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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラスの春休み
113/179

100時間目 「特別科目~突発的出張教師~」2 ※暴力・流血表現有

2016年9月28日初投稿。


続編を投稿させていただきます。


後編とか言いつつも長々と続いてしまったので、中編です。


100話突入。

よく頑張った、作者。

***



 3月中旬とは思えない程の晴天と、穏やかな気温の下。


 2つもの太陽の中、汗水を垂らしつつ屈強な男達、あるいは己の力量を磨き上げた女傑達が動き回る。

 どこぞの筋肉の祭典か、という程のむさ苦しい光景の中。


 オレは、試験官として与えられた役割のまま、ボードを片手に冒険者達の合否判断を下していた。


 今までジャッキーがどうしていたのか、と聞けば、


「んなもん決まってるだろう。

 ………適当だ」

「………は?」


 と、返って来て思わず唖然。

 そ、それもそれで、どうなのか………。


 なんて途方に暮れかけたところ、冒険者ギルド受付にして最高ランクのB、フューリという獣人のこれまた美人な女性が、解決策をくれた。

 わざわざ審査基準を作っておいてくれたとの事。

 ありがたいやら、申し訳ないやら。


 ちなみに、受付担当のクロエの13年は先輩だと言うのだから驚き。

 見た目的には、スレンダーな体格も相まって、杉坂姉妹(※18歳)ぐらいの年齢にしか見えないのに。


 ただし、そんな気の利くフューリさんの事は、凝視する事も詳しくお話する事も出来なかった。


 ………相変わらず隣で待機していた嫁さん(ローガン)に頬を引っ張られてしまうので。

 心配せんでも浮気はしないから、与えられた役目を果たす為の努力ぐらいはさせてくれ。


 まぁ、閑話休題それはともかく

 意外とやきもち焼きだった、ローガンの事はさておいて。


 今現在は、予選と称した狩猟の実技試験時間。

 冒険者ギルドが唯一保有しているという魔導具を駆使し、魔物の姿を幻覚魔法で再現した試験だった。


 一重に幻覚魔法と言っても、素晴らしいものだ。

 なにせ、こうして現実に投影された魔物の幻覚には、実体まであるのだから。


 狩猟の方法に関しては自由で、これがなかなかに面白い。

 オレ達程になると、頭から突っ込んで来るのをそのままの勢いで首を刈り取って終了、となるものだが、他の冒険者達は少々違った。

 短時間で罠を設置して誘導したり、魔法を駆使して目くらましの後、背後に回り込んでずぶり、と言った方法を取る者が多い。


 ランクが上がるごとに、魔物のランクも上がっている。

 その分、ソロで活動する、あるいは無事に生還する為には、危険な橋を渡ろうとする命知らずはいない、と言った所か。


 中でも、中位ランクの冒険者が、先に穴を作っておいてそこに魔物を誘導、上から突き刺すなんて回りくどい事をしているのには驚いた。

 まぁ、あれも立派に狩猟の実力、という事で合否判定は勿論合格なんだけどね。

 その後、「修練場に穴を開けるんじゃねぇ!」とジャッキーに怒られていたのは、面白かったけども。


 これまでの合格者は、3割程度。

 とはいえ、オレの予想と違って、結構レベルが低い。

 隣で同じく見学としている、ジャッキーや間宮、ローガンが規格外なだけだとは分かっていても、ねぇ。


 最初に申請されているランクに応じた魔物が現れる事もあってか、やはり冒険者各位にとってはギリギリの戦いのようだ。

 先ほどから、しょっちゅう怪我人が出ているものの、それでも死人は出ていないのは僥倖か。

 現実の狩猟とは違って、死亡する前に魔導具の起動を中止すれば良いだけだ。

 だから、オレ達から見て不味いと判断する前には、魔導具の起動係の人間が止めてくれる。


 あ、そうそう。

 さっき、冒険者ギルドの入り口でオレにちょっかいを掛けて来た、『幻惑の駆歩ファントム・ギャロップ』なる厨二臭い面々のうち、三名がソロとしてのランクアップ試験に出ていた。

 全員がCランクで、合格すればBランクに上がれるか上がれないか。

 (※ちなみに言っておくけど、血の情報であるポテンシャルがそのままランクに反映されるから、必ずしもランクアップ出来る訳じゃないんだけどね)


 結果は、茶髪の青年が合格。

 やっぱり、手甲に『風』属性の魔法具を使っていたらしく、軽い詠唱の後に魔法を駆使し魔物を切り裂いてから、致命傷になり得るだろう首を狙って剣で切り付けて終了。

 実にスマートな戦い方ではあったが、動きがいまいち。

 間宮なら、見えない速度で動き回ってあっという間に首を落とすだろうに、とは思ったが口には出さない。


 しかも、何故かオレを見てどや顔をされた事もあるので、黙っておく。

 オレに敵意、あるいは敵対心を持っているのは明らかだろうが、SランクとCランクって比べようが無いでしょうに。


 他にも、そのパーティーの面子だった、獣人の大男と筋骨逞しい女性が参加していた。

 獣人の大男の方は、豪快なハンマーのフルスイング。

 魔物は木っ端微塵となり、猟奇的グロテスクな殺人現場が出来上がった。

 おかげで、合否判断は文句なしに合格なので、楽ではあったけど。


 筋骨逞しい女性の方は、剣士だったらしくなかなかにキレのあるヒット&アウェイで的確に魔物の行動力を削いでいた。

 ただし、致命傷には足りず、時間制限いっぱいとなったので微妙なところ。

 けど、合格にしておく。

 あれだけ動いておきながら、時間制限まで粘った体力も見どころはあるし、怪我も負っていない。

 女性としては、レトに次ぐ注目株とはジャッキーの言葉だったので、素直に真に受けて置くことにした。


 帰り際の視線が、何故かオレ達の方へと向いていたのは気になる。

 オレ、というよりも、ローガンを見ていたように思えたので、もしかしたら女性として敵対心を燃やしている感じだろうか。


 ちなみに、オレも一戦ぐらいやるか?と誘われたけども、


「魔物は、何が出ると思う?」

「………ゴーレムが出る可能性が高い」

「なんで!?」


 曰く、この幻覚魔法の魔導具は、今まで冒険者本人が狩猟を行った魔物の中から適当なランクを見繕って投影するとの事。

 で、オレの場合は、今まで遭遇し狩猟した魔物が、規格外にも程がある。

 (※どんな原理なのか不明ながら、冒険者カードに登録されるんだそうだ)

 例のSランク認定依頼のガンレムならまだしも、討伐隊まで結成された合成魔獣キメラでも出て来てしまったら大変な事になる。

 丁重に、辞退しておいた。

 ………げっそり。


 とまぁ、そんなことを考えている間に、高位ランクの面々による試験が始まった。

 Bランクは少なく、その代わりAランクが多い。


「うおおおおっ!!やっちまえ、サミー!」

「待ってましたぁ!!」


 怒号のような歓声が上がったので視線を滑らせる。

 と、そこにいたのはサミー。


 どうやら、彼は冒険者達からしてみても、人気が高いようだ。


 彼も、元々Bランクでソロとして活動していたが、4年前にAランクに上がったのをきっかけにAランクパーティーを組んで活動していた、との事。

 先ほどのCランクだった青年と同じく、魔法を併用する冒険者らしい。

 『聖』属性の攻撃型アクティブと、多少『風』の魔法が使えるとの事。


 幻覚魔法で投影されたのは、Aランク相当のアシッドベアーという熊の魔物。

 あんまりにもそっくりだったので、隣の熊の獣人(ジャッキー)を見てしまって、強かな拳骨をいただいた。

 オレは、戦狼ウォーウルフだ、と殺気混じりな視線もいただいた。

 ………そういや、熊の魔物じゃなかったんだな、ジャッキー。


 それはともかく。


 サミーの動きに関しては、先のCランク冒険者とは全く比べるべくもなく、実にスマートなものだった。

 しかも、Cランクの青年は、魔法の発動を手甲の魔法具に頼っていた中、彼は動き回りながらも詠唱をして、実に3回も『聖』魔法をぶち当てては魔物をぶっ飛ばしていた。

 いやはや、腕前としてはオレとしても認めていたものの、ソロとしてならこれは十分Sランク以上だろう。

 開始3分程で、魔物の動きが鈍り、そこを二段切りで首を落として終了。

 見事なものだった。


 終わってから視線が合ったので、サムズアップしておく。

 にっこりと爽やかな微笑みが返って来て、あまり例を見ない程の好青年然りとした彼の所作に苦笑を零してしまった。



***



 今のところ、冒険者ギルドのランクアップ試験は順調に進んでいる。

 時間進行としても、想定よりも早いぐらいだ、との事だった。


 そんな中で、続けて出て来たのは、レトだ。


 これまたAランク冒険者として出て来たのだが、いつも以上に重装備である事に少々違和感を感じてしまった。

 オレもいつもと違う装備で違和感だらけではあるけど、彼女は顕著過ぎる。


 しかし、オレのそんな内心も、参加者達から同じく歓声が飛んだことで霧散してしまう。

 ………約6割がミーハーだと分かる雄叫びだった為に思わず吹き出してしまいそうになってしまったのは余談だ。

 間宮も同じだったのか、引き攣った息をしていた。

 ………現代のアイドルのライブ見てるみたい。


 とはいえ、オレが見るべきところはそこではなく、試験内容である。

 彼女の場合も、サミーと同じくアシッドベアーが出て来た為、これまたオレは吹き出してしまいそうになったけども。


 ………親子の再会ですか、そうですか?

 隣から強かな拳骨を更にもう一発いただいても、オレはしばらく腹筋が震えていた。


 レトは、獣人としては狼、それも戦狼ウォーウルフという珍しい種類の狼獣人のハーフ。

 ちなみに、奥さんであるハンナさんは、戦闘系では無いが手先が器用な羊の獣人らしい。


 そんな戦闘系と非戦闘系のハーフである彼女は、手数よりも重さを重視した超大型の戦斧アックス使いだ。

 アシッドベアーも見た目からして、パワータイプ。

 相性は悪くない。


 ただ、がちがちに固めた武装面で、多少の動き辛さを感じているのか精細さに欠けた動きが目立った。

 隣のジャッキーも思わずハラハラしている様子だったが、オレ達としても同じ。


 獣人としては、レトもディルもパワータイプ。

 機動力はジャッキーにも及ばないまでも、多少は動けると思っていただけに、合否判断に少々迷ってしまう。

 ボードと戦闘を交互に見て、チェック項目を埋めていくようにしてはいるが、これは時間制限いっぱいまで掛かるだろうか。


「うりゃあああ!!」

「おわっ、馬鹿!」


 そこで、レトの気鋭一閃。

 焦れてしまったのか、アシッドベアーの動きも見ずに、大ぶりなアックスでの回転攻撃を炸裂させる。

 これには、隣のジャッキーですら、野次を飛ばす。


 だが、アシッドベアーは既に、回避行動に移っていた為、大ぶりな攻撃に対して傷が浅い。

 しかも、そんな無茶な動きをした所為で、足下のバランスを崩したレト。

 アシッドベアーも多少は知能のある魔物ということで、そんな彼女の絶好の隙を見逃す筈も無く。


 アシッドベアーの、豪快な前足での振り上げが今度はレト目掛けて振り落とされる。


 止めろっ!と思わず、叫びそうになった。

 しかし、彼女は間一髪、その振り上げの攻撃を横に転がる事で避け、自棄になったかのような動きでアックスを振り回して牽制していた。


 ヒヤリとしたのは当たり前。

 そして、隣で観戦している父親であるジャッキーは、身を乗り出して娘の無事を確かめる声を叫んでいた。


 だが、


「時間なんて気にすんじゃねぇ!

 防御をしっかり固めて、相手の動きをよく見ろ!!」

「レトさん、落ち着いて!」

「レトさんなら、出来ます!」

「焦らないで、レト!大丈夫!!」


 ミーハーな声援に混じった、的確なアドバイスを乗せた声。

 彼女のパーティーメンバーである、ライアンを始めとしたイーリやサミー、弟のディルからの声援だった。


 ソロで戦っているとはいえ、パーティーメンバーも一緒に戦っている。

 きっと、彼等としては今までにも、アシッドベアー相手にソロではなく、パーティーで挑んできたことだろう。

 隣に、あるいは前後に駆けつけたい気持ちでいっぱいな筈だ。


 しかも、それだけではなかった。


「体幹を崩すな!体が小さい分、攻撃の範囲を下半身に絞れ!!」


 野太い、それでいて凛とした声援も響いた。

 そこで、レトは兜の奥でも分かる程、ハッとした表情を見せた。


 オレ達も、思わず呆然としてしまう。


「がんばれ、レト君!君なら出来る!」 


 参加者に混じって声を上げていたのは、黒髪の偉丈夫だった。

 ラフなシャツとパンツ姿ながら、その立ち姿には周りの面々が思わず凝視する程の威圧感がありありと表れていた。


 ゲイルだ。

 騎士服ではなく、一見すると両家の坊ちゃん然りとした衣服をまとった彼。

 そんなゲイルが、参加者達に混じって彼女へと声援を向けていた。

 レトも驚いたようだが、オレ達も驚いた。


 なんで、彼がここにいるのだろうか。

 しばらくは、執務に忙殺されて、出向出来ないと言っていた筈だったのだが。


 いや、それよりも、レトだ。


 しかし、改めて目を向けた先では、


「おっ、上手い」

「おお、見事だ!小さな体を利用して、しっかり背後に回ったな!」


 明らかに先ほどとは違う動きを見せたレトがいた。

 精細さを欠いていた乱雑な足さばきが、全身を使った華麗なステップへと変わる。


 動きが制限されていた重装備も、しっかりと体幹を見極めたようだ。

 制限された分を最小限の動作へと変え、機動力へと繋げていく。

 アシッドベアーの体を翻弄し、振り上げによって出来た足下の隙間を掻い潜るようにして背後に回った瞬間には、オレ達も思わず声を上げてしまった。


 そして、その背後からの急襲によって、勝敗が決した。

 大ぶりながら、凄まじい一撃をアシッドベアーの脳天に叩き込んだ彼女。


 時間制限ギリギリながらも、狩猟成功。

 危ない一面もあったものの、文句なしの合格、といった所だろうか。


 ただし、


「冷や冷やさせんじぇねぇ!」

「うるさいっす、クソ親父!

 アンタの所為で、気が逸れてしょうがなかったっす!!」

「あんだとぉ!?」


 終わった途端に、修練場の中央と隣で始まった怒鳴り合い。

 どうやら、安定の親子喧嘩のようである。

 だが、オレの鼓膜へのダメージが凄い。


 まぁ、無事に試験を合格したのは喜ぶべきことなんだろうけど。

 サミーの時と同じように、サムズアップ。

 彼女は、未だに怒鳴り続けている親父さんを無視しつつ、サムズアップを返してきた。


 にっかりと、輝くような笑顔に、ほっと安堵のため息。

 しかし、かと思えばすぐさま視線を参加者の方へと向ける。

 パーティーメンバーのいる方向とは違う場所をきょろきょろとしていた。


 ああ、気になるだろうね。

 さっき、突然現れたゲイルのおかげか、彼女は逆境から試合内容をひっくり返すことが出来たのだから。


 だが、ゲイルの姿は、いつの間にか参加者達の中から消えていた。

 アイツ、レトの応援の為だけに来たのか?


 ゲイルがいないことに気付いてか、心無しかレトの耳がしょげてしまったのが見えた。


「良くやった!レト!大勝利!」

「流石だな!」

「やれば出来る子ですからね」

「おめでとうございます、レトさん!」

「えへへっ、ありがとうっす!」


 とはいえ、パーティーメンバーからの労いの声には、しっかりと笑顔で応対した彼女。

 しょげていた耳も、パーティーメンバーのおかげでピンと立ち上がってくれたようだ。


 どういう意図でゲイルが現れたのかは、オレも分からない。

 それでも、レトが予選を抜ける為に少しでも貢献出来たアイツには、心の中で拍手を送っておこう。


 ………隣の親父さん(ジャッキー)の唸り声が煩いけども。

 オレがいう事じゃねぇけど、恋愛は娘の自由にしておいてやれよ………。



***



 とまぁ、そんな事はさておいて。

 若干冷や冷やとしたレトの試合も終わり、他のAランクの冒険者達の試験も終わった。

 Aランク冒険者では今のところ、半分が合格だ。

 その中には、勿論サミーとレトも含まれている。


 そして、次の試合でAランク冒険者は実質最後。

 ジャッキーの次男にして、レトの弟のディルの登場だった。


 またしても、参加者達から沸き立つ歓声。

 どうやら彼等個人ではなく、Aランクパーティーとしての人気が高いらしい、というのは今更になって知った。


 ともあれ、試験開始。

 出て来た魔物はレト達と同じくアシッドベアー。


 これまた、親子の再会と苦笑を零したが、本日何発目かの拳骨で渋々笑いを堪えておいた。


 閑話休題それはともかく


 ディルの試験内容が気になるところではあるが、どうやら彼は無手で挑むつもりのようだ。

 いつもトレードマークのように背中に担いでいた槍が無く、手には重厚な篭手ガントレットがあった。

 これには、オレも再三の驚き。


 参加者の中からも、アシッドベアー相手に、とざわめきを貰っている。

 それでも、彼は素知らぬ顔(※兜被っているから分からないまでも)のままで、整然と相対していた。


「………前に、お前のところの生徒と組手させて貰ったの覚えているか?」

「あ、ああ。

 もしかして、負けたの気にして、戦闘技術を縛ってる?」

「いや、そういう訳でもねぇらしいが、転機になったのは間違いねぇ。

 お前の生徒達と仕事に出た時も無手だったんだが、槍よりも効率が良いって気付いたらしくてな」

「あ、なるほど」


 どうやら、槍は獲物が必要だ、という先入観から使っていただけらしい。

 生徒達と以前受けた依頼の時に、無手で行った事もあり、ついでに生徒達の組手の時に何かしらのきっかけがあって、無手に転向したらしい。


「良かったらお前からアドバイスでもしてくれよ。

 アイツ、最初はカレブに弟子入りしようとしていたんだが、アイツのパーティーが派遣でダドルアードを出て行ってしょげちまってたからよ」


 まぁ、それぐらいなら、別に構わないけども。

 友人の息子で、そんな友人の頼みなら、叶えるのも吝かでは無いから。


 ただし、


「この試験内容を見てから、だな。

 割と簡単に考えている奴が多いけど、無手での対人戦闘って喧嘩とは違うからね」

「………それもそうか」


 勘違いしている奴が多いが、対人戦闘と喧嘩は別物だ。

 前者は、戦闘不能(※この場合は、死)を目的とした技術であって、喧嘩のように相手を動けなくしたら勝ちという訳ではない。

 その為には、急所を熟知することも大事だし、自分の腕力や膂力だけでは到底御せない技術も必要だから。

 オレが生徒達に教えているのも、勿論前者。

 後者の喧嘩にちょっと強いだけの人間で終わらせるつもりは無いので、適正はしっかりと見させて貰う。


 だが、そうこう考えている内に、ディルの掌底がアシッドベアーの顎先を捉えた。


「シッ!!」


 短い、空気を吐く音。

 それと共に、脳を揺らされてよろめいたアシッドベアーへと、公然と回し蹴りを食らわせたディルの動作は、オレ達から見ても素晴らしいという一言に尽きる。


 呆気なく、アシッドベアーは昏倒した。

 というよりも、あれは幻覚ながらも首の骨が折れただろうね。


 的確に背骨を折りに行った、本能的な動きに思わず拍手だ。

 それとは別に、参加者達からの怒号のような歓声と、


「うぉおお!凄いっすよ、ディル!」

「素晴らしいですね!」

「見事なもんだな!」

「ディルさんも、おめでとうございます!」

「うっす!ありがとう!」


 レトの時同様に、パーティーメンバーからの労いの声。

 ディルも思った以上の動きが出来て嬉しいらしく、腰元に垂れた尻尾が扇風機のように回っていた。

 ………くっ、あざとい!


「どんなもんだ?」

「合格。試験内容としても、オレが師事するにしても、ね」


 文句なしの合格だ。

 合否判断をするまでも無い。


 ディルの動きは、どこか手慣れた感じがした。

 オレや間宮が、体に染み込んだ動きを、無意識のうちにやってのけるような、洗練された動作でもあった。


 おそらく、オレ達の組手を見ていて、体幹や足さばき、それに加えた荷重比率のバランスを本能で見極めたのだろう。

 しかも、それを一朝一夕とは言わずとも、誰に教えられた訳でもなく物にした。

 天性の才能が、垣間見れた瞬間だったかもしれない。


 ジャッキーの息子で無ければ、生徒として欲しい逸材かもしれない。

 ディランやルーチェの時に感じた、手元に欲しいという願望が思わず首を覗かせてしまった。


 ………間宮が何故か頬を膨らませていたが、ご愛敬だ。

 安心しろ、一番弟子の座はお前で揺ぎ無いだろうからな。


「んじゃあ、そろそろ、オレ達も移動すらぁ」

「あ、そっか。行ってらっしゃい」


 そこで、ジャッキーも動き出した。

 Sランク冒険者として、今度は彼が試験に臨む。


 しかし、そこでローガンも同じようにして、準備を始めた。

 思わずぎょっとしたものの、


「私も行ってくる。

 どうやら、飛び込みではあるが、ジャッキーが申請してくれたようだからな、」

「あれまぁ、そうだったの?」


 どうやら、ローガンも参加するようだ。

 いつの間にやったのかは知らないが、ジャッキーも抜け目が無いな。


 まぁ、SSランクを出した冒険者ギルドって、実は本部から褒章と叙勲があるらしいからね。

 叙勲はどうでも良いとして、ジャッキーの目当ては褒章かな?

 ………オレの寄付は断った癖して、本当に抜け目無いんだから。


 ともあれ、


「次、Sランク冒険者、ローガンディア・ハルバート!」


 試験官として彼女達を見送ってしばらく。

 準備が整ったようなので、先ほどまでジャッキーが行っていた合図を引き継いで声を張り上げる。


 先に登場するのは、ローガンだ。


 さわめきと共に、迎え入れられた彼女。

 異世界クラスで渡された耳当て帽子ではなく鉢金で額の角を隠し、簡素なマスクで牙を隠した姿だった。

 久しぶりに見る冒険者然りとした姿に、思わず苦笑。


 ただし、彼女の腕にある篭手ガントレットを見て、思わず破顔した。

 一度は受け取り拒否をされてしまった物だが、それを彼女は今ではオレの分身かと思えるほどに大事に使ってくれているようだ。


 どこか照れくさそうに、頬を掻いた彼女がとても可愛いと思えた。


「おい、まさか…!」

「あれ、『紅蓮の槍葬者(ブレイズ・ランサー)』か…!?」

「来てるとは知ってたけど…ッ!」


 参加者達からのどよめきがありながらも、修練場へと立った彼女。

 戦闘準備は万全だろう。


「戦闘準備!幻覚魔法起動!」


 オレの声を待つまでも無く、幻覚魔法である魔導具が作動した。

 ローガンも、即座に戦闘準備へと入っているものの、


「あ、れ…?ちょっと待って………ッ!?」


 そこで、ふと気付いた。

 そういや、彼女、Sランク相当であるからには、魔物だってSランク相当なのは間違い無いだろう。


 ………何が出てくる?


 そう考えた途端、一気に血の気が引いた。

 オレが先ほど辞退した理由は、そのまま彼女に当て嵌まっても不思議ではないのだ。


 それが普通の魔物であるならば、ここまで焦ったりはしない。

 だが、忘れることなかれ。


 彼女だって、オレと共に修羅場を潜り抜けた猛者。

 修羅場、というのは、勿論、オレと彼女が出逢ったあの時の、洞窟での一件であるからして、


「………やはり、出て来たか…!」


 ローガンの忌々しげな唸り声は、参加者のどよめきでかき消された。

 オレも思わず、息を呑む。


 もう、見ることは無いと思っていたフォルムが、そこにあったからだ。


 赤黒く、ずんぐりとした臓器を思わせる巨体。

 巨体から伸び、尻尾のように揺らめく触手にも似た腕や足。

 日の光を反射して輝く、鱗にも似た体表。

 爛々と殺気を称えた赤い瞳。


 合成魔獣キメラだ。


 これは、不味い。


 思わず、参加者の中でゲイルを探したが、今度はすぐに見つかった。

 彼は、こちらに駆け付ける最中だったからだ。


「ギンジ、これは不味い!」


 ゲイルもオレと同じ見解だった。

 その表情は切羽詰まっているし、トラウマでも発動したのか真っ青だ。


「分かってる!お前は、四方に結界を張ってくれ!

 間宮は、ジャッキーを呼んで来い!」

「分かった!」

「(了承しました!)」


 本来なら、この合成魔獣は自然発生の魔物ではなく、完全なるイレギュラー。

 だからこそ、オレも辞退したのだ。


 今の自分なら、やってやれない事は無いと思ったとしても、それはそれ。

 これは、緘口令まで敷かれた、騎士団の機密事項に属する。


 思えば、迂闊だった。

 オレが遭遇した事のある魔物でSランク相当と言えば、合成魔獣キメラも含まれる。

 それは、一度でも目にしたローガンとて、同じことだったというのに。


「おいおい、どういう事だ!?」

「へ、ヘンデル!?丁度良かった、戦力は多いに越した事はねぇ!」


 参加者達の中から駆けつけたのは、ヘンデルもだった。

 呼びかけに応じないとか言っておいて、ちゃっかり参加しているとは思わなかった。


 ただ、彼もSランク冒険者であれば、この際手を借りるしかない。


「こいつが、例の合成魔獣キメラとやらか…ッ!」


 間宮が、ジャッキーを連れ出して来た。

 これで、なんとか頭数が5人となった訳だが、ゲイルが結界を張っている所為で動けない。

 実質は、4人でどうにかするしかないが、


「公に魔法使えるのが、間宮だけとか…ッ」

「流石にオレも、魔法は専門外だわ」

「チィッ!………Aランクのメンバーにサポートに入って貰うしかねぇ!」


 騒然とした修練場に、オレ達の声ばかりが響く。

 ジャッキーがレト達を呼ばわったが、参加者達の中でAランクの面々も呆然と合成魔獣キメラを見ているだけだ。


 これはいけない。

 あれは、戦闘なんて無理だろう。


 そうこうしているうちに、合成魔獣キメラが攻撃態勢に移ったのを横目に見る。


 勿論、その目的は、目の前にいるローガンで。


「逃げろ、ローガン!

 一人じゃ無理だ!!」


 オレは思わず、声を上げた。


 悲鳴混じりの、情けない叫び声に、しかし、


「………ふっ、馬鹿にしてくれるなよ…」


 ローガンは、何故か不敵に微笑んだだけだった。

 口元がマスクで隠れているのにも関わらず、笑ったと分かる程に。


 目の前が、一瞬で真っ暗になるような錯覚を覚えた。


「…ロ、ーガ…ッ」


 呂律が回らなくなった舌でかろうじて、彼女の名を呼んだ時。


『キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』


 ゲイルが張った『聖』属性の『シールド』の中で、合成魔獣キメラが叫び声をあげた。

 産声を上げるかのような歓喜に震える、叫び声だった。


 だが、


「もう、お前の弱点は分かっている!!」


 そう言って、彼女はオレの渡した篭手ガントレットを突き出すようにして、詠唱を始めた。

 戦う意思が、ありありと表れている。


 簡潔な、それでいて殺意に満ち溢れた声音でもって、


「来たれ根の国、開け煉獄!『終焉の業火(フラッシュ・オーバー)』!!」


 そのまま、目の前は真っ白に包まれた。

 次いで、轟音。


 先ほどの、合成魔獣キメラの奇声を耐えた耳も、爆音で使い物にならなくなった。


 一瞬の出来事だった事もあって、オレはその場から動けなかった。

 それは、ゲイルやジャッキー達も、勿論間宮も同じだったようだ。

 ただし、耳を抑えて蹲ったのが2人、ないし数名。

 耳の良い間宮や獣人であるジャッキーや、参加者達も爆音の所為で耳を抑えて蹲る。


 余波を受けてか、ゲイルの『盾』が砕け、頭上に向けて茸雲が立ち上った。

 それだけの、凄まじい魔法を使ったのだ。


 遅れてやってきた熱量に、思わず目を細めてしまう。

 あんな至近距離で受けて、ローガンは無事なのだろうか。


 背筋に、嫌な汗が流れ落ちる。

 それと同時に、心臓が激しく鼓動を叩く。


 煙が晴れた。


 合成魔獣キメラのフォルムは、そこにはない。

 溶け出して、地面で黒こげになってぷすぷすと煙を上げているだけだった。


 や、やったのか?


 しかし、ローガンの姿も見えない。

 まさか、相討ち…ッ!?


「あ、熱かった…ッ!

 これが無かったら、大火傷だったな…」


 最悪の情景が脳裏を過った束の間、聞こえた声。

 自棄に緊張感に欠ける声ながらも、ローガンの声だと分かった瞬間、体が勝手に動き出していた。


「ろ、ローガン!!」


 彼女は、参加者達のところまで、吹っ飛んでいた。

 立ち上がりがてら、ぱたぱたと少々焦げてしまっただろう衣服を叩いていた。


 生きていた。

 彼女は、無事だった。


 先ほど、最後に見た格好と寸分変わらない姿を見て、思わず安堵。


 そこで、足の力が抜けた。


「おいおい…ッ、何故お前がへたり込むのか…」

「う、うるさい!お、お前が心配させるのが悪い…ッ!!」


 恥も外聞も無く地面にへたり込んで喚いたオレに、ローガンが軽く駆け寄ってくれた。

 大怪我もしているようには見えず、あれだけの魔法を放ったのに飄々としている。


 あ、れ………?

 でも………待って?


「………。」


 背後を振り返る。

 そこには、ぶすぶすと煙を上げて地面にどろりと溶けた筈の合成魔獣キメラが、陽炎のように消えていく姿があった。

 ああ、そういや、実体はあっても、幻覚魔法なんだったけか………。


 いや、問題はそこじゃない。


「………倒しちゃった…?」

「ああ、倒せたな。

 出来るかどうかは半信半疑だったが、どうやら上手くいったようだ」


 視線を今度は、ローガンへと戻す。


 別れた後と寸分変わらぬ姿で、鉢金もあるしマスクもある。

 その表情には、堪えきれなかったであろう達成感のようなものまで浮いている。


 若干煤けた感じがするし、焦げ臭いと感じるものの、怪我も無ければ欠損だったり、あるいは血の匂いだってしていない。


 無事だった。


 ただし、合成魔獣キメラは倒されている。

 何、これ、どういう事?


「………倒しちゃったぁああああ!?」

「な、なんで驚くんだ!って、なんで、泣く!?」


 気付けば、涙がぼろぼろと零れ落ちていた。

 乙女のように地面に座り込んだ格好で、情けないと思う暇もあらばこそ。


 背後に、ジャッキー達が駆け寄ってきていたのも、気付かないままだった。


 目の前に無傷で立っているローガンが信じられない。

 嬉しいには、嬉しい。

 怪我も無いし、死んでもいないのだから、当然の事だ。


 でも、なにあれ、どういう事!?

 オレ達が2人そろって、あれだけ苦戦した合成魔獣モンスターを一撃で撃破とかどういう事!?


「お、お前から貰った篭手ガントレットのおかげだ。

 『聖』属性の魔法陣の他に、魔力を溜め込む魔法陣が積載されていたから、万が一の為にラピスに魔力を溜めておいて貰ったんだ」


 え、っと…?

 そこまで説明されても、オレはまだ訳が分からないままで首を傾げてしまう。


 口元を抑えたローガンが真っ赤な顔になりつつも、続きを話してくれた。


「さ、先ほどの合成魔獣キメラは、魔法は通すが物理攻撃は通さない個体だっただろう?

 だから、私が知っている中での最大火力を持っている魔法を、篭手ガントレットに溜め込んでいた魔力を使って行使したんだ」

「………そ、それがさっきの大爆発ってこと?」

「そういう事だ。

 確かにあの合成魔獣キメラが出て来たのは、少々危険ではあったが………。

 お前のこの篭手ガントレットの事もあったし、弱点が分かっているからにはやってやれない事も無いと思ってな…」


 ………それだけで?


 失敗したら、どうするつもりだったの?

 もし、自分もその魔法に巻き込まれていたら、どうなっていたと思う?


 言葉にならない疑問が、怨嗟のように脳内をぐるぐると回る。

 しかし、これまたローガンは察したのか、赤くなった顔のままでオレの頬を撫でた。


「勿論、勝ち目が無い賭けをした訳ではない。

 最初に、お前がこの篭手ガントレットをくれた時、説明してくれたではないか。

 多少の魔力は食うが、装着者に『防刃』と『防魔』の障壁を張ってくれる篭手型の魔法具だと、」

「………あ」


 そういえば、そうだった。

 確かに、オレが買った理由も『聖』属性の魔法陣が決め手だったし、彼女にも同じように説明した。


「………それに、私だって、曲がりなりにもSランク冒険者だ。

 生活面でも金銭面でもお前に助けられてばかりだというのに、一番の能力である武力面でまで助けられるのは、もっての外だろう?」


 そう言って、オレの頭を抱きしめた彼女。

 だから泣くな、と、大丈夫だから、と耳朶を掠める彼女の吐息のような言葉に、途端に体の力が抜けた。


 現金なものである。

 嫁さんが危ない目にあったのに、抱きしめられた途端に安堵してしまうなんて。

 旦那としては、恥ずかしい。


 まだまだ、人間としても男としても、発展途上だということを改めて自覚させられた。


 とはいえ、


「………ぐすん。

 オレだって、死にもの狂いだった魔物だったのに、」

「そ、それは、すまん。

 ………まぁ、あれから結構経っているのだから、お前だってやれん事は無いだろう?」


 そうだけども…。

 そうだけども、ね!!


「一人で、立ち向かうとか、…ぐすっ…」

「すまない。もう、しないから、」

「頼むから、危ない事しないでくれよぉ…、ぐすっ、ただでさえ短くなってる寿命が、更に…ひっく、縮むかと…ッ」

「ああ、すまなかった。

 私も極力、無茶は控えるから、」


 そう言って、ローガンからは、頭を撫でられる。

 ううっ、安定の男女逆転問題に、更に涙が溢れて来た。


 ただし、


「………私達の気持ちが少しでも分かったなら、お前も今後は極力無茶をしないように控えてくれよ?」

「………はい、わかりました」


 釘を刺された。

 そういや、他人事じゃなかったよね………。


 これまた、安定のオレの棚上げ問題。

 彼女の言葉通り、オレだって無茶ばっかりしているんだからお互いさまだったか。


 ふと、そこで、


『え~…、おっふおん!!』

「はっ…?」

「…あ」


 唐突に聞こえた咳払い。

 聞き慣れた声が、しかも重なって聞こえたそれに、我に返って振り返る。


 そこには、まったく同じような格好のままでオレ達を見下ろす、ジャッキーとゲイルの姿。


「………仲睦まじいのは、良い事なのだが、」

「お前等、ここがどこだか、もう忘れてんじゃねぇだろうな…」

「(すみませんが、こればかりはオレにもどうしようもありません…)」


 ………しまった。

 ローガンともども、嫌な予感がして、ふと背後をチラリ。


 そこには、生温い視線でオレ達を見つめる、何百対という瞳。


 ………現状をすっかり忘れてた。

 冒険者ギルドのランクアップ試験の真っ最中じゃねぇか。


「ヒューヒュー!」

「お熱いなぁ、『予言の騎士』様よぉ!」

「良いぞ、もっとやれぇ!」

「意外とかわいーねぇ!ぎゃはははは!」


 そして、オレ達が我に返ったと同時に、参加者達から上がる歓声。

 と、いうよりは野次馬根性丸出しの野次。

 ピキーン、と固まったのは、オレだけでは無かった筈だ。


「ふぎゃああああん!」

「う、うわっ!は、恥ずかしいのは分かったから、いい加減泣き止め!」

「生き恥だあ!やっぱり、大恥掻かされて放逐されるんだあ!」


 どうやら、オレの当初考えていた予想は覆らなかったらしい。

 ついでに、ローガンの男然りとした様相と、オレの女然りとした様相の所為か、安定の男女逆転問題も口々に野次に上る。

 そして、オレが男だと分かっている面々から、払拭した筈の同性愛者疑惑も飛び出して来て、


「私は、女だ!」

「オレだって男だぁ!!」


 夫婦揃っ真っ赤な顔で、事実だけを叫ぶほか無い。


 それでも、ヒートアップする野次は止まることは無く。

 参加者達が溢れかえった修練場を、飛び出すようにして後にする他無かった。


 しばらく、オレはジャッキーのギルドマスタールームの執務机の下で丸まって過ごすことになる。

 ………余談だ。

 心底、げっそりだ。



***



 オレが机の下でミノムシと化していた後。

 なんとか、ランクアップ試験は再会された。


 ローガンの後に、一旦中断となっていた為、続きであるソロのSランク冒険者からスタートだった。


 今まで、進行が順調だったというのに、オレ達の所為で余計な時間を食ってしまったので、仕方なく巻きで行く。


「次、ヘンデル!戦闘準備!幻覚魔導具起動!では、戦闘開始!」

「早っ!?」


 ヘンデルを呼ばわり、元はと言えばコイツが手紙での収集要請に応えなかった所為だ、と八つ当たりも込めてとっとと試験を開始させた。


 とはいえ、ヘンデルもやはりSランク冒険者。

 出て来た魔物は、全長4メートルを超えるような竜種の魔物(ワイバーン)だった。


 先ほどのローガンの試験で出て来た合成魔獣キメラに恐れ戦いていた参加者達から、再三のどよめきが上がる。

 だが、ヘンデルは、まったく意に介した様子も無く、


「おぅらぁああ!!」

『ギャァォオオオオオオオオオ!!!』


 巨大なワイバーンが、彼の気鋭の声と共に、断末魔の悲鳴を上げた。

 背中に釣り上げた大剣にて、ヘンデルが呆気なく地面へと叩き伏せたからだ。


 濛々と上がる土煙の中、幻覚魔法と言えども実体のあるワイバーンの気配が消えたのを確認。

 おそらく、幻覚魔法が解けるよりも先に死亡したと判断出来る。


 コイツもコイツで規格外、と。

 文句なしの合格ではあるけど、なんとなく腹立たしいのは何故だろうか。


「アンタだって、これぐらいは可能だろうが」

「余裕そうな顔に、そのにやにや笑いを貼り付けんじゃねぇ!!」


 魂胆が透けて見えるからだ、絶対そうだ!

 オレの事、まだまだ辱めようって魂胆が見え見えだっつうの!!


「良いぞぉ、可愛い~!!」

「今度も泣いたら~ッ!?」

「誰が、泣くか!誰が泣くもんかあ!」


 おかげで、またしても野次が乗っかって来て、騒がしいったらない。


「………別にそういう意味じゃねぇのによぉ」


 ヘンデルに乗っかって野次を飛ばす連中の言葉をシャットダウン。


 しかし、その所為か。

 そんな野次に紛れて、ヘンデルが苦笑と共に零した言葉は、オレの耳には届かなかった。


「次、ジャクソン・グレニュー、戦闘準備!

 幻覚魔法起動!では、戦闘開始!」

「お前、オレにまで八つ当たりすんじぇねぇよ!」

「元はと言えば、元凶はお前だぁ!!」

「………否定はしねぇな」


 なんて、ヘンデルと同じようにして、とっとと戦闘開始。

 と、したけども、結果はヘンデルと対して変わらなかった。


 出て来た魔物も、以前討伐に参加した事があるとか言うサイのような大型魔獣だった。


 だが、やはりジャッキーも曲がりなりにもSランクにして、冒険者ギルド・ギルドマスターだ。

 異名である『双子斧』でもって、四肢を引き裂くようにして駆け回ったかと思えば、脳天を叩き潰して終了、と。

 開始10秒以内の早業である。

 ………制限時間とか、お前等関係ないじゃん。

 

 とはいえ、これにてソロのランクアップ試験は終了だ。

 続いては、パーティーのランクアップ試験である。



***



 パーティーのランクアップ試験に関しては、特筆すべきことも無く終了した。

 レト達や、ジャッキー、ヘンデルも、パーティーでの申請はしていなかったので、特に注目株も無く呆気ないもんだ。


 まぁ、ソロと違って、下位や中位ランクでも中々見応えのある試合が見ることは出来た。

 パーティーは基本的に、2人以上8人未満での登録となっているので、それぞれ役割を決めてランク相当の魔物へと対峙。

 前衛後衛は当たり前ながら、後方支援や司令官なんて役割まで作り、冒険者達は懸命に修練場を駆け回っていた。


 そういや、例の厨二なファントム・ギャロップの奴らも、パーティーでのランクアップ試験に参加していた。

 個人個人はパッとしなかった面々が、パーティーとなると途端に連携した動きを見せ、それなりの見応え。


 ただ、オレ達としては、レト達のAランクパーティーの連携を見て来た事もあって、いまいちとしか感じない。

 それでも、ジャッキーや途中合流のヘンデル曰く、Cランクにしておくには勿体ないパーティーとの事。

 見どころはあるって事だろうから、オレも少し気合を入れようか。


「気合を入れるのは勝手だが、酒が入ってて良いのかよ」

「っるっせぇ!テメェの所為だ!」


 何てことをつらつらと考えつつも、休憩時間と銘打ってジャッキーと酒盛り。

 オレもコイツも、試験があるとか無いとか関係無い。


 というか、飲まずにやってられない。

 試験が始まる前から分かっていたものの、いざ大恥を掻かされると酒の一つや二つ、欲しくなるもんだ。


 またミノムシになりたい願望が頭を覗かせて、ついつい一人掛けのソファーの上で丸まってしまう。

 行儀悪いとは分かっていれども、参加者からの野次を思い出すとどうしてもね。


 これまた、オレと一緒について来ていた、ローガンや間宮、ついでにゲイルも苦笑を零していた。

 ………ってか、ゲイルはなんでここにいるのだろうか?


「………なんか、見る度に別人なんじゃねぇかと、思い始めてるんだが、」


 なんて、オレの様子を見て、苦笑を零したヘンデル。

 前半の試験が終わった後、ちゃっかり付いて来た彼もまた、オレ達と同じように酒盛りを開始していた。


 ………ううっ、コイツさえ収集に応じていれば、こんな生き恥は晒さなかったハズなのに…ッ。

 恨み言を内心で呟いているオレは他所に、つまみまで摘まんでいるジャッキーとヘンデルはげらげらと笑っていた。


「コイツの素は、こんなもんさ。

 馬鹿が付く大真面目だが、猫被ってしゃきっとしてたい見栄っ張りだからな」

「は~…ん、なるほど。

 それで、最初の時も胡散臭かった訳だ」

「悪かったな、馬鹿真面目で見栄っ張りで!

 後、猫被りは否定しないけども、胡散臭いってのは余計だ!」


 笑い過ぎ!

 そして、オレの事ディスり過ぎ!


「だぁっはっはっは!

 一丁前に背伸びしようとしてたのが、裏目に出ただけだろうが!」

「良いじゃねぇか、可愛い猫被りなんだからよ」

「馬鹿にしやがって!」


 泣いても喚いても、もう後の祭り。

 結局、オレの事を弄り回したい奴らに遊ばれるだけだった。


 大仰な溜息を吐いて、ソファーに今度こそミノムシのように丸くなる。

 貝があるなら、閉じこもりたい。

 穴があるなら、入りたい。

 むしろ、掘るから、誰か埋めてッ!


「………まぁ、良いじゃねぇか。

 危なかったとはいえ、嫁さんが無事だったんだし、」

「すまなかったな、ギンジ。

 だが、私としては、久しぶりに可愛らしい素を見せて貰えて、良かったと思っているが…」

「うあぁああああああ………、嫁さんまでもが、オレを弄り倒してるぅ~…」


 なんでか、冒険者ギルドに来てから、嫁さんからの裏切りがパネェっす。

 また涙が溢れて来たので、強制終了。


 ミノムシから、本格的に不貞寝態勢に入ったところで、ふとヘンデルが苦笑を零した。


「………正直、本当にコイツが、Sランクなのかどうかが不思議に思えるぜ」

「………ああ、オレも最初は疑ったさ。

 だが、ギルドカードに虚偽は出来ねぇ上に、未達成依頼の証拠持ってきて、ついでに生徒達まで続々とランクが上がっていく。

 疑いようがねぇだろうが」

「………普通にしていれば、お人形さんか貴族の嬢ちゃんにしか見えないのにねぇ」


 最終的に、オレの女顔までディスられるんですね、そうですか。

 男らしさ?なにそれ、美味しいの?

 オレだって、好きでこんな顔に生まれて来た訳じゃないのにさっ…!


「大丈夫だぞ、ギンジ、気にするな。

 お前だって、男らしい一面があることを、私は分かっているからな…!」

「具体的に、どうぞ」

「………なっ!?

 ま、まままま真昼間から、話すようなことでは無い…!」


 ………何を言おうとしたんだよ、ローガンディアさんよぉ。

 結局、オレの男らしい一面とやらは、謎に包まれたままってことじゃねぇか。


 ベッドの上でのあれやこれやは、そりゃ男らしいでしょうよ!

 じゃなきゃ、夫として示しが付かんもの!


「ほぅ………、意外とやるな、可愛い顔して」

「おぅ、姉ちゃん。そこんとこ、詳しく………」

「乗っかってくるな、酔っぱらいの助平親父ども!」


 そして、またしてもオレ虐め、再来である。

 本当に勘弁してほしいもんだわ。


 なんて、飲み会みたいなノリのジャッキーの執務室だったが、


「あ、あの、ギルドマスター。

 『黄竜国』本部より応援に来たという、冒険者の方がいらっしゃいましたけど、」

「あん?」


 コンコン、と執務室の扉をノックした受付嬢。

 おそらく、声からして、先ほどの気の利く美人の獣人、フューリさんだと思われる。


 どうやら、お客様のようだ。


 ミノムシ通り越してて、ダンゴムシと化していたオレも流石にソファーに起き上がる。

 ソファーの縫い目の跡が頬っぺたに出来ていたらしく、またしてもサイドのジャッキー達から笑われた。


 とはいえ、お客様って事だから、オレ達は移動した方が良いだろう。

 ちゃっかりグラスを持って立ち上がるが、ジャッキーに待てと制されたので仕方なく着席した。


「入って貰え」


 と、ジャッキーが呼ばわったところで、扉が開く。

 入ってきたのは、予想通りフューリさんと、その背後に立っていた壮年の男性だった。


 冒険者然りとした格好で、旅装だろうマント姿。

 黒髪に、首の後ろ辺りから少なくなったウルフカット。

 厳ついとも端正とも形容出来る男らしい顔にして、見るからに歴戦の証拠だという数々の傷跡が、顔にも体にも垣間見える偉丈夫。


「なんだ?

 また昼間っから酒盛りか、ジャッキー」

「ダグラス!久しぶりじゃねぇか!」


 そう言って、喜々として立ち上がったジャッキー。

 ダグラスというのは、おそらくこの壮年の男性の名前だろう。


 きょとり、と瞬いた時、壮年の男性の視線がこちらへと向けられた。


「ふむ、中々に類を見ない程の、美形の顔ぶれだな」


 そう言って、ダグラス氏がオレ達の顔を見るために首を巡らせる。

 た、確かに今更だけど、オレは素より、ローガンも間宮もゲイルもヘンデルも、顔面偏差値は上々だった。


「おう、そういやそうだな。

 お前にも紹介したい奴もいるから、とりあえず入れ」

「ああ、そうする。

 出来れば、落ち着いて話をしたい要件もあるからな」


 ダグラス氏を促したジャッキーは、今まで座っていたソファーの一角を彼に譲る。

 オレ達は座ったままだったが(※間宮とゲイルは、壁際のソファーに仲良く座っている)、改めて対面したダグラス氏も、これまた精悍な顔立ちの男性である。

 入り口で待機していたフューリが、ほぅと嘆息をしたのが聞こえた。


 まぁ、それはともかくとして、


「改めて、私はダグラス・トール。

 現在はSランク冒険者で、普段は『黄竜国』の冒険者ギルド本部で指南役を務めている」

「ご丁寧に、どうも。

 オレも同じくSランク冒険者の銀次・黒鋼と言います。

 あちらにいる赤髪の少年も、同じくSランク冒険者で奏・間宮です」


 とりあえず、自己紹介をされたので、挨拶を返す。

 『予言の騎士』としてこの場にいる訳ではないから、詳しくは話さなくても良いだろうしね。


「同じく、Sランク冒険者のローガンディア・ハルバートだ」

「Sランク冒険者のヘンデルだ。

 まさか、『雷墜の貴公子』様がご足労されるとは、恐れ入るね」


 まぁ、なんてことでしょう。

 この人、随分と威圧感が半端ないと思っていたら、まさかの異名持ちのSランクだった。


 この狭くてむさ苦しい空間に、Sランク冒険者が6人も集まってるなんて。

 ゲイルだけが例外だが、アイツも腕前で言えばSランクは軽いだろう。


 それは、置いておいて。


「これは、驚いた。

 この部屋に、ダドルアード王国の主要メンバーが、半分も揃っているとは…」


 オレの内心と同じで、驚いた様子のダグラス氏。

 きょとり、と目を瞬いてから、ちらりと視線を向けたのは、心無しか居心地の悪そうにしているゲイルだったが、


「王国騎士団のアビゲイル・ウィンチェスターだ。

 現在は、私服での警護中の為、こちらに同席している形だ」

「………なんとまぁ、音に聞く『串刺し卿』まで。

 ともあれ、警護というのは、目の前にいらっしゃる『予言の騎士』様の警護で間違いなかっただろうか?」


 あれま、バレていらっしゃったようで。

 ゲイルが苦笑を零して、静かに頷いたのを見てダグラス氏が、今度はオレへと視線を向けた。


「噂に聞く『予言の騎士』様のご尊顔、拝謁賜り恐縮でございますれば、」

「あ、べ、別に、そんな畏まっていただかなくても結構です。

 先ほども名乗った通り、ここにはSランク冒険者として立ち会っていますので、」

「………なるほど。

 悪い噂がある『予言の騎士(あちら)』側とは違い、随分と謙虚な方なようだ。

 ジャッキーの報告は聞いてはいたが、実物を見ると彼の評価が高いのも頷ける」


 ………あ、素直に嬉しい一言をありがとうございます。

 思わず、へんにゃりと眉尻を下げて情けなく笑ってしまったが、罰は当たらないだろう。


 無表情ながら、口元を少しだけ引き上げたダグラス氏。

 ちょっとだけ、笑ったように見える。


 先ほどから感じていた威圧感が消えたのを見ると、警戒を解いてくれたと考えられた。

 これは、僥倖。


「んで?自己紹介はそこまでにして、要件っての聞いても良いのか?」


 酒飲むか?

 いや、いらん。

 という、アイコンタクトのようなものを交わしてから、ジャッキーが本題を切り出した。

 先ほどの会話からして、旧友だったらしく久しぶりの再会のようだったが、酒を断られたのか撫すくれた表情を見せたジャッキーに思わず苦笑いを零す。

 ………どうしようもないな、この酒飲み親父。


 とはいえ、彼はオレ達がいる事に、なんら戸惑いを見せる事なく本題を告げた。


「今日は、ランクアップ試験の当日だっただろう?

 少し遅くなってしまったが、応援という形でここまで来たのだが、」


 あれまぁ、なんだ、そういう事だったの。

 どうやら、ランクアップ試験の試験官として、『黄竜国』からの応援で駆け付けてくれたらしいダグラス氏。

 試験官になり得る面々が少ない、と本部が判断したらしい。

 まぁ、確かにカレブも派遣でいないし、ベロニカは子育て中だし、ヘンデルは応じなかったらしいし。


 もしかして、オレが添えられたのって、イレギュラー?


「あ~、そりゃ、悪かった。

 もう、半分以上消化している上に、代役はこっちのギンジに任せちまったからな」

「おや、そうだったのか」


 ………なんか、申し訳ない事をしてしまったような気持ちになってしまったのは、何故だろう。


「いや、応援が来たって事なら、オレの試験官としての役割もここまでで良いんじゃ?」

「中途半端に投げ出すってんなら、ノルマの免除は無しだ」

「………うぐぅ!」


 畜生、この酒飲みオオカミ野郎め、痛いところを突いてくる。

 少し遅れた事は気になるが、応援が来てくれたことにかこつけて逃げる算段は、どうやら失敗のようだ。


 ………でも、もしかして、最初から彼が来る予定だった?

 急遽オレを代役に添えたのは、ダグラス氏が朝の段階でも来なかったから、とかじゃ………?


 ぐりん、と首ごとジャッキーへと視線を向けると、咄嗟に目線を逸らした彼。

 ………この野郎、やっぱりか。

 だから、急ぎでオレに手紙を届けさせた訳だな。

 朝飯食いっぱぐれるなんて急ぎ様は、そういう事だった訳だ。


 ってことは、ダグラス氏が遅れなければ、オレも大恥を掻かずに済んだってことだろうか?

 ………あれ?ちょっと、前が滲んでよく見えない。


「では、私も見届けさせて貰っても構わないかな?」

「おう、無駄足になっちまっただろうが、精いっぱい歓迎するぜ?」

「いや、あながち、無駄足でも無かっただろう。

 こうして、直々に『予言の騎士』にして一発でSランク冒険者となった、クロガネ殿の力量を見る事が出来るのだから。

 それだけで、南端まで飛竜を駆って来た甲斐があるというものだ」

「……いッ…!?」


 いぃやぁああああ…ッ!?

 なんか、ものすごい期待された上に、かなりプレッシャー掛けられてません!?

 こちとら、既に参加者達からの野次で、心が折れかけたギザギザハートですが!?


「逃がすか、馬鹿」

「おいおい、今更逃亡は無しだろう、『予言の騎士』様よぉ」

「こら、往生際が悪いぞ、ギンジ!」

「(………早々に諦められた方がよろしいかと、)」


 ………脱兎のごとく逃げ出そうとしたオレの下半身が、ジャッキーの剛腕によって呆気なく捕まった。

 二度目の脱走もやっぱり、失敗に終わったようだ。

 ………げっそり。


 しかも、またしても嫁さん《ローガン》がジャッキーの味方とか………ッ!

 往生際が悪いのは認めるけども、こんな時ぐらい味方してくれたって良いじゃないか!


 そんなオレの様子を眺めていたゲイルも、助け船は出してくれそうに無い。

 むしろ、ジャッキーに何故か、サムズアップを送っていた。


「再三言っていたにも関わらず、護衛も付けずにふらふらとしていた罰だ」


 あ、ダメだ。

 こいつが来た理由は、オレが元凶だった。


「あぁあああああああっ!ゴメンナサイ!

 もうしません!だから、このオオカミ人間の魔の手から救ってください、ゲイル様!!」

「………恥も外聞も無いな。

 だが、以前知らぬ間に死に掛けた分も含めてのペナルティだから、却下する」


 うわぁああん!

 オレの友人2人が、相次いで敵に回ったぁあ!

 しかも、例の冒険者との1キロもの距離での遭遇で死にかけた件が、ちゃっかりしっかりバレていやがるぅうう!

 ハルか!?

 ハルだな!!

 むしろ、アイツしかいない!

 裏切りやがった、あの腹黒ゲイ野郎!


 そして、トドメの一言。


「………なんというか、思った以上に可愛らしい方だったようだな」


 先ほどの無表情とは打って変わった、苦笑ともつかないダグラス氏の微笑み。

 その微笑みと共にオレへと贈られた言葉に、先ほど堤防を修復出来た筈の涙腺がまたしても崩壊した。


 ………ぐすん。涙で前が見えない…。

 明日も見えない。


 だが、そんなオレを他所に、ダグラス氏は更に追い詰めてくれた。

 実に的確に、オレの急所を突いてくれた。


「ふふ、まさか女とも思わなかったが、ここまで可愛らしいとも思わなかった」

「オレは男だ!!」

『ぶほぉ!!』


 ぐっさりと来る言葉までいただいた。

 もはや安定のオレの女顔問題に、部屋にいた全員が一斉に噴き出すのは、なにかしらの約束ごとの一つだったのかもしれない。

 ダグラス氏だけが、驚いて固まる中で間宮だけが苦笑いだ。


 そんなに、笑わなくたって良いじゃん。

 そんなに驚かなくたって良いじゃない。

 ただでさえ、豆腐メンタルで弱っているのに、ぐさぐさ釘を刺さなくたって良いじゃない。

 豆腐に鎹ってのは、手応えが無くて意味がないって意味であって容赦なく刺して良いって意味じゃないよ………?


 腹筋を豪快に震わせながら笑うジャッキーの腕の中で、前後左右に揺さぶられながら滂沱のごとき涙を流した。

 今日はよく、泣かされる日である。



***



 一通り、全員が笑った上に、やっと呼吸が落ち着いた、そんな時だった。

 オレとしては、呪いの一つでも掛けてやろうか、唇を血が滲むほど噛み締めていた矢先の事だ。


 ふと、口を開いたのは、目尻に涙を浮かべたジャッキーである。


「そういや、なんで、遅れたんだ?

 飛竜まで駆って来たとか言った割には、遅かったな」


 問いかけたのは、ダグラス氏の遅刻の理由であった。

 そもそも彼が遅れなければ、こんな事にはならなかったので、じとり、と恨みがましい視線を向けてしまったが、


「ああ、済まない。

 予期せず『天龍族』に質疑を受けて拘束された所為で、2日程無駄にしてしまってな…」

「はぁ!?」

「………ッ!?」


 ダグラス氏の口から飛び出した遅刻の理由は、思わず驚愕してしまうものだった。


 こちらとしても、予期せず出て来た種族の名称に慄いた。

 オレとしては、出来れば他人の口からも聞きたくなかった種族名であるからして、背筋が粟立ってしまう。


 しかも、聞き間違えで無ければ、今彼は拘束されたと言わなかったか?


「おいおい、大丈夫だったのかよ!?」

「ああ、問題は無かった。

 手荒な真似をされる訳でもなく、飛竜を駆ってまで向かっている要件の旨や、それの確認等でな。

 ………まぁ、言うなれば警邏から職務質問を受けただけだ」

「いや、そういうもんか!?」

「軽い!明らかに、出て来た種族名に反して、理由が軽すぎる!」

「とはいえ、嘘を吐いている訳でも無いのだが………」


 いや、それで嘘だったら、容赦しねぇよ!?

 そんな心臓に悪い嘘吐かれたら、オレだって本気で呪うわ!


 だが、内心でとはいえ恨み言ばかりを吐いていられたのも、ここまでだった。


「他には、何か聞かれたか?

 ってか、『天龍族』も何のために、お前を拘束したってんだ…?」

「私に、というよりは、飛竜を調べたかったようだな」


 ジャッキーの質問に、ダグラス氏が思い出すような仕草で顎に手を添える。

 小首を傾げつつも、視線を明後日の方向へと向けたのは、嘘を吐いている訳ではなく記憶を探っていただろう。


 そして、一言。


「なんでも、『異端の』なんとやら、を探しているとの事だったが、」


 びくり、と体が強張った。

 同じく、ローガンや間宮、ゲイルがその場で表情どころか体まで凍り付く。 


 抱えたままの、ジャッキーには分かってしまっただろう。

 オレが、こうして体を緊張させた事は。


 そして、ダグラス氏やヘンデルだって、おそらく分かった筈だ。

 言葉にするよりも、明らかな異変がオレを中心にした面々から返って来たのだから。


「………どうやら、『予言の騎士』様方に、関係がありそうな話だったようだな」


 そう言って、目を細めたダグラス氏。

 追及は、免れそうに無い。


 ついでに、


「どうやら、進捗状況の共有が足りなかったようだな………」


 オレを見下ろす友人からの視線からも、逃れられそうには無かった。

 何もかもを諦めたようにして、脱力。


 剛腕に抱えられたままで、相変わらずの間の悪さを呪う。

 ………結局、オレは他人ではなく、自分のタイミングの悪さを呪うしか出来なかったようだ。



***

いつぶち込もうか悩んでいた話を、ここにきて投下しました。


ついでに、ダグラス氏についてお気付きの方、作者の別作品もお読みいただいてありがとうございます。

ほぼ、エタってしまった作品ではありますが、登場人物が好きなのでこちらの作品でもちょくちょく使っていきたいと思っています。


そして、今回はまたしてもいろんな意味で泣きまくる24歳。

アサシン・ティーチャーの明日が見えるのは、いつ頃になるのでしょうね。

主人公を泣かせまくる作者は、鬼畜と言うよりも変態と呼ぶべきですが………。


誤字脱字乱文等失礼致します。

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