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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、デビュタント編
174/179

166時間目 「課外授業〜不条理を叫ぶ」

2018年11月15日初投稿。


長らくお待たせいたしました。

続編を投稿させていただきます。


166話目

肩慣らしも含めて、ちょっと短めですのでご了承ください。


 ***




  未だに、このダドルアード王国の気候や天気には慣れないかもしれない。

  まだ、4月だというのに、汗ばみ始める程の外気温。


  文明の利器もないこの世界。窓を開けただけでは、温い空気は部屋に留まったまま停滞し、額や首筋に汗を滴らせる。


  違う意味で、背筋に汗を流しながら。


  逃げることは出来ないと、その扉をノックした。


「…どうだ?気分は…」

「(…お気になさらず。

  体調が悪いわけではありませんので…)」


  オレの問いかけに、帰ってきた精神感応テレパス。声音というものではないまでも、固いと感じたのは気のせいではないだろう。


  部屋の奥、窓からの光が届かない位置。少し暗い、ベッドの上に上半身を起こしているのは間宮。

  暗がりの中でも分かる顔色は、未だに青い。


  そんな彼を、少し目を諌めながらベッド脇の椅子に腰掛けた。


  構えている、と感じるのはやはり早合点ではなさそうだ。

  先程の声音も踏まえて、少しばかり俺と話したくない、理由が出来上がってしまったらしい。


  2日前のことだ。間宮が悪魔に取り憑かれ、そうしてオレへと斬り掛かり殺し合いを演じたのは、たった2日前。

  悪魔騒動が始まってから、その終幕まで。

  いや、終幕にはまだ程遠いのかもしれない。


  というのは、顛末やその被害の実態が騎士団の調査で明らかになって来たからである。


  まずは、被害。

  スラム街や街中の浮浪児が4名、儀式の生贄として犠牲になった。

  二次災害的なものならば街中にばら撒かれた硫黄による体調不良が報告されているが、それ以上の被害は報告されていない。


  次に小堺の行方、またその後。


  やはりというかなんというか、小堺とみられる死体が城壁に近いスラムで発見されている。

  だが、詳しいことが分かっていないのが、実のところの現状である。


  なにせ、発見された死体が、見る影もなく破損していた為だ。

  かろうじて、衣服や骨格、残っていた無事な部位を含めて少女らしき死体とは判明したが、この世界に個人を特定出来る捜査方法はほぼ無い。


  おそらく、上空から放り落とされた形になったことは予測できる。


  そして、このような形で発見されたということは、悪魔が小堺の体を捨てて、別の体へと乗り移ったのだろう。

  つまり、まんまと逃げられたのだ。


  その件に関しては、関わった全員が忸怩たる思いを抱かざるを得ず。


  更に言えば、小堺同様、操られる事態へと陥った間宮は、それ以上に慚愧に耐えないらしい。


  今も、俺の足元に土下座をしている姿を見れば、分かる通りだった。

  いつのまに、なんてことをいうのは間宮には野暮。

  こいつの行動が唐突なのはいつも通り。


  その行動を止めようとしない、頑固さもである。


  どうしたものか、と溜息を禁じ得ない。


  オレが追想がてら彼に顛末を話していた時から、すでに彼はこの状態。

  責めているつもりはない。つもりはなかったが、責めているように聞こえてしまうのは彼が当事者だったからでもあるだろう。


「間宮、俺は怒ってる訳じゃない」

「(しかし、今回の件で一番、被害を被られたのは…)」

「今回の件で被害を被ったのはオレだけじゃなく、スラムや騎士団も一緒だ」

「(それでも、オレが師であるあなたへと、心労をかけたのは本当のことです)」


  言っても、この調子。


  彼の中では、消化しきれない失敗だったことだろう。

  俺としてはこの程度のことなら、吐き捨てただけでは足りないだけ今は亡き師匠相手にやってきただろうが。

  考えると気持ち悪くなってくるので、この話はさっさと終わりにしておいて。


  今はともかく、間宮のこと。

  彼の精神面メンタルと、その他諸々の解消だ。


「それを言うなら、俺はテメェに土下座しても足りないだろう?」

「(…なんの話でしょう?)」


  誤魔化したか、あるいは本当に気付いていないか。

  間宮は、土下座をしたまま顔はあげずに、念話を飛ばしてきた。

  それに対して、オレは苦笑をこぼす。


  今から言う言葉は、この2日間でオレを苛ませている最も1番の問題であるからして。


「オレは、お前を殺そうとしたぞ?」




 ***




  その日は、曇り空にかかわらず、体感温度は20度を超えていただろう。

  CO2の問題や温暖化現象が身近にあった現代人にとってすら、暑すぎるとも言える4月のダドルアード王国の気候。


  時刻は、午前8時。

  商売人たちが活気付いた声を発し、客寄せを始める時間帯。


  ダドルアード王国の東西に存在する、唯一城壁を抜けられる通用門。

  通称・東門と呼ばれるその場所に、旅装や騎士服の一団が見受けられた。


 かたや、沈痛な面持ちで、沈み。

  かたや、その形相を憤怒に、睨み合うかのような形で対峙している。


  偽物と称された『予言の騎士』一行である泉谷一行の、実質的な放逐だった。


  苦々しいとしか形容出来ない、惨劇の翌日のこと。

  すでに、この件では騎士団どころか、王国すらも匙を投げざるを得なかった。


  なにせ、儀式の中心となった生徒が、よりにもよって悪魔を宿した状態で国内へと来訪していたのだから。

  しかも、その悪魔が宿った経緯というのも、いくら唆されたとはいえ彼らが実質『墓』を荒らしたことで悪魔を解放してしまった故。

  実質的な被害を考えても、完全に彼ら一行が悪い。


  とはいえ、彼らは既に、本日をもってダドルアード王国を出国する予定になっていた。

  これは、数日ぐらい前から、決まっていたことだ。

  拘束したところで、メリットが無く、ついでに彼らを擁立した筈の新生ダーク・ウォール王国とはあろうことか音信不通。

  こんな状況では、責任問題も追求できないのが、現状である。


  つまり、無罪放免。

  甚だ遺憾ではあるが、表向きには儀式に関わった小堺は、泉谷一行とは一切無関係として、即座に国外退去と相成った。


  見送りという名の強制連行を見届けに来たのは、オレと榊原、ついでにラピス。

  他の面々は、顔を合わせるのすら億劫と、校舎で留守番である。


 ………出来ることなら、オレもそうしていたかったよ。


  ついでに、本日一緒に来ているのが、間宮ではなく榊原である理由は至極簡単。

  昨夜の悪魔事件の未曾有の凶行何某の顛末で、間宮がダウン中であるからして、である。

  ちなみに、攫われて長時間、悪魔の発する瘴気に触れていたシャルも同じくダウン中だった。


  影響が残らないよう祈るしかない。


  と、話は逸れたまでも。


「お世話になりました。

 ………あと、ご迷惑も…」


  精神的に黙ったままの泉谷や、言語的に黙った面々の中。

  唯一、口を開いたのは毛利 志津佳ちゃんだけだった。


  いつもは、快活な様子の華月ちゃんすらも黙ってしまっている。

 他にも、こういう時に喋れはしそうな五行君までも。

  藤田や近藤といった問題児でも英語が喋れる組も、珍しく黙ったままだった。

  ただ、その表情から見るに、興味が無さそうな様子ではあったが。


  一部を除いて、ということにはなるのだろうが、仲間の死の重みは彼らの肩にそれなりにのし掛かっているようだ。


  志津佳ちゃんの、口頭だけの挨拶は刑事の娘としての矜持だろうか。

  それでも、空元気の部類に含まれるだろう。


  オレ達は、目線だけを合わせて頷くだけに留めた。

  最終的に、オレがトドメをさしたようなもの。

  どんな言葉を掛けたところで、白々しく感じられるだけだろう。


  そんな中、


「なぁ、アンタ………今回の件、どっからどこまで知ってたんだ?」


  相変わらすの剣呑な視線を向けて、オレに問いかけたのは虎徹君だった。

  予想は、していた。


  答える言葉に、少しばかり逡巡する。


  オレの答え云々によっては、行動に出るつもりがあるらしい。

  まぁ、ぶっちゃけて言えば、怖くもなんともない。

  面倒臭い対面があるので、遠慮したいだけ。


  その逡巡の間にも、虎徹君の質疑は重なった。


「例の魔物、あの時もアンタは魔物の情報を他の冒険者連中よりも知っていた。

  今回の件も、行動は早く探し出す速度も迅速だった。

 なにかしらの情報を、先に掴んで動き回っていたようにも見えたぞ」

「………こっちには、経験豊富な面子がいたんでね」


  さすが、兄妹揃って高校生探偵と呼ばれているだけある。

  洞察力は、見事なものだ。


  ちら、と他の面子の表情も伺ってみたが、総意のようだ。

  アンニュイな様子であっても、虎徹君を含めた探偵+刑事の娘である面々は、オレへと真意を求める視線を向けていた。


  肩をすくめつつ、目線をゲイルへ。


「先の魔物の件も今回の件に関しても、箝口令かんこうれいを敷いた筈だが?」

「その理由が、残念ながらさっぱりなんだよ。

 こっちは、仲間が一人死んでるっていうのに、その理由も原因も知らされないなんてことは、罷り通ることなのか?」

「機密事項に抵触するため、答えることは出来んと言ったはずだ」

「何故、機密事項なんだ?

 あんな危険な魔物や悪魔なんて、情報を規制する方が却って危険だろうが」

「………よほど、命がいらんのか?」


  ゲイルにしては珍しく、本当に珍しく脅し文句を口にした。

  普段、彼は行動の原理は、必要最低限の威圧に留めているのだが。


  まぁ、理由は分かるんだよ。

  遠回りだとしても、守ろうとしているのは変わりないから。


  ゲイルは、優しすぎるから。


「『予言の騎士』一行って肩書きの他に、他国の秘匿事項持ちになるとどうなるか分かる?」

「……っ、…それは…」


  答えに窮したのか。

  見るからに、先程までの饒舌さが無くなった虎徹君。


「聞き分けをよくしないと、死ぬかもしれないよ?

 今回の件だって、魔物の件だって、それこそ君達が巻き込んだ商隊の件だって、人死にが出てるんだ」

「…巡り巡って、オレ達が命を狙われないとも限らない?」

「そういうことだ」


  真相を聞けなくとも、この答えを聞いてどうするかは、虎徹君達次第だろうね。

  大方、ゲイルとしてはまともだと分かった彼らのことを、少しだけでも案じている。


  被害を出したとは言え、小堺のことも彼は心を痛めていた筈だ。

  藤田や田所、それこそ泉谷のことは、放っておきたい。

  だが、虎徹君達のことは、少なからず見所があるって感じて、お節介を焼きたかったらしい。


  口下手だから、通じてないけど。

  こいつ、演技派なんだからもうちょっと、言葉にも気をつけた方がいいと思うんだ。


「兄貴…」

「………華月」


  今ので、理解したのか否か。

  黙り込んだ虎徹君の背に、華月ちゃんが声をかける。


  そろそろ時間だ。

  護衛の魔導師達が、小声で泉谷を急かしているようだ。


「もう、止めよう?

  騎士団長さんも、黒鋼先生も、オレ達のことを思って言ってくれてるんだし…」

「…だからって、知らないままで良いって?」


  華月ちゃんの言葉に、少しばかり苛立ち紛れの声で返す虎徹君。


「オレは、中途半端は嫌なんだ…!」

「嫌でもなんでも…仕方ないじゃんか…」


  理解はしているが納得はしていない。

  虎徹君の言葉尻から、漏れ出た感情はオレ達だって記憶に無い訳では無い。


  そんな虎徹君に消え入りそうな声で、それでも華月ちゃんが呟く。


「………追求したって、小堺さんは戻ってこないよ…」


  死人は死人。

  戻ってこない。


  その当たり前の、不条理を。


  だが、その刹那。


「だからじゃねぇか!」


  虎徹君の目が、激昂で見開かれ、激情のままに吐き捨てる。

  怯えたように、華月ちゃんが一歩引き下がった。


  オレ達も、少しばかり息を呑む。


「死んじまったからじゃねぇか!

  小堺が死んじまったその理由を知ろうとしてんだろうが!」

「あ、兄貴…!」

「じゃなきゃ、オレ達はーーー…ッ」


  唐突に、言葉を詰まらせた虎徹君。

  そうして、激昂のままに吐き捨てた言葉を、震える声で続けた。


「………生き残って元の世界に戻った時、小堺の家族になんて伝えりゃ良いんだ…?」


  今度は、虎徹君が消え入りそうな声で呟く番だった。

  寂寥か、後悔か。


  黙ってオレ達のやりとりを聞いていた面々が、絶句する。

  泉谷も同様で彼らから一番遠い背後で、息を呑んだ。


  妹である華月ちゃんが、無言のままでその場で蹲った。

  嗚咽が聞こえた後は、志津佳ちゃんが駆け寄ってその背を撫でるのみ。


  オレだって、容易に言葉をかけることは出来なかった。


  ふと、その姿を見てか、徐にゲイルが動いた。


「少しばかり借りるぞ…」

「………おう」

「おい…っ、なにすんだ!」


  俯いた虎徹君の襟首を掴んだかと思えば、一瞬だけ抵抗しようとした彼の腕を瞬く間に封殺。

  そのまま、ずるずると虎徹君を路地裏へと引きずって行ってしまった。


  大方、説明をしに行ったのだろう。

  彼だけとはいえ、断片でも伝えておけば彼らの身内には伝わるだろうから。

  軽々しく、情報漏洩をする面々だとも思えない。


  だからこそ、ゲイルも動いた。


  今回の件は、両方の気持ちが分かる。

 分かってしまう。


  オレだって、生徒達の誰かが同じような末路を辿った時、同じように真相を問いただすだろう。

  手段は選ばないかもしれない。

  非合法活動をしていた時も、かりそめとはいえ仲間の死の理由を知らされなかったことは多々あった。


  そして、それはゲイルも同じ。


  なまじアイツは騎士団の団長としても、政治的な汚い部分に触れていながらも問いただせなかった年数が長い。

  最近、その楔から解き放たれた反動か、こうして度々騎士団長としての行動を逸脱してしまうことはあった。


  とはいえ、それは人間としては間違った感情ではない。


  だから、オレ達からは何も言えない。

  もちろん、双方ともに、だ。


  こうして、涙を零している彼女達に対しても、オレ達は何も言えない。

  だが、少しでも許されるなら。


「君のお兄さんが言っていることは至極当然の権利だ」


  オレの言葉に、蹲っていた華月ちゃんと志津佳ちゃんが視線を上げた。


「恥入ろうとはしなくて良い、謝るな。

  君のお兄さんの言葉は、誇るべきものだ」


  そう言えば、2人は少しの間呆けた。


  表情を青くしたかと思えば、赤くして。

  そうして、葛藤やら激情やらを織り交ぜて、今まで泣いていなかった志津佳ちゃんが鼻をすすり出したと同時、


「………ありがとう、ございます…ッ」


 華月ちゃんも掌で顔を覆い隠した。


  ぐもった嗚咽の声が聞こえる。

  相当、彼女達も追い込まれていたのだろう。


  本来なら、オレがでしゃばって良い領分ではない。

  泉谷がやるべき、領分。


  だが、その当の本人はそんな彼女達から目を逸らし、地面の石畳を見ているだけ。

  本当は、何も見ていないのかもしれないまでも。


  ゲイルからの説明を終えて、青い顔の虎徹くんが戻ってくるまで、嗚咽の声は途切れなかった。




 ***




「はい、そこでターン!」

「このステップから、どうやって!?」

「足をもたつかせるからだ」


 机をどかして広さを確保したダイニングに響くのは、ピアノとヴァイオリンの音色。

 ついでに、生徒達の悲痛な声。


「先生の辞書には、初心者への配慮って言葉は無いの!?」

「オレは、辞書を持ったことがねぇからな」

「揶揄だよ!?本気じゃねぇよ!?」


 なんて言っているのは意外にもリズム感がゼロだった榊原へであるが。


 何をしているかといえば、デビュタントへと向けたレッスン。

 うん、デビュタント。


 前々から言っていた通り、4月の末には王城でのパーティーへと参加予定。

 付け焼き刃だろうがなんだろうが、せめてダンスぐらいは覚えておいた方が良いという配慮である。


 だって、生徒達社交ダンスなんて、やった事ある奴が一人もいなかったもの。

 実は、間宮ですら触れたこともなかった。


 おかげで、全員に姿勢からステップまで教える羽目になったので、最近の校舎ではルーチンワーク以外、ほとんどをダンスレッスンに費やしている。

 監修は、勿論オレ。

 アンド社交界の花形と化していたらしいゲイルが加わっている。

 聞いた話じゃ、コイツと踊る為に行列が出来るとかなんとか。(※ガチな話で、部下連中からの情報提供だ)


 更に、補足やサポート要員として既にデビュタントを済ませているディランとルーチェが加わり、バックアップしている形。

 基礎的なステップは現代とほとんど変わらないのが有難いもので。

 おかげで、オレの監修だけで最初は乗り切れそうな勢いだった。


 それでも、イレギュラーや生演奏の演目の変更等を考慮して、3段階のステップを生徒達に叩き込んだ次第だ。

 その為の、補助要員が彼等だった訳。


 ちなみに、男子連中の衣装はゲイルとディラン、女子連中の衣装はルーチェが引き受けてくれた。

 やったな、お前等。

 礼服とドレスが無料でレンタル出来るなんて。

 現代でも滅多にないサービスだろう。


「そもそも、ダンスなんて覚えたとしても、踊らなかったら意味無いでしょ!?」

「お前、令嬢方からのダンスのお誘いを断るのが、どんだけ恥なのか知ってて言っているのか?」


 羞恥やらなにやらで真っ赤な顔をしている榊原の叫びに、数名の男子達が頷く。

 女子達は、それに対してちょっとだけ遠巻きに見ているだけだ。

 これは、男子と女子の価値観の違いだろうな。


 ただし、今回ばかりはその逃げは許されんよ。

 この世界の社交界では、基本的にレディからのお誘いに関しては断るのが禁忌タブーとされている。

 騎士の決闘と同じ、ローカルルールと言うべきか。


 現代の歴史的な話では、断る事が出来た筈だった。


 だが、この世界では女性を蔑ろにすると白い目で見られ、ついでに貴族界でも嫌われる羽目になる、との事。

 安定のゲイル情報だ。


 別に貴族連中にならいくらでも嫌われても良いと思ってはいるけど、今回のパーティーのホストがなにせ国王陛下だ。

 オレ達は、その国王陛下から直接招かれている立場の賓客。

 つまり、貴族界で嫌われるような要素があれば、そのまま王家の顔に泥を塗る行為へと繋がってしまうと言う事。


「巡礼に出るまでは、偽物一行との違いを浮き彫りにしておきたいんだよ」

「………それ言われると、弱いけどさぁ」


 なんて言って、ぶつくさとしながらもステップの反復練習へと戻った榊原。

 基本的なステップが出来ていないのは、彼だけだ。

 モチベーションが下がって、八つ当たりがしたくなるのも無理は無いか。


 まぁ、今回は免除となるメンバーがいる事もあるのだろうが。


 身長の問題で伊野田が除外され、シャルも種族的な問題で除外される。

 年齢的に見ても、彼女達は誘われても踊らなくて良い部類となっている節があるしな。


 そして、紀乃は車椅子の為に除外され、徳川も身長面と怪力の問題で除外。


 だからこそ、自分も踊らなければ問題無しと考えたようだが、折角だからこういうところで一般と違った経験をしてみるのも悪くないと思う。

 なにせ、オレの二番弟子であるからして、な。


 ちなみに、オレの一番弟子まみやはといえば、


「(そもそも、喋る事も出来ないオレに、何を求めていらっしゃるので?)」

「………お前、少しはやる気を見せろよ」


 ステップも覚えたし、リズム感もある。

 元々、姿勢や礼儀作法も出来ていたので問題が無いと思いきや、残念ながらやる気が皆無だった。


 榊原とはまた違う意味での、壊滅的な結果。

 ダンスをする気が全くないのだ。

 多分、他人と触れあう事が嫌なのだろう。

 その気持ちは、オレも分かる。


 今も、オレが相手になってステップを見ているが、完璧に踊っている反面、顔が死んでいる。

 目も、死んでいる。

 オレまで、やる気が削がれる。

 なんなんだ、このシュールな図は。


「………仮面夫婦?」

「いや、離婚寸前の熟年夫婦だな」

「テメェ等、聞こえてんぞ?」


 浅沼と永曽根は、オレ達で夫婦を想像するのをやめなさい。

 そして、それに噴き出した徳川共々後で〆る。


 ただ、この間宮の表情。

 会場で同じようにされては、今回ばかりはいただけない。


「よし、分かった。

 なら、テメェは女子組に混じって貰う事になるんだが…」

「∑ッ!?(いやいやぶんぶん!!)」


 ………なら、ちゃんとやれ。


 女子組なら、ダンスのお誘いを断るのはマナー違反ではないからな。

 選択肢が欲しいなら、女装という形で提案してやるぞ。


 流石にそれは嫌だったのか、その後は間宮もそこまで仏頂面で臨む事は無かった。

 ぶつくさ言っているのは、榊原ぐらいなものだ。

 そもそも、間宮は無言だった。

 顔と眼が死んでいるのが問題だっただけだ。


 とまぁ、問題があるのはこの2人だけ。

 後は、ほとんど基礎的なステップだけは覚えているようだし、付け焼き刃とは言え、本番でミスしない程度には仕上がっただろうか。


「そういや、そう言うアンタはどうなんだよ?」

「社交ダンスぐらい、踊れるわ。

 だから、教えてんだろうが」

「そうじゃなくて…」


 そう言って、オレの背後を指さした香神。

 その指の先を辿れば、苦笑をした様子のままで腕組み体勢のゲイルがいる。


 ………思い出したくない案件である。


「言いたいことは分かった…」

「………触れてほしくなかったのは分かったから、アイアンクローしながら言うの辞めてくれねぇ?」


 口は災いの元だ。

 覚えておけ。


 ミシミシ言い出した香神の頭を解放してから、溜息。

 何事かと気付いたゲイルが苦笑を深めたのは、おそらくオレの表情から察していると言って良いのだろう。


 ああ、本当に思い出したくなかった。

 つうか、いくらゲイルの頼みとはいえ、引き受けるんじゃなかったと今更ながらに後悔中。


 とはいえ、男に二言はねぇ。

 ………あ、オレ今、女だけど…。


『それにしても、お主は多才であるな?

 人間どもがくるくると踊るのを好むのは知っておったが、こんなことまで教えるのも教師の仕事であるか?』

「………叢金さんは、知らなくて良い事かなぁ」

『むぅ、何故だ?』

「オレがなんで踊れるのか、言いたくないから」


 潜入捜査(女装)で必要だったからなんて、普通に言いたくない。

 特に生徒達の前とか、嫁さん達の前では。


 そんなこんな。

 例のパーティを明日に控えた今日で、なんとか全員を形にしなければ。


「じゃあ、お前等一旦、音を合わせての通し練習に入るぞ~」

『はーい!』

「うーい…」


 ………この男子と女子の、返事の格差よ。


 プリンセスの様な世界への憧れが強いのは、どの世界でも女子だというのは同じなのかもしれない。



 ***




「それで、………どうだ?」

「何が?」


 背後からの問いかけ。


  生徒達の付け焼き刃ダンスレッスンを、ルーチンワークを理由に休憩させてしばらく。

 部屋には、ラピスとゲイルのみ。


 シガレット休憩を挟んで、音楽に合わせてステップをおさらいしていた時のこと。


 ゲイルからというのは、立ち位置的にもわかっているし、気安い声の掛け方ですぐにわかる。

 とはいえ、その内容までは、オレは瞬時に察せない。


 なにせ、心当たりがありすぎる。

 というわけで、若干険のある返答となってしまったが、ゲイルは気にしていない様子だった。

 まぁ、いちいち気にしてたら、しょうもないからな。


「間宮の容体だ、変わりないか?」


  どうやら、ゲイルが聞きたかったのは間宮の話だったらしい。

 ゲイルは、例の小堺の捜索やら被害調査でしばらくバタバタして、校舎には戻ってなかったからな。


「ああ、それね。

 …うん、容体としてなら、大丈夫だと思われる」

「………色々と、含ませたな…」

「なにせ、一時的とは言え悪魔憑きになった人間の対処方法なんて、オレ達では手に負えないもんで…」

「私の見立てでは、どうも精神的疲弊だけのように見えるのじゃがのう…」

「精神的、か。無理もないだろうな」

「………。」


 ラピスの、医者的な見解。

 少しだけ遣る瀬無い気持ちになってしまった。


 蘇るのは、エリゴスに憑依された間宮の、過去にまつわる言葉。

 エリゴスは間宮の記憶を盗み見て、どうやらその過去の因縁への後ろめたさ何某を依代にしていたらしい。


 詳細がわかっているわけではない。

 ともあれ、間宮が過去になにかしらの因縁や罪悪感を持っているのはわかってしまった。


 正直、オレとしては予想が違わなかった事が悲しい。


 カウンセリングの際に、彼だけが過去の話を拒否した為、相当の内容だというのはわかっていた。


 それこそ、オレと同等レベル。

 それなら、『納得がいく』という言い方もあれだが、あそこまで淡々と心を殺す術を身につける事のできる経緯がそれ以外に思いつかない。


 自分を別個の種として、人間とそうじゃない部類に分ける。

 つまり、殺して良いか、そうではないかで分類してしまえる価値観への転化だ。


 間宮は、15歳。


 あの年齢でのあの完成度というのは、『ルリ』からの師事を差し引いても異常だ。

 もしかしたら、オレ以上に。

 鑑みるに、それに足りうるだけの地獄を見たからこそ、感情を表に出さない現在の間宮という『個』が完成したと思っていいだろう。


 今後は、彼への対応を誤ると、即座に殲滅対象になると思わなくてはいけない。


 簡単だからな、意見の相違で師匠を殺すなんてことは。

 オレの場合はレアケースまでも、裏社会でも結構師弟関係での利害の不一致が殺し合いに発展し、どちらかが死亡するケースなんてのはザラにあった。


 そう簡単に殺されてやるものか、と思っても。

 昨夜、一度は覚悟を決めていたとしても、だ。


 出来れば、オレは彼を殺したくないと思っているのが本音。

 エリゴスの件で引き合いに出されたせいで、考えさせられてしまったな。


 まぁ、そのせいでオレは現在進行形で、シャルに無視を決め込まれている訳だが。


「………ふぅーーーーーーー………」

「………心中は、察する」


 おかげで、長い溜息が出た。

 ゲイルは見当違いをしているだろうが、敢えて訂正する気概も無くそのままにしておく。


 ………そうだよ。


 オレの目下の心配事は、愛弟子・間宮の事だけじゃない。

 オレとしては最も疲れる、あるいは最も対応に苦慮する難題が残っている現状である。


 その愛弟子マミヤと相思相愛であろう、シャルの事だ。


 発展した様子はないまでも、初心なじゃれ合いが増えたというのはオレ達大人組はほとんど気付いていた。

 生徒達も数名は勘付いていただろう。


 だからこそ、昨夜の一件は対応を誤った。

 一度ならず二度までも、間宮を殺そうとするオレの姿を、シャルには見せてしまっていた。


 彼女にとってみれば、好きな男の子を殺そうとした冷血漢な師匠である。

 それがたとえ、義理の父になる予定であっても、だ。


 母親であるラピスは、微妙な立場。

 全面的に擁護してくれるか、といえばそうではない。


 あの状況を、ある程度は俯瞰して見て合理的に判断した結果で、『予言の騎士』であるオレの領分から支持してくれている。


 だが、娘の気持ちを思う母親としての顔でいえば、NG行動だとも言っていたが。


 ラピスだって、理由が分かって顔をしかめたのだ。

 シャルがどのような思考に陥るかなど、想像するまでもない。


 結果、オレを毛嫌いして、総無視をしているというのが現状である。


 実際、今日の朝は物の見事に、徹底的に無視をされた。


 それこそ、朝の挨拶から気兼ねない教師としての会話、それ以上の義理の親子としての会話までも。

 鍛錬のルーチンでのやり取りでさえも返答が無かったのだ。


 こればっかりは、はっきり言えばムカついたので、最悪を覚悟しながらも、鍛錬から外してそのまま校舎に戻らせたなんて経緯もある。

 悪いが、鍛錬に私情を挟んだ場合は、容赦無く戦力外通知をしている。


 シャルは、渋々ながら受け入れて、その後の昼食の時には泣き腫らした顔で現れた。

 おかげで、良心は痛むは生徒たちの視線は厳しいわ、散々だ。

 胃に穴が空きそうだった。


 おかげで、満身創痍に精神的疲労が加算。


 間宮も体調不良が続いている今、オレすらもダウンするのはマズイと奮い立たせてはいるけどな。


 とはいえ、


「まずは、一つ仕事が終わったとして、残りを片付けないとな」


 問題は山積みだ。

 国王陛下への報告は済んだとしても、まだ冒険者ギルドへの報告が残っている。

 この件は、流石にジャッキーの耳に入れておかないとマズイだろう。


  その他諸々、この顛末に関して、色々と説明を考えないとならない相手もいる。

 国王陛下が抑えられるのは、一部の貴族のみ。

 オレ達を目の敵にしている貴族達は、この件を嗅ぎ回ってあわよくばスキャンダルのタネにしたがる筈だ。


 巡礼を前に、これまた厄介なことだ。

 パーティーが終わったら、残りを全部王国に任せて、はいさよならーって出来ないもんか。


「………悪化しかねない気が…」

「やめてくれ、ラピス殿。

 オレも、自信をなくしてしまう…!」


 口に出していたらしい。

 そんなオレの内心の吐露に、ラピスの辛辣な一言が飛ぶ。


 これには、ゲイルも強く否定が出来なかったらしい。

 やめてくれよ、巡礼から帰ってきたら修羅場とか。


「………テメェ、マジで没落したら、容赦しねぇぞ」

「没落一歩手前まで貶めたのは、お前の手腕だ…」

「それを持ち直すのが、テメェの手腕だよ、次期当主殿」

「ああああああああ!!

 なんで、オレはこんな悪魔の手を取ってしまったんだ!!」

「テメェ、ちょっとそこに直れ」


  日中から叫びまくったゲイルの声が、校舎に響き渡って消えた。

 オレだって、叫びてぇよ、こんちくしょうめ。




 ***

ここで、区切らないと話がまとまらなくなるので、ぶっちぎりました。

間宮のこと、シャルちゃんのこと、ついでにパーティーのこと。

頭の痛いことが重なるのは、いつものことです。


次回は、本編に食い込ませます。


とはいえ、長らく音信不通、更新が遅くなってしまったこと改めてお詫びします。

気付けば、一年も更新していませんでした。

申し訳ありません。


今後も、不定期更新が続くかと思われますが、ご容赦ください。


誤字脱字乱文等、失礼いたします。

今後とも、よろしくお願いいたします。

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