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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、贋作編
168/179

160時間目 「課外研修~暁の指南役~」

2017年6月6日初投稿。


大変遅くなりまして、申し訳ありません。

続編を投稿させていただきます。



リアルの忙しさから、期間が空いてしまいましたが、エタったりはしていないのでご安心を。


160話目です。


***



 とりあえず、翌日の事である。

 例の杉坂姉妹のハプニングや、ラックとのひと悶着があったその翌日の事。


 ダイニングに集合した生徒達。

 昨夜、商業区にある酒場で別れた、ゲイルやヴァルト、ハルも合流している。

 ヴィズも相変わらず同行していた。


 生徒達は、皆が皆揃って胡乱げである。

 その中での、自己紹介。


「やぁやぁ、お初お目に掛かるな。

 我が名、敖家末席がゆう家が長子、柳陸ゆうりくと申す者。

 ややあって、この校舎に御厄介になる事となったので、よろしく頼もう」


 オレじゃないよ、勿論。

 昨日予期せず出会ってしまった、『天龍族』の男性だ。


 昨日のお酒も含めたお付き合いをさせられた件は割愛させてくれ。

 オレもジャッキーもたじたじになる程のこの方の所為で、飲まないつもりが飲まされたのだから。

 若干二日酔いなのは、その所為である。


 ちなみに、御年2000を超えた、ご長寿さん。

 勿論、先にも言った通り男性。


 白髪に赤い目。

 柔和に見えて切れ長の瞳。

 端正な顔立ちはまるで西洋の人形を思わせるが、女らしさ等微塵も感じられたない雄らしさを持ったイケメン。

 口元には軽薄そうな笑みが浮かぶが、その実目が笑っていないとか言うちぐはぐさ。


 顔や笑い方含めて、会長そっくりだ。


 オレと間宮、ついでにハルも知っている、オレ達組織の元締めさん。

 更にはおそらく、永曽根と香神も知っていそうだ。

 実際に会った事があるらしいし………。


 製薬会社の会長であり、表沙汰に出来ない社会の人間が怪我を負った時に引き受けてくれる総合病院の総合理事であり、脳外科の権威とか言う人。

 更には、孤児院も経営しているばかりか、組織の元締め。

 肩書きが、迷子。

 まるで今のオレみたい。

 だから、総括して会長さんと呼ばれていた人だった。


 そんな会長にそっくりな彼は、先にも自分で名乗った通り柳陸ゆうりくさん。

 例に漏れず、『天龍族』。

 ただ、『天龍宮』を早い段階から飛び出してしまっている、人間界に降りた一握り。

 前に聞いていた20人に1人が、彼だそう。

 叢金さんが知ってた。

 かれこれ、数百年は連絡が取れなくなっていた1人だって。


 ………人をそれは、放浪と言う。


「………一緒に暮らすの?」


 小首を傾げて、問いかけて来たのは伊野田だった。

 表情には、ありありと不安が見て取れる。


 『天龍族』に対する先入観が強すぎる結果だろうな。

 オレも、流石に一緒に暮らすのは怖い。


「あ、いや…」

「うむ、暮らさせて貰うのは良いが、流石に覇気を漏らさぬ自信が無いのでな。

 他に家を借りさせて貰い、仕事場として厄介になる事にしたのだ」


 ちゃっかり、ちゃんと答えてくれる柳陸さん。

 ………良かった、理解はしてくれていたようで。


 オレも、昨夜の段階でのニュアンスが一緒に暮らす事になってそうで不安だったんだ。

 酒の席だったしね、話をしたのが。


 まぁ、その間借りする家とかの手配は、オレがするんだけど。

 そうしなきゃいけない理由もある。


「あ、そうなんだ」

「………住み込みではないのな?」

「部屋余ってなかったから、どうしようかと思ったが」


 ほっとした様子は、河南。

 香神と永曽根が続く。


 しょっぱい理由が、これ。

 部屋が無い。


 一気に同居人が増えたからね。

 ディランとルーチェは決まっていたとしても、佐藤と藤本とヘンデルと、ついでにソーマも仲間入り。

 おかげで、客間を含めた部屋も埋まってしまった。

 だからこそ、お願いを聞いて(・・・・・・・)貰う(・・)代わりに、オレが家の手配をしたって形なんだ。

 当初は、ダイニングとかリビングとか寝られればどこでも良いとか言い出したから焦ったけど。

 いやそれ、『天龍族』に知られると不味い気がするし。


「うむ、そう言う訳で、よろしく頼むぞ、生徒諸君」


 今まで類を見ない程の、気さくな『天龍族』・柳陸さん。

 手を挙げて、にっこりと笑う。

 なんか、会長がにっこり笑っているようで、オレが落ち着かない。

 間宮やハルも同じ意見だったのか、目線がそれとなく他所に行っていた。


『それにしても、お主は連絡もせずに放っつき歩いておるかと思わば………。

 宝珠は持っておろうな?

 せめて、防衛部隊にでも、連絡をしておけよ?』

「ん~…まぁ、そのうちにさせていただきましょう?

 いや、それよりも、御前がここにいる事の方が驚きでございますれば」

『話を逸らすでない!』

「可愛らしい叱咤に、感動しておりまする」

『馬鹿にもするでないわ!』


 ………どうしよう、これ止めた方が良い?

 柳陸さん、気さくなのは分かったんだけど、奔放過ぎる。


 おかげで、叢金さんがオモチャ状態。


 今も、叢金さんのお説教をのらりくらりとしている彼は楽しそうだ。

 飛竜の妖精の姿をしている彼を捕まえたいのか抱き上げたいのか、手を伸ばす度に尻尾に叩き落とされている。

 オレが、二重の意味で戦々恐々。

 正直、そのやり取りが行われているのが、オレの肩だから。

 ………怖いよ。


「それで、申し開きはあるのか?」

「………お前、危機感持ってるか?」

「オレ達に相談も無しに、決めた理由は?」

「………。」


 そして、こっちも怖いよ。


 なんか安定となりつつある、ゲイルとヴァルトとハルだ。

 三者三様の瞳が、如実に心境を現わしている。

 最後の無言の陳情は、ヴィズ。

 ヴィズが何も言わないのは、呆れている様子だった。


 気に食わないらしい。

 ヴァルトに至っては、何かニュアンスが違う気がするけども。

 (※言わなくても分かっているから、敢えて言わない)


 勝手に決めちゃったことだしね。

 とはいえ、押し切られたって事の方が正しい。

 反発したら、何か怖かったんだもの。

 そういう有無を言わさぬところまで会長と一緒と言ったら、分かってくれない?

 特にハル。


「………しょうがねぇか」

「でしょ?」


 分かってくれたらしい。

 そんなハルは、小刻みにマナーモードだ。

 オレもしたい。


「………意図は分かっているのか?」


 とは、ゲイル。


「安全かどうかは?」


 こちらは、ヴァルト。


「うん、と…多分、興味本位。

 それに安全に関しては、叢金さんが保障してくれたよ。

 だから、安心して良いと思う」

『………安心できる要素が無い』

「………ごもっとも」


 駄目だった。

 なんか、ちょっと皆して、疑心暗鬼。

 オレもそうだけど、オレ自身体が女である事も含めて、『天龍族』である事がネック。


 まぁ、当の本人は楽しそうに、叢金さん『で』遊んでいる。

 ………ゴメンね、叢金さん。

 尊い犠牲をアリガトウ。


『こ、これ、何を合掌しておるか!

 助けろ、ギンジ!』

「いや、なんか、無理そう。

 久しぶりなんだから、少しは大目に見てあげなよ?」

『伯譲(※涼惇さん)に今すぐ連絡を取って、コイツを引き取らせに来させよ!』

「………涼家の坊ちゃん産まれてたんですねぇ。

 それで、彼が私のところに来て、何か変わるのでしょうか?」

『ぐ、ぐぅ…ッ!』


 叢金さんが黙った。

 そっか、この人2000歳越えているから、長寿ランクで言えば涼惇さんよりも上なんだ。

 ………正直、彼でもこの人相手に出来るのか、不明だよね。


 でもまぁ、これは流石に止めとこう。

 叢金さん、中身はともかく体がまだまだ子どもだから、ストレスでも感じたらすぐに体調崩しちゃうらしいし。


「はい、ストップ。

 これ以上、叢金さんで遊んだら、お願いは取り消ししちゃいます」

「………ふむ、それは残念だ。

 仕方ない。

 お楽しみは、少しずつにしようか」


 ………これ以上って言ったんだから、今後も駄目だよ。

 何、当たり前のように、小出しにする発言?

 この人、良く分からん。


 柳陸は見当はずれな事を呟きながらも、叢金さんにちょっかいを出すのを辞めた。

 叢金さんが、ほっと一安心。

 これだけで疲れてしまったのか、オレの首筋に顔を埋めて隠れん坊。


 でもまぁ、


「さて、私が指導するべき生徒はどの面々かな?」

「まずは、オレと手合わせをして、かな?

 そこから、武器による特性が分かっている面々を当てるから」

「ふむ、理解した。

 なんぞ、お主は随分と警戒しているように思えるが、殺したりせぬように気を付けるから安心せよ」

「(………その言葉が既にフラグなんだが?)」


 オレのお願いの内容が内容だからこそ。


 腕は凄いらしいんだよね、この人。

 文字通り、凄い人なの。

 叢金さんも認める程。

 柳家とは武芸達者の家の事で、朱蒙とか朱桓とかの家よりも更に強い家らしい。

 今のところ、既に跡取りがいないって事で、廃名寸前だけど。

 その放浪息子が、彼な訳。

 ………最後の所為で、凄さが霞んでしまうけども。

 

 今はまだ、朝食を食べる前で早朝訓練の後だ。

 既に体は温めてあるけど、お腹の虫が盛大に訴えている生徒もいるから、先に朝食にしたい。


 というか、時間指定しなかったのは悪かったけど、こんな朝方に来るとは思ってなかったんだ。

 済まん、香神、榊原、伊野田、ついでに最近勝手に参加していたシャル。

 朝食、1名分追加してくれ。


 という訳で、今日もなかなかハードそうな1日がスタートした。



***



 朝食の後、少しの食休み。

 その間に、シガレット休憩も兼ねて、裏庭に集合する。


 面子は、間宮、榊原、ゲイル、ヴィズ、ヴァルト、ハル、ソーマと昨日と変わらないまでも。

 腕には叢金さんがいるし、勿論、柳陸ゆうりくさんにも付いて来て貰った。

 昨日の一件に巻き込まれた人(※龍?)でもあるから、やっぱり聞いておいた方が良いかな?と。

 ついでに、生徒達の中にポツンと残すのも、不安だったから。


 斯く言う彼は、シガレットに夢中だったが。

 どうやら、彼もまた初体験だったらしい。


「とりあえず、シーフはともかく魔術師は白状したぞ。

 ガイウスの命令ありきで、監視していたらしい」

「シーフはともかくってどういうこと?」

「…シーフだけが黙秘を続けている。

 なにかしら、ガイウスに忠義立てしているようだ」


 そりゃ、高尚な事で。

 ただ、魔術師は喋ってくれたおかげで、全貌は知れたらしいが。


 やはり、アイツ等はガイウスの命令で、オレ達を監視していたようだ。

 オレ、もしくはオレ達『異世界クラス』の粗を探す為。

 もうちょっと言うなら、ローガンを浚う算段でも付けていたとかなんとか。


 ただ、ラピス監修の目くらましの魔法陣の所為で、全くの無駄足だったようだ。

 魔法陣に干渉したは良いけど、反発があって魔術師はしばらく使い物にならないとか言うし。

 骨折り損のくたびれ儲けって言うんだよ、そう言うの。


 斯く言う、昨日のオレ達も同じ有様だが。


「………ふむ、敵対関係だったのか。

 もう少し、強めに覇気を当ててやった方が良かったかね?」

「あれ以上は、オレ達が危なかったよ」

「そう言いつつ、君は平然としていた様だが?」

「慣れているだけだ。

 これでも、汗だくになるぐらいには緊張した」

「謙遜は過ぎると毒だろうに」


 そう言って、苦笑を零した柳陸さん。

 暗に、オレだけが耐性がある事に言及しているようだ。


 まだ『天龍族』の血が混ざっている事は打ち明けていない。

 反応が分からんから。

 叢金さんがいる事も相俟って、何かしらオレに不信感でも抱いている。

 オレも彼に不信感は残っているから、お相子ではあるが。

 

 閑話休題それはともかく


「拘束期間は、やはり伸ばせない?」

「ああ、初犯だからな。

 それに、彼等は元々ダドルアード王国の在住ではないから、2週間以上は無理だ」

「まぁ、2週間もあれば、儲けものだ。

 その間に、オレ達は巡礼に脚を伸ばせる。

 ただ、校舎の警備が不安だから、そちらはお前等に任せるぞ」

「心得た」

「研究室を荒らされても困るしな」

「おう、任せろ」


 ゲイル達から頼もしい返答を戴いたので、大丈夫と割り切っておこう。

 帰って来たら報復の所為で、校舎が荒らされてましたってのは怖いから。


 冒険者ギルドの報復に関しても、大丈夫。

 だって、ジャッキーがいるもの。

 アイツ、SSランク相当は確実でしょ?

 (※後日、本当にSSランクになってたと聞く事になるのは、余談)


 と言う訳で、概ね問題は無さそうだ。

 騎士団に拘留されている限り、アイツ等がオレ達にちょっかいを掛けて来る事は無いだろう。


 この話は、これで終了。

 思い返すと胸糞悪いし。

 散々、扱き下ろしやがって、あの野郎。


 その他、細々とした報告も聞く。

 例の取り巻きと化していた冒険者達と、娼婦達の処遇である。

 連帯責任でしょっ引いたが、身体検査の結果、冒険者はともかく娼婦達は『カナビス』を吸っていなかったそうだ。

 厳重注意の上で、そのまま放逐になるらしい。

 娼婦達なら、オレ達には直接関係無いから別に良いか。

 他言無用と言っても無理だろうし、放っておいても武力的な面での心配も無いし。


 ふとそこで、


「………君、『予言の騎士』と聞いていたが?」


 口を開いたのは、柳陸さんだった。

 なんだか、オレを見る目が怪訝そうに見える。


「えっ、あ、そうだけど?」

「君の仕事は、そこまでするものなのかね?」


 言われた言葉に、口を噤んでしまう。


 確かに、オレがするような事では無いし、知っても知らなくても良い情報ばかりだ。

 そう言われると痛い。


「………知っていた方が良い情報を選別する為だよ。

 何もかも、職務に関係無いって切り捨てて、いざ必要な時に情報が無いんじゃ困る」

「そういうものかね?」

『お主は分からんと思うが、人間の世界とはそう言うものらしい』

「人間とは難しいことを気にするのですな。

 ………正直、効率が悪いように思えるのだが」


 これには、苦笑。

 どうやら、オレ達の考えとは、真っ向から違うらしい。

 これも、種族柄ってことかもね。


 ウィンチェスター兄弟が、揃って苦い顔をしている。

 空気が悪い。

 まぁ、仕方ないだろうけども。


「情報も力だよ。

 抑え付ける力の種類も、違ってくるんだ。

 オレは人間だから、『天龍族』みたいに強くは無いんだし…」

「………そう、それだ。

 君は、そう言って見せるが、反応から何からして人間とは一線を画していると思うんだが」


 確信した、と言わんばかりに指を鳴らした彼。

 正直、背筋に冷水を放り込まれた気分だった。


 ………これは、やはり、昨日の戦闘を言っているよな?

 そして、その上で、オレが覇気に動じなかったり、叢金さんが一緒にいる事を遠回しに言及しているのか。


 どうするべきか。

 叢金さんと揃って顔を見合わせてしまう。


 その様子を見てか、柳陸さんが片眉を上げた。


「………君から感じる、不思議な気配と関係があるのかね?」

「………。」


 これは、幻覚魔法の事か。

 正直、こうして隠しておかないと、彼が危険対象に早変わりになるんだが。

 主にオレの貞操の問題として。


「では、別の質問だ。

 校舎に入った時に感じた、『天龍族』の雌の匂いは、どなたのものかな?」

「~~ッ!」


 今度は、ダイレクトに核心を突いて来た。

 それは、オレだ。


 彼が来るまでは、幻覚魔法を使わずに生活していたから、おそらく『天龍族』の雄を誘う匂いとやらが残っていたのだろう。


 やだなぁ………もう。

 彼が来る度どころか、いつもいつでも幻覚魔法が必須になりそうだ。

 早く、男に戻りたい。


『不躾であるぞ、柳陸!』

「………御前が庇うと言う事は、ギンジ殿に関係があると言う事か。

 いやはや、一度気になってしまうと、私はとことん突き詰めたくなる質なのだが…」

「………ははは、お手柔らかに」


 辞めて!

 その質の悪い性質の暴露。

 貞操を守る為なんだから、暴こうとすんな!

 

 この話、とっとと挿げ替えた方が良さそうだ。

 だが、そう思った矢先。


「君は、魔法の性質も異なっている。

 『闇』もそうだが、『火』も持っているな。

 だが、精霊が少ない割には、魔力総量が高過ぎる」

「………あの、さ」

「ふむ、これは精霊自体の力が強いのか。

 ………待て待て、この違和感は、もしや『闇』属性の幻覚魔法かね?」

「あ、あの、柳陸さん?」

「何、悪いようにはしないさ。

 さぁ、解いてみせてくれないかね?

 君の本当の姿は、その人形染みた顔と作り物めいた体とどう違うのか興味が…」

「柳陸さん、辞めてくれ!」


 耐え切れなくなって、怒鳴った。

 思った以上に声が、響いた。


 目の前にまで迫っていた柳陸さんの表情が、驚いたものに変わる。

 赤い目が、見開かれた。


「………いい加減にしてくれ。

 オレは確かに頼み事はしたが、踏み込んでいいとは言っていない!」

「………それは、重々…」


 気さく過ぎるのだ、彼は。

 そして、先にも言った通り、何もかもを暴かなければ満足しない。

 質が悪い。

 正直、今は頼みごとをした事を後悔している。


 とはいえ、これは少々不味いか。

 オレが頼んだ事だと言うのに、彼に気を使わせるのは違う。


「………済まない、いきなり怒鳴って。

 けど、その…どこから漏れるか分からないから、隠しているって事だけは理解して欲しい」

「………ふむ。

 確かに、私は口が軽いように見えるから、信頼は出来ぬだろうな。

 済まなんだ、不躾に踏み込んだようだ」

「………いや、良いんだ………その、ゴメン」


 素直に応じてくれた。

 気さくな分、素直でもあるのだ。

 押しが強いが、引く時は引いてくれる。

 ちゃんと弁えていると言うべきか。


「………なぁ、御前よ。

 私は、ギンジ殿に嫌われてしまったようなので、慰めてはくれませぬか?」

『知らぬ、そんなこと!

 貴様、私にちょっかいを出すなと言われた矢先に…ッ』

「寂しいのですもの、ちょっとだけ…」


 ………そして、また叢金さんが尊い犠牲となった。

 この質の悪さが無ければ、本当に良い人なんだけど。


「…ゴホンッ!

 報告を続けても良いだろうか?」

「ああ、うむ、構わぬよ。

 邪魔をしたようで、申し訳ないな」


 邪魔をした自覚も、理解もあるらしい。

 有難いことだ。


 少しばかり逸れまくっていた話を戻して、再度ゲイルからの報告を聞く。


 先にも言った通り、娼婦達の赦免とその後の罰則だな。

 これと言って、オレ達が知っておくべき情報は無さそうだった。


「それと、ラックの事だが…」

「うん。

 何かコンタクトあった?」

「いや、特にコンタクトがあった訳では無い。

 途中、冒険者ギルドにも寄って来たのだが、ジャッキーは昨夜から顔を合わせてはいないそうだ。

 ただ、スレイブは余計な口出しをするな、と少しばかり牽制して来たな。

 おそらく、しばらくは関わらない方が、身の為だ」

「………だろうね」


 勘違いが発端とはいえ、派手にやり合ったからね。

 ほとぼりが冷めるまでは、やはり顔を合わせない方が良いだろう。


 冒険者ギルドに行く用事は、今月はもう無いし。

 清々、ジャッキーへの詫び兼お礼参りと酒の誘いぐらいか。

 ………ニアミスしない様に調節して貰わなきゃ。


 とまぁ、報告はそんな感じ。

 後は、他愛ない会話を、シガレット片手に続けるのみだ。



***



 しかし、その少々暗い雰囲気の中、


「あの~…ギンジ様?」

「あ、どうしたの、アンジェさん?」


 ふと、休憩場所となっている研究所裏にやって来たのはアンジェさんだった。


 相変わらずの優し気で気づかわし気な表情は、ローガンとは似ても似つかない。

 勿論、ローガンが可愛くない訳じゃないよ?

 可愛いのベクトルが根本的に違うだけ。

 そして、傍らにはそんなベクトル違いの可愛いローガンもいる。

 彼女は、いつも通りの無表情だが、視線が戸惑っている様にも思えた。


 ………何かあった?


「少しばかり、お話しをよろしいでしょうか?」

「うん、問題ないよ?

 3人だけって事なら、場所を変えよう?」

「あ、いえ、そう大した話では無いので、ここで大丈夫です」


 苦笑を零した、アンジェさん。

 そして、ローガンへと視線を向けると、彼女は寂しそうに微笑んだ。


「………その、そろそろお暇をさせていただこうかと思って、お話しに来たのです?」

「………え?」


 いきなりの事だった。

 驚いて、思わず目を瞬く。


 お暇って、どういうこと?

 今は、ここが彼女達の暮らしている家だと言うのに。


「許しを得ていた私の修行期間が、丁度4ヶ月なのです。

 実際はまだ1ヶ月が残っているのですが、薬の件も落ち着きましたし、ラピス様のおかげで修行も早く終わりました。

 なので、早めに切り上げて帰ろうかと…」

「えっ、な、何かあった?」


 うえぇえ、早めに切り上げるとか、どうして!?

 こ、校舎が気に食わないとか?

 そ、それとも、生徒達が何か言った?

 アイツ等、お仕置きしてくれる!

 それとも、前に誘拐された件で、まだ気にしてた!?

 これはオレ達の所為でもあるから、どうにも出来ない…ッ!


「あ、い、いえッ、そう言う事では無いのです。

 帰り道に、少しばかり寄り道をしたかったので、それも含めての期間の工程だったのですが…」

「あ、なんだ…そうだったのか」


 ほっと一安心。

 そう言う事なら、仕方ない。


 寂しくなるし、助かっていたのに。

 女蛮勇族アマゾネスの里に戻ってからも、もし人間領に戻って来る事になったら、いつでも頼って欲しい。


「………それでなんですけど、姉様が…」

「うん?」


 姉さまって言うと、ローガンの事?

 今度は、ローガンが何かあった?


 そう思って視線を向けると、


「あたしも、一度一緒に里に戻ろうと思っている」

「………えっ?」


 彼女はそう言った。

 迷いも無く、戸惑う事も無く。


 一緒に戻る?


 それが、どういう意味か。

 一瞬、理解が出来ない。


 迷いもなく、この校舎を離れると言ったのだ。


 オレと言う、旦那を置いて。

 ここ強調。


「………っ、なん…」

「べ、別に、他意は無いんだ!

 ただ、アンジェ1人で帰らせるのは不安だから、一緒に帰るだけだ…!

 送り届けたら、また戻って来る」


 慌てて、取り繕ってくれる。

 オレが先ほどの様に慌てるのを、事前に察知してくれたらしい。


 ただ、気になる事がある。


「………どれぐらいで?」

「1ヶ月ぐらいか。

 帰りの道のりを考えると、1ヶ月半になるだろうが…」


 つまり、45日だ。

 アンジェさんの送迎としてローガンが校舎からいなくなり、オレと会えない期間。

 45日。


 さっきも言ったが、残りの1ヶ月を寄り道をしながら帰ると言うアンジェさん。

 ローガンもそれに同行するとなると、日数が同じ。

 そして、帰って来る道のりを考えると、更に半月掛かる。


 数字にすると、余計に圧し掛かった。

 以前、薬の融通を頼んだ時にも、同じだけ離れた事はあった。

 しかし、今は彼女との関係が、大きく違う。


 ………それなのに?


「………そ、んな」

「そんな顔をしなくても、大丈夫だ。

 それに、SSランクの件も、母や婆様に報告したいし…」

「…で、でも、何かあったら…!」


 戻って来るとは言っている。

 だが、頬に傷のある冒険者達の事やガイウスの件もあって、手元から離したくないのが本音だった。


 何かあってからでは遅い。

 遠く離れてしまっていては、オレだって彼女を助ける事なんて出来ない。


 背筋が、ぞっと粟立った。


 だが、そんなオレの気持ちを知る由もなく。

 ローガンが、仕方ないとばかりに、腕組みをした。

 心無しか、頬を膨らませている。


「私だって、先にも言ったようにSSランクだぞ?

 母様にも婆様にも報告をしたいことが、その、………た、たたたたくさんあるのだ!」


 ………SSランクになったことの報告が、そんなに大事なのか。

 まぁ、戦闘民族だと言うからには、そう言った強さの証明は栄誉になるのだろうが。

 それなら、結婚報告とか妊娠報告の時でも良いじゃないか。

 まぁ、アンジェさん1人だと危険だと言うのは、オレも分かっているけども。


 ………って、結婚報告?


「ま、待って、アンジェさんそれって、すぐ?」

「い、いえ、今月末と考えております」

「なら、少し遅らせられない?」

「…えっと、構いませんけど…」


 良しッ!

 アンジェさんからの色良い返事に、脳内でパパッと計算する。


 期間は、1ヶ月。

 それまでに帰るだけなら、どんな方法でも大丈夫。


 後、ついでに、


「ろ、ローガン、ちょっとゴメンね!?」

「うわっ、な、何をする、こんな真昼間から!」


 そこで、ローガンのお腹に抱き着いた。

 耳を押し当てる。

 どくどくと早鐘を打っている音以外は、正常。

 よし、子どもはいない。

 聴覚が鋭敏になった事で、『探索サーチ』もいらないのが便利だ。


「………それ、オレ達も一緒に行けない?」

「………は?」

「ええっ?」


 驚かれたけども、無茶な事を言っている訳では無い。


 オレ達も、一緒。

 つまり、何かあっても大丈夫な様に、オレ達も彼女達の旅に同行するのだ。

 先にも思ったが、結婚報告をしなければならない。

 ローガンの母親や婆様とやら、親族各位、他にも妹達がいるとも聞いているから。

 その為の挨拶に、オレも同行する。


 そして、1ヶ月掛かるのは、徒歩だからだ。

 馬車だとそれ以上に短縮出来る。

 ついでに、更に短縮出来る方法は、オレが胸に掛けた宝珠に握られている。


「転移魔法陣を使わせて貰う。

 『暗黒大陸』に行くなら、その方法が使えるんだ!」

「………んな…ッ!?」

「………まぁッ!」


 日取りは、『赤竜国』の遠征を終えた後。

 期間は、未定。

 方法は、転移魔法陣。

 ついでに、報告内容とその目的は、結婚報告となる。


 こう言うのは、早い方が良い。

 魔族語の習得が急務になったが、後2ヶ月もあれば、方言含めて完全に覚えきれるだろう。


 という訳で。

 急遽、ローガン達女蛮勇族(アマゾネス)の里への遠征が決まった。


 ただ、この時。

 オレは、この期間での工程の予定を、必死で組み立てていた所為で気付かなかった。


 当の本人であるローガンが、表情を曇らせている事に。

 そして、一緒になってアンジェさんも、少々悲し気にオレの背中を見ていた事も。



***



 とまぁ、急遽予定をぶっ込んだ訳だけど、まだ先の話だ。


 『赤竜国』の巡礼どころか、王城のパーティーすらも切り抜けていない現在。

 やるべきことは決まっている。

 武器選定でのそれぞれの指摘と、総仕上げだ。


 朝食を終えてから、裏庭への集合。

 ストレッチとランニングをしている傍ら、オレは改めて柳陸さんへと向かい合っていた。


 理由は、勿論組手の為。

 武器を扱った上で、彼の適性が高いものはどれか?

 本人は当たり障りなく、オールマイティ-だった所為でいまいちわかっていないそうだ。


 彼に頼んだのは、師事だ。

 指南役。

 つまり、オレとゲイル、ローガンだけでは手が足りない生徒達の、武器を扱った上での訓練での総仕上げ。

 オレは勿論、ナイフや短剣、銃火器を扱う面々を指導する事になるが、ゲイルもローガンも槍とハルバートなので、偏ってしまっていたのだ。


 だからこそ、彼には槍等の長物以外での、一番得意とする分野を専攻して貰いたい。


「…せぁっ!」

「ふっ!

 ………ふむ、素晴らしい膂力だな」

「………どうもッ」

「人間にしておくのは、勿体ない。

 今からでも遅くないから、私の血を浴びて適合しないか?」

「け、けけけ結構です!」


 にぎゃああああっ!

 この人、本当は気付いている!?

 気付いてないとこんな発言出来ないと思うんだけど、何でこんなピンポイントぉ!?


『これ、滅多な事を言うでは無いわ!

 ギンジが死んだら、どうするつもりか!』

「ふむ、それは困る。

 ………はぁ、しかし勿体ない。

 この腕でこの顔、ついでにこれだけの魔力総量ならば、『天龍族』であっても、十分大成出来るだろうに…」

『そ、それは確かに、私もそう思うが!』

「叢金さん、テメェ、何ちゃっかり乗っていやがるのか!」

「ふふふふっ、御前も認めたとなれば、文句を言う輩等1人もおるまいに」

「その前に、死ぬって前提をどう覆してくれるんですか!?」

「やや、これは一本取られたか」


 駄目だぁあ!

 この人、やっぱり気さく過ぎて、踏み込みが怖いぃい!!


 組手の事じゃないよ?

 言葉遊びの方。


 なのに、話している内容はともかく、組手の方でもオレは打ち崩せないしぃ!

 雲泥の差って、この事なの?

 涼惇さん以上の槍捌きに、オレは防戦どころか打ち据えられまくってますけども!?


「………ふむ、これでも、幻覚が崩れないか。

 君は、器用なのだねぇ」


 ひぃいいっ!

 しかも、幻覚崩す為だけに、オレの事打ち据えてたの!?


 もしかしなくても、諦めてなかっただろ!?

 武力行使に出て来てやがる!

 さっき謝ったオレの言葉を返せ!


「アンタ、本当に質が悪い!」

「済まぬな。

 もうかれこそ、2000年以上もの癖だから、どうにも出来ぬのだよ…」


 苦笑と共に、更に打ち据えられた脚。

 地面に転がされた。


 ………痛ェ~。

 背中打った。


 昨夜は咄嗟に庇ったけど、何もしなくても彼は全て回避出来たんだろうな。

 そう考えると、礼だのなんだのでちょっかい掛けて来たのも口実だったか。

 畜生、まんまと乗せられた。


 こう言うところは、会長とそっくりなんだな!

 強かで、ちゃっかりしているところ。

 効率が良いと言うよりも、まるでお見通しのように先を読んでしまっているところ。


「………ふむ、こんなものかね?

 さて、君から見て、私の適性は、どれが一番強かったかな?」

「ほとんど、全部…ッ!

 ぜぇ…ッ、敵わないんだから、分かる訳無いだろ!」

「それは済まなんだ。

 ただ、君も良い筋をしているからこそ、私と打ち合えると思うのだがね」


 なんか、凄い怖いこと言われそうな予感。

 背筋に怖気が走った。 


「………普通は、組み合う前に死んでしまうもの」


 や・っ・ぱ・り・ねッ!

 ガッデム!

 この人と出会った瞬間に、デッド一択とか聞きたくなかった。


 とはいえ、確かに強いのは確か。

 このオレが手も足も出ないのだから、当然の事。


 組手を見ていた数名からも、感嘆の声が出ている。

 ラピスとローガンなど、ハラハラとした様子でオレを見ていた。


 こうなってくると、もう選定も何も無いな。

 ちょっと質が悪いのと、強すぎるのが難点とはいえ、彼は指南役としてはうってつけ。


 オレの考えからすると、槍が一番得意。

 前に涼惇さんとやった時の様に、テリトリーを作られてて一方的な展開ともなった。

 しかし、それ以外の武器であっても、彼は先読みでもしているかのようにオレの動きを封じて来る。

 最初に機動力を削ぐ、あるいは行動範囲を狭めて来る。

 素晴らしい腕としか言いようが無い。


「あ、ちなみに、飛び道具とか、長距離武器に関しても見せて貰っても?」

「ああ、構わぬよ。

 一応、弓と投擲ぐらいは出来る様に修行して来ているからね」


 なるほど、完全なるオールマイティーな訳だ。


 試しにナイフと弓を渡してみたが、命中率も高い上、使い方に関しても文句なしの合格だった。


 舐めて掛かってたのは、認めよう。

 すみませんでした。

 マジでこの人、オレよりも先生に向いているかもしれない。

 見たところ『闇』属性は持っていないらしいから『隠密ハイデン』は扱えないだろうけど、それ以外は任せても問題は無さそうだ。


「さて、そろそろ、痛みは引いたかね?」

「………ん、ありがとう。

 だとすると、全体的な監修を任せるか、両手持ち系の武器の指南役を任せる事になるかも」

「………やはりか。

 酒場で見た時から思っていたが、左腕が動いていないね」

「ああ、うん。

 若い時に使い物にならなくなって、そのままなんだ。

 おかげで、両手で使う武器のほとんどが使えなくなった」

「………日常生活に支障を来していないのだから、素晴らしいものさ。

 そう言う事なら、任された。

 武器庫を見た限りでは、両手剣や大剣、長物の槍やハルバート、弓が私の担当になろうかね?」

「両手剣とか・大剣を扱う生徒に付いてくれると嬉しいな。

 長物系は、ゲイルとローガンもいるから大丈夫かな。

 残った弓とかの長距離武器に関しては、オレも見れるし。

 ちなみに、その他の重量武器に関しても、扱えるものがあるなら希望する生徒に教えてやって欲しい」


 彼の性格上、やはり先読みは得意なようで。

 ついでに、空気を読むスキルも普通にあった。

 今までのは、悪い質が表に出て来てしまっていた結果だったらしい。


 オレの話辛い内容になった途端、すぐさま会話の内容をシフトチェンジだ。

 オレとしては有難かったし、それ以上にさりげない心遣いも伝わった。


 それに、ちゃんと見るべきところは見ていたようだ。


 校舎案内がてら、彼には武器庫も見せていたが、その中にあった武器で、使われているであろう武器を正確に読み取っている。

 使われている武器は、比較的取り出し易い箇所にあるからな。

 代わりに使われない武器と言うのは、奥に押しやられるし、拗ねているのがはっきりと分かる。

 物置に眠っているのは、ほとんどがそうだ。


 こう言うのも、目利きの内に含まれる。

 師事をする上では、そう言った目利きも必要だが、彼は申し分ない。


 ………斯く言うオレは、その拗ねた武器を点検しなきゃいけないけど。

 そろそろ、オレもあそこに眠っている武器弾薬の類を使わなきゃならなくなって来ている。

 巡礼の時に、持ち出すとしよう。


 閑話休題それはともかく


 そんなオレ達の下に、1人だけ生徒が駆け込んで来た。

 ランニングが終わった段階で、そのまま弾丸の様に外れてやって来たようだ。


「なぁ、先生!

 オレの大剣、手配してくれたのか!?」


 徳川である。

 ボリュームと内容だけでも、即座に分かる。


「手配はしたが、まだ到着していないんだ」

「その間、オレは武器の鍛錬をどうすれば良いんだ!?」

戦斧アックスで代用してくれ。

 それから、筋力トレーニングも続けておけよ」


 そうそう、徳川の武器ね。

 昨日の武器選定の時に、ぽっきりと折っちゃったから。

 これは、オレの落ち度。

 大剣が、1つしか無かったのが悔やまれる。

 彼が使っていた大剣は、重量と頑丈さがそれなりの武器だった。

 使い手を選ぶ分、不良在庫になっていたのを、そのままヴァルトが融通してくれていたらしい。

 その間、コイツは獲物が無いことになってしまっている。


 だが、ふとそこで、


「ギンジ、そう言えば………、例の『精霊剣スピリチュアルレガシー』はどうするつもりだ?」

「へ?」

「『精霊剣スピリチュアルレガシー』!?

 何それ、名前だけで、格好良い!」


 問いかけて来たゲイルの言葉に、しばし呆気。

 武器の件で、話が飛んだか?

 食い付いた徳川の嬉しそうな事。


 それにしては、突飛な内容が飛び出して来たものだが、言いたいことは分かった。


 例の『天龍族』からの、贈与品の事。

 その中に、先にも言った『精霊剣』が含まれてしまっていた。

 

 『水』属性と聞いているから、『水』属性を持った連中の誰かに使わせようと思っていたところ。

 名前を『氷帝の爪(イーミルエッジ)』。

 これに関しては、武器の適性が関係ないとの事だったので、僥倖だ。

 『精霊剣』は、使い手を選ぶ。

 ついでに、選んだ使い手の最も扱い易いだろう形状を、自己判断してくれる。

 剣という名を持っていながら、槍にもなるらしい。

 それは、オレも初耳だったので、素直に驚いた。


 だが、それとこれと、今何の関係があったのか?

 言っちゃ悪いが、徳川には扱えない。

 彼は『火』属性だから、『水』属性との相性が悪いからな。


 しかし、ゲイルの言っている『精霊剣』は、どうやら違っていたようだ。


「『炎帝の剣(フランベルジュ)』の事だ」

「ああ、そっち?」


 彼が言っていた『精霊剣』は、『水』属性では無く『火』属性の方。

 以前、『赤竜国』時期国王候補のコーネリアが持ち込んだ『精霊剣』の事だ。

 彼が捕縛され、持ち主不在となってからは、王城で厳重に管理されている。


 ………でも、それがどうかしたの?


「扱いに関しては、コーネリア王子が放棄している。

 騎士団の預かりとして、そのままお前に贈与する事も出来ない訳じゃない」

「………あ~…分かった」


 話の流れが読めた。

 ………相変わらず、回りくどいんだから。


 要は、使うかどうか、って事だな。

 キラキラとした瞳で、オレを見上げている可愛らしい徳川こいぬの武器として。


 ただし、これにはちょっとだけ、ストップ。


「………お前、修行の意味が台無しになるけどそれでも良いのか?」

「ええっ!?

 なんでだよ、『精霊剣』って凄いものじゃないの!?」

「ああ、凄い。

 だからこそ、お前が自力で成し遂げた事が、当たり前の様に出来てしまう」

「………あっ、そうか!」


 昨日の武器選定の時に、思った事。

 生徒達は、精霊との対話で、ほぼ完全に魔法を無詠唱及び、タイムラグ無しで扱える。

 徳川に至っては、属性を武器に纏わせると言う荒業も遣ってのけた。

 その時にも考えた事だ。


 『精霊剣』の特権でもある武器を纏わす技量は専売特許。

 普通の人間には、難しいと。


 だが、それを徳川は遣ってのけた。

 他の生徒達も、おそらく遅かれ早かれ習得するかもしれないし、むしろ、もう既に習得しているかもしれない。

 その修練の結果は、『精霊剣』とほぼ同等だ。


 だが、ここで『精霊剣』に切り替えてしまうと、その頑張りがパァになってしまう可能性も無きにしも非ず。

 武器がオートで行ってくれるからだ。

 そうなると、彼自身は魔力を調節、あるいは注ぎ込むだけの簡単なお仕事だけとなる。

 後は、己の武器を扱う技量のみ。


 それは、なんだか勿体ない気がする。


「………どのみち、コーネリアに一度確認した方が良い。

 勝手に決めて、今後のオレ達の作戦が(・・・・・・・)パァになるのも避けたいし」

「分かった。

 次の面会の時に、聞き出しておこう」

「………ううう…ッ、『精霊剣』を取るか。

 ………修行の成果を取るか」

「決めるのはお前だが、悩み過ぎるな。

 修練鍛錬を辞めずに精進するって事なら、オレだってご褒美枠で考えておいてやるから」

「ほ、本当!?

 じゃ、じゃあ、今後も頑張れば、使えるかもしれないって事だよな!?」


 途端に、破顔一笑した徳川に、苦笑。

 そんなに、ビッグネームの武器を使いたいと思うのか?と、オレとしては若干真意が不明ながら。

 それでも、彼のモチベーション向上には、十分だったらしい。


 大剣の有無とか武器が無いとかの問題を忘れて、筋力トレーニングに戻っていった。

 ………現金な奴。


「………ふむふむ。

 随分と慕われているが、信賞必罰が功を奏した結果のようだね」

「そりゃ、ありがとう」

「君は、やはり不思議な人間だ。

 教育者と言う立場でありながら、人心把握術も持ち合わせている。

 それに、勤勉であり、貪欲な程に知識や情報を求める二面性もありとなると…」


 ………この人は、相変わらず訳が分からん。

 何故、目の前で、人の観察を始めてしまうのか。

 しかも、まだぶつぶつと言っている。


 やはり、彼は質が悪い。

 同類の匂いもしているから、始末に負えない。

 突き詰めないと納得しないのは、オレも一緒だからな。


「…さて、思考中に悪いが、そろそろ生徒達の中にも筋力トレーニングを終える生徒も出て来る。

 組手の時間の前に、生徒達に武器を扱う時間を設けるから、師事を頼むよ」

「ああ、うむ………そうだね」


 オレの言葉(※とついでの指パッチン)に、やっと思考の海から戻って来た柳陸さんが、はたとオレを見た。

 頷いてからしばらくして、また顎に手を添える。

 何なの、一体?


「分かって来たよ、君の事が。

 若いのにしっかりしているとは思っていたが、どうやら相当苦労して来たようだね」

「………正解だけど、本人を目の前にして結果を公表するの辞めて」


 どうやら、オレは随分と彼に検証されていたらしい。

 その結果が、彼の目線となるのだろう。

 哀れみと共に、畏敬を湛えた視線を向けて、オレを見ている。


 こりゃ、軍属だった事は確実にバレたな。

 ついでに、オレが何かしら、過去にトラブルがあったことも見抜いているか。


 質が悪い。

 本当に。

 オレは、幻覚の他にも、色々と皮を被っておかなければならなくなりそうだ。

 猫でも狸でも、狐でも良い。

 着ぐるみください。

 そしたら、まだ楽になれそう。

 いっそのこと、修行と称して包帯で顔をぐるぐる巻きにしちゃおうか。

 目が見えなくなるけど、少なくとも心情を透かし見られる事は無い筈だ。


 ………馬鹿な考えだな。

 我ながら。



***



 夕食の席では、生徒達が消費したエネルギーを補う為に、黙々と食事をかき込んでいた。

 今までが賑やかな食卓だった所為か、少々不穏にも感じてしまう。

 ただ、疲れ切っているだけで、目の前の食事に集中していただけだったが。


 新しく、柳陸さんを迎えたトレーニングは、概ね順調だった。

 おかげで、生徒達の中には、ダウンする連中までもが現れる程。

 武器選定は既にしっかり終わっているので全く問題は無いが、この状況が続くとなると、先に生徒達が潰れそうな気がする。


 巡礼も控えているから、程々にと思いたい。

 ただ、指南役としてやって来た柳陸さんにとっては、これが当たり前という考えがあるらしい。


 兼ね合いが難しいもんだな。

 久しぶりに、休暇制度でも儲けようか。


 そう考えている最中であった。


「あ…」

「なんか、来たね?」


 馬のいななきが聞こえた。

 車輪の音もしたので、おそらく馬車が来たのだろう。


 耳の良い生徒達が気付き、玄関先へと視線を向ける。

 思った通り、馬車は校舎の玄関前で止まり、仕立ての良い服を着た中年男性が、降りて来たのが見えた。


「夕方に来るとは、珍しいな」

「幌に王国の紋章があるから、王城からの使いだろうな」


 ハルとヴァルト、ゲイルが立ち上がって応対に回った。

 オレも、手早く口元を拭きつつ、応対の為に席を立つ。


 そんなオレ達の様子を眺めて、一緒に食事をとっていた柳陸さんが怪訝そうな表情ををしていたまでも。


「夜分に失礼致します。

 王城より、急ぎの報せと相成りまして」

「ご苦労。

 相手は?」

「『予言の騎士』様でございます」


 と言って、玄関先で恭しく使者の男性が、手紙を一通ゲイルに差し出した。


「蝋印は、国王陛下からのものだな」

「うん、じゃあ、多分スケジュール調整の件じゃないかな?」


 王城からの使者が馬車に乗り込み、また王城に向かって立ち去るのを見送ってから、ゲイルに渡された手紙を開封する。


 中には、ウィリアムス国王直筆の手紙が入っていた。

 あ、ついでに、ゲイルに向けての指示書もあるみたい。


「………一緒くたにされるとは…」

「経費削減って事で…」


 ちょっとゲイルは胡乱げながらも、お互いに受け取った手紙へと眼を通す。


 オレの方の用向きは、やはりスケジュールの調整が出来た旨の報告だった。

 ただ、急な事で、顔合わせが4日後。


 ゲイルの方へと視線を向けると、彼は苦い顔でオレに手紙の内容を見せて来た。


 内容は、例の偽物一行の様子が、可笑しい。

 顔合わせ、及び訓練風景の発表の際に、馬鹿なことをしないよう騎士団の警備の強化と厳戒態勢を求めるものだった。


 オレとゲイルに、同じ手紙で送った時点で共有されるのは分かっているだろうに。

 って、これもわざと、か。


 変な動きをしているのを、オレ達が勘違いしないようにっていう配慮。

 ついでに、オレ達だけに知らせて、向こうに対抗策があると言う事を悟らせない為だ。


「5日後とは、急な事だ。

 まぁ、おおかた、向こうの偽物達がゴネた結果だとは思うが…」

「………その場面が、目に浮かぶよ。

 国王も大変な役回りになったもんだ」


 という訳で、これでオレ達の未定だった予定は決定した。


「例の偽物一行との対決は、5日後の王城にて。

 顔合わせと共に、訓練風景の発表と、例の五番勝負が待ってるからな」

『うぃ~~~~…』


 と、簡単に予定の説明をするが、返って来るのは気の無い返事ばかりだった。

 どうやら、完全に魂が抜けちゃっているらしい。


 そういや、ご褒美名目で連れて行った榊原達以外は、ルーチンワークばっかりだったから飽きている可能性もある。

 ………こりゃ、モチベーションの向上に、何かご褒美名目で課外授業突っ込んだ方が良いか。


 そこで、顎に手を当て、しばし熟考。


「ちなみに、訓練風景の発表で、特別授業を組み込みたいと思っていたんだが…」

『本当…ッ!?』


 と、信賞必罰とばかりに、例の特別授業の話をした途端の事。

 今まで死んだ魚のような眼をしていた筈の生徒達が、一部を除いて目を一斉に輝かせた。


 立ち上がったのは、女子組だ。


 ありゃまぁ。

 相当鬱憤が溜まっていたか。

 中でも、杉坂姉妹の圧が凄い。


 例の問題の発生からたった、1日。

 失恋を経験したばかりの彼女達には、少々ハードだっただろう今日を振り返ってみると、今日ばかりは甘い顔をしておいた方が良いだろう。


「何かやりたいことあった?」


 優先的に、聞く事にした。


「決まってんじゃん、うち等がやりたかったこと!!」

「先生、冬だったのに、触れてもくれなかったんだもんッ!」

「うん?」


 冬の間って事は、ウィンタースポーツをご所望だったか?

 まぁ、確かに忙しかったし、結局春先になってしまって雪解けが進んでからは、また来年と流してしまっていたけども。


 そして、その後。

 オレは、彼女達から、とんでもないお願いをされる事になったのである。


 甘い顔をしてやろうと思った、数秒前のオレを殴りたい気分だった。



***



 色々と、飛躍するが5日後である。

 その間に、色々とあったが、割愛させて貰おう。


 例の偽物一行との顔合わせと共に、訓練風景の発表のある今日この頃。

 二日後には、王城のパーティーまであると言う事もあって、王城は忙しない。

 城内に満ちた空気も、どこか殺伐としていた。


 そんな王城の中を、到着早々に近衛騎士に案内をされながら進む、オレ達。

 制服で統一した服装のおかげで、近衛騎士どころかすれ違う城内の従者、侍女達からの視線も恍惚と。

 服装の統一って、統率力も見せられるから便利。


 ただし、今回ここにいるのは、全員ではない。

 流石に、出産したばかりの佐藤や、体力を戻している最中の藤本は連れて来れなかった。

 その為、校舎専属護衛のヘンデルも、同じく校舎での待機となる。

 また、アンジェさんも、今回は同行を見送った。

 魔族である事がバレると不味いのは、ラピスやシャル、ローガンも同じではあるものの、アンジェさんは特に自己防衛が心許ないので残って貰った形だ。


 その代わり、普通に同行したのは、柳陸さんだったが。

 止めても聞かなかったと言うのもある。

 オレ達が、訓練風景の発表で見せるつもりの特別授業が気になってしょうがないとかなんとか。

 まぁ、見られて困る事はしないので、どうでも良いけど。


「お待ちしておりました」


 と、案内に従って、向かった議会場の前では、白系甲冑の騎士団が待ちかねていたようだ。

 相も変わらずの『夕闇トワイライト騎士団』だったが、


「ああ、ジェイデンか。

 今日は、お前の上司は、いないんだな」

「以前の件で、しばらくの間の謹慎を仰せつかりまして。

 身分が伴わず申し訳ございませんが、ご容赦の程…」


 という訳で、今回は、痴女騎士イザベラがいなかった。

 ジェイデンの言葉通りだとすれば、例の偽物一行がカチコミに来た一件で、大目玉を食らって謹慎中との事だ。

 ………心底、良かった。


 今回の事で、胃腸が捩れそうだったオレにとって、痴女騎士がいるのといないのとでは、精神的安定がすこぶる違う。

 厳禁とは思うが、安堵の溜息を零した。

 勿論、生徒達も同じような有様。


 そんなオレ達に対して、ジェイデンは苦笑を零しただけであった。

 さて、それはともかく。


「中で、既に国王陛下、並びに官僚の皆様がお待ちです。

 例の偽物一行に関しても、既に議場内での待機となっておりますれば…」

「了解」


 ジェイデンからの報告に、オレ達も気を引き締める。

 背後を振り返り、ゲイルやラピス達ともアイコンタクトで、頷き合った。


「んじゃ、オレは早々に上に待機しておくわ」

「よろしく、ハル」


 ハルは、影警護として、ここでお別れだ。

 上と言ったのは、勿論天上裏へ潜んでいると言うだけの事。


 少しばかり、緊張している空気の中、ジェイデンがオレ達の到着を報告。

 応えと共に、中から議場の扉が開かれた。


「『予言の騎士』一行、ギンジ・クロガネ様、及び生徒様方、お付きの方達が到着いたしました」


 中の騎士の報告の声と共に、一礼。

 視線を上げて、堂々と議場の中へと進む。


 この議場に脚を向けるのは、通算で3度目だろうか。

 主に『白竜国』との交渉の際に脚を踏み入れたものだが、慣れたものだ。


 オレ達が進むと同時に、官僚達からさざめきやどよめきが広がった。


 貴族家の編入試験の時に来ていた貴族もいれば、初見の官僚もいるらしい。

 中には、伊野田や徳川、シャル等を見て、子どもが混じっている事に囁き合っている狭量どももいた。

 ついでに、最初の時分と比べ、生徒達も増えている。

 どよめきやざわめきの伝播が、思った以上に多い。


 ただ、やはり制服で統一した衣装が、功を奏しているのか、初見で舐められる、という事案は心配なさそうだ。


 今も、興味が2割、残り8割が萎縮と驚愕に彩られていた。


「遅ればせながら、参上いたしました」


 そう言って、貴族風の礼を一つ。

 上座にいた国王陛下が、満足そうに頷きながら起立をした。

 その為、官僚達も合わせて、同じように起立。

 流石に、陛下が起立しているのに、座ったままで礼を失する馬鹿は、この官僚達の中にはいなかったようだ。


「お忙しい中、お呼び立てしました事申し訳ありません。

 また、忙しい中であっても、このように足をお運びくださったことに、感謝を申し上げます」

「堅苦しい挨拶は、その辺でよろしいかと。

 お互い、既に知らぬ仲でも無いのですから」

「そうでしたな。

 ギンジ様のご寛大なお心遣い、謹んで…」


 最初の段階で示し合わせていた、堅苦しい挨拶は無しにして、お互いに仲良しである事のアピールタイムも終了。

 国王陛下の着席と同時に、オレも席に座る。


 長机の両端に、配置されるように座る形となっていた。

 泉谷は、オレとは反対側の長机の端に座っている。

 背後には、彼の生徒達。

 一部を除いた誰も彼もが、オレ達を睨み付けるようにして、用意された椅子にふんぞり返って座っていた。

 ………どうでもいいが、態度が悪い。

 おかげで、官僚達の視線もどこか、胡乱げだった。


 その分、ウチの生徒達は、随分と教養が行き届いている。

 用意されていた椅子に、あらかじめ話してあった通りの身長順で座ったと同時に、背筋を伸ばしていた。

 最前列の面々は、足を揃えて堂々と、後ろの生徒達も同じく無駄口を叩かずに整然と並んで座っていた。

 横1列だけを空けてあった席に、ラピスとローガンが座る。

 柳陸は興味深そうに、生徒達の最後尾へと座った。


 その様子から何から、またしても官僚達のどよめきやさざめきの声。

 感嘆の声も聞こえて来たのは、良い掴みだった証拠。


 おかげで、オレも満更では無い。

 満足そうに頷いている正面の国王陛下に、微笑みを向けて議場開催の合図を促した。


 泉谷の視線が、これまた強くなった。

 大方、またしても裏でやり取りして、贔屓でもなんでもしていると疑って掛かっているのだろう。

 ただし、今回はそれを否定しない。

 国王陛下にそう言ったオーダーをしたのは、間違いなくオレだ。


 まぁ、それはともかく。


「では、主賓が集まったところで、始めさせていただく。

 議題に関しては、既に貴殿等も存じている様に、『予言の騎士』様一行が、同時に重複している件を踏まえての顔合わせである」


 国王の音頭と共に、議会がスタートした。

 ちなみに、オレ達としては、今回どんな質問が来るのかは、あらかじめ把握している為、何の問題はない。

 Q&Aの模範回答例も、準備済み。

 これに関しては、勿論泉谷達にも通達してあった。

 こんなことで嫌がらせをしても意味がないからな。


 その間に、給仕がいそいそと、国王陛下や各官僚達、オレ達の前に紅茶を用意している。

 ちなみに、オレと国王だけは、コーヒーだったけど。

 国王陛下も、既にコーヒーの魅力に毒された1人である。


「では、早速だが、両『予言の騎士』様方へ質疑のある者から、挙手の上で…」


 と、国王陛下のお言葉を皮切りに、オレ達への尋問が始まった。


「両『予言の騎士』様方に、お伺いしたい。

 貴方方の、『予言の騎士』としての、領分はいかなものとお考えか?」


 随分と高圧的に訪ねて来たのは、上座に近い席に座っていた官僚の1人。

 宰相補佐だった筈だが、名前までは憶えていない。


 司会進行役の、参謀閣下がオレ達の返答を求める。

 まずは、泉谷から。


「は、はいっ。

 僕達の領分は、『女神の石板の予言』にあるように、迫りつつある終焉を打ち払う為に、尽力する事だと思っています」

「ギンジ・クロガネ様」

「右に同じく。

 捕捉するべき情報はありません」


 と、しばらくは、この流れをキープする。

 他にも、領分を全うする為の努力はしているのか?、または、その努力の程、各国での巡礼の有無、経過報告等を問い質される。


 司会進行役も質問内容は分かっているらしいし、オレ達を支持している事も分かっている。

 その為、最初に応える泉谷が言葉に詰まったり、曖昧な表現に始終するとすかさずオレに回し、議会の流れをスムーズに作ってくれる。

 有難い。

 オレとしては、泉谷の言葉足らずまで、優劣への足掛かりに出来る。


 そこで、


「しかし、お二方の様子を見るに、その領分とやらが捗っておられるようには見えませんな」

「………えっ、ぁ…そ、れは…」

「………。」


 意地の悪い質問が飛んだ。

 これには、少々議会の進行に始終していた、参謀閣下も苦い顔。


 右側ではあるが、国王陛下の間近に座っていた官僚の1人からの質疑だった。

 事前情報として、その官僚自身が王弟にして、政務大臣と言う話だ。

 つまり、あの痴女騎士イザベラの父親。

 ついでに、先ほど言った通りに政務大臣として、官僚の中でも幅を利かせていると言う、少々面倒な立場の人間だった。


 オレ達の支持に関しては、表立っての答えは出していない人物。

 そして、痴女騎士の事や噂の件、先日起こった騎士団筆頭顧問であったラングスタ失脚の件もあって、オレ達に懐疑的な一派の重鎮だ。


「これ、アルバトス…」

「申し訳ありませんが、我等としては重要な質疑でございます故…」


 国王陛下からの制止も聞かない様だ。

 アルバトス公にとっては、ここにいる官僚達の前でも、この質疑は外せない模様。

 多分、ラングスタの後釜を狙っているんだろう。

 支持表明をしていない貴族のうち、半分がラングスタの下に付いていたからな。


 そして、そのラングスタの一派にとっては、オレ達ダドルアード王国擁立の『予言の騎士』と『その教えを受けた子等』は、目の上のたんこぶとなりつつある。

 おおかた、オレ達を失脚させた上で、兄であるウィリアムス国王の失策を強調したいか。


 ………これも、事前情報として知ってるからね。

 実は、兄弟仲があまり良くないんだって。

 王族の一掃と即位の際にもひと悶着があったらしいし、例のラングスタが全盛期の時には、ラングスタは表立って動きはしなかったが、その下の連中がウィリアムス国王を失脚させて、アルバトス公を添える動きを水面下で行っていたようだ。

 まぁ、この時にその動きを察知して事前に釘を刺したのも、ラングスタ自身だったらしいけど。

 2重の意味で、今は押さえつける頭がいない。

 暴走傾向にあると言うのは、オレ達の目から見ても明らかだ。


 って、話が色々脱線したけど。

 このアルバトス公からの質疑は、今回の議場の中で大きな波紋を呼んだ。

 そもそも、質疑応答のマニュアルの中に、この質疑は存在していない。

 完全なイレギュラー。


 向こうも、賭けに出てきている。

 オレ達の支援や何やらを、この質疑の内容を持って決めようとしているのだろう。


「………そ、それは、その、………僕等としては、精一杯やらせていただいているのですが…」


 泉谷が、これまた言葉に詰まっている。

 見れば見る程哀れ。


 流れを変えるべきか。

 それとも、オレがこの流れを打ち切って、逆に追い打ちをかけるべきか。


 2つに1つだな。

 メリットもデメリットもあるから、一概に何が正解になるかは微妙なところだ。


 ただ、今回ばかりは、国王陛下が助け舟を出してくれた。


「アルバトス。

 彼等『予言の騎士』様ご一行は、騎士団とは違って戦闘訓練を受けた事の無かった事は知っておろう?」

「………承知しております。

 それが、どうか致しましたか?」

「承知しておれば、このような質疑はせぬだろう?

 お主は、彼等の力量を騎士達と同等と考えておったようだが、それが追い付いたのはここ最近になってからぞ?」


 と、オレ達を擁護する様に、言葉を重ねてくれた陛下。

 つまりは、騎士団のように戦闘訓練を受けていた訳ではないので、巡礼に関しての動きが鈍くなるのは当然の事、と庇ってくれているのだ。


 アルバトス公は、どうやら騎士団を物差しにしてしまう傾向があるらしい。


「何事も、土台を作る事から始まるものだ。

 今まで、彼等が積極的に巡礼の歩を進めておらぬは、その地盤を固めていた為。

 それを、細部詳細を知らぬお主がどうこう言っても、栓無きことでは無いか?」

「お言葉ですが、土台ならば既に出来ていた筈では。

 2月には貴族の子息子女を集めた編入試験なるものを開き、その実力の程を見せつけられたそうではありませぬか」


 ふむ、食い下がるようだ。

 国王陛下の眉間の皺が増えたと同時、表情が強張った。

 チラ、と向けられた視線は、恐々としている。

 大方、オレが怒りだすかもしれないと思っているのだろうが、これに関しては仕方ないと苦笑を零して、涼しい顔でコーヒーを啜っておいた。


「この際ですから、ご説明いただけると我等としても安心でしょう。

 ギンジ・クロガネ様、お願いできますかな?」


 ただ、埒が明かないと、この不毛な兄妹の舌戦を打ち切ったのは参謀閣下。

 オレに向けて、あっさりと返答を求めて来た。


 まぁ、彼としては、この質疑への返答が的確だと思っての事だろうね。

 信頼が嬉しい。

 これまた苦笑を零して応じると、参謀閣下が口元を緩めていた。


「確かに、例の編入試験の折には、大体の土台は整っておりました。

 その成果として、編入試験での実力を公表した次第ではありますが、それも全てではございません」


 参謀閣下の応えは、正解である。

 オレは、この質疑に対しては、しっかりと答えを持っている。


「更に言えば、試験の折に編入を許した生徒への教育・及び戦闘訓練の期間が必要でした。

 その分、土台の整っていた生徒達には、更なる強化訓練と修練を。

 また、騎士団に協力いただいた上で、実地試験等も行っていた為に、ここまでの期間をいただいた次第です」


 そう言って、視線をアルバトス公へ。

 彼は、オレからの視線に、何故か突然戸惑い始めた。


 ………ただの嫌がらせに、ここまではっきり返してくると思ってなかったって?

 詰めが甘いんだよ。


「おかげ様で、既に整ってはおりますので、いつでも巡礼に出られます。

 元々、来月からは『赤竜国』への巡礼も決まっておりましたしね」


 そう言えば、官僚達からはおおっ、とどよめきが聞こえた。

 『赤竜国』と、しっかりと名指しをしての公表により、信憑性も増す。


 ついでに、


「………それに、そこまで進んでいない訳では無いのですよ。

 既に、私は『女神の石板』を2つ巡る事に成功しておりますし、現在その『女神の石板』がどこにあるのかも、大まかに分かっています」


 オレが巡っている『石板』は既に2つ。

 嘘なんていらない。

 ダドルアード王国と『天龍宮』だと言えば、官僚達はこれまた揃ってどよめいた。


 ここで、やっとアルバトス公の表情が強張った。


「先にも言った『天龍族』が居城『天龍宮』への招待を受けていた為に、今月まで巡礼に出ていなかっただけの事。

 でなくば、とっくの昔に『白竜国』なり『赤竜国』なり、『石板』の所在がはっきりとしている場所に脚を運んでおりましたとも」


 そこまで言えば、アルバトス公の勢いもなんのその。

 劣勢を悟ったようだ。

 見るからに消沈した挙句、先までの泉谷と同じく言葉に詰まっている様子。


 『天龍族』への謁見は、一部には知られていただろうが基本的に、非公式だったんだもの。

 知らない貴族がいるのも当然。

 ラングスタが大頭していた時、彼は表舞台には立っていなかった。

 立てなかったと言うのが正しい。

 国王の失脚を目論んだ件で、釘を刺された為に実質謹慎を余儀なくされていたからな。


 大手を振って表に出られたと浮足立った結果だな。

 今後は、ラングスタでは無く、国王陛下自らが釘を刺す事になった訳だ。


 様を見ろ。

 オレ達を無暗に敵に回すと、もれなく痛い目を見るのだから。

 実際、ラングスタの失脚の一件で、オレ達も一枚噛んでいるのは知っている貴族達が、こぞって視線を下げた。

 二次被害を避けたいからだろうね。

 ついでに、援護射撃も受けられないアルバトス公は、そのうちまた表舞台から姿を消す事になるだろうとも。

 だって、参謀閣下が素晴らしい笑顔で、彼を見ているからな。

 ………事前情報で、あの笑顔が攻略対象をどうやって失墜させるか考えている時の顔だと国王陛下から聞いてなかったら分からんかったもの。

 流石は、例のラングスタと張り合っていた御仁だ。

 癖が強い。


 まぁ、その辺りは追々にするとして。


「では、次の質疑はあったか?」


 という国王の言葉によって、この議会の流れもやっと正常となった。

 その後は、例のQ&Aマニュアルでの対応が可能な質疑ばかりだったので、イージーモード。

 スムーズに進む進行に、参謀閣下も穏やかそうに微笑んでいる。


 ただし、隣で泉谷が硬直したままだ。

 先程の質疑の辺りから、参謀閣下は泉谷に話を振る事も無くなった。


 それで良かったんだろう。

 既に、別口で各国での巡礼や表敬訪問を断られたなんてこと、答えられるべくもないだろうから。


 議題に関しても、例の『天龍族』からのお墨付きの話に、飛んでいる。

 更に言えば、国王陛下がやっとこの場で、例の本物と偽物の区分での話に言及し、オレ達への支援を改めて表明してくれた。


 これによって、官僚達の反応は二分した。

 どよめきと共に、オレ達への媚を売ろうと虎視眈々と狙う者。

 逆に、今までの行動を振り返って、勝ち目が無しと踏んだが意気消沈する者。


 二分された官僚達の反応から何から、オレもやっと敵と味方の区分が出来た。


「『予言の騎士』様は、既に終焉への終止符に向けて、行動すべき規範は出来たと言う事で?」

「ええ、勿論でございます。

 これは、皆々様にお伝えしたいことでしたので、このような席を設けていただきまして、有難く存じます」


 そこで、オレも隠し玉にしていた、例の『予言』の完全版を復唱する。


 元の読み解かれていた『予言』に、女神の起こす為に起こすべきアクション、災厄についての詳細が盛り込まれたものだ。


 これには、参加していた官僚達の中でも、『聖王教会』の敬虔な信徒だろう者達が大いに反応した。


「………と言う訳で、各地にある『女神の石板』を巡り、精霊達を封印から解き放つことが急務となっています。

 また、その際には、以前の災厄の折に解き放たれていた悪魔の消滅も重ねて行う事となりますので…」


 ようやっと、オレ達の行動指針が決まった形。

 だからこそ、支援の件では、より一層国や騎士団にも、協力要請を頼みたい旨も伝えておいた。


 既に、国王陛下にはゲイルからの報告で、知られているから問題はない。

 国王経由で、参謀閣下並びにオレ達への支援を表明している貴族家にも話は回った筈だ。


 議会には、不釣り合いな拍手も上がった。


「では、これ以上の質疑は、必要無いと思われるのだが、各位よろしいだろうか?」


 という国王陛下の言葉と共に、拍手は収まった。

 異議は上がらず、許諾の旨を知らせる言葉が重なっていく。


 アルバトス公や、その他意気消沈していた貴族官僚達は無言のままだったが、これ以上は覆せないと踏んだか、失態を重ねる事は無い様だ。

 議場も、支援の話もまとまった。


 そうなれば、国王陛下としても、これ以上偽物一行に関しての、宙ぶらりんな対応は必要なくなる。

 肩の荷が下りたのか、久しぶりに穏やかな表情をしていた。


 オレ達は、苦笑を零すほかない。

 退席の旨を報せに傍らに寄って来たゲイルと共に、口端を緩め合っていた。


 そして、少々険悪なまでも、必要事項であった顔合わせは終了。

 残りは、訓練風景の発表と、彼等との五番勝負のみである。



***

誤字脱字乱文等失礼致します。

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