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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラスの春休み
114/179

101時間目 「特別科目~突発的出張教師~」3 ※暴力・流血表現有

2016年10月6日初投稿。


またしても、少々遅くなりました。

リアルで、多忙な日々を送っておりまして、中々パソコンの前に座れませんでしたので。


続編を投稿させていただきます。


やっとこさ、完結しました。

やっぱり、本編に密接に絡んでいるという事もあって、本編として投稿する事にします。


以前の話も、既に閑話から話数へと変更済みです。

宜しくお願いします。


101匹いる黒ぶちワンちゃんたちと同じ数字になりましたけども、これからも頑張ります。

***



 ランクアップ試験の休憩時間は、とっくの昔に過ぎていた。


 ローガンと間宮、ゲイルは素より、ジャッキーやヘンデル、新たに加わったダグラス氏に先導されて、修練場へ足を進める。

 オレは勿論だったが、心無しか彼等の足取りも、重い。


 予期せず、ダグラス氏の話題に上ってしまった『天龍族』の名。


 間の悪さは、相変わらずとしか言いようが無い。

 唯一の僥倖は、まだ捕捉されていない、という事実だろうか。


 それにしたって、今回は抜群のタイミング過ぎて、


「おい、ぼさっとすんなよ!」

「えっ?あ、ああ………」


 呪いとしか思えないようなタイミングの悪さを内心でつらつらと考えていた矢先、ジャッキーからの声に我に返った。


 「気持ちは分かるが、考えるのは後にしろ?」と、ジャッキーがオレを一歩前へと突き出す。

 そこには、オレの登場によって、またしても野次を上げている参加者達の視線があった。


 しかし、それを見ても、今はなんとも思えない。

 逃げ出したくて仕方なかった休憩時間の時には、考えられない程気にならなくなってしまっている。


 先ほど、同じSランクとして活動している『黄竜国』本部の指南役、ダグラス氏から聞いた遅刻の原因の所為だ。


 『天龍族』から、拘束を受けた。

 それだけでも驚きなのに、ダグラス氏の口から出た事実。


 彼等は、オレやアンナのような『異端の堕龍』を探して、彼が駆る飛竜にまで調査の手を伸ばしたとの事だった。

 これには、オレも眩暈すら感じた。


 思えば、以前オレが暴走紛いな『昇華』の前兆を見せた時には、『天龍族』は気付いた筈だ。

 なにせ、オレが魔力の暴走を一度ならず二度までも起こした暁には、臨戦態勢で乗り込んできてくれたのだから。


 オレが知らなかっただけで、既に状況は動いていた。

 むしろ、現在進行形。

 オレが知らないところで、目まぐるしく動いているといっても過言ではない。


 再三、脳裏を巡る最悪の状況。

 もし、オレが、『予言の騎士』が、『天龍族』を討伐した大罪人として捕縛されたなら。


 少なくとも、今まで通りの生活なんて考えられない。

 生徒達、ましてやラピスやローガン達だって、どうなるか分からない。

 オレだけの問題では無いからだ。


 そう考えると、瞼が熱い。

 泣くものか、と眼窩に力を込めた、気休め程度の深呼吸をする他ない。

 それが、思いのほか長くて、ため息のようにしか聞こえなかったのは余談ではあるが、


「これより、ソロ冒険者各位のランクアップ最終試験を開始する。

 試験官は、オレことSランク冒険者、『予言の騎士』ギンジ・クロガネが代行させて貰う!」


 後半戦の開始を宣言。

 途端、修練場に響き渡る歓声や野次は、前半よりもヒートアップしていた。

 大幅に超えた休憩時間も相まって、参加者達のフラストレーションも溜まりまくっているのだろう。


 それを、オレへの敵意ではなく、試験にぶつけて欲しいところだ。

 難しいとは思うがな。


 そこで、前半との変更点を宣告。

 野次に負けそうだったので、少し声を張り上げたものの、掠れて不格好なものだったのは恥ずかしいものだ。


「また、今回はギルドマスターのジャッキーが参加している事もあり、特別に『黄竜国』本部からの応援、ダグラス・トール氏にも試験官として参加して貰う事になる!」

「紹介に預かった、ダグラス・トールだ」


 前半との変更点は、彼の試験官への参加。

 まぁ、元々はオレが戦ってジャッキーが判定、ってことだったんだけど、やっぱりレト達が参加している手前、周りの目が気になった。

 丁度良く、ダグラス氏が来てくれたので、そのままお願いしたという形だ。


 ダグラス氏の登場で、ざわめき立っていた参加者達がシン、と静まり返った。

 オレは知らなかったが、どうやらダグラス氏は『雷墜の貴公子』という異名で、冒険者界隈ではかなり有名な人物との事。

 その名の通り、『雷』属性の適正が高い冒険者との事。


 そんな人物の突然の登場に、参加者達も驚きを露わにしていた。

 ここが、冒険者としての有名人と、ただの肩書だけの有名人との違いだろうね。

 前者は憧憬、後者嫉妬混じりってこと。


 とまぁ、それはともかくとして、


「では、試験を開始する!

 ルールは事前に説明してある通り、オレを相手にした対人戦闘の実技試験だ!

 オレに、魔法だろうが物理だろうが一発でも当てられれば合格。

 逆に時間内に攻撃を加えられず、戦闘不能になれば不合格となる。

 また、第三者の視点で見た明らかな反則行為や、時間超過、途中放棄ギブアップに関しても不合格とする!」


 以上!と、参加者達の野次が上がらないうちに、とっとと説明を終了する。

 決定事項に対して、野次を聞いても意味は無い。


 隣に立っていたダグラス氏から、「随分と手慣れているな?」と隠れて苦笑を貰ったが、「本業が教師ですから」、と返しておいた。

 そしたら、吃驚仰天されてしまったけども。

 ………見た目からして教師に見えないのも、オレにとっての安定の問題だったらしい。


 まぁ、今日は冒険者然りとした装備も付けているから、余計に教師には見えないだろうしね。


 今更であるが、本日は既に礼服では無い。

 ジャッキーに無理矢理着せられた冒険者用の装備で、試験官として参加していた。


 まず、腰元を革ベルトで絞る、足首近くまでの長さのコート型のローブ。

 『防刃』魔法の付与と、魔物から生成される特殊な素材を使った『防魔』付与の一級品だというのは、用意してくれたクロエの談だ。

 コート型ローブの下に着ているのは、ハイネックと長袖のインナーでこれまた『防刃』付与のもの。

 こちらも、特殊な素材を使っているので、見た目以上の耐久力を持っているらしい。


 手足には、それぞれ、篭手ガントレット具足ブーツ

 これまた、ファンタジー要素である特殊な鉱物『オルハルコン』で製造された一級品で、篭手ガントレットには『聖』属性の付与、具足には『風』属性の付与がある。

 それぞれ、『力の強化』と、『機動力上昇』のメリットがあるとの事だった。


 他にも、『聖』属性付与の結界を張れる首飾りやら、『風』属性の『重量制御』付与がある腰帯やら。

 と、現在の冒険者ギルドで用意できる最高の装備で固めている。


 オレとしては、過去類を見ない程の装飾過多な状態に、少々困惑気味なのが本心。

 だが、まぁ、万が一の為という事で甘んじて受ける。


 紛争地帯を駆け回っていた時は、全身を覆ったミリタリースーツやら防弾ジョッキだけだったのだが。

 いやはや、異常だったのかもしれない。

 ………今更になって思うと、魔法が無かった分、現代の方が紙装甲だった可能性が高い。


 ただし、そんな装備でごてごてになりながらも、腰に吊った大刀だけはオレが生成した。

 勿論、『闇』の精霊・アグラヴェインの性質、『断罪』による武器生成で具現化したものだ。


 装備を固めて獲物の選択となった時、ふと『対話』で呼びかけられた。

 『どうせなら、我の能力を使っての戦闘を推奨するが?』という事だったので、今後の事を考えて徐々に慣れていくことを決めた。


 ………ただ、あれはおそらく、戦闘狂バトルジャンキーの血が騒いだだけだろうと思っている。

 そろそろ、武器の生成だけでも引っ張り出さないと、精神世界で轢死されかねない。 


 そこで呼び出したのが、この大刀。

 柄はあるが鍔の無い、包丁にも似たフォルム。

 サイズは、巨大で包丁と比べても10倍以上である。


 本来は日本刀が欲しかったのに、最近また増えだしてしまった魔力の所為で、調整が上手く行かなかった為、このサイズの包丁となってしまったのだ。


 折角、調整できるようになって来た、と思っていた矢先だったのに。

 ………ぐすん。


 ………久しぶりに『対話マンツーマン』が必要だと感じた、今日この頃………。


 そんなオレの内心はともかくとして、


「では、Eランク冒険者から、ランクアップ試験を開始する!」


 修練場の真ん中、四方10メートル程のリングのようになった中央に立つ。

 黒土のリングの向こう側には、参加者達が試験開始を今か今か、と爛々と殺気混じりに見つめていた。


 実際、彼等が見たいのは、試合ではなくオレが無様に倒される瞬間だろうが。

 ………嫌われたもんだね、まったく。


 とはいえ、諸々の理由が重なってげっそりしたとしても、試験は待ってくれない。

 リングの中に入って来た、Eランク冒険者の一番手で、未だに少年の域を出ないあどけない坊やを睥睨する。


 大人げないとか言わないでくれ。

 これも、立派な試験の、採点項目になっているのだから。


「ランク、名前、種族を名乗れ」

「い、Eランク、エドワード・リコリックです!

 しゅ、種族は人間です!」


 開始冒頭のこのやり取りは、替え玉受験の可能性を潰す為だ。


 実は、このリングにも仕掛けがあって、リングに入ったと同時に、見えない膜のような結界が四方に展開されるようになっている。

 その結界には、『虚偽』を見破る魔法が組み込まれているので、ギルドカードの登録と参加者に差異が無いかを判別してくれるそうだ。


 そこで、『虚偽』無しの判定を下した魔法陣が、視界の片隅で青く光った。


「よろしい」


 そう言って、戦闘開始の合図を待つ。

 戦闘開始の合図は、飛び入り試験官のダグラス氏がしてくれる。


「では、両者の公正な試合を求む。

 戦闘、開始!」


 合図と共に、可哀そうなぐらいに緊張でガチガチに固まっていた少年が、武器を持って駆け出してくる。

 愚直なまでの直線コースで、太刀筋も見え見えな動きに嘆息。

 それでも、試験官としての役割として、必要最低限には動く必要があるので、足下に力を込めた。


 まずは、初撃を回避。

 足を少しずらし、半身となって獲物である直剣の振り下ろしを避けた。


 それと同時に、次のステップへと移り、少年が態勢を整えるまで待つ。

 開始約1分に関しては、オレは最初から回避に専念するつもりだった。


 1分もあれば、ダグラス氏も採点項目をチェック出来る。

 それに、仮にもSランクのオレが、初っ端から飛ばして下位ランクを叩き潰す訳にもいかない。

 それは、ただの弱い者虐めだ。

 そんなの格好悪すぎて出来そうも無いから、最初の1分はボーナスタイムって事だ。


「(この少年は、まだまだ硬すぎるな、と)」


 それから、下手な癖が付いてしまっているのか、何故か直剣の柄を無理に繋げて握ってしまっている。

 鍬かまんのう(※先端が三つに分かれた鍬のような道具)の癖だろう。

 多分、元は農民の子だったのかもしれない。


 ………世知辛いねぇ、こんな子どもが武器を持たないとならないなんて。


 とはいえ、


「1分経過」


 ぼそり、と呟かれたダグラス氏の声で、ボーナスタイムは終了だ。

 回避に専念していた動きを、彼を拘束する為の動きへと変化させる。


「うわっ!?」

「はい、確保」


 と、悲鳴を上げながら直剣を叩き落とされ、腕を捩じり上げられ、と拘束された少年。

 地面に押し付け、その頭上で反省点をを教える。


「動きが単調で、愚直すぎる。

 剣を振る時は腰も入れて、腕の力だけではなく膂力も加える事。

 後、全体的に動きが硬すぎるから、まずは柔軟体操などを行って、もっと柔らかな動きを目標とした方が良い」

「あ、へっ、は、はい…!」


 少年ことエドワードくんは、何故か顔を赤らめつつも、リングを去った。

 ………ついつい生徒達のように、改善点を述べてしまったが必要だったのかどうかは不明。


「では、次!」


 まぁ、そんなことを内心で考えつつも、まだまだ参加者は多い。

 時間を超過しているのは、半分以上がオレの所為だと分かっているので巻きで行こう。

 そうしよう。


 という訳で、約1分のボーナスタイムと共に、次々と参加者達を拘束して行った。



***



 対人戦闘の実技試験参加者が、丁度半分ほどになったところで一旦ブレイク。

 オレの給水とシガレットタイム、ついでに進捗状況の確認の為だったが、


「見事なものだな。

 あれほど簡単に拘束して身動きを取らせなくする技法は、オレも見たことは無かった」

「………オレが生まれ育った場所で隆盛していた『護身術』の一種だよ」


 ダグラス氏の賛美の声に、多少気分が浮上していた。

 オレが言った護身術、というのは生徒達にも習得させている合気道の事。

 あれはとても便利なもので、非力な女性でも簡単に大男を拘束できる技術が詰まっている。


 まぁ、ほとんどそんな技術を使わなくても、強制終了出来てるんだけどね。

 ただの捻り上げ、というだけで片腕一本で地面に押し付けている訳だから、傍から見ると高度な技術に見えなくも無いらしい。

 片腕一本のハンデは、最近の怪力チートの恩恵で賄えるようになってしまった次第であるが………。


 そんなこんなで、現在はE~Dの約半分の参加者が試験終了。

 下位ランクの人数が圧倒的に多いのは、どこの冒険者ギルドでも同じだそうだ。


 合格者は2割程度。

 たとえ1分の間だとしても、Sランク冒険者の目は誤魔化しきれない。

 ジャッキーどころか、ローガン、ヘンデルの判断も妥当、との事だ。


 オレとしては、ちょっとレベルが低すぎて物足りない。

 まぁ、比べちゃダメだと思っても、生徒達の方がもっと手応えがあるのは否定出来んからね。


 それでもまぁ、ここから先はCランク。

 中位ランクに上る事から、いつまでも気を抜いている訳もいかないだろう。


 気付けと称して、ボトルごと酒を飲み下して、ふぅと一心地付いた。

 そこで、ふと横合いからの視線が気になった。


 ボードを片手に、ダグラス氏がオレを見ている。

 驚きと呆れが混じりあった視線だ。


「………貴方も、戦闘中に酒を飲んで平気なのだな」

「ああ、うん。

 元々、水代わりに酒を飲んで育ってきてるから、」


 何だろう?と小首をかしげると、そんな言葉が返って来た。


 多分、ジャッキーもそうだと知っているからだろうけど、オレみたいな人間(※曰く華奢過ぎるんだって)が同じというのに、驚いているらしい。

 普通の生活をしてきた訳でも無いから、これが普通ってだけなんだけどね。


「人は見た目によらない、というのは本当だな」

「………外見ディするの、そろそろ遠慮して貰えません?」

「でぃす…?いや、素直に意外だと思っただけなんだが、」


 良いですよぉ~だ。

 取り繕わなくても、女みたいな男が酒に強いとは思えなかった、で。


 ………言われ慣れて来たから、もう良いけどね。

 まぁ、それはそれとして、


「ランク上がるから、1分から2分に時間を伸ばすつもりだけど、それで良い?」

「ああ、それでも構わないが、採点が終わったら合図を出すが?」

「ああ、うん、それじゃそういう事でお願い」


 ブレイクタイムを終了し、改めてリングに戻る。

 ここから先は、Cランク冒険者なので、ボーナスタイム延長と考えたが、まぁ参加者の力量次第って事で了承した。


 制限時間10分なのに、まだ2分超えるような猛者が出てないからね。

 最高でも1分10秒とか、どんぐりの背比べだわ…。


「では、次に、Cランク冒険者から、試験を開始する!」


 リングに戻りがてら、軽く腕を回しながら宣言。

 ウォーミングアップは大事です、と。


 そこで、出て来たのは、


「Cランク冒険者、アーノルド・ライエル、種族・人間!」


 例の厨二な名前のパーティーの、茶髪のそばかす青年だった。

 獲物は、予選で使っていたものと同じ両刃剣。

 ………と思ったけども、先ほど見た時よりも魔法付与が付いているのが確認できるので、ここにきて変えて来たか。


 まぁ、そういった装備も含めて、冒険者の力量だから、とやかく言わんけども。

 ………どちらかというと、彼、そう言った付与品で固め過ぎてるように見えて、ぶっちゃけファンタジーフィルター越しでチカチカと目障りなんだが…?


 横目で確認した『虚偽』判定は、青。

 『虚偽』はしていないけども、装備は一新したってところだろうね。


「戦闘、開始!」


 ダグラス氏の宣言で、試験開始。

 そこで、すぐに茶髪のそばかす青年ことアーノルドが、左手を高く上げて、


「『風の刃(ウインド・カッター)』!!」


 開始早々に、手甲に付与されている『風』属性を選択。

 オレに向けて、一斉に殺到する暴風の刃。


 ただ、分かっていたから、驚きはしないけど。

 予選でも先手は魔法だったから、手の内は分かっていたし、


「『サラマンドラ』、よろしく」


 たった一言ではあるものの、オレの中に宿る『火』の精霊様(サラマンドラ)は恩恵を与えてくれる。

 途端、篭手ガントレット越しに感じる、仄かなそれでいて圧倒的な魔力を持った炎。


「なっ!?」


 腕の一振りで、アーノルドが放った『風の刃(ウィンド・カッター)』が消え去った。

 まぁ、上位互換以上の魔力じゃ、そうなるよね。


 案の定、初撃を防がれて驚愕の声を上げたアーノルド。

 こんなんで驚くなんて程度が知れるけど、まあボーナスタイムはダグラス氏の采配次第なので、大人しくその場から動くことはしない。


 ちなみに、未だに右腕には炎が燃え盛っているものの、オレとしては熱くも無い。

 サラマンドラが熱量を調整してくれているし、彼と契約した時点でオレも『火』の属性に対する耐性が生まれているから、との事だ。


 思えば、こんな重装備が無くても、大抵の魔法はこれで一発だったと今更ながら思い至った。

 まぁ、防弾ジョッキ着ていると思っておけば良いか。


「くっ、なら、これで…ッ!」


 焦っている様子のアーノルドが、今度は右手に携えていた両刃剣を突き出した。

 何かする、というのが分かってしまう行動に、嘆息が漏れてしまう。


 こうしている間に彼ぐらいなら10回は殺せただろうが、今はまだボーナスタイムなので身動きはしない。


「『放て!』」

「おっ?」


 地味に聞き慣れた単語だけで発動したのは『炎の矢(フレイム・アロー)』。

 やはり、属性付与の両刃剣だったらしく、タイムラグも無しに目の前に矢が迫る。


 だが、まぁ、それも腕の炎で打ち消してしまうけども。


 そもそも、直線距離で魔法が飛んでくるって分かっているのに、どうして当たると考えているのか。

 むしろ、オレを舐めているのか?

 と、思わず、胡乱げな視線を向けてしまった。


「ば、馬鹿な!

 アンタ、魔法が一切使えないって、」

「そんなこと、公表していた覚えは無い」


 あ、だから、魔法攻撃にこだわってたのかな?

 まぁ、『火』属性であるサラマンドラはまだしも、『闇』属性であるアグラヴェインは公には見せられない。

 その為に、一時は魔法の行使を遠慮していた。

 だから、そう言った噂があるのも知ってはいたけども。


 しかも、そうなってくると、腕に宿っている炎も装備品の属性付与だと思っている可能性が高いね。

 残念ながら、対象の観察や事前調査が不十分なので、オレとしては減点である。


「魔法を使う必要が無かったから、使わなかっただけだよ?」


 本当は使えなかった時期の方が長かったという事実は、ひとまず置いておいて。

 ちょっと見栄を張りつつも、そう言ってアーノルドへと微笑んでやると、


「ひ…ッ!」

「………悲鳴を上げるとは失敬な」


 相変わらずではあるものの、オレの笑顔はNGな様だ。

 アーノルドが、戦慄したようにして一歩後退する。


 とはいえ、


「………魔法それ以外は、お前のアピールポイントは無いのか?

 試験中ではあるが、私語を慎めとは言わんし、別に剣や武器、魔法具の使用も許可しているんだぞ?」


 こんなもんで、萎縮されても困るんだが。


 チラリ、と視線を向けた先では、ダグラス氏がボード片手にアーノルドの一挙手一投足を凝視中。

 ………と思ったら、何故かオレを凝視していた不思議。


 オレの試験ではなく、アーノルドの試験中だった筈なんだが………?


 とはいえ、時間制限はもう関係ないとしても、このままでは採点項目が埋まらない。

 その場で硬直してしまっているアーノルドへと、整然と向き直ると同時、今まで気になっていた事を少しだけ問いかけてみる事にした。


 さっきも言ったが、私語を慎めとは言っていない。

 編入試験の時とは違うのだから、オレも自由に言葉は発せるしな。


「そもそも、なんで、そこまでオレを目の敵にしようとしていたのか、少々理解に苦しむんだが?」

「………はっ、何も分かってないんだな…!」

「ああ、何も分からない。

 こちらとしては、まったく身に覚えの無い恨みを買っているとしか思えないんだよ」

「み、身に覚えが無いだと…ッ!?」


 質疑を進めるうちに、怪しい雲行きになって来た。

 アーノルドの目の色が変わり、先ほどまで萎縮していた風情はどこへやら。


 突然、怒気をまき散らすようにして、オレに怒鳴り返してきた。


「アンタが何をしているのか、知っているんだぞ!?

 『予言の騎士』って肩書きを良い様に、王国にも騎士団にも冒険者ギルドにも、ありとあらゆる所で媚びを売っているじゃないかッ!!」

「………なんだ、それは…」


 あらやだ、そんなバカが『予言の騎士』だなんて。

 ………オレだよ?


 悪い噂は広まりやすいとはいえ、これは酷い。


「校舎にいる少女達なんて、年端もいかない子達ばかりじゃないか!

 この間、冒険者ギルドに来ていた時も思ったが、13歳以下の子どもを冒険者として働かせるなんて…!」


 ………いやいやいや、13歳以下の子どもなんていませんよ?


「………アイツ等、一応15歳オーバーなんだが?」

「そんなの嘘だ!

 黒髪の子と言い、耳当て帽子の子と言い、あんな小さい子達が15歳以上なんて!」


 いや、黒髪少女イノタ耳当て帽子少女(シャル)も15歳以上だから。

 むしろ、シャルなんてオレよりも、年上だから………。


「それに、男の子だって、茶髪の子が小さかった。

 君の背中にいつも張り付いている赤い髪の少年だってそうだ!

 しかも、それを不当に校舎に縛り付けて、戦闘訓練と称して暴行を行っているとも言う!!」


 いや、だから………、それ全員15歳オーバーだってば。

 茶髪少年トクガワは19歳だし、赤髪少年マミヤだって15歳。

 それに言っておくけど、ウチには純然たる13歳以下の子どもってのがいないのよ、分かって?


 しかも、暴行って………。

 訓練の事を言っているのだろうけど、なんでか頭が痛くなるのを感じた。


 生徒達に、多少は無理をさせているのは自覚しているよ。

 しかし、それを第三者の目から見て、堂々と暴行イジメと言われるのは、少々堪えるもんだ。


「しかも、アンタ自身だって、女を多数囲って良い生活(・・・・)を送っているようじゃないか!!

 権力を傘に着て好き勝手に生活している時点で、アンタだってこの王国の汚れた貴族と一緒だ!」


 あっ、それは、事実だから否定出来ないッ!!


 脳内花畑な夜の良い()活を送っているのは、何を隠そうオレです!!

 24年越しのちょっとしたモテ期と、ついでに幸せを掴んだ結果とはいえ否定出来ねぇ!!


 まぁ、それは別として、


「………だからって、貴族と一緒にするなよ」

「違うっていうのか!?

 だったら、今すぐに少女達を開放し、騎士団に自首をしろッ!

 『予言の騎士』としての肩書きも返上しろよ!?

 アンタなんか、『聖職の騎士』なんかじゃ無い!!」


 あ、すみません、確かに聖職(・・)ではないです、生殖(・・)です。

 あんまりにもあんまりな話で、下ネタした浮かんでこない、目も当てられない。


 ………自重しよう、そんな事言っている場合じゃない。


 ………って、これ前にもあったけど、暴走騎士メイソンの時の焼き増しじゃねぇ?


「言わせておけば…ッ!」


 そこで、そんなアーノルドに怒鳴り返したのはゲイルだ。


「貴様ッ、今すぐ口を閉じろ!!

 ギンジがどれだけの無理をして、公務を全うしているかも知らずに…ッ!!」


 今にも、リングの中へと飛び込んできそうな程に激昂を露わにした彼が、声を張り上げる。


 隣に待機していたローガンや間宮も、随分とお怒りのようだ。

 怒髪天を突くって表現があるように、鬣のような髪を逆立てたジャッキーも、目の色を爛々と殺意に漲らせている。


「それ以上言うなら、テメェの試験はここで中断するぞ!

 噂話に踊らされたテメェに言っても無駄だろうが、コイツが生徒達を大事にしていることはオレが一番良~く知ってる!」


 そう言って、喉奥から唸り声を上げつつも、ジャッキーが試験中断を迫る。

 一転して、ぎくり、と身を強張らせたアーノルドだが、震える唇にはありありと不満が見て取れた。


『………なんで、こんな男を、庇うのか………』


 そんな感情が透けて見えて、思わず口元を抑えた。

 思えば、最初の時は騎士達からも受けていた当たり前の悪意。

 それが、冒険者に切り替わっただけ。


 とはいえ、そんな悪意が当然と存在している事に、今更気付いたのはオレの落ち度だ。


 生徒達の事を考えて、と言っておきながら、傍から見ればそれは悪意ある暴力にしか捉えられない。

 守る為といいながら、縛り付けているという現状も否定は出来なかった。

 ………選択肢を増やしてやるべきだろうか。

 それとも、今は彼らの教育や訓練を重視して、一人前になって貰う事を優先すべきか………、


「ギンジ、お前も何か言え!!

 お前が、命掛けで守って来たそれを、コイツは踏みにじったんだぞ…!?」


 ふと、そこでローガンがオレに声を張り上げた。

 ゲイルやジャッキーのように、アーノルドへとではなく、黙り込んだオレへと。


 ………何か、言え?

 何を言え、と言うんだろう?


 オレにとっては最善でも、第三者の視点から見れば最悪な所業がある。

 思えば、ここまでの悪意に晒されたことが久しぶりな事もあってか、唇が凍り付いたかのように言葉を失った。


 アーノルドの視線が、いつしか参加者達の視線にも乗り移っていた。

 オレを見つめる何百対もの目が、先ほどとは違った意味合いの感情を宿している。


 責め立てられているような眼だ。

 オレの所業を、誰も彼もが否定をしているような、


 ………呼吸が、止まった。



***



「馬鹿を言え!!」


 その瞬間だった。


 響き渡った怒声は、鈴の鳴るようなソプラノ。

 参加者達の中頃から聞こえたそれに、思わず全員の視線が集まっていく。


「こ奴が、そのような愚か者であったなら、『紅蓮の槍葬者(ローガン)』や『双子斧の黒狼(ジャッキー)』までもが、慕う訳も無かろう!」


 はっとした。

 アーノルドが振り返ったのに合わせ、思わずオレも視線を上げた。


 参加者達を押しのけるようにして最前列にやって来た面々。

 その先頭に彼女はいた。


 耳当て帽子から、零れ出る緑がかった銀の髪。

 透き通るような白肌と、まるでフランス人形のように整った造形。


 普段は柔和なその表情を怒りに染め上げながら、最前列で腕組みをして堂々と立つ、その姿。


「ギンジの本当の姿も知らぬ小僧が、賢しら口を叩くではないわ!」


 ラピスだ。

 オレの、2人目の嫁だ。


『そうだそうだ!!』

「先生の悪口、好き勝手言いやがって!!」


 そして、そんな彼女と共に、冒険者ギルドへと足を運んだであろう生徒達。

 エマとソフィアが揃って肯定を叫ぶ安定のシンクロ率。

 人よりも抜きんでた声量に任せて怒鳴る徳川。


 そして、他の生徒達も、目に怒りを灯して毅然と並んでいる。


「オレ達を育て上げる為に、先公がどれだけ無茶をして来たかも知らねぇで…!」

「何も知らないくせに、よくもまぁ奴隷だのなんだのと好き勝手に言ってくれたな」

「あたし達だって、19歳です!

 体が小さいからって決めつけて、馬鹿にするのは止めてください!」

「アンタみたいなおバカな勘違い野郎に言われたかないってのよッ!!」


 香神、長曾根が、喧嘩腰で一歩を踏み出す。

 伊野田とシャルが、胸を張って堂々と怒鳴り声を張り上げた。


「た、確かに訓練内容は厳しいけど、僕達の事を思ってだよッ」

「何も知らない癖に、ほざきやがって」

「デカい口、叩クなヨ、クソ餓鬼」

「まぁ、その程度で逆上して、罵詈雑言叩きつけてくる時点で、先生どころかオレ達の足下にも及ばない小物だろうけどねぇ…!」


 普段は気弱で物静かな浅沼や、おっとりとしている常盤兄弟。

 そして、彼の物言いへの批判だけではなく、その性根そのものを皮肉った榊原。


「ギンジ様程の素晴らしい方はいませんわ!

 そんな方を悪し様に言うなんて、例えここにいる人達が許しても、『聖神』オリビアが許しませんわ!」

「そうです!ギンジ様は、そんな噂のような方ではありません!」


 更には、涙混じりながらも、珍しく怒っている様子のオリビア。

 ローガンの妹であるアンジェさんまでも、お揃いで。


「………お前達…」


 校舎で待機していた筈の生徒達が、揃いも揃ってどうしてここにいるのか。


 そんな疑問が頭に浮かぶ。

 しかし、ふと視線が合わさったラピスが、ふんわりと柔らかく微笑み、


「(お主は、お主がやるべきことを、やるだけで良い)」


 そう言って、言葉に出さず唇だけの動きで、伝えてくれた。

 その微笑みと、その言葉と。


 そして、何故か分からないまでも、駆け付けてくれた生徒達の毅然とした態度を見て。


 安堵した。

 堪え切れなかった、溜息が漏れた。


 忘れていた呼吸が、すんなりと戻って来た。


 そこで、糾弾の的にされていたアーノルドが、ふらりと足下を揺らめかせながらも、


「い、言わされているだけじゃないのか!?

 この男は最低なくそ野郎じゃないかッ!

 ………ま、まさか脅されてるんじゃ、………そうだ!脅されてるんだ!!」


 返答。

 しかし、その声には慄きがはっきりと表れている。


 そして、ラピスを先頭とした生徒達の冷たい視線に晒されて、けく、と引き攣った息を零した。


「………よくもまぁ、そこまで妄想出来るものじゃのう」


 ラピスの細められた視線が、まるで汚物をみるかのように侮蔑を含んだ。

 あんな目を向けられたら、オレだって男として立ち直れなくなるかもしれない。


「これ、ギンジ。

 お主は言われっぱなしで、腹も立たぬのか?

 こやつの言葉に悪意ある嘘しかないというのに、その沈黙は肯定と取られても否定は出来ぬであろう」

「………そんな訳あるか…」

「だったら、何故言い返さぬ。

 お主が軽んじられるは、我等が軽んじられることと同じぞ?」


 そう言って、腕を組んだ格好をそのままに、顎を突き出し堂々と胸を張ったラピス。


「言葉と言わぬから、叩き潰してやるが良かろう?

 もう二度と、我等『予言の騎士』と『教えを受けた子等』が根も葉も無い醜聞に晒されぬように」


 その言葉で、肩の荷が降りた。

 相変わらずではあるが、現金なものである。


 アーノルドは、その場で戦々恐々と息を乱して、オレと生徒達を交互に見ているだけだった。


 チラリ、と背後を確認する。

 その視線の先にいたのは、ジャッキー達で。


「(やっちまえ!)」

「(スカッとさせてくれ!)」

「(完膚無きまでに叩きのめせ!)」

「(どうぞ、ぼこぼこにしてやってください!)」

「(好きなだけやってしまえ)」

「………3分経過だ」


 次々と上がるサムズアップ。

 ジャッキーどころか、ヘンデルもローガンも間宮も、ゲイルまでもが、ぴったりとその動きをシンクロさせた。

 ついでに、ボード片手だったダグラス氏も、懐中時計を見ての一言。

 つまりは、『見ていないフリ』という事だ。


 ありがたい。

 なんだかんだで、オレも相当フラストレーションが溜まっていたらしいから。


 思わず、と言った形で、口元に笑みが浮かぶ。

 今度はジャッキー達とオレを交互に見ていたアーノルドが、そんなオレの笑みを見た瞬間に表情を凍らせた。

 潔く、冒険者ギルド主要陣に味方がいないことを察したのだろう。


 参加者達からも、どこか憐憫の視線が向けられる。

 中には、出鱈目を言いやがって、と恨み言を呟かれる始末。

 しかも、彼のパーティーの面々も、その参加者達の中に紛れていたというのに、その表情は何処か怒りを孕んでいて、味方に見捨てられたも同義。


 更には、


『ここまで舐められて、ただで済ますつもりも無いだろう?』

『ははっ、珍しく『火』のと意見が合ったなぁ。

 ………今回ばかりは、貸し借り無しで我が力を存分に振るうが良い』


 オレの内心から、静かにそれでいて威圧感たっぷりに語りかけてくる声。

 『火』の精霊(サラマンドラ)『闇』の精霊(アグラヴェイン)


 彼等もまた、アーノルドの言葉に怒りを露わにしていたようだ。


 先ほどから、オレの意気消沈と共に鎮火していた篭手ガントレットに纏わりついていた炎が、先ほどとは比べ物にならない程の出力で顕現する。

 腰に佩いていた長い刀が、その形状を変化させ慣れ親しんだ日本刀サイズへと調整された。


 そして、まるで協力態勢を取ったかのように、その日本刀にもサラマンドラの炎が転移したのが魔力の放出量で感じ取れて、


「………ありがとう、皆」


 唇が震えながらも、日本刀に手を掛けた。


 躍動するかのように鼓動を上げた日本刀。

 日本刀に宿った炎も俄かに出力を増し、リングの中に流れ弾防止に張られていた結界が、既にびりびりと震え出している。


 そんな中、アーノルドは硬直したまま、間抜けな顔でオレを見ていただけだった。


「さて、覚悟は良いか、覗き魔くん。

 オレだけならまだしも、生徒達どころか嫁さん達を奴隷扱いして貶した罪は、重いよ?」


 言ってから思う。

 そういえば、最近女子組が訓練時間に覗きをされた、と騒いでいたな、と。


 そうか、コイツだったか。

 そう思えば、先ほどまでなんと言って良いものか分からなかった口も、流暢に動くというものだ。

 オレも本気で怒りを、曝け出せる。


「自首しろだの、肩書きを返上しろだの、好き勝手言ってくれたな。

 オレだって、好きで背負った肩書きでも無かったが、」


 腹が立つ。

 お前に何が分かる。

 怒りの矛先が定まる。


 オレだって死にもの狂いだったというのに、それを真っ向から否定するなんて。

 そんな権利がある訳でも無い、こんな馬鹿野郎に否定されるなんて。


「地獄を見ろ。

 詫びは、いつかあの世で聞いてやる」


 純然たる、殺意を開放。


 ざわり、と参加者達が騒然となり、そして息を呑んだ。

 中には、失神する参加者達も複数名確認出来たが、知る者か。


 当然とばかりに、頷いて見せたラピス。

 生徒達は冷や汗を流しながらも、オレの一挙手一投足に目を輝かせていた。


「へあ…ッ!?」


 目の前で、アーノルドが失禁した。

 その場で硬直したまま、いっそ滑稽な程の間抜け面を晒していた。


 そして、その表情が彼にとっては端正な顔の、最後の表情だった。



***



『この覗き野郎!変態!』


 リングの外に引きずられて行った彼に、杉坂姉妹からのグサッと来る一言が刺さる。

 ついでに、参加者達からの侮蔑や憐憫、野次馬根性丸出しの視線に晒されながら、騎士団にも連行されて行った。


 ぼっこぼこにしてやった。

 アーノルドを、完膚無きまでに、顔の配置すらも無視をしてぼこぼこにした。


 蹴りを叩き込んで、地面に叩きつけて、最後は刀の峰打ちのラッシュ。

 原型が分からなくなるまで叩いて叩いて叩きまくった。

 結果、火傷が多数と裂傷多数、骨折もあるだろうか。

 重点的に顔を狙ったのは、勿論意趣返し。

 ついでに、覗きをしていた事実を顧みて、節操の無さそうな下半身にも一撃を加えていた。


 思ったけど、ウチの校舎はそれなりに厳重警戒施設だ。

 以前、覗きと言わず、何度か侵入騒ぎがあった事で、警戒レベルは当初よりも更に引き上げられている。

 どこから覗いていたのか定かではないけど、立派に不法侵入で立件できる。


 いやはや、散々オレを詰っていた本人が豚箱行きとは………。

 呆れるね。


 ふと、そこで、


「………それにしても、どうしてここに?」

「軽い要件で出掛けたにしては遅いと感じたので、生徒達も不安がっておったからの。

 お主がまた何かしら巻き込まれたり馬鹿な事をしでかしてやいないか、私も不安だったので出向いた次第じゃ」


 ああ、そういう事。

 確かに、もう時刻は4時を過ぎているから、心配にもなるだろうね。


 「概ね予想は当たっておった」、とふくふくと笑っていたラピスだったが、


「まさか、試験官なんぞを引き受けているとは思わんかったが、修練場に入った途端にあの罵詈雑言が耳に入ってきてな。

 思わず、口を出してしまったものじゃが、………そ、その大丈夫かや?」


 言葉の途中で、まるで叱られるのを待つ子どものように、口調が尻切れトンボになったラピス。

 先ほどの凛とした姿はどこに言ったのか。

 思わず苦笑。


「…いや、良いよ、大丈夫。

 おかげで、オレも肩の力が抜けたし、」


 しかし、オレとしては彼女が危惧している、邪魔になったとか余計なお世話だとか、そんなこと微塵も思っていない。

 むしろ、来てくれて助かった。

 実はちょっと、いやかなり、堪えていたようだから………。


「ありがとう、ラピス」

「お安い御用じゃ」


 微笑みながら、お礼。

 ラピスもほっとしたような表情で、綺麗に微笑んだ。


「それに、お前達も。

 ………おかげで、ちょっと自信が持てた」


 そこで、更に生徒達へと目線を向ける。

 当然じゃん、とか、またネガティブになって~、とか。


 生徒達から続々と上がる言葉には、嫌悪も悪意も怯えも含まれてはいない。

 あるのは、ただただ仕方ないなぁ、とばかりに呆れた視線と、オレへの憧憬の視線。


 どうやら、暴走騎士メイソン以来、久々に本気を出してアーノルドをぼこぼこにした件で、スカッとしたらしい。

 ついでに、オレが本気になるとどうなるか、と再確認したらしい面々から苦笑が漏れている。


 ちょっと危なかった、とは思っている。

 呼吸が止まった時、じんわりと眩暈を感じていたのも事実。

 もし、ラピスや生徒達が来てくれなかったら、無様に昏倒していた可能性も無きにしも非ずだったから。


 持つべき者は、やはり寛大で懐の深い嫁さんだな。

 2人もいるから、オレの豆腐メンタルも、今後も安定してくれそうだ。


「(………周りがどう思おうが、ギンジ様はオレ達の最高の担当教諭ししょうでございますよ?)」


 そして、トドメの一言が、間宮から。

 一番厳しく当たっている筈の彼からの一言で、またしてもオレの涙腺が決壊しそうになった。

 目頭を押さえて上を向く。

 ああ、もう………。

 ………今日は本当に、良くも悪くも良く泣く日だわ。


「おーい、ギンジ!感動している所悪いが、試験再開しても良いか?」

「あっ、ごめん!時間押してたっけね!」


 そこで、ジャッキーからの呼び出しに、潔く駆け出す。

 悪い、また後で、とラピス達に背を向けると、また口々に向けられる声援や労いの声。

 鼻がつーんとして、ついでに目の前が潤んでまた見えなくなりそうになった。


「………慕われているのだな」

「ぐすん。………果報者だという自覚はあるよ」


 そして、苦笑と共に言われたダグラス氏の言葉に、またしても決壊。

 結局、涙が出て来てしまった。


「こらこら、感動したのは分かったから………」


 と、2人目の嫁ローガンが、ハンカチを顔に押し付けてくれる。

 ………が、地味に粗い生地だわ力が強いわで、痛かった。


「………先ほど、人1人を半殺しにした人物とは思えんな」

「あー………、それ言っちまったらおしまいだから」

「アンタ等、揃いも揃ってオレの感動をぶち壊さないでくれる?」


 ついでにいただいたダグラス氏と、便乗したヘンデルの一言に激しく意義を唱えたい。

 いや、確かに別人である自覚は持っているけどもね?


 ………多少、げっそりとしてしまったのは余談。


 まぁ、多少豆腐メンタルが負傷したが、問題は無い。


 改めて、リングに立った時、目の前にはラピス達、背後にはローガン達。

 安心を覚えるような視線の中で、


「では、試験を再開する!

 次の参加者は、速やかに前へ!」


 潔く再開できた試験の為に、声を張り上げた。



***



 その後は、アーノルドのような馬鹿も現れることも無く、試験は順調に進んだ。


 相変わらず、ボーナスタイムを延長する猛者は、いないまま。

 ………最高タイムが、ぼっこぼこにされただけのアーノルドだというのは、皮肉なものである。


 また、彼のパーティーメンバーである、大柄な獣人と剣士風の女も同じ。

 リングに入った途端、彼等2人に揃ってアーノルドの口性無い言葉への謝罪を受けたが、本人の問題であって彼等に非がある訳でも無し。

 気にしないよ、とにっこり笑って、そのまま試験を開始した。


 結果は、ダグラス氏の目に掛かっているので、そこをオレがとやかく言うつもりも無かった。

 とはいえ、やはりこの二人もボーナスタイムが終わった後に、相次いで数秒でダウン。


 結果は、後々ボードで発表される、との事だったので、結果に関しては要待機って事で。


 Cランクも終わり、Bランク。

 しかし、Bランクも最初から人数が少なかったので、すぐにAランク参加者の出番が来た。


 そこで、予選を勝ち残ったのは、結局Aランクパーティーの3人だけ。

 ある程度予想はしていたが、やはりAランクともなるとレベルも段違い、となる。

 予選でほとんどが負傷、または昏倒してしまったので、この結果も妥当だった。


 つまり、予期せずオレは、Aランクパーティー『伏せる餓狼ハイド・ハングリーウルフ』(※実は、パーティー名を知ったのは初めてだった)を相手取ることになった訳だ。


 まずは、一人目。


「改めまして、宜しくお願いします」

「こちらこそ」


 参加者達の歓声が、予選から更にヒートアップしている。

 その中で、律儀にお辞儀をして、ついでに礼儀正しい挨拶までしてみせたのは、サミー。


 なるほど、流石はパーティー一の爽やかイケメン。

 行儀が良く出来ているものだ。


「どうぞ、お手柔らかに」


 歓声のおかげで聞き取りづらいながらも、そう言って戦闘準備に入ったサミー。


 オレは、彼の準備を眺めているだけとはいえ、ここから先は流石に気を抜けない。

 傍目からは分かりづらいだろうが、静かに息を整え続けていた。


 なにせ、Aランクともなれば、ランクアップが無事に終わればSランク。

 つまり、オレと同じ土台に立つ傑物が、足を踏み入れているランクなのだ。


 先ほどまでのお遊びのような試験内容では終わらないだろう。

 おそらく、こちらとしても多少の負傷も覚悟をしておいた方が良い。

 ついでに、Sランク冒険者でありながら、無様に負けッ面を晒すことの無いように気を付けよう、とも思う。


「では、これより試験を開始する!

 参加者はランク、名前、種族を宣言」

「Aランク冒険者、サミュエル・チェイン、人間です」


 落ち着いた声で、宣言をしたサミー。

 虚偽判定のサインは、勿論青。


「では、両者の公正なる試合を求む。

 戦闘、開始!」


 ダグラス氏の合図で、試験が始まった。


「我が声に応えし、精霊達よ。

 聖なる福音を、蒼穹の空へと運ばん」


 サミーは、予選の時と同じく、まず始めに魔法の詠唱へと取り掛かる。


 何が来るかは分からない。

 ただ、事前情報で『聖』属性と、『風』属性であることは知ってはいる。


 ボーナスタイムの為、詠唱を待つ時間。

 どくどくと鳴る心臓の音を聞きながら、ふと思った。


「捧げしはサミュエル・チェインの名にして、我が真名。

 汝等の眷属にして、従順なる僕なり」


 詠唱が、長い。

 そして、いつか聞いたことのあるフレーズが出てきている。


 分かっている。

 これは、ゲイルが合成魔獣キメラを一撃で屠ったものと、似ているのだ。


 『八文節』。

 認識したと同時に、不味いと感じた。


『ほぅ、まだ若いというのに、『聖』属性をここまで極めたか』

『主、気を付けろ。

 『聖』属性の攻撃型アクティブは、オレ達も全力を出さねば防げないからな』


 もう遅い、と思いながらも、内心からの精霊達の声を受け、即座に魔力を練り合わせる。

 サラマンドラ、そして念の為、隠しながらも全身に纏う様にしてアグラヴェインの能力を借りる。


 そこで、目の前に掲げられた掌。

 サミーの目は、魔力の放出によってか、はたまた高揚の為にか爛々と輝いていた。


「天の威を借る矮小なる我が声に応え、『聖神』の力の一端を今ここに示し給え。

 『女神の聖槍ソフィア・オブ・ホーリーランス』!!」


 詠唱が完結。


 その瞬間、目の前が真っ白に染まったのを確かに見た。

 先ほどは、外側から見ていた筈のそれが、今は目の前で起こっている。


 なるほど、『八文節』を受ける、と言う事はこういう事か。


 ドン、と上から来た筈の衝撃が、下から突き上げるような振動へと変わる。


 目の前に展開した炎の壁が、不規則に揺らめく。

 重力をも味方にした一撃の為か、掲げている手が自棄に重い。


『ソフィアには劣るが、中々の威力だな!』

『これ程までとは…。

 ………以前のお主であればあっという間に蒸発しておったかもしれん』

「怖い事言わないで、しっかり防いでくれよッ」


 先ほどから、魔力の出力は既に全開である。

 サラマンドラもアグラヴェインも流石に不味いと判断してか、調節など二の次でサポートに回ってくれている。


 しかも、先ほどから別の個所からも、魔力を吸収されているのが分かる。

 おそらく、オレがガチガチに固めた装備の一部からだ。


 この魔法具に関しては、使用者に危険が迫れば勝手に発動するとは聞いていた。

 だが、まさか『聖』属性付与の魔法具まで発動するまでの威力とは想像していなかった。


 たった数行違うだけで、『一文節』と『八文節』の威力がこうも違うのか。

 恐ろしいものである。


 それを、開始数秒で放ってきたサミーも怖い。

 むしろ、オレに向けて一撃必殺のそれを放ってきた事が怖い。


 何、あの子。

 実はオレを殺そうとしているとか?

 出来れば、そんな裏の顔は別の機会で顔を覗かせて欲しかったものだった。


 とはいえ、


『よし、魔力の切れ間が見えた!

 ぶち抜くぞ!』

『早くせよ。こちらとしても、『聖』属性は流石に堪える』


 サラマンドラが、展開していた炎の壁を、更に盾へと展開。

 そこで、いつの間にか具現化していたようで、その場で足を大きく踏み込んで打ち上げの態勢を取った。


 対するアグラヴェインは、相反する相性の問題か、『聖』属性を受けてやや苦しそうだ。

 ………今夜は、『対話』という名の反省会が決定しそう。


『そこだぁああああ!』


 と、余計な事を考えている間にも、サラマンドラがその岩石のような逞しい拳を振り抜いた。

 バヒュン!…と、一瞬の空気音。


 その瞬間から数秒、音が途切れる。


 目の前の発光が収まった。

 眩んだような視界の中、手を掲げた状態ながらも苦し気に立っているサミーが見える。


 その目が、驚愕に見開かれていた。


「………時間は?」

「………30秒」


 問いかければ、静かな返答。

 ダグラス氏は、驚いた様子も無く、無表情のままで試験内容を凝視していた。


 予想はしていた、と言う事か?


 とはいえ、ボーナスタイムは、まだ継続中。

 反撃が出来ない分、サミーからの追撃は避けるか受けるかして、凌ぐ必要があるようだ。


 しかし、


「………まさか、無傷で凌がれるなんて、」


 オレがそう思った瞬間に、ふんわり、と。

 苦笑のような、それでいて達成感に満ち溢れた微笑みを浮かべたサミー。


 その目には、殺意も何も籠ってはいない。

 どこか、諦念の浮かべた瞳のまま、ふとサミーは肩の力を抜いた。


「参りました」


 そう言って、その場で片足を付き、がっくりと頭垂れる。


 ………あれ?


 一応、反撃に備えようとは思っていたのに。

 ………どうした?


「試験終了だ」


 意味も分からないまま、これまた静かなダグラス氏の声が届く。

 きょとり、と目を瞬いて、交互に見据えるのは目の前のサミーと、背後のダグラス氏。

 首が痛くなりそうだ。


 何がどうなっているの?

 まだ、ボーナスタイムも終わってないのに、サミーが降参とか………。


「………どうした?今、切りかかってくれば、多少は手傷ぐらい、」

「ふふっ、無茶を言わないでください。

 今のが全力で、最近やっと覚えたばかりの『八文節』だったんですから」


 あれ、そうだったの?

 随分と手慣れた様に詠唱していたから、てっきり使い慣れていると思っていたのに。


 そこで、サミーの様子をまざまざと凝視した。

 あ、確かに、魔力がほとんど感じられなくなっている。

 最近安定して発動しているファンタジーフィルターにも、『聖』属性の精霊がちらほら見えるだけで纏わりついていない。


 ………あ、そういう事。

 現状が理解出来たと同時に、ほっと一安心。


 凄まじい魔法ではあったが、一発だけの回数制限があったようだ。


「魔力が枯渇して、もう一歩も動けませんよ?

 そんな全力の魔法を当たり前のように防がれた上に、そんな上位の精霊を具現化して平然と立っていられるなんて、悪夢です。

 抗おうなんて気概も生まれません」

「………あ、ごめん、そういや、無意識というか、なんか勝手に具現化しちゃって…」


 勝手に具現化して、オレの魔力馬鹿食いしているサラマンドラ。

 助けられたとはいえ、ねぇ………?


『う、うむ、悪かった』


 そう言って、そそくさと『火』の粉となって消えた彼。

 彼の能力の名残か、空中に霧散した魔力が熱を持っているようで、蒸し暑く感じたのは気の所為だと思いたい。


「とはいえ、オレも危なかったよ」

「………お世辞でも、そう言っていただけて、良かったです」


 そんな風に言って、サミーは微笑んだ。


 途中棄権ギブアップしたのだから、まぁ試験は終了と言う事で。

 立ち位置の変わらないままで、お互いに静止したまま試験は終了した。


 ただ、動けないと言うのは本当だったようで、リングからの退場はライアンの肩を借りていたが。


「すごかったぞ、サミー!」

「いよっ、『伏せる餓狼ハイド・ハングリーウルフ』の勇者!」

「サミー様~!!」


 退場の際にも、参加者達からの温かい声援を浴びていた彼。

 やはり、彼個人としての人気も高かったようで、ついでにオレが初対面の時に感じた勇者とかいうイメージも定着していたのか、随分と冒険者各位に慕われているようだ。


 口々に労いの言葉を受けていたサミーの背中には、達成感のようなものが滲んでいるのが遠目にも見えた。


 それにしても、


「………随分と、派手にやってくれたもんだな…」


 ふと、地面を見るとリングの中の一部、オレを中心とした半径2メートル程が真っ黒に焦げ付いている。

 しかも、浮かび上がっているのは、まるで魔法陣か何かの文様だ。


 ………これ、もしサラマンドラの盾もアグラヴェインの防護も無かったら、消し炭になっていた可能性が高いんじゃ………?

 思わず、ぶるりと、背筋が震えてしまった。


「………まさか、今のを防ぐとはね、」

「………お前には驚かされてばっかりだが、どんだけ驚かせれば気が済むんだ?」

「………この、魔力お化けめ…ッ」

「(………まず、何故避けなかったのかが、不思議なのですが)」

「………魔法でも、オレはお前に勝てないと思いはじめて来たぞ」

「………貴方の中では、『八分節』程度は、防ぐものらしいな………」


 そこで、背後から返された辟易とした声。

 振り返れば、全員が全員、同じような表情でオレを見ている。


 呆れ混じりと、どこかチベットスナギツネのような冷たい視線が突き刺さる。


 おいおい、無事に生還した人間へのセリフじゃ無いんじゃないのか?

 ローガンに至っては、安定のディスり具合だけどぉ!?


「………規格外なのは、今に始まった事でもあるまいが、」


 そう言って、ぼそっと呟かれた言葉にも、反応して振り返る。

 今度は参加者側で観戦していた、ラピスからの一言だった。


 こちらも同じく、呆れ混じれ。

 溜息を吐いて、頭に手を当てやれやれとばかりに頭を振っている始末だった。


 なにそれ、酷い!

 こっちだって、結構ギリギリな状態で防いだのにッ!!


『防いだのは、オレ達だろう?』

『そも、お主は何もしておらなんだ』

『………あ、ゴメンナサイ』


 そんな反論をした所為で、今度は内面からの叱責を受けてしまった。

 そうです、調節任せっきりにししたのはオレです、すみません。


 ………とはいえ、ちょっとはオレも労ってくれても、良いじゃないか………。

 なんだか、こちらまで辟易としてしまって、がっくりと肩を落とすことになった。


 まぁ、それはともかく。

 オレの規格外は、横に置いておいた。


 気を取り直して、改めて少々視線の冷たくなった参加者達へと声を張り上げる。


「次の試験を開始する!

 参加者はランク、名前、種族を宣言」

「Aランク冒険者、レトナタリィ・グレニュー、獣人っす」


 サミーに続いて現れたのは、グレニュー家長女のレト。

 虚偽判定のサインは、勿論青。


 リング場で向かい合わせに立ったと同時に、レトは背負っていた戦斧バトルアックスをがっちりと握りしめた。

 予選と違って、余分な力が籠っているようには見えない。


 立ち姿に関しても、それほど気負っているようには見えなかったので、少しばかり安心しつつ。


 まぁ、オレも他人の事は言えない。

 サミーの一件で、オレも流石に危機感ぐらいは覚えたからである。


 そこで、溜息と間違えそうなほど、長い深呼吸を一つ。

 お互いに戦闘開始の合図を待った。


「では、両者の公正なる試合を求む。

 戦闘、開始!」


 ダグラス氏の合図の下、レトの試験が開始される。


 その瞬間、


「うりゃああああああっ!!」

「(………うん?)」


 松竹割りよろしく、戦斧バトルアックスを振り上げて駆け込んできたレト。

 どうやら、まったく防御に気を割かずに突っ込んできたようだ。

 ボーナスタイムとして、最初の数分はオレが受け身に徹していることに気付いてはいたのだろう。


 だが、どうしたものか。


「(…おいおい、それは減点だろ?)」


 反撃が無い、と考えているから最初は防御をしない。

 それは、ダメだ。

 Sランク冒険者としてであるなら、最初から反撃を覚悟の上で突っ込んで来るつもりで来てくれなければ。


 馬鹿正直な突進に、気負いも無く避ける。

 勿論、簡単に避ける事が出来る為、レトの表情やその体の動きの一部始終も見る事が出来た。


 それに、大振りの戦斧バトルアックスを叩き付けた後も、彼女はオレの反撃を意識する事なく、わざわざ顔を動かしてまでオレの行方を追った。

 敵の姿を見失う程の大振りな一撃なんて、現実の狩猟では使わんだろうに。


「せぃっ、はっ、やああっ!!」


 次に彼女が繰り出して来たのは、振り払い。

 その振り払いからの、逆袈裟、最後にもう一度振り上げを連撃で叩き込んできた。


 うん、戦斧バトルアックスの扱いだけを見るなら、十分だろう。

 振り回されている訳でもなく、しっかりと手元に重心を置いて惰性で振っている訳でも無い。


 ただ、思う。

 予選の時と同じだ。


 一連の動きが、大振り過ぎる程大振りなのだ。

 精密さに欠ける動きが、その素晴らしい戦斧バトルアックスの扱いを、無茶苦茶なものに仕立ててしまっている。

 ………どうして、こう、油断しちゃうのかなぁ?


「つぎぃ…ッ!!」


 そう言って、また更に振り払いを掛けて来た彼女。

 これは、オレ、怒った方が良い?


「………ッ!?」

「おい、こら」


 ひょい、と振り払いのままに振り抜かれた戦斧バトルアックスの上に飛び乗った。

 オレの体重が含まれたと同時に、武器の重量が変わったことに気付いたのか、驚愕の表情を見せたレトが、オレの姿を視界に捉えようと首を捻った。


 その瞬間、


「何を、慢心してんだ?」


 軽いジャブとして、目の前に突き込んだ正拳。

 勿論、こんなに早く試験を終わらせるつもりも無い為、当てる気は更々無かった。


 案の定、驚いたレトが目をまん丸に。

 しかし、目前で止まったと認識が早かったのか、その場で一時停止。

 はい、減点。

 普通は、後退する。


 ………ジャッキーもハラハラする訳だよ。


「お前、オレが最初から攻撃は仕掛けてこないとか思って、油断し過ぎて無い?」

「そ、そんなこと…ッ!?」

「じゃあ、これがいつも通りってことなの?

 防御も何も考えずに突っ走って、目の前に拳が迫っても飛び退く素振りも見せないって事?」


 そこまで言って、やっとレトが顔色を変えだした。

 真っ青に。


 それは、当たり前だよね。

 オレ、ピンポイントではあるけど、今殺気を彼女に向けているんだから。


「何、オレの事、馬鹿にしてるの?

 それとも、どうせ命のやり取りなんて無い、ただの試験だからって考えてるだけ?」


 レトの戦斧バトルアックスの上で、バランスを取る。

 まぁ、疲れたので、そのまま一歩刃の上から外れて、ストンと地面に落ちる。


 そこで、彼女がやっと振り抜いていた態勢を戻し、飛び退く。

 だから、遅いって。


 そういう考えなら、こっちだってやるべきことはやるぞ?

 どのみち、採点をしている試験官はダグラス氏だから、オレの裁量はぶっちゃけ必要ない。

 まぁ、今の時点で既に、落第決定と言っても過言ではないけども。


 殺気を納め、背後をゆったりと振り返る。


 そこにいるのは、勿論父親であるジャッキー。

 その視線は、かなり厳しいもので、娘に対して向ける視線ではないと感じた。


 ………いや、娘だからこそ、か。

 そして、徐に頷いたかと思えば、大仰な溜息を吐いていた。


 そこで、ふとダグラス氏が顔を上げた。

 ボードに書き込みが終わったのは分かったが、目が合った瞬間、


「1分経過」


 そう言って、またしても懐中時計を見る。

 ………ああ、ちょっと、ダグラス氏とは個人的に酒でも飲んでみたい。


 そこで、視線を改めてレトへと移した。


 彼女も彼女で、やっと自分の現状が理解できたのか、何なのか。

 顔を真っ青に、耳も尻尾もへたれさせて、怒られるのを待つ子どものような顔をしていた。


「ち、違うっす…ッ、こんな、こんなのウチの実力じゃ…ッ!」

「甘いよ」


 そんな言い分、もう通らないよ。


 ボーナスタイムは、終了だもの。

 ここからは、どれだけ持ち堪えてくれるか、見ものなだけだ。


 がつり、とブーツを地面に噛ませた。

 そんなオレの一挙手一投足にすら、怯えて後ずさりをしたレト。


 彼女の様子を尻目に、オレは更に一歩を踏み出す。

 ひく、と喉が渇いた悲鳴のような息を漏らしたのも聞こえたが、そのまま無視をして。


「緊張なのか、それとも慢心なのか、この際どうでも良いけど、」


 最後に一言。

 注意事項として、彼女には覚えておいてもらおう。


「試験官としてここに立っているのは、君の知っている人間だとは思っちゃいけないよ」


 腰の日本刀を、ゆっくりと引き抜いて。

 ついでに、地面を擦る様にざりざりと引きずって、耳障りな金属音を発しながら構える。


 酌量は、無意味。

 だから、オレも、心を鬼にして、彼女を鍛えてあげよう。


「好機が何度もあると思ったら、大間違いだ」



***



 結局、彼女の試験内容は散々だった。

 多分、オレが口添えとかしても無理なぐらいには、厳しい採点結果となるだろう。


 そりゃそうだよね。

 慢心して、防御も何も考えずに突っ込んで来る。

 ついでに、動きも精細さが足りないばかりか、完全に油断しきって攻撃を受けないとか勘違いしちゃって。


 それ、現実の狩猟でもやったら、マジで死ぬだけだからね?

 しかも、彼女は基本的にソロではなく、パーティーで動いている。

 それも、リーダーとして纏めている立場だと分かっているだろうに、そんな素振りや気負いが微塵も感じられなかった。

 それじゃ、ダメだ。

 そんなリーダーに命を預けるメンバーが、どこにいるのか。


 という訳で、今が現実だと分かってもらえるように、散々叩きのめしてやった。

 これまた、皮肉なことに時間としては、最高記録となった。

 内容はともかく、ではあるが。

 まぁ、女の子だという事で、かなり手加減した。

 あの半分の時間で間宮が満身創痍ぼろぞうきんにはなるだろうってぐらい、加減した。

 それでも、相当堪えただろうね。


 退場していったレトは、これまたライアンに担がれていた。

 意識が半分朦朧としていても悔しさは感じていたのか、しきりに肩と息を震わせながら。


 でも、同情はしない。

 試験だし、彼女が成長する為の踏み台になるなら、憎まれ役を買う事も吝かでは無い。


 生徒達からも、やや難しそうな視線を向けられていた。

 常日頃から、オレが生徒達に言っている事ではあるが、油断や慢心をするだけなら訓練なんてやる必要は無い。

 それが分かっているから、オレを非難するような視線を向ける生徒もいなかった。

 理解があることで助かる。


 代わりに理解が無かったのは参加者達だったが、ジャッキーの恫喝によって大半が黙っていた。

 ミーハーなのは良いけど、偶像崇拝なんてするから本人が慢心しちゃうってんなら、おすすめできない環境だよね、ここ。


 それはともかく、まだ試験が終わった訳ではない。

 時間が押してはいるが、まだAランクが一人残っている。


「Aランク冒険者、ディルゴートン・グレニュー、獣人」

「よろしい」


 レトの後、リングに入場したのはその弟のディル。

 気負いはしているようだが、やる気は十分のようだ。


 それに、慢心もしていない。

 まぁ、目の前で姉貴のあんな試験内容を見せられたら、鼻っ柱もへし折れるだろうけども。


「では、両者の公正な試合を求む。

 戦闘、開始!」

「ぐるううあああああああッ!」


 合図と共に、ディルが四足を地面に付いた。

 元々がかなりの大柄であるディルの体躯が、そのその次の瞬間には一回り以上大きくなった。


 これも知っている。

 『獣化』だ。

 獣人にとっては切り札とも言える、強制的な身体強化(ブースト)


 ジャッキーの息子という時点で、ある程度は予想していたがやはり来たか。


 驚かないけれども、これはこれで結構身構えてしまう。

 ………ジャッキーとのデスマッチは、既にオレの中ではトラウマものだからね、言っとくけど。


「やれる、オレ!ギンジ、と、戦う!」


 そして、何故かヒートアップしている様子のディル。

 ジャッキーの時と同様に、浮かべた表情が喜々としていて、これまたトラウマを触発されてしまうんだが。


 そこで、四足を踏ん張っていた彼が、地面を蹴った。

 リングの黒土が、がりがりと削れる勢いで踏み込んできた彼は、あっという間にオレの懐へ。


 予選の時同様、彼は無手だ。

 突き込まれる正拳は、流石に獣人だけあって速かった。


 けど、残念。


「(………やっぱり、ジャッキー程じゃないのが幸いかな?)」


 口に出すと、きっとディルは傷つく。

 だから、内心で苦笑交じりに零しつつ、彼の正拳突きをサイドステップと腰を捩じって回避。


 サイドステップを更に踏んで、彼の背後へと回り込む。

 その矢先、


「がぁあああああっ!」

「っと…!」


 オレが背後に回り込んだのが分かったのか、咄嗟に回し蹴りを繰り出して来たディル。


 ………驚いたな。

 無手に転向したの、つい最近と聞いていたのに、既に反応が間宮レベル。

 ただし、反応だけであって、間宮のような速度は無い。


 だが、それでもたまにヒヤリとさせてくれる榊原や長曾根ぐらいのレベルには到達している。

 やばい、この子、本格的にウチの校舎にスカウトしちゃダメかな?


 ディランの時のように、むくむくと湧き上がる高揚感。

 彼を手元に置いて、徹底的に鍛え上げたらどうなるんだろうか。


「おっ、良いぞ!」


 更に、彼はオレへの回し蹴りが不発に終わったと分かるや否や、態勢を立て直してとっさに飛び退く。

 飛び退いた先で、ファイティングポーズを取る辺り、先ほどのレトと同じように色々な指摘と共に、寸止めが飛んでこないか警戒しているって事だろう。


 学習能力があるってのは、良い事だ。


 しかし、ふとそこで、


「………すぅ…ッ!」

「ん………?」


 彼が息を吐いたのではなく、吸い込んだのを確かに見た。

 そこで、再三の嫌な予感。


 吸った、と言う事は、吐くつもりだ。

 問題は、何を吐き出すつもりか、と言うことになるが。


 その瞬間、


『アォオーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!』


 ギン、と鼓膜が、震える音を確かに聞いた。

 しかし、それきりだ。


 その瞬間に、耳が使い物にならなくなったのを感じ、即座に回避行動へと移った。


 息を吸い込んだディルの行動は、大音声での遠吠えの為だった。

 しかも、ただの遠吠えではないのは、オレにもすぐに分かった。


 魔力が乗っている。

 そして、これも一度ジャッキーに見せてもらった事があった。


 あの時は、衝撃波まで飛んできた。

 今は鼓膜が破れただけで済んでいるものの、危機感を抱くには十分だ。


「(…これが、獣人特有の、魔力の使い方って奴か…!)」


 獣人は、その種族の適正で魔力総量が決まる。

 勿論、鍛えることは可能だが、魔力の上限はあらかた決まってしまうらしい。  

 

 彼等は、狼の獣人だ。

 それも、大昔の伝承にも残っている『戦狼ウォーウルフ』。

 その戦闘能力はずば抜けて高く、魔族排斥前で多くの群れが残っていた当時は、魔族の一代勢力として各地に分布していた。


 だが、戦闘能力の代わりに、魔力はそこまで高くない。

 鍛え上げた人間が2000だとすると、平素の狼獣人が同じく2000程度。

 それでも十分多いと感じるだろうが、上限がここまでだ。


 生まれ持った魔力総量と、ちょっとした適正で魔力の上昇は止まる。

 そんな中で、彼等が攻撃手段として使う魔力を、内面へと向けるのは自然な流れだった。

 つまり、身体強化ブーストの事だ。

 『獣化』は、身体強化魔法として、獣人が古くから使っている魔法の一種と考えても良いだろう。


 勿論、それだけではない。

 それが、ジャッキーやディルが、こうして放った遠吠えのような魔力の放射攻撃。

 相手は、畏怖を覚える。

 近距離で浴びれば、今のオレのように鼓膜が破れる可能性も無きにしも非ず。

 魔力が乗っているので、相手の魔力にも干渉して行動阻害が出来る。

 気が弱い人間が浴びたなら、一発でショック症状も起こせるだろう。


 余談ではあるが、衝撃波を出すことが出来るのはジャッキーだけで、彼自身の長年の研鑽の賜物である。

 だが、本来はこうして相手を萎縮させる為の魔法だ。


 とはいえ、かなり短い時間で放ってきたのが、誤算だった。

 ジャッキーにも、事前情報として使える旨は聞いていたが、タイムラグに関しては何も言われなかったし。


 ………おかげで、お楽しみの時間が終わってしまったがな。


「ディルゴートン、合格を言い渡す」

「………はえっ?」


 間抜けな顔をして、ついでに間抜けな声を上げたディル。

 『獣化』して体躯が1.5倍に膨らんでいる筈の彼が、可愛いと思えた瞬間である。


 はぁ、誤算だった。

 まさか、ボーナスタイムも終わらないうちに、合格とはね。


 溜息を吐きつつ、先ほどのサミーの時のように、良く意味が分かっていないだろうディルへと苦笑を零す。

 少々やるせないながらも耳を指さして、


「今ので鼓膜が破れた。

 カウントとしては、これも一撃に入るから、合格だ」

「………えっ!?」


 そんなに驚いても、結果は変わらないからね?


 最初に言ったよね。

 決勝と銘打った試験のルール。


 オレに一発でも当てれば合格だってば。


 だから、サミーも言いたいことは多々あれど、あれで合格だったりするんだよ。


 今回は、オレも鼓膜が破れた。

 痛いよ、地味に。

 音が拾えないから、間宮の時と同じように唇の動きを呼んでいるから話は出来るけども。


「良く出来ました」

「や、やだ!もっと、戦いたい!」

「いやいやいや、それ、試験の趣旨変わっちゃうから…」

「ダメ、オレ、楽しみにしてた!

 親父みたいに、本気で戦って貰う、ずっと、楽しみにしてたのに…ッ」


 いや、そこまで言われても、覆せないんだけどね。

 ぶっちゃけ、マジでそう考えていたなら、お前等親子そろって怖いよ。


「時間も押してるから、もうおしまい。」


 という訳で、背後を振り返って苦笑。

 そこには、耳を抑えて蹲っている2名と、同じく唖然とした表情をした数名が残っている。

 前者2名はジャッキーと間宮で、残りはローガン達。


 まぁ、オレが見たいのは、ダグラス氏なんだけども、


「………規定ルール規定ルールだ」


 仕方ない、とばかりに、肩を竦めた彼。

 ………何その反応?

 ちょっと傷つく、というか、もしかして、試験続行させるつもり満々だったとか言わないでよ?

 こっちは、負傷してるんです!

 試験終了ってことで、勘弁して!!


「やだ!ダメ!ギンジ、まだ時間あるよ!」


 あー、聞こえない聞こえない。

 いや、冗談じゃなく、ガチでね。


 後ろで、ディルが何かうすぼんやりと叫んでいる感じはするけど、破れた鼓膜の所為で聞こえません。

 とはいえ、聴力が無いって不憫なんだよね。

 周りに何言われているか分からないから。

 唇読めるから、目の前の相手の言いたい事は分かるけど、それ以外は見ないと分からない。


 ………まぁ、参加者が野次を上げているようなので、それを聞かなくて済むのは幸いだけど。


「(大丈夫ですか?)」

「お前こそ」

「(結界の外だったので、まだ平気です。

 それよりも、耳から血が出始めているので、ラピスさんに治療して貰っては?)」

「いや、そこまでじゃないし、」


 いちいち、治癒魔法かけて貰うまでも無い。

 そこまで軟弱者ではないし、そのうち治るって分かってるんだから。


 それよりも、目の前で叫んでいるディルが心配。

 半べそになって、既に悲痛な声でオレに再戦を申し込んでいるんだけども、なんで親子揃って戦闘狂バトルジャンキー

 ………こっちはこっちで、息子だからこそ、かな?


 レトとは打って変わって、違う意味で耳と尻尾をへたらせたディル。

 あざと可愛い、ってこういう事を言うんだと思うんだ。

 しかも、オレを見る縋るような視線が、めちゃくちゃ透き通ってくりっくりな件。

 きゅーんきゅーん、くるるるるる!なんて喉まで鳴っちゃってるんだけど、お前はいくつなんだよ、胸に手を当てて思い出しなさいなッ!


 ………しょうがないなぁ。


「いつまでそこにいるのか分からないけど、暇ならウォーミングアップに付き合ってよ。

 次、Sランクの相手しなきゃいけないから、このままだと確実に一方的にボコられる未来が見えちゃってるし、」

「暇!やる!やる!!ギンジ、大好き!」


 そう言った途端、またしても尻尾が扇風機のように回っていた。

 もう、本当にあざといんだから………ッ!


 でも、可愛いから許す。

 間宮とかシャルとかよりも数十倍大きい筈なのに、同じ小型犬の匂いがするディルの可愛さには勝てなかったよ。


 なんてことで、結局延長10分。

 彼の指南と、ウォーミングアップで、ディルの意識を刈り取って終了とした。


 ………時間稼ぎ、とは言わないで欲しい。

 ジャッキーの視線がそう言っているように見えたけども、見なかったフリをしておいた。



***



 キンキン、カンカンと、金属音が響く。


 先ほどまでの、前座とも言えるAランク冒険者までの試験を終えて、数十分後。

 ディルとのウォーミングアップもあって、ちょっとばかりまた時間は食ったけども。


 打ち合っているのは、日本刀とハルバート。


 相手は勿論、ローガンだ。

 何度も組手は行っているが、こうしてオレが本腰を入れた武器で相手にするのは初めてだった。

 

 とはいえ、流石はSランク冒険者にして3百年以上研鑽を積んできた女猛者。

 オレも手を抜くばかりか、軽々しく踏み込んでいけない状況で、金属音と火花を散らしながら打ち合う事、既に5分以上。

 オレも本気で動いているし、それは勿論、彼女も同じ。


 耳の鼓膜は、途中から治癒が始まって、既にほとんど問題なく聞こえている。

 便利ではあるけど、人間離れしていくのは勘弁してほしい。


「考え事をしている暇があるのか…!?」

「っと、………酷くない!?」

「何が酷いのか!

 打ち合っている相手を見ていない方が、よっぽど非道ではないか!」

「そこまで言う!?」


 そう言いながら、キンキン、カンカン。

 (※実際には、そんな生易しい音じゃなかったとは、生徒達談)


 結局、時間制限いっぱいまで使っても、決着がつかなかった。


 とはいえ、オレは無傷。

 彼女は、何度か掠めたり、投げ飛ばされて砂埃が付いていたり。


 『予言の騎士』としても旦那としても、一応の面子は保たれたと思いたい。

 ………小さいとか、言わないでね。


 今までの試験内容と比べれば、実に平和的に終わったとも思う。

 ついでに、制限時間まで粘ったのも彼女が初めてなので、そこら辺は審査基準として高得点だ。


 彼女も満更ではなさそうに、リングから退場していった。


「いや、流石にSランクともなれば、見応えも違うわな」

「………次、アンタの番じゃねぇの?」


 ローガンの試験を終えて控え場所に戻ると、ニヤニヤ笑いのヘンデルがいた。

 お前、準備しないで良いの?


「棄権すっから、体力温存しとけよ。

 次の相手、分かってんだろ?」

「………優しさなんだろうが、アンタが言うとただの面倒くさがりに聞こえる」

「酷ぇな!」


 なんて、言い合っても事実は事実。

 というか、多分ヘンデル的には図星だったらしく、わざとらしく笑い飛ばしている。


 横からのダグラス氏の視線が、少々痛いから…。


「………向上心が無いのも考え物だな」

「………。」


 ぼそり、と聞こえた言葉に思わず身震い。

 どうしよう、否定できない。


 まぁ、良いや。

 ヘンデルの評価が勝手に下がるだけで、別にオレには関係ないし。


 それに、ヘンデルの申し出が、全部が全部迷惑な訳ではない。

 彼の言う通り、次に控えているのがジャッキーなので、体力温存は勿論必要だと分かっているからね。


 とか言っていたら、


「Sランク冒険者、ジャクソン・グレニュー、獣人だ」

「………まだ、呼んでないけど?」

「細かい事ぁ、気にすんな!」


 呼び出しなど関係も無く、リングへとひょいと飛び込んできたジャッキー。

 うずうずしているのが、手に取るように分かる。


 ついでに、完全に戦闘狂バトルジャンキーモードで、周りすらも見えていないのだろう。


 こっちもこっちで、規律を守らないのも考え物だと思いますが、どうでしょうダグラス氏?


 ………って、言いたいけど、後々のジャッキーからの追及が怖そうなので遠慮しておいた。

 チクリは、結局信頼関係崩すだけだから、やらないもん。


 ただ、気になった。

 何が?

 彼の視線の意味が。


 ジャッキーがリングに入って来た途端、ダグラス氏の目が熱を孕んだ。

 確かに、今までの試験でもチラホラと、視線が熱を持っていたのはあった。


 けど、ジャッキーが出て来たと同時に、その熱量が別物かと思う程に跳ね上がっている。

 まさか、あんな毛もくじゃらの筋肉ダルマに懸想している訳でもあるまいし。


 ………もしかすると、『黄竜国』本部の冒険者ギルドとしても、今回の応援での彼の派遣は何か思惑があった可能性がある。


 そう考えると、オレもリングに上がるのは躊躇してしまう。

 いや、別の意味でも躊躇している、って事実もあるんだけども。


「おらっ、とっとと来い!

 試験官としてそこに立つからには、オレに引きずり出されたくはねぇだろうが!」

「いちいち怖いよ、お前の脅し文句!」


 実行しそうだもんねっ!

 本当にやりそうだから、余計に怖いんだよッ!

 有無を言わさず、あ~れ~と、オレを引きずり出しそうな雰囲気バリバリですけど………?


 まぁ、閑話休題それはともかく


 なにはともあれ、試験開始。

 以前の焼き増しのような形で、リング場に向かい合う。


 再戦要求は棄却していた筈なのに、こんなにも早く実現しちゃうとはね………。

 ………トホホ。


 ジャッキーの思惑に、へもへも乗っかったオレも悪いか。


「ちゃ・ん・と、今回はルールを守れよ?」

「おう、分かってらぁ。

 それに『獣化』も『戦哮ハウリング』も無しだ」

「………と、遠吠えはしても良いけど?」

「馬鹿言え、そんな簡単に呆気なく終わらせて堪るかってんだ!」


 釘を刺すようにして、ルールを確認させる。

 勿論、以前のデスマッチのような形にならない為に、再三念押ししていた『獣化』なども禁止した。


 まるで、積年の恨みを持つ人間を見つけたかのような慟哭をオレに向けるジャッキー。

 正直、ディルの時と同じように、鼓膜が破れたから一撃ってことで終了にしたいとか言う本音。


 ………だって、怖いんだもん。


 あ、でも、一発当たったら終了だから、痛いのだけを我慢すれば早く終わるよね。

 なんて考えも、流石にギルドマスターにはお見通しだったらしく、


「………手抜きしやがったら、容赦なくルール無用の二回戦セカンドマッチだからな?」

「………ぐすん」


 今度はオレが釘を刺された形で、黙らされた。


 そうですよね。

 そう簡単に終わらせてはくれませんよね。


 分かってはいたけど、やるせなさに涙目になる視界。

 片目だけしか見えない所為もあって、多少は気付かれにくいのが幸いか。

 (※生徒達から見たら、涙目になっていたのは丸分かりだったみたいだけどね………ぐすん)


「では、両者の公正な試合を求む!」


 なんて言い合いも、時間を押しているのでとっとと始めようとしていた、試験官《ダグラス氏》の声によって遮られた。


「戦闘、開始!」


 ーーーーーギィィイイン!!


 彼の声が、消えるか消えないか。

 その間に、ジャッキーは恐るべき速度で突っ込んできた。


 さながら、4tトラック。

 以前の時にも思った、彼の機動力の感想だ。


 避ける暇も無い。

 おかげで、とっとと腰から引き抜いて右手にぶら下げていた日本刀で受け止める他ない。


 だが、忘れるなかれ。

 前の時と同じく、彼の二つ名の通りである『双子斧』は、両手に一丁ずつだから双子の斧なのだ。


「うらぁああああ!!」

「せぇえええ!!」


 日本刀を振るい、彼の双子斧の連撃ラッシュ捌く(・・)

 つまり、受け流しも回避も使っていないという事。


 以前とは違って、オレも大分この怪力加減の手綱を握れるようにはなって来た。


「そうだ、その調子だぞ、ギンジ!!

 オレと力比べが出来る人間なんぞ、何十年ぶりかねぇ!!」

「相変わらず、片腕一本の相手に無茶を言う…ッ!」

「その片腕一本で受けきっているテメェも、無茶苦茶だろうがぁ!」


 叫びながら、ジャッキーが更に手斧を振り下ろす。

 日本刀で受けようとして、意識を切り替える。


 半歩スライドして、回り込むようにして彼の懐へと潜り込む。

 ジャッキー相手であれば、ボーナスタイムなどとやかく言われる事も無いだろう。


 振り上げによって生じた隙。

 片手の斧は、追撃の為に既に横薙ぎの構えだった事が災いして、逆側の懐にいるオレに向かっては触れない。

 そこを突く。


「せぁあ!」

「おぐっ!」


 日本刀の塚頭で、彼の脇腹を打った。

 人体急所である腎臓の近くだと自覚しているので、限りなく加減はする。


 だが、その痛みは、どんなに加減をしたとしても苛烈なものだ。

 実際、後ろに飛び退いたジャッキーが、地面に転がってのたうつ程である。


「………まさか、ジャッキーが本気にならんと相手に出来ないとは、」


 そんな中、ぼそりと聞こえた声。

 先ほど、既に耳が感知した為、どんなに小さな呟きだったとしても鮮明に聞こえてしまった。


 振り返りはせずに、そんな呟きを零したダグラス氏の様子を探る。

 驚愕7割、唖然2割、残り1割は、おそらく信じたくないという願望が含まれているだろう。


 おそらく、オレが常々言われている事だろう。

 オレは、一見するとSランク冒険者にも、騎士団長相当だとも、『予言の騎士』だとも分かってもらえない。

 言うなれば華奢で、小奇麗な顔をしていしまっているのもネック。


 過小評価をされていたのは、業腹ではある。

 だが、仕方ない事だ。

 オレの実力を、一目で見抜くことが出来た人間は、そう多くは無い。


 ゲイルだって、最初はかなり喧嘩腰だった。

 ついでに、ジャッキーも登録当初は、半信半疑だったっけ。


 そんなジャッキーと、今はこうして本気で殴り合いをしている。

 そう考えると、少しだけ複雑な気分にさせられる。


「余計な事、考えてる暇が、あんのかぁ!?」

「ーーーッ!」


 そこで、思った以上に早く復活していたジャッキーが斬り込んで来た。


 双子斧もまだ健在である為、日本刀を返し、更に追撃を避けて、とリングの中を縦横無尽に踊る。


 とはいえ、あの時とは違って、お互いに本気で楽しんでいた。

 否定は出来ない。


 編入試験の時とは違って、オレも多少は余裕がある。

 多分、自身の怪力加減に慣れて来た事もあって、どこまでが許容範囲か分かっているからだろう。


 そんな中で、ギンギン、ガンガン。

 先ほどのローガンの時とは比べ物にならない程の、重い金属音を響かせつつ、


「楽しいなぁ、おいっ!」

「くそったれ!オレだって、乗り気じゃなかったってのに…ッ!」

「とか言いつつ、顔がにやけてんじゃねぇか!」


 2人して、凶悪でいて獰猛な獣のように笑う。

 笑顔にNG定評があるオレではあるが、もう知ったことか。


 ああ、やってらんない。

 もしかしたら、オレが思っていた以上に、相当鬱憤が溜まっていたのかもしれない。


 これから控えている、イベントの数々。

 『白竜国』陛下の再戦や、ゲイルの家族問題。

 例の冒険者の件で死に掛けるわ、後々には『天龍族』居城への訪問を控えている。


 片付けなければならない問題が、多すぎた。

 先延ばしにしようとしたり、考えないようにしたりしてはいた。

 気付かないうちに、それがストレスになっていた可能性は否定できなかった。


 それが、今こうして、ジャッキーと打ち合っていて思う。


「オレは、意外と繊細なんだ!」

「なんだよ、いきなり!」

「ストレス解消出来ないと、頭の中がパンクしそうになる!」

「………『すとれす』は何か知らんが、発散したいってんならウチに来りゃあ良いだけだ!」


 そう言って、打ち合いながらもニカッと笑ったジャッキー。

 「オレは、いつでも相手になってやらぁ!」なんて、男らし過ぎる男前。


 悔しいが、オレも今回ばかりは認めるよ。


「楽しくなって来たぁ!」

「おう、その意気だぁ!!がっはっはっはっは!!」


 同党の相手との肉弾戦なんて、忌避するべきものだと思っていた。

 だけど、違った。

 オレにとっては、一番のストレス発散方法だったようだ。


 珍しく、高らかな笑声を上げつつ、日本刀を振るう。

 そんなオレの姿を、参加者達がどんな目で見ているかなんてことも、もうどうでも良いと感じていた。

 そして、その勝敗に関しても、どうでも良い。


 今、この瞬間を、全力で。

 生徒達やゲイル、ローガン相手では躊躇してしまうだろう、全力での戦闘を楽しむ。


 いつしか、時間は制限時間を大幅に超えていた。

 だが、ダグラス氏はオレ達の一挙手一投足を見逃さない為にか、オレ達の試合を凝視し続けていた。


 だけど、それで良かったのかもしれない。


 こんな機会、思い返せば滅多にない事だ。

 ギルドマスターと本気で切り結ぶことが出来るなんて、普通は有り得ない。


 そして、オレ自身が、本気で戦えるなんてことも、有り得なかったから。



***



 その約、数十分後。


「おい、気が済んだか?」

「おうっ!」


 地面に大の字に寝転んだジャッキーに問いかける。

 体中、万遍無く泥だらけとなった彼ではあるが、答えはすこぶる機嫌の良い笑顔で返って来た。

 

 斯く言うオレは、こめかみに出来た切り傷の出血のせいで、顔面が血塗れだ。

 今回も、どうやらオレの負けだったらしい。

 ルールでは、オレに一撃でも与えれば勝利だからな。


 一体、いつから出血していたのか定かでは無いが、左側だったので、元々の包帯で隠れてくれる。

 視界が邪魔されることも無い。

 そのうち、傷も消えるだろう。


 疲れた。

 でも、それが心地良い疲労感だというのは、自分が何より分かっていた。


「楽しかったよ、ありがとう」

「へへへっ!お前も、やっと素直になって来たな」


 おかげさまで。

 久しぶりに本気でハッスルした結果だったのか、同じようにして地面に寝転んで苦笑を零す。


 快晴だった空は、西日が赤らんできている。

 そろそろ、夕方だ。


 ふと思い出す。


 いつぞや、ふらりと立ち寄った戦場の片隅で、師匠にぼこぼこにされた時の事。


 あの時は、オレが失敗して、味方部隊を巻き込んでしまった時だっただろうか。

 叱責されて、目測の甘さや、オレ自身の人殺しを躊躇する甘さなんかを理由に、叩きのめされた記憶しかない。


 オレが動けなくなった横で、師匠が自棄酒を煽っていた。

 オレは、襤褸雑巾のような有様で、こうして空を眺めていた。


 あの時も、こんな西日が赤らんだ、春先の事だったように思える。


 隣に、師匠はいない。

 でも、その代わりに、ジャッキーと言う好敵手がいる。


 思えば、オレがこの歳になってもまだ師匠が存命だったなら、こうして互角の勝負が出来たのだろうか。

 ………想像は、ちょっと出来そうにないけどね。


「………また、やろうな?」

「おうっ、いつでも大歓迎だ!」


 出来れば、この世界での師匠とも悪友とも思える彼は、いつまでも元気でいて欲しいと思った。


 ちょっと、センチメンタルに過ぎたようだ。

 柄にも無い。



***



 時刻は、既に夜7時。

 ソロ冒険者の試験も、時間は大分押したが冒険者パーティーの試験も終わり。


 試験の結果は、冒険者ギルドの受付へと貼り出されていた。

 合格者は、結局約3割のままで変わらなかったが、これも通例通りと言う事だったので、特別少なくも多くも無いという事だ。


 ちゃっかり参加した、ローガンも合格していた。

 ついでに、サミーやディルは合格。

 レトは残念ながら不合格だったが、発展途上と考えればまだまだチャンスはある。

 落ち込んでいる様子だったから、そのうち女子組と気晴らしに連れ出してやろう。


 試験合格者は、随時ランクアップが行えることになっている。

 今日ばかりは受付嬢も全員出勤で、クロエやフューリさん含む4人もの美少女が忙しなく働いていた。

 (※マジで美少女ばかりって、神秘)


 それと同時に、冒険者ギルドの酒場は、いつも以上に大盛況。

 席に付けない冒険者達が、外や修練場にまではみ出して騒いでいる。


 とはいっても、ここにいるのはほとんどが合格した冒険者。

 不合格だった連中は、終わり次第すぐにトボトボと帰って行った。


 それでも、酒場に溢れ返った参加者達が収まりきらないというのは、まぁ、それなりの冒険者人口を抱えているダドルアード王国だからなのだろう。


 オレも試験官としての仕事は終えた。

 不合格とか云々は関係ないが、嫁さんも生徒達もいる事だし、早めに退散しようと思っている。

 ランクアップに関しては、後日でも受けられるって言うしね。


 酒場の中を一通り見て、ジャッキーの姿を探す。

 いつもカウンターにいるものだと思っていたが、違ったようで、


「いよぉう!!ご苦労だったな、ギンジ!」

「お疲れさん」

「この度は、冒険者ギルドの催しに手を貸して貰って、感謝する」


 三者三様の言葉をいただきながら、苦笑を零した。

 彼等がいたのは、修練場だった。


 それも、おそらく元々そういう目的で作られただろう、ベンチのような場所で寛いで酒をやっていた。

 満月には程遠い月ではあるが、光源はかなり強い。

 月見酒か、良いねぇ。


「お前もやってくか!?

 動いた後の一杯は、格別だぞ?」

「いや、今回は遠慮するよ」


 生徒達もいるから、早めに帰る。

 まぁ、途中でご飯でも食べていこうとは思っているから、飲酒はするけどね。


「そういや、生徒達も来てたもんなぁ…。

 勿体ねぇけど、仕方ねぇな」


 ああ、うん。

 そう言って、苦笑を零すと共に、


「あっと、それとダグラスは飛竜を休ませる為に、後2日はこっちにいるって事だから気が向いたら飲みに来な?」

「えっと、結構無茶して飛んできたって事?」

「そうでもないんだが、………まぁ、もし来てくれるのであれば、理由はその時にでも」


 意味深な事を呟かれた。

 おかげで、後2日の間に、オレが飲みに来るのは決定だな。


 ………だって、飛竜とか気になるじゃん。


 竜といえば、ファンタジー要素たっぷりの動物(|なのか?)ナンバーワンだろう。

 鱗だらけなのは触れないので流石に遠慮したいが、遠目でも良いから見てみたいという好奇心は沸いてしまう。

 きっと、生徒達も同じに違いない。


「じゃあ、明日にでもまた来るよ」

「おう、待ってらぁ!

 ついでにランクアップもしていけよ!

 オレもまだだが、ウチからもSSランクが出るかもしれねぇなんて、ワクワクするからな!」

「オレをその筆頭に伸し上げるなッ!」


 失敬な!

 一発Sランクだからと言って、早々SSランクなんて上がれるか!


「楽しみだねぇ」

「ああ、楽しみだ」


 ニヒルな笑みを浮かべるヘンデルとダグラス氏。

 ああ、もう、ジャッキーの所為で、プレッシャーが跳ね上がってる。

 ………やっぱり、来るのは止めようかしら。


 閑話休題それはともかく


「とりあえず、今日は帰るよ。

 明日また来るから、その時要件話すし、ついでにディルの事呼んでおいて?」

「おうっ、待ってるぜ!」


 ディルの件は、彼の徒手空拳に関しての師事の為だ。

 まぁ、出来れば校舎に招待したいけども、ジャッキーの説得が大変そうだし、今回は自重。


 そういう訳で、とっととお暇することにした。


 疲れたけど、なんだかんだ言って有意義な時間であった事は認めるよ。

 終わりよければ、すべて良しってね。



***



「そういえば、先生なんで、試験官引き受けたの?」


 冒険者ギルドからの帰り道。

 正確に言うなら、冒険者ギルドかた食事処に寄り道してからの帰り道だった。


 ほろ酔いながら、生徒達と共に談笑しながら歩いていると、ふとオレの腰下に同じくほろ酔いで纏わりついていた見た目15歳以下オーバー15歳な徳川が問いかける。


「ああ、ジャッキーの身内であるレト達が参加予定だったから、オレが代役に立てられただけだよ」

「そっか。ジャッキーさんがギルドマスターだもんね」


 そう言えば、納得した生徒達。

 他にも多々あるランクの件とか、要請受けなかった怠け者がいるとか、応援の試験官が遅れたって事もあるけど、納得して貰えたならそれでいい。


「褒章でもあったのかと思ったけど、」

「まぁ、それも否定はしないよ」


 無条件でのランクアップはともかく、ノルマ免除はマジで恩恵だしね。


 ノルマ整理が無いだけで、オレの本業が結構な割合で回せるだろうから。

 ………本業以外に仕事抱えている時点で、大して変わらないけど。


「それにしてもジャッキーさんとの試合凄かったね!

 編入試験の時は、ハラハラしちゃって堪能できなかったし!」

「そうそう!先生ってば、組手の時も滅多に本気は出さないし!」

「………お前等相手に本気出したら、毎日間宮みたいな満身創痍ぼろぞうきんが出来上がるだろ?」

「(ご無体です!!)」


 なんて間宮に言われながら、思い返してみれば確かにそうだった。

 組手で本気になるのは訓練目的の間宮か、あるいはゲイルやローガンぐらいだ。

 もっとも、ゲイルと本気でやっていたのは最初だけで、今はアイツに対しても指南役やっているようなもんだけども………。


「あれ?」


 そこで、ふと気づく。

 背後を振り返ってみて、面々を確認した。

 オレの真後ろにいた長曾根と香神がビックリしている。


 浅沼、伊野田、香神、榊原、杉坂姉妹、常盤兄弟、徳川、長曾根、間宮、シャル。

 ラピスに、ローガン、オリビア、アンジェさんと言った、校舎で現在同居している面々。

 そして、生徒達の護衛を務めてくれている、騎士団の面々が数名と言った形だ。


 しかし、生徒達を始めとした面々の中に、今しがた会話に上った1人がいない。


「そういや、ゲイルどこ行った?」

「あ、あれ?そういえば、いつの間にか、いなくなってたね?」


 いつの間にかやって来ていた筈の彼が、またしてもいつの間にか消えていた。

 あれ?

 いつもなら、一言ぐらい帰還の報告くれるんだけど?


 ………冒険者ギルドに置き去りにして来たかな?


「あ、騎士団長でしたら、試験が終わったその足でお帰りになられました」

「ギンジ様も忙しそうでしたので、と引継ぎを受けております」

「あ、なら、良いんだ。

 突然来て、突然消えたからビックリしただけだし、」


 なんだ、騎士団の連中には報告済みか。

 なら、良いんだ。


 忙しかったのは否定しないし、アイツもアイツで忙しかったんだろうしね。

 ………申し訳ないと感じるのは、オレが後ろめたいからだろうけど。


 まぁ、そんなこんな。

 心地いい酒精と疲労感を抱えながら、生徒達と共に校舎へと戻った。


 今日は、久々に働いたって実感が強い一日だったよ。



***



 ちなみに余談ではあるが、


「テメェ、よくも冒険者ギルドではオレを散々ディスってくれやがったな…!」

「きゃっ!?ま、待て!

 私は、別にそんなつもりだった訳じゃ…!」

「だったら、どういうつもりだったのかなぁ…?」

「やっ、やめ…っ、そこは…!アッ…!」

「今日は徹底的に開発してやるから、覚悟しておけ」


 なんてことを言いながら、口ではなく体で、と言ったスタンスでローガンを問い質してやった。


 まさか、あんな場面で、悉く2回も裏切られるとは思ってなかったからね。

 もう、コイツってば、冒険者家業の事となると、本気で見境なくなるんだから。


 夜のハッスルだ。

 疲労はしたけど、ちょっと昂っちゃったのも否定は出来んし。


 オレ、割と年齢よりも落ち着いてはいるけど、男だからね?

 紛争地帯とかでの戦闘後は、結構女引っ掛けてましたが、何か?


 ちょっとばかし耳に痛い指摘は受けたとしても、夜の桃色な良い性活に関しては、まだまだしばらく終わりそうは無い。



***



 時は少し、遡る。

 時刻は、試験完了の合図のあった夕方6時頃の事。


 とある酒場の入り口で、懐中時計とシガレット片手に立つ偉丈夫。

 少しだけ、焦燥したかのような雰囲気が見て取れた。


 両家の坊ちゃん然りとした服装の青年だった。

 行きかう人々と同じような外套は羽織っているが、立ち姿からして一般市民とはかけ離れた威圧感に周りの人間からの好奇な視線が突き刺さる。


 髪は銀色(・・)で、眼鏡を掛けてはいるが、その顔立ちは見る人が見ればすぐに誰か分かるだろう。

 そして、案の定、知り合いに見つかったと同時に、


「なんで、そんな格好をしているっすか?」

「あ、ああ、一応、変装のつもりだったのだが、」

「残念ながら、獣人には匂いで一発でっすよ」

「………あ、そうだったな、すまん」


 なんて、苦笑を零した青年に、今しがた声を掛けた少女が同じく苦笑を零した。


 茶髪の少女も、外套姿だった。

 目深にかぶったハンチング帽に、ふんわりとかぼちゃのように膨らむ形の短パン姿。

 足は素肌ではなく、薄手ではあるがズボンを履いて、少しばかり草臥れたブーツにインしていた。


 青年が、いつも見ている姿とは違った少女の格好に、ふと目を見開いたのは余談である。

 ついでに、呆気にとられた視線を向けられた少女が、心なしか頬を赤らめたのも。


 「なんで謝るんすか?」と聞かれ、青年は「臭かったかな、と」言って、シガレットを灰皿へと押し込んだ。

 そんな姿を見て、更に茶髪の少女は困ったような笑顔を見せた。


 しかし、それ以上は何も言わず、俯いてしまう。

 落ち込んでいるようだ。


 ただ、青年は何故彼女が落ち込んでいるのかは分かっているらしく、


「まぁ、まずは一杯やろう?

 オレも久々に飲むから、加減をしてくれると助かる」

「なっ、ウチは別に酒豪でもなんでもないっす!

 親父の事で偏見を含んだ眼で見るのは止めてくれっす!」

「ああ、済まない」


 苦笑を零し、激昂の為に顔を上げた少女へと手を差し出した。

 さながら、紳士が淑女をエスコートするかのような、手慣れた動作だった。


 だが、少女には分かる。

 緊張しているのだろう。

 汗の匂いで、人間は感情の変化が分かり易いから。


 その証拠に、彼女が取るのを躊躇した手が、小刻みに震えていた。


 そして、彼がこうして誘い出してくれた要因にも、彼女は思い至る。

 きっと、彼は慰めようとしてくれているのだろう。


 彼女は、今日、かつて例を見ない程の失態をしてしまった。

 今まで18年以上生きて来た中でも、指折りの大失態だったのだ。


 落ち込んでいたのも、その所為。

 そして、彼からの伝言をメンバーから聞いて、父親の目を掻い潜るようにして抜け出したのもその所為だった。


「あ、あの、レト君?」

「え、えへへっ!なんか、で、デートみたいっすね!

 う、ウチ、パーティーメンバー以外と飲みに行くの初めてっす」

「あ、えっ、あっ、っとオレも、実はそうなんだが、」

「えっ、アビゲイルさんもっすか?」

「ああ。今まで、オレも外で飲み歩くのは、部下達ともしたことは無かった」


 そう言って、少しだけ困ったように微笑んだ銀髪に変装した青年ことゲイル。

 それを見て、少女ことレトもじわじわと頬に朱を走らせながら、


「じゃ、じゃあ、初めて同士、仲良くやるっすよ!」

「う、うむ、そう、だな」


 手を取り合った2人。


 待ち合わせをしていたであろう酒場へと、彼等の背中は消えていく。


 余談ではあるが、とある学校の教師兼国賓待遇の青年や、王国騎士団のトップがご用達にしているのがこの酒場だった。

 良質な酒と、個室が提供されるという商業区では、割と富裕層の使用頻度の高い酒場である


 そんな酒場へと連れ立って入って行った銀髪の青年と茶髪の少女の事は、今はまだ誰も知らない。



***

という訳で、一旦冒険者ギルドでのランクアップ試験の話は、これで完結です。

ダグラス氏は引き続き登場しますが、今後は冒険者ギルドでのジャッキーに次ぐ理解者として他国で頑張ってくれる予定です。


そして、ゲイルにも遂に春が来たか?

………書いている作者本人が、彼の色恋沙汰にドキワクしております。


ともあれ、まだまだこのような拙い作品も続きますので、これからもどうぞよろしくお願いいたします。


感想乞食という用語を見つけて、作者にぴったりだと思った今日この頃です。


誤字脱字乱文等失礼いたします。

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