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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
特別学校異世界クラス設立
12/179

9時間目 「入寮~予期せぬ先客と、予期せぬ親衛隊の結成~」

2015年9月3日初投稿。


どうしても作者の手腕ではホラーがホラー(笑)になる神秘。

9時間目です。


(改稿しました)

***



 はてさて、お風呂でのゴタゴタイベントも終えて。

 城を後にしたオレ達は、最終目的地である、今後の住居へと向かっていた。


 ツアーガイドは勿論、ジェイコブ率いる『蒼天アズール騎士団』。


 と、相変わらず引き取られる事も無く当り前のように追随してくる痴女騎士イザベラ率いる『夕闇トワイライト』騎士団だ。

 だから、コイツをなんとかしろと……ッ!!


 もう良いや。

 諦める。

 オレの心労ゲージが振り切れて、天元突破のあかつきには、この王国には目にものを見せてやろう。

 オレが決めた、今決めた。


 そして、現在進行形でオレの心労ゲージをガンガン上げているのは、


「…先生、変態」

「混浴したとか…」

「羨ましいとか思ってないからね!」

「変態!オリビアちゃんだけでなく、エマにまで手を出すなんて!」

「…先生、さすがにフォロー出来んぞ」

「まぁ、先生も男だし?」

「そうそウ」


 生徒達の、白い目である。

 世知辛いね、本当。


 ちょっとした躾も体罰だと罵られ、ちょっとお触りしただけでセクハラなのなんだのと騒がれる時代だもの。

 本当に、もう教師なんてやってらんないよ。


 えーっと…この状況は、何から説明するべきか。

 悩んでいる間にも、オレへの追従も然ることながら、表題となった混浴相手であるエマへの追従も続いている。

 主に女子組から。


「だから、違うっつうの!風呂場で出くわしただけって言っただろ!?」

「でも、お風呂一つしかなかったじゃない!?」

「そうだよ!エマ!!先生の身体見ちゃった!?髪とかどうだった!?」


 流石に、エマの言い訳は見苦しい。

 既に生徒達には看破されているのだから、もう少しマシな言い訳を考えておいて欲しかった。

 そして、伊野田はオレの裸や、カツラの中身に食い付いてくれるな。

 むしろ、お前の基準はそこなのか?


「(……オレは、そんな銀次様でも平気です)」

「変態と言う事は認めるのか、そうかそうか」

「∑ッ…!?」


 間宮の生ぬるい視線も、遺憾である。


 あの後、なんとか他の生徒達に髪を見られることは死守した。

 生徒達が風呂場に雪崩れ込んだ時点で、背面から湯船に倒れ込んで、そのまま3分逃れきった。

 エマも風呂に沈んで身体を隠したし、生徒達にはオレ達の裸体は見られていない。

 オレが潜水している間に、間宮がなんとか生徒達を叩き出し、先にエマを上がらせて、最後にオレが風呂場から出た。

 その時には、既に当時者であるエマと間宮を除く生徒達の視線は、チベットスナギツネよりも冷たかった。


 男子組からは変態と言われ、混浴した事実をドン引かれ、妬まれたり、変な勘違いをされた上に、匙を投げられ、生ぬるい視線を向けられる。

 オレの肩書きがどんどこ量産されている。

 そのうち、半分が悪口になってしまった。

 酷ぇよ、この仕打ち。


 だが、例え混浴の件がバレたからと言って、髪の件はまだまだ諦める気はない。

 エマには、是非とも黙っておいて欲しい。

 いくら秋口とはいえ、太陽が二つも昇っている炎天下の中、頑強に補強された黒髪ウィッグの下のオレの秘密。

 日差しをシャットアウトどころか、ガンガン溜め込んでいるウィッグの二重苦は地味に応える。

 この労力に見合った結果を、エマには徹底的にお願いしたい。


 だが、そもそもお互いが素っ裸な状況で、決闘を申し込むってどういう事だ?

 決闘内容が、卑猥な方向にしか働かなかったわ。

 まぁ、無粋な考えではあったようだが……。

 オレも男なんです。


 エマの裸体は非常に眼福だった。

 とはいえ、オレも代わりに素っ裸を曝している。

 感想は地味に嬉しかったものの、素直に喜ぶことが出来ない今日この頃。


 ともあれ、結局厄日続きだよ。

 コノヤロウ、全部この王国のせいだ。


 終いには、間宮がエマに買収されていたことまで発覚。

 更に気分はどん底だ。

 しかも、髪の色が間宮にすらバレてしまった。

 なんで、防波堤の役割放棄して、乱入して来ちゃったのお前。


 いや、こいつは元々知ってた可能性もあった。

 下手に足掻くのはやめよう。


 ところで、女子組も男子組も、景気良く騒いでくれているが、まとめて忘れないでほしいことがある。


「お前等、ここは公衆の面前なんだから、あんまり変態だのなんだのと叫ばない!」

「…言葉通じてないのに?」

「ごもっともだ!」


 そういえばそうでした。

 オレが逆に忘れていたよ、その事実。


 オレにとっては、精神衛生上良くないことだとしても、言葉が分からなければ意味も通じない。

 いくらオレ達が騒ごうが何しようが、この街の人間にはさっぱり通じていないのである。

 異世界万歳。

 ただし、内心では素直に喜ぶことが出来ない。

 オレのちょっと叫んだ労力は、無駄だったようだ。

 しかも、叫び損だし恥ずかしい。

 思わず頭を抱えてしまった。


 そして、そんなオレの頭には、


『すんすん。ああっ、良い香りです。

 ますますギンジ様は魅力的になられました』


 安定のオリビアがくっついている。

 確かに洗ったから良いけど、あんまり臭いは嗅がんで?

 変な性癖に目覚められても困る。


『ああっ、羨ましいっ…私にもお恵みを…!』


 こんな風に。

 だから、コイツは放牧しちゃダメな部類だってば!!


『駄目です!イザベラさんは卑猥な目線をしているので、ギンジ様に近付くのを禁じます!!』

『ご無体な!幾ら女神様とはいえ、見過ごせませぬぞ!!』


 よしよし、オリビアはそのまま痴女騎士イザベラの防波堤を頼む。

 ただ、オレを巻き込んで喧嘩をしようとするのはやめてね。


 若干、通行人からの視線が痛いから。

 特にテメェのせいだよ、痴女騎士イザベラ

 オレの精神衛生上の観点から、すぐさま消えてくれ。


『ギンジ殿は、色男だな。ご相伴に預かりたいものだ』

『だから、テメェに全部熨斗付けて渡してやるっつってんだろうが。

 オレの生徒に手を出すつもりなら殺すが?メイソンと同じくギッタギタにするが?』

『はははっ、遠慮する!』


 ジェイコブは相変わらず、オレヨイショだ。

 そして、オリビアやイザベラの諍いすらもスルーしている。

 そのスルースキルのご相伴に預かりてぇよ、オレは。


 そんなこんなで、騒がしい道中。


『ああ、ここだ。着いたぞ』


 ジェイコブの案内で、オレ達の住居の前へと到着した。


『はー…。こりゃ、ご立派なことで…』


 色々なイベントのせいで、遅くなったがやっとこさ到着した目的地。

 王国から謝礼として受け取った、オレ達の当面の住居となる建物だ。


 そんな建物は、三階建て。

 外観は白壁のような煉瓦造り。

 屋根が赤色。

 小奇麗に整えられた、どこか愛らしい作り物めいた印象の建物だった。

 中世ヨーロッパの街並みと相俟って、まるでシル○ニアファミリーのお家のように見えた。 

 ただし、等身大である。


「わぁ、綺麗!しかも、可愛い!」

「ウチ等、ここに住んで良いの!?本当!?」

「夢見たい!こんなお家、住んでみたかったの!!」


 と、女子からは、絶賛の声。

 伊野田は手を合わせて喜び、エマもソフィアも大興奮。

 やっぱり、物語の世界のお姫様に憧れる年頃の女子達は、この手のファンシーな建物が嬉しいんだろうね。


 オレの内心はファンシー過ぎる、とやや呆然。

 男子達も言わずもがな。

 ……この手の感性は、やはり男子と女子の違いだろうな。


 ファンシーで洋風な外観に、思わず圧倒された。


 ただ、建物自体は比較的、新しいように見える。

 透明度は低いがガラス張りとなっている窓から見える内装も、外観同様に小奇麗に整っている。

 無人と言われても、パッと見は信じられない。

 何か別の建物として、王国が管理していたのかもしれない。


 そんな建物を、謝礼として受け渡すのもどうなんだ?

 牢屋で教鞭をとるのは勘弁願いたいかったが、これはこれで疑心暗鬼には陥るぞ。

 まぁ、それはともかく、


『鍵はこちらだ。一応合鍵は、城にて預かっている』


 鍵はジェイコブが預かっているとの事で、扉を開ける為に受け取った。

 合鍵は、城で預かっていると聞いて、若干嫌な予感がしているが、馬鹿な奴等がいない事を祈る。


『善処しよう』

『勿論です!そのような不届き者は、我等が成敗…、』

『テメェが一番心配だよ』

『はぅっ!!』


 うん、一番心配なのは、この痴女だ。

 国王、早く引き取りに来て!


 なんて、寸劇はどうでも良い。


 ジェイコブから受け取った鍵を、鍵穴に差し込む。

 背後の生徒達の気配が、待ちきれないウズウズとした気配をしているのに、少しだけ苦笑を零してしまった。


 しかし、


「あれ?」


 咄嗟に、ぎくりと体が強張る。


「何?どうしたの?」

「何してんの、銀次」

「まさか、開かないの?」


 思わず日本語で呟いたオレの疑問の声に、オレの背後で今か今かと待ち構えていた女子達が、ドアを覗きこむ。

 だが、オレは鍵を穴に差したまま、ドアノブ(・・・・)を回した。


 キィ、と蝶番の軋む音。

 ……鍵を回していないのに、ドアが開いた。


「…開いてる」

『えっ!?』


 鍵が開いていた。

 今まで無人だった筈の、その扉が。


 今日何度目かも分からない、嫌な予感が背筋を這う。


『ば、馬鹿な…!

 金品を運び込んでからは、無人の筈…ッ!』


 背後で、言葉は分からずともジェイコブが察したのか、顔を真っ青に喘いだ。

 本日二度目の騎士団の失態だろうか?

 鍵を掛け忘れた?


 それとも、


「………ッ!!」


 びくり、とドアノブを持ったままの手が震えた。


 ドアが開いている理由は、どうやら鍵の掛け忘れでは無いようだ。

 誰かが、中にいるから、開いているのだ。


 その証拠に、オレが目線を窓へと向けたと同時に、


『わぁお、こんにちわ』


 扉に嵌めこまれた窓越しに、眼が合った。


『ひきゃああああああ!!』

「何普通に挨拶してんの!?」

『ぎゃああああっ!!』

『∑ッ…!?』


 背後の生徒達から悲鳴が上がる。

 オレはむしろ、そっちの悲鳴とエマの突っ込みの拳に吃驚した。


 無言だった筈の室内には、人がいた。

 オレのよく知る、剣呑な殺気紛いの視線を持って、ソイツは立っていた。


『待っていたぞ、異界の騎士』


 騎士の甲冑を着た、黒髪の偉丈夫。

 ソイツが悠然と、扉の前で仁王立ちをしていた。



***



 騎士の兜と甲冑。

 兜から零れている長い黒髪。

 淡い琥珀色の瞳。

 血色を疑う程の白い肌。

 シャープな顔形の中に、端正な柳眉と切れ長の瞳、筋の通った鼻梁、形の整った唇が絶妙に配されたゲルマン系の美形。

 スウェーデンとかにいそうな感じ。


 ただし、オレにとっては、その顔は、


「ア、ズマ?」

「………?」


 オレの知り合いの一人と、そっくりだった。

 同居人兼同僚だった、2歳年上の男。

 そして、オレ達の所属していた組織を裏切り、海外逃亡の末に、商売敵の元に引っこ抜かれた忌まわしい元友人の一人。


 髪型や、その表情の取り方は違う。

 だが、顔形の配置や、眼の色までもがそっくりだ。


 これで、もう少し軽薄そうな雰囲気を出していれば、そっくりどころか本人だろう。

 しかし、


『……知らんな。私は、今日、初めて貴殿とお会いする』

『…あ、そう…だった…?』


 そんな軽薄そうな雰囲気など、眼の前の人物からは発せられておらず。

 むしろ、剣呑とした、ある意味害意以外の何物でもない空気を発している彼に、オレは大いに戸惑うしかなかった。


 しかし、オレの戸惑いなど、どこ吹く風。

 玄関先に立っていた黒髪の騎士の男は、


『その通りだ。

 そもそも、貴殿のような、見目麗しい女性とは、一度でも目通りした事は無い』

『いや、女じゃねぇし』

『………そうか。それは、失礼した』


 人の事を、女とのたまいやがった。

 しかも、今の間は信じられんって顔してたよな、おい。

 ……このヤロウ、国王に直訴すんぞ?


 いや、しかし。


『アンタは何者だ?それに、なんでここにいるんだ?』


 そもそも、問題はコイツがオレを女扱いしたことじゃない。


 この眼の前にいる男が、何者なのか。

 騎士の様相をしている事から、またこの王国の騎士団のマークだろう、交差した槍と女神の横顔、そして王冠を戴いた鷲が描かれた紋章から、所属は知れている。

 だが、こんな優男の偉丈夫は、オレ達がこの国に来てからは一度も目にした事はない。


 更に言えば、この建物は、オレ達が王国から謝礼として受け取った建物で、今後はオレ達の住居になる予定の家屋だ。

 その中に、何故この騎士の様相をした男は、無断で入っているのか。

 しかも、そんな男は、開口一番にオレを『異界の騎士』と呼んだ。

 つまりは、そう言うこと。

 知ってて、ここにいる。


 オレの質問に、彼は即座に騎士の礼を取った。

 握りしめた右の拳を左胸に当て、上半身だけを45度傾ける挨拶の儀礼だ。

 その所作は、男である(ここ強調)オレから見ても、洗練されていた。


『これは失礼した。

 私は、王国騎士団騎士団長及び『白雷ライトニング騎士団』団長の任を王国より拝している、アビゲイル・ウィンチェスターと申す者』


 うぉおおい!

 コイツ、騎士団長閣下な訳ぇえ?


『ウィンチェスター卿!?』

『な、何故こちらに…!?現在は、視察で『マグダの街』に在中されていたのでは…!?』


 彼の厳かなテノールバスは、オレの背後の騎士達にも聞こえていたのだろう。

 ジェイコブどころか、痴女騎士イザベラまでもが驚愕の声を上げている。


 おいおい、コイツ、マジで騎士団長なのかよ。

 しかも、『卿』って呼ばれている当たりで、既に貴族の人間である事は確実だぞ。

 この世界にも、爵位と言うものが存在し、下から準男爵、男爵、子爵、伯爵、侯爵、公爵、大公などと言う分類も、中世ヨーロッパに則っている。

 ちなみに、騎士になってある程度の功績さえあれば、一般人でも準男爵を拝命する事も出来るらしい。

 更にちなみに言うと、オレ達の国賓待遇に関しては、だいたい侯爵程度の権限までなら行使を可能とか言うチート具合。

 王国が太っ腹だと言えば良いのか、掌返しが酷いと言えば良いのか分らない。


 話は逸れたが、卿という敬称が付く以上は、この男も騎士にして貴族だ。

 ジェイコブや暴走騎士メイソンと一緒と言う事になる。


 何故、またしても騎士がオレの前に現れるのか。

 しかも、ホラー紛いな登場の仕方までして。

 一瞬、オレも吃驚し過ぎて、一周まわって普通に挨拶しちまったけどさぁ。

 今日一日で何度感じたかも分からない嫌な予感が、背筋をうっすらと冷やしていく。


 さて、この御大層な肩書きを背負った男は、一体何のご用件だろうねぇ。


『肩書きは、分かった。

 だが、アンタは何故ここにいる?』

『『予言の騎士』殿が現れたと聞き、急ぎ駆け付けた次第である。

 王国騎士団をまとめる立場の人間としては、是が非でも『予言の騎士』殿御ご本人にご挨拶をさせて貰いたく、』


 そう言って、黒髪の騎士は背筋を伸ばした。

 普通に立っているだけだと言うのに、オレよりも頭一個分はデカイぞ、どういうこった。

 身長もげろ。

 とまぁ、オレの内心での呪い言はさておき、


『別に、挨拶なんか、いつでも良いだろう?

 今日じゃなくちゃいけない理由もなし、わざわざ人の住居に先回りまでしてする必要があるのか?』


 挨拶に来た、と言うのは良い。

 別に良い。


 それをどうして、勝手に建物の中に入っているのか?

 何度も言うが、ここは無人の筈で、オレ達に今日初めて引き渡される筈の建物だったのだ。

 それを何故、この男は…、


『本日付けで、我が『白雷騎士団』が貴殿等の護衛の任を拝命した』

『………。』

『まさか!?『白雷騎士団』が…!?』

『騎士団引いては、王国一の精鋭部隊ですぞ…!?』


 ………なんだってぇぇぇぇぇぇ?


 返ってきた返答は、実に簡潔だった。

 そして、オレは絶句。

 背後の痴女騎士イザベラとジェイコブが、揃って呆然。

 しかも、とっても分かりやすい説明までしてくれたぞ。

 王国で一番強い精鋭部隊が、コイツの率いている『白雷騎士団』とやらなんだと。


 おいおいおいおい。

 国王陛下も、本気じぇねぇか。


 だって、前にも言ったと思う。

 わざわざ騎士団を護衛に付けるのは、名目上の護衛は勿論だけど、オレ達の国外逃亡をも防止しているんだって。

 そこに、王国一の精鋭部隊と騎士団長を付けるだって?

 逃がすつもりはない、って暗に言われたようなもんだぞ。


 あ、マズッた。

 オレが、少しばかり本気になったのがいけなかったんだ。

 大抵の騎士だと太刀打ちできないって事で、急遽コイツが呼び戻された可能性はある。

 いや、もしかしたら、たまたま戻ってきただけなのかもしれないけど。


 やっぱり、やり過ぎた!

 畜生め!


『…貴殿のお噂は、この王国に来てからも重ね重ね聞いている。

 我が騎士団の精鋭すらも、無手にて仕留められたとの事だったが、』

『あー…ははは…、一応、武器は使った』

『…それでも、短剣と聞き及んでいる。武芸達者とお見受けするが、』


 思わず乾いた笑いを浮かべつつ、Uターン。

 背中を向けた事で、胡乱気な顔をされているだろうが、


「はい、注目。この人、騎士団長でした」

『ええええええ!!?』

「あ、幽霊じゃなかったんだ…」

「良かったぁ!いくら先生でも、幽霊退治は無理そうだもんね」


 とりあえず、呆然としていた生徒達へと連絡事項。

 その連絡ついでに、オレの荒れ果てた精神衛生を癒して貰うべく、オリビアと伊野田を撫でておく。

 あー……、間宮も撫でて欲しい?


 本当に、もう何なの、今日。

 今日のオレには、占星術かなにかで『騎士難の相』でも出ているのか?

 そもそも騎士難って何だ、という話だが、またしても、騎士だ。

 しかも、ランクが上がり過ぎた騎士団長様だ。


 幽霊じゃなかったと、安堵している生徒達には悪いが、オレはむしろ幽霊の方が良かった。

 だってアイツ等、塩でも巻いておけば勝手にいなくなるじゃん。


 ……コイツを退治する方が一苦労だとオレは思ってるよ?


 考えつつも、結局頭を撫でまくっていた間宮へと視線を落とす。

 唇だけで、会話。

 勿論、騎士団長様こと、アビゲイル・ウィンチェスター卿には見えないように。


『(どう思う、間宮?)』

『(……難しいでしょうね)』

『(だよねぇ…)』


 戦略的に、この男をどうこう出来るかどうか。

 オレ達2人の思考は、概ね『非』で同意された。


『(オレが不意打ちで翻弄した隙に、銀次様が拳銃で蜂の巣…というのはどうでしょう?)』

『(翻弄した後に、お前が一秒以内に退避出来るならな)』

『(無理ですね。どうせなら、オレごと撃ち殺してくだされば、)』

『(却下。それはオレが自分で自分を膾に刻みたくなる)』


 やめてね、自己犠牲での勝ちを得ようという考え。

 勇気ある行動って良し様に言っても、それってただの無謀だから。


 っていうか、やっぱりお前、オレと同業者でしょ。

 卵だろうがなんだろうが、その考え方は完全にオレ達裏社会の人間だもん。

 しかも、ナチュラルに手話から読唇術に切り替えても平然と応対したあたり、特に。

 ………今更だったっけね。


 オレがそんなこんなで生徒達と戯れている間に、目配せを一つ。

 お相手はジェイコブである。


 頼むから、少しの間だけ矢面に立って?

 流石のオレも、こう立て続けに騎士やら騎士団長やらと喧嘩は出来ないから。


『ご帰還、お喜び申し上げます』

『貴殿は確か、『蒼天アズール』の、』

『はい、オリバンダー子爵家が長子、ジェイコブ・オリバンダーでございます』


 オレの意図を正確に受け取ったらしいジェイコブが、とりあえずの間に騎士団長様と対面している。

 そのまま、引きつけておいてくれないかな?

 その間に、オレ達逃げるから……(いや、嘘だけど)。


『お戻りになられた事、お喜び申し上げます。

 この度は、我等が不甲斐無いばかりに、ウィンチェスター卿にまでご足労いただいたようで、申し訳ございませぬ』


 続けて痴女騎士イザベラも挨拶に向かった辺り、この騎士団長様は貴族としても地位が高いらしい。

 ………ちょっと待って?

 痴女騎士イザベラって、王家親族だよな?

 末席だったとしても大公爵位じゃんか。

 ………あの男、本当に貴族としても何者?


『別にどうと言う事は無い。アヴァ・インディンガス卿はお代り無かったか?』

『ははっ。恙無く。

 それもこれも、すべて、ギンジ様のご温情によるものでして、』


 あ、馬鹿!


『………それは、私が聞いた話と、相違無いだろうか?』


 痴女騎士イザベラの余計な一言で、ジェイコブを矢面に立てた意味が無くなった。

 なんで、オレを引き合いに出しちゃったの、この女。

 何してんの?ねぇ?

 何してくれちゃってんの!?


 折角、癒されてたってのに、騎士団長様からの背中に突き刺さる視線と、声に含まれた剣呑な気配に、全てが台無しとなった。


 ちょっと整理をしよう。

 この男は、きっと今まで、遠方に視察か何かの名目で遠征していたのだろう。

 この王国にオレ達が保護(?(……捕縛としか言いようが無い))をされている間に、一度も見ていないことから、それは確実だろう。

 それが、帰還か定期報告か何かで王城へと戻ってきたところ、オレ達『予言の騎士』と『その教え子達』が召喚されていた事を知って、こうして住居に先回りしてまでご対面した。


 ついでに、ここからはオレの予想。

 コイツ、城で何か良からぬ噂か何かを聞いたんじゃなかろうか。

 暴走騎士メイソンやらその部下達やらの中には、オレ達を目の敵にするアンチ『予言の騎士』がいるのは、既に分かっている。

 あれだけ、大々的に決闘騒ぎを起こしたおかげもあるだろう。

 城で公務に関わっている人間なら衆智の事実。

 その中には、オレを悪様に扱き下ろした噂や風聞が飛び交っていた事も、ある程度は予想出来る。


 つまりは、そう言うこと。

 コイツは、その噂や風聞を確かめる為に、わざわざここまで足を運んだ。

 その真意や、オレという個人の評価を、自分の目で見極める為に。


 もう、嫌だ、この国。

 出奔したとしても罰は当たらないと思うんだけど?


『お、恐れ多くもお尋ね致しますが、どのような話を、お聞きになられたのでしょうか?』


 あ、ナイス、ジェイコブ。

 痴女騎士イザベラと違って、空気を読んでる。

 ただ、顔面蒼白になっているだろう彼には、少し悪い事をしたかもしれないまでも。

 ………さっき、子爵家の長子って言ってたけど、公爵や大公相手じゃ爵位も立場も分不相応。

 本来なら、拝顔だって儘ならない筈なのにな。


 そんな彼の問いに、騎士団長様はオレから視線を外すことなく、


『『石板に記された予言の騎士』は、『俗物』だと聞き及んでいる。

 貴殿等『蒼天アズール』や『夕闇トワイライト』の騎士団が、彼等を拘束し、あまつさえ拷問したという冤罪をでっち上げ、金品や爵位を巻き上げようとしている見下げ果てた者だともな…』


 言葉の刺が、オレを撃ち抜く。

 背中から射抜かれたような気分に、膝から崩れ落ちそうになった。


 ジェイコブに痴女騎士イザベラ、そしてオリビアも絶句。

 ジェイコブに至っては、顔面蒼白を通り越して、真っ白な顔で白眼を剥いている。

 彼からの言葉を、ヒアリングで理解しただろう間宮と香神が、咄嗟に視線を向けても、睨み付けられた彼は小揺るぎもしない。


 そうかそうか。

 オレの噂や風聞は、そんな事になっているのか。

 世知辛いなんてどころの騒ぎじゃねぇよ。

 またしても冤罪じゃねぇか。


 辟易とした表情を隠しもせずに振り返れば、騎士団長様の視線は更に殺気を帯びて、


『他にもいくつか聞いているが、噂も風聞も、百聞は一見に如かず。

 私は私の目を信ずるために、ここに来た』


 そう言って、オレを見下みおろした騎士団長。

 まるで、『反論があるなら、今すぐ述べろ』とでも言っているようにも見える。


 オレは、口を閉じるしかない。

 じゃないと、怒りで何を口走ってしまうか、分からなかった。


 だって、事実だろ?

 事実じゃなかったって、王国は言いたいのか?

 拘束されて、拷問までされて、挙句には勝手に祀り上げられて、命のやり取りを命じられてんだぞ?

 それに、ここにいる2人の騎士が、直接関わっているのだ。

 王国だって、国王だって関わってるんだぞ?

 それを、でっち上げただって?


 ……涙が出てきそうになった。

 歯噛みして耐えようとしたが、堪えるのが精一杯で言葉が出てこない。


『な、何と言う、戯言を…!!実際は逆にございます!!』

『その通りです!それこそが事実無根!!

 我等騎士団が、彼の方々を拘束し、拷問まで行ってしまったのは、紛れも無い事実でございます!!』


 絶句していたジェイコブと痴女騎士イザベラが、やっとこさ口を動かしたがもう遅い。

 この騎士団長様の視線は、既にオレへの冤罪を、冤罪だとは微塵も思っていない。

 まるで、路肩に落ちた虫の死骸でも見るような眼をしている。


『ほう?…では、何故、そのような噂が流れていたのか』


 声も、冷たかった。

 まるで、冷水を浴びせられた気分だ。


『お、おそらくは、一部の不敬者どもが流した根も葉も無い悪辣な風評でございます!

 事実とは大きくかけ離れた、嘘と悪意の塊でしかございません!』

『女神様に誓って、我等は嘘を申し上げませぬ!

 無用な懲罰や数々の無礼を働いたのは、紛れもなく我等『夕闇騎士団』を始め、『蒼天騎士団』でございますれば!!

 それを、ギンジ様は快く赦免してくださったというのに、恐れ多くも見下げ果てた等という不届き者がいるとは、甚だ遺憾でございますれば…!』


 必死に弁解する、ジェイコブとイザベラ。

 がたがたと震えながら懇願の礼を取っているが、その姿も姿で、騎士団長様には違った形に見えただろう。

 受け取り方は、人それぞれだ。

 これだけみると、オレが騎士団の連中を脅しているようにも見えるだろうから。

 どっちにしろ、冤罪じゃねぇか。


『それを、信ずる証拠は?』


 案の定、騎士団長様は信じていない様子だった。


 視線は、彼等からオレへと映っている。

 剣呑を通り越し、まるでゴミでも見るような蔑むような目付きだった。


 いますぐにでも、逃げ出したい。

 ここから。

 むしろ、この王国から。


 ………逃げ切れるとは、思えないまでも。


 しかし、


『それは、私が証明致します』


 その視線の前に、颯爽と立ちはだかった人影。

 黒い艶やかな髪に、さざ波のようなウェーブを伴って、ふわふわと揺れる。

 真っ白で、それでいて血色の良い桃色の、陶器にも似た肌。


 その後ろ姿を見て、ふとストンと胸が落ち付いたと気付いた時には、


『『聖王』にして、序列四番目、『聖神』のオリビアと申します』


 彼女の背後で、オレは堪え切れなかった涙を、ころりと零していた。


 そんなオレの前に立ちはだかってくれたのは、オリビア。

 オレや騎士団長様よりも、格段に小さな体をしていながらも、その背中は数倍以上に大きく見えた。


 情けない。

 オレは、こんな小さな背中に守られてしまう。


『これは、まさか…女神様…!』

『その通りです。

 私は、『予言の騎士』であるギンジ様の、眷属としても同席しております』


 オレを守るような立ち位置で、凛とした声で答えた彼女。


 それに対し、彼の視線も一瞬で変わった。

 彼女の御威光とやらは、この男にも有効だったようだ。


『話を聞く限り、このダドルアード王国が騎士団の団長様とお見受けしましたが、間違いはありませんか?』

『はっ。相違無く』

『その騎士団長様が、こちらにいらっしゃるギンジ様に如何様な狼藉を働こうと言うのでしょうか?』

『滅相も無く』


 すぐさま、彼女の足下へと騎士団長様が傅いた。

 見事な変わり身だ。

 その顔には、ありありと焦燥が浮かんでいた。


『ギンジ様は、我等女神の『神託』を受け、一同より加護を受けたまさに清廉なる『予言の騎士』様です。

 そのギンジ様を疑う事は、我等女神の始祖『ソフィア』様も疑う事も同議ですが、』

『いいえ、滅相もありませぬ。

 『神託』を始めとした御威光、ましてや御業を疑うような背教者など、このダドルアード王国にはおりませぬ』


 これぞ、女神様の加護、というのだろうか。

 一瞬だった。

 たった数秒で、この騎士団長様から、オレへの猜疑心が消え去った。


 流石は仮にも女神様。

 この王国では、彼女以上の権力を持っている人間はいない。

 それが、例え国王であったとしてもだ。

 それは、この騎士団長様とて同じ。


 やっぱり、オレはまだまだ彼女に守られているだけしか出来ないようだ。

 不甲斐無い。


『分かってくだされば、良いのです。

 今回の事は、不問と致しましょう。今後は、誠心誠意、ギンジ様に仕えるのですよ?』

『ははっ。ご恩赦、ご配慮の程、ありがたく!』


 見事に傅き、オレへの忠誠を誓っただろう騎士団長様に満足したのか。

 オリビアはくるり、と踵を返すと、定位置となったオレの肩へと戻った。


 彼女が振り返るまでに、目元は拭っておいたが、


『大丈夫ですよ、ギンジ様。

 この王国で、もし貴方様を悪し様に言う不届き者がいたなら、私が成敗して見せます』

『……ありがとう、オリビア』


 どうやら、女神様にはお見通しのようだ。

 頬を撫でられ、顎にでも残っていたのか、眼から零れた滴を拭われる。


 可愛い上に、随分と包容力のある女神様だ。

 おかげで、先ほどまでの逃げ出したい気持ちが、少しであっても和らいでいる。


『本物の『予言の騎士』様に、多大なる無礼を申し訳ありませんでした』

『………いや、』


 そして、傅いた騎士団長様からは、これまた安定となった掌返し。

 そろそろ、オレも怒って良いだろうか。

 ………まぁ、喉が張り付いてしまって、それ以上の言葉を掛ける事も、掛ける気も起きなかったんだが。


 今後も、オリビアには頼りっぱなしになりそうだな。

 本当にもう、不甲斐無いったらありゃしない。


 閑話休題それはともかく


 どうやら、騎士団長様の誤解は解けたようだ。

 正直、助かった。

 この騎士団のトップにして、オレ達ですら制圧出来るか不明な挙句、同居人兼同僚だったアズマと同じ顔。

 そんな男が、今後オレ達に敵対するとなれば、オレは心がぽっきりと折れかねない。

 物理的にも精神的にもな。


 はぁ、胃痛が痛い。

 本当に、オレの風評ってどうなってんの?

 これで、変態やらロリコンやらの悪評まで広がってんなら、もう金輪際城には近寄らねぇからな。

 頼まれたって、行ってやるもんか。


 ………まぁ、良いや。


 敵でないなら、それに越した事は無い。

 信頼は出来ないが、信用だけは出来る。


『一応は、信じてくれたか?』

『勿論でございます。…噂とは言え、信じていない節が無かった訳ではありませんでしたので、その点は改めて謝罪をさせていただきたく、』


 そう言って、頭を下げた騎士団長様。

 表向きだけ(・・・・・)だろうが、今はそれで良いよ。


 だが、そんなオレの内心は露知らず、


『ウチの先公は、アンタが思うような糞野郎じゃねぇぞ?』


 オレの背後から発せられた、剣呑な声。

 おかげで、オレがぎくり、と体を強張らせてしまう。


 香神だ。

 隣では、間宮が凄い勢いで首肯している。


 お、おい、やめろ。

 折角ひと段落したのに、蒸し返すな。


『捕縛されて、拷問までされたのに、オレ達を守ってくれた先公だ。

 悪く言うなら、テメェがどんだけ偉かろうがなんだろうが、ぶっ殺してやる!』


 しかも、蒸し返した挙句に、兆発までくれてやるな。

 向こうに、反逆の機会を与えるようなもんだから、話をこじらせないでくれ!!


『ほう。それは、素晴らしい』


 って、騎士団長様も乗っちゃダメ。

 それは、乗っかっちゃダメな奴!


『だろ?しかも、オレ達の為に、自分一人だけが拷問を受けたんだぞ?』

『それは、なんという教職者の鑑…!』


 そうして、香神が語るわ、語る。


 オレ達が、この王国に来てからの怒涛の1週間。

 捕縛や拷問から始まり、暴走騎士メイソンから言われた罵詈雑言の数々や、その部下達を交えての決闘騒ぎに、あまつさえオレの武勇伝まで。

 ちょっと、やめてっ!

 オレの精神ゲージが、ごりごり削られてる!

 しかも、騎士団長様も、いちいち感動したり共感したりしないで!

 言うなれば、テメェの部下の不始末なんだから『そんな不届き者は生かしておけん!』とか言わないで!?

 背後でジェイコブが顔面蒼白通り越して半死人になってるのに気付いて!?

 助けて先生!ジェイコブが息をしてないのっ!!


『(こくこくこくこく!!)』


 ってか、やめろ!

 間宮まで混ざるんじゃない!!

 そして、お前達はいちいちリアクションがオーバー過ぎる!

 どこのアメリカンだ、コノヤロウ!


 背筋がむず痒くなる!

 通り越して、悪寒が走ってる!

 居た堪れないから、もうやめて!

 頼むからやめて!

 むしろ、お願いだから、やめてくださいぃい!!


「悪意なのか?一周まわって嫌がらせなのか?」

「なんでだよ!!」

「∑ッ!?」


 思わず、別の意味で泣きたくなった。


 そして、そんなアメリカンなジョークでも無いのに、オーバーなリアクションで話を聞いていた騎士団長様はといえば、


『私は、やはり誤解をしていたようだ。

 私も含め、我等騎士団の幾度と無い無礼の数々を、重ね重ね申し訳無かった』


 と、深く深くお詫びされて、オレの精神ゲージが振り切れた。

 もう、盛大に。

 天元突破どころか、針がぶっ飛んだんだけど。


『頼むから、アンタもそんな顔しないで!オレの同僚と同じ顔で、そんな眼で見ないで!

 鳥肌が止まらないどころか、むしろ絶賛増殖中だからぁ…!!』

『…な、なにゆえ…?』


 もう嫌だ、この王国。

 騎士団長まで、オレに生理的嫌悪しか植え付けてくれないんだけど。

 痴女騎士イザベラ並だよ。

 むしろ、男だから余計に生理的嫌悪を感じるよ!

 更に、同居人兼同僚の顔をしているから余計に…(以下省略)


 オレの心の折れる音がした。



***



 そんなこんなで、なんとかオレの精神的に多大なダメージを与えてくれた騎士団長様との初邂逅も終わり、オレ達はやっと今後の住居へと足を踏み入れる事が出来た。


 踏み込んだ住居の内装は、外装と比べれば比較的落ち着いている。

 ダークブラウンの板張りの床に、アイボリーの壁。


 玄関先から入って、すぐがダイニング。

 縦長に伸びた間取りの右側にはキッチン。

 更にその奥に、水回りであるトイレ(この世界では、汲み取り式)。


 中央には、比較的大きい階段が設置されており、その階段を挟んだ左側には、なんと嬉しいことに風呂バスタブのみではあるがが完備されていた。

 階段の下には、ちょっとした収納スペースもある。


 オレにとっても、ここまでの広さは少し予想が外れていた。


「わぁ!広い!」

「綺麗だし、色合いも可愛いねぇ!」

「なんだよ、良い感じじゃん!」


 オレの後に続いて、ダイニングへと入った女子達は、相変わらず歓喜の声。

 ぱたぱたとダイニングの中央辺りまで駆けると、そこからぐるっと見回していたりなんだり。


「おわーっ!広い!」

「こら、徳川!危ないっしょ?」

「広すぎねぇ?」

「ここに11人で住むんだから、手頃なんじゃないか?」


 後から続いた男子組も、外装はともかくとして、内装は気に入ったらしい。

 主に、実用面で。


 言葉が分からずとも、年相応な反応を見せる生徒達を見て、騎士団長様をはじめとした騎士達の目線が微笑ましそうに見える。

 それもこれも、女神様のおかげだろうか。


 今日から、オレ達の住居になるだろう建物は、全員から満場一致で合格判定らしい。

 見てまわって、多少の不備があったとしても、外装や内装のデザインを差っ引いて、お釣りも出るだろう。

 手に持っていた鍵を見て、ふと苦笑。

 ここでもまた、オレが鍵の管理を担当する事になりそうだ。


 しかし、ふとここで疑問。

 ………なんで、ここに鍵があるのに、騎士団長様は先回り出来たんだろうか。


『ところで、騎士団長様は、どうやってこの建物にお入りになったので?』


 そう言って、ジェイコブが質問。

 これまた、ナイスタイミング。

 コイツは、この中でも、一番の常識人だったようで、オレの精神衛生を緩和してくれるなによりの緩衝材だ。


 ………護衛の騎士、コイツ等に任せられねぇかな。


 それはさておき、


『ああ、それは、城に合い鍵があったようなので、少々拝借させて貰ったのだ。

 王命もあった事だし、『予言の騎士』殿の人となりをこの目で見る為に、脚を運んだ甲斐もあった』


 と、あっさりと返ってきた、騎士団長様からの返答。


 ………おいおい。

 さっきのオレの不安がこんなにも早く現実のものになるとは思わなかったなぁ。

 おい、善処するって言葉はどこに行った?


『どうぞ、ご慈悲を…!』


 チベットスナギツネを想像しながら睨み付ければ、ジェイコブは震えあがって土下座をしていた。

 絞り出した声は、嫌に震えていた。


 この王国の騎士団は、オレの心配方面の期待をことごとく裏切ってくれないな。

 なんなの、もう。

 いや、だからって、ここまで来て掌を返すつもりはねぇよ。

 折角当面の賃金や家屋を手に入れたのに、それを無碍にする程甲斐性無しでも無し。

 まぁ、精神衛生上、二度とこんな事は御免だがな。


『私は何か、悪い事をしただろうか?』

『現在進行形で、権力を悪用した住居への不法侵入という大罪をな』

『………申し訳無い』


 騎士団長様への言葉も、嫌味が大量にブレンドされる結果となった。

 むしろ、配合率が100%だよ。

 アンタ等、プライバシーの侵害とか法律関係を、もうちょっと理解した方が良いと思うけど?


 しかし、まぁ、あれだ。

 今は、なんとかこの騎士団長の誤解が解けた事を、喜ぶしかないと思う。

 ………たとえ、表向きだけであってもな。


 だって、これでまた決闘なんぞを申し込まれてみろ。

 いくらなんでも、騎士団長相手なら、さすがのオレでも洒落にならない。

 まず、装備を一新させてくれ。

 拳銃やナイフだけじゃ心許無いから、サブマシンガンでも頂戴。

 ついでに防弾ベストを2枚ぐらいはください。

 相撲取りの化粧回し並に分厚いのね?

 じゃないと、5寸刻みの細切れにされる。


 しかも、この騎士団長様。


 自棄にリラックスした様子で立っているようで、実はそうでもない。

 視線は、常にオレの手や足下を注視している。

 暗器などへの対応も当然ながら、当然の踏み込みや、オレの一挙一投足全てを警戒していると見て間違いない。

 オレの後ろにぴったりと付き従っている間宮へも気を配っている当たり、相当な手練だ。

 気付いているのだろう。

 オレ同様、間宮にも多少武芸の心得がある事に。


 先ほど、間宮と相談した通り、コイツは一筋縄では制圧出来そうにない。


 そもそも、この騎士団長様は、ジェイコブや痴女騎士イザベラのような騎士とは、まるで月とすっぽんかと思う程、格が違う。

 些細な息遣いや体の捌き方、気配までもが違う。


 そして、なによりも目を見張るのは、この場にいる騎士の誰よりも強く染み付いた、血臭。

 背中に吊られた豪奢な槍からも、それは漂ってきている。

 この男は、戦争を知っている。

 オレと同等か、それ以上に人を殺してきている。


 斯く言うオレも、最初のコンタクトの際、この男が意図的に気配を曝け出すまで、存在に気付く事が出来なかった。

 この建物の中にいる事を察知出来なかった。

 油断していただけ、と侮るなかれ。

 確かに、昔の勘は鈍っているかもしれないが、それでも人と言うのは気配を完全に殺す事は出来ない。

 同調する事は出来るが、無には出来ない。

 それは、息使いだったり、緊張感だったり、心拍の変動だったり。

 ともかく、何か一つでも些細な異変があれば、オレか間宮が気付く。

 なのに、それが無かった。


 もし、彼がオレを殺す気で潜んでいたとしたら、オレは今頃生徒達に囲まれて御臨終していた可能性もあるのだ。


 肩書きが一個違うだけで、この格の違い。

 流石に、国王の姪である痴女騎士イザベラを差し置いて、騎士団長と言う地位に納まっているだけはある。

 力だけ、武力だけで言えば、もしかしたらこの国で1・2を争うのでは無いだろうか。

 世知辛いね、本当。

 それが、オレ達の護衛兼逃亡防止の番犬になるというのだから、素直に喜べない。


 まぁ、それはともかく。


「はい、注目。そろそろ、この建物での仕事を開始しないと、日が暮れる」


 名残惜しくはないが、自棄に殺伐とした騎士団長様から目線を引き剥がし、オレはオレの本来の仕事である引率へと戻る。

 思い思いに住居を見て回っていた生徒達に向き直り、簡易なHRを開始だ。


「各自、新しい校舎の散策に入れ。

 ただし、自由行動では無いから、まとまって行動するように。

 リーダーは永曽根として、校舎の中で何が必要かしっかりと把握してから戻ってくること」

「たとえば?」

「掃除が必要な箇所や、修繕が必要な箇所、もしくは今日から暮らすにあたって必要な寝具や、その他諸々の生活用品だ。

 リストにまとめて、買い出しに行くからな」


 ほえー、とオレを見ている生徒達に思わず苦笑。

 あ゛ー…癒される。


「先生はどうするの?」

「ちょっと、あっちの騎士達と『オハナシ』してくる」

「…なんか、ニュアンスが、」

「それ、大丈夫なの?」

「聞くな」


 それ以上は頼むから聞かないで。

 オレも自分で言ってて、ちょっと怖いニュアンスが含まれてるから。


 それはさておき。


「ちなみに、危ない事はするんじゃないぞ?

 それから、廊下は走らない、物も壊さない、いかがわしい事もしない事」

「先生じゃないんだからする訳ないじゃん」

「よし、榊原も『オハナシ』がしたいか、そうかそうか!」

「ひえッ!?え、えええ遠慮しますごめんなさい!!」


 榊原、テメェ。

 オレのガラスの心にクリティカルヒットする皮肉を言うんじゃねぇ。

 マジで、心が折れそうなんだ。


 コイツには、握力150を誇るアイアンクローをかましておいた。


『………本当に、教師なのだな…』


 そんなオレの背後から、ぼそりと呟かれた独り言。

 感嘆とも納得とも付かない声音。

 確認なのか、それとも別の何かが含まれているのか、声音からは判断が付かない。


 ………はぁ。

 頭痛に引き続いて胃痛までして来た。

 こういう駆け引き、嫌いなんだけどなぁ。


 まぁ、良いや。

 こっちは後回しだ。


「じゃあ、行って来い。もし、何かあった場合は、何もせずにここまで戻って来い」

「…何もしないで良いの?」

「ああ。逃げるだけで良い」


 出来れば、何事も無く終わって欲しい。

 まぁ、何かあれば、間宮がいるから、超特急で知らせてはくれるだろう。


 もし、中に騎士が潜んでいたとしても、アビゲイルの名前を勝手に使わせて貰おう。

 ついでに、


『オリビアも、生徒達と一緒に行ってくれるか?』

『え、ええ…大丈夫ですが、それだとギンジ様が…』

『オレは大丈夫。まず肩書きのおかげで、殺される事は無いし、むしろオレよりも心配なのは、生徒達だからさ』

『分かりました』


 そう言って、英語でヒアリングの出来る香神と間宮には、中での対処法を教え、オリビアには生徒達の安全確保の為の引率をお願いした。

 そして、このシル○ニアファミリー然りの、新校舎へと放流する。

 元気でやれよ。

 そして、また元気に戻って来い。

 本気で、何事も無い事を祈っておく。


 そうして、ダイニングから、階段を上って階上へと向かう生徒達を見送った。


 そこで、振り返る。


『それで?…女神様抜きで話したい『オハナシ』ってのがあるんだろう?騎士団長様よ』

『察しが良いようで、なによりだ』


 そこには、最初の時同様に、剣呑な視線を向けた騎士団長様ことアビゲイルがいた。

 待ち構えていたかのように、顎をしゃくられる。

 目線は外だ。


 オーケィ。

 第二次不毛舌戦と参りましょうか。


 元暗殺者(アサシン)とはいえ、教師なのに。

 何、この仕打ち。

 平穏が、遠い。



***



 これは、裏庭と言うのだろうか?


 オレの目の前には、軽く体育館か挌技場規模の広さはありそうな草地が広がっていた。

 この建物、戸建てについで庭も完備かよ。

 雑草が生え放題にはなっているけど、これまた随分な建物を譲与してくれたものだ。


 騎士団長様ことアビゲイルの後に続き、裏手に回ったオレ。

 顎と目線で、外を示されたから素直に外に出たが、こんな裏庭が有るとは思ってもいなかった。


『向こうでは憚られる内容でな』

『……どんな噂が立ってんだよ、オレ』

『聞いても面白くも無いだろうが…想像にお任せしよう』


 そう言って、彼はにこりともせずに、オレを先導する。


 オリビアがいなくなった途端のこの落差。

 どうやら、コイツは、根は真面目で素直なのだろうが、相当の演技派のようだ。

 オレも、正直、差異に戸惑っている。


 結局、この騎士団長様のオレへの猜疑や欺瞞は、未だに解消されていなかったらしい。

 女神と聞いて、潔く傅いた信心深いこの男に、ここまで警戒されるような噂か。

 聞きたくも無い。

 だが、どのみち聞かなくてはならない。


 一度は、一対一サシで話し合う必要はあった。

 オリビアの登場で、隠されてしまっただろう真意。 

 それを、触りだけでも聞いておかなければ、後々の禍根にされても困るから。


 一応念の為、ジェイコブと痴女騎士イザベラの騎士団には、建物の中に残って、子ども達のお守りを任せてある。

 少々戦力としては心許無いものの、まぁ大丈夫だろう。


 アビゲイルと話をすると言った時の2人のとんでもない不安そうな顔が、余計にオレの不安を煽っている。

 そして、アビゲイルの先導のもとで、建物の裏手へ。

 その更にすぐ横に隣接されている物置の裏に回ったかと思えば、


「判断を誤ったかもしれないな…」


 クソッ垂れ。

 浅沼曰くの強制イベントはもうねぇだろうとタカを括っていた矢先の落とし穴だ。

 思わず、日本語で呟いてしまった。


 目の前には、アビゲイル。

 そして、その背後にぞろりと、現れた騎士団の姿。


 純白ともまた違う、黒銀と言うべき意匠の甲冑。

 染め抜かれた紋章は、白字に銀糸。

 先程表題に上がっていた、彼アビゲイルが率いる直属の騎士団、『白雷ライトニング騎士団』とやらで間違いはなさそうだ。


 おいおい。

 こっちにお仲間を待機させていたのかよ。

 準備が良いどころの騒ぎじゃねぇだろう。

 まさかまさかの、二度目の決闘騒ぎなのか?

 今なら無条件降伏するしかないんだが?


 しかも、相手がこの騎士団長様じゃ、力押しは出来そうにも無い。

 まず、オレの装備が心許無い。

 切実に防弾ベストが欲しい。

 ついでに、サブマシンガンとか言わず、ミドルレンジでも良いからバズーカ砲も頂きたいものだ。

 じゃないと、膾に刻まれる。


『……先程から気になっていたのだが、それはどこの言葉だろうか?』

『異界の言葉だよ』


 クソッ垂れ。

 二度目の口汚い悪態を内心で吐きつつ、逃走経路だけをシュミレート。


 しかしながら、いかんせん逃げ道はあっても、逃げられるという確信が無い。

 しかも、ここにいる連中だけでは無いのだろう。

 騎士団長様よりかは、気配を感じられる数名が、物置を回り込んでいる気配がする。

 退路は無し。

 ………体育館裏に呼び出された苛められっ子の気分が、今になってよく分かった。


 さて、それはともかく。

 その上で、この男は何を聞きたいのだろう?


『何が目的だ?』


 単刀直入に、切り出した。

 少しだけ、アビゲイルの眉が上がる。


 まぁ、驚いたのかもしれない。

 この場で、逃げ出そうとしない所だけは。


 逃げられると思わないから、覚悟を決めただけだ。

 ゴメンな、生徒達。

 骨は拾ってくれ。


『先程も言ったと思うが、王命により、我等『白雷ライトニング騎士団』が、貴殿等『予言の騎士』と『その教えを受ける子等』に付く事となった』

『ああ』

『王命は、絶対だ。逆らうつもりはない』

『そうか…』


 ……うーん、と?

 これは、一体どういう話の切り出し方だろう?


 なんか、自棄に説明染みているっていうか、おそらく説明何だろう。

 だけど、これを前置きにしなきゃいけないって事だから、


『…納得はしてねぇんだろう?』

『ああ』


 ほらな、やっぱり。


 国王様も、オレ達の護衛に騎士団長様とその騎士団長様率いる精鋭の騎士団を付けてくれるとは大盤振る舞いだが、見事に裏目に出てんじゃねぇか。

 おいこら、『善処する』って言葉はどこ行った?


 ついでに言うなら、貸し出された戦力が馬鹿みたいに火力が高すぎて、こっちが迷惑!

 逃亡防止なのは分かるけど、逆に家畜の扱いにしか思えないから。


『私には、未だに信じられんのだ。

 この南端の王国に『予言の騎士』が舞い降りたことも、貴殿がその『予言の騎士』である事も、ましてや女神様の御威光を借りていることすら、信じられない』


 この男の本音は、これだ。

 オリビアの登場で隠された真意は、まさしくこれだ。


 実際に、オレは今、オリビアの威を借る狐だ。

 しかもチベットスナギツネ並に、ふてぶてしい奴な。


 それを踏まえた上で、コイツはオレを堂々と貶している。

 つまり、その時点で、コイツにとっては王命よりも大切な何かがあると踏んだ。

 騎士としても、『聖王教会』の純朴な信徒としても、オレの事が許せないのかもしれない。


『オレも、未だに信じて無い』


 ただし、それはオレも同じ事。

 信じられないのは、オレも同じだ。


 今まで、過去が色々とアレだとは言え、一介の教師だったのだ。

 普通とはちょっと違う環境ではあっても、生徒達も一緒だった。

 普通の人間だ。

 それは間違いない。

 それなのに、やれ『予言の騎士』だ、その『教えを受けた子ども達』だって聞いても、正直胡散臭い。 

 当人である、オレがそう思っている。


『……身の程は弁えているようで、安心した』

『……そりゃどうも』


 返ってきた返答は、やはり剣呑としている。

 むしろ、殺伐としている。

 隠しもしない言葉の本質に、オレを卑下する毒がありありと滲み出していた。


 そうして、オレを見ている眼にも、胡乱気な色がはっきりと表れている。

 暴走騎士メイソンや、その部下の暴走騎士達にも匹敵するだろう。

 ただし、眼力が10割マシマシ。

 この時点で、心が折れそうだ。

 マジで心が折れる5秒前。

 MK5だ。

 意味分からん。


 それに、アビゲイル同様、背後の騎士達も納得しているようには見えない。

 オレを睥睨している、彼の配下からも、剣呑な視線や殺伐とした空気が流れ出ている。

 完全アウェイ。

 突き刺さる視線も、あの決闘騒ぎの比較にもならない。


 しかも、ここにいる数名は、やはり知っている顔ぶれだ。

 確か、国王の謁見の際に、近衛騎士として参列していなかっただろうか。


 おいおい、あの時の無礼もひっくるめてこの視線なのか?

 半分以上の視線が、敵意無いし害意を含んでいる。

 あわよくば斬るってか?

 頼むから、斬るを英語変換はしないでほしいが、


『王命に背いてまで、って事は、あの暴走騎士と同じ意見か?』

『……あれと一緒にされるのは業腹だが、』

『何が違う?理解はしても納得してねぇんだろう?

 叛意があって、オレ達を害そうとしてるなら、十分あいつ等と同じじゃねぇか』


 オレの言葉に、アビゲイルは少しカチンと来たらしい。

 ぴくり、と片方の眉が跳ね上がる。

 閉じていた瞼が、徐に開かれると、そこには、殺意を塗り固めた猛禽類の目があった。


 ああ、もう面倒臭い。

 コイツ、あわよくば、本気でオレを殺すつもりだろうが。


 なんで、こんなのを護衛に回したの?

 むしろ、国王様は、オレを殺したいのか?

 今までのやり取りを考えると十分有り得そうで怖いけど?


 そう簡単に殺されてやるつもりはないけど、結構ギリギリな立ち位置だなぁ、おい。

 虎の威でも女神様の御威光でも良いから、今だけ貸してくれ!

 じゃないと、本格的に心が折れそう。

 むしろ、複雑骨折で再起不可能になりそう。


 と、彼が背中の獲物を、いつ引き抜くかびくびくしているオレの内心など露知らず、彼は大仰な溜息を吐いた。

 怒りをやり過ごそうとしたのだろうが、それはむしろこっちがやりたい。


 しかし、そうこうしているうちに、彼は重苦しそうに口を開いた。

 ……言いたくない事なら、言わなくて良いのに。


『俗物であると、噂話を聞いたと話をしたな』

『……ああ』

『その噂の中には、他にもこうある。

 生徒である女子達と、肉体関係を持っていると』

『NOだ。オレは、生徒には手を出していない』


 あの暴走騎士共(やろうども)、本気で殺しておけば良かった。

 この噂の真偽は、知っての通り、ただの勘違いである。

 オレが悪寒を感じて、無様に震えていたのを、エマが見兼ねて温めてくれただけだ。

 ……たとえ、半裸だったとしてもな。


『更には、生徒である女子達と同衾しているとも聞いたが?』

『雑魚寝するのに、女を床に寝かせる訳には行かないだろう。

 それに、あれは女子達が潜り込んできたからであって、オレが引きずりこんだ訳じゃねぇわ』


 それも、NOだ。

 確かに一緒にベッドで寝た事が2日間ほどあったが、それも言いだしっぺは生徒達であってオレが、引き摺りこんでいかがわしい事をした訳じゃない。

 他の生徒達だって一緒に雑魚寝してたと言うのに、何故女子だけがピックアップされるんだ。

 オレだって、あの時は本気で頭を抱えていたわ。


 っていうか、ちょっと待て。


『……混浴したとも聞いたが?』

『ちょ、…ちょっと待て、STOP!!』


 ………おいおい、嘘だろ。


『オレの噂って、マジでそんなのばっかりなのかよ?』

『ああ』


 クソッ垂れ。

 オレの肩書きは、結局、生徒に手を出した変態エロ教師じゃねぇか!

 あの暴走騎士共の処遇を王国に任せたのは間違いだったな。

 直々に引導を渡してやれば良かった!


 ああ、もう畜生め。

 やっぱり、二度と城には近寄らねぇからな!


 だが、アビゲイルが怒っているのは、それだけでは無かったようで、


『信仰心の欠片も無い背教者だとも聞いている。

 国王や司祭様からの要請を、一度断ったそうだな』


 ええ、そうです。

 彼の激オコポイント(死語)はおそらく、これです。


 それは確かに、否定できませんが…?


 この王国は、女神様絶対至上主義者が多い。

 イーサン然り、国王様然り、この騎士団長様然り。


 これが、彼にとって一番許せないことだったのだろう。

 先ほど、考えていた王命に背いてまで守りたい大切なものは、信仰心だった訳だ。


 ああ、もう。


『やってらんねぇ…』

『……は?』


 だから、嫌なんだ、宗教が関わってくると、途端に信徒が漠然とした敵に変わるからなぁ!

 こちとら、神様も女神様にも恵まれた生活はしてねぇんだよ。

 なのに、何でいきなりそんな尊い存在に、宝くじの1等を引き当てる確率のような形で選別された上に、元の世界での生活を全て捨ててまで別の世界の社会貢献をしなきゃいけないの!?

 しかも、言っておくけど、保険とか全く効かない命懸けだよ!?

 危険手当も生命保険も無くて、ただただ瀕死の世界の為に、終焉を阻止してください、よろしくお願いします☆ってだけ言われて、どうしろっての!?


『じゃあ、テメェ等が『予言の騎士』になりゃ良いだろうが』

『……何だと?』

『勝手にやってくれよ。暗黒の災厄とやらを払ってくれよ。

 世界の終焉とやらも、アンタ等が阻止して、この世界を救ってくれりゃそれで良いじゃねぇか』

『………。』


 やってらんないね、もう。

 他力本願の癖に、いざ目の前に現れたら、気に入らないから殺す?

 だったら、テメェ等が、この世界をどうにかしてくれってんだ。

 別の世界の人間なんて使い捨てないで、自分達の問題を解決してくれよ。


 半ばヤケクソ気味に吐き捨てて、胸ポケットを漁る。

 目的は煙草の箱だ。

 約1週間ぶりになるだろうか。

 実は、かなりのヘビースモーカーであるオレが、1週間も禁煙出来たとは驚きである。

 ただの現実逃避。


 浚って来た犯罪者集団を崇めろって?

 女神様って言っても、勝手にオレ達を召喚するだけして、この世界に放り出しただけのただの誘拐犯じゃねぇか。


『やってらんねぇよ。

 何を特別視しているのか知らないけど、こっちはどこにでもいるような普通の教師と生徒だったんだぞ?』


 オレの言葉に、絶句したアビゲイル。

 そして、配下の騎士達。


 それが、怒りなのか、それとも現実を叩きつけられた事への憔悴だったのかは分からない。

 一瞥すらもくれず、煙草を咥え、ライターで火を灯す。

 喉元へとせり上がってきた吐き気を、喫煙によるニコチン摂取で抑え込む。


 溜息と共に、煙を吐き出せば、


『カナビスの草(※マリファナ)まで…』


 アビゲイルからは、再三の呆れた目線。

 むしろ、これ以上は無いんじゃないかと言う程の、下卑した視線をいただいた。


 『カナビスの草』と言うのが何かは分からないまでも、ニュアンスから感じ取ると大麻や阿片のような麻薬の類だと思っているだろう。

 もう、放っておこう。

 いちいち、反発したり訂正するのも面倒くさい。


 だが、その視線がふとオレの左腕へと向いた。

 これまで、一度も動かしていない、動かす事も出来ない左腕へ。


『………腕は、どうした?』

『テメェ等騎士団が行った拷問のせいで、不随になったと言ったらどうする?』

『………ッ』


 あからさまに動揺したアビゲイル。

 やはり、根は真面目で、その実素直なのだろう。

 卑下する視線から一転して、眼には憐憫が浮かぶ。

 面白いぐらいの超反応だな。


 とまぁ、からかうのはこのぐらいにしておこう。


『元々だ。…5年前に、事故で使えなくなった』

『………使え、ない?』

『さっきも言っただろうが…。オレ達は、どこにでもいるような普通の人間だったって、』


 眼を丸くして、彼はオレの顔と腕を交互に見やった。

 そして、オレの表情に、嘘が無いことに今更ながらに気付いたようだ。

 その目利きは素晴らしいが、もっと早く気付いて欲しかった。


『…オレは、元々軍属だった。だから、騎士相手に大立ち回りも出来たし、拷問に耐える事も出来た』

『………。』


 少しだけ、身の上話をしようか。

 この状況を把握しているのは、きっとオレだけだ。

 この絶望的な状況を、この王国の誰もが気付いていない。


 ずるずると、物置に預けていた背中を引きずるようにして座りこむ。

 正直、1週間ぶりのニコチンがきつ過ぎてくらくらする。

 自業自得だとは思っても、後の祭り。


 まぁ、それはどうでも良い。


 問題は、これからする話。

 建前を多いに含んだ、夢物語。


『オレ達のいた世界には、『魔法』も『魔物』も、『戦争』すらも無かった』


 話の枕は、世界の差異。

 まぁ、海を挟んだ向こう側では、戦争紛争は日常だったかもしれないが、生徒達からしてみれば、遠い国の物語で他人事だった。

 軍属、もとい裏社会人を引退したオレにとっても、久しく感じていなかった空気。


 それが、今は目の前にある。


『勿論、神様とか女神様なんて存在も、眼に見える形では顕現すらしない。

 あるのは偶像ばかりで、信憑性の無いおとぎ話の世界の住人たちでしかない』

『………だから、信じていないと?』

『神様にも女神様にも、幸せを恵んで貰った経験が無いからな』


 だって、オレは捨て子だもの。


 そう言えば、アビゲイルは面白いぐらいに、反応した。

 眼を見開き、腕組みしていた手指が震える。


『オレが、軍人として配属されたのは、13歳の時だ』

『…それは、基準値を下回っているのでは無いのか?軍法に違反しないのか?』

『違反してんに決まってんだろ?

 でも、そうでもしなきゃ、オレ達みたいな施設で育った身よりの無い餓鬼は生きていけねぇ』


 驚きは、伝播する。

 アビゲイルの背後の騎士達も、どよめいた。


 この世界でも、軍法があるようで何よりだ。

 そして、その軍法に13歳以下の子どもが引っ掛かる良心があるだけ、まだマシだと言う事も分かってホッとした。


『…被爆したのは、18の時。実戦投入された時、突発的な事故に巻き込まれて生死の境を彷徨った。

 神経か何かを損傷して左腕の麻痺が後遺症として残り、もう二度と動かせない』


 まぁ、嘘だけど。

 ……こういう時は、方便って事で片付けてしまえば良い。


 流石に、自分の本来の昔語りは、トラウマを呼び起こしてしまうので、少々どころか怖すぎる。

 途中でまたしても記憶回想(フラッシュバック)を起こしてしまうのは避けたい。

 起こす側としても、キツイのだ。


 実際に、生死の境を彷徨ったり、腕の機能不全を起こしたのは本当だし、真実を織り交ぜて信憑性を高めるのは、こういった状況では常套手段だ。


 語られる紆余曲折は、真実3割、嘘7割。

 どの道、コイツ等に確かめる術も無いだろう。


『しかし、何故教師に?』

『…話は最後まで聞けよ』


 腰を折られ掛けたが、無理やり軌道修正。

 思いのほか冷たい声が出たせいか、アビゲイルは押し黙った。


 そして、話の続きを語る。


『軍属を続けられなくなって、治療の際に年齢がバレて、更には受け持っていた山が表向きにはヤバいもんだったから、危うく消され掛けた。

 その時に、ある機関に助けて貰ったのが縁で、丁度教職員を募集しているって事で鞍替えして、教師をさせて貰っている。

 特殊な環境で育ったりした、ちょっと訳ありの生徒達を受け持つことになった』


 いつの間にか、アビゲイル達も地面に思い思いに座っていた。


 オレの煙草も短くなった。

 地面に吐き捨てて、踏みにじる。

 2本目を咥えて、火を付けた時にはぎょっとされたが、ラリっていない事に気付いたのだろう。

 勿論、オレもこんな場面で、草吸って台無しにすることはしない。

 まぁ、ある程度の耐性が付いてるから、マリファナ程度ならトリップも出来ないけど。

 ちなみに、酒にも酔えない体質。

 どうせなら、阿片の濃縮液マシマシのパイプ持って来い。

 そうしたら、ラリって反吐撒き散らしながら、泣き上戸みたいにわんわん泣き喚いてやれるから。

 いや、本当に持って来られても困るけど。


 閑話休題。

 どこまで話したっけ?


『ただ、教えていたのは、普通の学校教育だ。

 語学や算術、歴史等の一般教育から、後は教育カリキュラムに則ったその他諸々の特別学習。

 その中には、オレがこうしてアンタ達と話している言語もあった』

『…だから、堪能なのだな』

『知らないと教えられないからな』


 一応は、オレの話に聞き入っている様子ではある。

 勿論、アビゲイルだけではなく、配下の騎士達も頷きつつも、話を聞いているようだった。


 こういうところは、騎士団長が真面目なのが移ってるのかしら?

 一人や二人は、寝ていたりとか、上の空とか想定していたから、若干やりづらくも感じるが、


『生徒達も、家庭環境やそれぞれで問題を抱えている。

 だが、それでも普通の生徒達だった。年相応に喜怒哀楽を持っているただの子ども達だった。

 オレも、彼等に武術の類を教えた事はないし、軍属の話もした事は無かった』


『なのに、こんな畑違いの世界に、突然連れ去られて来て、一体どうすれば良いんだ?

 オレは軍属を経験しているから、命を捨てる覚悟も奪う覚悟も持っているが、生徒達は違うんだ』


『今までの生活をある日突然、無理やり捨てさせられて、親とも兄弟とも引き離されて、そんな年端もいかない生徒達に、命を捨てろと言えって?』


『神様がいるなら、そんな事許す訳ねぇじゃねぇか。

 この世界の問題は、この世界の人間が片付けるべきだろうが。

 なのに、なんで別の世界で平穏に暮らしてた筈のオレ達みたいな、普通の人間が召喚されて、命を懸けなきゃいけないんだ?』


『生徒達が、聞くんだぞ?いつ、日常に戻れるのか、泣きながらオレに聞くんだ。

 それに対して、オレはどう答えれば良い?』


 ふん、眼にものを見よ。

 オレの渾身の演技で、オレだけじゃなく、生徒達の悲劇性もクローズアップだ。

 まぁ、わざと大袈裟にしている自覚はあるがな。


 だって、さっきも言った通り、建前を多いに含んでいるから。

 どのみち、アビゲイル達のような騎士達の思い込みは、オレ達の事を知らないことが第一の問題と、盛大な勘違いが端を発している。


 エマと寝ていたり、混浴したりというのは、事実だから仕方ない。

 だが、その間に、何があったかといういかがわしい邪推は事実無根であり、そもそも見られた相手が悪かった。

 同情を引き、ついでに事実を修正していく。

 何事も順序立てて説明すれば、理路整然と正しく聞こえる。

 オレには、探られて痛い腹は微塵も無いから、性的な関係を持ったことも無いし、そもそも邪推される謂れは無いと胸を張って言える。

 

 そして、そんなオレの建前を大いに含んだ独白に、


『……貴殿も、苦労をなされているようで』


 アビゲイルが、うるりと目を潤ませていた。

 男にしては長すぎる睫が瞬いた瞬間に、ぽろりと落ちる滴。

 見れば、背後の騎士団の面々も、泣きが入っているのが数名見受けられた。


 ………あれ?

 またしても、やり過ぎた?


 泣きまで入るほど、熱を入れたつもりはない。

 いや、コイツも演技派だった筈だから、まだ油断はするべきじゃない。


 ……もう少し、同情を引くべきか?

 だから、駆け引きは苦手なんだってば。

 ってか、もう面倒臭いから、このままの流れでいっちゃえ。


 成せば成る。

 後は、コイツ等の受け取り方次第だから、オレには関係ないし。


『別にオレは、元々信仰心が無い訳じゃねぇよ。

 こんな世界に突然、誘拐紛いの方法で連れてこられりゃ、オレじゃなくても信仰心は消え去るだろうよ』

『…お、お気持ちは、痛いほどよく分かる!…ぐすっ…!

 しかし、女神様は既に貴殿の御前に降り立たれたではないか!

 それこそ、女神様の御業にして、思し召しであり…』


 ああ、こっちでは、実際に女神様オリビアがいるからなぁ。

 信仰心の強い人間にありがちなお説法だ。


 神を信じよ、ってか?

 信じた結果がこれなら、異教徒にも背教者にもならぁな。


『じゃあ、女神様はオレ達を、本当の意味で守ってくれんのかい?』

『そ、それは…!』

『言い切れるのか?オレ達は、病気にならない?

 オレ達は、怪我をしない?オレ達は、予言を遂行できる?

 オレ達は、元の世界に戻れる?オレ達は、死なない?』

『……ッ…、し、しかし、数々の御業は、』

『保障出来ねぇなら、神様も女神様もあったもんじゃねぇだろうが。

 こっちは命懸けで、赤の他人の為に慈善事業で命を捨てろと言われたんだぞ?』


 それが保障出来るなら、この世界も終焉を迎えたりはしないんだろう?


『オレ達への『神託』が何だったか分かるか?

 『予言の遂行を願っています』ってだけなんだぞ?

 やり方も書いてない。どうすれば良いのかも書いていない!

 それで、どうやって『予言』を遂行しろと言うんだ!?

 どの口が、命を捨てろと言うんだ!?』


 絶句する、アビゲイルや騎士達。

 気付くのは、遅すぎたのだろう。

 オレ達が置かれた、この過酷な現状。

 家があるだけ、王国からの支援があるだけ、女神の加護があるだけ、騎士の護衛があるだけ、まだマシな方かもしれない。

 しかし、虫食いのように中がすっぽりと抜けた『石板の予言』のせいで、オレ達の命運は、保証なんて一つも無い真っ暗な闇の中にある。


『どうしろって言うんだよ!文句を言うなら、教えてくれよ!

 こんな常識すらも違う世界に放り出されて、一体どうしろって言うんだよ!

 何も教えてくれずに投げっぱなしな無責任な女神様とやらを信仰しろって!?

 何をどうすれば予言の通りに、災厄を払えるのかも分からないのに!?』


 溜め込んでいた本心。

 一時の間であっても、それが決壊してしまった。


 言うつもりはなかったのに。

 悔しいが、まだオレは本心から、この『予言の騎士』という大役を受け止めていないようだ。

 現状も、受け入れられていない。


 目頭が熱い。

 吐息が荒い。


『何でオレ達なんだよ!平穏に暮らしてだけの、ただの教師と生徒なんだぞ!

 オレは戦争を知っているが、生徒達は何も知らないんだ!

 漂う血臭も!荒れ狂う爆風も!命のやり取りも!

 何も知らない生徒達に、オレはこれからなんて顔をして、殺し合いを教えれば良い!?』


 ぶわり、と殺気が漏れた。

 それと同時に、ボタンが無くなって開いていた胸元や、転々と血の跡の残る膝にぼたぼたと落ちる滴。


 ああ、本当に情けない。

 なんで、オレまで泣いてるんだ。


 一気に思考が冷えた。


『…生徒達と一緒に眠っていたのは、彼女達が泣くからだ。

 混浴をしたのも事実だが、オレの腕は使い物にならないから、介助をお願いしただけだ。(※嘘だけど)

 ましてや、肉体関係なんて持った事も無ければ、今後も持つ予定はない。

 いつ死ぬかも分からないのに、無責任な事なんて出来ないからな…』


 オレも、混乱して来たようだ。

 ブレイクタイム。

 灰が落ちかけた煙草を咥えて、無理やり吸い込んだ。


 もう一度、溜め息と共に煙を吐き出して、


『テメェ等がどう思おうと勝手だ。笑えば良い。蔑めば良い。

 だが、オレだけならまだ良いにしても、生徒達は貶してくれるな…』


 汚れ仕事は、オレの専売特許だ。

 だから、その対象はオレだけにしてくれ。

 拷問の時にも、思ったこと。


『本来なら、あいつ等は親の愛情を一身に受けて、育つ筈だった普通の子ども達だったんだ。

 それが、何かの間違いや歯車が噛み合わなかっただけで爪弾きにされて、特殊な環境に立たされただけなんだ。

 そんな生徒達の耳に、頼むから心無い言葉を入れてくれるな』


 ………うむ。

 我ながら完璧である。

 と、自画自賛したは良いが、いかんせん涙が止まってくれない。

 ここまで、涙線が緩んでいたか。

 おい、23歳。

 こんなに泣き虫だったのか、コノヤロウ。


 もう、彼等の反応は、知らない。

 背後から聞こえる、雄々しいむくつけき男どもの涙声の大合唱も聞こえない。


 背中を向けて、立ち上がる。

 そっぽを向いて、泣き顔を隠した。

 まぁ、鼻をすすってしまったので、きっとバレているだろうが。


『…済まなかった…!我等は、とんでもない間違いを…ッ』


 涙声で、鼻声ダミ声となったアビゲイルも、知らない。

 煽り過ぎたという自覚はあるが、今さら訂正するのは面倒だ。


 それに、とチラリと肩越しに見た彼。


『め、面目次第もございませぬ…!なんと、お詫びすれば良いのか…!』


 アビゲイルの顔面が酷いことになっているせいか、どうも素直に喜べない。

 元が良い顔だった所為か、土砂崩れの比率がぱねぇ。

 これが噂のイケメン劇的ビフォーアフター(劣化版)だな。

 演技かどうかを見極めるのも、なんだか面倒になってしまう。

 やり過ぎた感がひたすらにマックスだ。

 どうしよう、コイツ等が、また掌返しで『予言の騎士』の信者とかなったら、精神衛生的にオレが臨死確定なんだけど…。


 ……アズマも泣いたら、こんな顔だったのだろうか?

 アイツが泣いた顔ってのも、見てみたかったものだが、今はもう遠い空の下で生きているのか死んでいるのかも分からない。

 ……やめよう、空しくなるだけだ。


 頭を振って、歩き出す。

 盛大に溜息を吐いて、背後の喧騒は聞こえないふりを維持する。

 じゃないと、オレも涙が止まらないだろうから。


 だというのに、物置を回り込めば、


『『予言の騎士』様…!』

『お、オレ達は、なんという勘違いを…ッ』


 待機していただろう、騎士の姿。

 すっかり忘れていたけど、逃亡防止の為に配置されていた連中だろう。

 こっちにも聞こえてたのか。

 ああ、怒鳴ったりしちゃったもんな。


 とはいえ、もう慰めの言葉だって、聞きたくない。

 勝手にしろ。

 泣き顔を見られて恥ずかしいのも相まって、オレは無言で彼等を通り過ぎ、今度こそ裏庭を後にした。


 啜った鼻を少々行儀は悪いが袖で拭い、頬を叩いて気を引き締めた。

 これから、生徒達の前に出る事になる。

 情けない泣き顔など、オレよりも不安だろう彼等には見せないに限る。


 オレを悩ませる噂については、時間の経過と、彼等の良心に期待するしかない。

 嘘も真実も盛大に織り交ぜた、感動巨編だ。

 少しは、噂を撹乱するぐらいには、役立ってくれるだろう。


 願わくば、


『(掌返しは、もうごめんだ…)』

 

 この王国が、敵にならない事を祈るまで。

 そうなった場合は、情けも容赦もなく、この世界ごと見捨ててやる。



***

結局、親衛隊が結成された流れ。

てってれ~♪


少しだけ、騎士団の連中を整理いたします。


夕闇トワイライト騎士団』

イザベラ率いる騎士団。王国内での騎士団の序列は5番目。

主に城内部の後宮や王家の部屋周辺を担当しているが、イザベラの趣味で拷問吏紛いな事に手を出す事もある。

ドSでドMな集団。


蒼天アズール騎士団』

ジェイコブ・メイソンの率いる遊撃騎士団。王国内での騎士団の序列は下から数えた方が早いらしい。

主に、魔物討伐や正体不明の集団などの斥候や捕縛も担当している。

ジェイコブとメイソンの意見が一致しないと瓦解する、暴走しっぱなしのはた迷惑な騎士団。


白雷ライトニング騎士団』

騎士団長でもあるアビゲイル直属の近衛騎士団。

騎士団の序列は勿論一番上。

主な仕事は王家や有力貴族などの警護。

しかし、アビゲイルは騎士団長として討伐部隊の指揮をしているので実際には、王国にいる期間が半分ほど。

なので、銀次達の召還の際にも立ち会ってはいない。

その実、主人に尻尾を振る犬っころである。


誤字脱字乱文等失礼致します。


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