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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、『天龍族』訪問編
156/179

148時間目 「社会研修~『天龍宮』での1日~」

2017年3月26日初投稿。


続編を投稿させていただきます。

ちょっと時間が掛かりましたが、本編を進めようか捕捉作業を進めようかと迷った結果でした。

迷った結果で、補足やらなにやらで丸々1話を消費する結果となりましたが。


タイトル通りで、内容は半分がほのぼの鍛錬風景。


148話目です。

気付いたら、男ばかりの状態で癒しが足りない話。


麗しの女性陣の再登場が、待ち遠しい。

***



 新しい朝が来た。

 希望があるかどうかは、分からない。


 『天龍宮』訪問、2日目である。


 昨日は、随分と仰天の事実が発覚しまくった所為もあってか、夕食終わった後にベッドに入ったら、気付いたら寝てた。

 いつもは眠りの浅いオレが、吃驚。

 警戒も何も無く、こんな無防備に寝ちゃうとか初めてかも。


 アグラヴェインがいるからと言っても、甘えすぎ。

 (※事実、彼も吃驚していたらしい)


 ちなみに、仰天の事実の一つ。

 飛竜の妖精さんに生まれ変わった(※どう説明して良いか分からんから良いよね、これで)叢金さん。


 彼は、相変わらずオレの腕に巻き付いたままである。

 理由は、移動が楽で良いとの事だ。

 …ナマケモノ…?


 ちなみに、彼が補足説明。


 何故、飛竜の妖精かというと、丁度月足らずで産まれて死んでしまった個体がいたそうだ。

 母親からその個体を譲り受けて、叢金さんが憑依。

 そのまま御前とやらの『石板の守り手』様に蘇生を頼んだ。

 だから、この飛竜の妖精の体になった訳。


 まぁ、飛竜の妖精の体を貰ったは良いけど、小さすぎて移動が未だに困難という前置きが付く。


 いや、飛竜って生まれたばかりの頃は、母親か父親に咥えられて移動するんだと。

 これまた、不思議生物の初めて知った不思議な生態だ。


 つまり、オレが母親か父親代わり。

 やめてよ、縁起でもない。

 オレの子ども産まれた時に、本当に飛竜みたいなの産まれて来ちゃったら嫁さん達が卒倒するよ。

 ………まぁ、産む前提が未だに出来ていないけども。

 げしょ。

 安定の赤ん坊苦手問題が片付かないと、オレは子育てに参加できない駄目パパだ。


 それはともかく。


 朝食の前に、オレ達の鍛錬をしてしまう事にした。

 出来れば、泉谷達には見せたくない方向の鍛錬をするからである。

 間宮と榊原も別メニューだしね。

 

 侍従に案内して貰い、『天龍宮』の鍛錬用の庭へ出た。


 広いよ、凄い。

 居城が浮いていると言う事だったから、精々ハ●ポタ的な城の様相で庭もそこそことか思っていた。

 だが、まさかまさかで国1つを賄う規模とか言われて吃驚。

 丁度大きさ的には、ダドルアード王国かランス・ディーンドゥぐらいはあるとか聞いて眩暈がした。

 そんなのが浮いているんだから、凄いよ。

 天空のなんとやら。

 詳しくは言えない。


 もしかしたら皇居か代々木公園ぐらいの規模はあるかもしれない、広大な庭を前に呆然。

 案内の侍従の方々は、鼻高々にしてくださった。


 奥の方にちらほらと、起き出しているのかそれとも歩哨かは分からないまでも、人影が見えた。

 もしかしたら、オレ達同様に鍛錬をしている人達もいるのかもしれない。


『それにしても、勤勉でいらっしゃいますね』

『ソンナコトナイ。

 鍛錬、スル、当タリ前』


 感動されたのには、こちらも鼻高々。

 答えに対しても、いちいちと大仰に頷いていくれる。


 片言の下手くそな魔族語でも、通じるって素晴らしい。

 ………目の前に、もっと上達している生徒コウガミがいるから恥ずかしいけどね。

 異能サヴァンに勝てるかよ。


 まぁ、それはともかく。


「うしっ、全員ストレッチ開始。

 終わったら、中央付近まで20周。

 勿論、間宮と榊原はトップスピード、香神とディランはしっかりペース配分を考えろ」

『はいッ』


 時刻は、4時半だ。

 鍛錬開始とする。


 ストレッチとランニング、それから筋力トレーニング。

 いつものパターンだ。

 ただし、今日は朝食の前にお風呂(※滅茶苦茶風呂好きな種族だったので、一日中入れるそうだ)に入らないとならないから、少々短めである。

 もうちょっと早く起きれば良かったと思っても、後の祭り。


 なんで風呂かって言ったら、鍛錬の後の汗臭いままで出て行くわけにいかないから。

 鼻が利く種族だから、余計に気を使わないと。

 オレも気持ちが分かるし。


 なんてことを考えつつも、ストレッチは終了。


「よし、行け。

 それから、榊原は前にも言った通り、3周でペナルティ、5周でアウトだ」

「わ、分かってますよぉ~だ!」

『(銀次様になんと言う口をきいている?)』

「あてっ!!」


 間宮に殴られながらも、駆け出した榊原。

 苦笑を零しながら、その後を追いかける香神とディラン。

 見送りつつも、オレも苦笑だ。


 さて、榊原は今日もどこまで保つのやら。


『さて、ギンジはどうするつもりか?』

「ああ、うん。

 オレもいつも通りかな?」


 今日もオレは、自分の体と筋肉を苛め抜きます。


 ぶっちゃけ筋力トレーニング必要ないとか思うんだけど、持久力が最近足りないと自覚して来たから、今後はそっちメインかね?


『お、おおおう…ッ!

 逆さまの視界は流石に私でも慣れぬ!』


 腕立て倒立をしたと同時に、腕に巻き付いていた叢金が悲鳴を上げた。

 自分で宙返りするのとは違うからな。


 ちなみに、背後にいた魔族の面々も驚いていた。

 こう言う手法での鍛錬方法は、こちらの世界にはあまり無いようだ。


 実際、ゲイル達は鍛錬を始めた当初、腹筋背筋やスクワットも知らなかった。

 今までどうやってやっていたのかと言えば、重しを持ち上げたり運ぶのが鍛錬。

 ………まぁ、間違いではない。

 それであの筋肉祭りマッスルフェスティバルなら、捨てたもんじゃない鍛錬だが。


 さて、それはともかく。


「頭か肩に移動したら?」

『………ううっ、虐めおって。

 体が動かし辛いのは話しただろうに…』

「オレは自他共に認めるスパルタなんだ」


 文句を言っている叢金さんが、移動するのを待って腕立て開始。


「あ、良かったら、数えてくれる?

 一度沈んで上がってからが、1回ね」

『うむ、心得た』


 暇だろうから、叢金さんに数えて貰う事にする。

 その間、オレは思考にも集中出来る。


 さて、今日の予定としては、朝食の後にもう一度涼惇さん達と会談がある。

 叢洪さんが一緒に来るかどうかは未定。

 どのみち、涼惇さんが説得しないと無理だから、こればかりは仕方ない。


 秘匿事項を話して貰わないと、オレ達も手出しはしない。

 『ボミット病』の薬の製法や原材料は明かしたが、この『天龍宮』での流通はまだ待って貰っている。


 前にも言ったが、患者がいますと分かっても薬を処方して、そのまま放置なんてことは出来ないから。

 経過観察と最終的なアフターケアまで行って治療完了だ。

 じゃないと、医者と名乗る事は出来ない。


 まぁ、オレもまだまだ医者としては、未熟なんだけどね。

 間宮に教わった事があるぐらいだもの。

 ちなみに、そんな間宮も今はラピスから教わっている最中だけども。


 脱線事故。

 話を戻そう。


 叢洪さんの事は、ともかくとして。

 オレとしては、秘匿内容に関係しているとか言う大型の調度品が気になったんだよね。

 フォルムとしてはピアノに近かった。

 けど、あの迎賓室にはオルガンがあった。

 調度品として置くからには、鳴り物は一つで良い筈なのだ。


 そして、何故布を被せているのか。

 隠したいと言うのは分かるけども、それなら仕舞ってしまえば良い筈だ。

 なのに、それをしていない。


 置いておきたかった。

 けど、オレ達には見せたくなかった。


 何だろう、その意図は。

 まさか、オレ達の世界の物品でも降って来たか?

 それがあるとオレ達に警戒される?


 ………大砲とか武器弾薬の類じゃない事を祈ろうか。

 出来れば、衛生とかロケットの残骸とかも無しで。

 こうしてポンポン現代の人間が召喚されている事実はあるから、実際に物でも可能だと思うんだ。

 オレ達の校舎の実例もあるし。


 またしても、脱線事故。

 しかも、勝手な妄想で決め付けちゃいけないと思う。


 とりあえず、午前中はまた涼惇さんと協議する事になるか。

 オレ達の支援の件は、1日2日で決まるものでも無いだろうし。

 それが終わらないと、もしかしたら『石板の守り手』との謁見も終わらないかもしれない。

 滞在日数が、伸びていくだろうなぁ。

 出来れば、20日前後に帰りたいけど、無理かもしれないなぁ…。


 ちなみに、今は初旬の10日。


 公的な用事としては、残りは王城でのお披露目パーティだけだ。

 今月の25日に予定されている。

 現在生後半年の王女殿下の誕生日に合わせている。


 けど、生徒達の武器選定が終わってないから、なるべく早く帰りたい。

 じっくりやりたいと言うのが、本音だ。


 ただし、そうなると途中になる可能性がある。

 何がって、今回の訪問での『ボミット病』の経過観察。

 ちゃんと最後まで面倒見て初めて治療。

 うう…ッ、早めに秘匿事項を話してください、叢洪さん。

 実際、後10日ぐらいしか、タイムリミットが無い。

 ………畜生、昨日あそこまで虐めるんじゃなかった。


『なぁ、ギンジよ。

 この不思議な態勢での鍛錬は、何回やるつもりなのだ?』

「いつもは600。

 生徒達が戻って来たら今日は止めるけど…今、何回?」

『100と24回だが?』

「じゃあ、まだまだだ」


 オレもまだ仄かに汗が滲んで来た程度である。

 なら、まだまだ。


『………そこまで鍛錬せずとも、怪力があろうに』


 とか、頭上から聞こえたけども、無視。

 オレが鍛錬しているのは、筋力じゃなくて持久力だし、怪力に託けて鍛錬サボって良い事があるとも思えない。


「この世界、歩みを止めたら死ぬだけだ…」

『………寡欲な事よ』


 オレの頭上で、溜息が聞こえた。

 そこから先は、叢金さんも何も言わずに、数を数え続けてくれる。


 寡欲ってなんだっけ。

 ストイックって事だっけ?

 それとも禁欲的?

 それを考えると、オレはちょっと下半身的に当てはまらないと思うんだけども。


「ちょ…ちょっと待って、もう…無理!」

『(修行不足です)』

「くっそぉおおお!!」


 遠くで榊原の雄叫びが聞こえた。

 おそらく、間宮に抜かされたか。

 何回目だかは知らんが、昨日よりは随分と時間にしては伸びている気がした。


 それでも、確実にペナルティは決定事項だろうけどな。

 アイツのペナルティ、何にしよう。

 どうせなら、脚力と持久力を付けられるものが良いんだが。


 ………やっぱり、延々と走らせた方が良いか。

 アイツは、筋トレ抜いて1人で走らせよう、そうしよう。


 とはいえ、五月蝿いから、静かにしなさいよ。


『(間宮、今更だけど防音。

 騒いで『天龍族』の眠りを妨げると後が怖い)』

『(∑…ッ!?す、すみません!

 気付きませんでした!)』


 いや、オレも気付かなかったから、仕方ない。

 オレ達の周り数10メートルが防音の魔法で、覆われる。


『敵襲か?』

『ギンジ様、少々お下がり願います』

『ウン?』


 背後の魔族達か警戒をしてしまった。

 魔法に覆われて驚いたらしい。


 申し訳ない。


『敵、違ウ、生徒、魔法。

 音、漏レル、駄目』

『ああ、なるほど!』

『ご配慮でしたか、申し訳ありません』

『コチラコソ。

 説明、シナイ、ゴメン』

『いいえ、お気になさらす』


 ともあれ、これでなんとか大丈夫だろうか。


『(貴様が騒ぐ所為で、ギンジ様が怒られたではないか!)』

「そ、それ…ッ、オレだけの所為じゃ、無いでしょぉお!!」

『(五月蝿い、馬鹿者!

 また追いつくぞ!)』

「ぜぇッ、い、いつか、絶対、お前の事、ぜェ…ッ、抜かしてやる!」

『(やれるものならやってみろ)』


 うん、相変わらず、アイツ等は五月蝿いけど。

 間宮も随分と榊原に対しては対抗意識を燃やしているし、榊原もかなり負けん気で食い下がっているらしい。


 アイツ等、今何周なんだろう?


 今も榊原が間宮に抜かされたけど、それでも足を休めようとしていないのは上出来か。


 対する香神とディランは、平素の通り。

 自身達のペースを守ってランニングをしているが、今日はどういう訳か2人ともへばるのが早いか。

 あれ?

 アイツ等、あんなに体力少なかったっけ?


 ………あ、分かった。


「全員、一旦中止!

 戻って!」

『ッ!?』

「(何かありましたか!?)」


 生徒達を戻して、オレも腕立て倒立を一旦休憩。


「水飲んで、休んで。

 多分、ここ酸素薄い」

「…あ、そうか、空の上だもんな」

「(そう言えば、道理で息苦しいと…)」


 持って来ていた水筒で喉を潤し、全員に休憩を促す。


 忘れていたよ。

 雲河は見えるが、それ以外は普通に森とか庭だったから、気付くのが遅かった。


 ここ、標高が2000メートルを超えている高所だ。

 空に浮いている居城なのだから、当然のこと。


 香神とディランを改めて見れば、唇が真っ青だし、どちらかと言うとむくんでいるようにも見えた。


 早めに気付いて良かった。

 高山病の初期症状だ。


 高山病になると、しばらくは動くのも辛くなるから、鍛錬も何も無かった。

 斯く言うオレも、同じような有様だったらしいが。


「休憩をしながら、様子を見て鍛錬に切り替えよう。

 眩暈や吐き気を感じ始めたら、すぐに離脱する事」

『はいっ!』

「(了承しました)」


 酸素が薄い場所での鍛錬は、呼吸器への負荷に丁度良いが、やり過ぎると毒になる。

 『風』で酸素を濃くしても良い。

 だが、今回は絶好の機会だ。


 このまま、適宜休憩を取りながら、鍛錬をする事にしよう。

 ただし、


「榊原は、何周だった?」

「お、オレは、げほ…ッ、15周…」

「間宮は?」

「(今ので20周でした)」

「となると、ギリギリ5周抜かされて無いのか、残念だ…」

「残念とか言うなし…!」

「それでも、ペナルティだ。

 後5周、全力疾走を続けてから、その後は普通のランニングに切り替える」

「………えっ?」


 榊原は別。

 こんな絶好のコンディション、滅多にない。

 今更に気付いたが、この『天龍宮』は高所トレーニングにうってつけだ。


 使わない手は無い。

 つまり、榊原の鍛錬は、継続である。

 それこそ、ぶっ倒れるまで、な。


「………う、嘘だろぉおおおお!?」

「行って来い、榊原!

 ちゃんと生きて戻ってこないと、骨は拾ってやれねぇぞ」

「ふ、ふざけんなッ。

 他人事だと思ってェエ…ッ!!」

「(文句を言わずにきびきび走れ!)」

「ひぃいいいい!!」


 間宮からナイフの乱打を浴びて、榊原が駆け出した。


 その間に、間宮には防護マスクを持って来て貰おう。

 絶対、低酸素症か高山病で帰って来るから、防護マスクと『風』の即席酸素ボンベが必要不可欠だ。


 しゅぴっ、と敬礼一つ。

 掻き消えた間宮に、護衛の魔族達が驚いていた。

 オレも未だに驚きだから、安心して。


 うふふふふふふふ。

 ガンバレ榊原。

 この『天龍宮』での滞在が終わった時に、どれだけ他の連中から差を付けられるかはお前次第だ。


「畜生ぉぉおおおっ!」


 防音にかき消されて、彼の声はオレ達にしか聞こえない。

 響き渡る事は無かった。


「………叫んだら、余計に体力消耗するの気付いてねぇのかよ」

「同感」

「なにやら可哀想な気もするのですが…」

「じゃあ、一緒に走って来る?」

「え、遠慮します…!」


 香神の一言はともかく、ディランの一言には脅しを少々。

 案の定、涙目で首をぶるぶる。

 香神は眼を輝かせていたが、2人以上が倒れると即席酸素ボンベが足りなくなるので、勘弁してくれ。


 こんな機会滅多にないから、オレも走って来るけどね。


 今にして思えば、『天龍族』の持久力って、この高所でのトレーニングも功を奏しているんだろうな。

 羨ましい。


 ………『風』でどうにか出来そうだな。

 今度、間宮かラピスにお願いして、生徒達のトレーニングに取り入れてみよう。


『むぅ、走るのか?』

「ああ、降りてて良いよ?

 揺れるから、具合が悪くなったら嫌でしょ?」

『それはそうだが、どこにおれば良いのやら…』

「………あー…」


 そういや、叢金さんがいたな。

 彼、まだ翼も手足も小さい小竜だから、地面に置くと潰されそうだ。

 かと言って抱き上げて貰う人が護衛ぐらい。

 小竜のままの叢金さんを抱えて護衛に視線を合わせると、こちらも首をぶんぶん振られた。

 叢金さんだと分かっているからこそ、恐れ多いとの事。

 ………地面に置く方がよっぽど恐れ多いと気付いていないのか?


 しかし、


「良ければ、私が…」

「あ、ありがとう、涼惇さん………って、ええ!?」


 隣から唐突に差し出された手と声に、振り返れば彼がいた。

 朝から麗しいご尊顔の涼惇さんだ。


 全然全く、気付かなかった。

 鈍っているだけでは無いと思うんだ、これ。


「おはよう、ギンジ殿。

 朝から精が出るな」

「お、おおおお、おはよう。

 け、けど、いつの間に?」

「先に、生徒様方に休憩をさせた時から、か?」


 だとすると、結構前からね。

 何この人、神出鬼没。


 しかも、今まだ朝の4時半だぜ。

 早すぎる。

 早起きってレベルじゃないと思うんだが…。


 ………オレ達の所為で、起こしたとかじゃない事を祈る。


 叢金さんを預かってくれた彼が、微笑んだ。

 ただし、小首を傾げているので、何かしら質疑があったらしい。


「コウザンビョウとは知らない病だが、私達も患う事があるのだろうか?」


 あ、結構、聞かれてたのね。

 そして、この世界の人間には、余りに馴染みの無い病か。

 そもそも、彼等が患う事があるのかどうかも不明だけども。


「………空気が薄いと、有り得るかも?

 ただ、多分皆さん、鍛え方が違うだけ、なの、かな?」

「症状はどのようなものが?」

「眩暈と頭痛、吐き気もあるか。

 後、過呼吸を起こしたり、数時間意識を失って戻らない人とかもたまにいる」

「ふむ、恐ろしい病なのだな。

 ところで、………サンソとは何かな?」


 脱力した。

 どうやら、説明の基準がそこからだったらしい。


 そんな中で、間宮が防護マスクをもって戻って来た。

 ………実演の方が早いか。


「間宮、『風』で酸素集めて」

「(了承しました)」


 と言う訳で、実践です。

 まずは、そのままで息を吸い込んで吐いて貰う。

 いつも通りだから変わらないとは思うけども、次に防護マスクを付けて貰い、集めた酸素を送り込む。


「ッ…!?

 ……空気が重い、いや…これは、多いのか?」

「実際は、空気の中に含まれている酸素の割合が多いだけだよ。

 地上と標高の高い山の上では、空気が薄くなってその分酸素の量にも差が出来る」


 防護マスクを付けたままで、涼惇さんが目を輝かせていた。

 世界の神秘を知って、どうやら感動している様子だ。


 自分達の暮らしている場所が、地上と違う事を改めて知ったようだ。


「ですが、害が出るのでは無いのか?」

「今貴方が付けている防護マスクで予防するから平気だよ」


 だから、叢金さんよろしくね。


 オレも一緒に走って来まーす。

 オレが戻ったら、生徒達は筋力トレーニング開始。

 それまで、休憩。


「おらおら、ちゃきちゃき走れ!」

「ぎゃああああ…ッ、鬼、悪魔!

 健気に走ってる生徒、恫喝すんじゃないわぁッ!」

「健気な生徒は、文句は言わねぇ!」

「キぃーーーーーッ!」


 と言う訳で、榊原をいびり倒す事にした。

 勿論、オレも本気のスピードで走ってるから、アイツが走って戻って来るまでに2回は必ず追い越している。

 さて、ペナルティでもそろそろ付けようかねぇ。


「………活き活きしてますねぇ」

『あ奴、この前には逆さまになって鍛えておったぞ………』

『(銀次様は、ストイックでいらっしゃいますから…)』

「加減を知らないのですよ」

『加減を知らんのだ』


 なんて会話を、彼等がしていた事等、露ほども知らなかった。

 榊原の叫び声でかき消されて聞こえていなかったからだ。


 その後、ぶっ倒れたけどね。

 榊原だけ。


「アンタ…げほ…ッ、なんて体力してんの…おえっ…!」

「師匠をなめんな」


 大人げない?

 大いに結構。


 オレもこの滞在中は、真面目に本気で鍛錬に打ち込む事にしよう。



***



「………えっ?」


 朝食の席。

 落とされた言葉に、ちょっとだけ吃驚。


 今は、7時半だ。

 鍛錬は、休憩を含めて約3時間だった。


 すっきり爽快な汗を流して、実に気分が良かった。

 やはり、高所トレーニングは持久力にも肺活量にも効果がある分、汗が流せて心地が良い。


 榊原は、始終グロッキーだったけどな。


 鍛錬後に、一っ風呂浴びて。

 そうして居城へと戻って来た頃には、泉谷達も朝食の席に座っていた。


 勿論、皆風呂の存在など知らないで、寝起きのままらしい。

 ………後で教えてやろう、風呂の存在。

 男ばかりだから、相当汗臭い事になってるし。


 なにより、オレが鼻が利くから耐え切れない。


 なんてこともありながら。

 オレ達が席に着くと給仕がやって来て、プレート型のお皿に乗った料理を並べてくれる。

 大皿も運ばれてきて、お代わりも自由なようだ。


 チャーハンの様なものに、肉まんの様なもの。

 朝から胃に重い春巻きやから揚げのような揚げ物まであったが、随分と豪勢。


 ただ、エビチリは流石に無かった。

 エビチリが大好物な榊原が残念そうにしていたが、そのうちコイツはチリソースでも作り兼ねないな。


 斯く言うオレは、野菜がほとんどないことに残念だった。

 スープの中か、生春巻きの様なものの中にちょろっと巻かれているだけなんて、あんまりだ。

 野菜の流通少ないのかなぁ。

 ………ぐすん、胃もたれしない事を祈ろう。


 ただ、味は美味かった。

 オレ達の知っている味とはちょっと違ったけど、独特の風味とスパイスは相性抜群。

 香神がレシピを聞いていたから、おそらく今後は『異世界クラス』でも再現されるだろうな。


「そういや、アンタ等、朝からどこ行ってたんだ?」


 ふと、そこで。

 唐突に問いかけて来たのは、虎徹君。


 泉谷は未だに眠そうに、スープを啜っているだけである。

 コイツ、今の今まで寝ていたに違いない。

 朝が弱い、と見た。


 さて、それはともかく。


「ああ、庭先使わせて貰ってただけだよ」

「それって、鍛錬って事です?」


 虎徹君の言葉に、しれっと答えておいたら、五行君にも食いつかれた。

 途端、この2人の目がきらりと光った気がする。


 あ、地雷踏んだ。

 

「鍛錬、教えてくれ!」

「鍛錬、教えてくれへん!?」

「………えっ?」


 両者から飛んだ声に、思わず吃驚。

 今しがた食べようとしていた生春巻きが、皿の上にころりと落ちた。


 生徒達も顔を上げて、途端に微妙な表情だ。

 斯く言うオレも、ポーカーフェイスを気取って見ても、驚きの余りに口元が引き攣る。


 大体、それはちょっと可笑しくねぇ?


「………鍛錬教えるったって、泉谷がいるでしょ?」


 だって、彼等には保護者がいる。

 正真正銘の保護者である、『予言の騎士』という肩書きを持った泉谷だ。


 しかし、


「役に立たねぇ」

「…うっ…!」

「意味が分からんのや」

「…ぐっ…!」


 相次いで、両者から発せられた言葉に、泉谷は呻くばかりであった。

 ぐっさぐさと、矢印の形にでもなっている吹き出しが、彼の胸に突き刺さっていいる事だろう。


 まぁ、分かっていたけど。

 地味に虐めたのは、オレです。


 いやぁ、虎徹君や五行君からして、彼の立場ってどうなのかと気になってね。

 結果は、凄惨たる有様としか思えなかったけども。


「とはいえ、勝手に鍛錬を受けさせることは出来ないよ。

 前にも言ったけど、許可を得てね?」

「………チッ、居てもいなくても、面倒臭いな」

「なぁ、先生ええやろ?

 どのみち、先生が教えてくれへんのやから、しょうがないねん」

「ふぐ…ッ!?」

「………ナチュラルにディスってんな、お前等」


 虎徹君は、舌打ちと共に睨みを一つ。

 そして、五行君はいっそ清々しい笑顔のままで毒を吐いた。


 泉谷はその2人の横で、喉を詰まらせるだけだ。


 ………ディスり具合があまりにも自然体過ぎて逆に引いたわ。

 手馴れてんのかよ、おい。


「そ、そう言う事なら、僕も参加したいのですが…」

「………馬鹿なのか…ッ」


 えっ、何、コイツまで一緒になって参加表明しているの!?

 じゃないと許可しないとか言うなら、こっちからお断りなんだけど!!


 ………ってか、あんれぇ~?

 

 なんか、違う気がする。

 ………オレ、ライバルまで教育しなきゃいけないの?


「『天龍族』に頼んだら?」

「あれ以降は、魔族の侍従さんだけしか来ないんですわ。

 おかげで言葉が通じませんよって、朝食の事もひと悶着があって敵わんのや」

「あ~…、なるほど」


 侍従達は元々、接待係じゃないからか。

 ………涼惇さんに話して、朝だけでも侍従さん達に来て貰えるようにして貰うか?

 なんで、オレがそこまでしなくちゃいけないのか。


「それに、アンタなら本気で組手やっても大丈夫そうだ」

「………ああ、相手が欲しかったのね。

 まぁ、良いよその程度なら」


 あ、虎徹君の申し出は有難いかも。

 オレが相手にすれば、生徒達の誰とミートしてるかぐらいは分かるから。


「ちょっ、先生…!?」


 だが、これには流石に榊原が素っ頓狂な声を発して、否やを唱えた。


「良いんだよ、榊原」

「オレが良くない!

 あんなパタパタ倒れるのに、コイツ等に見られたくない!」

「………恥は、かき捨てだ。

 それに、コイツ等も参加したら、どのみち倒れるから…」

『(多分、貴方よりも早いでしょうね)』


 ぷぷーっ、と珍しく間宮が笑った。

 イラっとした表情を虎徹君と五行君から返されたが、事実。


 まぁ、間宮のは十中八九、挑発だろうけど。


「テメェ、チビの癖に言うじゃねぇか、吠え面かくんじゃねぇぞ」

『(………はっ)』


 そして、ちゃっかりと挑発に乗っちゃった虎徹君が、口を引き攣らせながらも笑ったが、間宮は一周。

 鼻で笑っただけだ。


 ぶつり、と聞こえた気がした。

 ただし、オレ達は聞こえないフリで、食事を続けている。


「じ、上等だ…ッ、このチビ!」

「わぁああッ、抑えてや!

 アンタが暴走したら、止める人間誰もおらへんのやでぇ!」

「ちょ、ちょっと…虎徹君…!」


 必死扱いて向こうは虎徹君を抑えているけども、知らんぷり。


 彼ぐらいなら、大して脅威とは感じない。 


 実際にオレ達をビビらせたいなら、ブチ切れモードのゲイルかジャッキーを呼んで来~い。


 あ、駄目だ。

 それ、オレが逃げるパターンだ。

 ぶるりと身震いをしてから、溜息を零しておいた。

 なんか、今想像したブチ切れモードの面々を思い出したら食欲が失せたんだ。


 閑話休題それはともかく


「じゃあ、今日の夕方、庭先に集合としようか」

「………夕方ですか?

 明日の朝じゃなくて…?」

「明日の朝もやるよ、勿論。

 オレ達、早朝と午後でそれぞれ2回は、トレーニングしてるんだから…」

「…え゛…ッ」


 濁点混じりの声を上げたのは、泉谷。


 何を当然のことを。

 こちらの世界で生き抜こうと思ったら、生半可な鍛錬じゃ足りない。


 案の定、今までそんな鍛錬をした事が無いのは、丸分かり。

 虎徹くんや五行くんは、然も当たり前のように頷いていたが、彼だけが分かっていない。


 ………本当に、コイツが『予言の騎士』なのかよ。


「まぁ、参加するしないは自由にしておけば良い。

 オレ達は勝手にやらせて貰うし…」


 実際、今日一日の予定が空いてしまっている。

 高所である事も相俟って、丁度良い鍛錬日和とも言えよう。


 確か、涼惇さんの話だと、オレ達の支援の話は今日、候補者達その他が集まって決めるとの事だったし。


『お主は、やりすぎと思うのだがなぁ』

「やり過ぎがあるなら、オレも大敗を喫することも無いんだが?」

『………程々にせよ』


 オレの腕に巻き付きながら、首を伸ばして水をちろちろ飲んでいた叢金さんは訝し気。

 飛竜の妖精の顔なので、変化があまり感じられないまでも。


 だが、


「………喋った」

「なんなんです、それ…」

「………。」


 鍛錬の話の後に彼等が食いついたのは、叢金さんへだった。


 まぁ、確かにオレも同じ立場だったら同じことを思うだろう。

 見た目は蛇だもの。

 飛竜の妖精と分かっていなかったら、接触は控えるぐらいには忌避しちゃう。


 ただ、叢金さんはその視線を受けて、オレの首元に隠れてしまった。

 彼等の前では、余り顔を出したくないみたい?


『私の事は、余り触れぬように…』

「喋っちゃったの、アンタでしょうが。

 ………まぁ、恥ずかしいってなら、巻き付いて隠れてなよ」

『うむ、そうさせて貰おう。

 …ただ、そこのチコの実を所望したい』

「ハイハイ」


 恥ずかしがり屋って事にしておこう。


 ただし、ご飯の手は、休めないらしい。

 今もオレに頼んで、チコの実と言う桃にも似た果物の切れ端を見つめていた。

 お皿に取り分けてから、小さく刻んで口元へ。

 嬉しそうにオレの手からチコの実を食べる叢金さんの姿は、飼い慣らされたペットのようで和む。


 変わらない彼等からの視線には、和めないけども。


「褒美として貰った、この世界の生き物かな。

 今は小さいけど、大きなったら飛竜になるらしい」

「褒美?

 って、昨日言っていた、例の『天龍族』討伐の件でか?」

「ああ、うん、それ。

 喋る事も出来るけど、恥ずかしがり屋でもあるからあんまり触れないで?」

「………。」


 一応の紹介はこれぐらい。

 叢金さんも触れて欲しくないと言う言葉の通り、チコの実を食べる以外はオレの首筋から出て来ようとしない。

 元は『天龍族』なのに、今の姿かたちは似ても似つかないからか。

 気持ちは分かるので、擁護はしておいた。


 虎徹君達は納得してはいるが興味津々の様子で、彼を見ていた。

 泉谷は、………見てるのは多分オレだな。

 その視線の意味は、おそらく嫉妬。

 またオレが贔屓を受けているとでも思っているのだろう。


「お食事中、失礼致します」


 そこで、食堂に入って来たのは涼惇さんだった。

 その手には、フルーツの盛り合わせか何かが抱えられていて、美形とのギャップにふと苦笑。


 ………叢金さんの餌付け用かな?

 飛竜って大食漢らしいから、この程度じゃ足りないだろうし。


 案の定、そのフルーツの盛り合わせは、オレの真横に置かれた。

 ご丁寧に、ナイフも添えられて。

 剥けって事なら吝かじゃない。

 オレも脂っこいものよりも、フルーツの方がお腹にも胃にも有難いから。


「申し訳なかった。

 やはり人族の持て成しは、『天龍族』に取っては少々尚早に尽きた」

「いや、気にしなくて良いよ。

 生徒達には必要な蛋白質だし」


 あ、気付かれてたんだ。

 オレが肉が苦手で、あんまり手が進んでない事。

 ゴメンなさい。


 ただ、この短時間で良くぞ気付いたものだ。

 やはり、この人は侮れない。


 と言う訳で、叢金さんの為に食事の手をフルーツを剥く手に切り替える。

 オレもちょっとだけ摘まませて貰おう。

 右手だけだとどうしても不格好になるけど、切り分ければ変わらない。


「それで、涼惇さん?

 これ以外にも、用事があったのでは?」

「少々問題があってな…」


 こてり、と首を傾げると、涼惇さんが苦笑気味。

 オレの隣に腰掛けると、オレの手からフルーツを抜き取って、するすると剥き始めてしまう。

 あれ?そんなに不格好だった?


「協議を開始しようにも、明家が拒否をしている」

「魔族・人間の排斥派という話だしね…」

「それもあるのだが………」


 そう言って、口ごもった涼惇さん。

 見事な程に剥き終えたロカートの実を皿に置いたと同時に、今度はチュアルと言うメロンにも似た果物を剥きだした。

 (※後から聞いたら瓜だったらしいけど)


 叢金さんは剝き終えたロカートの実を眺めている。

 オレに視線を向けて来たのは、切り分けて欲しいからだろうか。

 何、この共同作業…?


 涼惇さんと一緒に入って来た筈の、侍従さんがほっこりとしていた。


 だが、


「どうやら、貴方やイズミヤ様の力量を疑っているらしい…」


 続いた涼惇さんの言葉には、オレ達がほっこり出来ない。


 切り分けたロカートの実にかぶりつこうとしていた叢金さんが、渋面になっていた。

 (※決して、オレの切り分け方が不格好だからでは無い)


「早朝の鍛錬を見ていたようだ。

 私も、流石に離れすぎていて気付かなかったが…。

 出来れば力量を見極めてからでは無いと、支援の話も何も無いとの事だ…」

「………つまり、オレ達に何かしらの武力闘争を望んでいると?」

「そこまで大仰では無い筈だがな…」


 剥き終えたチュアルの実を別の皿に置いたと同時。

 会話同様に大仰な溜息を吐いて、申し訳無さそうな表情でオレを見た涼惇さん。


「おそらく、貴方を排斥したい、と考えても間違いでは無いだろう」


 明け透けな涼惇さんの言葉には、納得の一言。

 その言葉に、生徒達が絶句。

 生徒達どころか、泉谷達まで絶句していたけども。


「協議を遅延させているのは、貴方方をこの『天龍宮』に長く拘束したいから。

 そして、拘束した上で、以前と同じく貴方を害したいと考えている筈だ。

 何せ、いくら理性を失していたとはいえ現役の『龍王』を討伐出来る力量を持った御仁が貴方だ」

「色々とかこつけて、混乱に乗じて暗殺したいと言う事か。

 分かり易くて、助かる」

「あっけらかんと言い放ってくれるな。

 こちらは、胃が痛む思いだと言うのに…」

「胃薬いる?」

「貴方のは効きが良さそうだが、生憎と薬も効かぬ体質なので遠慮するよ」


 あらまぁ、毒どころか薬も効かんのね。

 事前情報としては知っていたが、吃驚な内容ですこと。


 ………という事は、叢洪さんの隠し事の一環であるボミット病の患者も、『天龍族』では無さそうだ。


 ただ、今はそっちの話では無く。


 オレの言葉に、辟易とした様子の彼。

 いつの間にかもう一つのチュアルに手を付けていたのも驚きだったけど。


 問題になっているのが、オレ達の力量。

 泉谷は然して問題では無いにしても、肝心のオレの力量が掴めなくて攻めあぐねていると言う事になるのか。


「他候補者の皆さんに関しては?」

「叢洪様は、流石に今の段階では分かり兼ねる。

 だが、叢玲様、朱桓様はギンジ殿の支援を考えていると思って良いだろう」


 その言葉に、泉谷が反応。

 自分は全く眼中に無いと言われたようなものだ。


 またしても、オレへと向ける視線が鋭くなった。


 叢金さんが反応して睨み返した。

 気にしなくて良いのに。

 頭を撫でて落ち着かせながらもその視線は無視して、涼惇さんに改めて問いかける。


「何をすれば良いと思う?」

「私か侍従達との手合わせだろうか。

 明洵様自身が直接と言う訳には行かぬだろうからな…」

「………侍従達はともかく、貴方かぁ…」

「私は楽しみなのだが?」

「オレが死にま~す」

「何をおっしゃるか。

 『龍王』様を打倒出来たのであれば、私など塵にも等しいだろうに…」


 そんな謙遜は、要らない。

 オレは、この人には確実に勝てないと分かっている。


 オレが『龍王』様を倒せたのは、十中八九まぐれだからな。


 ………まぁ、彼が相手なら、殺される事も無いと分かっているからまだ良いが。


「ただ、その後の反応は確約出来ないな。

 負ければ、言わずもがな。

 勝てば、不穏分子と断じて、支援を取り下げる可能性も無きにしも非ずか」

「面倒臭いなぁ。

 勝っても駄目、負けても駄目。

 引き分けに持ち込むにしても、今こうして面と向かって行ってる段階を知られているんじゃ八百長を疑われるのは眼に見えてる」

『私が叱りつけてやろうか?』

「それで、向こうが大人しく引き下がるならね」


 叢金さんが、切り分けた果実を丸呑みにして呟く。


 申し出は嬉しいが、多分それだけだと悪手。

 それじゃ収まらないから、こうして涼惇さんが頭を抱えているのだろうし。


 オレも一緒になってフルーツを摘まみつつ、叢金さんの頭をもう一度撫でる。

 果汁の所為でいつの間にか、撫でた箇所の体毛がごわごわになってしまっていた。

 睨まれた。

 ゴメンナサイ。


 食事を終えた間宮が、フルーツの皮剥きに参戦してくれた。

 ご丁寧にオレの手を拭ってからだ。

 ………オレの仕事が無くなったな。


「正直、どちらにせよ、どう転ぶかは予想が付かぬ。

 手合わせの予定は明日と仮定しておくが、私達としても涼家・叢家・敖家と協議をしてから、最終通達をするべきか。

 最悪、あの方には候補者から外れて貰わねばならぬ…」

「………最終通告は良いけど、そんな事出来るの?」


 候補者から外れる云々って、そう簡単な事だろうか?

 ちょっと驚いてしまった。


「今現在で、『昇華』の兆候が最も早いのは、叢洪様か朱桓様だ。

 明洵様も確かに『昇華』の兆候が出ているが、眼の色の変異からは遅々として進まぬ」

「………えっと、それって確か一番最初じゃ?」

「その通り。

 叢玲様すら、既に魔力の増加が始まっていると言うのに、彼だけは最初のままだ」


 つまり、今現在での順位?的なものは、以下だ。


 オレが、『龍装』まで。

 次に、叢洪さん、朱桓さんの魔力増加終了。

 叢玲さんが、魔力増加が始まっている。

 明洵さんは、眼の変異のみ。


 そう考えると、やはり濃厚なのは叢洪さんか朱桓さん。

 オレの場合は、叢金さんが弄った事もあって、スタートダッシュが早かっただけなのかもしれん。


「まぁ、なんにせよ、貴方の返答次第だが」

「他の方法としては?」

「………先に、『石板の間』の御前に、お目通り願う事か」

「協議が終わる前に、『石板の守り手』さんに謁見出来るのか?」

「勿論、それが目的だったと言い張れば済む事。

 既に、その件に関しては、候補者達では無く涼家・叢家・敖家の3家が了承しているのだから」


 涼惇さんは、剝き終わった2個目のロカートを切り分けながら告げた。

 どうやら、進んでいないと思っていた謁見の準備に関しては問題が無いらしい。


 まぁ、これも今日明日、とは出来ないだろうが。


「どうなさる?

 私が思うに、先に謁見を済ませて、御前からの確約を得た方が良いと思うが…」

「………確約っつったって、ねぇ…」


 そう言って、チラリと見るのは泉谷。

 相変わらずオレの事を睨み付けている。


 オレが本物であると言う保証が無い。

 いや、『人払い』の結界とか云々を鑑みれば、オレだとは思うが。


 それにしたって、2人もいる事がネック。

 同時に謁見させて貰って、弾いて貰う?

 それでオレが弾かれたら、その時点で強制終了となってしまう。


「心配はいらんよ。

 前『龍王』様の事もあって、御前の心証は貴方に傾いている」


 そう言われて、少々考える。


 傾いているからと言って、確証がある訳では無い。

 自信が無くて困っているのは、オレが半分魔族に片足を突っ込んでいるからだろうか。


 ………。

 ………あ、そうか。

 

 その魔族に片足を突っ込んだ状態を脱したくて、ここに脚を運んだ事実もあったっけ。


「なら、謁見を先に行わせて貰う事、出来る?」

「準備は進めよう。

 協議が長引く為と理由付けをすれば、明家を引っ張り出す事も出来ようからな」

「うん、じゃあ、お願い」


 と言う訳で、協議よりも先に謁見だ。

 この方との手合わせはしなくて良いし、間違って暗殺未遂に至る事も無い。


 と、思っていたのだが、


「済まぬが、耳が良いので聞こえてしまってな。

 今日の黄昏時に、また鍛錬をすると聞いた。

 出来れば私とも手合わせを願いたい」

「…おうふ…ッ」


 にっこりと微笑んだ彼。


 そして、オレに向けて差し出したのは、剥き終わったチコの実。

 ご丁寧にフォークを差したそれを、オレの口に差し向けている。


 食べろ、という事か。

 そして、了承しろ、という事か。


 俗に言う、あーん、だ。

 ご尊顔麗しい彼からされるのは良い。

 だが、何故だか背筋がざわついて落ち着かない。


 十中八九、赤面してオレ達を見ている泉谷達の所為だと思うのだが。


「(オレもやりますが?)」

「………オレは、6歳児か…?」

「貴方は、もう少し食べた方が良い」

「(同感です)」


 肉を食べていない事を見咎められたのが、痛かった。

 どうやら、オレも餌付けをされる事になったらしい。


 食べると言う選択肢しか無い。

 ………オレのライ●カードは一体どこに行った?


 切り分けられたチコの実を、口を開いて受け入れる。

 途端にはにかんだ様に微笑んだ涼惇さんは大変眼福だが、男だぞ、おい。


 恥ずかしくて、勝手に頬が赤面する。


『それは、随分と楽しそうであるな。

 ギンジよ、私もしてやるか?』

「(私もして差し上げますよ?)」

「だから、オレは6歳児か…!

 というか、今まだ口の中に残っているから差し出すな!」


 しかも、叢金さんは事実上の口移しになるから、辞めてー!!

 咥えて差し出してくれたチコの実は美味しそうだけど、食らいつく訳にはいかんのよ。


 ………嫁さん達からなら喜んで受け入れるけど、流石に男と人外からは喜べない。


 間宮も便乗すんなし、対抗心も燃やさなくて良い。

 悪ノリが過ぎる。

 殴っておいた。


「………激しく精神ゲージが削られたんだが」

「貴殿を見ていると、悪戯がしたくて堪らなくなるのだ」

「公然と虐め発言、辞めてぇぇ」

「ははっ、その調子だから、楽しくて仕方ない」


 涼惇さんが会う度に、どが付くSに進化する問題について。

 これも『昇華』の兆候とか言うなよ、げっそりする。



***



 なんてこともありながら、夕方です。


 残念ながら、やはり協議は全く進まなかったそうだ。

 一応、『天龍宮』の中の案内を受けたりとか、涼清姫さんから接待を受けたりとかしてはいたんだけどね。

 手が空いてしまって、無駄な時間ばかり過ごしてしまった。


 まぁ、その分案内を受けた時に、これまた仰天の事実が知れたんだけど。


 どうやら、オレ。

 生き写しだったらしい。


 誰の?

 女神・ソフィアのである。


 マジで、知らなかった驚愕の事実。

 手持無沙汰だったから、例の転移魔法陣にも案内して貰ったの。

 後学の為とか言い張ってね。


 そしたら、その転移魔法陣の間に飾られていた肖像画の一つがソフィア様で。

 そして、オレと髪の色以外がクリソツとか言う仕様。


 腰が抜けるかと思った。

 実際、へなってなった。

 アレ、ちょっと時間貰えなかったら、立ち直れなかった。


 安定のオレの女顔問題も、ショックだった。

 けど、ここまでそっくりとなると、どうしても他人とは思えない事もショック。


 嘘だろ、おい。

 オレが髪の変異をしなかったら、マジでクリソツだった。

 昔は金髪だったからな。


 オレはまさかの、女神の血縁ですか?

 オレの過去のデータが存在しないのも、その所為ではないかと邪推してしまったぐらいである。

 ………まぁ、そんな訳ないけども。


 生徒達も驚いたのか、騒いでいた。

 そのおかげで、案内に出て来ていた侍従達まで騒然。

 ちょっとしたパニックが起きて、待機していた警護が駆け付けてしまったりなんだり。


 いや、もうすんません。


「確かに似ているとは思っていたが、まさか生きたご尊顔をお目に出来るとは…」

『うむ、私もこれほど驚いたのは、久方ぶりよ』

「もう言わんで…」


 立ち直ってからも、その話で弄られる。


 夕方になったので、鍛錬の為に庭に出て来た。

 だが、一緒になって涼惇さんやら、侍従さん達やらとぞろぞろくっ付いている来るのはどうした?て話。

 まぁ、暗殺対策とは分かっているけども。


「………あ~…その様子やと、もしかして見たんです?」

「知ってたのか?」

「最初に見た時は、オレ達も驚きましたよって」

「う~…教えてくれれば良かったのに…」

「そんな状態じゃ無かったやんか」


 庭先に出ると、別行動となっていた泉谷達が待ち構える様にして庭先に待っていた。


 ただ、オレのげっそりとした様子には勘付いたらしい。

 彼等もオレの女神ソフィア様クリソツ問題は知っていたようだ。

 なんでも、最初の段階で気付いていたとか。


 教えてくれれば、ここまで驚かなかったのに。

 ………まぁ、からからと笑った五行君の言う通り、そんな状況じゃなかったのは事実だけども。


 溜息が止まらない。

 オレの顔の件もそうだが、ついでに庭先に集まっている面々に関しても。


「………何でいるんですか、叢洪さん?」

「いては、悪いか?」

『………叢玲さんは、一体どうして?』

『あ、あの、人族の鍛錬を見てみたくて…』

『………朱桓さんは………、ゴメンナサイやっぱり良いです、聞かなくても分かりました!』

『おお、通じたようで幸いですな!』


 涼惇さんとの手合わせを行うと言う通達がどうやら、知らない間に回ってしまったらしい。

 庭先には、泉達の他に候補者達も集まってしまっていた。


 叢洪さんは、昨日の仕返しでもしたいのだろう。

 叢玲さんは、純粋に興味本位。

 赤面するのは、どうしてなのか見当も付かない。


 そして、朱桓さん。

 彼の理由も、見ればすぐに分かった。


 だって、雰囲気がまんま戦闘狂ジャッキー

 つまり、バトルジャンキーの血が騒いで、見物に来ちゃっただけだ。


 ………オレ、やっぱりここで殺されるんじゃね?


「ご安心あれ。

 私がいる限り、朱家にも手は出せないからな」

『私もいるのだから、大丈夫だ』

「………その言葉を信用したい。

 でも出来ない!

 ………この二律背反は何!?」

「………第六感だろうな」

『うむ、第六感だろうな』

「否定が出来ない!」


 どうやら、オレは結局戦闘狂(バトルジャンキー)から逃れられない運命にあるようだ。


 とはいえ、打ちひしがれていても始まらない。


「ストレッチ開始!

 ちゃんと解しておかないと、体壊すからな!」

『はいっ!』

「…なんでちょっとキレ気味?」

「(無駄口叩かずに黙ってやれ!)」

「ちょっ、間宮まで…!?」


 なにはともあれ、鍛錬開始。

 榊原は、拳骨を落としておく。

 間宮の言う通りだ。

 黙ってやっておかないと、オレが更にキレる事になるからな。


「………なんか、普通?」

「阿呆か、アンタ。

 あれのどこが普通だって話だよ」

「全員軟体動物ちゃうん?」


 ストレッチの最中には、そんなことを言われながら。

 まぁ、確かに全員、タコみたいに体柔らかくしているから、そう見えても仕方ないけど。

 ………柔軟って、鍛錬の基本だよ?


 ストレッチを終えれば、次はランニング。

 朝と同じで、間宮と榊原はトップスピード、香神とディランは流して、だ。

 ただし、高山病を考慮して、回数は決めずに体調を考慮してスタートさせた。

 (※榊原は別だけどね)


「ゲッ…!」

「うわ、早…ッ!?

 あれ、ランニングじゃなくて、ダッシュやん!」

「………ペース配分しないんですか?」

「これが、オレ達の普通。

 間宮はともかく、榊原はペースよりも肺活量が少ない方が問題だからな」


 泉谷達は驚きながらも、香神達の背後に付いて走った。

 虎徹君は間宮達の方に参加したかったようだが、秒数決めていない無限ダッシュに諦めたらしい。


 オレはと言えば、最初は流し。

 泉谷達のペースに合わせながら、段々とスピードを上げるつもりだ。


 そうしないと、倒れた時に対処出来ないかもしれないし。

 今回は最初から即席酸素ボンベの準備が出来ているから急がなくても良さそうだけどね。


『(ほら、2周目だ!

 次でペナルティが確定するぞ!)』

「畜生、アンタ今に見てなよ…!」


 なんて、あっちは楽しそう?に、ダッシュだ。


 ただ、オレ達を見守っていた『天龍族』の面々は、少々目が点になっていた。

 後から聞いたら、オレ達のこのランニングと言う方法も馴染みが無かったとの事。

 ………暮らしているだけで、トレーニングになるもんな、この人達。

 本気で羨ましい。


 さて、閑話休題それはともかく


 開始10分が経過。


「こ、これ、いつまで走るんですか…ッ!?」

「倒れるまで」

「ええっ!?」

「実際は、眩暈とか頭痛とか感じた段階で、離脱して良いよ?」

「………アンタ、全然息切れてへんな?」

「まだまだ余裕だからね」

「う、嘘…でしょう…!?」


 泉谷が、根を上げ始めた。

 かろうじて、ディランに付いて行っている程度。

 ただし、そんな当のディランもまだ余裕がありそうだ。


 虎徹君は、オレの後をぴったりとくっ付いている。

 その後ろに香神がくっ付いているが、コイツも彼等に合わせて走っているのは分かっている。

 香神に付いて走るのが五行君だが、そんな彼もだんだんと遅れ始めていた。


 ちなみにではあるが、


『(これで、4周目。

 さて、後1周だが、逃げ切れるか?)』

「クソ…ッ、ぜェ…ッ、絶対…ッ、抜かされて…ッ、ぜぇ…ッ堪るもんか…!」


 榊原は、その言葉を最後に脱落した。

 16周までは保つのだが、やはりそれ以上がどうしても続かない。


 まぁ、十中八九、わざと煽りまくっている間宮に付き合って、律儀に返答するのが原因だと思うんだ。

 ………あれ、いつ気付くんだろう。


 間宮がダッシュを辞めて榊原を回収。

 即席酸素ボンベは、やはり必須だったな。


 さて、開始15分が経った。

 ここら辺で、泉谷がフラフラとし始めたので、こちらも多分回収が必須になるだろう。


「間宮~、もう一名ご案内~!」

「(捨て置いても良いと思うのですが…)」

「………あからさまな殺人宣告を辞めなさい…」


 相変わらず、物騒な間宮の言葉にはオレがげっそり。

 ただ、泉谷は既に意識が朦朧としていたので、聞かれていなかった事だろう。


 案の定、その数分後にぶっ倒れた。

 ………生徒より早いって、修行不足以前の問題だと思うんだ。


 間宮が回収していったが、その回収の方法もどこかぞんざいだった。

 脚掴んで引きずるって…ねぇ。


 ここから、オレもペースを上げる事にする。


「無理して付いて来なくて良いからな~」

「あいよ」

「了承しました!」

「………ッ、まだ、走る気かよ…ッ」

「あ~もう、アカン!

 オレも離脱します~!」


 オレがペースを上げた途端に、五行君もダウン。

 まぁ、彼は自分の体力を考慮しての事なので、間宮の手間も掛からない。

 賢明な判断だ。


 残りは虎徹君となったが、オレがペースを変えた事もあってあっと言う間に出遅れた。

 オレの場合は、このままトップスピードに乗せていくつもりだから、付いて来るのは不可能だと思っているけども。


「………こ、これ、本気で毎日なのか…ッ!?」

「当たり前だろ?

 校舎でなら、50周なんて普通だったぜ」


 香神と並ぶように走っていたのが、段々と遅れ始める。

 ディランと並ぶようになってからも、更に遅れ始めて、最終的にはオレに抜かされた。


 その辺りで、


「………クソ…ッ、これ以上はオレも無理だ…!」


 彼も自主的に離脱。

 ただ、その場で崩れ落ちてしまったので、間宮が回収に動き出す。


 だが、それよりも先に、香神とディランが足を止めた。


「…はっ、オレ達もそろそろ、はぁ…ッ無理だ」

「眩暈と頭痛って、こう言う事だったんですね…ッ」


 どうやら、高山病の症状が出始めたらしい。

 少しだけ戻って虎徹君を2人掛かりで抱え、間宮の下へと戻っていく。


「間宮は、もうちょっと走るか?」

「(こくこく)」

「じゃあ、こっちは見ておくから行って来い」

『(恩に着ます)』


 と、介抱係は香神が交代。

 間宮が手空きになったらしく、再度彼もトップスピードでのダッシュを再開。

 オレの背後にぴったりと間宮がくっ付いて来るようになった。


 ………思えば、コイツも大分付いて来るようになったもんだ。

 昔競った時には、半周遅れぐらいにはなっていたのに、オレの背中に付いて来ても遅れる事は無くなったからな。


 そこで、ふと、悪戯心が湧いて来た。


「(ここで振り返って、組手に持ち込んでみようか)」


 なんて、大人げない不意打ち修行。

 オレの修行の時は、不意打ちと言う言葉自体が修行と同義だったものだ。


 どう反応するのか、楽しみ。


 踵を踏ん張り、そのまま回し蹴りを繰り出した。

 瞬間、彼は眼を丸めながらもしっかりと腕を交差して防御の構えを取る。


 脚がぶつかった途端、彼は真っ青な顔をして後ろに飛んだ。


 ふむ、反射も良くなっている。

 こりゃ、オレも抜かされるのは時間の問題かもしれん。


 更には、


『(ご、ご無体です…!)』

「そう言いつつ、師匠に追撃とは良い度胸だ」


 バックステップから、足を止める事も無く反撃に転じる。

 流石に脇差は抜いていないまでも、オレに拳を振り抜いて来たのは流石の一言。


 ただし、まだ迎撃に関しては爪が甘いか。

 左眼が見えていないハンデを使って、せめて左側に突っ込んで来ればいいものを。

 オレが使い慣れている右側の懐に入っちゃうんだから。


 これには、教育的指導が入ります。


「テメェは、ハンデを味方にしろと何度言えば良いのか!」

「(…ごふッ!?)」


 振り抜いた袖を掴んで、合気道の返しへと持ち込む。

 振り上げた踵を腹に落とせば制圧完了。

 ちゃんと手加減はした。

 勿論だ。

 じゃないと、内臓が破裂する。


「あちゃー…あれは痛い」

「先公、手も足も早いからなぁ…」

「最初に反応出来たマミヤも相当ですけど…」


 生徒達がそう言っているのを聞きながら、間宮から距離を取った。

 立ち上がるのに苦労しているのは、受け身を損ねて頭を打ったか。


 安心しろ。

 オレの手合わせの為に、医務室の『聖』属性の魔族さんも呼んでるから大丈夫。

 存分に潰れろ。


 と言う訳で、


「何秒、保つか見ものだなぁ!」

「(ご無体ですぅうううう!!)」


 トップランの次は、組手へと移行。

 勿論、コイツがいないと即席酸素ボンベが使えないので、潰しはしないけども。


 榊原と同じくダウンで、ペナルティだな。

 最大5回までだが、今回は何分保ってくれるかねぇ。

 はてさて、楽しみだ。


『………喧嘩を売る相手を間違えたやもしれませんねぇ』

『そも、喧嘩にならんのでは無いか?』


 なんてことを、涼惇さん達が言っていたのは知らない。


『あれは、どういった意図があったのか…』

『………さぁ?』

『………オレも、少々見くびっておったかもしれんな』


 そんなことを、叢洪さん達が言っていた事も知らない。


 そして、


「あ~…アカンわ、これ。

 やっぱり、鍛え方からして次元が違いますよって…」

「………チッ、鍛錬でもこれかよ」

「………。」


 離脱を余儀なくされた泉谷達までもが、口惜し気に見ていた事も知らない。

 その中で、泉谷がオレに憎悪の瞳を向けていた事も気付かなかった。



***



 結果から言うと、間宮は1分40秒辺りで5回目のダウン。

 強制終了。

 これ以上は、内臓が破裂する。


 骨とかはいくら折れても良い。

 けど、内臓は今後の活動に支障が出るから、あんまり褒められたもんじゃない。


 勿論、加減はしているから、大丈夫。

 けど、散々食らった鳩尾と腎臓が効いたのか、即席酸素ボンベを自主的に使っていた。

 『聖』属性の魔法を受けながら、だ。


 ちなみに、オレはまだまだぴんぴんしている。

 後、30分ぐらいは余裕で走れるけど、ギャラリーがいる手前でぶっ倒れる訳にはいかないので、程々にだ。


「筋力トレーニングは、各自好きに行って」


 ランニングの次の筋力トレーニングは、オレの言葉通り各自のペースに任せる。

 ただし、今回もちょっとだけ手を抜いて、だ。

 理由は勿論、泉谷達がいるから。

 他にも、高所であるからという理由もあったり。


 いつも通りの本気の鍛錬は、地上に戻ってからで良い。

 高所トレーニングの分、時間を少なくしても大して変わらない。


 オレと間宮、榊原は別メニュー。

 例の倒立腕立てだ。

 榊原も慣れて来たのか、ブラックアウトはするが腕立て自体では倒れる事も無くなった。

 まぁ、元々倒立ぐらいは出来たのもあるけど。


 香神とディランの筋力トレーニングには、虎徹君達が食らいつく。

 まぁ、半分も付いて行けないと思うのは、一種の勘。

 ついでに、泉谷がそろそろダウンするだろう事が分かったのも、勘だ。


「………先公、この人過呼吸起こしてっぞ」

「間宮~、行ってらっしゃい」

「(………捨て置けば良いのです)」

「死んだら死んだで面倒臭いだろ?」


 と言う訳で、今回も即席酸素ボンベが大活躍だ。


『本に、お主は程々という言葉を知らぬな』

「………なんで?

 言っておくけど、かなり手を抜いてるよ?」

『これ以上は、酷使だ』

「酷使しないと生き残れないのも、この世界なんです」

『美徳も瑕疵かし、毒になるものよな』


 まぁ、ストイックなのは認めるよ。

 ただ、こんなのがやりすぎと言われるなら、オレの昔の訓練こそ虐めだ。


 そんな事を、数十分。

 気付けば榊原はブラックアウト。

 またしても、間宮が出動していた。


 そんな間宮も、辛そうではあったがな。

 高山病の初期症状が出たのか、真っ青な唇をしていたからそのまま離脱させておいた。


 ………虎徹君達?

 早々にリタイアして、そこら辺に転がってるよ。


 まぁ、香神達も咳き込んだり嘔吐いたりしているので、今回はどっちもどっちだけど。


『これ、300を数えたぞ』

「あ、そう?

 じゃあ、オレもおしまいにしようかな…」

『ふおおおぅう!落ちる落ちる!』

「頑張って、しがみ付いて?」


 倒立を辞めると、叢金さんが頭からずり落ちて来た。

 ………可愛い。


 思わず受け取ってから、撫で繰り回しておいた。

 ご機嫌はすぐに治ったらしい。


 ただ、オレも少々高山病の症状が出ているか。

 少し息を整えてから、座禅を組んで酸素を取り込む様に腹式呼吸を繰り返す。


 急に動いて眩暈でも起こしたら、オレも泉谷達の二の舞だ。


「貴殿が父上を打倒せしめた理由が分かった。

 ………異常だ」

「………オレが異常なら、叢金さんを生け捕りにした男は次元が違うんですかね」

「………ひっくるめて異常だと言っているのだ」

『これ、伯廉、失礼だぞ?』


 背後から叢洪さんの不機嫌そうな声が掛かる。

 叢金さんから窘められて黙ってはいたが、オレ達の鍛錬風景を見て随分と度肝を抜かれたらしい。

 八つ当たりとも言えるのかね。

 まぁ、オレとしては、昨日の仕返しの余力が削げれば十分だ。


「………さて、息は整ったか、お前達」

「(多少はマシになりました)」

「オーライ」

「…はい、なんとか」

「………。(チーン)」


 間宮は微妙で、香神とディランは多少余力在り。

 榊原はブラックアウトのままなので、論外だ。


「………ま、まだやるつもりなのかよ…ッ」

「正直、何を目指しとるのか分からんのですけど?」

「………。(チーン)」


 虎徹君達も、微妙なラインだな。

 こっちは泉谷がブラックアウトのままなので、論外だけど。


 おーい、生徒達の方がまだ体力あるぞ~。

 聞こえてねぇだろうけどな。


 お次は、組手だ。

 まぁ、間宮はさっきやったからちょっと休ませておこう。

 香神とディラン、虎徹君辺りを相手にしておけば良いか。


 そもそも、虎徹君の目的は、こっちの組手メインだった筈だし。

 ただ、オレもこれ以上は、涼惇さんとの手合わせの体力が乏しくなるから適宜休憩を取りながら、か。


「んじゃ、先に香神、来い」

「おう、今日こそ一本取ってやる」

「抜かせ、ひよっこ」


 ギャラリーに見守られながら、最初は香神との組手。

 彼は空手、柔道、合気道の全てにおいて呑み込みが早い為、オールラウンダーとして成績も上位。

 オレも気を抜くとひやっとする時がたまにあるので、要注意。


 待っている間に、間宮とディランは座禅を組んで腹式呼吸。

 虎徹君達も真似して、休憩を取っている様だ。


「おらぁあ!」

「脇が甘くなってる、減点」

「ぐぅ…ッ、加減間違ってねぇか!?」

「腎臓は急所だから、いつもより痛いだけだ。

 言っておくが、オレは触れてるだけだぞ」


 そう言って、もう一度指で彼の脇腹を突いた。

 それだけで、めきっと軋んだ音がするのは戴けないまでも、怪力に関してはちゃんと加減している。

 じゃないと生きている訳も無いだろうが。

 本気でやったら、内臓破裂なんだから。


 手を抜きながらも、流すようにして相手にする事数分間。

 彼がオレから一本を取りたいと言っていたのは本気だったらしく、苛烈に攻め込んで来る事が多い。

 ただし、隙が大きいのは戴けない。


 その隙を突いて、そのまま背負い投げ。

 地面に放り投げてから、立ち上がろうとした彼の襟を踏み付けて終了だ。


「次、ディラン!」

「はいっ!」

「くっそ~~~!!

 なんで、触る事も出来ないんだよ…!!」

「年季の差だ」


 悔しがっている香神は、放っておいて。

 駆けて来たディランをそのまま呼び寄せてファイティングポーズ。


 その誘いに乗って、オレの右側へと拳を振り抜いて来た彼に、またしても苦笑。


「だから、なんでお前達はハンデを味方に付けないのか…」

「卑怯な手で勝ちたくは、無いんですッ!」

「勝ってなんぼだ。

 卑怯な手を付かおうが何だろうが、勝てば官軍負ければ逆賊」

「………くっ!?」


 言葉に乗せて、オレも拳を打ち出していく。

 捌く事は出来ても、まだまだ型をなぞらえては難しいか。


 まぁ、そのうち崩れていくだろうから仕方ないにはしても。


「お前も脇が甘くなるぞ、減点だ」

「そうは言っても…ッ、早くて…ッ、見えない…!」

「この程度で音を上げてちゃ、弾丸は避けらんねぇぞ」

「~~~ッ!?

 だ、弾丸を避ける前提なのは、貴方達だけです…!」

「そんなこっちゃねぇよ、オレ達も最初はこんなもんだった」

「それこそ、年季が違い過ぎます!」

「そうそう………」


 だから、早く追いついて来い。


 そう言って、鳩尾へと脚を繰り出した。

 言った筈だ。

 卑怯な手を使っても、勝ってなんぼ。


 脚を使わないなどとは、一言も言っていない。


 勿論加減をしたからこそ、最小限のダメージでしかないだろう。


 だが、ディランはそのまま吹っ飛んだ。

 地面に2転3転と転がって、それでも受け身を取って立ち上がったのは加点である。

 そのまま、蹲ってしまったのは戴けないがな。


 足腰の鍛錬を今後も重視かねぇ。

 ついでに、痛みに対する耐性をそろそろ生徒達共通で付けてやらないと、いざという時に動けなくなってしまうだろう。


 南端砦の時が、良い例だ。

 たった一太刀で、彼等は無力化されたと聞いている。


 これからは、そんな体たらくも許されない。


「痛くても、立て!

 虚勢でも良いから、足を踏ん張れ!」

「………必要とあらば…!」


 ディランも分かってはいたか。

 いつもは終わりになる筈のその痛みを、歯を食い縛って血を滲ませてまで、立ち上がった。

 そして、オレに向けて駆け出して来た。


 ヘロヘロの拳であっても、今日はこれで十分だ。

 躱してから、その襟を掴んで足払い。

 そのままマウントを取る形で跨いでから、背中から地面に打ち付けた。


 頭を庇ってやったので、下敷きにされたオレの腕は痛かったけどね。

 高山病と脳震盪は、相性が良くないからね。

 普通は脳震盪自体が駄目なんだけど。


「がふ…ッ!」

「………お前は、相変わらず足腰の鍛錬と受け身の練習が課題だな。

 そんなんじゃ、女子組にもまだまだ勝てないぞ?」

「………っ、………分かってますッ」


 これには、流石に対抗心が刺激されたか。

 珍しくオレに向かって噛み付くような視線を向けて来たディランに、満足して手を放した。


 ハングリー精神は、着実に培われている。

 後は、その矛先を、鍛錬と負けん気の導火線に移してくれれば良いだけだ。


 ディランは仕上がっている。

 まだ拙く荒いまでも、対人戦等に関しては伸びが良い。


「………オレは、6歳からスタートだから、文字通り年季が違う。

 だが、途方も無い年数では無い、そうだろう?」

「………幾つになっても、貴方には勝てる気がしませんけど…」

「当たり前だ。

 先生は、生徒の先を行くから、先生なんだ」


 何を当たり前の事を言っているのか。

 苦笑を零して、ディランを起こし、そのまま待機組に戻らせた。


 ちょっとやり過ぎたか。

 片足を引きずっているのは、おそらく神経が圧迫された為だ。


 まぁ、魔族の人に診て貰っているようなので、大丈夫だろうが。


「では次、間宮!!」


 さて、ウチの生徒達としては最後だ。

 飛び起きた彼が、そのまま真っ直ぐに向かってきた。


 飛び蹴りをして来る辺り、コイツもハングリー精神は旺盛過ぎる程旺盛か。


「(………これ以上は、ペナルティは食らいません!)」

「おう、次にダウンしたら、泉谷達も含めた給仕でもやって貰うか」

「(ご冗談を…ッ!!)」


 煽れば煽る程、コイツは乗って来る。

 だが、最近乗せられても、ある程度の冷静さは残すようになってきたのも、間宮だ。


 生徒達はヒートするばかりだが、コイツは別。


 ついでに、


「(今日は上げといた分、早かったか…)」


 間宮は、オレの動きに合わせて来るようになった。

 シンクロも開始した。

 つまり、オレの次の動きを予想しながら動けるようになってきた、という事だ。


 呼吸も、足捌きも、体幹ですら。

 オレと合わせて、付かず離れずの位置で拳や脚を突き合わせる事が出来る。


 勿論、オレはそれに手を抜いて、対応している。

 シンクロは相手に合わせた分、それ以上が望めない。

 拮抗状態というべきか。

 ただし、オレは余力を残しているから、徐々にペースを上げて行けば良いだけだ。


 ただし、間宮はまだそのペースの変動に付いて来れない。


 今もしくじった。

 オレの手に合わせて突き込んだ肘が空振った。

 その次のオレの一手である掌底をモロに食らって、一気に後退を強いられる。


 それでも、態勢を立て直して向かってきたのは流石だ。

 打ち合いにも痛みにも慣れ、呼吸の乱れもごく僅か。


 精神的に昂り始めたか。

 間宮の唇が、ゆっくりと弧を描き始める。

 オレも自然と微笑みながら、相手を努める事だけに集中した。

 

 体感では、数時間。 

 だが、実際には数分間の間に、先に限界が訪れた方が倒れる。


 いつも、その限界が訪れるのは、間宮が早い。

 そうして限界が訪れた先で、


「さぁ、一旦休憩代わりに、眠っとけ」

「(かひゅ…ッ)」


 捌き切れなかったオレの手が、間宮の延髄に伸びる。

 延髄を抑えられた瞬間、びくりと痙攣。


 空気が漏れる音を最後に、間宮が気を失った。

 残されるのは静寂と、満足そうに微笑みながら立っているオレだけ。


 ただし、


「………ッ…、やるようになってきたな…」


 今回は、少々勝手が違ったか。


 垂れ落ちて来た包帯の束に、左目どころか右目も覆われて驚いた。


 見れば、中途半端な位置で、包帯が切れている。

 延髄を抑える為に交差した瞬間、アイツの繰り出していた掌底が掠めたらしい。


 かろうじて、隠れているから良い。

 だが、包帯とは言えオレに当てたとなれば、これまたオレも面目映い。


 倒れたままの間宮を担いでから、


「………その調子で、追いついて見せろ」


 落とし込む様にして呟いた言葉。

 間宮の熱い吐息が首筋をくすぐって、何とはなしに嬉しさから破顔してしまった。


 休憩組の下へと、間宮を運ぶ。

 その面々の表情が、どこか熱を持っていたのは間宮との手合わせへの憧れだろう。

 いつの間にか目覚めていた、榊原ですらもそうだった。


 まぁ、それ以外の面々も熱の篭った視線を向けて来たのは、少々座りが悪かったが。


 間宮を下ろして、一呼吸。

 立ったままではあるが、腹式呼吸を繰り返してから、振り返る。


「………さて、虎徹君もやるかい?」

「ああッ」


 そこには、ウズウズと待ち切れない様子だった虎徹君がいた。

 思わず、噴き出してしまう。


 まるで、餌を待ち望んだ子犬のようだったからだ。

 永曽根もたまにこんな表情をするけど、どうやら気質は似た者同士だったのだろう。

 家柄さえ無ければ、良い友達になっていたかもしれない。


 それは、オレも同じこと。

 もし、彼がこうして泉谷達のクラスで無ければ、四の五の言わずにスカウトしていただろう。


「お、オレも、頼めます?」

「虎徹君が終わってからね」


 五行君も食いついてきたが、まずは虎徹君からだ。

 オレと手合わせ=力量の露呈とは露ほども考えていないだろう、純粋な瞳に多少の罪悪感を感じながらも。


「じゃあ、お手柔らかに…」

「押忍!

 よろしくお願いします!」


 まるで、空手家のように挨拶を返して来た彼には、素直に苦笑を零しておいた。



***



 夕暮れ時は、あっと言う間。


 虎徹君達との手合わせを終え、目覚めた榊原との手合わせもして。

 結果としては、勿論オレが勝ったし、力量の把握も完了。


 ただ、誤算としては虎徹君は予想通りだったにしても、五行君がCランク以上の実力は持ってるだろう事が分かった事か。

 多分、最初のランクの時のポテンシャルがCだった事もあって、今はBランク相当。

 手合わせしてみて分かったけど、多分浅沼より強いかもしれない。

 河南にはギリギリだけど、女子組には勝てる。

 そんな感じ。


 はてさて、最後となったが。


「ちょっと遅くなったけど、ゴメン」

「気になさらず。

 私としては、一線を画した鍛錬風景を見ていただけで、満足だ」

「じゃあ、手合わせも辞めよっか?」

「冗談は止してくれ」


 ………生憎と冗談でも無かったのだが。

 素気無く却下されて、ちょっとだけ涙目。

 まぁ、仕方無いか。


 本日のメインイベントとなっていた、涼惇さんとの手合わせの時間である。


 風も冷たくなってきた。

 この際だから、早めに終わらせておこう。


 高所であるが故か、星空が近くて光源には困らない。

 月も近い。


 その月明かりの下で、涼惇さんは鍛錬用の棍棒を手に。

 オレはと言えば、同じく鍛錬用の刃を潰した直剣を手に、向かい合う。


 レフェリーは、間宮。

 ………では無く、間宮に抱えられた叢金さんだ。


 やって見たかったとか言って、随分と張り切っている様子だ。

 水を差すのもアレなので、そのままお願いした形。


『では、お互いに命だけは奪う事なかれ!

 始めよ!』


 合図の下、一斉に時が動き出す。

 涼惇さんが小さく微笑んだのが見えた。


 オレも、微笑みを返すつもりで、口角を吊り上げた。

 (※生徒達から安定のNG笑顔だったと言うのは後から聞いたがね…)


 そして、打ち合い。

 涼惇さんの棍棒の威力は、言っちゃ難だが予想を遥かに上回っていた。


「ぐぅ…ッ!」

「せぇえええッ!」


 流石は『天龍族』。

 土台が違う。

 呆気なく、オレは一撃で大きく吹き飛ばされた。


 びりびりと手が痺れる。

 追撃に駆け出した彼は、残像が見える程に素早い。


 振り下ろしの威力は、回転も加えられた脅威。

 直撃すれば、オレもただでは済まない。

 身を翻して、その棍棒を躱した。

 直剣を切り返し、棍棒へのカウンターとして放つ。


 その直剣を涼惇さんも同じく避け、更に棍棒を横薙ぎに払ってきた。


 垂直に飛び上がって回避。

 そこから、振りかぶって直剣を叩きつけようとしたが、これまたひらりと躱される。


 先にも分かった事だが、打ち合いは難しい。

 なまじ、怪力具合だとオレが不利だ。

 生粋の『天龍族』にはまだまだ劣る。


 まぁ、肉体がまだ人間のままなのだから、当然のこと。


 だが、


「シィッ…!」

「…ッ、随分と攻め込んでくれるな…!」

「…貴方の手数は、脅威だからな」


 どうやら、彼はオレと打ち合いに持ち込みたいようだ。

 そりゃ当然のことか。


 先ほどまでの組手の様子を見ていたなら、それなりに武芸を学んだ人間ならすぐに分かる。

 オレは、剛よりも柔。

 捌きいなし、あるいは躱す事を得意としている。


 その領域に踏み込ませない為に、立ちまわっていた。

 涼惇さんは、真逆だ。

 柔よりも剛であり、力で押し切るタイプ。


 ゲイルやローガンと似通っている。

 だが、圧倒的に違うのは、その年季と共に培われて来た類稀なる武芸と経験。


 一筋縄どころか、片手間では無理だ。

 勿論、オレの腕のハンデの事。


 押し切られる。

 受け流しが不発に終わり、更に踏み込まれる。


 懐が暴かれ始めた。

 テリトリーが出来始め、攻めあぐねているところ。

 すかさず、追撃が入って来ると防ぐしか出来ない。


 直剣であるオレは丈が足りず、しかし涼惇さんにはしっかりと踏み込める位置。

 これは、決まったかもしれない。


 懐に入るには、どこかを犠牲にしなければ。


 命を犠牲には出来ないが、流石に片腕しか無いのが痛い。

 本気で攻め込むなら、片腕を犠牲に懐に入り込む事も可能だったのに。


 それに機動力を削がれると、オレはもう打つ手が無くなる。

 つまり、足を潰されるのはアウト。

 手詰まりだ。


 涼惇さんの脚が止まった。

 テリトリーの完成である、その証拠。


 オレは必然的に回避を続けなければならない為、動き続ける羽目になる。

 体力が保つかどうかは、この回避行動に掛かって来る。


 回避も間に合わなくなってきた。

 直剣が弾かれて、その度に懐が暴かれるが怪力で誤魔化しながら直剣を引き戻すのを繰り返した。


 だが、涼惇さんは、それも見越していたか。

 容赦なく、振り下ろしを使ってきた。


「………はっ!」

「チッ…!」


 これはいけない。

 受けるしか選択肢が無い。


 棍棒が直剣と激突する。

 一瞬の拮抗の後、負けたのはオレの握っていた直剣。


 半ばから折れて、金属片をまき散らしながら刃が頬を掠めて後方へと飛んで行った。


 涼惇さんの口元が、弧を描く。

 ………まさか、この人までオレを排斥しようとしていた訳じゃないよね?


 ただ、


「やぁあああああッ!!」

「………ッ、まさか…ッ!?」


 これは好機。


 涼惇さんが棍棒を引いた瞬間に、その棍棒に巻き付くようにして脚を回した。

 戻したのが仇となり、オレが勝手に彼の懐へと引きずり込まれた。


 テリトリーの崩壊だ。

 懐に入り込んだオレが、棍棒から離れたと同時に、すり抜ける様に後方へ。


 焦った涼惇さんが棍棒を横薙ぎに払ったが、その時にはオレは彼の頭上。

 跳躍した爪先がコツンと棍棒に触れた。

 たったそれだけで激痛が走ったが、構うまでも無く右手を突き出して彼の肩へ。


 トン、と軽く触れただけ。

 だが、続いて聞こえた小気味良い骨の悲鳴に、にっこりと。


 棍棒がすっぽ抜けて、遠くに飛んでいく。

 利き手の関節を外したのだから、当然のこと。


 ぎゃあ、と悲鳴が上がったけども、こりゃ生徒達の方に飛んで行ったか。

 避けろ、ガンバレ。


「がっ…!?」


 着地したと同時に、地面を転がった。

 更にそこから跳ね起きて、体勢を立て直そうとした彼の懐へと突っ込む。


「戦場は、武器を失ってからも戦場だよ」

「………お見逸れ致しました」 


 首筋に添えた右手には、先ほど折れた直剣の柄。

 折れた刃先が触れた涼惇さんの首筋から、血が一筋垂れた。


 彼の手は、オレの懐。

 肋骨の下を捕らえて、的確に拳を放って来た。


 内臓が破裂した音は確かに聞こえた。

 相討ちである。


 ただし、この状態でどちらが勝者かは、叢金さんの声で分かる。 


『勝者、ギンジ!』


 満足げに頷いた彼が、高らかに吠えた。

 ふぅ、とオレも満足して、そのまま地面に倒れようとして、


「おっと…」

「ああああっ、ま、待って…ッ、痛い痛い!

 そこ、今さっき割れたとこ…!!」

「こ、これは、済まん」


 涼惇さんから咄嗟に抱えられてしまい、倒れ込む事が出来なかった。

 腰を起点に宙づり状態。

 おかげで、今さっき割れただろう内臓が痛いのなんの。


 まぁ、肩を脱臼させたオレも人の事は言えないから、声を荒げるだけ。

 これがゲイル辺りだったら、殴ってただろうけどね。


「いや、………まさか、武器が壊れても、向かってくるとは…思ってもみなかったぞ?」

「………戦闘終了の合図、武器破壊では無かっただろ?」

「そうだが………、これが執念と言うものか?

 私の領域が決まった時には、勝負は付いたものだと思っていたのだが…」

「うん、大変だった。

 攻めあぐねてたし、オレも駄目かなぁ?とは思ったけど…」


 改めて、2人で体勢を整えてから、苦笑を零す。


「そう考えた時点で、アンタの負けだよ」


 オレの言葉に、彼は片眉を上げた。


 訝し気な涼惇さんの首筋は、既に完治を始めている。

 やはり、生粋の『天龍族』だけあって、傷の治りも早いらしい。


 それはともかく。

 ネタ晴らしとして、舌を少しだけ見せておいた。


「誘ってたの。

 つまりは、オレの粘り勝ちって事ね」

「………武器を破壊されるのを承知で?」

「うん、負けるの分かってたからね。

 最初の打ち合いの時に、既に直剣が罅入ってたし…」

「………はぁ」


 呆気。

 それから、彼は天を仰いだ。


 うん、オレの粘り勝ちだね。

 正直、ゲイルとかローガンとかの槍の使い手との組手で慣れてなかったら、そのまま押し切られていたと思う。

 その分、粘る為にネチネチと虐め抜いて貰ったのが功を奏した形。


 片腕だからね。

 常に、最悪を想定して動いて、体に沁み込ませているの。


 ついでに、


「ハングリー精神が旺盛なの、オレが一番だしね」


 そう言って、もう一度舌を出しておいた。

 心当たりがあったのか、生徒達を見てからふぅと溜息混じりに苦笑を零した涼惇さん。


 テリトリーからの圧勝は自信があったらしいが、突き崩せて良かった。

 まぁ、半分は、運に頼った形だけどね。


「本当に、貴方には驚かされてばかりだ」

「誉め言葉だよ」


 少しだけ消沈したらしい彼の脱臼した肩(・・・・・)を優しくポンと叩いてから、


「じゃあ、嵌めるから、歯を食い縛って?」

「………はっ?」


 彼が反応よりも先。

 脇の下を、掬いあげるようにして蹴り上げる。


 オレが抑えた手の下で、肩の関節が再びゴキン、と小気味良い音を鳴らした。


「がっ…~~~~ッ!!」


 さっきは外したけど、今度は嵌めたの。

 ただ、それだけ。


 片腕しか使えないオレにとっては、この嵌め方が一番早い。

 勿論、問題が起きないように無造作に見えて、実はかなり精密に蹴り上げている。

 急所だって打ってないよ?

 実は隠れた凄い技術だと、自分で自負してます。


「………ッ、貴方はぁ~~~…ッ」

「潰された箇所を持たれた分、追加って事で…」


 ………まぁ、痛みはそれ以上だけどね。

 案の定、涙目になった涼惇さんを見て、正直やり過ぎたかとひやっとはしたが。



***



 鍛錬は終了。

 その後は、オレ達が庭先を後にしたのを皮切りに、各々解散と相成ったそうだ。


 軽く食事を取ってから、お風呂を浴びて。

 オレ達も今日はもう休む。

 ダウンした泉谷や虎徹君達は、早々に居室に引っ込んでいた。


『主は、甘過ぎるのだ』

『そうそう、オレ達を召喚してくれりゃ、半分ぐらいは消し炭に出来たぞ』

「残りの半分が敵に回るでしょ、それ」

『………なんぞ、突っ込みどころが違うようにも思えるが?』


 眠る間際。

 今日は魔法を使う修練が出来ず、溜め込んでいる魔力の発散に呼び出したアグラヴェインとサラマンドラ。

 早速、オレが怒られた。


 座禅スタイルで、ベッドの上。

 見上げた2人?の表情は、どこか苦々しい。


 当初からではあるが、オレに対しても甘くなって来たと思える2人の表情。

 今更だけども、オレも甘やかされているのかもしれない。


 叢金さんは、取り憑いていた期間で知っているから、然して驚いてはいなかった。

 まぁ、勝手にオレの体を弄って『昇華』の兆候を早めた件で、アグラヴェインからちょっとした『オハナシ』を受けていたので、恐々とはしていたものの。


『だが、『天龍族』の小僧を打倒出来るまでになっていたのは、快挙と言えよう』

『おう、良く頑張ったな、主。

 スカッとしたし、それに免じてこれ以上は恨み言無しだ』

「…ありがとう」


 アグラヴェインとサラマンドラからの労いの言葉に苦笑を零す。

 根には持っていないらしい。

 有難い事で。


 だが、オレを見上げた叢金さんが、鼻先で頬を突いて来た。


『主は、まだまだ強くなれる。

 だが、無理はしてくれるな、壊れては元も子も無い』

「そうだね、叢金さんもありがとう」

『………分かっているのかいないのか』


 呆れた様子の彼も、諦めたのかオレの首筋へと懐いた。

 触り心地の良い綿毛の様な体毛の所為で、くすぐったい。


 程よく魔力を消費して来たところ。

 そこで、アグラヴェインもサラマンドラも頃合いとばかりに、顕現を解いた。


 オレも、ベッドに仰向けに倒れ込む。

 今日は、いつも以上に鍛錬に打ち込んだ事もあってか、疲れたものだ。

 気疲れもあるのかもしれないが。


『ギンジも休め。

 明日も、同じように鍛錬をするのであろう?』

「うん…」


 叢金さんの言葉を聞きながら、微睡む様にして瞼が落ちていく。

 驚きだ。

 2日連続で、こんなにも寝つきが良いなんて。


『これ、布団を掛けてからにせよ、風邪をひく』

「は~…い」


 まるでお母さんの様な叢金さんの言葉に、少々だらしなくも布団を足で引っ張り上げてから頭から潜り込んだ。


 ふわふわなベッドと、真新しいシーツ。

 首筋をくすぐる叢金さんのふわふわな体毛と、寝息も心地良い。

 その所為かオレの意識も、途切れるのは早かった。


 2日目にして目的がまだ半分も終わっていないが、こうしてオレがゆっくり眠れるのは僥倖な事。

 希望があるかは分からなかったが、絶望が無いだけマシだ。

 そんな1日に、おやすみなさい。



***

誤字脱字乱文等失礼致します。

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