152時間目 「社会研修~秘密の露呈~」
2017年4月7日初投稿。
続編を投稿させていただきます。
これまたフラグ回収てんこ盛り。
頭使うのが疲れて来ましたが、もうちょっとの辛抱と頑張っております。
152話目です。
***
ある日、突然味方が、敵になると言う事例が存在する。
戦争や紛争が勃発する地域ではよくある事。
裏切り者だ。
往々にして、ままある事。
利害の対立の所為だ。
派遣している軍としては、作戦を成功させたい。
潜入させている側としては、作戦を失敗させたい。
2つの相反する理念がぶつかり合った時、潜入している面々が反旗を翻す。
幸いにして、オレは裏切り者になる事は無かった。
その当時は、利害の不一致が存在しなかったからだ。
だが、オレよりももっと前の戦時中には、それがあった。
それこそ、師匠が全盛期の時代。
露軍に勝利を齎したくない別の国からの要請で、師匠を潜入させていた組織が命令を下す。
裏切れ、と。
前にも言った通り、特殊工作部隊は自殺部隊とも言い換えられる。
決死特攻部隊、通称『死の部隊』。
露軍特殊任務部隊とも違う、ダークゾーンの部隊だ。
最前線に身を置き、常に命と隣り合わせだ。
生きて戻れる可能性の方が少ない作戦も存在する。
緊張感は、想像するべくもない。
そんな最中に、突然味方だと思っていた面々が裏切ると、どうなるか。
瓦解するのは眼に見えている。
チームワークも何も無く、誰が敵か味方かも分からないままに、同士討ちが始まってしまう。
その先鋒を任されていたのは、何を隠そうオレの師匠。
秋峰だ。
戦場では、秋峰と呼ばれる事の方が多かった。
紛争地帯を連れ回された折には、オレも何度か同じような場面に遭遇した。
当時は、逃げ回るだけしか出来なかった。
だが、師匠は違う。
その腰に佩いた日本刀・紅時雨を相棒に、銃弾飛び交う戦地を駆け回った。
今まで味方としていた上司や同僚や部下達を、平気でその刀の錆にして来た。
そんな師匠に付いたあだ名が、『戦場の鴉』。
鳥にも動物にも良い顔をして、いざとなれば身を翻す。
そんな汚名が、誉れだと師匠は嗤っていた。
だが、オレは笑って等いられない。
逃げ回るだけで精一杯。
当時、オレはまだ10歳前後でしかなかったのだから、当然のこと。
生き残れた方が、奇跡に近いのか。
生き残れなかった者は、戦場で骸を晒すだけ。
そして、彼女は、その秋峰の所為で、部隊のメンバーどころか婚約者までもを失った1人だった。
***
「………アンタが、秋峰の弟子だってのは、後から知った事だった」
オレに剣呑な視線と共に、言葉を吐き掛けた彼女。
ぽつり、と話し始めたのは、過去の事。
オレが組織から死亡認定をされる前に、日本に問い合わせた時のことだったようだ。
ただ、これは戴けない。
オレ達どころか、背後の『天龍族』の面々までもが反応してしまっている。
理由は簡単。
3000年前に殺された『天龍族』の名前もまた、『シュウホウ』だったからだ。
「………言っておきますが、別人ですから。
こちらの言っている『秋峰』は人間です」
「………そうか、なら良いのだが」
涼惇が、一応の納得の体を見せた。
こっちは、一安心。
後で、詳細に説明が出来れば、大丈夫か。
だが、大丈夫じゃないのはこちら。
「何の話だい?
あたしの質問に答えない癖に、自分は後ろのタツノオトシゴ達の心配かい?」
流石に、この状況での脱線は不味かったか。
センドウさんの視線が、更に剣呑なものへと変わっていた。
怒気が滲み出しているのは、当然か。
彼女もまた、大事な人を奪われた1人だ。
「………誤解があるといけませんから。
正直、貴方に殺されるのは致し方なくとも、彼等に殺されるのは御免被ります」
「そうさね?
殺されても文句が言えないだろうさ」
そう言って、彼女はにんまりとオレの前で嗤った。
今ので、言質は取れたと言いたいのだろう。
というか、調べたのなら、既に分かっていた筈だ。
どこから漏れたのかは、定かでは無いまでも。
オレも組織内に敵が多かったから、リークする人間はいくらでもいる。
溜息混じりに、オレも腹を決めた。
「確かに、オレは秋峰の弟子でしたよ。
………11年前に、彼が死ぬまで、ね」
素直に答えた。
だが、驚いた様子の彼女に、オレはふと疑問。
あ、そういえば、師匠の死を公表したのは組織内だけだった。
伝説ともなっている海外では、未だに生存しているとほのめかされているのだったか。
死んだ後でも、裏社会で彼の名は廃れる事の無い伝説。
良い抑止力になったからな。
「………アイツは、死んだのかい?」
「ええ。
仔細は極秘事項なので明かせませんが、確かに死亡しています」
そう言って、再度彼女の目を見る。
驚きに瞠られていた目は、また剣呑さを取り戻そうとしていた。
「………アンタは、知ってただろう?
あたしが過去、アイツから何を奪われたのかを…」
「………ええ」
酒の席での事だった。
彼女の過去を、オレが聞いたのだ。
酒に酔って、リミッターが外れてしまったのか、彼女は延々と涙ながらに語っていた。
『戦場の鴉』に奪われた婚約者と、同僚達の事。
オレはその時、面倒臭いと思っていたっけね。
戦時中はかなりドライに生きていた。
複雑な気分だったのは良く覚えている。
言うなれば、彼女の仇をオレが取った形か。
………オレも真偽が曖昧になっているので、表立って語れる事でも無いけど。
「………なんで、言わなかった?
あの時、なんで、あたしが泣いてるのを見て、なんとも思わなかったかい?」
語気を強めて、彼女が詰問してくる。
オレは、どう反応したら良いのか分からずに、手足が震えた。
情けない。
「………複雑な気分でしたよ」
俯きそうになる。
必死に堪えて、彼女の目を見つめ続けた。
「だろうねぇ、そうだろうさ!
アンタはあたしのフィアンセンの仇の弟子だった。
そうと分かっていながら、あたしの話を聞いていたんだ!
どんな気分だったんだい!?
誇らしかったかい、疎ましかったかい!?」
「………何も。
先にも言った通り、複雑な気分でしたよ」
ドライ過ぎたのが、いけなかったな。
まさか、面倒臭いとも言えずに、オレは先と同じ答えを繰り返した。
直後、
「ふざけんじゃないよ、この『鴉』から産まれた禿鷹が!!」
彼女は、オレに薬包を投げ付けた。
先に手に握らせていたものだ。
文字通りの拒絶。
しかも、禿鷹なんて言われをされた。
隠語のスラングだ。
死体漁りのキ●ガイと言う意味。
戦場に立つ戦士に対しての、一番の侮辱。
先ほどまでの、温和なやり取りはどこに行ったのか。
ましてや、あの懐かしい掛け合いも、どこに行ったのか。
叩き付けられた薬包と共に、吐きかけられた罵声。
胸の傷が痛む。
古傷に塩を擦り込まれた気分だった。
「………センドウさん、黙っていた事は悪かったと…」
「悪かったと思ってるって?
当たり前だろうが、土下座してでも足りないんだよ!」
拒絶の言葉に、背筋が粟立った。
分かっていたのに、分かっていなかった。
秘密の露見は、こういった最悪の事態も引き起こす。
「あたしの命なんて、正直いつ終わったって良かったんだ!
どうせならさっさと散って、アイツの下に行きたかったのに…ッ、結局最後まで生き残って…ッ!!」
涙ぐんだ彼女が、顔を真っ赤にして更に怒声を張り上げた。
「こんな訳も分からない世界に来て、訳も分からない病気になって…!!
死ねるならすぐに死にたいのにッ!!
『鴉』の弟子に助けられるなんて…ッ、そんな薬を飲むつもりなんて…ッ微塵も無いんだから…ッ!!」
涙声で、最後には震えて、顔を覆った彼女。
感情が爆発している。
本音が漏れ出しているのは、その所為か。
酒に酔った時しか、こんな風になったのは見た事が無かったのに。
ただ、分かった。
先の診察の時に、心音が早かった理由が今分かった。
必死で堪えていたんだ。
オレに対して必死になって、怒りを抑え込もうとしていた。
もしかしたら、謝罪をするかもしれない。
もし自分が問い合わせた事を知っているなら、明かしてくれるかもしれない、と。
謝罪をしてくれるかもしれない、と最後のチャンスをくれていたのだ。
………なのに、オレは知らなかった。
問い合わせが来ていた事は知っているが、それが師匠の事も絡めていたとは知らなかったのだ。
なまじ、連絡をしなかったこともネック。
彼女にとっては、オレの事は裏切り者とか見れなくなってしまった。
まさに、禿鷹。
だからこそ、
「その薬は、絶対に飲んでやるもんか!
あの『鴉』の弟子だった奴になんて、助けて貰いたいとも思わないッ!!」
彼女は、拒否した。
オレを、治療を、生きる事を。
「精々、あたしが死ぬのを黙って見ておきな!?
あたしがこのまま血反吐をまき散らしながら死んで行くのを、何も出来ずに指を咥えて見ておけ、禿鷹め!!」
叩き付けられた、罵詈雑言。
それに対して、オレは答える事も出来ないまま。
それこそ、彼女はまた独特の笑い声をあげていた。
嗤い声とも言えるかもしれない。
そして、咳き込みながら、布団に懐いた。
「裏切り者が…ッ!
クソ野郎がぁああ…ッ!!
うあぁああああっ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」
悲鳴のような声で泣き喚いていた。
昔見た様な、鬼の副司令官としての面影はどこにも無かった。
***
「どういうことだ、貴様!!
治せると言ったでは無いか!?」
「ぐっ…!?」
『止めよ、伯廉!』
「止めぬか、馬鹿者!」
部屋の外に出た途端の事。
詰め寄られて、胸倉を掴まれた。
叢洪に、だ。
オレ達は、部屋の外に追い出されたのである。
泣き喚きながら、彼女は出て行けと繰り返した。
まるで、壊れた人形のように。
オレどころか、叢洪の声にも聞く耳を持たずに。
ただひたすらに出て行けと、血を吐くような声で繰り返した。
このままでは体に障ると思い、言われた通りに部屋を出た。
治療の完了は、出来なかった。
今現在の症状は改善しても、また魔力を溜め込み魔石が精製されれば、また同じ症状が現れる。
堂々巡りだ。
そして、治療の失敗は、文字通りのオレ達の危険ともなる。
それが、目の前でオレを締め上げている叢洪だ。
かろうじて手を差し込んで気道は確保したが、締め上げる力は半端では無い。
流石は、生粋であり現役の『天龍族』。
オレでさえも、パワーファイトで負ける。
ふざけるのも、大概にしなければならないが。
「………治せると言うから、託したのに…ッ!
本当なら八つ裂きにしてやりたい程憎らしい貴様に、恥を忍んだ結果がこれか!?」
「………託した?
アンタは、オレを睨み付けて、意固地になっていただけじゃないか…!」
「貴様が勝手に動いたからであろうが!!
こんな事になるのであれば、そも貴様をアオイに近付ける事等しなかった!!」
「オレだって、こんな事になるなんて思ってもみなかったよ!!」
ついつい怒りのままに、叢洪を振り払った。
振り払われた彼は、踏鞴を踏んだ。
それでも、更に手を伸ばして来たが、それを涼惇さんが羽交い絞めにして止める。
叢金さんもオレの前に立ちはだかる様にして、首を伸ばしてくれた。
「止さぬか、伯廉!
ギンジ殿を責めても始まらぬ…!」
『これ以上の狼藉は許さんぞ!!』
「貴方方の目は、節穴か!?
この男の所為で、アオイは死を待つだけとなったのだぞ!?」
叢洪が喚くのも、無理は無い。
実際、オレとしても同じ立場なら、喚く事になるだろうと分かっているからだ。
奇跡を願った。
期待をして、縋った筈だった。
なのに、裏切られた。
彼の言っていた通りになった訳だ。
オレは、彼に何度も絶望を与えてしまった。
散々期待をさせておいて、また突き落とす様な真似をしてしまったのだ。
これじゃ、禿鷹と言われて当然か。
涙が滲んだ。
心が荒む。
センドウさんからの拒絶は、堪えた。
彼女からの言葉にも、堪えきれない複雑な気持ちが胸に過る。
腹の奥底が重たい。
何よりも、胸が痛い。
塩を擦り込まれた様な、古傷が痛い。
師匠の事、オレだって触れたくは無かったのに。
しかも、
「しかもこ奴は、『周奉』の事も知っておったのだぞ!
人間であるこ奴が何故、3000年以上も前に身罷った我等が同胞の名を知っておるのか!?」
「そ、それは…ッ」
「よもや、こ奴は大罪人と繋がっているのではあるまいか!
そうでなければ、我等が同胞の名前とて知っている筈が無かろうに…!!」
涼惇さんに羽交い絞めにされながら、叢洪が歯を剥き出しに吠えた。
先に、彼等が反応したのはこの名前。
『周奉』と言うのは、3000年前の『人魔戦争』のきっかけとなった『天龍族』の名前であり、大罪人とされるアンナが血を浴びた『天龍族』の名前でもある。
ああ、いつだってオレの口は余計な事ばかりを口走る。
これでは、疑ってくれと言っているようなものだ。
最悪、このまま裏切り者確定で、支援の打ち切りかもしれない。
それだけならばまだ良いが、最悪の場合は『人魔戦争』の再来となり兼ねないか。
ぞっとした。
だが、これにはちゃんと答えられる。
「………アンナを追っていると言う『天龍族』に尋問された、飛竜と人間がいた。
その時、飛竜が理由を話してくれた時、その名前を聞いたんだ」
「馬鹿を言え!
貴様に、龍族語が分かる訳が、…………ッ!」
思い至ったか、オレの人間とは違う差異を。
オレは、アンナと同じ『異端の堕龍』であり、『昇華』の兆候を現わしている。
叢金さんのおかげもあって、龍族語も堪能だ。
「分かってるよ、全部。
オレだってその名前を聞いた時、オレの師匠の事じゃないかとハラハラした…」
「そうだ、貴様の師匠の所為だ!
アオイがあのような姿になったことは、見た事も無い!」
「オレだって、見た事無い!
それに、オレはあの人がオレが師匠の弟子である事を知っている事も、オレは知らなかったのに…!!」
そこまで言ってから、思い返す。
知らなかったからこそ、このような事になったのだ、と。
どうしようもないな。
意固地で頑固でクソッタレは、オレの方だった。
今回の事は、全部オレの所為だ。
そう考えると、胸の奥底にずしりと鉛が落ちた様な感覚となった。
腹が痛い。
ついでに、眩暈もしていた。
『だ、大丈夫か、ギンジ?』
「大丈夫に見えるなら、眼を疑うよ」
『………ッ、済まぬ、伯廉が失礼な事ばかり…ッ』
「もう、良いよ。
………うんざりだ」
ああ、もう情けない。
こんなつもりは無かったのに。
心配をしてくれている筈の、叢金さんにまで当たってしまう。
絶句した彼に、心苦しくも思いながら。
踵を返す。
今は、この場から一刻でも早く、立ち去りたい。
侍従の1人と、眼が合った。
扉の前で待機していたから、当然のことか。
見事なまでの銀の瞳をした彼からも、剣呑な視線を向けられて。
ぼきり、と心が折れた気がした。
もうダメだった。
「………うえっ…」
吐き気を催す。
本格的に駄目なパターンの奴だ。
「先生!?」
「(銀次様!)」
「ぎ、ギンジ殿…!?」
「お、お待ちください!」
駆け出した。
その場から、逃げる様な真似になってしまった。
実際は、その通りだったかもしれない。
後ろ背に生徒達や涼惇さん達からの制止の声が聞こえたが、構う暇等無かった。
『おおおお、落ちる!』
耳元で叢金さんの声も聞こえたが、今は無視だ。
駆け足で覚えている限りの道順を辿り、見つけたお手洗いに駆け込んだ。
逃げ込んだ。
鍵を閉めて、便座に懐いて、胃の中をぶちまける。
何も入っていない胃から胃液だけが込み上げて、キリキリと痛んだ。
『………ぎ、ギンジ…』
「………放っておいて…!!
今は、………何も聞きたくない!!」
『………。』
背中から、叢金さんの声がした。
かろうじて落ちなかったらしいが、それでも今は反応出来ない。
嘔吐の声がしばらく、個室の中で響いた。
胃液以外に何も出ない。
苦しい。
何か劇物でも飲み込んだ時のように、痛いのに。
そんな中に、
「アオイが死ねば、私は貴様を許さぬ!
必ずや八つ裂きにし、貴様の生徒達も家族も奪い取ってくれる!!」
響いた、叢洪さんの怒声。
張り上げられた声は反響し、かなり離れた箇所である筈のお手洗いにも響いていた。
聴覚の所為か。
今更に思い出す。
どのみち、聞かなかったことには出来ない。
更に、吐き気を催して、便座に顔を突っ込んだ。
………畜生。
どうしろってんだよ、こんなの。
これから、どうすれば良いんだよ。
折角、信用を得られるチャンスだったのに。
何も出来ないままで、呆気なく破綻するのかよ。
こんなの、理不尽だ。
オレが今まで頑張って来た、何もかもが無意味だ。
なのに、誰も責める事が出来ない。
悪いのは、全部オレだ。
悔しい。
悔しいッ。
悔しい…ッ!!
「ち、くしょ…ッ、ちくしょう…ッ!畜生ッ!!」
頭を便器に叩き付けると、便器が割れた。
額も割れて血が滲んだが、すぐに塞がったのかそれ以上の血が落ちてくることも無い。
それが更に悔しかった。
***
結局のところ、オレは何も出来なかった。
診察は出来たが、薬の処方も出来ず。
センドウさんは、布団の中に閉じこもって、出て来ないとの事。
問いかけにも反応は無いそうだ。
叢洪や涼惇さん、涼清姫さんにもそうなのだから、オレ達がどうこう出来る訳も無い。
気配があるから生きてはいる。
だが、このまま答えてくれないとなれば、最悪衰弱死するだろう。
病気の再発の方が早いか。
そして、あれだけ拒絶反応を示していたのだから、今まで使っていた緩和策も、おそらく受けてはくれないだろう。
どのみち、彼女は死ぬことになる。
オレ達は、結局何も出来ないままだ。
ああ、疲れた。
死にたい。
でも、死んだら死んだで面倒臭い。
死ねない理由もある。
なのに、叢洪はオレを殺そうとしているし、生徒達や嫁さん達の命にまで言及していた。
今のアイツなら、確実にやる。
やり兼ねない。
無駄だったな、何もかも。
やる気が失せた所為か、居室に戻って来てもベッドでごろごろ。
不貞寝三昧。
だらしがない。
生徒達は心配そうにしていたが、とっとと夕食に向かわせた。
気付けば、夕方だった。
ああもう、本当に何日無駄にすりゃ、気が済むんだか。
今回ばかりは、叢金さんも夕食に向かわせたので、オレ1人だ。
朝も昼も食べていないとか、成長の妨げになってしまう。
名残惜しそうな顔はしていたが、食欲には勝てなかったらしくそのまま間宮に抱かれて、夕食の席に向かっていた。
まぁ、アグラヴェインが顕現しているから、1人では無いまでも。
それはともかく。
何の為に『天龍宮』に来たのか、全く分からない。
いや、『龍王』としての『昇華』の兆候に関しては、問題はあれど片付いたからまだ良いとして。
もう一つの『ボミット病』治療薬の研究成果を発表出来ないのは痛い。
それもこれも、オレの秘匿癖の所為か。
………あ~あ、最悪。
散々、アグラヴェインの事詰っておいて、自分はこれだもんな。
本当に、死にたい。
『余計な事を考えておらぬで、少し休め』
「………ん~」
『気の抜けた返事をするでは無いわ』
そんなアグラヴェインは、内心を感知していながらも何も言わない。
恨み言を言っても、意味が無いと分かっているのか。
お優しいことだ。
なのに、オレの情けない事。
生徒達に、情けない所ばかり見せてしまっている。
折れない心を持っておけと言っておいて、これだ。
生徒達に何も言えない。
グチグチと悩んでしまう。
オレ、こんなに女々しかったっけ?
………駄目だ、これ、やっぱり体に感性が引きずられてんな。
『だから、とっとと眠れ。
余計な事を考えると、そのままずるずると深みに嵌るだけであろう?』
「………そうなんだよね~。
本当に、オレって駄目な奴………死にたい」
『そんな簡単に死んでくれるな、大馬鹿者めが』
怒られた。
まぁ、当たり前の事だけど。
思ったけど、彼も相当可哀想だよな。
オレみたいなのが宿主になって、従わなきゃいけないんだから。
『だから、余計な事を考えるなと言っておろうが!』
「………ふげ」
ついに、拳が降って来た。
痛い。
いつまでも、グチグチ悩んでいる所為だ。
知っている。
分かっている。
けど、この際だ。
悩んでいないと、どうしようも無い。
脳が覚醒してしまっているのから、眠れもしない。
脳みそが空っぽに出来るなら、脳漿をぶちまけてでも眠りたいのに。
………それ、死ぬ奴か。
まぁ、良いや。
死にたい。
『何度同じことを言わせるのか…!
全く、眠れないと言うなら、ほれ…』
「はっ…って、あ…いぃいいいいいい…ッ!?」
驚いた。
体の奥底に、電気のような痛みが走った。
アグラヴェインが何かしたらしい。
おかげで、痛いのなんの。
これまた情けない悲鳴を上げて、ベッドの上でのたうち回る。
どうでも良いけど、乱暴過ぎねぇ?
確かにオレなんかが宿主になって申し訳ないとは思うけど、これは無いと思うんだ!!
酷い!
アグラヴェインの馬鹿!!
しかも、結局眠れないし…!!
『………可笑しいな。
普通は、気絶する筈なのだが…』
「勝手に気絶させようとすんな!
確かに五月蝿いとは思うが、宿主への扱いとしてはどうなんだ、それ!!」
『五月蝿いと自覚しておるなら、黙って寝ろ!』
いや、そんなの使われても困るから。
一瞬、拷問の痛みを思い出したよ。
例の銀の眼をした『天龍族』からの、あれね。
オレが、一度死んだあれ。
思えば、あの時に死んでおけば、楽だったのかもしれないのに。
『だから、馬鹿を言うで無いわ!』
「ふぎぃ…ッ!」
またしても、腹部に電気が走ったように痛む。
本当にマジで、アンタなにしてくれてんの!?
(※後から聞いたら、内臓の一部を彼が握った所為だって。
なんてことしやがるのか、この『闇』の精霊様は…!)
でも、本当は分かっている。
これも、彼なりの励まし方。
正直、オレは落ちるところまで落ちると、マジで何も出来なくなるから。
それを分かっている彼は、こうして面倒臭がりながらも相手にしてくれている。
有難い事だ。
『………そう思うなら、眠れ』
「眠れないんだもん」
『もう一度、必要か?』
「オレの事、殺したい訳?
あ、でも良いかも、殺して?」
『馬鹿を言うなと言っておろうが…』
今度は、拳だった。
素直に痛いだけ。
ますます、睡魔は逃げていく。
………本当に、どうしたら良いんだろう?
このまま、何も出来ずに帰る事しか出来ないのかな?
叢洪が手を出す前に、逃げ出すか?
生徒と嫁さん達連れて校舎ごと逃げ出して、隠れ通す?
無理だわ。
まず、『天龍族』の鼻を誤魔化す方法が分からん。
どこに逃げたとしても『天龍宮』に追われちゃ逃げきれないだろうし。
そもそも、ダドルアード王国自体が危ないのか。
じゃあ、駄目じゃん。
だとすれば、本気でこの状況を改善しなきゃいけない訳だ。
改善する見込みも無ぇのに、どうしろと?
センドウさんは、心を塞いでしまっている。
応えてくれるようになるまで謝り倒す?
それとも根気強く説得する?
オレが顔を出すだけで、逆効果だと思うんだけどな。
オレだったら無理だもん。
『………どうせなら真偽はともかく、お主が仇を討ったと吹聴してやればどうか?
どのみち、あの女に確かめる術などあるまいに…』
「今更言ったって、無理でしょ?
取ってつけたように聞こえるし、そうならそうでなんであの時言わなかったのか、って話になるし。
そもそも、どうやって殺したのかって聞かれたら、オレが答えられない」
うん、無理。
語っている間に、過呼吸起こして終了のお知らせ。
仇云々の話が、瓦解する。
説得も何も無いわ。
『………本に情けない』
「本当だよね。
………ああ、死にたい」
『一言余計だ…』
「いて…」
また拳が降って来た。
普通に痛い。
本当に、どうしたら良いんだろうね。
オレもそうだけど、これからの事もそうだし、そもそも生きて帰れるかも分からん、この状況も。
寝首掻きに来そうだしね、叢洪が。
………それが一番手っ取り早いのかもしれないけど。
『いい加減にしろ』
「ッう…ぃいいいいたいいたいいたいいたいいたい!」
またしても、内臓からの痛み。
悲鳴を上げてこれまたのたうち回る。
辞めてぇーーー。
これ以上はマジで、あの時の拷問を思い出す。
あの銀の眼まで思い出すと、吐き気まで催すんだ。
………あ、今もか。
ってか、銀の眼って、意外と多いのねここ。
涼惇さんが言っていた通りだったわ。
聖龍もそうだったし、警備に立っていた侍従もそうだった。
『聖』属性も多いし、『雷』属性も多い。
ああ、そういえば、例の裏切り者とかの炙り出しの為の顔合わせ、今日予定して無かったっけ?
裏切り者は、『雷』属性で、銀の眼をした医療関連に詳しい奴。
見たり聞いたりすれば、すぐに分かると思って、集めて貰う約束だったのに。
あ~、やっちゃった。
折角、涼惇さんが都合付けて集めてくれた筈だったのに…。
あ、でも一部だけって言ってたっけ?
それなら、大丈夫?
いや、駄目だ。
どのみち、約束すっぽかした時点で、駄目じゃん、オレ。
ああ、もう本当に死にたい。
………。
………。
………あれ、待って?
『今度は、いかがしたか?』
「………待って、オレ、なんか大切な事、忘れてる…!」
『うん?』
がばり、と跳び起きた。
………そういや、今日どっかで違和感を感じなかったか?
思い出そうとするけど、靄がかった様に思い出せない。
なんか、大事な事。
多分、前にもこんな事あったんだよ。
あれは………そうだ、確か、謁見の時だ。
『天龍宮』に来た最初の日の、あの謁見の時に感じた様な違和感を、今日も感じた筈なのだ。
そう、懐かしい様な、なんとも言えぬ感覚。
あれは、どこだったか?
………。
………。
………懐かしい?
はた、と気付いた。
「ああああああああああッ!!」
『さ、騒ぐな愚か者…!!』
叫んだ。
叫びたくもなる。
………思い出した。
オレ、マジで大事な事を忘れてたよ!!
***
三日月が綺麗な夜の事。
天候の変化など皆無である『天龍宮』には、燦然と月明かりが注いでいる。
夜であっても、光源は事足りる。
夜目が利く『天龍族』という種族柄の高度な能力も味方する。
仕事を終えた後の『天龍族』が1人、廊下を突き進んでいる。
今日ばかりは、どうもいつも以上に騒がしかった。
それもこれも、現在『天龍宮』に滞在している人間どもが騒いだから。
『予言の騎士』もそう。
そして、保護をされている身分の女もそう。
どちらも、わんわんと耳に障る喚き声を上げて、散々騒いでくれた。
どちらも、情けない事に泣き喚いてすらいた。
腹立たしい。
おかげで、耳の調子がよろしくない。
若い『天龍族』は、腹いせ混じりの溜息を吐いた。
やっと仕事が終わり、一日を終えた。
明日からはもぎ取った休暇のおかげで、この小五月蝿い『天龍宮』からもしばらく離れる事が出来る。
まぁ、下界も小五月蝿さでは然して変わらない。
それでも、種族を貶す様な煩わしい囀りが聞こえないだけ、まだマシだ。
少々急ぎ足で、施錠されていた部屋の鍵を開け、部屋に滑り込む。
自身の居室に立ち込めた安堵する香りに、溜飲を下げる。
どうせならば風呂に入って眠りたかった。
だが、最近は風呂場にすらも、人間臭い匂いがしていた。
滞在している面々の所為だ。
鍛錬後に風呂を浴びると言う面々は、それこそ頻繁に風呂を利用していた。
種族として風呂が好きなのは同じかと理解は出来る。
だが、潔癖過ぎるのではないかと逆に疑問も持ってしまう。
そこまで考えて、彼はハタと気付いた。
そういえば、『予言の騎士』の片方は、『天龍族』の血を引いているのではなかったか、と。
ああ、そうか。
だから、鼻が利く。
その分、自分達『天龍族』の気持ちも分かるのか、と納得した。
そう考えた時に、苦々しい思いが胸に過る。
向き合えない、過去。
過ちに嘆いた過去。
傷が疼く。
それでも、努めて彼は表情を引き締めた。
今更、懺悔をしたところで遅いのだ、と。
背中に押された烙印は、例え他者に見えずとも自身にはついて回る。
分かっていたからこそ、かれは頭を振って部屋の隅に甲冑を放ろうとした。
正確には、放ろうとして、その手を止めた。
「………だ、れだ?」
震えた声を上げた。
そこには、いつも荷物置きに使っている、粗末な2人掛けのソファーがあった筈だった。
『天龍族』であっても、地位の低い面々は、居室も粗末だ。
私物もほとんど置けない有様の狭い居室の中で、一番豪勢と言っても過言では無いそのソファー。
だが、そこには、誰かが座っていた。
月明かりが部屋の中に差し込んでも、その奥までは届かない。
完全なる暗がりの中に、人がいた。
何故、今まで気付かなかったのか。
戦慄に、心臓ががなり立てた。
何故、どうして。
いつの間に、ここにいたのか。
ましてや、どうやって自分の居室に入ったというのか。
鍵は掛けていた筈だ。
そして、先ほど居室に入った時には、感じなかった筈の匂いが確かにあった。
仄かに甘く、抗い難い香りだ。
まるで、『天龍族』の女性が発する、誘うような匂い。
そう考えた瞬間、
「………き、貴様…まさか…!」
「………ご名答」
合点が行った。
それと同時に、ソファーに足組をしていた人物が、声を発する。
そうして、足をゆっくりと組み替えたと同時に、
「取引をしようか?」
地を這いずる様に、ねっとりと脳髄にこびり付くような声。
だが、仄かな甘みすらも含んだかのように思える、不思議な声音に背筋が震えた。
ただの侍従であった筈の彼は、今まさに転機に遭遇していた。
***
あ~あ、やっちまったねぇ。
そんな事を考えながら、枕元に懐いた。
久しぶりに血の味も無く食べる事が出来た筈の果物ですらも、どこか苦々しく感じる。
いつも見舞いに来てくれる面々の事を思い出し、溜息を零す。
伯廉は、声を掛けるだけ掛けたが、諦めて退室していった。
無視をして、そのまま出て行く様に仕向けてしまっただけ。
涼惇は、同じく声を掛けながらも、あたしを説得しようとしていた。
ギンジの事をおためごかして、結局そのまま退出していった。
清姫は、いつも歌ってくれる子守歌を口ずさみながら、果物を剥いて行ってくれた。
彼女は何も言わなかった。
そして、警備をしてくれている侍従の奴等も、散々声を掛けてくれた。
全部無視をして、あたしは布団に引きこもったままだ。
申し訳ないことをしたと思っている。
情けないとも感じていた。
不貞寝をしてしまったから、眠れなくなってしまった。
おかげで、余計な事考えてしまう。
月明かりのおかげで、部屋も少し明るい。
『天龍宮』には遮光カーテンを掛ける風習が無いから、余計に眩しさが煩わしい。
溜息を吐き、もう一つ果物を口に放った。
やはり、苦々しい味しかしなかった。
もう少し味わって食べたいといつもは思える果物も、今では喉を通すのも億劫だ。
死にたい、とは言った。
けど、本気かと聞かれると、少し答えに窮してしまう。
思えば、ギンジに当たり散らしたのも、半分は八つ当たりだったのかもしれない。
知っていたさ。
アイツが、秋峰の弟子だった事。
手紙を送った時、返信が無かった。
だから、可笑しいと思った。
死んだのかもしれないし、届いていないのかもしれない、とも思った。
勝手に調べた。
露軍、米軍、自衛隊。
全て調べた。
けど、履歴が無かった。
更に可笑しいと思った。
だからこそ、アイツに知らされていた住所に、直接行ってみる事にした。
アフガン戦役の後は、あたしも休暇を取れたから、丁度良いから顔でも見て、ついでに文句でも言ってやろうと意気込んで。
それが、4年前の事。
住所に行ったら、もぬけの空。
引っ越したのかと思って更に調べると、どうもきな臭い場所に繋がった。
表向きは製薬会社だが、裏ではエージェントを輩出している組織。
非合法の組織だったが、調べてみて分かった。
あの子の所属を知って、ぞっとした。
紛争地帯担当、殲滅部隊。
憎い『戦場の鴉』、秋峰と同じだったのだ。
仇討ちの為に、散々調べたから知っている。
流石に住居までは突き止められなくて、泣く泣く仇討ちは諦めた。
だが、ギンジがまさか同じ部署に所属していたとは思ってもみず、しかも弟子だったとは。
これもまた、自分が調べた結果である。
どうりで可笑しいと思っていた。
銃火器の扱いも、新人としては別格過ぎた。
鈍器や銃火器を苦し紛れの様に振り回して武器にした、特徴的な剣技も似通っていた。
なによりも、常人離れしたあのドライな性格。
察しの良すぎる程、鋭い感性。
非合法組織に、子どもの頃から教育を受けていたとなれば、あれも当然。
まさしく、殺戮兵器。
日本刀を使っていたところは残念ながら見た事は無かった。
だが、今更に思い出してみれば、納得が行った。
腹立たしいとも思った。
知っていた筈なのに、彼は隠していたのだから。
だが、同時に思った。
それも、当然か、と。
言える訳が無いだろう。
目の前に自身の師匠を仇だと豪語する、女がいるのだから。
落胆が勝った。
しかし、そこで知った事実は、それだけでは無かった。
死んだと、分かったのだ。
絶句した。
あの子は、確かに危ういとは思っていた。
だが、腕っぷしは確かだった筈なのだ。
だから、信じられなかった。
年の割には、幼いとも思っていた。
彼の後輩であった新人が死んだ時に、ソフトトップを泣きながら洗っていたのを見ていたから、特に。
息子のように思っていたのかもしれない。
あるいは、憎たらしい程に出来の良い弟のように思っていたのかもしれない。
今となっては、恋慕では無かろうかと思っていた。
事実、死んだと分かった時には、言い知れないショックを受けたものだ。
情けなくも、その後の事を覚えていない。
自棄酒をして、泣いて、ホテルの部屋で暴れたのは覚えている。
その後、目が覚めた時には、散々だった。
ロシアに帰国してから、また従軍復帰。
そのまま、今度はイラク戦役に投入され、そしてあたしの部隊は全滅しようとしていた。
潜伏先としていた民家の近くに、空爆されたのだ。
米軍からの空爆だった。
結局のところ、部下どころか司令官すらも死んでしまったのだ。
部隊自体の活動が成り立たない。
救援要請をしようにも、無線も全て使えなくなっていた。
かろうじて無事だったジープに、残っていたありったけの食糧や武器弾薬、支給品の類を詰め込んで、あたしだけが逃げた。
死にたくはない。
そう思っていた。
でも、違った。
死にたかったのだ。
このまま、死にたかった。
誰にも知られずに、ひっそりと逃げ延びて静かなところで死にたいと、漠然と思っていた。
そうすれば、フィアンセにも会いに行ける。
恋慕の感情を持っていたかもしれない、あのクソ生意気な弟分にも会えるかもしれない。
どのみち、自分が天国に行けるとは思っていなかった。
フィアンセも軍人だったし、ギンジとて同じ筈だ。
全員地獄に行くなら、あちらで合流しよう、と。
そう考えて、ガス欠になるのも気にせずに、昼夜を問わずに走り続けた。
結果として、空腹やら精神的な緊張から気を失って。
気付いたら、この異世界に来ていて、『天龍族』とか言う訳の分からない種族のいる空飛ぶ城に、ジープごと紛れ込んでいた。
それが、去年の8月頃の事。
最初は天国かと思っていたのに、違った。
死ぬことも出来なかったのか、と落胆が募る。
それでも、『天龍宮』の王だかなんだかは、滞在を許可してくれたり、ジープに興味を持ったその息子が四六時中構ってくれたり。
それこそ、人間の言葉とか言う英語を話せる奴が通訳してくれて、何かと良くしてもらった。
この生活も悪くないのかもしれない、と思い始めていたのだ。
伯廉とは何度か、雰囲気に流されて致してしまったりもした。
ご無沙汰だったのだ。
ついでに、必死になって英語を習得し、話そうとしてくれた彼に絆されてしまったのもある。
それに、伯廉もなんか乗り気だったから、そのままの流れで興が乗ってしまっただけ。
病気で倒れても、対応は変わらなかった。
不思議な気分だった。
あたしをお姫様のように扱う、『天龍族』の面々が、本当に不思議だった。
だから、良いのかもしれない。
戦場でわざわざ死ななくても、ベッドで死ねるのだ。
だったら、それまでの間、ゆっくりと過ごしておこう。
折角仲良くなった面々と離れるのは名残惜しいが、元々寿命が違う種族らしいので仕方が無いと。
そうして、覚悟を決めていた筈だったのに。
「(………あの馬鹿、生きていやがったとはねぇ…)」
そこに、ギンジが現れた。
勿論、今更恋慕だのなんだのとは、言うつもりは無い。
だが、死んだと思っていた彼が、生きていた。
何食わぬ顔で、自分の前に立ち。
以前とは違うどこか完成された、大人になった姿で現れた。
最初は、誰だ?と思っていた。
髪色が違って、分からなかっただけでは無い。
顔半分が包帯で隠されて、分からなかったというだけでも無い。
まず第一に、立ち居振る舞いというか雰囲気が違った。
あんまりにも変わり過ぎていて分からなかったのだ。
昔は、もっとぎこちなかった。
表情の作り方から、その笑顔から。
そもそも、あんなににこやかな表情を浮かべたところなど、見た事が無かった。
あの子は、本当に人形のようだった。
なのに、大人になってからの彼を見ると、本当に別人だとしか言いようが無かった。
達観していると言えば良いのか、なんと言うのか。
人工知能のオートマタが人間に変身したような、そんな不思議な気分で相対した。
それが、何故か悔しかったのだ。
何がどうして、というのは分からない。
ただただ、悔しかった。
なのに、彼はあろうことか、別種の職業に就いているとか言い出した。
戦場での自身の振る舞いを忘れたかのように、かと言って昔の様な動きや感性の鋭さは残したままで。
教師だと、医者だと抜かして。
腹立たしい。
だが、その体には、確かに死んだと思わせられるほどの傷痕が残っていた。
左腕が動かないと言っていた。
残った右腕と口を駆使した姿は、やはり長年の癖の様なものがしみ込んでいたから嫌でも分かる。
左眼の包帯も気になった。
腕の事を指摘した後、聞こうと思って結局止めた。
可哀想とも思ったし、不憫とも思った。
何よりも、この子は諦念ばかりが早すぎて、やはり子どもらしくない。
年齢を聞いて、ぞっとしたのもある。
もはや、規格外。
だがやはり、同情もあって。
複雑な気分だった。
それなのに。
「治します。
この薬を飲んでくれれば、因子も体外に排出されますし、再発もありません」
呆気なく。
本当に、呆気なくだ。
彼はあたしの、最後の願いを打ち砕いた。
病気で、ベッドの上で、ゆっくりと死ぬ。
たったそれだけの、最後の願い。
それを呆気なく、意図も簡単に、打ち砕いた。
事実、彼に診察を受けた途端に、体の不調が消えた。
気だるさも消え、吐き気も無くなり、痛みを感じていた筈の腹部にだって違和感を覚えなくなってしまった。
魔法のようだ。
実際、魔法を使ったのだと言うのは分かったが、何をしたのかはさっぱりだった。
そうして、にっこりと笑った。
愛想笑いでは無く、ふわりと花開くような柔らかな笑みを浮かべたのだ。
その時だ。
ぷつり、と何かが切れた。
このままでは、行けないと。
脳裏のどこかで、まるで煙草の火種がナパームに引火したように、燃え盛る何かを感じたのだ。
目の前が真っ赤に染まったのも感じた。
抑えきれなかった。
今まで腹の底に抱えていた複雑な気持ちが、怒りとして首を擡げてしまったのだ。
まるで、濁流のように、口を飛び出して止まらなかった。
正直、なんて言ったかなんて、覚えていない。
秋峰の事を表題に上げて、怒りをぶつけた筈だ。
彼が知らないと言う事実も分かった上で。
弟子である事を知っても、腹立たしいとは思ったが憎らしいとは思わなかったのに。
スラングを発して、彼の微笑みを打ち砕いてやりたいと思った筈だ。
そうすれば、もう二度とあたしには笑い掛けないだろうと分かった上で。
今にして思えば、完全に八つ当たりだったと自覚している。
だって、悔しかったのだ。
フィアンセを彼の師匠に奪われて。
自身の心を彼に奪われたのに、呆気なく死んだと聞かされて。
かと思えば、あっけらかんと目の前に現れて。
教師としても医者としても、立派になっていて。
死に場所も奪われて。
なによりも、その微笑みを浮かべるだけの余裕が、いつの間にか出来ていた様子の彼を見て。
その首筋に掛けられていたのが、ドッグタグでは無い事にも気付いた。
指輪であった事に、腹を立てた。
先程言っていた、恋慕の感情がどうの、というのは撤回する。
好きなのだ。
好きだったのだ。
こうしてもう一度会って、改めて分かった。
惚れ直してしまったのだ。
なのに、彼は誰とも知らない人間と結ばれて、幸せそうに笑っている。
なのに、あたしは病気の身で、死ぬ覚悟を決めていたと言うのに、あっと言う間に助けられてしまって。
助けるだけ助けて、自分には見向きもしてくれない。
そんな彼に、あたしは腹を立てた。
こうなったら、死んでやる。
彼が最も苦しむだろう方法で死んでやる。
ヒステリーである事なんて、承知している。
そうすれば、彼はきっと自分を忘れないだろうから。
最低な女。
死んでまで、彼の心を縛ろうとしている。
今更になって、頭を抱えても後の祭り。
再三の溜息と共に、枕元にあったクッションを苛立ち紛れに殴った。
いつもは感じる筈の、体の痛みは無かった。
それすらも、今は物寂しい。
………発狂でもしたのだろうか。
そう思ってしまう。
「………情けないよ、本当…。
あたしは、こんなにも女々しい奴だったのかい…」
呟いた独り言には、誰も答えない。
当たり前のことだ。
この部屋には、扉の外以外に誰もいない筈なのだから。
なのに、
ーーーーーーー『本に…女々しい事よ』。
「----っ!?」
空気に溶けて消えるだけだった筈の独り言に、何者かが答えたのだ。
低く地を這うような、バリトンの声。
耳に馴染むよりも先に、腹の奥底に響くような重圧感に背筋が凍えた。
いつの間にか、部屋には何者かの濃密な気配。
剣呑な気配とも言い換えられるか。
「………誰だい!?」
声を張り上げる。
喋る度に痛かった筈の喉も、今では元通りだった。
思った以上に反響した声に、思わず驚いた。
同時に、扉の外が騒がしくなる。
『何がありましたか!?』
『アオイ様、失礼致します!』
「………ッ!?」
扉の向こうから、掛けられる声。
龍族語は半分ほど覚えたが、咄嗟に返す事が出来るほど語彙は多くなかった。
そして、完全に油断していたからこそ、部屋の中に誰かがいる事にパニックになった。
今まで、こんな場所に何かが侵入してくる事も無かったからだ。
『いかがなさった?』
『大丈夫でしょうか?』
『あ、ああ、問題無い…』
扉から入って来た、警備の者達。
既に交代の時間が過ぎてか、昼間見る面子では無かった。
問題ないと返したは良いが、辺りを見渡している自分に怪訝そうな表情だ。
自身も、おそらく同じ表情をしている事だろう。
しかし、先に感じた気配は、消えてしまっている。
剣呑な気配は、扉から侍従達が突入して来たと同時に、あっさりと消えてしまった。
『………済まないね…、どうやら、寝ぼけちまったらしい』
『…い、いえ、それだけなら良いのですが…』
『先に何者かの声が聞こえましたが………気の所為でしょうか?』
『………多分、あたしの寝言かもしれないねぇ…』
気の所為か。
いや、気の所為とは思えなかった。
だが、既に部屋の中には、気配も無い。
物音一つ、感じられない。
不気味だった。
何やら不穏な空気に襲われて、鳥肌が立って止まらなかった。
だが、
『これ、いかがした?
夜分に、護衛対象の女性の部屋に入るとは、何事か…』
『こ、これは、叢将軍!』
『も、申し訳ありません!』
そこに、3人目の警備の『天龍族』が入って来る。
昼間の警備に当たっている、1人だ。
顔は良く覚えているし、気配も知っている。
叢将軍と呼ばれた彼は、確か警備担当の中でも、部隊長と言える地位にいた男の筈だ。
英語を喋れる1人である為、たまに話相手にもなって貰っていた事もあった。
「あたしが、寝惚けて騒いだだけさね…気にしないでおくれ」
「………それでしたら、構いませんが…」
『天龍族』の男性陣は、渋々ながらも納得したらしい。
現在は発情期とか言っていたから、部屋に入るのも基本は忌避をしていた筈である。
ただ、少しだけ気になった。
この部隊長の男は、交代の時間が過ぎたのに何故近くにいたのか、と。
その疑問も、その後の会話ですぐに解消されるのだが。
「………もしや、眠りが浅いので?」
「悪いけど、そのようだ。
昼間に寝ちまったからねぇ…」
「無理も無いでしょう、お疲れのご様子でしたから。
………ああ、こちらをお渡ししておきましょう………」
そう言って、男が差し出したのは薬包だった。
いつも、自分が眠れない時に、処方して貰っていた眠り薬。
彼は医者としての経験も豊富らしい。
なんでも、警備に入る前は、医務室での勤務に従事していたそうだ。
その所為か、薬に対しても知識が高い。
眠れない時には、良くこの薬包の処方を頼んでいた。
「おそらく、眠れないのではと思いまして、詰めに取りに戻っていたのです。
どうやら、丁度よかったようで…」
「………済まないねぇ、気を使って貰っちゃって」
「いいえ、これも我が勤めでございますれば…」
彼が近くにいた理由は、これだった。
忘れ物である、薬包を取りにわざわざ戻って来てくれていたのだ、と考える。
つくづく、気の利く男だ。
先に部屋に侵入された事実もあってか、心細かった。
心遣いにホッと安堵の溜息。
おかげで、少しはマシに眠りに付けるかもしれない。
水と共に、薬包の中身を流し込む。
薬の味は既に分からなくなっていたので、大して気にもせずに飲み込んだ。
多少、薬が灰がかっている事にも、何の疑いも無く。
ふぅと溜息半分に、息を吐く。
『天龍族』の青年は、他の侍従達と共に、部屋を後にしようとしている最中だった。
「ありがとうよ、叢叮」
「っ………お名前を憶えてくださっていたのですね」
「そりゃそうだよ。
ここに来る警備の名前なら、全員覚えてる」
露軍での経験から、名前は覚える様にしていた。
じゃないと、新しい人間が来た時、あるいは可笑しな人間が混ざり込んだ時に対処が出来ないから。
思えば、『鴉』の所為で、癖付いた習慣だった。
苦々しく思いながらも、今は役に立っている習慣に苦笑。
まぁ、それも彼等が顔見知りと言う段階で、杞憂だと思っていたのだが。
「………では、どうぞごゆっくりお休みくださいませ。
また明日の朝に、お目に掛かりましょう?」
「うん、ありがとうよ…」
ふぅと、再度溜息。
枕に背中を預けつつも、最後の一つとばかりに、果物を口の中に放り込み。
そのまま、横になる体制を取ろうとして、
「…あれ?アンタ、明日から休暇とか言ってなかったかい?」
ふと気付いた。
確か、交代の引継ぎの話を聞いていた事があった筈なのだ。
安心して任せていた警備から、彼が抜ける。
そう思って、少しばかり落胆し、薬の処方をどうしようかと考えていたのが、3日か4日か前の事だった筈だったのだ。
「………明日の休暇は、取り消しとしました。
明後日からは不在でありますが、日程は短くなっております」
「おやまぁ、大変だ事」
「いいえ、それ程でもございません。
では、明日にはお体の調子が整っていることを、お祈りしておきます」
そう言って、辞去した叢叮。
彼を見送ってから、何度目かも分からない溜息を吐いた。
『天龍族』の面々は、40代になってもまだ小娘程度の自分にも、こうして心を裂いてくれる。
有難いやら、分不相応を感じて申し訳ないやら。
だが、気持ちは嬉しい。
悪くない。
柄では無いと考えていたお姫様待遇ではあるが、これもこれで悪くないのだ、と。
口元を少しだけ緩め、改めて布団に横になった。
多少、安堵した所為もあってか、そして薬の処方のおかげか。
先ほどまで目が冴えていた筈が、すぐに睡魔が訪れた。
ふわりと、微睡む。
その中で、ふと脳裏に過った黒髪の、小奇麗な顔をした坊や。
「(………呼び立ててやらなきゃいけないかもねぇ…。
いつまで、あの子が滞在するのかも分からないんだから………)」
なるべく、早く。
出来るなら、今日明日にでも。
ちゃんと、謝らなければいけない。
素直にならなければいけない。
でなければ、きっともう二度と会えなくなるだろう。
それは、嫌だ。
もっと腹立たしい。
昔は出来なかった手紙のやり取りが、ここなら出来るかもしれないのだ。
また昔の様に、笑い上戸のあたしを、唯一送り狼にならずに介抱してくれるかもしれないのだ。
だから、その為には。
「(………あたしが、素直にならなきゃねぇ。
なにせ、あたしがアイツのお姉さんなんだから…)」
そう思って、眼を閉じた。
意識が落ちた。
月の差し込む部屋の中に、穏やかな寝息が一つ残された。
***
翌日の事である。
今日ばかりは、朝から不貞寝もしていられない。
1日を無駄にした所為もあって、オレも少々体がだるいのだ。
まぁ、それ以外の要因もあるのだろうが。
相変わらず、女になった体はそのままだしな。
おかげで、風呂に入るのも一苦労。
なまじ、今が女だからと言って、女性陣と一緒に入る訳にも行かない。
感性はまだ男のままだ。
仕方ないので、目隠し装着の間宮と榊原と一緒に入っている。
まぁ、修行には丁度良い。
実際、気配察知の為の訓練と思ったりなんだり。
間宮は問題無かったが、榊原はもはや安定の素晴らしいコントっぷりを見せてくれたよ。
ああ、笑った笑った。
頭打って耳から血が出てたのが、間抜けなこって。
素っ裸だったことも、ツボ。
まぁ、閑話休題として。
鍛錬後の爽快な汗を風呂で流した、朝食の席。
ちょっとだけ、不安な事を聞かされた。
「………部屋から、出て来ない?」
「呼びかけても応答なしだ」
「散々呼んでんのやけど、出て来てくれへんねん」
昨日はオレも欠席したから知らなかったが、泉谷が食事に参加していないらしい。
聞けば、昨日も昼食・夕食の席には、現れなかったとの事だ。
現在の朝食の席にも、彼の姿は無かった。
まぁ、給仕の何名かが気を利かせて、部屋に持って行っているそうなので、絶食している訳でも無いらしいが。
………招待されている側で、手間を掛けさせるんじゃないよ…。
呆れて物が言えない。
そんなオレは相変わらず、果物オンリーであるが。
自分で剥いてかぶりつくから、手間が無くていいだろう。
叢金さんと一緒になって、むしゃむしゃと果物を貪っている。
朝だけだよ?
昼食とか夕食は、ちゃんと出されたもの食べてるよ?
………校舎に戻ったら、きっと香神と榊原が美味しい和食を作ってくれる事だろう。
それまでの我慢だ。
まぁ、そんなどうでも良い食事問題はさておき。
「ん~、なんかあった?」
「覚えがあるのは、多分例の『石板の間』での謁見ですわ」
「………あー…」
うん、分かった。
間違いなくそれだ。
思い返してみれば、酷な事だったよな。
オレにとってもトラウマ抉られるどころの騒ぎじゃ無かったけど。
でも、もしオレが逆の立場だったとして。
泉谷の立場として、今回の事を考えるとショックはなかなか大きいかもしれない。
だって、自分はいらない、と言われたようなものだ。
例の『石板の間』というのは、『人払い』の結界の事。
本物か偽物かを選定されて、オレが本物、彼が偽物と分かった。
そう、分かってしまった。
これが、モチベーションに関わって来ているのだろう。
だって、今まで信じて来た職務が、なんだったのかって話になる。
巡礼もそうだが、その他諸々の職務は、彼だって行ってきた。
なのに、自分は全く関係が無かった。
ショックは大きいだろう。
だから、閉じこもったと考えるなら、まぁ確かに仕方ないとは思うが。
………その割には、虎徹君達は平然としているな。
「………薄々、アンタが本物だろうとは思ってたからな」
「ほんまですわ。
あの人、『予言の騎士』とか言っておきながら、自力で魔法も使えんのですもん」
「………はい?」
これには、流石に驚いた。
驚いたと言うよりは、ちょっと困惑?
虎徹君はドライ過ぎる。
ついでに、五行君は、今なんて言った?
「………あの人、『精霊剣』とか言う、御大層な武器貰っててん。
それで今まで戦って来てんのやけど、自力では全く魔法は使えへん」
「実際、オレ達はアイツが、魔法を使えたところは見た事ねぇ」
「『我が声に応えし、精霊達よ~』………やったっけ?
文言分かっとって唱えている筈なのに、『精霊剣』持ってないと発動しないんですわ」
「しかも発動しても、使えるのは初級だけだ」
と言う訳で、なんだか不憫のように思えて来てしまった。
誰がって、泉谷だけど。
魔法使えないって………。
『予言の騎士』としては、ちょっと致命的なんじゃ?
オレも、一時期魔法使えない劣等生だったから気持ちは分かるが、『精霊剣』に頼ってばかりじゃ駄目でしょ?
………あ、でも、分かった。
『精霊剣』自体が強力な武器だから、持ってるだけで多少は強くなれちゃうって事。
だから、アイツ自身の鍛錬、追いついてなかったんだよ。
納得した。
げっそりもした。
「その分、アンタは修練もしてるし、魔法も使えてたしな」
「レベルが違いますよって。
やから、オレ等も薄々は、黒鋼はんが本物やないか、思ってました」
そう言って貰えると、少しばかり面目映い。
頑張って来た甲斐があるものだ。
まぁ、その分、更に泉谷が不憫と思えて来てしまったが。
………生徒達にまで、そんな風に思われてしまうなんて。
自業自得とも言うかもしれんが。
………こりゃ、戻ってからが、五月蝿そうだ。
泉谷は別として、田所とか藤田とかが、騒ぎ出すぞ。
なんて、更にげっそりとしながら。
それでも、美味しいフルーツを食べていた最中。
「それにしてもアンタ、一日見ないだけで随分痩せてねぇか?」
「………へっ?」
「ああ、そら、オレも思いましたわ。
なんか、やつれたってよりは、一回り小さくなった気がしますねん」
あちゃー、気付かれた。
生徒達も、ちょっとだけヒヤッとした表情を見せる。
実際、筋肉量が落ちてるもん。
1日鍛錬をサボったからとかでは無く、単純に女になったから。
おかげで、礼服もちょっとだぼっとしている。
オレも着替えてから初めて分かったけどね。
ついでに、風呂で見た自分の裸に、ついついムラッと来ちゃったりもした。
抜群のプロポーションって感じなんだもん。
………我ながら恥ずかしい程に、自画自賛だったけど。
「大きめのサイズの着替えを間違って持ってきちゃったんだよ。
だから、そう見えるだけじゃない?」
「………それだけか?」
「ほんまです?
なんか、首回りとか、腕も細い気がすんねんけど…」
「………気の所為じゃないか?」
まぁ、知られる訳には行かないから、誤魔化しておくけど。
マジで、別の精霊と契約するまでこのままだとなると、オレとしてはそろそろ職務の方に支障が出そうなんだが。
………月末に王城のパーティーあんじゃん。
どうすんだよ、これ。
まぁ、そちらはなんとかするとして。
話を逸らそう。
丁度よく、オレ達としても彼等と共有しておきたい、話があったから。
「それよりも、そろそろお暇しようと思ってるんだけど」
お暇、というのは何の事は無い。
『天龍宮』から、地上のダドルアード王国に戻るのだ。
滞在日数が5日を超えた。
予定していた1週間にはまだ早い。
だが、ずるずると残っているのも、意味は無い。
「支援表明云々の件はともかく、オレ達としての訪問目標はほとんど達成出来たから」
まぁ、全部ではないけど。
センドウさんの経過が知りたいからね。
診察組ませて貰えるまでは、待つしかないと思っているけど。
「あ~、そろそろだと思ってたから、荷物はまとめてあるよ」
「右に同じくですわ。
まぁ、オレ達に決める権限あらへんから、あの人に聞いて欲しいんやけど」
ただ、2人としては、否やは無かったらしい。
ついでに、ちゃんと荷物をまとめて準備している辺り、しっかりしている。
………これにすらも、不憫さを感じ始めたな。
生徒がしっかりし過ぎていると、大変だ。
………あ、オレもだ。
思い出して、更にげっそりとしてしまった。
だが、
「ご朝食の最中、失礼致します!」
食堂に、嵐のようにやって来た、『天龍族』の侍従の1人。
彼は確か、センドウさんの居室の扉の前にいた叢洪さんの部下である警備だった筈。
「今すぐ、お逃げください!」
「………はい?」
滅茶苦茶、不穏な事を言われて驚いた。
***
結果として、
「待ちやがれ、このクソ餓鬼がぁあああああ!!」
「おぅおぅおぅおぅ!!」
オレが逃げている。
悲鳴混じりで、『天龍宮』の庭先を、駆け回っている。
誰から逃げているのか、とは言うまでもない。
オレの事を、クソ餓鬼とスラング混じりに呼ぶなんて人、この『天龍宮』には1人しかいない。
センドウさんだ。
彼女だ。
「アンタ、やりやがったね!!
人の体、勝手に治しやがってぇえええ!!」
「喜ぶところであって、怒るところじゃないでしょ!?」
彼女が、オレにサブマシンガンぶっ放しながら、追い縋って来ているのだ。
サブマシンガンって、アンタ…ッ!
………そもそも、何処にあったんですか?
ああ、そういや、ジープがあったっけねぇ。
支給品その他を積載したまま来たとなれば、当然武器もある訳だ。
現実逃避。
意識が遠くなりそうだ。
パラララララララララ!!と軽快に、銃弾を吐き出すサブマシンガンの銃声が、『天龍宮』の庭に響き渡る。
しかも、彼女、完全武装。
昔の鬼副指令官さながらの軍服に身を包み、髪をアップにまとめ、軍服の上から防弾ベストを着込み、給弾ベルトまで巻いている。
これぞ、我等が鬼の副司令官の完全武装だ。
女版ラ〇ボーである。
もう、あの人、ランボウさんで良いと思うんだ!
そんな彼女が何故、怒っているのか。
先程の彼女の言葉に、全てが集約されている。
勝手に治しやがって、と。
「可笑しいと思ったんだ、朝起きてから!
いつもは控えめな筈の×××が大量だったからね!」
「それ、駄目な奴!
スラング云々よりも、女性が言っちゃいけない奴!」
「言わせたのは、どこのどいつだい!?」
「アンタが勝手に言っただけでしょうが!!」
良いから、そんなお通じの話!
女性のはデリケートだから、聞いちゃいけないってば!!
なまじ、なんて話をしてんですか、アンタ。
これには流石の、『天龍族』も呆気。
生徒達も勿論だが、騒ぎを聞きつけて庭に出て来た涼惇さんすらも呆気。
ついでに、間宮の腕の中で難を逃れている叢金さんも呆気。
更には、昨日の段階で、オレや生徒達・嫁さん達の殺人宣告をしていた筈の、叢洪さんすらも唖然呆然。
勿論、お通じ云々の話では無い。
たった1日で、ここまで回復したセンドウさんに。
そんな彼女には、オレ達だって驚きだ。
勿論、オレもこの件について、よく分かっている。
なにせ、彼女が薬を飲む様に仕向けたのは、何を隠そうオレだからだ。
何をしたか。
そんなもの、簡単だ。
ぶっちゃけ、夜這いに行きました。
とはいっても、やましい意味も無く、ついでにオレじゃなくてアグラヴェインだけど。
えへへ、頑張った。
裏社会人らしく、裏から手を回して薬を飲ませました。
警備に立っていた筈の侍従すらも巻き込んで、抱き込んで。
絶好のシチュエーションを、アグラヴェインに演出して貰って、しっかりちゃっかり薬を飲んで貰った。
きっと、彼女はただ、睡眠薬を飲んだだけと思っている事だろう。
違う。
あれこそ、『インヒ薬』。
つまり、そう言う事。
だからこそ、彼女は怒っている。
こうして、オレに向けてサブマシンガンを乱射して、鬱憤を晴らそうとしている。
屈辱だろうね。
助けて貰いたくも無い仇の、その弟子に助けられちゃったんだから。
しかも、絶対に助けて貰うもんか、と豪語したその翌日に。
なまじ、彼女は死にたがっていた。
それに関しては、知っていた。
けど、死なせたくない理由も、死なせられない理由もあった。
だから、勝手ながら、治してしまった、というのが事の真相。
そりゃ、怒る訳だ。
予想してはいたけども。
………予想していなかったのは、完全武装って事ぐらいか。
「クソ、当たりやがれ!!
生意気な餓鬼が、一丁前に豆鉄砲まで避けやがって…!!」
「あんまり怒鳴ると息切れしますよ~!」
「誰が、ババアだってぇええ!?」
「それ、誰も言ってません!!」
サブマシンガンが当たらない事にすらも、キレ出した彼女。
実際、オレはガトリングも避けまくっていた経験から、飛んでくる方向と距離さえ分かれば、後は音だけで回避可能である。
給弾ベルトが半分を切った。
無駄弾と今更に分かったか、担いでいたサブマシンガンを放り捨てたセンドウさん。
諦めた訳では無い筈だ。
今度は、両腰に備えていたホルスターからハンドガンを抜き取った。
あちゃー、本気モードだねぇ、これ。
サブマシンガンよりも、彼女はハンドガンの方が命中率が高い。
反動と振動の所為で照準が定まらないサブマシンガン程ぴったりな無駄弾と言う表現は無い。
ガゥン!と、今度はサブマシンガンよりも、重厚な銃声が響く。
アルトから、テノールへ。
バスになると、『死の女神』でも持って来ないといけないが。
どこだっけ?
銃声の違いを音階に見立てて、きらきら星奏でた部隊。
予算の無駄遣いって、立案者が懲戒免職食らった奴。
(※フィクションの話です)
彼女が今使っているハンドガンは、多分「イジェメック MP-443」だな。
銃声がちょっと篭ってる分、分かりやすいのが特徴。
露軍やらFSBやらの正式採用規格の銃だ。
ちなみに、露軍ではヤリギンって呼ばれているが、米軍ではグラッチって呼ばれているので、そちらの方が馴染み深いかもしれない。
ロシアのイジェメック社製造の自動拳銃。
使用弾薬は、9×19mmパラベラム弾。
弾数は、18発。
スライドやグリップフレームが昔ながらのスチール製で、保守的・堅実な設計。
民間向けにも、改良型が生産されているが、そちらは非致死性だ。
彼女が今撃っている「イジェメック MP-443」とは訳が違う。
避けて、躱して、また避けて。
体を芝生に転がして、何とか合計36発の弾丸を避けた。
………彼女、2丁拳銃で、容赦なく撃って来てるからね?
「だから、なんで当たんないんだい!!」
「当たったら痛いでしょうが!!」
「死ね!!」
「酷ぇ!!」
いやいや、こんな憂さ晴らしで殺されたくねぇっす。
まだまだ生徒も嫁さん達も、残して死にたくは無い。
マガジンの差し替えに手間取っている間に、転がっていたままの芝生から起き上がる。
というか、ヤリギンのマガジンもあったんですか。
完全に支給品ごとジープに乗せてたって事になりますけど、他の部隊の連中どうしました?
………なんて、聞いている暇は無いけども。
「クソッ!!」
結局、マガジンの差し替えに焦れたらしい。
ハンドガンすらも投げ捨て、彼女は更に背中へと手を回し、そこからナイフを引き抜いた。
接近戦に持ち込むつもりか。
でも、そこまでは戴けない。
彼女が駆け出すよりも先に、オレが駆け出す。
今まで何もせずに逃げ回っていただけなのは、まだオイタが軽かったからだ。
「…なっ…!?」
「これ以上は、ドクターストップです」
懐に入ったと同時に、彼女の手からナイフをもぎ取って放り捨てる。
掌ぱっくり切れたけど、痛いだなんだと言ってはいられない。
そして、驚愕の余りに固まっている彼女をそのまま担ぎ上げた。
強制連行、発動。
駄目駄目、ママになる人が、そんなに激しく動いちゃ。
お忘れかもしれないけど、彼女実はお腹に子どもいるからね?
多分、叢洪さんとの愛の結晶。
だから、ドクターストップ。
サブマシンガンやらハンドガンやらでの遠距離射撃で動かないならまだしも、ナイフでの近接戦なんて許しません。
と言う訳で、武装を解除。
(※勿論、間宮にお願いしたけども…)
「降ろしな、クソ餓鬼!
大人しく殺されろってんだい!!」
「それで大人しく殺されたら間抜けでしょう?
オレ、まだ長生きしたいんです」
「知るもんか!!
離せ…ッ、お~ろ~せ~ッ!!」
駄目です、降ろしません。
降ろしたら蹴り飛んでくるでしょ?
ナイフ持ってなくても格闘での近接も駄目ですって。
「元気になったのは良いですけど、翌日から完全復活ってお転婆過ぎますよ?」
「誰の所為だと思ってんだい!?
警備の奴も使いやがった上に、あたしの部屋にも土足で上がり込みやがって…ッ!!」
「元々、土足でしょ?」
「そう言う意味じゃねぇんだよ!!」
げしげしと腹を蹴られるわ、背中を叩かれるわ。
散々に暴れられているけど、これだけ元気なら最終的なチェックも問題無さそう?
………問題無さ過ぎて引くとか、初めての経験。
「こ、これは一体、どういう事だ?」
そこへ、やっと現実に戻って来たらしい叢洪さんが問いかけて来る。
丁度良いので、そのまま彼女を明け渡した。
お姫様抱っこで彼は受け取った。
去り際にちゃっかり給弾ベルトを掠め取るのも忘れない。
「お、降ろしておくれ?」
「………暴れないなら、降ろす」
途端にセンドウさんが大人しくなった。
やっぱり、乙女思考に目覚めたのか、お姫様待遇が板についている。
まるで、オレの肩で暴れていたのが嘘の様だ。
さっきまでの鬼の形相が消えたようなので、
「正直、悪いとは思いますけど、オレだって言い分はあります」
「………ッ、何を…!?」
「複雑な気分で聞いてたのは、本当でしたよ。
あの時は、本当に複雑な気分だったとしか言えません」
語り始めたのは、例の件。
何がと言うのも、彼女がオレの師匠が憎き仇だと豪語した時の事。
オレは知っていながら、黙っていた。
言える訳も無い。
だけど、
「殺されたんですよ、師匠は!
オレに…!
オレが殺したんですよ!
いや、実際には、別に犯人がいるかもしれないですけど…!
でも、オレの目の前で、死んでるんです!」
あの時、感じていた複雑な気分。
今更に思い出したが、あの時はオレも一緒になって泣きたかったのが、本音だった。
素直に、感情を吐露する。
こうなりゃ自棄だ。
生徒達の前だろうが、知るものか。
「ショックだったんです!
死んだこともそうですけど、失った事も…!
なのに、アンタの気持ちも分かっちゃうし、師匠の無念もあるし、なのにオレはその中間にいて、板挟みみたいにされて、って…ッ!」
それを今更、なんで責められなきゃいけないのか。
黙っていた事は、申し訳ない。
調べられて、彼女がその秘密を知っていたのも、知らなかった。
だから、黙ったままにしておけば良いと思っていた。
自分から話したいと言う内容では無かったからだ。
オレが突然、声を張り上げた事にか。
センドウさんどころか、叢洪さんまでも呆然としている中、それでも腹に力を入れて感情を曝け出す。
羞恥なんて、二の次である。
「貴方にだって、オレの気持ちは分からないでしょう!?
師匠の死に様見て、いつか自分もこうなるかもしれないって分かってた…ッ!
同じ紛争地帯の殲滅部隊に配属されて、オレだっていつ死んだって可笑しくなかった…!」
けど、そうならなかった。
今では、それが僥倖だったことは、分かっている。
オレはおいそれと、簡単に死ぬことは出来ない立場になっているのもある。
だけど、それ以上に、オレは多くを抱えた。
抱え込んでしまった。
投げ出す事は出来ない。
許されない。
辛いと、嘆いても始まらない。
だから、
「まだマシじゃねぇか、アンタ!
大事にされて、お姫様みたいに暮らしてたんだろ!?
死にたいとか言って、死にそびれた鬱憤までオレにぶつけんなよ!
それで満足してくれよ!
お互いに生きてたって事で、何で我慢してくれねぇんだよ!」
盛大な八つ当たり。
正直、支離滅裂な事を言っている自覚はある。
けど、それが本心。
オレが、今まで一度も、曝け出した事の無い感情だ。
彼女どころか、生徒達、嫁さん達にも、曝け出す事の出来なかった本音。
「オレだって、正直いつ死んだって良かった!
けど、生き残ったからここにいる!!
生きてるからには、託されたものがあるからと思って、ここでこうして今も足掻きながら生きてんだ!!」
息切れに、眩暈。
大きな溜息混じりのオレの息継ぎの隙間で、センドウさんが息を呑んだ。
「死にたいとか、死にたくないとか!
殺すとか、殺さないとか…!
もううんざりだろ!?
戦場で散々やり合って来て、まだ足りないのかよ!?」
そう言って吐き捨てた途端、
「そんな訳あるもんかい!!
あたしだって、うんざりだ!!」
センドウさんの怒鳴り声。
乗って来た。
「だったら、黙ってろよ!!
オレだって、『天龍宮』にはもう来ない!!
アンタだって、オレの事忘れて、そのままお姫様待遇の生活を満喫しておきゃ良いじゃねぇか!!」
「………ッ、そんなの…ッ!!」
「それで、我慢しろって言ってんだよ!!
オレだって自分達の事で、精一杯だよ!!
アンタは知らないだろ!?
この世界が滅びるかもしれないっていう現状を、食い止めなきゃいけないオレの役割なんて…!!」
「………ッ!?」
ああ、そうだ。
また、オレは言葉が足りなかった。
教師兼医者とは言ったが、『予言の騎士』とは一言も言っていなかった。
そもそも、センドウさんが『女神の予言』や『石板』の事を知っているからどうかも分からないまでも。
オレは、そんな御大層な立場に、勝手に祀り上げられた。
彼女と違って、オレには召喚された理由がある。
だから、オレは逃げられない。
けど、彼女はそんなものは無い。
正直、どういった経緯で召喚されたのかも、何故召喚されたのも不明ながら。
ドロップアウトで、このまま平穏無事な余生が送れる。
それに何故、満足できないのか。
「………そんなの、知らなった!
アンタ、一言もそんな事…ッ!」
「そうだよ、言わなかったよ、黙ってたよ!!
だから、知らなかっただろうが、アンタだって…!!」
「…ッ!!」
知らなかった、と黙っていたと、詰られた。
禿鷹と呼ばれた。
でも、そんなもの、どうでも良い。
オレが怒っているのは、スラングじゃない。
「良いじゃねぇか、戦場で死ぬよりも!!
オレ達は、戦場よりも過酷な化け物だらけのパレードに強制参加しなきゃいけねぇんだ!!
アンタは、もうドロップアウトしたんだろ!?
戦場から外れて、静かに暮らしていられる権利を持ってんじゃねぇか!!
だったら、過去の事蒸し返さないで、そのまま楽に生きてろよ!
こっちに関わって来る必要無いんだから!!」
言い切った。
全部、オレが曝け出せなかった、本音は言えた。
まだ、言おうと思えば言えるけど、これ以上はドクターストップ掛けた手前、彼女の負担になりそうだから辞める。
まぁ、十分、負担になったかもしれないけど。
センドウさんへの恨み言は、散々言った。
残りは、叢洪へ。
「テメェは、ちゃんと手綱握っておけよ!!
言われた通り、治療はしたんだからな!!
それ以外の事で死んだって聞かされても、オレ達にはどうしようも出来ねぇよ!!」
「………ッ、貴様…!」
オレの物言いにか、途端に顔を赤らめた叢洪。
だが、今なら、怖くもなんともない。
メンタルが回復どころか、怒りで一周回ってレベルアップしている現状、コイツの事なら今叩き伏せたって良いとも思っているからな。
「下手に出てりゃ良い気になりやがって!!
頭下げてでも頼み込むって事も出来ねぇ半端な矜持なら、犬にでも食わせちまえよ!!
誇り高いとか言っておいて、ただプライドが高いだけの種族なら、そのうち絶滅したって知らねぇよ!!」
罵詈雑言。
ぴったりだ。
けど、誰も文句を言わない。
少なくとも、ここにいる『天龍族』の面々は。
「………言わせておけば、貴様…ッ!!」
「言われなきゃ自覚もしねぇからだろうが!!
何が『龍王』候補者だよ!?
ただ『昇華』の兆候が出ただけで、自負も何もあったもんじゃねぇだろうが!!
一族背負って立つって分かってんの!?
分かってねぇから簡単に『人魔戦争』引き起こしてやるなんてこと言えるんじゃねぇの!?」
「そ、そんなことは、一言も…ッ!!」
「言ったも同義なんだよ、この馬鹿垂れ!!
そんなことも分かっていないで、『予言の騎士』とその『教えを受けた子等』を殺害するなんて口走ったの!?
オレ達が死んだら、そのまま世界の人口の半分が敵に回るって分からないの!?
挙句に、終焉の世界が訪れるってなんで分かんないの!?」
「-----ッ!!」
言い募ろうとして、言葉を失った叢洪。
馬鹿じゃねぇの?
スイッチ入ったオレに、言い逃れが出来ると思ってんの?
いや、出来る奴もいるけど、そこはそれで。
オレに向けての暴言。
それだけならまだしも、殺害宣告。
立派な人間への宣戦布告だ。
以前も話したが、敬虔な『聖王教会』信徒が、敵に回るって何故分からないのか。
兎にも角にも、馬鹿な振る舞い正してくれなきゃ、安心して職務に就いてらんない!
主に、オレの安眠として。
「正直、オレとしてはもう、支援云々いらないとも考えてるからね!?
高飛車で金持ちってだけなら、パトロンとしてでもいらないから!!
オレ達に害を及ぼそうとする種族なら、勝手に滅びてくれとしか思わないから!!
しかも、オレはアンタに招かれたんじゃなく、友人である涼惇さに招かれたんだよ!
テメェの事なんて、どうでも良い!!
いい加減、その高く伸び切った鼻っ柱、どうにかしろよ!!」
そこで、やっと怒声を収めた。
言いたいことは、全て言った。
これまたまだまだ言い足りない。
とはいえ、これ以上はただの暴言だ。
叢金さんがいなかったら、マジでぼこぼこに殴ってた。
真っ青になった叢洪の顔を見て、ようやく留飲を下げる。
よし、終了。
心ぼっきり圧し折られた腹いせに、今度はオレがぼっきりとコイツの心をへし折ってやる。
こんなんが、『龍王』になられちゃ堪らない。
だから、牽制。
考え直すなら、今の内。
さっきも言った通り、『天龍宮』には、涼惇さんから誘われない限りはもう二度と来ない。
来たとしても、彼等とは顔を合わせる事は、最低限で良い。
センドウさんも、叢洪もそれで満足だろう。
もう一度、大仰な溜息と共に息を吐き、踵を返した。
ヒートアップした所為で、ちょっと酸欠。
頭がクラクラした。
振り返った先の生徒達は、どこか平然とオレに向けて頷いていた。
「(………勇ましゅうございました)」
間宮など、その場で平身低頭。
お前は本当にいつの時代の人間だ。
でも、おべっかいらない。
頭を叩いて、元の姿勢に戻らせた。
『………お主には、本に心労を掛けたな…』
「………別に、叢金さんの所為じゃないでしょ?」
『アオイの事はともかく、伯廉のあの性格は私の育て方が要因であった…』
「じゃあ、そう言う事にしておく。
………でも、ゴメン。
オレとしては、いくらアンタが頭を下げても、アイツの事は許さない」
『………承知しておる』
心なしか、しょんぼりした彼を撫でて、無理矢理溜飲を下げる。
正直、オレの立場がここでは微妙だから、もう考えるのが馬鹿らしくなってきたのもあるし。
どうしたら良いかねぇ、今後。
涼惇さんとの関係まで、ギクシャクしちゃいそう。
………って、あ。
言い忘れた事、まだ一つあった。
正直、………言って良いことかどうか分からないまでも………。
周りを見渡した。
オレの生徒達、涼惇さん、涼清姫さん、いつの間にか駆け付けている明淘・朱蒙の護衛コンビに、叢洪の侍従らしき警備の数名、騒ぎを聞きつけて駆け付けただろう防衛部隊に、と結構人が多い。
ちょっと困った。
人が多い。
いや、別に次の説教対象を探している訳じゃないんだから 眼が合う度に、全員が視線を俯かせなくても良いのに…。
オレもまた、ちょっとだけしょんぼり。
………この際だから、言ってしまおうか。
さっきも言った通り、コイツに『龍王』になられちゃ堪んない。
振り返る。
睨んだ様に見えたのか、センドウさんと叢洪が、途端にビクリと体を強張らせた。
「………後、センドウさん子ども出来てんだから、とっとと部屋戻してやれ」
「………はっ?」
「………へっ?」
「ドクターストップって言っただろうが。
アンタ、子ども出来てんの、叢洪との間にッ」
割と重要な事だったんだけど、言い忘れてた。
サプライズとして残していた筈が、こんな形で明かす事になるなんて。
おかげで、その場が一気に硬直した。
言わずもがな、叢洪どころか叢金さんも。
「………ば、馬鹿な…ッ」
「馬鹿はテメェだ。
やる事やってりゃ、出来るに決まってんだろうが」
「う、嘘だろう!?」
「こんな時に、嘘いります?」
狼狽した2人の苦し紛れの言葉に、律儀に返してやって。
今度こそ、踵を返す。
生徒達を引き連れて、そのまま『天龍宮』居城へと向かった。
言い逃げ。
正直、これ以上、あのカップルに関わりたくない。
傷が抉られただけだったから。
事実、掌に傷が出来てるし、塞がったけど。
本当にトラブル続きで、やんなっちゃう。
さっきも言った通り、『天龍宮』に来るのは、これで最後にしたいな。
げっそりと、ついでにじんわりと。
………畜生、早くラピスとローガンに会いたい。
滲んだ複雑な気持ちと共に、
「………リア充、爆発しろ」
負け惜しみの様に、このセリフを口走るしか無かった。
今の気分に、ぴったりだ。
***
リア充爆発しろって、アサシン・ティーチャーにも言える言葉でしょうけどね。
なんか、殺伐な話なのかコメディなのか分からなくなりましたが、ちゃんと最終的には仲直り致します。
コメディタッチに出来るようにも、努力します。
いい加減、作者の頭がシリアス方向への拒否反応を示しているようですので…。
誤字脱字乱文等失礼致します。




