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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、『天龍族』訪問編
154/179

146時間目 「社会研修~『天龍宮』へ~」2

2017年3月19日初投稿。


続編を投稿させていただきます。

今回も少々駆け足で申し訳無いです。


そして、進みが遅いのは、絶賛スランプ真っ最中だからです。

文章が纏まってくれないのもその所為です、申し訳ない。


そのうち、話の本筋は残したまま、書き直す可能性も。


146話目です。

今回も、アサシン・ティーチャーの七不思議への疑問フラグ回収に忙しい回でした。

***



 『天龍族』使者団の設置した転移魔法陣は、王城の地下1階にあった。

 とはいっても、別にアンダーワールド的な場所では無い。


 娯楽室があるのだ。

 王族だけでなく、騎士達も使用可能である。


 とはいっても、この世界のカードやボードゲームがあるだけの、談話室的な場所となっているらしいけど。


 ちなみに、オレ達が拘束された過去のある地下室は、更に下。


 その娯楽室の一部に、使われていないホールがある。

 ここがどうやら『天龍族』が秘密裏に構えている連絡口となるらしい。

 各国にも、似たように秘密裏に設置されているそうだ。


 オレ達は知らなかったし、ゲイルや騎士団でも知らなかった。

 しかし、王族だけが知っている。

 この『転移魔法陣』が、『天龍族』との唯一の連絡手段。


 そのホールへと案内された時、侍従の人が説明してくれた。


 ホールには、既に魔力光を放った『転移魔法陣』が準備されている。

 その近くで魔力光を受けながら悠然と立っていた涼清姫さんと、その他の侍従達。


 オレ達がホールへと入ったと同時に、にっこりと微笑まれた。

 ただし、微笑みはフェイク。


 彼女からの問いかけには、少々首をひねる羽目になった。


「騎士団の方が1人もいませんのね」

「…えっと…、必要でしたでしょうか?」

「いいえ、少々勘違いを…。

 2人いるとはいえ『予言の騎士』様ですので、護衛として騎士団が付くものだとばかり…」

「必要になるような状況がおありでしたか?」

「いいえ、まさか」


 くすくすと笑った涼清姫さん。

 こりゃ、思った以上の曲者だったようだね、このお嬢様も。


 多分、騎士団が付く事を前提にした10名だったのだろう。

 言うまでも無く、オレ達の人数制限について。


 泉谷達が来ることになったのはイレギュラーだが、最初から騎士団を連れ立つつもりも無かった。

 それに、だ。


「正直、護衛としての役目が果たせるかどうかも分かりませんよね」

「まぁ、お褒めいただき光栄です事。

 人間は護衛だ傭兵だと雇うのが好きだとばかり思っておりまして…お恥ずかしい限りですわ」


 お互いに、にっこりと。

 ただし、眼が笑っていないなんて芸当をしつつも、腹の探り合いは終了だ。


 意地悪が過ぎる。

 遠回しに、護衛がいらないのか、という質問だった様だ。


 これには、答えるべき回答は一つだ。


「護衛よりも強いのが、オレ達ですからね…」

「………まぁ、それはそれは」


 背後の泉谷達に、驚愕の視線を向けられたが事実。

 ゲイルだってもうオレの相手にならないからね。

 最近は、組手の相手がローガンオンリーになっている。


 ………ローガンってば、最近めちゃイケ。

 流石はSSランク。

 オレも槍での一騎打ちになると、きっと防戦一方になるに違いない。


 さて、話は逸れたが。


「改めて、ご説明いたします。

 こちらが、我が『天龍族』の居城『天龍宮』へと繋がる魔法陣でございます。

 機密事項となりますので、他言無用に願いますわ」

「肝に銘じておきます」

「…わ、分かりました」


 そりゃそうだよね。

 じゃないと、こぞって人間達がコネ作りの為に、押しかけてしまう。

 それに、『天龍族』は他種族からの侵攻を受けない為に、『天龍宮』で飛び回っているって話だし。

 急襲されでもしたら、一大事だ。


 オレ達はともかく、本気で泉谷には他言無用と厳命した方が良さそうだ。

 虎徹君達は多分、大丈夫だろうけどね。


 さて、オレの脳内脱線は、ここまでにしておいて。


「転移をされたことはありますの?」

「…あ、いえ…こちらでは、失われて久しい技術ですので…」


 唐突に問いかけられた。

 その内容に関しては、オレ達は秘匿させて貰おう。

 理由は、簡単。

 泉谷達がいるから。


 しかし、


「…えっと、僕等は何度か、利用した事がありまして…」

「………へっ?」


 泉谷からの返答には、素直に驚いた。

 おいおい、何を普通に答えちゃってんの。


 駄目だ、コイツ。

 警戒心が皆無かもしれない。


 人間の世界で失われた技術だって言ってんのに、あっけらかんと使用した事があるなんて普通言わない。


 だが、驚きの展開はまだ続く。


「あら、そうでしたのね。

 まぁ、既存の『転移魔法陣』は残っておりますし、魔法陣に詳しい魔術師でもいれば使用は可能ですから…」


 涼清姫さんは、これまたあっけらかんと認めてしまった。

 何がって、既存の魔法陣がまだ各地に存在している上に、稼働する事が出来る事実をだ。


 もしかしたらと、思っていた。

 しかし、まさかこんな簡単に分かっちゃうなんて…。


 オレが、それとなく聞き出そうとしていた意味が無くなった。


 まぁ、既存の『転移魔法陣』があるのが分かっただけで良いけど。


「一応、ギンジ・クロガネ様は初めてとの事でご説明をば。

 『転移魔法陣』とは、その名の通り転移を可能とした魔法陣でございます。

 初めてでは、多少気分が悪くなるやもしれませんが、ご了承を」

「ご丁寧に、ありがとうございます」


 知ってるけどね。

 口が裂けても言えんけど。


 今、初めて知った風を装ったままで、丁重に礼を言っておいた。


「先生、気を付けてね」

「アンタが一番危ねぇんだからな」

「………ご自愛を…」

「(支えはしますが、お気を付けください)」

「テメェ等は、教師をなんだと思ってるのか…!」


 ただし、背後から掛けられた生徒達からの言葉には物申す。

 こっちは口が裂ける事も無く言えるから。


 お前等は、オレの事なんだと思ってんの。


 万年気絶している、駄目教師とか思ってない!?

 ………否定が出来ないけど!!


「あらあら、愛されておりますのね」

「………最近、不調が続いておりましたので」


 げっそりだ。

 涼清姫さんにまで笑われて、ちょっとだけナイーブになる。


 はてさて、それはともかく。


「では、『転移魔法陣』へとお進みくださいませ」


 見ているだけでは始まらない。

 目的は、この『転移魔法陣』を見る事では無く、これに乗って『天龍宮』に行く事なのだから。


 ただ、ちょっと口惜しい。

 この魔法陣も多分、オレが習っているのとちょっと違うんだよね。

 書き写して、研究とか出来ないかな…?


 多分、こっちの幾何学模様があっちに繋がって、…あーしてこーして…。

 と、観察しているのが、分かったのか。


「………門外不出ですので、研究も勘弁してくださいませ」

「はい、すみません」


 呆気なく、涼清姫さんにバレた。

 きっと、油断も隙も無いとか思われただろう。


 ちょっと、反省。

 だが、


「(ちょいちょい)」

「うん?」


 背中を突かれて、振り返る。

 背後にいたのは、大荷物を背負った香神である。


「(オレが覚えたから、大丈夫だ)」

「(ナイス!)」


 そうだ、忘れていた。

 ここに、異能の中の異能、サヴァンの香神がいたでは無いか。


 コイツ、マジで連れて来て良かった。

 現金である。


 『転移魔法陣』の目途が立ったので、安堵をしつつも脚を進める。

 各自、『転移魔法陣』へと乗ったのを確認すると、


「では、参ります」


 涼清姫さんが、文言を唱え始める。

 ただし、文言は魔族語だったらしい。


 オレ達には、まだちんぷんかんぷん。

 しかし、おそらく香神が耳を聳てて聞いているから、こちらも覚えてくれているだろう。

 いや、本当にありがたいよ、香神君。

 後で魔法陣ともども書き出しておいてくれたまえ。


 そんな事を考えている間に、だ。


 『転移魔法陣』からの魔力光が強くなり、ぶつり。

 視界が、真っ白に塗り潰された。



***



 いつになっても、この転移の感覚には慣れる事が無い。

 正直に言うと、苦手。

 多用しておいて何を、とか思うかもしれないけど、マジ酔うんだよね。


 はっと気づいた時。

 王城のホールとはまた違う、荘厳な白い石造りの間に呆然と突っ立っていた。


「ようこそ、『天龍宮』へ。

 皆様のお越しを、我等『天龍族』一同、心からご歓待いたします」

「…あ、ありがとうございます」

「お、お邪魔します…?」


 振り返った涼清姫さんが、にこやかに腰を折った。

 その手が袖に隠されて、抱拳をしたのが分かる。

 名前からも思ってたけど、中華系の文化だったんだね。


 見渡したホールは、円形の広間のような場所。

 計12か所に円柱が組み込まれ、造形美も兼ね備えた洗練された部屋だ。


 『転移魔法陣』を設置した、迎賓用としてだけに使われているらしい。


 円柱を挟んだ壁面には、肖像画が並んでいた。

 各国の要人か、はたまた過去の英雄か。

 どのみち、オレ達には所縁の無い人達ばかりだと思う。

 

 そこで、ふと。

 眼が合った。


 勿論、涼清姫さんと。


「大丈夫でしょうか?」


 ああ、純粋に心配をしてくれたのか。

 そう思って、口元を微笑みに変えようとした、その矢先。


「………ふ…ッ!?」

「(ギンジ様!?)」

「えっ!?」

「お、おい、先公…ッ」

「へっ?」


 ぐらり、と傾いだ体。

 脚が縺れて、咄嗟に膝を付いた。


 ………なんだ、いきなり。

 転移の感覚は慣れないにしても、酔うなんてことは今まで無かったのに。


 見下ろした『転移魔法陣』の幾何模様が、二重三重に歪んで見えた。


やはり(・・・)………。

 眩暈の他に、吐き気はありませんか?」


 そこで、涼清姫さんが、駆け寄って来た。


 だが、今確かに聞こえた。

 彼女は、やはり(・・・)と言った。


 どういう事か。

 問いただそうと視線を上げようとして、眩暈が更に酷くなった。


『(ギンジ様、無理をされていたのですか?)』

『(いや、今日は体調は悪くなかった筈なんだ…)』


 そうだ。

 いきなりなのだ。


 オレは、今までここに来るまでの間に、おどけたり茶化したりとしていた様に。

 体調は万全で臨んだ筈だったのだ。


 なのに、なんでいきなり…?


 それに、眩暈や倦怠感以外にも、体に違和感がある。

 何だろう。

 この胸の、ズクズクと疼くような痛みは。


「医療部隊を呼びましょう。

 おそらく………、転移の影響以外にも、彼の体に負荷が掛かっております」

「………ッ、」


 どうやら、涼清姫さんは、理由を存じ上げているようだ。


 この人、オレに何をしたんだ?

 涼惇さんの妹とか言われて油断したとはいえ、接触もしていなければ彼女からの接待だって受けてはいないのに…。


 ぐらぐらと揺れる視界。

 遂に膝だけではなく、座り込んだ。


 荷物に凭れる様にしてぐったりと、脚を投げ出すような格好になる。

 泉谷達の手前で、情け無いとは思っても。

 これは、流石に無理だ。

 まるで、血が一気に抜け落ちたかのような、ごっそりと魔力が抜けたような。


 魔力枯渇の酷いバージョンか。


 そこで、


「………清姫!」

「…ッ!!

 兄様、丁度よかった…!」


 可聴域に、聞き覚えのある声が響いた。

 どうやら、涼清姫さんの兄である、涼惇さんも到着されたらしい。


 相変わらずの眩暈で、頭を上げられない。


 慌ただしい声や、足音も聞こえ始めた。

 涼惇と共に、『天龍族』の防衛部隊とやらもお目見えだろうか。

 このまま、捕縛とかにならない事を祈るしかない。


 だが、


『………やはりか!?』

『思った通りでございました!

 彼は、………ああ、でもどうしたら…!!』


 聞こえた言葉は、違う。

 今まで聞いていた人間語ともなる英語でも無く、魔族語にも似た言語だった。


 しかし、オレには分かる。

 わんわんと脳内に響くように聞こえる声は、おそらくガルフォンの時と同じような言語。

 『龍』語とも呼べる、彼等だけの言語。


 ぼんやりとした思考の中で、思う。


 これは不味い。


 何の警戒もせずに、『転移魔法陣』に乗ってしまった。

 あの魔法陣の中に、どんな罠が隠されているかも分からなかったのに。


 不覚だ。

 これは、不味い。

 本気で不味い。


 しかし、そう思っていたのも束の間の事。


『………まさか、ここまで適合していたとは…ッ』

『とにかく、運びませんと…ッ』

『担架をこちらに…ッ!

 医療部隊は、魔力供給陣の準備に走れ!』


 何やら、会話の方向が可笑しい。

 オレが、何か罠に引っかかったのは分かったが、それにしては彼等の行動が可笑しい。


 担架とか医療部隊とか、魔力供給陣とは意味が分からないまでも。

 まるで、オレの介抱に動いているかのようだ。


 今、オレを荷物から引き剥がし、床に寝かせてくれた生徒達の様に。


「(ギンジ様、しっかり…ッ)」

「おい、先公…聞こえるかッ?」

「ギンジ先生…ッ」


 生徒達の声が、嫌に響いた。

 耳を塞ぐ動きをしようとしたが、片腕どころか両腕が動きそうにも無い。


 それに、聞き逃し掛けた涼惇さんの言葉が気になる。

 適合が、なんだって?


 まさか、何かしらの確認の為だった?


『こちらに寝かせて!

 あまり揺らさないように、ゆっくりとお願いします』

「これ、龍族語を使うな!

 こちらに寝かしてください。

 あまり揺らさずに、ゆっくりと…ッ」


 言語が入り混じりながらも、オレの頭上で着々と面々が動き始めている。

 朦朧とした意識の中で、目の前の景色が歪んで見える。


 だが、その中に、涼惇さんが映り込んだ。


「ギンジ様、聞こえますか?

 申し訳ありません、我等の不手際にて………、ご苦労をお掛けしますが、少々のご辛抱を…ッ」


 口早に、何かを言っている。

 わんわんと響く所為で、細部が聞き取れない。


 ただ、その表情が、苦し気に見えた。

 何か謝罪をしている様にも感じて、頷くだけに留めておく。


 言葉が発せられない。

 眼を開けているのも億劫で、瞼が落ちそうになる。


 担架に乗せられたのか、多少体が揺れた。

 その揺れですらも吐き気を催したが、呻き声一つ上げられない。


 本当に、これ、どうなってんの?

 何があってこうなったのか。


 ………真摯に説明を戴けることを祈るしかない。

 目覚めたら牢屋でした、なんてことも無い事を祈るしかない。


 意識を保っていられたのは、そこまでで。

 思考すらも放棄するようにして、眼を閉じる。


 眠りに落ちる。


『………これは、御前でもどうにもならないかもしれない…』


 その瞬間、聞こえた彼の言葉。

 その言葉が、嫌に鮮明に脳裏にこびり付いた。



***



 突然、膝を付いてしまった彼。

 黒鋼さん。


 僕の目の前で、彼は地面に蹲った。


 包帯に隠れて見えない顔色。

 しかし、唇の色は見るからに血色が悪く、一目で体調不良が分かる。


 一瞬にして起きた異常に、声も出せずに立ち尽くしか出来なかった。


 『転移魔法陣』で移動した先。

 『天龍族』の居城、『天龍宮』。


 『転移魔法陣』の設置されたホールは、見るからに荘厳だった。


 だが、それを見る暇は無い。

 いきなり、彼が倒れてしまって、バタバタとホールへと駆け込んで来る足音があったから。


 先頭にいた男性は、案内してくれた涼清姫さんという方と同じく美形。

 似通っているから、兄妹なのかもしれない。


 知らない言語を話していた。

 これが、魔族語というのかもしれない。

 (※『天龍族』と『竜種』のみが使える龍族語だというのは、後から知ったけど)


 『転移魔法陣』に乗っただけで、こんな不調が現れるのか。

 僕だって何度か乗っているけど、あんな風になった事なんて無かった筈だ。

 乗り物酔いが酷い田所君は、良く吐き気を催していたが。

 だが、黒鋼さんの様子は、それとはちょっと違う気がした。


 担架に移され、運び出される黒鋼さん。

 生徒達が彼の荷物を抱えながら、心配そうに声を掛けながら遠ざかっていく。

 ぞろぞろと、甲冑の音を響かせた騎士の様な人達も一緒に長い廊下を進んで行ってしまった。


 呆然と立ち尽くしたまま。

 あっと言う間の出来事に、声も出せなかった。


 僕等は、どうするべきなのか。

 分からない。


 だが、残っていた侍従の方が、1人いた。


「御三方は、こちらにご案内します」

「…は、はいっ」


 言われるがままに、侍従の人の背中を付いて行こうとした。

 僕の他に残っていた、御剣さん達も一緒だ。


 しかし、その直後。


「あらまぁ、これは驚きや」

「あん?」

「えっ?」


 唐突に、五行君の声が僕達以外に誰もいなくなったホールに響いた。

 振り返ると、彼は僕達に背中を向けていた。


 一心に見つめているのは、壁に掛けられていた肖像画。

 他の肖像画に比べても、一際大きなそれは、金色の髪をした女性を描いたものだったのだが、


「ーーーーーーッ!?」

「………似てねぇか?」

「似てるなんてもんやないやろ!

 これ、瓜二つや!」


 肖像画に描かれた女性の顔を見て、背筋が粟立った。

 引き攣った息が漏れた。


 美しい女性だ。

 切れ長の眼に、眉目整った相貌。

 高い鼻梁や、柔らかそうでいて小さな唇が、微笑を湛えている。


 見惚れた訳では無い。

 五行君の言葉通りに、驚いたのだ。

 

「………黒鋼さん…?」


 その女性は、紛れも無く今しがた担架で運ばれていった、黒鋼さんと瓜二つの顔をしていたからだ。


 髪の色は違う。

 格好も違う。

 しかし、それ以外は全てが、同じにも思えた。


 五行君が驚いた意味も理解出来た。

 でも、これは一体、どういう事なのか。


「こ、れは、………私も、驚きました…!」


 背後で、侍従の方も驚愕していた。

 そうして気付いた時には、彼は打ち震えるかのように跪いていた。


「…ああッ、女神ソフィア様の、輪廻転生か…!

 まさか、そのご尊顔を肖像画では無く、現実に見る事が出来るとは…ッ!」

「………女神ソフィア…!?

 これ、ソフィア様の肖像画なんですか!?」

「勿論でございます!

 太古の昔の我等が『天龍族』の祖先が、ご尊顔を絵画に残させていただく栄誉を賜った時のものでございますれば…ッ」


 驚いたことに、この肖像画は女神のもの。

 『天龍族』は寿命が長いとは聞いていても、まさか女神が生きていた時代から存在しているとは。


 そして、その姿形が生き写しだなんて。

 なんて、偶然。

 いや、必然だったのか。


 驚きの余りに、絶句したままで肖像画を見上げる事しか出来ない。

 肖像画の中の女神は、変わらず微笑みを浮かべているだけ。


 この時の僕には、この微笑みが嫌なものにしか思えなかった。

 まるで、僕を嘲笑っているような。


 怖気すらも感じる、嫌な気分を確かに感じていた。



***



 医療部隊とやらに引き連れられて。


 銀次様が運び込まれたのは、『天龍宮』内の医療室の様な場所だった。

 様なでは無く、本当に医療室だったのか。

 詰めていたのは、作務衣にも似た装束の多種多様な魔族達。

 発情期が重なっていると聞いた通り、男しかいない。

 この時期は、番のいる女以外は同じ『天龍族』であっても出歩かないとの事だった。


 処置台のような場所に乗せられた時、銀次様の意識は既に無く。

 荒い息づかいに、胸が締め付けられる。


 無理をしていた訳では無いと言っていた。

 しかし、この様子を見て、その言葉を信用するには無理があった。


 だが、それ以上に、信用ならないのは、


『拍動、微弱…ッ』

『まさか、ショック症状を起こしているのか!』

『何故このような事になっているのです!?』

『彼は本当に人間でございますか…!?』


 訳の分からぬ、言語を扱う面々。

 『天龍族』の一同であるが、銀次様の処置の傍らでは、涼惇と妹である涼清姫に噛みつくように問い質している面々もいる。


 信用ならないのは、この2人だ。

 銀次様が『転移魔法陣』を使われて、このような状態になったのは初めてだ。

 なのに、彼等は当たり前のように、処置を指示していた。


 言語が分からぬ現在では、どのような指示を出したかすらも分からぬ。

 止めたいが、止めようが無い。

 訳が分からぬのは、こちらも同じ。


 理由が分かっている面々が、しっかりと処置をするのが妥当なのは分かっているのだ。


 だが、元凶はこの2人かもしれない。

 口惜しい。

 今すぐに蹴散らして銀次様を奪取したいと考えても、処置が終わるまでは手が出せない。


『魔封石に、魔力のほとんどを持っていかれたのだ』

『何故です!

 人間が、そのような状態になる事はまずありませんぞ!』

『………良いから、魔力供給陣を敷け!

 起動許可は私が下す』


 また、訳の分からぬ言語だ。

 説明をしている様にも見えるが、他の面々の反応を見るに強引に押し切っている風にも捉えられた。


 渋々動き出した、詰め寄っていた面々が良い証拠。


 そこで、処置台の下の台座が、退けられた。

 驚いた。

 銀次様を落とす気かと。


 しかし、銀次様の乗った処置台は、宙に浮いたまま。

 見れば、台の裏側に何やら幾何模様が描かれている。


 何の原理か、処置台ごと浮いているようだ。

 処置台を囲む様に、数名の医者らしき風情の者達が先ほど取っ払った台座とは形の違う物を、下に敷き始めた。

 円形を四分割にした物らしく、敷き詰めると魔法陣の描かれた台座へと早変わりだ。


 このような技術ならば、持ち運びも可能となるのか。

 描かれている魔法陣の用途は不明のままだが、何をするつもりか。


 殺意すらも滲みそうになる程、彼等の一挙手一投足を凝視する。

 分からぬ言語の中は、ストレスが掛かる。


『設置完了しました1』

『起動開始』

『魔力供給陣、起動開始!』

『ショック症状を起こしているから、慎重に魔力を流し込め!』


 魔法陣を起動したらしく、持ち運び可能の魔法陣の台座が淡い緑の魔力光を浮かび上がらせた。

 銀次様は、その中心に横たわったままだ。


 だが、その幻想的な光景に、思わず魅入った。


 いっそ青いとも言える白肌に、薄緑の光が反射する。

 美貌も相俟って、まるで絵画の一枚の様な風情である。

 

 そこでふと、


「ぁあ…ッ、う…っんぅ…ッ!」

「(銀次様…!)」


 銀次様が、呻き声を発していた。

 見れば冷や汗の滲んだ肌にまで、幾何模様が浮いているでは無いか。


『(銀次様に、何をしている!)』


 いても立ってもいられず。

 涼惇へと問い詰めようと立ち上がった。


 精神感応テレパスのおかげで、声は通じた。

 いっそ無様な程の、オレの怒声が医務室全体に伝播する。


 振り返った涼惇が、驚きに目を丸めていた。


「き、君は、まさか…唖者(※身体障害者)なのか」

『(そんなことはどうでも良い!

 銀次様に、何をしているのか聞いているのだ!)』


 涼惇がオレを見下ろし、銀次様へと視線を戻し、またオレを見る。

 その目線が忙しない事に、苛立ちすらも感じる。


 だが、説明をくれたのは、彼では無い。


「落ち着いてください、カナデ・マミヤ。

 今、銀次様は魔力枯渇によるショック症状を起こしてしまわれています」


 涼惇の前に出た、涼清姫。

 彼女は、オレを泰然とした態度で見下ろした。


 原因は、やはりこの女か。


『(何故、そのような事になったと言うのか!)』

「これは、我等も想定外の事。

 ………ギンジ・クロガネ様が、『天龍族』の血を浴びて、適合している事は貴方もご存じでは?」

『(それが今、何の関係がある!

 よもや、銀次様を裏切って、彼を害そうとしているのではあるまいな…ッ)』

 

 回りくどい。

 この女、見た瞬間から性悪とは分かっていたが、これほどとは思ってもみなかった。


 しかも、今『天龍族』の血を浴びた事を持ち上げて来る等。

 涼惇と言い彼女と言い、信頼も何もあったものでは無い。


 しかし、


「滅相もありません!

 我等は、彼がこのような状態になる事は把握不可能でした!」

『(ならば、何故理由が分かる!?)』

「これも確認の為だったのです!

 どの程度、ギンジ・クロガネ様が『昇華』を終えているか…ッ」


 彼女の言葉に、ふと沸騰していた頭が冷えた。


 ………確認の為?

 試したと言う事になるが、腹立たしいよりも先に疑問が浮かぶ。


「先にも言いましたが、『天龍族』の血に適合されたと言う事は、我等と同等の魔力を扱うと言う事。

 『昇華』の影響によって、どれだけ高まっているかも分かりません

 ですから、我等が本来使う事の無い(・・・・・・・・)特殊な(・・・)『転移魔法陣』を使わせていただいたのです」

『(………謀ったか、女狐…ッ!)』


 だが、彼女の物言いは、到底許せるものでは無かった。


 しかも、今も銀次様は呻き声を上げながら、処置台の上。

 先よりも顔色が悪く、また体が引きつっている。


 今すぐに、処置を辞めさせたい。

 どのみち、『闇』属性のアグラヴェイン殿がいるのだから、魔力枯渇ならば『魔力吸収ドレイン』で改善出来る筈だと言うのに。


「謀ったつもりは、毛頭ございません。

 特殊と言ったのも、我等『天龍族』の魔力を、自動供給する『転移魔法陣』を使っただけの事…」

『(か、勝手に銀次様の魔力を使ったと!?)』

「そのつもりは無かったのですが…。

 ですが、『転移魔法陣』が反応したのは私達では無く、彼だった。

 その点に関しては、我等が落ち度でございますので、ギンジ・クロガネ様も含めて皆々様に陳謝をさせていただきたく…」


 そう言って、彼女は頭を下げた。

 侍従の数名が制止を呼び掛けたが、彼女は頭を上げない。


「適合や『昇華』がここまで進んでいるとは、思ってもみなかったのです。

 確認の為に、多少魔力が供給される程度であれば事済む筈でした。

 なのに、いざ『転移』が終わってみれば、私達よりも大量に魔力を消費したのは彼だった。

 その所為で、彼は今、魔力枯渇によるショック症状を起こしているのです」


 最後まで言い切った後、やっと頭を上げた彼女。

 眦には涙。


 騙されるものかと意気込んでも、


「お許しくださいませ。

 我等の浅慮がたたり、このような形となりました…!

 本当に申し訳ありませんッ」


 その眼には、虚偽は無かった。 


 怒っていた肩の力が抜ける。

 どうやら、この状況は彼等としても、予想外と言うのは本当の事だったらしい。


 怒りの所為で、少々理解があやふやな点も多い。


 だが、この原因は『転移魔法陣』か。

 何かしら組み込まれていた術式の中に、『天龍族』の魔力だけに反応する要素があった。

 それが、今回は銀次様に反応してしまったとの事。


 魔力総量だけで言うならば、おそらくこの中では誰よりも高いのが銀次様だ。

 その結果としては、頷ける。

 誇らしいとも思える。


 しかし、その魔力総量が今回も仇となった。

 涼清姫や侍従達では無く、銀次様の魔力だけで今回の転移が完結した。


 結果、銀次様の魔力が枯渇し、ショック症状の為に倒れられたと言う事だろう。

 そこまでの魔力供給をされる『転移魔法陣』というのも、不可解なものであるが。


 落ち着いた、と考えたか。


 説明を引き継いだのは、涼惇だった。


「我等の居城は、『浮力魔封石』と言う特殊な魔水晶を用いております。

 『転移魔法陣』やその他の防衛システムの稼働は、その『浮力魔封石』へと連結されており、魔力供給の一部を送る事で居城自体の浮遊を可能としているのです」

『(………では、今回の事も『浮力魔封石』が勝手に供給魔力を選定したと言う事ですか?)』

「その通り。

 流石、ギンジ様の生徒様で理解が早くて助かります」

『(おべっかは、どうでも良いのです。

 ………銀次様の事は、本当に貴方方に任せて大丈夫なのですか…?)』

「ええ、もうそろそろ、大丈夫かと…」


 その言葉と同時。

 涼惇が銀次様へと眼を向けたのを、オレも視線で追う。


 呻き声が、消えた。

 銀次様の体に浮かび上がっていた幾何模様も、消え始めている。


 そして、その唇や顔色にも、血色が戻り始めていた。


「なるほど、流石は最高峰の『器』です。

 魔力を溜め込む性質も高く、同調率も素晴らしいとしか言えません」

『(………『器』?)』

「普通人間は、1万以上の魔力総量を溜め込む事等出来ません。

 それこそ、我等の様な魔族然りとした強靭な肉体が必要となりますれば…」


 言われてみて、納得した。

 確かに、銀次様は最初の段階から、魔力総量がまるで大海の如く無尽蔵だった。


 魔力測定装置が、カンストした程である。

 最初からこの体質があっての事かと考えれば、なるほど同じように納得は出来る。


 そこで、


「………ん、ぁ…?」

「(銀次様…ッ!!)」

『先生!!』


 銀次様が、眼を覚まされた。



***



 ………はてさて、一体何が起きたのか。


 気付けば、医務室のような場所。

 そして、処置台と思われる台の上だった。


 思わず、喉が引き攣った。

 未だに、この手の場所は、地獄を思い出して体が勝手に反応してしまうのだ。


 しかし、


「(銀次様…ッ!!)」

『先生!!』


 聞こえた生徒達の声に、混濁しようとしていた意識が戻って来る。

 ………そうだ。

 オレは、今教師。


 御大層な称号を背負ってしまってはいるが、あの時のように裏稼業の人間では無い。


 そう考えると、ほっと体の力が抜けた。

 安堵の溜息と共に、周りを見渡す。


 先にも言ったように、医務室と言った方が良いか。

 近代的とは程遠いものの、昔見た事のあるアフガンやイスラム圏の民間療養所に近い造りの部屋の中だ。


「………ぇ…っと…?」


 ぐらつく視界はまだ相変わらずながら。

 頭痛や眩暈を堪えて起き上がる。


『………まさか、こんなに早く起き上がる事が出来るとは…ッ』


 気付けば、オレを囲むように四方に立っていた魔族らしき男性達。

 そんな彼等から驚きの声が上がる。


 どうやら、オレの回復力の異常性は、魔族でも驚きのようだ。

 げっそりとしてしまう。


 処置台から脚を下ろそうとした時に、その魔族の男性が足下に傅いたのは此方が驚いたけども。


『おみ足をどうぞ。

 お気を付けくださいませ…』

「………え~…っと?」


 今のは、多分『龍族語』では無く、魔族語だろう。

 多分、気を付けて的なニュアンスだったと思う。

 ラピス達からの魔族語講座が功を奏してか、喋る事は出来ないにしてもリスニングぐらいは出来る様になっていたのが有難い。


『アリガトウ』

『おおっ、魔族語を扱えるのですか…っ!?』

『チョット、ダケ。

 聞ク、出来ル、話ス、マダ…』

『いいえ、それでも素晴らしい事でございますれば…ッ!!』


 オレの足下の安全確保に傅いてくれていた男性には、驚愕と共に畏敬の視線を向けられた。

 少々、困惑しながらも更に視線を彼方へ。


 オレの生徒達は、どこだろう?

 眠る前にも思ったが、拘束されているなんて事態は無い事を祈りたかった。


「(お目覚めになられたようで何よりです)」

「先生、大丈夫!?」

「何があったのか、分かるか?」

「ギンジ先生…ッ、良かった…ッ」


 だが、杞憂だったようで。


 心配そうな視線を湛えた間宮達の手にも脚にも、鉄枷の類は見受けられない。

 それはオレも。


 再三の安堵に、ふぅと溜息を吐いた所で。


「お目覚めになられて良かった。

 この度は、我等の不手際の所為でこのような形となってしまい、申し訳ありません」

「涼惇さん…」


 間宮の傍らに、涼惇さんと涼清姫さんがいた。

 そんな彼等へと交互に視線を送ると、まずは謝罪を返された。


 正直、この状況に理解が及んでいないから、謝罪をどう受け止めたら良いのか分からないのだが。


「不束ながら、私から説明させていただきます」 


 そう言って、前に進み出た涼清姫さん。

 眦が赤い。

 ………泣いたりしてしまったのだろうか?

 涼惇さんに怒られそうで、何とはなしに少々怖いと感じたが、


「この度は、本当に申し訳ありませんでした。

 最初に言った通り、ギンジ・クロガネ様は『転移魔法陣』を使われたのが初めてと言っておりましたが、それも踏まえて魔力が勝手に供給される形となってしまったのです」

「………と、言うと?」


 ちょっと、回りくどい。

 簡潔な答えが欲しいのに、前置きから入るのはこの世界の人間特有の癖なのか。


 ゲイルで慣れていないと、流石に訳が分からんと思うが。


「率直に言いますと、貴方様は『転移魔法陣』の影響で、魔力枯渇を起こされたのです」

「………ああ、どうりでごっぞりと抜け落ちた感覚があった訳ですか…」


 意識を失う前に感じていた感覚は、間違いでは無かったようだ。

 今にして思えば、魔力枯渇の症状に似ていたもの。

 酷いバージョンと思っていたが、正解だったらしい。


「今回使用させていただいた『転移魔法陣』は、『天龍族』の魔力を識別し、転移に利用すると言う作用を持ったものでした。

 ですが、結果として『転移魔法陣』は、我等では無くギンジ・クロガネ様の魔力を使ってしまった」

「つまり、勝手に使われたのがオレの魔力だった訳ですね」

「その通りでございます。

 転移の直後に気付いたので、我等もどうしようもなく…」


 そう言う事なら、納得だ。

 オレは、確かに『天龍族』と同じ魔力を持っている。

 血を浴びて適合し、『昇華』を行っている身の上である事もそうだし、既に目の前にいる涼惇さんからもお墨付きを貰っていたからね。


 不幸な事故、と片付けて良いと思う。


「再度、陳謝させていただきます。

 本当に申し訳ありませんでした」

「あ、いえ…頭を上げてください。

 大事にならずに済んだのなら、それで良いと思いますし…」

「貴方様が倒れられた時点で、既に大事になっております」

「まぁ、それもそうかもしれませんが…」


 オレとしては、裏切られたと思っていた。

 何がって、涼惇さんからだけど。


 けど、それが違うなら、平気。


 それに、


「その後の処置をしてくださったのですから、文句はありませんよ」


 その結果に対して、彼等は迅速に動いてくれたようだ。

 オレが処置台に寝かされていて、今はすっかりと魔力が元通りになっているのが良い証拠。


 なら、それで良い。

 確かに物申したい事はあっても、結果を考えるならイーブンだ。


「予知出来たと言えば出来たし、出来なかったと言えば出来なかった事。

 オレは生きてますし、結果は大事に至っていないのだから、それ以上の謝罪はいりませんから」

「………御寛大な配慮、ありがとうございます」

「重ねて、私からもお礼を」


 そう言って、兄妹揃っての謝罪を受けて、苦笑を零して首筋を掻いた。

 気にしないで、って言っただけなのに。


「(ご寛大すぎますよ、銀次様)」

「心配させてゴメンな。

 間宮も、榊原達も…」


 間宮には呆れたように、口を尖らせられた。

 他の生徒達も苦笑を零しているが、これがオレのスタンスだ。


 返された仇も恩も、相殺されたのなら恨み言は言いっこ無し。

 これが、仇ばかりなら流石にオレも怒るけど、今回はそうじゃないから。


「あ、でも…どれだけ眠ってました?」

「まだ、1時間も経っておりませんよ。

 ………流石に、ここまでの回復力とは思ってもみませんでしたが…」

「………それは、失礼」


 ちょっとだけ、胡乱げな表情をされてしまったが、仕方ない。

 ともあれ、まだ1時間も経っていないなら、今回の訪問が破綻することも無いだろう。


 ………あれ?

 そういや、泉谷達は、どこ行った?

 きょろきょろと見渡しても、医務室の中には彼等の姿が見当たらない。


「皆様以外の御三方は、応接室でご接待をしております」

「ああ、なら良かった…」


 情けない所を見せたけど、この状況を見られていないならまだ良い。

 それに、『天龍族』の血が云々というのは、流石に彼等に知られると不味いから。


 ほぅ、と安堵と共に、処置台を降りる。

 傅いたままだった男性がすかさず手を貸してくれるが、至れり尽くせりだなぁ本当。


『もう、この手は一生洗わん…ッ』


 ………なんて言葉を背後で聞いてしまったが。

 それは、衛生的に駄目な奴…ッ!


 そして、オレに対して、何故そこまで勝手にヒートするのか、誰か説明を求む。

 好意の振り切れっぷりが、半端ねぇんだよ!

 なんなの、この世界の人達!


 さて、閑話休題それはともかく


「動けそうですか?」

「ええ、動く分には、もう問題は無さそうです」


 多分、戦闘は無理にしても、まだ大丈夫。

 今日は、『天龍族』主要メンバーたる各候補者達との謁見だけだったから、早めに休めるとも考えているし。

 先に、荷物を置かせて貰おう。


 その旨を伝えると、涼惇は快く頷いてくれた。

 本当にありがたいよ。


 ああ、忘れてた。


『オ世話、サマ、デシタ』

『勿体ないお言葉…ッ!!』


 振り返って、処置をしてくれた魔族の面々へも、お世話になりましたと伝えておく。

 瞬間、ずざっと全員が傅いたのは吃驚だけど。


 どうやら、随分と気に入って貰えたらしい。

 正直、ニュアンスが怪しいから、恥ずかしいったら無いのに。


 照れくさいやらくすぐったいやらで、これまた苦笑。


 医務室を後にすると、扉の奥から歓声が上がっていた。

 多分、堪えていたんだろうけど丸聞こえです。


 これには、流石の涼惇さん達も、苦笑を零していた。


「………申し訳ない。

 粗略が無いようにと、『予言の騎士』様が居城へ訪問される旨は通達してしまっておりましたので…」

「………未だに、慣れないですけど、…嬉しい限りです?」

「再三のご配慮、感謝いたします」


 お互いに苦笑を零したままで、抱拳とお辞儀で相対する。

 オレとしては、彼が裏切っていない事実だけで安堵が出来るからね。


「ふふっ、先生モテモテだねぇ」

「先公は、老若男女問わずキラーだからな…」

「人徳の賜物です」

「(銀次様ですから…)」


 こらこら、生徒達は茶化すのもヨイショもやめなさい。

 オレが逆転メンタルで、お仕置きに走ったらどうしてくれる。


『ひぇ…ッ!?』

「(………ご無体です…)」


 何かしら察知した生徒達が震え上がった。


 唖然としている涼惇さん達には悪いが、これもオレ達『異世界クラス』の日常の風景である。


 再三の安堵。

 生徒達のおかげで、オレもまだこの居城であってもメンタル崩壊は無さそうだ。



***



 ハプニングはあったが、なんとか謁見の前段階は終わった。


 早くもワンセット着替えを消費する事になってしまったのが痛い。

 (※汗まみれになっちゃったから。

 嗅覚の鋭い種族の前に出るから、エチケットは常識です)


 居城内の客室に荷物も運び終え、応接室で接待を受けていたと言う泉谷達とも合流だ。

 余り頭は下げたくなかったものの、迷惑を掛けたのは事実。

 素直に謝罪した。


 何故か、泉谷には呆然とされてしまった。

 ついでに、どういうことか、オレを見る彼等の視線が胡乱気を通り越して、少々物々しかった。

 泉谷だけではなく、虎徹君達までもが、だ。


 気になったが、突っ込みは入れない方向で。

 聞いてみて問題が出て来たら、それはそれで困るから。


 はてさて、とりあえず、だ。


 身なりを整え、準備万端。

 涼惇さん率いる防衛部隊、第2分隊と言うこの居城内でも2番目の地位を誇る部隊の引率を受けながらも、謁見の間へと進む。


 物々しい。


 ただし、これ連行ではないからね。

 言うなれば、各候補者からの暗殺妨害を兼ねてるの。


 以前の明淘や伯垂への『オモテナシ』第二弾のおかげで、落ち着いたとはいえ。

 まだ、各候補者達がオレを狙っている可能性が高いとの事だ。

 その為に、ここまで大仰なまでの行軍となっている。


 嬉しいけど、息苦しいったら無いやねぇ。

 まぁ、仕方ないと思うけど。


「こちらが、謁見の間となっております」


 そんな物々しい中、謁見の間へと到着した。

 扉を開ける前に最終チェックで埃を払い、ついでに間宮に髪も整えて貰った。

 生徒達も各々で、身だしなみをチェックしている。


 オレは、礼服だし、生徒達も制服姿だ。

 泉谷達は、私服での出向となって、少々居心地が悪そうながらも、事前準備の差なのだから文句は聞かない。


「では、よろしいですか?」


 最終チェックも終えて、いよいよご対面だ。

 気合を入れなおし、大きく深呼吸。


『『天龍宮』防衛部隊第2分隊、涼でございます!

 『予言の騎士』様ご一行、ご案内いたします!』


 『龍族語』で声を張り上げた彼。

 扉が内側から開かれたと同時に、目の前に赤絨毯が敷き詰められた謁見の間が広がっていた。


 気配は、複数。

 おそらく、100人単位。

 その誰もが、おそらく『天龍族』だろう。


 涼惇が進むに従って、オレ達も前に進む。

 扉を通った際には、全員で一度拝礼。

 慌てて泉谷達も習っていたが、慣れていないのは丸わかりか。


 そうして謁見の間に脚を踏み入れた途端の事。


『全員、抜剣!』


 涼惇のこの一言。

 ただそれだけで、中にいた甲冑姿の者達が一斉に、腰に佩いていた帯剣を抜いていた。


 思わず身構える。

 無意識のうちに袖の隠しナイフを手にしていた。

 背後で間宮も脇差に手を掛け、生徒達も揃って臨戦態勢。


 これにも、泉谷達は反応が遅れていた。


 だが、振り返った涼惇が驚きの表情を見せた。

 オレも、ちょっと吃驚。


「あ、申し訳ありません。

 害意は無いので、敵意を抑えてくださいませんか…」

「………これも、歓迎の意図が?」

「ええ、その通り

 『全員、抱剣!』」


 続いた言葉に、全員が一斉に剣先を床に向けた。

 中央付近に、2対2で囲んでいた面々だけが例外である。

 ただし、抱拳をしているのが見えた。


 どうやら、オレ達のはやとちりか。

 歓迎の一環としての、害意は無いと言う意思表示だったらしい。


 昔の船舶の歓迎方法に、大砲を祝砲として撃つ慣例があったが、それと似たようなものだ。


 『天龍族』の面々も、少々困惑気味だ。

 申し訳ない。


 肩の力を抜き、臨戦態勢を解いた。

 不必要に警戒している事がバレてしまったのは、痛いか。


 事前に教えてくれないのは、種族的な文化の違いだろう。


「驚かせました事を謝罪致します」

「こちらこそ、すみません。

 何分、このような歓迎の手法には疎いものでしたので…」


 とりあえず、お互いに謝罪。

 すんません、ちょっと最近色々あって過敏なんです。


 手で制し、生徒達の臨戦態勢も解かせた。

 (※渋々だったけど…)


 とりあえず、微妙な雰囲気は払拭できないままで、ではあるが。

 

『まず、ダドルアード王国擁立『予言の騎士』一行様!

 ギンジ・クロガネ様!

 カナデ・マミヤ様!

 ハヤト・サカキバラ様!

 ユキヒコ・コウガミ様!

 ディラン・フォール・グランカッツ様!』


 涼惇さんから紹介。

 名前を呼び上げられたと共に、貴族風の返礼やお辞儀を返していく。

 例に漏れず、『龍族語』ではあったが、名前の部分だけなら生徒達でも分かる。


 中央付近にいた面々が、ほぅと感嘆の息使い。


 付け焼き刃であっても、洗練された動作として見えるならそれで良い。

 この日の為に、ゲイルから礼儀作法は学んでいたからね。

 勿論、生徒達も同じ。


『続いて、新生ダーク・ウォール王国擁立『予言の騎士』一行様!

 ユウト・トライス=アル・イズミヤ様!

 コテツ・ミツルギ様!

 セイメイ・ゴギョウ様!』


 続けて呼び上げられた泉谷達。

 全員がお辞儀だったが、泉谷だけがぎこちないものだった。

 ………生徒はしっかりしているのに…。


 なんてことは、さておいて。


「では皆様、中央までお進みくださいませ」


 再び、涼惇さんの先導を受けて、赤絨毯の上を進む。


 中央付近には、2対2で囲む形の面々の手前。

 今は空席となっている玉座の目の前を臨む、ソファーの様な椅子が設けられていた。


「ギンジ様、ユウト様の両名は、そちらにお座りくださいませ」


 ソファーへと着席を促されて、2人で両端を陣取るようにして腰掛ける。

 横目で見たおっかなびっくりの様な泉谷の反応が面白かったが、表情は引き絞めておく。


 生徒達には、別で椅子が用意されたらしい。

 背後で侍従達が動き、豪奢な猫脚の椅子が数脚運ばれて来たが、間宮はそれを拒否してオレの背後を陣取った。

 ………仕方ないとは思うけど、警戒心が高すぎるか。


 ただ、横目で伺った涼惇さんは苦笑を零して、何も言わなかった。

 お許しが出たようだ。

 後で間宮は説教するけど、今回ばかりは仕方ないか。


 そうして、全員が着席をした後に、涼惇が玉座へと歩んでいく。

 玉座の前で抱拳を一つ。

 傅いてから、赤絨毯の花道を外れる様に玉座の側へと収まった。


『全員、前『龍王』様の玉座へ、拝礼!』


 オレ達は座ったが、他の面々は立ったままだった。

 そこで、彼等は玉座に向けて抱拳、そして傅いてから頭を垂れた。


 まるで、中華様式の国の拝礼形式だ。

 オレ達は座るように促されたから必要無いにしても、ちょっと気後れしてしまう光景が続いていた。


 玉座は、見るだけでは木製か鉄製かも分からない。

 金が散りばめられ豪奢でありながら、下品にならないように洗練された格式美を備えたものだ。


 玉座の間自体も、洗練されている。

 壮観だ。


 円柱に囲まれ、部屋自体も円形であるらしい。

 石造りなのは声の反響具合で分かった。

 整列した面々は、誰もが玉座に顔を向けていられる作り。

 白や金、赤色をした陣幕が中央の吹き抜けとなっている天井から垂らされ、石造りの荘厳でいて少々冷たい印象も受ける謁見の間に色どりを与えていた。


 床に敷き詰められた豪奢な赤絨毯は、少々猫毛気味。

 オレの革靴が埋まっている程だ。

 裸足で歩いたらさぞ気持ち良いだろうに。

 失礼になるから、本当にはしないけど………。


 玉座の後背には、ガラス張りの窓の様なものがあるが、御簾が掛けられて太陽光を軽減し、それでいて疎外しないように謁見の間へと差し込ませていた。

 そのガラス張りの窓の真下には、槍に掛かった陣幕が2対掲げられている。

 1つはオレ達も馴染みのある『聖王教会』の紋章。

 もう1つは、これまた何度か見た事のある、『天龍族』を表す紋章。


 掲げられた意味は、友好や交友を表す。

 女神様の存命の時には存在していた種族との噂だったが、もしかしたら眉唾では無いのかもしれない。


 そこまで観察してから、


「(………あれ?

 何か………、この光景に覚えが………)」


 ふと過ったのは、懐郷。

 懐かしいと思ったのだ、唐突に。


 ………何故かは、分からないまでも。


「(………オレ、この光景を知ってる?

 ………なんで………?)」


 理由を考えようとして、ずきりと頭に痛みが走った。

 まるで、脳みそが拒否したかのように…。


 少し目を諫め、それからもう一度玉座や謁見の間を眺める。

 だが、その時には、感じていた筈の懐郷の念は消えていた。


 ただし、


「ど、どう致しました、ギンジ様…!?」


 代わりに、オレは『天龍族』の面々から、驚きの表情を向けられていた。


 オレもまた、驚きのままで固まる。


 オレに背後から差し出された、ハンカチ。

 間宮のものだ。


 慌てた涼惇が、今まで侍っていた玉座の横から駆け下りる様にして向かってきた。


「な、何か、お気に障る事が…!?」


 何を焦っているのだろうか。

 この時のオレには、呆然と彼等の驚きの表情を見上げる他が無かった。


 だが、間宮からハンカチを受け取って、それを見下ろして。

 顔を俯けた際に落ちた水滴に、疑問は解消された。


 理由は簡単。


 勝手に、涙が零れていたからだ。


「どうなさいました?

 まさか、やはりまだ体調が優れませんか…?」

「………い、いや…なんだろう」


 今日は一体、どうしたと言うのか。

 嬉しいとも悲しいとも、感情が高ぶっている気配は無いと言うのに。


 なのに、オレは知らず知らずのうちに涙を零していた。


 隣の泉谷が、息を呑んでいる。

 情けない姿ばかりを見せているから、恥ずかしい。


 だが、更に恥ずかしいのは、この場にいる誰も彼もに、この情けない泣きっ面を晒している事。


「せ、先生、どうしちゃったの…?」

「だ、大丈夫か…?」

「…えっと…分からない…」


 本当に、訳が分からない。

 パニックになるでもなく、脳裏は冷静なのだ。


 だが、なんで泣いているのか分からない。

 ………まさに、なんとなく、という状態か。


 何か、琴線に触れるような事あった?

 懐郷と言った通り、懐かしさを玉座の間に感じただけだったと言うのに。


 ………いや、それか。

 多分、何かしら、オレが懐かしいと感じた要素の中。

 そこに、涙を零したヒントがあるのかもしれない。


 皆目、見当が付かないけども。


「………すみません。

 お見苦しい所を…」

「いえ、とんでもない。

 …ですが、本当に体調が悪い訳では無いのですね?」

「ええ、本当に大丈夫なんです」


 体調はね。

 不味いのは、メンタル。


 あちゃー…(笑)。

 って、それだけで済まないと思うんだけども。


『………もしや、『龍装』まで行っている、過剰反応か?』

『はて、人間がそこまで適合するのも珍しいものだが…』

『よもや、涙を零すとは…』


 中央付近にいた、おそらく『龍王』候補者であろう『天龍族』の面々も、これには流石に訝し気。

 『龍族語』は不思議と分かるから、聞こえちゃってるんだけど…。


 本当に、不味ったなぁ、もう。


 何でオレの訪問の際には、いっつもこんな前途多難になるんだよ。

 召喚された時と言い、南端砦と言い…。


 涼惇さんは、今だにオレの足下に傅いたままだ。

 ホールにもざわざわとさざめきが伝播していく。


 涼惇さんぐらいには、説明した方が良いかな?

 まぁ、多分『天龍族』特有の可聴域の所為で、丸聞こえにはなるんだろうけど。

 ………あ、人間語を理解して無ければ大丈夫か。


 でも、これ、どう説明したら良い?

 懐かしい?

 面目映い?

 ………感慨深いとでも言えば良いのだろうか。


 確かに、感慨深い部分は多々あれど、ここまで感動する理由は皆無だ。

 戦々恐々としてなければ、可笑しいのだから。


 とはいえ、このままだと謁見が破綻する。


「…そ、の…なんと言いますが、懐かしく感じたと言いますか…」

「な、懐かしい?」

「………いつか見た光景の様な気がして、………自然と涙が出てしまったようで…」

「いつか見た…!?

 ………まさか!?」


 拙いながらも、ちょびちょびと説明をしていた矢先。


 涼惇さんは、何かに気付いたのか。

 血相を変えて振り返った彼の視線の先には、先ほど医務室で別れた筈の涼清姫さんがいた。


 彼女も、オレの状態を見て、オロオロとしているだけ。

 しかし、


『清姫!『龍王』御前の御霊を見たか!?』

『………ッ、…いいえ!』


 その言葉に、心臓が早鐘を打った。


「…な、何ですか?」


 御霊って?

 って言うか、聞き間違いじゃないなら、『龍王』御前って言った?


 訳が分からずに、オレもおどおど。

 涼清姫さんが駆け寄って来て、オレの周りをぐるりと回って見せる。


 その、瞬間だった。


『まさか、『龍王』御前が、お戻りになられたのか!?』

「………ッ!?」


 唐突に響いた怒声に、その場にいた全員が硬直する。


 叫んだのは、胡乱げだった候補者の1人。


 壮年に見えるがやはり『天龍族』然りとした麗しいご尊顔の1人だ。

 しかし、そんな彼の形相には、まるで親の仇でも見たかのような憤怒が宿る。


 ………って、まんま仇だよな、オレ。

 安心し過ぎて忘れてたよ。


「………な、何があったんです?」


 オレの質疑の声には、誰も答えなかった。

 オレを難しそうな表情で見ていた涼惇さんもそうだし、オレの周りを見ていた涼清姫さんも、そう。


 段々と、ホールの中の雰囲気も変わっている。

 どうしよう、これ。

 まさか、こんなことになるなんて…ッ。


『(銀次様、逃げる準備をした方がよろしいのでは…!?)』

『(最悪、お前達だけでも逃げられるように準備しておけ。

 オレは、無理だ…)』


 背後の間宮からの精神感応テレパス

 勘付かれないよう、オレも同じく精神感応テレパスで返答した。

 間宮の声には緊張感が滲み出している。


 だが、彼に言った通りオレは無理だ。

 だって、オレの目の前には、涼惇さんがいる。

 抑えるのは、容易じゃない。


 しかし、生徒達は未だにノーマーク。

 ならば、彼等だけでも逃す事は出来る。

 最悪、オレが盾になる。


 しかし、そんな物騒な事を考えていた、最中の事だった。


『………本当に、御前(・・)でございまするか?』

「………はい?」


 呆然と、涼清姫さんが呟いた言葉。

 『龍族語』ではあったが、やはりオレは理解出来ている。


 ………彼女は、今なんと言った?


 さが、オレがその言葉への理解に及ぶ前に、


『『龍王(・・)御前(・・)…ッ!!

 本当に(・・・)お戻りになられる(・・・・・・・・)事が出来る(・・・・・)等とは(・・・)…ッ!!』


 涼清姫さんの感極まったような声が、ホール内に響き渡った。

 更に、彼女はオレの足下に平身低頭。

 それどころか、土下座をするような形で平伏してしまった。


 驚きの余り、今度はオレ達が硬直する番である。


 だが、その驚愕の光景は、それだけに留まらない。


まさかとは(・・・・・)思い候(・・・)

 『龍王(・・)御前(・・)

 よく(・・)お戻りに(・・・・)なってくださいました(・・・・・・・・・・)…ッ!!』


 涼清姫さんだけではなく、涼惇さんすらもその場で平伏。

 ホールにその異様な熱が伝播し、彼等のみならず、他『天龍族』の面々までもが、オレ達に向けて平伏を開始した。

 中央付近に陣取っていた候補者達も。

 オレ達を囲む様に立っていた歩哨達も。

 ホールにいた『天龍族』の誰も彼もが、その場で膝を屈していた。

 今気づいたが、朱蒙や明淘、伯垂も列席していたようだ。

 そんな彼女達も、例外なく平伏してしまっているが。


 オレに向けて、『龍王(・・)御前(・・)と、叫びながら。


「………な、何が、一体…どうなって…?」


 唖然呆然とは、この事か。


 理解が追い付かず。

 発せた言葉は、もう情けない程に震えて掠れ、散々なものだった。


 一様に、平伏した彼等の様子を見て、オレは一体どうすれば良いと言うのだろうか。

 切実に説明を求める。

 今すぐに…ッ!!


「い、一体、何があったんですか…?」

「お、オレが聞きてぇよ、そんなもの…ッ」


 隣で思わず逃げ腰になっていたか。

 棒立ちになっていた泉谷が問いかけて来ても、オレは答える術は持っていない。


 マジで、これはどうすれば良いの!?


 背後に視線を送るが、生徒達も唖然呆然だ。

 間宮だけが緩く反応を返してくれたが、首を横にふるふると振っただけ。


 そりゃそうだわな。

 オレが分からんことを、弟子が分かる筈もねぇわ。


 ふとそこで、


「重ね重ね、不躾な事ではございます!

 ですが、何卒、お願いいたしたく…ッ!」


 突然に顔を上げたのは、涼惇。

 その眼には、勘違い等とは言えない程の、滂沱の如く涙が溢れ出していた。


 一体、どうしてッ!?


「い、いや、何が何やら、分からないんですけど…!」


 訳が分からずに、オレは再度オロオロ。

 涼惇さんの前に跪こうとしたら、『いけませんッ!!』と全力で止められてしまって、なんとも情けない中腰のままで固まってしまったが、


「お願い致します!

 いま、ここで…、『龍装』になってください…ッ!!」

「えっ…はッ?…ええっ!?」


 続いた彼の言葉に、脳内大パニック。

 オレはその場で棒立ちとなる他無かった。


 ………『龍装』ってあれでしょ?


 オレが、南端砦の時に見せた、暴走形態の事でしょ?

 髪わっさー伸びて、体中に鱗が浮かび上がって翼が生えた挙句に、尻尾まで出ちゃったとか言う、アレ。


「いぃいぃ、いやいやいやいや!!

 待って、なんで!?

 いきなり、どうしてなんですか!?」

「お願いいたします!

 何卒、我等に貴方の『龍装』の御姿をお見せくださいませ!」

「無理ッ!!

 無理ですって、そんなの…ッ!!」


 聞き間違いかと思ったが、全然大丈夫だった。

 むしろ、可聴域の所為で、聞き間違える事も出来なかったのを、忘れていたよ!


 いきなり、なんてこと言うのアンタ!!

 オレの味方だと思っていたのに、まさかの敵なの!?

 敵だったの!?


 無理に決まってるよ!

 だって、ここには泉谷達、偽物一行がいるんだぞ!?

 オレが『天龍族』の血が流れてるなんて知られたら、アウトなんだってば!!


 しかも、だ。


『ちょ、ちょっと、待ってね。

 言語を先に、切り返させて!!

 コイツ等の前で、何を当たり前のように、『龍装』の事話してくれちゃってんですか、アンタ…!!』

『………言葉までお分かりか…ッ!

 そ、そして、申し訳も無く…

 し、しかし、我等としても、退けぬ理由が…ッ!!』


 理由があるのは分かったから、何もかもオープンにするような真似は止めてぇええ!!


 おかげで、泉谷達が胡乱気だよ。

 虎徹君なんて胡乱げ通り越して、猜疑心に満ちた視線を送って来てるよ!?

 生徒達まで殺気立ってんの!

 どうしてくれんの、この状況!!


 ………って、最初に可笑しな雰囲気にしたのは、オレだけども…ッ!!


 その後、平伏した面々が落ち着いてくれるまで。

 更には、その他諸々の問題が解決出来る事になるのが、1時間を擁するとは思ってもみなかった。



***



 とりあえず、である。

 本当に、とりあえず、最初の問題を解決する為に、全員に落ち着いて貰った。


 感極まって、泣き出しちゃってたりなんだりと、大忙しな『天龍族』の面々である。

 オレの方は、おかげで涙が引っ込んだけども。


 次に、その落ち着いた面々にお願い。

 訳が分からずに呆然としたままだった泉谷達を、ホールから追い出して貰った。


 じゃないと、『龍装』は見せられない。


 つまり、キープアウト。

 一般人立ち入り禁止を条件に、『龍装』の件を了承した訳だ。


 後で文句が出るだろうし、出て行く様に言われた時に散々文句を(※泉谷が)言っていたからタダで済むとは思っていないが。

 追求が五月蝿そうだが、仕方あるまい。

 オレの『天龍族』としての適合問題は、人間的にNGな話。

 だから、誰よりもアイツ等だけには知られたくない。


 まぁ、切実な問題。

 ………なれるかどうかは定かでは無い。


「………はぁ…、なんでこんな前途多難になってんだか…」

「申し訳ございませぬ。

 ですが、我等としても、早急に確認したいことがございまして…」


 溜息を隠しようも無く、大仰に。

 聞きとがめた涼惇さんには、心底申し訳無さそうな顔をされた。

 悪いとは思わない。


 なんか、トラブル続きだから気が立ってるみたい。


 さっきはさっきで、『転移魔法陣』の不調って事で片付けた。


 だが、今回のは完全に彼等からの身勝手な要請だ。

 しかも危うく、オレの体質のカミングアウトに繋がるところだった。

 最初から最後まで『龍族語』で説明しなけりゃ、マジで他人からのカミングアウト秒読みだったよね。

 それでオレ達が人間から排斥されたら、保護でも保証でもしてくれんのかいな。


 ………してくれそうだとは思った。

 お願いするのは最終手段にしておこう………。

 うん、打算的。


 なんてことを考えながら、オレも下準備。


 間宮にウィッグを外して貰いながら、礼服のジャケットを脱いだ。


 なんでウィッグを外すかと言えば、つけてても意味が無いと思うんだ。

 主に、質量の問題で。


 『龍装』になると、どうしても髪が伸び切っちゃうから。

 前の『昇華』の兆候が起きた時にもそうだったし、涼惇さんとの秘密裏の会談の時にも、勝手に伸びちゃうって話を聞いていた。

 必要な措置だ。


 ジャケットを脱ぐのも、被害を最小限にしたいから。

 多分、また翼とか尻尾とか出て来ちゃった場合の対策だ。

 シャツは駄目になるだろうけど、ジャケットさえ無事ならなんとかなる。


 もう、この際だから、仕方ないにしても。

 こっちの『天龍族』の面々には口止めして、全部カミングアウトするしかない。

 ストレスだけど。

 候補者と言う対抗馬までいる状態なので、余計にストレスだけども。


 そこはそれ、として。


 ウィッグを外して貰い、地毛を解放。

 その瞬間に、各所から漏れるざわめきや感嘆の声には、反応するのすら億劫だ。


 中には、既にオレを『竜王』陛下とか呼んでる馬鹿もいた。

 ならないっちゅうねん、ふざけんな!


 ………髪の色が白に近ければ近い程エライ種族って、本当だったんだね~。

 こんな時に、自覚したくなかったけども。


「………さっきも言いましたけど、出来るかどうかは分かりませんからね?」

「重々、承知しております」


 そう言いつつも、期待した瞳はどうにかならんかね、涼惇さん。

 前置きのつもりが、フラグになってしまった気がしないでもない。


 彼だけでなく、他の面々の視線も気になるけども、ね。


 もう一度、大仰な溜息を一つ。


 危険だから、と生徒達もホールの扉ギリギリまで退避させる。

 魔力の暴走でも起こった時には、涼惇さんが抑えてくれるとは言ってくれたが、それだけでは心配なので、こういった措置。

 間宮は渋ったけども、どのみち覇気に負けて近づけないと思うんだ。

 まぁ、弟子の鑑とは思ったが。


 さて、閑話休題それはともかく


 すぅ、と深呼吸。


 何を持って、『龍装』に繋がるのかは、分からない。

 分からなかった、というのが本音。

 オレの意思とは関係なく、勝手に発現していた節があったからだ。


 窮地を救われたのは、事実。

 だが、それを素直に喜べるほど、オレも能天気ではない。


 魔力を集中する。

 必要かと疑問に思いながらも、覇気も顕現。


 必要なのかどうかは分からん。


 オレだって、自分から『龍装』になるのは初めてだもの。

 何が必要なのか、そもそも何が鍵となっているのかも理解が及んでいないのだから、無駄な事をしてしまうのは仕方ないと割り切って欲しい。


 案の定、顕現した覇気に、ホール内が絶句。

 解放した魔力には、誰もが戦々恐々と慄いた気配がした。


 正直、気が散る。

 まぁ、何に集中すれば良いのか、はっきりと分からないので怒るに怒れないまでも。


 しかし、


ーーーー『………ああ、ようやっと、か』


 眼を見開いた。


 驚きに、背筋が粟立った。

 だが、それよりも先に、変異が早かった。


『ぐぅう…~~~~ッ!!』


 魔力が暴れ出すような感覚。

 思わず、オレも唸り声を上げて、その場に跪くしか出来ない。


 背後で間宮が飛び出そうとして、『天龍族』の侍従達に止められた。


 だが、良い判断だ。

 今のオレでは、魔力を抑えようにも抑えられない。


 風通し等まるでなかったホール内に、風は吹き荒れる。

 魔力を纏った、暴風が天井から垂れ下がった陣幕や御簾を揺らしている。


 ーーーー『ああ、お主に負担を強いらせるつもりは無かったのに…済まぬ』


 誰だ、アンタ。


 脳裏に響く、聞き覚えが(・・・・・)あるようで無い(・・・・・・・)、正体不明の声へと問いかける。


 ーーーー『感謝しよう、異界の御子よ…』


 だから、誰だと聞いていると言うのに…ッ!

 苛立ちが勝るが、漏れ出した魔力や覇気が、ホール内で荒れ狂っているのが肌で感じ取れる。


 立場的にか能力的にか。

 弱い『天龍族』から、続々と膝を屈していく。


 背後で、生徒達も膝から崩れ落ちそうになっている、生徒達の気配も感じ取れた。


 抑えなきゃ。

 でも、どうやって?

 魔力を調整して、武器を作り出す時とは全く違う。


 放出した魔力を、収めるなんて芸当はした事が無い。

 それこそ、以前暴走した時と同じように、二の舞にでもなるのではないかと、背筋に冷や汗が滲み出している。


 しかし、そこで、


 ーーーー『調整は私が行う』

 ーーーー『貴殿は、魔力だけを垂れ流してくれれば良いのだ』


 脳裏に再び響いた声。

 勝手にオレの魔力を拝借しようとしている、図々しさ。


 脱帽だ。

 しかし、他に方法が無い。


 目の前にいた筈の涼惇さえも、膝を屈しようとしている。

 顔色を見れば、真っ青だ。


 彼ですら、この状態。


 畜生。

 なんだって、オレばっかり…ッ!


 ーーーー『済まなんだ』

 ーーーー『だが、耐えてくれ』

 ーーーー『もう少しで、終わる』 


 言われた通りに、魔力を垂れ流す。

 先程、急激に減った上で供給された筈の魔力が、じわじわと抜け落ちていく感覚。


 眩暈を感じ始めた。

 またしても魔力枯渇を起こそうとしているのか。

 ………二度目の昏倒は、もう御免だが。


 そう思っている矢先の事。

 驚いたことに、段々と魔力の流れが、一定に整い始めた。


 暴風がそよ風となり、オレの周りを滞空するのみ。

 風に靡く(・・)銀色の髪が、視界を遮ろうとして邪魔臭く感じた。


 集中が、保たない。

 しかし、先ほどまでは抑えようにも抑えられなかった魔力が、徐々に安定し始めた。


 ホール内に満ちていた威圧感が、収束する。

 最後に、1つ風が吹いた。

 陣幕や御簾を小さく揺らして終わったそれに、肩に掛かっていた力が勝手に抜けるのを感じる。


 魔力が、ごっそりと抜け落ちたのも感じた。

 直後、


『上出来だ、『予言の騎士』殿。

 おかげで、このような形ではあるが、ようやっと故郷に戻る事が出来た…』


 先程よりも、鮮明に聞こえた声。

 オレは知らない筈だが、聞き覚えのある声だった。


 視線を上げる。

 そこには、銀の髪を靡かせた偉丈夫が、立っていた。



***



 俄かに信じられない光景だ。

 目の前には、今までいた覚えも無い、銀の髪を持った偉丈夫が立っている。


 しかし、生身では無い。

 その体は、透けていた。


 オレから見て、玉座に当たる御前が、うっすらと透けて見える。

 霊体か、あるいは幻か。


 だが、薄っすらとしていながらも、輪郭ははっきりと。


 いっそオレ如きの女顔が恥ずかしい程の、麗しいご尊顔を持った美男子然りとした相貌。

 鼻梁も高く、眉目秀麗。

 陳腐な誉め言葉だけでは、到底表し切れない超絶美形だ。


 光を反射し雪にも似た銀の髪。

 緑にも青にも見える重瞳ちょうどう

 切れ長でありながら柔和とも取れる眼は、蠱惑的にも映る。

 そして、その唇がうっすらと微笑むのすら、まるで絵画。


 美の化身をそのままに現実に顕現させた様な姿。


 思わず、オレですらも見惚れた程。

 圧倒的な美形の前では、誰もが我を忘れる。


 事実が、現実と認識出来た。


『ふふ…、そう見つめてくれるな。

 貴殿こそ、麗しい尊顔をしておるのだから、見飽きておろうに…』

「…い、いや、オレなんか…、滅相も無く…」

『謙虚は美徳だが、過剰なのは毒ともなるぞ』


 そう言って、オレに向けて手を差し出したご麗人。

 呆気に取られたまま、ほぼ無意識のうちに手を差し出していた。


 その手が触れた。

 瞬間、手指に伝わった冷気に、勝手に体に怖気が走る。


 振り払いはせずとも、震えたのは察知されただろう。

 苦笑にも似た、悲し気な微笑みを向けられる。


 思わず、申し訳無さに視線を落とそうとした。

 しかし、


『お主がそのような顔をすることはない。

 私がこうして、この故郷へと戻れたのは、お主の功績があってこそ』


 彼はそんなオレの頬へと触れ、顔を上げさせた。

 視線が固定される。


『重ねて、感謝を。

 『予言の騎士』殿よ、よくぞ私をここまで導いてくださった』


 ご麗人が、そう口を開いた瞬間である。


『『龍王』御前、万歳!!』


 誰が叫んだか。


 一瞬の事。

 その直後には、大音声とも言える歓声が、ホール内に響き渡っていた。


 万歳!万歳!と、『天龍族』の面々が崇めたてる様に平伏したままの礼を。

 咽び泣く声すらも聞こえる。


 何が起きて居るのか、オレには全く理解が出来ない。


『………静まれ』


 だが、その音の洪水も、目の前の麗しい偉丈夫の一声で一斉に止まった。

 まさに、鶴の一声と言うべきか。


 ホール内が、一瞬にして静まり返った。


『今は、『天龍族』の大恩のある『予言の騎士』殿との歓談中ぞ。

 邪魔をすることは、無粋である』


 だから、控えよ。と。


 彼は、まるで『天龍族』達の長の如く、切って捨てた。

 いや、まるで、では無いな。


 おそらく、彼が本当の『龍王』なのだ。

 前『龍王』となってしまった、故人。


 この『天龍族』の犇めき合った中でも、一線を画する尊い存在。


 そんな人間が、何でこんな時に出て来たのか。

 混乱して、意味が分からない。


 だって、オレはただ、彼の声に従って魔力を垂れ流しただけだ。

 なのに、その声の主が直接顕現するなんて、誰が思った事か。


 意味が分からない。

 まさか、オレの守護霊的なポジションだったとでも?

 ………それ、なんてス●ンド…?


 本当に、意味が分からない。

 オレは、その場で跪いたまま、呆然と彼を見上げる事しか出来なかった。


 だが、そんなオレの様子に気付いた、ご尊顔麗しい偉丈夫こと前『龍王』陛下。

 こちらでは、御前と呼ばれているようだが、オレ達からしてみれば陛下で良い。

 呼び名は、ともかくとして。


 彼はオレが何かを言う前に、頬に触れていた手をもう一度オレの手に重ねた。

 うっすらと透けた体とは思えない程の力で、次の瞬間には立ち上がらされていた。


 そして、ゆっくりとオレを背後にあった椅子へと、座らせる。

 同時に、彼も隣へと腰掛けた。


『まずは、貴殿に自己紹介をば。

 我が名叢家が2子にして、叢金そうきんと申す者。

 不束ながらも、この『天龍族』を束ね『天龍宮』を総統していた、『龍王』である』

「あ、えっ………ご、ご丁寧にどうも…。

 オレは…っ、いえ、私は銀次・黒鋼と申し上げます」

『存じておるよ。

 口調を崩し、私と対等に話してくれぬか?

 先にも言った通り、貴殿は大恩ある救済者であるからして、そのような畏まった口調を受けるのは、私としても忍びない…』


 ………無理言ってるよね、この人。


 そんな、いきなり口調戻してフランクになれって言われても、出来る訳も無いだろうに。


 いや、今更かもしれないけど。

 さっきまで、脳裏に響いていた彼の声に対しては、完全にタメ口だった。

 それどころか、不敬と取られても可笑しくない程の砕け具合だった筈だ。


 ………とはいえ、『龍王』相手にフランクって…。

 無理だろ、絶対。


『頼む』

「………は、い…いや、うん」


 そっちの主張を続ける方が無理だった。


 と言う訳で、少々おっかなびっくりながらも口調を戻す。


「…え、っと…口調を正すのは良いけど…、その、この状況の説明は、貰えるんですか?…じゃない、貰えるの?」

『勿論だとも、『予言の騎士』殿』


 くすり、と小さく微笑んだ、前『龍王』陛下。


『敬称もいらぬ』

「…うぅ、分かったよ…」


 これまた、指摘が入る。

 ぶっちゃけ、面倒臭い人だったらしい。


 と言う訳で、彼は前『龍王』陛下もとい、叢金そうきんさんだ。


『まずは、先ほども申した通り、謝罪を。

 貴殿には大変申し訳ないとは思うが、少々魔力を拝借させていただいた限りである』

「そ、それは、良いんだけど…」


 いや、謝罪とかなんとかは、後で良いから。

 この状況の説明をください。


 じゃないと、オレがこんがらがる。


『説明と言っても、大したことでは無いのだ。

 私は既に死しておる故に、本来ならこうして古巣に戻る事など出来る訳も無かったが…』


 そこから、かくかくしかじか。

 叢金さんがくれた説明は、この異世界であっても荒唐無稽な内容だった。


 だって、涼惇さん達まで、吃驚してたもの。


『死した時、魂だけを貴殿の体に宿らせていた。

 つまり、今の今まで私が魂だけで存続し続ける事が出来たのは、貴殿の魔力のおかげであると言う事だ』


 絶句。

 オレは、いつの間にか守護霊がついていたらしい。


 しかもしかも、だ。


『貴殿等の睨んでいた通り、私は醜悪なる暴徒と化した。

 合成魔獣キメラと呼ばれていたのは、私が理性を失った成れの果ての姿だった訳だ』


 彼は、呆気なくその事実を認めた。

 合成魔獣キメラとなっていたのは、彼本人。

 理性は失われ、彼だけではどうしようも無かったそうだ。


 だが、例の討伐隊との邂逅の折、オレに討伐された事がきっかけで全ての記憶が戻った。


 いつの間にやら、オレはとんでもない事をしていたらしい。

 まぁ、今までもそうだったけども。


 まさか、討伐した『天龍族』が前『龍王』だったなんて、誰が予測できたものか。


 彼曰く、合成魔獣キメラと化した体を、オレが破壊した。

 それが、彼にとっての救済。

 彼に取っての大恩と言う話は、ここから来ているらしい。


 思えば、あの時。

 薄れ行く意識の中で、合成魔獣キメラの最期の断末魔が、耳に残っていたような気がする。

 あの時に、彼は理性や記憶を取り戻したようだ。


 ただし、体は討伐されてしまって戻らない。

 言うなれば、肉体を失った魂だけの状態。


『魂だけでの存続は、魔力が無ければ難しかった。

 それ相応の魔力総量や質も必要だった為、貴殿以外に依り代が無く』


 魂を存続させるには、魔力と器が必要。

 その魔力も生半可なものではなく、それ相応のものが必要とされていた。


 そして、その丁度いい魔力と器を持っていたのが、足下に転がっていたオレだった訳だ。

 そして、出来る限りの手助けが出来る様にと、彼自身が魂だけなのを良いことにオレの体に巣食っていた、と。


「………ま、また、本当に…規格外な…」

『済まぬなぁ』


 荒唐無稽な話だ。

 ついでに、規格外。


 オレだけでなく、周囲までもがだ。

 ………これも、今更の事だったか。


 しかし、信じない訳には行かない。

 実は、筋が通っていると言うのは、オレ達の誰もが気付いた。


 今までの、オレの体の変異や、異常。

 それが、彼によるものだとすれば、すべての辻褄が合う。


 疑問は、解消された。


 オレが何故、この謁見の間が懐かしいと感じたのか、という疑問。


 それは、彼の記憶だったから。

 誰でも無い、前『龍王』である叢金そうきんさんの、記憶だったからだ。


 そして、彼に守護霊のような形で、体と魔力の一部を譲渡していたオレも、精神がリンクしていた為に、懐郷の念を覚えたと言う事らしい。

 泣いていたのは、彼が感極まっていたから。

 オレが泣いていたと言う訳では無い。

 ………無いと、思いたい。


 そして、その他の疑問も、概ね解消出来た。

 オレの『血』の適合問題や、『昇華』の兆候が早かった事等。


 それも、一部は除かれるとしても、彼が干渉していた結果だった。

 (※実は本当に『龍王』にしてしまおうとか思っていたとか後から聞いて、ぞっとしたけども…)


 ついでに、オレが龍族語を理解出来るようになっていたのも、彼のおかげだったらしい。

 そりゃ、本物の『天龍族』が守護霊として憑いていてくれたんだから、当然のこと。

 彼もある程度は魔力で好き勝手出来たらしいから、ガルフォンの時には遠慮なく力を使ってくれていたとの事だった。


 そうして、疑問のほとんどが解消された後。


『本来ならば、貴殿にはいらぬ心労だった筈。

 改めて、謝罪をさせていただきたい。

 そして、その上で、私からの感謝を述べさせて欲しい』


 そう言って、彼は椅子から降りた。

 オレの足下に傅いたかと思えば、オレの手を取ったまま額を擦りつける。


 手を額に付けるのは、忠義だったはずだ。

 だが、人間とは違い、これが敬愛のしるしと言うのは、後から聞いた話であったが、


『醜悪なる暴徒と化した私を解放してくれた事、真に感謝する。

 今日まで魂だけで存続出来たのも、貴殿のおかげだ。

 そして、こうして『天龍宮』という私の故郷へと戻らせてくれたことも、重ねて感謝をさせていただく』


 ----『ありがとう』----


 と、彼の呟いた言葉。


 いつか、聞いた事のある声だと思っていた。

 今回だけではなく、何度もだ。


 けど、思い出せなかった。

 何故か、記憶の片隅にこびりついているのに、探し出せない違和感ばかり。


 まるで、歯の間に何かが挟まった時の様な、もやもやが残った。


 この時のオレは、微妙な表情をしていたのだろう。

 返答も忘れて、彼のつむじを見つめている他無かった。


 体温の無い、その手や額は冷たかった。

 しかし、オレの手の甲に滑り落ちた滴は、何故か燃える様に熱かった。



***

誤字脱字乱文等失礼致します。

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