表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、技術開発部門設立編
23/179

20時間目 「授業参観~他国国王の授業参観~」

2015年9月13日初投稿。


お持て成しからの授業参観。

内政の話ばかりで、疲れています。

癒しが欲しい。

癒しが書きたい。

けど、やっぱりシリアス路線。


いつの間にかブックマーク件数50件ありがとうございます。

これからも頑張って精進させていただきます。

感想いただきました方々、ありがとうございます。


(改稿しました)

***



 今回のお持て成し(・・・・・)に関しては、前哨戦としてはオレの勝利だと言えるだろう。


 貿易規制や盟約を盾に、オレ達『予言の騎士』と『その教えを受けた子等』の身柄の引き渡しを迫っていた『白竜国』。

 このダドルアード王国から北、大陸の中央に位置する『竜王諸国』の南の雄にして、食料品や生活用品などを中心とした貿易で財を成している発展目覚ましい貿易都市らしい。

 そして、今回この学校へと招致したオルフェウス・エリヤ・D・グリードバイレルは、その『白竜国』やり手の国王陛下だ。


 なんでも交渉術に長けた、文官気質。

 魔法の才覚にも優れ、適正は『風』と『土』を操るダブル(?だかなんだかの呼び方があるらしい)で、遠距離系の武器や弓を得意としているらしい。


 まぁ、実際に戦役に参加したのは、二十年前以上だということだったので、その頃まだ10歳前後だったゲイルは知らないとの事だ。

 ………お前もそうだけど、一体この世界のイケメンって幾つなの?


 閑話休題。


 そんな交渉術に長けたオルフェウス陛下から、オレは今回勝ちをもぎ取った。

 やったね、オレ、大金星。

 伊達に元裏社会人で、バカみたいな経験豊富とかでは無かったね。


 貿易の続行を盾にされた引き渡しに対し、学校を始めたばかりで、オレにも生徒達にも余力は無いだの、まだ国に認可された『騎士』では無いとか、屁理屈や御託を並べて、オレは彼にノーを突き付けた。

 まぁ、実際引っ越しをする為の余力が無いのは本当だし、ここまでインフラを整え終わった学校を捨てる気が無いのも事実。


 しかも、オレは先にも言った通り、『予言の騎士』などと言う大層な肩書きを持っちゃいるが、実際にはまだその『騎士』としての条件を満たしていない。

 国王から認可を受け、試験に合格し、魔法の適性があり、更には行使が出来ないと王国としても『騎士』としては認可されない。

 それは、『白竜国』も同じだったので、今回はその決まり事を大いに有効活用させて貰い、屁理屈をこねくり回してやった。

 だって、それでも無理矢理『騎士』として国政に引っ張り出したら、『白竜国』も騎士の定義を、オレのように『女神様に認可されていれば可能』なんて事を許さなきゃいけなくなるだろ?

 

 向こうは、最初その『石板の予言の騎士』を、女と間違えた挙句に求婚しやがったのだ。

 こっちも大目に見るから、あっちも大目に見ろってんだ。


 そして、そんな前哨戦を終えて、一旦のブレイクタイム。

 オレ達は、間宮と一緒にキッチンへと閉じ籠もり、再度作戦会議を敢行していた。

 あっちも作戦会議は必須だろうな、って事でオレ達も席を外した形だ。

 まぁ、キッチンへの去り際に見たオルフェウス陛下は、とにもかくにも疲弊度合が半端じゃなかったから、大した作戦会議は出来ないとは思うけど。

 そうさせたのはオレだと分かっているけども、申し訳ない事をしたとは思わない。

 だって、権力のごり押しというオレの嫌いなやり方で迫ってきたのは無効だから、手加減はしなくて良いって事でしょ?


 なんて事をつらつらと、間宮とゲイル相手に話しながら、先ほど使っていた紅茶のカップやソーサー、ティーポットを片付けていると、


『お前は凄いな。『白竜王』と言えば、交渉術では右に出る者がいない、と評判だった相手だったと言うのに、』


 そう言って、オレと並んで煙草を吸っていたゲイルが、何故かご満悦の表情。

 どうやら、やたらと敵対心を燃やされて犬猿の仲となっているらしい、『白竜国』騎士団長・ベンジャミンの鼻を明かせた事が嬉しいらしい。

 お前は何もやっていないというのに、現金な奴だ。


『(……それが、あの体たらくですか?)』

『………お前は、相変わらず辛辣だな』


 ゲイルの言葉に答えた間宮も、どこか誇らしげではあるが、相変わらずの毒舌加減である。

 口だけしか動かしていないので、ゲイルには伝わらなかっただろうが、分かる奴には分かるから気を付けないと。


 ちなみに、彼が淹れる紅茶がやたらと気に入ったらしく、オルフェウス陛下はちゃっかりしっかり紅茶を3杯飲み干してくれた。

 間宮を勧誘したそうにしていたが、口が利けない事を教えると、途端にがっかりした様子を見せていた。

 今のところ、意思疎通は手話か読唇術、オリビアの精神感応テレパスぐらいしかないからね。

 

『ただ、今回のは勝たせて貰えたって考えておいた方が良い。

 本来なら、彼はオレ達を力付くで浚っても文句が言えない程には、権力を持っている国の国王なんだから、』

『………力付くで来られると、お前でも無理か?』

『無理だな。あの騎士団長クラスの人間が来たら、生徒達を守りながら逃げるのも無理だし、逃がすのも無理。

 どの道、生徒達が一人でも捕まったら、人質として迫られるだろうし、』


 まぁ、そう出来ないのも、政治の力って事になるんだけどね。

 もし、今言った通りに無理矢理浚われたって事になると、大陸各地にダドルアード王国とオレの連名で、そう言った通告を飛ばす事も出来るから。

 オレだけ、もしくは間宮だけならいくらでも逃げられるし。

 ………その前に、オリビアに天誅を食らわして貰うって手もあるか?


 今回、この交渉で得た、オレ達の残留は、それなりには大きなものだ。

 懸念があるとすれば、ダドルアード王国が今後受けるだろう、経済制裁については避けられない事だろう。

 痛手となる事は分かっているが、ただ、国王が国庫からでも国民への支援を約束したから、少しは時間を稼げる筈。


 その間に、オレ達の知識を持って、経済制裁を解除、もしくは輸出枠を増やしたくなるような商品を、開発してやれば良い。

 その為に、オレ達は昨日の段階で、名ばかりではあるが技術開発部門を立ち上げ、『石鹸』というこの世界では画期的な開発となる商品を世に出す事を目論んでいる。

 実質、ハンドメイド石鹸マイスター資格持ちと言うオレがいるので、素体ボディから添加までなんでもござれだ。


 貿易の盟約でもなんでもなく、対等な貿易相手となれたその時には、改めてオレ達の身柄交渉をして欲しいものだ。

 国政や政治が関わっている以上、甘い考えかもしれない。

 それでも、オレ達にとっては、この王国に残させてもらっただけでも好都合なのだ。

 今は、余力が無くて動けないが、その時にどうなっているかは分からない。


 ダドルアード王国にそのまま根付いているかもしれないし、もしかしたら何らかの理由で『白竜国』に出奔している可能性だってある。

 そのもしかして、を否定出来ないのは悲しいかな、信頼の無さ故である。

 ただ、時間さえくれれば、どっちに転んだとしても、オレ達も十分な余裕を持てる筈、という取らぬ狸の皮算用って事で。


『それで、今後はどうするつもりだ?』

『別に、何も?』


 おそらく、ゲイルが言いたいのは、まだ国王様を虐めて楽しむのか?って事なんだろうけど、これ以上虐めると今後の貿易の時に、この王国の国王陛下や官僚達が割食うことになり兼ねないから、これ以上はオレは手出しも口出しもしないよ?

 既に、引き渡しの件はオレが勝ったし、言質も取った。

 だから、それ以上の事を要求するのは、『騎士』じゃないって屁理屈こねた側としては、越権行為になっちゃうもの。

 ………まぁ、既に越権行為になっちゃってるだろうけどね?


 今後はただの授業参観をして貰うだけのつもり。

 元々、オレの本分である教師としての姿を見て貰って、オレがただの一般人であり、それ以上でもそれ以下でも無いと言う事実を認識して貰うのが、当初の目的だったのだから。

 この交渉だって、本来ならイレギュラーだったし。


 だから、この後は、今2階の教室で自習している生徒達の授業に乱入して、一通り見て貰ってから、そのままお帰り頂くだけの簡単なお仕事だ。


『手土産は忘れるなよ?』

『分かってるって』


 ちなみに、手土産と言うのはこっちの国王様から、先に騎士団経由で受け取っている、オルフェウス陛下へのお土産の事。

 流石に招致した側としては手ぶらで帰す訳にもいかないから。

 まぁ、オレ達が準備できる品というのも限られているので、この王国でも最高級な織物製品一式を、国王様に用意して貰っただけだ。


 ただ、どっちかというとあのオルフェウス陛下は、異世界こっちの品物に興味があったようだ。

 ちょっとだけしておいた世間話の中では、オレのスーツや生徒達の制服が気になっていたようだから。

 ………ボールペンでもあげたら喜びそう。


 まぁ、そんな事を今更言っていても、栓無い事だ。

 当初の予定通り、このまま授業参観して貰って、そのままお引き取り願おう。


 胸ポケットから取り出した懐中時計で時間を確認。

 後2時間程度で昼になるので、昼食の接待の時間もそろそろ手配しておかないと。


『じゃあ、間宮は先に戻っておいて?他の連中には、もうすぐ行くから悪さはするなよ、と伝えておけ』

『(喋れませんが?)』

『オリビア発、香神経由、クラスメート行きだよ』


 バスの発着時のアナウンスのような方法ではあるが、こうしておけば、間宮も生徒達に伝言ぐらいならする事が出来るようになっている。

 オリビアが精神感応テレパスで読み取って、ヒアリングが出来る香神が、それを生徒達に伝えるというシステムで、多少タイムロスはあっても通じる様にはなった。


『騎士団の連中には、昼食の場所の予約と手配を頼んで良いか?』

『ああ、既に頼んである』

『仕事がお早いようで、』


 そして、ゲイル率いる騎士団にも、今回は護衛以外の仕事で遁走して貰っている。

 流石に『給食』と言い張って、庶民食をオルフェウス陛下に食わせる訳にはいかないので、接待がてら高級料理店の予約を頼んでおいた。


 さて、ではお持て成しの第二段階へと参りましょう。


『お待たせしてしまい、申し訳ありませんでした』


 そう言って、キッチンを出れば、オルフェウス陛下と『竜王騎士団』騎士団長ベンジャミンの視線が鋭く突き刺さった。

 先ほどの憔悴したような様子は無かったが、相当オレの事を警戒しているようだ。

 そりゃ、交渉に負けた相手だもの。

 罷り間違って、国の情報まで抜き取られちゃ堪らないんだろう。


 そんなに心配しなくても、もう苛めるつもりはありませんよ。

 苦笑を零してしまいそうになって、愛想笑いで誤魔化した。


『じゃあ、間宮は行って良いぞ』

『(ぺこり)』


 そう言って彼を促せば、頷いた後に、オルフェウス陛下へと向けて優雅に一礼。

 そして、そのまま階段を上って、2階の教室へと向かった。

 オルフェウス陛下の目は、そんな間宮の後ろ姿を、また勧誘したそうな顔をしながら追いかけている。

 しかし、そこでふと、


『つかぬ事を御聞きしますが、あちらの衝立は何でしょうか?』


 ふと、そんな彼の目が間宮から、彼の上っていった階段の横へと移される。

 あ、これわざと間宮を視線で見送ったな?

 自然な動作でありながら、その眼は意図的に動かされていた。


 階段の横には、オレ達が旧校舎から回収して来た医療品や医療道具などが積み上げられ、衝立で隠されている。

 危険な薬品も多いオーバーテクノロジーの一部で、オレ的には知られたくない品々だ。

 隠す場所が無かったので、ここに積み上げておくしか無かったのだ。

 階段の横にこれ見よがしに置いておいたオレの落ち度だが、オルフェウス陛下からはいじめっ子のような雰囲気が漏れだしている気がする。


 衝立で隠しているから、やましいものが有るに違いない。

 ちょっと突いてやろう。


 と、いう魂胆が透けて見えたが、これぐらいなら可愛いものだ。


『お恥ずかしい限りではありますが、当校舎の備品でございます。

 なにぶん数が多くて収納出来ませんでしたので、ああして衝立で隠しているのですよ』

『ほお、異界の品でございますか?』

『ええ。しかし、危険なものも多いので、滅多な事ではお見せ出来ませんので悪しからず』


 まぁ、気になるとは思うし、見たいとは思うけどね。

 教室へ案内をする為にオレとゲイルや騎士団の先導で階段を上る際にも、上から覗こうとチラチラ見ているようだったが、残念でした。

 上からも見られないよう予防策に、備品類にはシーツを掛けてある。


 これには、オルフェウス陛下もちょっとだけ、口を尖らせただけだったが、案外子どもっぽい表情や性格をしているようで。


『1階が、先程見ていただいた通り、ダイニングやキッチンなどの水回りとなっております。

 2階には教室と私や生徒達の私室。

 3階には、リビングルームや残りの生徒達の私室となっております』


 階段を上った踊り場で一旦停止して、間取りの説明をしておく。


『少々手狭ではありませんか?

 『予言の騎士』様ともなれば、これ以上の住居とて望めるでしょうに、』


 あ、これはもしかして、勧誘文句だろうか?

 『白竜国』に来てくれれば、もっと良い家屋を与えてあげますよ?ってところだろう。


『これで十分でございますよ。

 所詮は一介の教師と、市井の子ども達ですので、手狭なぐらいが性に合っていますので、』


 まぁ、広ければ広い程落ち着かないし、どちらかと言えば隅っこが良いという日本人の性分としてだけどね。

 狭いところが落ち着くのね。

 ………たまに、間宮も天井裏に出入りしているみたいだし。


『こちらが、教室となっております』


 そう言って、オレは教室の扉を開けた。

 実は、上座と下座に一つずつ扉が付いているので、今回は下座から入った形。

 扉を開ければ生徒達がこちらに注目をしたのが見えたが、割と真面目に英語の自習を行っていたようだ。


「お、やっと来たか、先公」


 臨時の講師になっていた香神が、つきっきりになってしまっていただろう徳川から顔を上げ、苦笑を零した。

 ………その知能的な問題児の相手は、さぞ疲れただろうな。


『おや、今の言語は?』

『ああ、我々の祖国の言葉です。

 まだ、こちらの言葉を習得しておりませんので、悪しからず』


 まだ、言葉が通じないので、変な言語が飛び出るけど許してね?って念押し。


「良い子にしてたか、お前等」

「勿論じゃん!」

「先生じゃないからね」

「榊原ぁ?」

「ごめんなさいごめんなさい、なんでもないです!」


 一言余計な彼に、指の骨を片手でごりごり鳴らして黙らせる。

 今日ぐらいは、拳骨もチョークも飛ばない授業をさせて欲しいもんだ。


 ぷっ、と背後でゲイルが吹き出したので、殴られたいのか?と、真顔で拳を突き出しておいたら、肩を跳ねさせて首をぶんぶん振っていた。


 そんな生徒達とオレ達の様子を見てか、オルフェウス陛下は眼を瞬かせていた。

 まぁ、外国人が会話出来ない状況に驚くのと一緒。

 しかし、そんな国王陛下の背後にいたベンジャミンは、少々違った事に驚いているようだ。


 そりゃそうだろう。

 ゲイルが、まるで言葉を分かっているかのように、笑っていたからだ。


『この通り、我々の使う言語は、こちらのものとは少々異なっております。

 ですが、この場にいるウィンチェスター卿が、少々ではありますが言語を習得しておりますので、ご安心くださいませ』

『不束ながら、お役目を果たさせていただきます』


 『言葉ことのはの精霊』という、異色の精霊の加護を受けている彼には、こうしてベンジャミン氏が驚いた通り、言語の通訳を任せることになっている。

 と言う訳で、昨日に引き続き、彼が通訳としてこの場ではつなぎ役になって貰う。

 『言葉ことのはの精霊』に関しては秘匿するが、その代わりオレが彼に言語を教えておいたことになっている。


『適当な事を言うつもりでは無かろうな?』

『これ、ベンジャミン!』


 向こうの騎士団長様は訝しげだが、適当な事を言うならそもそも言語を習得させたなんて設定は使わないから安心してくれ。

 陛下に窘められて、それ以上は何も言おうとはしなかったが、どうやら相当ゲイルに敵対心を募らせているようだな。

 ………お前、モテモテじゃん。


『堪能でいらっしゃるのですね』

『いえ、ギンジ殿の教え方が、お上手でございますれば、』

『煽てても何も出せませぬよ?』


 そういって、お互いに愛想笑いをし、同時に目線を逸らした。

 ………無いわぁ、無い無い。

 正直、オレ達がこうして向かい合って敬語で話して、なおかつ笑い合っているなんて気持ち悪い。

 慣れないことはするべきじゃなかったな。


『では、こちらへ。御観覧用の席を御用意しておりますので、』


 そう言って、ゲイルがオルフェウス陛下を、教室の後方へと用意したパイプ椅子に案内する。

 先程のソファーよりも質は落ちるが、今日はそこで授業参観をして貰う予定だったから。


 その間に、オレは教壇へと立った。

 若干、今日は朝から秋口にも関わらず気温が高かったので、上着は脱がせて貰った。

 

「さて、待たせた、お前達」

「緊張してるの?」

「そこまでじゃないさ。…がっちがちになってる、徳川よりマシ」

「誰が緊張してるってんだよ!」

「あははは。静かにしなさい」


 今日最初のチョークが飛んだ。

 ただ、生徒達からは笑い声が返ってきたので、煩いけどグッジョブ徳川。


『ギンジ殿が、生徒達に「お待たせしました」と言いました。

 それに対し、彼女が「緊張しているのか?」と訊ね、ギンジ殿が「そこまでではない。もっと緊張してる生徒がいる」と返し、彼が抗議しました』


 それを頑張って通訳しているゲイルは、何故か報告をしているかのようで通訳が通訳になっていない。

 誰が誰にとか、通訳ではいらないって知ってた?

 ………それは、通訳じゃない、翻訳だ。


 まぁ、聞いてて楽しいから、香神と間宮が腹筋をプルプルさせているけど。

 斯く言うオレも、引き締めた顔面の筋肉が引き攣っている。


 まぁ、それはともかく。


「英語の自習は捗ったか?いつも通り挨拶から始めるから、全員スタンダップ」

「先生、棒読み……」


 ははははは、別に堪能な発音する意味も無いし。

 その間にも、生徒達ががたがたと椅子を鳴らして立ち上がっているから、意味が通じりゃオールオッケーでしょ?


 だが、


「うん?どうした、永曽根?」

「……ッ…!?」


 ふと眼を移した先では、一人だけ座ったままの永曽根がいた。

 しかも、今気付いたのか、オレの問いかけに驚いたように顔を跳ね上げた彼。


「おいおい、寝るなよ、お前?」

「え、あ、…悪い」


 そう言って、慌てて立ち上がった彼。

 だが、彼はそのままいつも通りの様子に戻っていたので、多少緊張していたのだろう、と言う事で勝手に落ち付いた。

 ………ちょっと顔色が悪いと感じたのは、オレの気のせいだろうか。


 一方、授業参観組は、生徒達が一斉に立ち上がったのを見て、少々驚いているようだった。


『挨拶を開始する為に起立したのです』

『…挨拶ごときで立ち上がるのか?』

『彼等の決まる事のようです』


 ゲイルが通訳をして、ベンジャミンに噛み付かれていたが、彼はそれを素知らぬ顔で返している。

 言語を分かっている事で優位に立ったから鼻高々なのだろう。

 自信を持つことは良い事だ。

 ………『言葉ことのはの精霊』が自分でズルだと言っていたのは、この際忘れておいてやろう。


 さてさて、それはともかく、ご挨拶。


「Good morning,everyone.(皆さん、おはようございます)

 How are you to day?(今日は元気ですか?)」

『I'm fine thank you.(元気です)

 How about a teacher?(先生はどうですか?)』

「Of course, I'm fine.(勿論、元気です)

 Then I start Home room.(では今日もホームルームを始めます)」


 いつも通りのHR前の挨拶の唱和と、出欠の確認。

 間宮以外の全員が、いつも通りの返事をしたのを確認したところ、


『あ、あの少女の名前は、何と言うのでしょう?』

『え?……っと、どの少女ですか?』

『あの、右側の2列目の、美しい金髪の少女です…!』


 一体どうしたというのか、突然ゲイルに早口で質問を浴びせた国王陛下。

 授業参観で、早速お邪魔虫でもしようとしうのか?


 ゲイルが首を傾げつつ、こちらに歩いてきたのでオレも一旦、教壇を降りた。


『どうやら、オルフェウス陛下が、ソフィアさんの名前を知りたがっているようだ』

『ソフィアの?』

「あ、あたし?」


 え~っと?……ウチの生徒に、何の用だろうか?


 ふと、オルフェウス陛下へと視線を移せば、


『あ~…、納得した』


 オレはなんとなく、この状況に納得出来た。

 だって、オルフェウス陛下、男の癖に恋する乙女のような眼をしている。

 どうやら、オレの次は、ソフィアがあの国王陛下のお眼鏡にかなったようで。

 あの、熱っぽくて、自棄に甘ったるい流し目になっちゃってるし、目元に朱が走ってるからすぐに分かる。


「ソフィア、国王陛下がお前の名前を知りたがっているんだが、」

「えっ?あたし、何かした?」

「いや、そうじゃなくて…、見てみれば分かる」


 そう言ってソフィアを促せば、ちらりと後方のオルフェウス陛下を振り返ったと同時に、ぱっと顔を赤らめて慌てて視線を逸らした。

 いやぁ、モテモテだねぇ、お前さんも。


「ありゃ、結構惚れっぽいみたいだけど、名前を教えても大丈夫?」

「な、名前ぐらいなら良いけど、」

「おめでとう、玉の輿」

「先生、他人事だと思って…ッ!」


 グーで殴られた。(いや、腕だったけど)

 ただ、力があまり籠っていなかったので、あまり痛くはない。


 ソフィアも満更では無いようで、ちらちらと背後を気にしている。

 それに対して、オルフェウス陛下は完全にソフィアをロックオンしたまま、視線を逸らす事は無い。

 ………おいおい、オレはあの人相手に、「ウチの生徒はやらん!」と言わなければならないのだろうか?


「大丈夫。名前や年齢だけだし、スリーサイズまでは教えないから、」

「スリーサイズ…てッ!?なっなななななんで、先生がそんな事知ってる訳!?」

「あはははは」

「笑って誤魔化すな!」


 そして、もう一発グーを食らった。(今度は腹だった。お前等、平手の概念を持てと何度言えば分かる?)

 とりあえず、エマの風呂乱入事件のおかげで、大体分かるって事は笑って誤魔化しておく。

 彼女からの許可は貰ったので、ゲイルに伝えても二度手間になりそうだったので、オレからオルフェウス陛下へとお伝えする。


『彼女はソフィアと言います。現在17歳です』

『…そ、ソフィアさん…『太古の女神様』と同じ…ッ?』


 彼は、嬉しそうにはにかんで、ぼそぼそと運命だのなんだのと呟いているようだった。

 流石は、我が異世界クラスの『ソフィア』様だ。

 他国の国王様すらも惚の字とはね。


『あ、っと…申し訳ありません。

 授業を邪魔してしまったようで、』

『お構いなく』


 名前を聞いて満足したのか、途端にしおらしくなった国王陛下。

 こうしていれば、ただ惚れっぽいだけの人畜無害な好青年なのに。


 だが、


『こ、こちらの方は…!?』

『えっ?』


 今度は、ぎょっとした顔をした国王陛下に、こっちまでぎょっとしてしまう。

 そして、そんな彼の視線を辿れば、今度もやはり納得した。


「…エマ、お前もだ」

「………同じ顔だからって、ついでみたいに言うんじゃねぇし」


 どうやら、ソフィアよりも後ろの席にいたエマの顔を見て、驚いたらしい。

 うん、その気持ちはオレも分からんでも無い。

 だって、眼鏡と服装の違いが無ければ、オレだって見分けを付けるのは難しいもの。


『彼女は、ソフィアの双子の妹です。名前をエマと言います』

『…ふ、双子…。え、エマさんですか…』


 とはいえ、双子にほぼ同時に惚れるとは、この国王陛下も意外と男らしいというかなんというか、意外と頭弱いんじゃねぇの?

 ………彼が挨拶に来た時のシュミレーション、しておこうかしら?


「アイテッ」


 そんな事を考えていた矢先に、オレはまたしてもグーでケツを殴られた。(いや、ケツってなんで?)


「ちょっとアンタ、何勝手に教えてんだよ」

「えっ?名前と年齢だけなら、別に良くない?」

「……いや、良いけどさ」


 しかし、まぁ、オルフェウスはともかく、何この双子。

 ソフィアは、多少満更でも無さそうな視線を向け、エマは完全に訝しげな視線を向けている。

 性格もある意味両極端だけど、態度まで両極端なのね。


 そんな双子を交互に見ながら、ぼーっとした様子のオルフェウス陛下を、ベンジャミンが咳払いで現実に引き戻していた。


『いけませんぞ、陛下。彼女達は『予言の騎士』様の教え子様方。

 陛下とは年も離れ過ぎておりますし、』

『…そ、そうですね…ッし、失敬!』


 ………オルフェウス陛下、アンタ、本気で何歳なの?


 ベンジャミンからの指摘に罰の悪そうな顔をした国王陛下だが、その熱っぽい視線はそのままだった。

 おそらく、まだ諦められてはいないだろうね。

 ただ、もしご挨拶に来たとしても、オレの返答は「ウチの生徒はやれん!」だから。


 閑話休題。


「それじゃ、ウチの女神様2人がモテモテなのも分かったところで、続けようか」

『テメェ、ぶっ殺すぞ!』


 そして、双子に同時に怒鳴られつつも(しかもこの上なく物騒ね?)、HRの続きに戻る。

 こっちまで来てくれたゲイルにも、もう一度元の位置に戻って貰った。


「まず、今日の連絡事項は、既に御覧の通り、『白竜国』国王陛下とその護衛、『竜王騎士団』騎士団長様以下騎士団の皆様が、授業を参観されていかれます」


 そう言って、拍手を促せば、ぱらぱらと生徒達からも拍手が上がる。

 ただし、


「アンタ突然、敬語になって気持ち悪い」

「言うに事欠いて、気持ち悪いとは何だ?」


 オレに何故か毒舌を放ったのは香神だったので、彼には本日2本目のチョークを飛ばしておいた。

 ………オレが授業をすると、チョークの減りが早いのって、確実にこれの所為だと思うんだけど。


「次に、本日の科目を口頭で説明しておくから、メモしておいて。

 今から昼間での午前中は、数学。午後からは、昨日中途半端になってたトレーニングの為に、体育とする。

 ジャージに着替えて裏庭に集合な」


 そう言って、黒板の端にも書いておいた。

 時間割り用のボードか何か、旧校舎から回収して来た備品の中にあった気がするなぁ…。


『ギンジ…』


 と、またしても思考を明後日の方向に飛ばしていると、手を挙げたのはゲイル。

 だから、お前は何故ナチュラルに混ざろうとするのか、と全力で突っ込みたい。


『はい、ゲイルくん』

『……くんは、止めろ』

『はいはい、ゲイルくん。何か、ご用件でも?』


 だから止めろと言うに…っ!と、ゲイルが怒鳴ったのをスルーして、用件を聞く。

 っとっとと言いやがってくださいね。

 

『『数学スウガク』や『体育タイイク』とは、なんだ?』

『ああ、質問タイムだったのね』


 どうやら、オルフェウス陛下や騎士達に通訳していたのに、通訳している当人も分からない単語が出てきたから、質問したようだ。


『数学とは、こちらでの算術の事だ。

 体育というのは、身体を動かすトレーニングの授業のようなものだ』

『……だ、そうです』

『………面倒臭くなってんじゃねぇよ』


 通訳が説明を放棄するんじゃねぇよ、馬鹿野郎。

 本日、3本目のチョークが、彼の眉間へと飛んだ。(………掴まれたけど)

 だから、通訳が通訳になっていないと、何度言えば分かるのだろうか。


 まぁ、良いや。

 そこまで、通訳を完璧にして貰っても、実際知って欲しいのは中身じゃなくて、この授業風景だったし。

 オレが、ちょっと知識が偏ってるだけで、ただの一般市民だと分かって貰えればそれで良い。


『………あの位置から、正確に投げ物を飛ばすとは…!』

『やはり、只者ではありませんな』

『………。(フォローできんぞ、ギンジ)』


 ………と思ったら、ちょっと失敗した。


 ゲイルに睨まれてしまったが、オレは素知らぬ顔をして黒板へと向き合った。

 背後で、ヒアリングの出来た香神と間宮が笑っている気がしたが、チョークを投げるのはそろそろ控えておこう。


「では、数学に入るぞ~。

 テキストは無いが、小学校高学年ぐらいなら、解ける問題しか使わないから」

「………それでも分かりません!」

「テメェ、中身取り出して、直接書き込むぞ?」


 このヤロウ、徳川。

 何も、授業参観の時まで、オレを怒らせんじゃねぇよ。


『………今のも、通訳した方が良いか?』

『やめろ、馬鹿野郎』


 そして、ゲイルは、真面目に通訳をしようとすんな。

 なんで、こんな時には通訳としての能力を、遺憾なく発揮しようと言うのか。


 まぁ、良いや。

 授業に戻ろう。


 今日、勉強するのは三角形の定理や、その面積の算出方法、っと。

 ………って、これ大丈夫かしら?


「……香神、ピタゴラスの定理って、」

「………紀元前」


 ピタゴラスの定理って、発見されたのいつ頃だっけ?

 紀元前6世紀前後だった気がするのは、オレの気のせい?

 ………ピタゴラス定理で、何か解明された謎とかってあったっけ?

 これもこれで、オーバーテクノロジーの提供とか、言わないよね?


「三平方の定理って言ったら?

 こっちは第二次世界大戦中に文部省の依頼で、数学者が命名したものだから」

「………うん、そうする」


 ちなみに、ピタゴラスの定理も三平方の定理も、直角三角形の3辺の長さの関係を表す等式だから、どの道呼び名を変えたところで中身は一緒だけどね?


 まぁ、良いや。

 問題発生したとしても、他国だし。


『あのような、算術の方法があるのですねぇ…』

『奇怪な方式を用いておりますな』


 という、声も背中で跳ね返しつつ、黒板にどんどんと三角形を書き写していく。

 そんなこんなで、オレ達の授業は進んで行った。


「先生、人間の言葉を喋って!」

「馬鹿野郎、人間が喋った言葉は、人間の言葉だ」

「回答がそれって、どうなの!?」


 時たま生徒達からの質問が飛んだりもするし、(質問じゃねぇ!)


『何故、三角形はピタゴラスなのだ?』

『お前は、そもそもピタゴラス自体が何か分かってないだろ?』

『む?人名では無いのか?』


 時たま、何故か通訳のゲイルからも質問が飛ぶ。

 だから、テメェは何をナチュラルに授業に混じっていやがるのか!

 そして、ナチュラルに正解してんじゃねぇ!そうだよ、人名だよ!


『博学でいらっしゃいますねぇ。

 ……語学も堪能で、知識も幅広い、となれば、ますます我が国に欲しい…』


 そして、オレフェウス陛下は、オレの勧誘をまたしても再燃させないでッ!

 授業風景を見て、オレを一般人だと認識して貰うオレの思惑が、明後日の方向にどんどん逃げてってるから、頼むから軌道修正してくださいお願いします!


 ………結局、オレは通訳ゲイルがいるにも関わらず、授業終了までを2ヶ国語を切り替えて頭がパンクしそうになった。

 テメェ、『言葉の精霊』に逆翻訳機能も付けておけよ!



***



 さてさて、そろそろ昼時だろうか?

 自身の腹時計に従って胸元を漁り、懐中時計を取り出す。


 時間は、ぴったり12時となっていた。

 オレ、凄ぇ。


「さて、頭に数式を詰め込むのは、今日はこれぐらいで勘弁してやろう」


 そう言って、振り返れば机に齧り付いて、頭を悩ませている生徒達の姿が見えた。

 それも、半数以上。

 男女合わせて成績トップの永曽根や伊野田までとは珍しいものの、どうやら小学生高学年の問題であっても、久しぶりの授業となると理解が及ばなかったようだ。

 徳川なんぞ、半分眼が閉じられているから、確実に聞いていなかっただろうな。

 教壇を降りがてら、彼の机に向かい、思いっきりチョップをかましてやった。

 「ふごっ!?」と言って突っ伏した辺り、本気で聞いていなかったな、コノヤロウ。


 まぁ、そんな徳川はともかく、いつもの授業風景に、何故かほっと安堵している自分がいる。

 オレ自身も、久々にここまで日本語を話したから、余計にそう思うのかもしれない。


 教室の後ろ側を占領しているオレ達の護衛の騎士団と、『白竜国』国王陛下一向も、どことなく緊張が解れているように見えた。

 そして、今回の授業参観のメインとなっているオルフェウス陛下の視線も、変わっている。

 最初は、まるで品定めのような鋭い視線だったが、今では若干ほのぼのしい。

 どうやら、オレがここに立っている事が、彼の中で何かを気付かせたのだろう。

 それが当初の目的だったので、オレの目論見は見事に成就したようだ。


 まぁ、徳川にチョップした辺りで、滅茶苦茶驚かれちゃったけどね。

 (これも躾です。体罰では無いです)


 一息がてら、シャツの胸元を緩め、少しだけ仰いだ。

 いつもよりも部屋の中の人口密度が増した所為か、どうにも教室内が蒸し暑かったのだ。

 既に10月の後半となった秋だと言うのに、じんわりと汗が滲んで来ていた。

 後、ちょっとダルい感じがするのは、気が抜け過ぎた所為かなんなのか。

 ………風邪ひいたとか、洒落にならんよ。


「なんで、テキストも持ってないのに、そんなツラツラと問題が出てくるの?」


 徳川の机から教壇へと戻る途中で、榊原に呆れ交じりに呟かれた。

 お前、羽ペンで勉強してる事を忘れるな。

 いつもの癖で、鼻の下にペンを挟んでいるから、インクが鼻の下に付いてハナ○ソみたいになってっから。


「テキストを丸暗記しているからだ」

『嘘だぁ!!』


 ただ、質問には答えても指摘はしてやらないけど。

 そのまま、恥ずかしい顔のままで、昼食にでも行けば良い。

 生徒達に笑われて気付け。


『何故、そんなに頭の中に詰め込んでおるのだ?』


 教壇に戻ったと同時に、今度はゲイルからも質問された。

 しかも、コイツはやっぱりナチュラルに授業に混ざっていたのか、試験前日の受験生みたいな切羽詰まった顔になっている。


『必要と思ったから』

『………役に立つのか?』

『お前よりはね』


 こっちも質問に答えるだけで、ついでに嫌味をプレゼント。

 はははっ、通訳にセッティングした筈なのに、半分仕事を放棄していたことは、きっちりかっちり根にもってやるからな。

 何が楽しくて、数学の数式を書きながら二ヶ国語で話をするなんて、精神的アクロバティックな授業をしなけりゃならんのか。


 まぁまぁ、それはともかく。

 (誰も宥めてくれないから、自分で宥めたよ)


「これから、1時間を昼食と昼休みにしておくぞ。

 1時間後にジャージに着替えて、裏庭に集合するように、」

『はーい』

『うーい』


 おいこら、女子達や素直な男子達はともかく、他の男子組の返事は何だ?

 根源だろう徳川と香神には、アイアンクローを掛けておいた。


「やめてやめてやめて!中身潰れちゃう!」

「一遍つぶれろ」

「やめろ!数式忘れる…!」

「お前は忘れんだろう」

「……Shitッ!」


 言ってる傍から忘れて行く徳川の頭はともかく、香神の頭からはみしみしと悲鳴が聞こえたが、絶対記憶能力の人間なら確実に忘れる事は無いだろうから。


 ああ、また話が脱線した。


「今日は、準備する時間が無いので、特別に騎士団の連中に手配して貰った。

 後で、まとめてお礼を言っておくように」


 そう言って、生徒達をダイニングへと急かした。

 実は、『白竜王』ことオルフェウス陛下との昼食接待のセッティング以外にも、騎士団の連中には昼飯を手配して貰っていた。

 近くにある軽食屋だか弁当屋だかのお持ち帰り。

 なんか、この辺りでは相当有名で、美味しいって評判だって聞いたからお願いしておいた。(※ちなみに、『白雷ライトニング騎士団』の連中情報)


 昼食と聞いて、我がクラスの食べ盛りである徳川と浅沼が、超特急で教室を飛び出して行った。

 ただ「飯だ飯~!」と叫びながら消えていくのはやめようか。

 馬鹿にしか見えないから。


 その後も、オレが黒板の板書を消している間に、生徒達が教室を出て行った。


『お疲れ様でした、ギンジ様』

『ありがとう、オリビア。お前もご飯に行っていいよ?』

『あ、いえ。……それよりも、永曽根様が』


 ………って、あれ?

 オリビアに言われて振り返ると、未だに机に座ったままの永曽根がいた。

 ぼーっと、どこを見ているのか分らない彼の目は、焦点が定まっていないようにも思えた。

 まさか、風邪でもひいたのか?

 洒落にならんのだけど。


「どうした、永曽根。飯行かなくて良いのか?」


 彼の目の前に行けど、彼は気付く様子も無く。

 仕方なく、彼の目の前で手を振ってみると、肩を跳ね上げて驚いていた。


 ………眼を開けたまま、寝てた訳?


「あ、れ…?」

「本当にお前、どうした?今日、朝からちょっと可笑しいぞ?」


 そう言って、彼の額に手を当てる。

 だが、体温はいつも通りだし、むしろ部屋の温度が高い所為か冷たく感じる程度。

 熱は無さそうだけど、このぼんやり加減は一体何事だろう?


「……いや、別に、何でも無いけど、」

「そうなのか?寝不足か?」

「あ~…おう、そんなもんだ」


 ………歯切れが悪いな。

 何か不調を隠しているのだろうか?


「何かあったなら無理せず、言えよ?」

「ああ、分かってる」


 そう言って、彼は席を立った。

 先ほどのように眼の焦点が合っていないと言う事は無かったものの、やはり、どことなく動作が鈍い。

 ただ、コイツはちゃんと自己管理をしているから、もし体調が悪ければ報告ぐらいはする筈だ。

 首を傾げるが、彼は苦笑を零してそのまま、教室を出て行った。


『ナガソネ、だったか?彼は、どうかしたのか?』


 オレ達の様子を見ていたゲイルが、話し終わるのを待ってやって来た。

 彼も、永曽根の様子が気になったのか、彼が消えた教室の扉を見て怪訝そうな顔をしていた。


『………なんか寝不足とか言ってたけど、』

『最初は、いつも通りには見えたがな』

『………まぁ、何かあれば言ってくれるだろう。無理はするけど、無茶はしない奴だから』

『お前と違ってな』


 はい、ごもっとも。

 さっきの嫌味の仕返しなのか、辛辣な一言が返ってきた。


『一応、私が見ておきますわ』

『ああ、頼む。悪いね、オリビア』

『いいえ、御構い無く』


 そう言って、苦笑を零したオリビア。

 ああ、癒される。


 ただ、


『(僕も見ておきます)』

『………お前は、いつの間にオレの背後にいたの?』 


 何故、お前まで教室に残っていた訳?

 ってか、いつからオレの背後に潜んでいたのかなぁ、間宮君やい?


 あれ?オレ、コイツの師匠だよね?

 気付かなかったとか、可笑しいな?

 しかも、お前はなんで教室で陰行してんの、ねぇちょっと?と腹いせ混じりに、コイツにもアイアンクローをかましておいたけど。


 その後、オリビアと若干ふらふらになった間宮が教室を後にし、彼等を見送って、オレはまた黒板へと戻り、板書を消していく。


『………この『コクバン』や『チョーク』などに、興味がおありのようだったぞ』

『だろうね』


 そんなオレの背中に、ゲイルのぼそりと零された報告。

 ちょっとでも良いから、向こうの反応を探って貰うように言っておいたから、その報告という形になるんだろう。


『それと、先ほどお前が『チョーク』を飛ばした時のことだが、』

『分かってる。…咄嗟とは言え、オレもやらかしたと思ってる』

『………お前はしっかりしているようで、時々抜けているな』

『………ごもっとも』


 腹立たしいので、今しがた使ったばかりのイレイザーで、彼の顔を殴っておいた。

 若干鼻の頭が白くなっても、イケメン具合万歳。


『ふふっ。仲が宜しいのですね』


 そんなオレ達の姿を見て、くすくすと笑っていたオルフェウス陛下。

 思わず苦笑を零し合ってしまう。

 ついつい、いつも通りにやっちゃったけど、そういや彼等の前で猫被っとく予定が散々崩れちゃってるねぇ。


『失礼致しました。実は、年が近いこともありまして、』

『…おや、………そうだったのですか?』

『………これまた随分と若造りですな』


 そう言って、愛想笑いで誤魔化そうとしたが、何やらオルフェウス陛下やベンジャミン氏にも目をひん剥かれて驚かれた。

 えっ?あれ?…オレ、20歳超えているようにも見えないの?


『………(オレは、お前よりも10歳年上なんだが?)』

『………嘘ぉッ!?』

『それは、どういう意味だ?』


 そこで、返されたゲイルからの小言の返答に、恥も外聞も無く吃驚した。

 ちょ…ッお前、オレより10歳年上って、どういうこと!?

 それなりではあるとは思ってたけど、せいぜい5歳違いぐらいだと思ってたのに!!

 ………オレよりも、こっちの男の方が壮絶な若造りだよ。


『………ま、まぁ、それは良いとしまして、』

『………よろしいので?』

『…すみません、違ったみたいです。オレの勘違いでした。まだ23歳なんです、オレ』

『それもまた、驚きの年齢ではありますが、』


 うん、ゲイルの気持ちが分かった。

 ………それ、どういう意味?


 まぁ、滅茶苦茶驚かされる年齢マジックは良いとして、


『お待たせしてしまいましたが、これから昼食をご一緒にいかがでしょう?

 この近くに美味しいレストランがあると、騎士団長殿がお教えくださいましたので(騎士団御用達ってだけだけど)、』


 これからは、また接待の時間だ。

 若造りとか老け顔みたいな話はどっかに放り捨てておいて、お食事接待へと移行する。

 こっちも勿論、国王様が費用を持ってくれるので、オレ達はただ彼等を接待しながら、美味しい食事を取るだけで良い。

 ………ただ、テーブルマナーが記憶の彼方なんだけど。


『ええ、そちらでお願いいたします』


 しかし、オレがそんな事を考えている間にも、そう言って何やら含み笑いをしているオルフェウス陛下。

 何か不敬でもあったのか、と小首を傾げてみると、


『…ふふふ。ウィンチェスター卿との口調の格差が、違和感しか感じられないものですから、』

『そ、それは失礼致しました』


 あーあ、猫被ってたの、バレバレでやんの。


『それから、貴方のその愛想笑いは、不自然過ぎるようでして、』

『………そ、れも、失礼をば致しまして、』


 なにそれ、ヤバい。

 オレ、愛想笑いも出来て無いって事?

 ………うわぁ、裏社会人失格どころの騒ぎじゃねぇんだけど。


『……そう言ったところは、年相応のようで安心しました』

『……精進致します』

『精進されては、今度こそ貴方との交渉に勝ち目が無くなってしまうので、どうぞそのままでいてくださいませ』


 どうやら、趣旨は違えど、数時間前の交渉術での勝敗への意趣返しをされてしまったようだ。

 ゲイルと顔を見合わせたまま、苦笑を零しながら肩を竦めるしかたなかった。


『正直、オレもお前の愛想笑いは気持ち悪い』

『言うに事欠いて、気持ち悪いとは何事だ?』


 香神にも言われたが、敬語やら愛想笑いが気持ち悪いってどういう事?

 結局、オレはこの日何度目かも分からないアイアンクローを彼の頭に、爪が食い込んだ痕が残るまでやってやった。


 猫被りは、完全に失敗しているとか、そんな今更な事もう考えたくも無い。 



***



 さて、そんな愉快なオレ達は、食事接待と言う名目で、馬車に乗って数分のところにある、レストランへとやって来ていた。

 馬車の中で色々と話したり、考えた結果、オレもゲイルも猫を被るのは止めた方が無難、という事で落ち着いた。

 ………まことに遺憾ではあるがな。

 やっぱり年の功と言うべきか、オルフェウス陛下にはちゃっかりしっかりオレ達の本性というか、育ちの悪さ(……って言うのもどうなんだ、騎士団長様よ?)がバレてしまっていたので。

 まぁ、あんだけボカスカ生徒殴ってたらねぇ。

 チョーク投げの時もそうだったが、アイアンクローで的確に人体急所を抑えたあたりで、やはりオレの戦闘能力の有無も察知されたみたいだし。

 ………オレが一般人である事を知らせる為の授業参観が、ただの暴露大会になりつつあるのは、気のせいだろうかそうだろうか?


 レストランのフルコースを食べながら、しばしの歓談中もそれとなく探られるのは、オレの阿呆みたいに豊富な経験だったり、広く浅くではあるが幅広い知識だったり。


『それにしても、面白い授業を行うのですね。

 あのような、算術の方法は、私ですら初見でございました』

『オレ達のところでは、あれが一般的ですよ』


 授業内容の話になると、必然的に彼の目が輝く。

 どうやら、オレが教えていた数学の、定理やら方程式が興味を引かれたようだ。

 しかも、ちゃっかりゲイルの通訳だけで、三角形の定理まで理解していたし。

 この人、頭弱いとか思ってたけど、やっぱりそれなりの学はあるんだろうね。


『算術も出来て、語学も堪能、そして何よりも『予言の騎士』様の教え子ともなれば、引く手は数多となりましょう』

『いえ、まだまだですよ』


 そして、さり気無く滑り込ませてくる勧誘やら何やらは、適度に微笑んでおいて誤魔化しておく。

 今のは要約すると、『オレが駄目なら、生徒達の引き抜きは?』ってところなんだろうけど、それも駄目だから。

 『まだまだ』と言った部分には、色々と含みがあるしね。


 っていうか、彼が引き抜きたいのは、十中八九杉坂姉妹だろうけど?

 だって、あんなあからさまに惚の字だったものねぇ。

 ………それも踏まえて、『ウチの生徒はやらん!』


『まだまだ子どもの域を出ないですし、礼儀作法すらも儘なりませんから』

『となると、今後はそう言った教鞭も取られるので?』

『…ええ、後々はですけどね?』


 あ、これは探られたな、やらかした。

 オレが、ある程度の礼儀作法を知っている事、バレたわ。

 またしても、一般人という括りから、オレの立ち位置が遠退いていく。


『………そこまで出来る事の方が、驚きだと思うのだが?』

『………口惜しいが、『串刺し卿』の言う通りだ』


 そして、それを援護してしまう、口元を引き攣らせたゲイル。


 更に、追随するのは、苦々しい顔をしているベンジャミン氏。

 彼が苦々しい顔をしているのは、無理言ってテーブルに座らせたからだ。

 正直、オレはVIP待遇に慣れてないから、護衛を横に立たせたまま食事ってしたくなかったから、無理言ってゲイルにもベンジャミン氏にも座って貰ったの。

 ………しかし、『串刺し卿』って誰? 

 何それ怖いよ、騎士団長様。


『役に立つものならば、なんでも頭の中に詰め込んで来たから』

『どれだけ役に立っているんだ?』

『今のところは、約7割ってところ』

『………残り、3割はどうした?』


 ぐうぅ…痛いところを突きおって、下僕の癖に。


『………聞こえても良いのか?……いてっ…』


 オレを横目で見てにやりと笑ったゲイルを、テーブルの下で足を踏みつけておいた。


『仲が宜しいですねぇ』

『………慣れ慣れしいの間違いでは?』


 向こうの主従にはそんな事を言われてしまったが、睨み付けてくるゲイルは無視して、オレはしれっと食事を堪能する事にした。

 あ、この大エビのムニエルのソースだけ美味い。


『そういえば、異国の勉学は随分と進んでいるのですねぇ。

 それに、こう言った教育を施している機関というものが、珍しいと思うのですが、それも異国では当たり前となっていらっしゃるので?』


 ………これ、どういう意味で聞かれたんだろう?

 単純に考えるなら、オレ達の学校の形態として、教育機関の内情がどうなってるのか知りたいって事だけど?

 考えるの面倒臭いから、どうにでもなれだ。


『オレ達の国では、当たり前と言えば当たり前ですね。

 6歳前後から15歳まで教育の義務を持ち、15歳以降ではある程度の専門分野を目指して教育機関への所属を基本としておりますので、』


 小学校、中学校は義務教育で、高校からは自由裁量だからね。

 地味に、自衛隊に所属してた時、中卒の連中が多かったりしたのも吃驚だったけど。


『こちらでも、出来るものでしょうか?』


 あ、彼の魂胆が分かった。

 オレ達の学校の方式を真似して、教育機関の設営でも目論んでるんだろうな。

 でもまぁ、勝手にやっちゃってよ。

 どうせ、この世界では、無理な話だと思ってるから。


『莫大な資産が必要にはなるでしょうね。

 今回、校舎は譲与頂いたものなので、元手はそこまで掛かっておりませんが、設備だけでも揃えるだけで結構な金額が掛かってますし、更に子ども達の養育が必要になるとなれば、』

『………難しいでしょうね』


 うん、でしょうね。

 しかも、お金の価値がこの世界では結構高すぎて、向こうでの100万200万が、3倍4倍だったりするからねぇ。

 国王様だから、やってやれない事はないだろうけど、利権が無いならただの慈善事業になるだけだから止めた方がいいと思うよ。


『………(お前、また変な知識をひけらかしているぞ)』

『(………やっべ)』


 って、また余計なこと言って、学校設営への基礎知識があることがバレた。

 ………やっぱり、年の功ってのは侮れない。

 本気で、この人何歳なのか、全然分からないんだけどね。


『ちなみに、今後はどのような勉学に励まれるので?』

『…ええ、まぁ、色々と考えておりますが、生徒達がやりたいと思うものを率先して、教えて行くことにはなるでしょうね』


 うーん、これもまたちょっと悩む質問だ。

 魔法や強化訓練の事は言えないし、かといって特別科目の内容を話しても、オレの余計な知識がまたしても暴かれるだけだし。

 しかも、それ以外となると、医療知識の事もあるからあんまり詳しく話せない。

 今後は、医療関係にも力を入れて行きます、なんて言ったら今度こそ誘拐に発展するだろうしね。


『ウィンチェスター卿も教鞭を取られるので?』

『い、いいえ、滅相も無い』


 そこで、オルフェウス陛下の矛先は、ゲイルに向かった。

 あ、このおかげでやっぱり、オルフェウス陛下の魂胆が分かったよ。

 多分、さっき言えないと思っていた魔法や強化訓練の事、彼も参加するのかしないのかで判断しようと思ってるっぽい。 


 ただ、途端にしどろもどろとなった彼には、助け船を出してやる。

 余計なこと言って、自滅転覆されても困るから。


『別に教鞭をとっていただいても良いんですけどね。

 オレだけだと、どうしてもこの世界やダドルアード王国の細部に渡る、常識や礼儀等を知り得ることは出来ませんので、』

『え゛…ッ?』


 こらこら、折角助けてやったんだから、濁点を付けるな。

 そして、魔法を教えるのはお前なんだから、教鞭は嫌が応でも取って貰うからな。


『『予言の騎士』様ともあろう方が、王国の騎士から教えを請われると?』


 そこで、ぎろりと眼を向けてきたのはベンジャミン氏。

 どうやら、ゲイルが教鞭を取ることに、邪推をしたか何かだろうけど、


『お恥ずかしい話、生徒達同様、オレもまだまだこの世界の常識を知らないんです。

 だから、こうして護衛をテーブルに一緒に付かせてしまったりもしてしまう』


 にっこりと笑って封殺しておいた。

 隣でゲイルが小さく噴き出したけど、どこか呆れ交じりだったのでオイタは無しだ。


『………私も精進が足りませんね。見習わなくてはなりません』

『その通りでございますね』


 どこか、悔しげなベンジャミン氏に、こちらも助け船を出しただろうオルフェウス陛下。

 あははうふふ、と腹では何を考えているかは分からない、探り合いが続く。

 ちょ…ッ、折角、お高い飯食ってんのに、食った気がしなくなっちゃう。


『………そういえば音楽などは、教鞭と取られるので?』


 ふと、何かに気付いた様子で、顔を上げたオルフェウス陛下。

 その眼には、しっかりと興味津々という4文字が浮かんでいて、思わず噴き出しそうになってしまったが、水を飲むことで抑える。

 ………この人、本当に目で語る事が多いなぁ。


 ただ、この話がどこにつながるのか、まだ分からない。

 余り油断をして、軽はずみな事言ったら、また揚げ足を取られそうで怖い。


『ええ、齧る程度ではありますが、多少なりとも嗜みはありますよ』


 そう答えて、グラスを置けば、隣のゲイルからの視線が痛かった。

 横目で見ると、何故か彼は絶句していた。


『………お前の引き出しは、一体いくつあるのだ?』

『…必要な数だけは揃えてるって言っただろ?』


 ご希望とあらば、幾らでも出し入れ可能だ。

 たまに忘れてたり、どこにいったのか分らなくなるけど。


 しかし、


『そ、そうなのですか?実は、私も音楽を嗜んでおりまして!』


 そこで、オルフェウス陛下の声音がワントーンどころかスリートーン程上昇した。

 吃驚して思わず彼を見れば、嬉々とした表情が返ってきて更に驚く。

 ………対照的に、ベンジャミン氏が何故か頭を抱えているのが、気になるのだが。


『私しも日夜研鑽させておりますが、なにぶん異国の音楽というものに多大な興味がございまして!

 是非、とも!ギンジ様のような、より深い見識や考察をお持ちの方のお話をお聞かせいただきたく!

 そういえば、異国の音楽とはいかように発展して来たものなのでしょう?

 我々白竜国での主要音楽は、宮廷音楽からの古くからの祝いの席での演奏を民衆に披露した事で広く伝播し隆盛するようになったのですが、』


 その後もつらつらと続く、オルフェウス陛下の音楽談義。

 まさに怒涛という言葉がぴったりで、度肝を抜かれたどころの話では無かった。


 そして、オレの油断は、どうやら杞憂だったらしい。


 つまりは、さっきの突発的な質問の真意は、こう言う事だった訳だ。

 彼、オルフェウス陛下は、おそらく趣味として音楽に傾倒しており、その分知識に秀でていて、かつ目が無い程に大好き、と。

 そこにオレという異国の音楽を知っていて、多少の心得がある事が発覚した人間が現れたことで、思いの丈をこれでもかとぶちまけようとしている。

 共通の趣味を持った人物が見つかった時の反応そのまんま。


 ………今更思い出したけど、名前の通りかよ、オルフェウス。

 確か、ギリシャ神話か何かで吟遊詩人だかだったよな。


 そして、隣に座っているベンジャミンが頭を抱えた理由が分かった。

 近衛の騎士団長ですら辟易する悪癖なのかよ、これ。

 一国の国王陛下が、それはそれでどうなの?


 そんなこんなで、最終的には音楽談義で昼食や昼休みが終わった。

 そして、何故か音楽同盟認定(お友達認定も同議)をされたようである。


 おかげで、授業内容に関しても、オレの人物認定も亜音速でぶっ飛んで、眼中に無くなってしまったようだ。

 更に、勧誘への攻勢が強まっただけだったし。

 畜生、やっぱり油断するんじゃなかった、オレの馬鹿!



***



「先生、なんか煤けてない?」

「………いや、大丈夫。ちょっと、相槌とか何やらに疲れただけだから、」


 生徒からの指摘に、オレは力無く答えただけだ。

 溜息がまたしても止まらない。


 後、まだ体が熱っぽくて、ダルイ感じがするってだけ。

 ………これ、絶対ただの気疲れだろうけどね。


 場所は変わって、裏庭である。

 昼休みの後に体育と宣言していた通り、生徒達をジャージに着替えさせ、オレもついでにちょっとだけ時間を貰って、着替えとブレイクタイム(勿論、ゲイルも引っ張ってやった)。


 昨日のうちに、生徒達がなんとか整備だけは終わらせたようで、簡易ではあるが芝生の練習場が広がっている。

 テニスコート2面ぐらいの広さはあるね。


 相変わらず、オルフェウス陛下やベンジャミン氏を筆頭とした騎士達も授業参観の為に、外にパイプ椅子を持ち出して、そこで御観覧している。

 勿論、ゲイル達騎士達も護衛で待機している。


 ただ、オルフェウス陛下は、昼休みを終えてからはご機嫌な様子だった。

 当初、学校に来た時のような、カリスマ性溢れる威圧感はどこへやら。

 今は、にこにこと微笑みながら、オレの背中を眺めつつ、尻尾を振る犬のようなきらきらとしたオーラを漂わせている。

 ………ついつい、頭を撫でたくなったのは内緒。


 やっぱり、さっきの音楽談義のせいだよねぇ。

 音楽は国境を無くすって、本当の事だったんだな。


 あれだ、世界のすべての武器を楽器に、って事だ。

 音楽ならラブ・アンド・ピースで、国の平定だって目じゃ無いぜって奴だ。


 ………オレは御免被るけどね。

 武器が無いと、まともな反抗一つ出来ない異世界だもの、世の中そんなに甘くないし。


 って、話がどっかに飛んで行ったから、回収しないと。


「さて、午後からの授業を始めます。

 まずは、全員の技能測定だ。各自、ペアを組んでストレッチして、体を解しておけ」


 そう言って、生徒達に自由にペアを組ませて、ストレッチを勝手に開始させた。

 ついでに、オレも身体を伸ばして、軽く屈伸運動。


「先生も、今日は動くのカイ?」

「いや、別に、そういう気分だっただけ」

「キヒヒッ。参加しないト、どんどん鈍って行くヨ」

「………言うなよ」


 車椅子の為、体育は見学組の紀乃に、そんな事を言われてしまって、思わず涙目になりそうになった。

 うん、確かに体が鈍ってるのは、分かってたけどね。


 ………ゲイルと組み手でもしちゃおうかしら。

 どうせ、オレの戦闘能力の有無って、もうバレちゃってるし。


 ちらり、と後方を見ると、オルフェウス陛下は嬉々としてゲイルへと質問を繰り返していた。

 紀乃の車椅子に始まり、生徒達の行っている準備運動、ついでにオレ達の着ているジャージにまで興味津々な様子である。

 ………やっぱり、こうして見ていると人畜無害な国王陛下なのにね。


 そうこうしているうちに、生徒達もストレッチを終えた様だ。


「じゃあ、ランニングで外周をぐるっと5周」

『ええぇ~~…』

「見学したいです!」

「腰が痛いです!」

「却下!文句を言うなら、倍に増やすぞ!」

『お、横暴だぁ!』


 テメェ等女子組揃って、何をブーイングしておるか。

 ついでに、浅沼も何を混ざっているのか、ふざけんな。


「オレもついでに参加してくるから、記録は任せたぞ?」

「アイ、分かっタ。キヒヒッ、鈍っちゃうっテ、気にしちゃっタ?」

「……だから、言うなよ」


 そうだよ、その通りだよ。

 事実として素直に認めるから、記録係でオレのサポートよろしく、紀乃くん。


 と言う訳で、生徒達に混じって走り始める、と早速運動苦手組浅沼と伊野田が遅れ始める。

 杉坂姉妹はブーイングはしつつも、意外と運動神経は並にあるので、適当に流すだろう。


 流石に生徒に負ける訳にはいかないので、結構なハイペースなオレ。

 それに付いてくるのは、やはり流石の間宮。

 コイツ、現代での体育の授業の時は、然程目立たないようにペースを考えていたらしく、こっちに来てからは安定、というか驚異の運動能力を誇っている。

 これには、マラソンが得意な榊原と徳川も唖然としているが。


 そんなこんなで、軽く流したオレと間宮で引っ張る形でマラソンを続行。

 最終的には、浅沼と伊野田を周回遅れ(しかも2回)でゴールし、他の生徒達の様子を待ちつつ、軽く運動後のストレッチを行う。


 ふとそこで、


「………永曽根、あんなに遅かったか?」

「(運動が苦手だったとは、記憶しておりません)」

「あレ?可笑しいネ」


 そうだよね、可笑しいよね。

 間宮の言うとおり、永曽根は運動神経が悪いなんて言えなかった筈だし、そもそも無道家の家で育ってるから、このクラスでは一番の有望株だった。

 マラソンも地味に得意だったりしたから、榊原には勝てなくても徳川よりもいつも勝っていたし。


 それなのに、現在は後ろから数えた方が早いとか、どういう事?

 流石に浅沼や伊野田には負けていないものの、その実杉坂姉妹よりも遅く、運動が出来る組の中では一番遅れている。


 ………アイツ、やっぱり体調不良を隠してやがったな。


「ちょっと、行ってくる」


 戻ってくる生徒達を出迎えつつも、永曽根に向かって駆け足。

 ほんの数秒で隣に並んだ彼は、やはりどこか体調が悪そうで、顔色だってお世辞にも良いとは言えない。


「こら、無理すんな、永曽根」

「…げほっ…いや、大丈夫」

「大丈夫じゃねぇだろうから、来たんだろうが。おら、一旦止まれ…!」


 ジャージを掴んで永曽根を止め、そのままゆっくりと歩かせる。

 その間も、永曽根は空咳を繰り返していた。


「…病気の時は自己申告だって言わなかったか?」

「別に、ごほっ…病気って訳じゃ、」

「体調不良もだよ」


 何を意地張って無茶をしているのか。


「久しぶりに体を動かしたから、体が重いだけだ…」

「嘘吐け、今日は朝から可笑しいだろうが」


 そう言って、あくまで体調不良を誤魔化そうとする永曽根。

 コイツは、このまま紀乃と一緒に、見学組だな。


「先生!浅沼が、またぎっくり腰~っ!」

「えっ?」


 しかし、その最中に、掛けられた声。

 年長組の永曽根の心配をしていたら、もう一人の年長組が脱落したようだ。

 ………おいおい、本当にアイツは、22歳なのか?


「お前は、このまま戻れよ?そのまま、紀乃と一緒に見学組だ。良いな?」

「ゲホッ、ごほっ……分かった」


 言い含めれば、多少は自覚があるのか、大人しく従ったようだ。

 仕方なく永曽根の元を離れて、今度はぎっくり腰で倒れていた浅沼を回収して(もちろん引き摺ってだけど)地面に捨てておいた。

 ぎっくり腰なら放っといても、死なん。


 オレが浅沼を放り投げた辺りで、永曽根も戻って来た。

 ちゃんと言い付け通りに、紀乃の横へと腰かけたのを見届けて、溜め息を吐きつつも生徒達へと次の指示へ。


「次、技能測定」


 簡単なものばかりで、反復横とびとかダッシュ、ついでに片足立ちでの耐久時間を測定したりする。

 ただし、


「お前…っ、ちょっ…間宮!それ違う!そのポーズはなんか違う!」

「∑…ッ!?」


 何でお前は片足立ちで、荒ぶる鷹のポーズになっているのか!

 ………腕の角度が違うからぁ!皆グ○コなのに、お前だけフェ○ックスになってるから!


 結果、オレも珍しく爆笑してしまった。

 なんとか口を覆って堪えたけど、震えていた所為で間宮にバレた。


『ふむ、なかなか難しいものだな…』

『ちょ…ッ、何でお前等までやってるし!…しかも、ブ○ータスお前もか!』


 更には、背後から聞こえたゲイルの声に振り返れば、ゲイルどころか騎士達までナチュラルに参加していやがった神秘。


 ………なに、この光景。

 悪夢?


 しかも、コイツ等もちゃっかりしっかり荒ぶる鷹のポーズだった。


 こっちは、呆れも手伝って、脱力してしまった。


 しかし、そんな時だった。


「ゲホッ、ゴホゴホッ…」

「ネェ、大丈夫カイ?校舎に戻っテ、寝てた方ガ良いんジャないかイ?」

「ゲホッ、ゴホッ、だいじょうぶ、だ」


 先ほど見学組にまわしておいた永曽根が、本格的にヤバそう。

 しかも、先ほどよりも咳の音が悪化して、喉がやられているのか、痰が絡んだような咳をしている。


「ほら、見た事か。無茶しても良いことねぇだろ?」

「……先生こそ…!ゲホゴホッ」

「……テメェ、こんな時まで嫌味とは良い度胸だ」

「先生、病人相手だからネ?大人げないヨ」


 いや、オレもついイラっとしちゃっただけで、別にコイツにまでアイアンクローはしないけどさ。


 ただ、やはり彼は無理も無茶もしていたらしい。

 生理的に滲んだ涙で潤んだ目と、体が震えているのに、頬が赤くなっている辺り発熱もありそうだ。

 さっき計った時は特に熱も無かったのにな。


 もう一度額に手を当てるが、どちらかというと冷たいだけだった。

 発熱はしていないけど、咳が出てる。

 ………気管支炎とか、喘息持ちじゃなかった筈だよね?

 だから、こっちの異世界では病気が洒落にならんのだけど、


「もうこれは、流石に無理だ。一旦、校舎に戻って寝ておけ」

「い、いや…別に、ゲホッゴホッ!無理は…してない…ッゲホッ!」


 いや、十分無理だよ、この状況。

 何を強がっているんだか。


『ゲイル、頼む。こいつを運ぶの手伝ってくれ』

『分かった!』


 とりあえず、ここで彼を説得しても埒が明かないだろうと言う事で、緊急搬送を敢行。

 流石に、オレだけじゃ永曽根の巨体は、3階まで運べないので、ゲイルを呼び寄せて、彼に永曽根の片方の肩を担いでもらった。


「お前等は、ここでしばらく待機!」

「先生、永曽根どうしたの?」

「大丈夫?」

「咳が酷いから、念の為部屋で休ませるだけだ」


 ゲイルを呼んだことで、生徒達も騎士団でも何事かと騒ぎ出している。

 授業参観組も少し注目しているようだ。

 オルフェウスの唖然とした眼とかち合ってしまって、オレは咄嗟に苦笑を零すしかなかった。

 

「がっ、ゲホゲホッ!せん、せ…げほっ…ごめんっ…」

「良いから、大丈夫だ。…苦しいなら、喋らなくて…」

「ゲホッ…おエ゛ッ…ごほっ!」


 嘔吐く程とは、どれ程の無茶をしていたのか、コイツは。


 いや、それに気付けなかったオレも悪い。

 気が緩んでいたのか、それとも張り過ぎていたのか、怪我をしないようにという事ばかりに気を取られて、病気の線を失念していた。

 これも、オレの監督責任だ。


「ゲホッ…ぐっ、ヤバイ…先生、…なんか、出そう…っ」


 搬送の途中ながら、永曽根がそう言って身体を捩った。

 流石の巨体に、オレも振り払われそうになってしまって、咄嗟に膝を付いてその場でしゃがみ込む。

 その間も、永曽根は嘔吐と咳を交互に繰り返している。


「大丈夫だ、出しちまえ」

「ゲホッ!ゴホッ!…ちが、…なんか、うぇ゛…!!」


 背中を擦りながら、少しでも楽になるようにと促す。

 ただ、何故かひんやりとした嫌な予感が、オレの背筋を粟立たせた。


「………ゲェエッ!!」


 それが、何だったのか、と考える前に、永曽根はその場で嘔吐していた。

 芝生に落ちる吐瀉物。


 しかし、


「………ぉい…嘘だろ…?」


 その中には、オレの見慣れた(・・・・)色があった。


 彼が吐き出したのは、吐瀉物だけでは無かった。


「な、なんで、こんな…しかも、…なんだよ、この石!」

『…………魔石だ…!』


 むわりと途端に鼻に付いた胃液とは別の、鉄錆の臭い。

 粟立った背筋が、途端にひり付いた感触をもたらし、嫌な予感がより明確にオレの脳裏を掠めて行く。


 彼が吐き出したのは、血だった。

 そして、その血の中に沈んだ石が、赤に塗れた不気味な色に輝いている。


 ゲイルの言った言葉も耳に入らない。

 これは、何なんだ…ッ!?


「おい、永曽根…しっかりしろ…ッ!」

「ゲホッ…おえ゛…ッ!ガハッ!」


 更に血の塊のようなものを吐き出す永曽根。

 その吐瀉物を覆い隠して、尋常では無い血の海が広がって行く。


 視界の隅で、オルフェウスが椅子を蹴飛ばして立ち上がったのが分かった。


吐き出し(ボミット)病……』


 だが、そんな彼の呟きは、喧騒に紛れて聞こえなかった。

 生徒達も異常に気付いて、悲鳴を上げた。

 騎士達も騒然となり、その場で固まってしまっている。


 オレもその光景が信じられなくて、彼が吐き出したその血と石を見て、呆然と立ち尽くす事しか出来なかった。



***

金髪の美少女に惚れた腫れたはやはり鉄板です。

そろそろ丁寧語を書くのが疲れてきましたが、もうちょっと頑張ります。


そして、進みが遅い。

今頃は石鹸制作に取り掛かってる頃だったのに、おかしいな。


永曽根くんは、どうなってしまうのでしょうか?

そして、アサシン・ティーチャーはこの状況をどうやって乗り切るのでしょう。



ピックアップデータ。

出席番号1番、浅沼 大輔。22歳。

身長167センチ、体重124キロ。

黒髪で茶色の目。

眼鏡を掛けて、人気ギャルゲー『連立世界のネクロマンサー・カレン』の鉢巻を頭に巻いている。

団子鼻と顔中の油ニキビがコンプレックス。

ちょっと臭いが凄いらしい。

重度のオタクで元引きこもり。

学校でのイジメが発端でパニック障害などを併発。

自宅警備員歴6年で、実家から追い出されて特別学校に入学。

最近は女子組の牢屋での裸体をオールリピートして夜のおかずで三杯やっているらしい。


本編とは全然関係ない浅沼くんのデータですが、今作から生徒達のピックアップデータがしばらく続きます。


誤字脱字乱文等失礼致します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング よろしければポチっと、お願いいたします。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ