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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、贋作編
169/179

161時間目 「授業参観~銀盤の騎士~」

2017年6月15日初投稿。


またまた遅くなりましたが、続編を投稿させていただきます。

今回は、以前の「NAI☆SEI」回とは打って変わったコメディ回となっております。


楽しんでいただけると幸いです。


161話目です。


※作中に、アイススケートの技名がいくつか出て来ますが、軽く調べた程度聞きかじった程度です。

参考にはなさらないでください。

***



 狐と狸の化かし合いこと、陰湿な腹の探り合いはひとまず終了。

 議場は、解散だ。


 オレとしては、既に国王が表明したオレ達への支援の話だけで有難いと思っている。

 他の官僚達の協力や、そのほかの支援等は必要ないとも感じていた。


 だって、金の問題はオレ達自身の力で解決しているし、衣食住他の設備や生活水準だって充実している。

 だから、助けて貰うと言う前提の話が無い。

 精々、顔を広げておきたい方面との折衝役ではあるが、それも国王陛下を始めとした宰相閣下や参謀閣下が根回しをしてくれる。


 そして、この先オレが貴族家へと顔を広げる予定は無い。

 自力で解決している事案の方が多いので、やってやれない事は無いと考えているのが第一。

 実際問題、スポンサーが国王なのだから、当然の事だけども。


 とまぁ、話が少々逸れたが。


 今日の予定は、何も議場での顔合わせだけでは無い。

 他にも、オレ達及び偽物一行の訓練風景を見せ合うと言う目的があった。


 前の編入試験の時と一緒。

 普段、オレ達が校舎に篭って、何をしているのか?というのが、謎だと言うのだ。

 騎士団でも、機密扱いらしいからな。

 秘密の様に扱ってしまうから邪推されるんだし、少しぐらいなら晒してしまえば良い、という杜撰ずさんではあるけども極論を振りかざした形。


 ちなみに、オレ達としては、向こうの偽物一行がどういった訓練をしているのか見る事が出来る良い機会だと思っているが。

 (※虎徹君達の欲求不満気味だった様子から見て、おそらく大したことはしていないとは思ってもいるけど)


 行うのは、騎士達の訓練場。


 前に、暴走騎士メイソン他、暴走騎士どもの謀反を受けたのもここだったか。

 騎士の決闘とか言うのを受けた時の事だ。

 もう、半年以上前になるのか、懐かしい。


 訓練場と言うだけあって広さはオレ達の訓練場の倍以上。

 現代で見た事のある校舎のグラウンドよりも広い。

 これが城内なのだと言われると、流石王城と内心で盛大な拍手。


 しかも、編入試験の時のようなお粗末なパイプ椅子で作った観覧席では無く、専用の観覧席があるらしいのだ。

 あの時は気付かなかったが、訓練場に出てからすぐに分かった。

 庭の様に広大な訓練場へは直接出て行くことが出来る王城からの通路があり、その入り口の真上に、貴族用の観覧席の様なものが設けられていたのである。

 昔の映画で見た事あるような、闘技場コロッセオの観覧席みたいな形。

 一面では無く、一区画だけではあるが、随分と豪奢で金の掛かった仕掛けである。


 後から聞けば、騎士の昇格試験の時に使われる訓練場がここだったそうだ。

 子息子女、あるいは将来有望な騎士を見出す為に、騎士団関係者や貴族がこぞって見に来るらしいから。

 だから、観覧席が設けられている。

 ちなみに、オレ達が騎士採用試験の時に使った前庭側の訓練場とはまた違う場所なので、この観覧席も始めて見たと言う形。


 今も、見上げた先の観覧席には、ちらほらと官僚達の姿があった。

 先程、オレ達に噛みついた王弟殿下にして政務大臣、アルバトス・アヴァ・インディンガス公も既にいらっしゃった。


 向こうも、オレ達が出て来たのは見えたようだ。

 一瞬目があったが、それもすぐに逸らされる。

 先程の議場で、大勢の目の前で轟沈させた事を受けて、相当鼻っ柱がへし折られたらしい。

 そのまま、轟沈ついでに沈んでくれないかな。

 後処理が楽そうだから。

 まぁ、………そうならないのも、貴族柄のしぶとさだと思うんだが。

 ラングスタみたいな感じ。

 オレがオイタへのお仕置き敢行してからも、地味に足掻いて2ヶ月は持ち堪えた。

 地味に凄い。


 と言う事で、オレ達も警戒は解かないで置く事にしよう。

 報復と言う形で、国を巻き込んだ大惨事にならない事を祈るばかりである。


 息子といい弟といい、つくづく恵まれねぇなウィリアムス国王陛下。


 と考えているところで、


「説明を良いか?」

「あいよ」


 オレの後ろにやって来たのは、ゲイルだった。

 先程までの議場のやり取りで、オレ達の完全勝利となった件がよほど嬉しかったのかご機嫌だ。

 ………キモチワルイ。


「今、何か失礼な事を考えたか?」

「テメェが鏡を見たらわかる事を考えた…」


 この世界の人間は、やはり総じてエスパーなのかもしれない。


 まぁ、それはともかくとして。


「ここは、騎士団の訓練場としても使われる場所だ。

 魔法の使用も出来るし、施設や道具は好きに使ってくれて構わない」

「はいはい、ありがとうよ」


 まぁ、説明は既に受けた事もあるので、二度手間だ。

 軽いストレッチをしながら聞き流す。


 すると、


「………どうでも良いが、本当に魔法の訓練と称して『馬鹿』をやるつもりなのか?

 今回ばかりは、貴族家どころか正式に王族も参加している上に、令息令嬢までもが揃い始めているのだぞ?」


 ぼそり、と背後から少しばかり険の混じった言葉が零された。


 ゲイルには、軽く説明をしておいた。

 訓練と称して、何をするのか。

 杉坂姉妹にリクエストを受け、そのまま生徒達の全面一致で押し切られた案件がある為に、だ。


 ただ、その方法がちょっと奇抜。

 多分おそらくきっとではあるけども、オレ達『異世界クラス』じゃないと出来ない様な方法だと思うんだ。

 うん、分かってる。

 相変わらずの規格外を、安定の割合で披露してしまう予定になってしまっている。


 ゲイルは、それが少々どころでは無く、心配なのだそうだ。

 ラピスやローガンは普通だったし、議場の時に突っ込まれるのが怖くてオレの腕では無く柳陸さんにの腕に避難していた叢金さんだって、特に心配はしていなかった。

 むしろ、楽しそうにオレ達の発案を受け入れている節があったのだが、ゲイルだけ(※実はヴァルトやヴィズも)が何故か疑心的だったの。


 言葉通りに、観覧席には続々と人が入っている。

 ゲイルの言う通り、議場には参加出来なかったけど、観覧席には入る事の出来る令息令嬢までもが、キラキラと華美で余計な装飾ばかりの衣装をまとって集まっているのも見えた。

 あ、あの睨み付けるように見ているご令嬢、ゾーイなんとかって言うゲイルの婚約者候補じゃねぇの。

 ………まだ諦めて無かったのな。


 着替えて出て来た生徒達も、この様子を見てげっそりとしているようだ。

 ちなみに、オレもげっそり。

 ………ここまで大事になるとは思ってなかったけど?

 思わず、今しがた入って来た国王陛下に向けて、殺気交じりの視線を向けてしまっても仕方ないと思う。


「………これを見て分かっただろう?

 隙あらば失脚させようと、向こうは躍起になっているのだ」


 ゲイルの言葉の通り、オレ達は歓迎されていない。

 そんなことは、よく分かっている。


 だが、今回の訓練風景の発表の件では、オレ達も手を抜くつもりは無い。

 実は良い子達だった虎徹君達には悪いとは思う。

 だが、偽物一行との格差をつける為には、オレ達がどれだけ優れているのかを見せつける必要がある。


 今回の『馬鹿』は、その筆頭だ。


「と言う訳で、外せない」

「………もう、言っても無駄か?」

「小言言う暇あるなら、徳川と河南達の為に、騎士団支給の大剣と弓を貸してくれ」


 なにせ、徳川は今武器が無いし、『隠密ハイデン』は未だに機密事項なので使えない為、結果的に『隠密ハイデン』使用組は獲物が足りない事になってしまうからな。


 と、勝手な良い分ながらも、ゲイルを黙らせる。

 当の本人は、目頭を揉み解しながらも、言われた通りに部下達に命令して騎士団支給の武器庫へと使いを送っていた。


「………騎士団長を顎で使っているのか?」

「いやはや、いつの間にやら権威になられたようだな…」

「それにしても、あの格好はなんだ?」

「まるで、卑しい冒険者や傭兵の様な格好では無いか…」


 ゲイルが離れると、途端に背後の観覧席からの囀りが大きくなる。

 オレ達は無視をするだけで良いのだが、どうも逆に気にしてしまっているのが国王を始めとした、オレ達への支援を表明した官僚・貴族各位。


 溜息とも付かない息遣いが聞こえるが、そちらもまるっと無視しておくことにしよう。


 そこで、ふと視線を彼方へと向ける。

 騎士団の訓練場を真ん中で分断する様な形で、結界魔法陣が引かれている。

 (※転移魔法陣以外の魔法陣は比較的、大量に使われているとの事)


 オレ達は、右側。

 当の左側には、丁度偽物一行が出て来たところだった。


 その瞬間、オレ達の服装を見て、ほとんどの人間がぎょっとしているのが即座に分かった。


「なんで、ジャージ着てんだよッ!!」

「嘘だろっ?着の身着のままで来たんじゃなくて!?」

「何、あの余裕ッ!

 芋ジャージの癖に、一端にアスリート気分な訳!?」


 これまた五月蝿く囀るのは、相変わらず田所、藤田、近藤の問題児ども。

 ただ、今回の件は、オレ達も不謹慎ながら優越感を覚える。


 整然と並んだジャージ姿のオレ達と違って、彼等は本当に着の身着のままだったらしい。

 何人かは、この世界の衣服を纏っているまでも、統一性は皆無だ。

 虎徹君達までもが、揃って唖然としてしまっていた。


 斯く言うオレ達は、苦笑気味。

 ついでに生徒の何人かは、得意げに胸を張ってどや顔をしていた。

 ………その顔辞めた方が良いぞ、榊原に徳川。

 お前等最近、本当に兄弟かってぐらいに、動作が似て来たな。


 と、話は逸れたが。


「おら、徳川!受け取れ!」

「おっしゃぁああ!」


 丁度、騎士団連中が、武器を持って来てくれた。

 礼を言って受け取った後に、生徒達へと無造作に投げ渡す。


 徳川には、大剣。

 河南や永曽根、シャル、ディラン、ルーチェには、弓と矢筒を投げた。

 今回、同じ弓を扱う伊野田は、剣とナイフだけの訓練にするそうだ。


 ここで、やっと全員に武器が行き渡ったところで、


「整列!間隔開けて、ストレッチの準備!」

『はいッ』


 全員が、足下に武器を置きながら、整列がてら間隔を開け始める。

 場所が違うだけで、いつもと同じ訓練をするだけの事。

 ストレッチは基本中の基本だ。


 まぁ、今回はちょっとばかし、生徒達にも恥を掻いてもらうつもりでいるけども。


「声出しは、永曽根!

 全員、カウントの復唱!」

『ええっ!?』

「そんなのいつもやらないじゃん!」

「今日は、そう言う気分なんだよ」


 さぁ、つべこべ言わずに、声出し開始!


「1,2,3,4!」

『5・6・7・8!!』


 永曽根の音頭で、生徒達が声を出す。

 最初は戸惑っていた異世界組のシャル達も、周りの声に合わせて声出しを出来るようになってからは、スムーズに進んだ。

 生徒達の何名かは、顔が赤らんでいた。

 とはいえ、この方法って良い効果なんだよね。


 なにせ、この世界では、騎士団連中のように、集団行動で動く連中の規範として声出しが通例化しているから。

 騎士団の連中が、流石とばかりにオレ達を見ている。


 ついでに、観覧席の面々も、騎士団の規範に習った声出しの風景に黙り込んだ。

 しかも、声出しのおかげで、無用な囀りも聞こえないって事で、一石二鳥なのである。


「………やはり、こういう時ばかりは、お前が本当に騎士団に欲しいと感じるな」

「いつの間にか、勧誘対象になってたのは知らんかったな」


 一緒になってストレッチをしているゲイルの一言に、苦笑を零す。


「それにしても、随分と不思議な動きをするのだなぁ」


 とは、ゲイルの逆側に陣取って、ストレッチを真似し始めた柳陸さんだった。

 フードを取って、白銀の髪を晒している所為か、日差しを反射していつにも増して輝いて見えるのが、地味に笑えた。


「筋肉を解しておかないと、怪我をする可能性があるからな」

「ほう、なるほど。

 確かに、突然動き出して、足が動かなくなったと言う冒険者を見た事があったが、その所為か」

「そう言う事。

 ついでに、体を温めておく効果もあるから、条件反射での回避行動もスムーズになる」

「ははぁ、よく考えられておるものだ」


 と、関心をしてくださった言葉に甘えて、得意げにオレもストレッチをしてみる。

 ただ、オレ達が柔軟体操に差し掛かった時には、貴族連中がここぞとばかりに騒いでいた。

 柔らか過ぎるって?

 騎士とか冒険者とか、体術を資本にするなら柔軟性は欠かせないと思うんだけど。


 この世界のちょっとした、常識知らずにこれまた驚愕させられるまでも。


「ストレッチ終了!

 一部を除いて、いつも通りのランニング、5×10セット!」

『はいっ!』


 と、ストレッチ終了と共に、生徒達が駆け出す。


 残ったのは、榊原と間宮、車椅子の紀乃。

 だが、紀乃はオレ達の傍に戻って来ると同時に、自家製ダンベルで筋力トレーニングを始める。

 ついでに、言われなくても自身で周りの風を弄って、高所トレーニングまで行い出す始末だ。

 ………成長度合に驚かされてばっかりな今日この頃。


 さて、そんなさりげなくハイスペックな紀乃は、さておいて。


「今日は、榊原、間宮VSオレとの鬼ごっことする」

「へぇッ!?」

「∑ッ!?」


 少しばかり、気を抜いていただろう2人は爆弾発言を落とす。

 両者共に、面白い具合に目を見開いた。


「文句は聞かない。

 オレは、とりあえずお前等を追いかけまくって、このペイント玉を投げ付けていくから、被弾数が20を超えたらペナルティ。

 もしくは、途中で気絶やギブアップで、更にペナルティだ」


 と、取り出したるは、ペイント玉。

 スーパーボール大のそれは、この数日間でオレと騎士団連中とで、ちまちまと作り続けていたものだ。


 透明蛙インビシブルフラッグという、水生魔物の皮を使って、インクで色付けした水を内包しただけのシンプルな小物。

 子どもの遊び道具にもなるので、市井にも出回っている。

 ただ、期限までに個数を揃えられなかったので、半分を自作しただけである。

 ちなみに、色は黒。

 偽物一行曰くの芋ジャージは青なので、被弾すれば即座に分かる。


「言っておくが、オレは手を抜かないから、逃げ切れるように本気で走れ?」

「ひいいっ!?」

「(ブルブルブルブル)」


 これ見よがしに箱に手を突っ込んでにっこりと笑えば、榊原と間宮は顔面ブルーレイと共にマナーモードだ。


 そこまで怖いか、そうかそうか。

 ちなみに、本気で投げるつもりでもあるので、被弾すれば痛いのは請け合いである。


「では、スタート!」


 そんな恐怖の鬼ごっこも、即座にスタート。

 いつまでも屯していると、また貴族達からのバッシングが聞こえてきそうだからな。

 榊原も間宮も一目散に駆け出した。


「うわっ、何でこっちに逃げて来てんだよお前等!?」

「テメェ等、オレ達を盾にするつもりか、この野郎!!」

『ウチ等を巻き込むな!』


 各自のペースを守って黙々と走っていた、仲間達の下へと。


 ………これ、頭が良いと褒めた方が良い?



***



 さて、楽しい楽しい(※オレ視点のみ)である、恐怖の鬼ごっこも生徒達のランニングも終わった。


 内容は割愛する。

 とりあえず、榊原も間宮も、急遽ラピスの水魔法が必要になるぐらいには真っ黒になったと言う事だけを明記しておこう。

 ちなみに、途中で榊原は当たり所が悪くて気絶。

 敢え無くリタイアとなった。


 ちなみに、生徒達の中に、被弾者はいない。

 当たり前だ。

 コントロール抜群のオレが投げているのだから、二次被害を増やすなんてことはしない。


 まぁ、飛沫が飛び散って、ジャージを汚した生徒は何人かいたけどね。

 大丈夫、洗えば落ちるから。

 ………そんな問題じゃない?


 閑話休題。


「おし、各自筋トレに移って、終わり次第武器鍛錬に入れ!」

『はーい!』


 バテバテとなった一部を除いた生徒達へと指示を放つ。

 (※勿論、一部とはへろへろになった間宮と、気絶している榊原に決まっている)

 ランニング程度ではへばらなくなった生徒達は、セットを終えてからも余裕綽々で筋力トレーニングに移る。


 そして、オレも酷使した右肩を少しばかり冷やしてから、いつも通りのメニューへと取り掛かった。

 片腕での倒立腕立て。

 今回は、丁度良く訓練所を分断する為のフラッグと言う形の棒があったので、その頂上を陣取って腕立てを開始した。


 これまた、官僚・貴族各位からのどよめきが起きて居た。

 この程度で驚いていたら、何も始まらんというのに。


 ただ、フラッグの頂点となると、指先での腕立てになってしまったのが少々残念か。

 5本でルーチンを回したとしても、多分いつもの半分ももたないかもしれない。

 まぁ、生徒達の筋トレが終わるまでだ。


「なぁなぁ、それはどういう意味があるのだ?」


 これまた興味津々に聞いて来たのは、柳陸さんだった。

 フラッグの真下からオレの顔を覗き込んで、少年の様な輝かしい笑顔を見せている。

 ついでに、白銀の髪も輝いていたので目に痛い。


「………筋力の強化と維持かな?」

「ほぉほぉ。

 だが、怪力を誇っているだろうお主がそれをやる意味は?」

「使わないと、結局宝の持ち腐れになるだろう?」

「なるほど、現状維持と更なる向上を求めての事か。

 関心であるな!」


 と、嬉しそうに、オレの真似をして逆立ちを始めた柳陸さん。

 片手は流石に無理そうだったが、両手で倒立をしたまま、腕立てを始めたその筋力とバランス能力には脱帽である。

 一回見ただけで出来た人間って、珍しいけど?

 ゲイルどころか、ジャッキーだって何回か失敗しているからね?


 とまぁ、隠れ熱血漢だった柳陸さんも、ひとまず置いておいて。


「………えらい目にあった…。

 そ、それで、オレは、次に何をしたら良い訳?」

「間宮を見習え」

「………オレには、まだ無理だってば!」


 ちなみに、へろへろながらも間宮は、地面に突き立てたられていた2本の丸太を使って倒立腕立てを行っている。

 この丸太は、元は騎士連中の試し切りの相手らしい。

 今回は別の用途で使われる事となった初の事例だな。

 何か分からんけども、おめでとう。


 とはいえ、榊原は未だに倒立腕立ては出来ても、棒の上に立つことすら出来ない。

 地面と離れると途端に、バランス感覚を崩すのだ。

 落ち方が悪くて脳震盪を起こしてからは、無理強いはしなくなったまでも、そろそろ次の段階に進んで貰わないと修行の意味が無い。


 まぁ、今日は良いか。

 なにせ、手抜きだし。


「好きなようにしろ。

 ただし、ブラックアウトはペナルティの加算に繋がるから、そのつもりでな」

「鬼、悪魔、人でなし!」

『(貴様、まだ銀次様にそのような口を利くか!?)』

「あいでっ!?

 ぎゃん!」


 すかさず、間宮からの教育的指導が飛ぶ。

 先程のペイント玉が倒立をしたばかりの榊原の顎に直撃し、呆気なく倒れたかと思えば後頭部を強打。

 見事な二次災害。

 痛そうだが、ここは師匠の威厳として、敢えて知らぬふりだ。

 兄弟子にいびられるのも、立派な修行である。


 どうせ、鍛錬後にはこっそり伊野田が、治癒魔法を施してくれるのだから。

 お熱いことで。


 斯く言う間宮も、最近は裂けた衣類を、シャルが繕ってくれているらしいけども。

 こっちもこっちでお熱いねぇ。


 畜生、オレも久しぶりにお熱い夜を過ごしたいってのに、なんでこんな体なんだッ!!

 オレのシンボル、どこ行った!?

 ………失礼。

 下品に荒ぶった。


 イライラとストレスを腕立て倒立のスピードアップと共に解消している中、チラと分断された向こう側の様子を眺めてみる。

 偽物一行の様子だ。


 どうやら、思い思いの鍛錬をしているらしいが、てんでバラバラ。

 統一性どころか、協調性も皆無というのは、いかがなものか。


 しかも、ちゃんと真面目にやっているのが、虎徹君達ぐらいってのもどうなんだろう?

 泉谷も頑張って同じようにランニングをしているようだが、日頃の鍛錬不足が祟っているのか遅れ気味。


 そうこうしている間に、ぐるっと外周を走っていた虎徹君達がこちらまで来た。

 って、こりゃオレに用があったかな?


「相変わらず、アンタの鍛錬無茶苦茶だな」

「ちょっ、兄貴、言葉遣い…ッ」


 どうやら、予想通りだったようだ。

 オレの指での倒立腕立てを見て、虎徹君が表情を歪ませている。


 虎徹君と華月ちゃん、星君は涼し気に走っているまでも、残りの五行君や青葉君、志津佳ちゃんが辛そうに見えるか。

 それでも、ランニングをしているのは、彼等と泉谷だけ。

 偉い偉い。


「生徒達の手前、同じメニューでバテてらんないからね」


 そのままの格好で申し訳ないまでも、言葉を返す。

 苦笑気味に微笑むと、華月ちゃんと志津佳ちゃんが顔を赤らめた。


 あ、ゴメン、見苦しかった?

 さっきの鬼ごっこもあって汗だくだから、さっきからウィッグから顎から、汗がしたたり落ちてるもんだから。


 はてさて、それはともかく。


「最近、アンタ等と同じメニューはこなしてるけど、マンネリ気味なんだ。

 なんか、いい方法無いか?」


 本当に、虎徹君は良い子。

 鍛錬に関してはストイックらしく、敵であるオレにすらも助言を求める。

 普通に考えると、出来る事では無い。


 違いを見せつけようとしている側としては、心苦しさが増した。

 という訳で、ちょっとした助言を少々。


「組手とかはやってる?」

「ああ、いつも同じメンバーだけど…」

「組み合わせを変えてやってみるのも手だと思うよ?

 後は、わざと力の違いがあり過ぎる相手と組ませて、力のいなし方や動きのトレースを重点的に行うとかね」

「ああ、それはまだやってねぇわ…」

「それから、もしマンネリだとか感じるなら、武器を組み込んでの試合みたいなことも行った方が良い。

 武芸は出来ても、武器の扱いを覚えないと。

 いざという時に、慣れていない武器を扱って、自分も味方も危ないなんてことにならないようにね」

「サンキュ。

 ただ、そもそもの基本が出来てねぇから、後で見て貰えれば助かるんだが…」

「ゲイルや騎士団を貸し出してあげる。

 君達みたいにちゃんと頼むなら、きっと教えてくれるから」

「悪ぃな」

「だから、兄貴ッ!

 目上の人なんだから、ちゃんと言葉遣い!」


 やはり、良い子。

 まぁ、妹さんはもっと良い子だけど。


「それほど、年齢も変わらないだろうから、気にしなくて良いよ。

 それより、武器の扱いをしたくなったら、またこっちまでおいで?

 ゲイル達にも、話は通しておくから」

「ああ、ありがとう。頼むよ」

「すみません、銀次先生ッ」

「よろしくお願いします!」

「謝々《シェイシェイ》」

「おおきにッ」

「ご苦労をお掛けします」


 話が終わると、しっかりと礼をしてから即座にまたランニングを再開した彼等。

 礼儀もしっかりしているから、本当に偽物一行として括られてしまうのが勿体ない面々だった。


 と、そんな彼等の背中を苦笑交じりで見ていた矢先。


「………そうやって、また貴方は僕から何を奪おうとしているんですか?」

「………。」


 ぼそりと、落とされた言葉。

 ランニングをしていて、彼等の背中に追いついた泉谷。


 しかし、オレ達のやり取りを聞いてか見てか、足を止めていた。

 気付いていたが、無視をしていた形。


 だが、泉谷からしてみれば、素通りは出来ない事だったか。

 嫌味の様な言葉を投げかけて来たのを、聞き咎めたのはゲイルや間宮、柳陸さん。

 体勢を整えた彼等の様子を横目に、それでもオレは平然と微笑みながらも、答えるだけで良い。


「助言を求められて、答えるのも教師の務めだ。

 それが、他校の生徒だろうが、先生と名が付く以上は当然の行動さ」

「………ッ」

「嫌味を言っている暇があるなら、彼等の背中を追いかけた方が良い。

 仮にもお前だって先生だと言うなら、彼等の背中を追いかけてばかりはいられないだろう?」


 チクリ、と嫌味以上に痛いだろう皮肉を投げかけてやれば、顔を真っ赤にしながらも泉谷はそそくさとランニングを再開した。

 ペース配分も考えずに我武者羅に走っていく。

 本当に、どうしてあんな子どものような性格で、教師になってしまったのか甚だ疑問である。


 時折、除く嫉妬にも似た、憎悪の瞳。

 あれがどうも彼が教師を選んだ理由を根源にしていそうなものだが。


 ………まぁ、オレには関係ないことか。

 溜息と共に、少しだけ腹に滞った濁りの様な怒りを吐き出して、改めて倒立腕立てへと集中する。


「………あれでは、自らが劣ると宣言しているようなものでは無いか」


 はっ、と鼻を鳴らし、ぼそりと呟いたのは柳陸さんだった。

 軽蔑を乗せた視線を、泉谷の背中へと向けて。


 どうやら、オレと同じで、ああいった手合いが嫌いなようだ。

 そういや、酒場での悶着の時にも、彼はオレの味方をしてくれたのを思い出す。


「………オレも、同じように見られない様に頑張りますよ」

「お主は、それ以上頑張らずとも、しっかりと生徒達の手本となっておろうに…」


 無茶をするな、と釘を刺された。

 気合入れたのに、少々残念だ。


 間宮やゲイルも、これには苦笑して肩を竦めていた。

 間宮はともかく、ゲイルはさっきの話聞いてただろうから、後で騎士団連中を見繕っておいてくれたまえ。


 閑話休題。

 さてさて、その間にも着々と生徒達は、筋力トレーニングを終えようとしていた。


 早い奴は、既に武器を持って素振りに移っている。

 オレもそろそろと、倒立を崩して地面へと降り立つ。


「………筋トレ終わったら、武器を持ってその場に待機。

 今日は、組手の形式でそれぞれを相手にするからな」


 という訳で、少しばかり休憩を挟みがてら、早速柳陸さんとオレ、ローガンとで指南へと移る。

 ちなみに、ゲイルは先程の話もあったので、指南役は外れることになった。


 今日は、いつもの組手と、武器鍛錬を融合させる。


 槍や長物相手にはローガン。

 剣やナイフ、大剣相手にはオレ。

 その他、弓や特殊武器の扱いは柳陸さんだ。


 それぞれのグループに分かれて、組手の形式を取って相手にしていく。


 訓練場には、威勢の良い生徒達の掛け声が響く。

 じっと目を凝らしているような視線を、向こう側の偽物一行から感じるのは少々やり辛いまでも。

 それでも、生徒達は惑わされる事無く、目の前に集中していた。


 中には、大馬鹿者もいたけど。


「どりゃああああ!!」

「誰が魔法を使えと言ったか、馬鹿者!!」


 勿論、安定のウチのクラスの問題児トクガワである。


 拳骨と共に、手痛い反撃を食らわしておいた。

 魔法剣(※徳川命名らしい)なら、オレも出来るのだから、同じ土俵で張り合おうなど百年早い。


 ただ、これに対しても、貴族各位がどよめいていたのはいい気分だった。

 中には、『精霊剣スピリチュアルレガシー』を疑っている節穴もいたが、これは純粋に武器を扱った組手だとしか言えない。

 扱う人間が変われば、品も変わると言うだけだ。

 あれ?逆だっけ?

 まぁ、良いや。


「先生、呼ばれてんぞ!」

「ああ、今行く」


 その最中に、今度は分断した向こう側からお呼びがかかったらしい。


 ゲイルへと目配せをして、一時離脱。


 虎徹君達が、それぞれの獲物を持って少しばかり所在無さげに立っていた。

 ………大方、オレ達の鍛錬風景を見て、劣等感でも感じたか。


 基礎が出来ていないのだから、仕方ないと思うんだが………。

 更に、心苦しくなった。


 まぁ、向上心があるのは良いことか。


「虎徹君と星君が、長物ね。

 華月ちゃんと五行君は、剣か。

 青葉君と志津佳ちゃんが、ロッドとなると、見事に別れたね」

「………どうも」

「扱った事がある武器が、これしか無かったので…」

「わ、私はそもそも、武器を取った事も無かったですし…」


 華月ちゃんはともかく、志津佳ちゃんは仕方ないと思う。

 いくら刑事の娘だからと言って、護身術を扱っている程度らしく武器等持ったことも無かっただろう。


 ちなみに、虎徹君と華月ちゃんは、実家の道場で剣道も教えて貰っていたらしい。


 という訳で、ゲイルとその他、剣とロッドに強い面々を見繕って貸し出す事になった。

 じゃあ、後は頼むよ。

 オレは、生徒達の指南に戻るから。


「任された」

「くれぐれも、ウチのクラスと同じように扱って潰さないように…」

「………善処しよう」

「それ、一番怖い台詞だから、辞めて」


 ああ、心配。

 任せたは良いけど、コイツも隠れ熱血系だったから、相手取る事になった虎徹君や星君が可哀想に思えて来た。

 苦笑を零しつつ、釘を刺してから、その場を離れた。


 これまた、泉谷辺りからの、鋭い視線が突き刺さる気がしたまでも、これまたスルーをしてからオレ自身の生徒達の元へと戻る。


「あっちの人達、真似しているんじゃないんですか?」


 胡乱な瞳を向ける伊野田。

 苦笑を零して、当たり前の事を返す。


「真似したとしても、オレ達の次元まで追いつくのに後何ヶ月かかるやら…」


 すると、見る間に生徒達の険の混じった視線が和らいだ。

 現金な奴ら目。

 気持ちは分かるが、見下しているといざとなった時に足下を掬われるから注意する様に。


 ふとそこで、


「………ご愁傷様って事か?」

「うわぁ、徳川がそんな難しい言葉知っていたのに、オレ様感激!」

「馬鹿にしてんなよ、颯人ぉ!?」


 徳川の一言に、一瞬空気が止まった。

 そして、榊原からの的を射たご指摘に、大爆笑が起こる。

 オレも、吃驚だ。

 そんな難しい言葉を覚えられるようになったなんて、成長度合いが嬉しいと感じる今日この頃。

 ただし、ボリュームを絞れない辺りは、まだまだ学習能力が足らんようだ。


 静かに、の意味を込めて、拳骨を落としておいた。


 そんなこんな、いつもとは違う空気だと言うのに、いつも通りの訓練風景は着々と進んでいた。



***



 鍛錬を開始して、2時間ほどが経過した時だった。

 当初の予定は、3時間だ。

 なので、時間の進行としては、むしろ遅いぐらい。


 早くも、偽物一行はダレまくっている様子が伺える。

 頑張っているのは虎徹君達と、から回っている様子の泉谷だけとは。

 泉谷は文字通り、武器に振り回されていた。

 ………あれこそ、ご愁傷様としか言いようが無い気がする。


 閑話休題。


 オレ達はそんな事をしている暇は無いので、武器鍛錬を終えたと同時に、水分補給の休憩だけを挟んだ。


 そして、今回の訓練風景の発表においてのメインイベント。

 魔法修練と称した、ゲイル曰くの『馬鹿』を開始する。


「各自、配置に付いたな?

 『土』の連中は、土台を作ってから、平らに均してくれ」

『はい!』


 オレの掛け声と共に、生徒達が揃って魔法行使へと移る。

 ちなみに、勿論全員が無詠唱での魔法行使と相成り、これまた貴族家からのどよめきをいただいた。


 今回のメインイベントに必要な土台(・・)を魔法で作り上げる。


 分断されてはいても、オレ達の裏庭よりも広い訓練場一杯を使って、縦長の四角形を『土』で作り上げ、盛り土とする。

 側面の一部を残して、他は全て洞になっている。


「じゃあ、ルルリア、均しと『凝固』、頼む」

「うむ、任された」


 ただし、ウチのクラスの『土』属性は少ない上に、魔力総量もそこまで高くない。

 という訳で、仕上げの段階は、ルルリアことラピスにお願いする。


 均しと『凝固』と言った通り、盛り土を完全に平らにしながら盛り土を固め、石のような質感を作り出す。


「次、もう一度、『土』属性、壁の展開」


 そこへ、更に『土』で、四方を囲む『土』壁を精製、形を整える。

 それをさらにラピスに『凝固』して貰って、簡易な土台と防護柵が出来上がった。


 この辺りで、柳陸さんが興味津々。

 代わりに指南役を終えて戻って来ていたゲイルが、頭を抱えているまでも。


 ついでに、偽物一行からも何やらもの言いたげな視線が向けられているが、敢えてこれまたスルーだ。


「んじゃ、次、『水』属性」

『はーい!』


 次に控えていた『水』属性からは、のんびりした返答。

 それでも、やる事は分かっているのか、一部が『水』を精製し、土台の洞となる中へとざぶざぶと注いでいく。

 溢れ出す前に水を止めると、黒い縁があるプールの様な有様になった。

 しかし、今回はプール授業をする訳では無い。


「次、『風』属性」

『はーい』


 『風』属性の生徒達が魔法を行使すると、波のようにさざめいていた水面が段々と収まって、遂には凪いだ。

 晴天を映し出す、見事な鏡面へとなって反射が眩しい。


「んじゃ、最後の仕上げも、頼むよ」

「うむ」


 と、これまたラピスに頼み、鏡面の様な水面へと更なる『水』属性の行使を求めた。

 ひゅぅ、と風が吹いたかと思えば、凪いだ水面が一気に氷結。

 あっと言う間の出来事に、貴族各位どころか生徒達も盛大に驚いていた。


 流石、『太古の魔女』。

 魔法行使に関してなら、オレだって敵わないかもれない。

 実際、遠距離から仕掛けられたら、辿り付く前にオレは消し炭になりそうな予感がする。

 試したくはない。

 喧嘩は程々にするとしよう。


 まぁ、それはともかく。


 お分かりだろうか。

 出来上がったのは、即席スケートリンクである。


 以前、訓練風景の発表が決まった時、ご褒美名目で組み込むと言った例の特別授業のリクエストが、これ。

 勿論、発案も発言も杉坂姉妹である。


 曰く、


ーーー『南端砦で、海面を凍らせた時があったじゃん?』

ーーー『あの後、火竜を引き上げた3日間も、人魚さん達が足場の確保とかで維持してくれてたの』

ーーー『そん時に、思い出したんだけど、先生アイススケート教えてくれるとか言ってたじゃん』

ーーー『なのに、冬の間は結局、石鹸製作とか技術提供でドタバタしてて、授業どころじゃなかったし!』

ーーー『『ウチ等もたまには、遊びたいッ!!』』


 という訳。


 ウィンタースポーツが全く出来なかったのは、オレも確かに気掛かりだった。

 けど、まさか生徒達がここまで飢えているとは。


 杉坂姉妹に同意して、他の生徒達も詰め寄って来てくれたもんだから、残念ながらオレも素気無く却下が出来なかったのだ。


 しかも、南端砦からこちらに戻ってからも、やっていた事と言えばルーチンワークのみ。

 間宮や榊原達は『天龍族』に出かける事は出来たまでも、他の生徒達は訓練と冒険者ギルドの往復のみだった。

 おかげで、随分と鬱憤が溜まっていたらしい。


 挙句の果てには、杉坂姉妹が関係した例の事件を持ち出されてしまっては、オレも何も言えない。


 結果的に、オレの惨敗。

 敢え無く、押し切られた。


 オレだって、このスケートリンクの製作が『馬鹿』だとは分かっていた。

 けど、分かっていても押し切られてしまったのだから仕方ない。


 まぁ、その分、優劣と格差を見せつけるのは役立つ授業ではあるので、良しとした次第である。


「おら、シューズ配るから、戻ってこい」

「あれまぁ、先生ってばちょっとご機嫌斜め?」

「ブレードでもやろうと思えば、首を切断できるんだが…」

「ごめんなさいごめんなさい、黙ります!」


 試してみるか、ああん?

 余計な一言の多い榊原は、殺意を向けたら一発で撃沈した。

 相変わらずの風景に、生徒達も苦笑気味で揶揄っている。


 とと、そんなことよりも、即席のシューズの事である。

 これまた、オレの自作のもの。

 と言っても、勿論、金属を加工したとかでは無く、魔法行使の結果であるブレードだ。

 安定のアグラヴェイン様監修である。


 ただし、嫌味を言われる事は無かった。

 彼も、こういった使い道をするオレの様子を見て、どうやら興味津々のようだった所為。


 南端砦の時に、スパイクを精製したりしたのも、彼は内心楽しんでいたそうだ。

 曰く、オレの現代知識が、ぶっ飛んでいて愉しい、と。


 なので、製作に関しては、問題なく。

 靴に関しては、元々生徒達に用意していた爪先と踵に鉄板を仕込んだ安全靴を手配していたもの(※ヴァルトへの発注)が届いたので、それに『闇』で製作加工したブレードを取り付けただけの代物だ。


 それでも、先にも言ったように、やりようによっては武器になる。

 以前、どこかのゲームか映画のキャラクターに脚に刃物を付けたような人間がいた筈(※ゲーム知識は、安定の浅沼情報)だったので、考案もスムーズだった。


 さて、それはともかく。


「これで、何をするのだ?

 まさか、氷の上で戦うのか!?」 

「戦う訳では無いけど………まぁ、似たようなもんか」


 走りもするし、跳躍もする。

 氷上の戦いとは良く言ったものだが、今回は生徒達の要望だったので完全に遊び目的ではあるがね。


 生徒達も、どうやら相当楽しみにしていたらしい。


 嬉々としてシューズを履き、歓談している姿が、年相応に見えて思わず苦笑。

 異世界組は、四苦八苦していたが、現代組の世話焼き連中がいるので大丈夫そうだ。


 ちなみに、海水浴の時同様に、ローガンやラピス、ゲイルも今回は参加を見合わせた。

 アダルト異世界組は傍観とするらしい。

 氷の上を歩くだけでも無理だと考えているのに、その上で更に滑ったり走ったりすると言った時には、彼女達は唖然としていたものだ。

 叢金さんは、元よりシューズが履けないので、当たり前の事ではある。


 って、話が逸れたけども。


「やっほーいッ!!」

「いきなり飛び出す奴がいるか、馬鹿者!」


 とりあえず、テンションMAXで飛び出そうとした徳川の首根っこを掴んで引き戻す。

 お前は、死にたいのか?

 基礎を学ぶ前に氷に飛び込むなんて、自殺願望丸出しである。


 先に、オレがスケートリンクの上を滑り、凹凸が無いか確認をしなければならない。

 氷の上での転倒は思っている以上に危険だし、骨折なんてさせたもんなら貴族各位の手前、格好も付かない。


 一通り滑ってみて、リンクの感触を確かめる。

 昔、ドイツの任務と日本での遊び目的で滑って以来ではあるが、あの時のリンクの感触よりも好調かもしれない。

 なまじ、誰も滑っていない状態なので、変なブレードの傷も出来ていないしな。


 と、そこでふと、視線を生徒達へと戻すと、


「うわぁ………これ見よがし」

「先生、一体何が出来ないのか、教えてくんない?」

『格好良いのは分かったけど、腹立つ!』

「先生、狡い!!」

「なんだかんだ言って、先生が一番浮かれてねぇ?」

『………同感』


 唖然とした生徒達と顔を見合わせる。

 なんて、言われよう。


 途端に、ちょっと羞恥と共に怒りが浮かんで、顔を赤らめる羽目になる。


「テメェ等が転ばないように調べて回ってるんだろうが!!」


 素直に目的を伝えるのと同時に、珍しく上げた怒鳴り声。

 途端に生徒達は肩を竦め、乾いた悲鳴を漏らしていた。


 いかんいかん、クールにいかなくては。

 ちょっとばかし周りの視線を忘れて、遂々いつも通りに怒鳴ってしまった。


 ………とはいえ、生徒達も酷いと思うんだ。

 オレに無茶ぶり寄越した癖に…ッ!


 まぁ、それも良いだろう。


 今後は、その生徒達が、初めて体験するだろうこのスケートの授業で、大笑いしてやるつもりなのだから。

 四季の変化が北端南端よりも緩やかだった都内で過ごして来た彼等は、当然の如くスケート初心者ばかりだからな。

 間宮までもが初心者なのは、驚いたけども。


 という訳で、ヘルメットと言う名の兜も、装着させるのは忘れない。

 ついでに、肘当て、膝当ても欲しかったけども、贅沢は言えなかったのでそのままだ。

 まぁ、青痰、作りまくってくれ。

 それにも大笑いしてやるから。 


「んじゃ、1人ずつ、リンクに入って来い。

 最初っから手放しは危険だから、防護柵に掴まりながらゆっくり来るように…」


 声を掛けると、我先にと脚を踏み出した全員が固まった。

 その為の防護柵、と今更に気付いたらしい。

 気まずそうな視線をしながらも、1人ずつ防護柵にしがみ付きながら氷上へと上がって来た。


 そして、


「ぬあっ!?」

「ちょっ、何してんの!?」

「ゴメ~ン!」


 1人が転ぶと、周りも巻き込むと言う転倒ドミノを起こして、氷上に数名が転がった。

 遠慮なく、爆笑する。

 本当に、オレにとっては珍しい、呵呵大笑。

 生徒どころか、初めて見るだろうラピス達までもが呆然としていた。


 ゴメンね、性格ねじ曲がってるもんだから、他人の不幸が面白くて堪らないの。


「ほら、オレの手に掴まって立ってみ。

 その後は、防護柵に掴まりながら、一歩一歩摺り足をしながら歩くイメージ」


 とはいえ、助けてやらないと、授業が進まない。

 転倒した面々を引きずり上げながら、続々と生徒達をスケートリンクへと促していく。


 だが、


「ほぎゃぁ!」

「防護柵に掴まる前に転倒したのは、お前が初めてだ…」


 安定の徳川は、馬鹿だった。

 防護柵に掴まる前に脚をリンクに投げ出して、そのままオレの足下まで滑って来るのだから。

 ちゃっかり頭をぶつけたのか、涙目で蹲っている。


 こりゃ、全員、最初は転倒の仕方か、受け身の取り方から始まりそうだな。


「クソ、なんで平気そうにしてんだよ、馬鹿銀次!」

「経験者だからって、これ見よがしにニヤニヤと…ッ!」

「教える立場ですから?」


 ニヤニヤしているのは、許せ。

 さっきも言ったが、ねじ曲がった性格の所為だ。

 矯正の予定も無い。


 と、そうこうしているうちに、全員がスケートリンクに上がったのを見届けて、生徒達の中間地点へと滑って移動する。


「まずは、転倒の仕方から始めるぞ」

『なんで!?』

「アンタ、馬鹿にしすぎ!」

「お前等がスケート馬鹿にしてんじゃねぇよ」


 分かっていないようだから、言っておく。

 リンクの上での転倒は、最悪死を意味する。


 よく、フィギュアスケートやスピードスケートで転倒しているシーンを見た事があるだろう。

 大したこと無いように見えるが、実際には怪我と隣り合わせなのは勿論、命の危険も含んでいる。

 それでも大事にならないのは、選手である彼等が受け身が上手、もしくは転倒に慣れているからだ。


 だからこそ、スケートの前段階は転倒の仕方を学ぶ。

 勿論、受け身の方法も。


「転ぶときは、尻から転べ。

 それから、背中を丸めて、両手で頭を庇う事」


 そう言って、オレが見本を見せる。

 氷上で、腹筋をするような体勢となった。

 生徒の一部が「間抜け」と笑ったのが聞こえたが、その間抜けな恰好を今から30分ぐらいはお前達にやって見せて貰うんだがねぇ。


「………んじゃ、やってみろ。

 無様に頭を打った奴は、そのままリンクから放り投げる」

「無茶苦茶だ!」

「追い打ち!?」


 はっ、オレを笑ったからには、本気でやるからな。

 久々のスパルタ授業の予感に、腕が鳴る。

 実際、肩と腕、手首に指と、ぼきぼきと鳴らした途端、生徒達が揃って顔面ブルーレイと化した。


 藪を突いて蛇を出したと気付いたな。

 オレは、蛇が嫌いだから、そもそも藪は突かないけど。


 って、話が逸れた。


 ここからは、実況中継に切り替えるとしよう。


 まずは、出席番号1番の浅沼。

 今となっては、既に訓練にも淡々とついて来れるようになった彼だったが、元々の運動音痴が再発したらしい。

 頭を庇えと言うのに、結局頭を打ち付けた。

 ついでに、受け身も取れずに尻や腰を強打しまくっている。

 痣だらけになるのは目に見えているが、面白いので放っておくことにする。


 お次に、出席番号2番の伊野田。

 彼女もまた、元来の運動音痴の所為か、転び方が下手くそだった。

 終いには、リンクの上で立つことも出来なくなって、涙目でへたり込んでしまっている。

 見ているオレとしては、面白可笑しく傍観出来る癒しだ。


 更に、出席番号3番の香神。

 流石に、地面の上と氷の上では勝手が違ったのか、足を滑らせて派手に尻から転げた。

 頭を庇うのは良いが、それ以外を打ち付けたのか痛みにのたうち回っている。

 この辺りで、オレの腹筋が収縮運動を始めた。


 お次は、出席番号4番の榊原。

 彼もまた地面の上の感覚を優先した所為か、氷の上で四苦八苦している様子だ。

 ついでに、くるくると回るようにしてまるで、ダンスでも踊っているかのようだが、ただ単に転ばない様に腕を振り回した結果、回転してしまっただけのようだ。

 これまた、オレの腹筋が試されている。


 お次は、出席番号6番(※5番は留守番組の佐藤だ)のシャル。

 異世界組と言う事もあって、氷の上で歩くと言う荒業は荒唐無稽だったようだ。

 早々にひっくり返って、お尻から着地。

 痛みに悶絶していると、そのまま立ち上がれなくなったのか、伊野田同様に涙目でへたり込んでいた。


 お次は、出席番号7番のエマ。

 転んで起きて、そのまま転んでの繰り返し。

 しかし、起き上がる動作はなんとか様になっているし、受け身の取り方は前の5人と比べても上手ではある。

 ただし、それでもバランス感覚が少々心許ないらしく、先ほどから立ち上がるまでには至らず、へっぴり腰。


 更に続けて、出席番号8番のソフィア。

 彼女もまた、エマと同じような動きを繰り返している。

 受け身は良いが、頭を庇う前に腰と尻を庇ってしまう所為で、自分で自分の手を下敷きにしたらしい。

 痛みに悶絶したまま、動かなくなったので道のりは長い。


 続けて、出席番号9番のディラン。

 ただし、彼は元々の平衡感覚と運動神経が功を奏してか、立ち姿は様になっている。

 起き上がる動作も難なく行い、転ぶときの姿勢もなかなかのもの。

 思った以上に面白くないが、彼も彼で成長度合いが嬉しい今日この頃。


 お次は、出席番号10番の河南。

 彼もまた、バランスが良く、なんとかそつなくこなしている印象があった。

 ただし、それでもやはり転ぶ時に、頭を庇うばかりで他の部位を打ち付けては悶絶している様子を見るに、まだまだ練習が必要なようだ。


 続けて、出席番号11番の紀乃。

 彼の場合は、特筆すべきことは無い。

 なにせ、車椅子にブレードを取り付けているのだから。

 転倒が横転しか有り得ない。

 それでも、車椅子のタイヤを何とか押しては戻し、と滑ろうとしている努力は認めよう。

 たとえ、1mmたりとも動いていなくても。


 お次は、出席番号12番の徳川。

 彼もまた、特筆すべき点は無い。

 オレの予想していた通り、無様にすっ転んで頭を打って、そのまま気絶しているからだ。

 多分、才能云々の問題以前に、頭を鍛えなければ無理だと思う。


 続けて、出席番号13番の永曽根。

 彼は、いやはや、オレも思っていた通りではあるが、氷の上でも難なく動けている。

 元々の平衡感覚に加え、武道に精通しているから摺り足や体重移動も見事。

 ついでに、転び方や受け身方法だって、しっかりしている。

 面白みも無い奴め。


 ただ、ここで実は、とても面白い人物を見つけた。


 出世番号15番(※14番が留守番組の藤本だから)の間宮。

 初心者だと聞いていたが、歩くのだけはなんとか様になっている。


 ただし、


「テメェ、『風』で浮いてんじゃねぇか!」

「(ぎくぎくッ)」

「氷の上にブレードの跡一つ無い時点で、可笑しいと気付くわッ!!」


 馬鹿だった。


 コイツ、ズルして『風』魔法で浮いて、あたかも滑っているかのように偽装している。

 何故分かった!?的な顔をしているのが、更に腹立たしい。

 そんなに転倒する姿を見られたくなかったか。

 防護柵無しでも良いなら、素直にそう言え。


 頭を掴んで、そのままぶん回す。

 『ご無体ですぅうう…!!』なんて、悲鳴を精神感応テレパスで発しながら、氷上を尻で滑っていく。

 ただ、勢いが乗り過ぎて、そのまま反対側の防護柵まで滑って激突。

 頭を打ったのか、これまた悶絶。


 ………こういうところを見ると、まだまだ未熟な15歳なんだなぁ、と思う。

 オレ、スケート初めて滑ったの、14歳ぐらいだったけど?


 なんていう、ちょっとばかし馬鹿な弟子は放っておいて。


 最後となったのは、出席番号16番となったルーチェ。

 彼女もまた異世界組と言う事で、氷の上を滑るなんてことは初体験。

 産まれたての小鹿のような有様で、転ぶどころかそれ以上動く事も出来ないままだった。

 顔を真っ赤にして、涙目になっている様子も可愛らしい。


 以上、14名の様子を見ていて思った事。

 これは、中々にぶち込み過ぎたんじゃない?


 いやはや、参った。

 生徒達がここまで、氷の上で何も出来ないとは。

 楽しみにしていたから、てっきり自信があるもんだと思っていたのに、予想以上のへっぽこ具合に、唖然呆然。


 とはいえ、楽しんでいるから、ニヤニヤ笑っているままだけどね。


「おら、せめて、間宮ぐらいまで滑って見たらどうだ?」

「間宮は自主的に滑った訳じゃないでしょ!?」

「人の不幸を楽しみやがって、むかつく!」

『(オレだって、好きでここまで滑ったんじゃありませんっ!!)』


 オレの言葉に、一斉に抗議の声を上げる面々。

 珍しく、間宮までもがオレに反論して来た。


 まぁ、一部は抗議の声を上げる事すらも出来ない程に、悶絶していたり固まっていたり気絶したりしている訳だが。

 更には、声を荒げた事でまでバランスを崩したのか。

 揃って、ひっくり返った彼等の様子を見て、オレは更に大声を上げて笑う事しか出来なかった。


 既に、この時点で30分を過ぎている。

 しっかりと受け身が取れるようになったのは、エマとディランと河南と永曽根、ちょっと頑張った様子の間宮ぐらいだ。

 半数にも満たない。


「とはいえ、時間も無いからさくさくやっちまおうか」

「ちょ、ちょっと出来るからって、調子に乗って…!!」

「先生、今日はスパルタっていうより、鬼でしょ!!」

「いつも通りだろうが」

『そうだったね(よ)!!』


 何をいまさら。

 オレが、鬼とか悪魔とか人でなしなのは、今に始まった事じゃない。


 ああ、楽しい。

 って、楽しんでばかりでもいられないので、へたり込んで動けない面々の前を颯爽と滑って、先頭の浅沼へと向かう。


 さぁ、転ぶ練習の次は、進む練習である。


 オレが片手を取り、反対の手で防護柵を掴んだまま生徒達1人1人を進ませる。

 勿論、時間が推しているので、流し作業。


 案の定、先頭がこけると、そのまま蹴躓いたり渋滞したり、とあんまり芳しくない。

 面白いから、オレは良いけど。


「玉突き事故?」

『酷いっ!』

「これじゃ、アイススケートなんて夢のまた夢だな」


 はははっ、とこれまた大声で笑う。

 顔を真っ赤にして憤慨する生徒達の様子を見て、更に笑いが込み上げてしまった。


 無茶ぶりしたのは、お前等だよ。

 自業自得だ。


 ………そう思っていたのが、悪かったのか。


『だったら、先生が出来るところ見せてよ!』

「ああ?今でも、十分出来てんだろ?」


 へたり込んだ生徒達が、揃って声を荒げた。

 若干の威圧感を覚えたのは、いかんせん生徒達も最近成長しまくっている所為だろうか。


「先生が、教えられるってんなら、お手本を見せてって言ってんの!!」

「そうですよッ!」

「さっきから、笑ってばっか!!」

「本当に、フィギュアスケート出来んのかよ!?」

『証拠を見せてッ!!』

「その通りですッ!」


 と、女子組に一斉に詰め寄られた。(※物理的では無く、体感的に)


「滑ってるの見て、分かるだろうが?」

「それだけじゃ、証拠にならないッ!」

『やって見せてよ!!』

『そうだそうだ!!』


 そして、女子組がキレると、一緒になって男子組も集中砲火を食らわして来た。

 睨み付ける眼光も、どこか強い。

 しかも、その中には、間宮までもが混じっている始末。


 どうやら、煽り過ぎたらしい。

 そして、今回ばかりは、オレの味方が一人もいない様だ。


「とはいえ、音楽も無くただ、踊るだけって…」

「散々、ウチ等の事笑っといて、恥ずかしい訳ぇ!?」

『先生も恥を掻け!』

『そうだそうだ!!』


 おっとっと。

 今回ばかりは、苛烈なボイコットらしい。


 ………やはり、笑い過ぎたし煽り過ぎたな。

 後悔先に立たずとは、この事か。


 でも、楽しかったんだもん、しょうがないじゃん。

 生徒達の言っていた通り、どうやら一番浮かれていたのはオレだったのかもしれない。


 苦い顔をしながら頭を掻いていると、


「音楽が欲しいってんなら、あるじゃないッ!」


 ハタ、と何かに気付いたらしい、榊原。


「あん?」

「オレ様、音楽プレイヤー持ってる!」

「はぁ!?」


 突然のカミングアウト。

 というか、持ち物の申請をされても、意味が分からんとか思っていたのだが。

 ………持ち歩いてたって事?


 榊原は、そのまま氷の上を這い蹲る様に(※これもこれで無様だった)滑って移動すると、とっととスケートリンクを降りてオレ達の荷物置き場に走る。

 着替えと共に、荷物をまとめておいておいたのだ。

 そこから、円盤型の何かを持ち出してくると、即座に取って返して来た。


「ほらっ、これ!

 音楽入っているし、先生の知ってる曲使って好きなだけ滑ったら良いじゃん!」

「阿呆かぁ!!」


 馬鹿なの、コイツ!!

 咄嗟に、殴ってから隠してやったけど、完全に現代技術の漏洩じゃねぇか!!


 この時代の人間に出来れば、電子機器は見せたくなかった。

 (※しかし、この後になって、既にボイスレコーダーを香神が騎士団の前で使った事があると思い出して、結局オレは膝から崩れ落ちた)


 ただ、ここまでお膳立てされた所為か、渋るオレに対して生徒達は強気に責めて来る。


『証拠!』

『見本!』

『先生も恥掻いて!』

『笑ってやるから!!』

「テメェ等、最後が本音だろうが!!」


 結局、押し切られる事になった。

 最近、教師としての尊厳が、遥か彼方だと思い始めた、今日この頃。



***



 ここまで言われたからには、やるしかない。


 生徒達もそれ以上は譲らないとばかりに、全員がボイコットどころか梃でも動かない様子だ。


 しかも、榊原が持っていた音楽プレイヤ-には、オレの知っている曲もいくつか入っていた。

 全部知らん、で押し通せればよかったのに、たまにやってた榊原達との音楽談義で知っていると言ってしまった曲を、安定の瞬間記憶能力保持者・香神が覚えていたのだ。

 逃げ道が無い。


 準備をしている間、ラピス達が呆れ気味だった。


「なんぞ、お主は加減を知らぬのが、いかんのう」

「玉に瑕だな」

「うるせぇやい。

 ………だって、楽しかったんだもん、水たまりでもがく芋虫みたいで…」

『お主も、大概良い性格をしておるものよなぁ』


 そして、オレの発言に、叢金さんまでもが呆れていた。


 ねじ曲がった性根が、齎した不幸だな。

 ………ちょっと反省。


「何をするのだ?やはり、氷上で戦うのか!?」

「………羞恥との戦いだけどね」


 そして、何をしても興味津々そうな柳陸さんの視線は、痛かった。

 無垢で純真な視線だった所為かもしれない。


「おい、ギンジ、馬鹿に馬鹿を重ねるつもりか?」

「………最初にお前をご寸刻みの膾にしても良いか?」

「それは御免被る…ッ。

 だが、何をするつもりか、本当に…!!」


 そして、ゲイルには何故か怒られる。

 馬鹿に馬鹿を重ねるとはよく言ったものだが、これはオレだけが悪いんじゃないのに。


 ついつい、自分が悪かった事を棚に上げて、生徒達に恨み言を呟いてしまいそうになった。


 そんな生徒達は、音楽プレイヤーと共にどこから持ち出して来たのか、小型のスピーカーを構えて、今か今かと待っている。

 おい、そのスピーカーどこから持ってきた?

 この世界の物品じゃないもの、勝手に持ち出すんじゃないッ!!

 (※後から聞いたら、榊原の私物だった。なんで持ち歩いてんだよ!?)


 ………もう嫌。

 突っ込むのも疲れた。


「こうなったら、やってやらぁ!

 テメェ等、目に焼き付けておけよこの野郎ッ!!」


 恫喝してから、勇み足でスケートリンクへ。

 ただ、キレただけともいう。


 ジャージの上は脱ぎ捨て、シャツはズボンへとイン。

 ついでに、振り回されるだろう不随の左腕もベルトで固定した。


 リンクへと出た途端に、生徒達が面白可笑しく拍手しやがった。


『イエ~~~!!』

『ヒューヒュー!!』

『先生、イカす~~!!』

「テメェ等、マジで覚えとけッ!!」


 野次が飛ぶ。


 今度は、オレが涙目だ。

 これに懲りたら、余り知識をひけらかして生徒達を笑うのを辞めよう。


 リンクの中央までを、大きく外周を回りながら、ついでに調整や振付を思い出しながら滑る。

 この辺りで、シン、と辺りが静まった。

 野次を飛ばしていた生徒達も、今更になってオレが経験者だと言う事に気付いたらしい。


 一周をしてから、中央辺りにスタンバイ。

 呆然とした生徒達の視線が見えて、はぁ、と溜息混じり辟易とした表情をしてしまった。

 腹は括ったので、逃げる事はしないまでも。

 マジで、後で、生徒達には、地獄の訓練メニューを課してくれる。


 そこで、音楽プレイヤーのスイッチを誰かが押した。


 流れ出したのは、洋楽だ。

 ヴァイオリンのイントロから始まり、アコースティックの伴奏、ピアノと続き、透明感のある男性の声がメインとなるロックバラード。


 正直、昔習った事のある振付の曲とは違うので、不安しかない。

 それでも、ブレードを滑らせて、伴奏に合わせて滑り出す。


 最初は、単調に流れる様な、それでいて少し弾む様な曲調。

 テンポに合わせてステップを重ねながら、外周を回り、少しばかりスピードを乗せていく。


 最初のAサビに入る段階での、ジャンプ。

 流石にトリプルまでは出来ないがダブルまでなら、ジャンプの全種類を飛べる。


 脚を踏み込み、ブレードをリンクに噛ませエッジを掛ける。

 体幹を右に傾けたままで跳躍し、足を交差しながら2回転を回った所で着氷。

 ダブルトゥーループ。

 息を呑む生徒達の声が聞こえた。


 そのままの流れで足を伸ばし、回転をかけながら着氷の衝撃を逃がす。

 大回りに外周を回りながら、更にステップシークエンス。

 外周を回る時に、防護柵に腰掛けた生徒達の前を通り過ぎた。

 男子組からの拍手が飛んだ。

 ちょっと照れくさいながらも、更に曲に合わせて振付を当てはめていく。


 Bメロに入る直前に、もう一度ジャンプ。

 今度は、右のトウを突き、滑走で描いてきた軌跡と反対の回転をかけながら踏み切るダブルルッツと、比較的メジャーなダブルアクセル。


 今度は、女子組が一斉に沸き、手を叩いた。

 ステップを重ね、余裕が出てくると兼ねてより一回はやってみたかった、イナ・バウアーにも挑戦してみる。


 ここら辺では、生徒達どころか観覧席も湧いた。

 生徒達の拍手と共に、Bサビが始まる直前にバタフライからのスピンへと移行。

 スピンに関しては、柔軟性を含めてこちらも全種類は出来るようにしていた。


 ただし、今回は見栄えを考慮して、しゃがみ込む体勢でのショットスピン。

 軸足に乗っていないフリーレッグ(※空いた片足の事)を伸ばし、しっかりと腰を落とさないと綺麗には見えないスピンなので、地味に難しいのだ。

 その流れで、軸足を変えながら、上体を倒しながら氷上でT字を描くように回るキャメルスピンへと移る。

 Bサビが4分の1を切ったとこころで、更にドーナツスピンを重ねて、最後にフリーレッグを片手で持ち上げて、背後から頭上に持ち上げるビールマンスピン。


 女子組が狂喜乱舞したかのように黄色い悲鳴を上げた。


 気分が良い。

 ついでに、久しぶりだからと不安に思っていた振付に関しても大丈夫そうだ。


 音楽に合わせて、生徒達が手を叩く。


 歌声が途切れた演奏だけの時間の中で、ステップシークエンスを挟む。

 氷上でのダンスとも言われるこの動作は、時計/反時計回りの両方の回転や、上半身の動きのバラエティー、ステップとターンの多様さ、切り替えのすばやさ等が試されるとかなんとか。

 スケートを教えてくれた、ドイツのプロ選手から聞き齧った事。


 そして、最後のサビが始まった段階で、もう一度ジャンプ。

 今度はダブルトゥーループとダブルサルコウのコンビネーションジャンプを重ね、回転を逃がすと同時に、中央付近までステップ。

 もう一度バタフライで、氷上と並行にジャンプしたと同時、そこから、最後の伴奏終了までスピン。

 ただし、今度も趣向を凝らし、先ほどのスピンとは別のスピンを行う。


 スタンドスピンと呼ばれる、直立姿勢でのスピンでスピードを乗せ、更に手を頭上に伸ばす。

 歓声の様なものが聞こえる中で、上体を後方へと倒すレイバックスピンへ。

 フィギュアでは女子がやる事の多いスピンだが、見栄えが良いので気に入っている。

 更に、回転が落ちて来たのを見計らって、フリーレッグを前方から高く持ち上げ、体がアルファベットの「I」の字に見える状態で行う「I」字スピンでの締めくくる。


 ピアノとヴァイオリンの音が途切れる時間を見計らって、回転を止める。

 生徒達の歓声の所為で、最後が聞こえなかったがまぁ良いか。

 多分、生徒達も気付いていない。


 瞬間、生徒達どころか、観覧席から更に歓声と拍手が沸き起こった。



***



 突発的リサイタルの閉幕である。


 まさか、いつぞやの任務で役に立った技術が、こんな形でお披露目になるとは思ってもみなかったが。


「先生、本当になんでもできちゃうんだぁ…!」

「先生、凄いッ!!」

「なにあれ、なんであんなこと出来るの!?」

『練習したら、ウチ等も出来る!?』


 そして、胡乱げだった生徒達の視線は、いつの間にか尊敬と畏敬を合わせたキラキラしい物へと早変わり。

 現金なものである。


「昔、遊び目的で仲間と行ったら仕込まれた。

 そんでもって、ドイツ留学した時にも、似たような事があって、プロ選手に教えて貰ったんだよ」

『何それ、凄いッ!!』


 これは、実際半分が嘘じゃない。

 いくら、オレの経歴が詐称ばかりだと言っても、今回ばかりは別。


 順番は前後するが、スケートは同期連中に一時期連れ回されたのだ。

 アズマとか、ルリとかキリノにね。

 中でも、同僚兼親友のルリは、ありとあらゆる技術を仕込まれていて、スケートに関してもプロ並みの腕前。

 そんな彼も含めた2人に連れ回されて、オレも一緒に仕込まれた。

 多分、彼にとっては遊び目的の他にも、スケート関連の任務の時に道連れに出来る人間が欲しかったのだと思われる。

 それが、大体16歳の頃。


 その1年後、オレが17歳の時。

 紛争地帯の任務にうんざりしていた頃だ。

 アズマやルリの口利きで扮装担当を外れた時、たまたま受けた任務がとあるドイツ近郊の国の王子ミニサイズの護衛だった訳。

 その護衛任務の期間中に、たまたまスケートリンクに遊びに出かける予定が出来た。

 我儘放題の王子に、振り回された結果である。

 その時に、そんな我儘放題の王子に言われたのだ。


『プロのフィギュアスケートを、生で見たい』


 、と。

 そんなもの、親に頼めばいくらでも見られるだろうに、わざわざ護衛のオレ達に言ってくれたもんだからさぁ、大変。

 親に上告しても、公務が立て込んでいるからシーズン中は無理だと言われて撃沈。

 ならば、他の手段でプロ選手を呼ぶかとなっても、丁度シーズン中で大会やら選手権で連絡すら付かない。

 という訳で、諦めて貰おうとなったら、


『だったら、お前がやれば良い!』


 と来たもので。

 齧ったぐらいで無理ですと言ったが、聞きやしない。

 スケートリンクへ出かける予定の1週間前に、護衛全員で頭を抱える事になったのだ。


 仕方なしに、聞きかじったルリからの教えだけで乗り切ろうと思ったが、一応形だけでも思い出そうと練習の為にスケートリンクに出向いた時。

 何の思し召しか、たまたまプロ選手らしき人間が滑っていたのだ。

 なんでも、予選会で落ちた所為で大会の出場権が無い選手だったとか。

 これ幸いとばかりに、わざわざ下手な三文芝居で懐に潜り込んだ。

 丁度、その選手が男だったこともあって、女のフリをしてまで、だ。

 使えるものは、使う。

 そんな精神。

 藁にも縋る思いだったのは、当時のオレが我武者羅過ぎた所為だと思う。


 まぁ、その時の内容は、割愛させてくれ。

 手取り足取りは良いが、腰まで取られそうになって慌てて逃げに走った苦い記憶だからだ。

 それでも、お礼と称してご飯ぐらいは、御一緒したけど。

 本気と書いてマジになっていた例のプロ選手は見ていて滑稽だった。

 弄んだオレが言うべき言葉ではないだろうが。


 そのおかげもあって、その我儘放題の王子の前で赤っ恥を掻く事は無かった、というのが事の真相である。

 ただし、その王子様は、結局オレの失敗を見て笑いたかっただけ、というのがあとから分かった。

 いつも無表情のオレを笑いたかったそうな。

 結局オーダーが失敗していたのは、なんと言うか無念。

 我儘王子の悔しそうな顔が見れた事だけが、唯一の戦果である。


 虚しかった任務だ。

 護衛に関しては、しばらく子守りは懲り懲りだと思ったものである。


 という訳で、オレの隠していた特技がお披露目出来た訳。


 おかげさまで、生徒達どころか、観覧先からの視線も憧憬を含んだものに早変わり。

 掌返しとしか言いようが無い。


 まぁ、清々しい気分ではあるので、怒るに至らないまでも。


 生徒達の元へと戻れば、あっと言う間に囲まれた。

 ………おい、いつの間に滑れるようになった?


「ジャンプしてたの、あれ何!?」

「ダブルトゥーループとか、ダブルサルコウとかね。

 流石にトリプルまでは飛べないけど…」

「スピンしてる時、目回らないの!?」

「うん、回らない。

 三半規管鍛えてるし、元々強いから」

「アンタ、逆に何が出来ねぇんだよ!?」

「オレも知らない…」


 基本、なんでも手を出しているからなぁ…。

 ………ほとんどが、オレが自主的に動いたものではなく、能動的に感受した結果としか言えないけども。


 と、こんな香神からの質問で、話が変な方向へ。


「逆に、何が出来ないのか気になるわ」

「確かめてみたらいいんじゃない?

 とりま、明日の授業か何かで、プール組み込んでもらうじゃん」


 と、杉坂姉妹が、乗っかった。

 またしても、お前達か。


 しかも、プール授業とか、


「片手でって、鬼だな…」


 片手のハンデがあるオレに対して、なんて鬼畜な発言をするのか。

 しかも、何故に明日!?


「あっ、丁度良いじゃん!!

 この方法使えば、プール授業だって出来んだろ!?」

「海水浴の時の水着もあるじゃん!」

「最近気温上がって来たから、丁度良いしッ」

「わっ、あたしプール授業初めてッ!!」

「………おいこら、待てお前等」


 何、当たり前のように話を進めてるの!?

 プール授業なんてやりませんよ!?


 ってか、オレの出来ない事をさせる為に、一致団結するって酷過ぎない!?


「………身から出た錆だよねぇ…」

「(………流石に、フォロー出来ません)」


 だが、これまた味方がいなかった。

 どうやら、未だに弟子2人は、先ほどゲラゲラとオレに笑われた事を根に持っていたようだ。


 そして、それは生徒達も同じ。


『先生、明日はプール授業!!

 じゃなきゃ、ボイコットするからねッ!!』


 杉坂姉妹の見事なシンクロによって、どうやら明日の予定が決まったらしい。


 生徒達で、異議を唱える者はいない。

 異世界組の面々ですら、興味津々とばかりにオレを見上げている始末。


「…嘘~ん…」


 誰か、助けて。


 しかし、救援は望めない。

 呆れた様子の嫁さん達ですら、オレに助け船を出そうとしてくれている様子は無かったのだから。

 ゲイルなど、目が三角に吊り上がってしまっている。


 わりかし、なんでも出来そうと思われている弊害が、こんなところで出てくるとは思ってもみなかった。



***



 さて、味方がいないと判明してしまった、訓練終了時刻。

 3時間の予定が、少しばかり延長になってしまったが、リサイタル効果があったおかげで、表立って文句が出ている様子は無かった。

 後々、国王陛下の護衛に回っていたヴァルトとハルの言伝で、滅茶苦茶賞賛されてたと聞いて、ほっこり。

 官僚・貴族各位、下に見ていたのが嘘のように、褒め称えているとの事だ。

 リサイタル効果、本当に凄いな。


 と、いつまでもほっこりしてはいられない。


 なにせ、この後には、本日のメインイベントでもある、偽物一行との5番勝が残控えているのだから。

 ついでに、オレは泉谷との一対一(タイマン)も控えているとあっては、いつまでも日常風景モードでグダグダはしていられない。


 ちょっとした休憩と後片付け(※即席スケートリンクの解体だ)を終えて、分断されていた訓練場が解放される。

 魔力で覆われていた壁が解き放たれた。


 ちなみに、これは他国との共同演習の時にたまに使われる措置だったとの事。

 なんか、昔戦争した事のある国とも、1年に1度か2度、どちらかの国に行軍して共同演習するんだって。

 仲良くしていますよアピールだな。


 けど、やっぱり種族が入り混じっていると、その分長生きな人もいて未だに禍根を残しているとか。

 その為、演習という名目で物理攻撃どころか魔法攻撃を仕掛けられる事もあった訳で、共同演習で控えている行軍の間には分断する魔力壁を使用するんだと。

 今でこそ、そう言った事も無くなったらしいけど。

 ちなみに、演習中に襲われたとしても演習中だから、イーブンになるんだそうな。

 ………異世界の怖い現実って奴だな。


 って、話が逸れた。


「これより、執り行う5番勝負に関しては、我等王国騎士団が指揮を執る。

 では、各員、5名を選出してくれ!」


 ゲイルの高らかな宣告と共に、5番勝負のメンバー選考が開始される。

 事前に通達されていたからか、偽物達は迷いなく5名が歩み出て来た。


 近藤、藤田、田所、星君、虎徹君の5名だ。

 前者3名は確実に出て来ると思っていた。

 勿論、永曽根と過去にいざこざのあった虎徹君も同様だったが、最後の1人はてっきり華月ちゃんが出て来ると思っていたが、違ったらしい。


 そして、当の永曽根はと言えば、


「勿論、御剣の兄貴は、オレにやらせてくれるよな?」

「………負けたら承知しないぞ?」


 やる気満々で、オレにまで獰猛な笑みと視線を向けて来る始末。

 好きにしろ。

 これで、昔の因縁がチャラになるなら、それで良い。


 まったく、血気盛んなお年頃は、これだから…。

 ただ、どうやら、血気盛んなのはあちらさんも同じようだ。

 永曽根が動き出したと同時に、虎徹君は表情にうっそりと闘志を滾らせている。


 似た者同士ってことか。

 似ているとは思っていたけどもね…。


「先鋒は浅沼、次鋒が伊野田、中堅が榊原、………と星君には、副将で間宮をぶつけるか。

 大将が永曽根だ」

『はいっ!』

「あいよ~」

「(承知しました)」

「恩に着るぜ」


 と、こちらからも、呼び上げた5名が足並みをそろえて進み出す。


「ちょっとぉ、あたしの相手、まさかそこのオチビちゃんとか言う訳ぇ?」

「おいおい、オレの相手がそんなひょろ長い奴で良いのか?」


 挑発混じりの余計な言葉を放つのは、相変わらずの藤田と田所だった。

 しかし、表題に上げられた伊野田や榊原は涼しそうな顔をしたままである。


 ただ、残りの1人である近藤は、何やら腰が引けているように見えた。


 ああ、浅沼を見てか。

 浅沼は体格だけで言うなら、ウチのクラスでも2番目となるからな。

 そして、あの様子を見るに、昔あった確執は覚えていないのだろう。

 ………浅沼のビフォーアフターの結果であるとも思うが。


「では、これより5番勝負を執り行う!

 命を奪う行為、騎士道に反する行為は、全て禁止とする。

 武器の使用は自由。

 ただし、魔法の使用は許可しない。

 いずれかの反則行為が認められた時点で、試合を中断し反則行為を行った者を敗者とする。

 質問はあるか!」


 ゲイルが、簡単な5番勝負の文言と、禁止事項を宣誓する。

 レフェリーも彼が担当し、証人はこの場で見ているオレ達他、騎士団、官僚・貴族家各位も含まれる。


「では、先鋒、アサヌマとコンドウ、前へ!」

「ッ…あ、浅沼だってェ…!?」


 あ、今気付いた。

 そして、突然叫ばれた浅沼が、ビクっとなった。


 名前で気付いたのか、近藤の目がひん剥かれる。

 次いで、浅沼の現在の様子を見て、上から下まで眺めたと同時に、


「ほ、本人じゃないよな…?

 同姓か、お、弟とか…?」


 信じられない様子で、無理矢理納得したようだ。


 さて、それに対して、浅沼がどう答えるのか、だな。

 成長しているのか、否か。


 背後で、ソフィアが胸の前で手をぎゅっと握った気配がした。


「………本人だよ」

「へぇッ!?」


 意外にも、あっさりと浅沼が答えた。

 素っ頓狂な声を上げた近藤に対し、その場でファイティングポーズを取ると同時、


「今度は、虐げられる気持ちを知ったら良い」


 強気な発言と共に、脇を絞めた。


 ………言う様になったもんだ。

 背中には自信が満ち溢れているし、この分なら大丈夫そうだ。


「う、嘘だろ…っ」

「嘘だと思うなら、試してみるかい?

 前に暴れてぼこぼこにしてやったこと、殴って思い出させてやる…」

「ひぃ…ッ!」


 あ、こりゃ、早くも勝負が決まったわ。

 隙無く構えている浅沼に対し、近藤は呆然自失ついでのへっぴり腰へと早変わりだ。

 今まで、集団で嬲るような戦いしかしたことが無かったのだろう。

 昔の因縁の相手と、1対1で向かい合ったのも初めてか。


「両者、構えッ!」


 しかし、待ったは無しだ。

 ゲイルが、それを許さない。

 彼も彼で、きっと浅沼と近藤の様子を見て、それとはなしに事情を察知したらしいからな。


 そこで、藤田からの野次が飛んだ。


「そんなの見掛け倒しだってば!

 頑張って、まこちゃんっ!」


 怖気の走るネコナデ声である。

 それが、女子高の制服を着た現在22歳の女から発せられているのだ。

 ついつい、オレ達が揃ってぶるると身震いと共に青くなってしまう。

 レフェリーの筈のゲイルまでもが、唖然とした様子である。

 甲冑の下は、さぞやチキンなスキンがお目見えしている事だろう。


 そこで、やっと戸惑いつつも、近藤が構えを取った。

 あのサバ読み女に奮起出来るのは彼だけである。


「始めぇ!!」


 ゲイルの声と共に、浅沼が一歩を踏み出した。

 近藤が隙も何もあったもんじゃない、まるでど素人な構えで駆け込んで来る。

 ………あれで、先鋒とかよく志願したな。


 見え透いたテレフォンパンチに、浅沼も構えを緩めた。

 意気込んでいた自分に、情けなくなったのかもしれない。


 そうこうしているうちに、初手がぶつかる。

 先にも言った近藤の見え透いたテレフォンパンチを、浅沼は片腕で簡単にガード。

 いなしたと同時に、袖を取った。


「へぁ…ッ?」


 脚を掛け、反動のままに転がす『流水』の型。

 あっと言う間に、近藤の体が地面へと投げ出された。


 流れるような所作に、思わず生徒達の中から拍手が送られる。


「良いぞ、浅沼ぁ!」

『その調子~~ッ!!』


 黄色い声援も混じっている所為か、少しばかり鼻頭が赤くなった浅沼が振り返りざまに苦笑を零す。

 それと同時に、ソフィアから狂喜乱舞と言わんばかりの声なき悲鳴も上がったが。

 ………ぞっこんですか、そうですか。


 ゲイルを見ると、少々戸惑っているようだ。

 終わらせても良いのか、どうなのか。

 呆気なさ過ぎると言う理由から見ても、戸惑ってしまうだろう。


 ある程度予想していたから、オレは驚かんけども。

 顎をしゃくって、続きを促せば、溜息混じりにゲイルはその場で直立不動を続けた。

 よし、流石は忠犬ゲイルだな。


「ちょ…ッ、なにやってんのっ、まこちゃん!」

「っ…ちょ、ちょっと転んだだけだよ、りこたん!」


 と、白々しい言い訳の声と共に、慌てて立ち上がった近藤。

 その顔が見る間に真っ赤になっているが、羞恥か逆上かは定かでは無い。


「この…ッ」

「………この程度?」


 これまた見え透いたテレフォンパンチに、体を半歩ずらしただけの浅沼。

 擦れ違い様に、挑発も交える。


 余裕があって、よろしいものだ。

 ただ、力を抜き過ぎている様子を見ると、オレとしてはマイナス10点。

 侮るなと言った筈だからな。

 ………まぁ、あの様子なら、仕方ないことかもしれないまでも。


 ただ、その後の浅沼は、実にスマートだった。

 ヘロヘロのパンチやキックでも、余裕をもって躱すだけ。

 相手の体力を削るだけである。

 おそらく、最初の初手や、動作を見て、どの程度の力量なのかを見極めたかっただけなのだろう。

 目が養われてきている事も良いことだな。


「うん、僕が相手にしても、この程度なんだから、皆には足下にも及ばないよ…」


 だが、


「調子に乗んなよ、家畜野郎!!」

「残念だけど………」


 近藤の一言で、浅沼の雰囲気が変わる。


 冷気の様なものが噴き出した。

 これが、殺意だと言う事に、偽物一行の何人が気付いたことだろうか。

 勿論、オレ達は全員が気付いている。

 息を呑んだ生徒もいた。


 あの浅沼が、だからな。

 いつもは、気が弱い風情のまま、のほほんとクラスの様子を眺めているお人よしな彼が、遂に殺気を放つようになった。

 オレとしては、既にこのクラスの全員が、自覚をしていないだけで威圧感や覇気、殺気を持ち合わせていることは確信していたが。


 そして、最初の呆気なさと同じく、それは唐突だった。


「僕は、もう、………家畜なんかじゃないッ!!」

「ごへぇ…!?」


 勝敗は、決まった。

 浅沼が、近藤のテレフォンパンチに合わせて、カウンターでのエルボーを噛ませたのである。


 エルボーが決まったと同時に、顎が外れたのか見違えるような顔(※勿論、悪い意味で)になった近藤が地面に蹲ろうと膝をつく。

 いや、実際には、膝をつこうとした、だな。

 その膝に、更に浅沼が足を掛けた。


 一瞬、何事かと思ってしまったが、何のことは無い。

 近藤の膝を踏み台に、浅沼が小さくではあるが飛び上がり、その場で旋風脚。


 シャイニングウィザードだ。

 プロレス技の一種で、相手の体の一部を使った独創性あふれる一撃。


 近藤は、あっと言う間に意識を刈り取られて、地面に横倒しとなった。

 実に無様なやられよう。


 文字通りの、踏み台。

 浅沼は、ようやっと、昔の呪縛から解き放たれたようだ。


 ………シン………。


 と、訓練場の中が静まり返る。

 偽物一行も呆然とした様子で、倒れ伏した近藤を見ていた。


「勝者、アサヌマ!」


 沈黙を破ったのは、ゲイルの高らかな勝利宣言である。

 これまた、いい仕事である。


 途端に、観覧席からわっと沸き立った歓声。

 それを背に受けながらも、少々照れ臭そうながらも振り返った浅沼は、以前よりも更に清々しい表情をしていた。


「大輔ッ!」

「そ、ソフィア…ッ」

「グッジョブ!」

「あ、え、へへッ」


 そして、最近毎日のように拝む様になった、馬鹿っぷるの様相が見られたわけである。

 途端に、クラスメート達が、脱力してしまう。

 締まらねぇの。

 斯く言う、オレも脱力してしまったのは言うまでもない。


 ちょっと成長したと思ったら、別の観点でマイナスこさえてくれちゃって、もう。

 まぁ、それでも勝てた事は素直に喜ばせてやろうか。


 倒れ伏した近藤は、速やかに騎士団の医療部隊が訓練場の隅に設置されている医療スペースに運び込んでいく。

 「まこちゃん、大丈夫!?………きゃああっ、まこちゃんの顔がぁああ!」なんて、藤田が実に五月蝿い。


 偽物一行も、唖然呆然。

 虎徹君達は冷静に見てはいるが、何名かは顔を青くしている。

 田所など、信じられないとばかりに目が丸くなっていた。


 様をみさらせ。

 気分が良かったので、浅沼へのお小言は止めにしておいた。


 先鋒戦は、こちらの勝利。

 幸先の良いスタートである。



***

アサシン・ティーチャーリサイタル。

後々には、おそらく噂で広がって、『予言の騎士』から銀盤の騎士と呼ばれる事になるでしょう。

嘘です、ごめんなさい。

でも、書いてて楽しかったので、またやりたい。


そして、アサシン・ティーチャーに何が出来ないのか、生徒達には頑張って調べていただければと思います。


一応今のところ、

料理。(食材を切るのは無理でも、味付けやらなにやらは出来ます)。

石鹸製作。(石鹸マイスター資格持ち)

鍛冶製鉄。(間宮の持っている脇差は、元々彼が打った守り刀)

スケート競技全般。(プロ並み)

社交ダンス。(ただし、ホールドに難あり)

薬剤製作。(飴玉やら丸薬ならの成型まで出来ます)

その他にも、特殊運搬車運転免許とか、弁護士資格などなどext…。


誤字脱字乱文等失礼致します。

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