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1時間目 「道徳~状況把握と避難訓練~」

2015年8月26日初投稿。


見切り発車の中で、第二部投稿いたします。

学園物チックな学園物では無い作品になりそうです。

と、当初の予定の通りさ…っ。


一生懸命、自分を正当化してみます。

***



 オレ、黒鋼 銀次(くろがね ぎんじ)は、都内某所にある夜間学校特別クラスの担任である。

 教員免許は、昨年4月に取得したばかり。


 現在、年齢は23歳。

 左腕に麻痺があるが、それ以外は健康そのもの。

 ただし、全身が爆弾のようなものなので、今後どうなるかは分からない。


 そんなオレは、元暗殺者(アサシン)

 この事実は勿論、生徒達は知らない事だ。

 異色の職歴だと、自分でも思っている。


 暗殺者と言っても、一概にただ殺しをする訳じゃない。

 護衛を請け負ったり、情報だって盗むし、戦時下の内紛地帯にだって、必要とあらば放り込まれた。

 それに、そこまで単純な世界なら、オレも楽だった筈だし、引退だってしなかった。


 自身よりも凄腕の同業者アサシンだって、いるのだ。


 そんな凄腕の暗殺者に、任務の最中に運悪く捕獲されたオレは、半死半生の境を彷徨い、地獄を見る事となった。


 拷問、陵辱、生体実験。

 2年間、地獄のフルコース漬けだ。


 なんとかオレをの居所を探り当てた仲間いなければ、この世にはいなかった。

 助けてもらえたのは、幸運としか言い様がない。

 普通は、切り捨てられるのがこの世界の常識だったから。


 しかし、そんな万分の一程度の幸運のおかげで、現実に生還出来て組織に戻って来た時には、もうオレの居場所なんてどこにも無かった。


 死んだ事にされていた自身の存在。

 仲間達は、無理をしてでもオレを迎えようとしてくれたが、そんなものに縋り付くのも情けない。

 なによりも、オレの精神も身体も、既に裏社会では生きていけそうにもなかった。

 それだけの地獄を体験した事もあって、しばらくは武器を持つことはおろか、ある一定の条件下で発作を頻発していたせいだ。


 そんな時だ。

 オレ達暗殺者の元締めである、とある情報部からオファーが来たのは。


「将来的に、日本の未来、もしくは世界に役に立つかもしれない生徒達の養育、または技能補助」 


 とまぁ、なんとも胡散臭いと思われがちなオファーながら。

 オレは、その話を無碍にする事は出来なかった。


 だって、とかげの尻尾切りのように、消されても文句は言えなかった。

 なのに、オレはそれを免れたから。


 その実、オレには帰る場所も無い。

 施設育ちで、その施設自体が今の元締めだ。

 逃げようも無い。


 更には、オレには金が入用だった。

 地獄のフルコース漬けで、2年。

 更に、そこから1年から数ヶ月は生死の境を彷徨っていた。

 そして、駄目押しのように、聞かされたのは、先に切り捨てられていたという事実。

 先程も言ったように、死んだことになっていた。

 そんなオレには、家財なんてものも残されてはいない。


 仲間達に縋るのは情けない、と言った手前、どうしても自力で金を稼ぐ必要があった。


 だからこそ、オレはこの仕事を請けた。

 実際には、受けざるを得なかったという本音ながらも、それはそれ。


 ちなみに、前金は200万。

 結構な額だ。

 請け負ったクラスの生徒が進級する1年ごとに、500万を加算。

 これも、阿呆みたいに待遇の良い額だが、その裏に大きな落とし穴があるのは知っている。


 生徒達は知らないだろう。

 だが、ここは、表向きには先進校となっていても、所謂監獄と同じなのだ。


 生徒達は、この学校に準備されている寮で生活している。

 それが、入学の第一条件。

 女子は勿論、男子も同じ。

 階層ごとに、女子と男子で別れ、食事は寮の下に備え付けられた食堂か、売店で好きなように取ることが出来る。

 部屋には、キッチンなども備え付けられているので、自炊も可能。

 一度見て回った事はあったが、寮の部屋と言うよりは、それなりのランクのマンションの一室のようだった。

 そんなオレも、その寮の一部の部屋をワンフロア分貸し切っているのだが。


 授業以外での昼間の行動は自由。

 と、表向きにはなっているが、その実監視が付けられているのはオレも知っている。

 むしろ、オレにだって監視が付けられているのだ。

 生徒達もそうだが、オレも同様に逃げ出さないように、もしくは何か問題が起こらないように。


 問題とは大きく分けて、三種類。


 一つは、生徒達の間で犯罪が起きないかどうか。


 このクラスの中には、何を間違ったのか、現役暴走族や天才ハッカー、異能持ちや、突然変異の怪力なんて生徒もいる。

 さすがに、在学中に馬鹿はしないだろう、とは思っていても、馬鹿をする奴はどうしてもいるものだ。

 女子が脱走を企てたり、喧嘩が勃発したりしてな。

 まずは、それの防止。


 二つ目は、生徒達をその他の行政から守る為。


 建前として、と言われればそこまでかもしれない。

 だが、これにも、表向きとは別の正当な理由がある。

 先程も言ったように、生徒達の中には、何を間違ったのか、代議士の息子や防衛担当大臣の孫、有名な株の証券取引会社の社長の息子までいる。

 つまりは、親の威光が強過ぎる。

 実際には、その親や家族の肩書きによって、拉致未遂や、脅迫などの問題が頻発していた。

 今のご時勢、そこまでする必要は無いと思われがちかもしれないが、日本はまだしも、海外からの客人は遠慮が無い。

 

 それ等から、手っ取り早く彼等を守るには、分散させるよりも集合させておいた方が良い。

 そして、その集合させた状態での護衛を、一人で受け持っているのがオレだ。


 最後の三つ目。

 それは、彼等が自身の才能に自ら気付いてしまわない措置。


 どういうこっちゃ、と思うかもしれない。

 しかし、これが一番のネックなのだ。

 外界では、ネットやニュース、テレビ番組ドラマやドキュメントは勿論、新聞などの情報が溢れている。

 その中の情報に、もし万が一己と同じ才能や異能があると分かれば、自身の才能や価値を勘付かれてしまう。

 そこで、勝手に振舞われては困るのだ。

 先ほども述べたように天才ハッカーもいるし、馬鹿の怪力までいる。

 まかり間違って地下組織や秘密結社(※実際に存在しているのもまた事実)に繋ぎを作られてはマズイ。

 そして、こちらからでは無くとも、向こう側からコンタクトを受ける可能性は、残念ながら否定は出来ない。


 以上、三つの問題。

 その問題を回避する為に、このクラスは立ち上げられた。


 色々な家庭事情、障害、問題を抱えたそれぞれの生徒達。

 集められた理由も、状況も、年齢層もばらばらな彼等を、これも仕事だ、と割り切って、同じく異色の職歴を持ったオレが担当。


 護衛もこなせて、授業も出来る。

 ついでに、生徒達の制圧も容易とあらば、斡旋された仕事の内容は確かに間違ってはいない。


 ただ、オレには似合わないという問題がありつつも、こうしてオレは教師人生を歩み始めていた。



***



 オレの教師人生の経緯はこのぐらいか。

 問題も然ることながら、生徒達も色々と大変なものだ。


 そんなオレの生徒達へと、オレは振り返る。

 先ほどまで、突然の状況が理解出来ないまま、ほとんど余裕が無くなっていた彼等。

 オレの言動に絶句し、騒然となっていた彼等だ。


 しかし、そんな生徒達に、何事も無く授業を再開させるという荒業で、冷静さを取り戻させることには成功した。


 まずは第一段階をクリア。


 人間、落ち着いて行動しないと、後々大変な目に合うというのは、嫌でも知っているからな。

 生徒達には悪いが、オレもオレの仕事として教師という役職を全うさせて貰うしかない。


「では、浅沼。異世界トリップとやらの説明を…」

「なんか、先生…いつも以上に冷静過ぎないですか?」

「いつもオレは冷静だ。そして、本気だ」


 そして、第二段階。


 生徒達の中では、唯一この現象に心当たりがあるだろう出席番号1番の浅沼。

 彼に説明を求める。


 突然、発光現象が起きた、数時間前。

 教室どころか全員の腕時計や携帯の時計が止ってしまった。

 現在の時間は不明ながらおそらく夜中。

 日付も12時を過ぎて、変わっているだろう。


 校舎のみが、オレ達の知るその光景。

 しかし、その中で、校舎以外の周りの風景は一変していた。


 校舎を囲む樹海と見間違う程の仄暗い森。

 その先に広がった荒野。

 窓から見る限り、人の暮らしている形跡すら見受けられない有り得ない風景。


 現代社会でも海外でしかお目に掛かる事は出来ないだろう。

 そもそも、ここが海外である事すらも不明だ。


「え、えっと…じゃあ、まず…トリップっていうのが………」


 浅沼が、予期せず説明する事となった、唯一の心当たり。


 異世界トリップという現象。


 トリップというのは、端的に要約するなら遠いところへの旅行。

 もしくは、麻薬や酒により幻覚的症状を及ぼした心理状況の事である。


 しかし、彼、浅沼の説明からすると、オタク達の世界では共通の事象を指すとの事だった。


 所謂、異世界と呼ばれる存在。

 並行世界パラレルワールドや、幻想世界ファンタジーワールド、もしくは既存の漫画やアニメの世界に旅行に行ってしまうのも、トリップに含まれるとか。


 そして、今回はそのトリップ現象に酷似していると。


 確かに、これが夢ならば面白いものだ。

 全員が同じ認識を持って、同じ夢を見ている事となる。

 しかし、頬を抓っても拳骨で机を叩き付けても、痛みは現実のものだ。


 気付いたら、知らない風景のど真ん中。

 着の身着のまま放り出される。


 異世界トリップという現象に、全て当て嵌まってしまう。

 あまり、そう言った知識に関して興味は無かったが、こういった突発的な状況を理解するのに役に立つとは、なかなか見どころがあるものだ。


「テンプレでは、ここでチート能力に気付いたり、神様とか女神様から助言が来て、これからの指針を決めてもらったりするんだけど…」


 浅沼は、そう言って締め括った。

 珍しく、彼のオタクなりの膨大な知識が役に立ってくれたものだ。

 少しではあるが、見なおしたよ。


 ただ、その締め括った言葉には、期待出来そうに無い。

 チートの意味は知っているが、能力とは何か?

 目覚めたり気付いたりするというのは、ファンタジーではありがちな設定らしいのだが、今はとりあえずそんな異能に気付きたくも無い。

 それに、神様とか女神様からの助言って、新興宗教にそのまま片足突っ込んでいる。

 そんな存在はいません。

 この世界にいるのかどうかは知らないけど、このような状況を作り出したという時点で、協力する気は失せるというものだ。

 それなら、元の世界である現代日本に戻せと詰ってくれる。


 閑話休題それはともかく


 とりあえず、この不可解な現象については、このまま異世界トリップという事で推し通す事にする。

 そうしておいた方が、それなりに納得は出来るかもしれないから。

 ついでに言うなら、校舎ごと転移している時点で、人為的な手が込み過ぎていて現実味が無い。


 さて、では次だ。


「先ほどの発光現象について、何か気付いた事のある者はいるか?」

「…いきなり外が真っ白になったって事だけしか分からないよ?」


 オレの問いに、榊原が答える。

 先ほどは動転していたようだが、今は既に余裕そうな表情に戻って落ち着いていた。

 後で、伊野田には謝罪をさせておこうか。


 それはともかくとして、榊原の答えた通り。

 オレ達が、気を失う直前に最後に見たものは、真昼よりも眩しい発光現象だった。

 その発光は、閃光手榴弾スタングレネードに似ていたが、あの手榴弾には気絶を促進する効果は無かった筈だ。

 全員が、一斉に気絶するなんて事がある訳無い。


 ………宇宙人の襲来とかでも無いと思いたい。

 SFファンタジーとかでもあるまいし。

 オレもちょっと、浅沼の脳内に毒されただろうか。


 まぁ、良いや。


「ねぇ、先生?

 あたし達、あの白光の時、気絶しちゃったよね?」

「ああ。

 斯く言うオレも、ぐっすりだったからな…」

「………一番最後だったしね」


 面目ないものだ。


 ソフィアが苦笑いを零しながら、挙手をした。

 その隣の席で、エマも苦い顔。

 こちらは笑っていない。


 おおかた、オレの事を情けないと思っているのだろうが、


「なんで突然、全員が気絶したんだよ。

 先生だけならともかく、あたし達まで…」


 今日は随分と、オレを扱き下ろしてくれるものだ。

 だが、今回ばかりは仕方ない、と割り切ってオレは黒板に向き合った。


 かこかこと、チョークが滑る。


「現在の状況を整理したところで疑問になるのは、浅沼の言うような異世界トリップをした経緯と、その目的だ」


 白いチョークによって異世界トリップと書かれた文字を、赤いチョークで囲む。

 今日は、変な授業を開始できたものだ。


「次に、経緯として、オレ達は全員が気絶していた。時間がどれ程のものかは分からない」


 気絶、とまたしても白いチョークで書き記し、そこから一本の線を引く。

 幾つか区切りを付けて、『異世界トリップ』の、摩訶不思議な言葉と共に、時系列を作成する。


 一番最初に、『発光現象』と書き込み、次の棒線には『気絶』。


 次の棒線との間を、青いチョークでアーチ上に囲み、『空白時間』とした。

 そして、最後の棒線の上には、現在と書いて締め括る。

        

「ここまで、は良いな?」


 と、ここで一度生徒達を振り返る。


 苛立った様子を見せている生徒がいる以外は、ほとんどが素直に頷いていた。


 ただ、眼を輝かせている浅沼はどうなんだ?

 状況が分かっているなら良いのだが、それをぐるっと回って楽しんでいないことを祈るばかりだ。


 さて、次だ。


「問題は何故、どのようにの、1W1H」


 その時系列の下に、Why(何故)?と、How(どのように)?を書き込む。

 5W2Hでは無いが、一応出来る限りの予想は付けておきたい。


「…さっき言ってたテンプレとかだったら、世界を救うとか、誰かを救う為ってお題名目があります」

「どうやってだよ!?」

「そ、そんなの僕に聞かれても分からないよぉ…」

「徳川は落ち着け。

 浅沼、続きを頼む」


 徳川の恫喝に、浅沼が震え上がって黙り込んだ。


 とりあえず、一旦、彼等を落ち着かせ、オレは改めて黒板に向き直る。


 何故、どのように、の下に、『救済活動』と書く。

 世界も人物も救済作業に纏めてしまったが、別に構わないだろう。


「あ、後は…誰でも良いから召還して、魔法とか魔法陣とかの知識を試す為とか…」


 更に、『巻き込まれ』と追加。

 括弧で覆い、『試験的なもの』と、してもまとめてしまう。


「あ、そういえば、この間読んだ小説には、こっちの世界の技術を持ち込ませる為に、召還?とかトリップさせられたって話があったよ?」

「伊野田、その小説の題名は覚えているか?」

「うん、と確か…「連立世界から、こんにちわ」って名前だった気がする。図書館にあったよ?」


 伊野田の意見も、同じく書き込んだ。

 『技術提供の為(連立世界から、こんにちわ)』と、書いて赤で下線を引く。


「…………一番、可能性が高いのは、これだな」

「他にも色々あるかもしれませんよ?

 この中の誰かが、その世界の生まれ変わりの魂を持ってたとか、異世界の誰かと結婚する運命があるとか…」

「浅沼の言っているものは、どれも現実性が無さ過ぎる」


 オタクの知識は確かに膨大だが、オレには流石にファンタジー過ぎた。

 触れ合う機会も無かったので、彼の話している希望的観測の予想が、文字通り夢物語に聞こえてしまう。


 その内容は、出来る事なら『有り得ない』で締め括っておきたい。

 ついでに、保留にもしたくない。


「次に、1Wの誰が、だが」


 今度はWhy?とHow?の横に、Who(誰が)?と書き込み、チョークで区切る。


 なかなかに授業の形態が分からなくなってきたな。

 なんだか、黒板の使い方が勿体無い気がする。


 なんで、こんなファンタジー談義をしているんだ、今のオレ。

 教室内に仕掛けられている監視カメラが、機能停止している事を祈ろう。

 傍から見たら、異常者だ。


「まずは、先ほどの白光現象が何だったかは分からない。

 それは、ひとまず脇に置いておくとして、問題は誰がどうやってだ」


 Who()?の下に、今度はHow(どうやって)?と書き足した。

 そこに、先ほどの浅沼の予想である、『神様or女神』と書き込み、伊野田の予想である、『召喚の儀式』、『異世界の技術者確保』とも書き込んだ。


 そこにオレとしての、注釈も更に付け加える。


「異世界には、オレ達の知らない技術を持った人間が少なくとも存在する可能性がある。

 もしくは、人間では無い存在とも考えられるかもしれないな」

「現実性が無かったんじゃなかったの?」


 榊原の指摘はご尤もだ。


 だが、少なくとも現代社会の知識に、校舎ごとまるまる人を転移させる機械や技術をオレは知らない。


「…オレだってお前達だって、今まで一度もお目に掛かった事のない、馬鹿げた世界(いせかい)だ。

 そういった技術や、存在も可能性として念頭に置いておいた方が良い」

「先生、自棄に受け入れてるね」

「何事も、状況把握からというのが、先生の師匠せんせいからの受け売りなんだ」


 ソフィアの疑問に、オレは即座に答えた。

 どんな時でも、冷静であれ。

 この教えは、こういう非現実的な状況でも随分と役立ってくれる。


 おかげで、生徒達も冷静は取り戻してくれているようだしな。


「次に、この状況をどうするのか、だが…」


 What do you?と黒板に書き込んで、赤で囲む。

 その下に、今度はオレなりの解釈を纏めて書いていく。


 まずは、現状の把握。


 これは、今現在進行形で行っているが、トリップ現象に関してだけだ。

 今後は、オレ達がしていくべき行動が何なのか、もしくは何が出来るのかという状況を把握する必要がある。


 こういう時、まず確認をしたいのは武装だ。


「まずは、全員の持ち物をチェックしよう」


 と、いうオレの言葉に、手荷物検査が開始される。

 各自、机の上にポケットの中身や鞄の中身を、ぶちまけて貰った。


「ちょ…ッ、浅沼ぁ!エロ本持ち歩いてるとか、最悪!」

「…こ、こんな事になると思ってなかったんだ!」

「なんで、ソフィアの鞄には痴漢防止スプレーが入ってるの?

 ………防止する機会なんて無いよね?」

「も、もしものためよっ」


 ひと悶着あって、エロ本が出て来たのはご愛嬌としよう。

 痴漢防止などの催涙スプレーに関しても、問題無い。


 しかし、全員似たような物ばかりだ。

 携帯、財布、筆記用具、ノートパソコン、音楽プレーヤー等々。


 万が一に備えて、武器になるようなものを探したが、生憎とカッターやハサミ、痴漢防止用のスプレーぐらいしか存在しなかった。


 かくいうオレは、背中に銃とマガジンを背負っている上に、腰とふくらはぎにナイフが備わっている。

 これは、暗殺者としての性だ。

 まだ、今しばらくは、生徒達に見付からないように隠しておこう。


 さて、更に次に進もう。

 現状把握の一環である、持ち物チェックの次だ。


「…次に、この状況が、どのくらいの危険度かどうかを確認する必要があるな」


 その下に、外界への接触。

 危険度の調査と、書き込んで、全員を見渡してみる。


「…念の為に聞くが、永曽根以外で戦闘経験のある者はいるか?」


 唐突に、聞くべき内容では無かったかもしれない。

 ただ、今こうしてオレが、戦闘経験の有無を聞いたのは、何の理由も無いわけでは無い。


 武装があっても、扱える人間がいなければ意味をもたない。

 最悪、少しは動ける人間に、銃やナイフを貸し出す算段も付けているからだ。


 そして、それを聞いたことによって、戦力の把握にもつながる。

 オレだけしか、動けないというこの状況は、あまり芳しいとは言えなかった。


「喧嘩ぐらいなら…」

「オレも、その程度だ。…後は、護身術ぐらいか?」


 手を上げたのは、浅沼を除く男子だけ。

 榊原と香神、徳川は分かるとして間宮と常盤兄弟が手を上げているのは何でだ?

 

「一応、徒手空拳だけは、習わされてたんだ。…オレ達、誘拐された事もあるから…」

「兄に同じク。ただ、僕は、今は動けなイ。…悪いけどネ」


 それは、見れば分かる。

 車椅子の紀乃を戦闘員に含むつもりは無い。


 そして、戦闘経験の有無も理解出来た。

 有名な代議士の長男次男だ。

 それも、さもありと、割り切ることは出来た。


 間宮に関しては、


「ああ、なるほど…お前、施設で「武道」を専攻して習ってたのか」

「(こくこく)」


 オレも経験があるので、すぐに理解出来た。

 コイツはおそらく、オレが育った施設と、元締めが一緒のところで育っているのだろう。

 だから、専攻として武道や武器の扱いを、教えてもらえる。

 希望すれば、そのまま裏社会デビューも目では無いという、なんともブラックな施設の専攻だった筈だ。


 だが、ある意味でコイツは危険度が上がったな。

 どんな教育を受けているか分からない上に、もしかしたらオレの事も分かっているかもしれない。

 少し、警戒は強めておこう。


「…あたし達、どうすれば良い?」

「ソフィアは、痴漢防止用のスプレーでなんとかなるにしてもね…」

「うう…なんか、あたしだけゴメン」


 そんな中、女子組は心許無そうな顔をしている。

 だが、気にしないで良い。


 元々、彼女達に荒事をお願いするのは、無理があるのも分かっている。

 ソフィアが申し訳無さげにスプレー缶を握り締めているが、それだけだと戦闘が出来る訳でもないので、心許無いだろう。


 さて、彼等に戦闘経験の有無を聞いた理由は、以下の通り。


「異世界と言うからには、ファンタジーの世界と仮定しよう。

 もしかしたら、外敵がいるかもしれない。それに対し、オレ達がどこまで対抗出来るかによって、生存率が変わってくる」


 という、オレの意見。


 その通りだったのだろう。

 浅沼が嬉々として頷いて、ファンタジー系には多少知識がある伊野田も同意した。


 ……だから、浅沼、お前…本当に、この状況を分かっているのか。


 話は逸れた。


 ファンタジーの代名詞と言えば、やはり真っ先に思い浮かぶのは剣や魔法。

 それもそうだが、その剣や魔法を振るう相手が、人間と言う括りがあった試しが無い。

 これまたファンタジーの代名詞である、魔物やモンスターと言った敵の存在である。


 古来から語られてきた伝承の怪物。

 それ等が、現代社会にはまず有り得ないとしても、こちらの世界では有り得てしまう可能性が高い。


「具体的には、おそらくゴブリンとか、ウォーウルフとか、後もしかしたらドラゴンとかも考えられますね」


 という浅沼の、テンプレ通りの答え。

 そのまま、DANGER!と赤色で書いた文字の下に、書き足していく。


 ゴブリン、ウォーウルフ、ドラゴン。


 何とも言えない気分となった。

 子どもの時に聞いた御伽噺以来の存在だな。


「後、物によっては、世界とか国、宗教団体が敵になる可能性もあります。

 技術提供の為ならまだしも、もし僕たちがイレギュラーとして存在してしまうと、国や宗教団体としては面白くないでしょうから…」


 という、浅沼の意見の元。

 更にその下に、世界、国家、宗教団体と書き連ねて、


「………。」


 ふと、オレは眼を外へと向ける。


 ぴりりと、肌を刺したのは、何か得体の知れない感覚。

 思わず、眉をしかめてしまった。


「…これは、大当たりかもしれないな…」


 オレは、チョークを置いた。


 突然の、空気の揺れ。

 肌を刺す感覚。

 これは、オレの経験からして覚えがある。

 敵意や、害意だ。


 おそらく、生徒達はまだ気付いていない。


 いや、間宮だけは気付いているな。

 やはり、コイツは侮れないか。


 って、永曽根も気付いてやがる。

 ……流石は、武道家の息子にして、現役暴走族。

 ヤクザや警察を、文字通り返り討ちにしていた実績は伊達じゃない。


 って、のんびりしている暇も無かった。


 オレは、即座に生徒達へと声を張る。


「全員、荷物を持て。移動を開始する」

「えっ!?」

「先生、どうしたの!?」

「良いから、急げ。河南、紀乃の荷物も持ってくれ。紀乃はオレが押す」


 オレと間宮、永曽根が感じ取った、嫌な空気。

 例えるなら、試合開始前のアラーム音を待つ瞬間だ。


 緊張感。

 それも、最悪なコンディションでの。


「慌てなくても良いが、敵襲だ。

 しかも、数は複数。ここからは、オレの指示に従って、速やかに避難をしてくれ」

「…せ、先生?…冗談でしょ?」

「冗談に聞こえるか?こんな状況で冗談を言えるなら、俺はこの学級でそもそも教師をしていなくて、コメディアンにでもなっていただろうな…」

『想像出来ない』

「しなくて結構」


 杉坂姉妹には、恒例の息ぴったりの一言をいただいた。

 それはオレも想像出来ないから、安心してくれ。


 二度目の騒然。


 俄かに慌て出した生徒達と、落ち着いて準備を開始した生徒達。

 反応が分かれてはいるが、その分事態の収拾を付け易い。


「セットを組む。永曽根は、杉坂姉妹に付け。

 それから、間宮は伊野田に、榊原は徳川に、香神は浅沼に付け」

「まじで!?本気なの!?」

「嘘!…冗談辞めてよ!」

「常盤兄弟は、オレと一緒だ。指示はオレから出すが、いざという時にはセットになった奴の判断に従え。必ずだ!」


 再度、生徒たちへの注意喚起を行って、オレは紀乃の車椅子を押した。


 二度目の嫌な予感だ。


 これから行うのは、おそらく撤退戦。

 標的は確実にオレ達で、オレはこの生徒達の命まで守らなければいけない。


 責任重大過ぎるだろ、この仕事。

 

 先程まで見ていた夢は、やはり間違いなく予知夢だったらしい。

 またしても、あの地獄が待っているかもしれないと、想像をしただけで無様に体が震えてしまいそうになる。


 やはり、軽はずみに依頼や任務など受けるものではない。

 甘い言葉に惑わされて、良い思いを出来る試しなど万分の一にも無いのだ。


 4年前と何も変わっていないな。

 と、生徒達を従えて走り出す前に、オレは苦笑と共に自嘲するしかなかった。



***



 急転直下とは、この事か。


 俄かに緊張した空気。

 その中に含まれるのは、敵意や害意。


 突然の発光現象を体験し、全員が気絶をしていた数十分前。

 そこから、この現状を把握する為に、即席の異端な授業を開始。


 曰く、異世界トリップという現象に酷似した状況。

 何故、どうして、誰が何のために?

 そんな事を、想像やら憶測だけではあるが、授業感覚で色々と解析を行っていた矢先のことだ。


 先程まで話していた、外敵の存在。

 モンスターや、世界情勢、国家、宗教団体…etc。


 それが、今、現実のものとなろうとしている。


 生徒達を急かすようにして、教室を出たのは正解だった。

 見事にオレの嫌な予感は、ヒットしたようだ。


 戦闘時特有の緊張感。

 久しぶりに感じる、ピンと張り詰めたような独特の空気に、オレも流石に背中に冷や汗を掻いている。 


 教室を、生徒達を引連れて、転がるようにして出た直後。

 オレ達以外の存在を、俄かに感じ取った。

  

 随分と長い事即席の異世界についての授業をしていた事もあってか、やはり周りを囲まれている。

 校舎の周りは、既に包囲されていると見て良いだろう。


 廊下の薄暗い中に、外のライトか火の手か、明かりがちらついていた。


 オレの背後に、着いて来た生徒達もそれに気付いたのだろう。

 先程よりも、動転し始めている。


「外に、誰かいるの!?」

「中にも、既に入ってきている」

「そんなっ…人間だよね!?」

「人間だとしても、味方とは限らないってさっきも話してたでしょ!?」


 慌てふためく伊野田。

 それを、窘めようとしているのか、ソフィアの口調は、少し荒い。

 注意を促す手間が省けたものの、少しばかりこの状況は切迫し過ぎていて、対処に戸惑ってしまうものだ。


 車椅子の紀乃を筆頭に、オレに続く生徒達。

 戦闘経験の有無を聞いた際に、大丈夫そうだと感じた生徒達と、大丈夫では無いだろうと判断した生徒達をセットで組ませている。


 元暗殺者にして経験だけは豊富なオレは、常盤兄弟に付いた。

 次に、無道有段者にして、この中では喧嘩慣れしているだろう永曽根は、杉坂姉妹を担当。

 現状では、どこまでの戦闘能力があるのか不確定な間宮は、身長をミートして伊野田へと付け、喧嘩に慣れているだろう榊原と香神は、それぞれ扱いやすいだろう徳川、浅沼へと付けた。


 だが、状況は更に緊迫している。


 オレ達が今しがた、飛び出して来た筈の教室。

 その教室が、爆音と共に炸裂した。


「うわっ!!何!?」

「教室が…!!」


 腹に響くような轟音。

 そして、燃え上がった紅の炎。

 

 文字通り、爆発したとも同義だ。

 瞬く間に、オレ達のいた教室は跡形も無くなった。


 轟音と振動に体勢を崩す。

 駆け抜けようとしていた廊下で、全員がその場で床に膝を付いて、今しがた消え去った教室の方向を、呆然と眺めている。

 だが、これで理解しただろう。


 外に危険が迫っていると。

 その危険度が、どれ程高いのか。


 そして、この現状で、どんな事が起ころうとしているのかも理解しただろう。


「な、なんでぇ…!」

「なんなんだよ、畜生…ッ!」

「落ち着け、お前等…」

「教室、無くなっちゃった…ッ」

「(ぽんぽん)」


 女子組は泣き出した。

 それを、セットにした男子達が励まして、なんとか立ち上がらせている。

 間宮の慰め方は、地味に癒された。

 横目で見ていて、こんな状況にも関わらず苦笑を零してしまった。


 それはともかく。


 オレは、すぐさま体勢を立て直して、若干早足で連絡通路と階段のある、廊下の端へと走る。

 階下に迫った気配が、正面玄関から来ていると察知出来ている。

 その為、逆方向である職員室方面の連絡通路と階段へと、包囲される事を回避する為に向かった。

 オレの後を追うようにして、生徒達も必死な様子で駆けて来る。


 背後にあった教室は、既に火の海だ。

 オレ達が慣れ親しんだ、1年近くを過ごして来た教室は無くなった。


 机や椅子、黒板は勿論、教壇なんかも火の海の中に、消えた。

 喪失感は、そんな簡単に覆い隠せるものでは無い。

 オレだって、多少の感慨は感じているものだからな。

 だが、そんな喪失感を優先しないで、戻ることよりも、前に進む事を生徒達も考えたのだろう。


 泣きながら、或いは顔をしかめながら、文句も言わずにオレの背中を追いかけてくる。


 オレが、目指すは、三階の視聴覚室だ。

 あそこには、緊急用の脱出用のシュートがある。

 災害避難時に設置されたあれだ。

 まずは、そこを目指して、校舎の外への脱出の目処を立てなくてはならない。


 校舎内で囲まれるのは、遠慮したい。

 狭いし、逃げ場も少ない。


 そこで、職員室前の連絡通路と階段へと辿り着く。

 階下からの気配は、逆方向へと進んでくれていると分かるのだが、このままここにいればそちらの階段側からも視認出来てしまうだろう。


 間誤付いてはいられない。


「悪いが、紀乃。ここからは、車椅子は諦めてくれ、」

「………ウン」


 流石に、紀乃には車椅子を諦めてもらうしかあるまい。

 車椅子をその場に捨て置き、彼を片手で抱きかかえて、階段を登る。

 鍛練は怠っていなかったので、少年とは言え下半身不随の紀乃ぐらいならば、容易く抱え上げる事が出来た。


「…捨て置いても、良いのだヨ?」

「餓鬼が一丁前に心配するな」


 だが、抱き抱えられた紀乃は、居心地が悪そうだった。

 ああ、ちょっと煙草臭いかな?

 それとも、居た堪れないのだろうか。


 しかし、


「な、なにか、下から音がしてる!」

「がしゃがしゃ鳴ってるよ!」


 金属音が、階下から響き始める。

 おおかた、オレ達の悲鳴や足音を聞き付けて、こちら側にも敵が上ってきたのか。


 だが、金属音とは何だろうか?


 オレ達の馴染みのある格好と言えば、特殊部隊や自衛隊、アメリカ軍などの軍隊の装備だ。

 軍服、もしくは迷彩服などに、防弾ジョッキや諸々の装備だ。


 しかし、今生徒達やオレが聞きとっているのは、金属音。

 がしゃがしゃとしているそれは、別に武器の鳴る音では無いように思える。

 それこそ、甲冑でしか有り得ない。

 特殊部隊であれば、もっと音も控え目になるだろうしな。


 この世界の文明が、もしかしたら中世以降なのかもしれない。

 その時代ならば、警邏や衛兵などの装備は、甲冑と言う事で納得出来る。

 だが、そうなると一つ疑問が残る。


 どうして、教室の爆破にあれだけの炎が使えたのか?

 あの時の様子は、爆発とも形容出来る広範囲に及ぶ、攻撃だったように思える。

 中世ヨーロッパや、周辺諸国などで爆薬が使われていたっけか?

 開発されたのいつだっけ?

 歴史をひも解いてみるものの、あまり参考にはならなかった。


 だが、ふと嫌な予感が、過ぎる。

 再三の、背中へと走る悪寒だ。


「あれが魔法かもしれないな…」

「…先生ヨ…口にすると、本当になるゾ?」

「知ってらぁ…」


 もう、何度目かの嫌な予感か分かりもしない。


 階下は既に、轟音で埋め尽くされている。

 余波として、廊下まで揺れていた。


 敵さんも、オレ達を捜索するのに、随分と派手に破壊行動でも取ってくれているらしい。


 おかげで、視聴覚室に到着するのが、随分と時間が掛かってしまった。


「全員、扉に机や椅子でバリケードを作れ。

 どれだけ持つかは分からんが、脱出するまでの間の時間を稼ぐ!」

「ば、バリケードなんて、何の役に…!」

「良いからやれ!」


 視聴覚室へと滑り込んだと同時に、指示を出す。

 男子は、力仕事。

 いつの世も変わらない、分担だろう。


「…せ、先生!こんな中でどうやって脱出するの!?」

「女子は、そこの非常用ボックスを開いて、中の脱出用のシュートを開け。

 そこの緊急と書かれた箱の、赤いボタンを押せば、脱出用のシュートがすぐに開くはずだ」


 今度は、女子組に指示。

 男子がバリケードを作っている間に、女子が脱出用のシュートの準備。

 この学校、見た目にそぐわずハイスペックだったりするから、飛行機やビル火災時に使用できる結構な長さになる緊急の脱出用シュートが備わっているのだ。

 その為、三階の視聴覚室からでも、脱出が可能。


 必死になってシュートを開き、足りない空気をポンプで注入している生徒達を横目に、オレは椅子に座らせた紀乃の横でしゃがみ込んだ。


「せ、先生も手伝って…!」

「そう言ってくれるな」


 そして、オレは迎撃の準備だ。

 生徒に叱責されたとしても、これだけは最低限行っておかなくてはいけない。


 上着を脱いで、背中にベルトで背負っていた銃を取り出した。

 続いて、ベルトの下部の、小さなポーチからマガジンを取り出して、腰のホルスターへと詰め込む。

 昔からのオレにとっての、身嗜み。


 オレの手持ちの銃は、自動拳銃。

 コルト・ファイヤーアームズ社、軍用自動拳銃。

 軍用拳銃としての制式名称は「M1911」。

 「コルト・ガバメント」の通称で知られたメジャーなものだ。

 のちに、1926年に改良が加えられたものは「M1911A1」で、オレのはその改良版のホールドアップ式。


 ラバー製のグリップで、もはや握り慣れた相棒とも呼べる存在だ。

 まだ、23歳の筈だと言われても、既に銃の扱いは10年を越えているので割り切ってもらいたい。


 「M1911」および「M1911A1」の口径は.45ACP。

 装弾数はシングル・カラム・マガジンによる7+1発。


 つまり、弾倉には、元々詰めてあった8発が残っており、マガジンは2つ。

 残数は、22発。


「先生…」

「心許無いが、無いよりはマシさ」


 それを、直接目の当たりにした紀乃が絶句した。

 彼は、違う意味で緊張してしまったようだ。


 オレの言葉通り、心許無いが、無いよりはマシだ。


 男子組も女子組も、それぞれの仕事は終わったのだろう。

 視線は、集中している。

 彼等の視線の先には、オレが持っている銃器。


 現代社会で、それも日本ではまず本物にお目にかかる機会は無いだろうからな。

 そんな銃器に、各々の反応を見せているが、


「…まずは、永曽根と間宮で、シュートを降りろ。降りた先での安全確保に準じてくれ…」

「…わ、分かった!」

「(こくり)」


 弾倉の確認を終えて、マガジンを戻す。

 片手でその動作を終えるのも、ここ数年の間では慣れたものだ。


 その動作を見て、だろう。

 永曽根と間宮が、それぞれ違った反応を見せながらもオレの指示に従った。


 永曽根は、おそらくオレに恐怖心を抱いている。

 間宮は、元々知っていたかこの状況に慣れているのか納得していた。


 永曽根に関しては問題ない。

 だが、やはり間宮に関しては注意が必要だ。

 アイツ、武器を見た瞬間に目が輝いていやがったぞ。


 それはさておき。

 彼等が、シュートを滑り降りたのを確認して、次の生徒達を確認する。


「…先生、軍人なの?」

「…元、な。もう引退してる」

「若いのに、なんで?」


 元暗殺者だが、軍人も似たようなものだろう。

 それ以上は、肯定も否定もしない事にした。


 ソフィアと、エマがふと疑問に首を傾げる。

 オレの年齢23歳は、皆が周知している事もあってか、同意見らしいが。


「つい数年前に、色々ヘマしたんだよ。左腕に麻痺が残ってるのは、その後遺症」


 そうだ。

 オレは、失敗ヘマばかりしている。


 特に5年前のあの事件は、完全なる失敗だ。


 あの時のオレは、若すぎた。

 後先も考えずに、身の程を越えた仕事をしようとして、そして完全に敗北した。


 毒の存在にも気付かないほどに動転し、無様に逃げ回った所為もあって毒の周りが早かった。

 逃げる事も出来ず、むざむざと捕まり、地獄を見た。

 一命は取り留めても、左腕には麻痺が残っている。

 まだ、麻痺が残ったのが紀乃のような、下半身では無かっただけマシなものだ。

 まぁ、今では体中、爆弾のようなものだが…。


 とまぁ、そんな昔の事はさておいて。


 胡乱気な生徒達を見渡して、そっと、人差し指を唇に当てた。

 それ以上は、聞いてくれるなと言うポージング。


「…どうりで、落ち着いてる訳だよね…」

「褒め言葉として受け取るぞ」


 榊原の反応もご尤も。

 さっきも言ったような気がするが、彼の感心には素直に喜んでおく。


 はてさて、そろそろ避難を速やかに終了させ用ようか。


 永曽根と間宮は、もう降りた。

 その次に、浅沼を降ろし、徳川を続けて降下させた。

 これは、先行させた2人の戦力増強という意味合いだが、大して期待をしている訳では無い。


 その後に、伊野田からはじまり、ソフィア、エマと女子組を降ろしてやる。


 全員が悲鳴混じりに降りていくが、若干ソフィアが楽しそうなのは謎だ。

 意外と余裕そうだな、アイツ。


「次に、常盤兄弟。お前達は、2人で降りろ。河南は紀乃を支えてやれよ?」

「分かってる」

「兄さん、無理しなくて良いヨ…高いの嫌いだロ?」

「こ、ここここ、こんなもん死ぬのに比べたらマシだっ」


 河南。

 お前高所恐怖症か。

 気持ちは分からないでもないものの、なるべく早めに決心して欲しいと思った。


 しかし、そんなオレの内心は余所に、さすがは一人で弟を守ってきた頼もしい兄だ。

 多少躊躇いはしても、次の瞬間には彼を抱えてシュートを滑り降りていく。


 だが、


『開けろ!!この先にいるのは分かっているのだぞ!!』


 そんな常盤兄弟の姿を、確認したかしないかの間に、ドンドンと叩かれた、視聴覚室の扉。

 バリケードがそれにあわせて揺れる。

 なんて、力をしているんだ?


 同時に響いた怒鳴り声のようなものも、人間の声量の限界に挑戦していると言わざるを得ない。

 こんな大きな声が出せるというのは、肺活量を常日頃から鍛えている軍人然り。


 そして、耳慣れた言葉は、おそらく外国の言語。

 アメリカかイギリスかは理解できないが、英語である事は理解出来た。

 言葉が分かるのは、ありがたいものだ。

 ほっと出来る現状では無いとは分かっていても、言葉が分かるというだけで何故か肩の力が少し抜けた。


 だが、それもつかの間。

 続いたバリケードへの震動に、結局顔を引き攣らせる他無い。


「もう来たのかよ!」

「どうすんの!?先生!!」

「良いから行け。殿はオレがする」


 しかし、生徒達はたとえオレから英語を学んでいたとしても、分からなかったのだろう。


 ドアの外から、騒がしい音が聞こえ出した。

 怒声と共に、叩き付けられる何か。

 ドアに嵌め込まれたガラスが割れ、甲高い音がしていた。


 向こうも焦っているのだろうか。

 それは生徒達も一緒だが。


 まぁ、こうなってしまっては仕方ない。

 元々、足止めの予定は組んでいた。


 最後に残るのも、オレの役目だ。

 間に合わなかった時の為に、足止めも必要だろう。


 その為に、この武器あいぼうを引き抜いているのだから。


「行け!」

「畜生…!」

「先行って…!!」


 先に、香神が降りた。

 悪態を吐き、シュートの中へと消えていく。


 最後に残ったのは榊原。

 オレに最初に呼びかけたのも彼だったが、最後に呼びかけたのも彼だった。


 そんな彼がオレの背中を見つめて、


「先生、死なないでよ?こんな所に、オレ達だけで放り出されたら生けていけないよ」


 まるで、オレの気持ちを理解しているような口調で、言い放った。

 少しだけ驚いた。

 心情を多少なりとも、勘繰られたのかと思った。


 最後になるかもしれない。

 今、オレ達はその瀬戸際に立っているかもしれない。


 それを、オレも榊原も分かっている。

 仕方ないとは思って見ても、オレには当たり前な事が、榊原にはまだ当たり前では無い。

 それも、当然だろうが。


「分かってる。そう簡単に死ぬような、鍛え方はしてないさ…」


 そちらに目を向けないまま、言葉を返す。


 仮にも、19歳だ。

 どんなに背伸びをしても、まだ20歳に届いていない子ども。


 榊原は特に、背伸びしたがる傾向があった所為だろう。

 背後からの気配で、見るからに不安や怯えが感じ取れた。


 だが、間誤付いている時間は、もう残されていない。

 扉を叩く音も、いよいよ騒がしくなっている。

 バリケードも崩れ始めた。

 多人数で、体当たりでもしているのかもしれない。


「…行け。すぐ追いつく」


 振り返り様。

 不安で瞳を揺らした赤茶色の髪の18歳の青年に、苦いとは言え笑いかければ、


「…うん。待ってる」


 彼は唇を尖らせながらもこくりと頷いた。


 待っているとは、言ってくれる。

 約束したようなものだから、早々破る訳にもいかなくなった。

 まぁ、オレもまだ命は欲しい。

 捨て駒になるつもりは、まだ無い。


 彼が、即座にシュートから滑り降りる音が聞こえた。

 微かな悲鳴が響いたが、その背中を少々の間、無言で見送る。


 しかし、それを聞き終える前に、空気を切り裂く怒声が響いた。


『フレイム・ランス!!』


 その声は、オレの耳に良く届いた。


 その直後に響いた高らかな爆砕音も、良く聞こえた。

 爆発、ついで暴風の嵐。

 飛び交う破片の中、バリケードが一瞬にして木っ端微塵となった瞬間を目の当たりにした。


 吹き付けてきたのは、爆風と熱波。

 驚いた。

 こんな至近距離で、こんな威力の代物を使われたとは思いたくも無い。

 爆風や熱風に押され、堪らず背中を壁に打ち付けた。


 そして、おそらく今のが、オレ達の教室を吹き飛ばした『魔法』というものだろう。

 爆風や熱風の中に、一切火薬の臭いが含まれていない。


 予期せず、紀乃の言葉通りとなってしまった。

 滅多な事は、言うものじゃない。

 なんて、破壊力だ。

 爆弾なんていらないじゃないか。


 壁に打ち付けた背中が痛い。

 熱風のせいで、息が出来ずに苦しい。

 窓ガラスが割れて、破片が降り注ぐ。

 熱風に煽られて、体が熱い。


 だが、それだけならまだ良かった。


 それだけならまだ、オレも耐え切れたのだ。


 だが、哀れ。

 オレの身体は、宙に浮いた。



***



 爆風に押されて体が傾いだのは、なんとも間抜けな話だ。

 オレは、足止めをする暇もあらばこそ、シュートの中に滑り落ちた。


 しかも、頭から。


「(うわ…情けねぇ)」


 心の中で、嘆いても既に体は落下の速度に乗っている。


 普通脱出用のシュートは、脚から滑り落ちるのが本来の使用用途だ。

 注意を受けるのは当たり前だし、そう言う風に落ちるようには設定されていない。

 何故なら着地した先で一番下になるのが、脚でなければならないからだ。


 頭から落ちるなど、小学生でも真似しないだろう。

 最悪、打ち所が悪いと、死ぬ。

 窓からノーロープバンジーで無かった事だけは、喜ぶべきなのだろうが。


 しかし、オレのそんな考えは他所に、三階からのシュートの長さなど高が知れている。

 それでも、間抜けな話に変わり無かった。


 案の定。


「がふっ…!!」


 オレは体勢を整える前に、地面に転がり出された。

 先程打ち付けた背中が、またしても地面に打ち付けられ、地面を滑走して擦り付けられた。


 息が詰まったが、頭を打ちつけるような無様な真似をしなかっただけまだありがたい。


「クソ…っ、外が砂利なんて聞いてねぇ…!」


 問題は、背中に一面の砂利だ。


 おかげで、背中が擦り傷だらけになった事だろう。


 もしも次があるなら、防弾ジョッキも着用しておこう。

 次があるとは思いたくも無いけれど。


「とはいえ、なんとか、脱出出来たか…?」


 と、起き上がったところで、


「先生…っ!」

「…せんせ…っ…」


 伊野田の悲鳴混じりの声。

 それと同時に、オレのすぐ横で上がった呻き声。


 地面に付いた手に、ぬるりとしたものが滑った。


 視覚で確認したのが先か。

 嗅ぎ慣れた鉄錆の臭いを、臭覚が捉えたのが先か。


 特有のぬめりに、どす黒い赤。

 鉄錆の香りに、噎せてしまいそうになる。

 直感的に、分かった。

 これは、血だ。


 そして、その血を流しているのは?

 誰だ?

 オレじゃない。

 少なくとも、ここまでの出血量のある怪我はしていない。


 咄嗟に、目線を上げる。

 そこには、白い髪が校舎からの炎を、照り返していた。


「…永曽根?」

「…ご、め…おれ、…むりだった…」


 仰向けに倒れていた彼。

 白髪の厳つい表情の青年が、ぼんやりとした目線をオレに向けていた。

 学生服代わりだったジャージが黒く染まっている。


 校舎から立ち昇る炎に、照らし出された彼の身体。

 肩口から大きく黒ずんだ傷跡が入っていた。

 明らかに、刃物で付けられたであろう外傷だ。


 オレが手に付けた血は、彼の血だった。


「永曽根…っ」

「…せんせ、みんな…つかまって…」


 揺れる涙混じりのその目。

 そして、掠れた声の中で聞いた、その言葉。


 直後、


「先生…助けて…っ」

「ごめん…なさい…っ!」

「おい、紀乃を放せ!」

「兄さん、ちょっとだまっテ…っ」

「先生っ…逃げて!…」


 言葉の真偽を確かめる前に、生徒達の声が続々と聞こえてきた。


 思わず振り返れば、そこには、例外なく捕まっている生徒達。

 いや、例外もいる。

 傷を負った永曽根と、地面に蹲っている間宮と香神か。


 無謀はと言え、果敢に争ったのだろう。

 顔や体の一部に赤色が目に映る。


 そして、彼等を捕まえている男達の姿も同じく、視認した。


『悪いが、拘束させてもらった。

 彼等は無謀にも我ら騎士団に逆らったので、黙らせたまで…、』


 香神の頭の上に、脚を乗せた男が呟く。


 まず、彼等の圧倒的な特徴は、甲冑姿。

 やはり思っていた通り、文明は中世そのままだったのだろう。


 騎士の様相。

 映画や漫画、ゲームの中でしか見れない姿だ。


 オレ達のような学生服や背広姿と見比べると違和感しか感じないものの、この世界としては間違っていないらしい。

 そんな騎士達は、オレの生徒を押さえつけたまま、最大限の警戒をオレ達に向けている。


『貴殿等は、何者だ?』


 問いかけに、その騎士の格好をした男の眼光が強くなった。


 参ったな。

 咄嗟の状況ではあるが、この騎士の格好をした男達を納得させられるだけの答えは、今のところオレ達も持ち合わせていない。

 そもそも、オレ達もこの状況に対して、詳細な理解に及んでいる訳では無い。


 異世界トリップとか言う現象。

 全てが仮説で、憶測や推測でしか無い。

 何が目的なのか、そもそも本当に何か目的があったのかも、オレ達には分かっていない。


 捕まった生徒達。

 地面に蹲った生徒達。

 倒れ伏したままの永曽根。

 そして、もう一度男へと視線をめぐらせれば、オレは歯嚙みをする他無かった。

 

 更には、


『なんだ、これは…!…以外に、面白いものだったぞ!』


 オレの背後から、勢いよく砂利を踏みしめる音。

 咄嗟に、武器を構えそうになる。

 だが、なんとか思い留まった。

 この状況で、本格的に敵対行動を見せるのは不味い。


 首だけで振り返れば、今しがた、オレが滑り降りてきた脱出用のシュートから滑り降りて来た男。

 その男も、甲冑姿だった。

 新手の騎士だ。


 おかげで、退路は無くなった。

 元々、退路なんてどこにも無かったけど。


『何を遊んでいるのだ、メイソン!』

『堅苦しいことを言うな、ジェイコブ。敵の技術を盗むのも、騎士としての嗜みだろう?』


 騎士の男達は、なにやら言い争い。

 窘めるような口調と、それを意にも介さぬ軽薄そうな口調。

 あまり、仲が良さそうには見えないものの、こっちには関係のないことだ。


 そして、この男二人の名前が分かった。

 なるほど、隊長格らしき騎士の男はジェイコブで、こっちの新手の騎士がメイソンか。

 敵に情報を与えるとは、あまり褒められたものではない。


 いや、別に裏社会の人間じゃないから良いのかもしれないけど。


 振り返っていた首を、元に戻す。

 眼を向けたのは、隊長格であろうジェイコブだ。


『その子達はオレの生徒だ。解放してもらえないだろうか』

『…誰が発言を許可した!?』


 しかし、オレが口を開いたと同時。

 オレの背後にいたメイソンは、オレの首筋に槍を向ける。

 切っ先が随分と鋭い、ハルバートのような槍だ。

 少しでも触れれば、皮は裂けるだろう。


 生徒達が、乾いた悲鳴を呑みこむ。

 いや、許可も何も、さっきあのジェイコブって奴に、『何者か』って聞かれたのに、答えようとしているだけなんだが…。

 目線をもう一度、ジェイコブへと戻す。

 視線を受けてか、否か。

 ジェイコブは、少し驚いた顔をしていたが、


『槍を引け、メイソン。彼に質疑を掛けたのは、我等が先だ』


 彼は、メイソンへ槍を引くように命じた。

 メイソンは、渋々と言った様子を隠しもせず、槍を引いた。


『言葉が通じる者がいたのはありがたいものだ。

 …この子ども達は、残念ながら通じなかったのでな?』


 そこで、改めてジェイコブが話し始める。


 イギリス訛りが強い英語だった。

 昔気質な喋り方の所為か、英語に慣れているオレでも少し聞き取りずらい。


 だが、これで分かった。

 子ども達が捕まっている理由。

 何も、問答無用だった訳では無いらしい。


 言葉の壁。

 ありがちな問題だ。


 永曽根も成績はトップだからと言って、英語をすんなりと喋れる訳では無い。

 この中で英語が得意なのは香神ぐらいだが、そんな彼も今は地面に沈んでいる。


 ちなみに、杉坂姉妹は日系3世ではあるが、生粋の日本育ちだそうで、英語は喋れないらしい。

 勉強には熱心ではあるものの、努力が実るのはまだ先だった事だろう。

 間宮はもしかすると分かるのかもしれないが、アイツもアイツで喋る事が出来ないのだから意味は無い。

 ……まぁ、だからと言って、年端もいかない生徒達を拘束した挙句、斬るというのはいかがなものかと思うがな。


『まだ、言語に関しては就学中だ…。

 もし、暴言を吐いたのであっても、彼等にそのつもりは無かった。

 大目に見てやってほしい』

『…なるほど。貴殿が教師で、彼等が生徒であるという事だな』


 ジェイコブの確認に、オレは首肯。

 彼も同じく頷いたが、生徒達の拘束を解いてくれる気配は無い。


 生徒達の不安そうな表情が、オレへと向けられている。

 拘束されては、手も足も出ない。

 地味にオレも、生徒達を拘束されている手前、手も足も出せそうに無い。


『だが、聞きたいのは貴殿達が何者か、という事だ』


 あ、え?

 まだ、質疑、終わって無かった?


 頷いたと思ったけど、納得した訳では無かったようだ。


 いや、でも…、オレ達の身分に関しては、教師とその生徒達。

 それ以上でもそれ以下でもない。


『…先程、説明した通りなんだが、』

『ただの教師と生徒達ではあるまい?

 ここは、ダドルアード王国近郊の森で、一般人では滅多に近寄る事の出来ない危険地帯である。

 更には、いつの間に、あのような城を建てた?返答次第では、処罰も検討せざるを得ないが、』


 ………言われてみれば、確かにそうだ。


 彼の言葉を借りるなら、ここは危険地帯である郊外の森。

 そこにおいそれと立ち寄れる一般人と言うものは、おそらくこの世界では皆無なのだろう。

 そこに、オレ達のような少年少女がいるとなれば、彼等のような治安部隊にとっては、立派な不審人物だ。

 更には、唐突に現れた建物。

 オレ達にとっては、校舎が丸ごとこの世界に転移したとしか言いようがない。

 だが、彼らからしてみれば、これだけの建物を見ると、突然、城が建設されたように見えるのだろう。

 実際、普通の城と同等がそれ以上の施設は入っているしな。


 だからこそ、問答無用の破壊行動に出られてしまった訳だ。


『建てた訳では無い。知らない間に移動していたんだ』

『世迷いごとを!どのようにして、移動して来たというのだ!』


 慌てて、という訳では無いが、詳しい経緯を説明する。

 しかし、それに対して反応したのはジェイコブでは無く、オレの背後に未だに陣取っていたメイソンだった。

 彼からは、強い語調で否定を受けてしまう。


 いや、確かにそうかもしれないけどさ、


『それは、オレ達も聞きたい。突然、発光現象が起きて、気絶した。

 その後、知らない間にこの森のど真ん中だったんだ』

『嘘を付くならもっとマシな嘘を付け!!』


 オレ達とて、これ以上の説明を出来る訳では無い。

 生憎と嘘は言っていない。


 だが、メイソンから、強かな蹴りをいただいた。


 女子組から悲鳴が上がる。

 彼女達にとっては、言葉が分からない状況。

 その所為で、オレが一方的に殴られているように見えるだろう。


 ただし、理不尽だが、オレはメイソンの気持ちも分かる。

 オレが逆の立場でも、同じ事をするだろうし、同じように疑い、更には否定をするだろう。

 有り得ない、と言われればそこまでだ。


 痛みに呻いて、地面に蹲るものの、髪を掴まれて引き上げられる。

 あ、ちょ…ッ、やめて。

 色々なものが、ぶちぶちと言ってるから…ッ。


 無理矢理に上向かされた視線の先。

 伊野田と目が合った。

 涙を浮かべ、がくがくと体を震わせている彼女。

 彼女だけでは無い。

 杉坂姉妹も浅沼も、徳川も、榊原、常盤兄弟も同様に怯えて、涙混じりの視線を、オレに向けている。


「…落ち着け、お前達。状況を説明しているだけだ…」

「でも、先生ッ!きゃあ!」


 声を荒げたソフィア。

 しかし、彼女を抑え付けていた男が、力を強める。

 抑え込まれて、更に彼女達の怯えが強まった。


 やめてくれ。

 彼女達は、何もしてない。

 オレと違って、普通の生徒達なのだから。


『やめてくれ!彼女達は、無害だ!オレが保障する!

 抵抗した生徒達には、彼女達を守るように指示をしていた!行動の結果としては間違っていない!』

『それは、紳士的な行動だ。…しかし、それでは貴殿等の正当性は証明出来ても、身分は証明出来ぬぞ』


 ジェイコブと呼ばれた隊長格の男が歩み寄ってくる。

 香神は、別の騎士に拘束された。


 それでも、頭を足蹴にするのは変わらんのか。

 お前等、ちょっと似すぎてるぞ。


 いや、そんなことは、この際後回しだ。


『証明するには、何をすれば良い?悪いがオレ達は、ここに来たばかりで何も分からない』


 急げ。

 コイツ等を少しでも説得するんだ。


 それが出来なければ、オレ達の命は危うい。


 いや、オレはまだ良い。

 問題は生徒達だ。

 それに、怪我をしている永曽根や、意識が無いだろう間宮と香神を、先にどうにかしなければ。


『まずは、生徒達を手当てさせてくれ!

 オレ達にやらせなくても良い。どなたかが手当てをしてくれれば、』

『…ほう?先に、生徒の命乞いをするとは、見上げた男だ』

『お褒めに預かり、光栄だ。頼む、慈悲をくれ。生徒達を守るのもオレの仕事なんだ!』


 恥も外聞も無い。

 演技に、熱を入れる。

 こういう時、裏社会で多少心得があるというのは便利だ。

 そんな皮算用をひた隠し、必死に懇願するオレの様子を見て、


『怪我をした者達を治癒してやれ。…拘束は忘れるなよ?』

『はい、隊長』


 ジェイコブには、何か通じるものがあったらしい。

 小柄な騎士を2人呼び寄せて、一人は永曽根に、もう一人は間宮に付ける。


 どうやら、手当てだけはしてくれるらしい。


『我が声に応えし、精霊達よ。癒しの力を今此処に示したまえ。キュア』


 って、……それも『魔法』なの?


 女性だったのか。

 少し高い声の中で、聞き取れた単語は、なるほど呪文のようなものだ。


 瞬く間に、永曽根の傷は癒されていく。


 間宮も同じく意識を取り戻し、暴れようとして拘束された。

 香神は、頭を踏みつけていた騎士に同じく魔法を受けたようで、屈辱に顔を歪ませながらも驚いていた。


 オレも、再三の驚き。

 こっちでは、手当てが魔法によって行われている。


『今のは?』

『なんだ、魔法を知らないのか?』


 一応の処置として、魔法の存在を知らぬフリ。

 というか、使った事が無いのだから、知らないフリも何も無いような気がするものの。


『ああ、初めて見た』

『今度は、阿呆のフリか!?』


 しかし、あまり効果は見込めなかったようだ。

 メイソンには、二撃目をいただいた。

 今度は鼻だ。

 おかげで、鼻血が噴出した。

 誰かオレにも魔法をくれ。


『やめよ、メイソン!この者達の出自はどうあれ、この男は子ども達を守ろうとしているのだ。悪い者ではないっ!』


 だが、そのメイソンの行動を咎めたのも、ジェイコブ。

 どうやら、彼は無用な暴力というのは、あまり好んでいないらしい。


 対して、メイソンには嗜虐的な笑みを浮かべたままだ。

 仲が悪いのは、性格の相違とやらもあるのかもしれない。


『そうやってすぐに人を信用するのは、お前の悪い癖だぞ?

 …こういう輩は、殴ったら殴った分だけボロを出すさ…!』

『拘束はしたのだ。後は、城に戻って処遇を決めて貰っても、遅くはあるまい!』

『どうせ縛り首だ!』

『それを決めるのも、城の上級騎士達だ!』


 白熱した言い争いは、結局ジェイコブが制した。

 彼が止めなければ、今度はメイソンの脚がオレの鳩尾を穿っただろう。

 おかげでオレは、生徒達の前で、無様に昏倒するのは避ける事が出来たようで、なにより。


 あー、鼻が痛い。


『貴殿等を、ダドルアード王国へと連行させてもらおう。

 悪いが、異議は聞けない。申し開きは、城で行ってくれ』

『…死なないだけ、良いさ。…申し開きも弁明もするから、良いから早く髪を離してくれ…』


 そう言えば、ジェイコブが無言でメイソンへと目配せを送る。

 これまた渋々と言った形で、半ば殴られるように掴まれていた髪を解放された。


 あー、良かった。

 バレずに済んだようだ。

 実は、「カツラ」だったから、取れないか冷や冷やしていたんだ。

 手入れはしていなくても、固定だけは一丁前にしていたのが幸いしたな。


 そんなオレの頭の危機的状況はさておき。

 どうやら、一番の危機的状況は回避出来たようである。


「……先生、助かったのか?」

「今のところはな…」


 オレの背後で立ち上がった永曽根。

 騎士に拘束をされたままではあるが、申し訳なさそうな顔のまま、通り過ぎざまに声を掛けた。

 オレも、同じくメイソン他の騎士達に、拘束を受けた。


 視線の先では、間宮も香神も、永曽根と同じく自力で立ち上がっている。

 拘束されているのは変わらないが、死んでいる訳では無いので何よりだ。


「…先生、大丈夫!?」

「これぐらいなら、平気だ…」

「ひっく…おい、黒鋼…!どうなってんだよ!」

「とりあえず、城に連行されるそうだ」

「…なんで、こんな目に…!」


 未だに鼻血をだくだくと流しているオレに、ソフィアが目を背ける。

 エマが顔を真っ青にしているが、口調から言うと心配よりもこの状況への苛立ちの方が勝っているようだ。


「先生、痛くない?大丈夫?」

「ああ、平気。元軍人だし、慣れてる」


 暗殺者だったので軍人ではないが、似たようなものだろう。


 伊野田も拘束を受けながらも、オレを見上げて心配そうな顔をしている。

 涙がぼろぼろと流れ落ちているが、それを見ながら拘束している騎士の方が辛そうに見えたのは何故だろうか?


 ただ、安心したのは、女子組は目立った傷がないこと。

 長曽根や香神、間宮やオレのように、血を流している訳でも、衣服が破れていたりとかも無い。

 女の子は、お肌が命だからな。

 ただし、心因的な傷に関しては、なんとも言えない。

 18・19歳とは言え、目の前で友達が切られたのだから、仕方ないとしか言えない。


 他に拘束されている生徒達、浅沼と榊原、徳川にも心配は無さそうだった。

 紀乃に関しては、騎士の一人が鎖で太巻きにしてから、小脇に抱えていた。

 それ、なんて荷物扱いだ?

 河南が抗議していたものの、言葉が通じていないので効果は無さそうだ。



***



 こうして、オレ達のぶっつけ本番の非難訓練は終了した。

 無事に退避出来たのは、僥倖というべきか。


 拘束されている現状は決して芳しくは無いが、それでも命があるだけ儲けものだと考えるしかない。


 まとめて、騎士連中に連行されるオレ達。

 結果としては、最悪かもしれない。

 だが、未だ命は繋がっている。

 それだけでも、十分良しとするしかない。


 そう考えるしか、今は自身の気力を奮い立たせる方法が無かった。



***

誤字脱字乱文等失礼致します。

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