117時間目 「社会研修~始動の時~」
2016年11月24日初投稿。
続編を投稿させていただきます。
『白竜国』との二度目の戦いの後日談と、色々な問題への解決策。
これにて、再戦編は終幕します。
次回は、新章がスタートしますが、その前にピックアップデータ書き上げておきます。
117話目です。
***
『白竜国』との全面対決。
オルフェウスが実権を握る姉、ディーヴァまで連れて来た協議の事。
結果は、オレ達の完全勝利だ。
貿易の盟約も、紙同然となった。
オレ達の身柄を引き渡される事も無くなる。
貿易に対しての、経済制裁もされなくなった。
むしろ、こちらが譲歩して以前の輸出枠を残してやった、と言うべき状態だ。
石鹸やシガレットなどの輸入は、彼等に取っても既に無くてはならない条件となっていたようで。
そして、最後に決めたのは、彼等の身柄の拘束の有無。
未遂とはいえ、『予言の騎士』と『その教えを受けた子等』に対し、彼等は弓引いた。
侵略とも取れる行為で、騎士団すらも動かしていた。
これは、ダドルアード王国としても、処遇は決め兼ねる。
『竜王諸国』や『聖王教会』を伝って、抗議文の発布を決めた。
だが、それ以外の処断は、決められなかった。
国としては。
だから、オレ達が決める事になったのは、僥倖な事だっただろうか。
その他諸々の突発的な面倒ごとがごたごたとしていた所為で後回しになっていたが、2度目の会談と言う形で対話に赴いた。
それが、今日の事である。
***
現在、『白竜国』の面々は、事実上の軟禁中。
ダドルアード王国の居室の一部で、『赤竜国』王太子同様に拘留させて貰っているところだ。
まぁ、実際には牢屋に入れられても可笑しくは無い面々もいるが、それはそれ。
間諜とかクリスタルとかは、直接にオレや生徒に手を出しているから余計に。
とはいえ、拘留しているならば、オレ達もそれ以上は求めない。
越権行為は、そろそろ遠慮したいのである。
………今更かもしれん。
「………と言う訳で、アンタ等には残って貰う事にしたから」
つらつら淡々と脳内で今までの回想をしつつも、カップの中の真っ黒な液体を啜る。
戦々恐々と言った様子でオレを眺めている面々の前。
オレは、その視線を物ともせずに、然も当たり前のようにその液体を飲み干した。
勿論、オレだけでは無く、各自の前にも配膳されている。
だが、オレ以外は誰も手を付けていないのが、現状だった。
話が逸れたな。
先ほど、言った言葉に対して返答を求めるように、視線を向ける。
その議題の中心となっている、ディーヴァへと。
先ほどのオレの言葉通り。
彼女には、『白竜国』には帰らずに、ダドルアード王国に残って貰う事を決めた。
それは、何故か。
「『白竜国』から、今回の反省を含めて、人員を割いて我が王国に常駐して貰いたい。
その代わり、こちらからも必要でいて相応しい人員を送り出させて貰おう」
常々言われている、悪どい笑みで改めて睥睨する。
もはや、辟易というか憔悴しきった面々が、構える事すら出来ないままでオレの言葉を待っている。
持ち出したのは、国王との密約の件。
そう、人質の件だ。
余談ではあるが、馬鹿王子は既に精神的に落ち着いたようだ。
むしろ、前よりも癇癪を起しやすくなったとか。
おかげで、またしても国王の白髪が増えていた。
メンタル面が平気どころかむしろもう勝手にしやがれ状態なので、人質の件に国王も踏み切ったようだ。
そして、今回は丁度良い人員が、この席に同席している。
それが、ディーヴァ。
「お、お待ちください、宰相閣下は…!」
「文句は聞かねぇ。
お前達は、それだけの事をしたんだって事、しっかり理解して貰わないとならないからな」
反省も含めてという、先ほどの先述は揶揄ではない。
彼女の身柄をこちらで預からせて貰う。
それは、もはや決定事項。
オルフェウスでも、クリスタルでも役不足だ。
オルフェウスは傀儡だと分かっている。
実際、実権を握っているのはディーヴァなのだから、彼がいなくとも『白竜国』は回るだろう。
だから、オルフェウスは『白竜国』に戻って貰う人員だ。
そして、クリスタルも要職に付いているとはいえ、宰相補佐官は替えが効く。
言い方は悪いが、切り捨てられては敵わない。
こちらとしては、いてもいなくてもどっちでも良い。
だからこそ、ディーヴァが人質となる。
彼女が必要で、彼女を人質に取る事こそ意味がある。
クリスタルが反論をしたが、一蹴した。
「どうでも良い人員を割かれて戦争を吹っかけられても困るんでね。
しばらくは拘留し、時期が来たら解放する。
それまでは、アンタ達はダドルアード王国の客人で、人質だ」
はっきりと、人質と口にする。
その瞬間、ディーヴァの視線だけが愕然と、それでいて落ち込んだようにして影を落とした。
だが、悪いようにはしない。
それは、オレは勿論、ダドルアード王国も同じこと。
人質として馬鹿王子を交換で出すのだから、当たり前の事だ。
オレとしては、別に落とし前を付けて欲しいからこその誠意を見せて貰いたい事と、ついでとばかりの用件がある。
禍根を残したい訳でもない。
まぁ、それはさておき。
「ディーヴァ以外に誰を残して行くのかは、アンタ達に任せるけど?」
そう言った途端、ガタリと立ち上がったのはクリスタル。
「私も、残ります」
まぁ、予想はしていたから、別に驚かない。
彼は、オルフェウスよりも、ディーヴァを優先していた。
人質交渉を持ち出せば、残るだろう事は最初から分かっていたから。
どのみち、そう言った小間使いの人間が、必要になるだろう事は分かっている。
それは、彼女の体の事。
介助する人間がどうしても必要だったからだ。
以前は議場で、机を挟んでの対面だったので気付かなかった。
だが、もう既に来ているところまで来ているようだ。
なにせ、車椅子で生活している。
車椅子と言っても、紀乃が使っているような最先端のものではない。
木製の椅子に、これまた木製の車輪を付けただけと言う代物だ。
もう自力で動くことも儘ならないというのは、オルフェウスから聞いた話だったな。
それもこれも、彼女が発症している『ボミット病』の所為。
「………ちなみにではあるが、」
そう言って、目線を滑らせたのは、居室の奥。
そこには、以前の議場内で、ハルや生徒達に捕らえられた間諜の男女が3人。
隷属の首輪を付けられ、部屋の壁に背を預ける形で整列している。
彼等の意思では、動けない状態だ。
本来なら処分されるなり、情報を集める為に尋問されるのだ。
この扱いも、まだマシと思ってもらいたいものである。
「彼等の処遇に関しては、こちらでは関知しない」
そう言って、ふぅと溜息混じりにカップを間宮へと渡した。
お代わりの催促だ。
とぽぽ、と紅茶とは違う香ばしい薫りと共に、カップに並々と満たされるのはこれまた黒い液体。
とっても美味しくて眠気覚ましにもなる、オレの徹夜の友達だ。
閑話休題。
「………それは、彼女を赦免するという事でよろしいですか?」
重苦しい空気の中で、それでも口を開いたのはディーヴァだった。
「別に赦免とかではないけども、好きにすれば良い。
ダドルアード王国に残すなり、『白竜国』に戻すなり…」
ディーヴァの言葉に返答し、これまた嘆息。
今まで情報を吸い上げられていたのは業腹ではある。
だが、命を奪ってまで、と言うのは流石にオレの独断では決め兼ねる。
ぶっちゃけて言えば、処分に困る。
ダドルアード王国的には、多分私刑か死刑が妥当なんだろう。
2重スパイだったのだから当然だが、依頼人は目の前にいる『白竜国』だ。
余計な口出しをすると、これまた禍根が残る。
別に彼等に対して優位に立ったからって、そこまでオレ達が決める事は出来ないだろうしね。
そう考えて、ディーヴァへと視線を送る。
少しだけ驚いた表情を見せながら、彼女は目線を伏せ、それから視線を流した。
間諜の女へと。
「………エラ、どうしますか?」
「………ディーヴァ様の、御心のままに従います」
どうやら、間諜の女はエラという名前だったようだ。
そんなエラは、憔悴した様子ながらも、ディーヴァを見据えてはっきりと言った。
好きなようにしてくれと。
「………では、イザヤ。貴方は、どうします?」
そこで、次に口を開いたのは、オルフェウス。
誰に問いかけたのかと思えば、生徒達の襲撃組に紛れていた間諜の男に問いかけていた。
こちらは、イザヤという名前か。
………なんか、2人揃って珍しい名前だね。
「右に同じく」
おそらく、エラと同意見という事だろう。
エラはディーヴァ、イザヤはオルフェウスで、それぞれ繋がっているのかもしれない。
(※これまた後から聞いた話、イザヤが兄でエラが妹の姉弟だったそうだ)
「カネル、貴方はどうします?」
「右に同じでございます」
最後に呼ばれたカネルという間諜の男も同意見のようだ。
どちらかと言えばオルフェウス寄りか。
そう思った時、ふと、グリードバイレル姉弟が顔を見合わせた。
………美男美女が見つめ合う構図にしか見えんのに、どちらも40歳越えとか考えられんな。
話が脱線したのを、無理矢理軌道修正。
「………では、エラはこちらに残させていただいてもよろしいでしょうか?」
「イザヤとカネルは、私と共に『白竜国』へと連れ帰ります」
こちらの意見も、一致したようだ。
間諜の女ことエラは、ディーヴァと共にここに残る。
その代わり、間諜の男達イザヤとカネルは、オルフェウスと共に『白竜国』に戻る。
そうと決まれば、オレも文句は無い。
後の細々とした誓約は、王国として貰った方が良いだろう。
「了承した。
ただ、エラに関しては、行動をかなり制限させて貰うから」
「はい、承知しております。
………お心遣い、感謝いたします」
そう言って、頭を下げたディーヴァ。
その行動に、驚いたのはこちらの方だ。
えっと、今までかなり居丈高な態度だったのは、一体どこに行ったの?
そう思って、小首を傾げると、
「………普通は、その場で処刑しても可笑しくはありませんから」
そう苦笑混じりに説明してくれたのは、オルフェウスだった。
まぁ、確かにその通りだったな。
………オレとしては、こっちの異世界での感覚が良く分からんだけなんだけども。
口出ししないって事は、生かすのも自由だ。
普通は、生かしておかないってのが、国としての考えだろう。
でも、オレとしてはさっきも言った通り、禍根にしたくないの。
色々とこれからやらなきゃいけないことがあるし、それに対しては『白竜国』への今回の貸しが、後々必要になってくる。
ただの布石。
されど、重要な布石であるのも間違いはない。
だから、気に食わんとしても、ゲイルもヴァルトも国王陛下も溜飲を下げて欲しい。
幕僚達の事なんか、ハナから考慮はいらないし。
そこで、居室内にいた面々を見渡せば、
「じゃあ、この件はこれでおしまい、って事で」
異存は無さそうだったので、勝手に話を終了とする。
オレとしては、小難しい話はもうしたくない。
ただでさえ、今でも精一杯のスケジュールを回しているので、出来れば疲れたくないのが本音。
そう思って、カップを啜った。
そこで、ふと、
「あの………『予言の騎士』様?」
「………それは、肩書きであって、名前ではない」
「し、失礼しました。
で、では、ギンジ様とお呼びしても…?」
これまた、オレに話しかけて来たのはディーヴァだった。
それこそ、以前の議場での居丈高な様子は嘘のように。
本当にどうしちゃったの、ねぇ?
ポーカーフェイスも崩れちゃってるから、オレとしては楽っちゃ楽なんだけど、なんか違和感しか感じなくなってきているけども。
まぁ、良いや。
今はオレの、座りの悪いケツの話では無く、彼女の質疑だ。
「………先ほどから飲んでいらっしゃるそれは、何ですの?」
そう言って、彼女が小首を傾げる。
そんな彼女の目線の先には、オレの飲んでいるカップがあるが、
「目の前にあるのを、飲んでみてから聞いたら?」
そう言って、逆に促して見せる。
先ほども言った通り、彼女達の前にも同じように、黒い液体の注がれたカップが置かれていた。
まぁ、ぶっちゃけて言おう。
コーヒーである。
「以前、薬の研究で薬草やら茶葉を集めていたんだが、丁度その時に見つけてね。
オレ達の世界では、これが嗜好品の一種として飲まれていて、世界で最も多く飲用されている飲み物だよ」
軽い説明だけをし、彼女達に飲用を促す。
ちゃきちゃき飲んじゃって?
一応、砂糖もミルクも用意させたから、飲もうと思えば子どもだって飲めるよ。
とは言っても、簡単に飲めないのが異世界人だろうね。
石鹸も無い時代だったからまさかと思っていたけども、やっぱりコーヒーも無かった。
とはいえ、見つけてたんだよね、実は。
これ、原料のコーヒー豆が焙煎を終える前の赤い実の状態で、子どものおやつとして栽培されていた。
赤い実自体はほろ甘くて、そのままでも食べられる。
興奮状態になるから、体を温めるのにも効用が認められているんだとか。
これは、ラピスからの情報だった。
とはいえ、生薬としては興奮作用しかないという事で、見向きもされていなかった。
だが、これを見つけた時、オレは内心で狂喜乱舞したものだ。
内心どころか、表に出して思わず間宮を高い高いしてしまったのは黒歴史だけども。
………公衆の面前で何をやってたんだか?
ちなみに、ここで、ちょっとした豆知識。
コーヒーの起源と言うか歴史は、大きく分けて3つ。
1つ目が、山羊飼いの少年が山羊が興奮して飛び回る原因を修道僧と共に調べて、山に実った赤い実に気付いて修道院に広がったとか。
2つ目は、13世紀のモカで、これまた修道者が不祥事か何かで街を追放された時に、鳥に導かれて赤い実を見つけ、その後赦免を受けた後に効用を広めたとか。
3つ目が、15世紀のイスラム律法学者が体調を崩した時に、以前エチオピアを旅した時に知ったコーヒーの効用を確かめて、その後眠気覚ましとして修道者に進め、それが更に学者や職人、商人へと広まったとか。
まぁ、どれも信憑性の低い伝承みたいなものらしいけどね。
とはいえ、エチオピアでの群生が認められているのは、明らかだった。
それは、オレも行ったことがあるから知っている。
山の中腹が時期になると、緑と赤のクリスマスカラーになるから、見ていて結構面白かったんだよね。
そして、オレはタバコや酒、カフェインについても中毒者。
ここ最近、上記2つは満たされていても、カフェインはほとんど取れていなかった所為か、宵っ張りが苦手となりつつあった。
とはいえ、コーヒー豆を見つけた今では例え1週間だろうが、徹夜出来るだろう。
(※嫁さん達にも生徒達にも止められるからしないけども)
それが、このダドルアード王国でも栽培されていた。
しかも、予期せず気候がマッチしていたのか、大量に。
更に突っ込んで話を聞けば、何の不思議仕様か不明ながらも、年がら年中収穫出来ているとか言っていた。
ちなみに、売れ残るとすぐに廃棄までされてしまうという。
だが、子どものおやつ代わりとはいえ、口に入れるものとして売っていた(しかも、かなりの安値で)のは僥倖だった。
その日のうちに、栽培農家との契約を取り付け、校舎に卸して貰う事になった。
その第一弾がこれである。
流石、オタクの国、日本の出身。
自他共に認める事実だ。
趣味嗜好に掛ける労力とその結果は、既に目の前のカップの中だ。
試行錯誤して、コーヒーの試作品を完成させた。
味も、現代で飲んでいたインスタントコーヒーにも勝るとも劣らないものだ。
そして、このコーヒーが前々から言っていた、研究発表を控えている商品だ。
技術提供での発表作品で、今後の貿易の目玉である。
石鹸やシガレットは、言うなれば嗜好品。
高価過ぎて、庶民の手には渡らない。
しかも、口に入れる事が出来ない為、食糧難が続く大陸内では今後の貿易は明るくない。
そこで、嗜好品は嗜好品でも、飲める嗜好品を開発した。
まぁ、一番の理由は、オレ達が飲みたかったってだけではあるけども。
そこはそれ。
これが、今後のダドルアード王国の貿易のメインになる予定。
大人しか楽しめない嗜好品ではあるが、意外と宵っ張りの多いこの世界でも受け入れられるものだろう。
だからこそ、この場で提供。
あわよくば、更に貿易の輸出枠を、『白竜国』から増やして貰おうという皮算用も含まれている。
と言う訳で、まずはこの2人に出してみたが、
「………ふむ、豊潤な味わいの中に、かすかな甘みと酸味。
後味に癖がありますが、それほど悪い代物ではありませんね」
先に口を付けたのは、オルフェウスだった。
なるほど、交渉事のスペシャリスト(仮)は、肝も据わっていたようだ。
………一見すると毒にも見えるのに、良く飲んだよ。
しかも、感想までくれる始末。
逆に、ディーヴァは眉間に皺を寄せたまま、コーヒーのカップを親の仇のように睨んでいる。
こちらは、引きこもりが災いしてか。
未知の食料品に関して、拒否反応を起こしているようだが、
「………毒々しい色ですが、」
「毒じゃない」
「………泥水では無いのですよね?」
「オレが泥水を飲んでいるように見えるのか?」
「………もう一度聞きますが、毒では、」
「違うっつうの」
はよ、飲めよ!
疑り深いというか、往生際が悪いというか。
隣の弟を見てみろ。
多少の苦みはあるが、大して気にせず飲んでいやがるじゃねぇの。
「………よし」
そこで、意を決したのか。
掛け声まで出さなくては踏ん切りがつかなかったのも凄い。
だが、そのままディーヴァはカップを口元に寄せて傾けた。
勢いよく。
「………熱…ッ!?」
「そりゃそうだろうが、湯気が立ってんの見えてなかったの?」
何をしてるの、この人。
別に、体を張って笑いを取ってくれなんて、オレは一言も言ってなかったんだけど?
ディーヴァの隣に控えていたクリスタルが、オレを怨敵のように睨みつけて来る。
とはいえ、今のはオレも悪くない。
湯気が立っているカップに、いきなり口付けてがぶ飲みしようとするディーヴァが悪い。
だが、
「………あら?…何でしょう、この豊潤な味わい…」
一応は、口に入っていたようだ。
熱さでてんやわんやになっていただろう彼女も、喉元過ぎて熱さを忘れたのか。
(※違う意味だとは知ってるけども)
啜るようにして、コーヒーを一口二口と飲み込むうちに、段々と目の色が変わり始めていた。
オレのように色素変異するって事じゃないよ。
なんか、何かに目覚めたかのように、目がキラッキラし出したって事ね。
「こ、これは、なんという事でしょう!
苦みの中に仄かな甘みが絶妙に配合された今まで飲んだ事も無い味わい!
後味に酸味が残り、それが口の中に爽快な余韻を残して…ッ!」
「………どこの評論家だ?」
オルフェウスよりも堂に入った感想だな。
感想と言うよりも、むしろ評論と言った方がしっくり来る。
とはいえ、彼女の顔を見れば分かる。
気に入ったな、オレのソウルドリンク。
むしろ、全世界のソウルドリンクと言うべきだろうがな。
この世界では、『異世界クラス』の次に試飲したのが、彼女達だ。
ちなみに、生徒達にも大好評だった。
次は、カフェオレが飲めるように、ミルクを催促されたけども。
さて、気に入って貰ったところで、そろそろ本題に入ろうか。
「これは、コーヒーと言って、オレ達の世界では頻繁に飲まれていた飲み物だ。
勿論、貴族やお偉いさんだけじゃなく、庶民も気兼ねなく飲むことが出来るお手頃な飲料だな」
「ほうほう」
ディーヴァの食いつきように、驚くオレ達。
隣の弟さんも驚いているようだけど、良いのそれ?
………姉の新たな一面が見れて、良かったな。
まぁ、オレ達には関係ないからどうでも良いけど。
「………ダドルアード王国では、昔から栽培されている品種『カフワ』を原料としている。
子どもから大人まで楽しめる、おやつとして投げ売りをされていたものだ。
カフワの実に熱を加えて焙煎することで、このような香りになり、それを粉末状になるまで細かく砕いて、ろ過をしながら抽出する」
「でしたら、これは、ダドルアード王国の特産になるのでは…?」
「その通りだ。
とはいえ、こちらでは消費が追い付かない程の生産量があるからな。
おやつとして食べる以外には民衆に広まっていないから、廃棄処分がほとんどだそうだ」
「そ、そんな、もったいないッ」
だから、凄い食いつきようで、滅茶苦茶驚くんだけど。
いや、マジで。
これまた隣の弟さんが驚くどころか、引いちゃってるから。
気付こうよ、そろそろ。
いや、無理な話だろうか。
まぁ、良いや。
どのみち、猪突猛進なお姉さんの実態も、オレ達には関係ないからどうでも良いし。
「ただ、このおやつとしても飲料にするにしても、効用が一つ。
カフワの実に含まれているカフェインという成分が、脳を活性化させ興奮作用を齎す。
寒い地方で飲まれている事もあるそうだし、眠気覚ましにもなる」
「それは、真でしょうか?」
「ウチの医療担当のお墨付きもあるし、オレも既に効用の恩恵を受けているからね」
ここまで説明すれば、この飲料がどれだけ有効かは分かっただろうか。
ダドルアード王国から、『白竜国』のみならず北方の寒さの厳しい『青竜国』や『黒竜国』にも巡らせる事が出来れば、ダドルアード王国はコーヒーの一大産地となるだろう。
コーヒーが浸透すれば、この国は貿易で更なる富と権力を持てる。
『竜王諸国』相手に、たとえ弱小国だとしても、簡単には切り捨てられない要所として認識される訳だ。
オレ達はまた表舞台には立たず、こっそり利権だけを貰う予定。
とはいえ、金の使い道に困るから、寄付とかの名目で王城からそのまま各所に配布して欲しいもんだけどね。
校舎だけで管理するの、結構大変なんだけど。
閑話休題。
「さて、こちらのコーヒーだが、現在は未発表。
貿易枠がどれだけのものになるかどうかは、オレ達としても未知数なんだが、」
「………な、なるほど!
では、当初の貿易での輸入枠ギリギリを使って、」
「それだけだと足りない。
織物が3、石鹸が3、シガレットが3で、残りの1がコーヒーになる」
「それはいけません!
このような素晴らしい効用と、美味なるものを広めない手はございません!」
「だが、貴殿等が提示した王国の輸出枠は、これでいっぱいなのだろう?
輸出枠の増減に関しては、頑なに拒否をしていたじゃないか」
「…うぐぐ…ッ」
ふふん。
オレだって、議場に臨むために資料は熟読しているんだ。
織物やら石鹸やらの後の数字は、割合を言っている。
だが、ダドルアード王国の輸出枠上限を10として、先ほども言った通り、織物が3割、石鹸が3割、シガレットが3割、残りが1割と言う状況。
残りの1割は、元々の細やかな魔法具や装飾品などの輸出だった。
だが、残りの1割をコーヒーに割り当てるとしても、『黒竜国』どころか『白竜国』へ円滑に配分出来るだけのコーヒーは確保出来ない。
となれば、どうするべきか。
彼女達も貿易の資料を知っているなら、良く分かっている筈だ。
「こちらからの輸出枠を、増やしましょう。
麦が2、小麦が4、米が3、青果等が5で、増加枠140%でどうでしょう?」
ディーヴァが代替え案を提示した。
「………難しいな。
こちらとしては、石鹸が3、シガレットが3、コーヒーが3の、織物等が1でも良いんだが、」
それに対してのオレの答えは、ノーで決まっている。
「そ、そちらで構いません。
ですが、これ以上は、我が国でも捻出出来る輸出枠を超えてしまいますれば、」
渋るディーヴァ。
「だとすれば、流石にコーヒーは削るしかないか。
3、3、2、2だ」
追い打ちをかける、オレ。
「なりません、石鹸とシガレットとコーヒーは、なんとしても3でお願いします!」
食い下がるディーヴァ。
「じゃあ、そっちも小麦と米を1割増やしてくれんかね?」
更に、追い打ちをかけるオレ。
「………ううぅ、考慮致しますが、それでも小麦はまだしも、米は3割が限界です」
最終的に出て来た代替え案は、まだまだお粗末だ。
オレの要求への及第点にも及ばない。
「なら、コーヒーも2だ。
織物の比率を増やしても、構わないな?」
そして、オレからの更なる追い打ち。
「いいえ、是非ともコーヒーは3割で!
むしろ、4割に伸ばしていただけるのであれば、」
追い詰められたディーヴァだが、強かにも強硬姿勢だ。
「それだと、織物や装飾品の輸出枠が無くなるじゃねぇか。
断固として拒否。
ッつう訳で、石鹸3、シガレット3、コーヒー2の、織物等が2で良いな?」
最終的に、脅しとも言えるオレの通達。
このままいけば、彼女達にとっては不利益な貿易にもなりかねない。
「………わ、分かりました。
では、輸入枠の増加を検討すると致しましょう」
「オレは短気なんで、それほど待てる訳じゃないんだがなぁ…」
「分かっております」
最終的に彼女は、折れた。
隣に座っていた弟を見て、何やら了承を得ようとしているようだが、
「………特別増加枠は、以前と同じく3割が限界でしょうね。
となると、石鹸やシガレットは今まで通り3割ずつ。
織物や装飾品の割合を2に減らし、その上でコーヒーを5割にすることは出来ませんか?」
そこでオルフェウスは口を開いた。
どちらかと言うと、彼女よりは交渉に秀でた彼だ。
敗色濃厚は悟っていたのか、諦念にも似た雰囲気の目をしていた。
ははは、言い出しっぺとはいえ申し訳ない。
これ、実は国王からの要請で、コーヒーの輸出の検討の際に出ていた議題だったもんで。
「そちらさんの輸出枠は?」
「ギンジ様のおっしゃった通り、麦が2割、小麦が5割、米が4割、青果等が5割で結構ですよ。
以前の輸出枠を2割も増加させていただいております」
「………よし、良いだろう」
と言う訳で、交渉成立。
こちらかの輸出枠は、13割まで増やすことが出来た。
対する『白竜国』の輸出枠が15割。
圧倒的にこちらが優勢ではあるが、今までの一件がこれで赦免となるのだから、安いものだと考えて欲しい。
新作のコーヒーもしっかり売り込めたし、輸出枠も確保出来た。
オレ達としては、既にこの時点で貿易の利権で、ウハウハである。
(※ただ、こっちに入ってくる利権やら何やらで、また困りそうだというのは考えない方向である)
***
残っていた交渉も終わり、成立した。
書面には起こしてあるから、後はサインをして貰うだけである。
コーヒーを美味しそうに啜っている『白竜国』サイドも、満足はしているようだ。
そこで、ふと、
「あの、そう言えば、なんですが…」
「うん?」
今まで黙り込んでいたクリスタルが、口を開く。
その視線は、どこか気づかわしげなものだった。
「不躾とは思いますが、その、………以前、同席していた女性は、」
「ルルリエの事か?
彼女は今、以前議場へと駆け込んで来た伝令の処置で忙しかったから、今回は同席を見合わせたが?」
表題に上げたのは、ルルリエことラピスの事。
彼女は、オレの言葉通り、議場の終わり際に飛び込んできた伝令の一件で、王城の医務室に詰めている。
駆け込んできた伝令が、『ボミット病』。
しかも、後からオレが『探索』で診た限り、かなり段階が進んだ重症だった。
よくもまぁ、あの状態で『南端砦』からダドルアード王国まで辿り着けたものである。
見上げた根性なのも当然だが、恐れ入った。
ただ、獣人だったことも影響しているのかもしれないとは、ラピスの談だ。
どうやら、獣人の中には、魔力がほとんどない種族も多いとか。
『ボミット病』が発症していたとしても、そのおかげで症状の進行が緩やかだった可能性はあるとのことだ。
そんな獣人の 伝令は現在治療中。
最近開発したばかりの薬を使って、これまた治験である。
人間の大人と子ども、森子神族での治験は終わっても、他種族に対する治験が終わってなかったからね。
聞こえは悪いだろうが、『ボミット病』の治療薬の実験体になって貰っている。
勿論、許可は取っているけども。
さて、それはともかく。
彼は、ラピスの事を、どうして知りたがるのだろう?
同じ森子神族である事に、親近感でも覚えたのか否か。
彼は、今回の対談の折に、オレが訪ねて来た時から落胆と疑念を同居させた視線でオレ達を見ていた。
議場での時も、大体同じ。
同じ種族だといい事に気付いていただけという理由では、なかなか納得は出来ない。
「それがどうした?」
小首を傾げて、カップを傾ける。
とはいえ、警戒は怠らず、クリスタルへの視線は外さないまま。
しかし、
「………彼女は、いつからこのダドルアード王国にいらっしゃるので?」
「知らん」
聞かれた内容は、少しばかり返答に困るものだった。
とりあえず、オレは知らないと言い張っておく。
彼女がダドルアード王国近郊の東の森で生活を始めたのは、シャルが生まれてからの事。
だいたい50年前だとのことではあるが、正確な年月は不明。
とはいえ、それを言ってしまうと、おそらくラピスが不利益を被る可能性がある。
以前、闇小神族の戦士達が襲撃して来た夜のように、彼女の存在自体がある種の禁忌。
『太古の魔女』の異名は、今もその界隈では有名な話で、謂わば伝説だ。
オレ達『異世界クラス』にも、禍根を齎す危険を孕んでいる。
それを阻止する為に、こちらとしては彼女達の存在を秘匿している旨がある。
だからこそ、オレは軽々しく彼女を語る事はしない。
だが、
「さ、些細な事でも構わないのです。
彼女が、どこから来て、どのようにここで生活して来たのか、」
「それを知ってどうする?」
「どうするつもりもございませんが、それでも知りたいのです!
………同じ同胞として、また同じ『ボミット病』の研究をしている身として…、」
そう言ったきり、黙り込んだクリスタル。
その眼には、何故か悲壮すらも漂っていた。
彼もなかなかハードな人生を歩んだのだとは思う。
気持ちは分かるが、オレはそれに対して答える事は出来ないだろう。
オレの嫁さんである事も勿論ながら、彼女は既にこう言っている。
自身は森子神族であっても、彼等種族の同胞ではない、と。
意味は、オレもなんとなく察している。
彼女はきっと、森子神族という種族に対する誇りは、捨てている。
今は、一児の母であり、オレと言う人間の妻。
森子神族やその種族に対する矜持は、捨て去ったのだろう。
だから、オレが言えるのは一つだけ。
「本人に自分で聞けよ。
彼女がどう答えるかはオレも分からんが、それはオレじゃなく、彼女に直接聞くべきことだ」
オレを頼らず、本人に聞け。
それで何が分かるのかは、もしくは何の因果が発覚するのかは、本人達のみぞ知る。
旦那ではあるが、他人だ。
彼女を言いなりに出来る訳も無い。
彼女がどう答えるかに、オレは任せるだけしか出来ない。
「………ええ、その通り………ですね」
多少は、納得したのか。
クリスタルは、また黙り込んだ。
こちらも諦念にも似た、悲壮漂う雰囲気だ。
だが、これ以上はオレも何も言えないし、言う必要は無いと思っている。
今後顔を合わせる機会はあるのだ。
その時にでも、彼女の了承さえあれば、好きなように質問をすれば良い。
彼女の得意分野である研究成果を、ディーヴァに試さなくてはならないからな。
まぁ、閑話休題。
さて、オレの要件は終わったし、残りの仕事もまだまだ片付いていない。
先ほど言った通り、ごたごたが続いている。
例の伝令の件で、騎士団が上を下への大騒ぎとなってしまっている。
ゲイルなんて、てんてこ舞だ。
兄の事が心配で仕方なくて気分が沈んでいるというのに、伝令の齎した情報の所為で対応に追われている。
ヴァルトも同じような有様だが、まだ余裕があるのは年の功だろうか。
まぁ、それは良いとしても、そろそろゲイルは解放してやらなくてはいけない。
その為にも、オレ達もとっとと要件を片付けなければ。
「それじゃ、そろそろお暇させて貰おう」
そう言って、指をパチリ。
間宮が動き、ディーヴァの首にあった魔法具を外した。
ディーヴァが驚いた表情をしていたが、解放する訳では無い。
ただ、頃合いだったと言うだけである。
「………気分はどうだ?
倦怠感や、眩暈、吐き気、体の不調は見当たらないか?」
「えっ?あ、そういえば、……あら?」
種明かしの時間だ。
実は、彼女の首には、既に『魔力吸引魔法具』が嵌められていた。
もう彼女の治療は、開始していた訳だ。
先ほど、彼女達を人質に取った理由。
まさにそれが、ラピスとの邂逅の可能性を示唆している。
ディーヴァは『ボミット病』。
しかも、見立てだけで言えば、既に末期にも近いギリギリのラインだ。
だから、この対談が始まった段階から、魔法具で進行を抑えていた。
わざわざ『奴隷のの首輪』だと偽って、彼女の首に付けさせていたのである。
勿論、最初はこの場にいる全員に抵抗はされた。
しかし、ディーヴァがそれを甘んじて受けた事で、一応は収まっている。
しばらくは、この首輪で様子見となるだろう。
既に最初の段階で、どれだけの魔力量だったのかはオレが目測程度ではあるが判断している。
後は、頃合いを見計らって外すだけで事足りる。
薬の治療が出来る様になるまでは、この状態をキープするしかないだろう。
まぁ、どのみち、クリスタルとオルフェウスは気付いているようだがな。
………おかげで、揃いも揃って態度が軟化したもの。
これまた、ラピス様々である。
そして、今がその頃合いとなっただけ。
不思議そうに首を傾げつつ、間宮を振り返ったディーヴァ。
その現在53歳とは思えない少女然りとした眼が、間宮の持っていた魔法具を見て、丸く大きく見開かれた。
「ウチの『ボミット病』緩和策の第一弾。
治療薬が出来上がるまでに、オレ達が使っていた魔法具だよ」
そう言って、オレも同じ形状の魔法具を手に持ってひらひらと振る。
ちなみに、オレも永曽根もラピスも、ストックを1つずつ持ち歩くようにしている。
驚きのあまりか、固まっていた彼女。
おずおずとオレを振り返ったかと思えば、
「で、では…私は、今、………治療を受けていたのですか?」
「その通り。
まぁ、それだけで完治する訳ではなく、緩和出来るってだけだけどね」
苦笑を零しつつも、間宮に目線で合図。
彼はそのまま魔法具を、クリスタルへと渡した。
「オレ達が開発した治療薬の使用は、今後のアンタの態度次第。
脅している訳では無いけども、悪いけど叛意のある人間を治療してやるほど、こっちも寛大では無いからね」
前提として、脅迫とも言える言葉で前置き。
そして、続けるのは、魔法具の使用法と、その注意事項だけ。
まず、完治はしないと先に言っておく。
あくまで、緩和策。
だから、付けっぱなしにしない事は、念を押して話しておいた。
魔力枯渇は下手すると死ぬから、マジで厳命しておく。
そこから、付ける回数や頻度。
彼女の魔力総量は、どう見積もっても間宮と同等かそれ以下だ。
間宮自身は修行の成果で、以前よりも倍近く数値を伸ばしているので、大体1800相当。
今まで時間にして1時間近く話していたが、それが限界で頃合いだ。
おそらく、永曽根と同様で、朝に1時間程度身に着けたら、夕方ぐらいにもう一度付けて頃合いとなるだろう計算。
と言う訳で、朝と夕方の食事の後、1時間と説明しておいた。
たまに発生するイレギュラーに関しては、その都度クリスタルに判断を任せる事にする。
森子神族だから、ラピスやオレ同様、魔力の流れも視えているようだからね。
つらつら淡々と、あくまで説明だけをしておいた。
「………ってなことで、よろしく」
そうして、改めてディーヴァへと視線を向けた時。
「は、はい…ッ!
今までの数々の無礼にもかかわらず、このような心遣いを賜り…ッ」
彼女は、大粒の涙を流して、オレを見ていた。
これには、流石にオレも驚いた。
いや、まさか泣くとは思ってなかったから。
オレの背後に戻ってきた間宮と、ついつい顔を見合わせてしまう。
「………こ、このような、体に不調の残らない事など、何十年ぶりかもわかりません………ッ」
そう言って、鼻を啜った彼女。
それっきり俯いて、胸元から取り出したハンカチで目を押えて嗚咽を漏らす。
ああ、そうか。
きっと、ラピスと同じで、彼女も辛かったのだろう。
それは、周りの人間も同じこと。
オルフェウスは、苦笑を零しつつも目尻に涙を溜めていた。
そして、クリスタルはその魔法具を手に持ったまま、呆然とした様子だった。
よく見れば、背後の壁際で整列していた、騎士団の連中も涙を流していた。
間諜の面々とて、咽び泣いていた。
これが、長い事『ボミット病』で苦しめられていた面々の、解放された瞬間か。
そう考えると、胸に感慨深い思いが錯綜する。
目に焼き付けようと、思えた。
オレ達も、もしかしたらこうなっていたかもしれない。
運良く、オリビアの加護に気付かなければ。
運良く、魔法具を発見できなければ。
オレや永曽根だって危なかった。
だからこそ、オレが言えるのは、
「………ちなみに、それを作ったのもルルリエだ。
感謝するなら、オレじゃなくて、彼女にしてくれ」
本来なら、謝辞を受けるのはオレじゃない。
自身も『ボミット病』に苦しみながらも、緩和策を模索し続けた彼女の功績だ。
今は、オレにとって、それが何よりも誇らしい事実。
「………こ、これも、彼女が…?」
クリスタルが、食いついた。
とはいえ、それもオレからは、これ以上言う必要も無い。
そのうち、顔を合わせる事になるのだ。
まぁ、それも今後の態度次第とはいえ、この分なら大丈夫だろう。
その時にでも、本人に聞けばいい。
「たまには、負けてみるのも良いだろ?
意外とどこにヒントが転がっているかなんて、分からないもんなんだ」
それだけ言って、オルフェウスへとウィンク。
彼は、遂に大粒の涙を零しつつも、大仰な頷きを返す。
負けず嫌いも、今後は程ほどにして欲しいよ。
とはいえ、こちらとしては良い好敵手が出来たと思っているけども。
そして、そのまま、オレは、居室を後にした。
「重ね重ね…ッ、ありがとうございます…ッ!」
その後ろ背に掛けられたディーヴァの涙声。
それを聞いただけでも、オレ達にとってはとても有意義な時間であった。
またしても、誇らしくなった。
ラピスに会いたくなったのは、当たり前の事だった。
***
「おや、お主の要件とやらは、終わったのかや?」
「ああ、終わったよ。
滞りなく、順調にね」
扉を開くと、即座に気付いたラピスが声を掛けて来る。
オルフェウス達の軟禁されている居室を後にして、心無しか急いでやってきたのは治療室。
先ほど、ディーヴァ達のやり取りを見ていて、どうしてもラピスに会いたくなってしまった。
気持ちが逸ってしまい、多少ショートカットをしてしまったのはご愛敬。
なに、階段を飛び降りたり、回廊なんかを飛び降りたりしただけである。
王城もゲリラ対策か何かで入り組んでいたから、馬鹿正直に道順を辿るのが面倒くさかったんだもの。
………まぁ、子どもみたいだと、間宮には笑われただろうけども。
そんなオレを出迎えたラピスが、苦笑と共に手を広げてくれる。
オレはそれに対して、どんな顔をしていただろうか。
会いに来たら会いに来たで、何やらウズウズとしてしまう。
オレの嫁さん、やっぱり最高。
ぎゅう、と音がしそうな程に抱き合って、ラピスの抱き心地を堪能する。
『異世界クラス』に来てから、ややふっくらとし始めた彼女。
風呂場で何故か鏡を見て体形を気にするようにはなったとは思っていたが、今までが痩せぎすだったのだから多少はふっくらしても良いだろうに。
そのふっくらとした抱き心地を毎度堪能させて貰っているのもオレだ。
やっぱり、嫁さん最高。
「この甘えん坊め」
「………嫌い?」
「まさか」
このやり取りも嬉しくなって、抱きしめる右腕に更に力を込める。
勿論、加減はするさ。
揶揄ではなく、物理的に彼女を抱き潰したりはしない。
惜しむらくは、左腕が不随で両腕で彼女を抱きしめられない事か。
悔しいが、こればっかりは仕方ない。
そして、名残惜しくも、彼女から離れる。
ふと、そこで、
「これは、滅多にせんが、サービスじゃ」
そう言って、唇を重ねられた。
瞬間、沸騰するかのように頭が麻痺し、下半身には熱が集まった。
いやはや、オレの煽り方までよく心得ておられる。
最高の嫁さんである。
とはいえ、ここで発情する訳にもいかない。
忘れていたが、ここは治療室だ。
患者もいるし、職員もいる。
治療室に詰めていた数名から嫉妬の入り混じった視線をいただいたが無視をしておいた。
潔く離れたところで、
「それで?
そっちはどうだ?」
「どうもこうも、最初の診断の時以降は眠り続けておるから、診断も何も無いわ」
多少、赤らめた頬のまま、ラピスが親指で指示した先。
そこには、治療用の寝台。
そして、その寝台に眠っている獣人の男性。
例の伝令として駆け込んできた、青年だった。
焦げ茶色の髪に、健康的に日焼けした色黒の偉丈夫。
しかも、この異世界特融で、例に漏れず端正な顔立ちをした、どこか野性味を持ったイケメン男子。
泥や垢、血塗れだったのが、今はさっぱりと小綺麗にされていた。
おかげで、イケメン爆発しろ、というフレーズがオレの脳裏に過るが、余談である。
オレには、美人な嫁さんがいるから、それでイーブンだ。
勝手にそんなことを思っておく。
さて、そんなことよりも。
「………薬も使ったし、『探索』も掛けたし、治癒魔法も使った。
なのに、まだ目が覚めないの?」
「おそらくは、過度の疲労や心労での昏睡状態と言えるじゃろうな。
半分衰弱しているようなものじゃったし、ここまでの道中で何事も無かったとは到底思えぬ有様じゃったからの」
「まぁ、確かにそうか」
彼が駆け込んでから、今日で3日。
1度彼が目覚めてからは、既にあらかたの処置は終えて念入りに『探索』や治療魔法も掛けた。
とはいえ、随分と急いで、ここに駆け付けたらしい。
傷だらけだったのは、道中で魔物か盗賊に襲われたのではないか、と言うラピスの見解だった。
その証拠に、ひっかき傷や刀傷が、混在している様子だった。
更には、『ボミット病』を発症しながらの道中だ。
食事も満足に取れていなかったばかりか、辿り着いた時には既に衰弱していた。
そこからまた眠り続けてしまっているのは、仕方ないとは思える。
だが、伝令の詳細に関しては既に聞いているとは言っても、どうするべきか。
実際、彼が起きて動けるようになってくれないと、こちらも動き出せないのが現状だった。
『南端砦』の騎士団『暁天騎士団』団長、ヴィンセント・ウィンチェスター。
彼が遂に、『ボミット病』を発症した。
その報せを持って、駆け込んだ伝令である彼・レオナルドもまた『ボミット病』だった。
だが、彼のおかげで現在の『南端砦』の現状を知る事は出来た。
聞けば、既に半数近くが、『ボミット病』を患っているとの事だ。
現在、『南端砦』に常駐している騎士団の規模は、200名。
ざっと中隊規模の人数が常駐しているが、発症しているのがその半数とは、つまり100名近いと言う事になる。
報告にあった30件とは、完全に食い違っている。
これには、流石のゲイルも慌てて、以前の報告書などをひっくり返し始めた。
オレ達の予想としては、ラングスタが握り潰していたんだろうことは分かっているから、大して驚かなかったけどもね。
発症していない残り半数は、おそらく『闇』属性を持っていない連中だろう。
これは、ヴァルトの談だ。
実際、『南端砦』は、犯罪を犯したり左遷をされた騎士が行く場所でもある。
『闇』属性が送られる場所でもあり、犯罪者が送られる場所。
『終着点』とは、そう言った意味も含まれていた。
そのおかげで、半数が『ボミット病』を患い、そのまま生活をしている。
ただ、何かしらの緩和策を、ヴィンセント自ら講じているらしく、死者が少ないのは僥倖か否か。
オレ達もそれ以上の詳細は、レオナルドが寝入ってしまった為に聞けなかった。
だが、芳しくない状況である事は明らかである。
ゲイルなんぞ、ここ数日寝る間も惜しんで報告書を読み漁り、ついでに過去の『南端砦』の資料や補給などの詳細まで調べ上げている。
コーヒーを差し入れに行って、滅茶苦茶有り難がられたっけね。
文字通り、血眼になっていたので、オレも流石に口出しをすることは出来なかったけども。
「………昏睡はしておるが、安定はしておるよ。
お主が『探索』と共に、吸収をしてくれたおかげで、体内に魔石は残っておらぬようだし、」
「薬も効いているようだから、魔力も安定しているようだな」
「ああ」
ラピスの見解では、昏睡はしているが大丈夫との事。
後はオレ達でも、それこそ騎士団に任せても十分治療は可能だろう。
とはいえ、起き上がれない限りは、彼を動かす事は出来ない。
『南端砦』に行くならば、彼も一緒に連れていく必要があるだろう。
『南端砦』は、場所柄なのかその特性なのか、仲間意識が強いらしいとは、ヴァルトが言っていたのだったか。
ヴィンセントも、赴任した当初は大いに戸惑っていたようだ。
周りには同じ『闇』属性と、犯罪者ばかりと言った状況。
だが、お互いにその意識が強い為か、迫害や軋轢は生まず、代わりに芽生えるのが親近感や仲間意識だったようだ。
レオナルドもその輪の中に含まれているだろう。
死の物狂いで、こうして報せに走った彼の様子を見れば、そんなもの容易に想像がつく。
その代わり、『南端砦』の面々は、それ以外に対して排斥行動が目立つとのことだった。
これは、ゲイルの談である。
彼も何度か、視察の名目で『南端砦』に出向いたことがあったらしい。
だが、歓迎はされなかったというのだ。
むしろ、どこか排他的で、中にはゲイルや部隊の人間に対して、かなり好戦的な面々もいたらしい。
しかも、二度目か三度目の時には、砦への入隊も拒否されたそうだ。
流石のゲイルも堪えたのか、思い出して泣きそうな顔で笑っていた。
痛々しい笑みだった。
それならば、余計に、彼レオナルドも戻してやるべきだ。
そして、繋ぎになって貰う。
でなければ、オレ達が行ったところで、治療どころかゲイルの二の舞になり兼ねない。
と思っての事だったが、
「………だが、それでは3月末までに帰って来る事が出来ぬのではないのか?」
「そうなんだよねぇ………」
現状は、そう悠長にはしてられなかった。
ラピスの言葉通り、オレ達は3月末までにはダドルアード王国に戻っていなければならない。
何故なら、散々表題に上がっていた『天龍族』との約束が、3月末に控えているからだ。
勿論、向こうの予定としての『龍王』の誕生が控えている為、日付は確約されていない。
それどころか、涼惇の手紙には、前後する可能性も示唆されていたから、一概に3月末とは言い切れないまでも、それはそれ。
約束事は約束事だ。
いざ、彼等が迎えの使者を寄越した時に、肝心のオレ達がいませんじゃダメなのだ。
招待を受けているからには、こちらも準備はしておかなければならない。
だからこそ、3月末までには戻ってきたかった。
しかし、『南端砦』までは、どんなに急いでも片道1週間。
帰路も含めて2週間だ。
今は、3月の初旬となっているが、既に12日を超えた。
むしろ、中旬と言って良い。
彼の目覚めを待って『南端砦』までの移動や、そこからの帰還を考えると、滞在出来る日数がどう見積もっても1週間も無い。
それでは、治療をする意味も無い。
後遺症や副作用なんかのアフターケアすらも出来ないのでは、投げっぱなしと同義だ。
だからこそ、どうにかして移動日数を短縮したかった。
だが、どうあっても、無茶が過ぎる。
この世界には、オレ達の世界で言う文明の利器なんてものも無いし、簡単に作れるものではない。
お手上げの状態だ。
「………ならば、やはり、私が行った方が早いやもしれん」
「うん?」
しかし、そこで、ぽつりとつぶやいたラピス。
その表情には、決意が滲んでいた。
嫌な予感に、背筋が粟立つ。
「………無理を承知で言うのじゃが、」
「前置きするって事は、無理だって分かってんだよな?」
「無論じゃ」
そう言って、ラピスはオレへと真っ向から視線を合わせた。
オレ達の悩みの種が、解消される方法を口にする為に。
そして、その解消される方法を、オレに承諾させる為に。
「私とゲイルで、先行して砦に向かわせておくれ?」
その言葉に、オレどころか間宮すらも息を呑んだ。
どうやら、オレの嫌な予感は外れていなかったようだ。
無茶とも言える、解決法を口にしたラピス。
騎士団の少数精鋭と共に、ラピスが『南端砦』へと先行する。
そして、オレ達がレオナルドと共に、後続として『南端砦』へと向かう。
その移動手段は、
「私が王国と『南端砦』を繋ぐ『転移魔法陣』を描く。
お主等は、それに乗って、『南端砦』へと来やれ」
これまた彼女の得意分野である『転移魔法陣』。
距離にして、片道1週間を、その『転移魔法陣』で縮めてしまおうという、荒唐無稽な方法だった。
***
そこには、荒涼たる大地が広がっていた。
街と言うよりは村の集まりで、集落と呼ぶべき場所。
街の周りを刻一刻と囲い込むようにして、砂漠化しつつある東方の街の一つだ。
街の名前は、シャーベリン。
東方で、現在は『竜王諸国』の属国ともなっている街。
その街の『聖王教会』支部で、その手紙は送り出された。
『近く、来訪の旨をご報告いたします。
本国より連絡はあったかと思われますが、日程につきましては、既に伝達した通り3月末を目途にしております。
何分、巡礼の旅の途中という事もあり、前後する可能性もありますのでご了承いただきたく存じます。
また、来訪の旨を承諾していただきましたこと、大変喜ばしく思っております。
我等『予言の騎士』と『その教えを受けた子等』一同、貴国皆様方の心遣いを無下にせぬよう、全力を持って職務を全うさせていただく所存でございまして候。
シャーベリンの街より 『予言の騎士』一行随伴。
『新生ダーク・ウォール王国』 魔術師部隊第32分隊長 ランドン・マクマギリア』
その内容は、既に決定事項とも言えた。
貴国と称された、国が対応に窮しているという事も露知らず。
まるで、申し出が棄却される事など、考えてもいないような内容である。
そして、その手紙は実際、既に送り出されてしまった。
『聖王教会』支部経由であるのは、『聖王教会』に独自の連絡手段があるからである。
とはいっても、隷属の魔法具を付けた鳥が、任意の場所へと手紙を運んでくれるという伝書鳩のようなものである。
だが、その配達速度は、冒険者ギルドやその他の機関で配達する速度よりも、格段に速い。
そして、その手紙を送り出した人間は、と言えば。
「………はぁ、いつまで続くんだよ、この任務」
と、やや辟易とした様子で、大仰な溜息を吐く。
痩せぎすの体とそれに見合った肩が、大きく下げられている。
猫背気味の体形は、もはや直し様がないとは分かっていても、彼の肩に伸し掛かる重圧の所為で更に背骨が歪んでしまいそうだ。
それはそうだろう。
彼は、手紙にも書いた通り、『予言の騎士』一行の随伴となっている魔術師の1人だ。
今でこそ魔術師部隊第32分隊隊長と言う地位にいるとはいっても、所詮はお飾りである。
むしろ、体の良い生贄と言った方が良かったかもしれない。
魔術師部隊第32分隊とは、総計32ある分隊の中で一番最後になり、また最近出来たばかりの分隊だった。
それもこれも、『新生ダーク・ウォール王国』が擁立した『予言の騎士』一行の巡礼を護衛する為である。
護衛と言えば聞こえは良いが、実際にはその小間使い。
『予言の騎士』一行の行動を補佐する為の、召使のような立場だ。
護衛と言う名目ならば聞こえは良いが、その実監視も含まれているのは自他ともに認めていた。
なにせ、こちらの『予言の騎士』一行は、巡礼と言う目的の為ならば、無理も無茶もそれこそ無謀すらもする無法者の集団と言っても過言では無かったからだ。
勿論、全員がそうではない。
とはいえ、一部の人間の行動が、過激なのは事実だった。
過激過ぎるとも言うだろうか。
そう考えて、『聖王教会』での要件を終えた、第32分隊隊長のランドンは辟易とした溜息をまたしても繰り返す。
彼にとって、今の仕事は既に苦痛としか言いようが無かった。
最近になって、円形脱毛症が確認出来たのもその所為である。
何故、彼をここまで辟易とさせているのか。
彼は既に、自分が体の良い生贄で、『予言の騎士』一行の小間使いとして差し出された事など気付いている。
最初こそ、分不相応ながらも栄誉を賜ったと小躍りしていた彼ではある。
それが、今となってはその小躍りしていた時期の自分を殴り飛ばしてやりたいとも考えていた。
ダドルアード王国に向かう旨は既に通達を終えた。
だが、今後以前と同じような問題が起こった時、もはや彼等だけでは対応出来ないだろう。
むしろ、対応する義理は無いと考えている。
首が飛ぶのは時間の問題だ。
そして、もう本国からの保証を頼りには出来ないだろう。
更に陰鬱な気分となったランドンは、肩を下げたままふらふらと『聖王教会』を後にした。
通達でも回っているのか、『聖王教会』支部の修道者達の敵意と、あるいは憐憫の視線を向けられながら。
「遅いじゃねぇか!いつまで待たせるんだよ!」
途端、耳に響いた叱責の声に、ランドンはまたしても内心でうんざりとしてしまった。
表情は変えなかったものの、辟易とした雰囲気など隠しようもない。
叱責の声を上げたのは黒髪の青年だった。
彼の回想の中で、一部の過激な生徒と称された1人である。
「やめなよ、田所くん!
隊長さんだって、職務があってこうして立ち寄っているんだし、」
そんな青年へと、宥めすかすような猫撫で声を出すのは、金色の髪をしたこれまた青年だった。
とはいえ、年若いとはいえ、成人は迎えているだろう事は見た目からして分かる。
だが、気が強いとは言い難い性格が、見た目にも現れている。
躾が出来ない保護者とは、この事である。
「先生はすぐそうやって下手に出るから、舐められるんだって!
『予言の騎士』だってんだから、ドーンと構えてりゃ良いじゃねぇか!」
なんてことを生徒から言われても、怒るでもなく苦笑をするだけの彼。
今まで何度も続けられたやり取りで、結局この『予言の騎士』である担当教師が言い返した試しは無い。
「………うるせぇな…」
「あ!?なんか言ったか!?」
ぼそりと呟かれた、言葉。
その言葉を発した青年に向かって、黒髪の青年は怒鳴る。
「うるせぇって、言ってんだよ」
しかし、次の瞬間には、殺気混じりの視線を受けて黙り込んだ。
この世界でも珍しい白髪を持った青年。
そんな彼の眼力は、蛇の魔物すらも斯くやと言う程の、凄まじい殺気であった。
「ちょ、ちょっと、兄貴、抑えてよ」
「もう、限界なんだよ。
いつまで、こんな訳の分からねぇ世界で、遊戯の真似事しなきゃいけねぇんだ…」
「そんなこと、オレ達だって分からないに決まってるでしょ?」
そんな白髪の青年を、宥めたのはこちらはキーの高い少女の声だった。
同じく白髪で、青年の事を兄貴と呼んだ時点で、兄妹と言うのは分かる。
白い肌には、同化するかのように包帯が巻かれていた。
その下には、痛々しい傷跡と焼け爛れた跡が残っているというのは、ここにいる全員が知っている。
数々の問題が起こった折の、被害を被った爪痕である。
「正直、オレもそろそろ限界やねぇ」
「そんなの、全員が同じ意見ですよ」
白髪の青年の言葉に同調するように、別の黒髪の青年と、茶髪の青年が首肯する。
関西弁の青年が黒髪で、敬語を使った青年が茶髪だった。
どちらも、辟易とした様子を隠さずに、大仰な溜息を吐いていた。
「………オレも、同意。ここ、無価値」
同じく首肯した、金髪の少年。
こちらは、少々他の面々よりも背が小さく、どこか不釣り合いな印象を受ける。
だが、剣呑を通り越し殺気立った視線は、見た目に反して剛毅なものだ。
「ねぇ、大丈夫、華月?無理して無い?」
「うん、大丈夫。そんなに心配しなくても平気だよ」
そこで、茶髪のショートカットの少女が、先程の白髪の少女へと問いかける。
視線は気づかわし気で、それでいてかなり焦燥が浮かんでいる。
どのみち、白髪の少女が怪我をしているのは事実だ。
失明もあり得るという重症なのだから、心配になるのも無理はないだろう。
「なんか、嫌な雰囲気だねぇ、凛たん」
「そうだねぇ、まこたん。
なんか、こっちまで憂鬱になっちゃって、やつれちゃいそう」
そんな面々の様子を遠巻きに眺めた、明るい赤髪の青年と、茶髪の少女。
とはいえ、茶髪の少女は地毛では無かったのか、根本から既に黒くなりつつあった。
それだけ、長い事この異世界に閉じ込められていた証拠だ。
そんな2人は、公衆の面前で合っても人目を憚らないイチャイチャぶり。
恋人同士であったのは事実だが、こちらに来てからは余計に暑苦しくなったとは、辟易とした様子を隠そうともしない白髪の青年達の言である。
「………。」
「………。」
始終無言を貫き通したのは、これまた茶髪の少女と、黒髪の少年。
このクラスの中では、一番静かな面だ。
茶髪の少女は、まるで生気が無いような瞳で、地面を見つめているままだった。
一方、黒髪の少年は、貧乏揺すりを続けて、始終不機嫌そうな表情で彼方を見つめている。
もはや、このクラスの面々はこれだけだ。
『予言の騎士』である金髪の青年をはじめとした、『その教えを受けた子等』である一行。
その一行の面子は、既にこの11人だけだ。
召喚された当初は、クラスメート30人がいた。
しかし、『新生ダーク・ウォール王国』に辿り着くまでの各所で、犠牲が出たのもある。
『新生ダーク・ウォール王国』に保護され、予言の一説にあるように『予言の騎士』だと擁立された後、訓練中にも不慮の事故でも何人かが亡くなった。
ここまでの旅の道中でも、犠牲になった数名がいた。
その中で、残ったのがこの11名だけだったのである。
そして、この面々は既に、修復不可能な程に対立してしまっている。
もはや、協力体制等取れないだろう。
それを決定付ける事件が、最近起こってしまったばかりだ。
当事者でも無いのに、胃がきりきりとするランドンは、職務だけを全うする為に『予言の騎士』本人へと向かい合う。
もう、彼とてこの『予言の騎士』を本物だとは信じられないとしても。
『ダドルアード王国への連絡は、完了いたしました。
シャーベリンからは片道3週間程となりますので、今日はこのまま宿で休み、明朝に出立することをお勧めします』
『分かりました、ありがとうございます』
異世界の言語での報告だけを終えると、ランドンはそのまま数名の部下達を伴って街の中へと消えていく。
護衛の数名だけを残して、宿を探す為に出かけたのである。
その後ろ背を見送った数名の生徒達が、またしても大仰な溜息を吐く。
このままの生活がいつまで続くのか。
辟易とするのは、当然のことだった。
街に入れば宿に泊まる事が出来るものの、いざ街の外へ出れば基本は野営だ。
精神的にも衛生的にも堪えるものがあった。
別の『予言の騎士』一行がいるという噂を聞いた時、憤慨と羨望を感じたのはどちらが早かっただろうか。
向こうは、召喚された先の王国で、校舎を構えて修練に明け暮れているという。
こちらは『新生ダーク・ウォール王国』からの後ろ盾があるとはいえ、旅から旅への根なし草だ。
現代での生活に慣れ切っていた平均が18歳の彼等にとっては、苦行とも言えた。
既に身も心も限界で、疲れ切っていた。
そんな彼等が、次に向かうのはダドルアード王国。
礼の『予言の騎士』一行が居を構える、南端の貿易大国だ。
既に賽は振られた。
彼等は、このままの生活を続けながら、彼等と会い見える事となる。
3月の中旬を数えた、12日の事。
シャーベリンの街から、手紙を先行させた『予言の騎士』一行の旅は、同じ『予言の騎士』一行の邂逅を目前へと控えていた。
***
そして、フラグも同時に突っ込むという。
今までのフラグ回収が順調に終わりましたので、余裕が出来ました。
とはいえ、余裕がなくてもフラグを突っ込むのは、いつもの作者の悪い癖でしたが。
実は、感想でいただいた偽物『予言の騎士』一行の話が、リアルタイムだったのでビックリしました。
この話でフラグを立てて、後々邂逅させるつもりだったのですが、感想もいただいた事でしたので、ちょっとだけ詳しく掘り下げてみました。
メンバーは11人。
金髪の成人男性が、『予言の騎士』です。
以下、生徒達が、
短気な黒髪、
短気の白髪と、その妹である怪我をした白髪の少女。
関西弁の黒髪と、
敬語を使う茶髪、
カタコトの金髪と、
茶髪のショートカットの少女。
チャラ男の赤髪と、彼女である半分茶髪の少女。
人形のような茶髪の少女と、無口でイライラした黒髪の少年。
以上11名。
当初の『異世界クラス』の人数と合わせたのは、わざとです。
今は人数が増えていますが、それも然もありなん。
今後の展開をお楽しみいただければ、幸いです。
誤字脱字乱文等失礼いたします。




