また話を戻そう。
「ただし、この製法に関してはちょっとした欠点がある」
「あ、分かった時間が掛かるんでしょ?」
「その通り。榊原大正解。
それと、次にもう一つ問題があるんだが、誰か分かるか?」
「はいはい!あたし分かった。品質の管理が難しいんでしょう?」
「その通り。今度は伊野田大正解」
榊原と伊野田が揃って、正解。
またしても、お前等コンビかよ。
そんな息ぴったりのコンビの正解の通り、このコールド製法は時間が掛かる。
そして、品質の管理が特に難しいものだ。
ただし、成功すれば品質は極上なもので間違いは無いし、そもそも大量に生産するという前提が無いからこそ出来る。
いや、後々は販売ルートを完全独占で、売買していくだろうから大量生産って事になるかもしれないけど。
それに、最初一ヶ月ぐらいは、分量の研究や使い心地を試した上の試験期間を設けたい。
作って出して、何か問題があってからでも困るからな。
「では、作業開始。男子組は半分を石鹸型の制作に回ってくれ。
残りはオレと一緒に昆布を消し炭にしてやるぞ。
女子組は悪いが、ヤシ油を濾して不純物を取り除いて欲しい。
ただし、ヤシ油は常温でも解けやすいから、零さないように注意してくれ」
「消し炭って…」
「キヒヒッ!先生が言うト、過激ニ聞こえるネェ!」
「紀乃、それはちょっと酷い」
オレが消し炭って言ったら何で過激?
ああ、爆弾を弄繰り回していそうだって事か?
オレは作る派じゃない、仕掛ける派だ。
………どっちにしろ過激だった。
また話が脱線した。
もうそろそろ、レールが欲しいが、レールがあっても脱線してんのか?
まぁ、そんな事はどうでも良い。
と言う訳で、全員で色々な仕事に着手して貰おう。
香神、榊原、浅沼、徳川で石鹸の型作り。
型作りとは言っても簡単なもので、集めた木材(作成段階で反応熱があるので、火に強いとか言う特別な木材を使用)で、木枠を作るだけである。
今後量産する時に、大きさでどれだけの品質劣化が起きるのかも確認したいので、数種類の大きさを用意してもらうことになっている。
次に、常盤兄弟、永曽根、間宮の4人で昆布を炭にして貰う。
こっちも簡単な事で 裏庭に簡易な釜、オーブンを作り上げたので、そこで昆布をじっくり加熱して行くのである。
協賛は勿論、騎士団の魔法エリート組で、土魔法や火魔法の複合で、オレのアイデアだ。
まず、土魔法で土台となるかまくらを作って貰い、そこに水魔法で土が固まるぐらいに表面を満遍なく濡らし、更に中から一気に高温の火魔法でバーニング。
お手軽な簡易粘土で出来た土釜オーブンの完成である。
本来はもっと懲りたいとは思ってもみたが、今回ばかりは時間に余裕が無かったのでこれで勘弁して欲しい。
後々に作り直して本格的な石窯オーブンでも作れたら良いなぁ、なんて目論んでみたり。
これには、ゲイルが感動していた様子だったが、高温なので火傷に注意すること。
『うおっ、熱っ!?中は熱いのか!』
『そのまま、焦げろ!』
言った傍から中に入ろうとすんじゃねぇよ、馬鹿野郎。
ちょっと不安になったが、こっちにはオリビアとゲイルを置いて魔法使用で作業を進めてもらう。
手順は間宮に渡しておいたので、オリビアが汲み取ってくれる筈。
さて、次は女子組のヤシ油だ。
こっちはキッチンでやってもらっている。
あらかじめ清潔にしておいた木桶に濾し布を当てて、ヤシ油を流し込むだけ。
簡単そうに見えるかもしれないが、ヤシ油自体が樽で来てるから一回一回汲み出しをしなくてはいけないので大変そうだ。
まぁ、今回は試作なので三つぐらい木桶に濾してくれれば良いけど。
「本当にこれで石鹸が出来るの?」
「そうは見えないけどな~…。なんか、べたべたしそうだし」
「銀次、嘘吐いてないだろうな?」
「勿論、嘘は吐いていないさ。理科の教科書にもちゃんと石鹸の歴史は載ってるぞ?」
『だったら、なんで資格取ったの?』
ごもっとも。
ちょっと、自信満々に言った所為もあって、べっこり凹んだ。
「ちなみに、オリーブオイルじゃなくて良かったの?」
「ああ、概ね問題は無い。
脂肪酸さえ含まれていれば、使う油は実は何でも良い。………なんだったら牛脂でも良いしな」
「それはそれで、臭さそうだからイヤ」
勿論、オレもイヤだよ。
ただ、牛脂が一番肌の刺激が少ないって事は黙っておくべき?
ヤシ油には、ラウリン酸とミリスチン酸等の脂肪酸が含まれている。
これ等含まれている脂肪酸によっても、洗浄力や泡の持続性、肌への刺激が変わってくる。
ヤシ油は冷水でも溶け易いし、洗浄力も大きい上、泡の持続性も多少は高いし、肌への刺激も弱から中程度。
オリーブオイルの代わりにはうってつけだ。
ちなみにこれが、牛脂だと冷水に溶けない性質を持っている代わりに、洗浄力が特大で泡立ちも良く、肌への刺激も弱いのだが、なんと言ってもやはり臭い。
なので、通常であれば他に素体にハーブやフレーバーオイルなども添加していく形態になる。
ただ、洗剤として使うのであれば優等生なので、今後洗濯機のようなものの発明をした場合にはセットで売り出すのも有りかもしれない。
「それにしても、先生意外と女子力高いね~」
ふと、伊野田が振り返り様に一言。
ふんにゃりと笑った表情が、身長もあいまって自棄に幼く見えた。
不覚にも可愛いと思ってしまった。
しかし、ここで、言わなければいけない事が一つ。
「………伊野田、悪いがこの趣味は、元はと言えばアズマのだぞ?」
「嘘!?………あたしの義理のお父さん、こんなオトメンだったの?」
いつか話しておこうと思っていたことだったが、実は、伊野田は、元同僚兼友人の内縁の娘になるのだ。
血は繋がっていないけど、戸籍上では彼が父親になっている。
蒸発の経緯や、どういった仕事仲間だったのかは言っていないが、それでもアズマの事は既に伊野田と話し合っておいた。
ただ、そんな男であっても、オトメン言ってやるな。
確かに男とは思えない程凝り性だったし、料理とか裁縫とか得意だったし、何故か部屋には男性用化粧品とか一杯置いてあったけど。
………あれ?それが、オトメンって言うのか?
ちょっと、同僚兼友人の趣向が分からなくなった。
そんな趣向不明な友人のどうでも良い話はともかく、
「おーい、先生。木枠の作成、終わったぞ~」
「昆布モしっかり消し炭ニなったヨ~、キヒヒッ!」
「なんとか、濾し終わったよ。アー疲れた―!」
木枠作成組の終了を目途に、続々と生徒達の作業終了の報告が返ってきた。
ついでに、
「頼まれていた作業を完了しました」
と、別枠で騎士達に頼んでおいた作業も終わったようだ。
では、準備が出来たという事で、ちゃきちゃき石鹸製作の過程に入りますか。
「はーい、じゃあ全員マスクとゴーグルしっかり装着。
飲んだり眼に入ったりした場合は、全身洗浄を命じます」
今回は、試作という事で、二人一組でペアになって分量を別にしたものを作ることにした。
ちなみに、杉坂姉妹、榊原と伊野田、浅沼と香神、永曽根と徳川、常盤兄弟に間宮はオレとセット。
一気に6種類のそれぞれ分量の違う石鹸を作り、成功した分量を販売用に宛てる。
失敗したものに関しては、食器や風呂洗い、洗濯などで利用する事も可能だろう。
型についても、今回は大きさでの比較は諦めて、先に全員が同じ大きさの型に分量を変えて試作品を作る。
まず、ヤシ油にやや少な目の海藻灰を溶かした水溶液を加え、撹拌する。
ぐるぐる混ぜる。
だまにならないように、木へらで丁寧に混ぜ込む形だ。
「うわあ、先生堂に入ってる…」
「無駄口叩かずに、お前達もやらんか」
二人一組でそれぞれが、同じ工程を作っている。
本格的に学校の授業って感じがするな。
しかも、理科実験。
………なんか、感慨深いわ。
二人一組となった生徒達で、片方は容器を押さえ、片方が混ぜ、それぞれ石鹸の元となるヤシ油と海藻灰を混ぜ込んでいく。
『これはこれで、美味そうに見えるな』
『………食うなよ?腹の中が泡だらけになるからな』
『そうなのか!?』
オレ達の作業の様子を覗きこんでいたゲイルがそんな馬鹿な一言を言ってくれて、英語が分かる組が噴き出した。
なるわけねぇだろ、腹下して終了だよ、馬鹿野郎。
ただ、このままだと反応熱が出るから、腹の中火傷して毒にしかならんけど?
十分、撹拌された頃合を見計らって石鹸型に混合液を流し込む。
この段階で、随分と粘度の高いものだが、他の連中はまだほとんど液体と言うところもあるな。
この型の中で、反応熱を逃がさないように密封し、反応を進めさせる。
苛性ソーダを使った場合でもこの過程では、必ず反応熱が出るのでここでも火傷に注意である。
ここで一旦ブレイク。
反応熱が収まるまでは密閉した容器には触らないように厳命をしつつ、ブレイクの時間は片付けついでに休憩とした。
その後、休憩を挟んでから中断していた作業を再開。
反応熱も収まって冷たくなった石鹸を型から出して切り分け、常温で4~6週間を熟成期間に当てる。
「先生、オレ達のやつまだゼリーだけど?」
「反応熱は収まっているのか?」
「うん、むしろ冷たい」
「水溶液が多かったんだろうな、失敗だ」
切り分けが出来ない程の粘度のものに関しては失敗だな。
と言う訳では、浅沼と香神ペアの石鹸は残念ながらここで、脱落だ。
熟成に使用する場所はダイニングの一角に特別に作った室を使用。
この室の作成に関しては、石鹸型の木枠を作った時の余った木材で、手が空いていた騎士対達に制作を依頼しておいた。
大体、この過程で1~2ヶ月ぐらいで、製作できる。
コールド製法は、製作過程の時間が最も長く非効率ではあるが、その分品質に期待が出来る。
保湿成分のグリセリンや、過剰油脂が大量に含まれているから肌にも優しいマイルドな石鹸になるだろう。
出来れば、pH試験紙でアルカリのテストをしたいとは思うが、残念ながら断念することにした。
だってpH試験紙ってどうやって作れば良いのか分からない。
酸塩基指示薬を沁み込ませた紙を乾燥させて作るらしいけど、そもそも酸塩基指示薬が何か分からないし。
オレ、別にそこまで科学者張りに理科を勉強した訳じゃないし。
『………そもそも、その知識が異常だと思うのだがな』
『あ、そういや、そうだわな…』
ゲイルに突っ込まれて気付いた。
まず、こっちの人間からしてみれば、石鹸然り、耐性テストの試験紙然りの知識が異常だよな。
………すっかり失念していたよ。
「失敗した石鹸に関しては、これから風呂で使おうか。
分量は間違っていても立派に石鹸だ。飲み込みさえしなければ、体に害のあるものは無いし」
「「やったぁーーー!!」」
「わーい!これで、髪も纏まるようになるかな?」
「これで、匂いも少しはましになるかな?」
女子組大喜び。
そして、伊野田と浅沼は切実な悩みだな。
オレはウィッグだし、そこまで体臭が酷くないから気持ちが分からないけど。
そんなこんなで、順調過ぎるぐらいの作業進捗で、オレ達は石鹸の試作品第一号を作り上げる事に成功した。
***
ただし、オレ達が石鹸の制作にぬか喜びしていたのは、実はここまでだった。
海藻を灰にし、ヤシ油と混ぜ合わせて撹拌、その後密閉して切り分けという、作業過程。
これが、試作期間も含めて2ヶ月近く続くとは、誰が思っただろう。
オレも思ってなかったよ。
おかげで、女子達が激おこプンプン丸だった。
なに、それ?新手の早口言葉?
浅沼に言われて真似してみたら、滅茶苦茶男子組に笑われたけど?
「「「もう、しばらく油も昆布も見たくない!」」」
「さーて…次はリンスの制作に取り掛かるか~」
「「「やっぱ、今のなし~!!」」」
とはいえ、身だしなみに気を使うのはいつの世も女子だ。
石鹸の次はリンスと言っただけで、見事に前言撤回してくれた。
ふははは、オレを舐めるなよ。
………ただ、オレも石鹸造りはしばらく勘弁させてもらいたいと思ったけど。
***
ちなみに今回の石鹸事業の、後々の補足説明。
文字通り、大成功だった。
販売ルートは以前にも商品を卸してくれた厳つい顔だけど、愛嬌のあるあの商人のところで確保させてもらった。
最初は、王家や貴族家を中心に試作を終えた石鹸を献上品のような形で、使用方法などの取扱説明書などを添えて格安で卸しておく。
その後、リピーターとなった家には、ハーブやフレグランスを含んだお試し品を通常販売価格で提供。
ただ、ここで落とし穴。
オレもすっぽりと頭から抜け落ちていたのだが、この世界、実は香水などの嗜好品が存在していなかった。
オレ達現代人の感覚で物を考えていたことも災いしたのだろう。
そもそも、石鹸という日用品も無いぐらいだったのだから、香水という嗜好品も存在しないと考えるべきだった、と反省しても後の祭り。
おかげで、リピーターへと流したフレグランス系のお試し品は、貴族家を含む金持ち達の間ではあっという間に浸透、爆発的にヒットした。
女性方が揃う貴族家は勿論、内政に携わる貴族家から相次いで注文が殺到し、王家からも特許というかなんというかで、申請が出されるほどになってしまったのである。
勿論、その作成費用などに関しては国庫からとは言え、オレ達も販売利益の一部(当初は半分だった)は貰う予定となっていた。
ただし、莫大な額になって半ば愕然としたけど。
たった2ヵ月程度で、一生遊んで暮らせる金が入ってくるとか、誰が考えるか。
販売開始一ヶ月で、王家に制作方法や販売利権を纏めて売り払ってやった。
だって、このままだとオレ達だけの手に負えなくなりそうだし。
販売利益の一部はそれでも(現在は全体の約2割)貰うとして、大々的に制作などが出来るのもやはり王国だ。
これを今度は、白竜国との貿易の取引材料として使う事にもなるだろうな。
かはは、これで、オレ達を白竜国も容易には引き抜けなくはなるだろうから、オレとしては万万歳だけどねぇ。
………まぁ、半年後はどうしているか分からんけど。
ただ、ここでちょっと言っておきたいのは、オレ達は別にお金儲けがしたかった訳では無かった事。
実を言うと、オレ達はインフラの整備をしたいだけで、売りたいのは小売、つまり民間に浸透させてやりたいのだ。
なので、王国にも話を付けて民間用販売ルートを、もう一つ『商業ギルド』で確保をさせて貰い、民間販売に携わっている業者をそれぞれで提携させて低価格の石鹸を販売開始。
民間向けのものは、コストの問題でフレグランス系統は無理だったが、それでも、ハーブなどの添加は可能だった。
なので、アレルギーも無く仄かな香りも良い石鹸として売出しを開始した。
そっちも勿論、爆発的なヒットをしてくれたので、何よりではある。
このアレルギーも無くコストも安い石鹸の制作方法や販売利権も、後々には王国に売り払ってやる予定だ。
『商業ギルド』では、独占的に製造を依頼してきた強かなところもあったけど、騎士団長経由で取り締まってもらったので、現在は比較的落ち着いている。
ちなみに、そんな石鹸の売り上げだが。
『………どうしよう?これ。ちょっと、しくじった』
『………何事も、程ほどが一番だという事だな』
製作開始から3ヶ月が経った現在、オレの手元にはちょっとどころじゃなく困る金額が転がり込んできていた。
しかも、王国での貿易用と、民間販売合わせてだから、余計に大変なことになった。
ちょっ…!?販売利益の半分も2割も、大々的に製造開始しちゃったら変わらない!?
生徒達には楽をさせてやれるにしても、これはちょっとやり過ぎた。
うん、ゲイルの言うとおりだったわ。
………程ほどって、言葉、今回やっと学べたよ。
***
秋も深まるどころか通り越した、冬の夜。
最近は殊更冷え込むことの増えた空気の中、オレ達は相変わらず異世界での生活を余儀なくされていた。
あ、そういや、知ってた?
この世界、実は1年の周期が、13ヶ月とかだったりするの。
だから、オレ達10月の半ばにここに来た筈なのに、まだ年末です。
されど、年末って言った方が良いのかは、微妙な気持ちになっているけどね。
なんでも、女神様の名前で歴を取っているから、最上位の女神『ソフィア』様も含めて12名の女神様。
それで、暦が13ヶ月あるんだって。
異世界豆知識でした~。
ごほん、それはともかく。
技術開発部門は、技術提供品第一号の石鹸の制作も滞り無く終了し、オレの予想通り軌道に乗ったので一安心。
まさか、ここまで盛況になるとは思ってなかったけど。
オレ達がちょっと大変な思いをしたのは、別にしておいてな。
だって、2ヵ月ちょっと石鹸の制作に掛かりっきりになって、授業が英語だけやって、他の科目は冬休み状態だったもん。
本末転倒を地で行くとは。
早めに王国に利権とか纏めて売り払っておいて良かった。
フレグランス系の流通が全く無かった事をすこーんと頭の片隅から抜け落ちていたのは大きな落とし穴だったけど、それもそれで拘るのも程々にという言葉を実感できた、良い経験だと思っておこう。
『ふっ…お前も、先読みが出来んこともあるのだな…』
『オレだって万能じゃねぇよ…』
隣から聞こえる声に、ぶーたれつつも。
約3か月前から始動していた石鹸販売の大盛況を受けて、最近は金銭に多大な余裕が出来た。
最近では、生活面でも余裕が出て来ている。
インフラも整備し終わり、学校に暖炉を導入出来たし、生徒達には生活に困らない程度の衣服も買い与える事が出来た。
なにより、オレは、再三汚してしまって替えのストックが尽きていた礼服や背広を新調出来た。
………地味にこれが、一番嬉しかったり。
それでも、まだ資産は有余っているがな。
こうして、時たま酒場に脚を運んで酒盛りを出来るぐらいには、予期せず儲かってしまった。
贅沢と言うなかれ。
オレにとっては風呂と同様、酒は命の源だ。
勿論、隣に座っているのは友人兼下僕。
オレの失態話を持ち出してむくむくと笑っている彼。
現在は、一応定例の反省会、というよりかは各自の守備範囲の報告会、及び相談会みたいなことをする事になって、酒場で行うのが通例と化した。
………とか言いつつ、結構な頻度で飲み会しているから定例と決めた意味がほとんど無くなっているけどね。
まぁ、報告や連絡、相談する内容と言うのは大体決まっている。
オレは主に、生活面での困ったことや、技術面での供給策について。
ゲイルは、オレ達の護衛の傍ら、騎士団から齎される各国の情勢や、その他諸々の情報等を、報告してくれている。
そんなオレの情報源となってくれているゲイルは、先ほどから随分とご機嫌だった。
『騎士団でも散々問題になっていた『カナビスの草』までも解消して貰ったからな。
おかげで、巡回中の取り締まりなどで、怪我をする騎士達も減った』
『ああ、マリファナな…』
オレが取り出したペンケースのような煙草の箱を指差して、また更に深い微笑みを浮かべている。
………コイツ、酒に酔うと無表情が崩れるから結構面白いんだよねぇ。
気付いてんのかなぁ?
そうそう、マリファナね。
ゲイルの顔面崩壊問題で話が逸れたけど、このダドルアード王国でも、常々問題になっていた『カナビスの草』。
オレが、ここに来た当初、彼等との初邂逅の時にも疑われて、呆れられた麻薬の事である。
こちらの世界では、『カナビスの草』やら『悪魔の草』などと呼ばれて、取り締まりが規制されていたが、酒場のならず者や、貴族のアンダーグランド的な嗜好品として蔓延していた。
実は、大麻の歴史も石鹸同様に古い。
紀元前450年頃、スキタイ人やトラキア人が大麻を吸っていたと伝えられていたというし、70年代には医療治療の目的でローマあたりで使用されていた事が言及されている。
アラビアと中東では900年から1100年にかけて大麻の喫煙習慣が広まっており、アメリカ大陸においては、1549年にアンゴラの奴隷がブラジル東北部での砂糖のプランテーションで砂糖とともに大麻を栽培し、喫煙していたとされている。
以上、脳内ウィ○ペディア参照。
この世界でも、結構前から嗜好品の一種として流通していたようだ。
マリファナには、多幸感を齎す薬理作用がある。
含有されているテトラヒドロカンナビノールが、その主な症状の要因となっているのだ。
ただ、この世界では、オレ達が知っているような嗜好品が極端に少ない。
甘いものはジャムが主流で、食文化もそこまで隆盛していない為、麻薬や酒、女と言ったアンダーワールド的な嗜好品が蔓延してしまっていた。
それがまぁ様々な問題を引き起こしてくれていたというのに、それを取り締まると、今度はマリファナ愛好家達から反発を食らう。
貴族の中にも愛好家は多く、騎士団でも度々問題視されていた。
………今まではね。
その問題も、案外簡単に解消出来る事を、オレは知っていた。
要は、そのマリファナの代わりになるであろう、嗜好品を作ってしまえば良いのだ。
そこで、手が空いた時に作ったのが、オレが今持っている煙草。
煙草と言うよりは、葉巻に近い形となってしまったが、煙草だ。
少ない、もしくは無いのならば作る。
ここでもオレの知識や経験がなんとか活かされた形となった。
煙草の葉であるナス科タバコ属(こっちの世界では呼び名が違ったけど覚えていない)の栽培種の葉が簡単に見付かったおかげでもある。
その煙草の葉を乾燥させ、紙で巻くだけという簡単な造りであった事も、オレが作成に踏み切るきっかけとなっていた。
………まぁ、一番はオレがヤニ切れってだけだったんだけど。
羊皮紙よりも使い勝手の悪い反故紙(羊皮紙の作成過程でどうしても出てくる紙の切れ端みたいなもの)を格安で買い取って、そこに綿を詰めてフィルターとし、乾燥させた煙草の葉を詰め込んで紙で巻いたなんちゃって煙草。
着火装置などの火打ち石などがあれば煙草単体でそのまま喫煙可能なように加工された為、販売開始1ヶ月で王国内には広く普及しており『シガレット』と名付けられている。
勿論、名付け親も作成して普及させたのはオレだ。
ただし、現代みたいに根元まで吸うとフィルター代わりの綿に火が着くから注意が必要。
その分、改良して長くしてみたけど。
麻薬にも似た中毒症状はッ持っているし、脳梗塞や肺気腫の恐れがある嗜好品ではあるが、トリップして戻って来なくなっちゃう奴がいる麻薬よりは数倍もマシ。
噛み煙草やパイプ式、水煙草すらもすっ飛ばして開発してしまった紙煙草。
こっちも発売開始1ヶ月で莫大な資産を稼いでくれている。
石鹸同様、既に製造法も管理法も含めて王国に売り払っておいたが、ここまで浸透率が高いとは思っていなかった。
おかげで、マリファナの所為でところどころで起きていた問題が、緩和されたとか。
開発者がオレだと知っている騎士団の連中には、半ば本気で拝まれた。
ただ出来れば法律か何かで、吸える場所の指定を行った方が良いと思うけどな。
子どもや妊婦への受動喫煙のリスクはちゃんと話したから、そこんところはもう王国に一任するしかないけど。
『相変わらず、お前の知識には驚かされるものだ…』
オレと同じ様にして、煙草に火を付けたゲイル。
ただし、ライターは持っていないので、近くに立っていた蝋燭からだ。
そのうち、マッチ、もしくはライターでも開発してやろうかしら。
コイツは大麻に手を出してはいなかったが、元々オレの吸っていた煙草には食いついていたようだし、こうしてシガレットが出回るようになってからは、定期的に吸うようになったらしい。
おかげで、2人揃って酒場でヘビースモーカーになっている。
………ゲイルは意外と煙草を吸う動作が様になっていて、少し悔しいとか思ったり思わなかったり。
『小出しにしているだけだけどな…』
『………はぁ。これから、どれだけ驚かされることか』
煙を吐き出しつつ辟易としているゲイルに、オレは苦笑いを一つ。
こんなんで驚かれていたら、そのうち医療開発に乗り出した時には腰でも抜かすんじゃないか?
『まぁ、しばらくは頭打ちだな。
王国の貿易に関しては、今後ノータッチで行くつもりだし…』
石鹸の開発、そしてマリファナに変わる嗜好品、煙草の普及。
これ等は全て、オレ達が隣国『白竜国』の盟約の条件として引渡しを要求された事に遡る。
盟約の条件を受領しない場合、白竜国から実質的経済制裁を受ける事になっていたのだ。
それを解消するために、オレが代頭して交渉に乗り出し、約半年の期間を設けさせてもらい、その間に、オレ達は技術提供によるダドルアード王国再建を行う。
向こうが貿易をしたくなる商品を、要は作ってしまえば良いと安易に考えた訳だ。
限度を知らなかった事もあって、失敗したとも思えなくも無いけど。
おかげで、販売利益やらなにやらでたった3ヶ月で億万長者だ。
さすがに困ったので、寄付金として教会に定期的に金を流すようにしている。
これも先行投資だ。
以前、オルフェウス陛下を脅す名目で使ったように、後々の禍根があった時には、全面的にバックアップして貰える事になっている。
現在は、そのオルフェウス陛下との会談から3ヶ月が経った。
残りのタイムリミットは3ヶ月。
その間に、やるべき事は、まだまだ片付いていないけどな。
それでも、
『国王が最近、活き活きとしている。ギンジのおかげだ』
少しずつ、このダドルアード王国は、変わってきた。
金策も片付いて、ついでに貿易も安定し始め、国王陛下も最近では城で精力的に働けるようになっていたらしい。
なんか、地味に聞いたら、貴族に借金までして立ちまわっていたらしくて、色々無理難題を押し付けられていたらしいよ?
………それ、王権制度って言えるのか、甚だ疑問だったけど。
そんな国王陛下の悩みの種も既に解消され、ついでに借金からも解消されたから余裕が出てきた、と言う事らしい。
『あっそう。ほぼ瀕死から、やっと半死半生に立ち直っただけで、現金なもんだな』
『それでも、以前よりも安定している。
実際、市井の生活も向上しているし、石鹸が普及したおかげで衛生面での改善もあったからな』
『まぁ、そこは否定しないけど…』
衛生面というのは、民衆のエチケット問題だ。
水洗いだけではどうしても汚れと言うものは落とし切れないし、それが元で病気になったりする要因もあった。
しかも、この世界は、治癒魔法がある所為か消毒の概念も希薄だ。
騎士団の連中を通して、少しずつ民間に消毒の大事さを流布はしているが、石鹸も大いに役立って貰えたようでなによりだ。
こっちはお金が入ってハッピー。
向こうは病気にならなくてハッピー。
ギブアンドテイクで、WinーWinって感じだ。
それに、貿易に関してもなんと特別枠という形で石鹸や煙草が輸出されるようになったので、『白竜国』から受けていた実質的な経済制裁も意味は無くなった。
おかげで、市井の生活の質まで向上している。
協賛が王国だったので、国庫からの出資だったものの、生活が少しでも良くなったんだから良しとしてもらっても良いだろう。
***
しかし、はてさて、こんな話をしに来た訳では無い。
オレ達は確かに、市井で暮らしているが、結局のところ、市井の人間とは大きく違う生活をしているからだ。
オレ達は、あくまで『予言の騎士』と『その教えを受けた子等』。
本分を忘れてはいけない。
………忘れたくなる事は、多くあるけどね。
自嘲気味に酒を喉に流し込む。
ウィスキーともまた違う蒸留酒の味わいに思わずにんまりしてしまった。
酒の改良も悪くないかもしれないな。
しかし、そんな事を考えながら酒を楽しんでいるオレを他所に、唐突に真剣な表情へと切り替わったゲイル。
彼が徐に口火を切った。
『と、世間話はこれぐらいにしておこう。前に話していた赤い眼の少女の件だが、』
と、味わっていた酒が途端にまずくなる内容に、オレ達の問題だと分かっていながらもついつい恨めしい顔をしてしまう。
ご愛嬌だと思って欲しい。
以前から、時折表題に上がっていた内容だった。
オレ達の旧校舎に秘密裏に隔離されていた、謎の赤眼の少女。
警備の増強まで行って警戒していたが、ここ数ヶ月でも情報は全く上がって来ないどころか、目撃情報も無かった。
いっそ、不気味なほどに、あの旧校舎からの消息が途絶えてしまっている。
『巡回部隊からも、一度も報告は上がっていない。
王国外に出る巡回部隊や討伐部隊からも同様だ』
『………ふむ。オレの勘が外れたな』
オレは、既にこの街に潜伏していると勘繰っていたが、もしかして杞憂だったのだろうか。
這い出した校舎から、そのまま荒野方面に逃れたと見るべき?
いや、それに関しては無理があるにも程がある。
『荒野から先、『暗黒山脈』までは補給が出来ん。
西にマグダの街があるが、そこに行くまででも人の足で1週間は掛かる。
どのみち途中で息絶えても可笑しくはないな。
…驚異は去ったと思えるが?』
『………それだけで済むなら良いけどな?』
サイコで非人道的な研究をさせられて、旧校舎の地下室に監禁されていたあの少女が、荒野地帯に紛れ込んで、そのまま亡くなったというのはあまりにも呆気ない終わり方である。
まぁ、この世界には、要注意動物(?)の魔物なんてものも生息しているし、それもさもありなん?
だが、いくらサイコとは言え、研究が出来るぐらいの頭脳があったのだ。
それも、培養皮膚を使って人間そっくりの人形を作れるぐらいには。
そこまで、馬鹿な死に方をしてしまうものだろうかと、オレとしてはあんまりしっくりこない。
職業柄、オレが疑り深いだけなのかもしれないが。
煙草を吸いつつ、煙と共にしばらく思考を浮遊させる。
………なんか、やっぱりしっくり来ないんだよな。
そんなオレの心情を察したのか、ゲイルが同じくシガレットの煙を吐き出しつつ補足してくれた。
『勿論、それが間違いの可能性もある。
どこか、スラムにでも潜伏しているのであれば、我々の目が届かなかった事も頷ける。
勿論、今後も警戒は続けていくので、お前も気を付けて欲しい』
『ああ。まだ、ちょっと安心は出来ないだろうし…』
なにせ、オレの過去を知っている少女なのだ。
少女とは言え、敵と分類すべきで、警戒は怠らない。
何事も備えを持っておく事に越した事は無いというのは、身を持って知っているからだ。
陰鬱な空気と共に、沈黙が降りた。
………この報告、終わりって事で良いのかな?
そこで、またしてもゲイルがオレの内心を読んだかのように、表情ごと話を切り替えた。
『そういえば、お前のところの研究はどうなんだ?
『吐き出し病』の患者が見付かったと聞いているが?』
『概ね、問題無しかな。
やっぱ、吐き出した魔石に当たりを付けておいて正解だったわ』
切り替えられた話は、オレ達にとっての今後の課題である医療関係だった。
医療開発部門の始動と、『ボミット病』の治療法の確立。
それも、実はオルフェウス陛下と、口だけではあるが約束をしていた課題であった。
去り際の彼の子ども染みた捨て台詞は、今でも耳に残っている。
ちなみに『ボミット病』に関しては、ウチの学校ではオレと永曽根が発症しただけで、他の生徒達には未だに発症していない。
まだ感染しない確証も無いし、油断は出来ないが、これは素直に喜ぶべきことだ。
緩和策としては、オリビアと『契約』することで、オレ達の魔力を共有・吸収を合わせて行ってくれている為、発症から3か月経った今でも、一般的な生活を送れるようになっている。
そして、次に探していたのは、言い方は悪いが実験体。
それと同時に、オリビアの助力以外で魔力を体外に排出させる為の方法だった。
まず実験体については、1ヶ月前に治療院で見付かった。
『ボミット病』の典型的な魔石や血を吐き出す症状を起こした12歳の少女で、教会にも指示を頼みつつ治療院から引き取らせて貰った彼女は、名前をミアと言った。
次に、魔力を体外に排出させる方法だったが、これが呆気ない程簡単に見つかった。
それは、出所は控えるにしても、魔法発現装置『魔法具』と呼ばれる代物であった。
小型の魔石を埋め込む事で、魔法具を取り付けられた術者の魔力を吸収してしまうというトラップ的な魔法具で、取り付けた魔石を通して術者の魔力を空気中に放出するもの。
元は、数百年前のこの世界の戦時中に開発されたものだったが、術者に取り付ける事自体が難しい事と、取り付けられた場合に術者が魔力不足で死ぬまで魔力を吸収されるという恐ろしい兵器だった為、一般的には存在を知られていない。
ついでに、製作者やどういった経緯で開発されたのかも、詳しい内容は分からなかった。
しかし、なんともお誂え向きな道具である。
今では、この魔法具がオレ達の病気の緩和策として、大いに活躍してくれている。
魔法具に埋め込む魔石は、オレ達が吐き出した魔石で補えた。
以前、教会で女神様に興味を持たれた事から一種の勘が働いて、持ち帰ってきていたものを、清潔にして保管しておいたもの。
ちゃんと洗ったから、オレの毒素入りの件も大丈夫だと思いたい。
………魔石に毒素とか配合されるのかは不明だったけど。
閑話休題。
その魔法具を、今回保護した少女ミアに使わせて貰う事になった。
学校で治療を行うのはマズイので、教会で治療は行わせて貰ったが、その結果、症状を緩和する事ぐらいは出来るようになった。
一日一回、この魔法具を作動させるだけで、オリビアと同じ効果があったのも既に確認済み。
死ぬまで魔力を吸い取る必要も無いので、頃合を見計らいながら時間を置いて解除をすれば命に関わる事も無い。
おかげで、ミアも『ボミット病』を発症したにも関わらず、オレ達同様の日常生活を送れるようになっている。
ただ、喜んでばかりはいられないのが、この世界での怖いところ。
しかも、この魔法具での緩和策に関しては、おいそれと外に出す訳にも行かない方法だ。
頃合を見計らってくれる人間と解除する人間とで最低でも2人は必要であり、忌むべき戦時中の遺物でもある魔法具を使っている。
民間に勝手に広まって、結局死者が出ました、ではそれこそ本末転倒となってしまう。
仕方ないとは言え、しばらくはオレ達とミアを含めて、この方法を使って試験的に治療をしていく事となっている。
『たった3ヶ月で、本当に治療法を確立するとはな…』
『いや、別に治療法じゃねぇし。これは、ただの緩和策』
オレの言う通り、この魔法具はあくまで緩和策であって、完治する訳では無い。
たまに、オリビアの魔力の供給を忘れてしまって、オレも永曽根も再発する事があった。
部屋で血ゲロを吐いて、気絶したところを生徒達に見付かったのは地味に痛かったので、やはり、オリビアの助力にしろ魔法具にしろ緩和策でしか無い。
魔法に関する履修はまだ始まっていないにしても、早急な対処は必要だろうな。
そんな魔法の履修に関しても、若干問題があった。
何を隠そう、このオレが早くも躓いている。
『ボミット病』の影響で、魔法が使えないのである。
確かに魔力はあったし、魔力は空気にも含まれている。
食べ物なや飲み物からの経口摂取でも蓄積されるので、オレ達がこの世界に馴染んだのもそう言った魔力の蓄積が要因だったというのは、なんとなくオリビアから聞いていた。
しかし、『ボミット病』は、その魔力を使う為のコントロールを乱してしまう。
折角、生徒達には内緒(やましい意味は無い。彼等に教える為にオレが教わっているだけ)で前倒しにゲイルに魔法の理念やイメージの構築、魔力の配分などを教わっても、発動しないので意味は無い。
結局、オレは3か月経った今でも、未だ魔法を発動出来ていないので、少々どころではなく残念だ。
これによって、自身での魔力の排出も難しいから、悪化や進行が早いのも『ボミット病』だが、まだ3ヶ月。
治療法は確立できていなくても、ミアの一例のように延命措置は取れるようになった。
少しは進歩していると思って良いだろう。
『お前は、大丈夫なのか?』
『最近はオリビアの魔力吸引も忘れてないから、比較的安定しているな。
………魔力不足に陥ってグロッキー状態にはなるけど…』
『グロッキー…?…それも、大丈夫なのか?』
『割と最近は慣れた』
『…ふむ。…予防の為とはいえ、やり過ぎは禁物か。限度を知らんとな?』
『はは。魔力吸われ過ぎて死ぬとか間抜けだからしないさ』
オレを見て、心配そうなゲイル。
その心配も当初が薄ら寒いと感じていたが、最近は慣れて来たもんだ。
早くも3ヶ月を経過したが、他にも、付随していた問題は概ね改善され始めている。
そういえば、コイツとの噂も問題の一つだった。
コイツとオレが恋人同士とかいうふざけた噂だったのだが、しかし、一時期を持ってぴったりと収まった。
曰く、オレが公衆の面前でも外聞無く、コイツをぼこぼこしていた事が功を奏したらしい。
………それもそれでどうなの?
ただ、苦笑を零した友人は、どこか満足気な様子。
変な性癖に目覚めたとかじゃないよな。
ついでに、城でも蔓延していたオレの風評が収まってきている。
オレ達の護衛とは別に、城の仕事に従事している『白雷騎士団』や、ジェイコブ率いる『蒼天騎士団』、痴女騎士率いる『夕闇騎士団』が、それぞれ随分と頑張ってくれたらしい。
今ではオレが、石鹸や煙草の開発者と知っている騎士団連中の方が多い。
それに、治癒魔法行使前に消毒する事を奨励した件で、騎士団の病気発症率が低下したらしい。
ほら、見た事か、と鼻で笑ったけど。
その代わり、それも踏まえてオレが神格化されているらしい。
おかげで、城に出入りする度に拝み倒されているのだが。
………それはそれで、ちょっと怖気が走るけど?
なんで、販売利権とか製造工程の改良に立ち会う為に城に行く度に、騎士連中のマッスルカーニバルを体験しなくてはいけないのか。
生命の危険よりも、貞操の危険を感じる。
一時期はオレが女だとか言う噂もあった所為か、むさくるしい騎士達のオレを見る視線が若干気持ち悪い事に。
………やめてよ、もう。
オレのライフがガリガリ削られるから。
***
はて、またしてもぐだぐだになりつつあった定例会の中、
『………それで?』
『うん?』
ふと、話が途切れ、お互いに酒が進み、程良く酩酊感を味わっていた頃、オレは忘れないうちにと、とっとと切り出す事にした。
何を?
『本題は、何だったんだ?』
ゲイルの、今回の定例会の意図である。
ちょくちょくと、御託を並べたり、何でも無い事を報告したり、ついでにあからさまな話題変換をしたり、と今日は若干落ち付きが無かったように思える。
しかも、実は今日は定例会議の日では無かったりした。
今日の朝の段階で、あれこれ理由を付けて、前倒しにしたいと言い出したのは誰でも無く、この騎士団長様だ。
こうして他愛のない世間話や、一部は重大な報告を交えながら、彼はずっとオレの事を伺っていた事にも気付いていた。
その実、その内心で随分と暗く晴れない靄のようなものを抱えているのも、気付いていたつもりであった。
定例の報告会意外にも、本題があったのではなかったのだろうか?
少なくとも、オレは最初からそう認識していた。
『………はぁ。お前には、いつまで経っても敵わんな』
そう言って、溜め息半分苦々しい顔をしたゲイル。
まだ更に追随する気持ちではあったが、あっさりと彼は白状するつもりになってくれたようだ。
2本目の煙草に火を点けて、酒の追加注文もした。
『………今日は、お前の奢りな。だから、とっととぶちまけちまえ』
『………ああ、分かった』
ケツの収まりが悪いだろうから、先に奢りを催促して対価を頂く。
その上で、話を促してやれば、彼は苦笑を零して、酒を煽った。
それを飲み干したと同時に、、
『………以前、商人が話していた話を覚えているか?』
難しい顔をして、語り出した内容。
『商人が話していた内容?
………えっと、色々あってどれが該当するのか分からないんだが?』
商人とは、石鹸の販売ルートを開拓し、今でもウチに定期的に出入りしている商人の事だろうか?
ジョシュアとか言う名前の、あの厳つい顔して中身がほのぼの系のオッサン証人。
最近金回りも良いのか、体型がふくよかになりつつあるお馴染みの商人である。
『最初の頃、蜂蜜の入荷に関して話していた時の話だ』
『ああ、あの時か。………確か、蜂蜜を取りにいくのが大変とかなんとか言ってたんだっけか?』
ああ、確かにそんな話をしていたなぁ。
彼は『商業ギルド』の下請けだったから、ギルドの商売敵『商会連合』に蜂蜜の独占ルートを持っていかれて嘆いていたけど、オレが小売から買い取っちゃえば?と話したらとっとと転売商法に走っていたっけ。
まぁ、それも現地購入って事で仕入れの応用だし、そのおかげでオレ達のところにも定期的に蜂蜜が入ってきてるから文句は言わないけど。
ちょっと話が逸れたけど、その時の話が、一体どう関係するの?
『街道に出た魔物の件で、近く討伐隊が組まれる事になった』
『ああ、なるほど。お前がそっちに手を裂かなきゃいけないって事か?』
ちょっと、固い表情と口調のゲイルだったが、それを聞いて得心が行った。
今は王命でオレ達の護衛をしているとはいえ、コイツはその実泣く子も黙る騎士団長なのだ。
実務にも政務にも、討伐隊にだってそろそろ復帰しなきゃいけないのだろう。
その間の護衛が心配なのだろうか?
それは、蒼天騎士団が全面的に引き継ぐなら良いだろうし、オレも間宮もいるから今はそこまで危惧していないのだが。
………相変わらず回りくどいなぁ。
『それだけではない。
………出来れば、今回はお前に参加して欲しいのだ…』
『………どういう事だ?』
しかし、続けられたゲイルの言葉には、回りくどさは無くなった。
彼は今はっきりと、オレに討伐隊へ参加をして欲しいと本題を話した。
………一体、その真意は何だろうか。
小首を傾げて、彼からの返答を待った。
『既に、この3ヶ月で討伐隊を、3度派遣しているのだが、未だにその魔物を討伐出来ていないのだ』
『………大物って事か?』
『おそらくは、そうなのだろう。
………かろうじて生き残った騎士達が口を揃えて言っていた。『ただの魔物ではない。化け物だった』と、』
………ふむ、それは聞く限りでも重要な案件そうだ。
むしろ、国防の要である騎士団長を引っ張り出すぐらいなのだから、相当デカイ山だと考えた方が良さそうだが。
『けど、なんで、そこでオレまで引っ張り出される訳?
まだオレは『騎士』には昇格してないから、参加義務は無い筈だよな?』
『………。』
ただ、問題はこっちね。
これは、前から言っていることではあるし、オルフェウス陛下の時にも言ったけど、オレはまだ王国で定められた諸条件をクリアしていないから、『騎士』としては活動出来ないの。
勿論、『予言の騎士』としての活動は今まで通りやって行くけど、王国の『騎士』としての業務に関しては免除されている筈。
しかも、国賓待遇という名ばかりの監禁態勢のままだから、おいそれと外に出す訳には行かないだろうし、仮にもし討伐隊に参加したという噂でも流れたら、『白竜国』への引き渡しを蹴った時の屁理屈が瓦解する。
最悪、引き渡しの猶予である半年の契約が、反故にされる可能性も出て来てしまうのだ。
だが、そんな危険を冒してまで、何故オレを引っ張り出したい?
『隠し事は無しと言わなかったか?』
『………分かっている』
『じゃあ、何?また嘘吐いて誤魔化そうったって、』
『それも違う。………オレも、正直、迷っているのだ』
………ううん?
彼も迷っているというのは、一体どういう意味なのだろうか。
無理や無茶、危険を冒してまでオレを、討伐隊に引っ張り出す理由。
3本目に突入した煙草の煙をくゆらせつつ、ぼーっと虚空を眺めながら思案を重ねた。
まず、オレ『予言の騎士』の役割とは何か。
太古の女神『ソフィア』様が、『石板の予言』として残した『騎士』だ。
だが、その役割については、未だに中途半端な中身が穴だらけの、結論しか書かれていないあやふやなもので、未だにオレも真意を計り兼ねている。
しかし、もしその役割の中に、こういった魔物の討伐をすることが含まれると仮定しよう。
RPGのボス戦のように、定期的に討伐対象の魔物が現れ、それを討伐・及び殲滅していくことによって、最終的に災厄を打ち払えるとなるなら?
………間違っても現実なので、ゲーム感覚では進みたくないものの。
ただ、それがオレの役割で、引いては生徒達の役割になるというなら、それも然もありと考える事は出来る。
危険度は高いものの、やってみない事には分からないし、やってみて分かる事もあるだろう。
試してみる価値はあると思っている。
しかし、それがゲイルの迷っている事なのだろうか?
『………戦闘面で心配しているのか?』
『いいや。お前の戦闘に関しては何も心配していない』
………言い切ったな、コイツ。
若干食い気味に返されたのは、オレが最近コイツとの鍛錬で負け無しだからだろうか?
やっとこさ、現役時代の勘が戻ってきたんだよ。
筋力落ちてたから、機動力も落ち込んでただけで、最近は絶好調だ。
………それが、ちょっと、彼のプライドを傷付けたようだったが。
ああ、また話が逸れた。
『………討伐隊編成の騎士団では、既に一部が陥落している。
常駐部隊の『蒼天騎士団』は元々再編中だが、討伐部隊自体を編成できない状況にもなっている』
『戦力不足か?』
『………違う。問題は、士気の低下だ。
魔物の正体すら報告に上がって来ない事もあって、騎士団の中では不気味だと騒がれていてな』
正体不明の魔物が相手って、そりゃ、確かに不気味だわな。
しかも、今まで3ヶ月の間に、3度も討伐隊を送り込んで成果無しとくれば、士気も低下するのは頷ける。
なるほど、分かってきた。
だから、コイツは迷っているのだ。
オレを、討伐隊の士気向上の為に、わざわざ危険地帯に連れ出して、道具として祀り上げるのを。
だが、
『………済まない。忘れてくれ』
そう言って、首を振ったゲイル。
酒を大して美味くもなさそうに、流し込むように煽った。
………なんで?
ここまで話しておいて、呆気なく終了って。
『おいおい、』
『悪かった。………これで、この話は終わりにしておこう』
そう言って、苦笑を零したゲイル。
何故か、その顔には、どこか覚悟を決めたような、それでいて寂しげな表情があった。
『忘れてくれって言いながら、その表情は無ぇんじゃねぇの?』
指摘をすれば、彼は口元を押さえた。
『悪かったな、こんな表情で、』
口元を押さえ、目線を逸らす。
しかし、それ以上は、何も言おうとはしない。
………オーケィ、なるほど。
オレの意見は聞く気が無いと言っているんだな?
だったら、その顔を辞めろ。
今すぐに辞めろ。
死を覚悟したような、そんな顔をしないでくれ。
『………そこまで言っておいて、』
『悪かった。
だが、出来ればお前には、今まで通り平穏に暮らしていて欲しいのだ…』
そんな事を言って、オレを誤魔化そうとするな。
前にも言っただろ。
お前は、元同僚兼友人にそっくりだと。
………アイツと同じような顔をして、そんな事を言わないでくれ。
まるで、蒸発を決意した時のような、彼と同じ表情をしている癖に。
ああ、オレも、まだまだ甘い。
………この馬鹿野郎には、どうしても最後の一線を越えさせてしまいそうになってしまう。
『………オレが、参加すると言ってもか?』
オレが、そう言った途端、彼は眼を瞠った。
なんだ、その顔は。
信じられないようなものを見る目で、オレを見てんじゃねぇ。
………実際には、お前よりも当の本人であるオレの方が、自分の言ったことが信じられないんだから。
『……ほ、本気で、』
『言ってる』
『………討伐隊に参加するだと…ッ!?』
だから、そう言ってんじゃねぇの。
………自分で言い出しておきながら、今さら何を怖気付いていやがるのか。
『そろそろ、オレの本業もどうにかしなきゃいけない。
………オレがこの王国にとどまったのは、別に金儲けをする為なんかじゃないんだからな』
『予言の騎士』としての本業。
まだ役割が何なのか分かり兼ねてはいるものの、
『前線に出張って、士気を上げるだけの簡単なお仕事なんだろ?
テメェには背中を任せる』
それでも、オレにとっての初めての公務が、こんな形でも悪くは無いと思っている。
まぁ、オレも甘いって事だ。
このダドルアード王国の防衛の要で騎士団長で友人兼下僕である彼を、オレが思いの他気に入ってしまっていたというだけの話。
懐に入れてしまったのが、運の尽き。
『………ギンジ…ッ!……済まない…!!』
そう言って、苦しげに顔を歪めた彼。
どうやら、オレの当初の勘は当たっていたようで、随分と貯め込んでいたようだ。
彼は、目頭を押さえ、何を思ったのか一筋だけ涙を零していた。
馬鹿だな、お前も。
断られると分かっていたから、もしくはオレがそんな状況では無いと考えていたから、言い出せなかったのだろう。
それで、最近は考え込むことも多く、眼の下に隈まで作っていたのか。
いっそ、そんな彼の姿が哀れに見えてしまったが、結局コイツは相変わらず涙脆いお馬鹿さんだっただけだ。
***
冬に差し掛かったダドルアード王国、年末の事。
あまり雪が降らない所為で、現代の冬を知っているオレ達からしてみれば年末と言う気分は皆無で、しかもオレ達の体感的には一ヶ月余計に多いが、それでも年末の事だった。
オレの、討伐隊への参加が決定した。
士気向上の為の応援団長としてだが、『予言の騎士』としての、初めての公務となりそうだ。
***
気付いたら億万長者。
発明家の皆さんもそうだったのでしょうね。
現代知識の恐怖。
何事も程ほどに。
そして、世界の常識を知らないとこんな事になってしまうということで。
ピックアップデータ
出席番号5番、杉坂・エマ・カルロシュア。
17歳。
身長158センチ、体重45キロ。
金髪へ碧眼で、フランス人形を地で行く美人双子姉妹の妹。
エマは妹。一時期間違って姉と表記してましたが妹。
スリーサイズがB105、W51、H74のナイスバディ。
伊野田の寸胴とは雲泥の差。
姉のソフィアと違って、野暮ったい。
眼鏡を掛けて、髪はお下げにして流している。
ブレザーはだぼだぼで、スカートも折り込んでない。
姉との差異を付ける為と、その実容姿のせいで目立ちたくない為。
姉と2人で巻き込まれた事件の所為で、大の男嫌い。
でも、男子とは付き合った事があるとか意味不明な行動もあり。
寂しかったらしい。
銀次と出会ってからは、誰とも付き合っていないらしい。
彼が自分達を特別視しない事や、助けれられたりした事で信頼がいつの間にか恋心に発展したらしい。
決闘を申し込んだりして、お願い事を叶えてもらおうとしているらしい。
そんな彼女のお願い事はまだ秘密。
最近、髪が痛んできたのがお悩みらしい。
銀次の本当の髪を知ってからは、キューティクルで負けていたのを気にしている模様。
銀次が石鹸を作ると言っているのを心待ちにしている。
普段は気まぐれさんでも、懐くと精一杯擦り寄ってきます。
5回目となったピックアップデータ。
唯一裸のお付き合いをしたエマちゃん。
本編中では最近絡ませる事が出来てない。
決闘のお願い事ももう少し引っ張らせていただきます。
誤字脱字乱文等失礼いたします。




