170時間目 「課外授業〜渦巻く悪意〜」
2018年12月11日初投稿。
続編を投稿させていただきます。
つい先日、やっと職場に復帰できました。
かなりの期間を休んでいたので、大分ブランクがあって苦労しました。
まだまだ体調が優れない日があるので、いくらかセーブをしながらですがそれなりに日常に戻れていると実感出来ました。
環境がまた変わったので、また少し更新ペースを落とします。
申し訳ありませんが、ご了承くださいませ。
170話目です。
デビュタント編は、まだまだ続きます。
***
「だぁーかぁーらぁーッ!!」
晴天の空の下、甲高い叫び声が響く。
大音声には、怒りが満ちていた。
何事かと、渡り廊下から顔を覗かせるのは、城仕えの文官達。
場所は、城門前。
城までに至る外門の更に外である。
城門は開け放たれている。
だが、門番がいる。
甲高い叫びを上げたドレス姿の少女は、その門番と押し問答をしていた。
「あたしは、参加者だったんだってば!
ちょっと迷って出てきちゃっただけで…!」
金色の髪に、淡いパールピンクのドレス。
際どいデコルテのAラインシルエットは、着る者を選ぶだろう。
その少女が、絶世の美少女であるからこそ、似合っている。
杉坂・ソフィア・カルロシュア。
『異世界クラス』の女子組の1人にして、最近彼氏とラブラブな彼女だった。
「招待状を見せろと言っているだろう!?」
「『予言の騎士』様一行を騙るなど烏滸がましい!」
「だから、招待状も何もかも、中に忘れてきちゃったの!
騙ってるんじゃなくて、本物なんだってばぁ!」
これが中庭ならば、きっとテラスに出ていた銀次が聞き咎めただろう。
しかし、その場は城門前。
何故か、ソフィアはパーティー会場からここまで出てきてしまっていた。
城内を迷い迷った挙句、結局騎士団の鍛錬場に出てしまった。
鍛錬をしていた魔術師部隊混合の騎士団には首を傾げられた。
訝しげな視線や如何わしい視線を受けながらも、それでもソフィアは泣き出しそうな表情を引き締めた。
なんとか城の中へと戻ろうとした。
だが、戻れなかった。
結局、城の外に出てしまいその努力は、無駄になった。
そうして、今現在、門番に止められている。
中に入ろうとしたが、招待状が無い。
普段は、制服に付いている『聖王協会』シンボルが掘り込まれたボタンが証明になっていた。
今日ばかりは全員がドレス姿のまま登城したのだ。
『異世界クラス』ひいては、『予言の騎士』一行と証明できる持っていない。
持っているわけもない。
おかげで、こうして30分近く、押し問答を繰り返していた。
その間に、門番の数は増えて5人。
最初の2人から鑑みても、突破は難しそうだ。
そもそもの話。
突破の後、どうにかしてパーティー会場に入ることが出来れば良い。
会場には、銀次もいればゲイルもいる。
おそらく、どうとでもなるだろう。
せいぜい、銀次が国王陛下に頭を下げる程度で済むはず。
しかし、今まで迷いまくってここまで来たソフィアのことだ。
辿り着けるかどうかの不安が首をもたげる。
その為、更に突破を躊躇させていた。
門番達は、まだ増援を呼ぼうとしている。
しかも、
「だったら、中にいる『異世界クラス』の誰かに伝言を送ってよ!」
「ならん!」
「現在は、大切なお披露目パーティーの最中である!」
「厳重な警戒態勢を敷いている!」
「万が一のことがあってもいかんからな!」
「伝言も出来ないとか、アンタ達お役所仕事も良い加減にしなさいよ!」
門番どものこの石頭である。
言伝を頼もうとしても、この有様。
これでは、確認のしようも無い。
確認出来ないなら、中に指示を仰げば良い。
だが、それが門番達には出来ない。
可笑しい話だ。
堂々巡りである。
彼らも仕事だ。
仕方ないといえば、仕方ないだろう。
しかし、いくら仕事とはいえ、これは融通が利かなさ過ぎる。
色仕掛けでもやってやろうかと大きく開いたデコルテを下げようとも思ったが、この場は城門前。
つまり、市街に通じている。
今も、王城近くには、市井の視線があった。
先ほどから、数名の野次馬が集まり始めている。
ソフィアにとって、この場はあまり居心地が良い場所ではない。
彼女のトラウマである、高校時代。
数名とはいえ、男子達に囲まれて文字通りの丸裸にされたこと。
◯ッチだ、売女だと、同年代の学校全体から罵倒されたこと。
チリチリと焦げ付くような痛みを、未だに胸に抱えている。
それは、いくら今のソフィアであっても背筋が凍える恐怖だ。
失恋を経験し、浅沼と付き合い始めたとしても、簡単に払拭出来るものではなかった。
—————………これ以上は、無理だ。
脳裏に過るのは、諦念だった。
浅沼の背中が、瞼の裏で霞んでいく。
目頭が熱くなって、視界が歪む。
—————…あたし、こんなところで何やってんだろう?
湧き上がる、焦燥。
いっそ、滑稽なほどに、場違いな自分。
このまま泣き出せば、少しは同情が引けるだろうか。
そう考えても、実行するには彼女のなけなしのプライドが邪魔をした。
それが、幸運なことであった。
重い溜息が、腹の奥底から溢れ出る。
隠しもせずに、面と向かった門番へとこれ見よがしに吐き捨てた。
「わかった、もう良いわ。
その代わり、この後アンタ達が咎められたってあたしは知らないんだから」
「フン、何を負け惜しみを…!」
「『予言の騎士』様の教え子の名を騙る小娘が!」
「言ったからね!
あたしは本物だし、パーティーにも参加してたって!」
もう知らない!と、ソフィアは踵を返した。
逃亡ではない。
それでも、悔しい。
後ろ背に、門番達の嘲笑の声が聞こえる。
もっと、悔しい。
門番達は、最後までソフィアを本物と信じなかった。
唾棄して、真実を確かめようとしなかった。
前にも、こんなことがあった。
この国の騎士は、一部を除いてこんな奴ばかりかと落胆した。
いずれ、痛い目に合えば良いとも思う。
今からでも戻って、殴りつけてやりたい。
でも、彼女にとっては、それ以上に大事なことがあると分かっていた。
恐怖に足を竦ませるよりも、無力に嘆くことよりも。
動かないことが、何よりも罪深いと知っているから。
「(———………待っててね、大輔!
みんなも、あたしが駆けつけるまで、無事でいて…!!)」
虫の報せ。
あるいは、ただの気のせいかもしれない。
とはいえ、流石にそろそろソフィアも尋常ならざる、空気は感じ取っていた。
王城の中、あの界隈だけが圧倒的に空気が違うと感じる。
熱に浮かされたとか。
浮足立っているとか。
そんなんではない。
悪意が渦巻いている。
そう感じたのは、パーティー会場から離れて、街の様子を見てからだったが。
ぎりり、と唇を噛み締める。
ソフィアはその場で高いヒールも物ともせずに、石畳を大きく踏み切った。
乾いた甲高い音がその場に轟く。
未だに、野次を飛ばしていた門番達が、目を剥く。
ソフィアは、一足跳びで近場の建物の屋根へと飛び乗った。
勿論、彼女だけの脚力ではない。
魔法で補助をしている。
だが、それだけでは説明がつかない程の跳躍を、彼女は門番達どころか市井の人々の前で披露した。
野次の声が、止む。
市井の者達は、あんぐりと彼女の跳んだ屋根の上を仰いだ。
4階建になるだろう、煉瓦造りの商業倉庫。
王城に面しているそこには、王城御用達の『商業ギルド』のマークが入っている。
屋根に危なげもなく舞い降りると、その場でヒールを脱ぎ捨てる。
アンクルストラップを指に引っ掛け、その場で町並みを睥睨。
方角を確認した。
その姿は、まるで戦乙女かと見間違う程。
日差しの中、逆光気味の彼女の姿にその場に居合わせた誰もが見惚れた。
しかし、その時間が長くは続かない。
猛然と。
彼女は、屋根の上を軽やかに走り出す。
勿論、先にも言った通り、魔法での補助をしている。
しかし、彼女のバランス力は、実は『異世界クラス』でもトップクラスである。
初めてであったアイススケートこそへっぴり腰ではあった。
だが、女子組の中では一番早く、立ち上がることが出来たのも彼女だ。
そして、それを補助する『風』属性。
『異世界クラス』の中こそ、平凡と言えるだろうシングルだ。
しかし、安定感で言えば、これまた彼女はトップクラス。
火力も高いが消耗も早い銀次や、物理的な攻撃力が高い香神とは違う。
彼女の『風』は、まさしく洗練されている。
同レベル帯の冒険者では、おそらく歯が立たない発現速度と命中力。
森子神族であるシャルを相手にも、安定力で言えばソフィアに軍配が上がる。
持ち前のバランス力と、安定感のある魔法。
それを合わせて、彼女は銀次や間宮達と同等の機動力を既に手にしていた。
実を言うと、早朝訓練でもすでにこの移動方法は取り入れられている。
街を走る訓練は、確かに足腰の鍛錬に丁度良い。
だが、ダドルアード王国は、海に面した起伏の少ない盆地にある。
その為、目立った坂道や落差の無い平坦な道ばかり。
男子組が、飽き始めたのだ。
そこで、早朝訓練組で何度か、鍛錬方法の改良が試みられた。
そんな中、彼女は見た。
間宮が屋根を伝って走る姿を。
銀次が訓練と称して、片腕で屋根まで登る姿を。
これぞ、先達の知恵。
他にも、複数の生徒から目撃されていたことから、この方法が採用された。
現代ではパルクールと呼ばれた、走破法。
さながら、アスリート集団か忍者を模したクリエイター集団。
若干、厨二病も発症していた面子が、食いつかない訳が無い。
ただし、この鍛錬方法。
銀次には内緒だった。
間宮には、何度か目撃されていたが、彼も内緒という姿勢に同意してくれている。
何故なら、それで銀次の手間が省けるからだ。
逃げ場を確保する為に、あるいは頭上を走らなければならない時もある。
だが、それは生半可な訓練では身につかない。
それを、ソフィア達は率先して行なっている。
そして、それが訓練としてしっかりと根付いている。
なら、彼から何か、意見があるはずもない。
まぁ、一番の目的は銀次を驚かせることが出来るから、なのだが。
それに関しては、概ね間宮も同じ腹積もりだろうと思っている。
彼も大概、腹黒だ。
話が逸れたが。
そうこう言っている間に、ソフィアは更に加速する。
『風』属性の補助も全開に、身体加速の術式も付与。
わぁ!と、市井の中から、驚嘆とも歓声とも付かない声が上がる。
それは、そのはず。
ドレスを纏った金髪の美少女が、だ。
白昼堂々、屋根の上を全力疾走。
やれ、何かの見世物か。
やれ、有名貴族のご令嬢が逃避行か。
娯楽に飢えた、街角の噂好きな面々には格好の餌となる。
さて、どうなるか。
「おい、ヤバいんじゃないか?」
「…ああ、ヤバい」
「おいおい、本物じゃねぇかよ!」
焦りの声が上がる。
先ほど、ソフィアと押し問答をしていた門番達からだ。
当然のこと。
屋根に、軽やかに跳び上がり。
体重を感じさせず、しなやかに走り出したその後ろ姿。
ドレス姿だというのに、微塵も躊躇は無い。
門番達は既に気づいた。
本物だった、と。
彼らとて、同僚達(とはいえ、家格も騎士団のランクもかなり上の上司になるのだが)の騎士達の話は聞いている。
時たまこぼされる、禁止事項以外の『異世界クラス』の話は酒の肴だ。
与太話かと思えば事実だったり、脚色されていたり。
話題には事欠かなかった。
それでも、本物を見たことがあれば、自然と気付く。
彼らも、『異世界クラス』の生徒達の訓練と称した規格外なパルクールの風景を見たことがある。
門番として、この場で見たこともあれば。
巡回の当番として、声をかけられたこともある。
いつもがいつも、颯爽と駆け抜けていく為に気付いていなかった。
あの少年少女達の中に、あれだけの美少女がいたなんて。
「ヤバイ、ヤバイ!」
「早く、取り次げ!」
「急いでパーティー会場に言伝を…!」
「いや、今から彼女を追いかければ…!」
「追いつけるか!!」
阿鼻叫喚となった。
この後、彼らが処罰されるかどうかに関しては、ソフィアの采配次第となるだろう。
まぁ、このパーティーがクーデター会場になるなど、この時の門番達には誰にも理解できなかった。
仕方が無いと言えば仕方が無い。
運が悪かった。
ただ、それだけのこと。
彼らが事の次第、つまり会場の異変に気付いて、更に顔面蒼白にしたのはその数分後のことである。
***
窓際のサロンの更に奥。
解放された中庭へと面したテラス。
そこに見える、黒髪の後ろ姿。
敬愛する兄の背中が、なんだか遠く感じるのは気のせいでは無いだろう。
最近だった。
兄との関係が疎遠になったのは。
今までは、毎日のように朝・晩と食事の席で顔を合わせていた。
屋敷の中でも、毎日見かけていたのに。
半年前までは兄の騎士団長としての役目があった。
数ヶ月単位で顔を見れない日もあった。
けれども、帰って来た時は、彼女や弟へと言葉を交わしてくれた。
たまの休みに重なれば、指南や勉強を見てくれた。
それが、最近ではめっきりと減ったと感じる。
家で見かけることも無くなり、毎晩のように帰宅はまだか?と尋ねるようになった。
彼女だけではなく、弟も同じ。
それどころか、母親のヴィオラですら兄の帰宅を執事に尋ねる有様であった。
役目であった『予言の騎士』様の捜索。
見つかったのだから、終わった筈だ。
今現在、その『予言の騎士』様のいる『異世界クラス』なる校舎を守護されているのだから。
なのに、遠征から戻られてここ半年、屋敷に帰る日数は減る一方だった。
寂しいと、弟のライリーが呟くことも増えた。
自分だって同じだが、弟の前で言うのは気が引けた。
本人の前であれば、なおさらのことである。
なのに、その本人である兄を久しぶりに見たかと思えば、その腕にはまるで当たり前のようにぶら下がる女狐がいた。
女狐でなければ、泥棒猫だ。
兄は、尊敬の対象だったのに。
兄は、母の自慢だったのに。
兄は、自分達のものだった筈なのに。
黒にも見える藍色の髪を結い上げた令嬢。
アーモンド型の大きな黒目がちな瞳。
麗しい相貌に、白磁の肌。
どこからどう見ても完璧であると言わざるを得ない、絶世の美女。
突然現れた、『予言の騎士』様の妹君。
たった、それだけの肩書きの少女が、自分達の兄を奪おうとしているのだ。
すらりと伸びた手足は、自分と歳が3つも変わらないとは思えない。
兄が恭しくエスコートする姿は、まさにお似合いだ。
妹であることを忘れて、嫉妬に狂いそうになる。
気にくわない。
気にくわないのだ。
「何が、気にくわないって、あのおっきな胸です!
夜会でも無いのに、あんなに見せびらかして!」
「め、メリッサ姉様、声が大きいですよ…」
本人達がいないことを良いことに。
また、咎める母や姉達がいないのを良いことに。
立食形式のテーブルへと陣取ってスコーンをかじる。
やや乱雑なマナーだが、構うものか。
どのみち、自分が嫁に行く相手は、家柄的にもその他公爵家か王家だと言われている。
まぁ、言われているだけであって、婚約者はいないだのが。
そんなことよりも。
気にくわないこと。
マナーを気にしてもいられないこと。
それもこれも、あの気にくわない泥棒猫のせいだ。
「兄と一緒に中座して、戻ってきたかと思えばそのままテラス!
いくら『予言の騎士』様の妹だからって、社交界をなんだと思っていらっしゃるのかしら!」
「だ、だから姉様、声が…!」
「聞かれたからって、なんですの?
私、本当のことしか言っておりませんことよ!」
そう言って、更に一口スコーンをかじる。
ライリーは、周りの目を気にしてオロオロしているばかり。
せっかく王宮特製のアプリコットジャムだというのに、なんだか苦々しく思えた。
最近、家の周りが騒がしい。
それは知っていたこと。
兄が、父を日陰者に追いやった。
これも、兄が屋敷に寄り付かなくなってしまった原因の1つだと思っている。
共謀した相手は、『予言の騎士』様。
何故?
どうして?
彼女の脳裏には、疑問符ばかりが浮かんだ。
令嬢達のサロンに参加した折。
以前には感じなかったあからさまな侮蔑の視線を受けた。
初めてのことだ。
嘲笑の言葉もあからさまになった。
公爵令嬢に対しての、言葉では無かった。
その場で指摘はしたが、謝罪の言葉もおざなり。
怒りで、目の前が真っ赤になったのを覚えている。
メリッサですらそうなのだ。
公爵令息として、騎士の指南学校に通っているライリーはどうなっているか。
案の定、ライリーは今まで参加出来ていたグループを外されたらしい。
本人は、気にしていない様子ではあった。
元々そのグループには名前だけで馴染めなかったから丁度良かった、と。
まぁ、剣術の才能に関して、ライリーの右に出るものがいない貴族学校のこと。
表立っては、彼を淘汰出来ないだろう。
それでも、メリッサは傷ついた。
弟のことで、本人以上に。
それ以上に、公爵家としての矜持が侵されたことに。
母が頭を抱えていた。
父は、日を追うごとに窶れて行く。
その原因が兄。
今テラスで肩を抱いている少女の兄、『予言の騎士』様と共謀して。
そうして、自分達の居場所を危ぶめた。
家の為には厳格だったが、それでも優しい父を追いやったのだ。
許せるはずもない。
兄のことも、今回の件で少し嫌いになった。
だが、それ以上に許せないのがあの少女だった。
『予言の騎士』様の妹という肩書き1つで、何を当たり前のように兄の隣に立っているのか。
まるで、気にもしていない様子であることも腹立たしい。
どれだけ厚顔無恥なのか。
母は最初こそ目を諫めていたが、今では懐柔されていた。
姉など、最初から味方のふり。
今まで、公爵家に関わることを嫌って、一度も戻ってきたことも無いくせに。
それに、今日初めて会うこととなった兄達にも困惑する。
溜息混じり、会場を睥睨する。
令嬢の視線とは思えない剣呑さであった。
だが、メリッサには気にする余裕は無かった。
頭一つ分飛び出した、後ろ姿。
ここからでも、一番上の兄は見つけられた。
周りを囲む貴族家に、戸惑いつつも対応している。
言葉が上手そうには見えない。
それは、三番目の兄と一緒なのだろうが、余裕も垣間見える。
その横顔に父の面影が過って、更に面白くなかった。
二番目の兄は、会場の隅を歩き回っていた。
しかも、今回のパーティー会場の設営・警護担当部隊だという。
琥珀色の瞳以外は、全てが見たことも無い義母の生き写し。
険しい視線を会場内へと向け、部下達にも指示を飛ばしている。
颯爽とした姿に、やはり三番目の兄の姿が重なる。
正直に言えば、格好いい。
そうなのだ。
初対面だったのだ。
戸惑っても、可笑しくは無いだろう。
だが、怖いと感じないのはやはりウィンチェスター家の面影所以だろうか。
続いて、一番上の姉を探してみる。
あっさりと彼女は見つかる。
今しがた背中を追っていた二番目の兄の元へと、ゆったりと歩む姿があったからだ。
優雅でいて、優美。
デコルテで大きく露出した肩や胸も嫌味にならない。
顔も良ければ体も良くて、頭まで良いという姉。
今も二番目の兄と並んで、軽口でも叩くように囁きあった姿がある。
まさしくお似合いの姿。
実際、彼らがどんな会話をしているかなど知る由も無い。
だから、この2人の交わし合う視線が剣呑であることは気付かなかった。
悔しかった。
何がって、見下ろした自分のお子ちゃま体型である。
なんだか、別の人種のように思えた。
それよりもなによりも怒りが勝る。
三番目の兄と、『予言の騎士』の妹の姿と重なったからだ。
ふん!と鼻息荒く、テラスへと視線を向ける。
彼女の背後では、ライリーがオロオロと辺りを見渡していた。
今のメリッサの顔はたとえ幼くとも、公爵家の人間とは思えない形相であったからだ。
そんな彼女の視線の先では、2人が今しがたテラスから戻って来たばかりであった。
サロンの窓際の席の貴族達が立ち上がる。
剣呑な雰囲気であった。
「(………あら?)」
メリッサが気付いた。
何かが可笑しいことに。
「(………なんですの?
空気が、………息苦しいと感じますわ)」
だが、何が可笑しいのか、彼女は俄かに説明が出来ない。
これも、血筋によるものだったか。
メリッサも例に漏れず、ラングスタから鋭敏な気配察知能力を受け継いでいたらしい。
ある種、戦場を思わせる空気が漂う。
いつの間にかヴァルトやヴィッキーまでもが、ピリリと緊張を高めていたのも気付けない。
視界の端で、ヴィズが身構えたのも見えなかった。
だが、それも束の間。
「お加減はいかが、藍様?」
戻って来た彼らを待ち構えるように出迎えた自分達の母親。
そのおかげか。
殺気立った空気が霧散した。
ただし、別な意味での剣呑な雰囲気は増している。
何故なら、
「戻って来ていただいて、早々申し訳ないのだけれど…」
そう言って、空気を叩くように開いた扇子。
ヴィオラ公爵夫人には、とても似合いの素行であった。
過去、ラングスタと共に戦場を駆けていたという話は与太話では無いのかもしれない。
だが、しかし。
「うちの唐変木を賭けて、ご令嬢方と勝負していただけませんこと?」
次に続いた言葉は、『残念』の一言であった。
勿論、頭の。
会場内の空気が止まる。
一部は、凍りついた。
更に一部は、吹き出した。
(※これは勿論『異世界クラス』の面々である)
ウィンチェスターの兄弟姉弟が目を点にした。
当事者となってしまった藍ですらもきょとんとしてしまっている。
メリッサや、ライリーはその場で反っくり返りそうになった。
「勝負事とは言っても、物騒なことではありませんの。
ここに揃ったお三方の、得意分野で勝負していただくだけのこと」
どこの世に、王家主催のパーティー会場で三本勝負を吹っかける公爵夫人がいるだろうか。
ご令嬢方は当たり前のような顔をして居る。
しかし、若干耳が赤い。
メイクやドレス、肌の色彩とは関係ない。
それはそうだろう。
この場に立って居るのは、少しばかり勇気がいる。
血が出ない部類ではあるが、かなり痛いことなのだから。
ただし、異論は認めない。
ヴィオラ公爵夫人は背中に夜叉般若でも背負って居るかのような、剛毅な笑顔で彼らを睥睨した。
やはり、彼女が戦場で鉈を振り回していた戦女神というのは与太話では無かったようだ。
哀れなことに、固まってしまった2人には逃げ道が無い。
背後にはクーデターを企てようとしている貴族家各位。
前方には意気揚々と喧嘩をふっかけようとしている公爵夫人御一行。
後者はともかく、前者は誰も察しようが無い。
知る由も無いのだ。
理不尽な状況に、
「泣いちゃうかも…」
「ああっ、ギン…ッいや藍殿!?」
思わず、銀次もその場で崩折れた。
心もへし折れたかもしれない。
「おやおや、これは…何事じゃろうか?」
「………なぁ、あれ大丈夫なのか?」
呆然としたメリッサ。
その背後からやって来た2人組の、麗しい夫人方が困惑のままに言葉を重ねる。
振り返った時、彼女には見えた。
マスクメロンが。
いや、間違った。
小玉のスイカだ。
———………敵ですわ!
直感的にそう思った。
って、そういうことじゃなく。
デコルテのドレスから、溢れんばかりの胸。
赤い髪を結い上げた、おおよそ令嬢とは言えない体格の女性だった。
隣には全体的に真っ白で、優美で女神か天使の彫刻かと間違うほどの美貌の女性も立っていた。
それが、『異世界クラス』の護衛役のローガンと、医療担当責任者のラピスであることをメリッサは知らない。
だが、たわわに実り、歩く度にふるんふるんと揺れている胸に目が釘付けにされていた。
ライリーは直視出来ずに早々に目を背けていたが。
敵である。
直感したメリッサは悪くない。
彼女の寸胴なぼでぃらいんに対して、ローガンのグラマラスなボディラインは明らかに宣戦布告。
よかろう、ならば戦争だ。
彼女の脳裏には、そんな言葉が渋い声で過った。
ちなみに、ラピスは論外。
同じ、まな板である。
この時ラピスは何が何やら知らないまでも、イラっとしたらしい。
そんな視線に気付いてか否か。
背筋を悪寒に粟立てながらも、ローガンが騒ぎの中心を見据えて小首を傾げた。
「あいつ………こんなところでも、災難に見舞われていないか?」
「あれは、災難というよりも人災じゃろうがな。
おほほほほほっ」
かたや、ローガンは呆れて。
逆にラピスは開き直ったかのように、コロコロと笑っていた。
笑い事じゃ無い気がする。
メリッサも、隣で聞いていたライリーも同じことを思っていた。
「まぁまぁ、ヴィオラったら…」
その背後には、何故かお妃様がいた。
メリッサもライリーもこれにはあんぐりと口を開けて固まる他無い。
来賓席から動いたことを見たことが無いお妃様だ。
むしろ、こういった席では動かずに挨拶を待っているのが普通である。
それが、生後半年強の赤ん坊を連れて、彼女達のテーブルの側まで来ているのはいっそ異常なことだった。
よくよく見れば、スコーンのカスが口元についていた。
どうやら食事をしていたらしい。
しかも、ちゃっかりラピスとローガンを隠れ蓑に
お茶目なお妃様である。
気付いてはいけないことだ。
メリッサは、咄嗟に見なかったことにして視線を逸らした。
そして、お妃様には気付かなかったふりをした。
きっと、それが正解だと信じて。
悟ったともいう。
ライリーは白目を剥いている。
公爵令息としては、一番令嬢達に見せてはいけない顔だろう。
「(哀れなライリー…)」
メリッサはそっと、彼の目を閉じさせた。
手遅れだったとしても、だ。
そして、
「(なんだか、わたくし………今なら、なんでも許せるような気がしますわ)」
諸々の一件のせいで、すっかり毒気が抜けてしまった。
というよりも、巻き込まれた様子の彼女に同情しか浮かばない。
良くも悪くも、母は直情型。
そして、あらゆる意味での台風の目である巻き込み体質であることは承知の上。
悟りの境地だ。
視線で同情を投げかける。
その先で、藍は三番目の兄である唐変木に抱えられて、2度目の退避。
逃避行だ。
つまり、テラスへと逃げただけだ。
まぁ、そのうち、連れ戻されるだろう。
母からは逃げられない。
だって、父だってかなわないんだもの。
胸の奥で、独白。
メリッサは正しい判断をした。
そうして、巻き込まれることを回避する。
静かに、だがなんとなく合掌をして彼らの後ろ姿を見送っていた。
先程までの剣呑な視線は、どこにも無かった。
***
一体、あれはなんの冗談だろうか。
「勝負って何?
おかしくね?あれ、これ俺がおかしいの?」
「………お、落ち着いてくれ、ギンジ」
その瞬間、ゲイルの懐にフックが突き刺さる。
窓の向こう側には見えない位置での強烈な一打である。
一瞬、意識が飛んだ。
後のゲイル談である。
「………銀次じゃねぇよ、藍だ」
「………すまん、俺も混乱しているようだ」
平気で意識を刈り取るような拳を見舞った悪友を横目に、ゲイルが溜息を吐く。
その足元では、びったんびったんとのたうちまわる黒髪イケメン。
すなわち、ハル。
笑い転げている。
失神寸前だ。
のたうちまわる度にテラスの床にぶつかるアクセサリーがうるさい。
「ぶはっ、げほっげほっ!
ひぃーーーーッお前らの母ちゃん、マジで面白ぇえ!!」
「やめろ、窓から聞こえる」
「声を抑えてくれ、頼むから」
「ぐほっ!」
そして、2人同時に踏んだ。
つくづくドレスを着ていて良かった。
ふんわりと広がった大ぶりな生地とレースは隠れ蓑には丁度良い。
おかげで、今の暴挙も背後に見えることは無いだろう。
踏まれたハルは、違う意味で悶絶していた。
「出るどころか潰れる…!」と、のたうちまわっている。
よほどのダメージだったようだ。
そういや、ここにいるのは怪力ばっかり。
すまんね。
忘れてた。
とはいえ、だ。
先ほどのハルの言葉には、オレも納得。
「お前の母ちゃん、すごいな。
あの空気、気付いてねぇどころか、ぶっ飛ばしたぞ?」
「………うん、まぁ、否定は出来ん」
ゲイルも概ね、承知していたようで。
若干、げっそり。
遠い目をしていた。
聞いた話、ヴィオラ公爵夫人もまぁまぁ、武芸を収めているとか。
ラングスタとは、轡を並べたこともある女丈夫とのこと。
なるほど。
だから、あのプロポーションな訳だ。
45歳を超えているとは思えなかった。
細いは細いが、病的では無い。
定期的に鍛えている女性の体。
ラピス達からの絶対零度が怖かったのでそこまで観察出来なかったけどね。
まぁ、それはどうでも良いけど。
「実際、良いのか悪いのか判断に迷うなぁ…」
「それは、確かに…」
「そもそも、勝負事って何を持って判定するつもりでいるんだかねぇ…」
痛みから回復したらしいハルが、熟考する。
顎に当てた指を、パチリ。
「決闘か」
「クーデターとどっちが血なまぐさいかねぇ」
「そ、そんな…」
ゲイルが絶句。
オレとしては、どっちもどっちと思うがね。
本当にどんな勝負になるんだか。
泣きそうになっちゃったんで、話半分しか聞いてなかったんだよ。
迂闊だった。
って、話が逸れたけど。
「会場の様子は、どんなもんだ?」
「………正直言って混乱してる…と思う」
「オレらもな…」
「うちの母が面目ない」
「とはいえ、殺気立ってた空気は、若干薄れてはいるな…」
「………オレらの緊張感もな」
「重ね重ねすまない」
ゲイルの脇腹に、2度目のフックが突き立った。
「テメェは、いちいち反応するな」
「オメェも、いちいち茶々入れんな」
そして、オレは脛を蹴られた。
地味に痛い。
2人で俯いて、反省中。
「………首謀者はどの貴族家か分かってんのか?」
涙目ながらハルを睨む。
その顔が、ふと真面目になった。
「………あ、その顔良い。REC」
「茶々云々はどこ行った?」
今度は、オレのつま先がハルの鳩尾を突き刺した。
仲良く、3人で痛みに悶える。
RECってなんだよ?
馬鹿を考えてねぇで、真面目にやろうぜ。
「首謀者は分かってねぇな」
「………例の薔薇の君とやらは?」
「要注意で見てはいるが、………正直あれが最大戦力で、切り札だと思うんだが」
「同感だな。
顔を合わせた感覚で言うと、………確かにあのオーラは、吸血鬼だ」
「………。」
つまり、貴族家に囲まれて顔を合わせたあの男が、ゲイルの叔父ってことになるか。
先ほど戻った時は、ホールの真ん中あたりにいたな。
時間が短かったんで、あんまり観察は出来なかった。
うん、ゲイルのお母さんがぶっ飛び過ぎててそれどころじゃなかった。
斯く言うゲイルは、黙り込んでいるまでも。
「………あの薔薇の麗人にくっ付いて回ってる貴族の坊々がいる。
おそらく、そいつが手綱を引いている可能性は高い」
となると、その坊々の家が、首魁になるのか?
「ただし、ヴァルトに聞いたら、見た限りでは見覚えがねぇらしい。
まぁ、ヴァルトもブランクがあるんだが…それでも、顔と名前の把握は警備担当にとっちゃ必須事項だからなぁ」
「兄の記憶力は高い方だ。
見覚えが無いとなると、遠縁の令息を連れ出したか…」
「ん?でも、ダドルアード王国には所領地はねぇんだろ?
遠縁って言っても、社交界に出たことぐらいはあるんじゃねぇの?」
「お前らと同じ理由が考えられる」
「ああデビュタントしてなかった令息ってことか?」
「………見た限り、年齢はそれなりに上だったと思うぞ?」
だとすると、可笑しいな。
この世界での成人は15歳。
ただし、デビュタントは10歳程度から可能だ。
年齢的に10歳以下なら顔に見覚えが無いのも頷ける。
とはいえ、例の子息は10歳〜15歳前後では無い印象だ。
聞いたら、身長はでかく無いにしても、20代前後。
そりゃ、相当だな。
もしくは、デビュタントすら出来ない家格の令息ってことになるか。
準男爵とか、男爵、子爵家は、次男三男をデビュタントさせないこともある。
今回が、そのデビュタントに重なったか。
思考に行き詰まって、全員が空を仰いだ。
デジャヴュ。
さっきも、似たようなことした気がする。
溜息が漏れ出しそうだ。
幸せが逃げてばっかりだろうな。
その時だった。
背後の窓が開け放たれた。
「………流石に、これ以上はお待ち出来ませんことよ?」
ギクゥ!!とオレとゲイルの肩が跳ねた。
窓を開け放ったの勿論、ヴィオラ公爵夫人。
その背後には、ゾーイティファニー、スカーレット、シェリルも付き従っている。
あら、大変。
逃げ道が無い。
ここ、テラスだもの。
ハルは早々に逃げたらしい。
隠密で。
………オレもそんな逃げ道が欲しい。
「………母上、まさか本気でいらっしゃるのですか?」
ゲイルが、辟易とした様子で問いかける。
オレはそんな彼に背を抱かれながら、椅子を立ち上がる。
ヴィオラ公爵夫人の背後で、ヴィッキーさんが申し訳なさげに手を合わせているのが見えた。
………苦労されてますね、兄妹姉弟。
「本気も何も、仕方ありませんこと?
あなたは再来月には36歳になるのですから…!」
「だからといって、オレの伴侶を決めるのが母上である必要もなければ、このような場所である必要も無いでしょうに」
正論を叩きつけたゲイルに、ヴィオラ公爵夫人が不貞腐れたように口を尖らせた。
年相応には見えない仕草に、苦笑をこぼしてしまう。
そんなオレに、令嬢方の嫉妬と殺気が突き刺さる。
ああ、怖い。
「だって、あなたが家に帰ってこないのだもの!
家に寄り付かない以上、こう言った逃げ道の無い席でどうにかするしか方法が無かったのですよ!
母の心労を少しは、理解しなさいな!」
「では、………兄が身を固めるまではオレも結婚しません」
「あら、ヴィンセントさんは、既に決まったお相手がいらっしゃるそうよ?」
「…あっ!」
………ひえっ!
こいつ墓穴掘りやがった!
そういえば、である。
ヴィンセントことヴィズは、例の南端砦襲撃の際に人魚のアリアナさんと知り合っていた。
相談に乗った話だと完全に逃げ道が無かったと思う。
もう既にアリアナさんの中では夫婦になっているようで。
しかも、人魚の国のお姫様だったおかげで、ヴィズも今更逃げられないなんて話。
人魚達から総スカン食らうだろうしね。
今じゃ、子どもが欲しいって、絞ってくるって。
あら、羨ましい。
まぁ、満更では無さそうだから、助けなかったけど。
(※その際の目の下の隈は見なかったふり)
「そ、それなら、ヴァルと兄さんだって…!」
「同じく、だそうよ?
お相手のことは話してくださらなかったけど…あれは、確実にいらっしゃるわね」
「ぐぅ…ッ!」
ああ〜〜……。
………ゲイルは知らなかったもんなぁ。
うん、オレとしては知ってたから申し訳ない。
実は、ヴァルトもお相手が出来ました。
出来ました、という通り、最近のことであるが。
ハルが騒いでいないあたり、押して察しろって話です。
うん。
オレからは、言わない。
じゃないと、オレの肌がチキンになるから。
「だ、だったら、姉様は!?」
と、ゲイルが焦燥交じりにヴィッキーさんを見れば、案の定。
にっこり笑った彼女。
胸元に持ってきた左手の薬指には、銀色に光る婚約指輪。
ちなみに、アーモンド型にカットされたアクアマリンが嵌め込まれている。
お値段、相当額と見た。
と言う訳で、パトロン兼商売人仲間といつぞやに婚約したらしい。
なんか、直感だったそうです。
この間別の街から来たばかりだった年下の好青年みたいよ?
さっき、地味にお肌やら健康教室開いた時に聞きました。
これまた苦笑。
ゲイルからは、隠れて睨みつけられた。
うん、これは素直にゴメン。
話の共有出来てなかったのは、例のラングスタの衝撃告白が重なったせいでもあるが。
そこで、ヴィオラ公爵夫人の扇子が手に叩きつけられた。
痛そうな音が響く。
「つまり、お相手が未だに決まっていないのは、あなただけということです!
これからウィンチェスター公爵家を継ぐというのに、恥ずかしいとは思いませんこと!?」
「………くそっ、完全に外堀が埋められたぞ」
ゲイルが、口汚く吐き捨てた。
そしてそれを聞きとがめたヴィオラ公爵夫人の目がつり上がる。
………墓穴掘って外堀埋められた挙句に自爆までしやがったなコイツ。
「あらあら、まぁまぁ!
なんて口の汚い!そんな躾をした覚えはありませんことよ?」
「さぁさぁ、いらっしゃい!」「オレの意思は!?」「今は関係ありません!観念なさい!」と、いう心温まらないコントの後、ゲイルはあっという間に畳まれた。
賞品扱いよろしく、テラスから引きずられていく。
残されたオレを迎えてくれたのは、ヴィッキーさんであった。
「ごめんなさいね。
お義母さまったら、言い出したら聞かないところがあるものだから…」
「いえ、大丈夫………それよりも、勝負って何をすれば?」
「ああ、多分、アイ様が考えているような物騒なことでは無いのは確かですの」
あ、その言葉にちょっと一安心。
殺伐としたらどうしようかと。
背筋がぞわぞわしていたのもあるし。
今日は、一番弟子が背中に張り付いていないもんで。
………その一番弟子が未だに帰ってこないことも心配だが。
別の意味で、背筋を粟立たせながら後にするテラス。
足が重い。
出来ることなら、このまま脱走したい。
そうは考えていても、ゲイルのお願いを聞くと決めたあの時から既に逃げ道は無い。
会場内は、未だに異様な空気だった。
うん、やっぱり逃げたい。
ヴィッキーさんに手を引かれながら、逃げようかと踵を返しそうになる。
途端、突き立った殺意。
ゲイルからかと思ったが、違ったようだ。
横目で確認すれば、薔薇の麗人と称された黒髪赤目の青年と目が合った。
———………気づいているんだろう?
そう問いかけているかのような視線。
殺意がたっぷりと塗り固められていた。
これはこれで、堪える。
濃密な殺気。
とっととクーデターを起こして貰わないと破裂しそうな程の。
何が悲しくて、こんなにもチクチクと痛い視線を受け続けなければならないのやら。
ゲイル程ではなくとも、辟易としてしまった。
***
連れ戻された銀次。
ヴィッキーに手を引かれ、どこか青い顔をしている。
対して、ヴィオラ公爵夫人に引きずられるようにして戻って来たゲイル。
こちらは、隠すことも無い憮然とした表情だ。
それを遠目に眺めたラピスとローガンは、会場内を見渡すとそれぞれ大仰に溜息を零した。
会場の雰囲気には、とっくの昔に気付いている。
しかし、気付いた素ぶりは見せることが出来ない。
おそらく、マークされているのはアイやゲイル、生徒達。
ヴィズやヴァルト、ヴィッキーも同じのようだ。
それとなく、のつもりだろう。
貴族家が、彼らの周りをちょろちょろと囲んでいる。
下手くそな上に、対して包囲も出来ていない。
生徒達も労せず囲いを抜け出したり、あるいは逆に追い払ってみたりしているようだ。
ヴィズは孤軍奮闘しているせいか、逃げ出すまでは出来ていない。
とはいえ、囲まれるのは避けているようだ。
位置取りが上手い。
ヴァルトは簡単に抜け出していた。
ヴィッキーも同じ。
お粗末過ぎてもはや笑い事である。
彼女達も関係者ではあるまでも。
今現在、表立って貴族家から囲まれている訳では無い。
おそらく、位置が位置だからだろう。
彼女達がいるのは、王家の貴賓席側だ。
うろちょろするには、家柄や身分が必要になる。
つまり、難しい。
やはり、お粗末。
もうちょっと、高い家格の貴族家を囲い込んでいるかと思っていたのに。
だが、その分、彼らの隠し球が厄介だと予想していた。
魔法具と、一輪の薔薇を胸に差した黒髪の青年である。
面影は、ゲイルに重なる。
ただ、やはり何処と無く違う。
遠縁である、というのは確信していた。
だからこそ、アイや生徒達の手前、どうしたものかと悩んでいる。
溜息も漏れ出ようものだ。
「…あら、何か悩み事ですの?」
「いやいや、お気になさらずともよかろうや…」
「え、ええ…」
彼女達の中心。
そこから、呑気な声がする。
この王国で、2番目に偉い女性。
ウィリアムス国王の第一夫人であるジャスミン王妃。
未だに頬張っているのは先ほど食べ始めたスコーンだ。
アプリコットジャムとの相性抜群な甘過ぎない王城のスコーンに、彼女はメロメロだとのこと。
授乳中だったなそういえば、とラピスは思った。
とにかく、この時期はお腹が空いて、太らないようにするのが大変なのだ。
斯く言う彼女達も、ご相伴に預かった。
確かにアプリコットジャムとスコーンの相性は抜群だった。
美味しかった。
いつもは食べない2個目にまで手を出してしまっている。
とはいえ、王妃の食欲は異常だ。
既に片手の数を超えている。
たまたま近くにいて目撃してしまった令息が白目を剥いてしまっている。
来賓の貴族家から見えないように壁になっているのは正解だったかもしれない。
普通に食事をする分には構わないだろう。
ただし、ここまで暴食している姿は、流石に来賓には見せられない姿だ。
噂になっても困る。
壁になっていて心底良かった。
ラピスは再度溜息を零した。
無論、安堵である。
ちなみにローガンは、既に吐き気を堪えるのに必死だった。
「それにしても…」
両手の数に達したスコーンに噛り付いた後。
王妃が、こそりと呟いた。
視線は、テラスから戻って来た銀次へと向けられていた。
「わたくしは初めて拝見させていただいたのだけれど、本当に違和の無いご令嬢のようだわ」
小声のそれに、苦笑を零す。
「あれでも『予言の騎士』としての領分に携われば、少しはマシになるのですがのう」
少し視線を横目に流してみる。
ヴィッキーという女性に手を引かれながらも、それでもやはり見劣りしない美少女。
今の銀次は、確かに綺麗だ。
ほんの二ヶ月前の痩せ衰えた彼女が今の銀次を見れば、きっと打ちひしがれただろう。
年にも老いにも、病魔にだって到底勝てなかった。
まぁ、今はそんな「たられば」は、どうでも良いのだが。
「ああ、ご気分を害したなら、ごめんなさい?
陛下からお聞きしていた人物像と、どうしても齟齬があるものだから…」
「そうでしょうや。
本来なら、あのようにしおらしくしている性分ではありませぬ故に」
「なら、本来なもっと活発でいらっしゃるのかしら?」
「活発というか、………豪胆?」
「………獰猛の間違いかもしれんぞ?」
ローガンは、そう言ったきり視線を明後日の方向へ。
吐き気が酷いようだ。
ちょっとした体調不良も続いている。
今回の参加も見送ろうとしていたぐらいである。
だが、何を隠そう銀次からの要請だ。
曰く「牽制も含めて、ラピスとローガンを嫁だと自慢したい」ということらしい。
本人が参加しないのだから、意味が無さそうなもの。
それでも、頼まれてしまっては受けざるを得ない。
それに、銀次からの要請とは別。
王家、というか国王陛下からお願いされていることもあった。
それが、今の王妃とのお相手。
なんとこのジャスミン王妃、実は26歳。
今年45歳を数えるウィリアムス国王に並ぶには、かなりの若年である。
それもその筈。
一昨年に婚姻を結んだばかりなのだ。
正妻であった前王妃猊下が亡くなって、早10年。
王家の血を少しでも多く引き継ぐ為に、正妻とは言わず側室を持つよう貴族家から突き上げられたいたらしい。
その折に、行儀見習いで王宮へ出て来ていた侯爵家の4女・ジャスミンをウィリアムス国王陛下が直々に召し上げた。
言わずとも分かるだろう。
恋愛結婚だ。
王家には、かなり珍しく難しいものだった。
ただ、家格的には全く問題が無く、本人も乗り気だった。
ついでに、その前後での戦役での功績もあり、彼女の元の家であるフレミングスは公爵家へと格上げとなっている。
何を隠そう、現在の騎士団副団長の地位にいるのが、彼女の父親である。
つまり、間接的ではあるがゲイルの補佐。
国王陛下の溺愛ぶりは、凄まじいとのことだ。
まぁ、その話は一旦横へ。
何故、国王陛下からの要請が、ラピスにあったかということである。
実は、ジャスミンの産褥期が長かったのだ。
出産してから今まで、ずっと出血が止まらない。
つまり、出産から6ヶ月強もの間、出血していた。
産後の肥立ちが悪くて亡くなるというのは、この世界ではよくある話。
国王陛下は、手を尽くした。
由緒正しい貴族家から下町の医者まで片っ端から王宮へと招いた。
しかし、ほとんどの医者は、出産などの知識には詳しくはなく経験が圧倒的に少ない。
出産・育児に関しては、医者は呼ばれることの方が少ない。
産婆などに頼んだ方が、よっぽど安上がりだからだ。
王妃は、先にも言った通り若年だ。
そして、ここ10年、王家に子どもが生まれてはいなかった。
抱えていた産婆は解雇され、10年前にお産に関わった医者や侍女達も同じく辞めていた。
高齢だったことや戦役後の家族の状況などによって王宮を去っていた為、他にも財政が逼迫していた理由が挙げられる。
つまり、産後のケアに携われる人間が著しく不足していたのだ。
という訳で、どうしたものかと頭を抱えていたところ。
例の佐藤が出産した折の話が、噂話として国王陛下にも届いた次第である。
まぁ、ゲイルが漏らしたともいう。
未だに経過報告等での、国王への定期的な報告はしているらしい。
生死が関わったお産は、おそらく銀次とラピスがいなければ成功していなかっただろう。
そして、今現在の彼女達の現状につながっている。
ゲイル経由で、銀次へと要請があり、王妃の診察を直々に頼まれたのだ。
流石に、王妃を診られるのは女性のみ。
銀次が診る訳にもいかないのであれば、要請出来るのはラピスだけ。
アンジェでも良かったとはいえ、彼女は辞退した。
王妃と聞いて、顔を真っ青にしてしまったものだ。
銀次ともども、可哀想で辞めたという余談も含まれる。
こうして、彼女達は王妃と直々に話す機会が与えられている。
ラピスが王女殿下を抱いているのも、これが理由であった。
ジャスミン王妃の経過は、既に診終わっていた。
確かに産褥期が長引いているが、胎に若干残った胎盤からの出血だったようで取り除ければなんのことはない。
おかげで、王妃からの覚えは目出度い。
最初はラピスが魔族ということで怯えていた彼女だが、今では王女殿下を預けても平気なぐらいには彼女に懐いている。
その甲斐あってか、否か。
喜んでいいものか別ではあるが、貴族家からはやっかみの視線を受けている。
とはいえ、ラピスとローガンだ。
2人とも見目も良ければ、堂々たる姿勢は崩さない。
王妃を前にしても見劣りはしない。
それよりも、とラピスは腕の中の赤ん坊を見下ろす。
今現在は6ヶ月の王女殿下だ。
ようやっと寝返りが出来るか出来ないか、の時期だろう。
むちむちとした肉付きが良くなる時期でもある。
役得役得と、笑いながらあやしているラピスは赤ん坊が大好きである。
なので、銀次が苦手としているのが悲しいものだが。
相変わらずスコーンを咀嚼していた王妃が、感嘆の吐息をこぼした。
「やはり、慣れておられますのねぇ。
わたくし、未だに落としやしないか、恐々としているのですよ?」
「いやはや、錆びついておらぬか心配じゃったものですがのう。
最近赤ん坊を抱く機会が増えたもので、見栄えは十分でありましょう?」
「あら、それってもしかして王宮でも噂になってらっしゃる、件のお話ですの?」
「なに、そう大仰な話でもありませんや。
銀次が治療にあたり、私はお産に当たったまでのこと…」
そうこうしてラピスは佐藤の出産時の話を、誇張しない程度で話しておく。
勿論、銀次が赤ん坊の泣き声で気絶した件は封印である。
とはいえ、育児が初めての経験であるジャスミン王女。
やはり興味深い話なのか、聞き入っている様子だった。
それでも、スコーンの消費は止まらない。
ちなみに、ローガンは近くにあった椅子に座ってうとうとしていた。
最近、眠気もひどいらしい。
そうこうして、ほぼラピスだけで王妃と育児の話をしていた最中。
サロン内で、黄色い悲鳴が上がった。
流石に2人も会話を続けている場合ではなく、悲鳴の元を振り返る。
ローガンも起きた。
「なにごとかや?」
「あらあら、ヴィオラったら…」
彼女達の視線の先。
そこには、哀れな生贄の姿があった。
腕を縛られたゲイルだ。
近くには、ジャスミン王妃の言葉通り、ヴィオラ侯爵夫人の姿があった。
どうやら、首謀者は彼女で間違いないようだ。
ゲイル本人は真っ青となっている。
この殺伐としたサロン内で、両腕を拘束されるなど死活問題だ。
ヴィオラ侯爵夫人が知らぬとはいえ、よほど息子を殺したいのだろうか。
先ほどの黄色い悲鳴は何も知らないであろうご令嬢達からだった。
事情がわかっている面々は、声なき悲鳴を押し殺していた。
そして、その眼前に立ち尽くしたアイ達をはじめとしたご令嬢方。
こっちも、嫌な予感がする。
「あれは止めなくてもよろしいのでしょうかや?」
「うーん…ヴィオラは、言い出したら聞かないところかありますので…」
そう言って、のほほんと困ったように笑う王妃。
その手には、しっかりと11個目を数えたスコーンがある。
はぁ、とこれまた隠す気もなくラピスが溜息。
ローガンは、頭が痛そうに眉間を揉みほぐした。
ぐぅ、と聞こえたのは彼女の嗚咽か呻き声だったか。
余談ではあるが、いつの間にか会場内に戻ってきていた国王陛下とラングスタが同じく頭を抱えていたらしい。
かたや、こんな時にと、そのタイミングの悪さに。
かたや、自分の嫁がなんてことを、と居た堪れなさに。
国一の武芸者にして唐変木である騎士団長をかけた女達の勝負。
参加者は、いずれも由緒ある高名な貴族家ご令嬢各位。
市井でありながらも王家の賓客扱いの子女(仮)も含まれていながらも。
当人達の予想や思惑を完全に外した形で、3番勝負が始まる時は刻一刻と近付いていた。
***
嫌になってくるよ、本当。
何がって、このタイミングの悪さね。
目の前に賞品よろしく、椅子に括り付けられて縛り上げられたゲイル。
その眼前に整列しているオレ達。
シュールなことこの上ない。
「ではでは、申し訳ありませんけども皆様には、ご静聴のほど」
元凶であるヴィオラ侯爵夫人はしたり顔。
ゲイルの真横に立ち、扇子で口元を隠しながらも嬉しげな様子だ。
「これより、我がウィンチェスター公爵家が第三子アビゲイルを懸けて、ここにお揃いいただきました4名のご令嬢方による三番勝負を執り行いたいと思いますわ!」
高らかな宣言の声。
それに、戸惑いの方が強いが、まばらな拍手が鳴り響いた。
当たり前の顔をしているのは、ゾーイティファニー達令嬢達だけ。
ハラハラとゲイルを見る。
その視線の先で、ゲイルは縄抜けを試みていた。
しかしながら、最初の段階での結びが固すぎて不可能なようだ。
残念だな。
そもそも、縄抜けは結ばれるまでの短い時間内で、どうにか結び目に隙間を作って置かなければならない。
それと、よほどの技量が無いと難しい。
本当にタイミングが悪い。
なにもこんな時に、三番勝負持ちかけてきた挙句に、ゲイルを縛り上げなくなって。
ゲイル、………死んだかな?
めちゃくちゃ、睨まれた。
誰にって、ゲイルだけど。
「三番勝負といっても、何も物騒なことはございませんの。
それぞれのご令嬢方の得意分野、ピアノ、歌、ダンスの3つを競ってくださいな」
3人が三者三様に、口角を持ち上げた。
それを横目で捉えながら、オレは既に心底げっそりとするしかない。
三番勝負の内容に関して、既に負けが確定しているようなもの。
ピアノは無理だ、捨てた方が良い。
だって、両手が使えないんじゃ、メロディは弾けても伴奏は無理。
歌に関しては微妙なところ。
オレが知っているのは現代でのロックやポップス、洋楽がメイン。
こちらの世界で伝わる歌劇に関する曲なんて1つも知らない。
ダンスはなんとかなるだろうが、勝負となればこれまた微妙。
曲もステップも合わせては来たが、どこまで通用するか。
そもそも、その道のプロと言えるまでの腕前があるからこその三番勝負では無いのだろうか。
というか、そうでないと可笑しい。
多分、すべての分野において勝ちを拾われて、こっちは完敗する。
それぐらいのストーリーを狙っているのではないだろうか。
完敗したオレを嘲笑って、あわよくば蹴落としたい。
ヴィオラ侯爵夫人からの覚えを悪くして、婚約解消まで漕ぎ付けたい。
それぐらいは、ご令嬢方かその両親達が考えそうな話である。
回避する方法は、ただ1つ。
「(テメェ、国王。どうにかしやがれよ!?)」
殺気と共に念話を飛ばす。
オレの視線の先で肩をビクつかせた国王陛下が振り返った。
しかし、
「(………申し訳ございません)」
その答えは、まさかまさかの拒否。
片眉だけを上げてみせると、恐々とした国王陛下。
念話が乱れて途絶えたので、その隣にいたらしいラングスタが溜息混じりに交代した。
なんと、親衛隊の1人に化けていやがった。
………そりゃ、魔法具で姿が変わっていたからわからんよ。
「(ヴィオラは、言い出したら聞かんのです。
ジャスミン王妃ならばまだしも、実を言うと………)」
「(………ヴィオラは、私の従姉妹にあたりまして………)」
「おっふ」
そして、知った驚愕の事実。
その場で、吹き出してしまったのは悪くない。
「あら、どうなさったの?」
「………いえ、なんでも…」
怪訝そうなヴィオラ侯爵夫人や、令嬢方の視線が突き刺さる。
ぐふぅ。
地味に、ダメージがデカイ。
思わず、口元を覆っていた手が震える。
回避手段が、最初から存在していないだと…ッ!?
クソが…!
(※後から聞いたら、国王陛下の子供の頃の黒歴史系はほとんど抑えられているらしい。ぅわヴィオラさんっょぃ)
これまた、ハルが頭上で笑い転げている姿が目に浮かぶ。
(※実際はのたうちまわっていたそうだが)
「お義母様!?
さっきも言ったけれど、アイ様は病み上がりでいらっしゃるのよ!?」
ありがたいことに、ヴィッキーさんからの援護射撃が入る。
オレが真っ青な顔をしているのは、見え見えだったようだ。
「けれど、けれど!!
だって、この会場にアビィを含めてご令嬢達がこうして集まるのもきっと最後のことですのよ!?
白黒はっきりしておかなくては…!!」
「白黒なら、ゲイルが既につけているのでは?」
そこで、更にヴィッキーさんの援護に回るのはヴィズ。
野次馬をすり抜けてやってきてくれたようだ。
————………時期を見て、ゲイルを解放する。それまで、生徒様方とご一緒に。
耳元で落としこまれる言葉。
それと同時に、オレの手を取って、囲いの外へと案内しようとしてくれるまでも、
「そ、それでは、こうして集まっていただいたご令嬢達に面目が立たないわ!!」
ヴィオラ侯爵夫人は、全く聞く耳が無い。
頑なになっているのは、おそらくご令嬢方と交わしてしまった面倒な約束事だと思うんだが。
母親が出張るから、面倒なことになるんだけどねぇ。
「私達も、面目が立ちませんことよ?
こんな茶番を、ギンジ様の妹君に押し付けたなんて口が裂けても言えませんわ」
「アイ殿をゲイルに貸し出していただくだけでも、ギンジ殿にどれだけ頭を下げたことか」
ヴィッキーさんとヴィズの冷静な反論を重ねた。
そうそう。
お兄様が許しませんってね。
………ところで、おい、ヴィズ。
テメェ、オレの兄貴像、勝手に捏造してんじゃねぇ。
「いいえ!今回ばかりは、アビィも悪いわ!
アイ様を紹介してもらえる前に、婚約まで申し込んでいるなんて!
知っていましたら、こんな場所でこんな勝負事だなんて物騒なことしませんでしたのに…!」
「では、今からでも辞退めされよ。
これ以上は、アイ様のお体にお障りがあるかもしれない」
そう言って、ヴィズがオレの背を押して促した。
オレはされるがままに、ヴィズのエスコートを受ける。
「いけませんッ!いくら、ヴィンセントさんでも、今回のことは譲れませんの!」
「譲る譲らないの問題では無いのです。
アイ様が今まで、臥せっていたことは既にお話されたでしょう?」
なんというか、本当に頑固。
ラングスタも相当だったが、夫人も凄いとは。
疲れるなぁ。
ヴィズに手を引かれている今でも既に崩折れそう。
横目で、野次馬を確認する。
例の薔薇の麗人は遠い場所で、令嬢達に囲まれている。
ただ、何度か見た貴族家が近い位置にちらほら。
………これは、ちょっと囲いを抜け出せそうに無い。
遅かった。
文字通り、いろんな意味で外堀が埋められていたようだ。
ハラハラした表情の国王陛下達も、今は遠い。
さっきは、目が合う距離にいたのに、いつの間にか退避してしまっていた。
まぁ、向こうは仕方ない。
だって、国王陛下だもの。
………とはいえ、生徒達まで遠巻きってどういうこと?
そして、ヴァルトが彼らの近くで、合掌しているのまで見えてげんなりした。
あとで、ハルともども覚えていやがれ。
「んふふふふふ!逃げられないようね!
さぁさぁ、時間は有限!さっさと始めてしまいましょう?」
「ですから、こんなことをしてアイ様に何かあったらどうするのです…!」
「母上、いい加減にしてください」
背後でヴィッキーさんとゲイルがなんとかまだ抵抗していた。
しかし、抵抗むなしく、やはりヴィオラ侯爵夫人は聞く耳を持っていないようだ。
二重の意味で、溜息が止まらない。
「この婚約、なかったことにしてよろしいかしら?」
「………義母様の前で、言えるか?」
「………今は、無理かも〜…」
つい、素の口調で、本音が滑り出した。
***
アイちゃんの受難は続きます。
今回は消えたソフィアがどこにいったのか、あるいはどうするつもりなのかを書くだけで結構頭を悩ませてしまいました。
スランプというよりは、ブランクが長すぎてどう書けば良いのか手探り状態という感じです。
読みづらいとは思いますが、ご寛恕願いします。
誤字脱字乱文等失礼いたします。