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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、新学期編
147/179

139時間目 「道徳~カウンセリング・後編~」

2017年2月15日初投稿。



続編を投稿させていただきます。

ちょっと長くなってしまった、生徒達のカウンセリングの話もこれにて終了。


139話目です。

(※前回の話を多少改稿しまして、追加と言う形となっております。

 話が繋がらない場合は、前回の話の後半部分を見てくださいますよう、お願いします。

 お手数をお掛けしますが、ご容赦くださいませ)

***



 ソフィアの面談の後に、昼休憩を終えて。


 今日も今日とて相変わらず美味しい日本食が並んだ食卓に、疲れた脳みそを生徒達含めて癒されながら、午後の部を開始。


 生徒達は、外に出て自主練習に励んでいる。

 勿論、鍛錬は午前中の気温が上がらない頃に全て終わらせているから、各自好きなようにトレーニングなり座禅なりしているだろう。


 ただ、エマが部屋から出て来ない事が気になった。


 オレが何か言ったのか?と、生徒達の非難の視線が集中する。

 榊原の一例があった事も起因しているらしい。


 だが、意見の相違があっただけだ、と口は割らないでおいた。

 嫁さん達まで、同じような眼で見るもんだから、心が折れそうになったけど。


 そんなわけで、午後の部である。

 お次は、出席番号7番の河南。


「失礼します」

「おう」

「………何かあったの?」



 お決まりのやり取りと共に、着席を促す。

 オロオロとし始めた彼は、隠し事が無いと分かって一安心。


 さて、では種明かし。


「進級おめでとう。

 お前もまだ1年経っていないが、それでも1年近くだ。

 おめでとう」


 前回のやり取り同様に、通信簿も差し出した。


「…うわぁ、先生ってば、律儀だねぇ。

 オレ、貰えると思ってなかったから、素直に嬉しいかも…」


 そう言って、通信簿を受け取った河南。

 紙束で作られた簡易なものに、逐一感動してくれる生徒達にオレも口元が緩んでしまう。


 彼のステータスは、脅威的と言っても良い。

 最近、Aランクに向上して、男子組の中でも上位陣に食い込んで来た。


 魔法に関しては、『水』、『土』、『風』、『闇』のクアドラプルなんてぶっ飛んだ適性を持っている。

 しかも、精霊が視えるどころか対話も可能とか言う異能。

 佐藤の治療の時には、彼の助言が無ければどうしようも出来ないままだったかもしれない。

 元々魔法能力に関してはハイスペックだったが、体力面や能力面も加わって、堂々のAランク。

 十分頷ける内容だ。


 しかも、彼は医療部門でも活躍している。

 専ら紀乃の補佐を行う形ではあったが、こっそり紀乃と揃ってラピスやアンジェさんから医療知識も学んでいる。

 そのうち、将来は医者とか言いそう。

 でも、それも悪くないのかもしれない。

 治療院とかでの修行は必要なく、即戦力となりうる人材だ。

 勿論、この世界ではと前置きが付くが、現代に戻ってもこの知識を利用すれば上手く行けば医療大学やその後のインターンも目ではないかもしれない。


「そうそう。

 お前の今後の鍛錬の事で、相談があるんだが…」


 そこで切り出した。

 前に聞こうと思っていたのだが、すっかり聞き損ねていた。


 河南は身体能力でも魔法能力でも、既にウチのクラスの上位だ。

 両方を延ばしても良いが、本人の希望次第ではどちらかを率先して扱わせて、仕上げてあげたいと言う思いがあった。

 武器の扱いに関しても、今後は増えるだろう。

 身体能力を強化すれば、魔法が使えない事態に遭遇してもまず困らない。

 ただ、魔法能力に元々秀でている事もあったので、その強みを殺してしまうのは勿体ないとも思っている。


 これは、流石に本人の希望次第だ。

 と言う訳で、本人に直接聞いてみる事にした。


「ううん、オレは特に今まで通りで問題ないよ。

 ただ、出来ればあんまり殴るのとか得意じゃないし、精霊達が好意的なのもあるから、魔法能力重視でやってみたいけど…」

「分かった。

 率先的に、魔法能力の向上にステップアップしてみよう。

 鍛錬を怠る事は許さんが、それでも魔法能力向上の為の時間が割けるように手配しよう」


 魔法を選択したのは、やはり異能があるからこその強みか。

 ラピスやゲイル辺りに、指南を頼もう。

 彼も彼で、鍛錬と勉学、医療部門と魔法能力向上と忙しくなるが、器用だから無茶をせずとも要領よくこなせるだろう。

 その要領をオレにも、分けて欲しい。


 ごほん。

 また、話が脱線したな。


「次に、カウンセリングをやってやろうと思っていたんだが、何か悩み事や相談はあったか?」

「えっ…っと、そうだなぁ。

 最近、先生が大変そうだから、休んで欲しいってのはあるかも…」

「………聞かなかった事にしよう」

「ラピスさんとローガンさんに、言っちゃうから」

「辞めて!?」


 気付いてるからって、辞めて!?

 嫁さん2人に直接チくるとか、お前まで何を脅迫したい訳!?

 

「くふ…ッ、はははっ。

 別に、脅迫とかそう言う事じゃないけど、休んで欲しいってだけだよ」


 まぁ、怖い子ね。

 それでも、優しさ在りき。

 優しいからこそ、自分達よりもオレの事を心配してくれているのか。


 本当に、ウチの生徒達は可愛いんだから。


 ただし、


「………したり顔で頷いているところ悪いけど、お前まで(・・・・)って事は、前の6人の誰かにも脅迫されたの?」

「………ノーコメントで」


 鋭いなぁ、コイツも。

 鋭くなくても良い所まで鋭いから、ちょっとげんなりしてしまった。


 まぁ、それはともかく。


「そういえば、相談が一個あるんだ」

「おう、なんでも言え」


 金でも権力でも、全てを解決してやるとも。


 ………そう言うと、なんか成金みたいとか言われて微妙な顔をされてしまったが。


「………治療院、開くとか言ってたじゃない?

 あれの話で、ちょっと相談があって…」

「良いぞ、お前の好きなポストを用意する事ぐらい、易いものだ」

「………あれ?本当?

 てっきり、もっと渋るかと思って、遠慮してたんだけど…」


 そう言って、苦笑を零した河南。

 遠慮気味なのは謙虚な良い証拠だが、少しばかり遠慮し過ぎるのは彼の短所かな。


「医者、目指してみるか?」

「うん、ありがとう。

 オレ、紀乃と一緒にやって来て思ったけど、多分アイツには補佐なんて必要ないだろうし、それならオレもアイツと仕事を分け合って、少しでも負担が軽く出来れば良いと思ったから…」


 そう言って、お願いします、と頭を下げた河南。

 オレは、微笑みつつも了承した。


 誰かの為。

 河南の原動力は、そこに全てが集約されている。


 最初は、紀乃の為だった。

 家を飛び出したのもそうだし、この学校に通った経緯もそう。

 そして、今もその心根が続いている。


 紀乃の負担を減らす為。

 ましてや、誰かの命を預かって、助けたい。


 その中には、勿論オレも含まれていると、容易に伺う事が出来る。

 嬉しい事だ。

 反対するなんてこと、したらそれこそオレに罰が当たる。


 コイツは医者希望。

 カウンセリングも進路相談も同時に終わったな。


「ラピスとアンジェさんには、話を通しておく。

 だから、これからはこっそりと言わずに、しっかりと励め」

「うん!

 ありがとう、先生!」


 清々しい程の河南の笑顔に、オレも誇らしくなった。



***



 続いては、紀乃である。

 扉を開けて入って来た彼を迎えながら、苦笑を零した。


 どうやら、口止めはまたしても功を奏したか。

 オロオロしているだけの様子の紀乃に、やはり微笑ましいと感じる。


 隠し事も無いようだし、なによりだ。


「呼び出された理由は、分かってる?」

「きひひっ、いえいエ、皆目見当モ…」

「どこの時代の人間だよ、お前は…」


 なんか、この頃昔気質な言葉を使う事が多いな、コイツも。

 まぁ、呼んでいる小説とか見ていたテレビが、時代劇主体だったらしいので影響されてるんだろうけど。

 ちなみに、最初の彼の面接の時、履歴書に書かれていた憧れの偉人は、大谷吉継だそうだ。

 豊臣秀吉の武将で、ハンセン病を患っていたとしても有名な武将。

 相方的な別の武将との心温まるエピソードが多い事でも有名だったか。

 河南と紀乃の間柄まんまだった奴。


 さて、それはともかく。


「進級、おめでとう」

「きひっ?」


 きひっ?って何だろうね。

 慣れて来たから気にはならないけど、不思議な奇声である。


 差し出したのは、通信簿。

 これまた、嬉しそうに奇声を上げて、受け取っていた。


 こんなの初めて。とか言っていたけど、そういやコイツ事故の所為で学校を中退しているのだったか。

 その後も、家出騒動やら何やらで、まともに高校にも通えていなかった。

 そりゃ、初めてだろうね。

 良いことしたな、オレ。


 そんな自画自賛は、横において。


 彼の前期までの成績としては、冒険者としても驚異のBランク。

 下半身不随のハンデをものともしていない、かなりの高ランクである事は間違いない。

 魔法能力に優れているのは、河南同様。

 『水』と『雷』と言う珍しい組み合わせは香神と同じだが、威力やその発現速度、更にはトリッキーな扱い方をするのは彼の方が上手い。

 無詠唱もなんのそので、既に上級魔法はほとんど無詠唱で扱えるようになったというのだから、驚きのハイスペックである。


 河南と同じく、医療部門に従事しているが、腕前としても向上してきている。

 インヒ薬の因子への効能について気付いたのも彼だし、着眼点や頭の回転速度もかなりのものだ。

 医者としても、既にラピスの補佐役としてなら、十分働けるレベルになっているとは、彼女の意見だ。

 オレも、そう思っている。

 期待を裏切らない、逸材と言っても過言ではない。


「………他に、カウンセリングも行ってたりしたんだが」

「特ニ無シ!

 僕ガ、不健康そうニ見えル?」

「全然」


 うん、大丈夫そう。

 河南と同じで、兄弟がいるから、全く問題なしと言った様子だ。

 むしろ、彼の場合は河南以外の家族の事がストレスだったようだから、こちらの異世界に来てからの方が断然、活き活きとしている。

 皮肉なもんだが、精神衛生上では良かったのかもしれない。


「進路相談もあるんだが、お前は決まっていそうだな」

「そウそウ、先生ガ決めてくれタようナものだけどね。

 医者ニなったラ、『異世界クラス』の担当医ニなってあげるカラ、いつでもドウゾwww」

「………くくくっ、大口叩きやがって」


 相談するまでも無かった。

 コイツは、医者になりたいと、やはり本気で思っていたらしい。


 元々の、趣味である人体の神秘や理化学への興味。

 人体模型の収集から始まったそれが、まさか医者となるまでの道筋を作るとは、オレも思ってもみなかった。


 ………これなら、オレもあの事業を任せられるかもしれない。


「医者になるのは、構わない。

 ただし、その前に少しだけ、学んでほしい事があるんだが…」

「何?もしかしテ、魔法陣とカ?」

「興味があるなら、中途半端にしない事を条件に、それもやって良い」


 あ、そういや、香神も確か魔法陣が学びたいとか言ってたっけ。

 ラピスに相談してみよう。

 忙し過ぎて怒られる事にならない程度にするけど。


 それはともかく。


「皮膚培養研究を、手伝って欲しい」

「………いきなりダネ。

 なんデ、まタ?」


 問いかけの声に、オレは席を立った。

 向かうは執務机。

 その執務机の奥にの空間には、オレが特別に設置した隠し棚が存在する。


 板を外し、引きずり出したのは礼の肉人形。

 頭が破裂してそのままだった例のあれ。


 箱に詰めておいたので、蓋を開けた瞬間に立ち昇った何とも言えない腐臭染みた鉄錆の臭いに、吐き気が込み上げてしまう。


「キヒヒッ。

 ………そレ、間宮まで逃ゲ出した奴だよネ。

 まだ、持ってたノ?」

「ああ、必要になる時が来ると思っていたからな」


 紀乃の眼の前に置いたそれに、彼も合点が行ったのか。

 したり顔で、頷き始めた。


 臭いで分かった通り、腐敗が始まっている。

 普通、人形は黴たり変色したりはするが、腐敗はしない。


 彼は躊躇なく、人形の腕を摘まみ上げてためすがえす。

 縫い目を見つけて目を瞬かせ、更には腐敗が始まっている断面から、中を覗き込んでこぼれんばかりに目を見開いた。


 赤く変色した内部。

 ここには、本物の血液が詰まっていた。

 頭からほとんどが流れ出してしまっていたが、その血臭と腐敗臭でこれが人間を模している事ははっきりと理解したらしい。


「………要点だけを、説明する。

 出来れば、余計な詮索はしないでくれると、助かるんだが…」

「良いヨ、分かってル。

 これガ、学校ノ校舎ニ何故カ置いてあっテ、たマたマ(・・・・)先生ガ見つけタって事デショ?」

「ご名答」


 まぁ、説明は不要だったか。

 半分辺りで半分ハズレとはいえ、勝手にオレの意図を察して自己解釈をしたようだ。


 学校の地下で研究をされていた事は生徒達にも勿論、話していない。

 むしろ、話せる訳も無い。

 自分達が、どんな危険人物と学校生活を共にしていたかなんて、今更知りたくも無いだろうから。


「これ、確かニ人間ノ皮膚ニ似てるケド、違うネ。

 だかラ、皮膚培養ノ研究っテ事なのかイ?」

「そう言う事だ。

 義手でも義足でも、なんでも良いんだが、これを役立てて研究成果を発表したい」


 医療開発部門としては、二番目の眼玉と成りうる偉業とする。

 無論、一番はボミット病の治療薬『インヒ薬』だが、これもこれでオレ達にとっては役に立つだろう。


「オレは、腕が麻痺して動かない。

 お前も下半身不随で、身体的ハンデを負っている。

 だが、研究が進めば、あるいはこの世界の魔法や何かと掛け合わせれば、もしかしたらそれも克服出来る可能性があるかもしれない」


 希望的観測ではあるがな、とは付け加えて。


「義手でも義足でも、必要としている人間は五万といる。

 この世界は、元々の衛生概念が破綻していた所為か、後遺症や感染症で脚や腕を無くした人間が多いからな…」


 オレの言葉に、紀乃も頷いた。


 騎士団でも良く目にする、隻腕や片方の脚を棒切れで補っている指南役。

 冒険者ギルドでもそれは同じ。

 また、魔術ギルドにいる構成員にも、何人か身体的外傷を理由に魔術師に転向した元騎士や冒険者も多いと聞く。

 前線は無理でも、後輩の育成の人員として幅広く活躍している。


 そう言った各員の、今後の活動の幅を広げる事にもつながる。

 今は無い人材を求めるのではなく、今ある人材をより良く、更に成長を促す。

 国王の国営方針にも盛り込まれている事。

 だから、埋没した個性を持った人材が、表に出やすい国でもある事で、終の棲家にダドルアード王国を選ぶ人間も少なくない。


 実は、以前ジャッキーに紹介された彼等もその一部だったようだ。

 隻腕だったしな、あの大剣使いのおっさん。

 それに、ラックも腕の神経をやられて、開錠が出来なくなった事を期に引退したらしい。

 そして、全員が終の棲家として、この王国に戻って来た訳だ。


 そう言った面々を、サポートする為にも。

 そして、オレ達が日常生活を充実させる為にも。


 この研究を、遂に表舞台に持ってくる時が来た。

 批判もあるだろうが、その分成果が出た時の、賞賛や功績も大きいと思っている。


 名声や栄誉、功績が欲しい訳じゃない。

 それでも、少しは慣れて来たし、愛着ももてる様になった世界へと、何かしら出来る事があるならば、してやりたい。

 それが、この第一歩。


「やってくれるか?」


 問いかける。

 だが、今更の事であった為か、問答は必要無かった。


「キヒヒッ。

 一緒ニ革命、起こシちゃおうカ!」


 一も二も無く、紀乃は頷いた。

 そして、オレに手を差し出してくれた。


 本当にオレは、生徒達にも恵まれているものだ。

 誇らしくなって、また少し涙腺が緩んだ。

 ただ、泣くのはなんか違う気がして、唇を引き結ぶことしか出来なかった。



***



 ----ゴンゴン!


 規格外な音と勢いのあるノックの音が響いた。

 執務机のフェイクウォールを直していたオレが、ちょっとだけ吃驚した。


 流石、オレに継ぐ怪力馬鹿。

 ノックの音まで、桁違いとは。


「入れ。

 それから、ノックも扉の開閉音も静かにな!」

「うい。ゴメンなさい」


 紀乃に続いて、呼び出されたのは出席番号9番の徳川。


 案の定、生徒達の口止めが効いているのか、ノックの音以外はけたたましくも無く。

 おずおずと、部屋を覗き込む警戒心の強さに少しだけ笑えた。


 まぁ、コイツは色々あった時期から考えれば、かなり成長した生徒なので怒るよりも褒め称えてやりたい。

 突然、拳骨を繰り出す事も無いので、安心して欲しい。


 ただし、


「いだだだだだだだだだだぁあッ!?」

「さっき、オレをぶん殴ってやるとか聞こえたが、お前の声だったよなぁ?」


 有言実行。

 アイアンクローは実行しました。


 こめかみに血管浮かんで、即座に涙目。

 オレをぶん殴るとか豪語するのは、まだまだ100年は早いさ。

 お馬鹿さん。


 ごほん。

 本題に戻ろう。


「さて、進級おめでとう」

「わぁっ、本当に学校みたいだ!」


 なんて、嬉しそうに通信簿を受け取った徳川。

 掲げて見たりなんかして、嬉しそうにはしゃいでいるのを見ると、オレまでやっぱり嬉しくなってしまう。


 そういや、コイツも良い思い出は無かったんだったか。

 通信簿を受け取る度に、両親に叱られたとかなんとか。


 開いてから読んで、それから顔を上げて。

 まるで輝かんばかりの笑顔を浮かべた彼は、本当に撫で繰り回したくなる。


 実際、撫で繰り回した。


 ごきりと、またしても首から異音が聞こえたがな。


 ………済まん。

 散々言っておいて、オレが怪力を加減できない。


 閑話休題。


 コイツのポテンシャルとしては、これまたAランク。

 体力方面では永曽根や、榊原とほぼ同列となっている事に加えて、最近は自棄に理解力が養われてきていると言うのは、生徒達の談だ。

 元々、苦手意識が強かった所為で、聞き流す傾向があったが、それがほとんど無くなった形だと思われる。

 オレ以外にも教師がいて、面倒見も良い兄貴分も多い。

 なおかつ、このクラスでは女子組もかなりの力量になって来た事と、後輩としてシャル達も加わったことで意識改革があったようだ。


 ついでに、見捨てられるかもしれない、という脅迫概念が喪失した。

 オレもそうだが、生徒達が頑張った成果。

 問題らしい問題も起こしていない事から、やはりこの異世界に来てから一番成長したのは、彼だと思っている。


 ちなみに、まだオリビアとの仲に進展は無いらしい。

 手を繋ぐだけに留まっているようだ。

 微笑ましい。


「さて、カウンセリングも行っているんだが、何かあったか?」

「ううん、特に無い!」

「はいはい、元気なのは良い事だが、声のボリュームを抑えてくれ」


 なにせ、可聴域が半端ない。

 先ほどまで、隣で行われていたローガンの魔族語講座も、実は半分近く聞こえていたのである。


 おかげで、コイツを相手にすると、耳が痛い。

 精神的にではなく、物理的にだ。


 しーっ、と指でポージングをすると、コイツも真似をする。

 ………なんだろう、この子犬。

 撫で繰り回したくなるから。

 もれなく、加減を間違って、コイツの首が捻じれるから。


 優しくやったら、撫でただけとなった。


 激しく脱線した。

 とはいえ、コイツにはカウンセリングも必要は無かったようだ。


 では、続いて進路相談と行きますか。

 まぁ、コイツもある程度は、予想が付いているんだがな。


「これ、就職先の斡旋リスト。

 2年後には、お前達も名実共に卒業となるから、それまでに定職に就いていて欲しいんだが…」

「あ、そっか。

 もう、1年経ったから、後2年しか通えないんだ」


 言われて気付いた所は相変わらずか。

 だが、言われた通りに騒ぐことも渋る事も無く、斡旋リストへと眼を通し始めた彼はやはり、成長している。


 きっと、前のままの彼なら、仕事をするのも嫌がった可能性があったな。


 ………こんなに立派になって…ッ。

 相変わらず緩い涙腺に喝を入れつつ、シガレットでいったん休憩。


「うん、やっぱり、オレは冒険者だな。

 ジャッキーさんにも言われてたけど、体は小さいけどアタッカーに向いてるって!」

「そうだな。

 お前の怪力を活かすなら、建築連合とかも良いかと思ったが、冒険者の方が性に合っていそうだ」

「うん!」


 やはり、予想した通り。

 元々、剣と魔法の世界とか、冒険に憧れていた部分が多い。


 現代に戻っても、コイツは冒険家とかを目指しそうとは思っていたが、どうやら当たりだったようだ。

 腕っぷしも然ることながら、彼の怪力を一番活かせる職行とも言える。

 貴重なんだよ、アタッカーって。

 後進の育成が滞っているらしいから、割とジャッキーも頭抱えていたりしたらしいし。


「今すぐとは行かないが、そう言う方向で話を進めておくよ。

 鍛錬も魔法の訓練も怠らずに精進すれば、お前だっていつかはSランクも夢じゃないだろうし…」

「おっしゃぁ!

 いつか、先生の隣に立ってやるって決めてたんだ!」


 何とも嬉しい事を言ってくれるものだ。

 そして、頼もしくもある。


 本当に、成長したなぁ、コイツ。

 ………ただ、おつむの成長がまだ弱いのか、ボリュームを抑えろと言った矢先に、これである。

 元気なのは、良いことなんだがねぇ。


 とはいえ、これでジャッキーが喜ぶな。

 即戦力で、Aランクのアタッカーと来ているから、引く手数多ともなるはず。

 ………筈だ。


 頭の方で問題ありなので、人選はしっかりとジャッキーに吟味して貰いたいものである。



***



「………先生、呼んだか?」

「ああ、入れ」


 徳川の次は、出席番号10番の永曽根だった。


 ………とはいっても、シャル達も加わったから番号の変動があっても良いと思うんだ。

 佐藤も藤本もいるから、早速組みなおすか。

 そうなると、コイツははて何番目になるのだろうか。


 さて、それはともかく。


 ずぅん、と重い空気を背負って、彼を出迎える。

 例の恐怖の呼び出し活動は、コイツにも有効である。


 オレの様子を見てか、観念したかのように溜息を吐いた永曽根は、随分と潔い。


 既に、香神の暴露で、コイツも一枚噛んでいる事は分かっている。

 怒りはしない。

 理由は分かっているから。

 しかし、叱らないと言う訳にもいかない。


 何故なら、それが慈善事業の一環であることを、オレに黙っていたからだ。

 噛ませろ、こらぁ。


 ってな訳で。


「………要件は、分かっているな?」

「………ああ」

「吐け」


 プレッシャーを掛けて、白状ゲロを促す。

 言い逃れはさせないし、出来ない。


「………香神から、聞いたか?」

「ああ。

 アイツも、罪の意識と自覚はあったらしい」

「………そうか。

 じゃあ、オレも白状するしかねぇな」


 どっかりと椅子に腰を落ち着けた永曽根。

 机に手を付き、そのままオレへと頭を下げた。


「すみません………でした。

 香神にやらせて、食料を買った後の金を、盗んでて…」

「………それだけで済むと思うか?

 額は、いくらになる?

 それに、お前達にやったお小遣いは相当な額だった筈なのに、それも使い切ったのか?」

「………大体、1万と2千か3千Dmダムぐらいか。

 ただ、オレ達の小遣いや、ギルドでの依頼料とかも含めると、それ以上になる筈だ…」


 ふむ。

 金額の差異は、ほとんどない。

 香神の異能のおかげで、しっかり覚えていた事もあるから細かい額まで覚えていなくても良いし。


 ふふふっ。

 焦ってるなぁ。


 オレに元は角刈りで、伸び切ってしまった白髪を晒した永曽根。

 冷汗が滲んだ額まで見て取れて、シガレットを咥えながら隠していた口元が歪んでしまう。

 ………本当、性格悪いやねぇ。


「………孤児院に、寄付していたと聞いた」

「………ああ」

「どうして、言わなかった?」

「………止められると思った」

「何故?」

「………甘えた考えで、慈善事業をするなって。

 最後まで責任が見れないのに、勝手な事をするなって…」


 ほぉ、そこまで考えは至っていたのか。

 なのに、手を出したのは我慢が出来なかったか、愛着があったか。


「………分かった。

 ただ、その文言に訂正を入れておけ」

「………?」


 オレの言葉に、おずおずと顔を上げた永曽根。


 目の前には、オレが苦笑しているだろう。

 その眼がまん丸に見開かれた。


 もう、叱る気分でも無いし、そもそも叱るつもりはもう無い。

 良い子だから。

 だから黙っていて欲しくなかっただけだ。


「オレの許可なくやるんじゃない。

 生徒が慈善事業やってんのに、オレが何してんだって話になっちまうだろうが…」

「………せ、先生…ッ」

「馬鹿野郎が。

 言い出せなくなるぐらいなら、最初から悪事に手を染めなきゃ良かったのに」


 そう言って、シガレットを鎮火。

 それから、下げたままだった永曽根の頭を撫でておいた。


 本当に良い子。

 オレは、お前達の教師である事が、誇りだよ。


「今度、オレも案内しろよ。

 手直しなんて言わずに、丸ごと建て替えてやれるだけの金額、テメェ等にまとめて持たせてやっから」

「………せ、ぜん゛ぜい゛…ッ」


 途端、涙を滲ませて、訛声になった永曽根。

 そうかそうか、そこまで追い詰められたか。


 これに懲りたら、隠し事なんてしないこった。


 その後、机に突っ伏した永曽根を慰めながら、カウンセリング。

 意外と、彼も相当参っていたようだ。

 香神を巻き込んだ事もだが、やはりお金の工面に苦労していた事が特に。


 それでも、自分の過去を省みて、何かを残したかった。

 それこそ、自分よりもうんと良い子に育てる様に、素直で良い子達の孤児院をなんとかしてやりたかった、と。


 叱るのは止めた。

 褒めてやることにする。


 全く持って。

 良い子達過ぎて、オレが阿呆みたい。


 本当に、コイツ等の教師で良かった。



***



 さてさて、時間が結構経ってしまったが。

 一応の種明かし。


 実は、香神にはったりで聞き出すまでは、概要は知らなかったと言えば、永曽根はぽかんと大口を開けて固まった。


「お、オレの…涙…っ」

「おう、悪いな。

 貴重なショットをただで見せて貰って」


 あれ?

 この場合、コイツ等がちょろまかした金額分は見せて貰ったって事で良いのか?


 まぁ、そう言うと、更に永曽根が怒りそうなので言わない。

 コイツも最近、ゲイルと似たり寄ったりで、覇気を巻き散らすようになり始めたんだわ。

 鍛錬中とか、威圧が凄いの。


 まぁ、一番は間宮だけどね。

 最近、アイツの打ち込み用と、威圧感が半端なく怖いと感じるのが師匠オレです。


 話が逸れた。

 今までの全員と同じように、通信簿を渡してやる。


 苦笑を零して、無理しなくて良いのに。と言った辺り、コイツはやはり大人として成長しているようだ。

 生徒なんだから、多少は甘受しても良いのに。

 ただ、喜んではいるようで、通信簿を見て頬を掻き、耳を赤らめているのは確かに見た。

 ごちそうさん。


 さて、永曽根のポテンシャルは、既に知っての通りAランク。


 間宮を除いた生徒達の中では、一番の出世頭だ。

 魔法能力は『闇』でありながら、中位精霊と契約しており、更には具現化しての行使も可能としている。

 長時間、とまでは行かないまでも、日を追うごとに継続時間も上昇しているし、魔力総量も上昇しているところを見るに、既にSランク認証も夢では無いのかもしれない。


 武器の扱いも、元々の家芸もあって順調だ。

 『隠密ハイデン』の扱いを教えているハルとヴァルトからも、様になっているとお墨付きを貰ったらしい。

 オレとしても、コイツの期待値は高かった。


 ただ、就職先がちょっと問題。


「………孤児院に行きたいんだが?」


 やっぱり、保父さん志望だった。


「それは良いが、働かせて貰うのだって無料タダじゃねぇんだぞ?」

「分かってる。

 バイトでもして、孤児院に金を入れるぐらいの事はするさ」


 バイトって、お前キツイ事考えるな。

 しかも、孤児院の仕事と両立とか考えている辺り、コイツならやりそう。

 それだけの体力もあるってのも、自負になっているのか。


 しかも、それが無理なら、花屋とか農家になりたいとかも言い出している。

 おいおい。


 徳川のように、冒険者になった方が稼げるのに。

 むしろ、孤児院の仕事をするなら、そう言った稼げる仕事の方が良いじゃないのか?


 香神もだけど、ちょっと意外。


「うーん、と…、冒険者だと遠征もたまに出なきゃいけないだろ?

 それに、先生を見てると下手にランクが高いと、大変な依頼とか時間の掛かる依頼とか頼まれそうで…」

「つまり、片手間でやれる仕事の方が良いという事か」

「そう言う事になるのか。

 まぁ、甘い考えだって言われるなら、諦めは付くけど…」


 いや、別にオレはばっさり切り捨てたい訳じゃない。

 ただ、ジャッキーが是非と言っていたのが、永曽根を筆頭とした高ランク組だったからであって。

 ジャッキーが引き抜きたそうにしていたのも、永曽根だったしね。


 とはいえ、コイツの将来は、コイツのもの。

 オレが、強制することは出来ない。


「何事も中途半端にして投げ出さないって言えるなら、お前の好きなようにしたら良いよ。

 現代に戻った時に、花屋とかならきっと幼馴染の仕事にも役立つだろうしな…」

「止せよ、先生。

 確かにそうかもしれないけど、オレはもう特殊部隊行きが決まってんだ」


 あ、そういやそうだった。


 けど、これは叱る。


「………それも言わなかったな」

「………ゴメン」


 藪蛇だと気付いたらしい。

 墓穴掘ってやんの。


 知ってはいたけど、本人から聞いちゃいなかったんだよ。

 けっ。

 どうせ、オレは書類を見るだけの、企業戦士サラリーマンですよぉだ。


 虚しくなった。


「先生も、オレに言ってない事、あると思うけど?」

「………あ?

 オレに楯突こうってのか、テメェ。

 受けて立ってやろうか、うん、そうしよう」

「図星刺されて、殺気出すなよ!」


 こっちも藪蛇だった。

 アイタタタタタ。

 結構、クリティカルヒットでしたが、何か?


 そして、全部ひっくるめて、喧嘩を売られた事にして強制キャンセル。

 大人のやるこっちゃねぇ。

 まぁ、オレもコイツとは4歳違うだけなんで、許して欲しいもんだ。


 ………ってか、やっぱり気付いてたな。

 何がって?

 オレの後輩となる事だよ、コイツが。


 畜生。

 ウチのクラス、勘の鋭い奴ばっか。


「まぁ、改めて、これからもよろしくお願いします」

「はいはい、こちらこそ。

 次は悪い事する前に、オレにちゃんと相談しろよ?」

「引き摺るなぁ…。

 まぁ、オイタはこれっきりにしておくよ」


 当たり前である。

 とはいえ、反省をしてくれているなら、それで良いのだ。


 来た時とは、打って変わって。

 これまた清々しい表情で、鍛錬に戻って行った永曽根の背中を目に焼き付けておく。


「………本当に、大きくなったもんだよ」


 その背中は、クラスに来た当初よりも、数段大きくなっている気がした。



***



 さて、続いては間宮である。

 ノックの音は控え目だった。


 入室を許可すると、彼は苦笑を零しながら、入って来た。

 きっと、鍛錬にかこつけて、聞いていたに違いない。


 『風』を使っての、盗み聞き。

 最近、そんな小手先の技術まで習得するようになってしまって、オレも少々困っている。


全くもって、褒めれば良いのか叱れば良いのやら。


「………要件は、分かっているな?」

「(ええ)」


 苦笑を零して、お互いに分かり切っている問答をやってみた。

 おどおどもしなければ、隠し事をしているような愚挙も無い。


 まぁ、コイツの場合は、隠し通しそうではあるが。


 徐に通信簿を取り出して、渡す。

 恭しく、まるで賞状か許劭でも授かったかのように受け取った間宮には、ついつい笑ってしまった。


「別に、そんな畏まらなくても良いのに…」

「(銀次様から受け取れる物は、その全てが宝です)」

「傾倒してくれるのは良いが、余り過剰にはなるなよ。

 オレが、どういう教育をしてんのか、他所で疑われちまう」

「(言いたい奴には、言わせておけばいいのですよ)」

「控えろと言ったら、控えろ」


 頬っぺた抓っておいた。

 途端に、涙目になったあたり、相当痛かったか。

 ………加減がどうも上手くいかんな。

 まぁ、間宮だし、いっか。


「さて、カウンセリングは必要か?

 悩み事、相談事、果ては恋路の悩みでもあれば、喜んで聞くが?」

「(め、めめめめめ滅相も無いです!)」


 おや?

 意外と、コイツも色恋に興味関心が向けられたか?


 ………そういや、シャルの視線が最近可笑しいと思っていたら?


「お前も大変だなぁ。

 嫁に貰うには、オレとラピスの許可が必要な相手だぞ?」

「(ち、ちが…っ!)」

「………ちなみに、シャルに見合い話が持ち上がってんだが…」

「(どこの馬の骨でしょう?)」


 はったり掛けたら見事に引っかかった。

 オレと今まで一緒にいたのに、どこでその見合い話が持ち上がったかってんだ。

 嘘だよ、嘘。


 気付いたのか、途端に赤面をした間宮。

 髪色と同じ真っ赤になった頬と、俯いた仕草がやはり可愛い。


 だから、なんなの、この子犬ども。


「まぁ、シャルも満更でも無さそうだ。

 オレへの熱視線がなくなったかと思ったら、そう言う事だった訳ね」

「(………ううっ、他言無用に願います)」

「人の好みは人ぞれぞれで、恋路の邪魔は野暮ってもんだ。

 その代わり、しっかり気張れよ?

 アイツは、面食いの上に、免疫が無さそうだから、悪い虫に引っ付かれたらコロッと靡く可能性も高い…」

「(その場合は、悪い虫を物理的にすり潰しますので…)」

「過激だなぁ…」


 何だろう。

 義理の娘の騎士ナイトとしては頼もしいとは思うけども、そこはかとなく怖いのは。


 まぁ、先にも言った通り、恋路の邪魔は野暮である。

 当人達が助けを求めて来ない限りは、オレも静観する事にしよう。


 以前、オレが結ばれた時に、一芝居打ったのも間宮だった。

 今度は、オレが人肌脱いでやるのも、悪くないのかもしれない。


 さて、話が逸れた。


 間宮は、冒険者のランクとしては、堂々のSランク。

 生徒達の中でもただ一人の快挙であり、オレに継ぐ能力値は与太でもなんでもなかった訳で。


 更に言えば、身体能力、魔法能力も共に備わっているバランス型。

 どちらに傾いても、きっとどこに行っても活躍できる。

 ゲイルやローガンからは武力面でのお墨付きをいただき、ラピスからは魔法能力面でのお墨付きまで貰っているから、言う事は無し。

 シャルも良い物件に目を付けたもんだ。


 ………失礼。

 野暮だったな。


 更に言えば、各種教養が桁違いに備わっている事もあって、就業も然して困る事は無いだろう。

 元々、裏社会への就職が決まっているとしても、それは現代の話。

 こちらで、別の職業に就いてみて、体験をしてみるのも悪くは無いのかもしれない。

 せめてもの慰みというのが、皮肉な事ではあるが。


 とりあえず、コイツに関しては、カウンセリングも進路相談も必要は無い。


 なにせ、オレの一番弟子だ。

 言葉が話せないハンデもほぼ解決している上に、どこに行っても通用するだろう教養もある。

 梃でもウチの校舎から離れてくれないだろう予感がひしひしとするしな。


 では、肝心のコイツの暴露を聞かせて貰おうか。

 勿論、片手間で聞くようなことはしない。


 立ち上がってから、先ほどまで開け放していた窓を閉める。

 更には、執務机の上にあった、ラピス特製の『防音』のスクロール(※丸めて持ち運ぶ羊皮紙タイプだから、巻物みたいって事でそう名付けたの)に魔力を通して起動した。


 風が吹いた事にか、間宮が反応。

 それから、オレが振り返ったのを見て、俄かに体を緊張させていた。


「………お前は、言いたくない事かもしれないが…」

「(………はい)」

「覚悟は必要だと思っている。

 師匠オレとしては、弟子の事を知っておく義務があるからな…」

「(………はい)」


 俯いた間宮。

 今から、オレが聞く内容に察しが付いたようだ。


 机の下の膝の上。

 握り込まれた拳が震えていた。


 申し訳ない気持ちを覚える。

 しかし、今後は榊原を弟子に加えるに従い、間宮の負担も増える。

 そうなると、コイツが抱えているものを分かっていなければ、オレは不用意に彼を追い詰める可能性もある。


 榊原の事だって、そうだった。

 だからこそ、反省点を改善しようと思っている。


 思えば、今まで。

 弟子として、こんなに近くに置いておきながら、一度も彼の過去に触れた事が無かった。


 必要ないと思っていた節も多い。

 ただし、今後は必要になって来る。


 それに、


「カウンセリングが必要ないとは言ったが、あれは撤回する。

 ………魘されて目覚めて屋根裏をうろつくぐらいなら、話してくれよ」

「(………。)」


 間宮が、唇をきつく結んだ。


 気付いてはいたのだ。

 しかし、これも最近の事で、今までは気にもなっていなかった。


 それもこれも、可聴域の拡大や、嗅覚が強化された事によっての弊害。


 コイツ、夜中に飛び起きて、校舎内をうろつくのだ。

 屋根裏を重点的にであるが、特にオレの部屋の界隈やラピス達の寝室なんかを。


 自主的な警護なら良いのだが、それでもコイツは歳が歳だ。

 まだ16歳。

 いまから、そんな睡眠時間を削るような事をさせてしまうと、将来確実に体格に影響してしまう。


 オレは気絶が多かったから、勝手に育った。

 主に、師匠からの鉄拳制裁が多かったのだが、おかげで身長には困っていない。

 だが、コイツはそれが極端に少ない。

 一時期は、気絶してばかりだったが、今ではそれが無い。

 しかも、実際気絶しているのは昼間であって、成長ホルモンが出る夜間では無いから、ちょっと心配していた。

 手加減しているのもあるが、やはり元々のポテンシャルがある所為か加減を分かっているのだ。


 ただでさえ、コイツは小さい。

 このまま成長したとすると、おそらく体格一つとってもハンデになる。


 そうならないように、せめてもの安眠は守ってやりたい。

 なまじ、オレの義理の息子になろうと言うなら、その為にも大きくなってやれよ。


「………話してくれないか?

 お前が、どうして施設に来たのか…」


 問いかける。

 返答は、無言。


 しかし、何度か唇が開閉した。


 言葉には、言い表せない事だろうか。

 それとも、オレの事は信用していないから、話せないとでも思っているのか。


 そうだとしたら、悲しいが。

 そう思っていた矢先。


「(………あ、貴方の事を、信用していない訳ではありません)」


 ………。


 ………エスパーか、コイツ。


「(悲しい顔をされていたので…。

 もしかして、オレの忠義を疑われたのかと思いまして…)」

「ああ、オレも疑われてんのかと、不安になった…」

「(そうでは無いのです。

 ですが、オレの過去は穢れていて、………軽蔑されてしまうでしょう)」


 そう言うと、また俯いた間宮。

 つむじを見下ろしていると、見れば見る程小さいと思ってしまった。


 こんな小さな肩に、何を抱えているのだか。

 オレだって興味本位で聞いている訳では無いのだから、軽蔑も何もない。


 『防音』を施したのも、その為なのに。


 溜息を零した。

 それにすら、間宮が反応して、大袈裟に肩を跳ね上げる。


 ………無理強いなのかな。

 本当は、聞かないままで、彼の心の平穏を保ってやった方が良いのか?


 けど、そうなると、コイツはまた夜中に飛び起きる。

 そうして、徘徊を続けるのだろう。

 身長が伸び悩んで気付いた時には、後の祭りと言う結果も可哀想だし。


 なによりも、オレの弟子にして、背中を預ける者。

 そいつの過去を、知らないと言うのは、なんだか違う気がするんだよ。


 そう思った時、ふと気付いた。


 コイツは、オレの事をどこまで知ってるんだろう?と。

 そう考えると、ちょっとだけ気分が重くなる。


 オレ、何も知らなかったんだな。

 コイツの過去の事もそうだが、オレの情報をどこまで持っているのかも知らない。


「………なんか、虚しい」

「(………ッ!?)」

「ああ、ゴメン。

 独り言………って、訳でも無いか…」


 ついつい、口に出してしまった。

 はぁ。

 溜息も出てしまう。


 オレ、何やってんだろう。

 今までずっと見てきたつもりが、全く何も知らなかった。


「………ゴメンな」

「(あ、貴方が謝る事は、何一つとして…ッ)」

「いや、オレ、本当にお前の事知らなかったからさぁ…。

 今更になって気付いて、どの口が義務だのなんだの言ってんのかと思うと………ゴメン」


 ナーバスになった。

 もう、聞かない方が良いのかもしれない。


 コイツが話したい時に、話せば良い。

 それまで、オレが待てば良いだけの話じゃないのか。


 ましてや、オレは生徒達にも過去の事は、黙っている。

 嘘を交えて、軽く触れる程度だ。

 勿論、間宮だって、知っている情報以外の事は、教えた事が無い。


 なら、良い。

 それで良い。

 過去の事なんて、もうしばらくは良いと思った。


 もし、これで情緒不安定になるようなら、殴ってでも吐かせるが。

 ………いや、コイツは殴っただけでも吐かなさそう。


 本当に、困った弟子だ事。


 でも、


「(………本当に困った野郎は、オレの事だよな…)」


 馬鹿な事だ。

 こうして、問題に直面してからじゃないと、気付けないのだから。


 オレがもし、間宮の立場だったら。

 考えてみる。


 過去の事を話せと言われて、話せるだろうか。

 無理だ。

 そう言い切れる。

 とても、口が裂けても、言えない。


 軽蔑される事は当たり前の事。

 途中まで話せれば御の字で、それ以降はオレの意識や精神が保つかどうかすらも分からない。


 恥ずかしいことに、オレはトラウマに関しては全く克服出来ていない。

 赤ん坊の泣き声が駄目なのが、良い例だ。

 師匠の事もそう。

 細菌テロの戦役、実際はただの尻拭いに投下された時のこともそう。

 そして、あの地獄の2年間の事もそうだ。


 嫁さん達にも、話せていない。


 なのに、どの口で間宮の過去を暴こうとしているのか。


 本当に馬鹿な事だ。


「………いつか、話せる時に話してくれ」

「(………銀次様…)」

「出来れば、最初が嬉しいけども、………シャルがいる手前、気が引けるしな。

 まぁ、お前の精神が破綻しない限りは、もう口にすることはしないから…」


 そう言って、苦笑と共に。


 改めて見た間宮は、まるで捨てられた子犬のように、絶望に染まった瞳をしていた。


 ああ、何か勘違いをさせたか。


 それも、ゴメン。

 本当に、馬鹿な師匠でゴメン。


「………良いんだよ、間宮。

 思い詰めなくても、これはオレの問題でもある…」

「(ですが、オレは…)」

「良いんだって。

 ………オレだって、過去の事を話せと言われたら、言えないに決まってんだ」


 人の事は、言えない。

 オレだって、隠し事は多い。


 だからこそ、今はコイツの過去も、そのままでいい。


 もし、出来る事なら。

 いつか、オレが過去の話を出来る日が来るなら。


 その時には、改めて聞いたやりたい。

 酒の肴にでもして、泣いても笑っても、コイツと面と向かって語り合えたら、それでいい。



***



 渋る間宮を、見送って。


 これまた、子犬のようにしおらしく。

 しょんぼりと肩を落として、扉を潜った間宮の背中はいつになく頼りなく見えた。


 そのまま、階段を降りて、真っ直ぐに外へと出て行った彼。

 きっと、我武者羅な鍛錬に打ち込むつもりだろう。


 怪我さえしなければ良いが、無茶をさせてしまうのはオレの所為。


 可哀想な事をしてしまった。

 こんな事なら、生半可な覚悟で聞くべきでは無かった。


 ………いや、違うか。

 最初から、覚悟なんて出来てなかったのか。


 つくづく、馬鹿な師匠だよ。


 起動していた『防音』のスクロールを止めて、窓を開ける。


 吹き込んで来た風は、新緑の香りがした。

 嗅覚が優れると季節感も、いち早く感じ取れるから良いな。


 改めて向き直った部屋は、シガレットの匂いで満ちていた。

 ちょっと、煙たい。


 ………ちょっと、おセンチだな。

 もう一度休憩して、ラピスかローガン辺りに、少し甘えて来ようか。


 思い立ったら吉日。

 と、ばかりに常備していたコーヒーポットのお代わりを淹れる為にも、廊下へと出た。


「あ、ギンジ。

 間宮から、呼んでるって聞いたんだけど…」


 階段下から、今しがた上がって来たのはシャルだった。

 律儀にも、アイツは生徒を呼びに行ったのだろう。


 ただ、表情や感情までは、取り繕えなかったか。

 その証拠に、オレを見上げているシャルの表情が、若干どころかやけに強張っているように思えた。


「ちょっと、休憩。

 一応、生徒達全員呼んで、話を聞いたりしているだけだから…」

「そう、なの?

 だとしたら、あたし、どうしたら良いのかしら?」


 どうしたら良いのか。

 オレも、ちょっとわかんない。


「………後でまた呼びに行くから、鍛錬に戻って良いよ?」

「ううん。

 あたし、鍛錬じゃなくて、魔法陣の勉強してたの」

「だとしたら、魔法陣の勉強の続きをやって良いよ?」

「もう片付けて来ちゃったわ?」


 あれまぁ、それはゴメン。

 じゃあ、どうするべきだろう。


「これこれ、シャルや。

 それなら、暇な生徒でも見つけて、日本語の勉強でもしてきやりや?」

「あっ、母さんも戻って来たのね」

「ああ、アスカと赤ん坊達の様子も気になるでな」


 あっ、そっか。

 そういや、今日は一日、カウンセリングなんかの予定だったから、アスカ達は部屋に篭ったままだったっけ。

 なにせ、双子だったから、てんやわんや。

 騎士団の護衛がいるから、ヘンデルも正直警備に出る意味も無いし。

 通訳として、オリビアと伊野田が行っているようだから、安心して任せて置ける。


 それなら、折角戻って来たラピスにも、甘えられないな。


「………お主、どうした?

 少し、顔が草臥れているように見えるのじゃが?」

「うんにゃ、なんでも。

 まぁ、ちょっと話疲れて、喉がガラガラするぐらいだし…」

「風邪ではないかや?

 大丈夫なのだな…」

「うん、大丈夫」


 物悲しい顔でもしていたのか、ラピスに指摘されて慌てて表情を引き締めた。


「そうじゃ、お主も赤ん坊達を見に来ないかや?」


 ………ヤバい。

 口元が引き攣った。


「あ、いや…コーヒー淹れに来ただけだから…」

「………そうやって言わずとも、赤ん坊を見れば少しは気も休まるじゃろうて…」

「い、いや、良いよ。

 そのまま動かなくなったら、生徒達の呼び出しも何もあったもんじゃないし…」

「そうかや?

 ………まぁ、お主の仕事人間振りは知っておるから、程々にしやりや?」

「うん、そうする…」


 お誘いは、断って階段を上がっていく、ラピスを見送った。

 なんか、もう………メロメロみたい?


「ふふっ。

 母さん、久しぶりに見た赤ちゃんだから、張り切ってるみたい」

「そうみたいだね」


 苦笑を零して、シャルと一緒に階段を降りた。

 彼女は母の言いつけ通りに、暇な生徒を見つけて、日本語の勉強に行くつもりらしい。

 本当に勤勉で、良い子。


 玄関から飛び出して行く彼女の後姿を見送って、キッチンへと向かった。


 しかし、


「………お前、赤ん坊が苦手か?」


 背後から掛けられた声に、びくりと肩が跳ねた。


 いたのか。

 気付かなかった。


 これまた気配察知を怠った結果である。


 振り返った先には、ローガンが立っていた。

 心持ち、どこか物悲しそうに、愕然とした表情までしてそこにいた。


 トイレの帰りだったのか。

 手にはハンカチ。

 そして、いたのは階段の奥の廊下だったから、すぐに分かった。


 その眼に、言葉に。

 応える事が出来そうに無くて、視線を逸らした。


 口元が歪む。


「………情けないでしょ?」

「ギンジ…」

「………駄目なの、泣き声。

 ………そもそも、あんな小さいから、壊しちゃわないか心配だし…」


 ギリギリとコーヒーポットを持つ手に力が篭る。

 鉄製の筈なのに、まるで粘土のように指の形にひしゃげたところで我に返った。


 チラリ、とローガンを伺った。

 真っ青な顔をしていた。


 えっ、と…、オレ、不味い事言った?


「………い、いや、なんでもない。

 ただ気になったから、聞いただけで…」


 そう言って、彼女もまた視線を逸らした。


「ゴメンね、情けなくて…」


 それを見て、何故だか無性に胸が苦しくなってしまって、居た堪れなくてキッチンへと逃げ込んだ。


 小さく聞こえた「そんなことは…ッ」という、ローガンの言葉は聞かなかったフリである。

 本当に、困った野郎だ。


 甘えたいという気分も、今はいつの間にか萎んでしまっていた。



***



 部屋に戻って、ぼーっとしていた。

 シガレットの吸い殻が、ケースから溢れ出し始めてしまった。


 ずぼらすぎる。

 そろそろ、重い腰を上げて、日本語の勉強をしているだろうシャルを呼びに行くか。


 席を立った。

 血行が悪くなっていたのか、ちょっとだけ眩暈がした。


 ほら、罰が当たった。

 いつまでも、ぐーたらしているからだ。


 そのまま、廊下に出て階段の踊り場にある窓から顔を出す。

 すぐに裏庭があって、鍛錬をしたり座禅をしたりと言った様子の生徒達の光景も、見下ろす事も出来る。


「シャル!

 そろそろ、始めるぞー!」

「わっ、び、吃驚した!

 分かったわ、今行く!」


 ずぼらすぎる所為で、シャル以外の生徒達も驚かせてしまったが、すまん。

 鍛錬の邪魔をした詫びに、今日は久々に外にでも食べに連れ出してやろうか。


 ………日本食が良いと言って、聞かなさそうだな。

 斯く言うオレも、天秤に掛けると断然日本食の方が良いと考えている事もあるし。


 しばらくして。

 部屋に戻って待っていると、シャルがノックと共に入って来た。


 そして、入って来るなり、顔をしかめた。

 窓を開けっぱなしで換気はしていたが、シガレット臭い事に気付いたのだろう。


「アンタ、吸い過ぎ。

 杯に悪いとか言ってたのに、いつか病気になるわよ」

「………生憎と、病気にならない体らしいけどね…」


 『天龍族』の血が入っているからか、本当に病気はしないようだ。

 そういや思い出すと『昇華』の兆候が出てから、精神面や怪我での体調不良以外は、寝込んだ覚えも無かったわ。


 なんてことは、さておいて。


「はい、通信簿。

 これ、オレ達の世界では、学期の終わりに渡して成績を家族に知らせるものなんだ…」

「えっ、そんなの、私も貰って良いの?」

「オレの生徒なんだから、当然でしょ?」


 はにかんで笑うシャルが、可愛い。

 癒されながらも、咳払い。


 彼女は、冒険者ギルドに登録すらしていないから、ランクも何もない。

 とはいえ、ポテンシャルとしては、そこそこのランクには行くだろう。

 オレの見立てでは、DかC。

 絶対に、Eランクとかランク外なんてことは無いと、贔屓目無しに思っている。


 始めた当初は付いて来れなかった基礎訓練も、今は平然とこなせるようになってきた。

 問題は筋力トレーニングまで保たない事ではあるが、成長に伴って体力が付けば変わってくるはず。

 何分、彼女は森子神族エルフなので、成長速度が人間と違い過ぎる。

 だから、あくまで筈、という予想しか立てられないし、ラピスもそう言う見解を示している。


 ただし、魔法能力に関しては文句なしだ。

 魔術師としてなら、いつでも世に出せるぐらいには、成長している。

 ラピスの英才教育とオレ達の過剰な程の魔力総量鍛錬に付き合った成果だな。


「次に行うのは、カウンセリング。

 これは、精神面や緊張の緩和を目的とした、お話合いって形だね。

 悩み事とか相談事とか、溜め込むのは体に悪くないから、それを発散して今後も頑張って貰う為だよ?」

「………貴方が、受けた方が良いと思うわ」

「残念。

 オレは、最近悩み事がちょっとずつ改善しているので、問題ありません」


 そうそう。

 『天龍族』の件とか、『昇華』の件とかね。

 それ以外は、全く片付かないって難点もあるけど、そこはそれ。


 グジグジぐずぐず悩んでいたところで始まらないので、オレの事は横に置いておいて。


「それとも、恋の悩みとか聞いた方が良い?」

「ば…ッ、馬鹿なこと言わないで!

 べ、べべべべべ別に、間宮の事なんて…ッ」

「………オレ、間宮の事だなんて一言も言ってない…」

「ッ!?

 ~~~~~ッ!!」


 真っ赤になったシャルも可愛い。

 なんか、間宮と言い彼女と言い、可愛いからお似合いだなぁ、なんて思っちゃう。


 これが、オレの義理の娘なんだから、本当に参っちゃう。

 頭を撫でようとしたら、叩き落とされた。

 ちょっと、ショック。

 これが、反抗期というやつなのか。


 閑話休題。


「さて、恋路の悩みは良いとして、他に相談とかは無かった?」

「………特にないわ。

 けど、そろそろ、冒険者ギルドの登録を………その、したいというか…」


 ああ、そう言えば約束していたっけ。


 彼女のステータスが、オレ達に追いついたら。

 もしくは、彼女の体力面がある程度の段階まで行けば、許可を出すと言っていた。

 既に、2ヶ月前となった1月の後半。

 ラピスが校舎に来る前に、食卓を囲んでそんな会話をした覚えがある。


 思えば、彼女も逞しくなったものだ。

 当初は付いて行くのすら出来なかったランニングや筋トレも、今ではへばりながらも付いて来る。

 問題は、へばり過ぎて魔法技能訓練の時に、注意力散漫になってしまう事か。


 それでも、先程オレが言った通り、見立ては悪くない。

 DかC。

 オレが過小評価をしているだけで、本当はもっと上のランクかもしれない。


 もう、登録するには、十分な領域だろう。


「良いよ、許可する。

 明日行く予定だから、その時にでも登録しようか」

「本当!?良いの!?」

「嘘は言わないよ」


 冗談は言うけどね。

 まぁ、明日行くと言うのも本当だし、登録するのも吝かではない。


 ディランとルーチェも登録しているから劣等感でも感じていたのか。

 頬を赤らめて、嬉しそうにしているところを見ると、待ち望んでいた様だ。


「んじゃ、他に悩み事とか、相談事は?」

「と、特に無いわ。

 ………と言うか、こう言う時だけ、本当に教師みたいね」

「一言余計だよ?

 それにみたいじゃなくて、本当に教師だから…」


 教員免許を見せてやろうか。

 いや、そもそも日本語が分からないのだから、見せても意味は無かっただろうが。


 脱線事故も、そろそろ終わりにしよう。


「次は、進路相談となるんだけど、就職先とかって考えている?」

「………あたし達種族が、普通に就職出来る場所があるならね」

「………ゴメン、そこまではオレも保証できない」


 進路相談も何も無かったよね、そう言えば。

 思い至ったのは、彼女達森子神族(エルフ)の種族としての、人間社会での需要だ。

 類稀なる美貌によって、乱獲の歴史を持っている森子神族エルフに加えて、彼女は闇小神族ダークエルフの血も流れている。

 生粋の美貌を揃えたハーフだな。

 そして、人間社会に未だに残る、妄執と言うべき人気は根強い。

 今でも、裏の奴隷市場では、森子神族エルフが取引されているらしいから、始末に負えない。


 ただ、普通じゃ無ければ、就職出来る。


「………間宮のお嫁さんって事で、話を進めておいて良いの?」

「だ…ッ!?

 だ、だだだだから、なんで間宮がそこに出て来る訳ぇ!?」

「だってオレの弟子だし。

 こう言っちゃ難だけど、間宮ってかなりの優良物件だと思うよ?」

「あ、ああアイツは、家じゃないでしょッ!」


 えっ、そこ?

 ………そっか、現代人とは感覚がズレているんだっけか、異世界人。


 それはともかく。


 先にも言った通り、お嫁さんとしてなら就職可能なんじゃないかな。

 ラピスだって、オレの嫁さんに就職してくれるって言うし。


 間宮も満更でも無さそうだし、シャルからの熱視線が無くなったと思ったら、間宮に向かっていたのが分かって、ピンと来た。

 嬉しい様な、寂しい様な。


 とはいえ。


「………この際だから、話しておきたいことがあるんだけど…」

「ッ…な、なによ、突然改まって」


 ふとそこで、居住まいを正した。


 この話の流れで、言っておかなきゃいけない事がある。


 酷いとは思うけどね。

 例の熱視線が無くなった事に、嬉しいと感じてしまっている。

 だって、傷付ける事が無いから。

 いやはや、本当にオレは困った野郎だよ。

 始末に負えないね。


 でも、そんなオレでも、愛してくれる嫁さん達の為にも。

 その嫁さんの娘の為にも、だ。


 けじめを付けなきゃいけない。


「………薄々勘付いていたとは思うが、今まで黙っていてゴメン」

「………ぁ」


 察しが付いたのか。

 小さな吐息のような声を漏らしたシャルが、眼をまん丸に見開いた。

 零れ落ちそう。


 そんなシャルの眼を苦笑気味で見つめながらも、オレは頭を下げた。


「君のお母さんを、ラピスさんをお嫁さんに下さい。

 こんなオレだけど、君もラピスもまとめて面倒を見て行けるように、精一杯努力しますから…」


 ご挨拶。

 それが、礼儀。


 ラピスには親がいない。

 だが、シャルと言う娘がいる。


 その1人娘に、挨拶をしない許可を得ないなんて事は、日本人気質の染み付いたオレからしてみれば、有り得ない。


 平身低頭、机に頭を擦りつけて。

 本当だったら土下座しても良いけど、片腕でやるにはどうしても不格好だ。

 まぁ、この状態でも不格好だけどね。


 そんなオレに、


「………悲しませたら、承知しないから」


 頭上から降って来た声は、固かった。

 しかし、上目に見たシャルの表情が、今にも泣きそうに歪んでいるのを見て、その唇が泣くもんかという意思の下に、固く結ばれているのを見て。


「必ず、幸せにします」


 オレの返す言葉は、これしか無かった。



***



 ただし、その数分後。

 ぶすっくれた表情で、シャルはオレから視線を逸らしていた。


 曰く、分かってはいた、との事。

 しかし、教えてもらうのが遅すぎた、と怒っているようだ。


 泣きそうだった表情は、泣きっ面。

 やはり、堪え切れずに泣いてしまった。


 ただ、嬉しくない訳では無いとの事。

 ラピスが幸せそうにしているのを見ているのもそうだが、元気で生きていてくれている事もあって。

 恩があるから、うんたらかんたら。

 ………本当にツンデレさんだなぁ。

 意味合ってるよね?


 とはいえ、今日は、生徒達に泣き顔を良く見る日だ。


「ゴメンよ。

 オレも、こんなに長引かせるつもりは無かったんだ…」

「い、良いけどね!

 どうせ、あたしがおこちゃまだから、教えなかったんでしょ」

「…い、いや、………そう言う事じゃないんだけど…」

「じゃあ、どういう事よっ」


 ………言えるかよ。

 熱視線感じてたので、傷付けると思って言い出せませんでしたなんて、言えるかよ。

 言ったら、また撫すくれるに決まっている。


 それに、事実ならまだ良いが、否定されたらオレが赤っ恥だ。

 あれだ。

 言わぬが仏。


「………でも、分かってたわ。

 きっと、母さんも好きなんだろうし、アンタも好きなんだろうなって…」

「……ゴメンね」

「なんで謝るのよ。

 そ、そりゃ、あたしもアンタの事、す、少しは好きだと思っていたけど…ッ」


 あ、ありゃ?

 いきなりの告白に、なんだか胸がどきどきします。


 けど、義理の娘だから駄目。

 まぁ、幼女趣味ではないので、当たり前の事なのだが。


「………アンタ、あたしを見る目が、母さんみたいなんだもの」

「保護者視線?」

「言うなれば、きっとそうね。

 眼中に無いと分かってからは、諦めもすっぱりついたわ」


 ああ、そんなところもゴメン。

 気を使わせてしまったようで。


「と、とにかく、アンタがお義父さんになる事は、反対はしないわ…ッ。

 けど、母さんの事悲しませたりしたら、本当に許さないんだから…!」

「はい、肝に銘じます」


 そう言って、シャルが立ち上がった。

 椅子から降りると、扉にずかずかと歩いて行き、それから少しだけ立ち止まった。


「………クラスの子達にも、ちゃんと説明しなさいよ」

「………あぁ」


 分かっている。

 言われなくても、説明はするつもりだ。


 きっと、気掛かりなのは、エマやソフィアの事だろう。

 彼女達は、ずっと一途にオレを想い続けてくれているようだし、最近になって抜け駆け禁止同盟なんてものが、女子組の暗黙のルールなんてことも知ったしな。


「あ、後、………よ、呼び方は、今まで通りだからねッ」

「………ああ、いつか………呼んでくれたら良いよ」


 顔を真っ赤に、振り返ったシャル。

 またしても、涙目になっているが、その耳まで赤い顔を見れば可愛さだけが際立ってしまう。


 本当に、ツンデレさん。

 義理の娘が出来たアズマの気持ちが、この時になってやっと分かった。

 こりゃ、可愛いわ。



***



 はてさて、時間も押しているので、サクサクと。

 シャルの次は、ディランだ。


 シャルへの口止めをしなかったのは、新参のアイツ等がまだオレの威に慣れていないから。

 パニックでも起こされても困る。

 そうでなくても、おずおずとすることが良くあるしな。


 なんてことを考えながらも、やって来たディランを椅子へと座らせる。


「まずは、編入をおめでとう。

 今期から、正式に我が『異世界クラス』の生徒となるから、しっかりと励んでくれよ?」

「は、はいっ」

「あ、後、そろそろ敬語ぐらいは、外してね?」

「………えっ、いや、も、もうこれは、無理と言いますか、癖になっちゃってまして…」


 相変わらず、お堅いのね。

 あわあわとしながらも、やっぱり敬語は外さないディランに、肩を竦めつつ。


 取り出したるは、通信簿。


 シャルの時同様に、オレ達現代人の学校での慣習だと説明すると目を輝かせていた。


 さてさて、彼のランクはまだ登録したてのDランク。

 ポテンシャルに関しては、ルーチェ同様に今後に期待としか言いようが無いか。

 とはいっても、元々が騎士の家系だけあって、体力面は充実しているし、合理を理解した後の吸収率は早い。

 既に空手と柔道は、トレースまで持ってこれている。

 問題は、合気道だが力任せな部分が多いからこその弊害か、女子組にも絡め手を使われると勝てないのが難点か。


 『闇』属性のシングルではあるが、『隠密ハイデン』の訓練を開始している。

 魔力面はそう言った物理的な部分でも補えるだろう。


 お次にカウンセリングなのだが、ディランは至って問題が無い。

 健康そのものであり、この校舎に来てからは前の編入試験の時の様な緊張感やらなにやらは、感じていないらしい。


 どうやら、ストレスからの解放が大きかったようだ。

 『闇』属性を持っているから、騎士には入れない。

 かと言って、男爵家とはいえ爵位がある貴族の1人であるからして、冒険者になるのもどうかと、悩んでいたようだ。


 しかし、ウチの校舎への編入が決まって。

 そこから、彼にとっての未来が開けた形。


 今では、ストレスも感じずに、伸び伸びと鍛錬に勤しんでいる。

 それに、真面目な気質が幸いしてか魔力総量の訓練でも伸びが早いから、これには同じ座禅組も舌を巻いていた。

 オレも見習えだとさ、榊原の奴。

 そのうち、鍛錬と称して、一旦ぼこぼこにしてやっても良いか。

 ………弟子になったんだから、明日からでもビシバシ扱くか。


 さて、閑話休題。


 次に、進路相談と言う形の就職先であるが、


「ゲイルから、聞いた?

 今度、『闇』属性だけを集めた、特別な騎士団を構成するって話」

「はいっ、聞きました!

 魔術部隊筆頭顧問のシュヴァルツ様が、団長を務められると聞いております」

「うん、そう。

 そこに、配属出来るとなったら、行く?」

「よ、よろしいのですか!?」

「勿論、ちゃんと後2年を学校に通って、名実ともにウチの卒業生となれたらね」

「は、はいっ!

 よろしくお願いします!」


 これは、ゲイルが考案した案だったんだけど、こうして斡旋先に真っ先に組み込む事も出来るから結果オーライ。

 本来は、冷遇されてきた『闇』属性の騎士達を、国防の要として持ってくるのだ。


 その名も、『黒雷スパーダ騎士団』。

 黒い雷を操ったと言うスパアダスという古代の悪魔からの名前をもじったとの事だったが、アイツもなかなかハイセンスな事で。


 しかも、『隠密ハイデン』を実戦配備は既に決定済み。

 ヴァルトと共謀してとっとと、評議会の予算案まで通してしまったらしい。


 相変わらず、動き出したら暴走特急みたいな速さだな。

 これで、早とちりやら空回りに行かないような頭をちゃんと養ってくれると、大いに助かるんだけど。

 まぁ、話は逸れた。


 ディランの就職先は、決定済み。

 この『異世界クラス』で最初の卒業生にして、行く行くはエリート街道をひた走る。

 本当に、良い物件だったよ。

 しかも、この子癖が全くついていないから、オレも好き放題に仕込めるってもんだ。


 間宮や、榊原のように弟子とする訳では無い。

 それでも、ある程度の仕込みをしてやったら、彼はどこまで吸収してくれるのだろう。

 そして、どこまで高みに昇ってくれるのか。


 オレの腕の見せ所ともなる訳だ。

 今から楽しみで仕方ない、大いに期待値の高い逸材である。


「じゃあ、ディランの面談はこれにて終了。

 もし、他に質問とか相談とかあるなら、今まとめて聞いちゃうけど?」

「いいえ、滅相も無いです!

 今は、ギンジ先生やクラスの皆さんのおかげで、毎日が充実しておりますし…」

「本当に大丈夫?

 初めての共同生活だったりするから、ストレスになったりしてないか?」

「す、すとれす、と言うのは分かりませんが、楽しいですよ?

 僕は、一人っ子なので、同年代の人達とこうして交流をする機会等、滅多にありませんでしたし…」


 どうやら、杞憂だったようで。


 晴れ晴れとした笑顔を浮かべて、退室していったディラン。


 やはり、身に付いた礼儀作法は抜けないらしく、律儀に扉の前で礼をして戻って行った辺りも、彼らしいのかもしれない。



***



 お次に呼び出したのは、ルーチェである。

 とはいえ、彼女もディランと同様に、今後に要期待と言う新参なんだけどね。


 全員と同じように、通信簿を渡し、簡単なカウンセリングに移る。


「かうんせりんぐ…です?」

「何か悩み事とか、相談事があればいくらでも聞くが?」

「そう言った事も、ギンジ様が行っていらっしゃるので?」

「ああ、教師として、最低限生徒達の精神環境を整えるのも仕事だ。

 ………それよりも、前にも話したがオレは先生だ」

「こ、これは、失礼しました」


 こっちもこっちで、癖になっちゃってるのかね?

 オレを様呼びするのは、間宮とオリビアぐらいで十分だっちゅうの。


 はてさて、それはともかく。


「………悩みは特に。

 で、ですが、相談と言うか、今後の教育について………、少々…」

「どうした?

 なんでも、言ってくれて良いぞ?」


 実現可能なら、いくらでも力になる。

 そう思って、ソフィアへと視線を向けると、彼女はオレの眼を見れないままで俯いてしまった。


 ………そ、そんな萎縮しなくても。


 だが、


「そ、その…い、医療部門に、私も加わらせていただけないかと…」

「医療部門に?」


 ややあって、口を開いた彼女からの言葉は、その一言。


 医療開発部門に、携わりたい。

 その一点だけ。


 そこで、ついと思い出すのが、食事会の時。

 例のディランとルーチェの家族を招いて秘密裏に行った、食事会の時である。


 ルーチェは、確かに医療やそれに従事する仕事の比率が少なすぎると、愚痴の様なものを零していたっけ。

 確か、『聖王教会』の敬虔な信徒でもあるから、ウチが駄目なら教会に行こうと思っていたとか。


 ああ、なるほど。

 つまり、今後の教育の選択科目を医療にしたいって事。


「良いよ?

 紀乃や河南も、元々はほとんど土台の無い状態で、始めているから君でも無理は無いと思ってる」

「ほ、本当ですか!?」

「うん」


 これから、日本語の勉強もしなきゃいけないってのに、随分と勤勉な事だ。


 とはいえ、その勤勉さが心配な事もある。


「でも、大丈夫?

 あれもやってこれもやってで、全部中途半端になるのはオレとしては看過出来ないけど」

「いいえっ、絶対にやり遂げてご覧に入れます!

 た、確かに、まだ皆さんと比べれば体力も魔力も、劣っている事は十分承知しておりますの」


 ですが、と区切ったルーチェ。

 俯いていた顔を上げた瞬間、その眼には強い覚悟にも似た決意が透けて見えた。


「誰かの為に出来る事に、努力は惜しみたくありませんの」


 そう言った彼女。

 まるで、宣誓のような口調だった。


「最初は、私が男爵家の娘として出来る事としてと考え、この『異世界クラス』の通わせていただきたかった。

 けど、こうして通わせていただいて分かった事は、皆様が自分だけではなく誰かの為に、色々な事をやり遂げようとしている事でした」


 そうだな。

 生徒達は、お互いの為に。

 その気持ちが強いからこそ、結束がより強固になっていった経緯もある。


「私、驚きましたの。

 だって、今まで貴族の令嬢達と過ごしてきた時間が、無駄のように思えてしまうのですもの。

 貴族の令嬢達は、皆自分の為だけにしか優しくもしないし同情もしない。

 むしろ、自分を一番に扱って貰う事ばかり気に掛けて、他人に気持ちを割くなんてことはあり得ませんでした」


 すぅ、と深呼吸。

 そのまま、決意の滲んだ瞳が、穏やかに笑んだ。

 まるで、懺悔のように聞こえる言葉が、途端に柔らかくなる。


「なのに、この『異世界クラス』では全く、逆の事ばかり。

 皆さん、誰かの為に動いて助け合っていて、優しくて。

 戸惑ってしまう事も多かったですけれど、私はそんな皆様だったからこそ、この『異世界クラス』に通う事が出来て、心から良かったと思ってますの」


 そう言って、オレの眼を見て。

 勿論、オレの事もだ、と言いながら、ルーチェは少しばかり涙が滲んだ瞳のままで、言葉を続けた。


「私も、誰かの為に、何かをしたいと思いました。

 けど、今の私では、生徒の皆様とは釣り合いも取れず、助けていただくばかりです。

 きっと、私如きの助けも、必要ではないと思っているでしょう」

「………そんなことは」

「いえ、良いんです。

 これは、私が勝手に思っている事ですが、事実です。

 ですが、医療ならば、私は生徒の皆様やギンジ先生、その他の大勢の皆様のお役に立てます」


 だから、希望したいのです。

 言い切ってから、大仰に息を吐いたルーチェ。


 緊張していたからか、多少額に汗が滲んでいた。

 ただ、本音を吐き出したからか、随分と清々しい顔をしている気もする。

 憑き物が取れたって、こういう顔の事を言うのかね。


 勿論、そうして本音を吐いた彼女への、返答は決まっている。


「分かった」


 きっと、彼女はやり遂げる。

 努力は人一倍して来たからこそ、この『異世界クラス』への合格があった。


 しかし、それで終わりでは無い。

 この編入が、更に努力を重ねるスタートとなる。


 彼女は、それを恐れていない。

 きっと、今の表情や吐露した言葉や感情を見るに、絶対に生半可な覚悟で言った訳では無い。


 なら、大丈夫。

 これまた、オレの心配は杞憂だった訳だ。


「じゃあ、これからよろしくね」

「はい、こちらこそ、よろしくお願いいたしますわ」

「………口調」

「こ、これは、もう癖のようなものなんですの…」


 ………ディランと同じような事言ってら。

 相変わらずお堅いし、萎縮傾向は合っても大丈夫そうだ。


 彼女も斡旋先は、『聖王教会』かウチが開設する予定の医療院で決まりだな。


 思いがけない、逸材だった。

 本当に、良い拾い物をしたと、諸手を上げて喜びたいものだ。


 編入試験の時に、最初から全員を落第させなくて良かった。



***



 これにて、生徒達のカウンセリングは終了である。


 ちなみに、佐藤と藤本は通信簿が無いので、保留。

 ただし、簡単なカウンセリングは行っておいたし、その結果も意外と大丈夫そうだった。


 佐藤は、子どもを産んだ事で胆力が付いた。

 ついでに、悩んでいたヘンデルとの仲も、オレ達が間に入って通訳をした事で解消された事もあるようだ。


 しかも、オレ達のように日本語を日常的に使える相手が出来て、ストレスから解放された。

 これが、一番大きかったかもしれない。


 藤本も、これまた同じく、日本語の影響が大きいか。

 佐藤が無事に子どもを産む事も出来、また異世界にありながら日本人の仲間達と、交流を持てる校舎に引っ越したことで、こちらもストレスフリー。


 食事の量も増えて来ているし、問題は無さそう。

 ラピスに聞けば、母乳や赤ん坊とのコミュニケーションも順調との事だしね。


 コーヒーを啜りつつも、最後の仕上げ。

 生徒達との面談の内容を、まとめて一気にレポートとして書き上げておく。


 最近、忘れっぽいかもしれないから、用心の為。

 ついでに、次のカウンセリングの時に、役立てる為でもある。


 ちょっと問題もあったけど、良かったことばかりだ。

 ………その問題の一部は、解決の目途が立ちそうにも無いので、頭が痛いものの。


 詳しくは言わん。

 生徒に手を出す訳には、いかないっちゅうねん。


 と言う訳である。


 ………そういや、榊原の事どうしようか?


 いきなり、オレ達と同じ訓練に切り替えても、潰れるだけだろうし。

 それに、そうなって来ると、徳川辺りが五月蝿そうだし、言っちゃうならディランも勿体無いんだよねぇ。

 ディルの事をスカウトしている事もあるし…。

 まぁ、ディルの場合は、ジャッキーの許可が必要になるから、絶対と言う自信は無いけども。


 ………。


 ……………。


 ………結局、オレは悩み事ばかりが増えて行くな。

 カウンセリングが必要なのは、オレも一緒だと言う事を今更ながらに思い出した。


 はたと、ペンを止めていた。 

 レポートを書いていた手を止めて、ぐぅっと伸びをする。


 首や肩の骨が、バキバキと音を立てた。


 良いや、もう。

 今日は、カウンセリングだけで終わらせよう。


 レポートは、夜にでも出来る。

 先程、嫁さん達に甘えたいと思っていた事だし、今度こそ甘えさせて貰いに行くとしよう。


 今じゃなきゃ、多分生徒達がいない時間帯が無い。

 だって、生徒達、今校舎の外で訓練中だし。


 善は急げ。


 すぐに、書類を執務机に戻し、椅子やら何やらを片付けて。

 更に、開け放していた窓を閉めてから、コーヒーポットを持って部屋を後にした。


「終わった様だな…」

「うん、やっと終わった。

 生徒達も元気だったし、有意義だったよ」


 ダイニングに行くと、ローガンがいた。

 ラピスはまだ、佐藤の部屋に行って、レクチャーをしながら赤ん坊と戯れている事だろう。


 気配察知、良し。

 きょろきょろと見まわして、誰もいない事を確認してから。


「………ッ、こ、こら…ッ」

「ちょっとだけ、甘えさせて」


 ソファーに座っていたローガンの肩口に、背後から抱き着いた。

 至福と癒し。

 怒られて、ちょっとだけ痛い裏拳を貰ったけども。


 それでも、だらりと彼女の首筋に頬を寄せながら、ほぅと溜息を吐いた。


 さっきも言ったが、生徒達も元気で、有意義な時間を過ごせた。

 ちゃんと、成長している。

 オレの下から巣立とうとしたり、殻を破ろうと必死になっている奴もいた。

 なによりも、誰かの為に何かを成すという、当たり前の事を率先して出来る生徒に育ってくれている事が嬉しかった。


 ………オレも、負けちゃいられない。


「………後で、ラピスと一緒にオレの部屋に来てね?

 話したいことが、あるんだ…」

「………だ、大事な事か?」

「どうだろ?

 相談というか、報告と言うか…」


 言おう。

 全部では無いし、言えない事も多い。


 けど、オレもせめて嫁さん達に心配を掛けないように、明かしておくべきことは言っておこう。

 そうすれば、少しはオレも成長出来ると思ったから。



***

(終わりです)

ちょっとだけ駆け足になりながらも、全員分のカウンセリングは終了しました。


生徒達も、ただ鍛錬の事だけを考えている訳では無いという事を書きたかったのと、今後彼等が何を率先して行動していきたいのかの決意表明も込めて。


生徒達が皆良い子だって事の表現を、多少誇張しているのは偽物一行への対抗策。

結構、キャラの濃いのが集まってますので、少しばかり優劣をはっきりさせたいが為に必要な話でした。



ちなみに、この後ラピスが降りて来て、狡いとふくれっ面になります。

赤ん坊あやしていたので、ギンジが近寄れなかっただけともなっています。

夜に話し合いをして、最終的には仲直りエッチに発展しますけど、そこはそれ。

恋路を除くのは、野暮ってもので………。


あ、後、アサシン・ティーチャーの可聴域に関して、質問があったのですが(友人からです)。


Q.赤ん坊と一緒に暮らしているのに、大丈夫?

A.例の『防音』のスクロールを、ヘンデルやラピス等、部屋に出入りする人間が使っているので、音が外に漏れる事はありません。

 おかげで、アサシン・ティーチャーの安眠は、まだ守られています。


ぶっちゃけ、可聴域云々は年中寝不足のアサシン・ティーチャーには死活問題だと思うんです。

なので、アサシン・ティーチャー自身も、『防音』で音を消して就寝が習慣。

気配察知と、アグラヴェインの自主的な『探索サーチ』のおかげで、敵襲があってもいつでも対応出来るようになっているので、防犯面でも大丈夫です。


お分かりいただけましたか?


ここまで読んでいただきまして、ありがとうございます。

今後とも、アサシン・ティーチャー達の活躍をご期待くださいませ。



誤字脱字乱文等失礼致します。

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