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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、贋作編
165/179

157時間目 「特別科目~彼女達の気持ち~」

2017年4月25日初投稿。


続編を投稿させていただきます。

相変わらず、プロット紛失の所為でフリーダム。


長くなりそうなので、章を2つに分けようか検討中です。


構想の練り直しも、ちょっと微妙な雰囲気。

何故、作者は構想を練り直すとピンク色になってしまうのか不明………。


157話目です。

***



 監視をしている視線に関しては、夜にまとめて、という事になった。


 理由は、簡単。

 監視している視線に、身に覚えがあったから。

 オレの記憶と勘が確かなら、おそらく間違ってはいない筈だ。


 とはいえ、そちらばかりに気を取られている訳にもいかない。


「さぁ、休憩をあげたんだから、もう十分だろう?

 次、ディラン」

「は、はいっ」


 休憩を挟んでからの、武器選定の続き。

 ちょっと気になった事があって、いまいち身が入らないまでも、そこはそれだ。


 緊張の面持ちで、オレの前に立ったディラン。

 さっきは震えていてどうにもならなかったが、時間が経って落ち着いたようだ。


 そんな彼が持っているのは、直剣だった。

 それも、香神が持っていた様なスタンダードなものでは無く、大ぶりで両手剣にも見紛うもの。

 曰く、彼が父親から、受け継いだ由緒正しい家宝との事だ。


 使い慣れているからか、構えも堂に入っている。

 ついでに、ここ『異世界クラス』に来てからも訓練を欠かしてはいなかったからか、以前より随分と洗練されていると感じた。

 まだ数ヶ月だと言うのに、頼もしくなったものだ。


「…皆さんが手ほどきをしてくださるので」

「それでも、結果が現れるのはお前の訓練の結果だ」

「ありがとうございます」


 一礼をして、ディランが構える。

 オレも、先の反省から、最初から日本刀を顕現して相対した。


 合図はいらない。

 ディランは、流れるような動作で駆け出して来た。


 単調な振り下ろし。

 だが、その真価は、打ち合ってみて分かった。


 重い。

 ついでに、しっかりと命令が伝達された腕に、淀みも震えも無い。


 思っていた通りの逸材だったな。


 未だに、Dランクではあるが、それは登録した当初の話。

 勿論、時期が違うので、ランクアップはまだ先になるだろうが、きっと面白い結果が見られることだろう。


 編入試験を終えて、たった2ヶ月。

 思った以上の成長を遂げた彼に、満足だ。


 ふぅ、と溜息混じり。

 だが、


「~~~~~ッ!!」


 微笑んだと同時に、彼は驚いた様子で飛び退った。


 ………あれ?怖かった?


「い、いいえっ…そう言う訳では…ッ!

 で、でもその…反則と言いますか、あのその…良くないと思いますぅう…!」


 ………何の話?


 オレが微笑むと、何が良くないと言うのか。

 誰か、彼に翻訳機を付けてください。


「………お前、今の顔を鏡で見てみろ」

「見なくても分かるわ」


 そうだよ、忘れてたよ。

 自他共に認める、女神と一緒の滅多にない女顔だったな。

 しかも、今は女だから、余計に………。


 ディランが、真っ赤になっているのはその所為か。


 あ~ぁ、今さっきまでの気迫は、最高だったのに。

 ………女性への免疫を付けるのが先なのかもしれない。


「ディラン、合格。

 これからも、励めよ?」

「ひゃ、ひゃいっ!」


 今度は別の意味で、可哀想なぐらいに震えているディラン。

 オレの激励を込めた言葉にも、過剰反応だ。

 苦笑も浮かばず辟易とするしか出来ない。


 幼気な彼には、申し訳ないことをした………のか?

 え、これオレが悪いの?


 まぁ、そんなことはさておいて。

 気を取り直して、次の生徒を呼ばわる。


「次、河南!」

「はい」


 9番手は、河南だ。

 オレ達の様子をみて、苦笑を零しながらディランとバトンタッチ。


 彼が持っているのは、スタンダードな直剣と『隠密ハイデン』。

 ふむ、遠近両用での訓練を想定出来るが、はてさて、その練度はいかほどだろうか。


 正直、河南はオールラウンダーとして、既に完成されつつある。

 格闘も出来るし、剣も扱えるようになった。

 『隠密ハイデン』もあれば、何よりも魔法に関しての才能がこの化け物揃いのクラスでもダントツだ。


 こりゃ、マジでオレもそろそろ本気になった方が良いか。


 河南は、その場で既に『隠密ハイデン』を構えている。

 遠距離戦に持ち込んで、オレに近寄らせない戦法は女子組と一緒だな。


 ただし、彼は近寄っても反撃が可能だろう。

 はてさて、乗り切れるかな?

 怪我をしない様にってのが、そろそろ前提になるかもしれない。


「来い!」

「はいっ」


 日本刀を構え、迎撃態勢を取った。


 それと同時に、河南も『隠密ハイデン』の射撃体勢を取った。


 構えも良いし、その眼も良い。

 狙う箇所を目線でしっかりと見極めている。

 視線誘導の面では減点ながらも、これは期待出来そうだ。


 『闇』の精霊が、彼の周りで騒ぎ始めた。

 組み込まれた魔法陣が起動し、『風』の精霊も動き出したと同時、


 ーーーードゥン!

 キュンッ!


 『闇』で塗り固められ実弾と化した弾丸が飛来。

 日本刀を振り下ろした。


 真っ直ぐに向かってきたそれは、オレの脳天ど真ん中。

 教師に向けてと考えれば大暴投ではある。

 だが、敵に向けてと考えるなら大正解だ。


 眉を一瞬だけ顰めた彼が、腰の剣を抜いた。

 しかし、『隠密ハイデン』は腰だめに構えたままである。


 おっとっと、翻弄して来たな。

 これじゃ、どっちに対応したもんか、普通ならば迷う事になるだろう。


 まぁ、オレはどっちにも対応出来るけども。


 ドゥン!!と第二射が放たれた。

 サイドステップで避けたと共に、河南は踏み込みを強めて一気にオレの懐まで突っ込んで来た。


 参ったなぁ。

 このスピードは予想外だ。


「はぁ…ッ!」

「せぇいッ!」


 心地いいとも感じる気迫に、オレも相応の気迫を返し、彼の払ってきた直剣を日本刀で受け流す。

 流石に、この状況で受け止めるのは悪手だ。

 彼は、未だに『隠密ハイデン』を腰だめに構えたまま。


 そして、その銃砲は、オレが受け流しを行った途端に、オレの足下に向けられている。


 ドゥン!と第三射が撃ち込まれた。

 もう一度、サイドステップで、今度は河南の背後に回った。


 がら空きの背中を見て、一瞬減点と残念な気分を覚える。

 だが、それも束の間の事。


「………(にぃ)」 

「………ッ!」


 河南が、振り向きざまに嗤っていた。

 それを確かに見た。


 瞬間、オレのこめかみには、いつの間にか彼の踵が迫っていた。


「くぅ…ッ!?」


 咄嗟に日本刀を逆手に返した上で、腕全体を使って受けた。

 だが、サイドステップ後だった事が災いして、膂力が足りずに一気に後退を余儀なくされた。


 そこへ、体勢を整えた河南が、すかさず追撃を仕掛けて来る。

 第四射、第五射と続けざまの『隠密ハイデン』の銃声と、飛来する弾丸。

 肝を潰すとはこの事か。


 日本刀を順手へと返して、薙ぎ払い。

 既に眼前に迫っていた2弾を切り払ったまでも、


「………おっと、…やるじゃねぇの?」

「ひゅーい♪」


 ヴァルトの低い呟きと、ハルの口笛が聞こえた。


 うち1つの破片が頬を掠めたのがはっきりと分かる。

 どろり、と頬を伝った生暖かい血の感触に、眼を瞠ったままで立ち竦んでしまう。


 ただし、


「うわぁあああ、ゴメン、先生、ゴメンなさい!

 先生ならきっと避けちゃうだろうと思ってたから、容赦なく撃っちゃった!」


 オレ以上に焦っていたのも、河南だったが。

 あんるえぇえ…?


「い、いや、良いんだよ。

 ………というか、実戦感覚でやってくれないと、選定も何も無いし…」


 とはいえ、かなり驚いたけどね。

 まさかまさかで、オレへの1撃を与えた最初の生徒が、河南だったから。

 破片による怪我であっても、勿論カウントだ。


 しかも、魔法を使わない、遠近織り交ぜた格闘戦で。


 あ、ちなみに間宮のは、弟子としてだから別カウントね。

 アイツはそろそろ、それぐらい出来て貰わなきゃ困ると思っていたし。


「合格だし、見事なもんだ。

 正直、先生は、ここまで出来るようになったお前さんに吃驚です」

「あ、ありがとう、先生。

 お、オレも、ここまでやれるとは思ってなかったけど…」

「謙遜するな」


 なにせ、オレに傷を付けたんだから。

 気付いているかねぇ、他の連中はオレに指一本も触れていないという現状に。


 ………まぁ、彼も指は触れていないまでも。


 なんか、思っていた以上の仕上がりで、満足しちゃった。

 でも、何だろう。

 生徒達の目線が痛い。


「先生、気付いて!」

「頬っぺた、半分血だらけだからっ!」

「結構深く切ってるよ、それ!」


 ああ、そう言う事。

 どうりで、血が止まらないと思ったら、結構深かったようだ。


 破片が通り過ぎた時に、オレもすぐに分かったしね。


「ご、ゴメン、先生」

「だから、気にするなって」


 このぐらいは、掠り傷の範疇だ。

 それにすぐ止まるだろうし、怪我も消える。


 オレの時なんて縫うのが当たり前の怪我が、日常茶飯事だったんだから。


「………意外だったか?」

「うん、想定外だったのは確かだね」


 ゲイルに問いかけられて、苦笑を零す。

 永曽根辺りはそろそろと思っていたけども、河南とは。

 ダークホースだ。


「ちなみに、あのスタイル、誰かに似てねぇか?」

「ルリ、だな。

 やっぱり、テメェが手解きしやがったか」

「おう、覚えている限りをトレースして、1週間で出来るところまで仕込んでみた」


 そして、あの遠近両用スタイルは、ハルの発案だったらしい。

 ただし、恨み言は言えない。

 トレースをして教え込むなんて芸当は、オレでもまだまだ難しい。

 そして、それを1週間で仕上げたのだ。


 正直、オレはそれを可能にしたハルも、河南も凄いと思う。

 だから、褒めこそすれ、責めはしない。


 そんな河南は、生徒達に初の快挙をお祝いされて、胴上げまでされていたが。

 ………おい、お前等、そんなにオレの負傷が嬉しいのか。


 悔しいので、にっこりと笑っておいた。

 河南が、落ちた。

 ご愁傷様。


「では、次、紀乃!」

「兄ちゃんノ後ハ、流石ニ堪えるネ」


 そうこう言いつつも、車椅子をギコギコと押して出て来たのは10番手の紀乃。


 膝には、小振りの魔石が褒め込まれた錫杖ワンドが鎮座していた。

 ただし、その柄は短く、おそらく直剣と同じぐらいの長さしかない。


「車椅子だから、余り長いものハ振り回す事ガ出来ないからネ。

 そノ代わり、殴打ニ使える様ニ、重いものヲ選んだヨ?」

「………間違っちゃいないが、ちょっと怖い」


 当たり前の様なチョイスが、彼の躊躇の無さを物語っている。

 多分、彼はその通りに、敵が車椅子だと舐めて掛かって近寄って来たところを、撲殺天使並みに容赦なく殴打する事だろう。

 ぞっとした。


 オレも、彼の事を侮る事は、極力控える様にしよう。


「んじゃ、おいで、紀乃」

「ハイヨ」 


 車椅子の上で、錫杖ワンドを構えた紀乃が微笑む。


「『雷の矢(ライトニング・アロー)』」

「(分かっちゃいたが………、教師に向けての魔法じゃねぇ)」


 これまた、無詠唱。

 文言は必要な様だが、彼は呆気なく『雷』属性を操った。


 飛び上がって、後退。

 これは仕方ない。

 魔法のチョイスが最適なのだ。


 今、オレの足下は、今までの生徒達が水を使った所為で泥だらけだ。

 『雷』属性は、下手をすれば感電する。

 分かって使っているのは、当たり前。


 侮れないのは、無詠唱だけじゃない。

 彼の場合は、先にも思った通りの躊躇の無さだ。


 善悪の区別が、混濁している訳では無い。

 だが、敵と見做せば容赦が無くなると言うのは、間違っちゃいないが恐ろしいところ。


 異端審問の時にも、その片鱗が見えていたらしい。

 真向から全否定ダウト判定って、恐ろしい以外の何物でもない。


「『雷の槍(ライトニング・ランス)』!」


 続け様の魔法も、また『雷』属性。

 ただし、彼の魔法の威力は、普通に考えるよりも遥かに高い。


 今も、『雷』で形作られた槍の本数は、5本を超えていた。

 通常、魔法に特化した魔術師部隊であっても、最高は3本までと言うのが通例である。


 5本を同時に顕現出来るのは、ゲイルぐらい。

 紀乃は、その本数にあっと言う間に並んでしまったと言う事だ。


 これには、ゲイルが舌を巻いている様子だった。

 うかうかしていると、彼も抜かされそうだ。


 殺到して来たその『雷の槍』を避け続けながらも、攻略法を考える。


 彼は、当たり前の様に、車椅子を押して進んできている。

 何故なら、車椅子のタイヤはゴム製。

 ゴムは電気を通さない。

 理化学の初歩として教わる事象を、彼は良く心得ている。


 ………思ったが、コイツもかなりのハイスペックだよな。

 魔法の知識に加えて、医療知識に趣味としても根強い理化学の知識、ついでに異常聴覚による行動・心情把握。

 頭の回転も速く、理解度数も悪くない。


 かなりの武器を持っている事になる。

 車椅子というハンデを、簡単に覆せるだろう長所ばかりだ。


 そして、今も。

 彼は、泥水のど真ん中を陣取った。

 身動きが出来なくなったも同義までも、魔法を多用する彼にとっては好都合。

 『雷』属性を使っても、車椅子のゴムタイヤの所為で平気だから。


 だが、オレが近付くとなると、骨を折る事になる。

 感電は免れない。

 ………こりゃ、オレも魔法無しでの攻略は難しいかもしれん。


 とはいえ、


「まだまだ、オレの威厳は守らせてくれ」 

「キヒヒッ!

 先生ハ、そロそろ、その威厳ノ看板ヲ下げた方ガ良いト思うケド?」

「言ってろ」


 日本刀をジャグリングをするように回して整えて。

 そこから、一気に駆け出した。


「きひっ、『雷の檻(ライトニング・ゲージ)』!」


 接近を許さないとばかりに、紀乃が魔法を撃ってくる。

 魔法特化型の前者4人と同様に、オレを捕まえて機動力を削ぐ戦法。


 形成された『雷の檻』を避け、跳躍。


「『雷のライトニング・アロー』!」


 跳躍したオレに、すかさず魔法が迫る。

 空中で体勢を整えつつ、全てを避けた。


 眼を見開かれたと同時、泥沼と化した地面に車椅子で待ち構えた紀乃の真上に迫る。

 彼は、先ほども言っていた通りに、錫杖ワンドを振り払った。


 日本刀を返して、切り結ぶ。


 しかし、


「おう…ッ!?」


 ここで予想外の事態。

 膂力に負けて、跳ね上げられた。


 今更に思ったけど、筋力上がってない?

 しかも、思っていた以上に、彼が持っている錫杖ワンドの重量が凄い。


 ………あれ?

 そもそも、その錫杖ワンドを持てるだけの、筋力はどこから来た?


 跳ね上げられた格好のままで、更に追撃。

 彼は、その場で錫杖ワンドを切り返し、すぐに応戦をして来た。


 柄が短い分、取り回しも楽なようだ。

 もう一度、切り結ぶ。

 かち合った瞬間の膂力は、やはりオレよりも強い。


 オレは空中にある分、自重以外の力が入れられないのが難点だ。


 だが、それよりも。


「………いつの間に、そんな腕力になってやがった…!?」

「キヒヒッ、先生ノ知らないところデ、頑張った甲斐ガあるヨ…」


 再度、打ち合い。

 跳ね上げられる。


 まるでリフティングをされるような形で、4合、5合と続け様に打ち合う。

 脚が付かない。

 オレとしては間違っても感電したくないので好都合。


 だが、オレの内心はともかく、相対している紀乃は涼しそうな顔で当たり前の様に遣って退けている。


 ヒヤリ。

 背筋に、氷塊が滑り落ちるような感覚。


 それと同時に、腹の奥底から湧き上がる、総毛立つ様なゾクゾクとした快感。


 コイツ、やりやがった。

 言葉通りの意味で、オレの知らない間に腕力だけでも鍛えていたようだ。


 下半身不随のハンデを、上半身で全て補う。

 その為には、武器を取り回す為の筋力が必要と考えて、オレの知らない間にこっそりと鍛錬をしていたようだ。


 その結果が、今オレがこうして打ち負けている膂力。

 勿論、怪力を使っていないからこそな訳であっても。

 最低限の力加減で十分と高を括っていたオレに取っての盲点を、的確に突いて来た形だ。


 ああ、やはり、侮れない。

 この兄弟は、もはや既に完成され始めている。


「ああッ、畜生ッ!

 楽しくなってきたじゃねぇか!」

「キヒヒッ!

 ソウ言ってる時点デ、先生モ十分戦闘狂(バトルジャンキー)ダヨ」


 痛快な気分から、本音をポロリ。

 それに対して、紀乃は痛烈に返して来た。

 言ってくれる。


 だが、言われてみても、その通り。

 今は、この手合わせが楽しいと感じている自分がいる。


 刀と錫杖ワンドでの打ち合いリフティングが、両手の数でも足りなくなってきた。

 剣閃と共に、火花が散る。

 流石にオレも、これ以上の体勢の立て直しは難しい。


 着地をすれば、すかさず魔法を使ってくるだろう。

 現に、足下の泥沼には魔力反応が感じられている。

 発現を控えさせているのだろう。

 器用な事だ。


 かと言って、彼もオレの体勢をこれ以上崩すのは難しい様だ。


 鍛えてはいても、スタミナはどうしようもない。

 息が弾み始めた。

 オレを跳ね上げる為に酷使している腕も、限界が近づいている事だろう。


 だが、それにしたって、凄い。

 この子は、凄い。

 ハンデをものともせずに、状況さえ整えばオレと互角だ。


 例え、力を抜いていたとしても、オレにそれ以上の反撃を許さないのだから。

 錫杖ワンドの取り回しも合格。

 魔法能力に関しても、文句無し。

 ついでに、頭の回転数に関しても、だろうか。


 ああ、楽しい。

 いつの間にか、オレが生徒達に感心させられるようになっていたらしい。


 だが、


「キヒィ…ッ、もウ無理!」


 そんな楽しい時間もあっと言う間。

 紀乃本人とその腕が、遂に悲鳴を上げた。


 錫杖ワンドの軌道がブレた。

 すかさず、その柄を弾く。


 難なく吹っ飛ばされた錫杖ワンドが、地面に突き立った。

 転がらずに突き立ったことが味噌。

 つまり、それだけの重量があったと言う事に他ならないからだ。


 そして、オレもやっとリフティングが終了。

 いやはや、玉遊びをされるとも思わず、それが生徒何てことも予想の斜め上だった。


 悠々と着地。

 勿論、紀乃の車椅子のタイヤ部分。


 彼の首筋に、背後から刀を添える。

 掛ける言葉は勿論、決まっていた。


「文句なしの合格だ」

「キヒヒ…、ちょっとハ先生モビビってくれタ?」

「ちょっとどころか、かなりビビったよ」

「ジャあ、満足だヨ、キヒヒヒヒヒヒッ」


 武器選定は終了だ。

 もはや、文句の付けどころが無い。


 曰く、紀乃は河南と共謀して、自室での鍛錬に勤しんでいたそうだ。

 筋トレと腕力強化、それから武器の扱いに関しても、隠れてこっそりとローガンやゲイルに取り回しを学んでいた、との事。

 教えてくれないなんて、狡い。

 言ってくれれば、オレだって教えたのに。


 泥沼からの離脱を手伝ってやり、そのまま車椅子を押しながら文句を呟いてみる。

 だって、やっぱりちょっと悔しかったんだもの。


 だが、そんなオレに返って来た紀乃からの返答は、


「先生ガ忙しいのハ知ってるもノ。

 頼まれたラ断れない先生ノ事だかラ、無理されチャ困るからネ」

「………良い子だね、お前」

「キヒヒッ、感動シたかイ?」

「感動し過ぎて、涙が出そう」

「じゃア、見せテ?」


 振り返った紀乃は、いっそ分かりやすい程に高揚していた。

 その視線を受けた時に、咄嗟に目を隠そうとしたけども、


「クスクス、先生っテば、照れ屋なんだかラァ」


 なんて、おちょくられてしまった。

 驚き混じりに微笑んで、紀乃を推す車椅子の速度を上げてやった。


 キヒィーーーーーッ!と悲鳴が上がったが、これまた無視。

 おのれ、教師を揶揄いおって。


 度肝を抜かされた腹いせも込めて、ちょっと乱暴に裏庭の芝生に乗り上げさせてやった。

 まぁ、落としはしないけど。

 それやったら、本気で可哀想だから。


 だが、


「………そういう先生ノ優しいとコろ、大好きだヨ?」


 更に、追撃とばかりの茶化す様な言葉。

 苦笑交じりに、頭を撫で繰り回しておいた。

 笑い方はともかく、可愛い奴め。


「では、次、徳川」

「はいっ!」


 紀乃に続けて、呼ばわった徳川。

 彼は、大剣を持って立っていた。

 もはや、安定の怪力具合につき、彼らしいチョイスとしか言いようが無い。


「では、いつでもおいで」


 そう言いつつ、オレも安定の日本刀。

 構えたと同時に、彼はにんまりと笑った。


「纏え、爆炎!」

「(………うん?)」


 唐突の大音声。

 一瞬、理解が及ばなかった。


 しかし、


「おっとっと、これまた…」


 魔法の発現ワードとなっていたらしい。

 しかも、普通の魔法では無く、彼自身が持っている大剣へと纏わせるような形で顕現した。


 先程から、驚かされっぱなしである。

 どうやら、徳川までもが想像以上の成長を遂げていたようだ。


「でやぁあああああああ!!」

「(………声量に関しては、相変わらずか…)」


 気迫の篭った声までもが大音声。

 耳へのダメージで眩暈すらも感じるが、よろけてばかりはいられない。


 大剣に炎を纏わせて、まるで4tトラックのように突進して来た徳川。

 それを、最低限の動きでいなす。


 だが、


「追いかけろぉ!!」

「………ッ、追尾だと!?」


 躱したと思っていたのは、早計だった。


 またしても、魔法の文言とは違う、指示だけの言葉。

 だと言うのに、意思を持った様に炎がのたうち、オレ目掛けて襲い掛かって来た。

 一息に後退。


 だが、追尾と言ったからには、炎もまた同じようにオレを追いかけて来る。

 そして、当然、徳川も。


「うりゃああああ!!!」

「(なるほど、考えたな…。

 魔法と物理での、挟撃とは…)」


 後方から迫る炎に、更に前方から徳川が挑みかかって来る。

 こりゃ、骨が折れる。


 最終手段とも呼ぶべき、空中離脱を敢行した。


「戻って!」


 地味に、同士討ちを狙った形ではあるが、残念ながら徳川は掛かってはくれなかった。


 掛け声一つ。

 たったそれだけで、炎は大剣に戻り、纏わりつくようにして燃え盛った。


 着地をしてから、じんわりと背筋を濡らした冷や汗に瞑目。


 本当に、驚かせてくれるものだ。

 武器選定を急がねば、と焦っていたつい3日前程の自分に見せてやりたい光景だった。


 サプライズとも言うべき、凄まじい結果ばかり。


 なまじ、徳川は詠唱を覚えるのがとにかく苦手だった。

 だからこそ、対話を増やしての無詠唱習得を急がせた過去がある。

 無詠唱になってからは文言は必要なくなったまでも、それでも今まで生徒関連での魔法の暴走事故は、彼がダントツだった筈なのだ。


 なのに、今はどうだ?

 掛け声一つ。

 たったそれだけで、彼は『火』属性の精霊達を従え、あろうことか武器に纏わせるなんて離れ業までやってのけた。


 実際、簡単そうに見えるが、実は大変な事だ。

 魔法の発現は1度きりの為、ある程度の基礎が出来れば簡単だ。

 だが、その魔法の継続や持続、というのは難しい。


 過去、生徒達の修練に取り入れていた方法ではある。

 だが、当初の段階では、魔法に関しての優等生である常盤兄弟ですらも、全く出来なかった。


 それを、あの劣等生・徳川が行っている。

 継続・持続を事象として顕現させただけでは無く、それを武器に纏わせながら、変幻自在に操る。

 その技法は、騎士団でも片手の指で数えられる程の熟練の技らしい。

 実際、ゲイルもそのうちの1人であるが、出来たとしても緩急・あるいは形の変化をさせる事は難しいと唸っていたのを聞いた事があった。


 つまり、この段階で徳川は、ゲイル同様かそれ以上の妙技を手にしていると言う事。


 更に言えば、これは『精霊剣スピリチュアル・レガシー』の特権だ。

 『精霊剣』自体が、精霊を宿らせたソフィアの遺物。

 だからこそ、それぞれの属性を纏わせ、あるいは変化させながら戦う事が可能だと言う代物。

 ただの量産型の武器では、まず出来ない技術。

 それが、『精霊剣』の価値を、国家予算と位置付ける決定的な違いだ。


 今、徳川が行っているのは、まさにそれ。

 だからこそ、オレも驚きを隠せない。


 よくもまぁ、ここまで精霊達との会話をやり込んだものだ。

 ついでに、よくぞその妙技を、実戦に使えるまでに鍛錬したものだ、と。


 背筋に這い上った悪寒のままで、微笑む。

 きっと、今は生徒達曰くのNGな笑顔が浮かんでいる事だろう。


 実際、相対していた徳川が、喉から異音を発した。

 しかし、臆する事無く、彼は構えている。


 ああ、愉快痛快とはこの事か。

 コイツ等は、本当にオレを楽しませてくれる。


 こりゃ、オレもうかうかしてられない。


「………サラマンドラ、頼む」

『応、来た!』


 目には目を、とばかりに彼と同じ土台に持ち込んでいく。

 日本刀に纏い始めた、『火』属性の焔。

 オレだって使える妙技だとしても、ほとんどを精霊サラマンドラに操作を依存している時点で、彼には遠く及んでいない。


 生徒相手に大仰な、と思うかもしれないまでも。

 それでも、ここまで本気で仕上げて来た彼には、例え一端であっても本気で相対するべきだろう。

 相殺する為にも、必要な事。


 徳川の目が見開かれたと同時、


「やっと………本気出してくれた!」


 その眼が獰猛な肉食獣を思わせる輝きに支配される。

 ついでに、彼の幼気な表情からは想像も出来ない程の、歪んだ笑みまでもが唇を彩った。


 なんて、顔をしているのか。

 ………まぁ、オレも人の事なんか言えないまでも。 


 閑話休題それはともかく


「えぇいやぁああああああッ!!」 

「せぁあああ!」


 徳川が、弾丸の様に飛び出した。

 オレも、それに相対する為に、日本刀を振りかぶったと同時、


「来い!!」


 受け止める気概を露に、制止。

 徳川を待ち構える。


 弾丸の様に飛び出した時同様に、躊躇いなく飛び込んで来た彼。


 炎を纏う、刀と大剣。

 振り下ろしと振り下ろし。


 拮抗する。

 力の余剰分が、行き場を失って地を這った。

 ボゴンッと地鳴りにも似た音が鳴って、地面にクレーターが出来上がる。


 その直後、


「あだ…ッ!?」

「…ッ!」


 拮抗が、突如弾けた。


 徳川が小さな悲鳴と共に、背後に転がった。


 オレは、力の行き場を失くして、前のめりにとなる。

 踏鞴を踏んで持ち堪えたが、危うく転倒するところだった。


 何故?

 そう思って、刀を見る。


 うん、無事。

 だが、無事じゃないのは、徳川の持っていた大剣の方だった。


 半ばからぽっきりと折れた剣。

 おそらく、オレ達の怪力による拮抗で、武器が耐え切れなくなったのだろう。


 あちゃー………。

 すっかり、量産型の武器って事が、頭からすっぽ抜けていたようだ。

 大剣ってストックか補充分、あったっけ?


「あーーーーッ、折れちゃった!」

「はぁ。お互いに力加減を間違った結果だな」

「ううう…しっくり来るの、これしか無かったのに…」


 済まん、徳川。

 許せ。

 今度、ヴァルトの伝手で、しっくりくる大剣を探してやろう。


 とはいえ、


「徳川も合格だ」


 文句なし、だな。

 ここまで、しっくり来ていると言う事の方が、驚きかもしれない。


 ジャッキーの見立て通りに、良いタンクになりそうだ。

 大剣を扱うならばアタッカーとしても、申し分は無い。


 ただ、当の本人はそれでも不服そうだったが。 


「ちぇッ、本当ならオレだって、先生に一撃入れるつもりだったのに…」

「早々簡単に、入れられて堪るものか」


 と言う訳で、撫すくれていただけのようだ。


 この中で、オレに一撃を入れたのは河南のみとなるからな。

 徳川も第二号として続きたかったらしいが、お生憎様。


「では、次、永曽根」

「おう」


 次に呼ばわったのは、13番目の永曽根。

 彼は、実家での教育があってこそ、既にほとんどの武器への転向が可能になっているオールラウンダー。

 チョイスは、槍と『隠密ハイデン』。

 こちらも、河南同様に、遠近両用スタイルを選んできたな。


 ただ、言わせて欲しい。


「………武器選定なんだから、『ライラプス』は召喚すんじゃねぇよ?」

「………チッ、駄目だったか」


 当たり前の様に、隣に犬を侍らすな。

 『闇』で形作られた狩猟犬精霊は、やる気満々で彼の横に待機していた。


 当初の目的から、ズレまくっているって気付いて!

 魔法第合戦でも決闘でも無いの!

 オレをボコる会でも無いの!

 武器選定なの!

 いい加減、気付けよ、馬鹿!


 ゴホン、失礼。

 荒ぶったようだ。


 『ライラプス』にはとっととご退場いただき、改めて永曽根と対峙。

 槍と『隠密ハイデン』は相変わらずながら、欲張りなのか籠手ガントレットまでもを装着している事から、接近戦も想定しているようだ。


 コイツも、冒険者となれば大成すると言うのに、勿体ない。

 保父さん希望は、今からでも覆せないか?


 まぁ、そんなオレのジャッキーへのポイントアップ作戦はともかく。


「おいで」

「あいよ」


 日本刀を構え直し、永曽根の初撃を待ち構える。

 彼は、河南と同じく『隠密ハイデン』を選択した。


 ドゥン!と腹に響く、銃声が一発。

 狙いは、オレの眉間ど真ん中。

 良い腕だ。


 切り捨てる様にして刀を振る。

 弾丸が真っ二つとなって後方に流れていくのを確認するよりも早く、永曽根が更に動き出した。


 手には、槍。

 駆け出した初速が、早い。

 まるで居合並みの鋭さに、オレも本気になって迎撃を取る。


 日本刀で弾いた槍の重さは、かなりのものだ。

 まるで、ゲイルかローガンでも相手にしている気分になった。


 弾かれたと同時に、彼は槍の手を緩めた。

 軌道を戻すよりも、流した方が早いと察知した。

 これまた、良い判断。


 脚が飛んで来た。

 小首を傾げる様にして回避。

 だが、彼はその脚を地面に付けたと同時、即座に軸足へと切り替える。

 逆の脚が飛んで来た。

 教師を足蹴にしようとは良い度胸だ。


 屈み避けた。

 頭上を通過する風圧が、一介の生徒とは到底思えない。

 これまた、ゲイルとの徒手空拳での訓練を思い出す。


 しかも、その攻勢はまだ終わらない。

 今しがた振り切った脚を更に軸足へと繋げ、更に旋風脚。

 ………お前は、アーケードゲームの主人公か。


 ラッシュを止める為に、受け流しを選択した。

 日本刀を逆手に受け止めたと同時に勢いごと押し流す。


 体勢を崩した彼が、地面を擦るようにして回転。

 そうして整えたと同時に、


「はぁああっ!!」

「チッ!」


 今度は、槍の振り下ろしが降って来た。

 流石にこれには、オレも受け止める選択しか取れない。


 後退しても良かったが、距離を開けると『隠密ハイデン』の間合いとなってしまう。

 先の河南での失敗を含めて、なるべくなら接近戦を選択したい。


 だが、


「うらぁあ!!」

「………おっとっと…!」


 彼の『隠密ハイデン』の使用方法が、若干違った。

 彼は、槍と同じく『隠密ハイデン』を、殴打武器として使って来た。


 受け止めた槍と共に、『隠密ハイデン』の銃身が叩き付けられる。

 もう、コイツ等本当に、マジで凄いとしか言えないんだから。


 槍の一撃を受け流しに変更。

 一気に後退したと同時に、『隠密ハイデン』の銃声を聞いた。


 もう一度、日本刀で弾丸を切る。

 否、


「(………空砲!?)」


 音だけだった。

 弾丸は、影も形も無い。


 つまり、オレは空振りをさせられただけ。

 そして、眼を瞠った先では、永曽根が槍を片手に、突っ込んで来ていた。


 日本刀を無理矢理軌道修正。

 手首が少々、痛んだ。


 槍での突きを、躱すような体勢となりながらも受け流した。

 その瞬間に、背筋に冷や汗。


 こめかみに、ごりっと何かが当たった感触。

 銃口だ。


 体勢を整える暇は無い。

 そのまま、地面に投げ出すようにして力を抜いた。


 ーーーードゥン!


 今度こそ、本物の銃弾が飛び出した。

 間一髪、目前を通過したそれが、前髪の数本を焼き切っていった。


 地面に倒れ込む。

 受け身を取って、そのまま後ろに転がった。


「まだ、まだぁああ!」


 その足下には、永曽根の踵落としが迫っていた。

 咄嗟に強く地面を蹴った。


 永曽根の踵に、爪先が掠めた感触。

 激痛が走る。

 あちゃー…、こりゃ、オレも鍛錬のし直しかもしれない。


 これも一撃だ。

 そして、強く蹴り過ぎた事で、オレは3回も余計に後転をする羽目になった。

 おかげで、目が回る。

 起き上がるのに、時間も掛かる。


 その間に、永曽根はしっかりと体勢を整えたと同時、『隠密ハイデン』を構えていた。


 ドゥン!と、更に腹に響く、銃声。

 立ち上がったと同時に、回避一択。


 そこから、大きく回り込む様にして走り出すが、銃声と共にオレの背中を弾丸が掠めていく。

 おいおいおいおい、殺す気か?


 『隠密ハイデン』の射出速度は、使いようによってはガトリングともなる。

 それを知っていながら使わないのは、魔法合戦ではないと理解しているからだろう。


 だが、それでも今のオレを、防戦一方に追い込んでいる事実。

 永曽根も、随分と力量を上げて来た。

 ついでに、武器選定を終えてからは、随分とこのスタイルへの昇華に邁進して来たか。


 頼もしい。

 同時に、恐ろしくも感じる。


 コイツ等を指導出来るのは、後何年あるのだろうか。

 もしかしたら、年数もいらないのかもしれない。

 オレが死んだり動けなくなってしまう意味では無く、師事がいらなくなるという意味で。


 どいつもこいつも、逸材揃い。

 オレも、もう舐めて掛かっていては、抜かされてしまうだろう。


 ならばこそ、


「銃身を下げるなッ、腰を入れて固定しろ!」

「ッ!?」

「背筋を伸ばせ!

 後、腰を入れてからは、重心は前!

 腰だめになると、反動で内臓を損傷する可能性もあるから注意しろ!」


 駆け抜けながら、彼のちょっとした悪癖を軌道修正。

 映画等での腰だめでの発砲を見た事がある所為か、ライフルと同じ形状の『隠密ハイデン』の扱いが雑。

 多分、基礎を学んだは良いが、スタイルの変化に伴って崩れたな。


 永曽根は、律儀にオレの言葉通りに、姿勢を矯正し始めた。

 先程よりも、大分マシになったか。


 大きく回り込んで駆けていた脚を、一気に加速。

 更に、真っ向から走り込む様な形で永曽根へと肉薄する。


「正面、狙え!」

「ッ!」


 まるで、自殺願望を丸出しにした、殺人教唆。

 だが、永曽根はやはり、従った。


 先に下がっていた銃身を上げ、オレの眉間にピタリと合わせた。

 腰だめを辞め、腕を伸ばしたと同時、前傾姿勢。

 更には、脚を引いた。

 言われなくても、反動対策を行ったのには、内心で拍手。


 ーーーーードゥン!

 弾丸が打ち出され、空気を叩く射出音。

 目の前に迫った弾丸を、サイドステップで避けた。


 これまた、前髪の数本がもっていかれた。

 そのうち前髪が無くなったら、彼に新調して貰うことにしようか。


 そして、そのサイドステップで崩れた姿勢のままで、右手の日本刀を投げた(・・・)


「弾けッ」

「せぁああ!」


 オレの声とほぼ同時に、永曽根が槍を振り切った。

 正眼で刃をしっかりと捉えた槍が、日本刀を弾いて地面へと突き立てる。


 そして、


「よし、上出来だ」


 槍を振り切った体勢のままの、永曽根の頭上で笑ったオレ。

 先に日本刀を投げた時には、既に飛んでいたのだ。


 そして、彼が槍を振り切ったと同時に、その槍の柄頭に着地した。

 日本刀を弾く為に、振り切った為に切先は、日本刀同様に地面に突き立っている。


 彼の膂力に頼る事もなく、オレは立っていられる。

 そして、その槍の切先の、地面への切り口も見て取れて、にんまりと更に笑う。


 地面への切先は、綺麗なひし形。

 切先が真っ直ぐ、更にはぶれる事無く突き立った証拠。


 満足だ。


 舐めて掛かっていた事を、本気で後悔する。

 コイツには、既に武器選定は必要なく、修練に関しても完成されていた。

 オレが口出しで、済むレベル。

 元が武芸家の出身だからと言って早々簡単には登れない高みに、今、彼はいる。


 更には、『隠密ハイデン』の扱いも、実戦レベル。

 多分、命中率も高いだろう。

 『闇』で形作る銃弾である事と、『遮音』魔法の甲斐あって、いつでもどこでも練習が出来る事も理由に挙げられる。

 これが、実弾演習だとそうは行かない。


 実力・能力、ついでにここぞと言う時の、判断力。

 どれをとっても、最高だ。

 間宮までは行かないまでも、きっと榊原とは同等だな。


 おかげで、オレも清々しい。

 ただ、永曽根は徳川達同様に、不満そうな顔をしているがね。


 ………大方、彼もまた1撃を入れられなかったと、悔しがっているか。

 けど、それに関しても大丈夫。


「悪いけど、そのままオレを受け止めてくれるか?」

「…はぁ?」

「足の中指か薬指が折れてんの。

 このままだと着地と同時に悶絶するから、抱き留めて」

「………お、折れただぁッ!?」


 気付かないのも無理は無いよ。

 オレも、痛みを顔に出さない様に、引き絞めてたからね。


 先の踵落としが掠めた結果だ。

 だから、立派に1撃を加えている事実を素直に認めてあげよう。


 只言わせてもらうと、凄い激痛だったよ。

 走る度に。

 木靴でも履いて走ってんじゃねぇのかと思ったもの。

 これも地味な拷問である事に誰か気付いて欲しい。


 まぁ、そんなオレの内心はともかく。

 武器を全部捨てた永曽根が手を差し伸べてくれたと同時に、倒れ込む様にして槍の柄頭から降りた。

 言われた通り、永曽根がキャッチしてくれる。

 プリンセスホールドは気に食わないまでも、しっかりと受け止めた辺り彼も随分な筋力だ。

 オレ、一応は成人男性なんだけど?


「うわっ、軽…ッ!?

 アンタ、もっと食わないと倒れんぞ…!」

「しっかり食ってるわ!」


 ………間違った。

 今、成人女性だった。


 筋力が落ちたと同時に、体重も変動しているのか。

 いやはや、不明ながらもこの女体化の原理は一体、どうなっているのか。

 質量保存の法則、完全無視だな。


 とはいえ、永曽根も酷い。

 先にも昼食を一緒に取っていると言うのに、まだ食えと言うのか。

 これでも、限界量まで詰め込んでるんだけど。


 って、話が逸れた。


「それで?

 折れたとは、どこら辺かや?」

「左足の中指と薬指…辺り?

 ってか、先に下ろして貰ってからでも…」

「黙って治療を受けやれ」


 先程の折れた発言を聞きつけて、芝生に待機していたラピス。

 永曽根に抱えられたままだと言うのに、とっとと診察を開始しようとしてしまう。


 心なしか、彼女の口元がにやけていた。

 ああ、畜生。

 揶揄われているな、これ、絶対。


「大人しく抱えられていると言い。

 生徒の成長も感じられて、一石二鳥だろう?」

「生徒の筋力発達具合を、こんな生々しく感じたくはないわ」

「文句を言わずに、抱えられておけ」

「2人揃ってオレで遊んで楽しいか?」


 そして、ラピスにはローガンも一緒になって便乗する始末。

 楽しそうにしやがって。


 おおかた、夜の反撃が無いと考えての暴挙なのだろう。

 ううっ、覚えて居ろ。

 戻って来てから、というのは無理だったが、この体が元に戻ったら存分に可愛がってやる。


「ッ………悪寒がしたぞ」

「………私もだ」


 テレパシーは通じたらしい。

 へへんっ、覚悟しておくが良い。


『ふふふ、お主もそうだが、生徒達も随分と鍛え上げているようだな』


 そこで、ふと重厚な声がした。

 叢金さんだ。


 先程同様に、ローガンの腕にしがみ付いて、生徒達を見渡して感心している様子の彼。


 気付けば、他の生徒達も武器選定の傍らで、更に鍛錬を続けている。

 言われなくてもやるようになった、というのは良いか。

 逸材揃いの上に、コイツ等ストイックなんだ。


『お主が筆頭であるから、当然のことか。

 いやはや、種族に胡坐を掻いた『天龍族』の親衛部隊の連中に見せてやりたい光景であるな』

「そりゃ仕方ないよ。

 種族が違うだけで、ランクまで違うんだから」


 『天龍族』はもはや、別格で良い。

 オレ達は、それに付いて行けるだけの力を付けたくて、鍛錬をしているだけ。

 ………言われて気付いたけど、やり過ぎって自覚はあるけど。


 だって、生徒達がここまで仕上がっているなんて思っても無かったんだもの。


 今、こうしてオレを抱き上げている永曽根とかね。


 オレ程度を抱き上げた程度じゃ、小動もしていない。

 普通、もうちょっと腕が震えたり、落としそうになったりするもんだと思うんだけどねぇ。


「いや、軽いから平気」

「さらっと傷付くから、やめなさい。

 そして、オレの内心を読むな」

「重いのかって聞かれたと思ったんだよ、目線で」

「ほほほっ、熱いのぉ」

「妬けるな」

「生徒には手を出さねぇ主義だから揶揄うなッ」


 結局、オレへの揶揄いに変貌した会話に、ついつい溜息。

 永曽根は苦笑をしているだけだった。


「ふむ、確かに折れておるのぉ。

 中指じゃが、粉砕骨折のようじゃ。

 流石に、治癒魔法では骨までを治す事は出来ぬから、しばし休んでおくべきかのう」


 ラピスの診察は、アウト。

 オレ的には治癒魔法いたみどめで何とかなると思っていたら、駄目だった。

 ………女になったら、骨まで脆くなってんの?


 これには、流石に頭を抱えてしまった。


「………武器選定終わって無いのに…」

「ドクターストップじゃ。

 何、お主の代わりなら、マミヤかゲイルでも務まるのではないかや?」

「私だって、それぐらいは出来るぞ?」


 オレが判定するから、意味があったんだが。

 まぁ、傍で見ていても、レベルと姿勢ぐらいは見えるから、十分選定出来るか。


 彼女達の言う通り、間宮達ならオレの代わりでも十分だし。


 と言う訳で、ここからは選手交代だ。


 次の選定は間宮だったが、コイツはもはや必要無い。

 と言う事で、そのまま武器選定の審判に指名した。


「悪い、先生。

 やり過ぎたな」

「いや、完璧に避けられなかったオレも悪い…」


 永曽根がオレを抱き上げながら、眉を下げた。


 気にせんで。

 体勢を崩していたとは言え、避けられなかったオレも悪いから。


 最近、足指の骨折が多いな。

 涼惇さんとの手合わせの時にも、中指折ってるんだよねぇ。


 ってか、それよりも、


「お前はそろそろ、オレを下ろしてくれない?

 正直、そっちの方を気にして欲しい」

「………鍛錬に丁度良いのに」

「教師をダンベル代わりとは良い度胸だ」

「ほへんふぁはい」


 そんな良い度胸の永曽根には、拳銃を噛ませてやった。

 涙目で謝ったので、良しとしてやろう。


 やっと地面に脚が付いたところで、ローガンの腕から叢金さんが腕に擦り寄って来た。

 抱き上げると、違和感なくジャストフィット。

 (※後から聞くと、ローガンの腕はオレよりも筋肉質で落ち着かなかったそうだ…)


 閑話休題それはともかく


「ルーチェ、悪い。

 間宮が相手にするから、選定に向かって」

「はい」


 次の判定となったのは、ルーチェ。

 彼女は、永曽根と同じく槍と『隠密ハイデン』を持って、間宮へと相対していた。

 しかし、その背には弓まで背負われている。

 欲張りさんめ。

 まるで、狩猟スタイル。


「近接が少々苦手ですの。

 ですが、『隠密ハイデン』と弓だと、今度は命中率が悪いので…」

「適性判断はこっちでやるよ。

 存分に、やっちゃって?」

「はい、申し訳ありませんわ」


 いやいや、気にしないで良いから、伸び伸びやって?

 なんだか、少しばかり意気消沈してしまっているルーチェの表情が、胸に刺さる。


 大方、それ以前の生徒達の所為だろうな。

 同期であるディランまで、度肝を抜かされていた事も起因するのかもしれない。


 間宮が脇差を構えて、軸足を引いた。

 回避に特攻したスタイルだが、オレに言われた通りに審判をしてくれるようだ。


「では、始め!」


 今度は号令をかけて、スタートだ。


 合図と同時に、ルーチェはまず『隠密ハイデン』を構えた。

 ドゥン!と銃声が響いたが、これは間宮も楽に避けている。


 ルーチェの構えは、なかなか様になっている。

 ただ、やはり筋力的な問題だろうが、抱え込む様にしてしまっている為に猫背気味か。

 あれは、ちょっとよろしくない。


「背筋を伸ばせッ。

 重心を前に傾け過ぎだ!」

「は、はいっ!」


 声を掛けて、修正する。

 咄嗟に直したは良いが、今度は腰だめの及び腰になった。


 ………あれは、マンツーマンでの指導が必要か。


 それどころでは無いのが、ルーチェの方か。

 緊張し過ぎて、ガチガチになってしまっている。


 相対している間宮も、緊張が伝播したのか困惑気味。

 ルーチェに、実戦はまだ早かっただろうか?

 いや、でも、普通に冒険者ギルドの依頼に出ると、生徒達も絶賛しているんだけど…。


 ………違うな。

 オレが、いるからか。


「うーん、と………どうしたもんかねぇ」

『何がだ?』

「オレがいるからって無駄に構えて緊張しちゃってる」

『………生徒達はお主に慣れ親しんでいる様に思えたのだが?』

「ルーチェは期間が短いんだよ」

『そういうものか?

 ………ふむ、だとすれば、どちらかに集中させた方が良かろう』


 うん、そうだね。


 こればっかりは、オレも意気消沈。

 ………今度からはルーチェともっと会話を増やす事を心掛けよう。


『(間宮、ある程度の彼女の余力を残す程度に攻め込め)』

『(よろしいので?)』

『(終わらせるのではなく、翻弄しろ。

 お前が、彼女の集中を掻っ攫え)』

『(承知いたしました)』


 間宮に、速攻での精神感応テレパス

 意図を汲み取った間宮は、これまた速攻で行動に移った。


「きゃっ…!」


 猛進。

 そして、ルーチェが怯む様に仕向けた上で、脇差を振り払う。


 簡単に避けられただろうが、ルーチェは体勢を崩した。

 しかし、間宮は追撃は仕掛けずに、後退。


 立ち上がったルーチェに向けて、指を招いての挑発も一つ。


 自身へ集中しろ、と。

 暗に彼女の集中や敵意ヘイトを、自分に向けた形だ。


「………っ…わ、分かりましたわ!」


 潔く、彼女は挑発に乗った。

 こう言う熱し易いだろう性格も、少しばかり矯正が必要か。


 しかし、それ以降は、


「(………ふむ、動き自体は悪くない。

 永曽根や河南と修練をしていた所為か、彼の余計な癖まで拾ってしまってはいるが…、出来上がってはいるじゃないか)」


 『隠密ハイデン』の扱いは、スムーズ。

 余計な癖と言った通りに、腰だめになると銃身が下がり及び腰になってしまう癖は要矯正。

 だが、それ以外は動き自体に淀みもムラも無い。


 更には、槍の扱いも、思っていた以上に手慣れている。

 間宮が脇差で弾いた切先を、敢えて返さずに軌道だけを修正し、柄頭での攻撃へと繋げる。

 それを避けられれば、回転を加えた突きへと移行する。

 間宮が避けたと分かれば、即座に後退して追撃に備える。

 更には、『隠密ハイデン』を構えるのも忘れない。


 うん、女子にしては、随分と仕上がっている。

 とはいえ、先にも言った通り、『隠密ハイデン』の命中率が難ありか。


 重心を下げてしまっているから、着弾が胴体以下のラインになっているのだ。

 間宮が弾いているのも、もっぱら足下。

 やり辛そうだ。


『(『隠密ハイデン』ぶっ飛ばして、弓も使わせてみて?)』

『(承知!)』


 これまた精神感応テレパスを飛ばすと、間宮が即座に反応。

 『隠密ハイデン』の弾丸を掻い潜り、彼女の懐まで一気に飛び込んだと同時に、『隠密ハイデン』を太腿で挟み込んでもぎ取った。

 絶好の追撃の機会ながらも、そのまま後退。


 ルーチェは、オレの指示ありきとは気付いていない。

 『隠密ハイデン』が使えないと分かれば、即座に槍での近接に切り替えた。


 だが、間宮はそれを、受ける事すらもせずに更に後退。

 距離が開いた。


 眼を瞬いた彼女。

 そこで、背中に背負った存在を思い出したか、弓を手に取った。


 矢筒から矢を取ると、弓をつがえる。

 だが、命中率が悪い理由が、ここでやっと分かる。


「(軸足がズレ過ぎてる。

 対象に向けて対角線にしていないから、上半身で軌道修正しようとしてブレてるのか)」


 基礎が出来ていない。

 扱えるのは知っていたが、どこまでかは分かっていなかった。

 これは、オレの落ち度だ。


 指摘したいが、今此処でオレが声を出すと、折角間宮が稼いでくれたヘイトがパァだ。

 後で、だな。


 矢が空気を裂いて飛ぶが、間宮はそれを難なく弾いた。

 そこで、駆け出す。


 更にルーチェが矢を引き絞った。

 放つ。

 間宮が弾く。


 接近戦の間合いとなった。

 しかし、ルーチェは未だに弓での攻撃に固執してしまっている。

 槍に持ち替える気配が見えない。


 矢次をつがえるよりも早く、間宮が彼女の懐を暴いた。


 見れば、間宮の表情がどことなく固い。

 ………いや、オレが選定しているんだから、お前が怒る必要は無いんだよ?


 だが、


『(そんなヘロヘロな矢では、オレどころか魔物だって仕留められませんよッ)』

「………ッな、何ですの…!?」


 間宮の精神感応テレパスが飛んだ。


 ルーチェの背後へと一瞬で回った間宮。


『(軸足は、射撃対象の対角線上を向けなさい!

 敵に向けて、真半身(※横向き)が基本!

 腕も上げ過ぎると力の加減が適当になってしまうので引き絞る時は、耳に沿って引け!)』

「は、…ッは、はい!」


 彼女の軸足を蹴り、体勢を崩したかと思えば、腰を掴んで固定。

 更には、つがえた矢の腕の位置までささっと修正した上で、これまた速攻で離脱した。


 驚いた。

 間宮が、矯正をしてくれたようだ。


 矯正のおかげか、先程よりも格段に良くなった弓構え。

 手の内も間違っていないし、何よりもルーチェの表情が変わった。


 驚いた様子の彼女。

 その手がきっちりと引き絞った弓を放した瞬間、間宮も目を瞠って口元を歪ませた。

 愉悦にも似た、微笑みだった。


 矢を弾く。

 その矢は、間違いなく間宮の頭を狙っていた。

 先には、見当違いな場所ばかりだったのに、だ。


 間宮が大きく頷いた。

 オレも、同じく頷いた。


 これには、ルーチェもどうやら気付いたらしい。

 ハッとした表情で、オレの方を見た彼女が、途端に頬を赤面させる。


 頭に血が上って、オレがいる事を忘れていたようだ。

 流石、間宮。


「はい、合格。

 まぁ、『隠密ハイデン』と弓の命中率に関しては、ちょっと矯正が必要かもしれないけど、槍の扱いに関しては文句なしだ」

「は、はいっ、あ、あり…ありがとうございますっ」


 武器選定は、終了だ。


 まぁ、問題点は発覚したけども、後半月の間で修正は可能だろう。

 実際、彼女は筋が良いから、コツさえ覚えればすぐに上達する。


 斯く言うオレは、弓は扱えないけど、命中率に関してならこの場にいる誰にも負けない。


 と、ホクホク顔の間宮と赤面しっぱなしのルーチェが戻って来たところで。


「藤本、おいで~」

「えっ、あ、はい…ッ!」


 振り返ったのは、佐藤と藤本とヘンデル。


 そこから、藤本1人を呼ばわった。

 赤ちゃんをあやしながら、武器選定の様子をまん丸な眼で眺めていた。


 驚いたのか、眼をまん丸にしている。

 可愛いな、意外と。

 それはともかくとして、おずおずとやって来た彼女へと、間宮から受け取った『隠密ハイデン』を渡す。


「藤本、撃ってご覧?

 魔力の調整(・・・・・)は、オレがやってあげるから…」

「え、え、えっと…はい?」


 戸惑った様子の彼女に、苦笑。

 それでも、『隠密ハイデン』を受け取った彼女に、ちょっとした種明かしを一つ。


「気付いてた?

 お前も、『闇』属性だったんだよ」

「や、『闇』属性って、………先生とか、永曽根さん達と同じって事ですよね?」


 そうなのだ。

 佐藤は、『精霊の愛し子』と発覚したと同時に『聖』属性と言う事が発覚したけど、藤本は当初ほとんどの属性が無かった。


 たまにそう言う人もいるらしいので、大して気にしてはいなかったのだ。

 だが、こうして1週間ぶりに戻って来てから彼女を見た時に気付いた。

 『闇』属性が、集まっていたのだ。

 ついでに、今まで感じられなかった魔力反応も、少しだけ感じられるようになっていた。


 精霊の加護を受けて、魔法の適性が出来たと言う事だ。


 多分、校舎には『闇』属性が多いから、自然と集まって来たのだろう。

 そんな『闇』の精霊達が、未だに属性の決まっていない彼女にくっ付いた。

 後発性なら、こういった事例もあるらしい。


 おそらく、因子も関係している。

 『ボミット病』の発症は無いだろうが、薬は後で飲ませるとして。


「じゃ、じゃあ、あたしもこの『隠密ハイデン』を扱えるんですか?」

「うん、可能だよ。

 これは、『闇』属性だけが扱えるよう魔法陣を組み込んでいるし」


 そう言って、構えを取らせてみる。

 これには、オレも間宮もほぅ、と感嘆。


 様になっている。

 流石は、クレー射撃の指定強化選手。


「え、っと、………あたしも、戦えますかね?」

「まだ実戦には連れていけないけどね。

 巡礼の時にはお留守番だけど、その分修練の時間に当てて欲しいかな」

「は、はいっ!」


 うん、いいお返事。


 それじゃ、実際に撃ってみようか。

 隣に立って貰い、構えた藤本の足首に触れながら、彼女の体を媒体とするように魔力を調整していく。

 途端、彼女が身震いをした。

 ………安定の魔力が冷たい問題らしい。

 『闇』属性の最強クラスの魔力だから、他の魔力と比べて温度がはっきりと感じられるのかもしれないってのが、魔法の第一人者(ラピス)の見解です。

 堪えてね。


 『隠密ハイデン』に目を向けると、問題なく稼働したらしい。

 『闇』属性の魔法陣が起動し、少し遅れてはいるまでも続いて『風』属性の『防音』の魔法陣も起動した。

 属性では無く魔力だけを供給する魔法陣を使っているから、こうして『闇』と『風』を同時起動出来るシステムなのだ。


 そこで、肝心のあれも。

 『闇』を使って顕現したのは、射撃用のクレー。

 素焼きの皿が素材なので、割と簡単に顕現出来る。


 それを、フリスビーの要領で投げる。

 藤本の目が変わった。


 ドゥン!

 パァン!


 銃声が響き、今しがた空に放ったクレーが、炸裂した。


 お見事だ。

 もはや、反射レベル。


 生徒達も度肝を抜かれたとばかりに、呆気。


 この子、魔法の扱いさえ慣れる事が出来たら、即座に実戦投入可能なレベルだ。

 まぁ、体力とかその他諸々の、訓練が必要になるとしてもね。


「オレ達が巡礼に行っている間、体力強化に努めて」

「は、はい」

「後、魔力総量を増やす修練に関しては、ヘンデルかゲイルを頼ってね?

 自力でやるのは、暴走の危険があるから控える様に」

「はいっ」


 オレの言葉に、気付いたか。

 事実上の解禁宣言だ。


 まだ半月ではあるが、既に彼女の体力は戻って来ている。

 更に言えば、体力強化の為に自主トレをしていたのか、いい感じで筋肉も戻っているようだ。

 今しがた撃った『隠密ハイデン』の、ノックバックに小動もしなかったのが良い証拠。

 反動が少ない設計とはいえ、それなりにはあるから。


「英語の勉強もしながらだけど、頑張るんだよ?

 オレが見られるのはあと半月も無いけど、それなりに強化訓練をして貰う事になるだろうから」

「はいっ、ありがとうございますっ、黒鋼先生!」


 こちらも、素直なお返事が返って来てよろしい。


 と言う訳で、これで武器選定は終了かねぇ。

 結論としては、全員が無理なく、それどころかほぼ完成の域まで持って来ている。

 残りの半月で、要調整となるだけ。


 思っていた以上に、頑張ってくれたようだ。

 こりゃ、ご褒美案件としても、ばっちりだろうか。


「んじゃ、改めて鍛錬に戻ろうか。

 組手から開始して、魔法訓練を終えたら後は自由時間にしてやるよ」

『はいっ!』


 嬉しい限りに、にっこりと微笑んだ。

 生徒達も満更では無さそうな表情で、はにかんでいた。


 これにて、武器選定は終了。

 全く必要無かったと言うのは、嬉しい誤算だ。


 残りの半月のほぼ全てを、強化訓練に切り替えられる。

 巡礼の時に、どこまで仕上がっているのかが楽しみだ。



***



 時刻は、6時半。


 組手や魔法訓練に関しても滞りなく終了した夕方の事。

 食事の準備や、裏庭の後片付けに生徒達が奔走している傍らで、


「………という形で、よろしく頼んます」

「オレとしては、もうちょっと分担して貰っても良いんだがな」

「そう言うな。

 実質、お前はパパになった事で護衛対象が増えている分、手が足りないだろう?」

「任せられるところは、任してください。

 オレぁ、体力だけが取り柄ですから」

「んじゃ、お言葉に甘えさせて貰おうかねぇ…」

「じゃあ、そう言う事でシフト組ませて貰うから」


 報告を受けたのは、ヘンデルとソーマから。

 例の護衛に関する役割分担の事と、それに伴ったシフト変更についてだった。


 とはいえ、簡単なものだ。

 事業形態としては、教師が1人という現状で校舎としてはブラックまではいかないまでも、グレー企業である。

 細かく決めたところで、予定の変動も多い。

 なので、大まかな内容だけを、彼等に決めて貰った形。


 ヘンデルが内勤で、ソーマが外回り。

 校舎に残っての守衛がヘンデルで、今まで通り。

 代わりに、ソーマが護衛としてオレに付いて回る上に、巡礼にも同行することになった。


 今回は、ゲイルも付いて来れない上に、ヴァルトとハルも出向出来ないからな。

 ヴァルトが魔術師部隊筆頭顧問となっているから、王国外へは出られない。

 ハルは、そんな彼の専属の護衛だから上に同じ。


 そして、ソーマの実力としては、既に生徒達の鍛錬の傍らではっきりとしている。


 間宮やゲイルには、武器ありでも徒手空拳でも勝てない。

 SSランクのローガンについても同様。


 ただし、生徒達の一部とであれば、互角かそれ以上の力量があった。


 念の為に、男子組(※紀乃を除く)と組ませてみたら、半数には勝てた。

 永曽根、榊原、河南、徳川には負けた。

 しかし、浅沼、香神、ディランには勝てたので、この時点で彼がAランクの実力があると分かっている。


 やはり、ヤクザは舐めちゃいけない。

 まぁ、彼の強さが現代でも異常。

 なにせ、オレ達と同じ訓練所の卒業生だ。


 護衛としては、申し分ない。

 と言う訳で、速攻で契約を結んで、晴れて彼は『異世界クラス』付きの護衛となった訳だ。


「それにしても、オレからしても生徒のレベルが高いですね」

「半年頑張った甲斐があるってもんだよ」

「あれで半年ってのが、そもそも驚きですが?」


 ソーマの言い分は、きっと今まで碌に喧嘩もして来なかっただろう浅沼達へ向けた言葉だろう。

 彼が負けてしまった生徒達の面々は、経験者が多いから。

 しかし、表題に上げた浅沼と香神は、今まで武道経験はゼロ。


 ここまで育っている事に、彼も舌を巻いていた。

 おかげで、オレも鼻高々である。


 そこにひょっこりと現れたのは、ハルだった。


「コイツは、養成所を作ろうとしているからな」

「誰がだ?

 そんなセミナーは作った覚えがありません」

「組織でも立ち上げんのか?」

「だから、やらないってば」


 おちょくるのも大概にして欲しい。

 そんな養成所を作るような手間と時間は、残念ながらオレ達には無い。


 落ち着いたら、この学校も孤児院みたいにしたいとは思っているけども。


 ところで、


「頼んでいた用事は終わったのか?」

「おう、ばっちりだ」


 差し出されたメモ用紙を懐に仕舞う。

 先ほどまで、ハルには頼み事をしておいたのだが、その分が上がって来たようだ。

 頼んだのが昼過ぎだった筈だが、もう纏まっているとは凄いものだ。

 相変わらずの仕事の早さに、感服してしまう。

 いついなくなったのかも、いつ帰って来たのかもオレには分かっていないのにね。


「時間外手当いる?」

「カルダミアン寄越せ」

「了解」

「………物々交換ですかい?」


 オレとハルのやり取りに呆然としていたソーマが、更に辟易。

 まぁ、慣れて。

 オレ達は、大体こんなもんだから。


 お前も何か要望があるなら、リクエストだけは聞くよ?

 そう言ったら、更にソーマが頭を抱えていた。


「………なんや、イメージが狂って来てしもうて…」

「そもそも、お前の中のオレのイメージがどんなだったのか」


 ちょっと気になる。

 でも、なんか逆に聞きたくない気がする。

 間宮みたいな盲目信者が出て来ても困る。


 ………なんなの、この二律背反。


 しかし、そこで、


「先生、ご飯の準備、もうちょっとで終わるよ~!」

「先に風呂でも入って来たらどうだ?

 夜に出かけるとか言ってたんだから早めに準備しておけよ」

「ああ、今行く!」


 キッチンの裏口から榊原と香神の声が響いた。

 裏庭でシガレット休憩がてらくっちゃべっていたので、見兼ねて呼びかけてくれたようだ。


 風呂も入らないとならないし、着替えもしたい。


 そう言う事で、ヘンデル達からの報告は打ち切り。

 ついでに、ソーマの会話も打ち切りとなった。


 聞かなくて良かったのか悪かったのか。

 まぁ、さっきの二律背反もあったので、丁度良かった。


 彼等を引き連れて、校舎に戻る。

 そこに、


「気になる事があるから、出かける前に声を掛けてくれ」

「………了解」


 背後からぼそりと落とされた声。

 ハルからのもの。


 そんな本人は、いつの間にか影警護に戻ったのか影も形も無くなっていたが。


 ヘンデルとソーマが、ほえ~とした顔をしていた。

 ああいった警護体勢の人間は馴染みが無かったようだ。


「忍者みたいっす」

「お前もあんなこと出来んのか?」

「………何を期待されているのか分からん」


 忍者は否定しないが、オレも同じことを出来るとは思わんでくれ。

 アイツは、隠形が得意と言うだけである。

 まぁ、オレもやろうと思えば出来るけど、それを求められてもちょっと困る。


 オレは、もう引退してるの。

 教師なの。

 だから、そんなものを求められても困るの。


 自分で言っていながら、引退した筈のお家芸が必要な昨今を思い返して溜息が止まらなかったまでも。



***



 しかし、それは唐突だった。


 ----パァンッ!


 乾いた、打音が響いた。

 平手の音だ。


 裏口から戻ったばかり。

 ダイニングに入った瞬間のその音に、思わず目を丸めてしまう。


 ダイニングには、生徒達が揃っていた。

 誰もが固唾を呑んで、その音の根源を見ていた。


 既に、灯りの魔法具が灯された部屋の中。


 中心にいたのは、灯りを反射させて輝く金色の髪。

 エマとソフィア。


 その2人の様子に、驚いた。

 片や涙ながらに、手を振り上げたまま。

 片や呆然と、その振り上げられた手を見つめたまま。


「おいッ、何を…ッ!」

「最低ッ!」


 オレの声は、ソフィアの怒鳴り声にかき消された。

 今まで生活して来た上でも、聞いたことの無い様な悲鳴の様な怒声だった。


 エマは呆然と、そんな彼女を見ているだけ。

 言葉を返す事も出来ないようだ。


「抜け駆け禁止って言ったのは誰よ!

 しかも、先生が断れない様な、決闘のご褒美とか…ッ、なんでそんな馬鹿な事してるの!?」


 怒鳴り声と、その内容。

 オレの背筋に、冷や汗が垂れた。


 これは、糾弾だ。

 内容は、オレへの告白だろう。

 エマとオレ、ついでに間宮だけが知っている内容だった筈だ。


 それを、ソフィアが知っている。

 知った上で、エマを恫喝している。


 おそらく、目が覚めたソフィアに、エマが話したか。

 耐え兼ねたか、もしくはやむを得ない事情があっての事か。


 それでも、この内容がソフィアに知られた時点で、既に最悪な状況だ。


「なんか、可笑しいと思ってた!

 カウンセリングの時にも塞ぎ込んだり、今までも先生の事睨み付けてたりとか死してたのは知ってたけど…ッ!

 こんな理由があったなんて…ふざけんな!」


 ソフィアが、更に手を振り上げた。

 ビクリ、と肩を震わせたエマ。


「おい、辞めろって、ソフィア…ッ!」

「何があったのか知らんが、赤ん坊がいるんだから抑えろ…ッ」


 すかさず止めに入った、香神と永曽根。

 ソフィアを抑えて、エマを遠ざけようとする。


 エマは、それにすらも、怯えた様子を見せた。

 遠ざけようとした香神が、少々傷付いた様子を見せている。


「止めないでッ!

 一回、コイツには、言わなきゃいけないと思ってた!」

「だ、だからって、暴力は駄目だろうがッ…!」

「最低な事したんだから、当然のことでしょ!?」


 そう言って、彼女はまるで蛇蝎を見るような眼をエマに向けた。

 間違っても、姉妹へと向ける視線では無い。


「先生が受けられないって分かってて、決闘を申し入れたんでしょ!?

 その代わりに恋人になって欲しいとか、何でそんな最低な事言えたの!?」

「………だ、だって…ッ」

「だっても何も無いでしょ!?

 抜け駆け禁止の言い出しっぺは、アンタだったんだよッ!?」


 ………それは、流石にオレも知らなかった。


 驚きの展開に、付いて行けない。

 そのままで呆然と眺める、生徒達の様子。


 オレが戻ってきたことに気付いた数名が、何かを言おうとしたが、


「先生があたし達の事、生徒としか見ていないのは皆知ってんのよ!?

 それでも良いからって我慢してたのは、エマだけじゃないッ!」

「そ、そんなこと分かってる!」

「分かって無いじゃない!

 だったら、なんでそんな先生が困る様な方法で迫ったの!?

 抜け駆け禁止って言ってたあたし達の事、裏切るような真似したの!?」

「そんなつもりは無かった…ッ!

 ウチだって、………ウチだって傷付いたのに…ッ!」


 続け様の、ソフィアの怒声に誰もが口を噤んだ。

 先の武器選定の時にも思ったが、彼女達は普通の女子高生とは逸脱した気迫を持ち合わせ始めている。


 その所為か、声にも力があった。

 その声に、乗せられた怒声だけで、他の生徒達が竦み上がってしまう程。


 ソフィアが前に出る。

 それを永曽根が抑えようとしたが、振り払われた。


「なんで、そんな風に後先考えないのッ!?

 前の時もそうだった!

 あたしが頑張ってる横で、アンタはいつまでも遊び呆けてたのに…ッ!」

「…そ、それは今関係ないじゃん!」

「あるわよッ!

 その所為で、どうなったのかもう忘れたの!?」

「~~~~~ッ!!」


 ああ、これは不味い。

 ソフィアは怒りに任せて、自身達が社会からドロップアウトしそうになった時のことを蒸し返そうとしている。


 見兼ねて、オレが前に出た。

 しかし、


「アンタの所為で、あたしまでビ●チ扱いされたのよッ!?

 それで学校も辞める事になったのに、また繰り返したいのッ!」


 ソフィアの言葉は、止まらない。


「辞めて…ッ!」


 震えたエマが、制止の声を絞り出す。

 だが、ソフィアには聞こえていなかった。


「もう二度とそんなことが無いように気を付けようって言い出したのもアンタじゃなかった!?

 なのに、またおんなじこと繰り返してんじゃない!!」

「もう辞めて!」


 責めるような言葉に、耐え兼ねて。

 エマがその場で崩れ落ちた。


 それでも、ソフィアは荒げた言葉を止めようとはしない。


「約束を守らなかったのに、自分の事は守りたいの!?

 先生に無理矢理迫っておいて、それを責められるのは嫌って事!?」

「辞めてってば!!

 う、ウチが悪かったから、もう…ッ!」

「そうやって、また逃げようとしてる!

 いつまでも、あたしが守ってくれるとか思ったの!?

 あたしがどんな気持ちであんな恥ずかしい格好してたのか、知りもしない癖に…ッ!!」


 今までの、鬱憤もあってか。

 ソフィアの言葉は、エマに痛い程突き刺さったことだろう。


 お互いの間に、滑り込んだ。

 もう遅いだろうが、それでも止める義務があるのもオレの仕事だ。


「辞めろ、ソフィア!

 エマも、もう何も喋るな!」


 そう言って、制止を促す。

 ソフィアは涙混じりの顔で、オレを見上げた。


「先生も止めないでよッ!

 あたしたち姉妹の事なんだから、先生には今は関係ないッ!」

「それでも、根源にあるのはオレだ。

 黙っていて悪かった。

 エマの問題は、後回しにしていたオレにも非がある」

「そ、そうやって…ッ!

 そうやって、甘い顔して庇ってばっかりだから、エマが付け上がるのよ!

 なんで、エマばっかりそうやって庇うの!?

 添い寝してた時もそう!

 お風呂場で、混浴した時だってそう!

 しかも、全部あたしには黙ってた!」

「落ち着け、ソフィア。

 エマを責めても、もう過去の事は変わらない」

「だったら、今すぐにその子を追い出して!

 言い出しっぺの癖に、約束を破るわ、抜け駆けするわ、挙句の果てには決闘で愛人契約を結ぼうとしたなんて、コイツと姉妹と言われるのも恥ずかしいのッ!」

「言い過ぎだ、ソフィア!

 いい加減にしなさいッ!」


 激昂した様子のソフィアの言葉は、流石のオレにも痛く突き刺さる。


 言われた通りの事だから。


 オレはエマとの間に秘密を持っていた。

 髪の事が発端だったり、無条件降伏で受けた決闘の結果だったり。

 何もかも、ソフィアには内緒で、エマとの間での取り決めだった。


 だから、ここまで事態が悪化してしまった。

 彼女達の中で、許されないラインに達してしまったのだ。


 オレが納めるしかない。

 少々、乱暴ながらも声を荒げて、ソフィアを黙らせた。


 声を詰まらせて、黙り込んだ彼女の悲痛な表情に、オレも良心が痛むまでも、


「この話は、もう決着を付けた。

 先の武器選定の時に、決闘云々と言っていたのがそれだったんだ」

「だったら、そう言ってくれれば良かった!

 でも、エマも先生も、あたしには言ってくれなかった!」

「だから、それは悪かったと言っている。

 けど、内容が内容だったから、こうして秘密裏に解決しようとしていたんだ」

「ほら、そうやって、エマを庇う!

 秘密裏に解決って、エマの為なの!?

 そうやって、エマの事ばかり贔屓にして、あたしの事考えてくれたことある!?」


 オレの言葉にも、反論を返すソフィア。

 今まで見た事も無い剣幕のそれに、思わず動揺してしまう。


 ここまで激昂したソフィアを見るのは、オレも初めてだ。


「あたしだって、先生の事好きだったのに!

 ずっと好きだって言って来たのに、相手にしてくれなかったじゃない!

 なのに、エマの事は特別扱いなの!?」

「特別扱いはしていない!

 特殊なケースだったから、お前には言わない方が良いと思って…」

「そうだよ、特殊過ぎるよ!

 なによ、決闘の褒美って!?

 可笑しいじゃない!

 それなのに、まだエマを庇うなんて、先生だって満更じゃなかったんじゃないの!?」


 だが、動揺していたのも束の間。

 そんな彼女からの一言で、オレも脳髄に沸騰するかのような熱が迸った。


「……ソフィアッ」


 声を上げたと同時に、しまったと内心で焦燥感を覚えた。

 だが、既に事象は完結してしまった。


 覇気が漏れ出した。


 それに、ソフィアが口を噤んだばかりか、踏鞴を踏んでふらりと倒れ掛かる。

 咄嗟に永曽根が支えた為に倒れる事は無かった。


 だが、ソフィアの表情が怯え一色に染まる。

 背後のエマや、香神も絶句。


 更には、生徒達までもが、オレの様子を固唾を呑んで見守っていた。

 これはいけない。

 またしても、オレは感情のセーブが甘くなってしまっている。


 おかげで、この様だ。

 これじゃ、引退したなんて言えないじゃないか。


「………ゴメン、覇気が漏れた。

 でも、………いい加減にしてくれ」


 荒げた声を抑え込み、絞り出すように紡ぐ言葉。

 カタカタと怯えた様子のソフィアが、オレを化け物でも見る様な目で見ている。


「落ち着いて、ちゃんと話を聞け」


 分かるな?と、言葉を向ける。

 怯えたままの彼女は、首を縦にも横にも振らないまでも。


「オレは、お前達生徒に手を出す事はしない、と何度も言って来た筈だ」


 オレが改めて、言い聞かせる様に呟いた言葉。

 それに、ソフィアは、途端に真っ青な顔を悲痛に染めた。


 息の漏れる声がする。

 背後で、エマがとうとう泣き出したのか、しゃくりあげる声が響いた。


 ああ、もう。

 なんでこんなことになったのか。


 生徒達の視線が、心なしどころか現在進行形で痛い。

 嫁さん達もオレに対して、怒りを覚えている事だろう。


 だが、謝るのは、後だ。


「贔屓をしている訳でも無い。

 だが、そう見えたなら、謝るよ」

「………ッ、先生が、謝る事じゃない!」

「いや、オレが謝る事だ。

 先にも言ったが、黙っていて悪かった」


 頭を下げる。

 途端に、ソフィアから、怒気が噴き出した。


「なんで、そうやって、エマばっかり庇うの!?」

「エマばかりではない。

 オレは、ここにいる生徒達全員に、平等に接しているつもりだった」


 そのつもりだった、というだけで。

 結局のところ、オレはエマを優先してソフィアを蔑ろにしていた。

 その事実は変わらない。


 だから、謝っている。

 しかし、それが彼女には、余計に腹立たしかったようだ。


「あたしにははぐらかすだけだったのに、エマには答えたの!?

 向き合ったのは、エマだけ!?」

「………エマの告白は、特殊だったからだ」

「そうだよねっ!

 決闘のご褒美とか、そんな告白の仕方なんて、可笑しいもん!」


 そう言って、一度言葉を区切ったソフィア。

 その表情が、更に沈痛なものになる。


「あたしが、同じような立場だったら良かったの?

 そうやって、決闘のご褒美とか言って、同じように告白したら、応えてくれたの?」

「それは違う。

 オレは、生徒に手を出すつもりは、毛頭無かった」


 気持ちは変わらない。

 オレは、彼女達の気持ちに、応える事は無い。


「オレは、お前達の事を生徒だと思っている。

 そして、オレの仕事は、生徒であるお前達を、この学校から卒業させる事だ。

 だからこそ、オレは絶対にお前達に手を出さないと決めていた。

 こうして決闘の褒賞として告白を迫られたとしても、絶対に変わらない」


 今までもこれからも、それは同じだった。

 だからこそ、今更ながらもはっきりと告げる。


「………だったら、………だったら、なんで優しくなんてしたの!?」


 悲鳴の様な慟哭の声。

 遠くで雷でも鳴ったのか、ゴロゴロとした音まで聞こえた。


 しかし、ソフィアの声はかき消される事無く、響いた。

 耳にも、オレの心にも痛く響いた。


「平等にして、それで満足してたの!?

 それだけで済むなんて、思ってなかったでしょ!?」

「済むと思っていたからだ」

「あたし達の気持ちに気付いてたんでしょ!?

 なのに、ずっと、見て見ぬふりして、優しい顔して来たの!?」

「………ああ」

「あたし達は、平等が欲しかったんじゃない!

 先生の愛情が欲しかったの!

 それなのに、先生はずっと気付かないフリして、それで良いと思ってた!?」

「………ああ」


 それで良いと思っていたからこそ、このような状況になっている訳だが。


 少々間を開けながらも、答えた。

 そんなオレに、彼女は激昂を露に飛びついて来た。


 抱き着くような、そんな動き。

 だが、咄嗟に彼女の肩を掴んで制止した。


「何でよッ、何で!?

 こんなに好きなのに、先生の特別になれないの!?」


 それでも、彼女はオレの礼服の襟を掴んで、揺さ振った。

 制止をしながらも、好きなようにさせる。


 今、オレはどんな顔をしているのだろう。


「あたしの何が、駄目なの!?

 お洒落だって頑張ってるし、勉強だって訓練だって頑張ってるじゃない!

 それなのに、先生はなんであたし達の気持ちに応えてくれないの!?」

「………生徒だからだ!」

「だったら、卒業すれば良いの!?

 後、2年待ったら、あたし達の事、特別に見てくれるの!?」

「………済まないが、それも出来ない」


 そうだ、出来ない。

 オレには、公表していないとはいえ、既に嫁が2人もいる。


 そもそも、エマとソフィアには、特別な感情を抱けないのだ。

 生徒としてもそうだが、子どものように思ってしまっている。

 オレが、年上好きというのも起因するだろうが、


「………お前達は、いつか社会に戻る。

 その時に、オレの様な、イレギュラーな元軍人とか言う胡散臭い男の影は必要ない」


 オレが、当初から求められていた事。

 それが、何があったとしても、教師であり続ける事。


 生徒を守る。

 そして、その生徒の中には彼女達もいて、その守ると言う言葉は、オレに対しても有効。

 毒牙に掛けるな、という意味も含めている。


 だからこそ、オレは気付かないフリをして来たのだから。


 そんなオレの言葉に、ソフィアが絶句した。

 オレを見上げて、悲痛な表情をくしゃりと歪めて、


「だったら、最初から優しい顔して、あたし達に近付かないで欲しかったのに…ッ!」


 悲痛な慟哭の声。


 襟を掴んでいた手で、胸を押された。

 肩を掴んでいた筈の手が、振り払われた。


「ソフィア…ッ!」

『ソフィア!?』


 オレと、生徒達の声が重なった。


 それと同時に、彼女はオレの横をすり抜ける様にして、駆け出した。

 向かうのは、校舎の玄関。

 扉を壊さんばかりの勢いで、押し開いてしまった。


 その声に、答える事無く。

 彼女は、そのまま校舎を飛び出してしまった。


 雨足が、強まっている外へ。

 遠雷も、いつの間にか、無視出来ない程に近付いていた。



***

彼女達=杉坂姉妹。


『天龍族』編を挟んだ所為で後回しになっていた、杉坂姉妹との色恋事をこちらの章でちゃっかり持ってきました。

このまま行くと、ズルズルと後回しになりそうだったので…。


生徒には手を出さない、と豪語するアサシン・ティーチャーですが、既に立派に手を出してしまっている事例。

女性関係でも、彼の受難は続きます。


誤字脱字乱文等失礼致します。

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