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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、『天龍族』訪問編
155/179

147時間目 「社会研修~巡り巡って本題へ~」

2017年3月22日初投稿。


続編を投稿させていただきます。


話の進みが遅くてイライラするかもしれませんが、フラグ回収の一環ですのでご了承くださいませ。



147話目です。

今回も、ちょっとした腹黒なアサシン・ティーチャーがログインします。

***



『さて…』


 オレへの、敬愛のしるしを終えた叢金そうきんさんが、立ち上がり。

 そうして、背後へと徐に振り返る。


 彼の視線の先には、玉座があった。

 空席となったその玉座は、主不在である事も総じて寒々しく見えた。


 その玉座に向けて、歩み出す。

 その間に、通りすがりの近間にいた者達へと、声を掛けながら。


 まずは、涼惇さんだった。


『留守の間、よくぞ玉座を守ってくれたな、伯譲はくじょう

『め、滅相も無い、お言葉…ッ』


 涼惇さんは、泣き腫らした顔のままで平伏した。


 後に聞くと、伯譲という呼び名は、親しい人達で呼ぶあざなとの事だった。

 まんま、中華系だ。


『涼家の姫よ。

 貴殿もよくぞ兄・伯譲の補佐を務めてくれた』

『お、お褒めに預かり、光栄の極み…ッ』


 涼清姫さんも、それは同じ。


 叢金は緩やかに髪や衣服を靡かせながら、赤絨毯の敷き詰められた花道を進む。


朱桓しゅかん、妹ともどもこれからも励め』

『ご、御前のお言葉のままに…ッ!』


 朱桓と呼ばれた『天龍族』の男性は、おそらく朱蒙の兄か。

 彼もまた、防衛部隊の司令官を任されている武芸者との話。


 朱蒙同様に、派手な赤髪が映える青年だ。

 例に漏れず眉目秀麗。

 それこそ、ゲルマン系の堀の深い顔立ちで、男らしい魅力にあふれていた。

 現代のモデルどもがまとめて臍でも噛むかもしれない。

 斯く言うオレも、遺伝子の不思議に臍を噛みそうだ。


明洵めいしゅん、子ども達や分家・派閥の躾はしっかりとしておけ。

 それもまた、当主である貴殿の手腕ぞ』

『ッ………御忠言、痛み入りまする!』


 釘を刺された様子である、明洵と呼ばれた彼は明淘の父親らしい。

 伯垂が属する派閥の長でもあるか。


 これまた、明淘と似た金にも似た茶色の髪に、細身の壮年な男性。

 そして、彼もまた例に漏れずの美形。

 どうやら、この『天龍族』は眉目秀麗ばかりの揃った、女性陣にとってのオアシスの様だ。


叢玲そうれい、お前までもが選ばれた事には驚いたが、気後れせずに最後まで見届けよ』

『は、はい…ッ、お言葉、感謝いたします!』


 甲高い声と共に、平伏してしまった少年は、叢玲。

 事前情報では、叢金さんの妹の息子さんとの事だったので、甥っ子に当たるらしい


 彼もまた、細身でありプラチナブロンドの麗しい少年だ。

 少々、女顔のきらいがありながらも、きっと将来は誰もが見惚れる美男子となるだろう。

 女性関係に苦労しそうな顔立ち。

 マニアに取っては垂涎ものの美貌だな。


 そして、


『………済まなんだなぁ、叢洪そうこう

 私は、父としてしてやれることの、半分もお主にしてやる事は出来なんだ…』

『いいえ、父上。

 私は、貴方から生を受けたそれだけで、幸せ者でありました…ッ』


 最後に声を掛けたのは、同じ叢家の家名を持った青年。


 彼が、今回の『龍王』候補者の中で、最も期待の高い麗人だ。

 なにせ、叢金さんの実の息子なのだから。


 番である母親は既に他界しているが、それでも直系にして純粋な『天龍族』始祖の血を引いているのも彼なのだとか。


 ちなみに、叢家と言う家名は直系の証。

 他にももう一つ直系の家名があるらしいが、今のところ彼等直系の『龍王』への目覚めが有力との事。


 ………オレが、進み過ぎているのは、アレだ。

 叢金さんが予期せず、弄っちゃったからだ。

 (※そう思い込みたいだけなのかもしれないけども…)


 今、呼ばれた4人が、今回の『龍王』候補。

 そこにオレが加わって、今回は異例の5人でのデッドレースになってしまった訳だが。


 はてさて、オレの場違い問題はさておいて。


『………最期に、またこうして座る事が出来るとは思わなんだ』


 玉座まで進んだ彼は、そう言って玉座に腰掛けた。

 似合っている。

 流石は、前『龍王』様だ。


 荘厳な光景の中、威厳ある『龍王』の姿は一つの絵画のようだった。


 ひれ伏した『天龍族』の面々。

 自然と頭を垂れたくなる、そんな御人だったからこそ約2000年もの間『龍王』であれたと言うべきか。


 オレも、自然とお辞儀をしていた。

 背後にいつの間にか戻って来ていた生徒達も、お辞儀をしている。


『ああ、これこれ。

 『予言の騎士』殿や、『教えを受けた子等』は、そのような礼など不要ぞ』

「何をおっしゃるか、『龍王』陛下。

 貴方のおかげで、私も今日、この居城にお招きいただく事が出来たのです。

 礼を尽くさぬ無法者と、私に恥を掻かせるおつもりですか?」

『それを許したのは、私だ』

『………では、そのように…』


 ただし、オレ達は駄目だった。


 便乗してそのまま口調や態度を戻しちゃおうとした画策は敢え無く、木っ端微塵に砕かれた訳だ。

 いらんことして、恫喝されちゃった。

 涙が出そうで、頭を抱えてしまったよ。


『最期と言った通り、この席はいずれこの中にいる候補者の誰ぞへと譲る事を喧伝しておこう。

 私としては、『予言の騎士』殿に座っていた抱く事が、一番の近道と思えるのだがなぁ…』

「冗談はやめてください。

 オレは、せめて人間のままで職務を全うしたいんです」

『…口調を戻してくれねば、本気でこの席に縛り付けるが、よろしいか…?』

「ふ、不可抗力でしょうが…ッ!」

『くふふ…はははっ、そう嫌がる事ではあるまいに…』


 どちらの意味だろうか。

 言及はされなかったが、追及すると怖いので黙っておいた。


『………私は、既に体を失い、魂のみが残る残骸のようなもの。

 それでも、まだ私の事を『龍王』と崇めてくれるならば、最期にお主等の道を示させてくれ』


 静かに、語り始めた叢金さん。

 重々しい言葉が続く。


 彼は先にも言った様に、既に故人となってしまっている。

 オレの魔力を使って、魂だけで存続していた事実があるので、微妙なものだが。


 彼の言葉通り、それでも『天龍族』の面々は崇拝染みた忠誠は覆そうとするものは、誰一人としていなかった。


『この『龍王』の座が、誰の者に成ろうとも、誇り高き『天龍族』の歴史は消えぬ』


 視線を、それぞれの候補者達へと向け、最後にオレに向けた彼。


 もうデッドレースから外れたつもりでいたのに、まだ引っ張りたいらしい。

 視線で如実に語られている様で、気が気でならない。


 閑話休題それはともかく


『決して、争ってくれるな。

 『天龍族』の玉座を、血に塗れた汚らわしい屍の山に築く事は許さぬ。

 誰が『龍王』として『昇華』を終えても、己が曇りなき眼で確と見極めよ。

 それだけが、私の最期の願いだ』


 そう言って、玉座から立ち上がった彼。

 浮遊する様に真っ直ぐに階段を降りたと同時、振り返り、玉座へと拝礼。


 そうして、彼はもう一度振り返った。

 オレ達へと視線を向けたまま。


『改めて、『予言の騎士』ギンジ殿と、その『教えを受けた子等』への感謝を』


 今度は、オレに向けて抱拳を見せた叢金さん。

 彼に習って、『天龍族』の面々も同じように傅き、抱拳を見せた。


 オレは、こんな御大層な人間だった筈では無いのに。


『この大恩、後世に脈々と引継ぎ、決して違う事なかれ。

 私が今日、この場に戻れた事は、彼無くしては生まれぬ結果である。

 彼への粗相は、私への侮辱。

 彼への暴虐は、私への反旗。

 ゆめゆめ、お主等の誇りを汚す真似をしてくれるな』


 そう、はっきりと言い切って。

 彼は、オレ達への手厚い待遇を、と全体へと呼びかけた。


 有難い事だ。

 涙が滲んでしまいそうになった。


『最後に、私は御前の下に馳せ参じるとしよう。

 後は、お主等、新しき『龍王』の素質を備えた者達の時間。

 老いぼれは退散し、浄土にて待っている事にしよう』


 そうして、ふわりと浮かぶ。

 見れば、最初の時よりも、体の透明度が高まっている。


 最初はうっすらと背後が透ける程度であったが、今は叢金さん自身が注視しなければ見えない程だ。

 時間が来た、という事なのだろう。


 それでも、最後に息子である叢洪さんへと視線を向け、


『期待しておるぞ、伯廉はくれん

 例え『龍王』にならずとも、お主は私の宝である。

 誇り高き『天龍族』の1人として、種族の為にこれからも励め』

『………父上…ッ、勿体なきお言葉…ッ!』


 涙ぐむ叢洪さん。

 そんな彼に、叢金さんは微笑みながら、


『辛い思いをさせて、済まなんだ。

 お前に何一つとして、残してやる事が出来なかった』

『そんなことはありませぬ!

 私は、こうしてあなたの子に産まれた事だけで…ッ』

『そう言って貰えるだけで、私は本に果報者よ…』


 風が一つ。

 ホール内に、柔らかく吹いた。


 叢金さんが、消えた。

 言っていた通り、彼以外の御前とやらの下に向かったのだろう。


 ホール内へと、沈黙が落ちた。

 だが、


『全員、再度玉座へ、拝礼…!!』


 押し殺した声と共に、今にも泣き出しそうに顔を歪ませた叢洪さんの言葉が響く。


 一斉に、時が動き出す。

 『天龍族』の面々が、オレ達から向き直ったと同時、玉座に向けて拝礼。

 自然とオレ達も同じように、玉座へと礼をしていた。


 思えば、夢幻の様な時間だった。

 信じられない事ばかりで、混乱していたのもある。


 しかし、これだけは分かった。

 今回の訪問、きっとオレにとっても天啓であった事。


 彼からの導きだったのだと。



***



 粛々と、少々時間が掛かりながらも。

 それでも、誰もが混乱した内心を落ち着けようとしていた。


 ホール内には、葬儀の時の様な独特な厳粛な空気が満ちる。


 涙を零してた、涼惇さんを始めとした各員が、泣き止んでから。

 そこからは、オレの下へと丁寧な挨拶にやって来る。


 覚えられる限りでしか覚えてはいないまでも。


 叢金さんの主家であり、息子の叢洪さんと甥の叢玲さんのご家族である叢家。

 涼惇を筆頭とした、涼清姫さんやご家族である涼家。

 ちなみに、涼惇さんは妻帯していないけど、涼清姫さんは既に婚姻を済ませているとの事だったが。


 他にも、涼家と並び立つ『天龍族』の2柱である、敖家。

 地味に『竜王諸国』と深く関わりがある家であると言う事前情報もある家だ。


 後は、明淘の父親である明洵率いる明家。

 伯垂の生家である、伯家も挨拶に来た。

 明家、伯家には、共にオレへの刺客を差し向けた以前の件で、丁重にお詫びをされた。

 気にしていないと、返しておく。

 大事には至っていないのだし、元々糾弾の為に訪問をした訳でも無かったからだ。


 朱蒙の生家であり、候補者の1人・朱桓が選出された朱家。

 彼等も形だけなら挨拶に来たが、お詫びやらなにやらは無く、淡々とした挨拶だけにとどまった。

 かなりの人間嫌いとの事だったので、然もありかと納得して置く。


 そうして、ホール内が落ち着いた後。

 オレ達も改めて、身支度を整えた。


 勝手に伸び切ってしまった髪を切り、外していたウィッグを被る。

 切り落とした髪には、勿体ないと『天龍族』の面々から憤慨されてしまったが。


 ………間宮と言い、彼等と言い、何で髪の色が一つ違うだけで騒ぐのだろうか。

 メンタルがごっそりと削られた。


 気を取り直して、再度ジャケットを羽織って終了。

 ソファーの様な椅子(※もうソファーで良い)に腰掛けて、泉谷達を呼び戻す事にした。

 きっと、今頃愚痴を零しているだろう。

 オレに対して文句を言ってくるだろうが、先んじて涼惇さん達には気にしなくて良いと伝えておいた。


 先の叢金さんの件があるから、過剰反応されそうだったからね。


「………贔屓ばかりされるのは、さぞ気分が良いでしょうね」


 案の定、仏頂面で戻って来た泉谷。

 ご丁寧に、オレに対して嫌味を零していたが、オレは肩を竦めておくだけだ。


 『天龍族』の人間語を理解した面々から、鋭い視線が飛ぶ。

 生徒達は気付いたのに、彼は気付いていない。

 もうちょっと、周りに目を配る修練をした方が良いと思うんだ。

 他人事だけどね。


「………では、改めて、始めさせていただきます」


 落ち着いた涼惇さんが、再度元の位置に戻り、謁見の続きを開始する。


 とはいっても、謁見は実際顔合わせだけ。

 それもオレ達は既に、終わらせている。


 改めてと言った通り、この場に集まった『天龍族』の紹介が精々だ。

 候補者を選出された叢家、明家、朱家の当主の名前や、敖家、涼家等と言った主要家の名前を呼び上げ、まとめてご挨拶という形になっただけである。


 残りは、歓談と言う形になるらしいが、話題は決まっている。

 オレ達、『予言の騎士』の支援と、その表明だ。


『まずは、詳細を確認いたしたく。

 ギンジ・クロガネ殿、それでよろしいですかな?』

『ええ、構いません』


 龍族語で語り掛けて来たのは、明洵さん。

 魔族・人間の排斥を謳っている純血派。

 『天龍族』でも類を見る事のない過激な思想を持った家との事だったが、幾分今は当たりが弱いと感じる。

 先の前『龍王』陛下からの金言は、守っているらしい。


 まぁ、その分言葉を人間語に切り替えないとかいう意地悪をしているのだろうけど。

 (※実際には、ほとんどの『天龍族』が人間語の教養は無いと知ったけど。

 涼惇さんや防衛部隊の面々が異質だっただけだったらしい)


 オレは、龍族語が分かっているから、大丈夫。

 後で、生徒達に共有はするよ。

 泉谷達は、………今後の態度次第としておこう。

 意地が悪いとは思うがね。


『まず、擁立した国の違いと言いますか。

 私は、ダドルアード王国。

 彼・イズミヤは新生ダーク・ウォール王国からの擁立となっております』


 と、かくかくしかじか。

 説明をするのは、オレ達の経緯や擁立された時期。

 それから、現在の国の情勢を、涼惇さんからの補足説明を受けながらも行っていく。


 その間も、隣の泉谷はオレを睨んでいるままだった。

 おそらく、言語が分からないストレスや、オレが主体で話を進めている事が気に食わないのだろう。


 だが、言っておく。

 オレは、醜聞の類は一切、口にしていない。

 龍族語が扱えるからと言って、相手を扱き下ろしてまで優位に立つのは最終手段。

 実際、オレが言うまでも無く、おそらく涼惇さん辺りが情報を握っていそうだしね。


 と、ツラツラと説明を終えた。

 そこで、すかさず質問を重ねて来たのは、今度は叢洪さんだった。


「貴殿等は、『女神の予言』を完遂する為の活動をしていると聞くが。

 実際には、何をもっての活動なのだろうか?」


 こちらは、流暢な人間語が出て来た。

 彼も、異質な部類に含まれていたらしい。


 他の面々は、人間語を理解している面々からの通訳が付いていた。


 これには、泉谷も理解を示して、口を開こうとしていた。

 だが、何故か口ごもる。


 訝し気な視線を向けられて、気圧された様だ。

 小心者な事で。


「まず、オレ達としては、『女神の予言』そのものである、『石板』を巡ってみようと考えております。

 一応、ダドルアード王国にある石板は読みましたが、破壊の痕跡があった為に細部まで詳細を把握する事が出来ませんでしたので…」

「なるほど。

 『天龍族』にある『石板』も、貴殿等の目的だった訳か」

「左様でございます。

 ただ、彼はそうでしょうけど、オレとしては別の目的もありますので…」


 濁してはおいたが、オレにとっての目的はまた別だ。

 『石板』は勿論だが、オレはまず『石板の守り手』様に会わなきゃいけない。


 『昇華』の兆候をこれ以上進めない為。

 また、精霊との事が判明しているのだから、契約が出来ないかどうか。

 勿論、契約に関しては『守り手』殿の自由裁量と考えているけど。


『別の目的とは?』


 三度、口を開いたのは、朱桓さん。

 訝し気に龍族語で口を開いたのは、オレだけに問いかけているからだ。


『他言無用に願いますが、先にも見ていただいた通り、オレは『昇華』の兆候を表しております。

 人間として職務を全うする為には、この『昇華』の兆候を止めさせていただきたく…』


 前置きをして、泉谷達に聞きとがめられないように龍族語で返答。

 オレの答えを聞いて、朱桓や明洵は頷くだけ。


『ど、どうして、『昇華』の兆候を止めたいのですか?』


 今度問いかけて来たのは、叢玲さん。

 困惑気味であり、また緊張した様子の彼は、少々顔が強張ってしまっている。


 そんな怯えなくても、オレは噛みつかない。

 まぁ、囲む様に座っている面々は、どうかは分からんまでも。


 ついでに、オレも隣から噛みつかれそう。

 龍族語での返答が続き、隣の泉谷からの視線が更に鋭くなっているから、そろそろ人間語に切り替えたい。


 割り切って、今は真摯な回答へと集中する。


『人間の中には、魔族を良く思わない者も多々存在しております。

 また、『女神の予言』は、人間に伝えられたものだと信じて疑わぬ者も…』

『で、ですが、それは人間に限った事で…ッ』

『その通りです。

 私達もこうして『天龍族』の居城や『暗黒大陸』の各所に『石板』が残されている事実を知り、この『予言』が人間だけに残されたものでは無いと確信しております』


 けれど、と更に前置き。


『私達を取り巻く環境や柵は、いくらその事実を唱えたとしても受け入れられないでしょう。

 根強く染み付いた慣習は、土台から崩さねばなりません。

 しかし、その崩した先で争いが起きては、『女神の予言』にある通り、世界の終焉を加速させてしまう』


 過去の戦役のデータを持ち出し、説明。

 人間は、少数よりも多数を圧倒するのが好きな蛮族である、と。


 その上で、オレ達はその少数になる訳にはいかないと。


『今はまだ、『予言』を信じさせてやる必要がある。

 事実が分かり、オレ達が徐々に公表していくことが出来れば、変わる慣習もある筈です。

 だからこそ、オレはまだ人間でいなければなりません。

 『予言』に記された、『聖職』の『騎士』は人間と信じられたままですからね』


 そう言って、説明を終えると、叢玲さんは何故か頬を赤らめながら頷いてくれた。


 ………何故?

 そこはかとなく、怖気が走ったのも、何故?


『人間どもは、愚かしい生き物よ』

『………否定は出来ません』

『だが、貴殿は良くその愚かさを心得た上で、利用しようとしているように思える』


 明洵さんの言葉に、他の候補者達も頷いた。

 それは、重々承知の上である。

 事実、オレは国民や信徒からの尊敬や畏敬を、利用した上で今この場に立っているのだから。


 だが、これに対する答えは、ちゃんと用意してある。

 何よりも、オレがこの世界に来てから、一度も曲げた事の無い理念だ。


『他ならぬオレや、オレの大切に思う生徒達の為ですから。

 咎められようが吊るし上げられようが、守る為に必要と考えたなら利用するのもまた当然のこと』

『………貴殿は、自分達さえ良ければそれで良いと?』

『滅相も無い。

 ですが、オレ達が生きていなければ『予言』が成り立たないのも事実。

 オレ達が生き延びる為に、必要な措置であると考えたまでです』


 勿論、それで済ませてはいない。

 ちゃんと、発明やらボランティアで、しっかりと功績を残している。


 オレ達を救う手段は、そのまま市井を救う手段にもなる。

 だからこそ、利用できるものは利用する。

 使い捨てている訳でも無いのだから、文句が出る事も無い。


 そう言い切ってしまえば、それまで。

 明洵さんは黙り込み、唸る様にして口元を歪ませた。


「………ご高尚な事だ。

 その利用する権威の中に、今後は我等も含まれるおつもりか?」


 だが、その質疑は、叢洪さんが引き継いだ。

 一進一退の舌戦での攻防が続く。

 やはり、4対1は不利だ。


 涼惇さんも流石に助け船は出せそうに無いらしく、静観していた。


「可能ならば、ですがね。

 実際、オレとしては目的の為に、訪問したのであって後ろ立てを求めた訳では無いのです」

「………我等の庇護はいらぬと、申されるのか?」

「極論を言えば、『はい』と言い切りましょう。

 ですが、友好の証が『聖王教会』にある様に、私達もまた同じと考えてさえいただければありがたい事です」


 『聖王教会』の名を引き合いに出し、オレ達も同じだと言い含めておく。


 実際、オレ達は『聖王教会』の始祖・女神ソフィアから選ばれたうえで、『予言の騎士』と言う肩書きを持っている。

 敵対の意思は、無い。

 それこそ、戦々恐々としていた時期があったにしても、だ。


「委細、承知した。

 だが、支援をするしないに関しては、我等としても片手間で決められる事では無く…」

「重々承知しております」


 叢洪さんの言葉で、議題はそれとなく終了したようだ。


 支援に関しては、彼等が協議して決める。

 勿論、オレと泉谷、どちらにするのかというのも含めてだ。


 とはいえ、


「先にも言っておりましたが、私たちの目的はあくまで『石板』の巡礼です。

 お許しいただけるのであれば、是非とも『石板の守り手』様にお目通り願いたく存じます」


 これで、謁見を終了されてしまっても困る。

 オレとしては目的が達成出来ないと意味が無い。


「可及的速やかに、準備を進める。

 ただし、御前との謁見は、後日に改めさせていただきたいが…」

「近日中に手配していただけるなら、構いませぬ」

「では、そのように…」


 叢洪さんが頷き、他候補者達へと視線を向ける。

 『やむを得ず』と頷いた明洵さんに、『承知いたしましょう』とオレに向けて答えた朱桓さん。

 返答は無かったが、俯いたままでオレをちらちらと見ていた叢玲さん。

 ………個性が強い面々である。


 おかげで、少々疲れてしまった。


 ともあれ、何とか謁見はこれで無事、終わったと思いたい。

 ………無事とは言い切れなかったけど、とにかく命あっての物種と言う意味で、だ。



***



 謁見の間を退出し、改めて控室に案内される。


 涼惇さんからの計らいで、少々の休息と情報共有の時間を設けさせて貰った様だ。


 ありがたい。

 そして、至れり尽くせり。


 今も、オレ達の目の前には、最中の様なお茶菓子と共に烏龍茶が配られている。

 給仕の魔族の方々までもが、オレ達に過剰な程に畏まっていた。


 どうやら、謁見の間からここまでで、早急にオレ達が前『龍王』・叢金さんへの恩がある面々と喧伝されたらしい。

 それはそれで、少々気疲れしそうなものだったがね。


 まぁ、お茶は美味しいし、最中も美味しい。

 オレが以前、涼惇さんとの密談の時に気に入っていたのを、涼惇さんも覚えていてくれたようだ。


 対面式のソファーで、一服。

 目の前にあるのが、泉谷の仏頂面と言うのがいただけないまでも、お茶にも菓子にも罪は無い。


 久々の和菓子(※とはちょっと違うけど)に感動した生徒達も、嬉しそうに食べていた。

 ディランに取っては、初めての味だったか。

 それでも、他の生徒達の姿を見て、口にした後はハムスターのように頬張っていたのが癒しである。


 まぁ、それは、泉谷以外の虎徹君や五行君も一緒。

 やっぱり、お茶と和菓子は最強コンボ。

 日本人としては緑茶では無いのが残念だが、烏龍茶でもありだ。


「………刻龍クーロンも連れて来てやれば良かったな」

「そうやね。

 あの子、中国離れて長いらしいから、懐かしいやろうね」


 しみじみと呟いた2人の言葉に、苦笑を零す。

 やっぱり、彼等はまとも。

 友達の事、気に掛けているのが良い証拠だ。


 はてさて、それはともかくとして。


「それで?

 結局、オレ達も言葉が分からなかったんだけど、説明して貰えるの?」


 口を開いたのは、榊原。

 お茶を啜って、一息ついている彼は既にお茶菓子を消費した口だ。


「一応は、共有となるがね…」


 そう言って、目の前の仏頂面の泉谷へと視線を向ける。

 彼は、挑む様な視線を向けて来た。


 喧嘩腰は、辞めてくれよ。

 買ったら買ったで、面倒臭い。


「まず、あの中にいたのが、『龍王』候補者達。

 今現在、前『龍王』が崩御されてから、『龍王』が決まっていないんだ」

「あ、あの中央にいた4人がそうなのね?」

「そう言う事。

 んでもって、オレ達『予言の騎士』が2人いる事に軽く突っ込まれたけど、一応は国の違いやら時期の違いやらで説明をしておいた。

 実際、本物かどうかは、今後の活動如何に関わってくると思うから濁しておいたけどな」


 簡潔に告げる。

 どのみち、泉谷は半分も信用して無さそうだし、別にどうでも良いし。


「(言ってしまえば良かったのでは?)」

「………間宮、お菓子の屑がほっぺについてるぞ」


 いらんことを呟いた間宮には、ほっぺ抓りの刑。

 読唇術だったので向こうには聞こえていないだろうが、過激な事は言うもんじゃない。


 菓子屑に託けて、引っ張っておいた。

 (※実際に、付いていたし)

 お餅みたいに伸びて、涙目になってたけど。


「ちなみに、彼等としてはオレ達の活動内容が聞きたかったらしい。

 けど、オレが話すよりも情報として取得する方が早いと思う。

 実際、防衛部隊の面々が、調査名目で各国に降りてるだろうし」

「…えっ、そ、それはいつから…!?」

「いつからも何も、この訪問が決まってから?

 仔細は明かされてないけど、アンタが付いて来るって聞いた段階で、涼清姫さんが手配していたっぽい」


 これ、実はオレとしても半信半疑だけどね。

 話題には出なかったが、彼等がオレ達の功績を根掘り葉掘り聞こうとしなかった事が気になった。


 普通、支援の話になれば、聞きたい情報だと思うんだ。

 けど、彼等はオレ達の目的と、『予言の騎士』としての職務にしか言及してこなかった。


 だから、きっと既に動いている。

 醜聞や功績が出回るのは、時間の問題って事。


 この場合、損害を被るのは泉谷の方。


 だって、オレ達には醜聞はほとんど無いし。

 精々、一時期蔓延していたオレの下半身事情に対する口性ないデマばかり。

 それを帳消しに出来るだけの功績は、上げていると思っている。

 だから、問題は無い。


 敢えて言及をせずに、泉谷を伺った。

 彼は、途端に顔を青褪めさせている。


 醜聞を知られると不味いと言う自覚はあるようだ。


「………オレ達が、追い出された時の話は、何か無いのか?」


 だが、言及はその隣から。

 口を開けそうに無い泉谷に代わり、口を開いたのは虎徹君だった。


 イライラとしている様子ではない。

 だが、思うところがあって、泉谷よりも先に口を開いた様だ。


 さて、どう説明するか。

 いや、この際だ。


「オレは、一度『天龍族』を討伐している」

「はっ?」

「なんやてぇ!?」

「…えっ?」


 オレからの唐突のカミングアウトに、三者三様に驚かれた。

 ただし、内容はこれから話す通り。


 全部を語る訳では無いし、勿論本当の事でも無い。

 ただし、彼等にとって納得のいく説明をと考えると、真実も織り交ぜて話した方が信憑性は得られるだろう。


「魔族か人間か、何者かに精神を奪われて暴れていたんだ。

 オレが到着した時には虫の息だったし、それこそ死にかけていたから実際は討伐では無いんだけど…」

「………それで、あの対応か?」

「まぁ、それも含まれるだろうね。

 殺したのは解放の為で、面白半分で殺した訳じゃない。

 オレだって、それ相応の怪我やら被害も被っているから、必死だったってのもあるけど。

 …その時の『天龍族』が、実は彼等の前『龍王』陛下だったんだよ」

「………あちゃー…そら、あかんわ」


 理解が追い付いたのは、虎徹君と五行君。

 それと、オレ達の側では、香神とディランもやっと納得をしていた様だ。


 生徒達に話している内容は、合成魔獣キメラの件を含めてもごく僅か。

 まぁ、オレが『昇華』の兆候を表している件は、全て話しておいたのもあるから、驚きは向こうよりは少ないけども。


「その遺品とか、それから…まぁ、遺言とか。

 預かっていたものを、まとめて返したいってのも、今回の訪問の目的だったんだよね」

「………アンタが、泣いてた事に関係があるのか?」


 更に言及して来た、虎徹君には苦笑を零して誤魔化しておく。

 実際、龍族語の部分は分かっていないと思うが、その他人間語で話した時の事は聞かれていた訳だ。

 嘘は粗が出る。

 だから、多くを語る必要は無い。


「…懐かしいとか言うてましたけど、あれはなんですの?」

「オレは、死に際の彼の記憶も譲渡されてたからね。

 ………彼の記憶の中にあった懐郷の念がリンクしたらしい」


 つまりは、そう言う事。

 実際、オレに見覚えがあったのではなく、彼の記憶だ。


 懐郷の念なんかも、その所為だ。

 ここは、本心を語る。

 実際、誤魔化しようが無いってのが、本音だけどもね。


「………記憶の譲渡て、そんな事出来るんです?」

「一部の魔族には、伝わっている手法らしい。

 まぁ、実際、オレもその当時は死にかけてたから、叢金さんもその方法を取るしか出来なかったようだし…」


 半分嘘でも、半分は本当の事。

 彼等が詳しく調べない限り、また龍族語を覚えでもしない限りは、粗が見つけられる話では無い。


 この訪問の目的は、多岐に渡る。

 その中に、含まれていなかった用事が、割と大事になって取沙汰されてしまった形。


「………化け物を討伐したのは聞いてたけど、まさか『天龍族』とはねぇ…」

「流石、ギンジ先生ですけど…」


 香神とディランに、苦笑を零されながら。

 それでも、この話はここまでにしておく。


 実際、余り多くを話しても、『天龍族』に取っては気分の良い話では無いだろう。

 オレ達も、気分は良くない。


 そもそも、半分が嘘なんだから、当然の事。

 歯切れは悪くしたくはないまでも、この話はこれで打ち切りとさせて貰った。


「ご歓談中のところ、失礼致します」


 そこに、丁度よく侍従らしき魔族の方々が来た。


「ギンジ・クロガネ様、及び生徒様方に、涼将軍からご出向の要請をお伝えに上がりました」

「はい、分かりました」


 どうやら、涼惇さんからのお呼び出しの様だ。

 要件は分かっているから、オレ達も先ほどまで持っていた荷物を持っていくだけで良い。


「お3方は、お休みいただく居室へのご案内を。

 また、夕食の時間につきましても、このような形でお呼び出しをさせていただきますので…」

「あ、………はい」


 泉谷達も居室への案内が来た。


 こうして、情報共有は終わり。

 泉谷はまだ、オレ達に何かを聞きたそうにしていたが、その視線は強制キャンセル。

 聞かれて答えても、意味は無い。


 さて、少しハラハラしたけども、やっとオレ達の本来の目的の一部を解消出来るいい機会。

 無駄には出来ない。



***



 呼び出されたのは、談話室の様な場所であった。


 これまた、豪華。

 中央付近に備わった応接用ソファーやローテーブル。

 壁際には花瓶の備わったラックや、奥にはオルガンらしきものまで置かれていた。


 調度品は、ほとんどが金銀の使われたもの。

 下品に見えない程度に整えられて、格式美も健在である。

 2つも構えた大窓の外はベランダかバルコニーになっており、その先には雲河が一望出来るようだ。

 マチュピチュよりも豪勢な部屋割りだな。


 しかし、奥に一つだけ、布の被せられた何かがあった。

 ここから見ても、かなり大型の調度品のようだ。

 その一角だけが、少々物寂しいと言うか、部屋の景観を損なってしまっているようにも見える。


 だが、それ以外はパーフェクト。

 談話室では無く、迎賓室だったかな?


 待ち構えていたのは、涼惇さんと涼清姫さん。

 それと、先ほど謁見の間でも会った、叢洪さん。


 そして、


「………なんです、それ?」


 何か分からない小さな蛇の妖精の様な生き物だった。


 速攻で、扉の後ろに逃げ込んだ。


「ちょっ、先生、何してんの?」

「………先公」

「ギンジ先生?」

「(………。)」

「あ~、っと…、危害を加えるような魔物では無いので、警戒されないでいただけると助かるのですが…」


 生徒達どころか、ここまで案内してくれた侍従の人達にまで驚かれてしまうが、構っている暇が無い。

 中にいた、涼惇さんからも少々苦々しい声が漏れる。

 きっと苦笑している事だろうが、魔物だろうが何だろうがそのフォルムは駄目だ。


 だから、蛇は駄目なんだってばーッ!!

 

 しかし、


『………まさか、仮初の姿で怖がられるとはな』


 扉の先から聞こえた声。


 聞き覚えがあって、ひょっこりと。

 恐々とではあるが、視界に蛇の妖精の様な姿を入れないように、覗き込む。


「そ、の声、まさか、………叢金さん?」

『うむ、左様。

 先程振りであるな、ギンジ殿よ』


 やはり、聞き覚えがある声。

 謁見の間で、分かれたオレの守護霊ともなってくれていたらしい叢金さんだった。


 しかし、喋っているのは、小さな蛇の妖精の様な姿。

 視界に入れただけでも、鳥肌が止まらない。


「我が父の、類稀なる温情の結果であるぞ。

 ………貴殿が大恩ある御仁で無ければ、八つに捌いているところを…」


 ひぇえええええっ。

 怖いよ、叢洪さん。

 怒るのは無理も無いと分かっているけど、オレだって怒りたい。


 そもそも、何で叢金さんがここにいるのか、だ。

 しかも、なんでそんな体になっちゃってんの!


『うむ、御前の下に馳せ参じたところ、まだ往生は早いと叱られてな。

 温情を賜り、こうして『飛竜の妖精(・・・・・)』の姿を特別にいただいて…』

「飛竜!?」


 今度は、速攻で飛び出した。

 ゴメン、現金。


 でも、飛竜と言えば、ガルフォン。

 ガルフォンと言えば、オレのマイラヴァー。


 隠れる理由が無い。

 ただし、


『ははは、まだ幼体であるが故、成体の姿は取れぬがな』

「うひ…っ…ひぃい…!!」


 オレの腕にここぞとばかりに、絡みついて来た彼。

 その姿は、まんま蛇である。


 これまた速攻で、扉の先から飛び出した事を後悔した。


『そう、怖がるでないわ。

 自分で言うのもなんだが、手触りは最高であるぞ』

「………う…ッふ、…あ、本当…」


 更にずるずると腕に巻き付かれ、変な声が出た。


 だが、触ってみて分かったが、蛇の様な独特の粘液性は無いらしい。

 鱗も無いし、小さな手足や翼だって隠れているが確認出来る。

 色は、銀とも銅とも取れる不思議な色合い。

 飛竜も産まれる時はこうした小竜の姿であり、成長につれて角や手足が発達するとの事だ。


 初めて聞いた、不思議生物の不思議な生体である。


 そしてなによりも、彼の言う通り。

 手触りは、最高だった。

 羽毛よりも上位。

 例えようの無い極上の何かの様にさらさらふわふわで、ずっと触っていたい感覚にとらわれる。


 体の動きが蛇のようだからと言っても、これなら大丈夫だ。

 慣れて来ると体表が肌を撫でるくすぐったさも心地が良い。


「………はぁ、至福」

『むぅ、先は怖がっておった癖に…』

「ゴメンなさい。

 でも、蛇は苦手だったもんだから…」

『地を這うだけの成りそこないと、同列に見るでない』


 正直に蛇が苦手と告白したら、そっちで怒られた。

 小さな尾ひれの様な尻尾でべしり。

 可愛い叱咤だな。


 オレ達にとっては、このフォルムは蛇しか知らなかったんだから許して欲しい。


「話を進めてよろしいか?」

『これ、伯廉、そう急くでは無い』

「話が進まぬではありませぬか」

『お主は、いつからそのようにせっかちになりおったのか。

 時間はまだたっぷりあるのだし、彼等とて滞在日数の上限は決めておらぬのだから…』


 と、のんびりとした様子の叢金さん。

 オレの腕に尻尾を巻き付け、小さな手足を駆使して肩に登って来る姿にすら、癒される。

 なんか、ほのぼのしい。


 同意見だったのか、生徒達までほっこりしている。


 一方、叢洪さんは、オレを射殺さんばかりに睨んでいた。

 だから、怖いよ。


 確かにさっきの事は失礼だったかもしれないけど、そこまで怒らなくても…。


 って、駄目だ。

 今更になって思い出したが、オレは彼の父親を殺めた張本人だ。


 血の気が引く。

 八つ裂きにされても、文句は言えないのだ。


『そら、見た事か。

 伯廉の威に、ギンジ殿が怯えてしまわれたでは無いか…』

「べ、別に、威圧など…ッ」

『お主は、昔から目つきが鋭かったからなぁ』

「顔立ちの事はどうでも良いでしょう!

 それに、この鋭い目つきは、貴方に似たのです!」

『はて、私はもう少し色男だったように思えるのだがなぁ』

「…っ、父上!

 いい加減、ふざけるのも大概にされてくださいませッ」


 顔を真っ赤にした叢洪さんに、飛竜の妖精の姿を取った叢金さんが煽り続けている。


 なんか、のほほんとしたホームドラマを見ている気分だ。

 微笑ましいと言うかなんというか。


 このまま、何時間も飽きずに眺めていられるだろう光景。

 ただ、今度はオレ達の台詞となってしまったが、話が進まない。


 誰か、説明プリーズ。

 助けを求めて、涼惇さんを見た。


 彼は、微笑ましそうに眺めながらも、こくりとオレに向けて頷きを一つ。


「さぁさぁ、お2人ともその辺にしておいてくださいませ。

 お客人様方が、困惑していらっしゃるでしょう?」

『うむ、興が乗り過ぎたようだな…』

「………ッ、父上の所為ですからね」


 手を叩いて、注意を逸らし。

 ホームドラマを終わらせた涼惇さんは、手馴れている様子だった。


 実際、手馴れているのだろう。

 叢金さんも叢洪さんも、途端に静かになったから。


 ただし、叢金さんはオレの腕に巻き付いたままだった。

 この場所から動く気は無いらしい。


 手を伸ばして、彼の頭に触れてみると大人しく撫でられてくれた。

 あ、ヤバい。

 ………癒しだわぁ。


「ごほん!」


 癒された瞬間に、叢洪さんから咳払いをされてしまったが。


「お集まりいただき、ありがとうございます。

 まずはお掛けになってください」

「恐れ入ります」


 中央付近の応接ソファーに案内されて、大人しく腰掛ける。

 生徒達もまとめて座れるだけの、豪奢なソファーだ。


 荷物を足下に置いて、改めて叢洪さんと向かい合う。

 涼惇さんは、応接ソファーの真横に設置された1人掛けのソファーに悠々と腰掛けていた。


「早速ですが、少しばかり説明をさせていただきたく」

「ええ」

「まず、今回のご訪問を心より歓待致します。

 また、転移の折には、我等の不手際がありましたこと、改めて謝罪をさせていただきたく…」


 頭を下げた彼に、オレ達も一礼を返す。

 涼清姫さんも一緒に頭を下げたが、もう気にしなくて良いのに。


「さて、先の謁見では、少々困惑が多く、話せなかった事も多かったように思えます」


 そう言って、涼惇が語り始めた。

 謁見の時には話せなかった内容の事だ。


「まずは、こちらをお受け取り下さい。

 我が『天龍族』の同胞が、過去『予言の騎士』様への失礼を致しました。

 陳謝を込めまして、目録と共にお納めください」

「あ、いや…失礼とかなんとも思ってなかったのに…」

「心ばかりでございますので、どうかお受け取りの程。

 品物に関しては、既にダドルアード王国王城にて、預かっていただいておりますので…」


 あちゃ~。

 これまた、返品不可の贈呈品となったようだ。


 先手を取られた形だ。

 目録を渡され、否が応でも受け取るしか出来ない状態。


「………何かあったの?」

「前に、一度………、襲われたと言うか、なんというか」

「不徳の致すところでございます。

 お恥ずかしい限りで…」


 よく分かっていない榊原達からの質疑には、濁して伝えておく。

 それにすら、涼惇さんは丁寧に返答をしてくれたが。


 本当は、1度ならず2度までも襲われたけど、大事には至っていないとして飲み込んでおく。

 これで、オレ達の誰かが怪我でも死亡でもしてたら、御免じゃ済まさないけど。

 何事も無かったから、それで良い。


 目録を確認させていただく。

 こう言う時は、さっさと目を通して受け取るのがマナーだからだ。


 ただし、


「ぶふ…ッ!」

「うわ、先公…大丈夫か!?」

「………だ、大丈夫じゃないかも…」


 並んでいた目録の品々には、噴いた。

 何も飲んでなくて助かったが。


 並んでいた品物の名称は、眼をひん剥くものばかりである。


 一番の目玉であろう『水』属性の『精霊剣スピリチュアルレガシー』1つに、ピアノやら金銀宝石やらとつらつらと30品目程。

 中には、オルハルコンやらなにやらという項目が見えてしまった。


 『精霊剣』1つで、既に国1つの予算が賄えてしまう金額である。

 ピアノも含まれるので、おそらく西方の国々をまとめて買いあげる事も出来るかもしれない。


 恐ろしいよ………『天龍族』の財力。


「ここまでいただくのは、流石に無理があると申しますか、その…」

「いえいえ、受け取っていただかなければ、示しが付きませぬ。

 それに、貴方方の功績を考えますと、非礼があったと言う時点で我等が種族の恥ともなりますれば…」

「………必要とあらば、当事者にも処罰も下す事は可能だが…」

「い、いいえ、これで十分です!

 あんまり大事にする事でもありませんし…ッ」


 だから、怖いよ、叢洪さん。


 結局、受け取らなきゃいけなくなった。

 最近、こんな有難迷惑ばっかりだなぁ。


 『水』属性の『精霊剣』とか、扱うのは良いけど手に余りそうだ。

 ピアノなんか、被っちゃってるし。

 ………『白竜国』側のは、孤児院に寄付でもしておくか。


「ご寛大な処置をまことに感謝いたします」

『うむ、私からも礼を言わせて貰おうぞ。

 同胞達の馬鹿な行いの所為で、お主は随分と心労を被ったと言うのに』

「そ、それは、もう良いんだよ。

 気にしてないから」

『ふはは、『天龍族』からの刺客を差し向けられて、気にしていないとは貴殿も大物よな』

「茶化さないでくれよ」


 話が進まないから。


 とりあえず、目録はそのままオレの懐に。

 ………はぁ。

 たった数枚の紙束なのに、自棄に重いと感じたよ。


 溜息が留まる事を知らない。

 けど、大仰にするのも失礼なので、飲み込むしか出来ない。


「続けてですが、………催促をするようで、真に申し訳ありません。

 例の『ボミット病』の緩和策、もしくは治療薬についてです」

「ええ、勿論」


 続けては、オレ達の目的の一部である、研究成果。

 前に会った時に、その手の話で交渉してたからね。


 榊原とディランに頼んで、薬のサンプルを取り出して貰う。


「『インヒ薬』と言いまして、『暗黒大陸』に住む女蛮勇族アマゾネスに伝わっていた秘薬です」


 涼惇さん、叢洪さんに薬包を渡す。

 涼惇さんは丁寧な動作で、薬包を開いて中身を確認していた。


「効能としては、魔力を吸着して体外に押し流す性質を持っております。

 『ボミット病』の患者は、血中に含まれた因子に魔力を取られ、自力での魔法の発動が難しくなる」

「ふむ…その因子とは?」

「どうやら、生まれつき『闇』属性を持っている者だけが保有している血中因子と思われます。

 その証拠に、『闇』属性の者以外の血中から、因子は発見出来ませんでした」


 かくかくしかじか、と因子の関係性や、『インヒ薬』の効能、その後の経過観察までを説明する。

 既に、臨床試験は南端砦で終わった。


 その為、後は薬の原材料を手に入れる算段さえ付けば、市井への配布も可能となっている。


「すでに実用は…」

「済んでいます。

 オレが、良い証拠ですよ」


 そう言って、手に闇を纏わせる。

 オレも『闇』属性を持っていると言うのは、涼惇さんが既に知っているものの。

 涼清姫さんと、叢洪さんは知らない。


 その為の実演。

 ついでに、オレが発症した時期や、緩和策に気付いた状況なども話しておく。


「まさに、女神様の奇跡でしたのね」

「そのようで。

 オレの他にも、発症した生徒や同居人がおりましたが、全員恙無く日常を過ごさせていただいております」


 涼清姫さんの感嘆の声。

 おかげで、オレ達も鼻高々と、自信をもってこの薬を売り込みが出来る。


「………では、買い取る事にしようか」


 その叢洪さんの一言があるまでは。


 驚きの一言であった。

 驚き過ぎて、一瞬烏龍茶を噴くかと思ってしまった。


 眼を丸めて、彼を見上げた。

 彼もまた、オレの様子を見て目を丸めてしまったが。


「な、何か問題でもあったのか?

 『ボミット病』は各国でも問題に上がる程の死病である。

 治療薬の開発が済んだのであれば…」

「ああ、いや、『天龍族』は病を発症する事が無いと聞いていたので…」


 そう、発症しないと聞いていたから、驚いただけ。

 だって、必要無いじゃない?

 まぁ、『ボミット病』が別枠なのかもしれないけど、事前情報が無いから。


「………叢洪様、買い取るのではなく、融通していただくのです」

「だが、手間が掛かる。

 今ある分だけでも、買い取らせていただいた方が良い」


 涼惇が、彼の発言を諫めた。

 だが、どうも叢洪さんは焦っている様に思える。


 ………さて、どうするか。

 生徒達へと視線を向けると、おそらく彼の挙動で理解したらしい間宮と榊原が、頷きを返して来た。

 良く出来た弟子達である。

 香神とディランは、困惑気味だ。


「………失礼かもしれないんですけど、つかぬ事、聞いて良いですか?」


 そこで、口を開いたのは榊原。

 コイツ、口ばかりは達者なので、どうやらオレに向けての助け舟のつもりらしいが、


「もしかして、『ボミット病』の患者さんがいるんですか?」

「………。」


 質問は、直球だった。

 流石にまだ変化球でそれとなく聞き出す様な技術は、彼にも無い。


 案の定、叢洪さんは視線を薬に集中したまま、黙り込んだ。


 斯く言うオレも、今回ばかりは攻めあぐねているのだが。


 迎賓室の中に、寒々しい雰囲気が到来した。


 しかし、


『まず、ギンジ様には、こちらを見ていただきたいのだが』

「へっ?」


 唐突に口を開いたのは、オレの腕に巻き付いていた叢金さん。

 だが、巻き付いていた筈の尻尾は、あらぬ方向を指していた。


 視線を向けると、迎賓室の奥。

 先程、オレが物寂しいと感じていた、布を被せられた大型の調度品だった。


「………父上…ッ」


 途端、叢洪さんが表情を変えた。

 唸る様な声と共に、立ち上がる。


『お主が語らぬならば、私が語ろう』

「いらぬ世話を焼かないでくださいませ!」

『お主は、私の大恩ある客人から『薬』を巻き上げておきながら、仔細を明かさぬと言うのか?』

「そう言う訳ではありません!

 で、ですが、あれは…ッ」

『実際に、見せた方が早い。

 黙り込んだお主の落ち度よ…』


 何やら、ホームドラマの次は親子喧嘩を見せられてしまったようだ。


 だが、今ので分かった。

 叢洪さんには、オレ達に話せない秘密がある。

 その秘密に関しては、叢金さんや涼惇さんも共有している。


 オレに話すか、話さないか。

 ここで、意見が対立しているようだ。


 叢洪さん、涼惇さんはまだ秘密にしておきたい。

 だが、叢金さんは、オレに話したい。


 少しオドオドしている涼清姫さんの様子を見るに、彼女はおそらく知らないのだろう。


『では、ギンジ様、そちらの布を取り払ってみて欲しい』

「………よろしいんですか?」

『うむ、構わぬ』

「いいえ、構います!

 勝手な事をしていただいては困る…!」


 どっちだよ。

 まぁ、オレとしては、秘密を暴くのは吝かでは無いけども。


「………秘密にしたいなら、結構。

 ですが、残念ながら今ある薬をお渡しすると言うお話は、無かったことにさせていただきます」

「……なッ…、私を脅迫するつもりか…!?」

「脅迫など、恐れ多い。

 そもそも、私達の目的としては、研究成果をお見せする(・・・・・)だけのつもりでした。

 それも、約束は涼惇様に限った事でして…」

「………渡す気は、無いと?

 ひけらかすだけのつもりで、ここに来たと言うのか…?」


 あら、ヤバい?

 もしかして、地雷でも踏んだかしら?


 俄かに、オレに敵意を向けた叢洪さん。

 確かに言い方が足りず、彼がそう受け取るような話し方になってしまったかもしれない。


 だが、言っておく。

 オレは今、交渉をしているだけだ。


 こうして力づくで押さえつけられるような方法は、交渉とは言えない。

 彼こそ、恫喝をしているのだ。


「今から、そのお渡しする為の交渉をしようとしたのです。

 なのに、貴方は最初から私達の意思に関係なく、買い取るとおっしゃった。

 更には、情報を秘匿している。

 交渉の席に付く余地も無いでしょう?」

「………ッ、貴殿は、何か勘違いをしていないか!

 私達が許したのは、貴殿が父を解放した実績があるからだ!

 でなくば、八つ裂きにされても文句の言えない『異端の堕龍』だと言うのに…ッ」

『これ、伯廉!ギンジ様に、なんと無礼な口を…ッ』


 どうやら、感情の箍が外れたか。

 激昂を露にした叢洪さんは、叢金さんの制止もものともせずに、オレに暴言を吐きかけた。


 だが、


「では、そのようになさいませ?」


 オレは、それを真っ向から受け取った。


 空気が止まった。

 オレに更に恫喝紛いな声を上げていた叢洪さんも、それを諫めようとした叢金さんも。

 ましてや、制止を呼びかけようとした涼惇さんも。


 迎賓室の中、更に寒々しい空気と緊迫感に包まれる。


 だが、オレとしてはもう、怖くない。

 だって、協力要請が無いなら、オレ達としてはわざわざ私財を裂く必要が無いから。


 こちとら、慈善事業は市井だけだ。

 これだけの財力のある『天龍族』なら、ちょっと情報を流してやればすぐにでも手配が出来るだろう。


 先程、オレも情報は明かしたのだから。


「………貴方の好きなように、殺せばいい。

 オレは『予言の騎士』という肩書きを除けば、普通の教師です。

 貴方にとっては、造作も無いでしょう」

「………貴殿…ッ、本気で言っているのか!?」

「本気で無ければ、何だと思います?

 オレは、命を懸けるのは生徒達の為と嫁さん達の為でしかないのですが…」


 そう言って、くすりと笑う。

 その瞬間に、叢洪さんの目がこれでもかと見開かれた。


『大事な者を奪われる苦しみは知っている筈だ』


 龍族語で、敢えて口を開く。

 みるみるうちに、叢洪さんから漏れ出していた覇気が萎んだ。


 それに対して、オレを見上げた叢金さんが大仰に頷いた。


『怒りを収めよ、伯廉。

 お主の負けだ』

「………ぐ…ッ」


 歯を食い縛った叢洪さんが、オレへと向けていた敵意の目を収めた。

 別に勝ち負けを競った訳では無かったものの、彼も分かっている。


 大事な者を失うのが、どれだけの悲痛を伴うのか。


 今言ったように、オレは生徒と嫁さん達がいる。

 奪うのか?と聞いたのだ。


 その答えは、今こうして彼が、怒気を萎ませた通り。


 彼の負け。

 それは、オレも同じ意見だ。


 だが、これは一言言っておかねば、気が済まないけども。


「貴方は、交渉という席を、勘違いしていらっしゃる」

「………人間如きが、私と交渉すると抜かすか…?」

「その人間如きが作った薬に縋らねばならないのは、どちら様ですか?」

「………うぐ…ッ」


 叢金さんは、更に大仰に頷いているだけとなっている。

 ………正直、彼がいなかったら、オレもこんな風に大見得切って虚勢は張れなかったんだけどね。

 我ながら、泉谷の事を言えないぐらいには小心者です。


「交渉とは、言葉で相手をねじ伏せる事を言います。

 だが、その中に恫喝が含まれては交渉では無く、ただの脅迫となってしまうだけですよ」

「先に、貴殿がしたようにか?」

「私のは脅迫では無く、等価交換ですよ。

 そのように力づくでねじ伏せられなくとも、製法や原材料も明かす腹積もりだった。

 なのに、貴方はそれを吐いて捨て、交渉相手に秘匿を続けるばかりか、オレに恫喝して見せた。

 立派な脅迫ですよ」

「………全てを明かせと?

 貴殿とて、我等に明かしていない秘匿が吐いて捨てる程あるだろうに…ッ」


 またしても、ヒートアップし始めた叢洪さん。

 沸点の低い人だ。


 だが、言わせて貰うと、もう時間切れ。


「そこまでにしなさい、伯廉。

 貴方の負けは、今しがた前『龍王』様も認めた通り」

「………伯譲…ッ!」

「これは流石に、私で無くとも止めるさ。

 お前は今、前『龍王』の恩人を前にして、暴言を吐きかけているのだから…」

「………元はと言えば、これが父を殺さねば…ッ!」

「殺すしか方法が無かったのだ。

 そのおかげで前『龍王』は解放され、この居城に戻る事が出来た」


 先までの口調が変わり、叢洪と対等となった涼惇。

 どうやら、力関係で言えば、叢洪では無く涼惇の方が強いらしい。


 それでも、客人を前にして、口調を改めていたか。

 字で呼び合っていたから、友人関係というのも当てはまるのかもしれないが。

 オレとゲイルみたいなもんだな。


 おかげで、オレ達も臨戦態勢を解く事が出来た。

 生徒達が随分と殺気立っていたが、手だけを振って制しておく。


 オレも、先に交渉と言っていた通りだ。

 生徒達が暴走しちゃ、話にならない。

 思えば、しっかりとした連中を連れて来て正解だったな。

 これが、徳川なら暴走特急だった。


 まぁ、閑話休題それはともかくとして。


「涼惇さん、とりあえず薬に関しての製法や原材料は、日を改めさせていただいても?」

「ええ、構いません。

 度重なる失礼を、申し訳ありません」

「いいえ、お構いなく。

 煽ったのは、オレでもありますから、この程度で約束を反故にする事はありませんよ」


 とりあえず、研究成果は保留だな。

 この場合は、彼等が隠している秘匿情報を明かして貰ってからでは無いと、交渉は出来ないと思うんだ。

 勿論、先にも言われた様に、勝手に買い上げられるのも却下。


 交渉は難航中って事で、明日以降にもう一度席を整えて貰おう。


 そこで、ふと。


『貴殿は、それで良いのか?

 私が命じれば、こやつにも罰を与える事が出来るのだが…』

「叢金さん、貴方は自分の息子を甚振りたいのですか?」

『………貴殿が、望むのであればな』

「では、オレは望みません。

 先にも言いましたが、オレが動くのは大事な生徒達や嫁さん達の為。

 それが関わらない事ならば、取るに足らないハプニングと言うだけの事ですから」

『………貴殿は、寛容すぎる』

「ええ、良く言われます」


 ここ最近は、本当に言われる事が多い。

 でも、今言った様に、生徒達や嫁さん達(※ついでにゲイル達友人の事も)が関わらないなら、オレにとっては雑事。

 いちいち腹を立てていても、仕方ないのだ。


『お主は、銀次様の爪の垢でも、煎じて飲ませて貰うが良い』

「………結構です」


 叢金さんの言葉に、食い気味に答えた叢洪さん。

 ソファーからやや乱雑に立ち上がると、辞去の礼すらも無くそのまま迎賓室を後にした。

 ローテーブルの上には、薬包が残されている。


 どうやら、難しい年頃のようだな。


 ………そもそも、彼が同席していた理由は何だったのか。

 もしかしたら、薬への食いつき方を見るに、『ボミット病』の緩和策や治療薬を一番欲しがっていたのが、彼なのかもしれない。


 それにしては、『闇』属性は持っていなかったな。

 彼が持っていたのは、『雷』と『風』だけだった。

 ファンタジーフィルターのおかげで、会った人間のほとんどの属性は見る事が出来るから分かる。


 そもそも、この『天龍宮』には、『闇』属性が少ないみたい。

 だとしたら、何故彼は薬を欲しがるのか。


 秘匿内容に、おそらく答えがあるのだろうが。

 あの調子じゃ、話してくれそうに無いな。


「すみませんでした、叢洪は少々気位も気性も荒く…」

「お気になさらず。

 オレも勝手にヒートアップして、煽った事実は否めません」

『怒っても良いのだぞ。

 私もたった一人の息子として、甘やかしてしまった自覚は大いにあるからなぁ…』

「息子だからこそ、大事な家族を失った後に落ち着けと言うのが無理な話でしょう?」

『………寛容な処置、感謝する』


 腹立たしいとは思わない。

 彼は、家族を失ったばかりなのだ。

 こうして、別の体を手に入れて存在してくれているとしても、本来の姿ではない。

 そして、その本来の姿を知っている彼としては、失ったと言う感覚の方が強い筈。

 気が立つのは当たり前だ。

 勝手に煽ったオレも悪いから、その点は反省するべきことで恨み言は言えない。


 それに、オレとしてはちょっとだけ思惑もある。


「候補者に聞かれたくない話だったので、退席して貰っただけですしね」

『………。』


 案の定、種明かしとして舌をぺろり。

 涼惇さん達が、揃って絶句していた。


 ついでに、オレの生徒達など頭を抱えてしまっている。

 悪かったね、無駄に緊張させて。


 彼が退席する様に、煽ったのもオレだ。

 上手く行くかどうかは半信半疑だったがね。


 だから、処罰とか云々がそもそも必要無いだけ。


 さて、嵐のように叢洪さんが抜けたところで。


「裏切り者がいると思います。

 焙り出しの為に、涼惇さんと叢金さんには、聞いておいて欲しい」


 オレの本題は、これだ。



***



 以前、南端砦での襲撃があった際。


 オレは『天龍族』の男性と会っている。

 その際に血を飲まされて、『昇華』の兆候が早まった可能性は否めない。


 そして、その男性はどうやら、秘密裏に協力している様だ。

 わざわざただの魔族と思わせる様に扮装してまで。


 血を飲まされるまで、オレは彼が『天龍族』だとは全く気付けなかった。

 覇気や独特の威圧感。

 消していたと言えばそうなのかもしれない。

 しかし、完全に遮断するには、少々無理がある様な気がするのだ。


 現に、涼惇さんからは、漏れ出している覇気が直ぐに分かる。

 オレに移ってしまった様に、叢金さんも同じ。

 オレが覇気やらなにやらを発するようになったきっかけは、彼の血を浴びた事と同時に、彼がオレの守護霊として潜伏していた事が重なった結果だと思われる。


 隠すのが、そもそも無理なのだ。

 前に会ったアンナだって、隠そうとしても隠せていない存在感があった。


 だからこそ、厄介な事。

 例の裏切り者は、当たり前の様な顔でこの居城に戻っている可能性もある。

 また、当たり前の様な顔で、あの頬に傷のある男達と行動を共にしている可能性も無きにしも非ずか。


「叢金さんに聞きたいんだが、貴方が出かけた事を知っていたのは?」

『伯譲と、伯廉だな。

 まぁ、当時防衛部隊におった連中も、見てはいた筈だ』

「では、絞り込みは出来る?」

『微妙なところであるな。

 それ以外にも私の執務に関わっている者達も、私が消えた事はすぐに勘付いた事だろうし』


 となると、目撃証言での絞り込みは難しい、と。


 なら、次だ。


「銀の眼をした、『天龍族』としては絞り込めますか?」

「それを言われると、我等としても難しいかと。

 『昇華』を終えた『天龍族』のほとんどが、銀の眼を持っておりますので…」


 つまり、身体的特徴での絞り込みも難しい、と。


 なら、最後。


「『雷』属性を持ち、身体構造に精通した人員は、どれだけいますか?」

「………どういう事で?」


 これは、まだ涼惇さんに言っていない内容だった。

 涼清姫さんも、訝し気な表情を見せている。


 叢洪さんの言う通り、オレも秘匿事項は吐いて捨てる程あると言うのは、皮肉なところ。


 とはいえ、この質疑に関しては、オレも半信半疑だった。

 だから、涼惇さんとの密会で言わなかっただけの事。


「あの『天龍族』の男は、オレに拷問を行った時、『雷』属性を使って内臓を焼きました。

 ただの癇癪で行ったにしては、少々気になりまして…」

「………まさか…」


 涼惇さんが、絶句。

 涼清姫さんが、眼を丸めてしまっていた。


『そういえば、確かにあの時、あの者は手馴れていたように思える』

「ええ、良く言えば加減をしていた。

 悪く言えば、どこを焼けば苦しめられるか、知っていたと言う事になります」


 オレも内臓を焼かれたのは、堪えた。

 一度心肺停止状態になったのは、加減を間違っただけとも取れる。


 息を吹き返さなければ、オレに血を飲ませて中から回復させるつもりだったのだろう。

 実際、既に血は飲まされている事だしな。


 『雷』属性を使っての拷問。

 常人には難しい領域だ。

 それこそ、医学を齧っていなければ、オレだって躊躇する。

 そもそも拷問に躊躇するんだが、やろうと思ってもやれる事ではない。


 結論から言って、裏切り者は医療面に詳しいのだろう。


 だが、


「ただ一つ、分からない事がありまして」


 これは、オレにも少々分からない事。


 アイツ、オレの髪の事や治療速度に関して、自棄に食いついて来たのだ。

 それこそ、頬に傷のある男と、同等かそれ以上に。


「裏切り者なら、叢金さんが合成魔獣キメラにされた事実は知っている筈。

 それを討伐してオレが血を浴びた事実も、アイツ等が主犯なら知っている筈なんです。

 なのに、アイツはオレの髪の色や体質に言及し、拷問をした。

 少々、行動理念がまちまち過ぎまして…」

「確かに…」

『私の記憶には、『天龍族』が関わっていた覚えが無いのだがなぁ…』


 首を傾げた、叢金さん。

 そんな彼の頭を撫でて、記憶に蓋をさせておく。


 思い出したくない記憶は、オレと同じ(・・・・・)

 無理に思い出さなくても良い。


『………貴殿は、どう思うのか?』

「オレとしては、貴方が合成魔獣キメラにされた事実を知らなかったのかもしれない、としか言えません。

 手引きはしたでしょうが、それ以上の事はされない、と。

 しかし、実際は貴方は合成魔獣キメラ実験の被験者となり、オレに討伐された」


 あの男は、あの時はまだ知らなかったのかもしれない。

 自分が手引きした果てに、前『龍王』がどうなってしまったのか。


 だからこそ、似た色を持ったオレに猜疑の目を向けた。

 それなら、辻褄は合う。


 ならば、何故、彼は手引きをしたのか。

 叢金さんの話だと執務の息抜きと称して出かけたらしいが、それを奴等に情報として流す意図は?


 排斥か、あるいは失脚か。

 どのみち、この『天龍族』の中で、何かしらの謀反が起きたのは確か。


 そして、あの裏切り者は、候補者の誰かと繋がっている可能性が高い。

 だからこそ、叢洪さんにお暇して貰ったのだ。


「先にも言った通り、医療面に精通し『雷』属性を持った者を特定してください。

 そして、警戒してください。

 アイツがこの居城に既に戻っているなら、各国と繋がる『転移魔法陣』だって使える。

 最悪、あの頬に傷のある男達が、乗り込んで来ても可笑しくはない」

「………留意しておきましょう」


 涼惇さんから、頷きが返って来た。

 だが、その頷きと表情は、かなり固い。


 これは、『天龍族』にとっても、脅威だ。


 なにせ、頬に傷のある男は、前『龍王』を手に掛けたかもしれない容疑が掛かっている。

 実際、彼が捕まった事実は、消せない。

 どのような方法を使用したかは分からぬまでも、前『龍王』以上の力があると考えた方が妥当だ。


 そんな男が、ほいほいと『転移魔法陣』を使って乗り込んで来たら。

 この居城自体が、地獄絵図となる。

 もしくは、例の合成魔獣キメラの養殖所になっても可笑しくはない。


 それこそ、脅威だ。


「各国の『転移魔法陣』に防衛部隊を敷いた方がよろしいのでは?」


 青褪めた表情の涼清姫さんが、慌てた様子で意見を述べる。


「無駄に戦力を分散すると、却って被害が出ます。

 叢金さん以上の力量を持っているなら別ですが、知らぬ間に捕まって合成魔獣キメラを量産されても敵わない」


 だが、それは悪手。

 オレの言った通り、知らない間に連れ去られていては、防衛も何もない。


 これ以上、合成魔獣キメラを量産させる訳にはいかないのだから。


「取り急ぎ、各地の上位魔族に連絡を取って、警戒を促してください。

 『天龍族』の一部ですらも陥落したと伝えれば、おそらくは耳を貸してくれるのではないかと…」

「………恥よりも、災禍を防ぐ方が健全ですね。

 至急、手配いたしましょう」


 前『龍王』が落ちた話は、なるほど『天龍族』としては外聞の悪い事。

 種族の恥だ。


 しかし、今となってはその事実が、警戒を促すキーともなる可能性が高い。


 まぁ、種族的に気位が高い一部は無理にしてもだ。

 オレとしては、異能持ちが合成魔獣キメラにされなければ、どうでも良い。


 主要としては、『魔法無力化付加魔法マジックキャンセラー・エンチャント』を持った、『天龍族』、『吸血鬼ヴァンパイア』、『不死身族アンデッド』が、大至急。

 次に、『物理無力化付加魔法アタックキャンセラー・エンチャント』を持った、『蛇人族スネークマン』、『粘液族スライムマン』等にも要請を願いたい。


 ただし、『蛇人族スネークマン』に関しては、涼惇さんからも叢金さんからも渋った表情を向けられた。

 分かっている。

 種族的な確執なのだから。


「調べは付いています。

 現在、西方の国ランス・ディーンドゥが、『蛇人族』と唯一交流があるそうです。

 直接ではなく、ランス・ディーンドゥに警戒を促す旨を通達された方が良いかと思われます」


 だからこその、代替え案。

 この話を『天龍族』にする為には、オレも調べておかなければならなかった。

 勿論、情報源は、ハルだがね。

 アイツ、各所に密偵を潜伏させている、いわば諜報員の総括係だから。


「なるほど、助かります」

『………貴殿、やはり『龍王』にならぬか?

 貴殿程頭が回るなら、『天龍族』も安泰と言えようが…』

「ご勘弁を。

 オレは、まだまだ人間として楽しみたい事があるんです」


 嫌だよ、何百年・何千年も生きるなんて。

 オレは、人間として生を全うしたい。


 まぁ、嫁さん達の事もあるから、長く生きられるには越したことは無くても、それでも輪廻を捻じ曲げてまで生きたいとは思わない。


 オレは地獄行き。

 片道切符は、もうオレが背負った十字架に含まれてしまっているのだから。


 さて、オレの末路は放っておいて。


 これで裏切り者の件は、完了だろうか。


 実際、焙り出しが出来るかどうかは定かでは無い。

 だが、もし出来るなら顔合わせをさせて貰えれば、分かるかもしれない。


 まだ、あの声は耳に残っている。

 ゲイルやヴァルトとも違う、野太く腹に響いたバリトンの声。

 渋みのありながら、それであって精力的と思える男らしい声だった。


 記憶力は良い方だ。

 聞けば、一発で分かる筈。


 涼惇さんが、メモを回して扉の外に待機していた侍従へと指示を出した。

 後は、通信部隊が各所に向かって、書面を届けるそうだ。

 仕事が早い。


 また、『天龍族』が使っている各国の連絡路、『転移魔法陣』への警戒に関しては、居城の『転移魔法陣』自体への防衛強化と相成った。

 転移して来たその場で、制圧出来る様にするのだ。

 1人1人の力量が及ばずとも、数を揃えるらしい。


 焼き石に水としか言えないかもしれないが、無いよりはマシ。

 ちなみにではあるが、


「今現在、叢金さんを抜いて、一番強い人って誰になるんですか?」

『おそらく伯譲か、あるいは防衛部隊総括の朱桓だな』

「うげっ、候補者の1人なんですか?」


 どうやら、オレは最悪な立場にいるらしい。

 やだよ、デッドレースの相手が種族内最強なんて。


『口調を正してくれねば、私が後継人として話を進めようか』

「ゴメンなさい」


 やべ、いつの間にか口調が戻ってた。

 多分、涼惇さんとの会話の流れで、引きずられたままだったと思うんだ。


「そう言う事なら、私も敬語は除いて欲しい。

 そも友人として招いているのに、貴方はいつまで経っても私に緊張しているからな」


 そう言って、途端に口調を崩した涼惇さん。

 これには、更にオレもげっそり。


 うえぇええ。

 嬉しいっちゃ嬉しいけど、なんか居た堪れない。


 バランス的に、かなりオーバー。

 だって、友人関係が種族内最強の涼惇さん=オレ。

 しかも、叢金さんだって種族内最強だったのに、そこに=オレだよ?


 涼惇さん=オレ=叢金さん。

 各所からクレームが来ること請け合いです。


『何を馬鹿な。

 貴殿は、もはや私達と同等か、それ以上だ』

「………はい?」

「魔力総量を含め、なおかつ使役される上位精霊を含めれば、私達よりも上だ」

「………ええ?」

「どうりで、魔力総量が読めなかった訳ですのね。

 私の持っている『測定器』が壊れてしまったのかと思っていたら…」


 そう言って、便乗したのは涼清姫さん。

 袖から当たり前のように取り出したのは、小型の魔力測定器。

 前に一度見た事のある測定機の魔法陣が、小さな水晶に彫り込まれている。


 知らない間に、オレは魔力総量を測定されていたらしい。

 そして、その魔力総量が測れなくなっていたらしい。


 やだ、辞めて!!

 オレまでそんな出鱈目最強部類に、足を掛けている様な言い方。


『当然のことだ』

「事実だ」

「本当の事ですよ」

「ガッデム!!」


 どうやら、オレはまたとんでもないお墨付きを貰ったらしい。

 嬉しくないよぉ…ぐすん。



***



 はてさて、脱線事故が続きながらも、迎賓室での協議はまだ終わっていない。


「なるほど、そう言う事なら…」

「お願いします」


 オレ達の目的の一部は、ほぼ完遂。

 『天龍族』の後ろ盾は未だに分からないまでも、お墨付き(・・・・)はいただいた。


 何がって、巡礼のだ。

 『石板』を巡る旅。

 今後の遠征日程を話して、『天龍族』で『石板』の所在を把握しているなら、その情報を貰う。


 勿論、等価交換。

 さっき決裂したと叢洪さんに思わせた、『インヒ薬』の製法や原材料は涼惇さんに明かした。

 この等価交換の為のカードだった訳。


 叢洪さんにも明かしても良かった。

 だが、候補者である以上、例の裏切り者の件もあったので、退席して貰った方が有難かったのは事実だ。

 恨まれそうではあるが、ご愁傷様。

 まだ、大人としての交渉術は、彼には早かったらしい。


 それでも、オレよりも120歳年上らしいんだけど。

 まぁ、それはともかく。


女蛮勇族アマゾネスとは盲点だったな。

 余り、魔法技術にも医療面でも、充実していると言う認識が浅かった」

「原材料の手配もお願い出来る?」

「勿論だ」


 つまりは、そう言う事で。


 研究成果の公表と同時に、原材料の調達を頼みたかったの。

 オレ達はホイホイ『暗黒大陸』には行けないけど、『天龍族』なら大丈夫かなって思って。


 これが、交渉だよ。

 叢洪さんにも見せたかったけど、オレが言うのもどうかと思う。

 

 涼惇さんに関しては、大丈夫。

 交渉術も持ち合わせているし、実際オレと対等に話してくれてる。

 損得勘定入れても、悪い話じゃない。


 お互いに、Win-Winの関係。

 だから、問題は無い。


 ………まぁ、秘匿事項が気になるんだけどね。

 そこはそれ。

 叢洪さんが、オレ達の滞在中に大人になってくれる事を祈るしかない。


『ふふ、伯譲よ、どうだ?

 私の見立てに間違いは無かったであろう?』

「確かに見立ては間違っていませんでしたが、御前は少々反省された方がよろしいかと。

 密談の内容も知っているでしょうが、無用に彼の精神を追い詰めたのは御前も原因がございますからね?」

『………むぅ、藪蛇だったか』


 ………蛇の妖精だけにね。


 こんな風に和気藹々と歓談出来るなんて、オレも当初は思ってなかった。

 そう考えると、良かったのか悪かったのか。

 まぁ、正直今までの怒涛過ぎた事案を考えると、彼が憑いてくれていて良かったのかもしれないけど。


 じゃないと、死んでた。

 げしょ。


『はは、そう言ってくれると助かるぞ』

「だから、貴方は寛容すぎるのだ。

 怒っても良いのだぞ?

 我等の種族問題に勝手に巻き込まれただけなのだから…」


 涼惇さんには呆れられた。

 だが、それにしたって、どのみち巻き込まれていなければ、こうした歓談は無かったのだ。

 素直に、良かったと思っておく。

 プラスマイナスはプラス方向。

 それで、良いのだ。


 そこで、扉の向こうからノックがあった。

 先程、涼惇さんが地図を取りに行かせていた侍従が戻って来たらしい。


 『インヒ薬』の等価交換である、『石板』の所在だ。

 流石は『天龍族』。

 人間が持っている地図よりも精密な、大陸地図がそこにあった。


 実際、飛び回ってるんだから、俯瞰ふかん映像で一発だもんな。

 恐れ入るよ。


 しかし、


「私達が把握しているのは、全部で14か所だ」

「………多ッ…!?」


 これには、流石に驚いた。

 アグラヴェインとサラマンドラから聞いていた『石板』の数と合わない。

 倍だ。


「だが、貴方が睨んだ通り、レプリカも含まれるかと。

 私達だけでは判別が出来ないので、残念ながらどれが本物かは分からない」

「………実際に、行ってみてだな」


 レプリカとか、誰が何の目的で作ったんだか。

 ややこしい。

 まぁ、『人払い』の結界と、破壊不可の『石板』、読み取れる情報で本物かどうかは分かるだろうがね。


 地図を覗き込み、間宮にメモを頼む。

 正直、香神が見ればあっと言う間に覚えられるが、オレが確認したい時に確認出来るようにだ。


「まず、1つは貴方が既に触れたダドルアード王国の『石板』。

 『聖王教会』の本部なのだから、本物であることは疑いようが無いだろうな」

「ええ、それは既に…」

「次に、ここ『天龍族』の居城。

 『石板』の『守り手』がおり、『人払い』の結界もある」


 なるほど、だとすれば信憑性は高いか。


 涼惇さんが、『石板』の所在を把握している箇所に、白い碁石の様なものを置いていく。

 把握が楽で助かる。


「次に、確認しているのは、『黄竜国』。

 『聖王教会』の地下に安置されている筈だ」


 更に、碁石が置かれて、合計3つ。


「次に、『黒竜国』。

 こちらは、王城の地下なので、真偽は不明」


 地図に描かれた『黒竜国』の紋章に、碁石が置かれた。

 ここで、4つ目。


「更に、『青竜国』も保有している。

 実際、『竜王諸国ドラゴニス』には、合計4つの『石板』が確認され、残りの1つは、『赤竜国』と『黒竜国』の中間地点にある遺跡だ」


 2つまとめて置かれた碁石に、思わず眉根が寄った。


 『竜王諸国』に随分と集中している。

 何かしらの意図があったのか、それとも偶然か。

 どのみち、本物かどうか分からないのだから、巡って見ないと分からない。


 現在は、合計で6つだ。


「次に、リンディーバウムとシャーべリン中間地点にある遺跡だ。

 だが、ここはおそらく偽物だろう。

 『人払い』の結界も無く、調査部隊も楽に『石板』に辿り着けたと言っていた」


 ことり、と今度は黒の碁石が置かれる。

 レプリカと判明しているものは、黒。

 7つ目。


 そういや、アイツ等もこの辺にいた時期に、『石板』を壊したとか言う情報があったな。

 だとすれば、外れの可能性は高い。


「他には、フレイヤ独立国、『聖王教会』の地下。

 元々は廃墟だったらしいが、フレイヤ独立国の振興により整備された経緯がある」

「となると、ここも信憑性が高い?」

「どうだろうな。

 ただ、フレイヤ独立国としては、本物と言い張っている」


 ここは、ちょっと微妙か。

 それでも、巡ってみる必要があると、白い碁石を置いて貰った。

 8つ目だ。


「ここからは、『暗黒大陸』となるが、まず北東の遺跡に一つ」


 ここで、9つ目。


 捕捉説明で、ここが闇小神族ダークエルフの里の近くという事が分かった。

 ラピスが前に言っていた遺跡だな。

 だとすれば、ここも信憑性は高いかもしれない。


 彼女も何度か立ち行った事があったらしいが、誰も入れない通路が存在していたと聞いているし。


「北西部の山岳地帯に遺跡があるのだが、その中に1つ。

 だが、どうも『石板』というよりも、『石碑』のようだ」

「というと?」

「私も詳しくは聞いていないが、文字盤が残されていたらしい。

 だが、その文字盤が意図不明な上に解読も難しかった為、調査を継続している最中だ…」


 と言う訳で、ここは詳細が分からないらしい。

 女神様も、どういった経緯で残しているか定かじゃないから、見てみないと分からんね。


 とはいえ、これで10か所。


「残りは、西部の山間部に、1つ。

 『暗黒大陸』中央部の『人魚の海域』に1つ」

「えっ、人魚さん達、『石板』の在り処を知ってたんだ」

「これは、魔族間でも秘匿事項だからな。

 『女神の予言』は、公になれば奪い合いになる代物でもある」

「…ああ、なるほど」


 理由は分かった。

 女神の予言は、それこそよりどころになる。

 種族としても、手に入れるのがステータスともなり得るだろう。


 ならば、仕方ない。

 人魚の皆さんには、追々会う予定もあるのだから、その時にでもゆっくりと話を聞こう。


 これで、合計12か所。


「後は、北部の寒冷地帯に1つと、どこにあるのか分からないまでも『不死身族アンデッド』が保有しているそうだ」

「………おう」


 またとんでもない場所にあったり、とんでもない種族が持っているものだな。


 寒冷地帯とかどうやって行くの?

 ついでに、『不死身族アンデッド』は、『死者の谷』に住んでるとか聞いたけど、まさか地獄の入り口とか言わんよね。

 恐ろしいです、見た事無いのに。


 またしても、脳内が脱線事故。


 はてさて、とりあえずは、これで所在が判明している『石板』の全部で14か所が分かった形。

 正直、『暗黒大陸』の遺跡やなんかは、オレ達だけでは回れる気がしない。


 精々、ラピスの言っていた闇小神族ダークエルフの里の近くにある遺跡か、『人魚の海域』にあると言う遺跡ぐらいか。

 西部にあるとか言われた遺跡もだが、もしローガンが知っているなら行けそう。

 (彼女は『暗黒大陸』西部の密林育ちらしい)

 どこまで西部なのかも分からないなら、ちょっと難しいか。


「勿論、手助けは出来る。

 もし巡る機会があるなら、私と連絡を取ってくれ。

 そうすれば、護衛と『転移魔法陣』の使用を許可するさ」

「………恩に着るよ」


 有難い申し出をいただけて、ちょっとだけメンタル回復。

 オレ達だけなら尻込みしそうだけど、彼等の助力が得られるなら行けるかもしれない。


 とりあえずは、この『石板』の所在を目指して、巡礼をしてみよう。

 他にもレプリカがある可能性もあるから、なるべくなら遺跡関連は巡ってみるけど。


 あ、そう言えば、カレブ達から貰った情報どうなってるんだっけ。

 こっちはまだ無事だった頃のスケジュール帳を取り出し、カレブ達Sランク冒険者が覚えのある遺跡を羅列して貰った情報と照らし合わせてみる。


 あ、凄い。

 リンディーバウムの遺跡と、『黒竜国』『赤竜国』近くの遺跡も彼等の情報に含まれてる。


 ただ、それ以外はほとんど外れか。

 でもまぁ、彼等もトレジャーハンターではないのだから、間違っていても仕方ない。

 これだけ情報が貰えただけでも、十分だ。


「ありがとう、涼惇さん。

 おかげで、今後の巡礼予定が楽に組めそうだ」

「役に立ったならなによりだ」


 握手をして、お互いに微笑み合う。

 友人として、本当に頼りになってくれる御人である。


 ………ゲイルは、彼の爪の垢でも煎じて飲んでくれないかねぇ。


 なんて、閑話休題それはともかく

 アイツもアイツなりに頑張っている。


 ちょっとばかし問題も多かったが、有意義な滞在となりそうだ。



***



 ところで、


「………そう言えば、叢金さん。

 いつまでオレの腕に巻き付いてるんです?」

『何を言うか。

 私は、貴殿と共に行動をとる様に言われたのだぞ?』

「………はい?」


 今更ながら、気になった。

 一体、この人はこの格好のままで、いつまでオレの腕に巻き付いているのかと。


 しかし、返答は仰天の事実。


『貴殿は、勝手に死にかけてしまうでな。

 及ばずながら、私が前と同じようにお守りする事となった次第である』

「……えっ、へ…は?

 ………えええええええッ!?」


 前言撤回。


 ちょっとじゃなかった。

 問題ばっかり。


 誰か、この困った前『龍王』様、どうにかしてぇえええッ!!

 慣れては来たけど、見た目蛇のフォルムは駄目だってばぁああッ!!



***

叢金さん、大好き。

おかげで、作者がマスコット的な存在としてフューチャーです。


そして実はちゃっかり種族最強とタメ張ってたアサシン・ティーチャー。

ご愁傷様…?


ただし、アグラヴェインとサラマンドラの顕現が無ければ、アサシン・ティーチャーが一番弱い事実。

精霊がいれば、

アサシン・ティーチャー=叢金さん>涼惇さん。

精霊がいなければ、

叢金さん>涼惇さん>アサシン・ティーチャー。

滞在中に、そんな描写も書いてみたいなと思っております。


次回は、やっと例の『石板』の守り手様とご対面です。


誤字脱字乱文等失礼致します。

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