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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、旧校舎探索編
14/179

11時間目 「道徳~住居清掃は、結局他人任せには出来ない~」2 ※流血表現注意

2015年9月6日初投稿。


遅くなりましたが、なんとか作成が間に合いました。

片道4時間で計8時間の苦行はなんとか終わりました。

駆け足投稿となりましてすみません。


さて、前回のホラー展開は、どうやって回収できましたでしょうか。

ホラー展開が続いております。

その影響なのか、今日は金縛りで目が覚めました。

苦行続きです。


11話目です。


(改稿しました)

***



 現状を説明するには、一言で事足りる。


『見事に逸れたな…』

『……はぁっ、はっ…何故、そんなに冷静、はぁッ…なのだ…!』


 荒い息を整えつつ、廊下の壁に寄り掛かって一休み。

 更に、オレの横で座り込んでいるゲイルも、全力疾走の名残りの所為か、なかなか息を整える事が出来ないようだ。

 いくら普段身体を鍛えているからと言っても、1階から3階までの階段や、ゲリラ対策を講じられた校舎内を走り回るのは、多少なりとも堪えたらしい。

 それはオレも同じ。

 おかげで、再三の体の訛りを実感して、若干ブルー。


 そんなちょっと情けないオレ達が、何故こんな事になったのか。


 まず現在地は、1階の職員玄関前から打って変わって、3階の音楽室近く。

 そして、ここにいるのは、オレとゲイルのみ。

 つまりは、校舎内へと一緒に突入した筈の騎士達とは逸れてしまったと言うこと。


 突入を予定していたルートも大きく逸脱してしまっているが、戻ろうと思えば戻れるので問題はない。


 オレ達が、逸れた理由。

 それは、一応は簡潔に説明できるものだ。


 学校内が人外魔境になっていた。

 それだけ。


 歩く人体模型がお目見えしたかと思えば、人体模型に取り憑いていたダークヘイズとやらの、現時点で討伐不可の魔物の存在が発覚。

 更には、そのダークヘイズとやらの消えた先に、幽霊と思しき女を見付けてしまって大パニック。  


 何故、幽霊と判断出来たのかも、簡潔に説明できる。

 本来あるべき目玉を失い眼窩を剥き出し、毒々しい程の真っ赤な口を顔を横断する程までに裂けさせていた。

 どうやったら、あんな悲惨な状態になるのだろうか。

 あれは、幽霊で間違いない。

 そもそも、そんな悲惨な状態になった女性が、この世にいると言うなら今すぐ目の前に連れて来い。

 まぁ、実際に目の当たりにしちゃったけどな。

 幽霊って初めて見た。


 大パニックとなり、野太い悲鳴を上げて逃げ出した騎士達。

 その中には、勿論オレやゲイルも含まれる。

 情けない方向の悲鳴であったことが、まことに遺憾である。

 脱兎の如くとは、まさにあれだ。


 まぁ、仕方ないとは思うけど。

 この世界の騎士でも、いくらなんでも幽霊相手の討伐は想定していないだろう。

 こっちの世界には、TVも雑誌も無ければ、そもそも娯楽事態が少ないらしい。

 そういう方面に耐性が無いだけだ。

 まぁ、そういう世界の概念の話は、どうでも良い。


 問題は、その後。

 オレは逃げ出すのに一歩遅れてしまった為、またしてもゲイルに強制連行と言う名の担ぎ上げを食らった。

 しかし、その担ぎ上げの体勢のせいで、なんとその幽霊女がオレの足にがっちりと引っ付いてしまったのである。

 みしみしと軋む音と共に、懇親の力でオレの張りつく幽霊女。

 その毒々しいまでに裂けた赤い口で、ゲタゲタと笑っていた。

 触れた箇所が痛いわ冷たいわで、あの時ばかりは本気で冷や汗と悪寒で震えてたものだ。


 そして、そこから更にパニック。

 足に引っ付いた女幽霊に怯え、今度はゲイルと担ぎ上げられたオレから逃げるように騎士達が別々に逃げてしまった。

 ……あれ?オレの所為じゃ無くねぇ?


 しかし、


『…幽霊じゃないのか?』


 そのおかげで、冷静になれたオレ。


 だって、触られているじゃないか。

 冷たい感触も、与えられる痛みも、現実ほんものだ。

 それなら、オレも触れる筈、だ。


 オレの中で何かが壊れたのか、とは思いたくは無いものの、怒りやその他諸々の溜まりに溜まった欝憤を吐き出すかの如く、引っ付かれていない方の足を思い切り振り落とした。


 その結果は、以下の通りだ。


『しかし、まさか蹴り殺すとは…』

『…いや、別に蹴り殺すつもりは無かったけど、……加減を間違えたの』

『………つまり、加減を間違われるとこうなる訳だな』


 そう言って、一歩退いたゲイルにちょっとイラッとした。


 ともあれ、そう言うこと。

 定評のあったオレの踵落としを食らった幽霊女は、見事に頭を潰されて、真っ赤な鉄錆の香る肉塊と化した。

 今は、オレ達の視線の先にある廊下の床に転がしてある。


 ………今更だけど、幽霊って蹴り殺したって形容出来るのか?


 疑問ついでに、慎重に幽霊女へと近付く。

 未だに廊下は暗いが、改めてライトで照らし出した幽霊女は、上半分は真っ赤に染まっているが、良く良く見るとその下の衣装に見覚えがあった。

 ちょっとだけ、驚いてしまった。

 この学校のものではないけど、セーラー服だったんだもの。


 ちなみに、ウチの学校の制服は、女子が紺のブレザーに、グレーのプリーツスカート。

 男子は、これまた紺の学ランだ。


 それはさておき、幽霊女は、女生徒だった訳だ。

 この学校に入ってから、再三の驚きである。


 しかも、ちょっと気になったので、制服の下も覗いて見る。

 決して、エロが目的では無いし、そうだとしたらどんな趣味嗜好になるのか…。

 想像するだに気持ち悪いわ。


『良く触れるな、ギンジ…』

『触ろうと思えば、人間なんでも触れるからな…』


 うん、オレもなんだかんだで結構、裏稼業が長いからね。

 スプラッターな現場の掃除とかもやったことあるし、もっと酷いミンチ状の死体の処理やら、半液体化した死体の処理やら…。

 ………あれ?オレ、ゲテモノ関連多くね?


 とまぁ、それはさておき。


『うへぇ…これはこれで、また気持ち悪い…』

『……人間では無いのか』


 後ろから覗き込んだゲイルの言葉通り、覗きこんだ制服の中身は、真っ白だった。

 それはもう見事な程に真っ白だ。


 胸も臍も、恥部もない。

 五体の境目程度しか見受けられず、その五体の境目すらも皺や凹凸の一つも無い。

 全体的にのっぺりとした印象が与えられる。

 まるで、人間を模した人形のようにも思えたが、


『良く見りゃ、これもカツラじゃねぇか…』


 先ほど、蹴り潰した頭から剥がれ落ちていた黒髪。

 摘み上げてみれば、それは人工的な肌触りのウィッグだった。

 ……しかも、お手軽100円均一ダ○ソー様製では無かろうか。


『幽霊じゃないなら、なんだろうなこれ…』

 

 血は、出ている。

 鉄錆の臭いもしているので本物だろう。

 しかし、身体は人間のものとは掛け離れている。

 まるで肉人形だ。

 顔が何故、あんなことになっていたのかも気になる。


『やっぱ、ウチの学校って、人外魔境…?』

『その感想はどうなんだ?』


 呆れられた。


 しかし、なにはともあれ、


『とりあえずは、元のルートに戻って、騎士達と合流しよう』

『…えっ…あ、ああ…まぁ、それで良いのだろうが、』


 とりあえずの脅威は去った。

 討伐したと胸を張れる状況では無いので、去ったということにしておこう。


 イレギュラーのおかげで、まだ装備が確保できてないから、先にルートに戻る方が先決だろう。


 ゲイルは未だに煮え切らない様子だったが、オレが歩き出すと素直に付いて来た。

 まぁ、オレの価値観とか感覚とか、人とズレてるから。

 いちいち気にしてても、疲れるだけだよ。


 と、言ったら辟易とした表情を隠しもせずに、


『分かった…。異世界の学校は不思議なものだと記憶しておく』

『なんで、オレを見ながら言うかな』

『お前が、ひとつも取り乱さないのが悪い』


 ああ、さいですか。

 それは、失礼。


 地味にまたしても冤罪だけど、まぁオレが悪いと言うことにしておこう。

 ………あれ?オレ、本当に悪くないよね?

 言ってて、不安になってきた。



***

 


 とか、そんな事を言っていた5分前の自分達へ。


 拝啓とか敬具とか記書きなども一切合切省いた上の連絡文書で言わせて貰う。


 後々にピンチになるから、簡単に逸れたりするなよっ!!

 以上!!


『なんで、お前の部下が追い掛けて来てんだよぉ!?』

『分からん!!』


 全力疾走の最中で、怒鳴り合うオレ達。

 むしろ、怒鳴っているのはオレだけで、ゲイルは冷や汗を掻きながら答えただけだ。


 またしても、オレ達は校舎内を全力疾走している。

 何故か?

 逃げてるからだ。


 おかげで、オレもゲイルも、段々と体力を消耗しているのが分かる。

 階段を降りる時には、足ががくがくになり始めていた。

 しかし、それはまだ良い。


 問題は、追い掛けて来ている者達(・・)だ。


 がしゃがしゃがしゃがしゃと、五月蠅い甲冑の鍔鳴りの音。

 ばたばたと、背後から迫る大の男の重苦しい足音。


 今度は、人体模型や、正体不明の肉人形では無い。

 ゲイル曰く、少数精鋭のライトニング部隊とやらの、騎士達である。

 それが、何故かオレ達を殺気にだぎった眼をしながら追いかけて来ている。

 悪夢だ。

 正直、幽霊紛いの肉人形よりも怖い。


『あの気配は、おそらく取り憑かれたと考えて間違いないだろう!』

『…なんでだよ!?さっき『闇の靄(ダークヘイズ)は、命が無いものにしか取り付けないとか言ってたじゃねぇか!』

『その通りだ!』

『じゃあ、なんでテメェの部下が襲ってくるんだよ!!』

『お、おそらくは、考えたくはないが死んでしまったか、もしくは、前例が無いだけで、気絶した体に取り憑いたのかもしれん…!』

『少数精鋭って嘘か!?嘘だったのか、コノヤロウ!』


 発覚した事実に愕然とした。


 突入数十分で取り憑かれるとか、有り得ない。

 しかも、死んでいるのか気絶しているのかすら不明だと?

 精鋭って言葉を、一度辞書で引き直して来い。


 騎士達から逃げ続ける事数分。

 突入から数十分が経っているものの、未だに魔物一つ退治出来ていないとはどういうことか。

(※肉人形は魔物に含めない)


 しかも、


『我が声に応えし、精霊達よ。業火の力の一端を…』

『おわっ、アイツ等、魔法の呪文唱えていないか!?』

『唱えているな!!一文節(ワンクローズ)なので、おそらく『炎の矢(フレイム・アロー)』だ!!』

『冷静に判断している場合か…ッ!?』


 背後で、騎士達が魔法を唱えている始末。

 おいおい、マジで殺る気満々じゃねぇの。


 取り憑かれた状態でも、魔法は使えるのな?とか、どうでも良い事実を知った。

 ついでに、ゲイルの放たれる魔法の予測を聞かされたが、そんなものもこの際どうでも良い。


『『炎の矢(フレイムアロー)』!!』


 ………マジで撃って来やがったから。


『伏せろッ!!』


 そこで、ゲイルが横から猛烈なタックルをしてくれやがって、オレは壁に頭を打ち、体を押し付けられた。

 筋肉の塊のような男と甲冑、そして、壁の間に挟まれたオレ。

 息が詰まるどころの騒ぎでは無かった。

 なんだよ、このマッスルミルフィーユは!!


 しかし、そのゲイルのマッスルミルフィーユの甲斐もあってか、飛んで来た『炎の矢(フレイムアロー)』はなんとか回避できたらしい。

 ゲイルの肩越しに、矢を模った炎が廊下を横切って行く。

 着弾と共に、轟音が響く。


 ほっと、息を吐いたのも束の間。


『おわっ!』

『うげっ!?』


 唐突だった。


 オレの背後にあった壁が、消えた。


『ぐえっ…!』

『だ、大丈夫か…!?』


 当然、壁が消えれば、支えは喪失する。

 そうなれば、バランスを崩すのは当たり前だ。

 そして、見事にゲイルの体と甲冑に押しつぶされたオレ。

 今日一番の災難だったかもしれない。


 またしても、マッスルミルフィーユかよ。

 二度目の礫圧はとんでもなく痛かったよ。


 それはともかく、


『こ、ここは、何だ…!?』

『良いから、退け!扉を閉めろ!!』


 オレを押しつぶしたまま倒れ込んだゲイルの脇腹を、渾身の力で蹴り上げる。

 『ふぐぅ!』と情けない呻き声が上がるが、今は構っていられない。


 起き上がる暇も無く、足で開いたままだった壁を蹴り付け、扉を閉める。

 廊下は炎で照らし出されていたが、壁が閉じた事でその明りも遮断された。

 途端、暗がりの中に取り残されたオレ達。

 沈黙が嫌に痛い。


 そして、間一髪、その扉の先を駆け抜けていく騎士達。

 どうやら、開閉式の壁には気付かれなかったようで僥倖だ。

 光は遮断しても音は遮断しない壁の向こう側を、がしゃがしゃと鳴る甲冑の音と、どたばたと走る足音が遠ざかって行く。

 壁に耳を付けて、その音が聞こえなくなった事を確認してほっと一息。

 溜息を吐きつつ、無言でライトのスイッチをパチリ。

 途端、炎やライトの心許無い灯りとは別の、人工的な光が眼を刺した。

 明るいって、なんて素晴しいんだろう。

 ここは、まだ予備電源が働いていたようで良かった。


『…ここは、なんだ?』


 先ほどまで脇腹の痛みに呻いていたゲイルが、困惑した声を上げる。


 まぁ、驚くだろうね。


 ここは、一見するとただの壁に見えるが、所謂どんでん返しの扉を備えた隠し部屋だった。

 ある一定の衝撃か重さ、もしくはスイッチが必要となる仕組み。

 そのスイッチを偶然にも先程、ゲイルかオレのどちらが押していたようだ。

 まさに間一髪。

 備えあれば憂いなし、とはこの事だ。


 そして、ここがオレの当初の目的地。

 危うく通り過ぎるところだったが、なんにせよやっと到着出来た。


『オレの秘密基地へ、ようこそ』


 そう言って、床に蹲ったまま呆然としているゲイルに苦笑を零す。


 蛍光灯の明かりに照らされた室内は、まさに秘密基地だ。


 校舎の構造上、空きスペースがあまりとれなかったので、広さはせいぜい、四畳半というところ。


 中央には、無骨なアルミ製の大机とパイプ椅子のみ。

 アタッシュケースが積み上げられて、机の上どころか下のスペースも占領している。

 壁には金網が備え付けられ、そこにS字フックでありとあらゆる武器が吊るされていたり、これまた壁に備え付けられた突起部分に刀が飾られていたり。


 オレの秘密基地にして、この異世界で唯一の最新鋭の武器庫。

 これで、やっと補充が出来る。

 今後は、事前の準備をしっかりと行っておこう。


『………異世界の学校とは、実に不思議なものなのだな…』

『この学校だけだ。

 オレの手製でもあるからな…』


 再三の感嘆だか呆れだか分からないゲイルの感想を聞きつつも、オレは適当なアタッシュケースを取り出し、中の拳銃を取り出す。


 オレの持っている「M1911A1」とは別の、「ベレッタ90-Two」。

 世界中の警察や軍隊で幅広く使われており、現在はコルト・ガバメントに代わり現在のアメリカ軍の制式採用拳銃になっている。

 「92S」や「92SB」などの複数のモデルが存在するが、これは現在尤も一般的なモデルとなっている「92FS」の発展型である。


 コルト・ガバメント同様、オレにとっては使い慣れた相棒の一つ。


 拳銃としてはお馴染みの「ワルサーP38」の流れを汲むプロップアップ式ショートリコイル機構を持ち、複列弾倉ダブルカラムマガジンに15発の9×19ミリパラベラム弾を装填する。

 比較的反動が小さいのに、弾数が多いのが地味に心強い。

 「M1911A1」は火力が強いが、弾数が半数以下だからな。

 ちなみに日本国内でも警視庁や大阪府警の特犯でも使用されている。


 ちょっとした豆知識だ。


『………先ほどの、爆音の元か?』

『そうだな。こっちの主流の武器の一つだ。

 ただし、お前達に見せたのが初めてだからな。絶対に口外するんじゃないぞ』

『う…む?…心得た』


 この拳銃だってそうだが、ここにあるすべてのものがオーバーテクノロジーの塊なのだ。

 後々にはお披露目する予定ではあったが、出来れば隠しておきたいもの。

 予定がつくづく狂っているな。


 しかし、まぁ緊急事態だ。

 細かい事を四の五の言っていてもはじまらない。


 やっと手に入れた新たな相棒の他にも、別のアタッシュケースからコルト・ガバメントのマガジンも補充する。

 やはり、今でも兵士の間では「ハンド・キャノン」と呼ばれる、45口径の一撃必殺の火力も捨て難いからな。


 ちなみに、ベレッタ92と違って、コルト・ガバメントはスライドは口で引く。

 地味に、老後の歯が心配なのだが、状況によって使い分ける事にしよう。


 そして、お待ちかね。

 もう一つのオレの目的である、防弾ベスト。


 甲冑に比べれば、多少は見劣りするだろうが、無いよりもマシだ。

 それこそ、甲冑と比べたら紙同然かもしれないけど、オレの防御面でも精神衛生上でも必要なものだ。


 と、ふとここで思い出す。

 この部屋には、オレの着替えも常備していたっけな、っと。


 防弾ベストを取り出した流れで、ロッカーからスーツの替えを取り出した。

 背広を脱ぎ棄てると、ところどころに血が飛び散っている非常に危険な背広となっていた。


 ………現代だと、危険人物扱いになるけど、今だけはこの異世界で良かった。


 だが、


『な、なんで裸になるのだ!?』

『着替えてんだよ、馬鹿。しかも男同士なのに、眼を逸らす必要はねぇだろうが…!』


 叫び声を上げて、背中を向けたゲイル。

 お前、背後からドロップキックかますぞ。

 だいたい、男の裸を見て、何を恥ずかしがることがあるのか。


『…いや、その、すまん。…お前は一見すると、口が悪い女にしか、』

『喧嘩売ってんのかテメェは、』


 地味にオレが女顔だと言いたいんだな。

 そうかそうか、自殺願望があったとは、気付けなくて悪かった。


 背後から、ドロップキックじゃなくて、銃身をぐりぐりと押し当てた。

 テメェ程、男らしく端正な顔をしていなくて、悪かったな。


 閑話休題。


 防弾ベストも着込み、背広やシャツも新しく変えた。

 これで、なんとか装備は整っただろうか。

 背後の壁に掛かった刀や斧を見て持ち出そう逡巡するが、今回はお預けにしておこうと首を振った。

 拳銃だけでも、正直片腕の自分には手に余る。


 まずは、この局面を乗り切ってから、ゆっくりと校舎の内部を物色しよう。

 そこで、現状を思い出して再三の溜息。


『…結局、何をしに来たのか…』

『この学校に住み着いた魔物を討伐に来たのだ』


 目的を忘れそうになってしまっていた事に苦笑すら浮かばない。


 そろそろ、オレも燃料切れの自覚はある。

 ………そういや、朝飯以外、何も食べて無かった事を思い出した。

 ああ、生徒達。

 育ち盛りなのに、可哀想に。


 それと、もう一つ。

 テメェこのヤロウ。

 得意げに今回の目的をふんぞり返って言ってくれたゲイルだ。

 テメェだよ。


『その討伐の為に派遣された騎士達に襲われたんだが?』

『…申し訳ない』


 途端にシュンとしたゲイル。

 シュンゲイルだ。


 討伐の予定が、こんな災難に見舞われるとはな。

 おかげで武器は調達出来ても、敵が増えてちゃ意味ねぇぞ。


 

***



 一方、その頃。


「お腹すいた」


 少女が呟いた言葉に同意するかのように、腹の虫が空腹を訴える。


 物がほとんどない室内。

 蝋燭か何かの明かりがはめ込まれたランタンのようなものがあるだけの広い空間に、生徒達は取り残されていた。


 現校舎内で、担当教員の銀次を見送った後、彼等は言いようのない寂しさと心細さ、ついでに空腹を感じるという、悲しい現実を迎えていた。


「そういや、オレ達、昼飯も食ってねぇや」

「先生に待機って言われちゃったから、買い出しにもいけないしね」


 香神と榊原の言葉に、他の生徒達も各々溜息や頷きを返していた。

 その顔には、既に辟易とした表情がありありと浮かんでいる。


 現在時刻は、夜の9時。

 銀次がアビゲイルに担ぎ上げられて連れ去られてから、既に3時間が経過していた。


 そんなアビゲイルの配下であるライト部隊の騎士達は、表で護衛を行っていた。

 必然的に、校舎内にいるのは生徒達と、女神オリビアという12名だった。


 そこで、また空腹を知らせる腹の虫の音。

 銀次が旧校舎内で思っていた通り、昼食どころか夕食すらも取れていない現状は、育ち盛りには非常に厳しい頃合いとなっていた。


『困りましたわ、どうしましょう?

 私がギンジ様のところに行って、指示を仰げれば良いのですが、』

『(待機です、オリビアさん)』

『うう…っ、ですが、このままでは、皆さんのお腹と背中がくっついてしまいませんか?』

『(物理的にくっつく事はありません)』


 そんな様子の生徒達に、オロオロとした様子のオリビア。

 間宮は、そのオリビアを無言の応酬とも言える無表情で、黙殺しているように見える。

 彼とて、言葉は無くとも、オリビアの能力で念話が出来るので、一見するとオリビアが一方的に話しているだけというシュールな図も、しっかりと意思疎通はできている。

 ただし、念話が分からない生徒達は、いわずもがな。


「よく、アイツと会話できるね」

「…銀次も、手話とか使ってたけど、」

「間宮、仁王立ちじゃん」

「……しかも、口も動いて無いぞ」


 と、なってしまっているが、それでも2人は傍目にはシュールでも、仲良く歓談中。

 ちなみにオリビアとは、銀次への忠誠心やらなにやらで、意気投合したらしい間宮。

 今でも、こうして念話を使って、銀次の武勇伝を語っていた。


 そこへ、生徒達を代表して、英語が分かる香神が聞いてみる。


『何を話してんだ?』

『ギンジ様の事ですわ。マミヤ様から、彼がどれだけ凄いのか、お聞きしてましたの』

『……いや、ソイツ喋って無いよな?』

『あら?マミヤ様は、意外とお話がお好きですよ?

 今も念話で色々とお話ししてくださっていますし、』

『揃って電波なのか?』

『(失敬な)』

『電波って何でしょう?』


 香神の言葉に、軽く怒りを露にした間宮と、のほほんとした様子のオリビア。

 さすがに、英語は分かっても、ファンタジー要素の溢れる会話手法はさっぱりな香神は、間宮の絶対零度の一睨みで冷や汗をかきつつ頭を掻いた。


 そして、更にさっぱりなのは、生徒達である。

 香神は英語が分かっているが、生徒達は分かっていない。

 今、何を言って香神が間宮の怒りを買ったのかも、正確には把握できていなかった。


「…良いなあ」


 それを、恨めしそうに眺める徳川。


「香神、いつの間にか英語ペラペラになってるね」

「あれって本当だったんだな。ホームステイとか海外に行くと、日常的に英会話を聞くから、英語が上手くなるって奴」

「だったら、ウチ等も上手くなれるかもね」


 エマとソフィアは感心しているだけ。


「そういえば、間宮って何者なんだろうね?」

「…結局、分からなイよネ。先生は知ってるみたいだケド…」


 常盤兄弟の視線は、怒りを露に唇を引き結んだ間宮へと向けられていた。

 今も直立不動で腕組みをしたままの、赤髪の小さな少年は無言のままである。


「先生、いつ帰ってくるのかなぁ。お腹が限界だよ」

「お前には、丁度良いダイエットだな」

「手厳しいッ」


 だらけて座ったままの永曽根と浅沼。

 存外ミスマッチではあるコンビも、永曽根が弱い者いじめをしない事で、意外と仲が良かったりもする。


「本当に、お腹すいた」

「帰ってきたら、先生にうんと美味しいもの食べさせて貰わないとね」


 これまたのほほんとした、伊野田と榊原。


 教室内では、それぞれがだらけた様子で、空腹を紛らわせながらも寛いでいた。


 そんな時であった。 


「アレ?」


 ふと、声を上げたのは、紀乃。


「誰か、来るネ」


 そう言って、扉へと視線を向ける。

 生徒達も、その声に従って扉へと視線を向けた。


 そして、間宮も何かに気付いたのか、腕組みを辞めて徐に歩き出した。


 それと同時に、俄かに校舎の外が騒がしくなった。

 がしゃがしゃと鳴る甲冑の鍔鳴りと、ばたばたとした足音。

 その音は、一直線にこちらに向かっている。


 扉の前に陣取った間宮だったが、ふと背後を振り返る。

 一番初めに(・・・・・)音に気付いた、紀乃へと訝しげな視線を向ける。


「どうかしたのかイ?間違っていたカナ?」

「(ふるふる……)」


 そんな彼の様子に、不思議そうに問いかけた紀乃。

 間違っていたのか、それとも何かおかしな事(・・・・・)があったのか。

 

 だが、そんな紀乃の質疑に、間宮は首を横に振った。

 紀乃が感じていた不安は、霧散した。


「?(こてり)」

 

 その後間宮は、首を傾げてはいるものの、すぐさま腰から大型のナイフを取り出すと、そのままお決まりの腕組みの仁王立ち。


 自棄に様になったその姿に、生徒達は違和感を禁じえなかった。


 しかし、そこへ、


『『蒼天アズール騎士団』である!

 ギンジ・クロガネの生徒達はおられるか!?』


 扉を蹴破らんばかりに入ってきた男に、生徒達はびくりと体を強張らせた。


『『蒼天アズール騎士団』副団長、メイソン・メトラリアムである!

 火急の報せを持って馳せ参じた!』


 名乗りを上げた通り、銀次や生徒達を目の敵にし、決闘騒ぎでぼこぼこにされた筈のメイソンだったからだ。

 しかも、またしても顔の傷は綺麗さっぱりと無くなっている。


 永曽根が立ち上がる。

 間宮に並ぶようにして、生徒達の前に立ち塞がった。


 香神も、それに続くようにして、三人がメイソンの矢面に立つ。


 しかし、間宮はメイソンよりも、むしろ彼の背後へと厳しい視線を向けていた。

 アビゲイルが置いて行った筈のライト部隊の騎士達が、何事かと呆然としてしまっていたからだ。

 護衛が役目を果たしていない、と内心で憤る間宮。


 仕方なしに彼は一歩前へと踏み出した。


「って、いやいや、おいおい。

 喋れねぇのに、何を前に出てんだお前」…ッ!


 と、それを慌てて制止しようとした香神。


「えっ?間宮が出るって事は、危ないからじゃ無くて?」


 いつの間にか、香神の背後にいた榊原が、そんな香神を制止する。

 無言でやり取りを見守っていた永曽根も、首肯をしていた。


 香神には理解不能な行動だったとしても、榊原と永曽根には当然だと思える行動だった。

 実際に、彼等は既に、間宮がこのクラスで銀次に次ぐ、実力者だと気付いている。

 当たり前と言える行動だと、理解していた。

 それは、概ね当たっていた。


 何が何やら、と分からないままではあったが、横に置いておいた香神が間宮の背後からメイソンへと問いかける。


『何だよ、オッサン。またオレ達に、何か用か?』

『オッサンとは何事か!折角、可及的速やかに駆け付けてやったと言うのに…ッ!!』


 そう言って、メイソンが前に出ようとするのを、間宮がもう一歩前に出る事で制止。

 忌々しそうに顔を歪めたメイソン。

 無言の圧力と言うものが、この世界の人間にも有効だと如実に表していた。


 更には、香神のヒアリングは、正確だった。

 メイソンが驚きに目を瞠るぐらいには、正確となっていた。


『だから、その可及的速やかな要件が何かって聞いてんだろ?』


 しかし、その後の彼の質疑には眼を瞬かせる。

 まるで、餌に食い付いた魚を見て喜ぶ子どものような視線だと、間宮は思った。

 違和感が膨らむ。

 間宮は、確信していた。

 この男は、悪意を押し隠して、自分達に相対していると。


『討伐隊からの連絡が入った!

 ギンジ・クロガネを含む、討伐隊の消息が断たれたと…!』

『…な…ッ!?』

『そんな…ッ!』


 香神が、思わず絶句。

 その前で、間宮がびくりと体を強張らせた。


 背後で聞いていたオリビアが飛び出そうとしたものの、何故かそれを間宮が目線で制した。


 それと同時に、


『………ッ』


 香神、永曽根、榊原の三人が揃って、間宮を見た。

 オリビアも、制止された事を驚くよりも、そちらに目を見張っていた。

 彼から、言いようも無い恐怖心を増長させるような冷気が、溢れ出ていたからだ。

 香神は、メイソンから聞いた内容よりも、そちらの方が驚いた。


 永曽根は、気付く。

 これは、殺気だと。

 そして、怒りだと。

 メイソンが何を言っているのかは分からないまでも、間宮はそれに対して怒りを露にしている。


 しかし、それが分からない者達もいる。


「なんだよっ!ソイツ、またウチ等の事、何か言ってんの!?」

「ちょっと、エマ落ち着いて…!」

「…先生の事、言ってたの?何かあったの?」


 困惑した女子達。

 言わずもがな、彼女達にはこの話の内容は、ほとんど理解不能だった。


 英語が分かるのは、香神と間宮のみ。

 その二人が、揃って無言で硬直してしまっている現在、彼等に内容が伝わる訳も無い。


 他の生徒達も、俄かに困惑の色を強めて行く。

 それを落ち付けてくれる人物ギンジは、今ここにはいない。


「な、なんだろう。今日、先生って、厄日だったんじゃ、」

「………。」

「…き、紀乃?どうした?」


 不安そうに事態を見守っていた河南。

 だが、その彼の声に、いつもの軽薄そうな声と共に返ってくる弟の返答は無かった。


 紀乃は、無言で香神達のやり取りを見ていた。

 その実、何を見ているかも分からない、厳しい視線。

 その様子を河南は、不思議そうに見ているしかない。


 しかし、そこでふと間宮が振り返る。

 先ほど同様、訝しげな視線を向けた彼に、紀乃も気付いて首肯した。


 そんな2人のやり取りも気付かない生徒達。

 焦れたのか、徳川がボリュームいっぱいの怒声を上げる。


「何があったんだよ、香神!」

「えっ…あ…!…いや、な、なんか良く分からねぇけど、討伐隊の連絡が途絶えたとか、なんとか」


 そこで、潔く我に返った香神が、生徒達へと内容を伝えた。

 しかし、その内容は、生徒達を更に慌てさせるには十分だった。


『嘘ッ!!?』


 エマとソフィアが揃って声を上げて立ち上がる。

 逆に伊野田が、驚きに目を丸めたまま、床にぺたりと座り込んだ。


「じゃあ、助けに行かないと!」

「オレ達が行ってもどうなるもんでもない!落ち着け!」


 徳川が走りだそうとしたところを、今度は永曽根が抑え込む。

 俄かに騒然となった室内で、それでも香神や永曽根、榊原は冷静だった。


 だが、そこには、もっと冷静になっている人物が2人。

 言わずもがな、間宮。

 そして、


「嘘ダネ」

「(こくり)」


 今まで、まっすぐに間宮を睨み付けていた少年。

 その実、間宮では無く、メイソンを睨み付けていた紀乃であった。



***



 彼は激怒していた。

 それは、言わずもがな『石板の予言の騎士』と呼ばれた、黒鋼 銀次に対してである。


 メイソンは、ダドルアードでも有数の伯爵家、メトラリアム家の次男として産まれた。

 貴族としての家格は上の下という程度であっても、彼にとっては十分な家柄。

 兄同様、騎士になるのが長年の夢だったが、それは意図も簡単に叶える事が出来た。

 それがいけなかった。


 彼は騎士になるのが簡単である事を知ってしまった。

 その騎士の職務をこなせるだけの器用さがあったのも、彼を慢心させていた。

 貴族だからと配属された騎士団の配下達とて、彼を必要以上に敬い、お零れに預かりたいが為に群がったハイエナ。

 そんな事も気付かずに、結果的に彼は増長してしまっていた。


 しかし、『予言』に記された世界の終焉は、確実に進んでいた。

 刻一刻と、『予言』に記された通り、水が枯れる大地が焦土と化す。

 魔物の異常繁殖や、魔族の侵攻も確認されつつあった。


 そんな折、いよいよ持って、王国は国を挙げての討伐作戦や、水面下とはいえ、『予言の騎士』の捜索を開始。

 大陸諸国よりも、いち早く『予言の騎士』を獲得しようと、躍起になっていた。

 メイソンの所属していた騎士団も、魔物の討伐作戦や掃討へと参加させられる事となった。


 実を言えば、元々メイソンの所属は『蒼天アズール騎士団』では無かった。

 臣下や貴族家要人の護衛を目的にした、黄系騎士団の所属だったのだ。


 しかし、彼は魔物の討伐作戦や掃討へと駆り出される事を、王国のデモンストレーションと勘違いしてしまい、根本から間違った認識を持ってしまっていた。

 騎士団の有用性を世間にアピール、もしくは騎士達の抜き打ち試験とも考えてしまっていたのである。

 そんな彼は、初めての掃討作戦の折、間違った認識の下突出した結果、作戦を滅茶苦茶にしてしまうと言う愚行を犯した。


 これに対しては、彼の所属していた団長は、大いに激怒し、大いに嘆いた。

 メイソンよりも遙かに家格の高い貴族家の長子でもあった団長ではあったが、さすがにメイソンは貴族家の次男であり、首を切る訳にもいかない。

 表面上は人事の変更、実質的には更迭という形で、更にランクの低い青系騎士団へと配属させた。

 よって、メイソンは、現在の『蒼天アズール騎士団』へと所属することにんなった。


 しかし、これもまたいけなかった。

 青系騎士団は、そのほとんどが魔物の討伐や掃討を目的とした騎士団で、要は魔物へ対抗しうる最前線の部隊だったからだ。

 体の良い厄介払いも、彼には表面上の理由しか伝えられておらず、彼は過日の掃討作戦での功績が認められ、貴族家からの大抜擢だとこれまた間違った勘違いをしてしまっていた。

 要するに、馬鹿だった訳だ。


 更にいけなかったのは、『蒼天アズール騎士団』が、庶民から騎士へと進んだ騎士団だった事だ。

 団長であるジェイコブ以外は、ほとんどが庶民の出という異色の騎士団に、副団長と言う地位に収まった事も相まって、彼は『蒼天騎士団』が自身に与えられた手駒だと考えるようになった。


 ジェイコブも伯爵家だが、メイソンとは家格がほとんど変わらない。

 だが、それでもメイソン家の方が古くからある伯爵家であったことから、メイソンはジェイコブすらも見下し、彼を相手にしても横柄な態度を取っていた。

 そんな彼等の様子を見て、騎士達は真っ二つに割れた。

 ジェイコブよりもメイソンに付く方が都合が良いと考える騎士達は、やはり庶民の出とはいえ、権力のお零れに預かれる事を優先してしまった。

 そんな騎士達に対して、大盤振る舞いをしていたメイソンは、またしても餌に群がったハイエナだと気付かず、事実上の派閥を作り上げてしまった。


 穏健派のジェイコブと、過激派のメイソン。

 魔物の討伐や掃討作戦に、支障を来す程には、眼に見えて『蒼天騎士団』は瓦解して行った。

 だと言うのに、それに気付いていないメイソンは、ジェイコブからの報告を受けていた騎士団の中でも厄介者扱いとなっていた。


 そんな折である。

 王国としては待ちに待った、『予言の騎士』と『その教えを受けた子等』が召喚された。


 事前情報の無かった『蒼天騎士団』が、拘束してしまったのも手違いとしか言いようが無い。


 しかし、召喚されたのが、銀次達であった事が、メイソンにとってはまたいけなかった。


 見た目は、女と見間違う程の優男。

 生徒達も、どこか浮世離れした子どもばかり。

 騎士どころか、得体の知れないスーツ姿や制服姿で、そもそも騎士団に呆気なく捕縛されていたことから、戦闘能力はほとんど皆無と判断された。

 更には、その銀次の態度が、メイソンにとっては気に食わなかった。

 彼は、メイソンを敬う事もせず、媚び諂う事もしなかった。


 当たり前だ。

 彼は、教師であって、騎士では無いのだから。

 ジェイコブ達騎士団の権威も知らなければ、貴族としての家格も知らず、更に言えば、騎士団の実情とて知らなかった。


 増長を続けていたメイソンの子ども染みたちゃちなプライドが、これによって過度な刺激を受けた。

 ぽっと出の得体の知れない男と、その生徒達。

 銀次と出会ったその時から、メイソンは彼を全身全霊で敵と見做していた。


 しかも、彼等が捕縛された後の王国の動きも気に食わなかった。

 何故、こんな不審人物達を、『予言の騎士』と崇め立て、正規の騎士団よりも重用するのか理解出来なかった。

 それが、今度は国王が直々に謝罪までする事態となった事から、彼の中での銀次達の認識は、ますます悪くなっていく。


 そんな中、メイソンが彼等に吐いた暴言について、兄やその近衛騎士団から、激しく叱責された。

 この時ばかりは、ジェイコブすらも介入を放棄し、兄であるジェイデンからぼこぼこにされたメイソンを謝罪の為に、引っ張り回した。

 しかし、それでもメイソンが反省する事はなく、それどころか銀次への認識を更に、悪意を持って捻じ曲げる。

 文字通り、逆恨みである。


 そこから、彼の攻勢はエスカレートした。

 銀次やその生徒達の悪評を流し、貶し、罵倒し、その愉悦に浸り、配下である騎士達に浸透させてしまった。

 それが、騎士団長の耳にまで届くと言う事も、同時にメラトリアム家の家格すら危ぶめる行為だとも気付きもせず。

 彼の転落人生は、既にこの時より始まっていた。

 坂道から石ころが転がり落ちるようなもので、誰にも、それこそ兄であるジェイデンや、ジェイコブにすら止められなかっただろう。


 そこで、遂に国王の耳に入る事態にまで発展した、決闘騒ぎが起きた。

 完膚なきまでに、銀次にぼこぼこにされたメイソンは、顔の配置を変えられたばかりか、大半の歯をへし折られ、城の者達から後ろ指や白い目で見られる事となった。


 ここで、またしても、彼は逆恨みをした。

 叱責を受けたとしても、元々は貴族の家で好き勝手暮らして来た次男坊だ。

 反省するという言葉は彼の脳内の辞書には存在せず、積もりに積もった怒りをぶつけ、復讐すると言う算段しか付けていなかった。


 これには、ジェイデンすらも諦めた。

 彼は、実家の伯爵家へと、メイソンの今後の進退を促す書簡を送り、粛々と処断を待つこととなった。

 この時を持って、メイソンは、兄どころか家にも見捨てられたのである。

 ジェイデンは何も悪くない。

 救いようのない馬鹿である弟(メイソン)を持っただけだ。


 そこへ、更にメイソンの今後を決定付ける報告が齎された。

 なんと、銀次達が最初に召喚された旧校舎に、魔物や魔族が巣食ったが為、討伐隊が組まれることになったという。

 そして、そこに何とも運が良いことに、銀次自らが参加するという事を聞いたのである。


 メイソンは、好機だと考えた。

 彼には、未だに『蒼天騎士団』の副団長と言う地位が残っていた。

 次の日には消えている肩書きだとも知らず、その報告を受けた彼は狂喜乱舞し、治療に当たっていた魔術師を半ば脅す形で、治療を終了させた。


 討伐隊に銀次が参加すると言う事は、必然的に彼の生徒達は残されるだろう。

 丸腰も良いところで、獅子の群れの中に取り残された生け贄の羊も同じ。

 そして、まず、言葉が通じない。

 稚拙な単語を並べるだけしか出来ぬ、乳飲み子のような生徒達など、簡単に騙し通せるだろう。

 どちらかと言えば信仰心の薄いメイソンには、そもそも女神の存在すら懐疑的であったからして、オリビアすら驚異とは感じていなかった。


 彼は、即座に配下の騎士達を引き連れて、生徒達をかどわかす計画を打ち立てた。

 簡単に騙せるだろうと腹を括り、配下の騎士達にも豪語していた。


 彼は知らない。

 銀次が共に赴いたのは、何を隠そう騎士団長御自らという事も、彼の直属の部下達である『白雷ライトニング騎士団』ライト部隊が残されていると言う事も、ましてやオリビアが本物の女神である事も、彼は知らなかった。


 護衛の者達の宵闇に浮かぶ甲冑すらも注視せず、火急の報せだとわざとらしい演技で建物へと駆け付けた。

 扉を蹴破らんばかりに、校舎へと踏み込んだ。


 目の前には、腕組みをして仁王立ちをした生徒。

 マミヤと呼ばれた、赤い髪をした小柄な少年。

 おかげで、メイソンは完全に油断した。

 メイソンには、彼が脅威だとは微塵も感じ取れないままだった。


 好機だと分かっていた。

 彼、メイソンには絶対的な確信もあった。


 だからこそ、この作戦の失敗を、疑ってすらいなかったのだ。

 それが、彼にとっての最大にして、最後の過ちであった。


***



「嘘だネ」

「(こくり)」


 他の生徒が慌てふためくのを尻目に、冷静な2人の生徒がいた。


 勿論、間宮。

 もう一人は紀乃であった。


 片や間宮は、殺気混じりの冷気を垂れ流し、片や紀乃は侮蔑を込めた視線をメイソンへと向けていた。


 逆に、今度はメイソンが慌てふためく番だった。

 メイソンは、彼等が使っている言語が、彼等同様理解出来なかった。


 だが、彼等の言葉に含まれた明らかな敵意だけは分かった。


『よもや、私の言葉を疑っているのであるまいな!

 こうして、わざわざ報せに走った我等を愚弄するというのか、恥知らずども!!』


 そして、激昂して、怒鳴り散らした。


 これに対し、間宮は微塵も動じていなかった。

 むしろ、内心では完全なる悪手だと、ほくそ笑んでいた。

 嘘を見破られていると言うのに、何を激昂をして相手を煽っているのか。


 間宮にも紀乃にも、バレてしまっている現状。

 それに気付ける程、メイソンは思慮深く無かった。


 そもそも、もう少しだけでも思慮深ければ、こんな強硬手段には及ばなかったことだろう。

 馬鹿な男は、こんな時にも馬鹿だった。


 何事か、とまだ状況を理解出来ていない生徒達。

 それぞれが、顔を見合わせつつ、最終的には『嘘』と断じた紀乃と間宮を交互に見ていた。


 その実、紀乃は間宮と言う盾を持って、メイソンと対峙していた。

 下半身不随の為、椅子に座ったままという格好ながら、その背には絶対の自信があった。


「コイツからハ、嘘吐きの臭イがするんだヨ」

「…嘘吐きの、臭い?」

「うん。とってモとってモ、臭いニオイがするんダ」


 そんな紀乃の言葉を後ろ背に、間宮は静かに首肯した。

 それは、賛同していると、香神達には見えた。


 紀乃の言葉と、間宮の言動。

 その2つを見た香神は、ある思考へと至った。


 間宮は、確か施設で育ったと聞いていた。

 それは、誰からでも無く、彼等の言葉の端々から片聞きしていただけながらも、香神はどこか納得していた。

 よくよく彼等は、自分達の知らない手法で会話していて、更にはお互いの習得技術が可笑しい(・・・・)と思っていた。


 それは、微かな確信だった。

 ほんの些細な確信でもあった。


 しかし、


『…間宮。……お前も紀乃と同じ意見なんだな?』

『(こくり)』


 香神は、それを信頼する事を決めた。


 メイソンの言葉を、『嘘』と断じた彼等の言葉に、自分も賛同する事を決めたのだ。

 元々、メイソンに対しては、ここにいる誰もが良い感情は持っていない。

 信頼関係の優先順位は、おのずと決まった。

 そして、同時に、自分の仕事も理解した。

 この男の先程の嘘を信じている生徒達に、嘘だった事を知らせる事だ。


「コイツ、嘘吐いている。オレ達を、誑かそうとしているみたいだ」

『なにそれ!?』

「はぁ!?」


 香神の言葉に、瞬く間に生徒達の反応は一変した。

 激昂を露に、息もぴったりの言葉を発した杉坂姉妹。

 永曽根に抑え込まれていた徳川が、唖然とした顔を向ける。

 オリビアが、香神の言葉にぴくりと、口端を引き攣らせた。


「じゃ、じゃあ、先生がピンチだって話は…、」

「嘘っぱちだとさ」


 会話に取り残されていた生徒達は、ここでやっと現状を理解した。

 女子組は、噛み付かんばかりにメイソンや騎士達を睨み付け、侮蔑の篭もった視線を向ける。

 男子組も行動は違えど、瞳に込められた視線は同じ。

 永曽根や徳川など、今にも飛びかかって行きそうな程に臨戦態勢を取っている。


『き、貴様等、我等の言葉を信じないと言うのか!!』


 これには、さすがのメイソンもはっきりと分かった。

 言葉は分からずとも、生徒達から向けられる侮蔑や、敵意の視線を見て、己の失態を悟った。

 しかし、失態を悟ったとしても、もう遅い。


『悪いが、アンタは信用に値しない。

 ここには、嘘吐きを見破れる奴が2人もいるんだ。

 オレ達は、アンタよりも仲間の言葉を信じる』

『(こくり)』


 香神の言葉と、間宮の首肯が決定打となり、メイソンの策略は完全に裏目に出た。


 一番の敗因である、香神や間宮、紀乃の存在。

 銀次以外にも、言葉が分かる生徒がいるとは思っていなかった、彼の浅慮が招いた失敗だった。


 更には、


『………騙そうとしてのですか?』


 オリビアの存在は、メイソンにとっては埒外となっていた事。

 最も痛手と成り得る存在だった彼女を、メイソンはこの時まで全く脅威とは認識していなかった。


『え…?』


 メイソンの目が、驚きに見開かれる。


 彼女は、校舎から飛び出そうとした折、間宮に目線によって制止されていた。

 先ほどまでは、その場で立ち尽くしていた筈だった。


 しかし、今、その身体は中空にあった。

 ウェーブの掛かった髪をふわりと靡かせながら、全身に真っ白いオーラを放ち浮遊していた。

 メイソンは、眼を疑った。


『私や、ギンジ様の生徒様方まで、騙そうとしたのですね』

『…え?はっ?…ま、まさか、本物…ッ?』


 この時まで、彼はオリビアが女神だとは微塵も信じていなかった。

 それが、このような状況になって、初めて本物であることを理解したが、全てが遅すぎる。


 そして、オリビアの真っ白いオーラは、彼を飲み込んだ。


『恥を知りなさい!!

 貴方は、騎士の風上にも置けぬ不届き者です!!』


 そんな彼女の、罅割れんばかりの怒声と共に、メイソンの体を白光と雷鳴が貫いた。

 『聖神』の力を解放した彼女が、天罰を下したのである。

 まさしく女神様の罰が当たったと言うべきだろう。


聖なる裁き(ホーリー・レイ)!!』


 詠唱も無く、ほとんどタイムロスも無かった彼女の魔法は、見事にメイソンだけを撃ち抜いた。


 そして、彼の騎士生命も、人間としての尊厳も失わせたのである。

 白光は潔く収束し、校舎内は静寂に包まれた。


 そこには、メイソンでは無く、黒く焼け焦げた豚(・・・・・・・・)だけが残されていた。

 かろうじて、生きているという状態の豚であった。

 それが、これまで数々の愚行を重ねてきたメイソンのなれの果てだった。


『金輪際、人間を名乗る事を、『聖神』オリビアの名の下に禁じます!!

 これから、貴方は『消し炭豚(ウェルダンピッグ)』です!!』


 女神の怒りに触れた彼は、騎士どころか人間も辞めさせられたのである。


 女神様に逆らえば、罰があたる。

 そんな当たり前の不文律を、メイソンは薄れ行く意識の中で思い出していたが、彼が思い出した今となっては何もかもが遅すぎた。

 そうして、彼は、これからの覚める事の無い悪夢とも呼べる絶望を自覚しながら意識を失った。


「怖ぇ~…」


 そんな中で、徳川が呟いた言葉。

 それが、校舎内で呆然と成り行きを見守っていた生徒達の内心を代弁していた。


『…女神様って、意外と怖いことすんのな』

『…何を言っているのです、コウガミ様?

 この不届き者に、お似合いの姿にしてやったまでです!』

『(こくこく)』

『お前も怖ぇわ』


 オリビアのやり切ったという清々しい笑顔と、間宮の当然だとばかりの侮蔑の視線。

 それに、香神はぶるりと背筋を震わせる他無かった。


 そして、


『…さて、お前達。…言い残した事はあるか?』


 メイソンの変わり果てた姿を見て、呆然としていた騎士達。

 彼等も作戦の成功を疑っていなかった浅慮で馬鹿な騎士達であったが、そんな彼等の肩を、ふと背後から叩く者達がいた。


 言わずもがな、この校舎の現在の護衛を担当している『白雷ライトニング騎士団』ライト部隊。

 紛れも無い、騎士団トップの精鋭を揃えた、国防の要であった。


 こうして、馬鹿が突出した騎士団の誘拐作戦は、失敗と言う形で幕を閉じた。


 今宵、騎士生命を断たれたのは、メイソンのみならずその部下達も同様であった。

 この『蒼天アズール騎士団』は、討伐隊へと参加した者達も含めて、一時の間ではあるが、事実上の壊滅状態へと陥った。

 奇しくも、それが『白雷騎士団』団長と、その団員達の手によって。


「キヒッ…キヒヒヒヒヒヒッ!人間っテ、簡単に人間じゃナくなる事が出来ルんだネッ!

 キヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒっ!!」

「紀乃、相変わらず、笑い声が怖いよ…」


 勝者の笑い声とも取れる紀乃の声に、生徒達は賛同よりも恐怖が勝っていたのだが、それは横に置いておこう。

 それを見守る、間宮の少し懐疑的な視線も残されながら。


 紀乃の高笑いの響く中、こうして本日の生徒達の強制イベントは終了した。



***



 ぜぇはぁ、と荒い息遣いの中、脳裏にチラつくのは諦念だけだった。


 だって、これはどうにもならない。


『『炎の矢フレイム・アロー』!!』


 背後から聞こえた、必殺の威力を持った詠唱に、オレは床に向かってダイブした。

 すぐ隣で、ゲイルも壁に張り付くような形で、回避を選択。

 またしても、廊下を横切って行った炎の矢が、暗がりの校舎を炎で彩った。


 しかし、しかし、まだ続く。


『『水の弾丸アクア・ボール』!!』


 その後に放たれた魔法に対し、転がって回避。

 ゲイルも飛退いた。


『『石の剣ストーン・ソード』!!』


 更に続けて行使された魔法が、何の原理か床のタイルを食い破って突き出して来たのを、なんとか飛び退って避けた。


『『風の刃ウインド・カッター』!!』


 更に更に飛び込んできたカマイタチも真っ青な暴風に、揃ってしゃがみ込んで避ける。


『逃げるなっ、異教徒め!!』

『殺してくれる!!』

『死ぬわ、ボケェエエエエエエエ!!!』

『殺す気か、貴様等ぁあああ!!』


 そんな騎士達の殺る気満々の攻撃に付き合わされ、揃ってオレ達は悲鳴にも似た絶叫を上げた。


 現状は、未だに好転していなかった。 


 騎士全員に追いかけられています。

 成す術も無く逃げています。

 魔法をバンバン撃たれています。

 殺されかけています。


 以上。


 いやはや、リ○ル鬼ごっこの方がまだ可愛げがあったかもしれない。

 あれ、魔法とかは出てこなかったじゃん。


 一撃必殺の威力を持った広範囲の攻撃って、ぶっちゃけ拳銃よりも脅威じゃないか。


『テメェの部下は、テメェに怨みがあるのか!?』

『そ、それは有り得んと思いたいなッ!

 ダークヘイズの影響下では、怨恨の無い相手にすら凶暴になるのだ!』


 怒鳴り合いながらも、体勢を整えて廊下を全力疾走。

 でなければ、追いつかれるか、もしくは先程から飛び交っている魔法の餌食になりかねないからだ。


 ゲイルに聞いた話では、騎士はどんなに下級騎士だったとしても、ほとんどが魔法を行使できるそうだ。

 騎士への入団の為の試験では、魔法が使用できる事が絶対条件となっているらしい。

 だが、今は迷惑なだけだ。


 そして、更には、


『我が声に応えし、精霊達よ。清流のせせらぎと水神の名の下に、』

『まずい、二文節ツークローズだ!』


 背後で、更に唱えられていた詠唱。

 それに、ゲイルが血相を変えた。


 彼が先ほどから、『一文節ワンクローズ』やら『二文節ツークローズ』やらと言っているのは、魔法発動のキーとなる呪文の長さを示しているらしい。

 そして、文節が長くなれば長くなる程、発動した魔法の威力も高くなっていくとの事。


 つまり、背後で唱えられているのは、それ相応の威力を持った魔法と言う事だ。

 ちょっ…、今でも回避がギリギリなのに!?

 騎士団長様、この状況を一刻も早くなんとかして!?


『ゲイル!!』

『分かっている!

 我が声に応えし精霊達よ!聖神の権威と守護の力の一端を、今此処に示し給え!』


 立ち止まったかと思えば、詠唱を開始したゲイル。

 しかし、流石は騎士団長様か。


『『大津波タイダル・ウェーブ』!!』

『『聖なる盾ホーリー・シールド』!!』


 ぶっ放された魔法詠唱の完結と、ゲイルの詠唱はほとんど同時だった。


 目の前に、うっすらと展開したらしき壁のようなもの。

 その向こう側から、『大津波』の名前の通り、凄まじい勢いで迫り来る水の奔流。

 ほぼ同時に発現した2つの魔法がぶつかり合った。 


 ドンッ!と激しい衝撃が走るも、その奔流は一滴たりともこちら側には届いていなかった。

 盾の名を冠したシールドのような魔法が、眼の前で奔流を食い止めている。


 日常では滅多にお目に掛かれない衝撃映像だ。

 もう、非日常は勘弁してほしかったというのに、なんてこったい。


 しかも、忘れないで欲しい。

 ここは、オレ達の旧校舎の中である。


『お前等、オレ達の校舎を破壊しに来たのか?』

『す、すまん!…そんなつもりでは…!!』


 見事に浸水した廊下の中。

 よくよく見てみれば、大津波の影響で一部の壁が剝がれたり、窓ガラスが割れていたりしている。

 しかも、これ向こう側に階段があった筈だから、絶対に階下まで浸水しただろうな。

 ちなみに、ここ3階ね。

 ゲイルが申し訳無さげな顔をしているが、やってしまったものはもう取り返しが付かない。

 仕方ないから、もう考えないようにしよう。


『今のうちに逃げるぞ!あの『聖なる盾(ホーリー・シールド)』とやらは、どれだけ保つんだ!?』

『オレの魔力であれば、10分は保てる!』


 ああ、でもなんとか時間稼ぎは出来そうなのか?


 そう言って、踵を返したゲイル。

 オレは、彼に手を引かれるような形で走り出した。


 だが、またしてもここで、この校舎の落とし穴。

 ゲリラ対策を講じた校舎内を、まったく事前知識の無いゲイルが走り抜けた事で、眼の前には袋小路の如く口を開けた連絡通路。


 この先は、体育館や挌技場などの施設しかない。

 それはつまり、広い場所と言う事で、狙い撃ちにされてしまうと言うことだ。


 ねぇ、お前、馬鹿なの?

 せめて、入口に逃れるって考えは無かった?


『だ、だが、逃げてどうする!?』

『応援要請するしかねぇだろうが!

 オレ達2人で、自称精鋭の騎士共倒せるなら、こんなに苦労もしてねぇし!』

『そ、それは済まん!』


 ああ、そもそも応援要請自体、念頭に無かったんだなコイツ。

 馬鹿なのか、それとも無謀なのかどっちかにしてくれ!


 ついつい、オレの語調も荒くなる。

 こんな逃走劇も久々な事もあってか、思った以上に体が重い。

 上手く体が動いてくれない。


『(…いや、久々なだけじゃない)』


 ふと、一人ごちて、自嘲を零す。


 だって、それは言い訳だ。


 実際、オレは今、思い出して・・・・・しまっている。

 恐怖に苛まれ続けた、あの地獄としか呼べない二年間の事。

 その発端となった依頼と、その依頼を失した末の逃走を。


『…ハァッ…、クソッ垂れ…ッ!アイツ等、終わったら残らず…ゲホッ…』

『……待ってくれ、ギンジ!!叱責は受ける!

 だが、彼等は操られているだけだ…!全ての責任はオレが受ける!だから…ッ!!』

『知るか…ッ!!』


 荒くなった息を、整える暇もなく、背後に迫った足音や鍔鳴りの音に怯える。


 ゲイルと話している内容ですら、今はどうでも良い。

 ぶっちゃけ、ほとんど頭に入ってこないのである。


 とにかく、今は逃げたかった。

 どこでも良いから、逃げてしまいたかった。


 逃げて、隠れて、やり過ごして。

 ………それから、どうする?


 そこで、流れゆく視線の先が行き止まりとなった。

 一本道となっている連絡通路を走り抜けて、体育館のギャラリーへと続く扉に行き当たる。


『いたぞ、あそこだ!!』

『逃がすかぁ!!』


 そして、2階に下りて来ていた騎士達に見つかった。

 2階だけは階段が2つある為、それも然も当然のことだろう。

 ゲイルの張ってくれた盾も大した時間稼ぎにはならなかったようだ。


 ただし、距離は大分離れている。

 階段と連絡通路は、廊下の端と端である。


 体育館のギャラリーへと続く扉を蹴破らんばかりに開き、そのままギャラリーから飛び降りる。


『ぬ…!?』

『早くしろ、馬鹿!』

『そ、そんな事を言ったって…!!』


 ゲイルが一瞬もたついたものの、ギャラリーからの高さはそれほど高くない。

 逡巡の後に、彼は潔くダイブした。

 良い子はマネをしないように。


『ここは、なんだ…!』

『訓練場みたいなもんだ!』


 体育館を横切るように走り、挌技場へ続く扉に飛び付く。

 ここは、鍵が掛かっていると分かっていたので、助走の勢いも込めて蹴り破った。


 目的地は決まっている。

 隠れる場所が多い場所。

 この先には、それは一つしかない。


『こっちだ…!』

『ぐぉっ!!た、頼むら、髪を引っ張らないでくれ!』


 挌技場へと続く通路を抜けるとすぐに、方向転換。

 オレの行動について来れなかっただろうゲイルが走り抜けようとしていたので、髪を掴んで無理矢理方向転換させた。

 ……グキッと嫌な音が聞こえた気がしないでも無いが、気を回す余裕はもう無かった。


 方向転換した先にあった扉へをまたしても蹴破り、飛び込んだ。

 挌技場には、シャワールームを完備した共有スペースがある。


 よくよく考えてみると、ウチの学校は日本にしては、スペックの高い施設だったようだ。

 欧米ぐらいしか、シャワールームが完備されている学校は知らない。


 そして、目的地はその手前であった。

 脱衣所ともなる、ロッカールーム。

 そこの奥へと駆け込んだと同時に、


『入れ!』

『な…っ!?無茶を言うな…!』

『良いから、入れ!』


 渋ったゲイルを無理矢理詰め込んだ。

 身長が高い所為で、ロッカールームの天板に頭をぶつけていた。

 しかも、甲冑やら背中に吊っていた槍も邪魔だった所為で、半ばしゃがみ込むような体勢となってしまっていたが仕方ない。

 根性で、耐えろ。


 そして、オレも隣のロッカーへと滑り込む。


『こ、こんな所に隠れて、どうするのだ…!』

『ハァッ、ハァッ…!やり過ごす、しか…ハァッ、ねぇだろ…!』

『何も考えていないとかでは無いだろうな』

『黙れよ、馬鹿!テメェのせいだろ…!』


 あくまで小声ながらも、図星を突かれた事もあって、悪態を吐くしかない。

 明かり一つ無い暗い校舎内で、更に暗くて狭いロッカー内に滑り込むとは、オレもどうかしていると思っている。

 こんなところに閉じ籠もっても、隠れてやり過ごすどころか袋の鼠も良いところだ。


 その実、暗くて狭くて狭い場所に、オレが閉じ籠もりたかっただけなんて、死んでも言えない。


『まずは、ハァッ…落ち着け…!…ハァッ、こんな、ハァッ…!こんなところで…ッ』


 畜生。

 まったく、息が整わない。


 この状況は、どうやって打破する?

 また、あの時(・・・)の二の舞になるのか?

 こっちに来てからは、古傷を抉られてばかりだ。


 脳裏でぐるぐると思考が回る。

 同時に、眼の前まで回っている錯覚に陥った。


『お、おい…!どうした、ギンジ!?』

『な、なんでも…ッ!ハァッ…ヒュー…ッ!…カハッ…!』


 不味い。

 錯覚でも何でも無かった。


 小声で問いかけるゲイルの声も、遠い。

 こめかみに言い様のない痛みと熱が集まり、更には過呼吸を起こし始めている。

 なんて酷いタイミングだろう。

 こんな状況で、そんな事になってしまえば、完全にオレは戦力外になると言うのに。


『おい…!ギンジ!…聞こえているのか!』


 耳元でガンガンと鳴っているのは、彼がロッカーの壁を叩いているからだろうか。

 いや、静かにしろ。


 しかし、そう思ったとしても、もうその音すらも遠い。

 荒い呼吸が意識を朦朧とさせる。

 駆け足を通り越した鼓動の音が、早鐘のように耳元でがなり立てる。


 更に、悪化する状況。


『ガチャン!』


 扉を開けて、誰かがロッカールームに入って来た音がした。


 びくりと、身体が震えるが、呼吸は一向に収まらず、酷くなっていくばかり。

 自身の呼吸音が、自棄に耳に付いた。

 見つかるのも、時間の問題だろう。


『…ハァ…ッ、はぁ…っ…』


 呼吸と一緒に体すら消えて行きそうな感覚。

 ロッカーの隙間から暗がりの中に、更に浮かび上がる黒い人影。


 オレ達のロッカーの目の前で止ったそれ。


 その途端、隣のロッカーで、ゲイルが物音を立てた。

 そして、けたたましい音と共に何かが倒れる音を聞いた。

 しかし、それが何の音だったのかを理解する前に、


『………見つけた(・・・・)


 オレの入っていた、ロッカーの扉が開かれた。


 その声が、誰のものか分からない。

 しかし、聞き覚えが無い事は確かだった。

 記憶の端で、赤い眼を見た気がした。


 確かめる術は無い。

 オレには今、何の行動も出来ない。

 壁になんとか凭れ掛かっただけのオレ。


 今の状況では、抵抗すらまともに出来そうに無かった。


 結局、オレは何も変わっていない。

 5年前から何も変わっていない。

 オレは、自分の命さえも守れない。


 オレの意識は、黒く塗り潰された。

 息苦しさの中に、埋没して行った音。


 悔しいと思えども、立ち上がって逃げるだけの気力すら無くなっていた。



***

またしても、ホラー展開で終了。

案外チキンなゲイル氏に書いている作者本人が何故か癒されておりました。

次はコミカルに行きたいと思っております。


誤字脱字乱文等失礼致します。

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