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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、新学期編
148/179

140時間目 「特別依頼~冒険者の矜持~」 ※流血、暴力表現注意

2017年2月19日初投稿。


続編を投稿させていただきます。

今回は、以前ジャッキーと約束していた、冒険者ギルドでの依頼消化の回です。


140話目です。

10が14で、140話目です。

皆様のご愛顧をありがとうございます。

ブックマーク600件越えも、本当に皆様のおかげです。

本当に、ありがとうございます。

***



 あー、ちょっと喉が痛い。

 風邪ひいた訳でも無いだろうが、喉がガラガラだ。


 さて、新学期が始まって既に3日目。

 生徒達のカウンセリングを終えた、翌日である。


 カウンセリングを終えた後の昨夜は、相変わらずの古き良き日本食である煮物等の一汁一菜夕食だった。

 夕食をウマウマしてからは、オレの鍛錬も開始。

 カウンセリングがあったので、早朝鍛錬しか出来てなかったからだ。

 気分転換の為にも数時間、汗を流して来てやった。


 間宮も一緒だったが、アイツは途中で組んだオレとの組手でダウンした。

 ………やっぱり、まだ力加減が分かってない。

 またしても、股関節を脱臼させちゃってゴメンよ、間宮。


 その後。

 風呂に入ってから、就寝に向かう生徒達を見送って。

 ちょっとした酒盛りをしながら、生徒達が寝静まったのを確認して。

 それから、嫁さん達と部屋に引き篭った。


 目的は一つだ。


 オレの過去の事を話した。

 出来るだけ、簡潔に。


 全部ではない。

 そうなったら、オレは過呼吸だのフラッシュバックだのと大変な事になる。

 今日は、流石に外せない用事があるので、ダウンしてしまうようなことは出来ない。


 赤ん坊が苦手な事や、蛇が嫌いな事。

 オレが過去、修行をしていた時代の事や、戦争を知っている理由等も話した。


 軍人では無く、暗殺者。

 そして、オレは戦役投下の為に選ばれた、殺戮兵器。

 師匠の事を殺した事もある、異端児。

 更には、その妻子の死にも関わってしまった。


 戦役投下で、1つの村を焼き払った事。

 その因果が巡り巡って、自身へと跳ね返って来た結果に、腕が動かなくなり目の変異が現れ、蛇が嫌いになった事。


 覚悟はしていたが、結局、泣いてしまった。

 泣いて、息を詰まらせながら、嫁さん達に宥められ、抱きすくめられながらも話した。


 途中、何度か過呼吸が起こりそうになって、危なかった。

 それでも、全部ではないが、話せる部分は話せたと思っている。


 2人は、軽蔑することは無かった。


 一緒に泣いて、励まして、それでいて優しく声を掛けてくれた。

 むしろ、今までどうして黙っていたのか、と叱ってくれた。


 同情では無い。

 ちゃんと、オレの事を案じて、言葉を選んでくれた。


 それが、嬉しかった。

 だから、大丈夫。


 オレがここにいる意味と、理由。

 嫁さん達は、ちゃんと受け止めて、オレを支えてくれる。


 オレ自身も、話したことで多少はすっきり出来た。


 だから、ちょっと今日は喉がガラガラで、調子がよろしくない。

 それでも、大声を出すような事が無い限り、大丈夫。


 まぁ、


「テメェは、また力加減を間違ったのか…ッ!!」

「ゴメンなさい!」


 裏口の扉をドアノブごとひしゃげさせた徳川への叱咤があった所為で、結局大丈夫じゃなかったけどな。

 オレもではあるが、コイツもそろそろ学習をして欲しいものである。



***



 そういえば、過去の事を告白したのはオレだけでは無い。

 榊原をはじめとした生徒達もまた、過去の話をクラスメートにしていたようだ。

 ようだ、と言うのは、オレ達は酒盛りをしていたので参加していないから。


 就寝時間になってから、オレ達が酒盛りをしている間。

 その間に、榊原が生徒達を集めて3階リビングで話をしていたようだ。

 可聴域のおかげで、内容は知っているけどね。


 榊原が、自身の過去や両親の死と妹の失踪を話したところ、他生徒達は励ましや労いの言葉を掛けてから、徐々にポツポツと話を始めた。

 エマやソフィア、佐藤や藤本は既に休んでいた。


 だから、その4人を抜いた、生徒達だけでの話し合いだった。

 だが、1人が話し始めると早いもので、他生徒達も自分の生い立ちを触りだけではあるものの告白を始めていた。


 中でも、伊野田の両親の事や異色の過去は、随分と生徒達にも驚かれていたようだ。

 そりゃ、裏社会の人間が親ともなれば、驚くのも無理は無い。


 それでも、生徒達の中に、嫌悪を覚える人間はいなかった。

 勿論、榊原の話にも、伊野田の話にも、他生徒達の話にも、だ。


 涙ながらに、励まし、労いを言葉にして、彼等はまた結束を強めたらしい。


 ただ、その中で、やはり気になる事が一つ。


 間宮だけが静かに、聞いているだけとなった。


 やはり、彼は生徒達の独白を聞いても、自身の過去は話そうとしていなかったようだ。


 今日も、彼は夜分に起き出していた。

 そして、オレの部屋の真上で、しばらくの間何かを考える様に、じっとしていた筈だ。


 オレと嫁さん達のやり取りを、覗きに来た可能性は高い。

 今日の朝に見た段階では、彼は寝不足の為にかぼーっとしていたのを覚えている。


 ………腫物扱いの様な気がして、申し訳なくなってしまう。

 やはり、無理にでも聞き出すべきだろうか。


 出来れば、ジャッキーかゲイル辺りに、相談した方が良いのかもしれない。



***



 さて、比較的穏やかな、一日の始まりである。

 しかし、今日の予定としては、既に用事が決まっている。


 何を隠そう今日は、ジャッキーとの約束、北の森への討伐遠征の日なのである。


 オレを含めた、ジャッキーと引退した元Sランクの面々との討伐作戦。

 北の森は元々、既に徘徊する魔物の討伐が追い付かないところまで来ている問題地域でもある。

 主街道が通っているので、急務だ。

 騎士団の方でも頑張ってはいるのだが、やはり平均ランクでBランクと言うのがネックで、下級騎士達を含んだ討伐部隊だけでは追い付いていないのが現状らしい。


 ただし、参加するのはオレと間宮、そしてローガンとゲイルの4人だけ。

 いつも通り、生徒達にはAランク以上のお守りを付けて貰い、ダドルアード王国北東に広がる東の森での魔物の討伐依頼などを受けさせる予定であった。

 東の森の方が、獰猛な魔物が少ない為ランクが一つ二つは低いからだ。


 ちなみに、オレ達の討伐組には、勉強の為に榊原を同行させるのは、忘れない。

 彼は、オレの2番弟子。

 今後の為にも、多くの事を急ピッチで叩き込んでやらないとならない。


 ついでに、冒険者登録を希望していたシャルのお願いも忘れない。


 生徒達全員を連れ出すので、引きこもっていたエマもソフィアに連れ出して貰った。

 余り、調子はよろしく無さそうではあったが。


 これまた、オレに避難の視線が集中する。

 別に乱暴だってしてないし、意見の相違があっただけとしか言わん。

 結局のところ、どうするか決めるのはエマなのだ。


 無責任と言われようが、こればっかりは仕方ないので、しばらく放っておくことにした。


 佐藤と藤本は流石に、校舎でお留守番だ。

 双子の赤ん坊もいるし、彼女達自身の体力もまだ戻ってはいない。

 ヘンデルも護衛として残る事になっている。

 通訳としては、建て替えた物置(※気付いたら、田舎の球戯場レベルにデカくなっていたけど)に詰めて、『隠密ハイデン』や魔法具の開発研究をしているヴァルトにくっ付いているハルがいた。

 彼もまた、異世界人で現代で生きて来た人間の1人。

 佐藤と藤本がちょっとDQN的な彼に怯えてはいたが、気さくな奴なので大丈夫だろう。


 と言う訳で、やって来た冒険者ギルド。

 約束の時間である、午前10時ジャスト。


 で、あったのだが、


『だから、なんでランクの更新が出来ねぇのかって、聞いてんだろ!?』

「………あ?」


 入った早々に、怒声が響いていた。

 聴覚が強化されまくっている現状、かなりのダメージとなる。


 ついでに、その言葉が日本語(・・・)である。

 精神的にも、大ダメージだ。


 なんでいるんだよ、『予言の騎士(ニセモノ)』一行が…!!


 ………ってか、ジャッキーも何でいるの?


「何を言ってんだか、分からねぇんだよ!」

「あ、あの、なんで、ランクの更新を出来ないんですか?」

「そりゃ、当たり前だ。

 ランク更新試験が終わってる」

「…そ、それは、いつだったんです?」

「2月の中旬だ」

「そ、そんな…。

 2月の中旬に、別の冒険者ギルドに立ち寄った時には何も言われなかったんですけど…」

「事前の申請が必要だからな。

 飛び入りで参加出来るような、甘ったれた試験じゃねぇんだ」


 ジャッキーの正論を受けて、『予言の騎士』が少し落ち込んだ。

 通訳をして田所青年や他の生徒達にも告げるが、田所青年はまたしても騒ぎ始めるので、多分堂々巡りだと思われる。


 今ので話の流れは分かった。

 ランクの更新したくて来たのに、試験受けてないから駄目って言われての不毛な口論だった訳で。

 オレが、以前試験官になった奴だよね。

 ………一応、飛び入りも出来るっちゃ出来るけど、それは今までの功績次第って事だ。

 けど、知らなかったのかね。


 とはいえ、ありゃまぁ…。

 これ、登録に行くのも時間掛かりそう?


 オレの足下で意気揚々とカウンターに向かおうとしていたシャルがしゅんとなってしまった。

 ………オレの娘を悲しませるとは、許せん奴等だ。


「あ、おはようっす!」

「おはよう、ギンジ。

 待ってた」


 そんな内心はともかく。


 入り口で辟易かつ呆然としながら立っていたオレ達に、気付いて駆け寄って来たのはレト達を含む、Aランクパーティーの面々だった。

 その背後には、久しぶりのライドやアメジスの姿もあった。

 生徒達の依頼も受けると言ってあったので、集まってくれていたらしい。


「ああ、おはよう、レトにディル。

 朝からお前の親父さん、大変そうだな…」

「本当っすよ。

 さっきから、あのクソガキ、盗人猿(バンデッドモンキー)みたいに騒いで五月蝿いったら無くて」


 辟易とした表情を隠さずに、レトが愚痴る。

 ディルは頷くだけに留めているが、兜の奥底から不機嫌そうなオーラがビシバシと垂れ流れていた。


 視線を改めて戻す。

 すると、オレ達に気付いた、後ろの方にいた面々が、目をまん丸にしていた。

 ただし、受付にいたジャッキーに噛みついている様子の、前にいた田所青年と『予言の騎士』達は、気付いてもいなかった。


 そして、何故か最後尾にいた、白髪の兄妹の妹の方が、オレの顔を見た瞬間に頬を赤らめていた。

 そして、気付いた兄貴に、背中に隠されていた。

 ………なんだ?


 と、そこで。


「おう、やっと来たか、馬鹿ギンジ!」

「馬鹿は余計だ、この野郎。

 約束通り、生徒達も連れて、出向してやったぞ」


 ジャッキーもオレに気付いた。


 面倒臭かったのだろう。

 『予言の騎士』達の対応を後回しに、カウンターから出て来てオレ達の下へ。


 それを、『予言の騎士(ニセモノ)』達も目で追っていた。

 中には、きょろきょろとしながら、誰かを探しているような様子を見せている子もいた。

 おそらく、ゲイルを探している模様。

 どうやら、随分と恐怖心を刷り込む事に成功した様だ。


 ってか、なんで本当にここにいるんだろう?

 ゲイルなら、入り口のドアの向こう側で騎士団と一緒に待機してるけど、この際だから召喚してやっちゃおうか?


「テメェのお仲間、どうなっていやがんだ?

 五月蝿くて、敵わねぇや」

「生憎とお仲間になった覚えは無いからね?

 それに、オレ達とコイツ等を一緒にすると、もれなく『聖王教会』が敵に回る」

「………それは、勘弁しろぃ」


 はははっ。

 今回の舌戦は、オレの勝ちだったようだ。


 ちなみに、これは本当。

 この間の校舎への突撃が、『聖王教会』にも噂として流れていたらしい。

 お使いの人が来たりして、イーサンからの心配や労いの手紙も貰ったりなんだり。

 まぁ、別件のボランティアの最終調整の話がしたかったって言う、事情もあったんだけどね。


 それはともかく。


 オレの下に来た途端に、顔面をコンテナごと苦虫を噛み潰したかのような渋面へと変えたジャッキー。

 流石にこれには、ちょっと同情を禁じ得ない。

 耳をほじっているが、どうやら散々怒鳴り声を聞いた所為か、感覚が可笑しいとの事。

 ………可哀想に。

 オレも、実はそうなんだけどね。


『なんで、アンタ等がここにいんだよ!?

 近寄るなって言ったのは、そっちだろ!?』

『………言葉遣いを直せないようなら、ゲイルを呼ぶが?』

『ぐっ…!』


 田所青年には、他人の名前を借りて教育的指導。

 いい加減、言葉遣いと目上への態度を弁えないと、痛い目を見るぞ。


 ついでに、目の前にいるギルドマスターに知られたら、マジで地獄を見る事も伝えておいた方が良い?


「追い払うにしても、国王の許可を得ているとか言いやがって聞きやしねぇ」

「………怖いもの知らずだねぇ。

 お前の事怒らせたら、この国の冒険者だって敵に回るってのに…」

「そんな大袈裟な事はしねぇよ。

 ………まぁ、サシでやり合って、近寄れないぐらいにはするかもしれねぇが」


 逃 げ ろッ!

 おい、お前等、逃げろ!

 流石に、ジャッキーとの一対一(ランデブー)は可哀想過ぎる…ッ!


 ………一瞬、本気で叫びそうになった。


「………あ、あの、お知り合いで?」


 ふと、そこで。

 おずおずと話しかけて来た、向こう側の『予言の騎士』。


 そういや、オレ名前知らないや。

 情報が大事とか言っていた癖に、情報収集が足りないとか立場が無ぇ。


「改めて、ギンジ・クロガネだよ。

 ジャッキーとは冒険者としても酒飲み仲間としても、仲良くしている」

「あ、………ッ、僕は、悠斗です。

 泉谷・トライス=アル・悠斗と言います」


 今更だけど、自己紹介となったな。

 こんなところじゃなくても、顔合わせする予定はあるから別に良かったんだけど。


 ってか、やっぱりコイツ、ハーフかクォーターだった。

 しかも、ミドルネームからして、イギリスとかフランス系だね。


 さて、それは良いとして、


「別に悪いわけじゃないけど、なんで冒険者ギルドに?」

「あ、あの、えっと…依頼を…」

「依頼を受けに来たの?

 なのに、なんでジャッキーとランク更新試験の話になってた訳?」

「…そ、それは…その…」


 何だろう。

 ………まるで、オレが虐めているみたいだ。


 明らかにおどおどと狼狽した姿で、萎縮し切っている。

 ゲイルの説教の前には、オレも説教していた訳だから、気持ちは分からんでもないんだが…。


 話がし辛い。

 っつか、会話が見えない。


 駄目だ。

 コイツの話を聞こうとしていたら、日が暮れる。

 そう思って、ジャッキーへと視線を戻した。


「コイツ等、平均ランクがDの癖して、Bランクの依頼を受けようとしてたんだよ」

「………マジ?」


 オレの呆れた目線に、ジャッキーも辟易と頷いた。

 そして、そんなオレ達のやり取りを聞いてか、英語が分かっている連中が揃って視線を逸らしている。


 本当に、コイツ等馬鹿なのかなぁ?

 1つならまだしも、2つもランク飛ばしてるのに、危機感を覚えてないのか?


「ランクが足りないから駄目だと断ったら、今度はランクの更新を要求して来てな」

「………あ、それで、さっきの会話だった訳だ」


 結論。

 コイツ等、やっぱり、面倒臭い。


 つまり、上のランクを受けるには、ランクの更新をして上に行けば良い。

 だが、彼等にはその権利が、今現在では存在していない。

 その存在しない権利を、肩書きやら王国の権威で無理矢理、引き出そうとしていた訳だ。

 面倒くさい上に、卑怯な連中。


 それに、『予言の騎士』こと、泉谷に聞くよりもジャッキーに聞いた方が早かった。


 ただ、この話。

 とりあえず、すぐに片づける事の出来る人物が存在している。


「ゲェーイルッ!」

「………呼んだか?」


 勿論、我等が騎士団長であるのだが。

 途端に、泉谷ともども、向こうの生徒達も顔を青くしていた。


 ウザそうにしているのは、例のエレガントパンティーの少女とチャラ男君。

 きっと、説教が嫌いな部類の人間だろう。


「おう、騎士団長様よ。

 久しぶりのところ悪いんだが、ちょっとコイツ等とっちめてくれ」

「………何故、またこんなところにいるのか。

 更に言えば、何かあったのか?」


 ジャッキーからの言葉に、怪訝そうな顔になったゲイル。


 扉の先にいたのに、聞こえなかったのか?

 そう思ったら、扉の入り口には多分、合流予定だっただろう別部隊の騎士達もいた。


 報告聞いてたから、分からなかったのか。


 かくかくしかじか、ジャッキーが事情を伝える。

 その間にオレ達は、カウンターと依頼掲示板にそれぞれ向かって、登録と生徒達の依頼の受理や申請をしてしまおう。


 ただし、受付のクロエが涙目だった。

 今日も、彼女だったのね。

 ってか、ハンナまで出て来て、彼女を慰めているのはどういうこっちゃ。


「………い、いえ、何も…」

「あの怒鳴り散らしていた子の剣幕に、ちょっと驚いちゃったみたいなの。

 乱暴な冒険者相手なら慣れてはいるんだけど、言葉が通じなかったから…」

「うん、分かった」


 ゴメン、ゲイル。

 呼び出しておいて悪いけども、説教はオレがやるわ。


『こら、クソガキ!

 女の子泣かせておいて、テメェは何を棒立ちしてやがる!!』

『ぎゃぁああッ!!』


 殴った。

 拳骨で、加減はしたけども身長が縮むぐらいには。


 オレの拳骨の餌食になった事のある一部の生徒達が、揃って頭を押さえて呻いていた。


 ゲイルに戦々恐々としていた面々が、こっちにまん丸な視線を向けて来た。

 斯く言う、ジャッキーやゲイルまで目が点だったが。

 

『脅迫に恫喝なんて、女の子にする事じゃねぇだろうが!

 土下座して頭を地面に擦りつけてでも、誠心誠意謝るもんだ!!』


 そう言って、首根っこを掴んで地面に引き倒す。

 ぎゃあぎゃあと騒いでいたが、オレが延髄を抑えると途端に静かになった。


 ああ、落ちたか。

 こんなんで、気絶するとか。

 よくこんなんで、Bランクの依頼受けようと思ったもんだ。


 そこから、更に視線を残りの生徒達へと向けて、殺気は滲ませないまでも怒気を込めて睥睨する。

 一部の生徒達が、びくりと体を強張らせてたたらを踏んだ。


『テメェ等も見てないで、何故止めない!?

 言葉の通じない異国の人間の恐怖は、テメェ等だって分かっているだろう!?

 異国の人間から凄い剣幕で矢継ぎ早に恫喝されて、お前等だって恐怖を覚えなかった訳でも無いだろ!?』

『………そ、それは、その…ッ』


 泉谷が何かを言い返そうとしているが、知ったこっちゃない。


 馬鹿なのか?

 コイツ等、今の状況を分かってる?

 最悪、既に冒険者の資格だって剥奪されかねない、瀬戸際に立っていると言うのに。


『そんなんだから、冒険者ギルドにも国にも睨まれてんだろ!?

 ちょっとは自覚しろよ!

 テメェ等の肩書きは、この国では通用しないし、王国だって保証はしない!

 それが、どうして分かって無いの!?』


 結局、オレが説教することになった。

 これだけ言っても、まだ足りないとは思う。


 だが、残りの仕事は、王国ひいては保護者となっている泉谷の仕事。

 オレが、全てを掻っ攫っても、何も良いこと等無い。


「テメェ、いい加減にしろよ」

「………ッ」


 最後に、泉谷へと視線を集中した。


「『予言の騎士』を名乗ってるなら、自身の生徒達の手綱も外聞も制御して然るべきだ。

 暴走は止めろ。

 そして、もっと自覚を持て。

 お前達には、もう猶予なんて残されてはいないんだ。

 次の不祥事が明るみに出た時には、世界から追い立てられても知らねぇからな…」

「………そ、そんなの、おかしいじゃ…っ」

「可笑しくもなんともない。

 テメェ等は、規律も法もマナーも守ってないからな。

 常識も無いと来てる。

 そのうち、後ろから刺されたリ、復讐者が現れたとしてもオレは驚かんよ」

「………ッ!」


 それっきり、黙り込んだ泉谷。


 もう、オレはコイツに関わりたくない、と全身全霊で感じている。

 ゲイルへと視線を戻せば、頷かれた。

 後は引き次いでくれるだろう。


 首根っこを掴んでいた田所青年から手を放して、踵を返す。


「………オレは、つくづくテメェが『予言の騎士』で良かったと思ってる」

「ありがとうよ」


 オレの後ろ背に、ジャッキーからの声が掛かった。

 このギルドの中の酒場の奥でも聞こえる様に、大きな声で。


 それに返答するかのように、酒場にいた冒険者数名が拍手をしていた。

 有り難い事だ。

 オレ達の味方は多い。

 おかげで、オレ達もこいつ等と事を構えても、怖くはないと思えるのだから。


 首筋にチリチリと感じる敵意は、例のエレガントパンティーの少女か。

 殺気すら乗っていないが、憎悪とも取れる視線だった。

 だが、振り向く意味も無ければ、理由も無いのでそのままにしていた。


 そんなオレの背後で、ゲイルが固い声で呟いた。


「外に出て貰おう。

 ここで声を荒げるのは、貴殿等にも我等騎士団にも体裁が悪いだろう」


 冒険者ギルドは、元々騎士団とは犬猿の仲。

 知らない者はいない程の話。

 今でこそ、騎士団長であるゲイルとジャッキーが仲違いをしていない事で、表立った問題が無いだけである。


 冒険者への覚えが悪いのは、彼等も騎士団も一緒。

 外に連れ出そうとしているゲイルの選択は、間違ってはいないだろう。


 そんな中で、


「アンタに従わなきゃいけない理由なんて、無いんだけど」


 例のエレガントパンティーの少女が、口を開いた。

 驚いたことに、英語を話している。


 どうやら、此方も教養があったらしい。

 他の生徒達が驚いている様子は無いから、おそらくは元々だろう。

 今まで喋らなかったのは、必要が無かったからだろうか、それとも何かしらの意図があっての事か。


「従えぬと言うなら、今すぐに王城に戻れ。

 沙汰は国王陛下が下してくださる」

「田舎の弱小国の国王陛下が、なんぼのもんだってんだよ」

「その田舎の弱小国の中であっても、行動を制限されている貴殿等には抵抗の余地は一切無い」

「はぁ!?アンタ、うち等の事舐めすぎなんじゃないの!?」

「ちょ、ちょっと、」


 自棄にゲイルに食いついていた。

 本当に、自分達の行動や立たされている現状に対する自覚が足りないらしい。


 イライラとしながらも、黙っていたが。


「それに、そいつ等が本当にウチ等よりも優れてるんなら、そこにいる雌犬ビッチ達がいる時点で可笑しいでしょ?」


 その言葉で、一気に空気が変わった。



***



 指を指されたのは、杉坂姉妹だった。


 息を詰めた彼女達と、それに伴って顔を強張らせた生徒達。


 ぎり、と唇を噛んだ。

 振り返る。


 オレの眼は、驚きでも怒りでも見開かれていた事だろう。


 何故、知っているのか。

 なんで、この小娘が、オレの生徒達の醜聞を、声高に話そうとしているのか。


「そいつ等、現代で何やったか知ってる!?

 男に体売って金貰って、子どもまで作って中絶した屑姉妹だってんだよ!」


 その言葉に、目の前が赤く染まった。


 そんなの大嘘だ。

 彼女達は、被害者だ。


 ゲイルもさっと顔を青褪めた。

 制止を掛けようとして、口を開く。


 しかし、それよりも早く、


「エマ達を悪く言うな!」

「テメェ、何様なんだよッ、さっきから!」


 生徒達が、先に口火を切った。

 だが、知らされていなかった事もあってか、顔面蒼白だ。

 昨夜の話し合いの席では、エマが引きこもっていた上に、ソフィアも早々に引っ込んでいた。

 過去を話していない一部だった。


 それでも、心無いこの女の言葉に、反論をするようにして烈火の如く怒りを露にしている。

 仲間を守ろうと、必死になっている。


 しかし、その少女の饒舌な口は、止まらなかった。


「アンタ等だって、そう言う口でしょ!?

 揃いも揃って、前科持ちが集まってる集団なんじゃねぇのかよ!」

「………ッ、なんだと!?」


 徳川が前に出ようとした。

 それを、榊原が咄嗟に抑えているが、彼の眼も怒りで真っ赤。

 止めた筈の手も、ぶるぶると震えていた。


「図星だから、言い返せねぇんじゃねぇの!?

 ウチ等の事馬鹿にして見下すなんて、自分の事棚に上げてるとしか…」

「黙れ!」


 激昂に、声が震えた。

 更には、覇気が漏れ出したのか、一瞬にして冒険者ギルド内の空気が変わる。


 近くにあった花瓶が、オレの怒声で割れた。

 そっちにも驚いたが、構っている暇は無かった。


「………テメェ、他人の傷をあげつらって、楽しいか?」

「………ッ、あ、アンタだって、お、同じでしょ!?

 散々、ウチ等に怒鳴り散らしておいて…ッ!」

「それとこれとでは、話が違うだろうが」


 オレが同じだとでも?

 オレが言っていたのは、現代での事では無く、この世界で起きた彼等の醜聞の事である。


 なのに、なんで?

 知っているのは、榊原と同じ理由だとは分かっている。


 きっと、杉坂姉妹の元同級生かクラスメート。

 彼女達が学校を辞めるに至った、経緯を曲がりなりにも知っているからだろう。


 けど、それが何だよ。

 なんで、今それを、言う必要があるんだよ。


 見ろよ。

 杉坂姉妹を。

 真っ青な顔に、涙目にまでなって、ガタガタ可哀想なぐらいに震えているじゃねぇかよ。


 過去の傷、ほじくり返して楽しいか?

 それで、オレ達の事見下して、優越感に浸りたいのか?


 性根が腐ってやがる。

 ましてや、そんな奴が、『予言の騎士』一行としての肩書きを感受出来ている現状。

 吐き気すらも催した。


「どういう関係だったのかは、オレは聞かない。

 だが、言って良いことと悪いことがある。

 自分から話さない過去の傷を、他人がべらべらと喋って踏みにじる権利なんて無い筈だ」

「だ、だから何よ!?

 アンタ、ウチがどこの誰か分かって、そんな口利いてる訳!?」

「なら、聞こうか。

 どこの馬の骨だ、性悪でパンツにクソ付けたままのクソ女?」

「………ッだ、誰がクソ女だって!?

 あたしの親父が、藤田組組長って知らない訳!?

 テメェ等、現代に戻ったら、まとめて社会から存在抹消してやるから覚悟しなよッ!!」


 その言葉には、永曽根が息を呑んでいた。

 コイツも元はヤクザ街道へとまっしぐらだったから、名前ぐらいは知っていたのだろう。

 後続にいた、他の生徒達も息を詰めてから、ふと視線を逸らしている。


 なるほど、ヤクザの娘だった訳だ。


 だが、藤田組………?

 ああ、もしかして、都内で一番の幅を利かせているヤクザの組の事か?

 って事は、コイツ、娘の藤田 莉子って事になる。


「(………なるほどね)」


 そこで、少しだけ頷いた。

 合点が行った。


 知ってる。

 コイツを、オレは知ってる。


 どういう環境で、どういう人物像で、どんな過去があるかも。


 黙ったオレに対して、気を良くしたのか。

 確定ではないものの、藤田 莉子が口を歪ませるようにして微笑んで、どや顔を向けようとしていた。


「………藤田組って事は、お前は藤田 莉子か?」

「はっ、今更気付いても、もう遅いから!」


 どうやら、確定したようだ。

 言葉尻は肯定ととらえて良いと思っている。


 オレのやり取りを、生徒達が固唾を呑んで、見つめていた。

 ゲイルも、オレの表情を伺って、安易に口が開けないようだったが、


「テメェこそ、どこの馬の骨だって話だけど!?

 親父に頼めばアンタなんて…ッ」

「消せるか?

 オレを………、その藤田組長と、戦線を共にしたかつての同胞であるオレを…」

「ーーーーーッ!?」


 コイツ、馬鹿だ。

 何を馬鹿な事を言っているのかと思ったら、本当に気付いていなかった。


 多分、オレの事は聞かされていないのだろう。

 そして、親父の過去については知っていても、その戦績についても知らないのだろう。


 釘を刺す意味でも、黙っている理由は無い。


「言っておくが、オレは元軍人だ。

 自衛隊でも海外支部での軍事遠征や、米軍、露軍の軍隊でも従軍経験がある」

「………嘘だ…ッなんで、そんな奴が…ッ」


 疑り深いようなので、懐からドッグタグを見せる。

 銃弾を受けた事もあるのでひしゃげているが、それでもオレが従軍経験がある証拠だった。


 これには、この場にいた誰もが息を呑んでいる。


「その時の同輩というか後輩だったよ。

 藤田組の現組長、藤田 隆晟は。

 アイツは、人殺しがしたいと言う理由だけで露軍の特殊派遣工作部隊に所属し、アフガンやイラクの殲滅作戦に参加していた。

 オレは、その時の特殊派遣工作部隊の隊長だった」


 無論、年は史上最年少の、16歳だったがな。

 サバ呼んで20歳とか言っていたが、逆算をしようとしても年齢を明かさなければ問題は無い。


 言い訳はいくらでも出来る。

 だが、言い訳が出来ないのは、彼女の方だ。


隆晟アイツが馬鹿みたいに特攻する所為で、作戦が何度も遅延するのを叱責していた時期も多い。

 最後の最後、一番大事な撤退作戦で奴は失敗して、左足を負傷した。

 その時に、担いで前線から後続部隊までアイツを運んだのは、オレだ」


 今更ながら、気付いたか。

 愕然とした表情と、体を震わせて突っ立った同輩の娘(フジタ リコ)


 オレは、彼女がひけらかした権力の象徴の、恩人である。

 知らなかったとはいえ、これは酷い。


 その戦線の後、アイツは脚の後遺症で退役した。

 そこから暴力団に所属し、組を立ち上げ、組長になった時。

 その資金供給をしたのは、何を隠そうオレが所属している組織。

 暴力団は、使い勝手が良い私兵ともなるからな。


 その付き合いも5年前の地獄の影響で断絶している。

 だが、アイツはオレに対して、一種の信仰染みた敬愛を向けていた。

 上っ面だけでない事は、分かっていた。


 だから、オレも退役した後であっても、組織の繋がりや付き合いと割り切って交友を持っていた。

 数少ない同僚以外の同志だったのだ。

 酒を飲み交わしたこともある、年齢が一回り以上も違う部下。

 その頃に、家で待ってる嫁さんと子どもがいた事を知ったんだったな。

 確か、14歳(・・・)と言っていたのが、その頃だ。


 顔を真っ青にした藤田の娘。

 確かに、見れば見る程、アイツに似たような面構えである。

 母親に似たとは聞いていたが、上司であっても気に入らなければ噛み付いて来る傲岸不遜な性格はアイツそっくりだ。


 同志の娘に、こんな事は言いたくなかった。

 だが、まぁ、仕方ない。


 コイツが今、オレ達に向けて放った言葉は、取り返しが付かないものだったから。


「親父さんに泣きついても、どうにもならんぞ。

 なにせ、お前はオレを敵に回したんだから」


 敵、と言い切った。

 もう遅い。

 オレも、撤回する言葉は、必要無いから。


 その瞬間、彼女は瘧のように震え出した。


「お前こそ覚悟しておけよ。

 もし、向こうに戻る事が出来たなら、オレはお前のやってきた事を全て親父さんに暴露した上で、その家も潰しに掛かるからな?

 安心しろよ、オレは元軍人だから、軍関係者の高官やちょっとした伝手ならいくらでもあるから。

 ………完膚なきまでに家も名誉も、まとめて潰してやらぁ」

「そ、そんな、待ってよ…ッ!

 な、なんで、そんな…ッ、嘘でしょ!?

 あ、アンタみたいなのが、なんで、きょ、教師なんてやってる訳ェ…!?」

「オレも、後遺症で退役した1人だからだな…」


 そう言って、左腕を掴んでぶらり。

 神経の通っていない腕は、意思も無くぶら下がるだけ。


 今更になって気付いただろう、向こうの生徒達が絶句した。

 一部は、気付いていたのか興味が無いのか、無反応ではあるがどうでも良い。


 さて、これで少しは黙らせる事が出来ただろうか。

 ただ、オレは交友関係の自慢をしたくて、この話をした訳では無い。


「………これに懲りたら、二度と杉坂姉妹の話題を口に出すんじゃねぇよ?

 でなければ、お前の親父さんから聞いている、オレが知っている限りの情報を全て吐き散らかしてやるからな?」

「………ッ、クソ…ッ!」


 脅迫は、これで事が済む。

 情報は力。

 権力だけでは到底覆せない、力である。


 反抗的ではあるが、了承は得たようだ。

 まぁ、仕返しとしては、こっちも言ってやる分には吝かではない。


 目には目を、って事だ。


「クソは、お前だ、クソビッチ。

 テメェが4歳もサバ読んで未だに学生をやっている事も、気に食わなかった婚約者の子どもを中絶して、DVを偽装して相手を行方不明(・・・・)にした事も、オレは全部知ってるからな?」

「~~~ッ!?」


 コイツ、留年経験が、4回もあるのだ。

 遊び過ぎだ。

 親父さんは、留年した事自体を怒って、何度も学校に通わせていた。

 留年自体は隠していたが、頑として中退を認めさせなかったようだ。


 そして、婚約者の行方不明の件。

 これは、オレ達の組織も関わっている。

 オレは詳細は知らないまでも、隆晟から直接連絡を受けたのが、オレだったからだ。

 当時、16歳だった娘が妊娠した、とね。

 それが6年前。

 つまり、この女、現在22歳でありながらも、まだ学生のままなのである。

 図太いと言うか、厚顔無恥だ。


 途端、顔を真っ赤にして、歯を食い縛った彼女。

 背後にいた生徒達どころか、恋人や泉谷まで目をまん丸に見開いて、彼女を恐々と見ていた。


 斯く言う恋人は、既に真っ青でよろけていたが。


『………ま、マコたん、嘘だからね!

 コイツの言ってる事、嘘だから信じちゃ駄目だよ…ッ』

『………リコたん、年上だったの?

 し、しかも、他に婚約者がいたとか、行方不明って…?』

『ち、違うよ!

 アイツの言う事なんか信じないで、ウチの事だけ信じてよぉ!』


 必死のフォローが、いっそ無様。

 完全に裏目に出ている事もあってか、恋人らしきチャラ男は距離を置こうと必死になっている。


 良い仕事をした。

 ………オレも性格が悪いとは思わなくもない。

 だが、仇討ちはこのぐらいにしておけば良いだろう。


 見届ける気力もなくしたので、そのまま踵を返す。

 コツコツと踵を鳴らして歩く先には、オレが近寄って来るのにすら怯えた杉坂姉妹がいる。


 彼女達の前で、一旦停止。

 それから、怖がられているだろう、顔を表情筋を痙攣させながらも苦笑に戻す。


「エマ、ソフィア、大丈夫だから。

 お前達はオレと生徒達の事を、信じなさい」

「先生…」

「ぎ、ギンジ…ッ」

「お前達の事は、オレ達が守るから、大丈夫だ」


 そう言って、他の生徒達にも「なぁ?」と同意を求めれば。

 生徒達からは、力強い頷きや返答が戻って来た。

 それを聞いて、眼を潤ませた2人。

 ややあってから、オレに抱き着いて来た彼女達が「ありがとう」と小さく、呟いていた。


 不味いとは思うが、突っぱねない。

 今だけは、こうして抱き着かせておこう。


 彼女達も、我慢したものだ。

 固まって言葉が言えなかったのだろうが、逃げなかったのが凄い。

 交互に頭を撫でて、労ってやる。


 背後からの嫁さん達の視線が少々痛いまでも、生徒の為なら耐え忍べるさ。


「………アンタ、覚えてなよ…ッ!

 絶対、後悔させてやるんだから…ッ!!」


 そんなオレの後ろ背に、今度こそ殺意の乗った視線が向けられた。

 周りの生徒達に腫物扱いをされるようにして立っていた彼女が、歯を剝くようにして口を歪めて、オレを睨み付けていたようだ。


 しかし、オレは反応しないで良い。


「………不敬罪と見做して、拘束するがよろしいか?」

「はぁッ!?」


 存在を今まで忘れ去られていたであろうゲイルが、ここでやっと動き出した。


 忘れる事なかれ。

 オレ達は国賓扱いで、今では既に国王の次辺りの地位と支持を国民から得ている。

 そんなオレ達に暴言を浴びせた。

 大惨事だ。


 いつもならそんなことはしなくて良いと宥めるのだが、今は放っておくことにする。

 嵐は、とっとと過ぎ去って貰うに限る。


「ふざけんなよッ!

 この田舎のド腐れ弱小国のクソッタレ騎士風情が…ッ!!」

「貴殿等は、そんな田舎のド腐れ弱小国のクソッタレ騎士風情にも、逆らえん立場にあるのだがどう思う?」

「ッ………馬鹿にするのも大概にしやがれ!」


 最後までぎゃあぎゃあと騒いでいた莉子。

 だが、冒険者ギルドの扉を騎士達に拘束されて出て行った後は、静かになった。


 取り残されるように呆然としていた残りの生徒達も、ややあってから冒険者ギルドから足早に去って行った。

 気絶したままだった田所青年も、護衛に付いていた魔術師部隊が嫌々運んで行った。


 まぁ、どのみち拘束だけに留まると思っているのは、オレの勘。

 ついでに、ゲイルも投獄とまではしないで、厳重注意の上、しばらくの間の謹慎で済ませるだけだろう。


 ちなみに、騎士団を動かす権限は、今ほとんどゲイルが握っている。

 護衛を派遣しなければ、彼等は国内で活動出来ない。

 これで、手綱を握ったも同然なので、オレ達の平穏は今しばらく保たれる事になる。


 今日のところは、これでお開きで良い。

 もう、関わりたくなくなっているがな。


「つくづく、オレはお前が『予言の騎士』で良かったと思ったね」

「ありがとうよ」

「………敵に回したくはねぇ相手である事も分かったがな」

「それなら、オレにもうちょっと労いと優しさを頂戴な」

「………両手に花で、まだ望むのか?」

「これはまた、別なんです」


 抱き着いている2人の事を揶揄われながらも。


 それでもお互いに、突然の災害紛いなトラブルを乗り切ったことを労い合う事は出来た。

 朝から、凄まじいトラブル続きだね、お互いに。


 今日は愚痴り合いも含めた、酒飲みコースでも良いかもしれない。



***



 さて、そんな嵐も過ぎ去って。


 半泣きどころか、号泣していたクロエを慰めて。

 (※杉坂姉妹を庇ったオレに、感動して結局泣いちゃったらしい。

 またしても、ハンカチが彼女に持っていかれた)


 シャルの登録を済ませる傍らで、同伴のAランクパーティと共に依頼を見繕わせていた生徒達。


 先程の影響もあって、流石に杉坂姉妹は眼も虚ろ。


 突然のことで、やはり心構えが出来ていなかったか。

 生徒達の心配そうな目線にすら、どこか俯きがち。

 古傷を抉られトラウマでも思い出したのか、オレから離れた後はラピスやローガンと言った嫁さん達に引っ付き虫となっていた。

 腕にはオリビアを抱えながら。

 癒しが必要なら、オリビアも仕方ないのでお留守番組としようか。


 今回の依頼には同行せず、騎士達の護衛を付けてそのまま校舎に戻す事にした。


 そこで、意気揚々とシャルがオレの足下へと駆けて来た。


「出来たわよ、ギンジ!

 あたし、Cランクだったわ!!」

「おう、上出来だな」


 驚いたことに、シャルは登録早々Cランクだった。

 見立てはしていたが、流石に世の中そんなに甘くないと高を括っていたオレとしては驚きの結果。


 やはり、肉体鍛錬や魔法修練の結果は如実に表れている。

 母親であるラピスへと報告に駆けて行ったが、ラピスも一緒になって驚きながら喜んでいた。


 やっぱり、将来が楽しみな逸材揃いであると再認識した。


 ついでに、


「(うかうかしてると、抜かされるかもな?)」

「(早々簡単に、抜かされる訳には参りません)」


 発破を掛ける。

 勿論、目下シャルに想いを寄せているだろう、間宮へと。


 読唇術だけを使ったが、闘争心に火を点けるのには十分だった。

 ふんぞり返っているところ悪いが、良い所を見せたいならそのどや顔は止めておけよ。

 ………見られると、幻滅されっぞ。


 閑話休題それはともかく


「ははっ、アンタ等も大変だったねぇ…ヒック!」

「ひひひひひひっ!

 アンタの最後の脅し文句、久々にスカッとさせて貰ったぜぇ!」

「………全く、男どもはそればっかり。

 女の歳を公衆の面前で暴露するなんぞ、私はコイツに共感は出来ぬのう」


 酒場の奥から現れたのは、ジャッキーの元パーティーメンバー。

 好き勝手な事を言っている上に、傍観していた様だ。

 スレイブとラックに至っては、既に酒でも飲んだのか顔が真っ赤になっている。


 顔合わせが初めての生徒達は、少しばかり驚いた表情をしていた。


「紹介するよ。

 こっちがオレの生徒達」


 そう言って、1人1人の名前とランクを呼びながらも、彼等にウチの生徒達や嫁さん達を紹介した。(※嫁とは説明はしていないけどね。)


 勿論、生徒達にも彼等の事を紹介するのは忘れない。


 スレイブ、ラック、べリルの3人は、オレ達と同じように冒険者然りとした武装で身を固めていた。

 斯く言う、オレも防弾ベストや籠手ガントレット具足ブーツと既に腰に日本刀を佩いて、ジャッキーもいつもは見ない防具に身を包んで、この場にいる訳だが。


 今回、同行するのはオレと間宮、榊原、ローガン。

 案の定、榊原が同行することに徳川が騒いだけども、拳骨一つ(※永曽根の…)で収束した。


 本当は、ゲイルも参加する予定だったのだが、拘束して連行していった連中の引き渡しでどれだけ時間が掛かるかによるな。

 多分、後から追いついては来るだろうから、待つ必要は無いだろうけど。


 そこで、ふと。


「ねぇ、親父。

 オレも、行きたい。駄目?」


 そう言い出したのは、ディルだった。

 どこか、おずおずとしながらも、それでいてウズウズとしている様子の彼。


 ジャッキーは、少々考え込むようにして唸っていた。


「別に良いんじゃないのか?

 生徒達には、AランクパーティーとSランクのラピスも付くんだし」

「それは良いんだが、問題はコイツのランクだな」

「Aランクじゃ駄目?

 榊原だって同じだけど?」

「………うーん、それもそうか」


 と言う訳で、ディルも参加予定か。

 オレと間宮、榊原、ローガン、ジャッキー、ディル、スレイブ、ラック、べリルの計9名。

 ゲイルが後から合流すると考えて、計10名となるか。

 今回は冒険者ギルドの依頼と言う事で、オレ達の護衛はゲイルだけが付く事になっている。


 まぁ、監視は既に名目だし、逃げ出す意味はオレ達にも無い。

 だから、実質護衛がいらんのが現状。

 その代わり、生徒達の方に護衛が割かれる事になっている。


 騎士団の護衛が付かない事で、ほっとした様子のラックとべリル。 

 どうやら、彼等も騎士団に良い思い入れは無かったようだ。

 それでも、ゲイルが付く事になるけど、きっと彼の性格や行動を見ていれば、きっと彼等も騎士団嫌いが緩和出来ると思っている。

 希望的観測だけどね。


「ウチ等も、依頼の受理は終わったっす!」

「こっちも終わったわよ?」


 そこで、受付で依頼を受理したレト達がやって来た。


 今回は、2班に分かれて依頼を受ける事になった様で、レトとライアン、サミーとイーリがA班、ライドとアメジスがB班に付く。

 ラピスはアメジスの強い要望も踏まえてB班に同行。

 AランクとSランクが付くので、心配は不要な布陣だ。

 恐ろしいと言うかなんというか。


 まぁ、こっちもこっちで、引退者も含めてほとんどがSランクなので言えたこっちゃねぇ。


 ちなみに、A班には永曽根、徳川、河南、紀乃、伊野田、ルーチェ。

 B班には、香神、浅沼、シャル、ディランとなっている。

 受けたのは、どちらもBランクの討伐依頼だった。

 どっちが早く、もしくは戦果が多いかで競うつもりのようだ。

 焦って怪我さえしなければ良いと、好きにさせておいた。


「じゃあ、A班とB班は、終わったら冒険者ギルドに集合。

 夕方になってもオレ達が戻っていなければ、騎士達の随伴を受けてそのまま校舎に帰宅しておくように」

『はい!』

「無理をするでないぞ、ギンジ」

「そっちこそ。

 任せたからね、ラピス」

「心得た」


 まだオレ達の依頼の受理が終わっていない為、オレ達だけが残って生徒達を送り出す。

 ラピスから釘を刺されながら、彼女も見送る。


 喉がガラガラなので、少し心配させてしまったようだ。


 杉坂姉妹は残っていたが、騎士達に促されて校舎へと帰ろうとしていた。


「先生、ゴメンね…」

「………ゴメン」

「謝らなくて良いから、今日は帰って休みなさい」


 謝罪を口にして、やはり俯きがちな2人。

 相当堪えたようだ。


 でも、それ以上の慰めは、また彼女達を甘やかす結果に成り兼ねない。


 今はエマに抱き着かれているオリビアへと視線を向ければ、苦笑ながらも頷いてくれた。

 慰めと癒し要員は任せておく。


「さぁ、お2人とも、校舎に戻りましょう?」

「………うん」

「………。」


 言葉少なに、杉坂姉妹が冒険者ギルドの入り口を潜って行った。


 ………大丈夫ではないだろうが、仕方ない。

 榊原はまだしも、杉坂姉妹まで知り合いがいるとは思ってもみなかった。


 カウンセリングしたばかりだと言うのに、情報不足だったな。

 帰ったら、他の生徒達にも知り合いや危険人物がいないかどうか、聞いてみなければ。


「………お主、本当に教師だったのじゃな?」

「ええ」


 足下に、やって来たのはべリルだった。

 少々、剣呑な視線をいただきながらも、生徒達が出て行った扉を眺めつつ答えた。


 最近、またしても良く聞くようになってしまった問答だ。

 そろそろ、格好から何から、一新してみるべきだろうか。


「じゃが、軍人でもあったこともまた事実。

 ………果たして、お主の本当の姿は、どこにあるのかや?」

「………さぁ、オレにも分かり兼ねます」


 耳に痛い、言葉である。


 オレ自身も、今はもう胸を張ってこれだ、と答えられる気がしない。

 元軍人と言うのは半分が嘘。

 教師と言う肩書きも、今じゃ『予言の騎士』として塗り替えられようとしている。

 かと言って、医者を名乗るのはまだまだ。

 本業にしているラピスにも悪い。


 そして、最近は度重なった怒涛の激闘。

 おかげで、昔の勘が戻って来たのは幸いであっても、感覚が引きずられているのは否めない。


 今さっきの問答だってそうだ。

 オレは、軍人の頃の話を持ち出して、平気で少女を恫喝した。

 実際には、既に少女と呼ばれる年齢では無いが、それでも女への対応としては褒められた事ではない。


 いかんな。

 そのうち、オレも平気で生徒達の前で、拳銃をぶっ放すかもしれない。


 ………人を殺すかもしれない。


 それは、嫌だな。

 見られたくも無いし、見せたくも無い。


 苦笑と共に、諦念も浮かぶ。

 この常識が通用しない世界では、おそらく無理だろうことも分かっているから。


「………べリル、その辺にしといてやれ。

 コイツだって、抱えてるものの1つや2つはあるもんさ」

「私は別に、過去を暴こうと言うのでは無いわ」

「それでも、触れてやらねぇ方が良いって言ってんだ。

 女の事は好き好きに甘やかす癖に、男の事となると途端に性悪になるな、テメェは…」

「おやまぁ、貴様こそ強者に会えば、必ず馬鹿になるでは無いかや?」


 ジャッキーが依頼の申請しながらも、フォローをくれた。

 だが、それがきっかけの口喧嘩は戴けない。


 ゴメンね、これは多分、オレの所為だと思うんだが。

 まぁ、元を辿れば、例の偽物一行の所為だとも思えるが、もう考えないようにした方が、精神衛生上は良いのかもしれない。


 いない人間に、逐一腹を立てていても疲れるだけだ。


「さて、こっちも以来の受理は終わったぜ?」


 そう言って、ジャッキーが依頼証明の半券ともなる銅板を片手に振り返る。


 依頼内容は、堂々のAランク。

 『北の森の魔物、全種の討伐及び、繁殖率の調査』となっている。


 気を付けなければならないのは、オレ達も一緒だ。

 気を引き締めていく事にしよう。



***



 北の森へのルートは、主街道一択だ。


 副街道は、西の森を経由して街や村につながる西方の主街道と合流するので、北の森を大きく迂回することになる。

 その必要は無いと分かっているこその主街道。


 依然の討伐隊のルートは、西の副街道から荒野に抜けるルートを使ったけどね。

 主街道は行軍には向いていないルートだったし。


 北の森は、ダドルアード王国北北西に鬱蒼と広がった樹林地帯。

 水が枯れ始めた世界の中でも、未だ豊潤な水を称えた山岳地帯を抱いて閉じ込める様に、鬱蒼と茂る青々とした緑地帯。

 抜けるのには1週間も掛かる程広大で、『白竜国』国境線まで続いている。


 と言っても、以前オレ達が合成魔獣キメラにかち合った時の沢や森まで行く訳ではない。

 ダドルアード王国を主街道に沿って進めば、実質にはすぐそこが北の森。

 2時間も掛からない距離である。

 入口から調査を始めて、ローリング。

 日没を目途に、魔物寄せの香袋や討伐した魔物達の血の臭いで誘き寄せて討伐を行う予定となっていた。

 ノルマは無いが、淡々とした仕事が続く事になるだろう。


 本来なら、複数パーティーを組み合わせたレイドが必要な依頼。

 だが、ジャッキーが言うには、Sランクが3人もいれば、1つのパーティーで事足りるとの事。

 その分、激しい消耗戦ともなるだろうけどな。


 元来臆病な馬は討伐には連れ出せない為、少々鈍重でありながらも肝が据わっている運搬用の調教された魔物、石蜥蜴ストーンリザードが荷車を引いている。

 そこに、今回の戦利品となる素材や証拠品となる魔物の一部を乗せて運ぶ手筈だ。


「済まん、遅くなった!」


 途中で、駆け足でやって来たゲイルも追い付いた。

 これで、今回の10名の錚々たるメンバーが揃った訳である。


 だが、


「げっ…!」

「………そんな顔をしてやるな…」


 しかし、これには誤算が一つ。

 お土産がくっ付いていたのである。


「え、えっと、………み、御剣 華月です」


 と言うのは、例の偽物一行と共にいた白髪の兄妹のかたわれ


「兄の、虎徹だ」


 続いたのが、もう片方の白髪兄弟の兄。


「も、毛利 志津佳です」


 ショートカットで茶髪の少女。


「…プース 刻龍クーロン…」


 金髪の少年で、おそらく中国系のアジア人。


「五行 晴明、言います」


 黒髪の関西弁の、自棄にへらへらとした青年。


「青葉 優仁です」


 茶髪のインテリ風で、読書が似合いそうな好青年。


 以上、6名がゲイルの後に付いて来ていた。

 ちゃんと6人とも、スラスラと淀みなく英語が話せているのが救いだろうか。


「………どういう事?」

「………済まん。

 振り払うにしても、置いて来るにしても聞かなかった」


 振り返ったのは、ゲイル。

 この状況の、元凶である。


 辟易とした表情は、隠す事も出来なかった。

 それも、お互いに。


 どうやら、言っても聞かなかったらしい。

 しかも、振り払っても撒いても、おそらく追いかけて来るだろう事が分かって、放っておくことも出来ないまま。


 ゲイルの駆け足に付いてきたのも凄いが、コイツも付かず離れずで目を離さなかったようだ。

 面倒見が良いと言うか、まだまだ甘いと言うか。


 まぁ、確かに突き放した挙句に、魔物にでも襲われて何かあったら寝覚めが悪いだろうが。


 確か、彼等はあの一行の中でも、まともな部類だった筈だ。

 白髪の兄の方はやや反抗的でありながらも、田所達と一緒にされたくないと言う気概も見せていた。

 妹も兄を諫めていた様子を見るに、やはりまともではあるのだろう。


 残りの数名は、言葉を交わしたことが無いので分からない。

 それでも、金髪の少年と言い茶髪の青年と言い、随分とオレに辛辣な目線を暮れていた面々だった覚えがある。


 やっぱり、全員揃って、面倒臭かったか。


 オレ達以外にも、メンバー達が胡乱げ。

 ジャッキーなんて、大仰な溜息を吐いてイライラと、手斧を手慰みに弄っている。

 いや、お前、怖いから。


 散々、面倒くさいとは思うが、今更追い返す訳にも行かない。

 しかも、この地帯に踏み入った段階で、既にBランクを超えている。

 彼等だけで帰すのも危険である為に、連れて行くしかない。


 とりあえず、ゲイルの後頭部を背後から小突いておいた。


「一応、なんで付いて来ちゃったのか、聞いても良い?

 随伴も王国の護衛も付けないで、叱られると分かっていても来ちゃった理由」


 付いて来るのは構わないまでも、どのような理由があったのかは一応聞いてみた方が良いだろう。

 これには、白髪の少女こと、華月ちゃんが答えた。


「お、オレ…いえ、私達、その、冒険者の仕事、分かって無いんです…」

「はい?」


 あれ?

 一番まともそうに見えていたのに、この子も馬鹿だった?


 その質問じゃ不味いと感じたのか、茶髪の青年こと青葉君が説明を引き継ぐ。


「僕達は、騎士団からの鍛錬は受けたんですが、冒険者としてのレクチャーは受けていないんです。

 そのおかげで、今まで散々な結果となっているのは、ご存知の通りです」


 自覚はあったようだ。

 行く先々で、問題を起こしている自覚だが。


「ですが、それに関しては僕等では無く、田所と藤田が勝手にやっていた事。

 僕達も巻き込まれていただけです」

「だ、だから、オレ達…いえ、私達に冒険者としての活動の仕方とか、討伐の仕方とか………えっと、色々教えていただきたくて…」

「つまりは、オレ達の依頼を見学して、今後の活動に役立てたいって事かな?」

「は、はいっ、その通りです!」


 顔を赤らめながらも答えた華月ちゃんが、可愛い。

 勿論、それだけでは許す事は出来ないまでも、とりあえずは理由は分かった。


 レクチャーを受けたいと言うか、見学をさせて欲しいとの事。

 今後の為の、社会研修とか職場実習みたいなものだ。

 今まであったように、冒険者の狩場を荒らすのではなく、しっかりと依頼を受けて達成出来るだけのノウハウを身に着けたいと。

 勤勉な事だ。


 ………納得は出来ないけども。


 これまた、ゲイルを小突きはしないまでも、睨み上げる。


「………オレが責任をもって、彼等の護衛としよう」

「そうしてくれ。

 ………まぁ、オレも多少は手伝うけど………、期待はせんで」


 でも、これ完全に規律違反って事に、先に気付こうね。


 護衛も付けてないって時点でまずダメ。

 ついでに、勝手に付いて来て、あろうことか王国の外にまで出ている時点で更にアウト。

 この分だと、保護者イズミヤの許可も取っていないだろうから、更に駄目。

 しかも、見る分だと装備らしい装備も身に付けていなかった。


 常識が無いと言うか、無鉄砲過ぎる。


「子守りまで、オレ達の依頼内容とはねぇ…」

「冒険者のルールとしては、容赦なく見捨てるけどねぇ」

「本当に、面倒な連中じゃのう」

「………流石にこれには、オレもフォローは出来んぞ」

「そいつ等、エマとソフィア、泣かせた、奴等の仲間…」


 案の定、他の同伴者達は乗り気では無い。


 冒険者としてのルールの一つとして、他人に命を預ける事は無く、自分の身は自分で守れと言うものがある。

 ジャッキーに教えて貰った事。

 分不相応な事をする人間は、どのみち失敗して危機に直面する。

 それをいちいち助け上げて居たら、どんな高ランクな冒険者であっても道連れになる可能性も有り得る。

 厳しい世界なのだ。

 その分、パーティーを組んだ時の結束は固いまでも、それが他者に及ぶことは無い。


 道端で死体を見つけても、精々その場で火葬にして遺品を持ち帰るだけ。

 ローカルルールとは言わないが、基本的には他者への配慮が必要ないのも冒険者と言う稼業である。


 だから、仕方ない。

 おかげで、ゲイルがほぼ戦力外となるが、彼等の負担になる事が無いようにオレ達もフォローぐらいには回ろうか。


 本当に、面倒臭い連中なんだから、もう。

 げしょ。



***



 なんてこともありながら。


 2時間ほどを歩いたところで、北の森の緑地帯へと入った。

 ここら辺は、バルバロやらセリオンやらという、この世界独特の広葉樹が密集している地帯である。


 主街道を真ん中に、その両脇を森が囲むような形。

 行軍には向かないが、横幅はダドルアード王国の主要道路と同じぐらいで、馬車がすれ違っても楽に通り過ぎる事ぐらいは出来る。


 ただ、昼間であっても鬱蒼としている森は、死角が多い。

 入って数分程で闇山猫ダークキャットやら、盗人猿バンデッドモンキーなんかに出くわした。

 ただ、奴らは基本的に、脳みそが詰まっていない魔物の部類だ。

 奇襲を仕掛けて来ても、余裕で気付けるのが幸いか。


 ただ、今度はちょっとだけ嬉しい誤算。


 なんと、今回付いてきた生徒の6人のうち、気配察知に長けているのが3名もいた。


 白髪の兄妹である虎徹君と華月ちゃんに、金髪の少年こと刻龍君。

 おかげで後続からの奇襲も、彼等が気付いてちゃんと待機、または退避をするので非常にゲイルも動き易そうに討伐をしていた。


 彼は獲物が身の丈と同じだけの総身鉄の槍だからな。

 純白の装飾はあれど、華やかさとは裏腹のえげつない鈍器とも言えるそれは、周りを巻き込みかねない武器で、狭い場所での取り回しには向いていない。


 だが、庇っている彼等が率先して回避に専念するから、杞憂だった。


「もしかして、2人とも多少の心得はあった?」

「あ、はい。

 その……家が、道場なんです…」


 しかも、今更ながらに気付いたけど、御剣って言ったら有名な武術道場の名前だ。

 永曽根の家とは、昔から凌ぎを削っている、都内でも1・2を争う道場だ。

 警察関係者も多く輩出し、警察の護身用訓練の教官としても度々脚を運んでいるのが、御剣家の師範だった筈。

 なるほど、跡取り息子とその妹だった訳。

 しかも、兄の虎徹君に至っては、師範代とか言うし。

 妹さんも、最近免許皆伝を目前に控えていたとか言う、武闘派だった。

 見た目によらないって、この事だったな。


「あ、後、ちなみに、刻龍クーロン君も、」

「オレ、中国武術免許皆伝。

 アンタ、強いなら、オレと一度、手合わせ、求む」


 刻龍君もまた、中国武術の達人だった。

 とはいっても、その達人の弟子だか息子だか、と言うらしいけども。


 そう考えると、彼等も随分とハイスペックな人間が揃っているようだ。

 それに、なんとなく名字に覚えがある子も多い。


 志津佳ちゃんの名字、毛利と言えば、現在警視庁のエリートである叩き上げ刑事の名字だった気がする。

 元々は探偵で、そこから刑事になってエリート街道まっしぐらだったとか。


 それに、青葉なんて現警視総監の名字だぞ。

 榊原も覚えがあったのか、オレの視線に少しばかり頷いていた。

 コイツも実は、警視総監に会った事があって、名刺まで受け取っていると言うのは、昨日の面談で知った事実だったからな。


 それに、もう一人の関西弁の少年も、同じくだ。

 五行と言えば、代々続いている名前は忘れたけども有名なお寺の本家であり、更に言うなら現代に今も尚続く、陰陽術を扱う家の名字。

 実際に使えるのかどうかは不明ながらも、一度は聞いた事のある名前ばかりだ。


 ハルが言っていた言葉の意味が分かったが、確かに驚くような名前の面々がてんこ盛り。


 なんで、そんな奴等が異世界こっちに来ちゃうのかねぇ。

 ある程度の家柄でも無いと、召喚されないとか?

 それは、オレ達が当て嵌らないけども………。


 閑話休題それはともかく


 魔物の討伐回数も20を数えた辺り。

 その頃になってもオレ達は勿論ゲイルも大して疲弊は感じていなかった。


 やっと、目的としていた付近に到着した。

 魔物を寄せる為の餌や香袋を撒き、誘き寄せる。


 その迎撃の為には、ある程度の広さが無ければならないのだ。

 ある程度の広さがある森の境目と言うか、ぽっかりと空いた広場の様な場所。


 到着するとすぐに、石蜥蜴ストーンリザードの手綱を杭で繋ぎ、荷車に乗せていた今までの獲物を捌き始める。

 ちなみに、これはいつもラックの仕事らしい。

 これには、間宮が手伝いに名乗り出て、一緒に素材の解体に参加していた。


「今は、何をしているんですか?」

「魔物の素材を切り出しているのと、その中身を餌としてばら撒くから、その処理を行ってるの」

「………な、内臓を餌にするんです?」


 途端、揃って青い顔になったのは、華月ちゃんと、茶髪の少女こと志津佳ちゃん。

 少しだけ話を聞いているだけではあるが、どうやら白髪の兄妹と志津佳ちゃんの3人が幼馴染らしい。


 魔物の切り出しの間は、奇襲をされないように残りが警戒に当たる。

 と言っても、ジャッキーもオレもゲイルまで、ついでにスレイブ達も呑気なもので一服とばかりにシガレット。

 休憩モードである。

 ローガン達が呆れた様な表情をしていた。


 このメンバーでは、元々警戒も何も無いからね。

 気を引き絞めなきゃいけないのは分かっているけど、いつもどこでも警戒ばかりしていると疲れてしまうし。


「気にしなくちゃいけないのは?」

「葉擦れの音と、殺気。

 ちなみに、獰猛な奴等程狡猾で、鳴き声どころか唸り声も出さないから、そっちを聞こうとしても無意味だ」


 榊原からの質問に答えた先。

 インテリ系の青年こと優仁君が、腰元のポーチからメモ帳を取り出してメモしていた。

 どうやら、ノウハウを学びたいと言うのは本当だったらしい。


 やっぱり、コイツ等まとも。

 なんで、あんなのと一緒になっちゃったのか、可哀想で仕方ない。

 まぁ、生き残ったのが、あの面子だったから仕方ないのかもしれないけど。


「よし、良いぞ。

 ジャッキーとディルは、布巻いておけよ。

 香袋、焚くぞ!」


 どうやら、獲物の解体は済んだようで。

 穴を掘った地面に、まとめて獲物達の内臓やいらない部位を捨て、更にそこへ香袋に火を点けて投げ入れる。


 いそいそと、シガレットを鎮火して、ケースに仕舞った。


 ジャッキー達と言われたあたり、獣人にはキツイ臭いという事。

 必然的に、オレと間宮にもキツイ臭いだと理解したので、言われる前に旧校舎から持ってきた防護マスクを装着した。

 オレの私物で、酸素ボンベがあるなら連結出来るようになっている優れものだ。


 辺りに漂う、腐臭にも似た肉の焦げる臭い。

 布を巻いたにも関わらず、ジャッキー達の眉間の皺がえらい事になっていた。

 やはり、マスクを着けておいて正解だった。


「………って、なんでアンタ等まで?」

「オレ達も嗅覚強化の訓練受けてるから」

「(こくり)」


 スレイブ達には吃驚されたけど、気にしないで。

 ゴメンね、オレ達も嗅覚犬並みなの。


「………それも、軍人としての訓練ですか?」


 背後から、優仁君の問いかけの声があったが、聞こえないフリをしておいた。


 それに、既に香袋を焚くよりも前から、血の臭いに誘われた魔物達が接近中だ。

 呑気に問答をしている場合では無い。


「こっちから、3体!

 闇山猫ダークキャットか、地獄犬ヘルハウンド!」

「おうっ、こっちからも5体だ!

 おそらく、土蟷螂アースマンティスと、地獄犬ヘルハウンドの群れだな!」


 オレと間宮、榊原は向かって3時の方向へ。

 代わりに、ジャッキーとスレイブ、ディルは10時の方向へと向かい合う。

 ゲイルは中心になって、華月ちゃん達を守る様にして後方に立つ。


 ラックも中央に引っ込んで援護体勢となり、べリルも背中に吊っていたその身の丈に合わない大型の弓矢を構えた。

 ローガンは遊撃として、どちらの救援にも行ける様にオレ達の間で身構えた。


「3.2.1!」


 ジャッキーのカウント。

 途切れた瞬間に、藪の中から飛び出して来た魔物達。


 オレ達のところには、3体のヘルハウンド。

 ジャッキー達のところには、彼の予想通りにアースマンティスやヘルハウンドの群れが躍りかかって来た。


 ただし、オレが動くまでも無い。

 榊原も、挙動が一歩遅れて踏鞴を踏んだが、問題は無い。


 あっと言う間に、間宮が片付けてしまう。

 早業である。


 背後でゲイルに守られていた面々が息を呑んだ。


「………早い…ッ」

「嘘でしょ、もう終わったの…ッ」

「………チッ!」


 何故か舌打ちまで聞こえたけど、気にしない。

 まぁ、これでオレ達の格の違いぐらいは分かっただろうから、そこら辺は付いて来て貰ったのが僥倖だったのかな?


 なんて言っている間にも、更に後続。

 今度は、しっかりと榊原が踏み込んで、向かってきたヘルハウンドの頭部を蹴り落した。

 構えていたナイフでトドメを刺すのも忘れない。


 うん、最初の頃よりも、大分様になっている。

 例のガンレム討伐の時よりも、格段に成長しているようだ。


 なんて、生徒の成長を嬉しく思っている傍ら。

 草むらから現れた、アースマンティスが真っ直ぐにオレに狙いを定めて飛び掛かって来た。


 日本刀を引き抜いて、逆手で鎌を切り落とす。

 更に返す刃で首を落とし、回転を加えながら胴体を真っ二つに切り払えば、一丁上がり。


 コイツ等みたいな昆虫系は、頭が無くなっても動くらしい。

 なので、腹か脚、羽を捥ぐのが一般的な無力化の方法のようだ。


「………今の見えた?」

「ぜ、全然…」

「チッ!」


 これまた、背後で息を呑む気配。

 だから、何で舌打ちするんだい、虎徹君。


 背後でジャッキー達も奮戦し、第一陣、第二陣と続いた魔物達の猛襲を退けたところ。


「ゲイル、そっちの茂みから来るぞ」

「ああ」


 そして、こちらも魔物が飛び出して来た。

 だが、ゲイルが槍を一閃。

 茂みから飛び掛かって来たヘルハウンドのうち横合いの2頭が頭を切断され、残りが槍の柄で打ち据えられて、彼方へと飛んでいく。

 一撃で、4頭が無力化されたも同義である。


「………この人まで…ッ」

「あかんなぁ。

 次元が違い過ぎますよって…」


 もはや、首を突っ込めないと判断したのか、6人の少年少女達は真ん中で大人しくなっていた。

 そもそも、彼等に手を借りる予定は無かったから、別に良い。


「(それにしても、やはり多いですね)」

「………繁殖率が上がっているのは、間違いないな」

「天敵もいないから、増え放題って事なんでしょ?」


 今しがたダークキャットの頭部を切り捨てて飛ばした間宮と、ヘルハウンドを蹴り伏せトドメを刺した榊原が口を開いた。


 流石は、堂々のAランク討伐依頼。

 確かに、このままだと乱戦になりそうなもので、レイドが必要だと言うのは本当の事だったようだ。


 それでも、


「援護に入るぞ!

 頭を下げよ!」


 引退したとはいえ、流石は元Sランクのメンバーである。


 べリルが長弓で数本の矢を番えたと同時に、放射状に打ち放つ。

 扇打ちと言う奴だ。

 更に着弾すると同時に、爆炎が上がった。


 よくよく見てみると、彼女の持っている矢には、先端に鏃とは別に球状火薬が取り付けられている。


 音に萎縮した魔物達が、一斉にその場から逃げ、それぞれ構えている面々の下に駆け出してくる。

 切り捨てるだけの簡単なお仕事と化す。


 スレイブが片腕だけで振り回す大刀。

 頭上で旋回させた勢いのままに、ぐるぐると自身もその場で回っては、魔物達を切り捨て、薙ぎ払っている。


 ジャッキーも双子斧を駆使して、魔物達の頭部を粉砕。

 獣染みた動きに隠れて、追撃に走ったディルの拳が更に、ジャッキーに横合いから迫っていた魔物を叩き伏せる。


「おいおい、飛ばし過ぎだなぁお前等!

 こっちもやる事やらねぇと、乗り遅れちまわぁ!」


 そして、更に入った援護。

 短剣を懐からザラリと人揃え取り出した矢先に、オレ達の足下を縫うようにして投擲した。


 オレ達が相手にする前の後続の魔物達が絶命していく。

 寸分違う事無く、眉間に深々と突き立った短剣を見て、榊原達も絶句した。


「(………ラックとやら、前職は凄腕の投擲手か暗殺者だな)」


 ここまで見事に短剣が突き立つ光景は、オレもルリと仕事をした時にしか見た事が無かった。

 しかもラックは、その場でぐるりと旋回しただけで動いていない。

 脚が悪いとの事ではあったが、ハンデがあっても十分な戦力だ。


 やはり、ジャッキーの元パーティーメンバーだけあって、頼もしい限りである。


 大仰な溜息一つ、日本刀を翻して向かってきた魔物の頭を断ち切った。


「アンタも、似たようなもんらしいな…」

「………うん?

 さぁ、どうだかねぇ…」


 背後からのラックの言葉。

 冷汗が滲みそうになるが、マスクがあることも手伝って表情に表す事は無かった。


 やはり、気付かれていたか。


 この場合には、先輩になるのか後輩になるのかは知らないまでも、流石に元が付く同業者相手の鼻は誤魔化せなかった。

 軍人ってだけじゃ、オレの動きまでは誤魔化せないからね。


 ってか、やっぱり暗殺者かよ。

 参ったな、口止めが必要かしら?


「無駄口叩いてねぇで、次の援護を頼むぞラック!」

「そうだぞ、後輩虐めもほどほどにしとけ!

 しかもそいつ、お前よかランク上だろうが!」

「おっとっと、悪い癖だぁ!」


 ジャッキーやスレイブからの叱咤と催促を受けて、ラックからのそれ以上の追及は無かった。

 つくづく、ジャッキーも気が回る男だ。

 こんな戦闘中にまで、気遣わせてしまって申し訳ないねぇ。


 ローガンも遊撃として動き、べリルが援護をしやすいように魔物を片付け、視野を広げている。

 しなやかな獣のような、地面擦れ擦れを駆ける姿には、相変わらず惚れ惚れとしてしまう。

 こんな武勇を誇る女性がオレの嫁さんだって言うんだから、オレも負けちゃいられない。


「んじゃ、オレもそろそろ、本気を出しましょうか」

「げっ」

「(………まさか、ここでするので?)」


 オレの言葉を聞いて、危険を察知したのか一斉に戻って来た間宮と榊原。

 ついでに、ローガンまでもが戻って来た。


「これ、何をするつもりか!」


 一気に、こちら側の戦線が下がった為に、べリルからの叱咤が飛ぶ。

 背後の生徒達までもが、固唾を呑んだ。


 魔物達が隙が出来たとばかりに、オレ達に向けて殺到する。


 魔力を垂れ流し、日本刀を握ったままの手を地面から水平に伸ばした先。

 刃を地面に向けて、突き立てる。


「おいで、サラマンドラ」


 瞬間、


『ハッハァーーーーッ!!

 来た来た、こう言う時を待ってたんだよ、オレぁ!!』


 殺到していた魔物達が、一斉に炎に飲み込まれて爆散した。


 やたらとハイテンションで現れたのは、『火』の精霊(サラマンドラ)

 流石にアグラヴェインは、背後に向こうの生徒達を庇っている為に使えないまでも。

 『火』属性の彼ならば、問題なく暴れさせることが出来る。


「森は焼くなよ。

 残りは、アンタの好きに暴れて良い」 

『おうよっ!』


 応えたサラマンドラが、火の粉を巻き散らせながら飛ぶ。

 魔物達が異形に、更には熱量を伴った危険を察知して、途端に逃げ出そうと踵を返す。

 だが、それよりも早くサラマンドラの拳が叩き込まれた。

 陥没する地面。

 そこに炎が吹きあがって、丸焦げの魔物達の死骸だけが残る。


「………なんてことじゃ!

 言葉を話している時点で、上位精霊で間違いは無いのに…ッ、まさか、使役までしているとは…!」


 べリルも、魔法に多少なりとも詳しいのか。

 驚きの余り絶句して、ふらりとよろけていた。


 そんな彼女を守る様に立っていたローガンが、呆れた様な視線をくれた。


「何も、この程度の事で本気になることもあるまいに…」

「だって、お前や生徒達だっているし、怪我させる訳には行かないでしょ?」

「だからって、やり過ぎだ」

「良いんだよ、たまには…。

 オレだって、本気で戦ってどれだけ保つのか、試したいってのもあるしね…」


 勿論、ペース配分は考えている。

 それでも、前の時に感じていた違和感を、解消したいという目的があった。


 うん、前の時ね。

 あの南端砦での、頬に傷のある男との全面対決の時の事。


 オレ、気付かなかったけど、魔力枯渇してたらしいんだよね。

 なのに、2体同時の使役が出来てたの。

 『暗黒大陸』にいた時みたいに、自力で動いてくれてたのかと思ったら、後から聞いたら違うって。


 だから、気になってた。


 『闇』の精霊(アグラヴェイン)と『火』の精霊(サラマンドラ)

 この2人をいっぺんに具現化していた挙句に、戦闘に参加させていた時のオレの魔力、

 それは、果たしてどこから来ていたのか。


 曰く、オレの魔力では無かったとは、アグラヴェインの談である。


 でも、それを試すのは、容易じゃない。

 火事場の馬鹿力とか思っていた方が、よっぽど常識的。

 試したくも無いと言うのが、最終的な見解でもあるし。


 けど、そうならない為に、どうすれば良いのか。

 あの時は、ペース配分なんて考えないままで、戦闘をしていた。

 そんな戦闘をしていては、いつかぽっくり死んでも可笑しくは無い。


 ペース配分を考えた上で、オレの魔力がどれだけ保つのかという上限を知らなければならない。

 その為に、今回の依頼を受けて、試そうと思っていた事。


 カンスト魔力が、果たして今どの程度まで上がっているのか、その目安を今回の依頼で試して、把握しておきたいのである。


 だから、本気。

 勿論、オレも本番を想定した動きはするから、それも踏まえてのサンプリング調査。

 懐中時計を開くと、時間は午後1時10分。


 この時間をベースにして、果たして何時まで保つのかが楽しみである。


 背後で、腰を抜かしたのか、志津佳ちゃんが座り込んでいた。

 他の面々も、唖然とサラマンドラを視線で追っている。


 ………この表情一つ見れただけでも、結構儲けものだったかもしれない。

 性格が悪いとは思うけど、ね。


 ではでは、オレも動きますか。


「間宮、榊原は、行動範囲を必要最低限として、中央を死守。

 オレの討ち漏らしや、こっちに向かってくる魔物はお前達が食っちまえ」

「(了承しました)」

「仕事無くなったも、同然じゃん…」

「ははっ、悪いな」


 間宮と榊原へと指示を下し、彼等を取り残すようにして駆け出した。

 追いかけたのは、サラマンドラの背中。


 そんな彼の背中を踏み台にして、更に飛び立った上空。

 眼下に見据えたこちらに迫って来る魔物の群れに向けて、腰に吊っていたもう一つの獲物(・・・・・・・)を引き抜いた。


「悪い子は、鉛で腹膨らませてやんよ」


 構えたのは『隠密ハイデン』。


 前にも言った通り、オレ専用に作られたもので、片手でも持てる様にグリップが細い。

 更に、特別に『遮音魔法陣サプレッサー』まで積載してある。

 ジャッキーの耳の為にも、オレ達の耳の為にもあった方が良いだろうと思ってね。


 この際、出し惜しみは一切無しである。


 『隠密ハイデン』の魔法陣が起動する。

 『闇』属性にだけ反応するそれが、オレの体内を巡る魔力を吐き出す為だけに、吸い込み始めた。

 意識を集中すれば、魔力の流れさえも見える。

 ヒラヒラと『隠密ハイデン』の周りを舞い始めたのは、『風』の精霊達か。


Fire(ファイア)!」


 引き金を絞った。

 空気の射出音だけが空気を切り裂くように響く。


 戦闘を駆けて来たヘルハウンドの頭部が爆ぜた。

 もんどりうって地面に転がって、後続に蹴躓かれて押し潰されていく。


 次いで、第二射。

 と、そんななまっちょろいこと等言わずに、魔力を込めて連続で打ち放つ『闇』の弾丸。


 南端砦の時にゲイルもやっていたが、魔力の調節次第ではガトリングにもなると判明した。

 あまりやり過ぎると、魔法陣のインクが飛んでしまうので使えなくなってしまう。


 前までは。


 今回は違う。


 その弱点を克服する為、最初からインクは使っていない魔法陣を積載している。

 砕いた魔石をそのまま彫り込んだ魔法陣だ。

 永久的に使える魔法陣のほとんどは、インクでは無く魔石で描かれているんだと。

 今は破壊されて現存するものは残っていないが、ラピスが知っていたので教えてくれた。


 オレの魔力に堪えられるのは、おそらくオレの魔石だけ。

 ヴァルトがそう判断して、わざわざオレが吐き出していた残りの魔石を砕いて彫り込んでくれていた。

 だから、オレは心配していない。

 ラピスの言葉や、ヴァルトの腕を信用している。

 だから、疑わずに使うだけ。


 軽快に無遠慮に、魔物達へと『闇』の弾丸を打ち放つ。

 弾切れや装填も必要無いって素晴らしい。


 ただし、ちょっとしたハプニングが発生。

 膂力が足りずに吹っ飛ばされた。

 空中だったから余計にだな。


 後ろ向きに飛ばされて、サラマンドラの背後で着地。

 黒焦げになった魔物の上に着地した事もあって、足下で死骸から破裂した内臓やら血飛沫が爆ぜた。


『………何を遊んでいるんだ、主』

「遊んだつもりもない不可抗力なんだよ」


 ………主に、反動と重力と言う抗いがたい力学法則の問題でね。

 サラマンドラに呆れられた。


 とはいえ、オレが最前線を片付けて、サラマンドラが文字通りの撃ち漏らしを撃破。

 魔物は、ほとんど向こうには行かない。

 こりゃ、間宮達の仕事は、本当に無くなっちまうかもしれないね。


 後で謝らないと、不貞腐れてしまいそうだ。

 参っちゃうね、本当。



***

と言う訳で、アサシン・ティーチャーのハッスルでございます。

フラグ回収の為の、作者の奔走とも言います。


ついでに蛇足をしてみますと、以前出て来た『魔力測定魔法具』がありますが、既にアサシン・ティーチャーが触ると壊れます。

それだけの魔力総量という事です。


他にも、色々とフラグがあるので、頑張って参ります。


誤字脱字乱文等失礼致します。

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