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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、遠征編
127/179

120時間目 「課外授業~『南端砦』~」3

2016年12月4日初投稿。


続編を投稿させていただきます。

相変わらず好きな話になると更新スピードがアップする、安定の単細胞な作者が通ります。


ブックマーク500件達成。

ありがとうございます。

ご愛顧いただいている皆様のおかげです。


120話目です。

※病気等の表現と共に、フィクション知識も多少含まれているのでご注意くださいませ。

***



 一瞬、何を言われたのか分からなかった。


 これ、何?


 挨拶が終わった途端、単刀直入に帰れとか。


 何言ってんの、この人。

 本気?


「………えっ、それ、マジで言ってる?」

「………まじ、と言う意味は分かり兼ねますが…。

 ですが、これは我等が総意にして、本心でございますれば」


 そう言われてしまって、ちょっとたじろいでしまうオレ。

 この人、確かに想像以上の頑固者だったのかも。


 目を見て、内心を探る。

 オレの片目しか見えない眼を見て、ヴィンセントは真っ直ぐに訴えかけて来ている。


 なんか、内容はともかく、陳情というか懇願にも思える。

 南端砦の事を任されている責任もあるから、滅多な事で騎士達を混乱させたくないのかなぁ?


 とはいえ、ねぇ………?


「………えっと、悪いんだけど、これ王国の決定だから」

「………重々承知しております」

「承知していたら、開口一番で帰れとか言う言葉は発せないと思うんだ」

「………陳謝致します。

 ですが、先にも言った通り、これが我等の総意にして本心でございますれば、」

「………つまり、この南端砦の連中は、無理心中をしたいと言ってるの?」

「………。」


 しまった、明け透け過ぎる言い方をしてしまった。

 おかげで、ヴィンセントの背後で跪いている騎士達の視線が、殺気すらも孕んだ。


 だが、これ本気で言っているとは、肝が据わっているとかいう問題じゃないよね。

 今さっき言ったように、これは王国の決定だ。

 南端砦へのゲイルの派遣もそうだし、オレ達の遠征も許可を下したのは国王陛下。


 それを受け入れないって事は、完全な命令違反も同義。

 正直、以前ヴァルトから聞いたように、謹慎処分や懲戒免職も有り得る。

 しかも、大事だったら処刑対象。

 ………つまり、オレがさっき言ったような無理心中になるって事。


 『ボミット病』を患っているのを分かって言っている辺りで、ある意味でも無理心中希望としか言えないけども。

 まぁ、それは置いておいて。


 ふと、オレの背中をツンツンと突いたのは、隣にいたラピス。

 弟子と言い嫁さんと言い、可愛らしいアポイントメント。


 そんな可愛らしい彼女は、そっと小声で問いかけて来た。


「………ギンジ、大丈夫なのかや?」

「え………っと?オレの心情の心配?

 それとも、今回の遠征の失敗に対する心配?」

「どっちもじゃ」

「………頑固だとは薄々感じていたが、これは相当だぞ…?」


 そんなラピスの言葉に、被さるようにしてこれまた小声で問いかけて来たのはローガン。

 いや、それは本当に否定のしようも無いわ。


 ここまで頑固者だとは思ってもみなかったのは、オレも一緒。


 オレの背後の生徒達も、心無しか不安げ。

 男子組の一部に至っては、既に怒り心頭な面々すらもいる。

 落ち着け。


 そして、騎士達も何やら困惑している。

 しかし、


「みんな、何やってんだよ!

 団長もそうですけど、意固地になったってしょうがないじゃないっすか!」


 その騎士達の中から、一人だけが外れて、突然目の前に飛び出した。


 筆舌尽くし難い微妙な雰囲気を切り裂いた、怒声。

 怒気を纏って耳も尻尾もピンと立った彼に、騎士達の砦の騎士達の視線が集中した。


「レオナルド…!」

「………戻ったのか」


 中には、身内か知り合いがいたのか、立ち上がっていた。

 顔立ちそっくりだから、多分兄弟なんだろうけど。


 しかし、


「お前、脱走騎士の分際で…ッ」

「逃げたのでは…!?」


 身内の青年以外からの返答は、真逆のものだ。

 喜ぶでも無く、叱責の声が飛ぶ。


「逃げたんじゃなく、この砦の危機を報せに行ったんっすよ!

 このまんまじゃ、団長だって皆だって、心が壊れるか、死んじまいます!」


 だが、レオナルドはその言葉を物ともせずに受け止め、騎士達の前に悠然と立っていた。

 彼の背が見えるオレ達には、足が震えているのが良く分かった。


 緊張で、冷や汗がびっしょりと背中の布地を濡らしているのか分かる。


 だけど、彼は逃げようとはしなかった。

 それどころか、大音声で、更にがなり立てる様にして続けた。


「この人達が開発してくれた薬は本物っす!

 オレだって発症したけど、こうしてピンピンしているのが何よりの証拠じゃないっすか!」

「その発症自体も疑わしいと言うのに、何が証拠だッ」

「オレが吐き出した魔石だって、立派な証拠っす!」

「そもそも、何故戻ってきた!?」

「そんなの決まってるじゃないっすか!

 皆の事も治療して貰うんすから、オレが戻ってこないでどうするってんです!」


 胸を張り、泰然と。

 騎士達からの猜疑の篭った言葉や視線に、彼は答え続けた。


 執拗とも言える言葉の数々に、立ち向かっている。


 16歳とか聞いてたのに、そんな風にはとても思えない。


 オレも、呆然としている場合じゃないな。

 苦笑と共に、未だに乗ったままの転移魔法陣から、一歩を踏み出した。


「仲間割れはその辺にしといてくれねぇかな?」

 

 そう言って、南端砦での最初の一歩。

 彼等のテリトリーでもある砦の床を、踏み締めた。


 冷や汗で濡れた顔を振り向かせたレオナルド。

 限界が近かったのか、涙目にもなっている。


 だが、彼は良くやってくれた。

 子どもが頑張っているのに、大人が尻込みしてられるものか。


 騎士達の視線もオレへと集中した。

 勿論、その中には、ゲイル達の兄であるヴィンセントの視線も含まれているが、


「まず、アンタは頭を下げる方向性が違う」

「………はぁ」

「アンタが守るべきは、命と矜持、どちらだろうね?」

「………。」


 そう言ってやれば、黙り込んだヴィンセント。

 迷うような事でもないだろう。

 今のは言外に、この砦にいる部下達の命と、プライドを天秤に掛ける必要があるのかを問うただけだ。


「それから、疑心暗鬼になっている騎士各位に告げる。

 彼、レオナルドが発症したのは、このオレ、『予言の騎士』が証人となる。

 彼の治療を行ったのも看病したのも、オレと医者のルルリアだからな」


 それから、騎士団の面々にも言っておく。

 治療もしたし看病していたのだから、彼が寝言で何を言っていたのかすらも知っている。


 彼の言葉を疑う前に、彼等は自分達の現在の環境を省みた方が良い。


 ()め付けるように、ぐるりと見渡した面々。

 確かめるのは、表情でも感情でも、ましてや彼等の視線の方向でもない。


「………死地に立って自暴自棄になるのは構わないが、それを誰も彼もが享受してくれるとは思わないことだ」


 そこで、ゲイルを騎士団へと投げ渡した。

 酷いとは思うが、悪いとは思わない。

 しっかりちゃっかりキャッチした数名は、流石だと思うんだ。


 まぁ、それは置いておいて。


「………『ボミット病』の発症例が多い属性は知っているか?」


 ぼそりと呟くように、問いかける。

 騎士達が騒然となったり、息を呑んだりと忙しい。


 この反応は、知っていると見て間違いない。

 そもそも、気付かない訳が無いだろう。

 これほどまでに発症が集中し、なおかつ頻発しているのならば。


「………答えは、『闇』属性であるが故。

 だが、それがすべての要因では無く、精神的な負荷に左右される事も確認されている」


 続けた言葉に、更に騎士達の顔色が変わった。

 隣で、レオナルドすらも目を瞬かせている。


 彼は知らなかっただろうね。

 オレも話してはいなかったし。


 とはいえ、彼が発症した事例に関しては、もう答えは明白だ。


「今まで発症していなかったレオナルドが、何故発症したのか。

 それが、その証拠でもある。

 精神的な負荷に左右されるという事は、感情面にも左右されるという事。

 今回は、焦燥や悲壮、感情面の揺り幅が限界を超えたが為に、彼も発症したと言って良い」


 『闇』属性を持っている事と、感情を溜め込んでしまう結果。

 それが、発症を大きく高める。

 無論、魔法総量やその他の要因も大きく影響するだろうが、まぁそれは良い。


 そこで、右手を地面に向けて、水平に薙いだ。

 瞬間、ヴィンセントだけが、ハッとした表情で反応した。


 だが、安心して欲しい。

 別に、危害を加えようとしている訳では無い。


 背後の生徒達すらも息を呑んで見守る中。

 意識を集中させ、魔力を高める。


 残りは、内心へと問いかける文言と、


「来い、『闇』の精霊(アグラヴェイン)


 彼を呼び出すだけで良い。


『………なんぞ、用件も無しに、呼び出しおってからに』


 多少の叱責の声と共に、オレの背後に浮かび上がった闇。

 その闇の壁から、ずるりと現れる馬の頭と、それに跨った黒衣の騎士の姿。


 今度こそ、騎士達が騒然となり全員が抜刀態勢になった。

 ヴィンセントまでもが立ち上がったが、彼はオレと同じく手を水平に薙いで、騎士達を抑えたようにも見えた。


 それで良い。

 多少乱暴ではあるが、歯向かわなければ危害は加えない。


「おはよう、アグラヴェイン。

 悪いが、ちょっとした余興として、付き合って貰いたい」

『………数人ぐらいは、挽き潰しても良いか?』

「うーん………それは、彼等の返答次第だな」


 怖いよ、アグラヴェイン様。

 内心で恐々としつつも、表には出さないように努めた。


 そんな軽い掛け合いをして、改めて向き直る。


 ヴィンセントを筆頭に、騎士団がオレ達を戦々恐々と見ているが、暴走しようとしている騎士はいない。

 まぁ、腰を抜かしているのは数名いるけど。

 斯く言うレオナルドもそうだ。

 とはいえ、統率は取れているようで、重畳。


 おかげで、まだアグラヴェインの威光は借りなくても済みそう。

 ………もう十分借りちゃってるけど。


「………オレも『闇』属性だ。

 ついでに、『ボミット病』の患者でもあるし、治療薬研究を指示した人間でもある」


 にっこりと、見る人が見れば地獄の門番にも等しい悪人面で笑ってやった。

 生唾を飲み込む音すらも聞こえる。

 それだけ静まり返った、室内。


 別に怖がらせるだけで、終わらせたくはない。

 彼を呼び出したのは、証拠としてだ。

 以前は、『予言の騎士』である証拠の為に『火』の精霊(サラマンドラ)を呼び出した事があったけども、今回は『闇』属性であるという証拠を見せる為に顕現した。


「でも、ここに来たのは、『予言の騎士』としてでも、『闇』属性を持っているからでも、患者としてでも無い」


 言葉を続けながら、表情を引き締める。

 もう、微笑みなんていらない。


 戦々恐々と、それでいて呆然としている彼等には、もう必要が無い。 


「医者として、アンタ達を治療する為に来たんだ」


 そう言って、真っ直ぐに見つめたのはヴィンセント。

 先程の天秤の答えに窮した彼は、オレの言葉をどう受け止めるのだろう。


「アンタが守りたい矜持があるように、オレも医者としての本分と矜持を持っている。

 その為にここに来たし、それが仕事でもある」

「………。」

「黙り込むのも、結構。

 だが、勘違いして貰っても困る。

 オレは別にアンタ達を恐怖で従えて、無理矢理治療させろなんてことは言っていない」

「………そんな上位精霊を顕現させておきながら、ですか?」

「勿論だ。

 彼は、疑り深いアンタ達の為に、証拠として顕現しただけだからね」


 そう言って、黒衣の騎士を見上げた。

 兜の下どころか全身真っ黒は相変わらずだが、なんとなく思考が読める。

 無駄な時間を使わせるな、って感じ。


 オレも彼も、あんまり気長にしてらんないから、さっさと言おうか。


「意地張って全滅するなんて馬鹿のすることだ。

 矜持も誇りも、命を前にした対価としては、どれだけの価値があると思う?」

「………。」


 再び黙り込んだ、ヴィンセント。

 しかし、その表情は、先ほどよりも険しくなっていた。


 ってか、ゴメン。

 結局、危害を加える前提の話になっちゃったけど、半殺し程度に済ませるからね。

 ………言い回しを間違った結果である。

 ちょっと反省。


 まぁ、それも良いとして。


「答えは、アンタが出すべきだ。

 南端砦総帥にして『暁天ドーン騎士団』団長、ヴィンセント・ウィンチェスター」


 黙り込んだヴィンセントに、ゆっくりと歩み寄る。

 騎士達を背後に庇いながら、それでも彼は喚くどころか後退りもせずにそこにいた。


 身構えた彼に向けて、苦笑を零す。


「帰ってくれって頼むんじゃなくて、助けてくれって頼んでくれた方が、よっぽど部下達の為になるんじゃないの?」

「………。」


 その言葉と共に、ヴィンセントの目が揺れた。

 きっと、彼も迷っていた。

 でも、矜持やら誇りやらが邪魔して、それを言い出せない。


 頑固も頑固だけど、意地っ張りなところもそっくり。

 誰にって、決まってんじゃん。

 馬鹿な弟の事だよ。


「ぶっちゃけ、差し出した手はひっこめられないよ。

 そうなると、オレが生徒達や患者の為にやってきた研究、なんだったの?って話になっちゃうし」


 まぁ、オレも矜持なんて格好良い事言ったけど、要は示しが付かないだけ。

 『ボミット病』を発症している、オレや永曽根、ラピスやミアの事。

 それから、今後も発症して苦しむ人達の為に、この南端砦での治療は必要不可欠だ。

 この南端砦への遠征が、オレ達の結果となるのだから。

 『ボミット病』の、治療薬という偉業を成し遂げた実績として。


 だからこそ、


「アンタは、このまま部下達を見殺しにしたいと思ってる?」

「ッ………そんなこと、」

「思ってないなら、分かる筈だ」

「………治療を受けて、治る保証があるのか?」

「………オレもそうだけど、レオナルドもぴんぴんしてる。

 それが、証拠で、保証にはならない?」


 疑り深くて、嫌だねぇ。

 とはいえ、揺れた瞳は、既に傾いている。


 後は、その背中を押してやるだけ。


「………オレがここに来たのは、ゲイルに頼まれたからだ」

「………。」


 ゲイルの名が出た途端、その顔が引き締められた。

 本当に、この兄弟は顔芸が顕著なんだから。


「………けど、それだけじゃない。

 アンタのもう一人の弟も、同じくオレに頭を下げた。

 勿論、妹さんだって、わざわざ商品持ち込んでまで、拝み倒して行ったんだよ?」

「………ヴァルトと、ヴィッキーが…?」

「そうそう。

 2人揃って、「気難しい兄だけど、根気強く説得して、何とかお願いします」ってさ」


 苦笑がいつしか、笑顔になっていた。

 最近、こうして穏やかに笑う事が出来る様になったオレも、『ボミット病』が完治(・・)していなければ無理な話だった。

 でも、今は違う。

 治療薬の開発という悲願は成った。

 オレも永曽根も、ラピスもミアも、もう2度と(・・・・・)発症することは無い(・・・・・・・・・)


「だから、アンタは兄弟姉妹の為に、その分長生きしなきゃね」


 ぽんぽんと、肩を叩いた。


 気負っていたのだろう。

 筋肉もあるのだろうが肩がガチガチで、重責に押し潰されまいと抗っていた。


 死相すら浮いた顔。

 ゲイルと19歳違うとは聞いていたが、それにしたって老け過ぎだ。

 黒々とした髪の色が不思議で堪らないけど、苦労を背負い込み過ぎればいつかは損なわれるかもしれない。


 そこで、ふとオレの手を取った、彼。

 ヴィンセントの目が、心を決めたように爛々と輝いていた。


「………お願いします。

 オレは構いませんが、部下達の病を、どうか治してくださいませ」


 そう言って、オレの足下に跪き、手の甲に額を擦りつけた彼。

 確か、忠誠の証だったかな?

 でも、まぁ、それは受け取らなかった事にしておいて、


「最初からそのつもりだよ」


 今までの言葉通り、治療さえさせてくれれば文句は無いさ。


 オレが、そう言った途端、ヴィンセントの表情がくしゃりと歪んだ。

 泣きそうで、それを堪えるように歯を食い縛っていた。


 説得完了だ。


「ありがとう、アグラヴェイン。

 十分だから、もう戻って良いよ」

『………はぁ、主は精霊使いが荒すぎる』

「ごめんごめん。

 後で、ちゃんと謝罪もしに行くから、今は許してよ」

『謝罪はいらぬから、次は戦闘への参加を所望する』

「機会があったらね」


 アグラヴェインにも戻って貰い(かなり怖い事言われちゃったけど)、証拠の提示も終了だ。

 ありがとうございます、神様精霊様アグラヴェイン様。

 おかげで、オレが魔力枯渇に陥ったっぽいけど、それはそれで結果オーライ。


 ついでに、改めて振り返った生徒達に、苦笑を零しておく。


 ちゃっかりしっかり、彼等はニマニマとオレを見ていた。

 安定のオレのお人好し。

 きっとまた、彼等から揶揄われる事になるだろうが、まぁそれも悪い気はしないから良いや。


「騎士団は、悪いが大八車の積載物を仕分けてくれ。

 生徒達は、自分達の荷物と『ボミット病』関連の荷物を運べ。

 それから、砦の騎士達は、今から王国からの補給物資なんかを仕分けるから、砦の各所に運搬してくれるか?」


 指示出しと共に、室内の止まっていた時間が慌ただしく動き出した。


 オレからの指示にすら慣れている騎士達が、迅速に荷解きを開始する。

 生徒達もそれぞれで分担し、自分の荷物と『ボミット病』関連の薬箱や機材を運び出した。


 呆然としていた、砦の騎士達も続々と物資運搬へと参加し始める。


 ………全員が戦々恐々としているのは、オレが怖がらせた結果だろうね。

 なんか、ゴメン。


 未だにオレの手に額を擦りつけて傅いているヴィンセントも立たせてから、


「アンタも、砦の騎士達の指示出しに動いてくれ」

「畏まりまして、」

「………後、堅苦しいの嫌いだから、オレみたいに口調は砕けてね?」


 ゴメン、これは個人的な理由だけど、許して。

 ゲイルから敬語使われているみたいで、もうむず痒くて堪んない。

 ………マジ、さっきから鳥肌も止まらないからさ。


「………そんな事は、」

「出来なくないから。

 慣れだ慣れ」

 

 そう言って、半ば無理矢理にも納得させて、とっとと騎士達の指示出しへと放り出した。


 いやはや、兄弟揃って、オレを鳥肌塗れにするのが上手いもんだ。

 ………主に忠誠心とか、過保護なところとか、貞操の危機を感じるところとかね。


 まぁ、それも良いや。


「………お主は、全く…」

「まさか、『闇』の精霊まで呼び出すとは、」

「ああ、だって、ここにいた騎士達、皆『闇』属性だったんだもん。

 手っ取り早いし、ここなら使い放題じゃん」


 そうそう。


 ちょっと、嫁さん達から小言貰っちゃったっけど、今回は仕方ないと割り切ってよ。

 オレが何で今まで顕現を控えていたアグラヴェインを引っ張り出したのかと言えば、この大広間のような室内にいた騎士達が、皆『闇』属性だったから。

 精霊が視えるオレにとっちゃ、見れば分かる事だもの。


 それに、これを機に畏怖でも親近感でも感じてくれれば、オレ達の仕事もやり易くなるだろうから。

 考えなしだった訳でも無いし、脅迫の為に使った訳でも無い。

 オレとしては、どんな身分だとしても、境遇は似たりするもんだって言いたかったつもり。


 ………まぁ、伝わったかどうかは半信半疑だけど。


 閑話休題それはともかく


 何はともあれ、


「おしっ、やるぞ!

 『異世界クラス』医療開発部門、初の大仕事だ」

『はいっ!』


 威勢の良い掛け声とともに、これまた威勢の良い生徒達の返事を聞いて。

 ラピスやローガン達だけでなく、護衛の騎士達にまで微笑ましそうに見守られつつ、南端砦遠征での活動を開始した。



***



 ただし、


「すみません、報告します!

 重病人の搬送が未だ、終わっておらず…!」

「労役犯罪者の面々が、協力を拒否します!」

「先生、雨漏りしちゃって、大広間も修練場も使えないって!」

「シーツもベッドも、新品どころか数も足りないよ!?」

「補給物資を置くスペースすらも確保できませんが…」

「客室ってどこ~!?」

「ああ、もう、全員集めろ、面倒くさい!!」


 順風満帆とは行かなかった。

 そういや、補給部隊も満足に送られない程冷遇されてたって、聞いてたのも忘れてたっけねぇ。


 結局、オレ達はその他諸々の下準備からスタートすることになりそうだ。

 げっそり。



***



 その後、慣れない砦の中を駆け回る事数時間。

 げっそりだ。


 ………数回迷って、騎士団に捜索を受けた。

 これまた、げっそり。


 やれ砦の騎士達の反発が凄くて、重病人を一か所にまとめる事が出来ない、だの。

 やれ労役犯罪者どもの反発も凄くて、協力要請を断られる、だの。

 その他にも、雨漏りやら備品不足やらと、出るわ出るわ問題のオンパレード。


 流石に、ブチ切れて2度目のアグラヴェイン様の降臨を検討してしまった。

 ………いや、オレが怒られかねないからしなかったけども。


 砦のホールに、騎士達も含めた関係者各位を集めて、再度オレ達が来た目的と協力要請をする羽目になった。

 頼むから、無茶言っている訳じゃないんだから、オペレーターには従ってよ。


 全く持って、頑固者が揃った砦である。


 騎士達は意外と、『聖王教会』の信者も多く、比較的簡単に行った。

 オレの『予言の騎士』と言う肩書きは、信者には当たり前に浸透していたからな。


 ただ、問題は不信信者である犯罪者達。

 彼等には、『聖王教会』の威信どころか、王国騎士達への権限も通用しないもの。


 まぁ、それも一応は、何とかなった。

 渋々だったが、権力ゴリ押しで罷り通したの。


 オレとヴィンセントの顕現で刑期の増減は可能と脅しただけである。

 重罪人がいなかったから出来る裏技だったけど。


 備品が足りない問題に関しては、とりあえず即座に転移魔法陣を使うことを決めた。

 ゲイルが使い物にならないので、1個小隊を借りて一度ダドルアード王国に戻り、リストアップした足りない備品類を国王陛下からの許可と共にふんだくって来たのである。


 ついでに、雨漏りやらなにやらは、石と木造建築である事を配慮し、『土』魔法持ちの騎士達に巡回して貰って補強。

 修練場までは無理だったが、大広間はなんとか使えるようになった。

 ただ、全く清掃がされていなかったので、砦の騎士達の力を借りて超特急で掃除したけども。


 補給物資を置くスペースは、仕方ないので転移魔法陣を描いた一室にさせて貰った。

 (※後から聞いたら、ダンスホールだって聞いてちょっと吃驚した。ダンスする奴いるの?)

 食料は食糧庫で良いとして、物品に関しては物置かどっかを後々空けて貰ってから運搬することにする。


 そして、やっと重病人の搬送を終えて、小休憩。

 時刻は既に、夜の9時を指し示していた。

 ………夕方5時過ぎに来た筈なので、延々3時間は駆け回っていた事になる。


 オレも疲れる訳だわ。

 まぁ、それは良いとして。


「この人で、最後の重病人だって。

 残りは、自力で動けるからって、砦の騎士さん達にお願いして来た」

「ああ、ありがとう」


 大広間を丸々使って、シーツや布団を敷き詰め、簡易医療スペースを作成。

 寝そべっている騎士達はどれも男で、なかなかにむさくるしい。


 最後の重病人が搬送された時、既に敷き詰めたシーツの半数が埋まっていた。

 ………100セット以上はふんだくって来た筈なのにねぇ。


 ともあれ、先に食事の時間を取らないと、生徒達がへばってしまう。

 そう思って、今しがた重病人の搬送を終えた榊原に、先に食事の準備の手伝いに行かせた香神(※勿論、護衛の騎士が付いている)への合流を頼もうとした矢先、


「おい、先公!

 ちょっと来てくれ!」

「教師を顎で使うとは良い度胸だ」

「喧嘩売ってる訳じゃねぇよ!?」


 先行させていた香神が、慌てた様子でオレの下へ。

 慌てているというよりも、むしろ怒っているようだった。


 重い腰を上げつつも、しゃくられた顎の喧嘩を買ってはみたが、


「………あれじゃ、手伝いどころか調理なんて出来ねぇよ」

「うん?」


 そう言って、苦々しい顔をしていた香神に違和感。

 嫌な予感もしていた。


 それは、勿論、的中する事になった。


「うわぁ……」

「腐海だね」

「………だろ?」


 護衛の騎士達を引き連れて、オレ達がやって来たのは調理場だった。

 香神を先に行かせたのは正解。

 これは流石に、オレも手伝いどころか調理も出来そうにない。


 だって、榊原の言う通り、調理場が腐海と化しているもの。


 散乱するごみはまだ良いにしても、流し台まで占領しているのはどういった了見だろうか。

 ついでに、いつから放置されているのかも分からない、鍋や釜は黴まで繁殖している。

 しかも、中身が残っているままだったり洗っていなかったりで、そこはかとない腐臭や激臭をまき散らしていた。

 これはもう、衛生的に封鎖するべき場所だと思うんだが。


「………これは、いつからこの状態だったんだ?」

「………さぁ」


 調理場を担当している男性に聞いてみた。

 騎士ではないようだが、犯罪者でも無さそう。


 とはいえ、目を泳がしながら言っても、どのみちお前の責任問題だと気付けよ馬鹿野郎。


「こんな状態で、飯を作っていたのか!?」

「………まさか。

 まともな調理も出来ないので、騎士達が討伐した魔物の肉を持ち寄って食ってたに決まっているでしょう?」

「開き直るところか、そこはぁ!?」


 コイツ、調理責任者と言う自覚も無いらしい。

 久々に凄まじい腐海という名のごみ溜めを見たわ。


「………申し訳ない、『予言の騎士』様。

 なにせ、男所帯なものだから、放っておくとすぐにこの有様で、」

「お前の仕事は、こういった設備の監督も含まれているんじゃないのか?」

「面目ない。

 ………それに、最近は魔物の肉どころかまともな食材も手に入っていなかったから、余計に…」


 一向に他所を見たままの調理担当に代わって、謝罪をしたのはヴィンセントだ。

 とはいえ、彼も責任問題の渦中人物なんだ。


 そして、今さっきから不穏な事も聞いている。


「………魔物の肉も『ボミット病』発症に関連するって気付いてたか?」

「………いえ」


 発症例が爆発的に増えた要因が分かった気がする。

 魔物の肉って狩猟で手に入りやすいお手軽なジビエだけど、肉にも魔力が浸透しているから、『ボミット病』患者にとっては毒以外の何物でも無いぞ?

 ………良く全滅していなかったもんだ。


「あ゛~もうッ、手の空いている騎士達を集めて、ここも掃除をさせろ!

 後、食中毒の可能性もあるから、ここにある物品は全部煮沸消毒しやがれ!!」

「ああ、直ちに…!」

「団長さん、オレお暇貰っても良いですか?」

「辞めるのは構わんがこの状況を放り出して行くつもりなら、テメェの帰路は保証しねぇぞ!!」

「………やりますよ」

「いや、調理担当が居なくなられても困るんだが…」


 今は退職願とかそんなことどうでも良いわ!

 調理場がこの状況を抜け出さん限りは、オレ達まで魔物肉のジビエで腹ごしらえになる!!

 なんて原始的な生活をしている砦なんだよ、全く!!


 とはいえ、気になった。

 補給物資が送られる頻度は少ないだけで、そんなに食料が足りなくなるものなのか?


「………ここ半年は来ていない」

「マジかよ…」


 おい、ゲイル!

 今すぐ飛んで来い!そして、反省!!

 ちゃんと補給物資が届いているかどうかぐらい、確認しやがれってんだ!!


 ………って、そういや無理だったな。

 ゲイルの体調的に。


「道中でならず者が横行しておりましたので、補給部隊が襲撃されて物資が奪われていた可能性はあります」

「捕獲したのか?」

「既に、地下牢で拘束しております」

「おし、良くやった」

「………全て、ルルリア様が掃討しましたが、」

「………。」


 なにそれ、ウチの嫁さん怖い。


 とはいえ、理由も分かった。

 補給部隊が襲撃された所為で、砦に物資が届いていなかった訳だ。

 報告があったかどうかも今となっては分からない。

 だが、元はゲイルではなくあの馬鹿親父の采配だったので、報告があっても補給を送るなんてこともしなかったかもしれない。

 先に気付けよ、畜生め。

 ………訴追内容は、これだけでも十分な気がする。


 閑話休題それはともかく


「………うわぁ、これまた凄いな」

「おう、永曽根、どうした?」

「いや、客室に案内して貰って荷物置いて来た。

 手が空いたから手伝いに来たんだが、まさかこんなことになってるとは、」

「助かるわぁ…」


 なんて良い子なんでしょう、ウチの生徒。


 言われなくても報告と手伝いに来てくれたので、遠慮なくお願いする事にした。

 まぁ、そんな彼の顔が滅茶苦茶渋面だったけども。


「済まない、遅くなった」

「お手伝いに参りました!」

「よろしくお願いします!」


 そこへ丁度ヴィンセントも戻って来て、紹介された数名のわんこのような騎士達。

 年も若そうだが、彼等も『闇』属性だったのだろうか。


「悪い、掃除を頼む。

 オレは、片腕が足りないから、煮沸消毒組に回るわ…」

「………あ、えっ?」


 そこで、ハタと気付いたヴィンセント。

 オレの左腕が動いていないのに気付いて、呆然としていたかと思えば真っ青な顔。


「いつから、そのようなお怪我を…!」

「敬語になってるし、飛びついてくんな、怖いから辞めろ!」


 吃驚した。

 何、この忠犬。


 口調が敬語になってるわ、飛びついて来るわ忙しい。

 しかも、そんなに真っ青にならなくても、オレの腕は元々だっつうに。

 ………言ってなかったのも悪いか。

 かくかくしかじかと、事実と嘘が入り混じった返答をしつつ、やっとこさ開放して貰った。


 はぁ、吃驚したし、正直怖かった。

 ………本当に、扱いに困る兄弟である。


 そんなこんなで、腐海から調理場を奪取する作業を続けている面々を尻目に、使えそうな鍋や布巾などの備品を煮沸消毒していると、


「先生、客室の掃除終わったけど、………って、何これ!?」

「汚すぎるでしょう!?」

「うげろ。………良く食中毒で全滅しなかったもんだわ」

「まさか、ここ掃除しないとご飯が出来ないとか言う訳ぇ?」

「おー丁度いいところに……」


 永曽根に続いてやってきたのは、客室の掃除を頼んでいた女子組だった。

 これまた、護衛付きでもある。

 いやはや、客室もしばらく使っていなかった所為で、埃塗れやら黴臭いやら散々だったの。

 ………衛生環境……。


 ともあれ、良いところに来た。

 ソフィアが正解だが、ここの清掃が終わらない限り、全員が飯抜きである。


「ったく、男ばっかりが集まると、こんな風になる訳ね」

「………香神君と颯人君のありがたみが分かるね」

「あーもう、なんでこんな肉体労働まで…ッ!」

「これも修行だとか、銀次なら言いそうじゃん………」


 いや、もう、マジでね。

 シャルはごもっともだし、伊野田とはオレも同意見。

 そして、今度はエマが正解だが、これも修行の一部だ。

 ………オレも修行時代は、お玉と包丁が飛んでくる中を調理していたもんだよ。


 思わず、ベキっと今しがた握っていた菜箸を折ってしまった。


 ………って、ヤバい。

 これ、鉄製だったじゃん。


 傍らでぼへらっと煮沸消毒をしていた調理担当の男性が、白目を剥いてひっくり返った。

 そして、オレの背中へと突き刺さる視線の数々。


 背後を、気まずくも振り返った。


「………せ、先公、イライラしてるなら、ここ任せてくれて良いぞ?」

「………む、むしろ、先生が混ざる必要無いし」

「………ほ、ほら、シガレットでも吸って来て良いからさ、」

「………ほ、他に備品壊す前に出て行った方が良いんじゃない?」

「………怪力過ぎるね」

「………も、もう、文句は言わないからさ!」

「………ゴメン、マジ………しゅ、修行も楽しいじゃん!」 


 戦慄した生徒達が、オレを追い出そうとしている。

 誰も彼もがオレを腫物扱いだ。

 そして、伊野田の呟いた一言が一番胸に刺さった件。


 別に怒ってた訳じゃないのに………ぐすん。

 修行時代を思い出して、制御が利かなくなる癖はどうにかならんもんかね。

 これにも治療薬が欲しい。


 とはいえ、


「………申し訳ありません、このような雑事まで………」


 一番ダメージを被っているのが、砦のトップとか辞めてぇ~?

 ヴィンセントが、片付けをしながら背中を丸めている。

 彼が連れて来た手伝いの騎士達まで、尻尾を丸めてしまっている。

 ………ってか、マジで尻尾ある。

 獣人だったのね。


「………ゲイルの様子見て来るわ」


 とりあえず、これ以上彼等を怖がらせない為にも、一時離脱を決定した。

 シャルの言う通り、これ以上限られた備品を壊すわけにも行かなかったし。



***



 シガレット休憩も交えて、ゲイルの様子を見に行く。

 とりあえずの処置として応接室に運び込まれていたゲイルには、騎士達の護衛が部屋の中に1人と、外に2人が付き添っていた。


「お疲れさん。

 どうだ、様子は?」

「お疲れ様です、ギンジ様。

 ただ、騎士団長は、まだお目覚めにはなっておりません」


 目覚めてはいないらしい。

 護衛についていた部屋の中にいたアンドリューに、申し訳無さそうな顔をされてしまったが、彼の所為ではない。

 オリビアの睡眠魔法が、結構効いているようだ。


 まぁ、仕方ないとは思うけどね。

 南端砦に来る前から完徹してたし、この道中で消耗した体力もあっただろう。

 そこに、ストレス障害が重なってダウンしたのだから、体が休息を求めているのは当たり前。


 ゲイルの寝ているソファーの真向かいに陣取って、シガレット休憩。

 くらくらするのは、最後に吸ってから時間が経ち過ぎた所為だろう。


「オレも良いでしょうか?」

「構わんよ。

 後、交代とかしたりして、適度に休んでくれよ?」

「もったいないお言葉、ありがとうございます。

 とはいえ、オレはライトニング部隊とは違って、そこまで疲れてはおりませんから、」


 出来た部下である。

 そそくさとシガレットを取り出して、小休憩をしているアンドリューの慎ましさに思わず脱帽だ。


 そういや、オレの出来た弟子はどこ行った?

 ラピスとアンジェさんにくっ付いて、護衛に走り回っていたのだったか。

 薬の作り置きがあるとはいえ、計ったり分割したりって、大変な重労働をやってくれていたから。


「進捗状況はどうですか?」

「どうもこうも、まずは土台が破綻していて、やる事が多すぎる。

 ………こりゃ、今日中に治療に移るのは、難しいかもしれないな」

「………とはいえ、砦の騎士団が動かせたのは大きいでしょうね。

 ギンジ様の采配は、お見事でした」

「よいしょはいらんよ。

 オレが言ったのは事実だけであって、実際に動いたのは騎士達だからね」


 紫煙を吐き出しつつ、他愛ない会話を繰り返す。

 謙虚過ぎますよ、と苦笑を零したアンドリューには悪いが、オレは威張り散らしたいからここにいる訳では無い。


 とはいえ、これからどうするか。

 シガレットを咥えつつ、思考を巡らせる。


 調理場の掃除は当たり前として、この分だとその他の設備とかも掃除が必要かもしれない。

 風呂場なんかはあるのだろうか?

 ダンスホールがあるぐらいだから、浴場ぐらいはあると思いたい希望的観測。

 (※後から、これが元は城だったと聞いて、納得した)


 それに、今やっている仕事も、早めに切り上げたい。

 だって、時刻が既に、夜の9時だ。


 しかも、ラピスやライトニング部隊の2個中隊なんかは、5日分の旅程を経てからの労働だった。

 早めに休ませないと、今後に響いてしまうだろう。

 ………ぶっちゃけると、オレがラピスと一緒に寝たいとか言う願望も含みながら。


 ここ最近、ずっと思う事をまたしても思い浮かべてしまう。


「オレが2人欲しい…」

「………それはそれで、なんだか怖いです」

「失敬な」


 思わずつぶやいた独り言に、真面目に返されてちょっと凹んだ。

 怖いとか失敬にも程がある。


 ………さっき鉄製の菜箸を折った辺り、否定も出来んけど。


 ふと、そこで、部屋の中にノック音が響いた。


「ギンジがここにいると聞いたんだが、」

「おう、ローガン、お疲れさん」


 応接室にやってきたのは、ローガンだった。

 彼女には、これまた騎士団の護衛と共に、施設の巡回をして修復個所のピックアップを頼んでおいた。

 その結果が上がったのだろう。


「………お前も、やっと言われなくても休むようになってくれたようだな」

「いや、………生徒達の懇願の結果だけども」

「それは、生徒達が正解だ」


 とはいえ、オレが休んでいる事を怒らずに、安堵するとか。

 ………恐怖故に追い出されたとは言わないでおこう。

 (※後々に、女子組からバレたけども)


「どうだった?」

「どうもこうも無い。

 この砦、もし次に台風か嵐でも来たら倒壊しかねんぞ」

「………え゛っ!?」


 なにそれ、そんなに酷いの?


「地下まで潜って調べて来たが、土台が傾いている。

 おそらく、数年以内だろうが浸水したようだ。

 地下にまで水が染み出していたから、土台である土や木材が腐っているのだろう」

「………土台までは流石にオレ達も手が出せないな」


 聞いた内容は、かなり恐ろしいものだった。

 思わず、苦いものが混ざった呻き声が漏れる。


 砦自体が古いのもあるが、最近水位が上がったのが原因で、土台部分が完全に水没しているらしい。

 土嚢が積まれたりもしていたらしいので、おそらく浸水被害はあったのだろう。

 そして、その浸水なんかの影響で土台が腐ったり傾いたりで、建物自体も歪んでしまっていると。

 斜塔じゃないんだから、勘弁してくれよ。


 管理も建物もボロボロだったな、この砦。


 そういや、ローガンが煤けているというか、薄汚れているとか思ったら、地下というか土台部分まで降りて調べてくれたようだ。

 もう、本当に任せすぎてごめんよ、嫁さん。


「ただ、さっき騎士達が言っていたが、『土』魔法なら土台の修復は可能らしい。

 とはいえ、直に見る必要があるようだから、流石にそこまでは私達も行けなかったのだが、」

「あれまぁ、それは良い事聞いた」


 それなら、大丈夫かもしれない。

 要は、オレが『探索サーチ』で内部を見ながら、ラピスか間宮か河南の『土』属性持ちにお願いして土台の補強をすれば良いだけだもん。


 オレがそう言えば、ローガンもほっと一安心。

 わざわざ降りて調べて来た甲斐があった、とにんまりと微笑んでいた。

 可愛い嫁さんである。

 種族を隠す為にしているマスクの所為で、表情を細部まで見る事が出来ないのが残念だが。


「そういえば、まだ起きないのか?」


 ゲイルへと指を向けた彼女。

 その表情は、どこか心配そうである。

 ちょっとジェラシー。


 それはともかく、


「今までの疲労に加えて、精神ストレスだからね。

 流石に回復するのも、2・3日は掛かるだろうよ」

「………そうか。

 意外とこいつも、精神的には幼かったのだな」

「慣れてないだけだろ。

 今まで、親父に恭順を示すだけで、反抗らしい反抗はしてなかったらしいから、」

「なるほど」


 納得したらしいローガンが、難しそうな顔をしている。


 ………もしかしたら、意味分かっていないのかもしれない。

 まぁ、意外とお茶目な一面がある嫁さんってことで。


「それより、お前も少しは休んだら?」

「それは、ラピスに言ってやれ」

「そういやそうだったな。

 ちょっと、声を掛けて来る」


 シガレットも吸い終わったし、オレも休憩してばかりではいられない。

 ラピス達の仕事の進捗状況も気になるし。


 そう思って立ち上がった時、ローガンがふと頬を赤らめながら近づいて来ていた。


 ………おや?


「………ラピスには、内緒だぞ?」

「えっ………あ、んぅ…ッ」


 マスクをずらしたローガンからのキス。

 突然の事に、驚いて間抜けな声も挙げてしまった。


 思わず手に持っていたシガレットケースを落としてしまう。

 だが、睡眠魔法が効いているのか、ゲイルが起きる事は無かった。


 アンドリューが気まずげに視線を逸らしたのが横目で見える。

 役得ではあるが、これはこれで恥ずかしい。


 とはいえ、嬉しいのは事実だ。


「………お疲れ様、だ」

「………ごちそうさん、だな」


 お互いに頬を赤らめつつも、口付けを終えた。

 ちょっと物足りなかったので、リップ音を残してのバードキスをオレからしてやった。


 だが、


「………男色…だったのですか?」


 アンドリューの他にも目撃されていたのは、素直に恥ずかしかった。


 今しがた開いた扉の先。

 そこで、硬直しているヴィンセント。


 タイミングが悪い。

 目撃されてしまったのも、最悪である。


「私は、女だ!」

「………それは、失敬を…」


 ローガンの怒鳴り声が響いた。

 これまた、ゲイルは起きる様子も見られない。


 良いのか悪いのか。


 照れた様子で、そのままヴィンセントの横をすり抜けていったローガン。


 ちょっと可哀そうな事をしてしまった気がする。

 彼女も、最近は色気が出て来て、男と間違えられなくなったと喜んでいた矢先だったのに。


 ついでに、


「オレも男だからな?」

「それは、重々承知しておりますれば、」


 オレの事も、念を押しておく。

 ………なんか、砦の半数の男どもの視線が刺さると思っていたら、これまた勝手に男装の麗人扱いになってたから。


 ただ、ヴィンセントは分かってくれていたようである。

 (※190越えの男(ゲイル)を担いでいた時点で、男だと気付いていたようである)


 さて、それはともかく。


「調理場の清掃が終わりましたので、」

「………腐海からの脱出が意外に早かったな」


 彼の要件は、やっとこさ調理場が整ったと言う報告だった。


 なんでも、数名が動く程度では埒が明かないと、手の空いている騎士達を総動員して虱潰し(ローリング)作戦を決行したらしい。

 最初からそうして維持も管理もしておけば、楽なのに。


 そんなこんなで、応接室を出た。

 目的地は、もう一人の頑張り屋の嫁さんと、アンジェさんのいる医務室である。


 ついでに、調理場も含んでいる。



***



「おやおや、何故ローガンが真っ赤な顔で飛び込んできたのかと思えば、」

「オレが悪い訳じゃねぇけど?」

「ローガンが赤面をするなど、お主が関係しない事以外は考えられんわ」


 否定が出来ない。

 嫁さんの2人目である彼女は、彗眼でいらっしゃる。


 所変わって、大広間近くにあった医務室。


 ここには、ラピスとアンジェさんと間宮が、護衛の騎士達と治療班の騎士達と共に詰めていた。

 薬を1人分の分量に計って、配分する為である。


 心なしか、お2人とも疲れているように見えたので、休憩を挟むことを進めた。


「いや、これが最後の一包となるでな。

 終わったら、そのまま治療に移ろうと思っていた」

「………その前に、せめて飯でも食わねぇともたないぞ?」

「この時間になったからには、あまり腹は減っておらぬよ」


 まぁ、もう既に10時近いしね。

 調理場だって、今から食事を作るとなるとまた時間が掛かるだろうし。

 ………先に気付いて、動いておけば良かった。


 ともあれ、オレがげっそりとしている間にも、ラピスが分量を量り終えたらしい。

 最後の一包と言われた薬が、羊皮紙のような紙にくるまれて完成。


 現在、この砦で『ボミット病』を発症しているのが108名。

 その108名分の薬を包み終わったので、ラピスもアンジェさんもほっとした様子をしていた。

 また明日も同じ作業が待っているけど、今日の分はひとまず終了という事だ。


「苦労掛けて、悪かったな」

「いやいや、これぐらいは何ともない。

 昔、医療院で働いていた時など、毎日のようにこなしておった仕事じゃからな」

「頼もしい限りだよ」


 本当に出来た嫁さんだもの。


 ローガンがちょっと悔しそうにしているけど、適材適所である。

 彼女は彼女で主に武力面で頼りにさせて貰っているし。


 まぁ、それはともかく。


「じゃあ、オレ達で薬は運んでおくから、2人は休んでて」

「これこれ、治療は私とお主とで進める予定であろ?」

「…運ぶだけだって」


 どのみち、一度全員を診て回ってからじゃないと薬の処方が出来ないからね。


 苦笑交じりに、休憩を拒否するラピスから備品を取り上げる。

 予備とか言って、また作り始められても困るから。


「それよりも、お主こそ休んではどうか?」

「オレは、もう休憩しました。

 それはローガンが証明してくれるしね、」

「………うむ、やっとお主も言われずとも休んでくれるようになったか、」


 ぶふっ!

 嫁さんが揃いも揃って、同じ事言っていらっしゃるんだけど!

 居た堪れない。

 オレも生徒達に言われたから、渋々休んだなんて言えない。


 まぁ、それを言っちゃうのが嫁さん(ローガン)だけど。


「言われてから休んだだけだろう」

「………よし、お主も休め。

 私と一緒に、シガレットでも吸って、ここでしばらく待機じゃ!」

「いや、さっきも休憩したって言ったじゃんか!」

『それじゃ、足りん』


 終いには声を揃えて言われてしまって、素直に黙った。

 間宮とアンジェさんは、くすくすと笑っているだけで、助け船は出してくれそうもない。


 ヴィンセントが半ば呆然としていた。

 ………オレが尻に敷かれているのを見て、意外だってか?

 余計なお世話だ。


 結局、薬を運ぶのも騎士達に任せて、オレは嫁さん2人に抑え込まれるようにして2度目の休憩時間となった。

 ………これ、生徒達に怒られそうで怖い。



***



 そんなのんびりとは言えない休憩時間を終えて、また1時間後の事。


 ラピス達には、そのまま休憩と言い含めておいた。

 彼女の言う通り、処置はオレも一緒に行うから、ちょっと待っててと言っただけだ。


 回収した間宮と、改めて調理場へ。

 ずっと付いて来ているヴィンセントも、勿論一緒に来た。


 彼の報告通り、どうやら腐海は抜け出したようである。

 まぁ、各所に中途半端な汚れた備品が散乱しているけども、食中毒が発症するような事態ではなくなっただろう。

 滅菌消毒と言う名目で、全体的に熱湯をぶっかけたいと思ったが、床が濡れているので誰かがやったのだろう。


「………調理場が、戦争状態」

「(………200余名分を作っているなら、足りないぐらいでは?)」


 そして、その調理場の状況に、ちょっと尻込み。

 だって、人がいっぱい。

 これまたヴィンセントが先程言っていた通り、手の空いていた騎士が数名がかりで調理に参加していた。

 清掃からの調理って、なかなかハードだな。


 補給物資のに入っていた大量のジャガイモの皮剥きや、肉のぶつ切りを作っているという状況ながら、なかなかに様になっている。

 今まで調理場ではないとはいえ、自炊をしていたからだろうか。

 ………騎士服の上から羽織ったらしいエプロンがミスマッチだがな。


 更に言えば、音頭を取っているのが香神と榊原。

 微妙にしょっぱい事情がありそうだ。

 米でも炊いているのか、鍋と砂時計とでにらめっこをしている香神と、大鍋をかき回している榊原の姿は、堂に入り過ぎている。


 ………というか、元々の調理担当、どこ行った?


「ああ、話にならないから、そっち」


 と、榊原が若干イライラとした様子で、顎をしゃくった先にいた。

 騎士達に交じって、イモの皮剥きをしている。

 ………調理担当の肩書きが、行方不明だ。


 まぁ、それは置いておいて。


「一応、備蓄の米が大量にあったから、虫湧いてないか確認して使っちまうことにしたわ。

 雑炊か御粥にでもして、全員に渡るように伸ばす」

「ありがとう、香神。

 ………いや、本当に頼りになるよ、お前等」


 生徒も生徒で頼もしいったらないね。

 オレ、結局休憩してただけって言ったら、女子組辺りにマジで怒られそう。

 

 ふと思い至ったが、女子組もどこに行った?


「今度は、風呂場が腐海だったとよ。

 さっき、探検とか称して遊び回ってたらしい徳川が教えてくれたんだ」

「………一応は褒めてやれ」


 グッジョブ、徳川。

 この状況で探検とは褒められた事では無いが、心配していた風呂場を探り当ててくれたのは素直に良くやった。


 そして、女子組がまた、風呂場の掃除に突撃したと。

 ………調理に誰一人参加していないあたり、これまたしょっぱい。


 まぁ、おかげで、風呂にも入らずに就寝すると言う事態は避けられる。


「おい、先生。

 さっき、浅沼達が補給物資のスペース確保終わったって来てたぞ?

 後、ディラン達も、修練場の清掃が終わったとよ」


 ふとそこで、ぬっと出て来た永曽根にちょっと吃驚。

 どうやら、肉のぶつ切りをしていた騎士達に交じっていたらしい。


 ………違和感が無さ過ぎて気付かなかったとか。

 そっちにも吃驚だ。


 閑話休題それはともかく


「応接室かどっかで休んでるって伝えといたが、擦れ違いになったか?」

「途中で医務室にも寄ってきたからな。

 入れ違いになったんだろうから探してみるよ、ありがとう」


 どうやら、オレを探す生徒達と入れ違ったようだ。

 まぁ、この砦もかなり広いからね。


 と言う訳で、何度も移動を挟むが、今度は応接室へと戻る事にする。


 調理に手伝いに入らないのは、言わずもがな面倒くさいからである。

 だが、生徒達から文句が上がらなかったので何も言わなかった。


 ………おおよそ200名分の調理って、考えるだけで重労働。

 香神と榊原と永曽根には悪いと思う。

 もしかしたら、一番大変な役回りになってしまったのではないだろうか。


 まぁ、それはともかく。


「皆様、とても優秀な生徒様でいらっしゃる」

「おい、口調。

 ………まぁ、生徒達が頼りになるのは、否定はしないが、」


 移動の途中で、口を開いたヴィンセント。

 その言葉に嫌味が含まれていない事を確かめてから、苦笑を零しておく。


 オレが居なくても、なんだかんだで問題を解決してしまうような連中だ。

 正直、オレが当初考えていた依存性も、もうほとんど見受けられなくなってきている。

 自主的に動き回るのもそうだが、随分と個性が目立ってきた。


 生徒達の成長具合に、オレも鼻高々となる。


 ヴィンセントは相変わらずの無表情ながら、口を開いた。


 だが、


「あ、いタいタ、先生」

「探しちゃったよ、先生。

 応接室と医務室にまで行ったのに、」

「砦が広いから、かなり大変だったよ~」


 ヴィンセントの言葉が発せられるよりも先に、ホールに出たオレ達の頭上から声が掛かる。


 階段を上った先の回廊から覗いている顔が3つ。

 ついでに、その背後に従っている護衛の騎士達の姿も見えた。

 見慣れた顔ばかりである。

 彼等は、オレを見つけるなり小走りで、階段へと走って行った。


 階段を降りて来たのは、河南に背負われた紀乃と、車椅子を抱えた浅沼だ。


 どうやら、永曽根の言う通り、擦れ違いになっていたようだ。

 随分と探させてしまったようで、浅沼がぜぇはぁと情けない息切れを起こしている。


「すまんすまん。

 応接室と医務室と調理場をぐるっと回ってたから、」

「なんだ、最初から調理場に居れば良かったんだ」

「キヒヒッ、僕ハ、そこまデ疲れテないけどネ」

「補給スペースの確保、終わったから呼びに行ったんだけど、」


 車椅子を下ろして、床にへたり込んだ浅沼はともかく。

 紀乃を車椅子に座らせた河南が、改めて報告をくれたので、そのまま正面玄関の物置へと進む。


 補給物資のスペース確保は、結局ここになった。

 そして、彼等は掃除も整頓もやってくれた訳だ。

 ………ここもまた、かなりの荒れ放題だったもんで。


 本来なら食糧庫を使いたかったんだが、無理だった。


 食糧庫は、結構前にあった台風か何かの影響で浸水して、使い物にならなくなっていたから。

 調理場の惨状よりもマシとはいえ、衛生観念からして却下。

 ひとまず放っておくしかなかったの。


 だから、代わりに物置を使うって事になったら、こちらも案の定荒れ放題だったもんで。

 マジで、この砦の運営が、よくここまで維持出来たなと不思議に思っている。


 ただ、その荒れ放題の物置も、今は見る影もない。

 備品の片付けどころか、清掃まで行ってくれたらしい。

 最初の物置然りとした汚い小部屋は、清潔かつ整理整頓された立派な小部屋になっていた。


 扉から中を覗き込んだヴィンセントも吃驚している。


 そんな彼へと、ちょっと嫌味がましく小言を一つ。


「これからは、もうちょっと住んでいる場所の管理に気を配れよ?

 実際、6割近くの犯罪者は、刑期軽減を条件に労働を課せるんだから使っちまえば良いだろうに、」

「………考慮しておく」


 その言葉が嘘ではない事を祈ろう。


 病気が蔓延しているの、衛生面でも左右されるんだからね?

 誰だって、綺麗なところで暮らしたいと思うっしょ。


 ついでに言うと清掃もある程度の鍛錬になるから、かなり重宝できるって事も伝えておいた。

 ヴィンセントは目から鱗、見たいな顔をしていた。


 古き良き時代の修練ですから覚えておくように。

 ………オレも、昔、倉庫や物置に突っ込まれて、修練だとかなんだとかで清掃させられたもの。


 また修行時代を思い出してしまった所為か、今度は扉のドアノブを壊してしまった。


「………先生、」

「キヒヒヒヒヒヒッ、ゲホゴホッ」

「う、うわわわわ………、徳川並みとか」


 これまた、背中に突き刺さる視線。

 怯えた視線と呆れた視線に、間宮に至ってはやれやれと首を振っている。


 ………面目ない。


 ネジの部分は無事だったので、即座にその場で手先の器用な河南が直してくれた。

 彼等のぞっとした表情に傷付いた以外は、何とか無事に終わったよ。


 閑話休題それはともかく


 これで、ある程度の問題は、解決出来ただろうか。


 発症した騎士達の運び込みも終えて、容態の変化を観察する治療術師の護衛も置いてきた。

 大広間の雨漏りは補修したし清掃もした。

 治療スペースの確保も問題ない。

 ついでに、薬の確保も既に一段落している。


 犯罪者達は、渋々ながら協力要請に応じたし、今は砦内での清掃を言い渡しておいたから問題も無いだろう。

 悪いことしようとしたら、隷属の首輪で頭が飛ぶらしいし。

 ………何それ、怖い。


 話が逸れた。


 そんでもって、備品の補充もしたし、補給物資のスペースも確保。

 客室はちゃんと案内して貰って、荷物を置いたり、清掃もしたりしたから既に就寝準備も終わっている。


「え~っと、………後の残りは、調理担当組と風呂場担当組か?」

「何、その担当………」

「いつノ間ニ、出来たノ?」

「なんか不可抗力で………」


 補給物資スペースの確保に忙しかった彼等は知らないだろうけども、料理場と風呂場が腐海だったと言ったらドン引きされた。


「河南と紀乃は、そのまま医療担当の仕事に戻ってくれ。

 浅沼は、どっかにいる徳川を拾いに行って、風呂場担当に合流してくれ」

「はーい」

「ハイハイ」

「………まだ、働くの~?」


 三者三様に返事をして、彼等はそのまま護衛の騎士達を引き連れて踵を返した。

 後の仕事は、飯を食ってからにしよう。


 オレも残っている仕事が、あるからね。

 主に、下僕とその兄の問題に関してだ。



***



 そして、更に歩くこと数分。


「あ、良かった、見つけました、先生」

「お探ししましたの」

「ごめんごめん、入れ違いになってたみたいだ」


 これまた、護衛を引き連れたディランとルーチェと合流した。

 やはり彼女達もオレを探していたらしい。


 オレを見つけると、すぐに笑顔で駆け寄ってきた。

 ………可愛いと感じたオレは、悪くないと思う。

 いや、なんだかんだ言って、この子達もオレへの好意の振り切れ具合が飛び抜けているから。


「修練場の清掃は終わりました。

 ですが、雨漏りに関しては、流石に僕達だけでは、」

「すみません。

 私も、あまり『土』属性の扱いに慣れておりませんでしたので、」

「いや、仕方ないよ。

 そのうち、『土』属性を持った騎士達に行って貰うから」


 報告は嬉し気だったが、結果に対して負い目を感じたのか途端にへんにゃりと眉を下げてしまった2人。

 とはいえ、修練を開始したばかりの彼等にそこまでを期待する方が酷だ。


 問題ないと首を振って、良い子良い子と2人の頭を順に撫でておく。

 ぽっと赤らめた頬が、これまた可愛らしい。


「あ、仕事が終わってすぐで悪いんだけど、風呂場に向かってくれる?」

「えっ、お風呂があったのですか?」

「うん、見つかったの。

 ただ、調理場とか修練場とかと同じ有様で、」

「あ、清掃をしなければならないのですねっ」

「分かりましたわ。

 お手伝いに行ってまいります」


 はいはい、こちらもよろしくね。


 浅沼のように文句も言わず、踵を返して駆け出した彼等。

 こうしてみると、貴族の子息子女である事を忘れてしまいそうになる。

 騎士達も、微笑ましそうに眺めながら付いて行く。


 ともあれ、援軍は送ったから、大丈夫だろう。

 オレ達の憩いの時間は守られた。

 

「ああ、そうだ」


 そこで、ふと思い出した。


 そういや、ヴィンセントが何か言いかけていたっけ。

 そう思って振り返ったが、彼は目を瞬かせるだけだった。


「………いえ、大したことではありませんから、」

「えっと、………そうなら良いんだが」


 何か大事な事だったかもしれないと、勘繰ってしまう。

 とはいえ、彼が良いと判断したなら、根掘り葉掘り聞く意味は無い。


 だが、彼の目が、やや揺れていたのは、間宮がしっかりと見ていたらしい。

 後から聞いて、問いただすべきだったかとちょっと後悔した。



***



 その後、数時間後。

 結局、オレ達の飯が終わったのは、日付が変わる時刻となっていた。


 これには、流石の生徒達も堪えたらしい。

 ほとんどが、食事中も言葉少なになり、ついでに約数名は船を漕いでいる始末。

 いくら鍛えていても、宵っ張りはまだまだ無理そうだ。


 一日一杯働き詰めだったラピスなんかも、眠そうな顔をしていた。

 健やかな寝息を立てているシャルを膝に抱えて、コーヒー片手にどこか不機嫌そうにも見えてしまった。


 コーヒー片手で、不機嫌なのはオレも同じではあるがね。

 別に怒っている訳じゃない。

 ちょっと、進みが遅すぎて、焦っちゃっているだけだ。


 騎士達も同じ有様だが、こちらは生徒達と違ってしっかりとしている。

 このままの状況が続けば、分からんまでも。


 これ、コーヒー無かったら、確実にオレも寝てる。


 そんなこんな、


「ん~………、結構重度かも。

 このまま薬を飲ませて、経過観察ね」

「ほれ、薬じゃ。とっとと飲みやれ」

「はい、お水。

 苦いですけど、しっかりと飲んでくださいね」


 オレとラピスとアンジェさんの3人がかりで、発症した患者の診察を行う。


 飯を食わせた後なので、薬もスムーズに飲ませることが出来る。

 やっぱり、食後の方が薬の効きが良いと考えられているのは、現代でも異世界でも変わらない。


 処方するのは勿論、ボミット病の治療薬『インヒ薬』。

 症状が重いのにまだ回れない患者には、魔法具も併用して使ったりもしているが、目立って症状が急変した患者はいない。


 まぁ、オレが実体験やら試験を繰り返したから当たり前。

 試薬試験を行ってくれたラピスとアンジェさん、ミアの協力のおかげでもある。


 時刻は既に夜中を回ったが、生徒達も一緒になって大広間で動き回っている。


 飲み物の提供や、経過観察。

 ついでに、お手洗いなどの介助なんかも、生徒達にやらせていた。


 騎士達に手伝って貰っても良いが、まだ反発をしている砦の騎士達も多い。

 暴れ出されでもしたら手が足りないので、あくまで護衛というスタンスは崩さなかった。


 とはいえ、それもあまり意味が無かったりもする。 


「だから、暴れるなって言ってんだろうが!」

「うごふっ…!」

「ちょ、永曽根君!?」

「………一応、重病人だよねぇ…」


 なんて感じで、腕っぷしの強い生徒のおかげで、鎮圧が簡単だから。

 いやはや、永曽根が大活躍だ。


 今も、反発して暴れようとした騎士を放り投げていた。

 ………おいおい。


「ほらほら、意味が無いって分かったら、大人しくしてなさいよ」

「こっちも、そこまで手が空いてる訳じゃねぇんだよ!」


 ついでに、榊原と香神も大活躍。

 榊原は関節を取ってちゃちゃっと鎮圧。

 香神は永曽根と同じく、放り投げて鎮圧。

 頼もしい事、この上ない。


「どこ触ってんのよ、変態!」

「鼻の下伸ばしてんじゃねぇってんだよ!」


 そして、こちらでは、エマとソフィアが大活躍と。


 我等がクラスの美人姉妹は、ここでもモテモテだ。

 どこを触られたのか定かではないが、痴漢行為を容赦なく取り締まり、男性の急所を躊躇いなく蹴り上げていた。

 いやはや、………頼もしいよりも、怖い。


「キヒヒヒヒヒヒッ!

 ほラほラ、飲んデ!飲んデ!?」

「紀乃、無理矢理飲ますのを楽しまないで?」


 更には、常盤兄弟の弟、紀乃も大活躍だな。


 薬を拒否する騎士に、嬉々として満面の笑みで迫って行くのは、ホラー以外の何物でもない。

 止めている筈の河南すらも、顔が真っ青だ。

 真っ青になって白目まで剥いているのは、そんな紀乃に迫られた騎士も一緒であるが。


 それはともかくとして。


 流れとしては、オレが診察と処方。

 ラピスとアンジェさんは、その補助に回ってくれている。


 ついでに、オレの手が空いてない時に発生する体調不良なんかに対応して貰っていた。

 薬飲んでから、いちゃもん付けたりする馬鹿もいたからね。


「その薬が、治療薬なのか?」

「ああ、一応ね」


 胡乱げに診察風景を眺めていたヴィンセントが、問いかけて来た。

 丁度良いから、この『インヒ薬』の効能を改めて説明しようか。


 『インヒ薬』は、元はローガンやアンジェさんの種族、女蛮勇族アマゾネスに伝わっていた秘薬である。

 体内の魔力を抑え込み、暴走を防ぐ為の薬だった。


 配合されているのは、『暗黒大陸』でお目に掛かるインヒトレントと言う魔物の根。

 それを炭化させて、炭として配合するのである。

 薬がやや灰色がかっているのは、その所為だ。


 そして、そのインヒトレントの根には、魔力を吸着してくれる働きがあった。

 インヒトレント自体も、魔力を餌に育つから、まさにうってつけの魔物だった訳である。


 その他に配合しているのが、インヒトレントの他に5種類。


 ダンデライオンは、要はタンポポで、根の部分を使う。


 タデレインと言う生薬となる、これまた根っこ。

 そのままだと、お通じを改善する効果が期待出来るそうだ。


 ショウケイオールは、要はショウガのようなものだった。

 嘔吐を抑えたり、胃の不快感を軽減してくれる。


 ドラゴボーンとはその名の通り、『暗黒大陸』に生息している竜種の骨だ。

 こちらは鎮静作用が見込まれているらしい。


 そして、最後がジュジュブという、ナツメ等と同じような果実だ。

 こちらも、鎮静作用が含まれていると言う。


 そして、これらを配合して出来上がったのが『インヒ薬』である。


 『ボミット病』の治療薬は、炭を使った解毒の方法と大差は無い。

 まずは、インヒトレントの根を炭にしたものが、体内に溜まった魔力を吸着し、タデレインの効能で体外に排出してくれる。

 ショウケイオールは嘔吐を抑え、荒れた胃を整える。

 ドラゴボーンとジュジュブのダブルの鎮静効果で、精神面に左右され易い『ボミット病』の発症も軽減が見込まれる。


 ついでに、この薬に隠されていた凄い事実。


 『闇』属性を持ったオレ達のような『ボミット病』の患者と、一般属性の者達とでは血液中に含まれた因子が、大きく違う事が発覚した。


 実はこれ、オレ達の血液検査の際に、紀乃が気付いた些細な疑問が発端だった。

 それは、血液の中にも、魔力が溜まっているのかどうか。


 そこからラピスの協力を仰ぎ、魔力に反応すると言う不思議な薬液を使って調べた。

 その結果、オレ達の血液中にも、大量の魔力が内包されている事実が発覚したのだ。


 通常、血液は外に出た時点で、魔力反応はほとんど消える。

 これを、残留魔力と呼ぶらしい。

 魔力は体内に内包されているものなので、生き血を啜られさえいない限り、ほとんどの魔力は空気中に逃げてしまうらしい。


 だが、オレ達の血液には、残留魔力が残っていた。

 それと同時に、魔力を吸着していた因子の存在があった為である。


 この因子は、どうやら『闇』属性を持った人間の血液中にしか発見出来なかったらしい。

 オレとラピス、榊原と永曽根、間宮と河南、そしてゲイルとミア。

 ディランとルーチェの血液は、調べる事は出来ていないが、おそらく因子が含まれていると思われる。


 そして、実験を繰り返した結果、その因子が魔力を吸着する性質を持っている事と同時に、魔法の発現を邪魔してしまう事実を突き止めた。


 この因子の特性は、魔力をがっちりと吸着して離そうとしない事。


 だからこそ、排出が出来ずに、体内に魔力が溜まってしまうのだ。

 なにせ、血液中に含まれているのだから、大量出血でもしなければ魔力は排出出来ない事になってしまう。


 魔法の発現を邪魔する要因は、先にも言った通り吸着した魔力を離そうとしないから。

 おかげで、詠唱と共に魔力を乗せる工程で、完全にストップが掛けられてしまう。

 体内に魔力はあるのに、全て因子が掴んでいる為、たとえ自分の魔力で合っても自由に出来なかったという訳。


 中位や上位精霊は、それを無視して魔力を使っていた。

 きっと、体内に宿らせている事で、因子から無理矢理魔力を奪うという荒業が使えたのだろうと、察している。

 ………だって、アグラヴェインならやり兼ねない。


 話が逸れた。


 これが、『ボミット病』の原因となっていた。

 オレ達もすぐに勘付いた。


 魔法具を使えば、魔力は排出出来るが、因子は排出出来ない。

 堂々巡りである。


 だが、『インヒ薬』はこの因子ともども、体外に排出してしまう。

 それが、生理的な要因(※要は小便とかね)での排出だったり、呼吸からの排出でもあったりする。

 そして、その因子は、血液中にしか含まれていない。

 DNAや皮膚等を調べても、魔力は検知されなかった。

 因子が含まれていないので、魔力も含まれていないという事である。


 更に言えば、この因子は一度、排出されると二度と精製されない事が分かった。

 『インヒ薬』を飲む前と後で血液サンプルを比較してみると、飲む前のものにはびっしりと含まれていた因子が、飲んだ後には綺麗さっぱり無くなっていたからだ。


 魔力を溜め込むのは相変わらずだが、発症はしなくなった。

 おかげで、最近はオレ達も魔法具を使った試しが無い。

 オリビアからの魔力吸収も受けていなかったので、完治したと思っても良いだろう。


 とはいえ、何故『闇』属性だけが、この因子を持っているのは不明のままだ。

 今後も、実験や考察を重ねてこの謎を解き明かしてみたい。


 と言う訳で、『インヒ薬』は自他ともに認める『ボミット病』の治療薬であると証明された。

 これで、死病と喚き立てられる事は無くなるだろう。


 この砦の騎士達も、発症に関しては怯えなくて済む。


 そこまで説明した時、治療していた目の前の騎士は、目を白黒させていた。

 調べた結果ってだけだから、別に凄い事じゃない。

 気付いた紀乃が凄いのであって、オレが凄い訳でも無いし。


 ………意味が分からなかった可能性もあるか。


 しかし、問いかけて来た当の本人(ヴィンセント)は、その表情を何故か曇らせていた。

 ………なんでだろう?

 一応は、改善が見込めるだけじゃなく、完治出来る薬だというのに。


 ただ、それを聞く事は出来なかった。

 なにせ、オレも手一杯。

 一応、後で彼と対話する予定でいたので、その時にまとめて聞く事を決めた。



***



 そうして、これまた小一時間程、診察と処方に時間を取られた午前1時30分。

 ようやっと、一通りの騎士達の診察が終わった。


 発症している面々を先に診たが、処方した限りでは目立った副作用も出ていない。


 ついでに、薬を飲んでからは、比較的症状が安定し始めたのか、暴れるよりも驚きで呆然としている騎士達が増えたのは僥倖か。

 何人かは衰えた体で飛び跳ねようとし始めたので、これまた鎮圧組が動いたが。

 まぁ、余談である。


「………ふわぁああ。

 さて、ようやっと、一段落したかのぅ」

「ああ、お疲れ様、ルルリア、アンジェさん」

「ギンジ様もお疲れ様です。

 経過観察はこちらでしておきますから、お2方はお休みになられるとよろしいかと、」


 大あくびをしたラピスと、労いの声を掛けるオレと、オレ達を更に労って休ませようとしてくれるアンジェさん。

 いやはや、コーヒーを片手にブレイクタイムとはいえ、落ち着くわぁ。


 だが、そうは言っても、アンジェさんだけだと不安だ。

 言われた通りに任せる訳にはいかないので、休憩を取りつつもカルテを書き連ねる。


 結構大変とはいえ、名前と年齢や、発症後の経歴と容態とまとめておいて損は無い。


 重病だった幾人かからは、血液サンプルも取らせて貰ったしね。

 試験管が足りなかったから、王国に戻ったらもう一回旧校舎の理科室でも漁って来よう。


 なにはともあれ、ひとまずは診察完了だ。


「先生、砦の騎士さん達が、お風呂湧いたって…」


 そこで、オレ達の輪に転がり込んできた伊野田。

 まぁ、揶揄ではあるが、可愛らしかったのでそんな表現がぴったりだった。


 傍らには、目を擦りつつも伊野田のコートの袖に捕まっているシャルもいた。

 いやはや、………癒しだわ。


 オレどころか、病人の騎士達も微笑ましいそうに見ている。

 さて、オレの内心のオアシスは、ひとまず置いておいて。


「ああ、じゃあ女子組から先に行っておいで?

 ついでに、ルルリアとローガンとアンジェさんも連れてって良い」

「これこれ、お主はどうしやる?」

「男子組とお留守番してるから、ゆっくり入っておいでよ」

「流石にギンジ様を差し置いては、」

「良いから良いから」


 そう言って、少年少女と熟女を含む女子組を風呂へと送り出した。


「だったら、先生も一緒に来れば良いじゃん!」

「別にウチ等は構わないけど?」

「教師に混浴を強要するな!」


 ちょっ、馬鹿、エマにソフィア!

 構わないとか言うなし、乗り気になるから辞めれ!


 シャルも伊野田もアンジェさんも真っ赤になってるし、ラピスとローガンなんか困惑してんじゃんか!

 オレが変態の称号を甘受するのは、校舎内だけだ!

 ………それもアカンとは思うけども。


「ほら、無駄口叩いてないで、とっとと行って来い!」

「あはは、照れてる照れてる!」

「後悔しても知らないからな~!」


 黙らっしゃいよ、お前等。

 なんで、そんなところでオープンなんだよ、畜生め。


 まぁ、賑やかかつ華やかな2人のおかげで、空気が多少柔らかくなったのは認めるよ。

 散々鼻の下を延ばしていた騎士達も、心無しか視線から険が取れているもの。

 これはこれで、良かったのかもしれない。


「………慕われているようですね」

「………口調………って、これさっきも言ったっけ?」


 いつの間にか背後にいたヴィンセントから、呟かれる感想。

 近くに来ていたのは知っていたから、驚きはしないけども、無表情はあんまり心臓によろしくないわぁ。


 彼も彼で、視線の険が取れて来たのは、良い兆候かもしれないけども。


 部下達の治療が一段落したので、彼も安堵しているようだ。


 ちなみに、オレも安堵していると言ったら、どうなるんだろうか。

 言ってみたい気もするし、言ったら言ったで怖い気がする。


 と、そこまで考えてから、ふと気付いた。


 目の前のヴィンセントを見て、それから手元の薬箱へと視線を落とす。

 砦での発症人数108名分の薬包は、先ほど使い終えたばかりだ。


 だが、思い出した。


 そもそも、オレ達がここに来る、一番の要因となった報告。

 レオナルドが傷だらけで飛び込んできたのは、そもそもがその報告の為だった筈である。


 一番治療をしなければいけない人間が、目の前にいるじゃんか。

 ………ヤバくない、これ。


「………アンタも発症して無かったか?」

「………はて、記憶にございません」


 その質問に、彼は目線を逸らして答えた。

 あからさま過ぎる態度である。


 おかげで、すぐに嘘と見破れた。


 だが、反応したのはオレだけではなく、


「団長も!?」

「まさか、発症していたのですか…!?」

「何故、黙っておられたのです!」


 大広間が、俄かに騒然となった。

 大広間にいた騎士達も耳聡く聞いてしまっていたようだ。


 そりゃ、吃驚するだろうさ。

 平気そうな顔して平然と歩き回っていた自分達の司令官も同じだったなんて。


 そもそも、何故平気そうだったのかが、不明。

 何度か姿が見えなくなった時があったけど、まさか『ボミット病』をコントロールしてたとか離れ業があるとは言うまいに。


 各所から上がる声に、ヴィンセントが辟易そうな表情を見せた。

 ………いや、それはオレがしたい表情だわ。


 コイツ、発症例の算出資料の人数に、自分を含んでいやがらなかったな。

 しかも、わざと。


 この態度を見れば、一目瞭然である。


 おかげで、薬が足りない。

 いや、薬自体はあるにはあるが、1人分の分量包んでいる薬包が足りない。


 大匙一杯とか、言わんだろうに。

 オレも薬包分担に行っておけば良かったと思っても、後の祭りである。


「………間宮ぁ、薬、包めるか?」

「(………分量は、知りません)」


 オレの言葉に、間宮が真っ青な顔で頭を振った。


 ………しまった、やらかした。

 分量はラピスとアンジェさんの頭の中である。


 そして、彼女達は、先ほど風呂場に向かってしまった。

 今から追いかけて計って貰うのは、流石に可哀そうな気がする。


 憩いのバスタイムは、邪魔しちゃいけないもんだ。

 ………ついでに、今度こそ校舎のみならず、この砦の中でもオレが変態扱いとなってしまうだろう。

 それは、ご免被りたい。


 だが、


「………急ぎの執務を思い出しましたので、お先に失礼致します」

「待て待て待て待て!

 逃げようとすんな、ボケナス!」


 あろうことか、ヴィンセントが逃亡した。

 颯爽過ぎた。


 むしろ、言葉を言い終える前には、大広間の扉を出ようとしていたと思う。


 ………怪し過ぎるよ、その行動。


 おかげで、オレの化けの皮が剥がれて、暴言が飛び出す始末だ。

 なるべく穏便にしようと思っていたというのに、どうしてくれるのか。


 ちょっ、誰かそいつを止めろ………!

 そこの困った団長兼司令官おにいちゃん、捕まえてーーーーっ!!



***

ゲイルと一緒で、何故か最後にはコミカルになるお兄ちゃん。

………似た者兄弟。

頑固者の次は、ちょっと抜けてるお茶目なイメージをこねくり合わせて、無理矢理浸透させてやります。


ピックアップデータ。

ヴィンセント・ウィンチェスター。

ダドルアード王国騎士団、『暁天ドーン騎士団』団長兼『南端砦』総帥。

53歳。

身長187センチ、体重84キロ。

黒髪に、群青の瞳。

ゲイルやヴァルト、ヴィッキーの兄で、ウィンスター家の長男。


13歳で騎士団入り。

(※貴族家子息子女達の慣例のようなもの)

その後冷遇していた父親の采配で、雑務や庶務に忙殺され出世の道から遠ざけられて来た。

13歳となったゲイルの入団を機に、『南端砦』への配属を命じられる。


性格は、かなり気難しい。

AB型(※こっちの世界には血液型の概念も無いけど、言い張ってみる)なので、内心では何を思っているのかも不明な人物。

優しさも真面目さも、誠実さも持ち合わせた頑固者。

寡黙な面が目立つ。

ギンジもちょっと苦手としているらしい。

ちなみに、ゲイルに対して抱いている感情は、ヴァルトやヴィッキーに抱いている感情とは違うらしい。

銀次達が思っている以上に複雑な性格をしているようだ。


属性は『闇』だけとなっていたが………。

どこまで『闇』属性を扱えるのか、またどこまでの能力があるのかは不透明。

獲物は、槍や直剣などを、幅広く使えるオールラウンダー。

彼曰く、どれもこれもしっくりこなかったとの事。

魔法能力も然ることながら、武力も未知数。

騎士達の指揮を維持し続けていた事から、それなりの統括能力は持っているらしい。


未だに童貞なのは、ゲイルと一緒。

実はこんなところも似た者同士な、ちょっと厄介な性格をしつつも頑張っている54歳。



そんな頑固者のお兄ちゃんが、好きです。

いずれは、彼も王国に戻って来る日が来てくれることを祈っております。(………ヲイ、作者。)


ピックアップデータが溜まっていきます。

この間書いたデータには、まだヴィンセントお兄ちゃんはアップしていません。

そのうち、改稿版としてまたアップするかもしれません。


誤字脱字乱文等失礼致します。


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