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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、贋作編
170/179

162時間目 「授業参観~祭りの後のセンチメンタル~」

2017年8月20日初投稿。


大変遅くなりまして、申し訳ありません。m(_ _)m

続編を投稿させていただきます。


………パソコンがとうとう逝かれまして。

今年に入ってから、3台目とか鬼畜なのかと…。


やっと、新台を手に入れたので、溜め込んでいたプロット大解放です。

それでも、忙しいので不定期更新なのは申し訳なく。


162話目です。

リサイタルの後は、5番勝負のお祭り騒ぎでございます。

とはいえ、彼等の場合はお祭りとはちょっと違いそうなのですが。


***



 偽物一行との5番勝負。

 初戦を勝利で飾ったのは、オレ達。


 先鋒を任された浅沼はよくやってくれた。

 相手方である、近藤は顔の配置が変わってしまった状態で、騎士団医療班に搬送されていく。

 ………あのままの顔になれば面白いのに。

 まぁ、この世界にある、摩訶不思議な魔法のおかげで、明日には元通りになっている事だろう。

 残念だ。


 さて、それはともかく。


「次、次鋒戦!

 イノタVSフジタ、前へ!」


 レフェリーであるゲイルの声と共に、次鋒である2名が呼び立てられる。


「アンタの仲間、馬鹿やったねぇ。

 オチビさんには悪いけど、まこちゃんの顔の仇は取らせて貰うからッ」

「………出来るものなら、やってみてください」

「ッ………言ったね、チビ餓鬼!

 後悔させてやるッ!」


 藤田がネコナデ声から、恫喝するかのような低い声で伊野田へと向き合う。

 チビチビと連呼する彼女に対して、伊野田も少なからず苛立ちを覚えているようだ。

 だが、冷静に声を返した辺り、彼女も成長は著しい。

 そして、言うようになったものだ。

 流石は、体は小さくても我等が異世界クラスの母親ポジション。

 包容力は伊達じゃない。


「みずほ、しっかり!」

『ファイト、伊野っち!』

「勿論!」


 オレ達のクラスからは、声援を送るだけで良い。

 彼女は、女子組みでもメキメキと力を伸ばし、既に杉坂姉妹どころか男子組とも対等に渡り合えるだけに成長しているのだから。


 中でも、榊原の声援が一層力が入っている。

 流石は、初々しくも熱々カップルだ。


「では、次鋒戦、双方構えッ!」


 準備が整ったと判断したゲイルが、開始の合図へと声を張り上げた。


 藤田が背中から、小振りではあるが大剣を抜き、構える。

 一方で伊野田は、腰に佩いていた剣に手を掛けたまま、動かない。

 居合の構え。

 こりゃ、初っ端から決めるつもりか。


「始めェ!」


 高らかな、戦闘開始の合図。


「うらぁああああッ!」

「シィ…ッ!!」


 女子らしからぬ声を上げて、藤田が切り込む。

 あの構えは、剣道でも齧っているのかもしれないが、オレ達からしてみれば素人の域を脱せぬ、チャンバラごっこ。


 対して、伊野田は鋭く吐き出した息遣いのみ。

 藤田が振り下ろした大剣に合わせ、一瞬で引き抜いた剣を振り上げた。


 ーーーーーギィンッ!


 一拍の後に、金属音が響き渡る。

 勝敗は、一瞬だった。


 伊野田の剣が、藤田の大剣を弾き飛ばしたのだ。


「………はっ?」

「握りが甘いから、飛ばされるんです!」


 そう言って、彼女はがら空きの藤田の懐へとあっと言う間に潜り込んだ。

 先程抜き放った剣の柄で、彼女の腹部を強打。


「ぐへぇ…ッ!?」


 これまた女子らしからぬ声を上げて、藤田が吹き飛ばされる。

 それを、伊野田はその場を動かないまま、蔑む様な冷たい視線を向けていた。


 思わず、ぞくりと背筋が凍える。

 いつの間にか、彼女もこのような殺伐とした目を出来るようになっていたか。


「………人の見掛けばかり見て、見下しているからこうなるの」


 そう言って、彼女は剣を鞘へと戻す。

 その動作に、ほぅと息を吐いたのは、偽物一行側だった。


 中でも、剣道に精通する虎徹君達は、まるで味方かのように賞賛を湛えた瞳をしていた。


「げほ…えッ…、げぇ…ッ!

 ………ッ、テメェ、マジでふざけんじゃねぇぞ…!!」


 一方、地面に倒れ伏した、藤田が嘔吐きながら伊野田を睨み上げる。

 本性が見えたな。

 まるで、般若の様な表情だ。


 滲み出した怒りと共に、殺意までもが見え隠れしているが、


「まだやるって言うなら、立って。

 貴女の事、許してやる事なんて、あたしにはまだまだ足りないから…」


 そう言って、彼女は次に腰から短剣を引き抜いた。

 順手で構えたそれに、怜悧な光が反射する。


「………上等だっつうの、このチビ!」


 藤田がよろめきながらも、立ち上がる。

 先程飛んで行った大剣は、遥か彼方であるが故にその手は無手。


 しかし、


「我が声に応えし、精霊達よ!」

「………ッ!

 おい、魔法の使用は禁止している…!!」

「知るもんかぁ!!

 さざめく風神の力の一端を、今此処に示し給え!!

風の刃(ウインド・カッター)』!!」


 あろうことか、藤田は魔法の文言を唱え、発現までを完結させた。

 完全なる反則行為だ。


 しかし、伊野田は全く動じずにそこに立っていた。


「『聖なる盾(ホーリー・シールド)』」


 魔法の文言は無く、無詠唱での行使。

 だが、その『盾』は彼女の前では無く、その後ろに展開された。


 おっと、あの一瞬で考えたものだ。


 そして、彼女は向かい来る『風の刃(ウインド・カッター)』を跳躍のみで、避けてしまった。

 標的を見失った『風の刃』が、『盾』にぶつかり相殺される。

 その際に発生した暴風を推進力に、更に上に跳躍した伊野田。


「ルールも守れないなんて、ちょっとは痛い思いをしたら!?」

「ぎゃああ!!」


 そして、頭上から投げ付けるのは短剣。

 寸分違わず飛んだ短剣の切先が、ずぶりと湿った音と共に藤田の太腿へと突き立った。

 聞くに堪えない悲鳴が上がる。


 そして、地面に軽々と着地した伊野田は、猫のように体を丸めて転がり勢いを逃した。

 更に、そのままの勢いで、駆け出す。

 地面をのたうち回っていた藤田へと向けて、悠然と。


「本当に、貴女みたいな人が同じ女だなんて思えないッ!」

「がぶぅ…ッ!!」


 瞬時に間合いを詰めた伊野田が、藤田の腹に蹴りを叩き込む。

 更には、髪を掴み上げて平手打ち。


「あっ…やぁあッ!!」

「嫌なんて、言える立場だと思ってる!?

 人の事傷付ける事平気で言って、当たり前のようにルールを破って!!

 自分がどれだけエライと思ってるの!?」


 そう言って、更に平手を叩き込む。

 倒れ伏した藤田の頬が、見る間に腫れ上がった。


 いきなりの豹変に、偽物一行どころかオレ達も呆然。

 レフェリーのゲイルも、止める間も無い。


「あたしが許せないのは、貴女のその根性よ!

 エマちゃんとソフィアちゃんの事悪く言ったり、クラスの皆の事悪く言ったり!!

 人の事蔑んだり見下したりして何が楽しいの!?」


 そして、更に蹴り転がす。

 聞くに堪えない悲鳴の第2弾が、聞こえた。

 おそらく、太腿に刺さったままの短剣が転がされて、更に深々と突き刺さった所為だと思われる。


「謝るまで、許してあげないんだからッ!

 エマちゃんもソフィアちゃんも、クラスの皆も、あたしの事をチビだなんて笑わないッ!

 皆良い子達で、貴女なんかに悪く言われる筋合いなんて、無いんだから!!」


 そう言って、マウントを取って更に平手打ちをした伊野田。


 彼女の、怒りの根源を見た気がする。

 冒険者ギルドでの一幕の事だろう。


 藤田は、公衆の面前で杉坂姉妹をビ〇チと呼び、生徒達にまで犯罪者扱いをした。

 あの時、オレが場を収めたとはいえ、腹の奥底には未だに怒りが燻っていたのだろう。


 そして、身長の件で、人一倍苦労して来た彼女だからこそ。

 見下される痛みを知っているからこそ。


 だからこそ、彼女は当たり前の様に、人を見下し蔑むあの女を許せなかった訳だ。


「謝りなさいッ!

 エマちゃんに!

 ソフィアちゃんに!

 先生にも!

 クラスの皆にも!

 今まで迷惑をかけた人達にも謝りなさいッ!」


 そう言って、彼女は簡単に藤田の体をひっくり返した。

 小さな悲鳴が上がるが、既に意識が朦朧としているのか、藤田が抵抗する事は無い。


 だが、伊野田の手は止まらない。

 あろうことか、藤田の着ていた制服のスカートをまくり上げ、パンツを公衆の面前で露にしてしまう。

 それどころか、そのパンツすらもずり下げた。


「おいおい…ッ!」

「こ、こら、ミズホ、やり過ぎだ…!」


 これには、流石に吃驚した。

 オレ達が止めに入ろうとするが彼女は、ふんと鼻を鳴らした後に、


「謝るまで、あたしは止めませんからね!」


 そう言って、露出した藤田の尻を叩いたのだ。


「ひきゃああ!」


 乾いた悲鳴が上がる。

 しかし、伊野田は全く気にせずに、更にもう一発。


 現代の伝統的なお仕置きの一つ、尻叩き。

 オレは、その光景を始めて目にすることになったのは、実は内密にしたい。


 訓練場には、唖然呆然とした棒立ちの人間達が量産される事になった。


「きゃっ、いや…ッ、やめて…ッ!!」

「謝りなさいッ!」

「いやぁあああ!

 痛いッ、やだ…ッ、ぎゃあ…ッ!」

「泣いたって止めません!」


 体は小さいのに、まるで母親の様な姿だ。

 勿論、伊野田が母親になるとしたら、藤田の様な馬鹿な娘等産まれて来ないだろうが。


 未来予想図が見えたかもしれない、瞬間であった。


 眼を点にして固まっている榊原が哀れ。

 もしかしたら、彼もいつかその餌食になる日が来るかもしれないのだから。


「やっ…分かったぁ…ッ!

 あやま、謝るから、…許してぇ…ッ!!」

「よし!!

 だったら、エマちゃんに!!」

「ひぁ!!ごめんなさい!」

「違う!

 すみませんでしたでしょ!!」

「きゃあっ!すみ、すみませんでしたっ!!」

「ソフィアちゃんにも!」

「ひぃん…!!すみませんでしたぁ!!」

「先生にも!!」

「すみませんでしたぁ!」

「クラスの皆に!」

「すみませんでしたぁ!!」

「今まで、迷惑をかけた人たちには!?」

「ず、ずみまぜんでじだぁ!!

 う゛ぁぁあ゛ああああぁ…!!」


 最後には、見るに絶えない顔と、聞くにも堪えない泣き声で叫んだ藤田。

 やっと満足したのか、伊野田が再度鼻を鳴らして最後にもう一発、


「これは、あたしをチビチビ呼んだ分だからね!」

「ぎゃんっ!!」


 真っ赤に腫れ上がった尻を蹴飛ばした。


 そうして、ようやっと満足したらしい伊野田が、藤田を解放した。

 阿鼻叫喚は、やっと終了した。



***



 戻って来た伊野田には、戦々恐々である。


 ただし、彼女は清々しい表情でもって、


「えへへっ、お尻叩きなんて初めてでした」


 なんて、照れくさそうに可愛らしく笑ったものだから、脱力する他無い。


『伊野っぢぃい…ッ!』

「2人とも、大丈夫だからね。

 もう、二度とあんなこと、言わせたりしないから」

『うわぁああああん!ありがとぉおおお!!』


 途中から、大号泣していた杉坂姉妹が伊野田へと抱き着く。

 身長が逆転していると言うのに、母子の感動の抱擁にしか見えない光景である。


 呆然としていたオレ達も、苦笑を零すしかない。

 視線をレフェリー(ゲイル)へと向けると、眉間を揉み解していた。


 まぁ、今回の次鋒戦は、少々イレギュラー過ぎたしな。


「………禁止事項への抵触により、双方失格。

 よって、この次鋒戦はドローとする!」


 この結果を受けて、苦笑を零す。

 最初に魔法を使ったのは藤田。

 だが、いくらオレ達に被害が来ない様にする為でも、同じように魔法を使ったのは伊野田にも非がある。

 オレ達を気にせずに、避けるだけでも良かった筈なのだ。

 という訳で、双方失格。

 仕方ない。


 とはいえ、泣き喚いて医療班に運ばれる藤田と、大号泣の杉坂姉妹をくっつけたまま朗らかに笑っている伊野田。

 どちらが勝者か等、言われずとも分かる。


「では、気を取り直して、中堅戦を開始する!

 サカキバラVSタドコロ、双方前へ!」

『……ああッ!?』


 伊野田の戦闘が冷めやらぬまま、中堅戦への合図が重ねられた。


 そして、これまた田所が気付いたらしい。

 榊原って、早々ある名前ではないだろうから、記憶には残り易かったのだろう。


 一方、気付かれた側である榊原は、のほほんとしたままだった。


「………この空気の中って、なんか嫌だなぁ…」


 とかのたまって。

 多分、気付かれた事に関しても、気にしてないな。


 以前はオレに打ち明けただけでも、顔を真っ青にしていたと言うのに。

 成長したと言う事なら、彼も同じことか。


「は、颯人くん、頑張ってね!」

「うん、ありがとう、みずほ」


 と、杉坂姉妹に抱き着かれたままの伊野田の声に、榊原が柔らかく微笑んだ。

 伊野田の頭を撫でて、颯爽と歩んでいく。


 余裕が見て取れる仕草に、苦笑が漏れた。


『テメェ、どっかで見た事あると思えば…』

『オレも同じこと思ってたよ。

 やぁ、知り合いが召喚されてるなんて、奇遇だねぇ…』

『………はっ。

 偽物が仲間なんて、お前にはお似合いだな』

『言っとくけど、その台詞はそっくりそのまま返してあげる』


 田所の挑発の声に、榊原は肩を竦めた。


 そんな彼の様子を横目に、ふとオレは視線を泉谷へと向ける。

 顔が青くなっている。

 この分だと、おそらく偽物云々の事、まだ田所達には伝えていない様子だな。


 先の議場でも、会話は全て英語。

 おかげで、田所達には通じていなかっただろう。


 少しだけ目を細めると、逆に泉谷がオレの視線に気付いてはたと眼を見開いた。

 そして、即座に目線を逸らす。


 なるほど。

 今の行動で、全部分かったよ。


 そこで、更にオレに視線を向けた虎徹君に気が付く。

 彼からは、頷きが返って来た。

 おそらく、帰って来てからも今まで、まともに話合いの席を設けていないって事で間違いないだろう。


 辟易としてしまう。

 溜息混じりに、頭を抱えた。


「ゲイル、そいつルール分かってるか不明だから、日本語で…」

「了承した」


 レフェリーへと声を掛ける。

 英語も分かっていない相手は、これだから面倒。

 ゲイルは、こくりと頷くと、田所へと剣呑な視線を向けた。


 田所は、突然のゲイルの視線に、びくっと体を震わせた。

 随分と苦手意識が刷り込まれているようで。


『ルール確認、する。

 人を殺す、禁止行為、許さない。

 魔法の使用も、禁止する。

 使用した場合、失格とする。

 異論はあるか?』

『うっ…、わ、分かったよ!』


 以前よりも、ゲイルの日本語は流暢になっている。

 校舎にいる時は、手の空いている生徒や佐藤や藤本から、ヘンデルと一緒に日本語を習っているからな。

 日常的に使うようになったヘンデルと一緒になって、なかなか上達も早いのだ。


 田所が、渋々と言った形で従ったのを見て、ゲイルも大きく頷いた。

 だが、ゲイルの視線が外れたと同時に、田所は彼方を向いて唾を吐く。

 アイツは、常識と礼儀作法を一から叩き込んで来た方が身のためだと思うが、オレが言うべきことでは無いのでもうどうでも良い。


「では、次鋒戦を開始する!

 双方、構えッ!」


 ルール確認も終えた為、そのまま戦闘準備。

 腰に佩いた剣を抜き去った田所に対して、榊原は無手のまま。

 更には、まるで気負いすらも感じられない、緩い立ち姿には流石に呆れる。

 甘く見過ぎだ。

 気持ちは分かるまでも、もう少し戦闘意欲を見せて欲しい。


「始めェ!」


 だが、戦闘開始の合図と共に、動き出したのは榊原が早かった。

 一直線に駆け出すと共に、剣を構えた田所へと肉薄。


 あっと言う間の出来事に、呆然としていた田所の間抜けな顔が見えた。


 直後、


「オレ様、アンタの事は一度で良いから、ぼこぼこにしたかったんだよね」


 そう言って、榊原が殺意を剥き出しにした。

 背中から見ていても、分かる。


 一瞬の空気の変化に、オレ達の誰もが息を呑んだ。


 ごっ、と鈍い音がした。

 当たり前のように、榊原が田所の頬を殴りつける。


 田所は、悲鳴すら無いままに、横倒しになる。

 しかし、榊原はそのまま倒れようとしている田所の腕を掴んだと同時に、逆向きに引っ張り上げた。


 ごり、と肩の骨が異音を発する。

 外したか。


「いっ…ギィ…がぼっ!!?」


 痛みに絶叫を上げようとした田所の顔に、容赦なく拳を叩き込む。

 鼻が潰れ、噴き出した鮮血。

 ものともせずに、榊原は今しがた外したばかりの肩を掴んで、膝蹴りを叩き込んだ。


 この間、わずかに2秒。

 体を九の字に折り曲げた田所が、地面に倒れた。


 しかし、榊原の手は休まらず。

 あろうことか、片腕の腕力だけで脚を掴んで逆さに吊り上げた。


 その背中に向けて、更に蹴りを叩き込む。

 腰の骨に大ダメージを受けただろう田所が海老のように反り返り、


「ぐぎゃあああああああ!!」


 今度こそ、絶叫を迸らせた。

 訓練場を、騒然とした空気が包み込む。


 しかし、その直後。


「先生の見て、一度はやってみたかったんだよね?」


 飄々と。

 殺意等、嘘のように微笑んだ榊原。


 倒れ込んだ田所が、立ち上がるのを待っている。

 その背中には殺意は消えたが、その代わりに感じ取った狂気には、流石のオレ達もぞっとした。

 背筋が粟立つ。

 ………榊原は、こんな子だったか?


 思わず、教育方針を間違えたのか、と唖然呆然。


 その間にも、憎悪をふんだんに盛り込んだ表情を向けた田所が起き上がったのが見えた。

 視線には、殺意。


『テメェ、………ぶっ殺してやる!』


 視線だけでは無く、その口調にも殺意を露にしている。

 だが、やはり榊原は知らぬ顔。

 のほほんとしたまま、口元には笑みを浮かばせている。

 まるで、子ども相手の喧嘩のように、全く意に介していない様子だ。


『おらぁあ!!』


 そこで、田所が突っ込んだ。

 未だにかろうじて手に持っていた両刃剣を、榊原へと突き立てるように構えながら。


 しかし、


『牛みたいに突進したところで、当たる訳無いでしょ?』


 榊原は、その突進すらも簡単に避けた。

 空中へと跳躍したのみで。


 渾身の突きが空ぶった田所の頭上。

 そこから、馬跳びでもするのかという程に足を広げたまま、着地。

 田所の眼前、その肩へと。


『ふごぉ…!?』

『死ぬのは、お前だよ』


 太腿で田所の頭を挟み込み、着地の勢いを一気に後方へと回転する事で逃がす。

 一瞬の出来事。

 田所に背を向ける形で、彼は既に地面に手を付いていた。

 彼の頭に太腿を掛けたまま、宙づりになる形で。


 ギシリ、と田所の首が異音を立てて絞められた。

 榊原が、太腿を絞めた事で、完全に入った訳だ。


 だが、あの格好は、絞め技として機能させる為では無い。


『せぇぁあああッ!』


 気鋭の声。

 それと同時に、下半身の力のみで榊原は、田所の体を宙に浮かせた。


 フランケンシュタイナー。


 田所の脚が地面を離れる。

 後方回転をするかのように。


 咄嗟に、叫ぶことしか出来ない。


「投げろ、榊原!」

「………チッ…!」


 榊原から聞こえた舌打ちは、まるで水を差されて不貞腐れた様なもの。

 だが、オレの言葉の意味は、正確に汲み取っていたようだ。


 本来なら、そのまま頭から地面へと叩き付けるそれを、榊原は腰の捻りと脚を緩めるだけの動作で投げ技へと切り替えた。

 これまた、一瞬の出来事。


『ほげ…ッ、げはッ!?』


 地面を滑るように、吹っ飛んでいく田所。

 榊原は気持ち残念そうにした表情のままで、地面に手を付いた状態から軽いブレイクダンスの様な形で、足をぐるりと回して立ち上がった。


 吹っ飛ばされた田所は、地面を二転三転しながら、数メートル先で止まった。

 そして、うつぶせのまま動かなくなる。


 レフェリー(ゲイル)も即座に、手を上げた。

 レフェリーストップだ。


 田所の下に、ゲイルと共に幾人かの医療班が走る。

 いち早く到着したゲイルが田所の首に手をやり、脈拍を確認、その後に溜息と共に再度手を上げた。


「勝者、サカキバラ!!」


 どうやら、完全に落ちていたようで。


 田所は、寸でのところで命拾いをしたな。

 あのまま行っていれば、首の骨を骨折して最悪死んでいた。


 思えば、逆さ吊りになって、首を絞めた際には既に意識を飛ばしていたか。

 叫び声は、ただの条件反射。


 とはいえ、まさか榊原がフランケンシュタイナーまで習得して、それを使ってくるとは思ってもみなかった。

 焦ったのは事実。

 殺す気だったのか、と思わず呆気に取られてしまう。

 末恐ろしいと褒めれば良いのか。

 やり過ぎだ、と怒れば良いのか。


「………何で止めたの?」


 戻って来た榊原。

 その表情には、明らかに憮然とした感情が張り付けられている。


 それを見て、迷っていた思考は決まった。

 明らかに、やり過ぎだ。


「………最初に打ち合った段階で、力量は分かっていた筈だ」

「うん、そうだけど………」

「今のは、明らかにオーバーキルだ。

 ………オレが止めていなければ、殺していただろうが」

「………そんなヘマはしないよ」


 そう言って、にへら、と笑った彼。

 反省の色は無い。


 思わず拳が出そうになった。


「………ッ」


 が、寸でのところでそれを止めた。

 正確には、オレの手を掴んだ、伊野田の手がそれを止めた。


「せ、先生、………怒らないであげて」

「………。」

「颯人君、あの人の事だけは、許せなかったんだって。

 ………妹さん、あの人の所為で、怪我した事もあるらしくて…」


 一瞬、伊野田の言っている事が、分からなかった。

 意識が白む。

 視線を榊原に向けると、彼は先程までの表情を一転させ、無表情のままでオレを見上げていた。


「みずほにしか、まだ言ってなかったけどね。

 ………虐めを受けてた事は言ったけど…」


 そこまで言って、溜息混じりに彼は続けた。


「アイツが、オレの妹だからって理由で、河原から妹を突き落とした。

 近所の人が見つけてくれなかったら、アイツは川に流されて死んでたかもしれない。

 その時の傷が残っているから、文字通り一生消えない傷跡になっている」


 だから、妹は男が苦手になったんだ。と、そう言って榊原はオレの真横を通り過ぎた。


 そんな前科が田所にあったとは、知らなかった。

 榊原に、そんな恨みつらみがあった事も、オレは表面的には知っていたつもりで、本質を知らなかった。


 理由がある。

 それだけで、彼は一瞬だとしても、殺そうとした。

 敵ではあるが、力量差がまるで違う人間相手に、本気を出した。


 苛立ちの行方が、見当たらない。

 振り上げた拳の行き場を無くした様な気分で、その場で立ち尽くす。


「(………こりゃ、気を付けないとあっと言う間に、転げ落ちる。

 アイツの教育方針、やっぱり間違っていたようだな…)」


 怖気が走る。

 オレは、どうやら、目先の事ばかりに惑わされていたようだ。

 弟子入り志願の受け入れを先走り過ぎた。


 その結果が、これだ。

 榊原の師事に関して、少しばかり考え直さなければならないと思い始めた。


 ………どうしよう。


 こんな時に、生徒の教育方針を考えさせられる事になるとは。

 思ってもみなかった事に、子育てで壁にぶち当たった様な寂寥感や虚無感を覚える。


 これ、誰かに相談した方が良い気がする。

 ジャッキーにでも相談しよう。


 なんてこともありながら、


「では、副将戦を開始する!

 マミヤVSプース()、前へ!」


 続けて5番勝負に臨むのは、1番弟子である間宮。

 偽物一行から出てくるのは、中国人でおそらく、あの中でも2番手か3番手程度の力量を誇るだろうプース君だ。


 彼は、先に騎士団から指南役を貸し出した際にも手にしていた棍棒を構えている。

 間宮は、それに応える様に、好戦的な緊張感を持ちつつ背中にあった脇差を抜いた。


 そして、オレはその脇差を、間宮の手からもぎ取った。


「∑…ッ!?」

「本気は、駄目、絶対…」

「(ご無体です…!!)」


 馬鹿野郎、何を本気になっているのか。

 負けたくない気持ちは分かるまでも、間宮と星君だって力量差は見ればすぐ分かるのだから。


 先の榊原の二の舞にはしたくない。

 中堅戦では明らかにやり過ぎたと、観覧席から少しばかりのどよめきもいただいたのだ。


 よって、間宮はハンデを設ける。


「………当たり前のことながら、殺しは無し。

 武器の使用も極力禁止。

 それ以前に、お前なら無手だろうが何だろうが、棍棒ぐらいいなせるだろうが…」

「(………そんな事は分かっております。

 ですが、あの少年は、本気で臨んでいるようなので、それ相応の対応をするべきだと考えました)」


 真剣な瞳とかち合う。

 間宮の言い分も、分からんものではない。


 確かに、プース君の様子を見る限り、本気だ。

 その眼が、オレを睨み付けている。

 手加減を許すつもりか。

 と、言っている様な気がして気持ち申し訳無さが浮かんでくるものだ。


 だが、2番弟子に続いて、1番弟子までもがやらかされるのは困る。

 オレが、教育方針で本気で悩む羽目になる。

 (※後から、間宮に関しては手遅れだった事を思い出すまでも…)


「………本気で、遊んでやれ。

 それで、向こうも満足するだろう?」

「(………了承しました)」


 渋々ではあるが、頷いた間宮。


 一方、武器無しで挑む事を判断したプース君の目は、それこそ憤怒に燃え滾った。

 再三の申し訳無さを感じる。

 辟易とした顔を隠さないままで、溜息を吐いた。


 ゲイルが、オレに対して、不憫そうな視線を向けている。

 ………ボコるぞ、この野郎。

 気遣いは嬉しいが、そんなに哀れみの篭った視線はいらん。


「では、両者構え!」


 気を取り直して。

 ゲイルの掛け声と共に、向かい合った2人がそれぞれ構えた。


 棍棒の握りからして、中国拳法を織り交ぜて来る事は分かる星君。

 それに対して、間宮は平然と無手のまま、徒手空拳の構えを取った。


「始めェ!!」


 戦闘開始の合図に、星君が一気に動いた。


『アイヤァアアアアア!!』


 気鋭一閃。


 一足で詰めた空間から、棍棒を突き込んで来た様子から見ても、彼が戦闘に慣れている事は一目瞭然。

 よくよく見れば、棍棒の突きは回転が加えられている。

 突進力と共に、破壊力もプラスしている形。


 一方の間宮は、その攻撃を片手でいなした。

 距離を詰めて来た星君の懐を簡単に暴き、その上で掌底を繰り出した。


 しかし、ここで思わぬアクシデント。

 星君が既に次の動作に移っていた。

 早い…ッ、オレも目で追うのがやっとだった。


 掌底に掌底。

 ぶつかり合った手と手が、バシンッと景気の良い打音を響かせる。

 星君は、最初の段階で受け流されるのは予想していたらしい。


 これには、間宮も少々驚いた様子だった。

 手を合わせた勢いをそのまま、後方への跳躍に使った。


 星君は、その場で更に棍棒を握りなおし、間宮を追いかける様にして踏み込んで来た。

 回転を加えた突きが、更に1つ2つと繰り出される。

 首を傾げただけで避けながら、間宮はそれでも後退を続けている。


『セァアアアア!!』


 星君が、声を張り上げる。

 突きの動作を変化させ、カウンターへの対処に回していただろう手を、棍棒へと添えた。

 薙ぎ払い。

 間宮は、しゃがみ避けた。


 だが、その瞬間、彼の目の前には星君の膝。

 フェイクだ。

 彼は間宮が避けるだろう地点を読んでいた。


 焦らずに間宮はその膝を、クロスした腕でガード。

 そのままの勢いで、更に後方へと跳躍。


 オレの目の前まで来たと同時に、受け身だった彼がようやっと攻勢に転じた。

 ああ、火が付いたらしい。


 星君が、口元を歪ませた。

 どうやら、舐めて掛かられた事が、相当悔しかったようで。


 攻勢に出た間宮に、棍棒を更に薙ぎ払い。

 今度は跳躍で避けた間宮だが、更にその軌道を読んでいた星君が、棍棒を薙ぎ払ったまま、更に地面を蹴って半回転。

 間宮の着地点に、旋風のように棍棒を合わせた。


 見事な動き。

 中国拳法だけでは無く、おそらく実戦向けの棒術訓練も受けているようだ。


 ただし、本気になった間宮がそれを避けられない訳もない。

 回避行動は取らず、跳躍の体勢を少しばかり変動させたのみ。


 伸ばしていた脚を空中で曲げた。

 猫のように体を丸めたのだ。


 寸でのところで、薙ぎ払われた棍棒が間宮の足下を通過。

 その瞬間に、体を開いた間宮が、横薙ぎに蹴りを打ち込んだ。


 星君は、それも予想していたか。

 目の前に迫った靴底を、掌底を合わせる事でカットした。


 地面に転がり、勢いを逃がす間宮。

 少しばかり、踏鞴を踏んで後ろに下がった星君。


 現在の状況は、拮抗しているとも言っていい。


『………お遊びはしない。

 これ以上続けるなら、本気で殺してやる』

「………。」


 英語では無く中国語。

 今まで気鋭の声しか上げていなかった星君が、口を開いた。


 間宮は、体勢を整えて、その言葉を無言で受け止める。

 星君はオレに背を向けている為、表情は詳細には分からない。


 ただ、背中に滾った熱意や怒気から、予想は付いた。

 先にも同じく口元を歪ませて、間宮へと挑む様な視線を向けている事だろう。

 常にない表情だったのは間違いないだろう。

 偽物一行が強張った顔をしている事で、想像がつく。


 間宮は、その視線を、いつも通りの無表情で受け止めていた。

 ただ、少しばかり語弊がある。

 目は口ほどに物を言う。


 その眼には、爛々と戦意が見えていた。

 オレと組手の時にだって、滅多に見せない様な戦意が。


『(安心しろ。

 オレと組み合ってここまで持ったお前は、遊び相手等ではない)』


 精神感応テレパス

 そこにも、常には無い戦意が滲み、純粋な敬意も感じ取れた。


 いつもの丁寧な口調は、成りを潜める。

 素の状態である。

 敵の前とはいえ、こうして感情を剥き出しにした彼を見るのは久しぶりの事だ。


『(だからこそ、終わりにしようか)』


 そうして、彼は無手の構えをゆるりと取った。

 星君が、答える様に恨を構える。


 訓練場に、緩やかな風が吹いた。

 お互いの赤と金の前髪を揺らし、舞い散った葉が彼等の中心に落ちた。


 その瞬間である。


『が…ッ!?』

『(勝負ありだ)』


 決着。


 呆気ない程の、一撃だった。

 正確には、2撃。


 間宮は、距離を詰めたと同時に、懐へと滑り込んでいた。

 蹴りを放つ。

 九の字になった星君の懐から抜け出すと、すかさず肩へと踵落としを見舞った。


 本当に、一瞬の出来事だった。

 オレはともかく、生徒達は見えなかったのか、何が起こったのか分からずに呆然としている。


 気付けば、星君が地面に沈んでいた。

 肩を強打されたことで棍も取り落としたようで、間宮の足下に転がっている。


「勝者、マミヤ」


 かろうじて、見えただろうゲイルが手を上げた。

 文字通り、決着。


 偽物一行が、唖然としている様子が見えた。


 思わず、オレも頭を抱える。

 やり過ぎではないまでも、なんというか呆気ないというか………、これもある意味でやり過ぎだ。


 ………ああ、手遅れだったのか。

 先の榊原の時の思考を、思い出す羽目になった。


 これは、仕方ない。

 間宮は、もう最初の段階からして、オレの背中を見続けて、一挙手一投足を真似て来た張本人。

 オレの弟子である事は、間違いない。

 無論、それは榊原も同じ。


 教育方針は、最初から間違っていたと言う事だな。

 頭が悩ましい。

 子育てよりも先に、生徒達の教育を学ぶ方が先なのかもしれない。

 ………いや、子育ての予定だって、まだまだ先の話なんだけどさ。



***

 


 先鋒戦は、こちらの勝利。

 次鋒戦は、双方の失格行為によって、ドロー。

 とはいえ、勝利は伊野田のものと誰もが認める次第。

 中堅戦も、こちらの勝利。

 副将戦も、同じく。

 星君は、気絶からすぐに目覚めて、華月ちゃんや志津佳ちゃんのいる後方で休んでいる。


 この時点で、残念ながら5番勝負の勝敗は決してしまっている。

 本来なら、ここで打ち止めとして、オレ達の勝利にしても良い所ではあったのだが、それで収まらないメンバーが溢れている。

 勿論、偽物一行は、ほとんどがそう考えている事だろう。


 そして、こちら側として、収まりが利かない聞かん坊が1人。


「先生が何を言っても、オレはやるぞ?

 どうせなら、大将戦だけポイント倍にして、どんでん返しでも狙っちまえってんだ」

「………負ける前提で話をしてるのか?」

「んな訳ねぇだろ?

 その方が盛り上がるって、言ってんだ」

「盛り上げる必要が無いんだが?」


 辞めて欲しい。

 切実に。


 ただ、永曽根の言葉は、準備に入っていた虎徹君には聞こえていたらしい。


「この時点で、オレ達の負けは決まってんだ。

 どんでん返し狙ったところで、馬鹿を付け上がらせるだけだ」


 そう言って、苦笑気味に顎をしゃくった先。

 そこには、医療班から戻って来ていたらしい、近藤や藤田の姿。

 田所が戻っていないのは、未だに気絶から目覚めていない程度の事だろうか。


「御剣くぅん!!

 頑張ってぇ、あたし達の仇とってぇ~!」


 あからさまな猫撫で声で、虎徹君を応援している。

 ………あの変わり身の早さは、流石性悪が故の厚顔無恥だろうな。


 呆れ交じりに、視線を戻すと、虎徹君は心底煩わしそうに耳へ指を突っ込んであの気色の悪い声を遮断していた。

 本当に苦労しているようだな。

 まともな組の彼等は、心底から哀れみを感じる。


 閑話休題それはともかく


「馬鹿がつけあがる云々は別として、そう簡単に決めるのも寝覚めが悪いんだが?」

「とはいえ、オレだって簡単に負けるつもりはねぇよ」


 そう言って、お互いに向かい合った永曽根と虎徹君。

 どうやら、中学時代からの因縁とも言えるリベンジが果たされるとあって、お互いに待ち望んでいたようだ。


 止まる気配のない2人に、ゲイルが後々「何の為の5番勝負だったのか」とぼやいていたのは、余談である。

 ゴメンね、心労増やして。

 今回は、生徒の不祥事なので素直に謝っておく。


「今度こそ、本調子なんだろうな?」

「勿論だ」


 大将戦の2人は、既に準備万端。

 虎徹君の背後で、華月ちゃんが手を組み祈るのが見えた。

 オレの心情も、少しばかり似通っている。


 永曽根には、勝って欲しい。

 弟子2人が教育に失敗していると判明した今現在で、なんとなくオレの座りが悪い。

 これで、正々堂々、立派に戦ってくれたのであれば、少しは気分も晴れると思うんだ。

 まぁ、ただのオレの自己満足なのかもしれないまでも。


「これより、大将戦を開始する。

 ナガソネVSミツルギ!前へ!」


 やや辟易としていたゲイルも、気を取り直してレフェリーに復帰した。

 声かけと同時に、向かい合ったお互いが礼を一つ。

 空手の礼儀作法に則った姿は、お互いがお互いに堂に入り、また背筋を伸ばした立ち姿は洗練されている。


 これには、観客席も静まり返った。

 先まで、大将戦が始まると聞いて、ごたごた言っていた連中も黙ったらしい。


 勝手な取り決めではあったが、彼等の当たり前の様な威風堂々とした態度に口を挟む事が出来なくなった結果のようだ。


 緊張感に、鍛錬場の空気が張り詰める。

 どこからともなく、固唾を呑み込む音が聞こえる程の静寂の中、


「始めェ!!」


 ゲイルからの合図で、大将戦が始まった。


「ふっ!」

「せぇいッ!」


 まずは、お互いに上段蹴り。

 クロスするようにして、右足同士がぶつかり合い、生身とは思えない打ち合いの音が響き合った。

 速度でも膂力でも勝ったのは、永曽根。

 押し戻された虎徹君が、、バランスを崩して踏鞴を踏んだ。


 しかし、踏み込むかと思われた永曽根は、その場で足を下ろして体勢を整えただけ。


「………手加減のつもりか?」

「いや、様子見。

 ………悪ぃがオレも、下手すると簡単に殺せちまうかもしれねぇから、力の配分考えてんだ…」

「………チッ」


 どうやら、永曽根も考えがあっての事のようだ。

 先にも言った通り、様子見。

 つまりは、自身の膂力によって虎徹君の肉体破壊が有り得るからこそ、今の好機を敢えて見逃した、と。


 ………間宮も、榊原も見習って欲しい。

 手加減をしろとは言わないが、せめてこれぐらいの気配りをして欲しかった。


 それはともかく、


「それで、その様子見の結果は、どんなもんだ?」


 じりじりと間合いを測りながら、お互いに立ち位置を変えていく。

 フットワークが軽い虎徹君に対し、永曽根はどっしりと構えるようにして摺り足気味。


 虎徹君の問いかけに、永曽根は苦笑を零した。


「前の時みてぇに、予期せず怪我した足を狙うようなことは無さそうだ」

「言ってろ、この野郎」


 剣呑とはまた違う、お互いの気性を捉えた微妙な掛け合い。

 どうやら、やはり彼等は好敵手だったらしい。


 そこで、ようやっと永曽根が動いた。


「はぁッ!」

「シィ…ッ」


 間合いを詰め、正拳を叩き込む。

 虎徹君は絶妙な角度で肘を当て、受け流した。


 そこへ、更に永曽根が蹴りを叩き込むが、虎徹君が体勢を少し斜めに傾け避ける。

 前髪を掠めたか、バチリと音がした。


「………ッ」

「嬉しいぜ?

 上と下はいても、中間がいてくれねぇんだわ、ウチのクラス」


 そう言って、永曽根がニヤリと笑った。

 いつにも無く、楽し気で獰猛な笑みで。


 彼の言う通りか。

 間宮と榊原は、既に永曽根を越えた。

 しかし、その他の連中は少しばかり伸び悩み、未だに永曽根と拮抗する面子はいない。

 せいぜいが河南か徳川だろうが、それも武器や魔法ありきの話。

 純粋な組手で、永曽根に並ぶ面子はいない。


 やはり、好敵手として相手が欲しかったらしい永曽根は、オレ達が見ていても楽しんでいるという雰囲気をまき散らして、更に虎徹君へと肉薄していった。

 ただし、これにはオレが少々、異論を唱えたい。


 残念ながら、虎徹君の力量はオレも知っている。

 彼とは『天龍宮』の鍛錬で組手をした為、力量の把握をしているから。

 永曽根以下、徳川以下、もっと言うなら河南や香神、ディランと同等だ。


 多分、永曽根が無意識にセーブしてしまっている。

 好敵手としての認識が、脳裏で勝手に自身の能力を制御してしまった結果なのだろう。


「相変わらずの、体力馬鹿か!」

「テメェこそ、ちょろちょろ動き回って鼠かってんだ!」


 ただ、異論を唱えたところで、今の彼等の様子を見るに無粋だろう。

 教育失敗ではないが、ちょっとばかし永曽根には後でお説教かもしれんね。


 とはいえ、楽しそうだ。


 嬉々として、拳を交える2人。

 掛け合いの声も、随分と声高で。


 なんとはなしに、大丈夫だと思ってしまった。

 『異世界クラス』のリーダー気質にして、オトンの貫禄すら持ち合わせた永曽根も、未だに少年らしい姿を持っていたらしい。


 安心して、見ていられる。

 素直にそう思って、苦笑気味となりながら永曽根の背中を見守った。


 本当に、見習って欲しいもんだよ。

 ………特に、榊原。

 間宮は、手遅れだったから、もう知らん。


「おらぁ!脇が甘くなってねぇか?」

「せぇ!言ってろ、ゴリラ!

 様子見とか言って、甘く見やがって」

「はっ、また怪我して泣いたなんて聞かされても寝覚めが悪いんでね!」

「ふっ!寝言は寝て言え!」


 周りの喧騒等、おそらく2人には聞こえていないだろう。

 お互いがお互いを見て、その世界の中だけで戦っているこの状況は、まるで誂えられたかのような似た者同士の土俵となっている訳だ。


 攻め込む永曽根に、果敢にカウンターを合わせる虎徹君。

 ヒヤリとした場面もありながら、良くもまぁ永曽根も虎徹君も躱し躱され、動き回った事。


 楽しそうな掛け合いは、勝敗が決するまで続いた。


 勿論、


「勝者!ナガソネ!」


 軍配は、永曽根に上がった訳だが。


「はぁ…はッ、体力馬鹿も、そう悪かねぇだろう?」

「…ぜぇ…ッ、ぜぇッ、…い、いつか見てろってんだ…!」


 お互いに、技量は拮抗していたな。

 永曽根が有利だったのは、その体格と培ってきた体力、そして持久力。

 今の虎徹君には、圧倒的に足りなかった経験値も含まれているだろうか。


 それでも、永曽根に一発と言わず、何発かを当てていた虎徹君も見事なもんだ。

 小出しのカウンターで、削っていた形。

 それでも、攻め込み体勢であり、繰り出す一つ一つの業が大技と変換される永曽根には通用しなかった。


 まぁ、これも『異世界クラス』ならではの、培ってきた経験の差って事だな。

 弟子達は間違っていても、生徒達の教育方針は間違っていなかったようだ。


 逞しく育ってくれたようで、何よりだ。


「では、これにて5番勝負は、終了とする!」


 ゲイルの高らかな宣告と共に、生徒達の5番勝負は終了した。

 オレ達の、圧倒的な勝利という形で。



***



「ふふっ、愉快痛快であるわ」

「………アンタ、性格悪いね」

『こやつは、元々よ』


 随分とご機嫌な様子の柳陸さんに、辟易としながら。

 フォローになっていない叢金さんの言葉を聞きながらも、ちょっとした休憩時間を挟んでいる。


 生徒達の5番勝負は、圧勝という形で終了した。

 若干数名には、お説教はなしと言う名の厳重注意をしたが、それでも頑張ってくれた結果ではあるので、褒められる部分は褒めた。

 その所為で、何名かが地面に沈んでいるのは、ご愛敬であるが。

 (※『オハナシ』の内容に関しては、割愛しておく)


 シガレット休憩がてら、持ち物確認。

 いつも通りと言えばいつも通りながら、相棒の拳銃2丁と、アグラヴェイン監修の日本刀を腰にぶら下げ、籠手ガントレット具足ブーツの通常装備。

 当校指定の芋ジャージには少々不釣り合いながらも、動きやすさ重視だ。


 チラリ、と視線を向けた先では、泉谷も準備をしているようだ。

 とはいえ、彼は自身の背中に背負っていた『精霊剣』らしき大剣を、布で拭いているだけのようだが。

 手入れの仕方はまるで素人だ。

 教えてやりたいけど、敵に塩を送る真似はしない。


 ………あらやだ、オレも性格悪かったのね。


 とはいえ、


「生徒達がド派手にやったもんだから、貴族側も支持に関して半分以上が傾いたらしい。

 その分、テメェの生徒達への縁談話で盛り上がってら…」

「うげろ。

 もう貴族に押しかけられるのは、勘弁…」

「国王や宰相閣下が、なんとかとりなしてくれるそうだよ」


 と、現状に関しての中間報告をくれたのは、ハル。

 ヴァルトの護衛がてら、潜り込んで貴族達の会話を探ってくれていた訳。


 彼の言う通りなら、オレ達の支援に関してはまず問題ない。

 生徒達の力量を見て、圧倒的に偽物一行と違う事は理解出来たようだしな。

 これで理解出来なかったら、ただの無能。


 それでも、半分以下はまだ粘ろうとしている様子だ。

 多分、ラングスタの失脚の一件が尾を引いて、意地でもオレ達を支援したくないって連中だろう。

 まぁ、そう言った連中は、国王陛下がピックアップしておいて、後々お灸を据えるか失脚させるか、と手ぐすねを引いてくれるそうなので問題には思っていないまでも。


 残る問題は、力量は別とした国際問題に関してか。


「国外の支援要請って、大まかに言うとどの程度になってんの?」

「テメェが心配する必要はねぇよ。

 アイツ等が悪名を轟かせてくれたおかげで、相変わらず『竜王諸国ドラゴニス』が率先して、ネガキャン真っ最中だ」


 と言って、ハルが取り出した紙束。

 諸国に走らせ潜伏させている諜報員からの情報のまとめのようだが、やはり今までの汚名が響いてどこも受け入れ態勢を整えてはいないらしい。


 だが、


「………新生ダーク・ウォール王国は、以前として動きなし?」

「本格的に見捨てたか、あるいは情報が断絶しているかのどちらかだ」


 ちょっとばかし、これには目を諫める事になる。

 もうちょっと動きがあっても良い筈の新生ダーク・ウォール王国の動きが、全く見られない。


 ハルの言う通り、偽物一行を捨てたというなら好都合。


 だが、汚名が付いて回っていると言っても、未だに表明した自負はあるだろう。

 未だに、戻していない事を考えると、まだ期待しているか。


 しかし、この報告に関して、情報が無い事が一種のネック。

 『天龍族』からのお墨付きはまだ大陸間には回っていないだろうが、それでも動向が伺えないのは不気味だ。

 何かしら、考え合っての事か。

 これで、首脳陣が無能とか言うなら、まだ楽なんだが。


「………ちょっとだけ、間諜を増やしたりは出来ない?」

「テメェが、その人員を手配してくれんならな」

「追加料金は払えるけど?」

「人員の教育も含めてって事だ。

 オレでも流石にこれ以上は、抱えきれねぇよ」

「そりゃ、済まん」


 残念ながら、動向を探る為の人員不足の為、この件は情報待ちとしか言えないらしい。

 三つ巴の勢力争うの行方も気になるし、今後の偽物一行達の扱いも気になるしで、新生ダーク・ウォール王国は注視しておきたい要注意の国だ。

 歯痒い思いに、ついつい内心で臍を噛む。


「まっ、護衛の連中から聞く限りじゃ、連絡は月一の報告だけしか返って来ないって話だ。

 捨てられたって線が、濃厚そうだとは思うがね」

「………それだけなら、良いんだが」

『気になるようなら『天龍宮』から、誰か使いをやってはどうだ?

 どのみち、例の支援に関しての書簡を回す折には、おそらく誰かしらが出向くだろうに…』

「………いくら、支援が決定したとしても、そこまでの雑事を任せるのはちょっと…」


 叢金さんの有難い申し出は合ったが、それも却下。

 流石に、オレが情報欲しさに、『天龍族』を顎で使う訳にはいかん。

 いくらオレでも、礼儀も立場も弁えてるよ。


 そこで、騎士団と調整の話し合いを行っていたゲイルがやって来た。


「そろそろ、始めようと思うんだが?」

「ああ、オレは準備出来てるよ。

 あっちはどうか知らないけど…」

「既に報せに行った限りでは、問題は無さそうだ」


 そう言って、首を傾けるだけの動作をしたゲイルの背後では、泉谷が『精霊剣』を背負いなおし、鍛錬場の中央へと歩み始めているところだった。

 緊張している様子はあるが、確かに準備が終わっているようだ。


「んじゃ、最後の戦い(ラスト・ダンス)と参りますか」


 立ち上がり、腰の日本刀に手を置いた。


ーーーー『あのような無能者に、無様を晒すで無いぞ』


 内心に響いた激励の声には、苦笑。

 分かっているとも。


 生徒達の手前。

 ついでに、オレ達の失脚を待ち望んでいる貴族達の前だ。

 無様等、晒せる訳もない。


『(んじゃ、二段構えとして、もう一本頼むよ)』


ーーーーー『心得た。この際、何本でもくれてやるわ』


 腰の日本刀が、もう一本追加される。

 勿論、歩き出しながらゲイルや柳陸さん達を盾にして、観客席からも偽物一行からも見えない様に。

 これで、気兼ねなくやれる。


 以前、コーネリアの一件で『精霊剣』に煮え湯を飲まされたのは、忘れていないからな。



***



 鍛錬場の中央に、設置された特設の戦闘フィールド。

 生徒達の5番勝負では、魔法の使用は禁止となっていたが、泉谷とオレでは流石に力量差があり過ぎる為、敢えて魔法を解禁とした。


 その為に、半径3メートル間に、防護壁が張られている。

 勿論、協賛は魔力馬鹿のゲイル。


「改めて、ルールの確認とする。

 魔法の使用、武器の使用は制限せず!

 ただし、命を奪うような真似は、断じて許されない!

 また、それに準じた禁則事項に抵触した時点で、失格とする!

 異論は、あるか!?」

「無い」

「………あ、ありません」


 宣告に張り上げられた声。

 オレは慣れたもんだが、泉谷には恫喝声に聞こえたのか、緊張の度合いが強くなっているようだ。

 可哀想だけど、これぐらいは慣れないと今後の戦闘面でもっと怖い事になると思うんだが。

 ジャッキーなんて、もっと声張るもんね。

 『咆哮ハウリング』でもされたら、卒倒するんじゃないか?


 とまぁ、泉谷チキンはさておき。


「両者、構え!

 これより、クロガネVSイズミヤの戦闘を開始する!」


 合図によって、泉谷がややぎこちなくも、背中の大剣を抜いた。

 魔力反応からして、やはり『精霊剣』で間違い無さそうだ。


ーーーー『ありゃ、『風』のか?』

ーーーー『いや、どうも見た事のない形状をしておるが…』


 内心で、サラマンドラとアグラヴェインが意見を交わしたが、属性に関しては分からないらしい。

 『精霊剣』は、持ち主によって形状を変える事もある女神の遺産である武器の一つ。

 ただ、事前情報として虎徹君や五行君が、『風』魔法を使っていたと言っていたのを聞いている。

 サラマンドラの読み通りで間違いないだろう。

 問題は、その練度、となる訳で。


 対するオレは、腰の日本刀に手を掛けるだけに留めた。

 『精霊剣』相手に受け身に回りたくないまでも、泉谷の武器を持っての力量が分からない今は、下手に踏み込んでいくのは避けたい。


 勿論、警戒しているのは別の事。

 間違って殺しかねないって、事だ。

 しょっぱい理由である。


「先生、頑張ってぇ!」

「負けんなよ、先公!?」

『ファイト~~ッ!!』


 生徒達の応援を受けて、少々気恥ずかしいまでも。

 全く応援の声が無い向こうの連中に比べれば、虚しくはないと割り切った。

 ここまで来ると、可哀想を通り越して憐れに思うよ。


「始めェ!」


 そこで、ゲイルの掛け声によって、戦いの火蓋が切って落とされた。


「せぇええい!!」


 泉谷が、踏み込んで来た。

 そこで、肩の力が思わず抜けてしまったのは、オレは悪くないと思っている。


 遅い。

 踏み込みも甘い。

 声も情けなく、震えている。


 まともに相手出来るまでもない。


 振り下ろされた『精霊剣』を、日本刀の切り払いのみでいなす。

 踏鞴を踏んだ彼は、がら空きの背中をオレに晒していた。


 不味い、と思った。

 何がって、この素人丸出しの泉谷に対してだ。


 生徒達に手加減云々を言っていた手前ではあるが、これはもう手加減しないと間違って殺してしまいそうで怖い。

 そんなレベル。


 オレの内心が、生徒達にも透けて見えたのだろう。

 誰からは知らずとも、辟易とした声が漏れた事で緊張感が霧散した。


「てぇえええい!」


 緩慢に振り返った泉谷が、更に切り掛かって来た。

 これまた、日本刀で払っただけでいなすが、まるで大人と子どもの喧嘩。

 オレが弱い者いじめをしている気分になって、先ほどは感じなかった筈の虚しさが込み上げた。


「ま、まだまだぁ!!」


 威勢が良いのは、声音だけだ。

 もう一度、振り返ってから『精霊剣』を振り下ろして来た泉谷の動きが緩慢過ぎて、このままいなし続けても無駄だと悟る。


 そして、観覧席もようやっと悟ったらしい。

 力量の違いがあり過ぎる事。

 もう、この時点で勝敗が決してしまっても可笑しくない事を。


 イラっとした。


 オレ、なんでこんな奴に、マジで喧嘩しようとしていたのか。

 日本刀を2本も顕現して貰った挙句、完全装備で臨んでしまったのか。

 情けないと思っても、後の祭り。


 遊ぶのも忍びない程の、練度。

 こんな奴に、何を怯えていたのかと。


 ………腹立たしい。

 脳裏で、プツンと何かが切れた音を聞いた。


「えええええい!」

「まずは、その気の抜ける声をどうにかしやがれぇ!」


 思わずと言った形で、張り上げた怒声。

 『精霊剣』であると言う事も脳裏の彼方へとふっ飛ばして、渾身の力で日本刀を振り抜いた。

 ばきゃん!と音がした。


 飛んで行ったのは、泉谷の大剣。

 そして、オレの手元に残されたのは、半ばから折れた日本刀。

 こりゃ、アグラヴェインの説教ものだろうが、今回ばかりは恐怖は二の次だ。


「その程度で、良く『予言の騎士』を名乗れたな!?

 これだったら、オレに決闘を挑んで来た平騎士の方が、よっぽどマシだったぞ!?」


 折れた刀を突き付けて、怒声を張り上げた。

 オレの剣幕に驚いた泉谷が、真っ青な顔で目を見開いた。


 その様子にすらも、腹が立つ。


「しかも、その剣捌きは、なんなんだよ!

 握りが甘いわ、膂力も無いわ、完全に武器の性能だよりじゃねぇかよ!

 だから、簡単に吹っ飛ばされるんだろ!?」

「な、何でそんなに、怒って…!!」

「怒りたくもなるわ!

 テメェが『予言の騎士』と名乗ってるから、どんなもんかと思ってたらとんだ肩透かしだ!

 泣きたくなるよ!!

 この程度の練度の奴に、オレ達の地位が脅かされるとか考えていたのが!!」


 本心からの愚痴と罵詈雑言に、更に顔を真っ青にした泉谷。

 その顔をしたいのは、悪いがオレのの方だ。


 日本刀を犠牲にしたとはいえ、『精霊剣』相手なら仕方ない。

 だが、こんな簡単に武器を失った上に、なんで突っ立っていられるのか、その神経が信じられなかった。

 更に言えば、魔法を使う様子もない。

 有り得ない。

 純粋な剣技の腕で、オレに勝てると思っていたのか。

 オレはそこまで甘く見られていたのか。

 

 そんなところも、腹立たしい。


「こんなんなら、まだテメェの生徒達を相手にした方がまだマシだろうよ!

 とっとと剣を拾ってこい!

 そんで魔法でもなんでも良いから、使ってくれ!

 じゃないと、本気で間違って殺しかねねぇよ!!」

「そんな…ッ、馬鹿にして…!」

「当たり前だろうが!

 その引け腰の素人チャンバラなんぞ、喧嘩にもならねぇわ!」


 そこまで言っても、泉谷は食って掛かる勢いは止まらない。

 さっさと剣を拾って来てほしいのに、舌戦で対抗するつもりなら、片腹痛いどころかいっそ笑えない。


「貴方は、そうやって僕を見下してばかり…ッ!!」

「見上げた長所が、1つでもテメェにあったか?」

「………ッ!!」


 と、舌戦にもならない形で、論破。

 これには、レフェリーのゲイルまでもが、頭を抱えてしまっていた。


「イズミヤ、これ以上は戦闘が進まん。

 剣を拾って来い」

「---ッ!

 言われなくても…ッ!」


 いや、言われなきゃ、拾いに行く気配すら無かっただろうが。

 ゲイルに言われて、不承不承と『精霊剣』を拾いに行く後姿は、これまた無防備で隙だらけ。

 オレかゲイルが切り掛かったら、即座に死ぬだろう。

 やらないけど。


 なのに、本当にそれを分かっていない様子で、『精霊剣』を拾った彼は、振り向いたと同時、


「御望み通り、やってやりますよ!」


 と、ブチ切れたか何か知らんが、当たり前の事を言って魔法を行使。

 泉谷の周りに、渦巻く『風』。

 やはり、アグラヴェイン達が予想していた通りに、『精霊剣』は『風』属性だったようだ。


 威勢は、良い。

 だが、その威勢とは裏腹に、『風』魔法の威力は拍子抜けする程。


風の刃(ウインド・カッター)!』


 無詠唱なところは、褒めても良い。

 しかし、それが『精霊剣』の補助ありでと考えると、本気で笑えない。

 しかも、その魔法のチョイスが、なんで初歩中の初歩?

 完全に舐め腐ってんだろうな、あれ。


「こっちは、魔法を使うのも億劫だってんだ!」


 構えたのは、日本刀。

 やはり、先に二本目を顕現して貰っていて助かった。


 刀を引き抜くと同時に、振り抜く。

 発生させるのは、『剣気』。


 呆気なく、『風の刃』は霧散し、『剣気』の余波で逆に泉谷が吹っ飛ばされた。


「今の何!?」

「アイツも、魔法使った!?」


 騒いだのは、藤田や近藤達だったが、種も分からん節穴ぶり。

 ただし、虎徹君達は流石に気付いたのか、一様に無言のまま、眼を丸めている様子だった。

 やっぱり、彼等の方が、泉谷よりも数段マシ。

 言い方酷いけど。良い意味だよ?


「いた…ッ、な、何…が…?」

「この程度で、何すっ転んでんだよ?

 とっとと、次寄越しな」


 性格が悪いとは思いつつも、そのまま挑発に掛かる。

 実際、何が起こったのか呆然とした様子の彼が再起動してくれなければ、本気でこの無意味で不毛な時間がエンドレスとなってしまう。

 正直、飽きた。

 もう、とっとと家に帰りたいの、オレ。


「うわ、先生、ガチで切れてる…」

「そりゃ、あんなの相手にさせられたらねぇ…」

「………オレでも、勝てる気がして来たでござる」

「ってか、勝てんでしょ」

「キヒヒヒヒ、オレでモ勝てソうだもん」

「うん、紀乃でも余裕だよ」


 と、背後の生徒達もうんざりしている様子。

 泉谷がそれに気付いた途端、羞恥か怒りに顔を真っ赤にした。


 だが、ちょっとその反応は、遅い。

 生徒達よりも、まず彼が気にするべきは観覧席の貴族達だ。


 ………まぁ、そちらも既に、飽きてだらけたムードが漂っているのが、こちらからでも分かっているまでも。


 いっそ、叩き潰してしまっても良い?

 なんか、狭量とか醜聞とか、オレ達の方もどうでも良くなって来ちゃったもの。


 ゲイルに視線を向けたが、敢え無く首を横に振られて却下された。

 あっちの反応が当たり前なのは、分かってるんだけどね。

 国際問題、一番気にしていたオレが、ここまでなるって相当よ?

 

「また、馬鹿にして…ッ!

 そんなに、僕の事を扱き下ろしたいんですか!?」

「扱き下ろしてんの、テメェじゃん。

 こんな茶番に付き合わせて、何がさせたいの?」

「ちゃ、茶番って…!?」

「本当の事でしょ?

 むしろこんな醜態晒してんのに、未だに『予言の騎士』名乗ろうとしているその神経が信じられん」


 そこまで言えば、流石に気が付いたか。

 遠回しではあるが、偽物と断じられたのに未だに地位にしがみ付いて、自身の生徒達にも話していない無能ぶりを揶揄した訳だけど。


「格の違いも分からずに、当たり前の様に相対してるってところもそうだよね。

 何か勘違いしているのかもしれないけど、テメェとオレで平等な立ち位置なんて、今までもこれからもどこにも無いんだけど?」


 オレの言葉に、思い当たる節はあっただろう。

 『精霊剣』を持つ掌が、ギシリと強く握り込まれた。


「力量も、立場も、違い過ぎて話にならないよ。

 だから、オレはアンタに本気も出さないし、出せない。

 殺しちゃうから…」

「それが、どうしたって言うんですか!

 だから、僕を馬鹿にして見下して良いって事にはならないのに…ッ」

「何、違いをあげつらってやらなきゃ、理解してくれない?」


 食って掛かる物言いに、呆れて溜息も出ない。

 これ以上の差異を、わざわざ言葉にしなければ分からないとは。

 そして、ここまで馬鹿だったとは。


「………まず、冒険者ランクが違う」

「そ、そんなの、登録した時点で違うのは当たり前じゃ…ッ」

「オレは登録してから、ランクは変わってねぇよ。(嘘だけど)

 Sランクだ」

「ーーーッ!」


 この時点で、既に違うと思うんだ。

 泉谷も登録してから変わっていないらしいが、Cランクらしいから。

 生徒の1人どころか数名に負けている時点で、可笑しいと気付いた方が良い。


「まだ言った方が良いか?

 オレは、『精霊剣』に頼らずとも、魔法は使えるぞ」

「そ、それは…僕だって分かってますけど…ッ」

「上位精霊と契約してるからな…」

「………ッ!?

 じょ、上位精霊って、………しかも、契約って…!?」


 ここも、また違う。

 顕現するまでは劣等生だったのは認めるが、契約してからは文字通り魔力が天元突破。


「おかげで、魔力量も違う。

 カンストして、王国の魔力測定器でも計れないらしいからな…」


 淡々と告げた内容は、だが事実。

 凍り付いた表情の泉谷の様子を見て、優越感よりも先に虚しさを感じる。


 なんで、自分の力量自慢をしなきゃいけなくなってんの?


「冒険者ギルドの依頼も、オレは一回も未達成にした事は無い。

 失敗した事も無いし、なまじ無関係の人間を巻き込んで犠牲を出したなんて事もねぇな」

「-----ッ!!」


 痛い腹を突けば、面白い程に激昂を表した泉谷。

 そんな顔をするぐらいなら、最初から突っかかって来なければ良いのに。


「生徒達の事も含めれば、先に見せた通りの実力者ばかりだ。

 言っておくが、ウチのクラスでCランク以下の生徒は、登録したての奴等だけだしな」


 そう言えば、あくあくと。

 背後で聞き耳を立てていただろう、近藤達も同じように目をまん丸にしていた。


 実際、ウチのクラスでCランク以下は、登録したてのディランとルーチェのみ。

 シャルなんて、一発でCランクだった。

 他の面々も同じような有様なのである。


 何が言いたいかと言えば、つまり泉谷本人がオレの生徒達にも劣ると言う事。

 ランク一つとっても、力量や経験値一つとっても、だ。


「他にも、言ってやろうか?

 オレ達は、巡礼拒否を食らった事も無ければ、各国から締め出しを食らった事もねぇぞ。

 むしろ、手薬煉引いて、待ちかまえられている国だってあるぐれぇだ」

「………ぼ、僕達だって、好きでこんな事になった訳じゃ…ッ」

「そう言って、逃げたりもしたくはねぇな、オレぁ」

「ッ!!」


 論破してやれば、完全に言葉と顔色を失った泉谷がふらりとよろけた。

 虐めをしている気分で、もう居た堪れない。


 でも、言っておく。

 オレだって、最初は渋々だったと自覚しているさ。

 オレ達だって好きで、この肩書きや立場を背負った訳ではないと、背を向けていた時期だってあった。


 けど、引き受けたその御大層な肩書きを背負っても、逃げ出そうとはした事は無かった筈だよ。

 オレも、生徒達もな。


「そうやって、背を向けて目を背けていたいなら好きにしろ。

 逃げたければ、お好きにどうぞ。

 だが、背負った罪や今までの禍根は、逃げても付きまとうぞ」

「----ッ!」


 知っているからこそ、やらなかった。

 逃げても、追いつかれるだけ。

 逃げても追いつかれ、いつかは向き合う羽目になるだけ。


 そうなった時には、立ち向かうだけの根気も勇気も削がれて潰されてしまうだけと知っている。

 なによりも、逃げ回った先で取っ捕まったオレの実体験だ。


「向き合う努力もしねぇ、抱え込む覚悟もねぇ!

 そんな奴が、この肩書きなんて背負える筈も無きゃ、生徒達を守れる訳もねぇんだよ!」


 一息で言い切った言葉と共に、一歩足を踏み出す。

 殺気が漏れたか。

 けく、と異音を喉奥で発した泉谷に、構わずに更に足を踏み込む。


 踏鞴を踏むように、後退。

 しかし、それを追い縋るまでも無く、更に一歩。

 それだけで事足りる。


 既に、オレの刀は、泉谷の喉元を捉えていた。


「その程度なら、最初からオレ達の前にも現れなければ良かったんじゃねぇのか?」


 全否定。

 今までの、全ての行動自体が、無駄だったと。


 心苦しいとは思う。

 なまじ、彼本人だけでは無く、虎徹君達も含まれてしまう。

 だが、事実。


 言わなきゃ、コイツはきっと一生分からないまま。

 そして、これからもその分不相応で中途半端な覚悟のままで突き進んで、いつかきっと更に取り返しのつかない惨事を起こす事になる。


 その時に、巻き込まれるのが、また無関係の人間ではない保証もない。

 オレ達では無い保証も、またない。


「面倒だから、これで終いだ。

 剣を捨てて、大人しく巣に戻んな」

「………ひ…ッ、う…ッ」


 既に、涙を零しそうになっている目を、下から睨み上げる。

 目に宿らせた怒気に混じって、覇気すらも漏れ出した現在。

 立っているのもやっとの様子の泉谷は、瘧のように震えていた。


「勝者、ギンジ」


 これ以上の問答も無用。

 レフェリーのゲイルが止めた時点で、勝敗も決した。


 戦闘にもならなかった、オレ達の勝負。

 もう金輪際、このような事も無いだろう。

 無いと願いたい。


 そうでなければ、オレの血管がもたないという切実な心もありながら。


「………だったら、」


 ふとそこで、ぼそりと泉谷の唇が動く。

 震える吐息と共に、掠れた声が漏れた。


「だったら、僕等の存在って何なんですか…?」

「………知らねぇよ、そんなもの」


 傀儡だと、言おうと思った。

 彼等を擁立した新生ダーク・ウォール王国の、操り人形。

 体の良い、政治の道具。

 だが、その操り人形に1人歩きをさせて、きっと今頃本国ではてんやわんやとなっている事だろう。


 可哀想なのは、果たしてどちらか。

 因果だと言えば、それまでの様な気もするが。


 オレの返答に、今度こそ泉谷がくずおれて、その場にへたり込んだ。

 意地でも『精霊剣』は離さなかったようだが、まるで縋るようなその姿が更に哀れ。


「(………オレも、力が無ければこうなっていたんだろうな…)」


 考えが及べば、背筋に悪寒が走る。

 氷塊を背に滑らせられたような気分で、踵を返すだけしか出来なかった。


 抑揚に悠長に語ったは良いが、もし今までの行動全てが好転していなければ、鏡写しの様にオレ達に降り掛かっていただろう言葉達。

 そして、いつかオレ達も、目の当たりにするかもしれない光景。


 実際、偽物が1人出て来たともなれば、また別の偽物が現れないとも限らない。

 その偽物がオレよりも優れていれば、今度こそ真偽を確かめるのは困窮する事になる。

 うすら寒い、思考だった。


 震えそうになる吐息と身体を、抑え込む様にして溜息一つ。


 目の前の生徒達へと視線を向ける。

 皆が皆、苦笑を浮かべていた。


 オレが守るべき生徒達は、いつにも増して優しいまなざしでオレを出迎えてくれた。

 それだけで、ほっと肩の力が抜けた気がした。


 間違った事は言っていないと、肯定されていると感じられて素直に嬉しかった。



***



「悪いな、………オレも人の事言えなかったわ」


 そう言って、謝罪を向けたのは、我が愛弟子2人。


 事が終わって、片付けやらなにやらその他諸々は全て騎士団に任せて、校舎に戻るその道すがら。

 今回、送迎の馬車も騎士団の護衛も遠慮して貰った。

 片付けを任せているのだから、これ以上の人手を割くのは申し訳ないというのもあったし、ヴァルトとハルも護衛に就いているので問題無し。

 だが、まず第一に生徒達が、落ち着かなかった所為だ。


 数名の生徒達が、未だに消化不良の不完全燃焼。


 特に、5番勝負に参加した男子組が、顕著だった。

 参加していない面々とはまた違う、疲労感やらなにやらで表情が薄暗い。

 その為に、戻ったら追加で裏庭にて自主トレーニングに精を出すだろう事も予想出来て、内心でのみ苦笑を零す。


 そんな中で。


 先にも言った通りの、謝罪を向けたのは間宮と榊原。


 感情に引きずられるままに、殺気を向け、甚振るような真似をしたのは結局オレも同じだった。

 教育方針どころか、教育指針である筈のオレが修正不可。

 そりゃ、弟子達も習うわな。


「(お気になさらず。

 あれに対してであれば、十分大人としての対応でございました)」

「正直、先生の方が優しかったと思うよ?

 オレ達なんて、有無を言わさずフクロにしたようなもんだし…」


 と、間宮も榊原も、気にしないどころか擁護してくれた。

 これだけを見ると、間違っていないような気がするから不思議なもんだ。


 オレが、現金なだけだろうか?


『うむ、あれはギンジの言い分が、最もであったことだろうよ。

 そも、力量も見定められぬ者に説教をくれたお主は、やはり寛大に過ぎる』

「いっそ、膾に刻んでしまえば良かったものを…」


 話を聞いていた叢金さんと、柳陸さんも一緒になって頷いてくれて。

 優し過ぎるというべきか、甘すぎる。

 オレがうっかり甘えてしまいそうで、怖いのです。


 そう思いながら苦笑を零せば、


「優し過ぎるから、ああなったともいうじゃろうがな」

「お前は、もうちょっと他人に厳しくても良いと思うんだが?」


 今度は嫁さん2人からの肯定。

 ラピスは苦笑気味、ローガンは明らかに苦い顔。

 そして、その口調には思わず苦い顔をしてしまった。


 心当たりがあり過ぎるから、余計にってところかな。

 散々言われているもの、寛大過ぎるってのは。


 その言葉の元が、心配から来ているって事も知っているから頷くしか出来ないのがツライけど。


『だが、これにて鬱憤も少しは晴れたのではなかろうか?』

「………鬱憤って?」

『お主は気付いておらなんだようだが、随分と生徒達が気を揉んで居ったようだ』


 そうなの?

 と、本当に気付いていなかったオレ。


 振り返ってみた生徒達の表情は、薄暗いままながらも叢金さんの声が聞こえていた面々が、苦笑気味に顔を上げた。


「だって先生、オレ達以上に気を張ってたじゃん」

「気付いていないと思った?」

「全部、アイツ等の所為だったから、オレ達も結構ボルテージ上がってたんだよ」


 と返して来たのは、クラスの代表格、香神、榊原、永曽根の3名。

 思わず目を瞠ったと同時に、横合いからバシンッと平手が飛んで来た。

 エマからだった。


「気付くに決まってんじゃん、いつも以上にアンタが無表情になってたら」

「顔が輝いていたのなんて、あのリサイタルの時ぐらいだもんねぇ…」


 そして、続けたソフィアの言葉に、思わず辟易。

 古傷を抉るな。


 でも、否定は出来なかった。

 気付かないうちに、肩肘を張っていたのは疲労感を覚えている辺りから分かってしまうから。


 嫁さん達の心配は、ごもっともだった訳だ。

 本当に、否定が出来ない現状に情けなくなってしまった。


「まぁ、今日は後は校舎に戻って、トレーニングしたらおしまいって事で良いでしょ?」

「………そりゃ、そうだけど…」

「正直、先生は早く休んだ方が良い。

 気を揉ませた側として言えたこっちゃないとは思うけどね」


 そう言って、榊原が「今日のご飯は何が良い?」なんて聞いて来る。

 便乗した香神が「鉄分主体は当たり前として、疲労回復と滋養強壮ならこの時期何が良いかねぇ…」なんて言い出した。

 だから、お前等はどこの主婦か、と。


 呆れよりも先、何故かほっこりと胸の内が温まる。

 教育方針云々考えるよりも、まず先にオレは生徒達へ心労を掛けないメンタルを養うべきだろう。


 その直後。


「良い生徒に恵まれたようで、なによりであるな」


 そんな言葉と共に、オレの頭を撫でた大きな掌。

 驚いた。

 この歳になって、頭を撫でられるなんて経験は数えるほども無いのに。


 見れば、その手は柳陸さんのもので。

 そして、オレは今まで感じていた筈の警戒心は、どこかに放り捨てていて。


 更に言えば、何故か慟哭を覚えたのは何故だったのか。

 そんな彼の様子が、兄か父の様に思えたのだ。

 会長に瓜二つだった所為か。

 それは無い、と即座に否定したまでも、オレの頭を撫でたままの大きな手を振り払う気にはなれずに、黙って俯いてしまった。


 だが、


「………てっきり、振り払われると思っていたのだが?」

「…はぇ?」


 当の本人からの、一言に固まる。


「うわぁ…先生が、撫でポで陥落した…」

「初めて見た…」

「あれ、先生あんなに可愛かったっけ?」

『ベーコンレタスサンドキターーーーーー!!』

「ほあッ!?」


 更に続いた生徒達の台詞。

 思わずフリーズから解放されたと同時に、身体中が熱くなったのを感じた。


 主に顔だ。

 熱い。

 これ、絶対真っ赤になってるぅーーーッ!!


「………オレまで、遊び道具にすんなぁああ!!」


 羞恥の為に、叫んだ。

 思わず叫んだ。


 公衆の面前で。

 よっぽど、こっちの方が恥ずかしいわ。


「何を言うか、私は私がしたいようにしたまでだ!」

『これ待て、ギンジ!

 遊び道具というのは、私の事を言うておるのかッ』


 そして、墓穴を掘った。

 ドーンと構えた柳陸さんに、オレの失言で一気にへそを曲げた叢金さん。


 その後、面白可笑しくオレをからかってくる生徒達と、便乗しまくる柳陸さんから逃げ回り、校舎に戻ってもへそを曲げたままの叢金さんのご機嫌取りに始終する事になったのは、明らからに余談と言うか無駄な労力だった。


 最終的には、オレが『天龍族』組に振り回された一日となる羽目になるとは思ってもみなかった。



***

誤字脱字乱文等失礼致します。



なんとかメンタル立ち直って来たので、感想を復活させていただきます。

マナーを守って、作者が撃沈しないようにしてくださればご自由にどうぞ。


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