表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、『天龍族』訪問編
159/179

151時間目 「社会研修~彼の秘密~」2

2017年4月4日初投稿。


続編を投稿させていただきます。

フラグ回収に時間が掛かって、更にややこしい話になってしまっていますが、申し訳ありません。


前回はのタイトルの意味はアグラヴェインでしたが、今回は叢洪さん。

彼もまた、秘密を抱えていましたが、やっと明かす事が出来ます。


151話目です。

(※内容に多少のねつ造や妄想がありますが、フィクションなのでお気になさらずに)

***



 発覚した事実は、吃驚仰天な事ばかり。

 眩暈すらも感じる。


 まず、アグラヴェインの秘め事に関しては、まぁ仕方ない。

 彼にも、矜持がある。

 人一倍どころか十倍以上はあるだろうプライドの所為で、秘匿を続けるしか出来なかった。

 気持ちは分かる。

 オレも、同じ立場なら、きっと言えないだろうから。

 ………情けなくて。


『………そう言う主は、長いもの(・・・・)に巻かれた程度で気を失う程の小心者であろうが?』


 ………怒られた。

 ついでに、お前の方が情けないと、遠回しに宣告された。

 ごもっとも。

 否定が出来ない。


 閑話休題それはともかく


 彼曰く、オレの体は既に、『龍王』としての『昇華』の兆候は全て終えていた。

 『昇華』の兆候は、主に5つ。


 眼の変異。

 覇気の顕現。

 魔力の増大。

 『龍装』の発現。

 そして、『記憶の共有』。


 これら全てが既に終わっているとの事だ。


 その為、オレの体は、『龍王』としての覚醒期間に移っていた。

 だから、聖龍ションロンであっても、無効化することは出来なかった、との事だ。


 だが、処置として、止める事は出来る。

 現状維持。

 オレの体に起こっている変異や、兆候はそのまま。

 だが、『龍王』として覚醒しない様に、浸食を止め、かろうじて人間のままでいさせる事が出来た。


 だが、その為には、聖龍ションロンの魔力全てを駆使した、楔が必要だった。

 内外から精霊達の魔力の行使で完成する術式。

 不完全ながらも、オレの体の『昇華』を止める為に必要な措置だった。


 その措置の為に、魔力を使い果たした聖龍ションロンは眠りに付いた。

 アグラヴェインが言うには、充電期間の様なものだと言う。

 なので、魔力さえ回復するならそのうち目が覚める、との事だった。


 それだけ聞いて、ホッと一安心。

 いつまでも眠りに付いたまま、目覚める事も無いとか言われたらどうしようかと思っていた。

 それこそ、叢洪が戦争を吹っ掛けかねない。

 あの怒り心頭具合なら、絶対にやるだろうしね。


 安心できないのは、オレの体に起こった副作用の方だが。


 そう、副作用。


 オレの体は、現在、女となってしまっている。

 浅沼曰くの、女体化という奴だ。

 TSとか言って、割とフィクション系統では、取り扱いも多いと言うジャンルらしい。


 オレも例の浅沼教本(バイブル)で初めて知ったので、それ以上は定かでは無いが。


 それが、楔を打ち込んだ事で起きた、副作用だった。


 アグラヴェインが言うには、『天龍族』の『血』が抵抗している結果だそうだ。

 楔の術式によって、封じ込められた『天龍族』としての魔力が、楔を侵食する為に、更なる『天龍族』の魔力を求めている。

 その方法が、外界からの摂取。

 つまり、『天龍族』の『血』や魔力を調達させようとした。


 何をどうやって、というのはご想像に任せるとしよう。

 オレは、敢えて口に出したくない。


 『天龍族』の女性としての、フェロモンを振りまいている状態。

 狼の群れに、羊が紛れ込んでいるようなものだ。


 それが、今回の女体化の真相。


 貞操が、ピンチ。

 存在自体が、ヤバい。


 今の体は、完全なる処女である為に、余計に不味い。

 ………良い方悪いけど、その通りだと思うんだ。

 当たり前だけど、オレに女性としての経験は無いもの。


 まぁ、その分アグラヴェインも、叢金さんも守ってくれると言ってくれているのは有難い。

 素直に安心は出来ずとも、オレの貞操が不味くなったら2人がどうにかしてくれるそうだ。


 まぁ、オレもささやかな抵抗ぐらいは試みるまでも。


 さてさて、問題山積みの訪問となってしまった、『天龍族』居城への滞在4日目。


 不貞寝してから、現在の午後まで。

 またしても、無駄な時間を過ごしてしまった。


 ただ、問題は解決せずとも、理由は分かった。

 不条理に訳も分からないまま、という事が無かった事もあってか、メンタル崩壊も何とか微妙なラインで留められたようだ。

 前の時のように、泣いたり吐いたりグロッキーな状態にならなくて済んだ。



***



「と、言う訳だ…」


 という事を、つらつらと生徒達へと報告。


「………先生、本当に可哀想な星の下に産まれてるよねぇ」

「アンタ、なんか取り憑いてんじゃねぇのか?」

「お労しいです…ギンジ先生」

「(………お心を強くお持ちになってくださいませ?)」


 それぞれ、オレの事を案じる言葉を吐きながら、鍛錬後に入った風呂上りの良い香りを漂わせていた。

 良い匂い。


『………それは、お主も一緒だぞ?』

「………言わないで?」


 そんなオレは、『天龍族』男性陣にとっての甘い香りを漂わせているらしいがな。

 言わないで欲しかった。

 叢金さんが朝から、オレの首筋に顔を埋めているのもその所為らしいんだ。


 まぁ、彼の場合はムラムラしないらしいけど。

 実際、飛竜の妖精としての体だし、生殖器も出来ていない成長前だからだそうだ。


 ………女体化これ、いつ戻るのかな?

 アグラヴェインは、そこらへん言及してくれなかったけど。

 (※彼はこの時点で既に、顕現を解いてオレの中に戻ってる)


 もし、戻らないとなったら、マジでオレの心労ゲージの針がぶっ飛ぶと思うんだが。


『………うむ、思うに楔の余剰分を、浸食している形なのだろう。

 つまり、余剰分が埋まれば、おそらくその変異も戻る可能性がある』

「………精霊達との契約を増やせって事だな」


 その為には、巡礼をするしかない。

 巡礼の予定があるは『赤竜国』だが、もし時間があるなら『黒竜国』途中の遺跡までか、『黄竜国』まで足を運んでみるのも悪くは無いのかもしれない。

 最悪、帰りは校舎にある『転移魔法陣』を使えば良いし。


 ………それまで、この体か。

 嫁さん達と帰ったらいちゃらぶするつもりだった予定がパァだ。

 げっそりとしてしまう。


 ついでに、女子組と結託して玩具にされそうだな、とも思ってげっそりする。

 エマとソフィアは前科があるから、特に。

 ………アイツ等面白がって、オレに女装させようとした時期があったからな。

 違和感が無い問題で、面白くないと言われたものの。


 さて、話が逸れたが、


「………本当に、そのように伯廉に話しても、大丈夫なのか?」

「嘘は吐きたくないんだよ。

 『昇華』の兆候を終えている件は秘匿するけど、それ以外はちゃんと話さなきゃ…」


 これまた距離を離し待機してくれていた、涼惇さんからの問いかけ。


 今回ばかりは、言いたくない。

 言いたくないけど、黙っている訳にも行かない。


 説明が無いなら無いで、また叢洪さんは暴走し兼ねないし。

 『龍王』としての『昇華』の兆候が終わってしまっている件に関しては、他の候補者にも知られたくないから秘匿するとして。


 それでも、分かっている事実だけでも伝えるべきだ。


 面と向かって話すのは、無理。

 だって、叢洪さんも見事なご尊顔とは言え、彼だって『天龍族』男性陣だ。


 罷り間違って、二重の意味で襲われでもしたら困る。

 叢金さんのお墨付きがあるからと言って、この居城ではどこも安全とは言えない。


 ………って、あれ?


「………そう言えば、反応しなかったよな?」

「うん?」


 思い出した。


 あの時、涼惇さんですらも、危機感を覚えて扉の前で待機していたのだ。


 何がと言えば、例の女体化発覚の時。

 入って来るなり、彼はすぐにオレから発する甘い香りに気付いたのだ。


 しかし、叢洪さんは全く触れなかった。

 まるで、気付いていなかったように。


 怒りで我を忘れていた、というならそこまで。


 だが、種族的な問題である発情期にありながら、簡単に抗えるものだろうか?


 そう言った事に無縁そうな涼惇さんですら、4メートル以内に近付けないのだ。

 無縁だからこそ、の予防線なのかもしれないが。


「………ねぇ、発情期が無い『天龍族』っているの?」

「ああ、いるともさ。

 番を見つけていれば、解消が出来るからな」

「………叢洪さん、番がいるって事?」

「………。」


 そこで、涼惇さんがきょとり、と眼を瞬かせた。

 そうしてしばらく呆然としてから、


「そういえば、確かにアイツは、反応すらしていなかった…」


 彼も気付いた。

 叢金さん曰く、若い『天龍族』(※この場合は、200歳以下とか言われたけどね、規格外)には抗い難い、フェロモンを駄々漏れにさせているオレに、彼が一切反応を見せていなかったことに。


 そうなると、理由は一つ。

 彼は、番を見つけている。

 その番と結ばれているかどうかは、詳細が分からないまでも。


「そうかそうか、伯廉もやっと番が出来たか。

 先を越されてしまったが、こればかりは運命さだめの導きであるからな…」


 したり顔で、頷いた彼。

 どうやら、涼惇さんとしては、叢洪さんが産まれてからの189年を見て来たから、弟か息子の様に思っているらしい。

 そんな彼は、200歳越えだった筈だ。


 番が見つかると言うのは、結婚と同義。

 喜ばしい事だろう。


 だが、


「………貴方の鋭さには、いつも驚かされる。

 いっそこのまま『龍王』として即位してくれれば、苦労も少なそうなのに…」

「辞めてって、言ってるでしょうが!」


 その後の一言は戴けない。

 ほっこりと見て居られた喜ばしい彼の表情が、一転して憎らしく思えてしまった。


 アンタまで、乗せるな!

 叢金さんがまたヒートアップしたら、どうしてくれる?


 しかし、その当の本人である叢金さんは、どこか憂い顔。

 視線を合わせると、彼は困ったように眉根を下げていた。


 ………どうでも良いが、飛竜の妖精さんは表情豊かだな。

 いや、この場合は、叢金さんがなのか?


 それはともかく、


『………その割には、あ奴に付いていた匂いが、『天龍族』とは違ったのだがなぁ…』

「と、言うと?」


 なんか、憂い気だと思ったのは間違いでは無かった。


『『天龍族』の番を見つけたならまだ良いが…。

 あ奴、もしかしたら、魔族に懸想をしているのかもしれん』

「………純血なのに?」

『………うむ』


 ………それ、不味いんじゃないの?


 何度も言うが、叢金さんと叢洪さんは、叢家という名の通り、『天龍族』としては純血を守っている保守派。

 一応、人間とは仲良くしておいた方が良いと言う迎合派の派閥に属しているまでもだ。


 何が言いたいかと言うと、魔族の血が混ざっている『天龍族』の中でも、純血である事を売りに現在の地位を確立して来た一族という事だ。


 当然、彼等の番は皆『天龍族』。

 雌雄が分かれたとしても、今まではそれが変わらなかった。

 叢家自体の矜持もあったし、今までの流れもそうだった。


 だが、叢金さんが身罷る事になって、残っている純血の叢家は、叢洪さん、叢玲さんを含める、たった数名だけという事になる。

 叢家には、既に魔族との混血がいるからだって。


 しかも、元々『天龍族』は出生率が低い。

 何百万年も続ている種族の筈なのに、この居城で暮らしているたったのがたった1万だけ、という時点で分かる通り。


 なのに、今後はその純血の筆頭になる筈の、叢洪さんが懸想をしている相手が『天龍族』では無いと言うのは、少々問題になる。


 まぁ、番と言うのは、一度見つけたら他者がどうこう言って引き離す事が出来ない、生涯を掛けた伴侶となる。

 こればかりは、周りも本人達でもどうしようもない。


 謂わば、運命。

 だから、叢金さんも、頭を抱えているらしい。


 しかし、そこで同じく頭を抱えたのは、涼惇さん。

 そんな彼の表情を盗み見れば、案の定だ。


 ………彼、薄々ではあるが、気付いていたっぽいな。


「………なるほど?

 つまり、叢洪さんの秘匿事項が、それに関連してくる訳だ…」

「………本当に、貴方の鋭さには脱帽致します」

『………ッ、なんと言う事か』


 分かった。

 どうして、叢洪さんが秘匿したがったのか。


 おそらく、例の『ボミット病』患者の事。

 彼が焦っていたのは、その『ボミット病』患者が余命幾ばくかも無いから。


 ついでに、その患者が彼の番である可能性が高いから。


 先にも言った通り、番とは生涯の伴侶。

 謂わば半身の様なものであり、失うだけでも当人にも大きなリスクとなり得る。

 メンタル的にもそうだが、体調的にも。

 夫婦ロスで、亡くなった『天龍族』もいるそうだ。


 叢金さんも過去、番がいた事があるらしい。

 そして、その気持ちは痛い程よく分かる。


 オレも嫁さん達の事があるから、良く分かる。

 今更引き剥がされる事になったら、それこそオレだって死ぬ。


 だが、今回何故それを秘匿しているかと言えば、『天龍族』の番では無いから。


 今は、『龍王』誕生の為の候補者レース真っ只中。

 体裁的に何を言われるかも分からない。

 罷り間違って、オレに知られるとそのまま、候補者達にも知られるかもしれない。

 だからこその秘匿だった訳だ。


 オレは口が固いにしても、元々彼は『天龍族』。

 そもそも、人間自体を信じていない。 

 そりゃ、知られるのも忌避されるか。


 ただし、そうなって来ると、オレ達もうかうかしていられない。


「至急、叢洪さんと対談をさせて貰えないか?

 このままだと、聖龍ションロンの事でも、番の『ボミット病』患者の事でもヒートアップして、暴走しそうだし」

「………ご配慮、感謝する」


 つまりは、そう言う事で。


 只でさえ、父親の叢金さんが亡くなったばかり。

 『ボミット病』患者の番まで身罷ったとなれば、彼はおそらく発狂する。


 今、情緒不安定なのも、その所為か。

 多分、『ボミット病』の治療薬が見つかったのに、手に入らず、その詳細が分からない事にもイライラしている。


 オレに当たり散らしたのも、その鬱憤が含まれていた筈だ。


 だったら、この問題はオレ達が、解決すべき。

 この際、番が魔族だろうがなんだろうが、構うものか。

 『天龍族』の『龍王』候補者に、恩を売っておくのも悪くは無い。


『だが、良いのか?

 今の主は、出来る限り出歩かぬ方が、良いと思うが…』

「背に腹は代えられない。

 ………守ってくれるんでしょ?

 信じてるからね?」

『………心得た』


 渋った叢金さんも、オレの言葉に力強く頷いてくれる。


 まぁ、オレだって貞操がピンチな状況に、引け腰なのは確かであるが。

 それでも、いきなり1人になる訳でも無い。

 そして、なるべくならば、『天龍族』の多い場所や、入り組んだ城の奥に迷い込むでも無いのだから、大丈夫。

 ………大丈夫だよね?


 最悪、涼清姫さんから貰った例の香袋だって使うよ?

 アグラヴェインにもサラマンドラにも顕現して貰って、お仕置き敢行するよ?


 だから、大丈夫。

 大丈夫な筈…ッ。

 大丈夫と言って、誰か!!

 お願いだからッ!!


 ………ごほん、勝手に荒ぶった。


「では、すぐにでも取り次いで来よう。

 ただ、貴殿が動き回るのは、少々待っていて欲しい。

 至急、『天龍族』女性陣で、腕の立つ者達を推挙して戻って来る故…」

「あ、涼惇さんも、護衛として居られないから?」

「そうなるな…。

 何故か、全く警戒されていないのが癪だが、私も流石に四六時中この匂いを嗅いでいては、どうなるか分からない」


 あれまぁ、要危険人物が、目の前にもいたわ。

 すっかり忘れてた。


 信頼の結果だとは思うけど、貞操の危機を感じていながら早速これかよ?


 まぁ、何はともあれ。

 問題山積みではあるけども、総仕上げとして動くとしよう。


 オレ達の『天龍宮』訪問の最期の、正念場だ。



***



 少々時間が掛かったまでも、時刻は午後3時。

 丁度おやつの時間である。


 叢洪さんが、対談に応じたらしい。

 場所は、以前通されたことのある、迎賓室。


 丁度よかった。

 ちょっと気になってた、あの大きな調度品の事もついでに聞けるかもしれない。


 とはいえ、


「………今度は、護衛が安心出来ないんだが?」

「済まなんだ。

 発情期が重なっている今、女性陣で動き回れるのは彼女達だけなのだ」

「………そう言われてもねぇ…」


 貞操のピンチの次は、命の危険を感じる。


 何故かと言えば、オレの護衛に抜擢されたのが、防衛部隊の女性陣。

 つまり、朱蒙しゅもう明淘めいとうだ。


 発情期の真っ只中、護衛として動けてなおかつ力量も問題が無い。

 そう言う意味なら、この2人で納得。


 実際、彼女達も防衛部隊に属していて、下手な『天龍族』の男性陣よりも強いという実績がある。

 だからこそ、こうして涼惇さんに抜擢された次第である。


 だが、しかし。

 忘れる事無かれ。

 コイツ等、オレと同じ『龍王』候補者達の親族なんだけど?


 朱蒙は、迎合派だけど人間嫌いの朱桓の妹だし。

 明淘は、魔族・人間の排斥派である明洵の娘だ。


 護衛なのに、安心できる要素がどこにも無い。

 今から臨む対談ですら冷や冷やしているのに、こっちまで冷や冷やする事になるなんて。


 その護衛に抜擢された、当の本人達でも困惑気味だったしね。

 背後から刺され兼ねない布陣って、こう言う図。

 おかげで、一緒にいる生徒達までもが、ちょっとピリピリしてるんだけど?


「まぁ、中の警護まではさせないから安心してくれ。

 扉の外なら、私も警護に立つ事が出来るし、彼女達も扉の外に待機し、中は清姫が護衛に当たってくれる」

「……あ、それなら安心したかも?」


 どうやら、引き続き涼清姫さんが、叢洪さんの手綱を握ってくれている様だ。

 何か、至れり尽くせり。

 ………それなら、安心?


 でも、思った。

 涼清姫さんって、武芸も達者?

 腹芸は見せて貰ったから、嫌でも達者ってのは分かっているけど。


「その件については安心せよ。

 私が直々に護身術として槍術を叩き込んである」

「………『天龍族』の女性って逞しいのね」


 ………ぐすん。

 それもそれで、安心出来なくなったけど。


『まぁ、私もおるから、安心せよ』 


 なんて、胸を張ってくれた叢金さん。

 可愛らしい威勢の良い姿に、思わず和んだのは幸いである。


 手触りの良い体毛を、撫でてやるとキューン!と喉が鳴っていた。

 ………威勢の良い姿は、どこに?


 心配になったが、そこはそれ。


「既に、話は通しておいた。

 だが、納得しているかどうかは、私にも分からぬ」

「………うん、分かった」


 説得はしたが、結果は不明。

 後は、オレが話術でどうにかするしか無い、という事だな。


 何がって、先ほど涼惇さんに明かした、今回の全貌の一部だ。


 聖龍ションロンの眠りに付いた理由。

 叢洪さんは、いの一番に理由を問い質しに来たのだから。


 理由は明かした。

 結果は、この扉を開いて、彼からの反応を見れば分かる。

 その反応が分からないから、冷や冷やとしているのもありながら。


「扉の外で、待っている。

 ご武運を…」

「安心できないけど、行ってきます」


 涼惇さん、それから朱蒙、明淘からも見送られて、扉を開いた。


 途端、


「(………覇気まで漏れていらっしゃるぅ…)」

『(最悪、我が顕現する他あるまいな…)』


 扉の奥から感じた随分と刺々しい気配に、思わずサブイボが立った。

 内心を感知したアグラヴェインの言葉が脳裏に響く。

 だが、頼もしいと思うよりも先に逃げ出したいと感じた。


 命の危険が無いとか高を括っていた時期は、どこに逃げたのか?

 恐怖心に、背筋が震えた。


 ………しかも、背後の3人まで震えたのは、どういうこった?

 怖いよ、叢洪さん。


 だが、そのままで制止している訳にも行かず、扉を押し開く。

 殺気が飛んできたが、飛び掛かって来る気配は無い。


 そこで、やっと目があった。


 叢洪さんは、射殺さんばかりの目つきでオレを見ていた。

 だが、涼清姫さんが膝で固められた拳を握って制止している状態であった。


 臨戦態勢だな。

 理由は説明したとはいえ、納得もしていなければ糾弾する気満々か。


 やっぱり、涼惇さん、警護に入ってくれないかな?

 オレと涼清姫さんだけだと、生徒達の事まで守れない可能性があるんだけど。


「わざわざお越しくださいまして、ありがとうございます」

「…いえ、こちらこそ。

 呼び立ててしまって、申し訳ありません」


 涼清姫さんに促され、対面式のソファーに座らされる。

 ただし、間宮はこれまた拒否し、オレの背後を陣取った。


 お前はSPか?

 どのみち、叢洪さん相手では、役立ちそうに無いが。


「兄からもお伝えした通り、仔細確認させていただきました。

 ギンジ様に置きましては、随分と大事に見舞われた様子で、心中お察しします」

「いえ、それ程の事でもございません。

 お気遣いいただき感謝いたします」


 和やか、という割には、空気がピリピリ。

 それでも、涼清姫さんが進行を進んで行ってくれるおかげで、気まずい静寂がある訳では無かった。


 そこで、改めて叢洪さんを観察する。


 眼が合った。

 睨まれた。

 うん、怖い。

 背筋に悪寒が走る。


 見た限り、彼は納得はしていないようだ。

 雰囲気から何から分かる通り、今からお前を糾弾するとありありと体現している。


 ………交渉も何も無いな、こりゃ。

 実質、番の件を脅し取って、強制的に『ボミット病』患者の治療に持っていくしか無さそう。

 まぁ、最終手段にしたいけど。


 だが、


「………貴殿が、大変な身の上であったことは、委細承知している」


 ふと、その次の瞬間には、口を開いた叢洪さん。

 承知していると言う言葉を聞いて、思わず目を瞠った。


 表情を見る限り、納得しているとは言い難かったからだ。


 しかし、彼はぶるぶると震えながら。

 その膝下で固められた拳を血が滲む程に握りしめながらも、


「『ボミット病』の治療薬を、私に譲って欲しい」


 彼は、まるで絞り出すような声でそう言った。

 血を吐くような、それこそ嫌々でありながらも、頼み事をして来たのである。


「………。」

『………。』


 思わず、呆気。

 オレだけではなく、叢金さんまでも。


 実際、オレ達は命の危険を感じていたのだが?


 涼清姫さんが、小さく頷いた。

 叢洪さんは、そのままの様子で未だにオレを睨み付けている様に………、ってこれ、もしかして懇願だったのか?

 緊張しているだけ?


 ぶるぶる震えているのは、怒りかと思っていた。

 いや、実際に怒りなのかもしれないが、もしかすると矜持を曲げてでも懇願する為に、敢えて自身の怒りを抑え込んだのか。

 その所為で、このように震えている。


 現代で見た事のある、風景が脳裏を過った。

 矜持だけではどうにも出来ない不条理は、いつの世にも起きる。


 その時に、怒りでぶるぶると震えながらも、全身の筋肉を強張らせながらも、それでも土下座をしていた背中。


 確か、露軍の時の、副司令官。

 女性だった筈だ。

 部下の失態で、上司に詰られ、それでも部下の除隊取り消しの為に、怒りを抑えて懇願していた姿。


 ほぅ、と肺の奥底から、空気が抜けた。


 叢金さんを見下ろしてみると、


『………大人になったものよなぁ、伯廉』


 そう呟いて、涙ぐんでいた。


 そうだ。

 彼の言う通り。


 叢洪さんは、大人になった。


 表情がまだまだ固いのは戴けないまでも、それでも懇願だ。

 今の言葉は、確かにそうだ。


 彼は、自身の矜持と番かもしれない『ボミット病』患者を天秤に掛け、『ボミット病』患者を取った。

 その上で、オレに対して懇願をしている。


 前にも思った事だ。

 叢洪さんが大人になってくれれば、と。

 そうすれば、交渉も出来る。


 今こうして、彼はしっかりと折れた。

 折れた上で、改めて『ボミット病』の薬の融通を頼み、返答を伺っている。

 これこそが、交渉だ。


 ならば、協力するのは吝かでは無い。


「構いませんよ。

 いくら必要ですか?

 一応、手持ちで足りるかどうかは分かり兼ねますが、必要数があるならお伺いします」

「………えっ?」


 すんなり、と。

 返答に応じた叢洪さんが、今度は呆気。


 そう簡単に、頷くと思っていなかったか。

 でも、こうしてお伺いや嘆願を受けたなら、話は別だもの。


 突っぱねる理由は、もう無いよ。


「………ただし」

「…っ」


 前置きが付くけどね。


「以前にも聞きましたが、『ボミット病』の患者がいるのですよね?」


 話して欲しい。

 『ボミット病』の患者達の事。


 『天龍族』では患わないとは言っても、『天龍族』に召し上げられた魔族は違う。


 そして、その魔族が彼の番となるならば。

 オレ達もアフターケアまできっちりと行っていかなければ、オレ達の目的が完遂とは言えないのだ。


「医者を名乗る以上、必要な事です。

 『ボミット病』患者の症状や仔細を明かしてくだされば、すぐにでも処方に取り掛かります」

「………治るのかも、分からぬのに?」

「治りましたよ、オレ達は」


 まだ、半信半疑だったのか。

 それでも、『闇』属性が発症するリスクが高い事は分かっているようだ。


 オレの様子を見て、彼は顎に手を当て、思案する。

 だが、それを考える暇は与えない。


「仔細を明かさず、ただ処方をするだけなら、後日流通を始めた時に買い上げてください。

 絶対数の確保が難しいので、『天龍族』であってもおいそれと入手が出来なくなるとは思いますが」

「………また、脅迫か!」

「いいえ、これは交渉です。

 オレ達は貴方が心配している『ボミット病』患者を救いたい。

 その為に、必要な情報を提示して欲しいだけです」


 情報提示が無ければ、交渉は決裂だ。

 何事も、全てが上手く行くなんて事は無いのだから。


 視線が、生徒達の持っている荷物に向けられる。

 奪い取る算段を付けたのか。

 言っておくが、それは悪手だ。


「奪い取るおつもりならば構いませんが、分量は分かりますか?

 言っておくが、過ぎる薬は毒にもなる。

 分量を間違えた事で死人が出たとしても、オレ達は関知致しませんよ?」

「………っ、お前は…」

『言うたであろうが、伯廉。

 お主の負けだ、素直にギンジに白状しやれ』


 反論をしようとした彼に、父親である叢金さんが待ったを掛けた。

 出鼻を挫かれてか、ぐっと喉を鳴らした叢洪さん。


 更には、


「貴方は、どうしてそうも頑固なのです?

 前『龍王』様の前で、お恥ずかしいとは思われないのですか?」

「………だが…ッ、頼んだのに…ッ」

「頼んだのは、薬だけ。

 それを融通していただく采配は、ギンジ様が握られているのを理解なさい?」

「………応じろと言うのか!」

「そうですよ、素直に話しなさい。

 でなくば、文字通り貴方が彼女(・・)を殺す事になります」

「-----ッ!」


 涼清姫さんが、立て続けに詰る。

 これには、流石の叢洪さんですら、声無き声で唸った。


 上下関係が涼清姫さんの方が上というのは、本当だったらしい。

 まぁ、幼馴染には頭が上がらないか。

 斯く言うオレも、昔馴染みのルリとかキリノとかには頭が上がらなかったもの。


 まぁ、彼が彼女(・・)を殺すと言う言葉は、少々過激なまでも。


「まず、患者様は女性だったのですね。

 それも、1名と。

 間宮、メモ取って?」

「(カキカキ)」


 追随を仕掛ける様にして、今しがた取得した情報をメモしておく。

 即席カルテの作成である。


「年齢は、大体どれほどになるんでしょう?」

「………ッ、………確か40代と言っていた」


 渋々ながら、質問に答えだした叢洪さん。

 本当に渋々だ。

 額に青筋まで出ている。


 だが、答えてくれたのは、一歩前進。

 質問形式なら、楽に情報が引き出せるかもしれない。


 とはいえ、40代かぁ。

 人間でいうなら初老だけど、魔族としてならまだまだ若い?

 獣人と言う可能性もあるなら、やっぱり微妙なラインか。


 だが、


「(………ん?

 それにしては、彼からする匂いが、どうも魔族っぽくないぞ?)」


 ふと思ったが、彼から感じる匂いが、ちょっと違う気がする。


 彼自身の匂いは、さわやか系。

 柑橘系が好みなのか、さっぱりとした香りがしている。

 風呂の趣味だって、個性が出るからな。


 だが、それ以外としての匂いは、魔族特有の垢っぽさが無い。

 いや、どの種族も垢っぽいと言う訳では無いのだが、やはりそれぞれ違うのだ。


 この世界では、柔軟剤や染み付いた香料と言うものが少ない。

 精々、女性陣が使うハーバル系の香袋とか、『天龍宮』にも流通していた石鹸とか、あるいはお風呂でアロマ目的に使うフルーツ系統。


 今しがた、彼は柑橘類の香りが好みだと分かった。

 つまりは、そう言う事。


 そして、『天龍宮』に詰めている魔族達の大半が、実は知能指数が高い種族。

 聞けば、亜人種はほとんどおらず、森子神族エルフ竜人族ドラゴニュート(※『天龍族』と同一化したら滅茶苦茶怒られるよ?)などの人型が多く、獣人等もほとんどいない。登用されるのも一族を代表した権威やら何やら。


 前に、オレが医務室に運ばれた時にいた魔族達も、人型魔族でスプリガンと言う『闇』を司る妖精族だとか。

 ちなみに、妖精にも七属性があるとは、初めて知ったけど。


 なまじ、嗅覚が鋭敏になっている所為で、感じられる差異だな。

 間宮はそこまででは無いのだろうが、オレには顕著に感じられる。


 食物の饐えたような匂いだ。

 病床の人間が発する、死の香りとも言える。


 ついでに、涼清姫さんからも似たような香りがしている。

 おそらく、彼女も理由を知らされたな。


 目線を向けると、彼女は困ったように微笑んだだけだったが。


 仕方ない。

 尋問をする他、無さそうだ。


「………単刀直入にお聞きしますが、その女性、魔族ですか?」

「………ッ」

「魔族なら、はい。

 魔族では無いなら、いいえでお答えください」

「………。」


 この質問には、だんまりだ。

 だが、この反応からして、分かった。


 魔族じゃない。

 だとすると、『天龍族』か人間になるんだけど………。


 ………って、人間?


「人間がいるんですか?

 前に、この居城に、人間を招いた事は、数えた程しかないと聞いていますけど?」

「………ッ、貴方は分かって質問をしているのか?」

「いいえ、当てずっぽうですよ。

 ですが、言質は貴方のおかげで、取れました」


 驚いた。

 患者が、人間だ。

 だとすると、不味い。

 この病気は、40代女性での生存率が、2ヶ月も無い。


 緩和策はあるだろうが、おそらく衰弱しているだろう。

 感じる病魔の香りが良い証拠だ。


「………40代だと、3ヶ月での生存率が20%を切ります。

 殺したいのなら別ですが、すぐにオレ達に診察をさせてください」


 駄目だ、時間が掛けられない。

 このままだと、先に病魔では無く衰弱で死ぬ可能性もある。


 そうなってからでは、交渉も何も無い。

 最悪、彼がダドルアード王国に殴り込みに来てしまう。


 だが、


「………助かる保証は…ッ?

 貴殿は、前にも似たような手を使った。

 希望を持たせておいて、突き放した…!

 今度もそれをしない保証も無いだろう…!?」


 彼としては、以前の交渉の席でのやり取りを根に持っているようだ。


 言っておくけど、交渉も何も無かったじゃん。

 買い上げるとか何とか言って、ただオレ達から巻き上げようとしてただけだし。


「信用が無いのは分かっていますが、お互い様ですよ?

 交渉の席に付かれたなら、腹を括ってください。

 情報を明かされないのでは、オレ達とて診察の仕様がありませんから」

『これ、伯廉、いい加減にせよ』

「そうですよ、伯廉!

 ギンジ様と『龍王』様の言う通り、いい加減に全て話してしまいなさいッ」


 意固地になっているのか。

 叢洪さんは、叢金さんと涼清姫さんの言葉を受けて、口をへの字にひん曲げた。


 はぁ、と溜息。

 埒が明かない。


『………ギンジ、済まぬ』

「いや、仕方ないよ。

 折れるのを待つ他無いけど、………最悪、オレ達も支援いらないって事で良い?」

『………うん?』

「だって、人間が『ボミット病』なんでしょ?

 それを隠していた上に、秘匿して殺したなんてことになったら、総スカン食らうよ?」

『…む、う、…まぁ、確かに…ッ』

「ただでさえ、詳細が知られてない種族なんだから、当然じゃん。

 突き上げ食らって面倒な事になるのは、彼の配下の『天龍族』や魔族達だろうけど…」


 可哀想、と付け加えて、もう一度溜息。

 上司が頑固だと、下の人間が本当に苦労するんだよ。


 ………その件で言うと、生徒達もそうなのかな?

 嫌だわぁ、オレも頑固。


 これ、先にオレが折れるべき?


『いや、お主が折れる必要など、どこにも無い』


 だが、そんなオレの言葉に、叢金さんが首を振る。

 そして、


『ギンジ、あの布を取り払ってくれ。

 そうすれば、秘匿の件はすぐにでも分かるだろう』


 前にもあった様な、話題転換。


 例の迎賓室にある大型の調度品だ。

 未だに、布を被せられたまま安置されているそれは、この格式美溢れる迎賓室の中でも一か所だけ違和感を浮き彫りにしている。


「------ッ」

「………。」


 叢洪さんが、息を呑んだ。

 だが、今回ばかりは、唇を噛みして、更には拳も握りしめ、と反論をする事は出来ないようだ。

 見れば、顔も真っ赤。

 怒りでトチ狂ったりしない事を祈るしか出来ないまでも、


「良いの?」

『こうなっては致し方ないのでな。

 強硬手段だ』

「………まぁ、それも有りかねぇ」


 と言う訳で、叢金さんの催促のままに立ち上がる。

 可愛らしい尻尾でのぺちぺち攻撃で、囃し立てて来るのだ。

 癒された、内心で。


 まぁ、オレの癒された内心はともかく。


 例の調度品へと歩み寄る。

 背後からの殺気が強くなったが、涼清姫さんが、抑えてくれている。

 飛び掛かって来そうではあるが、大丈夫そうか。


 大型の調度品の前に辿り着くと、見れば見る程大きい事が分かった。


 ピアノにしては形が角ばっているが、それ以外の調度品となるとあまりこの世界での物品としては浮かばない。

 ………まさか、本当に現代の代物とか言わないよね?


 スン、と鼻を鳴らした。

 そこで、ふと何やら懐かしい匂いを感じて、眼を瞠る。


「(………えっ、これ、ガソリンの匂い?)」


 そう思った時には、早かった。


「榊原、香神、ディラン、おいで!

 間宮は、オレの後方警戒!」


 生徒達を呼び寄せる。

 四角形の布だ。

 どこかで引っかけると破れる可能性がある為、四人掛かりで取り払う事に決めた。


 間宮は、言葉通りに叢洪さんの警戒。

 取り払った瞬間に飛び掛かられて来たら、マジで洒落にならんしね。


 念の為、内心でアグラヴェインにも、待機して貰った。

 すぐにでも出て来れるように、魔力を寄せ集めるのも忘れない。


「………でも、良いの?」

「良いの!早く四つ角に付け!」


 不安そうな榊原の声も、一蹴。

 全員で四つ角に付いたと同時に、カウントを開始した。


「3、2、1、外せ!」


 ばさり、と布を大きく持ち上げる。

 それから、手前に引っ張ったと同時に、布がオレ達の足下で大きな音を立てて落ちた。


「………やっぱりか…!」


 目の前に現れたのは、四角形の無骨な鉄の塊だった。


 黒と茶と緑をブレンドした迷彩色。

 四つ足のようにはめ込まれたゴム製のタイヤ。

 フルオープンの座席。

 蜘蛛の巣状に罅が入っている、フロントガラス。


 自動車だ。


 しかも、ジープ。

 迷彩色が塗布されている通り、軍採用基準。


 「フォード・GPW」。

 現代まで引き継がれた、第二次世界大戦時からの大量生産全盛期の遺物だ。



***



 ジープは、現代でも馴染み深い、四輪駆動車だろう。

 

 元は、第二次世界大戦中に、アメリカ軍の要請によって着手され、実践投入となった小型四輪駆動車が元祖。

 軍事車両として広く運用され、高い耐久性と悪路における優れた走行性能で軍事戦略上でも高い運用性と成果を挙げた。


 乗員は、ドライバーを含め4名。

 米軍では既に、後継車であるハンヴィーに切り替わっているが、予算の関係で露軍では未だに、「フォード・GPW」の後継車である改良型が使われていた。

 とは言っても、表沙汰に出来ない・・・・・・・・部隊ぐらいのものだが。

 決死特攻部隊スーサイド・スクワットの事だ。

 自殺部隊とも、言い換えられるか。


 鉄骨のはしご型フレームに、ボディを載せている、無骨なフォルム。

 モノコックボディと四輪リーフフリジット。

 第二次大戦型のオリジナル・ジープからデザインモチーフなどを引用したのみの現行モデルに至るまでその名称は継承されている。


 オレも、このジープには、良くお世話になったものだ。


 スリーマンセル、フォーマンセルを組み、敵地のど真ん中まで侵入する。

 道なき道や悪路走行は当たり前だった。

 ステルス目的真っ黒なソフトトップにイラク南西部のその場で調達出来る草木を絡めて、約19時間を掛けて惰性運転で移動した事もあっただろうか。


 先程、オレの鼻に付いたガソリンの匂い。

 謂わば、このジープの残り香だったようだ。


 驚きの余り、オレも含めた生徒達も絶句。

 ディランに至っては、初見となる鋼鉄の四輪車に、眼を白黒していた。


「………これは、一体どういうことだ?」


 問い質す。

 振り返り見た叢洪さんと、涼清姫さんの表情は、どこか物憂げだった。


 おそらく、この「フォード・GPW」について、オレが知っているとは思っていなかった。

 だが、隠し事の一部として、余り見られたくないものだったのは確か。


 以前考えていた、現代の物品である可能性。

 見事にヒット。

 おかげで、オレもこの件について、追及すること自体を忌避してしまいそうだ。


「………それが、何かお分かりなのか?」

「当たり前だ。

 これは、オレ達が召喚された現代の代物だぞ」

「………では…、その使用用途もご存じか?」

「ああ、オレも運転していた」


 まぁ、このジープ自体を運転した事は無かったが。

 理由は、簡単。

 新人が運転する訳には行かないからだ。

 運転に関しては、もっぱら司令官以外のベテランという共通認識。

 ペーパー程、セーフティーが未知の領域である。

 そんなものに命を預けるならば地雷を抱えて戦車の下に潜り込む事の方がよっぽどマシと言う見解も、露軍には浸透していた。

 (※フィクションですので、宛てにはしないでください)


 なんて、ちょっとした露軍的ローカルルールはさておいて。


 どうやら、このジープについて、知られたくなかったのは別の理由がありそうだ。


「どういう事か、教えて貰おうか?」


 もう一度、問い質す姿勢を見せる。

 何故、ここにジープがあるのか。

 そして、何故それをオレ達に隠そうとしていたのか。


 更には、先にも話していた『ボミット病』患者について、何故このジープが関わって来るのか、だが。


『………お主等が、召喚される前の事だ。

 この鉄の車と共に1人の人間が、我が『天龍宮』に現れたのは』

「………ッ」


 黙り込んだ叢洪さん、涼清姫さんに代わり。


 説明を始めたのは、叢金さんだった。


 彼も、事情を知っている1人だったか。

 オレの首筋から首を擡げて、朗々と言葉を紡ぐ彼に、視線が集まる。


『乗っていたのは、人間の女だった。

 酷く憔悴しており、また異世界について何も知らぬと断じた我等は、保護という名目でこの居城への滞在を許可した』


 オレ達が、召喚される前、となれば10月以前。

 叢金さんの記憶は曖昧ながらも、補足説明をくれた涼清姫さんが、8月頃であったと知らせてくれた。

 そこから滞在を続けているとなれば、9ヶ月もの間、その女性は異世界にいると言う事になるか。


「………それで?」


 続きを促す。

 叢洪さんが、唇を噛み締めたまま俯いた。


『当初は、問題なく異世界での生活を、然して労せず過ごしていたが、………確か、11月に入ってからだったか。

 『ボミット病』の症状を確認し、その後やはりそのまま血と魔石を吐いた』


 となると、現在は6か月が経過している。

 約半年。

 リミットはとっくの昔に過ぎてしまっている。

 やはり、衰弱死が近いだろうか。


『その後は、私も罷り越した(※死亡した)故に、仔細は定かでは無いが…』


 そう言って、視線を叢洪さんへと向けた叢金さん。

 残りは、彼から聞け、という事になるのか。


 とはいえ、聞ける雰囲気では無いな。

 叢洪さんは、まるで拒絶する様にして、俯いたままだ。


 視線を向けられているのには、気付いているだろうに。

 顔を上げる気配が無い。

 生徒達からも、苛立つ気配があったが、それすらも反応は無し。


 これまた、埒が明かない。


 隠し事が露見したは良いが、理由が分からないままだ。

 溜息半分に、再度ジープへと振り返る。


 つ、と指を滑らせたのは、鋼鉄のモノコックボディ。

 懐かしいものだ。

 悪路走行に適したリーフサスペンションの所為で、尻に伝わるなんとも言えない重低音の振動すらも覚えている。


 ………いらんことまで思い出すが。


 アフガンの潜入作戦で失敗した折、支柱に括られただけのソフトトップに乗せられて、ガタガタと震えながら帰軍した事もあったか。

 みしみしと自重によって聞こえるソフトトップの悲鳴と、運転手であった鬼の副司令官の荒々しい運転に、涙目で声なき悲鳴を飲み込んだ3時間だった筈だ。


 どうして、オレの周りにはそう言うSッ気の多い面々が集まったのか。

 ………これも、オレの星の下なのだろうか。


 後背部に取り付けられたスペアタイヤと、穴だらけのソフトトップ。

 そこまで辿り着いてから気付いた。


 ………見覚えがあり過ぎる事に。


「………えっ?」


 素っ頓狂な声を上げて、思わずソフトトップに飛びついた。

 見た事のある、染みや弾痕が確認出来た。


「………これ、イラクの時のバズーカが掠った物…?

 ………嘘……、これ…、オレが乗ってたジープと同じ…?」

「(………どういう事です?)」


 オレの呟きに、間宮が怪訝そうに肩眉を上げた。


 部屋の中、空気が変わる。


 今まで俯いていた叢洪さんですらも、顔を上げた。


 だが、それにオレは気付く暇も無い。

 急いでソフトトップを括っていた紐を解き、広げる。


 砂埃が舞った。

 こびり付いた、硝煙の香りが鼻に付く。


 そして、オレが見覚えのある染みや、弾痕。

 これは、オレよりも新人だった1人が、移動中に狙撃されて脳漿をぶちまけた時の染みだ。

 こびり付いた臭いと血を、泣く泣く洗い流した覚えがある。


 それに一部が大きく破損したような穴は、オレが例のソフトトップで運搬された時に、うっかり片足で抜いてしまった時のもの。

 この時には、オレの悲鳴と共に、鬼副司令の怒号が飛んだ。


 その後の、鬼副指令からの、揶揄い混じりの労いの声。

 その時の、彼女・・の表情も思い出した。


 オレを見下ろして、にっかりと笑ったのだ。

 良く生き延びたな、と。


「………う、嘘だ…、これ………オレ達、45分隊特殊工作部隊の…ッ!?」


 愕然として、足に力が入らない。

 ソフトトップを抱えながら、へなりとその場で頽れた。


 なんで?

 どうして?


 このジープが、なんでこの世界にあるのか。

 よりにもよって、なんでこのジープが、この世界に来てしまったのか。


 ………しかも、さっき、叢金さんはなんて言ってた?


「------ッ、この車に乗っていた人の名前は!?」

『………まさか、知り合いか!?』

「分からない!

 ………けど、もしかしたら…!」


 人間の女が、一緒に乗っていたと言っていた。

 その人が、まさか?

 さっき言ってた、『ボミット病』の患者?

 叢洪さんが、懸想をしているかもしれない、人間の女性?


 先程、叢洪さんからの懇願の時に、脳裏に過った背中までもを思い出す。

 部下の為に土下座をしていた副司令官。

 彼女の事だ。


 視線を再度、叢洪さんへ。

 しかし、真っ青な顔でオレを見たまま、呆然としている。


「………いや…ッ、良い!」


 やはり、埒が明かない。

 なら、良い。

 この車体がここにあると言うなら、誰が乗っていたのか確認する術はいくらでもある。


 震える脚を叱咤して、スペアタイヤに縋るように立ち上がる。

 そこから、即座に運転席へと回り込み、座席へと飛び乗った。


 左ハンドルの運転席側では無く、助手席側。

 キャビネットを開けば、走行記録の台帳が入っていた。


 全てが、そのままか。

 誰がいれたかも分からない、数十年前のコンドームすらも入っている雑多なキャビネットの中。

 露軍所属の最後の年には、オレも助手席に乗っていたから知っている。


 あれから、既に7年か。

 流石にオレが所属していた当時の記録では無いが、西暦は去年のもの。


「き、貴様…勝手に…ッ!」

「テメェが、吐かねぇから悪いんだろうが…!」


 飛び乗ったり、キャビネットを漁ったり。

 突然のオレの暴挙に、叢洪さんが気付いて咎めようとするが、もう遅い。


 最後の履歴を、読み上げた。


「運転者/アオイ・ラングレー・センドウ、記録者/バッカス・ドーヴェニク」


 名前を聞いて、彼等は絶句。

 こうして、記録に残っているとは思ってもみなかったか。


 それとも、残っていたとしても、ロシア語で書かれたそれを、オレが読めないと思っていたか。

 残念だったな。


「………もう一度、聞く。

 この女性は、今、どこにいる!?」


 怒気が弾けた。

 オレからも、また叢洪さんからも。



***



 これは、露軍のルールでは無い。


 だが、決死部隊ともなる、オレが所属していた45分隊特殊工作部隊では、ローカルルールとなっていた。


 車も、同じメンバーと考えていた。

 だから、このジープもオレ達にとっては、戦友。


 だが、ジープでは突入出来ない場面も多い。

 その場合は、戦地の片隅に置いていく事になる。


 そこで、誰が始めたのかは知らないまでも。

 暗黙の了解として、全員が行っていた儀式があった。


 ドッグタグを、助手席側のキャビネットの裏側に、ガムで貼り付けるのだ。


 戻って来れる様に。

 自力で剥がせるように。

 例え戻って来られなくても、ドッグタグだけは回収出来る様に。


 オレも、何度も行った。

 その度に、最期かもしれないと、苦い思いを胸に募らせていたものだ。


 だが、そんな思いに反して。

 オレが、ドッグタグだけを回収されるようなことは無かった。


 その代わり、周りのメンバーは、ドッグタグを残すだけになった。


 この最後の運転手アオイ・ラングレー・センドウと言う鬼副司令官とオレ以外には、もう当時の45分隊特殊工作部隊の人間は残っていない。

 半分が死んだ。

 半分は、怪我や精神的な病気を理由に退役した。


 そして、乗車記録をキャビネットに戻してから、徐に手を伸ばした先。

 既にこびり付いて、剥がれないガムが一つあった。

 それにぶら下がった、ドッグタグ。

 冷たい金属でありながら、故人を識別する為の大事なプレート。


 ちゃり、とチェーンが鳴った。

 それを、目の前に翳して、名前を見る。


 『アオイ・ラングレー・センドウ』


 と、名前の他に、所属と、性別、生年月日、血液型が書かれている。

 間違いない。


 彼女だ。


「………オレの、上司だ。

 元ではあるが、オレがお世話になった、軍役時代の先輩だ」


 そう言って、オレも胸元からドッグタグを取り出す。

 同じ、露軍規格のもの。


 国によっては様々であるが、オレ達の時には1枚式だった。

 分割できるようになっているものだ。

 片方を死亡認証、片方が死体へと掛けられ個人認証に使われる。


 オレ達が配属されていた部隊では、また紛争地帯では、遺体を回収できない。

 だから、遺体に掛けるのではなく、残す意味が多かった。


 オレが同じものを持っている事に、叢洪さんは勿論、涼清姫さんですらも絶句。

 そして、オレの言葉に息を呑んでいる。


 生徒達も、同じではあるが。

 まぁ、オレが軍人であった事は、嘘でもなんでもない。


「なぁ、彼女が、そうなのか?

 『ボミット病』の患者として、彼女が苦しんでるのか?」


 問いかける。

 その言葉に、黙り込んだのは誰もが同じ。


 だが、


「伯廉、いい加減にしてくれ。

 全て白状しろ」


 扉から、今しがた入って来た涼惇さん。

 気付かなかった。


 おそらく、先ほどオレ達が怒気を発した時に、危険を察知してくれたのだろう。


 扉の前で待機していたが、ややあって口を開いた。


「今のを聞いて、分かっただろう?

 彼女に対して、彼は決して害を成す事は無い」

「………だ、が…ッ、アオイは…ッ!」

「人間だ」

「………ッ!」

「彼女は、人間だ。

 同じ人間である、ギンジ殿に任せた方が良い」


 涼惇さんの続け様の言葉に、叢洪さんが歯噛みをする。

 オレも、縋るような思いで、彼を見つめた。


 彼女が、『ボミット病』の患者であるなら。

 本当にその通りなら、オレ達が交渉云々を言うよりも先に、治療に即座に取り掛かる事が出来る。


 今回は、ケースが違う。

 それに、既に半年、患っているともなれば、彼女だって心労が嵩んでいるだろう。


 何かしら緩和策があったとしても、病魔と言うのは精神を蝕む。

 そう簡単に、心を壊すような人でも無かった筈だが。

 それでも、異世界と言う環境と、戻れるかどうかも分からない現状。

 更には、病魔が忍び寄る恐怖。

 耐え切れる保証は、どこにも無い。


 かつて、オレ達だってそうだった。

 緩和策が見つかったとしても、オレも永曽根も不安だった。


 もう、この際だ。

 治療は、必須。

 薬の原材料の取引の件は、反故になっても良い。


 だから、


「今すぐに、彼女を診させて欲しい」


 頼む。

 願いを込めて、彼に打診した。


「………治る保証が、どこにある!?」


 だが、彼は未だに、意固地になったまま。

 先に見直した大人になった云々も、これでは意味も無い。


「治してみせる。

 その為に、この半年、研究を重ねて来たんだ」


 助手席から降り、改めて叢洪さんへと対峙した。


 部屋の中、固唾を呑んで見守る面々を見て、それでも叢洪さんは唇を噛んだままだ。

 欲しい言葉が得られない。


 オレですら、苛立ちに腹の奥底が熱くなった。


 しかし、


『………お主は、私を失って、なんとも思わなんだか?』


 ふと、語り始めたのは、叢金さんだった。


 その言葉に、叢洪さんがハッとした様子で、顔を上げる。

 伺い見た叢金さんの表情は、穏やかだ。


 それでも、眼は爛々と、怒りを宿していた。


『今でこそ、この体になったが、それでも一度は死んだ身である。

 二度と、お主と会いまみえる事も出来なかったやもしれぬ』

「………父上…」

『同じ苦しみを、味わいたいか?

 親族を失う苦しみを知って、それでも尚好いた女も失おうと言うか?』

「ッ…そんなつもりでは…ッ!」

『ならば、どういうつもりだったのか、申して見せよ!

 意固地になっていてばかりでは、何も変わらぬと言うのが何故分からぬのか!!』


 怒声が響く。

 わんわんと部屋中に反響したそれに、叢洪さんが震えた。

 オレですらも、鳥肌が立った。


「………ですが…ッ」


 食い縛っていた歯の隙間から、引き攣った息を吐き出す。

 まだ、何か言い募ろうとしたのか。


 それでも、言葉にならずに、彼はそのまま俯いた。


 大人になれたのも、薬の融通だけだったか。

 交渉の席には立てたが、それ以上の進展が望めないなんて。


 呆れて、物も言えないとは、この事。

 正直、オレはうんざりとしてしまった。


 そんな内心が、筒抜けになってしまったか。

 叢金さんが、オレを伺う様に見上げて来た。


『済まぬ、ギンジ。

 これが私にとっても精一杯の様だ。

 甘やかし過ぎた結果がこれとは、恥ずかしい限りである…』


 意気消沈と言った様子の叢金さんが、オレの首筋に懐いた。

 普段なら癒しだと撫でるところ。


 だが、今回ばかりは、そんな癒しも和みにはならない。


 ………もう、どうしようも無いな。

 なら、勝手にするよ。

 オレ達はオレ達で、勝手に動かせて貰う。


「涼惇さん、案内して」

「………やってくれるか?」


 涼惇さんからの問いかけに、頷くだけの返答。


 彼の意思など、知るものか。

 許可など得なくても。

 約束のどれもが反故にされても良いから、オレがやりたい事をやってやる。

 叢洪さんの前を通り過ぎ、扉へと向かう。


「お前達、荷物持って来て。

 それから、間宮は往診セットの準備」

『はいっ』

「(既に…)」


 生徒達に指示を出して、荷物は回収。

 それから、いつも通りの間宮の手腕で、既に背負われている往診セットを確認して、準備は終えた。


「………もう、アンタの許可なんてどうでも良いよ」


 そう言って、吐き捨てて。

 叢洪さんの返事を待つことなく、迎賓室を後にする。


「………ッ」


 もう、彼の事は一瞥する事も無い。

 背中に彼からの殺気混じりの視線を感じながらも、扉を閉めた。



***



 イライラする。


 なんで、あんなに意固地になっているのか。

 そりゃ、相手が番になるかもしれない愛した女性だからと言われれば、多少納得は出来るまでも。


 なんで、頼まないの?

 なんで、愛した人の為に、懇願出来ないの。


 もし、オレがラピス達が不治の病とか言われて、他人が治療薬を持っているなら。

 オレは、恥も外聞も投げ捨てて、頼み込む。

 土下座でもなんでもやってやる。

 靴を舐めたって良い。


 それぐらいのことは、出来る。


 なのに、叢洪さんは、………いや、もう叢洪で良い。

 アイツに敬称を付けるのも、もうこれっきりだ。


 叢金さんには悪いが、アイツの事はもうオレも知らない。

 あんな頑固で見栄っ張りの、意固地になった馬鹿なんて知らない。


 涼惇さんに案内を頼んだ通り。

 勝手ではあるが、例の副司令官がいるかもしれない、居室へと向かっていた。


 同行している面々は、相変わらずだ。

 朱蒙と明淘。

 伯垂がいないのは、発情期云々の所為で親族が近くにいなければ、出歩けないから。


 だが、以前の『オモテナシ』の一件が尾を引いてか、はたまたオレが無意識に発している雰囲気にか。

 恐々とした様子の彼女達は、口を開く様子は見受けられない。


 まぁ、それはオレ達も一緒である。


 ついでに、涼惇さんも、どうやら今回ばかりは目に余ったらしい。

 苛立ち混じりの雰囲気に、物珍しいとも感じてしまう。

 

 そんな中で、案内された居室。


 侍従らしき2人の『天龍族』が、警備として扉の前に立っていた。

 どうやら、一応は厳重警戒で、大切に扱われているようだ。


 例の鬼副司令官の事を思い出して、素直に苦笑。

 あの人は、こんな厳重警戒をされるようなお姫様という柄では無かった筈なのだが。

 まぁ、それは良いか。


 突然現れたオレ達の様子に、侍従2人が焦っていた。


『…こ、れは、涼将軍、いかがなさいましたか?』


 侍従の1人が疑問を口にする。

 片方は、黙ったままだ。


 心無しか、どちらも顔色が悪い。


『御客人は、起きて居らっしゃるか?』

『ええ、確かに起きてはいらっしゃいますが…』


 眼を見合わせる、侍従達。

 一向に喋る気配の無い片方は、無言で首を横に振っただけである。


『申し訳ありませんが、叢洪様の命が無ければ、ここを退ける訳には参りません』

『私の顔を立ててくれ。

 それに、こちらにいらっしゃる方は、『予言の騎士』様であり、客人の病を診療してくださるお医者様でもある』

『よ、よもや…『ボミット病』が治せると!?』

『診療をされてみなければ分からぬが、薬を開発されたのも彼等だ』

『あ、いや…薬を開発したんじゃなくて、研究したの。

 大本は既に作られていたから、効能だけを確認するだけだったし…』

『それでも、その功績は貴方のもの。

 ………今ので分かったであろう、通せ』


 今度は、どちらも困惑した表情を見せた警備の2人。

 やはり、片方は喋る事は無いが、頷いて見せた。


 ………ただ、ちょっと気になるな、この侍従の片方。


 どこかで、嗅いだことのある様な匂いがある。

 まさかね。

 多分、例の候補者達との謁見の時に、あのホールにいたんだろう。


 とはいえ、


『………我々の権限では、過分となりますれば。

 どうか、叢洪様からの指示をいただきとうございます』


 やはり、駄目だったか。

 この警備の2人には、そこまでの権限は無いとの事だ。

 

 ちょっと甘く見てた。

 お役所仕事だな、完全に。


 振り返った涼惇さんの表情が、苦々し気である。

 ただ、彼の所為ではない。

 ちょっと甘く見ていたオレ達にも非があるし。


『では、伯廉では無く我が命であれば、通せるか?』


 しかし、またしても口を開いたのは叢金さんだった。

 驚いた表情の警備の2人。


 例に違わぬイケメン2人の驚いた表情が、可愛いと感じてしまった今日この頃。

 余談である。

 体の所為か、感性が引きずられているのか?


 閑話休題。


『………と、言いますと?』

『………。』


 怪訝そうな2人。

 叢金さんは頭を擡げて、堂々と胸を張った。

 その姿は、癒しの一言。


『今はこのような姿であるが、私は叢仲徳である』

 (※仲徳は叢金さんのあざな

『『龍王』御前…!?』

『身罷られたのでは…ッ!』


 ………ん?

 今、喋らなかった方まで、喋ったな。

 なんだ、喋れない訳では無かったのか。


『一度は罷り越した身ではあるが、ここにいるギンジと、聖龍ションロン御前の温情により、飛竜の妖精の体を賜っておるのよ』


 兎にも角にも、叢金さんの説明で、警備2人は一応の納得はしたらしい。

 今は飛竜の体であっても、叢金さんは前『龍王』陛下。


 案の定、警備の『天龍族』2人が、涙ぐみながらも了承した。


『どうぞ、お通り下さいませ』

『失礼致しました』 


 これぞ、前『龍王』様々か。


 さっきの問答が嘘のように、呆気なく入室の許可を得られた。

 これまた、涼惇さんが微妙な表情だ。

 適材適所というやつなので、仕方ないと思うんだけどね。


「拝謁願います」


 ノックをして、涼惇さんがまず扉の外から声を掛けた。

 ややあって、


「………はいよ」


 懐かしい声が、した。

 やはり、彼女だ。


 扉を開けた涼惇さんが、一礼をして入室する。

 後に続こうとしたが、目の前にいた涼惇さんの手が制止の形をとったので、大人しく止まる。


 目配せを受け、しばし待てとされた。

 気持ちが逸っているのか、これにすらも少々苛立ったが、


「ご機嫌麗しゅう。

 御加減はいかがでしょうか?」

「御加減も何も無いよ!

 いつになったら、部屋から出られるんだい?」

「申し訳ありませんが、今しばらくのご辛抱の程」

「聞き飽きた台詞だねぇ!」


 扉越しではあるが、彼女の声。

 懐かしい声だ。


 人知れず、涙ぐんでしまいそうになる。


 相変わらずの姉御肌。

 雰囲気から格好から言葉から、頼れる部隊の姉御だった彼女。

 スラングですらも平気で発する、明朗快活な女性だった。


「………それにしても、今回はまた大人数で来たらしいね?」

「お気付きのようで…。

 お目通り願っても、よろしいでしょうか?」

「また、意味も分からない祈祷師とかじゃないだろうね?

 医者を呼んでくれるならまだしも、あんな茶番に付き合うのはもう二度と御免だよ?」

「生憎と、医者でございますれば」

「………この病気がちゃんと治せる医者なら良いけどね」


 一応の了承と捉えたか。

 涼惇さんが、再度扉の先から目線で合図をくれた。


 扉を開かれた為、そのまま入室。


 入ってすぐに思った感想は、豪奢な居室だった。

 目の前には天蓋付きのベッドがあり、調度品も豪勢なものが並んでいる。


 先にも思ったが、まるでお姫様待遇。

 彼女の柄では無いと思ったが、案外大事にされている現状を見ると、彼女も果報者か。


 さて、そんなことよりも。


 眼が合った。

 深いターコイズの瞳と。


 くすんだ様な色合いの金髪は、ウェーブが掛かっている。

 いつもはアップにしていたが今は下ろされて、最後に見た時とは雰囲気が違った。

 それでも、酒に付き合わされた時には、見た事があったな。

 若さ故にか、どぎまぎした覚えがある。


 そういや今更に思ったけど、オレ昔から年上の女性が好みだったんだ。

 初恋は別として、惹かれた女性の大半が年上と言う事に気付いた。

 ラピスとローガンなんて、歳の差婚半端ねぇし。


 脱線したな。


 ロシア人と日系3世との間に産まれた、クォーターである彼女。

 白肌にそばかす、老いても尚衰えぬ小奇麗な顔。


 アオイ・ラングレー・センドウ。

 いつか見た上司としての姿そのままの面影を残した彼女に、一瞬だけ挨拶の為に考えていた言葉が飛んだ。


 前に見た時よりも、老けてはいるだろう。

 なにせ、7年も経っている。


 それでも、相変わらずの美魔女具合に、思わず呆気。

 立ち昇っているかのような、色気に眩暈すらした。

 この人は、幾つになっても年齢不詳だな。

 40代というのが信じられない。


 嫁さん達がいなかったら、惚れていたかもしれない。


 なんてオレの内心はともかくとして。


「………アンタが、医者かい?」

「えっ…あ、は、はい」


 突然問いかけられて、生返事を返してしまう。

 彼女は、オレの顔を覚えていないのか否か、怪訝そうな表情をしていた。


 これには、流石の涼惇さんも怪訝そう。

 だが、これの理由はすぐに思い至る。


 オレの髪の色だ。

 あの時は、ナチュラルボーンの金髪だった。

 今は、真逆とも言えるウィッグの黒。

 彼女の記憶と一致しないのは、当然のこと。


「………お久しぶりです、センドウさん」

「あん?

 生憎と、アンタみたいな小奇麗な顔をしたお嬢ちゃんに見覚えは無いんだけど?」

「小奇麗な顔をした坊やでしたら、見覚えがありますか?」

「………はぁ!?」


 茶目っ気をブレンドした掛け合いに、センドウさんの目が見開かれた。

 懐かしい掛け合いだ。



ーーーー



『小奇麗な顔したお嬢ちゃん?

 戦場では、そんな顔は役に立たないよ?』

『生憎と男です』

『あれまぁ、人間の神秘だねぇ』

『神秘でもなんでも、戦場に立ったら美醜なんて役に立たないのは当然でしょう?』

『その通りさね。

 ………意外と強かだねぇ、坊や、気に入ったよ』

『………小奇麗な顔をした僕ちゃんをですか』

『ああ、小奇麗な顔をした坊やをだよ』



ーーーー



 露軍に所属して戦線へと初投入された際の、彼女との会話。


 覚えている事だろう。

 オレは結局、何年経っても、それこそ少年の域を脱した成人男性と変わらない身長になっても、小奇麗な顔をした坊やと揶揄われ続けた。


 オレだって、忘れた事は無い。


「………アンタ、ギンジなのかい!?

 あのクソ生意気で、悪運だけは一丁前の、あのギンジ!?」

「クソ生意気と悪運だけは一丁前というのは余計です。

 改めまして、お久しぶりです、センドウさん」


 やっと、彼女の中で記憶が合致したらしい。

 素っ頓狂な声と共に、オレのコードネームが呼び上げられた。


 あの時から、オレはギンジと名乗っていたからね。

 琥珀と言う呼び名は、師匠の死後は使っていなかった。


「驚いたねぇ、本当に………久しぶりだね。

 もう、7・8年経ってるけど、今幾つになったんだい?」

「………幾つになったと思います?」

「記録が正しいなら、アンタは今30歳って事になるけどねぇ」

「御察しの通り、記録は全部出鱈目ですよ。

 今は、24歳になりました」

「17歳であの戦歴かい?

 本当に、アンタには度肝を抜かれてばっかりだよ」

「お褒めいただき、恐悦至極」

「畏まった猿みたいな真似は止めな?

 相変わらず愛想笑いの胡散臭い餓鬼だねぇ…」

「酷くないです?」


 なんて、オレの年齢詐称まで暴露しながらも。

 くつくつと喉奥で笑う。


 ああ、懐かしい。

 変わらない。

 この人は、全く変わっていない。


 歯に衣着せぬ物言いと言い、オレの愛想笑いを胡散臭いとバッサリ切り捨てるところといい。


 コロコロと変わる、表情がそも変わらない。

 普段は不愛想な癖して、表情豊か。

 酒が入ると笑い上戸になるのも、もしかしたら変わらないのかもしれない。


 そんな彼女を酒でぶっ潰して、いつも送迎していたのはオレだけど。


 最中、彼女は表情を、改めた。

 明るかった表情が、一転していつもの不愛想。


 心なしか、曇っている様にも思えた。


「………ここにいるって事は、アンタも召喚されたクチだね?」

「そう言う事になりますか。

 まぁ、意味が分からずと言う訳では無いので、まだマシなのかもしれませんが」

「………そりゃ、あたしの状態を見ての嫌味かい?」

「滅相も無い」


 苦笑を零して、改めて部屋の中へと進む。

 生徒達も引き連れていたからか、これまたセンドウさんが怪訝そうに眉を跳ね上げるが、


「紹介します。

 オレの生徒達で、間宮、榊原、香神、ディランです」


 そう言って、頭を下げさせる。

 不愛想な表情がこれまた一転し、眼が零れ落ちそうな程に見開かれた。


「………生徒達?」

「今は、教師兼医者ですから」

「はぁ…?

 これまた、驚いた。

 アンタがまさか、教師に医者ぁ!?」


 そう言ってから、噴き出した彼女。

 ケラケラと相変わらずの大きな笑い声を聞いて、安心はした。

 意外に元気そうだ。


 ただ、生徒達は少々、不気味そうに見ている。

 まぁ、特徴的だからね。

 ケラケラと言うよりもゲラゲラ。

 ………山姥が笑ったら、こんな感じだと思うんだ。


「………アンタ、失礼な事考えてないかい?」

「マサカ、ソンナ訳アル筈無イジャナイデスカ~」

「だったら、その棒読みをどうにかしな」


 閑話休題。

 エスパー気味なところも相変わらずのようだが。


「早速ですが、診察をさせて貰っても良いですか?

 病床の身と言うのは聞いてますので、言い逃れは出来ないと思ってくださいね」

「ははぁ…アンタも、随分と言う様になったねぇ。

 まぁ、アンタなら、見せても(・・・・)良いけど」


 ………なんか、意味深な言葉を貰ってしまったな。

 オレが今女体化なんてしていなければ、もしかしたら下半身が反応していたかもしれない。


 色気が凄いのも相変わらずか。

 戦場に立つと、文字通りの鬼なのにね。


「………また失礼な事考えてるね?

 あたしに対して、罵詈雑言叩こうなんてまだまだ20年は早いんだよ」

「ひひゃひゃひゃひゃ。(いたたた)

 ほっへは、ひっはらふぁいへ(ほっぺた、引っ張らないで)…」

「意外と伸びるねぇ。

 相変わらず、小憎たらしい程綺麗な肌しやがって…ッ」

「ほへ、ひゃふははひ(それ、八つ当たり)…」

「………なんか言ったかい?」

「ひへ、はんへほはいへふ(いえ、なんでもないです)」


 やはり、彼女も心細かったか。

 随分とオレの事を弄り倒してくれるものだ。


 知己と言う事も分かってか、涼惇さんも安堵をしていた。

 オレ達のやり取りに、くすくすと笑っていたりもする。


 後から聞けば、このようなやり取りをしているところを、彼は見た事が無いとの事だった。

 彼女も、戦姫である事を除けば、一般人。

 そりゃ、慣れない異世界での環境では、心も閉ざして然るべき。


 意外と元気そうだとは思っていたが、誤魔化しだったようだ。

 滞在中、許可があれば顔を出させて貰おうか。


 ただ、そろそろ診察を始めさせて欲しい。

 引っ張られていた頬にあった手を叩いて止めて、診察用のセットを間宮に準備して貰う。

 その間にオレは、消毒液で手を洗浄した。


 そこで、ふと


「………アンタ、その腕はどうしたんだい?」


 流石は、戦場の鬼副司令官。

 呆気なくオレの腕の不備に気付いた。


 間宮達、生徒の顔色がさっと悪くなった。

 それすらも察していたようだが、オレは彼女にもお決まりの台詞を吐くだけだ。


「あの後、別の国で軍に所属した際の戦役で被爆したんです。

 神経系統のダメージで、職務放棄ですよ」

「………戦場を、離れたのはいつだい?」

「5年前ですね。

 死亡認定受けましたが、しぶとく生き残っちゃいました」

「………。」


 センドウさんの表情が曇った。

 露軍の特殊工作部隊を退役した後、連絡を取り合う事は無かった。


 オレも、組織の部隊に戻った事もあったし、仕事の基本が裏社会になったのもある。

 連絡は来ていても、返信はしなかった。


 だから、彼女が知らない事。

 まぁ、オレが生死の境を彷徨った時に、問い合わせが来ていた事実もあれど。


 組織も返答はしていない。

 オレも、手紙を見せられはしたが、一度死んだ身だ。

 返信が出来る訳も無く、そのままだった。


 こうして、会う事なんてもう二度と無いと思っていたのにね。

 お互いに。


「………18歳だったんだろう?」

「ええ、そうです。

 まぁ、孤児だったので、人権も何もありませんから」

「………アンタは、いつもそうやって、何もかもを諦める」

「諦める分、挑むのも多いですよ」

「それが、教師としての仕事かい?

 それとも、医者としての仕事かい?」

「どちらもですね」


 苦笑を零して、聴診器を首に掛けた。

 ペンライトを咥え、手には金属棒。


 用途は分かっているのか、すぐにセンドウさんは大口を開けてくれた。

 背後で涼惇さんが狼狽した気配がする。

 女性の口の中を覗くという行為がセクハラとか言うこの異世界の常識の所為。

 オレ達には当てはまらないまでも。


「(喉は腫れてないけど、傷痕が残ってるか。

 真新しいから、定期的に魔石を吐いているのは間違いない…)」


 症状としては、やはり『ボミット病』。

 口内観察セクハラは終了し、そのまま聴診器を手に取った。


 が、


「はいよ」

『∑…ッ!?』

「………恥じらいを持ちましょうよ」


 意図を察してくれたのは助かるまでも。


 彼女は、着ていたネグリジェの様な衣服の前を開けさせて、呆気なく上半身を晒してしまった。

 ぽろり、だ。

 いっそ見事な程に。


 これには、生徒達が呆気。

 というか、驚愕の余りに固まった。

 涼惇さんまで、慌てて背中を向けている。


 オレはと言えば、呆気に取られたままであるが、彼女のこういったざっぱな性格は骨身に染みている。


 部隊でのシャワーの時も、平気で入って来たからな。

 オレが入っているのにも関わらずだ。


 下半身を確認されたりもした。

 これこそが、本当のセクハラだと思うんだ。


 まぁ、それはさておき。


 彼女の行動にいちいち驚いていても意味は無いので、そのまま診察を続行。


「相変わらず、面白みの無い餓鬼だねぇ」

「今は医者なんでね」


 と、医者らしく劣情は催さずに、聴診器を胸に当てる。

 ………ちょっと早いか。


「………恥ずかしいなら、最初からやらなければ良いのに」

「黙って診察しな、クソ餓鬼の藪医者が!」


 事実を指摘したまで。

 途端、顔を赤らめたセンドウさん。

 ご丁寧に、足蹴にもされた。


 オレを揶揄いたいからって、羞恥を犠牲にしなくても良いのに。

 まぁ、相変わらずと言えば、相変わらずか。


 改めて、診察を再開。

 今はオレの胸にもぶら下がっている二つの膨らみは無視して、心臓の音や肺の音、胃腸の動きを聞いてみる。


 心臓は(※羞恥以外)問題ないが、肺が弱ってるか。

 多分、煙草の所為だな。

 元々、ヘビースモーカーだったし。


 後、胃腸の動きが弱いのも、多分病気による食欲減退だ。

 まぁ、魔石を吐き出す度に、内容物も出て来てしまうから当然のことだろうが。


「………煙草は、今も吸ってます?」

「うんにゃ、この世界には無いからね」

「シガレットが流通し始めてますけど、そのまま手を出さないように…」

「………分かったよ」


 駄目だこの人、辞める気ねぇ。

 今の間が空いた上の生返事を聞けば一発だ。


 ………まぁ、オレも辞めてないから、人の事言えないけども。


「肺の音が、ちょっとざらざらしてます。

 肺が弱っている証拠なので、煙草は病気が治ってからですからね?」

「………アンタ、本当に医者になったのかい?」

「この異世界では、現代の民間療法であっても医者になれますよ」

「様にはなっているけどね」

「ありがとうございます」


 半信半疑であった様だが、ようやっと認めて貰えたようだ。

 ここ半年、頑張って来た成果でもあるけどね。


「ちなみに、食事ってどの程度のものを食べてます?」

「発作か来ると吐いちまうから、果物ぐらいさね。

 治ったら、肉でも魚でも好きなだけ食えるのかい?」

「勿論ですよ。

 まぁ、無茶食いすると、太りますけどね」

「その分訓練して、しぼってやるよ」


 豪快な女性である。

 相変わらずの見事なプロポーションの秘訣だろう。

 まぁ、この人らしいと言えばこの人らしい。


 とりあえず、生活習慣病の類は肺ぐらいなもの。

 呼吸音がちょっと可笑しいまでも、おそらく傷付いている箇所があるのだろう事は分かっている。


 服を着なおして貰って、そのまま『探索サーチ』に移る。


「ちょっと触りますけど、大人しくしていてくださいね?」


 鎖骨の辺りに手を添えて、瞑目。

 体内を駆け巡る『闇』の視界にリンク出来たところで、内臓の魔石を探していく。


 とはいえ、そんなに探す必要は無かった。

 以前見た、ラピスの内臓と同じような有様である。


 内臓の至るところに、突き出した魔石達。

 剣山でも見ているような気分になりながら、1つ1つを『闇』で包んで除去していく。

 血が滲まない様に、慎重に。

 まぁ、多少の出血があっても、これまた『闇』で除去するけど。


 ちなみに今回、傷の治癒を任せるのは叢金さんだ。

 彼もまた、『聖』属性だからね。

 ちなみに、攻撃型アクティブ守護型ディフェンス両方が使えるらしい。


「何をしてるんだい?」

「………あー、ちょっと今は、質問は無しにしてください」


 ただ、やはりセンドウさんも、処置が気になるのかそわそわしている。

 大人しくしていて欲しいものだ。


 あまり動かれると、新たに傷を作る結果になる。

 内臓は傍目から見ても分からないが、常に伸縮したり動いたりしているから、除去にも結構な神経を使うから。


「………なぁ、腹が痛いのは、アンタが何かをしてんのかい?」

「だから、質問は無しに。

 もっと痛い思いをすることになりますよ?」


 痛いのは、魔石を除去した時に、うっかり傷がついたから。

 内臓の痛みって分かりやすい。


 なんてことを、数分間。


 あらかたの魔石は、除去した。

 念には念をで、ちゃっかりしっかり女性器の中まで調べて、


「………ぶふっ!?」

「あん?」


 驚いた。

 思わず、噴いてしまった。


 ………この人、妊娠しているよ。


 おいおいおいおい、誰の子だ?

 ………いや、これもしかしたら、叢洪さんの子どもかも?


 なんだよ、ラブラブじゃねぇか。

 見せつけやがって、この野郎。

 ………帰ったら、嫁さん2人も抜き打ちチェックしてやろうかしら?


 サプライズとして、まだまだ秘密にしておいてやろう。

 オレを揶揄った腹いせも含んでいるが。


 さて、そんな事はさておいて。


「………よし、問題無し。

 じゃあ、叢金さん、よろしく」

『うむ、任された。

 『癒しの加護(ヒーリング)』』


 治癒魔法で内臓の傷も消して貰う。

 最後に、ざっと内臓の中を『探索』し、残っている魔石や血、組織液が無いかを確認。

 よし、問題無し。

 診察は、終了だ。


「………あれまぁ、驚いたね。

 アンタ、一体何したんだい?」


 最初の処置が終わってから、彼女は眼を瞬かせた。

 曰く、いつも以上に体が軽いとの事。


「魔石を取り除いたんですよ。

 それから、内臓に出来ていた傷を、治癒魔法で塞ぎました」


 他に違和感がある場所は無いですか?と確認すると、きょとりと眼を丸められる。

 ………この人、マジで年齢不詳だな。

 40代とか信じられない。


 だが、質問の意図は分かっているのか、首を振られた。

 ほっと一安心。


 ではそろそろ、本題に入ろうか。


「………まず、センドウさんは、この病気に関しては分かってます?」

「うんにゃ?

 『ボミット病』とか、魔力沈殿型うんたらかんたらとかは聞いたけど、なんで掛かったのかはさっぱりさね」


 う~んと、まずはそこからか。


 説明していなかったのかな?と小首を傾げて、涼惇さんへと視線を向ける。


 気付いた彼は、首を横に振った。


 まぁ、死病だしな。

 教えると、気持ちまで塞ぎ兼ねないから、敢えて教えなかったのかもしれない。


 意外と元気そうなのは、その所為かも。


「まず、今貴方が掛かっているのは、先にも言っていた通り『ボミット病』です。

 名前の通り、魔石や血を吐き出すと言う症状を持っています」


 かくかくしかじか、説明を施す。

 死病と言う一点は抜いたまでも、必要な情報は全て話した。


 この異世界特有の病気であり、『闇』属性と共に魔力吸着を促す因子を持って生まれた人間が発症する事。

 また、魔力総量によっても、発症期間が多少前後する事。


 ちなみにではあるが、彼女も思いの他魔力総量が高かった。

 多分、魔力との親和性が高いのだろう。

 その分、『ボミット病』の発症が早まった可能性は否定出来ないが。


「.......治るのかい?」

「ええ、治します。

 この薬を飲んでくれれば、因子も体外に排出されますし、再発もありません」


 そう言って、薬包を取り出して、彼女の手に握らせた。

 証拠は、オレ達。

 論より証拠で、オレが吐き出した魔石のストック(※まだ数個だけなら残ってるのだ)を見せれば、彼女は納得したらしい。


 だが、


「………その前に、聞きたいことがあるんだよ」


 浮かない表情で、それを見下ろす彼女。

 口を開いたと同時に、その表情が何故か剣呑なものへと変わった。


 驚いた。

 今の今まで、そんな様子は微塵も感じられなかったから。


 今度は、オレ達が目を丸める番だ。


 ふとそこへ、


「………失礼する」

「失礼致します」


 入室の挨拶もそこそこに、やって来たのは叢洪と涼清姫さん。


 こちらにも、オレは驚いた。


 だが、叢洪は先程までの殺気混じりの表情は消え失せていた。


 むしろ、どこか消沈した様子だ。


 理由はすぐに分かる。

 叢洪の頬にある季節外れの紅葉ひらてのあとの所為だ。


 殴られて落ち着いたとか、徳川と似たり寄ったりかよ。


 脱線した。


 しかし、センドウさんは彼等の事は気にしていなかった。


 それどころか、剣呑な視線をそのままに、


「アンタが、………『秋峰シュウホウ』の弟子ってのは、本当かい?」


 驚きの言葉を、吐きかけた。

 誰でも無い、オレに向けて。



***

と言う訳で、今回もフラグ回収の回でした。

女体化してもアサシン・ティーチャーの行動は変わりがありませんよ。


勿論、そっち系の描写もありません。

ホモでは無いので。


そして、前書きにも書きましたが、露軍関連の話は全て妄想です。

フィクションですので、宛てになさらないようにお願いします。


昔妄想していた軍隊ものの作品があったのですが、そちらで使っていた設定を一部引用しました。

帰ってくる為に、もしくは帰れない時の為にドッグタグをガムで貼り付けるって、なんか憧れません?

………作者だけ?



誤字脱字乱文等失礼致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング よろしければポチっと、お願いいたします。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ