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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、『天龍族』訪問編
157/179

149時間目 「社会研修~『石板』の主~」

2017年3月29日初投稿。


続編を投稿させていただきます。

絶賛スランプ。

変な話になってたらゴメンなさい。


149話目です。

***



 ギンジ達が、『天龍宮』へと招待されて、早3日。


 少々、不眠の所為か、体がだるい。

 執務机で最後の書類へとサインを施し、ようやっと一息吐いた時。


 整える時間も無く、鬱陶しく伸び始めた前髪を掻き上げて、冷めたコーヒーを啜った。

 苦みに、ぼーっとしていた意識が覚醒する。


「(………アイツは、大丈夫だろうか)」


 心配では無いと言えば、嘘になる。


 涼惇からのお墨付き、とギンジが言っていた通り。

 勿論、庇護はあるのだろう。

 でなければ、慎重過ぎるきらいのあるギンジの事だから、そも訪問には踏み切らなかった筈。


 だが、彼の真意は、未だに読めない節がある。

 信用が足りない所為か、いまいち言葉が足りない。

 それが自身の過去に犯した罪状を鑑みた結果だとは分かっている。


 だが、そう分かっていても、感じるもどかしさ。

 いっそ歯痒いとも思う。


 それでも、オレがここにいると言う事実。

 生かされていると言う事実。


 そして、大事な局面を任されているという事実がある。


 執務机に無造作に散らばった書類。

 それを眺め下ろしてから、ふぅと溜息半分に立ち上がる。


 そろそろ、準備を始めなければならない。


 書類は、揃えた。

 一通りと言わず、出来る限りの調査を加えた上で。


 それも、ヴァルト兄さんの護衛ハルまで動員して、徹底的に調べた結果。

 罪状は、少なくとも200件に及ぶことになった。


 全ての訴追は、時間が足りず。

 だが、主立った罪状に関しては、目途が立っている。


 重要な証人(・・・・・)も喚ぶことに成功し、後は訴追を待つだけ。


 今日が、その最終局面。

 オレに取っての、大一番。


 今日が、異端審問の当日である。


 懸念材料は、水面下で動き回っていたらしい、父親であるラングスタ・ウィンチェスターの動向。

 だが、そちらもハルや、その他優秀な諜報員のおかげで、杞憂となりつつある。


「(このまま、押し切る。

 ………そうすれば、騎士団を根本から変える事も出来る)」


 『闇』属性が冷遇される事実。

 犯罪者紛いに、南端砦に押し込められる無念や怨嗟は、もう聞かなくて済む。

 家格や抑え込みに寄る、優秀な人材が埋もれる現状も打開が出来る。


 そして、彼自身が操り人形(マリオネット)から解放される。


「………こんな風になるなんて、数年前までは考えられなかったな」


 自嘲気味に微笑んだ。


 思ってもみなかった事だ。

 それこそ、命令を遂行するだけで、必要な政策や待遇を感受出来た数年前までを思い返す。


 あの時の自分は、こんな風になるとは思ってもみなかった事だろう。

 たった一人の友人のおかげで、自身の境遇すらも見直し、また改善出来てしまうまでに好転出来た事実等。


 そしてそれが、名実共に『予言の騎士』と謳われる御仁だとは。


 そこで、扉をノックされた。


「ああ、入ってくれ。

 今、書類をまとめる」


 気配を察知すると、見知った気配であった。

 手早く書類をまとめながら、入室の許可を出す。


「………根詰め過ぎんなと言ったよな?」

「根は詰めたが、過ぎてはいない筈だ。

 それに、もう終わったのだから、後は審問会を待つだけだ」


 苦々し気な表情で、扉の先に立っていたのはヴァルト兄さん。

 オレに取っては、彼もまた状況の改善によって、立ち位置が変わった実の兄。


 先にも思った通り、こんな風に普通の兄弟として会話が出来るようになるとは思ってもみなかった事だ。

 これまた自嘲気味に微笑んだ。


「何をニヤニヤしていやがる?」

「………別に、ニヤニヤなど」

「鏡を見てみろ」


 等と言われても、貴族の子女でも無いので鏡は持ち歩いていない。

 ただ、彼にとってはあまり見れた顔では無かったか。


 だが、こんな会話があると言うだけでも、数年前には考えられなかった事。

 ましてや、微笑み合う事が出来る事等あり得なかった。


 オレに取ってはくすぐったい程に嬉しい事だった。


「とっとと身支度整えて、行くぞ」

「ああ、分かっている」


 だが、オレの顔を見るだけに来た訳では無い。

 そんな兄の様子を見て、オレも努めて表情を引き締めた。


 時間だ。

 オレ達の、オレ達兄弟の最期の戦い。


 書類をまとめて、忘れ物が無いかを確認。

 そこから、執務用の騎士服の上から、巡回用の騎士服や甲冑を着こめば、準備は終わった。


 視線で急かすヴァルト兄さんに、謝罪を落としながらも執務室を出た。

 その時、


「お前がいなければ、始まらないのだぞ?」


 後ろ背に掛けられた声に、振り返る。


「…ヴィズ兄様、お早い到着で…!」

「間に合わないよりも、その方が良かろう。

 当たり前の事を言っていないで、鏡を見てその髪をどうにかしろ」


 そこにいたのは、もう一人の兄であるヴィズ兄様こと、ヴィンセント・ウィンチェスター。

 オレの様子を見て、これまた呆れた表情だった。


 ヴァルト兄さんにも言われたが、オレはそんなにみっともない姿をしているだろうか?

 まぁ、確かにギンジ程は、身支度に頓着しない。

 その所為もあって、常に髪がぼさぼさで、『異世界クラス』に行くと、ミズホやスギサカ姉妹にブラッシングをされる事はあるが。


 オレの表情を見て、ヴィズ兄様とヴァルト兄さんが顔を見合わせて苦笑を零す。


「手の掛かる弟だよ、まったく」

「その通りだな」

「うわっ、…もっとみっともなくなるだろう…!?」


 ヴァルト兄さんから、頭を撫で繰り回される。

 最近、兄からのこうしたスキンシップが増えたのは嬉しいが、地味に痛い上に恥ずかしい。


「おう、整えてやるよ、子犬」

「ヴァルト、残念ながらゲイルは大型品種だ…」

「オレは犬じゃない!」

「ははっ、そう言うなら、ちゃんと自分で毛づくろいをしておくこった」

「そうだぞ、ゲイル」

「だから、犬じゃない!」


 なんて、兄2人に揶揄われながら。


 胸に響く彼等の笑い声。

 やはり、歯痒くも面目映い感情に、口元が緩んでしまった。


 数年前の、迷い悩み、荒れていた自分に教えてやりたい。

 希望はあるのだ、と。

 命令を遂行するだけでは、駄目だったのだ、と。


 未来は、自分で掴み取る為にあるのだ、と。


 瞼が熱くなったが、抱え込まれた兄の腕の中で努めて堪える。

 今は、泣くべき時では無い。


 これから、戦うのだ。

 オレ達を苦しめていた、元凶である父と戦う事になるのだ。


 ならば、涙などいらない。

 勝ち戦では無く、苦戦を強いられる事は分かっていながらも、それでも戦う。

 最後まで、戦い抜く。


 託されたからだ。

 兄達の想いや、ギンジからも彼や彼の大事な生徒達の為に、託されたから。


 だからこそ、負ける訳にはいかない。


「うおっ…こら、この大型犬が…!」

「おっとっと、虐め過ぎたのでは無いのか、ヴァルト」

「ヴィズ兄様もどっこいどっこいだ。

 まったく、オレは犬では無いし、そも犬なら会話もしない!」


 手始めに、オレの頭を抱えている兄をそのまま担ぎ上げる事から始めよう。

 そして、このまま廊下を闊歩してやろう。


 何、『異世界クラス』の鍛錬の結果で、オレも成人男性を抱え上げても平気で歩けるようにはなっているのだから。


「降ろせ、馬鹿犬!」

「犬は人間を担ぎ上げたりはしない」

「はははっ、一本取られたなヴァルト」

「………ったく、言う様になりやがって…!」

「兄さん達の所為で、オレも逞しくなったらしいからな」


 昔は、逆だった。

 だが、今はこうして平然と担ぎ上げて、笑っていられるのが楽しい。


 希望は、手にした。

 次は、守り抜くのみ。


「ヴァルト兄さん、頼んでいた例の件は?」

「おう、ハルがもう迎えに行った(・・・・・・)よ。

 多分、そろそろ到着する筈だ」


 その言葉に、小脇に抱えた書類を握る手に、力が篭る。

 手札は揃えた。


 証人である、ヴァルト兄さんも、ヴィズ兄様もいる。


 決戦を待つだけになった現状。

 気負いが無いと言えば嘘になろうとも、肩の重みで気合が入る。


 背負っているのは、自分だけでは無い。

 自分の未来だけでは無い。


 そう考えるだけで、奮い立つ事が出来た。


「………なぁんだ、全然平気そうだったじゃねぇの?」

「ああ、ハルも勤めを果たしてくれて感謝する」


 廊下の曲がり角の先には、ハルがいた。

 ご丁寧にも、オレ達がこれから審問会に臨む、会場の目の前だ。


 そんな彼は、オレ達の様子を見てクスクスと笑っているだけだったが。


 おおかた、オレが体調を崩していないか、気掛かりだったのだろう。

 以前、兄2人の時には、立て続けに吐き下していたからな。


「おい、ハル、コイツの腕切り落としてやれ」

「ははっ、オレのナイフじゃ丸太みてぇなコイツの腕は無理だ」

「普通に答えないでくれ、怖いから」


 ようやっと、担ぎ上げた兄を降ろし。

 そうして、改めてパタパタと簡単に身支度を整えるだけ。


 そこでふと、手が伸びて来た。

 がしがし、と折角整えた髪を撫でられて、少々撫すくれた表情をしてしまったものの、


「………どんな結果になろうとも、オレ達はお前を恨む事はしない」

「…ヴィズ兄様…」

「だから、気負う事も、オレ達の事までお前が背負う事はしなくて良い」


 そう言って、微笑んだヴィズ兄様に言葉を失った。


 オレの髪を撫でて、そのまま整えてくれた兄様は、そんなオレの表情すらも苦笑を零して。


「行って来い、ゲイル。

 応援しているから、しっかりと最後までやり遂げろ」

「………ええ!」


 背を押してくれる。

 ヴァルト兄さんやハルの、笑い声を後ろ背に聞きながらも、その手に後押しをされるようにして踏み出した。


 扉が開かれて、審問会の会場が目の前に広がる。


 既に到着していたのか、ラングスタは審問席にいた。

 オレに挑む様な視線を向けた後は、視線を逸らして彼方を向いていた。


 そして、周りを囲む様な傍聴席には、満員とも言える程の官職や貴族達。

 ちらほらと見受けられるのは、おそらく父の派閥であった伯爵家や子爵家の者達だろう。


 だが、その中でも、


「あ、やっと来た!

 ゲイルさーん、ここここ!」

「ちょっ、徳川、そんな大声は流石に五月蝿いよッ」


 場違いな程に清々しく、明朗たる声。

 思わず微笑んでしまったのは、仕方が無いだろう。


 オレが証言する筈の弁護側の傍聴席。

 そこには、異色とも言える一団が、座っていた。


 何を隠そう、『異世界クラス』の面々だ。


 先に騒いだのは、徳川カツキ浅沼ダイスケ


 そんな彼等と共に、


「主役が、やっと来たな」

「場違い感満載だったもんね、オレ達」

「キヒヒッ、遅いヨ、ゲイルさん」


 代表としてオレの証言台の横に座ったナガソネと、その後ろの傍聴席で苦笑を湛えて出迎えたカナンにキノ。


「あ゛ー…、こんな席初めてだから、超焦るんだけど…!」

「でもでも、なんか興奮すんじゃん!」

「うん、なんか映画のセットみたい…!」


 室内でも眩しい程の金髪のスギサカ姉妹と、黒髪で愛らしいミズホが最前席。


「わ、私も審問法廷なんて入るのは初めてです…ッ」

「ど、堂々としてれば良いのよ!」

「そ、そう言いつつ、お主は震えておるでは無いか」

「………お前もな」


 ルーチェとシャルが緊張した様子。

 そして、それを揶揄おうとしているラピス殿も同じような有様である。

 ローガンは呆れながらも、いつも通りと言えるだろうか。


 そんな彼等の様子を見れば、俄然気負いは無くなった。


「済まないな、皆。

 わざわざ、足を運ばせたのに待たせてしまって」

「いや、大丈夫さ。

 ちょっとばかし緊張はしたけどな…」


 そう言ったナガソネを皮切りに、各々の生徒達も頷いてくれた。

 頼もしい限り。


 オレの背を守る為、またオレがこうした席で上手く言葉が発せないハンデを補って貰う為に、同席して貰った面々だ。


 ギンジに頼んで了承を得た、秘策。

 彼も流石に彼等を引っ張り出すとは思ってもみなかっただろうが、国王も同席される審問会の席。

 彼等がいるのといないのとでは、結果も大違いとなるだろう。


 まぁ、帰って来た時には、許可を得ていたとは言え謝らねばなるまいが。


 オレの味方。

 彼等が、オレの切り札。

 そして、オレの本気。


 眼を向けた先で、もう一度父上がオレを挑む様に見上げていた。

 その眼から読み取れるのは、怒りか焦燥。

 そして、訴えかける様な、縋る様な色までもを見受けられた。


 何を訴えかけているのかは知らないまでも、もう遅い。

 今気付いたが、その背後には母の姿もあった。


 母もまた、オレに縋るような視線を向けている。

 父の事もあるだろうが、心配なのは妹たちの事であろう。


 それでも、オレはこの審問会を辞める等と言う、選択肢は持てなかった。


「これより、審問会の開廷を宣言致します!」


 法廷に響いた、審問官と判事の宣誓。

 戦いの合図だった。



***



 新しい朝が来た。

 希望は、ちょっとだけ見いだせた筈だ。


 昨日の朝から続いている鍛錬は、相変わらず榊原がバタバタ倒れながらも続けている。


 香神やディランは、呼吸器への負荷があってか調子は悪そうだ。

 間宮も、少々やり辛そうにしていた。

 オレは、逆に調子が良いぐらいである。


 ちなみにではあるが、泉谷達は朝は出て来れなかった。

 まぁ、夕方の鍛錬の所為もあって、朝起き出せなかっただろう事が分かる。


 ついでに、泉谷は体調が悪そうにしていたが、おそらく筋肉痛。

 普段全く鍛錬していなかった事が丸分かりだ。


 これには、オレどころか生徒達が呆れていた。


 そんなこんなで、朝の鍛錬も朝食(※オレは相変わらずフルーツ三昧)も終えてから。


 今日もまた叢金さんの餌付けに来たであろう涼惇さん。

 昨夜の鍛錬での負傷は全く匂わせない、見事なご尊顔であった。


 そんな彼が、同じくフルーツを摘まみながら、


「お約束の謁見の旨、承諾が得られたぞ。

 御前はすぐにでもと申し付けてくれたが、いかがする?」

「勿論、すぐにでも…と言いたいけど、実際何か手続きはいるの?」

「特に何も。

 御前が承諾したのだから、私達にも否やは無い」


 と言う訳で、朝食の後は即座に、例の『石板の守り手』との謁見がの予定が滑り込んだ。

 僥倖な事だ。

 今日も丸一日鍛錬日和かと思っていたから、少々焦っていたのだが。


 まぁ、絶好の高所トレーニングだから、オレ達としては構わないまでも。


「………謁見をするだけなんですか?

 あの、『石板』を見せて貰う事は…」


 そこで、口を挟んで来たのは泉谷だった。

 いつも以上にヨレヨレになっている彼の様子に、涼惇さんが呆れ気味の表情をしていたのは確かに見た。


「御前の機嫌にもよるが、可能ではあります」

「あ、そ、それなら…良いです」


 頓着しない言葉と、少々胡乱げな視線。

 威圧されたかのように萎んだ泉谷は哀れ。

 だが、ヨレヨレの姿自体が哀れだからとは言ってやらないでおく。


『御前もギンジに会うのを、楽しみにしていたようであるからな。

 むぐむぐ、ひゃのひひひへほ(楽しみにせよ)』

「口に物が入ったまま喋らない」

『むぎゅむぎゅ、ごくん。

 済まぬな、ついつい焦って詰め込んでしもうた』

「………子どもか」


 なんて叢金さんのちょっとしたお茶目な様子に和んだ。


 おかげで、泉谷の件は気にならなくなる。

 ただ、そろそろ、また贔屓だなんだと騒がしくオレに噛みついて来るだろう。

 構い続けるのも疲れるので、オレも無視だ。


 しかし、1つ気になる事。


「楽しみに…って言われてもなぁ…」

『何、御前は寛大な方であるからして、お主ぐらいは軽く懐に招き入れてくれるであろうよ』

「………ちなみに、属性は何?」

「御前は、『聖』属性だな」

『うむ、最強とも謳われる精霊様である』

「………楽しみに出来る要素が、どこに?」


 怖いよ、それ。

 そして、楽しみには死んでも出来ない。


 上位精霊と分かっている段階で構えちゃうのに、それが最強だのなんだのと言われちゃ、こっちのSUN値がゼロ振り切ってマイナスになっちゃう。


 アグラヴェインみたいな兄貴分か。

 はたまた、サラマンドラみたいな気さくで快活な精霊か。


 彼等の言葉遣いを聞く限りでは、古風な感じが予想出来る。

 どうしよう、亀みたいなお爺ちゃん精霊が出て来ちゃったら。 


『まぁ、貴殿ならば、気に入られる事は間違いない』

「然もありですな」

「………その根拠は?」

『寡欲すぎる根性だ』

「過剰な程の努力家である事だ」

「………叢金さんはともかく、涼惇さんのそれは素直に喜べない!

 まさか、昨日の件、まだ根に持ってる!?」

「はははっ、まさか。

 冗談に決まっているだろう!」


 なんとも分かりにくい冗談が来た所為で、朝からげっそり。

 叢金さんは会話よりも目の前のフルーツに夢中になったのか口を動かしながら、頷いているだけである。


 ………オレより食ってる事実に気付こうか。

 食費が国家予算ってマジな話だったのね、飛竜って。


 閑話休題それはともかく


 そんなこんなで、オレ達の御前こと『石板の守り手』様との謁見が決まった。



***



 迎賓室に案内されると、既にそこには候補者達が揃っていた。


 相変わらずオレに対して不機嫌そうな叢洪さん。

 相変わらずオレに対して俯きがちな叢玲さん。

 相変わらずオレに対して剣呑な視線を向ける明洵さん。

 相変わらず戦闘狂バトルジャンキー的な雰囲気の朱桓さん。


 個性が強い。

 癖が凄い。


 ただ、今日はちょっとだけ、勝手が違った。


『おお、本当に飛竜の妖精に生まれ変わっておられたのですね!』

『お労しいお姿でございますな。

 早く成体になれるよう、我等もお手伝いをさせていただきたく…』

『間に合っておるよ。

 ギンジも邪険にせず、手ずから食べさせてくれるからな』


 なんて感じで、オレでは無く叢金さんに群がるのが明洵さんと朱桓さん。

 眼の色を見て、点数稼ぎだとすぐに分かる。

 オレには目もくれていない時点で、既に叢金さんがお怒りモードなのは気付いていないだろうけど。


『飛竜の妖精…良いな』

『………何が良いものか。

 あんな風に、人間に頭を垂れる等…』


 叢玲さんは興味深そうではあるが、逆に叢洪さんは随分とご機嫌斜め。

 明洵の言葉通り、お労しいお姿だからかね。


 ただ、どちらかというと、オレに向けてお怒りモード?

 ………叢金さんの餌付け発言の所為じゃねぇだろうな?


『落ち着かれなさいませ、御三方。

 御前を待たせているのですから、ご歓談はまた後に…』


 涼惇さんが収集してくれたので、これ以上は群がられる事は無いらしい。


『(どうする?

 あ奴等、叱りつけておこうか?)』

『(気にしなくて良いよ、そう簡単に態度を急変されるのも気持ち悪いし)』


 こそりと、念話で落とし込まれた叢金さんの言葉には苦笑が漏れた。

 やはり、彼としてはオレを無視して話を進めていた彼等の様子にお怒りだったらしい。


 ただ、掌返しは御免だ。

 気持ち悪いと言う言葉の通りだし、信用をしていないのだから当然のこと。


「では、ギンジ殿、イズミヤ様、ご案内いたします」


 これまた、涼惇さんの先導。

 今度は、迎賓室から『石板の間』へと向かう。


 泉谷は、昨日と違って背中に大剣を背負っていた。

 どうやら、彼の獲物らしい。

 初めて見たかもしれない。

 『異世界クラス』の校舎に来た時には、背負っていたっけか?


 なんてライバルの獲物観察はさておき。


 昨日案内を受けた時には、『石板の間』は案内されなかったので、オレとしても道順は微妙だ。

 香神が覚えてくれているだろう。


 だが、それにしても、似たような造りが多く、分かり辛い城だ。

 徹底して統一されていると言う辺り、わざとらしく造りを同一にしている感じ。


 元々が居城だったのは間違いないだろう。

 おそらく遺跡になる前も、こうしてゲリラ対策として設計されていると予想された。


「到着いたしました」


 そうこう考えている内に、『石板の間』へと到着。


 涼惇さんの声で我に返り、目の前の扉を見上げた。


 デカい。

 ダドルアード王国の王城でも、ここまでの大扉は城門ぐらいしかお目に掛かったことは無い。


 精巧なリーフのような模様の彫り込まれた額に、真っ白なキャンバスに影だけを浮き彫りにした絵画を嵌め込んだような大扉。

 持ち手は金細工で、これまた精巧な模様と格式美に富んでいた。


 オレどころか、生徒達も茫然と。

 口を開けて見上げる様は、完全におのぼりさん。


 ただ、泉谷達は平然としていた。

 後から聞いたら、『黒竜国』や『青竜国』にも、似たようなものがあったらしい。

 ちょっと悔しい。


 そして、オレ達の様子に満足してか。

 涼惇さんが微笑ましそうに見ているのに気付いて、こちらもちょっと恥ずかしい。


「この先が『石板の間』となり、我等が御前『聖龍ションロン』様のおわす間となります」

「………聖龍ションロン…?

 って、あ゛…ッ!」


 あーーーっ、思い出した!

 『聖龍ションロン』って、各地の『石板』に『人払い』の結界を掛けた精霊の名前じゃん!

 女神とその眷属、『予言の騎士』を選定している張本人。


 そうだよ、『聖』属性とか聞いてたじゃん。

 しかも、女神ソフィアからの信頼も厚かったからこそ、封印にも携わったって話。


 属性の問題でアグラヴェインとも犬猿の仲とか聞いてた予備知識もあるけれど。

 アグラヴェインにもサラマンドラにも、会う様に推奨されていた精霊だ!


「お耳に残っていたようで?」

「………精霊達から聞いてた…」

「そうでしょうね。

 『聖』属性にして、我等『天龍族』の始祖と共に、この居城を作り上げたのもまた彼の御前様でございますれば」


 ………名前聞くまで分かって無かったとか、恥ずかしいけど。


 しかも、この城を造ったのも、そうだとか。

 多才なのね、『聖龍ションロン』さん。


 ますます、会うのが怖くなって来ちゃったよ。


 しかし、そこで、


「承諾は得たが、先に確認したい。

 『人払い』の結界の事は、どこまで知っている?」


 問いかけて来たのは、叢洪さん。


「選定をしてくれる結界の事でしょう?

 女神とその眷属、『予言の騎士』のみが入れるとは聞いてますけど?」


 オレは、教えて貰っている通りに答えるだけ。

 だが、


「えっ…!?

 そ、それは、知りません!」


 泉谷は、知らなかったらしい。

 慌てた様子の彼と、オレとの間でまたしても温度差が生まれる。


 ………やっぱり、レプリカ壊して回っているのは、ガセじゃ無かったらしい。


「………ギンジ殿の言う通り、『人払い』の結界とは、女神とその眷属、『予言の騎士』を選定する結界の事だ。

 女神は言わずもがなソフィアであり、その眷属は女神と契約していた精霊達。

 『予言の騎士』は、今この場にいる貴殿等2人のどちらかの事だ」


 改めて説明してくれた叢洪さん。

 ただ、あからさまに面倒臭そう。


 しかも、オレでは無く説明したのは、泉谷だろう。

 視線までも胡乱げ。


 余波がオレにまで、来ない事を祈ろうか。


「………視覚、聴覚、嗅覚、触覚の4つに働きかけ、条件を満たしていない者は通り抜ける事はおろか、その先を見通す事も出来ない。

 ここまでは分かるか?」

「え、ええ、………はい」


 見るからに不安そうな泉谷。

 引き続き説明をしてくれている叢洪さんからの言葉にも、おどおどと。

 随分と怯えた様子だ。


 オレは一度通った事があるから知っている。

 ただ、彼としては扉はともかく、結界については初見。

 緊張しているのだろう。


 だが、


「………まずは、扉を開けて貰おう。

 話は、それからだ」


 叢洪さんは、そう言って会話を途切れさせた。


 これには、オレも泉谷も顔を見合わせた。


 中々、意味深な事を言ってくれる。


 つまり、『人払い』の結界は、扉の範囲という事になるのだろう。

 中が見える、もしくは開けるかどうかは本人次第。


 ………さて、どちらが先に行くか。


「………どっちが良い?」

「ど、どっちと言われても…」

「先攻後攻って事だ」

「………あぅ…」


 決めあぐねている様子の泉谷に、溜息。

 こんな優柔不断で、良くぞまぁ騙される事無くここまで来れたものである。


 ………騙された結果だったか?

 まぁ、それでも良いや。


「じゃあ、オレが先に行く」

「…えっ!?

 い、いえ、僕が行きます…!」

「なら、早くしろ」

「…へっ!?」


 先に行くと言ったのだから、先に言って貰おう。

 言質は取った。


 半ば誘導尋問の様なもので、泉谷が戸惑っていた。

 背後で、彼の生徒達までもが溜息である。


 だが、オレの様子を見て、先に行く事を決断してからは、そのままおずおずと扉の前に立った。


 深呼吸が聞こえた。


「………よし」


 小さな、意気込みすらも聞こえた。

 コイツ、本当に小心者だな。


 内心でそう考えている間に、彼は扉へとゆっくりと手を掛けた。

 そして、


 ----ギギィー………。


 扉をゆっくりと開いた。

 確かに、微かではあっても、開いた。


 もし、扉自体が『人払い』の結界ならば、これでクリアと言う事になる。

 だが、『天龍族』の面々は、然したる反応は見せていない。


 となると、中が見えるかどうか、という事になるのか。

 ………ライバルを生贄にしたとか内緒だ。


「…あ、あの、開きましたけど…?」

「中を見よ。

 何が見える?」


 扉が開いた事で安堵したのか。

 溜息にも似た大仰な息を吐き出した泉谷だったが、続いた叢洪さんからの言葉に顔を強張らせている。


 恐る恐ると言った様子で、中を覗いていた。

 扉は、ほんの微かにしか開いていない。

 ………それもそれで、どうなんだろうね?


「………台座があります。

 あッ、その中央付近にあるのが、『石板』ですか!?」


 ………見えちゃったのか。

 こりゃ、『人払い』の結界があったとしても、本物か偽物かの真偽は見極められないかもしれない。


 名乗ったら、『予言の騎士』とか?

 …んな阿呆な。


 このままの流れで決まってしまうのか。

 と、内心冷や冷やしていたものだが、


「………左様だ。

 だが、入るのは少し待って貰おうか」


 叢洪さんが、待ったを掛ける。

 泉谷は少々憮然な表情をしながらも、ゆっくりと扉を閉めた。


 どうやら、選定は扉の奥の何かを見透かす事が前提らしい。


 次に眼を向けられたのは、勿論オレだ。


 オレも少々緊張しているからか、深呼吸を一つ。

 悠然と見える様に扉へと脚を進めた。


 扉の取っ手に手を掛ける。

 手を触れた瞬間、一瞬だけ感じられた熱。

 おそらく魔力反応だったか。


 どくりと心臓を大きく鳴らしながらも、彼と同じように扉を押した。

 蝶番の軋む音と共に、オレの顔がすっぽりと収まるほどには開く。


 勿論、目の前にいるなんて馬鹿な真似はしない。

 罠でもあって、槍でも飛んで来たら直撃コースだ。


 しかし、


「-----------ッ!?」


 罠は無かった。

 当たり前である。


 目の前に見えた『石板』の間の中央付近には台座があった。

 台座の中心には、確かに『石板』が見受けられる。


 オレにも見えた。


 その代わり、彼には見えなかった何かまでもが見えた。


 長大な体躯の白い何かが、台座にとぐろを(・・・・)巻いている(・・・・・)のを確かに見てしまったのだ。



***



「ふぎゃあああああああッ!?」


 思わず叫んだ。


「∑…ッ!?(ビクン!)」

「ええっ、何!?」

「おい、どうした先公!?」

「ギンジ先生!?」


 背後で生徒達どころか、『天龍族』の面々も肩を跳ね上げたが知るものか。

 構う暇も無く、そのまま扉を閉めた。

 そう、閉めた。


 バタンッ!と大きな音を立てて、扉は閉められた。


 そして、オレはそのまま脱走とも言える様子で駆け出そうとしている。


「ちょ…ッ、っと…、待たぬか!」


 涼惇さんに、即座に止められたが。


「待てない待てない、逃がして無理ぃいいいい!!」

『こ、これ、どう致した!?』

「どうもこうも無いよ!!

 無理無理無理ぃいい!!」


 逃げるのは叶わず、その場で蹲る。

 困惑気味な雰囲気が、頭上から降り注ぐ。


 しかし、オレに取っては些末事。

 構ってもいられない。


 だって、居たよ。

 台座の上の『石板』の周り。


 居た。

 見ちゃった。


 とぐろを巻いた、巨大な蛇だ。


「蛇だけは無理なんだよ!

 蛇だけは無理なんだってばあああああッ!!」


 オレの慟哭の様な悲鳴に、周りは更に大混乱。


「なッ…ご、御前は、蛇では無い!」

『恐れ多い事を抜かすで無い!』

「それでも無理!!

 長くてデカくて鱗とかてかてかした表皮とかぁぁあぁあ………ッ」


 怒られても、恫喝されても無理なものは無理!

 最後には、涙声になって蹲る。


 取り乱しているのも十分理解しているけども、恥も外聞も今は構っちゃいられない。

 全員の目が点とか、そんなん知るか!!


「(あちゃー…)」

「ちょ、ちょっと先生、落ち着いてよ…!」 

「おいおいおいおい…」

「………それは、『龍』と言う事なのでは?」


 間宮は頭を抱え、榊原は宥めようとし、香神は呆れ、ディランは律儀に訂正を入れて来る。

 だが、言わせて貰おう。


 半分も聞いちゃいねぇよ!

 無理なもんは無理なんだよ!!

 『龍』だろうがなんだろうが、あの体躯でにょろにょろ動くって時点でもう無理!

 大も小も、漏らすかと思った!!


『お、お主、私は平気ではないか…』

「まだ蛇じゃないもん!

 飛竜の妖精だって言ってたから大丈夫だもん!」

「ご、御前だって蛇では無いのだぞ?」

「デカくて長いじゃん!

 あれ、もう十分蛇じゃん!」

『「だから、蛇では無いと言っておろうが!!」』


 涼惇さんに、引っ張り起こされそうになっても、無理。

 叢金さんに、頭を尻尾でべしべしと叩かれても、無理。


 オレは蹲ったまま、その場で動けない。

 果ては、大号泣。

 情けないとは分かっていても、沸いて出た涙は止めようが無かった。


 思い返すだけで、吐き気すらも感じる。


 アナコンダも目じゃない体躯。

 とぐろを巻いていながらも、全長は裕に10メートルを超えるだろう。

 白銀の鱗を持った、巨大な龍。


 『石板』の間の台座に鎮座してオレを待ち構えていたのは、それ。


 既に、この時点でオレが終了のお知らせ。

 目の前にしたら、卒倒するなんてことも分かり切っている。


 呆れた視線が向けられても、こればっかりは無理だった。

 立ち直る事も出来ずに、そのまま嗚咽まで漏らしてしまう。


「あ、あのさぁ…先生、ちょっと…格好を気にするとか…」

「なぁ、先公、………頑張ってくれよ?

 これだって、アンタの職務だろうが…」

「お気持ちは分かりますが…」


 宥めすかそうとしている生徒達。

 その言葉も、今のオレには逆効果。


 自棄になって反論してしまう。


「分かるもんか!

 お前達に、この気持ちが分かるもんか!!

 上からも×××(ピーーッ)からも蛇が這いまわって来る感触なんて…ッ!」

『うわぁあ…ッ』


 想像をさせてしまったらしい。

 榊原が真っ青になり、香神が嘔吐いていた。

 ディランはそのまま後退る。


 ドン引きだった事だろうな。

 オレの名誉の為に、kwskは出来ないまでも。


 間宮だけは、オレの背を撫でて宥めようとしてくれている。

 だが、まだまだ落ち着く事は出来ない。


 謁見って、今から入らなきゃいけないって事でしょ?

 この扉の先に。

 今から、オレが、あの巨大な蛇の前に、のこのこと!


 考えるだけで、無理!!


「無理ぃ…!ラピスぅ…ローガぁン…!

 帰りたいよぉ~…ッ!」

「子どもか…」

「うわぁ、駄目だこりゃ」

「これはこれで新鮮ですが…」

「(………卒倒するのが早そうですね)」


 生徒達の言葉通り、駄々をこねる子どもだ。

 もう、情けない。

 情けないと理解していても、もうどうすることも出来ない時点でアウトだ。


 そして、間宮は大正解。

 謁見の前に、オレが卒倒するわ。


 そんな中、


「………ごほんっ!

 取り乱しているところを悪いが…」


 誰もが硬直している状況で、言葉を発した勇者。

 叢洪さんだ。


 オレに向けて、呆れた視線を隠さずに見下ろして来た。


「ぐすん、…無理」

「まだ、何も言っていない」

「無理なものは無理!

 中に入るのは、無理!近付くのだって無理ぃ!

 ましてや、アイツの腹の中に納まるのだって無理ぃい!!」

「ええいっ、やかましいわ!

 誰も貴様の様な狼藉者を御前に供物に捧げる等言っておらん!」


 これまた恫喝された。

 しかし、こっちは既に泣きじゃくっているだけで、呼吸が精いっぱい。

 顔を上げる事も出来ないままで、蹲って更に嗚咽を漏らす。


 だが、彼が言いたいことは、そう言う事では無かったらしい。


見えたのだな(・・・・・・)?」


 見えたか、見えなかったか。


 やはり、選定の基準は、扉の向こう。

 台座と『石板』、そしてあの白蛇がセットで見えてこそ、結界の範囲だったらしい。


 しかし、


「見えたよ、見ちゃったよ!

 バカでかい白蛇が見えたからって、何!?」


 やはり、オレは自暴自棄に叫ぶしか出来ない。


 この時、オレの脳内には例の『人払い』の結界だとか、『石板』の存在とか、ましてや謁見の最中という事も頭から吹っ飛んでいたからな。


「だ・か・らぁ!!

 尊き御前と、卑しい地を這うだけの蛇蝎如きを一緒にするでは無い!」

「オレに取ったら、一緒だよ!

 にゅるにゅるしてる時点で、一緒だもん!!」

「御前はにゅるにゅる等しておらぬ!」


 更に恫喝を受ける。

 そして、話が変な方向になった。


 叢洪さんがにゅるにゅるとか言うと、なんか卑猥ね。

 話が逸れた。


「くっ、………こんな奴が『予言の騎士』とは…ッ」

「世の中、不思議なものです」

『うむ、現実は厳しいものだ』

「推挙したのは貴方方では無いか!

 何を達観しているのか…ッ!」


 更に話が脱線した。

 今度は、オレだけではなく、涼惇さんや叢金さんにまで恫喝している叢洪さん。


 額には青筋が浮かんでいる事だろう。

 プッチンしない事を切実に祈るしか出来ない。


 ………元凶となったオレが言うのも、どうかと思うがな。



***



 ふと、そんな時の事だった。


 ーーーーーー………リィン。


 扉の先。

 オレが背を向けていた、扉の奥からだった。


 鈴の鳴るような音。


 嫌な予感が、はっきりと脳裏に過った。

 まさに、その瞬間。


「ひっ………------ッ!?」


 風が吹き荒れる様な感覚だった。

 しかし、本物の風では無く。


 魔力だ。


 魔力が暴風の様に吹き荒れて、オレの背中に叩き付けられた。


 消えた。

 何もかもが。


 音も、視界も全てが真っ白。


 魔力の暴風の中に、絡め取られる様な感覚がした。

 足掻こうとしたが、もう遅い。


 抵抗は虚しく、体は勝手に中空にあった。

 真っ白な空間に、手足をぶら下げて浮いていた。


『やれやれ、手間の掛かる。

 もう少し、まともな教育を叩き込むぐらいは出来たであろうや?』


 声がした。

 たっぷりと威厳を含み、まるで腹に響く様な声音。


 懐かしいとも感じる声音である。


 しかし、


『これの教育の事等、お主に言われる事では無かろう』


 その声に応えたのは、オレじゃない。


 勝手に具現化していた、アグラヴェインだ。

 オレが中空にいるのも、その所為。


 アグラヴェインが、オレを抱え上げて悠然と立っていたからである。


 流石は、2Mを越える巨漢。

 抱え上げられたオレが地に足を付ける事も敵わず、いつもの目線と変わらないぐらいの高さに吊り上げられている。


「へぇ…ッ!?」


 斯く言うオレは、呆然自失。

 素っ頓狂な声を出して、固まる事しか出来ない。


 だが、そのオレの背後で、ずるり(・・・)、と何者かが這いずった。


『呼びかけに応じぬと思えば、訳アリとはな。

 我が干渉してやらねば姿を現す事すら出来ぬとは、堕ちたものよなぁ。

 アグラヴェイン?』

『訳アリは否定せぬが、出て来れぬ訳では無かった』


 喧嘩腰の様な会話が頭上で聞こえる。

 その間にも、背後でずるずると這いずる何かの音は、耳に鮮明に聞き取れていた。


 冷や汗が、全身をじっとりと湿らせる。

 オレの様子に気付いている筈なのに、アグラヴェインは全く意に介した様子も無い。


 それどころか、あろうことか歩き出してしまった。

 オレの視線とは反対方向。

 つまり、背後で這いずった何かに、真っ直ぐに向かっていると言う事で。


「やっ…辞めてッ、止まってくれ、アグラヴェイン!」

『阿呆で鈍間な主が悪い。

 もう少し肝が据わっていてくれれば、このような方法は取らずに済んだものを』

「ごめ…ッ、ゴメンなさい!

 だから、お願い…ッ、お願いだから、そっちには(・・・・・)行かないで…ッ!」

『悪いが、聞けぬ相談よ』


 願いは虚しく、ズンズンとアグラヴェインは歩を進める。

 オレを抱えているとは思えない、悠然とした足取りだ。


 暴れようにも、彼はがっちりとオレを抱え込んでいた。

 オレの最近目覚めた怪力具合すらも物ともしないって、精霊って凄いのね。


 では、無く。


「…ッ、やだッ…、やだぁあああああ!!

 止まっ…止まって、お願いだからぁ…ッ!!」

『生娘の様に泣き喚けば、どうにでもなると思うでは無いわ』


 アグラヴェインは、諭すような口調で進むだけ。


 冷や汗どころか、脂汗まで滲む中。

 涙と鼻水を垂れ流し、恥も外聞も無くじたばたともがき、彼の腕の中で拙くも抵抗。


 しかし、意味は無い。

 辞める、という選択肢は、初めから彼には無かったらしい。


 哀れ。

 抵抗虚しく、オレは背後に迫る這いずる何かの気配に、身を強張らせる事しか出来ず。

 がくがくと震え、背筋に悪寒すらも走る。


 怖気と寒気と、吐き気が一緒くたに襲ってきた。


『………本に、肝の小さい。

 この様な有様で、『世界の終焉』に立ち迎えると思っておったのか?』

『否定は出来んが、それも仕方なかろう。

 全てはソフィアの意思だ』


 気付けば、涙で滲んだ視線の先に床が見えた。

 大理石の様な風合いを持った石造りの白い床だ。

 

 そこに、ぽつぽつとオレの涙が落ちる。

 ………情けない。


『まぁ、確かに、仕方あるまいな。

 人の生涯で選び取れるものは、高が知れておる』


 少しは遠かった筈の声は、いつの間にか背後へ。

 オレを見下ろすように、すぐ真上から陰々・淡々と響いていた。


 体の震えが止まらない。

 カチカチと歯の根が噛み合わずに、不格好な不協和音が響く。


 その音を聞きながら、


『主の為に、ここは心を鬼にする他無い』

「へっ、い、いや、何!?

 何の話…ッ!?」

『なぁに………慣れれば、そこまで蛇蝎の如く嫌悪することも無かろうよ』

「い、いやだ、辞めて…ッひぃいああああああッ!!!」


 言葉が終わるか否か。


 その時には、オレは放り投げられていた。

 勿論、アグラヴェインの手によって。

 ゴミでも放るかのように。


 南端砦の時には自発的に投げて貰ったが、今度はオレの意思に関係なく放り投げられた。

 恐怖が違う。


「ひぃいいいいいッ…あがッ…!?」


 悲鳴を上げて投擲された先。

 背後の何かへと、尻から着地をした矢先だ。

 咄嗟に付いた、手には何とも言えない感触。


 鱗だとは分かっている。

 ねばねばしている訳では無いが、冷たいような温かいような。

 本当に、微妙な感触だった。

 嫌な意味で。


 途端に、鳥肌が体中に広がった。

 次いで、身体中の産毛が逆立つ感触がした。

 股間が縮こまったのも感じる。

 余談だ。


 そして、オレの尻の下にあった何かは、そのままずるずる(・・・・)とオレを巻き込む様にして、蠢き始めた。

 巻き込む様にしてなんて、生易しい。

 実際には、巻き取られたのだ。


 そこで、


『やぁやぁ、お初お目に掛かるな、『予言の騎士』よ?

 実際には初めましてでは無いが、息災にしていただろうか?』

「ヒギャアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


 上から覗き込んで来た何かと、眼が合った。


 絶叫。

 次いで、卒倒。


 目の前が、ブラックアウト。


 今日は、オレに取って絶対に厄日だ。



***



 銀次は呆気なく、気絶した。


 それを見上げて、アグラヴェインは頭を抱えて嘆くだけ。

 卒倒された本人も、しかめっ面を見せながら首を横に振っただけだった。


『………気絶しおったわ。

 全く、こんな肝の小さな主では、先も思いやられような…』

『お主は知らぬだろうが、それは長いもの(・・・・)が特に苦手だ。

 忌避し目にも入れず、そも近寄る事すらも出来ぬのだから』


 そう言って、かくかくしかじか。

 彼がこのような状況になっている理由を、アグラヴェインが知る限りで説明をしていく。


 すると、だ。

 段々と胡乱げだった銀色の長いもの《・・・・》の表情も、少しはマシになっていく。


 おそらく、同情だ。


『人間とは、愚かしいものよな。

 そのような拷問の手法を、どのようにして考え付くのであろうや…』

『悍ましい事は確かだが、嗜虐に富んだ種族だからだな』


 そう言って1人と1匹に見える精霊達は、ある程度同意をした後に大仰な溜息を吐いた。


 巨躯を誇る銀色の長大な蛇、もとい龍。

 その溜息は、今しがた卒倒し巻き付かれたままの銀次の髪をまばらに揺らす。


 幸いにして、銀次がその程度で目覚める事も無かったが。


『見れば見る程、ソフィアにそっくりだが、本質は真逆であるか?』

『それもまた仕方あるまい。

 産まれも世界も違う環境では、出来上がるものも出来上がらぬ』

『それを選んだのも、またソフィアか。

 つくづく、あの天衣無縫な女神様は、因果な事をして見せるものだ』


 見下ろした銀次に、更に溜息。


 白いと言うよりも、青白い肌。

 散々泣き喚いた事もあってか、頬や目元ばかりに朱が目立ち、婀娜のよう。


 だが、整った顔立ちは、彼の言う通り確かにソフィアにそっくりだ。

 銀次も最近知った事実であったが、精霊達も同じ意見である。


 他人の空似等、生易しい。

 生き写しとも言える、その表情を見下ろして、『石板』の間の主である銀色の龍は、殊更大仰に頭を振った。


『その因果も、既に途切れかけておる。

 何をどうしたら、このような魂と体になってしまうのやら…』

『先にも説明したが、おそらく拷問や凌辱の末に、一度壊れた可能性は否定出来ぬ。

 ………まぁ、元より歪だった事も否定は出来ぬがな』

『現代とは斯くも恐ろしき場所か。

 嘆かわしいものよ』

『だが、嘆くばかりでは始まるまい。

 とっとと、始めてやってくれ』

『言われ急かされずとも、諾しておるわ』


 そう言って、長大な龍の姿を取った御前こと聖龍ションロンは、ゆっくりと銀次の体を持ち上げる。

 彼の胴体に寝そべるような姿となった銀次。

 そんな彼を見下ろして、『聖』属性の魔法を展開し始めた。


 ちなみにではあるが、ここは既に扉の中。

 先程、銀次達が屯していた大扉の奥、既に『石板』の間の中である。


 先に銀次が感じ取った通り、扉から漏れ出したのは魔力。

 ここにいる銀色の主たる聖龍ションロンが、扉を含む部屋全体に掛けていた『人払い』の結界の範囲を広げたのだ。


 入れるのは、女神とその眷属、『予言の騎士』のみ。

 だからこそ、銀次だけがこの部屋の中に招かれた。


 今頃、扉の先では生徒達が大騒ぎをしている事だろう。


 事情を分かっているアグラヴェインは、喉の奥を鳴らした。

 兜さえ無ければ、彼の苦笑が見れた筈だ。


 ただ、1つだけ言っておくならば、分かっているのは他にも数名。

 『天龍族』の面々だ。


 普段、この『石板』の間には、『人払い』の結界等掛けられてはいない。

 精霊の中でも最強と謳われる聖龍ションロン自身が、守りを固めた『石板』である。

 誰が来ようとも、片手間で排除が出来る。


 だからこそ、彼はいつも『人払い』の結界は、掛けてはいない。


 今回は、『予言の騎士』がどういう訳か2人も存在し、選定が必要であると言う話があったが故に、わざわざ掛けておいたと言うだけの事。


 聖龍の姿を、泉谷は見る事が出来ず、銀次だけに見えたのはその所為だ。

 そして、それこそが選定だった。


 だが、当の本人は、聖龍の姿を怖がってばかりで、入って来る気配も無く。

 待ちぼうけを食らっていた彼が業を煮やして、こうして勝手に招いたと言うのが事の真相。


 それを知っている『天龍族』の面々は、既に動いただろう。

 銀次こそが本物の『予言の騎士』であり、その生徒達が『教えを受けた子等』である事を認め、支援の決意は固めた筈だ。

 知らぬは、泉谷達偽物ばかり。


 騒いでいるだろう生徒達の声は、アグラヴェインにも聖龍ションロンにも勿論、聞こえていた。

 だが、ややあってから、声は萎まり。

 そして、敵意や殺意すらも滲んでいた気配も消え始めている。


 問題は無さそうだ。


 問題があるとすれば、銀次の方ではあるが。


 いつの間にか、彼の体は中空に浮かび上がり、『聖』属性を備えた魔法陣の中に浮遊していた。

 上半身だけが衣服を脱がされ、その白い背中が聖龍ションロンに向けられている。


 始めているのは、銀次の体の『天龍族』としての部位を暴き出す作業。

 そして、これは『昇華』の兆候を見せている彼の体質の変化を止める為、必要な作業であった。


 病気を見る時も、医者はまず患者の体を探る。

 それと同じだ。


 だが、アグラヴェインが見上げた先で、聖龍ションロンの表情は晴れる事は無かった。


『………なんぞ、不具合でもあったか?』

『不具合どころの話では無い』


 声にも、陰鬱とした心情が滲む。


『どういう意味だ?』

『………。』


 アグラヴェインが、固唾を呑んで問い返す。

 返答は、沈黙だった。


 これが、作業に集中している事による、無言であれば。

 それならば、アグラヴェインとて困る事は無い。


 だが、そう言う訳では無さそうだ。


 ややあって、聖龍ションロンが、銀次の体を探る作業を辞め、ゆるりと首を巡らせた。


『これは、もうどうにも出来ぬ。

 こ奴は既に、『昇華』を終えようとしておる』

『………。

 ………やはり(・・・)、か』


 『石板』の間に、1人と1匹の精霊の、陰鬱な溜息が垂れ流された。



***



 目が覚めると、そこは空の上だった。


 なんか、既視感デジャヴ

 前にもこんな事、あったよね。


 何を隠そう、『石板』を触った時だと思うけど。


 落ちる気配も無く、また動き回れる訳でも無い、宙ぶらりん。

 オレは空の上できょろきょろと辺りを見渡した。


 前に見た時と同じ映像ビジョン

 暗雲と言うよりも赤銅色の雲が垂れ込めた世界に、大地を覆い尽くさんと蠢き犇めく赤目の魔物達。


 遠くに見える景色も、余り代り映えをしていない。

 前に建設途中だった筈の、ダドルアード王国辺りの外壁が出来上がりつつあるぐらいか?


 空気には、匂いも無い。

 つまり、ここは単なる記憶の中。


 前にこの映像を見せてくれた筈?のサラマンドラも言っていたが、ソフィアの見下ろした記憶だったか。


 ふと、そこで、


『お主に見えているこの世界は、全てが幻よ』


 唐突に降って来た声に、否が応でもでも体が強張ってしまった。


 懐かしいとすらも感じる声音は、何度も意識を失う直前に聞いていた声だ。

 頼もしいと感じていた時期もあったが、今では恐怖心が勝る。


 恐る恐る、見上げた先。


 そこには、


『…はっ、…れ?』


 白銀の長い髪を風に靡かせるようにして長身痩躯の麗人が浮遊していた。


 呆気。

 思わず、呆気。


 てっきり、例の白くて長くてずるずる動く、オレの苦手な姿で出てくると思っていたのに。


 白銀の髪を持った麗人は、間違いなく美形。

 おそらく、世界中の人達が一度ならず二度までも振り返り、そのまま卒倒するレベルの超美形。

 オレも、ぽやぁっと、見惚れてしまった。


 オレを見下ろす目の色までもが銀色。


 ただし、


『例の白くて長くてずるずる動く姿を見たかったのであれば、すぐにご期待に応えるが…?』

「いいぃいぃ、いいえッ、いいえッ!

 遠慮します!

 嫌です止めて、冗談でもお願い辞めてください!」

『………必死よな』


 どうやら、かなりの毒舌家のようだ。

 意地悪でもある。

 アグラヴェインとどっこいどっこい。


 ………犬猿の仲というのも、あながち同族嫌悪だったりしたのかも?


『やはり、この人型はお気に召さないと見える』

「ゴメンなさいッ、ゴメンなさいッ!

 お願いだから服を脱いで変身態勢にならないでぇええ!」


 案の定、オレの内心は駄々漏れだ。

 おかげで、更に麗人の眉が角度を増して、オレを見下ろす視線も絶対零度。

 凍り付くわ。

 肝が冷えるとはこの事か。


 さて、閑話休題それはともかく


 どうやら、オレが卒倒して話にならないと踏んだのか。

 こうして、人型を取って出て来てくれたらしい御前こと、聖龍ションロンさん。


 彼もまた上位精霊で、元々ソフィアと契約していた眷属だったらしい。


 今は、『石板』を守る為に、封印の役目を担っている。

 ここまでは、サラマンドラやアグラヴェインから聞いた話と同じだな。


『それよりも、先の話に戻るとしよう』


 咳払いを一つ。

 話を変えた彼は、ゆったりとした優雅な所作でオレの真横へと並んだ。


 空中に浮遊しているのに、身長が30センチ以上も違う。

 話が逸れた。


『ここは、ソフィアが『石板』の中に残した記憶の一部。

 だが、この光景は事実、過去に一度は我等も遭遇した事のある景色だ』

「………悲しいね」

『左様。

 悲嘆に暮れたソフィアが、なんとか大地の再生に努めた。

 だが、それも何百万年の長きに渡って成し遂げる事も敵わず、均衡が破れた今となってはまた同じ未来が待ち受けようとしている』


 と、聖龍ションロンが話してくれたのは、『石板』の出来た訳。

 それと同時に、この世界に訪れた終焉の未来を回避する為に残された女神様からの遺文。


『二つの日が昇る時。

 世界に暗黒を齎す災厄が目覚め、大地を埋め尽くす黒き悪魔が現れん』


 朗々と音読する声には、淀みは無く。

 そして、ここで始めて、オレ達も知らなかった『石板』の本当の遺文が分かった。



***



『二つの日が昇る時。


 世界に暗黒を齎す災厄が目覚め、大地を埋め尽くす黒き悪魔が現れん。


 災厄は空を黒煙で染め上げ、黒き悪魔は世界を飲み込む濁流となるだろう。


 二つの日が落ちる時。


 水は濁り、大地は枯れ、野には屍が積み上がる。


 終焉に向かいし世界、今一時すべての力を結集して災厄に向けて立ち上がれ。


 人も魔族も、魔物すらも全てが等しき命。


 その全ての命が潰え、消え去ってしまう事こそが世界の終焉である。


 立ちはだかる困難は熾烈を極め、苦しい時代が続くだろう。


 しかし、案ずることなかれ。


 我が眷属たる『騎士』が必ず舞い降りる。


 聖職の『騎士』は類稀なる器と強靭な精神力を持つ、女神の代行者である。


 自らの育てた子等を従え、暗黒を齎す災厄に立ち向かうであろう。


 恐れるな。


 『騎士』は皆の、力を纏めてくれる。


 皆の世界の、礎となってくれる。


 『騎士』は、各地に我が隠した『石板』を巡り、従順なる僕たる精霊達を呼び覚ます。


 呼び覚ました精霊達は、類稀なる器を持ちし『騎士』の身に宿り、更なる力を齎そう。


 全ての『石板』が我が眠りを破りし鍵である。


 北の神殿に眠る我が眠りを解き覚まし、必ずや災厄を打ち払うであろう』



***

 


 これが、全文だ。


 女神・ソフィアの残した、『石板』の虫食いは、これが全て。


 オレが考えていた事は、間違いでは無かった。

 散りばめられた各地の『石板』を巡り、眷属たる精霊達の封印を解き放つ。

 女神が眠りから目覚める事が出来る。


 そうすれば、やがて来る災厄を打ち払える。


 分かったことに安堵したからか、肩の力が抜けた。

 だが、その聖龍ションロンの目は、決して安堵等していない。


『この『予言』は、既に破綻した。

 封印を解かれる前に、『石板』の一部が破壊されてしまったからな』


 オレを見据えたその眼が、鋭い。

 肩を竦ませて、思わず出来もしないのに後退ろうと体が不格好に震えた。


 彼の言葉の通り。

 どうやら、『石板』が破壊されたのは本当の事らしい。

 そして、その『石板』は、オレも思っても見ない程、大事な役割を果たすものだったのだ。


『『石板』は、精霊の封印された墓でもある。

 その墓は、災厄と契約した悪魔達が封印され、我等女神の眷属たる精霊達で抑え込んで来たものだったのだ』


 喉が、鳴った。

 引き攣った不格好な体が、いっそ情けない。


 以前にも聞いた話。

 アグラヴェインが、頑として答えてくれなかった、事実だ。

 サラマンドラから聞かされた話でもある。


 あの時は、全く気にも留めて居なくて、今の今まで忘れてしまっていた。


 ーーーーー『アグラヴェインが『封印』されていた『エリゴスの墓』は、『封印』を解かれ暴かれた』。


「-------ッ!?

 まさか、泉谷達が破壊した『石板』が、アグラヴェインの封印されていた墓だったのか!?」

『その通り。

 だからこそ、封印は解かれ、墓は暴かれた。

 悪魔エリゴスは、既にこの世界に解き放たれた』


 なんてことをしてくれたのか、アイツ等は。

 おかげで、『予言』すらも破綻したなんて。


 これはもう、オレ達だけでどうこう出来る問題では無いのでは無いだろうか。


『幸いにして、まだ災厄は目覚めていない。

 だが、女神ソフィアも目覚める事は難しいだろう。

 ………そもそも、『石板』や墓が暴かれたとなると、そこに溜め込まれていた女神復活の為の魔力は悪魔に奪われたも同義だ』


 そう言って、彼は大地へと視線を降ろした。

 釣られて、オレも視線を真下へ。


『あそこにいる、黒き悪魔達の親玉が分かるか?』

「………ッ、あれか…!」


 聖龍ションロンが指し示した先。


 そこには、確かに空想の世界で見た事のある悪魔の姿。


 大ぶりであり頭から突き出す捻じれた角、

 背負うような真っ黒な羽。

 そして、靄の様な人型を取っている。


 赤目の黒き悪魔達を従えて、大地を悠々と闊歩していた。

 ここから見ても、大きい。

 巨人並みだ。

 あんなのが、災厄と契約した悪魔だなんて。


『あれは、おそらく『セーレ』だ。

 サラマンドラの封印だった筈だが、奴はそのまま消滅しただろうが…』

「えっ、じゃ、じゃあ、あんな感じの悪魔と対峙することは無いって事?」

『ああ、そうだ』


 あー良かった、だとすれば相当ラッキー。

 あんな巨人みたいなの相手にするなんて、命がいくつあっても足りないよ。


 今でさえ、同じサイズの人間相手に、四苦八苦なんだから。


 ただし、


『あれは、悪魔の中でも一番弱かった、図体がでかいだけの個体だ。

 他に封印された墓の悪魔の方が、より数倍以上は凶悪で厄介である』

「う、嘘~…ん」


 違った。

 オレの予想は、大きく外れ。

 デカけりゃ良いってもんじゃ無かった。(※良くも無いけど)


 悪魔としてのランクは、一番下。

 あれが闊歩している姿を見るだけで圧巻だったのに、更に厄介な悪魔がわんさかいるらしい。

 いや、実際に主要の親玉達は、ちゃんと封印されているらしいけど。


『そして、今回お主が『石板』に触れた事で、ここ『アスタロトの墓』も封印は解除された。

 この悪魔が最も厄介であり、ソフィアが相討ちとして『封印』せねばならなかった悪魔よ』


 こっちはこっちで驚愕の事実。

 オレはこれまたいつの間にか『石板』に触れて、封印を解除していたらしい。


 そして、この墓は『アスタロト』。

 これは、オレも『聖王教会』の文献で見た事がある、ソフィアが一番苦戦を強いられた相手の事だ。

 悪魔とは書かれていなかったが、伝承になる程壮絶な死闘だったのだろう。

 だから、文献も詳細に残っていたようだ。


 とはいえ、


「って事は、悪魔は…?」

『私の封印が解除されたと同時に、消滅する』

「よしっ…!」


 この最も厄介で最強の悪魔は、消滅した。

 オレが『石板』に触れて聖龍ションロンの封印を解除する事で、台座に組み込まれた術式が働いて悪魔を消滅させるとの事だ。

 どういう術式なのかは分からないまでも。

 ………オレにも教えて貰いたい。


『術式に関しては、女神のもの。

 我でも知らぬ』

「………さいですか」


 駄目だった。

 うぅっ、『予言の騎士』から『悪魔祓い(エクソシスト)』への転職ジョブチェンジは出来ないらしい。

 まぁ、そもそもするつもりも無かったけど。


『呑気なものよなぁ…、ここはまだ良いが既に1つは暴かれたのだぞ。

 解放された悪魔は、災厄の眷属の中でも尖兵と名高き『エリゴス』。

 魔物も人も、魔族すらもあの赤目の黒き悪魔達に作り替えてしまう、『厄災』よ』

「ええぇええええッ!?」


 ただし、やはりそうは問屋が卸さない。

 言われた通りに呑気に構えていた自分が阿呆らしい。


 このままだと、この風景の二の舞になりかねない大事件が知らない間に起きて居た。


 大地に犇めいた、この黒き悪魔達。

 これは、元は魔物や人、魔族も含まれている。

 それを作り上げるのが、アグラヴェインが封印されていた墓の悪魔『エリゴス』だった。


 眩暈がした。

 元々、こんな状況であっても、平然としていた頭が遂にストライキだ。


『こうなってしまっては、もう致し方ない。

 残りの封印は、なんとしてでも死守せよ。

 でなくば、世界の終焉は、お主が思っている以上に早く、また恐るべき速度で進む事になろう』

「………き、期限は…、せ、せめて、期限を教えてくれ…!」

『それももはや、分からぬ』


 分からない。

 いつか来る終焉に向けて、もはや四の五の準備だなんだと言っている暇も無さそうだ。


 どうしようも、無いのだから。


 ならば、なるべく早く女神を眠りから覚ます。

 それしか方法が無い。 


 肝心の悪魔についても、アグラヴェインどころか聖龍ションロンでさえもお手上げだそうだ。


『先に言っておくが、我等が相手取る事が出来るのは、災厄のみ。

 悪魔の事は、女神ソフィアですらも、対処法を知っている訳では無かったのだから』


 だからこそ、見つけ次第殺せ、と。

 出来る事なら封印をして、災厄に力を蓄えさせる事無く終わらせられれば良いのに、その方法がさっぱりなのだから当然か。


 難しい話。

 だが、やれることはやっておかなければ、世界の終焉は訪れる。


 この大地の様に。

 そんなこと、あってはならない。


 オレもだが、生徒達にも。

 この世界の光景は、絶対に見せたくはないから。


「………分かった。

 なら、契約をしてくれ。

 オレの力に、なってくれるんだろう?」

『………。』


 封印を解いたなら、彼は墓を離れる事が出来る。

 それなら、サラマンドラと同じく契約して力になって貰う事が出来れば、オレとしても心強い。


 そう考えての、一言だった。

 しかし、彼の返事は、無言。


 表情も、苦々し気に歪んでいた。

 再三感じた嫌な予感に、けく、と異音が喉を鳴らした。


『悪いが、私はお前の力にはなれぬよ』


 ややあって、口にされたのは、唸り声にも似た否定。


 拒絶の言葉だった。



***



 小さく、溜息を吐いた聖龍ションロン


 そんな彼を見上げたアグラヴェインが、台座に背を預け、慣れ親しんだ大剣に凭れながら小首を傾げた。


『………なんぞ、あったか?』

『………いいや、何も』


 掛け合いは、短い。


 その間にも、銀次は聖龍ションロンの目の前で、浮遊していた。

 しかし、今は先程の魔法陣に包み込まれた状態では無く。


 背中を向けたのも相変わらずであるが、彼の数倍は大きい聖龍ションロンの手と爪が滑り、忙しなく印を結んでいた。


 日に焼けない真っ白な背中に、先ほどまでは無かった筈の模様が浮かぶ。


 羽のようにも見えるが、くさびだ。

 白く浮かび上がるその楔は、銀次の首筋辺りから背骨の半分までに伸びている。


 これもまた、必要な措置だった。


 銀次は、『天龍族』としての『昇華』の兆候のほとんどを終えてしまっていた。


 最初に始まった目の変異。

 これは、叢金が憑依していたからこそ。


 そして、ここにいる聖龍ションロンが干渉した結果である。


 叢金は、事実を伝えた訳では無い。

 確かに彼が『昇華』の引き金を引いたのは確か。

 しかし、実際に干渉をしていたのは、ここにいる聖龍ションロンだった。


 無論、それに関してアグラヴェイン達も既に、最初の段階から(・・・・・・・)知っていた(・・・・・)


 銀次に伝えなかったのは、伝えても無駄だったから。

 そして、今後の彼の活動に際して、頑強な体と強大な魔力は必要と考えての事だった。


 言っては悪いが、彼は弱かった。

 人間としての体を持っていたのだから、当然のこと。


 まず『血』を浴びた事で、治癒能力が開花した。

 魔力の保有量が増えたのは、『天龍族』等上位の魔族が持っている魔核が体内に出来たからだ。

 これによって、魔力を無尽蔵に溜め込む事が出来た。


 余り知られていない事実であるが、この魔核は本体が死した時に魔水晶へと変わる。

 結晶化するのだ。


 実際、魔物達が死んだ後に、取り除かれるからこそ知られていない事実だ。


 ただし、例外もある。

 既に死んだ個体が、仮初の命をもって動いていた時だ。


 合成魔獣キメラがその際たる例である。


 個体のほとんどは、魔水晶を保有していた。

 死んだ後に魔核が結晶化した魔水晶を核に、合成魔獣キメラが作られるからだ。

 合成魔獣キメラと化した時、既に素体となった魔族達は死んでいたと言う事である。


 ただ、魔水晶には、一定時間記憶や魂が残る。

 叢金に残っていたのは、その残骸であった。

 だからこそ、彼には詳細な記憶が残っていない。


 知る由も無かっただろうが、これが真実。

 そのおかげで、知れた事実もあったが故に、一長一短ではあるが僥倖な事でもあった。


 魔核がある事は、銀次も知らない。

 だが、その魔核のおかげで、魔力が溜め込む事が出来るのもまた事実。


 それ以外の要素もあったが、今は脇に置いておくとして。


 実際、魔核を持っていなければ、あれだけの魔力は扱えない筈だった。

 アグラヴェインやサラマンドラと言った上位の精霊と契約することも、ましてや使役した上に具現化まで行うこと等出来ないのだ。


 そして、『昇華』の兆候である覇気の顕現や、魔力の増大。


 立て続けに彼の体は、適合し始めた。

 干渉の結果もあるだろうし、拷問の末に『血』を飲まされた経緯もあるだろう。


 南端砦で死の淵に立った時。

 更に、聖龍ションロンからの干渉を受けて、『昇華』の兆候の3つ目である『龍装』を顕現した事もある。

 この時点で、既に彼は人間としての『割合』が、20%を切っていた。

 由々しき事態である。


 いくら頑強な体が手に入ったとはいえ、ベースが人間だ。

 耐えられる筈も無い。


 なのに、彼は類稀なる『器』としての素質に、これまた助けられてきた。


 しかし、最後の引き金は、まだ引いていなかった。

 その筈だったのだ。


 だが、最後の引き金は引かれてしまっていた。


 ………誰に?


 勿論、ここにいる聖龍ションロンでは無い。


 それは、南端砦での最後の死闘まで遡る。


 彼は、一度死んだ。

 愛した女性の到着を待たずに、息絶えていた。


 胸に刀を突き立てられ、心臓から悍ましい程の出血。

 治癒能力すらも間に合わず、失血死した。


 しかし、だ。

 その命を、繋ぎ止めた人間がいた。

 いや、元人間と言うべきか。


 アグラヴェイン達はこの時、銀次が死んでしまったが為に契約が途切れ、詳細を把握することは出来ていなかった。

 だが、聖龍ションロンだけは、見ていた。

 ずっと、彼が死ぬのを、そして息を吹き返すのも見ていた。


 血を分け与えた者がいる。

 銀次と同じく、『異端の堕龍』にして、現在は『天龍族』から3000年以上も逃れ続ける大罪人。


 アンナだ。


 彼女が、死の淵に立った銀次を呼び戻した。


 自らの、『天龍族』として適合した、『血』を与えて。

 おかげで、銀次は息を吹き返し、命は助かった。


 しかし、この時点で彼が人間として生きていける可能性が、潰えたのも事実だった。


『………夢を見ておった。

 龍として、空を飛び、景色を楽しむ漫遊の夢だったわ』

『………おそらく、叢金の記憶だな。

 『夢』を見るのは『昇華』の兆候の、最終段階だ』


 銀次には、記憶が無いだろう。

 アグラヴェインが、記憶に蓋をし、彼に知らせなかったのだから。


 だが、


『気付けば見ていた夢だった。

 途中で止めれば、忘れさせれば、何とかなると思っていた。

 ………無意味だったようだがな…』


 それも、意味を成してはいなかった。


 例え記憶を失ったとしても『昇華』を終えようとしている。

 それが、事実だ。


『ああ。

 既にこやつは『龍王』としての覚醒期間に移っている。

 あの時点で、人間としての肉体は残っておらなんだろうよ』


 だからこそ、楔を打つのだ、と。

 聖龍ションロンは苦々しい表情のままで、持ち得る全ての知識や魔力を用いて、銀次の体に処置を施した。


 これ以上、変異をしないように封印を施すのだ。

 一度目覚めてしまった治癒能力も、頑強な体も怪力も、魔力も消えない。


 それでも、人間としての一線だけは、越えぬように。


 『龍王』として覚醒し、その寿命が無尽蔵とならないよう。

 『天龍族』では無く、人間として生を全う出来る様に、祈るような気持ちで封印を施す。


 おそらく、彼は幼い。

 精神が幼く、また出来上がってはいないのだ。

 なのに、達観して諦念を知り、ましてや抑制が出来てしまう。


 真面目と言えば聞こえは良いが、その実は繊細なのだ。

 そんな彼が、何千年とも言える無尽蔵な寿命を手にしてしまえばどうなるか。


 答えは、見なくても理解が及ぶ。


 彼の精神では、とても耐え切れない。


 今ですら、トラウマが関わると吐き下し、挙句の果てには卒倒する。

 これ以上の心労は、おそらく彼の覚束ない精神では受け入れられない。

 発狂するだろう。


 そんな姿を見たくは無い。


 アグラヴェインも、銀次の体に残ったサラマンドラも、ましてやこうして封印を施している聖龍ションロンも同じ気持ちだった。


 だからこその、楔であり封印だ。

 これで、『龍王』としての覚醒を止める事が出来る。


 だが、万全では無い。

 その答えは、銀次自身の無尽蔵とも言える魔力だ。


『ここから先はお主等で、補強してくれ。

 私の魔力でも、もはやこやつには敵わぬ』

『…分かった』


 どうやら、彼の魔力は既に最強と謳われた聖龍ションロンすらも凌駕しようとしていたか。


 アグラヴェインが、頷く。

 銀次の周りに火の粉が散った。

 彼の体内に残っているサラマンドラからの了承でもある。


『それから、なるべく早く『石板』を巡れ。

 他の精霊達を従え無ければ、すぐに楔も箍が外れる。

 場所は私が記憶している限りで、お主等に伝えておく。

 急げよ』

『ああ、了承した。

 幸い、一部の繋ぎは(・・・・・・)出来ている(・・・・・)為、おそらくはそう時間も掛からぬであろう』

『それが最善だ。

 ………こやつ、運には見放されておる癖に、悪運だけは強いな』

『………ソフィアのお導きだろうよ』

『違いない』


 1人と1匹が喉奥で、くつくつと笑う。

 銀次の周りでもまた火の粉が散って、サラマンドラも同意を表していたようだ。


 状況は良くない。

 だが、最悪ではない。


 それもこれも、銀次の悪運の成せる業。

 そして、女神ソフィアの思し召しと言う訳だ。


 そこで、ようやっと作業を終えたか。


 聖龍ションロンが忙しなく動かしていた手を止め、銀次をアグラヴェインの真上へと移動させた。


『済まぬが、私はこのまま眠る。

 この楔の為に、魔力を使い果たした故な』

『ああ、そうしろ。

 どのみち、お前と顔を合わせるのは、もっと後の予定だったのだから』

『負け犬が、今日は良く吠えおるわ。

 言っておくが、銀次は既に勘付き始めておるからな。

 全てを打ち明けぬと、そのうち信用も何もあったものではあるまいに』

『………いちいち、耳障りな耄碌龍め。

 言われずとも、分かっておる』

『その言葉を、信じておこう』


 その言葉を最後に、聖龍ションロンはずるずると、体を丸めてとぐろを巻いた。

 彼にとっての眠る体勢は、何百万年経った今でも変わらない。


 それこそ、彼にとって本来の姿なのだから、当然のこと。

 それはアグラヴェイン達も同じだが。


『………世話を掛けたな』

『ほぅ、一端に礼は言えるだけの教養はあったらしいな』

『減らず口を。

 とっとと眠れ、耄碌龍めが』


 憎まれ口を叩き合うのも、何百万年ぶりにして相変わらずか。


 銀次を姫抱きにし、踵を返したアグラヴェイン。

 それを、片目だけを開けて、見送った聖龍ションロン


 彼等が思うのは、同じこと。

 この世界の終焉の阻止と、懐かしき女神の再来。


 そして、この宿主たる銀次の、安寧。


 相反する属性ながらも、性根が似通っているからこその掛け合いであった。

 銀次曰くの同族嫌悪。


 あながち、間違いでは無かったらしい。

 銀次の中にいながら、ほとんどの会話を聞いていたサラマンドラもまたくつくつと喉奥で笑っていた。


 次の再会は、いつになるやら。

 それでも、成し得ぬ事も無く、また遠い未来では無い事も、お互いに分かった上で。


 『石板』の間は、ゆっくりと静まり返った。



***



「………接触したようだね、ようやっと…」


 静かな部屋の中。


 そこは、まるで庭園の様に緑が溢れていながらも、机や椅子、ソファーと言った家具が置かれている、少々忽然とした様相だった。


 そのソファーに腰掛けるようにして目を瞑っていた、碧眼の主が目を開く。

 呟かれた声も、その碧眼の主の声だ。


 そんな彼に、傍らにいた白髪の甲冑姿の女性が、濡れた手拭を差し出した。

 金色の髪を掻き上げ、差し出された手拭を受け取った美麗な主人。


 額から目尻に掛けて覆うと、ふぅと溜息。

 そのままずり落ちるかのように、ソファーへと寝そべった。


「お疲れの様子。

 今日は休まれた方がよろしいかと…」

「そうは行かないよ。

 小うるさい議会の連中が、今日も僕達の脚を掬い上げるのに必死なのだから…」

「その小うるさい議会の人間どもなど、放っておけば良いのです」

「それで僕が窮地に陥っても、君が困らないのならね」

「………出過ぎた口を利きました」


 金色の髪の、青年。

 歳は、20代から30代にも見えるが、話し方や達観した様子を見るに、老齢とも思えた。

 要するに、年齢不詳である。


 そんな彼は、ひんやりとした手拭の下で、うっそりと笑う。


「人間であるが故のやり取りがあるからこそ、面白いんだ。

 放っておけば腐っていくだけの果実に、わざわざ栄養も虫も一緒くたに入れて置ける」

「………無意味では?」

「意味は無いが、采配を決める事に遣り甲斐はあるだろう?

 実際国をまとめ上げるのは初めての経験だが、驚きや新鮮な体験もあって楽しいからね」

「………酔狂でございますね」

「酔狂で結構さ。

 その分、僕の理想が叶えば、最良の世界が待っているのだから…」


 ふふ、と笑った彼に、白髪の女性も口元を歪めた。

 小さな、微笑みとも見えない口元の引き攣りであっても、確かに彼女にとっては笑みだった。


 それに満足したのか、ソファーから起き上がった青年は、


「今期の議会の題目が通過すれば、後はとんとん拍子さ。

 喜び勇んで、『予言の騎士』を招致出来る」

「………本人は、随分と間抜けなようですが…」

「仕方ないさ、だって僕の血を引いている(・・・・・・・・・)のだから…」


 意味深な事を口にした彼は、起き上がった先でもう一度金色の髪を掻き上げた。


 奇しくも、その顔は表題にされた『予言の騎士』と瓜二つ。


 女よりも女らしい、端正とも麗しいとも言える顔立ちがあった。


「待ってなよ、………銀次」


 くすくすと、麗人は笑った。

 その笑い声が、緑溢れる部屋の中に、反響する。


 その声は、女のものだった。

 それでも、笑い声を上げた人物は、青年の姿であった。



***

やっと、例の干渉していた張本人を本編に引っ張り出せました。

アサシン・ティーチャーにとっては有難迷惑であっても、話の都合上には必要な措置が数多くありましたので、このような形。


まだまだ、『天龍族』編は、続きます。

ついでに、次の話では更なる災厄が、彼に襲い掛かりますがね。




誤字脱字乱文等失礼致します。

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