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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、新学期編
142/179

閑話 「~もう1人の『予言の騎士』~」

2017年2月6日初投稿。


続編を投稿させていただきます。

と言っても、ダイジェスト的な閑話のようなものなので、ご了承くださいませ。


***

 (※『予言の騎士(ニセモノ)』視点でお送りします。)



 シャーベリンの街から、2週間と2日。

 休憩を取る事すらも出来ずに、やっと辿り着く事が出来た、ダドルアード王国。


 僕等と同じ、『予言の騎士』と『その教えを受けた子等』がいるという南端の国。


 何度も見て来た、値踏みをするような、それでいて蔑む様な。

 歓迎をしている様にはとても思えない視線を感じながら、東門だという大きな門を潜った先には、中世ヨーロッパの様な街並みが続いていた。

 ここまで整備がされている国は、本当に久しぶりだった。


 シャーベリンより前の、街や村等田舎も田舎。

 道は舗装されていても、精々小石を取り除かれた程度で石畳では無かったし、建物も背が高いものはほとんど無く、掘っ建て小屋のようなものが精々だった。

 二階建ての建物等、精々領主の邸宅か宿屋、冒険者ギルド程度。


 黒竜国や青竜国は、中国様式に近かったので、本当に世界が違うんだなとしか思えない。


 だが、これでも小国なのだと聞いて驚いた。

 最近、貿易で大成をしたらしく、生活水準が向上していると鼻高々に語っていたのは、案内役の騎士の男性だったか。

 しかし、その男性も、僕を見て誰かと比べるような目をしている。

 昔から感じていた目だった。

 嫌でも分かってしまう。


 僕は、きっとこのダドルアードが擁立した『予言の騎士』と比べられているのだと。

 そして、取るに足らない人間だと、蔑視されているのだと。


 そんな事、ここに来る前から、分かっていたのに。


 僕らの耳にも、風の噂で届いていた功績や実績。

 冒険者のランクから始まり、話に昇る人相の良さや、清廉な性格や人物像。

 悪い噂なんて、精々が女性関係でのだらしなさだったか。

 しかし、それも男としては切っても切り離せない、問題だと思うと然して気にならない。


 王城へと案内され、国王への謁見が叶う。

 そうすると、開口一番に言われたのは、


「ようこそ、新生ダーク・ウォール王国擁立の『予言の騎士』の皆様」


 この歓待の言葉。


 玉座から見下ろしていたダドルアード王国国王。

 ウィリアムズ・ノア・インディンガス国王陛下の眼にもまた、僕達を蔑視するような色が含まれていた。


 『新生ダーク・ウォール王国擁立』とわざわざ先に付けたのも、一種の牽制。

 きっとダドルアード王国では認めていないという意思表示。


 なんとなくだが、良く分かった。

 口では良いように言われているが、決して歓迎はされていない。

 それどころか、どこか腫物扱いをされている風にも感じられて、一気に居心地が悪くなった。


 更には、一緒に居合わせたという『聖王教会』の司祭様にまで、牽制を受けた。


「夢枕に、女神様が立たれました。

 『『予言の騎士』は1人である。

 先に我が『聖域』を訪れた『予言の騎士』以外に、その存在は有り得ない』と」


 そう言って、軽蔑をしたような視線を向ける。

 僕以外にも、生徒達の何人かが気付いたのか、俯き気味だった。


 僕だって、俯きたかった。


 しかも、


「聞けば、貴殿等は行く先々で、暴動紛いな行動をされているとの事。

 申し訳ありませんが、ダドルアード王国の治安維持の為に、護衛と案内役を付けさせていただきますので、ご了承をば」


 つまり、手綱を付けられた状態。

 この国で行動が許されるのは、その護衛や案内役がいる時だけだという。


 それ以外は、王城への滞在を許された。

 他にも、衣食住の確保や、その金額の負担はダドルアード王国が行ってくれるとも。

 ただ、それだけでは済まないのだろう。

 きっと、後から僕等を擁立した新生ダーク・ウォール王国へと申請する筈だ。


 この旅を始めてからの、魔術師部隊の人達の反応で分かっている。

 僕等が動き回る度に発生する金額は、きっと僕等の借金。

 そして、いつかまた王国に帰った時に、何かしらの形で請求される。


 なんだか、そう考えると怖くて堪らなかった。

 豪遊も派手な遊びも、ましてや出来る限りの行動を控えたい。

 暮らしだって切り詰めたかったし、外に出かけるのでさえ億劫だった。


 けど、そうは言っても、困った生徒の1人である田所君はお構いなしだ。


 浪費癖は、彼が一番強い。

 やれ、ご飯だ酒だ、装備だ、着替えだ、寝床だととにかくうるさかった。

 挙句の果てには、彼だけが娼館へと通ったり、酒場で豪遊をしたりする。


 他の生徒達は一部を除いて慎ましいものだが、彼だけは全く遠慮どころか配慮も足りない。


 他にも、ヤクザの娘だったり、その恋人だったり。

 豪遊はしないにしても、すぐに暴力沙汰を起こそうとするような過激な生徒も多い。

 更には、僕とは目も合わせてくれず、存在すらも無視している生徒。

 心を壊してしまっているのか、無反応な子までいる。


 まともなのは、御剣さん達の兄妹と、その友達ぐらい。

 ただ、御剣さんの兄の方が、僕に対して殊更冷たい対応を取って来る。

 僕が何かをした訳では無い。

 なのに、この世界に来てからは、その対応がずっと続いていた。


 なんで、こんなクラスだったのだろう。

 そして、何故僕等だったのだろう。


 ましてや、僕はこのクラスの担当でも無かったのに。

 ただの言語学の教師で、たまたま居合わせただけだったのに。


 選ばれたと、聞いて。

 有頂天になっていた時期は、もう思い返すのですら恥ずかしい。


 今では、その事実が喜べない。

 こんな肩書き、欲しくて貰った訳じゃなかった。


 そんな臆病で逃げ腰なのがいけないのか、やはり一部の過激な生徒達の行動は、制限がなくなっていく。

 エスカレートしているのが、見ているだけで分かった。

 けど、注意をしても聞いてくれない。

 話を聞いてくれない事すらもある。


 そんな状態では、躾も何も無く、また協調性だって皆無だった。

 日に日に、空気が悪くなるだけ。


 出来る事なら、最初からやり直したい。

 けど、寝て起きて、夢から覚める度に、この世界にいる事が現実と思い知らされて、僕も最近では疲れて来てしまった。


 それでも、役目は果たしたい。

 このクラスの空気が悪いとしても、協調性が無いとしても、役目を果たす事は全員が念頭に置いている事だと思っている。

 じゃないと、戻れない。

 なんとなく、そう確信していた節があった。


 だからこそ、各地の『聖王教会』を訪れて、『石板』を巡っているのだ。

 それが、僕達の今の役割なのだ。


 ………まぁ、結局『石板』を巡れたのは、たった数回程度だったのだが。

 巡礼を拒否されて追い出されたのは、痛い。

 それもこれも、暴動紛いな事を起こしてまで強硬手段に出ようとした、田所君の暴走の結果だ。


 しかも、他の国にも情報が伝わって、巡礼を断られるのがもはや当たり前。

 滞在中には、針の筵だったりもする。

 それは、このダドルアード王国でも一緒だった。


 護衛兼監視の騎士団が付いて、街を歩いて、特にその目線が厳しいと気付いたのは割と早かった気がする。

 敬うような視線なんて、1つも無い。


 また、この目だ。


 僕達を軽蔑するような、白い目。

 国王や神官からも感じた、蔑視。

 ………この国は、やはり偽物の『予言の騎士』の本拠地だからか、殊更視線が厳しいと感じた。


 田所君は、気付いているのかいないのか、始終不機嫌そうだった。

 まぁ、いつもの事かもしれない。


 その矢先のことだ。


 ---『そういや、例の偽物って、校舎を構えてるとか言ってたよねぇ』

 ---『そうだね、リコたん』

 ---『遊びに行って、脅かしてやったら良いんじゃない?』

 ---『いい考えだね、賛成かも』


 なんてことを言い出したのは、ヤクザの跡取り娘とその恋人のチャラい青年。


 それが発端で、田所君までその気になっちゃった。

 護衛の騎士さん達に宥められてもそれとなく別の場所に誘導されそうになっても、彼等は聞く耳持たずに校舎へと向かっていく。


 大丈夫なのか?と聞こうと思った。

 しかし、聞けなかった。


 護衛の騎士達の誰もが、険しい表情をしていたからだ。

 僕等の元々の護衛である魔術師達ですら、苦々しい顔をしている始末。


 駄目な奴だ。

 不味いんだ、と気付いた時には、遅かった。

 そして、そう気付いた時には、やっぱりやめようと言い出せない程に近く、ほとんど玄関先と言える場所にいた。


 いつも、僕はこうなってしまう。

 流されて、意見が言えないまま、そうしていざ問題が起こると、色んな人間から軽蔑されて、突き放される。


 今回も、そうなった。

 落胆を抱えたまま、流されて引きずられるようにして、彼等の校舎へと向かう羽目になった。



***



 ただ、そんな感情も、校舎と呼ばれた家を見上げて、吹っ飛んだ。

 洋風なカントリー調な邸宅だった。

 一軒家にして3階建てとなると、この世界では結構な資産家となる。


 豪邸とは言わないけど、それなりの生活水準がある事は分かった。

 警備まで付いているし、なんだか僕達よりも良い生活をしているんだと思ったら、負けた様な気分になった。


 中に入ると、これまた唖然としてしまう。

 見た目同様にカントリー調のベビーホワイトの壁と木目のコントラストの、アットホームなダイニング。

 なんだか、母方の実家に戻ってきた気分になってしまった。

 しかも、新築か改築か、木の仄かな匂いまでしている。


 こんな場所に生活しているなんて、本当に僕達とは雲泥の差。

 そう思っていたのも、それまでだった。


 そんな中に、長テーブルやパイプ椅子、果てはグランドピアノや、奥にはカーテンで仕切られた、保健室の様なスペースまであった。

 階段下の衝立なんて、学校の備品とかで良く見た事があるセラミック製のものだ。


 校舎と言われて、思わず納得できた。

 ここには、現代の物品が一緒に運び込まれている。


「どちらさんで?」


 そこで、はたと気付いた。

 気付けば、茶髪でいかにも堅気では無さそうな、屈強な男性が立っていた。

 騎士服を着ていなければ、ヤクザにも見えた。


 だが、彼が『予言の騎士』ではないと分かって、ほっと一安心。


 随分とぼーっとしていたらしい。


 やっと気付いたが、校舎の中には僕達以外にもお客さんがいたようだ。


 男女合わせて4人の、豪奢な恰好をした面々。

 透き通るような肌と、綺麗な造形を持ち、更には額に生えている角のようなものを見て、すぐに魔族だと分かった。

 魔族が敵と聞いていたからか、緊張してしまったのは誰が早かったか。


 しかし、護衛の騎士団が何も言わなかった。

 訪問とその理由を告げ、堂々と立っている赤い髪をした騎士さんの様子を見れば、大して警戒する相手ではない事が理解出来た。

 (※ただし、その後、とんでもない種族であった事に気付いて、彼女達が一斉に真っ青になるとは知らなかった)


「あ゛~、失礼ですが、訪問の報せはありましたか?」


 対応してくれたのは、アクセサリーだらけの男性だった。

 黒髪に、これまた美形。

 僕もそれなりだとは思っているけど、この世界の人は本当に美形な人が多い。

 しかも、背が高い。

 赤い髪の女騎士さんと見下ろされる形になって、ついつい萎縮してしまった。


 だが、淡々と彼女が告げた内容に、段々と表情が強張っていく男性。

 そんな男性(※ハルと呼ばれていた)の後ろで、魔族の対応をしていただろう騎士服の男性も、難しそうな表情を作っていた。


「それ、騎士団長のお許しは、貰ってます?」

「いいえ、申し訳ありませんが、突然の事でしたので報せも何も………」

「あっちゃー、これ、不味い奴じゃね?」

「ああ、不味い」


 その2人の言葉に、さっと顔を青褪めさせてしまった。

 思い出したが、この訪問は不味い事だったと、思い出して居心地が悪くなっていく。


 田所君は絶対に気付いていないだろう。

 言い出しっぺのヤクザの跡取り娘と、その恋人だってきっと気付いていない。

 気付いていたとしても、然して問題と思っていないのだろう。


 彼等は、たいていの事は暴力で解決出来ると思っている。

 その所為で何か問題が起きても、僕等の後ろ盾になっている新生ダーク・ウォール王国が何とかしてくれると思っている。

 それが、もう無理かもしれないのも、気付いていないようだ。


 途端に、吐き気を伴う胃の痛みに襲われた。

 この世界に来て、何度この痛みを覚えたかも分からない。


「申し訳ありませんが、今は授業中なのでお引き取り下さい」

「でしたら、終わるまでこちらで待たせてくださいませんか?」

「ええっと、出来ればそれは遠慮していただきたいです。

 報せも無く突然来られたのであれば、尚更の事で…」


 それとなく、帰れと言われた。

 しかし、それを否と返したのは、赤い髪の女の方だった。

 ………どことなく、そわそわしている。

 何故興奮しているのかは分からなかったが、彼女はそのまま居座るつもりで、ハルと呼ばれた男性も困惑気味だった。


「失礼ですが、イザベラ様。

 貴女様は、ここにいらっしゃるのを、ギンジ様にもゲイル様にも禁止されておいででは?」

「こ、今回は、公務の一環として、馳せ参じております!」


 そこに、現れたのは、黒髪の少女。

 これまた、美形と言うよりも、可愛らしい、将来は絶対に美女になるに違いない少女だった。

 イザベラと呼ばれた女の騎士さんを見上げて、頬を膨らませている。

 その表情すらも可愛い。


 そこで、ふと眼が合った。

 にこりと、微笑んだ。

 別に子どもが好きとか、趣味だとかではないけど、自然と微笑んでいた。


 しかし、


「この方達、もしかして、新生ダーク・ウォール王国の『予言の騎士』様ですの!?」


 突然、鋭い声を張り上げた彼女。

 またしてもぼーっとしていたらしいが、どうやらハルと呼ばれた男性から説明されたらしい。


「なんてことですの!

 そんな方達を、この校舎に連れてくるなんて…ッ!

 イザベラ様は、ギンジ様の事を困らせたいだけなのですか!?」

「そ、そんなことはありません!

 わ、私は、彼等の要望通りに、ここに脚を運んだまでで…ッ」

「それがいけないと言っているのです!!」


 怒った顔も可愛いが、途端に僕に向ける視線が鋭くなった彼女。

 その眼を見て、またしても落胆が襲い来る。

 まただ、と。

 また、この目だ。

 僕を軽蔑した、白い目だ。

 まさか、こんな少女にまで向けられるとは思っていなくて、やはり悲しかった。


 その後、最終的には泣き出してしまった少女を、ハルと言う男性が宥める。

 しかも、長テーブルに座っていて気付かなかったが、まだ他にも幼い子どもが2人もいて、キッチンから出て来た獣人の男性もいた。

 小間使いなのか、それとも生徒か同居人なのか。


 関係性は分からなかったが、そんな彼等も僕達を見て同じような眼をした後に、泣き出してしまった少女に釣られるように、ぐずり出してしまった。

 僕は、何もしていないのに………。


 背後で、クラスの子達まで、溜息混じり。

 誰も助けてはくれない。

 いつものことだけど、寂しかった。


 しかも、田所君が五月蝿いと怒鳴り付けたりするもんだから、少女達はそのまま泣き出してしまった。


 あやしているハルと言う男性の眼も。

 魔族の対応をしていた騎士の男性の眼も。

 蔑む様な色を含んでいて、更に居た堪れなくなった。


 子ども達は泣き止んでくれない。


 そんな針の筵で地獄の様な時間が、1時間近く続いたのかな。


「お、………終わったかな?」


 何か音でもしたのか、子ども達をあやしていたハルと言う男性が立ち上がって階上へと上って行った。

 別に物音は聞こえなかったけど。

 ………こちらの世界の人は、やはり現代と比べて耳が良いのかもしれない。


 そうこうしていると、バタバタと階段を降りて来る足音が聞こえた。

 慌てている様子は、見なくても分かる。


 そこで、


「………すみません、授業中でして!」


 現れた、黒髪の青年。


 一瞬にして、ダイニングの中の空気が変わったのが分かった。


「ギンジ様!」


 最初に泣き出していた少女が飛び出し、彼にしがみ付く。

 戸惑った様子の黒髪の青年だったが、受け止めて慰めていた。


 しかも、今まで凛としていた赤髪の女性までが、喜んでいる始末だ。

 喜色ばんだ声を上げて、ギンジと呼ばれた青年に近付こうとしたが、拒絶をするように首を振られて、止まってしまった。


 そして、一緒に泣いていた子ども達まで、一緒になって彼の足下にしがみ付いていた。

 全員が、昔はやった抱っこちゃん人形の様な状態に、あっと言う間に早変わり。


 凄く慕われていると言うのは、すぐに分かった。

 僕とは、まるで雲泥の差。


 どこか、別の世界の光景でも見ているかのような気分で、ぼーっと眺めていた。


 戻って来たハルと呼ばれていた青年も、苦笑交じりで彼の様子を見ていた。 

 更には、続々と階下から降りて来る、銀髪の女性と赤髪の男性(※後から聞いたらこちらも女性だった)の姿もある。


「これ、馬鹿者!

 突然、駆け出したりするでは無い!」

「そうだぞ、ギンジ!

 転びでもしたらどうする!?」

「だから、今オレの脳内が、大転倒してんだよ!

 誰か、この状況を説明してください、お願いします!」

『ぶはッ!!』


 彼の状況を見てか、彼の言葉を聞いてか。

 途端に噴き出した彼女達は、例に漏れず美人と美形。


 特に、銀髪の女性なんて、滅多にお目に掛かれない程の相貌をしていた。

 思わず、高嶺の花と分かりつつも、こんな女性が隣に居たら、と想像をしてしまっても悪くは無いと思う。


 少しだけ、黒髪の青年が羨ましい。

 嘘だ。

 凄く羨ましい。


 それに、言葉や表情を見れば、彼女達もまた彼を慕っているのが分かった。

 そして、とても仲が良さそうなのも分かった。


 その後も、その背後から続々と、生徒達らしき子達が降りて来る。

 どの子も皆、顔つきは整っていて、元々この世界の住人なんじゃと思ってしまうぐらいには、美人と美形が揃っている。

 日本人然りの黒髪や茶髪が無ければ、きっと信じ切ってしまっていた。

 こちらの世界の子達まで、生徒にしていると聞いたのは後からだった。


 そこで、ふと。


「………ッ」


 眼が合った。

 黒髪の青年と。


 真っ直ぐに、僕を見る紺碧の瞳と。


「ぁ………貴方が…?」


 そこまで言って、言葉が止まる。

 それ以上は、何も言えなくなってしまった。


 改めて見た黒髪の青年は、やはり美形だった。

 青褪めてすらいる白い肌に、紺碧の瞳がアクセント。

 黒髪が白肌を際立たせるし、鼻梁も高く眉目秀麗。

 唯一勿体ないと思ったのは、左目を隠している包帯だけ。

 何が勿体ないかは、別にして。


 彼は、きっとその美貌も相俟って、さぞやモテる事だろう。

 今、子ども達に抱き着かれているのが良い証拠で、女性達や騎士の男性からも慕われている姿を見れば、すぐに分かる。


 本当に、雲泥の差だと、見せつけられた気がした。

 彼の事が、ほんのちょっと嫌いになった。


「………こっちは、例の『予言の騎士』一行だ。

 『夕闇トワイライト騎士団』がいるのは、コイツ等の王国内での護衛目的だと…」

「あ、………そう言う事」

「はいっ!

 若輩の未熟者ながら、抜擢された次第でございます!」


 その後も、報告を聞いている彼。

 会釈をしてくれたのが分かって、慌てて返礼を返す。

 なんだか、出来た人だと言うのは良く分かった。


 まぁ、子ども達が引っ付いているのはちょっとなんというか、………良いのかな?とも思ったけど、泣かせてしまったのは僕達みたいなので、仕方ないのかと無理矢理納得した。


 しかし、納得は出来ないのが、ここから。


「こちら、『天龍族』の使者殿ご一行だそうだ」


 その名前を聞いた瞬間にぞっとした。

 魔族だとは分かっていたが、まさか魔族最強の種族の方々だったなんて知らなかった。


 新生ダーク・ウォール王国でも、口酸っぱく言われたものだ。

 絶対に『天龍族』に敵対はしてはならない、と。

 だが、味方に引き込む事が出来れば、彼等程頼もしい種族は無いとも言われていた。


 出来れば、コンタクトを取りたいと思っていたのだ。


 しかも、その『天龍族』の面々と知己だったのか、名前で呼び合い、あまつさえ口調も砕けている。

 俄かに信じられない話だった。

 何故、どうして?

 むしろ、どうやって知り合ったのか、全く持って皆目見当が付かない。


 彼と言うダドルアード王国擁立の『予言の騎士』は、顔が広い様だ。

 ますます、負けた様な気がして、押し黙ってしまった。


 その後も、続々と報告を聞いている彼の姿を見ていると、不思議とイライラとして来るのを感じた。

 まるで、僕らが眼中に無いと言われているような気がしたからだ。


 王国からの信頼も厚いようだし、『天龍族』とのパイプも持っている。

 冒険者ギルドで功績を聞かない事なんて一度も無かったし、他にも続々と旅人経由の話や功績なんかを聞く度に、自分達とは違うとは言われているような気がしていた。

 それが、今目の前にしてみて、一層はっきりとしたのを感じる。


 校舎を持っている事だってそう。

 贈り物と称して、豪勢なグランドピアノを貰ったなんて話もそうだ。

 他にも、頼みもしないのに、冒険者ギルド、商業ギルドなんかの顔役までもが、彼に会いに来るなんて話もしていた。

 彼は、住む世界が違う住人のようだった。


 悔しかった。

 僕は、僕が出来る事をやるだけで、精一杯なのに。


 悔しくて、自然と押し黙ったまま唇を噛んでいた。

 その矢先の事だ。


『おい、いつまで、こっちを無視してんだよ!』

『わっ、ちょ、ちょっと、田所君!?』


 ダイニングに響いた、怒鳴り声に驚いた。

 僕だってイライラしていたけど、怒鳴る事はしなかったと思う。

 なのに、田所君が怒鳴ってしまった。


 途端に、感じる視線。

 どれもこれも、突き刺さるような、険しい視線だ。

 居た堪れない、居心地の悪さばかりが増していく。


『テメェが『予言の騎士』って名乗ってんのは知ってんだよ!

 あからさまに無視しやがって、立場が分かってんのかよ!』

『や、やめなって、田所君!

 接客中なんだから、仕方ないじゃない!』


 なのに、田所君は、気付いていないのか、構わずに声を張り上げるばかり。

 しかも、失礼な事まで大声で、面と向かって。


 なんで、分かってくれないんだろう。

 彼は、いつもこうだ。


 何度言っても、怒鳴りつけて、勢いに任せて人を見下そうとする。

 何度言い含めようとしても、聞く耳を持たない。


 しかも、英語が喋れないから、余計に居た堪れない。

 騎士さん達どころか、『天龍族』の人達まで、不審そうな顔をしている。

 背筋がぞっとした。

 

 日本語で言ったって、この世界の人達には一つも通じないと分かっているだろうに。

 そうして、日本語で怒鳴り散らせば、なんでも思い通りになると思っている。


 実際、思い通りになるから、節制しないんだろうけど。


『………静かにして貰って良い?

 今、その先生が言ったように、接客中なんだ』

『………はぁッ!?』

『黙っててって言ったの、聞こえなかったかな?

 耳が悪いなら仕方ないけど、五月蝿いって言ったんだよ』


 聞くだけならば、やんわりと。

 しかし、有無を持たさぬ響きを持たせた、それこそ凛とした声。

 ダドルアード王国擁立の『予言の騎士』である彼から発せられた声に、知らず知らずのうちに身震いをした。


 冷たかった。

 何よりも、その瞳が。


 一目で分かる。

 彼が、僕等を敵と認識したのを。

 最近になって、空気とか威圧感とかが分かるようになってきたが、今まで対面した誰よりも恐怖心を煽る威圧感を持っていた。


 黙らせないと。

 じゃないと、田所君どころか、僕等が危ない。


 それは、僕等よりも、彼の生徒らしき子どもたちの方が分かっていたのか、「うわ、ガチ!」と言っているのが聞こえて、更に怖くなった。

 田所君は、まだ気づいていない。


『テメェ、偽物の分際で…ッ!』

『………偽物かどうかは、置いといて。

 来てるのは知ってたけど、順番ってものがあるからね?

 アポなしで来てる時点で、それぐらい理解出来ない?』

『………なんだと、この女男ッ…ふがっ!』

『黙って、田所君!

 彼の言う通り、連絡無しで来ちゃったんだから、仕方ないの!』


 咄嗟に、彼の口を塞ぐ。

 田所君が暴れるが、僕はそんなものに構っていられなかった。


 怖い。

 あの人は、怖い。

 僕等を殺せる。

 彼は、僕等を害そうと思えば、いくらでも出来る。


 そう考えれば、田所君がこの後手が付けられなくなる程に荒れるだろう事は、棚に置いて、物理的に静かにさせる他無かった。


「間宮、悪い、防音」

「(…既に)」


 しかし、彼がそう言うと、ダイニングに風が吹いた。

 一瞬、攻撃を受けるのかと、背筋をぞっと粟立たせたものの、何事も無く。


 気が抜けた所為で、田所君に振り解かれた。

 しかし、声をいくら荒げても、その場の誰もが彼に注意を引かれる事も無く、た向こうの音が聞こえなくなった。

 こちらの音は、五月蝿いぐらい鮮明なのに。


 『風』の魔法で、『防音』か何か。

 張られたのだと気付いた時には、田所君も気付いたのか、地団太を踏んだ。

 五月蝿かった。


『うるせぇんだよ、黙れ!』

『………ッ、テメェに言われたかねぇ!』

『静かにして、田所君!

 今のは、君が彼等を怒らせたのが悪いんだから…ッ!』


 御剣君が怒るのも訳は無い。

 背後を振り返ると、誰もが迷惑そうな顔をしていた。


 クラスの皆にも、あちらの面々にも似たような顔をされて。

 心が折れそうになる。

 それもこれも、彼、田所君が自制の効かない駄々っ子の所為で。


 しかも、警戒心を更に強めてしまったのか。

 ソファーから立ち上がった筈の騎士服の男性と、ハルと呼ばれた男性がこちらの盾になる様に立っている。

 ハルと呼ばれた男性からは、殺気すらも滲んでいた。


 しかも、彼本人は笑顔である筈なのに、僕等の護衛である赤髪の女騎士さんや周りの騎士さん達が、彼に何かを言われた途端に真っ青な顔になった。

 きっと、『防音』を張られた向こう側で、嫌味でも言われたのか。

 何を言っているのか分からないまでも、真意が見通せない笑顔である事自体が余計に怖かった。


「………なんか、凄いまともな人だったね」

「馬鹿。

 まともなら、『予言の騎士(こんな肩書き)』なんて背負える訳ねぇだろうが」

「でも、悪い人では無さそうだよ?」

「………悪い人では無いだろうが、一般人とはかけ離れてるだろうよ」


 背後で、御剣さん兄妹が、彼の分析をしていた。

 英語での会話なので、田所君には意味が分かっていない。

 その所為か、余計にイライラし始めた。

 勉強すれば、そんなこと無いのに。


 ちなみに、僕としては、御剣さんのお兄さんの方に賛成だ。


 彼が、一般人からかけ離れているのは、理解出来た。

 教師らしくも無い。

 どちらかと言えば、軍人がスーツを着て歩いている感じ。

 その顔に似合わない威圧感や、包帯などのオプションが余計に、一般からの教師像を遠ざける。



「………なんや、きな臭い人やなぁ」

「それは僕も思いましたが、その割には随分と綺麗な顔をし過ぎていませんか?」

「………傷、少ない。

 体にあるのは、分からん。

 けど、顔とか首、見える場所に、傷が見えない………可笑しい」


 更に、五行君や青葉君、星君も会話に加わった。

 御剣さん兄妹と、彼等3人は元々英語が喋れるからね。


 中でも、星君の言葉が気になった。

 同じように、彼を注視してみる。

 今は、『天龍族』の方々と、何やら穏やかに雑談をしているようにも見えた。


「………もしかして、腕動いてねぇんじゃねぇのか?」

「えっ?あ、嘘、本当だ…!」

「左腕だけ、さっきから一度も動いてへんねぇ」

「………怪我をしている様子では無いので、もしかして元々ですかね?」

「体重移動慣れてる。

 多分、結構前からだと思う」


 御剣さんのお兄さんが気付いた事実に、こちら側の面々が驚いた。

 確かに、彼の左腕が動いていない。

 右腕で黒髪の少女を抱えたままで、足下の子ども達をどうにかする素振りが見られない。

 それに、先ほどから体重移動で動く度に、フラフラと揺れる。

 力が全く込められていないのが分かった。


 ハンデまである。

 それなのに、彼はこの王国では誰もが認めている。

 左眼に巻き付けられた包帯もあって、余計に自分との違いを見せつけられた気がした。


 また一つ、彼が少しだけ嫌いになった。


 そう思っていた矢先に、階段からまた新しく降りて来た一団があった。

 どうやら、騎士団も常駐していたのか、降りて来たのは何か骨や皮などの素材の様なものを担いだ人達。


 その中にいた黒髪の男性。

 見るだけで分かった。

 この人が、おそらく彼等の護衛に付いているという、騎士団長だと。


 武芸達者で、端正な顔付き。

 腰元まで伸ばした黒髪に、身長が190センチを超える大柄な人物で、精霊の加護も厚く魔法の才覚も高い。

 王城や道中で、この王国の騎士さん達から聞いた、人物像と合致する。

 若そうに見えるが、貫禄が違う。

 一目見て、僕や御剣さんでも勝てない、と考えてしまった相手だった。


 そんな彼は、『予言の騎士』さんを見ると、噴き出しそうな表情をして楽し気だった。

 そこから、『天龍族』の面々へと視線を向けた先で、驚いたように目を見開いている。

 だが、彼もまた知己だったのか。

 和やかに、友人との再会を喜ぶような穏やかな表情で、何やら言葉を交わしていた。

 『天龍族』の人達も、同じように様相を崩して挨拶に応じている様にも見える。


 なんだか、住んでいる世界が違う。

 まるで、別の世界の映像を、額縁越しに見ているような気分になった。


 しかし、そこから更に、僕等へと視線が向いた時。

 ぞっとした。

 その表情の一切が、抜け落ちたように思えたからだ。

 勿論、騎士団長と言う男性からの。


『おい、テメェが騎士団長だな!

 コイツ等の対応がどうかしてんじゃねぇのか!?

 騎士の中で一番偉いなら、テメェが言って聞かせろよ!!』


 田所君が怒鳴っているが、向こうにはやはり聞こえていないらしい。

 呆気に取られた表情をしたかと思えば、すぐさま視線を移した先は、赤髪の女騎士さん達。

 先程、『予言の騎士』から何かを言われた時同様に、顔を真っ青にしている彼女達に、淡々と何かを問いかけている。


『どいつもこいつも無視しやがって!』


 それにすら田所君は怒鳴っていたが、正直もう静かにして欲しい。

 なんだか、空気が歪み始めた気がした。

 いつの間にか、ダイニングの誰もが口を噤んでいる。


『………なんか、嫌な空気だねぇ』

『そうだね、リコたん。

 しかも、何か、あの騎士団長、滅茶苦茶キレてるっぽいし』

『あ、やっぱりぃ?

 マコたんとあたしも、同意見だしぃ』


 僕の背後で、ヤクザの跡取り娘こと藤田さんと、その恋人の近藤君が空気を代弁するかのように言い出した。

 その後、イチャイチャし出したのは、もうどうでも良い。

 慣れたものだ。


 だが、空気の淀みが、反響するような風に変わったのを感じた。

 即座に目線をもとに戻せば、物凄い剣幕で騎士団長の男性が、赤髪の女騎士さんを怒鳴り付けている瞬間だった。

 驚いた。

 彼女、国王の姪っ子さんだと聞いていたのに、それを簡単に叱れるなんて。

 しかも、その騎士団長の剣幕が、声が聞こえないこちらでも凄まじいと言うのが良く分かる。


 あれでもし、声まで聞こえていたら、失禁でもしてしまうかもしれない。

 女騎士さん達は、それこそ子どものように震えている。

 殺気が漏れ出ているような気にもなってしまって、僕等が怒られている訳でも無いのに震えが止まらなかった。


 こればっかりは、田所君も何かしら察したのか。

 威勢だけの良い怒鳴り声は鳴りを潜めて、女騎士さん達が怒られる姿を見て呆然としていた。


 その声を聞いているだろう、当の『予言の騎士』さん達は、然も当たり前と言った顔をしていた。

 肩を竦めている生徒達もいる始末。

 正直、あの剣幕と声を同時に聞いて、怖くないのか?と逆に不安になった。

 肝が据わっていると言うか、なんというか。

 慣れてる?


 溜息混じりに、何かを言った『予言の騎士』さん。

 今まで凄い剣幕で部下になるだろう女騎士さん達を怒鳴りつけていた彼が、真面目な表情のままで返答をする。


 『予言の騎士』さんは、そこからまた一言二言を呟いて、子ども達を頭や腕に抱えて(※ぶら下げてとも言う)ソファーへと向かった。

 どうやら、『天龍族』の対応に当たるらしい。

 そんな『予言の騎士』さんの姿を見て、苦笑を零した騎士団長。

 先ほどの剣幕をしていた男性と、同一人物とは思えなかった。


 そこで、ふと、また『風』が吹いた。

 『防音』が解かれたらしい。

 ごつごつと、騎士団長自らが僕等の目の前に歩いて来るブーツの音が聞こえて、何故かまるで死刑囚が処刑を待つような、戦々恐々とした気分に陥った。

 田所君も、何か思うところがあってが黙り込んでいる。

 真っ先に怒鳴り声を上げそうなものだったのに。


「お初お目に掛かる。

 ダドルアード王国王国騎士団騎士団長にして、『白雷ライトニング騎士団』団長を務めている、アビゲイル・ウィンチェスターと申す」

「あ………、は、初めまして、泉谷・トライス=アル・悠斗です」


 挨拶を返すと、目礼を返された。

 何から何まで、貫禄のある人だ。


 身長も高いので、対面すると恐怖心を募らせてしまう。

 なまじ、勝てそうにも無いと言う圧倒的な負い目が、そう思わせてしまうのだろうけど。


「『予言の騎士』ギンジ・クロガネ様はお忙しい為、代理で私が要件を聞くことに相成りまして。

 失礼ですが、ご訪問の意図を簡潔にお伺いしても?」


 口調だけは丁寧。

 だが、眼を見れば、彼が無理をしているのがすぐに分かった。


「あ、その…、お、同じ、『予言の騎士』として、その、一度お目通りをと…」

「目通りに関しては、正式な日程を取り決めし、予定の調整をすると、王城でお聞きになられた筈ですが?」

「えっ、あ、えっ…?」


 そんな話、あっただろうか?

 そう思い返そうとして、ふと思い出したのは謁見場での国王の話。

 確か、居心地の悪さや何やらが邪魔して、話半分で聞いていたのだ。

 その所為で、大事な箇所を聞き漏らしていたのかもしれない。


 途端に、背筋に氷塊が滑り落ちる様に、ぞっとした。


「………どうやら、情報の行き違いがあったようですね。

 今回は仕方ありませんので、その旨をしかと記憶されておきますようお願い致します。

 先にも言いましたが、ギンジ・クロガネ様はお忙しい方ですので、予定の調整をしなければならないのですから」


 ううっ、この人の言う通りだ。

 『天龍族』の使者が来ている時点で、彼の顔が広いのは見て分かる通り。

 連絡も無しに合える様な人物じゃないと、何で最初の段階で気付かなかったのだろう。

 と言うよりも、話半分で大事な箇所を聞き漏らした自分も悪いけど。

 英語が分かる面々も話を聞いていたんだから、教えてくれたら良かったのに…。


「では、申し訳ありませんが、お引き取りを」

「えっ、い、いきなりですけど…」

「貴方方の訪問の方が、突然でございますれば。

 準備も何も無く、今日はギンジ様を始め、生徒様方も授業を終えたばかりで疲れていらっしゃいます。

 それに、報せも無く訪問されたのは仕方ないとしても、この王国内での協定や取り決めは遵守していただきたく」


 そう言って、彼はふと僕等では無く、僕等の護衛に付いている魔術師部隊の方々へと視線を向けた。


「今回の事は不問とするが、もし今後似たような事があれば、貴殿等ともども捕縛をさせていただく。

 否やはあるか?」

「………いいえ、ございません」


 魔術師部隊の方々は、一様に視線を俯かせた。

 彼が言っていた、協定とか取り決めって何?

 ………もしかして、僕等の知らないところで、何か約束事が交わされていたと言う事なのだろうか?

 国同士のやり取りなら考えられるけど、それでも知らされていないなんて、あんまりだと思った。


 しかし、それを口に出す事は出来ず。

 もう一度、アビゲイルさんの視線がこちらに向いた時、背筋を正すよりも先にその視線の冷たさに背筋が凍った。


「もう一度、国王陛下からのお言葉を反復致します。

 こちらの校舎『異世界クラス』への訪問は、国王陛下及び、私騎士団長の許可が必要となっております。

 正式な申請及び許可を得て初めて、訪問が許されるという事です。

 ですが、今回は、その正式な訪問許可は申請も受理もされておりません」

「………だから、帰れと言うのですね?」

「その通りです。

 今後の訪問については、申し訳ありませんが協議をさせていただきます。

 このダドルアード王国では、王国の取り決めの下に行動を、それを条件に受け入れたと言う話はしていた筈です。

 新生ダーク・ウォール王国の権威は、この王国には届きません。

 よって、この王国では王国の流儀に従い、また貴方方は万が一の可能性に備え、行動を規制されることをお忘れなく」


 意味は、分かった。

 ちょっと難しかったけど、多分。


 つまり、この王国では、僕等はあくまで『予言の騎士』としてでは無く、新生ダーク・ウォール王国の賓客として扱われる。

 賓客ならば聞こえは良いが、歓待を受けるのはあくまで表面上だけ。

 実際は、行動を規制されて、自由行動は許可が無ければ出来ない。

 万が一と言うのは、襲撃やその他、既存の『予言の騎士』さん達との無用な衝突に備えて、という事。


 今まで以上に、息苦しい環境だった。

 やはり、小国と言っても、流石はしっかりとした王権制度を持った王国だ。

 徹底されているらしい。

 でも、それが当たり前のなのかもしれない、と思ってしまうのは、今までが自由過ぎたのだと自分でも自覚しているから。

 『黒竜国』でも、『青竜国』でも学んだことだ。

 訪問の際には、報せはしっかりと。

 今回は、報せをしたから、ダドルアード王国は受け入れてくれたけど、それは表向きだけ。

 それに、この校舎に入るのも、本当なら許可が必要だった。

 段取りを無視して、不躾に上がり込んでしまったのは、僕等の落ち度だ。


 隣を見れば、ソファーで対面した『予言の騎士』さんと、『天龍族』さんが和やかに予定の調節をしている。

 メモ帳代わりなのか、羊皮紙の束を持ち出して日程を確認している様だが、その姿一つとっても僕とは大違いだ。


 彼の羊皮紙には、きっと予定がびっしりと書き付けられているのだろう。

 僕の予定なんて、精々、この王国での『聖王教会』への巡礼と冒険者ギルドでのランク更新ぐらい。

 そのランク更新も、出来るかどうかは半信半疑。


 溜息も、出そうに無い。


 ふと、そこで、


「えっ、嘘、あれ、もしかして、コーヒーじゃない?」

「ああ?」

「あ、ほんまやねぇ」

「色だけを見れば、そのようですけど?」

「匂いは、コーヒー」


 御剣さんの妹さんが反応した言葉に、僕も反応してしまった。

 コーヒーだって?

 この世界では、紅茶が主流だと聞いていたから、もう二度と飲めないと思っていたのに。


 自然な所作で、カップを傾けている『予言の騎士』さん。

 そういえば、聞き流しかけていたけど、ギンジ・クロガネさんだっけ。


 ギンジさんと呼ぶことにしたが、彼は当たり前のようにコーヒーを啜っていた。

 僕等だけでなく、『天龍族』の人達も興味津々だった。

 子ども達まで、一緒にコーヒーに興味を示し、中でも頬を膨らませた黒髪の少女は愛くるしかった。

 頭を撫でて宥めているように見える、ギンジさんが羨ましい。

 彼は、本当に色々な人から慕われている様だ。


 だが、


「………ッ!!」


 穏やかな雰囲気は、束の間の事。


 何故か、空気が緊張を孕んだ。 

 真っ先に気付いたのか、ギンジさんが慌てて立ち上がると同時に、転がり落ちそうになった黒髪の少女。

 慣れた動作でころんと、ソファーに転がして、彼はそのまま玄関へと駆け出した。

 傍らにいた、赤髪の少年も駆け出している。


 何が起きたのか、分からない。


「なにがあった!?」


 アビゲイルさんも気付いて、駆け出した。

 背中の槍に、手が掛かっている。


 『防音』が解かれたのか、緊張感を孕んだダイニングの息遣い、それがクリアになった。


 ギンジさんと赤髪の少年は、玄関先に扉を挟んで張り付いている。

 手には、双方ナイフが握られていた。

 驚いた。

 いつの間に抜いたのかも、分からなかった。


「血臭がする!

 それに、走ってるのか、乱暴な足音が近寄って来てる!」

「気配は、2つだ!

 ヴァルト、下がれ!」


 ハルさんも反応したのか、ヴァルトさんと呼ばれた騎士の男性を庇う素振りを見せて、ナイフを抜いていた。

 彼、役職が分からなかったけど、どうやらヴァルトさんの侍従だったのか。


 そして、いよいよもって、アビゲイルさんも槍を抜いて腰だめに構えた。

 後ろから見ていると言うのに、一切の隙が無い。


 『天龍族』の方々も反応してか、何かを取り出した気配が感じられていた。


 僕等は、何も感じられない。

 御剣さん達が、警戒して御剣さんの妹さんと幼馴染と言う毛利さんを庇う姿勢を見せていたが、正直思考が追い付かない。

 何が起こったのか。

 そして、何が怒ろうとしているのか。


 これだけ見ても、圧倒的に経験や技術が違うだろう事が、まざまざと見せつけられた気がした。


「………来たッ!」


 ギンジさんの声と共に、確かに玄関先が騒がしくなる。

 僕等の場所からは、黒髪の男性が扉の前で、警護に付いていたであろう騎士さん達に抑えられているのが見えた。


 騒がしい声は聞こえるが、聞き取れる単語は少ない。

 しかし、気の所為か。

 日本語が聞こえた気がした。

 少女の声だった。


「ヘンデルだ…ッ!」

「えっ!?」


 そこで、アビゲイルさんが声を荒げた。

 驚いた声を上げたギンジさんだったが、聞こえなかった訳では無く、純粋に驚いている。


 しかも、今警護の騎士さん達と押し問答をしている人まで、知己なのか。


「間宮、開けろ!

 引き入れて良い!」

「(はい!)」


 扉を開けて、ギンジさんが男性を引き入れる。

 だが、その男性が抱えていた少女の惨状を見て、ダイニングにいた誰もが一斉に息を詰めた。

 女性陣は悲鳴を飲み込んだように、息を引き攣らせる。

 子ども達が、ソファーに隠れてまたぐずり始めてしまった。


 抱えられた血だらけの少女。

 その少女のお腹は、まるで妊婦のようにぽっこりと膨れている。


 しかも、その子達の着ている服は、学生服だ。

 自分達と同じ境遇と分かっただけで、背後にいたクラスメート達も息を詰めていた。


「た、助けてくれ、ギンジ!

 あ、アスカを、助けてくれ!」


 引き入れられた男性が、悲鳴混じりの声を上げる。


 それに応えたギンジさんは、即座に生徒達に指示を出していた。

 ギンジさんが声を掛けると、銀色の髪をした美女と、黒髪の少女が駆け出していて、誘導した長テーブルへと少女を寝かせると処置を開始した。


 しかも、ギンジさんは、もしかしなくても、医者としての心得まであるのだろうか?

 手際が良い上に、血を見ても恐れていない。

 慣れていると言う反応も見るからに分かる。

 傷口を探して、ガーゼを押し当てて、そのまま止血を施している。


「間宮、心音聞いて!

 ラピス、オリビア、頼む、早く治癒魔法を…!」

「もう使っておる!」

「はいっ、分かってます!」


 なんだか、目の前で始まった治療が、映画のワンシーンでも見ているような気分になった。


 遠い。

 世界が、遠い。

 何よりも、彼の背中が遠い。

 彼は、どこまで、僕とは違うのだろう。

 僕とは全く違う様を、どこまで見せつければ、気が済むのだろう。


 『聖』属性を簡単に、無詠唱で行使出来る銀髪の女性。

 黒髪の少女もまた同じ。


 僕等の中には、『聖』属性を扱える人間がいない。

 もう、いない。


 彼や、彼の傍に侍る、銀髪の女性がいれば、御剣さんの左目の傷も、失明すらもせず、また痕も残らずに済んだのだろうか。


 しかも、生徒の中には、精霊を視る事が出来る子までいた。

 その子の助言で、今治療を受けている少女が、魔法を受け付けていない事が判明。

 流石にこれには慌てていた様子ではあるが、それでも彼は諦めていなかった。


 治療が出来ないと分かるや否や、即座に保健室のベッドがあるような簡易医療スペースへと運び込んでいく。

 その手際すらも慣れていた。


 それに、ヘンデルと呼ばれた黒髪の男性と共に、やって来た少女達の事も知っていたのか。

 鼓舞し、励まし、力強くはっきりと彼は、少女を助けると言っていた。

 途端に、泣き崩れた少女。


 僕があのような状況で、果たして同じように振舞えるだろうか。

 いや、無理だ。

 きっと、無様にオロオロと、慌てたままで何も出来ないに決まっている。


 続々と出される指示の数々に、生徒達も一斉に動き出している。

 しかし、その中にオロオロとしている生徒はほとんどいなかった。


 薪を抱えて、暖炉に放り、これまた無詠唱で火を点けたのは、まだ13・4歳ぐらいにしか見えない少年だった。

 見れば、ずっとギンジさんの傍らにくっ付いている赤髪の少年もそれぐらいか。

 しかも、その少年の行動が、誰よりも早く恐ろしい程だ。


 キッチンへと駆け込んだ青年達も、行動は早い。

 分かっているのかいないのか、手伝いに駆け込んだ少女達もいた。

 他にも、自分で気付いて行動する冷静な生徒までいて、学生服の少女の保護を始めている。


 僕のクラスの子達でも、ここまで動けるだろうか?

 御剣さん達は大丈夫にしても、きっと田所君や藤田さん達には無理だろう。


「ゲイル、『予言の騎士』一行には、お引き取り願え!

 こんな状況じゃ、相手をするのも面倒だ!」


 そこで、僕達に対しての指示を、アビゲイルさんへ下したギンジさん。

 言い方は悪いが、仕方ない。

 面倒なのも分かるし、邪魔になるのも分かっていた。


 どのみち、僕等にはこれ以上、関わる事は出来ない。

 これ以上、僕との違いを見せつけられたら、きっと立ち直れなくなると思ってしまっていたからだった。


「おい、『予言の騎士(やさおとこ)』。

 こっちは任せておいて構わんから、とっととテメェの仕事を終わらせやがれ」

「………貸し1つだ」


 『天龍族』の対応を、引き受けたヴァルトさんとハルさん。

 そう言って、助けを求めなくても助けてくれる相手が、僕の周りにどれだけいるだろう。


 卑屈になっていく。

 たった数十分程度の時間だったのに、ここまでの違いを見せつけられて。

 何がなにやら、訳が分からない。


 また更に、少し彼が嫌いになっていた。


「申し訳ないが、お引き取り願おう」

「………はい」


 ただ、彼の姿が医療スペースに引っ込んで見えなくなった時、アビゲイルさんは、有無を言わさずに僕達を校舎の外へと促した。

 今後は、立ち入れなくなるだろう校舎に、後ろ髪を引かれるものも無い。


 贅沢を言えば、例の銀髪の女性や、『天龍族』の方々と少しでも話をしてみたかった。

 銀髪の女性は個人的に仲良くなりたかったし、『天龍族』の方々とは、僕達の今後の活動の為にも近付いておきたかった。

 でも、そんな空気でも無い今は、無理だと分かっている。

 大人しく従おうとした。


『何でだよ!

 わざわざこっちが、来てやったってのに…ッ!!』

『いい加減にしてよ、田所君!

 今、そんな状況じゃないの、見て分かったでしょ!?』

『ちょ…ッ、華月ちゃんに言った訳じゃ…ッ!?』

『馴れ馴れしく華月の名前を呼ぶな!

 テメェに許した覚えはねぇ!』

『名前の事はどうでも良いけど、オレに言った訳じゃなくても今の状況考えたら、田所君のいう事は間違ってるって事だよ!

 少しは先生の言う事聞いて、黙っててよ!』

『………うっ、か、華月ちゃんが、そう言うなら…』

『うわ、キモ』

『ね、キモイね』

『うるせぇよ、ビッチにチャラ男!』

『テメェがうるせぇんだよ!』


 口喧嘩を始めた、田所君や藤田さん。

 元々仲が良いとは思えなかったけど、何もこんな時にもしなくて良いのに。


 アビゲイルさんや、騎士さん達の視線が痛い。

 その時だった。


『ドチラモ、ウルサイ!

 ダマッテ、アルケ!デテイケ!』


 怒鳴り声が響いて、全員が絶句する。

 それだけじゃない。

 アビゲイルと呼ばれた彼が、日本語で喋った事に驚いた。


 教養があったのか、と。

 言葉を理解していなければ、分からない事だ。

 話した内容も、的確だった。

 それとも、まさかとは思うが、彼もまた僕等と同じ日本人かと思ってしまった。


「ギンジから、教養は受けている。

 単語を繋げる事しか出来んとしても、聞き取る事は出来る」


 事も無げに言い放って、彼はまたもう一度同じ言葉を繰り返した。


『デテイケ、ニドト、クルナ』


 その言葉が、ぐっさりと突き刺さった。


 ギンジさんや生徒の人達に言われるならばまだしも、まさかこの王国の騎士団長から言われるなんて。

 飾りの無い言葉が、余計に傷付いた。

 そして、それが本心だと、潔く気付いて、涙まで滲んでしまったのは情けない。



***



 しかし、これだけで済ませないのが、田所君だ。


 アビゲイルさんとイザベラさん、他の騎士さん達に護衛をされながら、王城へと戻ったその矢先。


『疲れたから、風呂。

 それから、鍛錬場でも修練場でも良いから、使わせろよ』


 また我儘を言って、騎士さん達を困らせる彼に、嫌気が差し始めていた。

 元々、彼に好意的な感情は持ち合わせていなかったけども、問題ばかり起こして怒られている人間の科白とは思えなかった。


 アビゲイルさんは、無視をしていた。

 イザベラさんが、この時間は風呂の準備もしていないし、鍛錬場や修練場の使用も許可が必要と説明をしてくれた。

 当たり前だと、僕は納得していた。


『けち臭ぇなぁ!

 オレ達が『予言の騎士』一行だって、分かってんのかよ!』


 だが、田所君がそう言った。

 言ってしまった。


 ぞっとした。

 何よりも、目の前を歩いていた、アビゲイルさんの背中から噴き出した、怒気に。


『………オマエハチガウ』


 無視していた筈のアビゲイルさんが振り返る。

 憤怒の形相を浮かべた彼に、僕等の誰もが息を呑んだ。

 僕ですらも、喉が張り付いて悲鳴すらも出せなかった。


 真正面にいた田所君等、その場で失禁をしていた。

 それぐらい、怖かったのだ。


『ギンジ、ソンナコト、イッカイモ、イワナイ!

 イッタコト、ナイ!

 オマエ、タチ、チガウ!

 ヨゲンノキシ、ギンジ、ダケ!』


 叩き付けるようなその言葉。

 カタコトで、決してお世辞にも上手とは言えないまでも。


 それでも、日本語で口にされた言葉だった事が、余計に僕等に突き刺さった。


 後から聞けば、ギンジさんは肩書きや権力を使うのは嫌いだと言う。

 だからこそ手に入れられた信頼や、人脈があったとも。

 逆に、使ったとしてもそれは、自分達の身辺が危ぶまれた時や、それこそ生徒達や同居している周囲の人たちの為だった事も明かされた。


 こんなにも、違う。

 そう感じたのは、今日で何度目かも分からない。


 急に、自分も同じ『予言の騎士』という肩書きを背負っている事が、恥ずかしくなって、怖くなって、苦しくなって。

 逃げ出してしまいたかった。

 引きこもって、もう二度と表には出たくないとも思ってしまった。

 そんなこと出来ないと分かっていても、だ。


 その日は、そのまま、大人しくして居ようと。

 誰が言い始めた訳でも無く、各々が自発的に部屋へと引っ込んでいった。

 僕も引っ込んだ。

 もう、アビゲイルやその他の騎士達、護衛の魔術師達からすらも向けられる蔑視が、うんざりだった。


 もう今日は引きこもって、休もうと思っていた。



***



 そう思っていたのに、だ。

 数時間後だった。


 田所君がいないと、知らされた。

 教えてくれたのは、護衛の魔術師部隊の方々で、食事の準備が出来て食堂に呼ばれた時に、部屋を覗いたら既にいなくなっていたと知らされた。


 驚いた。

 何よりも、このような状況で1人で外出した事に。


 言われた事を理解していなかったのか。

 ああ、そう言えば英語が分からなかったのか。

 とはいえ、一人で勝手に出て行くなんて、どうかしていると思った。


 もはや、僕でも彼を擁護する気は失せていた。

 しかし、探さない訳にも行かずに、食堂に集まっていたクラスメート(※と言っても、数名は残るとの事だったが)を集めて、護衛の魔術師達と共に王城を出ようとする。

 騎士達に止められたが、事情を説明すると護衛として彼等も加わった。


 まだ、アビゲイルさんが王城にいるとの事だったが、報せに走って貰っただけで彼が付いて来る事は無かった。

 うんざりだった。

 感じる軽蔑の視線は、強くなるばかり。

 食事を抜かされたクラスメート達の機嫌も最悪だった。


 ただ、幸いな事に、田所君はすぐに見つかった。

 冒険者ギルドにいたのだ。

 何やら、ギルドのスタッフらしき獣人の少女と男性、それから年配の男性や女性方と押し問答をしていた。

 すぐに抑えて、冒険者ギルドから引きずり出した。

 去り際に感じた、冒険者ギルドの中からの蔑視が、またしても僕の心を突き刺して行った。

 冒険者ギルドにも、近寄れなくなるかもしれない。


『ここは、僕達が今までいた、国とは違うんだからね!』

『違う国だからって、何を心配してんだよ!

 先生は、『予言の騎士』なんだから、堂々としてりゃ良いんだからさぁ!』


 叱っても、彼はこの調子だ。

 おだてて、話をすり替えようとする。

 いつもの事。


 滾々と、自分ではそう思っているが、彼に言い聞かせた。

 この王国は、僕等が擁立された新生ダーク・ウォール王国と同じで、王権制。

 しかし、新生ダーク・ウォール王国では無いのだから、僕等の行動にも規定があるし許可やその申請が必要な事も説明した。

 だが、彼は全く反省した様子も無く、クラスメート達への謝罪も無かった。


 本当に、うんざりだった。


『っつうか、何でこの王国の決まりに従ってなきゃいけないんだよ!

 オレ達『予言の騎士』として、わざわざ巡礼とかして訪問してやってるし、それが世界の為だってのに、協力的じゃねぇこの国が悪いんじゃねぇの!?』


 なんてことまで言い出す始末だ。


 護衛の人達には分かっていないだろうが、アビゲイルさんに聞かれたら今度こそ殴られるかもしれない言葉だった。

 本当にもう、いい加減にして欲しかった。


 ただ、僕ももう疲れていたから、これ以上は構いたくもない。

 そう思って、さっさと帰ろうと思った矢先の事。


 あ、と思った。

 この通りは、と。


 今日、昼間にも来た通りだったからだ。

 あのギンジさんや生徒達のいる校舎がある通り。

 勿論、もっと遠い場所ではあるが、しかし道順だけを言うならば覚えている。


 そう思った時に、真っ先に思った事。

 不味い。


 しかし、そう思った時には、遅かった。


『あーーーッ!!

 この通り、あのクソ偽物達の校舎があったよな!

 こんな窮屈な思いしてんのも、アイツ等の所為だ!

 文句言ってやんなきゃ、気が済まねぇ!!』


 言うが早いか、駆け出した田所君。


 止める暇も無かった。

 あっと言う間に遠くなった田所君の背中に、呆然とする。


 なんてこと。

 彼は、僕の説明を聞いていなかったのだろうか。


 慌てて追いかけた。

 田所君を追いかけていくと、まるで迷路のような道を進んでいた。


 どういう事かと思ったら、途中から護衛の人達がいなくなったことで分かる。

 撒いたのだ。

 しかも、僕達まで巻き込む様な形にして。


 正直、こういった時の彼の土地勘は、驚くべきものがある。

 曰く、昔からこういう狭い路地裏や入り組んだ道を駆け回っていた事があった為、慣れているとの事だった。

 だが、そんなもの、自慢にしなくて良い。

 気付いた時には、魔術師部隊の護衛すらいないまま、校舎へと辿り着いてしまっていた。


 これは、もう不味いとしか言いようがない。

 追いついただろう、クラスメートの面々。

 運良く、全員が逸れずに済んだようなのは良かったけど、このままだとまたアビゲイルさんに叱られてしまうと恐々としていた。


 警護に立っていた騎士さん達が慌てているが、田所君が無理矢理に突破した。

 きっと、表立って制圧が出来ないように言われているに違いない。


『ふざけんじゃねぇぞ、コラ!

 偽物の癖にオレ達を追い出そうとするなんざ、百年早いんだよ!』


 飛び込んだ田所君。

 その後に続いて、なんとか制止を呼び掛ける。

 とはいえ、もう駆け込んでしまった時点で、アウト。


 迎えられた、歓迎とは程遠い空気と視線の数々に、喉が引き攣った。

  昼間と違って、少しだけまったりとした空気の満ちていたダイニング。

 目の前には、黒髪の少女を肩に乗せたギンジさんと、そんな彼を守る様に立っていた赤髪の少年。


 何を面白がったのか、藤田さんや近藤君まで上がり込んでしまう。

 僕を押し退けてまで、入ろうとするなんて酷いと思う。


 ギンジさんは、殊更大仰な溜息を吐いて、僕達を睨み付けている。

 視線が僕等の背後に向いたのを見て、護衛を探したのだとすぐに分かった。


 けど、言い訳は出来ない。

 田所君の所為で、完全に撒いてしまう形となってしまった。


『今度は一体、何の用かな?

 まさか、怒鳴り込みだけに来た訳じゃないだろう?』

『テメェが偽物だって事は分かってんだよ!

 オレ達の行動の邪魔してる癖に、でかい顔をしてんじゃねぇ!』


 そして、吐き出したのは暴言だった。

 きっと、昼間からずっと溜め込んでいたフラストレーションが合ったのだろうとは分かっている。

 だが、抑えるのが普通だろう。

 何故、それを出来ないのか、正直僕も不思議でならない。


 まぁ、彼は産まれも育ちも、贅沢三昧だったと聞いているから余計なのかもしれないが。


 チリチリと、首筋に走り始めたのは敵意か、殺意だろうか。

 ギンジさんではないだろうが、ダイニングにいた生徒さん達が怒気を発しているのは分かった。

 目の前にいる赤髪の青年までもが、威圧感を滲ませ始めている。


『だから?』


 問いかける、ギンジさんの声音も怖かった。

 何よりも、表向きには笑っていても、その眼だけが笑っていなかった。


 なのに、田所君は気付く事も無く、


『今すぐ『予言の騎士』を名乗るのを辞めて、オレ達に謝れ!!

 テメェ等の所為で、オレ達はいろんなところで偽物扱いされて、迷惑ばっかり被ってんだよッ!!』


 そんなことを言い出して、僕は頭が真っ白になるのを感じた。


 ハルさんが、構えた。

 目の前の赤髪の少年の瞳孔が、収縮した。

 殺気が、濃密になった。

 僕でも分かった。


 殺される。

 そう、感じ取れた。


『………言いたい事は、それだけか?』

『ああッ!?

 何スカしてんだ、この偽物野ろ…うぶぅッ!?』


 最後まで言い切る前に、田所君の顔を鷲掴んだギンジさん。

 その細い体のどこにそんな力があったのか、田所君を片手で持ち上げてしまう。


 肩に乗っていた少女が、空気を読んで離れていく。


『………言いたいことは、それだけかって聞いてんだよ』


 血の底を這うような声。

 滲み出た怒気が、僕だけでは無くクラスメート達全員の背筋を震わせた。


 持ち上げられた田所君がもがいている。

 けど、助ける気は起きない。

 そんなこと出来ない。

 助けようとした瞬間に、動いた瞬間にでも殺されるかもしれない。

 こんな経験は、初めての事だった。


『ちょっと、教育的指導が必要かもしれないね。

 大人を………ちょっと、舐めすぎじゃないか?』


 ギンジさんの背後にいた生徒達が、またしても「ガチだ…」と呟いたのが聞こえた。

 聞こえたとしても、どうしようも出来なかったが。


『何を、驕っているの?

 何を持って、君たちは自分達が優位だと勘違いしているの?』


 バタバタと暴れる田所君に、静かに淡々と繰り返す問答。

 僕からは、田所君がどんな顔になっているのかは分からない。


 けど、今にも死にそうだとは分かった。

 呼吸音が可笑しい。

 むしろ、聞こえてこない。


『言葉も喋れない癖に、どの面を下げてここに来た?

 この世界の事も、オレ達の事も舐め腐ってんの?』

『ちょ、ちょっと、待ってください…!

 いくらなんでも、暴力は…ッ』


 田所君から聞こえない呼吸音に、慌てて制止を掛けた。


 しかし、


『離さないと、アンタの腕を切り落とすよ…ッ!』


 あろうことか、喧嘩腰で声を張り上げたのは藤田さん。

 背中に吊るしていた直剣を、今まさに抜こうしている姿を見て、これまた背筋がぞっとした。


 だが、それも一瞬の事。


『………ッ、何!?』


 ひゅう、と風が小さく鳴った。

 その時には、目の前にいた筈の赤髪の少年が、藤田さんの首に刀を向けていた。


 見えなかった。

 しかも、その抜いている刀は、短いけれど本物だ。

 接近すら気付けなかった藤田さんは、その格好のままで硬直した。


 勿論、僕も。


 そんな僕等の耳に、溜息が聞こえた。

 ギンジさんからのものだった。


『………そこまで、聖人君子とは思わなかったよ。

 オレが聞いた風聞で、暴力で事を片付けて来た『予言の騎士』一行で、どうやら間違いは無かったらしい』

『…そ、それは…ッ』


 どうやら、彼は知っている様だ。

 僕等が、今まで、この王国に来るまでに、どんな行動をしていたのか。


 きっと、醜聞とばかりに捉えられている。

 頑張った結果もあったと言うのに、それでも僕等には汚名が付いて回る。

 どれもこれも、田所君や藤田さん達、過激なクラスメートの突飛な行動の所為で。


『何が、迷惑をしているだ?

 こっちだって、お前達の行動一つで同じ目で見られて、迷惑を被ってんだぞ』


 言われるのを覚悟していた台詞だった。

 けど、田所君の所為もあってか、もっと酷い言われ方をしている事に気付いた。


『なんだよ、功績どころか実績もねぇじゃねぇか!

 やれ、どこそこではギルドマスターを土下座させたとか、どこそこでは暴動騒ぎを起こしたとか!

 聞いているだけで、腹立たしい醜聞ばかりだ!

 それと一括りにされるだけでも迷惑なのに、その元凶が当たり前の様な顔で会いに来るのも腹立たしい!』


 怒声を張り上げられる。

 バタバタと暴れていた田所君が、痙攣を始めていた。


 その直後には、玄関先の扉から放り投げられる。

 無造作に、配慮も何もない、ゴミの様な放られ方だった。


 誰も受け取ろうともせず、むしろ避ける子達もいた。

 そりゃそうだろう。

 田所君の所為で、僕等も迷惑をしているのは同じことで、皆が皆彼を嫌っていた。


 そこで、視線の先で、御剣さん達が彼を睨み付けているのに気付く。

 何か言ってくれるのだろうか。

 擁護するような事を言ってくれるのだろうか。


「この馬鹿のやったことに関しては、オレ達も迷惑を被ってる。

 オレ達だって、一括りにされるのは腹立たしい」


 しかし、それは僕の事では無く、ましてや田所君の事でもない。

 そして、擁護でも無かった。

 抗議だ。


「………だったら、そうなる前に殴ってでも止めろよ。

 止めもせず、傍観した時点で、十分テメェ等も共犯のクソガキだよ」


 そう言い返されて、此方も瞳孔を収縮させた御剣さん。

 妹の御剣さんに止められたから、飛び掛かるような素振りは無かったけども、きっと彼はまた僕に対して冷たくなるのだろう。


 舌打ちを零したのを聞けば、嫌でも分かった。


「教養足らずに、礼儀知らず。

 そんな連中に対してなら、オレ達だってそれ相応の対応はさせて貰うよ」


 そこで、更にギンジさんが目線を動かした。

 その先には、未だに赤髪の少年に刀を突き付けられて、動けない藤田さんの姿。


『きゃ…ぅ…ッ!!』

『うわっ、リコたん!?』


 言葉も無く、赤髪の少年は、彼女へと足払いを掛けた。

 蹴り飛ばしたと同時に、僕やギンジさんの足下に転がされた彼女は、とても学生とは思えない過激な下着を見せて、無様に転がった。

 そして、そのままギンジさんに、玄関先の階段を蹴り転がされた。


 なんてことだろう。

 仮にも敵とはいえ、女性を足蹴にするなんて。


『痛ぁ…ッ、何すんだよッ最低!』


 転がり落ちた藤田さんが叫んだのに、煩わしそうにしているだけのギンジさん。

 御剣さん達に視線が、更に強くなった。

 女の子として同情したのか、妹の御剣さんの視線もあった。


 だが、全く気に留めた様子は無い。

 気付いていないのではない。

 気に掛ける必要が無いから、気に留めないと見ているだけで分かった。


『この程度でしか無いのに、よくもオレ達を偽物と言い切れたな』


 更には、そう言って馬鹿にするように吐き捨てる。


『この野郎、よくもリコたんを…ッ!!』

『間宮、もう一名ご案内』


 藤田さんの恋人である近藤君が、今度は飛び掛かった。

 しかし、結果は同じ。

 そして、赤髪の少年が事も無げに蹴り転がして、同じように簡単に校舎の外に投げ出されてしまった。


 本当に、数秒の事。

 先程と言い、今と言い。


 簡単にやってのけて、そして全く意に介していない。

 その程度だと、言われているような気がした。

 実際には、そう言われていたのだが。


『言っただろうが、そちらの対応次第でこちらも対処はする、と。

 オレ達だって、聖人君子を売りにしている訳では無いからなぁ』


 そう言って、向き合った『予言の騎士(ぼくら)』。

 黒髪と金髪で、全く正反対の見た目と共に、全く正反対の性格をした僕等。


 真向から受けた彼の視線は、今まで会った誰よりも怖いと感じた。


 そして、


『テメェは、どういう教育をして来たんだ、この馬鹿者がッ!!』

『ひぃぅ…ッ!?』


 張り上げられた怒声。

 乾いた悲鳴が、喉から絞り出された。


 情けない。

 後から考えれば、そう思った。

 だが、この時の僕には、そんな事すらも考えられない程に、恐怖で頭が空っぽになっていた。


 また、蔑視。

 校舎からでも無く、背後からも。

 道行く人々すらも、僕達の事を蔑んでいるように思えた。


『テメェ、ちゃんと教育してんの!?

 ちゃんと教育して来ておきながら、こんな教養足らずに礼儀知らずの馬鹿どもが出来るのか!?』


 教育?

 教育だって?


 僕は、担任でも無かったのに。

 教育なんて、出来る環境じゃなかったのに。


 そもそも、受けようともしてくれない、クラスメート達が悪かったのに。


『そ、そんなの、僕に言われても…ッ!』


 言い返そうとした。

 僕に言われても困る。


 田所君が我儘放題なのは、家庭環境の所為だ。

 藤田さんや近藤君が過激な行動ばかりするのも、家がヤクザだったからだ。

 全部、僕の所為なんかじゃない。


『だったら、他に誰に言うってぇ!?

 『予言の騎士』名乗ってんだったら、テメェが教育者で『教えを受けた子等』の保護者って立場じゃねぇのかよ!

 それとも、そっちの白髪の子の方が『予言の騎士』で、お前も生徒だって言う事かぁ!?』

『ち、違います!

 ………けど…ッ、』

『けどもだってもへちまもくそもねぇんだよ!!

 なんだよ、昼間と言い今と言い、問題児どもの態度はッ!!

 仮にも目上の人間や訪問先の責任者に対して、タメの上に暴言吐き散らすってどういうこった!?

 ウチの生徒が他所でそんな馬鹿をやっていやがったら、絞め殺してるぞ!!

 他所様に恥ずかしくて、外にも出せねぇよ!!』


 言われている内容は、分かっている。

 ごもっともだ。


 でも、僕に落ち度があったのは、行動を止める事が出来なかった事だけだ。

 それ以外は、皆元々、言う事を聞いてくれない、そう言うクラスメートだったから。


 しかも、間違っても絞め殺すなんてこと出来ない。

 大体、そう言った事をした段階で、彼等は容赦なく僕に牙を向こうとするのは分かり切っている。


 僕だって、そこまで強い訳では無く、冒険者のランクだって精々Cランク。

 兄の御剣さんはAランクで、妹の御剣さんもBランクで僕と同じだ。

 藤田さんと近藤さんもBランクで、田所君だってCランク。

 ほぼ互角どころか下回っていると言える実力なのに、教育者だからと言って体罰を振るえば、まとめて僕に降り掛かって来る。

 ただでさえ、彼等の親が五月蝿いだろうに。


『だから、問題ばっかり起こしてんじゃねぇの!?

 何だよ、冒険者ギルドのマスターを土下座させたって!!

 何だよ、巡礼拒否された腹いせに、暴動紛いな事を起こして放逐されるとか!!

 挙句の果てには、アポ無しで来たばかりか、来客中に暴言吐き散らかしてこっちの業務まで邪魔しておいて、謝罪をしろだぁッ!?

 礼儀舐めてんのか、国際問題舐めてんのか!?』


 けど、そんな内心での言い訳は、聞こえない。

 聞いて貰える、状況でもない。

 一息に言い切った彼は、改めて僕の事を睨み付けた。

 その視線が、獰猛な肉食獣でも相手にしたかのような危険なもので、思わず喉が引きつった。

 異音が出た。

 後退る。

 玄関先の扉の縁に、頭をぶつけた。


『なんなの、本当に、もう、馬鹿なんじゃないの?

 この国に来て王城で説明受けた内容、ちゃんと理解してた?

 お前等、仮にも国の名前背負ってこっちに来てんのに、何を騎士団も護衛も撒いて2度目のアポ無し訪問までしてんの?

 それだけで、国際問題に発展して、最悪あっちの国に経済制裁が掛かるってなんで分からないの?』


 そこまで言われると、流石に黙ってはいられなかった。

 国際問題の事はまだしも、経済制裁の話なんかが出るとは思ってもみなかった。


 第一、そんな権限が、彼にあるとは思えない。

 僕にだって、無いのに。


『そ、そんなの言い過ぎじゃ…ッ。

 第一、貴方にそんな権限なんて…ッ』

『言い過ぎじゃないの、出来るの。

 権限じゃなくて、国王の采配次第ではあるけど、各地の冒険者ギルドと『聖王教会』の伝手で、実質既に経済制裁掛かろうとしてんの!』


 冒険者ギルドと、『聖王教会』の伝手?

 彼は、僕が持っていないものを、簡単に手にした挙句、そうやって結局権力を使おうとしている。

 王城で聞いた話は、嘘だったのか。


 そう思っていた。

 その矢先に、種明かしをされた。


 絶望的な、僕等の落ち度として。


『お前等、暴れ過ぎたんだよ!

 だからこうなってんの!

 『黒竜国』は暴動の件で、実際に新生ダーク・ウォール王国との貿易は取り下げたって言うし、『青竜国』でも起こしてるから、『竜王諸国』ではお前等の巡礼を拒否を全面決定してんの!

 結果!!

 お前達のツケをお前達を擁立した、その新生ダーク・ウォール王国が払う事になってるの!』


 既に、決定事項だと言う、この話。

 寝耳に水だった。

 そもそも、魔術師部隊の人達は、なにひとつ、そんな話は教えてくれなかったのに。


『そ、そんな…ッ』


 ふらり、とまたよろけた。

 眩暈がした。


 僕等の行動の所為で、擁立してくれた王国に被害が行くなんて。

 しかも、貿易の取り下げをされた挙句に、経済制裁なんて掛けられたら王国は立ち行かなくなってしまうのではないだろうか。

 やっと、復興したばかりだと言う国が、どうしてそんな眼に合わなければならないのか。


 涙ながらに、再興を果たした王国の御姫様が語ってくれた。

 かつて数百年前に起きた『人魔戦争』で、一度は国が滅びたダーク・ウォール王国の再興は、王族の義務でもあり、国民達の悲願でもあった。


 それを、僕達の行動一つで危ぶめてしまう。

 そんなの、考えた事も無かったのに。


 悲しみが、胸に満ちた。

 しかし、何よりも、それを平然と伝手を辿って権力を振りかざし、制裁を掛けようとしているギンジさんに怒りが募った。


 また一つ、この人が嫌いになる。


『そ、そんなの、横暴です!

 僕等の職務を邪魔するなんて、貴方だって礼儀知らずでは…ッ』


 その言葉に、片眉を上げたギンジさん。

 しかし、動じた様子など、見られなかった。


 返って来るのは、怒りの感情だけ。


『決めたのは、オレじゃなくて冒険者ギルドに、『聖王教会』だよ。

 オレ達がじっくり腰を据えて、今までやってきた功績やら実績が評価されただけの事だよ。

 言っておくが、オレは頼んだりはしてねぇからな!

 テメェ等の身から出た錆と、オレ達の信頼と実績の違いだ!』


 比べられた。

 そう言って、比較をされた。


 比較だけでは無く、自慢もされていると感じる。

 実際、自慢に聞こえたのだから。


 そう思うと、途端に腹立たしくなった。

 確かに、彼の言う通りだとは思うが、それでも何も面と向かって言う必要なんか無いじゃないか。


『オレ達に噛みつきに来る前に、一旦自分達の行動の結果を省みろってんだよ。

 なんで、そんなことも出来ない訳?

 テメェは、もしかして幼稚園児でも引率している気分な訳?』

『そ、そんな訳…ッ、生徒達を侮辱しないでください!』

『テメェを侮辱してんだよ、気付けよ馬鹿。

 躾も出来てねぇ管理も出来てねぇ、手綱も握れてねぇなんて、そのまんまじゃねぇか』


 馬鹿にするような態度。

 それに、腹が立つ。


 圧し折れそうな心があったが、怒りに任せて踏ん張った。

 言い負かされたままで、そのまますごすごと帰る事なんて出来ない。


 僕にだって、プライドがあるのに。


 しかし、


『………テメェ等の行動の先で、どんだけの人間に迷惑が掛かっているのか。

 もっぺん、良くその足りない脳みそで理解してから出直して来い。

 正式な許可を取ってなら、否が応でも会うぐらいはしてやらぁ』


 唐突に、淡々とした口調に戻った彼に拍子抜け。

 と言うよりも、疲れた様子を見せた彼が顎をしゃくった先に、視線を否が応でも向けさせられてしまう。


 矛先を、逸らされたと分かったのは、全てが終わってからだった。


 そこには、この王国の騎士達に取り押さえられたような形となった魔術師部隊の護衛の方達と、アビゲイルさんが立っていた。

 途端に、血の気が引くのを感じた。


 いつからそこにいたのか。

 また、どこから聞いていたのか。


 アビゲイルさんの視線も、魔術師部隊の方々の視線も怖くて堪らなくなった。


「………王国内での勝手な行動は、慎んで貰おう。

 先にも、その訪問や行動には、王国からの許可が必要だと説明したばかりだと思っていたが?」

「………す、すみません。

 生徒の1人が、突然駆け出してしまったので………」

「………その責任は、貴殿のものだ。

 生徒に擦り付ける前に、手綱を握っておらぬ貴殿の落ち度だと認めよ」

「………ッ!!」


 咄嗟に言い返せない。


 またそうやって、どうして僕の所為にしたがるのか。

 僕だけが悪い訳では無い。


 なのに、ギンジさんもアビゲイルさんも、同じように僕に責任を押し付けて来る。

 悔しかった。

 情けなかった。


 俯くしか出来なかった。


「………ギンジは、そんなことはしない」

「………ッ」


 そこに、追い打ちを掛ける様に、言われた一言。

 アビゲイルさんの言葉は、何よりも心に突き刺さった。


 心なしか、背後から感じるクラスメート達の視線が、いつも以上に痛いと感じる。

 誰もが、僕に責任を押し付け様としている。


 心が痛かった。

 心がへし折れそうになった。


 その時だ。


「先生ッ!!」


 突然の事で、吃驚した。

 甲高い、少女の声が響いたと同時に、ギンジさんの腰元に駆け込んできたのはこれまた12・3歳の少女。

 正直、子どもばかりを預かっているとしか思えなかった。


「…ッ、どうした、伊野田?」

「あ、あああ飛鳥ちゃんが…ッ!?」

「容態が変わったか…!?」

「ち、違…ッ、くないかもしれないですけど、とにかく…ッ!」


 何やら、焦った様子の彼女に、ギンジさんも察したのか。

 そう言えば、運び込まれた少女は、大丈夫だったのだろうか?

 今更ながらに思い出したが、もしかしなくてもこの状況は、その少女の容態が変わったから?


 先程とは違う緊張感が、ダイニングの中に満ちていた。


 ギンジさんが歩き出した。

 その背中は、もう既に僕の事等眼中に無いと言っているようにも見えた。


 元々、相手にする時間も惜しかったのだろう。

 一瞥すら、くれなかった。


 ………僕も帰ろう。

 じゃないと、ここは僕のトラウマばかりを抉る場所だ。


 何よりも、彼の生徒達どころか、僕のクラスメート達から向けられる視線から逃げたかった。

 何一つ、彼には勝てないのだと思った。

 そう思うと、教師と言う役職も『予言の騎士』と言う肩書きも、背負うのでは無かったと後悔の念まで浮かび上がる。


 トボトボと玄関先の階段を降りた僕に、クラスメート達も歩き出そうとしていた。

 しかし、その直後、


『後、もう一つ!』


 僕の後ろ背に、鋭く飛んだギンジさんの声。


 まだ、あるのか。

 正直、もう聞きたくなくて、耳を塞いで立ち去ろうと思った。


 なのに、


『オレに、謝れと言うなら、テメェ等が先に巻き込んだ商隊キャラバンの連中に謝って来い!!』

『………ーーーッ!!』


 その一言は、僕だけでは無く、クラスメート達の心まで抉った。


 これは、効果覿面だったようで。

 今まで、此方を興味無さそうに見ていた五行君や、青葉君、阿部君までもが、一斉に反応した。


 酷い。

 何も、そんな言い方をしなくてもいいのに。

 僕等だって、巻き込みたくて巻き込んだ訳じゃなかったのに。


 商隊キャラバンだって、もっと先にいると思っていたのに。

 僕等だけが悪いわけじゃないのに。


 でも、言い返せない。

 事実は、事実だった。


 それに、言い返そうと振り返っても、そこには厳しい表情のままでこちらを睥睨していたアビゲイルさんがいた。


「………悪いが、今後は立ち入りの規制をさせていただく。

 二度と、この校舎に近付くな」


 吐き捨てられるかのような言葉に、今度こそ心が折れた。

 眩暈がして、吐き気がして。

 その場で蹲って、嗚咽を漏らして、泣き叫んでやりたい気分に襲われた。


 僕だって、謝って死んだ人が生き返るなら、お墓の前で土下座でもして謝り倒すよ。

 でも、そうじゃないから、抱えて生きているんだ。


 なのに、それまで、責められなくちゃいけないなんて。


 何で、僕等だけが責められなくちゃいけないのか。

 何故、同じ『予言の騎士』だと言うのに、ここまで違うのか。


 騎士さん達に護衛と言うよりは、連行をされるように王城へと戻る。

 その道中では、誰もが皆口を噤んでいた。


 田所君は気絶していたからそれどころでは無かったけど、騎士さんに背負われていた。

 それでもいつもは、どうでも良い事をくっちゃべってイチャイチャしている藤田さん達まで無言だった。


「………なんで、こんな事になっちゃったの…?」


 ぼそりと、呟かれた毛利さんの言葉が耳に痛い。

 涙ぐんだ、震えた声が特に。

 だが、それに誰も答える事は出来ない。


 唯一、妹の御剣さんだけが、毛利さんに寄り添っていたが、彼女もまた涙を堪える様に、吐息は震えていた。



***



 疲れた。


 本当に疲れた。


 こんな事なら、会うべきじゃなかった。


 ギンジさんに会わなければ、まだ僕は心をへし折らずに済んだのに。


 このダドルアード王国に来なければ、僕は『予言の騎士』としての職務を投げ出そうとせずに済んだのに。


 誰も食事をする気にもならずに、部屋に引っ込んだ。


 もう、外に出たくないとまで考えてしまった。

 このまま引きこもってしまいたいとまで思った。


 逃げ出したくなってしまったのは、この世界に来てからは無い。

 なのに、唐突に全てを投げ出したくなってしまった。


 この世界に来てから、初めて。


 僕は、ベッドの中で、蹲って泣いていた。



***

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