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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、『天龍族』訪問編
158/179

150時間目 「社会研修~彼の秘密~」

2017年4月2日初投稿。


続編を投稿させていただきます。

ちょっとペースが遅いと感じますが、これもフラグ回収の為ですのでご了承くださいませ。


ついでに、今までが謎だった件も、続々解消。

残りのフラグ回収については、今後もどんどこ行っていきます。


150話目です。

10が15回で、150話目です。


皆様のご愛顧、ありがとうございます。

わざわざメッセージを下さった方、ありがとうございます。


今後とも、拙い作品ではありますが、『異世界クラス』をよろしくお願いします。

***



 気が付くと、また白い世界の中にいた。

 勿論、目の前には『夢渡り』の少年もいる。


 輪郭は、はっきりとしていた。

 しかし、相変わらずの靄がかった真っ白な有様で、表情までは伺うことが出来ない。


『こんにちわ、お兄さん。

 今回も、………凄く大変そうだね』

「………本当だよ」


 彼からの言葉には、心底辟易としてしまう。


 その通りだから、否定も出来ない。

 過密スケジュール問題に、頭が痛い。

 大変過ぎて、胃に穴が空きそうだ。


 そう考えていると、目の前の少年はまた何が可笑しかったのか、くすくすと笑い出したけども。


 この邂逅も、かれこれ3度目か。

 毎回、オレが気絶した時に、というのはどういう了見か。


 それでも、彼と話している間は、心が穏やかだ。

 一種の癒し空間として、勝手にオレの脳内が認識でもしているのか。


『お兄さんがリフレッシュ出来れば、それで良いよ。

 あ、僕の名前、『ーーー』だから』

「………まだ聞こえないみたい…」

『あちゃー…全然、チューニングが合わないね…』


 大事なところが聞こえないのも相変わらずだ。

 ノイズが走ったようにして、音が遠くなる。


 名前は分からないまま。

 結局、少年としか呼べないままだ。


 ………さらっと言った所為とかでも、無いよね?


『『ーーー』、『ーーー』、『ーーー』!』

「………駄目、連呼しても聞こえない」

『もう、いつになったらちゃんと合わさるんだろう!

 こんなんでも、僕だって頑張ってるのにぃ…ッ』

「焦らなくても良いさ。

 オレだってそこまで短気じゃないから、気長に待てるし」

『お兄さんは優しいからね。

 でも、そろそろ僕だって、名前で呼んで欲しいよ』

「じゃあ、もっと頑張れ」

『頑張ってる人に、もっと頑張れって禁句じゃないの?』

「………そういういらん知識は、どこで覚えるんだ?」


 なんて気安い掛け合い。

 ぽんぽんと脱線を繰り返しながら、話を続けていく。


 主に、オレの愚痴に少年が付き合ってくれているようなものだ。

 なまじ、彼はどうやら聞き上手らしい。


 オレの記憶を読みとって見ているなら、知っているだろうに。

 律儀に返答をしてくれるから、その事実を忘れてしまう。


 だから、オレも何の警戒心も何も無く。


 例の謁見の所為で、気絶した事から始まり、『石板』の事実が知れた事。

 しかし、それと引き換えに、知りたくなかった事実まで知れてしまった事。


 なまじ、オレが聖龍ションロンからフラれてしまった事。


 ここら辺は、細かく話してしまった。

 嫌いな蛇だったから、気絶したのが気に障ったのか。

 あるいは、別の理由か。


 フラれた理由が定かでは無かったから、というのもあった。


『…う~~ん、トラウマはどうしようもないからねぇ…。

 飛竜の妖精さん、成長するのにどれぐらい時間が掛かるのかによると思うけど、ちょっとずつ慣らしてみたら?』

「それはちょっと難しいかも。

 もう、叢金さんは飛竜の妖精と言う一種のカテゴリーで認識しちゃってて、蛇とは思ってない節があるから…」

『でも、長いしにょろにょろ動くでしょ?』

「その分、小さな手足と翼を頑張って動かす姿が癒しなんです」


 そして、チャラなんです。

 うん、安定のオレのご都合主義な認識問題。


 実際、ドラゴン形態なら平気だったもん。

 飛竜のガルフォンもそうだったし、例の火竜とかもね。

 あれ、鱗たっぷりだったけど、翼もあったし長くも無かったから。


 ガルフォンも、もはや別カテゴリー。

 オレにとっては、マイラヴァー。

 …ああ、早く会いたい。


 勿論、叢金さんも今の姿でも十分癒しとなっているのだが。


『都合が良いって、そう言う事を言うんだね』

「随分と毒舌になったじゃないか?」

『お兄さんの所為だと思うよ』

「………否定は出来ないな」


 影響力があるのも考え物だな。

 なまじ、彼が触れ合う機会のある大人は、限られているらしいし。


『そうそう、奴隷商人か、買い付けに来る貴族ぐらいだもん。

 今は、『ーーーー』にいるらしいけど…それ以外は、全く分からない』

「また聞こえないよ。

 今いる場所も、禁足事項って事かな?」

『む~…迎えに来て貰えるかと思ったのに…』

「分かれば迎えに行くさ。

 だから、君ももっと頑張ってくれよ」

『うん、そうするよ。

 だから、お兄さんも負けちゃ駄目だからね?』

「………責任重大だな」

『当然でしょ!』


 くすくすと、和やかに笑い合う。

 本当に癒される。

 弟がいると言うのは、こんな気持ちなのかもしれない。


『あ、それ、僕も思ったよ!

 お兄さんがいたら、こんな気持ちなのかな?って』

「そりゃ、光栄だ」

『………えへへ。

 ………***そ***し***けどね』

「………えっ?」


 何、また禁足事項言ったの?。

 会話の最中の突然のノイズも吃驚するものだ。


『えぇ~?今のも、聞こえなかったの?』

「うん、さっぱりだ」

『む~~~…ッ、絶対誰かが邪魔してるよね、これ!』

「………誰かって誰だよ?

 この会話が誰かに盗み聞きされているなんて悍ましい事は考えたくも無いんだが…」

『あはははっ、その通り!

 『夢渡り』は僕の特権だもの』


 結局、謎な事の方が多い、こんな掛け合い。

 時間が過ぎるのは、あっと言う間だった。


 ふわり、と意識が微睡む。

 今回は、どうやらオレが目覚める方が、早かったらしい。


『あ、起きるんだね』

「そうみたいだ」


 気付いた少年が、『またね』と手を振ってくれる。

 名残惜しそうに見えるが、こればかりはオレだったどうしようもない。


 ただし、


『………お兄さん、気を付けてね。

 多分、今回の事も含めて、きっともっと大変な事が起こりそうな気がするから』

「ああ、分かっている」


 最後の忠告は、耳に痛かった。

 オレも覚悟はしていたが、今後はのんびりしている訳にはいかないようだ。


 気合が入った気がする。


 そこで、意識が途切れた。

 白い空間から、一気に引き上げるられるようにして、覚醒した。



***



 新しい朝が来た。

 希望はもう、無いのかもしれない。


 こんにちわ。

 最近、気付いたら気絶していて、目が覚めると朝日が昇っているとか言う銀次・黒鋼、24歳です。

 白い世界での邂逅も、気付いたら朝。

 和やかだからまだ良いけど、なんか複雑な気分。


 それに、起きたら起きたでブルーです。

 勿論、昨日の事を思い出しての事だ。


 末期だと思うんだ。


 何がって?

 トラウマのだよ。


 昨日、散々泣いて喚いて嫌がった。

 それを『天龍族』の面々どころか、泉谷達にまで診られているのだから。


 これを理由に、支援を拒否されても仕方ない。

 馬鹿にされても仕方ない。

 朝から、涙目だ。


 しかも、その嫌がった筈の謁見が、いつの間にか実現してしまっていた事実。

 オレの意思に関係なく、だ。


 それが、オレに宿った精霊様のおかげとか、笑えない。

 マジで笑えない。


 勝手に顕現した挙句に、オレを放り投げるなんて。

 苦手と散々言っている蛇の真上に、放り投げるなんて…ッ!


 ここ重要。

 ここと言わず、全部重要。


 畜生、アグラヴェインの奴。

 オレのトラウマを踏みにじっておいて、呼びかけには完全シカトだ。


 腹立たしい。


 しかも、である。


 気付いたら朝だったと言う通り、既に今日は『天龍宮』への訪問が4日目。

 丸一日、無駄にした。

 午前中からの謁見の筈だったからこそ、当然だ。


 これにも、腹立たしい。

 結局、無駄にした1日が、通算で2日もあると言う事。


 鍛錬に打ち込めた2日目とは違って、昨日なんて完全に無駄な時間だ。

 どうしてくれるのか。


 更には、朝から体調不良。

 理由は、昨日散々ガン泣きした事もあるのだろうが、もう一つ面倒な体調不良が出ている。


 お腹が痛い。

 ついでに、肩が重いのだ。


 オレの首筋で、添い寝をしていた叢金さんもすぐに気付いた。


『………ギンジ、お主、これはどうした事か?』

「………はッ?」


 思わず、呆気。

 何を言っているのか、この飛竜の妖精さん。


 だが、


『…甘い匂いがする…』


 彼がそう思った理由は、根拠があったらしい。

 叢金さんは、オレの首筋に顔を埋めたまま、動かなくなってしまった。


 一体、何なのか。

 硬直する他無く、しばらく叢金さんもそのままに、ぼーっと過ごしていた。


「おはよう、ギンジ。

 昨日は大変だっただろうが………、どうした!?」


 そして、朝一番に部屋にやって来た涼惇さん。


 後から聞けば、あの謁見の前後、オレは突然消えた。

 そして、卒倒したままで、扉の先に戻されたらしい。

 時間にして、数時間の事。

 アグラヴェインどころか、例の『石板の守り手』の存在は感じ取れないうちに、いつの間にか扉の目の前に眠ったままで戻された。


 その件で、今日はオレに聞き取りをしたかったらしく、朝一で駆け付けた彼。

 だが、そんな涼惇さんも気付いた異変。


「………ど、どうしたも何も…何か変?」

「き、気付いていないのか、この匂いに…ッ!?」

「………それ、叢金さんにも言われたけど、本当に何…?」


 オレ、寝起きだから臭いって?

 否定は出来ないだろうが、面と向かって言うなんて失礼だな、畜生め。

 とっとと、風呂に入らせて貰った方が良いだろうか。


 と、苛立ち紛れに、着替えをしようとした瞬間である。


『(うわぁああああああ!!

 銀次様、待ってください、不味いです、色々不味いですからぁ!!)』 

「∑…ッ!?」


 飛び込んで来たのは、間宮。

 涼惇さんがいた扉からでは無く、完全に天井から降って来た。


 いつになく慌てた様子の彼は、オレが脱ぎ捨てようとしたシャツの前ボタンをがっちりと掴んで離してくれない。

 いつもは間宮の十八番である『∑ッ』を、オレが使ってしまう羽目になった。


 しかし、一体どうしたと言うのか。

 正直言って、間宮がここまで慌てた様子など、数える程しか見た事が無い。

 それも、シャル関連のみだ。


 本当に、一体どうしたと言うのか、問い質そうとしてオレのシャツを掴んだ彼を見下ろそうとして、


「………はっ…!?」


 気付いた。


 自棄に重たいと感じていた。

 何が?

 肩が。


 肩こりだと分かったのは、今更である。


 そして、見下ろしたからこそ、分かった異変。

 オレも、24年間生きて来て、始めてみる光景だ。


「………あ、れ?」


 右手をゆったりと持ち上げて、そこに触れてみる。


 ………ふに。


 ………うむ。

 柔らかい。


 もう一回触ってみる。


 ………むにん。


 ………うん、弾力も抜群。

 いつまでも触っていたくなるような、不思議な感覚のある物体だ(・・・)


 目算では、C以上E未満。

 谷間も絶景だ。

 間宮が前開きのシャツを掴んでいる所為で、強調されているから全貌は分からん。


 何が?


「………あれ?

 ………オレ思った以上に、ご立派?」

「(た、達観されている場合ですか!?」


 間宮に恫喝されたが、これは仕方ない。

 オレの見下ろした先にぶら下がっているものの所為で、オレの脳内がストライキだ。


 胸だ。

 おっぱいだ。


 胸筋とか、生温いものでは無い。

 脂肪の塊とも揶揄出来る、大きな2つの肉厚なふくらみ。


 右手でもう一度、ふに…と触ったあたりで、間宮が鼻血を垂らした。

 汚い。

 だが、気持ちは分かった。


 オレも、鼻血を垂らしたかった。


 ………これが、自分のおっぱいでさえ無ければな。


「嘘だろ、おいぃぃいいいいいいいいいぃいいいッ!!!」


 朝から、オレの大音声が『天龍宮』に響き渡った。



***



 朝の大パニックの全貌は、こうだ。


 朝起きたらオレの胸が超成長して、立派なおっぱいが出来上がっていました。


 洒落にならん。


 女顔ではあったが、まだ男だった。

 2つでは無く、1つの御立派なシンボルは股間にあった筈だが、それは無くなっていた。

 

 マジで洒落にならん。

 しかも、そのおっぱいのデカさが、どう考えても異常。


 だって、叢金さんが面白がって谷間に潜り込んだら圧死寸前になって出て来たからな。

 肉厚過ぎたらしい。

 ローガンと同じかそれ以上かもしれない。


 目算はC以上E未満だったが、計ってみたら確かにEカップあった。

 トップとアンダーバストの数字の差異で、カップ数は決まる。

 10センチでA、12.5センチでB、15センチでC、17.5センチでD、20センチでEカップ。

 オレの場合は、アンダーが85で、トップが105だった。

 まさかの、100センチ越え。

 20センチジャストだ。

 つまり、Eカップ。


 計った時に、間宮がまたしても鼻血を垂らしていた。


『ふむ…これはちと、不味いな』

「ええ、不味いです」

「不味いだろうさ、そうだろうさ。

 なんで、こんな事になってる訳、一体?」

『「私達がそれを聞きたいわ」』


 叢金さんの言葉から始まり、涼惇さんの言葉に反応したら、見事なシンクロを戴いた。

 一字一句綺麗にハモッたね。


 結局、オレが涙目になっただけだったけども。


 結論から言って、オレは女になっていると言う事らしい。

 おかげで、朝の鍛錬も朝食も、ひとまずお預けである。

 だって、この状況でのこのこ泉谷達の目の前に出て行ったら、それこそ洒落にならない。


 シャツは着たし、ジャケットも羽織った。

 着替えはしたが、だがこの胸の双丘は全く隠し通せる自信が無かった。

 今も締め付けられて若干キツイと感じる上に、圧し潰された所為で更に強調されてしまっている。


 一大事だ。


 涼惇さんが、急いで涼清姫さんを呼びに行き、ラフな服を貸してくれるように頼んでいた。

 ついでに、さらしもだ。

 女性陣でも胸がデカすぎると礼服や甲冑が着れない為、圧し潰す事があると言う。

 涼清姫さんは慎ましい部類だったが、侍女さんに爆乳がいるそうだ。

 その人から、晒のストックを借りてくれるらしい。

 

 だが、隠し切れないのは、形では無く香りだった。


『今、お主から感じる香りは、異常であるぞ。

 私はまだ良いが、若い『天龍族』にとっては抗い難い香りだ』

「実際、私も少々クラクラしてますね…。

 発情期が重なった所為もあるのか、これ以上は近づけないと思います」

「………完全アウトだ…ッ」


 オレと涼惇さんの距離は、部屋の真ん中と扉付近。

 大体、目算で4メートル弱か。


 ちなみに、オレ達に用意された居室は、オレ達の校舎の教室並みの広さがある。

 オレだけと言わず生徒達も同じような有様。

 おかげで落ち着かないとは、間宮や榊原達の言葉だったが、オレも同意見。

 教室に寝袋引いて寝た方が、まだ落ち着くと思うんだ。


 閑話休題それはともかく


 涼惇さんの言葉通り、近づけないとの事。

 じゃないと、物理的な意味でオレが押し倒される可能性があるらしい。


 オレからは、フェロモンの様なものが垂れ流されているようだ。

 オレとしては全く、分からない。

 雄を誘う雌の匂いとは、叢金さんの歯に衣着せぬ物言いではあるが、全くもってその通り。

 なまじ、種族柄の発情期も重なっている所為か、危険度マックス。


 発情期が恐ろしいと感じていたのは、オレもだった。

 しかし、体が勝手に変わってしまった所為で、更なる脅威になるなんて思ってもみなかった事である。


 ………本当に、何でこんなことになってんの…?


 ベッドに蹲って、頭を抱えるしか出来ない。

 隣で警護している筈の間宮ですらも、頭を抱えてしまっていた。

 騒ぎを聞きつけて駆け付けた生徒達も同じような有様だ。


 そんな中、


『………ふむ、奇怪な事ではあるが…。

 これも、『昇華』の兆候に関係があるのやらもしれぬな…』


 口火を切ったのは、叢金さん。

 相変わらずオレの首筋に頭を埋めたままではあるが、彼はややあって顔を上げるとしたり顔で頷いた。


 オレ達は、胡乱げに視線で問い返すしか出来ない。

 当事者であるオレは、視線だけでなく問い返したけど。


「………どういう事?」

『お主は知らぬだろうが、『天龍族』は元々雌雄同体で産まれて来る』

「………意味わかんない」

『まぁ、最後まで聞きやれ』


 と言う訳で、かくかくしかじか。

 始まったのは、叢金さんからの知られざる『天龍族』の生態についての講義だった。


『私達『天龍族』は先にも言った通り、産まれた時には性が定まっておらぬ。

 所説あるが、出生やその他諸々、生存に必要な進化の過程で、成長期に性が定まる様に遺伝子に組み込まれている可能性が高いのだ』


 そう言って、彼は自身の腹を見せた。

 その行動すらも意味不明ながら、


『これは、飛竜や『龍種』に似通っている性質である。

 見ての通り、飛竜の妖精である私の体には、まだ生殖器が備わっておらぬであろう?』

「………そもそも、生殖器がある事も知らないけど?」

『腹の下、少々鱗が浮き上がっている場所があろう?』


 言われてみると、その通り。

 腹を見せた叢金さんの腹の下辺りに、体毛が薄くなった箇所があった。


 ここに、生殖器が出来るんだと言う。


 そう言えば、飛竜の生態を聞いた時にも、ダグラスがそんなことを言っていたな。

 雌雄同体で、発情期になると勝手に生殖器が出来上がるとかなんとか。

 そして、雄だろうが雌だろうが、飛竜は生殖が可能だとも聞いていたか。


『私達の性は、最初の発情期が来て初めて決まる。

 発情する相手が雌であれば雄、雄であれば雌に変わる様になっておるのだ』

「………つまり、オレもその発情期が来てるって事?」

『発情期とは言わぬが、似たような状況になっておる可能性は高いな』


 って事は、オレの体は、雄に反応するって事だ。

 何それ、可笑しいでしょ!!


「ふざっけんな、オレは男だ!

 生まれも育ちも男だったのに、勝手に性別が変わって堪るかぁあ!!」

『だ、だから、落ち着いて話を最後まで聞きやれ!

 この状況は、一過性かもしれぬのだ!!』


 叫んだら、叢金さんに恫喝された。

 飛竜の妖精の姿なのに覇気が顕現して、思わず黙り込む。

 一瞬、チビるかと思った。

 ………流石は、元『龍王』陛下。


『何があって、こうなったのかは定かでは無い。

 だが、昨日の謁見を終えてから今日まで、少々気になる事があったのだ』

「…気になる事?」

『…うむ。

 私も違和しか感じておらなんだが、魔力の質が変わったように思えておった。

 誰でも無い、お主の魔力が、だ』

「………オレの魔力?

 ………質が変わったって言うと、………『天龍族』の魔力に切り替わったって事?」

『いいや、おそらく逆だ。

 確かにお主からは今も強大な魔力を感じるが、『天龍族』の魔力とは違う』


 そう言って、再度オレの首筋に顔を埋めた彼。

 スンスンと鼻を鳴らす音が耳元で聞こえて、息が掠めてくすぐったいまでも。


『ふむ、やはり、昨日とは魔力の質が異なっておる。

 ………つかぬ事聞くが、お主はあの『石板』の間での謁見の折に、何があったかは覚えておるのか?』


 核心を突く様な質疑に、オレが固まった。

 生徒達や、涼惇さんまでもが反応しているが、


「………悪いけど、さっぱり覚えてないんだ」


 オレが返答できるのは、それだけだ。

 だって、本当にさっぱり覚えていないのだから。


 勿論、謁見の時に、勝手に女神ソフィアのビジョンを見せられたのは覚えている。

 『石板』に触らせてくれたのだとは思うのだ。

 何を隠そう、例の『石板の守り手』である、聖龍ションロンが。


 ただ、それ以外の事は全くもって、オレの記憶には無い。


 アグラヴェインに放り投げられて、聖龍ションロンの上に落とされ、そのまま気絶した。

 謁見の間での全貌は、それだけだ。


 その後、オレが気絶している間に、聖龍ションロンやアグラヴェインが何をしていたか等、知る由も無い。

 どんな会話をしていたのかも、分からない。


 当の本人である、アグラヴェインも絶賛シカト中だからね。

 本当に腹立たしい。

 色々と聞きたい事があるのに、全く反応してくれない。


 サラマンドラとは対話が出来るのに、アグラヴェインはさっぱりだ。

 着信拒否でもされているのか?


 話が逸れた。

 ちょっと怒りのままに、荒ぶったらしい。


『………人間では初めてとも言える謁見の誉れを、そのような無為な時間で終えたとは、嘆かわしい』

「………無理なもんは無理だもん!

 蛇は苦手!

 あの胴体のフォルムも鱗もにゅるにゅる動くのも全部無理!!」

『だから、御前は蛇では無いと言っておろうが!!

 お主だからまだ許して居るが、八つ裂きにされても文句は言えぬぞ!?』

「だからって、無理なもんは無理なんだってばぁああ!」

『この程度で泣き喚くで無い!!』


 この程度とか言われたぁああ!!

 知らないからそんなこと言えるんだよ!!

 上の口から入って来て、×××(ピーーッ)(※自主規制)から出て来るなんて事されたことないから、そんなこと言えるんだぁああ!!


『………むぅ、分からず屋め。

 とはいえ、おそらくの原因は、御前との謁見が関係していると見える。

 もう一度急ぎ、謁見の準備を済ませた方が…』

「もうやだぁああああ!!」


 しかも、その元凶にまたしても、謁見しろとか言う。

 鬼か、アンタはッ!!

 龍だったな!!


『ええい、泣き喚くでないと言っておろうが!

 お主、合成魔獣キメラは平気な癖して、何故そこまで蛇を嫌がるのか!!』

×××(ピーーッ)から×××(ピーーッ)までされたからだよッ!!

 ×××(ピーーッ)にされて、×××(ピーーッ)×××(ピーーッ)で、××××(バキューン)されたんだぁあ!!」

『生々しいわ!』


 勢い余って全貌を言ったら、更に怒鳴られた。


 聞いて来たのは、アンタだろうがッ!

 しかも、こっちも思い出して吐き気を催したんだが、どうしてくれるッ!?


『………おうぇえ…ッ』

「(ピルピルピルピル)」


 そして、生徒達までもが嘔吐いた。

 間宮は隣で、久々に見るマナーモード。


 オレも同じ。

 オレの過去の蛇に関するトラウマは、彼等にも効果覿面だったらしい。

 何がとは言わないし、言えない。

 言ったら、オレ終了のお知らせだ。


「………分かったから、その顔と体の状態で下品な言葉を吐くな」


 そして、涼惇さんには呆れられた。

 曰く、今現在女に劇的ビフォーアフターとなってしまった状態での暴言スラングが原因らしい。


「うああああぁああぁあああんッ!

 もう死にたいぃいいいい!!」

「そんな簡単に死んでくれるな!

 私達が何の為に支援を表明したのかも分からなくなるわ!!」


 部屋の中が、阿鼻叫喚。

 もう、この状況は収集が付かないと思うんだ。


 オレはそのまま、不貞寝と同義にベッドへと潜り込んだ。

 出来る限り、この状態が解除されるまで、引き篭っていたい。


 しかし、そうは問屋が卸さない。

 昨日を気絶と言う不名誉で終わらせてしまった現在、既に予定していた滞在期間の1週間のうち、半分を消費してしまっている。


 このままだと、『ボミット病』関連での目的が達成出来ない。


 しかも、既に最悪な状況が分かってしまっている。

 『石板』が破壊され、災厄の尖兵ともなる悪魔が解き放たれてしまっていると言うのだ。


 魔物も人も、魔族すらも悪魔の下僕に仕立ててしまう、恐るべき悪魔。

 赤目の黒き悪魔、生産係だ。


 終焉の世界は、加速度的に迫っている。

 泣き寝入りなんてしていられない。


 なのに、オレは結局『聖』属性の上位精霊でもある聖龍ションロンの加護は受けられなかった。

 断られてしまったのだ。

 駄目だ、無理だ、嫌だと。


 そのショックが、更にこの恐慌状態に拍車を掛けている。


 何か考えがあったのかもしれない。

 事情があったのかもしれない。


 でも、フラれた。

 加護を受けられなかったのは事実だ。


 オレには加護をする義理どころかその権利も無い。

 あるいは、価値も無いと断じられたようなもの。


 自信は喪失されている。

 『夢渡り』の少年にも愚痴を漏らしたが、それだけではしこりは取れなかった。


 どうしろってんだよ、本当。


 涙が滲んで、そのまま包まったままのシーツに沁み込んだ。

 情けないとは思うが、もう止めようが無い。


 1つ零れ落ちると止め処なく溢れて来て、そのまま顔をくしゃくしゃにして、嗚咽を堪えるのが精いっぱいだ。


 何でオレばっかり、こんな目に合うんだ。

 性別まで変わっちゃったなんて、どうすれば良いのか。


 嫁さん達に無性に会いたくなった。

 けど、この体じゃ会えないとも思った。


 なんなの、この二律背反。

 本当に、死にたい。



***



 だが、そんな時に限って、問題事は更にやって来る。


 泣きっ面に蜂とか言う奴だ。


「貴様、御前に何をしたのか!!」

「ひぇ…ッ!?」


 突然の怒声に、シーツを被ったままで縮こまってしまう。


「こ、これ、伯廉、いきなりどうした!?」

『お主、いい加減にせぬか!

 ギンジ殿へのそのような物言いを許した覚えは無かろうて!』

「そのような事を気にしている場合ですか!!

 御前が大変なこの時に、その臆病者の事を気に掛ける余裕などありはしませぬ!!」


 伯廉、と涼惇さんに呼ばれた通り。

 怒声と共に、オレの部屋にやって来たのは、叢洪さんだった。


 声からも分かるが、相当ご立腹の様だ。

 恐怖心と共に、忌避感も相俟ってシーツを被ったまま、ガタガタ震えてしまう。


 なまじ、オレはぼっきりと心がへし折れているから、今は勝てる気がしない。

 出発当時に生徒達に言っていた「折れない心」は、本当にオレに必要なものだったらしい。


 余談である。


 ふざけるのは、いい加減にして。


 これまた嵐のように、怒り心頭で現れた叢洪さん。


 涼惇さんが押し留めてくれているが、飛び掛かって来るのは時間の問題か。

 覇気すらも滲み出している。

 殺気もだ。


 いつになく、必死な様子に涼惇さんが問い質した。


「御前がどうしたと言うのか!」

「どうしたもこうしたもあるものか!

 眠りに付かれてしまったのだぞ!?」

「…なっ!?」

『なんだと…!?』


 そして落とされた事実。


 部屋の中に、静寂が訪れた。

 シーツに包まったままのオレも、勿論聞こえていた。


 生徒達も絶句。

 彼等は、姿形は見てはいないまでも。


 今まで当然のように存在していた精霊が、眠りに付いた。

 その驚愕の事実が、一大事であると言う事は、彼等の様子を見てすぐに気付いたらしい。


 そして、その精霊様が眠りに付く前。

 この一大事が起きる前に、彼と会っていたのはオレだけだ。


 向けられる猜疑の視線。

 シーツ越しだと言うのに、突き刺すように痛かった。


「『人払い』の結界が解かれたかと思えば、返答が無い!

 入って見れば、案の定だ!

 眠りに付かれ、言葉どころが反応すらも返してくれぬのだぞ!!」

「し、しかし、それだけでは…ッ」

『眠っているだけであるならば、そこまで慌てずとも…』

「このまま目覚めなければ、どうなるか分かっての言葉でございますか!?」


 そう言って、声を張り上げる叢洪さんに、オレ達も身を竦ませる。

 まだ、覇気に慣れたとは言えなかったディランが喘いだ。


 流石に、現役『天龍族』の覇気は、生徒達には強すぎたか。


 どうして、ここまで焦っているのか。

 後から聞いた話ではあるが、確かに大事だった。


 聖龍ションロンは、全ての『石板』へと『人払い』の結界を掛けている。

 彼が眠りに付き、そのまま消滅してしまった場合、その『人払い』の結界すらも解除されてしまう。


 折角、隠していた『石板』が、誰もが立ち入る事の出来る危険地帯となるのだ。

 そうなれば、泉谷達の様に破壊する様な連中が現れるかもしれない。

 ましてや、ソフィアを復活させる事無く災厄を目覚めさせたい悪魔どもが、こぞって破壊の乗り込む事になってしまう。


 『予言』の崩壊も斯くや。

 それどころか、『予言』に記された世界の終焉が、あっと言う間に訪れてしまう。


 だから、これほど焦っているのだ。

 叢洪が、目くじらを立ててやって来る訳だ。


 だが、


「オレが何をしたって…!?

 意識も無い状態で、何があったかも分からないのに…ッ」


 これに関しては、オレだって反論がある。


 猜疑の目を向けられようが、何だろうが。

 オレが、聖龍ションロンに、何かをしたと言う事実は無い。


 むしろ、その時の記憶が無いのだから。

 オレが何をしたと言う以前に、何があったかも知らない。


 だから、疑われる筋合いは無い。


「だが、貴様と謁見を終えた直後の事であるぞ!」

「謁見も何も無かったのに!?

 気付いたら、気絶してたのに!

 気付いたら全部終わって、ベッドの中だったんだぞ!!」


 シーツの中に包まっての反論。

 中々格好の付かないものだ。


 それでも、オレにだって言い分はある。

 疑うならば、勝手にすれば良い。


 けど、オレは何もしていない。

 そんな記憶も無い。


「『石板』を触って封印と解いただけだ!

 しかも、オレの意思に関わらず、勝手にやられた事だったのに何が出来ると!?」

「それが原因では無いのか!?

 貴様が封印を解かねば、御前とて眠りに付く事は無かったのでは無いのか!?」

「オレは、『予言』に従っただけだぞ!!

 それに、言わせて貰うけど、全部勝手にやられた事だ!

 さっきも言ったけど、気付いたら気絶してたんだから、オレの意思は全く関わって無い!!」


 反論の言葉にも、熱が篭る。

 更に涙が溢れて来て、情けなくくぐもった呻き声を漏らして嗚咽を隠す。


「もう、辞めろ伯廉!

 ギンジ殿とて、今は体調が優れぬのだ…ッ」

「しかし…ッ、このままで良いと…!?」

『ギンジの責任である証拠も無く、詰り責めるでは無い!

 お主はしばらく、頭を冷やして参れ…!』


 涼惇さん、叢金さんが揃って、叢洪さんを宥めた。

 彼はまだ言葉を重ねようとしていたが、


「いい加減になさい、伯廉!

 怒りで我を忘れるようでは、とても『龍王』等務まりませんよ!」

「………清姫…!」


 丁度よく、と言えば良いのか。


 涼惇さんの妹、涼清姫さんがやって来た。

 (※これも後から聞いた話だが、この居室周辺にオレ達の言い合う声は響き渡っていたそうだ)


 それと同時、彼は黙り込んだ。


 なんでも、彼と彼女は幼馴染との事。

 長年一緒に育ってきた経緯もあって、彼が大きく出る事が出来ない1人が彼女らしい。


 ただ、黙り込みはしたが、怒りは収まらず。


「………ッ、だが、近日中に説明は求める!

 御前がこのまま目覚めず、万が一の事があった時には、貴様諸共ダドルアード王国がどうなっても知らぬからな!」


 そう吐き捨てて、彼は居室を出て行った。

 脅迫だ。


 思わず、オレも肝が冷えた。

 万が一があれば、本当に彼はやり兼ねない。


『これ、伯廉!

 そのような事は、私が許さぬぞ!』


 叢金さんが怒鳴り声を張り上げた。

 しかし、聞く耳を持った様子は無く、怒りのままに顕現した覇気と共に叢洪さんの気配は遠退いて行った。


「………仕方ありませんね。

 私が、あの子の様子を見ておきましょう」

「済まぬが頼むぞ、清姫」


 叢洪さんが馬鹿な真似をしないよう、涼清姫さんが付くらしい。

 脅された現状、それが一番有り難い。


「先に、こちらを渡しておきますわ。

 衣服と晒、それから万が一の為の香袋でございます」


 ご丁寧に、頼まれていた様子の品々を置いて、彼女は掛けて行った。

 涼惇さんが受け取り、間宮へと渡した。


 オレのベッド脇にあったサイドテーブルに置かれる。

 万が一と言っていた香袋とやらは、どうやら小箱に入っているらしく、重苦しい音がごとりと響いた。


 『天龍族』の苦手な香りを詰め込んだ袋だそうだ。

 これを使えば、襲われたとしても逃げる事ぐらいは出来るとの事だった。


 その代わり、オレもダメージは被りそうなものだが。


 閑話休題それはともかく


『……済まぬな、ギンジ。

 やはり、私はあ奴を甘やかし過ぎたようだ…』


 ぺたぺたと、シーツの上を這いずる音。

 叢金さんだ。


 シーツ越しに、申し訳無さそうな声を掛けられる。

 シーツに包まったまま、頭だけを動かして頷いただけに留める。


 実際は、もぞりと動いただけになっただろうが、


『………大丈夫か?

 衣服と晒だけは来たのだから、朝食だけでも取って来てはどうか?』

「………無理」

『………そうか』


 今は、多分戻してしまうだろう。

 お腹が痛いのも気になるが、胃の状態がよろしく無いのも事実。


 残念そうに呟いて、彼は隣に寝そべった。

 ………食べて来れば良いのに。

 

 ちょんちょんとシーツ越しに叢金さんを突く。

 だが、彼が動こうとする素振りは無かった。


 一緒にいてくれるらしい。


 生徒達は、どうしたら良いだろう?

 正直、オレは鍛錬どころか朝食も無理だけど。


『(オレ達は、風呂と朝食に行って参ります。

 何か摘まめそうなものでもお持ちしますので、銀次様はそのまま休まれてください)』


 ただ、出来た弟子はやはり、優秀だ。

 精神感応テレパスでそう伝えて、それ以上は言わずに彼等は部屋を出て行った。


 有難い。

 今は、丁度一人になりたかった。

 ………正確には、叢金さんもいるから、1人でも無いんだが。


「………私も、朝食の席に参ります。

 おそらく、イズミヤ様方の相手は生徒様方だけでは難しいでしょうから…」


 最後に残った涼惇さんも、同じ。


 そう言えば、今更ではあるが、オレが謁見の間に浚われてから泉谷達はどうしたのだろう?

 結局、謁見も『石板』の巡礼も儘成らなかっただろうに。


 ………それも含めて、生徒達のフォローに回ってくれると言う事か。

 つくづく、良く出来た人である。


 部屋から退出の旨を伝えて、そのまま扉の向こうへと消えて行った。


 静かになった部屋の中、小さなオレの嗚咽の声が響く。

 静かになったからこそ、余計に響いていた。


 叢金さんは、とぐろを巻いて眠っているだけ。

 しかし、


『………思い詰めるでは無いぞ、ギンジ。

 お主の事は、他の誰がなんと言おうと、私が守ってやる』


 力強い、鼓舞の声。


 彼にとっては、恩があるから。

 少なくとも、こうして同行してくれている理由は、そう思っていた。


 その筈だった。


 けど、今の言葉を聞いて、考えは改めさせられた。

 きっと、それだけでは無い。

 出来の悪い息子のように思って、オレまで甘えさせてくれるつもりなのか。


 体は小さいのに、器は大きな人だ。

 流石は、元『龍王』陛下。


「………抱っこして良い?」

『無論だ』


 シーツの中に、彼を招き入れる。

 彼はオレの腕に巻き付くように、抱きしめられる格好となってオレの首筋に鼻先を埋めた。


 癒しだ。

 おかげで、ささくれ立っていた気分が解れるのを感じた。


 オリビアや『夢渡り』の少年もそうだが、どうしてこうもオレの周りは包容力が強い面々が集まるのか。

 喜ばしい事だ。


 やはり、立て続けに問題が続いて疲れていたのか。

 微睡んでいく。


 瞼が、段々と落ちていく。


 そんな緩やかな、意識が失う寸前に見たのは、


『ゆっくりと眠れ。

 私が守ってやると言ったからには、安寧の約束と同義である』


 いつか見た、青とも緑とも見える重瞳があった。

 オレを見下ろすようにして抱きしめている白銀の髪の誰か。


「ん………ありがと、叢金、さん」


 そのまま、オレは意識をシーツとも似た真っ白な世界に投げ出した。



***



 僕は、偽物だと断ぜられた。

 何を根拠に言われているのか分からないまでも、それが現実。


 正直、愕然としてしまって、唐突に足下が無くなった感覚すらもした。


 『石板』の間での、謁見を前にしていたあの時だ。

 お互いに、1人ずつ、扉を開けるように言われて、僕が先に扉を開いた。


 見えた。


 台座だ。

 中央に『石板』を湛えた、台座。


 その瞬間に、舞い上がってしまった。


 『人払い』の結界と言う、不思議な魔法には選定の力があると言われてから、ずっと不安に思っていた。

 もし、僕が本物で無ければ、何も見えないかもしれないと思っていたから。


 しかし、見えた。

 台座も『石板』も確かに見えた。


 だから、そこに何がいるかなんて、分からなかった。


 次に扉を開いて、中を覗き込んだのは黒鋼さんだ。


 だが、驚くべきことに。


 彼は、悲鳴を上げた。

 そして、あろうことか扉を閉めてしまった。


 何があったと言うのか。

 訳が分からずに彼の様子を眺めていると、彼は逃げようとして涼惇と言う『天龍族』に捕まり、逃走が無理となれば蹲ってしまった。


 こんな様子を見るのは、僕等も初めてだ。

 前に小堺さんが見せた、子どもの癇癪のようだった。


 まさか、黒鋼さんがそんなことをするなんて、イメージなんて出来なかったのに。


 終いには涙声どころか、本当に号泣しているようだった。

 まるで、親に叱られる子どもの様な姿。

 思わず呆気に取られて、言葉を無くしてしまった。


 曰く、蛇がいた、と。


 どうやら、彼は蛇がとても苦手なようだ。

 ついでに、彼が咄嗟に口走っていた蛇に関してのトラウマが刷り込まれたであろう事件を聞いた途端、僕も鳥肌が止まらなかった。


 ………あんまり口に出して良い内容では無い。

 蛇を苦手になるのも、当然だと思える内容であった。


 しかし、


見えたのだな(・・・・・・)?」


 叢洪という『天龍族』に問いかけられた瞬間、怖気が走った。

 何を見たのか。


 その蛇とやらだ。

 僕には見えなかった、部屋の主。


 実際は、龍との事だったが、今はそんな事些細な問題だ。


 僕には見えなかったものが、彼には見えた。

 つまりは、それこそが選定されたと言う事。


 舞い上がっていた感覚が遠退き、足下が崩れ落ちる様な感覚を味わった。

 天国から地獄とは、まさにこの事だろう。


 『人払い』の結界が、選んだのは僕では無く彼。

 つまり、本物の『予言の騎士』は、僕では無く、彼と言う事になってしまう。


 それでは、今までの苦労はなんだったのか。

 僕等は、何の為にここまでやって来たのか。


 無用な犠牲や労力を払って、やりたくない鍛錬や巡礼をして来たその意味は?


 ふら付いた。

 何度も感じて来た、脱力感。

 絶望感。


 やる事成す事、全てを否定されて来た、過去の傷が疼いた。


 けど、僕を支えてくれる手は、無かった。

 黒鋼さんのように、支えてくれる人はいない。


 僕には、誰も手を差し伸べてはくれないという現実が、目の前にあった。


 更には、唐突な異変。


 ちょっとだけではあるが、僕も感じ取れていた魔力。

 扉の奥から感じ取れていた魔力だ。


 それが、一瞬にして膨らんだ様に感じたのだ。


 そう感じた時には、目の前にあった筈の光景が、あっと言う間に変化した。


 まず、黒鋼さんが消えた。

 まるで、神隠し。

 煙に巻かれたというよりも、唐突に存在が書き消えたかのように見えた。


『先生ッ!』

『(銀次様…!?)』


 彼の生徒達が、叫ぶ。

 しかし、黒鋼さんの姿は、どこにも無かった。


「こ、これは、まさか御前…!?」

『………時間を掛け過ぎたようだな』


 だが、『天龍族』の人と、黒鋼さんの腕に巻き付いていた筈の飛竜の妖精とか言う生き物だけは、理由が分かっていたのか。


 彼等は背後の扉を振り返ったと同時に、大仰な溜息。

 それから、ゆっくりと生徒達へと振り返った。


 そんな彼等に向けて、


「どういう事ですか!?」

「ウチの先公、どこにやった!?」

「何か知ってるんですよね!?」

『(隠し立てするなら、ただでは済まさない…!)』


 黒鋼さんの生徒達が声を張り上げる。

 問い質す。


 皆、敵意を剥き出しに、怖い筈の『天龍族』へと立ち向かっている。

 赤髪の間宮と呼ばれていた少年なんて、背中に吊った少し短い刀に手を掛けて、今にも切り掛かってしまいそうだ。


 しかも、


「この状況、扉の奥の魔力と関係しているのか?」

「あの先生、どこ行ってしまったん?」


 僕の後ろに居た、御剣君や五行君までもが問いかけの声に参加していた。

 吃驚したと言うよりは、愕然とした。


 僕に何かあっても、反応を示してくれたことは無い彼等。

 なのに、黒鋼さんの事になった途端に、まるで自身の教師の様に心配して、理由を問いかける。


 目の前が、歪んでいく。

 涙が浮かんでいるなんて、この時は気付いていなかった。


「落ち着いてくださいませ。

 ギンジ様は、この扉の奥におわす聖龍ションロン御前に、お呼び出しを受けただけにございます」


 口を開いたのは、涼惇さん。


 当たり前のように、告げられた事実。

 彼が呼ばれた。


 僕は、残されたまま。


 それが現実で、それが結果。


「………さっき言ってた、精霊さんの事ですか?」

「ええ、その通り」

『ギンジが取り乱し故、時間が掛かってしまったからな。

 業を煮やして、御前が自らお招きされたのだろう』

『(………嘘ではあるまいな?)』

「このような事で、嘘を吐いてどう致しますか」


 説明を聞いて、落ち着いたのか。

 彼の生徒達も溜飲を下げた。

 御剣君達も、安堵の溜息の様なものを吐いていて、ますます僕は惨めな気持ちとなっていく。


 なのに、誰もそんな僕の様子には気付かない。


「………なんにせよ、これではっきりとした訳だ」

「そうですね。

 ………取り乱されたので、どうなる事かと思っていましたが…」

「私には、まだあれが『予言の騎士』とは思えぬがな…」

「ですが、選ばれたのであるならば、それが事実でございますよ」

「異な事だ」

『これ、伯廉。

 御前の決定が不服と申すのか?』


 『天龍族』の人達も、納得した様子で会話を進めていく。


『*******、********』

『………****』

『**、************、***!』


 他の『天龍族』の人達も、同じ。

 確か、『龍王』の候補者達と言う面々だった筈だったが、誰が誰やらも僕には分からない人達。


 そして、また使われているのは、訳の分からない言葉。

 けど、その表情を見る限りでは、誰も異論を唱えている様子にも思えない。


 勝手に周りが、話を進めてしまう。

 僕の意思には関係なく、全てが勝手に決められてしまう。


 意味が分からない。

 訳も分からず、展開についていくことも出来ない。


 ………僕は、何の為にここに来たんだろう?

 

「………はぁ。

 先生が戻るまでは、オレ達も待機だね」

「そうだな」

「時間が掛かるようなら、鍛錬でもしていた方が良いとは思うのですが?」

『(なら、オレがここに残ろう。

 残りは、鍛錬に行って来れば良い)』

「それなら、オレもこっちに残ろうかな」

「なら、オレ達は鍛錬に行って来るとしようか。

 間宮の酸素ボンベが無いから、適度にって事になるけど…」

「そうですね」


 そこで、彼の生徒達も動き出した。

 2名が残り、残りの2名が鍛錬に行くと言う。


『私も残ろう。

 伯譲は、残りの2人を庭に連れてってやるが良い』

「心得ました」

「頼みます」

「よろしくお願いいたします」

 

 どこか別の世界を、テレビ越しに見ている様な気分。

 画面の向こうの彼等は、僕の存在なんか知らないで勝手に話を進めていく。


 疎外感に、更に涙が溢れた。

 俯いて、唇を噛もうとして、この時やっと僕は涙が溢れている事に気付いたが。


 それなのに、


「なぁ、オレ達も鍛錬に参加して良いか?」

「頼んますわ」

「………別に構わねぇよ。

 なんなら、組手でもしてやるよ」

「言ったな?」

「あーっ、虎徹はん、駄目やって、勝手にヒートアップせんでや!」


 僕の生徒達まで、勝手に動き出していた。


 僕の存在なんて、まるでお構いなし。

 いつも通りの筈なのに、この時ばかりは殊更、胸に刺さる行動だった。


 本当に、僕が今までやって来た事はなんだったのか。

 惨めさに、いっそ眩暈すらも感じた。


 そこでふと、視線を感じる。


「………ッ」


 間宮と言う赤髪の少年が、伸びた前髪の奥で僕を見ていた。


 その剣呑な瞳に、いっそ恐怖心を覚え。

 無様な程に、踏鞴を踏んだ。


 この子、12・13歳ぐらいだと思ったのに、なんて目をするんだろう。


『(………これに懲りて、もう二度と『予言の騎士』と名乗らぬ事だ)』


 視線だけでは無く、言葉でも。

 彼は僕に辛辣な態度で、叩き付けて来た。


 言われた言葉に、反論は出来ない。

 反論しようにも、言葉が見つからなかった。


 ますます、惨めになった。


「………イズミヤ様、居室へご案内します」

「え…っ、あ、………はい」


 残っていた侍従の人が、再び僕に声を掛けてくれる。


 だが、そんな侍従さんですらも、表情は憮然。

 今までのように柔らかい取り繕う様な表情は無く、眼には軽蔑を含んでいた。


 息を呑んだ。


 それが、決定打。

 僕が、偽物と断じられた、その証拠。


 ーーーーそこからの記憶は、曖昧だった。


 侍従さんの背中を追って、そのまま居室に戻った。


 ぐるぐると考えるのは、これからの事。


 どうしよう、と。

 どうしたら良いのだろうか、と。


 僕が偽物ならば、今まで必要だと思っていた職務は、どうすれば良いのか。


 巡礼は?

 各国への訪問や、職務に対する擁護を求める働き掛けは?


 僕では無く、黒鋼さんが本物だと、見せつけられた今。


 その職務すらも、僕達にとって必要なものなのか分からなかった。


 涙が、溢れた。

 この時には、もはや隠しようも無くて。


 フラフラと、ベッドに向かって腰掛けて、


「………こんな事って…あんまりだ…ッ!!」


 そうして僕は泣いた。

 泣くしか出来なかった。


 僕達のして来た事は?

 僕達が必要とされていた意味は?


 訳も分からずに、僕はそのまま咽び泣く。

 膝を抱えて、子どものように泣きじゃくるしか出来なかった。


 思えば、ダドルアード王国に来てからは、こんな事ばかり。

 黒鋼さんと会ってからは、劣等感を覚えてばかり。


 なんで、僕ばっかりこんな目に合わなきゃいけないのか。


 もう嫌だった。

 うんざりだった。


 今まで信じて来た何もかもが、もはやどうでも良くなってしまっていた。



***



 どうやら、本気で二度寝していたようだ。


 目が覚めると、窓から差し込む日の光が随分と上になっている。


 まぁ、二度寝と言っても、体調不良からのものだから、寝汚い訳でもだらしない訳でも無いが。

 ………情けないのは、否定出来ないか。

 げしょ。


 そう思っていながらも、起き上がり。

 そうして、ふと視線を上げた時。


『………お目覚めのようだな、主よ…』


 いつの間にか、アグラヴェインがそこにいた。

 吃驚した。


 周りを見渡してみても、オレが今までいた居室の筈だ。

 お呼び出しを受けた覚えも無い。

 そもそも、いつもの真っ黒な世界では無い。


 そして、オレの腕の中には、叢金さんがいる。

 鼻提灯を膨らませて、ぴーすか眠っている。

 癒し。


 だが、もう一度目線を上げて見ても、彼は相変わらずオレの目の前にいた。


 漆黒の甲冑が、いっそ中華様式の居室の中に不釣り合い。

 まぁ、それよりも気になるのは、何故彼がここにいるのか、だが。


 勝手な顕現は、この際どうでも良い。

 こうして表に出てきている様子を見れば、当たり前のように思えてしまうのもある。


 だが、納得は出来ない。


 何故なら、


「今まで、散々呼びかけたのに…」

『………。』


 いくら呼びかけても、着信拒否だった相手がこうして当たり前のように目の前にいる事。

 それが、問題。

 というか、腹立たしい。


「………何、オレはアンタの呼び出しを、アンタの気分に任せなきゃいけない訳?」

『………。』

「だんまりじゃなくて、何か言ったら?

 正直、オレだって、ここまで来たら、アンタと契約切られてでも問い質したい事が、沢山あるんだけど…?」


 なんで、答えないの?

 応えてくれなかったの?


 オレ、何度も呼びかけた。

 文句もあったが、それ以外にも説明して欲しい事もあった。


 前は、なぁなぁにしてしまったけど、今回はもう無視出来ない。

 オレの職務に関して、大事な事を黙っていたからだ。


 だからこそ、オレも腹を括る。

 正直、彼に抜けられるとキツイとは分かっていても、信用が無い相手を使役するのは無茶がある。


 そう考えて、口走った言葉だったが、


『………契約が、切られてでも?』


 耳聡く聞き付けたその言葉を、復唱したアグラヴェイン。


 どうやら、お気に召さなかったらしい。

 彼の肩から背中から、噴気の様に『闇』が噴き出した。


 尻込みをしそうになるが、奥歯を食い縛って耐える。

 正直、内心が筒抜けな時点で無理とは思っているけども。


『………待て。

 主は、何か勘違いをしている様だが…』

「………何?」

『そもそも、何故そのような話になるのか。

 私は確かに秘匿をしていた。

 その事実は認めよう』


 呆気なく、オレに対して秘匿していた事を認めた彼。

 しかし、何かしらの言い分があるようなので、黙って聞いておく事にした。


『だが、それだけで何故、契約を切る話になるのか』

「信用出来ないから」

『………それだけか?

 主だけでは、出来る筈も無いと分かっていながら?』

「出来ないかどうかは、やってみないと分からないだろ?」


 見当は付かないけど、やってやれない事は無いと思ってるよ。

 最悪、『昇華』の兆候を進めて、ぶっつり切っちゃうって手もあるし。

 ………その場合、オレも『龍王』に成っちゃうかもしれないけど。


 しかし、


『それだけはならぬ!』

「………。」


 内心が筒抜けな所為で、やはり関知されたか。


 途端に、怒声を張り上げたアグラヴェイン。

 今度は、オレがだんまりとなった。


 オレが『昇華』の兆候を進めるのも、『龍王』になるのも彼にとってはお気に召さない事のようだ。

 勿論、オレだって同じだ。

 絶対に『天龍族』になる訳にはいかない。


 だが、これでオレが本気で話している事は、アグラヴェインも察知したらしい。


 大仰な溜息と共に、彼はその場でどっかりと座り込んだ。

 どうでも良いけど、態度が悪い。


『………黙っていた事は、悪かったと思っておる』

「それだけで済む?

 既にこの世界のどこかで悪魔が悪魔を造っているかもしれないのに…」

『無論、それだけで済むとは思っておらなんだ。

 だが、我とて、例え主であっても、話したくない事の一つや二つはある』


 随分と都合の良い話だな。

 オレは、アンタに記憶丸ごと持ってかれた挙句に内心も筒抜けだから、隠し事だって出来ないのに。


「オレが怒ってる理由は、分かっているよね?」

『主の職務に関わる事で、秘匿をしていた事だ』

「その通りだよ。

 オレがのんびりしてらんないって考えてたの、知ってたでしょ?

 なのに、何でそんな大事な事を教えてくれなかった?」


 正直、この話を聞いたのは、全て他の精霊からだ。


 最初は、サラマンドラ。

 お次に、聖龍ションロン


 なのに、肝心の本人は、オレに対して話したくなかった、と。

 信用も何も無い。


『分かっておるさ、我は我が知られたくないが故に…保身の為に、秘匿をした。

 それに関しては、謝る事にしよう』


 だが、悪いとは考えていたのか。

 彼は、割とすんなりと非を認め、頭を下げた。


 ちょっとだけ、驚く。

 ここまで素直に謝るなんて、思ってもみなかったから。


『………我とて、謝罪ぐらいは出来る』

「じゃあ、ついでに反省もして」

『無論だ。

 だが、謝罪と反省に関しては、後で例の偽物にも求めねばなるまい』

「………やはり、泉谷が破壊した『石板』が、お前の封印されていた『墓』の『石板』だったんだな?」

『左様』


 分かった。

 それに関しては、オレが問い詰める事にしよう。


 どのみち、この件に関してはオレももう我慢ならない。


 また、いらん犠牲が増える。

 例の悪魔が、解放されたとなれば、黒き悪魔が増産されるのは時間の問題。

 増産にも、またその被害としても、人間が犠牲になる。


 アイツの無鉄砲であり、無責任な結果の所為でだ。


 仮定での話となるが、騙されていたとしてもだ。

 それでも、当事者であり張本人となっている彼には、それ相応の責任を負って貰わないとならない。


 まぁ、その分の訴追に関しては、王城に戻ってからでも出来るけど。


 閑話休題それはともかく

 今は、アグラヴェインへの訴追が、先だ。


『………観念するとしよう』


 そう呟いてから、彼は大人しく事情を話し始めた。

 オレも居住まいを整えて、彼からの言葉を聞く事にする。


『我の封印が解かれたのは、主が召喚された直後の事だ』



***



 当時、彼は『エリゴス』の『墓』の封印で、微睡む様に眠っていたとの事だった。


 『エリゴス』の『墓』は、『暗黒大陸』東北の遺跡。

 丁度、ラピスが言っていた闇小神族ダークエルフの里の近くにある遺跡らしい。


 土地柄も考えても、『闇』属性としては過ごし易い場所だった事だろう。


 だが、それもオレ達が召喚された10月某日まで。

 唐突にやって来た、眠りの終わり。


 目の前には、金色の髪を持った青年と少女。

 そして、自身を見上げている、あどけない表情の少年少女達。

 護衛として、彼等の周りを囲む騎士や、魔術師達。


 泉谷達、偽物一行だ。


 彼に同行していた少女は、おそらく王女では無いか、という事。

 おそらく、泉谷達を擁立した新生ダーク・ウォール王国の王女の事だ。


 そして、そんな呆然とした様子の泉谷の足下には、破壊された『石板』があった。

 彼の手には、かつてソフィアが打ったとされる『精霊剣スピリチュアルレガシー』が。


 ………驚いた。

 確かに泉谷は、背中に長剣を背負っていた筈だ。


 まさか『精霊剣スピリチュアルレガシー』だったとは。

 どうりで、『石板』を破壊出来た訳だ。


 少し話が脱線したが、これでやっと納得が出来た。


 そして、その様子を見たアグラヴェインは、激怒した。

 泉谷が『石板』を破壊し、半ば無理矢理にアグラヴェインの封印を解除してしまった。

 おかげで、悪魔は解放され、遺跡の外に逃げ出した。


「(………そう言う事だったのか)」


 アグラヴェインが、話したくなかった理由。

 それが、やっと合点が行った。


 彼もまた、してやられた1人。

 勿論、泉谷達、新生ダーク・ウォール王国から。


 その時のごたごたで、何かしら勘違いをされたらしい。

 襲い掛かって来た泉谷達や騎士達の勢いもあって、また『精霊剣スピリチュアルレガシー』の存在もあって。


 更に言えば、今まで封印として使われていた彼の魔力は、悪魔に奪い去られてしまっていた。

 封印が解けるとは、そう言う事。

 精霊の封印であれば、悪魔を破壊する術式を発動した。

 だが、『石板』の封印にはそれが無い。


 おかげで、実体を保つのも厳しい状態。

 彼も、同様に撤退をする他無かったそうだ。


 泉谷達が、勘違いしたのは悪魔と精霊を混合したか。

 もしくは、例の同行していた王女とやらが、精霊を悪と吹き込んだ可能性は高いだろう。


 兎にも角にも、アグラヴェインは撤退。


 彼等は、『石板』の封印を解いた事で、意気揚々と凱旋した。

 その後に、新生ダーク・ウォール王国が復興。

 この時の仮初の功績で、『予言の騎士』と『その教えを受けた子等』として擁立され、今現在に至ると言う事になるのだろう。


 無茶苦茶な話である。

 だが、召喚者だからという理由だけでは無かった事が分かったので、そこら辺は良いか。


 良くないのが、アグラヴェインの機嫌とその後の経過であるが。


 アグラヴェインは、何とか逃げ延びた。

 魔力を求めて彷徨いながら、ソフィアの言伝を思い返そうとした。


 しかし、それが出来なかった。

 『石板』を破壊されてしまった為に、彼もまた記憶の混濁があったのだ。


 サラマンドラの時もそうだった。

 彼はソフィアからの言伝は覚えていても、『石板』の在り処や内容はさっぱりだったから。

 アグラヴェインは、その逆だったと言うべきか。


 由々しき事態だ。

 だが、それでも彼にとっての幸運な事があった。


 それが、オレの召喚。

 オレ達、本物の『予言の騎士』と『その教えを受けた子等』の召喚が起きた。


 時期的には一致する。


 オレ達が召喚されたのも、10月某日だった。

 そして、新生ダーク・ウォール王国が復興したのも同時期であり、泉谷達の擁立も10月だった。


 随分と、重なるものだ。

 これも女神のお導きなのか、奇しくも例の『聖王祭』も重なっていた。

 10月の2日の事だ。

 オレの誕生日でもある。

 ………オレ、24歳になった直後に、召喚されたって事になるよね。


 また、脱線事故。

 日付に関しては、この際深く考えないようにしよう。


 既に命からがらだった彼が、オレと勝手に契約。

 そのおかげで、彼は存在を継続することも出来、なおかつオレも上位精霊と言うアドバンテージを得た。


 だからこそ、彼は話したくなかったのだ。


 汚点だ。

 (封印期間を除いても)何百万年と生きている精霊にとって、たった1人の人間に撤退まで追い込まれた事実。

 更には、封印を施していた筈の悪魔にも逃げられた。

 自身は、命からがら逃げ延びるしか出来ず、縋る羽目になったのがまだ召喚されて間もなく、『予言の騎士』としての使命も領分も何も知らない若造オレだった。


 もし、これがオレの立場だったら。

 仮定の話として、オレがアグラヴェインの立場であったなら、だ。


 話したくない。

 オレの過去と同じようなものだ。


 絶対に、知られたくないと考えるだろう。

 大事が起きて居る事が分かっていても、秘匿をするに決まっている。

 きっと今のように、今わの際になるまで言わなかった事だろう。


 理由が分かった。

 納得も出来た。


 そして、オレの魔力総量の著しい急上昇に関しても、理解が及んだ。


 ただし、これについては誤算が少々。


『最初の頃、主は良く悪夢を見ておっただろう?

 あれは、済まぬが我の魔力が、主に悪影響を及ぼした結果である』

「………嘘~ん」

『済まぬな。

 我の魔力が強すぎて、適合するまでに随分と主の精神を痛めつけたようだ』


 こちらはオレも知らなかった新事実。

 オレがこちらに召喚されてから、度々見ていた過去の地獄を追体験するような悪夢や、その他諸々、メンタルに関してのマイナス影響。


 それが、こちらにいるアグラヴェインの所為だったとの事だ。


 なにせ、今まで魔力が無かった人間に、上位精霊が巣食ったのだから。

 魔力の影響、そして属性の影響が重なって、オレが悪夢にうなされる悪循環に陥っていたとの事。


 そこで、思い出した。


 ----『我が契約するのは、もっと先の事だった筈なのだがなぁ…』


 と、いつかの『オハナシ』の後。

 彼は、そう意味深に呟いていたのだ。


 それは、この意味。

 合点が行った。


 それに、実際に言わせて貰うと、上位精霊の中でも多少の力量差があるとは、サラマンドラの言葉である。


 聖龍ションロンが最強と謳われていた通り、彼は魔力も能力もトップレベルだ。

 加護を受けられなかった事実が痛い。


 そして、ここにいるアグラヴェイン。

 彼は、なんと言っても『闇』属性であり、無限に武器を精製出来る能力を持っている。

 万能と置き換えても良いかもしれない。


 そこに、更に加わって来るのが、魔力総量。

 なんと彼、魔力総量だけであれば聖龍ションロンと並ぶ、上位精霊だったのだ。


 つまり、先に言われていたオレへの悪影響が、全部この所為。


 考えても見て欲しい。


 召喚されて、魔力のまの字も知らない一般人がいる。

 この世界には空気中にも微量の魔力が存在しており、呼吸での経口摂取と言う形で溜め込む事が出来る。

 だが、最初の段階では、その経口摂取も難しいとの事だった。


 前に、オリビアと初めて会った時にも言われていた事。

 この世界の魔力に体が馴染むまで、彼女はオレの目の前に顕現する事すら叶わなかった。

 準備期間が必然的に必要だったと言う事。


 そんな体に、突然、最強クラスの魔力をぶち込まれたら、と。


 ………そりゃ影響も出るだろうさ。


 曰く、彼も調整したからなんとかなったけど、普通は暴走起こして死んでたって。

 なんてことをしてくれたのか。

 死んでいないからまだ良いけど。

 だからって、それで良いとは出来ない。


 何故なら、


「オレの魔力が暴走したのは?」

『………半分は我の所為であるな』

「じゃあ、オレが暴走した魔力の調整に、えっらい時間が掛かったのは?」

『………それも、半分は我の所為である』

「オレがアンタの加護を受けていなければ、そもそも魔力暴走も無かったって事じゃんね?」

『………そういうことになるな』


 この結論が、導き出せるからである。


 今は、何とかなった。

 だから、大丈夫。

 それは、結果論である。


 結果良ければ、全て良し?

 それも一理あるのかもしれない。

 けど、そうじゃない事例もある。


 魔力が暴走したりしなければ、生徒達を巻き込んだあんな大事にはならなかった。

 通常通りの魔力を、通常通りに行使出来れば。

 そも、オレは魔力の暴走どころか、カンストも有り得なかったかもしれない。

 オレの冒険者としてのランクも、多少は前後した可能性もある。


 そうすれば、Sランクの認証依頼も受けずに済んだかもしれない。

 例の『転移の結界』が張られた森で、迷子になる事も無かった筈だ。

 ガンレムが反応して、オレ達を執拗に追い回す事も無かった筈だ。


 魔力云々の件が無ければ、怒らなかった事例もあっただろう。

 『天龍族』が突然、襲い掛かって来る事も無かった。

 それはまぁ、その後の繋ぎが出来た事で、相殺は出来るまでも。


 つらつらと上げて行けば、キリが無い。

 なのに、コイツは自分の魔力が影響している事を知った上で、オレに劣等生だのなんだのと言っていた。

 しかも、魔力の暴走の折に、コイツは何をしたか。

 オレの過去をほじくり返して、あろうことか師匠の姿を模して現れたでは無いか。

 酷いなんてものじゃない。

 卑怯だ。


 恨み言は、わんさとある。


『………それは、重々承知しておる。

 しかし、だからと言って、我が加護をしなければ主も死んでいた局面は多かろう?』

「半分は、でしょ?

 それでも、リスクは減らせた筈だよ」

『いいや、主は余計な事に首を突っ込むのが好きな大馬鹿者だ。

 どのみち、頼まれて断れないままに、あれよあれよと死んでいた可能性は高かろう』

「オレの性格の事は良いんだよ。

 そもそも、こんなカンスト魔力だって無ければ、オレは余計な事にすら巻き込まれなかった筈だ」


 討伐隊の件もそうだし、冒険者のランクもそう。

 ランクの件も認証依頼さえ無ければ、問題なく終わっていた筈だったのに。


 あ、でもその場合は、シャルと出会っていなかった可能性があるのか。

 ラピスに辿り着くのが、まだまだ先だったって事も有り得る。


『………ほれ、見た事か。

 魔力総量のおかげで、好転した事態もそもあっただろうに…』

「だからって、なぁなぁには出来ないよ」

『我とて無かったことにしろとは言っておらぬわ。

 話を最後まで聞け、相変わらずのせっかち者めが』


 詰られた。

 うぅ、と唸り声を上げてしまうまでも、本当の事だったので黙るしかない。


 とはいえ、ちょっと怒られるのは納得出来ないけど。


『………納得など、要らぬ』


 はぁ、と大仰な溜息を吐いたアグラヴェイン。

 カチン、と来る。


 だが、言われた傍から最後まで話を聞かないのも、あれだ。

 黙ったまま、先を促した。


『我とて出来る事なら、ある程度主の『器』が出来上がってから、加護をしたかった。

 時期的に、また距離的にも我が加護をする流れは、もう少し遅い筈だったのだ』

「………それは、どうして?」

『先にも言ったであろう?

 我の魔力は、精霊達の中でも上位であると。

 だからこそ、ある程度の順番としての道順が出来る様に、『石板』を配置したのだ』


 彼の言葉に、少しだけ戸惑ってしまう。


 要約すると、オレが上位精霊と契約する流れは、決まっていたと言う事になる。


『左様だ。

 主は、女神以外で『石板』の封印を解ける唯一の『予言の騎士』。

 そうして、封印を解き悪魔を消滅させた後は、精霊達も快く契約を引き受けるよう、あらかじめソフィアからの伝言を賜っておる』


 えっ…っと、それは有難い、のか?


 まぁ、でも確かに思い返してみれば、サラマンドラもかなりフランクだった。

 封印が解けたから、動けるようになった。

 暇だから一緒に行く、というのが一連の流れの様にも感じられたしな。


『あ奴は、おそらく伝言を覚えていないだけだ。

 『石板』を破壊された事によって、封印されていた奴の記憶も一部が欠如したらしい』


 ああ、なるほど。

 確かに、彼は重要な部分を、あまり覚えてはいなかった。


 ただ、サラマンドラは伝言を覚えていなくても、契約をする事だけは分かっていたらしい。

 そして、封印を解けるのは『予言の騎士』だけだ。

 手を振り払う理由も、契約をしない理由も無かったのだろう。


 おかげで、戦闘が楽になったと言う事もあるし、そう言う事なら頷けるだろうか。


『『石板』を配置したのは、女神だ。

 あれは、主がどこに召喚されるのかも予知していた』

「………ダドルアード王国に来たのは、その所為か?」

『左様だな。

 『聖王教会』の本部があり、女神達も近い。

 また、一番最初に、力は強大であるが魔力が少ないサラマンドラと、すぐに契約が出来る様に、という采配だった訳だ』


 そんなことまで、『予言』してたのかよ、女神様。

 ………全知全能って事で良いのかな?


 ただ、なんとなく分かったかも。

 オレが封印を解くことで、『石板』に封印されている精霊は解放され、悪魔は消滅する。


 その間に、溜め込んでいた女神の力も解放される。

 女神の眠りを覚ます力が増幅され、代わりに災厄を目覚めさせる力は減少する。


 オレは、その封印を解く役割を任された。

 それこそが、『予言の騎士』としての、一番の職務となる訳だ。

 そして、その道中で解放した精霊達は、自身の味方に出来る。

 つまり、オレ自身のレベルアップも見込める。

 ただし、オレの『器』としての許容量が決まっているので、レベル的に比較しうる精霊達を契約していけ、と言う事。

 それで、『石板』の配置が決まっていた訳だ。


 ………聖龍ションロンがオレの加護をしてくれなかったのでは、その所為か?


『………否定は出来ぬな。

 我と共に聖龍ションロンまで契約すれば、今度こそ主の魔力総量は人智を越えるであろうよ…』

「………どのみち、今の時点でも十分だけどねぇ…」

『そう言ってやるな。

 聖龍ションロンは特にソフィアに従順だったから、律儀に伝言を守っているのだろうさ』

 

 魔力総量問題にげっそりしたのは、さておいて。

 結局のところ、オレが聖龍ションロンの加護を受けられなかった理由が分かって、心底ホッとした。

 オレが蛇だの何だの騒いだ所為じゃ無かった。

 ………本当に良かった。


 って、………あ。


「…でも、今聖龍ションロンが眠ってるって聞いたんだけど、どういう事?」


 そういえば思い出した。

 眠る前に、叢洪さんが怒鳴り込んで来た時の事だ。


 なんか、聖龍ションロンが眠りに付いたとかなんとか。


『それに関しては、私も説明を願いたいのだがな?』


 ふと、そこで。


 もぞり、とオレの首筋から、鎌首を擡げた叢金さん。

 そういや、抱っこしたまま眠っていたんだっけ?

 いつ起きたのかは分からなかったが、今までの会話はほとんど聞かれていたって事で良いのだろうか。


 くわぁあ、と伸びをした叢金さんは、癒しだった。

 少々不謹慎ながらも、彼の小さな手足と翼が動く姿を目で追って、ついついほっこりとしてしまった。


 閑話休題それはともかく


『………無論ではあるが、少々我も計り兼ねておる事象だ』


 アグラヴェインは、先ほどの叢金さんの問い掛けに、徐に頷いた。

 多少渋っているのはあるだろうが、『観念する』と言った通り、オレ達の疑問には答えてくれる様だ。

 僥倖な事。


 だが、


『主の体にくさびを打ち込み、『天龍族』が『龍王』としての昇華の兆候を止めた。

 その分、主の体に無理が掛かっている』


 彼からの答えには、僥倖と思えなかった。


「………どういう事?

 くさびって、何?」


 聞かされた言葉の意味が、理解出来ない。

 くさびと言われた言葉の意味は理解出来ても、その内容の意味が理解出来ない。


 しかも、『龍王』としての昇華の兆候を止めた?

 ………いや、それが目的だったから有難いとはいえ、いつの間に終わってたの?


 ってか、その『龍王』としての昇華の兆候を止める為に、………楔?


『主の体は、既に『龍王』としての昇華の兆候を、全て終えていたのだ』


 アグラヴェインが、淡々と続けた言葉。

 だが、体から噴き出す『闇』や垂れ流す雰囲気も相俟って、苦々し気にも思えた。


『なるほど…、魔力の質の違いは、その所為であったか』


 叢金さんは、既に理解出来たらしい。

 だが、オレに取っては、未だにさっぱりだ。


 そんなオレの事を分かっているのか。

 アグラヴェインは、全てを語り始めた。


『主が『天龍族』の『血』に適合してから、主の体に起こっていた異変。

 最後の一つである『記憶の共有』も、既に主は終えていたのだ』

「………えっ、そ、れ…いつ?」

『………南端砦での戦闘を終えた後』


 オレが、『龍王』としての昇華の兆候を全て、終えていた事。

 曰く、最後の兆候である『記憶の共有』も終わっていたと言うのだ。


 既に、『龍王』としての覚醒期間に、移ってしまっていた。

 そんなの、オレは知らなかった。


『主は、4日近く昏倒していた筈であったが、その時にだ。

 無論、主には記憶が無い筈だ。

 我が、蓋をし、自覚することの無いように、隠しておったからな』


 知らなかったのは、無理も無い、と。

 そう言って、辟易とした様子で溜息を零したアグラヴェイン。


 ついつい、怒りが勝る。

 何それ?と。


 記憶に蓋をしたって、何?

 これも、隠し事だったの?

 なんで、ちゃんと教えてくれなかったの?


 結果的に、オレは人間じゃなくなっているって事じゃないか。

 しかも、その件で涼惇さんから問い合わせを受けた時、『記憶の共有』はしていないって、しっかり言っちゃったじゃないか。

 嘘を吐いてしまったじゃないか。


 知らなかったなんて言い訳は、通用しない。

 ………何てことしてくれたんだ。

 今でも微妙な関係であると言うのに、これでは信用も何も無い。


『………済まなんだ。

 まだ、間に合うと、勝手に判断した結果が、これだ…』


 ただ、オレの内心を感知して。

 アグラヴェインは、この件での秘匿に関しても、素直に謝罪をくれた。


 言葉通りに、本当に申し訳ないとは思っているらしい。

 立ち昇っている『闇』や雰囲気も、心なしか憔悴していたから。


 腹が立つとは、思った。

 けど、この件に関しては、彼でもどうしようも無かったんじゃないかとも思う。


 要は、オレの体の問題。

 『昇華』の兆候に関しては、オレだって調整なんて出来ない。

 どのみち、彼には成す術は無かった。


 隠していた事に関しては、もう仕方ない。

 過去の事だ。


 それに、今はその問答よりも、大事な問題。

 先に言っていた、聖龍ションロンの事だ。


 ………ついでに、オレの体が今現在、こうして女になってしまっている事への、理由を教えて欲しいが、それは無い物強請りというものか。


『『天龍族』の『血』が、思った以上に侵食していた。

 その所為で、聖龍ションロンですらも、既に『昇華』を無効化する事も出来なかった』

「………だから、一旦止めたって事?」

『その通りだ。

 そして、その為に楔を打ち込み、内外から『昇華』の兆候を抑える術式を、主の体に刻んだのだ』


 ふぅと溜息を吐いて、説明を終えたアグラヴェイン。


 オレも意識が無くて知らなかった。

 そんなことを、してくれていたとは思ってもみなかった。


「………でも、内外からって事は?」

『その術式に必要な魔力は、主の体に宿る我等精霊が礎となるものだ。

 つまり、我等精霊が契約の度に、楔を強化していく手法となる』

「あ、じゃあ、つまり、サラマンドラとアグラヴェインが中からで、外は、聖龍からって事か」

『理解が早くて助かる』


 つまり、今のオレも、『天龍族』の『血』を封じられた状態だって事だ。


 抜き取る事は既に出来ない。

 大量出血でもすれば違うのだろうが、無理な話。

 そもそも、肉体が変質してしまっているのだから、多分それだけでは無理があるのだろう。


 抜くのが無理なら、止めるしかない。

 つまり、病気と一緒。

 進行を抑えて、現状維持を目指すのだ。


 そして、その術式には、聖龍ションロンであっても、大量の魔力が必要で、完全では無かった。

 それを補うのが、アグラヴェインやサラマンドラ達精霊。

 今後、契約をしていくだろう、精霊達の存在が重要不可欠。


『先にも言った通り、主の魔力は既に聖龍ションロンと同格であった。

 だからこそ、術式を刻むのにも維持の為の魔力を注ぐのもそれ相応の魔力を消費し、結果として奴は今まで溜め込んでいた魔力を使い果たした。

 眠りに付いたのは、その所為だ…』

「………結果として、オレの所為なんだな」

『………そう言い換える事も出来る。

 だが、言うなれば『天龍族』としての『昇華』の兆候さえなければ、そもこのような結果には成らなかった筈だ』


 そう言って、アグラヴェインが見たのは、叢金さんだった。

 視線を向けられた叢金さんは、と言えば、心無し憔悴した様子でオレの首筋に頭を伏せた。


『済まぬな、ギンジ。

 それに、『闇』の精霊殿も、私の勝手な行動で随分と心労を増やしてしまったようだ』

「………でも、全部が彼の所為じゃない」

『無論、我もそれは分かっている。

 結果としてならば、この件は大まかに例の合成魔獣キメラ騒動から尾を引いた不幸な結果と言えよう』


 そこで、言葉を切ったアグラヴェイン。

 彼が口を閉じたと同時に、部屋の中に静寂が訪れた。


 しかし、


『………主の、その体の変化も、おそらくはその所為である』

「………えっ?」


 ややあって、再び口を開いた彼。


 言及したのは、オレの体の変異。

 つまり、オレが絶賛、女になってしまっている問題である。

 少々不謹慎ながらも半分、聞き流してしまった。


 多分、頭の整理がまだついていない所為だと思うんだけど。


聖龍ションロンが施した例の楔は、未だに中途半端。

 まだまだ、『龍王』としての『昇華』の兆候が収まった訳では無い。

 ………その主の体の反応を見るに、おそらく楔の隙間を抜けて『天龍族』の『血』が更に『昇華』を進めようとしている可能性が高い』


 オレの様子は、無視スルーして。

 アグラヴェインが言葉を続けるうちに、段々とオレも思考がクリアになっていく。

 真っ白に、という意味でだ。


 -----『………お兄さん、気を付けてね。

 多分、今回の事も含めて、きっともっと大変な事が起こりそうな気がするから』-----


 今日の朝方の、『夢渡り』の少年の言葉。

 それが、自棄に鮮明に思い出された。


 大変な事になっているのは、間違いない。


 この体の変異が、『天龍族』の『血』が、抵抗している証。

 つまり、オレが、もしくはアグラヴェイン達が気を抜けば、あっさりと『天龍族』の『血』に、浸食される可能性がある。


 『龍王』騒動は、未だに収まった訳では無いのだ、と。


 前『龍王』陛下であり、当事者ともなっている叢金さんが、顔を上げた。


『………『天龍族』の魔力を取り込もうとしておるのだ。

 中からは既に浸食は出来ぬが、まだ外からなら取り込む事が出来るからな』


 つまりは、そう言う事。


 思い起こされたのは、『天龍宮』に来る前に話していた、ゲイル達との会話だった。

 貞操を、気を付けろ、と。


 まさに、そう言う事だ。

 『天龍族』の『血』は、オレの体を勝手に書き換えて、外から魔力を供給しようとしている。

 雄を誘う雌の匂い、というのが良い証拠。


「………オレ、『天龍族』男性陣にとって、格好の餌って事?」

『………そうなるな』

『私達が全身全霊を持って守ってやるからな?』


 アグラヴェインの肯定に、傷付いた。

 叢金さんの言葉には、素直に頷けない。


 なまじ、現在は『天龍族』男性陣の、発情期が重なっているのだから。


 周りが敵だらけ。

 四面楚歌とはこの事か。 


 命の危険を感じていたのは、最初からだったが。

 それが貞操に変わるとは思ってもみなかった。


 そんな危険は、要らなかった。

 こんな危険は、考えたくなかった。


 これまた、無性に嫁さん達に会いたくなった。

 ついでに、マイラヴァーであるガルフォンにも会いたくなったが。


 なんで、オレばっかり、こんな目に…ッ!!

 本当に、オレは厄年であるとしか言いようが無い。



***

アサシン・ティーチャーの貞操が、マッハでピンチ。

まさにその通り。


ただし、ご安心ください。

ホモ作品では無いので、描写が入る事はありません。

もちろん、危険な匂いは漂わせるつもりではありますが、それでもホモォ\(^q^)/な話にはなりません。


男しかいない時点で、既に末期かもしれませんけどね。



誤字脱字乱文等、失礼致します。

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