17時間目 「課外授業~装備変更の後、武力行使案件~」2
2015年9月11日初投稿。
もういい加減、ゲイル氏のターンを終わりたい。
出来れば今日中に次の話も書き上げたい気分でいますが、内容的に迷っております。
ええ、またしてもエロと通常で迷っております。
17話目です。
***
オレが生徒達に『不作法』だと言われた事に、裏切り者発覚となった騎士団長様が笑いを堪えていた件で腹を立てて、うっかりチョークを飛ばしたら呼び出しを食らった、黒鋼 銀次(23歳)です。
挑発したつもりは無かったのに、呆気なく騎士団長様にターンを回してしまったよ。
ああ、クソ、オレ自身の短気が憎い。
短気は損気って言葉を、自らで実体験するという、非常に嫌な経験となった。
『……それで?こんな所に呼び出して何か用か?』
やってきたのは、校舎裏もとい裏庭にある物置の一角。
以前と同じ場所に呼び出しを食らい、今度はマンツーマンとは何事だろうか。
いや、十中八九、昼間の件だって事は分かっているんだけどね?
ただ、どうしても、あれ以上の話をする必要性が見出せなくて。
実際、もうオレの中では、終わってる話なの。
裏切りというか、隠し事が露見した時点で、なんというかオレにとって、もう既に彼も、彼を含めた騎士団も、王国だって信用はしてない訳で。
壁に寄りかかったオレと、そんなオレを見て立ち尽くしているアビゲイル。
………だから、こんなむさ苦しい構図は、ご免被りたいんだけど?
『………昼間の件で、』
『分かってるから、早く要件を言えよ』
『………。』
思いのほか、突き離すような冷たい声が出た。
それに対し、アビゲイルは黙り込み、掌をきつく握り締めただけだった。
………というか、お前の煉瓦を破壊する握力把握した時点で、その行動は不安要素しか感じられないんだが?
まさか、武力行使にでも出る訳じゃないよな?
まさか、脳味噌まで筋肉で出来てるよ♪とかも言わないだろうな?
拳では何の解決にもならないし、そもそもコイツに殴られたらオレの頭がトマトピューレと化す。
………嫌な想像をしてしまって、心臓までも嫌な音を立てた。
だいたい、何が楽しくて、こんな筋骨隆々のマッスルフェスティバルな騎士団長様と、3日も連続で顔を突き合わせなければならないのか。
1日目で危険地帯に放り込まれたかと思えば多大なトラウマを盛大に抉られ、2日目にしてオレのトラウマの根源を知られた挙句に、何故か叱られて叩かれた。
3日目にして、盗み聞きや実は言語が分かっているという事実が発覚して、現状に至る。
実際、監視や逃亡防止など諸々を含めて知ってたけど、盗み聞きしたり、言語が分かっていることを隠していたりなんて、本当に寝耳に水だったわ。
思い返してみると、段々と腹が立ってきたな。
地味に最初から、コイツはオレの敵だったんじゃねぇか、こん畜生。
なんで、コイツにオレは友人認定をしてしまっていのだろうか、本気であの時のオレの大馬鹿野郎としか言えないんだが?
『授業は聞かせて貰った。見事だった』
『………あ、そう』
黙りこくっていたゲイルが、ようやっと口を開いた。
しかし、その開いた口から飛び出したのは、実際にはどうでも良いことだった。
授業を聞いているのは知ってたさ。
自動翻訳機能付きの精霊の加護があるのも分かっているし、別に授業を聞くなとは言っていなかったから、それに関しては何も思って無い。
はっきり言えば、だから何だ?って話。
正直、興味すらも沸かない切り出し方だったので、おざなりな返事を返したが、それにすらアビゲイルは唇を噛み締める。
『…そ、その、…オレが、今まで言語を理解していた事に関しては、謝罪する。済まなかった…』
『……話は、それだけか?』
今更、謝られたとしても、もう遅いんだけど。
話がそれだけなら、帰らせて貰う。
じゃないと、休憩時間が終わっちゃうから。
『い、いや、違う!待ってくれ…!』
踵を返そうとしたオレを、アビゲイルが慌てて引き留めようと、腕を伸ばした。
『……ひぁ…ッ!?』
『………ぐッ!?』
あろうことか、オレの左腕を掴んで。
思わず、咄嗟に、体が拒否反応を示す。
情けないかすれた悲鳴を上げ、過剰なほどに身体を強張らせてしまう。
しかも、オレは、無意識のうちに回し蹴りを放っていた。
それは、アビゲイルの腕を振り払い、挙句の果てには彼の頬を直撃した。
口端から血を飛ばした彼が、物置の壁に叩き付けられる。
『……ハァ…ッ、はぁっ…、左腕には、さ、触るな…』
『………。』
顔を苦痛に歪めながら、彼はオレが蹴り飛ばした頬を手の甲で拭った。
オレの言葉を聞いて、今更ながらにオレのトラウマを触発したのだと気付いたのだろうが、眉根を寄せて黙っているだけだったが、
『………済まない』
謝るだけ。
憔悴した様子を見せながら、彼はまっすぐにオレを縋るような眼で見るだけだ。
ふと、罰が悪くなってしまう。
流石に、蹴る事は無かっただろう、と良心的な何かがオレの心の中でむくりと芽を出した。
しかし、こっちから謝罪をするのは、結局気が引けた。
『はぁ…』
大仰な溜息を吐きつつ、彼と同じような形で物置に寄り掛かった。
ちょっとした贖罪の気持ちで、留まる事を決めただけだ。
そんなオレの溜息にも、体をビクつかせたアビゲイル。
『……他に、何が言いたいってんだよ。…言い訳なんか、聞くつもりは無いぞ』
そう言って、懐から取り出した煙草の箱。
気分転換とリラックス効果と、ついでに口元のなんとも言えない寂しさから。
オレのその様子を眺めていた彼は、その場でふと居住まいを正し、そして、オレへまっすぐに向き合っていた。
しかし、その眼は揺れていた。
どこか不安げで、疲れているようなそんな眼が、オレへと注がれていた。
だから、何度も言っているように、その眼はオレがしたいんだってば。
憔悴したようで、苦しげな表情だって、お前がするべき顔じゃないんだってば。
そう言って詰ってやりたかったが、頬が腫れ上がって行く様子を見ていてそれ以上は言えなくなった。
あれ、確実に後でボンボンに膨れ上がるだろうな。
そんなオレの内心はともかく、
『オレ達『白雷騎士団』は、お前達の護衛として、ここにいる。
だが、国王の命令を受け、お前達に近付いたのも事実だ』
『知ってる』
『抜擢された理由は、オレの武力と、この『言葉の精霊』の加護があったからだ』
『………それも知っている』
コイツ、何が言いたいんだ?
回りくどいというか、なんというか。
思えば、コイツは最初から回りくどかったが、敵対してからこの言い回しを聞くと、どうしてこうも苛立つのだろうか。
ちょっとした贖罪の気持ちもうっすらと吹き飛びそうになったよ。
今すぐオリビアを召喚して(出来るだろうか?)、コイツに天罰食らわしたくなったオレは悪くないと思う。
だって、全部知ってたって言ったじゃんか。
コイツという王国の最大戦力が貸し出された時点で、オレへの牽制と逃亡阻止、監視も含まれていた事は分かっていた。
ついでに、少し推測すれば、技術提供に関して渡りを付けるように言われていたのも分かったもの。
分かっていたのに何も言わなかったのは、そんな王国からの抑制を甘んじて受けていても、言語が理解出来なければ技術に関しては秘匿出来ると思い込んでいたから。
それが、コイツの異能とやらで、大幅に狂わされただけだ。
『国王は、お前達が近い内に、他国へ出奔してしまうのではないかと危惧していた』
『そりゃ、そうだろうよ』
いくら掌を返されたところで、オレ達が拘束や拷問を受けた事実も、騎士団の連中に罵倒された事実も変わらないからね。
それを分かった上で、国王も心象的な部分では引き留められないから、こうして騎士団長様を護衛なんかに貸し出して、武力的に引き留めようとしていたんだろう。
でも、それがこの呼び出しと、どう繋がる訳?
『………オレ達はお前達を陥れたい訳では無い』
『信用出来ると思うか?』
『………信用して欲しい。
オレ達は、お前達に危害を加える事はしないと、女神様に誓う』
そんなアビゲイルの言い分に、オレは思わず鼻で笑ってしまう。
信用をしていない人物に向かって信用して欲しいとは随分無理な話をするものだし、ついでに言うならオレは別に『聖王教会』の信徒でも何でも無いから、女神様に誓われたところで仕方無いんだが。
実際には、都合の良い弁解にしか聞こえない。
『も、勿論、行動を制限や抑制するつもりは無い。
技術提供にも無理強いはしないし、今後始めるだろう事業に関しても口出しは、』
『それはお前の一存で決められる事じゃねぇだろ?』
『………。』
コイツはオレ達に忠誠を誓っているんじゃなくて、王国に忠誠を誓っている。
国王の命令さえあれば、コイツはまたオレ達に簡単に掌を返すのだろう。
オレの言葉に、見事に黙り込んだアビゲイル。
都合が良すぎる甘い考えに、反吐が出そうになった。
『まぁ、お前が敵に回ろうがなんだろうが、今となってはどうでも良いさ』
『……そんな、事…!』
『最初から、オレはこの王国自体、信用はしてなかったんだ』
反論すらも封殺して、最終通告。
それに対し、体を震わせたままのアビゲイルは、眼を瞠っているが、何を驚くがあるというのか。
横目で彼のそんな反応を眺めつつ、咥えていた煙草の煙を吐き、短くなったフィルターを地面に落とした。
それを、踏み躙って、
『最初から期待はしてなかったから、良いよもう。
落胆はしたけど、オレは全部知ってたし気付いていたから、まだマシだし、』
だから、もう弁解も言い訳も必要ない。
言外にそう吐き捨てた。
『……済まなかった』
謝られても、もう遅いってば。
それに、オレが怒っているのは、実際にはそこじゃないし。
『バレなきゃ、何をしても良いと思ってたんだろ?
盗み聞きも精霊の異能の秘匿だってそうだし、腹に一物抱えてオレ達に接してたのだって、』
『そ、それは…!』
秘匿していた密命に関しては、オレは「やっぱりな」としか思っていない。
言うなれば、それを秘匿していた事が、問題だったのだ。
なんで、言わなかった?という1点。
『護衛に付く人間が、何かを秘匿していると分かっていて快く任せられるか?』
『………いや、』
『オレは秘匿していた内容に対して、怒っている訳じゃない。
全てを隠して、オレ達に接して、友人のように振舞っていたお前の厚顔が気に入らないんだ』
問題だったのは、そこだ。
信用を失ったのも秘匿していたからこそだし、オレが許せないと思っているのもその1点。
ああ、後一つ。
『オレ、お前が友人に似てるからって、言ったよな?
友人と同じ顔している癖に、同じように裏切られたらどう思う?』
身勝手だとは思うけど、一度は話した筈の話。
コイツとそっくりな顔をしている同僚兼友人も、オレ達を裏切ってくれた事を思い出したのもある。
あの時の、引き留める事すら出来なかった無力さや空しさも思い出して、鉛を飲み込んだような気分になった。
『………ギンジ、…それは、』
ゲイルが言い掛けただろう釈明すらも、聞く気が失せてしまう。
どうやら、オレが思っていた以上に、アズマの事もコイツの事も、堪えていたようだ。
しかし、
「(……あれ?…でも、なんでオレ、こんなに怒ってんだろう……?)」
ふと、冷静になった思考のどこかで、可笑しいと感じた。
何故、オレはここまで怒りを感じて、それと同時に遣る瀬無いと感じてしまっているのか。
先ほど、自分でも言っていたじゃないか。
王国については、最初から信用していなかった、と。
それに、ゲイルが密命を帯びていたことも分かっていたのに、いくら言語の理解云々があったとしても、ここまで怒りを感じるのは、
「(……ああ、そうか。昨夜の事だ…)」
そう言えば、そうだった。
この怒りも遣る瀬無さも、少しだけ納得の行く出来事が、昨夜の段階であったのだ。
アビゲイルは、昨夜、オレの口止めの要求に立ち会った際に、何故か怒り出し、オレの頬を引っ叩いた。
そのまま勝手に帰ってしまったことも相俟って、更には間宮からの助言もあって、オレはそれを随分と重く受け止めていた筈だったのに
まだ、オレの中では、意味が分かっていない。
そのままどうやってベッドに戻って眠ったのかも分からないぐらいには、憔悴していた。
どんなに考えても、答えが分からなかったから、眠れなかったとも思う。
……地味に泣いたし。
それなのに、一夜を明けたら完全に立場が逆転していた、詰る側だった筈のアビゲイルがこうして、オレに詰られている。
それも、含まれていたのだとしたら?
オレのこの先走り過ぎた怒りの感情は、あれを踏まえた腹いせを含む感情だったとしたら、と。
そこまで、考えて我に返った。
その矢先、
『お前だって、隠していたでは無いか!』
突然の怒声。
驚いたなんてものでは無く、無意識のうちに体が震えてしまった。
そうして、動揺したままに顔を上げれば、
ーーーパンッ!
響いた打音。
それが耳に届くよりも先に、視界が揺れた。
そして、打音とともに熱くなった頬が、じわじわと、ゆっくりと感覚を蘇らせていく。
一瞬、何が起こったのか、自分自身でも分からなかった。
混乱したままの脳内だったが、それでもどこか冷静な部分が残っていたのか、思考の隅で呟くようにして、過る一言。
まるで、昨夜と同じような状況じゃないか、と。
叩かれたと自覚した瞬間に、思考が冷えた。
手の甲で、今しがた張られたばかりの頬を押さえようとしたが、
『隠していたことが問題だと言うなら、お前だって一緒では無いか…!』
しかし、それを阻止した大きな手。
オレの腕を掴んで、無理矢理に真正面から向き合う形にされて、更には壁に押し付けられた。
目の前には、怒りに顔を歪めているアビゲイル。
『お前だって、いつも本心を隠しているじゃないか!
お前とて、嘘を交えた事実を語ったでは無いか!』
昨夜とは明らかに違うのは、いくら低いとは言え、言い含めるような声音ではなく、怒りを抑え込むことすらしない怒声だった事。
怒声が、耳に痛い。
実質、耳よりも言葉が突き刺さった胸が痛い。
表情にも声音にも怒りに露にしたアビゲイルに、思わず身構えてしまう。
動揺して、無様に体が強張り、その実震えていた。
『お前だって、オレに過去が露見しなければ、黙っているつもりだったのだろう!
過去に何があったのか!何をされたのか!!
知らずに接していたオレの気持ちが分かるのか!?気付いていないとでも思っていたのか!?』
更に、彼は怒声を張り上げた。
彼の怒声を聞く度に、心臓の音ががなり立て、頭が真っ白になりそうになる。
『お前だって、色々な物を隠していたではないか!
本心を見せようとしない!意地を張って強がってばかりで、頼ろうともしない!』
そうだ、その通りだ。
分かっている。
オレだって、コイツには嘘を吐いていたし、コイツの言う通りに虚勢を張った。
唇を噛み締め、俯きたくなる。
しかし、俯く事は出来なかった。
だって、この抑え込まれている状況が怖すぎて、目線を逸らす事が出来ない。
眼をそらした瞬間何をされるのか分らなくて、怖くて逸らす事が出来ない。
おそらく、オレの怯えは彼にも伝わっているのだろう。
『今もこうして、オレに怯えているのを、何故隠す!』
そう言って、彼は突き放すようにしてオレの腕を放した。
咄嗟に体が逃げようと踵を返すが、それをアビゲイルがまたしても壁を叩きつける事で、阻止する。
まだ、話は終わっていないと言わんばかりの、行動だった。
『何故、あんな思いをしておきながら、尚本心を隠そうとするのだ!
茶化しても意味は無い!見栄を張っても虚勢を張っても、お前の傷が癒える訳でもない!』
おそらく、彼は言葉通りに、オレが彼に怯えている事を分かっている。
それを隠そうとしている事を分かっている。
彼には、それが許せないのだ。
『それなのに、昨日お前は何を言ったか、分かっているのか!?
解体新書だと!?化け物だと!?見世物小屋がお似合いだと!?』
オレが、本心を隠して虚勢を張った、その言動に怒りを覚えていたのだ。
昨日、例え不慮の事故だとしても、オレの秘匿していた過去に触れた事で、彼が何かしら気付いていたのは確かだった。
オレのトラウマの根源に触れたからこそ、彼はオレの言動が許せなかった。
おそらく、これは間宮も同様だったのだろう。
あの時、アイツが何かを堪えるかのように震えていた理由が、今になってようやっと分かった。
あれは、コイツが言い含めるような声音で怒りを抑え込んだように、必死に怒りを抑え込んでいたのだ。
『過去を隠していた事はもう良い!嘘を吐いていた事だって、そんな事気にはしていない!
だが、お前が自分自身を貶し、卑下するのを辞めろ!
あんな思い《・・・・・》をしてでも生き残ったお前自身を、お前自身が汚すな!!』
バキッ、とまたしても、耳元で爆ぜた何かの音。
恐る恐る、横目で確認して見ると、突き出された拳がオレの真横の物置の壁に半分程埋まっていた。
『フー…ッ、フー…ッ…!』
荒げた息を整えようと、彼は唇を噛み締めた。
先程まで怒りで染まっていた眼は、俯いた事によって前髪に隠れ、見えなくなった。
ただ、今はその眼を見なくて良かったと思っている。
オレも、息を荒げていた。
おそらく、眼の色も変色しているだろう。
恐怖で身が竦み、まるで足下の感覚が消え去ったかのような心許無い状態で、背後の物置の壁だけを支えにかろうじて立っている自分。
ただ、そんな中でも、かろうじて意識は保っていた。
混乱もしているし、努力はしているがまだまだ頭の中の情報が整理できていない。
だが、これだけは分かった。
『………悔しかった?』
『………ああッ』
コイツは、悔しがっていた。
何故かは分からないまでも、怒りに隠れていたその感情だけはなんとか読み取れた。
では、何が悔しかったのか。
『………お前は、オレが虚勢を張った事に、怒ってたのか?』
『…ッ、当たり前だろう!』
あ、待って。
今は、頼むから怒声を上げないで、
『ひ…ぁ…ッ、』
『あ…、お、おい…!!』
びくり、と体がまたしても震えあがったと同時に、かろうじて立っていたオレの足が崩れ落ちた。
情けない事に、精神よりも体が先に限界を迎えたようで、ぷつりと音が聞こえたかと思えば、下半身の力が抜けてしまった。
………腰が抜けたとも言うだろうな、と客観的に思った。
それを、アビゲイルが慌てながら腕を掴んで、支えてくれた。
慌て過ぎたのか、先ほど物置に突っ込んでいた手には、木っ端が突き刺さったままになっている。
『……済まん、怯えているのは分かっていたのに、』
そう言って、赤い眼をオレに向けた。
『………なんで、泣いてんの?』
『………。』
眼尻から眼球まで、真っ赤にして、アビゲイルは泣いていた。
なんで、コイツが泣いてるんだろう?とか、思ってはみてもこんなストレートに聞くなんて、不躾にも程がある。
分かっていたのに、思わず口から付いて出た言葉のままに聞いてしまった。
それを聞いて、アビゲイルはまるで痛ましいものでも見るような眼で、オレを見ていた。
『お前だって、』
そう言って、木っ端が刺さったままの血濡れた手で、オレの頬を拭った彼。
その手は、赤い血潮以外にも濡れていた。
そこで、ようやっと、オレも泣いている事に気が付いた。
………最近、泣いてばっかりで、もう嫌だ。
だが、おかげで少しだけ、頭の整理が付きそうになってきた。
彼の言っていた言葉を、脳裏で反復して、導き出したのは昨夜の、間宮に促された答えと、謝罪。
『……オレが、自分の事を悪く言ったから、お前は怒ったのか?』
『………ああ』
『そ、んなの、オレの勝手じゃん……』
『そんな事は無い。…お前、その調子だと、オレだけでは無く間宮が瞳孔が開く程怒っていたのも気付いていないな?』
………瞳孔を開く程、って凄い怒り様だった筈だよね。
激昂して爆発寸前とかって良く聞くけど、やっぱりさっき思った通り、間宮も怒っていた訳だ。
ゴメンね、間宮。
本気で気付いていなかったよ、師匠。
『…正直、あんな過去を曝け出せとはとても言えない。
だが、その過去の所為で、お前が今抱えているだろう傷を、自分で貶さないでくれ』
過去に怯えた本心を隠していたのは、オレも同じ。
過去の事を隠そうとは思っていなかったけど、その過去によって齎されたトラウマを隠そうとして、茶化したのも虚勢を張ったのも本当だ。
結局は、自分が悪かっただけ。
自分で自分の事を、貶めたから彼にも間宮に怒られた。
だから、オレは叱られて、引っ叩かれたのだ。
そして、今もこうして彼に引っ叩かれて、叱られた。
格好悪い。
自分の事を棚に上げて、どの面下げてアビゲイルを説教していたのだろう。
立場が逆転しただけで、オレの感情と彼の感情は同じだったのに。
オレは、彼が王国の密命を隠していた事に。
彼は、オレが本心を隠していた事に。
居た堪れなくなって、思わず頭を抱えてしまった。
そんなオレの隣に、無言で胡坐を掻いて座ったアビゲイル。
物置の壁にもたれかかって、2人で座り込んだ。
『………。』
『………。』
お互いに無言のまま、オレは頭を抱えた掌越しに、彼は疲れたように、しばらく中空を眺める。
………なんか、冷静になったら途端に滅茶苦茶恥ずかしくなって来たんだけど。
怒りは通り越して呆れに変わり、恐怖は過ぎ去って虚しさだけが残る。
『……身勝手でゴメン』
『………オレこそ、済まなかった』
気付けば、自然と謝罪の言葉を発していた。
それに対して、アビゲイルもすんなりと謝罪の言葉を返してくれた。
相子って事で、良いんだよね?
今になって考えてみると、コイツが虚勢ばっかり張っているオレを見て信用出来なかったのは頷ける。
それに、王国の密命や取っ払われていた言語の壁の話を言い出せなかったのは、後ろめたかった以上に、オレの過去を知った所為もあって、オレに心労を掛けたくなかったんじゃないか、と思えて来た。
そうなると、ますますオレが悪いと思えてきてしまって、どうしようもない。
馬鹿馬鹿し過ぎるし、なんて言うか笑えない。
頭を抱えた手を膝に置いて、そのまま顔を埋める。
体育座りの格好で、溜まりに溜まった感情を、溜め息と共に吐き出して逃がす。
そんなオレを横目に、彼は手に突き刺さったままの木っ端を引き抜いていた。
血まで吹き出す程に深く刺さっているものもあるっていうのに、本当に雑なんだから、もう。
少し余裕が出来た所為か、そんな余計な事まで考えてしまった。
ふと、そこで、思い立つ。
そうだ、この際だから、お互いに全部ぶちまけちまえ、と。
『他に、隠してる事ねぇの?』
頭を膝の間に埋めたまま、またしても不躾に聞いてしまった。
しかし、
『………ある』
彼は、それに対して、どこか苦い感情を混ぜたような声で答えた。
『何?』
『………。』
オレは、それに聞くのが当たり前のように、返す。
いや、そもそもあると言われた時点で、何かは気になると思うんだけど?
でも、本当に何だろう?
こうして、聞いてみたは良いけど、あんまり度肝が抜かれるような隠し事だと、オレもそろそろ精神的に限界としか言えないんだけど。
『………。』
黙り込んだままのアビゲイル。
そんな彼の様子を察知しながら、オレも何か隠していることが無いか、記憶を探って掘り起こす。
とは言っても、ほとんどが過去の事だし、話せないような内容まで含まれている。
それは、オレの精神面が持たないだろうことと、公序良俗的に反する事もあるからの両方なんだけど、
『………一昨日の夜の事だが、』
ふと、オレが修行をしていた地獄の時期をツラツラと考えていた所為で、ちょっと悪寒で震えている最中(※これを自爆と言う)、口を開いたアビゲイル。
意を決したという表現がまさにぴったりだった声音に、思わず顔を上げてしまった。
その瞬間、彼は怯んだように目線を逸らしてしまう。
………そんなに、オレは見るに堪えない顔をしているだろうか?
それはさておき、
『…魔族に、操られて、お前を襲っただろう…』
『………ああ』
ああ、吸血鬼の事な。
『あの時から、お前には言わねばならないと思って、黙っていた事がある』
………あの時からって言うと?
つまりは、アレクサンダーに操られて、オレを殺し掛けてから、正気に戻った後の事だろうか?
あ、えっ?…いや、待って。
『まさか、どこか病気になってるとか…!?』
『い、いや!そうじゃない!大丈夫だ、身体はなんともない』
あ゛ー…なんだ、焦ったぁ。
コイツ、オレの毒素を含む血液を飲んでいたから、心配してたんだよ。
アレクサンダーにも解毒されてたし、自分でも『魔法』で解毒させていたけど、万が一という可能性もあったから。
体がなんともないなら、良かったよ。
………でも、それじゃないって事は、後は何?
正直、あの時の事は、オレも思い出したくはないんだけど……、
『………。』
『………そんなに、言い辛いことなのかよ?』
『…非常にな』
そこで、またしてもだんまりとなったアビゲイルに、オレはいっそ呆れてしまった。
他に何かがあっただろうか、と記憶を探ってみるが、それらしい情報がヒットしてくれない。
………そういや、コイツがオレの眼の色を知ったのも、この時なのだろうか?
そう考えると、途端に彼が言おうとしている事が恐ろしくなってくる。
ついでに、嫌な予感がぞわぞわと背筋を這い上って来ていた。
しかし、その嫌な予感は、最悪の形で的中した。
『…あの時から、オレの頭の中に、お前の過去の記憶が混ざり込んでいた』
アビゲイルの発した言葉を、親に厳しく言い付けられた子どもよろしく良く噛み砕いて喉奥まで飲み込んでその意味をはっきりと把握した途端、オレの眼の前はブラックアウト。
その後、オレがどうなったのかは、覚えていない。
***
「あ、れ……?」
『ギンジ様、気付かれました!?』
「(お目覚めになって、なによりです)」
気付けば、またしてもベッドの上だった。
しかも、今度は保健室では無く、現校舎の自室のベッドの上だ。
傍らには、泣いているオリビアと、今にも泣きそうな顔をした間宮。
そして、何故か顔中を切り傷だらけにしたアビゲイルもいた。
………おい、お前、どうしたよ?
『目が覚めて良かった。オレと話している最中に倒れたんだが、覚えているか?』
オレの疑問には答える事無く、ため息混じりに苦笑を零した彼。
その表情は、見るからに安堵が滲んでいる。
『………たお、れた?』
『そうですわ!今日も朝から、顔色が優れませんでしたが、倒れるまで無理なんてなさらないでくださいまし!』
『(オレが偶然通りかかって良かったですね?)』
現状を自覚すると同時に、オリビアには窘められて、何故か間宮には満面の笑みで微笑まれた。
………ああ、ゲイルの顔の傷が何かは、分かったよ。
だって、あの傷、どう見ても刀傷だもの。
そして、お前の場合は偶然通り掛かったんじゃなく、どこかに潜んでいたんだろう、そうだろう。
ここにも、盗み聞きの常習犯がいたとはな。
いや、それよりも、もっと大事な事があった筈だ。
『……アビ、ゲイル…お前、記憶が混ざってた…って?』
何故気絶したのか、と意識を失う以前の事を思い出す。
オレが、記憶を失うちょっと前から続いていた、恥ずかしいとしか思えない呼び出しの時のこと。
そして、オレが気絶する要因となった、彼の爆弾発言まで思い出して、またしても血の気が引いた。
オリビアも間宮もいると言うのに、臆面も無く口をついて出た言葉。
しまった、と思ってももう遅い。
しかし、
『(オリビアさん、ギンジ様が目覚めた事を、クラスメートに伝えに行きましょう?)』
『えっ、あ、ですが…!私はギンジ様と、』
『(さぁ、行きますよ)』
そこで、間宮が有無を言わさずオリビアを引っ張って行く。
おやまぁ、コイツは出来た弟子だ事。
空気を読んで、自主的に退出してくれるようだ。
済まんな、間宮。
昨夜の件も含めて、アイツには後で謝罪をしなければならないだろうな。
『………ぐっ』
『………。』
扉の向こう側に消える間際、彼がピンポイントでアビゲイルに殺気を向けていったのを確かに見た。
15歳であの眼力って、正直怖いけどね。
さて、どこまで話したっけ?
『………。』
『………。』
またしても、お互いが無言になったまま中空を眺めている状態。
だが、このままでは何も始まらないのは、分かっている。
とりあえず、オレも少し落ち着いて、状況を整理しよう。
アビゲイルがだんまりとなっている今しか、おそらく落ち着いて考える時間は無いだろうから。
まず、彼は何と言っていただろうか。
確か、『…あの時から、オレの頭の中に、お前の過去の記憶が混ざり込んでいた』と、言っていた。
つまりは、あの夜には、彼は何らかの形で、オレの過去を知っていたという事になる。
当然、オレの嘘はあの時から、彼には露見していたという事だ。
嘘だろ、おい。
冗談じゃないんだけど?
アビゲイルの頭の中に、オレの過去の記憶が混ざり込んでいたって、何だよ?
いつ、オレの頭の中身が、彼の頭の中にコピー&ペーストされたというのだろうか?
しかも、彼の言葉通りだとしたら、その過去に纏わる諸々の地獄を、写真のみならず実体験のような形で知っているという事だ。
『………お、お前まさか、昨日の朝から、顔色が悪かったのって、』
『………情けない事に、な』
ああ、なるほど、そう言うことだったのか、良く分かった。
彼の顔色と、滲み出た隠しきれなかっただろう疲労感で、全て納得出来た。
昨日の朝から様子も可笑しければ、真っ青な顔をしていたものだが、まさかオレの記憶の所為で寝不足だったとは思ってもみなかった。
それに、校舎での散策の時や作戦会議の時にも、コイツはどこか歯切れが悪かったり、不自然な間を空けていた。
それは、実際に記憶を見てしまった側として、差異を比較、もしくは実体験を思い出してしまっていたのかもしれない。
ついでに、おそらくではあるが、朝からお手洗いに直行していたのでは無いだろうか。
オレと同じで、トイレとオトモダチって下品な話。
自分で言っては難だが、オレの過去は、常人ならとりあえず吐くレベルだ。
もう、吐かないとやってらんないってレベルって事。
拷問は勿論、凌辱もされたし、生体実験に至っては、R18を通り越して軽く、R20には届く。
お子様にも心臓の弱い方にも絶対に見せられない。
『……でも、なんで?……、そんなの、…どうして…!』
半ばパニックとなって、頭を押さえた。
知られていたなんて、とんでもないどころか、ますます持って彼には申し訳ない事をしてしまったと、今なら平謝り出来る。
こんな記憶、例え友人のものだとしても、見たくは無かっただろう。
勿論、オレだって見せたくなかった。
しかし、そんなパニックとなったオレの疑問に答えたのは、アビゲイルだった。
『魔族の一部には、体を乗っ取る際に記憶を読み取り、その人物に成り済ますという種族がいる』
そう言って、彼は自身の頭を指指した。
そして、オレは、その言葉に合点がいった。
そのまま、怒りのあまりに、眼の色が瞬時に切り替わったのが分かった。
『(あのフルチン吸血鬼…っ!!)』
勿論、理由が潔く判明したからだ。
そうだよ、その通りだよ、おかげで思い出した。
魔族にして吸血鬼、そして、フルチンでもあった、あの血液強奪魔だよ!!
アビゲイルの体を乗っ取って、オレを襲ってくれた張本人だ。
そして、アイツは身体を乗っ取る条件として、相手の記憶を読み取っていた筈で、オレはアビゲイルの体を使っている最中の彼に、記憶を読み取られそうになった。
おそらく、あの時にアビゲイルの脳内に、オレの記憶が残ってしまったのだ。
そして、そのまま彼の記憶の中に混在して、今も存在してしまっている。
『……それは、もう…なんて言ったらいいのか、本気で、もう、あの…ご愁傷様というか、』
『…それは、お前が言うべきことでは無いと思うが?
というか、根本的に間違ってるから、色々と、』
頭が大混乱になって、色々と可笑しい事を口走っちゃったりなんだりしたけど、アビゲイルも冷静そうな癖して大混乱していたのか、突っ込みしてくれやがった後に、言葉が色々と崩れちゃったりした不思議。
なにはともあれ、
『強烈だったか?』
『…と、とても…』
なぜ?どうして?と混乱していた脳内も、理由が分かったおかげで、存外すっきりとした。
その実、彼もオレの実体験を見てしまったが故の、被害者だった訳だ。
『……お、怒らないのか?』
『………不慮の事故だから、怒りようが無いし、』
しかも、悪いのは全部あの血液強奪魔とか言うし。
………やっぱり吸血鬼には、もう二度と会いたくない。
『………本当に、何やってんだか…』
種明かしが済んだと分かった途端、一気に疲れやらなにやらが頭に圧し掛かってきた。
あーもう、オレは今日どんだけ黒歴史を量産するんだろう。
『オレも、済まなかった』
『いや、オレも、もう本当にゴメン』
最初から、腹を割って話していたら、こんな事にはならなかったのだろうか。
嘘や誤魔化し、そして秘匿。
今回は、それ等は原因で、より顕著にお互いが疑心暗鬼になってしまう結果となった。
最初から、こうして話し合っておけば良かったのに。
むしろ殴り合っとけば良かっただろうか。
ああ、いや一方的には、オレが滅茶苦茶コイツを殴って(といつか蹴って)いたから、それもそれで申し訳ない事をした。
コイツは、オレに平手を2回だけだ。
なんて紳士なのだろうか。
しかも、今思い出してみたら、オレコイツに滅茶苦茶酷いこと言わなかった?
『せいぜい、オレの過去を知った事にほくそ笑んでろ』とか、『間抜けで情けないオレの姿を見れて、さぞ優越感に浸れただろうから』とか…。
『うわぁ………ッ』
『お、おい、あんまり気に病むな…!オレは、気にしてないッ』
いやいや、お前が気にしなくても、オレが気にするわ。
居た堪れなくて、別の意味で泣けてくるんだけど。
………ってか、もう泣いちゃってるし、本気でオレの涙線、どうしちゃったの最近!
仕事放棄?
『だ、だから気に病むなと、言っているだろう!
泣くな…!じゃないと、オレがまた間宮に襲撃される…ッ!』
ああ、やっぱりその顔の傷は間宮だったのね。
………でも、それ、もう遅いかも。
『………オレは大丈夫だから、刀を退こうな間宮。
しかも、それ、護身用だって言ったのに、なんで本格的に使用しちゃってるかね、』
『威力が弱い!お前の言葉の威力が弱いからッ!』
『(…オレが、ギンジ様を守る牙でございますので、これも立派な護身です)』
いつの間にか、ゲイルの背後に忍び寄っていた間宮が、文字通り彼を襲撃していた。
おかげで、涙は引っ込んだけどね。
***
『特別学校異世界クラス』の始業日ともなった今日、改めてオレにはこの世界で初めて友人が出来た。
それも、この王国の最大戦力にして騎士団長であり、オレの過去まで知っているという、なかなかのハイスペックな男。
ついでに言うなら、そんなオレの過去を知った上で、茶化して自分自身を貶す身勝手な虚勢を、叱り飛ばしてくれた友人だった。
正直、オレの周りにはあまりいなかった人種だ。
最初は意味が分からなかったけど、コイツはしっかりとオレの虚勢で覆い隠した本心を知りながら叱ってくれた。
それが、今のオレにとっては、何よりも嬉しかった。
こうして、オレと彼の契約は成立となった。
オレは、彼を巻き込んででも、この世界を生き抜く事を決めた。
生徒達を守る為、自分自身を守る為、ついでに彼自身の名誉や地位を守る為に、彼にオレ達を守らせる事を決めた。
護衛兼、友人兼、同僚兼、共犯者。
『扱き使ってやるからな。精々、覚悟して置けよ』
『無論だ』
あーあ、嬉しそうな顔しちゃって。
宣戦布告だったのに、喜んで頷かれた。
まぁ、それもそれで、ゲイルらしいといえばゲイルらしい。
***
友人となりましたゲイル氏。
更には共犯者ともなりました。
彼には快く王国すらも裏切ってもらうつもりでいるアサシン・ティーチャー。
腹黒いです。
誤字脱字乱文等失礼致します。




