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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、再戦編
121/179

115時間目 「社会研修~二度目の邂逅~」3 ※暴力・流血表現注意

2016年11月18日初投稿。


続編を投稿させていただきます。


やっと鬱展開を抜けて、アサシン・ティーチャーも舌を噛み切るフラグをへし折れました。

精霊様方をご降臨とかも考えましたが、交渉の席で力づくってのも芸が無いな、と却下した上での鬱展開でした。


スカッとさせるのは、今回生徒達の役割とさせていただきます。


115話目です。

※タイトル通り、暴力・流血表現があります。

拷問と言った類の表現もありますので、苦手な方はご注意を。

***



「さぁ、宣言を。最後まで言い切ってください」


 己の無力さを、痛感させられる。

 オレには、何一つ守り切れないのだと、まざまざと見せつけられた瞬間だった。


 催促をする、ディーヴァからの冷たい視線。

 見ていられなくなって、目を逸らすしか出来ない。


 結局、オレはあの頃と変わっていない。


 ただ、逃げるしか出来ず、捕獲され。

 挙句に弄ばれるかのように、強者に屈するしかなかったあの頃と。


 眦に浮かんだ涙が、悔しい。

 何もできない自分が悔しい。


 これしか、生徒達やローガンを救えない自分の不甲斐なさに、殺意さえ覚えた。

 宣言をしないまま、このまま舌を噛み切ってやろうかと半ば本気で考えてしまう。


 この程度の苦境すらも打破出来ない、自分なんて。

 世界の終焉どころか、降り掛かる不運や問題さえも打ち払えない自分なんて、


「(………生かされる価値なんて、無い…!)」


 絶望に、背筋を氷塊が滑り落ちた。

 痺れていた手足から、力が抜けていく感覚がした。

 足下が、崩されていく錯覚すら覚えた。


 そのうち、自分が立っているのか座っているのかも、分からなくなって。


「宣言なさい!貴方は、もう我等のもの(・・)です!」


 響いたディーヴァの声に、事実を突きつけられた。



***



 その瞬間だった。


『………主、上だ』

「………ッ!?」


 突然の、内心からの声。

 咄嗟の事に、内心からの言葉通りに振り仰げば、


「………テメェ、また諦めてんのかよ」


 頭上には、獲物を構えたままのハルがいた。

 天井から、まるで猿のようにぶら下がって、オレを見下ろしている。


 涙で滲んだ視界の先で、ハルの小憎たらしい笑みがあった。


「な、何者だ…!」

「………また、邪魔者ですか…」

「………彼は、」


 俄かに慌て出した、ディーヴァ以下の面々。

 だが、ハルはその声音に臆すること等無く、天井から見下ろしているだけだ。


 ふと、その声音と態度、そして、そんなハルの様子にデジャヴを感じた。

 思わず目を見開いた途端、


「おらぁああ!!」


 天井にぶら下がっていた彼が、気鋭一閃。

 かと思えば、天井から何かを引きずるかのように、飛び降りて来た。


 迎撃態勢に入る余裕は、無かった。


「おいおい、鈍ってんじゃねぇよ。

 少しは構えろってんだ、この馬鹿」


 飄々とした様子に、またしてもデジャヴ。


 そう言って、ズダン!と派手な音を立てて、机に落下して来た彼。


「な、なんじゃ!」

「何事…ッ!?」

「ひぇ…ッ!?」


 音と振動で、今まで気絶していた国王以下幕僚達も目を覚ました。


 引きずるようにして天井から取り出した何かも一緒であった為、必然的にハルがそれを抑え込む形で立っている。

 その何かを見た途端、


「………ッ、あの時の…!」


 目を見張ったのは、オレだった。


 いつか見た事のある藍色の髪。

 髪の色と同様の、濃い色合いの青の瞳が、苦し気な表情の中でも爛々と殺意を滾らせている。


 校舎へと侵入していた、鼠の女。

 一度は顔を見た事もある、間諜の1人であった。


 そして、その格好を見た瞬間、


「き、貴様、先ほどの伝令…ッ!?」


 素っ頓狂な声を上げたのは、オレの背後にいたゲイル。


 ダドルアード王国の騎士服を着ている。

 そして、意匠は青で、下級騎士部隊のものだった。


 このダドルアード王国では、下級騎士はほとんどが街の巡回や伝令が主な仕事。

 先ほどは気付け無かったが、まさか女だったとは。


 謀らずしも、オレの考えが当たっていた事が証明された。


 オレも先ほど、狂言だったと考えた手前、伝令が怪しいとは思っていた。

 予想が当たったのは偶然だった。

 だが、まさかまさかの状況に驚嘆だけが残る。


 先ほど被っていただろう兜は取り払われ、痛々しい傷跡が額に覗いていた。


 おそらく、ハルとやり合ったのだろう。

 それが、彼女の運の尽き。


 ハルは対人戦が多少心許ないと言っても、オレに次ぐ手練れだ。


 以前のコーネリア達の歓迎の際は、間諜の爺さんにしてやられたとはいえ、仕方ない事だ。

 ハルは、魔法が使えない(・・・・・・・)

 それが原因だ。

 あの爺さんが『闇』属性の魔法さえ使っていなければ、彼だって遅れをとる事は無かっただろう。


 だが、魔法の扱いを引っこ抜けば、あの爺さんと渡り合うだけの力量は持っている。

 そんなもの、同期として活動していたオレが一番知っている。


 この程度の間諜の女なら、片手間で拘束するのなんて容易な筈だ。


 そんな彼は、その伝令もとい、以前オレとも顔を合わせた鼠へと獲物ナイフを向けて、伸し掛かるようにして動きを拘束している。


 そのままで笑みを浮かべているのが、そこはかとなく隠し切れないS臭を感じるが。

 背筋に走った悪寒は、気の所為にしておいた。


 追求して矛先をオレに向けられても困るからな。

 ………オレのバックなお口に、獲物を叩きこまれてしまってはかなわない。

 ………下品だったな。

 自重しよう。


 閑話休題それはともかく


「さっき、議場に入ってきてから、ずっと可笑しいと思ってたんだよな。

 中からの許可も無く扉を開くは、詳細が不明とか言いながら餓鬼共が誘拐されたとか抜かすわ、」

「ぐぅ…ッ!」


 言葉を重ねつつも、ハルが伸し掛かる圧力を増やしていく。

 よくよく見れば、腕を捻りあげていたのか、苦痛に滲んだ鼠の女の額に脂汗が浮いていた。


「ヴァルトから指示を受けて、尾行すれば案の定だ。

 詳細を調べに行くどころか、隠れて着替えを始めようとしやがったから、とっ捕まえておいたぜ」


 そう言って、にやりと笑ったハル。

 オレへと向けられた視線に、体が痺れるような感覚を持って広がっていく血流。


 安堵を感じた。


 でも、待って。

 今、ヴァルトの指示とか言った?


 そこで、視線をヴァルトへと向ければ、


「………お前達は知らないだろうが、騎士団の伝令部隊は全て市井上がりしかいねぇんだ」


 そう言って、目を開いたヴァルト。

 座って腕組みをしたままの彼は、不覚にも絵になって格好良いとか思ってしまった。


 その淡々と重ねられた言葉にも、貫禄があった。


「声を聞いて、すぐに無理して低音の声を出した女だと分かった。

 だが、ここ数年の伝令部隊に、女がいた記録は無い」


 続けられた言葉の意味に、全員が察知した。

 この一件、伝令に関しては狂言であった事を。


 そして、オレは先程のヴァルトの行動を思い返して、


「知ってたって事?

 最初から、可笑しいって…気付いていた?」


 納得できる点が、多々あった。

 そう言えば、先ほど視線を上に向けた時、小さく口元が動いていた気がする。


 ハルに向けての、読唇術だった訳だ。


 そして、議場でも静かに、やり取りを見守っていた。

 静観していたとも言える。

 そう考えて思い出せば、彼はずっとこのハルの結果報告を待っていたのかもしれない。


 頼もしいものだ。

 むしろ、その頼もしすぎる精神力メンタルを分けて欲しい。


 無様に動揺していたオレが、情けないったら。


「確証は無かった。

 記録は無くても、たまに抜けている事があるのは知っていたから、確証を得る為にハルに探らせただけだ」


 オレが、情けなさに内心でのたうち回っている中。

 そう言って、オレへと向かって目線を向けたヴァルト。


「まだ、諦めんのは早ぇだろ?」

「………ッ、………うん」


 まるで、出来の悪い弟を見るような、穏やかな視線だった。

 その一言に、奮い立たされる感覚を覚える。


 いつの間にか、ゲイルともども弟扱いになっていたのか。

 ………ただ、ハルから感じた嫉妬混じりの視線が怖かったけども。


「つ、つまり、誤報という事か…?」

「そうなるか?………っつっても、まだコイツから情報は吐かせてねぇから、決め付けるのは早いだろうけど、なぁ?」


 ゲイルの問いかけに、ハルが答えた。

 その言葉が終わるか終わらないかで、


「あがぁああ…ッ!」


 ぼきりと、異音が響いた。


 今しがた声を発していたハルの足元から。

 見れば、彼の足が完全に鼠の女の膝関節を押さえていた。


 体重を掛けて踏み抜いて、おそらく折ったのだろう。

 そして、その異音を聞いて、顔を青褪めさせたのはこちら側では無く、あちら側だった。


 ハルはおそらく、この場で拷問をして吐かせるつもりだ。

 ヴァルトと一緒に行動をしていた手前、手馴れているという部分も多々ある。


 しかし、それを見て平然として居られる人間は少ない。

 特に、この場では。


 案の定、顔を真っ青にしたオルフェウスが口元を押えた。

 ディーヴァ青褪めた顔のまま、呆然とハルを見上げているだけである。

 クリスタルは、ガタガタと体を震わせながら、懸命にハルを睨みつけている。


 ただ、それはこちらも一緒。


 今しがた起きたばかりの国王達は、何が何やら分からずに唖然呆然。

 幕僚の何人かも、口元を押えて目線を逸らす。


「………ラピス、オレの後ろに居て」

「う、あぅ…」

「オリビアもおいで」

「………は、はいですの」


 斯く言うラピスも荒事は苦手。

 真っ青な顔で、言われた通りに大人しく、よろよろとオレの背後へと隠れた。

 オリビアも呼ばわり、ラピスに抱きつく。


 後は、オレがその壁になるだけで良いだけだ。

 音は遮断できないまでも、直視しなければ後でいくらでも慰めてやる事は出来る。


 今夜は、ローガンともども可愛がってやるしかあるまい。

 ローガンの安否が不明な今、まだ安心は出来ないとしても。


 それでも、意見は聞かない。

 どろっどろにさせて、甘やかせてやる。

 それこそ、お姫様のように扱ってやるから、覚悟しろってんだ。


 そうして、後々の展望まで考えた時。


 ふと思った。


 余裕が戻って来ている。

 気付いたと同時、そして目の前の間諜を見て、一瞬にして思考がまとまった。


 振り返る。

 そこには、赤髪の少年がきょとりと目を瞬かせている。


「(間宮、生徒達とローガンの様子を見てこい。

 ガセでも本当でも、精神感応テレパスで伝達しろ)」

「(こくり)」


 そう言えば、彼は一瞬で消えた。

 更に次いで目線をゲイルへと送れば、


「(救援を出す)」

「(頼む)」


 はっきりと、意図をくみ取ってくれた。

 これまた兄弟揃って、頼もしい事だ。


 万が一の為に、騎士団を動かしてもらう。

 間宮だけでは無理があっても、騎士団さえ動けば即座に捜索に動くことも可能だろう。


「………おい、ギンジ、お前までビビってんじゃねぇよな?」


 そこで、頭上から掛けられた声に、振り仰ぐ。

 これまた頼もしい友人が、端正な顔で笑っている。


「まさか、」


 苦笑を零して、肩を竦めた。

 この程度でビビるなんてこと、それこそ有り得ない。


 とはいえ、


「ありがとう…」

「礼なんていらねぇよ。

 結局、また隠密は見破られちまったしねぇ…」


 あ、それに関しては、ゴメン。

 只のズルだとしか言えないけども、言わないでおく。


 オレだって、アグラヴェインに言われないと気付けなかったから。


 そこで、ついでとばかりに、


「(ありがとう、アグラヴェイン)」

『………何、今回ばかりは見逃してやるとしよう』


 内心へも謝辞を送れば、これまた頼もしい声が返ってくる。

 我等が『闇』の精霊様も、頼もしいったらない。


 昼間の呼び出しの際の焼き増しか。

 だが、アグラヴェインは今回だけは見逃してくれるようで、ハルが『闇』の世界へご招待されることは無さそうだ。


 目線を上げれば、オレからの謝辞に満足げに笑みを深めたハル。


 しかし、一瞬にしてその表情を引き締めた。

 目線は、真下へと向けられる。


 未だに彼に拘束されたまま、膝の痛みに苦悶している間諜の女へと。


 反撃の時は、来た。

 この間諜の女が、狼煙の代わりであり、この議場を掌握する為のカウンター。


 さて、それでは、THE☆交渉人第2部と参りましょうか。


「覚悟しろって、言ったよな?」


 にっこりと、笑みを浮かべる。

 覇気も殺気も隠さない、オレがNGと言われている笑みで見据えたのは、勿論、『白竜国』の面々である。



***



「で、どうする?」


 反撃として、畏怖を植え込んでから。

 ………オレの笑顔だけで、真っ青な顔になられるのは、ちょっと業腹でもあるが、それはそれ。


 問いかけて来たハルへと、視線を戻す。

 どうするも何も、この間諜への処断である事は間違いないが、


「まずは、へし折るか外すかして、達磨にするとして、」

「………一部を削っていくってのも、手かな?

 幸い、目の前に雇い主がいるんだし、一番効果的だと思うけど?」

「………えげつねぇな」

「………え、お前がそれを言うの?」


 ツラツラと、上げたのはその拷問の手法。

 間諜の女の表情から、色が失せていく。


 『白竜国』どころか、こっち側の面々からも絶句されたけどね。


 とはいえ、拷問に手馴れているのは、むしろオレよりもハルだ。

 ヴァルトの下で用心棒まがいの事をしていた時の悪評は聞いているから。

 オレは受けた事がある側であって、別に詳しい訳でもなんでもない。


 ………口が裂けても言いたくないけどね。


 まぁ、それは良いとして。


「雇い主の目の前で、とんだ恥を晒したもんだな?」


 にっこりと、もはや安定ともいえる恐怖の笑みを浮かべる。

 ぎりりと歯を食い縛った間諜の女は、怯えを滲ませつつも必死にオレを睥睨していたが、


「なんだぁ、その眼は…?」

「あ…ひっ…がああああ!!」


 ハルがいち早くその反抗的な眼に気付き、間諜へと苦痛を与えた。

 悲鳴が響き、次いで先ほども聞こえた異音が、不釣り合いな程議場に反響した。


「………自分の立場を分かっておけよ?」

「ぎ、ぎざま等なんがに…誰が、…ッ頭を垂れるものが…ッ!」

「んじゃ、垂れられるようにしてやるよ」

「一本はオレにやらせてね?」

「おうよ、派手にやっちまえ」

「はぐっ…や、やめ゛ぇええ゛え゛……ッ!!」


 またしても、悲鳴。

 次いで、骨の折れる小気味いい音が響く。


 ついでに、オレも参加表明。

 これまた、絶句をする議場内の面々。


 女子ども痛めつける趣味が無いとはいえ、今回ばかりは目に余った。

 何が?

 この間諜の雇い主であろう、『白竜国』のやり方だ。


 生徒達をかどわかしたとか、嘘か本当かも分からない情報で攪乱してくれるとは、良くもやってくれたものである。

 むしろ、不確定情報でありながら、あれだけ自信満々でいられたなんてのも驚きだ。

 もしかしたら、本当に捕縛しているのかもしれない。

 それこそ、この間諜の女を、五体不満足にしてもまだ足りない程の怒りを感じるというものだ。


 怒りは、頂点。

 そして、やられた事は倍返し。


 無造作に投げ出された間諜の女の腕を、軽く握っておいて、


「君、『白竜国』の子飼いで合ってるよね?

 オレ達の情報を『白竜国』側に流してたのも君で、ウチの校舎に侵入したのも君だよね?」


 間諜の女へと視線を合わせる。

 だが、返ってきたのは、怨嗟の篭った視線のみ。


 ついでに、罵詈雑言。


「………地獄に゛堕ぢろ゛!」

「あはは、面白い冗談だ」

「ぎっ…あ゛あぁああ゛あぁあ!!」


 立場を弁えない彼女の腕に、遠慮なく力を込めた。


 オレの最近の怪力具合は、もう人間の範疇に収まらなくなった。

 おかげで、こうして握るだけだというのに、粉砕骨折を引き起こせる。


 骨を握り潰された間諜の女が、見苦しい悲鳴を上げてのたうち回った。


 そんなオレ達の様子に、ますます顔を青褪めさせた面々。


 あちら側もこちら側も、似たようなものだ。

 幕僚の数名なんて、もう既に白目を剥いてまたしても夢の中らしい。


 まぁ、そんなことはどうでも良い。

 ハルの言葉通り、達磨にはした。


 拘束は解いたが、間諜の女の背中を踏み付けた彼。

 そこで、徐に背中に背負っていた筒状の何かを放り投げて来た。


「あれ、『タネガシマ』まで持ってきたの?」

「おう、いるかと思ってな」


 そう言って、もう一本をヴァルトへと放り投げる。

 受け取ったヴァルトはといえば、受け取ったと同時にその場で立ち上がり、


「竜王騎士団各位に告ぐ。

 テメェ等のトップの頭を吹っ飛ばされたくなけりゃ、下手に動かない事だ」


 『タネガシマ』を悠然と構えつつ、その銃口を目の前のクリスタルへと向けた。

 ご丁寧に、騎士団へと牽制の言葉も込めて。


 まるで、マフィアのボスのような振る舞いである。

 ………口に出したら、その銃口がこっちに向き兼ねないまでも。


 さて、オレの内心はともかく。


 ハルもそれに習い、ディーヴァへと銃口を向ける。

 残りはオルフェウスであるが、彼は真っ青な顔で俯いたままだった。


 うむ………様子が可笑しいと思ってはいた。

 ………これは、当たり(・・・)かもな。


 必要ないと判断し、視線を間諜の女に再度戻した。


「もう一度聞くけど、」

「わ、私ば、何も゛、吐がな゛い!」

「あっそう?じゃあ、オレから全部言ってあげる」


 強情な間諜の女。

 見上げたものではあるが、果たしていつまでその強気な態度が持つだろうか。


「残念だけど、今の全部確認だったからね?

 おかげで、アンタじゃなくて、依頼人クライアントが尋問を受ける事になっちゃったね」


 にっこりと笑いつつも、そう言えば。

 只でさえ顔色の無かった間諜の女の表情が見る間に青白くなった。


 何か勘違いしているのだろうが、まぁ良いだろう。

 改めて向き直ったのは、これまた顔面蒼白のままのディーヴァへだ。


「この強情な子飼いのおかげで、繋がったよ。

 この子飼いは、アンタのものだったんだろう」

「………。」


 黙り込んだのは、黙秘か否か。


 言葉が発せない程、恐慌を来している可能性も無きにしも非ずか。

 今更、どうでも良いけど。


「コイツは、きっと最初から存在していた。

 それこそ、オレ達がこのダドルアード王国に降り立った、その時から…」


 だからこそ、王国が伏せた内容までもが『白竜国』に筒抜けになっていた訳だ。

 調べれば多少は出てくるかもしれないまでも、オレ達が牢屋に入れられ拷問まで受けたなんて話、どうあっても『白竜国』が来てから調べても、出てこない。

 緘口令が敷かれていた騎士団では調べられなかっただろう。


 なのに、お耳の長いオルフェウスは知っていた。

 当初から、間諜が潜り込んでいた証拠である。


「そして、オレの下に来た時、彼女はオレを害するよりも先に、情報を手に入れようとしていた。

 オレの机を漁っていたのが良い証拠だ。

 そして、あの時からオレ達が着手していたのは、『ボミット病』関連の研究だった」


 思い返してみれば、ヒントは散りばめられていた。

 パズルのピースをはめる様に、1つずつ慎重に繋げていく。


 永曽根が発症した時。

 最初の邂逅の時のことだ。


 オルフェウスは、力を貸す事が出来ると言っていた。

 苦し紛れの、盟約への交換条件のように出された話だったが、嘘は言っていなかったと思っている。

 それは、何かしらの『ボミット病』の緩和策を、既に持っていたという事だ。


 だが、それならば何故、間諜の女が『ボミット病』関連の情報を探る必要があったのか。


 オレ達が新しく開発するであろう、薬の研究結果が欲しかったのは分かる。

 些細なものであっても、情報が欲しかったのだろう。


 だが、オルフェウスが知っている『ボミット病』の緩和策以外に、何故治療法を探る必要があったのか。

 おそらく、その答えが、今目の前にいる彼女だ。


「アンタ、『ボミット病』なんだろ?

 何かしらの緩和策で生き長らえているんだろうが、それだけじゃもう足りなくなってきたか?」

「………なんの事やら」

「………オレには、魔力の流れも精霊も視えている」


 ディーヴァが誤魔化そうとした言葉へと、被せる様にして言及する。

 案の定、面々の表情も強張った。


 オレには、最近予期せず開眼したファンタジーフィルターで、魔力の流れも精霊の存在も手に取るように分かっている。

 以前は、ディランやルーチェもこうして驚かせただろうか。


 魔力の流れも、精霊の存在も、ばっちりと視る事が出来る。

 今なら、対話ぐらいは出来るのかもしれない。


 そして、ディーヴァに纏わりついている精霊の色は、黒。


 『闇』属性である事は間違いないく、そしてその身に内包された魔力が濃すぎる事も既に分かっている。

 だというのに、排出する魔力量が両隣のオルフェウスやクリスタルに比べて明らかに少なすぎる。

 おかげで、合点がいった。


 これは、途中で気付いたことであっても、オレ自身も患者なのだから分かっている。

 そして、それはこの場に同席しているラピスも同様だ。


「ここにいるオレの嫁さんが、『ボミット病』研究の第1人者だ。

 例えオレを誤魔化せたとしても、彼女の眼は誤魔化しきれんだろうよ」


 当たりだろう。

 3人の表情が、強張っていた。


 だからこそ、今あるだろう緩和策以上の治療法が欲しかった。


 仮にも、事実上の国のトップ。

 今回の事でオルフェウスが傀儡で、実権を握っているのがこのディーヴァである事が理解できた。


 そんな国のトップが『ボミット病』。

 あまつさえ既に取り返しのつかないところまで症状が進んでいる。

 そうなれば、そのうちに『白竜国』は傾くだろう。


 だからこそ、治療薬を欲しがった。

 そして、その情報がウチにある事を知っていたからこそ、この間諜の女は潜り込んで来た訳だ。


「それに、ウチの生徒達が宿にいる事が分かったのも、コイツが情報を流したからだ。

 残念ながら宿の情報は、騎士団にしか伝わっていなかったからな」


 更には、ウチの生徒達への襲撃が早すぎる。


 もっとも、捕縛した云々どころか、襲撃があったかどうかも半信半疑ながら。

 安否の確認は間宮に任せたから、後はその結果待ち。


 しかし、本当に事を起こしていなければ、こうした狂言はしなかっただろう。

 すべてが狂言だとすれば、してやられたとしか思わんが。

 ただ、どちらにせよ、どこから情報が漏れたのかは、押して察することも容易だった。


「ただ、気になるのは、他国の間諜がどうしてそんな都合よく情報を取得出来たのか。

 まぁ、実はもう彼女がいた場所に関しても、判明しているけどね」


 そう、判明している。

 気付いていた。


 予想の範疇を出ないまでも、おそらく一つだ。


 オレ達の情報が、都合よく手に入る場所。


「今まで、騎士団の指南役だったラングスタ。

 その子飼いであったお前なら、騎士団の情報もオレ達の情報も、簡単に探れただろうな」


 この言葉に、遂に間諜の女が反応した。


 唇までもを真っ青に、がくがくと震え始める。


「………ッ、やっぱりか」

「………ああ?」


 こちらでも、動揺した面々がいた。

 勿論、ラングスタの息子達である、ゲイルやヴァルトだ。


 だが、ゲイルは、なんとなく察してはいたのだろう。

 表情に悔しげでいて、苦々しさが溢れ出していた。


 以前、ラピスの捕縛を目的とした夜のパーティーの時、彼も疑念を呈していたものだ。


 何故、庇護下に置いたラピス達の件が、こんなに早く父親に漏れたのか。


 おそらく、子飼いはオレ達では無く、ゲイルに付いて回っていた。

 だからこそ、その情報をいち早く仕入れる事が出来た。


 以前、ヴァルトも子飼いを放たれていた事があった。

 『雷』属性を付与した魔法具の開発研究の折のごたごただ。


 その話を聞いていたからこそ、気付けた。

 ラングスタは、手駒となり得る子どもにまで、子飼いを放っていたのである。


 何度か気配だけは感じていたが、ゲイルも貴族だからと影警護ぐらいはいるだろう。

 そう、勝手に勘違いしていたのが、発覚を遅らせてしまった。


 今回の間諜の女だった訳で、つまりは2重スパイだった訳だ。


「そして、『タネガシマ』の事も、おそらく同様だ。

 とある武器商人(・・・・・・・)からの書状があったと言っても、それにしては食いつき方が可笑しい」


 そう言って、にこりと微笑む。


 シュヴァルツ・ローランと、ここにいるヴァルトはあくまで他人。

 暗にそう言い含めた言葉に、鼻白んだのは誰が一番早かったか。


 『赤竜国』の王太子(コーネリア)が食いついたのは、仕方なかった。

 彼が自分以外に分け与える力を欲していたのは分かっていたからだ。


 だが、何故その力を欲しがるコーネリアと『白竜国』が繋がったのか。

 勿論、あの間諜である爺、ダニエル老の采配はあるだろう。


 だが、その関係を露呈させる危険な橋を渡ってまで、手引きをしたのは何故か。


 確認の為だ。

 おそらく、『タネガシマ』の情報は、既にこの間諜の女が仕入れていた。

 後は、その真偽を確かめたかった。

 その出汁にコーネリア達を使ったのだ。


 そして、その采配は、


「テメェだな、ディーヴァ。

 オルフェウスはともかく、お前ならこの程度の策、簡単に思い浮かぶだろう」


 彼女だ。


 彼女ならば、この程度の策は考え付く。

 そして、実行にも移せるだけの、冷徹な思考は持っている筈だ。


 最初は、オルフェウスだと思っていたが、今の彼の様子を見ればすぐに答えは出る。

 彼は、生徒達の捕縛もオレの身柄の拘束も、きっと不本意だったのだろう。


 だからこそ、先ほどから真っ青な表情で項垂れたまま。

 議場の進行も、姉任せにしていたのが、その証拠である。


 きっと、彼は知らなかった。

 使い捨ての駒として、同じ『竜王諸国ドラゴニス』の王族が使われたなんて。


 視線を巡らせれば、オルフェウスと目があった。

 彼は、縋るような視線をしていたが、苦笑を零して肩を竦める他は無い。


 彼の処断は、ディーヴァともども決まったと同義だ。


 そこで、ディーヴァが強張った表情を引き締めた。


「………ご明察、と言いたいところですが、」


 そうして、口を開いたが、震える吐息は隠しようもない。

 そして、オレもその良く回る饒舌な口から弁明を聞くつもりはない。


「悪いが、言い逃れは聞かない。

 直接のやり取りをしたダニエル老から、言質は取れてるんでね」

「………ッ」


 言葉通りの意味である。


 これに関しては既に、ダニエル老が協力(・・)してくれている。

 オレが、今日呼び出しを受けてからすぐに出向いた寄り道先も、実はコーネリアが軟禁されている居室であったから。


 そして、彼等が持っていたのは、2つの書面。

 それは、コーネリア達が逃亡手段として手配していた、飛竜や物資などの内訳。

 それと共に、それをディーヴァ自身が下知したという証拠。


 飛竜は、その稀少性と調教の難易度で、国家予算が当てられる程の価値のある動物だ。

 これは、ガルフォンやダグラスが来てくれた件で、知っていた。

 そんな飛竜の手配など、残念ながら国王ですらも安易ではない。

 議会の承認が必要となるが、それをすっ飛ばす事が出来るのは、それを持ち物として所有している人間だ。


 ダニエル老から、既に聞いていた。

 『白竜国』が所有している飛竜は、全部で4体。

 そのうちの1体が、宰相であるディーヴァ本人の所有であると。


「コーネリアを当て馬にして、お前は『タネガシマ』が欲しかった。

 アイツ等がいざ逃げ出してきたら、契約を破棄して『タネガシマ』だけを奪い、こっちに捕縛させるつもりだったな?」

「………。」

「その証拠に、こっちで調べた限り、『白竜国』国境付近には飛竜の影も形も無い。

 悪いが、こっちだって子飼いはいるから、調べは付いているさ。

 手持ちの飛竜は、老衰で既に死亡している事ぐらい」


 いやはや、伏せていたとは言え、随分な策士だね。

 しかも、世界各国で価値の高い飛竜なんて、どんなに隠したって死亡した事が外に漏れないなんてこと有り得ない。


 とはいって、子飼いは王国のだけどね。

 ちなみに、腕は良いがどうやら随分と怠慢な性格らしく、報告が遅れる事もしょっちゅうだという。

 信頼していいものか悩むものの、はったりとして今回は使わせて貰おう。


 それはさておき。


 そこで、口を開いたのはオレでは無く、ハルだ。


「………こそこそ、嗅ぎ回っていたいたのは、オレも知ってたぜ?

 お前、コーネリアの部屋にわざと道に迷ったふりで近づいたり、ヴァルトが研究している『タネガシマ』の事、どうにか調べられないか研究員に交じって執拗に抗議して来たからな」


 と、彼の言葉通り、オレ達もその情報は手にしていた。


 彼が昼間の呼び出しの前に、オレの足下へと忘れていった(・・・・・・)ナイフの伝言でだ。


 間諜の女が、不審な動きをしていたのは知っていた。

 ヴァルトとハルをそれを敢えて知らぬ存ぜぬの振りで、泳がせておいたのである。

 今回の一件でどういった行動を起こすのかを、見極めようとしていた為だ。


 とはいえ、流石にオレも、伝令が本人だとは分かっていなかった。

 間諜の女が判明していたとしても、残念ながら騎士団情報にそれ程精通している訳では無かったから。


 これまた、頼もしい仲間である。

 敵対したままでなくて、本当に良かった。


 良くなかったのは、名前すらも知らない間諜の女だろうが。


「わ、私ば、何も゛知らない゛…!」

「誤魔化そうとはすんなよ。

 今度は、指が1本ずつ無くなるぜ?」


 そう言って、ナイフをくるりと手の中で遊ばせたハル。

 間諜の女が、またしても顔を青褪めさせる。

 それは、ディーヴァ以下の面々も同じこと。


 相変わらず、拷問となるとコイツも怖いものだ。


 でも、オレとしては、指よりも爪を押したい。

 剥がすと痛いのなんのって………、言ったら後ろのラピス達に軽蔑されそうで言えないけどね。


 話が逸れた。


 答え合わせは、この程度で事足りるだろうか。



***



 シン、と静まり返った議場内。


 未だに机の上でハルに伸し掛かられている、間諜の女の震えた吐息だけが響く。

 痛みにか、それとも追い詰められた心境からか。


 滲み出した脂汗や血で汚れた額に、前髪が貼り付いていた。


 オルフェウスは、相変わらず真っ青な顔で俯いたまま。

 この様子だと、もう彼自身は諦念しか脳裏に無いのではないだろうか。


 ディーヴァは、多少体を震わせながら、毅然とした態度でオレを見ていた。

 まだ諦めていないとは恐れ入るが、もうそろそろオレも化かし合いに疲れて来たから、抵抗をするのは止めにして欲しいものだ。


 クリスタルは、焦っているのか冷や汗まで噴き出している。

 とはいえ、彼はこの議場では既に、ほとんど何も出来ないだろう事を踏まえてノーマークで良いだろうか。


 顔面蒼白ブルーレイとなったディーヴァ以下『白竜国』の面々。

 そんな彼等を見渡して、オレも多少の溜飲は下がった。


 死ぬ覚悟はさせられなかったが、泣きを見せてやる事は出来ただろう。


 この状況では、流石にオレ達の身柄の引き渡し云々よりも先に、ダドルアード王国との関係回復をどうにかしないと貿易関係ほとんどおじゃんだしね。

 生徒達やローガンの安否が気掛かりとはいえ、もしかすると杞憂の可能性もある。

 不確定要素は多々あれど、優秀な弟子からの報告を待つしかない。


 後は、他に何かあったかな?

 と、小首を傾げつつも、ヴァルトへと視線を向けた矢先、


「………(つんつん)」

「………わぉ、吃驚した」


 背中に感じた、可愛らしいアポイントメント。

 これまたデジャブを感じて振り返れば、そこにいたのは相変わらずの愛弟子マミヤであった。


 オレを見上げて、にっこりと笑う彼。

 その微笑みを見て、思わず和みそうになる。


 いつの間に、戻ってきたのやら。

 噂をすれば影、と言ったように、今しがた脳裏に思い描いていた優秀な弟子の到着に驚いた。


 ………って、あれ?

 早すぎない?


「(精神感応テレパスで伝えてくれって言わなかったか?)」

「(………それよりも、戻った方が早いですから)」

「………うん?………戻った(・・・)


 えっと、それは確認して無いって事?

 きょとり、と目を瞬いた瞬間の事。


「(扉を開けますので、受け止めてやった方がよろしいかと、)」

「(………ッ!?)………ああ」


 間宮が何を言っているのか、一瞬だけ分からなかった。


 しかし、彼の言葉通りに、議場の扉の先へと意識を向けた時。


 潔く気付いた。


 感じ慣れた気配が、多数。

 廊下から、こちらに向かって来ている。


 オレが安堵の吐息を零したのに気付いてか、ラピスやオリビアがオレを見上げていた。

 そんな可愛らしい2対の視線に、苦笑を零しつつも歩き出す。


 既に間宮は、扉の前に待機していた。


「おい、どうした…?まだ、尋問の途中、」

「先にこっちを迎えてやらないと、器物破損で訴えられちまうよ…」

「………?」


 先ほど、オレの視線を受けたヴァルト。

 何かを言おうとしていたらしいが、申し訳ない。


 言葉通りの意味で、扉を壊されて請求をされでもしたら困る。


「………また規格外な育ち方してんなぁ、」

「ははは、今回ばかりは褒め言葉として受け取っておく」


 潔く気付いただろうハルが、苦笑気味に肩の力を抜いた。

 今回ばかりは、褒められて悪い気がする訳も無い。


 オレも、苦笑気味になりつつも、議場を横切っていく。


「まぁ、なんだ………、安心したな」

「………心配したのが、今では馬鹿らしいとしか思えなくなってきたよ」

「同感だ」


 言葉と共に、肩を竦めたゲイル。

 くくっと、喉奥で笑った彼もまた、肩の力を抜いたようだ。


 思っていた以上に、タフな連中だったようで。


「………良いぞ」

「(では…、)」


 立ち止まったのは、丁度議場の扉の目の前だった。

 目測で、真正面から7メートル程離れた場所。


 何事か、と議場にいた面々の視線が、オレ達へと集中する。


 間宮は、扉の前で倒れていた竜王騎士団の一人を、邪魔そうに扉の横へと放り投げた。

 相変わらずあの小さな体のどこに、あんな怪力があるのか不思議に思う。


 立ったまま、行儀が悪いとは思いつつもシガレットを取り出して、火を灯す。

 そして、吸い込んだ紫煙を、溜息と共に大仰に吐き出した。


 まさに、その瞬間である。

 間宮が、扉を開けた。


「でりゃあああぁあああぁあ!!」

「扉を蹴破る以外の方法を知らんのか、貴様はァ!!」

「ふぎゃん…ッ!??」


 扉が開いた事で、声がクリアに通った。

 相も変わらずの、大音声だ。


 間宮がいつもよりも、若干腰を低くしていたのは、屈んでいただけである。


 そして、そんな彼の頭上を飛びつつも、扉から突っ込んできた影。

 その影を真正面から対峙する形で、受け止め、更に床に軽く叩き付けたのがオレ。


 議場の中が、俄かに騒がしくなった。

 とはいえ、騒いでいるのはオレに抑え込まれた影だけで、ほとんどの人間が呆然としているままであったが。


「元気そうだな、徳川」

「いでででで、先生!ゴメン!

 痛いッ、痛いッ、あばらの骨がミシミシ言ってる!

 痛いってばぁあああ!!」


 飛び込んできたのは、徳川だ。


 おそらく、議場へ入る際に止められたから、蹴り破ろうとしていたのだろう。

 その問答は、残念ながらオレ達がしっかりと聞こえていたので、それを事前に阻止した形である。


 流石に王城での器物破損は辞めてくれ。

 この扉1つで、どれだけの賠償金が発生するのか、オレだって予想が付かないんだから。


 ただ、そんな徳川を見下ろしつつも、口元は緩んだまま戻ってくれない。

 オレに抑え込まれてのたうっている徳川から、視線を上げた。


「………お前達も、無事なようで何よりだ」

『えへへへ!当たり前じゃん!』


 まず最初に、議場に飛び込んできたのは、エマとソフィア。

 元気そうな様子どころか、どこか誇らしげにその大きな胸を張って、堂々と歩んできた。


「騎士団の人達も、もう大丈夫ですよ」

「伊野田が全部治療してくれたから、お礼言っておきなさいよ、騎士団長?」


 杉坂姉妹に続いて入ってきたのは、伊野田とシャル。

 ご丁寧に、騎士団の連中の安否まで知らせてくれたおかげで、ゲイルの表情が更に穏やかなものへと変わった。


「シャル…!」

「みずほさん!」


 そして、そんな2人の無事な姿を見て、駆け出したのはラピス。

 抱えていたオリビアを放り出したのは、これいかに。


 まぁ、余裕が無かったのだろうから、仕方ないけど。

 オリビアが毛ほども気にした様子も無く、伊野田へと飛んで行ったので大丈夫なんだろう。


 そんなこんな。

 シャルへと駆け付けて、その体を抱きしめたラピス。

 その背中は、母親としての慈愛に満ちていた。


「ちょ、お母さん、苦しい…!」

「心配をさせおって…!

 お主に何かあれば、私は…どうすればいいのかとッ!

 私はこの馬鹿どもの国をなんとしてでも、破壊し尽くしていたろうに…ッ!

 本当に、………無事でよかった…ッ!」


 さらっと怖い事言ったな、彼女。

 流石は『|太古の魔女《ラピスラズリ・L・ウィズダム》』であるが、まぁ未遂だし良いか。

 言うだけタダ。

 タダ程怖い物はないとは、本当の事だったな。


「ご無事で良かったですわ!

 この場にいる全員を、どうやってこんがり豚(ウェルダン・ピッグ)にしてやろうか、考えておりましたのに…ッ!」

「えへへ、心配させちゃってごめんね」


 これまたオリビアもさらっと怖い事を言っているが、聞き流しておこう。

 小柄で黒髪で可愛らしい小動物然りの少女達が抱き合った姿は、大変目の保養となるから、もうそれで良いと思うんだ。


 オレが癒される情景は、さておき。


「先生の方は大丈夫だったの?」

「なんカ、コイツ等ガ不穏ナ事言ってタかラ、心配してタんダヨ?」


 親子と親友の感動の再会を他所に、車椅子の紀乃とそれを押した河南も入ってきた。

 どうやら、オレ達が論功で窮地に陥っていた事を、全容は知らずとも察知していたようだ。


 大丈夫だと思うよ。

 お前達が来た時点で、オレ達の窮地はひっくり返ったし。


「ごめーん、先生。

 流石に、大八車押してたら、徳川止められなくてさぁ!」

「永曽根一人で足りたような気もするけどね」

「………テメェはオレを何だと思ってんだ?」

「ぶひいっ!?」


 言葉通り、大八車を引き、あるいは押して現れたのは榊原と、永曽根、浅沼。

 いつの間にか徳川担当になった榊原の謝罪はさておき、出来れば手綱を付けておけと言いたくなったのは内緒である。


 永曽根は、浅沼にあんまり怒ってやるな。

 オレも、旧校舎からの荷物の運び出しの時、同じことを思ったものである。


「おーい、先公!

 今回のMVPはディランだから、しっかりご褒美やってくれよ~!」

「い、いやっ、香神…、そんなの…ッ!?」

「フフッ、お前のおかげで、私も助けられたからな」

「ローガンさんもディランさんも、格好良かったですわ」


 最後尾に続いたのは、香神とディラン。

 そして、ローガンとルーチェ。


 全員がやや草臥れた様子ながらも、どうやらMVP大賞はディランの様だ。

 そして、安否が確認できなかったローガンは、誇らしげな表情でオレに向けてサムズアップ。


 改めて無事が確認した所為か、オレもサムズアップと共に肩の荷が降りた気がした。


 総勢、13名の生徒達と、オレの嫁さんであるローガン。

 これで、『異世界クラス』の全員が、この議場へと勢揃いした訳である。


 あ、アンジェさんがいない。

 まぁ、『聖王教会』に内勤の仕事だから、仕方ないか。

 一応、安否確認だけは、すぐに行なって貰おう。


「ああ、ご褒美は考えておいてやるよ。

 勿論、MVPと言わず、全員にな…」

「嘘、マジで!?」

「お前は扉を破壊しようとした未遂容疑で、ちょっと保留かな」

「ええぇええぇぇええ!?」


 この五月蝿さも久しぶりだと感じる程、オレはかなり追い込まれていたのか。


 安堵で、吐息が震えてしまった。


 先ほどとは全く別の意味で滲んだ涙。

 それを、口に咥えたままのシガレットの煙が目に染みた体を装って拭っておく。


 床に押さえつけていた徳川を解放。

 そのまま、腰を掴んで永曽根達の方向へと床を滑らせるように放り投げておいてから(※若干、可哀そうな悲鳴が聞こえた)、姿勢を正した。

 今しがた、徳川を受け止めた所為で乱れた礼服も、しっかりと整えて。


「さて、この状況でも、まだ茶番を続けようと思うかい?」


 振り返った先には、今度こそ愕然とした様相を見せる面々の姿があった。


 ディーヴァのポーカーフェイスは、今度こそ崩れ去った。


 驚きに目を丸めたばかりか、唇までもを真っ青にしている。

 クリスタルも、絶望にも似た表情を、その端正な顔に浮かべていた。


 オルフェウスが、頬を紅潮させながら、何故か立ち上がっているのが気になるが。

 まぁ、それは良いとしよう。


 彼の心情がこちら側だったのは、最初から分かっていたことだ。


 生徒達は、無事。

 安否不明だったローガンや、騎士団の護衛部隊も一緒になって、議場へと現れた。


 伝令の急報が狂言だった事は、間違いない。

 そして、作戦の要であっただろう生徒達の捕縛も、全く成し遂げられていなかった。


 やっぱり先に確認しておけば良かった。

 そうすれば、無様を晒す必要も無かったというのに、今回ばかりはオレもちょっと動揺し過ぎていたようだ。

 反省しよう。


 だが、この場でするべきは、反省でも後悔でも無い。


「全員整列!」

『はいっ!』


 オレの号令を受けて、生徒達が大八車から離れて整列した。

 生徒達が整列したのを横目に、間宮へと合図を送る。


 既に大八車の真横に立っていた間宮が、大八車に掛けられていた大判の布を取り払った。


 そこには、


「さて、このような状況での再会となるとは驚きだな、フォルガノット卿?」

「………ぐッ、…うぐぅう…!」


 拘束され、猿轡まで嚙まされた、ベンジャミン・フォルガノット。

 そんな彼の部下である、竜王騎士団の団員達が荷物のように、大八車に積載されていた。

 何、この状況。

 きっと生徒達は引っ越し作業で積載に手馴れていただろうから、嬉々として積み上げた事だろう。

 ………畜生、オレもその場で見たかった。


 ただ、騎士とは別に格好が違う男も数名見受けられた。

 だが、全員が今回の生徒達たぶらかし作戦の共犯だというのは間違いないだろう。


 ここに積み上がっている=敵だ。


 気配で分かっていたとはいえ、この状況は壮観だ。

 いっそ、滑稽にも映ってしまい、思わず苦笑にも似た笑みで口元が緩んでしまった。


 だが、まだ終わった訳では無い。

 そう思って、表情筋を引き締めた。


「では、代表して、長曾根。

 悪いが、詳細の説明を頼めるか?」

「はい」


 荷台の積載物を確認したところで、改めて生徒達を振り返る。


 オレの言葉を受けて、永曽根が整列した生徒達から一歩踏み出した。

 その姿勢には、もはや貫禄が滲み出ている。


 この議場にあっても、騎士にも劣らぬ精悍で逞しい姿だ。


「事の次第の、詳細確認と行こうじゃないか?」


 にやりと、口元に浮かばせた笑み。

 今度こそ、オレは口元を緩ませた。


 それに応えるように、永曾根どころか生徒達が、口元に笑みを浮かべた。



***



 時間は少し遡る。


 銀次が王城へと呼び出され、宿に残された生徒達が訓練に精を出している最中。

 時刻は、14時を過ぎた頃。


 ノルマ消化や、自主訓練中の彼等の前に現れたのは、『白竜国』国王直属の竜王騎士団。

 その筆頭、騎士団長であるベンジャミン・フォルガノットだった。


 彼は、呆然とする生徒達に、『任意同行』を言い放った。


 これにより、ますます生徒達は混乱し、焦燥に駆られた。


 他国の騎士達が、何故自分達に同行を求めるのか。


 そもそも、護衛として宿に控えていた騎士団の面々はどうしたのか。


 宿の用心棒や、護衛だっていた筈なのに、何故他国の騎士団がここにいるのか。


 そんなもの、突破されたとしか考えられない。

 全員の意見は、その場で一致した。


 半ば、呆然としている生徒達の矢面に立ったのは、永曽根である。


「………同行しろって、突然言われても迷惑だ!」

「無理は承知。

 しかし、それを拒否する事は推奨しない」


 だが、ベンジャミンの言は、覆らない。

 当たり前ではあるが、自分達を確保しようとする人間が、はいそうですか。と手を緩める事等無い事は分かっていた。

 例え、嫌だと言っても、きっと無理強いをして、強制的に同行させるだろう。


 ベンジャミンの言葉尻から、強硬手段を匂わせるニュアンスを感じ取ってしまった生徒達も、愕然とした表情を見せている。

 永曽根が、焦燥から眉根を寄せる。


「その前に一つお尋ねしたい!

 貴殿等が、『白竜国』国王直属の騎士団である事は理解しました!

 しかし、ダドルアード王国という他国で騎士としての活動をする、手続き等は行っているのですか!?」


 しかし、その言葉に更に食いついたのは、新参にして男爵家貴族の子息であるディランだった。


 仮にも騎士の家系である彼は、騎士団が他国で活動するに当たって、どのような誓約が交わされているかは、貴族として騎士として履修している。


 今回の件は、おそらく誓約違反だと、彼は声高に宣言した。

 だが、その程度で怯むような男が、騎士団筆頭に君臨している訳も無い。


「その問答に対して、我等は答える術を持たない。

 現在の我等騎士団の任務は、貴殿等の保護と身辺警護(・・・・・・・)となっているからだ」


 ディランからの質疑を受けても、ベンジャミンは煩わしそうに淡々と口上を述べただけ。

 どうあっても、保護と身辺警護の名目は守りたいらしい。

 だが、ただの拉致監禁であるとは生徒達全員が思った。


「ならば、我々とて貴殿等の要請は受諾しかねます!

 王国か騎士団から、正式な通達を受ければ別ですが、それを受領する義務も責務もありません!」


 そのベンジャミンの言葉に対して、堂々と突っぱねたディラン。

 どうするべきか、と頭を悩ませていた永曽根も、これには多少驚いた。


 とはいえ、それが状況を良くするか悪くするかは、すぐに考えは及ぶ。


「ならば、多少手荒ではあるが、強制執行とさせて貰おう」


 剣呑な雰囲気を纏わせて、ベンジャミンが生徒達を睥睨する。

 気の弱い人間なら、踏鞴を踏んで後退するだろう獰猛な瞳が向けられた。


 斯く言うディランも、その視線にたじろいだのか、一歩後退した。


「あら、他国の騎士団である貴方方が、たとえ末席とは言え貴族に連なる者を害するとおっしゃっているのでしょうか?」


 だが、それに臆することなく、言葉を紡いだのは同じく新参の男爵令嬢、ルーチェであった。


「私、スプラードゥ男爵家が子女、ルーチェ・フォン・スプラードゥでございます」

「これは、ご丁寧に」


 多少は、鼻白んだのかベンジャミンが眉根を寄せた。

 とはいえ、彼はその視線の中に明らかな優越を持って、彼女と対峙していた。


 理由なんて、明白である。

 ベンジャミンは、他国とはいえ公爵家の長男だ。

 それが、男爵家の令嬢相手に、何を恐れる事があるのか。


 だが、ルーチェとて、貴族の令嬢である。

 その視線の意味を、彼女自身も的確に読み取っていた。


「男爵家とはいえ、貴族は貴族。

 王国の財産にして、貴重な人材を輩出している資源でもあります。

 他国の騎士団からの拘束等、国家間に無用な軋轢を与えかねませんよ?」

「ご令嬢の心配は無用の長物。

 これは我が国の総意にして、ダドルアード王国()既に了承している(・・・・・・)事案でございますれば、」

「な、なんですって…!?」


 流石のルーチェも、その一言には顔色を変えた。


 ベンジャミンの言葉は、既にと言った通り、王国の決定事項と言われたも同義だ。

 それは、貴族家の子息子女のいる『異世界クラス』を、王国が売り払ったという事。


 その言葉を受けて、生徒達の表情にも影が差す。

 分かっていたことではあるが、いざ切り捨てられたと聞けば、生徒達も落胆を隠さざるを得ない。

 それこそ、半年もこの地で活動してきたのだから、人並み以上の情はあったが故に。


 だが、ただ一人、顔色一つ変えなかった生徒がいた。

 永曽根だった。


 彼は、その言葉を受けても、動揺はしていなかった。


「それは、嘘だ。

 オレ達の身柄は、王国所有のもので、いわば貴族と同じ財産だ。

 それを、簡単に王国が売り払うとは思わん」


 そう言って、悠然とした態度を崩さなかった永曽根。

 揺さ振られ、動揺をした面々も、そんな彼の後ろ姿を見て、表情を引き締めた。


「………もしそれが本当だとしても、追って通達を出せ。

 オレ達の上司である『予言の騎士』からの直接の説明が無い限り、同行はしない」

「王国の意向に逆らおうと言うのか?」

「王国の意向には従う義務があっても、それを決めるのはオレ達の上司だ。

 『予言の騎士』である先生を今すぐ連れて来るか、出直して通達を出すかどっちかにしてくれ」


 流石に、この永曽根の一言には、ベンジャミンも黙り込んだ。


 要は、こう言ったのである。

 彼等『異世界クラス』が、今ここにいる竜王騎士団の面々に、従う理由は無いと。


 直属の上司とも言い切った銀次に確認をさせろ。とも含みを持たせて言った度量は、永曽根がこのクラスでも1・2を争う秀才だったが故か。

 それとも、過去に積み重ねて来た経験の賜物か。


 なんにせよ、このまま行けば、この論功は突破出来る。

 だが、あくまでも、このまま行けば。


「よもや、一回りは違うだろう、子どもに言い負かされるとはな……」

「餓鬼だと思って舐めて掛かるから、足下掬われんだろうが」


 堂々とした物言いと、傲岸不遜とも言える態度。

 生徒達を後ろに庇いながら、その覇気の溢れる姿は、ここにはいない銀次を彷彿とさせるものだった。


 そんな彼の物言いや姿勢に、呆れるよりも先に達観した思いを感じたのは、ベンジャミンである。


 前に一度、お目に掛かった時。

 その時は、このような堂々たる姿勢どころか、言葉もまともに扱えない歪で脆弱な子ども達だと思っていた。

 それがたった半年で、この変わりよう。


 果たして、どのような教育を施せば、成し得ることが出来るのか。


 自分が『予言の騎士』である銀次の立場になった時、それが出来るのか。

 あくまで、出来るのか否か。

 しかし、ベンジャミンは一考の余地すらも無く否定した。


 自分では無理だ、と。

 そして、おそらく、彼の直属の上司であるオルフェウスにさえも、無理な事だと思った。


 それほどの人間をたった半年で育て上げた、ギンジ・クロガネと言う存在。

 彼が、ギンジをこれまで以上に恐ろしいと思った瞬間であった。

 彼を敵に回して、本当に良いのだろうか。

 このまま、問答を続けていても埒は明かない。


 だからと言って、任務続行を選択した場合。

 彼が敵に回った時に、どのような事が起きるのか等、想像も付かない。


 迷った。

 迷った挙句、悩んだ。

 しかし、答えは出ない。

 出しようもない。


 彼の一存で決められる事では、最初から無かったのだから。


「もはや、問答は無用と思える。

 悪いが、この先はもう、貴殿等の身の安全も保障は出来ん事を先述しておくが、致し方あるまい」


 そう言って、ベンジャミンは愛用の槍を構えた。

 それに習い、背後の竜王騎士団各位も、それぞれの獲物を手に生徒達を見据える。


 空気が変わった。


 それに気付いた生徒達は、すぐさま応戦しようと構え始めている。


 そんな姿を見て、更にベンジャミンの胸中に恐怖心が募る。

 あの黒髪の底知れない叡智と才能を持った青年は、半年でほぼ完成の域にある少年少女達を率いて、これからどれだけの偉業を成し遂げようと言うのか。


 ベンジャミンは、背筋に走った怖気を素直に受け入れた。

 それと同時に、緊張が高まる自身を抑え込むようにして、長く震えた息を吐いた。


 一方、臨戦態勢となった騎士団を見て、永曽根は劣勢を悟っていた。


「(………不味いな、言った通りの問答無用か。

 ついでに、オレ達の捕縛命令ありきで、抵抗したら強引にでも押し通しても良いって事だ)」


 命令内容は知らずとも、彼等の様子を見て押して察した彼。

 だが、その内情が分かったとしても、彼等が出来る事は限りなく少ない。


「(………どうする?

 ディランやルーチェ辺りは、男爵家だから手荒にはされないだろうが………。

 1人でも捕まれば、オレ達は無力化されるなんて目に見えている。

 ………最悪、榊原か徳川に冒険者ギルドに走って貰って、援軍を要請するか…?)」


 脳内で考えを巡らせるが、最善だと思える策は浮かばなかった。


 冒険者ギルドに駆け付けるのが先か、捕縛されるのが先か。

 あるいは、王城へと援軍を要請したとしても、同じこと。

 むしろ、竜王騎士団の部隊がこれだけでは無いと考えれば、道中で急襲された挙句に援軍の要請すら出来ない可能性もある。


 ならば、地の利を生かして、バラバラに逃げるのはどうだろうか。

 しかし、これも騎士団の機動力を活かされては、各個撃破されてどのみち拉致されるだろう。

 誰か1人でも逃れられればと考えるのも、流石に神頼みで勝算が低い。


 唸る訳では無いが、焦燥で苛立つ脳内では限界だった。


 そんな中、


「………お前達は下がれ。

 騎士団の相手となると心許ないが、」


 永曽根の前に、赤い髪をした女丈夫が立ちはだかる。


 『異世界クラス』で護衛兼武術顧問ともなっているローガンだった。


 彼女は自身愛用のハルバートを振り、戦闘態勢を取った。

 時間稼ぎをする、とその背中と言葉で語っている。


 ふと、永曽根が驚き混じりに見た、頼もしい女性の横顔。

 その横顔には、焦燥が滲み出ていた。


 しかも、彼女は若干の体調不良で、細かく言えば腰痛だった筈だ。


 心許ないどころか、まともに太刀打ちできるのかも微妙なところである。

 それでも、彼女は前に出た。


 その後姿を見て、永曽根は喉を鳴らす。


「オレもやる」


 その姿とその言葉に、永曽根も意を決した。


 彼女が倒れれば、どのみち結果は同じだ。

 ただ無抵抗のまま蹂躙されるぐらいなら、立ち向かった方がまだマシだろう。


 だが、隣に並ぼうとして足を踏み出すものの、それはローガンの腕に制止され、出来なかった。


「………いや、ダメだ。

 狙いはお前達のようだし、私が時間を稼ぐ間に冒険者ギルドにでも駆け込んで欲しい」


 ちょっと触れられただけだというのに、永曽根がそれ以上動けなくなった。


 そこで、改めて力の差を再確認させられ、悔しそうにしながらも永曽根は一歩下がった。

 足手纏いになる。


 だから、その代わりに援軍を呼べ、と言った彼女。

 その横顔を見て、永曽根は仕方なくその指示に従おうとしたが、


「戦闘をするというのであれば、残念ながら我等としても対処せねばならない。

 幸いにも、『教えを受けた子等』以外の処置もこちらに一任されている故、命の保証も致し兼ねる」

『………ッ!!』


 続けられた口舌に、生徒達が息を呑む。


 ローガンを見据えたベンジャミンからの一言。

 それは、暗に彼女を殺してでも、自身達を確保しようとしているという意思表示だった。


 だが、その言葉に怯むほど、ローガンとて修羅場は潜って来ていない。


「私とて伊達に『紅蓮の槍葬者(ブレイズ・ランサー)』の異名は背負っていない。

 果たして、宣言通り、私の屍を越えて生徒達に向かえるかどうか、試してみるが良いさ」


 そう言って、獰猛な笑みを貼り付けた彼女。


 その言葉と姿勢に、ベンジャミン以下騎士団の面々も戦慄した。

 中には、その異名に驚嘆を露にした者もいる。


 『紅蓮の槍葬者(ブレイズ・ランサー)』という異名は、騎士団であっても一度は二度耳にした事がある程有名だ。

 長く冒険者界隈で君臨している猛者の証左。


 騙る者も多くいるとはいえ、目の前にした赤髪の女丈夫を見れば、それがはったりではない事は容易に想像が出来た。


 そこで、またベンジャミンには迷いが生まれた。

 このままの流れで行けば、彼が矢面に立ち、この異名持ちであるローガンと対峙しなければならないだろう。

 残念な事に、いくら精鋭の騎士団とはいえ、『紅蓮の槍葬者(ブレイズ・ランサー)』を相手取る事の出来る面子は、ベンジャミン以外にいないのが現状であった。


 立ち回る事になれば、彼女が一番の障害だ。

 しかし、その背後で臨戦態勢を取っている生徒達とて、こうなってみれば戦闘能力が未知数とも言える。


 押し切れるか、否か。

 ベンジャミンは、またしても悩んだ。


 だが、ふとそこで、


『おい、全員こっち見てくれ』


 今まで喋っていた面々以外の、青年の声がその場に響く。

 だが、その青年が声を発した事が分かっても、その言葉の意味は、ベンジャミンを始めにした騎士達どころか、ローガンにすらも理解出来なかった。


 声を発したのは、茶色の髪の片側を無造作に伸ばした、一見すれば長身痩躯の青年だ。

 香神である。

 永曽根と同じく、『異世界クラス』ではリーダー格であり、調理担当の青年だった。


 そんな香神が発した言葉は、母国語だった。

 つまり、日本語である。

 反応したのは、その言葉が分かる面々、『異世界クラス』の初期メンバーのみだ。


『全員、このまま捕まるのは不味いと思ってるよな?』


 まず、香神が最初にしたのは確認だった。


 既に竜王騎士団とローガンが睨み合っているこの状況。

 悠長にしてはいられないと察していた全員が、その場で頷くだけに留めた。


『じゃあ、オレ達はオレ達なりに、アイツ等をおもてなししてやろうぜ?』


 初期メンバーからの頷きを、睥睨した香神。

 そこで、彼はとある作戦を口にした。


 永曽根では、考え付かなかった作戦だった。

 おそらく、この場にいる誰もが、考え付かないだろうもの。


 異能を持った、香神だからこそ考え付いた作戦だ。

 説明を終えた後、彼は全員をもう一度睥睨した。


 口元には余裕を持った笑み。

 そして、自信に溢れた眼が、その作戦を敢行する決意を、全員へと促した。


『やってやろうじゃん!』

『おう、目にもの見せてやる!』

『シャル達には、セットになる人間が説明しろよ?』

『芝居も打っておこうか?』

『ああ、任せる』


 着々と、作戦は決まった。

 後は、実行するのみ。


 日本語が分からないローガンやシャル、ディランとルーチェには、何がなんだか分からないまま。

 それでも、初期メンバーの面々の表情やその雰囲気を感じ取り、笑みを浮かべたり、あるいは意思を固めたり。

 ここにいる生徒達の総意は決まったも同然だった。


 作戦の概要も、説明も終了したのか。

 永曽根が、騎士団と向かい合ったままのローガンへと、耳打ちに走った。


 ぼそぼそ、と二言三言を告げると、彼はそのまま踵を返した。


「すいません、大変だとは思いますけど、何とか頼みます!」

「ああ。頼まれた」


 作戦の概要は分からずとも、彼女がすべきことは伝わった。

 大仰に頷いてから、彼女は同じように騎士団へと向かい合う。


 だが、その視線は、ただ一人を見据えていた。


「竜王騎士団団長とお見受けするが、一献手合わせ願おうか」


 騎士団長、ベンジャミン・フォルガノット。

 『白竜国』最強の異名を持った彼を、獲物と定める様にして見据えていた。


 対するベンジャミンは、やはりか、と落胆を禁じ得ない。

 おそらく、自分ですら骨が折れる相手だろう事は分かっている。


 だが、部下と共に戦うにしても、逆に足手纏いになる可能性は高い。

 先ほど、彼女が永曽根を止めたように、また彼も部下を隣に並ばせる訳にはいかなくなったのである。


 しかも、そのローガンの背後では、着々と生徒達が行動を開始していた。


「じゃあ、オレが戻るまで、精々逃げ回ってよね!

 1人でも捕まってたら承知しないから!」


 言いながら生徒達の輪から離れて、猛然と駆け出したのは赤茶けた髪の青年だった。

 榊原だ。


 彼は、増援を呼ぶつもりなのか、あっと言う間に庭を縦断し、垣根を飛び越えて商業区の方面へと走って行った。

 何度かダドルアード王国を訪問した事のあるベンジャミンだけが分かった。

 榊原の行き先が、冒険者ギルドである事に。


「作戦開始だ!

 全員、何が何でも逃げろよ!」

「なるべく急ぐから、絶対捕まっちゃダメよ!」


 更に、生徒達の輪から離れて駆け出したのは香神と、耳当て帽子をかぶった少女・シャルだった。

 榊原同様に猛然と走り出した彼等だったが、榊原とは逆の方向へと庭を縦断し垣根へと消えていった。


 おそらく、こちらは、王城へと増援に向かったか。

 そこで、内心で嘲笑を零すベンジャミン。


 残念ながら、逃げ出されることも考慮した上で、王城やその経路、また街中にも竜王騎士団は潜伏している。

 各個撃破をされる危険性を考慮していない彼等の行動。

 それに対して、やはりまだ子どもかと落胆すらも首を擡げた。


「おし、全員体は温まってんだろ!

 死に物狂いで走れよ!」


 そう言って、駆け出したのは永曽根だった。

 彼の背中には、車椅子を下ろされた紀乃が背負われている。


 そして、そんな永曽根の背中に、続々と続いていく生徒達。

 全員が、2人1組になるような形で分断されているのは、果たしてどういった意図があるのか。


 言葉だけで捉えるのであれば、彼等は逃げ続けるつもりのようだ。

 それこそ、援軍が到着するまでの間を、この馬すらも走り回る事が出来るだろう広大な庭を。


 有り得ない。

 作戦としてはお粗末すぎる。


 いくらなんでも、援軍が駆け付けるまでの時間を延々と走り続ける等、無理は話しだ。

 それこそ、精鋭である騎士団に追いかけられながら。


 そんなこと、出来る筈(・・・・)が無い(・・・)に決まっている。


 そこまで考えて、更に落胆が強くなった。

 何かしらの情が、彼等に移っていたからなのか。


 ベンジャミンには俄かに判断が出来ないままではあったが、


「総員、『教えを受けた子等』の確保を最優先に!

 増援に走った面々は捨て置き、残りの確保に全力を注げ!

 こちらの女丈夫は私が抑える!」

『はっ』


 ベンジャミンは、部下に指示を下した。

 指示を受けて走り出した騎士団の面々の人数は、総勢10名。


 総勢10名の部下達はベンジャミンの指示通りに動き始める。

 援軍要請へと走ったであろう榊原と香神、シャルは追わなかった。

 その代わり、庭を今しがた走り出した生徒達に向けて追いすがるようにして駆け出した。


 そこで、改めてベンジャミンはローガンへと向かい合った。


 その表情にも、態度にも。

 強者の貫禄が滲み出し、戦場で出会ったならば死すらも覚悟しただろう。


 そんなローガンを前に、ベンジャミンはふと嘆息した。


「このような卑劣な行いをする我等を、貴殿は哀れと思うか?」

「………ああ、そう思うだろう。

 実際に貴様等がやっていることは、盗賊紛いな人攫いか、かどわかしだ」

「これも命令だ、許せ」

「それは、私を倒してから、改めて生徒達に向けて言うべき言葉だな」

「………その通りだ」


 そう言って、槍を構えたベンジャミン。

 一度、その穂先を振り払い、更に回転をさせてから薙ぎ払う。


 迷いを吹っ切るように振るった愛用の槍は、いつになく力が篭っていた。


「『白竜国』竜王騎士団、騎士団長!

 ベンジャミン・デミトロ・ドラゴ(・・・)・フォルガノット!

 いざ尋常に、勝負!」

「ローガンディア・ハルバート!

 我が種族の名誉と誇りに掛けて、推して参る!」


 お互いに名乗りを上げて、悠然と突き出した愛用の槍とハルバート。

 戦いの火蓋は切って落とされた。


 交差した瞬間、衝撃波とも言える、寒風が吹きすさぶ。

 拮抗したお互いの闘気がぶつかり合い、地面に円状のクレーターを作り上げた。


 多少、眉根を寄せたローガン。

 眼前の、そんな彼女の表情を睨みつけた、ベンジャミン。


 それ以上、お互いの言葉は不要だった。


 どちらともなく、交差した獲物が引き戻される。

 計ったような速度で、お互いがほぼ同時に次の手を打ち込み合っていた。


 後は、お互いに燃え尽き、命が吹き飛ぶまで、切り結ぶのみだ。


 切り結んだ獲物が、高らかに鳴り響く。

 それが合図だった。


 逃げ出した生徒達。

 逃げ続ける生徒達。

 追い縋る騎士達。


 そして、ベンジャミンを足止めするローガン。


 こうして、『異世界クラス』の生徒達とローガンの奮闘の幕は上がった。



***

そんなこんなで、次回は生徒達の奮闘編です。


鬱展開はこれまで。

残りは、生徒達がどのようにして、竜王騎士達を撃退したのかの答え合わせです。


今回の件で、『白竜国』関連のフラグはほとんど回収できました。

分かりましたかね。

下手くそな文章で申し訳なく思っておりますが、今まで疑問だったものがほとんど間諜の女の行動が絡んでいたという事になっております。

とはいえ、ハルくんよりも、間諜の女は弱いです。

要は、世渡りと情報収集が上手い影の存在だったのですが、こうして長々と引っ張った形。


とはいえ、個人的には好きな少女。

いつの世も、忍びとか間者とかって、胸躍る浪漫ですよね。

作者の浪漫は勿論、間宮くんに全てぶっ込まれておりますが………。


誤字脱字乱文等失礼いたします。 

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