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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、新学期編
151/179

143時間目 「特別科目~異世界クラスのボランティア~」 ※グロ注意

2017年3月9日初投稿。


少し時間が掛かりましたが、続編を投稿させていただきます。

今回は、タイトル通りにボランティアのお話。



143話目です。

※病気表現の為に、少々グロ注意。

ねつ造や偏った知識の医療法等もありますが、フィクションですのでご了承くださいませ。

***



 夢を見た。

 真っ白い部屋の中にいる夢だ。


 何故、夢か分かったかって?

 そりゃあれだよ。

 なんとなくだよ。

 勘だ。


 いつもの悪夢とか、最近見るようになった夢渡りの少年の夢とかは別。

 深層心理が現れるとか言う、破天荒で出鱈目な夢ともまた違う。


 これは、夢だ。


 真っ白な部屋の中で、ぼやけた視界の先。


 部屋には椅子のようなものがある。

 椅子だけではなく、それに座っている人間もいた。


 しかし、輪郭がぼやけて定かでは無い。

 だが、何故か赤ん坊を抱いているのだけは、嫌にはっきりと見えた。


 赤ん坊を抱いている。

 脳裏にイメージするのは、女性だ。


 輪郭はぼやけて、かろうじて肌色や服の色だろう赤しか分からない。

 ぶっちゃけ言えば、怖い。


 なのに、夢の中の所為だろうか。

 オレは、その椅子に腰かけ赤ん坊を抱く、赤い服の女性らしき姿の人間の下へ。

 驚くほどにスムーズに、迷わずに歩いて行く。


 やはり、女性は輪郭がぼやけている。

 いくら近付いても、表情どころか顔の造形すら、どんな髪の色かすらも分からない。


 しかし、やはり不思議な事。

 赤ん坊だけは、嫌にはっきりと見えるのだ。


 すやすやと眠っている。

 髪の毛は生えていないから、大体生後3ヶ月以内だろうか。

 もしかしたら、産まれたばかりかもしれない。


 真っ白い肌だ。

 色素が薄いのかもしれない。

 とすると、この子は北欧系の人種の子どもだろうか。


 何か引っかかる。


 けど、赤ん坊は眠ったまま。

 女性らしき姿の輪郭もぼやけたまま。


 オレは、それをじっと見つめるだけ。

 薄気味悪い夢だった。



***



 さて、夢見の悪い朝の話は、一旦忘れる事にしよう。

 多分、昨日の強制睡眠が尾を引いているのだ。


 まさか、赤ん坊を泣かせて、オレを気絶させるなんてオリビアも大分強かになって来たように思える。

 恐ろしいよ、女神様。

 やっぱり、なるべく彼女は怒らせないようにしよう。


 起きたのは、朝の4時頃。

 律儀に添い寝をしてくれていたのは、ラピスだった。


 襲いたくなってしまうだろうが。

 ………襲う事は無かったがね。

 オレの下半身、良く我慢した。


 それでも、若干寝ぼけた振りをして、彼女に抱き着いたものである。

 嗅覚・触覚で、嫁さんを堪能して来た。

 途中で、ついつい味覚でも味わおうとしてしまって吸い付いたら、起きて居る事がバレたけども。


 我ながら、辛抱の無いものだ。


 そんなこんな。


 今日は、朝から大忙しである。


 まず、今日は4月の一週目。

 『聖王教会』の定める、休息日だった。


 休息日と言うのは、日がな一日仕事もせずに熱心なお祈りをする日。

 と、とらえて貰って構わない。

 敬虔な信徒は、『聖王教会』へと足を運んで、祈りをささげたり教会の清掃などを行ったりもする。

 『聖王教会』関係者は、元々がその仕事なので除外されるけども。


 そして、この休息日。

 何を隠そう、オレ達『異世界クラス』協賛のボランティアの日である。


 今までも、寄付やら炊き出しやらとボランティアとして参加していた。

 けども、イーサンの熱烈な希望や、その他諸々の『異世界クラス』としての諸事業を踏まえて、今回はオレ達が企画運営のボランティアを開催。


 何をするかと言えば、オレ達が中心になって即席医療院の開設だ。

 医療部門の研究成果の発表、お披露目である。


「じゃあ、また後で」

「うむ。

 無理をするでは無いぞ?」

「ソうソう。

 先生ガ、一番ノ心配ナ患者さんだからネ」

「言わんでも良い!」


 そんなやり取りをしながら、簡易的な医療スペースへ。

 教会の懺悔室なんかを借りて、診察スペースを設けさせて貰った。


 この世界の基準としてではあるが、医者として動ける人間が既にウチの校舎には4人もいる。

 オレ、ラピス、アンジェさん、紀乃の4人だ。

 そして、補助として動けるのが、間宮、伊野田、河南と3人。


 医療関係の知識や経験を活かし、市井を対象にしたボランティア。 

 先にも言った通り、イーサンの熱烈な要望があっての事。


 この世界では、医者=破産と言う意味不明な方程式が存在している。

 時代錯誤も甚だしい。

 医者として活動出来るのが、必然的に貴族やその親戚等の金持ちだけ。

 知識を学べる機会が多いと言う、絶対的な地位の違いだ。


 それなのに、その当の医者が少ないと言う問題があった。

 その為、医療費も高額になっている。

 医療院に行くなら、病気を隠して仕事をすると言うのが、当たり前の考えとして浸透してしまっていた。


 前々から、オレ達も思っていた事だ。

 この世界は、医療系では現代に比べて圧倒的に遅れている。

 こんなところまで、時代遅れでは無くて良かったのに。


 その為、常に王国でも問題になっていた事ではあった。

 元々、国王が協賛して『聖王教会』に医者を派遣したりは、毎月やってたらしい。

 けど、それでも間に合わないとの事だったので、今回こうして大規模なボランティアを敢行することに相成った訳である。


 出資もウチだし、実働もウチ。

 まぁ、あくまで技術伝播と、保障関連への突き上げが8割である。


 オレ達がここまでやったんだから、王国も動かざるを得なくなるだろうからね。

 勿論、国王には許可を貰っての事だ。


 ちなみに、残りの2割は信頼回復ね。

 偽物一行の所為で、オレ達の信頼まで下がっちゃってるから、それを少しでも取り戻す為の皮算用。

 実はオレが、今一番大事と思っているところだ。


 ………アイツ等相手じゃ、あんまり意味が無さそうだけども。


 今回、予定しているのは、1000組程度の受診や診断である。

 事前に教会で500枚整理券を配って貰って、残り500枚は当日受付となっている。

 まぁ、時間が許すなら、それ以上を受け付けても良いかもしれない。


 対象は、勿論市井の人間。

 つまりは、一般市民である。

 貴族は、金さえ積めば並ばずとも受けられるんだから、別にいらんだろう。

 と言う訳で、最初から貴族は除外である。

 これまた、貴族間では睨まれそうな事ではあるが、こちらも国王が封殺してくれる。(※らしい)

 

 なお、市井と言った通り、対象は多岐に渡る。

 貧民街スラムの人間や、亜人やら魔族やらも診察は可能だ。

 整理券は無料配布だからお金が無くても大丈夫だし、炊き出しがあるから必然的に目に留まる事になるだろうしね。

 スラムから人が出て来るのは、炊き出しの日ぐらいだし。


 医者の心得があるオレ達は、3組に分かれて診断へ。

 オレと間宮、ラピスと伊野田、紀乃と河南で、それぞれ知識や経験に基づいた患者を受け持つ。

 オレとラピスは、重度や後遺症、紀乃達は、軽度やら軽症などである。


「ギンジ様、しばらくは軽度の患者さんが続くようですので…」

「ああ、ありがとうございます、アンジェさん。

 重度の患者さんが来るまでは、オレ達も軽度の診察します」


 ちなみに、もう一人診察が出来るアンジェさんは患者の振り分けを担当として貰う事になっている。

 ほら、現代の大型病院では、受診をする前に受付で看護師から容態や診察理由を聞かれるだろう?

 その後に、用途に応じた診療科に案内される。

 それと一緒だ。


 そして、残りの生徒達も、色々と仕事を受け持つことになっている。


 まずは、無償提供を行う炊き出し。

 これは、毎月行っているものではあるが、概ね好評だったので外す事が出来なかった。

 榊原と香神と言ったメインから、手伝い要員として『聖王教会』のシスター達も加わって、配給する事になっている。


「はい、どうぞ~。

 肉と野菜たっぷりの豚汁でーす!」

「こっちがソースで、こっちがタコス風です。

 好きな方選んでもらって良いですよ」


 張り切ったのかこだわりまくって、豚汁のようなものと、変わり種具材のパン。

 肉まんみたいな形で、中にぎっしりと具材が詰まっている。


 フリーなので、ぶっちゃけ誰でも食える仕様。

 勿論、診察の受付をしなくても、炊き出し目的でも可だ。

 ぱっと見だけでも美味そうだったので、校舎に帰ってからの飯もこれで決まっている。

 露店で出している飯って、高いって分かってても食いたくなるよね。

 これまた、それと一緒。


 次に、受付。


「13番の方、どうぞ。

 こちらが、受診用紙となりますので、名前等をご記入ください」

「ご記入の後は、あちらの待合椅子でお座りになってお待ちください」


 こちらは、生徒達の中でも、比較的当たりの弱い浅沼やらディランやらがメイン。

 女子は下手に受付なんかに置くと、問題が起こりそうだったから男子担当。

 騎士達も一緒になって、受付に待機。

 ここで、整理券を回収し、受診理由の用紙を渡すのが仕事となっている。


 その代わり、


「受信内容の確認は以上です。

 他に、気になるところとかがありましたら、医師に直接お願いします」

「代筆ですね、分かりました」

「風邪の症状で受診のペリスさん、2番診療室へどうぞ~」

「こちらです、ご案内します」

「済まないが、受診の順番は先程記入して貰った受診用紙の順番なので了承願う」


 お次の『聖王教会』内での整理や呼び出し等は、女子の仕事だ。

 魅惑のナース達、という事である。


 エマ、ソフィア、シャル、ローガン、ルーチェの5人がそれぞれ、呼び出しや教会内での患者の整理を行う。

 識字率の問題もあって、受診用紙の書き込みの代筆なんかも行っている。

 まぁ、衣装に関しては、やはり問題が起きても困るので、いつも通りの制服となっているがね。


 残りの生徒達、と言っても徳川と永曽根ぐらいだが、彼等には荒事担当を担って貰う。


「順番通りに並んでください!」

「整理券が無いのであれば、あちらで配っておりますので」

「こっちは、痛くて来てるんだ!

 早く診察を受けさせてくれ!」

「整理券貰ってからにしてください!」

「横入りする元気があるなら、我慢だって出来るんじゃないんですか?」


 やはり、市井の人間だけでなく、スラムや亜人が集まるとなると、問題が起きない方が可笑しい。

 その為の要員。

 勿論、トップクラスのあの2人である事も含め騎士達も一緒なので、心配はしていない。

 やっと雇用契約を正式に結んだヘンデルも加わってくれるので、これまた心配はしていない。


 ただし、校舎に置き去りにする訳にはいかなかった、佐藤と藤本は教会の一室でオリビアと共にお留守番だ。

 英語も喋れないから、お仕事が限られてしまうしな。

 今頃、愚痴でも零しているかもしれない。


 赤ん坊の泣き声、苦手な人多いし。

 オレがその、代表格だけど。

 ………虚しくなった。



***



 気を取り直して、診療を行きます。


「はい、お口開けてご覧?」

「…あー…」

「…うん、喉は腫れてないし、風邪でも無いね」

「………で、ですが、咳ばかりしていて…ッ」

「うん、喉の粘膜が弱いと思うんだ。

 大人になるにつれて変わっていくと思うから、今は一応の応急処置だけしておこうか」


 心配そうにしていた母親が、オレを訝し気に見ていたが、そんなに疑心暗鬼にならんでも診察はしっかりしているよ。

 子どもの手を取って、飴玉を落とす。


 この子、診療しながら行った『探索サーチ』では、気管支が若干弱い事が分かった。

 なので、飲ませる薬は、喉の通りを良くする為の飴玉だ。


 これは、ロカートという、現代で言う枇杷びわを使ったもの。

 葉には咳止めなどの効能があるので、乾燥させてお茶にする。

 そのお茶と共に煮詰めた果実も入れて、飴玉にしてあるのだ。

 子どもって薬は飲まないけど、飴玉は大好きだからね。


「ロカートを知ってますよね?

 これは、あのロカートの葉を乾燥させてお茶にしたものと、果実を混ぜて作ってあります。

 ロカートは、巷でも流通してますから、今後はそちらを利用されてみてください」


 そう言って、民間療法も授けて、ご機嫌な親子を見送った。


 ロカートは、投げ売りの果物だ。

 言うなれば、市井の人間でも手に入れやすいから、薬の代金が掛からないとご機嫌のようで。

 他にも、何かあれば、また『聖王教会』へと言ってあるから大丈夫だろう。


 あの子どもも、おそらく環境によるものだと思うし。

 軽度で良かったよ、気管支炎。


 とはいっても、集まっているのは、軽度の患者がほとんど。

 市井の人間は子どもの診療が多く、軽傷やら皮膚関連、それから呼吸器関連での受診が多かった。

 子ども想いなのは良いことだ。


「どうしましょう、この子ずっと熱が下がらなくて!」

「落ち着いてくださいね、お母さん。

 診察している間は、お静かに…」


 過敏過ぎるのは、ちょっと良くないけども。

 熱があったのは、風邪の症状だった。

 先程のロカートの飴玉と一緒に、民間療法での風邪の改善法を伝えておく。


 だが、たまに関係ない人までやって来る。


「『予言の騎士』様は、こういった女はお好きではありません事?」

「好きではありますが…」

「でしたら、いかがでしょう?

 一晩だけ、私と戯れられると言うのは…」

「結構です。

 嫁さんがいますから、間に合ってます」

「………ッ!?」


 娼婦だった。

 どうやら、『予言の騎士』であるオレが、出向く事を知って来ちゃったミーハーなお姉さまだったようだ。


 好きではありますが、嫁さんいます。

 ついでに、肉厚的な体は良いけど、病気でも移されると困るので遠慮しておきます。


 診察はしたけど、妊娠しているぐらいだった。

 ………おいおい。

 仕事辞めて、育児に専念しなさいな。


 なんてことをしながら、数時間。

 早めの昼休憩を取ろうと思って部屋を出ると、驚きの事実が発覚。


「えっ、もう整理券配り終わっちゃったの!?」

「はい、盛況のようでして…」


 報告してくれたのは、整理券の受付を行っていた騎士達。

 なんでも、当日受付の500枚は、あっと言う間に配り終えてしまったらしい。


 ………こりゃ、時間延長もあり得るか。


「並んでいる人達はそのままなんだよね?」

「はい、一応は」

「だったら、名前と診察理由だけ記入して貰って、番号振っておいて?

 余力があれば、また受付をするかもしれないから」

「了解しました」


 と言う訳で、オレ達も昼休憩は短めになりそうだ。

 まぁ、配給に出している美味いし温かい変わり種具材のパンと豚汁だから、時間が掛かるのはオレのシガレット休憩ぐらいだけども。


「ああ、ギンジ、丁度よかった」


 そこで、入って来たのはゲイルだった。

 彼には、受付で問題が起こった時の対応を頼んでいた筈である。


 問題が無ければ、来ない筈だ。


「何かあった?」


 ついつい、胡乱げに聞いてしまう。

 嫌な予感がする。


「偽物一行が来ている」

「ぶふッ!?」

「(∑ッ!?)」


 そして、オレは豚汁を噴き出した。

 とんだ、災難だ。



***



『だから、オレ達は『聖王教会』の巡礼に来たって言ってんだろ!?』

『その連絡が無かったから、問題なんだろうが!』


 教会の外に出ると、喧々囂々と永曽根達に噛みついている田所青年が真っ先に目に入った。

 その背後には勿論、泉谷達も揃っている。

 遂に、ゲイルまでもが、偽物一行と呼び始めた面々である。


 何で来たのか。

 それは、今しがた聞こえた、田所青年の言葉ですぐに分かった。


 休息日は休息日であって、巡礼もしていない筈なんだが。

 ………知ってる訳も無いか。

 なにせ、常識の無い連中だからな。


「あー、とりあえず、間宮は『防音』」

「(迷惑な連中ですね)」


 文句を言いつつも、間宮が『防音』を田所青年の周りに張った。

 おかげで、一気に静かになる。


 そこで、やっとオレ達が来た事に気付いたのか。

 泉谷達の若干辟易とした視線が、オレ達に集中する。


 しかし、そこで、


「いやぁあん、黒鋼先生~!」


 その輪の中から、飛び出して来た女性がいた。

 藤田だ。

 例の過激な生徒筆頭である彼女が、何故かオレに向かって飛び出して来た。


 甘えたようなネコナデ声を発しながら。

 ぶわりと、鳥肌が立った。


「先生も、今日いらしてたんですねぇ?

 やっだー、奇遇ぅ!」

「それ以上近付かないでくれよ、慣れ合う気は無い」

「そんな事言って、いけずぅ!」


 構わずに抱き着いて来ようとしたのを、間宮が前に出て止めた。

 ………何この、ビフォーアフター。


「ちょっと、ちびっこ。

 退きなさいよ!」

『(退きません。

 銀次様に触るなど、おこがましい)』


 間宮もイライラとしているのか、かなりおざなりな言葉を精神感応テレバスで発していた。


 何か知らんが、間宮と藤田の間で火花が散っている。

 いやはや、本当に何このビフォーアフター。

 掌返しにも程がある。

 覚えておけと言っていた筈の言葉は、一体どこに置き去りになったのだろうか。

 彼女が記憶喪失か、そうかそうか。

 ………ぶっちゃけ、気持ち悪い。


「今日は、『聖王教会』の定めている休息日だ。

 巡礼もその他『神託』や懺悔なんかも、行ってはいないぞ」


 とりあえず、保留。

 オレとしては、相手にもしたくないからだ。


 エレガントパンティー藤田は間宮に抑えておいて貰って、改めて泉谷へと向かい合った。


 説明するのは、今日の予定。

 彼は彼で、またしてもストッパーになっていない。

 きっと、今回もアポ無しだったのだろうから、始末に負えないが。


「………ッそ、そんなの知りませんでしたが…!」

「知らないなら、調べろよ。

 後ろに居る随伴の護衛達に聞けば、すぐに分かっただろうが」


 呆れ気味に、突き放す。

 泉谷が、頬に赤を走らせて、口をパクパクとさせていた。


 多分、怒りたいんだろうね。

 イライラしているのは眼を見れば分かったけど、おそらく言いたい言葉が見当たらない。

 内心で、罵詈雑言を叫んでいるタイプだ。


 その罵詈雑言を吐き掛けられても迷惑なので、とっととお暇願おうか。


「今日は無理だ。

 今は、こうしてボランティアとして、診察を行っているからな」

「し、診察?

 医者でも無いのにですか?」

「生憎と、医者だ。

 こちらでは、現代での知識半分でも、十分通用している」


 こっちじゃ、認可も無いからね。

 じゃなきゃ、オレ達もこうして診察を行うような大規模な医療ボランティアは行わなかった。


 まぁ、認可が必要だと言うなら、今から国王にでもして貰おうか。

 それはそれで、また後々面倒臭そうな事になりそうだけどもね。


 って話が、逸れたが。


「次からは、ちゃんと予定を調べて、アポ取ってからにしろよ。

 いい加減にしないと、『聖王教会』だって敵に回るぞ?」

「………そ、そう言う風に仕向けているんじゃないですか!」

「仕向けてはいない。

 人聞きの悪い事を言わないでくれ」


 どうやら、今日は素直に引き下がる気が無さそうだ。

 噛みついて来たように、相当フラストレーションでも溜まっていたのか。


 ………まぁ、事実上の軟禁状態だから、仕方ないのかもしれんが。

 矛先をオレ達に向けられても困る。


「前にも言ったが、お前達の行動が原因だ。

 お前が止めないから、他の生徒達が助長する。

 助長した先で問題が起きて、それの責任を負えなかったのはお前の落ち度だ」

「…ッ、そんな言い方…ッ」


 何だろう、コイツ。

 言い方云々を気にする余裕があるのか?


 噛みつき方も、中途半端。

 ついでに言うなら、敵対心を持っているのは分かるが、その真意が読めない。

 貴族達に、何か吹き込まれたのだろうか。


 とはいえ、今日はこれでお開きだ。

 オレ達も今後の診療があるから、余り精神的にも体力的にも疲弊はしたくない。


「周りを見てみろ」


 そのオレの言葉に、泉谷達が周りを見渡した。

 ずらりと並んだ長蛇の列は診察待ちと、受付の再開を待っている市井の人々の列だ。


 誰も彼もが、オレ達に視線を向けていた。

 オレ達では無く、泉谷達へと敵意に満ちた視線を向けている。


 トドメを、刺す事にした。

 勿論、揶揄ではあるが、彼等がしばらくは大人しくしてくれるように。


 一昨日の事もあって、華月ちゃん達には気が引ける。

 彼女達は、比較的まともだったからか、特に。


 それでも、その他の田所青年や、泉谷は違う。

 一応の理解は、して貰っておいた方が良いだろう。


「これが、アンタ等の評価だ」

「………ッ!」


 評価と言い切った。

 本当のことで、事実だ。


 並んでいた面々の数名からは、頷きが返された。


 勿論、オレ達も万人に受け入れられている訳では無いと分かっている。


 それでも、こうしてここに集まって来てくれた人達は、理由が診察や炊き出しだけだったとしても、信頼をしているからこそ来てくれている。

 じゃなきゃ、普通は怖くて頼めない。

 体の事なんて、特に人間は過敏になるんだから。


 でも、彼等がそう言った行動を起こしたと言う情報は、入って来ていない。


「『予言の騎士』という肩書きに胡坐を掻いて、何もして来なかった。

 それが、今こうしてこの王国での反応に繋がっているんだ」

「な、何もしなかった訳では…ッ!」

「ああ、色々とやらかしてくれていたな。

 次は、どうするんだ?

 この王国のギルドマスターに土下座でもさせるか?

 目の前(ここ)で、暴動を起こすか?

 それとも、この王国に魔物を引っ張って来て、街全体を危険にでも晒すつもりか?」

「ーーーッ!!」


 多少は申し訳無いとは思うが、言い切った。

 例の問題は、冒険者界隈や王国関係者には知れていても、市井にはまだ半分も知れ渡っていなかったからな。


 すると、


「おい、いい加減にしてくれよ!

 こっちは、診察を待ってるのに、アンタ等の所為でちっとも進まねぇだろうが!」

「そうだそうだ!

 『予言の騎士』とか言って、結局偽物だろうが!」

「いきなり来て、横入りしないで頂戴!」


 続け様にやいのやいのと、放たれる声。

 暴言がほとんどで、彼等の周りを囲むようにした市井の人々の声は、殊更ストレートだった。


 その言葉が、彼等にどう響くのか。

 オレとしては、分からない。


 それでも、大人しくしていてくれるなら、もう彼等の評価など知った事では無い。

 踵を返す。


「先生、大丈夫か?

 悪かったよ、ちゃんと対応出来なくて」

「ゴメンな、先生。

 オレ、先に殴りかかろうとしちゃったから…」

「いや、次から気を付けろよ?

 何をするか分からない連中でもあるから、お前達が無事で良かったし…」


 オレもイライラとしてしまったが、永曽根と徳川の表情を見て怒りは引っ込んだ。

 しょぼくれるな。

 あれは、仕方ない。


 元々、アイツ等には常識が通じないと考えておかなければならない。

 ストッパーが誰もいないから、余計に増長し放題だった事だろうしな。


 この王国では、それが通用しない。

 少しでも理解してくれれば、きっと大人しくしてくれる筈。


 きっととか、筈とかでしか言えないのが、厳しい現実ではあるが。


「済まない!

 少し時間が掛かってしまっているが、なるべく順番を回すようにするから、もう少し待っていてくれ!」


 順番待ちの人達に、声を掛ける。


「ありがとうございます、『予言の騎士』様!」

「きゃああ!ギンジ様が、声を掛けてくださったわ!」

「『よげんのきし』さま~ッ!!」


 返って来た声は、泉谷達とは違って歓声だった。

 若干、ミーハーなものも混じっていたが、くすぐったい。


「ああ、銀次様ぁ!」

『(馴れ馴れしく呼ぶんじゃありません!)』


 間宮は、未だにエレガントパンティー藤田とバチバチやっていたが、そのうち戻って来るだろう。

 おそらく、掌返しは点数稼ぎ。

 そして、オレ達に取り入って、あわよくば状況の緩和か、もしくは寝返りでも考えているのかもしれない。

 欲に塗れた眼をしていたのは、見えた。

 おそらく、その両方か。

 強かなものである。


「………済まなかった、ギンジ」

「いや、良いよ、ゲイル。

 いつもお前に任せきりなのも悪いしさ…」

「つくづく、オレはお前がこの王国に来てくれて、良かったと思っている」

「そりゃどうも」


 ジャッキーにも言われた言葉だが、ゲイルから言われるとまた格別か。

 こちらは照れ臭くなって、背中を向けて手を振り返すだけにする。


 目の前にいた、生徒達には赤面した表情を見られて苦笑を零されたがな。


 教会の中へ戻り、ふぅと溜息。

 魅惑のナース達が、寄って来た。


「なんかあったの、先生?」

「大丈夫?」

「お疲れのご様子ですが、大丈夫でしょうか?」


 その中には、いつの間にか様子を見にやって来たらしい、イーサンもいた。

 彼も整理や呼び出しに混じるらしい。


「いや、なんでもないよ。

 昼休憩入ってから、午後の部も頑張ろう」

『はーい』


 オレもつくづく、この生徒達がオレの担当で良かったと思っているよ。

 田所青年なんて、矯正出来るかどうかも分からんからな。


 そんなこんな。

 ハプニングもあったが、午後の部を再開させて貰おう。


「………っと、その前に…」


 イライラ解消のシガレット休憩に入ろうっと。

 飯は食えたけど、シガレットは吸えなかったからね、さっき。


 その後、休憩中にエレガントパンティー藤田とやり合っていた間宮が、辟易とした様子で戻って来た。

 可哀想に…。

 (※他人事である)



***



 『聖王教会』前の長蛇の列。

 『聖王教会』の定めた休息日に行われた、『異世界クラス』のボランティアの盛況ぶりだ。


 診療を、または受付再開を今か今かと待ち続ける、市井の人々。

 子ども連れも多く、中には本当に重篤な患者も混じっているようで、整理に動いていた騎士達が介抱にも忙しそうにしていた。


 また、露店の様な場所では、炊き出しの配給をしている生徒達の姿もある。

 笑顔で対応をしながら、美味しそうな匂いを漂わせた配給品を配っていた。

 それを受け取る人々もまた、笑顔である。


 それを遠巻きに見つめる事しか出来ないまま。

 途方に暮れていたのは、偽物一行こと新生ダーク・ウォール王国擁立『予言の騎士』一行の12名だった。


 巡礼に来た筈が、まさかこのような状況とは預かり知らず。

 休息日と言うのは聞いた事があっても、それが月の何日に定められているのか等、知る由も無かった。


 偽物一行にとっては、誤算でしかない。


 それでも、諦められない面々は、多い。

 この日の為に、ここまで居心地の悪いダドルアード王国への滞在を余儀なくされていたのだ。

 冒険者ギルドでのランク更新や、その他の用事とて遂行出来る気配が無い。

 その中で、せめて当面の目標である巡礼だけでも、と思った矢先の事だったからだ。


 ただでさえ、軟禁状態の続く彼等にとって。

 今目の前にしている光景も、フラストレーションの種。


『なぁ、先生!

 『予言の騎士』って肩書きで、なんとかアポ取ってくれよ!』

『無茶を言わないで、田所君。

 さっきも黒鋼さんに言われたけど………』


 休息日は、巡礼やミサ等の『聖王教会』の業務すらも停止している。

 司祭であるイーサンすらも、このボランティアに参加して忙しそうに走り回っているのだから、当然だ。


 だが、それを説明したところで、田所が聞く筈も無かった。


『だから、それをなんとか出来るのが、先生の肩書きなんじゃねぇか!』

『どうにも出来ないよ!』

『いい加減にしろよ、田所!

 無理なもんは無理なんだから、静かにしていやがれ!』


 最終的には、御剣兄の恫喝の声で、押し黙ったものの。


 やはり、その他の面々も辟易とボランティアの様子を眺めていた。


 そこでふと、


「アンタ等、『予言の騎士』一行とか言っているけど、本当かよ?」


 問いかけられた声に、その場の全員が弾かれるように反応した。


 長蛇の列の最後尾。

 受付の再開を待っているだろう、列の最後尾だ。

 貧民層らしき人間が、噴水に凭れかかり、自分達を見上げていた。 


 その頭には、血塗れの包帯に蛆が湧いたものが巻き付けられている。

 泉谷は、思わず呻いた。


「………何を驚いてんだよ。

 こんなの、スラムじゃ当たり前だ」

「………す、スラムなんて行った事無かったので…」

「ああ、そうだろうな。

 アンタ等は、そう言う汚いところなんか歩く必要が無いって、倦厭してそうだ…」


 男性の一言に、思わず鼻白む。

 だが、図星だった。

 その言葉の通り、彼等は今までスラムどころか、裏路地にすら足を運んだ事が無い。


「…医者に掛かれるような金も無きゃ、予防するなんて知識も無ぇ…。

 野垂れ死ぬか、病気でも患って死ぬのか、選択肢がそれしか無いスラムの人間なんて、アンタ等に取っちゃゴミ屑同然だろうよ」


 けどなぁ、と男性は続けた。

 吐き捨てる様に、言葉を紡ぐ。


「この王国の『予言の騎士』様は、違うよ。

 ………知ってるか?

 あの人は、わざわざこの日の為に、裏のルートまで作って、貧民街から亜人通りまで、この診察の話を回してくれたって…」

「………えっ」


 泉谷は、絶句した。

 喉が張り付いたようにして、言葉を紡げなくなる。


 ちなみに、実際のところは、多少事実がねじ曲がっている。

 裏ルートの開拓は、銀次が元々行っていた事業の一環であって、この為では無かった。

 だが、裏ルートを通じての診察の働き掛けを行ったのは確かだ。


「アンタ等は、何をしてくれるんだい?

 オレ達に、美味い飯を出してくれんのかい?

 それとも、オレ達の様な下層の人間まで診てくれんのかい?」

「…そ、それは…ッ」


 男性の言葉に、誰もが言葉を失った。

 言い返す言葉も、ましてや返答するべき言葉も持ち合わせていなかったからだ。


 泉谷の掌が握り込まれた。


 更には、


「アンタ等騒ぎ立てるだけで、迷惑しか与えてくれねぇだろうが」

「そうだそうだ。

 商隊キャラバンを巻き込んだ話は、王国にも流れて来てるんだからなぁ」

「----ッ!」


 スラムの男性を擁護する様に。

 他に並んでいた冒険者らしき一行も言葉を続けた。


 容赦なく、突き刺さる言葉。

 先程銀次にも言われた通り、それが彼等の評価。

 銀次に言われるよりも、効果が高い言葉ばかりだった。


 今更になって、思い知らされた現実であった。


「アンタ等は、違う。

 正直、女神様も教会も信じちゃいなかったが…」

「オレ達は、あの人が齎してくれた希望は信じられる」

「だからこうして、叶うかどうかも分からない希望を頼りに、脚を運んでんだから…」


 冒険者達は、それぞれ自身達の欠落した部位を見せつける。

 無精髭を生やしているが若い冒険者は、右腕の肘から下が無かった。

 逆に年嵩の冒険者は、左足が無く木の棒で支え、武器を杖代わりに噴水に腰掛けている。

 重篤な後遺症を負った患者である事は、医療知識が皆無の彼等にもよく分かった。


 だが、騒ぎ立てるでもなく、男達は大人しく受付再開を待っていた。

 今現在、整理券を受け取っている患者の中にも、自分達と同じ境遇の人間をちらほらと見掛ける事が出来るからである。


 老若男女、地位も生活層も、ましてや種族も問わず。

 整理券を受け取って並んでいる列には、様々な種族が混じりながらも、整然と並んでいた。


 その光景を見て、更に絶句した偽物一行。

 男は、そんな彼等に、言葉を続けた。


「………こんな光景、オレ達も見た事はねぇ。

 殺し合いが日常茶飯事のスラムにいた連中まで混じっているのに、皆人が変わっちまったかのように並んでいやがる」


 なんでか、分かるか?と、問いかけられた。

 しかし、それに答える事は、誰も出来ない。


 男は「やっぱりな…アンタ等は、違う」と、馬鹿にするようにして鼻を鳴らした。

 いつもなら撫すくれそうなものでも、今回ばかりは反応出来ない。


「………平等だからだ」


 その一言は、納得に足る理由だった。


「さっきの受付の騎士達の対応を見たかよ?

 スラムの人間が並んでいるのにも関わらず、平然と名前と診察理由聞いただけで、並ばせて待たせてくれる」

「…おれには、シスターの姉ちゃんが配給してくれたぜ?」

「ああ、オレも!

 シスターじゃなかったけど、配給の兄ちゃんが美味そうなパンを渡してくれた!」

「普通は、追い払われるのが関の山だ。

 街の医療院でも行こうものなら、その場で騎士を呼ばれてしょっ引かれても可笑しくねぇってのにさぁ…」


 その男性は、そのまま涙ぐんだ。

 過剰な反応だと思わざるを得ないまでも。

 スラムやその日暮らしの彼等からしてみれば、それは今までに無かった事だと言う。


 人間として扱ってくれる場所。

 『聖王教会』はその寄る辺となってくれる。

 そこに協賛し、こうしてボランティアで診察をしてくれる『異世界クラス』もまた、その寄る辺になろうとしていた。


 悔しさに、唇を噛み締めた。


 泉谷は思う。

 無理だ、と。


 何が無理か等、分かるべくもない。

 だが、無理なものは無理だったのだ、と半ば言い訳染みた言葉ばかりが浮かんでは消える。


 自分達の境遇では、無理な事。

 自分達の生理的な嫌悪感から、無理な事。

 あるいは、それ以外の理由、経験や知識、技術の観点から言って無理な事。


「(………無理に決まってるじゃないか。

 僕なんて、多少特殊でも普通に育っただけの教師なんだから…)」


 生まれが違い、育ちも違う。

 見た目や性格は当然ながら、今まで培ってきたものが違うのだ。


 それを自分に押し付けられても困る。

 そう思って、憤りすらも感じた。


 結局、その憤りを乗せた言葉は、口には出せないままだったが。


 その時だ。


「おい、どうした!?」

「わっ、大丈夫か、おっちゃん!」

「分かりません、突然倒れまして…ッ!」


 先程まで、整理を行っていた生徒が慌ただしく、駆け出した。

 その先には、騎士に支えられている市井の男性が、嘔吐をしながら呻いている。


 しかし、それも束の間。

 激しくなった嘔吐の声と共に、いきなりその男性が血反吐を巻き散らした。


『----ッ!』


 その場にいた全員が、息を呑む。

 緊張に、空気が震えたのが分かる。


 血反吐の中には、魔石が転がっていた。


「『ボミット病』か!?」

「うげぇ、大丈夫かおっさん!

 今、担架持ってくっから、ここで寝ててくれ!」


 遠巻きに眺めているだけであった、偽物一行の生徒達もこの症状には気付いた。

 『ボミット病』。

 魔力沈殿型症候群とも呼ばれる病。

 この世界では死病となる、脅威の病だった。


 過去、彼等の生徒も2名が、この病気で命を落としている。

 原因は、未だに不明なままだ。


 しかし、


「ヘンデルさん、担架で中に運び込むから手伝ってくれ!」

「お、おうよ!

 け、けど、治療なんて、出来るのかよ…ッ」

「先生とラピスさんなら、大丈夫だ!」


 阿鼻叫喚になるかと思った場。

 その場を収めたのは、駆け付けた『異世界クラス』の生徒達だった。


 永曽根と徳川である。


「騎士さん達は、ここ清掃して置いて!

 魔石は集めて洗っておいて欲しい」

「はっ!」

「了承しました!」


 手早く、担架を運び男性を乗せる。

 即座に教会の中へと、運び込む手筈を整えた。


 見事としか言えない手際である。

 しかも、聞き間違いで無ければ、彼等は銀次かラピスと呼ばれた女性なら、治療が出来ると言ったではないか。


「…嘘、だよね。

 『ボミット病』の治療まで、出来るなんて…ッ」

「手馴れていた様子でしたが…」

「いやぁ、まさか、流石に治療薬まで開発してしまったのとちゃいますの?」

「………医者って、本当って事?」


 各自が驚きのまま、見守っていた中。


「馬鹿野郎、今しがた吐いたばかりなら病原菌だらけだろうが!」


 今しがた駆け込んだ筈の教会から、追い出されるように飛び出した永曽根と徳川、ヘンデル。

 『ボミット病』と思われる男性の乗った担架も一緒にである。


 そして、その後を追う様に出て来たのも、先生こと銀次だ。


「治療するにしても何にしても、消毒してからだ!

 徳川は、水をありったけ持って来い!

 胃の中の消毒もついでに行っちゃうから、永曽根は塩貰って来て!

 間宮は男性のバイタル確認!

 ヘンデルは、これとこれを持って、そのまま待機!」


 これまた手早く開始される処置。

 片腕だけで処置を行う銀次の補助を行う様に、一緒に出て来たラピスと伊野田が、男性囲んで衣服を脱がしたり、口周りの洗浄をしたりする。

 手袋を嵌めた銀次が、男性の咽喉へと指を突っ込み吐瀉物を掻き出した。

 そこへ、徳川によって瓶一杯に持ち込まれた水で洗い流し、更に口に漏斗を咥えさせる。


 しかも、銀次が持ち込んでいた鞄の中からは、呼吸を補助する為の用途を持ったチューブや足踏みポンプが出て来た。

 間宮は、血圧計の様なものまで、引っ張り出している。

 足踏みポンプはヘンデルに渡され、チューブが男性の鼻へと挿入される。

 足踏みポンプで、空気を直接肺に送り込むようだ。


「ヘンデル、足踏み開始!

 間宮、バイタルは…!?」

「(心拍共に、微弱。

 上93、下44で、かなり衰弱中…!)」

「ラピスと伊野田で、胃の中身の洗浄を頼む。

 永曽根、塩はまだか!?」

「袋で貰って来た!

 水に混ぜれば良いんだよな!」

「漏斗で食塩水流し込んで、吐き出させる作業を繰り返してくれ。

 残りは、男性を押さえておけよ」


 そう言って、男性の腹へと手を翳す。

 何をしているのかは遠目にはさっぱり分からないまでも、どうやら処置が続いているようだ。


 その間にも、ラピスと伊野田が胃の洗浄を行い、胃の中に残っていたであろう吐瀉物や血液を洗い流していた。

 男性が嘔吐や痙攣で暴れようとするのを、永曽根と徳川が抑える。


 そして、


「よし、いいぞ。

 ラピス、塞いで…ッ」

「あい、任された」


 治癒魔法をラピスが無詠唱で展開。

 何故、治癒魔法が必要なのか、ほとんど理解出来る人間はいなかっただろう。


 だが、


「…嘘だ…ッ、そんな…!

 こんなにも、痛みが無くなるなんて…ッ!」


 男性が、生きている事だけは確かだった。


 あっと言う間の出来事。

 処置されていた道具を外された男性は、その場で手を借りながらも起き上がれるまでになっていた。


 ーーーわぁっ!!


 歓声が上がる。


 目の前で始まった唐突な処置。

 それが、瞬く間に終えたと同時、呆然としていた市井の人々は驚きや感動に手を叩いていた。


 ふぅ、と溜息を吐きつつ、額を拭った銀次。

 惜しげも無く向けられた拍手に対して高揚する様子も無く、少々顕著に過ぎる程に小さく手を振り返しただけである。


「流石は、『予言の騎士』様!」

「奇跡の業です!」

「噂は本当だったのか!」

「死病が治るぞ!

 これで、『ボミット病』には怯えなくて済む!」


 口々に伝播した人々の声が、更に歓声を煽る。


 賞賛、賛美、喝采。

 全てを一身に浴びているのは、銀次だった。

 そんな彼の周りに集まった、『異世界クラス』の面々だった。


 絶句する、偽物一行の生徒達。

 彼等は、まるで対局の位置にいると言う現状を、目の当たりにした。


 その決定的瞬間だった。


 『ボミット病』は、治らないからこそ、死病と恐れられていた。

 原因も分からず、ただただ魔力を溜め込んだまま魔石を吐き続け、最後は命すらも吐き出すように絶命する。

 大人ならば保って半年、子どもや老人等1月生きられるかどうか。


 それを、今目の前で、市井の人々の言葉の通り、奇跡のように。

 あっと言う間に、回復させてしまった。


 この世界では異例となる偉業を、彼等は片手間で成し遂げて。


「………見たかよ?」


 ふと、先ほどまで、彼等に話しかけていた男性が、口を開いた。

 その眼には、今度こそ堪え切れなかった涙が溢れている。


「あの倒れた男の服装を見て、良い生活をしているように見えるか?

 そんな男だって、あの人達は躊躇せずに救いの手を差し伸べてくれる」


 男性の言う通り。


 改めて見れば、血反吐を吐いて倒れた男は確かに貧相な恰好の男だった。

 とても市井の人間としては見えず、彼と同じくスラムか貧民層だとすぐに分かる。


「アンタ等に、それが出来るのかよ?」


 最後の問いかけにも、やはり誰一人として答える事が出来なかった。


 泉谷が、胸の前でぎゅうと拳を握りしめた。

 爪が血色を失って白んでも、まだ足りないとばかりに握りしめた拳。


 それだけでは無く、唇さえも噛み締めた。

 唇からは、血が滲み出している。


 他の面々ですら、同じような状況である。

 瞬く間の出来事ながら、その印象は強烈なインパクトを伴って彼等の脳髄に記憶された。


『なぁ、なんて言ってんだよ!』

『………自分で分かるようになれよ』


 複数名、田所等の言葉を分かっていない面々もいた。

 しかし、御剣兄の冷たい声音に、一蹴される。


 誰もが、辟易とした表情をしていた。


「………なんで、ここまで違うんだろうね…」

「………知るかよ、そんなの…」


 御剣兄妹の呟き。

 その一言すらも、泉谷達の心を抉った。


 思い知らされるのは、権力だけで十分だった筈なのに。

 彼等にとっては、銀次達を含む『異世界クラス』の面々が、敵であると認識される決定的な光景となった。


 その空気の中、誰も気付かない。

 偽物一行の輪の中にいた、少女が1人。


 黒髪の、小さな体の少女だった。


 一瞬の事。

 いつの間にか、輪の中を外れ、路地裏へと駆けて行った。

 まるで、逃げる様に。



***



 生徒達やラピス達も、昼休憩を終えて。

 途中で『ボミット病』を発症した男性が担ぎ込まれるなんてハプニングもありながら、何とかローテーションを回し切った。


 今後は、『聖王教会』で療養して貰う事になる。

 まだ、薬の絶対数が確保出来る環境じゃないってのが難点だから、まだ市井の人々に薬は使えないの。

 出し惜しみをしている訳じゃないけど、緩和策はしっかりと講じるからご安心あれ。


 閑話休題それはともかく

 午後の部の診察、再開である。


 午後からになると、重度の患者も増えだして、逆に軽度の患者が減り始めた。

 整理券の順番も半分切ったから、当日受付の患者さんだね。


 口伝で各所方面へと『聖王教会』にも騎士団にも、冒険者ギルドにも伝えて貰ってたからこその、この反響振りだったようだ。

 ちょと、やり過ぎた気がしないでもない。


「………多分やっちゃってるなぁ、これ」

「………治りますか?」

「うーん、今現在の治療だと無理があるかも。

 治療するにしても何にしても、まずはこの傷の化膿が治ってくれないと…」


 今受けているのは、Dランクの若い冒険者。

 依頼の失敗で魔物に傷付けられた肩の傷が、最近になって化膿を始めた挙句、腕が上がらなくなってしまったとの事。


 見てみると、肩がぱっくり。

 しかも、化膿している範囲も大きく、かなり酷い状態。

 治療費ケチって、放っておいたなこれは。


 多分、破傷風にもなってる。

 腕が上がらなくなっているのが良い証拠だし、最悪は切り落とす事になりかねない。


 そう言うと、若い冒険者は落ち込んだ。

 自業自得とはいえ、やはり冒険者生命が断たれるとなると、厳しい現実だろう。 


 化膿に効く薬を処方してやるが、一時凌ぎだ。

 まずは、傷を治してからになるだろうから、間宮に頼んで伊野田を呼んでもらった。


「あ、先生のところもなんですね」

「ルルリアもそうって事?」

「なんか、皮膚から膿が出てるから、先に患部を塞ぐって言ってました」


 えっ、それって大丈夫?

 ハンセンとか梅毒とかじゃないよね?

 感染が恐ろしいので、くれぐれも注意して貰いたいものである。


 まぁ、心配ばかりでは始まらないので、オレも目の前に集中だ。


 治癒魔法を負えて、改めて患部を『探索サーチ』。

 神経は多分大丈夫だけど、怪我をした後の処置が悪くて筋組織にまで菌が入り込んでるか。


 筋肉や骨の周辺が腫れていたので、『闇』で除去。

 どこに消えるのかは不思議なものであるが、便利なので使い勝手は良い。


 神経痛に効くのは、ミカン風呂。

 とはいえ、風呂に入る習慣が市井に無い世界なので、とりあえず解毒作用のあるお茶なんかを進めておいた。

 弄ると悪化するから、ちゃんと清潔にしておくようにと厳命。


「………これ以上は、力になれないが達者でな」

「いえ、これだけの事をしていただいただけでもありがたいです」


 なんでも、医療知識皆無だから、何が起こったのかすらも分かっていなかったとか。

 確かに、それは恐怖だった事だろう。

 そう考えると、こうした民間療法の提示や助言なんかも、役に立ちそうと考えられる。

 王国協賛で、民間療法のパンフレットみたいなの配れないかな。


 礼を言って去って行った青年。

 年齢的には、きっと香神達と同じころか。


 世界が違うだけで、ここまで差異があるとは。

 世知辛い。


「先生、次の方、良いですか~?」

「おう、良いよ」


 手を洗って、殺菌消毒してからソフィアからの声に返答。

 ノリノリの様だが、ナースに成りきっているのか。


 次の患者さんは、ぐったりとした子どもだった。

 背負ってきた父親らしき男性と、付き添いで来た母親もどことなくげっそりとしている。

 おそらく、貧民層。

 痩せぎすで可哀想と思うが、努めて表情には出さずにカルテに目を通す。


「2週間前から、嘔吐、下痢、発熱に、肛門から出血…?」

「はい、ずっと続いてます。

 最初はお腹が痛いと言っていただけだったのに…」

「うん、ちょっと診せて貰おうか」


 おっとと、本当に重篤な子どもも来ちゃったよ。

 診察用の机の後ろにあるベッドへと運んで貰い、診察を開始した。


 青白い顔をしている子どもには申し訳ないが、遠慮なく肛門へ指をずぶり。

 勿論、手袋は装着している。


「ひぃ…ッ!」

「ゴメンよ、ちょっと我慢して」


 触診では異物感も無く、切れた形跡も無かった。

 手袋に付着した少量の便を、間宮に頼んで旧校舎の理科室からパクって来た顕微鏡で覗き込む。


 すると、いるわいるわ、微生物がうじゃうじゃと。

 ………なんか、生ものでも食べたのかね。


「最近、生ものとか食べました?」

「い、いえ、そんな筈は…」

「見ての通り、ウチは貧乏ですから、生のものなんて野菜ぐらいしか…」


 となると、食中毒に似てるけど、ちょっと違いそう。

 お腹が空いて、その辺のものを食べたとなると、蛙とか鼠の類だろうか。

 病原菌の宝庫をよくぞ食べたもんだ。


 仕方なく、『探索サーチ』で、腹の中を重点的に覗いてみる。


 胃は荒れ放題だし、腸もところどころに潰瘍が見られる。

 正直言って、健康的な年頃の子どもの内臓では無い。


 気分が悪くなりながらも、『探索サーチ』を進めて行くと、


「お…ッ、と?」


 なんだこりゃ。

 腸の終わり、結腸の上あたりに何かがいた(・・・・・)


「………もしかして、これが原因か?」


 驚くべき事に、それはうじゃうじゃと。

 へばりつくように居座っているのは、何か白くて細長い虫の様なものだった。


 ぞわり、と鳥肌が立ってしまった。

 さっきの微生物は、おそらくこの白くて細長い虫と一緒に入ったものだったようだ。


 こりゃ、最悪腹を開かないと取り除けないか。

 『闇』で取り除いても良いが、それだとこの親御さん達は納得しないかもしれないし。


 いや、そもそも、これなんだ?って話。


『(アグラヴェイン、これ何か分かる?)』

『ほぉ、珍しいものだな。

 動物に寄生する寄生虫の一種で、基本的には人間の腹には入らぬ』


 とりあえず、叡智を借りよう。

 内心で呼びかけるアグラヴェインは、流石はこの世界の創成期を生きた精霊。


 これは、『白蛇蟲ヴァイスワーム』と言って、寄生虫の一種らしい。

 どうやら、見た事もあるようだ。


『焙って食うと美味いと、ソフィアが言っていたな』

『(………オレは、遠慮するけどね)』


 何つーゲテモノ食いですか、女神ソフィア様よぉ…。


『(コイツ等は動物のどこに寄生するの?)』

『様々ではあるが、腹が多いか。

 正直言って、内臓ならばどこでも良い筈だが…』


 つまり、動物じゃなくても良いって事だ。

 最悪、人間でも良い。


 おそらく、未だに街の中に既存している鼠でも食ったんだろうね、この子。

 野生の動物は、世の中に蔓延った魔物達の所為で、ほとんど絶滅危惧種か巨大化している。

 だが、害獣指定の鼠とか猫はまだまだ町の中とかで自生したりしているから。

 んでもって、内臓を抜かないで食べちゃったから、こうなった、と。


「腸の中に、蟲が入り込んでしまっているようです。

 申し訳ないですが、お腹を開いて取り出すか、もしくはお尻の穴からの処置となりますが…」

「た、助かるんですよね?」

「お、お腹を開くなんて…ッ」


 父親は子どもの命が掛かっているからか、決断は早い。

 ただし、渋っているのは、母親の方か。


 やっぱり、切除手術は、まだまだこの世界では受け入れられないだろうけども。

 仕方ないから、お尻の穴から処置しよう。

 駄目だったら、『闇』で除去すれば良いし。


 とはいえ、………子どもの穴には、オレの手は突っ込めんな。

 新しい手袋を嵌めた手と、子どもの幼気な尻を見て辟易としてしまう。


 ………尻込みとは、この事か。


『馬鹿を言え。

 強い血臭に反応する蟲なのだから、棒にでも血を塗り込んで突っ込んでおけば良かろう』

『(えっ、そうなん!?)』


 ………焦って損した。

 血臭を求めるから、内臓を食い荒らしていただけ。

 しかも、破ってはいない。


 つまり、血が好みな訳だ。

 まるで、蝙蝠さん。


 先に言って欲しかったな、そういうの。


『先に自己完結したのは、主の方であろう?』

『(そうでした、ゴメンナサイ)』


 オレの悪い癖ですね、自己完結。

 最後まで話を聞かないから、こうなる。


 お叱りを受けながら、処置へと移った。


 世の中、不思議が一杯って事だ。

 良かった、腹を開く事もお尻の穴に指どころか手を突っ込む事も無くて。


 綿棒に(間宮の)血を染み込ませて、肛門へとずぶり。

 『探索サーチ』をしながら頃合いを見計らおうとしたら、割と呆気なく結腸を抜けて綿棒に群がり始めた『白蛇蟲ヴァイスワーム』。

 新鮮な血に飢えているというのは、本当だったようだ。


 綿棒を引くと、綿を噛みちぎらんばかりに引っ付いて来た。

 まるで、蛭。


 こんなもの入れてたんだから、痛いに決まってるよね。


 白蛇とか言っていたからか、オレも怖い。

 綿棒を摘まんで運ぶ間、鳥肌が止まらなかった。

 間宮も腰が引け気味に恐々としながら、受け取る為のシャーレをささげ持っていた。


「ひぃ…ッ!」

「ああ、トリス!」


 そして、そんなものを見てしまった母親は、卒倒した。

 お父さんも真っ青だけども、まだ母親を支える余力はあったようで安心した。


 嘔吐は、おそらく胃粘膜の荒れている様子の所為。

 発熱もその所為か。

 ただし、肛門からの出血と下痢は、この『白蛇蟲ヴァイスワーム』の所為だったようだ。


 痛みが無くなったからか、子どもも多少は体調が回復。

 気付くと、自分で起き上がれるまでになっていた。


「これに懲りたら、なんでもかんでも口に入れるのは止める様に…」

「はい、申し訳ありません」

「ゴメンなさい」


 すごすごと帰って行く親子を見送って、溜息。

 来る時は、子どもを背負っていた父親が、帰りには母親を背負う事になるとはね。

 歩いて帰った子どもの回復力にもビックリだ。


 しかし、


「ギンジや~!

 腹から蟲を引っ張り出す良い方法は、知らぬかやぁ!?」

「はいぃいい!?」


 この『白蛇蟲ヴァイスワーム』パニックは、これで終わってはいなかった。


 隣から聞こえた、ラピスの悲鳴混じりの声に診療室を飛び出した。


「だから、言っただろうがよぉ!

 痛いから、早めに治療を受けさせてくれってぇッ!!」


 ラピスの部屋に戻ると、こちらはこちらで阿鼻叫喚。

 尻から出血していたという患者の男性が、ベッドでうつぶせのままで泣き喚いていた。

 そして、そんな彼の目の前では、ラピスと伊野田が途方に暮れていると言う図。


 ………いやはや、2件も続くとは思わんかったよ。


 『探索サーチ』で調べた結果。

 こちらもやはり、『白蛇蟲ヴァイスワーム』が、うじゃうじゃと腸壁に見つかった。


 しかも、こちらは先程の子どもの比では無く。

 随分と寄生虫を腹に入れたものである。

 今回も間宮に出血をして貰って、綿棒で取り除く作業を続けた訳だが、3本も消費する事になるとは思ってもいなかった。


 やっぱり、世の中は不思議で一杯。

 この世界が、不思議で一杯なのかもしれないけども。



***



 言葉少なに、王城へと戻った偽物一行。


 目的としていた巡礼すらも出来ないまま。

 一体、何の為に街に出たのかも分からなくなっていた。


『あーッ、腹が立つ!

 なんだよ、アイツ等、『聖王教会』まで独占しやがって…ッ!』


 田所の耳障りな声ばかりが、廊下に響いていた。

 誰も反応しない。

 イライラしていながらも、相手にするだけ無駄だと考えているようだ。


『おいっ、風呂の準備とか飯の準備とかどうなってんだよ!』


 田所が、護衛へと話しかける。

 護衛達は当然、日本語を理解していない為、問われても答える術は持たない。


 胡乱げや敵意の乗った視線を、泉谷へと向ける。

 その視線を感じながらも、泉谷は無言のままだった。


『おい、誰か通訳してくれよ!

 コイツ等、本当に使えねぇんだから…ッ』


 田所はそれでも構わずに、喚き散らしていた。

 その言葉には、労いも敬意も含まれず。


 辟易とした表情を誰も隠す事は無く、それでも無言のままであった。


 しかし、そこへ。


「風呂と飯の支度を聞かれているぞ」


 そんな彼等の目の前から、唐突に。

 田所の言葉を翻訳した声が、返って来た。


 視線を向ければ、そこには長い黒髪を束ねた長身痩躯の男性。

 アクセサリーをじゃらじゃらと身に付けた異色とも言える姿は、『異世界クラス』の校舎で、彼等も一度は眼にした事のあるハルだった。


 言葉を向けたのは、護衛達。

 日本語への答えに、的確な英語。


 驚きに目を丸めている彼等に、ハルは肩を竦めただけである。


「今日は、風呂の準備は無しだ。

 晩餐の準備は整っているが、詳しいことはメイドか侍従に聞きな」


 結局、その答えすらも全て彼の口から齎されたが。


「あ、あの…貴方も、日本語を習ってるのですか?」

「いや?」


 問いかけたのは、御剣妹。

 その言葉に、ハルは事も無げに答える。


「オレも、日本で暮らしていたからってだけだ…」

「しょ、召喚者なんですか!?」


 更なる驚きに、彼等が目を瞬いた。

 なまじ、ハルはハーフ。

 日本人離れした顔立ちをしている事で、誰も気付いていなかった。

 実は、『異世界クラス』の面々の一部も気付いていないと言うのは余談であるが。


「そう言うこった、仕事の帰りに気付いたらこっちの世界だ。

 とはいえ、今はその方が良かったとは思っているがな…」


 もう一度肩を竦めて、彼はそのまま通り過ぎようとする。


「あ、待って…ッ、あの…」


 呼び止めたのは、泉谷だった。


 しかし、


『おい、アンタ!

 アンタもオレ達に喧嘩売ろうってのか!?』


 その問いかけの声を無視し、口を開いたのは田所だった。

 実際、彼は英語が分かっていない為、今までの会話の半分以上も理解出来ていなかった。


 おそらく、昼間の事もあって、彼が喧嘩を売りに来たと考えたのだろう。

 最初に彼を見た場所が『異世界クラス』だったこともあって、すっかり敵認定をしているらしい。

 あながち、間違いでは無いが。


『喧嘩になる訳もねぇだろうが。

 お前等なんて、片手間で殺せるんだから』


 そう言って、チラつかせたのはナイフ。

 彼が羽織っていたラフな外套の下は、ごっそりと銀色の輝きが仕込まれている。


 アクセサリーの中にまで紛れているのを見つけたのは、刻龍が早かったか。

 指に嵌められた魔法具すらも攻撃用と判断したのは、虎徹が早かったか。


 それ以上に、唐突に噴き出した怒気に気付いたのは泉谷が早かったか。


 田所が、絶句したままに、踏鞴を踏んだ。


『でも、やらない。

 オレは、暗殺者だったが、今はそんな汚れ仕事なんかする必要がねぇからな…』


 その言葉に、思わず喉を鳴らした数名の生徒達。

 今度は日本語が分からずに小首を傾げている護衛達に、ハルは苦笑を零す。


「テメェ等も、こんな餓鬼どものお守で大変だなぁ」

「………職務だ」


 馬鹿にしたような色を含む声音に、隊長格の男が憮然としながらも堪えた。

 しかし、その表情からして、既に嫌々である事は分かり切っている。


 ハルは鼻を鳴らして、首を鳴らしただけ。


「オレ等の職務とは大違いってこった。

 銀次は、それなりに好きに動かしてくれるし、こうしてくっ付いて回るのは必要最低限で良いと言ってくれる」


 舌を出して、挑発までする。

 その挑発には、見事なまでに激昂を露にした護衛達の様子を見れば、引っかかったのはすぐに分かった。


 ハルは、ちゃり、と耳元の何個あるのかすら分からないピアスを撫でた。

 こりゃ、相当溜まってんだろうね、と。


 勿論、鬱憤の事。

 決して、下世話な話では無い。


 そこで、


「………そんなことを言いに来たのか?」


 続けて口を開いたのは、虎徹だった。

 彼が暗殺者だと分かって、尻込みをしている面々の中。

 それでも、妹と幼馴染を守る様に唯一前に出た彼は、なるほど肝が据わっている。


 ただ、やはり『異世界クラス』の面々には及ばないだろう。

 冷汗と青褪めた顔は隠しようが無い。


 教えてやりたかった。

 『異世界クラス』の面々は、その暗殺者にすらも立ち向かって勝って見せた、と。


 だが、口に出すまでも無く、そのうち分かる事。

 格の違いは、見るだけで分かるのだから。


「オレは、そんな暇人でもねぇさ。

 ウチの上司がお優しいので、当たり散らされるメイド達を考慮して、先んじて報せを出してくれただけさ」

「………お優しい上司の割には、礼儀が成って無い使いもいたもんだ」

「お前等に、礼儀云々を言われる筋合いはねぇからな」


 睨み合い。

 虎徹が、ぎっと唇を噛んだ。


 ハルの言葉は、その通り。

 田所や藤田等、礼儀のれの字も知らない面々ばかりの、一行である。


 実際、その所為で、この王国最強の騎士団長すらも敵に回している。

 これ以上、敵は増やせない。


 言葉遊びですらも、敵わない。

 虎徹は、渋々ながらも、引き下がろうとした。


『この際だから、はっきりと言っておくけどさぁ…』


 ピアスを撫でながら、ハルは続けた。

 今度は日本語で、この場にいる護衛以外の全員が分かるようにである。


『もう、この王国にいるの、無理だと思うぞ?

 無理っつうか、無駄。

 巡礼も出来ない、冒険者でも倦厭されるわ、街の人間からも罵倒浴びせられたんだろ?』

『て、テメェ、やっぱり喧嘩売ってんじゃねぇか!』

『だから、喧嘩にならないって』


 ひゅう、と音が鳴った。

 瞬間、今しがた声を張り上げた田所の目の前には、ナイフの切先が向けられていた。


 誰も、対処出来ない、早業である。

 もしハルが本気であったなら、このナイフは田所の眼を抉って眼窩を通り、脳にまで達していたに違いない。


 ここになって初めて、護衛の魔術師達が反応した。

 ポーズだけであっても、敵対勢力は遠ざけようとしているようだ。


 もう遅いとしても、だが。


『オレは、いつでもお前等を殺せる。

 さっきは必要が無いと言ったが、必要とあれば殺せるって事だぞ…』


 お分かり?と、ナイフの向こうで、ハルが唇を歪めた。

 田所の脚が弛緩し、その場にへたり込む。

 見れば、股座からはじわじわと小水が溢れて、ズボンや床の色を変えていた。


 ハルは今度こそ隠しようも無く、馬鹿にしたように鼻を鳴らす。

 口ほどにも無い、と。


『黙って聞けよ、馬鹿どもが。

 お前等が何をしようが、もう評価は覆らない。

 この王国では、既にお前等の悪行や馬鹿な行動の結果は、流言として国民にも伝わり始めている…』


 言われて、ようやっと気付いた。

 商隊の件を市井の人々から咎められたのも、今日の事。

 王国だけ上層部だけではなく、既に国民にも知れ渡っている。


 ますます、外に出るのすらも億劫になる一言だった。


 だが、まだハルの言葉は終わっていない。


『立場を理解するのは、お前達の方だぞ。

 いい加減、諦めて自分達の穴倉に帰んな、はた迷惑の偽物野郎どもが…』


 以前、田所が発した言葉を揶揄しながら。

 そう言って、踵を返したハル。


 そんな彼に、一同は今度こそ何も言えないまま、背中を見送る事しか出来なかった。

 泉谷も、問いかけの言葉は言えないままだ。


 だが、


「あ、忘れてた。

 もう一つ、言っておかなきゃいけなかったんだが…」


 数歩進んだあたりで振り返ったハル。

 まだ何か言われるのか、と全員が身構えた中で、


1人足りない(・・・・・・)って、いい加減気付けよ」


 その言葉に、その場にいた誰もが絶句した。



***



『聖王教会』のボランティア、終了である。


 今回は、予想通りの大盛況となり、予定していた1000人どころか、それ以上の1200人を診る事となった。

 結局、延長戦が2時間だ。


 夕方を目途にしていた筈が、既に夜の帳が落ちている。

 時刻は、既に9時を回っていた。


 それでも、実りは大きい。


 オレ達は、過去数百年でも足りない治療記録カルテが手に入った。

 管理は厳重にするが、これで対策を取れる病気だってある筈だ。

 風邪かインフルかも分からない患者もいたが、これにはラピスの漢方の知識が役に立った。

 その代わり、オレ達の現代の知識が役に立つ場面も多かった。

 研究を重ねて、徐々に治せる病気を増やせれば。

 オレ達の手で救う事の出来る患者が増やせれば良い。


 そうすればきっと、この世界も病気に怯えなくても良くなる。


 今回請け負った患者のうち、重症患者数余名が『聖王教会』で預かる事になる。

 内3件が『ボミット病』で、他にもハンセンやら梅毒やら、糖尿病に似たような症状の患者なんかも来ていた。


 『ボミット病』の治療は、緩和策のみ。

 薬を使うのは、在庫が確保できるようになってから、となる。

 その代わり、例の魔力吸収型の魔法具を預けておいた。


 他の患者達に関しても、患者の膿等に触れない、または飛沫感染などを口酸っぱく注意してから、治療法と言うよりかは民間療法での治療を伝えておいた。

 流石に、ハンセン病は鬱病の薬が必要で治療は無理だし、梅毒も治療薬となる薬の名前がなんだったのか思い出せない。

 前に時代劇風の医療ドラマでやってたはずなんだけど…。


 『闇』で除去をしても良いが、神経系統まで及んでいるから無理。

 流石に、歩けなくなりますなんて言えないし、そもそもミクロの世界となる病原菌まではオレの眼でも見えないから。


 糖尿病の人は、あれだ。

 『聖王教会』での精進料理で、1年もしたら回復するよ。


「今日は本当にありがとうございました。

 皆様に、ご協力への感謝と慰労を…」

「こちらこそ、協力ありがとう」


 さて、そんなこんなで片付けを終えて。


 教会の入り口まで見送ってくれたイーサンに別れを告げて、教会を後にする。

 まだ、教会の入り口に屯して残っていた患者達がいたが、流石にこれ以上はオレ達が引き受け切れない。


 次回のボランティアは、予定として2ヶ月後の休息日を予定。

 6月の1週目だ。

 今回、受けられなかった市井の人々は、その2か月後の休息日に優待と言う形で、先に受付をしておく。

 今も、その受付の為に、シスターや神父達が優待券代わりの板を配っていた。


 1200人を受けても、まだまだ患者は多い。

 今も受付の優待券を求めて並んでいる人数が、100人以上。


 次回の時は、喧伝が広がって、もっと人数が増えるだろう。

 ボランティアとしては盛況だが、オレ達の労力がかなり削られる事になりそうである。

 まぁ、これで少しは、オレ達が違うと分かって貰えればいい。

 勿論、偽物一行との違いであるが。


 ………意識していないとか言っておいて、結局意識しちゃってんのね。

 オレってば、現金。

 昔は、ここまで他人の評価なんて、気にしなかった筈なのに…。



***



 そんな帰路での事だった。


『………かなで君!』


 路地裏から飛び出すように、1人の少女が出て来た。

 黒髪の小柄な少女だった。

 見た事がある気がするのは、その着ている制服やらの所為か。


 偽物一行と行動を共にしていた筈の、少女である。

 名前は知らないが。


 接近は気付いていた。

 だが、声を掛けて来るとは思わなかった。


『知り合いなのか、間宮…』

『(ふるふる)』


 気になる事もあったので、応対する事に。


 この少女、先ほど『奏君』と呼びながら、飛び出して来たのだ。

 オレの隣を歩いていた、間宮の下の名前を、だ。


 他人の空似ならばまだしも、名前まで一致しているからには勘違いではないだろう。


 大方、子どもの頃の知り合いか。

 もしくは、幼少施設での同期?


『あ、あの…ッ、奏君、覚えてない…?』

『(ふるふる)』


 しかし、どうやら間宮は覚えていないようだ。

 その反応に、黒髪の少女がより一層、落胆に表情を歪ませた。


 ………可哀想とは思う。

 不憫。


 覚えておいてやれよ、とは…流石にオレも言えない。

 オレだってもう、施設の時の同居していた子ども達の名前なんて思い出せないからだ。


『…君、どうしたの?

 先生や、他の生徒達は?』

『………あ、あの、はぐれちゃって…』


 オレが問いかけると、少女は目線を逸らした。

 はい、嘘。

 おそらく、逃げたが正解。


 実際、ハルからの報告で、偽物一行の生徒の1人が逃げたのは知っていたし。


『じゃあ、王城まで騎士に送ってもらいなよ。

 戻る予定がある部隊を、護衛に付けてあげるから…』

『えっ…い、嫌です!』


 ………拒否された。

 嫌って言われても………。


 逸れたと言う言葉を鵜呑みにしたフリをしただけなのに、呆気なく王城へと戻らせる作戦は不意にされた。

 彼女は向こうの一員であって、オレ達の生徒でも無いのだし保護ってのもなぁ。


 だが、意を決したらしい。


『お願いします…!

 わ、私を、こちらのクラスに居させてください!

 もう、あんな人達と一緒にいるのは、嫌なんです…!』


 そう言って、彼女は必至な様子でオレ達に頭を下げた。


 ………なんで、コイツ等、揃いも揃ってこんなに面倒臭いんだろう。



***

(後編へ続く)

問題が起きるのは、もはや安定の今日この頃。

少なくとも、この偽物一行が滞在している間は、何かしら彼等ぐるみの問題が出て来ますのでご了承くださいませ。


ちなみにこの世界での平均所得ですが、大体平民で1家族200Dmが基本。

大体、日本円にして3万前後。

税金が、収入所得の20%なので割と高めです。

もし医療院を受けるとなると、大体初期経費だけで2千Dmなので、日本円で30万円前後。

なので、こうしたボランティアや派遣医師に、市民が頼らざるを得ない現状です。

改革をしたいのは根っこの部分ですが、どれもこれも結局国庫からのお金が発生するので、王国と協議中の段階となっています。


小ネタと言うか、裏事情でした。


誤字脱字乱文等失礼致します。

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