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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、贋作編
163/179

155時間目 「昼休み~世界の半分は不条理で出来ている~」

2014年4月20日、初投稿。


続編を投稿させていただきます。

スランプ脱したのか、ちょっとだけ調子が良い様に感じております。


新章もスタートしたので、心機一転、コミカルにお送りして参ります。


155話目です。

プロットがどこかに行ってしまわれました…。

紛失少なかったのに、いつの間に逃げたのでしょうか…。


***



 修羅場だ。


 オレの第一印象は、それ。


 理由は至って簡潔で、オレの目の前にいる黒髪の冒険者の所為である。


「………ガイウス・ディノラインだ。

 冒険者としては、SSランク。

 所属は、現在『黒竜国』だ」


 そう言って、オレの前に大仰な腕組みのままで立った、偉丈夫。

 オレを見下ろして、鼻を鳴らさんばかりである。


 ………今日はマジで、こんなのばっかり。


 不機嫌そうに名乗った冒険者の男は、ガイウスと言うらしい。


 年の頃は壮年で、50代ぐらいだろうか。

 オレよりも一回りは大きな体躯で、顔面偏差値もそこそこのレベル。

 やはり、この世界には、美形が揃っているらしい。

 まぁ、彼の場合はどことなく野卑であり、ついでに男らし過ぎる程の男ぶり。


 ジェ〇ソン・ステ〇サム似の、ミドルシルバー。

 ………殺し屋では無く、運び屋の時ぐらいな感じ。

 髪はふっさふさだけど。


 しかも、彼が現在『幻』と言われたSSランクを叩き出した、生粋の冒険者。

 例の『黒竜国』で出たとか言う、あれだ。


 そんな彼が、ここにいる理由。

 これまた、シンプル。


 ローガンへのプロポーズの為だ。


 そして、今回のプロポーズの件は、ローガン本人が交わしていた約束があったからとの事だ。


 彼は、ローガンの元パーティーメンバーとかで。

 彼女は、彼からパーティメンバーである時から、言い寄られていたらしくて。

 そのしつこさに、思わず『自分よりも強くなったら』、『その時までに、自分が結婚をしてなければ』という条件の下、OKを出してしまっていたとかで。


 その約束の為に、ガイウスは律儀に冒険者としてのランクをコツコツと上げて、遂にSSランクにまで上り詰めた。


 その辺りで、思わずオレもホロリ。

 なんて健気なんだ。


 そんな彼は、SSランクとなったと同時に肝心のローガンを探し回っていた様だ。


 だが、探し回っていたのも、『白竜国』までだった。

 『紅蓮の槍葬者(ブレイズ・ランサー)』の異名を持つ冒険者が、ダドルアード王国にいる。

 その噂を聞き付けた彼は、パーティーメンバーを引き連れてわざわざ足を運んできたらしい。


 そして、今日は生徒達ともども、依頼消化の為にローガンが冒険者ギルドに来ていた。


 運命的な鉢合わせと相成り、結果としてプロポーズに至っていた、との事だ。


 そこにオレが、丁度よく帰宅したようだ

 (※正確には、帰還だけどね)


 これもまた、何かの運命か。


 眩暈を感じたよ。

 絶対に、貧血以外の心労だと思っている。


 ………トラブル続きで、オレの心がマジで圧し折れそうな5秒前。


 ただ、よろめいてばかりではいられない。


 彼の今までの一途な行動は確かに、素晴らしい。

 けど、それがオレの嫁さんへの恋慕からであれば、オレだって黙っている訳にもいかないから。

 ここは、旦那らしく堂々として居なければ。


 ………出来るかどうかは別として。


「ご、ご丁寧にどうも。

 銀次・黒鋼と言います」


 早速どもったよ、チクショー。

 目の前の黒髪の偉丈夫ことガイウスに鼻で笑われた。


「………変な名前だな」

「この世界とは別の世界から来ているものですから」

「………何言ってんだ?」


 嫌悪感マシマシの会話に、思わず固まってしまう。


 この人、オレに対して、敵対感情しか持っていないよ、どうしよう。

 ………今気付いたけど、当然のことか。


「いきなりしゃしゃり出て来て、何だよテメェは?」


 更には、彼のパーティーメンバーらしき男達にも囲まれてしまった。

 女剣士や、斧を背負った大柄な男の戦士が1人、魔術師の男が1人、シーフの男が1人と、5人構成。

 随分とバランスのとれたパーティーだ。

 そこにSSランクであるガイウスが加わるのだから、堂々のSランクパーティーは頷ける。

 ちょっと、オレも怖いと感じるよ。


「ここにいる生徒達の教師です。

 一応、オレも冒険者ではありますけど…」

「教師で冒険者だぁ?」

「ランクを言え」

「え、SSランクです」

「はっ、吹かしやがって!」

「アンタがSSランクって証拠は、どこにあんだい!?」


 何故か寄ってたかって恫喝された。

 だから、なんでこんなのばっか!?


 ………マジで心が折れそう。


 久しぶりに会えた事も相俟って、ローガンとラピスに泣きついてしまいそうになる。


「証拠なら、そこだ」


 だが、ここで助け船。

 いつも頼れる兄貴分である、ジャッキーだった。


 節くれだった太い指を示した先。

 そこには、例の恥ずかし過ぎる金縁の額が、当たり前のように鎮座していた。


 しかし、これは流石にオレが恥ずかしい。

 思わず頭を抱えて、その場で蹲りたくなる。

 穴があったら、入りたい。


 とはいえ、オレの心境はともかく、ガイウス含めたパーティーメンバーは絶句していたが。


「マジだったのかよ…!」

「しかも、あの額縁、『黄竜国』本部ギルドマスターの直筆じゃねぇか!」

「………印蝋は、Sランク冒険者のダグラス・トールだ」

「………本物じゃないですか!」


 絶句じゃ無かった。

 なんか、驚いて良いのか悪いのか、微妙な内容が飛び出している。


 さっさと囲まれていた彼等から離脱して、改めてジャッキーへと向かい合う。

 コソッと落とす内緒話。


 実際、あの額縁の効力は、オレだって分かっていない。


「あ、あれって、やっぱり凄いこと?」

「初代のSSランクが、例の『黄竜国』本部ギルドマスターだからな。

 ついでに、ダグラスなんざ、冒険者界隈では名前を知らない人間が少ない程だ…。

 その2強が認めたって事になりゃ、冒険者の中でも一端よ」


 と言う訳で、オレが思った以上に凄い代物だったらしい。

 ………壊すに壊せなくなった。


 なるほど、ダブルコンボだった訳だ。

 オレ達として分かりやすく解釈するなら、さっき言ってた会長とルリのダブルコンボな訳。

 ………そりゃ、オレでも驚くわ。


 ってか、ダグラス氏め。

 これじゃ怒るに怒れないだろうが、どうしてくれるのか…!!

 助かったのも事実であるから、余計に…ッ。


 そこで、やっと立ち直ったらしい、面々の視線がオレに集まった。


 先程までの憮然としていた表情が、愕然とした表情へと変わっている。

 ガイウスですらも、同じ。


 ローガンやラピス達は、鼻高々と言った様子で頷いていたけども。

 ………何、この状況。

 カオスだね。


 まぁ、閑話休題それはともかく


「えっと、………訪問の理由は分かったけど、どうするつもりです?

 悪いけど、ローガンはウチの護衛要員でもあるから、早々簡単にすっぽ抜かれちゃ困るんだけど…」

「………んなっ!?」

「………ギンジ…」


 オレの言葉に、ガイウスがカチンと来たらしい。

 斯く言うローガンも、オレの物言いに少々不満そうだ。


 ただ、これは流石にゴメン。

 まだ、生徒達にローガンとラピスとの結婚は、報告していないから表立っては嫁さんと言えないの。

 今だと、生徒達全員がいる手前、余計な問題が起こりそうだから。

 はっきり嫁だと言った方が早期解決になるだろうけど、一長一短なんだ。


 目線を向けて、言及を制止させて貰った。

 不満そうな表情が、更に憮然とした表情となる。


 後で、彼女のお説教か愚痴に付き合ってやるしかあるまい。


 ただ、即座にラピスが動いてくれていた。

 小声でローガンに落とし込むのは、「お主を守る為の方便である」という言葉で、巧みにローガンの怒りを収めてくれていた。

 出来る嫁さん、ありがとう。


 おかげで、オレも堂々と出来る。


「………つまり、あれか?

 テメェはSSランクでありながら、女に守って貰わないと怖くて夜も眠れませんってか?」

「………。」


 この物言いには流石に、オレもカチンと来た。

 いや、そう言うこっちゃねぇだろうが。


 ってか、オレが眠れないのは、仲良しが出来ない、とだ。

 そこらへんの訂正を可及的速やかに求む。


 ………って、何をくっちゃべってんだか。


「色々と、物騒な立場にあるんでね。

 生徒達の安全を考慮して、護衛は多いことに越した事は無いですから」

「はっ、テメェの立場なんぞ知るか。

 男なら、女は守るものであって、守って貰う相手じゃねぇんだよ!

 まぁ、テメェはどうせ、どこぞの貴族のボンクラ坊ちゃんだから、そう言う甲斐性も持ち合わせちゃいねぇんだろうけどな!」

「………。」

「………なっ!?」


 いちいち、腹の立つ言い回しをする男だ。

 だが、オレが少しばかり苛立ち混じりに黙った代わり。


 激昂を露にしたのは、これまた外野ギャラリーであった。

 ローガン達だ。

 ついでに、この場にいた全員が、剣呑な雰囲気を纏い始めた。


「ガイウス…、貴様…ッ!

 ギンジを侮辱するなど、いくら貴様でも許さんぞ!!」

「何も知らずに、賢しら口を叩くでないわ!」


 こちらはこちらで、ダブルコンボ。

 ローガンとラピスの続け様の鋭い声音が、空気を震わせる。


 ガイウスどころか、パーティーメンバーすらも怯んでいる。


 斯く言うオレもであるが。

 あらやだ、オレの嫁さん達ったら、超怖い。


「ッ、お、おい、お前までなんで怒るんだよ!

 こんな甘ったれた腰抜けを守るだけの人生で終わるようなお前じゃねぇだろうが!」

「また侮辱しおったな!

 ギンジが腰抜けだと言うなら、この世の男どもが赤子同然だ!

 当然、貴様も、昔の、甘ったれた、シーフ程度の、足手纏いだ!」


 一言一言を区切って、彼を追い詰めるローガンが怖い。


「む、昔の話を持ち出すんじゃねぇ!!」

「だったら、貴様とて昔の約束など持ち出すな!」

「ッ…そ、それとこれとは、話が別だろうが!」


 あ、図星突かれた。

 こりゃ、ガイウスが不利か。


「黙りやれ、鼻垂れ小僧が!

 物知らずの礼儀知らずは、とっとと北方田舎の巣窟に帰るが良い!!」

「あ、アンタは関係ないだろうが!」


 更には、ラピスが追い立てる。

 こりゃ、防戦一方の布陣だな。

 テリトリーの完成である。


 嘘を言わない分、取り繕わないからなぁ、ラピスは。

 正論がとにかく痛い。

 彼女との口喧嘩から覚える感想である。

 経験談。

 嘘を吐いたり誤魔化したりした時の彼女は、理詰めでなんとかなるんだけどねぇ。


 まぁ、そんなことは、さておいて。


「ギンジを侮辱したのだから、この場の全員が敵となると思え!」


 とは、ローガンの一言。

 びくっと、ガイウスが体を強張らせた途端、周囲を見渡した。


 そこには、ガイウスを非難する、生徒達や冒険者達の視線。

 ここダドルアード王国の冒険者ギルド、当代ギルドマスターであるジャッキーまでもが含まれている事に、彼のパーティーメンバーですらも踏鞴を踏んだ。


「お、おい、ヤバくねぇか、ガイウス…」

「コイツ、なんかヤバい地位の人間じゃないの!?」


 あ、その通り。

 オレ、『予言の騎士』です。


 ………。

 ………そういや、言ってなかったっけね。


 苦笑を零したオレに、戦士と剣士も気付いたらしい。

 流石は、Sランクと言うべきか、視線で危機を察知し始めているようだ。


「…嘘、外に騎士団まで集まってる…ッ」

「おいおいっ、オレ達まで巻き込むなって、前にも言わなかったか!?」


 そして、魔術師とシーフが外の騎士団に気付いた。

 実は最初からいたとか言わないけども、それでも大事になり始めていると察知した様だ。


 って、あ。


「………これは、一体どういう事だ?」


 小首を傾げながら現れたのは、ゲイルだった。

 コイツ、最近タイミングが良いのか悪いのか分からないな。


 あ、後ろにはヴィズとソーマも一緒だ。

 ………タイミング云々は、もしかしたらヴィズの星の下か?


「おう、騎士団長………いつの間に、分裂しやがった?」

「私は粘液族スライムか!」


 ぶっは!

 例によって例の如く、ジャッキーのゲイル分身発言。


 思わず吹き出した。


 オレもヴィズを見た当初は、ゲイルが分裂した様にしか見えなかったもの。

 見れば、生徒達まで笑っている。


 剣呑な雰囲気が吹っ飛んだ。


「言っておくが、『暁天ドーン騎士団』団長のオレの兄だ」

「紹介に預かった、ヴィンセント・ウィンチェスターだ」

「………そっくりだな」

「ああ、おかげさまでな。

 ただ、今はそんな話をしに来たのではないのだが?」

「………不束ながら。

 何かあったのか?」


 そう言って、揃いも揃った美形兄弟が、視線を向けた先。


 オレ達では無く、オレ達と相対していたガイウス達へ。


 しかし、彼等は、ジャッキーが漏らした騎士団長と言う言葉に反応して、思わずと言った様子で後ずさりをしていた。

 その先には、ジャッキーの子ども達と仲間達であるAランクパーティもいるのだが。


 四面楚歌だな。

 なんか、哀れに思えて来た。


「なぁに、コイツ等がちょっとした暴言を、ここにいる『予言の騎士』様に吐き掛けただけよ」

「………何?」


 そして、ジャッキーが簡潔に、この状況を説明してしまう。

 ゲイルやヴィズ、ソーマの目の色が変わった。


 あちゃー…。

 マジで、四面楚歌になっちゃったね。

 

 ガイウスも流石に危険を察知してか、及び腰である。

 冒険者としても、騎士団にしょっ引かれるのは、不味いと分かっているのだろう。

 懸命だ。


 更には、


「『予言の騎士』だぁ!?」

「嘘でしょ、なんでこんなところにいるんですか!?」


 名乗らなくても、伝わった。

 魔術師の青年がふらりと卒倒しかけたのを、近くにいた剣士の女性が支えていた。

 わぉ、こっちも性別逆転問題。

 シーフは、白目を剥いた。

 こちらは、誰もが放置している。


 これで、噛み付かれるのは大丈夫だろうかね。


 なんて、オレは他人事みたいに傍観しちゃって、どうしたもんか。

 どうするべきか思案中。


 しょっ引かせるのは、ちょっと論外。

 この程度でしょっ引かせると、狭量と言うレッテルが貼られ兼ねない。


 かと言って、このまま放逐するのは、ちょっと危険。

 パーティーがSランクであり、ガイウス自身がSSランク。

 もしも襲撃でも受けた時には、オレ達もそれ相応の被害を想定しなければならない。


 まぁ、騎士団の護衛もあって、鎮圧は楽そうではある。

 だが、その後の冒険者ギルドと騎士団との関係は、残念ながら読めない。


 そして、ローガンを彼にむざむざと引き渡すのも、論外だ。

 彼女はオレの嫁。

 異論は認めない。

 異論があるなら、オレがこの場で体に『オハナシ』をするだけであって。


 ………って、脱線したけども。


 ここは、寛大に行こう。

 狭量と言われるのも癪だし、しょっ引いた事で揚げ足を取られても困る。


 また、心配性で過保護な誰かさん達には、怒られそうだけどね。


「オレとしては、あんまり気にしてないから放っておいて良いよ。

 自他共に、オレがそう見えないってのは、いつもの事なんだし…」

「だが、ギンジ…お前への侮辱は、『聖王教会』への侮辱でもあるのだぞ?」

「じゃあ、『聖王教会』に話しを通してよ。

 オレは関知しないから」


 敵に回るかどうかは、彼等次第だ。

 このまま『聖王教会』を敵に回すなら、それでいい。

 偽物一行と同じく、今後の活動が難しくなるだけである。

 

 まぁ、オレ達としては、このまま大人しく王国を去ってくれるのが一番有り難いから、それでも良いんだけど。


「………寛大過ぎる」

「褒め言葉」

『………お主は、どうしてこうも寡欲と言うか、甘いと言うか』

「それも誉め言葉。

 言ったでしょ、暴言を受けるのは慣れてるし、それもオレの職務だと思ってるって…」


 ゲイル達からは、呆れられた。

 一緒になって、叢金さんまでもが不貞腐れたようにオレの肩で蜷局を巻いた。


 でも、前にも言った通りの事。

 これも、オレに取っては、試練であり避けては通れない道だ。

 いちいち、怒ってなんかいられないもん。


 それに、


「こうして、オレ以外の誰かが怒ってくれた。

 オレは、その結果だけで十分嬉しいし、文句なんて言えないよ」

「………ギンジ」

「本にお主は、可愛い奴じゃ」

『………はぁ。

 怒るに怒れぬとは、この事か…』


 そう言う事で。


 オレへの侮辱に、ここにいた面々が反応して、代わりに怒ってくれた。

 オレとしては、そっちの結果に満足。


 正直、腹立たしいとは思うけど、


「守って貰える分、守るつもりだからね。

 これ以上は時間の無駄だし、責めても禍根が残るだけならどうでも良いよ」


 眼中に無い。

 そう言って、改めて苦笑のままで、ガイウスへと視線を向けた。


「お引き取り下さい、SSランク冒険者殿。

 貴方がここに来た理由はお察ししましたが、その旨を了承する事は今後、絶対に有り得ませんので…」


 はっきりと、突っぱねる。

 ローガンを渡すつもりもなく、屈することもしない。


 だが、


「………ッ、ふざけんなよ、クソガキ。

 オレがこの為だけに、何年費やしたと思っていやがる!」


 彼にとっては、我慢ならない事だっただろう。


 確かに、酷い話だとは思う。

 彼は、一途にローガンを想い続けて、ここまで登り詰めた。

 その年月に見合った結果が手に入らないとは、悲しい事実。


 だけど、同情はしない。

 オレは勿論、ローガンもだ。


 目線を今度は、ローガンへ。

 彼女は、オレの言いたいことを察したのか、1つだけ頷いた。


「私は、ここに残る。

 残している職務もあるし、一度任された仕事を放り投げる事はしたくない」

「ローガン…ッ」

「それに、言った筈だ。

 『私よりも強くなったら』と、『その時までに、私が結婚をしていなければ』と」

「十分、強くなっただろうが!

 オレは、堂々のSSランクで、お前だって結婚はしてねぇ!」


 そう言って、指し示したのは彼女の左手の薬指。

 だが、惜しい。

 指輪はそこでは無く、首元のネックレスである。


 そして、ついでに言っておくと、彼はまだその条件を(・・・・・・・)満たしていない・・・・・・・


 証拠として、彼女は自身のギルドカードを懐から取り出した。


「私も、SSランクだ」

「-----ッ!?」

「言っただろう、『私よりも(・・・)強くなったら』、と」


 だから、お前はまだ約束は果たしていない。

 と、言う訳だ。


 世知辛いね、本当。

 強者女子ってのも、考え物なのだろうか?


「私は私の愛した者と添い遂げたい。

 だから、お前のプロポーズは受けられないし、今後も受ける事は無い」


 そう言い切って、彼女はオレへと静かに向かい合った。

 耳元へと「誰かは分かっているだろう?」と、囁いて。


 ………うわぁあッ。

 ゾクゾクした。


 腰に来たよ…ッ?

 何、その男らし過ぎる一言ーーーッ!!。


 オレが女だったら、卒倒してるかもしれない。

 ………って、今女だったじゃん。

 やべぇ、卒倒するかも。


 ふらり、とよろけながら、口元を隠しておいた。

 オレ、絶対に、にやけている。


 背後でラピスが、ふくれっ面になったのが見えた。

 ついでに、今まで黙って成り行きを見守っていた生徒達の面々も、赤面していた。

 エマとソフィアも、撫すくれた表情だ。


 ………これ、公認じゃんね。

 なんか、微妙な雰囲気になったけども、


「と言う訳で、改めてお引き取り下さい。

 事情は察しても、同情もしなければ、考慮も出来ませんから」

「………ッ」


 そう言う事で、とっとと消えて。

 じゃないと、そろそろオレかローガンのどっちがが襤褸を出して、爆弾発言してしまいそう。


 ただ、効果は覿面だったらしく、


「………覚えてろよ」


 なんて不穏な捨て台詞を残して、ガイウスが入口へと向かって行った。

 その背中に、生徒達がいーっと歯を剥き出しにしている。

 真似したのか、レト達まで同じような顔だ。

 ………おいおい、小学生かよ。


「す、済まなかった、知らなかったんだ」

「騒いで悪かったね!

 ウチ等も失礼するよ」

「う~ん…『予言の騎士』なんて…『予言の騎士』なんて」

「………ケケッ…ケケケケ」


 そして、そんなガイウスの背を追って、パーティーメンバー達も逃げる様に冒険者ギルドを後にした。

 前者2人の戦士と剣士が、精神崩壊でぶっ壊れたような魔術師とシーフの後者2人を引きずって行った。


 その場に、何とも言えない空気が残る。

 出来れば、これ以上は関わりたくない連中だったなぁ。


 捨て台詞が、まるで負け犬の遠吠えである。


 それでも、


「あ、ただいま、皆。

 予定通り、一週間で帰って来れたよ」

『おかえりぃ~~~ッ』


 微妙な雰囲気を払拭する為に、朗らかに笑ってみる。


 すると、どうだろう。


 一瞬にして、生徒達の顔が綻んだ。

 安堵した様子だったり、喜んでいる様子だったり。


 後から聞いたら、以前の討伐隊の時の事があって、冷や冷やしていたそうだ。


 ついでに、誰が言ったか知らんが、『天龍族』がオレを殺そうとしている可能性もある、と恐々としていたらしい。

 ………十中八九、ラピスかゲイルから漏れたよね、これ。


 ゴメンね、心配掛けて。


 約1週間ぶりとなったが、どうやら感動の再会を出来たらしい。

 まぁ、オレも生徒達や嫁さん達の顔が見れて、ほっと一安心だったけども。


「ったく、帰還と同時に、忙しい奴だなぁ」

「いつも騒がせて悪いね。

 でも、今回はオレの所為じゃないから、許してよ」


 なんて言いつつ、とっとと手土産を渡しておく。

 『天龍族』からの贈り物の酒で、ジャッキーの胡乱気だった表情は嘘のように吹っ飛んだけどね。


 なにはともあれ、ありがとうございました。

 生徒達預かってて貰えて、助かったからね。


 再度、にっこりと振り返る。

 ラピスとローガンが、苦笑を零して立っていた。


 しかし、


「………それは、まさか飛竜の妖精か?」

「………なぁっ!!?」


 紹介するよりも先に、気付かれた。

 まぁ、叢金さんも隠れようとはしていなかったから、当然のことだけども。


 ローガンは、飛竜の妖精を見た事があったようで。

 ラピスは、その言葉に素っ頓狂な声を上げた。


『はぁああああ!?』


 ついでに、そんなローガンの一言で、一度は落ち着いた筈の空気が、またしても微妙な雰囲気となってしまったが。


「…ん~っと、話せば長くなるけど、先に紹介するね。

 これから、オレのお守りに関わってくれる事になった、飛竜の妖精こと叢金さん」

『う、うむ、紹介に預かった『天龍族』が叢金と申す。

 今後は共に過ごさせて貰う故、………よろしく頼む』


 オレの首筋から、おずおずと頭を伸ばし、ぺこりとお辞儀をして見せた叢金さん。


 事情を知っていたゲイル達以外は、全員が唖然呆然となっていた。

 ローガン達は、何故か真っ赤な顔で、睨み付けて来たけども。


「うわ…先生、ガチで不思議生物飼う気じゃん?」

「………可愛いけど、…妖精って事は、大きくなるって事じゃないの?」

「良いなぁ、可愛い」

「ひ、飛竜の妖精って……校舎で飼うつもりですの…!?」

「なんで、そんなぶっ飛んだ生き物飼おうとしてんのよ、アンタ!!」


 何てのは、女子組の意見。

 分かっていない現代組の前者と、分かっている異世界組の後者の言葉のギャップが凄い。


「うわぁ~、新しい仲間が加わったね~」

「テイマーって感じだね、ビーストテイマーだ…」

「………キヒ、飛竜とカ言ってるかラ、ドラゴンテイマーダネ」

「オレぁ、そんなの普通に拾ってきた先生が怖いぞ」

「うわぁあ、良いな良いな!

 いつか、オレ達もドラゴンに乗れるって事だろ!?」


 そして、こちらは男子組の台詞である。

 なんか、大丈夫そうだとは思っていたけど、順応力半端ねぇな…。


 まぁ、最後の徳川の一言には、「飼育が大変だろうが!」と永曽根の拳骨が落ちていた。

 ………これは、オレが悪いのかもしれないね。

 なんか申し訳ないから、徳川の頭を撫でておいた。


 そして、嫁さん達には、こっそりと、


「この浮気者」

「後で、しっかりと説明を求めるからな?」


 耳元で落とし込まれた、その台詞。

 先程とは別の意味で、ゾクゾクとしてしまって、体の震えが止まらなかった。


 マナーモード。

 間宮の気持ちが、痛い程よく分かった。


 オレ、オレ…帰って来て早々、なんか嫁さん達の地雷ふんじゃったかもしれないッ!!



***



 所変わって、校舎にて。


「おかえりなさいませ、ギンジ様!」


 やっと帰って来たと言う事で、久しぶりにご対面のオリビア。

 ご機嫌な様子で、オレに抱き着いて来た。

 ああ、癒される。


 ら、


『ぐぁあああああっ、死ぬッ死ぬッ!』

「う、うぇえええ!?

 不味い、オリビア、離れて、離れて!!」

「ひやあああああああッ!?」


 叢金さんが潰れそうになって、慌てて救助したけども。

 危なかったぁ~…。


 プチパニックである。


 叢金さんは、オレの右肩に避難し、オリビアはオレの左肩に収まった。

 意味は違うかもしれないけど、両手(肩?)に花だ。


 癒しの布陣が完成した。


「おう、やっと戻ったな」

「おかえりなさい、ギンジ先生」

「えっと…おかえりなさい」


 そして、そんなダイニングには、護衛のヘンデルと佐藤、藤本の姿もあった。


 ヘンデル達の愛の結晶である赤ちゃん達は、すやすやとダイニングに置かれたベビーベッドの中でお昼寝中だ。

 恐々としながらも覗き込む。

 ………オレの赤ちゃん恐怖症は相変わらずだな、恥ずかしい。 


 どうやら、彼女達は英語の勉強中だったらしい。

 たった1週間でも、軽い日常会話ぐらいは出来るようになっているようで、素晴らしい。

 たどたどしい出迎えの言葉に癒された。


 それに比べて、オレは………(以下省略)。


「ただいま、3人とも。

 変わりは無かったか?」

「勿論さ、変わりがあった様に見えるか?」

「大丈夫です」

「うん、大丈夫、平気、だったです」

「それはなによりだ」


 お互いに、無事だった事で気が緩んだ。

 ふぅ、と溜息半分に、久々の校舎への帰宅を含めて、肩の力が抜けた。


 そこでふと、


「お疲れのところ悪いが、さっき商業ギルドから手紙が届いてたぞ?」

「おっと、早速だな」


 ヘンデルが、その手を教科書から手紙に持ち替えて差し出してくる。


 受け取って見たは良いが、こてんと小首を傾げた。


 いつもの商売人の字じゃなかった。

 例のフランクのおっさんの字は、もっと体格と同じで丸っこかった筈なのに、細字で随分と角ばっている。

 もしかして、担当変わったとかかな?


 手紙を開きながら、振り返る。


「コイツ、さっき話してた、護衛担当のヘンデルね。

 留守番担当でもあるから、護衛としての仕事の領分、お互いに決めておいて」


 目線を合わせたのは、ミイラ男ことソーマだった。


 彼の処遇に関しては、校舎までの移動中に既にゲイルから聞いている。


 謹慎中と見せかけて、ゲイルの監視下に入るとの事だ。

 表向きにはね。

 フェイクではあるが、奴隷の首輪をつけて、一見すると奴隷として働いている様に見せる。

 ただ、結局のところ無罪放免で、こうしてとっとと『異世界クラス』に出向という形となった。


 ゲイルもヴィズも既に納得しているようだ。

 納得していないのは、逆にソーマの方だったが。


 ついでに、この世界での常識関連は、一応の説明を受けているらしい。

 例のエレガントパンティー藤田からだったらしいので、ゲイル達は修正を加えながら、補填した形となったようだが。


「えっ、あ、はいっ………って、そんな簡単で良いんですか?」

「勿論、結果報告は聞くから、ちゃんとお互いにまとめて置いて。

 まぁ、外出担当がお前で、留守番担当はヘンデルになると思うけどね」


 そう言って、顎をしゃくった先には、すやすやと眠る赤ん坊。

 ヘンデルの子どもだと言えば、彼は納得したのかすぐに頷いた。


「今後、護衛に就くことになりました、壮馬・紺野と言います」

「おう、ご丁寧にどうも。

 オレぁ、ヘンデル、元冒険者だ」


 そう言って、がっちりと握手を交わした2人。

 あ、ソーマも日本語喋れるから、開いてる時間にヘンデルの日本語の練習が出来そうだ。


 やったな、ヘンデル。

 教師が増えたぞ。


 なんて思いながら、オレは改めて手に持っていた手紙を開く。

 読み進めながらふらーっと動いて、ソファーへ移動。


「………これ、ちゃんと足下を見なしゃんせ!」

「転ぶぞ、ギンジ」

「子ども扱いか…」


 嫁さん達に窘められたが、そんなへまはしませんよ。

 彼女達の期待に応える事無く、悠々とソファーへと座ったオレは、その手紙を読み進めた。


 ………ふむ。

 簡潔に言えば、やはり予想通り。

 担当変更の旨だ。


 今まで、オレ達と商いをしていた商売人は、どうやら手腕を買われて商業ギルドの本部へと招かれたらしい。

 この手紙は、その引き抜きを行った顔役とやらからのものだった。


 そして、その顔役とやらは、律儀にオレにその報告と謝罪を手紙に添えた、と。


 前に顔役ともども、例の商売人が来ていたのは、その挨拶も含めての事だったらしい。

 ついでに、今後はその顔役の弟子に当たる商売人がウチに来ることになっているそうだ。


 引き抜きしたけど、代わりの人間を置いていくから許してね、って事だ。


 この顔役は、随分と素晴らしい程に、商売人気質だな。

 ついでに、後任の勧め方も、ナチュラルで分かりやすく、ベスト。


 そして、最後には、今回はタイミングが悪くて顔を合わせられなかった事が残念の一言。

 それと共に、もし近くに来ることがあれば御連絡下さいと言う、勧誘も含まれている。


 うわぁい、これだけ簡潔な手紙にここまでまとまってる。

 これは、凄い。

 オレも見習いたい。


 顔役の名前を見て、覚えておく。

 『ザエル・ウル・ロー』だそうだ。


 ふむ、才能も逸材なら、名前も随分と逸脱しているな。


『(難しい内容だったので?)』


 とは、いつの間にか、コーヒーを持って現れた間宮の言葉だった。

 コーヒーを受け取りつつ、間宮に手紙を読ませてみる。


『(………文面はともかく、凄い人ですね。

 こちらに嫌な気分を一切、浮かばせようとしない…)』

「見習ってごらん?

 お前は、すぐに感情に引っ張られて頭に血が上って、言い回しが粗雑になる傾向があるだろう?」

『(………耳に痛いです)』


 まぁ、覚えがあるんだろう。

 伯易の時がそうだったし、ゲイルに対しても一時期言葉遣いどころか対応が粗雑だった。

 まぁ、前者はともかく、後者はオレもとやかく言えないまでも。


「これも修行だよ」

『(精進致します)』


 オレに対しては、言葉遣い徹底しているのにね。

 周りの事になると、彼もまだまだ感情の制御が甘いらしいから。


 ………それに関しては、オレもとやかく言えないけど。

 だから、オレも修行します。

 こんな風に、読み手の感情を把握できるぐらいな文面を書いてみたいやねぇ。


「ところで、どういった意図だったのだ?」

「したり顔であるが、何か良いことでもあったのかや?」


 手紙の内容が気になったのか。

 オレの真横から、顔を覗かせた2人の嫁さんに苦笑を零した。


 可愛いな、うん。

 生徒達がいなかったら、揃ってほっぺちゅーしたかった。


「うん、オレ達としては、良い教材を貰えたって感じなだけ。

 内容としては、今までの商売人が変わるって事と、顔役との繋がりが出来たってところかな…」


 と、当たり障りなく答えたところで、


「えっ、あの商売人さん、変わっちゃうの?」

「あの人、良心的だったのに…なんか、あったのか?」

「いや、引き抜き受けて、本部に行くことになったんだと」

「あら、勧誘?凄いんじゃん」

「なんだ、心配して損した」


 はははっ、正直な奴らめ。

 まぁ、確かにオレもあの商売人との別れはちょっと寂しいまでも、今後は新しい人と良好な関係を築いていく努力をしなきゃね。

 後で、手紙の返事と、商業ギルドへと一筆書いておこう。


『なるほど、分かって来たぞ。

 お主が寛大なのは、こうして周りの人間に恵まれているからなのだな…』

「うん?」


 そこで、唐突に呟いたのは、叢金さん。

 先程のオレと同じしたり顔で、彼は頭を伸ばしてちろりとオレの頬を舐めた。

 くすぐったい。

 思わず、はにかんだ。


『良い環境だ』

「ありがとう。

 叢金さんも、自由にしていて良いからね?

 ただし、気を付けないと危なっかしい連中に踏まれるかもしれないから注意して?」

『ははははっ、承知した。

 お主も、下を見ずに歩くようだしな…』

「………あ、一本取られた」

『ふははは、私の勝ちよ』


 ちくしょー、揚げ足取られた。

 でも、この掛け合いが楽しいので、不思議と嫌な気分にはならない。


「ところで、」


 そんな中。

 声を発したのは、ラピスである。


 案の定、オレ達のやり取りに焼きもちを焼いてか、ふくれっ面。


 そして、


「お主は何故、幻覚魔法を掛けておるのかや?」


 ぎくりっ。

 と、手痛い一言が突き刺さった。


 聞けば、冒険者ギルドで既に気付いいたとの事で。

 ………どうやら、速攻でバレていたらしい。



***



 流石に、現役の森子神族エルフの目は誤魔化し切れなかったか。

 曰く、オレの周りに不自然に魔力の膜が出来ていたので、不審に思っていたそうだ。


 そして、これには生徒達も食いついた。

 更には、ゲイルまでもが食いついた。


「………どういうことだ?

 見せられないような姿形にでもなったと言うのか?」


 ますます、ぎくり。

 理由を知っている『天龍宮』への同行組は、揃って目線を逸らしていた。


 まぁ、オレも目線を逸らしている最中ながら。


「………うーん、話せば長くなる」

「ならば、まとめて全て話して貰おうか?」

「そうじゃな、結局のところ、飛竜の妖精がくっ付いて来た理由も教えて貰ってはおらぬし…」

「説明してくれるよなぁ、ギンジ?」

「うひぃ…ッ!!」

『………おぅ、我もちょっと怖いぞ』


 藪蛇だった。


 そういや、ここには揚げ足取りばっかりが揃っていたのだ。

 しかも、過保護で心配性な面々ばかり。


 ゲイルがオレの言葉に乗っかり、ついでにラピスまでもが便乗。


 そして、決定打として、ローガンがオレの耳元で甘く囁いた。

 ………耳は弱いの、駄目、辞めて。

 うっかり腰が蕩けて反応しそうになって、思わず股間を見そうになった。

 ………そういや今は無かったよ…(笑)。


 脱線した。

 おかげで、視線にブリザードが混じり出す。


「『天龍族』のお城って、どんなだったのかも知りたいしね!」

「襲われ…げふん、大丈夫だったの?」


 興味津々だったらしく、留守番組の生徒達まで騒ぎ出した。


 ソフィアはともかく、テメェ浅沼。


 ………テメェも後で、お仕置き敢行してやるから、覚悟しておけ。

 無論、別のお仕置きが残っているのは、榊原であるが。


 視線に乗せて、殺気を放っておく。

 気付いたらしい浅沼が『ぶひぃっ!』と泣いていた。


 まぁ、閑話休題それはともかく


 かくかくしかじかで、それとなく話をスタートしてみる。


 生徒達は知らないだろうから、偽物一行の泉谷達が付いて来た事から始まり、『天龍宮』に行ってからのひと悶着。


 あ、転移魔法陣で魔力枯渇起こした件は、伏せたけどね。

 後で、嫁さん達にだけは言っておくつもり。

 香神が書き起こしてくれていた魔法陣の研究、ラピスとやりたかったし。


 それから、『天龍族』の謁見の間で発覚したあれやこれや。

 叢金さんが同行する事になった訳。


「だから、覇気の顕現があった訳だ」

「『昇華』が早すぎると感じたのも、その所為か」

『済まぬなぁ。

 ただ、ギンジは見ての通り、余り頑強な体はしておらんかった故…』

「いや、おかげで、コイツは生きているからな」

「………業腹ではあるが、一長一短。

 仕方あるまいな」

『………貴殿等までもが寛大だなぁ』


 と、少しばかり、感涙に声を震わせた叢金さん。

 オレの『昇華』の兆候の件で、責められると思っていたのが呆気なく許されてしまって、どうしていいのか分からないらしい。

 喜んでおけばいいと思うよ?

 怒られる時は、割と容赦なく怒られるから。


 ………これも、実体験。


 げふんごふん。

 脱線したね。


 そして、話は例の『石板の守り手』との謁見について。


 大きな大蛇、もとい『聖』属性の精霊『聖龍ションロン』の事だ。


 ただし、正直に言えば、オレは記憶が曖昧だ。

 大半を気絶して過ごしていたから、当然のこと。

 情けない。

 不憫そうな目を、嫁さん達生徒達から向けられた。


 だから、アグラヴェインから聞いた話をそのまま、復唱する形になるのだけれど。


 とりあえず、オレが現わしていた『昇華』の兆候は止まり。

 ついでに、その楔を維持し、強固にしていく為には各地の巡礼をして、精霊達と契約、魔力で補填をして貰う事になる。


 更にさらに、『女神の予言』の、完全版が分かったことも生徒達へと知らせておいた。


『二つの日が昇る時。

 世界に暗黒を齎す災厄が目覚め、大地を埋め尽くす黒き悪魔が現れん。

 災厄は空を黒煙で染め上げ、黒き悪魔は世界を飲み込む濁流となるだろう。


 二つの日が落ちる時。

 水は濁り、大地は枯れ、野には屍が積み上がる。


 終焉に向かいし世界、今一時すべての力を結集して災厄に向けて立ち上がれ。

 人も魔族も、魔物すらも全てが等しき命。


 その全ての命が潰え、消え去ってしまう事こそが世界の終焉である。

 立ちはだかる困難は熾烈を極め、苦しい時代が続くだろう。


 しかし、案ずることなかれ。


 我が眷属たる『騎士』が必ず舞い降りる。

 聖職の『騎士』は類稀なる器と強靭な精神力を持つ、女神の代行者である。

 自らの育てた子等を従え、暗黒を齎す災厄に立ち向かうであろう。


 恐れるな。


 『騎士』は皆の、力を纏めてくれる。

 皆の世界の、礎となってくれる。


 『騎士』は、各地に我が隠した『石板』を巡り、従順なる僕たる精霊達を呼び覚ます。

 呼び覚ました精霊達は、類稀なる器を持ちし『騎士』の身に宿り、更なる力を齎そう。


 全ての『石板』が我が眠りを破りし鍵である。

 北の神殿に眠る我が眠りを解き覚まし、必ずや災厄を打ち払うであろう』


 と、歌う様に語った文面。

 思わずと言った様子で、全員がメモを取っていた。


 おお、素晴らしい。

 後で、香神に頼んで、生徒達に回して貰おうと思っていたのに、進んで行動してくれたようだ。


 ………見れば、ゲイルやヴィズまでもがメモしていたけども。


「と言う訳で、さっき言っていた通り、巡礼がオレ達の今後の活動を大きく左右するだろうね。

 一応、『天龍族』が知ってた限りの、レプリカを含めて『石板』の所在は聞いて来たから、今後の活動範囲は決まったも同然だ」


 そう言って、オレがメモした『石板』の箇所を、回覧させる。


 ラピス達は、眉を顰めていた。

 おおかた、『暗黒大陸』に数か所ある事が気になっているのだろうが。


「『暗黒大陸』に出向する時は、また『天龍族』に協力して貰う事になったから、大丈夫だと思う。

 護衛も貸し出してくれるそうだし、現地でのガイドもしてくれるって」

「ほぅ、なら安心だな」

『『暗黒大陸』の『石板』ならば、私も多少は道順を知っておる。

 案内ならば任せよ』


 叢金さんも、オレの言葉に補足してくれた。

 おかげで、ラピス達の表情も解れたように思える。


「ふむ、『竜王諸国』にまとまっているのは、何かしらの意図がありそうだな」

「ああ、それは、魔力の指数が関わってるんだって」

「うん?」


 そうそう、『石板』の場所に関しても、ちゃんと説明貰ってるからね。

 ゲイルの疑問に、即座に応える。


 等間隔ぐらいで、巡礼の流れを作ってくれてるらしい。


 能力的には横並びの上位精霊達だけど、魔力の違いは出て来る。

 魔力の低い精霊から順に、オレが契約出来るように整えてくれているそうだ。


 始めが、『剛力』だけど魔力はそこまで高くない『火』の上位精霊・サラマンドラ。

 そして、次々と円や弧を描くように、魔力の低い精霊が配置されて行っているそうだ。


 ただ、オレは最初っから、魔力が最大レベルの『闇』の上位精霊・アグラヴェインと契約(※強制)することになっちゃったから、予定が崩れ去ってしまっているけども。


「………つまり、そう言うところでも規格外だった訳だ」

「そう言うこっちゃねぇだろ?

 当初魔力が不安定だったのはその所為だったのに、オレばっかりの所為にするんじゃねぇ」


 ゲイルの一言には、流石にキレた。

 手元にあったノック式ボールペンが、ゲイルの真横に突き立った。

 1人掛けのソファーの背凭れに、びよんびよんと揺れている。


 実にシュールだ。


「危ないだろう!?」

「避けろ、それぐらい」

「避ける暇も無かったわ!」

「だから、ヤクザに殴られたんだろ?」

「ッ…言うな、それを!」

「………すんません」

「えっ、あ、ああっ、ゴメン、ソーマ!

 居るの忘れてた!」


 ゲイルのダメージが、巡り巡ってソーマのダメージにもなってしまった。

 すっかり忘れてたよ、存在を。

 ………それもそれで、どうか。

 言葉を選ばなきゃね、オレも。


 さて、それはともかく。


「次の巡礼は、とりあえず『赤竜国』。

 だけど、余裕がありそうなら、『赤竜国』と『黒竜国』中間点の遺跡か、『黄竜国』に行ってみようと思ってる」


 サラマンドラの次は、『創製』のグノーモスと言う精霊らしい。

 『石板』の素材にも使われた強固な外殻を作り出せる精霊だそうだ。


 確立として高いのは、距離的に『赤竜国』と『黒竜国』中間点の遺跡か、『黄竜国』の『聖王教会』との事だ。

 アグラヴェインも、全部の箇所を把握している訳では無かったし、サラマンドラに至っては、『予言』の全文すらも記憶出来ていなかったから。


「なるほど、そう言う事か。

 体に負荷が掛かるから、その分を慣らしていく順序となっておるのじゃな」

「うん、そう言う事。

 まぁ、既にぶっ飛んだ魔力総量らしいから、意味が無いらしいけども…」


 うん、虚しい。


 それでも、順番が決まって来ると、予想が立てやすい。

 『黄竜国』にいたのなら、『黒竜国』。

 もし、『赤竜国』と『黒竜国』の中間地点なら、『黒竜国』とちょっと離れるが、フレイヤ独立国だ。

 ただ、『暗黒大陸』にも遺跡がある事を考慮すると、更に離れている可能性は高い。


 あ、人魚も『石板』を持っているらしいから、それも考慮しなきゃいけないね。

 ………そういや、彼女達への連絡ってどうしたら?

 巻貝みたいな連絡魔法具貰っても、使用用途が不明だから。

 げしょ。


 まぁ、順路に付いては、今は良いか。

 まずは、目の前に控えた巡礼を終わらせてからだ。


「と言う訳で、『赤竜国』も含めて、今後は巡礼重視となります。

 そうなると、必然的に全員のレベルアップは必須だから、………オレの言いたいことは分かるな?」


 にぃ、と唇を歪めて見せる。

 目線は向けずとも、理解が及んだのか。


 オレの背後で話を聞いていた生徒達が、こぞって悲鳴を上げて壁際まで退避した。

 うち、数名が何かに突っかかって倒れた音がする。


 静かにせんかい!

 赤ちゃんが起きたらどうしてくれるのか!

 ………オレが、倒れるだけですね、知ってます。


 ごほん、脱線したけども。


「全員、武器の選定を急げ。

 決まっている連中は、仕上げておけ。

 巡礼までには、全員が何かしらの武器での戦闘が可能なレベルに持っていく」

『はいッ』


 生徒達に宣言してから、その返答に満足してにっこりと笑う。


 素直でよろしい。

 まぁ、文句を言うような奴等なら、とっくに脱落しているだろうしな。


 さてさて、報告したい事は何とか終わったかな?

 センドウさんのひと悶着は話してないけど、それは『ボミット病』治療薬の流通関連だから、ラピスとアンジェさん達と共有だし。


「………巡礼重視となると、やはり護衛が難しいな」

「無理をする必要は無いさ。

 それに、こうしてソーマが加わったこともあるし…」


 と、唸り声を上げたのは、ゲイルだ。

 彼は彼で、やはりオレ達の巡礼には付いて来れないだろう。


 イレギュラーで離れた事があった。

 『予言の騎士』と『その教えを受けた子等』を探す為だ。

 とはいえ、今はもう無理だろう。


 騎士団長補佐を出来たラングスタがおらず、かと言って彼もこれ以上は職務を掛け持ちする事は出来ない。

 戦争の機運が高まっているのは遠い北方の『黒竜国』と『青竜国』だが、そうであっても飛び火が来る可能性は高い。

 隣国が、同じ『竜王諸国ドラゴニス』の『白竜国』なのだから、当然のこと。


 本当は付いて来たいだろうし、オレも彼に任せたいと言う気持ちはある。

 だが、無理を言っても始まらない。


 だから、この話はこれで終了だ。

 名残惜しそうな顔をしているゲイルに、苦笑を零してソファーから立ち上がった。

 ………正確には、立ち上がろうとした。


 しかし、


「じゃが、今の話と、この幻覚魔法は、何の関係があったのかや?」


 オレの肩を抑えて、ソファーに座らせた手。

 有無を言わさぬ声音と共に、その手に篭った力もまた強かった。


 それは、ラピスのものだった。


 ローガンとゲイルが、今しがたハッとした表情になったようだ。

 忘れているようだったから、話さなくても良いと思っていたのに…。


「上手く誤魔化したようじゃが、この幻覚魔法を解くか理由を説明してくれぬと、離してやることは出来んぞ?」


 今度は、ラピスが甘い声を発しながら、オレの耳元で囁いた。

 だから、耳は駄目なんだってば…ッ!

 思わず下半身が…(以下省略)。


 巻き込まれて被害を受けた叢金さんともども、涙目になってしまう。


 ………誤魔化されてはくれなかったらしい。


 出来れば、生徒達には知られずにいたかったのになぁ。

 恥ずかしいし、ナイーブだし、オモチャにされそうだし。


 ただ、こうしてしつこく聞いて来る時のラピスは、拗ねると大変な事になる。

 口を利いてくれなくなってしまう。

 ローガンも、不機嫌になるだろう。


 今日は、出来れば2人揃って、添い寝して欲しかったのに。

 このままでは、その願望が叶えられない。


 ………性別変わっちゃったから、仲良しが出来ないと言うだけでも辛いのに。

 ううっ、背に腹は代えられない。


「………実は、ね」


 実際、これ以上黙っていても、得策ではない。

 むしろ、マイナスが大きい。


 だからこそ、渋々ながらも、正直に白状する事にした。


 幻覚を解く。

 男から、女へ。


 ただ、一見すると何も変わっていないオレの姿が、全員の前に晒される。


「………ん?」

「………何も変わっている様には見えんが?」


 ラピスとローガンは気付かなかったようだ。

 甘いね。


「………違和感があるような、気がするが?」

「オレもそう思ったんだが、なんだ?」

「………なんだか、嫌な予感がするんだが…」


 ヴィズ、ヴァルト、ゲイルと言葉を重ねた三兄弟も、やはり気付かなかったらしい。

 やはり、甘いね。


 ただ、ゲイルは、なんとなくであっても、その予感は正解。


「なんか、変なところある?」

「……いや、分からん」

「あ、でもなんか、細くなってる気がする?」

「本当だ」


 斯く言う生徒達も、同じように気付いていないらしい。

 振り向いてみてから、生徒達の顔を順繰りに見ていくけども、やはり留守番組で気付いた面々はいなかった。


 ただし、それ以外で見渡してみると、気付いた面々も分かった。

 ソーマとヘンデル、ハルだ。

 口元が引き攣っているから、すぐに分かる。


 前者2名は驚愕に、後者1名は、


「テメェ、笑うの堪えてんじゃねぇ!」

「ぎゃああっ!

 だって、お前、何それ、なんでそんなことになってんの!?」


 という理由から。

 これまた、先ほど回収したばかりのノック式ボールペンが飛んだ。

 生意気なことに、キャッチされてしまったけども。


 でも、なんかちょっと楽しくなってきた。

 これ、嫁さん達含めて、生徒達はいつ気付くのかな?


「じゃあ、ここからはクイズ形式にしようか。

 分かったら、オレのところに来て口パクしてね?」


 なんて、クイズにまでしてしまってみたり。

 これ褒賞でも出したら、白熱しそうだけど…。


 そこまで考えて、ふとげっそり。

 結局楽しんでんじゃん、オレの馬鹿。


「なぁ、颯人、先生何が変わったんだ?」

「自分で考えなよ、克己。

 先生が言ってたでしょ、クイズ方式だって…」


 うんうん、理由を知っている奴等は、喋るの禁止。

 目配せをすると、苦笑気味な表情が全員から返って来た。


 ただし、先にも言った3名以外は、誰も気付いていない現状。

 ちょっと、悲しい。

 違和感が無いって事じゃん。


 更にげっそりとしたので、とっとと動く事にする。


「じゃあ、ヒント1」


 そう言って、立ち上がる。

 今度は、ラピスもオレを抑えて立ち上がらせないようにはしなかった。


 そして、ちょっとだけ移動してから、ローガンの隣に並んでみる。

 今更に気付いたが、ローガンとの身長差がちょっとだけ開いていると感じた。


 これはこれで、悔しいな。


 ただ、これには女子組の数名が気付いたようだ。

 意外なことだ。

 そして、彼女達は絶句した。


 口パクをした内容を見て、正解と頷いておく。


 嫁さん達も、ウィンチェスター三兄弟も、男子組の数名もまだ気付いていない。


 しかし、


「……あれ、先生小さくなってねぇ?」


 と、徳川の馬鹿が考え無しに、声を出す。

 あーっ、と榊原が慌てて口を抑えたが、違和感が分かれば他の全員もその違和感を注視していく。


 そして、続々と理解が及んで行ったようだ。

 永曽根から始まり、河南、紀乃、浅沼、と伝播し、気付いていなかった残りの女子組、シャルやルーチェも気付いた。

 そして、隣に並んでいたローガンも。


 愕然とした様子で、オレの事を目をまん丸にして食い入るように見ている。


 だが、ラピスはまだ気付いていない。

 そして、相変わらずウィンチェスター三兄弟も(以下省略)。


 ………そんなに俺は、違和感が無いのか!?

 更に虚しくなった。


「仕方ないので、最後のヒント」


 悲しくなって、ローガンに抱き着きそうになってしまうが、いやいやそれはいけない我慢我慢、とぐっと堪えておいた。


 右手を上げてから、喉を撫でる。

 そこには、あった筈の喉仏が無くなってしまっているのだから。


『あーーーーーーーッ!!』

「お、お主、女になってしまっておるのかや!?」


 そこで、全員がやっと気付いた。


 思わずと言った様子で、ラピスやウィンチェスター三兄弟も叫んだ。


 ただし、これにはオレが黙っていられない。

 主に、声量について。


「デカい声出すな、赤ちゃんが起きるだろうが!!」

「………お前の方が、声が大きいぞ」


 結局、駄目だった。

 げしょ。



***



 てんやわんやとなったが、概ね大丈夫。

 主に、間宮のおかげ。


 咄嗟に、『防音』を使ってくれて、赤ちゃんの泣き声を聞かずに済んだのである。

 おかげで、帰って来て早々の卒倒は免れた。

 ………出来る弟子は、やはり違うなぁ。

 それに比べて、師匠が情けないけども。


 そんなこんな。


 オレの女体化の事実発覚のプチパニックも何とか収まり、お昼時と言う事も相俟って食事中。

 短時間でさっさと仕上げた純和風の鉄分マシマシの料理に、うっかり目から汗が出そうになった。


 中華も洋食も嫌いでは無いのよ?

 でも、和食はもっと好きです。


 ごほん、話が脱線したな。


「つまり、『天龍族』の血の最後の足掻きという訳じゃな?」

「幻覚魔法で匂いまで誤魔化せるとは、良く考えたものだ」

「………良く襲われなかったもんだな」

「ちゃんと貞操守ったか?」


 女体化した経緯を、さらっと説明すれば、半分が納得、半分が胡乱げ。

 恐々とした様子で、オレを見ていた。

 ついでに、納得しただろう更に半数の女性陣は、何故かキラキラとした視線を向けているのが気になるが。


 ………あ~あ、オモチャ決定かよ。


 それと、


「テメェ等2人は、人のケツを何だと思っていやがるのか!」

「うお、あぶねッ!」

「こら、食器ナイフは投げるもんじゃねぇだろうが!」

「投・げ・さ・せ・る・な!」


 安定の失敬な発言連発のヴァルトとハルには、ナイフを投げてやった。

 ヴァルトはフォークで弾き、ハルはまたしても掴み取っていた。

 生意気な奴等め。


 人の貞操の危機を、笑いやがってこん畜生。


 また脱線したけども、全員が理解出来たようで何より。

 ラピスが卒倒し掛けていたが、概ね大丈夫だろう。


 ちなみに、最後まで分からなかったのは、オリビアと徳川である。

 ………あれまぁ。

 可愛い身長組は、ちょっと見る目を養った方が良いかねぇ?


 そして、大丈夫じゃないのは、固まったままのゲイル。


 アイツ、さっきから微動だにしないんだけど?

 ………本気で心臓止まってるとか言わないよね?

 正直、精巧な蝋人形のようで怖いです。


「えっと…そう言う呪いか何かなんですか?」

「オレも呪いとしか思えないけど、呪いとは違う。

 実際は、抑え込まれた魔力が暴れようとしているけど、その為には外部から供給しなきゃいけないから、供給しやすい体に魔力で作り替えられちゃったって言うのが正解」


 ソーマには、何が何やら分からなかったらしい。


 血の適合どころか、この世界での共通の魔力に関する知識が浅いからね。

 分かりやすいように説明を入れる。

 理解を示した辺りで、ぼそりと「ぶっ飛んだ世界やなぁ…」と呟いていた。


 そして、これに一緒になって、ようやっと納得したらしい徳川には、隣に座っていた永曽根に目配せをして、殴らせておいた。

 ソーマよりもこの世界に来て長いお前が一緒の理解力でどうするのか。


「でも、良く分かったよね、ソーマ。

 他の連中なんて、ヒント上げないと分からなかったのに…」


 そう言って、ジト目で見るのは嫁さん達だ。

 気付いてよ、頼むから。


 オレだって、この体になってナイーブになってるんだよ?


 揃って、目線を逸らされた。

 まぁ、仕方ないと言えば仕方ないのかもしれないけど。


 安定のオレの、女顔問題の所為か。

 そういや、女神様と同じ顔してんだから、違和感だって仕事はしねぇわな。

 心底、げっそり。


「………いや、明らかに体の細さ違いましたからね」

「それでも、気付かれなかったの」

「それは仕方ありませんわ。

 昔からでしたけど、銀次さんは男にしては綺麗過ぎましたよって…」

「傷口を抉るな、テメェ、解雇すんぞ」

「図星刺されてすぐに解雇言い出すん辞めてください」


 その通り。

 狭量だったかもしれないから、ちょっと反省。


 間宮に修行と言っておいて、これである。

 これまた、心底げっそりとした。


「胸はどうしてるんだ?」


 そこで、先に食事を終えていたヘンデルが、オレの胸元に手を伸ばして来た。

 フォークを突き刺して阻止。

 悲鳴が上がったが、無視。


 元男とはいえ、女の体に無作法に手を伸ばすとは何事か。


「アンタ、容赦ねぇよな、本当…」

「五月蝿い、種馬。

 認知していない子どもが出てきたら、容赦なく捻り潰すぞ」

「いきなり、何の話!?

 オレが妊娠させたのは、後にも先にもアスカだけだ!」

「惚気んな、阿呆。

 今、握り潰すぞ」

「理不尽ッ!」


 ヘンデル弄りが、実に楽しい。

 まぁ、嫁さん本人の佐藤の前でやる事でも無かったか。

 案の定、惚気られたアスカこと佐藤は、赤面しながら赤ちゃんを抱きしめていた。


 ただし、


「おっと、結構な谷間じゃねぇの」


 こんな馬鹿よりも、上には上がいた。

 もっと無作法な男は、ハル。


 彼は、とっととオレの背後に回った挙句に胸元をべろーんとめくってくれやがった。

 食事中の男子組一同が、一斉に噴き出した。

 ………汚い。


「そうか、まだナイフが足りなかった、と」

「投げるなって言ってんだろ、食器用ナイフはステーキを切るもんであって、人間の肉を刺すもんじゃねぇ」

「三枚に卸してステーキにしてやれば、良いって事だ」

「オレを殺す気か」


 ………お前こそ、オレを羞恥で殺す気か?


 ナイフはやはり、掴み取られて終了だった。

 生意気な。


 結構な谷間は否定はしないけど、重いし苦しいし蒸れるしで散々なんだ。

 この状況をどうにかしてくれ。


 世のお嬢様方が、文句を言う気持ちがやっとわかった。

 デカけりゃ良いってもんじゃねぇわ、本当に。


 そして、案の定、そんな悩みを一度も感じた事の無いだろう、女性陣数名から冷ややかな視線を戴いた。

 二次被害…ッ!!


「それって、いつまでって分かるの?」

「分からん。

 なんか、アグラヴェインが言うには、別の精霊との契約が済めば、魔力の補填も安定するからとかなんとか…」

「って事は、次の『石板』を巡るまでは、そのままって事?」

「そうなる可能性は高い。

 ただ、その前に戻れるようにアグラヴェイン達も努力してくれるらしいし、『天龍族』の血が抵抗を諦めてくれたら、元に戻るかもしれないとかなんとか…」


 曖昧な返答ばかりで、申し訳ないまでも。

 結局のところ、戻るかどうかは不明という事になるな。


 このまま精霊と契約出来ないとなると、そのままオレは女の体のままという事も十分あり得る。


 怪力があるからまだ良いとしても、ちょっと厳しいな。

 戦闘が心許ない。


 風呂にも満足に入れないし。

 間宮が目隠し必須だから、余計にって事で。


 まぁ、今後は嫁さん達に一緒に入って貰うか。

 あ………生徒達がいるから、駄目じゃんね。

 目敏く耳聡い数名は、やはり気づいているだろうけども、どうしたもんか。


 ってか、公表しよう公表しようと思っていて、結局未だに生徒達に知らせられていないんだよね、結婚の事。

 ううっ、あんまり長引かせると駄目だって分かってるのに。


 ………エマの件を片付けてからにした方が良さそうだ。

 オレの勘が、全力でそう囁いている。


『………魔力を探ってみておるが、随分と荒れ狂っておるからなぁ…。

 正直、『天龍族』の血を抑えた御前の術式も凄いが、それを内包してしまっているお主に害が無いかが心配だな』

「今のところ、目立って体調不良は無いけどね。

 女になっちゃった事以外は、だけど」


 叢金さんは、何が気に入ったのか白菜(果物じゃなくても良いの?)にかぶりつきながら、オレの心配をしてくれている。

 豚レバーの香草炒めを頬張りながら、苦笑を零してお礼を言っておいた。


 彼はことあるごとに、心配してくれる。

 まぁ、心配性が度を越して過保護なところが玉に瑕だけども。


 しかし、


「………あれ?

 でも、先生、今月末に王城でのパーティーがあるって言ってなかった?」

「………うん」


 気付いちゃったのは、伊野田だった。

 最近、オレと間宮とは別に、校舎でのスケジュール管理も始めたらしい彼女は、数ヶ月先までの予定も覚えているようだ。

 目指せ、立派なCAだったからか。

 どちらかと言えば、秘書にもなれそうだ。


 そして、そのおかげで、今回の事にも早々に気付いた。

 そう、月末にパーティーがあるのだ。


 王城での、国王陛下の実子、メアリアーナ王女殿下のお披露目である。

 ダドルアード王国問わず、この異世界での習わしだ。

 王家や大御所貴族の子息子女は、生後半年で一度社交界デビュー(デビュタント)を済ませてしまうのである。

 その後は、誕生日の節目に祝い事を開く。


 そのデビュタントが、今月に控えている。

 そして、オレ達も王女殿下同様に、デビュタントを控えていると言う事になっているのだ。

 まぁ、実際は招待された、ってだけなんだけどね。


 今更キャンセルには出来ない用事だったから、くれぐれも何事も無いようにと気を付けていたのに、この有様である。

 いっそ体格が分からないような、ごちゃごちゃした礼服で着飾って行こうかとも思っていたのだが。


 ただ、卑屈にならないで済む、良い方法がある。

 それを、オレは見つけてあったのだ。


「一応、さっきみたいに幻覚魔法使って誤魔化すつもりだよ」


 と言う訳で、幻覚魔法を駆使して乗り切る予定だ。

 ちなみに、その精度に関しては、既に生徒達・嫁さん達も見ているから分かっている通り。


 誰も気付かなかった。

 だから、きっと大丈夫。


 匂いも誤魔化せるようだし、オレはダンスが出来ないから誰かと密着するような予定も無いしね。

 (※密着すると、体形バレる)


 だが、


「………待て待て待て、駄目だそれは」

「へっ?なんで?」


 待ったを掛けたのは、ヴァルトだった。

 隣で食事をしていたヴィズやハルも不思議そうな表情だったが、彼だけは理由がはっきりと分かっているらしく、苦々しい表情。


 え、嘘、駄目なの?

 ………って、まさか、


「………も、もしかして、魔法全般、禁止?」

「そうだ。

 パーティーを行うホールには、入り口と窓、隠し通路に至るまで魔法陣を組み込んで、魔法が使えないような仕様にする」

「えええええええええええええっ!?」


 駄目じゃん、それじゃあ!


 どうすんだよ、ヴァルトさん!?


「オレに言われたって仕方ねぇだろうが。

 王城で仕事受けた時に、丁度その魔法陣に関しての不備が無いかチェックしたから、知ってただけで…」

「………今から工夫とか出来ない?

 幻覚魔法だけは、OKとかさ!」

「そんなことして不穏分子が紛れ込んだら、テメェが対処するんだろうな?」

「………ゴメンナサイ、無理です」


 駄目か。

 そうか、駄目か。


 だとすれば、ゴテゴテに着飾るしかないか。

 肉襦袢でも詰め込んでみるか。


 ………いや、どのみち、身長が足りないからアウトか。

 シークレットブーツ、作ってみる?


 と、頭を悩ませていたところで、


「ギンジッ!!」


 突然の野太い声に、揃って吃驚。

 肩が跳ねたのは、何もオレだけでは無かった筈だ。


 ………見れば、一部の生徒達が咽込んでいた。


 そして、その突然声を張り上げた張本人と言えば、


「頼みがある…!」

「………はい?」


 ゲイルだ。


 蝋人形から、復活したらしい。

 固まっていたのは、ショックの所為だったと後から聞いた。

 (※本人は、数十分を固まっていた事を後から聞いて吃驚していたけど…)


 ………それで良いのか、スライム騎士団長。


 そんなゲイルは、復活したかと思えば、オレの足下に何故か傅いている。

 ご丁寧に、その手はオレの右手を握っていた。


「許可なく触るな、スライム騎士団長」

「ごは…ッ!?」


 嫌悪感を感じて思わず殴った。


 いや、ゴメン。

 こんな体になってるから、かなり警戒中なんだよね。

 貞操云々を、女になってまで紙切れのように散らしたくは無いから。


 生徒達が、不憫そうにゲイルを見ている。

 一部は、オレに向けて冷ややかな視線である。


 スライムの片割れであるヴィズは、「スライムじゃない」と微妙に間違った感想を呟いていたものの。


 どうやら、問題は発生していたらしい。


 例の異端審問の事。

 概ね、間違いないだろうと予想が付いたので、


「食事終わってから、鍛錬がてら報告して」


 そう言って、チキンソテーの最後の一口を頬張った。


 いやはや。

 帰って来てから早々、問題が重なるものだ。


 ………やっぱりオレは、そう言う星の下らしい。

 涙目になりながら、溜息と共にチキンソテーを飲み込んだ。



***

無謀にもプロット無しで進めたら、案の定カオスになりました。

あんるぇえ~~~?


結果、正直に作者の頭の中を放出したら、こうなりました。

意味が分からないかもしれませんが、一応の閑話的な『異世界クラス』的なほのぼの案件。


次か次の辺りで、ぎすぎす入るのでワンクッションです。

………その筈です。


ちなみに、叢金さんについてですが、


Q.飛竜の妖精って何を食べるの?


A.何を食べるかというとなんでも食べられます。


 果物が個人的に好きなようですが、野菜でも肉でも、必要とあらば虫でも食べられます。

 鋼鉄の肝臓と、消化機能が異世界仕様な訳です。

(※なんでも食べる雑食の蜥蜴と思ってください)



誤字脱字乱文等失礼致します。


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