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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、贋作編
166/179

158時間目 「課外授業~彼女達の気持ち~」2 ※暴力表現注意

2017年4月28日初投稿。


続編を投稿させていただきます。

こじれた関係を修復させる為のお話しとなっています。

女難の相が相変わらずのアサシン・ティーチャーですが、今回頑張ったり活躍したりするのは、彼ではありません。


158話目です。

※タイトル通りに、ちょっとした暴力表現を含みます。


***



 オレ達の横をすり抜けて、駆け出したソフィア。


『ソフィア!?』

「待て、ソフィア!」


 彼女はオレ達の制止の声を振り切って、校舎から飛び出してしまう。

 振り向いたと同時。

 彼女の背中は雨霧の中に消えそうになっていた。


 いつの間にか、外は雨が降り出していた。

 雷の音も、不機嫌そうな唸り声を響かせている。


 追いかけようと、踵を返す。

 少々出遅れたまでも、彼女の脚力を考えればオレならすぐに追いつけるだろう。


 そう思っていた、その矢先。


「………銀次、待って…ッ!!」

「ーーーッ!?」


 横合いから、飛び付かれ思わず踏鞴を踏んだ。

 エマだった。


 オレの左腕に継がる様にして飛びついた彼女が、オレを止めた。


「嫌だよ…ッ、銀次!

 やっぱり、ウチだって、我慢できない…ッ!」

「こ、こらッ、そんなこと言っている場合か、エマッ!」

「だって、好きなんだもん!

 ソフィアの事、追いかけるなんて、やだぁ…ッ!」

「お、お前等は…ッ!」


 どうして、オレの事となると、こうも見境が無くなるのか。


 しかも、彼女はオレの左腕に、縋り付いてしまっている。

 鳥肌どころか、全身に震えが走る。


 これは、不味い。


 エマを振り払ったとしても、走れるかが不安だ。

 追いかけられなければ、ソフィアを見失ってしまう。


 開きっぱなしの玄関扉から、本格的に雨の音が聞こえ始めた。

 通り雨か、もしくはゲリラ豪雨。

 このままでは、匂いで追う事も難しくなってしまうだろう。


「間宮、行け!」

「(はいっ!)」


 すかさず、オレの代わりに間宮を向かわせようとする。

 しかし、


「駄目よ、間宮!」

「∑…ッ!?」


 これを、止めたのもまだ、女子組の1人だった。

 シャルだ。

 彼女は、怒りの形相のままで、間宮の腕にしがみ付いていた。


 何故、止めた?


「………1人してあげなさいッ!

 す、すすす好きな人に振り向いて貰えないって気持ち、………あたしだって分かるんだから…ッ!」

「…だが、そんなことを言っていて、何かあったら…!」

「訓練の指導をしたのは、アンタでしょ!?

 そこらへんの馬鹿で、あの子をどうこう出来る!?」

「そ、それはそうだが…ッ!」


 確かにそうだ。

 武器選定の件で、オレもしっかりと確認したばかりである。


 しかし、それ以外はどうか。

 不特定多数の脅威は残っている。

 それこそ、昼間の視線等についても、未だに未知数な脅威があったばかりだ。


 シャルの言い分が分からない訳では無い。

 そして、シャル自身も無意識ではあろうが、好きな男に他の女を追いかけて欲しくないと言う気持ちもあるのだろう。

 だからこそ、間宮を止めた。


 生徒達にはまだ確定事項が無い為、言えない事が歯痒いか。

 オレ達が動けないとなれば、仕方ない。


「ゲイル!」


 間宮以外で頼りになると言えば、親友兼下僕の彼だ。

 そう思って、声を掛けたと言うのに、


「済まん、行けん」

「はぁあ!?」


 振り返った先には、捕獲されたゲイルがいた。

 正確には、ローガンにハルバートを向けられて身動きが出来なくなっていた彼がいた。


「………あたしも、一度は飛び出したことがあるから、気持ちは痛い程分かる」

「だから、今はそんなこと言っている場合じゃ…ッ!!」

「お前が悪い訳では無い。

 それは、分かっている」


 それにしては、随分と怒りの形相ですけど?


「だが、今はソフィアの事も1人にしてやった方が良い。

 気持ちの整理が付かないままで戻って来たとしても、同じことを繰り返すだけだ」


 そう言って、ラピスを見たローガン。

 ラピスもまた、同じように頷いていた。


 彼女もまた、怒りの面持ちながら、


「お主が行っては、逆効果じゃ。

 エマの事もあるし、お主はそこで待機しておれ」


 そう言って、彼女達は溜息混じり。

 大方、またオレを浮気者だの、女たらしだのと内心で罵詈雑言のたまっているのだろう。


 ………否定が出来ん。


 だが、そこで、


「ああっ、もうッ!!

 聞いてらんない!!」

「………ッ、浅沼…ッ!?」


 飛び出したのは、浅沼だった。

 今まで固唾を呑んで、見守っていた生徒の1人。


 永曽根も香神も動けなかった先で、彼だけが駆け出した。


「いくら強いからって、女の子だよッ!

 ソフィアだって、女子高生なんだから、何かあったら大変なのになんで放っておけるんだよ…ッ!」


 玄関を抜けるまでに、そう矢継ぎ早に怒声を放って彼も玄関から飛び出した。

 ざぁざぁ、と雨が降りしきっている中。

 彼女が消えただろう方角に向けて、ダッシュをした彼の気配が見る見るうちに遠ざかっていく。


 浅沼の言葉も最もだった。

 正論だ。


 シャルが、思わずと言った様子で、間宮の腕を放した。

 ラピスやローガンも、先とはうって変わって罰が悪そうに顔を見合わせている。


 やっとこさ、ローガンのハルバートの矛先から解放されたゲイルが溜息半分に、


「騎士団を捜索に当たらせる。

 とりあえずは、お前も落ち着くまで、ここで大人しくしていてくれ…」


 誰をとは言わないまでも、嫌でも分かる。


 エマが縋り付いたままで、泣きじゃくっている。

 そして、斯く言うオレも、真っ青な顔をしている事だろう。

 脚が震えている。


 エマが縋り付いた左腕の感覚は無いにしても、それを脳で自覚している時点で既にオレの精神が限界に近い。


 落ち着く為に、溜息混じりに深呼吸。


 そこから、震えながらも頭上を見上げた。

 コンコン、と返って来たノックの音は、屋根裏に潜んでいたハルだ。

 気配が消えた。


 こんな事に駆り出して申し訳ないが、背に腹は代えられない。

 ソフィアと浅沼の追跡は、騎士団と彼に任せるしかない。


 安堵は程遠いまでも、一呼吸を置いて座り込んだ。

 先にも言ったが、オレも限界だ。

 まだ、パニックのままに振り払わないだけ、マシと思って欲しい。


「………頼むから、困らせないでくれと言っただろうが…」

「ひっく…グスッ、………ううっ」


 情けない声が、口を付いた。

 言っている言葉は、最低だ。

 まさに下衆の極み。

 女性関連でいつか罰が当たると、自他共に言われていたのが現実になった訳だ。


 そんなオレの言葉に、エマはしゃくりあげる声しか返さない。

 縋り付く腕の力が強くなっただけだった。


 開け放たれたままの玄関先は、既に土砂降りだった。

 こりゃ、春嵐だったか。


 座り込んだままのオレの耳に届く、地面を叩く雨音が煩わしかった。



***



 どこをどう走ったのかなんて、もう覚えていない。

 校舎を飛び出して、どこに行くのか。

 宛なんて、どこにも無い。


 けど、あのまま、校舎に居続ける事は出来ない。


 先生がいる。

 エマがいる。


 こんなに悔しい思いをしているのは、久しぶり。

 だって、あたしには、誰も愛してくれる人も、あたし自身を見てくれる人もいなかったんだから。


 雨音が、煩わしい。

 濡れた髪や、服が鬱陶しい。

 何よりも、あたし自身のぐちゃぐちゃな内心が、腹立たしい。


 走り抜けた先で、とうとう足を止めた。

 どれだけ走ったのか。

 十分、数十分、それ以上。

 体感だから、本来の時間が分かる筈もない。


 誰かが追いかけていたけど、途中でその声も遠くなった。

 銀次先生では無かったことが悲しかった。

 だから、振り切ってしまった。


 走るのは辞めても、歩くのは辞めなかった。

 少しでも、校舎から離れたいと思ったからだ。


 来た事が無い通りの、路地の様な場所。

 暗がりの中、壁によし掛かって、しゃがみ込む。


 途端に強くなった雨が、あたしの全身を濡らした。


 なんでこんなことになったの?


「………狡いよぉ…ッ」


 絞り出すように、咽び泣く。

 喉が痛い。

 目が熱い。

 雨がその熱を冷ましてくれそうだと、頭上を仰いだ。


 だが、より一層、自分を惨めにしただけだった。


「………なんで、誰もあたしの事、見てくれないの…?」


 いつもいつも、あたしはエマの次だ。

 彼女だって知らないだろうけど、あたしは両親にもその他にも蔑ろにされて来た。


「………こんな事なら、双子でなんて産まれたくなかったのに…ッ」


 新しく湧き上がった涙が、頬を伝う。

 雨と混じって、判別はすぐに付かなくなった。



***



 あたし達が産まれたのは、秋頃だった。

 双子として。

 あたしが後から産まれたからお姉ちゃん。


 ソフィアと、名付けられた。

 妹は、エマと名付けられた。


 母は、外交官をしていた。

 父も同じくアメリカ大使館の責任者とかで、知り合ったのも公式の場だったそうだ。

 国際結婚で、ハーフとしてあたし達が産まれた。


 金色の髪と碧眼。

 母の遺伝子が色濃く、日本で暮らす事になると、好奇の視線の的だった。

 

 可愛いとちやほやされた。

 両親もそれなりの地位にいたから、そこでもちやほや。


 そのうち、あたし達は、調子に乗っていた。

 あたしは表向きは、猫を被った良い子ちゃんで、本来ならすぼらな性格だったのだ。

 妹も性格はほとんど同じだったけど、本心を隠すことなくずけずけと言葉を発するところは違った。


 性格が、極端に違った。

 なのに、姿かたちどころか、双子特有のシンクロも多かった。

 だから、両親は気付いていなかった。

 双子特有の、格差に。


 あたしは、良い子ちゃんだったから、手が掛からない。

 その代わり、エマは怒られてばかりで、手が掛かる。


 もっぱら、両親が話題にするのは、エマの事。

 あたしのことは、放ったらかし。

 きっと、両親にもそんな自覚は無かったのだろうけど、子ども心に寂しかった。


 良い子ちゃんを辞めればよかった。

 今にして思えばそう思えたのに、何故かあたしはエマよりも優位に立とうと、猫を被るのは止めようとはしなかった。


 あたし達がそれなりに大きくなると、母は仕事に戻った。

 父も忙しいから、あたし達にはベビーシッターが付き、両親との時間も極端に減った。

 仕方ない、と言われても悲しかった。


 エマは気にした様子も無かったけど。

 彼女からしてみれば、口煩く咎める相手がいなくなって清々した事だろう。

 けど、あたしにとっては、甘える相手がいなくなったも同義だった。


 小学校・中学校と、14年間。

 そんな寂しい気持ちを抱えながら暮らしていた。

 エマも気付いていないと言うか、その頃は何故かあたし達も疎遠だった。


 多分、先にも言っていた性格の不一致。

 良い子ちゃんの私と、唯我独尊の我儘放題のエマ。

 子どもの頃は、あたしは女の子とよく遊んでいたし、エマは男の子と遊んでいた。

 正直、羨ましいとは思っていたが、なんだかそれを言うとあたしのイメージが崩れそうだったから我慢した。


 けど、中学生の最後の年。

 あたしは初めて、卒業する先輩から告白された。


 舞い上がった。

 顔もそこそこ良かったし、性格も明るくて優しかった。

 そして、なによりも、エマとは違う自分を見てくれたことが、嬉しくて。


 速攻でOKをして、付き合い始めた。

 学校は違うけど、学校の通り道は同じと言う事で、行き帰りに一緒になって。

 休みの日には、たまに高校に連れてってもらってクラブ活動を見学させて貰ったり。


 楽しかった。

 なによりも、エマが出来ない事を自分がしていると考えるだけで、優越感に浸れたのだ。


 なのに、


「はぁ!?

 ○○先輩と付き合ってるって……!?

 辞めなよ、馬鹿!

 アイツ、女泣かせで有名な浮気男なんだよッ!?」


 エマに知られた途端、彼女はまるで烈火の如く怒り出した。

 それどころか、先輩の嫌なところばかりをあげつらって、付き合っている事自体に難癖をつけて来た。


 言い返しても、彼女は別れろとしか言わない。

 そこまであたしを先輩から引き離そうとしたのかは、全く分からなかった。


 本格的な姉妹喧嘩をしたのは、この時が初めてだった。

 しばらくは、口を利かなかった。

 覚えている。

 エマはそれでも、謝る事はせずに、あたしに五月蝿く別れろと迫って来ていた。


 途中で気付いたけど、エマもあの先輩の事が好きだったんだと思う。

 だから、別れろと迫っていた。

 悔しかったから絶対に分かれてやるもんかと、意固地になっていた。


 ある時、その先輩が別の女の子と、街中を歩いているのを見かけるまでは。


 まだエマと喧嘩中だったから、彼女はいなくて。

 ベビーシッターさんと買い物に出ていた時だった。


 エマの言う通りだった。

 彼は、その子と当たり前の様に手を繋いだり、人前も憚らずにキスをしていたり、挙句の果てにはそう言った事を目的としたホテルに入って行った。

 本当に、浮気男だったのだ。

 ショックだった。

 見た目が良い女侍らせて、優位に立ちたいだけだったのだと。

 その先輩の、本性を見抜いていたのだと呆気なく認めて、あたしを馬鹿にして。


 後日、もう一度会ってみて、はっきりと分かった。

 彼は、やはりあたしの体目当てだった。

 見ている箇所が、顔だけでは無く、胸やお尻と、随分とダイレクトになっていたからだ。


 恐怖心を覚えた。

 それに、その時から、モーションが激しくなっていた。

 あたしを、自宅やホテルに誘うのだ。


 耐え切れなくなった。

 あたしは別れ話を切り出した。

 それとなく、理由を付けて、それとなく別れようと思って。


 エマに言われたからではない。

 浮気性な男は、嫌だったからだ。


 自分だけを見てくれていると思っていたのに。


 しかし、その男は、クズだった。


「うん、良いよ、別れよう。

 正直、ソフィアよりも、エマの方が好みだったしさぁ」


 愕然とした。

 今まで良い子ちゃんを演じて、彼と一緒に過ごして来た日々が、砕け散るようにして遥か彼方に通り過ぎて行ったのが分かった。


 エマの方が、好み?

 だったら、私は、何だったの?

 あの子の代わりだったの?


 胸が張り裂けそうだった。

 何も言えないまま、家に帰ってそのまま泣いた。


 エマが声を掛けてくれたけど、この時はあの子と顔を合わせるのも嫌だった。

 だから、無視をした。


 1週間ぐらいは、そのまま引きこもっていたっけ。

 結局、立ち直ってからは、清々したと感じる部分も多かった。


 付き合いが悪くなった女友達からは、揶揄われたり茶化されたりもしたけど。

 それでも、笑って相対する事は出来た。


 きっと、運命の人じゃ無かった。

 だから、これでよかったのだと、言い聞かせて。


 次に付き合ったのは、近所にあったコンビニの店員さんで、エマもあたしも顔見知りだった。


 これまた、顔が良かった。

 格好良かったのもあるし、何よりも優しそうな目元が良かった。

 ずっと好きだった、と言われたのもある。

 大学生と聞いていて、この人なら一途に自分の事を愛してくれるんじゃないかと思っていた。


 なのに、またエマが邪魔をした。

 いや、実際には、邪魔とかじゃなく、正論を言っていただけだと今更になって思う。


「また、おんなじこと繰り返したいの!?

 アイツ、あたしにも告って来た、金髪好きの変態野郎なのに…ッ!」


 やはり、あたしはエマの代わりだった。

 正直、どうしていい子ちゃんのあたしよりも、エマの方がモテるのか分かって無かったけど。


 でも、エマも気付いていないだけで、周りはあたしよりもエマの事を見ていた。

 派手な遊びを好んでいたエマの方が、男子からは好かれていた。


 ここでも、双子としての格差を感じ取った。

 蔑ろにされる。

 自分と同じ顔をした、妹の所為で。


 エマも、この時のコンビニのお兄さんの事が好きだったと、後から聞いた。

 だけど、やはり体が目当てだと分かってからは、相手にしなくなったとも言っていた。


 その通りだったのに。

 あたしは、またそう言う局面になって、初めて理解した。


 ベッドに連れ込まれて、押し倒されて。

 キスもまだだったのに、いきなり事に及ばれそうになって。


 しかも、そのお兄さんからは、


「………誰でも良いから、愛して欲しいって顔に書いてあるよ?」


 そう言われて、馬鹿にしたように嗤われた。


 こんな愛し方なんて、いらなかったのに。


 我武者羅に逃げ出して、結局、彼とも別れた。

 また、エマの言った通り、あたしは悪い男に引っかかって同じように繰り返しただけだった。


 エマは、周りを良く見ているようだ。 

 あたしは、上辺しか見ていなかった。

 だけど、その時にはまだ、その事すらもあたしは理解出来ていなかった。


 双子の存在が、煩わしい。

 だけど、エマはそれほどあたしを邪険にはしていなかった。

 だから、以前の恋人関係の事を揶揄しては、様子を見に来てくれていた。


 今にして思えば、彼女の方が大人だったのだ。

 だけど、やはりこの時のあたしは、そんなことよりも自身の優位性を優先した。


 次に付き合ったのは、小・中と一緒だった幼馴染のクラスの男子生徒。

 これまた、エマとタイプが重なって、一時だけは取り合いになった。


 家に帰っても、喧嘩する。

 学校にいても口を利かずに、お互いの存在を無視して彼にアピールしていた。


 だけど、ある時から、ぱったりとエマのアピールが止まった。

 何故かと思って、珍しく自分から聞いてみた。


「アイツ、親が地方の議員とか言って、女の子集めて乱交パーティやってたんだってパパが言ってた。

 その時に妊娠させた子もいるのに、親に頼んで握り潰して貰ったって…」

「………また、アンタはそうやって…ッ!」


 そうして、彼女はまたしても、あたしを馬鹿にしたのだ。


「本当の事じゃん!

 だからあたしは、あんなのいらない!

 ソフィアが欲しいなら自由にしたらいいでしょ!?

 もう、前みたいなことになっても、あたしは知らないからね!」


 この時から、姉妹としての関係は悪化した。

 学校にいても家に帰っても、口を利く事も無くなった。


 この時から、あたしは良い子ちゃんでいる事にも苦痛を感じ始めていた。

 結局、体目当ての男ばかりが寄って来る。

 エマを目的とした、馬鹿な男達が群がって来てあたしを踏み台にしていくのだ、と。


 実際、エマに告白したけどフラれたから、という理由であたしに告白して来た男子もいた。

 馬鹿だと思った。

 返事はせずに、逃げ出した。

 

 爆発寸前だった。

 どうして、あたしは双子に産まれてしまったのか。

 あんな我がまま放題の妹を持ってしまったのか。


 そして、周りはどうしてこんな風に、あたしを騙す為に近寄って来るのか。


 もう、何もかもが嫌になっていた。


 高校入学前の試験で、余計に切羽詰まっていたのもある。

 塾や習い事も忙しかった。

 なのに、エマは遊び呆けてばかり。

 あたしが何でここまで頑張らなければいけないのか、分からなかった。


 不満が爆発した時には、歯止めが利かなかった。

 良い子ちゃんを辞めて、エマの振りをして夜の街に出かけた。


 あたしの知らない世界が広がっていた。

 ネオンの灯りの中で、サラリーマンも、ギャルも、ヤンキーも、普通の大学生に見える人達まで。

 揃いも揃って騒いで、活気に溢れていて。

 騒がしい世界。

 だけど、あたしにとっては、新世界。

 この時ばかりは、夢中になって遊んだ。

 のめり込んで、度々エマが家にいる日を狙って、こっそり外出するようになっていた。


 ナンパを受けた男性と、カラオケに行ったり。

 エマの知り合いに声を掛けられても、エマのフリをしたままで彼女達の遊びに付き合ったり。

 名前なんていらなかった。

 皆、誰が誰かなんて、全く気にせずに遊んでいたから。

 馬鹿ばかりだった。

 けど、その馬鹿が集まっているからこそ、面白いこともあるのだと初めて分かった。


 それが、まさかあんな馬鹿を呼び寄せるなんて、分かっていなかったけども。


 何日か遊んだある日の事。

 そろそろ、お開きと言う雰囲気のなかで、近寄って来た女。

 元ベビーシッター。

 辞めた理由は知らなかったけど、解雇されていたのは知っていた。


 そんな彼女があたしに近付いて来て、言うのだ。


「エマちゃん、この辺りでよく遊んでいるよね!」


 と。

 エマのフリをしているのだから当たり前だ。

 当然、彼女もあたしがソフィアだとは気付いていない。

 またそれが、悔しかったのだ。


 この女も、やはり自分の事よりも、エマの事を見ていた1人だったから。


 だが、その女は更に続けた。


 遊びたいなら、もっと稼げる方法がある。

 男の隣に座って、お酒を注いで、ちょっとおしゃべりをするだけだ、と。

 何度も勧誘しているとも聞いた。


 周りのエマの取り巻きが、騒ぎ出す。

 胡散臭いとか言うのかと思ったら、あたしもやりてぇとか、その話あたし達は乗れんの?とか。

 なんだか、当たり前の様な会話だった。


 こう言った遊びもあるのか、とあたしは乗り気になってしまった。

 今にして思えば、馬鹿だった。

 けど、エマがこう言った遊びを知っているのに、あたしだけが知らない。

 それがもっと悔しかった。


 乗ってしまった。

 その元ベビーシッターの口車に乗って、お店に脚を伸ばしてしまった。

 違法売春の斡旋をしている、お店だった。

 そんなこと後から聞いたのだ。


 取り巻き達も一緒だった。

 だから、きっと何かあっても助けてくれると思っていた。

 その助けが及ばない、警察の手が入るとは思っても見ずに。


 丁度、その日にガサ入れがあったらしい。

 年齢を尋ねられて、呆気なく補導された。

 騙されたのだと気付いても、後の祭りだ。


 警察で、口添えを頼まれた時には、ふざけるなとしか思わなかった。

 誰の所為で、こうなったと思っているのか。


「アンタなんか知らない!

 あたし達の知らないところでくたばれよ!」


 そう、言ってしまった。


 元々、我慢の限界も近かった。

 爆発した感情の所為で、こんな夜遊びを続けていたのだから。


 そもそも、あたしはエマとは違う。

 だから、こんな女とは何も関係ないと、警察に全てをリークして売った。


 家に帰ってからすぐに、父親に泣きついた。

 全てを打ち明けた。

 夜遊びしていた事も、その所為で補導された事も。

 ましてや、元々の発端がエマである事も、全て白状した。


 補導された件が、学校に伝わると進路に影響する。

 だから、誠心誠意謝って、父さんに握り潰して貰う事にしたのだ。

 父親がどこかに電話を掛けている間、あたしはこれでもう大丈夫だと思っていた。


 そして、エマの事を怒鳴り散らした。

 こんなことになったのは、元々エマが遊び歩いていたからだ。

 あの性悪の元ベビーシッターの勧誘に引っかかったのもその所為だ、と。


 今にして思えば、あたしが悪いのに。

 なのに、あたしは許せなくてエマを怒鳴り散らした。


 顔を合わさなくなった。

 エマも居づらくなったのか、家にも帰らなくなったのが数ヶ月。


 それがいけなかった。

 また、あたし達は、間違った。


 元ベビーシッターは、諦めていなかったらしい。

 証拠不十分で、罪には問われていない事を知ったのも後になってから。

 大丈夫なんかじゃ無かった。


 元はあたしがエマに化けた事が発端だったのに、あたしでは無くそのままエマを標的にしてしまった。

 結局、エマは元ベビーシッターに集められた男達に暴行された。

 大怪我して、更には妊娠することになって、病院で泣いている彼女を見た時に、やっと事の大きさを理解した。


 自業自得なんて、言えない。

 あたしの言葉やリークが発端で、報復を受けたのだから。

 あたしが悪かったのに、エマがその代償を払う事になった。


 父さんと母さんに泣きついた時、あたしも一緒に頼んだ。

 怒られた。

 エマともども、あたしも一緒に怒られた。


 それが報いだ。

 当然だと思っていた。


 ベビーシッターの女の件は、秘密裏に処理された。

 父さんと母さんの絶好のスキャンダルになる。

 だから、父さんの伝もあった暴力団か地下組織の力を使って、色々な証拠を握りつぶして終わりにした。

 言伝に、あの女が死んだ事も知らされた。

 その女の知り合いの男達も無残な死体になって発見され、テレビのニュースによってあたし達が知ることになった。


 全てが終わった時、あたし達はもう子どもとしては扱われなくなっていた。


 エマも中絶をすることになって、ますます両親の目が冷たくなって。

 とんだ、ゴシップだ。

 父さんも母さんもあたし達の事を嘆いていた。


 両親も、もう味方じゃない。

 そう思ったのは、この事件があってからエマが退院して来てから。


 彼女が帰って来ても、丁度帰国していた両親は喧嘩ばかりしていた。

 エマの事も、あたしの事も見ようとしなかった。

 ただただ、お互いの責任を押し付け合って、自分達を守るようにしているだけだ。


 だから、決めた。

 あたしが、エマの味方になるのだと。

 

 元々、あの子があたしの身代わりになってしまった事が、原因だ。

 あたしの所為だ。


 泣いた。

 エマだって辛いだろうに。

 一緒になって、泣いた。


 もう誰も守ってくれない。

 ならば、自分達で身を守るしかない。

 あたし達は、お互いを守るようになった。


 だけど、もっと大変な事があった。


 学校では、既に噂になっていた。

 握り潰した筈なのに、全てを知られていた。

 それが、元ベビーシッターの最後の悪足掻きだったと知っても、後の祭りだったけど。


 高校入学前のゴシップ。

 当時、まだ中学生なのに、エマが中絶している。

 あたしも、違法売春の店にいた。

 あたし達2人は揃って○ッチと呼ばれる。

 とんだ不名誉だし、業腹だった。

 どんなに否定したとしても、噂なんて消す事は出来ない。


 しかし、それを両親に泣き付いたところで、結局2人は助けてくれなかった。


 イジメにもあった。

 クラスの男子どころか、学校中の男子から身体目当てに言い寄られるようになった。

 おかげで、女友達もいなくなった。


 そして、イジメはエスカレートして、二度目のスキャンダルが起きた。

 あたしが、校舎裏に呼び出されて、暴行された。

 裸に剥かれて、写真を撮られた。

 男子からも女子からも、笑いものにされて、後日学校のSNSに写真がアップされていた。


 あたし達は、学校中の笑いものになっていた。


 教師も助けてくれない。

 どの先生も、冷たい目をしていたばかりか、言い寄って来た馬鹿もいた。

 上辺だけの言葉ばかりで、体を目当てに近寄って来るだけ。

 保護者会に連絡しようとした。

 けど、報復が怖くて、結局出来なかった。


 また、エマの様な事があったら、困るから。

 今度はあたしかもしれないと、怖かったのもある。


 いざ何か面倒な事が起きれば、すぐにあたし達を見捨てた教師達にだって味方じゃない。

 そんなもの、最初からいらない。

 最初から、あたし達以外に味方なんていない。


 あたし達は、学校に行かなくなった。


 それすらも、両親は怒った。

 嘆いて、あたし達を罵倒した。


 その数週間後には、両親が離婚した。

 元々、限界だったんだって。

 両親の愛が冷め切っていたのは知っていたけど、こうして目に見える形で現実が変わってしまった。

 更には、その理由があたし達の所為だとも、父さんからは言われた。


 それでも、見捨てられなかっただけマシだと思っている。

 あたし達は、苦肉の策として転校させられた。

 エマは、それでも学校には行けなかった。

 あたしは、少しだけ行ってはみたけど、それでも見た目や容姿の所為で、何かと絡まれたり揶揄われたりして、結局あたしも行かなくなった。


 そんな時だ。

 父さんが、全寮制のこの夜間学校を勧めて来た。

 普通の学校ではないけれど、卒業さえ出来ればかなりの大学や就職先の斡旋枠が確保出来るとの事だった。


 実際には、父さんの知り合いが立ち上げに協賛している組合の人だったようだ。

 その伝手で、あたし達にも話が回って来た。

 まぁ、その件に関しては、後からクラスメートとなった榊原が教えてくれたんだけど。


 行くしかない。

 最後の機会チャンスだと思った。


 その時に、あたし達はルールを設けた。

 双子の姉妹としての、ルール。

 そして、お互いを守る為の、処世術だ。


 あたしは、ギャルのように制服を着崩す事を決めた。

 限界まで肌を露出したり、趣味じゃない柄のシュシュや髪留めを使って、精一杯男性へアピールする。

 その実、エマに視線が行かない様にする為。


 その代わり、エマは制服も髪型も地味にまとめ、伊達眼鏡まで掛けて野暮ったさを演出する。

 ただ、口調は元のままだ。

 彼女は、あたしを守る為に、がさつで口汚く、態度も横柄になった。


 傍から見れば、ちぐはぐだろう。

 でも、あたし達はそれで良かった。

 正反対の格好に、正反対の性格。

 それで、この夜間学校での3年間を乗り切るのだと、決めていた。


 周りから奇異な視線を向けられても、それで良いと思っていた。


 そして、あたし達は、お互いの事以外を信頼しないと決めていた。

 教師だって生徒だって、どの学校でも一緒。

 あたし達の容姿や体を目当てに近寄って来るだけの、猿みたいな人間達は信用しない。


 そう、思い込もうとしていた。


「えーっと…?

 どっちが、ソフィアでどっちがエマだ?」


 だけど、彼は違った。


 二者面談(※あたし達の場合は、三者面談だった)の時に、初めて会った銀次先生。


 黒髪の端正な顔立ちをした、どことなく冷めた先生。

 無表情で、言い方は悪いが愛想が無い。


 けど、その眼は、あたし達をしっかりと見据えていた。

 あたし達の事を知った上で、きっとあたし達それぞれの事を認識してくれていたのだろう。


「格好は良いとしても、………お前等しばらく休学してたんだってな。

 勉強について来れそうか?」


 あたし達の履歴書を交互に眺め、


「どっちも、綺麗な顔してんな。

 見分けが付かなくなりそうだ」


 そう言いつつも、苦笑を零した。


 あたし達を、別々の人間として見ようとしてくれていた。

 普通は、そんなこと言わない。


「色々あって、大変だったことは知ってる。

 けど、肩肘張らなくて良いからな?

 オレは教師でお前達は生徒。

 守るのもオレの仕事だ」


 そう言って、やはり苦笑。

 無表情が当たり前の彼にとっては、その表情が関の山だったようだ。


 だけど、見かけだけだとは思えなかった。

 あたし達を、生徒として見ていた。


 他のどの学校でもいなかった、初めてのタイプの先生だ。


 まず、言及をしなかった。

 あたし達の格好についても、性格の不一致に関しても何もかも全て受け入れてくれていた。


 更には、あたし達が口調や格好を変えて、入れ替わるようになった時にも、彼は真っ先に気付いてくれた。


「こらこら、お前等。

 入れ替わるのはやめろ。

 どっちにどういう反応して良いのかこんがらがるから」


 他の生徒達は、気付いてもいなかったのに。

 先生だけが気付いた。

 怒った訳では無く、ただ辞めろとだけしか言わなかった。


 その実、彼の言葉通り。

 こんがらがるから、という事だったのだろう。


 先生は、あたし達のなんとなくとしか分からない違いすらも、分かっていたらしい。


 服装チェックもされたりした。


「ソフィア、制服のスカート短か過ぎ。

 エマは長過ぎ。規律は厳しくないとしてももう少し考えろ?」


 でも、色目は使わない。


「こらこら、女の子なんだからもうちょっと恥じらいを持ちなさい」


 夜間学校の合間には、あたし達も余裕が出てきていた。

 銀次に気安く、罵声を浴びせる事もあった。

 言葉や内容にもチェックが入るけど、やっぱり彼は、それ以上の言及はしなかった。


 そして、たまに悪戯まで出来るようになった。

 私服で登校して、制服で判断していただろう双子の特徴を分からないようにした。


「あ?…っと、こっちがソフィアで、こっちがエマだな?」


 なのに、銀次は気付いた。


「2人とも私服が可愛いのは分かったが、学校では制服で登校するように。

 学校の規定で決まってるだろ?」 


 そして、結局あたし達にそれ以上を言及しなかった。

 初めての反応だ。

 張本人でもあったあたし達も、大いに戸惑った。


 けど、嫌悪感は不思議と無かった。

 凄い人だと思った。


 あたし達は、もっと色欲に塗れた眼をした教師を知っている。

 あたし達の格好を見て、奇異の眼を向けながら、それでも体を嘗め回すように見ていた生徒達の視線も知っていた。

 なのに、銀次の反応は、淡白そのものだった。

 枯れてるのかとも思った事もある。


 でも、実際は銀次は、ただ自制を持って、あたし達に接していただけだった。

 それが、純粋に素直に、凄いと思っていた。


 少しは、信頼しても良いのかな?なんて、2人で顔を突き合わせて笑った事も覚えている。

 色々な事があってから、二度と見られないと思っていた純粋なエマの笑顔も見れた。

 あたしも、久しぶりに穏やかな気分で笑えることが出来た。


 そんな中、またしてもあたし達は間違ってしまった。

 きっと、どんな事があっても特別扱いをしない銀次に会った事で、舞い上がって、また調子に乗ってしまったんだと思う。


 あたし達2人は、好奇心が抑え切れなくなっていた。

 寮の規則どころか学校の規則まで破って、寮を抜け出したあたし達。

 禁止されていた校舎の外に、勝手に遊びに出かけてしまった。

 禁止事項だと分かっていても、久しぶりの自由に、有頂天になっていた。


 そして、罰が当たった。


 学校の外では当たり前だった視線。

 それを、あたし達は忘れていた。

 ナンパされて、かどわかしに合いそうになった。

 運良く巡回中の警官に見付かったけど、未成年が夜中に歩き回ったという事で、警察に補導された。

 挙句の果てには、寮の管理に携わっているとかいう黒服の人達に囲まれて連行までされかけた。


 あたし達にとっては、人生三度目のスキャンダル。

 今までの生活が全て破綻し、がらがらと足元が崩れるような絶望を味わった。


 そこで、


「うちの生徒、迎えに来たんだけど」


 そこへ、銀次先生は当たり前の様に来てくれた。

 規則を破ったあたし達を、それでも彼は迎えに来てくれた。

 あたし達を助けに来てくれた。


 警察と事実関係を確認し、黒服の人達には頭を下げて。


「金輪際、抜け出したりするんじゃないぞ?

 オレだって学校の外で何かあっても、守りきれる訳じゃないんだから…」


 そう言って、彼はあたし達を連れて校舎に戻っただけだった。


 あたし達は、怒られただけ。

 規則の罰則を受けて、それ以降はお咎め無しだ。


 銀次先生は罰則を受けて、始末書を書かされたり。

 減給があったとか、一ヶ月程の経過観察が入るとか、他にも色々な誓約を交わしていたとかで、1週間ほど授業を空けている事があった。

 その間に来た、代わりの先生は女の人だった。

 まるで、あたし達の肩代わり。

 なのに、帰って来た銀次先生は、あたし達に何も言わなかった。


「無事でよかった。

 ただ、それだけだよ」


 そう言って、苦笑を零していただけだった。


 銀次先生は、やはり違った。

 今まで目線であたし達を舐め回すような、下衆な男子生徒や先生達とも違った。

 口先だけではない、教師の姿がそこにあった。

 まさに、あたし達にとっての理想の先生だと思えた。


 夜間学校の特別クラス。

 ここにいれば、あたし達は守ってもらえる。

 他でも無い、銀次先生が守ってくれる。


 そう考えて、あたし達はやっと本当の意味で、恐怖を感じなくなった。

 それ以上に、先生に対して好意を向ける様になっていた。

 言うなれば、好きだったのだ。

 それは、どうやらエマも同じだったらしい。


 ただ、昔みたいに、喧嘩はしない。

 だって、それでまた仲が悪くなって同じことを繰り返したら、今までの事が全て無駄になってしまう。


 だから、抜け駆けは禁止。

 告白する時は、一緒にって決めていた。

 勿論、この言い出しっぺもエマだったけど。


 クラスメートの事も、少なくとも警戒する事は無くなった。

 信用出来るぐらいにはなったし、実はエマとこっそり付き合った男子もいる。

 榊原と永曽根のことだ。

 実を言うと、先生の事を好きになった後も、ちょくちょく我慢出来なくなって寂しさを埋めようとしていた。

 今にして思えば、2人にも悪いことをしたと思っている。


 榊原は、雰囲気が先生に似ていたから。

 勉強の教え方も、どことなく先生と似ていたのを覚えている。

 だから、あたしが最初に画策して、エマと交互に付き合った。

 学校ではあたしが、寮ではエマが、ソフィアとして付き合っていた。

 エマは、距離感が丁度良いと言って、リハビリも兼ねていたらしいけど。

 まぁ、やっぱりそれ以上は進めなかったけど。

 榊原も何か秘密があったみたいだから、踏み込めなかったのはお互い様だったという理由もあったけど。

 結局、1ヶ月ちょっとで別れた。


 次に付き合ったのは、永曽根だった。

 彼もまた、銀次先生に雰囲気が似ていた。

 無表情で冷めているところなんかそっくりだった。

 けど、永曽根自体は付き合った遍歴が無かったのか、驚くほどに優しくしてくれたのを覚えている。

 しかも、期間限定とか言われた。

 彼は、幼馴染に待って貰っているんだって。

 だから、あたし達とは本気にはなれないけど、それでも良いかって。

 普通言わないのにね、そんなこと。

 だけど、その距離感があたし達にとっては、丁度よかった。

 だから、榊原の時と似たようにしてエマが学校で、あたしが寮で付き合うと言う生活をしていた。


 ………すぐにバレたけど。

 やっぱり、あたしがエマのフリをすると、バレちゃうみたい。

 性格が正反対の所為かもしれないね。

 まぁ、きっと永曽根も随分と先生と同じで鋭かったようだから、そう言った気配の違いとかもあるのかもしれないけど。


 ただ、これについて。

 榊原と永曽根が喧嘩をしちゃったのは、素直にゴメンなさい。

 永曽根がちょっと苦言を言っただけだったの。

 あたし達が入れ替わったこと。

 まぁ、その時は、エマに対して怒っていただけだったんだけど。

 それを、丁度登校して来た榊原に聞かれちゃった。

 きっかけは何だったのか分からない。

 けど、永曽根もちょっとだけ虫の居所が悪かったみたいで、気付いていなかっただろう榊原に対して、馬鹿にした様な言葉を掛けた筈。


 確か、違いも分からないから、善悪の区別もつかないのか?とかなんとか。

 榊原がキレて、永曽根に殴りかかった。

 永曽根も驚くぐらいに、キレッキレのパンチだったんだよね。

 エマと一緒になって驚いた。

 その後、永曽根が反撃して、榊原が防戦一方。

 けど、簡単に押し負けたりしないで、殴り返したり反撃したり。

 映画の中で見るような殴り合いを見ているみたいだった。


 こんな事になったのは、あたし達の所為だったのに。


 そこで、やっと先生がHRの為に来て。

 状況を知って、即座に鎮圧してくれた。


「何をやっているんだ、この馬鹿ども」


 なんて、取っ組み合っている2人の間に、あっと言う間に滑り込んで蹴りと拳で一発ずつ。

 早業なんてものじゃ無かった。

 完全に何をしたのか見えなかった。


 先生がそのままの格好で止まっていたから、かろうじて何があったのか分かっただけ。

 その後、気絶した2人の襟を掴んで引きずりながら、


「自習!」


 とだけ言い残して、保健室に消えて行った。

 あの時ばかりは、怖かった。


 先生は、滅多な事では暴力は振るわない。

 浅沼がパニック発作で暴れたり、徳川が怪力で暴れたりした時もだったけど。

 そう言った、いざと言う時だけだった。

 なのに、そのいざという時の先生は、まるで別人みたいに強かった。


 その後、戻って来た2人も仲直りをしていた。

 結局、あたし達は謝れなかったけど。

 何があったのか聞かれたら、途端に震えていた。

 やはり、先生は怒ると怖かったらしい。


 あたし達も、その後先生に聞き取り調査をされたけど、本当の事は言えず仕舞いだった。

 けど、きっと気付いていたんだろうな。


「こんがらがるから、辞めろと言っただろうに…」


 と、苦笑を零していただけだった。

 けど、分かっている。

 あたし達の、入れ替わりの悪戯の事を暗に言われていたのだ。


 ああ、やっぱり凄い先生。


 この人を好きになれて、良かった。

 そう思っていた。


 卒業する時に、あたし達は告白する事を決めていた。

 この異世界に来て、告白どころか卒業出来るかどうかも分からなくなったけど。


 それでも、あたしはその決まり事を守ろうと思っていた。


 あたし達のルールだ。

 誰かに決められたものではない、あたし達だけのルール。


 だから、守る。

 そう決めていたのだ。



***



 なのに、呆気なく裏切られた。

 ショックだった。


 エマは、約束を破って、先に先生に告白していた。

 しかも、無条件降伏の上での決闘の褒賞だなんて、ふざけた名目で。


 だから、狡い。


 それを、あたしに言わなかった。

 もっと狡い。


 抜け駆け禁止とか言っておいて、自分は良いのか。

 伊野田やオリビア、シャルまで巻き込んでおいて。

 今でこそ伊野田やシャルは、先生以外の人を見ているようだけど、それでも校舎全体の暗黙のルールだった筈なのに。


 だから、悔しかった。

 悲しかった。

 今回ばかりは、流石に我慢出来なかったのだ。


「守るって、言ってたじゃんかぁ…ッ」


 お互いの事を守ろうと言っていたじゃないか。

 だから、あたしはこんな恥ずかしい馬鹿丸出しの格好をしていたのに。

 お互いの為に、約束をしたんじゃないのか。

 だから、こうして苦しんでいるのに。

 そのお互いの事を想って、ルールでも約束でも、お互いに守って来たんじゃないか。

 だから、あたしだけがこんな風に傷付いたのに。


「………もう、やだよぉ。

 だから、双子なんて…嫌だったんだ…ッ」


 最初の時から思っていた、格差。

 何かが違うと言う感覚。

 あたしは同じ顔をしている妹に勝てない。


 もう嫌だ。


 そう思っていた矢先の事。


「そ、そんなことないよ…ッ」

「………ッ」


 あたしだけしかいない筈の路地に声がした。

 あたしの言葉に、帰って来た答え。


「あ、浅沼…!?」


 びしょ濡れになって、息を乱しながらあたしに駆け寄って来たのは浅沼だった。

 追いかけて来ていたのは、彼だったのか。

 今になって気付いた。


 ………けど、追いつかれたと言うのに逃げる気概はもう持てなかった。


 それに、彼の言葉に少しだけ、興味を覚えた。

 「そんなことない」とはどういう意味だろうか。


「………どういう意味?」


 問いかけた。

 意地悪な事をしている自覚はある。


 元々、あたしはエマよりも、悪戯好きだったのだ。

 優等生を演じる上で、それが出来なかっただけであって。


 息を整えつつ、ついでに濡れた髪を搔きあげながら。

 浅沼は、緊張と苦笑交じりに答えてくれた。


「ソフィアもエマも、双子だけど全然違うじゃない…!」

「………どこが?」

「表情とか性格もだけど、髪の長さとか………、ああ、後耳の形も違うよね…?」

「………は?」


 驚いた。

 予想外の答えだったのだ。


 こんなに違うところを、列挙されたのは初めてだ。

 精々が、銀次のなんとなく。

 それ以外には、ちょっとした癖ぐらいのものだった。


 なのに、浅沼はそれが分かると言うのだろうか?


「あ、うん、1年も見てるしね。

 ソフィアは表情の作り方が自然だけど、エマはちょっと固いんだよねぇ。

 性格は両極端ってのは知っているし、髪の長さはね、きっと縛っている事の方が多いからエマの方が長いんだと思うよ?

 耳の形も、双子でもそれぞれ違うって知ってた?」


 なんて、浅沼が笑いながら、隣にしゃがみ込んだ。


 あたし達でさえも気付いていなかった、違いの列挙。

 それに、どう答えたらいいものか、困ってしまった。


「鏡写しみたいだから、自分達では気付ていないだけだよ。

 ソフィアにもエマにも良い所があるんだから、双子が嫌とかそんなの思っちゃ駄目だよ」

「………浅沼には、分かんないよ」


 ふと、意固地になって、口にした言葉。

 だが、次の瞬間にはしまった、と口を噤む。


 忘れていた。

 このクラスの大半は、家族の問題でこの学校に来ていた事を。


 けど、


「う~ん、それを言われると、痛いね…。

 オレも兄弟はいるけど、双子ではないから…」


 そう言って、苦笑を零した。

 怒っている様には、見えない。

 ちょっと緊張しているぐらいか。

 しかし、その眼には確かに悲し気な感情が浮かんでいた。


「けどさぁ…羨ましいと思ったよ?」

「………えっ?」


 言葉を続けた浅沼が、苦笑とは別に頬を掻きながら照れくさそうに笑う。


「だって、お互いに支え合って、守り合ってたんでしょ?

 オレも誰かから聞いた話だけど、ソフィアはエマの為にギャルの格好しているとか聞いたし、エマはソフィアの為にわざと口が悪い我が儘な態度してるって…」


 ああ、知られていたのか。

 確かに、少しばかり過去を話してしまった、相手はいる。

 付き合った事のある榊原か永曽根だ。

 自分も覚えがあるから、おそらくエマも話したことがあるのかもしれない。


「オレは兄弟とも姉さんとも疎遠だったから、良く分からない。

 けどさ………、仲が良いことに関しては、素直に羨ましいよ」


 もう一度、苦笑を零した浅沼。

 家族と問題を起こしたことは知っていたが、兄弟と疎遠と言うのは知らなかった。

 まぁ、引きこもりだったとも聞いているから、十中八九その所為だろうけど。


「あたし、言い過ぎちゃったかな…」

「………言い過ぎだったと思うよ?

 ソフィアだって、好きな人が振り向いてくれない気持ちは知ってるでしょ?」

「でも、約束破られちゃったんだもん」

「そ、れは悲しかったよね。

 けど、エマだってフラれてるって言う話だから………傷付いた度合で言うと、どっちが大きいのかな?」

「………そんなの、あたしも分からないよ」

「………うん、ゴメン。

 僕も分からないや………」


 なにせ、告白だってした事も無いんだし。

 と、これまた、苦笑を零した浅沼。


 いつの間にか、愚痴っている現状。

 吃驚した。

 自分でも驚く程に、すんなりと言葉が吐き出せる。


 再度、横へと視線を向ける。

 ふぅと溜息を吐いて、胸元を寛げて仰ぐ横顔。


 浅沼と言う人間を、今まで見て来て思った。

 痩せると意外と、格好良い。

 これは、クラス全員が一致した答えだった。


 団子鼻ではあるけど、それ以外のパーツは整っているのだ。

 目は切れ長だけど垂れ目がち。

 骨格や歯並びも悪くないから輪郭も綺麗なものだ。

 それに、唇が元々厚かったのか、痩せてからは少しだけ色っぽい口元になっている。

 眼鏡を掛けているから、柔和なイメージも強い。

 実際には優しい。

 今もこうして、他愛ない話をしてあたしを落ち着けようとしてくれている。


 自分が怪我しても良いからと、平気で人を庇った事も1度や2度ではない。

 冒険者ギルドの依頼では、飛び出した徳川や退避が遅れたシャルを庇っていた筈だ。

 南端砦の時には、あたしの事も………。


「………あの、さ、浅沼…」

「うん?」


 首元を仰いでいた手を止めた、浅沼。

 そのシャツの境目から見えた胸元は、がっしりとした筋肉が付いていた。

 汗とも雨とも分からない滴が、垂れている。

 どことなく、色っぽく思えた。


 ………って、あたしは、何を考えているのか。


「………どうかした?」


 言葉を続けないあたしに、浅沼が不審に思って小首を傾げた。

 その動作も、どことなく色っぽかった。


「………あたし、どうしたら良いと思う?」

「う~ん、と………まずは、校舎に戻った方が良いと思うよ?」

「………エマとも先生とも気まずいのに?」

「それは仕方ないよね。

 あれだけ、大喧嘩して出て来ちゃったんだから…」


 そうだ。

 浅沼の言う通り。

 仕方ない。

 あれだけの大喧嘩の後に、飛び出してしまった。

 気まずいのは、当たり前だ。


 どうすれば良いのか、分からない。

 溜息が漏れそうになった。


 だが、


「斯く言う、僕も同じような感じだけどね…」


 なんて言った浅沼が、寂しそうに俯いた。


「ソフィアが出て行った後、先生をエマが引き止めちゃった。

 それに、間宮の事もシャルちゃんが止めちゃったし、ゲイルさんもローガンさん達が止めちゃったんだよね。

 ソフィアの事、1人にしてあげた方が良いって…」

「………うん」


 実際は、その通り。

 1人にして貰った方が、有難かった。


 でも、浅沼は追いかけて来てくれていた。

 なんで?


「だから、僕も先生達の事、怒鳴り付けて出て来ちゃった。

 ソフィアだって女の子だし、何かあってからじゃ困るのに、って。

 だから、帰り辛いのは、僕も一緒だよ」

「………。」


 言葉を、少しばかり忘れた気がした。

 そんなことを言ってくれて、そうして飛び出して来てくれたなんて、知らなかった。


 驚愕に目を見開いたあたしに、彼はまた苦笑をしていた。

 心なしか、頬を赤らめながら。


「ま、まぁ、ソフィアに比べたら、些細な事かもしれないけどさ…ッ。

 でも、ほら、僕って、気が小さいから…あれだけの事言うだけでも、足ががくがくしちゃったよ…」


 なんて、おどけて見せて。

 揶揄をして茶化して、場を和ませようとしているようだった。


 何とはなしに、落ち着いた気持ち。

 そして、どうしようと考えていた気持ちも、すんなりと解けていくのを感じた。


「………じゃあ、謝らないとね」

「う、うん、そうだよね…」


 チラリ、と視線を横へとずらす。

 彼もまた、同じようにあたしの事を、横目で見ていた。


 その視線が、気づかわし気。

 緊張しているのも相変わらず。

 だけど、今は何故か、安心できると感じた。


「………あの、さ」

「………うん」


 帰ろうか、と言おうと思った。

 このままでは風邪をひいてしまうだろうし、校舎では生徒達も心配しているだろう。

 先生も、忙しいのに待っていてくれている筈だ。

 もしかしたら、他の生徒達や騎士達も、探しに出て来てくれているかもしれない。


 一緒に、謝りに帰ろう。

 そう言おうと思った。

 彼と一緒なら、怖くないと思えたのが一番の原因だった。


 ところが、


「へへへっ!

 こんなところで何やってんの、お嬢ちゃん達!」

「ひゅ~~ッ!」

「良い格好したお嬢ちゃんと坊ちゃんが、こんな雨の中で逢引かい?」

『-----ッ!?』


 代わりに路地に響いた声は、あたしのものでも浅沼のものでも無い。

 下卑た男達の、無粋な声だった。


 身なりの悪い、ついでにガラも悪そうな男達。


「おっとっと、逃がさないよ~?」

「良いねぇ良いねぇ、どっちも良い顔してんじゃん」

「男はともかく、女は売ったらいくらになるんだろうねぇ」

「こっちからも…ッ!」

「嘘…囲まれた!?」


 咄嗟に立ち上がって見たは良いけども、囲まれていた。


 奥側にいたあたしの前には、4人ものならず者。

 大通りに面した側にいた浅沼の前には、3人のならず者が現れる。


 退路が無い。

 路地に逃げ込んでしまったあたしの落ち度。

 そして、浅沼は巻き込まれただけだ。


「女は捕まえて、売っ払う。

 男はこの場で始末しろ、邪魔だ」

「ひゅ~~ッ!これで、しばらく金には困らねぇな!」

「へへへっ、大人しくしてくれよ?」

「顔に傷が付いたら売り物にならなくなっちまうからなぁ…」


 奥側の、一番後ろに居た男。

 どうやら、その男がこの群れのリーダーらしい。


 そして、あたしを売り払うと言うのは、おそらく奴隷としてだろう。

 そんなの冗談じゃない。


「だ、だから、言ったんだよ、こんな事になるかもしれないからってぇ…!!」

「…あ、あたしは、別に言われてないもん!」

「これじゃ、奴隷落ちエンドか、×××(ピーッ)エンドになっちゃうッ」

「今、そんなこと言っている場合!?

 ゲームじゃないんだから、現実を見てよ!」


 浅沼は、涙声になりながら、訳の分からない事を言っていた。

 大方、彼が良くやっていたと言ういやらしいギャルゲーの結末の事を言っているんだろう。

 けど、今はそんなこと微塵も聞きたくなかった。

 ついでに、リアルな言葉が出てくると、想像してしまう。

 それが自分の末路だと考えるだけで、怖い。

 悍ましい。


「武器…ッ、なんか、武器無いの!?」

「あ、あるにはあるけど、ここじゃ使えないよ!」

「何があるの!?」

「手榴弾だよ!

 物置にあったの、一個パクってあったんだ!」

「なんで、そんなもの持ってんのよぉ!?」


 そして、パニックになっているのを、どうにかして欲しい。

 あたしもコイツも、こんなところでバッドエンドは御免である。

 だが、切り抜け無いと、いよいよそのバッドエンドを回避できないだろう。


 回避ルートはどこだったのか?

 なんて、あたしも大分、浅沼的思考に侵されたことを考えていた。


「おいおい、こっちは7人だぞ?

 抗おうなんて考えないこった」

「そうだよぉ、お嬢ちゃん。

 怪我したら治るまで、あたし達とお遊びしなきゃいけなくなっちゃうわよ?」


 大通り側にいた、唯一の女が短剣を舐めながら笑う。


 どうでも良いけど、病気になっても知らない。

 錆だらけの上に、血に塗れた事がある短剣なんて病原菌の宝庫だから、舐めるなんて馬鹿な真似はしないって、先生が言ってたもん!


 って、今はそんなこと言っている場合じゃなかった。


「だ、だったら、退きなさいよ!

 怪我をする様な前提を作らないでちょうだい!」

「そいつは出来ねぇ、無理な相談だなぁ!」

「ひゅ~~ッ、良いね良いね!

 抗う気満々で、やる気に満ちたあの表情…!!」


 あたしのなけなしの恫喝の声も、無意味だった。

 武器を手に、男達がじりじりと迫って来ている。


 あたしも一歩後退した。

 それと同時に、背中に重い感触。

 浅沼も後退をしたらしい。

 背中合わせの状態になっている。


 だが、


「………そ、ソフィアは、オレが守るから…ッ」

「ッ!?」

「こっちをなんとかしたら、すぐに逃げて…ッ!

 助けを呼んでくれたら、僕もなんとか出来るから…!」


 あたしに背中を合わせた彼が、ぼそりと呟いた言葉。

 雨の音にかき消されそうになったけど、ちゃんと聞こえた。


 今、彼はなんと言った?

 理解が遅れる。


 だが、あたしが理解するよりも先に、


「うぉおああああああああ!!」


 彼は、大通り側の面子に、武器も無しに駆け出した。

 あたしは、驚きの余りに振り返る。


 駆け出した浅沼の背中は、いつも以上に大きく感じられた。

 そして、………黒髪も相俟って、先生の背中に重なった気がした。


「こ、コイツ、突っ込んで来やがった!」

「怯むな、殺せ!」

「甘いんだよッ!

 こっちは、3人いるんだから…!!」


 女の言う通りだ。

 あっちは3人。

 浅沼が突破しようと思ったら、3人をまとめて相手にしなきゃいけない。


 けど、彼はそれを分かっていた。

 我武者羅に突っ込んだ訳じゃ無い。


「せぇえ…ッ!!」

「な…ッ!?」


 狭い路地の中だったから、女が突っ込んで来ると後ろの男達がつっかえた。

 その女が持っていた短剣を、腕ごと掴んだ浅沼。

 そのまま、女の露出の激しい胸元にかろうじてあった襟を掴んだと同時に、即座に脚を払って背負い投げ。

 流れるような動作。

 当たり前だ。

 彼は、人一倍、諸動作の練習を欠かさなかった。


 自分が、劣等生だと知っているから。

 元々が運動音痴で、男子組どころか女子組にも負けるから、と口惜しがっていたからだ。


 投げ飛ばされた女が、地面に倒れ込む。

 襟が乱れて、おっぱいが見えてしまっていた。

 呆気なく、意識を飛ばしている。


「うりゃあああああああ!!」

「がふっ!?」

「おわわわわ…ッぎゃああ!」


 そんな女を掴んだままで、浅沼は投げた。

 渾身の力だったのだろう。

 そして、鍛錬の成果は如実に現れている。

 女は軽々と放り投げられ、路地につっかえていた男達へと激突した。


 まるで、ドミノ倒し。

 女の体で吹っ飛ばされ、下敷きにされた男達が路地の地面に倒れ込む。

 うち1人が、意識を飛ばしている。

 うち1人は、抜け出そうともがいていたが、女の体はその男の倍以上だった為に無理そうだ。


 そうして、一気に3人を片付けた浅沼が、振り返った。

 眼鏡が多少ズレている。

 だが、それでも泣く事も焦る事も無く、情けなさは無縁の顔をしていた。


 駆け出した。

 あたしに向けて。


 驚いた。

 けど、目的はあたしじゃない。


 背後だ。

 気付いた時に、あたしも振り返った。


「このクソ野郎、舐めやがって…!」


 奥側にいた4人のうちの1人が、駆け出していた。

 浅沼は、この男への迎撃に駆け出したのか。

 ここにいると、あたしが邪魔だ。

 けど、かと言って、どうすれば良いのか。


「馬跳び!」

「………ッ!」


 叫び声に、反応。

 浅沼が、タックルをするような形で、上体を下げた。

 従うしか無かった。

 何よりもそんな浅沼の声には、逞しさと頼もしさがあった。


 浅沼の突進を馬跳びの要領で飛び越える。

 制服に着替えた後で、スカートだった事が何よりも恥ずかしい。

 きっと、あたしのパンツは彼に見られただろう。


 しかし、馬跳び自体は成功した。


 そして、あたしの真下を通過した浅沼。


「どっせぇええええ!!」

「ぎゃふっ!?」


 は、あたしの背後に迫っていた男に猛然とタックル。

 格好も然ることながら、勢いも凄まじいそれは大の男であってもふっ飛ばして見せた。


 浅沼も少々、体勢を崩したが。

 顔を上げると、すぐにバックステップであたしの目の前まで下がって来た。

 淀みは無い。

 運動音痴だったなんて、今の彼を見て誰が思うだろう。


 残るは、3人。


「なんだ、アイツ…ッ!」

「畜生、やりやがったなぁ!?」

「………。」


 3人が3人とも、別々の行動に出た。

 1人が、踏鞴を踏んで後退する。

 1人が、角材みたいな武器を持って、こちらに駆け込んで来た。

 最後のリーダー格の1人は、どうやらこちらを伺っているようだ。


「逃げて、ソフィア!

 応援を呼んで!」

「………け、けど…ッ!」

「良いから、行って!」


 浅沼が、あたしの目の前に、立ち塞がっている。

 逃げろと言っている。

 だが、どうにも足が竦んでしまって、動けない。

 恐怖ではない。

 いや、恐怖ではあるが、理由が違う。

 

 浅沼を置いていくことが、怖いのだ。

 もし、このまま彼を置き去りにして、何かあったら?

 次に会った時が、死体じゃないなんて誰が保障出来る?


 なまじ、この世界ではそれが当たり前なのだ。

 今こうして、男達に囲まれていたのが良い証拠。

 命の価値が、紙同然。

 命の重さがお金と同義。

 そんなところに、彼だけを置いていくことなんて出来ない。


 だが、


「頼むから、行ってよソフィア!

 オレだって、好きな女の子ぐらい、守ってあげたいんだ!」

「~~~~~ッ!?」


 続いた突然の告白に、眼を瞠る。

 先とは別の意味で、足が竦んだ。


 あたしを、好き?

 誰が?

 浅沼が?

 今まで、それらしい行動という行動も無かった彼が?


 ………いや、あった。

 南端砦では、あたしを庇ってくれた。

 あの時、丁度近くにいたからなんて理由では無かった。

 実はあの時、あたしの前には浅沼だけじゃなく、香神や永曽根もいたのだ。

 だけど、香神は伊野田を守る為に駆け出した。

 永曽根も、暴挙を止めようとばかりに駆け出した。

 だけど、浅沼だけはその場に残った。

 あたしの前に大きく腕を開いて、あの頬に傷のある男と対峙していた。

 逃げずに、あたしの盾に成ろうとしてくれていた。


 そして、今も、あたしを追いかけて来てくれた。

 女の子だから、何かあったら困るから、と。

 慣れない啖呵を切って、制止を聞かずに飛び出して来たと先にも言っていたじゃないか。


 好きだって?

 あたしの事が?

 エマの事じゃなく、あたしの事が?


 頭が真っ白になってしまって、思わずふらりと足下が傾いだ。

 転ぶような事は無かったけど、地面を擦った足音が響く。

 浅沼が気付いて、目線だけをこちらに向けた。


 その眼が、動揺で染まっていた。

 更には、振り返って見えた耳や頬までもが赤い。


「………こ、こんなはずじゃなかった…」


 と、呟いた言葉には、思わず呆気。


 彼としては、言うつもりが無かった言葉だったのか。

 咄嗟に出てしまった言葉だったらしい。

 きっと、また彼の事だから、漫画とかラノベとかの影響か何かで、格好良いシチュエーションでも演出して告白でもするつもりだったのかもしれない。


 言っちゃ悪いが、このような状況での告白など野暮だ。

 せめて、終わった後にしてくれれば良かったのに。


 そして、その通り。


「貰ったぁ!」

「ぐぅっ…!?」

「浅沼…ッ!」


 駆け込んで来た男の存在を、すっかり忘れていた。

 角材を振り上げた男が、容赦なく余所見をしていた浅沼へと攻撃を仕掛ける。


 重たい音が響く。

 浅沼の眼鏡が地面に落ちる音を聞いた。


 ふら付いた彼に、男が更に角材の様なそれを薙ぎ払った。

 咄嗟に腕でガードした浅沼だったが、壁に打ち付けられる。


「何、格好つけてんだぁ、クソ野郎が…」

「へへっ、何だよ、ビビらせやがって…!」


 最悪だ。

 油断した所為で、浅沼が怪我をしてしまっている。


 しかも、彼はド近眼。

 眼鏡が無いと、視力が0.01も無いと言っていた筈だ。

 更には、雨雲の所為で暗い路地の中。

 彼の視力では、きっと敵の姿もほとんど見えていないかもしれない。

 二重三重の意味で、最悪。


 それに乗じて、好機と考えたか。

 先程、踏鞴を踏んでいた1人が、こちらに向けて短剣を構えながら歩いて来ている。


「………ッぅ…」


 壁に凭れる様にして、それでも浅沼は自力で立った。

 血が滴って、地面に描かれる軌跡。


「………本当、格好悪い。

 ………こんなんじゃ、ソフィアどころか、先生にも合わせる顔が無いよ…」

「そ、…そんなこと言ってる場合!?」


 苦笑を零した様子が、背中越しに見えた。

 けど、諦めてはいない。

 彼は、角材を持った男に向けて、徒手空拳の構え(ファイティングポーズ)を取った。


「でもさぁ………格好つけないと、振り向いて貰えない高嶺の花なんだ。

 少しぐらい、見栄張ったって、罰は当たらないでしょ?」

「はぁ?」


 背筋に、震えが走った。

 嫌悪感からではなく、何か得体の知れないゾクゾクとした感覚だった。


 痺れる、ってこう言う事を言うのかもしれない。

 あたしは、改めてコイツの事が格好良いと思えた。


「何言ってんだ、テメェ!?」


 男が、角材を振り上げる。

 容赦がないのは、その眼を見ればすぐに分かる。


 殺しを厭わない、冷酷な目。

 獣の目だ。

 射竦められて、浅沼は硬直している。


 いや、


「はぁ…ッ!」

「ッな…!?」


 浅沼は、それを弾いた。

 正確には、角材の側面を叩いて受け流したのだ。


 大きく軌道がブレて、今度は男が踏鞴を踏んだ。

 そこに、浅沼が更に仕掛けていく。


 角材の側面を叩いた手とは逆の腕で拳を握り、それをがら空きの男の脇腹へと叩き込んだ。

 凄まじい音がしたのは、雨音にかき消されなかったからすぐに分かった。

 見事な程のボディブロー。

 永曽根から教わっていたらしいそれは、あたしから見ても惚れ惚れする程に綺麗に決まっていた。


 角材男が、唾液を巻き散らしながら後方に吹っ飛んだ。


「油断したなぁ!!」

「………ッ、誰が…!」


 その男を掻い潜るようにして、次の男が迫っていた。

 短剣を構えていた男だ。

 今は、それを指の間に挟んで爪のようにしている。


 男が声を発したのは浅沼の目前だった。

 だが、浅沼は冷静だった。

 既に、角材男から角材をもぎ取っていたのだ。


「ぎゃうっ!?」

「せぇえ!!」


 それを叩き付ける。

 槍術の扱いに似ている為か、そのまま振り下ろしからの叩き上げ。

 これまた見事なラッシュに、見惚れてしまった。


 短剣男も、呆気なく片付いた。

 路地の地面に泡を吹いたり血だらけになった男達が転がっている。


 残りは、1人。

 だが、その男は、今度こそ行動を起こそうとしていた。


「危ない、浅沼!」

「----ッ、ぐぅ!?」


 咄嗟に彼を突き飛ばした。

 けど、避ける事は出来なかっただろう。


 飛んで来たのは、短剣だ。

 アイツも短剣男だった。

 しかも投擲して来たのを見るに、腕前もかなりのもの。


 正確に、浅沼の頭を狙っていた。

 突き飛ばしていなかったら、眼鏡が無く弾く技量も持たない浅沼の眉間突き立っていただろう。

 あたしが突き飛ばしたとしても、肩を掠めていた。


「チッ、誤算だったな…!」


 だが、2人目の短剣男も、今のを躱されたと分かれば即座に踵を返した。

 状況が芳しくないのは、あちらの方だ。


「ま、待て…!」

「い、良いから、浅沼!

 アイツの事、追いかけてどうするつもり!?」


 追いかけようとした浅沼を、あたしが腕を掴んで止める。

 2人目の短剣男は、路地の奥に消えようとしていた。


 しかし、


 ----ガシャーン!!


 その路地の奥から、大きな破砕音。

 ついで、黒い影。


「ごふっ!?」


 2人目の短剣男だった。

 その男は、吹っ飛ばされたと同時に、路地の壁に打ち付けられた。


「な、何が…ッ…ぐあ!?」


 しかも、何故か壁面に磔の様な形になっている。

 見れば、男の体の一部に、細身のナイフが突き立っていた。

 あれが、男を壁に磔にしたのだ。


「………や~れやれ。

 鍛錬もやり過ぎは、ちょっと考え物だよなぁ…」


 路地の奥から現れたのは、黒髪。

 そして、ニヒルとも形容出来る軽薄な笑み。


「ハルさん!?」

「ええっ!?

 ………なんて良い所で…!?」

「ははっ、丁度タイミングが重なっただけだよ。

 お前等が派手に戦闘してくれたからな」


 路地の奥から現れたのは、ハルさんで。

 よくよく見れば、あの2人目の短剣男を磔にしているナイフも彼が多用するタイプの細身のナイフだった事を思い出す。


 そこで、思わず浅沼とあたしで、顔を見合わせる。

 浅沼の言葉に反応した彼の言葉。


 タイミングが重なっただけ?

 見つけられたとは?


「銀次や間宮が動けないんで、オレが出動した訳だ。

 一時見失ったけど、お前等の派手な戦闘があったおかげで見つけられたよ」


 追いつくのが大変だったんだぞ~、なんてことも言われた。

 ハルさんの口元の笑みが、どことなく疲れている。


 ああ、そう言う事。

 あたしも、かなりの全力疾走で走った覚えがあるし、それに付いて来た浅沼も同様だろう。

 つまりは、そう言う事。


 先程の彼の鍛錬のやり過ぎは考え物だって言葉も思い出して、お互いに苦笑を零した。


「とはいえ、遅れて悪かったな。

 怪我させることになっちまって、オレが銀次から大目玉食らっちまう」

「い、いえ、それは、僕が未熟だったからで…」

「未熟だと言うなら、ここら辺でのさばってた人身売買組織の連中を伸したりはしねぇ」

「…えっ、あ、…人身売買組織…!?」

「ああ、あのリーダー格の男、国際手配だったんだが、知らなかったのか?」


 そう言って、彼は手帳をまくって見せてくれる。

 似顔絵が描かれていたが、確かに先程のリーダー格の男とそっくりだ。


 どうやら、相当質の悪い連中に狙われたようだ。

 まぁ、彼の言う通りに、浅沼がほとんど倒しちゃったけど。


「よくやったな。

 女の子守って、ついでに大手柄だ」

「………えへへ」

「手当てしてやっから、ちょっと待ってな。

 コイツ等拘束して、騎士団に引き渡しちまうから…」


 本当に、大手柄だ。

 まさか、そんな危ない連中だとは思っていなかったけど。


 それでも、彼はあたしを守ってくれた。

 怪我までして、1人でこの人数を相手にしたと言うのに、それでも、


「………怪我は無い?」

「うん、大丈夫」

「良かった」

「浅沼の方が、傷だらけじゃん」

「えへへ、格好悪いよね…」


 苦笑の中に、悔しさが織り交ざる。

 けど、あたしはそれを笑う事なんて出来ない。


「………そんなことなかったよ。

 凄い、格好良かった」

「………あ…////」


 あたしの言葉に、赤面した様子の彼。

 先程の告白の件も思い出しちゃったのかな。


 でも、あたしはそれを笑わない。

 そんな権利は無い。


 格好悪いのは、あたしの方だ。


「ねぇ、帰ろう?

 ………あたしも帰り辛いから、一緒に帰ってよ」

「………ッ…」


 先程は、邪魔が入って言えなかった言葉。

 その言葉と共に、手を差し出して見せる。


 浅沼は、一瞬戸惑った後に、照れくさそうにまた頬を掻いた。

 そして、


「………うん」


 あたしの手を握ってくれた。


 思えば、彼はずっとあたしを見ていてくれたのだろう。

 思い出す。

 あたし達が、何事も無く平穏な学校生活の間で、入れ替わっていた時の事。


 そう言えば、銀次先生以外にも、もう1人気付いていたのだ。


 -----『あれ?今日の掃除担当、エマじゃなかった?』


 なんて、エマの格好をしたあたしに向けて、そう言った事があるのは浅沼だったのだ。

 良く見ていなければ、分からない事だ。

 今更に思えば、凄いこと。

 付き合っていた榊原だって気付いていなかった。

 途中で気付いた永曽根だって、初見では全く気付いていなかったのだから。


 先にも、指摘された癖とか、表情とか性格とか、耳の形とか。

 それも、いい証拠。

 だって、そんなのずっと見てなきゃ、気付けない筈だ。


 だから、


「………さっきの告白、あたしはどう答えたら良い?」

「ぶひ…ッ!?」


 ちょっとだけ、揶揄って。

 それから、ちょっとだけ微笑んで見せた。


「………本気なら、あたしは大歓迎なんだけどね」

「………ッそ、ソフィア…!」

「ちゃんと見ててくれなきゃ、また飛び出しちゃうんだから」


 良いんだよね、彼で。

 銀次先生の事は、一生忘れられないとしても。

 叶う事の無い辛い恋は、終わりにしても良いよね。


「あたしは、エマじゃないよ?」


 それでも、良いんだよね?


「も、勿論だよ。

 だ、だって、僕…ッ、ずっとソフィアの事、好きだった…!」


 改めての告白に、ついつい涙が浮かんだ。


 雷の鳴っている雨の中とか、最悪だ。

 それこそ、傷だらけとか言うのも、ちょっと可笑しい。


 けど、何よりも心に刺さった、告白だったと思えた。


 やっと見つけた。

 あたしの事を、一途に愛してくれる人。

 体がどうとか、髪の色とか、それこそ広告塔のように扱う様な、馬鹿な男とは絶対に違う浅沼と言う、彼の事。


 自慢してやろう。

 エマにも、それこそ銀次先生にも。

 今まで遠慮していた分、もう気にしてやらないんだから。


「………青春だねぇ」

「ふぎゃっ!」

「ぶひぃ…ッ!?」


 そう考えている内に、背後にハルさんがいた。

 さっきまで、男達を拘束していた筈なのに、いつの間に背後にいたの!?


「ちなみに、オレだけじゃないぞ?」

『へ…ッ!?』


 振り返る。


 すると、そこには騎士の人達もいた。

 あたし達の捜索か、あるいはハルさんの応援要請の結果だろうか。


 そして、誰も彼もが頬を赤らめた、困り顔。 


 ああ、最悪な事。

 これは、完全に一部始終を見られただろう。


「ひにゃあああああっ、最ッ悪!」

「ふが…ッ、ぼ、ぼぼぼぼ、僕の所為かなこれ…!?」

「うわぁあああん!」

「ええっ、泣いちゃうの!?」

「泣くわよ、馬鹿ぁ!

 あたしの初めての青春告白タイムが衆人環視とか、どんな羞恥プレイよぉ!!」

「ぐぇええッ、苦しい苦しい!」


 やっと見つけたは良いけど、要領が悪いのは考え物だわ。

 浅沼の襟を締め上げながら、考える。

 まぁ、あたしの追い求めたようなスマートな恋は、もう儚く散った後だったから文句は言えなかっただろうけど。


 それもこれも、あたしが悪いのよ。

 分かってるわよ。

 でも、今は八つ当たりでも出来る相手がいるんだから、許してよね。


 あと、浮気したら許さないから。

 泣きながら、それでも隠れてちょっと笑った。


 気付いた浅沼が、苦笑。

 もう、コイツ、いつの間にこんな頼れる格好良い男になってたんだろう?

 盲点だった。

 悔しいけど、未来の旦那様だから、これまた文句は言えなかった。



***



 2人が校舎に戻ったのは、雨が止み始めた頃。

 時間にして、2時間ちょっと。


 帰り道を護衛してくれたハルと騎士の連中が教えてくれた。


 浅沼も、ハルに手当てをされた後。

 それでも、騎士の人達の中に『聖』属性がいないとかで、治癒魔法は校舎までお預けとなっていたらしい。

 必要無いぐらいに、浅沼はピンピンしていたが。


 素直に戻って来たのは、偉い。

 心配していた側としては、安心したのが第一。


 それでも、だ。


「この馬鹿!!」


 オレの怒鳴り声に、2人が竦み上がる。

 彼等の気配が近付いて来たと同時に、仁王立ちで待ち構えた。


 ダイニングには、やっと落ち着いたエマの姿もある。


 先には、オレの事で取り乱していたが、それが落ち着いたかと思えばソフィアの事で取り乱し始めたのだ。

 これには、オレも流石にキレた。


 まぁ、落ち着いたから、既に過去の事ではあるが。


「許可も無く飛び出すとは何事だ!

 ソフィアだけじゃなく、浅沼もだぞ!?

 しかも、報告は受けたが、路地に入り込んでならず者に襲われただと!?」


 予想はしていたのだろう。

 ただ、思いの他、怖かったらしい。

 お互いに身を寄せ合って怯んでしまっている2人。


 ならず者相手でもここまで怖くなかっただろうに。


 ………ただ、心なしか、2人の距離が近いのは気の所為か?


「………ごめんなさい」

「ぼ、僕も、すみませんでした」


 謝罪の言葉も、スムーズだった。

 溜飲は下がる。

 反省している様子も見られたので、良しとしよう。


 それに、今回の件は、オレの秘匿癖がまたしても裏目に出た形。

 どのみち、発端はオレだ。

 これ以上怒るのは、可哀想。


「はぁ。

 とりあえず、浅沼は怪我の治癒だ。

 ソフィアは着替えを持って、お風呂に行って来なさい」


 このままだと、風邪を引く。

 お風呂は沸かしてあるから、とっとと行って来い。


「………ま、待って、先生」


 しかし、ソフィアはそれには、応じなかった。

 浅沼をオリビア達が待機した長テーブルへと押しやりながら、彼女はダイニングのソファーに膝を抱えて蹲っているエマの元へ。


 おいおい。

 ………第二次勃発とか、辞めて欲しい。


「ねぇ、エマ…」

「………ソフィア…!」


 ソフィアがエマへと声を掛ける。

 その瞬間、弾かれた様に顔を上げたエマが、ソファーから立ち上がった。


 そして、


 ーーーーーパァン!

 まるで、ゴングのように響いたのは、派手な平手の音だった。


 叩いたのは、エマ。

 叩かれたのは、ソフィア。

 先程とは、逆の構図となった訳だ。


 だが、


「心配したんだから!

 もし、アンタに何かあったらって、死ぬほど…ッ!」

「………そうだね。

 マジで、あたしも、危ないとか思ったもん」


 涙をボロボロ流したエマが、そのままソフィアに抱き着いた。

 抱き着かれたソフィアも、大人しく彼女の背中に腕を回す。


「ゴメンね、心配させて…」

「本当だよぉ!

 あ、あたし、あたしの所為で、また…ッ!」

「けど、大丈夫だったよ。

 浅沼が守ってくれたし…昔のままのあたし達じゃないよ」


 ソフィアの台詞に、エマが嗚咽ながらに頷いた。

 どうやら、仲直りは事済んだようだ。


 しかし、


「………ねぇ、先生」

「うん?」


 何故か、ソフィアはオレの方を見た。

 感動の仲直りの様子を傍観していたオレも、思わず動揺。


 だが、彼女は気にした素振りも無かった。

 そして、寂しそうな表情をしながらも、口を開く。


「あたし、先生の事好き」

「………。」


 まだ、続いていたのか、このやり取り。


 エマが驚いて顔を上げた。

 しかし、ソフィアの顔を見て、口を開こうとしたのを躊躇った。

 更には、何故か浅沼までもが動揺していた。

 気配で分かる。

 ………こりゃ、本格的に2人の間で何かあったな。


 後で、浅沼辺りを揶揄ってやるとしよう。


 閑話休題それはともかく


 エマが口を開くのを躊躇ったのは、彼女の表情だ。


 彼女は、頬に一筋の涙を流して、静かに泣いていた。

 綺麗な泣き顔。

 なによりも、随分と決意に満ちた、凛とした泣き顔だった。


 答えなければいけないだろう。

 きっと、彼女は今、ケジメを付けようとしている。


 だからこそ、オレは今まで言い続けていた言葉を口にした。


「オレは、生徒には、手を出さない。

 規則であり、それが教師としての最低限のルールだ」

「………うん」


 返答に満足したのだろう。

 ソフィアが頷いた。

 それと同時に、微笑んでから、


「(ありがとう)」


 小さくだが、確かに唇が動いた。

 声なき感謝の言葉に少しばかり戸惑いつつも、そのままソフィアの様子を見守った。


 エマに視線を戻したソフィア。

 目がかち合った双子は、鏡写しでは無いそれぞれの表情だった。


「あたしも、フラれたじゃん。

 ………お相子じゃんね?」


 泣きながら笑って、ソフィアはエマを抱きしめた。


「………そ、ソフィアぁ…!」


 エマは、そのまま彼女の腕の中で、泣き出した。

 ソフィアも、小さく嗚咽を漏らしながら泣いている。


 胸が痛む光景だった。

 けど、すっきりとしたのは、確かだ。


 ソフィアはけじめを付けた。

 エマもまだまだ難しいとはいえ、それでも双子姉妹の喧嘩は一件落着だ。


 生徒達からも、すすり泣く声が聞こえた。

 ラピスなんかも、ハンカチで目元を拭っていた。


 ………その代わり、オレには凄まじい眼力が突き刺さったがな。


 ただ、大丈夫そうだ。


 ソフィアも無事に戻って来たことだし、エマとの仲直りもしてくれた。

 本当の意味で、安心した。

 

『………お主は、女難の相でもでておるのかもしれんな』

「今は、それ言わんで」


 にっこり笑って、黙殺しておいた。

 叢金さん、気持ちは分かるけど、空気を読んでくれ。


 問題はあったが、大方片付いただろうか。

 生徒達の様子を見るに、おそらく禍根が残る事も無さそうだ。


 泣いていたソフィアも、エマも落ち着いて。

 仲良く、風呂に消えて行った。

 泣いたりびしょ濡れになったり、忙しかったからな。


 ついでに、治癒が完了した浅沼からは詳しく聞き出したが。

 ………真っ赤になっていた。

 こりゃ、あれだな。

 どさくさに紛れて、告白しやがったな。


 そして、彼が沈鬱な顔をしていない時点で、結果も分かる。

 答えを貰っていないか、貰った内容がピンクハート乱舞。


 どうりで、さっきのソフィアの言葉に、彼が一緒になって動揺していた訳だ。

 浮気宣言だったもんな。

 けど、オレは彼女を振った。

 浅沼にとっては業腹だっただろうが、それでも杞憂は消えた事だろう。


「………とりあえず、飯にしようか」

『は~い』

「どうなる事かと思ったけどな」

「あ~、お腹ぺこぺこ」

「モテモテな先生も、困りものだねぇ」

「キヒヒッ、背中ニ注意ダネ」

「テメェ等、河南に紀乃、ちょっと裏来いや」

『ヒッィイイイイ!』


 なんてちょっとしたオイタもありながら。

 ギスギスした空気は、終了だ。


 これにて、怒涛の武器選定は終了した。

 残りは、生徒達それぞれの特性を活かした仕上げのみだ。


 順調な事で。


 まだ、オレの予定は残っているけども、そこはそれ。

 やっとこさ、『異世界クラス』の日常が戻って来た。


 飯の肴は、浅沼の武勇伝としようか。

 きっと、未来の嫁さんとなるだろうソフィアが、面白可笑しく話してくれる筈だ。


 いやはや。

 『天龍族』の居城から戻って来たばかりだと言うのに、随分とハードな1日である。


 それでも、悪くは無い。

 そう思えるのは、このクラスがオレにとっての自慢で、最高のメンバーだからだろう。



***

クラス一の金髪美人と、オタクだけどマッチョが付き合う馴れ初め話。

ラブラブ馬鹿っぷるの爆弾でした。


ソフィアは、これですっぱりと銀次を諦めています。

ただ、エマだけが未だに未練が残っている形。


それでも、表立ってのガチバトルはもう無いと思ってください。


誤字脱字乱文等失礼致します。

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