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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、遠征編
128/179

121時間目 「社会研修~理由~」

2016年12月6日初投稿。


続編を投稿させていただきます。

今日は、ちょっと駆け足投稿ですが、ご了承くださいませ。


121話目です。

***



 大陸南端に位置するダドルアード王国。

 その王国よりも、更に南東にあるのが、南端砦だ。


 この南端砦にオレ達『異世界クラス』の面々が到着してから、早くも1日が経過した。


 当初の目的だった、『ボミット病』に発症した騎士達へのあらかたの処置や処方も終わり。

 幸いにも処方や処置を終えた騎士達にも副作用は無く、うち何名かは朝の段階で自力で起き上がれるまでになっている。

 幸先は良くなかったとしても、経過としては順調である。


 だが、しかし。

 問題は、治療の経過ではない。


 一番治療を受けるべき1名が逃亡したままとなっている事だ。


 ゲイルの兄であり、この南端砦の総帥でもあり、詰めている『暁天ドーン騎士団』団長でもあるヴィンセント。

 最初にも治療拒否をしていたが、少しは納得したかと思いきや。

 ちゃっかり逃げてしまったのは、頭が痛い。


 結局、あの後、大広間から逃げ出した困った団長兼司令官(おにいちゃん)は捕まらなかった。

 経過観察の為に、大広間を離れられなかったオレに代わって、間宮と騎士達が出動したにも関わらずだ。


 騎士達はともかく、間宮から逃げられるって、あの団長さんどんだけ?

 逃げ足が速いってレベルじゃなくて、マジで瞬間移動でもしたんじゃねぇの?

 慣れない砦に迷ったとはいえ、『異世界クラス』勢トップレベルの間宮から逃げるのはオレだって難しい。


 だが、逃げるとは良い度胸だ。


 なんちゃってではあるが、オレも医者である。

 この世界、免許が無くても、知識と実績と経験があれば、誰でも医者を名乗れるらしいからな。


 どこかの漫画で描いてあったが、医者の前から患者が居なくなる時は、完治するか死ぬかのどちらかなんだぞ。


 だからこそ、その日は見逃したとしても、今日ばかりは見逃さない。


 そう思っていた矢先の事であった。



***



「今日は逃げも隠れもしなかったらしいなぁ...」

「………何の事でしょう?」


 朝から各所を動き回って、やっとこさ手空きになった時間だった。

 砦の騎士をとっ捕まえて、ヴィンセントがいそうな場所へと案内させた。


 当たり前のように、執務室にいやがったけどなっ!!

 ………いや、当たり前っちゃ、当たり前だけどさぁ。


「だから、テメェの治療をさせろと言ってんだよ!」

「健康な私を捕まえて治療等とは、『予言の騎士』様のご冗談を、」

「テメェ、おちょくってんじゃねぇぞ!?」


 初日の忠誠はどこ行った、この野郎!

 なんで今更になって、治療拒否する訳!?


 そして、口調!!

 頼むから、ゲイルと似た顔でオレに対して、敬語を使ってくれるな!

 おかげで、鳥肌が止まらんわ!


 オレの内心の憤慨を、素知らぬ顔でヴィンセントは執務をしながら受け流しているような気がした。

 内心どころか、表情にも出ていただろうけどね。


 南端砦に到着してから、早1日。

 昨夜の宵っ張りのおかげで、早朝訓練に出て来れたのはわずか半数である。


 斯く言うオレも、寝坊しそうになった。

 流石にベッドに入った時間が遅すぎたし疲れ切っていたので、久々のラピスとの夜の仲良しも無かったというのに。

 おかげで、ちょっと欲求不満だったり………。


 そんなことはどうでも良い。


 問題は、この困った兄貴だ。


 おかげで、今日もまたゲイルはグロッキーだ。


 明け方近くに目を覚ましたらしく、ずっと護衛で立っていたアンドリューが安心した様子で報告に来てくれた。

 そんな彼本人の目の下の隈が安心できなかったので、そのまま休ませたけども。


 それはさておき。


 早朝訓練の時には、ゲイルもなんとか体調を整えて出て来てくれた。


 しかし、オレがヴィンセントの逃亡と治療拒否を淡々と告げると、そのまま卒倒した。

 やはり、1日・2日では、復活の見込みは無かったらしい。


 彼の完全復活も仲直りも、しばらくは無理そうだ。


 今は割り当てられた客室に休ませてはいる。

 彼の護衛に当たったのはマシューだったが、流石に見兼ねたのか睡眠魔法で眠らせていた。


 起きてからすぐ寝かすって、鬼畜ね。

 まぁ、仕方ないのかもしれないけども。


 寝不足で頭が回らないのか、話が脱線しまくりだ。


「あのなぁ………、オレ達だって、もう知ってるんだぞ?

 レオナルドが血相を変えて飛び込んできた時に、確かにアンタが発症したって聞いてるんだから…」

「それは、レオナルドの勘違いでしょう。

 オレは発症した覚えもありませんし、こうして日常生活を元気に過ごさせていただいておりますれば、」

「その眼の下の隈と死相の浮いた表情をどうにかしてから言え!」

「………耳に痛い」


 一応の説得を試みて、しらばっくれている彼に言葉を掛ける。


 心配していたのは、誰も彼もが一緒だ。

 今ここにはいないにしても、ゲイルは勿論、ヴァルトやヴィッキーだってオレに頭を下げたのだから。

 揶揄でもなんでもねぇよ?

 マジで信じられないかもしれないけど、あのヴァルトもしっかり頭を下げて頼んできたからね?


 これまた、脱線してしまったけども。

 治療から一夜明けて。

 既に体調を回復させつつある騎士達の様子は、彼も見ているだろう。


 吐き気を感じるどころか、動けるようになって、歓声を上げていたのは記憶に新しい。

 オレ達が早朝訓練から戻ったら、大広間が阿鼻叫喚だったもの。(良い意味でのね?)


 流石に騎士だけあって、衰弱からの回復も早い。

 一番重症な爺さん騎士だって、今じゃ酒がいつ頃から飲めるのか聞いて来るぐらいだ。

 勿論、ドクターストップでしばらくは禁酒だがね。


 それを見ていたのにも関わらず、コイツは相変わらずのらりくらりとオレ達の治療を躱そうとしている。

 何の意味があるのか、オレ達には分かり兼ねる。

 案外簡単に見つかったのは良いが、昨夜は本当にどこに消えたんだか。


 とはいえ、いつまでも、説得を続けている訳にも行かなかった。

 砦で発覚した問題も山積みだからな。


「アンタ、何を意固地になっているのか知らないけど、命を粗末にするんじゃねぇぞ!

 ゲイルだって悲しむし、ヴァルトやヴィッキーさんだって悲しむ結果になるんだからな!」


 吐き捨てる様にして、彼の詰めていた執務室机から踵を返した。

 オレの背後に付き従った間宮が、溜息を吐いている。

 オレだって溜息吐きたいよー!


 ふと、視線だけで彼の執務室を見渡した。

 殺風景な部屋だ。

 唯一の光源が窓からの太陽光で、かなり明るいからこその違和感だった。

 

 ここには、本棚と執務机以外が無い。


 まるで、彼がすべてを切り捨てようとしたように思えた。


「………悲しむ、か…」


 ぼそりと呟いた彼の言葉。


 扉が閉まる直前のものだった。

 自嘲を含んだような声が、彼以外のいなくなった執務室の空気に、溶けて消える。


 聞こえていたとしても、オレは返事をしない。

 むしろ、それは悪手だ。


 揺れているのは分かった。

 だが、彼をそこまで頑なに治療を拒否させる理由があるのか、分からなかった。



*** 



 執務室から大広間へと戻ったオレ達。


 相変わらず、シーツと布団を敷き詰めた戦後の病院のような形とはなっている。

 それでも、皆が皆回復を始めた所為もあってか、陰鬱な雰囲気は吹っ飛んでいた。


 ヴィンセントを探し回っていたオレ達とは別に、ラピスとアンジェさんには、経過観察をお願いしていた。

 半分が終わったとの事だったので、彼女達には休憩を申し付けて、オレが半分を引き継いだ。


 しかし、その矢先の事だった。


「お前達の本性は、分かっておるぞ!」

「そうだそうだ!

 女神の威を借りて、贅沢三昧の異教徒め!」

「アンタ等、まだそんなこと言ってた訳ぇ!?」

「しつこいな、クソ騎士ども!」


 何故か大広間にいた砦の騎士達が騒ぎ出したのである。

 最初はオレの視界の端で、エマやソフィアにちょっかいを出していただけだったと言うのに、何があったのか。


 そこで、視線を上げると、


「メイソン殿を処刑したのは、貴様等では無いか!」

「濡れ衣を着せて、我等も更迭しおって!」

「馬鹿な事やったから、処罰されて更迭もされたんでしょ!?」

「うるさい、黙れ!

 貴様等が正しい等、この砦の誰も認めんぞ!」


 理由が分かった。

 アイツ等、暴走騎士メイソンの取り巻きにいた騎士達だわ。

 そういや、命令違反とか処罰対象になった騎士の一部って、こっちに配属されてたんだっけね。


 恨まれているとは分かっていたけども、まさかまだ逆恨みを続けていたとは。

 面倒な上にしつこい連中である。


「うるさいぞ!

 ここは病室なんだから、静かにしろ!」

「賢しら口で何を…ッ!?」

「この異教徒の筆頭めが、ほざきおって!」

「貴様が『予言の騎士』で無い事は、今に知れるわ!」

「オレ達はお前達を許さない!」


 オレが声を荒げても、火に油を注いだようなものだった。

 本当に、面倒くさい連中だ。


 エマやソフィアを狙った辺りもそうだけど、相変わらず性根が腐った連中である。

 思わず、カチンとしてしまう。


 罪を犯して罰された身分で、何をほざいているのか、と。


 だが、


「………って、おいおい待て待て、それは不味いから!」


 オレの背後で、間宮が脇差を抜こうとしていた。

 吃驚した。

 コイツはいつの間にやら、かなり過激な思想を持つようになってしまったようだ。


 発見次第、即抹殺って一体誰から教わったの?

 確かにオレだってカチンとは来ているけど、そこまでじゃないよ…ッ?


 と、オレが間宮を抑えていた横で、


「貴様等、黙らんかい!」


 恫喝の声を上げたのは、例の一番重症な爺さん騎士だった。

 酒強請ってドクターストップ受けた、困った爺さんである。


「仲間を助けて貰っておいて、よくもそんな口が利けたもんじゃ!

 お前さん等が裁かれたのは、元はと言えば自分達の上司の間違いを正そうとしなかったからじゃろうに…ッ!」

「なんだと、偉そうに…!」

「寝たきりの爺が、吠えてんじゃねぇ!」

「寝たきりからどうかは、今に目にもの見せてくれるわ!」

「わーーーっ!!

 辞め辞め、アンタは動くな!

 まだ『ボミット病』は完治したんじゃなくて、あくまで経過観察なんだからぁ!!」


 そして、喧嘩腰ついでの、売り言葉に買い言葉。

 一触即発な空気に、困った爺さんが立ち上がろうとしている。

 またしても、オレが抑える事になった。


 頼むから、治ったばかりで喧嘩するのは辞めてぇ!


 後、砦の騎士同士で喧嘩すんのも辞めてくんないかな!

 じゃないと、オレ達がいなくなってから、流血沙汰が起きてもどうしようも出来ない!


「だったら、先生がぼこぼこにしちゃえば良いじゃん!」

「そうそう、コイツ等、全然反省してないよ?」

「それはそれで、またコイツ等が逆恨みするだけだろうが」


 なんで、エマもソフィアも、そんな喧嘩ッ早くなってんの?


 暴走騎士メイソンの決闘の時みたいに、ぼこぼこにしたところで結局鬱憤晴らしになるだけだろうに。

 騎士達の感情が傾いてきている現在、あまり表立って敵対する者達を作りたくない。


 だが、


「………あ奴等、昨日私に砂をぶちまけようとした者達じゃのう」

「………あ?」


 背後でぼそりと呟いた、ラピスの一言で状況が変わった。

 むしろ、オレの頭の片隅で制御していた理性が、プッチンと切れた気がする。


 ………ラピスに砂をぶちまけようとした、だぁ?

 それは、つまり魔法陣を描こうとしていた時に、反逆を行ったと言う事だろうか。


 内縁とはいえ、オレの嫁さんに?


 前言撤回。

 コイツ等、問答無用で叩き潰す。


「………間宮ぁ、2人を任せる」

「(了承しました)」


 脇差を抜いた間宮が、颯爽と大広間を駆け抜けた。

 むしろ、飛んだと言うべきだ。

 オレの許可を受けた事もあって、水を得た魚のようでもあった。


 大広間に寝転がった病人の騎士達を飛び越えて。

 罵詈雑言を叩き付けていた騎士達に向けて、刀の腹とは言え容赦なく脇差を叩き込んだ。


 2名がぶっ飛ぶ。

 残りの2名が、呆然としていた。


 その頭上に、オレも飛んだ。

 文字通り、間宮と同じように病人達を飛び越えて。


「テメェ等、喧嘩売ってくれるとは上等だなぁ!!」


 そう言って、呆然としていた騎士達の頭上から両足で踵落としを決めた。

 それぞれの肩を、狙い澄ましてクリーンヒット。

 肩の骨の砕ける音がしたが、構うものか。


 反逆をしたからには、その末路がどうなるのかは知らしめておかねばならない。


 結局、生徒達を止めたばかりのオレが、前言を翻してしまった。

 反省すべきだろうが、悪いとは思わない。


 4人の騎士達がぼこぼこになって床に伸びた。

 勿論、2名を片付けた間宮が、嬉々として拳を振るったので、文字通りのぼこぼこである。

 斯く言うオレも加減したのは力だけで、顔の原型が判別出来なくしてやったがな。


 正直、ここに来てから、鬱憤が溜まっていたのも確か。

 管理もなっていない砦に、問題ばかり発生して、寝不足も相俟っての怒り心頭である。


「次に何かしやがったら、テメェ等の首をまとめて砦の門前に飾ってやるからな」

「(………生温いので、全裸で砂浜に埋めたらどうでしょう?)」


 吐き捨てるようにして、ぼこぼこになった連中から踵を返した。

 便乗した間宮が怖いのはさておいて。

 全裸で砂に埋めて放置って、かなり昔の拷問方法じゃんね(笑)


 オレ達を怒らせると、どんな目に合うのは、これで分かって貰っただろう。

 安直とはいえ、恐怖政治は効力が高いものである。


 ………まぁ、病人達の怯えた視線を受けて、早速後悔したけども。

 余談だ。


 心底げっそりした。


「………余計な事を言ったかのぅ」

「………馬鹿どもの良い薬になると思っておけ」

「怖いですねぇ、ギンジ様も間宮様も、」


 ついでに、ラピス達の視線にも、ちょっと反省。

 ゴメンね、流石に我慢が出来なかったの。


 だって、オレだけならまだしも、ラピスに危害を加えようとしたなんて、それだけで極刑にも相当するからさ。

 勿論、オレの中でだけども。

 ラピスだけでなく、ローガンにもそれは一緒。

 生徒達にも同じだ。


 ふと、そこで、


「………騒がしいと思ったら、何があったのです?」

「お灸を据えただけだ」


 執務室に引きこもっていた筈のヴィンセントが、大広間に顔を出した。

 どうやら、騒ぎを聞きつけたらしい。


 もしかしたら、オレ達がハッスルしている間に、他の騎士が報告に走ったのかもしれんけども。


 ………まぁ、自業自得だから、こっちは謝らないけど。


「………重ね重ね、御無礼を」

「気にしちゃいないし、謝らなくて良いから、口調を戻して?」


 騎士達の今後の処遇も、ヴィンセントは請け負ったようだ。

 どうやら、他の騎士達の表情から雰囲気から、何かしら察してくれたようである。


 仕事増やしちゃったのは申し訳無いけども、ちゃっかりしっかり、敬語に戻っている彼はどうにかしてくれ。

 いっそ嫌がらせかと思ってしまうから。


 ああ、ついでに、


「治療を受ける気にはなったか?」

「.......ああ、そうだ、用事を思い出しましたので、失礼致します」


 治療を迫っておく。

 あっちから来てくれたから、丁度良いと思ったのに。


 そして、結局再三の治療拒否。

 逃亡するのだけは早い彼に、もはや追いかける気力も湧かない。


 変わり身も早ければ逃げ足も早い、困った司令官だ。


 とはいえ、


「今日の薬を飲んだら、後は各自部屋に戻って大丈夫かねぇ」


 騎士達の邪魔が入ったとしても、あらかたの経過観察は無事に終わった。

 どいつもこいつも、やはり回復が早い。

 最後の処方になるだろう薬を飲ませれば、大広間からの卒業を言い渡す事が出来たのがほとんどである。


 重症だった半数が、ほぼ完治。

 残りの軽傷だった半数が、完治となっている。


 『探索サーチ』も掛けて、健康状態も見たからも、もう大丈夫だと思うよ?


「酒は駄目ですかのぅ?」

「『ボミット病』じゃなくて、肝硬変で死ぬぞ?」

「酒で死ねるなら、本望ですじゃ」


 困った爺さんだ事。

 でも、庇って貰ったりした嬉しい誤算もあったから、仕方ないので明日辺り解禁してあげましょうか。


 とはいえ、まだ仕事は終わっていない。

 これからは、残り半数の処置が待っているからだ。


 ついでに、困ったお兄ちゃんの治療の説得もね。



***



 大広間にやって来たヴィンセントをそのまま捕まえる。

 のは、流石に無理だった。


 ………正確には、捕まえようとして、結局また逃げられた。


 そして、また煙のように消えた。

 あのお兄ちゃん、実は間宮よりも忍者らしいんじゃねぇのか?


 頑固な上に、能力値高いとか。

 マジで手を焼くなぁ、畜生め。


 まぁ、それはともかく。


 ヴィンセントが消えた為に、仕方なく副団長とか言う騎士を引っ張って来て。


 改めて、昨夜と同じくホールに騎士達を集めた。

 『ボミット病』を発症していないが、『闇』属性を持っている騎士達だ。


 中には、命令違反や罪を犯した騎士達もいるが、ふるいに掛けて落とすって事で。

 ………いや、悪い意味じゃないけどね。


 反発する奴らは、片っ端からボコる。

 そう決めた。

 恐怖政治はご免でも、これ以上はオレ達の手が足りなくなる。

 必要な措置だと割り切った。

 ………ら、生徒達の一部(※間宮も含む)が、これまた水を得た魚のように活き活きとしていた。

 選択を間違ったとしか思えない。


 さて、それは横に置いておいて。


「集まって貰ったのは、貴殿等が『闇』属性を持っているからだ。

 この属性を持っている人間は、血液中にとある因子を持っていて、その因子の所為で『ボミット病』を発症しやすくなっている」


 軽く『ボミット病』発症の段階をプレゼン。

 そこから、更に軽く『インヒ薬』の説明をして、騎士達に1人ずつ医務室に来るように要請した。


 これ、当初はゲイルの仕事だった筈なのになぁ。

 ヘタレな騎士団長は、未だにベッドの中らしい。


 また、話が脱線した。


 協力要請に対して、表立って反発する騎士は出なかった。

 (※残念だとは思っていないから、安心するように)

 おかげで、医務室からホールに掛けて、長蛇の列が出来上がっている。

 『闇』属性が『ボミット病』発症の原因になると知っていたからこそ、属性を持っている事が不安だったのだろう。


 大繁盛は良い事だが、


「こ、このまま、砦に留まってくれませんか!」

「ほほほっ、私の居場所は王国にある、『異世界クラス』の校舎で決まっておるでな」


 別の目的を持って来るのは辞めて欲しい。

 切実な悩みだ。


 中には、属性関係なくラピスを口説きに来た騎士ばかがいた。

 亭主の前で嫁を口説こうとは、良い度胸だ。

 問答無用で叩き出す。

 ついでに、副団長とやらに目配せして、掃除担当へと割り振らせた。


「あの、オレ一目見た時から…ッ!」

「無理、オレ男。

 お前も男だから、生理的に受け付けない」


 そしてこっちもこっちで、口説きに来るのを辞めろ!


 属性関係なく、オレを口説きに来た騎士あほもいた。

 女がいないとは知っていたけども、男相手に発情すんのもどうかと思うよ!?

 鳥肌が止まらないわ!

 これまた、問答無用で叩き出す。


 ………まぁ、『闇』属性ではあったようだから、副団長とやらに薬を水を持たせて飲ませておいたけども。

 

 なんてことをやっている間にも、半分ほどを消化した。


 関係ない奴も多かったので、結構時間が掛かっている。

 まぁ、『闇』属性を持っているかどうかは、オレ達3人で目で見れば即座に判断出来る。

 だから、間違いも起こらない。


 と言うのに、


「何を証拠に言ってるんだ!?

 こっちは、『闇』属性を治療してくれるっていうから…ッ」

「オレ達全員、精霊が視認出来るから、証拠も何も視りゃ分かるんだよ。

 そして、治療するのは、『闇』属性ではなく、『ボミット病』発症の原因になる因子だっつってんだろ」


 たまに、勘違いを起こした馬鹿がいるが、これも叩き出す。

 問答はしたから、問答無用では無いものの。


 再三の目配せで、副団長に叩き出して貰ったが、その騎士が後に『インヒ薬』を高値で売り付けようとしていた事が発覚したので、そのまま処断をして貰う事になった。

 便所の清掃を半年間だと。

 キツイね。


 ………また話が脱線した。

 そろそろオレの脳内が限界かもしれない。


 そんな中、


「あの、………ギンジ様、ちょっとよろしいです?」

「うん?どうしたの、アンジェさん」


 オレに意見を仰ぎに来たアンジェさん。

 彼女のいた受付の前には、所在無さげな青年騎士の姿があった。


 何かあった?


「彼、砦の中に家族がいて、その家族も『闇』属性だと言っているんです。

 代わりに届けてやりたいから、薬が欲しいと言われたんですけども、」

「………砦の中に家族?」


 え、それって、大丈夫なの?

 何度目かも分からない副団長への、目配せである。


「一応ではありますが、妻帯者や養うべき家族がいた時には、特例として砦内の居室への滞在を許されております。

 アイツの場合は、おそらく妹のリアの事なんでしょうが」

「………兄妹揃って、『闇』属性って事だ」

「発現を見た事はありませんが、おそらく」

「………うーん」


 それ許したら、なんか問題が起きそうだなぁ。

 さっきの薬を食い物にしようとしていた騎士もいた事だし。


 しかも、その理論を通しちゃったら、家族にも『闇』属性がいるって言った奴には、確認も無しに渡すことになっちゃうだろうし。


「えっと、彼の名前は?」

「ケネディです」


 あらまぁ、大統領でしたか、好青年。

 まぁ、ふざけるのは大概にしておいて、


「悪い、ケネディ。

 確認をしたいから、妹さんのところ、連れてってくれるか?」

「えっ?………『予言の騎士』様が、自ら来てくださるのですか!?」


 オレが確認の為の同行を申し出ると、素っ頓狂な声で飛び上がった彼。

 今まで座っていた椅子が、倒れた。


 いや、そこまで驚かなくても良いのに………。


 驚いているオレを他所に、背後から副団長がやって来る。


「『予言の騎士』様が動くまでもありません。

 私が同行して連れて来ますので、」

「いや、アンタはここで残って、馬鹿な奴等を叩き出すだけの簡単なお仕事をよろしく」

「………心外です」


 心外だとは思うけど、よろしく。

 正直、オレが叩き出すのは物理特化ってだけで、後々の処罰が決められないし。


 と言う訳で、一旦オレは医務室を離れる事にする。


 護衛の騎士達にはしっかりと念押しをして、ラピスとアンジェさんを任せておいた。

 まぁ、ローガンもいるし、大丈夫だとは思うけどね。


 ちなみに、今の時間、医療担当部門の生徒達以外は、強化訓練の最中である。

 さっき指示出した手前、気が引けたけども、砦に来たから鈍りましたじゃ話にならないからね。

 これまた護衛の騎士達が付いているから、きっと大丈夫だと思いたい。

 ………アイツ等をどうこう出来る騎士も早々いないだろうがね。


 閑話休題。

 ケネディ君の後に付いて、間宮と共に医務室を退出した。


 ………医務室の前に並んでいた騎士達の列の最後尾が見えなくてぞっとしたけども。

 おいおい、これ本当に全員『闇』属性かよ。


 なんてこともありながら、ケネディ君の先導で砦の奥へ。

 やってきたのは、騎士達に割り振られた部屋のある居住スペースだ。

 流石、元お城と言うだけあって、かなりの大人数を収容できるだけのスペースがあったようで、犯罪者以外は、騎士達個人に1つの部屋が割り振られている。

 人数が少ないのもあって、問題が無いんだろうね。


 まぁ、オレ達も個室で1人1部屋借りてるけどね。


 その一室に案内された時、彼は振り返った。

 緊張しているのか表情は固い。


「い、妹の名前はリアって言います。

 ちょっと、体が弱いので、『予言の騎士』様であることは内密に、驚かせないようにお願い出来ますか?」

「ああ、分かったよ。

 君も、オレの事は必要に敬わないようにね」

「はい」


 ケネディの言葉通り、オレは医者で南端砦に派遣されてきた事になった。

 医者に見える風貌はしていないが、まぁ良いだろう。


「リア、具合はどうだい?」


 扉を開けたケネディに続いて、部屋に立ち入った。


 だが、


「………あ、お兄ちゃん、げほっ…おかえりなさい」


 その少女を見た瞬間に、オレの顔が強張ってしまう。

 背後で、間宮も息を詰めた。


 ベッドに横たわっていたのは、痩せぎすな少女だ。

 年の頃は12・3歳。

 ケネディ青年が言っていた通り、体の弱そうな少女がそこにいた。


 確かに『闇』属性ではある。

 だが、『ボミット病』を発症しているようには見えない。

 とはいっても、この子の状態はお世辞にも良いとは言えない。


 扉を開けた瞬間に、食物の据えた匂いが鼻を突いた。

 『闇』属性だからと言って、いくら何でもこの状況はよろしくないだろうに。


「こんにちわ、リアちゃん。

 オレは、医者の銀次 黒鋼だ」

「おいしゃ…さま…!?

 な、んで、どうして、お兄ちゃん…ッ!」

「リアの事を話したら、診てくれるって…」


 いやいや、ケネディくんは、ちょっとふかし過ぎ。


 オレは『闇』属性の確認に来たのであって、彼女の容態を診に来た訳じゃない。


 ………訳じゃないけど、さぁ…。


「間宮、悪いけど、往診セット持ってきてくれる?」

「(………お人好しの銀次様は、絶対にそう言われると思っておりました)」


 安定の弟子が優秀過ぎる件。


 どこからともなく取り出した、オレが表題に出した往診セット。

 ミアを診る時に、ラピスやアンジェさんと共用で持ち出してた処置セットだったから、そのまま往診セットだったんだけど。

 ………これを見越して持ち歩いていたとは、恐れ入るよ。


 しかし、それに待ったをかけたのは、意外にもリアちゃんだった。


「そ、そんなッ……ダメ、ダメです!

 おいしゃさまにかかるなんて、そんなお金、…どこにも…ッ」

「ああ、気にしないで、別にお金は取ってないから」

「そ、それなら、なおさらです…ッ!

 お兄ちゃんのおしごとのかんけいで、砦に来られているんですよね…?

 おせわになるなんて、とんでもない…ッ!」


 リアちゃんが大慌て。

 多分、医者にかかる=破産な常識を、この年で知ってしまっているのだろう。

 とはいえ、さっきも言った通り、お金は取ってないし別に忙しいからと言って、見過ごす訳にもいかないんだよねぇ…。


「………騎士団関係で来たのは間違いないけど、オレも医者の端くれ。

 患者がいるのに見過ごしましたなんて、今後は恥ずかしくて医者を名乗れなくなっちゃうよ」

「で、でも…ッ、げほっ、ごほっ」

「り、リア、診てくれるっていうんだから、お願いしようよ…ッ」


 そうそう、お兄ちゃんもそう言っている事だし、安心すれば?


 押しかけとか強引は嫌いだけど、プライスレスだから見逃して。

 ただの、オレのエゴだし。


「はい、お口開けて。

 喉の様子を見るだけだから、他には何にもしないから、」

「………うっ、」


 そんなこんなで、勝手に診察を開始。

 『ボミット病』関連で持ってきた材料のストックで、彼女の病気への対策が取れると良いんだけど。


 ライトを口で咥えて、喉を診る。

 この世界、女性の口の中を覗くのがセクハラとか言うルールがあるらしいけど、診察と割り切って無視をしておく。


 喉は荒れてるけど、おそらく原因じゃないね。


 次に、これまた旧校舎の備品に紛れていた聴診器で心音を聞く。

 勿論、服は着たままで、襟から聴診器当ててるだけよ。

 どくどく言っているのが早いけど、まぁ、彼女自身が緊張しちゃってるからなんだろうね。


 それから、間宮にはこれまた旧校舎にあった計器で血圧を計って貰って、一応表面上の診察は終了。

 気になったのは、彼女の肺の上を調べた時の結果。

 なんだか、ざらざら聞こえたんだよね。

 これは、流石に『探索サーチ』で確認する他無いだろう。


「ちょっと、リアちゃんは目を瞑っててね?

 もし、魔力を操作出来るなら、なるべく体内を巡らせるように動かしてみて欲しい」

「………は、はい、やってみます」


 良し良し、良い子。


 リアちゃんの手を握りつつ、『探索サーチ』を掛ける。

 『探索』中は無防備になるので、間宮がしっかりとオレの背後でガードマンをしてくれている。


 ただ、リアちゃんよりも、隣のケネディ君の方がそわそわしちゃって集中できない。

 まぁ、なんとかなりそうだけど。


 お……っと、と、視えた。

 そこで、彼女の症状の納得が出来た。


「あー分かった。

 リアちゃん、魔力総量少ないでしょ?」

「えっ、あ、………その、くらべる人がお兄ちゃんぐらいしかいなくて、分からないです」

「いや、ケネディ君と比べても少ない。

 だから、咳と倦怠感だけで、症状が軽く済んでたんだ…」


 先程、見た限りでは『ボミット病』は発症していないと言った。

 しかし、それは間違い。

 彼女も『ボミット病』を発症している。


 彼女の中を『探索』してみた結果、既に小さくではあるが、魔石が精製されつつある。

 本当に、彼女の小指の爪にも満たない大きさのものだ。


 そして、結構長い時間を掛けて精製されているのか、内臓と同一化している。

 それが、肺と胃と腸、腎臓に見られた。


 これ、生まれた時から発症してたけど、表面的に出なかった事例だと思うんだ。


 その他の臓器もやや衰えてはいるが、問題は無かった。

 喘息でも無いし、慢性的な風邪気味である事以外は、健康だと思える。

 子宮内なども見て女性疾患も疑ってみたが、それも無し。

 (※あくまで、診察なので他意なんて無いよ)


 おかげで、彼女も『インヒ薬』ですっかり良くなるだろう事が分かったよ。


「間宮、ラピスかアンジェさんに言って、薬貰って来てくれる?」

「(既に、ここにあります)」

「………流石、オレの弟子だ」


 もはや、安定なので、もう何も突っ込まない事にしておこう。


 間宮は、またしてもどこからともなく1人分に包んだ『インヒ薬』を取り出した。

 (※後から聞いたら、ヴィンセントの時の失敗を踏まえて持ち歩くようにしていたらしい。

 ………逞しいこった)

 有り難く頂戴する事にする。


 ちなみに、ミアの治験のおかげで13歳以下の子どもなら、半分でも効果がある事が分かっている。

 今、間宮が持っているのは大人1人分。

 なので、半分に分けて今と明日で飲んでもらえば、すっかり体の調子も戻るだろう。


「お、お薬まで…ッ!」

「これも、無償提供だよ、大丈夫。

 それに、ケネディ君のお給料から天引きなんて狡い事だって、しないから安心して飲んでね?」


 またしても、リアちゃん大混乱。

 分からないでもないけど、オレが相手なら破産なんてありえないと思って。

 慈善活動の一環として、この砦に訪問したのは本当だし。


「ちなみに、このお薬は、お兄ちゃんであるケネディ君にも飲んで貰います」

「………えっと?僕は、『ボミット病』は発症してませんけど………?

 それに、オレも『闇』属性は持っていますけど、この薬を飲んだら、『闇』属性が使えなくなるって事ですか?」


 あれ?

 ケネディ君はどうやら理解をしていなかったようだ。


 仕方ないので、かくかくしかじかで再度説明。

 魔力を吸着して離さなくなる因子を排出する為だよ~とか、『闇』属性は変わらないよ~とか、あくまで『ボミット病』発症を抑える効力がある事だけを抜粋しておいた。

 まぁ、血液サンプルの結果待ちだから、まだ半信半疑ではあるけどね。

 (※そっちは、医療担当の常盤兄弟が行っている最中だ)


 ただ、それでもあまり理解が及んでいないのか、ケネディ君がうんうん唸っている。

 リアちゃんは、ただぼーっとオレを見ているだけだ。


 この世界の一般市民の理解力が、どれぐらいなのかね。

 ちょっと不安になって来た今日この頃。

 (※そもそも識字率が少ない時点で、ヤバいって事に後から気付いたけども)


 分からなくても、『ボミット病』の治療と予防だと考えてちゃきちゃき飲んじゃって。

 部屋にあった水差しとコップに、間宮が水を並々と注ぐ。

 無詠唱に驚いたのか魔法の発現に驚いたのかは不明ながら、目をまん丸にしながら兄妹がその様子を見ていた。

 可愛い。

 少しだけ面白くてついつい噴き出してしまった。 


『………あ、…ッ/////』


 ただ、そんなオレの顔を見て、揃って顔を赤らめるのを辞めてくれ。

 おい、ケネディ君。

 君のおかげで、オレの半身に鳥肌が立ったんだが、どうしてくれる?


 それはともかくとして、


「明日また診に来るよ。

 明日の結果次第では、なるべく栄養を取るように出来れば、日常生活に支障も無くなるかもしれないし、」

「ほ、本当ですか!?」

「リ、リアが、歩き回っても、大丈夫になるって事です…ッ?」

「ちゃんと栄養を取って、咳も熱も出ないならね」


 そう言って、急遽発生した診察を終えた。

 揃って頭を下げて、オレを見送った2人の兄妹は、扉が閉まった途端に大歓声を上げていた。


 それにも面白くて、またしても噴き出してしまったけども。


「(………あの子の瘦せ方と、ケネディ君の発達具合から見て、ここの砦が慢性的に食糧不足なのは明らかだな………)」


 こういった形でも、まさか砦の危機的状況が知れるとは、頭が痛いものである。

 改善をすべき点だと判断し、ヴィンセントに報告する為に間宮にメモして貰う事にしておいた。


 実は、こういう仕事も、オレが探して回ったりしているの。

 粗を探している訳では無いにしても、改善点を解決することで、変わっていくシステムが何かしらあるからもしれないからね。


 そう考えた時、憧憬のような形ではあるが、ふと思い出した現代社会。


「………いつか、あの子みたいな痩せぎすな子どもがいない世界にしてみたいな」

「(勿論、お手伝いをさせて貰います)」


 この砦のように石造りにも似た冷たい社会ではあったが、子ども達は貧困に喘ぐこと無く暮らしていた。

 まぁ、一部は除くだろうが、それが当たり前の世界だった。

 逆に飽食や運動不足による肥満が溢れかえっていたぐらいだ。


 それがこの世界では、反転してしまっている。


 この砦だけの、問題ではないのだ。

 この世界自体の問題が、そうなのだ。


 だからこそ、その世界のシステム自体を、どうにかしないとならないと思っている自分がいた。

 そんな大それたこと、出来るだけの力も労力も持ち合わせていない癖にね。


 結局、オレが生徒達曰くの、お節介で世話焼きのお人好しってだけだろうが。



***



 午後になって、やっと騎士達の長蛇の列に目途が付いた。

 まさか、午前中一杯が潰れるとは思いもよらず。

 ………間宮に急遽、生徒達の強化訓練終了のお知らせに走らせることになったよ。

 げっそり。


 まぁ、悪い事ばかりでは無かったから、良いとして。

 一応、統計を取っていたが、騎士達の『闇』属性の割合と、その他犯罪者や左遷組の割合が判明した。


 どうやら約8割が『闇』属性で、残りの2割が犯罪者や左遷組。

 ちなみに、『ボミット病』の発症が約8割のうちの6割に上っていた為に、大分砦の維持や運営が難しくなっていたようだ。


 だが、それも今後は、改善されていくだろう。

 午後になると、更に動ける騎士達が増えた。

 『ボミット病』の患者達が続々と、完治とまではいかないまでも経過観察期間を終了した為だ。


 そして、そいつ等は米の香りがするだけの粥に文句を付けつつも、きっちり飯まで食える有様。

 いやはや、病人食を作りまくっていた香神と榊原(※未だに彼等は、調理担当騎士達のルーチンを回している)には可哀そうな事をしてしまった。

 ………斯く言うオレは、昼飯を食いっぱぐれてしまったがな。


 とはいえ、これで『インヒ薬』の効能は証明された。

 後は、市井に浸透させるだけの、原材料の確保と医療院の本格的な設立だろう。


 治験の結果、2度か3度の服薬で、完治することが判明している。

 その為、オレ達が1年を通して飲もうとしていた量が、丸々余る事になったのだ。


 今回の砦の騎士達の治療で半分を使った。

 だが、それでも半分が残っているのだ。

 おかげで、今後行おうと思っていた『聖王教会』共同での、お仕事に関しても問題が無いだろう。


 ただ、治療院に関しては、流石に足踏みだ。

 そこまで生活に余裕がある訳でも、オレのスケジュールが空いている訳でも無いからね。


 さて、閑話休題それはともかく


「治療を受けろッ!」

「………何度も言いますが、オレは『ボミット病』ではありません」

「口調を戻せ!

 そして、いつまでしらばっくれるつもりだ、頑固者!」


 再三のやり取りに、お互いが辟易となっている。

 勿論、治療をさせろと詰め寄っているオレと、治療拒否を続けているゲイルの兄、ヴィンセントである。


 騎士達が続々と大広間を出て行き、残っているのは既に衰弱の酷かった数名だけだ。

 そんな実績があるのにも関わらず、この兄貴は何故か頑として、首を縦に振ろうとはしていない。


 そもそもだ。


 何故、彼はここまで意固地になって、『ボミット病』の事実を認めないのだろう。

 疑問が生まれ始めると、その後も芋蔓式に増えて行く。


 何故、彼は『ボミット病』を発症していながら、ここまで平然としているのだろう。

 彼だけが無事な理由は何だ?


 そして、もう一つ思い至ったのが、この砦の『ボミット病』発症に反比例した死亡者の数。


 これは、可笑しい。

 ラピスが調べて貰った、砦での発症者の算出資料には死亡者の数もあったが、それだけはオレがゲイルから受けた報告と一緒だったのだ。


 発症件数は、おそらくラングスタが意図的に隠した結果だろう。

 ………当の本人は、それすらも知らないだろうが。

 (※ゲイルは、まだまだダウン中だった)


 だが、それを差し引いたとしても、可笑しいとしか言えない。


 『ボミット病』は今でこそ脅威とは感じなくなったが、立派に死病と認識された恐ろしい病気だったのだ。

 過去、何百年もの間に大量の死者を齎してきた。

 そして、体力の無い子どもや老人は長くても1ヶ月前後、成人であっても半年が精々と言われていた病。


 なのに、この病に発症して一番長いという砦の爺さんは、既に3年以上病魔に侵されていたという。

 ………だというのに、既に隠れて酒飲んでるぐらいには、経過良好だけど。

 思わず、爺さんという考慮をすっぽ抜いて殴ってしまいそうになった。

 余談である。


 話が逸れたが、長い者だと1年以上がざらだった。

 その時点で可笑しいが、オレ達のケースを鑑みて、おそらく緩和策があったのだとすんなりと理解は及ぶ。

 オレ達の知らないところで色々と緩和策はあったらしいからね。

 『白竜国』の宰相閣下ディーヴァだって、そのうちの1人だったし。


 だが、肝心の緩和策は、一体何だったのか。

 それが、さっぱりなのである。


 ただ、爺さんやその他騎士達の話からすると、ヴィンセントが何かをやっていたらしいというのは分かった。

 その先がさっぱりだが。

 調べて回ったら、却って宙ぶらりんの謎が増えてしまった訳だ。


 問いただすしかあるまい。

 その上で、彼の治療をさせて貰うしかあるまい。

 そして、冒頭の会話に戻る。


 と言う訳なんだが、


「だいたい、何でそんなに意固地になってんだよ?」

「意固地になっている訳ではありませんが、」

「だから、口調を戻せ!

 アンタが敬語を使うと、オレの全身が拒否反応でチキンスキンに早変わりだ!」

「………さりげなく失敬ですね」


 多少傷付いたような表情をしたヴィンセント。

 だが、これでもかと話が脱線した。


 コイツ、やっぱり意図的に、口調を直そうとはしていないな。

 最初の頃は、言われた通りにしていたのに、『ボミット病』の発症云々が関わってから、この状態だ。


 ………なんで、そこまで治療すらも拒否るかなぁ。


「じゃあ、診察をさせろ。

 アンタが、『闇』属性って事は分かってんだから、」

「………見間違いでしょう?」

「ここに精霊が視える眼を持った人間が2人もいる事を忘れるなってんだ」


 オレも間宮も、精霊を視て判断しているのだから、誤魔化そうとは思わないことだ。

 彼に色濃く纏わりついているのは、『黒』だからな。


 ………って、あれ?

 そこまで考えてから、ふとヴィンセントの全身を眺める。


「………でも、アンタ『水』の適性もある?」

「ッ………!」


 オレの言葉に、あからさまに彼の肩が揺れた。


 ………今、気付いたかも。

 彼、纏わりついているのは確かに『闇』属性が多いけど、『水』属性の青い発光もちらほら見受けられた。

 あれ、これも事前情報と違う?


 そう思って、更に言及をしようとした瞬間、


「………申し訳ありませんが、急用を思い出しましたので、」


 そう言って、またしても逃げの態勢を取ったヴィンセント。

 いちいち行動が早い。


 もう既に立ち上がって、執務室の扉の前までツカツカと移動を始めている。


 だが、


「………ッ、あ…!」


 逃げようとして、その扉を押し開いた先には、人がいた。


「ッ………アビゲイル…」


 ヴィンセントの弟である、ゲイルが。


 顔面蒼白ではあるが、なんとか自力で立ち上がれるまでには、回復したようだ。

 おそらく、手の位置からして、ノックをしようとしていたのか。


 扉の枠を挟んで、彼はヴィンセントと見つめ合う事となった。


 ………実は、知ってたけどね。

 さっきから、扉の前で気配を消しながら右往左往しているなんて器用な事を、ゲイルがやっていた事は。


 知ってて言わなかっただけ。

 少しは、逃亡阻止に繋がるかと思って。


 ついつい、意地が悪いとは思いつつも、ニヤリと口元を吊り上げてしまった。


 しかし、


「………うッ…」

「………ッ、またか」

「………あーぁ…」

「(………仕方のない人ですね)」


 逃亡阻止が出来た訳でも無かった。


 ヴィンセントと唐突に顔を合わせた事もあってか、またしてもゲイルが呻いた。

 嘔吐いたとも言う。


 そして、彼はそのままバタバタとどこかに走り去った。

 方角からしてお手洗いだろうが、相当トラウマが刷り込まれているようだ。


 おかげで、ヴィンセントは呆然とその場で立ち尽くしていた。

 ただ、立ち尽くしていたものの、徐にオレ達へと振り返れば、


「………オレよりも、あれの治療を先にしてやった方がよろしいかと」

「トラウマの元凶であるテメェが言うな」


 自分の事を棚上げした挙句に、言い逃げをして執務室を出て行った。

 これまた、颯爽と。

 追う暇も無かったし、再三のやり取りに追う気も失せてしまった。


 ………全部テメェの所為だろうが、馬鹿兄貴め。

 内心だけで、盛大に愚痴ってしまう。

 表面上では、盛大な溜息が漏れてしまった。


 アイツのは、治したくても治せないんだ。

 トラウマってのは、すぐに克服出来ないからこそトラウマなんだぞ。



***



 さて、そんなこんなの夜の事。


 結局、その後もヴィンセントは捕まるどころか、見つかる事すら無かった。

 あの困ったお兄ちゃんは、本当に忍者か何かなのだろうか?


 仕方ないので、その後の騎士達の経過観察と共に、常盤兄弟から血液サンプルの結果(※勿論、因子は排出されていたらしい)を聞いてほっと一安心。


 まだ数名は、衰弱状態を脱していない為、大広間での就寝は決定している。

 抜け出さないように砦の騎士団に護衛を頼んで、オレ達も今日1日の仕事を終了とした。


 昨夜は、真夜中を越して朝方となってしまったが、今日こそは早く寝れるだろう。

 まぁ、嫁さん達との仲良しな方向での『オハナシ』は、遅くまで励むつもりでいる。

 余談だろうか?


 閑話休題それはともかくとして。


 風呂に入って汚れを落として、すっきりとした気分。

 シガレットを吸う為に、外に出て来た。

 オレの背後には間宮も付いて、安定のオレの護衛と抜かしているものの、


「………あ、」

「………おいおい、何してんだよ、重病人」


 そこには、先客がいたようだ。

 砦の玄関口である門前には、ゲイルが壁を背にしてしゃがみこんでいた。

 口元には、シガレットが咥えられている。


 ………顔面蒼白の癖して、良くシガレットを吸おうと思えたな。

 まぁ、体調不良が少しでも回復したなら、溜飲は下げる。


「………済まないな、役に立てなくて、」

「いや、仕方ねぇだろ、あれは………」


 なにせ、あんだけの頑固者だもの。


 何がって言えば、彼の困った兄貴だ。


 けど、あれは確かに吐きたくもなる。

 オレがゲイルの立場だったら、部屋に引きこもって出て来れなくなるかもしれない。


 ………あ、今も似たようなもんだったか。


 まぁ、それは良いとして。


「………兄は、拒否しているままか?」

「それどころか、発症自体も認めようとしてない………。

 まぁ、平然と動き回っているから、そこら辺は確かに調べてみないと分からんと思うが、」


 いやはや、元気過ぎるよ。

 なにせ、隠れ鬼で間宮から逃げ続けられるぐらいだから。


「………発症しているのは間違いないと思う。

 以前見た時よりも、内包している魔力が確実に多くなっているし、」


 とはいえ、次に続いたゲイルの言葉には納得した。

 それは、オレもしっかりと確認している。


 確かに彼は、オレやゲイルには及ばずとも、それなりの魔力総量を持っていたようだ。


 それとついでに、


「『闇』の精霊も、前の時よりも増えている気がした………」

「………ああ、うん。

 なんか、まっ○ろく○すけ纏わりつかせてるみたいだったもんな…」

「………何かは分からんが、意味は分かった」


 彼に纏わりついていた、精霊が凄かったのもある。

 オレはアグラヴェインだけらしいので、そこまででは無いらしい。

 だが、ラピスやローガン等、精霊が視えている面々からしてみれば、異常な数の『闇』の精霊がごちゃっと彼にへばりついているようだ。

 相当、愛されているようである。

 勿論、精霊にではあるが。


 『水』の精霊もいた件については、言おうと思って辞めておいた。

 確かに視たとはいえ、ちょっと確証がない。

 以前、ゲイルが『闇』属性を持っている事が判明した時同様に、本当に微か過ぎる程の数しか『水』の精霊がいなかった所為だ。


 とはいえ、素直にちょっとだけ驚いた。


「………お前、意外と見てはいたんだな」

「意外とは余計だ。

 ………あまり、否定は出来んがな…」 


 そう言って、疲れ切った企業戦士サラリーマンのように自嘲気味に笑ったゲイル。

 このような状況で、良くもまぁそこまで見ていたものだ。


 ただ、情けないとでも思っているのだろう。

 その後は、またしても嘔吐いていた。


 ………正直、オレもトラウマを発動したら、これ以上な惨状になると思われるので何も言えないが。

 分かるぞ、その気持ち。

 だから、流石に外とはいえ、近場に中身をぶちまけてくれるなよ?


 なんて、ゲイルの嘔吐の声をBGMにしている、その最中だった。


「………シッ!」

「(『防音』を張ります!)」

「………ッ!?」


 唐突に、緊張が走る。

 静かにするように指示を出し、目を向けた先。


 砦の玄関の扉が、開いた。


 もう時間も遅い。

 警邏の人間の交代時間も、もっと後の筈だ。


 なのに、誰かが玄関から出て来たのを感じて、全員が緊張を走らせる。

 ついでに、ゲイルは驚きか何かで吐き気は引っ込んだらしい。

 その代わり、冷や汗が滲み出しているが、今は放っておこう。


 間宮も防音を張ってくれた。

 こちらの音は漏れないが、向こうの音はばっちり聞こえる。


 斯く言うオレは、気配を消して『闇』属性の魔法を発動。

 『幻想の鏡(ミラージュミラー)』という魔法で、ある一定の距離を置いて、術者や術者が認識した対象を、他者の視覚に映らないようにしてくれる、幻影魔法の一種。


 おかげで、魔法版マジックミラーである。


 ちなみにこの魔法はラピスが教えてくれたが、調整はアグラヴェインが教えてくれた。

 安定の劣等生問題にげっそりだ。


 さて、それはさておき。


「………こんな遅い時間に、誰だ?」


 玄関から出て来た人間は、門やオブジェの影で見えなかった。

 ただ、姿形だけは認識できたので、かろうじて騎士であることは分かる。


 巡回の騎士だろうか?

 いや、巡回の騎士は、何かあった時の為に2人以上で行動するのが規定となっている。

 だが、今出て来た騎士は、1人しかいないようだ。


 そこで、気付いた。

 気配や魔力の質が、オレ達の知っている人間と符合した。


「………兄上?」 

「何故、こんな時間に、外に出る?」


 ゲイルの言葉通り、彼の兄である。


 月明かりに照らし出された、ゲイルとそっくりな横顔。

 どこか疲れ切って、それでいて死相が浮いた表情が相変わらずのヴィンセントだ。


 息を潜めていたゲイルが、途端に呻いた。

 ………もう、顔を見るだけで、その状況なのかよ。


 まぁ、そんな彼の危機的状況はさておいて。


 彼は、このような時間に何をしに出て来たのだろうか。


 真っ直ぐと、玄関から真っ直ぐに門前へと向かう彼。

 護衛を付けていないのもそうだが、騎士服で出かける用事となると可笑しい。


 それに、今まで散々追いかけたら捕まらなかった癖に、意外と呑気に歩いている。

 ………このまま横から急襲したら、捕まえられそうだけども。


 やるか?と間宮に、目配せ。

 爛々と間宮の目に、戦意が宿ったように思えた。


 だが、その瞬間に、


「………ん?」


 ふと、ヴィンセントの視線がこちらを向いた。

 まっすぐに、視えない筈のオレ達の姿を捕らえたように。


 驚いた。

 思わず、足下にしゃがみこんでいたゲイルをどついてしまう。


 間宮やゲイルも同じだったのか、息を詰めた。

 緊張感を持った空気が、ピリリと潮風に嬲られていく。


「………気の所為か?」


 ぼそりと、低い声で疑問を呟いたヴィンセント。

 だが、確実に、何かしらの異変には気付いたらしく、一向にオレ達の方向を見たままで微動だにしない。


 隠れる必要は無いとはいえ、なんだか見つかるのも気まずい。

 むしろ、オレ達がいると分かったら、彼はまたしても逃げてしまいそうだ。

 なので、やり過ごしてしまいたいのが本音。


 そう思っていたが、


「………誰かいるのか?」


 彼は、あろうことか、こちらに向かって歩いてきてしまった。

 再三の緊張に、オレですら体を強張らせてしまう。


 いやはや、ここまで勘が鋭いとも思ってもみなかった。

 疑り深いとは思っていたが、まさかここまでとは。


 ヴィンセントは、しきりに辺りをきょろきょろとしながら鼻を鳴らしていた。

 何をしているのか。


 そこで気付いた。

 オレもゲイルも、シガレットを吸っていた事を。


 ………ヤバい。

 冷や汗が垂れた。


 間宮ではあるまいし、この匂いでオレ達だと特定できるとは思わない。

 だが、かと言って出来ない訳では無い。


 シガレットを吸っているのは、今南端砦にいる騎士や客の中でもオレ達ぐらいだ。


 砦の騎士達は、皆シガレットを持っていない。

 なにせ、南端砦に届いた物資は、昨日が半年ぶり。

 そして、その中には嗜好品の類は、含まれていない。

 酒なんかはあっても、今貿易の要となっているシガレットは、砦には出荷されていない。


 だからこそ、この匂いがする人間は絞られてくる。

 ヴィンセントぐらい疑り深ければ、すぐにオレ達や王国から来た騎士団だと勘付くだろう。


 そして、その間にも形の良い鼻をスンスンと動かしていたヴィンセント。

 ややあって歩みを止めた場所は、オレの鼻先10センチ程。


 丁度、オレが幻影魔法を使った、境目に立っている。

 これ以上踏み込まれると、おそらく魔力反応でバレるだろう。


 緊張感と共に、滲み出した汗。

 防音がある事も忘れて、ぎりり、と手に汗を握る音すらも聞こえてしまいそうで、心臓がバクバクした。


「………気の所為………か」


 だが、ヴィンセントは、それ以上を歩を進めなかった。

 多少困惑気味ではあるが、顎に手を当てて首を傾げつつも、踵を返す。


 ざくざくと、荒れ放題な砦の石畳を横切り、そのまま門から外に出て行ってしまった。

 そんな彼の背中を見届けてから、


『ふぅー………』

「(………ハラハラしました)」


 3人揃って、溜息を吐き出した。

 ゲイルなんてその場にへたり込んで、ぐったりとしている。


 斯く言うオレも、冷や汗でびっしょりだ。

 おかげで、夜風に冷えてやや寒いとも感じる。


 とはいえ、驚異は去った。

 言い過ぎかと思えるが、それでも難を逃れたのは確かだ。


 がっくりと肩を落としつつも、やっとこさ人心地付いた。


「テメェの兄貴は、野生かよ?」

「………いや、オレもまさか、ここまで勘が鋭いとは、」

「(勘と言うよりも、用心深いように見受けられましたが、)」


 そうなんだよね。

 間宮の言う通り、用心深い。

 彼は、何かあれば疑ってかかる癖でもあるのか、かなり厄介な性格をしているように思えた。


 疑り深いのも、警戒心が強いのもその所為か。

 そこまで考えれば、納得が行った。


「………親父からの排斥行為がきっかけなのかもな…」

「………。」

「(………警戒心が人一倍あるのでしょうね)」


 彼もまた、心に傷がある所為で、あのような厄介な性格になったという事。

 ヴァルトも、似たようなものだった。


 それもこれも、彼等兄弟姉弟の父親であるラングスタの、行き過ぎた冷遇等の環境が原因だろう。


 聞けば、ヴァルトも何度か暗殺の憂き目を見たという。

 未遂に終わってはいるが、子飼いが放たれていた事実がある時点で、それも然もありだ。

 それが、ヴィンセントには無かったとは、言い切れない。


 どうりで、疑り深い上に勘が鋭く、警戒心も強い訳だ。

 彼はもしかしたら、予期せずオレや間宮、ハル等と同じ裏社会人としての領域に足を踏み込んでいる可能性がある。

 シガレットの匂い一つで、異変に気付くのもその所為だ。


 そして、なんとなく思い至った。

 彼が間宮からすらも逃げ遂せているのも、その鋭い感覚のおかげでは?と。


「………さて、どうする?」

「………何がだ?」


 ふと、ゲイルに問いかける。


 これは、言うなれば好機だ。

 ゲイルは気付いていないようだが、彼一人で砦の外に出たからには、なにかしらの用事があった為だろう。

 そもそも、用事が無ければこのような辺鄙な場所を出歩かない。


 もしかしたら、彼が治療を拒否している理由と、何か関係があるのかもしれない。

 思い至ったのは、その可能性だ。


 ついでに、門番がほぼ気にせずに、素通りさせているのも気になった。

 この砦の門番は、昼間以外は労役犯罪者が使われている。

 だが、流石に一人で出歩く騎士がいれば、それが総帥であるヴィンセントならば、少しは止めるだろう。


 しかし、先ほど門の方向へと消えて行ったヴィンセントの様子を見て、騒ぎ立てている様子はない。

 こそこそと門伝いに、門番の背後に回る。


 呑気に欠伸をしたり、眠そうに壁に寄りかかっているだけだ。

 宵闇に消えようとしているヴィンセントの後ろ姿を見て、諦念すらも滲ませている。


 この様子から見ても、ヴィンセントが砦から出るのは割と頻繁で、更に言えば騒ぎ立てる事でもないと思っていそうだ。

 ………いや、ただ、面倒くさいだけかもしれんけども。


「………尾行するか」

「(………ですね)」


 先程も言ったように、チャンスである。

 このまま、時間を浪費するよりも、よっぽど効果的な方法だと思う。


 外堀を埋めるような形となるのが、やや気後れしてしまうものの、埒が明かないのも事実だ。


「あまり、褒められた事では無いとは思うんだが、」


 同じことを思ったのか、ゲイルが尻込みしている。


 だが、それは今更の事だ。

 オレ達は既に、彼から1度隠れ遂せてしまったからな。


 毒を食らわば皿までだ。

 この際、彼1人が治療を拒否する状況を改善する為に、徹底的に調べ上げてやろう。


 思わず元裏社会人としての血が騒ぎ始めて、口元がニヤリと歪んでしまった。

 それを見て、ゲイルも間宮も何を思ったのか、戦々恐々。


 ………今日もまた、オレのNG笑顔がNGである所以を知った。



***



 尾行を開始して、しばらく。

 ヴィンセントはゆったりと砦から、浜辺へ続く道を進んでいた。


 オレ達も、その背後を幻影魔法と防音を施して、追随している。

 隠れながら進まない時点で、実に便利な尾行方法である。


 結局ゲイルは来なかった。


 気後れしたのか、兄貴に苦手意識が刷り込まれてしまっていたのか、定かではない。

 むしろ、両方だと思っているが、それもさておいて。


 砦から外は、大自然と言うべきだろうか。

 夜である事が残念だが、絶景のパノラマが広がっている。


 右手が海岸線で、大海が広がっている。

 確か名前がある海だった筈なのだが、忘れてしまったのが悔やまれる。

 そして、左手には曲がりくねって続く街道と共に、鬱蒼とも言える森が広がっている。

 まさに、大自然の共演だな。


 そう言えばオレ達は、転移魔法陣で移動してしまったから、砦の周りの風景を知らなかった事に思い至った。

 ついでに砦の全貌も知らなかったのを思い出して、振り返った。


 ………あ、これは城だわ。

 ダンスホールとか浴場があったのには、これで納得した。


 振り返り見た砦の全貌に、ちょっとだけ呆然。


 ただ、納得が出来ないのは、その砦の半分が崩れ落ちている事だろうか。

 割と新しそうなんだが、何か襲撃でもあったのか?

 破壊された区画の所為もあって、月明かりに浮かぶ砦の全貌は廃墟とも言い換えられる。

 ………ドラキュラ城みたい。


 そして、これまたちょっとだけ納得した事がある。

 それは、この砦で使われている部屋の割合である。

 どうりで、騎士達が済んでいる区画と、オレ達がいる客室の区画が、対面でしか離れていなかった訳だ。

 元々は、あっちが騎士達の住んでいた区画だったのかもしれない。


 ダドルアード王国もそうだけど、普通は客の居室と、就労者の居室って階層を別にしたり、意図的に離したりする。

 彼等が動く時間帯は、多岐に渡るからだ。

 早朝だったり、真夜中だったりもするだろう。

 その物音や気配を、客人に感じさせない為に、区画は離しているのが普通である。

 この砦は元城だというのに、それが無かった。

 ちょっと可笑しいと思っていたんだけど、これで納得したよ。


 砦の全貌を確認したところで、またヴィンセントの背中へと視線を戻す。


 相変わらず、一定の歩幅で道なりに進む後ろ姿だ。

 黒髪も相俟って、そのまま溶けて消えてしまいそうにも思える。


 その背中には、どこか哀愁が滲んでいる。


 ゲイルと似た黒々とした髪のおかげか、あれで53歳と言うのだから驚きだ。


 さて、それもともかく。

 彼はどこに行くつもりなのだろう?


 こんな夜分に、こんなところに。

 懐の懐中時計を探ると、砦から出発して10分近くを歩いていた。


 好奇心が勝ってしまうのは、いかんせん仕方が無かっただろう。

 人間誰しも、出歯亀が好きなもんである。


 そのまま尾行を続けると小道が終わり、浜辺に降りる斜面が見えている。

 ヴィンセントは、そこを迷いなく降りていくと、そのまま浜を歩いて海に向かってしまっていた。


 ………まさか、入水する訳じゃないよね。


 嫌な予感がしそうでしない。


 彼の行動が不明ながらも、そのままオレ達は浜辺に降りる小道の脇で待機する事にした。

 いくら、幻影魔法と防音を施していても、足跡までは消せない。

 正直、砂浜とか雪の上は、オレ達も尾行がしづらいのである。


 まぁ、間宮の隠形修行には丁度良いのかもしれないけど。

 今はしない。

 勿論だ。


 そんな事は、まぁどうでも良いんだが。


 ふと見たヴィンセントは、砂浜にどっかりと座り込んでいた。

 何をしているのか、間宮と顔を見合わせて小首を傾げてしまう。


「………ッ!」

「∑…ッ!?」


 だが、目線を戻したその瞬間に見た、彼の後ろ姿にぞっとした。


 彼の背中から、吹き上がるようにして『闇』が立ち上り始めたからだ。


 まるで、黒い羽根を広げた鴉のよう。

 宵闇と月明かりのみの暗がりに浮かぶ姿に、思わず夢か幻かと疑ってしまった。


 夜半過ぎに、浜辺で何をしているのか。

 オレが、彼が治療を拒否するヒントか何かが分かるかもしれないと勘繰ったのは、遠からず当たっていたようだ。


 なにせ、オレ達がいる場所まで、魔力が感知出来る。。

 オレ達のいる浜辺の小道と、彼のいる浜辺では、目算でもざっと300メートルは離れているというのに、だ。


 それと同時に、『闇』の精霊達が騒いでいるのも確認できた。

 ざわざわと立ち上る『闇』に、精霊達が共鳴でもしているかのように舞い踊っているのだ。


 まっ○ろく○すけに見えてしまうのは、仕方も無い事だろうか。

 あれだ。

 壁の隙間から這い出て来た時みたいな………。


 さて、となりとか意外と近くにいるこれまた真っ黒な森の精霊はさておき。


 少しは、理由に見当が付いたかもしれない。

 おそらく、ヴィンセントが発症しても、ピンピンしていた理由はこれだ。


 凝視し続ける事、数分。

 立ち上っていた『闇』の精霊は、ずっと魔力を消費し続けている。

 それに加えて、先ほどからざわざわと騒いでいる感覚が、『異世界クラス』でも行っている対話の時の精霊達とそっくりだからだ。


 おそらく、これが彼の発散方法で、『ボミット病』の緩和策だったのだろう。

 オレ達がオリビアや魔法具に頼っていたところを、彼はこうして対話と言う方法で折り合いを付けた。


 ………だけど、それだけだとちょっと可笑しい。

 何が?

 彼、魔力を消費して、魔法を発現しているのである。


 

 魔力を吸収して離さないネズミ捕りのような因子の問題で、因子に吸着された魔力は離れてくれない。

 『インヒ薬』を使ってでしか、排出されない事も分かっている。

 離れ業というか裏技が、オレ達が腹に巣食わせている上位や中位の精霊。

 中位か上位の精霊じゃないと、因子から魔力を引き剥がせないんじゃないかって、オレ達は勝手に睨んでいた。


 なのに、彼が今扱っているのは、下位精霊での対話。

 違うのか、それとも何かしらの裏技があるのか。


 ………あの纏わりついている『闇』の精霊からして、質より量とか思えて来たけども。


 しかし、


「我が前に、堅牢なる『盾』を、」


 今までどっかりと座り込んだままうんともすんとも言わなかったヴィンセントが、唐突にぼそりと呟いた。


 辺りに反響したかのような錯覚を覚える、重く野太い声だ。

 正直、聴力を鍛えていなければ、オレ達だって聞こえなかったかもしれない。


 そこで更に、オレ達の目の前で、驚くべき光景が広がった。


 立ち上っていた『闇』と精霊たちが、彼の言葉を聞いた途端に、ぞろぞろと隊列を組んだ兵隊のような動きで空中を移動し始めた。

 移動を始めた『闇』は、一直線に海へと飛ぶ。

 そして、そのまま波飛沫の舞う海面へと消えていき、かと思えばぞわぞわと海を染め上げるように広がっていく。


 まるで、お風呂に入浴剤を突っ込んだ時の様だ。

 かき混ぜた後の浴槽のお湯に、沁み込むようにして溶けるようなイメージ。


 宵闇の中だというのに、鮮明に見えた。

 オレも間宮も、半ば呆然としてしまう程の光景だった。


 そうして呆然と見ている間にも、『闇』は広がっていく。

 やがて、砂浜に面している海面すべてに行き渡った。


 その中で、


「『何物も、何者も通す事なかれ。

 ヴィンセント・ウィンチェスターの名の下に、許可する』」


 詠唱の文言のように締めくくったヴィンセント。

 海面に浮かび上がっていた『闇』が瞬きの内に消えると、そこには相変わらずの暗い海が広がっていた。



***



 ヴィンセントが何をしたのか。

 こんな夜中の浜辺で、海に向かって何をしていたのか。


 結局、オレ達には分からなかった。


 ただ、これだけは分かった。

 彼が『ボミット病』を抑えているのは、この意味不明な儀式のような作業を習慣としているからだ。


 現に、海辺での作業を終えて戻ってきた彼からは魔力も気配も乏しい。


 恐ろしく弱々しい気配と魔力だけしか感じられなかった。

 今まで、溜め込んでいたと思われる魔力だって無い。

 『闇』の精霊は相変わらず纏わりついているが、一目瞭然としか言えないそのビフォーアフター。


 ヴィンセントは、この方法で『ボミット病』を緩和していた。

 今は、それが良く分かった。


 彼が、来た道を引き返すのを見届けた傍らで、潜んでいた場所で座って一服。

 ………また匂いで勘付かれても困るから、吸えなかったんだ。

 笑うんじゃない。


 脳内で脱線しながらも、思考を巡らせる。


 あの様子を見る前と後では、ちょっとオレ達も考えが足りなかったと自覚する。

 甘く見ていたかもしれない。

 彼の、頑固な性格も、厄介な程に高い警戒心も。


 だが、何故彼は、そこまでして発症を隠す?

 この方法で緩和しているからには、『ボミット病』を発症しているのは明らかではある。


 それを認めないのは、どうして?

 治療を受けると、今の習慣が無くなるから?

 無くなったら無くなったで、気配も魔力も枯渇したへろっへろな状態になるよりは良いと思うんだけど。


 ってか、魔力枯渇まで使い込んでいるから、魔力総量が上がってんだ。

 多分、ゲイルが魔力が前よりも上がっているとか溜まっていると勘違いしたのは、この所為かもしれない。


 治療を受けない理由も気になる。

 治るならそれで良いと思うのは、もしかしてオレだけなのか?

 いや、それなら砦の騎士達ももっと反発するだろう。


 ヴィンセントにはヴィンセントなりの理由があると見た。

 だが、その理由が分からない。


 更に言うなら、彼だけではなく、砦の騎士達の症状を緩和していた方法も気になる。

 騎士達は、口を揃えてヴィンセントが緩和してくれていたと言っていた。

 示し合わせているようには思えなかった。


 ただ、方法を聞くと全員が首を傾げるのである。

 曰く、分からない、と。


 まさか、全部吸い上げてから、こうやって海に捨てに来る訳でもあるまいし。

 発散する前に、先に限界が来て再発するわ。

 ………それとも、まだ見逃していることがあるのだろうか。


 分からない事が増えてしまった形だな。


 分からないと言えば、彼の行動もそうだ。

 彼は先程、海に向けて何をしていたのだろうか。


 目線を向けた先には、先ほどと変わらない大海が広がっていた。

 今日は少し時化ているのか、波が高い。

 寄せては返す波打ち際にも、白い波が多く立っている。


 『闇』の精霊達を使って、魔力を発散していたのは分かった。

 魔法を魔力枯渇ギリギリまで使って、朦朧としながらもふらふらと砦に帰っている姿を見れば、彼のこの方法がもはや習慣だとも分かる。


 だが、『盾』とは何だろう。

 彼が呟いていた、詠唱のような文言だ。


 フレーズだけを言うなら、良くゲイルが多用している『聖なる盾(ホーリー・シールド)』に似ている。

 『闇』でも、同じように『盾』が作れるのか?


 でも、そうなら、何故海に向かって………?


 ………。


 ………………。


 ………………………。



「………あ、分かっちゃったかも」

「∑…ッ!?」


 はた、と気付いた。

 隣で間宮が、吃驚していたが、それはさておき。


 必要だから、行っているのだ。

 ヴィンセントなりに大事な理由が、これなのだ。


 だから、『ボミット病』発症の件も隠しておきたかったに違いない。

 治療も受けたくないのもその為だ。

 ついでに、彼が逃げ回っている方法についても、なんとなく思い至った。


 だって、彼、真面目で誠実だけど、根は優しい頑固者だ。

 ゲイルと一緒。

 こんなところまで、似た者兄弟なのだから。


 すっきりした。

 おかげさまで。

 謎は解けたよ、ワ○ソン君。


 こてりと首を傾げた間宮の頭を、撫でておいた。


「………すっきりしたから、帰ろうか」

「(………僕は、まだよく分かっていないのですが、)」


 分からないのも当然だ。

 思わず、苦笑が漏れてしまった。


 だって、あの容姿もあって、寡黙な上に感情が表に出ない。

 でも、砦の騎士達には慕われているようだし、表立って反発する労役犯罪者だっていなかった。


 要は、そう言うことだ。

 この砦の事を、そして砦に暮らしている面々の事を一番に考えている彼だからこそ、総帥たる所以だったのだろうから。


 海辺に向けて、視線を巡らせる。

 そこには、オレと似たような残留魔力が漂っているだけだった。

 それが、証拠だ。


 踵を返す。

 オレも、慕ってくれている面々の下に、帰ろうじゃないか。


 1・2位を争うぐらいには慕ってくれている弟子を引き連れながら、今来た道を戻った。



***

誤字脱字乱文等失礼致します。

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