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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、新学期編
149/179

141時間目 「特別依頼~冒険者の矜持~」2 ※流血、暴力表現注意

2017年2月22日初投稿。


続編を投稿させていただきます。

ちょっと、忙しかったと言うか時間が時間だったので、駆け足投稿になります。


141話目です。

前回に続いて、ジャッキーとの依頼消化。

問題発生は、はてさて、何が起こるでしょうか。

***



 オレが最前線に出て、魔物を片付ける。

 討ち漏らしは、具現化したサラマンドラが一匹足りとも後方に通す事は無い。


 実質、オレ達の側の魔物は、ほとんど通さなかった。


 援護やアシストもジャッキー達を中心に行っていたので、楽で良かった筈だ。

 ゲイルも途中から、暇そうに槍を抱えて仁王立ちをしているだけとなっていた。


 そんなことを続けて、しばらくの事。


 未だに魔力の上限が見えない中で、オレ達の足下には魔物の死骸ばかりが積み重なっていく。

 動き続けていたので息が切れ始めたが、まだまだ体力的には余裕だ。


「おーいっ!!

 そろそろ、一段落だ!」

「あいよっ!」


 背後から掛かったジャッキーの声。

 彼の声に答えつつ、背後に迫ったヘルハウンドからの奇襲を、肘鉄と日本刀のラッシュで叩き伏せた。

 血振りをしてから、納刀。

 アグラヴェイン監修の刀だけあって、切れ味が鈍る事も無く、血振りだけで事が済むのもありがたい。


 オレの仕損じた魔物を数体まとめて消し炭にしていたサラマンドラも、行動を止めた。


 そこで、背後から『風』が流れ始める。

 発生源は、どうやらべリルさんのようだ。


「今、血臭や香袋の臭いを飛ばしてしまうでな。

 しばらくは、お主等が仕留めた獲物の解体じゃ」

「はいよ」


 一度、彼等の元へと戻る。


 追加をするように、ゲイルが『障壁』を張った。

 オレ達の背後に飛び掛かろうとしていた魔物達が、『障壁』に拒まれて悲鳴を上げる。


「は、初めて見ました、『聖なる障壁』って…」


 ………志津佳ちゃんの呟きは聞かなかった事にしよう。


 どうやら、先に素材の切り分けや、昼食、休憩を挟むようだ。

 長丁場になると分かっている。

 一気に減らせるものでも無ければ、オレ達の体力もそこまで保つ訳じゃないとの事だ。


 オレも、こうして本格的な冒険者と共に依頼に出かけるのは初めてだったので、少しだけどぎまぎしながら、地味にワクワクもしていたり。

 昼飯の準備に動き出す面々の輪の中に加わった。


「(獲物の回収はオレ達で行ってきます)」

「先生ってば、本当にオレ達に仕事寄越してくれないんだもんなぁ」

「悪いな」


 オレとサラマンドラが仕留めた魔物の回収は、間宮と榊原が動き出す。

 榊原からは、予想通りのボヤキを戴いた。

 ジャッキー達の獲物は、ある程度まとめてあったようで、スレイブさんと一緒にずるずると引きずりながら歩いて来る。


「………にしても、ランク一つ違うだけで、これとはねぇ…」


 スレイブがそう呟いたと同時に、自身の仕留めた獲物の量とオレの獲物の量とを比べて、肩をがっくりと落としていた。


「しゃぁねぇよ。

 コイツは、人間の皮を被った別の何かだと思え」

「それ酷い!」

「ははっ、んならたった1時間足らずで、山になった魔物の死骸の言い訳を聞こうか?」

「………それでいいです」


 言い訳は出来ない。

 端的に言えば、ジャッキー達が数十体に比べて、オレの方は既に100体を超えているから。


 ゲイルやローガンもフォローは出来ないと踏んで、呆れ気味。

 助けを求めたら肩を竦められたのもあって、救援は望めなかったようだ。


 げっそりとしつつも、マスクを剥ぎ取った。

 息が篭って、苦しかったしね。

 香袋の臭いも撒き餌の焼ける腐臭も今は、落ち着いているようだ。


 ふと、そこで。

 足下からの熱烈な視線を感じて、そちらを見た。


「………やっぱり、アンタ、どっかで見た事あるんだよなぁ…」

「へっ?」


 突然の事に、驚いた。

 素っ頓狂な声で、疑念を返してしまう。

 オレの顔をまじまじと見ているのは、ラックである。


 彼は、順次運ばれて来る魔物の素材を解体する傍らで、オレを見上げて唸り声を上げている。

 ………解体中のナイフを、口に咥えながら。

 おい、やめろ、病気になるぞ。

 死んだ動物の血なんて、病原菌の宝庫である。


 っと、それはさておいて。

 その後も、唸り声を上げるラックに、恐々としながらも視線を彼方へ。


 見覚えがあると言われても、だ。

 オレは、元々この世界の人間じゃないし、この世界に来たのはせいぜい半年前。

 彼は、今月になって、このダドルアード王国に来たばかりと言っていたので、接点は一切無い筈なのである。


 だから、そんなことを言われても困る。

 オレ達の世界の人間ならまだしも、彼はこの世界の人間然りとしているし…。

 揺さ振ってみようか、ちょっとだけ。


「従軍経験でも?」

「うんにゃ?

 オレは、産まれも育ちも冒険者だからな」

「………元々のご職業は?」

「そりゃ、アンタと同じだが、ここでは言えない話だろう?」


 ………駄目だ、このままだと墓穴を掘る。

 ラックは、言葉遊び(・・・・)に対しても大層心得があったようでオレが劣勢となった。


 ジャッキー達までならまだしも、ここには向こうの偽物一行の生徒達まで同行している。

 流石に、オレが元軍人では無く暗殺者だった事は、バレるのは不味い。


「まぁ、多分、他人の空似だとは思いますけど…」

「おう、そう言う事にしておいてやらぁ」


 お互い様、という事でそれ以上の会話は打ち切りである。


 そこで、間宮達も戻って来た。

 何往復もして、魔物達の死骸を運んできた彼等は、薄っすらと汗を滲ませている。

 肉体労働の意味が違ったな。

 ………後始末を任せちゃって、ゴメンよ、お前達。


「………今は、何をしているんですか?」

「うん?

 ………さっきと一緒だけど?」


 またしても、話しかけて来たのは華月ちゃん。

 いつの間にか、先ほどのインテリ男子・優仁君と同じくメモ帳を片手にしている。


 聞かれたとしても、さっきと同じだ。

 素材を切り出して、次の撒き餌になる内臓を取り出している。

 と言っても、今回は血臭で勝手に寄って来るだろうから、そこまでの量は必要ない。

 ほとんどが素材の切り出しになっている。


「え、えっと、じゃあ…この魔物はなんていうんです?」

「これは、ダークキャット。

 『闇』属性を持っていて、闇に紛れて獲物を襲う習性があるからこの名前」

「素材は、どこなんですか?」

「尻尾と眼球だよ。

 尻尾は鞭みたいに長くて良くしなるから、皮を剥いだ後に防具の縄に組み込まれるし、眼球は魔術の触媒とか何とかで重宝されてるんだ」

「わぁ、凄い」


 やはり、この子はまともな部類の子だったようだ。

 ちょっと、常識はずれで無鉄砲なところはあるけれど、真面目で勤勉でもある。

 今も、オレが答えた内容を、メモしていた。

 ただ話題を捻り出そうとあわあわしている様子は、ちょっとだけ気になる。


 そこで、


「く、黒鋼先生も、冒険者としては長いんですよね?」

「うんにゃ。

 オレは、まだたった数ヶ月程度だよ」

「ええっ!?」


 何故か、酷く驚かれた。

 いや、まぁ、その反応は、慣れているけども。


「で、でも、だって、さっき、Sランクよりも上だって…ッ」

「あ~、うん…」


 答え辛い質問である。

 一緒になって、捌いていた手元が多少、狂いそうになってしまう。


 ただし、これには頭上でオレ達のやり取りを見下ろしていた、悪戯好きな困った奴等がニヤリと笑っていた。


「なにせ、コイツは登録一発目のSランクだからな」

「そうそう。

 しかも、たった数ヶ月の内に、SSランクなんて幻のランクまで叩き出していやがる」

「ええええええっ!?」


 結託した、ジャッキーとスレイブが、容赦なく事実を吐き散らかしてくれた。

 嫌だ、もう。

 オレとしては、これ以上の肩書きはいらん、と言うのに周りが勝手に騒ぐんだから。


 案の定、飛び上がって驚いた華月ちゃん。

 他の生徒達面々も、まるで落ちてしまいそうな程に目を見開いていた。


「ちなみに、こっちの赤髪の姉ちゃんもだ」

「………止せ、ジャッキー。

 私では、まだまだ銀次に並び立てる程の実力は無い」

「えええっ、この人まで…!?

 ………し、しかも、姉ちゃんって事は、女の人ぉ…ッ!?」


 こっちはこっちで、ダブルの驚きか。

 ローガンは、オレと同じく散々言われ慣れただろうお約束の一言に、頬を掻きながら赤面していた。


 オレは、それより前の一言の方が気になるんだけどねぇ。


「………並び立つ実力があるから、ランク上がったんでしょ?」

「それでも、だ。

 私はまだまだお前の足下にも及ばん」

「何、謙遜してんだよ?」


 むぅ。

 何をそこまで、ネガティブになっているのか。


 しかも、オレの事ヨイショしようとしている訳でも無く、純粋に悔しがったような眼をしている。


 捌き終わったダークキャットの死骸を、ポイと捨てる。

 少々、乱暴な手つきになった所為で、少しばかり音が立った。


 それに気付いたローガンが、眼を丸めてオレを見る。

 次の獲物を引っ張って来て、そのまま眉間に解体用に使っていたナイフを突き立てた。


「………オレだって、好きでこうなった訳じゃないよ」

「………。」


 本音を、ポロリ。

 ローガンが黙り込んだ。


 ちょっとだけ、イラっとしている。


 ランクの件も、オレが登録一発目云々とか言うのも、別に良い。

 人間以外の何かだ、と言われるのも慣れて来たもんだ。


 けど、それを一緒になって、ローガンが言わなくても良いじゃないか。

 オレの嫁さんである、彼女が言わなくても良いじゃないか。


 そう思うと、遣る瀬無くなった。

 オレだって、望んでこの体になった訳でも、ランクになった訳でも無いのに。


 なによりも、並び立つかどうかは他人が決める事では無い。

 オレが決める事。


 そして、彼女にはオレを武力面で支える為に、隣に立って貰わないと困るのに。


「………済まん」

「いや、別に良いよ、怒ってる訳でも無いし…」


 怒ってる訳でも、叱っている訳でも無い。

 ただ、ちょっとイラついただけ。

 相変わらずというかなんというか、冒険者の話となると途端に厳しくなるんだから、ローガンってば。


 ………って、何の話をしていたんだっけねぇ。

 ランクの話だったか。

 勝手ではあるが、話をもとに戻さないと微妙な雰囲気になってしまう。


 ………もう十分、微妙な雰囲気だったけどね。


「………あ、そういや、君達のランクは?」

「えっ?……あ、そ、その、………お、オレ…いえ、私は、Bランクです」


 ………さっきから思ったけど、この子可愛いのにオレっ子なんだ。


「………無理に、呼称は変えなくて良いよ。

 それで、華月ちゃん以外の、他の子達は…?」

「え、えっと、兄貴がAランクで、刻龍クーロンがオレと同じBランクです」


 兄貴こと虎徹君と、金髪の中国人チャイニーズこと・刻龍君を見上げると、こくりとそれぞれ頷きが返された。


「オレは、Cランクですわ」

「僕も同じくCランクです」

「えっと、私はちょっと、言い辛いんですけど…Dランク…です」


 更に晴明君と優仁君、志津佳ちゃんと続いた。


 やっぱり、見立ては間違ってなかったみたい。

 あの連中の中で、一番強いのがおそらく、虎徹君でその次に華月ちゃん。

 刻龍クーロン君も、同じぐらいかちょっと下。


 意外だったのは、優仁君までもがCランクという事。

 晴明君はなんとなく分かるけど、一見すると彼からは闘争の気配は一切感じられなかったから。


 でもまぁ、それでもこの依頼のランクを受けるには足りないけどね。

 結局、平均がCランクだから。

 苦笑を零しつつ、相槌を打ちながらももう一度獲物へと向き直った。


 有難いことに微妙な雰囲気は、霧散している。


「ちなみに、お2人は?」


 華月ちゃんが今度視線を向けたのは、間宮と榊原だった。

 彼等もオレの背後で、獲物の解体作業をしている。


「間宮はSランクで、オレはAランクだよ。

 じゃなきゃ、この依頼にはくっ付いて来させて貰えなかったし…」

「(こくこく)」


 オレが答えるよりも先に、榊原が顔を上げて答えた。

 少し照れくさそうにした彼は、今しがた血塗れの手で鼻を擦った事に気付いていないようだ。

 気付いた間宮がハンカチを濡らして、ごしごし拭っていた。

 ………熟年夫婦?


「………やっぱり、オレ達とは全然違うんですね…」

「うん、………と?」


 ふと、華月ちゃんが少しだけ、意気消沈。

 まぁ、ここにいるのは、全員が上のランクだから、少しばかり自信を失っても仕方は無いだろうが。


 ただ、慰める義理も無い。

 可哀想とは思うが、そのまま格の違いを目に焼き付けて行って欲しいものだ。

 そうすりゃ、多少は噛みつかなくなってくれるんじゃないかと、ね。

 ただの希望的観測と皮算用。


「ほらほら、華月さん。

 今日はランクの事で競う為に来たんじゃなくて、レクチャーを受ける為に来たんですから…」

「そうそうっ。

 教えて貰って、今度こそ上手く依頼が受けられるように、頑張ろうよ」

「えっ…あ、うん」


 オレがフォローに入るまでも無く、優仁君と志津佳ちゃんが口を開いた。

 やっぱり、この子達は思っていた以上にまともだ。


 過激なのは、やはり例の田所青年と、藤田 莉子だったのだろう。

 どうしようもないのが、泉谷だろうが。


 さて、閑話休題それはともかく


 その後は、レクチャーなどを交えながら、しばらく魔物の解体。


 捌いた魔物の名前や習性、群生地などから始まり、どこが素材になってどんな魔法具や防具に変わるのか、等。

 他にも、どういった依頼があったのか等も聞かれたので答えた。


 例のガンレム事件の事は、ジャッキーから始まって、榊原が意気揚々と語り始めたりしてしまって、恥ずかしかったり。

 その後、ローガンからまたしても、無茶をして!と叱られた。

 ………藪蛇である。

 蛇は嫌いなのに…。


 そんな余計な脱線をしつつも、解体に目途を付ける。


 途中で、解体した後の魔物の肉などを焼いて、その場でバーベキュー。

 自給自足の昼食となった。


 だが、オレとしては、かなりキツイ。

 ジャッキー達や間宮は気にした様子は無かったが、オレは肉の焼ける臭いを戦場で嗅いで来た所為もあってか苦手なのだ。

 だから、焼き肉とかも行けないしね。


 昼食は持ってきたサンドイッチだけとしておいた。

 ローガンには体調を心配されたが、仕方ない。


 そんなちょっとした問題がありながらも。


 昼食もシガレット休憩も、ジャッキー達に至っては酒の休憩(※オレも無理矢理突き合わされた)すらも終え、


「よし、そろそろ始めるか。

 日の傾き具合から見て、後2回ぐらいは休憩出来んぞ」


 ジャッキーの号令を受けて、再度魔物狩りを再開。

 今度も同じような時間を目途に、討伐作戦に移るとの事だった。


 再度、サラマンドラを具現化する。

 またしても、と今度は驚きよりも呆れた視線を貰った。


 更には、オレの足下でナイフの確認をしていたラックが、


「それにしても、アンタはまだ魔力に余裕があんのかよ?」

「ああ、うん」


 訝し気な表情で、見上げて来た。

 厳つい顔と見上げる体勢の所為で、睥睨をされたような気持ちになってしまった。


「まだ、5分の1も使ってないと思ってるけど…」

「かーーっ、『太古の魔女』かってんだッ!」


 ラックからは、そんな叫びを戴いた。

 ………『太古の魔女(ラピス)』なら、生徒達の依頼に同行しておりますが?

 そして、オレの嫁さんですが、何か?


 ローガンに助けを求めようとしたら、彼女は頬を膨らませてそっぽを向いてしまう。

 ゲイルまでもが、今回は顔を背けていた。

 やっぱり、魔力関連の話をするのは、良いことが無い。


 なんてことも、ともかくとして。


「んじゃ、気を抜き過ぎて、足下掬われんなよ?」

「そっちこそ、息子の前で醜態晒すなよ、酒飲み親父」

「………本当、心配」

「うるせぇギンジ!

 ディルも一緒になってんじゃねぇ!」

「お主の方がよっぽど五月蝿いわ!」

「良いから、とっとと行けって、お2人さん!」


 気安い掛け合いをしながらも、駆け出した。

 次の休憩までには、ジャッキーが今のやり取りを忘れている事を祈るしかない。



***



 しかし、数十分後。


 討伐、駆逐、殲滅。

 まるで、戦場に戻った気分だ。


 そうとすら思え始めてしまった魔物達との死闘を続ける事、数十分。


 振い続けた日本刀を持つ、右腕が震え始めていた。

 アグラヴェイン監修の日本刀なので、切れ味が落ちる事は無い。

 それでも、酷使するのが右腕ばかりで、感覚がマヒしてくる。


 『隠密ハイデン』とのスイッチで騙して誤魔化して、と続けているのだが、いかんせん疲弊しているのも事実。

 オレの鍛錬不足で無い事を切実に祈るしかない。


 サラマンドラは、快調に敵を屠り続けていた。

 オレ達の周りには、頭を潰されたものや黒焦げの魔物の死骸ばかり。


 積み上がり始めたので、サラマンドラにお願いして脇に避けて貰ったりもした。

 脚を取られては敵わないからね。

 さっきのジャッキーからの言葉を現実にする訳にもいかない。


 ちなみに、さっきジャッキーでは無く、スレイブが吐いていた。

 おそらく、ブランクやら酒やらの所為と思われる。


 今では前線に戻って、活き活きと大剣を振り回しているけども。


 彼も隻腕なので、オレと同じく片腕ばかりを酷使しているだろうに、大丈夫なのだろうか?

 オレみたいに、騙して誤魔化してなんてのも獲物が一つじゃ難しかろう。


 まぁ、鍛え方が違うのかもしれない、と思っておく。

 オレも精進しなければ。

 それでも、とりあえず、今は『隠密ハイデン』とのスイッチで、しばらく楽をさせて貰うけども。


 だが、更にそんなスイッチを20分ほど続けた辺り。


 違和感を覚え始める。

 オレだけではなく、サラマンドラもそうだった。


 魔物達は、後から後から、それこそ雪崩のように湧いて出て来る。

 森の中に徘徊していたとはいえ、流石にこの数はちょっと異常過ぎると感じた。


 森から飛び出して来る魔物は、途切れる事が無い。


『主、何かが可笑しいぞ!

 この森にいる筈の無い、異種まで出て来始めた』

「………本当だ。

 あの鹿みたいな魔物とか、オレも初めて見る」


 更には、サラマンドラの言葉通り、今までオレも見た事が無い鹿のような魔物や、鳥の様な魔物までもが殺到して来ている。


「おいッ、ありゃ、西荒野に出る赤尾鹿レッドテイルベニソンだ!」

「あっちは、絶叫鳥シャウトバード

 いつから、北の森にはこんな異種が入り込んでいやがった!?」


 ジャッキー達も異変に気付いたらしい。

 鹿の様な魔物は赤尾鹿レッドテイルベニソンで、鳥の様な魔物は絶叫鳥シャウトバード

 しかも、スレイブが言うには、西荒野に生息する魔物のようだ。


 確かに西の荒野には面しているが、この北の森で現れるのは相当珍しい様子。

 北の森には、彼等の天敵となるダークキャットやヘルハウンドが生息しているからこそ。


 ただ、生息地が別だろうが、飛び掛かって来られたのであれば敵は敵。


 飛び蹴りをかますように跳躍したレッドテイルベニソンを、ひらりと躱してから擦れ違い様に切り捨てる。

 更に、背後から襲い掛かろうと大口を開けていたシャウトバードは、サラマンドラが炎の鉄拳を叩き付けて墜落させた。


 後から聞いたら、シャウトバードが口を開けるのはその名の通り絶叫する為だと言う。

 耳が良い奴なら、ひっくり返るとも聞いた。


 叫ばれる前に、サラマンドラが片付けてくれて良かったよ。


「これ、何をしておるか!

 このような状況になったのならば、致し方ない!

 下がって、態勢を整えよ!」

「分かった!」


 それはともかく、今回はちょっと異常事態。

 魔物達の追随を受けながらも、少しばかり離れすぎていた広場の中心へと退避を開始した。


 殿はサラマンドラが努めてくれるので、オレは振り返らずに走るだけ。


「済まん、遅くなった」

「いいや、十分早い。

 今、ラックが『聖』属性の結界を張るから、しばし待ちや」


 べリルに言われて、ラックを見る。

 すると、彼は地面に魔法陣を描いている最中であった。


 手際は良いし、淀みも無い。

 即座に書き上がった魔法陣は、見事なものだ。

 こりゃ、一度ウチの校舎で、魔法陣の講師として招いても良いかもしれない。


 しかし、


「………描けたが、魔力が足りないかもしれねぇ!

 整えられるのは、数分ぐらいだから急いでくれよ!」

「ああ、待て待て!

 それなら、オレが起動するから…ッ」


 どうやら、魔力総量は心許ないようで。


 いや、そんな数分しか保たない魔法陣起動されても困るよ。

 オレの整えるものはほとんど無いし、未だに上限が見えない魔力の使い道を持て余しているところなのだから。


「お、お主、死ぬ気かや!?

 上位精霊を具現化しておいてからに…ッ」

「生憎と、まだまだ全然魔力が有り余ってるから、逆に言うなら使わせて」

「………化け物か!?」


 いやん、失礼しちゃう。

 悲しくなるので、勝手に誉め言葉として受け取っておく。


「どうでも良いから、さっさと起動させろ!」

「シャウトバードが叫ぶぞ!?」


 急かされた。

 ゴメンなさい。


 ラックの描いた魔法陣へと手を付いた。

 魔力を流し込むと、途端に広場を包み込むような形で『聖なる障壁(ホーリーウォール)』が展開される。


 間一髪で間に合ったようだ。

 シャウトバードが叫んだが、何かしらの魔法要素があったのか『障壁』の中には、ただの鳥の鳴き声だけが響いた。


 あ、なるほど。

 ジャッキー達の『咆哮ハウリング』と同じ原理なんだね。

 物理的な音に魔力を乗せて、万倍に高めるって奴。


 衝撃と共に、魔物達が『障壁』へとぶつかって来た。

 まるで死に物狂いとでも言う様に、突進して跳ね返されても尚も向かってくる。


 広場を覆うように展開している為、森を挟んで通り道を塞いでいる形になっている。

 魔物達は道を頼りに走っていたのだろう。


 おかげで、西側の『障壁』の外が、魔物達が殺到しては圧し潰されと肉の壁が出来上がり始めていた。

 間近で見るとグロい光景だ。

 背後で華月ちゃん達が、口元を押えて蹲った。


 頼むから、吐かないで欲しいな…。


 ただし、


「………迂回を始めた…」

「なんだか、異様な光景だな。

 まるで、魔物どもが他の魔物達から逃げているみてぇだ…」


 魔物は、やはり後から後から湧いて来る。

 サラマンドラも、これは流石に様子が可笑しいと判断したのか、討ち漏らしどころか素通りする魔物達を横目に、真正面の森の奥を睨み付けている。


 オレも、気付いた。


 何か、近づいて来ている。


『主、何か来る!』

「分かってる」


 サラマンドラが下がって、オレの後背となる頭上へと控えた。

 オレも魔法陣に手を添えたままで、森の奥を透かし見るように睥睨する。


 まだだ。

 まだ遠い。

 おそらく、3キロ圏内には入っていない。


 それでも、何か来る。

 異音が、耳に届いている。


 異様な気配も森の奥底から感じられた。


 ………何だろう。

 胸騒ぎがした。


 眼を細めて、更に森の奥を注視する。


 それに、森の奥から湧いて来る、魔物達の群れ。

 眼が血走って、今にも泡を吹きそうな慌てように加えて、その森の奥には不気味な影が踊っている。


 そこで、とうとう無視出来ない、異音が響き始めた。


 ドンッと何か大きなものが、固い何かにぶつかるような音だ。

 可聴域の中には、成樹が引き倒される時に聞こえるめきめきと言った音まで聞き取っている。


「………おい、こりゃ不味いかもしれねぇぞ…」

「ああ、オレもそう思ってる」

「………私にも分かる。

 不気味な気配が、近づいて来ている…ッ」

「殺気………いや、この威圧感は、覇気か…ッ?」


 ジャッキーを皮切りに、各々が警戒を強める。

 手斧を握りなおしたジャッキーの皮手袋の音や、ローガンが鉢金を巻き直す布擦れ、ゲイルが先制攻撃の為にか魔法の文言を唱える声。


 魔物達の足音が地響きのように聞こえる中でも、かき消される事無く響く音や声。

 緊張感が膨れ上がり、誰もがこめかみから冷や汗を垂らし始めた。


 背後の生徒達も異常事態は分かっているのか、黙り込んでいる。


 華月ちゃんと志津佳ちゃんが、しゃがみこんでカタカタと震えていた。

 そんな2人を隠すようにして、虎徹君が前に出る。

 刻龍君が身構え、晴明君や優仁君も轟音が響く先を見つめ始めていた。


 そんな最中の事。


 こめかみから流れた汗が、顎をしたたり落ちる。

 その汗が地面に落ちるよりも前に、


「………来る…!」


 轟音が森の中の異様な緊張感を切り裂いた。



***



 目の前にあった森が炸裂するかのようだった。


 ーーーーードゥンッ!!


 と、けたたましい轟音。

 弾き飛ばされた大木が迫り、『障壁』へとぶつかった。


 『障壁』は物理攻撃も通さない為、目の前で圧し折れる大木を見る事になった衝撃映像となっている。

 その大木の折れて落ちる先には、魔物達の死骸やいましがたぶつかって倒れ込んでいた魔物達。

 大木によって押し潰された魔物達の異音は、断末魔の声と共に良く響いた。


 ぐぅ、と背後で喉を鳴らしたのは志津佳ちゃん。

 『障壁』のギリギリまで後退して背後を向いて胃の中身をぶちまけた。


 これは流石に仕方ない。

 華月ちゃんが追いかけて、背中を撫でていた。


 それに、オレ達はそっちに構っている暇は無い。


 大木が飛んできた、方向。

 眼を向ければ、そこには先ほども言った様な黒い影が踊っている。


 だが、そのフォルムが、いっそ滑稽な程に森の情景とは不釣り合いだ。

 

 赤黒い、臓器を切り出したような形をしている。


 無数に生え揃った触手の様な腕が振り回されて、逃げ遅れて捕まったであろう魔物達が吊り上げられたままで悲鳴を上げていた。


 赤く血走った眼は、爛々と殺意を湛え。


 口元には赤で濡れた乱杭歯ががちがちと打ち鳴らされて、口端から零れた肉片をぶらぶらとさせている。


 そして、赤黒い表皮に浮かぶ、正反対に青白い顔や手足。


 獣のものが多いとはいえ、見慣れた手足の形は、どう見ても人間のものだった。


合成魔獣キメラ…ッ!」

「馬鹿な!

 討伐した、あの2体だけでは無かったのか!?」


 驚きに、声が引き攣った。

 背後で、ゲイルが喘ぐように、怒鳴る。


 この場にいる誰もが、背筋に緊張を走らせた。


 一度は、見た事がある姿ではある。

 一度ならず、二度までも。


 だが、まさか三度目があるとは思っていなかった。


 森の奥から現れ出でたのは、合成魔獣キメラ

 以前、討伐した時と同じ、3体目とも言える異端の魔獣が目の前に現れていた。


 これで、今まで異種の魔物達までもが、この森に殺到していた意味が理解出来た。

 魔物達は、更に強者であるこの合成魔獣キメラから逃げ惑っていたようだ。


 だから、あんなに必死になっていたのだ。


「………先生達、こんなの相手にしたの…ッ?」

「ああ、寸分違わない姿でな…」


 榊原が、その場で震えた。

 話はした事があったとは思うが、実物を見るのは彼も初めてだっただろう。


 例のランク更新の時に、幻覚魔法でローガンの前に現れた時も、彼等はまだ到着していなかった。


 あの時目にしていたのは、ジャッキーぐらいのものだ。

 他の面々だって、訳が分からずにその場で、棒立ちになってしまっている。


「………叫ぶぞッ!!」


 合成魔獣キメラが、大きく息を吸い込むようにして仰け反った。

 モーションは、覚えている。

 一度は対面した事のあるオレ達が、一斉に身構える。


『キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』


 悲鳴にも似た、奇声が森の奥に木霊した。


 ただ、やはりあれも『咆哮ハウリング』と同じ原理だったのか。

 『障壁ウォール』の中には、なんのダメージも無かった。


 これは、僥倖な事である。

 だが、それ以外の事は、僥倖では無いのかもしれない。


「………どっちだ…!?」

「攻撃を当てて見なければ、分からん!!」


 属性が分からない。

 1体目は、『魔法無力化付加魔法マジック・キャンセラー・エンチャント』。

 2体目は、属性の反転した『物理無力化付加魔法アタック・キャンセラー・エンチャント』がそれぞれ掛けられていた。


 攻撃の手段は、2通り。

 もしくは、それ以外のパターンも考えられる。

 初見ではないオレ達としても、先手が撃てない。


 更には、


「もしあれが、1体目と同じ『魔法無力化付加魔法マジック・キャンセラー・エンチャント』の場合、『障壁』では防げんぞ…!」

「チィ…ッ、ここも安全じゃないって事か…!」


 ゲイルの気付いた通り。

 『魔法無力化付加魔法マジック・キャンセラー・エンチャント』は、魔法の一切を無力化してしまう。


 今、目の前にある『障壁』も魔法だ。

 魔法陣で起動しているとか、そんなものは関係ない。


 願わくば、『物理無力化付加魔法アタック・キャンセラー・エンチャント』である事だ。

 一定以上の火力のある魔法が使えれば、簡単に無力化出来る。


 だが、そうして考えている間も、合成魔獣キメラは待った無しだ。

 蜘蛛の如きその細い脚を打ち鳴らして、今にもオレ達に襲い掛かって来ようとしている。


「牽制!

 ゲイルは、魔法の詠唱!

 間宮、オレの拳銃を使え!」

「分かった!」

「(了承しました!)」


 行動は、早かった。

 まずは、牽制で相手の動きを止めなければならない。


 間宮が、オレの腰に取り付いて、拳銃を引き抜いた。

 抜いたのは、コルト・ガバメント。

 スライドを引いたと同時に、狙いも定めずに合成魔獣キメラへと打ち放つ。

 銃声が轟いた。


「『雷の矢(ライトニング・アロー)』!!」


 ゲイルが唱え終えていた『雷』属性の初級魔法を放った。

 雷電が地面を這うようにして走り、合成魔獣キメラの足下に直撃。


『キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』


 女性の悲鳴のようなものを上げながら、合成魔獣キメラがバランスを崩して横転した。


「どっちが効いた!?」

「(着弾はしたようですが…ッ)」

「済まない!

 足止めの為に脚を狙ってしまった所為で、却って分からん!」


 駄目だ。

 今のだとどっちが有効だったのか分からない。


「ええい、攻めあぐねても時間の無駄じゃ…!」

「今の豆粒みたいな攻撃じゃ、大しちゃダメージも与えられんだろうが!」


 そこで、べリルとラックが、同時に矢と短剣を放った。

 言われてみればその通り。

 遠距離と考えると、どうしても拳銃を使いたくなってしまうのは、オレの悪い癖だったか。

 巻き込んでしまった間宮が申し訳ない。


 どしゅっ!と肉を裂く音。

 相次いで聞こえた音と共に、合成魔獣キメラの額や顔に突き立った矢と短剣。


 一瞬、何かが煌めいて見えた。


 おそらく、あれが『魔法無力化付加魔法マジック・キャンセラー・エンチャント』か『物理無力化付加魔法アタック・キャンセラー・エンチャント』の障壁。

 矢と短剣は通り抜けた。

 なら、魔法はどうか?


「今度こそッ!

 『雷の槍(ライトニング・ランス)』!!」


 ゲイルが放った魔法が、合成魔獣キメラ目掛けて殺到する。


 しかし、直前で霧散。

 弾かれたように見えたのは、やはり障壁が機能したからだろう。


 厄介だ。

 やはり、アイツは『魔法無力化付加魔法マジック・キャンセラー・エンチャント』を付加している合成魔獣キメラらしい。


「全員、後退!

 『障壁』じゃ、無理だ!

 距離を置いて、迎撃するぞ!」

『応ッ!』


 『障壁』では、アイツを止める事は出来ない。

 手を付いていた魔法陣を離し、『障壁』を解除した。


「ゲイル、ローガン、生徒達を連れて逃げろ!」

「心得た!」


 流石に、合成魔獣キメラ相手に、付いて来てしまった生徒達を庇いながらの戦闘は不可能だ。

 ゲイルとローガンに任せて、オレ達だけで迎撃をする他無い。


「何故、私まで…ッ」


 だが、噛みついて来たのは、ローガンだった。

 彼女も、堂々のSSランク。

 矜持なりなんなりはあったのだろうが、


「頼むよ、ローガン。

 オレは、お前に怪我をして欲しくないんだ…」

「だが、ギンジ…!

 お前やマミヤ、サカキバラもいると言うのに…ッ」

「コイツ等は、オレの弟子だからだ」


 遅かれ早かれ、コイツ等には実地で学ばせなければいけない事が多くある。

 それが今になっただけ。


 それに、


「背中は任されてくれるんだろう?」


 オレが彼女に求める、嫁としての仕事。

 オレは、何も過保護になっているから、彼女に下がる様に頼んでいる訳じゃない。


 南端砦の時にも、思った事。

 オレが背後を気にしないで済む様に。

 目前の敵に集中して、存分に能力を発揮出来るように。


 このメンバーの中で、任せる事が出来るのはローガン以外にはいない。


「頼むよ、ローガン」


 そう言えば、彼女はムッとした表情のままでしばらく黙っていた。

 しかし、ややあってから、


「………無茶はするなよ?」

「ああ」

「………怪我も、極力控えてくれ…」


 オレの袖を小さく掴んだ指。

 愛らしい仕草に、思わず胸が締め付けられた。


 帰ったら、今日の仲良しは彼女で決まりだ。

 最近、遠退いていた下半身のピンク色事情も、元通りになりそうだな。


 ………げふん。

 話が逸れた。


「後方は任せろ。

 お前達の杞憂は、私が全て振り払う」

「ああ、頼む」


 頼もしい言葉と共に、前線を離れてくれた彼女。

 既に離れ始めていたゲイル達に続いて、ローガンの背中が遠退いていく。


 最後まで見送る事無く、視線を再度合成魔獣(キメラ)へ。


 転倒が響いてか、触手の様な腕をもぞもぞと動かして、その場を這いまわっている。

 逆向きになった昆虫の様な有様だ。

 うげぇ………。


「本当に、気色悪い奴だな」

「あのような魔物、お目に掛かった事は無いのう」

「新種だと思っておけ」

「新種っつっても、限度があるんじゃねぇのか?」

「気色、悪い」


 既に迎撃態勢に入っている元Sランクのパーティーメンバー達。

 合成魔獣キメラの様相を見てか、青くなったり眉根を潜めていたりと様々ではあるが、誰も踵を返そうとしている人間はいなかった。


 斯く言う、オレ達も同じ。

 間宮は一度対面した事もあるし、問題は無い。

 問題はおそらく榊原の方だろうが、彼は固まっていた脚をガシガシと叩いて気合を入れていた。


 驚きの行動に、少しばかり目を瞠る。


「動けなくなったら、即終了でしょ!

 こんなの相手にするのに、脚が震えてるなんて最悪だよッ」


 そう言いつつ、震えていた脚を叱咤。

 その場で足踏みをしたりジャンプをしたり、ウォーミングアップは十分な様だ。


「アイツ、弱点はあるの?」

「中央部の額の位置に、魔水晶が埋まっている筈だ」

「そこを壊せば、終了って事ね」


 これまた榊原からの質問に、素直に答える。

 抜身のままの日本刀を構えながら、頭上を振り仰いだ。


 顕現したままのサラマンドラは、頼もしい程に静観していた。


「悪いけど、牽制を頼める?

 誰かが囮にならなきゃならないけど、生身の人間には流石に頼めない」

『心得た。

 ………それにしても、アグラヴェインも言っていたが、奇怪な魔獣だな』


 あ、アグラヴェインも知ってたんだ。

 最初の討伐の時、彼はまだ表立って出て来なかったけど、オレの記憶を読んでいたと言うから、知っているのも当然か。


 とはいえ、アグラヴェインやサラマンドラでも初見となるか。

 正直言うと、サラマンドラとの契約の折に、『石板』で見た光景を思い出す。

 大地に犇めいていた魔物達と似たような感じがするけども。


『………あれは、また別の魔物だ。

 あれは自然発生だった筈だが、これは自然に発生する類の魔物じゃ無いだろ?』

「そういうもの?」

『………オレも詳しくは聞いてない』


 あれまぁ、それは失敬。

 分からないものを聞いても、仕方ない。


 そんなやり取りの最中にも、合成魔獣キメラが起き上がった。

 のっそりと、そんな擬音が似合いそうな程緩慢な動作であるが、


「叫ぶぞ!

 次は、腕を伸ばしてくる筈だ!」


 モーションは、分かった。

 息を大きく吸い込んだと見るや否や、すぐさましゃがみ込んで手を魔法陣へ。


 『障壁』を展開。


『キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』


 奇声が響いた。

 しかし、オレ達の耳には、以前の様な耳鳴りも感じない。


 やはり、『咆哮ハウリング』と原理は同じ。

 ならば、突進は防げないとしても、奇声だけなら『障壁』で防ぐことは出来る。


「奇声を発する時には、こうして魔法陣を展開!

 一瞬だけで良いから、一番近い人間が展開出来るように動いて!」

「了解!」


 声を掛けて、準備迎撃態勢。

 思った通り、合成魔獣キメラは奇声を発した後に、触手の様な腕を伸ばして来た。


「りゃああああああ!!」

「せぇええぃい!!」

「はぁッ!!」


 スレイブ、ジャッキー、ディルが前に出る。

 それぞれの獲物を武器に、伸ばされた触手の様な腕を撃退に乗り出した。


 以前の時も、合成魔獣キメラは巨体には球状の障壁を張っていたが、触手のような腕には掛けられていなかった。

 今回もその予想は当たっており、切り飛ばされた触手の様な腕が地面に散らばっていく。


「行け、サラマンドラ!」

『おうとも!』


 サラマンドラに囮や牽制を任せて、オレ達も同じように触手の様な腕の撃退に乗り出した。

 日本刀と脇差、ナイフでそれぞれ切り伏せる。


 その間に、合成魔獣キメラの目の前まで一気に距離を縮めたサラマンドラが、炎を纏わせた鉄拳を目の前で炸裂させる。

 直接殴ってもダメージは通らない。

 南端砦での火竜の時にも、『盾』の影響で攻撃出来なかった。


 しかし、衝撃波等の攻撃は、怯ませる事が出来る唯一の手段。

 しかも、彼が叩き付けた地面は、爆散して大量の土砂を巻き上げて合成魔獣キメラを襲った。


『キャアアアアアアアッ!』


 堪らず、悲鳴のような奇声を発して、一旦下がった合成魔獣キメラ

 オレ達に伸ばされていた、触手の様な腕も退いた。


「今だ、畳みかけろ!」


 号令の下、ジャッキー達も勢いよく駆け出した。

 ジャッキーとディルが地面擦れ擦れを、四足を使う様に駆け抜ける。


 先に到達したのは、筋力量の少ないディル。


「だぁああああッ!!」


 奇怪な敵の姿に物怖じすることなく、拳を振り抜いた。

 土手っ腹を見事に刈り込んだ拳が、メリメリと合成魔獣キメラの表皮を軋ませる。


「土に返れや、アンデッドォ!!」


 続けて到達したジャッキーが、手斧を振り抜く。

 『魔法無力化付加魔法マジック・キャンセラー・エンチャント』の障壁を通り抜け、合成魔獣キメラの表皮をざんばらに切り裂き、血飛沫をばら撒いた。


 返り血に染まった顔に、眉根を寄せる。

 今更だが、アイツも元『天龍族』となれば、血の影響が出てしまうのではないだろうか。


 涼惇りょうとんさんに言われた内容を思い出す。

 適合するには、ある程度の血の量が必要との事だったが、それがどれだけなのかは不明である。


 まぁ、人間でも魔族でも、そもそも適合する事自体が稀とか言っていたから、杞憂である事を祈るだけだ。


 それよりも、オレは眼前に集中する。


「お前等、ストップ!」

「(………ッ!)」

「な、なんで…ッ!?」


 間宮と榊原も駆け出そうとしたが、オレが敢えてそれを止めた。


「叫ぶぞ!」

「起動するから、下がりや!」


 言うが早いか、魔法陣に跪いたのはべリルだった。

 スレイブが追撃を仕掛けようとしていたが、踏鞴を踏んで即座に飛び退いた。

 ジャッキーやディルも即座に、Uターンだ。


『キャアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』


 間一髪、合成魔獣キメラの奇声が『障壁』に弾かれた。

 飛び退いたスレイブも、ギリギリ頭だけが『障壁』の中に入っていたようで、難を逃れている。


「………くそぅ!

 1撃・2撃が限度かよ…ッ!」


 そう言って唇を噛んだラックが、睥睨する合成魔獣キメラ

 先程受けたダメージの残る巨体から、どくどくと真っ黒(・・・)な血を零しながら、頭から生やした触手の様な腕を乱雑に振り回している。


 それを、サラマンドラが器用にも避け続けて牽制していた。


 ………待て。

 真っ黒い(・・・・)血だと?


「ローガン!!」


 叫ぶ。

 嫁さんに向けて、振り向きながら叫んだ。


 叫び声に驚きながらも、ローガンがオレを真っ直ぐに見た。


「オレを見つけた時、血は何色だった!?」

「………ッ、赤だ!!」


 主語は少なかったが、通じた。

 彼女に聞きたかったのは、オレが1体目の合成魔獣キメラを討伐した時に、流れ出していた血の色だ。


 あの時は、赤だった。

 今回は、黒。


 あの時とは、やはり個体が違う。

 そして、元となっている筈の、種族も違うだろう。


「………黒血!

 おそらく、『吸血鬼ヴァンパイア』じゃ!」

「血を浴びても、平気なのか!?」

「あ奴等の血には、自身達に灰を纏わせるだけの能力ちからしかない!」


 答えてくれたのは、べリル。

 黒血と言うのは、『吸血鬼ヴァンパイア』を表す隠語であり、魔族達の使う標語のようなものだそうだ。

 黒い血を流す種族だから。

 赤い血を好むが、彼等の体に流れる血液は黒い。


 そういや、アイツも人型を取ろうとしていた時、黒い灰の様なものを纏っていたな。

 誰がって、あの血液強奪魔アレクサンダーなんだが。


「血を浴びても、問題は無さそうだな」

「鼻が曲がりそうな事以外はな…」

「ご愁傷様」

「テメェ等の付けてる口当てを貸せってんだ」

「オレ達の生命戦でもあるから、奪わんで?」


 なんて気安い掛け合いを続けている間にも、


『主、叫ぶぞ!』

『キャアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』


 サラマンドラが言うのとほぼ同時に、合成魔獣キメラが奇声を発した。

 『障壁』は張ったままだったので、ダメージは通っていない。


「サラマンドラ、下がって!」


 彼を下げる。

 そこで、キメラが追う様に、触手の様な腕を伸ばして来た。


 再度、迎撃態勢。

 這い蹲っていたスレイブも態勢を立て直し、大剣を振るって触手の様な腕を叩き落す。


「おいっ、ギンジ!

 このままだと、防戦一方にならねぇか!?」

「なりそうな予感はするけど、奇声がある時点でどうしようもない!」


 触手の様な腕を切り落としながら、ジャッキーとの打ち合わせ。

 彼の言う通り、このままだとジリ貧だ。

 それでも、決定打に欠ける今は、徐々にこの方法で削るしか方法が無い。


 今回は、オレの武装は心許ないものばかり。

 キャリバー50も無ければ、サブマシンガンもマークⅡ(パイナップル)も無い。


 唯一の手段は、『隠密ハイデン』でのガトリング一斉射であるが、『闇』の弾丸を撃ち出すのと、実体化させた鉛を撃ち出すのとでは魔力の制御が圧倒的に違う。

 要は、時間が掛かってしまって、毎秒200発は不可能なのだ。


「しかし、限度があるだろ!?

 オレ達の体力だって、無尽蔵じゃねぇんだぞ!」

「それは分かってる!」


 短剣での応戦を余儀無くされているラックからも、辛辣な一言が飛んだ。

 彼は特に、そうだ。

 片足が悪い為、今の時点でもかなり体力を消耗しているように見える。

 補う分は、短剣を投げての牽制となっているが、彼の言う通り短剣も体力も無尽蔵では無い。

 先にオレ達が、力尽きる可能性もある。


 更には、


「おいっ、アイツの傷口見ろ!

 もう、回復を開始していやがる!!」

「『吸血鬼ヴァンパイア』としての治癒能力も健在か…ッ!」


 最悪な事は、重なるのが常だ。


 スレイブの声に合成魔獣キメラを見れば、確かにジャッキーが付けた筈の傷がしゅうしゅうと蒸気を上げながら治癒を始めていた。

 裂けていた筈の肉が、巻き戻しのように戻っていく。

 既に血液が流れるのも止まっていた。


「どうすんだよ!?

 こっちは手数が限られてるってのにッ」


 ラックが、更にオレに向けて怒鳴った。


 だが、それをオレに言われても困る。

 別に、オレがこの合成魔獣キメラを作った訳でも放った訳でも無い。


「攻撃パターンの強化だな。

 奴の行動に合わせて、攻撃の連携を更に上げるしかない」


 手数が足りないなら、増やすしか出来ない。

 危険度は上がるものの、火力が足りない現状ではそれ以外に方法が無いのも事実。


「チィッ!

 とんだ、討伐依頼になったもんだ…!」

「イラついたって始まらねぇよ!」

「私は援護ぐらいしか出来なさそうではあるが…」

「特別報酬は出るんだろうな!?」

「奴の頭の魔水晶を山分けって事ぐらいか」


 それでも、流石は元Sランク。

 理解は早いようで、臨戦態勢は物の数秒で完了した。


 ふと、そこで、


「魔法陣の他に、奴の奇声を抑える方法を作ったら!?」


 榊原が、声を張り上げた。


「どうやって?」

「アイツ、息を吸い込んでる!

 つまり、人間と同じって事じゃないの!?」


 言われて、気付いた。

 確かにそうである。


 ジャッキーやディルを見る。

 彼も『咆哮ハウリング』を使えるから、その弱点に気付いたのか。


 そして、頷きが返って来た。


「べリル、『風』で砂塵を巻き上げろ!」

「あいさ、心得た!」

「間宮、追撃!」

「(はいッ)」


 べリルと間宮が、ほぼ同時に動き出す。

 無詠唱の間宮の方が先に魔法の発現は完了したが、2つの『風の竜巻ウィンド・トルネード』が砂塵を巻き上げた。

 合成魔獣キメラは意に介した様には見えないまでも、息を吸い込もうとしている。


『キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』

「効いてねぇぞ!」

「足りないのか!?」


 『障壁』があったので、無事。

 だが、奇声を止めるまでには至らない。

 もし合成魔獣キメラにも人間と同じ器官が備わっているなら、砂塵で咽れば使えないはずだったのに。

 世の中、そうは簡単に問屋が卸さないと言う事か。


 そう思った矢先の事。


『喉を使えなくすれば、良いんだな!?』


 サラマンドラが唐突に、飛び立った。

 炎を纏った拳を近くにあった大木へと叩き付ける。

 更には、その叩き折った大木を抱くようにして、高々と炎を吹き上げた。


 何をしようと言うのか。


 意味が分からずに、彼の行動の行く末を見届けた矢先の事。


『おんどりゃぁ!!』


 サラマンドラは、未だに発現したままの『風の竜巻(ウィンド・トルネード)』の中へとその燃え盛る大木を放り捨てた。

 瞬間、炎が勢いよく風に煽られる。

 しかし、その竜巻の威力に負けて、爆散するかのように散った。


 失敗か。

 と、誰もが思った。


 しかし、


『ギィキィイイ…ッ!?』


 木っ端となった木片に残っていた炎が、竜巻と同化して火の粉を散らす。

 更に奇声を叩き付けようとしていた合成魔獣キメラがそれを吸い込んだと同時に、異様な悲鳴を上げて踏鞴を踏んだ。


「効いた…!?」

「そうか!!

 魔法は無力化するけど、燃え移った副産物の火の粉は魔法とは違うから…!」

「障壁を通過して、喉を焼いたか!」


 決定打となり得る、文字通りの火力となった。

 これで、しばらくは奴の奇声を気にしてのヒットアンドアウェイは必要無くなった。


『どうだ!』

「ありがとう、サラマンドラ!」


 どや顔を見せた彼には、サムズアップを送る。


 瞬時に、攻撃態勢に移行した。


 べリルも間宮も、竜巻の発現を解いた。

 『障壁』を解除し、合成魔獣キメラの懐へと一気に距離を詰める。


 触手の様な腕を振り回して来たが、搔い潜るのは容易い。


 勢いを乗せて、横薙ぎに奴の脚を4・5本まとめて切り裂いた。


『ギィイ…ッ!!』


 奇声は発せられない。

 行ける。


「間宮、榊原、追撃!

 囮と触手はオレが請け負うから、脚を狙え!」

「(了解!)」

「任しといて!!」


 背中を向けたままに、間宮や榊原へと張り上げる声。


 職種の様な腕を縦横無尽に打ち据えて来る合成魔獣キメラの目の前で、ダンスでも踊るようにしてステップを踏む。

 奴の殺意に滾った眼は、ずっとオレを見据えている。

 脚を切り落とした、憎き仇として見ている筈だ。


「オレ達も負けてらんねぇなぁ!!」

「ジャッキー、いつもの頼むぞ!」

「オレも、行く!」


 ジャッキーも遅ればせながら、合成魔獣キメラの懐へと踏み込んで来た。

 手斧を振るい、触手の様な腕を容易く切り落としていく。


 スレイブがジャッキーを囮に滑り込み、合成魔獣キメラの横合いから大剣を叩き付けた。

 肉が避け、骨の様な白いものまでもが見え隠れしていた。

 更に、その部分目掛けてディルが憶する事無く踏み込み、トドメとばかりに正拳を叩き込んだ。


 堪らずか、合成魔獣キメラの乱杭歯の隙間から血風が飛ぶ。

 生臭い臭いがした。

 マスクをしているオレでも分かったので、おそらくジャッキーには相当堪えるだろう。


「おおぅぇええ!!」

「ここで、吐くなよ!?」

「分かってらぁ!!」


 やり取りをしながらも、手は休めていない。


 背後から、風を切る音と共に、矢が飛来する。

 寸分違わずに突き立ったのは、合成魔獣キメラの眼。


『ギキィイイイッ!!』

「声が通り始めた!

 そろそろ、叫び声が来るぞ!!」


 その最中の合成魔獣キメラの奇声を確認。

 喉の治癒が始まり、焼けた細胞が戻り始めたのだろう。


「間宮!」


 合成魔獣キメラへの攻撃に回り込んでいた間宮が、跳躍。

 言うが早いか、後退を始めたオレ達の背後から、『風』が踊り始める。


 オレ達が下がったと同時に、べリルも『風』属性の詠唱をスタート。

 そこへ、サラマンドラが更に大木を担いで炎を立ち昇らせる。


 砂塵が舞い上がり、竜巻が発生する。

 そこへ、もう一度サラマンドラが大木を投げ付けようとした。


 まさに、その瞬間だった。


『ギィイイイイイイイイイイイッ!!』

「何!?」


 合成魔獣キメラは、奇声を上げなかった。

 その代わり、触手のような腕を足代わりに、轟音を響かせながらオレ達を追いかけて肉薄して来たのである。


「散開!!」

『おうっ!』


 これには、流石にオレ達も飛び退く事しか出来なかった。


 逃げ遅れたラックと榊原は、それぞれジャッキーとオレとで首根っこを掴んで、回避をさせた。


 びちゃびちゃと、足跡のようにして血塊が飛び散る。

 その足跡が、地面を擦り上げて進んだ様子がまざまざと見えた時、


「………くっそ、魔法陣が潰された…!」

「チィッ!

 アイツ、意外と学習能力が高い個体なんじゃねぇのか!?」


 振り返った奴が、歪んだ笑みを見せるかのように目を細めた。

 そんな気がした。


 更に、奴の動きは止まらず、息を大きく吸い込んだ。

 奴の喉を潰す目的で放った『風の竜巻』は、今オレ達の背後で掻き消えたばかりだ。


「(『防音』、張ります!)」


 そこで、ひゅうと風鳴りの音が鳴った。

 『防音』を張ったと同時に、合成魔獣キメラ側からの音は、全てが遮断された。


 わんわんと、空気の膜が揺れるだけ。

 つまり、それだけの威力を持っている『咆哮ハウリング』であると言う事だ。


 飛び退いた先で、態勢を立て直した面々がぞっとしながらも、合成魔獣キメラを睥睨する。


「………前のよりも、学習能力が高いぞ…」


 思った以上に、よろしくない経過だ。

 畳みかけようとした矢先に、この状況である。


 おそらく、喉を潰しにかかるとすれば、アイツは突進攻撃に打って出て来るだろう。

 『障壁』が無力化されるからには、避け続ける事しか出来ない。


「どうする…?」

「魔法が効かないんじゃ、物理特化でどうにかするしかねぇだろ」


 ジャッキーの声がした。

 同じように声を張り上げるが、出来る事は限られているからこそのジレンマ。


「大人しく挽肉にされろってか!?」

「その前に、食われてミンチになるのが早いじゃろうな」

「オレぁ、まだ死にたくねぇぞ。

 最悪、とんずらこいてやらぁ」

「皆、一緒。

 怖いの、1人じゃない」


 少しばかり、戦意が喪失しているだろうか。

 思った以上の化け物の相手は、流石にオレでなくても堪えるものがあるようだ。


 それでも、各々が武器を構えている。


 背後で、榊原が震えている気配がする。

 先程の余波でしゃがみこんだまま、顔を強張らせていた。


「………あんなの、倒せるの?」


 ぼそり、と呟かれた言葉。

 倒せなければ、それは死を意味する。


 前の時。

 ローガンのランク更新試験の時だ。

 

 幻覚魔法で現れた2体目の合成魔獣キメラは、『物理無力化付加魔法アタック・キャンセラー・エンチャント』だったからこそ、ローガン最強の魔法の一撃で葬る事は出来た。

 最初の時の2体目だって、ゲイルがいたからこその一撃だった。


 だが、1体目との戦闘を思い出せば、劣勢に継ぐ劣勢だった。

 何人も食われたし、殺された。

 かなりしぶとかったのもあるが、それ以前に一番厄介だったのが『魔法無力化付加魔法マジック・キャンセラー・エンチャント』。

 事前情報が少なかったことも起因して、かなりの苦戦を強いられた。


 斯く言う、オレだって今は怖い。

 しかも、あれにはかなりの学習能力が不随している様で、迎撃方法が限られている現在は決定打に欠ける。


 せめて、ゲイルが動かせれば良い。

 オレが陽動に動き、その間に間宮とゲイルに合成魔獣キメラの機動力を削いで貰えれば。


 もしくは、アグラヴェインにも顕現して貰えれば。

 例の一行の生徒達には口止めが必要になるが、それでも彼がいてくれるだけでかなり火力を補充できる。

 だが、それも現状では不可能か。

 信用の足りない面々相手には、口止めだけでなく口封じも必要になってしまう。

 出来れば、未だに年端の行かない彼等を、殺したいとは思えない。


 ………たらればは、言っても仕方ないとは言え。


「オレとサラマンドラが陽動で動く。

 全員は、隙を突いて奴の脚や触手を破壊し続けてくれ!」

「………先生ッ!」

「無茶はしない。

 だが、無理はしなければ、アイツの相手は出来ない」


 叱責の声が榊原から聞こえたが、今は無視をする他ない。

 今回もまた生徒達や嫁さんとの約束を果たせなくなるが、これも致し方ない事。


 こんなところで、死ぬつもりは無い。

 だが、全員が生きて帰る為には、オレも多少の無理は承知の上。


 そこで、


「モーション!!

 全員、固まれ!!」


 合成魔獣キメラが動いた。

 息を吸い込み、奇声を発しようとしているのが見えた為、即座に固まり、間宮の『防音』の中へ。


 悲鳴にも似た奇声が、空気を震わせる。


 正直、『防音』も『障壁』も使えなくなれば、あの奇声一つで耳の良いオレ達は動けなくなる。

 そうなれば、撤退も儘ならないだろう。

 勿論、動けなくなったオレ達の末路等、想像に容易い。


 死にたくはない。

 けど、死に物狂いにならなければ、この状況は打破出来ない。


 分かっている。

 唇を噛み締めて、少しばかり震えそうになった掌を、日本刀の鞘ごときつく握り込んだ。


 そんな時だった。


「………テメェ、舐めてねぇか?」



***



 背後に立ったジャッキーからの、そんな一言。

 一体、何を言っているのやら。


「………何を?」


 訳が分からないままで振り返ろうとした時、頭を掴まれて強制的に前を向かされた。

 こめかみに、爪が刺さって痛い。


「………オレ達だって、Sランクなんだよ」


 言われて、少しだけ思考停止。

 今更ながら、何を言っているのか。


 こちとら、そんなことははなから知っている。

 ジャッキーは未だに現役のSランクで、元が付くとは言え他3人もSランクだった冒険者。


 そんなことは分かっている。

 だから、こんな少人数で、討伐依頼を受けた挙句に、手数が足りずに合成魔獣キメラ相手に尻込みをしているのだから。


 しかし、そう思った矢先の事。


「………テメェが抱え込む命は、そっちの餓鬼2人分で良いって事だ」

「………えっ?」


 吐き捨てるような言葉に、一瞬だけ行動が遅延した。


 その瞬間、


「おらぁ、いつまでも尻尾丸めてんじゃねぇぞ!!」

「おうっ!」

「へへへっ、久々に滾るねぇ!!」

「これだから、蛮人どもは…!

 だが、私とて暴れるのは、吝かでは無いのぅ!」


 ジャッキーの恫喝紛いな声が上がった。

 それに呼応する様に、スレイブ、ラック、べリル、と続いた猛々しい声音の連鎖。


「行くぞ、ディル!」

「うん!!」


 駆け出したのは、ジャッキーとディル。

 呆然とその姿を視線で追いかけた時、彼等はまるで獣のように四足で合成魔獣キメラの懐まで、一瞬で駆け抜けていた。


『グルゥウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』

『ガアァアアアアアアアアアアアアアアッ!!』


 大音声の、『咆哮ハウリング』。

 『防音』で聞こえてはいないまでも、その音が合成魔獣キメラ以上に空気を震わせたのはしっかりと把握できた。

 鳥肌が立つ。


 その最中、


「クソガキに、良い顔ばっかさせられるかってんだぁ!」

「舐めすぎだ、小僧!」


 スレイブとラックが揃って、前に出た。

 ラックは手を使って、瞬く間に近間の樹へとへばりつくと同時に、猿のようにするすると登り切る。

 それと同時、木から木へと手だけで移動したかと思えば、葉擦れの音と共に飛来する短剣の雨。


 ジャッキー達の『咆哮ハウリング』を受けて、浮足立っていた合成魔獣キメラ

 的確にその急所へと突き立った短剣に、合成魔獣キメラが悲鳴を上げようと口を大きく開いた。


 そこへ、


「その醜悪な大口は、閉じておけ!」


 べリルの怒声。

 それと共に、引き絞られた矢が打ち放たれた。


 寸分違う事無く、矢が合成魔獣キメラの口の中へと吸い込まれる。

 一瞬、その場が静寂に満ちた。


 刹那、


 ーーーーードゥン!!


 鏃に装着されていた球状火薬が、合成魔獣キメラの口の中で炸裂した。

 乱杭歯の上部が弾け飛び、合成魔獣キメラの口の中からは爆炎と黒い煙が一斉に噴き出した。


 万国吃驚ショーでもお目に掛かれない光景である。

 グアムで見たのは火吹き男だった筈だが、それ以上の光景に思わず唖然。


 そして、


「どりゃああああああああああああ!!!」


 最後に控えていたであろうスレイブが動いた。


 気鋭一閃。


 遠吠えのような声と共に、彼はその場でハンマー投げも斯くやの回転を加えながら、大剣を投げ付けたのである。

 まさに暴力が飛んだと言える光景。


 狙いはこれまた的確で、合成魔獣キメラの眼を両断するかのように真っ直ぐに突き立った大剣が大量の血飛沫を、煙のように噴き上げた。

 黒い血のシャワーが、広場全体に巻き散らされる。


 ………何だろう、この光景。


 鳥肌が、止まらない。

 これが、Sランク冒険者達の能力ちから


 正直、甘く見ていた。

 ジャッキーはともかくとして、他3名の個々人の能力は、オレどころか間宮にも劣っていると思っていたからだ。


 それが間違いだったと気付くのは、こんな時ばかりとは。


 違うのだ。

 個々人の能力が劣っていようとも、それを扱うのは個人では無い。

 パーティーとしてなのだ。


 かつて、ダドルアード王国にあったSランク冒険者のパーティーはたった2つ。

 そのうちの1つが、今目の前にいる彼等。


 もう片方は、実はラピスが所属していたパーティーと言うのは、本人とオレのみが知る秘密であるものの。


 これまた、伝説ともなっているパーティー。

 それがチームワークを重視し、かつそれぞれがそれぞれの支援を行う事によって、絶妙な均衡の下で成り立っている。


 陽動、斥候、攪乱を主体とするラックが、樹や木の葉に隠れながら合成魔獣キメラのヘイトを管理。

 ジャッキーが息子のディルと共に、合成魔獣キメラの周りで駆け回っては『咆哮』、あるいは隙を見て攻撃を仕掛けているのはタンクとしての役割か。

 スレイブが大剣を投げた役割は、完全にアタッカーとしてだ。

 べリルは後方支援と、中距離と遠距離を管理しつつ、他の面々の狭くなりがちな視野を補助する司令塔。


 一歩間違えば、食いつぶされるだろう布陣。

 しかし、その危機感は、彼等からは感じられなかった。


 鳥肌が止まらなかった。

 なまじ、こんなチームプレイ等、オレがした事が無かったからこそ、特に。


 背筋を這い上った悪寒は、命の危機を察知しての事かもしれない。


 ジャッキーには、まだ勝てる。

 他の面々にも同様である。

 だが、彼等がチームとして、敵として目の前に立った時は、どうか。


 きっと、無理。

 オレは、おそらく手も足も出せないままに、蹂躙される事だろう。


 味方である事の、なんと僥倖な事か。


「………間宮、榊原、良く見ておけ」

「(はい)」

「………ッ、うん」

「あれが、チームプレイで、お前達にオレが望んでいる動きだ」


 火力が足りないならば、補えば良い。

 決定打に欠けるならば、隙を作れば良い。

 隙が無いならば、防御を崩せば良い。


 まるで、流れるような一連の動作に付随し、そのままジャッキー達は合成魔獣キメラの動きどころか、攻撃手段すらも封じて行く。


「ーーーーーーーッ」


 息を呑む。


 ジャッキーが、一度だけオレを見た。

 ニヤリと口元を歪ませる。


 それだけで、分かった。

 彼は、既に見抜いていた。

 オレがこのメンバーの命を背負って、捨て身の特攻をしようとしていた。


 その事実を。


 既に、視線は無い。

 だが、多くは語らずとも、その背中が物語っていた。


 舐めるな、と言っていたその言葉の意味が、この時になってようやく分かった。


「………本当に、負けてらんねぇなぁ、もう…ッ」


 これこそが、至高。

 最高のパーティーなのだと、肌で感じた。

 眼のものを見た。


 これだけの動きを、もし生徒達が出来るようになった、その時は。

 指示やら何やらを言われずとも、間宮や榊原が中心となって、あのような動きを出来る様になれば。

 きっと、オレも引退できる。

 安心して、後進の育成に着手出来るだろう。


 その前に、この場を乗り切らなければ始まらないまでも。


 日本刀を握りしめたままの手を、前に翳した。


「アグラヴェイン、頼む」

『………呼ぶのが遅いわ、馬鹿者め』


 呼応するようにして、『闇』の精霊の、帝王とも呼ぶべき黒衣の騎士が顕現した。


 この際、手札は使い切っても構わない。

 知られたとしても、命の代価と考えれば安いもの。


 この場を乗り切れる事が出来るのは、この圧倒的な火力のみである。


 それと同時に、オレはその場で跪く。

 地面に手を付き、イメージ。

 脳裏に描くは、圧倒的な火力と共に、嵐の様な猛威。


 『ブローニングM2重機関銃』

 キャリバー50だ。


 今、その猛威を、権限させる。

 正直、魔力の調節はアグラヴェイン任せになってしまうとしても、実体化した鉛玉の顕現は彼の助力無しでは今のオレには不可能だ。

 情けないながらも、後で平謝りは決定だな。


『オレも力を貸すぞ。

 存分に、猛威を振るってやれ!』


 ごう、と火の粉を巻き散らしながら、サラマンドラがオレの体内に戻った。

 それと同時に、手に持っていた日本刀から、あるいは顕現途中のキャリバー50の砲身から、猛然と火の粉が散り始めた。


 負荷をしても、『魔法無力化付加魔法マジック・キャンセラー・エンチャント』の前ではかき消される。

 だが、秘策の一つ(・・・・・)は、既にサラマンドラの脳内にあったようで。

 内心での声に、オレも口元を歪ませた。


 頼もしい限りの、精霊達である。


 そこで、


「喉が完治しおったぞ!

 下がれ!」

「オレの大剣の回収も忘れんでくれや!」

「分かってる!!」

「下がる!」

「牽制、飛ばすから、頭引っ込めておけよ!」


 パーティーメンバーが、前線から下がろうと動き出した。

 べリルやラックが牽制の矢や短剣を引き絞るようにして構えているのを横目に、


『全員、停止ぃいいい!!』


 声を張り上げた。

 即座に、撤退した面々が、その場で一時停止。


 予期せず張り上げられたオレの大音声に、全員が驚きの余りその場で固まってしまったらしい。

 覇気まで漏れ出していたとは、後のジャッキーの談。

 ディル等、その場で尻尾を丸めて、蹲ってしまったほどである。

 正直、済まなかった。


 とはいえ、誰もが合成魔獣キメラから離れ、一時停止した現状ならば、味方への誤射(フレンドリーファイア)の心配は無い。


 顕現したキャリバー50の無骨な鉄のフォルムが、陽光に黒光りして不気味に嗤ったようにも見えた。

 そのハンドルを握るオレは、もっと不気味に微笑んでいたらしいが。

 余談である。


 十字型のハンドルを握り、引き金を絞る。


 途端、


 ーーーーーーードドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!


 毎分1200発の50口径の鉛の雨が、合成魔獣キメラ目掛けて降り注ぐ。


 着弾の瞬間には、体内に食い込んだ 50口径(0.50インチ=12.7mm)の砲弾並みの鉄塊が爆ぜ、サラマンドラが仕込んだ炎が炸裂する。

 これが、秘策。

 外に纏わせても、無効化される。

 ならば、中に潜ませれば良い。

 彼としては、以前オレが南端砦で火竜を撃ち落とした時に使用した、NATO弾を参考にしたつもりだったようだ。

 しかし、その威力は文明の利器を遥かに上回っている。


 次々と着弾した弾丸が体内で炸裂する。

 爆撃を受けたかのような有様となった合成魔獣キメラが、身を捩りながらも脚を縫い止められたまま逃げる事も出来ずに血風を巻き散らした。


 怪力のおかげで、ハンドルに振り回される事も無く引き金を引き絞り続けた。

 アグラヴェインのおかげで、砲弾の実体化だってお手の物。

 しかも、元々の給弾ベルトは必要ないと言う代物である事から、弾切れの心配も皆無と言う状況だ。

 問題は、オレの魔力であるが、これも心配ご無用。

 ずるずると消費しているのは自覚しているが、まだ半分以上の余力を残している。


 合成魔獣キメラの乱杭歯が爆ぜた。

 口内が剥き出しになった挙句に、血塊を取り零しながらその場に横転する。


 憂慮も遠慮も無く、更に弾を吐き掛け続ければ、合成魔獣キメラの触手の様な腕も脚も、全てが霧散するかのように飛び散った。

 その傍から、体内で炸裂する爆炎のような炎が、裂傷から吹き上げる。

 生きたまま、焼かれる姿がそこにあった。


 グロイ光景だ。

 食事の後に見て良い光景では、決してない。


 だが、その光景の中で、しっかりと見えた。

 額の魔水晶が露出し、今にも繋がった神経の様な糸から引き千切れそうになっている瞬間を。


 引き金を絞る指を緩める。

 弾丸の雨が止んだ。


 その瞬間に、


「額の魔水晶を狙え!

 切り落として抜き出せば、合成魔獣キメラは死ぬ!!」

『応ッ!!』


 声を張り上げて、GOサイン。


 一時停止を余儀なくされていた面々が、タイムラグを感じさせる事無く動き出した。


「どぅりゃあああああああああああッ!!」


 ドロドロと溶けた血塊のような有様となった合成魔獣キメラへと、真っ先に飛び掛かったのはジャッキーだった。

 手斧を振り下ろし、露出していた魔水晶を繋ぐ神経を数本まとめて引き千切った。


「オラァアアアアアアッ!!」


 回収されていた大剣を握ったスレイブもそれに続く。

 叩き付けるような豪快な一撃ながらも、魔水晶に傷1つ付ける事無く神経を切り落として行く。


 残りは後数本。


「下がれ、テメェ等!」


 森の中から聞こえた声に、一斉に飛び退いた2人。

 そんな彼等の股や脇の下、隙間を縫うように投擲された短剣が、合成魔獣キメラの残りの神経を捕らえた。


 残り、2本。

 しかし、合成魔獣キメラが既に回復を始めているのか、体を蠢かせ始めていた。


 その一瞬の動きに、躊躇をしてしまったのは、ディルであった。

 だが、


「突っ込め、坊や!」


 その背後から、激励を飛ばし、更には矢を引き絞ったのはべリル。

 飛来した弾丸にも負けるとも劣らぬ速度の矢が、ディルの兜を掠めながら合成魔獣キメラの眉間に突き立った。

 爆音。

 血肉が爆ぜる。


 その瞬間、最後の魔水晶の神経が引き千切れた。


『突っ込め、ディルぅーーーーーーー!!』


 オレと、ジャッキーの声が重なった。

 弾かれるように、飛び出したディルの背中に突き立ったその声に、


「うぉおおあああああああああああッ!!」


 応えるかのような雄叫び。

 次いで、渾身とも言える正拳突きが、合成魔獣キメラの眉間を真っ直ぐに打ち抜いた。


 ぶつり、と何かが切れる音がした。

 瞬間、回復を始めていた合成魔獣キメラの眉間を貫通するかのようにして、後頭部が弾けた。


 降り注ぐ血風。

 その中から、魔水晶がずるりと押し出される様にして飛び出した。


「割れる…ッ!」


 ラックの声が聞こえた。

 飛び出した魔水晶は、放物線を描いて地面へと落ちて行く。


 このままだと割れるだろうが、


「(キャッチしました!)」


 そこに飛び込んだのは、眼にも止まらぬ速さで駆け抜けた間宮。

 体全体を大きく使って、ラグビーのタッチダウンの様な格好となった彼が飛び出した魔水晶をキャッチした。


 だが、その瞬間、


『キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』


 最後の抵抗か。

 合成魔獣キメラが、奇声を発した。


「あぐぅ!!」

「ぐおッ!?」

「ぎゃんっ!?」

「(………ッ!?)」


 オレ達の耳に、最大のダメージである。

 流石に気が抜けていた所為か、奇声をもろに食らったオレと間宮、ジャッキーとディルが揃って地面に膝を付いた。

 他の面々ですらも耳を抑えている。


 なまじ、一番近くで聞いていたディルは一番酷い。

 悲鳴を上げたかと思えば、その場で頭を押さえて蹲ってしまった。

 頭と言うよりも耳だろう。

 おそらく、鼓膜が破れた筈だ。


 だが、合成魔獣キメラは、まだ動いていた。

 魔水晶を引き抜かれても、多少のタイムラグはあったようだ。


 目前で倒れ伏し、のたうち回っているディルへと視線を向けた気配があった。

 爛々と殺意に滾った瞳が、憎き仇を道連れにしようとしているかのように、明滅している。


「………不味い、ディル…!」

「立て、ディル!」

「逃げろぉ!」


 自分達の声すらも遠い中、懸命に声を発した。

 だが、ディルも動く事が出来ないでいた。


 合成魔獣キメラが最後の抵抗とばかりに、爆裂するかのように後頭部から生やした触手の様な腕。

 束ねる様に、太い幹の様な巨腕へと変貌した瞬間を見て、誰もが背筋を粟立たせた。


 あんなものを叩き付けられれば、いくら鎧があっても潰れてしまう。

 あっさりと、命が刈り取られてしまうだろう。


 避けろ、逃げろ、と誰もが声を上げたが、間に合わない。


 遂に、力を失った合成魔獣キメラが倒れる。

 同時に、振り上げた巨腕の触手も、振り下ろされるようにディルへと倒れ込もうとしていた。


「ディルゥウウウーーーーーーーーーーーーーッ!!!」


 ジャッキーが、絶叫。

 なけなしの気力を振り絞って、飛び込もうとしていた。


 せめて、盾になろうと言うのか。

 2人揃って、挽肉になるだけだと分かっていながらも、共に死のうとしているのか。


 ディルが呆然と、頭上を振り仰いだ。

 その背中に、ジャッキーが飛び掛かろうとしていた。


 絶望的な光景が、脳裏を過った。


 しかし、


「そうはさせないからね、デカブツ!!」


 その声が、最後。


 爆音が、響き渡った。



***



 ーーーーーーードドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!


「…ッ!?」


 森の奥に木霊したのは、叩き付けられる剛腕でも、ちっぽけな人間が潰されるような小気味悪い音でも無かった。

 ましてや、合成魔獣キメラが爆散するような音でもなかった。


 唸りを上げるような、その爆音は知っている。

 この場にいる誰もが、耳に色濃く残している音だった筈だ。


 聴覚麻痺によって音が遠い世界の中でも、良く分かった。


 キャリバー50の、銃声である。


 だが、それを握っているのは、オレでは無い。

 オレは、地面に蹲っている事しか出来ていない。


 頭上を見上げた。

 そこには、逆光となっていても、赤茶けた髪が良く分かる。


 榊原だ。

 歯を食い縛り、しっかりとハンドルを握り込んでいる。

 多少振り回されているものの、背後からアグラヴェインがカバーするかのように手を添えている事で、何とか誤射を防いでいたのか。


 着弾した毎分1200発の50口径(12.7mm弾)が、振り下ろされようとしていた巨腕を半ばから引き千切っていた。

 ディル達へと倒れ込む筈だったそれが、重力に引かれて落ちた先。

 合成魔獣キメラ自身の頭上だった。


 ごちゃっ、と異音を発して落ちたと同時に、轟音が大地を揺るがせた。

 血風と共に土埃が立ち、視界の全てが遮断される。


 キャリバー50の銃声も止まり、辺りに静寂が押し寄せた。


 だが、すぐにパラパラと舞い上がった砂塵が落ちる音。

 そこに、しゅうしゅうと言う不気味な異音が発する頃に、煙を吹き散らすかのように突風が吹いた。

 べリルと間宮が『風』を使ったのか。


 吹き散らされた煙が晴れると、そこには呆然としているグレニュー親子。

 そして、その目の前には、蒸気を吹き上げ、ぶすぶすと焼け焦げるような臭いと音を巻き散らしながら体を溶けさせた合成魔獣キメラの姿。


 2体目を討伐した時同様の姿だ。

 そのまま黒い血と肉を溶けさせたまま、地面へと吸い込まれていく。

 滲み出した黒い血が不気味だった。


「………やったの、か?」

「ああ、多分」


 その場で、全員が呆然自失とばかりに、眺める合成魔獣キメラの最期。


 倒した。

 なんとか、全員が生きて、更には五体満足で。


 脅威を打倒しうることが出来た事で、安心したのか。

 ほぼ全員がその場で腰を抜かして、倒れ込んでいた。


 間宮が戻って来た。

 腕には、脳みそよりも一回り近く大きな魔水晶が抱えられている。

 ただし、血塗れ。

 赤では無く真っ黒だ。


 榊原が使ったキャリバー50の影響で、頭から黒血を引っ被ったようだ。


「…ご、ゴメン、間宮…」

「(むすっ)」


 少々不機嫌そうに榊原を睨んではいたが、今回のMVPは彼だからそう目くじらを立ててやるな。


 間宮は、血みどろになるのが多い宿命なんだろうな。

 南端砦でも、似たような事になってただろ、確か。


「ふぅーーーーーー…ッ」

「…ゴメン、親父。

 ………オレ…ッ」

「生きてりゃ、それでいい。

 耳を潰された今回は仕方ねぇさ…」


 そう言って、ジャッキーが息子の頭を兜越しに、撫で繰り回した。

 鼻を啜った音が聞こえた。

 ディルは兜の下で、号泣している事だろう。


「………流石に、疲れたのう」

「まさか、ただの討伐が、こんな大物を釣り上げるとはね…」

「ったく、寿命が縮んだぜ…」


 べリルの一言に、スレイブやラックも合流をしながらぼやいていた。

 オレも彼等の言葉に、同感である。


「大丈夫か?」

「………大丈夫に見える?」

「ああ、生きている様だからな」

「無事で良かった」


 そこに、更にゲイルやローガン達が、駆け寄って来た。

 ローガンは、オレのすぐそばまで来たと同時に、しゃがみこんでいるオレの頭をわしっと掴んで抱き込んでくれた。

 目の前には、魅惑の谷間。

 生きているって素晴らしい。


 ………おっぱいの圧力で死ぬかと思ったけどね。


 なにはともあれ、何とか予期せぬ強敵の討伐は完了、である。

 そう思いたい。



***



 一旦、態勢を立て直す為にも空き地の片隅で全員で休憩を取った。


 ゲイルが全員に向けて、治癒魔法を使ってくれた。

 破れた鼓膜が戻り、難聴気味となっていた聴覚が戻って来る。

 他に怪我は無かったこともあって、あっと言う間だった。


「す、凄かったです!」

「これが、本物の冒険者なんですねッ!」

「ご無事で何よりですわ~」


 ゲイルと一緒に駆け寄って来た、華月ちゃん達とも合流だ。

 反応は様々であるが、華月ちゃんと志津佳ちゃんは興奮し切りで、頬まで真っ赤になっている。

 代わりに訝し気に、オレやオレの背後、キャリバー50を見ている虎徹君や、刻龍君達。


 そりゃ、文明の利器が鎮座しているから、当然だろうけどね。

 へらりと笑っているのは、晴明君ぐらいか。


 ………って、アグラヴェインがいつの間にか消えている。

 オレ、具現化を解いた覚えが無いんだが、相変わらず自由気ままなものである。

 まぁ、追及を受けないようにと思えば、別に構わないけども。


「今回の討伐依頼は、この程度にしておいた方が良いだろう。

 オレ達も疲弊しているし、実際異種の魔物まで潜り込んでいるとなれば、片手間じゃ無理だ」


 ジャッキーのこの音頭で、今回は解散となるようだ。

 彼の言う通り、このまま続けても多分捗らないと思われる。


 本気で戦ったからね。

 おかげで、余力があるのは、ゲイルとローガンぐらいのものだ。

 疲労困憊とも言えるオレ達としても、嬉しい限りである。


 ふとそこで、


「おい、ギンジ」

「うん?」


 唐突に、ジャッキーから声を掛けられた。

 彼の声音には、微かな怒気が滲んでいる。


 叱られるのか、と身構えて、途端にぶるりと背筋が震えてしまったものの、


「………オレ達にも、矜持ってもんがある。

 馬鹿にして、舐めて掛かってんじゃねぇぞ」


 と言う一言。

 先程は、背中で語って貰った、冒険者としての彼等自身の矜持。


 それを、今回はしっかりと言葉として、投げかけられた。

 噛み絞めて、飲み込む。


 他の面々も、同じようにオレを見て、それぞれがそれぞれの表情で頷いていた。

 スレイブは大仰に空を仰いで、ラックは肩を竦めながら、べリルはその場で静かに俯くように。


 全員がジャッキーと同意見。

 これには、流石のオレも黙るしか出来なかった。


 返すべき言葉は、持ち合わせていない。

 苦笑を零して、頷いておいた。


 やっぱり、バレてた。

 オレが捨て身の特攻をしようとしていたのを。

 それが、馬鹿にした訳でも舐めて掛かっていた訳でも無かったとはいえ、プライドを傷つける結果になっていたのは明白だった。


 彼等の矜持は、その自由気ままな行動理念だと聞いた事があった。

 何をするにも、それこそ命を懸けるのだって、彼等は何者にも縛られずに自由に決める事が出来る。

 それが誇りであり、矜持であると。


「………肝に銘じておきます」

「おう、そうしておけ!」


 かろうじて口に出せた言葉は、情けないもの。

 しかし、大仰に頷いたと同時に、オレの頭まで撫で繰り回してくれたジャッキーは、やはり大先輩と言うべき貫禄があった。


 本当に、彼には敵わない。


「んじゃ、そろそろ最後の仕上げもして、切り上げますか」


 そこで、ラックが立ち上がった。

 彼の言う最後の仕上げ、と言えばオレ達が討伐した魔物達の後処理だ。


 とはいっても、合成魔獣キメラの登場によって、ミンチと化したものも多い。

 目標には届くと思うが、無事な証拠部位を持った魔物の方が少ないかもしれないな。


 それでも、このまま放置すれば、狩場を荒らしたままとなってしまう。

 いくら、合成魔獣キメラのような大物かつ危険物にかち合ったからと言って、放置して良い訳では無く。


 兎にも角にも、まだ討伐依頼は終わっていない。

 後片付けや、王国に戻って、それから冒険者ギルドに報告するまでが依頼である。

 家に帰るまでが遠足なのと一緒。


「て、手伝います!」

「僕等にも、魔物の解体の仕方を教えてくれませんか?」


 華月ちゃん達も率先して加わってくれるようで、楽は出来そうだ。

 やっぱりこの子達はまともだったようで、熱心な姿も功を奏してか途中からスレイブやラックも、何も言う事無く仕事に参加させていた。

 何事も、真摯に真面目に向き合うって、大事だよな。


 オレも見習わないと。



***


 ただ一つ、気になる事がある。


「………済まないが、ギンジ。

 今日の夜分、もしくは明日の明け方でも良いのだが、付き合って貰えるか?」


 休憩や解体をする傍ら、後ろ背に掛けられたゲイルからの一言。

 おそらくは、オレが気になっていた事に、ゲイルも気付いた事だろう。


 何かと言えば、合成魔獣キメラの事。

 あの、合成魔獣キメラ、一体いつからここにいたのか。


 北の森に出現したのは、これで3度目となる。

 しかし、1体目と2体目を討伐してからの間、それらしい被害は報告されてもいなければ、話題にも上っていない。

 例の召喚者達が加わっていた盗賊の話が精々。


 合成魔獣キメラが放逐されていたにしては、被害が少なすぎる。


 気になる。

 気になったからには、調べてみる他無いだろう。


 彼の言う通り、夜か明け方に、調査に出た方が良さそうだ。


「分かった。

 一度校舎に戻って、状況を見て判断しよう」

「了承した」


 頷いた。

 これ、もしかすると、かなり不味い事になっているかもしれない。


 作業に戻る傍らで、合成魔獣キメラの溶けた地面を眺めやる。

 真っ黒に染まった地面。

 終焉の世界では、あれが当たり前になるのかもしれない。


 そう考えると、怖気が止まらなかった。



***



「………何者なんでしょうね、彼」

「分からない。

 ………だが、現教師で元軍人にしちゃ、可笑しい事ばかりだ」


 思考の最中だった為に、気配察知を怠った。

 この時、オレ達の背中を、虎徹君や優仁君が挑む様に睨み付けている事も、そんな言葉を投げ合っている事さえも、気付く事は出来なかった。



***


と言う訳で、問題の答えは合成魔獣キメラ再びでした。

合計で4体目(うち1体は幻覚ですが)の登場となった合成魔獣は、今後もどんどこ出て来る予定でございます。

作者も気合を入れて、書き込んでいきます。


本気になったら、より本気にならざるを得ない状況がやって来る。

アサシン・ティーチャーは、いつもいつも厄日でございますれば。


誤字脱字乱文等失礼致します。


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