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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、遠征編
130/179

123時間目 「緊急科目~消えた担当教師~」 ※流血・暴力表現注意

2016年12月11日初投稿。


大変遅くなりまして、申し訳ありません。

続編を投稿させていただきます。


活動報告でも言い訳しましたが、ネットの回線が朝から調子悪くて繋がらず、なんとかWi-fiオンリーに切り替えてやっとこさ更新出来ました。

本当にもう、パソコン難が続く1年です。


更新する詐欺は、これっきりです。

これっきりにしたい………です。


123話目です。

※タイトルの通り、流血・暴力表現がありますので、苦手な方はご注意を。

***



 砦に常駐してから、丁度1週間が経とうとしていた。

 当初、オレ達が騎士達の治療の目途と考えていた日数だ。


 しかし、予想に反して、騎士達の経過が順調だった。

 まぁ、騎士達の家族にも発症していたりしたから、そっちがまだ経過観察中ではあるけどね。


 オレ達の一番の目的であった、砦の総帥兼団長であるヴィンセントの治療も一段落。


 夜の浜辺で内心を発露したヴィンセント。

 彼は、翌日にはすっきりとした顔をしていたものだ。

 それに、何が書いてあったのかは定かでないものの、ヴァルトからの手紙もあって、やっと治療を受ける気持ちを固めてくれた。


 既に、彼も血液検査の結果で、因子が全て排出されていた。

 おかげで、完治宣言を出せたのは僥倖な事である。


 それから、もう一つ僥倖な事。


 ゲイルの体調も安定し始めた。

 これ、トラウマが取り除かれたからって事で、やっとこさゲイルとヴィンセントが仲直り出来たからなんだけどね。

 常々問題となっていた家族問題もこれで解消された。


 どのみち、お互いが気遣い過ぎたり構え過ぎていた所為で、空回ってすれ違っていただけだった。

 両想いだったのにね。

 ………言い方はどうかと思うが。


 そのおかげもあって、ゲイルも驚異の回復力を見せている。

 ヴァルトの時と同じだ。

 現金なものである。


 ああ、後ついでに、アイツが仲直りした直後に嘔吐していた件について。


 あれ、実はトラウマじゃなくて、普通に病気だった。

 胃腸炎だったの。

 ちょっと吐き方が可笑しいし、腹も下していたからまさかと思って『探索サーチ』を掛けてみた。

 ………ら、案の定。

 胃腸が満遍なく荒れ放題だったんだよね。


 精神的には安定していたけど、普通の病人だった訳だ。

 仕方ないので、ラピス達にも手伝って貰ってハーブや漢方での治療を決行。

 しばらくは、絶対安静である。


 そして、最近は砦の風景にも、変化が見られるようになった。


 ヴィンセントが、よく砦内を出歩いては、手の空いている騎士や労役犯罪者を集めて、仕事の分担や清掃意識の徹底を目的に声かけをしているのだ。

 おかげで、オレ達が参加しなくても、十分な清掃が砦で行われるようになり始めた。


 調理に関しても、騎士達が当番制で分担をする事が決まったらしい。

 榊原と香神の2人が、即席の調理学校のような形で授業を行う羽目になっていたのは余談だ。

 まぁ、あの2人も満更では無さそうだったので、良しとしよう。


 ちなみにではあるが、最初は役に立たなかった調理担当の男は、結局退職願を出さなかったそうだ。


 調理場が腐海を脱し、食糧不足も解消された。

 今後の物資の確保に関しても、目途が付いている。

 勿論、今までのように届いたか届かないか分からないなんてことが無いように、徹底して情報共有をゲイルが行うと確約しているので大丈夫だろう。

 そうなれば、彼としてはこの仕事を辞める理由は無い、との事らしい。

 こちらもこちらで、現金なものである。


 南端砦の日常が、少しずつ変わり始めている。


 意識改革と言う訳では無いが、掃除の大切さを総帥自らが説いて回り、彼も率先して掃除や整理等に参加している。

 それを見て、他の騎士達も慌てて参加するようになって、騎士達は手順や行程、効率の良い要領を覚えていく。

 勿論、今まで病床にあった騎士達も、参加できるようになった。


 現状を嘆くだけだった過去は無かったことにはならなくても、未来に希望があるというだけでどれだけの活力になるのか。

 どいつもこいつも、良い顔で働くようになっていた。

 オレ達が現れた1週間前に、敵意を漲らせていた面子とは雲泥の差である。

 現金である。

 でも、それも人間の持ち味だ。


 そして、逞しい物だ。

 それを、垣間見せられた瞬間だったと、オレは思っている。



***



 さて、そんな騎士達の逞しさの傍らで、


「いやっほーーい!!」

「あっ、こら、克己!!待ちなさいってば!」

『海、海、うみぃ~~~!!』

「エマもソフィアも、はしゃぎ過ぎ!」


 浜辺をばたばたと駆け抜ける生徒達。

 一部は、暴走。

 一部は、暴走した生徒のストッパーとして。


 でもまぁ、ほとんど同じような有様だけどね。

 男子組はウズウズしちゃってるし、女子組はそわそわ。


 暴走した一部の言葉通り、浜辺に来ております。

 海水浴だな、うん。


 どれもこれも、快晴の空の下、絶景となっている空と海のコントラストが悪い。

 正直、オレもちょっと楽しみだったりなんだり。


 砦の仕事が一段落したおかげで、余裕が出て来たオレ達。


 だが、生徒達は強化訓練に集中するよりも、海に入りたくてそわそわしていた。


 そこで、相談したのが、ヴィンセント。

 『ボミット病』の緩和策として浜辺に防波堤を設置して、魔物の侵攻を最低限にしていた彼。


 言うなれば、この浜辺は彼のテリトリーだった。

 だから、許可を得ないと、流石に勝手に浜辺で遊べないと思っていたんだわ。

 それを鑑みて相談してみた結果、条件付きで許可が下りた。


 条件に付いては割愛する。

 許可が下りたからには、止める理由も無い。


 ヴィンセントの設置した防波堤のおかげで、この浜辺は安全だと言い切れる。

 海からの魔物が、一匹たりとも上がって来れないからな。

 

 とはいえ、それだけだと申し訳なかったので、間引きも引き受けてはいる。

 これも、生徒達の訓練になると思っての事。

 ………その訓練をすっぽ抜かして、今しがた徳川と杉坂姉妹が暴走したけども。


 止めに走った榊原に、猫の如くぷらーんと首根っこを掴まれて徳川が戻って来る。

 杉坂姉妹は、伊野田とシャルにそれぞれ手を繋がれて戻ってきた。


 楽しみなのは分かったから、落ち着いて欲しいもんだ。

 ………格好も(・・・)、影響はしていると思うけどもね。

 主に開放的な意味で。


「さて、じゃあ頼めるか?」

「………本当に良いのか?

 それに、その格好では、流石に怪我をしそうで、」

「………格好には突っ込まんで?

 ほら、怪我しても治せば良いし、生徒達もそこまで軟じゃないし、」


 監督という形で、浜辺に来たのはヴィンセント。

 ゲイルは、砦で絶対安静だからね。

 こっちは、彼の親衛隊が付いているので、別に大丈夫。


 そして、ヴィンセントに来て貰ったのは、彼にしか防波堤の解除が出来ないから。


 間引きをするからには、魔物が浜辺に上がって来れないと話にならない。

 海に潜って、討伐させるのも流石に危険だし。


 オレの言葉に、念の為と付いてきた砦の騎士達い1個中隊と共に、怪訝そうな顔をしている。


 彼が心配しているとある格好も然ることながら、数も少ない。

 こっちは、16人だけ。

 非戦闘員のアンジェさんが含まれている事もあって、最低限の小隊規模だ。

 流石に、心配になるようで。


 まぁ、己惚れてはいないけども、大丈夫だと思っている。

 何せ生徒達には、『白竜国』の精鋭を打ち破った実績もある。

 ついでに、コイツ等最近は、Aランクの討伐作戦もざらに参加しているから。

 ………怖い物無し、と言うのはオレの気の所為か。


「気を引き絞めろよ~!

 後、今回オレは後方支援だけとするから、全員しっかり周りの連携を気にしておけ!」

『はいっ!!』


 掛け声を一つ、生徒達へ。

 どいつもこいつも、良い笑顔で受け答え。

 男子組なんて獰猛に笑って、拳をばきぼきと鳴らしていたしね。


「では、準備は良いな?」


 そこで、ヴィンセントが魔法で発現していた防波堤を、解除。

 一見すると何も無かったように見えて、海面から残骸魔力が立ち上るのが見えた。


 その魔力に寄せ集められるように、


「うわぁあ………ッ」

「これが、サハギン?」

「気持ち悪ぅ…」


 海面に上がってきた魔物は、Bランク相当のサハギン。


 爬虫類を思わせる鱗がびっしりと表面を覆っている、蛇のような頭部を持った魔物。

 しかし、体は人間のようにも見えるがっしりと筋肉質なもの。

 ギャップも相俟って生徒達から口々に、不快そうな感想が漏れる。


 斯く言うオレも、鳥肌が止まらない。

 生徒達やヴィンセント達の手前で無ければ、そこら辺で蹲ってガタガタ震えていたい。


 ………実は、後方支援を申し出たのも、この所為だったし。


「あっ、こっちからも、来たぞ!」

「展開しろ、武器持ちはタンクになってくれ!」

「その前に、障壁展開した方が楽っしょ?」


 更に海辺へと上がってきた魔物に、生徒達も少しばかり動揺していた。


 こちらもCランク相当の魔物、ハンマーフィッシュ。


 魚の頭部に、成長足らずな人間のような、ずんぐりとした体が引っ付いている。

 持っているのは、碇かハンマー。

 数多く沈没させた船から金属製の部品を奪い取って、攻撃手段とする知能程度はあるらしい。

 中には、ハンマー以外の銛や槍を持っているものもいたが、総じてハンマーフィッシュ。

 良いのか、それで。


 とはいえ、動揺していたのは、ごく一部。

 冷静に戦況を把握した面々が、それぞれ永曽根と香神を中心にして、続々と浜辺に上がって来る魔物へと対峙する。


「………本当に援護は必要無いのか?」

「まぁ、見てなって」


 動揺したのは、援護目的のヴィンセントや騎士達も一緒。

 とはいえ、これぐらいなら、まだまだ生徒達も余裕で捌けるだろう。


 そこで、生徒達も動き出した。


「注意を逸らすから、『雷』と『炎』で迎撃してくれ!」

「キヒヒッ、任せテ!」


 永曽根は自らを最前線に置き、生徒達からの後方支援を受ける。

 アシスト担当は、紀乃が引き受けたようだ。

 サハギンに向かう彼の日に焼けた逞しい肉体が、砂浜を躍動する。


「徳川、榊原!翻弄役は任せたぞ!」

「おうよッ!」


 こちらは、香神が司令塔となり、徳川と榊原が飛び出した。

 香神が後方支援と司令塔でのアシスト要員。

 ハンマーフィッシュ目掛けて浜辺を駆け出した2人の勢いもこれまた早い。


 あっと言う間に戦端が開かれたが、これもまだまだ生徒達にとっては前哨戦。


 怯むどころか、サハギンやハンマーフィッシュ相手に接近戦を持ち込んだ生徒達に、「無謀だ」と騎士達の呆れたどよめきが聞こえるものの、


「うらぁああ!」

「せぇえええ!」

「ほいさっ!」


 三者三様の気鋭迸る声と共に、サハギンやハンマーフィッシュがぶっ飛んだ。

 文字通り、殴りつけただけである。

 しかし、その3人の拳の威力は、既に大人以上の威力を秘めている。

 この『異世界クラス』での訓練の賜物だ。


 背後で騎士達が、更にどよめいた。

 永曽根はともかく、小柄な徳川や榊原まで同じだからな。


 ただ、殴ると言う訳では無い。

 起点へと膂力を集中させた、一点突破を目的とした拳だ。

 徳川はまだまだ制御を出来ずに力任せにも見えるが、下半身に重点を置いているのは横目に見ても分かる。


 そして、ぶっ飛んだそれぞれの魔物に向けて、


『『雷の槍(ライトニング・ランス)』!!』


 アシスト役2名の追随が、襲い掛かる。

 

 香神と紀乃の2人は、『水』と『雷』に適性を持ったある意味特殊なダブル。

 本来、相性が悪い2属性が、バランスよく適合しているらしい。


 ちなみに、香神は『雷』の威力がやや強く、逆に紀乃は『水』の威力が高い。

 バランスは良いが、どうやら本人の適性が関係しているようだ。


 そう言っている間にも、サハギン1体とハンマーフィッシュが2体が相次いで討伐された。

 驚異のスピードと言う訳では無い。

 だが、この魔物達の討伐に手を焼いていた砦の騎士達からは、愕然とした様子が見られた。

 申し訳ないとは思うけども、生徒達の訓練だからと称して無視はしておいた。


 その矢先に、


「油断大敵だぞ~」


 早速、オレのアシストが炸裂。

 何がといえば、『隠密ハイデン』での狙撃である。


 1体を討伐した事で気が抜けたのか、徳川の背後にハンマーフィッシュが迫っていた。

 気付いて振り返ったは良いが、その前に狙撃が命中。

 血肉をまき散らして、頭部を爆散させたハンマーフィッシュが浜辺に倒れ込む。

 ………徳川も血まみれになったが、これは仕方ない。


「ううっ、ゴメン、先生ッ!」

「謝罪も反省も良いから、ちゃんと集中しろ」


 そう言って、更に視線を巡らせる。


 永曽根の方が、続々と浜辺に上がって来るサハギンの間を駆け抜けて、翻弄をしているらしい。

 既に、4体がお目見えして、永曽根を追い回している。

 だが、その合間を縫って走るのは、永曽根だけではない。


 顕現した漆黒の闇のような、獣の姿。

 こちらもオレ同様知らぬ間に契約していた、中位の『闇』の精霊『ライラプス』。


 この世界の狩猟神の愛犬と言うだけあって、狩猟さながらに駆け回ってサハギンを翻弄している。

 ちなみに、今現在はドーベルマンサイズ。

 永曽根の言葉ではあるが、魔力を注ぎ込ば注ぎ込む程巨大化するとのことだ。

 便利なのか、器用なのか。


 更に更に、永曽根とライラプスに翻弄されるサハギン達に、猛威が降り掛かる。


 風が舞い、音も無く叩き付けられる無音の刃。

 済んだ金属音と共に、浜辺に舞い降りた赤い髪の通った後には、首が飛ばされたサハギンが残っていた。

 間宮だ。


 彼も今回、討伐訓練に参加しているが、彼自身の能力値も相俟って満遍なく戦場全体の討伐アシストが主だった。

 勿論、今現在であれば、そこまで乱戦とはなっていないので自由に動き回って良い。


「やるねぇ…、間宮」

「畜生、負けてらんねぇ!」


 奮起した徳川が、ハンマーフィッシュへと躍りかかる。

 間宮のような無音での動作には程遠いまでも、スピードは十分。

 弾丸の如き突進力で、ハンマーフィッシュへと渾身のタックルを食らわせ、海に向けてぶっ飛ばしてしまう。

 胴体をひしゃげさせて飛んで行ったハンマーフィッシュは、ここから見ても生体反応が消えている。

 ………いやはや、4tトラック恐ろしい。


 さて、動いているのが、この4名だけかと言えばそれも違う。


 残りの生徒達も着々と、討伐の為に魔法発現を控えている。

 エマとシャルが、『水』属性。

 ソフィアと浅沼が、『風』属性。

 ルーチェと河南は『土』属性の発現を控えつつも、隣で詠唱をしている伊野田を待っていた。


 そして、伊野田が『聖』属性の詠唱を完結させる。


「………聖神の力の一端を、今此処に示し給え!

 『聖なる息吹(ホーリー・ブースト)』!」


 朗々と紡がれた彼女の声が響いた瞬間、砂浜に広がった魔法陣。

 足下に現れた魔法陣に驚いた魔物達を尻目に、生徒達全員の口元がにやけている。


 『身体強化ブースト』と冠する通り、伊野田が使ったのは身体強化を促す魔法の文言である。

 騎士団の記録では、体力、魔力、膂力、俊敏性、運、精神に対する一定時間のブーストであり、全てのパラメーターが2倍と言う代物。

 マジで、どこのRPGだって話である。


 ただ、この魔法、上位魔法と言う事も相俟って、まだ彼女には無詠唱での発現が出来ない。

 無詠唱が出来る筈の彼女が詠唱をしていたのは、その所為である。


 とはいえ、この魔法の威力、伊野田の場合は通常の威力に留まらない。

 何せ、彼女『聖』属性の適性が、オリビア並みである。

 平均すると3倍、多い者は4倍以上ものブーストが見込まれるとあって、生徒達の基本的なステータスも上昇する。


 つまり、どういうことかと言えば、


「全員、一時退避!」

『おうっ!』


 突出していた永曽根達が、飛び退る。

 その距離すらも、膂力を強化したおかげで、かなりの飛距離。

 3メートルは裕に越えた跳躍力で乱戦となっていた魔物達から逃れた。


 そして、その次。


『『土の壁(アース・ウォール)』!』


 河南、ルーチェが相次いで、『土』魔法の発現。

 浜辺に打ち寄せる波と共に続々と浜辺に上がって来る魔物をせき止める様に、出現した巨大な土の壁。

 無尽蔵に思える魔物達の襲来を一旦、食い止めたのである。


 発現待ちの状態で控えていただけの為だが、詠唱が無かった事と、その威力を目の当たりにしたからか、騎士達からは更にどよめきが上がった。


 まぁ、実際、生徒達がほぼ全員無詠唱での発現を可能にしている。

 ディランやルーチェはまだ無理としても、これぐらいは軽い。

 更に、伊野田のブーストの効果もあって、魔法の威力の上がっているのである。


 これ、オレが指示出しは一切していないって言ったら、更に驚くだろうねぇ。

 ………実際、オレも驚いているし。

 言わないでおくけども。


 しかも、魔法の発現は、また更に続く。

 今度は、『水』属性の面々、エマとシャルが前に出た。


「やるよ、シャル!」

「分かってるわ、エマ!」

『『大津波(タイダル・ウェーブ)』!!』


 大津波。

 その名の通り、水の奔流が土の壁で遮断された浜辺一帯を飲み込んだ。


 これまた、威力が段違い。


 このままでは、魔物どころか生徒達も巻き込まれる。

 息を呑んだ騎士達。

 しかし、そんな自滅紛いな馬鹿な真似をする訳もなく、


「『聖なる盾(ホーリー・シールド)』」


 こちらもちゃっかり無詠唱で、伊野田が『盾』を発現。

 これにより、生徒達の周りには一切の水を通す事も無い。


 また、更に言えば、彼女は『盾』の同時行使も可能。

 つまり、何個も同じ規模の『盾』を張れるようになっているということだ。

 

 固まっていた生徒達とは別に、魔物の翻弄の為に離れていた永曽根、榊原、徳川の3人を覆ったドーム状の『盾』。

 間宮はちゃっかり土の壁の上に逃れていたので、必要は無い。


 普通の魔物であれば、これで討伐完了と息巻くところ。

 しかし、今回はそれも当てはまらない。


 なにせ、サハギンもハンマーフィッシュも、『水』属性の魔物なのだから。


 それがどうしたと言わんばかりに、津波の中を悠々と泳ぐ魔物の影。

 土の壁で第一陣以外は堰き止めたとはいえ、既に数は20体近くになっている。

 だが、こちらもそれは想定済み。


 次に生徒達の前に出たのは、『風』属性の発現を控えさせていたソフィアと浅沼だった。


『『風の竜巻(ウィンド・トルネード)』!!』


 2人が揃えた声と共に、発現した竜巻に浜辺を渦巻いていた水が吸い上げられていく。

 みるみる内に、砂と水を巻き上げた竜巻が泥水をまき散らしていた。

 サハギンやハンマーフィッシュは、成す術もなく竜巻の中に飲み込まれている。


 威力から見て、おそらくお互いに魔力を合わせて、1つの竜巻を作り上げたな。

 考えたもんだ。


 背後の嫁さんが、傘を開いてオレに差し出してくれているおかげで、被害は出ていないけども。

 泥水に濡れた騎士達が若干可哀想。


 そして、死後に残ったのは、『雷』属性の香神と紀乃。


「キヒヒヒヒッ!終わリだヨ!」

「焼き魚になっちまえ!」

『『鳴海雷ライトニング・バン!』』


 これまた威力を引き絞る為に、発現と魔力を合わせた2人の声が木霊する。

 晴天の空から響く、雷の音。


 ゴロゴロと機嫌の悪そうな唸り声は、一瞬にして浜辺へと光の柱を打ち立てた。


 響き渡った轟音。

 四散する竜巻。

 飛び散った泥水と共に、降り注ぐ凄惨な魔物の死骸。


 ………加減をしろと言う注意喚起を忘れていたな。


 雨のように降り注ぐ血と泥水が混じった汚水。

 声も無い騎士達は、もはや唖然呆然である。


 ちゃっかり、こっちはこっちでラピスが『シールド』を張って被害を逃れていた。

 汚れずに済んで良かったわ。


「………。」

「うっわ、ゴメン、間宮」

「キヒヒヒヒヒッ、水モ滴ル良い男だヨッ!」


 ただ1人、土の壁に退避していた間宮を覗いて。

 じろり、と不機嫌そうに『雷』属性を行使した、2人を睨み付けていた。


 ご愁傷様。

 とはいえ、紀乃の言う通り確かに水も滴るいい男だ。

 子どもだけども、アイツもアイツで逞しい筋肉をしているものだ。


 まぁ、半分近く服を着ていない(・・・・・・・)のだから、汚れたのも髪と体ぐらいだ。

 洗えばどうとでもなる。


 さて、これにて第一陣は、討伐完了だろうか。

 浜辺に上がって来ていた魔物の18体は、あっと言う間に討伐された。


「魔力総量の余裕はあるのか?」


 声と共に視線を向けて、生徒達へと確認する。

 良い笑顔でサムズアップが返ってきた。


 ………頼もしいもんだよ。


 今の生徒達には、BランクCランクも目では無いと改めて分かった瞬間である。


「………貴方の教育は、どうなっているのですか?」

「口調戻ってんぞ」


 呆然自失のヴィンセントが頭を抱えていた。

 口調まで元に戻っている辺り、彼もまた規格外の生徒達のぶっ飛び具合に愕然としているらしい。


 まぁ、パーティとしては、かなりバランスが整っているし、ほとんどが魔力総量が高め。

 更に言えば、魔法だけでなく接近戦も可能だ。

 冒険者ギルドでも、一目置かれるだけの成果は出せていると思って良いだろう。


「なにせ、『予言の騎士』と『教えを受けた子等』だからね」

「それで、納得できれば、オレ達だってこんな愕然としなくて済むんだが、」

「………ハハハハハ」


 笑って誤魔化しておく。


 正直言って、さっきも言った通りだ。

 オレもここまでの精鋭に育っているとは思ってもみなかったもん。


 今まで、討伐依頼に出かけていた生徒達に引率したの、最初のクエストだけ。

 残りの討伐依頼は、3回か4回行ってるらしい。

 けど、報告を聞いただけで見てはいなかった。

 だから、オレも正直驚いているのが、本音。


 適応能力が高いったら無い。

 ………安定の規格外問題。


「よっしゃぁあ!!この調子で、どんどん狩るぞーーーッ!!」

「ちょ…っ、克己、五月蝿い!」

「狩るのは同感だが、隊列と整えてからな」


 なんて、徳川の鬨の声と共に、生徒達も満面の笑顔。

 声量はともかく、ムードメーカーのおかげか、討伐直後とは思えない程の緊張感の無さである。


 ただし、


「………ううっ」

「ほ、ほら、大丈夫だって、ディラン。

 第二陣には、接近戦の訓練もするんだし、」

「………役に立てない。

 ………ナガソネやハヤトだって、あれだけ動けるのに…ッ」

「キヒヒヒヒッ、鬱ガ1名ログインしましタぁ」

「ちょっ………、紀乃!?」


 唯一何も出来なかったディランが、凹んでいた。


 仕方ないだろう。

 彼は、まだ『闇』属性を発現出来ても、攻撃手段には出来ていない。

 『隠密ハイデン』の扱いも中途半端で、誤射の可能性があるし。


 まぁ、接近戦と言う名目の、剣の扱いは流石なんだけどね。

 親父さんが騎士で、修練も欠かさず行っているから、新人騎士以上の剣技は身に付いている。


 励ました香神の言葉通り、接近戦で活躍してくれ。

 ついでに、紀乃はちょっと反省しなさい。

 他人の不幸を笑わない!!



***



 なんてこともありながら。


 その後も、生徒達を主体とした討伐は続いた。


 魔法を延々と使いつつも、接近戦を仕掛ける余裕がある永曽根や香神。


 接近戦を物ともせずに、魔物を次々と仕留めていく榊原と徳川。


 魔法のアシストが、既にベテランの域と達した杉坂姉妹。


 ブーストや治癒魔法を駆使して、戦況を維持し続ける伊野田。


 更にアシストをしつつも、土の壁や魔法トラップを駆使して魔物の増え過ぎを抑える常盤兄弟と浅沼、シャル。


 先程の鬱憤と汚名返上の為に、嬉々として剣を振るうディラン。


 これまたご令嬢にも関わらず剣技に長けたルーチェも加勢する。


 そして、淡々とそれが仕事だと言わんばかりに、戦場を駆け回って魔物を切り捨てる間宮。


 均整が取れている以前の次元だ。

 もはや、彼等が1つの軍隊と言われても頷けてしまう。


 これには、オレのアシストも必要ない。

 出番が無かった所為で、こっちはこっちでちょっと凹み気味。

 シガレットを吸って一服する余裕まである始末だ。


 だが、


「………はっ、生徒達に働かせて、自分は後方で女を侍らせているだけかよ…!」


 どこからともなく聞こえた、蔑みの声。

 鼻白みはしないが、少しだけムッとしてしまった。


 騎士達はどいつもこいつもどよめいて、一点に視線を向けている。

 騎士達に紛れて、一般人とも言える男が、不機嫌そうにオレ達を眺めていた。


 そういや、事前情報で治癒魔術師が労役犯罪者ってのは聞いてたっけ。


「貴様、失礼ではないか!」

「また、性懲りもなく…ッ」

「はっ、本当の事だろうが!

 ………違うってんなら、自分も戦ってみろってんだ」


 騎士達の叱責の声も、右から左。

 男は侮蔑すらも含んだ視線をオレに向けて、吐き捨てていた。


 ラピスが、「あ奴は私の時にも噛みついておったから、気にするでない」と耳打ちしてくれた。

 まぁ、別に気にしてはいないけども。


「なら、お前もあの討伐戦に参加すれば?」


 立ち上がりがてらそう言えば、目をひん剝いた男。

 何もしてないのは、彼も一緒だろうに。

 ただ、騎士達の中には、まだ猜疑的な人間もいるのか、オレのこの言葉に敵意が混ざる。

 今回の援護に出て来たの、オレ達に従順な連中ばかりじゃないのは知っていたからね。


 とはいえ、これ説明するべき?

 見せた方が早いとは思うけども、う~む。


「………貴方にも、考えがあっての事では?」

「そうなんだよねぇ。

 オレが参加したら、この程度の討伐すぐ終わっちゃうもん」

「………はッ?」


 あ、思わず言っちゃった。

 ヴィンセントが話しかけて来たタイミングが、オレの考え事とばっちり重なっちゃってたし。


 ヴィンセントの声が、裏返った。

 騎士達にも聞こえたのか、またしても動揺が伝播する。


 でもまぁ、これも『予言の騎士』としての職務と考えれば良いか。


「ルルリア、頼む」


 傍らにいたラピスに声を掛ける。

 彼女は、胡乱げな視線をオレに向けた。


「負け犬の遠吠えなど、構わずとも良いと思うんじゃが?」

「その負け犬に、吠え面かかせるだけ」

「………負けず嫌いめ」


 呆れたような溜息を一つ。

 ラピスが文言も無く、生徒達に向けて手を振る。


 瞬間、


『うわっ、何!?』

「あれ、これ、母さん!?」

『吃驚した…ッ!』

「なんだよ、先生!」

「あ、先生もまさか、参加するの!?」

「そう、そのまさか」


 浜辺で討伐を続けていた生徒達の周りに、透明な障壁が出現。

 無詠唱どころか、文言も無く発現するのが、彼女が『太古の魔女』たる所以だろうか。

 おかげで、生徒達から上がる驚きの声。


 そんな生徒達を尻目に、にっこりと笑えば数名から、「あ、ヤバい奴」と堂に入った感想を漏らしていた。

 安定のNG笑顔で、絞まったところで。


「来い、『闇』の精霊(アグラヴェイン)、『火』の精霊(サラマンドラ)


 手を水平に薙ぎ、口にする呼び出しとその名。

 初めてとも言える、2体同時の呼び出しでもあった。


『なんぞ、魔物相手と言うのも、興が乗らぬが、』


 闇を纏って、文句を垂れつつも、スロットに跨って現れたアグラヴェイン。

 ………殺る気満々だろうが。


『負けず嫌いも、ここまでくれば脅威だな』


 炎の化身を絵に描いたような姿で顕現したサラマンドラは、少々呆れ気味。

 それでも口元がにやけているから、まぁ彼としては文句は無さそうだけども。


 黙らっしゃいよ、お2人?さん。

 オレだって、ちょっと乗り気ではないんだから、やる気を削がないで。


 顕現したのは、2体同時の上位精霊。

 オレの魔力総量から考えると、この2体を同時に召喚しても問題ない。

 むしろ、そのままほぼ1時間近くは動きまわれると分かっている。

 これも教えてくれたのは、アグラヴェインだけども。


 と言う訳で、以前言われていたアグラヴェインの注文と、証拠の提示として、2人を呼び出した。


 背後の騎士団が、今度は狼狽した。


 数名が腰を抜かし、上位精霊を魔物と勘違いしているのか、逃げ出す者までいた始末。

 ヴィンセントも硬直したまま、顕現した上位精霊2体を見上げていた。


 ………ちょっと過剰戦力とは言え、気分は悪くないね。


「………やっちまいな」

『おうよ!』


 下知した戦闘開始の合図と共に、岩場を滑り降りるように飛ぶサラマンドラ。


 業火を纏ったサラマンドラの巨体が、縦横無尽に魔物達を弾き飛ばす。

 触れる度に、浜辺にいた魔物達が細切れになり塵も残さず燃やし尽くされていた。


『ヒヒヒィーーーン!!』


 一方、嘶きを上げてスロットをウィリーしたアグラヴェイン。

 背負った大剣を振り抜き、颯爽と岩場を駆け下りていった。


 浜辺を駆ける黒衣の騎士と、装飾までもが漆黒の馬。

 馬上で振るった大剣が、易々とサハギンやハンマーフィッシュを切り裂いては、討伐していく。

 絵画のような情景にオレですらも呆然と見入ってしまった。 


 っとと、オレも呆然としている暇は無かったな。

 精霊を召喚したぐらいじゃ、オレの実力の提示は出来ないから。


「んじゃ、オレもちょっくら動いてきますかね」


 腰に顕現した日本刀。

 アグラヴェインがいなくても制御ぐらいは出来る様になったから、細身の刀身が日光を反射して煌めいた。

 いってらっしゃいと、嫁さん2人が呆れ交じりながらも送り出してくれる。


 その直後、


「………言っただろう、すぐ終わると」


 オレは浜辺に音も無く、降り立っている。


 言葉と共に、逆手で握った刃を血振りした(・・・・・)

 背後で音も無く、ハンマーフィッシュが細切れになって落ちる。


 ………サハギンに向かって行かなかった理由は、推して察して?


 そして、ついでにそのサハギンが来た暁には、


「お前みたいな魔物なんて、大嫌いだ!」


 と、自棄くそ気味に叫んで、『隠密ハイデン』をぶっ放す。

 頭を吹き飛ばしたのは、ご愛敬。

 やだよ、蛇の頭部なんて。

 (※何故かオレの言葉に、ラピスだけが噴き出していたなんて知らなかったけども)


 狙撃の音と、肉を断ち切る音が木霊する。

 サラマンドラの雄叫びと燃え盛る炎が唸る。

 アグラヴェインの駆るスロットの嘶きが轟く。


 三重奏とも言える虐殺の音と共に、魔物達の断末魔の叫び声が響いていた。

 まさに、これこそ阿鼻叫喚。


 オレ達には、この程度は造作も無い。

 そして、再三の血振りをして、刀身を鞘に納める。


 物の数分で、浜辺にはオレ達以外に立っている者はいなかった。

 魔物の残骸はあっても、息のある魔物は存在しない。


 ラピスの『盾』の中にいた生徒達は、その場で座ったりしゃがみこんだりと休憩している。

 ぶっちゃけ動くと巻き込まれるし、体力温存も正解。


 とはいえ、生徒達の仕事を奪う訳にも行かないので、自重はするよ?


「遊ぶ時間を多少作ってやったんだから、感謝ぐらいはしておけよ?」


 途中参戦はしたが、これまた途中交代だ。

 ちょっとはっちゃけ過ぎた気恥ずかしさもあって、捨て鉢な台詞と共に退場しておいた。


『はは~~~ッ!』

『………アリガトウゴザイマス』

『獲物無くなっちゃったじゃんか!』

「2体同時とか、規格外にも程があるのよ!!」

「………意欲が削られたな」

「………オレもだよ」


 そんなオレの後ろ姿に、生徒達の反応は様々だった。


 平伏している徳川と榊原と浅沼や、あからさまに目を逸らしている伊野田と河南と紀乃とディランとルーチェ。

 文句を垂れているエマとソフィアや、怒鳴りつけるシャルに、呆れて脱力している永曽根と香神。


 そして、我が弟子はといえば、無言で手を叩いていた。

 花が舞っているのは気のせいか。

 ………お前だけがちょっと可愛いと思えた瞬間だよ、間宮。


 ………はぁ、やっぱり一番の規格外がオレとはね。


 シガレットを吸いながら、元いた場所に戻ると、騎士達からの畏怖の視線が一斉に向けられた。

 ………これもこれで、傷付くよ。


「あ、ってか、まだアグラヴェインも、サラマンドラも顕現したまんまだ」

「気付かないのも、どうかと思うのですが…?」

「口調を戻せと何度言えば分かるのか」


 オレの間抜けな発言に、ヴィンセントが的確な突っ込み。

 いやはや、口調を戻してくれなきゃ、オレが鳥肌止まらんから辞めて。


「ありがとう、2人とも」

『次は、もっと強者と見えたいものぞ』

『同感だが、久々に動けたから良しとしようじゃないか』


 陰鬱な溜息と共に闇の中に消えたアグラヴェインと、にかりと笑って(※輪郭が炎だからいまいちよく分からない)火の粉を散らして消えたサラマンドラ。

 ご苦労様でした、ありがとうございます。

 またまた大した用でも無いのに、呼び出してゴメンナサイ。


 と、2体の上位精霊を顕現してから、体内の魔力を探っておく。

 大体、10分も動いてないから、魔力総量の減りもそこまででは無いか。

 多分、3分の1ぐらい?


 そこで、もう一度、改めて騎士達を振り返る。

 ずざざざっ、と一斉に後退した。

 更に(※ちょっと面白くなって)にっこりと笑えば、途端に全員が跪いた。


『申し訳ありません、何卒ご慈悲を…ッ!』

「………いや、こっちが迷惑を被らない限り、危害は加えないから安心しなさいよ」


 ………そこまで?


 よくよく見たら、例の治癒魔術師気絶してるし。

 ………やり過ぎたけど、どうしたもんか。


 ついでに、


「………宛てに出来ませんが、」

「まずは、お前が餌食になるか?」

「………滅相も無い」


 彼まで畏怖で、戦々恐々になっちゃってるのはどうかと思うんだけどね。

 言った通りにはなったけど、そこまで怯えられるのは心外よ?


「おほほほほほっ、これはこれで痛快じゃ!」

「………魔力お化けも、大概にしておけよ?」


 そして、ゴメン。

 嫁さん達の言葉に、一気にブルーとなった。


 ローガンの一言が、最終的に一番胸に刺さった件。

 ………本当にコンプレックスの事になると、途端に辛口になるんだから。



***




 さて、色々あった討伐の時間も終わった。

 ………うん、終わった。


 ヴィンセントの『盾』を待つ前に、海から出て来なくなったの。

 多分、打ち切り。

 もしくは、魔物すらも怯えて逃げ出したと思われる。


 生態系狂ったりしない事を祈る。


 んでもって、ヴィンセントの『盾』を設置して貰って、本日の討伐は終了。

 これだけやれば、間引きも十分だろう。

 (※十分過ぎて後から文句を言われる事になるのは、余談である)


 魔力を程よく消費し、ついでに動き回って鬱憤も張らせた。

 なおかつ、自分達の今の実力もはっきりしたことで、達成感に満ち溢れた生徒達。

 ディランもルーチェもしっかりと活躍出来たので、その表情はすっきり爽快だ。


 そんな休憩をしている生徒達に向けて、念願のご褒美タイム。


「今から、4時まで自由時間だ。

 遊ぶなり、休むなり、訓練するなり、好きにしておけ」


 現在は、午後1時半。

 1時間ぐらいは討伐していたけども、まだまだ元気なもんだ。


 言われてたからな、遊びたいって。

 だから、仕事が終わったらご褒美をやるって名目で、こうして討伐もやってた訳。


『おっしゃぁああ!!』

『やったぁああ!!』

「………本気だったのね」

「………本当に遊ぶつもりだったんですね」

「………しょっぱい水のどこがよろしいんでしょう?」


 そして、オレの下知が下りたのを皮切りに、生徒達が歓声を迸らせる。

 普段静かな、伊野田や永曽根までそうだったんだから、相当だよな。

 ………なるべく、息抜きの時間は作っていこう。


 ただ、当初のワールドギャップの通り、シャル達は未だに戸惑っている。

 これだけ間引きしたんだから大丈夫だよ。

 半ば無理矢理納得させて置いた。


 しかし、そこで、


『海~~~~~ッ!!』

『ぶほっ!?』


 一斉に着ていた服を脱ぎ捨てた生徒達に、騎士達が噴き出した。

 どよめきが、またしても伝播する。

 ヴィンセントなど、討伐報告の書類を取り落としたぐらい。


 それもその筈だ。


 生徒達、水着まで着て準備万端だったんだもの。


 実は、これ杉坂姉妹が投下した爆弾である。

 何がと言えば、知らぬ間に着々と製作していた水着だった。


 遊びたいと言い出したのは彼女達だったが、その理由がこれ。

 この砦に来る前に、杉坂姉妹がこそこそしていたのは、記憶にうっすらと残っていたが、まさか本当に服飾関係でやらかすとは………。

 予想外。

 マジで。


 しかも、ご丁寧な事。

 ここにいる面々の枚数すらも揃えていたのである。


 おかげで、水着が無いと言う言い訳も、足りないと言う言い訳も聞かなかった。

 用意周到な事だ。


 そして、今日の魔物の間引きが決まった段階でご褒美を発表した時。

 彼女達は、嬉々として生徒達全員に配って回っていた。

 それこそ、水を得た魚のような状態。


 そして、男子組はそれに呆れながらも、乗り気になってしまっていたのである。


 男子組は、既に上半身裸でジャージと言う格好で討伐に参加していた。

 女子組は、上にシャツや上着を羽織ったジャージ姿。

 全員が、着衣の下には水着を着ていた。

 だから、いつも以上に薄着だったのだ。


 ヴィンセント達が、あんな格好で大丈夫?と言っていたのは、その為だったんだよね。


 そして、今、生徒達は解き放たれた。

 戻ってくるのは、時間を遵守してか、それとも遊び疲れてか。


 ………正直、ここまで遊びたがっていたのも、オレとしては予想外だったよ。


「あ、あのっ、『予言の騎士』様!

 つ、つつつつかぬ事お聞きしますが、」

「聞かないでよ、オレだって知らなかったんだから」

「………い、いえ、知らないで済むんです!?

 あんな、女性までもが、あの、あのような大胆なお召し物で…ッ!」


 そんな呆れた視線のオレに、ヴィンセントが声を裏返して訪ねて来る。


 こんなところでも、ワールドギャップ。

 まぁ、確かに女子組の格好はどうかと思うけども。


 アイツ等、伊野田とシャル以外は、全員がビキニだもの。

 こっちの世界、海水浴と言う言葉も無ければ、ああして女性が肌を露出することなんてはしたないとすら考えられているからね。


「ちなみに、オレもだけど?」


 そう言って、シャツの前だけを開ける。

 例によって例に漏れず、オレの分まで準備されていた。


 おかげで、ちょっと下半身が落ち着かない。


「おわっ…!?」


 と、これまたヴィンセントが素っ頓狂な声を上げて後退していた。

 ………いや、オレ男だってば。


「………この世界では違うかもしれないけど、こっちでは海で遊ぶ格好ってあれなんだよね」

「そ、そも、海で遊ぶという意味が…ッ!」

「こっちの世界は、海に魔物なんていなかったもの」


 からからと笑って、ワールドギャップを説明しておいた。


 オレ達の常識とこの世界の常識がすり合わないのは当然のこと。

 なにせ、世界が違うのだもの。


 だが、


「うへぇえ!冷たいッ!」

「あッ、コラ!!水を掛けるな!!」

「へへーん、食らえ!!」


 ふとヴィンセントを納得させていた傍らで。

 戯れている徳川と、はしゃぐ榊原の声が聞こえた。


『きゃーーーーーーっ!!』

「ちょ…っ、2人とも飛び込んだら危ないよ!?」

「………海で遊ぶことは危なくない訳?」

「………なんだか、ちょっと楽しそうですね」


 響く杉坂姉妹の歓声や、波打ち際でそれを見ていた伊野田やシャル、ルーチェの声も聞こえた。


「あははは!オレ、海初めてかも!」

「うわぁ、珍しい!河南が大笑いしてる!」

「キヒーーーーッ!?

 僕モいるっテ忘レないでヨ、兄さン!」


 海が初めてな様子で大喜びの常盤兄弟に、こちらも大笑いしている浅沼の声も。


「ほら、ディラン!

 往生際が悪いぞ!」

「そーだそーだ!

 『異世界クラス』なら、海ぐらい楽しまなきゃな!」

「いえっ、ちょ…ッ、こんな事までするなんて聞いてな…ッ、ぎゃあああああ!!」


 悪乗りしてディランを海に放り込んだ永曽根や香神の、楽しそうな声も聞こえた。

 ディランの悲鳴もな。

 ご愁傷様。


「(敷物もご用意しましたので、どうぞ)」

「お前も遊んで来い」

「(ご無体です)」


 最後の1人である間宮は、先ほどの頭から被った汚れを落として来たのか、びしょ濡れだった。


 ただ、何故か遊ぶではなく、敷物とパラソルビーチとは言わないけども日除けの傘を設置して、オレ達の下に現れたのは、一体どこのコンシェルジュ?


 執事みたいなことをするもんだ。

 まぁ、教養は受けているんだろうが、そこまでやらんでも良い。


 茶目っ気が足りないな。

 仕方ないので、そんな間宮を捕獲して、頭を抱き込んでやった。


 オレものしのしと浜辺を歩き、生徒達の輪の中に混ざるように、


「そらっ、もう1人追加だ!」

「(本当にご無体ですぅ!!)」


 投げた。


 ポーンと放り投げられた間宮が、頭から海へと落ちていく。

 岩場があったら危ないが、ここら辺は幸い浅瀬ばかりだし、アイツの事だから躱す事ぐらいは出来るだろう。


 我ながら、良い仕事をした。

 うむ、と頷いて、踵を返す。


 と思っていたが、


「………先生、ヤバくね?」

「………間宮、浮いて来ないけど…」

「………誰か、間宮が泳げるか知ってる?」

「あ゛………ッ」


 前言撤回。

 ヤバいかもしれない。


 嘘、まさか、間宮、カナヅチだったーーッ!?


 真夏(※では無いが)のテンションに乗せられて、うっかりやらかした。

 慌てて衣服を脱ぎ捨てて、浜辺から飛んだよ。


 水着着てて良かったとか、マジで思った瞬間。


 しかし、


「おい、間宮、大丈夫…ッぐあ!?」

「おわ!?先生!?」

「えっ、もしかして、いきなり深くなったのか!?」

「………ほら、やっぱり危ないじゃないですか!」


 間宮が落ちた辺りの浅瀬に到着した途端、オレの足が取られた。


 おかげで、無様にすっ転ぶ。

 頭だけは海水に浸けないようにしていたというのに、見事に全身が海水の中である。


 だが、これは分かった。

 足を掴まれて、すっ転んだのだ。


 その証拠に、


「まぁ、みぃ、やぁ………?」

「(仕返しです!)」


 海水から顔を上げたオレを見下ろす、踏ん反り返った弟子の姿。

 相当ご立腹なのか、ふくれっ面だった。

 ぷんすか、と言っていそうな、顔だ。

 ………濡れた前髪を撫でつけているから、あどけない顔がお目見えして、そこまで怖くないと言う安定の可愛さもあったがな。


 畜生、すっかり騙された。

 しかも、水の中って、気配とかがかなり遮断されるから、気付けない事も多い。


 一本取られたな。

 クソ。


 髪をかき上げようして、左目に巻いていた包帯が濡れたのも気付いた。

 あ、左目を開けると海水が入って来て痛い。


 オレも興が乗り過ぎたのは認める。

 認めるが、………この野郎やりやがったな。


「良い度胸だ、馬鹿弟子!」

「(元はと言えば、銀次様の所為ですーーーーっ!!)」

「待て、こらぁあ!!」


 鬼ごっこ開始である。

 しかも、ガチな方向で。


 とりあえず、二度とこんな真似が出来ないように、『盾』の向こう側にでも投げてやろうそうしよう。


 生徒達があちゃーなんて、言っている間を間宮とオレで駆け回る。

 途中から空中戦でも肉弾戦でも、なんでもござれだ。


「これ、年甲斐も無くはしゃぐでない!」

「頑張れ、間宮!右、左、そこだ…ッ!」

「うわぁああああん、2人までオレの敵になってるぅ!!」


 ラピスの怒鳴り声と、ローガンの声援を聞きながら、涙目である。

 必死で逃げる間宮を追いかけまわしてやった。

 

 でも、まぁ、楽しくなかった訳じゃない。


 それに、


「(………オレも、こんな風に遊んだの、初めてだったりするんだよねぇ…)」


 海に初めて入ったと、喜んでいた河南や紀乃。

 シャルもディランもルーチェも、それは同じ。

 きっと、あの様子だと間宮も、そうだったのかもしれない。


 楽し気な歓声を背に受けて、海を走るなんて初めての経験をしつつ。


 現金な事に、来て良かったと思っている自分がいた。


 この砦にも勿論だが、この世界にも来て良かった、と。


 

***



 間宮との鬼ごっこは、勿論オレが勝った。

 大人げないとか言うなよ。

 アイツのおかげで、今日は包帯どころか、ウィッグだって洗濯決定なんだから。


 休憩がてら、アイツが敷いてくれて敷物の上。

 水筒で持ち込んだシュピー(レモン)水を片手に、まだまだ遊んでいる生徒達の姿を見る。


「(………どいつもこいつも、年相応の顔に戻りやがって………)」


 平均がシャルの所為でぶっ飛んでいるとはいえ、10代から20代の生徒達。

 一番下の間宮が感情の起伏が薄い所為で、全員が子ども染みていると思ってしまう。


 だが、思い直した。

 それでもやはり、子どもである事は間違いない。


 20歳を超えたとしても、彼等は子ども。

 まだまだ、親の庇護下で育っているべき、年頃だった。


 現代での生活と、こちらの世界での生活と。

 見比べてみて、活き活きとしているのは、果たしてどちらだろうか。


 ………比べるまでも無かったな。

 自嘲気味に微笑んで、シュピー水を煽った。


 が、


「どうした、物思いにふけった顔をして、」

「ごふっ…!?」


 目の前に現れた白と肌色のコントラストに、今度はオレが噴き出した。


「これ!何をするか!」

「わ、悪い、考え事してて、げほっ、吃驚した…ッ!」

「海だからまだ良いが、シュピー水を掛けるでない」


 むせ返ったオレの前。

 口調から分かる通り、現れたのはラピスである。


 彼女も例によって例に漏れず、水着姿。

 用意周到な杉坂姉妹のおかげで、彼女も煽りを食らったのである。


 だが、意外にも彼女やローガンは乗り気だった。

 おかげで、彼女達の魅惑の肢体(※水着は着ている)が白日の下に晒されていた。

 下半身が落ち着かないのは、その所為もあると思うんだ。


 恥ずかしがっていたのは、アンジェさんだけ。

 とはいえ、彼女も彼女で上着を着ていても良いと聞いて、生徒達の輪に混ざりに行ったっけ。


 ラピスは、白とブルーで統一されたビキニ。

 レースのあしらわれたパレオまで付いている事から、ソフィアの本気が伺える。


 ちなみに、ローガンは上が赤で下が黒の、上下の色が違うビキニだった。

 いやはや、白い肌に絶妙にマッチしていたから、目のやり場に困るものだ。


 それから、アンジェさんはタンキニで、短パンも付いていた。

 可愛らしいオレンジ系統の配色で、髪の色ともマッチしている。


 そして、杉坂姉妹は、言わずもがなビキニだ。

 ソフィアが薄い桃色と白のレースがあしらわれたもの。

 エマが色違いでこちらは水色と白のレース。

 甲乙付け難い愛らしさとは裏腹に、2人揃って爆裂なわがままボディだったよ。


 ああ、後シャルと伊野田はワンピースタイプ。

 シャルもラピスと同じ白と水色系統で、ホルダーネック。

 首筋に揺れるリボンが可愛らしかった。

 伊野田は緑系統の生地にレースがふんだんに使われていた。

 黒髪と相俟って妖精のようだ。


 そしてそして、ルーチェも少しばかり色気が満載だった。

 アンジェさんと同じタンキニなのだが、腹の部分が総編みレースなので、透けているのである。

 恥ずかしそうにしてはいたが、杉坂姉妹達のように露出していないだけマシと、間違った方向で吹っ切ったのか、今では輪の中ではしゃいでいる。

 ………水で濡れて更に透けていると言うべきか、否か。


「これ、どこを見ておるか!」

「いっ、ひゃい、いひゃひゃひゃひゃ!」


 頬を抓られて現実に戻された。

 いや、別に、生徒達の肉体の成長具合を見ていた訳でも、透け感グッジョブとか思ってた訳でも、


「目の前に嫁がおるのに、余所見をするとは何事じゃ」

「………可愛いよ、ラピスも」


 言い訳は止めよう。

 だって、皆可愛いんだもの、仕方ない。


 男子は全員、トランクスタイプで固定だったがな。

 ただ、おかげで助かった。

 ………下手にブーメランだと、はみ出した可能性もあるから………。


 さて、閑話休題それはさておき


「ふふふ、それにしても、年相応にはしゃいでおるのう」

「………たまには、息抜きも悪くない」

「こういう格好もかの?」

「………ひ、否定はしない、かな?」


 ふふふふ、しっかりバレてやんの。

 オレの下半身が、反応していないことを祈るしかなかろう。


 正直、ラピスもローガンも、水着の所為でいつも以上にエロスを感じるんだもの。

 ムラムラしない方が可笑しいでしょ?


 むしろ、ムラムラしないやつ、ここに正座。


「お主は、ああ言っておったが、本当にこういう遊びが向こうにはあったのか?」

「ああ、夏の風物詩だったね」

「夏では無かろうに…」

「この気温から考えたら、オレ達にとったらもう夏だよ」


 なにせ、春先の3月にして、温度計が20度を超えるのである。

 今から夏の事を考えると頭が痛い。


 とまぁ、気温はともかく、彼女が聞きたいのはオレ達の世界での、こうした行楽の事だろうか。


「オレ達がいたのは、極東の島国で、結構頻繁にお出かけ出来る環境だったんだよね。

 春先には花見をしたり、夏にはこうして海水浴をしたり、秋には登山とか、冬には雪遊びとか温泉とか、」

「………豊かな国じゃったのじゃな」

「それも、否定はしないかな」


 現代は、むしろ豊か過ぎる。

 この世界に来て、不便に感じる事も多い。


 それが、交通の便だったり、通信だったり、生活様式だったりと、様々ではあるけど。


「………帰りたいと、思うかや?」

「………どうして?」


 ふと、声のトーンを落としたラピス。

 質問の意味にもそうだが、その声を聞いてオレも少しだけトーンダウン。


 苦笑を零して問いかける。

 彼女は、そんなオレの表情を見て、何を思ったのか。


 手持ち無沙汰に、パレオの裾を爪で弄る。

 そんなラピスに向けて、オレが言える事は一つだけだ。


「………置いてったりしないから」

「………ッ」


 オレの言葉に、ラピスは息を詰めた。


 死にかもしれない、戻るかもしれない。

 今までも何度も考えた事だ。


 だから、ラピスの言いたい事は分かっている。

 おそらく、オレ達の世界の話を聞いて、こちらよりも豊かであると確認して、不安に思っているのだろう。


 だけど、


「オレは、そんな軽い覚悟で、誓ったりはしないよ」


 首に掛けた指輪を掬い、口付けた。

 生徒達のいる手前、彼女に直接キスをすることは出来ない。


 でも、この指輪の意味が分かっているなら、大丈夫。

 これで、気持ちが伝わってくれれば良い。


 ほぉ、と頬を赤らめながら、息を吐いたラピス。


「………もし戻る事になっても、どんな方法でも良いから戻って来る。

 もしかしたら、お前等を浚ってでも、戻るかもしれないけどね」

「………本に、無茶を言う、馬鹿者じゃ」

「その馬鹿者を好きになったのは、誰?」

「………馬鹿者」


 今度こそ、真っ赤な顔ながらも、微笑んだラピス。

 苦笑を零して、もう一度手の中の指輪に口付けた。


 今日の夜は、ローガンだったか。

 ちょっと、無茶をさせてしまうかもしれないな。

 ………うん。


 なんてことを思っていると、


「済まん、ギンジ、ちょっと良いだろうか?」


 浜辺へと降りて来たのは、ヴィンセントだった。

 少し、気不味そうなのは、オレ達のやり取りを見ていたか否か。


 ラピスが、これまた真っ赤な顔で、そっぽを向いた。

 苦笑しか漏れない。

 2人揃って、恥ずかしがり屋の嫁さんだ。


 さて、和んだところで、敷物から立ち上がる。


「何かあった?」

「ああ、いや、少し気になる事があってな」


 上着を羽織って、浜辺から騎士団の控えていた岩場へ。

 コイツ等、警護は必要ないと言ったのに、頑として動かなかったんだが、十中八九水着の女神達目的だろうな。


 先走って襲われても困るので先に締めておくか?


「物騒な顔をしないでくれないか?」

「あれ?顔に出てた?」

「人を半殺しにしそうな程にはな」


 あれまぁ、失礼シマシタ。

 じゃあ、騎士達にはお前から言っておいてね?


「………うむ」


 目を逸らしながらも、恐々と頷いたヴィンセントに満足して、話を聞く体制を取った。

 シガレットを吸いながらであるが、この際礼儀作法は気にしないで貰いたい。


 さて、どんな報告があったのかな?


「あちらの空が、見えるか?」

「うん?」


 だが、意外にもヴィンセントの言葉は、報告でもなんでも無い。

 天気の話?


 ちょっと引っかかりつつも、ヴィンセントが指を指した東の西へと視線を向けた。

 そこで気付いた。


「あれ、ちょっと曇ってる?」

「スコールだと思う。

 だが、それにしては、雲の動きが早く、動きも鈍重だ」

「………いつ頃からあったのかな?」

「オレ達も詳しくは分からないのだが、今日の朝方は無かった筈だ」


 って事は、朝から今に掛けて、雲が移動して来たって事か。

 そこで、少しばかりきょろきょろと辺りを見渡した。


 照りつける太陽の所為でそれほどでもないが、少しばかり風が強い。

 眼を向けたのは、オレ達がいた場所よりも更に上にある、丘のような上り坂の更に上。

 木々が生い茂った森の入り口となっているが、木々が揺れて枝が大きくしなっている。


 確か、昨日の夜もこんな感じだった。

 それに、波も少し高くなっている気がするのは、気の所為じゃないだろう。

 先程、散々走り回ったのだから分かっている。


 ………午前中に訓練している時は、そこまででは無かった筈だな。

 って事は、夜にかけて、荒れそうだ。


 風向きも、西から東に掛けて。

 あの雲がそのまま、風に流されてきたら、直撃コースとなるだろう。


 スコールだけならばまだ良いが、最悪嵐の可能性も高いか。


「うん、分かった。

 雲の位置が変わり始めたら、早めに切り上げさせるよ」

「ああ、頼む。

 ………そ、その、邪魔して悪かった…」

「そういう方向の謝罪は、いらない」


 こっちが恥ずかしくなるから辞めて。

 別に邪魔とか云々は、思ってない。

 常々、タイミングが悪いとは思っているけども。


 とはいえ、


「(春先に天候が安定しないのは、あっちとそう変わらないんだな)」


 多少なりとも、現代での知識が役立つようで助かった。

 こっちの天気予報、マジで神頼みだったりするし。

 ついでに、気象予報なんて無いから、ご老人方の勘に頼っているとか聞いた時は、吃驚したもの。


 とはいえ、荒れるのは分かっている。

 今日は早めに生徒達を休ませて、砦の補強なんかに手を回した方が良いだろう。



***



 西日が雲に隠され始めた夕方。


 宣言通り早めに切り上げさせたので、ぶーたれていたのが数名いたものの。

 小雨が降り出した辺りから文句は聞こえなくなった。


 やっぱり、長年の勘は侮れない。

 ヴィンセントが教えてくれなければ、オレも多分気付けなかったかもしれない。


 小雨はやがて本降りとなり、遂には豪雨となった。


 砦に戻ってから、すぐに生徒達には風呂に入らせた。

 潮水でべたべたなのもあるし、気温が急激に下がったので風邪を引きそうだったのだ。


 『ボミット病』が治った矢先に、生徒が風邪でダウンとかどんな嫌がらせかと。

 万が一風邪が流行ったら、最悪のこの世界では死に兼ねないしね。

 その時は、傾向補塩水やらハーブやら漢方やらが大活躍だろうが。


 さて、そんなこんなで、一番最後になった風呂。

 正直、オレは生徒達のように、混浴出来る人間が限られているしね。

 ラピスとローガンとは、流石に生徒達もいるから一緒に入れない。

 よって、間宮と一緒。

 地毛もウィッグも洗って、新しい包帯も取り替えてすっきりだ。


 気温が下がった所為か、2人揃って湯気が立っていた。


 しかし、


「貴様の所為で、何かあったらどうしてくれる!?」


 風呂のおかげで、ほっこりと砦を歩いている時だった。

 前方から叫び声が聞こえて、少しだけ緊張が走る。

 顔を見合わせつつも、ちょっとだけ気になったので、急ぎ足となった。


 だって、今の怒鳴り声、聞き覚えがあるもの。


「何があった?」

「(………?)」


 駆け付けた先にいたのは、結構な人数。

 『白雷ライトニング騎士団』の騎士が4人と、向かい合わせに立っているのは砦の騎士が4名。


 どちらも、オレ達が現れた瞬間の表情が、顕著だった。

 片方は安堵、片方は戦慄。

 また、何かいちゃもんでも付けていやがったのか?


 気配にも、見知った人間がいるからな。


「ギンジ…ッ!」


 護衛の騎士達に囲まれていたのは、ラピスだった。

 傍らには、シャルも一緒だ。


 どうやら、魔法陣の練習をしていたのか、シャルの頬や鼻先にインクが付いている。

 帰って来てからも、修練とは頑張るものだ。


 とはいえ、


「どうした、大丈夫か?」

「あ、いや、………私は、大丈夫なのじゃが、」

「こ、コイツ等が、母さんの所為で、砦の備品が足りないとか言い出して…!」


 騒ぎの原因を調べる為に、問いかける。

 目を逸らしたラピスはどことなく気不味そうで、シャルは何故か頬を赤らめて激昂しているようだ。


 ………うん?


「何があった?」

「それが、この者達が言うには、砦の浸水被害の時に使った土嚢が足りないとかで、」

「土嚢?」


 ………えっ、っと?

 それが、何故ラピスの所為になっているのか、オレに教えて?


 次に眼を向けたのは、ラピスに食いかかってきた騎士達だった。


 聞き覚えがあると思ったら、例の暴走騎士メイソンの元部下達の男じゃないか。

 顔中に包帯巻いてるから、砦の内装も相俟ってミイラだった。


「こ、この女が、魔法陣とやらを描く為に、土嚢を使ったんだよ!」

「そうだっ!この女の所為で、土嚢のストックが足りない!」

「しかも、袋を破ったりしたから、再利用も出来ないんだぞ!」

「どうしてくれる!?」


 なんて、怒鳴り声でクレーマーのような有様だが、なんとなく原因は分かった。


 ラピスから、詳細は聞いてたからな。


「ああ、つまり、魔法陣を描く時に使った砂が、元は土嚢の砂だったんだな?

 結構な量を使ったから、それで浸水被害のありそうな場所に置く為のストックが無くなった、と」

「そうだ!浸水して被害が出たら、どうしてくれる!?」


 どうしてくれるもこうしてくれるも、別にラピスだけが悪くは無いんだが。


「補強作業や修繕をしたのは、知ってる?」

「はっ?」

「ついでに、城壁の裂け目や割れた箇所も、全て点検済みなんだけど?」

「そ、そんなの…ッ」

「後、土嚢のストックがいらないって判断したの、ヴィンセントだけど?」

「………なッ!?」

「補強したから、今年は土嚢を作らなくて済みそうだって言ってたし?」

「そ、それは…ッ」


 はい、論破。

 あんまりにもあんまりな内容だったから、自慢にもならないけども。


 マジで、事情を知らないクレーマーって厄介だよね。

 思い込んだら、譲らないから。


「そもそも、その補強も修繕もしてくれたの、彼女なんだけど?

 それを何、仇で返して、それで良いと思ってんの?」

「………し、しかし、修繕をしたとしても、被害が出るやも…ッ!」

「出たら出たで、使う必要の無くなった土嚢を使えば良いだろ?」

「………それが、足りなければ、どうする!」

「また、修繕して、水が入って来ないようにすれば良いじゃん」


 しつこいねぇ、この連中。

 もう、この話は、既にヴィンセントと共に突き詰めていると言うのに。


 補強や修繕作業は行ったけど、もし浸水があった時にはその都度修正って話はしていたよ?

 万が一、備品とか食糧庫とか浸水するとヤバいから、そっちは念入りに補強も点検もしたし。

 その時に、土嚢がいらない云々の話もしていたの。

 だから、砦の騎士団も、浸水被害が無いかどうかのチェックだけをする巡回部隊しか組まれてないし。


「そもそも、それをオレ達に言う権限持ってんの?」

「うぐっ…!?」

「悪いけど、この話は各部隊の部隊長にはしっかり伝達してある筈だし。

 だから、オレ達も構えて無いんだよ?

 それが伝わってないって事は、全く別の関係ない部隊なんじゃないの、お前達」

「………と、砦を守る為に働いて、何が悪い…ッ!」

「悪いとは言ってないけど、言ってる事とやってる事が違うだろう?

 砦を守りたいならオレ達の邪魔だってし無い筈だし、そもそも誰か1人を悪者だと決め付けて詰ったりもしないだろうが」


 コイツ等、馬鹿なのかなぁ。

 相手にするのも疲れちゃったから、もう溜息も出て来ない。


「………いい加減にしてくれよ。

 何が誇りかプライドなのか分からないけど、全部自分達の為じゃん」


 見苦しい言い訳も、邪魔をするだけの醜悪な性根も。

 全部全部、自分勝手なエゴだ。


「誰かに感謝される仕事、1つでもした事ある?

 それこそ、金が関わらない、善意での行動、1度でもした事ある?」


 そう聞けば、途端に黙り込んだ4人。


「寄ってたかって、女子ども脅かしている事の何が楽しいの?

 邪魔ばかりして感謝もされない。

 このまま、そんな生活ばかりしていて、本当に良いと思ってる?」


 こちらに来て、オレ達は色々な事が変わった。

 それこそ、今の『予言の騎士』としての職務自体、給金の発生しない命懸けと言うブラックな職務だ。


 でも、それに見合った対価は貰っている。

 憧憬や尊敬、畏怖もあるが、感謝もされて来た。

 その感謝に助けられてきた。

 好意を受けて、好意を返していたら、いつの間にか周りには数えきれない程の友人や仲間が出来ていた。


 救われた事は、1度や2度じゃない。


「オレ達を偽物だとか、偽善者だとか、軽蔑するのは勝手だよ。

 だけど、それを周りの人間に押し付けて、喚き散らして、それで好かれると思ってるなら大間違いだよ」


 そう言って、踵を返した。

 背後に庇っていた、ラピスの肩を抱いて、シャルにも行こうと促して。


「申し訳ありません、ギンジ様」

「我等だけでは、押し留める事が出来ず………」

「ルルリア様やシャルさんにも、心無い言葉を耳に入れましたね…すみません」

「我等の不徳の致すところで、」


 オレ達の後に付いてきた騎士達が謝罪をくれた。

 彼等もまた、オレ達に好意を向けてくれた人達だ。


「いや、良いよ、ありがとう。

 彼女達を守ってくれただけでも、ありがたいから、」

「こちらからも礼を言うぞ?

 おかげで、我等も無事じゃからのう」

「あの、ありがとう………騎士の皆」

「勿体ないお言葉です」


 そして、その好意に、気付いて救われて、そうして感謝する。

 元々、ラピスやシャルが騎士どころか人間が嫌いだったなんて言ったら、彼等は信じるだろうか?


 あの騎士達は、凝り固まった猜疑や不信で、盲目になっている。

 もう、会うことは無いだろうが、この先、この砦でやっていけるのだろうか。


 ………ヴィンセントも、大変だろうね。


 とはいえ、なんか腹立たしい。

 終わった事とはいえ、まだ腸が煮え繰り返っているぞ。


「ラピス、悪いんだけど、付き合ってくれる?」

「うん?」

「後、間宮も付き合って。

 ああ、河南も呼んでくれる?

 それから、騎士団で『土』属性持ってる奴、集めて欲しい」

「(承知しました)」

「あ、えっ、はい!」


 補強と言わず、先に対策を取ってしまおう。

 帰って来る時にも考えていたし、そっちの方がいちいち浸水箇所を見つけて潰すよりも、時間的にも労力的にも少なくて済む。


 それに、オレの座右の銘というか、格言にしていることがある。

 やられたら、10倍で返せ。


 彼等が砦の事を考えてこのような暴挙に及んだというなら、それも10倍にして返してやろうじゃないか。

 度肝を抜いてやるよ、文字通り。



***



 その数十分後。

 ホールに集まって貰ったのは、ラピスと河南と間宮。

 そして、『土』属性を持った騎士達と、砦で『土』属性を扱える、一部の左遷組の騎士達だ。 


 ついでに、監督兼案内役として、更に言えば証人としてヴィンセントも捕まえて来た。


 ただ、吃驚したのは彼の居場所。

 なんと、ゲイルのところにお見舞いに行っていた。


 海辺で見つけた貝殻とかをお土産に、オレ達の討伐やその後の海水浴の様子とかを、行けなかった彼に報告に行っていたらしい。

 ゲイルも、どこか嬉しそうだった。

 恥ずかしそうでもあったが、仲直りは順調のようだ。


 さて、今は兄弟愛麗しいヴィンセントの事よりも、対策についてだ。

 何がって、砦の浸水と高潮の対策だよ。


 夕方頃から降り始めた豪雨が、今では雷を伴っている。

 これは、ちょっと不味い。


 オレ達もここまで、発達した嵐だとは思ってなかったので、甘く見ていた。

 それは、ヴィンセント達も同じ。


 んでもって、対策を取る為に、こうして『土』属性の騎士達を集めた。


「以前の被害は、どれだけだったんだ?」

「東側の2階の窓までは、高潮が被って割れていたかと。

 それから、浸水被害で地下にあった牢獄が水没しましたが、当時は罪人もいなかったので被害は無く」

「………今は、罪人がいるから、最悪避難も検討しなきゃな」


 確か、ラピス達が道中で、掃討したとか言う騎士崩れや盗賊達だ。

 砦への物資を奪っていたらしいが、身の程を弁えずにラピス達を襲って轟沈した。

 ………馬鹿な連中だが、浸水被害で溺死と言うのも可哀想だしな。


「土台に侵食して、腐らせていた問題は解決出来たので、そちらは大丈夫かと」

「うん、まぁ、そこら辺は、嵐が去ったらもう一度点検してみるけど、」


 うん、そこら辺は大丈夫だと思いたい。

 とはいえ、人間の仕事に絶対は無いから、一応念の為に色々とやっておかないと。


「潮位はどれぐらいに上がってるって?」

「砦の土台部分を隠す程には、」

「じゃあ、最低でもその倍以上は壁を設置した方が良いな」

「ですが、『土』属性で壁を作ると、土台を削ってしまうのでは?」

「海底の土とか岩とかをまず操作して、こっちに持ってくる。

 それはオレ達がやるから気にしないで?」


 うん、とりあえず今のところは、カバー出来る問題ばかり。

 『探索サーチ』掛けて、ラピスと河南に手伝って貰って、海底の土や海中の岩なんかを削って補強すれば、十分な壁は出来るでしょ。


 とりあえず、外套を羽織り、フードまですっぽりと被る。

 外に出る準備だ。


 風呂に入ったばかりだったが、仕方ない。


 後でまた、風呂に入らせて貰おう。

 ついでに、ラピスにこっそり混浴して貰おう、そうしよう。

 なんか、負い目でも感じているのか、気不味そうなままだったし。

 強請れば、今なら大丈夫な気がする。


 と言う訳で、いざ防波堤作りへ。


 砦の外に出た途端、暴風と豪雨がオレ達を出迎えてくれた。


 ここまでの豪雨は、石垣島の台風で体験した以来だ。

 疑似的なのは、シャルの時に体験したけどね。


 マジで、ラピスとか間宮とか、体が軽いから飛んでっちゃいそう。

 ………河南?

 コイツは、見た目に反して細マッチョだから、大丈夫。


 一応、ラピスが飛ばされないように、手を繋いで、砦を大きく回り込む。

 西からの暴風なので、高潮も西側に集中している。

 なので、西側を補強するべきだろう。


 と思って回り込んだ砦の西側は、一応テラスのように突き出した城壁が続いていた。

 良かった、足場が悪くなくて。


 ただ、豪雨と高潮で、満遍なく濡れていたけども。


「以前の被害って、どこまでだったの!?」

「あの、板を打ち付けた窓の辺りまでだったか、」


 豪雨の所為で、必然的に怒鳴り声になる。


 そう言ってヴィンセントが見上げた先。

 釣られて視線を上げると、ざっと見て6メートルほどの窓が一面、板張りとなっていた。


 あんなところまで行ったのか。

 それ、高潮じゃなくて津波だったんじゃないのか?


 とりあえず、あそこまでの高さは必要かもしれないな。

 防波堤で少しは防げるだろうが、備えあれば憂いなし出し。


「んじゃ、間宮、警戒よろしく」

「(心得ました)」


 いつも通り警戒を間宮に任せ、『探索サーチ』を開始。


 海底は、昼間見た時とは雲泥の差だった。

 濁って、全くと言って良い程見渡せないが、『闇』の目で何とか見えた。


「あっちと、あっち。

 海底に大きく突き出した岩がある。

 目測で約8メートルと、あっちが14メートル」

「カナンは、8メートルを頼むぞ。

 14メートルは私が請け負う」

「はい」


 背後の2人に指示を出し、海底の岩や砂を着々と砦の周辺まで集める。

 途中で河南の魔力が足りなくなったので、間宮が選手交代だ。

 背後の警戒が無防備になるが、ヴィンセントがいたので問題も無さそう。


 ………彼も彼で、気配察知がオレ達並みだからな。


 そして、同じ作業を繰り返す事、数分。

 とうとう、ラピスも間宮も魔力の限界を迎えたが、どうにか集まった。


「じゃあ、後は任せるよ」

「はっ、任されました!」


 そう言って、『土』属性の騎士達が魔力を調整しながら、土の壁を作り上げていく。


 何度か高潮に邪魔されたけども、砦の土台を削ってしまわないように、ゆっくりと慎重に土を練り合わせていった。

 『探索サーチ』は継続して、砦の土台と土の減り具合を見極める。


 そのうち、表面がぼこぼこではあるけども、なんとか土の壁が出来上がる。

 砦の西側全体を覆うような、横数10メートル、高さ7メートル、幅1メートル程の防波堤だ。


 ただこれだけだと、ちょっと不安。

 なので、昼間と同様にサラマンドラを顕現した。


『アグラヴェインも言っていたが、本当に精霊使いが荒いな』

「悪かったな」


 そう言いつつも、ちゃきちゃきやって貰う。

 豪雨の中、どうなの?と思いつつも、魔力を消費した炎なので問題ないのだろうと、勝手に判断して火炎で土の壁を焙り、更に補強を施して貰う。


 正直、海底の砂を使っているから、強度が心許ない。

 焼いちゃえばコンクリ同様になるから大丈夫だろう、と根拠の無い自信ながらも作業を続ける事数分。


 そろそろ、オレも魔力が心許ないかなぁ?と思い始めた頃に、やっと作業が完了した。

 いやはや、ありがとうございました。

 そう心の中で念じて、サラマンドラには戻って貰った。


 ………本当に、直火焼き目的で呼び出すとか、精霊使いが荒いやねぇ。

 げっそり。


 と、げっそりしている間にも、即席の防波堤の点検をしておく。

 オレが叩いて殴って、と確かめてみる訳だ。

 幸い、表面が凹んだだけで、壊れたりはしなかった。

 

「うし、これで大丈夫だろう」


 そう思って、後ろを振り返った時。


「えっ、何?」


 その場にいる全員が、胡乱げな表情。

 いや、騎士達は、胡乱げと言うよりも戦々恐々としていた。


 …………あれ?


「………出鱈目な魔力総量を持ちおって、」

「先生、一度しっかり計ってみた方が良いと思うよ?」

「(同感です)」


 嫁さんや生徒達には、そんな事を言われる始末。


「………今のが、精霊…?」

「具現化しておいて、長時間の行使とか…ッ」

「………しかも、まだ魔力残ってません?」

「実は、貴方、馬鹿なのか」


 騎士達からは、そんな言葉もいただいた。

 そういや、サラマンドラを顕現させたの、見せた事無い騎士も数名いたっけ。

 砦の騎士なんて言わずもがな。

 ついでに、ほとんどの騎士達が、魔力枯渇寸前でへたり込んでいるのに、オレがこの状態だもの。


 果ては、ヴィンセントから辛辣な一言を受けた。

 実は、馬鹿なのかって、酷くねぇ。


 いや、規格外なのは知ってるよ。

 ついでに、ちょっと常識が外れているのも知ってるけど、馬鹿って?


 砦の為に頑張った人間に良い度胸だな、この野郎!


 久々に魔力関連で、心が折れた瞬間だった。



***



 なんてこともありながら、時刻は午後9時。

 今日は、早い事寝る事が出来そうだ。


 防波堤の設置を終わった後、砦に戻って来てから早速風呂に入った。

 今回は、お先に失礼させて貰ったよ。

 ………何故か拗ねちゃったラピスが、混浴してくれなくて地味に凹んだけども。


 風呂も終えて、ローガンの下に言ったら、もう寝ちゃってたとか言う事もあったけど。

 しかも、アンジェさんも一緒だったので、流石に布団に潜り込むのも遠慮して置いた。

 海ではしゃいで、疲れたんだろう。

 姉妹揃って、穏やかな寝息で夢の中だ。


 仕方なく、そのまま部屋に戻る。

 ラピスも去り際に大欠伸をしていたから、きっと今頃夢の中だ。

 ローガン同様。シャルも一緒かも知れない。


 良いなぁ、家族や姉妹って。

 ………いや、オレも内縁の家族なんだけどね?


 流石の間宮も疲れたのか、早々に引っ込んでいたし、この時間ならゲイルも寝ているだろう。

 正直、ヴィンセントにお見舞いに来て貰った心境を聞いておきたかった(※出歯亀目的)んだけども、明日のお楽しみだ。


 そうして、改めて部屋の中へと戻った。

 窓から差し込む光も無く、暗い部屋の中は少し寒々しい。


 もう、オレも今日は寝よう。

 ラピスもローガンも、オリビアもいないから独り寝だ。

 ちょっと寂しいけど、仕方ない。


 着替えをしようとして、礼服のジャケットのボタンへと手を掛けた。

 そこで、ふと窓の外から、豪雨の凄まじい雨音と共に、ゴロゴロとした唸り声。

 雷が落ちるかな?


 そう思って、締め切られたカーテンへと向かう。

 ちょっと気になったので、バルコニーから外を見てから寝ようと思ったのだ。


 先程作り上げた防波堤が上から見て、どの程度のものなのかも少々気になった。

 もう着替えるのだし、多少濡れたところで問題は無い。


 そう思い、カーテンに手を掛けた。


 瞬間、


「………ッ!?」


『ドンッ!!』


 近くで雷が落ちた。


 でも、オレが驚いたのはそこではない。


 窓の外に、人がいた。

 黒い外套コートを羽織って、びしょ濡れになった人影があった。


 驚きの余り、硬直。

 声も、出せなかった。


 そんなオレに、あろうことかその人影は、


『にぃ…』


 口端を捲れ上げるかのように、歪んだ笑みを見せた。



***



 一瞬のことだった。


 窓の格子から、銀色の刃物が顔を覗かせた。

 咄嗟の反応さえ許さない。

 窓が割れるのもお構いなしに、その刃物が真っ直ぐにオレの腹に吸い込まれた。


「が………ッは…!?」


 腹に突き立った、殺意に満ちた銀刃。

 ぞぶり、と内臓が突き破られる生々しい音がしたが、それにすら反応出来ない。


 息が唐突に、吐き出された。

 だが、吐き出した息を戻す為の呼吸をする前に、激痛が体中に駆け巡った。


「ぎ…ッ、がぁあぁああああーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」


 断末魔とも間違えそうな、悲鳴。

 情けなくも、喉から迸ったそれ。

 しかし、長く続くかに思えたその声が、ガラガラと喉に体が血の塊によって途切れる。


 競り上げて来た血反吐と吐き気。


 窓の外の人影は、それを嘲笑うかのように唇を歪ませたままだ。


 瞬間、またしても轟音が響いた。

 落雷だ。

 同時に照らし出された男の狂相は、フードの所為で影となっていた。


 しかし、


「………頬に、傷…ッ!」


 その頬から耳に掛けて大きく走った傷跡。

 見間違えようもない。


 頬に傷のある冒険者。

 そう勘付いた時には、全てが遅かった。


 ずるり、と抜き払われた刃。

 内臓を根こそぎ切り払って、抉るように抜かれた先。


 男が窓を蹴破った。

 凄まじい勢いで開かれた格子が、前かがみになっていたオレの額を直撃する。

 力の入らない足で踏ん張る事も出来ず、無様に吹っ飛ばされた。


 割れた窓ガラスが、部屋に散らばった。


 床に仰向けに倒れ込んだ体。

 男が悠々と部屋の中に入って来る足音が聞こえる。


 雨音と雷と。

 雑音にかき消されて、世界の音が微かに消えた。

 オレの無様な引き攣った呼吸が、耳に付く。


 不味い。

 本能的に悟った、窮地。


 せめて武器を、と床に倒れ込んだまま武器を探す。

 寝台の足下に立て掛けられた、日本刀が目に入った。


 あれだけは、持ち込んでいたのか。

 師匠の形見であり、この世界では唯一無二の日本刀『紅時雨』。


 激痛の走る体を無理矢理、起き上がらせる。

 動きが鈍い。

 焦れる。


 日本刀との距離は、目算で1メートルも無い。

 なのに、それに手を延ばす動作が、こんなにも遅い。

 狭いと感じていた客室が、こんなにも広く感じる。


 血が流れ過ぎている。

 視界が、二重にも三重にもぼやけて、足下が覚束ない。


 そんな中、更に男が動いた。


「が…ひゅ…ッ!?」


 非常にも背中から仕掛けられた、激しい衝撃。

 胸に溜まった息が、更に吐き出された。

 蹴られた。


 きりもみ回転をして、叩き付けられた壁。

 凄まじい音がしたので、おそらく壁ではなく扉だっただろうか。

 背中から打ち付け、息が詰まった。


 そこに、


『ど、どうした、ギンジ…ッ!?』

『ドンドンドンドン!』

『おい、先公、何があった!?』


 扉の奥から聞こえた、声。

 遠い。

 けど、確かに分かった。


 気配で、ゲイルと間宮と、香神である事が分かる。

 廊下を走る音が聞こえるから、続々と駆け付けている事も分かるのに、


「(………不味い…ッ!)」


 この男を相手に、扉を挟んだ彼等がどこまでやれるか。

 そんなこと、言われるまでもない。


 来るな。

 そう言おうとした。


 だが、


「………ッ、ひゅ…ッ」


 それすらも、男は許さなかった。

 男が投げ付けて来た刃が、またしても、腹に吸い込まれるような錯覚を覚える。


 瞬間、扉に押し付けられた体。

 押し付けられたなんて、生易しい。

 叩き付けられる。


『な…ッ!?』

『(ーーーッ!!)』

『嘘だろ…っ!?』


 腹を貫通した刃が、扉の向こう側にも及んだか。

 悲鳴が聞こえた。

 扉越しにくぐもった声は、遠い。


 頬に傷のある男は、そのままオレの体を扉に磔にして満足そうに息を吐いた。


 だが、その視線が、ついと逸らされた。

 その時、


「………良いもん持ってんじゃねぇか」

「ーーー…ッ!!」


 ぞわり、と背筋が怖気立つ。

 低い声。

 ねっとりと、耳を通り越して、脳髄に絡みつくような粘つく声。


 そして、その視線の先にあったのが、『紅時雨』。


「………や、め、…ッ」

「カトラスに丁度、飽きてたところだったんだ」


 そう言って、男はニヤニヤと歪めた唇のまま、『紅時雨』へと歩み出す。


 それはいけない。

 ダメだ。

 それは、オレの……、


 オレの師匠の………、


 ………形見なのに……ッ!


「辞めろ…ッ、それに、触る…なぁッ」

「………大事なもんなら、尚更だ」


 男は、オレの制止も聞かず、『紅時雨』を手に取った。

 鯉口を切り、鞘から刃を走らせるように抜き放つ。


 淡い銀色が、落雷の光に照らされる。


「………これで、トドメも一興だろう?」


 声を忘れた。


 喉が、張り付いたように、動かない。


 何故だろう。

 頬に傷のある冒険者は、似ても似つかない。


 なのに、一瞬だけでも、その刀が似合っていると思ったことも。


 ましてや、


「………し、しょ……」


 今は亡き、師匠に見えた事も。


 一体、何故だったのか、知る由も無い。

 知る事も、出来ない。


『ギンジ、どうした!何があった!?』

『先公!返事してくれ…!!』

『ドンドン!!ドンドン!!』


 扉と設置した面から響く、彼等の慟哭。

 叩く音すらも振動を齎し、腹に貫通した刃を痛ませる。


 だが、もう、耳が遠い。

 意識も、落ちそうだ。

 血が、足りない。

 酸素が、足りない。


「ひゅー、…ッ」


 ましてや、この男の前に、彼等を出すわけには、


 そう思った瞬間、男の手が閃いた。

 『紅時雨』を一閃。

 寸分狂う事なく、オレの胸元へと吸い込まれた刃が、腹に突き立っていたカトラスごと、切り払った。


「が…ッ、………あ゛…ッ!」


 更に追加された痛み。

 それも、もう感覚にして、脳に伝わるのが遅かった。


 カトラスが砕け、柄が転がった。

 支えの無くなった体が、ずるりと自重に従って崩れ落ちる。

 

 だが、男はまだその手を休めない。

 崩れ落ちたオレの襟首を掴み、放り投げた。

 扉の反対側に投げ出された。

 先程ぶち破られた窓の外、バルコニーへと抵抗も出来ずに転がる。


 痛い。

 腹が、胸が、背中が、頭が。


 刺された。

 切られた。

 血も酸素も足りず、クラクラと揺れる視界。


 晒された暴雨の中、体が冷え切っていく。


 寒い。


 もう一度襟首を掴まれても、無抵抗のまま。

 手足を動かす事も出来ない。

 痺れるような手指の痛みさえ、感じた。


 そこで、


「………生きてることを祈るぜ、『予言の騎士(クソガキ)』」


 腹へと、再三の刃の感触。

 痛みはもう感じられなかった。


 意識が遠退く。

 串刺しにされて、男の手によって吊し上げられても、手も足も動かなかった。


 視線の先で、扉が蹴破られたのが見えた。

 でも、もう遅い。


 大の男1人を刀一本で吊るし上げた頬に傷のある冒険者は、これまた事も無げに、横薙ぎに刀を振り払った。


 バルコニーから、放り投げられる。

 嵐によって、轟々と荒れ狂った海へと、身一つで放り投げられた。


『ギンジーーーーーーッ!!』

『先公ぉーーーッ!!』

『きゃああああああああ!!』


 悲鳴が聞こえたような気がする。

 でも、その音さえも遠い。


 物凄い衝撃が、体を襲う。

 2度も。

 何かにぶつかって、海に投げ出されたらしい。


 それが、何かなんて事すらも、理解出来ないまま。

 意識が、落ちた。

 闇の奥に、沈んでいく。


 意識も、体も、仄暗い水底へと沈んでいった。



***

遂に敵とされていた男が、目の前に。

そして、襲撃を受けたアサシン・ティーチャーは、嵐の海へと放り出されました。


今回も、タイトルに全て集約されております。

全てが、フラグです。

ええ、勿論。


彼の行く先々で、順調に進む事案がある事なんて、ある訳が無いのです(キリッ)

相変わらずてんやわんやとしておりますが、今回もフラグ回収目白押しなんで頑張ります。


誤字脱字乱文等失礼致します。

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