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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラスの春休み
112/179

99時間目 「特別科目~突発的出張教師~」

2016年9月27日初投稿。


お久しぶりでございます。

前の更新から、いつの間にやら1ヶ月が経過しておりまして、ぞっとしました。


まだ、エタってはいないです。

頑張ります。


***



 子どもの頃には、こんなことが当たり前だとは思っていなかった。

 ただただ、遠い世界の出来事で、自分には関係のない話だと思っていた、というのが本音だった。


 考えても見て欲しい。


 オレは、この世界に生を受けてから、たった数日から数か月程度でいらない子と認定された。

 つまりは、捨てられた訳だ。


 そして、そのおかげで、オレは暗殺者や諜報員を量産するブラックな施設に収容され、人並みの生活というものが無縁な世界へと強制的に足を踏み入れることになった。

 『最凶』と呼ばれた師匠に、これまた強制的に弟子入りしたのが確か7歳か8歳の時。

 推定だから、それも定かではない。

 ………いや、それならオレの年齢も定かではないことになってしまうが、まぁ、そこはいい。


 師匠が、オレの身柄を引き抜きと称して強制的に預かった時、既に奥さんとは砂糖でも吐くんじゃないか、という程の甘ったるいお付き合いの真っ最中。

 それこそ、毎日毎日、飽きるほどに愛を囁いたりくっついていたり、睦言が絶えなかった。


 そんな師匠達の姿を見ていたからか、オレには無理だ、と子ども心にも思っていた。


 オレには、無理だ。

 何度でも言う。


 そう思っていた。


 親もいない、兄弟もいない。

 ましてや、出生が明らかではない子ども。


 そんなオレが、この先誰かを愛し、愛される何てこと考えられなかった。

 一番最初に受ける筈の愛情すら受けていないのだから、無理に決まっている、と。


 だからこそ、大いに戸惑う。

 この状況を。



***



 目が覚める。

 浮遊感を伴った寝覚めは、いつもの事。


 と、目の前には、緑がかった銀色の糸。


 髪だ。

 滑らかで、柔らかく、透き通るような色合いの髪だ。


 そして、それは、オレの愛すべき女性の髪だ。


 今日は、ラピスの日だったか。

 昨夜も情熱的な時間を過ごしたというのに、翌朝になって目覚めると戸惑ってしまう。


 ここ数日は、目覚めると必ず、誰かが一緒に眠っている事が多い。


 それが、ラピスだったり、ローガンだったり、オリビアだったり。

 まちまちではあるが、前者2人とは熱い夜を過ごし、後者1人とは穏やかな睡眠時間として。


 何度も言うけど、断じて、オリビアには手を出していない。

 当たり前だ。

 大事なことだから、何度でも言う。


 ともあれ。

 本の数週間前までは、こんな事考えられなかったよ。


「(………ふ、毎回思うけど、200歳超えてるとは思えないな…)」


 起き掛けの、ちょっとした微睡みの中。

 彼女の寝顔を見て、幸せを噛み締めるのはもう何度目になるのかも分からない。


 それは、ローガンの時も同じだった。

 彼女達は、性格が似通っているだけではなく、こうしたあどけない寝顔までそっくりなようだ。


 おかげで、朝起き掛けのこの時間が、実はオレの楽しみになっている。

 彼女達は、恥ずかしがってしまうだろうから、内緒ではあるんだけど。


 きっと、昨日もオレのビッグな息子を受け入れさせてしまったから、今日は腰が痛いと不機嫌になるだろうラピス。

 ちょっとやり過ぎたとは自覚しているので、もしかしたら今日もベッドで過ごす事になるかもしれないが。

 ………それを宥める時間も、実は好きなんてね。


 苦笑を零して、脱線した意識をまた彼女へと向ける。


 そんな彼女の胸元には、銀色のチェーンが光っていた。

 それは、オレの胸元にも。


 結ばれてから、今まで何を迷っていたのかも分からない程呆気なく、贈る事が出来た指輪を通したネックレス。

 勿論、ローガンにも同様に、贈っておいた。


 3人で揃いのネックレスで、わざわざプラチナ製のものを探し出して。


 対外的に、未だに秘め事としておかなければならないからこその、妥協案。

 指輪はどうしても、目に付いてしまうからな。

 しかも、オレの場合は、左腕が麻痺している所為もあって、紛失の危険もあるからこそ。


 何度目かの幸せを噛み締めて、にっこりと微笑む。

 ご満悦だ。

 彼女達は、オレのもの。


 その事実さえあれば、それで良い。



***



「(面白い事って、お前なぁ…)」

「(本当のことです。

 お二人とも、意地らしい程、銀次様の事を想っているようですよ)」


 暗がりの中、微かに漏れ出す灯りの中で間宮が笑う。

 そんな彼に呼び出され(※師匠を呼び出すとは良い度胸だが)同じく、真っ暗な中で唇だけの会話を行うオレは、対して少々苦々しい表情が隠し切れない。


 漏れ出た灯りは、下からだ。

 それは、灯りの光源が下にあることを意味する。


 何故か、と言えば、オレ達が天井裏にいるからこそ。


 呼び出しを受けた場所が、天井裏だったからだ。

 まぁ、現状ではゆっくりと情報交換が出来る場所が限られているからこそ、ではあるが。


 今日は土砂降りで、嵐の夜と言っても過言ではない。

 おかげで、以前使ったように屋根の上での密会は、無理があった。

 風邪を引いてしまっては、予定が詰まっている現状好ましくない。


 春先になると日本列島もよく台風に見舞われていたものだが、ダドルアード王国も気象的には例外では無かったようだ。

 大陸の南端にあり、海に面している地域柄、仕方ないとのことだった。(※我らが、騎士団長様ゲイル談)


 そんな情報交換の為に天井裏に呼び出した間宮は、何を考えたのか会場をとある一室の真上に陣取った。

 勿論、二人揃って気配まで消して息も殺しているような状況ではなくてはならない相手の、真上の部屋に。


 唇で会話をしているのは、その所為でもある。


 ローガンの部屋の真上だからだ。


 ちなみに彼女、聞いた話では間宮と同じく登録一発目でAランク。

 その後は、大型魔獣の討伐に参加した折、単騎で獅子奮迅の働きを持って『紅蓮の槍葬者(ブレイズ・ランサー)』の異名を不動の物とした女傑。

 魔族では有名な戦闘部族でもある女蛮勇族アマゾネスの姫君というのは、伊達ではない。


 だからこそ、オレ達ですらも予断は許されない。

 気配察知に関しては、おそらくゲイル以上、間宮にすらも届く可能性があった。

 なので、こうして気配を消して息を潜めて、天井裏に潜んでいる。


 しかし、間宮が何故この部屋の真上を指定したのか、と言えばそんな彼女ローガンが話をしている相手と、その内容が問題。


「………おおまかなことは、このぐらいじゃろうか。

 ああ、子どもが出来たとしても、それは早いもの勝ちということで手打ちで良いか?」

「勿論だ」

「うむ、ではそういうことにしておこう。

 お主は子どもが出来たとすれば、里に一度は帰らねばならぬ事をしっかりと銀次に伝えておけよ」

「ああ、それは話してある」


 うん、聞いた。

 でも、今こうして、2人の会話を聞いていると、


「(………赤裸々過ぎない?)」

「(意地らしいではありませんか)」


 そして、冒頭の間宮の一言へと繋がる。


 なんだかんだ言って、色々と不躾ではあると思っている。

 だが、なんでこんな風に、自分の妻になるであろう女性陣の閨事の順番やら喧嘩した時の対処やら、あろうことか子どもが出来た時の覚悟なんてものを、出歯亀しなければならないのだろうか。


 間宮は、おそらくこうした話し合いが、行われることを承知の上でオレを呼び出したに違いない。

 ついでに、彼女達が動きを見せた段階を見計らって、オレを天井裏に呼び出したに違いない。

 間違いない。


 ………有り得ないと考えていた、師匠の恋愛方面に対する野次馬精神が素晴らしい。

 これは是非とも、一対一タイマンでお話をしておきたいところだ。


 視線か、表情か。

 そんなオレの心情が表れたらしく、一瞬で間宮が顔面ブルーレイと化した。


「成功したとはいえ、まだあ奴とは付き合っている程度の事。

 銀次も忙しいのは相変わらずのようだし、私等の事で極力手を煩わせることはしないようにしなくてはな」

「それもそうだな。

 ………こうして思うと、寛大なお前が相手で良かったと思っている」

「ほほほ。それは褒め言葉じゃ。

 それに、私としてはこうして、共に苦楽を分かち合える相手がいる事の方が僥倖。

 それが、お主であったこともな」

「ふふ、ありがとう。

 褒め言葉として受け取っておく」

「無論じゃ」


 オレ達が息を潜めているとも知らず、和やかに談笑している2人。

 オレが危惧していたような修羅場など、到底垣間見せる事もなく、お互いがお互いの立ち位置を見極めた現状。


「(………なるようになる、って、こういう事なのか………)」


 感慨深く感じてしまうのは、オレも子どもの時とは違う感性を持つことが出来たからだろうか。


 昔は、有り得ない、無理だ、と頭ごなしに拒否していた事。

 それこそ、遠い夢物語だと思っていた事だ。

 家庭を持つという事を、オレは24年間生きて来て、想像出来た試しが無かった。


 想像での家庭の情景が、師匠達に感化されてしまっている事は否定が出来なかったが。


 まぁ、こうして彼女達の話し合いを聞く限り、一番の僥倖は運だ。

 今まで、不運だの悪運だの、とマイナス方面にしか働かなかった運が、24年目にして何故か幸運として巡ってきた。


 彼女達に出会えたこともそうだが、それよりも彼女達がしっかりと分別の出来る、そして寛大な懐を持っていたというのが一番の幸運だ。

 そんな2人の女性から、愛情を受け取れることがなんと幸せなことか。


 今更ながら、瞼が熱くなる程に嬉しいと感じるのは、やっぱりオレがまだまだ人間だった証拠のようだ。



***



 まぁ、閑話休題それはともかく

 オレの24年越しの幸せな時間は、ひとまず横に置いておく。


 オレが幸せに浸っている間にも、状況は刻一刻と変わっている。

 間宮との情報交換が必須な程には、オレが爛れ切った性活(・・)を送っていた反動が来てしまっているのだから。


「(ゲイル氏と、ハル氏からの報告は、次の通りです)」

「(うん、サンキュ)」


 まずは、定例報告。

 間宮から折り込まれたメモを受け取って、目を通す。


 なんだかんだ言って、例の『タネガシマ』の一件で、ゲイルは今大忙しだ。


 ヴァルトこと、シュヴァルツ・ローランが、騎士としての活動を再開するにあたって、元の家名であるウィンチェスターを名乗る事になった。

 一度辞めた騎士団に戻り、階級を昇格させることが決まっている。


 その為には、色々と手続きも必要ながら、一番の必須条件が功績だ。

 いくら、公爵家の次男であっても、一度は去った騎士団での地位を確立するには、それなりの実績が無ければただでさえ面倒臭い縦社会の貴族達の面目が立たない。

 そこで、以前の実績を洗い出し、更に今までの記録をひっくり返した上で、という暗黙の了解。

 ゲイルは、その作業に今しばらくは、てんてこ舞いだそうだ。


 ちなみに、彼の功績に関しては、ほとんど目途が付いている。

 勿論、以前彼が発明に成功した、『投擲雷槍ライトニング・ジャベリン』の開発者であることを公表するのだ。

 ただし、その為には正式な記録がなくてはならない。

 その資料を洗い出すのに時間が必要だが、必須なので致し方ない。


 その間にヴァルトは、とりあえず騎士としての訓練を一からやり直すという。

 まぁ、いくら今まで騎士団にいた頃と変わらず鍛えていたとはいえ、騎士団は個人の能力ではなく組織で動く。

 なので、その動きも含めておさらいとした上で、特別措置として再採用試験を受ける事にしているようだ。


 ただし、ここでオレ達としては大変ありがたい恩恵が一つ。

 オレと同等の能力を持ったハルが、手空きになったのである。


 つまり、オレがしたくても出来ない、王城での情報収集がハルのおかげで可能になったのだ。


 ラピスとの付き合いを始め、更にローガンとも付き合い始めた某日から既に1週間。

 その間に、オレが全く感知していない情報をハルが間宮へと渡し、それがこうしてオレに伝わる事となった。


 やはり、持つべきものは友達だ。


 そして、有能な弟子だな。

 コイツもコイツで、オレがちょっとばかし桃色な性活を送っている間に、情報収集で動き回っていたらしい。


 おかげで、『異世界クラス』側として秘匿されているであろう情報が、たんまり手に入った。


 まずは、気になっていた例の人質に関して。


「(結局は、馬鹿王子ハロルド(※名前を今知ったよ…)が有力って事だろうな。

 まぁ、国王の姪である痴女騎士イザベラも考えようによっては有りだとは思うが、あの騎士としての動きや趣味を見るに、おいそれとは外に出せないだろうな)」

「(良い意味でも悪い意味でも、彼女は癖が強いようですからね)」


 ………うん、それは同感。


 以前話していた、国王の悩みの種。

 例の放蕩三昧の馬鹿王子こと、ハロルド・ノア・インディンガスの処遇に関しては、やはり人質として他国に送り出す、という前提で調整が進んでいるようだ。

 国王自らが何度か説得に向かい、不承不承ではあるが了承も得ているようだ。


 まぁ、これ以上国王としても、馬鹿王子ハロルドの振る舞いには責任が取れないと実感しているのだろう。

 周りの人間を一掃して、環境を変えるだけでも違うと思うんだが。

 ちなみに、ハルもこれには苦言を呈しており、「オレが被害者の側だったら、1日で寝首を掻いただろうよ」とのお墨付き。

 ………嫌なお墨付きだなぁ、これ。


 まぁ、それは置いておいて。


 次に、来る『白竜国』国王・オルフェウスへの対抗策に関して。

 これは、どうやら連日のように会議を行って、せめて現状維持をと国王が粉骨砕身しているようだ。


 ………ちょっと意外。

 結構、無茶言ったり(※貴族家の取り潰しを迫ったり、土地の買収に関与させたり等々)していたから、てっきりオレ達の身柄の受け渡しを検討しているかと思っていたのに。


 なんか、オレ達が必要な催事でもあった?

 間宮へとこてり、と首を傾げてみせると、彼は無音ながらも手を打った。


「(あ、そういえば、これは騎士団内での噂話ではありますが、どうやら国王陛下のご息女が生後半年を前にしているとの事で、そろそろお披露目が控えているとか………)」

「(………あ、分かった。

 子どもの為に、国家予算枠の増額を検討してんだな。

 だから、金の生る木であるオレ達を、今後もダドルアード王国を拠点に活動させたい訳だ)」


 石鹸とシガレットの売上は、以前の輸出枠の5倍以上になっている。

 ついでに今後は医療部門で、更にダドルアード王国の為にもなる国家貢献の秒読みをしている段階だ。


 手放したくない、という理由が子どもの為。

 引いては、ダドルアード王国始まって以来の、女王誕生の為にはオレ達の技術開発が必要不可欠、という訳だ。


 オレ達を利用しようとしていることは差し引いて、やっぱり現国王は少しは見どころがありそうだ。

 愚鈍な王ではないと分かっているからこそ、ゲイルも付いて行っているのだろう。


「(ただし、一部の貴族家は再三の受け渡し要求に含まれる脅迫を恐れて、受け渡しを提唱しているようですが)」

「(ちなみに、その貴族家は魔族排斥派?それとも、穏健派?)」

「(………詳しくは調べていませんので何とも言えませんが、おそらくは排斥派でしょうね…)」


 うーん………。

 やっぱり、例のジャッキーとの手合わせが、ちょっと響いたかもしれないな。


 魔族排斥派も多い中で、半ば本気のデスマッチは流石に不味かった。

 ジャッキーだけが悪い訳ではない。

 ブッキングさせた、オレにも落ち度は多々ある。


 だが、おそらくは、まだまだ魔族排斥派が多い貴族社会では、衝撃だったことだろうな。

 だからこそ、獣人とはいえ魔族との繋がりがあるオレ達を、今のうちに王国から追い払っておきたい、と考える輩も多そうだ。


「(それに、以前侯爵家と伯爵家を相次いで取り潰しにした件で、国政に関与させ過ぎていると一部の貴族達からの不満もあるようです)」

「(まぁ、平穏無事に終わるとは思ってなかったから、予想範囲内ではあるけど、な)」


 まぁ、確かに今回ばかりは、オレも少々無茶をしたのは分かっている。

 取り潰しではなく、せめて財産や領地の一部没収程度にとどめて置けばよかったと今更思っても後の祭り。


 オリビアやラピス達を侮辱されたこともだが、生徒になるであろうディランやルーチェにまで権力を振り翳した馬鹿な貴族家に、頭に血が昇っていたいたのもあったのだろう。

 ………くそう、首が締まっている気がするのは、気のせいだろうか。


 まぁ、公爵家を取り潰していないだけ、まだマシだ。

 それに、魔族排斥派の最大勢力であったラングスタが、一時的失脚で屋敷に缶詰だ。


 表立って、叫ぶことも出来ない分、会議で国王へとぶつけている可能性は高い。


 魔族排斥をうたいながら、裏じゃこっそり魔族の娼婦を買える娼館に出入りしている貴族家もあるらしいので、そこらへんからじわじわと締め上げていくのも良いかもしれん。

 ちなみに、これはハルからの情報である。


 まぁ、この件に関しては、国王と改めて定例会議を開いて結果を聞くしかないだろうな。


「(次に、例の『予言の騎士(にせもの)』一行に関してですが、)」

「(………あれ?また、なんかやらかしたの?)」


 これまた、意外だ。

 大陸を南北とはいかずとも遠く離れた国に拠点を置く彼等の情報が、すんなり入ってくる。


 情報伝達技術が乏しい中で、この伝わり方はちょっと頻繁過ぎる。

 おかげで、オレとしてはまた問題でも起こして、醜聞をさらしたのかと冷や冷やしてしまう。


 オレ達の外聞にも影響しかねないから、本気で辞めて欲しいんだけど。


「(………今度は、ギルドの依頼に商隊キャラバンを巻き込んで、多数の犠牲者を出したそうですよ)」

「(………救いようがねぇな)」


 と、思ったら案の定。

 間宮のげっそりとした表情で即座に醜聞だと分かったけども、内容が内容だけに頭痛が痛い。


 商隊キャラバンなんて、完全に一般人じゃねぇか。

 ギルドの依頼を受けるのはまだ良いが、そこに一般人を巻き込んじゃダメだろう。

 しかも、犠牲者まで出したとなると、


「(………最悪、違約金どころか冒険者資格の剥奪もあり得るんじゃ…?)」

「(おそらくは…。

 しかも、発行した大元である冒険者ギルドの責任問題になりかねませんね)」

「(………ジャッキーに話を聞きに行った方が良さそうだな)」


 ああ、もう馬鹿なの、あいつら。

 これで、オレ達まで同じように見られて、公務に支障が出たらどうしてくれんの?


 間宮と同じように、オレまでげっそりとしてしまった。

 最近、肌の調子が良くなった、と生徒達からちやほやされていたのに、また隈が出来てしまうかもしれない。


「(ちなみに、現状で奴らが移動しているのはどのあたり、ってのは判明しているのか?)」

「(商隊キャラバンの位置に関しては、シャーベリンとメルンボルンの中間地点にある荒野との事だったので、おそらくはそのまま南下するつもり、としか分かりませんね)」

「(………明らかに、ダドルアード王国(こっち)に向かって来てねぇか?)」

「(話を聞く限りでは、そのようですね…)」


 ………まだ先だと思っていた邂逅が、近付いて来てしまっている件について。

 王国の方で、入国拒否とかしてくれたりしないかなぁ…。


 無理だと思っているので、諦めるしかないんだろうけど。

 ………げっそり。


 ちょっと、現状では問題が多すぎて、抱えきれなくなって来たかもしれない。

 『天竜族』との『オハナシ』もあるってのに、もう、どうしてくれんのこの状況。


 ………ちょっとサボって、怠惰で桃色な性活をしていたオレも悪いのかもしれん。

 反省しなきゃ。


「(あ、ちなみに、朗報では無いかもしれませんが、どうやら人相が割れて来たようでしたよ)」

「(お、顔とか恰好が分かったのか)」


 それは、ありがたいな。

 知らん間に、ダドルアード王国に入っていて、街中で突然鉢合わせ何てことになっても、人相が割れているのと割れていないのとでは大きく違うから。


「(『予言の騎士(にせもの)』本人は、明るい金色の髪をした20代~30代の男だそうです。

 背中に身の丈程の大剣を背負い、今のところはラフなパンツ姿やマント姿での目撃情報が多いようです)」


 ………うん、と?

 それって、外人だってことなのかな?

 明るい金髪ってことは、高確率でこっちの人間か杉坂姉妹のように、海外の人種の血が入っていないとおかしいと思うんだけど?


 元の髪色が金色だったオレはちょっと例外。

 多分、突然変異の異形ってことだろうから。


「(話を聞く限りでは、そのようですね。

 それ以外の話が入ってこないので、詳細は分からないとの事ですが、)」

「(………外人だったとすれば、言葉が通じるのは頷けるな。

 オレ達と違って、ファーストコンタクトに苦労はしてなさそうだ…)」

「(悔しいですが、その通りですね)」


 本当に間宮が、悔しそうに歯噛みをした。

 最初の頃を思い出したのだろう。


 もう、オレは気にしていないから、お前もあの時の牢屋の一件は忘れなさい。


 気を取り直して、報告を聞く。


「(これまた偽物の『教えを受けた子等』に関しては、人数が定かではないです。

 ただ、7人から9人、と意外にも少ないようですが、報告が確認されているのは9名程度らしいですね)」


 確かに、少ないと思える。

 以前遭遇した召喚者達は、教師を含めてクラス丸ごと33人が召喚されたと言っていた。


 犠牲になった可能性もあるので、人数に関しては詮索しない方が良いのかもしれない。


「(ちなみに、黒髪が数名と、白髪、金髪、が2人ないし3人程と確認されているようです)」

「(こっちは、うちのクラスと似たり寄ったりだな。

 やはり、可能性としては外人か日本人のクォーターといったところだろう)」


 まぁ、人種に関しては、おそらくオレ達がどうこうは言えない。

 どういう基準で、召喚されているのかも分からないから、一概に日本から来たとも言い難いだろうしな。


 ………もし外人が来ていたら、きっと生徒達は羨ましがるだろうな。

 言葉の習得をすっ飛ばして、戦闘訓練に入れたってことだろうから。

 まぁ、今では生徒達もバイリンガルだから、恨み事も少ないとは思うが。


 そんなオレの微妙な心情に、間宮も微かな灯りの中で気付いたのか、


「(………行動概念が破綻している人間達だと予想が付きますので、オレ達と比べる必要は無いと思います)」

「(………そうだな)」


 オレに向かって、にこりと微笑む。

 思わず、オレは苦笑を零してしまった。


 コイツは、本当に出来た弟子だよ。


 なんにせよ、こうして相手の情報が入ってくる事は良いことだ。

 先ほども言ったように、知らない間に王国内へと入っていて、唐突に顔を合わせるという事さえ無ければ問題は無いのだから。

 人相が割れているなら、ある程度の邂逅は避ける事が出来るだろうから。


「(後は、細々とした報告しかない、との事でしたよ。

 ヴァルト氏がどうたらこうたら、と相変わらずハル氏の行動理念は、彼が中心という事ぐらいしか分かりません)」

「(………ハルが誰か一人に入れ込んで、ってのは割としょっちゅうだからね)」


 こちらも相変わらずのようで、思わず苦笑。

 同期の同性愛者の青年は、相変わらず行動理念が一貫しているから、考えはともかく分かり易くて良い。


 間宮の言う通り、彼から手に入れた情報も、間宮が持ってきた情報もほとんど擦り合わせてあって、真実らしい。

 ヴァルトを含む、ウィンチェスター家の問題が大分片付いて来た所為か、ゲイルもゲイルで最近は仕事が楽しいらしいしね。


 という訳で、オレ達の天井裏での報告会は終了した。


「あ奴がせめて、もう少し休んでくれれば、気を揉む事もないのじゃがなぁ」

「………アイツ、無理をしてばかりだものな」


 そんな中、足下からの言葉に、思わずギクリ。


 どうやら、気付かれてはいなかったようだが、現在進行形で自分の仕事を全うしているオレからすると、少しばかり耳に痛い言葉であった。


 まぁ、気持ちは分からんでもない。

 けど、これもオレの性分なので、出来ればそっとしておいて貰えると………、


「(今日もお休みをお勧めします。

 どうせ、春休みなのですし、外も豪雨で外出だって出来ないのですから、)」

「(………ぐすん…)」


 オレにしてみれば、十分な休養であっても、間宮や彼女達からしてみれば、まだまだ足りないらしい。

 あれ、おかしいな。

 目から、汗が………。



***



 その翌日であった。


 昨夜未明まで続いた豪雨もなんとか過ぎ去り、地面は未だに濡れたままではあるが裏庭に出た。

 間宮との修練の為、ついでにある程度の被害状況の確認の為だった。


 とは言っても、物置も無事だし、庭には最初から草木は生えていなかった為、大した被害は出ていない。

 せいぜい3階の一部の生徒達の部屋で雨漏りが発生した程度だ。


 改築の予定に、屋根の修繕も含んでおくか。


 そう考えつつも、のんびりと久々の鍛錬で間宮を扱いている時の事。

 裏庭に駆け込んできたのは、榊原だった。


「あ、先生!冒険者ギルドから、お使いの人が来てるよ!」

「うん?」

「(何かあったのでしょうか?)」


 朝から冒険者ギルド(ジャッキー)の呼び出しってのも、珍しいものである。

 とりあえず、本日の鍛錬は終了とした。


 お使いが居るであろうダイニングを目指し、正面玄関へと回る。

 玄関を開けると、そこにはAランクパーティーのメンバー、ライアンとイーリの姿があった。


 朝の鍛錬に起き出していたのか、ちらほらと生徒達の姿もあって、談笑をしていた。


「おう、久しぶりだな」

「ああ、久しぶり」

「お久しぶりでございます。

 相変わらず、逞しいお姿でいらっしゃいますのね」


 ライアンとは、数週間前の貴族家子息・子女の編入試験以来。

 イーリとは、以前のゴーレム退治依頼の時以来だろうか。


 彼女も彼女で相変わらずである。

 ………ただ、少し気落ちしているというか、疲れていると感じるのは何故だろうか。


「とりあえず、ジャッキーさんから、アンタ等へのお手紙だ」

「わざわざ、お前等が?」

「ああ、今日はちょっとした用事があって、サミーともども暇なもんでね」


 そう言って、苦笑を零したライアンから、手紙を受け取る。

 最近になって受け取るの事の増えた手紙に、胃がヒヤリとするのはどう考えてもトラウマになりつつあるからだろうか。


 手紙の封を切り、ダイニングテーブルへと進む。

 三つ折りの手紙を開くと、


『今日の午後、暇なようなら付き合ってくれ。

 少しばかりお前に報告しておきたい事案と、要件がある』


 簡潔な内容が記されていた。

 うーん、とリアルタイムと言えばなんなのか。

 オレもジャッキーと少し話したい内容もあったのでありがたいが、今日の午後というのも突然だな。

 まぁ、大した用事は無いので、出向くのは吝かでは無いが。


「うん、分かった。

 ………要件の内容が気になるところだけど、」

「それは、直接ジャッキーさんから聞いてくれ。

 オレ達は、手紙を届けるだけの仕事を頼まれただけだからな」


 そう言って、オレのいぶかしげな視線に気づいたのか、苦笑のままで肩を竦めたライアン。

 ただ、この様子を見るに、彼は要件に関してはあらかた目星が付いているようだ。


 なんか、怖い感じがするけど………。

 まぁ、良いか。


「じゃあ、昼頃になったら冒険者ギルドに出向くよ。

 ………手ぶらで返すのもなんだし、このまま飯食っていったら?」


 そう言いつつ、オレ達の様子を眺めていた榊原へと視線を向ける。

 わざわざ、手紙届けに来てくれたらしいから、多少はお零れがあっても良いだろうし。


「うん、2人分追加で準備するよ」

「おお、悪いな。

 いつもはハンナさんのところで食わせて貰うんだが、今日は急ぎだったから食いっぱぐれてよ………」

「…申し訳ありませんが、私は既に済ませてしまいましたので、これで…」


 ライアンは食べていくようだ。

 ただ、イーリさんは食事を食べてきたということで、帰り支度を始めてしまった。


 ふと、時計を見るが、時刻はまだ7時前。

 いくらなんでも、食事をしてきた、というのは早すぎないか?


「遠慮なんてしなくて良いぞ。

 わざわざ来てくれたんだから、朝食ぐらい、」

「い、いえ、遠慮なんて………」

「ああ、イーリは息子がいるから、飯も早いんだ」


 そこで、ふとライアンから衝撃の事実が口にされた。

 え、まさかの子持ち?


「え、ええ、そうなんです!

 さ、先にギルドに集まる予定があったので、家に置いて来ているのですが、」

「あ、そっか。なら、早めに帰ってあげないとね」


 そう言って苦笑を零して、彼女を見る。

 しかし、


「(………あれ?)」


 そんな彼女は、顔色が真っ青だった。

 子どもの話をしただけだというのに、この反応は一体なんだろうか。


 首を傾げようとした瞬間、イーリさんと目線が合わさった。


「あ、………その、すみません。

 ちょ、ちょっと心配なので、早めにお暇させていただきます」

「………あ、ああ、引き留めて悪かったな」


 そのまま、彼女はそそくさと玄関から出て行った。


 ………あれ?

 思わずその場で首を傾げるが、ライアンからはまたしても肩を竦められるだけだった。


「オレも子どもがいる、と聞いただけで実際会わせて貰ってないんだよ。

 まぁ、アイツの事だから、そんな分かり易い嘘を吐いている何てことは無いだろうが、」

「………えっと?」


 ということは、イーリさんが子どもの話で、ああいった挙動不審になるのはいつもの事?

 ライアンもどこか慣れた様子だったので、オレもそれ以上は追及しないけども。


「お主は、また女を見境なく口説いたのかや?」

「うえっ?そ、そんなつもりはなかったんだが、」


 いつの間にか、背後にラピスがいて驚いた。

 その後ろからは、階段を降りて来たローガンもいて、何も後ろめたいことは無い筈なのに冷や汗が垂れてしまう。


「………確かにああした不審な行動は気になるだろうが、あまり女の尻を追いかけてくれるなよ」


 あ、はい。

 そうします。

 別に、尻を追いかけた訳ではなかったんだが。


 つい先日、結ばれたばかりという事でまだまだ彼女達からは浮気の心配をされているようだ。


 ………オレは、そんなに見境無しの女ったらしに見えるのだろうか。

 ちょっとだけ、しょんぼりしたのは内緒にしたい。


「まぁ、そのうちアイツも、話してくれるとは思ってるけどな。

 まだ結成して4年足らずじゃ信用も足らないだろうしよ」

「あれ?まだ、そんなもんなんだ」

「ああ、忘れちゃ困るが、レトもディルもまだ10代だからな」

「………そういや、そうだったね」


 あの小さいながらもグラマラスなレトと、ガタイの良すぎるディルを見ていると忘れそうになるが、そういやアイツ等まだ、20歳にもなってないんだった。

 そりゃ、ジャッキーとも普通の冒険者とも、年季が違うわな。


 ちなみに聞いたところ、レトは5年目、ディルは4年目との事。

 ライアンは12年目で、サミーは7年目、イーリさんが4年目。

 ディルもイーリも、結成した当初からニュービーだったようだ。


 それでも、Aランクパーティーとして活動出来ているとは素晴らしいもんだ。


「まぁ、たった数ヶ月での平均Aランクのアンタ等には負けるがね」

「………それは、なんか、申し訳ない…」

「いや?…アンタ等がその為にどんだけ苦労したのかは、前の試験の時の鍛錬で良く分かってるから、妬ましいとも思えねぇから」


 ライアンからの一言には、オレだけでなく生徒達も苦笑を零した。

 まぁ、オレの訓練メニューについては、元々生徒達から苦言の的だった事もあるからね。


 編入試験の時は、初心者用。

 もう、通常の訓練に切り替えているから、余計に生徒達にとっては大変かもしれない。


 そんな他愛無い会話をしつつもライアンを朝食に招き、今日も『異世界クラス』の一日が始まった。


 ジャッキーからの呼び出しの内容が、少々怖いと感じながらも。



***



 朝食を終えてライアンを見送った後、商業ギルドの例の商売人が来た。


 いつもウチの校舎に、食料品を降ろしてくれる商売人だ。


 昨日の豪雨の為、正確には最近やってきたハリケーンの所為で、滞っていた物流が本日から動き出したとの事。

 汗かきハンカチで額を拭いながら、小間使い達と共に荷物を置いていった商売人はまたしても丸っこくなっていた。

 羽振りは良いらしいな。


「いやはや、お茶の原料(※『ボミット病』の治療薬用漢方である)に関しても、問い合わせがありましてね」

「茶屋をやる訳ではないんだが、」

「知っておりますとも。

 ただ、どこから仕入れてくるのか、『予言の騎士』様がお気に入りという噂だけで、茶葉や香辛料が飛ぶように売れましてね」


 そういや、オレ達が頼んだ薬の材料とかに関しても、彼の管轄になったのだったか。

 そりゃ、こっちとしてもいくらあっても足りないぐらいだから、懐は潤沢になるだろうね。


 まぁ、ウチの卸し分が無くならなければ、それで良いよ。

 予期せずオレの有名税で、商売人が繁盛しているなら悪い事ではないと思うから。

 いつも通りの品物と代金を交換して、ほくほく顔で帰っていく商売人も見送る。

 次は、1週間後との事だった。


 そこで、荷物搬入を受け入れていたキッチンの裏口に、朝のトレーニングに出ていた香神が戻ってきた。


「あ、先公。

 こっち、荷物運んでおくから、ダイニングに戻ってて良いよ」

「どうかしたか?」

「ミアの親父さん来てる。

 前に、依頼を受けた『建築連合』の親方も一緒だったから、多分改築の事じゃないか?」


 あれ?予定入ってったっけ?

 とりあえず、お言葉に甘えて荷物の搬入は香神と榊原に任せて、キッチンからダイニングへ。


 ダイニングへと案内されると、徳川が例の親方らしき人物と意気投合している姿が見えた。

 ………こらこら、お前、仮にもお客様なんだから。


「徳川にぴったりな力仕事がキッチンにあるぞ」

「ぐえっ」


 アイアンクローで動きを止めておいて、そのままキッチンの荷物搬入組に投入しておいた。

 無茶な事さえしなければ、パワーファイターのアイツにはうってつけな仕事だからな。


 そんな徳川を目線だけで見送って、改めてお客様とご対面。


「お久しぶりです、『予言の騎士』様。

 本日は、『建築連合』の代表として、お邪魔させていただきました」

「お初お目にかかります。『建築連合』監督をしている、デビット・ホーリンでさぁ」

「お久しぶりです、ジョンさん。

 初めまして、デビットさん。

 改めまして、『異世界クラス』担当教師の銀次・黒鋼です」


 ソファーに掛けてもらって、そのまま話を聞く。

 間宮の気配がいつの間にか消えているので、おそらくお茶を淹れに行ってくれたのだろう。


 とはいっても、話というのは既に通してある。

 校舎の改築の件で、見積もりも上げて貰っていたし、裏庭の拡張として土地売買の話が一段落してから、と話していた筈だったが。


「すみません、突然連絡も無しに。

 実は、現校舎で使われている木材を、デビットが見ておきたいとの事だったので、」

「すいませんや。

 仕事をさせて貰うからには、徹底的にやらせて貰わにゃ気が済まんのですわ」


 そう言って、ぐるりとダイニングを見渡していたデビット。

 今まで、オレ達は入る前から、何度か改築をされているらしいこの現校舎の建て付けに関しては、どうやら親方も眉を顰める程の無茶があるようだ。

 流石に建築業はかじっていない素人のオレにも、無茶な改築の跡は分かったからね。


 ただ、こういう職人気質の人に任せるのは安心できる。

 自由に見てください、と護衛の騎士を借りて案内役に付けつつ、


「部屋の中も見るかもしれないから、散らかっている奴はすぐに片づけて来いよ!」

『うげっ!』

「やべぇ、洗濯物出しっぱなしだ!」

「んぎゃあ!そんな簡単に片づけられねぇ!」

「ご自由にどうぞ」

「うン、散らかシようガないほド、荷物ガ少ないしネ」


 部屋の抜き打ちチェックと称して生徒達をダイニングから追い立ててやった。


 そうかそうか、今駆け出した奴らは散らかっている組か。

 そして、のんびりしているのは、綺麗好きのメンツだろうからまぁ、良いだろう。


 しかし、徳川は安定だな。

 ………しかも、そんな簡単に片づけられない部屋ってのも、どういう事なのだろうか。


 拳骨も視野に入れておこうか。


「ははは。なんというか、お父さんみたいですね」

「4児の父親であるジョンさんには、負けるさ」


 なんてことを言いながら、午前中は生徒達の部屋の抜き打ちチェックで終わった。

 女子組の部屋に関しては、なるべく遠慮してもらった。

 

 けど、実は一番汚かったのがオレの部屋だったと知って、若干のショックを受けたのは内緒にしたい。

 流石に、オレの部屋は資料室も兼ねているから、散らかり放題にしかならないの。

 ………げっそり。



***



 『建築連合』の2人は、あらかたの改築予定や構想を掴んで帰ってくれたようだ。


 木材に関しても、現状ダドルアード王国で流通している木材で賄えるとの事だったので、材料費が別途料金という事にはならない、との事だった。

 物置の金貨袋をどうにかしたいだけだったから、いくら掛かっても良いんだけどね。

 そう言うと成金のように聞こえるかもしれないから、口には出さないけども。


 贅沢と言うなかれ。

 オレ達の金に関しても、元々は国庫であり税金だったのだから、溜め込むよりも循環させる方が良いと考えたからこその結果である。


 まぁ、それはともかく。

 

 早めに昼食を取ってから、軽く身だしなみを整えて冒険者ギルドへ。

 面子は一応、オレと間宮とローガンの3人だ。

 生徒達も来たがってはいたのだが、午前中は抜き打ちチェックやらなにやらでトレーニングが終わっていない生徒達もいた為、お留守番。

 唯一、トレーニングを終えていた間宮が、ひっ付いて来た。


「あれ?なんか、混雑してる?」

「そうだな。珍しい」

「(何かあるんでしょうか?)」


 今日は、いつも以上にギルドがごった返していたので、入り口で少し入るのを躊躇してしまう。


 しかし、カウンターからちらり、と見えたクロエがオレ達を見つけ、


「あ、ギンジ様!

 お待ちしておりました!」


 ふわふわと柔らかそうな髪を揺らしながら、駆けつけてくれる。

 ついでに、豊満で奔放な胸元が揺らされているが、それは彼女が悪い事ではないだろう。

 ………わがままボディなんだから。


「久しぶり、クロエ。

 お待ちしておりましたって、ジャッキーからの呼び出しの件で合ってる?」

「はい、勿論です!ギルドマスターが、首を長くしてお待ちです!」


 そ、それはそれで、会いたくないかもしれない。

 口元を引き攣らせつつ、苦笑。


 ついでに、クロエに向けていた視線の所為かローガンの背後からの尻抓りのせいで、眉根も寄っているが苦笑は出来ない。

 尻の肉が無くなるのかと、不安になってしまった。


 しかも、入り口での会話だった為、ギルドに集まっている冒険者らしき面々から鋭い視線が刺さっている。

 なるべく早めに、移動をした方が良さそうだが。


「ああ、いらっしゃいましたね。

 僕らも実は、首を長くしてお待ちしていたんですよ?」

「へっ?」


 痛みの所為で涙目の中、掛けられた声の方へと視線を向ける。

 聞き慣れない声だったので、咄嗟に睨みを利かせてしまったが、


「………おっと、そう睨まないでくださいよ」


 苦笑ともつかない苦々しい顔をした、茶髪でそばかす顔ながらも端正な顔立ちの青年が一人。

 その背後には、大柄な獣人らしき男と、ローブと杖を持った小柄な少女、それからローガンのように筋骨逞しい女性が一人ずつ。


 あれ、どっかで見たことのあるような布陣だ。

 RPGなんかの冒険者のパーティーって、大概4人だったりする所為だろうか?

 この茶髪の青年は勇者とか戦士とかで、獣人らしき男がタンク、少女が魔術師に、筋骨逞しい女性がこれまた戦士か何か?


 ………というか、どちら様?


「初めまして、『予言の騎士』様。

 僕らは、Aランクパーティー『ファントム・ギャロップ』のメンバーです」

「これは、ご丁寧に。

 紹介の必要は無いと思うが、『予言の騎士』銀次・黒鋼だ」


 どうやら、彼等もAランクパーティーの冒険者だったようだ。

 手を差し出されたのだが、


「それで、なんでオレを待っていたんだって?」


 敢えてスルー。


 目の前の青年は驚きに目を見開き、クロエは何故か当然ですとばかりに胸を張っていた。

 背後のローガンと間宮は首を捻っていたが、理由は後で説明するよ。


 クロエが何故胸を張るのかは分からんが。

 とりあえず、この『幻惑の駆歩ファントム・ギャロップ』とかいう厨二な奴らの要件を先に聞いてしまおう。

 驚きから憮然とした表情へと変わっていた青年へと改めて視線を向ける。


 今回は、睨みを利かせるようにして、わざと目つきを悪くする。


「………そ、それは当たり前でしょう?

 たかが冒険者ギルドの催しに、あのご高名な『予言の騎士』様がいらっしゃるとの事だったので、」

「………どういう事だ?」


 ただ、青年から続けられた言葉に、思わず呆気。

 目つきを悪くした意味もなく、きょとりと目を瞬いてしまう。


 同じように目を瞬いた青年の背後で、魔術師の少女が何故か噴き出していた。


「………も、もっぱらの噂だったんですが、知らなかったのですか?」

「だから、何が?」


 意味が分からん。


 冒険者ギルドの催しとか言われても、オレ聞いてないし。

 しかも、オレがここに来る事が外部に漏れてるだけでなく、噂として公然と知られているってどういう事?


 ってか、


「まだ要件も聞いてないんだけど、」

「す、すみません!今、マスターにお取次ぎしますのでっ!」


 とっとと移動したかったのに、いつの間にか周りを冒険者に囲まれているってどういう事!?

 突き刺さる視線が、半分好奇心で半分以上が敵意とか。

 野次馬精神と、嫉妬が隠しきれてない奴らばっかり。


「………あ、本当に何も、知らなかったんですね」

「ああ、昼になったら来い、と呼び出されただけだったからな」

「………。」


 青年も、どうやらお互いに粗略があったと、察しが付いたようだ。

 そして、先ほどオレにしようとしていた(・・・・・・・・)その行為(・・・・)にも思い至ったのか、顔を真っ青にしたのはしっかりと見届けてやった。


 ローガンと間宮は、その場で首を傾げているだけではあったが、まぁ追々話すよ。

 なんにせよ、今回のジャッキーの呼び出しに関しては、相当嫌な予感を感じている事は確かだった。



***



「だぁっはっは!悪かったな、ギンジ!」

「逃げも隠れもしねぇから、最初っから要件を言ってくれってんだ!

 おかげで、こっちはどこの誰かも分からない冒険者達の前でいらん恥を掻いた!」


 なんて、大きな笑い声をあげたジャッキー。


 オレからの恨み言を聞き、ついでに冒険者ギルドの入り口で起こった一悶着に関しても話したものの、ジャッキーは尚も笑みを崩すことはなかった。


「それにしたって、よく気付いたな!

 普通、魔法付与での不意打ちってのは、気付かないもんなんだが」

「手甲が、自棄に精霊を囲っていたから気付けただけだよ」


 そうそう、さっきの茶髪の青年の握手、なんで断ったのかと言えばそれが原因ね。

 どうやら、握手にかこつけて、魔法付与の手甲でなにやらオレにダメージか何かを与えたかったようで。


 視線の誘導はばっちりだったが、その視線の先で安定のファンタジーフィルターが作動していては隠しようも無いだろう。

 『風』の精霊だろう、緑色が纏わりついているのを見て、即座に握手は遠慮した。


 まぁ、それもこれも、ジャッキーの要件が原因だって事なんだから、腹立たしい事この上ない。


「………やるかやらないか、なんて決まってるじゃないか。

 もう、受付も開始して、オレも一部にとはいえ顔を見せちゃったからには、今更逃げ帰るなんて出来ないんだろ?」

「ご名答、って事だ。

 Aランクの面々は、お前がいるってだけで、気合の入り方が違うからよぉ!」

「だからって、相談も無しにこんな要件を言いつけないでくれよ!」


 ジャッキーは、大概無茶ぶりが過ぎる。

 何が?と言えば、相談も無しに、オレを『試験官ジャッジ』に任命した事だよ。


 実は今日、冒険者ギルドの催し、としては半年に一度の試験があったのである。

 要は、騎士団と似たようなもので、試験の合否でランクアップが認められる。


 冒険者ギルドでのランクアップの方法は、主に二つ。

 一つは、こうした半年ごとの試験で、実力を認められてのランクアップ。

 二つ目が、以前生徒達が行ったランクアップの方法。

 ギルドへの莫大な貢献や、依頼内容の大幅な偽装や虚偽があった場合の合否によって認められるお墨付き。


 そして、今日はそのランクアップの為の、重要な試験日。

 更には、合否を判断する試験官に、オレこと『予言の騎士』が引っ張り出される事となったらしい。


 おかげで、例年以上の盛り上がりとなっているとは、ふくふく顔のジャッキー談だった。

 ………おいこら、酒飲みオオカミ人間。

 人の有名税を勝手に集客に使いやがって、どういうつもりだこの野郎。


 しかも、その所為で、入り口の『ファントム・ギャロップ』なる名前の恥ずかしい連中に喧嘩を売られた訳だ。

 あろうことか、試験官を昏倒まではいかずとも、怪我をさせて怯えさせてやろうという魂胆だったらしい。

 目で見てすぐに気付いて、企みはあっさりと潰してやったがね。

 一度目は良いが、二度目があるなら、容赦はしないでおく。


 ローガンも間宮も、若干呆れ顔だった。

 もうそんな時期か、と苦笑を零していたローガンだったが、彼女の場合は何百年前になるのやら。


 まぁ、それは良いのだが。


「………とはいえ、いきなりどうした訳?

 確かに借りが無いとは言えないけど、こんな強硬手段なんて今までしなかったじゃん」

「まぁ、お前もやっぱり、そこら辺は察してくれると思ったよ」


 またしても、考えていたことがバレたのか、ローガンから頬を抓られながら、理由を説明してもらうことにする。

 仲のよろしいこって、とジャッキーは明らかに話を逸らそうとされたけども、目線で続きを促した。


 すると、即座に苦々しい表情を見せたジャッキー。

 心無しか、耳までしょげ返ったかのように、片方が垂れ下がってしまっていた。


「レトとディルだよ」


 表情と同じく、苦々しい声音も返ってきた。

 とはいえ、片側だけが下がったジャッキーの獣耳が思いのほか可愛らしく、言葉の半分が右から左だった。

 ら、聞いてんのかテメェ、と酒のボトルが飛んできた。


 いかんいかん。

 コイツの前でぼーっとしていると、目の前に死が突然迫ってくる。


「えっ?あの2人が、どうかしたのか?」

「………本当に、聞いてたのか、怪しいもんだなぁ!

 ………まぁ、良い。

 今回のランクアップ試験に、アイツ等も参加しやがるのよ」


 そこで、なんとなく合点がいった。

 この冒険者ギルドで、本来試験官の役割を果たすのは、おそらく通例ならばジャッキーなのだろう。


 しかし、だ。

 今回は、娘と息子の両名が参加する、となれば、話は別。


 両名が受かったとしても、それが周りの目にどう映るか。

 一目瞭然。

 今まで散々言われてきたことではあろうが、実力そのものが評価されない可能性がある。


 妬む奴らには、そんな負け犬の遠吠えしか出来ないからだ。


 だからこその、代替え案。

 それが、オレを試験官に添えるという事だった訳。


 なら、他のSランク冒険者のカレブや、ヘンデル、ベロニカでも良かったんじゃとは思わなくもない。

 ただし、カレブは既に他国冒険者ギルドへの応援の為にダドルアード王国を離れてしまっているとの事だったし、ヘンデルは手紙で呼び掛けても応答が無く、ベロニカは子育ての為に辞退。

 カレブとベロニカは仕方ないとして、ヘンデルはどうなの?


 まぁ、仕方ない。

 急遽ではあるものの、まだ朝から連絡をくれただけマシだろうか。

 恨み言は多々あれど、腹を括る他無さそうだ。


 だが、ふとそこで、


「報酬に関しては、出来るだけ考慮する。

 なんだったら、お前のランクアップも検討してやらぁ」

「馬鹿言えよ。

 Sランクなんだから、アップも何も無いだろうが、」


 報酬の話をしていたのに、何故かいきなりランクアップの話が出た。

 Sランクに上っておいて、まだあるの?

 と聞きたくなってしまってジャッキーに視線を合わせたと同時に、一気に顔を逸らした。


「こら、なんで顔を逸らしやがった!?」

「イエ、逸ラシタナンテ滅相モ無イ」


 だって、めちゃくちゃ笑顔だったんだもの。

 うわーん、怖いよぉ!!


「まさか、幻のランクが出たのか!?」


 とか思っている間に、オレではなく背後のローガンがジャッキーに詰め寄っていた。

 しかも、幻のランクとか言っているけど、何それ!?


「実は、幻とも呼ばれるランクが、冒険者ギルドには存在していたんだが、」

「ああ、ここ数百年どころか、冒険者ギルドが始まって以来、誰も見た事が無いというランクでな、」


 ………何、この2人。

 まるで示し合わせたようにして、良い笑顔で何をのたまっちゃってるの?

 何を喜々として語っちゃってんの?


 しかも、幻のランクとか、さっきの『ファントム・ギャロップ』よりも更に厨二臭いが………?


 ただ、オレのそんな内心は、彼等はお構いなしだった。


「それが、SSランク。

 Sランクの更に上、と言われる伝説級のランクって訳だ!」

「過去、その高みに到達したのが、たった2人だけの幻のランクという訳だ!」


 息も揃ってぴったりと。

 表情もどこかそっくりで、頬を赤らめて語り終えた2人は、何故か自棄に堂々と胸を張っていた。


「ああ、そう」


 ただ、オレにとっては、なんだかどうでも良い話だった。

 ジャッキーには冷たい視線を返し、ローガンには堂々と張った胸をこれまた堂々とお触りした。


「て、テメェ!冒険者の夢をなんと心得てやがる!?」

「大事な話をしているというのにっ!」

「だって、そこまで興味無ぇもん」


 執務用の机がばん、と叩かれて上に乗っていたものが浮いたとか気にしない。

 ローガンが、渾身の「おっぱいがーど」をしただけとかいうのも気にしない。

 以前は、鉄拳の一つでも飛んできただろうに、大人しくなってくれたものである。

 むしろ、可愛い。


 ともあれ、


「その幻のランクがどうたらこうたらって、別にオレには関係無いだろ。

 別に、今後冒険者で食っていくつもりも無いから、今のままで十分だし」

「いつか、お前が教師じゃ食っていけなくなったら拾ってやるつもりだ!」

「縁起でもないこと言うんじゃねぇ!」


 先ほど投げつけられたボトルを、思わず投げつけてしまった。

 やめろ、本業解雇とか。

 マジで、洒落にならねぇから。


 いや、マジで。

 最近、名乗る際に『予言の騎士』っていう名称が先に出てきちゃうのは、否定出来んけども。


 頭痛を感じ、頭を抱えている最中。


「『黒竜国』で、遂に出たって話だ」

「ああ、だからか」


 そう言って、腕組みのままでにこやかに笑うジャッキー。

 頭から血が出ているのは、ご愛敬らしい。

 (※さっきのオレのボトルの所為だけど、謝らないからな)


 そして、納得した様子を見せているのはローガンだ。

 顔が少々赤くなっているのも、ご愛敬。

 (※これには、ちょっとだけ謝っておく。

 嫁さん怒らせておいて、良い事があるとは思えんから)


 とはいえ、要約すればこういう事。


「オレ達Sランクの冒険者にも、ランクアップ試験を受ける要請が出てやがる。

 まずは、ギルドマスターや、主要会議に出席した冒険者を中心に、再度ランクアップ試験をしろって、『黄竜国』の冒険者ギルド本部からのお達しさ」


 何百年ぶりかに、伝説のSSランクが出た。


 という訳で、今回のランクアップ試験に合わせて、主要メンバーとなっているSランク冒険者にもランクアップ試験の通達があったそうだ。

 それは、勿論ジャッキーや、ローガンも対象という事。

 間宮は未だなったばかり、ということで参加資格は無いらしいが、


「レトもディルも参加する上、オレも今回は参加することになる。

 だからこその、お前って事だよ」

「………やっぱり、帰る!」

「逃がすか、馬鹿野郎!」


 駆け出すオレ。

 それよりも早く、首根っこを摑まえるジャッキー。


 ってか、おいこら!!

 間宮はオレの進行方向から避けてくれたのに、なんで嫁さん(ローガン)は妨害に動いてくれちゃってんの!?


 何故だ…!


 ってか、ジャッキーの馬鹿!

 それ、遠回しな再戦要求じゃねぇか!!


「テメェ、本題がそれだろ!!絶対、そうだろ!?」

「おう、悪いか!?

 じゃねぇと、お前は逃げ回って捕まりゃしねぇだろうが!!」


 本題を隠しやがって、畜生め!

 コイツ、わざと自分も参加予定である事を後回しにしやがった。


 おかげで、折角腹を括った筈が、3秒で前言撤回だ。

 嘘吐き!

 再戦要求は、正々堂々だって言ってたじゃんかぁ!!


「それはそれ、これはこれだ!

 腹を括ったなら大人しく、オレの代わりの試験官引き受けやがれってんだ!」

「無茶言うなぁ!!」


 と、首根っこを掴まれながらも、まだ逃走を諦めずにジタバタしている所で、


「あ、あの、開始15分前になりましたけど、」


 困惑した様子の、オレにとっての女神クロエが降臨した。

 最後のチャンスだ。


「おう、クロエ、ありがとうよ!

 すぐ行くから、ちょっくら倉庫から、コイツ用に適当に防具と武器を持ち寄ってくれや!」

「やめてぇ!逃がしてぇ!

 クロエ、頼むから準備しなくていいから、このオオカミ男を止めてくれ!!」

「………仮にもギルドマスターなので、無理です」


 しかし、最後のチャンスは残念ながら、根本的にギルドマスターの味方でしかなかった。


 ど、畜、生、ッ!!


 逃亡失敗の上、オレはきっとあの敵意をむき出しにしていた冒険者達の前で、入り口で掻いた恥とは比較にならない程の大恥を掻かされて放逐されるんだ!


「だ、大丈夫だから、落ち着けギンジ。

 今回は、瀕死になる前に、私が止めてやるから…!」

「逃亡阻止しようとした癖に!

 ローガンの馬鹿ぁ!オレの嫁さんの癖に、ジャッキーに肩入れしやがってぇえ…!!」

「い、今は、それとこれとは関係ないだろう!!」


 半べそ掻きながら、ローガンを詰る。

 情けなかろうがなんだろうが、嫁さんからの裏切りが相当堪えてしまう、今日この頃。


「さらっと凄い事言いやがったな、コイツ!」


 そして、驚愕したジャッキーに、呆気なくバレた。

 あ、そういや、まだ付き合い始めたとか婚約したってのも、ジャッキーに話してなかったや。


「………『紅蓮の槍葬者(ブレイズ・ランサー)』が嫁とか、お前…」


 ついでに、『太古の魔女(ラピス)』も嫁になりましたが、何か?


 彼の驚愕に見開かれた実はつぶらな瞳に、なんとか溜飲が下がった。



***



 ざわざわと、参加者達のどよめきやさざめきが耳につく。

 ジャッキーの後を、未だに潤んだ視界の中でふらふらと付いて行けば、自然とオレにも視線が集まっていた。


 冒険者ギルドは、裏に『異世界クラス』の裏庭よりも遥かに広い修練場が設けられていたらしい。

 大体が50メートル四方で、下は赤土なのでテニスのアンツーカーコートみたい。

 周りを芝生や草木に囲まれている。

 中央に、木材の杭を打っただけの、闘技場らしきものがあり、ここだけが黒土となっていた。


 校舎の改築が終わったら、ウチも裏庭の拡張しようかな………。

 ただの、現実逃避だ。


 その闘技場の前に、ジャッキーともども進み出る。

 いつしか、そのざわめきは、シン、と静まり返っていた。


「まずは、忙しい中よく集まってくれた!

 冒険者ギルド代表にしてギルドマスターのオレより、心から感謝の意を表明する!」


 そう言って、高々と声を張り上げたジャッキー。

 隣にいたオレへの鼓膜のダメージがちょっと無視できない。


「本日は、宣言していた通りランクアップ試験と題し、実力の判定を行わせて貰う!

 積み上げてきた実力をしっかりと出しきってくれ!」


 ともあれ、オレの鼓膜はどうでも良い。


 ジャッキーは、開会の宣言と共に、試験内容の通達を開始する。


 まぁ、何のことは無い。

 予選と称した、実技試験がある。

 『幻惑魔法』を使った魔物達を使い、冒険者達の狩猟の実力を判断するとの事だった。

 狩猟の方法に関しては自由だが、時間制限制を採用するそうだ。

 魔物を討伐、あるいはある程度魔物を弱らせる事が出来れば試験は突破出来るが、逆に討伐も出来ず弱らせることも出来ず、となれば不合格。

 ついでに、魔物に致命傷を負わされた時点でも不合格となる。

 ソロとパーティーの両方で試験は行われるが、合否判断は上に同じ。


 その次に、決勝と称したソロとパーティー両方の戦闘試験。

 これは、依頼によっては夜盗やならず者との戦闘、『徴兵』による戦争への参加も考慮しての事だ。

 要は、対人戦闘の実技試験だな。


「噂では既にまわっていると思うが、今回はオレも試験への参加資格を得ている!

 よって、試験官については、オレの友人である『予言の騎士』ギンジ・クロガネに願い出て貰った」


 そう言って、オレを顎でしゃくりあげたジャッキー。

 紹介がおざなり過ぎる。


 やっぱり本当だった、とざわめく参加者達。

 中には、敵意を更に強める冒険者達もいる(※………なんで?)のを他所に改めてジャッキーの説明があった。


 基本的に、対人戦闘の実技試験は、オレを相手にしてランクごとの冒険者達が戦闘。

 その結果によって、合否を判断される。

 オレに一発でも当てられれば合格、逆に成すすべも無くボコられれば不合格ってこと。


 パーティー戦については、特例で間宮とローガンが参加する。

 間宮だけだったら、どうするつもりだったのかと聞けば、参加を断念したレト達Aランクパーティーの面々をつけるつもりだったらしいが。


 ………本当に、唐突に面倒なお願いしてくれるもんだよ。

 ともあれ、逃げ道が無くなったからには、もう参加するしか無いんだろうけど。


 その代わり、オレのランクアップ試験は免除だし、特例として許可が出る。

 ついでに、今まで溜まっていたSランクのノルマについても免除してくれる、というのだから悪い話ではなかったが。


「では、これにて説明を終了とする!

 ここに集まった冒険者諸君の公正たる健闘を祈る!」

『オオオオオオオオオォオオオ!!』


 説明も終わり、試験開始が宣言された。


 そこで、雄々しい雄たけびが響き渡ったのは、いかんせん彼等も荒くれ者だからだろうか。

 騎士団とはまた違う熱気や活気に、少々尻込みをしながらも。


 ジャッキーの後を付いてその場を辞した。

 突発的とはいえ、冒険者ギルドのランクアップ試験開始、ってね。



***

幸せは歩いてこないから、自分でつかみ取って一緒に歩いていくんです。

そして、不幸も一緒につかみ取って歩いていっちゃうアサシン・ティーチャーの災難は、まだまだ続きます。


ジャッキー達が出て来た当初から、書きたかった話。

ランクについては、個人の力量によって前後する為、ランクアップ試験は確実に必要だと考えての事でした。

さて、アサシン・ティーチャーはSSランクへと上がる事になるのか、ならないのか。

続編をお待ちいただければ、幸いです。


誤字脱字乱文等失礼致します。

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