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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、『天龍族』訪問編
161/179

153時間目 「社会研修~露呈した裏切り~」

2017年4月12日初投稿。


続編を投稿させていただきます。

リアルが忙し過ぎて更新出来ずすみませんでした。

そして、駆け足投稿すみません。


153話目です。

***



 庭先を借りて、大騒ぎしたあの後。

 オレが某常に笑っている動画で有名な負け惜しみを呟きながらも、居城に引っ込んだ後の事である。


 叢洪が即座にセンドウさんを居室に連れ帰って、医者に見せたらしい。


 結果としては太鼓判。

 病気の完治も確認出来たし、懐妊も発覚した。


 だから言ったじゃん。


 まぁ、結局病気で出歩けなかったのが、今度は妊娠で出歩けなくなった。

 センドウさんとしては、ちょっと複雑だろうけど。


 もう関わる事は無いだろうし、会う事も無い。

 だから、この結果だけを聞いて、オレは満足して置く事にする。


 謝罪も何もいらない。

 だって、オレもしないから。


 正直、これ以上過去の傷をほじくり返される方が嫌。

 過去の戦役の事だって、出来れば思い出したくないし。 


 不意打ち過ぎて、焦ったよ今回は。


 おかげで、香神とディランにちょっとだけ、不信感を覚えられているらしい。

 説明は出来るが、しない。

 オレが暗殺者であったことなんか、言わなくて良い。


 わざわざ、コイツ等までオレの汚点を知る必要も無い。

 知られたくないだけ、というオレの勝手な気持ちもありながら。



***



 朝から大騒ぎだった。

 率直に言うと、疲れた。


 でも、オレとしては、まだ仕事が終わってない。

 生徒達を、居室に戻させて荷物をまとめさせておく間に、オレはと言えば間宮を引き連れて、『天龍宮』の中を闊歩する。


 発情期云々の貞操ピンチは、後回し。

 心得はあるし、涼清姫さんからの香袋もあるから大丈夫。


 そう思い込む事にして、向かったのは、


「………貴様は、本当に死にたいのか?」

「オレが死んだら、涼惇さんに『例の件(・・・)』も漏れるぞ?」


 ある『天龍族』の1人の居室。


 不遜な物言いでオレを迎えた男は、うんざりとした表情をしている。

 遠回しな殺人宣告の恫喝まで付いて来た。


 それも当然のこと。


 オレは、コイツに嫌われる事を、平然とやってのけたからな。


 名前を、叢叮そうてい

 オレ達が、彼女の居室に案内されていた時にも、警備に就いていた『天龍族』の1人。

 見事な銀の眼をした、容姿端麗な若者でもあった。


 オレがセンドウさんに薬を飲ませる為に、巻き込んだ『天龍族』の男だ。


 『天龍族』は、故人の邸宅は持たず、『天龍宮』内に居室を与えられている。

 離宮と言うのも存在はするが、御殿の様なものらしい。


 居室のグレードは、地位や家名で決まっている。

 叢家やら敖家やら、純血の面々は『天龍宮』の奥の奥。

 数室の部屋を設けた居室を与えられるらしい。


 だが、今オレがこうして相対している彼は違う。

 叢家ではあるが、分家らしい。

 家名はともかくとした、地位としても『天龍宮』の花形ともなる新柄部隊やら防衛部隊でも無い、平の平。


 事後情報として聞いていた、例のセンドウさんの部屋の警備の事。

 叢洪の侍従が警備に当たっているとの事だ。


 つまり、オレは絶対に、彼と相対した事が無かった筈だったのだ。


 なのに、オレは彼の匂いを知っていた。

 すっかり忘れていたが、オレが覚えていた違和感は間違いでは無かったと言う事だった。


 あの時、オレが一度会った事がある、と感じた理由。


 それは、彼からオレ達と同じ匂いがしたから。

 下界の匂い。

 つまり、地上の匂い。


 コイツ、『天龍族』の癖に、下界の匂いがした。

 もっと言うなら、この空飛ぶ居城『天龍宮』にはある筈の無い、大自然の匂い。

 洞窟や岩場、潮の香りだ。


 聞けば、彼は定期的に、休暇を申請しては下界に降りていると聞いた。

 珍しい事だ。

 『天龍族』は基本、この居城から離れる事が無いと聞いていたのに。


 息抜きと称して抜け出すような、叢金さんは別。

 彼は元々、アクティブな人だったらしく、大空の漫遊飛行が大好きだったそうだ。


 そんな彼は、朝食の席で足りなかった分の食事を取った後に、お昼寝と相成って部屋に置いてきたが。


 閑話休題それはともかく


 オレが嗅いだ匂いは、その下界の匂いだった。

 そして、沁み込んだ血の臭いもあった。


 嗅いだことがある、と言ったのは揶揄でもなんでもない。


 あの例の南端砦でのことだ。

 オレは海に落とされ、ビルベルに拉致され、『暗黒大陸』北端に位置する海岸線沿いの洞窟の中に監禁された。


 その洞窟の中の匂い。


 潮の香り。

 湿った岩場の饐えた臭い。

 ランタンに使われた油の香り。

 オレの血の臭い。


 それが、彼に染み付いていた。

 随分と長いこと、彼等と行動を共にしていたらしい。

 微かではあるが、まだ残っていた。


 間宮には分からずとも、オレの嗅覚はすぐに分かった。


 『雷』属性に適性を持ち、医療関係に詳しく、銀の瞳をした『天龍族』。

 それが、彼だった。


 つまり、コイツが裏切り者、という事だ。


 そして、これに関しては、既に涼惇さんから言質を取っている。

 彼は元々、叢洪の侍従としてでは無く、医療担当としてこの『天龍宮』で勤務していた。

 何故、彼が医療担当から外れたのかは、知らない。

 誰も分からず、また知らなかった。


 今までは。


「………センドウさんの事任されたから、あそこにいたんだな」

「だからどうした?

 結局、その任も今回の事で、解かれた」


 叢洪から秘密裏に、センドウさんの警備兼専属医として、あの扉に立つことを願われていたのだ。

 だから、唐突に医療担当を辞し、この扉の警備に立った。


 警備担当の部隊長として、唐突に。

 その所為で、言われの無い噂や囀りを聞いた事もあるようだ。


 それでも、彼は誰にも仔細は明かさずに叢洪の命に従った。

 その裏で、その叢洪どころか『天龍族』自体を裏切りながら。


 今回、オレが彼を利用したのは、その為だ。


 「知っているぞ」と脅したのだ。

 彼が裏切り物であり、頬に傷のある男達と共謀して、『龍王』であった叢金さんを崩御させた張本人である事実。

 その事実を盾に、オレは彼を利用した。


 それが、昨夜、センドウさんに薬を飲ませた事の全貌。


 順を追って説明しよう。


 まだ、間宮が分かっていないからな。

 そんな間宮は瞳孔を収縮させながら、叢叮を睨んでいた。


 飛び掛かっても、今のお前じゃ勝てる相手じゃないから辞めなさい。


 まず、彼に付いて、気付いたのは全くの偶然。

 思い出したのは、センドウさんからの治療拒絶をされて、アグラヴェインと共にグダグダと部屋で管を巻いていたあの時だ。


 アグラヴェインの、内臓をきゅっと掴む攻撃(※超激痛)の所為で、芋蔓式に思い出したのが例の拷問。

 そして、銀の瞳。

 そこから初邂逅の時に感じた匂いの違和感まで遡り、結果としてオレのファンタジーフィルターの所為で筒抜けになっていた彼の『雷』属性にまで気付いた。


 全てが合致する人物というのが、一度は目の前にいたのだ。

 そう気付いた時に、彼の反応の違和感も思い出した。


 当初、涼惇さんとオレ達で居室に訪れた時、彼は最初一言も言葉を発しなかった。

 話せないのかと思えば違った。

 叢金さんの言葉に、思わずと言った様子で反応していたからだ。


 その時にも、また違和感。

 どこかで会った事がある、と感じた。

 声だけで。


 そりゃ、そうだよ。

 聞いた事があった声なんだから。

 例の洞窟の中で、オレは彼から散々尋問と拷問を受け、何度も言葉を交わしていたのだから。


 オレが目の前に現れた時、流石に彼も不味いと考えたのだろう。

 声を聞かれれば、気付かれてしまうかもしれない。

 だから、最初は無口の振りをしていた。


 どのみち、オレは結局思い出すまで、気付けなかったけどな。


 んでもって。

 事実に気付いた時に、一度涼惇さんに問い合わせ。

 例の言質やら云々かんぬんは、この時の事。


 そこで、やっと合点が行った。

 彼の違和感が、この時やっと全てつながったのだ。


 だが、この時オレは糾弾するよりも先に、利用する事を選んだ。

 わざわざ、涼惇さんに怪訝そうな顔をされてまで、不信感を抱かれてでも、オレは真相は隠した。

 裏切り者であると言う事実は全て秘匿した。


 その上で、利用することを決めたのだから。


 それが、センドウさんへの、薬の処方だった。


 彼女は、オレに応じてくれない。

 聞けば、涼惇どころか叢洪にすらも、反応を返さなかったそうだ。


 緩和策はどうしているのか、頻度はどれほどか。

 聞いてみれば、案の定。

 魔法での魔力吸収が緩和策にして、彼女の命綱。

 それも、頻度は1日に2回。


 それに対して、オレが出来たのは彼女の内臓から魔石を取り除いただけだ。

 多少の魔力は吸収したまでも、1回分は緩和策を受けていない結果になる。


 このままでは、彼女が死ぬ。

 可及的速やかに、この問題を解決しなければ、それこそ『人魔戦争』に発展する。


 だからこそ、背に腹は代えられず。

 オレはコイツを糾弾出来る好機チャンスを引き換えに、センドウさんを救う好機チャンスを得たのだ。


 まずオレが、コイツにコンタクトを取った。

 コイツが交代の時間まで粘って、『闇』属性の幻覚魔法で姿を隠しつつ尾行していた。


 合成魔獣キメラの転移魔法陣が北の森にあった事が発覚した時に、幻覚魔法での匂い関連のトリビアが発覚していたからな。

 どうやら、『幻覚魔法』は匂いの誤魔化しまで出来るらしい。

 眼の前にある風景と匂いがリンクしなければ、人はそれを知覚しない。

 驚きの事実だったが、この方法なら使えると意気込んで試しに尾行してみたが、案の定だ。

 『天龍族』の鼻であっても、誤魔化す事が出来たようだ。


 叢叮は、気付く事無くオレを部屋に招き入れた。

 まぁ、実際にはオレは彼の居室を突き止めたと同時に、屋根裏(※御立派なのがここにもあったよ)から回り込んで侵入しただけだったんだけど。


 後は、彼が気付くタイミングを見計らって、オレが姿を現す。

 コイツの事だから、オレがいる事に気付けば、すぐにでも理由は分かるだろう。


 そこで、取引を持ちかけた。

 『ボミット病』の治療薬『インヒ薬』の薬包を渡し、睡眠薬として渡して来い、と。


 実際、彼女はあの様子だったから、眠る事は出来なかっただろう。

 しかも、擦り合わせの時に、彼が睡眠薬の処方をした事もあるから問題ないと聞いたのも、僥倖な事。


 後は、薬を飲ませるタイミング。

 そこで我等がアグラヴェインに一芝居を頼んだ。


 ただでは、おそらくセンドウさんは飲んでくれない。

 ついでに、今の精神状態だと、疑って掛かるかもしれない。


 怒りや自暴自棄やけっぱち、寂寥と言った彼女の感情を、一度はリセットする必要があった。

 

 そこで、ありもしない侵入者騒ぎを起こしたのだ。

 アグラヴェインに、彼女の部屋に忍び込んで貰い(※彼自身が『闇』属性だから、ただ『闇』の中に紛れ込んだだけ)、彼女の独り言に合わせて返答をさせて、恐怖心を植え込んだ。

 濃密な気配を、漂わせたのもその為。

 センドウさんに畏怖を覚えさせる為に、必要な事は全て行った。


 彼女が声を張り上げれば、すぐに警備が飛んでくることも分かっていたしな。


 案の定、彼女はパニックになった。

 怯えた感情を露に、声を荒げた。


 条件が整った。


 アグラヴェインには、すぐに顕現を解いて戻って貰い。

 オレは幻覚魔法と気配遮断で、そのまま屋根裏に待機。

 作戦を最後まで、見届ける為に。


 後は、叢叮が偶然を装って、部屋の中に入って来る事を待つだけとなった。


 彼は、丁度良い塩梅に、演技をやり通した。

 睡眠薬と称した『インヒ薬』の薬包を渡し、センドウさんが飲んだのもちゃんと確認していた。


 そこで、彼の仕事は終わり。

 オレ達の目的も達成され、作戦成功だった。


 そして、今日の朝。


 全ての種明かし。

 彼女が、自身の症状の治癒を自覚し、乱闘騒ぎに発展した訳だが。


 結果として、彼は一服盛った実行犯として、一旦警備の任を解かれている。

 涼惇さんから、事後報告で聞いていた。


 そうして、最終確認の為に、こうして彼の部屋に来ていたと言う次第だったのだが。


「解かれたと言っても、謹慎ってだけだろ?

 残念だったな。

 休暇が無くなって、下界に降りられなくなってよ」

「………チッ。

 ………私が奴等と合流できない事が、余程嬉しいらしい」

「その通り。

 テメェも『鴉』になった気分は、どうだ?」

「………嫌味な男だ」


 舌打ち混じりに、忌々し気に彼は歯ぎしりした。

 それでも、彼は、オレに手出しが出来ない。

 手を出せば、必然的に彼が裏切り者だと言う事が露見する。


 彼だって、大罪人としてアンナのように追いかけ回されるのは嫌、だそうだ。


 アグラヴェインに、オレが死んだらそれを涼惇さん達に伝えてくれるように願っている。

 早々簡単に、オレも殺されるつもりも無いし。

 そして、オレが死んだとしても、間宮が残ってる。


 今こうして、間宮に事の全貌を明かしたのは、保険の為だ。


 次いで言うなら、既に彼はオレの共犯者。

 『鴉』になったと言うのも、事実。


 コイツはオレにバレて利用された時点で、アイツ等を裏切ったことにもなる。

 言い逃れは出来ず、かと言って逃げる事も敵わない。

 もし、例の頬に傷のある男達一行と行動を共にし、万が一オレ達に牙を向けた時には、全てを涼惇さんへと明かす。


 脅迫だ。

 叢洪に見せてやりたい。

 これこそが、脅迫である、と。


 でもまぁ、オレとしては取引と言い張ってやるけど。


 おかげで、オレはコイツから情報を抜き取れる。

 例の頬に傷のある冒険者達の事は、未だに分かっていない行動理念やらなにやらがてんこ盛りだからね。


 とはいえ、


「………アンタは、どうして『天龍族』を裏切ったんだ?」


 しかし、まだ、オレとしては彼に対しての疑念が残っている。


 彼が裏切り者だとして、何故彼が叢金さんの死に関わったのか。

 裏切り者だと言うのは分かった。

 だが、こうして仕事ぶりや叢洪の侍従として信頼を置かれている立場から見て、裏切るような要素は無いと思うんだが。


「………人の秘密を暴き立てて楽しいか?」

「保険が欲しいからね。

 お前がこれ以上、世界の敵になろうとするなら、大声でその秘密も暴露してやろうと思って…」

「本当に、嫌味な男だ!

 碌な死に方はしないぞ、貴様…ッ!!」

「知ってるよ、『予言の騎士』だからね」

「………ッ、クソ…ッ」


 彼からの皮肉にも、オレは悠然とした態度は崩さない。

 崩す必要は無い。


 今、彼が裏切ると言う事は、往々にして大罪人としての断頭台を意味するから。


 だから、オレも平気で、彼の秘密を暴き立てる事も出来る。

 露呈した裏切りの事実を、オレも知る事が出来る。


 観念したのか。

 大仰な溜息が、彼の居室の中へと響く。


「………私は、叢家の家名を背負っていても、元は劉家。

 そもそも、この名前を冠することも出来ない、末席の一族だった」


 語り始めたのは、彼自身の過去の事。


 彼は、元々叢家では無い産まれ劉家。

 名前も、叢叮では無く、劉寅リュウインだったそうだ。


 だが、その当時、『龍王』であった叢金さんには番がいるのにも関わらず、子どもが出来なかった。

 彼の番であった敖泉姫ごうせんきさんは、『天龍族』として生まれながらも体が弱かった。

 その為、跡取りは絶望視されていたそうだ。


「末席とはいえ、後継者がいる家系は、既に劉家のみだった。

 だからこそ、劉家次男として産まれたオレが、叢家に引き取られたのだ」


 叢金さんに養子として引き取られた。

 跡取りとして、教育を施す為に。


 違和感を覚えるが、『天龍族』的にはこうした養子縁組も普通の事だそうだ。


 叢家の血を引いていなくとも、跡取りならば問題が無い。

 叢家の名前が残せれば良いのだ。


 『龍王』は、世襲制では無い。

 『龍王』が崩御した後に、『昇華』の兆候を現わした面々が候補者となる。

 時期的に、それが自然と考えられている。

 その中で、一番最初に『昇華』の兆候を終え、『龍王』としての覚醒を終えた者が、次の『龍王』となる。


 だから、叢洪が『龍王』になる必要も無い訳。

 叢金さんも、どうやら叢洪が『龍王』になる事に対して、期待はしていないそうだ。


 ついでに、何故劉家の長男では無く次男を引き取ったのか、と言えば。

 劉家を残す為だ。

 既に教育を施されている長男を引き取ってしまうと、次代の劉家が立ち行かない。

 叢家に引き取られた段階で、叢叮は劉家との縁は切れている。

 だから、お家問題としては、叢家・劉家共に問題も無い。

 その分、劉家は末席からちょっとだけ家名の位が上がったりもしたけども、そこはそれ。


 ちゃんと、考えられている采配だな。


 だが、


「………泉姫せんき様が、子宝を望んだ。

 跡取りで無くとも、『龍王』御前との子宝が欲しいと、願い出たそうだ」


 体裁は整ったとはいえ、個人の感情は別。

 跡取り問題は片付いたとしても、敖泉姫さんが叢金さんとの間に、子どもを欲しがってしまった。

 女性なら、当然のこと。

 彼女の必死な懇願に負け、叢金さんも了承してしまったそうだ。


 その数十年後に、叢洪さんが生まれてしまった。

 年季が違うのは、種族柄のご長寿問題だな。


 だが、この時の無理が祟り、また産後の肥立ちが悪く、その2年後には敖泉姫さんが亡くなった。


 そこから、片付いた筈の問題が破綻した。


 跡取りを、どちらにするのか。

 叢洪さんは産まれたばかりだが、『天龍族』純血の正統な後継者。

 一方で、劉家から引き取られた叢叮は、言っちゃ悪いが魔族との混血である。


 『天龍族』の協議の結果、後継者は叢洪となった。

 おかげで、叢叮は跡取りとして表立って、生活する事も出来なくなってしまった。

 それどころか、叢家の分家筋に、更に養子縁組として送り出されてしまったそうだ。


 なんか戦国時代の話でも聞いているような気分だった。

 こんな感じの話、どっかで聞いた事あるよ。

 偉人のエピソードかなんか、で。


 劉家にも戻れず、かと言って後継者にもなれず。

 更には、叢家分家筋であっても彼は表向きは迎え入れられても、常に同情と憐憫の瞳に晒された。


 結果として、彼は見限った。

 この『天龍族』という種も、叢金さんや叢洪すらも憎んでいた。


 気持ちは、分かる。

 そして、理由を聞けば、悪いのは彼では無いとも分かる。


 叢金さんは、采配を誤った。

 愛する女性の懇願に応えてしまったのは、男としては尊敬するが、王としては尊敬出来ない。

 その結果として産まれた、叢洪が悪い訳でも無い。


 だが、当時はどうしようもなかった、というのも事実だ。


 遣る瀬無い気持ちに陥り、首筋を掻きながら溜息を逃がす。


 ………これ、簡単に関わっちゃいけない話だったよな。

 今更だけど、またしても、オレは他人の過去に踏み込み過ぎたようだ。


「………それでも、私は御前を殺すつもりなど無かった…」


 ぽつり、と呟いた彼。

 その表情には、既に怒りは無い。


 寂寥。

 憔悴。

 そして、後悔の念が滲んでいた。


 彼の望んでいた結果と、今の結果は全く噛み合っていない。


 彼がしたかったのは、ただの仕返し。

 それも命に関わるような事では無く、彼を少しばかり脅し付けてから、また自分を後継として主家に戻らせて貰いたかっただけだった、と。

 叢洪とも、主従では無く、義兄弟として、信頼関係を作りたかった、と。


 それなのに、裏で動いた下界の人間は、全く別の結果を齎した。

 それが、頬に傷のある男達だった。


 彼が奴等に渡りを付けたのは、本当に偶然の事だったようだ。

 腕の良い、それなりの冒険者。

 『天龍族』ともやり合えることが出来、金を払えばいくらでも動ける様な傀儡。


 そんなもの、人間界にはほとんど存在しない。

 けど、彼は種族的にちょっとズレた見解の元、探し回ってしまった。


 そこで、辿り着いた。

 頬に傷のある男達の、無法者の集団に。


 彼等は、金さえあれば動いてくれた。

 自身も、『天龍族』とは明かさずに、彼等に応対した。

 『天龍族』を一時だけ捕まえ、そのまま保護をしていてくれれば良い。

 それだけの事を頼んだ筈だったのだ。


 叢金が出掛けた事を、彼等にリークした。

 叢金の居場所が分かるように、『探索の羅針盤』までを貸し出して。


 しかし、結果として。


 叢金は、監禁された挙句に殺された。

 拷問とも言い換えられる実験の被害者となり、そのまま命を落としてしまった。


 その結果を、彼は知らなかった。

 叢洪やその他候補者達の、『龍王』としての『昇華』の兆候が現れるまで。


 後に接触した時に、詰問するつもりだった。

 どういうつもりか、と。


 しかし、その時には何もかもが遅かった。

 彼等は、「逃げようとしたのを捕まえようとして、殺してしまった」と、悪びれもせずに言ってのけた。

 更には、『天龍族』という事を明かしていない筈の彼に向けて、


「オレ達に依頼をした時点で、同罪だ」


 と、言ってのけた。

 何を隠そう、あの頬に傷のある男が、だ。


「アイツ等は、最初から生かしておくつもりは無かったのだ…ッ!!

 私の依頼を利用して、私にまでその片棒を担ぐよう迫って来た…!!」


 合成魔獣キメラの実験の事も、彼は知らされなかった。

 討伐の為に、多くの命が犠牲になったことも。

 ましてや、その合成魔獣の核に、叢金さんの魔水晶が使われた事も。


 おかげで、オレが血を浴びて適合した事も、最初は全く関知していなかったそうだ。


 散々嗅いだ血の臭いや、『天龍族』に匹敵する治癒能力に気付き。

 更には、オレの銀髪の色合いが叢金さんに似ている事に、不信感を抱き。


 だから、あの時彼はオレに詰問していた。

 尋問をして全てを白状するように仕向けたが、口が堅すぎたが故に一度殺してしまった。


 その時にも、彼はあの頬に傷のある男達から言われたそうだ。


 「同じ穴の貉」であると。

 彼は、もう後戻りが出来ない場所にいた。


 『天龍族』である事が発覚しそうになった時に、逃げたのはその所為だ。

 アイツ等に知られれば、裏切り者がいる事は露呈する。

 依頼内容を聞かされれば、おそらく彼の仕業だと勘繰る者も現れるだろう。


 だが、共に行動をしないとなると、今度は彼等が何をしでかすか分からない。

 実際に、既に『天龍族』どころか、その頂点に立つ『龍王』が手に掛かってしまっているのだから。


 だから、同行していた。

 オレの事は、完全に不可抗力として関わってしまっただけ、だと。


 まぁ、そうは言っても、


『(今すぐ骸を晒せッ!

 臓物を巻き散らし、自らの腸で首を括れ!!)』

 

 間宮が許すはずも無かったが。


 殺気を巻き散らして、今にも飛び掛かろうとする間宮。

 流石は、オレを心酔している盲目信者。

 掴んで止めるが、それでも怒りは収まらない。

 それに対して、叢叮は反応をしながらも、諦念を浮かべた様な表情のままで黙って見ていた。


 分かってはいるのだろう。

 間宮が責める言葉は、いずれは同じ『天龍族』の種族からも言われる事になる、と。


 今回は、オレが黙っていれば事済む事。

 露見したとはいえ、オレは取引材料としてその事実を盾に、協力を要請した前科がある。


 どのみち、オレも秘匿したのは同罪だ。

 涼惇さんに知られれば、オレもただでは済まないだろう。


 だからこそ、代替え案が必要か。


「テメェは、そのまま『鴉』を続けろ」

「………まだ、私に罪を犯せと言うのか?」


 オレの言葉に、諦念混じりのその眼が、絶望に染まった。

 そんな気がする。


 けど、これは今後の彼の為にも、オレの為にも必要な事。


 オレとしては、ここで協定を結んでおかなければ、どちらかが裏切った時に共倒れになると分かっている。

 先にも言ったが、既に彼は共犯者。

 ならば、オレも彼の秘密を秘匿する為に、口を噤む。


「その代わり、だ。

 オレに、定期的に報告をして欲しい。

 アイツ等の組織的な動きや規模、それから拠点や行動理念、その目的…」


 オレが知りたい、奴等の情報。

 それに、奴等の次の行動を知る事が出来れば、事前に対処が出来るかもしれない。


 その為の布石に、彼を使う。


「………文字通りの『鴉』と言う訳だ」

「今のアンタなら、可能な筈だ。

 こうして『天龍族』として相対してみて分かったけど、アンタもそれなりにやるんだろ?」


 言及したのは、彼の身体的な能力の事。

 『雷』属性に、『聖』属性。

 使おうと思えば、『土』や『水』も使えるらしく、彼の周りには色とりどりの精霊達が乱舞している。

 更には、彼の体の動かし方や、足の捌き方。


 涼惇さんまでは行かないまでも、おそらく強い。


「………いつかは、主家に戻りたいと、そう思って続けていた鍛錬が、よもやこのような事に役立つとはな…」

「世の中、上手く行かないものだ…」


 彼は、ただ今までのように、叢金さんと接したかっただけだった。

 叢洪とも、血の問題を考えずに、義兄弟として暮らしたかった。


 家族として、『天龍族』の中に居場所が欲しかっただけ。

 既に叶わない願いだったとしても。


 それでも根本にあった理由を鑑みれば、彼はまだ立ち直れる。


 死んだとしても、叢金さんが消えた訳では無い。

 今も彼は、飛竜の妖精としての体を得て、言葉を交わす事が出来る。


 なら、後々に少しでも好転できる様な、そんな希望があっても良いとオレは思っている。

 実際、センドウさんの一件は、彼がいなければ成功しなかった作戦だったしな。


 それに、


「アンタは、『天龍族』の守護の要にもなり得る。

 奴等は、おそらく合成魔獣キメラとして流用出来る『天龍族』の価値を、見出しているだろうからな」


 前にも思った、裏切りによって被る『天龍族』の損害。

 各地にある秘密裏に設置された『転移魔法陣』は、奴等に悪用されれば甚大な被害を受けるだろう。

 合成魔獣キメラの生産工場として、利用される可能性も否定しきれないのだから。


 なまじ、彼等は一度、その方法でやり遂げてしまった。

 『龍王』すらも、打倒せしめてしまった。

 『天龍族』の持つ『魔法無力化付加魔法マジックキャンセラー・エンチャント』の利便性は、既に奴等も知っている筈だ。


「だからこそ、奴等の行動を把握し、お前が『天龍族』を守るんだ。

 奴等が行動を起こせば、お前がすぐに『天龍族』やオレに報せ、最小限の被害で鎮圧出来るように…」

「………本当に、貴様は嫌味な男だ」


 そう言って、彼は諦念を浮かべた表情のまま、頭を抱えた。

 その掌の隙間から、零れ落ちた滴。

 オレはそれを診ないフリをした。

 間宮も、いつの間にか収まった怒りを、もはや彼にぶつける事はしなかった。


 失態に、更なる失態を重ねる必要は無い。

 失態で失った信頼は、功績で補えば良い。


 彼は、その役目に、相応しい。

 勿論、全てを許されるとは思っていないまでも、彼が『鴉』として動くだけで、十分に『天龍族』の安全が確保出来る。


 哀れとは思うが、それも彼が選んだ茨の道。

 だが、その茨の道を歩き続けることによって、結果として『天龍族』の最悪の被害を防げるかもしれない。


 そうなった時には、彼も十字架を降ろせる。

 背中に押された烙印は消えずとも、少なくともその重みに耐え続ける必要が無くなると思っている。


「………否やは聞かない。

 そして、もう乗り掛かった舟に、待ったは無しだ」

「………ああ」

「『鴉』を演じろ。

 貫き通せ。

 オレも、その為に、道化を演じるまで…」

「………ああ、分かっている」


 交渉成立。

 これで、オレ達は名実ともに、立派な共犯者だ。


 ふとそこで、


「これを持っていけ」


 叢叮は、オレに向けて何かを放って来た。

 慌てて受け取って、うっかり間宮の襟首を引っ張ってしまった。

 ………異音がしたが、大丈夫か?


 首の痛みに蹲った間宮を他所に、オレは受け取った何かを見た。


 金細工の装飾に、宝玉の様なものが嵌め込まれたものだ。

 その宝玉の様なものの中には、きらりと光る鱗が一枚。


 ちょっと怖気が立ったが、


「………『天龍族』には、『龍心鱗りゅうしんりん』というものがあるのを知っているか?」

「………涼惇さんに、一度だけ聞いた事があったけど…」


 確か、『天龍族』としての『昇華』を終えると、体のどこかに浮かんでくるとかなんとか。

 逆鱗のようなものかと思っていたが。


「………それをお前に託す。

 オレが裏切ったと思えば、容赦なく潰せ…」

「………ッ、それって、つまり?」

「命の片割れだ。

 普通は番に渡すものだが、お前も共犯者となれば同じようなものだろう?」


 そう言って、事も無げに自身の胸元を晒した彼。

 筋骨隆々の逞しい胸元だ。

 ついつい、自身の貧相な胸板と比べてしまいそうになって、………待って、オレは今御立派なおっぱいになっているんじゃないか…。


 ごほん、脱線事故。

 しょっぱい気持ちになりながら、再度彼のその胸を注視する。


 光の加減で分かり辛いまでも、薄っすらと鱗が浮かび上がり、その中央には毟られた様な痕が残っている。

 その毟られた鱗が、今オレの握っているこれか。

 

「………逆に、オレが死んだ時には、その鱗も消える。

 オレが死んだとなれば、全てに失敗したと思え」

「つまり、命綱かよ」

「手綱とも言うかもしれんがな…」


 胸元を正してから、再度叢叮はオレに向けて視線を向けた。

 イケメンに見つめられ、こんなものまで渡されて。

 不謹慎ながらも、不覚にも胸がどきどきしてしまった。


 おい、感性。

 引きずられるのも、いい加減にしてくれ。


 それはともかく、


「お前からは、誓いが欲しい」

「………誓い?」


 そこで、彼が言い出した、この『龍心鱗』の代わる交換条件。

 まぁ、彼も命と同義なものをオレに預けるのだ。

 オレも、何かを預ける必要があるとは思ったが、生憎と渡せそうなものが無かった。


 だが、彼が求めたのは、品物では無かった。


「頼む!

 我が父を、どうか大事にしてやって欲しい!」


 それが、誓い。

 たった、それだけ。

 彼は土下座した。

 床に手を付き、オレに懇願した。


「一度は殺した私が言うのも奇妙な話である事は、重々に承知している。

 だが、………オレにとって今出来る、罪滅ぼしがこれしかない…!」


 ああ、………コイツは、凄い奴だったなぁ。


 叢金さん。

 アンタの教育は、間違ってなかったよ。


 だって、コイツ、実の息子の叢洪よりも、しっかりしてんじゃん。


 父の為に、懇願して、下げたくも無い頭を下げてるんだから。

 これこそが、懇願。

 恥も外聞もかなぐり捨てて、ただただ家族の為に必死で頼み込む姿。


「分かったよ、叢叮。

 いや、叢伯易(はくえき)…」


 眼を瞠り、オレを見上げた彼の前に、オレも跪く。


「貴殿が父、叢仲徳(ちゅうとく)を大事にすることを、ここに誓う」


 そう言って、オレも頭を下げた。

 頭を晒し、首を晒し、無防備な姿勢になって。


 そんなオレに、呆然としていた叢叮もとい、伯易はくえき

 オレが字を知っていた事も、ましてやこんな姿勢を見せるとも思っていなかった事だろう。


 だけど、彼の気持ちは痛い程に分かった。

 命すらも懸けた。

 その想いに応える為には、オレの頭だけでは足りない。

 そんなこと分かっている。


 けど、やらずにはいられなかった。

 お互いに、頭を下げ合っている現状。


 シュールな構図だとは分かっても、笑う気にはなれなかった。


「………ほ、んとうに、お前は…ッ、嫌味な奴…だ…!」


 目の前の床に、ぼたぼたと落ちた滴。

 これまた気付かないフリをして、頭を下げたまま。


「捕まったのが、運の尽きだっての」

「………くっ…はは…ッ、その通り」


 伯易が笑った。

 同じように頭を下げながらも、笑いながら泣いていた。


 彼は命を差し出した。

 『鴉』として。

 オレは約束をした。

 『禿鷹』として。


 今度こそ、名実ともに交渉成立。

 オレ達は、『天龍族』にも喧嘩を吹っ掛ける訳だが、不思議と今は怖くなかった。



***



 その日の夕方の事だった。


 呼び出された。

 涼惇さんからの収集。


 『天龍宮』に来てからも続けていた鍛錬に邁進していたオレ達は、すぐに風呂に入って体裁を整えた。


 これまた迎賓室へと通される。

 そこには、候補者達も思い思いの様子で集まっていた。


 勿論、叢洪もいる。


 冷や汗が、タラリ。

 思わず胸元の香袋を握りしめてしまった。


 風呂に入って誤魔化して、ついでに他の理由でも(・・・・・・)、例の危険な匂いを誤魔化して(・・・・・)

 それでも、身の危険を感じる今日この頃。

 『闇』の魔法での、幻覚は継続中。

 オレの体型を元通りに見せる様に、幻覚かけて貰ってんのアグラヴェインに。

 (※まぁ、後から聞けば、大丈夫だったと涼惇さんには驚き混じりに教えて貰ったまでも)


 ついでに、今回は、泉谷達も一緒だった。


 部屋から出て来たは良いが、随分と草臥れた様子の泉谷。

 そんな姿を見て、オレよりもむしろそっちの方に驚いていた候補者達の姿が、少々見ものではあった。


 どうやら、誰も彼の事を気にしていなかったらしい。

 オレが本物、彼が偽物で、既に真偽については疑うべくも無かったようで。


 その所為で本人が草臥れているのもあるのだろうが、それはさておき。


「まずは、このような形となりましたが、改めてありがとうございました」

「いいえ、オレ達はほとんど何もしていません」

「それでも、功績は貴方のもの。

 謙遜は美徳ですが、やり過ぎるのは瑕疵かし、貴方の悪い癖ですね」


 謙遜し過ぎるのは、胡散臭いと言われた。

 オレも素直にそう思ったので、苦笑を零して誤魔化しておいて。


 さて、何故集められたか、と言えば。


「以前話していた、協議の結果をお伝え致したく。

 謁見という大仰な方法を取らずにこのような形にしたのは、お察しくださいますよう」

「ええ、勿論」


 協議の結果の、その報告だ。

 だから、候補者達も、こうして集まっていると言う事。


 そして、涼惇さんの言葉には、オレも納得の一言。


 つまりは、オレが『天龍族』に襲われない為にだな。

 歩く、誘発機ってのは分かってる。

 謁見とか言って大勢に囲まれたら、それこそパンデミックになっちまう。


 だからこそ、少数での協議結果の報告となった訳だ。

 この迎賓室は、それに最も適している。


 まぁ、それもともかくとして。


「まず、我等は正式に、ギンジ・クロガネ様の支援を表明致します」

「謹んで、お受けいたします」


 結果は、言わずもがな。

 既に、真偽が分かっている今、疑うべくもない。


 泉谷は俯いたまま、反応を返す事も無かった。

 ………こりゃ、相当堪えているな。


「後々、各国に表明を発表致します。

 詳細は、文書として王国に送りますので、ご確認の程を…」

「ええ」


 確認しなきゃいけない事が増えたな。

 戻ったら、彼等から貰ったお詫びの品やらも確認しなきゃいけないってのに。


 ………ちょっと憂鬱になってしまうが、そこはそれ。


「また、今回は『ボミット病』患者をお救い下さり、真にありがとうございました。

 並びに、その際に発生しました我等が不祥、謹んでお詫び申し上げます」


 そう言って、涼惇が謝罪。

 それに合わせて、叢洪が彼の背後で頭を下げていた事に、これまた驚いた。


 ………どうやら、また一つ大人になったらしい。

 その頬に、またしても紅葉が咲いているのがきになるところではあったが、


「こちらこそ、申し訳ありませんでした。

 つい感情的になって、口汚い罵詈雑言を吐き掛けてしまいまして…」

「滅相もございません。

 金言と思い、一層我等が種族が為に、役立てたいと思っております」


 いや、そんな大袈裟な事にはしなくて良いから。

 大事な事は確かに言ったかもしれないけど、その場で首刎ねられても文句が言えないような事も口走ったし。


 そんな中、


『聞いたぞ、貴殿。

 我等が支援はいらぬと申し、更には叢家の倅を叱り飛ばしたそうだな!』

『ははっ、剛毅な事よ!

 人間は遜るだけと思っていたが、貴殿はどうやら違った様だ』


 快活に笑ったのは、意外にも明洵と朱桓だった。

 言葉尻は少々厳しいまでも、表情はにこやかである。


 ん~っと…?

 これ、どうやって返答すべき?


 きょとり、と眼を瞬きつつ、涼惇さんと両者を交互に見る。


 途端に、ゴホン!!と、涼惇さんから大仰な咳払いをされた。

 おかげで、明洵と朱桓も笑い声を収めて、黙ったが。


 ………今のオレに対してだよな。

 (※後から見たら、オレがまたしても女々しい顔をしていたそうだ………酷ェ)


「え~…っと、どこまで話しましたか。

 ………先にも言った通り、多大なご迷惑をお掛け致しました事、またご心労をお掛けしました事、我等一同汗顔の至りでございます」


 改めて話した涼惇さん。

 オレだったら噛みそうな口舌を並べてくれているが、


「………ねぇ、涼惇さん。

 ………口調、戻して良いよ?

 畏まり過ぎて長くなる上に、難しい言葉使われると困るから…」

「………そう言ってくれると助かる」


 うん、彼もやり辛そうだったな。

 オレだってやり辛いし。


 ついでに言うなら、通訳が大変そうにしてたし。

 明洵・朱桓、叢玲は、『龍族語』の通訳がいるから。

 話よりもそっちの方が気になっちゃって、ハラハラしちゃったもんだから、ゴメンよ。


「ごほん。

 改めて、済まなかった。

 迷惑を掛けてしまって、恥ずかしい限りだ」

「気にしないでくれ。

 オレ達だって、迷惑を掛けたのは一緒。

 騒いじゃって、悪かったよ」

「………いつも通り、貴殿は寛大過ぎる。

 ただ、このままでは済ませられないから、何か詫びをさせて欲しいのだが…」

「い、いや、でも…この間も何かしら貰っちゃってるから…」

「示しが付かないだろう?

 何でも言ってくれ」

「………逆にそれ、困るんだけど?」


 いやはや、貴方は相変わらず律儀過ぎ。

 正直、色々貰い過ぎてこっちが気にしちゃうから、もう良いのに。


『………寡欲過ぎるのだ、お主は。

 どうせなら、『龍王』になりたいとか、女を侍らせるとか申してみれば良いものを』


 そこで、首を伸ばしたのは叢金さん。

 この人は相変わらず、要らんことを言ってくれる。


「後半はともかく、前半は貴方の願望でしょ?

 ご免被ります」

『むぅ…今なら、簡単に玉座に座れようものを』

「オレは『予言の騎士』の職務で手一杯なの。

 これ以上仕事増えたら、戦場どころか机の上で過労死するわ…」

『それは困る』


 と言う訳で、やっと諦めてくれたようだ。

 今後ともオレのお守りをしてくれるなら、オレの心労が上がらないようにして頂戴ね?


 と、思ったが。

 ふと、思いついた。


 今後も彼が一緒なら、と。


 ………あったよ、頼み事。


「………つかぬ事聞くけど、………飛竜の妖精がいるって事は、飛竜もいるって事だよね?」

「ああ、そうだが?

 もしや、何匹か欲しいか?

 それなら、調教師も含めて融通するが?」

「い、いや、そうじゃない!

 ぶっちゃけ、食費ってどれぐらい?

 今叢金さんは妖精だけど、成体になったらもっと掛かるんでしょ?」

「ああ、そう言う事か…」


 そうそう、彼の事。

 もっと言うなら、彼の食事の事だ。


 飛竜は個人の扱いでは絶対に、飼えない。

 なにせ、国家が投資して飼育した上で、食事や住まいなどを国家予算で賄っているからだ。


 前にダグラスに聞いた話。

 相当な様だ。


 つまり、今後は叢金さんがいる事で金が掛かる。

 ダドルアード王国には、そこまでの予算はまだ無い筈だ。


 そこで、涼惇さんが問いかけたのは、朱桓だった。

 彼、飛竜を扱う部隊も把握しているから、結果的にその予算も知っているそうで。


『………大体、1頭辺りが平均で×××(ピーーッ)ぐらいか。

 全体的に見ると、食費が×××(ピーーッ)で、管理費が×××(ピーーッ)程だ。

 個体差はあるがな。

 総合して×××(バキューンッ)程になるか』

「………ひぇえ~…」


 眼がひん剥かれた。

 オレの背後で、榊原と香神がウチの食費と比べて、眩暈を起こしていた。


 分かった、国家予算として賄われる秘密が。

 ついでに、弱小国では賄えない理由が。

 食費だけでも相当だとは思っていたが、まさか総合してここまでの金額になるとは思ってもみなかった。


 ………あっと言う間に、校舎が傾くぞ。


 改めて思ったのは、『天龍族』の財力が恐ろしい事ぐらいか。

 言い方は悪いが、大食漢の飛竜を合計で30頭以上も飼育していると言うのだから。


「………御前の経費は、こちらで請け負いましょう。

 貴方の負担にすることはありません」

『むぅ…済まぬな、ギンジ』

「………すみません、お願いします」


 大事にします、と伯易に言った途端に、この有様である。

 食費すらも賄えないなんて、恥ずかしい限りだ。

 ガリガリになった彼を見せたら、それこそ伯易が殺しに来るわ。


 と言う訳で、支援という名目も含めて、叢金さんの飼育用の予算は、彼等に賄って貰う事になった。


 これ、お詫びとかが無かったら、マジで後々になって不味いことになってた。

 早く気付いて良かった。


 なんか、お願いしますとされた手前で、申し訳ないけども。


『………一緒にいて良いか?』

「勿論だよ。

 むしろ、甲斐性無しで申し訳ない…」

『そんなことは無い。

 済まぬな、ギンジ、ありがとう』


 ちろちろと、小さな舌を出してオレの頬を舐めた叢金さん。

 相変わらずの癒し。


 ………叢玲さんが、何故か羨ましそうな顔で見ていたが。

 何だろう、やはり彼からの視線が、何かしら恐ろしいと感じる。

 これ、貞操的な意味だと間違っていない気がするんだ。


 さて、そんなこともさておいて。


「あらかたは、片付いたって事で良いかな?

 そろそろお暇しようと思ってたんだけど…」


 要件は片付いた。

 泉谷は分からないまでも、オレはもう大丈夫。


 だから、お暇。

 と言う訳で、とっとと帰る旨を伝える事にした。


 しかし、


「そうか、残念だ。

 出来れば、もう少し滞在して貰いたかったが…」

「………その心は?」

「私との手合わせを苦も無く出来る御仁が、貴殿だ」

「………ご勘弁を」


 どうやら、名残惜しい様子。

 ………涼惇さん、実は隠れ戦闘狂バトルジャンキーだったなんて。

 知りたくなかった事実だけども、オレの返答は決まっている。

 あの時はあの時でやらなきゃいけない雰囲気だっただけで、今なら3秒で降伏出来るよ。

 そう何度も、内臓を破られちゃ堪んない。


 これには、流石の候補者達も苦笑気味。

 朱桓さんなんて『オレも頼みたかったのに…』と呟いていたが、本気で勘弁してくれ。


「では、これを渡しておこう」

「…えっと…これは?」


 そこで、渡されたのは、金細工の宝玉だった。

 ただ、宝玉の中身が鱗、なんて事は無い。


 ただの宝珠らしい。


 だが、この流れで渡したって事は、そう言う通信系の要素があるのかな?


「これは、『鳴珠めいじゅ』と言って、龍族語だけなら伝える事が出来る宝珠だ」

「オレが貰っちゃって良いの?」

「勿論だとも。

 むしろ、龍族語を理解している貴方で無ければ、使えないだろう?」

「それも、そうか」


 この世界で、下界に降りた『天龍族』は一握り。

 珍し過ぎて、10憶に1人の割合しかいないとか。

 現在の大陸の人口が、約200憶だから、20人ちょいしかいないって事だ。

 その20人ちょいの龍族語を扱える人間がオレ、との事。

 ………うわぁお。


 そんな彼等も持っている『鳴珠』は、先にも言われた通り龍族語じゃないと反応しない。

 一言呼びかければ、対になる『鳴珠』を持った者が応答する。

 そして、対を持っているのは、涼惇さん。


 だから、オレは個人的に、彼に語り掛ける事が出来ると言う事だ。

 有難い事だ。


 喜び勇んで首に掛けると、涼惇さんも微笑んだ。


「これは、御前もお使いする事が出来る。

 もし何かあれば、すぐにでもご連絡くださいますよう」

『うむ、苦しゅうないぞ』

「うわぁい、半分以上そっちの目的じゃねぇの」

「当たり前だ。

 次代の『龍王』が誕生するまでは、我々涼家が『天龍宮』を動かして行かねばならぬのだから」


 あ、そっちね。

 てっきり、いの一番のベビー報告とか思ってたけど。


 お爺ちゃんになった時の為の、保険かと思ったわ。


 まぁ、彼の言う通り、叢金さんじゃないと分からない『天龍宮』的なあれこれがあるだろうから、連絡手段を持っておくのは良い。

 オレも、いちいち王城を介さなくてもコンタクトが取れるしね。


 半分以上の目的だって、否定されなかった事にちょっとしょんぼりしながらも。


「何から何まで、お世話様でした」

「こちらこそ、度重なるご助力、救援の程を真に感謝します」


 そう言って、がっちりと握手を交わす。

 握られたその手に思った以上の力が篭っていて、少しばかり驚いたけども。


「ありがとう、ギンジ。

 これからの貴殿の職務に、幸ある事を祈っている」

「こちらこそ、ありがとう。

 大変だとは思うけど頑張って。

 ちゃんと手綱握っててくれないと、ダドルアード王国が壊滅しちゃうからね」

「耳に痛い」


 ちゃっかり、叢洪の事も釘を刺しておいて。

 そんな彼は、涼惇の背後で目線を逸らしていたが、知るものか。


 滞在日数、6日間。

 ようやく、目途が立った。



***



 支援要請は受理され、オレ達も本格的に動き出す事が出来る。

 『天龍族』からのお墨付きが貰えれば、例えダドルアード王国を離れたとしても、逃げただなんて見えないし、言われないからな。


 まぁ、結果が凄惨たる、泉谷達には少し可哀想とは思っても、だ。

 真偽が分かったからには、国内外共に揺れるだろうな。

 最悪の結果にならない事を、祈っておくことしか出来ない。

 オレ達は何も悪いことはしていないのだから、祈るしか出来ないと言うのが本音。


 まぁ、閑話休題それはともかく


 後は、荷物をまとめて帰り支度をするのみか。

 まぁ、荷物はまとまっているし、帰り支度もほとんど必要ないけど。


 流石に夜分にお暇するのは失礼なので、明日の朝に相成った。


 迎賓室に集められていた面々から、これまた握手を求められながらも対応。


 明洵からは、ちょっとばかし掌返し。

 明淘達の例のお持て成しの一件を、改めて謝罪された。


 朱桓からも、同じくだった。

 朱蒙も関わっている事だったので、これまた謝罪を受け取る。


 2人とも、眼を見ても嘘を吐いている様には見えなかった。

 少しは、見直してくれた、もしくは見解を改めてくれたって事で良いのかもしれない。


 また、叢玲さんからは、再三の熱い視線を戴いた。

 マジでこの人、オレに対して恋慕でも抱いているんじゃないかと思えるぐらいの熱烈な視線だった。

 隅に置けないと生徒達から背中をウリウリされた。

 ………お返しにこめかみをぐりぐりしてやったがね。


 これで、候補者達からの暗殺紛いな刺客は無くなる、と思いたい。

 『龍王』としての『昇華』の兆候を止めた件は全員に知られていたらしく、オレが本気だったと言うのは分かって貰えたようだし。

 これまた、全員に驚かれたけどね。

 止めて、叢金さんがまだ諦めてくれて無いから!

 勿体ないって事なら、怒るよ?

 オレ、人間じゃないと『予言の騎士』としての、領分が瓦解するって何度言わせられるの?


 まぁ、そんな事もさておいて。


 そのままの流れで解散と相成って、オレ達ものんびりと席を立つ。

 1人抜け、2人抜け、とそのままの流れで、通訳やらも抜けて行けば、迎賓室はあっと言う間にオレ達と涼惇さん、叢洪達を残すだけとなった。


 そこでふと、


「………あの、黒鋼さん?」

「うん?」


 冷め切ってしまったが、飲みおさめになってしまうかもしれない烏龍茶で喉を潤している最中、隣からの問いかけ。

 怪訝そうに視線を向けると、鬱蒼とした雰囲気の泉谷がいた。

 オレには視線を向けようともしていないのに、言葉だけを向けていたようだ。


 なんか、態度悪いなぁ。

 まぁ、オレも視線だけを向けて、烏龍茶を飲むのは止めてないけど。

 お互い様か。

 元々、仲良しなんて程遠かったし。


「………少し、お話があるんですが…」

「う~ん、と…良いけど、ここでする話?

 2人きりが良いなら、時間明けるけど?」


 いや、別に話をするのは構わん。

 ただし、それが世間話ならまだしも、『予言の騎士』としての職務の話なら、時と場所を考えようか。


 コイツ、いつも考え無しだから、用件を聞く前に先に場所を選ばせた方が良い。


「……いえ、その…ッまぁ、出来れば…」


 と言う訳だ。

 煮え切らない返事だが、どうやら2人きりを希望らしい。


 ………何だろう。

 コイツの事だから、十中八九職務に関しての文句だろうけど。


 しかし、


「す、済まぬが、その要件の前に、先に私の用を頼めるか?」

「………うん?」

「ッ、え、あ、はいッ」


 今度は、目の前から話しかけられた。

 なんだよ、このモテモテ具合。


 話しかけて来たのは、叢洪だった。

 今までアクションはしても無言だった為、喋ったのには驚いた。

 今日の朝の事もあって、オレとは喋らないだろうと勝手に思い込んでいたから。


 けど、本人も不本意なのか。

 やや、緊張した面持ちのままで、オレと泉谷を交互に見ていた。


 オレも、泉谷を見る。

 彼は俯いたままの視線を上げていたが、ややあって下げた。


 ………了承と取って良いのだろうか。

 まぁ、良いか。


「どうかした?

 ………正直、惚気なら聞きたくないよ?」

「の、惚気等言わぬ…!!

 そ、そんなことよりも、アオイが不思議な行動をしているのが気になって…ッ」


 うんざりする。

 惚気は聞かないと言った矢先に、それかよ、と。


 オレの顔を見た所為か、涼惇が苦笑。

 涼清姫さんも呆れ交じりに、叢洪を見ていたのだが、


「………ここに来る前から、何故か飛び跳ねているのだ。

 止めろと言っても聞かぬし、必要な事だからと辞めようとしてくれない………」

「………はっ?」


 その後の一言に、凍り付いた。

 オレ達だけでは無く、その場が。


 空気が凍り付いた。

 

「………誰が?」

「あ、アオイがだ…」

「………何してるって?」

「だ、だから、飛び跳ねていると…」

「………いつから?」

「こ、ここに来るより、少し前からだ…」


 ………。


 ………。


 ………。


 ………それ、ヤバい奴じゃん。


「馬鹿野郎、なんでそれを早く言わねぇんだ!!」

「…ッ!?

 だ、大事な事だったのか!?」

「馬鹿じゃねぇの!!

 妊婦が飛び跳ねるって、それだけで危険だって分かるだろうが!!」

「----ッ!?」


 詰問してみたら、案の定。

 思った以上に、この叢洪という男は馬鹿だったらしい。

 そして、本気で何も分かっていなかったようだ。


 何を呑気に、支援要請の報告の席に立っていたのか。

 先に教えておけよ、馬鹿垂れが。


 つまり、オレ達がこうして話し込んでいる間にも、彼女はぴょんぴょん飛び跳ねてるって事じゃねぇかよ。

 元気に微笑ましいなんて見ている場合なんかじゃねぇぞ。

 妊婦ってのは、絶対安静なんだよ。

 胎児ってのも、デリケートなんだよ。

 

「あああああああっ、もう!!

 なんでオレの周りは、こんなベビーラッシュ!?」

「ま、待ってくれ!

 わ、私はどうすれば!」

「付いて来いよ、馬鹿!

 普通は、そうするだろうが!!」


 やっぱり、叢洪は馬鹿だった。

 既に叢金さんすらも、呆れ交じりである。


 叫びながら迎賓室を飛び出して、向かうは例のセンドウさんの居室である。

 道順は既に、一度向かった事があるので覚えている。


 『天龍宮』の廊下を、猛スピードで駆け抜ける。

 途中、先ほど迎賓室から退場した候補者達を追い抜かして、奇怪な表情をされてしまった。

 ………申し訳ない。


「うへぇえ…ッ、先公マジで、付いてねぇな」

「星の下って感じ」

「不憫ですね………」


 後ろから追い縋って来た生徒達も、呆れ気味。

 まぁ、今回の場合は、オレに向けての憐憫だったけども。


 マジで、オレどんな星の下に産まれてんだろうね。

 マゾで不憫で死にかけの星の下だとか言われても否定が出来ねぇ。


 だが、


『(………銀次様への暗示やもしれませんね)』


 ふとそう呟いた間宮。

 その言葉に、一瞬だけ思い出したのは、白い世界での夢の事。


 あの赤ちゃんを抱いている女性の夢だ。

 一瞬脳裏を過った瞬間に、なんだかその通りの様な気がしてしまった。


 やっぱり、帰ったら抜き打ちチェックしよう。

 ラピスとローガン、やる事はやってるから出来ていても、可笑しくは無いと思うんだ。


 なんて事を考えながらも、到着。

 センドウさんの居室だ。


 既に、警備達が気付いたのか、扉が開け放たれて随分と騒がしいことになっている。


「ちょっと、何やってんですか、センドウさん!!」


 叫びながら駆け込めば、案の定。

 彼女は飛び跳ねようとしていた体を、いつから駆け付けたのか伯易に羽交い絞めにされていた。


「良い所に来た、ギンジ殿!!

 妊婦だと言うのに、暴れられて困っていたのだ…ッ!」

「そのまま抑えておけ!

 今、鎮静剤用意するから…ッ!」


 とはいっても、オレじゃなくて間宮が準備するんだけどね。

 薬液は、校舎から回収して来た物品の中にあったものだ。

 マジで保健室が薬剤の宝庫だったからな。

 あれ、どっかの病院の設備と同じって言っても、過言じゃないと思う。


「離しておくれッ!

 あ、あたしには、この子を産む事なんて出来ないんだよ!」

「落ち着いてください、アオイ殿!」

「センドウさん、落ち着いて!」


 そんな中で、未だに暴れようとしているセンドウさんの目の前に回り込む。


 すると、一瞬にして彼女の目が見開かれた。

 騒がし過ぎて、オレ達が来たことに気付いていなかったらしい。


「ギンジ…ッ!」

「良いから、落ち着いて!

 何も言わないで!」

「ギンジ、ギンジ…ッ、あ、あたし、…あたし…ッ!!」

「大丈夫ですから、落ち着いて!

 お腹の子がいる事、ちゃんとわかってるんでしょう?」


 分かっているからこそ、飛び跳ねていたんだろうけどね。

 普通は、流産するもの。

 胎児はデリケートなんだから、当然のこと。


 お腹を触って、即座に『探索サーチ』を開始。

 見た限りでは、お腹の子は特に変わった様子も無く、眠っている様にも見える。

 心音も聞こえるが、正常。

 心音聞こえるって事は、小さいとは思うけど19周は過ぎてるって事だな。


 なんてことしてるんだよ、この人は。

 

 そう思って、顔を上げた。

 あわよくば、もう一度説教をするのも否めないぐらいの気持ちで。


 しかし、


「………あ、あたし、………あたし…ッ」

「せ、センドウさん…?」


 彼女は、涙をボロボロと流しているだけ。

 呆然とオレを見下ろして、伯易に羽交い絞めにされたままで吊り上げられたまま。

 暴れる気配も無い。


 ………あれ?

 なんで、そんな放心状態?


「ギンジ…ッ、ギンジぃ…ッ!!」


 かと思えば、今度はオレに向けて手を伸ばしてくる。

 伯易に目配せ。

 羽交い絞めを解いて貰えば、案の定。


 屈強な男の腕から解放されるや否や。

 彼女は、そのままオレの胸の中に雪崩れ込む様にして抱き着いて来た。

 オレは仕方なしに、その場で受け止めるしか出来ない。


 叢洪からの背後からの殺気に、少々緊張しながらも。


「こんなことして、大事な子ども流しちゃうつもりですか…?」

「だ、だって…、だってぇえ…ッ」


 しゃくりあげながら、彼女はオレの首へとぎゅうぎゅうとしがみ付く。

 叢金さんは、巻き込まれる前にとっとと逃げたらしい。

 巻き込まれた様子が見られなかった。


 朝方の、ランボウさんはどこに行ったのか。

 ついでに、オレにとっての鬼の副司令官としての姿も、残念ながら遥か彼方にぶっ飛ばしてしまったようだ。

 面影だけはあるけど、まるで別人だ。


 だが、泣いている彼女を片腕で抱えながら、そのままベッドへと腰掛ける。

 彼女はもぞもぞと動いて、オレの膝の上に乗っかった。

 ………酒飲んでる訳じゃねぇよな、この逆セクハラ。

 子どもいるから、普通に酒は止めて欲しかったけど。

 まぁ、酒の匂いはしないから、大丈夫だろう。


 そこで、彼女はオレの首筋に顔を埋めたまま、


「あたし…アンタの事、好きだったんだよぉ…ッ!」

「………ッ!」


 突然のカミングアウト。

 恋愛感情があったなんて知らなかったけども、まさか鬼の副司令官がオレの事を好きだったとは。


 ………もし、勤務期間にオレがモーションでも掛けていたら両想いだったじゃないか。

 まぁ、オレも恋愛感情が無かった訳では無いから。

 それでも、自重した部分も多々あれど。


 しかし、この状況では聞きたくなかった。

 扉の入り口には、叢洪もいる上に、生徒達もしっかりと付いて来てしまっている。

 更には、『天龍族』の面々も一緒だ。


 流石に、これ以上彼女にカミングアウトを続けさせるのは、オレ達的にもアウトだと思ったのだが。


「好きだった…ッ、なんとなくでも、………ずっと好きだったッ」

「ありがとうございます」


 努めて、平静を装った声を絞り出す。

 声が震えない様に務める所為で、逆に腹筋が震える。


「あ、アンタが、死んだって聞いて…ッ、初めて気付いて…ッショックだったんだよぉ!

 秋峰シュウホウの弟子とか聞いても、本当は…ッ、怒っていても憎らしいなんて思ってなかったのにぃ…ッ!」


 そう言って、彼女はおいおいと、呻き声の様な泣き声をオレの耳元で上げ続ける。

 流石に、困る。

 耳が痛い。

 物理的にも、精神的にも。


 それでも、尚も彼女は、懺悔の様なカミングアウトを続けた。


「な、なのに…ッ、アンタ、生きてたし…ッ。

 昔なんか比べ物にならない程、変わってたし…ッ、

 結婚までしてるなんて、思ってなくて…ッ」

「………ッそう言う事ですか」

「そうだよぉ…ッ、悔しかったんだよぉ!

 諦めたのに…ッ、一度は諦めて、アンタの事忘れようとしたのにぃ…ッ!」


 つまり、あの時の治療拒否の一件は、全て彼女の感情の起伏による癇癪だった。

 そう考えると、ちょっと抉られ過ぎたと言う恨み言はあるけども。


「………つまり、オレが死んだと思ったのに、のうのうと現れたのが気に食わなかったんですね?」

「…う゛ん」

「昔のオレは、人形みたいだったのは自覚してましたけど、少しは人間らしくなってました?」

「う゛んッ」

「んでもって、そんなオレが結婚してるのが分かって、更に腹立たしかった、と…」

「………あ゛ああ゛ああああんッ」


 全部丸っとすっきりと吐いたのが良かったのか悪かったのか。

 彼女は、そのままオレの首筋に懐いたまま、大きすぎる程の嗚咽を漏らしていた。


 慟哭にも似た、センドウさんの泣き声が部屋の中に響く。

 へやの中にいた面々の、何とも言えない表情がシュールだ。


 まとめると、そんな感じ。

 すっきりとした、簡潔な内容だった。


 彼女は、オレの事を糾弾したかった訳でも、遠ざけたい訳でも無かったらしい。


 秋峰シュウホウの弟子と知って、怒りはした。

 けど、憎んではいなかった。

 オレが告白しなかったら理由も、彼女はちゃんと把握はしていたようだ。


 だが、混ぜこぜな感情が、爆発した。


 訳の分からない世界で、訳の分からない病気を患ったストレス。

 その他諸々、オレに抱えていた感情へのリミッターの限界。

 引き金を引いたのはオレ。

 オレが無防備にも、首に掛けていたラピスとローガンとの結婚指輪エンゲージリングを見せびらかせてしまっていたからだ。


 知り合いという事もあって、勝手に八つ当たり対象となっていたらしい。


 そして、オレに吐き捨てた言葉の数々。

 ちょっとオレだって傷付いたと言うのに、全て彼女の感情の裏返しだった訳だ。


 秋峰シュウホウの弟子に、助けられたくはない。

 恨んでいる仇の弟子としてではなく、昔の仲間として相対したかった。


 薬を飲まずに、そのまま見殺しにしろ。

 自分は覚悟を決めていたのに、へもへも出て来て最後の死に場所を奪わないで欲しかった。

 オレは、彼女を忘れて、幸せになろうとしているから。


 死んで楽になってやる。

 そうすれば、オレは彼女を一生忘れない。

 死者と言うのは、それだけで記憶に残るものだから。


 腹が立っての八つ当たり。

 あんまりな内容だが、彼女の精神状態とオレの間の悪さが引き起こした大失態だった訳だな。


 溜息を吐き、やれやれと首を竦めた。

 眼が合ったのは、伯易と間宮。


 彼等も同じように辟易とした様子で、肩を竦めて口元を緩めていた。

 そんな伯易の腕の中には、叢金さんがいたが。


 ………どうでも良いけど、レアショットじゃね?

 だって、叢金さんが居心地悪そうに、元義理の息子に抱きかかえられてる。

 叢金さんがどう見ても、伯易の事を気にして上目遣いにしているのに、伯易は全く気にした素振りも無く抱きかかえたまま。


 心のアルバムに密かに保存しておこう。

 そのうち、また遊びに来た時にでも、また同じような様子を見せて貰えばそれでいいや。


 閑話休題それはともかく


 正直、カミングアウトの内容を聞いて、オレも後悔。


 まさか、彼女がオレの事を好いていてくれていたとは知らなかったから、仕事感覚で接しようとしてしまっていた。

 朝方、オレは彼女に対して、怒鳴り付けた。

 その内容が、ちょっとだけ後悔。


「そうならそうで、言ってくれればオレだってあんな怒鳴り散らしたりしませんでしたよ?」

「…わ、分かってる、グス…ッ、分かってたよぉ…っ」

「傷付いたんですからね、オレも…」

「ごめんよ…ッゴメンよぉお…ッ!」

「ああ、もう、それ以上泣かない!」


 また泣き声を上げ始めようとしていた彼女を振り払って、ベッドへと強制ダイブ。

 オレが押し倒した様な形になったけども、即座に離脱だ。

 勿論、他意も煩悩も絡んじゃいない。


 ベッドに寝かせた彼女は、涙でぐちゃぐちゃの赤らんだ顔を片手で隠しながらも、オレの袖を握って来た。

 女性らしい姿には、思わずオレもぐっと来た。

 でも、その感情を解消するのは、嫁さん達だ。


 正直、オレの知っている彼女の、戦場での雄姿(ランボウさん)が霞み始めてしまったが。


 そんな彼女を、ベッド脇で苦笑と共に宥めすかす。


「悪いと思うなら、ちゃんと養生してくださいよ。

 朝方からあんなに暴れ回って負担を掛けたんですから、これ以上子どもに悪影響になるような事はしないでください」

「………でも、あたしに…この子を産む資格なんて…ッ」

「資格なんて後からで良いんです!

 まずはちゃんと元気な子を産んでから、一緒に旦那と悩んでくださいよ。

 孤児がどんな環境で育つか、オレの実例を見て分かりませんか?」

「………~~~~ッ!」


 そこまで言えば、彼女も理解したか。

 望まれない子どもの末路。

 ついでに、その子どもがどんな欠陥ハンデを背負わなければいけないのか。


 子どもの頃、オレは可愛くなかった。

 自分でも、十分自覚している。

 彼女も、片鱗を見ているから知っているだろう。


 環境の所為もあるだろうし、幼少期に育つ筈の感情が育っていなかった、という事もある。

 施設で育てば、嫌でもそうなる。

 まぁ、オレは飛び抜けてもはや異常のレベルだったらしい(※同僚達からの苦言から)けども。

 だから、師匠に引っこ抜かれて、修行三昧(地獄めぐり)だったのかな?

 強制的な性格矯正だった可能性も大。


 なんてこともさておいて。


「とりあえず、痛み分けって事で良いです?」

「………う゛ん」


 オレの言葉に、彼女は泣いた事で潰れたハスキーな声で答えた。

 痛み分け。

 これでいい。

 だから、お互いに謝る必要はいらない。


 大人しくなったは良いが、そのまま掌で顔を覆い隠してしゃくりあげている乙女センドウさんには、このまま休んでもらうとしよう。


 ………鎮静剤は、いらないか。

 泣いている以外は、落ち着いているから。

 正直、子どもがいるから、薬の類は入れたくないってのもあるし。


 あ、『インヒ薬』は別ね。

 漢方だし。

 いや、それでも多用させて良いものでは無いけども。


「じゃあ、改めて診察させてくださいね。

 じゃないと、子どもの件も含めて、貴方の旦那がオレを殺しに来る事になる」

「………ごめんよ」

「………ッ、それは、もう…」

「テメェとは痛み分けにしてねぇから…」


 嫌味もふんだんに盛り付けた返答はお気に召したらしい。

 誰がって、センドウさんじゃなくて叢洪だけど。


 はい、ここ注目。

 オレはセンドウさんとは痛み分けで良いけど、叢洪とは全く関係ありません。

 オレ、彼からの謝罪は受け取って無いし~。


 涼惇さんとのお辞儀がそれだったと言うなら、声を大にして叫んでやろう。

 言葉に出さないなら、謝罪とは言わん!


 仮定の話で彼が生徒だったら、オレは校舎から即座につまみ出している。


「………はい、息吸って」

「………あ゛い」

「今後は、子どもの為に療養してください。

 シガレットも無しですからね」

「あ゛い」


 よろしい。

 やっと、諦めてくれたようで。

 酒も煙草も、妊娠中はNGだもの。


 オレが旦那だったら、速攻で禁酒・禁煙させてます。

 ………そんな事を言ってる傍から、オレはどっちも出来そうにないから質が悪いけども。


 聴診器から手を離し、今度は改めて『探索』を掛ける。

 体の中に、魔石が精製された形跡は無し。

 子どもの様子も、さっきと全く変わっていない。


 あ、でも、


「…っ」

「動きました?」

「………ああ」


 子どもが動いた。

 寝返りとも言えない小さな身じろぎだった。


 けど、それをセンドウさんも、振動で感じたのか。

 改めて見れば、少しだけポッコリしている様に見えるお腹に触れて、苦笑を零した。


「………さっきも言いましたけど、子どもが出来たからにはうだうだ悩む必要は無いと思いますよ?」


 これが、戦地ならオレも、多少は悩ませていただろう。

 けど、ここは違う。


 環境は整っている。


「貴女を大事にしてくれている、相手がいる。

 貴女を大事にしてくれている、環境がある。

 悩む必要なんか無いし、文句がある奴は鼻で笑ってやれば良いんです。

 子どもが出来た事は、女にとっては何者でもない誇りでしょう?」


 だから、大丈夫。

 実際問題としては、種族的な垣根の問題があるだろうが。

 だが、出来てしまったものは、今更あれこれ言ったところで仕方ない。


 もしそれを言う馬鹿がいるなら、その時はその時だ。


 男なら番を見つけろと鼻で笑えば良い。

 番がいるなら、その嫁さんに同じことを言ってみろと言えば良い。

 女でも同じ。

 悔しければ、孕んでみろと言ってやれ。


 その他を黙らせるのは、旦那である叢洪の仕事でもあるし。


 そう言い切れば、


「………本当に、アンタは変わったね」


 そう言って、しみじみと。

 センドウさんは、また苦笑交じりにオレの手を取った。


 その手は、嫌に優しかった。

 昔、戦場で差し出された掌の感触のままだ。


「昔の人形のオレがよろしかったですか?」

「………いいや、今のアンタの方が断然、いい男さね」

「それは、恐悦至極。

 そんなオレ以上の良い男捕まえたんですから、オレが結婚している事は大目に見てくださいよ」

「………ふふッ、そう言うちゃかりしたところは変わらないねぇ…」


 そりゃ、オレだって、他人が成り代わった訳では無いから。


 でも、なんとか大丈夫そうだ。

 今更、今まで通りなんて事も出来ないだろうけども、それでも彼女の感情は解消されたと見て良いだろう。


 だから、少しだけオレも譲歩。

 先程の件は痛み分けだったが、まだずるずると解消出来ていない事もある。


「………手紙を返せなくて、すみませんでした」

「………もう、そんなもの今更良いさ」


 謝った。

 現代の時の、彼女への負い目。


 彼女が何度か手紙を送っていてくれた事は知っていた。

 けど、返答をせずにいたのは、オレが悪い。


 なまじ、あの時は既に戦場を思い出したくない程に、憔悴していた時期だったから、読むのすらも億劫だったのだ。

 封を開けないまま、放置してきた。

 それも、オレが死亡認定を受けた時に、まとめて廃棄された。


 こうなるなら、読むぐらいをしておけば良かった。

 何が書いてあったのか、内容が気になったとしても、今となっては後の祭り。

 苦々しく思いながら、それでも今出来る事を提案する。


「子ども、生まれたら連絡くださいね。

 また、手紙送ってください。

 今度は、ちゃんと返信しますから…」


 そう言ってメモ帳代わりの羊皮紙に、今の校舎の住所を走り書き。

 差し出せば、彼女は少々戸惑った様子で受け取りながら、


「………ああ」


 最後には、頬を赤らめながらも、頷いた。

 口説いている訳では無いから、そんな反応をしないで欲しい。


 気付いていないだろうが、先ほどから背後からの殺気が凄い凄い。

 叢洪は、オレを間男のように思っている事だろう。


 訂正して置くが、オレは口説いていない。

 結婚してるもん、嫁さんいるもん。

 オレがぞっこんべた惚れな彼女達を裏切る訳が無い。


 そう思って振り返ると、生徒達が何故かニヤニヤしていたが。

 あ、これ不味い奴。

 アイツ等、絶対嫁さん達にチクる気だな。

 チクった瞬間に、アイツ等の命運は決まったも同義だが。

 ………一回、本気でつまみ出してやろうか。


 まぁ、そんなことも閑話休題として。


「診察は、終了ですよ。

 母子ともに、健康です。

 ただ、今までの病床で落ちた体力があるので、ご飯はしっかり食べてください」

「ああ」

「激しい運動もしない。

 散歩は良いですが、鍛錬なんて絶対に駄目ですからね?」

「分かってるよ」

「酒も煙草も駄目」

「分かってるって」


 必要事項をしっかりと言い切って、苦笑から辟易とした表情に変わり始めたセンドウさんへと苦笑を零す。


 これで、オレの仕事もおしまい。

 後は、旦那とその他諸々へと、心得だけでもしておくか。


 あ、そうだ。

 その前に、1つだけ。


「………はく、………叢叮だっけ?」

「…ッ、ああ…いえ、はい」


 危ない危ない。

 うっかり、伯易と呼ぶところだった。


 そんな伯易は、オレに向けて敬語を抜こうとしちゃってたから、お互い様ながら。


「妊婦さんの、経過観察って分かる?」

「ええ、医療に携わっていた身でございますれば、多少の心得はあります」

「産婆さんもいる?」

「勿論です」

「んじゃ、大丈夫そうだな。

 ちゃんと、管理してやって?

 本人が気付いていないところで、うっかりやっちゃうNG行動が妊娠中には多いから」


 周りへの落とし込みは大事。

 と言う訳で、オレが指名したのは、ここにいる伯易だった訳だ。


 しかし、これに黙っていないのが1人。


「待て、勝手に決められては困る。

 叢叮は、現在謹慎中だ!」


 旦那である、叢洪だ。

 この馬鹿、やっぱり言うと思っていたが、呆れてしまう。


 ちなみに、謹慎中なのは叢叮。

 センドウさんに薬とは一服盛った前科で、謹慎中だったの。

 ………まぁ、今は何故か呼び出されたらしいけども。


 その謹慎、今ここで解いて貰おう。

 オレが出来る事は、今のうちに全部やっておくことにする。


 そもそも、コイツの謹慎の理由はオレにもあったしね。

 このまま謹慎解けずに、解雇となってもあんまりだもの。


「だったら、コイツの謹慎を解け」

「それを決める権限は貴殿には無い!」

「テメェが、妊婦の扱い1から10まで分かるってのか?」

「ぐぅ…ッ!?

 ……そ、それは…ッ」

「コイツは、分かってるみたいだけど?

 薬扱ってたって事聞いた時から思ってたけど、医療関係者としてアンタが配置した人員なんだから、そりゃ当然だろうが」

「…うぐ…ッ!」


 言い包めて、黙らせる。

 まぁ、実際決めるのはセンドウさんだから、これ以上は言えないけど。


 『オハナシ』第二弾が必要なら、後で裏庭に砂利噛んでから来い。


「センドウさんは、どうしたいです?

 彼なら医療知識も申し分ないですし、ツーカーでもありますけど?」

「ああ、問題ないさ。

 むしろ、叢叮以外が付くとなると、あたしは不安だね」

「………だそうだけど?」

「ぐう…ッ!」


 と言う訳で、論破成功。


 センドウさんがここまで言っているのだから、彼だって動かざるを得ない筈だ。

 これで動かなかったら、馬鹿。

 旦那失格。

 色んな意味を含めて、裏庭に電球噛んで来~い、って事になるけど、


「………わ、分かった」


 どうやら、大丈夫そうだ。

 流石はセンドウさんにべた惚れの、189歳リア充男。


 オレが殴る事にもならなかったし、センドウさんとの夫婦としての初日が喧嘩になる事も無い。

 ホッと一安心。


『(………頼んだ覚えは無いからな)』

『(元より、承知してる。

 忙しくなるだろうが、まぁガンバレ)』

『(おのれ、他人事だからと安請け合いをさせおって…)』


 恨みがましい精神感応テレパシーが飛んできた。

 勿論、伯易から。


 彼も彼で、『天龍族』としての仕事と『鴉』としての仕事の両立の上に、センドウさんという妊婦の補佐と忙しいだろうが。


『(結局、頼りにされて嬉しいから、『天龍宮』から去って無かった時点でお前が悪い)』

『(………五月蝿い)』


 なんて、皮肉。

 返した途端に、彼は隠れて溜息を吐いていた。


 これで、彼の現状の地位も、一安心。


 オレ達の、『天龍宮』での目標も達成出来た訳だ。

 当初はどうなるかと思っていたし、危ない場面は何度もあったが、どうやら無事乗り切れたらしい。


 驚愕の事実が発覚した事は多々あれど。

 これで、安心してオレも下界に戻って、大手を振って帰る事が出来る。


「じゃあ、そろそろお暇します。

 後はお若い2人で、よろしくやってくださいな」

「はん………アンタも、言う様になったねぇ」

「培ってくれたのは、貴女でもありますけどね」


 嫌味を返されながらも、苦笑を零しあって。

 そうして、改めてベッドから立ち上がり、


「これ、持ってた方が良いですよ?」


 彼女へと放る、ドッグタグ。

 ずっとジープに置き去りにされた挙句、オレが持ったままになっていたそれ。


 受け取った彼女は、複雑そうな顔をしていた。

 けど、


「生きて戻れたら、回収するもんです。

 生きてるんですから、回収して然るべきですよ」

「………もう軍人じゃないんだけどねぇ」

「それでも、弾避けぐらいにはなりますから」


 そう言って、オレのひしゃげたドッグタグを見せる。

 銃弾を受けた時、これが無ければ本当に危なかった。


 それを見てか、センドウさんは複雑そうな表情を一転。

 いそいそと、首に掛けて豊満な胸元へと押し込んでいた。


 ………どうでも良いけど、その胸元もどうにかしましょうね?

 アンタ、ママになったんですから。


 そう言うオレも、今は似たようなものだがな。

 思い出す度に、げっそりする。

 オレもさっきまでドッグタグが晒で潰した胸の谷間に挟まってて吃驚したもの。

 ………映画とかアニメとかで良く落ちないなぁ、とか思ってたけど驚愕の理由が分かった。


 なんてことも、ともかくとして。


「それじゃ、お体気を付けて」

「アンタもね」

「オレの場合は、体じゃなくて命ですから」

「それも踏まえてだよ、大馬鹿野郎。

 今度、死んだなんて報告上がって来たら、地獄まで追いかけて引き摺り戻してやる」

「勘弁してくださいよ、せめて安らかに眠りたいんで…」


 この人なら本気でやり兼ねないとか思ったけど、まぁそれはそれ。

 遠回しではあるが、死んだら承知しないって事だから、結果としては嬉しい限りだ。

 もうダメだと思っていたのに。

 関係修復。

 何とかなるもんだな、意外と。


 まぁ、嫉妬をしているだろう旦那そうこうの目が痛いけど。


 嫉妬する前に、テメェは自分を磨けよ。

 と、腹の奥で皮肉を吐き捨てておいて、センドウさんの居室を後にした。



***



 が、


『こ、これ、私を置いていくでない!!』

「………あ」


 忘れてた。

 伯易に叢金さん預けて、そのままだった。


 締まらないでやんの。


 その後、滅茶苦茶涙目になった叢金さんが、初めてオレに対して撫すくれていた。

 拗ねた彼も、癒し。

 可愛かったので、構い倒したらいつの間にか機嫌も戻っていたけども。


 なにはともあれ、良かった良かった。



***

誤字脱字乱文等失礼致します。

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