18時間目 「社会研修~他国国王との謁見~」
2015年9月11日初投稿。
ちょっと遅くなりましたが、18話目を更新です。
なんとか今日中に間に合いました。
そして、ゲイル氏のターンがまだ終わらない不思議。
最近、ホモホモしいので、自重。
しかし、何故かルートが勝手に逸れて行く。
アサシン・ティチャーはまずホモのフラグを叩き折ったほうが良いかもしれません。
(改稿しました)
***
大雑把に言うと、まぁ、あれだ。
『特別学校異世界クラス』の始業日にも関わらず、オレは半日以上寝ていただけだったよ。
ゲイルとの話を終えて、やっとこさお互いの疑心も晴れたのは良かった。
そこまではまだ良かった。
だが、間宮が乱入し、その後も生徒達も乱入して、と色々あって結局授業なんてあったもんじゃない。
ついでに、結局オリビアに大泣きされて、オレは一旦休息を取る事に。
今回ばかりは、生徒達もフォローすらしてくれなかった。
しかも、間宮も敵に回ってくれたばかりか、友人認定した筈の騎士団長様までもが、オレの休養を申請を勝手に受領しやがったからな。
まぁ、オレだって馬鹿では無いから、オリビアが泣くのも、生徒達がフォローしてくれない理由についても一応は理解している。
担当教師が2日連続でぶっ倒れただなんて、それこそ問題でしか無いだろうしね。
オレの虚弱メンタルどうにかしてくれ。
しかしながら、そんなおかげでいかんせん授業が進まないったらない。
なので、その翌日は生徒達に、スパルタとも言える授業内容を科した。
午前中の4科目をぶっ続けで英語だ。
その代わり、午後からは基礎体力の測定と、トレーニングって事で手を打っておいたから反発は少なかったからまだ良いけど。
はてさて、生徒達から口々に「もう一回倒れろ」などと不穏な言葉を貰いつつも、そんなぶっ続けの授業を終えたその午後のこと。
ここ数日、続いていた強制イベントと言う名の問題。
そんな強制イベントと言う名の問題が転がり込んで来たのも、その午後のことだった。
***
昼休みと銘打ってぐだぐだしていた午後。
本日から、本格的に基礎トレーニングや訓練を始めるにあたって、必要だと思っていた一定以上の広さを持った運動場の確保は必須。
その為に、オレはこの現校舎に最初から備わっていた、裏庭の改修工事に取り掛かる事にした。
最近のお気に入りと言うか定位置になりつつあるのは甚だ遺憾ではあるが、元々裏庭に面していた物置の陰。
そこで、友人認定となったゲイルともども煙草を吹かし、オレ達も一旦昼休憩。
『あ゛ー……飯の後の一服は、特に美味い』
オレの堂に入った濁音混じりの爺臭い言葉を聞けば、どれだけのヘビースモーカーなのかはおのずと分かって貰えるだろう。
これが分かる奴は、同志だと今なら握手もしてやろう。
『…本当に『カナビスの草(※マリファナ)』ではなかったのだな』
そう言って、オレの隣で煙草を吹かしているゲイルは、色々と驚いている様子。
だから、ラリったりもしないし、トリップもしないから。
まぁ、ニコチンの依存症に関しては、オレとしてはもうどうしようも無いと思っているけどね。
ちなみに、コイツも後々は嗜好品として技術開発用品のリストに入れてあると言ったら、眼が輝いていた。
おそらく、オレと一緒でヘビースモーカーになってくれるだろう。
さて、それはともかく。
今後の練習上となり得る、運動場もとい裏庭を眺めてふと、嘆息。
現校舎事態も長らく放置されていた建物だった所為か、その裏庭に関しても雑草が生え揃い、随分と欝蒼とした様相となっている。
まずは、生徒達に足腰の鍛錬と称し、除草やら舗装から始めさせなければならないな。
オレか間宮、もしくはゲイルが刀や槍を振り回せばあっと言う間、とは分かっているが、それも生徒達にとっての例の自主性云々の教育の一環なので手を出さないし、出させないように言い含めてある。
まぁ、除草した後の草などの処理は、彼等も手伝ってはくれるらしいけどね。
昼食の後に生徒達には、休憩ついでに旧校舎の保健室から回収して来たジャージへと着替えを言い付けてある。
制服以外に久しぶりに腕を通す事になるので、全員がどこかウキウキしていた様子を思い出して苦笑いが浮かんだ。
しかし、その矢先の事であった。
『失礼致しまする!
『予言の騎士』ギンジ・クロガネ様は御在宅でありましょうか!?』
ふと、物置まで響いて来た声に、ゲイルと二人揃って肩を跳ね上げた。
ついでに、聞き慣れてしまったかもしれない女性の声だった事に、背筋に嫌な汗が流れ落ちてしまったのは、もはや隠しようも無い。
『…嫌な予感』
『悪いが、オレもだ…』
だって、多分この声は、例のオレの天敵の女騎士の声だもの。
***
『だ、だから、今は先公がどこにいるのか分らないって言ってるだろ!?
しつこいなぁ!』
『では、ギンジ様の御拝顔が叶うまで、私はこちらで待たせていただく!』
『アンタがいたら、先公だって出てきたくても出てこれねぇだろうよ!』
凛とした怒声にも似た声を張り上げた女騎士と、その騎士に向かってテーブルを挟んで向かい合うようにして香神が怒鳴り返す。
その様子を扉の隙間から覗き見しつつ、オレは裏庭へとつながるキッチンの勝手口から入り、キッチンの扉の前でゲイルともども立ち往生。
だって、入口は騎士団が通行止めにしているみたいだったし、どっちにしろ少しでも顔を合わせたくないって言う理由もあったので、こっちから入った。
声の主は、やっぱりオレ達の考えていた通り、痴女騎士こと拷問大好きな女騎士だった。
『それは困る!私が馳せ参じたのは、王命でございますれば!』
『だから、その王命とやらの内容を教えてくれれば、先公が戻ってきた時にでも連絡するって、』
『………ふむ。いつの間にか、英語が随分と上達しているようだな』
『話を逸らすな、この変態騎士!』
『おやめください、コウガミ様。これでも、イザベラ様は王族家の方でございますれば、』
シュールなやり取りに見えるのは、オレの眼の錯覚だろうか。
相変わらず、痴女騎士とセットになっている、例の暴走騎士の兄であり、メラトリアム家の後継者らしいジェイデンも一緒だった。
地味に、お家取り潰しは免れたけど、爵位が一段落とされちゃったって話は、風の噂(|というよりもゲイルから)聞いているけど、3日ぶりに見た彼も相変わらずだった。
とは言え、
『王命とか言っているけど、お前は何か知ってるか?』
『いや、オレは何も連絡を受けておらなんだ』
『…って事は、お前を通さないで入った、緊急の命令って事かもしれないなぁ…』
『……嫌な予感しかせんな』
それはオレも一緒です。
さっきから、あの痴女騎士の声を聞く度に、背筋に怖気が走っていると言うのに、彼女が口にしている内容からも悪寒を感じ始めている。
これは、本能的な一種の危機察知能力だな。
オレの全神経が、絶対に受けちゃダメ!って、警報を鳴らしてるようなものだもの。
ただ、これ以上生徒達を、あの痴女騎士と向い合わせておく訳にも行かないなぁ。
あの痴女騎士がオレを拷問した張本人である事は、生徒達皆が知っているから余計な警戒をしてしまっているようだ。
『ギンジ様は貴女様に会う理由はございません!』
『何を言いますか、オリビア様!
いくら女神様と言えども、私とギンジ様の仲を引き裂こうなどとは…ッ!!』
………いや、オレがいつお前とそういう仲になったのか。
我らが女神様が、ちょっと気圧され気味の香神の前に立って(浮いて?)いるが、オレもそろそろ腹を括った方が良いかも。
そう思っていた最中、
「悪いが、間宮。先公を探してきてくれないか!オレは、こっちに残って、ちょっとだけでも時間を稼ぐから、」
「(こくり)」
流石に香神も分が悪いとは分かっているのか、一番動きの取れる間宮に指示を出したようで。
会話が出来るというだけで、生徒達の矢面に立とうと残った姿勢は立派だった。
コイツは、最近どんどん成長していくなぁ。
ただ、戦力面で間宮を引っこ抜くのは悪手なので、そこだけは減点だ。
まぁ、その成長ぶりを見れただけでもオレは満足だ。
生徒が頑張っているのに、オレだけ隠れているなんて事が出来る訳も無い。
先に生徒達を落ち着かせてやった方が良いだろうし、と苦笑と共にキッチンの扉のドアノブを捻った。
『気を付けろ、ギンジ。
『夕闇騎士団』が動いたという事は、』
『分かってる。政治的な部分が絡んでるって事だろう?』
腐っても、痴女騎士は、このダドルアード王国にてもっとも位の高い白系の騎士団の団長を務めている。
その職務は、要人警護などを含めた近衛としての政務活動の補助だ。
つまり、彼女の持ち出した『王命』とやらは、それ相応の政治的重みを含んでいるということ。
やっぱり、嫌な予感がぬ拭えないんだけど、このまま逃亡しちゃダメですかね?
そこで、今しがた戻ってきたばっかりですよ、的な演技をしつつ、キッチンの扉を開けた。
瞬間、ぽすっと音がして、オレの胸元に何かが埋まった。
『うん?』
その何かは、痴女騎士と同じく見事な赤い色の頭髪をしたオレの生徒。
今さっき、香神から指示を受けて、オレを探しに行こうとしていただろう間宮だった。
………オレまでちょっと吃驚しちゃったんだけど、何やってんのお前?
『熱烈な歓迎だな…』
『……/////(ぽっ…)』
いやいやいやいやいや!「(ぽっ…)」じゃねぇから、顔を赤らめんじゃねぇ。
一瞬可愛いとか思っちゃって、オレの目が可笑しくなったのかと思ってしまったわ!
ただ単に、オレがこっちにいるの気付いて無くて、ぶつかっただけだと言え!
………気付いてて、わざとぶつかった訳じゃないよな?
閑話休題。
『せ、先公…!』
『ああッ、ギンジ様ぁん!』
『ぎ、ギンジ様!…お戻りになってしまったので…!?』
一気に視線が集まったおかげで、威圧感が凄い。
香神がほっとした表情をしたかと思えば、痴女騎士は途端に顔を恍惚やらなにやらで真っ赤に染め上げ、オリビアは何故か戦慄したような凍り付いた表情を見せていた。
香神は安堵、痴女騎士は恍惚で、オリビアは引き合わせたくない相手の前に出て来ちゃった罰の悪さ、ってところだろうか?
香神もそうだったが、生徒達もどこかほっとした様子。
ただ、痴女騎士の背後に控えていたジェイデンまで安堵しているのは、どういう訳だろうか?
『何か用か?』
気を取り直して、改めて痴女騎士へと向かい合う。
勿論、香神と同じくテーブルを挟んで、生理的にも物理的にも安全圏を守った上で。
『相変わらず冷たいッ!でも、そこがまた…!』
『アヴァ・インディンガス卿。何用か、聞いているのだが?』
『うっ…う、ウィンチェスター卿もいらっしゃったので?』
そして、オレの背後から戻ってきたゲイルが更に追随。
おかげで、アヴァ・インディンガス卿こと痴女騎士(あれ?逆だった?)が、一瞬だけ怯んだ。
その間に、オリビアが文字通りオレの元へと飛んで来ると、定位置である肩の上へとふんわり座った。
痴女騎士の顔に険が走る。
『ギンジ様、大丈夫ですわ!私が、こんな無礼な騎士達、追い払って差し上げますので!』
『オリビアは、ちょっと大人しくしててね?
ここで、彼女達を追い払ったとしても、用件やら何やらが取り消させれることはないだろうから、』
『…う、ううっ…!』
ちょっと物騒な事を言い始めているオリビアには、ちょっとだけ落ち着いて貰う。
だが、涙目になったかと思えば、凄い勢いで痴女騎士を睨みつけていた。
それに対し、痴女騎士はふふん、と鼻を鳴らしてどや顔を見せていた。
……お前等、何なのその程度の低いやり取り。
『貴殿はここに何をしに来たのだ、アヴァ・インディンガス卿?』
と、ここでまたゲイルの至極真っ当な問い掛けが落ち、彼女達の不毛な睨み合いも終了した。
負けたのは勿論、痴女騎士だったが。
『はっ!『石板の予言の騎士』ギンジ・クロガネ様に、急ぎ登城されたし、と王命を承り、馳せ参じた次第にて候!』
ああ、これ、やっぱりオレ達の予想が当たってそうだわ。
彼女、今までの空気を一変してしまっているもの。
流石に王家の血を引いていながら、近衛騎士団の一角を担う騎士。
その堂々たる振る舞いは、細部に渡って洗練された動作だった。
………これで、趣味があんなので無ければまだ良かったのにね。
『その真意たるや、如何?』
『王命に関しては、いくらウィンチェスター卿であっても仔細は明かせませぬ』
どうやら、緘口令も敷かれている様子だ。
ゲイルが、一度困惑気味にオレへと振り向き、しかし、ふとそこで思案するかのように顎に手を当てた。
あ、何か心当たりがあったの?
『………この時期、という事は察しが付くが、』
そう言って、彼は眉根を寄せて、やや苦しそうな顔を見せた。
ただ、緘口令もある手前、表向きには話が出来なくて戸惑っている様子だ。
………はぁ。
仕方ないから、応じてやるよ。
だから、そんな顔でオレを見るんじゃねぇ。
『どの道、城には顔を出さなきゃいけないって事かねぇ』
『そうなるだろうな…』
どうやら、オレが王城へと召喚された事に、拒否権は無さそうだ。
ゲイルと一緒になって、深い溜息を吐きつつ、オレは生徒達へと向き直る。
「悪い、今日も午後から自習だわ」
『やったぁああああああ!!』
………今日もまた、午後の授業が行えなくなった。
喜ぶんじゃねぇよ、この悪餓鬼ども!
ただし、
「じゃ、オレは今からお城に行ってくるから、お前達には裏庭の雑草を片付けて置いて貰うから、そこんとこよろしく」
『げっ!!』
『嘘だろッ!?』
「?(こてり)」
嘘でもなんでも無いから、練習場の整備は任せた。
ざまあみろ、とどや顔になってしまうあたり、オレもオリビアVS痴女騎士の事をとやかく言えないことに気付いてしまった。
***
とりあえずは、と言う事で一路、『白雷騎士団』と『夕闇騎士団』に、警護を受ける形で王城へと向かうことに。
ゲイルは当たり前のようにオレと一緒に王城へと同行し、彼の親衛隊ことライトニング部隊のみが出向。
残りの4部隊は、生徒達の護衛と庶務手伝いという形で、現校舎へと残して来た。
生徒達には、しっかりと裏庭の整備を言い付けてきたので、まぁ大丈夫だろうとは思っておく。
戻ってきた時の生徒達の反応があんまりにも読め無さ過ぎて怖いけどね。
ちなみに、今回ばかりは間宮も贔屓する訳にいかないので、彼も居残り組に無理矢理説得(※命令と称して)し、置いてきた。
間宮の代わりと言っては難だが、今回ばかりはオリビアが引いてくれなかった。
理由は勿論、オレが王城へ行きたがっていない事を『精神感応』という能力で読み取ったから、という事と、ついでに送迎に痴女騎士がいたことから。
その為、彼女だけは特例として、王城へと同行させた。
今は、安定の定位置である肩の上で、頭に懐いてふくふくと微笑んでいる。
それを、送迎の為に前列で口惜しそうに眺めているのは、件の痴女騎士で、オレとしてはこっち見んなとしか思わない。
………ああ、早く帰りたい。
生徒達も心配なのはあるが、まずこの王城へ向かうのがもう嫌。
だって、用件が何かすら分かっていないこの状況は、オレにとってはもう断頭台への階段にも等しい訳よ?
言い過ぎだと言うなかれ、既に眼の前に痴女騎士がいる時点で、この異世界に来た当初、拘束、拷問を受けた記憶が鮮明に蘇ってくる。
ああ、もう本当に早く帰りたい。
しかも、更に酷いと思うのは、先に先触れというか連絡が無かったこと。
おかげで、オレは何の準備もしていなかったので、ここ数日着古してしまったちょっと草臥れたスーツ姿。
せめてもの救いはしっかり朝風呂して来ていることではあるが、旧校舎から回収して来たスーツの替えぐらいに着替えておきたかったもんだ。
『……それにしても、なんか城全体がピリピリしていないか?』
ふと、王城への門を潜ってからロビーや廊下を進む最中、感じたのは空気の違い。
以前、ここに立ち行った時には、感じられなかった緊張感が城全体を包んでいる。
オリビアも気付いているのか、しきりに周囲を見渡し、小首を傾げている。
『……済まんが、それについてもオレからは何も言えない』
『あ、やっぱり緘口例から何か?』
『その通りだ。騎士達に言い含められているものを、騎士団長であるオレが破る訳にもいかん』
『………そうですか、と』
そりゃ、大仰なこった。
嫌な予感は更に加速し始めているし、もうそろそろオレは心労でぶっ倒れそうです。
3日連続とか言う、不名誉な昏倒記録を樹立しそうだ。
ああ、そうそう。
後もう一つ、王城へと向かう道中でも、オレの心労を跳ね上げてくれた出来事があった。
『白雷騎士団』も『夕闇騎士団』も、どちらも王城の騎士団としては共に最高位。
白銀やら黒銀やらの意匠を施された白系甲冑姿の彼等が街を歩けば、それは自然と注目を集める事になる。
それこそ、街の警護に当たるのは『蒼天騎士団』等の青系、ないし緑系の騎士達だから。
そんな白系騎士団の彼等に囲まれて連行よろしく警護を受けていたおかげで、オレやオリビアも街の中では、自然と注目を集めてしまっていた。
それはもう、べらっぼうに目立ってしまっていた。
しかも、昨日の昼間に買い出しに出掛けた時と同様に、オレが何者であるか知っている人々や気付いた人達が、路肩に寄って傅いたり、その場で跪いたりしていた。
更に悪目立ちの一途を辿っており、中には驚いた事に生まれたばかりだろう赤ちゃんを抱き抱えた夫婦が寄ってきて、「ご利益を期待して撫でてください」だと。
オレは、別にそんな御利益を持った御神体でも何でも無いから。
本当に勘弁してよ、またオレの噂が変な方向へ進みそうだ。
ちなみに、それに対応してくれたのは、我等が女神様。
ふんわり浮かんでにっこり笑って、「元気に育ってくださいませ」と言った瞬間、女神様だった事に気付いた御夫婦が危うく赤ちゃんを取り落とし掛けていたけど。
まぁ、生まれたばっかりで落とされそうになるとか、不吉以外の何物でもないけど、オレが撫でるよりはオリビアに撫でられた方が御利益があるだろう。
その子の未来に幸あれ、としか思わない。
赤ちゃん、って、怖いから触りたいとは思わない。
そんな事を思い出しながら、自嘲を零す。
『どうなさいました?』
『いや、別に…』
心配してくれたらしいオリビアの問いかけにも、少し歯切れ悪く。
閑話休題。
『夕闇騎士団』の先導で進む王城の中、オレ達は以前滞在していた時には絶対に通されなかったフロアへと案内されていた。
正直道順が分かっていないからか、少々どころか不安が過る。
旧校舎同様、王城も賊の侵入対策として、複雑な造りをしている。
オレ、もう二度とここから出られないかもしれない。
………いや、出るけど。
どうやってでも逃げ出してやると思うけど。
そんな物騒な事を考えている間にも、
『失礼致します!『夕闇騎士団』が団長、イザベラ・アヴァ・インディンガスでございます!
『石板の予言の騎士』ギンジ・クロガネ様をお連れ致しました!』
どうやら目的地に到着したらしく、痴女騎士が到着した事を告げる旨を、扉に向かって叫んでいた。
『よい、入れ!』
通されたのは、以前通された大広間とはまた違う、豪奢な扉を備えた広間のような場所。
扉が開かれたと同時に、眼に入ったのは何十人が掛ける事が出来るのだろうか?と思う程の、大きな長卓だった。
『ここは?』
『議場だ。国王への謁見以外での協議や会議、交渉はここで行っている』
せめて場所だけでも把握しておこう、というオレの皮算用である問いかけに答えたゲイル。
つまりは、会議室って事で概ね間違いはないだろう。
どうやら、今回は謁見の間であった大広間とは別に、協議や会議、交渉を行う必要があるからこそ、この議場へと通されたらしい。
そして、
『お待ちしておりました、ギンジ様』
上座である長卓の奥に座っていたこのダドルアード王国の頂点である国王陛下、ウィリアムス・ノア・インディンガス。
彼は、オレ達が会議場へと入ったと同時に、その場で立ち上がり貴族風の洗練された礼を一つ。
オレはそれに、不躾とは思いながらも日本人特有の礼儀、お辞儀で答える。
しっかりきっかり45度に折った腰と、日本人として入念に仕込まれている挨拶で持って応える。
『お久しゅうございます、国王陛下』
彼に一礼をした後は、目線をその議場の長卓へと戻す。
上座に座った国王陛下から、向かって左側、オレから向って手前側がこの王国の官僚達。
そして、国王からは右側でオレからは奥側に座るのが、来賓の皆様と言うことになる。
その来賓席には、数名の偉丈夫が席に着いている上、その背後には窓に背を向ける形で騎士と思しき甲冑姿の男達が、ずらりと壁際まで整列していた。
今回の来賓は、どうやら随分と高尚な立場にあるやんごとなきお方と言うことになりそうだ。
そこでふと、来賓席の更に上座に当たる場所に座る人物が、眼に映る。
驚きのあまり、少々口元が引き攣ってしまった。
それは、無理はないだろう。
その人物は、雪か何かかと間違うばかりの白い髪をしているばかりか、この世界では既にデフォルトだろう小綺麗な顔を、更にグレードアップした美人だったから。
『やはり、貴方様が『予言の騎士』様でしたか?』
そう言って、柔らかく穏やかな笑みを浮かべた人物。
先程も言ったように、真冬の凍てつく雪のように白い髪。
ここまで見事な白髪は、永曽根や常盤兄弟でしか見たことが無かった。
その見事な髪を、一部を頭上で一括りにして冠で覆い、残りを背中へと下している。
頬が赤みがかってはいるが、白人特有の血色の浮き出した白い肌。
そこに嵌り込んだ宝石にも見える青の瞳は、自棄に艶っぽく見える。
眉目秀麗を絵に描いたような整った顔立ちに、少し切れ長の眼が色っぽさすら醸し出していた。
あれまぁ、凄い美人さんだ事。
しかし、残念ながら(何が?)声を聞いた限りでは、男性のようだ。
負けているのは分かっているが、散々女顔だと言われてきたオレも、一瞬彼の性別に関しては迷った。
だって、それぐらい美人。
やっぱりこの世界の人間で、美形がデフォルトなのかしら?
不躾に呆然と見ていたのがバレたのか、くすりと満面の笑みで微笑まれてしまったおかげで、オレも一緒になってへらりと笑ってしまった。
………隣で、ゲイルが吹き出し掛けた。
そんなに、オレの笑顔の稀少価値が高いって言いたいのだろうか?
テメェ、コノヤロウ、後で覚えていろよ。
しかし、その所為で今度は別の方面からの視線を集めてしまったようだ。
一番多かった視線は茫然というかなんというかであるが、その中でも敵意が強く感じられた視線は、少なからずあった。
それが、来賓の背後に侍っていた騎士達の、やはり上座に立っていた一人。
来賓の近衛か護衛と思しき騎士達は、一様に白と青の甲冑を着ていた。
白銀の意匠もあるのか、微妙な角度で光をきらきらと反射しているが、その実、装備に関しては実用性が皆無だろう過度な装飾が施されていた。
しかも、背中には騎士と言えばお約束ともなっているだろう、白いマントもしっかりと装備されている。
(※オレ的に騎士と言ったら、という格好はこういう感じだったんだけどね)
その中でも、一層実用性を重視しているだろう甲冑を着ていたのが、先ほど表題に上がっていた上座に立った騎士の一人だった。
少しくすんだ甲冑の色や、ところどころ剝げてしまっている意匠だったが、その甲冑に刻まれた傷が本物である事は如実に分かっている。
腰に佩いている剣や剣帯すらも、どこか無骨で装飾など一つも見当たらない。
しかも、他の騎士達がオレへと向ける視線が、唖然やら呆然に対し、この男だけは随分としっかりとした敵意を向けて来ている。
迂闊に近寄ったら斬られそうだな。
オレの背後に立っているゲイルも、最初の頃はこんな感じだった。
だが、まぁ、それは良いとして。
気になったのは、先ほどの白い髪の色白美男子の一言。
………「やはり」って、何?
『……どこかでお会いしましたでしょうか?』
あくまで初対面と言う事で、きょとりと瞬き混じりに微笑んでみせる。
更に議場の中には呆然とした視線が増えるものの(背後のゲイルの噎せる声も聞こえるけども)、なんとか顔の筋肉を引き締めて耐える。
じゃないと、いつもの無表情にあっという間に早変わりだからな。
………あれ?そういや、自棄に静かだなと思ったら痴女騎士達の騎士団はどこ行った?
目線だけで確認すると、そもそも議場へは入ってきていなかったらしい。
ああ、立場とかいろいろなものがあるから、こっちはゲイル率いる『白雷騎士団』で相応って事なのだろう。
話が逸れたが、目線をその色白美男子さんへと戻せば、
『(……うわぁ、嫌な予感)』
何故か、目元に朱を走らせながら、苦笑を零した彼。
その反応に対し、これまで一番多く経験してきた、見た目が性別を裏切る問題が脳裏を過って行ったのはほぼ間違いないだろう。
オレも一瞬、間違え掛けたように、彼もオレを女と間違っている。
そして、その誤解は未だに解けていないようにも思えるなぁ。
ああ、本当にこの顔は、厄しか呼ばない。
『立ち話も難でしょうし、お掛けになってはいかがでしょう?』
と言う国王の一言のおかげで、オレはなんとか多数の視線から逃れる事が出来た。
嫌な予感は未だ拭われてはいないものの、とりあえずは一旦休憩だ。
ゲイルにエスコートされつつ、上座と対座となる場所へと席を勧められ、そこへと座る。
肩に座っていたオリビアが、然も当たり前のように膝の上に移動したのに、ささくれ立っていたオレの神経が癒しを受けた。
………ああ、もう本当に、可愛い。
思わず、彼女の頭を撫でていると、若干敵意とは違う嫉妬の視線をいただいた。
官僚側からもだし、何故か来賓側からも。
もう、この視線に対して、いちいち反応するのは疲れる。
溜息を吐きかけたその時、
『…あちらにおわすのは、『白竜国』の国王とその近衛である騎士達だ。
彼の方は、交渉術に優れると有名な方だから、油断はするなよ』
エスコートを終えたゲイルが去り際に、ぼそりと耳元へと落としたその言葉に思わず背筋が伸びた。
………国王陛下だって?
冗談じゃないよ、なんでそんなやんごとなき方のおわす議場に、オレが呼ばれなきゃいけないんだ、と思ってふと納得。
そういや、国賓待遇でもある『予言の騎士』だって事、すっかり忘れてた。
そんなオレの内心を見透かしたようにして、先ほどの挨拶の段階から起立したままだったウィリアムス国王が、口を開いた。
『よくぞ、お越しくださいました。『予言の騎士』ギンジ・クロガネ殿』
『遅ればせながら、参上させていただきました』
そう言って、再度礼を施して、ウィリアムス国王が着席した。
彼の顔色というか表情も、自棄に緊張感を保っていることから、今日城に上ってから数刻で感じていた緊張感の元が分かった気がする。
今日か昨日か、彼の『白竜国』とやらの国王陛下が参上した為、王城には何とも言えない緊張感が広がっていたと見て良いだろう。
『先に、ご紹介をば一つ。
こちらの方は、北の隣国である『白竜国』国王であらせられる、オルフェウス・エリヤ・D・グリードバイレル陛下でございます』
『お初、お目もじ仕ります』
『こちらこそ、初めてお目通り致します』
そこで、やっと本格的なご挨拶に進んだ。
彼は、ゲイルからも聞いた『白竜国』国王陛下であり、今回は貿易関連の盟約や提携の為に、このダドルアード王国へと足を運ばれたようだ。
現代でもPPT問題や国同士のやり取りなんかで良く、首相やら大統領が会談していたが、今回のこの会談も貿易やら何やらを結ぶために来ているので、その類だと考えて良いだろう。
なんか、突然政治の裏舞台に招待された気分で、若干落ち付かないけど。
その後も、彼と共にこの議場へと足を運んでいた『白竜国』の官僚達も紹介され、その度に愛想笑いを振りまいておく。
ああ、もうこの段階で、既に顔の筋肉が疲れてきたんだけど?
さて、そんなこんな、紹介も済んだ後に、オレの元へと紅茶が運ばれてきたのを皮切りに、国王陛下が口火を切った。
『『予言の騎士』様は、我が王国にて、新しく生活を始められた事は聞き及んでおりますれば、その後はいかがでしょうか?』
『良くして頂いたおかげで、恙無く毎日を過ごさせていただいております』
背後のゲイル氏が何故か、動揺したように思えるのは、その恙無い毎日の中に、色々な強制イベントをぶっ込んできたと自覚しているのか否か。
まぁ、他国の国王陛下が同席している席では、そんな不名誉な事は言わないから安心しなさいな。
ただ、
『それは良うございました』
『(………これ、前振りなんだよね、きっと)』
ウィリアムス国王からの当たり障りの無い言葉の端々に、どこか牽制染みたニュアンスを感じ取ったオレ。
おそらく、これはオレがこの『白竜国』国王すらも列席する議場に召喚された理由にも繋がってくるだろう。
そこで、大人しくオレの膝の上で懐いていたオリビアが、ふと顔を上げた。
『ギンジ様がお付き合いする理由は無いのでは?』
『……心を読むのをやめようか、オリビア』
おそらく、精神感応でオレの内心を読み取っただろうオリビアだが、その言葉の半分が毒々しいと感じたのは気のせいか。
あえて小声ではあったものの、若干オレの背筋が強張った。
まぁ、確かにここに召喚された理由を考えると、オレが付き合う理由と言うのは皆無だ。
いくら国賓待遇とは言え、政治に参加しろとは言われていないのだから。
だが、それを関係ないと断じるのは、既にここに召喚された時点で無理な話だ。
その間にも、ウィリアムス国王の他愛ない会話は、続いている。
『『予言の騎士』様は、この王国で学校を始められたとか。
もし、よろしければ、お話などをお伺いしたいものですが、』
『そうは言われましても、本格的に始めたのは昨日でございます。
それ故、まだ何もお話しできるような内容は行っておりませなんだ』
今日も途中で呼び出されたからねぇ。
なんて考えながら、据わっているだろう眼をしながらも微笑んでやったら、国王が冷や汗を垂らし、口元を引き攣らせ、眼を逸らして咳払い。
たはははは。
テメェ、コノヤロウ、自棄に『我が王国』やら『この王国』やらで、ダドルアード王国を強調しているけど、国政に関わってるなら関わってるで最初に先触れでも出しておけってんだ。
なんで当日に何の前準備も無く呼び出された挙句に、こんな場所に引っ張り出されてんだよ。
『それで、本日はいかなるご用件だったのでしょうか?』
そう言って、暗にさっさと用件を言え、と半ば強引に切り出した。
正直、これ以上この王国の国政やら何やらに首は突っ込みたくはないし、無駄話をしに来た訳では無い。
こっちは早く帰りたいんだ、とニュアンスを込めてにっこりと微笑めば、ウィリアムス国王どころか、この王国の官僚達も怯んでいた。
しかし、
『それに関しては、私からお話をさせていただいてもよろしいでしょうか?』
それに怯まなかったのは、言わずもがな。
列席していた『白竜国』国王陛下や、その官僚達。
正直、オレが彼等を誘発してしまった形となってしまったのは、否めない。
彼等にとっては、オレの切り出した口火は、好機以外の何物でもなかったようだ。
『無理を承知で、今回は『予言の騎士』であるギンジ様を、こうしてお呼び立てしてしまい申し訳ありませんでした。
我等が我がままではありましたが、平にご容赦くださいませ』
そう言って、まずは謝罪から踏み込んできた彼は、ゲイルの言っていた通り交渉術に優れたやり手の国王様だったようだ。
先に、下手に出て徐々に本性を現していくのは、交渉術の基礎の基礎だからな。
『いいえ、お気になさらず。ですが、何故私のような一介の教師をわざわざ、このような席にお呼びいただけたのでしょうか?』
『一介の教師だなどどは、ご謙遜を。
貴方様が『予言の騎士』でありその御身が召喚された事は、既に大陸諸国に知れ渡っております』
………なにそれ、怖い。
まだ召喚されてから、1週間と3日しか経ってないのに、大陸諸国が知ってるって、それなんてテレ○ジョン?
ニュースなんてものも無い世界だから、王国内はともかく、諸国への伝達はもっと時間が掛かると思ってたのに。
しかし、ふとそこでオレが怪訝な顔をしていたのに気付いたのか。
オルフェウス陛下は、ややわざとらしくも微笑んで、白い髪を掻き上げつつ流し目でオレを見て来た。
あ、これは、まさか本気で口説きに掛かってるっぽい。
オレがもし本当に女だったりしたら、少しはときめいていたのかもしれないが、残念ながらオレは性染色体XY型の男である。
前置きだろうと分かっているので、あくまで平然と(内心ではふつふつと怒りを溜め込みながら)にこりと笑い返しておいた。
それに対して、一瞬だけ眼を揺らし、逆に動揺していしまっただろうオルフェウス陛下。
いやはや、こんな女顔は自分の顔で見慣れてるだろうに、オレ程度の顔で赤面すんな。
『見聞以上に御拝顔麗しく、恐悦至極の至りにございます』
『お上手ですこと』
やっぱり、コイツオレを女だと勘違いしてやがるよな。
これもウィリアムス国王の策略か意趣返しだろうが、オレの性別を敢えて訂正しない事で、何かしらの交渉材料にしようとしているのだろう。
イラっとしたので、またピンポイントで殺気を放っておいた。
………ら、持っていた紅茶のカップをカタカタ揺らしていた。
ざまあみろってんだ。
『こちらも、オルフェウス陛下の御拝顔を賜り、光栄でございます。
ですが、その後御用件とは、いささか推察が及びませんが、』
そんなウィリアムス国王をいじめるよりも、問題はオルフェウス陛下の用件だ。
しかし、オレの言葉に眼の端に、きらりと瞬いた智謀の光に内心溜息。
オリビアが、不安げな表情をしてオレを見上げた。
またしても、精神感応でオレの内心を読み取ってしまったらしい。
「大丈夫だ、」とそんな彼女を撫でておいたが、気休め程度にもならないだろうな。
そして、一瞬だけではあるが、ゲイル達へと意識を傾けてみる。
彼等は、既にその理由に思い至っているようで、緊張した様子がひしひしと伝わってきていた。
しかも、ゲイルに至っては、心苦しいのか否か、掌をキツクキツク握りしめている音すらも聞こえてきた。
こんな様子なのだから、嫌でも分かる。
色々な意味で、オレの予想通りになりそうだ。
『『予言の騎士』ギンジ・クロガネ様には、是非とも我が『白竜国』へとお越しいただきたく存じます』
はっきりと、有無を言わさぬ口調で言われた、オルフェウス陛下の言葉。
ほら、やっぱり、思った通り。
という諦念しか、頭の中では浮かんできてくれなかった。
やっぱり、この『予言の騎士』って肩書き、捨てた方が良い気がする。
だって、厄介事しか運んできてくれてないもの。
ついでに、一介の教師に対する権力が、他国の国王陛下とか分不相応にも程があるでしょ、こん畜生。
***
オレが予想していた通り、引き抜きの話だったようだ。
この目の前にあらせられる『白竜国』国王であるオルフェウス・エリヤ・D・グリードバイレル(※名前が長いっ!)陛下は、オレをこのダドルアード王国より、彼のお方の統治する『白竜国』へ招きたいとの事だった。
しかしながら、どうしてこんな話になったのか、聊かオレの脳内が追い付いてくれない。
『それは、我々を『白竜国』へと引き抜きたいと言う事で、よろしいでしょうか?』
『その通りでございます。
聞けば、ギンジ様は生徒達を引き連れて、滅亡の危機に瀕した世界の為に、『聖王教会』を巡礼したとの事。
その為に、わざわざ遠方よりお越しくださったと、』
うん、やっぱり観光に来てね?とかじゃなく、完全に移住って話になってるっぽい。
彼の言った『遠方より』って言葉に含みがあったのが、そこはかとなく苛立つものの。
えっと、まずは、オレが『予言の騎士』である事を前提に………、って既にここから動揺しているなぁ。
前提も何も、オレは既に『予言の騎士』ですってね。
閑話休題。
なんでも、オレがこのダドルアード王国に召喚された事が、大陸諸国では少々難色を示されているらしい。
大陸地図を持ち出してくるとなると手間なので、口頭説明のみとなるが、このダドルアード王国は、大陸内でも最南端に位置する王権国家。
しかし、現在の大陸の情勢的に考えて、中心となっている国家はそれこそ大陸内でも中心に位置する『竜王諸国』。
北に『黒竜国』、東に『青竜国』、西に『赤竜国』、南に『白竜国』となっており、中央にあるのが『黄竜国』という、オレ達現代でも習った(かもしれない)東アジアの伝説の生物となる五竜に準えた連合諸国となっている。
しかも、地味に血縁関係が多いらしくて、『竜王諸国』という名を借りた統一国家でもあるらしい。
そして、その『竜王諸国』の南にある『白竜国』の国王陛下が、ここにいるオルフェウス陛下と言う事だ。
先ほど言った通り、難色を示しているという国家は、言わずもがなこの『竜王諸国』であり、彼等にとっては『予言の騎士』と『その教えを受けた子等』という、オレ達の身柄の確保を要求しているらしい。
それも、オレ達が召喚される以前の、結構前から。
『(つまり、これは国政どころか、今後の世界の終焉への対抗策すらも左右する会談の場だった訳だ…)』
予想はほぼ確信へと変わる。
オルフェウス陛下の言葉のニュアンスを聞いていると、確実にそれが当たり前で妥当だと考えている節を感じ取ったから。
いくら大陸内で力を持っている国家相手であっても、王権国家内で、しかも国王の目の前で『予言の騎士』を引き抜くメリット、デメリット。
意外と簡単に言ってのけてくれたように思えるけど、これって結構な問題だから。
最悪、戦争開始ってなっても可笑しくは無いんだけど、そうしようとしていないのは勿論、ダドルアード王国。
貿易を主要としている国家に対して、会談の場である程度の諸注意が出来ない時点で、この王国自体がほとんど『白竜国』への発言権や拒否権を持っていないように思える。
『(大陸内でと言っておりますけど、実際に力を持っているのは『聖王教会』なんですのよ?)』
『(あれ?そうなの?)』
ふと脳内に流れ込んできたオリビアの声とその内容にちょっとだけ吃驚。
地味に、女神様としての見解は、違うそうだ。
『(私達の女神が存在する『聖王教会』の本部は、何を隠そうダドルアード王国ですから)』
『(つまり、女神様達からすれば、ここが中央的な存在って事?)』
『(ええ、勿論ですわ)』
そう言って、にっこりとオレを見上げたオリビア。
彼女が言うには、大陸の中でも権力を持っているのは、確かに『竜王諸国』ではあるが、実際には『聖王教会』の女神様達が現存している本部があるのはこのダドルアード王国のみだという。
『白竜国』には、『聖王教会』の支部はあるが、ダドルアード王国のように本部がある訳では無い。
『聖王教会』として考えるなら、ここが中央であり聖地である、と言う訳だ。
だから、いくら『竜王諸国』が難色を示していたとしても、オレ達が召喚されたのは女神様のお導き、と言い含めてしまってもなんら問題は無い、との事だった。
しかしながら、
『(それで簡単に事が片付くなら、こんな会談なんかに呼び出されていないんだろうけどね…)』
『(…そういうものなんでしょうか?難しいです)』
それで言い含められるなら、国王もわざわざオレを直々に呼び出したりせんでしょうよ。
ついでに言うなら、言い含められて終了出来るなら、書状やら何やらで事が済むから、彼もわざわざここまで来る必要はない。
しかも、気になるのは、この王国の国王の態度だ。
オレが直接眼前で、外交的には不敬とも取れる引き抜きを受けたと言うのに、死んだ魚のような眼をしたままで微動だにしていない。
アンタ、マジで死んでるとかじゃないよね、ウィリアムス国王陛下。
ただ、官僚達も少々苦々しい顔をしながら、言い募ろうとしていない様子から見ると、やはりこのダドルアード王国よりも、よほど『白竜国』ひいては『竜王諸国』の権威が強いと見える。
思わず、大変な外交の裏舞台に引っ張り出されたものだ、と溜息を吐きたくなった。
『(オリビアが叱って差し上げましょうか?)』
『(…それは、『聖王教会』的にも、外交的にもアウトだから辞めて?)』
ちょっと待ってね、オリビアちゃん少し黙ろうか。
今は、例の『聖王教会』の権威の傘を着て、この状況を打開出来るかもしれない切り口を模索している最中だから、突然猛禽類のように眼を瞬かせて、物騒な方面の『オハナシ☆』をしようとしないで?
副音声で、人間じゃなくして差し上げましょうか?って聞こえたから。
………一瞬、オッケェ!ヤッチャッテ☆って言いそうだったけど。
それはさておき。
おおかた、このダドルアード王国にいるよりも、『白竜国』に行った方が、対面的にも環境整備としても良いのだから、貿易の盟約を盾に受け渡すように、とか無茶でも言われたのだろう。
ゲイルから、この国が貿易でなんとか食いつないでいる件を、そこはかとなく聞いていたからだ。
結構、無理を言って『白竜国』と貿易しているらしく、現在では金策も儘ならないとの事。
おいおい、国庫からオレ達の謝礼を出す前に、そっちを優先しろよ阿呆国王。
世界の終焉を迎える前に、王国自体が7割方滅亡的ってどういうこった?
それを瀕死って言うんだが、本気でどういうことだ?
話が逸れたが、今回の話でなんとなく分かったのは、その無理を言って貿易をしているのも、そろそろ『白竜国』的には限界。
そこで、オレ達が召喚されるかなり前から、既にオレ達との会談などを盟約の一部に勝手に含んでいたのだろう、と予想を付ける。
ってな話があった訳で、オレとしては滅茶苦茶大迷惑でも、王国的には通すべき筋がある訳。
その所為で、こうしてオレが国政の会談の場に引き出された訳だ。
というか、予想以上になお悪い状況というか、これオレが痴女騎士からの要請を断ってたら、経済制裁どころか戦争開始ってなっても可笑しくなかったかもしれない。
あの時のオレ、良くやった。
しかし、そんなオレの内心はいざ知らず、
『しかしながら、この王城へ入ってからは、良からぬ噂も耳にいたしますね』
オルフェウスは何が楽しいのかにこにことしながら、オレ達がこの王国に来た時の様子や、捻じ曲げられた事実や、噂を嬉々として話している。
その実、オレ達が受けた、この王国の騎士団からの非人道的な行いを、詰問しようとしているのだろう。
『騎士団からの拘束を受けた等、虜囚としての扱いもあったようで、』
『……拘束は確かに受けましたが、それは我々の身分を証明する為の僅かの間でしたので、』
おーい、しっかりちゃっかり喧伝されちゃってるけど、良いのか国王~!
しかも、この相手他国だよね、おいちょっと!
上座に座っていたウィリアムス国王が、白眼を剥いた瞬間を確かに見た。
背後でゲイルも、何かしら動揺したのか、体を引き攣らせたことが甲冑の音で分かった。
オレもちょっとだけ驚いたけど、当たり障り無く返しておく。
『おや、そうだったのですね?ならば、我々も安心致しました。
やはり、噂と言うものは尾ひれが付いて、歪曲してしまうようですね。
虜囚として扱われたのみならず、騎士団の一部からは決闘と称した処断まで受けたというのもまた、栓無き噂でしょう』
それに対して、更に楽しそうに追従して来たオルフェウス陛下は、おそらく今回の噂が歪曲した噂では無く、事実だということを確信しているのだろう。
滅茶苦茶楽しそうに、いじめっ子みたいな顔で笑ってるもの。
『何故か、この城の騎士団には、未だ根強いギンジ様やその教え子様方を悪し様に言う、反感感情を持った者達が多くいるようでして、』
『左様ですか…』
暴走騎士やその部下達が、喜び勇んで喧伝しちゃったってのもあるだろうけど、未だにオレ達の扱いって王城内では微妙なんだよね。
しかも、なまじ『騎士団長』という最高武力まで貸し出されちゃった辺りも、騎士団内では反感を買ってるらしい。
それもそれで当然だと思うんだけど、国王様の作戦が全部裏目に出ちゃってる。
しかも、拷問も決闘騒ぎもバレてるじゃないの、国王様よ。
折角、オレが当たり障りの無いように返答した苦労は何なんだ?
この城の騎士達の情報統制どうなってんだ、コラ。
そして、オルフェウス陛下から騎士団と言う言葉を聞いて、更に面目が立たなくなってしまったのか、背後のゲイルが緊張か恐怖でがたがた震えているのが分かる。
………あ、今オルフェウス陛下の背後に控えてた騎士達が数名、鼻で笑った。
いや、まぁ、確かにチワワみたいに震えてるのが、身の丈190センチを超える偉丈夫だから、見ていて滑稽なのかもしれないけどね?
仕方ないから、その人物へはオレから直接、視線を向けておいた。
さっと顔色を変えて目線を逸らした辺り、気付いたね?
たははは、後で友人を侮辱したって事で、交渉の材料にも出来るから、顔は覚えておくからな。
と、それはともかくとして、
『ははは。噂でしょう』
それでも、オレは敢えてシラを切る。
白眼を剥いてだらだらと冷や汗を流している国王と、背後で甲冑がガタガタと鳴る程に震えているゲイルの態度で、あんまり意味が無いような気もするけど、シラを切り通してやる。
じゃないと、また話が良からぬ方向へと進みそうだから。
こっちが否定したら、ある程度は追従しても良いけど、基本的には本人が否定しているなら打ち切らないと、邪推って事になってそれも不敬となるから、交渉の場では悪手なの。
『いえ、失敬。
私も、まだまだ若輩でございました。斯様な噂ごときに惑わされてしまい、ギンジ様には大変失礼を、』
『お気になさらず。お恥ずかしい話ではありますが、それも私自身が未熟である事の証左かと思いますれば』
オレも知っているし、おそらくオルフェウス陛下も分かっているのだろう。
丁度良いところで打ち切った辺り、彼も手慣れているようだ。
『ギンジ様は、謙虚でいらっしゃいますね』
そう言って、にこやかに笑ったオルフェウス陛下ではあるが、その実、先ほどのオレと一緒で眼が笑っていない。
しかしまぁ、まだオレ達がこの王国に入って、1週間と3日足らずだというのに、もう既にここまで噂が耳に入っているとはねぇ…。
………長い耳をお持ちって事で、ちょっと後で詳しくゲイルと相談しておこう。
さて、オレはどうするべきだろうか。
本来ならば、今回のオルフェウス陛下からの申し出は、オレとして言えばはっきり言うならありがたいと言える。
しかしながら、そのタイミングが悪かった。
シラを切り通した事もあって分かる通り、オレは今現在の段階では『白竜国』への移転は考えていない。
例えこうして包み隠さず引き抜きを掛けられたのであったとしても、だ。
まぁ、この王国とは色々あったし、信頼関係もゲイルとその騎士団以外には皆無と言って良いが、それでほいほいと他国に移住する、というのも可笑しな話である。
それに振り回される生徒達だって、うんざりだろうし、良い顔はしないだろう。
『特別学校異世界クラス』が始動したのはまさに昨日のことで、完成したのも2日前の事だ。
現校舎には、机や椅子、黒板を始めとした教育現場に必要な備品や、おーバテクノロジーな代物すらも含むほとんどの荷物を搬入し終えてしまった。
しかも、オレの武器に関しては、門外不出で物置にカモフラージュまで施して、厳重に保管してある。
この王国で生活するのだからと割り切って、騎士達にも回収や搬入の手伝いを任せていたのだ。
それを今からもう一度運び出して、どれぐらい掛かるかも分からない隣国へと移動するなんて、無理無茶無謀も良いところだ。
2日前に完成したばかりでもあるその現校舎で、インフラの整備も整えつつある時点で、ちゃっかりしっかりこの王国に根付いてしまっている。
それを今更、『はいさようなら』で、この王国と縁を切って、隣国の『白竜国』へと『よろしくお願いします』と移動するなんて、ノーだ。
色々あったけど、生徒達の事を考えるなら、無茶な移動は控えるべきである。
『オルフェウス陛下の心遣いは、とてもありがたく存じます』
『そ、それは、我が国へと来て、』
どうやって返そうか、と考えつつも先に謝辞が出ているのは日本人の独特の癖だろうか。
それに眼を輝かせて、少しだけ身を乗り出したオルフェウス陛下には悪い事をしたとは思うが、その期待に関してはばっさりと切り捨てさせて貰おう。
『しかしながら、私達が降り立ったのはこの王国であり、根を張ってしまったのもこの王国でございます。
未だ未熟な身の上なれど、今後の私たちの働き方によっては、その罵詈雑言の類も消沈出来ると考えておりますれば、』
『悪口の類を、放っておくと言うのですか…!?』
オレの言葉に、オルフェウス陛下どころか、閣僚達すらも眼を瞠っている。
まぁ、誰が好き好んで悪し様に言う連中のいる巣窟に住み続けようと思うかね?とオレも同じに考えるけどね、
『私は『予言の騎士』としての職務を背負っているというのに、まさか悪口の類で逃げ出すような軟弱者ではいられませぬ。
これも試験と思い、私の務めの一部として、多いに果たさせていただく所存です』
オレもまだまだ甘いというか、綺麗事を抜かしているだけだとは思う。
要約すると、こうだ。
『こっちはこっちで、オレの好き勝手にやらせてもらうから、余計な手出しはするんじゃねぇ』
ってな事で、色々あってもこんな事で逃げ出すようなら、そもそも世界の終焉なんてとても防げるようなもんじゃねぇだろう。
残りの禍根でもあるオレの低俗な噂とやらは、自分で払拭すべきだとも思っているから。
勿論、生徒を貶す罵詈雑言の類は、許しておかないけども。
『王国の騎士団各位や、騎士団長であるアビゲイル様(犬畜生とも言う)とも懇意にさせていただいたばかりか、右も左も分からぬ田舎者に寄る辺となる建物まで(謝礼として)贈っていただきました。
これ以上を望んでは(居候している女神様の)罰も当たるでしょう』
副音声だらけでお送りしたけど、要約すると建前だ。
この建前を前振りとして生かした上で、
『確かに、オルフェウス陛下の申し出は、身に余る光栄でございます。
ですが、私のみならばいざ知らず、生徒達はまだ(一部を除いて)年端も超えぬ少年少女。
見慣れぬ土地で苦労したのを、ようやっと落ち着いたばかりでございます。
その矢先に、またしても移動するとなると、多大な心労も煩わせてしまうでしょう。
…それは私達の今後の職務としても、望ましくありませんので』
本音は、実はこっち。
オルフェウス陛下も、オレの口調の変化を正確に汲み取ったらしく、苦々しそうに眉根を寄せた。
そりゃ、生徒達がいるから移動できないって言って、それでもね?って無理に言い募るのは不可能でしょ?
やってのけろとか言ったらそれこそ、『白竜国』の心象は地の底へと落ちる。
暗に生徒達を逃げ道にしたとも言えるけど、事実は事実なので否定はしない。
ただし、
『これも何かの縁でございますれば、この王国と『白竜国』様の貿易が続く限り、陰ながら御清栄を祈っております。
何かお困りの事がございますれば、国王様へと御要請頂ければ喜んで駆け付けましょう』
『……ッ!こ、これはご丁寧に。…お心遣い、感謝いたします』
そっと、粉を振りかけておくのも忘れない。
これも立派な交渉で、今回は断ったけど後々にはどうなるか分かりませんよ?って事も敢えて仄めかしておく。
長々とおべっかを並べたてたのも、実は要約すると『貿易を続けてくれるなら、表立って敵対はしませんよ?』って事を、仄めかしていたりもする。
更には『王国を通さずに、こっちには手出しをしないでくださいね?』と釘を刺しておいてみたりもしている。
これで、向こうがジャ○アンでもない限りは、これ以上の交渉を求めることが出来なくなるし、貿易の盟約やら何やらがあるなら、問題は無いだろう。
これで、オルフェウス陛下を現状ではなんとか封殺したかな?
悔しげにしている『白竜国』各位と、一転して安堵の表情を齎していた国王や、その閣僚達。
ただ、お前達は同席しているだけで何もしていないんだから、その勝ち誇ったような笑みを辞めたら良いと思う。
背後でゲイルもどうやらやっと心を落ち着ける事が出来たようで、俄かに安堵した空気を齎していた。
お前、その様子だと犬畜生って言われても、多分違和感無いぞ、おい。
しかし、
『………流石は、『予言の騎士』様でございます。
我等が俗物の考えなど、所詮は下賎な皮算用だった訳ですね』
………あれ?まだ、雲行きは良くなってない?
『正直、この方法は私も使いたくは無かったのですが、致し方ありません』
可笑しいなぁ。
やっぱり、この人ジャ○アンだったのかしら?
一体、何をするつもりだというのか、徐に立ち上がったかと思えばその場でオルフェウス陛下が、決意の篭もった瞳でオレを射抜いた。
咄嗟に、オレも膝の上にいたオリビアも身構えてしまう。
『単刀直入に、申し上げます。
他でも無く『予言の騎士』ギンジ様にしか、このお願いは出来ないのでございます』
うわぁあ、お願いと言いだしちゃったよ、この人。
盟約も協定も関係ないって言い出しちゃったって事、気付いているのだろうか。
そこで、彼は声を、絞り出す。
目元に朱を走らせ、その眼を情欲に濡らして。
………って、あれ?嘘でしょ?
『どうか、我が国『白竜国』に、我が伴侶としてお越しくださいませ!』
『オレは男だ、嫁げるか、ボケェ!!』
その言葉を聞いた瞬間、オレは被り過ぎて何匹いるのかも分からなくなった猫を全て脱ぎ去っていた。
………なんなの、この国王陛下。
***
要約するとこうだ。
要約しなくても、分かるかもしれないが。
『結婚してください』
阿呆なのかな、あの『白竜国』の国王様とやらは。
おかげで、今まで取り繕っていた顔面筋肉どころか、被っていた猫すらも逃げ出したわ。
『……気持ちは、分からんでもないがな。……お前の顔は、取り繕うと女にしか、』
『テメェは、なんで喧嘩を売ってんだ?』
『ごふ…ッ!!』
とりあえず、喧嘩を売り付けて来たゲイルには、7割引ぐらいでお買い上げしてやる事にした。
『仲の睦まじいことで、』
『テメェも喧嘩を売ってんのか?』
『め、滅相も無い』
おい、テメェ、ウィリアムス国王様よ。
夫婦漫才とか小さな声で呟いてんじゃねぇっての、聞こえてんだよこのヤロウ。
さて、それはさておき。
所変わって会議場となっていた議場から、国王様の執務室へ。
実用性の高いだろう品の良い調度品が並ぶ執務室には、彼の武道家気質をそのまま表したかのような、豪奢な装飾の施された宝剣や槍、甲冑なんかも飾られていた。
その執務室に何故、オレがお邪魔しているのかと言えば、先程の議場での『白竜国』とのやり取りに関して、横槍が入らない状態で話し合う必要があったから。
オレが女と間違われていた挙句、『結婚』を申し込まれたって事もある。
馬鹿野郎、オレは性染色体XY型の霊長類ヒト科の性別男だ。
と、議場で高らかに宣言した途端の、議場の凍り付き様は尋常じゃなかった。
見事にオレの事を女と勘違いしてくれていた事もあって、オレ達が議場を一旦退出する時には、随分と恨めしい眼で見送られてしまったものだ。
これ、戦争吹っかけられたりとかしないよな?
なにそれ、こっちが吹っかけたいんだけど。
これ、世が世なら、そのまま侮辱と見做して戦争に発展しても可笑しくないんだよ、知ってた?(戦国時代とか普通に、開戦理由になったらしいよ?)
『そ、その、どうやら昨日の来訪の際、街での見聞をしていた時に、』
まだ良く現状を把握し切れていないオレに、ウィリアムス国王が、なにやら言い辛そうに補足をしてくれた。
昨日と言うと、オレ達は何をしていたっけな?
『………買い物してたな』
『その時に、オルフェウス陛下の眼にとまっていたらしく、』
あ~…あれかぁ。
なんか、分かって来たよ、アイツが勘違いしたと思う事柄。
一個だけではあるけど、心当たりがあるもの。
『そ、その…非常に言いにくいのですが……。
女性物の下着を……ごにょごにょ……していたとか、』
『変な所で誤魔化すんじゃねぇよ!』
違うし、物色してた訳じゃねぇし、間違えただけだし!!
しかしまぁ、なんというピンポイントで、最悪な場面を見られたもんだ。
そういや、あの時丁度背後を馬車が、間抜けな車輪の音を響かせながら通っていったのも覚えているが、まさかあれにオルフェウス陛下が乗っていらした、ってか?
何その、最悪なタイミング。
少しだけ整理をすると、まず、オルフェウス陛下がこのダドルアード王国に到着したのは昨日の昼頃で、昨日はただの移動日としての設定だったので、街の中を見聞と銘打ってのんびり御観覧。
その御観覧の最中に、衣料品店で買い物をしていたオレ達一行を見つけた。
そこで、まずオレを見て一目惚れか何かをしてしまったらしく、そのまま眼で追っていたら、丁度オレが女物の下着を手に取ったところを目撃して、完全にオレを女だと思い込んだ、と。
………変態と扱われ無かっただけ、まだマシ?
話は逸れたが、オレ達の服装やら何やらを見て、この王国の人間では無いことを判断し、ついでに騎士の護衛が付いていた事もあって、オレ達が『予言の騎士』と『その教えを受けた子等』と当たりを付けた。
御明察と言いたいが、それがどうしてそのままオレを政略的に嫁がせる話になったのか、頭の中をかっ開いて見せて欲しい。
なんなんだろう、この状況。
居た堪れなさが既にMAXなんだけど?
しかも、どう考えても、オレを政略的に結婚を前提に、嫁がせるってのは無理だって分からなかったのか?
オレはどうあっても男だし、いくら女物の下着を持っていたって、今着ているのと同じスーツ姿だったというのに………、
『あ、もしかして、このスーツも問題だった?』
『そ、のようだな。確かに、こちらの世界では、お前の生徒達、特に女子達の格好は珍しいぞ』
ああ、なるほど、そう言うことね。
この王国では、そもそも女性は明治初期のような露出の少ないドレスやら、普段着であるブラウスとロングスカートが基本だから、そもそもウチの学校の女子達の制服であるブレザーは馴染みが無いのだろう。
オレはスーツ姿だけど、彼女達と並んでいて、挙句遠目に見るとしたら見分けが付かないのも納得できる。
そこに、オレの女顔を含めてしまえば、オレを女だと思い込んでしまうのも、あながち文句は言えないのかもしれない。
しかも、ゲイルから聞いた話、オレの城内の噂の一つに、オレが実は女である『男装の麗人』とか言うふざけたものまである。
オルフェウス陛下もなかなか長い耳をお持ちだったので、そんな噂を耳に入れてがっつりしっくり来てしまったと考えても可笑しくは無い。
いや、もう本格的にどうしたら良いんだろう、この状況。
最近こんな状況が多すぎて、頭痛が痛いよ。
『………それで、オレは、今後どうすべき?
目通りだか、引き渡しだか知らんけど、勝手に貿易の出汁に使われてた所為で、こっちが受ける被害はどれぐらいになるっての?』
『…も、申し訳も、』
まずは、状況をもうちょっと詳しく聞いて、本格的にオレも国政とやらを考えてやらないとならないだろう。
これ、もうオレが関係ないとか言えるレベルを軽く凌駕しちゃってるから。
なんとかしないと、近日中に折角整えた『異世界クラス』を取り壊して、生徒達と揃って『白竜国』とやらに大移住とかになり兼ねない。
まず、確認すべき事はなんだろう、と頭を悩ませること数分。
『貿易の盟約とかなんとか言っていたけど、それって結局どういった内容なの?』
オレがまず最初に気になったのは、貿易をするに当たってのダドルアードと『白竜国』が結んだだろう盟約の中身。
利権とか税率免除とか、そう言った内容と一緒に、オレ達への目通りなんかも出汁にされていたぐらいだから、相当無理言って貿易を続けて貰っているとも予想している。
『『白竜国』からの輸入商品の一部の金額を、輸出する特産品等と物々交換で賄わせていただく、代替制度が主になっております』
『………それ、利権も何も無いんじゃ?』
『はい、その通りです。今は、既に……輸入へ回す金額すらも賄えなくなっている状況です』
あ、この国、本気で瀕死だったんだ。
しかも、このダドルアード王国は、立地的に一番難しい最南端の貿易路。
城の後ろがすぐに海になっているのも分かる通り、この国は最南端であり、気候的にも地理的にもあまり農作業には適していない。
オレ達がトリップした当初、窓から見えた森の向こうの風景は、見渡す限りの荒野地帯だった。
あの状況では、農作業自体が無理な話だと分かっている。
『近くに、国も街も無い訳?』
『……一番近くて、東にシャーベリン、西にマグタの街があるが、どちらも片道が1ヶ月近く掛かる』
『………貿易どころじゃないね、それ』
『下手をすれば、命懸けだ』
聞けば、ゲイルが答えてくれたが、彼は今までオレ達『予言の騎士』一行を探す為に、遠征を繰り返していた事もあって地理には詳しいようだ。
しかし、聞かせて貰った内容には、鼻で笑うしかない。
表題に上がった東のシャーベリンと言う国は、既に政略戦争を受けて『竜王諸国』の属国となって久しく、またマグタの街とやらは、街やら村の集合体のようなもので、貿易もささやかなものしか行えない。
しかも、立地的に荒野を挟んでいる上、最近では魔物の大量繁殖などで滅多に行き来は出来ないとの事だ。
北には『白竜国』を擁する『竜王諸国』があって、軽々しく領地の拡大も出来ないし、他の国や街に貿易を持ち掛けようにも、『竜王諸国』の属国だったり、地理的に遠すぎてお話にならない。
市民の生活を守る為にも、国政の為にも輸入に頼るしか食料を手にする事が出来ず、かといって食料を輸入するにも今度は金策が滞っている。
物々交換のような形で賄ってはいるけど、それでもまだ足りなくなってしまっている現状、貿易を続ける代わりに、オレ達の身柄を引き合いに出されている、と。
この国が世界の終焉を迎える前に滅びる寸前だったのは、揶揄でも何でも無かった訳。
そのうち、政略戦争とかで領地まで切り売りするかもしれないけど、その前にオレ達が『白竜国』に引き渡されるのが先にならぁな。
しかも、しかもだ。
『今回は、正式に『白竜国』のみならず『竜王諸国』連名にて、要請がありました。
『予言の騎士』様と『その教えを受けた子等』を引き渡すのであれば、貿易は続行するとの事。
しかし、その引き渡しに応じないのであれば、貿易での輸入を減らし、また輸出に関しても規制を掛けるとの事で、』
『それ、実質的な経済制裁じゃんね』
そう言って国王陛下が、オレに差し出して来た書状。
しっかりと『白竜国』と『竜王諸国』の封印であるだろう竜を模った華印を押されたそれは、文字通りオレ達の身柄確保の要請書。
オレが知らない間に、こんな大事になってるなんて夢にも思って無かった。
なんというか、気が抜けてしまったのか、背もたれに靠れかかるしか出来なくなった。
オレ達が来るまでの間は、なんとか貿易で食いつないでいたが、それももはや限界となりつつある。
そして、オレ達がこの世界に召喚されてしまった事で、その貿易によるタイムリミットも来てしまった。
今後は、この王国が生きるか死ぬかの瀬戸際だ。
だから、騎士達もあんなに必死になってオレ達を引き留め、国王も仕方なく掌返しのようにしてオレ達をこの王国に根付かせようとしていた。
わざわざ騎士団長をオレ達の守りに置いたのも、国防を疎かにしてでもオレ達の出奔を避けたかったからだ。
オレ達は、最初から掌の中で転がされていただけで、その実、この王国の交渉材料として売られる為に優遇されていただけだった。
ただし、そんな状況を把握したからと言っても、納得が出来るとは思わないことだ。
『そんな事言われたって、冗談じゃねぇよ。
こっちは、もう何もかも準備して、学校まで始めちまったってのに、』
『それは勿論、我等も重々承知しております』
いや、分かっていたなら、もうちょっとまともな状況で話をしてくれるだろうよ。
突然過ぎて、オレの頭が追い付かないのは、そもそも先触れすら無くこんな場所に引っ張り出されたからだってのに!
なんか、そう考えると段々腹が立って来たな。
『なんでだよ、こんな事ってあるかよ。
生徒達も安心させちまったし、これ以上何を伝えれば良いっての?』
この王国の貿易の盟約の所為で売られたので、学校を廃棄して白竜国に移動します?
そんな事言ってみろよ、ただでさえまだ情緒不安定な生徒達が、今後どういった障害を起こすかも分からんわ。
『お前等、本当はオレ達の事、殺したいの?』
『そ、そんな事は…!』
『そんな事は無いって、今の現状で本気で言える?
オレ達がこれから『白竜国』に売られるとして、移動するだけでもどんだけの手間になるか分かってる?』
折角整えた環境を3日足らずで捨てて、新しい国へと向かう。
そんなの、生徒達にもオレにとっても酷な話だ。
生徒達の気持ちを考えると、それだけで胸が痛いし、精神的にも堪える。
更には、
『私も、同じ気持ちですわ、ギンジ様』
そう言って、オレの首筋に懐いてきたオリビア。
実はずっと、オレの膝の上に座っていたのだが、静か過ぎてオレも彼女の存在を忘れてしまっていた。
『今のギンジ様は勿論、生徒様方も長距離の移動は無理でしょう』
『ああ』
そう言って、オレの頬を撫でてくれた彼女。
だが、今回ばかりは彼女の存在もオレには、癒しとしては足りないようだ。
なんだろう、この空しい気持ち。
そんなオレの内心も分かっているのか、オリビアの表情も寂しげに曇っている。
『それに、私もまだこの王国の『聖王教会』を離れる事は、出来ませんの』
『………聖域か』
『はい』
ああ、そうだ。
この王国を移動するとなれば、当然オリビアはオレ達とは一緒にいる事は出来なくなる。
彼女の存在できる範囲と言うのは、今現在ではダドルアード王国の中でも『聖王教会』の『聖域』を中心にした、本の一部に過ぎない。
今現在も拡大を続けて、学校や城などへの同行は出来ても、それ以外への移動は限りなく無理に等しいだろう。
『嫌です。私、離れたくありません。
まだ…ッ、まだ、ギンジ様の眷族としてのお勤めも果たせていませんの…!』
話している途中から泣きだしてしまった彼女。
きっと、オレ達と離れるかもしれない未来を、漠然と想像してしまったのだろう。
オレは、そんな彼女の頭を撫でてやる事しか出来ない。
無力感に、更に虚しさが募った。
『…分かってる。どうにかしなきゃいけない。
これ以上、オレ達の生活を脅かされるのも、困る』
どうにかしなきゃいけないのだ、と頭では分かっている。
こうしてオリビアや生徒達が泣くのを、ただ黙って見ているだけなんて真っ平御免だ。
だが、その為には、今回の『白竜国』や『竜王諸国』からの要請を、確実に棄却、あるいは先延ばしに出来る何かしらの方法を見つけなければならない。
『でも、何をすれば良いのでしょう?』
まだ私、詳しく分かっていませんの。と言って、涙目で小首を傾げてしまった彼女に、オレも苦笑を零すしかない。
正直、オレも何をしたら良いのか、分かっていない節が多い。
しかし、
『………ギンジ』
ふとここで、ゲイルが重苦しいながらも、口火を切った。
『もし、オレが今すぐここで、技術提供を懇願したら、お前はどうする?』
『こんな時に、何言葉で遊ぼうってんだ?』
そんな他愛ない言葉を言われて、思わず鼻白んでしまったオレは悪くないと思う。
こっちは、今からドナドナよろしく売られる事になってんだぞ?
だが、そう言ったのも束の間、
『オレが国王から受けていた密命を、お前ははっきりと当てて見せたな』
『だから、それが今何の役に………』
ゲイルの回りくどい言い方は、相変わらず苛立つものだった。
しかしながら、その回りくどい言い回しの先回りを心がけていた事もあってか、
『あ゛…ッ!!』
『気付いたか…?』
おかげで、オレがこれからどうすれば良いのかも、なんとか分かった。
『どうしましたの、ギンジ様』
まだ、何か分かっていない様子のオリビアと、オレ達のやり取りを冷や冷やした様子で眺めていた国王陛下。
(※後から聞いたら、密命の件を当てられていたことに驚いていたらしい)
そんな彼女たちを尻目に、オレは思わず立ち上っていた。
『そうだよ!向こうが経済制裁をしてくるなら、それを撤回出来るだけの商品を技術開発で提供すれば良いんじゃねぇか!』
そういうことだ。
どうにかしなきゃいけないというならば、やってやれない事は無い。
要は、オレ達が『白竜国』へ行かなくても良いように、問題となっている無茶な貿易を安定させてやれば良いのだ。
その為には、
『オレ達が行く代わりを作ってしまえば良い!
あっちが輸入に規制を掛けると言うなら、あっちから輸入したいと思う商品をこっちで開発しちまえば良いんだ!』
『………よもや、このような形で願い出る事になるとは思わなかったが、な』
ちょっとだけ自嘲を滲ませた笑みを浮かべたゲイルだったが、彼のおかげでこのどうしようもない状況に、光明が差した。
今の現状では、オレも生徒達も他国への引っ越しは論外だ。
たとえ、それが国政も絡んだ貿易の盟約の人質となっているとしても。
ならば、オレ達に見合った対価を、『白竜国』ならびに『竜王諸国』へと示し、オレ達が召喚されてしまったからこそのタイムリミットを、オレ達自身の手で引き延ばす。
それが出来るだけの知識もあるのだ。
旧校舎から持ち出して来た専門書も、元々はその為のもので、オーバーテクノロジーだろうがなんだろうが構うものか。
『前にも言ったが、『商業ギルド』への紹介は任せてくれ』
『頼む』
そう言って、力強く頷いてくれたゲイルに、オレも同じようにして頷いた。
それが出来るだけの人脈もある。
ここにいる騎士団長であるゲイルを使い、『商業ギルド』にも繋ぎを付け、職人達も確保させる事は出来る。
『王国の為になることでしたら、喜んで協力致します』
『むしろ、協力しなかったら、寝首を掻いてやったところだ』
『お、恐ろしい事を言われますな…!』
そう言って、ゲイルに同じく頷いた国王に対し、オレは半ば本気の殺意を向けて、しっかりと言質まで取ってやった。
今まで国王の弱みは散々握りしめて、むしろ握り潰して来てやったりもしたのだ。
精々、オレ達の財布として、利用してくれる。
ついでに、今現在で使える切り札を確認し、思わずほくそ笑んでしまったオレ。
背後でゲイルが戦々恐々となっていたのは、ここ数日でオレがこういった顔をした時に、えげつない事を考えているという事を知ってしまったからだろう。
『え、えっと?何か分かりませんが、私も頑張って協力致しますわ』
『ああ、ありがとう、オリビア』
何が何やら分かっていない様子のオリビアが、今はなんと癒しになる事か。
我ながら、現金なものである。
『白竜国』ならびに『竜王諸国』からの引き渡し要請への対抗策は決まった。
ついでに、
『おい、国王。『白竜国』国王の滞在日数は、後何日残ってる?』
『えっ、あ?…はい?』
もう一個、やらなきゃいけない事も出来た。
***
白竜国近衛騎士の『竜王騎士団』が学校に直接乗り込んでくる描写を
↓
痴女騎士突撃に変更。
他国の騎士団が他国で普通に騎士活動するの外交的に不味いよね、と思いなおした為に変更いたしました。
以前まで書いていたアサシン・ティーチャーが感情を露にして怒鳴り散らす描写
↓
色々と感情を表に出し過ぎて、裏社会人っぽくないな、と言う事で省略。
付随して、ゲイルや国王陛下を貶したり、罵倒したりする台詞も全面的にカットしました。
言ってる事が支離滅裂だったりもしたので、それを緩和する為にもカットが必要かな?と思いまして。
その変わり、技術開発の件に関してはすんなりと話がまとまるように、ゲイル氏に考案して貰う描写に差し替えました。
ちょっと難しいかもしれない、内政のお話。
作者が書くとTHE☆NAI☆SEI☆になる不思議。
アサシン・ティーチャーは今後、どのような技術を開発するつもりでしょうか。
ついでに、もう一度、騎士団を整理。
『白雷騎士団』
騎士団長でもあるアビゲイル直属の近衛騎士団。
騎士団の序列は勿論一番上で、主な仕事は王家や有力貴族などの警護。
しかし、アビゲイルは騎士団長として討伐部隊の指揮をしているので実際には、王国にいる期間が半分ほど。
なので、銀次達の召還の際にも立ち会ってはいない。
その実、主人に尻尾を振る犬っころである。
最近騎士団長自身が銀次の友人に昇格した。
『竜王騎士団』
四竜王諸国が『白竜国』、白竜王オルフェウスを守る騎士団。
純白の鎧や純白のマントを常に身に纏い、一目で分かる様相をしている事から『白竜騎士団』とも呼ばれている。
騎士団長はベンジャミン・フォルガノット。
銀次大好きなアビゲイルとは長年の犬猿の仲で、気が合わないという理由が明白な間柄。
本編で、後々絡ませてまいります。
誤字脱字乱文等失礼致します。
 




