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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、贋作編
171/179

163時間目 「課外事業~抱えたもの~」

2017年8月24日初投稿。


続編を投稿させていただきます。

イライラする内容が続いてしまってますが、ご了承くださいませ。


この先の話に必要な事をぶち込んだ内容。

もう直、例のお騒がせ一派は、王国からいなくなってくれますので。


163話目。


多数感想をいただきまして、ありがとうございます。

返答は、随時行っていきたいと思いますが、しばらく更新に集中する為遅くなるのはご容赦くださいませ。


***



 さて、すっかり内政やらリサイタルやら五番勝負やら、更には『天龍族』の面々に色々振り回されまくった日から早くも3日。

 既に、4月も後半となり、残るは王城のパーティーのみ。


 ………3日前の事に関しては、割愛。

 もう放っておいて。


 未だにちょっと機嫌が悪い叢金さんと、逆に上機嫌な柳陸さんに挟まれて早くもげっそりしているから。

 まだ、朝食後なんだけど。

 そして、生徒達と一緒に、魔族語の勉強している最中なんだけど。


 オレまで一緒に、生徒達と同じ目線で机に座っているなんて、新鮮な体験をしている真っ最中である。


「これによって、『です』『ます』、その他諸々の『尊敬語』と相成る訳じゃな」

「一応は、種族によっても語源や起源が違うので、『方言』として使う場合は異なる事もあるがな」


 と、教鞭をとっているのは、勿論魔族語の専属教師であるラピスとローガン。

 補助としてアンジェさん、叢金さん、柳陸さんも加わっている。


 その筈なのに、補助の面々である叢金さんと柳陸さんがオレの真横を陣取り続けているってどういうこった?

 おかげで、オリビアが少しばかり不貞腐れてしまっている。


 まぁ、それでも背中にだっこちゃん状態なんだけど。

 なんなの、この可愛い生き物。

 和む。

 唯一の癒し。


「…そうそう、そう言う応えを返す種族もおったな」

「確か、暗黒大陸北東の種族だった筈だが、人間領に出て来る事が少ないので魔族語だったのに苦労した覚えがある」


 と、何故か種族方言談義になっている教卓の前の2人には、思わず苦笑。

 分かるよ。

 日本でもあるあるの方言問題。

 訛りが強かったりすると、同じ日本語の筈なのにしっちゃかめっちゃかになる奴。

 ………まぁ、それに関しては、ソーマと言う実例がいるけども。


「種族にも色々あるんだな…」


 そう呟いたのは、香神。

 流石の異能は、ここまでの授業どころか彼女達の談義を聞いてもしっかりと覚えているらしい。

 オレだって半分怪しい状態なのにねぇ…。

 それでも、一応はちゃんと日常会話、カタコトにならずに話せるようになってきたんだけど?


「えっと、じゃあ『森子神族エルフ』には、方言は無いんですか?」

「ほぼ種族の始祖とも呼ばれておる長寿の種族故な。

 流石に、ローガンの言うような種族達との交流も無かった故に、本来の主流と呼べる魔族語が浸透しておるのよ」

「魔族語の標準語が、『森子神族エルフ』だと考えて良いだろう」


 きっぱりと言い切った彼女達に、この場にいる『天龍族』の面々も異論はないようだ。

 長寿具合なら、一緒なんじゃ?


 『『森子神族エルフ』は、『天龍族』とほぼ同時期に生まれておるからな。

 そして、元は種が変わらなかったのが、空と森に住処を分け、長い年月の中で『龍種』の血が混じったのが『天龍族』とされておる』

「おかげで、『天龍族』とて美形揃いだろう?」

「まぁ、確かに…」


 そう言われると納得出来る。

 あれ?

 でも、いつか聞いた『天龍族』の長寿具合と比べると矛盾するんだけど…。


『そも、『森子神族エルフ』や『天龍族』にとっても、何百万年前と言った話であるぞ?』

「正確な記述が残っている訳も無かろう?」

「あ、そうですね」


 納得した。

 きっと、真実を知っているのは、この世界を作った神様ぐらいなもんだろう。

 いるとしたら、女神様?


 と思って、背後を振り返る。

 抱っこちゃんよろしく、オレの背中に団子になっていたオリビアがぷくぅと頬を膨らませながら、「私達だってそんな昔の事は知りませんの」だと。

 可愛いだけだった。


 ごほん。

 脱線した。


「さて、そろそろ時間も終いかや?」

「随分と話した気がするから、おそらくは…」

「ああ、気付いたらもうこんな時間なのね」


 ラピスの声と共に、全員が壁掛け時計(※これも、贈り物に含まれていたものだったり)を見やると、既に授業開始から3時間。

 ダレている生徒もいる訳だ。

 ………徳川1人ではあるが。


「んじゃ、魔族語の授業はここまでだな。

 ちょっと早めだけど昼休憩に入って、トレーニングに入ろうか」


 と言う訳で、座学は終了。

 少しばかり疲れていた生徒達も、安堵の溜息と共に立ち上がる。


 気持ちは分かるので、オレは苦笑気味。

 長時間座っていた事もあって、オレも背中と腰がバキバキと鳴った。


 伸びを一つ零して、使った道具を片付ける。


「それで、授業に関してはどうだったかや?」

「うん?」


 片付けの傍ら、すすっと傍に寄って来たラピス。

 ちょっとモジモジとした様子が、相変わらず愛らしい。

 これが、250歳越えてるとか信じられない。


 閑話休題。

 どうやら、授業についての感想を求めていたらしい。


 そんなラピスの後ろには、同じくモジモジとした様子のローガンもいる。

 ………可愛いな、本当。


「上手だったと思うし、余談とか脱線とかも勉強になったし、良かったと思うけど?」

「そ、そうか?」

「その…、脱線とかが多くて、聞きづらかったかな?と…」

「いやいや、そう言う余談とか脱線も授業内容に関係ない事じゃない限り、全く問題は無いんだよ。

 むしろ、そう言った脱線がある方が、生徒達にも聞き応えがあったと思うし…」


 授業に関しては、全く問題無し。

 むしろ、オレよりもスムーズに進めていた気がするけどね?

 オレがやると、どうしても授業内容一辺倒になって、生徒達がダレてしまうのが多い。

 彼女達の脱線話が、適度な休憩になっていた様子でもあった。

 ついでに、その脱線話も面白かった為に、きっと生徒達も退屈はしていなかった筈だ。


「ただ、質問を受け付ける時間があんまり無かったね。

 分からないところとか、疑問に思った箇所を適宜質問を受け付けて、生徒達の納得行くところまで持っていけたら、もっと素晴らしいと思うよ?」

「そうじゃな。

 では、次からそうするとしよう」

「ああ、分かった」


 本当に、この嫁さん達も真面目なんだから。

 それにお願いしている側としては、緊張して進められるよりも肩の力抜いてやって貰った方が聞きやすいし、安心できるんだけど。

 今の状態の方が良いと思うよ?


 そう言えば、彼女達はほっこりと、安堵した様に微笑んだ。

 本当に揃って可愛いんだから、もう。


 片付け終えた筆記用具を抱えて、教室を出る。

 今日この後は教室を使う予定が無い為、全員が外に出たのを確認してから扉を施錠。


 隣のオレの部屋に筆記用具を置きに行き、そのまま階下へと揃って階段を降りる。


「今日は、夜の予定は無いのじゃな?」

「ああ、久しぶりにね」

「なんだかんだ言って、結局昼も夜も駆け回っていたからな、お前は…」

「面目ない…」


 うん、本当に面目ない。

 結局、貴族からの支援話や五番勝負が終わった後も、ちょっと慌ただしかった。

 昼は昼で生徒達のトレーニング名目以外にも動き回ってたし、夜はそれに付随したすり合わせの為に王城とか酒場に出向いたりしていたんだわ。

 王城に行ったのは、例の支援の話のもっと突っ込んだ内容を、国王陛下と宰相閣下、ラングスタの代わりとなった新しい参謀閣下(こちらもオレ達の支持派)と話し合ってたから。


 酒場での擦り合わせに関しては、ゲイルとの職員会議みたいなものだね。

 ついでに、ヴァルトやハルも交えていた為に、ちょっと時間が足りなかったりして2日連続となった。


 そして、昨夜はと言えば、久方ぶりにジャッキーと飲みに行ったりしたし。

 ガチで相談したよ。

 弟子達の教育問題。

 オレが修正不可能の所為だってのは分かってたけど、それ以上に今後どうやって接して行けば良いのか年甲斐も無く分からなくなっちゃって。

 

 酒を交えていた所為もあって、結構突っ込んだ子育て相談みたいになっちゃったのは内密にしたい。

 ただ、無駄な時間を過ごしたとは思っていない。

 ジャッキーも、親として悩んだり迷ったりして来た事があって、経験豊富だったからね。

 実に有意義に過ごさせていただきました。


 とと、話が逸れたけども、


「今日は、2人ともフリー?」

「そうじゃな」

「当たり前の事だろう?」


 まぁ、忙しくしているのは、オレだけなので勿論の事。

 嫁さん2人の予定は決まっていない。


「なら、久しぶりに飲みに出掛ける?

 純粋に、3人だけってのは久々になるだろう?」

「「………。」」


 お誘いをしてみる。

 階段の途中だったのだが、背後で2人が立ち止まったのに合わせて、オレも止まって上を見上げる。


 てっきり、色好い返事が貰えるものだと思っていた。

 しかし、


「お主は、今日こそ早めに休むべきだと思うのじゃが?」


 とは、ラピスの意見。

 きろっ、と音がしそうな程に睨まれてしまい、ついつい肩が小さく跳ねた。


 一方、ローガンは、


「わ、私も、ラピスと同じ意見だ」


 と、歯切れが悪い返事。

 ただ、どちらの意見も、どうやらオレのお誘いには乗りたくない様子だったのは良く分かった。


 ラピスはともかく、酒飲みのローガンが断るなんて相当だな。

 そんなに、オレは草臥れた顔でもしていただろうか?


 ついついそんな事を思って、頬を擦ってしまった。

 ちょっと寂しい。

 喜んで貰おうと思って、今日は奮発するつもりだったのに。


「ちょっと、先生!

 来るなら早く来て!

 うどん茹でたんだから、早くしないと伸びちゃう!」

「あっ、ああ、済まん。

 今行く!」


 そこで、階下から食事担当の榊原から呼ばれてしまった。

 どうやら、今日はうどんだったらしく、確かに香ばしい出汁の匂いが漂って来ていた。


「なんか、ちょっと忙しなかったから、仕方ないね。

 じゃあ、また今度って事にしようか」


 ちょっと寂しいけども、嫁さん達もオレが憎くて言っている訳では無いと考え、そう言ってこの話は一旦終了にする事にした。

 そろそろ、階下の他の生徒達も騒ぎそうだ。

 目の前に食事が並んでいる状況で、オアズケ状態なのは育ちざかりには厳しかろう。


 止めていた足を、そのまま階段へと踏み出す。


 この時もまた、オレは気付かなかったのだ。

 階段の途中で立ち止まったままの、嫁さん2人の様子が常と違った事に。


 2人して、難しい表情をしていた事に。



***



 ちょっと早めの昼食の後、昼休憩の時間。


「悪いけど、佐藤と藤本、来てくれる?」

「あ、ハイです!」

「はーいっ」


 と、呼ばわったのは、佐藤と藤本。

 招いたのは、ダイニングの診察スペースだった。


 何の事は無く、この2人の健康診断だな。

 それによっては、藤本は本格的にトレーニングの参加の判断が下せるし、佐藤に至っては育児ノイローゼとかとにかくそっち方面で病んでしまっていないかの確認だった。


 一通り、間宮とラピスに補助して貰いながら、心音や血圧を測ったり、軽い質疑応答を交えながら診断結果を確認していく。


 そろそろ1ヶ月になろうとしている2人の滞在だが、既に藤本は英語はマスターしたらしい。

 受け答えもしっかりしているし、リスニングも問題ない。

 佐藤が少し遅れ気味ながらも、育児の片手間では仕方ないだろう。


 そして、肝心の診断結果も、大まかに言えば合格点。

 以前見た事のある生徒手帳の写真とまではいかないまでも、肉付きも戻ってきている。

 健康的な女子高生に戻れた形で、ほっと一安心。


「校舎に来てからは、どうだ?

 何か困った事とか、今早急に対処が必要なものとか無かったか?」

「いえ、特にはありません。

 良くして貰っているのは分かってますし…」

「こんなに穏やかに過ごせてますです。

 これ以上は、罰が当たる、ます」


 2人からの回答に、苦笑を零す。

 声のトーンから、少しばかり遠慮が伺えるまでも、2人とも本当に大丈夫だと言えるまでは回復していたらしい。


 まぁ、藤本の場合は、同年代の女子が増えて話し相手が出来た事と、ストレス源だった会話の不便が無くなったのもあるだろう。

 それに、時間がある時には、ライフルや『隠密ハイデン』の扱いを教えてやっているのもストレス発散に役立っていたようだ。


 佐藤に至っては病む原因になってしまっていた出産や子育てに関して、きちんとヘンデルと会話が出来る事になって不安が取り除かれた結果だな。

 ヘンデルは傍から見ても大丈夫か?ってぐらいの、馬鹿親になって来ているけども………。

 こればっかりは、仕方ないかもしれん。


 という訳で、


「おめでとう、2人とも。

 完治という言い方も可笑しいかもしれんが、結果は良好だ」

「え、えと、ありがとうございます」

「はいっ、ありがとうございます!」


 太鼓判。

 この調子なら、もうオレ達が補助しながらじゃなくても、日常生活に支障は無さそうだ。


「藤本は、もう既に参加しているが、本格的に取り組んでいいぞ。

 そのうち、冒険者登録も行こうか」

「わっ、本当ですか!?嬉しい!」


 嬉しそうな声に、思わず苦笑。

 実際に冒険者登録は出来るのは、巡礼が終わってからの約1ヶ月後になるだろうが、それまでは基礎鍛錬で体力づくりだな。


 ただ、これに対して、佐藤はちょっとだけ浮かない表情だった。


「佐藤は、これからも育児がメイン。

 流石に乳幼児を放ったらかしてはおけないし、最初から決めていた事だろう?」

「うう…、そうなんです、ますけど…その、まぁ………ちょっと、寂しいと言います」

「とはいえ、それだけだと気分も晴れないだろうし、息も詰まるだろう。

 だから、体力作りも兼ねて、オレ達の日常的な生活やらメンテナンスとかには参加して大丈夫だよ?」

「えっ…!?

 じゃ、じゃあ、大丈夫ですッ!」

「ただし、ちゃんとヘンデルと話し合って、赤ちゃん達を放っておくことが無いようにね」

「はいっ、ありがとうございますです!」


 あら、良いお返事。

 まぁ、この調子なら、2人とも大丈夫だろう。


 実際、子育てしながらの掃除やメンテナンスの参加とか、大変だろうけど。

 それでも、我が校舎には頼れる子育て経験豊富なラピスもいるし、お節介焼きな生徒も多いから大丈夫そうか。


 目の前で、喜んでいる2人を見れば、いつぞやの惨状は随分昔の様に思えてしまう。

 あの時は本当に焦ったものだが、なんとかなって良かった。

 ヘンデルも思っていた以上に、良いパパになってくれたのもあるだろうしな。


 オレもこの結果を受けて、一安心。

 苦笑を零しつつ、今しがた使っていた器具を片付けながら、医療スペースから2人を見送った。


「本に、大事にならずに済んで良かったのぅ」

「本当にね…」

「(やっと安心出来たようで、なによりです)」


 と、あの時の惨状を思い出していたのは、ラピスや間宮も一緒だったようで。

 安堵の溜息と共に、肩の力を抜いた。


 今の彼女達の笑顔が見れただけで、あの時諦めなくて本当に良かったと思える。

 頑張った甲斐もあったものだ。


「ああ、そうそう。

 巡礼の件に関してじゃが…」


 そこで、ふと。

 ラピスが口火を切ったのは、来月頭に控えている『赤竜国』への巡礼の話だった。

 ただし、これに関してはオレも実は、予想していた。


「うん、分かっているよ。

 残りたいんでしょ?」

「ああ、手の掛かる赤子が2人じゃ。

 それも、新米のママとパパだけに預けておくには、ちとまだ心配が残るでな」


 と言う事だった。

 予想はしていたので、驚きはしない。


 確かに、オレも彼女達とヘンデルだけを残していくのは、ちょっと不安だった。

 一時は、ジャッキーのところのハンナさんにお願いしようかと思っていたぐらいだけども、ラピスが残ってくれるとなれば百人力。

 会話の問題は片付いているしね。


 ただ、心配なのは警護の面なんだが。


「奴等の事じゃな?」

「うん、ちょっと心配。

 ゲイルがいるとはいえ、そう毎日詰めて居られる訳も無いしね…」


 目下、オレを目の仇にしている、頬に傷のある男達。

 あいつ等が、校舎に手を伸ばして来た際に、ゲイルだけで守れる保証が無いのだ。

 ジャッキーもいるとはいえ、彼が報せを受けてから到着出来る時間が稼げるかどうか。

 そもそも、報せを送れるかどうかも不安な要素。


「それはそうじゃが、もし奴等が転移魔法陣を操れるのであれば、どのみちいつ校舎に襲撃を仕掛けて来るやもしれん。

 それが今まで無かったのじゃから、そこまで警戒せずとも良いとも思うがの?」

「………それで安心出来れば良いんだけど、やっぱり不安なんだ」

「お主が心配性なのは、相変わらずではあるのう。

 じゃが、安心せよ。

 いざという時は、リビングにある転移魔法陣を使って、南端砦にでも避難出来るのじゃから…」


 その手もある。

 南端砦とは、今でも転移魔法陣を繋いだままだし、これを使ってヴィズがダドルアード王国に来ている事実もあるから。


 まぁ、考え過ぎてもあれだな。


「最悪、柳陸さんにも残って貰うかなぁ?

 あの人だったら、奴等相手に十分な対抗策になり得るだろうし…」

「それはまた、別の意味で不安ではあるがなぁ…」

「(…同感です…)」

「オレもちょっとそう思ってる…」


 対抗策である筈が、そのまま寝返られた時の恐怖が未だに抜けないからね。

 柳陸さんがオレ達にコンタクトを取って来たのは、興味本位だと思う。

 そして、オレ達が彼の見た目に反応した件で、探りたがっている。

 会長にそっくりだから、反応しただけと言うのは説明したが、それだけではまだまだ納得していた様子は見られなかったけれど。

 だから、害そうという気概を持って校舎に入り込んで来たようには思えない。


 それでも、『天龍族』である事がネック。

 なんでも出来る。

 だからこそ、校舎にいる人間をどうにか出来るのもまた、彼のみだ。

 もし、虎視眈々とオレが不在になる時を狙っているとしたら、それこそ眼も充てられない。

 ヘンデルもラピスも、ゲイルだって束になっても彼には敵わない。

 だからこその恐怖がある。


「結局、連れて行くしか出来ないとか言う、二律背反?」

「………それは、お主の為にも、赤子達の為にも止めた方が良いと思うがの?」

「(そもそも、佐藤と藤本が付いて来れないのでは?)」


 結局、そうなる。

 ああ、もうなんか抱え込んだ分だけ、身動きが取れなくなってる気がする。

 ………柳陸さんの件、やっぱり早まっちゃったかな。


 だからこうして、うだうだ考えているのもあれだってば。


「まぁ、最悪の場合は、転移魔法陣の解禁で…」

「どのみち、巡礼の帰りに使うのであれば、解禁も何も無い気もするがのう?」

「ごもっとも…」

「(まぁ、備えあれば憂いなしでしょうから…)」


 頭を抱えたくなるけども、今回ばかりは割り切るしかないかもしれない。

 嫁さんの言う通り、最悪校舎を犠牲に転移魔法陣で逃げてくれれば良いと言う事で。


 それきり途切れた会話の傍らで、器具の片付けやメンテナンス。


 だが、蒸留酒(安物ではあるが度数の高い物を消毒用に使っている)の残りを確認している最中、


「ギンジ、今大丈夫か?」

「ああ、ゲイル。

 王城の呼び出しは終わったのか?」


 本日は、王城からの呼び出しで午前中席を外していたゲイルが医療スペースのカーテンから顔を覗かせた。


 その手には、大袋が3つほど。

 こちら側の面々が、きょとりと眼を瞬かせた。


「王城の件は、後で報告するとして。

 頼まれていたものは集めて来たが…」

「あれ?意外と早かったな」

「姉さんに当たった。

 頼んだのは昨日だった筈なのに、今日には揃っていると連絡を受けて、オレも度肝を抜かれたところだ…」

「流石、ヴィッキーさん、仕事が早い」


 どうやら、頼んでいた例のもの(・・・・)が到着したらしい。

 オレとしては、本当はいらないと突っぱねたいところであっても、必要になってしまったからにはそう言う訳にも行かない。


 思い出したくなかったけども。

 オレのメンタルがガリガリ削られるから。


 ちなみに、ゲイルを走らせたのは、あれだ。

 ささやかな嫌がらせついでの鬱憤晴らしだ。


「………本当にやる気なんだよな?」

「馬鹿を?」

「………ああ」

「お前が頼んだ所為だろうがッ」


 とはいえ、その一件に関しては、ゲイルが言い出しっぺ。

 なので、オレはそんな彼からの胡乱げな瞳に、拳で応答するのみである。


 校舎に到着した早々、気絶したゲイルはご愁傷様。

 頭痛が痛い。


 本当に頭の痛い問題ばかりがそろい踏みしていて、そろそろ逃げ出したくなってしまった。



***



 目が覚める。

 そして、眼を閉じる。


 そこには、深淵の様な暗闇が広がっている。

 いつからこうなのか。

 いつまでこうなのか。

 もう既に、今では分からなくなってしまった。


 寝ても覚めても、夢に見るのはあの人の事だけ。

 そして、耳に残るのは、悪魔の様な囁きだけ。


ーーーー『殺シテ奪エ』


ーーーー『壊シテシマエ』


ーーーー『愛シテイルナラ、愛サレルベキダ』


 その言葉だけを頼りに、寝台を降りた。

 もう時間が無い。

 それが、外の状況を知らない私であっても、なんとなく分かった。


 きっと、先生やクラスメート達は、そろそろこのダドルアード王国を離れようとするだろう。

 知っている。


 何日か前に、外が騒がしかったのは知っているから。

 少し目が覚めた時間に窓から見た景色は、私達の今後を左右している勝負だった事が、囁きに呟かれなくても分かっていたから。


 成す術も無く、倒されたクラスメート達。

 それは、先生も同じこと。

 格が違う。

 囁きが鼻で嗤っていたのを思い出す。


 分かっていた。

 なんとなく、それも分かっていたから。


 -----コンコン。


 唐突に部屋に響いたノックの音。

 寝台から真向いの扉に向かって、じっと目を凝らす。


 実際には、眼で見ている感じはしない。

 なんだか、暗闇を見る様になってからは、眼で見るよりもこちらの方が感覚が鋭くなって、なんでも分かる気がしたから。


 扉の前には、白いシルエットが浮いていた。

 3人分。

 それが誰かは分かっている。


 御剣さんの兄妹と、幼馴染の毛利さん。

 きっと、あたしが部屋から出て来ないのを、そろそろ不振に思って来ているのだろう。


 ただ、それだけでは無い事も分かっている。


「開イテルヨ?」


 久しぶりに、声を上げた。

 掠れていたが、それでもいつも通りの声は出せたと思っている。


 控えめに、ドアがゆっくりと開かれた。

 顔を覗かせたのは、思っていた通りに御剣さんの妹の方。


「え、えっと、小堺さん大丈夫?」

「ダイジョウブ、起キテル」

「あ、良かった。

 えっと、…ご飯とか食べてないみたいだし、心配になって見に来たんだけど…」

「ダイジョウブ、部屋デ食ベテタカラ」


 本当は、嘘。

 暗闇と囁きのはざまにいる間は、食事が必要無くなったから。


 ツクヅク、便利ナ身体。


 人知れず、微笑んでいた。

 それを見て、御剣さんの妹の方が、何故か目を見開いて顔を青褪めさせたようだけど。

 煩わしい表情だね。


 貴女は、色んな人から好かれて、愛されている。

 何もしていないのに、色んな人が周りに集まった。

 独り占めにしている男子は、数知れないでしょう?


 あたしとは、違う。

 だから、前からずっと嫌いだった。


「…他ニ、何カ用事ガアッタノ?」

「あ…ッ、えっと、その…」


 途端に言葉の歯切れが悪くなった彼女に、優越感すら感じながらも問いかけの口調を強めようとする。

 だが、その後ろから、大きく扉を開いた影。


 ああ、この人も嫌い。

 いつも、イラついて、あたしに対しては興味すら抱かなかったから。


 妹を押しのけた、御剣さんの兄の方が、少しばかり険しい顔であたしを見ていた。


「近日中に、ここを離れる事になった。

 だから、荷造りしておけって、伝えに来たんだ」


 ほら、やっぱり。

 蚊帳の外だったのは分かっていたけど、結果だけを伝えに来るなんて酷い。


 やっぱり、この人も嫌い。

 大柄で、口も悪いし、私の事をちやほやしてくれなかったもの。


「………ソウナノ。

 分カッタワ、アリガトウ」

「………?

 なんだ、お前…その喋り方…」

「………何ガ?」


 つくづく、この人は余計な事に気付く。

 本当に邪魔。


「………いや、良い。

 明日にはこの部屋も引き払うらしいから、適当に掃除もしておけよ」

「………エエ」


 上からの物言いで、つい億劫になって返事だけをしておく。

 どうせ、掃除なんて必要無いぐらいに使っていない部屋だし、それに引き払うにしても何にしても荷物だって少ないのだから関係ない。

 そもそも、その程度の事を言われる必要はない。


 御剣さんの兄の方は、そのまま扉の外に消えた。

 少々乱暴な扉の閉め方をされて、部屋の中に大きな音が響いた。


 廊下の先で、妹の方が注意している声が聞こえる。

 私は、そう言う彼女の言い分も気に食わないけど、もう関わる事も(・・・・・)無いだろう(・・・・・)から、すぐにどうでも良くなった。


 それよりも、私が考えたい人がいるのだから。

 囁きも、そう言っている。


「間宮クン…、モウスグ会イニ行ケル」


「ソシタラ、ズット一緒ニイラレルカラ」


「邪魔者ハイナイカラ、イナクナルカラ」


「殺シテ奪ッテアゲルカラ、ダカラ大丈夫ダカラネ」


 瞼の裏に浮かぶ、炎を思わせる真っ赤な髪。

 あたしがずっと想い続けた、王子様。


 もうすぐ一緒にいられる。


 だけど、その為には、その周りにたかっている蠅が邪魔だから、叩き落さなきゃいけない。

 あの銀色の髪をした、媚び諂って間宮クンに纏わりついていた小さな女が邪魔。

 当たり前のように隣に立って、こっそり手を握っていたあの女が邪魔なの。


 それでも、きっとすぐに一緒にいられるから。


「待ッテテネ…」


 うっそりと微笑む。

 きっと、今のあたしは、あんな女の子よりも魅力的になっているだろうから。

 きっと、彼が私を選んでくれる筈だから。


 だから、大丈夫でしょう?



***



「………ッ!?」

「ッ?

 どうした、間宮?」

「(いえ、突然悪寒がしまして…)」


 訓練風景を眺めていた最中、オレの目の前で筋トレを行っていた間宮が突然ダンベルを取り落した。

 双方合わせて10キロの代物を指で持ち上げていた訳だが、………足に落としてなかったか今?大丈夫?


 ただ、本人はそちらよりも、悪寒が気になる様子。

 しきりに周りを気にして、更には小首を傾げている。


 まぁ、その様子を見る限りは、足も大丈夫なんだろうけど。

 折れてたらオリビアかラピスに治して貰って来なさいな。


「………続けても大丈夫なのか?」

「ああ、うん、多分大丈夫」


 そんな間宮の様子に気を取られたオレに、ゲイルが横合いから確認を取って来た。

 彼もまた、オレと同じく間宮の様子に驚いていた1人である。

 ちなみに、彼からは報告を受けていた最中だった。


 えっと、どこまで聞いたっけ?


「例の一行が、明日には出向すると言い出した件だ」

「呆気なかったけど、オレ達としては万々歳と言えるのかねぇ…」


 という訳である。

 他にも細々とした報告を受けていたけど、一番の本題はこれ。


 ゲイルが王城に朝一で呼び出されたのも、この件が絡んでいた訳だ。


 聞けば、五番勝負の一件の後、泉谷が部屋に引きこもっていたらしい。

 他の生徒達はトレーニング等で訓練場に出て来ていたが、3日程泉谷は立ち直るのに時間がかかったそうな。

 本当に、オレにも劣る豆腐メンタルだな、おい。

 『天龍宮』の時にもやっていたけど、迷惑かけるんじゃないよ。

 それであの図太さだったなら、呆れを通り越していっそ脱帽である。


 とはいえ、やはり3日が限界か。

 突然出て来た彼は、護衛の騎士達を捕まえて国王への、王城からの辞去を申し出たそうだ。


 これまた唐突の事。

 出立は、明日。

 本当に、先々の考えが及んでいない上に、常識が遥か彼方である。


 まぁ、気持ちは分かるけども。

 あんだけ大勢の前で恥を掻いたのだから、引きこもりたくもなるだろうし逃げだしたくもなるだろう。

 行動が突飛過ぎて、笑うしかない。

 恥を掻かせた主な原因となっているオレが言うのもなんだけども、振り回される生徒達の方が可哀想になってきたよ。


 そして、ゲイルが行った時には、今度は生徒達が揉めていたらしい。

 なんか、日本語しか使ってなかったらしいから、大方田所辺りが騒いでいたのだろうと予想できるが、ゲイルが向かうとあっさりと黙ったそうな。

 ………藪蛇だった訳だ。


「それで?

 本人達も、それで納得してんだよな?」

「納得していないのが、タドコロとフジタ、コンドウ………あと、もう一人アベ…?とか言う面々だった筈だな。

 それでも、珍しくイズミヤが考えを押し通した形で、渋々了承した形と相成った…」


 つまり、問題児組とあと一人がごねてたけど、結局主要である泉谷が押し通したから、それ以上の意義が唱えられなかっただけか。

 確かに珍しいと言えば珍しいねぇ。

 窘めるどころか注意も出来なかった男が、突然人が変わったかのような決断ふりだ。

 まぁ、あそこまで痛めつけられて、逃げに走ったなら納得出来るか。


「………他の面々は、大丈夫そうだった?」

「ミツルギ兄妹達の事なら、大丈夫そうだったぞ。

 むしろ、彼等の方が分別が付いていたのか、話が終わったと同時に荷造りに部屋に戻っていた…」

「やっぱり、まともなのね…。

 なんか、可哀想な事した気がしちゃうのが、心苦しいけども…」

「確かに、彼等に対してであれば、オレも心苦しいとは思ったがな」


 揃って、溜息。

 今回ばかりは、徹底的にやったのが返って仇になったかもしれない。


 しかし、これに関しては国政としても、踏み切らざるを得なかったらしい。


「ただ、先方の新生ダーク・ウォール王国からの返答も途絶えている現状では、ダドルアード王国では抱えきれないと言うのが国王陛下からのお達しだ」

「………国としても、情報が入って来ないってどういう事?」

「断絶している、と言うしかない。

 書簡の他にも使者を送る事も出来たが、早馬と鳥を出したというのに、未だに返答が無い時点で危険と判断された」

「………ハルの言っていた通りか。

 嫌な予感しかしないな…」

「ああ…」


 内紛でも起こっていたら、洒落にならん。

 それだけなら良いが、もうなんか今までの一件で増えた心配事が蓄積している所為もあってか、嫌な予感が止まらない。


 ………例の災厄の下っ端悪魔に、乗っ取られてたりとかしないよね?


 そう考えてしまう辺り、オレも相当根を詰めてしまっているのだろうか。


『(ねぇ?アグラヴェイン?)』


 嫌な予感を感じたままに、内心に問いかける。


ーーーー『なんぞ?』


 少し不機嫌そうな声での応答。

 戸惑いつつも、今感じている疑問を率直にぶつけてみることにした。


『(例の悪魔に作り替えられた魔物や人が蔓延した期間って、どれぐらいだったか分かる?)』


 嫌な予感が、少しでも払拭出来れば良い。

 そんな、安価な気持ちだっただけ。


 だが、返答は、しばらく掛かった。


ーーーー『済まぬが、我もその辺りの記憶が飛んでしまっておるようでな…』


『(………って事は、分からない?)』


ーーーー『記憶の限りでは、我がソフィアから契約を持ちかけられた時には、既に世界の半数が落ちていたとしか分からぬ…』


『(………期間的には?)』


ーーーー『やはり、分からぬ』


 芳しくない返答だった。

 つまり、最悪の場合は、今も既に下っ端の悪魔が魔物や人を作り替えている最中であり、その波に新生ダーク・ウォール王国が既に飲み込まれている可能性が高い、となる。


 恐ろしいなんてものでは無い。

 ほぼ南端と北端で離れているダドルアード王国からは、実際に手出しが一切出来ない状況だからだ。

 気付いたら、世界の半数が落ちていたというアグラヴェインの言葉を借りるなら、気付けば大陸が半分悪魔の根城になっていたと言われても可笑しくない。

 それも、現段階で、既に。


 しかし、


ーーーー『ただ、今の段階で及ぼされている影響が、そこまで強くないのは分かる』


『(………どういう事?)』


 続いた言葉に、少しばかり落ち込んでいた思考が浮上する。


ーーーー『空がまだ青い。あの時は、既に空が赤黒く染まっておったのは良く覚えているからな…』


『(兆候が未だに、2つの太陽と枯れ始めた大地ってだけだから?)』


ーーーー『空も大地も赤と黒に染まったあの光景は、お主も見たであろう?』


 そう言われて、思い出すのは『石板』に触れた時、ソフィアの記憶からの『回想』として見せられた世界の光景。

 空は赤黒い雲に覆われ、大地は黒と赤に彩られていた。


 見上げた空は、太陽がまぶしいと感じる快晴の空。

 まだ、あの時の様な、世界の終焉の光景は現れてはいない。


『(そうだね、ありがとう。

 ………少しだけど、安心した)』


 嫌な予感は、相変わらずながら。

 それでも、未だに青い空の下にいる事が、最悪の事態までは言っていない事を表していると知らされて、現金ながらも安堵した。


ーーーー『それでも、油断はするでないぞ?』


『(うん、分かってる)』


 その言葉を最後に、アグラヴェインの声は途切れた。


 別に機嫌が悪いとか言う訳では無く、今はオレの内面から魔力を送り『聖龍ションロン』受けた楔の強化を行ってくれているから。

 戦闘に関しての呼び出しは仕方ないとは言え、それ以外での用事での呼び出しは最初に難しいと言われていた。

 今回は、答えてくれたけど、何度も呼び出すのは悪いだろう。

 なにしろ、オレの身体の事なのだから。

 謝りたいけど、そんなことの為に呼び出す事も出来ないので、これまた心苦しいままに会話を打ち切った。


「………精霊との対話か?」


 突如、言葉を区切っていたからか、怪訝そうに問いかけて来たゲイル。

 ああ、済まん。

 難しい顔で黙り込んだから、声を掛けられなかったのね。


「ああ。

 兆候が無いのは、油断は出来ないまでも安心して良いってさ」

「………2つの太陽と、枯れ始めた大地以外にか?」

「空が青い。

 兆候が進むと、これが赤黒い靄に覆われちまうらしいから…」

「ぞっとするな…」


 そう呟いたゲイルが、空を見上げて溜息を吐いた。


 ああ、そう言えば。

 例の『回想』の件、ちらっと生徒達には話したけど、ゲイルには言ってなかったっけ。

 丁度あの時は、ゲイルと喧嘩中(※一方的)だったしね。


 思えば、あの時期から早くも、2ヶ月か。

 長いようで短いものだ。

 ………その間に、オレは何度死にかけた事か。


 確かに、ぞっとするよ。


「まぁ、どのみち手出しが出来ない現状、気を揉んでいても仕方ない。

 しかも、例の『石板』の破壊を目論んだのが王女だったらしいと考えれば、自業自得とも言えるかもしれんが…」

「………国民が哀れだな」

「きっと今頃は、復興した事を後悔しているかもしれんね」


 ゲイルの言う通り、王国の失態で割を食うのが国民となると哀れとしか言えない。

 新生ダーク・ウォール王国が潰れた時、どうなるのか。

 神のみぞ知ると言う現状では、オレ達には祈る事しか出来ないまでも。


「巡礼の予定は、早めた方が良さそうだな。

 各国に話を付けて転移魔法陣を普及させて貰えば、オレ達も楽なんだが…」

「種族間の問題もあって難しいだろうが、それも一理あるか」


 巡礼は、予定通りに進めていく。

 それが、今では最善の策で、早急にオレ達が出来る終焉へ向けての緩和策だ。


 今時点で、既に1つが壊された。

 こちらが解放した精霊の数は、1つ。

 アグラヴェインはイレギュラーであるが、契約した精霊として換算して2体。

 一方、破壊した悪魔は2体。

 この間が、先にも考えた通りのたった2ヶ月だ。


 そう考えると、残りの精霊を解放するのが、1年越しとなりそうで気が遠くなってしまうまでも。

 それでも、『聖龍ションロン』の居場所が分かっているのは、デカい。


 そして、当たりだと思われている『石板』の場所が絞られているのも好条件。

 この際、禁忌と呼ばれようが転移魔法陣を駆使して、精霊の解放を優先出来るように立ち回らなければならない。


「………やる事一杯だな。

 パンクしそうなのに、オレは逃げ出せないなんて…」


 ついつい。

 口をついて、出た言葉だった。


 こういう時、悪いとは思っても重荷に感じてしまうのがこの肩書きだった。

 オレのこんなひょろっこい肩に、この大陸どころか世界の人間の命運が乗っかっている。

 そう考えると、途端に重苦しくなった。


 こういう時、羨ましいと思ってしまう。

 泉谷の事だ。

 行動云々はさておいて、彼は生贄か偶像の為に担ぎ上げられた人間。

 可哀想だとは思う。

 そして、そんな彼が偽物と断じられた時点で、重苦しい命運は背負っていない。


 だから、逃げられる。

 でも、オレは違う。


 そう考えてしまうのだ。


 つくづく、オレは根性無しのろくでなしだと、内心でどす黒い濁りが生まれてしまった。

 そのうち、アグラヴェインからの『断罪』のお誘いが来てしまいそうなものだ。


 見上げた空の色を、眼で追う。

 雲一つ無い快晴の空。

 それでも、晴天とは言わないとは、どこの気象予報士の言葉だったか。


 だが、それも束の間。


「あで…ッ」

「この馬鹿者」


 ごつ、と唐突に後頭部に走った痛みに、思わず小さな悲鳴を上げた。

 あれ、全く対応出来なかった。


 まぁ、隣にいたのがゲイルなのだから、警戒しろと言う方が無理なのだろうが。

 (※後から聞いたら、殴れたことにゲイルも吃驚していたとの事だったが………おいおい)


「逃げないから、お前なのだ。

 あんな半端物と比べて、自身を卑下するなと何度言えば分かるのか」


 いつぞやに、言われた事。

 自分を卑下するな、と。


 見栄を張って意地を張って、本心を見せずに故意に自身を貶めるな、と。


 殴り合った経験のある、あの時の事を思い出す。

 もう半年以上も前の事。


「………そういや、そうだったな」

「投げ出さないお前だからこそ、結果が伴った。

 むざむざ、我等の援護や後援を無駄にしてくれるな…」


 見れば、ゲイル以外にも頷いている面々が。

 先まで筋トレをしていた間宮はともかく、いつの間にか柳陸さんと叢金さんが頷いていた。


「(世界の命運を背負っているのは、オレ達も同じです。

 少しは、その背の重荷を分けてください)」


 跪いた間宮は、いつにも増して頼もしい。


『うむ、騎士殿の言う事も最もであろうな。

 我を始めとした『天龍族』は、この現状であっても逃げ出さない貴殿だからこそ、支援を決めたのだ』


 そう言って、オレの腕に巻き付いた彼の言葉も同じ。


「背負えぬ重荷は、分け合えば軽くなるものだ。

 はてさて、どれほど軽く出来るかは分からぬが、関わったからには一枚噛ませておくれ?」


 そして、最後の彼のこの一言。

 今まで、警戒をしていたのが、少しばかり薄らぐ程の効果があった。


 胸のうちが、熱い。


「………なんぞ、考え込んで居るかと思えば…」

「お前、未だに1人で戦うつもりでいたのか、と呆れてしまったぞ」


 振り返れば、嫁さん達もが同じようにたたずんでいた。

 呆れ交じり。

 それでも、口元は笑みでかたどられていて。


「嫁として、その命運とやらと戦う覚悟は出来ておる。

 1人で抱え込んでくれるなよ」

「………足りない分は、補える。

 それだけの修行はして来たつもりだ…」


 鼓舞の言葉とその声に、胸が締め付けられた。

 恥も外聞も無く泣き喚いて、抱き着いてしまいたいと思えてしまったぐらい。


 何を、1人で考え込んでいたんだか。

 オレ1人の肩に乗っかっている訳じゃなかったのに。


「うん………ありがと」


 それだけを言うのが精いっぱいで、少しばかり俯いてしまった。

 泣き言は言いたくないし、泣き顔だって情けないから見せたくないから。


 それでも、ばれてるんだろうね。

 彼女達も含めて、オレの周りにいる人間は皆、見ているところは見ているから。


 ………本当、敵わない。



***


 トレーニングの傍ら、校舎はいつも千客万来。

 今日も、随分と客が来ていたのは知っていた。

 主に勧誘やしつこい訪問販売なんかの連中は、護衛に就いている騎士団が断ってくれたりするんだが、オレかゲイルの指示が必要な人間と言うのは、時たまやって来る。


 今回も、そう言った手合いの人間が来たようだ。

 騎士団から呼び出しを受けて、裏手の出入り玄関に戻る。


「以前、手紙ではご挨拶させていただきましたが、改めまして新しく担当を引き継ぎましたパラディン・ターニア・トールと申します」

「ご丁寧にどうも。

 現『異世界クラス』校舎の責任者、銀次・黒鋼と言います」


 とはいっても、この間から以前の商売人から、うちの校舎の持ち回りを交代した新しい商売人が来ているとの事だった。


 初めてご対面となった商売人は、まだ若い少年だった。

 しかも、獣人である。

 ターバンのようなものを頭に巻いているが、腰元の布を押し上げる尻尾を見れば一目瞭然。

 年齢は、うちの生徒達とそう変わらなそうだ。

 茶髪にしては暗い色ながらも、短めのカットはこの世界でも珍しい。

 服装も、ターバンに合わせてか民族衣装のようにも見えるが、商売人としては合っている。

 眼鏡をかけた知性的な印象があるが、少しばかり緊張している姿を見ると微笑ましい。


「若輩者ではありますが、現『商業ギルド』ダドルアード王国支部の顔役となりましたので、今後ともよろしくお願いします」

「ええ、よろしくお願いします」


 丁寧な所作は、前の商売人と違って堅苦しい。

 だが、この年齢で顔役を任されているとの事であれば、この礼儀も頷ける。


 微笑みを向けながらパラディンと名乗った少年を観察していると、そちらからも多少ぎこちないながらも笑みを返された。


 ふとそこで、


義父ちちから聞いてましたけど、本当に綺麗な方ですね?」

「………義父ちち?」

「ええ、ファミリーネームにある通り、僕はダグラス・トールの義息子むすこですから」

「ええっ?」


 これには、応対したオレ達が驚いた。

 と言っても、同席している食事担当の榊原と香神は、接点が無かった為に分からないだろうけども。


 ダグラスの義理の息子さんって、………アイツ本気で何歳だよ!?

 まぁ、義理と言うからには、実子では無いから年齢は関係ないだろうけど…。

 と言うよりも、そう言う人間がオレ達の卸し業者に入った事の方が驚きだったんだが。

 なんて、偶然?


「知り合いが、『黄竜国』支部の統括店長なんです。

 その伝手で仕事を斡旋して貰っていたのですが、今回実績が認められて支部の顔役とさせていただいた次第でして…」

「ダグラスは、了承している話…なんだよね?」

「ええ、存じている筈です。

 僕が統括店長と『黄竜国』を出た時には、まだ義父が帰って来ていなかったので入れ違いになってしまいましたけど…」


 あれまぁ、それはそれは。

 ダグラスの帰還が遅れた理由としては、ガルフォンの体調が優れなかったから。

 その遠因となっているのは、途中『天龍族』に尋問された所為だったというのを知っている側としては、少しばかり申し訳ないと感じる。


「ああ、でも手紙のやり取りはありましたので、平気です。

 今頃は僕の手紙も届いている筈なので、詳細を把握している筈ですよ」

「それは、良かった。

 あ、その統轄店長さんって、もしかしてザエル・ウル・ローさん?」

「ええ、その通りです。

 以前はタイミングが合わず、顔を合わせられませんでしたが、今後もし機会があればとおっしゃってましたよ」

「これまたご丁寧にどうも。

 こちらとしても、御来訪をお待ちしてますね」


 と、和やかに歓談が進んだが、なんだかちょっと気が抜けた様子の彼に苦笑い。

 ダグラスから聞いていたのは手紙でのやり取りでの結果だったようだが、オレの見た目以外にももしかしたら聞いているのかもしれない。


 緊張の度合いに、畏怖が含まれている。

 大方、オレがジャッキーと1対1(タイマン)でどうにか出来る話が小耳にでも入っているのかもしれない。


 『予言の騎士』としては良いのかもしれないまでも、校舎責任者としてはどうなんだ?

 とまぁ、それはともかく。


「では、商談と参りましょうか。

 とはいっても、引き継いだ内容としては、納入品目はいつもと変わらない様子だったのですが…」

「ああ、えっと、そうですね。

 適度に季節ごとの野菜とかお肉とかは変えて貰ってますけど…」


 納入品目の目録だけを見せて貰いながら、確認する。

 うん、ここ数ヶ月の目録とほとんど変わらない。

 新しく、流通が始まった珈琲と蜂蜜の納入量が多少変わっているだけで。


 そういや、そろそろ乳製品も頼めないかなぁ?

 赤ん坊がいるから、そろそろそう言った製品の作成とか取り扱いに慣れておかないと、ぶっつけ本番とか怖いし。

 ついでに、生徒達にもそろそろ乳製品とかからカルシウム取らせてやりたい。


 ………まぁ、この世界の乳製品って、本家の牛じゃ無くて牛みたいな魔物とか山羊みたいな魔物とかの乳だったりするんだけど。


「乳製品となりますと、資料は此方にありますね。

 一応、王城や大手の飲食店に卸させていただいているルートがありますので、今日には無理ですが近日中には手配出来ます」

「あー………やっぱり、魔物の乳なんだねぇ」

「既存の動物とかは絶滅傾向にありますし、そも大型化し過ぎていて家畜としては養殖出来ませんからね…」


 目録に並んでいたのは、やはり魔物の名前。

 前にもチラッと触れた事があるだろうが、この世界の動物は街や国の中に生存繁殖している一部の種を覗いて絶滅傾向。

 その為に、生き残りを懸けただろう進化の過程で大型化してしまっているのだ。


 向こうの世界でも、クジラに船を沈められたとかあるだろう。

 だが、この世界ではその規模がその比では無い。

 島に上陸してみたら、その島自体がクジラか大型哺乳類の背中だったなんて事も有り得る世界なのだ。

 命懸けどころの騒ぎじゃない。


 と言う訳で、遠目にしか見た事は無いまでも、野生動物は総じてデカい。

 小山ぐらいあるものがざら。

 と言う訳で、養殖繁殖も不可能な為に、この世界では魔物で代用しているとの事だ。


「とはいえ、乳製品はどのようにお使いになるんですか?

 王城では薬として卸していますし、飲食店等でも酒に割って飲む薬酒の扱いとなっておりますが…」

「………あれ?」

「先生、ちょっと考えれば分かるじゃん」

「この世界の基準をオレたちの世界の基準で考えちゃ駄目だろ?」


 ああ、すっかり忘れていた。

 この世界、生活基準が江戸時代か戦国時代にタイムスリップしているような世界だったものな。


 あれ?

 でも、出回ってるミルクとかって?

 オレ達、王城とかで接待を受けた時に、出て来る事が多いんだけど?

 斯く言うオレ達の校舎にも、貰い物とかでストックがあるんだけど?


「………ええっと、多分コルコルの実を絞った果汁ですよね。

 ミルクって呼ばれているものは、基本的にそちらを指してますけど?」

「ええっ、あれ、ミルクじゃないの!?」


 驚きの事実、発覚。

 オレ達が普通にミルクだと思っていた代物が、実は乳製品じゃ無かった。

 果汁とか聞いて、うっかり手元のミルクポットを凝視。


「それでも、赤ん坊とかの飲み物として、十分代用出来る代物ですよ。

 魔物とはいえ乳は、市井には高価すぎますから…」

「ああ、薬扱いだからか…」

「ええ、滋養強壮に良いので、ご要望があれば手配出来ます」

「あ、いや…うん、えっと………」


 正直に考えてみて、滋養強壮っているか?

 っていうか、魔物の名前ばかり気にしていたから金額見てなかったけど、確かに薬扱いで高いわ、乳製品。

 衛生面も心配なので、これはちょっとばかし自重するべきか。

 でもなぁ………、伊野田にお菓子が作りたいって強請られてるんだよなぁ。

 工夫すればなんとかならんことは無いと思っているから、伊野田も頑張ってるからご褒美として要望も叶えてやりたかったんだけど…。


「けど、先生。

 この世界の乳製品、どこまで濃いのかによるんじゃないのか?」

「えっ、薄いの?」

「ほら、昔の日本でも確か、乳製品って飲まれたり使われ始めたの遅かったじゃん。

 あれ、牛や山羊の食べてるものが現代と違い過ぎて、薄くて飲めたもんじゃ無かったからだった筈だぜ?」


 香神から言われて、これまた驚きの事実。

 オレ的には、確か宗教上の問題だと思っていたけども、こういった裏事情もあったのかと納得。

 つまり、今のまま乳製品を仕入れても美味しくないと言う事。

 そんなのでバターやらチーズやら作れるか?と聞かれると、答えは否だ。

 コストが掛かり過ぎる。

 だって、必要量を準備するのに、現代で考えていた分量の倍以上が掛かるなんてことになったら、この金額も相俟って叢金さんの一ヶ月の食費と同等になるぞ?


「うん、済まんけど却下だね。

 オレ達としては、この果汁のミルクで十分だわ…」

「そうでしたか。

 まぁ、貴族の方でも滅多に飲まないですから」


 と、乳製品は諦めて、大人しく果汁で我慢する事にした。

 果汁でも、十分カフェオレは作れるし。

 伊野田のご褒美に関しては、別方面でカバーする事にしよう。


 さて、んじゃあ話を戻して、納入品目の確認となる訳なんだが、


「ただ、申し訳ないんだけど、今回向こう1ヶ月分の手配は一旦停止して貰いたいんですが…」

「えっと…どちらかへ、お出かけでしたか?」

「ええ、巡礼に向かう予定が来月からありまして。

 いつも通りの品物を受け取っても消費出来ないとなってしまうので…」


 かくかくしかじか、と大したことも言えんのだが説明を。

 来月からは校舎を空けて、大多数が出向予定だ。

 留守番組もいるにしたって、どう考えても今まで通りの納入を受けたままだと食料が余って勿体ない事になる。


「それは、………残念ですが、職務となれば仕方ありませんね。

 お戻りの予定に合わせて再度納入に伺いますが…」

「ええ、それでお願いします。

 今月分は1週間分として…」


 とそこで、後ろからちょいちょいと背中を突かれた。


「それなんだけど、………出来れば、ウチで納入した品物、孤児院に届けてやる事って出来ねぇ?」

「………香神…」


 今までのやり取りに待ったを掛けたのは、香神で。

 彼は彼で、少し苦い顔をしながらも、オレと納入品目を見比べて罰が悪そうに微笑んだ。


「サマンサ先生、わざわざ市場を走り回って買い物してるの、見た事あるんだ。

 その間、子ども達は上の子達がまとめて下の子達の面倒見るとかで、………正直心配だから…」


 ああ、なんて良い子。

 そんなこと言われてしまっては、オレも断れないじゃないか。


「………分かった。

 ただし、届ける時はオレも同行する」

「よっしゃ!ありがとうな、先公!」


 そう言って、笑った香神。

 「永曽根にも伝えて来る!」なんて言って、年甲斐も無く裏庭に駆け出した。


 あんな姿を見るのは、初めての事。

 いつも斜に構えて、落ち着いた雰囲気があった香神だったからこその珍しさ。


 ついつい間宮や榊原ともども、苦笑を零してしまった。


「………えっと…、では納入先は孤児院にした方がよろしいでしょうか?」

「ああいや、選別は此方で行いたいし、生徒達の訓練にもなるからこちらに納入してください」


 と、話が止まってしまっていた為、パラディン君には申し訳ない。

 香神達の申し出を飲むなら、今回の目録に関しても変更なしで良い。


「生徒さんもですけど、………その、なんというか奇特な方ですね」

「まぁ、腐らすよりは使った方が健全でしょう?」


 成金のような台詞で心苦しいまでも。

 それでも、金があるのは本当の事だし、出来る限りの事をしてやりたいという生徒達の気持ちを汲むからには、この程度造作も無い。


「では、今回は納入品目に関しては、変更なく。

 こちらに、サインをお願いします。

 金額に関しては、後払いも受け付けますが…」

「今ここで構いませんよ」


 そう言って、間宮に物置に金貨袋を取りに行かせる。

 こういった卸し納入は後払いかつけ払いが普通だと聞いているが、オレがいつも校舎にいる訳では無い為いつも即決で払っている。

 後腐れが無いのが、一番良いしね。

 それに対しても、パラディン君はどうやら目を白黒させてしまっているようだけど、これがうちの校舎の普通なので慣れてください。

 慣れれば、楽で良いと思うよ?

 往復前提が1回になる訳だから。



***



 納入品の確認が終わって、孤児院への寄付の選別は香神達に任せた。

 パラディン君も初めての訪問が無事終わって、ほっとした様子をしながらも帰って行ったので、お互いに顔合わせは良好な形で終わったと思える。


 若いのに、しっかりしている。

 ダグラスが養父だというのだから、当然だろうか?


 さて、ところで、先ほどから少々気になっている事が一つ。


「いつまで、そこで雑誌を読んだふりを続けるんだ?」

「テメェの仕事の邪魔にならないようにしていただけだろうが…」


 というのは、ソファーにふんぞり返ったままのハル。

 傍から見てもだらしない。


 今日は、ヴァルトがラピス達と共に魔法陣研究。

 研究所にお籠りしているとの事で、実質護衛の手間が無いとの事だった。


 ………だからって、客のいる前でふんぞり返っていなくても良いじゃないか。


 呼んでいるのも、雑誌と言うよりは冊子。

 最近、街の中に置かれ出した、有名店や重要スポットなんかが書いてある冊子なんだが、これもオレ達が来た事によって考案されたものらしい。

 生徒達が漏らしていた案内が無いという言葉を聞いて、騎士団から王城へと話が上ったようだ。

 それで、早速パンフレット作っちゃった国王の行動力が凄いよ。

 概ね好評のようで、後々には無料配布だけでは無くもっと詳しい内容が分かるような大判冊子を大々的に販売予定とか。

 これもある意味で、資金が潤沢になった恩恵に当たるのかねぇ。


「んじゃ、オレの仕事も片付いたんだから、用件をどうぞ?」

「けっ、こちとら王城の往復してやってんだから、茶でも出して持て成せってんだ」

「王城の往復?

 今日、何か連絡事項ってあったの?」

「いや、聞いていない」


 小首を傾げて、問いかけるのはゲイル。

 彼は納入品目の確認を終えたオレたちの傍らで、首を振っただけだった。


「まぁ、オレが呼び出されたのは別件というか、………国王陛下からじゃねぇからよ」


 そう言って、ハルは面倒臭そうに手紙をローテーブルへと放った。

 機嫌が悪いのは、一目瞭然。

 手紙の内容か、差出人が関係しているのだろうか?


「………宛名はあるけど、差出人が無い?」

「開けて見りゃ分かるさ」


 そう言って、間宮が差し出した珈琲を、行儀悪く啜ったハル。

 どうやら、本気で渡したくなかったけど、オレに渡さないと始まらないから不承不承。

 なんか、メッセンジャーの様な事をさせてしまっている気がして、申し訳ない。


 と、オレはその場で手紙の封を切った。


「………泉谷か?」

「何だと?」

「(どういう事です?)」


 オレが気付いたと同時に、ゲイルと間宮が目の色を変えた。

 ハルはやはり分かっていたのか、鼻を鳴らすのみ。


「護衛の連中を頼って、オレ経由。

 どうやら騎士団にも、王城にも触れて欲しくなかったらしいが、校舎に届ける時点で護衛に見られるって事は気付いてなかったらしいな」

「………分かっていながらも、ゲイルの前で出したのはわざとだろ?」

「お前のお守りがいなくなる時間があるかってんだ」

「いや、私は別にコイツのお守りでは…」

「揶揄だよ、堅物!」


 なんて、即席コントをしている2人のやりとりを聞き流しながら、手紙に目を通す。

 ………まぁた、非常識な事を書いてくれちゃって。


「ん、読んでみ」

「良いのか?」

「お前に読んで貰って、判断して貰わないとどうしようもない」

「………お守りだからか?」

「護衛だから!

 テメェ、ちゃっかり気に入ってんじゃねぇぞ!?」


 揶揄われた内容を、そのままオレに差し向けて来てんじゃねぇ!

 と、こちらも即席コントとなったことで、今度はハルが大爆笑をしていたまでも。

 ………コイツ、最近笑いの沸点が低すぎる。


「………お守り…ゴホン。

 護衛の観点から言うと、オレとしては賛同出来んな」

「咳払いの前の言葉は聞かなかったことにして…」

「痛いッ!

 聞かなかったことにするのではないのか!?」


 更に揶揄おうとする馬鹿に、鉄拳制裁。

 ここで、間宮ですらも笑みを零していたが、ゲイルから回された手紙を読み出してからすぐに顔が強張った。


「(………ふざけているとしか言えませんが?)」

「それはそうなんだが、おそらくアイツとしてはこれが精いっぱいなんだろうね。

 どうしたって、オレともう一度全面対決をしたい訳だ」


 内容は、果し合いと言っても過言じゃなかったから。

 簡潔ではあるが、内容はこう。


『本日の夜、話し合いの席を設けて欲しい』


 内容に関しても何も書いていない。

 挨拶文も無し。

 かしこも無しってんだから、始末に負えない。

 時代が時代なら、これだけで果し合いの文面と取って全面対決まっしぐら。


 しかも、今日の夜ってなんだよ。

 自身の予定ばかり優先して、こっちの予定は丸無視じゃねぇの。


 まぁ、そうは言っても、予定は空いてるんだけどさ。

 だが、話し合いの席と言われても、これ以上何を話せというのか。


「探ってみようと思っても、明日出立する事を生徒達に通達した後は部屋に閉じこもったままだとさ。

 手紙を届ける様に伝えた以外は、護衛達にも詳細は明かしちゃいねぇ」

「………まぁた、護衛を無視して行動しようって魂胆だろうな」

「………仕方無い奴だな」


 そう言って、溜息半分にゲイルが席を外した。

 玄関に向かった為、護衛の面々へと指示を出しに行ったのだろう。

 向こう随伴の護衛達は仕方ないにしても、こっちの王城騎士団まで出し抜かれてはかなわない。


「ああ、ゲイル。

 だとしたら、ついでに場所の指定も入れておいてくんない?」

「………うん?」

「これで振り回されるのも最後だろうから、仕方ないから付き合ってやるってぇの。

 だから、場所の指定もお願いね」

「………心得た。

 本当に護衛ではなく、お守りの間違いでは無いと今気付いたよ」

「テメェ、ナイフ口に突っ込むぞ?」

「だぁっ!?

 先に、足下に突っ込んでおいてか!?」


 鉄拳が届かないので、ナイフを足下に投げておいた。

 飛び上がって避けた馬鹿ゲイルは玄関に頭を打ち付けていたが、知るものか。


 と言う訳で、


「………予期せず、今日の夜の予定が決まった訳だ」

「忙しい奴…」

「放っておいて、否定できないから…」


 きっと、知らせたら嫁さん達にまた嫌味を言われてしまうだろう。

 おにょれ、泉谷め。

 言われた分の嫌味は、勿論熨斗付けて返してくれるわ。



***



 結局、今日も今日とて予定が決まってしまった為に、渋々ではあるが夜の街に繰り出した。

 予想通り、嫁さん達には嫌味を言われたが。

 嫁さん達と言わず、詳細を教えた生徒達にすら言われたが。


 この溜まったフラストレーションは、勿論泉谷にぶつけてやるつもりである。

 八つ当たり上等。

 アイツに同情する気概は、今回を持って無くなった。


 ………まぁ、どのみち最後になるだろうから、良いんだけど。


 オレとゲイル、その他護衛の騎士達と共に、賑わいを見せている夜の繁華街を歩く。

 商業区は、夜になると海外のダウンタウンを思わせる様相を見せるから、やはり騎士団としても心配だそうだ。

 手紙の内容には、オレ1人を前置きがあったのだが、向こうも騎士団に取っ捕まって行動制限されているから変わらんだろう。


 今回は、間宮は置いて来た。

 アイツ、この関連で暴走したら、止めるのが苦労しそうだし。


 ラピスもローガンも付いて来たがっていたけど、こちらも遠慮して貰った。

 ローガンはともかくラピスは、前科があるという面で連れて来る気は無かったしね。


 そんなこんな、


「………。」

「お疲れさん、と。

 まぁた、護衛を出し抜こうとしたらしいけど、ウチには防衛の要がいるんだから無理だっていい加減分かれよ」


 撫すくれた表情の泉谷。

 周りには強面の騎士達。

 囲まれて、所在無さげでもある。


 そんな彼に向けて、早速嫌味をぶつけておいた。

 勝手な行動で迷惑するのは、お前だけじゃないっていい加減気付きなさい。


「んじゃ、立ち話も何だし、悪目立ちだから場所移動しようか」

「………この先に、空き地があると聞いています」

「オレを空き地に誘導するのは構わんが、それを許してくれる相手がこの場にいるとは思わんほうが良いぞ」


 考えればすぐに分かる事を平気で言う辺り、彼は阿呆なのだろうか。

 そして、話し合いの席を設けろと言っておきながら、空き地に誘導しようとするとはどういうこった。


 早速、殺気立った泉谷を囲む騎士達。


 見慣れない顔ぶれだけど、多分王城勤務の白系騎士団だと思うんだ。

 『白雷ライトニング』騎士団以外にも、オレの事ちゃんと敬ってくれている騎士がいるのね。


 案の定、無言の恫喝を受けて、泉谷がオドオドとし始めた。

 中には、獲物に手を掛けている血の気の多い騎士もいるから、ゲイルに目配せをして落ち着かせたけども。

 この程度の恫喝でびくびくするぐらいなら、最初から呼び出さない方が良かったと思うけど?


 まぁ、そんなことをしていても始まらない。


「行きつけではないけど、近くの酒場に席を取ってあるから付いて来い」

「………酒場でなんて、まともに話が出来るとは思いません」

「オレは、空き地の方が話し合いが出来るとは思わんよ」

「………ッ」


 コイツ、やっぱり阿呆だ。

 しかも、言わせて貰いたいんだけども、


「お前、オレやこの国の騎士団の信用を落としたい訳?

 空き地にオレ含めた騎士団が勢ぞろいって、私刑リンチか悪だくみと取られて、謹慎処分対象になるんだけど?」

「………そ、それは…ッ」

「当たり前の事だけど、オレは顔が知れているから余計に人目に付くのは不味いんだよ?

 それぐらい分かんない?」


 黙った泉谷に、今回はオレが鼻を鳴らして踵を返す。

 分からないから、こんな夜に呼び出し掛けて来て空き地に誘導しようとしたんだろうが。


 言われなきゃ分からないとか、末期である。


 まぁ、近くの酒場と言っても、結構お洒落なバーみたいな場所なんだけど。

 いつも職員会議とかで使っている安い酒場とか格式の高い酒場でも良かったんだけど、オレが行きつけと言う場所はどうしても使いたくなかったの。

 コイツにオレのいつも使ってる場所が知られるのが、なんか嫌。

 コイツの掛かりは、オレが出す事になるのは分かってるし最初から、格式高い酒場は除外していたしね。


 と言う訳で、騎士達に2番目に人気のある酒場へとご案内。

 こっちも個室があるが、どちらかと言うと安い酒場や現代の居酒屋のような形だった。


 同席するのは、ゲイルだけ。

 残りは、他の個室スペースや、酒場の外で待機。

 とはいっても、そのままだと目立つので交代で職務に差し障りない程度なら飲んでも良いと言ってある。

 その分の掛かりもオレとゲイルで出すと言っているので店の営業的には大丈夫だろう。

 なんか、咽び泣く勢いで喜ばれたけど、騎士団ってそんなに安月給?

 (※後から聞いたら、心遣いが有り得なかったとか…)


 これまた、所在無さげに席に付いた泉谷。

 てきぱきと注文をして、勝手に酒やらつまみやらを頼んでいるオレ達の姿を、睨みつけている。

 ただ、やはり緊張している事も相俟ってか、気もそぞろだったが。


 オレ達としては、怖くもなんともない。

 そして、目の前で酒を飲むのは、脅威とも思っていないアピールである。


 こちとら、最初から虐める算段付けているからね。


 運び込まれた酒のグラスや、つまみの類を見てまたしても睨んで来る泉谷。

 彼は結局果実酒を頼んだけど、こういうところでもオレとは違うらしい。

 まぁ、オレの場合は完全にイレギュラーとしか言えないだろうけど。


「乾杯は、いらないだろう?

 アンタとは、慣れなう気も無いんだから…」

「…だったら、お酒の席に誘うのはどうかと思いますけど?」

「酒が入って無きゃ、アンタの相手なんて出来ねぇし?」

「………空き地に誘うのもどうかと思ったが?」


 先程の一件を更に、揶揄として揚げ足取りに掛かるゲイル。

 今のはいいジョブだったので、お仕置きはしない。


「ッ…!

 そ、それは、人目に付かない方が良いと思って…ッ」

「騎士団引き連れて空き地に入ったら、逆に人目に付くわ」

「それは、貴方が約束を守ってくれなかったからじゃないですかッ」

「約束なんて、いつどこで誰がしたんだって話。

 ついでに言うなら、最初の王国との約束を反故にして黙って出て来ようとしたアンタの方が信用もクソもねぇから…」

「…ぐっ」


 何が約束だよ、阿呆らしい。

 最初の約束も守れない奴が、契約云々を持ち出すんじゃねぇよ。


 こっちは、最初から騎士団出し抜いて、1人で抜け出したことは騎士団経由で既に知ってんだ。

 コイツが騎士達に囲まれていたのが良い証拠。

 昼間のうちに、ゲイルが報せてたからね。

 もし随伴が付かないようなら、連行しろって。

 その時に場所の指定をしたのは、オレだけども見事に引っかかった訳だ。


 馬鹿な奴。

 随伴の1人でも付けていれば、強面の騎士達に恫喝される事も無かったのに。


 しかも、コイツ等は前科何犯かもしれない。

 随伴が付いていた事の方が珍しいんじゃないの?と胡乱げな表情をしてしまうのは、仕方のない事だっただろう。


 まぁ、そろそろ話が進まないので、一旦恨み言は置いておいて。

 シガレットに火を点けつつ、手酌でグラスに酒を注ぐ。


「んで、話し合いとは言っても、実際何が話したい訳?

 オレとしては、アンタと共有する事も無ければ、共有したい事も無いんだけど…」

「そ、そんな…ッ!

 じょ、情報を隠すつもりですか!?

 この間の貴族が集まった会議でも、僕の知らない内容を知っていた癖に…ッ」


 早速噛み付いて来た、泉谷。

 イラついて話が進まないかと思えるけども、


「オレとアンタの立場、何?」

「----ッ!」

「立場云々をとっても、対等では無いよね?

 オレは本物、アンタは偽物。

 この国ではオレは崇められているけど、アンタはどうなの?」


 実際、泉谷の暴論に関しては、実に簡潔に一蹴出来る。

 オレは既に『天龍族』からのお墨付き貰った、正真正銘の騎士だ。


 だからこそ、こうして堂々として居られる。

 だけど、彼は違うだろう。

 ましてや、彼は生徒達の前では一度も話し合いの席を設ける事も無く、偽物と断じられた云々の話もしていないとの事。

 ハル以外の間諜が張り付いている間も、一度も共有していないそうだ。

 そんな奴を同等とみる事自体が、オレには無理。


 見下したい訳じゃない。

 ただ、同じ土俵に立っていたくないだけ。


「だって、アンタに必要な情報なんて無いでしょ?

 まだ、『予言の騎士』としての職務を続けるつもりな訳?」

「………だ、だって!

 僕等には、それしか…ッ」

「それで、今度はどれだけの被害を出すの?」

「----ッ!?」


 既に、涙まで浮かべ始めた泉谷。

 言い方がキツイとは思うが、気にするものか。


 ねぇ、何度も言うけど、アンタは既に前科持ちだって分かりなさいよ。

 それこそ、オレの様に過去に脛傷じゃない。

 オレの過去は、オレが話さない限りはこの世界の人間には知られようも無いと分かっているからだ。


 だけど、彼は違う。

 この世界の人間が知り得る事の出来る、未曽有の大惨事を起こしたじゃないか。


「同じような事故が起こらないと、何故言い切れるの?

 同じように誰かを犠牲にしても、職務の為だから仕方ないと?」 

「………そんなこと、思ってません…ッ」


 なら、何で未だにその地位にしがみ付いて、未だに同じことを繰り返そうとしているの?

 悔しそうにしている顔は、内心を表しているとつぶさに分かるけど。


 でも、同じような事が起こらないという確証も無いのに、野放しには出来ない。

 今だって、結局一部の過激な生徒達の手綱は握れていない事は分かっているのだから。


「アンタがやらなくても、他の生徒がまた同じことをするよ。

 その時もまた責任逃れするつもり?

 自分の所為じゃない、生徒が勝手にやったことだって言って、自分だけ安全地帯から傍観するつもりなの?」

「………~~~ッ!」


 オレの言葉を受けて、遂に俯いた泉谷。

 こりゃ、このまま話が進まないままで終わりそうな気がする。


 酒もシガレットも不味くて堪らんよ。


「………まぁ、良いや。

 立場云々言ってたら、このまま朝まで説教になちまいそうだし…」


 思考を切り替え、とっとと終わらせる方向にもっていこうとする。

 面倒は早く終わらせたい。

 明日からは別の案件で忙しくなるので、早めに休んでおきたいという本心もあるし。


「何が話したかったのか、言ってみてよ」


 凹ませた手前のオレが言える事では無いが、話を促した。

 二本目のシガレットに火を点け、酒のグラスを傾ける。


 その間、泉谷は俯いたままだったが、


「結局のところ、『予言の騎士』の職務って何なんでしょうか」


 ぽつり、と言葉を漏らした。


 そこから、泉谷は淡々と話し始める。

 まずはそこからだったか、とオレ達が絶句するのにも気付いていない様子であるが。


 曰く、新生ダーク・ウォール王国からの要請があった時の事から、ずっと疑問に思っていた事らしい。


 まず、『予言の騎士』は1人だと聞いていた。

 なのに、蓋を開けてみれば、ダドルアード王国から擁立されたオレ達がいる。

 しかも、オレ達の行動は、言っちゃ悪いが突飛であり異端であった。


 『女神の予言』の内容は知っていても、『予言の騎士』としての職務は分からないまま。

 各地の『石板』を巡礼し、解放する。

 それだけが職務だと言い聞かされて来た。

 そして、今までその目的の為に、彼等は一貫した行動を貫いて来た、と。

 そうすれば、誰もが『予言の騎士』だと認めてくれるから、と丸め込まれたような形でもある、と。


 寄り道はしたが、それも生徒達の要望で、職務に差し障りが無ければと許容して来た結果。

 それが、あんな大惨事につながるなんて、予想もしていなかった。


 言い訳染みた言葉も、いくつか零されていた。


 オレ達が相槌を打たない事すらも気にせずに、彼はぼそぼそとしながらも言葉を続ける。


「でも…」


 そう言って、言葉を区切った時。

 ややあって顔を上げた泉谷が、オレの事を涙目のままで睨み付けていた。


「貴方は、そんな事をしなくても、認められていた」


 そう言って、彼は自棄気味に果実酒のグラスを煽る。

 氷が解けて、すっかりと薄まっているそれを半分ほど飲み干してから、


「………『石板』の巡礼すらしていないのに、貴方はこの国では崇拝されていた。

 何が違うんですか?

 僕等がやって来た事が、間違いだったんですか?」


 この泉谷の問いかけに、咄嗟にオレは口を開けなかった。


 正直、間違いだったと言い切るのは、少し違う。

 コイツも迷いながらではあるが、やれることをやって来たと言いたいのだろう。


 最初の時のオレと同じで、手探りの中で真実を探していた。

 その時のもやもやした気持ちや、情緒が不安定になる気持ちは確かにオレも知っている。


 ………けどなぁ。


「………旅を急ぎ過ぎたんじゃないの?」

「だって、………それは新生ダーク・ウォール王国が…」

「追い出されたとしても、護衛の随伴はいたんでしょ?

 そして、生徒達もそれなりに経験値を溜めようとして、冒険者ギルドの依頼を受けていたんだろうし…」

「それはそうですが…」

「オレ達としては、再前提として戦闘能力が無いと動けないと分かっているから、最初の内は巡礼も最小限だったんだよ。

 情報は集めていたけど、まずは旅に堪えられるだけの知識と経験が無いと始まらないと考えて…」


 少し考えれば、分かる事。

 彼は、先を急ぎ過ぎた所為で、肝心の基礎を疎かにしただけ。


 聞く限りでは、最低限新生ダーク・ウォール王国の騎士団からの手解きは受けたらしい。

 しかし、それ以外で力量を上げる為の訓練や、強化は行っていない。

 せいぜいが装備を増やした程度と言われても、それで各自の力量が底上げされるかどうかなんて、たがが知れている。


 違いを求められても、前提が破綻しているのだから無理な話。


「一か所に留まる事も出来た筈だ。

 いくら新生ダーク・ウォール王国を追い出されたとしても、リンディーバウムやシャーベリンで少し立ち止まってでも、経験値を上げる事は出来た筈。

 依頼でなくても、街道の魔物を狩ればそれなりの実戦経験にはなっただろうに」


 そう言って、一度言葉を区切ってから、


「ゲイルは騎士団に入った当初、どのぐらいの準備期間があった?」

「オレの場合は、元々の鍛錬があったから早過ぎるきらいがある為、宛てにはならんと思うが…。

 ………それでも、騎士団に所属してから、実戦に出されるまでは2ヶ月以上掛かっていた筈だな」

「………僕等もそれぐらいです」

「でも、先にも言った通り、ゲイルは最初から武芸の心得があった前提がある。

 それと同等と考えるのはちょっと無理でしょ?」

「………それは、そう…ですが…」


 実戦経験の無い生徒を、2ヶ月で放り出す。

 それは、流石に有り得ない。

 基礎が出来上がっていないのに、応用をさせようとしても失敗するだけだ。


 なのに、新生ダーク・ウォール王国はとっとと彼等を放りだした。

 意図が読めない。


 それに、


「職務に関しては、そうやって旅をしている間に少しでも情報を集められたと思うけど?

 『聖王教会』だって冒険者ギルドだって、『女神の予言』については話を聞けば答えてくれた筈…」


 手探りだったというなら、何故探らなかったのか。

 正直言ってしまえば、旅をしている間に移動時間と同じだけの時間を調査に向けられたとしても可笑しくないのに。


「それは、………巡礼を拒否されてしまって…」

「なら、『聖王教会』じゃなくても良かった筈だ。

 冒険者ギルドでも、信徒は多いから情報は仕入れられた…」

「………そんなこと言われても…」


 と、泉谷が意気消沈した形で、また俯いた。

 本当に面倒臭いな、コイツ。


「『女神の予言』って、信徒じゃなくても知ってる人間は多かったよ?

 ダドルアード王国は『聖王教会』本部があるという事を差っ引いても、オレ達が集めたかった情報はそれなりにすぐに集まった」


 まぁ、騎士団からの情報と言うのもあったけども。

 敬虔な信徒という観点で言うなら、この場にいるゲイルも同じことだしね。


「リンディーバウムって、国みたいなもんじゃなかった?

 王族では無いけど、領主みたいなのはいたんだよね?」

「没落した元王家が貴族としてそのまま、領地を経営している形となっているがな…」

「じゃあ、シャーベリンは?」

「あそこは独立した街ではあるが、『青竜国』の属国扱いだったからな。

 ただ、『聖王教会』の支部もあるし冒険者ギルドもある為、管理に関してはほぼ独立していると言っても良い」


 と言う訳である。

 いつの間にか顔を上げていた泉谷が、心なしか顔を赤らめながらオレ達の様子を伺っていた。


「つまり、やろうと思えば、情報はどこでも仕入れられた訳だ」

「旅を急いで、物資補給や巡礼のみで終わらせたからこその盲点だっただろうな」

「それに、『黒竜国』とか『青竜国』回ったなら、そこでも王城なりなんなりで集められる情報があったんじゃないかな?」

「『青竜国』は成り立ちが難しい国だから分からんが、『黒竜国』では出来ただろうな」

「………追い出されてしまったと言ったじゃないですか…ッ」

「追い出されるような事をしたのが悪い」

「同感だ」

「----ッ」


 口答えは、オレ達2人で簡単に轟沈させる。


 何を逆切れしているのか。

 当たり前の事ながら、情報収集って一番怠っちゃいけない事だと思うんだ。

 分からない事なら、調べなきゃ。

 生徒達にも一貫してそう教えて来たからこそ、オレ達は情報をまとめるのも早い段階で済んだ事もあるし。


「しかも、それ生徒達にちゃんと共有してる?

 基本的にオレだけじゃ手が回らない事もあるから、生徒達に手分けしてやって貰った事も多いよ?」

「………そんなことをしても、誰も聞いてくれなくて…」

「最初の段階で、ちゃんと信頼関係築いていないアンタが悪い」

「………同感だな」

「うぐっ…」


 これまた轟沈させてから、更にグラスを煽った。

 3本目のシガレットがそろそろ苦くて咽そうなんだけども、


「そもそも、アンタが教えて貰った職務の内容が、合ってるなんて誰も思わないんじゃない?

 『石板』を回るだけならまだしも、壊して回るなんて事『聖王教会』が許す訳無いじゃん」

「で、ですが、実際には、悪魔を解放して…ッ」

「『石板』を壊して解放した悪魔は、今後何をするか知ってて言ってる?」

「………ッ」


 本当に分かっていないようだから言ってやる。

 コイツ等がどんな方法を使ったのかは知らない。


 それでも、世界の終焉の引き金を引いた一端は、彼等にあるのだから。


「遺跡には、悪魔の尖兵が精霊の魔力によって封じ込められていた。

 だが、『石板』を破壊した事で、精霊だけではなく悪魔も解放され、災厄を目覚めさせる準備を着々と進めているんだ…」

「そ…んな…ッ」

「本来なら、精霊を解き放った段階で、悪魔が消滅する術式を掛けられていたのが『石板』だったんだ。

 なのに、お前達が考えも無しに破壊した。

 その所為で、消滅する筈だった悪魔が解放されて、今もこの世界で自由に活動出来てしまっている」


 これがどういう意味か、分かっているのか?

 本当に、それだけを聞きたい。


 その所為で、この先何百何千という命が失われる事になっても、まだ彼等は『予言の騎士』を名乗り続けて、職務だと言い張れるのか、と。


「そんなの、僕は知りませんでした…ッ!

 だいたい、『石板』の破壊だって、王女に言われただけで…ッ」

「その王女が既に間違っていたんだ!」

「…ッ!

 ……それでも、僕は…ッ!」

「関係ないとでも言うつもりか!?」


 言い訳は、もう沢山だ。


「何故、可笑しいと考え無かった!?

 『女神の予言の石板』は、それこそ厳重に守られて然るべきものだと『聖王教会』が隠し続けていたのに…ッ!」

「そ…れは…ッ」

「なのに、お前はのうのうと従って、『石板』を破壊した!

 その所為で、既に災厄の手下である悪魔達が、人間や魔物を作り替えて軍隊を作り上げる基礎を固めているんだぞ!?」


 知らなかったと、言い逃れをする事はもう許されない。

 その次元に、既に突入してしまった。

 過去の事は変えられない。


「何が職務だ!?何が使命だ!?

 お前は、終焉の加速を手伝っただけに過ぎないのにッ!!」


 そう言って、テーブルを叩いた。

 同時に、テーブルから異音とひび割れの音が響く。


 ………不味い。

 またしても、酒場での弁償事となってしまうのは、流石に外聞が悪い。


 黙り込んだ泉谷。

 目には涙。

 口をあくあくと開閉し、それ以上の言葉を探しても出て来ないのか。


「だから、オレ達はアンタ達を糾弾するんだ!

 扱き下ろすとかそう言った次元ではない!

 アンタ達とアンタ達を擁立した国の所為で、更に世界の危機が迫っているからオレ達だって擁護しようとも思えないんだよ!」


 オレ達が終焉を食い止める為に行って来た事、全て。

 それが、無駄にされるかもしれない。


 なまじ、その無駄にされるかもしれない、その状況を全く関知出来ず、手出しも出来ない現状だ。


「だから、もう辞めてくれ!

 職務だとか使命だとかも、もううんざりだ!

 アンタ達が動く度に事態が悪化するんじゃ、オレ達がどれだけ足掻こうが何も出来ない!」

「…だったら、僕は本当に何なんですか!?

 今まで、僕達がやって来た事全てが、無駄だったなんて…ッ!!」

「偽物なんだよ、アンタは!

 生徒達だって担ぎ上げられただけで、巻き込まれたも同義だ!」

「~~~ッ!!

 ………それでも、僕達にはこれしか無いんです!

 巡礼をして、各地の魔物を退治するしか方法が…ッ!!」

「それを辞めろと言っているんだ!

 これ以上、アンタ達の中途半端な正義感を振り回して、引っ掻き回すな!!」


 再三の申し出に、泉谷は身体全体を瘧のように震わせて、黙り込んだ。

 ここまで言わなければ分からないなんて。


 少々、荒げた息を無理矢理抑え込みつつ、グラスを乱暴に煽った。

 酔い始める気配が無い事にすら、腹立たしく思いながら。


「………だから、言ったんだ。

 もう、アンタ等は、自分の国に大人しく帰ってくれと…」

「でも、…それじゃ…今まで、何の為に…ッ」


 呆然自失。

 体現するかのような泉谷の様子に、溜飲すらも下がらない。


 だが、言いたいことは言った。

 もうこれ以上は、何もしないでそのまま国に帰ってくれれば、オレ達としてはどうでも良い。


 ただ一つ気掛かりなのが、同行している虎徹君達だが。

 彼等をこのまま、泉谷の下に置いておいて本当に良いのかと迷ってしまう。


 それに、


「アンタの国と、連絡が断絶している。

 この際だからはっきり言っておくが、先にも言った悪魔は災厄の手下の尖兵だ。

 今頃、国が作り替えられた赤目の悪魔だらけなんてことも考えられる事なんだからな…」

「………そ、そんな事って…!」

「国との連絡をちゃんと行っていたか?

 護衛の随伴達に任せきりにせず、自分で把握していたか?

 そうであれば、気付いた筈だ。

 あの新生ダーク・ウォール王国が可笑しいことにも、こうして断絶している事にも…」


 救いようがないとは、この事だ。

 もう、オレ達がここでコイツに何を言っても、埒が明かない。


 どのみち、新生ダーク・ウォール王国がどうにかなっていなくても、悪魔の尖兵が解き放たれた現状だ。

 着実に世界の終焉を早める赤目の悪魔達が量産されているだろう現実は変わらない。

 もう、賽は振られてしまった。

 後は、オレ達の力でどこまで防げるか、またはどこまでの被害で女神復活まで漕ぎ付けられるかに掛かってしまっている。


「………どのみち、アンタが偽物だって事実は変わらない。

 もう、二度と職務だとか使命だとかを持ち出すな。

 いい加減、虫唾が走る」


 言い捨てた。

 席を立つ。

 ゲイルが同じように席を立ち、個室から退席する。


 取り残された泉谷は、真っ青な顔のままでテーブルを見下ろしていた。

 その視線の先に、何が映っているかどうか、もうオレ達にとってはどうでも良い。



***



 支払いを終えて、酒場の外へ。

 泉谷の随伴兼護衛(※連行部隊?)だけを置いて、酒場を後にする。


 正確には、後にしようとしていた。


 そこに、


「(銀次様!!)」

「間宮…?」


 突然、目の前に降って来た間宮。

 気配では気付いていたから驚きはしないまでも、一体どうしてここにいるのか。


 なまじ、彼には留守番を任せた筈だ。

 しかも、


「ああっ、おった!おったで!!」

「黒鋼先生、探しましたッ!!」


 駆け込んで来たのは、五行君と青葉君。

 オレを探していたという彼等の様子に、少しばかり唖然。


 だが、2人とも表情が硬い。

 背後には、彼等の護衛でだろう騎士達も数名、同じように駆け込んで来る。


 これには、オレ同様にゲイルも怪訝そうな表情だ。


「何があった?」

「緊急事態でも無い限り、王城の外に他国生徒達を連れ出すとは何事か」


 オレ達の言葉は、至極当然なもの。


 こんな夜遅くに、何をしているのか。

 間宮はともかく、五行君達はちゃんと約束は守っていたとしても、未成年が出歩くのは推奨されない。

 そして、それを許した騎士達にも、それ相応の問題がある。


 だが、それに対して全員が顔を強張らせたまま、


「(シャルさんがいないんです!)」

「王城にいた筈の、小堺はんも消えてもうたんや!!」

「な…ッ!?」

「何だと!?」


 驚愕の事実を告げた。



***

誤字脱字乱文等失礼致します。

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