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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラスの春休み
116/179

閑話 「~職員会議~パート4でも、酒は飲む」

2016年10月25日初投稿。


続編を投稿させていただきます。

遅くなってしまって申し訳ありません。


閑話です。

ただし、これまた本編と密接に関わってきますので、フラグをお見逃しなく…(笑)

(※とはいっても、大したもんではございませんがね)

 ***



 こんにちわ、こちらにとっての異世界の皆さん。

 つまりは、現代の皆さんだ。


 こちらの異世界は、本日どころか今日も今日とて、晴天なり。

 二つも昇った太陽の所為で、真面目にクソ暑くなり始めた今日この頃でございますが、そちらはいかがお過ごしでしょうか?


 現在の気温は、体感で真夏日。

 正直、この気温がそろそろ2月通り越して3月を迎える、春先の気候だとは思いたくねぇ。


 ………東京はまだ生温かったのね。

 変な意味で、向こうで電化製品に囲まれていた快適な生活が恋しくなったよ。


 とはいえ、こちらに来て良かったこともある。


 暑さを忘れてしまうぐらい、とても有意義な時間を過ごすことが出来るからだ。

 何が?

 飛竜ことガルフォンとの、至福のイチャイチャタイムだよ。


 冒険者ギルドのランクアップ試験を発端にした、2月某日の乱痴気騒ぎから数日。

 未だに、ダグラス氏とガルフォンは、ダドルアード王国に留まっている。


 これは別に、オレが無理矢理引き留めているわけではない。

 ガルフォンの体調が整わないと、大陸最南端のダドルアード王国から大陸中央『黄竜国』までの空路を飛ぶことが出来ない所為だ。


 まだ発展途上な上に、調教途中。

 今回は、試運転のような形で、初めての長距離飛行だったらしい。


 そんな飛竜は、『竜王諸国ドラゴニス』にとっては、金貨よりも価値がある生き物だ。

 国家予算としても、飛竜の飼育金が割かれる程だという。

 ………極貧のダドルアード王国とは雲泥の差だな。

 その為、無理をさせる訳にもいかず、それを一個人の飼い主であるダグラス氏が決める訳にもいかないとの事だった。


 なんでも、オレがいる時は元気なんだが、それ以外になるとほとんど食事も食べなくなってしまうらしい。

 その為、彼もガルフォンの体調を見ながら、滞在日程を伸ばしているとの事。


 ………オレが悪いような言い方をダグラス氏にされてしまったが、全部が全部オレの所為ではないと思う。


 おそらくは、『天龍族』との邂逅が、ガルフォンの中では未だに尾を引いているのだろう。

 思い出すだけで、尻尾を丸めてしまう怯えようだ。

 オレといる時間は、その気持ちも紛れるらしい。

 だが、オレがいない時に当時の事を思い出すと、まだ幼い飛竜(※人間でいう5・6歳なんだとか)という事もあって、途端に萎縮してしまうようだ。


 要請してくれれば、いくらでも傍にいてやるのにな。

 ………いや、そろそろ、ダグラス氏の目線が怖くなってきたので、やらないけども。


 閑話休題それはともかく


 オレにとっては、彼等との邂逅は良い事尽くし。


 そんな『黄竜国』からやって来た、ダグラス氏とガルフォン。

 彼等が空路で遭遇した『天龍族』から得た情報のおかげで、色々と分かった事がある。


 一つ目は、『天龍族』が探しているもの。

 それは、『異端の堕龍』。


 だが、話の流れからして、その『異端の堕龍』がオレの事ではない事が判明した。

 どうやら、『シュウホウ』という元『天龍族』と、正体は不明ながらも共謀者である『アンナ』を探しているらしい。


 ガルフォンが言っていたから、間違いない。

 オレは、掛値無しで、ガルフォンを本気で信じている。

 そもそも、彼がオレを騙す必要性なんて皆無だしね。


 それに、『異端の堕龍』を探していたというなら、『アンナ』達の事だけではなく、オレの事も少なからず探していた筈だ。

 なのに、その話は一切出てこなかった。


 何度も言うが、ガルフォンが言っていたのだから、間違いない。

 オレは、全面的にガルフォンを信じている。


 そもそも、普通に考えて捜索をしているならば、共通項のある人間についても捜索範囲は広げる筈だ。

 刑事ドラマや探偵ドラマでだって、まずは周辺の目撃情報等の聞き込みや、素性の洗い出し、共通項の精査なんかを行って捜索するだろう。

 実を言うと、オレみたいな裏社会人もそういった秘密裏の人探しは、割と得意だったりする。

 突発的に任務に突っ込まれたりもするから、手慣れているからね。


 その予備知識から考えると、これが妥当。


 その中に、オレというもう一人の『異端の堕龍』の情報が出ていない。

 それはつまり、オレが捕捉されていないという証拠だ。


 ………まぁ、オレのここまでの推理は、願望も含まれているのであまり信用できないが。

 とはいえ、おかげで鬱々としていた気分が少しだけ晴れた。


 『天龍族』との邂逅は、数ヶ月後に迫っているけども、今はまだ大丈夫。

 いきなり、玄関先に「『異端の堕龍』はいるか、いるなら出て来い!」と、突撃訪問なんてことにはならない筈。

 ………そう思いたいっていう願望。


 まぁ、話が沿れた。

 いつになったら、オレは脳内をレール引いて考えられるのだろうか。

 ………一生、無理な気もする。

 また脱線してしまったしね。


 そして、その他に分かったことは、簡単な事。

 まずは、オレが竜と『天龍族』が扱う事の出来る、『竜言語』をいつの間にか習得してしまっていた事。


 これは、ガルフォンと会話で来ていたから気付いた。

 まぁ、今となっては、ガルフォンとタイムラグ一切なしで意思疎通が出来るので、結果オーライである。

 ちなみに、無意識下で言葉を放ったこともあるようだ。

 異種族相手のバイリンガルってことで、無理矢理納得した。


 ついでにではあるけども、この事実が発覚した際に、ダグラス氏に自然とバレてしまった血の適合問題。

 つまりは、オレが『天龍族』の血を引いてるって、真偽だ。


 それに関しては、瀕死の重傷を負った『天龍族』を看取ったことがあって、と苦笑いと共に誤魔化しておいた。

 その際に、血を浴びた。

 そして知らない間に、適合してしまったという、真実と嘘を織り交ぜて説明しておいた。


 討伐したなんて伝えるよりも、よっぽど信憑性が高いだろう。


 ただし、


「………『天龍族』を瀕死に出来る種族が、まだこの世界には残っていたのだな、」


 と、ぼそりと呟かれたダグラス氏の言葉には、冷や汗が止まらなかった。

 苦笑いをしておいたけども、口元が引き攣ってなかったことを祈ろう。


 ………背後に、同じような個体を単独撃破した、SSランク(ローガン)がいますけども、と言いそうになったのは余談である。

 人外レベルは、オレの方が上だった。

 うげろ。


 なお、ダグラス氏も含め、ヘンデルにも緘口令。

 これは、ジャッキーからのものだったが、双方、理由は押して察したのか頷いてくれた。


 流石に、『予言の騎士』が半分人間ではないというのは、体裁が悪い。

 現状でも、東国界隈を騒がしている偽物の『予言の騎士』一行がいる事もあって、オレの醜聞は極力出さない方が得策だろう、との事だ。


 ただし、オレのSSランク昇格に関しては、大々的に喧伝して良いとジャッキーがお墨付きを出していた。

 これには、ダグラス氏も何故か肩を震わせながら喜んでいた。

 ランクアップの際の騒動を思い出した所為なのか、そうなのか。


 ………アンタ、本当に良い度胸だな。

 いや、マジで………。


 なんて話をしている最中、


「今日も冒険者ギルドだったか。

 ………最近、騎士団の護衛を避けているように思えるのは、オレの気の所為だろうか?」

「テメェは、登場早々ご挨拶だな」


 オレの言葉通り、色々な意味で失敬なご挨拶と共に現れたのは、我等が騎士団長ことゲイル。


 本日は、私服ではなく、騎士服と甲冑姿で現れた為、冒険者ギルドではかなり浮いている。


 ちなみに、現在いる場所は、冒険者ギルド一階の酒場スペースなんだけどね。


 今日も、冒険者ギルドで消化しなければならない予定があった為、こうして諸々の脱線をしながら話をしていた次第だ。


 ちなみに、生徒達は既に、連日ではあるが引率を頼んだライドやアメジスと共に、東の森へと依頼に出ている。

 ちゃっかりアメジスと先日の買い物で意気投合したのか、レトも一緒になり、そのまま暇だからという理由で、彼女がリーダーを務める『伏せる餓狼ハイド・ハングリーウルフ』の、サミー、ライアン、イーリまでもが同行することになった。

 ディルは、残念ながらギルドでの用事があって、出向は無し。


 まぁ、おかげで、大型の討伐依頼をこなせる程度のレイド態勢となってしまったのはご愛敬。

 Aランクが6人もいる状態なら、と特別に許可を出して討伐依頼へと送り出しておいた。


 今頃は、ディランやルーチェを四苦八苦させながら、東の森を闊歩しているだろう。

 意外と戦闘狂な生徒達(やつら)の姿が目に浮かぶよ………。


 とか言って、また話が逸れた。


「おや、今日は公務でのご出向かな?」

「悪しからず。

 ここ最近は、多忙により護衛の職を離れておりましたが、やっと諸々の目途が立ちました故、」


 そう言って、ダグラス氏と和やかに挨拶をしているゲイル。

 気質が似ている所為か、それとも見た目が多少ダブって見える所為か、これまた兄弟のように見える神秘。

 ………生き別れとか言わない?


「お前、また何か余計なことを考えているな?」

「あ、バレてーら」

「………素直なのは良い事だが、そうやっていちいち話の腰を折るのは賛成出来んぞ」


 久々の(※という割には、結構頻繁な)気安い掛け合い。

 ここ数日は、ダグラス氏と漫才している事が多かったおかげもあって、中々に新鮮に感じる今日この頃。


「これが、今現在の進捗情報だ。

 そろそろ、オレとしては、行動のスケジュールを提出して欲しいんだが、」


 なんて、またしても内心で脱線している中で、ゲイルからの口撃(※攻撃じゃないよ、口撃だよ)。

 ばさり、と頭の上に乗っけられた書類の束と、オレのフリーダム過ぎる行動範囲のお小言をチクリ。


 思わず、苦々しい顔をしながら、受け取ってしまう。

 とはいえ、オレとしては、丸投げにするわけにはいかない内容ばかりだった。


「あー…席を外した方が良いか?」

「………いや、別に」

「………機密の意味をお前は理解しているのか?」


 ジャッキーが気を利かせてくれたが、気にしなくていいよと手をヒラヒラ。

 したっけ、ゲイルからまたしても小言と、絶対零度の視線を受け取ったけども、それそれで軽く流しておいた。


 だって、ジャッキーは情報を受け取ったとしても、早々垂れ流すとは思わないもの。

 まぁ、ダグラス氏がいる手前、どうかな?とは思ったのはある。

 けど、痛くない腹を探られるのもなんか癪だしね。


 口頭で言うのは謀られるから、書類に起こしただろうゲイルにはちょっと面白くはなかっただろうが、別に見せびらかして読むつもりじゃないから、ここでも良いじゃん。


 むしろ、


「前にも言ったけど、酒場ってのは情報も流れやすいけど、収束もしやすい。

 騒々しさが内緒話の隠れ蓑にもなるし、ついでに耳がどこにあったとしても、近寄って来る人間がいればすぐにわかるのも酒場だからね」

「………はぁ、お前のそういう強かなところは、何度見ても慣れない」

「………意外と考えているのだな」


 はい、そこ。

 生き別れの兄弟|(仮)は、黙っていなさい。

 色々と失敬だ。


 まぁ、裏社会の謳い文句を当たり前のように口にするのが、オレみたいな女顔なんてことがビックリなのは分かるけどね。


 なんて脱線を繰り返しながら、書類を読み進める。

 先程、ゲイルが言っていたように、オレ達が抱えている今後の問題への対抗策その他諸々に関する進捗情報なのは、言っていた通り。


 主に、ヴァルトの騎士団復帰の件やらハルの護衛継続の件。

 後は、新規である『闇』属性主軸部隊の騎士団の設立とか、ついでにウィンチェスター家の現当主ラングスタの処遇なんかも書類として上がっている。


 そして、最後の書類に関しては、


「………おい、これ間違ってねぇだろうな?」

「オレも、何度も確認した。

 ただ、真偽については、南端砦に問い合わせている最中の為、あやふやな点も多い」


 と言った具合に、慎重すぎる程慎重に、ゲイルへと確認する。


 その書類の中身も、これまたゲイルの家族問題絡みである。

 オレ達が、『白竜国』との会談後、出向する予定となっている南端砦、通称『終着点ハカバ』の情報。


 まず、書類の内容は、以前から報告として上っていた『吐き出し(ボミット)病』の発生事案。

 報告だけで、既に30件余りを超えていた。

 これは、流石に発症数としては異常だと考えられる。


 ダドルアード王国の『ボミット病』発症回数は、過去の歴史を紐解いても年間で10人程度。

 もしかしたら、隠蔽されている事実もあるのかもしれないが、それを考慮したとしても南端砦の発症数は群を抜いている。

 王国で換算するとおおよそ3年分である発症報告が、南端砦だけで埋まってしまうのだ。


 しかし、それと比例した、死亡報告が実はかなり少ない。

 年間で、たった10件。

 討伐中の事故や、怪我などでの死亡件数を引っこ抜いての病気による死亡報告が、このたった10件なのだ。

 この数値は、かなり可笑しい。


 これまた隠蔽されているのでは、と疑いたくなる。

 疑いたくなるものの、現状は確認途中であり、そもそも何の為に隠蔽しているのか疑問も残る。

 書類の上の数字だけを見ているオレとしては、これ以上言えるものが無いのが歯痒い。


「………ちょっと、余裕をかまし過ぎたな」

「いや、確認する時間を設けて貰えただけ、まだマシだったのかもしれない」

「………最低を見越して、準備に取り掛かることになりそうだな」


 そう言って、目線をチラリ、と真横へとずらす。


 オレの隣には、ラピスがすまし顔で紅茶を飲んでいた。

 涼しやかな表情は、全く話を聞いているようには見えなかったものの、


「元より、使う予定があると見越した上で、準備は整えてある」


 そう言って、にこりと微笑んだ彼女。

 まぁ、つまりはそういう事。


 以前言っていた『ボミット病』の特攻薬、『インヒ』薬の試薬試験は既に終了していた。

 試薬試験に関しては問題なく、むしろ大成功だった。


 効力に関しては、また後日ということにしよう。

 ………ラピスが普通の生活を送れたばかりか、夜の性活に関しても恙無く過ごせている事から押して察して欲しい。


 話が逸れた、いかんいかん。


 今現在の進捗情報としては、アンジェさんの手元にある『インヒトレント』の茎を炭にしたものと、その他諸々の薬の原料を調合し終えた。

 『聖王教会』のミアの為には、既に薬を渡してある。

 そして、発症しているオレ達の分も確保した上で、確保出来た数がおおよそ2年分。

 オレ達3人が使って2年分という事は、1年分で換算しても180名以上への投薬が可能という事だ。


 報告にある南端砦の、現在の人数が200名程度。

 そのうち、発症例があるのは30件余りという事もあって、治療に踏み切ることに躊躇いは無い。


 そして、この『インヒ薬』の使用に関しての結果如何で、『天龍族』との交渉の切り札がまた一つ増やせる。

 以前、涼惇りょうとん含む、『天龍族』のおもてなしの際には、既に話を通していたからね。


 後は、やるだけだ。

 その為の準備を、オレ達は終わらせよう。


 まずは、


「改築予定は、前に伝えた通り変更は無し。

 オレ達が滞在予定の宿は、もう手配済みってことで良いんだよな?」

「ああ、無論だとも。

 まぁ、多少融通が利く場所を選んだこともあるので、そう焦る必要は無いのだが、」

「やるべきことはちゃっちゃとやっておく主義だ」


 散々せっかち者とか言われてるのも伊達じゃないってね。

 有言実行………が実行できているかは分からないけども、やると言ったらやるの。


 ついでに、先程の小言に関してはお返しのキャッチボール。


「………スケジュールに関しては、後でまとめて提出してやらぁ」

「耳聡く、聞いていたようで、」


 そんなオレの一言に、安定の苦笑が返って来た。


 言われなくても、作ってあるよ。

 今は、手元に無いだけなんだから、後で校舎に戻った時にでも渡すさ。


 さて、それはともかくとして。


「………それで?

 多忙な身の上でスケジュール調整した今日一日の予定は、どれぐらい融通が利く?」

「いつも通りだ。

 終日でも可能だし、今日の予定はすべて校舎での護衛に割いているから、夜勤でも出向可能だ」

「………いや、そこまでして貰う必要も無いんだけどね?」


 それ、完全に泊まり目的で来てますって、言ってねぇ?

 そろそろ、ウィンチェスター家の執事さん方から、総スカン食らいそうだから、早番にでもして帰ればいいのに。

 とは言っても、きっとコイツも色々と溜まっているんだろうけどね。


 ちなみに、こうして彼に、今日一日の予定を聞いたのは定例会議の為である。

 以前は、ヴァルト達からの拉致の所為で、強制終了となっていた。

 それに、改めて数週間経ったので新着情報もあるだろうってこと。


 実際、騎士団経由で聞いていたゲイルの昨日の予定が、丁度国王陛下との定例会議。

 それなら、オレにその定例会議の共有と、オレからの情報共有は必須なので、久々ではあるが職員会議パート4である。


「んじゃ、久々に職員会議と行きましょうかねぇ」

「おっ、なんだよ、飲みに行くなら行くって言ってくれよ!」


 そこで、突然嬉々としてはしゃぎ出した、ダメな人も一人。

 酒に反応する、安定の酒呑童子ジャッキーである。


「………別にアンタ、誘ってないけど?」

「水臭い事言うんじゃねぇよ!

 オレだって、協力してやってんだから、」

「あ~はいはい、その為に財布にも詰め込んできたから大丈夫ですってね」


 それを言われると弱いんだよね。

 ジャッキーには生徒達関連でかなり世話になっている事もあるし。


 ちょっと意地悪混じりながら、定例会議の参加予定者が決定。

 安定ではあるが、オレとゲイルとジャッキーと、ついでに間宮も出席する?


「(今日は遠慮させていただきます)」


 ふるふるふると、首を横に振った間宮。

 おそらく、ジャッキーからの無茶ぶりを警戒していると思われる。

 今回ばかりは仕方ないと思っておこう。

 逃げたな、とも思わないでおく。


 ふとそこで、


「定例会議に、冒険者ギルドのマスターが参加するのか?」


 ジャッキーの隣に座っていたダグラス氏が、不思議そうな表情で小首を傾げる。


 その気持ちは分からないでもない。

 最初は渋っていたものもあるが、ジャッキーもこれで結構な情報通だ。


 しかも、オレ達の言っている定例会議と、彼の言っている定例会議には粗略があるだろう。


「………実を言うと、ただの飲み会…」

「………定例会議という言葉の意味を、一度学びなおした方が良いと進言する」

「言うんじゃねぇよ、知ってっから」


 本当に失敬な人だわ、この人。

 一応教師なんだから、意味を分かったうえで使っているとかいう、質の悪さは知っているけどもね。


 とはいえ、


『今日の議題で、重要度の高いものって、これ以外にあったりする?』

「(いや、特には…)」


 即席ではあるが、精神感応テレパスでゲイルへと電波を発信。

 オレからの電波を受信した彼はと言えば、唇の動きだけで返答をくれた。

 流石、分かっている。


 オレとしては、個人的に彼にも参加して欲しいとか思っていたり。


 ランクアップ試験の時にも思ったけども、一度は飲みに行ってみたいと思う人間の一人だ。


 変に警戒心の強いオレとしてみれば、かなりの珍事だ。

 ………なんか、憎たらしいけど憎めない的な、ね?

 個人的にも、色々な諸事情を含めても、彼とは一回ぐらいは飲みに行きたい。


 その辺どうよ?と、ゲイルへと視線を向けると、


「他国の様子が知れる機会もなかなか無いだろう?」

「うし、じゃあ決まり」


 と、意外と理解のある一言が返って来たので、彼も参加決定。

 ちなみに、承諾は必要ない。


「ジャッキー、その人も例の酒場にご案内だ。

 引き摺ってでも連れて来い」

「おうっ、任せとけ!」

「………あなた達は、迷惑という言葉も学びなおしたら良いと思うが?」


 辛辣な一言をいただいたけども、聞こえませーん。

 ジャッキーのおかげで、強制参加も割と簡単。

 口で丸め込むのは、流石に無理がありそうなぐらい明晰らしいからね。


 ってな訳で、


「悪いけど、今日は男同士で飲み会行ってくるわ」


 横へと視線を向けて、苦笑交じりに告げる外食宣言。


 そんなオレからの視線を受けた2人、ラピスとローガンは呆れ混じりである。


「………定例会議の『て』の字も言わなくなったのぅ」

「隠れ蓑は一体どこにいった…?

 ………まぁ、良いんじゃないのか?」


 少し渋面は作られたものの、オッケーらしい。

 理解のある嫁さんで助かるよ。


 しかし、


「たまには、私達も女同士で飲みにでも行くのも悪くないだろう?」


 その後のローガンの台詞に、茫然。


 えっ?

 ………何それ、羨ましい。


「ああ、そうしよう。

 どうやら、我等が大黒柱も、今日は男同士で飲みに行くようだし…」


 面眩い女性陣が揃って酒飲みとか、誰得ですか。

 俺得ですね。

 そこにオレも混ぜてくれれば、ちょっと3人であれやこれと楽しめそうな気もする。


 こっち、むさ苦しいんだけど………、まぁいっか。

 異性がいないと出来ない会話ってのもあるからね。


 ………いや、別に猥談楽しみにしている訳でもないんだが。


 ああ、また話が逸れたけども。


「さて、そうと決まったら早速予定の消化と参りますか」


 そんなこんなで、昨日は昨日で色々パニックがあった所為で、消化し切れなかった予定を片づけるとしよう。



 ***



 さて、消化しようとしている予定は、と言えば、これは割と重要度が高い。


 何故なら、昨日の予定だったのが、オレが原因で今日にもつれ込んだから。


「今日こそ、本当?」

「勿論」


 そう言って、向かい合ったのはディル。


 実は、昨日も予定として徒手空拳の師事を彼と約束していた筈だった。

 なのに、ガルフォンとの衝撃的な遭遇のおかげですっかり日が暮れてしまい、結局流れてしまった。


 なので、今日に予定を組みなおしたという事。

 心底、春休み中で良かったと思っている今日この頃。


 それに、冒険者ギルドヘは個人的に来たかった。

 理由は勿論、ガルフォンがいるから、という事なので、もはや安定。


 ………笑いたければ笑えばいいさ。

 笑った奴らには、オレからの鉛玉をプレゼントしてやるだけだから。


 ちなみに、ガルフォンは裏庭に出て来て、日向ぼっこをしている最中だ。

 曰く、オレの応援をしてくれるとの事だった。

 オレがいると分かって、どうやらうまやから逃げ出してしまったらしい。

 可愛いものである。


 飼い主(ダグラス氏)があまり良い顔はしていなかったが、まぁオレ達にとっては些末事である。


 さて、またしても脱線したが、


「じゃあ、まずはオレと一対一(サシ)の組手。

 その内容を見てから、オレとしては長所と短所を分けて、お前の戦闘スタイルの基礎を作ってやりたいと思っているが、」


 向き合ったディルへと、指南に関しての説明。

 まぁ、まずは組手だよね。

 というよりも、オレとしてはディルがどこまで食い下がって来れるのかが、未知数過ぎて分からない。


 間宮との最初の組手の時は、手を抜いてもこの程度、と分かった。

 元々、付いていた彼自身の癖や、師事を受けていた同僚兼友人ルリの先頭指南が中途半端だったからだ。


 しかし、ディルは元々のセンスがずば抜け過ぎていて、ついでに徒手空拳に転向する前から戦闘に慣れていたこともあって、オレとしては手探りの状態となる。

 それに、ジャッキーの息子である手前、ギリギリまで追い詰める訳にはいかない。

 間宮は良くても、ディルには出来ない。

 そんな具合。


 だからこそ、こちらとしても一度手合わせをして、最低値も限界値も知っておきたいという事で、


「では、始め!」


 ゲイルからの号令の下、組手を開始。


 オレもディルも無手のまま。

 地面を踏みしめたと同時、特攻してきたディルの拳を最小限の動作でいなす。


 続け様に裏拳が飛んできたのを、掴んで捻る。

 そのまま軽快に、地面に転がるような形となったディル。


 関節を決める前に手を離せば、転がった態勢を整えて立ち上がろうとするものの、


「何!?今の!!何!?」

「そうパニックになるな…」


 と、吃驚仰天とばかりに、ワタワタとしていた。

 ゲイルの時にも思ったけど、こっちの人間ってこうして軌道を捻じ曲げられて投げられた時、慣れてないのか混乱する傾向があるみたいなんだよね。


 合気道の一種で、ただの小手調べだったんだけど?

 間宮は慣れたもので、関節を取られないように最低限の動きで着地するものの、ディルはまだそこまでの力量ではない、と。


「ほら、そんなにビクビクしないでも良いから、かかってこい」

「………うう、今の、何?

 分からないの、怖いっ」

「ただ、腕を捻って投げただけだよ…」


 とはいえ、まさか小手調べだけで、この超反応。

 それに、彼の言っている何をされたのか分からない、という恐怖心からの躊躇は往々にして貴重な考慮だ。


 普通は訳も分からない状態では、激昂する手合いの方が多い。

 ただ、指南役として言えるのは、それはただの思考からの逃亡であり、悪手だ。


 それを憂慮するなら危機管理能力では、ディルは間違いなくSランク。


 ただ、躊躇ばかりして貰っても困るので、


「来ないなら、こっちから行くぞ」

「う、うすっ!」


 若干、腰が引き気味になっているディルに、こちらから仕掛けに入る。

 間宮の時とは違って、なるべく普通の人間の動体視力で捉えられる、反応が許される可能な限りの速度で踏み込んだ。


 ぎしり、と目の前のディルの体が強張る。

 ………ふむ、これでは及第点にも及ばないか。


 トン、と軽めに胸を押して、態勢を崩した彼の足を払う。


 またしても、ひっくり返るような形で地面に転がったディルが、受け身を取れていないのまで視認。

 頭を強打しないよう一瞬で枕元に回って、爪先で彼の頭を受け止めてやった。

 ラフティングの態勢ではあるが、蹴り上げるつもりはない。

 ………そんなことしたら、首が吹っ飛ぶ。

 間宮じゃないから、無理も出来ないしね。


 そこで、いち早くゲイルが「そこまで」と手を挙げた。

 アイツもアイツで、ひっくり返されているのには慣れているからね…。


「はい、今の動きは、どこまで視えましたか?」


 そう言って、訳が分からないとばかりに目を瞬くばかりのディルを覗き込みがてら、質疑を掛ける。

 こういう時は、教師然りとした態度は、崩すつもりはない。


 背中を強打したのか、むせ返っているディルだったが、オレの質疑に答える余裕はあったらしい。


「………っ、胸を押された?

 あ、あと、足、蹴られて、それから、ひっくり返った?」

「そう、正解。

 そこまで視えてるんだったら、せめて固まらずに応戦して欲しかったけども、」

「む、無理っ!

 だって、ギンジ、途中で、3人に増えた…!」


 ………あれまぁ。


 ちょっと速度が速すぎたみたいだ。


 別にオレは、分身もしてないし増殖もしていない。

 残像霞むとはよく言う表現だけども、それぐらいの速度で動いたってだけのこと。


 まぁ、それ以外には技術は多少なりとも使ったけども。


「増えてない増えてない。

 これは、オレが習得している歩法の一つなだけ」

「………視えなくなったのも?」

「それは、お前が受け身も取らずに頭から倒れたからだよ?」


 最後の一瞬に関しては視えていなかったということか。

 まぁ、オレも指南をしている手前ではあるが、師匠との組手であの人の動きを捉えられなかったなんてことはよくあることだ。

 これでも、投げられる人間の気持ちは、痛いほど理解出来る。


「今のは、ディルがどこまで視えるのかを計ったつもり。

 だから、次からはもう少し、速度は落として、お前が反応できるギリギリを狙うからね?」

「………オレ、それ、なんていうか、知ってる。

 器用って、言うんだよ?」

「器用じゃなければ、そも間宮どころか生徒達の指南役なんて出来ないだろ?」


 誉め言葉だよ、その言葉は。

 器用貧乏にならないように、とは心掛けているけどもね。


 まぁ、それはさておき。


「さぁ、起きろ。

 徒手空拳の形は出来ているけど、まだ基礎の基礎も出来てない」


 時間は有限だ。

 日が暮れる前に、ディルが満足出来るまで指南してやろう。


 ついでに、ジャッキーの目を盗んで、あわよくば『異世界クラス』に来ないかどうかを打診する皮算用も潜ませておいて、


「んじゃ、しっかり付いて来いよ」

「う、うす!」


 そう言って、にこやかに手を差し出す。

 その手を取って立ち上がったディルに、にやりと悪戯心からの忠言を一言。


「………ただし、なんでもかんでも信用するな」

「えっ?…へっ、がぁ!?」


 間抜けな声を発しつつも、オレに取られた手をそのままにまたしても放り投げられたディルの悲鳴が響く。

 『狸返し』って言って、騙し討ちの手法の一つ。


 先にも言った通り、投げられる人間の気持ちはよく分かる。

 そして、分かるからこそ、その技をその身に受けて、刻み込む事の重要性も知っている。


 悪いが、オレだって曲りなりには教師だ。

 指南一つ取っても、妥協するつもりは一切無い。


「………オレぁ、アイツが教師であることが疑問にしか思えねぇぜ」

「そも、教師と言いながら、あれだけの技量を持っている時点で、教師という肩書きが隠れ蓑にしか思えんがな」


 なんて、ギャラリーが呟いていたのは、続々と上がるディルの悲鳴にかき消された。


「(………オレの時よりも、ハード…)」


 なんて内心で呟いた間宮の声とて当然聞こえない。

 ただ、何かしらのシンパシーを感じてか、その後のディルへの当たりがかなり柔らかくなった、というのは、余談としておいてやろう。



 ***



 穏やかな気候に見合った、やや強いながらも爽やかな春風が吹き抜ける。


 この時期は、気候が変わりやすいことを除けば、年間を通して一番過ごしやすい季節だ。

 余談ではあるが、飼育している飛竜達の繁殖期も重なる。

 その為、一番好きな季節だと、言っても過言ではない。


 そんな好ましい季節の春風に、後ろだけを伸ばした黒髪を遊ばせながら。


「(………報告をすべきことは、おそらくこれで全部だとは思うのだがな…)」


 試案に耽るのは、冒険者ギルド『黄竜国』本部からの応援であるダグラス。

 その目線の先には、ダドルアード王国冒険者ギルド・ギルドマスターの息子を相手取り、投げては転がしまた投げて、と繰り返している青年の姿。


 『予言の騎士』にして、『異世界クラス』の教師。

 ギンジ・クロガネ、その人。


 作り物のように整った顔立ち。

 陶器のような白肌。

 艶めかしい黒髪も相まって、一見すれば少女か適齢期の令嬢にも見える。

 だが、残念ながら男。

 大仰な包帯で覆われた左目と、真っ黒な礼服で固めた服装がその事実を裏付けている。

 しかも、婚姻をしている訳ではないものの、内縁の妻を2人囲っているからこそ信じられた、という余談もあった。

 もしも、それ等が無ければ、剥いてでも確認した可能性は高い。

 まぁ、これも余談ではあるが。


 話を戻そう。


 正直言って、彼には半信半疑だった。

 何が?

 『予言の騎士』である彼が、冒険者ランクがSであることが、だ。


 何を隠そう、彼はもっと前から、ギンジのことは知っていた。

 顔を見たことはなかったものの、その知名度はギンジ本人が与り知らないところで鰻登りである。


 それはそうだ。

 彼の今までの報告を見るに、ほとんどが作り話ではないか、と勘繰ってしまう。


 登録一発目で、早々にSランク。

 そんなもの、この業界では何年ぶりの快挙かも怪しいものだ。


 しかも、その後のSランク認証クエストで、100年以上達成報告が成されていなかったゴーレムの討伐。

 本土であるダドルアード王国の騎士団ですら匙を投げた案件だ。

 冒険者ギルド本部でも、度々応援を送っていた依頼だったと記録が残っている。


 それを、依頼達成とした件も、単騎ともいえる人数で達成した件も、俄かに信じがたかった。

 本部でも異論が飛び交った。


 これまた、度々報告が入り、冒険者ギルドでも扱いに困っている新生ダーク・ウォール王国擁立の『予言の騎士』一行の話と同じではないかと。

 曰く、表沙汰にしているのは功績のみで、本当はどうしようもない下種の類。

 その功績自体も他者から汚い手口で奪い取った、もしくは金の力で買い取ったのではないか、と真偽を問う声も多く上がった。


 その為、ジャッキーからの報告で入ってくる情報は、冒険者ギルド本部でも注目の的となっている。

 おそらく、ジャッキー本人も、自身の報告書がそこまで重要視されていること等、想像の埒外であったに違いない。


 しかしまぁ、教えてやる義理はない。

 教えてやっても良いが、まだ知らないほうが面白そうだという意地の悪い考えもある。


「ほら、ガード下がってきた!

 腰に重点を置け!それから、前だけじゃなく、前後左右、あらゆる方向へと視線を向けろ!」

「無茶!オレの目、二つだけ!」

「そういうなら、オレは一つだよ!」


 ダグラスが思案している間にも、威勢の良い掛け声が響く。


 ディルを投げ、そのまま関節を取りに行くギンジの姿。

 その流れるような動作の先で、見るも無残にボロボロとされているディルの姿は哀れなものだ。


 だが、ギンジにとっては、それが当然とばかりに追撃の手を緩めない。

 投げられることで、取得する御業もある。

 それがわかっているからこそ、ギルドマスターの息子であるディルをここまで嬲っているのだろうが。


 ………それが、ギルドマスター本人の目の前であることには、薄ら寒い恐怖を覚えるものだ。

 怖いもの知らずというか、ギリギリの部分を見極めているというか………。


 まぁ、実際、ダグラス自身、同じ体験をしたことがある。

 現在『黄竜国』本部で指揮を執っているギルドマスター相手にだ。


 それはもう、口に出すのも悍ましい数を、投げられ飛ばされ転がされた。

 ある種の儀式(・・)というか腕試しも含めてではあったが、扱かれたのは確かだ。

 そんな未だに恐怖の対象であるギルドマスターと、彼・ギンジの行動は一貫して似通っている。


 投げられる技量というのは、どんなに学ぼうと思っても出来ないものだ。

 彼自身も経験したからこそ、慣れることは出来た。


 しかし、指南役として駆け出しや中堅の冒険者を見ていると、その技量が身についている面々を見るほうが稀だ。

 率先して学ばせようとする指南役もいないから、当然のことかもしれない。

 中堅の冒険者が育たない悪循環が加速する中、本部のギルドマスターやギンジの教育姿勢はとても素晴らしく、尊敬すべきものだと思っている。


 そして、それを当たり前のように行っているギンジの姿勢は、一朝一夕ではないとも理解していた。

 でなければ、ランクアップ試験の時、その行動を当たり前のようには行えないだろう。


 その為、彼はすぐさま本部で抱かれている疑惑を念頭から消し去った。

 今は、そんな彼が、どのような手法を持って、相手を高めていくのかを知りたいと思っている。


 出立を遅らせているのは、何もガルフォンの件だけではない。

 こうして、彼の教育者としての姿勢を、少しでも見ておきたいと考えてのことだ。


 実際、彼が育て上げた生徒達の実力には、定評があった。

 それは勿論、ジャッキーの色眼鏡を通した見解ではなく、ギルドに出入りしている冒険者の評価を聞いた次第だ。


 依頼達成率は、100%。

 これは、異例だ。

 受けている依頼が少ないのも理由かと思うが、その依頼の内容自体がAランク以上ともなれば、実力に関しては疑いようはない。

 表題化してしまった冒険者の減少によって、ダドルアード王国であっても依頼達成率が下がっていた。

 本部でも同じだ。


 しかし、そんな中でギンジの生徒達は、難しい依頼もこなしているとのこと。

 それも、本来の性分である学業の合間を縫って。

 おかげで、この半年の間に、ダドルアード王国の冒険者ギルド全体の依頼達成率も右肩上がりとなっていた。

 勿論、生徒達だけの功績ではない。

 中堅やそれ以上の冒険者の各位が、奮起している結果だとも分かっている。


 だが、その一因に生徒達の奮闘があるのは、もはや火を見るよりも明らか。

 尊ぶべき正当な評価と、それに見合った報酬を受けることが出来る立場なのだ。


 だというのに、鼻に掛けない。

 やっかみや妬みから、侮蔑や嘲笑を受けても、歯牙にも掛けない。

 ギンジの知らないところで、やはりそういった問題はまま起きている。


 彼等はそれを全く物ともしていなかった。

 そして、ギンジにも密告することなく、全て自身達の依頼を達成する功績如何によってねじ伏せてきた。

 その姿勢に、多くの冒険者達が考えを改めさせられた、と口々に賞賛していた。


 その姿勢の根源は、おそらくギンジだ。

 そして、その教育・鞭撻の結果が生徒達と、その生徒達への評価へと結びついている。


 ジャッキーの評価も、至極当然であり妥当なものだ。

 彼は、確かにSランク相当の冒険者として相応しい技量を持ち、今はその技量をさらにSSランクといった形で強化し続けている。


 こうして、対人戦を行っている彼を見ていれば、分かる事も多かった。


 足運びは流麗にして、素早く、また頑強でいて軸を捉えている。

 またその足を起点とした、自重を無視するような軽やかな動作から、一転して強固でいて屈強な一撃を見舞う。

 更に言えば、おそらく手馴れているだろう、武器の扱いやいなし方。


 まるで、仙人のような達観した修行風景だ。

 見た目にそぐわない、達人然りとした動作の数々には思わず恍惚。


 そんな彼の年齢が、ジャッキーはおろか審判役である王国騎士団長その人にも届かぬとは、誰が思うだろうか。

 陰鬱と、思わず溜息が漏れる。


 聞けば、24歳だと言う。

 ギンジの年齢は、下手をすれば組手を行っているディルとも5・6歳しか変わらないとのこと。


 ダグラス自身も、30代に足を掛けてしばらく。

 自身と張り合う若年の冒険者も、また張り合える同年代の冒険者とて、稀少な存在と化したここ数年。

 流石の自分も、これには少々心がしおれた。


 何も自分が、一番強い等と己惚れる気概はない。

 正直に言えば、ここにいるジャッキーにすら、自身の力量は及ばないと思っている。


 だが、ギンジは24歳という若輩でありながら、ジャッキーに膝を折らせた。

 一度ならず、二度までも。

 酒の席で聞いた戯言だと一度は疑ったが、ランクアップ試験の時のお互いの手合わせの苛烈さを見れば、もう疑うことは出来なくなった。

 あれは、災害と同じだ。

 あの中に、普通の人間が紛れ込めば、あっと言う間に襤褸雑巾と化す。

 それほど、熾烈な激闘だった。


 そして、その件を再度酒の席で改めて聞けば、前にも一度手合わせをしているというではないか。


 その内容を聞いていて、空恐ろしくなった。

 ジャッキーは、『獣化』まで使ったという。

 それを、魔力切れまで粘ったとも聞けば、彼が治癒魔法無しでは起き上がれない程の重症を負わせたとも聞いた。

 異常だ。

 もはや、人間としての枠組みに収まらない。


 それは、既にランクが証明した。

 だが、それを本人は、喜ぶばかりか落胆してのけた。


 これには、流石に殺意が沸いたが、それはそれ。

 数十年もの間、冒険者を続けている自身がまだ足を踏み入れていない領域にいながら、その態度か。

 俄かに恐ろしくなった。

 ………まぁ、その後は、その場の雰囲気に流されて、腹が捩れる程には笑ったのだが。


 ついでに、『天龍族』を看取った、なんて話まで出てきたが、ランクを見れば然もありだ。

 勿論、彼の言葉を全て信じている訳では無い。

 そも、『天龍族』に出会うこと自体が稀であり、胸を貸して貰った、安楽な死を看取ったと聞かされても、ますます稀少な体験だとしか言いようがない。

 おそらく、何か隠された裏があるだろう。

 しかし、それをジャッキーが同じく首肯し同調しているならば、それ以上の追求も訴求もしない方が良い。

 そう考えたからこそ、彼の言葉を鵜呑みにした訳だが。


 そこまで考えて、ふと傍らの飛竜へと目線を向けた。


 ギンジの手合わせの一挙手一投足を、目を爛々とさせながらも見守るガルフォン。

 態勢こそ伏せを取っているが、先ほどから尻尾が地面を叩き、砂埃をあげている。


 まるで、次は自分だと言わんばかり。

 こんな姿を見るのは、例の本部のギルドマスターが戯れで、調教に来る時か、あるいは飛行訓練で遠出をする時ぐらいなものだ。


 そんなガルフォンが、例の『天竜族』からの質疑を受けたのが5日前。

 しばらく体調が優れなかったというのに、ギンジと共にいる時の彼はそんな素振りを垣間見せることもない。

 だというのに、彼がいないと途端に萎れた百合のようになってしまう。

 頭を垂れて、不貞寝のように厩で蹲ってしまうのだ。


 今日の朝など、ギンジが来ないかもしれない、と言っただけで藁山に埋もれて出てこなくなったものだ。

 ギンジが来たと分かった瞬間に、彼に駆け付ける勢いで飛び出してきたが、


「(………よくもまぁ、靡いたものだ。

 そもガルフォンの話す言葉が分かるというのも気になるが、彼自身もまるで竜種のような存在感を持っているのも、)」


 気になる事ではある。

 竜種が操る言語を扱えることもそうだが、その目を見張るような存在感もそうだ。

 普段は、隠されていると思う。

 だが、ふとした瞬間に発される気配が、どうも人間とは思えないのだ。

 ずっと、………それこそ、彼と初めて出会った時から、気になっていた。


 しかし、自分が知って良い領分かどうか。


 ダグラスは、ガルフォンに視線を向けたまま、難しい顔で思案する他ない。

 しかし、そんなダグラスへと、唐突にガルフォンが視線を向けた。


 喉を鳴らし、キュルルー、と一見すると朗らかに。

 鳴き声を上げたガルフォン。


 それを見て、ダグラスが一瞬、呆けた。


『ギンジはね、きっと愛されてる。

 だから、ダグラスもあんまり、嫉妬したり蔑ろにしちゃダメだからね?

 じゃなきゃ、精霊の加護も、『天龍族(・・・)の加護(・・・)も受けられないんだから…』


 ガルフォンだけが、分かっている。

 それは、この場の誰よりも、下手をすれば当の本人(ギンジ)よりも理解しているかもしれない事実。


 だが、ダグラスにその内容が伝わるかどうか。

 それは、彼が今まで生きて来た年月と比例して、試す必要もなく明らかなことだ。


 案の定、彼の言っている言葉は、欠片も分からなかったダグラス。


 だが、彼の思案の最中の出来事であった所為か、


「(………触れるべきではないのかもしれんな)」


 自己完結、と言えばそこまで。

 だが、自身が抱いていた疑念に対しては、折り合いを付けることが出来た。


 ギンジにとっての幸運は、彼が超がつく程の堅物で、正義感も責任感も人一倍強い義理堅い人物だったことだろうか。

 口性なく言い触らされることも、更に言えば地位向上の足掛かりに心無い密告を受ける事も無かった。


 それが、彼・ギンジの今後の活動に、賽を振ったのは確かだ。



 ***



 日が暮れて、大分涼しく過ごしやすい温度となった夕方頃。

 冒険者ギルドには、続々と多種多様な装備と表情の冒険者達が帰還し、受付へと依頼内容の合否を告げる。


 ディルをこてんぱんに伸して、ついでに弟子の間宮も扱いて、と良い汗を掻いたものだ。

 師事に関しては、おそらくは、今後の彼のモチベーション次第。


 ジャッキーが諸用で席を外した際に、『異世界クラス』への出向も打診しておいたが、それもこれも彼の一存に任せること。

 要は、オレの弟子になる気はあるか、と聞いただけだ。

 二つ返事、とはいかなかったものの、色好い返事は聞けた。


 まぁ、彼はAランクパーティーとして依頼もこなさなければならないから、無理にとは思わないけども。


 閑話休題。

 そんな久々に爽快な気分の下、酒場スペースで面々と共に軽い晩酌をしていた最中、


『あー、楽しかった!』

「素材もいっぱい集まったしね!」

「でも、ちょっとやり過ぎたんじゃないからしら?」

「そうっすか?

 一回の依頼でこの人数なら、これぐらいが当たり前っすよ?」


 一際華やかな鈴声を響かせながら、オレの生徒達も帰還した。


 まず、最初にギルドに入ってきたのは、女子組である。

 喜色満面の笑みを浮かべた杉坂姉妹や、伊野田。

 少々背後を気にして胡乱げなシャルに、レトが不思議そうな表情をして返答している。


 素材がいっぱい集まった、というのは揶揄でもなんでも無かったようだ。

 女子組も、討伐依頼に行ったというのに、随分と物騒な会話をして帰ってくるようになったもんだ。


「結構な運動になったな」

「実力試しも、結構出来たしな!」

「長曾根ってば、紀乃背負いながら、無茶し過ぎだよ」

「キヒヒッ!楽しかっタけどネェ、僕ハ」

「そう言う河南だって、魔法使い過ぎ」

「………当てつけなのかと思ったが?」


 そんな女子組の後から、これまたにこやかに戻ってきたのが男子組。

 戦闘組とも呼べる面々で、達成感を表情いっぱいに貼り付けた香神、徳川と筆頭に、少々辟易とした様子の河南。

 そんな河南から視線を受けて、苦々しい顔をした長曾根と背中に背負われた紀乃。

 更に、苦笑交じりに河南を窘め、長曾根を援護した榊原と続く。


 そうかそうか、長曾根がちょっと無茶をしたのか。

 ただ、魔法を使い過ぎとかいう河南もどっこいどっこいのようだから、お相子なんだろね。

 ………長曾根の気持ちは、オレも痛いほど分かるぞ?


「ぶひぃ、僕、また何も出来なかった………」

「そ、そんなの、僕らも一緒です!」

「そ、そうです、ですから、アサヌマも、気になさらずに…っ」


 なんて、最後尾に続いたのは浅沼とディラン、ルーチェの3人。

 どうやら、浅沼はまたしても他の生徒達に遅れを取ったのか、落ち込み気味であるのを、ディランとルーチェが神妙な面持ちで慰めている。

 斯く言う彼等も、多少落ち込んでいる様子だったのは、仕方ないことだろうがね。


 まぁ、何はともあれ、無事に戻ってきて何よりだ。


「お前の生徒達は、本当にどうなっているんだかな?」

「ウチ等が自信無くす!

 一回の狩猟で取れる素材の10倍なんて、普通は無理だっつうの!」

「そら、ごめん。

 また、生徒達が悪さしたみたいで…」


 なんて、引率組として帰ってきたライドとアメジス。

 二人とも、鏡写しのような渋面を作っていることから、やはり今回も生徒達が何かしたんだろう。


 生徒達の感想からして、オレは既に想像ついているけども。

 相変わらずの規格外、と言えば良いのか、何なのか。


 とりあえず、その規格外の筆頭兼生徒達の保護者として、一応は謝罪をしておくことにした。

 ………ら、睨まれたけども。


『………規格外筆頭が、何を言うか…』

「………否定出来ねぇ」


 何はともあれ、引率ありがとうございました。


「なにはともあれ、無事終わったっす!」

「やはり、成長度合いが段違いですねぇ」

「オレは、もう3か月は経過してんじゃねぇかと、本気で疑ったぞ」

「………まぁ、『異世界クラス』の皆さんですから、」

「………なんか、マジでごめん」


 これまた引率組のAランクパーティーの面々からも、同じような感想が漏らされて。

 ふと、居た堪れなくなるのは、本当に何故だろうか。


 あれかな?

 生徒達の引率頼んだ手前の申し訳なさかな?


「………とりあえず、報酬については、そっちで分けていいからね?」

「………馬鹿にしてるっすか?」

「い、いや、そういう意味ではなかったけども、」


 申し訳なさから、申し出た内容にも睨みを利かされる始末。

 オレ、本気でタイミング悪いのかなぁ………?


 とはいえ、オレの困惑顔を見てか、レトも少しは溜飲を下げたようだ。

 そこで、ふと改めて、


「そういや、そっちはどうだったっすか?

 親父もディルも、悪さしなかったっす?」

「どういう意味だ、馬鹿娘(レトォ)?」

「レト、失礼!オレ、悪さなんて、しないもん!」


 聞かれたのは、父親と弟の不貞についてではあった。

 オレが口を開く前に、彼等から揃って反論をいただいたが、苦笑を零すだけに留めておいた。


 想像にお任せするってことで。

 まぁ、実際はディルがめちゃくちゃ頑張って、ジャッキーは諸用があった時以外、ほぼ暇そうに寝こけていただけなんが…。


 まぁ、あとは家族会議でどうぞ、って事で。


「まぁ、何はともあれ、皆お疲れ様。

 ハンナさんがご好意で飯の準備してくれたらしいから、心して食うように」

『おっしゃぁああ!』

「あ~、良かった。飯の支度してなかったから、」

「どうするかって、焦ってたしな…」


 そして、生徒達にはギルド内酒場スペースでの飲食がご褒美、と。

 ジャッキー経由でハンナさんが、とっとと飯を作ってくれていたらしいのでご相伴に預かる形。


 これには、食事担当の榊原も香神も安心した様子だった。

 そんな鬼のような事はさせんから、安心しろ。


 ついでに、ライドやアメジス、レト達Aランクパーティーの面々の分もお願いしておいた。

 勿論、オレの驕りだ。

 金を払って、という冒険者ギルドへのちょっとした奉仕もしているから、どこからも文句は上がらない。


 騎士団の面々にも、交代の時間が控えていることを考慮して、お金を渡して好きなようにさせた。

 ゲイルもそれに関しては「羽目を外さないように、」としか言わなかった。

 なので、概ね大丈夫だろう。


「飯食ったら、頃合いを見計らって直帰しろよ。

 オレは職員会議ってことで席を外すし、ラピスとローガンは飲みに行くらしいから、」

『はーい!』


 そんでもって、オレ達はそのまま、職員会議と銘打った男だけの飲み会へ。

 面子は、オレ、ゲイル、ジャッキー、ダグラス氏の4人だ。


 ダグラス氏は逃げようとしたのを、ジャッキーが有無を言わさずひっ捕まえておいた。

 ………ささやかな意趣返し、と思ってくれ。


 オレが隠れて、ブラックな笑みを零していると、


「さて、ならば我等も行くとしようかの」

「ああ、そうしよう。

 お前も、極力羽目を外さないように気を付けるのだぞ?」

「はーい」


 ラピスとローガンの2人も飲みに行く為、冒険者ギルドの出口へと。

 ローガンからは、苦笑と共に子ども扱いの一言を受けたが、まぁ良いだろう。


 前後不覚になるような飲み方、今日は出来ないと思っているからね。


 ダグラス氏もいるし、夜の仲良しが控えているのもあるから………(笑)。

 今日はラピスの日だったか。


 ………お互い酒が入っているので、少々楽しみだったりなんだり。

 余談だ。

 最近、オレの脳内がピンク色通り越して、赤色のNGゾーンかもしれないんだがそれはそれ。


 まぁ、そんなことはさておいて。


 とりあえず、職員会議と題した飲み会へと出立した。



 ***



「………職員会議という言葉を、やはり学びなおした方が良いと思うのだが、」

「それ、今日の昼間も言ってたっけねぇ…」


 二度ネタ禁止~。

 なんて、へらりと笑ったオレに、ダグラス氏のちょっとだけ怖い視線が突き刺さる。


 彼、意外と根に持つタイプらしい。

 ガルフォンの気持ちが取られたのも相まって、オレにはあまり良い顔をしてくれない。


 今日だって、ディルとの組手の時も、厳しい目線がバシバシだったし。

 ………ガルフォンの事とは別に、観察されていた気がしないでもない。


 まぁ、いいけどね。

 隠す必要があるものに関しては隠したし、それ以外はあまり隠すと為にならないことも知っているからこそのオープンだから。


 とはいえ、


「そう目くじら立てて、つんけんすんな。

 たまには、こういう見ず知らずの面子で飲むのも、楽しいと思うが?」

「貴方は生粋の酒飲みだから、そう思うだけだろう?」

「手厳しいこった。

 とか言いつつ、お前だってオレと一対一(サシ)で飲み合えるぐらいの酒豪じゃねぇか」


 そんな少々、つっけんどんなダグラス氏を取り成してくれているのはジャッキーだ。

 なんでも、ダグラス氏が駆け出しの頃からの仲だそうで、かれこれ10年来の知り合いなんだとか。

 駆け出しの頃が、10年前って………。


 マジ、この人何歳なのか。

 ってか、オレの周りに、年齢に見合わない若作りが増えすぎな件。


 なんて内心は、


「うわ、それ凄い…」


 心底ドン引きした一言に、しっかりと抑制して呟いておいた。

 ………考えるだに、無駄だからね。


 そんな風に考えていれば、ダグラス氏の呆れ交じりの目線と共に制止をされた。


「彼の言葉を充てにしないでくれ。

 なんとか食い下がる程度で、オレだって酔わない訳ではないのだから、」

「オレだって酔わない訳じゃねぇよ!?」


 漫才のような掛け合いには、苦笑。

 オレとゲイルのような雰囲気も感じるから、仲が悪いというよりも力を抜き切った関係なのだろう。


「………どっちも似たようなものだ」

「………オレを見ながら、言うんじゃねぇよ?」


 そして、こっちはこっちで、オレまで含めて胡乱げな視線を向けている。

 誰がって、ゲイルだよ。

 多分、この中では一番人間らしい肝臓の持ち主である。


 まぁ、食い下がれるだけを踏まえても、一般人の枠組み超えているんだけどね………。


「じゃあ、乾杯。

 初めましてってのも、久しぶりってのも含めてね」

「おう」

「では、」

「女神の導きに、」


 そう言って、各々でグラスを掲げる。

 ぶつけ合うことはしないけども、まずは一杯、そして一気でしょう。


 ………そんな無茶ぶりに乗っかったのは、オレとジャッキーだけだったけど。


「………ローガン殿の忠言は、耳を素通りか?」

「辛辣ね」


 ゲイルからの皮肉を言われながらも、次の一杯をグラスに注ぐ。

 いやはや、今日は久しぶりという事もあってですねぇ、と内心で言い訳しつつも、割かし早いピッチでグラスを進めていく。


「おっ、俺も負けねぇぞ!」


 そんなオレに、勝手に追随するジャッキー。


「競い合いではないと思うのだが…、」

「………悪夢の再来だな…」


 オレ達の様子を見て、呆れた声音と視線を向けるダグラス氏。

 ゲイルは頭を抱えて、苦々しい顔で頭を垂れた。


 でもまぁ、いいじゃん。

 酒が入らないと出来ない話も、きっとあるだろうからね。


 なんて言い訳をしながらも、またグラスを空にする速度は変わらなかった。



 ***



 色々な会話をしつつ、グラスを空ける。


 それこそ、冒険者ギルドでの最近の問題だとか、表題化している過疎も話題に上る。

 斯く言うオレは、ダグラス氏にスカウトされたらしく、ガルフォンを表題に出された時にはフラっと傾いてしまったよ。

 ジャッキーからの妨害と、ゲイルからの絶対零度の視線で踏みとどまった。

 いやはや………、ガルフォンったら罪な子。


 他にも、ランクアップ試験の時の話とか、ついでにオレのランクアップの件なんかも話題に上って、思わず座席でミノムシ形態。

 ゲイルを蹴っ飛ばしたりしたりしながら、なんとか復活したのが数分前だった。


 オレも、こうして力を抜き切って飲むのが久しぶりだったこともあり、自棄に気分が良いままだった。


 何杯目かも分からないグラスを空けた時、


「お前、ペースが早い…ッ」

「別に、合わせなけりゃ良いだけだろ?」

「………酌をしてくる癖に、何を…ッ」


 なんてゲイルとの掛け合いをして、ボトルを傾ける。

 勿論、ゲイルのグラスにもね。


 ジャッキーもダグラス氏も、苦笑を零してゲイルの慌てようを見ていた。


 和やかな雰囲気の、そんな中。

 ゲイルのグラス内で、琥珀色の液体に氷が溺れたところで、


「聞きたかったのだが、貴殿が騎士の位を得ているのは本当だろうか?」

「えっ?ああ、本当だけど?」


 ふとダグラス氏が口を開いた。

 戸惑いつつも答えると、ダグラス氏が「………そうか、」と意味深に黙り込む。


「オレからも聞きたいんだけど、それってどこから聞いたの?」


 咄嗟に答えてしまったけども、実は結構重要なこと。

 オレ、公表して無い筈なんだよね、実は。


 確かに、以前騎士団の採用試験を受けて、オレは名実共に騎士の位は得ている。

 まぁ、名ばかりということで、騎士団の任務を受けている訳では無いから、幽霊部員みたいなものなんだけども、それはそれ。


 限られてはいるものの、知っている人間はこの国の人間がほとんど。

 まぁ、人の口に戸は立たないとは良く言う通り、騎士団の面々がどこかで漏らしたのが噂になっている可能性は然もありなん。


 しかし、それをこの王国に来てたった数日の彼が、何故知っているのか。


「いや、何………噂では、街道に出没した魔物の討伐に、貴方も出向したと聞いていたのでね。

 問い合わせてみれば、『騎管(・・)』の報告書にもサインがあったし、記録にも記載されていたが、冒険者ギルド以外でも職務をこなしていたのか、と空恐ろしくなって、」

「………ん?」

「………わざわざ、問い合わせたのかよ」


 ああ、例の討伐隊の一件ね。

 確かに、その件が経由しているなら、知っていても可笑しくはない。

 というか、その件があったからこそ、騎士の位を取ったというのは言わぬが花、なのだが。


 なんて考えているうちに、今度はゲイルが黙り込んだ。

 そこで、はた、と思う。


「あれ?今、あんた『騎管』って言った?」

「………それが、どうかしたのか?」


 気付いたのは、違和感。

 まぁ、これに関してはオレよりも、ゲイルの方が詳しいのだが。


 ジャッキーはきょとりとしているが、それがどうした?とばかり。

 きっと、この違和感には分かってはいないのだろう。

 斯く言うオレも、一瞬聞き流してしまった。


 そんなオレとジャッキー、ゲイルとダグラス氏の、二つに分かれる反応。

 お分かりだろうか。


 ゲイルが、少しだけ険しい視線のまま、ダグラス氏をねめつける。


「………まさか、貴方も騎士団所属だった(・・・)のとはな」


 答えは、彼の言葉に集約している。



 ***



 『騎管』とは、騎士団内部にある管理部署の事である。


 騎士団の活動やその経費等を、管理している部署の事。

 言うなれば、事務方である。


 騎士団騎士管理統括部署という正式名称があるが、それを略して騎士団関係者が『騎管』という。

 つまり、これは騎士団の中で通用する略語。


 それを、ダグラス氏は、苦も無くしっかりと口にした。

 自然でいて、まったく迷いが無い一言だった。

 関係者だと、分かる発言だ。

 案の定、彼は黙りを決め込み、ゲイルはもとより、ジャッキーからも険しい視線を向けられている。


 割と、すんなりと明らかになってしまったものの、彼にとっては重要な秘事だったのか。

 ダグラス氏の表情は、苦々しげに歪んでいた。

 居心地も、あまり良くなさそうだ。


 騎士団関係者が退団をして、冒険者になるのは割とよくある話。

 規律に縛られることも、肩書きや地位にも煩わされる事も無く、自由に暮らせる稼業が冒険者としての生き方だ。

 実際、退団してから騎士が冒険者になる確率も、一定である。


 とはいえ、今の会話の中で出てきた自然さは、あまり良くない問題を孕んでいる。


「………ダグラス、どういうことだ?」

「………そう睨むな、ジャッキー」


 ジャッキーからの厳しい視線に、耐え兼ねた様子のダグラス氏。

 口を開いたかと思えば、大仰なまでに頭上を仰ぎ、


「………オレは、元『青竜国』竜神騎士団、殲滅部隊局長だ」


 ぼそり、と呟いた。

 その答えに、各々が驚きの声を上げる。


「………元?」

「竜神騎士団だぁ?」

「待て、殲滅部隊局長だと!?」


 オレは、元という言葉に反応。

 ジャッキーは『竜神騎士団』、ゲイルは『殲滅部隊局長』という言葉に、それぞれ反応した。


 追って確認しよう。

 でなければ、オレ達も頭がこんがらがりそうだ。

 むしろ、オレがこんがらがりそうなだけなんだけども…。


「よし、一旦ブレイク。

 全員、シガレットを吸って、頭をすっきりさせよう」


 と言う訳で、勝手にオレがブレイクとした。

 テーブルに置いておいたシガレットケースを開いて、とっとと特製のメンソールを口に咥えた。


 が、


「………お前、」

「………こんな時に、そんなことをしている場合か?」

「………オレが言う事では無いだろうが、貴方は危機管理能力をもう少し伸ばした方が良い…」


 そんなオレに突き刺さった視線は、ダグラス氏同様の居心地の悪いものだった。

 ………あれ?


「だって、オレお前達と違って、事前知識は皆無よ?」

「………そういえば、そうだったな」

「ああ、そういや、お前はそもそも『青竜国』の実情も知らないんだっけか…」

「………知らない?

 あれだけ、大事になった国勢を知らないのか?」


 あ、やっぱり、ブレイクにして正解だったかも。


 おかげで、彼等の言葉の端々から、事前知識が無いと分からなかったであろう事が飛び出している。

 ゲイルは納得したように、ジャッキーは思い出したと言わんばかりに。


 ダグラス氏自身は、何がそんなに驚愕だったのかは謎ながらも、茫然としたままである。


 ともあれ、多少視線の険が取れたので、マッチを擦って火を点ける。

 部屋の中に広がるシガレットの煙と、メンソール独特の甘い香り。


 すんすん、と鼻を鳴らしたジャッキーが手を差し出してきたので、シガレットケースごと渡して黙らせる。

 どうやら、依然のシガレット同様、匂いが気に入ったらしい。

 ゲイルも同じようにシガレットを吹かし、大袈裟な程に嘆息。


 そんなオレ達の様子をぼんやりと見ていたダグラス氏も、ふと茫然としていたのが我に返り、


「………待て、何か、間違っている。

 オレが言うのも難だが、何かが間違っている反応なんだが、」

「本当にね」


 アンタが言ってどうすんのよ。

 これ幸いと、話を逸らしても良いとろこだったってのに、色んな意味で正直者なんだから。


 まぁ、それは良いとして。


「まずは、『青竜国』の話をしよう。

 竜神騎士団についても、殲滅部隊についても、とりあえずはそれを説明してからだ」


 そう言って、場を仕切ったのはゲイルだ。

 シガレットを吹かしたままではあるが、その表情は騎士団長然りとしていた。


 それに、オレ達も各々で頷く。

 ダグラス氏だけが、取り残されたような、それこそ心許なさそうな顔をしているだけだったが、


「………『予言の騎士』として、オレは約半年前にこの世界に降り立った。

 とはいえ、残念ながら半年経った未だに、各国の世界情勢の情報に関しては穴だらけなんだよ」

「つまり、………?」

「オレがこの世界で生まれ育った訳じゃないって事。

 だから、各国の情勢とか、その他諸々の歴史とかは、こうやって聞いてからじゃないと分からない訳」


 『竜王諸国ドラゴニス』については、残念ながら『白竜国』の事以外は知らない。

 だって、それ以上の知識を詰め込もうにも、時間も余裕もなかったからね。


 まあ、それはともかく。


「まずは、『青竜国』が、歴史上、なんと呼ばれているのかといところから始めた方が良いだろう」


 オレとダグラス氏の応酬が、一段落したのを見計らって、ゲイルが口を開いた。

 長くなる、という前置きのように、グラスを空になるまで煽った姿を見て、オレも表情を引き締めた。



 ***



 まず、『青竜国』は、『竜王諸国』の中でも、異端と言われている。

 歴史上での呼び名は、多くが『虐殺国家』。

 血に塗れ、穢れた不名誉ばかりが上がる。


 それは、何故か。

 何百万年という歴史の中で、戦争への参加比率が極めて多く、更には蹂躙したのも蹂躙されたのも一番多い国となっているからである。


 過去の戦争の中に、『青竜国』の名前が無い事例はほとんど無い。

 発端となったり、あるいは援軍や救援目的で、必ずと言って良い程に戦争へと加担している国。

 紛争やクーデターが起きた例も数多く、もはや戦争が御家業の国と言っても過言ではない。


 それが、『青竜国』の血塗られた歴史だった。


「まず、王家の血筋が、三度滅びているのが最たる例だな。

 内紛もそうだが、クーデターが2度、首都を焼いた。

 『人魔戦争』の折には、苛烈な迎撃で魔族軍を追い返したが、その後あっさりと数倍以上の襲撃を受けて壊滅した。

 その時に、魔族と停戦協定を交わしたのが、約100年前に在位していた国王という事になっている」


 しかし、その国王もまた、歴代の国王と同じ苛烈な人物だった。


 話が少し逸れるが、奴隷の話をしよう。

 奴隷の中には人間が多いものの、魔族も当然のように存在している。

 比率としては、3割から4割弱だ。


 ほとんどが、親の過失や借金、転売という形で奴隷に身をやつす。

 だが、魔族のほとんどは当時、戦争によって親を失ったり、あるいは捕虜となった末に奴隷に身を窶した者が多かった。


 とはいえ、奴隷と一言に言っても、当時は割とそこまで扱いが悪かったという訳ではない。

 むしろ、城に捕らえられた虜囚よりも、当時の奴隷達は恵まれた環境にいた事だろう。


 なにせ、戦時からの復興の為、当時の『青竜国』は慢性的な人手不足だった。

 その中で奴隷は、どの機関からも重宝された。

 奴隷だからこそ、命じればどんな事でも出来たし、中でも魔族の面々は人よりも数倍は働ける体躯も力もあった。

 奴隷商も格式を重んじ、人魔ともに奴隷を過酷な環境で生活させなかったのもある。

 食事や適度な休息、必要最低限の衣服も支給され、魔族の奴隷達にとっては出稼ぎ感覚の者も多かっただろう。


 しかし、その奴隷の魔族達がいたからこそ、その悲劇は起きた。

 『魔族を含む奴隷の大量虐殺』である。


 それが、当時復興して間もなかった『青竜国』が、戦時下以外で侵攻を受ける事となった元凶である。


 奴隷の中に含まれている魔族達も、『青竜国』国王は忌み嫌った。

 国を焼かれ、傾けたのは何も自分の所為ではない。

 なのに、国民からは怒りの的に祭り上げられ、一方では奴隷として働く魔族達が国民から認知され始めている。

 覚えが良いのは、そうした労力を払っているから。

 国王は、日々城に閉じこもっているばかりではないか、と上申書までもが届く有様。

 当時の『青竜国』の王家への威信は、地の底まで落ちていた。


 ある日、その怒りが頂点に達したのか、徐に幕僚各位を集めると、


『この国にいる、魔族は全てを根絶やしに。

 歯向かう者は、人魔共に、種族に関わらず、一族郎党これも根絶やしとする』


 『大量虐殺』を命じ、更には公開処刑としたのである。

 これには、流石の国民達も、更には奴隷を束ねる奴隷商も、奴隷達を守る為に反発した。

 奴隷は疲弊した国力を回復させる為の、貴重な労働力だ、と。


 しかし、国王にその声が届くことはなかった。

 ましてや当時の国王その人は、有言実行を座右の銘ともするような人物で、一度言った言葉とて撤回はしなかった。


 まずは、その決定に異を唱えた幕僚が、斬り伏せられた。

 そして、その一族郎党が、首都の広場にて公開処刑とされた。


 次は、その幕僚に近しい貴族家の幾つかが反発したが、それもまた異を唱えた傍から処断が決定され、逃げ惑った一族郎党が晒し首となった。

 騎士団も、国王の乱心を止める為に動いたが、結果は同じ。


 そして、遂に、奴隷達の大量虐殺が始まった。


 人も魔族も、身重の母も、何もしていない子どもも対象だ。

 魔族と言う種族の違いだけで殺された。

 反発すれば、その傍から処断され、皆が広場の首塚に首と遺体を晒された。


 そして、魔族からの侵攻を受けた。

 この時も、過剰な防衛と迎撃で、魔族軍の侵攻を押しとどめていたとの事だった。


 国民は、労働力を失い、魔族からの侵攻という事実から失意を目の当たりにし、疲弊していった。

 一方で国王は、その治世が間違っているとは万に一つも思わない。

 終ぞ省みる事なく、愉悦に浸り、暴飲暴食に溺れ、遂には国民からの上申書が届いた傍から、


『余に逆らうは、国の恥だ』


 そう言って不敬罪、あるいは冤罪を掛け、国民にまでも牙を剥いた。


 都市の中央広場は、別名『処刑台』。

 そして、『青竜国』国王は、別名『虐殺王』とされ、『青竜国』もまた『虐殺国家』という不名誉な異名を被った。

 奴隷が、国民が。

 当時の悪逆非道な国王によって、死を与えられた。


 だが、


「その暴虐は、唐突に終わりを告げた。

 約100年前とされるが、当時は末席の姫であったフラメル姫が、クーデターを起こし、軍を率いたのだ。

 秘密裏に取引を行った魔族と結託し、国王を誅殺。

 その後、魔族からの侵攻も、国王の死をもって締結させた。

 国民も奴隷も、『虐殺』や圧政の恐怖から救われた」


 当時の姫、それも国王からの認知も低かっただろう末席の姫が旗印となり、クーデターを勃発させる。

 戦時下以外では初めてとなる、都市への侵攻を魔族と共に成し遂げた。

 そればかりか、国王を誅殺し、その首を魔族軍に差し出す事で、当時の戦役を終結させたようだ。

 これにより、王家は滅亡する。

 唯一の生き残りであるフラメル姫とて、玉座は辞退した。


 それが、『青竜国』の穢れた歴史だった。


 そこで、混乱を極めていた当時の『青竜国』の統制を取ったのが、魔族。

 それも『竜人族リザードマン』だったとの事だ。


 その後は、その暴虐の甘言に乗り、腐敗しきっていた幕僚や騎士団上層部を一新。

 フラメル姫、『竜人族リザードマン』という魔族を中心に、国は復興への足掛かりを踏み出した。


 フラメル姫は、その『竜人族リザードマン』との間に子を成し、その子が初代国王となり『青竜国』を立て直した。

 現在の王家も、その子孫とのこと。


 そんな『青竜国』は現在、2代目の国王が取り仕切っている。

 名を、アールス・フラメル・ドラゴ・ラースホルン。

 壮年の偉丈夫にして、『青竜国』国王で唯一挙兵も戦争もしたことがない、穏健な国王とのことだった。



 ***



「ここまでが、オレの知っている『青竜国』の歴史だ。

 ただし、現在その国政は安定しているとは言い切れず、国王の采配次第では、また同じ歴史を踏襲する可能性も捨てきれん」


 そう言って、2本目のシガレットを吸い切ったゲイル。

 溜息と共に、グラスを傾ける。


 そんな彼を追随するように、ジャッキーも口を開く。


「………なんでも、隣の『黒竜国』の国王が、随分と辣腕なお人だともっぱらの噂だ。

 現在は均衡を保っちゃいるが、『黒竜国』国王が吸収併合に本腰を入れれば、『竜王諸国ドラゴニス』内でも異例な、内紛勃発を秒読みしてやがる」


 これには、オレも思わず苦い顔をしてしまう。

 戦争の気運が高まるのは、あまりよろしくない。


 ちょっとした所持情報を明かしてくれた彼も、苦々しい顔だ。

 だが、それよりも色が青く、苦々しい顔をしているのは、その『青竜国』にいたダグラス氏。


 オレとしては、この話に少しでも捕捉説明を戴ければいかんせんありがたい。


 なにせ、戦争という二文字が齎す、災禍。

 それは、オレもゲイルもよく知っているからだ。


 ジャッキーだって、戦争は一度や二度、体験しているのだろう。

 言葉には出さずとも、その表情や雰囲気から、忌まわしい記憶だと雄弁に語っていた。


 そんな重苦しい、沈黙の中。


「………概ね、『青竜国』の歴史は、間違いない」


 概ね、と言った彼。

 そして、歴史、と言ったのも少し気になるか。


 どうやら、やはり彼は、裏事情を少し知っているようだ。

 揺さ振りをかけるか、………否か。


 そこまで考えて、ふと苦笑を零した。


 ………別に知る必要は、ないのかもしれない。


 その苦笑が、ダグラス氏にどう見えたのか、オレにもようとは知れない。

 案の定、目を見開いた彼と視線が交差する。


 けど、


「アンタがいたのは、その『青竜国』の騎士団で、名前が竜神騎士団。

 その殲滅部隊の局長にいたけど、今はもう辞めて冒険者になってるって事で、概ね良いって事だよね?」


 そう言って、勝手ながらに完結させようとした。

 これには、ゲイルだけではなく、ジャッキーまでもが胡乱げな視線を向けてくる。


 ダグラス氏だけは、またしても茫然としていたものの。


「ねぇ、その話って、オレ達が知って良い事?」


 そう言って、グラスを傾けつつ、苦くも笑った。

 甘い、とは思う。


 戦争の気運が高まっているなら、知っておくべきだと思う自分がいる。

 だが、それとは別に、何もこんな形で当事者では無い彼から、聞き出そうとしなくても良いと思っている自分もいた。


「おいおい、」

「他人事ではないのかもしれんのだぞ?

 万が一、戦火が飛び火すれば、ダドルアード王国とて侵攻の対象で、」


 諫めるような2人の声音。

 それに、オレはまたしても苦笑交じり、


「知ってどうすんの?止められる?」

「っ…いや、それは、」

「同じこと聞くけど、知ってどうする?

 それを交渉の材料に出来るってならまだしも、南端の小国であるダドルアード王国が、大陸の雄である『竜王諸国』相手に何が出来る?」


 身も蓋もない事ではあるが、問いかける。


 そんあオレの言葉に、ゲイルは黙り込んだ。

 ジャッキーも口を噤んだが、その目に殺意すらも滲ませ、睨んでいるのが良く分かる。


 だが、


「今更ではあるけども、詳細を聞いたところで、オレ達には詮無い事だよ」

「だからって、戦争が起こった時の備えぐらい…ッ!」

「そんなもの、いつでも考えているさ。

 ………正直、オレがこの世界に来たのが、それを含めた終焉の回避の為だったでしょ?」

「はっ?…あ゛、うっ…!」

「それに、」


 そう付け加えてから、改めてダグラス氏を見る。

 その表情は、先ほどの思いつめたような表情から、唖然とした表情へと変わっている。


 溜飲は下がる。


 ついでに言うなら、これも立派な外交の一部と考えているオレがいた。


「『竜王諸国』がどうあれ、気運が高まったなら戦争なんて必ず起こる。

 それに対しては、ゲイルもジャッキーも知っているようだし、それならダドルアード王国の国王だって知ってる筈だろ?

 オレが出張って何かを言う必要もなければ、旗印になる必要もない」


 そもそも、旗印にされるのはご免被ると、オレは手をひらひらと現在の騎士団長へと振った。

 彼は、そんなオレの言葉を受けて、ダグラス氏と同じく呆気にとられた表情のままだったが、


「それよりも、オレはこっちのダグラス氏に恩を売っておくよ」

「………はっ?」

「な…ッ、んだとぉ?」

「………それは、いったい、」


 次に続いたオレの一言に、彼等はそろって茫然自失。

 ちょっと面白くなってきたけど、あんまり揶揄からかうと後が怖いのは知っているので、とっととネタ晴らし。

 元々、引っ張るものでも無かったからね。


「だって、これでダグラス氏を追求した所為で、ガルフォンと会えなくなるなんてオレは嫌だし…」

『………お前は…ッ』


 揃ってオレに恨みがましい視線を向けてきたのはジャッキーとゲイル。

 手が今にも爆発しそうな勢いで震えているが、その拳が振り落とされる前に、もう一つの理由を述べる。


 ご丁寧にも手指を添えて、ぴしゃり。


「オレが『黄竜国』に本部がある冒険者ギルドに行けなくなったら、それこそ全体的に悪手なんじゃねぇの?」

「………あ、」


 そう言えば、合点がいったのか。

 ダグラス氏が、目を見張ったと同時に、パチリと指を鳴らす。


「そうか!

 『予言の騎士』が派遣や巡回が出来ないとなれば、冒険者ギルド各位から不満が噴出する!」

「しかも、オレは『聖王教会』各位にも巡礼の旨は、通達しておくことも可能。

 なにせ『聖王教会』本部がダドルアード王国なんだから、オレの目と鼻の先だしね」


 よくぞ、気付いたダグラス氏。


 冒険者ギルドへの派遣は、既にジャッキーが通達している筈だし、その返答も概ねオレも知っている。

 むしろ、せっつかれているような状況だ。

 どの国も、真っ先に巡礼や巡回をお願いしたくて、躍起になっているらしい。


 それもこれも、『予言の騎士』一行の偽物が現れ始めてからの事。

 偽物ども様々である。


「そういうことなら、オレも分かったぞ。

 戦争が起きれば、各国でも入国基準を引き上げなければならない。

 入国基準の中では、巡礼目的の聖職者や、派遣を受けた冒険者も当然弾かれてしまうから、」


 続けて、理解を示したのはゲイル。

 戦争の気運に際し、立ち会った事もある彼ならば分かるだろう。

 むしろ、分かって当然。


「そういうこと。

 『予言の騎士』の巡礼巡回や派遣も受けられない各所から、不満が続出して矛先は戦争している国にぶつけられる」


 しかも、『青竜国』と『黒竜国』の一件は、内紛と言っても過言ではない。

 『竜王諸国ドラゴニス』内でも、問題視されるだろう。

 今回の件を聞いて、『竜王諸国ドラゴニス』も一枚岩ではない事が分かったのは、僥倖な事。

 ならば、ひっかきまわすことも容易いだろう。


 つまりは、


「冒険者ギルド内でも、『聖王教会』内でもこの際どっちでも良いよ。

 戦争の気運が高まっているのでこっちは巡礼も巡回も出来ませんって通達を、嘘でもなんでも良いから送っちゃうの」


 戦争をさせない為に、発信すれば良いだけ。


 その発信元は、ここいるダグラス氏、ひいては『黄竜国』本部の冒険者ギルドへ。


 そうすれば、どうなるだろうか?


 勿論、上手くいけば、オレ達が言った通りの未来を回避する為に、各国が勝手に働きかけてくれる。

 戦争の気運を高めている『黒竜国』自体に、歯止めをかけてくれるのである。


 しかも、現状でのオレのランクもきっと、高得点だと思われる。

 SSランクは、既に伝説と名高いものだ。

 しかも、そのSSランクを持っているのが、『予言の騎士(オレ)』ともなれば倍率ドン。


「ああ、なるほどねぇ。

 冒険者ギルドも『聖王教会』も各国総出で、お前を獲得しようと躍起になる」

「そうなれば、巡礼も出来ないってのは痛手にもなるよね。

 気運は高まっていたとしても、要は起こさなければ良いだけなんだから、」

「巡礼の予定を、公表するつもりか」


 最後に、やっと冒険者ギルド絡みで理解に及んだのがジャッキー。

 彼もオレと言う高ランク冒険者は抱え込んでおきたい皮算用を持っているからこそ、理解も早くなったようだ。


 そういう事です。

 納得できたかな?


 これでも、オレだって紛争を経験したし、紛争を起こした(・・・・・・・)経験もある。

 要は、情報戦を仕掛けるってだけの話。


 しかも、オレの脳みそには、過去何万年もの世界の歴史が詰まっている。

 勿論、異世界の歴史、というべきではあるが、何せその歴史はこの世界にとっては過去数百年には遠く及ばない戦争の歴史と言える。


 だったら、使ってやる。

 戦争を万が一でも起こさない為なら、出汁にでもなんでもなってやる。


 だからこそ、オレはダグラス氏を追求しないことにしたのだ。


 勿論、ガルフォンと会えなくなるのが嫌なのが大きな理由の一つではあるけども。

 もし、今こうして酒の席とはいえ、彼を無理に追求した場合、彼から返ってくるのはおそらく、悪感情であり、最悪は報復だ。

 そんな人ではない、と考えたとしても、積み重なれば人は考えを改める可能性はある。


 そうなって欲しくない。

 意外と、オレはこのダグラスと言う冒険者に、好感情を抱いていたようだから。


 そして、その追求をしなかった反動は、オレにも恩恵がある。

 それが、情報の秘匿だ。


 だって、成り行きとはいえ、『天龍族』を看取った(※討伐した)件を知られてしまっている。

 ついでに、『竜言語』が話せる事を踏まえて、『天龍族』の血に適合してしまった事も、その所為で自分自身が『異端の堕龍』として追われるかもしれないという事も。

 まぁ、全てを明かした訳ではない。

 だが、きっと彼は気づいている。

 オレの言葉を素直に信じて、真に受ける程馬鹿な御仁ではないだろう。


 だが、彼は追求しなかった。

 それ以上を、本当は興味があるだろう真実を求めず、欺瞞を孕んだ現実を鵜呑みにしたのだから。


 だったら、オレも追求すべきではないと考えた。

 甘いと言われるかもしれないが、その甘さも時としては必要だと分かっている。

 特に、こうして秘密を知られていたらね。


 皮算用も大いに含んでいるが、まぁ、彼の表情からは険が取れ始めている。

 それでいい。


 それに、


『(………アンタ、嫁さんも子どももいるんだろ?

 嫁さんと子ども守る為に、騎士団辞めて逃げて来たのに、こんなところで明かしたらそれこそ水の泡じゃねぇか…)』

「------ッ!?」


 ダグラス氏にだけ分かるように、精神感応テレパスで伝える言葉。


 彼が口を噤み、青くなっていた理由はこれだ。

 彼も実は既婚者で、現在身重の嫁さんが『黄竜国』にいるし、ついでに子どももいる。


 おそらく、逃げ出した一因はその子どもだと思っている。

 ただ、それ以上は知らなった(・・・・・)

 何を隠そう、ガルフォンが。


 オレ、ただただ戯れていたわけじゃないよ。

 聞こえないように念を押してまで精神感応で喋ってたってのも、当然必要性があると考えてこその行動だったしね。


 オレだってダグラス氏の事を調べない訳が無い。

 今後の為にも、情報を秘匿して貰う為にも。

 義理人情よりも正確無比なのが、情報を制した側に言える事だもんね。


 そんなガルフォンから聞いた、一言。

 その一言で、オレは彼を味方に付けるとしよう。


『(………お義父さんって、呼ばれたいんだろ?)』

「………っ、」


 そういえば、顔を赤らめたダグラス氏。

 にっこりと微笑めば、罰が悪そうな顔をして、


「………何が悪い」

「開き直っちゃったねぇ、ダグラス兄さん?」

「………うぐっ」


 まぁ、要はそういうこと。

 実は、子どもは嫁さんにとっても義理で、彼にとっても連れ子のようなもの。

 呼ばれるのがお兄さんでは、彼にとっても居た堪れないだろう。


 まぁ、オレがどうこうできる訳でもないまでも、


「『黄竜国』本部に遊びに行く時は、是非ともアンタが窓口になってくれよ?

 そうすりゃ、まぁ、分かるっしょ?」

「………くそ、どこから漏れた?

 と言うよりも、貴方まさか、今ので脅しているつもりなのか?」

「いやだなぁ、脅しなんて。

 ………列記とした、お願いだろう?」


 そう言って、グラスを差し出す。

 ダグラス氏は、そんなオレの表情を見て、敗色濃厚を悟ったようだ。


 俄かに落ち込みつつも、グラスを掲げた。

 無理やり、グラスをかち合わせ、また一気に中身を流し込む。


 ダグラス氏は渋りながらも、同じくグラスを傾けた。

 交渉成立だ。


「………コイツ等、何を納得したんだ?」

「………さぁ、オレもさっぱりだ。

 ただ、ギンジの顔を見る限り、あまり褒められた事でもない同意をしたような気がするが、」


 あら、失敬ね、お2人さん。



 ***



 これで、彼はオレの一件をある程度は秘匿してくれる。


 勿論、報告すべきことは報告するだろうが、『天龍族』絡みについては大丈夫だろうね。


 その代わり、オレもこの張り詰めた世界情勢に石ころを投げ込む。

 一見すれば波を立たせるだけで波紋になって消えていくだけの石ころであっても、反射があれば波は収まらず水面を揺らし続けてくれる。


 オレが投げ込むのは、そういう一手。

 そして、その一手を発信する相棒として選んだのが、彼だっただけ。


 まぁ、ジャッキーでも良いんだけどね。

 今回は、ダグラス氏に花を持たせて、オレとしては手打ちとしたい訳です。


 ガルフォンと戯れる時間、少しは持ってもらえるかもしれないじゃん?なんて、皮算用もあるけどね。

 ………もちろん、それだけじゃないよ。


 オレだって、戦争はして欲しくない。


 その戦争一つで、この世界の天秤がまた更に終焉と傾くのを、オレだけが知っているのだから。

 オレは、もう見た。

 サラマンドラとの契約の折、世界を埋め尽くす赤目と黒い影のような体を持った魍魎達を。


 それが、戦争で生まれる事も知った。

 アグラヴェインが、サラマンドラが教えてくれた。


 あれが、人間だったという事実を。

 戦争が起き、多くの血が流れたからこそ、この世界は今、枯れ始めている。

 あの魍魎達も、その穢れた大地が生んだ禍根の一つだと。


 ならば、それを止める為に、何をすべきか。

 もう、分かっている。

 オレは、オレのやり方で戦争を止める。


 それだけだ。


 その為に、今回はこうしてダグラス氏を個人的に、職員会議にお招きしたって事だった訳。

 彼はキーマン。


 後から聞いた話、彼が言う『青竜国』竜神騎士団殲滅部隊局長と言うのは、かつて『虐殺国家』と呼ばれた『青竜国』の負の遺産。

 戦争に参加し、最前線で活躍、あるいは蹂躙を行っていた部隊。

 それが、竜神騎士団殲滅部隊。


 10年以上前とはいえ、その局長だった彼は、別名『壊滅騎士』と呼ばれる程の戦武者だったそうだ。


 丁度、『串刺し卿』と名高いゲイルと似たような立ち位置。

 そして、ある意味での、国家間の牽制となっていた人物だった。


 そんな彼は、当時冒険者であった女性を愛した事で変わった。

 そして、そんな彼女が拾った小さな命。

 その全てを守る為に、地位も名誉もかなぐり捨てて、『青竜国』を出奔したとのこと。


 そう考えてみれば、彼はここに来たのも偶然とは思えないな。


 今後の世界を左右する賽を投げる為に、ここに来た。

 これも、ゲイルの音頭の通り、女神様のお導きだったって訳だ。



 ***

ガルフォンともディルとも戯れて、幸せ絶頂なアサシン・ティーチャー。

モフモフ好きには絶対たまらないと思います。

ついでに、一緒に戯れている銀さんの姿を見たら、余計にたまらないと考えるのは作者の脳内が腐っている証拠でしょうね。


ダグラス氏が思った以上に、出張る形になってしまいました。

でも、最後、この飲み会の為にずるずると彼自身の素性を隠していたので、どうぞご容赦を。


勿論、『青竜国』に関しても、彼のお嫁さんやお子さんに関しても、後々本編で触れていきますとも。

………まぁ、いつになるかは、分かりませんけどね。


誤字脱字乱文等失礼致します。

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