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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、新学期編
141/179

134時間目 「特別科目~2人の『予言の騎士』~」2 ※流血表現

2017年2月3日初投稿。


続編を投稿させていただきます。


今回は問題ばかり発生している為、かなり内容がハードです。

どちらかと言えば、アサシン・ティーチャーがハードモードです。

ご注意ください。


134話目です。

※タイトル通り、流血表現を含みます。

苦手な方は、ご注意くださいませ。

また、出産の描写がありますが、作者は医療に疎い為、参考にはなさらないようにご注意を。

***



 飛鳥の容態は、ひとまず落ち着いた。

 そう言って良いとは思う。


 勿論、母子共に、だ。


 途中から、心肺停止になったり、かと思えば、飛鳥の目が覚めてそれこそ半狂乱になったり。

 忙しいもので、気付けば3時間以上も経過していた。

 心肺蘇生を何回も行い、それこそ飛鳥は、『睡眠魔法スリープ』で眠らせた。


 今回も、アグラヴェイン監修で、機材やその他諸々の機器を精製して貰い、現代の医療現場さながらの生命維持だ。


 酸素ボンベは無いが足踏みポンプで代用したり、心電図モニターも紀乃の耳と口を頼りにしたり、足りないものは多かった。

 それでも、造血剤の点滴や輸血用のチューブ、酸素マスクやカテーテルやなんかも作って、大盤振る舞い。

 ラピスの時と同じような有様となった。


 そんな当の本人(ラピス)は、その状態を見てか、


「やはり、お主は規格外じゃ。

 記憶から技術から、知識に至るまで、全てが異端じゃ」


 と、何故か怒られてしまった。

 ………オレ、頑張ったよね。

 ぐすん。


 後から聞いたら、悔しかったそうだ。

 100年以上医者として働いてきたのに、その経験やら知識よりも、齧っただけのオレの方が上だったからって。

 だからって傷付けるの辞めてね?

 ナイーブだから。

 誰がって、オレの事ね。


『………繊細ナイーブなら、ここまで我を酷使することは無かったろうが』


 そして、更にはアグラヴェインにまで、文句を言われる。

 頼りっぱなしになったのは確かだが、皆してそこまでオレの事ばっかり責めなくても良い気がする。

 ………後で待ち受けているであろう、夜の『オハナシ』が怖い。


 さて、話が逸れた。


 傷の治療は終え、今では小奇麗にされてすっきりと清潔な状態だ。

 キッチン担当組が持って来てくれたお湯やら何やらで、綺麗にしておいたの。

 勿論、これにはオレは関わっていない。

 というか、関わろうとしたらラピスとオリビアに、紀乃と間宮ともども追い出された。

 ………理由は分かっているけども、なんともしょっぱい。


 それと、彼女に今も繋がっている輸血と点滴。

 間宮と生徒達、そして結那のおかげで輸血も出来たのだ。


 飛鳥の血液型は、AB型。

 結那も同じ血液型だった為に、しっかりと覚えていてくれたようだ。


 そして、有志として採決に応じてくれたのは、同じAB型だった榊原と河南だった。

 勿論、結那も応じてくれた。


 オレも実は、AB型だった。

 河南と兄弟である紀乃も同じ。

 しかし、オレ達は過去に、事故やらなにやらで大量輸血の結果、型は同じでも特殊なものに変わってしまっている。

 オレなんて、毒素が含まれているしな。

 とても、死にかけの、ましてや妊婦に提供出来る訳も無く、この3人に一挙に負担して貰う事となってしまった。


 おかげで、榊原も河南も貧血でリタイア。

 そして、結那も貧血と共に、泣き疲れたのかダウンしてしまった。

 元々の栄養状態も良くなかったのか、痩せぎすだったしな。

 飛鳥もそれは同じだから、目が覚めたらちゃんと食事をさせてやらないと。


 結那は今、伊野田の部屋で休んでいる。


 さて、オレ達もどうにかこうにか、怒涛の3時間を終えて。

 容態は安定したので、伊野田と紀乃の2人に飛鳥を任せる。


 残りのオレ達は、やっとこさ医療スペースを出た。

 勿論、出る前にしっかりと取り払った包帯も巻き直し、脱ぎ捨てた上着も羽織っておく。

 上着はともかく、包帯はうっかり忘れると大変な事になる。


 いつの間にか、ダイニングは広々としていた。


 暖炉に火が点いている所為か、ちょっと蒸し暑いか。


 『予言の騎士(ニセモノ)』一行がいなくなったからか、やはり広く感じた。

 ゲイルが説得をして、ついでに一緒に王城にまで送迎をしてくれてまで、追い払ってくれた。

 ………もう二度と来ないでくれ。


 後で、痴女騎士イザベラやら『夕闇トワイライト騎士団』、校舎の警備についていた『白雷ライトニング騎士団』の面々がお叱りを受けるだろうが、今回ばかりはオレも流石に知ったこっちゃねぇ。


 閑話休題それはともかく


 やっと出て来たオレ達を見てか、明淘めいとう伯垂はくすいが立ち上がって迎えてくれた。

 やはり、疲弊した表情は隠し切れなかったか、途端に苦笑の様な微妙な表情をされてしまった。


「お疲れのようだな、ギンジ殿」

「お疲れ様でございます。

 あの少女の御加減、いかがでしょう?」

「ああ、ありがとう、2人とも。

 ………幸い、なんとか持ち直して、今は眠ってるよ」


 そう言えば、ほっとした表情で、ソファーに落ち着いた明淘めいとう達。

 当たり障りのないように答えつつ、オレも苦笑を返した。

 やせ我慢だが、しないよりはマシ。


 精霊を追い払った方法や、彼女を持ちなおさせた方法さえ聞かれなければ、彼女が助かった事は僥倖なのだから。


 背後の護衛達2名の視線は、また更に厳しいものになっているが、どちらかと言うと訝し気な方に傾いているか。

 揺さ振ってみる気は、もう起きないな。


 対応していたヴァルトが立ち上がり、苦笑を零す。


「温めておいたぜ?」

「………なにそれ、嫌味?」

「おっとっと、ご機嫌斜めかよ」 


 なんて気安い掛け合いをしながらも。

 チェスの様なボードゲームをどこからか引っ張り出してきて、接待をしていただろうヴァルトには、これまた貸しが出来た。

 勿論、その護衛に立っていたハルにも同じこと。


「ヴァルトもハルも、ありがとう。

 おかげで、こっちもなんとか落ち着いたから………」

「母子ともに、無事か?」

「ああ、どちらも大丈夫」


 一応、『探索サーチ』まで使って、子どもの様子は確認したし。

 何とお腹にいるのが、双子だったなんて事実まで発覚したけど、どちらも心肺停止になっている事も無かった。

 ………心音が3つも重なって聞こえた時には、思わず小さな悲鳴を上げてしまったけども。


 ふと、そこで。


「な、なぁ、ギンジ…」

「………ふぅ…ッ、お兄さん」

「あ、っと、キャメロンもジュリアンも、待たせちゃってゴメンね」

「あ、あの姉ちゃん、大丈夫なんだよな?」

「お兄さんも、ぐすっ、………大丈夫?」


 今まですっかり忘れていた、キャメロンとジュリアンがソファーの影からひょっこりと。


 どちらも、またぶり返してしまったのか、鼻の頭まで真っ赤にしてしまっていた。

 どうやら、今までは緊急事態を悟って、保護者兼護衛のガハラにくっ付いていたらしい。


 ………そんなガハラは、下履きをパタパタと振っていた。

 涙と鼻水でぐちゃぐちゃにされたんだろうね。


 オレが戻って来たので、彼女達もこちらに戻って来たらしい。

 ソファーに乗り上げて来るなり、オレにぴったりとくっ付いて、またしてもグシグシと泣き出した。


 緊急事態とはいえ、幼い子にはジョッキング過ぎただろうね。

 慰める意味合いも込めて、彼女達の好きなようにさせておいた。


 ついでに、間宮には水分補給も兼ねて、カフェオレやらの催促も。

 オレもコーヒーが欲しい。

 先程のコーヒーは、口を付けてまもなく放置して、覚めてしまったからな。


 改めて見た明淘めいとうは、オレの様子にどこかほっこりとしていた。

 またしても、押し競まんじゅうだからな。

 やっぱり、彼女は可愛いもの好きのようだ。


 ………それを見ている、背後の嫁さん達の視線は、何故かツンドラ森林よりもつんけんとしている気がしたが、気の所為だったか。


 まぁ、それは良いとして。


「大変長らく、お待たせしてしまって申し訳ありませんでした」

「いや、あの状況なら、仕方ないと思う。

 それに医者としての顔も持っているという話は本当だったと、しっかりと報告出来そうだ」

「………恐悦至極」


 あんまり嬉しくないけど、株は下がっていなさそう。

 ただ、明淘と伯垂が手放し過ぎると感じているのは、オレだけだろうか。

 知己である事は良いことか。

 オレもおかげで、余り緊張しないで済んでいる。


「えっと、今回の訪問は、手紙を渡すだけって事で良い?」

「一応は、その返答を受け取って帰るつもりでもあったのだがな。

 ただ、貴殿も手紙を読んでからでは無いと、返答も難しいとは思うが」


 一応念の為と、用向きの確認を再度行った。

 明淘は、顎に手を当て、チェスの様なボードゲームの駒を弄びながら、そうやって答えた。


 確かに、彼女の言う通りだ。

 返答は、手紙を読んでからじゃないと、難しい。

 あてずっぽうで答えて、後から大変な目に合うのは流石に不味い。


 オレも、この頃は平穏が遠退き過ぎて、体が持ちません。


「ただ、次回の訪問予定の期日だけでも、聞きたいと思っているのですが」

「訪問の期日?」

「ええ、ご案内をするにしても、一応は此方も準備をさせていただきたく。

 それに、見るところによるとお忙しそうですので、その為には詳細な予定を詰めておく事は必要と思います」


 伯垂の言葉に、小首を傾げた。


 ああ、そっか。

 こっちって、そのまま呼びに来たからって、訪問にはならないっけ。

 なんやかんやで、期日を指定して、そこからお互いに準備をしなきゃいけないの、すっかり忘れてた。

 なんか、『天龍族』のオモテナシの時にも思ったけど、猪突猛進でそのままご案内とか考えていたのが仇になったか。


 考えてみれば、当たり前だよね。

 仮にも、王族がいる、魔族と言う種ではあるけども国家権力の一つでもあるんだから。


 ちょっと待ってね?と、上着を漁る。

 取り出したのは、スケジュール帳となっている、羊皮紙の紙束。

 雑記帳は擦り切れていたり、血がついてしまったりと散々な有様になってしまったので、ある程度の予定を映した紙束を代用しているのだ。


 片手で開いた今月の予定は、相変わらずタイトだ。

 まず、一番大きな予定が『天龍族』の居城への訪問か。

 次に大きなのは、『聖王教会』主催で、ウチの学校で協賛しているボランティア。

 後は、細々としたのが、数件。

 そのほとんどが王城と冒険者ギルドと魔術師ギルドとなっていた。


「もし待って貰えるなら、1週間後には予定が空いてるけど」

「それぐらい待つのは可能だが、忙しいのだろう?

 もっと、後にしてしまっても良いのだが、本当に予定は大丈夫なのか?」

「むしろ、その後に巡礼が控えているから、1週間か2週間の間じゃないと無理かも」


 そうそう、5月にはイーサンと巡礼に出なきゃいけない。

 だから、オレ達としてはこのタイトスケジュールで何とかやりくりしなければ、間に合わないという次第。


 それに、『聖王教会』ボランティアは4月の1週目。

 『聖王教会』が定めた休息日にある。

 敬虔な信徒は、その日1日を『聖王教会』でのお祈りに使ったり、教会施設や聖堂の美化作業に従事したりする。


 だから、それが終わってからの訪問とならないと、ボランティアの話自体がおじゃん。

 かと言って、他の予定が終わってからとなると、今度は巡礼の時期がずれ込んでしまう。

 『白竜国』はまだしも、向かう先が『赤竜国』だ。

 馬車でも、片道2週間。

 徒歩ならもっと掛かってしまう。

 そうなると、目標としている6月の休息日までに到着する予定が崩れてしまうから、出来る事なら1週間から2週間の間が理想となる。

 

「ふむ、だとすれば、そのように日程の調整は行おう」

「わざわざ、ありがとうございます。

 あ、後、手紙の返答に関しましては、此方の宿におりますので…」


 そう言って、伯垂が差し出してくれたのは、滞在先の宿の名前と号室。

 見た事ある名前だと思ったら、オレ達が前までお世話になってた高級な宿じゃないか。

 これなら場所も分かるし、すぐに行けるから問題は無さそうだ。


「ああ、ありがとう。

 明日にでも、返答を持って、直接お尋ねするよ。

 時間は、約束が出来ないけど、だいたい昼過ぎになると思う」

「分かった。

 では、お茶でも用意して待っていよう」


 良し、何とかこれで、対応は終わったかな?

 随分と話し込んでいたのか、いつの間にか目の前には、ほかほかと湯気を立てるコーヒーと、カフェオレのカップがあった。


 っと、っと、そういえば。


「そういえば、コーヒーはどうだった?」

『美味しかった!(です)』


 即答でした。

 ありがとうございます。


「これ、一応、今後のダドルアード王国の看板貿易商品になりそうなんだよね。

 良ければ、ウチで焙煎してあるものを分けるから、『天龍宮』にも持ち帰って、広めて貰えると嬉しいな」

「良いのか!?」

「気前の良い話でございますね?」

「正直、ウチが開発一挙に担ってるから、今のところ消費に困っちゃってるだけだよ。

 焙煎と挽きが終わってる粉末状のものを渡すから、飲み方についてはこの資料を読んでやってみて?」


 間宮に頼んで、コーヒーのお土産を6袋を持って来てもらう。

 焙煎を一気に終わらせてミル(※これも『闇』魔法で作った)で挽いた後、『風』で空気を抜いた密閉保存の物だから品質も問題は無い。

 ついでに、この状態で既に売り出しの為に、100セット用意してある。


 明淘と伯垂と朱孟と涼惇さん、ついでに背後に立っていた護衛の2名にもお土産だ。

 待たせてしまった詫びも込めて、売り込みも忘れない。

 飲み方についてのハウトゥーを書いた、パンフレットも一緒に渡しておけば馬鹿でもない限りは大丈夫。


 開発云々の話では驚かれたが、現代では主流の飲み物だからと言えば納得していた。

 そして、護衛の2人には、お土産自体に驚かれた。

 心象悪くしてんのは分かってんだから、アフターケアしない方が馬鹿だと思うんだ。


「では、また明日」

「お邪魔致しました」

「いいえ、大してお構いも出来ませんで」


 辞去の挨拶を受けて、玄関先まで送り届ける。

 キャメロンもジュリアンも、カフェオレに夢中だったので問題なく立ち上がれた。

 ………やっぱり、花より団子で微笑ましい。


 どこかホクホク顔で帰って行く、『天龍族』の面々を最後まで見送って。

 玄関の扉を閉めたと同時に、ダイニングへと向かい合う。


 はぁ、と安堵にも似た息を吐いた生徒達。

 いないのは、ちょっと疲れちゃっただろう結那ちゃんに付いている杉坂姉妹と、浅沼と永曽根も理由があって階上にいた。

 ディランとルーチェは、砦での戦闘に続いて緊迫感が続いた所為か、疲弊の色濃い表情をしている。


 結局、全員休ませてやれなかったな。

 明日から新学期なのに、本当に申し訳ない。

 休んでいないのは、斯く言うオレの同じだが仕方ないと割り切った。


 やっと解放されたとばかりにこきこきと首を鳴らしているヴァルト達。

 ラピスやローガン、オリビアもぐったりとしつつ、キャメロン達の向かい側のソファーへと懐き始めている。

 キャメロンもジュリアンも落ち着いていた。

 ………多分、そのうち落ちるだろうな。


 オレも休んでおきたいが、まだ飛鳥の容態が急変する可能性も残っているし、ゲイルも帰って来ていない。

 更には、懸念材料も残っている。

 斯く言うその懸念材料は、今はここにはいない。


 目線を向けた先には、階段があった。

 上には、伊野田の部屋に結那が休んでいると同時に、教室で永曽根と浅沼が事情聴取をしている。


 誰のって?

 ヘンデルのだよ。



***



 ダイニングから、教室へと向かう。

 扉を開ければ、教室にも荷物の運搬は終わっていたのか、改築前と変わらない教室風の室内が出迎えてくれる。

 教室は天井裏も改築してスペースを潰したので、仄かに薫る木材の穏やかな匂いが満ちていた。


 そして、同時に緊張感も。


「………事情は、分かったのか?」


 中にいたのは、永曽根と浅沼。

 そして、ヘンデル。


 風呂に入って、着替えは永曽根か誰かに借りたのか、真新しいシャツとズボン姿の簡易な部屋着姿のヘンデル。

 そんな彼は、教室の床を睨み付ける様に俯いたまま。


「無理だよ、先生。

 この人、口が堅くて、吐きやしねぇ」

「黙秘されてて、僕等もどうしようもないんだよね」


 問いかけた質疑に答えたのは、永曽根達だけだった。


 両名の言う通り、ヘンデルは黙りこくっている。


 ………ただ、永曽根は口を割る事を吐くとか言うな。

 洒落にならん程似合っちゃってるから。


「一応、『天龍族』の接待は済んだから、お前等は下に降りてて良いぞ」

「………分かった」

「先生、2人だけで大丈夫?」

「2人じゃなく、3人だがな」


 背後に隠れる様に追随していた間宮を後ろ手で指しながら、苦笑を零す。

 コイツもいつの間にか、オレの背後にいたもんだ。

 まぁ、確かに最近のコイツの過保護っぷりも、ラピスやローガンに匹敵するから、オレが行くところには付いて来たいんだろうけど。


 それはともかくとして。


 教室から、少しばかり名残惜しそうにしながらも、出て行った永曽根と浅沼。

 オレ達は、溜息混じりにヘンデルの向かい側の椅子を引き、そのまま腰を下ろした。

 誰の席だろう?

 そういや、ディランとルーチェも増えるから、机と椅子のセット、物置から出して来なきゃいけないな。


 なんてことを考えながらも、改めてヘンデルを見た。

 いつの間にか、彼は顔を上げていた。


「………アスカは?」

「安定した。

 今は眠っているが、貧血や低体温が解消されれば、元気には成れると思う」


 体だけは、と付け足さなきゃいけないけどな。


「………子どもは?」

「そっちも無事。

 確認はしておいたが、後は産まれて来てからじゃないと分からない」


 母親の体が心肺停止や大量出血を起こしているのだから、子どもに害が出ない可能性は無きにしも非ず。

 こればっかりは、オレも産まれて来るまでは分からない。


 ヘンデルは、やはり暗い表情のまま、「そうか…」と俯いた。


「………なんで、黙っていた?」


 そこで、とっとと本題へと移る事にした。


「………なんで、召喚者を………、日本人の学生を保護している事を、あの時オレに言わなかった?」


 本題は、勿論、飛鳥と結那の事。


 コイツは、絶対に気付いていながら、黙っていたに違いない。

 日本語を話している少女がいて、その子は学生服で、まさかまさかで一度は遺影代わりとなった写真の中で見た事のある顔をしている。


 そうなれば、オレだって嫌でも分かった。

 あの子達、例の召喚者達の生き残りで、コイツに保護されていたって事だ。

 しかも、おそらくは約2年間。

 彼女達が召喚されてから、すぐの事だったのではないだろうか。

 学生服が綺麗過ぎたからな。

 山中達のようにサバイバルをしていた連中は、擦り切れていたり原型をとどめなくなっていたりした。

 けど、彼女達には、その痕は無かったから、おそらくクラスメートが散り散りに逸れた時には、ヘンデルに保護されていた可能性が高い。


 それを、コイツは黙っていた。

 今の今まで、それこそ、こんな大事になるまで。


「………どうりで、Sランク冒険者の食事会の時に、ウチの学校の教育内容に食い付いた訳だよ。

 日本語しか喋れないなら、この世界じゃ日常生活だって儘ならないからな……」

「………ああ、意思疎通なんて、それこそ単語を並べる拙いもんだった」


 ヘンデルがそう語り出した。

 永曽根や浅沼の質疑には答えなかったが、オレだったら答えるのか。

 ………都合の良い話もあったもんだ。


 まぁ、それは良いとして。


 日常会話が英語なのに、日本語しか喋れない。

 痛手だ。

 それは、ウチの生徒達も、嫌でも分かっているだろう。

 むしろ、最初にすべきが言語教育だというのに、それが出来ないなら保護の意味も無い。


 多分、神経をすり減らしてしまったのだろう。

 その結果、飛鳥が自殺に走った可能性も高い。

 腹にいる子どもの事もあったかもしれないが、追い詰めたのはヘンデルだ。


 北の森の召喚者達の件を話した時に、彼女達も召喚されてきたのが分かった筈だ。

 なのに、言わなかった。


「オレは、お前を許せない…」

「………だろう、な」

「………何で、言わなかった?

 もう一度聞くが、何であの食事会の時に、異世界の学生を保護している事を言わなかったんだ?」


 それが、許せなかった。


 召喚された状況が状況で、トラウマになっている事は確実なのだ。

 日常生活も満足に送れない状態で、2年も拘束されるなんて普通の精神じゃ、耐え切れる訳が無い。

 確か、山中達は高校に入りたてだった筈だから、彼女達もおそらく18歳か19歳ぐらい。

 さぞ、心細く、辛い年月だっただろう。


 しかも、飛鳥なんて妊娠をしてしまっている。

 相手は、コイツで間違いない。


 尋常ではない程に追い詰められた結果が、自殺だ。

 喉を掻っ切って、死んで楽になろうとしてしまった。


 そこまで追い詰める前に、どうして他に助けを求めなかったのか。


「なぁ、以前、食事会の時にも話したよな?

 召喚者が別にもいて、それが北の森では死体になって発見されてるって…!

 あの子達も、同じ学生でクラスメートだったかもしれないんだぞ?」

「………ああ、聞いたよ」

「だったら、何で言ってくれなかった!?

 食事会の時だけじゃなく、何度も校舎に来てたし冒険者ギルドでも顔を合わせていただろう!

 言う機会はいくらでもあった筈じゃねぇのか…!」


 編入試験の時、彼は最終日にも来ていた。

 そして、ガルフォンとダグラスが来た時にも、顔を合わせていた。

 その時までには、一応の信用は得ていたと思えたというのに、何故黙っていたのか。


「………言えなかった」

「言えなかった!?

 なんで、どうして!?

 あんなになるまで、飛鳥を放っておいて、知られなければそれでいいと思っていたとでも…!?」

「そ、そうじゃない!

 ………あの時には、もう、飛鳥が妊娠してた…!!

 知られたら………、それこそ冒険者ギルドでも、仕事なんて出来なくなる…!!」

「だから、こんな最悪な状況になるまで、黙っていたと!?

 テメェ、人の命舐め腐って、保身の心配ばっかりかよ!」


 自分の仕事が出来なくなるから、黙っていただぁ…!?


 耐え切れずに、立ち上がる。

 机を蹴り飛ばし、ヘンデルの胸倉を掴み上げた。


「彼女は、命すらも失うところだった!!

 子ども達は、産まれる事も出来ずに、死んで行くかもしれなかった!!

 なのに、お前は自分の今後と、保身の為に黙っていたって言うのか!?」

「そ、そうだよ、何が悪いんだ!

 独り身の男が、保護しているあの子達まで食わせなきゃなんねぇのに、仕事を失くしたらそれこそ全員で路頭に迷っちまう!」


 それはそれは、御立派な事だな。

 食わせなきゃならない。

 その理由はオレだって生徒達を預かっている手前、なんとなく分かる。

 だが、それだけで事が済むとは思っていない。


「だったら、何ですぐにジャッキーなり、オレなりに連絡しなかった!?

 独り身なら、尚更の事だ!

 独りで抱え込むよりも、周りに助けを求めて頭を下げる事だって出来たのに!

 ジャッキーだって子育てにも慣れてるし、相談に乗ってくれただろうに…!

 なんで、食わせなきゃならねぇことが分かっていながら、黙ってたかって聞いてんだよ!!」

「………そ、れは…ッ」


 再び黙り込んで、俯いたヘンデル。

 その態度が気に食わなくて、胸倉を掴み上げる腕に力を込めて、更に持ち上げた。

 ヘンデルの喉から異音が漏れたが、構わずに無理矢理にでも顔を上げさせる。


「言えないんだろ!?

 彼女達の事を理由にして、結局お前は保身ばかり考えてたって事じゃねぇか!!

 食わせなきゃならない?保護してたから?

 違うだろうが!

 お前が、保護した女の子妊娠させたその事実を、周りに知られて軽蔑されるのが嫌だっただけじゃねぇか!」


 胸倉を締め上げていた手をそのままに、突き飛ばした。

 椅子に激突したヘンデルが、床に背中から倒れ込む。

 派手な音を立てて、椅子も倒れた。

 咽込んだ彼を見下ろして、荒く息を吐き出す。


 拳を握りしめた。


 そんな理由で、放っておかれた彼女達は、どうなる?

 そんな理由で、自殺まで計った飛鳥の気持ちはどうなる?


 ましてや、あんなに痩せぎすになった少女達を、保護したと本当に言えたかどうかも怪しい。


「猜疑も邪推も、あの2人の様子を見たらするしかねぇだろうが!

 骨と皮だけになって、ぶかぶかの学生服見て、保護した時の最初の彼女達の姿を知ってるなら、放っておいた訳がねぇってのに…ッ!」


 知らなかったとは言わせない。

 彼女達、本当は結構ぽっちゃりさんだったのに。

 写真を見ていたのに、彼女達を見てすぐに思い出せなかったのは、それも理由があったと思う。

 マシュマロ系から、もやし系に劇的ビフォーアフター。

 そんなダイエットは、オレは認めたくないし認めない。

 ふざけている場合では無いのだが。


「だから…、どうすれば良いのか、分からなかったんだ!

 言葉も通じねぇ!

 飯も大して食ってくれねぇ!

 痩せて行ってたのも知ってたけど、どうすることも出来なかった…ッ!」

「食える訳もねぇだろうが!

 親兄弟と引き離されて、言葉が分からん異国の地で、森の中に放り出されてたんだぞ!

 お前が同じ境遇に立ったら、普通の精神状態でいられるか!?」

「………い、いられる訳…ッ」

「そうだよなッ、無理だよなッ!

 それが17・18歳の女の子に降り掛かった不幸だってのに…ッ」

「じゃあ、他にどうすれば良かったってんだよ…ッ!

 あのまま、放っておけば良かったか!?

 魔物の餌になりかけていたのを、そのまま見殺しにしておけば良かったのかよ…ッ!」


 ………なんだと、この野郎!


「そうじゃねぇだろうが!!」


 何を開き直っているのか。

 馬鹿なのか、コイツ…!


 勢い余って、拳を振りかぶった。


 しかし、


『辞めてッ、お願い…!!』


 その拳は、振り下ろす事も出来ず、鋭い制止の声で止められた。


 いつの間にか、教室の扉の前には、結那がいた。


 真っ青な顔で、オレ達の様子を見ている。


 その背後には、杉坂姉妹も一緒だった。


 心無しか悲し気にこちらを見ていた。


 勢い余ったとはいえ、ちょっと不味いところを見せてしまったか。


 ヘンデルを見下ろしてから、舌打ち一つを零して踵を返す。

 もう、何も言う事は無い。


 改めて見た彼女は、隈や肌荒れも酷かった。

 近付くと多少怯えた気配がしたが、逃げる素振りは見られなかったのがせめてもの救いか。


『………ちゃんと、休めたか?』

『は、はいっ。

 ありがとうございます、あの………銀次先生で、良いんですよね?』

『ああ、銀次 黒鋼だ。

 この『異世界クラス』の担当教諭で、正真正銘の先生だよ』


 そう言って、差し出した右手に、恐る恐ると言った風に結那が握手。

 その手を見下ろして、彼女は唇を噛み締めた。


『あ、あの……飛鳥は、その…ッ』

『多分、もう大丈夫だと思う。

 安定はしたし、回復を待って、しっかりとご飯さえ食べてくれればね…』

『………そ、う、ですか………。

 良かったぁ』


 ホッと安心したように息を吐いて、そうして涙ぐんだ彼女。

 伺う様にオレを見上げて来た視線は、やはり怯えていたが、


『へ、ヘンデルさんの事、怒らないで…くれませんか?

 あ、あたし達の事、助けてくれて………、保護してくれて………ッ』


 息を詰まらせながらも、ヘンデルを庇う彼女。

 堪え切れなかっただろう涙が、ころりと頬を伝って落ちた。 


『………言いたいことは分かってるよ。

 オレも、ちょっと熱くなっちゃったから、見苦しい所を見せたね…』

『………そ、そうじゃないんですッ。

 あ、あの、………あ、あたし達も、悪いんです…ッ。

 へ、ヘンデルさん、………ご飯とか、作ってくれたり、凄く、き、気に掛けてくれたりしたのに…、あ、あたし達が、塞ぎ込んで………ッ』

『あの状況だったら仕方ないと思う。

 魔物に襲われたとも言うし、クラスメートが亡くなったりもしたのだろう?

 ………オレが怒ったのは、保護した事じゃなくて、その後のケアの事も含んでいるんだ』

『で、でも、ちゃ、ちゃんと向き合わなかったのは、あたし達も悪いです…ッ』

『結那ちゃんも飛鳥ちゃんも、何も悪い事はしてないよ』

『………で、でも、この学校の子達だって、大変だったのに…ッ』


 そう言われて、ふと目線を杉坂姉妹へ。

 罰が悪そうな表情で視線を逸らした彼女達は、おそらくオレ達のこれまでの経緯を簡潔に話したのだろう。

 話しちゃいけないとは言わないが、何を言ったのかが気になる。

 ついでに言うなら、オレ達と彼女達を比べちゃいけない。


『良い、結那ちゃん?

 このクラスはね、根本的な状況からして違うの。

 だから、比べようが無いだろうし、比べて自分達を卑下する必要も無い。

 それに、頑張ろうと思えば、結那ちゃんだって飛鳥ちゃんだって、これからどうにだって出来るよ』

『………は、はい。

 け、けど、………どうしたら、良いのか…ッ』


 そう言って、また大粒の涙を零し始めた彼女。


 オレまで泣きたくなってきた。

 それもこれも、ヘンデルの所為だ、馬鹿野郎。


『今から言う事は、ただのオレの願望であってエゴだけどさ。

 結那ちゃん達さえ良ければ、今後は内の校舎で生活した方が良いと思ってる』

『………で、でも、ヘンデルさんは…ッ』

『アイツは元の独り身の冒険者に戻るだけだよ。

 でも君達は他に行く宛ても無いし、このままだと心だって壊しちゃうだろう?』

『………お、お礼とか、………その、ちゃんとお詫びも出来てないです…ッ』


 律儀だなぁ、この子。

 嘘を言っている気配も無いし、眼の奥に宿る気配も戸惑いばかり。

 素直で真面目で律儀って、この子もよく今まで心を壊さずに済んだもんだ。


 溜息混じりに、ヘンデルへと振り返った。

 彼は、未だに床に座り込んだまま、床を睨み付けているだけ。


「………お前、恥ずかしくないのかよ。

 こんな一回りも二回りも歳が離れた子に庇われて、自分は俯いて目を逸らしているだけなのか?」

「………。」

「別にもう、お前を責める気はねぇよ。

 言うだけ無駄だって分かったし、そもそも彼女がそれを望んでない…」

「ユナ、が…?」

「飛鳥はどうかは知らないが、お前は悪くないと言われちゃオレだって何も言えないし、もう言わないよ。

 けど、これだけは言っておくが、もうお前のところには彼女達は預けておけねぇからな?」

「………ッ!

 け、けど、子どもは…ッ!?」


 ………あれ?

 子どもの事を気に掛ける辺りは、コイツも割とまとも?


「………勿論、産ませるつもりだけど、それでも会わせるか、もしくは引き渡すかどうかは、飛鳥の反応次第だ。

 もし、お前を少しでも拒絶するような素振りでもあったら、もう二度とお前とは会わせない。

 ………分かったな」


 とりあえず、確約は出来ないまでも。

 それこそ、飛鳥の反応次第としか言いようが無いから、こればっかりはオレも強制は出来んし、無茶も言えない。


「一人にはしてやるから、ちゃんと考えておけ。

 ………間違っても、馬鹿な真似はするんじゃねぇぞ?」


 そう言って、踵を返す。

 もう、疲れた。

 怒るのも、バタバタと慌てるのも疲れたんだよ。


 杉坂姉妹や結那を促して、教室を出た。


 扉を閉める寸前、


「………言いたくても、言えなかったんだよ…ッ」


 ヘンデルの震えた涙声が、背中に跳ね返って消えた。



***



 ダイニングに降りると、どいつもこいつも心配そうな顔をしていた。

 派手に椅子を倒したりもしたからだろう。


「………別に、殴り合った訳でもねぇから、安心しろ」


 そう言えば、安堵の息を吐いた生徒達。

 そこで、とりあえずの決定事項を、発表する事にした。


『今からは、全員日本語に切り替えろ。

 ここにいる藤本 結那ちゃんが、新しくウチの校舎で暮らす事になるから、全員仲良くする様に』

『えっ、あ、……は、はいっ!

 ふ、藤本 結那です!

 よろしくおねがいします!』


 突然ではあるが、1名が追加。

 転校生と言った形で、彼女は今日からオレ達の校舎に一緒に暮らす事になる。


 生徒達も納得はしているのか、拍手をして出迎えていた。

 自己紹介は、追々自分達でやって貰う事にしようか。


 気付けば、既に夕暮れ時。

 そういや、昼飯抜いて帰ってきちゃったから、全員食いっぱぐれてんじゃね?


 チラリ、と香神を見ると、パチリとウィンクが返された。


『ハルさんとヴァルトさんに頼んで、注文して置いた』

『これまた、オレ達に労い追加~』


 なんて答えたのは、ソファーにだらけたハルだった。

 ヴァルトは素知らぬ顔でコーヒーを啜っていたが、他の生徒達から(※英語で)労いを受けると途端に満更でも無さそうに素行を崩した。

 ………まぁ、肩眉を上げただけなんだけど。


 飯に関しては、どうやら大丈夫そうだ。

 注文をしたという事は、出前でも頼んだってところだろうから、待っていれば良いのかな?


 やれやれ、今日もまたハードな一日となったもんだ。

 明日が新学期だというのに、潰れる予感しかない。


 後、残っている仕事はなんだったか。


 飛鳥の経過観察は、飯の後にでもするとしても、『天龍族』の手紙も読まなきゃいけないし、ゲイルが帰って来るのを待って報告を聞かなきゃいけないか。


 ………って、あれ?

 そういや、キャメロンとジュリアンはどうした?


「待ちくたびれて、寝てしもうたわ」

「ぐずっていた分、疲れていたのだろうな」


 ソファーに腰掛けた、ラピスとローガンの膝の上。

 そこに、キャメロンとジュリアンは、お人形よろしく収まっていた。


 どうやら、オレが教室に行っている間に、あやしていてくれたらしい。


 穏やかな寝顔を見て、思わず破顔。

 良いよなぁ、子どもって、癒されるから。


 ………今は、必然的に飛鳥の事やら何やらを考えてしまって、呑気に癒されてはいられないけども。

 本当に、ヘンデルの事と言い、どうしたら良いもんか。


 ふと、そこで、


「大丈夫ですか?」


 自然と、眉根が寄ってしまっていたのか、気付いた時にはオリビアが肩にいて、オレの頭を撫でていた。


「険しい顔をされておりますわ、ギンジ様。

 お疲れではありませんの?」


 流石は女神様。

 もう何度目になるかは分からないが、抱擁感が半端無い。

 本当に、彼女には助けて貰ってばかりだ。


「いや、大丈夫だよ、オリビア。

 それよりも、帰って来て早々、慌ただしくて悪かったな」


 彼女を心配させてばかりではいられない。

 カラ元気だとしても、表情を切り替えて微笑んだ。


「そんなことありませんわ。

 帰って来て下さったのに、ご挨拶も出来ずに申し訳ありませんでした」

「そういや、言ってなかったね、ゴメン。

 ただいま、オリビア」

「おかえりなさいませ…、ギンジ様…ッ」


 そう言って、改めてオレに抱き着いたオリビア。

 すっかり言い忘れてしまっていたが、ただいまも言っていなければ、礼の一つもまともに言えていなかった。

 本当に悪い事をしてしまったな。


「お前が、ヴァルトとハルを送り出してくれたんだよな。

 ありがとう。

 おかげで、助かった。

 それに、心配掛けちゃって、本当にゴメン」

「いいえ、良いんです!

 私こそ、何も出来ずに、帰りを待つだけで、申し訳ありません…」


 一際、力強く抱き着いて来ていた腕が震えていた。

 本当にありがとう。

 本当にゴメンね。


 遣る瀬無く、腹立たしい気持ちが失せていく。

 ささくれ立っていた気分も、オリビアのおかげで大分落ち着いたのを感じて、やっぱり女神様の癒しは偉大だな、と改めて実感した。



***



 だが、その矢先の事。


「………おいおい、またかよ…ッ」

「えっ、どうなさいましたの?」


 またしても、空気に孕む緊張感。

 オレを筆頭にして、間宮も気付いたのか、今度はオレを守るような立ち位置で扉の前に立った。


 近づいて来る、複数の気配。

 しかも、その気配は、つい数時間前にも、このダイニングにいた(・・・・・・・・・・)気配だった。


 ゲイルではない。

 ゲイルの部下達の親衛隊でもない。

 そうでなければ、オレ達も緊張はしないし、ここまで警戒だってしない。


 玄関先の警備が、色めきだった。

 やはり、当たっていたか。

 玄関先の窓から見下ろした先で、金色の髪を筆頭とした一団の姿が見えていた。


 どうやら、戻ってきたらしい。

 例の『予言の騎士(ニセモノ)』一行だ。


 許可を出してもいないのに、扉が開け放たれた。


『ふざけんじゃねぇぞ、コラ!

 偽物の癖にオレ達を追い出そうとするなんざ、百年早いんだよ!』


 開口一番に、喧嘩腰で乗り込んで来たのは、例の生意気で礼儀知らずな田所青年。


『だから、駄目だって、田所君!

 ここ、仮にも彼等の住居なんだから、せめてノックぐらいしなきゃ!』


 その後から、続々と入って来る一行。

 叱るべき箇所が見当違いな、金髪の青年こと『予言の騎士』。

 そんな彼を押し退けるようにして、今度は別の黒髪の少女や茶髪の少年まで続いて入ってきた時には、思わず大仰な溜息を吐いてしまった。


 一部はまともなのか、玄関先で困ったような表情で立ち竦んでいる。

 例の白髪美人の片割れである妹さん。

 お兄さんの方は、まさにイライラとした様子で、彼方を睨み付けて煙草を吹かしている。

 残りは、迷惑そうに肩を竦めているだけ。


 しかも、今回はコイツ等だけか?

 ゲイルどころか、『夕闇トワイライト騎士団』の護衛すらもいない有様だ。


 こりゃ、ゲイルも含めて、大目玉かもしれない。


「申し訳ありません、ギンジ様!」

「オレ達だけでは、権限が足りず…ッ」


 押し切られたのか、警備がまたしても警備の意味を成していない。

 玄関先の奥で、所在無さげに立っている『白雷ライトニング騎士団』の見知った顔達がいっそ哀れだ。

 まぁ、『予言の騎士』としての肩書きチラつかせられたらな。

 仕方ないにしても、これはちょっと怒りたい。


『今度は一体、何の用かな?

 まさか、怒鳴り込みだけに来た訳じゃないだろう?』

『テメェが偽物だって事は分かってんだよ!

 オレ達の行動の邪魔してる癖に、でかい顔をしてんじゃねぇ!』


 ………ほほぉ。

 それは、一体どういう事だろうか。


 イラっとした。

 ついでに、抱き着いているオリビアどころか、ダイニングにいた言葉の分かっている生徒達までもが、怒気を露にし始めている。

 気付いていないのか、田所青年はオレを睨み上げたまま。

 気付いたのは、『予言の騎士』と、玄関先で屯していた面々のみだ。


 ………気付いたとしても、これはもうどうしようもないんだけどね。


『だから?』


 ちょっと、限界かなぁ。

 ゲイルもいないし、痴女騎士イザベラまでいない。


 同時となると、もしかしなくても撒いたんだろうな。


 護衛兼手綱となるべき人間がいないのに外出しているという時点で、立派は協定違反。

 勿論、この王国での協定である。


 挑発も込めて、唇を歪めながら先を促した。

 途端に真っ赤な顔になった彼は、扱いやすいが面倒臭い部類。


 背後で、ハルまでもが殺気立ったのが分かった。


『今すぐ『予言の騎士』を名乗るのを辞めて、オレ達に謝れ!!

 テメェ等の所為で、オレ達はいろんなところで偽物扱いされて、迷惑ばっかり被ってんだよッ!!』


 その怒声が、最終的には、玄関先にいた騎士達にも火を点けた。

 何を言っているかは分からずとも、有事とは勘付いたらしい。

 だが、もう遅い。


 それよりも先に、オレ達が噴火する。


 間宮も後ろ手にナイフを抜き、背後でハルも構えたのが分かった。


 後ろから見た間宮の髪が、見る見るうちに逆立っていく。

 濃密な殺意が、ダイニングに満ちた。


『………言いたい事は、それだけか?』

『ああッ!?

 何スカしてんだ、この偽物野ろ…うぶぅッ!?』


 最後まで言い切る前に、田所青年の顔を鷲掴んだ。

 そして、そのまま持ち上げる。


 ………もう、限界だ。

 ただでさえ、今は、虫の居所が良ろしくなかったというのに………ッ。


『………言いたいことは、それだけかって聞いてんだよ』


 睥睨する様にして、見上げた先。


 田所青年が真っ赤な顔のままで、オレの腕から逃れようともがいていた。

 ただし、その顔が真っ赤なのは怒りでは無く、痛みだろう。


 漏れ出した息遣いが、段々と切羽詰まった物に変わっていく。


『ちょっと、教育的指導が必要かもしれないね。

 大人を………ちょっと、舐めすぎじゃないか?』


 背後の生徒達が、またしても「ガチだ…」と呟いたのが聞こえた。



***



 偽物かどうかは、オレ達には分からない。

 一度に2人も現れるなんて、流石に『聖王教会』でも各国でも考えていなかったらしい。


 確かに、時期からすれば、召喚されたのは彼等が先で、オレ達が後。

 だからこそ、オレ達も結局のところ、半信半疑だったのだ。


 だが、だからと言って、彼等にそれを指摘される筋合いは無い。

 そして、オレ達が『予言の騎士』を騙っている等と言われる筋合いも無い。


 謝る意味も、無い。


 更に言うなら、迷惑をしているのは、此方も同じ。


 何だよ、今まで聞こえてきた、醜聞の数々は。

 世界の命運背負っているからって、やって良い事と悪い事ぐらいの分別は付けて貰わなきゃ困るだろうが。


 むしろ、こっちが謝って欲しい。

 こちらは、堅実にやってきたつもりだ。

 土台作りから、生徒達の基礎訓練。

 信頼を得る為に各所に足を運んで、それこそ必死で人脈作りに奔走した。

 病気の件もあって、てんてこ舞いだったのもあるが、それでも必死になって駆けずり回っていたのだ。


 国に言われたからとか、させられたからとかじゃない。

 それこそ、最初は嫌々だったし、無理矢理だったのは否定はしない。

 いらない肩書きだったと言えば、確かにそうだった。


 だが、それがオレ達の生活の為に必要だった。

 だから、今まで背負いたくも無い肩書きを背負い、権限を持て余しながらも活動してきたつもりだ。


 オレ達が、この世界で生きていく為に、やれることをやっていく為に、必要だったから。

 下げたくも無い頭を下げた事もある。

 嫌がらせをされたり、蔑まされたとしても守ろうと必死に守ってきた。


 何よりも、自分達の為に。

 強いていうならば、生徒達を守る為にだ。


 それを、否定された。

 少なくとも、オレはそう思ってしまう。


 大体、功績や実績を比べて決める訳でも無く、それを決めるのはそもそもオレ達では無い。

 群衆が決めるのだ。

 言うなれば、各国が有用性を認めてくれさえすれば、オレ達はそれで良かった。

 余計な囲い込みや柵はあれど、それで良かったのだ。


 功績も実績も、堅実に真面目に豪遊もせず、増長も慢心もせずに全力で向き合い続ければ、勝手に付いて来る。



 その結果が、今の地位や権限、人脈だと思っていた。


 今では、オレ達を笑顔で出迎えてくれる、王城の騎士達。

 支持を続けてくれるという冒険者ギルドや、『聖王教会』。

 心酔の域ながらも、慕ってくれる魔術ギルドのキャメロン達。

 南端砦で快く送り出してくれた、砦の騎士達もそうだ。


 他にも、オレ達がこの世界に来てから、触れあった人達。

 その誰もが、今ではオレ達の味方だと思っている。


 認めてくれる人間がいれば、それがオレ達の評価だと信じて来た。


 だからこそ、オレはコイツ等が許せなかった。

 何よりも、『予言の騎士』を名乗っている、この男が許せない。



***



『何を、驕っているの?

 何を持って、君たちは自分達が優位だと勘違いしているの?』


 持ち上げた田所青年が、いよいよ持って脚をバタバタと。

 そのうち、落ちるだろう。

 意識が。

 そうなる様に、鼻も口も塞いでんだから。


 そうなったとしても、そのまま放り出してくれる。


『言葉も喋れない癖に、どの面を下げてここに来た?

 この世界の事も、オレ達の事も舐め腐ってんの?』


 この世界の共通語が英語だと知っていながら、この語学力ならば馬鹿にしているとしか思えない。

 時間を掛けてでも、生徒達は習得したというのに。 


『ちょ、ちょっと、待ってください…!

 いくらなんでも、暴力は…ッ』

『離さないと、アンタの腕を切り落とすよ…ッ!』


 田所青年を吊るし上げたオレに対して、『予言の騎士』は制止を。

 代わりに喧嘩腰で声を張り上げたのは、茶髪から黒髪に生え変わり始めているプリン頭の少女。


 背中に剣を吊るしていたようだが、それを抜こうとしているのは戴けない。


 とはいえ、その時には既に、間宮が彼女の横に立っている。


『(………抜けば、殺します)』

『………ッ、何!?』


 脇差を既に抜き、彼女の首へと当てている間宮。

 彼女は彼の接近すらも気付いていなかったか、冷たい刃の感触に硬直した様だ。


 はぁ、と溜息を吐き出した。

 わざとらしく、大仰に。


『………そこまで、聖人君子とは思わなかったよ。

 オレが聞いた風聞で、暴力で事を片付けて来た『予言の騎士』一行で、どうやら間違いは無かったらしい』

『…そ、それは…ッ』


 聞き及んでいる、彼等の行動の結果は筒抜けと言っても良い。


 悪いが、こっちには遠くにも目と耳がある状態なのだ。

 状況は、冒険者ギルドや『聖王教会』、王城を経由して聞こえて来ている。


 コイツ等、武器を抜くのも早いので有名。

 沸点が低いのかそれとも、慢心でもしているのか。

 そして、はた迷惑な『予言の騎士』としての権限まで振りかざすものだから、始末が悪い、と聞いている。


 そんな奴等に、暴力云々を指摘される謂れは無い。


『何が、迷惑をしているだ?

 こっちだって、お前達の行動一つで同じ目で見られて、迷惑を被ってんだぞ』


 何だよ。

 馬鹿じゃないの?


『なんだよ、功績どころか実績もねぇじゃねぇか!

 やれ、どこそこではギルドマスターを土下座させたとか、どこそこでは暴動騒ぎを起こしたとか!

 聞いているだけで、腹立たしい醜聞ばかりだ!

 それと一括りにされるだけでも迷惑なのに、その元凶が当たり前の様な顔で会いに来るのも腹立たしい!』


 そう怒鳴ったと同時。

 とうとう、耐え兼ねたのか、田所青年の黒目が瞼の裏に逃げた。


 失禁でもするかと思って、そのまま開け放たれたままの玄関先から投げ捨てる。

 改築したばかりの床を汚されるのも困る。


 誰も受け取ろうともせず、むしろ避ける面々もいた。

 田所青年は、オレ達への対応からして、クラスメートからも嫌われているようだ。

 それがご愁傷様とも、思えない。


 そこで、ふと、オレを睥睨している目線を複数感じた。

 先程武器に手を伸ばした少女以外にも、オレを見ている青年が3人ばかり。


 白髪の青年と、金髪の青年。

 それから、どこか苛立ち紛れの黒髪の青年だ。


 黒髪の青年はともかく、白髪と金髪は闘志を瞳に映している。

 なるほど、一応は逸材も紛れてはいるという事らしい。


 眼が合ったと分かってか、白髪の青年が声を発した。


「この馬鹿のやったことに関しては、オレ達も迷惑を被ってる。

 オレ達だって、一括りにされるのは腹立たしい」


 おっとっと?

 驚いたことに、こちらの白髪の青年は、教養があったらしい。


 流暢な英語で、発せられた言葉は抗議。

 迷惑しているのは、自分達も同じだと言いたいのだろうが、


「………だったら、そうなる前に殴ってでも止めろよ。

 止めもせず、傍観した時点で、十分テメェ等も共犯のクソガキだよ」


 そう言えば、いよいよもって目に敵意を宿らせた。

 彼等だけでは無く、他の数名も視線を向けて来るが、正直言って殺意が無い視線なんて、オレに取ってはそよ風みたいなものだ。


「や、辞めてよ、兄貴…ッ!

 確かに、あの人の言う事も正しいよ…」

「………ッ」


 妹と言うもう一人の少女に止められて、飛びかかって来る事は無かったか。

 それでも、言われた言葉に苛立ちを露に、舌打ちを零したのはいただけない。


「教養足らずに、礼儀知らず。

 そんな連中に対してなら、オレ達だってそれ相応の対応はさせて貰うよ」


 そう言って、少女の首に刀を当てていた間宮へと目配せ。

 言葉も必要無く、


『きゃ…ぅ…ッ!!』

『うわっ、リコたん!?』


 間宮は迅速に行動した。

 足払いをしたと同時に、その体を蹴り飛ばして玄関先へ。 

 あっと言う間の出来事で、オレの目の前にはその少女がパンツ丸見えの状態で、捕殺寸前の豚のように転がっている。


 それを、躊躇なく蹴り転がした。

 玄関先の階段から、プリン頭の少女が転がり落ちていく。


 普段は女性に対して暴力を振るう事は無いオレにか、背後で嫁さん達が息を呑んでいた。


 フェミニストだけど、敵となれば話は別なの。

 躊躇はするけど、殺せと言われれば殺して来たし。


『痛ぁ…ッ、何すんだよッ最低!』


 転がり落ちた少女が叫んでいるが、五月蝿いだけだ。


 向こうの面々の視線が、更に鋭くなった。

 気に掛けるべき視線が無い事が残念でしかないが。


『この程度でしか無いのに、よくもオレ達を偽物と言い切れたな』


 たった数秒だ。

 それで、鎮圧が事足りる。


 しかも、オレ本人では無く、間宮のみで。

 ………まぁ、間宮も一般からは、かなり逸脱しているけども。


『この野郎、よくもリコたんを…ッ!!』

『間宮、もう一名ご案内』


 恋人らしきチャラ男君が飛び掛かって来たが、これまた間宮が簡単に制圧した。

 今度は、彼が玄関先から蹴り転がした。


『きゃあ、マコたん、重いぃ!』

『ご、ゴメン、リコたん!』


 仇討ちをしようとした恋人の真上に転がったチャラ男君の哀れな事。

 これまた、数秒である。


 改めて見下ろした餓鬼どもは、半分が敵意、半分が驚きで目を丸めていた。


『言っただろうが、そちらの対応次第でこちらも対処はする、と。

 オレ達だって、聖人君子を売りにしている訳では無いからなぁ』


 そう言って、向き合った『予言の騎士』。

 例の金髪の青年であり、目下オレの怒りの矛先となっている男。


 一呼吸置いてから、ついでに深呼吸。

 そうして、口を開いたと同時に、


『テメェは、どういう教育をして来たんだ、この馬鹿者がッ!!』

『ひぃぅ…ッ!?』


 怒声を張り上げた。


 道行く人々が振り返ったが、今回ばかりは近所迷惑に関しても気にしない方向で行く事にした。


 言っておく。

 今は、ガチだ。

 今まではイージーモードだったが、こっちに対してはガチだ。


 躾の成っていない子どもには、何を言っても無駄。

 その躾をするべき立場の、保護者に言わなければ何も始まらない。


 そして、その保護者がコイツだ。


『テメェ、ちゃんと教育してんの!?

 ちゃんと教育して来ておきながら、こんな教養足らずに礼儀知らずの馬鹿どもが出来るのか!?』

『そ、そんなの、僕に言われても…ッ!』

『だったら、他に誰に言うってぇ!?

 『予言の騎士』名乗ってんだったら、テメェが教育者で『教えを受けた子等』の保護者って立場じゃねぇのかよ!

 それとも、そっちの白髪の子の方が『予言の騎士』で、お前も生徒だって言う事かぁ!?』


 僕に言われても何だって?

 何を甘えた事を抜かしていやがるのか、この馬鹿は。


 正直、今のオレに敵意を向けて来た白髪の子の方が、『予言の騎士』らしくまっとうな性分だと思えるが?

 そんな白髪の兄は、眼を丸めて固まっていたがな。


『ち、違います!

 ………けど…ッ、』

『けどもだってもへちまもくそもねぇんだよ!!

 なんだよ、昼間と言い今と言い、問題児どもの態度はッ!!

 仮にも目上の人間や訪問先の責任者に対して、タメの上に暴言吐き散らすってどういうこった!?

 ウチの生徒が他所でそんな馬鹿をやっていやがったら、絞め殺してるぞ!!

 他所様に恥ずかしくて、外にも出せねぇよ!!』


 何を言い訳しようとしているの?

 『予言の騎士』=教育者ってのが、『予言』にも記されているでしょうが!

 そして、『教えを受けた子等』がその生徒なら、保護者としての役割も十分担っているという事と同義である。

 なんで、そんな簡単な事にも気付かないの?


 ちなみに、これは事実。

 絞め殺しはしないが、〆た事はある。

 何を隠そう、徳川である。

 アイツ、ギルドの依頼の時に、最初からタメ口だったらしくて、後で報告受けて大目玉だったの。

 ちなみに、オレでは無く永曽根からだったけど。


 オレは〆ただけ。

 きゅっと。

 そして、夜飯を抜きにした。


 思えば当たり前の教育を、彼等はされていない。

 本人が一杯一杯だったのも分かるが、せめて躾なり教養なり、どちらかぐらいはしておいて然るべきだ。

 それがされていない時点で、コイツの事は絶対に許せないと思っている。


『だから、問題ばっかり起こしてんじゃねぇの!?

 何だよ、冒険者ギルドのマスターを土下座させたって!!

 何だよ、巡礼拒否された腹いせに、暴動紛いな事を起こして放逐されるとか!!

 挙句の果てには、アポ無しで来たばかりか、来客中に暴言吐き散らかしてこっちの業務まで邪魔しておいて、謝罪をしろだぁッ!?

 礼儀舐めてんのか、国際問題舐めてんのか!?』


 一息に言い切って。

 そこから、改めて『予言の騎士』である金髪の青年を睥睨する。

 けく、と喉から異音を発して、彼は後退った。


 この時点で、コイツがまだまだ、オレ達の足下にも及んでいない事が分かる。

 聞けば、ランクも平均的なCだとか言うしね。

 もう、本当にやってらんない。


『なんなの、本当に、もう、馬鹿なんじゃないの?

 この国に来て王城で説明受けた内容、ちゃんと理解してた?

 お前等、仮にも国の名前背負ってこっちに来てんのに、何を騎士団も護衛も撒いて2度目のアポ無し訪問までしてんの?

 それだけで、国際問題に発展して、最悪あっちの国に経済制裁が掛かるってなんで分からないの?』

『そ、そんなの言い過ぎじゃ…ッ。

 第一、貴方にそんな権限なんて…ッ』

『言い過ぎじゃないの、出来るの。

 権限じゃなくて、国王の采配次第ではあるけど、各地の冒険者ギルドと『聖王教会』の伝手で、実質既に経済制裁掛かろうとしてんの!』


 知らなかったのかよ、自分の国の事なのにぃ!

 擁立したのが新生ダーク・ウォール王国って事で、もう既に各国が動き出しているのに、何で気付いてないんだろう。


『お前等、暴れ過ぎたんだよ!

 だからこうなってんの!

 『黒竜国』は暴動の件で、実際に新生ダーク・ウォール王国との貿易は取り下げたって言うし、『青竜国』でも起こしてるから、『竜王諸国』ではお前等の巡礼を拒否を全面決定してんの!

 結果!!

 お前達のツケをお前達を擁立した、その新生ダーク・ウォール王国が払う事になってるの!』


 これも、決定事項と言うか、事実。

 オレ達の耳には、南端砦への訪問前から、各国の動きは風の噂として入っていた。

 まぁ、ほとんどが冒険者ギルドと『聖王教会』だけど。

 王城~??

 そう簡単に降りて来る訳ねぇだろうが。


『そ、そんな…ッ』


 よろけた『予言の騎士』。

 どうやら、本当に知らなかったようだ。


 なんで、そんな簡単な事に気付かないの?

 生徒達ならまだしても、保護者である彼がどうしてそこまで、気にして行動が出来ないの?

 大人なら、行動責任がどれだけのもんか、分かってんじゃねぇの?


 しかし、


『そ、そんなの、横暴です!

 僕等の職務を邪魔するなんて、貴方だって礼儀知らずでは…ッ』


 それを、どうしてこっちに返してくるかね、この馬鹿な坊やは!

 コイツ、本当に成人してんの!?


『決めたのは、オレじゃなくて冒険者ギルドに、『聖王教会』だよ。

 オレ達がじっくり腰を据えて、今までやってきた功績やら実績が評価されただけの事だよ。

 言っておくが、オレは頼んだりはしてねぇからな!

 テメェ等の身から出た錆と、オレ達の信頼と実績の違いだ!』


 そこまで言って、やっとすっきりした。


『オレ達に噛みつきに来る前に、一旦自分達の行動の結果を省みろってんだよ。

 なんで、そんなことも出来ない訳?

 テメェは、もしかして幼稚園児でも引率している気分な訳?』

『そ、そんな訳…ッ、生徒達を侮辱しないでください!』

『テメェを侮辱してんだよ、気付けよ馬鹿。

 躾も出来てねぇ管理も出来てねぇ、手綱も握れてねぇなんて、そのまんまじゃねぇか』


 正直、後半は自慢になってしまったようなものだったが、ここまで言っておけば心は圧し折れるだろう。

 圧し折れなければ、気が済まない。


 大体、この王国で動き回るのだって、許可がいると説明受けて無いの?

 いや、受けていた筈だ。

 何を隠そう、ゲイルが説明をしていた。

 しかも、この校舎の中でだ。

 唇の動きだけとは言え、ちゃんと見ていたのだから、言い逃れは出来ない。


『………テメェ等の行動の先で、どんだけの人間に迷惑が掛かっているのか。

 もっぺん、良くその足りない脳みそで理解してから出直して来い。

 正式な許可を取ってなら、否が応でも会うぐらいはしてやらぁ』


 そう言って、顎をしゃくった先。

 真っ青な顔をした『予言の騎士』が、視線を向ける。


 そこには、この王国の騎士達に取り押さえられたような形となった魔術師風の護衛達と、ゲイルが立っていた。


 どうやら、本当に護衛達は撒いて来たらしく。

 既にイライラが隠せていない向こうの護衛達の視線がいっそ哀れか。


 駆け付けたのは今しがたではあるが、彼等が拘束紛いになっているのはもっと前と言うべきか。


 ………痴女騎士イザベラはいないようだ。

 良かった良かった、とほっと安堵の溜息。


「………王国内での勝手な行動は、慎んで貰おう。

 先にも、その訪問や行動には、王国からの許可が必要だと説明したばかりだと思っていたが?」

「………す、すみません。

 生徒の1人が、突然駆け出してしまったので………」

「………その責任は、貴殿のものだ。

 生徒に擦り付ける前に、手綱を握っておらぬ貴殿の落ち度だと認めよ」

「………ッ!!」


 オレからと、ゲイルからも同じような事を指摘されたからか。

 途端に、鼻白んだ『予言の騎士』。


 視線を逸らして、俯いて。

 まるで、自分は悪くないのに、何で怒られているのだろう?とばかりの態度に、更に苛立った。

 正直、コイツのこの態度も、オレは気に食わない。

 大人の責任って、そんな簡単なもんじゃねぇのに、何生徒に擦り付けたり言い訳したりしてんの?


 そこへ、ゲイルが更に追い打ちを掛ける。


「………ギンジは、そんなことはしない」

「………ッ」


 その一言が、今までのオレの一言よりも、殊更聞いたらしい。

 生徒達までもが、視線を険しいものにしている。


 最初からチームワークどころか、信頼関係が築けていない証拠だな。

 ………こりゃ、酷い。


 オレは、つくづく、今の生徒達がウチのクラスの子達で良かったと思ったよ。

 生徒達も、少しでもいいからそう思ってくれると嬉しい。



***



 その時だった。


「先生ッ!!」


 唐突に、オレの背後から響いた、甲高い声。

 見れば、これまた真っ青な顔をした伊野田が、オレの足下に突進して来た。


「…ッ、どうした、伊野田?」

「あ、あああ飛鳥ちゃんが…ッ!?」

「容態が変わったか…!?」

「ち、違…ッ、くないかもしれないですけど、とにかく…ッ!」


 なんか、嫌な予感。

 先程の、突然の偽物一行が突撃して来た時とはまた別の緊張感が満ちたダイニング。


 取って返そうとしてから、もう一つだけ言いたいことを思い出した。

 玄関先から、トボトボと。

 逃げる様にしてオレへと背中を向けていた『予言の騎士』と、その生徒達に向けて声高に投げ捨てた。


『後、もう一つ!

 オレに、謝れと言うなら、テメェ等が先に巻き込んだ商隊キャラバンの連中に謝って来い!!』

『………ーーーッ!!』


 これは、効果覿面だったようで。

 今まで、此方を興味無さそうに見ていた生徒達までもが、一斉に反応した。


 ただし、返事は聞かず。

 そのまま、オレは玄関先から、とっとと医療スペースへと直行した。


「………悪いが、今後は立ち入りの規制をさせていただく。

 二度と、この校舎に近付くな」


 そう言って、ゲイルまでもが吐き捨てた。


 部下達に目線だけで合図を送り、彼自身は校舎の中へ。


 代わりに、騎士団が魔術師風の護衛達をまとめて王城へと送還し、それに『予言の騎士(ニセモノ)』一行も追加された。


 ………後から聞いた話、彼等はその後、一様に口を噤んでいたらしい。


 落ち込み、俯き、涙を堪えていた少女達もいたと言う。


 だが、悪いとは思わない。

 彼等は、誰が発起人かは分からないまでも(※十中八九、あの田所青年だと思うんだ)、同じ場所に居て同じ行動を取って、その結果が例の商隊キャラバンの巻き込まれ事件だったのだから。

 先にも言ったが、殴ってでも止めなかった上に、傍観していた連中も同罪だ。


 謝れとオレにいう前に、彼等はその身で贖うべきだ。

 人の死を齎した、自分達の結果に。



***



 さて、胸糞悪い、ファーストだかセカンドだかのコンタクトはともかくとして。


『…何があった!?』


 医療スペースに駆け込めば、既にラピスが処置に回ろうとしていた。

 中にいた紀乃はオロオロとしてしまっている。


 って、………なんか、生臭い?


「………な、何を言っているが、分からん。

 だが、何かあったのか、と聞いているのだとしたら、『破水』したと答えてやろう!」

「は、破水だってぇえ!?」


 えぇえええええッ!?

 えらいこっちゃぁ!


 二度目の大パニック。


「ちょ、ちょっと嘘でしょ、この子、だってまだ…ッ!」

「おそらく、失血性のショックで早まったのじゃ!

 わ、私もお産の経験は浅いから、慌てず騒がずに手伝っておくれ!」

「オレ、男なのにぃ…ッ!!」

「いまは、男も女も関係無かろうが!!」


 ………怒鳴り散らすラピスさんが、男前過ぎます。

 旦那のオレよりも、しっかりしてます。


 こういう時って、男よりも女の方がしっかりしてるって、本当の事だったんだ。


「って、ぼーっとしてる暇ねぇか!」


 今度は、医療スペースから取って返し、ダイニングの全員へと声を張り上げた。


『あ、飛鳥が、破水した!

 全員、落ち着いて、オレの指示に従って、動いて…ッ!』

『う、嘘ぉ…ッ!』

『飛鳥…ッ!』


 オレも他人の事を言えずに、大慌て。

 いやはや、お産に立ち会った経験は、流石に無いよ。


『と、とりあえず、誰かヘンデルを連れて来て!

 アイツ、一応旦那だから、説明ぐらいはしないと!』

『分かった、行って来る!』

『あ、後、香神はキッチンで、お湯をたくさん!』

『了解!』

『女子組は、………と、とにかく、布!

 清潔な布、持って来て!』

『はいっ!』

『結那は、中に入って、飛鳥をなだめる様に………って、まだ、眼が覚めて無いけど………ッ、と、とにかく入って!』

『わ、分かりました!』

『残りの男子組は、消毒用の酒持って来て!』

『はいっ!』


 慌てて指示を出して、生徒達に動いてもらう。


 浅沼と永曽根が、教室へと駆けあがって行った。


 香神が駆け出し、貧血から復活していたらしい榊原も一緒にキッチンへと駆け込んだ。


 女子組も大慌てとなりながら、布を取りに各々で動き出す。

 確か、衝立の向こうに旧校舎から回収して来た、未開封のシーツとかタオルとかあった筈なんだ。


 結那も呼んで、飛鳥が万が一目覚めた場合の、安定剤要員として医療スペースへ。

 まさか、友達のお産に付き合う事になるとは、彼女も思っていなかっただろう。


 閑話休題それはともかく


 あと、後なんだ?

 お産の時に必要な物って、何だ?

 産婆さんって、こっちの世界にもいるものなん?

 それとも、医者を呼んできた方が良いの!?


『こ、これ、お主も中に来なしゃんせ!

 この子に付けられた、管の様なものは、私では外せないのじゃ…ッ!』

『ご、ゴメン、すぐ戻る…ッ!』


 そうは言っても、何が必要かが分からなくてオロオロワタワタと医療スペースのカーテンの間を行ったり来たりだ。

 その姿を見て、何故かハルとヴァルトに笑われた。

 心外であるが、怒鳴るのは後!


 しかし、そこで、


「あ、あの、ギンジ様、一体何がありまして?」

「あ、アンジェさんッ!」


 女神様はやはり、オレを見捨てていなかったようだ。


「ああ、お産の経験でしたら、何度もございます。

 ラピス様もいるので、安心していただいて結構でございます」


 かくかくしかじかと説明すれば、何とも頼もしい言葉が返って来た。

 おかげで、肩の力が抜けたと同時に、脚の力も抜け掛けて足がもつれたけど。


『先生、布持ってきた!』

『ヘンデルさん、連れて来た!』

『お湯!』

『今、風呂沸かし直して、産湯作って来る!』

『お酒持ってきたよ!』


 その後も、続々と生徒達が到着してくれる。


 腕一杯に未開封のタオルや布を抱えた女子組に、顔面蒼白なヘンデルを引っ張って来た永曽根と浅沼。

 たらい一杯のお湯を抱えた香神が到着すると、即座に榊原が徳川を連れて風呂場に直行した。

 酒を持ってきた面々は、ケース代わりのコンテナごとだ。


 そして、一番の問題はヘンデル。


 ヘンデルは、オレを見て、ゲイルを見て、それから医療スペースを見て、と自棄に視線が忙しなかった。

 とはいえ、今の現状ではもう、説教する気も失せた。


「ヘンデル、しっかり良く聞いて。

 飛鳥が破水したのは聞いたと思うが、眼が覚めていない。

 このまま目が覚めないまま、お産に移るとなると最悪を腹を切って取り出す事になる」

「そ、そんな…ッ、それじゃ飛鳥は…っ!」

「あくまで、可能性の話だ。

 勿論、万が一が無いようにはするし、出来る限りの事はする。

 お前は、とにかく飛鳥に呼びかけて、それから目が覚めたらちゃんと謝れ!」

「う…っ、お、ぉう…」


 捲し立てる様に黙らせて、ヘンデルを連れて医療スペースへ。


 だが、ここで吃驚。

 身動きが取れない。


 医療スペースは、荷物を運び込んだ面々でごった返していた。


「こんなにいても邪魔なだけじゃ!

 お湯はそこ!布はそこ!酒はそこじゃ!

 後は、すぐに出て行っておくれ!」 


 ラピスがイライラと、口早に医療スペースから生徒達を追い出していく。

 オレでも怖い。


「ギンジ、この子が双子なのは、本当なのじゃな!?」

「えっ、あ、おう!」

「双子?おい、嘘だろ、双子なのか…!?」

「心臓の音が三つ聞こえたからな。

 心臓が2つある奇形児じゃ無ければ、間違いなく双子だよ」


 改めて全員で、飛鳥を取り囲む。

 医療スペースにいるのは、オレとラピス、間宮とオリビア、アンジェさんに紀乃、結那とヘンデル。


「分担を決めよう。

 とりあえず、産道確保は、ラピスとアンジェさんに任せる。

 結那とヘンデルは、飛鳥に呼びかけて。

 オリビアと紀乃は必要となった時の補助要員として、ここにいて」

「分かった」

「はい」

「………分かった」

「はいですの」

「了~解」


 唯一、分からなかっただろう結那には、もう一度日本語で説明。

 理解した彼女は、早速飛鳥へと必死に呼びかけ始めていた。


 残ったオレ達は、飛鳥の容態のチェックに回る。

 酸素マスクの状態を確かめ、脈を取り、点滴の状態も逐一見ている。


 ちなみに、酸素マスクに繋がった足踏みポンプは紀乃が手で押し続けていた。

 断じて、遊んでいる訳では無い。

 ………見ていると不思議と癒される光景だったが。


「せ、先生、ちょっと良い?」

「あ?どうした、ソフィア?」


 慌ただしく動いている最中、ソフィアがカーテンの向こうから顔だけを出した。

 しかし、言葉は続かずに、ヘンデルへと視線を向けている。

 えっと、コイツに用があるって事で良いのかな?


「ヘンデル、一旦出てくれ。

 ソフィアが呼んでるから、用事を聞いて来て…」

「えっ!?あ、おう」


 ヘンデルは、驚いた様子ではあったが、渋々従っていた。

 何も、今すぐに産まれる訳じゃないし、追い出したりするつもりでも無いのに。


 心配か。

 そうか。

 だとしたら、ちょっと安心した。


 ………これなら、アイツを殴らずに済みそうだ。


 しかし、そう思っていた矢先!


「………馬鹿!」

「変態!」


 ---バチンッ!パンッ!!


 相次いで聞こえた、医療スペースの外の音は、完全に平手だった。

 ………オレが殴る意味が無くなっただけだったらしい。


「飛鳥ちゃんの事、なんでちゃんと見ててあげなかったの!?」

「仕事が忙しいからって、声を掛けるのが朝と夜だけって可笑しいとか思わなかった!?」


 ………そりゃ、怒るわオレも。


 多分、結那にでも聞き出した内容だったのだろう。

 今まで、溜め込んでいたようだが、本人を目の前にして堪忍袋の緒が切れたか。

 言わずもがな、エマもソフィアも女だから。

 余計に、許せなかったか。


 その後は、黙り込んだヘンデルに、ぼそぼそと何かを吹き込んで会話を続けた杉坂姉妹は、割とあっさりと彼を解放したようだ。

 両側の頬に季節外れの紅葉ひらてのあとを付けて戻って来たヘンデルは呆然自失だったがな。

 ………カーテンの隙間から見えた、杉坂姉妹のサムズアップが頼もしい。


「………ほら、言われた」

「………分かってるよ」


 とはいえ、これ以上は責め立てる訳にも行かず。


 ちょっとしたハプニング気分は引き絞めて、自分達の出来る仕事を続けていく。

 破水の水は、止まっていない。

 しかし、段々と血が混じりだし、鉄錆の臭いが充満し始めた。

 いよいよか、と身構えた。


 丁度、その時。


『………ん…ぅ…ッ』

『飛鳥!』

『あ、飛鳥ちゃん、目が覚めた!?』

「アスカ…ッ!」


 痛みに耐え兼ねたか。


 飛鳥が目を覚ました。

 呆然と、天井を見上げ、そこから目に映る全員の顔を確認しようとするように、頭を左右に振っていた。


 結那を見てか泣きそうに顔を歪め、ヘンデルを見て更に苦しそうに眉を潜めた。

 しかし、同じように見下ろしていたオレ達を見て、今度は大きく目を見開かれる。


 まぁ、吃驚するわな。

 知らない人間に囲まれて目覚めるのは、オレも嫌だもん。


『起きたね、飛鳥ちゃん。

 早速だけど、オレは黒鋼 銀次。

 君と結那ちゃんと、同じ召喚者だよ』

『く、くろがね、ぎんじ………、日本の人…ッ!?』

『そう。

 こっちは、間宮 奏で、この子も同じだ』

『(ぺこり)』


 なるべく、落ち着いて話を進める。

 彼女はオレ達が同じだと分かると、途端に様相を崩していた。


 どうやら、同じ世界から来たと言うだけで、かなり安心感があるらしい。

 暴れる素振りも、混乱した様子も見られなかった。


『で、今は君の体を診察しているお医者さん。

 覚えてる?

 君、喉を自分で切って、ここに運び込まれたんだけど…』

『………お、覚えてます…』


 思い出させたくは無いが、聞かなきゃいけない事がいっぱいだ。

 その為の聞き取り。


 オレ達の言葉に耳を傾けながらも、全員が固唾を呑んで見守っていた。

 一部は言葉が分かっていないだろうが、後で説明しよう。


『あ、あたし、子ども………産みたくなくて。

 ………それに、もうこんな生活、耐え切れなくて…ッ』

『分かるよ、その気持ち。

 オレも、この世界に来てから、何度も思った事だ。

 まぁ、子どもは染色体XYで産めないから、そっちの気持ちは分からないけどね?』


 涙ぐみながらも、促すよりも先に言葉を重ねてくれる飛鳥。


 不謹慎とは思うが、茶目っ気を含めてちょっとだけおどけて見せた。

 間宮や結那、紀乃が噴き出したが、飛鳥はきょとんとしただけで、不発に終わったようだ。


 しかし、


『………女の方じゃなかったんですか?』

『あ、そっち?そっちだったの?』


 どうやら、根本的な事から分かって貰えて無かったらしい。

 ………オレの女顔…ッ!!


 結局、全員に噴き出された。

 勿論、医療スペースの外の連中にもだ。

 テメェ等、後で反省しやがれ!


 ごほん。

 あらぶった。

 茶目っ気は捨てて、話を戻そう。


『単刀直入に聞くよ?

 君、ヘンデルの事、好き?』

『…えっ…、あ………ッ////』


 ぽっと、頬を染めた飛鳥ちゃん。

 よしよし、血の気は少し戻って来たようだから、大丈夫そうだね。


 それに、ヘンデルの事は、満更でも無く思っている事も分かった。


『じゃあ、もう一度、考えてみて?

 今、君のお腹の中には、ヘンデルの子が宿ってる。

 しかも、双子だから、君はいきなり2児のママになる訳だ…』

『あ………、って双子、なんです…?』

『そう、双子だったの』


 エコーは見せられないけど、オレが『探索』で確認したから間違いない。

 ………初めて見たよ、胎盤の中。


『でも、月足らず。

 しかも、もう破水をしたから、どのみち産まないって選択肢は取れないよ』

『は、破水…!?

 そんな、どうして…ッ!』

『君が、喉を切って、体がショックを起こしたから。

 もう、産道の確保も始めてるし、産むしかない』

『………そんな…ッ、どうしよう…ッ、そんなぁ…ッ!』

『落ち着いて、泣かないで。

 いきなりの事で、本当に混乱すると思うけど、気をしっかり持って?』

『で、でも、わ、わたし、ママになんて、なれない…ッ!』

『大丈夫、最初は皆不安だから。

 ヘンデルもいるし、今はオレ達もいる。

 ここには、君と同じ境遇の生徒達も暮らしているし、出来る限りのサポートも出来るから…』


 そう言えば、今まで黙っていた2人も声を掛け始める。


『頑張って、飛鳥!

 あ、あたしも、手伝うから…!』

『結那ぁ…ッ』


 そこで、


『………ガンバレッ』


 ………ちょっと、吃驚したけど?


 唐突だったから聞き流しかけたが、今ヘンデルが日本語喋った。

 えっ?喋れたの?


『あ、アイ、アイシテル!ガンバレ!』

『………へ、ヘンデルさん…ッ!』

「『アイシテル!ガンバレ!』

 ………て、これで合ってんだよな?

 何言ってるのか、オレも分かってないんだが!」

「………ああ、合ってる。

 そのまま、続けてやれ」


 おのれ、やりおったな、杉坂姉妹。

 さっき、ぼそぼそとヘンデルに吹き込んでいたのは、これだった訳だ。


『アイシテル!ガンバレ!』


 お世辞にも上手とは言えないし、カタコトだからイントネーションも可笑しい。

 それでも、必死な形相で、必死に飛鳥に呼びかけている。


 そんな彼を見て、みるみるうちに涙を零し始めた飛鳥。

 恐怖でも怯えでも無く、安堵と嬉しさに泣いていた。


『はいッ…愛してます、ヘンデルさんッ。

 頑張ります、………愛してます!』


 どうやら、説得の必要は無かったらしい。

 飛鳥は、出産を決めたようだ。



***



 その後の出産は、2時間かかった。

 陣痛は来たし、普通のお産のように思えたが、それが双子の所為で大変だったのだ。


 医療スペースの中には、結那とヘンデルの声援が響いていた。

 医療スペースの外からも、生徒達の声援が飛ぶ。


 その全てが日本語で、鼓舞されたのだろう。

 飛鳥は、泣きながらも必死に耐えていた。


「いきめ!」

「頭来ました、もうちょっとです!」

『もうちょっとだ、頑張れよ!』

『はいっ…ぃいいッ、ああああッ!!』


 悲鳴を上げながらも、彼女は必至でいきんだ。

 血の気の引いた顔を歪め、朦朧としながらも。


 そんな彼女の手を握って、ヘンデルも結那もずっと声を掛け続けた。

 ヘンデルは、彼女に爪を立てられた手に血が滲んでも、それでもしっかりと握り締めていた。


 ーーーーーーーそして、


『ふにゃあああっ、ふにゃああああっ!!』

『っ、あああああっ、ふぎゃあああっ!!』

『………ッ!』


 医療スペースには、赤ん坊の泣き声が二重奏で響き渡る。

 知らず知らずのうちに、息を呑んだ。


 その声を聞いて、外の生徒達も歓声を上げた。

 赤ん坊の泣き声に紛れて、雄叫びや泣き声まで聞こえた。


「やった、産まれた!

 オレの子だ、飛鳥、産まれたぞ!

 オレ達の子だ!」

『………へ、ヘンデルさん』

『………オレ達の子が産まれたぞ、って言ってるんだよ?』


 飛鳥が、突然切り替わった英語に対応出来ず。

 だが、通訳をしてやれば、彼女はほにゃと崩れた微笑みを浮かべていた。


 産まれたのは、双子の赤ちゃん。

 どちらも女の子だった。


 産湯で洗い、おくるみで包み、ようやっと飛鳥とヘンデルの手に渡された赤ん坊は、やはり月足らずか小さかった。


 それでも、どちらも欠ける事無く、生きている。


「良かった、飛鳥、本当に、良かった。

 『アスカ、アイシテル、ガンバレ』………よくやった」

『ふふっ、………愛してます、ヘンデルさん』


 どうやら、此方も大丈夫そうだ。


 その後の処置も終え、ラピスもアンジェさんもほっと一息。


 そこで、オレはと言えば、ふらりと医療スペースの外へと出た。


 ………もう、無理。

 限界。


「(ぎ、………ギンジ様!?)」


 オレの様子に気付いてか、間宮が目をまん丸に開いているのが視界の端に見えた。

 だが、正直構っていられなかった。


「ギンジ、どうした、『探索サーチ』は…?」

「ぎ、ギンジ様?」


 後ろ背に、ラピス達の声も掛かったが、それにも答えられない。


「ギンジ?」

「ギンジ、………どうした!?」

「先生?」

「えっ、先公?」

「うわっ、顔…っ」


 医療スペースを出れば、目の前にはゲイルがいた。

 ローガンもいた。


 オレが出て来たのに気付いた生徒達が、口々に何かを言うがもはや聞こえていない。


 そのまま、ローガンに突進した。


「うわっ、ぎ、ギンジ…どうした!?」

「もう…無理、………ゴメン、………」

「えっ、何が、無理で…ちょ、ギンジ!?」


 彼女の胸に収まり、そのまま力を抜く。

 すると、あっと言う間に意識が落ちた。



***



 赤ん坊の泣き声は、駄目なんだ。


 あの日を思い出す。

 あの日の、鍋の底に沈んだ、オレが殺してしまった『銀次君』を思い出す。

 救えなかった、産まれる事すら出来なかった、彼を思い出す。


 だから、駄目なんだ。


 意識は、飲まれ、漆黒の中に沈む。


 かと思ったが、その矢先に、その視界は真っ白になった。


『やあ、おにいさん。

 また会えたね?』


 そこには、『夢渡り』の少年が立っていた。



***

ぶっ倒れ、アサシン・ティーチャー。


またしても、彼のトラウマががりごりと削られる事態になりました。

掘削機でも登場しているのかもしれません。


とはいえ、無事に最後の生徒達も仲間入りです。


佐藤 飛鳥ちゃん(現在19歳)

身長154センチ、体重48キロ。

黒髪に薄茶の眼。

以前は、割とぽっちゃりさんですが、異世界強制ダイエットの所為で、標準体型よりも痩せちゃった。

薄い本が好きな、腐のつく女子だったけど、此方では成りを潜めます。

慣れて来ると、もしかしたらうっかりクラスの生徒達でカップリングしているかもしれない。


藤本 結那(現在18歳)

身長170センチ、体重49キロ。

茶髪に薄茶の眼。

以前は彼女もぽっちゃりと言うよりは、がっちりした体育会系でしたが、異世界強制ダイエットでこれまた劇的ビフォーアフター。

眼鏡が欠かせないけど、こっちに来て失くしてしまってそのまま。

実は、クレー射撃の選手で、特待生で高校に入学している。


軽く、彼女達のピックアップデータも。

人数が多くなって、大変かとは思いますが、既存の生徒達ともどもよろしくお願いします。


誤字脱字乱文等失礼対します。

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