表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、再戦編
120/179

114時間目 「社会研修~二度目の邂逅~」2 

2016年11月16日初投稿。


続編を投稿させていただきます。

また長々と「NAI★SEI」の話となってしまいましたが、今後の為にも必要な話でしたので悪しからず。


そして、生徒達やローガン達の安否はこれいかに。

またしても、文字数が長くなってしまったので、区切りました。


3話ぐらいで、なんとか完成させたいと思いつつも、予定は未定。

相変わらずのプロット様の我が儘具合に、振り回されながら頑張りまする。


114話目です。

※鬱展開注意です。

***



 どうして、こうなったのか。

 何故、こんなことになっているのか。


 脳内が真っ白に塗り潰されそうになりながらも、必死で目の前へと視線を凝らす。


 駆け込んできた伝令。

 その急報が、


 『生徒達及び、ローガン達の行方と安否の不明』


 言われなくても分かる。

 この現状は最悪だと。


 誰もが、口を噤んだ。


 オレも、ラピスも、オリビアも、間宮も。

 勿論、ゲイルもヴァルトもだ。


 そして、その状況が誰の手によるものなのかも、言われずとも理解した。


「テメェ等か…ッ」


 湧きあがった殺意すら隠すことも出来ないまま、振り返った。


 『白竜国』国王陛下、オルフェウス・イリヤ・ドラゴニス・グリードバイレル。

 そして、その実姉であるディーヴァ・イリヤ・ドラゴニス・グリードバイレル。

 更にその側近であろう、クリスタル・カーティス。


 この3名が、今回の『白竜国』からの使者にして、交渉の席に立った面々。


 その面々の中で、唯一微笑んだ人物。

 それが、オルフェウスの実姉にして、宰相閣下であるディーヴァだ。


 物を言わぬまま、その行動を裏付けするようにして微笑んでいた。

 その表情が、良い証拠だった。


「………私達が、元凶だと分かったとして、貴方はどのような行動をされるつもりでしょうか?」

「ぶち殺すぞ、テメェ…ッ」

「おや、これは恐ろしいものです。

 よもや、このような交渉の席で、そのような脅迫を戴くとは、」

「おちょくってんじゃねぇ!

 生徒達も、護衛として置いてきた女性も、テメェ等が行方を握ってんだろうが…!

 それが脅迫じゃなくて何だって言う…ッ!?」


 そこで、はたと気付いた。


 そうだ。

 先ほども、同じように脅迫された。


 オレの今しがたの、口汚い暴言はさておいて。

 思い返した彼女からの物言いを思い出して、一瞬にして思考が冷めた。


『果たして、そのような物言いでよろしいと思っているので?』


 この一言だ。

 今になって思えば、この急報があると分かっていてこその台詞。

 つまり、最初から彼女達は、オレ達がいないこの時間を見計らって、生徒達や護衛の誘拐、排除へと動いていたという事になる。


 そして、もう一つの懸念材料。

 この場に、オルフェウスの右腕とも言える竜王騎士団騎士団長、ベンジャミン・フォルガノットがいなかった理由。

 それを鑑みれば、この状況にやッと納得が行った。


 してやられた。

 そう思った時には、何もかもが遅い。


 しかも、


「………さて、もう一度問いましょう?

 そのような物言いで(・・・・・・・・・)本当によろしいと(・・・・・・・・)|思っているのでしょうか《・・・・・・・・・・・》?」


 言葉の通り、彼女がもう一度問いかけて来た台詞。


 悪びれた様子は何一つも無い。

 そして、その表情には氷のような、冷たく鋭利な微笑みが浮かんだまま。


 開き直っている。

 ついでに言うなら、然したる罪悪感も感じていないのだろう。


 生徒達を、文字通り人質に取られた。

 さらに言えば、嫁さん(ローガン)までもが、安否不明となっている。


 アンジェさんは、今日の朝から『聖王教会』に出向しているから良いとしても、この状況では変わらない。

 この状況で言えること等、ただ最悪である事しか思い浮かばなかった。


 彼女の言葉には、返答が返せないまま呆然と立ち竦む。


 これから、この状況で交渉を行え?

 そんなの、無茶苦茶だ。

 理不尽この上ない。


 オレは、生徒達どころか、ローガンの安否も分からないまま、手探りでこの状況を打破しなければならない。

 妥協は出来ない。


 とはいえ、


「卑怯な手を使いおって…!

 子ども達を巻き込んで、それが一国家のやる事であろうや!?」

「そうです!

 生徒の皆様に、一体何をしたんです!?」


 そう言って、激昂を露に立ち上がったラピスとオリビア。

 彼女達も真っ青な顔をしているのは、見なくても分かる。


 娘であるシャルと、嫁さん同士で仲良しなローガン、生徒達の安否も掛かっている。

 オリビアだって、友人以上の絆で結ばれた生徒達の事が心配で仕方ないと言っても過言ではない。


 否が応でも、彼女達の心は荒れている事だろう。


 だが、対するディーヴァからの一言は、実に簡潔だ。


「お黙りなさい。

 貴方達に発言を許した覚えは、ありません」


 一蹴。

 それどころか、聞く耳なんて一つも無い。


 仮にも女神への返答にしては、不躾なものである。


 彼女達からの叱責の声を聞いて、眉を潜めたのはオルフェウスだけだ。

 ディーヴァは、相変わらずの無表情と、唇のみに不気味に浮かんだ微笑だけしか表情の変化は見られない。


 これは、思った以上の大物が出て来たものだ。

 そう思わざるを得ない。


「………さて、先ほども言ったように、長々と意味の無い問答をするつもりはございません。

 『予言の騎士』様と『その教えを受けた子等』の身柄は、この『白竜国』が預からせていただきます」


 そう言って、もはや疑問符すらも付けなくなったディーヴァ。

 その一言が、既にこの状況を決定付けているとしか思えない中、


「お言葉ですが、グリードバイレル宰相閣下!

 これは、我が国に対する越権行為と、侵略行為と取れるものですぞ!」


 使いものにならない、オレ達を他所に。

 彼女へと一国王として、反論をしたのは、今まで黙り込んでいたウィリアムズ国王陛下だった。


 顔色は、真っ白でもはや白髪との境界線も分からない。

 だが、言っている事は正論だ。


「まず、ダドルアード王国では、他国騎士団や間諜の行動を規制しております!

 それも国賓待遇の者達への誘拐等、危害を加えたとなれば国家間の問題としては看過出来る問題では…!」


 このままいけば戦端が開かれても可笑しくは無い事態である。

 そう暗に国王陛下は告げているというのに、これまたディーヴァは涼しい顔で、


「それがどうしたと言うのです?

 他国の法が、我等自国の法とはならないこと等、お分かりでしょう?」


 関係ない、とまたしても一蹴。

 何が、ここまで彼女を、強情に搔き立てているのか。


 その目線の先には、相変わらずオレが見据えられたままだ。

 その視線に、オレの背筋からは汗が噴き出すばかり。


「何をおっしゃる!

 貿易やその他の貿易を結んだ時の規約には、訪問した先の法が適用される事等、貴殿等とてご存知の筈だ!」


 更に言い募った国王陛下ではあったが、馬の耳に念仏だ。

 ディーヴァは全く相手にしていないどころか、一瞥すらもくれない。


 その状況に、国王陛下の紙のような顔色が、真逆の赤黒い憤怒へと塗り替えられる。


 しかし、


「別に開戦をしても構いませぬよ。

 それが誰の手によるもので、どのような尊き人物が関わっている等、容易く情報は操作出来るのですから、」


 ディーヴァの代わりに口を開いたのは、クリスタル。

 その一言が、オレ達が一番恐れていた一言だった事もあって、国王陛下は喉を鳴らして黙り込んでしまう。


 ダメなのだ、この流れは。

 戦争を引き合いに出されてしまうとなれば、南端の弱小国(ダドルアード)では『竜王諸国ドラゴニス』には太刀打ち出来ない。


 北や東の森を使えば、どうにかなるかもしれない。

 地の利はこちらにある。

 『タネガシマ』を投下することも可能でもある。

 とは言っても、その兵力差は歴然だ。


 オレ達が参加したとしても、焼石に水だろう。


 然したる抵抗等意味を成さず、せいぜい2ヶ月3ヶ月も維持できれば良い方だ。

 そうなっては駄目だ。

 民も犠牲になるし、ダドルアード王国とて終わる。

 たとえ国が残ったとしても、敗戦国がどのような末路を迎えるか等分かり切っている。


 だからこそ、この席の交渉で相手に流れを作らせたくなかった。

 だというのに、もう既にその賽を振られてしまった。


 それどころか、人質まで取られた挙句の、脅迫すらも受けている。


 これは、もうダメだ。


「………生徒達は、無事なんだろうな…!」


 瞼をキツく瞑りながら、一言だけを絞り出す。


 まずは、生徒達の安否や、現状を探らなければならない。

 手探りにはなるだろうが、せめてその手掛かりであっても探れなければ意味が無い。


 そう思っての一言だったのだが、


「………どうでしょうね。

 実行部隊には、生存しての確保を厳命はしてあっても、抵抗した場合の対処は任せております故、」

「………ッ、この女狐…!」


 つまり、抵抗された場合は、どうなっているかは分からないとのことだ。

 命令をした彼女ですらそうなのだから、この場で彼等の安否を探ろうなんてことは出来ないだろう。


 ………どうする?

 どうすればいい…!?


 目の前が、先ほどからチカチカと明滅している錯覚を覚える。

 いや、錯覚じゃない。

 おそらく、目の色が勝手に変化しているのだろう。


 目の前のディーヴァ達が、目を丸めたのは見れば分かる。

 漏れ出した殺意のまま、立ち竦む。


 生徒達やローガンの安否も分からない現状では、これしか出来る事が無い。


 彼女達に手を出したところで、それは戦争への秒読みを早めるだけだ。

 睨み付けるだけで、手出しも出来ない。


 そんな歯痒い現状に、頭を掻き毟りたくなってしまう。

 右手で頭を押さえ、頭痛や眩暈を催し始めた脳内をひた隠す。


 それしか、出来ないなんて…ッ!


 そう思っていた、矢先の事。


「ーーー…ッ!?」


 左側からの突然の衝撃に、引き攣った悲鳴が漏れそうになった。

 トラウマの所為で、こちら側は鬼門だというのに、なんだと言うのか。


 と、思っていたのも、束の間の事で、


「………ギンジ…、どう、どうすれば、シャルが、ローガンが…!」


 ボロボロと涙を零した、ラピス。

 そんな彼女が、オレの左腕に縋り付くように凭れていた。


 言葉の通り、彼女自身もどうすれば良いのか、分からなかったのだろう。


 娘のシャルの事。

 同士であるローガンの事。

 勿論生徒達の事も心配で。


 でも、この状況では何も出来ない歯痒い心情で、混乱してしまっている。

 斯く言うオレも、混乱の極地だ。


 後先考えずに行動したいと考えている衝動的な部分が、既に目の色と殺意となって表れている。

 オルフェウス達の背後にいる騎士団が警戒を露にしているのも、間違いなくその所為だろう。


 だが、それが出来るなら、とっくの昔にやっている。

 今は、もう、そんなこと出来ない。


 オレは、仕事さえ終われば逃げるだけの、根なし草では無くなってしまっている。

 抱え込んでしまった生徒達の命と、同居人達への責任がある。


 だが、そう考えたと同時に、冷静に物事を考えている自分がいる事に気付いた。


 ラピスの事を見て、綺麗だと思っている自分。

 涙を流している姿さえも、艶姿に見える等とはオレの嫁さんはこれまた規格外。

 勿論、外見等々の色々を鑑みての感想である。


 そこで、思い出した。

 その嫁さんとそっくりの顔をした、年下の青年の事。


 友人兼同僚だった彼は、この状況でどうするのだろうか。

 そう考えれば、


「………どうにかするから、」

「で、でも…ッ、このままでは、」

「大丈夫…」


 自ずと答えは出たような気がした。


 まずは、オレが落ち着こう。

 そう考えて、ふとぞわぞわと背筋を這い上る悪寒をどうにかするべく、ラピスへと向き合った。


 彼女が今縋り付いているのは、左腕なのだから。


「離して、ラピス(・・・)

 左腕は動かないから、このままじゃ抱きしめられない」

「…こ、こんな時に、そんなことを言っている場合か…!」

「こんな時だからこそ、だ」


 そう言って、頭を抱えていた右手を彼女の頬へと滑らせる。

 そのまま、小首を傾げるようにして、


「ん…ッ、うぅッ…!?」


 バードキスなんて生易しいものでは無く、本腰を入れたディープキスをお見舞い。

 目を白黒させたラピスが、縋り付いていた手を忘れて身を捩る。


 それを受けて、やや名残惜しいながらも、


「ちゅ…っ、御馳走さん」


 リップ音を残して、唇を離した。

 瞬間、目の前にしたラピスの表情と言えば、この上なく官能的で。


 泣き顔を晒したままで、赤面した頬と言い今しがたのキスで濡れた唇と言い、嫌に扇情的な彼女の表情。

 それを見れば、オレの下半身が思わず元気になった。

 ………まぁ、そっちはこんな時だからこそ、自重せざるを得ないものだが。


 そして、オレも荒れすさんでいた内心が、潔く落ち着いた。


 オレ達以外の面々が、目を丸めているのを見渡して。


「………良い度胸だ、女狐宰相閣下。

 おかげで、オレも本気で、この席に臨もうと思えたよ」


 そう言って、挑戦的な視線を忘れずに、面と向かい合う。

 オレ達のやり取りを、これまた目を丸くして見ていたディーヴァへと。


 呆然と固まったラピスをそのままに、着席。

 着席したと同時に、オレの肩口に縋り泣きじゃくっているオリビアには頭を撫でて宥めておく。


「大丈夫だよ、オリビア。

 生徒達もローガンもきっと大丈夫だから、泣かないでくれ」

「………で、ですが、ギンジ様…ッ」

「しーーーっ」


 そう言って、唇に手を当てて静かにするように促した。

 律儀なもので、彼女はオレのその仕草を見てか、同じように唇に指を当ててごしごしと目を拭った。


 まだ、流れ落ちる涙は止められないとしても、泣き声はこれで堪えてくれるだろう。


 そして、改めてゲイルやヴァルト達へと視線を向ける。

 彼等も半ば呆然としてはいたものの、オレの視線を受けたと同時に意図は察してくれたようだ。


「詳細を、至急調査してきてくれ」

「は、はっ!!」


 先ほど駆け込んできた伝令を、指示を下した後に下がらせる。


 ヴァルトは、物憂げではあるが頭上を仰いだだけだ。

 ただし、その視線が誰に向けてのものか(・・・・・・・・・)は、言われなくても分かっている。


 この議場の天井裏には、既にハルが待機しているから。

 ゲイルや間宮は、議場の内部へと入場したが、ハルだけはこの席に同席していない。

 こういった時の為に、天井裏に控えていたのだ。


 彼等の動きを見聞しつつ、その場で改めて溜息を一つ。


 カードは何一つ使えない。

 向こうの人質のカードが強すぎて、意味が無い状況だ。


 それでも、この交渉をどうにかしなければいけない。

 オレが出来る事は、今はそれしかない。


 とはいえ、


「………随分と、今回は強気な交渉に出て来たものですね」

「いいえ、交渉等ではございませんよ。

 既に、これは決定事項ですので、もう悪足掻きはお止めになった方がよろしいかと、」

「悪足掻きで多いに結構」


 そう言って、にっこりと微笑んだ。

 勿論、常日頃から言われている安定のNG笑顔である。


 途端、オルフェウスやクリスタルが怯んだのは、横目に見えた。

 ディーヴァも慇懃な表情を取り繕ってはいるものの、その気配から一瞬でも怯えたのは分かった。


 強気は、崩させない。

 見栄っ張りだと言われようとも、ここで無様に取り乱すわけにはいかない。


 むしろ、それがオレの十八番だ。


 内心は、バクバクと心臓ががなり立てたままだ。

 目の色の変化とて、おそらくは戻ってはいないだろう。


 気を抜けば、今だって泣きそうになっている。

 それでも、この交渉の席でオレが取り乱すことは無い。


ーーー『少しでも弱みを見せれば、相手はつけ上がる。

 つけ上がった敵に対して、弱みを見せ続けるのは悪手で、何よりもそれが弱みになる』


 そう言って、いつ何時も強気な態度をして来たアイツ。

 思い返せば、それだけで勇気が貰えた。


 ルリ。

 ありがとう。


 お前から受けた言葉が、今この席では一番の頼りだ。


 そして、


「………ぎ、ギンジ、私は、どうすればいい…?」

「座ってて良い。

 それから、お前もしーっ、な?」

「………うむ」


 オレの言葉を受けて、隣に座った彼女。

 ラピスの存在自体が、オレにとっての頼みの綱である。


 彼女がいるから、オレは落ち着けた。

 そして、彼女がこうして隣にいることで、落ち着いたままでいる事が出来る。


 見せてやろうじゃない?


「お前等は、オレを本気で怒らせたぞ?」


 オレの本気。

 ついでに言うなら、オレが本気で怒るとどうなるか、しっかりと目に焼き付けて行け。 


 いつぞや、ゲイルにも思った事。

 馬鹿は死ななきゃ治らない。


 残念ながら、殺す事は出来ないながらも、死を覚悟させる事ぐらいはさせてやろう。



***



 確認しなければいけないのは、以下3つ。


 1つ目が、その真偽。

 生徒達が本当に捕縛されたのか。

 ローガンや騎士達が、本当に安否不明の状況なのか。


 この議場にいる限り、オレ達に入ってくる情報は定かではないだろう。

 ただ、急報としては知ってきた伝令の様子を見る限り、その情報自体が嘘とは断じきれない。


 2つ目が、生徒達の安否。

 これは、最優先だろうが、残念ながら彼女達からの情報は受け取れないだろう。


 この議場に入ってから、彼女達は一度も報告などは受けていない。

 つまり、こちらはこちら。

 あちらはあちらで独自に動いた上の作戦の筈。


 オレ達が王城へと出向してから、早2時間が経過。

 オレ達がこの議場に入ってからは、数分程度だったことから考えて、もしかしたらその短い時間で報告を受けた可能性はある。

 とはいえ、既に終わったことで、確認は出来ないまでも。


 流石に、生徒達もローガンも安否が分からないとなれば、迂闊な手出しが出来ない。

 歯痒いまでも、これは詳細が上がってくるまでの時間稼ぎが必要だろう。


 3つ目が、生徒達を捕獲してからの、潜伏先。


 流石に、13名にも上る生徒連れまわすには、目立ち過ぎるだろう。

 もし仮に、既に捕縛した報告を受けているというなら、既に潜伏したと考えて良い。


 とはいえ、こちらに関しても彼女達から情報は受け取れない。

 こちらは、間諜を使った大規模なローリング作戦で、どうにかする他無いようだ。


 どのみち、やるとすればオレは例え『闇』の精霊様に止められようとも、虱潰しに『探索サーチ』を掛けるだけだ。

 というよりも、その方が速いと考えている。

 流石に、このダドルアード王国一帯をと言うのは、骨が折れるし魔力が心許ないとはいえ。

 やってやれないことは無い。


 ならば、実行に移すのみ。


 1つ目の真偽の確認は、既にゲイルが指示を下した。

 ヴァルトがハルも動かしてくれたと思われるので、おそらくそのうち報告として上がってくるだろう。


 2つ目に関しては残念ながら、こちらも真偽確認と3つ目の潜伏先把握の結果待ち。

 いや、どのみちこの2つは、セットで考えるしかあるまい。


 なら、先に『探索サーチ』を掛けるべきだろうか。

 いや、この交渉を乗り切る為には、流石に片手間と言うのは無理な気がする。


 オルフェウス以上の交渉の手腕があると考えれば、このディーヴァという女狐は油断ならない相手である。

 今現在は、オルフェウスが黙り込んでいるからこそ、彼女だけを相手に出来る。

 とはいえ、もし彼が実姉の行動に従って、行動を始めれば片手間どころではない。


 さて、切り口はどうしようか。


 先ほど、貿易の話はどうでも良いと切り捨てられた手前。

 おそらく、輸出入の規制や減枠等は、然して効力は発揮出来ないだろう。


 むしろ、その代わりに食料品の輸出を減らすなんて言われてしまえばそこまでだ。

 どうするか。


 いっそ、『タネガシマ』で揺さ振ってみようか。

 いや、それだと戦端を開きたいと遠回しに言っているし、むしろ戦力が露呈されてしまう。


 だとすれば、何が交渉に使えるだろう。

 落ち着いたとはいえ、使えるカードが少ないのが問題だった。


 『聖王教会』の件は、人質がいる手前は使えない。

 黙っていないと危害を加えると言われてもそこまでだし、むしろそれを見越して生徒達を人質にした可能性が高い。

 そして、冒険者ギルドの件も、それと同様に使えない。


 オレが手持ちのカードは封じられているとなれば、残る選択肢は一つ。


「………何故、そこまでの強行手段に及んでまで、オレ達の身柄を欲しがるんだ?」


 単刀直入。

 率直な意見として、本題に切り込む。 


 彼女達がこのような強行な手段に走ったのは、オレ達の身柄がダドルアード王国にあったからだ。

 つまり、『予言の騎士』としてのオレが、一番価値のあるカードとなっている。


 ただ、気になるのは、その固執度合。

 まるで、オレという存在を手にすることが出来れば、後はどうでも良いと考えているようにしか思えない。


 確かに、ダドルアード王国は、オレが来た事で資金や資源が潤沢な国へと変わった。

 石鹸やシガレットの発明で、貿易問題は解決したように思える。


 とはいえ、それだけだ。

 オレがして来た功績と言えば、精々細々とした討伐や自身の名誉に関係のある事柄ばかり。

 勿論、保身に走ってきたとは言わないが、それでも他国が欲するような功績があったとは思えない。


 また噂が一人歩きしている可能性もあるから、一応の確認はしておきたい。


「『予言の騎士』と『その教えを受けた子等』は、この南端の国に埋もれさせたままでいて良い器ではございません」


 一蹴されるか、と危惧はしていた。

 だが、律儀な事にディーヴァはオレからの質疑に朗々と答えてくれたようで助かる。


「しかし、その『予言』の元である『聖王教会』の本部は、この地にある。

 女神様方がこの地にいる限り、オレ達がこの地に留まるのも同義と言えるのでは無いのか?」


 彼女への返答へ、オレも自信を持って返す。

 ならば、『女神の予言』とその本部、『聖域』の関係性は、どうなると言うのだろうか。


「本部であろうとなかろうと、『聖王教会』は各地に分布しております」

「いいや、女神様方はこの地にしかいない。

 ここにいるオリビア様が何よりの証拠で、彼女達が存在出来るのは、一重にその『聖域』があるからだ」


 その言葉に、多少は動揺したのか。

 ディーヴァが、眉尻を動かしたのを確かに見た。


 知らなかったのか?と内心だけながらも、少々困惑をしてしまう。


 『聖域』の中でしか、女神が存在出来ない。

 ある種の常識だと思っていたのだが、他国ではそうでは無かったのだろうか?


 引き合いに出されたオリビアも、挑むようにディーヴァへと視線を向ける。


 彼女は、それに対して何を答えるのだろう。


「………『聖域』とは、『聖王教会』のどこにでも存在しているものですよ」

「そんなの嘘です!

 私達は本部にある『聖域』の中でしか、その姿を見せる事はかないません!

 それですら、私達を見る事が出来る信徒は少なく、こうして顕現しているのだってギンジ様のおかげなんですよ!」

「でしたら、そのギンジ様と共に、貴方も共に『白竜国』の支部へといらしては?

 『聖域』があるか無いか、他国に出た事の無い貴方が分かろう筈も無いでしょうに…」

「そ、それは…ッ」


 痛いところを突かれて、オリビアも狼狽した。

 流石にオレも、この案件に関しては試してみた事も無いから、答えは出せない。


 だが、答えは無くても、掘り下げることは出来る。


「それで、他国支部に『聖域』が無かったらどうするんだ?

 彼女が存在出来るのは、『聖域』とその一帯の地域のみ。

 それで、もし仮に同行して彼女の存在が消えるなんてことになった時、アンタ等は責任を取れるのか?」

「そのような責任の所在、私達にはございません。

 連れ出した貴方が悪いのと、それに応じた女神様の自業自得と言うものです」


 ………コイツ、いけしゃあしゃあと言い放ちやがった。


 しかも、今の一言は『聖王教会』の信徒である、自身達の騎士団の人間の考慮すら入ってなかったな。


 彼女の背後に控えた騎士団の数名が、動揺した気配を見せている。


 彼女はおそらくオレと同じ無神論者なのだろうが、味方すらも敵に回すとはこれいかに。


 とはいえ、これは切り崩す材料として使えそうは無い。

 彼女、人の心が分からないのか、もしくは疎いのか。


 人質がいる現在では、『聖王教会』へのチクリも使えない。

 しかも、彼女としては『聖王教会』をよりどころにしている信徒は、取るに足らないと考えていそうだ。


 ………オリビアを傷付けただけじゃねぇかよ、畜生め。


 眼に大粒の涙を溜めて、それでもディーヴァを睨みつけていたオリビア。

 そんな彼女を横目に、頭を撫でるだけしか出来ない。


 悔しいが、今回ばかりは女神の威光も通じない。

 ………ならば、


「………生徒達は、無事なんだろうな?」


 もう一度、改めて。

 問いかけた内容に、こちらの面々が緊張を走らせる。


 オリビア同様に涙を堪えつつ、ディーヴァを睨んでいたラピスの肩が震える。


 彼女とて、心配だろう。

 オレだって、心配だ。


 だからこそ、先に確認をする。

 しかし、


「………さぁ、私どもにも、今現在は分かり兼ねます」


 返答は、実に簡潔なものだった。

 しかも、オレ達にとっては、一番最悪なもので。


「テメェの指示あっての事じゃねぇのかよ…ッ!」

「指示は致しましたが、結果は今しがたの伝令の通りでございます。

 ただし、私が下した指示は『その教えを受けた子等』の確保のみでございますれば、」


 そう言って、氷の微笑を更に深めたディーヴァ。

 次に来るであろう言葉は予想出来た。


 予想出来たとは言え、それが納得できるかどうかは別として。


「先ほども申し上げました通り、確保に関しては、全て実行部隊に一任しております。

 生存してこそ価値があるものではありますが、抵抗をされた場合の対処も、全て一任とさせていただきましたので、」


 つまり、抵抗すれば、それ相応の怪我は負っているだろう、との事だ。


 そりゃ、抵抗するだろうさ。

 生徒達も、率先して抵抗して行きそうな血気盛んな面子が揃っている。


 しかも、それを認知してはいる。

 だが、抵抗された際の無抵抗化については知らない、と暗に彼女は認めた。


「………生徒達の一人でも五体不満足になっていたら、どうなるか分かってんだろうな?」


 怒りが先走り、ついつい目の前の彼女へと食いついてしまう。

 無駄だと思っていても、必要な事だ。


 そうして、殺意をそのままに、彼女達を睥睨するが、


「女神様がいらっしゃるではありませんか。

 怪我等治せば良いのです。

 例え、使い物にならなくなったとしても、替え等いくらでも用意させていただきます」


 そう言われた瞬間、目の前が真っ赤に染まった。


「………テメェ等、血も涙も無ぇのか!」

「心外ですね。

 とはいえ、貴方よりかは人間じみていると思っておりますれば、」

「どこが…ッ!

 テメェ等、オレの生徒達を何だと思っている!?

 使いまわしの利く奴隷か、ならず者だとでも思っているのか!?」


 酷い言い草だと、素直にそう思った。

 今回ばかりは、交渉等出来るような心情ではいられない。


 怪我なんか治せば良い?

 女神がいるから平気だろうって?

 使い物にならなくても、替えが効く?


 そんな簡単なものでも無く、オレにとっては大事な生徒達だというのに。


「………今は、我等にとって、最高の交渉材料でございます」

「ああ、そうかよ!

 良く分かったよ!

 テメェ等が、人間の皮を被った魔物か悪魔の化身だってのは、今のやり取りで十分なぁ!」

「………ですから、何度も言うように心外です。

 眼の色が変化する等の身体変化のある、貴殿には言われたくも無い台詞でございましょう?」


 オレの怒りを受けても、彼女は淡々とした口調を崩しはしない。

 それどころか、オレの身体変化を上げて、更に詰ってくる始末。


 殺意すら剥き出しにしているというのに、この女は肝が据わっているなんて言葉では、到底片付けられない。


 一言一言が、いちいち癪に障る。

 これ以上は、オレが怒りでどうにかなってしまいそうだと思った。


 だが、そんなの向こうにはお構いなしだ。


「しかし、先ほども言いましたが、そのような物言いでよろしいと思っていらっしゃるのですか?」

「………また脅迫か!

 そうやって、オレを貶めたいと思うのは勝手だが、そう簡単に好き勝手にさせるつもりはねぇぞ!」

「おや、それは残念です。

 だとすれば、浴びせ掛けられた暴言の数々を加味し、」


 そこで、一旦口上を止めた彼女。

 またしても、嫌な予感が背筋に這い上る。


 そして、その第六感は的確に当たった。


「………生徒様方に、還元させていただきましょう」


 その一言で、怒りが波のように引いていく。

 その後やってきたのは、猛烈な悪寒だった。


 途端に真っ青になっただろうオレを他所に、ディーヴァは背後に控えた騎士団の一人を呼ばわった。


「伝令をお願いします。

 1人か2人、多少の欠陥(・・)があっても、叱責には値しないと、」

「………テメェ…ッ!!」


 息を呑む。

 オレもそうだが、ラピスやオリビア達まで。


 背後のゲイルですら、引き攣った呼吸をしたのを確かにした。


 彼女の言葉の意味は、この状況でもはっきりと理解出来た。

 むしろ、このような時だからこそ、理解できるものだった。


 欠陥と言ったのは、先ほどのオレの一言を揶揄して来たからこそだろう。

 1人か2人、生徒達が五体不満足になっても構わない。

 それを、彼女は今この状況で、下知をしようとしているのだ。


 紛れも無い脅迫だ。


 そして、その脅迫を目の前で行ったのは、何を求めているのか。


「………前言の撤回を。

 そして、今すぐに我が『白竜国』へと移動する意思と旨を、宣言することをお勧めします」


 そう言って、彼女は一度言葉を切った。

 視線は、背後に侍った伝令の一人へと向けられている。


「お行きなさい」

「はっ」


 本気だったのか、それとも狂言なのか。

 十中八九、本気だろう。


 伝令はそのまま、議場を出ようと足早に部屋を横断していく。


「ま、待て…ッ!」


 それを、ゲイルが駆け込んで止める。

 通せんぼをするような形になったが、


「止める事も推奨は致しませんよ、ウィンチェスター卿。

 例え幾ばくかの時間を稼げたとしても、結果は同じでございますれば、」


 その行動自体を諫める、第三者の声。

 今まで、ディーヴァの傍らで黙り込んでいた、森子神族エルフの男性・クリスタル。


 その声音には、愉悦が浮かんでいるのがありありと分かってしまった。

 そして、その男が介入したことによって、


「貴様、それでも気高く誇り高き、森子神族エルフか!

 このような卑怯な手段を使う下種な人間に組み従うばかりか、それを手伝うなど…ッ!」


 激昂して立ち上がり、今にも魔法を行使しようとしているラピス。

 オレも咄嗟の事で、彼女を止めるのを忘れてしまった。


 だが、これが不味かった。


「貴様こそ、その野卑な男に組み従い、侍っているではないか!」


 突然、怒鳴り声を上げたかと思えば、更に突然の事。

 クリスタルが魔法を行使したのを、確かに視界の端に捉える事が出来た。


 咄嗟に、肩にいたオリビアを投げ出して、


「………ッ!」

「えっ、きゃああ…ッ!!」

「ギンジ様…ッ!」


 ラピスの手を取り、庇う様にして抱き込んだ。

 その瞬間、背中に感じた衝撃に、息が詰まった。


 『風』属性の魔法だった事はかろうじて分かった。

 しかし、そのまま床にもんどりうって倒れたオレ達には、それ以外が認識できないまま。


「いやぁああ…ッ、ギンジ様…ッ!」

「ギンジ…ッ!な、なんて、事を…ッ」


 投げ出された後、すぐに滞空したオリビアが悲鳴を上げる。

 オレの下敷きにされたラピスが、愕然とした表情を見せる。


 むせ返りそうになって、息が詰まって呼吸が出来なかった。

 いっそ、吐き気がこみ上げて来て、床の上で蹲る事しか出来ない。


「これ、クリスタル。

 魔法の行使まで許した覚えはありませんよ?」

「………申し訳ありません。

 遂、あの女の物言いに怒りが抑えきれず、」


 オレ達の様子を見ても、ディーヴァの口調は淡々としたものだった。

 問題行動を起こしたクリスタルへと諫める声も、自棄に芝居染みた上辺だけの台詞に思えた。


 それが、今は何よりも悔しいと感じた。


 こんな議場の真っ只中で、あろうことか魔法を行使した。

 完全に、同盟協定どころか規約を破棄したとしか思えない行動だ。


 だが、今の状況を見るに、強く出られないのがダドルアード王国。


 床に倒れ込んだまま、痛む背中を抱え。

 そして、今の現状を打開出来るかどうかも分からない、心情を抱え。


 床に蹲ったまま、視界の端に涙が滲んでしまう。


「ギンジ…ッ、大丈夫か…!?」


 傍らにやってきた、ゲイルの足音。

 その足音を聞いて、思わず顔を上げる。


 彼が足止めしていた伝令は、一体どうしたのか。

 そう思って、視線を巡らせれば、


「………待て…ッ」


 その伝令となった騎士が今しがた議場を出ていこうと、扉を開けた瞬間だった。


 ………止めなきゃ。


 それ以上は、考えなかった。

 むしろ、考えられたなかった。


「………ふ、っざけんなぁああああ!!」


 怒鳴り声を張り上げた。


『………ッ!』


 それと同時に、息を呑んだのはどちら側だったのか。


 気が付けば、騎士団の半数が片足をついていた。

 こちら側の騎士達もそうだが、『白竜国』側の騎士達等気絶する面々が数人はいた。


 さらに言えば、議場にいた国王や幕僚達すらも、机に突っ伏した。


 そして、オレが止めなきゃと思っていた伝令となった騎士は、その場で崩れ落ちて床に倒れ込んでいる。


「………覇気が…ッ」

「お、おい、抑えろッ…!

 お前、こんなところで…ッ」


 どうやら、オレが覇気を発したからのようだ。

 慌てたラピスやゲイルの声を聞きながら、どこか達観した気持ちでざまぁ見ろと舌を出してしまった。


 気配だけで分かる。

 オルフェウスやディーヴァ、クリスタルまでもが居竦んでいる事を。

 国王以下幕僚とは違い、どうにか堪えたようではある。


 だが、オレの覇気を受けて、萎縮したのは確かだろう。


 この状況では、悪手だと思っていても。

 それでも、意趣返しが出来た。


 ついつい、愉悦に口元が歪むのは、堪え切れなかった。


「ぎ、ギンジ…ッ、大丈夫かや…ッ?

 た、頼むから、今は怒りも、覇気も抑えて、くれぬか…?」


 ガタガタと震えながら、オレに抱きすくめられたままのラピスが問いかけてくる。

 その体に密着している事で、冷静に現在の状況を認識することが出来るようになってきた。


 背中は痛い。

 だが、おそらく衝撃だけだったのだろう。

 傷を負っている感覚は無い。


 精々、倒れ込んだ時に強打した、右腕の肘が痛い程度だ。

 そんな背中や肘の痛みを堪えながら、


「うひゃ…ッ、これ、何を…ッ!」

「怪我は?お前は、平気か?」

「へ、平気じゃ!お主が守ってくれたのじゃから、怪我等しておらぬ…ッ!

 だ、だから、そんなに…うひゃっ…、弄るでない…ッ」


 抱きしめたままのラピスの体を堪能する。

 怪我の確認は当然の事ながら、その肢体を思う存分に撫でまわしておく。


 下半身が落ち着かなくなってしまったとしても、気分は落ち付いた。


 顔を上げれば、涙目で真っ赤な顔のラピスが見下ろせた。


「ふ、ふざけておる場合では、無かろうに…ッ、んんぅ…ッ」


 そんな彼女に、そのまま口付けを落としてから立ち上がる。

 分かっているから、その顔をやめろ。

 状況は忘れてはいないけども、襲い掛かってしまいそうになってしまうから。


「げほ…ッ、いってぇ…」

「大丈夫か?」


 立ち上がったと同時、むせ返った。

 ただし、先ほどのように息が詰まってはいなかったので、遠慮なく咳き込む。


 視線を上げれば、これまた真っ赤な顔をしたゲイルと目があった。

 筋肉達磨の男の赤面顔は、どこのご褒美か。

 ………いや、何も言うまい。


「なんとか大丈夫だ。

 ………なんにせよ、これで状況は最悪になったけど、」

「………堪えろ。

 オレも出来る限りの事をするから、」

「分かってら」


 神妙な顔をしたゲイルの言葉。

 その滲み出した気迫を感じつつも、目線を今度はヴァルトへと向ける。


 彼は、腰を浮かせたままの格好で、オレ達のやり取りを見ていたが、


「………心配する気も失せたぜ。

 その調子じゃ、何とか出来そうだな?」

「心配なんかしてない癖に、」


 途端、にやけ顔へと移ったのは、オレとラピスのやり取りを指しての事だろう。

 まぁ、こんな時にやる事では無いとは思ったけども………。


 と思っていたら、立ち上がったラピスに背中をばしりと叩かれた。

 痛む背中が、更にダメージを被った。


「………申し訳ありませんでした、『予言の騎士』様。

 そこの不躾な女性の物言いが、連れにとっては多少耳障りだったようで、」


 そんな中、心にもないだろう事を言ったのはディーヴァ。

 振り向き様に、睨み付ける。


 相変わらずの無表情ながら、顔色が多少悪くなっているのを見るのは痛快である。

 それは、隣のクリスタルもそうであるが、どちらかと言うと今にも卒倒しそうになっているオルフェウスが、逆に哀れに見えて複雑な気分になった。


 とは言っても、もう取り返しは付かないだろうけどな。


「………テメェ等、覚えてろ。

 絶対、後で、泣きを見せてやるからなぁ…」


 謝罪をするのか、貶しを続行しているのかどっちかにしてくれ。

 絶対に、後者だと思うのは、ディーヴァの声音から誠意が微塵も感じられない所為でもあったが。


「………それにしても、見事な反応でございました。

 クリスタルは今見ていただいた通り、無詠唱での魔法行使を得意としておりますが、事前に察知をして反応出来たのを見るのは、『予言の騎士』様が初めてございまして、」


 そう言って、何事も無かったかのように部下自慢を始めたディーヴァ。

 ただ、額には隠しようもない、冷や汗が滲んでいる。


 斯く言うクリスタルも同じだったが、彼としては怒りが勝っているようで睨み殺さんばかりにラピスへと視線を向けていた。

 事実ではあった訳か。

 森子神族エルフとしての話題に触れて欲しくないのは、こちらも一緒。

 とはいえ、クリスタルもなかなか、ハードな人生を歩んでいそうだ。


 まぁ、それは良い。


 実際、腸煮え繰り返っているが、激昂していてばかりでは相手の思う壺だ。

 ラピスを狙われた事も痛む背中も、ひとまずは横に置いておく。


 話を戻そう。


「………こんなことして、アンタ等はそれで良いのか?」

「おや、それはこちらの台詞でございますよ、『予言の騎士』様」

「良いから、答えろ。

 こんな強行手段でオレ達の身柄を手に入れて、それでアンタ達は満足するってんのか?」


 そう言って、改めて向き直る。 

 真向から向きあった彼女は、無表情の中にも微かな焦りが滲んでいた。


 時間稼ぎは、無駄だったかもしれない。

 しかし、無駄にはならずに済むかもしれない。


「………貿易の件では、こっちが優位だ」

「食料品が手に入らなければ、国民達が飢え死にますよ?」

「その食料品を融通して貰っている『赤竜国』の現状を理解しているのか?」

「それは重々。

 どうやら、現在の国王が愚物のようですが、首を挿げ替えれば良いだけの話です」

「………その首は、どこにあるのかねぇ?」

「………それは、貴方に聞いた方が早いのでは?」


 一進一退の攻防戦。

 あっちが優位性を出してきても、こちらもカードをオープンにしていく。


 先ほどは感情が見えなかったディーヴァも、居竦んだ経緯もあってか表情が読みやすくなっている。


 それに、伝令は送れない。

 それは、さっき確認した通りだ。


 騎士の中から伝令を見繕って出した。

 と言う事は、彼女の子飼いはここには同席していないという事。

 ダドルアード王国にいる子飼いが果たしてどれだけいるのかは不明ながら、祈る気持ちを交えつつ更に進めていく。


 これも、時間稼ぎの一つである。

 もしかしたら、と思っている部分が、オレにもある。


 生徒達の捕縛、もしかしたら出来ていないんじゃないのか?

 もしかしたら、結果云々は彼女もまだ分かっていないのかもしれない。

 だから、確認も含めて伝令を送った。

 ………そう考えると、さっきの伝令も可笑しいと思える(・・・・・・・・)が、そちらは任せる(・・・)としよう。


「ああ、そう言えば、アンタ等も繋がっていたんだっけか?

 『赤竜国』からのお客様は、この王城で丁重に接待させて(・・・・・)貰っている(・・・・・)

「それは、重畳な事でございます。

 同じ『竜王諸国ドラゴニス』としては、一応の保護の規約がございますれば、」

「おいおい、保護等と言う言葉を簡単に使って良いのか?」

「一応でございますので、必要ではないと判断出来れば撤回できます。

 それで、そのお客人を引き合いに出して、果たして貴方が優位な事がございますか?」

「人質交換って手も使えるぜ?」

「それは致し方ありません。

 有用ではないと判断して、『赤竜国』のお客様に関しては、保護の必要性は無いと判断致しましょう」


 やっぱり乗って来ないか。

 まぁ、予想はしていたけども。


 別に、『赤竜国』のお客様がオレにとって、最大のカードではないから良いさ。


 生徒達と引き換えにするには、あまりにも弱すぎる。

 かと言って、これ以上の強いカードはオレの手元には、二つしか存在しないけども、


「いい加減、その賢しらな口を改めてくださいませんか?

 そろそろ、私達とてお預かり(・・・・)している生徒様方への扱いに(・・・)困って(・・・)しまいます」

「そうかいそうかい、…………盛大に困れよ」


 そこまで言ってから、面々の表情が強張った。

 特に、ディーヴァの表情が。


「………心配では無いのです?」

「心配は心配だが、アンタの口車に乗ってやるのも癪だ。

 それに、アンタだってさっき、言ったじゃねぇか。

 ………『怪我なんて、女神様が居れば治せる』ってよ」


 ………この際、無事を確認するのは、二の次だ。

 幸いにも、こちらには本物の女神様がいる。


 きっと、彼女は知らないことだろうけども、本物の女神様は能力がそれこそ段違いだ。

 頼りすぎるのはご免と思っていた手前申し訳ないとは思う。

 それでも、今は彼女の能力を頼りに、突破口を模索しなくては。


 案の定、揚げ足を取られた形となったのか、苦々しい気配を滲ませたディーヴァ。

 先ほども言ったように、その表情が読みやすくなって来ているのが、僥倖だろうか。


 だが、


「………この状況で、まさか挑みかかってくるとは思ってもみませんでした」

「悪いが、抜けて来た修羅場が違うんでね」


 優位は、劣位に早変わり。

 それを、忘れていたのは、オレが浮足立っていたからだろうか。


 その次の瞬間だった。


「その隠した眼や(・・・・・)動かない腕(・・・・・)に関係が?」


 次に続いたディーヴァの言葉に、表情を強張らせたのはオレの方だ。



***



 無様に、動揺したのは自分でも分かった。

 肩や手が、ブルリと震えてしまったから。


 しかも、動揺をしたのはオレだけでは無かった。

 気絶している面々はともかく、こちら側の人間が一斉に表情を強張らせる。


「………関係はあるが、アンタ等には関係ない」


 しまった。


 痛いところを突かれて、無様に口調を崩してしまった。


 完全に油断していた。


 こんなにも不躾にずけずけと、入り込まれるなんて。

 思ってもみなかった。

 オルフェウスはやらなかった事を、いざ女狐ディーヴァにされただけで、こうまでも動揺してしまうとは。


「是非ともお聞かせいただきたい話でございますね。

 聞けば、とても素晴らしい徒手空拳やナイフの使い手と聞き及んでおります。

 武勇伝等ございましたら、」


 そう言って、能天気に世間話に無理矢理取り繕おうとしているディーヴァ。


 オレの内心を揺さぶりたいだろう心情。

 それが、ありありと透けて見える。


 そんなオレ達のやり取りを彼女の隣で見ていたクリスタルが、愉快そうに口元を緩めたのを見て更に苛立ちが勝った。


 オレの隣にいたラピスの手が、スーツの裾を掴んだのが分かったが、


「………関係ないと、言っている…ッ」


 喉奥から吐き出せたのは、動揺を隠せないその一言だけ。

 それに対して、またしてもディーヴァの表情が、余裕を取り戻していくのが俄かに読み取れた。


「腕はどうなされたので?」


 ………黙れ。


「目が変異するのはどうしてですか?」


 ………うるさい…ッ。


「興味深い事でございますので悪しからず。

 何故、貴方は腕が動かず、片目だけしか見えず、その眼の色が突然に変異をするのです?」


 ………それ以上を、言うな…ッ!!


「………ーーー黙れッ!」


 怒声を吐き出したと同時に、手を付いた机が大きくひしゃげた。

 その音が議場へと響くが、


「………それでは、却って気になってしまうではありませんか」


 微笑を作ったディーヴァには、何の効力も無かった。


 揺さ振るだけ揺さぶられて、これ以上何を吐きかけてくるつもりなのか。

 嫌気が差して、ひしゃげて凹んだ手元へと視線を落とす。


 何だって言うんだよ、今日は。

 なんで、こんな惨めな気持ちにならなきゃいけないんだ。


 ましてや、生徒達の安否が掛かっているというのに、何で………。


「(………なんで、こんな大事な場面で、オレはまた無様な姿晒してんだよ………ッ!!)」


 悔しかった。

 でも、これ以上はどうしようもない。


 このままだと、オレのトラウマどころか、古傷が抉られるだけだ。


 無様に昏倒でもしてみろ。

 また、吐き下して、それこそ泣き喚くようなことになってみろ。


 そうなったら、それこそ取り返しが付かなくなる。


 耐えろ。

 そう考えても、手の震えは止まらない。


「も、もう辞めやれ!

 ギンジの過去と、今この場での会話など、関係ないではないか…!」

「興味本位で聞きたいだけの事でございますよ

 それが喋る事も、ましてや明かすことも出来ないとは、まさか思ってもみなかった事で…」


 見かねたラピスが、ディーヴァに嚙みついている声が聞こえる。

 俯いた視界のまま、彼女の表情を思い浮かべようとしても、溢れて来るのはトラウマによる情景ばかり。


 息が、切れ始めた。


「白々しい…ッ!

 性悪の女狐が、その賢しら口でギンジを語るでないわ…!!」

「では、貴方が語られてはいかがです?

 見れば、森子神族エルフでありながら、『予言の騎士』様からの寵愛も厚いようでございます。

 昔語りの一つでも、お聞きになっているのでは無いのですか?」

「………そ、それは…ッ!」


 そもそも、彼女の勝ち目が無かったのは分かっていた。

 案の定、言い返されて言い淀んだ彼女に、更に追随の言葉が吐きかけられる。


 しかも、森子神族エルフだと、完全に露呈しているとは。


 焦りか、否か。

 ………意識が浮上しかけたが、それも喉元までせり上がって来た吐き気に邪魔された。


「おや、貴方もご存じではないと?」

「………それも関係のない事じゃ…!いい加減にしやれ!」

「惜しみない寵愛を受けながら、その過去も武勇伝も聞かせて貰っていない。

 それは、果たして本当に女性として、彼の隣にいる事を許されたと言えるので?」

「………そ、そんなの、関係ないではないか!」


 次々と浴びせ掛けられる暴言。

 たじろいだラピスの声が、徐々に震えを帯びてくる。


「そもそも、貴方のような森子神族エルフの恥晒しが、『予言の騎士』の隣に相応しいとお思いだったのですか?」

「………ーーーッ!」


 ふと、耳に入ってきたその言葉。

 ラピスが息を呑み、愕然とした表情をしたのを確かに横目で見た。


 トラウマなんて、言っている暇なんかじゃない。


 嫁さんが馬鹿にされて、黙っていられるか。


 唇を噛み締めた。

 血が滲み、鉄錆の臭いが鼻を突く。


 次いで手にも力を込めた。

 ひしゃげて凹んでいた机が、手形を残して一部を損壊させた。


「………もう、辞めろ」


 絞り出した声は、自分でも情け無いぐらい震えていた。

 けど、このままではダメだ。


 トラウマを克服することなんて、まだ出来ない。

 でも、それを理由に、オレ以外の誰かを乏しめられるのを黙っている訳にはいかない。


 それがラピスの事であれば、尚更で。

 生徒達やローガンの安否が掛かっている今は、そんな場合じゃない。


 息を吸って、吐いて。

 もう一度吸った後に、腹に力を込めた。


「………オレの事ならまだ良いが、妻を愚弄するのは許さない」


 殺気を乗せた視線を、ディーヴァへと向ける。

 覇気まで漏れ出したのか、またしても面々の顔色が強張ったが、


「………腕が動かないのは、18の時に被爆したからだ。

 眼の色が可笑しいのは、その時の治療に投与された薬の副作用だ」


 今まで、何回と紡いできた嘘を口にして。

 そうして、何とか心を落ち着ける。


 実際、嘘かどうかなんて、この世界では判断も付かないだろう。

 だって、事実はこことは別の世界で起きた、所詮は過去の事なのだから。


 だから、もう後はどうでも良い。

 まず、オレがすべきことは、決まっているのだから。


「………要求は何だ?

 生徒達やローガン達を浚って、オレをどうしたい?」


 背後で、ゲイルが息を呑んだ。

 涙ながらにオレを見ていたラピスが、喉を引き攣らせる。

 滞空したままのオリビアが口元を押さえた。

 ヴァルトが、舌打ちを零して、その場で腕組み。


 どのみち、このまま時間稼ぎをしていたとしても、オレだけでなくラピス達が無用な暴言を浴びるだけになるだろう。

 ディーヴァは、当初から考えていた通り、人の心なんて微塵も考慮していない。

 血も涙も無い、女狐だと思って良い。


 そんな女に、今から頭を垂れなければならないと考えるだけで、吐き気を覚えるまでも。


「………生徒達の安否を最優先に。

 オレの事は好きにして良いから、それだけは絶対に守ってくれ」


 効力の無いだろう約束事。

 口約束は、もう何度も唾棄されてきたというのに、懲りないものだ。


 だが、それ以外にこの状況を、どうにかする手段など残されてはいないだろう。

 最善と思っての一言だった。


「………やっと、その気になってくださいましたね」


 ディーヴァが、相変わらずの氷の微笑みを見せる。

 クリスタルが、勝ち誇ったように口元を歪めた。


 ただ1人、オルフェウスだけが、唇を噛み締めて残念そうにしているのが見えた。

 だが、もう前言を撤回する事は出来ない。


 今回は、交渉も何も、最初から破綻していた。

 長々と引き延ばそうとした時間稼ぎも、残念ながら今のオレでは力不足だ。


「………ぎ、ギンジ…」


 ラピスが、涙ながらにオレを見上げている。

 もうちょっと早く決断していれば、彼女がこんな思いをする事も無かった。


 逃げる事ばかりを考えて煮え切らなかった自分が恨めしい。


「黙って、付いてきてくれるんだろ?

 ………場所が変わるだけだ。

 絶対に、お前達の事を、手放すつもりは無い…」

「…し、しかし、」

「………後の事は、全部これが終わってから考える。

 ローガンともちゃんと話をして、生徒達の事もそれから考えよう…」

「………。」


 黙り込んだラピスを、抱きしめる。

 悔しいが、生徒達の安否を考えるなら、最初からこうしておくべきだった。


「………ギンジ様」

「ごめん、オリビア………。

 オレも出来る限りの事はするから、しばらく魔力を温存して置いてくれ」

「………そ、それは…ッ」

「いつぞや、北の森まで来てくれたお前の事だ。

 止めたって付いて来るだろうから、それまで魔力を溜め込んでおかなきゃな…」

「………はい…ッ」


 浮遊していたオリビアにも、申し訳ない事をすると詫びた。


 いくら移動場所が拡大しているからと言って、『聖域』があるかどうかも分からない場所に連れていくことになるのだから。

 彼女としては不安もあるだろう。

 だが、先ほども言った通り、止めたって付いて来るだろう。

 それならいっそ、目の届くところにいてくれた方が助かる。


 心残りがあるとすれば、冒険者ギルドや魔術ギルドの面々との折り合いだろうか。

 ああ、そう言えばゲイルの家族問題も途中だった。


 ………今となっては、もっと早く行動しておくべきだったと後悔しているが、後の祭りだ。


「では、正式に宣言してくださいませ」


 そこで、響いた朗々とした声音。


 これまで、オレ達のやり取りを無言で見守っていたディーヴァ。


 そんな彼女の手元には、いつの間にか羊皮紙と羽ペンが浮いていた。

 しかも、浮いている事に驚くだけでは飽き足らず、更に何かしら魔法要素を持っているのか。

 羊皮紙にも羽ペンにも、チカチカと精霊が纏わりついている。


 ………誓約書の類だろう。

 裏社会で過ごしているからには、その用途もすぐに気付けようものだった。


「なんて言えば良い?」

「簡単な事です。

 『ダドルアード王国から『白竜国』へ、その身柄の譲渡を受諾する』と、それだけを言っていただければ、」


 ディーヴァが淡々と紡いだ言葉。

 本当に、簡単なものだ。


 この一言で、オレ達の身柄は、どんなに抵抗しようとも『白竜国』へと引き渡される。

 そして、それが覆る事は無い。


 喉奥に、何かが張り付いたような気がして、唾液を飲み込むのにすら苦労した。

 胃が灼熱の塊でも飲み込んだかのように焼け付く痛みを発する。


 生徒達やローガンの安否を考えるなら、言わなければいけないだろう。


「………約束は、違えないんだな?」

「勿論でございます。

 こちらとしては、『予言の騎士』様の身柄を預かる事が出来るのですから、最大限の譲歩を致しますとも」


 そう言って、ディーヴァは羅列する。

 『白竜国』に来た時、何が補償され、何を強要されるのか。


「まず、『予言の騎士』様には、『その教えを受けた子等』の教育を最優先にしていただきます。

 勿論、今お預かりさせていただいている生徒様方も無事に返還した上の事でございます」


「それから、衣食住の問題に関しても、全てこちらから手配させていただきましょう。

 家屋や、先立つ金品、皆様方の身の安全とその保障についても、我が『白竜国』精鋭の竜王騎士団筆頭ベンジャミン・フォルガノットが、万全の警護をお約束させていただきます」


「また、皆様方が生活するに当たって、必要な物資は全て国庫より予算を当てましょう。

 何、皆様方がまた新古問わず発明や研究を(・・・・・・)発表してくだされば(・・・・・・・・・)、すぐに補填も可能でしょうから」


「ああ、こちらの王国でも知己の方もいらっしゃるでしょう。

 ですから、手紙のやり取りぐらいは黙認致しますよ。

 流石に検分はさせていただきますけども、賢明な『予言の騎士』様であれば、無用な疑いを生むような書簡等、そもそも送られないと信じてはおります」


 氷の微笑は、いつの間にか愉悦に綻んでいた。

 その数々の言葉に含まれた意味と、仄暗い水底のような濁った瞳でさえなければ、可憐な少女だというのに。

 ………年嵩を過ぎた、美魔女だったか。


 そんなことは、まぁ、良い。


 ディーヴァの説明を聞くと、長々とした口上が目立つ。

 飾り立てられた言葉ばかりではあるが、そのすべてがオレ達にとっては最悪な内容である。

 

 要約すると、こうだ。


『生徒達は返すけど、他にも生徒を引き入れて教育しろ』


『校舎や金は、国で用意したものしか使ってはいけない。

 警護と言う名ばかりの監視で、生徒達を誘拐した張本人が付くが、それを拒否することは出来ない』


『生活に必要な物資は提供するから、その代わり発明や研究を国に提供しろ。

 その発明や研究に関しては、古い物も新しい物も含めて発表し、国に貢献するように』


『手紙のやり取りは認めるが、全てが検分される。

 そして、その手紙の内容如何は、国の内情を知らせるもの、また自身達への助けを呼ぶもの等、全てが握り潰される』


 つまり、全てが国の監視下に置かれた状況での生活を余儀無くされるとのことだ。


 今までのような、監視付ではあっても自由な生活は出来ない。

 国に徹底的に管理された上で、オレ達は『世界の終焉』へと挑まなくてはならない。


 これじゃあ、またあの鳥籠のような旧校舎での生活と一緒ではないか。

 今になって思えば、まだ自由度は高かったあの生活も、訓練を行った生徒達からしてみればすぐに監獄と変わりない事等気付くだろう。


 折り合いを付けなければいけない面々も多い。

 ラピスやシャルは森子神族エルフで、ローガン、アンジェさんは女蛮勇族アマゾネス

 人間と魔族間での柵だって、当然のように出てくるだろう。


 オレだけで守り切れるのか。

 オレだけで、彼女達に安寧が与えられるのか。


 不安が、首を擡げる。


 だが、考える時間は、もう残されてはいない。


「何を悩む事があるのか理解に苦しみますが、どうぞ宣言を」


 焦れたのか、否か。

 追い込むようにして、言葉を紡ぐディーヴァ。


 その瞳の奥に見えた愉悦と期待をぶち壊したい、と腹の奥底に駆け巡る衝動。

 だが、もうこれ以上は、危険だ。


 生徒達やローガンの安否もだが、譲歩を取り下げられてしまえば虜囚とも変わらない。

 唯一の救いは、誓約書があるという事。

 口約束で無くなるのが、まだ幸運なのか、それとも更なる不運なのかは分からないまでも、


「………分かった」


 溜息を一つ、吐き出して。

 視線が自然と、ラピスへと向けられる。


「………ギンジ、」

「ゴメン」


 それだけ言って、もう一度口付けを落とした。


「う゛う゛ん!」


 何故かクリスタルから咳払いが聞こえたが、それを無視して彼女の唇を堪能した。


 次いで、ゲイルへと視線を向ける。


「………ゴメン」

「………仕方のない事だ」


 苦い顔をしたゲイルだったが、口調は落ち着いていた。

 結局、彼との約束は、果たせなかった。


 ヴァルトの事は、どうにかなった。

 だが、一番上のヴィンセントと言う兄の件は、手を付ける事すら出来なかったのが無念でならない。


 そのままの流れで、ヴァルトへと視線を向ける。

 だが、彼は目を瞑って腕組みをしたまま、目線が合うことは無かった。


 怒っているだろうか。

 信頼は勝ち取れたとしても、結局中途半端になってしまった。

 約束は、ゲイルともしていたが、ヴァルトともしていた。

 彼からも頼まれていたというのに、本当に無念でならない。


「………条件を追加することは出来るか?」

「なんなりと」

「………遠征を許可して欲しい。

 なるべく急いで、片付けたい用件がある」

「内容を吟味した上で、議会の承認を得ると致しましょう」

「………分かった」


 約束は出来ない、という事だろう。

 ダドルアード王国同様、『白竜国』でも承認を得なければいけない議会が存在する事は理解した。


 後は、もう宣言をするしかない。


 脳裏に浮かぶ、このダドルアード王国で過ごした日々。


 だが、その他の、それこそゲイルとの約束や、ジャッキー達の親子の事を考えると、渋ってしまう。

 教育を始めたばかりのディラン達も、流石に連れていく事は出来ない。

 それに、ランディオ姉妹や、このダドルアード王国でやり残した仕事の事を考えれば、素直に口に出す事が出来ないまま。


 そして、ラピスやローガンの事も。


 なんだかんだ言っても、今では楽しくなってしまったこの生活。 

 それが、オレの宣言で終わると考えると物悲しい。


 こんなに簡単に終わってしまうと考えれば、尚更に。


 悔しさにもう一度、歯噛みをした。

 だが、血が滲むだけの唇から、お得意の減らず口はもう飛び出す事は無いだろう。


「………オレの、ダドルアード王国から『白竜国』への身柄の譲渡を、………」


 最後の一つの文言。


 『受諾する』


 それを言う前に、一度言葉を区切った。

 最後の踏ん切りが、必要だった。


 ディーヴァの手元では、既に羊皮紙へと羽ペンが動いている。

 やはり、魔法要素を持ったものだったのか、彼女が手に持つことは無くとも羽ペンは勝手に動いて、オレが言った言葉を書き留めていた。

 宣言が、そのまま誓約となる。

 そう考えた時に、どうしようも無い遣る瀬無さと、それでいて絶望の滲んだ諦念が浮かんだ。


 ………ここから先は、もう奴隷と変わらない。


 オレは勿論、生徒達も。

 ましてや、行動を共にするであろう、ラピスやローガンですらも。


「(………ゴメン、みんな)」


 生徒達1人1人の顔が、脳裏に浮かんだ。


 浅沼、伊野田、香神、榊原、エマ、ソフィア、河南、紀乃、徳川、永曽根、間宮、シャル。

 そして、新しく迎える事になっていた、ディラン、ルーチェ。


「(………結局、オレは、無力なままだ…)」


 何が、死を覚悟させてやるだ。

 何が、泣きを見せてやるだ。


 結局、何一つ達成できないままじゃねぇか。


 状況を変える力も、打破する力も無かった。

 とにかく、悔しかった。


 眦に、不覚にも涙が滲んだ。


 そんな弱くて惨めな自分が、今は一番悔しかった。



***

鬱展開のまま終わる、と。

作者も鬱ってしまって、難産でした。


次回でなんとか完結を目指します。

自分で書いていても女狐宰相閣下がイラつきますが、くれぐれも画面をクラッシュしないようにご注意くださいませ。


誤字脱字乱文等失礼いたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング よろしければポチっと、お願いいたします。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ