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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
特別学校異世界クラス設立
11/179

閑話 「~出席番号5番の場合~」

2015年9月3日初投稿。


兼ねてより考えていた、アサシンティーチャーの生徒達の心情。

今回は、1人だけ。


そして、今回は言わずもがな、風呂場に乱入した挙句、アサシンティーチャーに裸で迫った彼女です。

一度、触れた事はあったものの、その後宙ぶらりんだったエマの心情と共に、本編に戻らせていただきます。


(改稿しました)

***



 あたし達は、双子の姉妹だった。


 産まれたのが、あたしがちょっとだけ早かったから妹。

 ソフィアはちょっと遅かったからお姉ちゃん。

 なんか、双子って出てきた順番が逆転して姉妹になるんだって。


 そうやって、あたし達双子の姉妹は産まれて来た。


 母さんは、生粋のアメリカ人で外交官。

 父さんは、日本人でアメリカ領事館の責任者。


 仕事先で知り合って、そのまま意気投合した結果であたし達は産まれた。

 でも両親は2人とも遠距離での交際と、一番大事な仕事を選んだ。


 あたし達は、父さんに引き取られて日本で生まれ育った。

 おかげで、見た目はアメリカ人みたいなのに、英語は全く喋れなかった。


 2人とも、たまの休みにしか会う事は出来なかった。

 でもその仕事のおかげで、あたし達は裕福な環境で育つ事が出来た。


 仕事で忙しい両親の代わりに、あたし達はベビーシッターに育てられた。


 でも、そのベビーシッターによって人生を滅茶苦茶に狂わされた。


 発端は、何だったか。

 あたし達は、色々な環境の所為で、酷く特殊な育ち方をした。


 あたしは素直になれない性格で、今にして思えば調子に乗っていた。

 あたしは、日に日に口が悪くなった。

 つるんでいた友達が、原因だったのかもしれない。


 でも、姉さんは真面目で素直だった。

 口も悪くは無く、それどころか普通に女の子らしい自慢の姉さんだった。


 そして、どこか気品のある立ち居振る舞いに男子は、姉さんに飛びつくようになっていった。


 それを、あたしはただただ苦い顔をして見ているだけになった。


 中学の時の先輩。

 あたしも姉さんも同時に彼の事を好きになった。

 でも付き合ったのは姉さんだった。


 近所のコンビニの格好良い店員。

 また、あたしと姉さんが同時に、彼の事を好きになった。

 でも、やっぱり付き合ったのは姉さんだった。


 幼馴染というか、腐れ縁の近所の男の子。

 これまた、同時にあたしと姉さんで好きになっていた。

 そして、再三の正直。

 あたしは、彼と付き合えなかった。


 何故か。


 あたしの口が姉さんよりも悪くて、その癖素直になれなかった所為。

 姉さんはあたしよりも可愛らしくて、その為に素直になれたから。


 あたしは、姉さんに劣等感を抱くようになる。

 

 結局、色々な人と付き合った姉さんも、長続きしなかった。

 あたしが邪魔してしまったのもあるだろう。

 だが、先輩も少し違った目線で姉さんを見ていた所為もあった。

 身体が目当てだったらしい。

 姉さんはすぐにでは無くとも薄々気付いて、恐怖心を覚え、そのまま別れたそうだ。

 コンビニの格好良い店員も一緒。

 幼馴染の腐れ縁の男の子なんて、下着を盗んでいったことまであるらしい。


 あたしも、中学の終わり頃には付き合った。

 同級生で、ちょっとだけ悪ぶっている感じの、それでいて素直な男子。

 顔もそこそこだった。


 けど、やっぱりそいつもあたしや姉さんの身体目当てだった。

 それも、姉妹揃って狙っていたらしい。


 吐気がした。

 どうしようもなく、この容姿を憎んだ。


 高校に上がる直前には、あたし達は両極端な生活スタイルを持つようになっていた。


 姉さんは、真面目に家で勉強。

 部活もしていない帰宅部で、毎日毎日代わる代わる何かの習い事をしていた。


 あたしは、家に帰らなくなっていた。

 あたしも部活はしていなかったし、勉強なんかも少し齧れば十分テストで通用する。

 そうやって、あたしは驕っていたのもあった。


 そんな時だった。


 街で数人の男女含めた友達で遊び歩いている時、偶然あたし達の元ベビーシッターと遭遇した。

 ベビーシッターの頃とは、服装から髪型から何もかも変っていた。

 あたし達に優しかった彼女の面影は、既にどこかに消えていた。

 それから、彼女はあたしを街で見かける度に話しかけてきた。

 彼女は今、とある店で接客業をやっていると、教えてもらった。

 ただし、いかがわしい店だという事は、すぐに分かった。


 だが、それが分かったとしても、どうしようもない。


 彼女はあたし達姉妹に目を付けて、勧誘してきたのだと知った。


 金髪碧眼でアメリカ人そっくりの顔立ちなのに、制服に身を包んでいるあたし達。

 マニアにとっては垂涎ものだから、すぐに儲ける事が出来る。

 お金にだって困らなくなる。


 そんな事を、ベビーシッターは延々と話していた。


 その実、持ちかけられていたのは、売春だった。

 すぐに分かった。

 このベビーシッターの女も、あたし達の身体目当てで近付いたのだと。

 そして、その巻き上げられるお金を欲しさだと。


 だから、あたしは彼女を突き放した。

 悪いけど、ベビーシッターだった事以外に、あたし達とこれ以上関わることなんて無い。

 後々に、そのベビーシッターが多額の借金を抱えていた事を知ったけど、どうする事でも無い。

 興味も無かったのだ。


 あたし達の伝を使いたいなら、父さんに直接連絡してくれと。


 友達数名に助けられる形となりながら、この日は何事も無くあたしはこの女から逃れることは出来た。


 しかし、それから勧誘はエスカレートした。


 あたしは、とにかく容姿が目立っていた。

 おかげで、ベビーシッターの女は、遊びに出掛けると必ず見つけるようになっていた。

 むしろ、あたしの勧誘を目的に、あたしが遊びに行く場所を徹底的にマークしていたらしい。

 男子がいない時は、特に強い勧誘方法になっていった。


 あたしに関わると、売春のケツ持ち女が勧誘に来る。

 友達はそう考えるようになって、自然と少なくなってしまった。


 あたしは、遊びに出かけるのを控えるようになった。


 だが、ソフィアは知らなかった。

 あたしもソフィアにこんな事、話したくも無かったし話すような事では無かったとその時は思っていた。


 だから、ソフィアが出掛けた時も、また習い事か塾だろう、と軽く考えていた。


 そして、案の定、ソフィアはあの女から勧誘を受けた。

 一人で歩いていた事も災いしたのだろう。

 そして、彼女はそのベビーシッターの女に酷く懐いていた事もあった。


 売春の話も知らなかった彼女は、まんまとその女に引っ掛けられてお店まで行ってしまった。


 それが、あたし達が15歳の時。

 立派に法律に引っ掛かる行為だ。

 案の定、ソフィアは補導された。


 警察のお世話になって、あの女に騙されていた事をようやく知って、彼女は激怒した。

 そして、ソフィアに口添えを頼もうとしてやって来たベビーシッターの女に、 

「アンタなんか知らない。あたし達の知らないところでくたばれよ!」


 そう、言ってしまった。

 元々、我慢の限界も近かったのだろう。


 彼女は優等生。

 あたしは劣等性。

 比べられるのは、頭脳だけじゃなく、顔も一緒。


 彼女は警察に呆気なく、そのベビーシッターの女を売った。

 そして、父さんにも全てを打ち明けた上で、その女を絶縁した。


 補導されたソフィアが帰って来て、早々にあたしに怒鳴り散らした。


 あたしの所為で、こんな事になったのだと。

 あたしが、彼女と違って遊び歩いていた所為で、あんな女に引っ掛かったのだと。

 

 彼女は、しばらくあたしとは顔も合わさなかった。

 だから、あたしも家に居辛くなって、結局友達の家を転々とするような破天荒な生活になってしまった。


 それが、またいけなかった。

 気付いた時には、後の祭り。


 あのベビーシッターの女は、諦めてなんかいなかった。

 証拠不十分で罪には問われなかったらしい。


 だが、そんな事をする女だ、元々は。

 あたしは、格好の獲物になっていた。


 知り合いの男達を集めた、ベビーシッターの女。

 ソフィアではなく、あたしを標的とした報復行動に出た。


 容姿が元々似ていたのもあるが、口が悪かったのはあたしだ。

 ソフィアもそれを見越して、あたしに成りすますようにして口を悪く、態度も悪く振舞っていたそうだ。

 後から聞いて、ほんの少し怒りを感じても、実際はもうどうでも良くなった。

 あの時のソフィアを、あたしだと勘違いした女の復讐は全てあたしに向けられた。


 あたしは、男達に輪姦(まわ)された。


 女は、そんなあたしを見て、笑っていた。

 写真を撮って、ビデオを回して、あたしがぐちゃぐちゃにされるのを見て楽しんでいた。


 あたしは、結局子どもを妊娠していた。

 父さんと母さんに泣き付くしかなかった。


 ベビーシッターの女の件は、秘密裏に処理された。

 父さんと母さんの絶好のスキャンダルになる。

 だから、父さんの伝もあった暴力団か地下組織の力を使って、色々な証拠を握りつぶして終わりにした。

 言伝に、あの女が死んだ事も知らされた。

 その女の知り合いの男達も無残な死体になって発見され、テレビのニュースによってあたしが知ることになった。


 全てが終わった時、あたし達はもう子どもとしては扱われなくなっていた。

 そして、あたしは中絶。

 とんだ、ゴシップだ。

 父さんも母さんもあたし達の事を嘆いていた。


 両親は、味方では無くなった。


 唯一、ソフィアがあたしの味方になった。


 彼女は泣いていた。

 あたしが、彼女の身代わりになった所為だと。


 元々は、あたしが遊び歩いていた事が原因だったのに。

 彼女は自分の所為だと、泣き喚いていた。


 もう誰も守ってくれない。

 ならば、自分達で身を守るしかない。

 あたし達は、お互いを守るようになった。


 学校では既に噂になっていた。

 高校入学前のゴシップに、あたし達2人は揃って○ッチと呼ばれるようになった。

 とんだ不名誉だ。

 あたしはともかく、姉さんは処女だったのに。


 しかし、それを両親に泣き付いたところで、結局2人は助けてくれなかった。


 イジメにもあった。

 クラスの男子どころか、学校の男子からあたし達は○ッチと呼ばれ、身体目当てに言い寄られるようになった。

 おかげで、女友達もいなくなった。


 そして、イジメはエスカレートして、あたし達は二度目のスキャンダル。

 ソフィアが、暴行された。

 性的な意味ではなかったのが唯一の救いだった。

 だが、あたしが助けに向かった時には、彼女は裸に剥かれて晒し者にされていた。


 あたし達は、学校中の笑いものになっていた。

 それを、教師だって助けてもくれなかった。

 仕方ない。

 そう言われた時に絶望は、今でも胸に深く突き刺さっている。


 どの先公も、皆冷たい目であたし達を見ていた。

 冷たいことしか言わなかった。


 言葉も掛けてくれない先公もいた。

 どいつもこいつも自分達に被害が及ぶのを嫌って、見ないフリをしていた。


 たまに、声を掛けてくれる教師もいた。

 堪らず舞い上がったけど、それはあたし達の体を目当てにしているとすぐに分かって、どん底まで沈んだ。

 上辺だらけの言葉ばかり。

 いざ何か面倒な事が起きれば、すぐにあたし達を見捨てた豚野郎。


 そんなもの、最初からいらない。

 最初から、あたし達以外に味方なんていない。


 あたし達は、学校に行かなくなった。


 そんなあたし達の行動に、父さんも母さんも更に嘆いた。

 そして、またしても伝を使って、あたし達の不名誉の回収に当たった。


 もう、母さんは我慢の限界だったのだろう。

 あっさりとあたし達を捨てて、離婚した。 


 体裁が悪いからと、父さんは苦肉の策として、転校をさせた。

 けど、あたし達は結局、学校には一度も行かなかった。


 そんな時に、この夜間学校の特別クラスの存在を知ったらしい。

 父さんは、寮制だというのもあって、すぐに飛びついていた。

 実際は、父さんの知り合いが、この夜間学校特別クラスの立ち上げに参加した組合の人だったらしい、という事を人伝、というか榊原に聞いた。

 アイツは、なんでも調べて知っていたから。


 その時に、あたし達はルールを設けていた。


 あたし達は、お互いがお互いを守る事を決めていた。

 だからこそ、全くの正反対の格好に、まったくの正反対の性格で暮らすことを決意した。


 姉さんは今時の女子高生みたいに、制服を着崩していた。

 それは、あたしを他の男の眼から守る為だと、知っている。


 その代わり、あたしは行動で姉さんを守る事にした。

 粗野でがさつで、口が悪い上に態度も横柄なんて事にして、制服はきっちり着た。


 ちぐはぐな双子の完成。


 周りからは奇異な視線を向けられたけど、あたし達は満足していた。


 クラスに転入した当初は、何もかも信用していなかった。

 教師だって、生徒達だって、どの学校でも一緒。

 あたし達の髪だけ見て、身体目当てに近寄ってくるんだって。


 なのに、


「えーっと…どっちが、ソフィアでどっちがエマだ?

 …んでもって、格好は良いとしても、お前等しばらく休学してたんだってな。

 勉強について来れそうか?」


 あたし達と二者面談をした時、この先生は何かが違った。

 あたし達のプロフィールを交互に眺め、


「どっちも、綺麗な顔してんな。見分けが付かなくなりそうだ」


 そう言いつつも、あたし達を別々の人間として見ていた。

 そして、こう言った。


「色々あって、大変だったことは知ってる。

 けど、肩肘張らなくて良いからな?

 オレは教師でお前達は生徒。守るのもオレの仕事だ」


 人を信頼するのをやめたあたし達。

 口調を変え、格好を変え、一卵性双生児の特徴を活かして、入れ替わるようにもなったあたし達。


 それを、先生はなんとも無しに、生徒だと言った。


 銀次先生・・・・は、今まであたし達が出合った教師とも男達とも違った。


 まず、言及をしなかった。

 あたし達の格好についても、性格の不一致に関しても何もかも全て受け入れた上で、


「こらこら、お前等。入れ替わるのはやめろ。

 どっちにどういう反応して良いのかこんがらがるから」


 あたし達が入れ替わっているのにすら、先生は気付いた。

 そして、それに関しても言及はしなかった。

 ただただ辞めろ、と言っただけ。


 更には、


「ソフィア、制服のスカート短か過ぎ。

 エマは長過ぎ。規律は厳しくないとしてももう少し考えろ?」


 あたし達の制服のチェック。

 でも、色目は使わなかった。

 初めての反応に、あたし達も大いに戸惑った。


 けど、嫌悪感は不思議と無かった。

 あたし達は、入れ替わるのも辞めて、自然と銀次の言う事だけには従うようにしていた。


 夜間学校の合間には、あたし達も余裕が出てきていた。

 銀次に気安く、罵声を浴びせる事もあった。

 たまに、悪戯をしてみたりもした。


「あ?…っと、こっちがソフィアで、こっちがエマだな?」


 私服で登校して、制服で判断していただろう双子の特徴を分からないようにした。

 なのに、銀次は気付いた。


「2人とも私服が可愛いのは分かったが、学校では制服で登校するように。

 学校の規定で決まってるだろ?」 


 そして、結局あたし達にそれ以上を言及しなかった。


 凄い人だと思った。

 あたし達は、もっと色欲に塗れた眼をした教師を知っている。

 あたし達の格好を見て、奇異の眼を向けながら、それでも体を嘗め回すように見ていた生徒達の視線も知っていた。


 なのに、銀次の反応は、淡白そのものだった。

 枯れてるとか思った事もあった。


 でも、実際は銀次は、ただ自制を持って、あたし達に接していただけだった。

 それが、純粋に素直に、凄いと思っていた。


 少しは、信頼しても良いのかな?なんて、2人で顔を突き合わせて笑った事も覚えている。

 色々な事があってから、二度と見られないと思っていた純粋なソフィアの笑顔も見れた。

 あたしも、久しぶりに穏やかな気分で笑えることが出来た。


 そんな中、またしてもあたし達は間違ってしまった。

 きっと、どんな事があっても特別扱いをしない銀次に会った事で、舞い上がって、また調子に乗ってしまったんだと思う。


 あたし達2人は、好奇心が抑え切れなくなっていた。

 寮の規則どころか、学校の規則まで破って、禁止されていた外に、勝手に遊びに出かけてしまったのだ。

 寮を抜け出したあたし達。

 禁止事項だと分かっていても、久しぶりの自由に、有頂天になっていた。


 そして、罰が当たった。


 学校の外では当たり前だった視線。

 それを、あたし達は忘れていた。

 ナンパされて、かどわかしに合いそうになった。

 運良く巡回中の警官に見付かったけど、未成年が夜中に歩き回ったという事で、警察に補導された。

 挙句の果てには、寮の管理に携わっているとかいう黒服の人達に囲まれて連行までされかけた。


 あたし達にとっては、人生三度目のスキャンダル。

 今までの生活が全て破綻し、がらがらと足元が崩れるような絶望を味わった。


「うちの生徒、迎えに来たんだけど」


 そこへ、銀次は颯爽とやってきた。

 規則を破ったあたし達を、それでも彼は迎えに来てくれた。


 警察と事実関係を確認し、黒服の人達には頭を下げて、彼はあたし達を助けに来てくれた。


「金輪際、抜け出したりするんじゃないぞ?

 オレだって学校の外で何かあっても、守りきれる訳じゃないんだから…」


 そう言って、肩代わりをするようにしてあたし達を守ってくれた。


 規則の罰則を、受けただけ。

 あたし達はそれ以上、お咎め無しだった。


 銀次も、罰則を受けた。

 そして、始末書も書かされて、1週間は授業を空けていたと思う。

 けど、あたし達にそれ以上、言及はしなかった。


 減給とか、向こう一ヶ月の経過観察とか、色々と制約をしたとかなんとか。

 これも榊原が教えてくれた。


 なのに、銀次はあたし達に何も言わなかった。


「無事でよかった。ただそれだけだよ」


 そう言って、苦笑を零していただけだった。


 銀次は違った。

 他の男とも先公とも、ましてや口先だけの教師とも違った。


 父さんや母さんですら見捨てたあたし達を、銀次は見捨てなかった。

 あんな夜遅くに、それこそ規則を破ったのだから見捨てられて当然のあたし達を、守る為に来てくれた。


 夜間学校の特別クラス。

 ここにいれば、あたし達は守ってもらえる。

 他でも無い銀次が守ってくれる。


 そう考えて、あたし達はやっと本当の意味で、恐怖を感じなくなった。

 男子に対する恐怖も薄れた。

 教師に対する偏見も消えた。


 全部、銀次のおかげだった。

 

 いつの間にか、あたし達は彼に好意を寄せるようになっていた。



***



 あたしは、銀次に全部を曝け出した。


 彼の油断を誘う為。

 更には、あたしの目的を達成する為だ。


 手段は、この際選んでいられなかった。


 おっぱいはソフィアよりも大きいと自負している、105センチ。

 Eカップだ。

 張りも弾力も抜群な、ぴちぴちな肌。

 たまに、中絶の影響で、母乳が出てしまうのが玉に瑕。


 ウエストはこれまたソフィアよりも細いと自負している、51センチ。

 このくびれを維持する為に、ソフィアにも内緒でエクササイズしているのだ。


 ヒップは若干あたしの方が大きいかもしれない、74センチ。

 でも、これもあたしの魅力の一つ。

 地味で野暮ったい制服の下にこんな裸が隠されているとは、銀次だって知らなかった事だろう。


 欧米人特有の白色人種の肌を色濃く受け継いだ、真白な身体。

 傷一つ無いと言いたいけど、傷物の身体。


 それでも、銀次のおかげで自信を取り戻す事が出来た身体。


 それをあたしは、彼の前に曝した。


 途端、彼の眼が見開かれたのを見た。

 綺麗な濃い青色の瞳なのに、以前はまるで透き通るようなサファイアみたいな色に変わった眼。

 色素異常だと言っていたけど、実は恐怖よりも純粋に綺麗だと感じていた。


 口が、半開きになった。

 元が整っている銀次の顔。

 言われ無いと、男だとは思えない女の子のような容姿。

 なのに、格好良い。


 無表情がデフォルトだ、と言われていた彼の表情が崩れる。

 それを見るのは、嬉しいものだ。

 それが、あたしの体を見た事によるものだと分かれば、尚の事。

 更には、湯船の下で彼の分身が立ち上がったのを見る事が出来れば、あたしのテンションは最高潮だった。


 しかし、目的は彼に体を見せる事ではない。

 ましてや、体を重ね合わせる事が目的でも無い。


 彼の隠している、頭を見たかったからだ。


 カツラ、とかウィッグとか言い方なんてどうでも良い。

 彼はそんなものをつけてまで、頭を隠していた。

 それが、どうしても気になった。


 あたしは、銀次の全部を知りたいと思った。


 元軍人とかで、実はもの凄く強かった銀次。

 鼻に付くけど、現役の騎士だとか言う男を完膚なきまでにぶちのめした彼。


 あたしが侮辱された事を、素直に怒って報復までしてくれた。


 そんな彼にの秘密を、あたしの身体一つで見れるならば安いものだ。

 そう思って、あたしはバスタオルみたいな手拭い一枚で隠していた身体を曝した。

 曝して、呆然としている銀次の頭に掛けられていた手拭いを取り去った。


 後悔は、一つもしていなかった。


「…わぁ…ッ!…凄い、銀次…。超、やばい…」

「見るな…」


 片腕だけの銀次とあたしじゃ、ハンデが大きすぎる。

 そのハンデを有効に利用したのは、ちょっと反則かな?とは思ったけど、


「綺麗…」


 後悔は、一つも、しなかった。

 むしろ、歓喜した。


 零れ落ちた、銀糸。


 お団子にしていたのか、手拭いをを取り去った時にピンが引っ掛かった。

 けど、それも零れ落ちて、彼の首筋に張り付いている。

 見事な銀色の髪。

 それしか、形容出来ない髪の色。


 光の加減で、銀色にも白にも見える。

 けど、くすんでいるとかそんなんじゃなく、ただただ純粋に銀色をしていた。


 自然な色だとしても、ここまで綺麗な髪の色は無いと思う。

 あたしも若干黄み掛かった金髪をしている。

 だけど、銀次のは間違いなく銀色一色だ。


 浴場は日の光を差し込むように、一面の曇りガラスを設置されていた。

 明るい光に照らされたそこで、銀次の髪はまるで、輝いているようにも見える。


 背後にタオルを投げ捨てて、手を伸ばす。

 それを、銀次は仰け反って避けようとしていた。


「やめんか…」

「…なんで?良いじゃん。…綺麗だよ…」

「…オレは、好きじゃないんだ…」


 そう言って、眉間に皺を寄せる。

 あたしの手を掴んでいた彼の手が離れ、掌で隠そうとする。


 照れたような、それでいて悔しそうな顔。

 頬が若干、赤い?

 その表情の変化が、この上なく可愛いと感じた。

 6歳しか変わらない筈が、すっかり達観している銀次の、その表情は珍しいとしか言いようが無いから。


 あたしは、そんな表情見れただけで大満足だった。


「…意外と、長いんだぁ…。ってか、ハゲてないじゃん…」

「………。」


 髪の長さは、ロングぐらいだろうか。

 あたし達よりも短いけど、伊野田よりは長い。

 首筋に張り付いた銀色の髪が、どこか色っぽい。

 正直、あたしも色気では負けている気がする。


「決して、ハゲてはいない。だけど、見せたいものでもない…」


 手拭いを奪い返そうとしたのか、銀次がやや前のめりに迫ってきた。

 途端、端正な顔が眼の前に広がって、不覚にも胸が高鳴った。


 しかし、彼から奪い取った手拭いは、あたしの背後に浮かんでいる。

 目の前には、曝け出したあたしの裸。


 手拭いを拾う為には、あたしの体を回り込もうとしなければいけないが、


「手拭いを返してくれ…」

「駄目。もうちょっと見たい」

「…もう、勘弁してくれ」


 銀次は、無理やり押しのけようとはしなかった。

 接触すら、最低限に抑えているのは、あたし達も知っている。

 それが、彼にとっての自制や、教師としての意地だと言うのも、なんとなく分かっていた。

 無理やりに、奪い返すという選択肢は、元々彼の考えには無いのかもしれない。

 ちょっと、ずるいとは思いつつも、あたしにとっては好都合。


「触らせて?」

「……良いことなんか、ひとつも無いだろう?」 

「あるよ。だって、凄く綺麗…」


 彼は、手を伸ばすのは諦めたようだ。

 諦念にも似た表情を眼の奥に浮かばせて、溜め息と同時に頭上を振り仰ぐ。


 空いた右手で頭を抱え、眼を覆い隠していた。


 どこか、その姿は、寂しげに見えた。


 後悔はしていない筈だったのに、満足している筈だったのに。

 なのに、胸の奥には、罪悪感が湧き上がった。


 もしかしたら、彼にとっては、あたしのトラウマと同様の酷い過去が付きまとっているのかもしれない。

 どんな?と聞かれても分からない。

 けど、隠していた髪を見られただけで、ここまで寂しげで悔しげになるなんて、相当の理由があるとしか思わなかった。


 胸が切なくなった。

 なんて事を、してしまったんだろう。


 ひやりと、背筋に滑り落ちた冷感。

 こんな事では、嫌われてしまう。

 分かっていたのに、好奇心を優先した結果。


 それが、今の、この現状。


 傷付けたかもしれない。

 悲しませたかもしれない。

 そう考えると、自然と今までの幸福感は霧消して、代わりに罪悪感に苛まれる。

 いつしか、無言になって、あたしは彼の横顔を見ているだけとなった。



***



 見られた。

 不味い、見られた。


 折角、隠していた地毛の髪の色を、あろうことか生徒に見られた。


 なんで、あの時、すぐにでも混浴を回避していなかったのかと後悔するしかない。

 エマが入ってきた時点で、逃げてしまえば良かった。

 なんで、生徒と隣合って入浴を続けてしまったのか。

 そんな事を考えても、もう後の祭りだ。


 5年前の生体実験の際、大量の薬品注入、及び細菌活性の為に、オレの髪や眼の色素を司る塩素配列が、木っ端微塵に破壊されたらしい。

 おかげで、元の色からほぼ正反対とも言える銀色の髪へと変貌してしまった。

 しかも、興奮や一定感覚以上の心拍の変化で、眼の色が変色するってのもどういうことだよ。

 本当に、オレは生体実験だけしかされていないのか、不安になってしまう。

 これで、某バッタライダーのように、別なものを埋め込まれていると言われても、今なら納得出来そうで怖いんだけど。


 無言になる。

 エマも、オレの醸し出す空気にやられたのか、黙り込んだ。


 気まずい空間だ。

 リフレッシュタイムの筈の風呂が、とんだ災難に見舞われたもんだ。


 だが、


「(別に、怒ってる訳じゃないんだよなぁ…。

 どっちかと言うと、嘆いている感じ。主に、自分の馬鹿さ加減に、)」


 そこまで、悲観している自分がいない事に気付いた。

 むしろ、言葉通り。


 怒ってもいない。

 嘆いているのは、迂闊さや鈍っていた危機管理精神などなど。


 エマに対して、感じている感情は、はっきり言えば無だ。


「(だから、そんな顔しなくても良いんだけどなぁ…)」


 手で隠した目線で、彼女を見る。

 彼女は、まるで叱られるのを待つ子どものような顔で、黙り込んでいた。


 むしろ、その顔はオレがしたい。

 だって、今回の被害者は、オレだろう?

 別に、それを持ち出して、彼女をどうこうしたい訳では無いけど、むしろ教師としての尊厳も失いそうだからしないけど…。


 そもそも、これはオレの油断だ。

 エマがこのような形で、反逆するとは思って無かった油断。

 そして、その油断で被った被害は、オレの秘密の暴露だけ。

 怒る理由は無い。


「…はぁ」


 溜息を、もう一度吐いて、自身の感情を沈める。

 それにすらエマは、ビクリと震えていたが、


「…満足したか?」

「………うん」

「そうか。なら、手拭いを返してくれ」

「………はい」


 自棄に素直になっている。

 彼女の背後で浮いていた手拭いが、やっとのことオレの手元に戻ってきた。

 この際だから、そのまま大人しく素直に、聞いてほしいことがある。


「オレだって、勿体ぶってるところが無いわけでは無かったけど、それでも隠したいものだったんだよ。

 この髪の色は、」

「………。」

「どう言えば良いかなぁ…。

 昔、ヘマをして、腕が麻痺した事は教えたと思うが、その時の後遺症は何も腕だけじゃないんだ。

 この髪も同じで、……こうなんというか、被爆したみたいなもんか、」


 誤魔化す分には、少しは話せる。

 正直、トラウマが抉られるどころの話では無いが、それでもエマの手前、震えそうになる唇を噛み締めた。


 出来れば、言わないでほしい。

 少しでも理由を知っているなら、良心の呵責か何かで口を噤んでくれるだろうと信じた上で、


「あんまり、見せられないものだ。

 普通の人間とオレは、塩素配列やら何やらが、圧倒的に変わってしまっている」

「そ、れって、さっき言ってた色素異常の事?」

「そう言う事。でも、これを知られると、オレは科学者達の格好の的になる可能性もある。

 ……この意味は分かるか?」


 つまりは、そう言うこと。

 オレも、彼女達同様に、おいそれとは外に出られない事情があるという事を、暗に示唆している。

 オレも監視されていたのは事実だし、そもそも契約した時点で、オレの存在も半分以上が機密扱いに変わった筈だ。


 だからこそ、


「知っている人間は少ない方が良い。

 まかり間違って知られると、オレともどもお前達まで危険が及ぶ」

「こっちの世界でも?」

「ああ、そうだ。だから、絶対に漏らしてくれるな。

 オレはお前達を守りたいけど、もしかしたら守りきれない状況も出てくる可能性があるから」


 そう言って、締めくくる。

 この秘密を守る事もまた、安全につながると刷り込みを行う。

 まぁ、当たらずとも遠からず、間違いでは無いだろう。

 この世界で、銀色の髪ってまだ見て無いし。

 女神様達でも、金色や茶色や黒と比較的、メジャーな髪色の子達ばっかりだったから。

 探せばいるのかもしれないけど、それをわざわざ探そうとは思えない。


 無用な心配は、増やしたくない。

 ただ、それだけ。

 隠しているだけで、面倒事が減らせるならそれで良い。

 探られる腹は痛いが、どのみちそれを暴こうとする奴は敵でしかない。

 敵か味方の分別も付け易い。


 なんて、建前をぐだぐだ並べても、結局はオレが知られたくないってだけなんだけど。


 でも、分かってくれたかな?

 苦笑と共に、彼女に向き直れば、彼女は素直に頷いた。


 よしよし、それで良い。

 今ばかりは、オレに反発するハングリー精神は封印しといてくれ。


「ならさぁ、銀次」

「うん?」


 ………あれ?

 理由は分かったけど、納得して無い感じ?


 背筋に嫌な汗が、落ちた。

 再三の嫌な予感である。


 だが、


「今日、アンタが騎士の決闘したじゃん。もし、あれで負けて、頭を晒せって言われてたら、アンタはどうしたの?」

「…まず、何から突っ込めば良いのか分からんが、」


 エマからの質問は、斜め上方向を亜音速でぶっ飛んでいた。

 あんれぇ?

 何故、そこで騎士の決闘の話に飛んだの?


 ただ、彼女の言いたいことは分かった。

 負けるつもりは毛頭無かったが、もしオレがあの場で命の代わりに秘密を差し出せ、と言われていたら、という前提。

 そもそも、その前提が可笑しいかもしれないが、まぁ考えてみると無い訳でも無かっただろう。

 つくづく勝って良かった、と悪寒を感じつつも安堵した。


「そりゃ、賭け事の約束なら仕方ないかなぁ」


 もし、という前置きが付くが、それも賭け事での話なら仕方ない。

 男に二言は無いし、潔くカツラを脱ぎ捨てていただろう。


 しかし、どうしてそんな話になったんだ?

 彼女の質問の意図が分からずに、思わず首を傾げる。

 ら、頭にひっ被った手拭いから、ぼたぼたと滴が落ちてきた。

 せめて、絞ってから被れば良かった。


 少し前の自分の行動を省みつつ、エマの返答を待つ。

 徐に口を開いた彼女の眼には、


「じゃあ、ウチが決闘を申し込んだら、アンタはどうすんの?」


 微かに、決意の滲んだ強い光が宿っていた。


 ………おっと、不味い。

 思いのほか、力強い空色の瞳に魅入ってしまい、思考がストップしていた。


 なに、その質問。

 なんで、オレに決闘を申し込みたいの?

 しかも、なんでそんな急に?

 藪から棒なんて騒ぎどころじゃないよね?


「騎士の決闘って、回避出来ない約束事なんでしょ?

 でも、ウチ等は生徒だから、流石に銀次だって、ぼこぼこにするとかは出来ないっしょ?」

「いや、まぁ…。それは、確かにそうだけど、」


 それは、体罰通り越して暴行になるし。

 オレの教師としての尊厳どころか、人間としての尊厳も確実に消え去る事態だ。

 まず、決闘なんてそんな事、受け入れる事は出来ない。

 あって欲しくないというのが、本音ながら。


 でもまぁ、あくまで、仮題として答えるなら、


「女子なら無条件降伏で、男子なら半殺し…ってところかな」

「…じゃ、じゃあ…ッ!」

「待て待て待て、前提が可笑しいから!

 オレは確かに『予言の騎士』って肩書きがあるから、今日の騎士の決闘も受けたけど、大前提としてお前達は騎士じゃないから、オレが引き受ける理由は無いッ」


 なんで、身を乗り出したし!?

 しかも、まだ手拭いを巻きなおしてもいないから、肌色の比率が半端無いんだけど!?

 目の前で、肌色のメロンがぶるんぶるんと揺れたぞ、おい。


 閑話休題。


「そもそも、なんで決闘の話になった?」

「えっ…?」


 まず、聞くべきは|WHY(何故)?だ。

 彼女がどうして、オレの髪の色の話から、何故こんな質問へとすっ飛んだのか。


「っと、…銀次から決闘の説明を受けた時から、ちょっと考えてたというか、なんというか…。

 銀次は、フェミニストだから、ウチ等みたいな女子相手なら、決闘を受けたとしても負けてくれそうとか、なんとか思ってて、」


 うん、それ正解。

 でも、前提が可笑しいって事に気付いて?

 なんで、お前達が騎士の決闘を申し込む事になるのか………。


「お願いがあるから、聞いて欲しい」

「……お願い?」


 ふと、彼女が眼を逸らしつつも、白状した内容。


 それは具体的にどういったお願いだろう。

 中身によっては、例え決闘の条件を提示されても叶えてやる事は出来ないんだが。


 というか、お願いがあるから決闘?

 待ってよ、それ。

 ……オレ、さっき、女子は無条件降伏って言わなかった?


 あ、ヤバい。


「何をさせるつもりだ?」

「……ナイショ」


 目線を逸らしたまま、ぽわんと頬を赤らめたエマ。

 これだけを見るなら、素っ裸と相まってコロッと靡いてしまいそうなもんだ。


 だが、これはヤバい。

 これ、事実上の敗北宣言と同義じゃね?


「アンタに、決闘を申し込む。

 んでもって、アンタは降伏してよ。それで、あたしのお願い、聞いて?」


 ああ、やっぱり。

 これは、いただけない。


 再三の溜息に、頭を抱えて、天を仰ぐ。

 これは、まんまと彼女の策略に乗せられてしまったと考えても、間違いでは無いだろう。


 だって、こうして素っ裸で向き合っている事もそう。

 髪の色を見られた事だってそう。

 そんでもって、決闘の回避不可の条件を持って来られたこともそう。


 前提が可笑しいとしか言えないにしても、もうオレは言ってしまった。

 「何をさせたいんだ?」、と。


 彼女にとっての切り札が、オレにとってのジョーカーだっただけ。

 ただ、それだけの話。

 オレは、完全に後手に回って、結局無碍には出来なくなった。

 場に付け込まれたと言っても過言では無い。


 完敗だ。


「頼むから、無茶なお願いはしてくれるな…」

「うん、善処する」


 そう言って、エマは珍しくにこやかに笑った。

 この世界に来てからも、滅多にお目に掛かれない微笑みだった。


 おいおい、そんなに嬉しいのかよ。

 思わずグラッと来て、彼女へと手を伸ばし掛けてしまった。


 ヤバいよ、この状況。

 押し倒しちゃうよ?


「…叶えられるものにしろよ?」

「うん、それも善処する」


 一応、元裏社会人としての矜持。

 念押しはしっかりと、だ。

 この念押しと言質があるのと無いのとで、その後の交渉が比較的軽くなる。

 最悪は、無碍に出来るという皮算用もありながら、


「後、お願いは一つだけ。ついでに、誰かが不幸になるようなお願いは、絶対にしない事」

「それは、銀次も含めて?」

「…オレは良い。無条件降伏したのは、オレなんだから」


 最終確認と共に、念押し。

 彼女は、それに対して大きく頷いた。


「むしろ、銀次は喜ぶと思う」

「………何をさせるつもりなんだよ、本気で」

「ナイショだっつってんだろ?」


 今更ながら、恐怖を覚える。

 こんな安請け合い、裏社会人失格と言われてもおかしくない。


 しかも、女子ども相手に無条件降伏だぁ?

 昔の同僚兼友人達が知ったら、それこそ約一名を覗いて笑い転げてくれるだろう事間違いなしだ。

 賭けても良い。


 ………はぁ、オレも焼きが回ったんだなぁ。

 こんな6つも下の少女に、良い様にあしらわれてんだから。


 まぁ、仕方ない。

 男に二言は無いし、ここは全部受け入れておいて、


「ただし、髪の事をバラシたり、別の事でお願いをした場合は、」

「分かってるよ!…アンタ、意外と用心深いな」

「元々の性ですから。

 髪の事は特に厳重注意をしておかないと、気が済まない。

 脅そうとは思うんじゃないぞ?そうなったら、オレも最終手段として、剃ってやる」

「も、勿体ないから、言う通りにしてやるよ」


 別の機会に、清算を加えよう。

 内緒と銘打ったお願いって、意外とチャラにしやすいんだよね。

 先に、向こうから条件を変えてくれたりとかするし。


 あ、しかも、勿体ないとは思ってくれるんだ。

 ラッキー。

 ただ、自分で剃るとか抜かした時点で、自爆としか言いようが無いがな。

 結局、オレのハゲ疑惑が事実になるだけだ。

 ………世知辛いな。


 とまぁ、それはさておいて。


「…そろそろ上がるぞ。

 オレも逆上せて来たし、これ以上は生徒達にも怪しまれるだろう」


 オレ達、結構長いこと風呂に入ってたなぁ。

 話半分で、あんまりリフレッシュした気分がしないんだが、まぁ体と頭を洗えただけ、まだマシという事にしておこう。


「むぅ…。ちょっと、勿体ないけど、」

「何が勿体ないんだ?

 ってか、そろそろお前は、手拭いを巻きなおせ」


 素っ裸のままってのは、いい加減どうにかしてくれ。

 オレの息子が臨戦態勢…(以下省略)


 「おわっ!」とか言って、エマが慌てて手拭いを巻きなおしたけど、それはもう意味も何も無いんじゃないか?

 お前、一度も隠そうとする素振り見せなかったじゃん。

 思わず、イケるんじゃね?みたいな、下種の極み銀次がログインしかけただろうが。


 それに、生徒達が怪しんでいない訳が無い。

 脱衣所の入口近くには、既に生徒達の気配があるように思えるし、


「…なんで、間宮が防波堤になってんの?」

「あっ!!」


 そんな生徒達を押し留めているらしい、間宮。

 生徒達に、この状況を見られないということに関しては、ありがたいとは思う。

 だが、何故アイツが?


 しかも、何かを思い出した様子のエマは、一体アイツと何を取引したんだ?


 ………まさか、


「…オレの髪の事、か?」

「うっ!…そ、それだけじゃないけど、秘密を一個でも暴けたら、教えるって……」


 ………そうかそうか。

 買収していたんだな?

 それも、オレの秘密をバラすことを前提に。


「やっぱり、決闘の話は、」

「駄目駄目駄目ぇ!!言わないから!髪の事は言わないからっ!」

「…なら、剃るか」

「それも駄目だってばぁああ!!」

「(ふるふるふるふる!!)」


 どうやら、エマは間宮を買収した上で、オレの入浴タイムに乱入したらしい。


 しかも、買収内容がオレの秘密の暴露。

 プライバシーどころかデリカシーがあったもんじゃない。


 しかも、結局間宮も乱入か、そうかそうか。

 オレが「剃るか」と呟いた途端に、眼の前には颯爽と現れた間宮。

 頭にタオルを被ってはいても、整える暇も無かったお団子のせいで遅れ毛が完全に見えていることだろう。

 秘密でもなんでもなくなったな。


 お前等、揃って悪知恵働かせやがってこのヤロウ!!


「…よし、間宮、お前のナイフを貸せ」

「(駄目です!ギンジ様が剃るなら、オレが剃ります!)」


 この時点でアウト。

 しかも、生徒達が雪崩れ込んで来そうになったせいで、オレは今日この日特大の怒声を張り上げる事になった。


「人の休息時間を邪魔すんなぁ!」


 そのまま、湯船の中に倒れ込んでやった。

 オレの3分越えの潜水時間を舐めんな。



***




誤字脱字乱文等失礼致します。

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