136時間目 「特別科目~変わり始めた世界~」
2017年2月9日初投稿。
続編を投稿させていただきます。
書くこと一杯で、筆の進みが早いです。
今回は、例の涼惇さんからの突然の御呼び出しの概要を、お伝えする回でもあります。
ちょっとした内政の話も入って来るので、ちょっと難しいかもしれませんけど、必要事項なのでご容赦を。
それでも、アサシン・ティーチャーの前では、『NAI☆SEI』になる神秘。
136話目です。
***
悔しいが、オレの構えていた事は、全てが無駄だった。
全部、知っていたと言う。
知られていたと言う。
「………えっ?」
オレが、疑念に満ちた声を返した。
正直、頭が真っ白だった。
自分が、どんな顔をしているのかも、分からない。
それに、彼は、困ったように微笑むだけ。
『空間同調』で迎え入れられた、彼の私室。
そこで、お茶と菓子とで、まったりとしていた筈の時間が、あっと言う間に緊張感を孕んだ。
「知っておりましたよ。
貴方の魔力を感知してわざわざ会いに行ったのは、全てがその為だったのですから」
そう言って、ゆったりとお茶を啜った。
彼は、最初に会った時から、既にオレが『天龍族』の討伐を終えていた事を知っていた。
オレが、『異端の堕龍』である事も。
勿論、その『天龍族』になる為の、『昇華』を始めている事も。
全て知ったうえで、敢えて知らないフリをしていたと言う。
「正直、驚きましたがね。
………貴方の魔力は、前例が無い程強大でした。
それこそ、我等に匹敵する程に………」
彼の見事な金色が、オレを射抜いた。
「その魔力を持ち得るのは、人間の様な種族には不可能でした。
しかし、とある一定の条件が整えば、可能となる」
「………その条件が、『天龍族』の血だと?」
「ええ、勿論それもありますが、血を浴びて適合し、『昇華』の兆候として魔力総量の上限を突破する。
本来ならば、有り得ない事ですが、貴方だからこそ可能だった」
意味が分からない。
オレだったから、可能だったとはどういう事なのか。
いや、
「ちょ、ちょっと待ってくださいね。
………そもそも、オレは最初の段階で、魔力総量が多くあったようなんですが…」
違う。
それは違う。
オレは、元々、異常な魔力総量を保持していた。
オリビアが、女神が保証してくれる。
決して、『天龍族』の血を浴びてからではない。
「それも、貴方の体質に起因しているのでしょう。
気付いていましたか?
貴方は、魔力に対して、無尽蔵な『器』を持っているのです」
「む、無尽蔵………!?
し、しかも、『器』って…!?」
ますます意味が分からない。
何、無尽蔵って。
何、『器』って。
オレ、人間じゃなかったって事なの?
最初から?
いや、そんなわけがあるもんか。
オレは、現代育ちの、環境以外は極めて普通の、人間だった筈なのだから。
「………それだけじゃ、オレが『天龍族』の血を浴びたとは言えないじゃないですか。
オレ、ここに来る前は、ごく普通の人間で…」
「いいえ、貴方は血を浴びた筈です」
「そんなの、知りません。
何かを勘違いされているようですが…」
「いいえ、勘違いではありません」
頑なな、涼惇の言葉。
流石に、オレも気付き始めている。
今、彼は尋問をしている。
間違いなく、オレにたいして。
言葉の感覚が一定なのだ。
リズムを持たせて、暗示を掛けようとしている。
そして、暗示の先で、オレに全てを吐かせようとしている。
駄目だ。
これ以上は、駄目だ。
どくどくと、心臓が痛い程にがなり立てる。
しかし、
「違うと否定される割には、鼓動が早いのですね」
「………ッ」
そうだ、忘れていた。
『天龍族』ともなると、耳も良いんだったか。
オレも同じだ。
彼の心音が聞こえて来ている。
平坦で、穏やか。
彼は、何も嘘は言っていない。
斯く言う、オレはどうか。
いっそ無様な程の、早鐘だ。
これじゃ、疑ってくださいと、言っているようなものである。
「………すぅ」
落ち着け。
落ち着いて、彼の話に付き合おう。
一旦は、誤解を解くんだ。
いや、誤解ではないけど、それでも真偽は躱さないと。
大変なことになる。
生徒達も、ましてや、人間側が。
「………貴方は、頑なに否定をされますが、それは何故です?
本来ならば、人間どもは喜ぶべき事なのに…」
もう一度、お茶を啜った彼。
余裕そうだ。
こっちは、余裕が無い。
だが、心音は大分、落ち着き始めた。
大丈夫。
大丈夫。
オレなら、やれる。
今まで、そうやって、やり切って来たんだから。
「………もう一度、問います。
貴方は、『天龍族』の血を、我等が同胞の血を浴びた事が、ございますね?」
………無理だよ。
この人は、誤魔化し切れない。
誤魔化しちゃ、いけない。
その眼が、笑っていない。
口元は穏やかそうに微笑んでいるのに、その眼だけが爛々としている。
敵意にも似た、確信を持って。
オレを疑っているのではない。
オレだと確信しているのだ。
もう、無理だ。
「………ええ」
答えた。
言おうと思えば、すんなりと言葉が出た。
瞬間、噴き出すように溢れ出した冷や汗。
もう、後戻りは出来ない。
「良かった。
貴方が答えてくれなければ、我等もそれ相応の対応をせざるを得なかったので…」
「………報復ですか?」
「いいえ。
ですが、似たような事にはなったでしょうね。
貴方が肯定をするまで、世界を破壊して回ったやもしれません」
ああ、なるほど。
『人魔戦争』の時のように、か。
オレが、吐くまで虐殺を続けたと言う事か。
「脅すような真似をしてしまって、申し訳ない。
しかし、私はどうしても、貴方の口から確と、真相を聞かせていただきたかった」
「………真相を聞いて、どうなると?
オレが、『天龍族』の討伐をして、血を浴びた事実は変わらないのに…」
一度、口を割ってしまうと、随分と饒舌になった。
気が楽になったと言うよりは、諦めが付いたと言う感じ。
ああ、死ぬのか。
短い人生だった。
まだ、24歳なんだけどな、オレ。
「そこまで、諦念に嘆かれないで。
………何か、勘違いをしているようですが、我等は決して貴方を追い立てるような真似はいたしません」
「………今、こうして追い詰めておいて?」
「追い詰めたと言うのは、語弊があります。
ですが、そうですね。
貴方の事を、不要に追い詰めた点に関しては、私の不徳の致すところです」
涼惇は、そう言って頭を下げた。
驚いた。
何故、オレに頭を下げる必要があるのか。
「罪を問いたい訳でも、貴方を責め立てたい訳でも無いのです」
頭を上げた涼惇が、口を開く。
「まず、最初に申し上げた通り、我等は貴方が『異端』であることは分かっていました。
魔力総量から、感じる威圧感、覇気に至るまで。
どれもが、人間が持ち得る事の出来るものではないと確信しておりました」
「………最初から?
あの時、初めて顔を合わせた瞬間からですか?」
そうなると、ちょっと可笑しい。
誰一人、反応しなかったじゃないか。
朱蒙も、明淘も、伯垂も、最初に会った時の涼惇さんだって、反応はしなかった。
アンナのように、オレに不必要な接触を図ろうとはしなかった。
………それとも、アイツが例外か?
「ええ、………と言いたいところですが、もっと後です。
朱蒙達が『天龍宮』に戻ってからの報告を聞いて、事の詳細を把握したのがまず、最初。
そこから我等は、貴方の監視を続けておりました」
「………なるほど」
なんだ、違ったのか。
「それで、監視をした結果で、オレが『異端の堕龍』である、と確信した訳ですね」
「ええ。
貴方は、段々と覇気や威圧感を自らの物にし始めた。
2月中旬に最初の『昇華』の兆候を確認。
その後は、魔力総量の増大に加えて、上位精霊の同時行使等も可能としてましたね」
確かに、時期的には合ってる。
オレが最初に覇気を発し始めたのは、ローガンが来た時。
威圧感や覇気を、操る訓練や調節をし始めたのも、確かその頃だった筈だ。
次に、『昇華』の次期も一致。
2月中旬の、丁度貴族家子息子女の編入試験の最中。
ヴァルトとハルに拉致監禁されて、何が何やら分からないままに、暴走したあの時だ。
確か、アグラヴェインが、何者かが干渉したとか言っていたが。
まさかとは思うが、彼だったのだろうか?
それとも、『天龍族』の別の誰か?
「そして、2度目の『昇華』の兆候。
3月の末に、南端砦でのあの変異が、決定打となりました」
聞こうと思ったが、それよりも先に涼惇の言葉が重なって、口を開く事も出来なかった。
いいや。
後で、聞こう。
時間は、きっとたっぷりあると思うから。
「………あの時の、あの姿。
見様によっては、『異端の堕龍』と言うよりは、我等が人型を取る時に使う、『龍装』のようでした」
見てください、と言われた先。
彼は、差し出した手の甲に、淡く緑色に光る鱗を浮かばせていた。
思わず、喉が引き攣った。
鱗は駄目だってば。
「他にも、背中に生えた翼も、ましてや伸び切った銀色の髪も。
知っておりましたか?
我等の髪は、切っても切っても、『龍装』さえ行えば、勝手に伸びてしまうのですよ」
「それは、髪の色と何か関係が?」
「ええ。
我等は、魔水晶を頭部に持っています。
と言っても、普段は魔力として内包されているだけなのですが、その影響が顕著に出るのが、髪の色と長さ。
つまり、髪が長ければ長い程、色が明るければ明るい程、力を持っている証明となるのです」
ああ、そう言う事だった訳だ。
いつか、ローガンに聞いた事のある、王族の証がどうとかこうとか。
この事か。
それに、思い返してみれば、初めて『天龍族』を見たあのおもてなしの時。
確かに、朱蒙を始めとした面々も、髪は長かった。
鱗は確認していないが、もしかしたら鎧の下にあったのかもしれない。
流石に、服はひん剥いてないから分からん。
「ちなみに、私も王族に名を連ねております。
と言っても、分家であり、末席ではございますが…」
「………それは、失礼をば。
頭が高うございました」
「言っておきますが、貴方の方が立場は上です。
女神に選定された『予言の騎士』様ともなれば、王族とも同等です」
マジかよ、そんなもん?
………でも、驕ったら驕ったで、格好悪いから辞めとこう。
出来れば、オレは謙虚に行きたい。
偽物達と同じように見られるのも嫌だしね。
と、内心でツラツラと考えつつも、ちょっと微妙な表情をしていた矢先。
「変異は、どこまで及んでおりますか?」
唐突に切り替わった話と、切り出された内容。
少し驚いて、きょとりと眼を瞬かせた。
お茶を啜ろうとしていた、涼惇が咽た。
ゴメンナサイ。
「………ふふっ。
本当に男にしておくのが、勿体ない程の方です。
可愛いらしい」
「…誉め言葉として、受け取っておきます」
「ええ、そうしてくださいませ」
話が変な方向に向かいそうになったので、軌道修正。
女顔と言われたのは、スルーしておくだけだ。
………なんか、オレが身構えていた意味が、違う?
「その眼は、いかがしました?」
「これも、変異で…」
「なるほど。
眼の変異、色調が変わりましたか?」
「はい」
包帯を解くように言われ、その通りに従った。
現れた銀色の眼に、涼惇が思わずと言った様子で、息を呑んでいる。
「………最初から、この色でしたか?」
「はい」
「………片方も、変異は出来ますか?」
「多分、出来ると思いますが…」
言われた通り、右眼へと集中。
変異したかな?と思ったと同時に目を開けば、涼惇が今度こそ絶句した。
色、変?
自分では、見えないから分からない。
白と言うよりも、銀に近いから。
瞳孔の色も銀になってるから、多分薄気味悪いとは思う。
「………まさか。
その、失礼な事を聞きますが、本当に血を浴びたのは一度だけですか?」
「そう、ですね。
多分、その筈です」
頭から引っ被ったから、回数までは…。
って、それを通算して一回と言うならば、合ってるんだろうけど。
………でも。
待てよ?
「………血を飲みました」
「えっ?」
思い出す。
オレは、血を飲まされた事がある筈だ。
確か、あの頬に傷のある男達に捕まった、洞窟の中で。
『天龍族』の男が1人、奴らに協力していた。
そして、そいつがオレを生き返らせるとか何かの名目で、血を飲ませたのである。
「………それは、いつ?
どこで、どのようにして、飲まされましたか?」
「………監視をしていたのでは?」
「南端砦で、一時的に貴方が行方不明となった時は、監視も何もありませんでした。
最終的に、転移魔法陣で戻って来た時、ようやっと詳細が掴めたのですから…」
あ、そう言う事なら、納得。
確かに、オレその前に、海に落とされて生死不明だったもんね。
………そこまで、知られてるんだ。
もう、オレとしては、白状も何も無いや。
全部、ぶちまけてやる。
幸運にも、彼はオレに敵意の様なものは、一切持っていないようだし。
………身構えていたオレって、本当に何?
閑話休題。
「オレが攫われた時、敵だった男達の中に1人だけ『天龍族』がいました」
「なんですって?
それは、確かなのですか?」
「血を飲まされた相手です。
間違いはありません」
「………俄かに信じられない話ですが、分かりました。
念頭に置いて、我等でも警戒をすることにしましょう。
………体に変調があったのですか?」
「拷問を受けて、ボロボロになっていた体が一気に回復しました」
「………間違いは無さそうですね」
そう、間違いは無い。
男達は気付いていないようだったし、当の本人も隠している様子だった。
しかし、眼を見れば、その血が何かが分かれば。
そして、オレの髪の色や、自己治癒能力の高さを見極めて気付いた段階で、間違いは無い筈だ。
「言い募ると消えました。
銀色の眼をしていたのは覚えているのですが、それ以外は…」
「銀の眼ですか。
………何分、『天龍族』には、似たような眼の色をした者が多いので、それだけでは特定が難しそうですね」
顎に手を当て、思慮を始めた涼惇。
彼はそのまま、オレの眼と見比べながら、
「他には、何かありませんか?
体に鱗が浮き上がっているとか、もしくは体のどこかに『龍心鱗』が出たとか…」
そんなことになったら、オレは毎日卒倒するが。
そして、『龍心鱗』って何だろう?
もしかして、逆鱗か何か?
「………いえ、特に何も…。
先程言っていた『龍装』の時には、浮かび上がりますが…」
「それは、別段気にするべきことではありません。
普段、生活している上で、人間の体の時に見た事や触れた事は?」
「いえ、ありませんね」
………首に浮かび上がるのは、白粉彫りだしな。
これは、刺青で、本物ではないし。
ただ、これに関しては、最近薄くなってきたと思っている。
体の自己治癒能力が関係しているのか、風呂で見かける度に薄くなっていると感じるのだ。
蛇じゃなくて、龍になっちゃったからかもしれんけど。
「では、最後にもう一つお聞きします。
『夢』を見た事は?」
「………『夢』ですか?」
「ええ、『夢』です。
それも、以前の『龍王』が持っていた『記憶』の様なもの…」
「『記憶』の様な、夢ですか?」
………記憶?
あれ?なんか、引っかかるんだけど。
でも、何だろう。
思い出せない。
何が、引っかかるのか、分からない。
頭がずきりと、痛んだ気がした。
「………いえ、申し訳ないですが、無い、と…思います」
「それなら、良いのです。
貴方だから言うのですが、その『記憶』の様な『夢』も、『昇華』の兆候の一つです。
その時点で、『昇華』の兆候は全てが終わり、次代の『龍王』としての覚醒期間へと移ってしまう。
まぁ、………他言無用でお願いしますがね」
はい、了解しました。
他言はしません。
訳が分かっていないから。
………うーんと。
さらっと大事な事言うなこの人。
しかも、内容的に怖い。
それって、つまりは『夢』を見たら、アウトじゃないの?
だって、前にもアンナが言ってた。
『龍王』が生まれると、先代の記憶が読めるみたいなことだ。
つまり、それが『記憶』の様な『夢』を見るって事だろう。
………視ていないよな。
なんか、不安になって来たけど、覚えてないだけとか無いよな。
頼むぞ、オレ。
………それにしても。
『昇華』の兆候で夢を見るって。
なんか、不思議。
オレが見ている夢なんて、半分が悪夢だ。
残り半分は、アグラヴェインとの対話と昔の夢と、訳の分からん夢だか夢じゃないんだか分からんもんばっかりだし。
………最近は、『夢渡り』の少年なんてのもあるか。
多分、彼は何も関係が無いとは思うけど。
「以上で、私からの質問は終わりです。
貴方の事を詰問するような形になってしまい、改めて謝罪を申し上げます」
「えっ、あ、いえ、お気になさらず…」
改めて、と言った通り。
涼惇さんは、オレに対して、もう一度深々と頭を下げた。
オレ如きに、そこまでする必要なんて無いよ。
そう思うけど、さっき聞いた内容からすると、オレも結構な立場にいるらしいから、一概に慌てる事も出来ず。
まぁ、怒られるより、マシか。
「貴方からも、何か質問がございますればお聞きいたします」
頭を上げて貰った。
そこで、彼からの有り難い一言をいただいたので、この際遠慮なくお話をすることにする。
「………『昇華』を止める事は、出来るのですか?」
「今のところは、可能だと考えております。
先程も言いましたが、貴方の体のどこにも鱗や『龍心鱗』が浮かんでさえいなければ、『夢』を見ていなければ、と言う前提ですが」
おおっ。
『昇華』を止める事は、出来るんだ。
なら、オレがいつの間にか、種族が人間から『天龍族』になるような事態は無いって事だ。
是非とも、お願いしたい。
「その方法って、どのような?」
「まずは、『天龍宮』に来ていただき、然るべき処置をさせていただくと言う事になります。
命を取るようなことはありませんので、ご安心を」
「………そうですか」
だから、この人さらっと大事な事良い過ぎ。
しかも、やっぱり内容的に怖いし。
物騒だし。
やめて。
「っと、後、貴方以外に、オレが『異端の堕龍』だと知っているのは?」
「あの時、相対した面々だけでございますよ。
監視は伯垂に一任しておりましたし、報告などは朱蒙と明淘だけに限定しておりましたので…」
………って事は、全員が要注意って事になりそうだな。
昨日、使者として来た時には、あの2人も知っていた筈だ。
随分な、演技力だな、おい。
オレに、何も悟らせようとはしていなかった。
………本当に身構えていた、オレって何?
「騙すような形になってしまったようではありますが、それもこれも貴方の為をお思っての事」
「………殺されると、冷や冷やしていたんですが」
「そうでしょうね。
歴史にある通り、確かに我等は一度、人間達と敵対関係となりましたので…」
事も無げに、涼惇さんは認めた。
以前3000年前に起きた、『人魔戦争』は確かに敵対関係になったからこそ起きた災禍だと。
「ですが、これに関してはご安心を。
貴方様を害する気概は、我等も持ち合わせてはおりません。
何故ならば、貴方は『予言の騎士』にして、世界の終焉を打ち払う者。
害する理由はありません」
「仇討ちとか、考えないんですか?」
「………そう思われる気持ちは分かります。
しかし、我等の同胞は決して、戯れで殺された訳では無い」
………戯れで、殺された訳では無い。
本当に、そうだろうか?
あんな姿になって?
あんな殺され方をして?
良い意味では、解放だ。
悪い意味では、ただの駆逐だった。
あれ?
不味いかも。
オレ、どうやって討伐したのかは、言ってない。
それに、どんな姿だったのかも言っていない筈だ。
じゃなきゃ、オレだって討伐なんてしなかった。
「………それ、なんですけど…」
「………他に、我等が留意すべき点がありましたか?」
オレが、おずおずと切り出した。
その途端、涼惇さんの眼が据わった。
ヒィ…ッ!
怖い!
言えない!
けど、言わなきゃ。
二律背反まで、命懸けって。
「………オレも、『天龍族』と分かって、討伐した訳では無いんです…」
「………それは、どういう意味ですか?」
声音が、固い。
オレもそうだが、彼も同じ。
言うべきか?
いや、ここまで言ったのだから、言うべきだ。
でも、その後の反応が、予想できない。
前言撤回で、串刺しか八つ裂きにされ兼ねない。
だけど、言わなきゃ。
ちゃんと、言った方が良い。
その上で、どうにかする方法を、しっかりと相談しなきゃ。
この人は、信用できる。
そう思い込むしか出来ないのがツライけど、それでもこの人じゃなきゃ、こんな平穏無事な相談は出来なかった筈だから。
二度目だ。
意を決して、口を割る。
「姿形は、『天龍族』に似ても似つかない、醜悪な合成魔獣のような姿をしていました」
そう言った途端、彼から噴き出したのは怒気だった。
怒気だけじゃない、覇気も出た。
「………何ですって?」
「ヒ…ッ!」
喉が引き攣って、乾いた悲鳴が漏れる。
チビッたかもしれない。
完全に、ブチ切れていらっしゃるう!
「それはどういう意味ですか?
貴方は、我等が『天龍族』の『昇華』後の姿を、醜悪だとおっしゃりたいのですか?」
「………いあ、あの…ッ、あぅ…ッ」
「でなくば、なんでしょう?
確と私の眼を見て、お答えください」
「ひぃ…あっ、その…で、ですから。
………オレが見たのは、『昇華』をした後の姿でも、人間の姿をしたものでもなく…ッ」
「………うん?」
あぅあぅ、と喘ぎながらなんとか言葉を紡ぐ。
正直、音になっているのか分からないけども、思い出しながら形容しがたい、合成魔獣の巨躯を説明する。
心臓の様な赤黒い体表に、無数に生え揃った触手の様な腕や脚。
魔物や人間でも、食ったものを取り込む能力があったのか、表皮に浮かび上がった人面や腕。
ギラギラと殺意に漲った赤い目に、そぞろに生え揃った凶悪な乱杭歯。
おおよそ、普通には産出もされないだろう魔物だった。
世界中を回ったゲイルも、見た事が無いと言っていた。
暗黒大陸に住んでいたローガンだって、見た事が無いと言っていた。
だからこそ、合成魔獣と名付けられた。
『天龍族』なんて、似ても似つかない。
聞いた話だと、『昇華』をすると本物の龍になるのだと言っていたのに、あれにはそんな要素はどこにも無かった。
『天龍族』だと分かったのも、使っていた魔法無力化付加魔法と、額にあった魔水晶と、オレの体の変異でだ。
そう、かくかくしかじかと、時間が掛かりながらもなんとか説明。
その頃には、涼惇さんは怒気も覇気も発してはいなかった。
むしろ、逆に憔悴すらもしていた。
戯れに殺された訳では無い。
とはいえ、何者かの手に掛かり、理性を失い、壊れた殺戮兵器の様な有様となった同胞の成れの果て。
正直、言うべきでは無かったと後悔した。
オレが怖かったからではない。
彼が、哀れだったから。
「………そんな、まさか…。
気高き、誇り高き、『天龍族』が、………そのような、暴虐の徒と成り下がるとは…ッ」
涙さえも浮かべて、彼は頭を抱えていた。
掛ける言葉が無い。
ショックだろうな。
多分、オレも似たような状況だったら、首を括りたくなると思う。
もし。
もしもだ。
ウチの生徒達の誰かが、突然行方不明になる。
そして、次に会った時には、もしくは死んだと分かった時には、変わり果てた姿で見つかり、討伐対象もしくは死刑囚になっていた。
自分の知らないところで、大量に人を食い殺し、暴虐の限りを尽くして暴れていた。
そんなことになれば、オレも泣く。
泣くだけじゃない。
きっと、オレも一緒に死のうと、死刑台に上る。
その場で首を掻き切っても良い。
………ツライ。
オレも、涙が出て来てしまって、思わず鼻を啜った。
「………貴方には、本当に申し訳ない事をしました…」
涼惇が、顔を上げた。
気の所為では無く、彼の眼からは涙が零れ落ちていた。
表情には、憔悴の他にも罪悪感や悲壮があった。
オレは自分の命を守る為に、討伐しただけだ。
そして、それを黙っていた。
謝られるべきではない。
だが、そう言おうとする前に、彼はその場に立ち上がった。
怖くて、尻込みした。
思わず椅子の背凭れに背中を押し付ける羽目になる。
「我等が同胞の解放を、心より感謝いたします。
我等が同胞の暴虐や暴走、その所為で数えきれぬ人間達の命が失われた事を、陳謝させてください」
そう言って、彼はオレの前に跪いた。
手を付いて、頭を下げた。
土下座だ。
まさか、彼にそんなことをされるなんて、思ってもいなかった。
「あ、頭を、上げてください…ッ。
さっきも、言った通り、………オレも、知ってて討伐した訳じゃ…」
「それでも、貴方のおかげで同胞は旅立てた。
本当に、………本当に…ッ、あり、がと…ござい゛ま゛ず…ッ!」
声は震え、訛声にまでなって。
彼は、そのまま蹲って、涙声を漏らしていた。
嗚咽を零し、土下座をしたままで、ひたすらに泣いていた。
「お、オレも、ゴメン、なさい。
も、もっと、早く…言うべき、だったのに…ッ」
涙が零れた。
これが、オレの黙っていた結果だ。
いや、オレがすべてを言ったからこそ、こうなった。
素直に喜べない。
生きられる事が、素直に嬉しくない。
こんな風になるなんて、思っていなかった。
予想は付かなかった。
まさか、こんな結果になるなんて。
ただ、泣くしか出来なかった。
オレには、どうすることも出来ない。
だから、彼と一緒になって、泣く事しか出来なかった。
***
身構えていたのは、意味が無かった。
虚無感を覚える。
命が取られるようなことは無い。
しかし、それを素直に喜べるほど、オレも楽観的では無い。
「………知っていたのに、知らされていなかった。
それは、お互い様です」
『………。』
黙り込んだ、明淘と伯垂。
彼女達の背後の侍従2人は、絶句しているばかりだ。
通達を受けているとは聞いていたのに、この反応は何だろう?
斯く言う、オレの背後にいた間宮やゲイルも同じではあるが。
「ずっと、監視していたのでしょう?
知っていたのでしょう?
ならば、何故、それを教えてくださらなかったのか」
別に怒っている訳じゃない。
理由を知りたかった。
何がって、黙っていた事だ。
オレの前に、素知らぬ顔で現れて、何も言わずに帰った事もそうだが。
確認する為だった。
それなら、聞こえは良いのかもしれない。
騙す為。
悪し様に言えば、そう言う事。
だからって、責めるつもりもないけども。
問題は、そっちじゃない。
彼女達が、それを知っているから黙っていた事。
「候補の内の1人は、貴方の御父君だとお伺いしました」
「………っ、そ、それは…ッ」
明淘の顔色が、俄かに悪くなった。
侍従の1人も、同じような有様となっている。
「そして、伯垂さんも同じく、明淘さんの御父君の派閥に属している分家だとお伺いしています」
「………はい」
伯垂も同じように反応した。
侍従も同じ。
「更には、候補者のもう1人が、朱蒙さんの兄君。
そうですね?」
『………。』
意味が分かっただろうか?
ここにいる全員が、『龍王』としての『昇華』の兆候が表れている、候補者たちの血縁、もしくは派閥に属しているという事だ。
使者としてやって来たのが、そんな奴等。
派遣したのは、涼惇では無い。
確かに手紙は預かったが、それでも涼惇が意図して彼女達を選別した訳では無かった。
涼惇との話で、オレは知っている。
彼も、彼女達が使者として派遣された事に、驚いていたという事を。
そして、派遣したのは、朱蒙だと分かっている。
理由は簡単。
彼女達を派遣する為に、必要な諸手続きを全て、涼惇に知られずに済ませられるのが彼女、ひいては彼女の兄だったからだ。
意味なんて教えて貰わなくても分かった。
「………話したな?
オレが『異端の堕龍』だと、父親や派閥の人間に」
「………ッ」
「………。」
今度こそ、2人が絶句する。
おそらく、彼女達の本当の目的は使者としてでは無かった。
牽制を目的とした、オレへの警告だ。
そんなものをするという事は、まず間違いなく明淘の父親も知っているという事。
そして、分家筋の派閥に属する伯垂も、また誰かに漏らした筈だ。
この分だと、朱蒙も兄に話したんだろうな。
その答えが、侍従2人のオレへの視線。
その態度。
「………涼惇は、知っているのは4人だけだと言っていた。
オレ達と相対した、あの時いた4人だけだと…。
なのに、アンタ等の侍従2人は、とてもそんな風には見ていなかった。
敵か仇でも見るような、敵意の篭った視線なんて、早々向けては来やしないだろうがよ」
気になってはいたのだ。
待たせただけにしては、随分と敵意の混じった視線ばかりだった。
まるで、オレを目の敵にしているように。
実際は、その通りな訳だったんだが。
つまりは、ここにいる全員が敵であるという事。
オレの失脚、もしくは排除が目的か。
あるいは、その両方を目的としているのかもしれないが。
「………正直、オレは貴方方は信用できなくなった。
涼惇さんは、まだ信用出来る相手だとは思っていますが、貴方方は別です」
全て、策略の内。
思えば、最初からおかしかったのだ。
彼女達は、『天龍宮』の防衛部隊の分隊長と防衛監視部隊の分隊長。
更に言うなら、朱蒙は防衛部隊の総司令官だった筈だが、肩書が随分と高尚だと言うのに、やっている事が使者の真似事。
お粗末だ。
だからこそ、ここまで気付いた。
あの時のオモテナシ同様、オレの排除に乗り出して来た可能性も高い。
侍従2人は既に、臨戦態勢。
明淘も同じく、鍛錬をしていたように見せかけて、最初から武器を手放していない。
伯垂も、隠してはいるが、先ほどから左手が袖に潜っている。
そして、
「そんな殺意を滲ませておいて、よくもまぁオレを誤魔化そうとしたもんだよ」
空気に滲んだ、殺意。
合点が行った。
だからこそ、オレも彼女達に対して、粗雑に対応が出来た訳だ。
敵として相対するのが、最初に目があった瞬間から分かっていたからな。
「………さて、種明かしは、これで結構だろうか…」
そう言って、席を立つ。
侍従2人が肩を震わせたと同時に、ゲイルと間宮もやっと事態を飲み込んだ。
だが、遅い。
その時には、オレが既に刀を抜いていた。
ついでに、顕現するのはアグラヴェインとサラマンドラの両名。
既に、魔力を垂れ流して、呼び出す準備はしていたのである。
「『オモテナシ』第2弾と、行きますか?」
明淘も伯垂も、眼を丸めていた。
侍従2人も、呆然とオレの背後に顕現した、上位精霊を見上げていた。
間宮もゲイルも同じだが、そこはそれ。
今回は、オレだけで十分だ。
「………オレ、今超絶虫の居所が悪いから、覚悟して置いてね?」
つまりは、そう言う事。
***
第2弾の『オモテナシ』は終了しました。
ありがとうございました。
二度とお越し下さらない事を、お祈り申し上げております。
なんてことを脳内で考えながら、テラス席のテーブルに腰掛けながら見下ろした先。
大の字で寝転がる侍従が2人。
彼等は、初っ端から役立たずも同然で、敢え無くサラマンドラの炎の鉄拳の前に轟沈した。
そして、肝心の2人はと言えば、
「はくちゅん!…はく、ちゅんっ!!
み、見損な…ッくっちゅん!…ったぞ、はくちゅん!
卑怯者めぇえ…ッ!!はくちゅん!」
「げほっ、ごほっ!
…狡い、げほ…ッ、…ですッ!
使わないと…ッ、ゲホゴホッ…ッ言ってたのに…ッ!」
2度目の阿鼻叫喚。
御馳走様でーす。
今回も投入したのは、『催涙ガス』である。
卑怯者でも結構だし、狡いと言われても痛くも痒くも無い。
二度目ましてで、くしゃみ連発と咳地獄と共に、涙鼻水涎の三拍子を垂れ流しなんて、女としても死んだも同然の格好である。
それを晒している彼女達は、そんなこと気にする余裕も無いだろうけどな。
まぁ、その前になんやかんやはしたけどね。
覇気出し-の、威圧感マシマシで睨みーの、殺気出しーの。
伯垂なんて、余程怖かったのかおもらししてた。
………そういや、彼女もロリババアだっけ。
………誰得?
そこから、怒涛のブルドック連射やら、アグラヴェインの本気ロデオやら何から何までの、フルコースを味わって貰ってからの催涙ガス。
我ながら、鬼畜だな。
間宮に『風』を操作させてあるので、こっちに被害は皆無。
ちなみに、彼も概要を聞いた後は余程ご立腹なのか、『風』を滞留させて効果が持続するような魔法の使い方をしたりしている。
………そろそろ、伯垂が死ぬから辞めてあげなさい。
前にもこんな事思ったっけねぇ。
「………今度は、1人で撃退とはな」
「ゴメンね、相変わらずの規格外で…」
「謝るぐらいなら、最初からしないで欲しい」
「………本気で謝ってないけどね」
「………言うだけ、無駄という事か」
ゲイルはげっそりと、オレ達の様子を眺めてシガレットを吹かしているだけである。
護衛のし甲斐の無い人間で悪かったね。
とまぁ、心温まる気安い掛け合いはさておいて。
「言っておくけど、誰に泣きついたとしても無駄だからね。
これは、涼惇から全部許可受けての事だから」
「………ッ、くちゅん!」
「…げほっごほ…ッ、そんな…げほ…ッ!」
うん、言っておく。
別に言っても良いって言われたし。
涼惇は、今日の訪問で分かったように、王族の分家。
末席とか言っていたけど、聞かせて貰った限りでは、全龍王の家名でもある叢家の従兄弟筋に当たる、十分な御家柄。
ついでに、候補者の2人が叢家から出ているが、どちらも『龍王』になるのは望んでいない。
争っているのはもっぱら、明淘の父親と朱蒙の兄であって、彼等はそれに巻き込まれて脚の引っ張り合いをさせられているだけなんだと。
仲が悪い訳では無いが、ここ最近は『龍王』がなかなか生まれない事でピリピリしているらしい。
そんな中で、オレが『昇華』の兆候を表している上に、この候補者の中では断トツでトップレベルのスピードだ。
順番的には、『覇気』の顕現から始まって。
↓
『眼』の変異。
↓
『魔力』の増加。
↓
『龍装』の発現。
↓
『記憶』の共有。
なんだとか。
オレは、既に『龍装』の発現まで進んでしまったからこそ、向こうも焦ったらしい。
臨んだ訳でも無いのにね。
そこで、涼惇さんの生家となる涼家は、どこの派閥にも属していない中立派。
つまり、誰が『龍王』になったところで、彼等はどのみち『龍王』に従うだけだと思っているようだ。
王族とも繋がり、他分家や主要の家とも繋がった、まさに中心。
代々の『龍王』の、参謀もしくは軍師として重宝されてきた揺るぎない地盤を持つ名家だ。
逆らうとどうなるか分からない程、力を持っている。
なんてことを、しれっと言われたからつい苛立って、逆らいそうになったけど。
オレ、彼には絶対、勝てないと思うんだ。
彼女達はイケたけど、彼は文字通り年季が違うもん。
無理。
って、それはともかくとして。
「帰って、親父さんに伝えてくれ。
オレは、次期『龍王』の座なんて、欲しくもなんともないってね」
欲しけりゃくれてやるし、奪いに行くつもりもない。
オレは、別に『龍王』なんてなりたくないからな。
そもそも、『天龍族』にもなりたくない。
「その代わり、これ以上オレに手出しをするなら、叢家も涼家も敵になるからそのつもりでやれとも、伝えておけよ。
涼惇さんには、もうバレバレだからな?
オレが覇気使ったら、合図だって言っておいたし、今日は一日監視室に嚙り付いてくれるとか言ってくれてたし…」
つまりはそう言う事で。
これも、決め事の一つ。
しかも、実は彼が言い出してくれたの。
今日、昼頃に会いに行く予定があると言ったら、何かあれば覇気を使えと。
状況次第では、飛んでいくと言われた。
好意の振り切れっぷりが半端ない上に、マジで頼もしい一言である。
とはいえ、それは遠慮した。
今回ばかりは、多分オレでもなんとかなるだろうから、と。
一度は倒した相手だし、それに今のオレには精霊が2体も味方してくれている。
勝てない要素はどこにも無い。
それに、彼には、『天龍宮』での仕事の方を頼みたかった。
何が、と言えば、証拠集め。
もっと言うなら、別口で他の候補者たちを失脚させる為の、その条件付けだな。
実際には、これも条件付けの一つとなる。
オレに対して牙を剥いたのが娘。
それと、その派閥に属している分家筋の子どもだ。
そうなれば、邪推する奴らは、喜んで叩こうとするだろう。
それを、涼惇さんには、それとなく広めておいて貰って、後からオレが責め立てられても、言い逃れ出来るようにして貰っている。
謂わば、保険を掛けて貰っている。
なので、このような状況となった訳だがね。
オレの先ほどの言葉を聞いて、明淘が涙目で睨み付けて来る。
いや、催涙ガスの所為だろうけども。
伯垂は、前の時と同じく、咳で呼吸困難になって気を失っていた。
間宮は、介抱に動こうとしなけど、『天龍族』だから簡単には死なないとお墨付きはいただいているので、放っておく事にした。
表情は泣きそうだが、どちらかと言うと悔しそう。
うん、気持ちは分かる。
オレも、こんな負け方はしたくない。
しかも、1度ならず、2度までも。
………やったのは、オレだがな。
「じゃあ、もう二度と来るなよ?
次は、裸にひん剥いてから、遠慮なく悪戯しちゃっても知らないから」
そう言って踵を返す。
横目で見た明淘の顔は、真っ赤になっていた。
こればっかりは、流石に催涙ガスの所為とは言い切れんね。
………やりたくはないがな。
三度目が無い事を祈るだけだ。
ごきげんよう、と。
***
若干の人間不信となりながらも、王城へ。
もう、『天龍族』との邂逅は、怖くない。
なにせ、涼惇のお墨付きまでいただいて、死ぬことは無いとはっきりと分かったからだ。
素直に喜べないけども。
ただ、やはり訪問の件は、取りやめとはならなかった。
なにせ、オレの『昇華』を止めると言う大事な用事も出来た事だし。
内容は明かして貰えなかったが、処置をしてくれるそうだ。
そうなれば、オレが人間から魔族への転向も防げる。
職業転向は、もうこりごりだ。
さて、話は逸れた。
王城への訪問は、ちゃんとした用事。
手紙での呼び出し来ちゃったから、来たくなくても来なきゃいけなかったの。
まだ、例の『予言の騎士』一行が、滞在しているから。
予定がどうなっているのかは、ゲイルも出向してからじゃなきゃ分からないとの事だったけど、またしても突然偶然ばったり出会って、噛みつかれるのは勘弁して貰いたいものである。
苛立ちは解消したとしても、結局イライラしているのは変わらないから。
………カルシウムください。
いっそ、犬用の骨ガムでも良い。
なんか、歯茎が痺れる感じがするから。
また脱線事故だ。
頭痛が痛い。
「おい、来たぞ、国王。
忙しいのに、呼び出しやがってコノヤロー」
なんて、不遜な事を言いつつも、執務室へ。
瞬間、
『あーーーーっ!!』
「あん?」
突然の素っ頓狂な声に、目線がそっちへ。
見れば、国王の執務室には、何故か『予言の騎士』一行が屯していた。
そう、屯だ。
『予言の騎士』を始めとした、生意気そうな顔をした少年少女達がこぞって12名と、護衛も含めた総勢20名が、この部屋に屯していた。
一番最初に声を上げたのも田所青年である。
それなりの奥行とスペースがあるので、ぎゅうぎゅう詰めとは言わないが狭く感じる。
………そして、言った傍から、これかよッ!
突然偶然ばったりは、ゴメンだと言ったのに…!!
彼等は、オレの顔を見て、眼が落ちるんじゃないかと思う程に見開いていた。
ひょっとしなくても、今の不遜な口調は聞かれただろうな。
うち、何名が英語を理解しているのかは、不明ながらも。
頭痛が痛い。
頭を抱えるしかない。
今日は、こんなんばっかり。
「な、何故、貴殿等が執務室におられるのだ!?」
「えっ、あ、あの、国王陛下に、お伝えしたいことがあって…」
頭を抱えていたオレの代わりに、ゲイルが問いただした。
おずおずと答えたのは、『予言の騎士』張本人。
オレにも加え、ゲイルにまで怯えているとは、コイツ何か言ったのだろうか?
ああ、言っていたな。
結構きつめな一言を、強かに。
まぁ、良いけど。
「あれ?
肝心の国王陛下は?」
「そ、それが、いらっしゃらないとの事で…」
………はい?
「それじゃあ、なんでアンタ等はこの中に入ってるの?」
何を馬鹿な事を言っているの?
あれ?
オレ、間違ってる?
国王不在なのに、執務室にお邪魔しているとか礼儀を知らないの?
オレ達は、ゲイルの先導があるからセーフだ。
けど、コイツ等は?
見れば、護衛以外には、この国の騎士らしき人間は付いていないように思える。
その護衛だって、彼等の元々の随伴である。
あ、やべぇ。
頭痛が更に、眩暈に進化した。
「貴殿等は、常識が無いと見える」
背後で、ゲイルが怒気を噴出した。
もう知らない。
「………後、任せる」
「休憩室にて、待っていてくれ」
「………了解」
執務室を出た。
後ろ手に、間宮がそっと扉をぱたんと閉めた。
その瞬間だった。
「貴殿等は我等が『予言の騎士』を愚弄したばかりか、国王陛下にまで狼藉を働くつもりかッ!!」
轟音だった。
雷が落ちた。
可聴域が凄いことになっている、オレと間宮も、扉越しなのに耳がキーンとした。
眩暈が強くなったので、大人しく休憩室に引っ込もう。
ついでに、国王陛下が帰って来るのは、休憩室になりそうなのでそのまま休憩していよう、そうしよう。
本当にアイツ等、馬鹿じゃないのか?
***
「いやはや、申し訳ない限りでございます」
「………あれは仕方ない」
辟易とした顔を突き合わせて、国王と改めて対面した。
思っていた通り、休憩室で対面することになった。
戻ろうとしたら、ゲイルが滾々と説教してたんだって。
うん、オレ達も知ってた。
国王陛下が真っ青な顔で入って来た時は、何事かと思ったけどね。
曰く、ゲイルの説教が、年甲斐も無く怖かったらしい。
アイツも最近、オレに慣れて来た所為か、覇気が滲む様になって来てるしね。
威圧感半端ねぇよ?
ってか、国王陛下、また老け込んだ?
なんか、眼の下の隈とか、白髪の増殖具合とか凄いんだけど………?
「どうも、彼等は常識が外れていると申しますが、謁見の手順すらも飛ばして来てしまって、こちらでも対応に窮しておりまして………」
「謁見すっ飛ばして、直接執務室に訪問だもんな。
………やるな、アイツ等…」
「お戯れを。
最近は、執務が停滞して、夜も眠れません」
ご愁傷様。
割と冗談めかして言ったら、ガチで睨まれた。
切実なんだろうね、安眠妨害。
洒落にならんわ。
オレは、最近快眠ですが?
なにせ、気絶ばっかりしているからな。
………こっちも洒落にならん。
閑話休題。
「お忙しい所をお呼び立てしてしまって、申し訳ありません。
そして、内容としても、例の『予言の騎士』一行の件と成りますので、此方も申し訳ありません」
「いや、良いよ。
気に病まなくて良いから、言っちゃって?」
なんか、国王陛下が哀れに見えて来た。
さっきから、謝り倒しているし。
後、痴女騎士の件でも謝られたよ。
姪がすみませんって。
早速、抜擢を解除して、別の騎士団に任せたってのは聞いたけど、それはどっちにご愁傷様と言ったら良いのかな?
オレ的には、新しく任された騎士団に一票。
そして、国王陛下ですらも例の、と言い始めてしまった問題ばかり起こしている『予言の騎士』一行の件でも謝罪があった。
自由に動き過ぎているから、すみませんって。
本当に、今日は涼惇さんといい、国王陛下と言い可哀想。
上に立つ人間は大変なんだなぁ、としみじみ感じた今日この頃。
………あれ?
そう考えると、オレもだった?
じゃあ、オレも可哀想な人間だったわぁ。
ぐすん。
………虚しい。
「また、最近貴族達が騒ぎ出しましてな。
前々から、例の『予言の騎士』一行の情報は、各所から耳に入れていたようなのですが…」
そう言って、国王陛下が口を開いたのは、相談だった。
曰く、オレと向こうの『予言の騎士』、どちらを支援するのかという事で。
なんか、貴族間ではオレ達、評判よろしくないらしいからね。
知ってはいたよ。
そうなるとは思っていたから、気にもしてなかったし。
どことは言わないけど、友人の実家の公爵家の当主を、実質隠居に追い込んだりしたし、侯爵家や伯爵家も3つ程取り潰した。
へりくだったりもしないし、良い顔だってしないし、実質的には眼の上のたんこぶと成りつつある。
しかも、国王陛下が言いなりになる要因となっていた借金を、貿易の促進を経由して解消しちゃったのがオレ達だもん。
ぶっちゃけ、良い顔はされないわな。
しかも、貴族家の子息子女の編入試験で、編入を受け入れるとか言って、結局受け入れたのは男爵家。
家柄なんて関係なく、優れた人材を獲得しただけだった。
男爵家の者を入れておいて、その上の爵位を持った貴族家の子息子女は突っぱねた。
面子を潰されたと思っていても、可笑しくは無い。
なのに、オレ達が行動をするにあたっては、国王陛下がお墨付きを出している。
国賓扱いでもある。
ついでに、『聖王教会』との仲も良好で、付け入る隙も無ければ取りつく島も無い。
まぁ、嫌われるのも当然だ。
別に気にしたりはしないし、害する意思を見せれば容赦なく牙を向くだけである。
と、話がちょっと逸れだしたので軌道修正。
何故、ここに例の『予言の騎士』一行が関係してくるかと言えば、だ。
オレ達がこんなんだから、向こうは目移りしている訳。
向こうはどっちかと言えばオレとは真逆の存在で、権力にも弱いし、権力への依存傾向も強め。
そして、優柔不断で従順そうで、次いでに頼り無さそうだ。
………こうして聞くと、ディスってるだけになっているけど。
要は、そんな『予言の騎士』の方が、貴族達は扱い易いと思ってしまっている。
元々、オレ達は振って湧いた、突然の召喚だった。
しかし、向こうはもっと前から擁立の為に、準備を進められていた。
そこを突いて、オレ達を排斥し、向こうの『予言の騎士』を支援させて、あわよくば自分達も甘い蜜を啜ろうという魂胆。
その為には、オレ達をまず失脚させる、話題が必要だ。
おそらく、城内にあった悪い噂だけでは足りないと思っているのだろう。
オレ達は、割と最初の頃よりもアクティブに動くようになった。
街でオレ達を見かけない日は、無いぐらいに。
そこから、民衆が勝手にオレ達の人物像を、清廉なものに書き換えてくれていたのだ。
これには、オレ達も吃驚。
勿論、騎士団にそれなりの、噂や情報をそれとなく流すようには言っていたが、予想外の効果。
実は、これ生徒達のおかげだけどね。
ランニングの時に、街の人達と会うたびに、しっかりと挨拶をしていた。
しかも、毎日だったから、それなりのトラブルに遭遇する事も多かったそうだ。
その度に、親切に手助けをしたり、仲裁をしたり。
それなのに、本人達は当たり前の事だからと言って、お礼を催促するどころか受け取らず、天狗になっても可笑しくないのにひけらかさない。
良く出来た生徒達だよ、本当に。
おかげで、オレの株も上がって、城内にあった噂は出鱈目だと民衆が率先して否定してくれる。
本当に、アイツ等が生徒で、オレ幸せ。
だからこそ、もうこの手の嫌がらせは通用しない。
むしろ、その所為で逆に、貴族側が総スカンを食らって、実際暴動紛いな事が起きたらしい。
しかも、『聖王教会』の信徒が中心になって。
これには、流石の貴族家も懲りたのか、それ以降は流言やら噂でのあれこれは取り止めにしたようだ。
かと言って、何もしない訳にも行かないのだ。
向こうは一応、面子もある。
だからこその、代案。
オレと向こうの『予言の騎士』のどちらが優れているのか。
それを示せ、と。
つまり、競わせろ、と言っているのだ。
最近、そうした陳情が、国王のところに届く。
それも頻繁に、何件もの貴族家から。
向こうの『予言の騎士』一行が、この王国にやって来ると分かった時点で、である。
だからこそ、国王もここまで辟易としている訳だ。
本当に可哀想なもんで。
「………ほら、ブランデーも入れてやったぞ。
ぐいっと、やって、一息付いておけ」
「かたじけない」
「ああ、ほらっ、泣くんじゃない。
これからまだ執務があるのに、眼が疲れちゃ、差し障りがあんだろうが…っ」
優しくしてやったら、泣かれた。
気持ちは分かる。
オレも、心が折れそうな時の、優しい言葉にはころりと靡いてしまいそうになってしまうからな。
心得ているのが、オリビアとラピスです。
ローガンは心得ておりませんが、支えてくれるので良いのです。
………何の話だっけ?
ああ、貴族家からの陳情と突き上げがどうたらこうたらって奴だったな。
とは言っても、そいつら皆バカばっかり。
陳情を出してきた貴族家は、おそらく果てしなく馬鹿なのだろう。
共倒れに成り兼ねないって、分かっていない。
現に、保守派で頭の良い、宰相やら軍師やら大臣やらの官職についている連中からの陳情は一切届いていない。
何故ならば、彼等は知っているから。
あの『予言の騎士』一行が、今までどのような実績と結果を持っているのか。
『竜王諸国』が既に睨みを利かせている。
そればかりか、『聖王教会』や冒険者ギルドも、敵対し始めている始末。
その大部分の被害を、本国である新生ダーク・ウォール王国が被っているから、もうそろそろ向こうが音を上げて、撤退なんてことになるかもしれない。
それが伝わるのが先か、もしくは王国が衰退するのが先か。
洒落にならんけど、割と本気で衰退の方が早いと思っている、オレ。
「………まぁ、実際には、お互いの訓練風景を見せて、5番勝負でもしたら良いか?」
「お、お受け下さるので…ッ」
「受けなきゃ、後が五月蝿いだろう?
それに、こっちの生徒達も、鬱憤が溜まってるから、実際ガス抜きに丁度良いし」
うん、実は損ばかりじゃない話。
言った通り、生徒達も鬱憤が溜まってるの。
アイツ等、なりふり構わず喚いてくれたからね、校舎の前で。
あの時は、オレ達が追い払った。
けど、本当は飛び掛かって、ギッタンギッタンにしてやりたかったとは、過激な一部の生徒達の言である。
実際、徳川が飛び出し掛けていた。
榊原が止めていなければ、殴りかかっていたのはアイツだっただろう。
で、そのフラストレーションが、そのまま残っている。
不完全燃焼って奴。
だから、ガス抜き。
つまり、そう言う事。
だって、早々負けるとも思ってないし。
オレの目測では、一番強いのもあの良い目をしていた白髪の青年だ。
次に強いのは、その妹さんらしき白髪の少女。
そこから、順に金髪の少年と、茶髪のインテリそうな青年と、黒髪のへらへらしていた青年。
後は、リコとか呼ばれていた、あの啖呵切った子が突出しているだけで、残りはどんぐりの背比べ。
しかも、『予言の騎士』まで、そのレベル。
恐るるに足らず。
間宮だけでも、5人を抜けるかもしれない。
大将がオレだけど、間宮、永曽根、榊原、香神で終わる。
女子組入れても、多分終わる。
………舐めすぎだわ、異世界。
ってな訳なんだけど。
「で、実際、あっちの滞在予定はどうなってるの?」
「………それが、さっぱりでございまして」
「………えっ?
何、アイツ等、期限、設けてないとか言うの?」
「その通りでございます」
呆れたわ。
ゲイル、後1時間、説教追加してやって~。
って、聞こえる訳も無いけど。
背後で、間宮ですらも溜息を零していた。
普通、こういうのって、滞在日数を設けて事前に申請するもんなんだけど。
『白竜国』のオルフェウスだってそうだったし、冒険者ギルドの応援に来たダグラスだって、最初は3日ってちゃんと期限設けて申請してたよ?
本当に、常識外れ。
護衛までそうなのかと思うと、頭痛が痛い。
今後が心配です。
なんで、オレ達がアイツ等の今後の心配をするのかって、話だけどね。
「だとすると、オレ達も時期が決められないんじゃないか?
前みたいに、突然呼び出し受けるなんてこと、今月からはもう出来なくなるぞ?」
「はい、申し訳ありません」
「いや、怒ってないから」
だから、泣くのを辞めてくれ。
実際、予定を聞いたのは、オレ達の予定とマッチするかどうかを調べたかったんだけど、これじゃあ無理そうだ。
「前にも言ったけど、今月はもう予定空いてないから…。
パーティーの出席は考えているけど、それっきり、来月の頭にはいなくなる」
「承知しております。
なんとか、聞き出しておきましょう」
うん、頼むよ。
仕方ないから、待ってて上げる。
「ちなみに、『天龍族』の訪問、1週間後に決まったから」
「委細、承知致しました。
ボランティアもあるとの事でしたので、例の一行とは『天龍宮』訪問の後と致しますか」
「それまでいるつもりなのか不明だし不安だけど、まぁそう言う事にしておくよ」
とりあえず、不安要素ではあるけどそうしておこう。
オレ達の正式な顔合わせは、『天龍宮』訪問後。
どれだけ長引くかも分からんけど、死ぬことが無いと分かった今は、すんなりと予定を組める事が有難い。
向こうが応じるかどうかは、知らないけど。
まぁ、十中八九、乗って来るだろ。
特にあの、田所青年と、リコと呼ばれていたエレガントパンティーの子。
生徒達も、公衆の面前でギタギタに出来るんだから、きっと多少はフラストレーションの解消にもなる筈。
………筈なんだけど、
「まぁた、周りが小五月蝿くなりそうな予感しかしねぇけどな」
「………本当に、重ね重ね申し訳ありません」
「あーっ、もう、アンタもこの程度で泣くなよ!」
小言を漏らしたら、国王が更に泣いた。
涙腺が緩んでいる所為か、今日は良く泣く。
結構、こっちも追い詰められているっぽい。
問題ばっかり起こすなぁ、アイツ等。
ふと、そこで、
「すまん、遅くなった」
ゲイルが登場。
どうやら、例の『予言の騎士』一行への、説教は終わったらしい。
しかし、ゲイルの登場で国王が、戦々恐々となった。
トラウマが刷り込まれたようだ。
実は、怒らせると怖いと言う、コイツの本性が国王にも露呈した結果である。
「………何があった?」
「お前の本気説教聞いて、こっちに逃げて来た人…」
「………申し訳ありません、陛下。
私が場所を弁えず、多大なご心労をお掛けしましたようで…」
「い、いや、うむ…」
なんか、微妙な雰囲気。
さて、どうするか。
「………ゲイル、お前の予定はどうなってる?」
「うん?
まぁ、一応は、しばらくの間は、お前達と同じ予定となっているが…」
とりあえず、遅れてやって来たゲイルにも情報共有。
後から聞いてないとか言って、オレが怒られるのも何か理不尽だし。
しかし、
「………オレとしては、もう関わらない方向で行った方が良いと思うのだが…」
ゲイルとしては、ちょっと反対気味か。
「オレとしても、同感だけど。
けど、今回の問題は、オレ達だけで決める訳にも行かないし、ぶっちゃけ貴族達黙らせないと敬愛する国王陛下の安眠が、明後日の方向へと逃亡中」
「………その、言い方はどうなんだ?」
事実である。
国王陛下も、分かっているのか何も言わないし。
散々な言われようでも、全く不敬と取らない寛容さ。
これ、大事。
かくかくしかじか、生徒達のフラストレーションの事も含めて説明をすると、渋々頷いてはいた。
「マミヤも、それで良いのだな?」
『(オレは、ギンジ様の決定に従うまでですから。
それに、向こうはともかくとして、オレ達の格の違いを見せつけるのは効果があると思います)』
一応の生徒代表として、間宮にも質疑応答。
彼の答えを聞いて、彼も最終的には納得をしたらしい。
「分かった。
では、そのように予定を組む事にしよう。
………ただし、」
前置きが付いた。
何だろう、嫌な予感しか浮かばない。
「………『天龍族』訪問の一件で、お前には聞いておかなければいけない事もあるので、そのつもりで…」
「ひぇ…ッ!?」
怒気が噴き出した。
誰から?
ゲイルからだよ。
どうやら、オレが黙っていた事を、根に持っているらしい。
『天龍族』のご招待に関しての、明淘達に明かしたあれやこれやだ。
黙っていたのは、向こうに悟らせない為だ。
確認をする意味合いも含まれていた。
けど、知らされなかった側としては、随分とご立腹らしい。
間宮は理由を察したのか何も言わないが、ゲイルとしてはこれまた『オモテナシ』に至った経緯として、しっかりと確認をしたいところ。
………結局、怒られることになったな。
別の事案だけど。
げしょ。
***
さて、帰ってきました。
我が校舎。
やっとこさ、今日1日の予定を終えて、返って来た頃には夕方です。
疲れた。
けど、まだ仕事が残っているから、どうしたもんか。
久々に、『職員会議』が決まったからね。
ゲイルとの。
けど、今回はその点に関しては、悪いけど一対一とはしたくない。
じゃないと、オレのSAN値がごりごり削れる。
SAN値が何かって、話だけど。
………浅沼教本にそんな事書いてあった筈だから、オレも覚えちゃってんだよね。
(※更に余計な知識)
「…ただいま、………って」
「(………何があったんでしょうね)」
「…いつから、ここは託児所になったのか…」
玄関を開けたら、そこはファンシーな世界でした。
校舎のアットホームな木目と白基調の、カントリー風校舎の内装が、ちょっと見ない間にいつの間にか、サン●オ・ピュー●ランドに早変わりだ。
ピンクと黄色と赤中心。
眼に痛い。
オレ達3人まとめて、心底げっそりだ。
更に、心労ゲージが溜まっていくのが、即座に分かった。
「あっ、おかえり!
ゴメンね、すぐ片付けるから!」
「それよりも、何があった?」
「………えっ…と、ヘンデルさんだよ。
あの人、リアカー引きずって帰って来たかと思えば、全部赤ちゃん用品だった」
ガ ッ デ ム!
「こらぁ、ヘンデェエエエーーーールッ!!
テメェ、面貸せ、この野郎ッ!!」
「うわっ、ギンジ!?
何、いきなり、怒鳴りつけてきやがるんだよッ!!」
怒鳴り声を上げると、アイツは即座に階段を駆け下りて来た。
階上から悲鳴が聞こえた。
そして、駆け下りて来たヘンデルは、赤ん坊を抱えたままだった。
「ふぎゃあっ、ふぎゃぁッ!」
腕の中の赤ん坊は、火が点いたように泣き出した。
………この落第生パパめ。
オレが、トイレに直行する羽目になったわ。
***
さて、ちょっとしたハプニングを終えてのダイニング。
目の前に正座させた落第生パパこと、ヘンデルに対して、説教しているのはオレでは無くゲイルだった。
オレが、グロッキーでそんな状態じゃなかった所為もある。
ぶっちゃけ、完全に不意打ちだった。
………新手の嫌がらせか、攻撃かとも思ったよ。
赤ちゃんの泣き声、苦手なんだってば!!
……未だに、嫁さん達にも言えていない、オレが悪いのかもしれないけど。
「………しかも、赤ん坊を抱きかかえたままで階段を駆け下りて来るとはどういう事だ!?
転びでもしたらどうする!?
お前は平気でも、子どもにもしもの事があってからでは遅いだろうが!」
「………。」
しゅーん、としたヘンデル。
しかし、その足がもぞもぞ動いているのは、どう考えても痺れているからだろう。
動くなよ。
じゃないと、ゲイルの説教が1時間追加だ。
って、何で、彼が説教をされているか、と言えば。
アイツ、オレの財布の中身、丸々っと使いやがって赤ちゃん用品で、この校舎を埋め尽くしやがった訳だ。
しかも、リアカーで引きずって来たって事は、かなりの量。
返された財布の中身はすっからだったしね。
確か、日本円で500万ぐらいの金額は入ってたはずなんだけどなぁ。
セレブ気分か、この野郎。
借金として、給金から天引きしてやらぁ。
………それも要相談の上でなんだけどね、正式に雇用契約結んでないし。
とはいえ、オレ達が校舎に帰って来てから、ダイニングがサ●リオ・ピ●ーロ●ンドだったのは、その所為だ。
随分と張り切っちゃった、駄目なパパ。
嫁さんである佐藤まで、涙目にしちゃった駄目な落第生パパ。
しかも、オレの怒声を聞いて、赤ちゃんを抱えたまま駆け下りて来ちゃったことで、ゲイルまで切れた。
これは、オレも止められない。
止める気も無い。
頭を抱えた。
今日は、本当にこんな事ばっかり!
コーヒーを啜りながら、ソファーにもたれかかった。
「………なんぞ、そこまで疲れる事でもあったのかや?」
「ああ、ラピス。
気にせんで…」
心配そうに寄って来てくれたラピスには、苦笑を零して手をひらひら。
気にしないでも、大丈夫。
とりあえず、彼女達には内緒の方向で。
勿論、『天龍族』へのオモテナシの一件のあれやこれや。
言ったら、オレも説教コースだ。
まだ、予定が残っているから、潰れるのは勘弁して欲しい。
「おい、ギンジ。
言われた通り、夜の予定は明けといてやったが、どうすりゃいいんだ?」
「あ、ゴメン、ちょっと待ってて。
ゲイルの説教が終わったら、4人で飲みに行こうと思っててさ…」
「………4人で?」
「そう、オレとゲイルと、ヴァルトとハル」
ちなみに、この4人でと言うのは、ハルからの褒賞の解消だ。
アイツ、時間外追加の件での褒賞で、酒場へのご案内とカルダミアンって言う、向こうでいうところのちょっとお高めのワインをご所望だったの。
ハルは理解したのか、ニヤリと笑った。
コイツ、嬉しい時には、こういう風に良く笑ってたなぁ。
変わらない。
斯く言うオレは、NG笑顔が治らない。
表情筋の動かし方を、誰かオレにいちから教えてください。
まぁ、それはそれとして。
「えっ?先生、今日は外に飲みに行くの?
しかも、今さっき、吐いたばっかりなのに?」
「………いや、吐いた訳じゃない」
実は吐いたけど、吐いてない事にして欲しい。
じゃないと、色々、生徒達に赤ちゃん関連で邪推されても困るしね。
驚いた様子なのは、キッチンから出て来たばかりの榊原。
後ろから続いた香神も、「だとすると、メニュー変えた方が良いか?」なんて言っているところを見ると、飯の心配でもしてくれたのか。
どうやら、オレの為に鉄分主体のメニューにしてくれたらしい。
ああ、畜生悔しい。
素直に嬉しいから、後で腹がキツクなったとしても、食べて行きたい。
けど、絶対、ハルの無茶ぶりが来るから、あまり腹に物を入れておけない。
ううっ、何だろう、この二律背反。
………食欲には勝てなかったので、やっぱりちょっと食ってからにしよう。
「まだ、体調が整わぬうちから、深酒は良くないぞ?」
「もう大丈夫だよ。
それに、オレも今日は、飲みたい気分だからさ…」
「………程々にするならな」
勿論ですとも、ローガンさん。
っていうか、オレをへべれけにしたのは、貴方が初めてです。
普通、そこまで行かないから。
そんなこんなで、ゲイルの説教をBGMに生徒達と共に、食事を取った。
ヘンデルは、飯抜きで良い。
佐藤も降りて来て、一緒に食事。
藤本も女子組にあれやこれやと世話を焼かれながら、食卓に付いた。
日本語と英語の入り乱れる食事会となったものの、なんだかんだで和やかかつ賑やかで、久々な感覚にほっと胸を撫で下ろした。
その矢先の事。
『ちょっ、飛鳥ちゃん、どうしたの…ッ?』
『あ、飛鳥…ッ、あ…ッ』
『えっ、結那ちゃんまで…ッ?』
唐突に、泣き出した2人。
理由は察している。
だから、オレは敢えて話題には触れず、
『しっかり食えよ。
残したら、榊原と香神からの説教コースだ』
『………ふふっ、はい!』
『えへへっ、ふふっ…勿論です!』
食卓に並んでいるのは、米を主体とした魚と野菜中心の料理だった。
鉄分補給の為に、わざわざ手配したのは、レバーなんかも使ってあった。
血抜きはしっかりとされていて、味もしっかりと沁み込み、更には香味野菜を中心に使われていて、こってりとしている筈なのにさっぱりとしている。
全部、榊原と香神、両名の腕によりをかけた逸品だ。
日本食に近かった。
きっと、その所為だ。
だからって、泣いてばかりでは困るけど。
彼女達が、少しでもリラックスして、この校舎で過ごせるようになるまで、この日本食中心の食卓はきっと続くのだろう。
オレも今から、それが少しだけ楽しみだった。
***
その夜の事。
例のいつもお世話になっている、ちょっとお値段と格式高めな酒場へと足を運ぶ。
メンバーは、オレと間宮とゲイル。
それと、ヴァルトとハル。
間宮は言って聞かせようとしたけど、無理だった。
付いて行くって聞かなかったのは、おそらくオレが最近ダメダメな部分を見せて、不安になっているから。
………弟子に心配される、師匠。
はぁ、オレの威厳も明後日の方向に逃亡中だ。
それはともかく。
久々の来訪なので、大丈夫かと心配。
最後にこの酒場を使ったのは、1ヶ月前だったか。
しかし、店先に立った時には、バーテンダー達が総出でお出迎えとなっていた。
お待ちしておりました。
とか言われたけど、報せを走らせた覚えは無いのに。
「先に、オレが報せを出しておいた。
例の話に関しては、流石にいつもの酒場では不味いと思ったからな…」
「さいですか」
最近、コイツの勘が冴え渡ってんな。
そんなこんなで、案内される。
いつもの個室だと5人は手狭なので、いつもよりもグレードの高い個室に案内された。
しかし、料金は一律だと言われた。
別に心配はしてなかったし、そんなサービスもいらんのだけども。
例のカルダミアンや、ウィスキーのような蒸留酒、それと間宮用の果実酒が運び込まれたところで、乾杯と相成った。
ハルは、ご機嫌でグラスを空けている。
「んで?
オレ達まで、踏まえた話ってのは?」
程よく酔いが回り始めたところで、ヴァルトが口火を切る。
思えば、彼には世話になっていながら、オレの事情は話していなかった。
ハルも同じだ。
この辺りで、一応、オレも話しておきたかったと思っていた。
「南端砦での件で、ちょっとした口止めってところだな」
「………あの、例の変異って奴か?」
「そう言う事。
多分、もう見ちゃったから分かってると思うけど、今のオレは半分近くが人間じゃない…」
含みを持たせず、がっつりとストレートに返した。
彼等に含みを持たせると、どちらも頭が良すぎて邪推されそうだし。
一度は見られているし、知ってもいたと思う。
けど、ちゃんと説明したのは、これが初めて。
しかし、言った傍から、ハルが噴き出した。
ヴァルトは呆然と、手に持っていたシガレットの灰が落ちたのにも気付いていない。
おしぼりで、勝手に拭っておいた。
テーブル焦がして、弁償とかなっても困る。
「………おい、それ、どういうこった?」
「見たままと言葉通り。
今のオレの体には、半分以上の割合で『天龍族』の血が流れてる」
「マジかよ」
「生憎と、マジだ。
だからこそ、自然治癒能力が強化されているし、怪力や膂力の変化、それと眼の変異が現れてる」
かくかくしかじか。
これまた、今日は説明が多い日だな、と思いながらも2人に淡々と。
オレが『天龍族』の血を浴びる事になった経緯から、南端砦で拉致されてから何があったのか。
そして、その結果、オレが『昇華』の兆候が強まり、『天龍族』の『龍王』の候補者の1人になってしまっている事も。
そこまで説明すれば、2人は頭を抱えていた。
うん、オレも抱えたい。
まぁ、死ぬ事には成らないと分かったから、こうして楽観的にいられるのだけど。
「んでもって、昨日来た使者の4人。
あれは、実質オレに差し向けられた、刺客みたいなもんだったんだよね」
「………マジで?」
「これまた生憎と、マジで、だ。
まぁ、丁重に『オモテナシ』して、お帰り願ったから、もう大丈夫だとは思うけどね…」
「………なんか、ニュアンスが…」
「どうりで、血臭とCN臭かった訳だ…」
「そう言う事」
ヴァルトが表情を強張らせながら視線を彼方へと逸らした横で、ハルは納得したのか頷いていた。
ズタボロになるまでのブルドックからの催涙ガスで、ちゃっかり臭いが付いちゃってたらしい。
まぁ、オレも気付いてはいたけど。
横からのゲイルの視線が、かなり怖いことになっているけど、今のところは敢えて無視を決め込んでおいて。
「………それで?
オレ達は、それを知って、どうすりゃ良い?」
「別に、どうもしなくて良いよ。
死ぬようなことは無いと分かったけど、それでも知られると不味いのは変わらない」
なにせ、『予言の騎士』が人間じゃないんだから。
そんなの知られたら、例の小五月蝿い貴族達の、格好の餌を与える事になってしまう。
それは遠慮したいし。
「とはいえ、口止めと言っても、別に何も考えていないけどね。
オレがこういう体だって事、分かっておいて貰って、いざとなった時にフォローして貰いたいってのが、本音」
悪いね、皮算用で。
「分かった」
「了承。
お前、怒らせるとおっかねぇのは知ってっから、他言なんて出来る訳もねぇけど…」
「ありがとう」
さてさて、これで、彼等は大丈夫かな?
それに、こうして本音を話す事で、まだまだ残っているであろう猜疑心を解す事が出来れば良い。
ヴァルトはともかくとして、ハルにはまだ確執がそのまま。
まぁ、彼はそんなもの、表に出したりはしないけど、オレが気にしているからこその暴露でもあった。
そこで、
「そろそろ、オレも良いか?」
口を開いたのは、ゲイル。
分かっていたので、驚きはしない。
ただ、彼の表情は、自棄に強張っている。
はっきり言えば、怒っている。
ヴァルトとハルが、きょとんと眼を瞬かせた。
「………何故、言わなかった?」
「言う段階じゃなかった。
アイツ等の事、騙して言質を引き出す名目もあったから、余計にね」
彼が怒っているのは、オレが黙っていた事。
何がって、涼惇さんから『空間同調』で呼び出し受けて、全体的な種明かしを受けている事だ。
悪いとは思ったが、これもオレ達の今後の為だ。
そして、敵を欺くにはまず味方から。
なまじ、ゲイルは演技派とは言え、まだ表情の作り方が未熟。
間宮かハルぐらいに成らないと、流石に種明かしを行ってからの腹芸は無理、と判断しての事だった。
それも、本人としては悔しいかもしれないけどね。
「ラピス殿にもローガンにも言わないつもりか?」
「いや、言うよ。
これから、ちゃんとゆっくりと、言うつもり…」
そう、彼女達にもまだ話していない。
とはいえ、ちゃんと話すつもりでいるのは、本当の事。
………それと同時に言いたいこともあるから、黙っているだけという裏事情も含んでいる。
ちょっとオレが照れくさいから、詳細は明かさないけどね。
「………気分を害したなら、謝るよ。
けど、今回の事は、オレの問題であって、実際お前には関わって欲しくなかったんだ」
「………何?」
あ、ゴメン。
言い方が悪かった。
手を翳して、制止する。
オレとしては、まだ続きがあるから、ヒートアップする前にブレイクして。
オレもシガレットを取り出して、火を点けた。
紫煙が広がり煙を吐き出した先に、ゲイル達の訝し気な表情が見える。
視線が突き刺さった。
「………正直言って、オレも半信半疑だった。
アイツ等、オレよりもお前よりも演技が上手くて、危うく騙し通されるところだったからな」
「それとこれとは…」
「まぁ、聞けって」
だから、少し落ち着けと言うのに。
ちょっとどころか、フラストレーションが溜まっているらしい彼には、後でへべれけになって貰う事を決めた。
閑話休題。
「アイツ等を完膚なきまでに退けてからじゃないと、オレは話せないと思っていた。
じゃないと、いつどこでオレの体質が漏れるか分からないからだ。
先に国王に報告されて、その上で前みたいに情報が漏洩してからじゃ遅い。
その安心を得て、ちゃんとした保証も得てからなら、話せると考えていた」
「………まだ、お前はオレを、信用していないか?」
その言葉に、ヴァルト達が絶句する。
間宮の視線も、少々鋭くなったように思えたが、此方も手で制しておいた。
「んな事、言っちゃいねぇよ。
………ただ、言うならば、お前の事を考えての結果」
「………どういう意味だ?」
あ、はぐらかす?
今、視線が揺れたのは、はっきりと見て取れたけどね。
「審問会が開かれるのは、聞いたぞ?
ラングスタの解任と当主としての引退を含めた、騎士団長としてのお前の仕事だ」
「………ッ」
そう、これ。
コイツに、関わって欲しくなかったのは、この所為。
「………親父の事があるのに、オレの事情まで噛ませる必要なんて無い。
第一、兄貴の病気の報せを受け取っただけで、あんだけ憔悴していた状況を見てれば、お前が抱えきれるとは思わなかったからだ」
家族の事となると、コイツは抱え込む。
そして、塞ぎ込む。
オレにも相談しなくなって、一人で空回りをしようとする困った野郎だ。
だから、関わらせないように決めていた。
関わらせると、コイツの心労も凄いことになる。
今は、兄弟の確執が解消されたにしても、それでも親子の確執は残っている。
だからこそ、ゲイルが踏み込む事は遠ざけようと思った。
「こっちは、オレの問題。
お前の問題はお前の問題だ。
なまじ、今回はオレの『天龍宮』への訪問が重なるから、手助けは出来ない」
そう。
審問会の予定は、4月の10日。
つまり、オレが『天龍宮』に招待されてから、3日後の事となる。
ゲイルは、付いて来れない。
だからこそ、コイツはコイツ自身の戦いに備えて欲しかった。
「………気張れ。
そう思って、オレは関わらせたくないと言ったんだ」
「………。」
今度こそ、ゲイルは無言になった。
膨らんでいた筈の怒気も萎み、手元のグラスに視線を落とすのみ。
さぁ、オレは言ったからな。
後は、彼次第。
「………お前だって、黙ってたじゃん。
国王に言われなかったら、オレだって知らなかったよ」
「………済まん」
「だから、お互い様。
良いな?」
「………ああ」
と言う訳で、これにてお話は終了。
ゲイルも納得しただろうから、このまま潰すか。
微妙な雰囲気になってしまった空間で、指をぱちぱちと鳴らした。
視線が集中する。
「さぁ、辛気臭い話は、これでおしまい。
オレの驕りで、ゲイルにもヴァルトにもハルにも、世話になったお礼とお詫びと称して、盛大に飲んでくれよ」
仕切り直しだ。
グラスを掲げた。
苦笑を零したヴァルトが、オレのグラスにおざなりながらもグラスを当てた。
ハルも、鼻で笑いながらもグラスをカチリ。
ゲイルは、おずおずと、間宮は恭しく。
全員のグラスと合わさったところで、
「じゃあ、改めて…」
「何か、お呼びでしょうか?」
音頭を取ろうとした矢先に、ウェイターが現れた。
絞まらねぇの。
さっきの指パッチンで、どうやら呼ばれたと思われてしまったらしい。
オレ以外の全員が、噴き出した。
………ぐすん。
こうなったら、全員ぶっ潰してやる。
ヴィールを、ジャッキー並みに注文して置いた。
なにはともあれ、お疲れさまでした。
***
と言う訳で、色々と腹芸が何かと多い回となりました。
個人的には、冒険者ギルドに掲げられた、ギンジの厨二病的な額縁の話がしっかり掛けて本望。
ついでに、双子のベイビーにでれっでれになって、駄目パパになるヘンデル書きたかったと言う作者の願望が書けただけ本望。
ダメダメな作者も通ります。
そして、本編で書けるかどうかは分かりませんが、ゲイル達のお父さんにも最終的なジャッジが下されることが決定。
そりゃお貴族様でしかも、公爵家なので。
それ相応の御咎めが無いと、国王陛下も示しが付きませんし、ウィンチェスター家の兄弟達も納得がいかないでしょうから。
それでも、ヴァルトとヴィンセントの2人は、もう既にゲイルを許した事と、今後の自分達の境遇が改善されることである程度の溜飲を下げているとか言う事情もありますが。
優しいお兄さん2人で良かったね、ゲイル氏。
次は、生徒達の新学期に入ってからのほのぼの授業風景が続きます。
相変わらず、アサシン・ティーチャーがスタイリッシュに弾け………る筈。
誤字脱字乱文等失礼致します。




