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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、贋作編
167/179

159時間目 「課外授業~赤い目の男~」 ※暴力表現注意

2017年4月29日初投稿。


続編を投稿させていただきます。

しばらく更新出来なくなりそうなので、休みを丸々使っての2日連続投稿となります。


ソフィア達の一件が、終わった後の話。

アサシン・ティーチャーは戻って来たばかりにも関わらず、イベント盛沢山となっております。


159話目です。

***



 その日は、満月だった。


 夕方までは雨雲が隠してしまって気付けなかった。

 春嵐。

 ダドルアード王国春季特有のゲリラ豪雨だ。

 だが、それも夜半を越えれば消え去った。


 4月の中旬であるが、南端に位置するダドルアード王国の四季は早い。

 この時期になれば、既に花が芽吹く季節。

 日中の気温も上がり、それは夜になっても同じ。

 既に初夏と間違う程の温暖な星月夜。

 雨雲も消え、快晴の空には宵闇を照らす月が煌々と臨める。


 酒を飲むにはうってつけな日和ともなっていた。


 その所為か、いつも以上に酒場には人が集まっている。

 実際、雨足の所為もあって、早めの店じまいとなった経営者や店主が集まっていると言う、裏事情も含まれていたが。


 その中でも活気に溢れていたのは、ランクは低いが酒の質は高いと評判の酒場。

 とある学校の教師とその友人である騎士団長、果ては冒険者ギルドのギルドマスターまでもがご用達と言う酒場であった。


 その中の一角は、特に盛り上がっている。

 誰もが赤ら顔で笑い、盃を傾けては笑い、草を吸っては笑う。

 更には侍っている娼婦達を見ては、これまた違う意味で口元をまくれ上げさせるように笑っている。

 娼婦達も、満更では無さそうだ。

 その強調された胸元には、溢れんばかりのコインが詰め込まれていた。

 中心にいるのは、冒険者風の黒髪の男。

 取り巻きのように囲んでいるのは、戦士のタンクと剣士のアタッカー、後衛の魔術師と、シーフの補佐だった。

 誰も彼もが、赤ら顔。

 酒を飲んでいるのは、分かり切っている。

 ついでに、灰皿に押し付けられた吸殻は、『カナビス』だ。

 誰もが多幸感に、浮ついていた。


「だから、言ってやったんだよ!

 女に守られる様な甘ったれた腰抜け野郎は、ママに泣きつきに帰れってなぁ!」

『ギャハハハハハハハッ』


 黒髪の男が、盛大に零した愚痴の様な言葉。

 嘲りを含んだ、下卑た罵倒だ。

 周りのおこぼれを貰っている男達も、大爆笑を齎して酒場に更なる活気を与えていた。


 ここにはいない、どこかの誰かさんへの陰口。

 誰の事か分かっていない人間はここにはいない。

 勿論、酒場のバーテン達も理解していた。

 そのおかげで、先ほどから彼等の顔も少々青い。

 なにせ、そのどこかの誰かさんが、どういった立場の人間かをバーテン達も理解しているからだ。

 そして、その結果がどうなるのか。

 事例は無いが、想像には容易い。

 実際に、友人である騎士団長が、巷ではどういった人物か知られている事にも起因している。


 そんな酒場の中で、カウンターに座っている男達が2人。

 お互いに黒髪で、片や隻腕。

 片や、小柄な体型で、足にはぐるぐる巻きとなった包帯が見受けられた。


「………聞いちゃいられねぇな」

「やめとけ、スレイブ。

 幾らオレ達でも、現役のSランクパーティーは無理だ」

「…チッ、嫌に冷静だな、ラック。

 ジャッキーが聞いてたら、どうなる事か」

「最悪、『黒龍国』支部に殴り込みだな。

 そん時に参加してやりゃ良いんだから、抑えとけよ」


 彼等もまた、冒険者だった。

 ただし、元が付く。

 ジャッキーと呼ばれた、冒険者ギルドの現ギルドマスターにしてSランク冒険者の元パーティメンバーでもある。

 彼等もまた、元Sランクの冒険者だ。


 未だに衰えを知らぬ筋肉質な体と野卑で屈強な気質を持ったスレイブ。

 脚と腕の腱を損傷したおかげで多少体は衰えているまでも、未だに短剣の腕は随一のラック。


 彼等がここに居合わせたのは、全くの偶然だった。

 それこそ、ご用達としているジャッキーから勧められたのが、この酒場だったからだ。

 酒の質も悪くは無い。

 酒場としても、雰囲気も悪くは無い。

 彼等も気に入った。

 だが、こうして居合わせた面々の、質の悪さはどうしようもない。


 背後にいる冒険者達は、ラックが把握済みであった。

 元々、彼はそう言った情報を集めて来るのは上手い。


 『黒竜国』から来た、Sランクパーティ。

 そのうち1人は、SSランクという幻とも言える冒険者にして、現在の『黒竜国』冒険者ギルドの名誉会員メンバーともなっている。


 ガイウスと名乗ったその男が、何故北の『黒竜国』からわざわざ南端にあるこのダドルアード王国に来たのか。

 その理由も、彼は調べてあった。

 とある女性へのプロポーズの為だ。

 しかも、その異名を『紅蓮の槍葬者(ブレイズ・ランサー)』という、これまた御大層なSSランクの冒険者だ。


 これには、流石に驚いた。

 『紅蓮の槍葬者(ブレイズ・ランサー)』がダドルアード王国にいた事もだが、彼女もSSランクだったとは。

 それを現役のSSランクが追っかけているとは。

 ましてや、それが一度は自分達も相対した事のある相手だとは。


 ついでとばかりに、同じ現役SSランクにしてとある学校の教師をしているどこかの誰かさんと恋仲の噂があるとも、思ってもみなかった事である。


 まぁ、情報源がジャッキーなので、偏っているとは考えている。

 勿論、ラックもスレイブも、半分は鵜呑みにしていなかった。


 だが、


「オレとしては、あの時のあの女男の顔を見るも無残に切り裂いてやっても良かったんだがよ!

 なにせ、アイツが女に囲まれて震えてるもんだから情けなくて!!」

『ギャハハハハハハハハッ』

「やっちまえばよかったじゃねぇの!」

「可哀想な草原羊(フレリーシープ)を狩るのも忍びなかったんだよ!」


 先から聞いていると、どうやら本当らしい。


 話の内容からして、どうやら例の『紅蓮の槍葬者(ブレイズ・ランサー)』への告白の時の事を語っているらしい。

 自慢げに聞こえるのは、その所為か。

 そして、丁度出張から帰還したと言う、どこかの誰かさんと鉢合わせとなり、辱めた経緯等も話題にしている。

 酒の肴は、もっぱらその罵詈雑言だ。


 だからこそ、スレイブ達もイラついているのだが。

 あのSSランクを含めた冒険者達の話は、本当ではないだろう。

 ジャッキーの話では、言い含められて尻尾を巻いて逃げ帰ったのは、彼等の方だと聞いていたから。

 そう言ったことで、ジャッキーが嘘を吐く事は無い。

 いくら友人を庇う為と言っても、個人の栄誉には加担しない主義なのも彼の長所だったから。


 そこまで考えたとしても、彼等は何も言わずに顔を見合わせるだけであるが。


 だが、その陰口は、唐突に終了することになる。


 ーーーーーバタン!


 開かれた酒場の扉。

 カウベルが、高らかに鳴り響く。


 酔った馬鹿が、力の加減も考えずに蹴り開けたか。

 酒場の誰もがそう思って、その酔っ払いの馬鹿を見ようと視線を向けた。


 スレイブもラックも、当然のように視線を向けた。

 ただし、彼等の場合は、違った意味だ。

 剣呑な気配を感じ取った。

 だからこそ、警戒の為に目を向けたのだ。


 そこに立っていたのは、黒髪の女にも見える青年だった。

 その場の誰もが絶句する。


 鴉の濡れ羽色の髪を夜風に靡かせ、白日の下に晒した陶器を思わせる白肌。

 酒場に満ちたランタンの明かりを受けて仄かに色づいている肌はきめ細かい。

 左眼を覆う包帯が肌と同化しそうな程だったが、大仰なそれがやや無粋。

 真冬の海面を思わせる群青の瞳が、アーモンド形の切れ長の瞳の奥に光っている。

 眉目整ったその顔立ちには、怒りとも言える無表情が張り付けられていた。


 黒い外套が、少しばかり強い春先の風に、裾をたなびかせている。

 細身だが、かと言って頼り無さそうには見えないしっかりとした足取りが、同系色の礼服に包まれていた。


 酒の質は別でもランクが低いという定評のある酒場には、不釣り合いな恰好の青年。

 だが、当たり前の様に、その扉の前に立った姿は威風堂々。


 酒場が、シンと静まり返った。

 笑い声を上げられる馬鹿はいなかった。


 彼を誰か知っている者は、驚愕。

 あるいは、焦燥に。

 また、彼が誰かを知らない者は、陶酔に。

 娼婦達は、その美貌に見惚れながら、ほぅと溜息を吐いた。


 夜の使いと言われてもしっくりと来るその青年は、片方だけの目線を諫めて酒場をぐるりと見渡した。


 奥に鎮座していた冒険者一行の姿を見て、眼を細めた。

 その傍らに侍っている、娼婦の姿にも同じく。

 視線を受けた面々は、そのまま驚愕のままに絶句しているのみ。


 そして、


「………見つけたぞ?」


 ややあって、視線を合わせた先。 

 そこには、黒髪の冒険者の姿がある。


 カウンターに座った(・・・・・・・・・)、2人の冒険者の姿だった。


 その他には、その後一瞥もくれる事は無かった。

 無造作に看過された面々が、眼を丸めている。

 ただ、半数が溜息を吐いたのは、その場の誰もが分かっていた。


「何だよ、『予言の騎士』?

 オレ達に、何か用があったのか?」

「………おいおいおい、アンタが何でオレ達を探してんだい?」


 睥睨とも見紛うその視線に、居竦められた2人は驚いた様に目を瞠る。

 だが、『予言の騎士』こと黒鋼 銀次は、悠々と歩みを勧めた。


「しらばっくれるな」


 それだけを言うと、革靴の音を響かせながらスレイブとラックへと距離を詰める。


 その背後から、更に扉を潜る影があった。


 背に脇差を背負った小柄な、赤い髪の少年。

 籠手ガントレットを嵌めた、これまた茶にも見える赤い髪をした青年。

 更には、騎士服を着た長い黒髪の偉丈夫。

 ハルバートを背負った赤髪の女丈夫。

 外套のフードを目深に被った、銀の髪の女性。

 短く刈り込んだ黒髪に、熊の様な体躯を持った偉丈夫。


 それぞれ、間宮、榊原、ゲイル、ローガン、ラピス、ソーマの順だ。


 酒場の扉の前に、屯した彼等。

 一概に、銀次の背中を見送っている。


 ヒヤリ、とどちらともなく、思った事。

 逃げ場が無い。

 扉を固められた所為で、外からも中からも出て行くことが出来そうに無い。


 そう考えている間にも、悠々と歩を進める銀次は言葉を続けた。


「何故、オレ達を監視していた?

 昼間もそうだが、以前、北の森でも同じ視線を感じている」


 そして、どういう事だ?と、小首を傾げた。


「なぁ、………ラック?」


 表題の人間の顔を眺めつつ、彼は静かに問いかける。

 その声には、混ざり気の無い純然たる威圧が込められていた。


 誰かが生唾を飲み込んだ。

 その音が、嫌に響いた。



***



 やっと見つけたぞ、コノ野郎。

 こちとら、夕食を終えて雨が上がってから、ずっと探していたんだ。


 冒険者ギルドやら行きつけの酒場探して、約1時間ちょっと。

 まさかまさかでオレ達も前に使っていた酒場をジャッキーが勧めたとか聞いて、やって来たのが今だ。


 カウンターで、肩を並べていたスレイブとラック。

 べリルは、ジャッキーの嫁さんのハンナさんと、冒険者ギルドの酒場で飲んでいたけど、こっちの2人は別行動だったらしい。


 用があるのは、ラックの方だ。

 威圧を強めて、睥睨する。


 彼は、罰の悪そうな顔をして、首の後ろを掻いている。


「………そりゃ、どういう意味かねぇ?」

「しらばっくれるな、と先にも言ったが?

 テメェが、オレ達の校舎に来て、監視をしていたのは知ってんだ」


 言い逃れは許さない。

 きっちりと要件を言ったところで、オレもカウンターに辿り着いた。


 オレを見上げるラックの視線が、少しばかり揺れている。

 隣のスレイブも似た様なものだが、ラックとオレを交互に見て、どういう事か思案気だった。


 先にも言った通り、用があるのはラックだ。

 だから、スレイブがそんな表情をする必要は無い。

 巻き込んだだけだ。

 申し訳ないとは思うが、ラックの仲間として連帯責任としておこう。


「さぁねぇ。

 オレにゃあ、さっぱりだ」

「………靴のサイズは、38だったな」

「はっ?」


 いきなりの言葉に、彼が目を瞬く。

 その間に、出来るだけと考えて集めた情報を、突き付けて見せる。


「体重は、大体40キロ前後の筈だ。

 靴跡が隣人の庭に残っていたが、靴跡の型も取ってある」


 手を差し出せば、すかさず間宮が取り出す用紙。

 オレの言葉通り、靴跡の型が掏られている。

 現代のCSI等の技術を再現して、残されていた靴跡の鑑定をしていたのだ。


 こちらの靴のサイズの基準は、ヨーロッパ式らしい。

 38で、大体25センチ相当。

 男にしては小さいが、彼の小柄な体型を考慮すると合致する。

 ついでに、木底の靴の型は、ダドルアード王国では無地のものが多いが、斥候役であり他国から来たばかりの彼の靴の型は違った。

 爪先と踵に、特徴のある菱形のスパイクがあるのだ。

 聞けば、ダンジョン(※迷宮の様な遺跡がある)等での行動の際に、靴跡を仲間に追わせる為の特別製らしい。

 斥候役は、真っ先にダンジョンの中を進むからな。

 罠を踏み抜かないよう、または逸れた時に即座に仲間達に行き先を知らせられるように、だ。


 その特徴も、今オレが持っている型と一致している。


「踏み込みの際の体重の移動の仕方でも、靴の型は変わって来る。

 極端に左側が薄いのは、お前が腱をやっていて左側で強く地面を蹴れないからだ」


 そこまで言えば、眼を瞠っていたラックが更に視線を泳がせた。

 靴についての言い逃れは、不可能と考えてか。


「い、いや、別に監視をしていた訳じゃねぇんだぜ?

 たまたま、威勢の良い声とか聞こえたし、前に校舎に遊びに行くとか言っててそのままだったしよぉ…」

「なら、何故樹の上で眺める必要があった?

 それに、見学をしたいなら、オレ達に声を掛ければ良かった筈だ」

「………そ、そりゃ…」

「第一、外側からは目くらましの魔法陣があるってのに、どうやって覗くつもりだったんだ?」


 矢継ぎ早に、言葉を紡ぐ。

 ラックが絶句した。

 多分、気付いていなかっただろうな。

 魔法陣は扱えても、ラピスの目くらましの魔法陣に干渉したのは彼じゃない(・・・・・)から。


 墓穴を掘っている自信があるのだろう。

 俄かに、顔色を悪くし始めた彼に向けて、更に畳みかける。


「視線を感じたのは、今日だけでは無い。

 北の森の調査中にも、お前はオレ達の後を尾行けて監視をしていた。

 大木を切り払った時、焦って気配を消したな」


 覚えている。

 気配の消し方や隠形については、彼が既に手の内を見せてくれていた後だったからだ。


 合成魔獣キメラ討伐の時、彼はヘイト管理で森の木々の中に潜んで短剣を投げていた。

 あの時の気配の消し方や、表し方が合致した。

 オレでも、気配を感じ取るのが難しかった程だ。

 舌を巻いたのは、記憶に新しい。


 だからこそ、気付けた。

 視線に含まれていない怒気や殺気は、ただの観察。

 だが、その気配の消し方や、残された証拠は間違いなくラックである事を指し示している。


「白状しろ、ラック。

 これ以上は、オレもお前を敵と見做さなくてはならない」


 そう言って、カウンターに手を置いた。

 ラックを追い詰める為に、更に威圧を強めた形。


 流石に観念したのか。

 ラックは表情を改めて、諦めた様に首を竦めた。


「………それで?

 とっとと敵と見做せば良いものを、何故こうして詰問する?」

「まだ敵と見做したくなかったからだ。

 ………正直、お前の扱いは、オレ達もどうしたら良いのか戸惑っている」


 認めたラックが、オレに向けて肩眉を上げる。

 その手が、何故かボトルを掴んで、オレに押しやって来た。


「………理由が知りたいなら、駆け付け一杯だ」


 そう言って。


 渡されたボトルは、定番とも言えるヴィール。

 大麦の蒸留酒だ。

 ウイスキーと似たような味わいをしている。


 ………飲め、という事か。

 オレに酒で挑んで来るとは良い度胸だ。


「コイツにグラスを頼むよ」

「………いらねぇさ、そいつには」

「………ッ!」


 ラックが、カウンターにいたバーテンへと声を掛けた。

 しかし、その顔を見て呆気。


 先ほどまでいたバーテンとは違う、黒髪の男性がそこにいる。

 ハルだ。

 裏口から回り込んで、バーテン達に話を付けてここに立っている。

 逃げ道を塞ぐ為。

 人手は多いに越したことは無いと、彼にもこうしてご足労願った形だ。

 ヴァルトは、表で騎士団と共に待機しているから、護衛としての心配も無い。


 そして、ハルはオレに向けて、にやり。

 オレも、にやり。

 分かっている。


 瓶に残っているヴィールは半分ほどだが、度数は精々20%程度。

 前にジャッキーに一気させられた60%を超える酒とは雲泥の差だ。


 駆け付け一杯というには多い。

 だが、グラスは必要無い。


 文字通りの意味で、オレにはこの程度、水と同じだ。


 ボトルに口を付けて、そのまま傾ける。

 勧めて来たラックどころスレイブまでもが、呆然とオレを見上げている。


 直飲み一気。

 良い子は真似しないように。


 ボトルを傾けて喉を鳴らす音が、シンと静まり返った酒場の中に響く。

 背後の嫁さん達が呆れている気配がする。

 ついでに、ゲイルと榊原辺りが口を押えて、想像でもしたのか吐き気を催したらしい。


 更には、何故か酒場にいた、ガイウス達までもが絶句。

 他の面々に至っては、ひいっ、と小さな悲鳴を零していた。

 ウイスキーと似ている分、悪い酔いしやすいからねこれ。


 ………いや、本当になんでこんなニアミス?

 アイツ等がここにいるなんて知らなかったから、平気でローガンとか連れて来ちゃったよ。

 まぁ、待っていてと言っても、応じてくれなかったのも事実だけど。

 ローガンもラピスも、2人揃って。


 飲み干した。

 と同時に、カウンターへとボトルの底を叩き付ける。


 ぱきゃん、と音がして、瓶が砕けてネックだけがオレの手元に残る。


 ちょっと息が苦しいのと、腹が苦しいか。

 こふっ、と小さなげっぷを零しつつも、冷たくも流し見たラック。

 呆然としたままではあるが、その顔は真っ青だ。

 隣のスレイブもまた、似たような有様。


「………さて、説明をして貰えるかな?」


 平然と言ってのけた。

 呂律が回らなくなるなんてことも無く、へべれけになるなんてことも勿論無い。

 酒に強いのは知っていただろうが、ジャッキーと同等とは知らなかっただろうな。

 斯く言うオレは、既に超えたと考えている。

 『天龍族』の血の所為で、全く酔わなくなってしまったからな。


 だからこそ、この程度は水同然。

 火酒でも持って来い。

 純然たるエタノール希釈水であっても、今なら飲み干せるだろう。

 良い子は真似すんな。


 と、ゴホン。

 話が逸れたまでも。


 駆け付け一杯の条件は満たした。

 後は、彼からの独白でも白状ゲロでも聞いて行くだけの事だが、


「………知りたいなら、と言っただろう?

 話すとは、言ってねぇよ」

「………そうか」


 ラックは、諦念を浮かべたままで、グラスを傾けた。

 どうやら、話す気が元々無かったらしい。


「残念だ」


 そう言って、腰から抜いたコンバットナイフ。

 横目で流し見た彼が、グラスをカウンターに置いたと同時。


「ッシャァ!!」

「……ッ」


 いつの間にか彼も、短剣を抜いていた。


 投げ付けて来たのを弾く。

 天井に突き立った。


 更にラックは、カウンター椅子から飛び降りる様にして駆け出した。

 かと思えば、オレに向けてさらに短剣を投擲。

 これまた、弾いた。

 カウンターや床に突き立ったそれは、異音と異臭を齎してカウンターや床の木目を焼いた。

 毒でも塗られているのか。

 おそらく、酸性の何か。

 この世界では水溶液では無く、天然で見つかる酸だ。

 それが、毒として出回っているのは、既に情報通のハルから聞いている。


 ラックは、短剣が当たらないと分かれば、即座に切り込んで来る。

 コンバットナイフを逆手に構えて、応対した。

 組み合ったと同時に火花と甲高い金属音。


 遅ればせながら、酒場の奥から悲鳴が上がる。


「………ッ、酔っているのに、良く動く」

「テメェこそ」

「生憎とオレは、あの程度じゃ酔えないんだ」

「化け物め」


 噛み合ったラックの短剣からぎちぎちと、音がする。

 だが、オレのナイフは微動だにしていない。


 力が元より違い過ぎる。

 ラックの左足のハンデから踏み込みが出来ていないのも良い証拠。

 ついでに、彼の体重が軽すぎるのも問題か。


 分が悪いと悟ってか、彼は舌打ちを一つ。

 飛び退いた。

 オレは、それを追う事はしない。


「間宮、手を出すな。

 他も同様だ、入り口を固めておけ!」


 ラックの背中に迫った間宮が、脇差を抜こうとする。

 それを止める。

 ソーマも前に出て来たが、声で制した。


 1対1でやってやる。

 じゃないと、コイツの達者な口はまだまだ、負けを認めるとは思えない。


 ついでに、見栄も一つ。

 ガイウス達がいる。

 アイツ等、オレの事散々扱き下ろしていやがったらしい。

 酒場の前に立った時に聞こえていた。


 だからこそ、オレはラックと1人で対峙した方が良い。

 アイツ等の言い分が、根本から間違っている事を、アイツ等自身にも取り巻き達にも知らしめる為に。

 ………ローガンの前で、良い顔をしたいと言うのも本音だが。

 あらやだ、オレは相変わらずの見栄っ張りね。


「やっぱりテメェも同業者だったなぁ!

 そぅらッ」


 短剣を投げられて、それを弾く。

 組み合うには分が悪いと悟ったか。


 更には、間宮やローガン達にも向けて、短剣を投げる始末。

 きっちりと、間宮もローガンもそれを弾いた。


「おい、ラック!

 辞めろ!」

「動くなッ」


 スレイブが大剣に手を掛け、飛び込んで来ようとする。

 しかし、今度はゲイルが『隠密ハイデン』を構える事で、制止させた。

 スレイブが、苦虫を噛んだ様な表情をする。


 その間にも、ラックが短剣を投げる。

 弾くのも芸が無いので、軽いステップで避けた。

 そのまま駆け出す。

 ラックは、一気に壁際まで後退した。

 しかも、間近にあった椅子を持ち上げるとオレに放り投げて来る始末。

 徹底的に抗おうと言う腹が見え隠れ。


 跳躍してからの旋風脚。

 木片と化した椅子が、酒場の床に散らばって転がる。

 ちゃっかりソーマ達にも飛んでしまったが、これまたローガンが弾いてくれた。


「チィッ!

 その細身の体のどこに、その筋力がありやがる!」

「引き締まっていると言って欲しいな」

「抜かせ、女男!」


 更に短剣が飛んで来た。

 今度は弾いた上で、その数本を掴み取った。

 指が焼けた音がしたが、気にしない。

 指紋は元々、危険化合物を扱っていた過去もあって消失してしまっているし。

 お返しとばかりに、ラックへと向けて投擲。

 横に回避した彼は、椅子やテーブルを踏み台に跳躍した。

 間宮や榊原達を軽々と飛び越えた。

 床に脚が付いたと同時に、転がって膂力を逃がし、更に短剣を投げて来る。

 回避したと同時に、跳躍。

 一気にラックへと距離を詰める。


「………っぅ!

 なんつう、馬鹿力だよ、女顔の癖に…!」

「一言余計なんだよ、さっきから」


 短剣を払うようにして、コンバットナイフを横薙ぎ。

 もぎ取られたそれが、ガイウス達のいたテーブルに突き立った。

 娼婦が悲鳴を上げて、どよめいた冒険者達が後退する。

 その上に、メンバー達も慄いて椅子をひっくり返すは、自身がひっくり返るわ、阿鼻叫喚。

 ガイウス自身は、動じた様子を見せない様にしながらも、眼を瞠っていたが。

 ………け、計算通り。


 だが、ラックは更に攻勢を仕掛けて来た。

 椅子を踏み台に、更に跳躍。

 オレに向けて、旋風脚を見舞って来た。

 腕で1度受け、更に第二撃をしゃがんで躱す。

 ラックは左足での攻撃が出来ない為、1テンポだけ攻撃の手順が遅れる。


 着地したと同時に、その脚を払いに掛かる。

 転倒しかけた彼は咄嗟に右腕をつき、そのまま捻るようにして体を持ち上げて体勢を整えた。

 流石は、元暗殺者。

 こう言った動きは、お手の物か。

 右足を強く踏み込み、跳躍をしながら後退したラック。

 踵を見舞ったが、避けられた。

 加減をしたので、床板は無事だ。

 回避の末に、ラックはガイウス達のいたテーブルの上に、お行儀悪くもグラスや酒の肴をひっくり返しながら着地した。

 更に、娼婦達の悲鳴が上がる。


 ラックの脚越しに、ガイウスも見えた。

 眼を瞠ったままの彼が、咄嗟に立ち上がろうとして膝をぶつけているのが見えて、様を見ろと鼻を鳴らしそうになってしまう。


「悪いけど、こっちも必死でねぇ」

「大人しく白状してくれれば、必死になる必要はねぇ筈だ」

「そいつは、出来ねぇ相談だ」


 って、そんなこと思っている場合じゃない。

 ラックが、更に攻撃を仕掛けようとしている。


 懐から、更に短剣を抜いた彼。

 一体、彼は幾つその服の中に、短剣を隠し持っているのだろうか。

 投擲するのかと構えた途端。

 ラックは、それを爪のように指の間に挟んだ。


 眼を瞠る。

 それと、同時。


「………うらぁああ!!」

「ッ!!」


 飛ばして来たのは、短剣では無かった。

 爪の様にした短剣で切り払って投げて寄越したのはグラス。

 ボトルまでもが含まれている。

 そして、そのほとんどが破片と化している。


 流石のオレも、破片の一つ一つを弾くのも避けるのは無理。

 飛び退ろうとして脚を踏み込んだ。

 そこで、気付いた。

 ラックが、にやり、と笑っているのを。


「----ッ!?」


 目線はオレの背後。

 咄嗟に横目で見た先には、気付かなかった逃げ遅れの誰かがいた。


 酒場の入り口から、向かって左。

 奥側の席に、フードを被った男が静かに手酒を楽しんでいたらしい。

 男は固まっていたのか、様子を伺っていたのか。

 呆然とオレの背中を見ていた。

 視線が背中に刺さっていた。

 今まで気付けなかった、オレの落ち度。

 ラックは、その男がいる事も見越して、破片を投げて寄越したらしい。


 回避は出来ない。


「っこの、卑怯者!」


 声を張り上げたと同時に、裾に隠していた暗器を取り出した。

 細身の鎖だ。

 アグラヴェイン監修である。


 捕縛に必要になるかと思って仕込んでいて、正解だった。

 思い出したことも、僥倖。

 日本刀だけだと制圧か切り捨てる事しか出来ない為に、今回は此方を持って来ていたのだ。

 裾から伸ばしたと同時に、眼前で振るう。

 手首のスナップだけで回転させ、最初からトップスピード。

 ボトルやグラス、その破片諸共を撃ち落とした。


「………ッ、そんなのアリかよ!」

「生憎と、オレの出自の関係でアリだ」


 破片を撃ち落としてから、鎖の回転を抑える為に床に叩き付けた。

 床に一文字に切り傷が出来る。

 済まん、何度か顔を合わせている酒場のバーテン兼店主。

 弁償が必要なら勿論、建て替え費用も含めて払ってやろう。


「………無事か、怪我は?」

「………ああ」


 背後を振り返って、問いかける。

 フードを目深に被った誰かさんは、嫌に落ち着き払った声で答えただけだ。


 立ち上がる気配も無ければ、立ち去ろうとする気配も無く。

 更に言えば、その眼はオレを冷静に見据えている。

 ついでに、焦った感情なんかも、全く感じ取れない。

 思った以上の大物だった。


 なんだ、コイツ?

 いや、まぁ、目の前でこんな大捕り物を始めたオレ達も悪いのだろうけど。


 問題は、ラック。


「………テメェは、一般人を巻き込むな!」

「お前だって十分巻き込んでんじゃねぇか」

「だからって、オレを仕留める為に他人を犠牲にするなと言っているんだ!」


 コイツの行動は、マジで想像の斜め上だ。

 そんなに逃げたいのか。

 そして、逃げる為なら、本当に他人を犠牲にしても平気なのか。


 ………元暗殺者ならば、それも然もあり。

 まぁ、当然の考えと割り切れるのだが、もう我慢ならないぞ。


「………もう良い、分かった!

 ボコって、強制的に吐かせてやるから覚悟しやがれ!」

「やれるもんなら、やってみな!」


 ご丁寧に挑発をくれて、更にラックがオレに向けて先ほどと同じくグラスを切り払って来た。

 鎖を回して、弾く。

 回した鎖を盾にするようにして、そのまま駆け出した。


 ラックが、舌打ちを零してテーブルから飛び降りる。

 そこをすかさず、鎖で打ち据えた。

 間一髪とも言える紙一重で避けられた。

 ただ、転がった先がよろしくない。

 カウンターの横にあった、樽に背を預ける形でつんのめる。

 鎖を回して横薙ぎに払う。

 しゃがんで避けた彼がそのまま横に転がろうとしたのを、すかさず合いの手。

 横薙ぎに払った鎖の一端を足で踏んだのだ。

 膂力に負けて戻って来た鎖が軌道を変えて、ラック目掛けて急降下。

 彼の背中を強かに打ち付けた。


「がぁ!?」


 悲鳴を上げ足を止めたラックに、すかさず追い打ち。

 それでも飛び上がって後退しようとした彼に、オレも跳躍を合わせて空中で相対した。


「チッ!」


 盛大な舌打ちが響く。

 ラックの手から爪のようになっていた短剣が投擲された。

 仰け反るようにして避ける。

 それと同時に、脚を伸ばす。

 ラックの腰元に巻き付くようにして脚を絡め、仰け反った体勢を更に後方へと倒す。


「んな…ッ!?」


 リバースフランケンシュタイナー。

 空中版だ。


 ラックが驚愕の悲鳴を上げたが、もう遅い。

 体勢の整えられない空中でオレの脚に巻き付かれた時点で、即座に雌雄は決したも同然だ。

 一回転をするようにして、ラックを床に叩き付けた。

 床に叩き付けられた彼が更に1回2回と床を転がり、カウンター下の隙間に背中を強かに打ち付けた。


 オレも床に着地したと同時に転がって勢いを逃がす。

 それと同時に、鎖から手を放して引っかかる様な事も無いようにパージ。

 更には、腰から拳銃を引き抜いて、立ち上がったと同時に構えた。

 カウンター下の壁に背中を預けたラックに向けて。


動くな(フリーズ)


 同時に、背後でも武器を構える音。

 間宮と榊原も『隠密ハイデン』を構えた。

 ゲイルは未だにスレイブに向けたままだったが、彼等は真っ直ぐにラックへと向けている。


 更には、


 ーーーコツン。


 カウンターに、ナイフを打ち付けたハル。

 樽に腰を預け、ラックの真横を陣取った。

 彼を見下ろして流し目を送っている。


 ………吹き出し(ルビ)をふるなら、『観念しろよ?』だな。

 斯く言う、オレも同じことを言いたいが。


「………これ以上の、抵抗は推奨しない」

「………けっ、分かったよ」


 諦めたのか。

 肩を竦めた挙句に、手を返した彼。


 これで、ようやっと彼を捕縛出来たようだ。

 よくもまぁ、派手に抵抗してくれたものだ。



***



 ふぅ、と少しばかり上がった息を吐き出す。

 酒臭いと感じるのは、先ほどのボトル一気の所為だろう。

 だが、全くアルコールが回ってこないのが、少しばかり寂しいか。

 動きが鈍らなくて良いのかもしれんけど。


 とはいえ、派手にやったものだ。


 横目で見た酒場の惨状に、少々どころか盛大な溜息が漏れそうになる。

 こりゃ、弁償は免れない。

 元はと言えばラックの所為だが、追い詰めたオレも同罪だ。


「何故、ここまで抵抗した?

 オレ達よりも、騎士団に捕縛される方が何倍もマシって事か?」

「オレとしてはどっちもゴメン被るねぇ。

 ………話したくない事の一つや二つ、テメェにもあるんだろう?」

「あるとしても、ここまで抵抗はしない」

「………どうだか?

 どのみち、オレよかテメェの方が、どっぷりと裏の世界に浸かってそうだが?」

「能書きは良い、白状してくれ」


 オレが知りたかったのは、コイツのガチの戦闘力では無い。

 何故、オレ達を監視していたのか、だ。


 無駄話で時間稼ぎをしているところ悪いが、こちとら要件を済ませなきゃ帰れないのだから。

 とはいえ、このカオスと化した酒場でのカミングアウトは可哀想だとも思った。


 壁際に退避したままの娼婦や冒険者達の視線が痛い。

 ついでに、臨戦態勢を取りそうになっているガイウス達の視線も同様。

 更には先程巻き込みそうになった、フード姿の誰かさんの興味深そうな視線も突き刺さっている。


「………ゲイル、人払いを」

「分かった」


 声を掛けると、即座に反応してくれた。

 『隠密ハイデン』を下ろしたゲイルが、白亜の槍に持ち替えてガイウス達へと向き合った。


「外に出て貰おう。

 協力要請を拒否するようなら、捕縛する」


 そう言って、王国騎士団としての表情を見せる。


「ふざけんな、こっちはただ酒を楽しんでただけだ!」


 ガイウス達は、反発した。

 まぁ、実際に反発したのは、彼だけだったのだが。


 これには、鼻白んだローガンが前に出ようとしている。


 辞めて辞めて。

 恋敵に自分から近付こうとしないで。


「ならば、その『カナビスの葉』をどう説明する?」


 だが、それを止めたのはゲイル。

 更には、彼等のテーブルに鎮座していた、灰皿に残されたそれを表題に上げた。


 ガイウス達以外の冒険者、娼婦連中がさっと顔色を変えた。

 『カナビスの葉』は、この世界でのマリファナの通称だ。

 駄目ゼッタイ!に、立派に違反している事になる。


「現在、ダドルアード王国では、『カナビス』の流通は禁止となっている。

 所持・使用に関わらず厳罰に処されるが、それを知った上だったのか?」

「ふざけんなッ、オレ達の国じゃ当たり前のもんだ!」

「悪いが、貴殿等の国とダドルアード王国は違う」


 当たり前のことを、ゲイルが言った。

 これには、流石のガイウス達も顔を青褪めさせている。


 再三に思ったけど、様を見ろだ。

 自分から騎士団に捕縛されるような事をしてくれるなんて、僥倖な事。


「ま、待ってくれ、オレ達は吸ってない!」

「そ、そうよ!

 あたし達は、一緒にいただけなのに…ッ!」


 冒険者と娼婦達が、見苦しくも騒ぎ出す。

 しかし、ゲイルはその言葉に関しても、涼しい顔をして一蹴した。


「一緒にいた時点で、同罪だ。

 連帯責任として、騎士団詰所まで同行願おう」


 こっちの法律、結構厳しいからね。

 人の命の価値が紙同然とか言う割には、治外法権以外での執行率も高い。

 まぁ、煙草の流通が進んだ事で、施行された法律だ。

 まだ全体に浸透はしていないまでも、罪は罪。

 そして、ゲイルはそう言った融通を利かせられるだけの、柔らかい頭を持っていない。

 運が悪かったな。


「オレがSSランクなのを知らねぇのか!?」

「知ってはいるが、どうと言う事は無い。

 冒険者が罪に問われぬ法律もまた、存在はしていない」

「………この、騎士風情が…!!」

「辞めろガイウス、大人しく縛に付かんか!」


 まだガイウスが騒いだが、ゲイルが臨戦態勢を取る。

 ローガンが口を挟んだが、ガイウスは聞く耳を持とうとしていない。


 ………あれまぁ、熱くなっちゃって。

 まぁ、コイツの場合、騎士だとしてもランクがSは確実なところを持って来れば、おそらく無様に負ける様な事は無いと思うが。


 とはいえ、嫌な流れ。

 こっちで戦闘が始まるのは、勘弁願いたい。

 余波でも受けて、どさくさに紛れてラックに逃げられるのも厄介だ。


 しかし、


「………SSランクが泣くぞ?

 ならず者と変わらぬではないか、たわけ」


 ふと響いた声に、空気が止まる。


 嫌な空気を破った、男の声。

 先ほどまで傍観していた筈の、フードを被った男の声だ。

 そして、その男は、今までが嘘のように俊敏に動いた。


「騒がしいのは好ましいが、五月蝿いのは好まぬ」


 そう言って、ゲイルの後ろから歩き出す。

 横目で見た、その男の歩みに淀みは無い。


「…んだ、この野郎!?

 関係ねえ奴はすっこんでろ!」

「黙れ、道理の通じぬ小童が」


 だが、それと同時に感じた威圧感。


 覇気だ。


 ずしり、と肩にのし掛かったそれに、オレですらも思わず目を見開いた。


 案の定、ガイウス達が揃って床に突っ伏した。

 魔術師やシーフ、その他冒険者、娼婦等、倒れ込んだまま動く気配が無くなった。

 かろうじて意識があるガイウスが、とうとうその表情を真っ青に変えた。


「大人しく外に出よ。

 応じぬと言うなら、四肢を切り落として放り出してくれるわ」


 フードの男の、恫喝の言葉。

 本気だ。

 雰囲気にも、既にその本気が滲み出している。

 威圧は、本物。

 ついでに、『天龍族』である事は間違いない。


 最近、接触率が天元突破で阿呆な領域である。

 まさかまさかで、またしても逸れ龍。

 酒場で飲んでいるのが、逸れ『異端の堕龍』や『天龍族』のデフォなの?


 こちらも、ただでは済まない。

 間宮や榊原、ラピス達が座り込み、ソーマが気を失ったのか床に崩れ落ちる。

 ゲイルやハルは踏みとどまったが、足が震えている。

 ラックが壁に背を擦りつけて半狂乱になって逃げようとしていた。


 オレも似たようなものだ。

 出来れば、逃げ出したい。

 正直、居城以外で『天龍族』と遭遇した時に、良い思い出というのは存在しないからだった。


 だが、


「………先の礼だ。

 十分であろう?」

「………ああ」


 先程、庇った事を言っているのだろう。

 その礼として、聞かん坊どもを黙らせてくれた、という事なら、オレ達としても有難い。

 ただ、怖いとしか思えんが。


「私も、外に出ている事にしよう?

 ………『カナビスの葉』というのは知らぬが、私も罪に問われるのか?」

「い、いや、貴殿は、大丈夫だ…」

「ならば良かった。

 では、一足先に出ようと思うが、さて会計はどのようにしたものか…」


 男は、とっとと帰り支度を始めている。

 しかも、こんな時に会計の心配までしているのが、自棄に落ち着き過ぎていて更に怖い。


「騒がせた詫びだ。

 オレの驕りって事にしておいてくれ」

「………それは、済まぬなぁ。

 なら、貸しは2つという事になるのか」


 口元だけで笑った男。

 律儀なもので、オレにまだ貸しを返すつもりでいるらしい。

 それでも、それ以上は何も言わずに、彼は颯爽と出口へと向かって行った。


 誰も止める事は出来ない。

 呆気なく、男は酒場の扉の向こうへと消えた。


 ………なんだったんだろう、マジで。

 しかも、あの人、どういった目的で酒場ここにいたのか不明。


 更に横目で確認すると、男が座っていた筈のテーブルが見えた。

 酒のボトルとグラスだけ。

 肴は何も無いままで、手酒をしていたのか。

 邪魔をして申し訳なかったと言うべきか。


 視線をラックへと戻す。


 彼は、やっと人心地付いたとばかりに、大仰な溜息を漏らしていた。

 逃げなければ、それで良い。


 ただ、とんだ災難だと、元凶となっているオレですらも彼の不運を嘆いてしまった。



***



 その後は、冒険者各位、ガイウス達も大人しく従った。


 先にも言われた通り、『カナビスの葉』の不法所持・及び使用の罪でしょっ引かれる。

 娼婦達や冒険者達も同じく、あっさりと捕まって行った。


 そもそも、気絶していたから当然だったが。

 目が覚めたら、牢屋となるのだろう。

 自業自得とはいえ、可哀想に思えてしまったが。


「………派手にやったな?」

「ラックが暴れたから悪い」

「暴れたラックを五体満足で黙らせたお前も十分だ」


 ここで、ジャッキーが合流した。

 元々、酒場の外で待機して貰っていたのだが、落ち着いたと同時に呼んでおいた。

 ラックの件でジャッキーに問い合わせた時に、合わせて事情を説明して置いたからだ。

 ついでに、スレイブも相変わらず、カウンターに座ったまま。


 そこでようやっと、話を聞く態勢となった。


 破壊痕跡の生々しい酒場の中、騎士団権限とマネーの力で貸し切って貰っている。

 表も騎士団に固めて貰っているので、心配もいらない。

 邪魔物はいない。


 ラックが、床に座り込んだまま、オレを見上げて来た。


「酒、くれないか?」

「………ああ」


 ハルに目配せ。

 彼は、カウンターの奥へと滑り込み、同じヴィールのボトルを持って戻って来た。

 ラックに差し出せば、彼は大人しく受け取った。

 コルクを抜いて、当たり前の様に口を付ける。

 三分の一を一気に喉に流し込み、一息を吐いた。

 そして、また、オレを見上げる視線。


 合図のようだ。

 詰問へと移る事にする。


 何故、監視をしていたのか。

 どうして、オレ達を尾行けまわしていたのか。


「………オレに、何か用があったのか?」

「………用と言えばそうだが、実際は見ていただけだ」

「どうして?」

「テメェに惚れたって言ったら、信じるかい?」

「殺して欲しいと見做して撃ち殺すかもしれない」

「冗談だよ、面白みのねぇ野郎だな」


 今のは、冗談であっても面白くない。

 現在進行形で貞操の危機であるオレにとっちゃ、面白くなくて結構だ。


「見ていただけにしては、随分と手が込み入っていたな」

「アンタこそ、特定するのに込み入った手を使うもんだな」

「話を誤魔化すな」


 オレが一時だけCSIに転向したのは、この際どうでも良い。

 口八丁での攪乱はお手の物のようだな、相変わらず。

 オレは、その他を一切合切切り捨てて、詰問を続ける。


「………チッ、お見通しって事かい」


 無駄と悟ったらしい。


 ややあって、立ち上がったラック。

 彼は、その場でけんけんをするようにして、片足で移動。

 カウンターの椅子に腰かけて、背中を向けた。


「それよか、まずオレの質問に答えちゃくれねぇか?」

「………おい、ラック」

「ジャッキー………悪いが、オレもただじゃあ、言いたくねぇ事があるんだ」


 態度や、口調。

 そして、質問の内容に、ジャッキーが咄嗟に咎めた。

 だが、ラックはそれを譲る気は無さそうだ。


 それに、先にも思ったが、相当頑固らしいからな。

 条件を呑んでからじゃないと、多分話してくれないと思う。

 誤魔化されても疲れるだけだ。


「………何が聞きたい?」


 オレも、近くに会った、テーブル椅子に腰かける。

 他の面々も、思い思いの様子で座ったり、壁に寄りかかったりしている。


「アンタ、あの夜は何してたんだ?」

「………北の森の事か?」

「ああ」

「例の合成魔獣キメラの痕跡を探していた。

 ………正直、あんな魔獣が周辺に溢れてるんじゃ、街道を封鎖するしか手が無くなるからな」


 素直に答える。

 ラックも既に、合成魔獣キメラの存在は知っているからな。


「………そうかい?

 成果はあったのか?」

「それなりにな」

「あの時は、何で気付いた?」

「………感知に優れた精霊様が、味方に付いている」

「そうかいそうかい。

 そりゃ、………狡いや」


 実際、あの時視線に気付けたのは、アグラヴェインのおかげだった。

 木の上にいただろう彼が、アグラヴェインの『探索サーチ』に引っかかった。

 それが無ければ、オレも気付かなかっただろう。


「本職には、流石にもう勝てねぇしな」

「………オレも、既に引退している」

「あれだけ動けりゃ、まだまだ現役だ」


 随分と、悔しそうな声音だった。

 まだ、現役だと自負があったのか。


 まぁ、オレは引退したとしても、『予言の騎士』としての一環で鍛える事を辞める事は出来ないから。

 そう考えると未だに現役と言った方が良いのか。

 勘が戻って来ている事もあって、やはり感覚が引きずられている。


 ただ、今はそんなことどうでも良いが。


「………何を目的としていた?

 オレに何か用か?

 それとも、オレに何か恨みつらみでもあったのか?」


 そう問いかける。

 正直に言うと、話が見えないから。


 まだ、誤魔化そうとしているのは分かっている。

 発汗やら何やらで、すぐに分かる。


 だが、オレのこの言葉には、


「………。」

 

 途端にラックは黙り込んだ。


 ………おいおい、マジかよ。


 絶句。

 呆然とする。


 そんな恨みを買った覚えも無いと言うのに、オレは彼に恨まれているとでもいうのか。


 だとすれば、監視については納得出来る。

 しかし、納得は出来ても理解は不能だ。


 そもそも、オレが恨みを買ったという事実に納得出来ないが。


「はっきりと言ってくれ。

 オレが何かしたのなら、謝るさ。

 恨みを買った覚えは無いけど、アンタの気が済むならいくらでも罵れば良い。

 けど、どうして付け狙うような真似をした?

 樹の上に潜んだり校舎に忍び込んで来たり、オレを追いかけ回して何がしたいんだ?」


 正直、悲しい。

 ジャッキー繋がりで、出会った人間だ。

 仲良くなった記憶は無いとは言え、それでも一度は肩を並べて修羅場を潜り抜けた相手だ。


 そんな人間から、唐突に向けられる敵意。

 オレが何をしたと言うのか。


 例の頬に傷のある男と同じだ。

 理由が分からないままで、一方的に叩き付けられる悪意や害意。

 フラストレーションが溜まる一方。

 吐き気すらも催した。


 白黒、付けてしまおう。

 このままだと、オレはこの元Sランク冒険者にして、元暗殺者の影に怯え続ける事になってしまう。


 ふとそこで、


「………アンタは、そうやって清廉なフリをするんだな」


 静かな声は、微かに怒気で震えていた。

 シガレットを吹かした、ラック。


 振り向いた。


 言い逃れも誤魔化しも辞めたのか。

 その眼は真っ直ぐにオレを射抜いた。


 敵意と殺意。

 満ち満ちた瞳を、ここに来て初めて向けられた。


「オレは、冒険者としてのアンタじゃなく、裏の顔のアンタに用があったんだよ」

「………何故?」


 話し始めると、早い。

 ラックは観念したかのように、シガレットの煙と共に言葉を吐き出した。


 とはいえ、裏の顔としてのオレに用があるとは。

 ………嫌な予感がしてならない。


 誰が発端かも分からないままで、息を呑む音が響く。


「アンタは、どうでも良かったのかもしれない。

 というか、きっと眼中にも無かったんだろうな…」

「………だから、何がだ?」

「………忘れたとは言わせねぇよ?

 オレはアンタの顔を、この目でしっかりと見てる」


 昼間も言っていたな。


 思い出したのか。

 それともそれよりも前から気付いていて、揺さぶりをかけて来ていたのか。


 どのみち、彼が記憶しているオレの顔とやらが、本当なのかどうか。


「20年前だ。

 ダドルアード王国で、初めて起きた奴隷の集団解放事件。

 オレは、あの時にその解放された奴隷達の所為で、何もかもを失ったんだ!」


 そう言って、最後は怒鳴り声を散らしたラック。

 静まり返った酒場に、異様に木霊した。


 しかし、


「………は?」


 オレとしては、言葉通り。

 はっ?である。


 申し訳ないけども、オレ全く心当たりがございません。

 そして、それに関して背後でも皆が呆気。


 知っているのか知らないのか、定かでは無い。

 だが、誰もが可笑しいと気付いた筈である。


「…奴隷の解放?

 まさか、あの『マグルデミアの館』の事件を言っているのか?」


 これには、ゲイルが答えた。

 オレは、相変わらず呆然としているだけ。


 ………えっ、何?

 その話、オレは初めて聞くんだけど。


 『マグルデミアの館』ってそもそも何?

 そして、奴隷の集団解放事件って?

 しかも、聞き間違いじゃなかったら、20年前とか言ったよね…?


「ああ、そうだ!

 あの事件で逃げ出した奴隷達が、こぞって貴族家や商家を襲った!」


 ………何だろう?

 話が噛み合わない。


 行儀悪くテーブルに座っていた、隣のジャッキーへと視線を向ける。

 だが、ジャッキーも訳が分からないとばかり。


 なのに、そんなオレを放置して、彼はそのまま吐き散らかしている。


「知ってるか!?

 あの時の奴隷達の中に、過去殺人鬼としても名を馳せたごろつきがうじゃうじゃしてたって!」


「オレは暗殺者だったが、それでも家庭は持ってた!

 そりゃあ、堂々と表立って言える職業じゃ無かったが、それでも両親も妹・弟達もいた!

 潰れかけのおんぼろ商家だったが、それでも幸せに暮らしてたんだよ!」


「なのにッ!!

 アンタが奴隷の解放をした時、オレはそれを防げなかった!

 あの時、『マグルデミア』で護衛をしていたオレの事を、アンタは軽々と飛び越えて奴隷達を解放しちまったんだ!

 おかげで、オレは職を失った!」


「それはまだ良かったさ!

 けど、それで済まなかったのは、オレの家族だった!

 暴徒と化した奴隷達が、こぞって貴族家や商家を襲って、オレの家も犠牲になった!

 おかげで、あの一晩でオレは何もかも失ったんだ!!」


 そう言って、続け様にオレに言葉を叩きつけて来たラック。

 眼には、殺意と共に憎悪すらも滲んでいた。


 だけど。

 だけど、だ。


 20年前の事、言われても仕方ない。

 だって、オレはまだ4歳だった筈だし、この世界にすらいなかったから。


「………オレ、こっちに来たのは、半年前だけど?」

「ああ!?

 言い逃れしようってのか!?」

「い、いや、だから、言い逃れも何も無いんだってば…」


 物凄い剣幕になったラックが、腰掛けていた椅子から立ち上がる。

 しかし、それを制止しようと動いたのは、ゲイル。


「き、貴殿の言っている事は、どう考えても無理な話だ。

 彼は、この世界で産まれ育ったのではなく、異世界から召喚されている」

「だ、だからどうした…!?

 ………って、召喚された?」


 一瞬、腰から短剣を引き抜きかけたラック。

 まだ、短剣のストックがあったのかよ。

 しかし、ゲイルの言葉に、唐突に思考が冷めたようで、


「………待て待て待て。

 アンタ、さっき、なんて言った?」

「だから、オレ、こっちに来たの、半年前だって…」


 なんか、分かってきた。

 これ、多分、かなり厄介な勘違いだと思う。


 人違いと言う、圧倒的な勘違い。


「ちなみに、オレの年齢。

 今、24歳だから、もし20年前にこの世界に存在していたとしても、4歳だからね?」

「…ッ、はぁあッ!?」

「しかも、ゲイルも言ったと思うけど、オレは召喚されて初めてこの世界(・・)に来たの」

「………おいおいおいおいッ」

「んでもって、オレはその『マグルデミアの館』?とか、奴隷の集団解放事件ってのも知らないし、聞いた事が無いんだけど…」


 そう言って、小首を傾げるしか出来ない。

 オレは、存在していない。

 存在していたとしても、4歳のオレはまだまだ無知で無力なただのクソ餓鬼だった。

 根本的に間違っている話。

 ついでに、盛大な勘違いだと、はっきりと分かった瞬間である。


 ………オレ、勘違いでこんな大騒動に付き合わされたの?

 酒場の惨状を見渡して、再三の溜息が漏れた。


 ただ、嘆いてばかりでは話が進まない。


 事情を知っていそうなゲイルへと視線を向けた。

 彼はその視線を受けてから、少々考え込んで。


「オレも15歳で、訓練兵だった頃だから詳しくは知らんのだが…」


 かくかくしかじか、と話し始めるのは事件の概要。


 なんでも、20年前に奴隷関連のちょっとした大問題が起きたんだって。

 ダドルアード王国で初めて起こった奴隷の解放運動。

 それが、ラックの言う『マグルデミアの館』事件のようだ。

 『マグルデミアの館』と言う、奴隷商の本拠地が舞台となっている。

 その解放運動が起きた所為で、他の国でも例を見ない程の奴隷が解放されて、暴徒と化したらしい。

 一部はそのまま、故郷や新天地に逃亡した。

 だが、残りは恨みつらみを抱えたままで、王国全体に牙を向いた。


 貴族家や商家、その他『聖王教会』やらなにやらと、金目の物がありそうな場所は片っ端から襲撃。

 そして、過去例を見ない程の被害を出して、1ヶ月後にやっと鎮静化された事件だったようだ。


 ちなみに、その時はゲイルはまだ15歳。

 オレは4歳。

 しかも、現代の施設での生活だ。

 ………どう考えても、無理な話。


「………じゃあ、おい、あれか?

 まさか、おい、………早とちりだってのかよ…!」

「………だから、言ったじゃない?

 他人の空似じゃないのかって…」


 以前、視線を感じた時に言った事が、実は大当たり。


 オレ、「記憶にございません」って地で言う事になるとは思ってもみなかった。


「な、なんだよ、それ…ッ!

 散々、20年探し回って、やっと見つけたと思ったのに…ッ!!」

「………もしかして、冒険者になったのもその首謀者を探す為だった?」

「ああ、そうだよ!!

 その為に、オレは冒険者になった!

 脚を負傷して引退してからも、ずっと探していた仇だった筈なのに…ッ!!」


 その場で、憔悴を始めたラックは、いっそ無様。

 崩れ落ちて、床を殴っている姿は哀れだった。


 他人の空似で敵意を向けられたオレも堪ったものでは無い。

 とはいえ、これは怒るに怒れないけど。


「………悪かったよ。

 例え、他人の空似とはいえ、仇の顔を見ているのはさぞ苦しかっただろうに…」

「なんで、テメェが謝るんだ!

 これ以上、オレを惨めにするんじゃねぇよ!」


 お角違いとは思えども、謝ってしまった。

 すると、突然顔を上げたラックに、更に怒鳴られた。


 心無しか、顔が赤い。

 羞恥も感じるだろう。

 なんか、こう、本当に可哀想な事をしてしまった気分。


 思わず、オレもその場でしゃがみ込んでしまいそうになった。

 頭を抱えたい。


「………その仇って、実際どんな奴だったの?」


 ただ、思った事。


 もし、その首謀者が生きているのなら、オレ達でも見つけられるかもしれない、と。

 なんでも、オレとそっくりな顔をしているらしいし。

 そう考えると、見つけられる確率はオレ達の方が高いと思う。


 何か出来る事は無いか。

 勘違いで付け狙われそうになっていた事は腹立たしいとしても、元暗殺者同士でのよしみ。

 手伝えることがあるなら、片手間となるだろうが手伝おう。


 そう思った矢先の事。


「銀色の髪をした、女男さ」


 ドキリ、と心臓が鳴った。

 鼻汁垂らして、半べそとなってしまったラックの言葉に。


 ………銀髪だって?


 そんなところまで、オレと同じとか言うのかよ。

 何、そのドッペルゲンガー問題。


「目の色は、どちらかと言うと空に近い青だった。

 アンタの眼は群青だったが、光の加減か何かで見間違えたかと思って…」

「………他には?

 なんか、特徴がある痣があったとか、何か言われたとか…」

「ああ、言われたよ。

 『ゴメン』ってな!

 オレを哀れんだような視線で見下ろしながら、アイツはそう言った!」


 畜生!と再び、地面に拳を叩き付けたラック。

 駄目だ、これ以上は聞き出そうにも、彼が可哀想だ。


 ゲイルも同意見だったか、オレの肩に手を置いて首を振っていた。

 肩に置かれた手は振り払った。

 だから、左側は駄目なんだってば!

 傷付いた顔をされたが、こっちも必死。


 閑話休題それはともかく


「………済まねぇ。

 勝手に頭に血を上らせて…、迷惑掛けたな…」


 迷惑と言うよりは、心労だったがね。


 聞けば、ジャッキーの元パーティメンバーのほとんどが50歳を超えていると言う。

 この世界での平均寿命は、60代。

 焦っていた事もあったのだろう。


 見れば見る程ラックが哀れ。

 弱いもの虐めでもしている気分になって来てしまったので、それ以上を口に出す事は無かったまでも。


 ラックは、鼻を啜りながら立ち上がった。

 左足を引きずりながら、そのまま酒場の入り口へと向かう。


 ゲイルの視線が向けられたが、首を振っておく。

 捕縛は必要ないだろう。


 哀愁漂うその背中に、声を掛ける。


「………大丈夫か?」

「………ジャッキーも言ってただろうが。

 あんまり、大人を舐めて掛かるもんじゃねぇ」


 言われてその通り。

 ここまで派手な戦闘が出来たのだから、当然の事。

 頭を掻いて、視線を逸らした。


 ラックはそのまま、酒場の扉から消えた。

 憔悴して、馬鹿をやらない事だけを祈るしか出来ない。


「………オレも、お暇して良いか?」

「ああ、良いよ。

 巻き込んで、悪かった」

「………ラックから言われるならまだしも、お前から言われるのは違うだろう?」


 こちらからも、辛辣な一言をいただいた。

 これまた、頭を掻いた。


「………追い詰める必要がどこにあった?

 テメェの立場は分かるが、やり過ぎるとそのうち周りが敵になるだけだぞ」


 嫌味を零され、黙り込む。

 目には、侮蔑が浮いていた。


 ………ラックにもスレイブにも、結局嫌われたな。

 どうして、こうなってしまったんだろう?


尾行け回したラックも問題があるだろうよ?」

「それでも、だ。

 味方になるのは構わんが、もう少しお前も元パーティーメンバーを労わってやれよ」


 「オレ達は、長くはねぇんだ」と、言って。

 スレイブも、そのまま酒場の扉から出て行った。


 残されたお互いに、顔を見合わせる。

 それから、深い溜め息。


 心無しか、揃って全員が疲れた表情をしていた。

 悪いのは、誰か?

 そんなこと、言い出せないくらい、薄暗い雰囲気の中。


 少々、気持ちが萎んだまま、何とも言えない虚無感だけが残されてしまったな。



***



 一件終わってから、オレ達も酒場を出る。

 荒らしまわった酒場の弁償代金はカウンターに置いてきたので、後は騎士団に事後処理を任せるだけ。


 ここまでの大捕り物になったのに、空振りと言う結末。

 ラックの勘違いが発端とはいえ、一件落着には程遠い。

 爽快な気分にはなれそうに無い。

 胸が痛い。

 ついでに、懐も痛い。

 これぞ、骨折り損のくたびれ儲け。


「………では、オレも一度、詰所に行くことにしよう。

 馬鹿が騒いでいないか心配だ」

「頼むよ、ゲイル。

 絞っちゃって?」

「ああ」


 ここで、ゲイルも離脱だ。

 言葉通りに、詰所に戻ってから、王城へと連行手続きを取るのだろう。


 勿論、例のガイウス達と、その取り巻き連中の。

 『カナビス』吸ってたから、楽にしょっ引けたのが良かった。

 ただ、それ以外で暴れようとするなら、ゲイル以外に制圧が出来ない。

 やはり、SSランクは伊達では無いからな。


 実を言うと、ガイウス達を捕縛したのは、成り行きじゃない。


 監視していた視線の事だ。

 1人は、ラックで間違いなかった。

 彼も、白状してからは、否定をしなかったからな。


 だが、オレ達を見ていた視線は、複数だ。

 その中に、紛れ込んでいた視線に関し、ガイウス達が関係している。


 例のガイウスのパーティーメンバーのシーフと、魔術師だ。

 ガイウス達がいたかどうかは、不明。

 だが、おそらく魔力から見て、彼等がオレ達を監視していたのは間違いない。

 おそらく、ラピスの魔法陣に干渉したのも、魔術師の方。


 尤もらしい理由を付けて、しょっ引いたのはこれが理由だ。


 何故、オレ達を監視していたのか。

 それは、ガイウスがオレに対して、個人的に恨みを持っているから。

 ローガンの件だ。

 きっと、何かしら粗を探そうとしている。

 実際、オレ達の今までの功績やら話を、聞きまわっていると言う情報も入って来ているからな。

 ハルからの情報だ。

 夕方頃に気になる事と言っていたのが、この件だった訳。


 それこそ、娼婦や酒場関連。

 もっと言うなら、取り巻きと化していた冒険者達から聞き取りをしていた様だ。


 ゲイルには、このまま彼等の尋問に参加して貰う。

 明日には、あらかたの情報が手に入るだろう。

 そして、ガイウス達は『カナビスの葉』の件で、しばらくは拘留されたままとなる。

 期間にして、大体2週間強。

 本当はもっと拘束期間があるのだから、初犯と言う事でそれ以上拘束をする事が出来ないとの事だ。

 その間に、オレ達は巡礼の為にダドルアード王国を出れる。

 顔を合わせる事は今後二度と無いだろう。

 そうである事を祈るまでだ。


「………じゃあ、オレ達も帰ろうか」

「そうじゃな」

「お前も、早めに休んだ方が良い」


 そうそう、オレも早く休みたいの。

 色々あったから。

 『天龍族』の居城から戻って来たばかりなのに、問題ばかりが起こってバタバタしていたからな。

 正直、ソフィア達の件でも、限界だったし。


 オレの言葉に、ラピス達が同意してくれる。

 これ以上、酒を飲む気にならないと言うのもあるし。


 ジャッキーも同じ気分なのか、頷いてくれた。

 良かった、酒呑童子に連行とかされなくて。


「んじゃ、オレ達も戻るかねぇ」

「じゃあな、優男」

「ああ、悪いな、ヴァルトにハル。

 じゃあ、また明日」

「あいよ」

「ああ」


 ゲイルともども、ヴァルトとハルも離脱だ。

 揃って、王城方面にある詰所に戻る背中を見送って、オレ達も踵を返した。


 そこで、


「………あ」


 砂利の擦れる音と、靴音に気付く。

 視線を上げると、そこには、フード姿の男が立っていた。


 先に、酒場にいた『天龍族』の男だ。

 ガイウス達を覇気で黙らせてくれた、巻き込まれた客。


 口元には、笑みが浮いている。

 敵意も感じられない。


「先には、助けて貰い感謝する。

 ついでに、驕って貰ったようで、済まないな」


 これまた、律儀な事。

 再三の礼の言葉に、思わず目を丸めてしまった。


「………いや、こちらこそ邪魔して悪かった」

「なんの。

 ただ、手慰みに酒を傾けていただけで、有意義な時間では無かった」


 「なにせ、あの冒険者どもが五月蝿かったしな」と、肩を竦めて見せる。

 今まで会ってきた誰よりも、随分とユニークな『天龍族』だと思う。


 警戒は辞めないまでも、肩の力を少しばかり抜く。

 ふと、


「ただ、つかぬ事を聞きたいのだが?」

「………何?」


 問いかけて来た彼。

 しばし考え込んだと同時に、彼はフードを下ろした。


「………この目の色に、見覚えは?」


 そう言った彼の目は、赤かった。


 息を呑む。

 それと同時に、背後で間宮がごくりと喉を鳴らしていた。


「やはり、見覚えがあるのか。

 そうか、良かった」


 安心した様に、微笑む彼。


 赤い目と言われて、思い出すのは例の少女だった。


 ただし、オレ達が釘付けにされたのは、その眼の色だけでは無い。

 そっくりなのだ。

 オレと間宮だけが知っているだろう、現代での元締めである会長に。


 白い髪に、端正な顔。

 柔和に見えて、その実釣り目勝ちの冷たい視線。

 何よりも、口元に浮かべた軽薄な笑み。

 目と口がマッチしていない、ちぐはぐながらも完成された、その表情は瓜二つだった。


 そして、


「少しばかり付き合って貰いたいと思うのだが、よろしいか?」


 男に、告げられた言葉。

 その微笑みとは裏腹に、口調は随分と強か。


 否やは告げられなかった。

 どうやら、まだまだオレのハードな1日は終わらなかったらしい。



***


現れたのは、赤い目をした『天龍族』。


色素の塩素配列に喧嘩売っている世界なので、白髪に赤目もありでしょう。

勿論、眼が悪いとか肌が弱いとかもありません。


そして、相変わらず現代の人間とリンクする様な面々が登場するとか言うぶっ飛び具合。

ただし、本人ではなく。


彼もまた、今後のキーマンとなります。

最近、新しいキャラが出過ぎてごちゃごちゃになってますけど、ご了承くださいませ。



誤字脱字乱文等失礼致します。


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