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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、新参の騎士編
109/179

98時間目 「特別科目~新参の騎士~」3

2016年8月12日初投稿。


続編を投稿させていただきます。

やっと、この話で長々と続いていた『新参の騎士編』は終了です。


今後は、閑話を挟みつつも新章へと移行していきたいと思っております。


98話目です。

一部改稿をしていた為に、こうして二度目の100話カウントダウンが迫っております。


これからご愛顧をよろしくお願いいたします。

***



 一段落、と言うのは本当の事で。

 色々な事に目途が付いたのは、間違いでも無くて。


 ただただ、安心した。

 それだけで、やっと一心地付けたのが、深夜になってからであった。


「あっ、ちょ…っ、あらあら!」

「悪いな、ヴィッキー。

 今夜だけで構わねぇから、ちょっと宿貸してくれや」

「済まない、姉さん。

 こんな、真夜中に………」

「良いのよっ。………良いのッ…!」


 約1週間ぶりに顔を合わせた姉さん。

 既に、就寝していたのか、少々悩ましい露出の激しいナイトドレス姿だったが、案内されたダイニングで迎えてくれた彼女は、突然来訪したオレ達の様子を見て涙ぐんだ。


 それもそうだろう。

 約1週間前には、想像も出来なかった光景だった事だろうから。


 あの時は、オレもギンジも満身創痍。

 兄さん達の姿も見えないまま、姉さんは後片付けに奔走したと聞いている。


 それから、少し時間は経って、兄さん達が戻って来た時、彼女は珍しく兄さんを叱ったそうだ。

 同じ不遇の身の上で、商会関連でも兄さんの顔を立ててくれていた筈の姉さんが、珍しく。


 オレ達の事で、やり過ぎだ、と。

 道中の馬車で兄さんの口から聞いた話ではあったが、どうやら本当の事だったらしい。


 それだけ、オレ達の事を、思ってくれていた。

 そして、オレ達の今後の行く末に、懸念を示していた。


 それが、こうしてオレ達2人が揃って、顔を見せた事で懸念材料が無くなったのだろう。

 姉さんは、涙ぐむだけでは飽き足らず、良かった、と繰り返しながら、静かにナイトドレスの袖で涙を拭っていた。


「ありがとう、姉さん………色々と、済まなかった」

「………良いのよ。…本当に、この顛末があっただけで、十分なの…ッ」


 そう言って、オレの頬を撫でた姉さん。

 やつれたわね?と、多少厳しい目線を向けられたが、涙目のおかげで威力は半減していた。

 苦笑を零して、その手にすり寄る。


「………『予言の騎士』様も、ご存じなの?」

「ああ、ギンジも一緒に、今回の件は終息させた。

 先程、貸し馬車屋で別れたばかりだが、無事に校舎に戻っているだろう」


 今更ではあるが、ギンジならば護衛は必要ない。

 オレだって彼に勝てないのだから、このダドルアード王国で彼をどうこう出来る人間は限られている。


 今頃は、校舎に戻って、女性陣2人の叱責の的になっているのかもしれない。

 そう考えると、こうして一心地付いて兄妹、姉弟で触れ合っている状況が少々申し訳なくなってしまうものの。


「………良かった。兄さんも、怪我はしたようだけど、元気そうだし、」

「まぁ、死にかけたのは事実だが、別の案件だ。

 ………今回は、完全にアビゲイルにも、あの優男にも救われた形だったしな、」


 そう言って、座り心地の良いソファーの上でどっかりと座った兄さんが、苦々しい表情でありながらも、口元を緩ませた。

 相変わらず、独特の笑い方をする人だ。


 ソファーの後ろに立っているハルも、同じく苦笑気味。

 ただ、彼自身の顔色があまり優れないので、早めに休ませておいた方が良いだろう。


「押しかけておいて申し訳ないが、」

「安心なさい。今、部屋の準備をさせているから。

 それまで、紅茶でも飲んで、ゆっくりしなさいな…」


 言うや否や、蝋燭の灯りだけのダイニングに、姉さん付きの侍女達が現れる。

 姉さんが家を出て行った後も、彼女の為にウィンチェスター家を出たメイド達だったのは覚えている。

 ご丁寧に、準備をされていたのか、湯気を立てたティーポットが運ばれて来た。

 それを見ては、否やは言えず。


 しかも、「さぁ、貴方も突っ立ってないで、座って」と、護衛でもあるハルを手招いた辺り、姉さんも気遣いの出来る人だ。


 ただし、


「済みませんが、私用がありますので、」


 そう言って、ハルは着席を辞退した。

 そればかりか、彼は腰に巻いていた上着のようなものを羽織り出すと、あろうことかそのまま部屋を出て行こうとしている。


「………ハル、」

「悪い、ヴァルト。

 ………オレも、けじめ、付けてくるわ」


 ヴァルトの叱責の声を後ろ背に。

 彼は、そのままダイニングを出て行った。


 何が起こったのか、理解が追い付かない。


「………アイツ、いきなり、どうしたんだ?」

「………私用とは、おっしゃっていたけれど、」

「………。」


 兄さんも姉さんも、呆然としたままだ。

 斯く言うオレも、何と言って良いのか分からずに、ただ呆然と閉まる扉を見送っただけ。


 ただ、彼はけじめ、と言っていた。

 まさかとは思うが、ギンジとの確執の事を言っていたのだろうか。


 そうだとすれば、こうしてのんびりしている訳にもいかない。

 立ち上がろうとしたが、


「………やめとけ。

 ああいう時のハルは、何言ったって聞きゃしねぇさ」

「し、しかし………」


 兄さんの制止と剣呑な視線に、思わず踏鞴を踏む。


 懸念材料は、ハルだけでは無い。

 ギンジの事もある。


 こうして一段落付いたからには、彼だって自棄を起こすような真似はしないだろう。

 雇い主である兄さんが、難色を示していないのだから。


 だが、もしも、という事もある。

 ギンジとの確執の件で気になるのが、彼の師匠と奥方の死に関連する、云わばギンジの過去の傷だ。

 無用に抉られてはならない、決して踏み込んではいけない領域で。


「………けじめ、って言ったからには、アイツも腹を括ったって事だろうよ」

「そ、そうだろうか、」

「………男のけじめだ。

 オレが言うのもなんだが、邪魔してやるな………」


 兄さんからの制止は、オレの脚を縫い付けるには十分で。

 ………それ以上の叱責が、怖かったのもあるが。


「それよりも、貴方は自分の事を少しは気になさい。

 ………酷い顔色だし、折角の色男が台無しなぐらい、頬がコケてしまっていてよ?」


 続いた姉さんの援護に、もはや否やは言えず。

 手を引かれ、ソファーへと座らされた後は、結局目の前に出て来た紅茶の所為か、そのままソファーに懐いてしまった。


 ついでに、そのまま転寝してしまったのは、恥ずべき失態だった。

 まさか、兄さんに運ばれるまで、起きることが出来なかったとは。


 恥ずかしいやら、情けないやらで呆れるばかり。


 ただ、少し嬉しかった、と言うのは内緒だ。

 ………子どもの頃から、一度も兄達に抱き上げられた事も背負われた事も無かった。


 だから、兄さんの背中で、目覚めた時。


「………よく、背負えましたね」

「………テメェ、馬鹿にしてんじゃねぇぞ?」


 ついつい、そんな余計な事を言ってしまった。


 子どもの頃とは、まったく違うのだ。

 体型も違えば、身長も違う。

 実は、兄と並ぶとオレの方がまだデカいというのも、最近気付いたばかりの事だったし。


 だから、これには驚いた。

 よく、背負えたものだ、と客観的に。


 余計な事考えるな、と殴られた。

 ただ、あまり痛くなかった、と言うのが、本音である。


 騎士団を辞めた後も、どうやら兄は精進を辞めてはいなかったようだ。

 オレを背負えるだけの筋肉も体力も、彼は変わらず鍛え抜いて保持していたらしい。


 少々、侮っていたのは事実。

 それは、素直に反省しよう。


 だって、嬉しかった事は確かでも、恥ずかしかったのも確かなのだから。


 この時には、既に、ギンジの安否や、ハルの行方には思考が回らなくなってしまっていた。

 だが、先に言っておけば、彼等の顛末が悪い方向に向かう事は無かった。


 それだけで、オレとしても十分だ。

 姉さんの言葉を借りれば、この顛末があっただけで、十分なのだ。


***



 『探索の羅針盤』は、確かに人探しには持って来いだった。


 多少は移動が必要となるが、方角さえ分かればそのまま直進する事で、簡単に目的の人物の居場所が知れた。


 ダドルアード王国の城壁を超えた、森の中。

 北の山岳地帯から流れる川のほとり。

 城壁の脇に密集した森の切れ間があったが、襲撃者はまだそこにとどまっていた。


 傷の手当てをしているのか、岩に腰かけている。


 月明りも届かない森の中は暗いが、暗視スコープのおかげでしっかりと見通せる。


 そんなオレは、王国の外壁の上。

 物見櫓の一角を少々、無断で拝借して伏射体勢を取っている。


 手には、暗視スコープと、サイレンサーを装着したライフル。

 既に、射撃体勢を整えた状態で、腹這いである。

 夜風に冷えた石の床は、腹に冷たい。


 子どもは、今しがた衣服を脱いだばかりのようだ。

 目深に被っていたフードも脱いで、上半身すらも裸になっている。


 そこで分かった。


 その子どもが、少女であったことに。


 まさか、あんな凄腕の襲撃者が、女だったとは思うまいに。

 子どもという一例で言うならば、間宮がいるのでまだ分かる。

 だが、女の間謀は珍しいとゲイルも言っていただろうか。


 例の鼠騒ぎの一件で、性別が判明している一人もまた女だったからだ。


 まぁ、それは置いておくとして。


 素直に驚いた。

 それは、認めよう。


 だが、だからと言って、引き下がる事はしない。


 頬に傷のある冒険者の協力者であり、今回の襲撃者が、あの少女であることは間違いない。

 名前を付けるとすれば、ジューン・ドゥ。


 身元不明の女性の死体(ジューン・ドゥ)に、これからなるからだ。


 正確に言えば、なるのではない。

 ………オレが、そうするのだ。


「(………他にも誰か、いるな)」


 スコープを覗きながら、その襲撃者の少女以外にも目を配る。


 しかし、暗がりと共に、鬱蒼と茂った木々の合間に隠され、他に人間がいるようには思えない。

 『探索サーチ』を使おうか迷って、少しばかり思考を巡らせる。


 気がかりなことがあるのだ。

 あの少女、なかなかに魔法の知識に詳しい可能性もある。


 例の『防魔』付与の短剣の時にも思ったが、対策を取っているようにも思える。

 まるで、オレ達の動向を全て知っているかのように。


 ならば、もしかしたら『探索サーチ』に関しても、なんらかの対策を取っていやしないか、と不安になってしまう。

 万が一、察知されることになれば、こっちが不味い。


 罷り間違って捕捉されてみろ。

 オレだって、あの少女を撃退どころか迎撃できるかどうかも分からない。


 それに、近くに頬に傷のある冒険者もいたら?

 ………死ぬな。

 命日が、今日になる。


 それは、まだ控えたいと思っている。


「(だが、………このまま、攻めあぐねている訳にも、)」


 そう思って、焦れた思考が、ついつい口元をゆがませてしまう。

 スコープを覗きながら、奥歯を噛み締めた。


 だが、


「(………出て来た!)」


 その瞬間、木々の隙間から見えた人影。

 岩に腰かけた少女に近寄ったのは、これまた小柄なフードの人物だった。


 スコープで見るに、真っ黒だという事しか分からない。

 ただ、コートのような場所から覗いた足が、真っ白である事から素肌である事は分かった。


 ついでに言うならば、この世界の人間。

 子どもか、よほど貞操概念が低く、また教養が低くなければ、足を見せるのは男だけだ。


 だが、その足を晒しているであろう、小柄な人影は、骨格からして男とは思えない。

 どちらかと言うと、女。

 これまた、襲撃者と同じで、少女だと思われた。


 そこで思う。

 思わず、息が引き攣った。


 彼女は、現代こっち側の人間ではないか、と。

 だとすれば、足を出している事が何よりの証拠。


 現代の少女達は、制服のスカートやファッションで足を出すことが多いからだ。


 そう考えれば、ある程度の疑問が解消されるのだ。


 きっと、彼女だ。

 彼女が、現代の知識を彼らにもたらしたのだろう。


 頬に傷のある冒険者が『タネガシマ』を知っていたことも頷ける。

 彼女が、中学教育までを就学していれば、それぐらいの知識があるのは間違いない。


 溜飲が下がった。

 何かが奥歯に挟まっていたような、もやもやとした気持ち悪さが消えた。


 ただ、理解が出来たとはいえ、納得が出来ないのは変わらないものの。


 目の前のスコープの青白い世界の中で、少女達は雑談に興じるでもなく黙々と手当てに勤しんでいた。


 雰囲気的に、どちらかというと、襲撃者の少女の方が態度は偉そうだ。

 対して、フードを被った小柄な少女は、少しばかりおどおどとした様子で手当てを行っているようにも見える。


 ここでも、上下関係か。


 ………あの少女が、もし犯罪に関与していなければ、まだ助ける余地はあるのかもしれない。

 知識だけであれば、まだ言い逃れは出来るだろう。


 もしかしたら、例の召喚者達の生き残りだったかもしれない。

 森の中を彷徨っていたところを、奴等に助けられるか拾われて、引き換えに知識の提供や雑用などを強いられているのかもしれない。


「(………どうする?)」


 あの襲撃者の少女を殺すのは、確定している。

 だが、その少女を手当てしているからと言って、あのフードの少女まで殺すのか?


 それは、またあの時の焼き増しとなってしまうだろう。

 召喚者達は、犯罪に関与してしまったから、引導を渡した。


 しかし、本来ならば、彼等が手を染める必要は無かった。


 何の為に召喚されたのかは、定かではない。

 それでも、元々は何の不自由も無く、現代に生きていた高校生達だったのだから、


「(………見捨てるのは、やめよう。

 ………もう、オレもあんな思いは、したくない………)」


 もう、あんなやるせない思いはしたくない。

 生徒達に、合わせる顔も無くなってしまうのも事実だ。


 例え自己満足であっても出来る限り、召喚者達は助ける方向で動ければ良い。


 だから、まずは、あの襲撃者の少女を殺そう。

 フードの少女を助けるのは、そこから考えよう。


 そう思って、改めてスコープの倍率を弄った。


「(………ッ!?)」


 その瞬間だった。


 またしても人影が現れた。

 落ち着いた筈の呼吸が、不格好に引き攣る。


 先程少女が現れた方向から、腰にカトラスらしき剣を佩いた、フード姿の人影が出て来たのである。

 唐突な出来事に、手指が震えた。


 少女達と比べるべくも無く、大きな人影だ。

 言うなれば偉丈夫。


 もしかしたら、ジャッキーには及ばないだろうが、ゲイル以上はあるかもしれない。


「(………あれが、まさか…ッ)」


 もしかしたら、あれが例の冒険者かもしれない。


 スコープ越しに、その人影を睨み付ける。

 グリップを握っていた手が、また一瞬だけ震えた。


 流石にこの位置からでは、立ち位置の関係上、顔の造形まで捉えることは出来ない。


 だが、あの少女達に接触した時点で、その可能性は高い。


 しかも、腰にカトラスらしき剣を佩いている。

 例の召喚者達の一人、山中の言葉の通りに、腰にカトラスを佩いた大柄な人物。


 ………る○うに○心の比○清○郎と言うのは分からなかったが。

 まぁ、情報とは一致するので、可能性が高いのはもはや間違いない。


 そこで、またしても判断に迷った。

 今度は思考が、踏鞴を踏んでしまう。


 どちらを、仕留めるか。

 襲撃者の少女は当たり前として、あの冒険者風の人影も対象ターゲットである。


 先に狙った方は、おそらく仕留められる。

 しかし、後に狙った片方は、どうするだろうか。


 逃げるだろう。

 間違いなく。


 戦闘のいろはも知らない召喚者達だったからこそ、あの時は良かったのだ。

 一人が死んでも、それを理解するだけの時間が、そのまま命を削るロスタイムだったのだから。


 だが、彼等はおそらく違う。

 どちらも、戦闘に関しては、おそらく一線を画している。


 こうしてみると、まるでオレと間宮だ。

 師匠と弟子。

 あの頬に傷のある冒険者と、襲撃者の少女の関係性。


 だとすれば、あの少女は取り逃がすことになれば、後々になって更に強敵になって現れるだろう。

 未だ、発展途上。

 出来れば先に仕留めておきたいのは、頬に傷のある冒険者だったが、あの少女も今ここで仕留めておかなければならない。


 どうするか。


 スコープを覗いている目が、段々と収縮していくのが分かる。

 緊張で、目の色が変化しているだろうサインだ。


 今現在、オレが持っているのはライフルだ。

 スナイパーライフルである。


 射程距離は、それなり。

 弾道安定もそれなりの、スタンダードな代物。


 かつて、300人以上を仕留めたと言われたアメリカの有名なスナイパーが使っていたものと同じスタイルの、補助機能を最大まで高めた改良品。


 だが、いくら性能が良くても、一丁だけだ。

 二人同時には、狙えない。

 もし、これが上からでは無く、同じ地表からの伏射であれば場所を移動すれば対角線で狙えた。


 しかし、上からのアングルでは無理だ。

 せいぜい、移動出来たとしても、遠のくだけだ。

 射程範囲は、あまり離すことは出来ない。


 オレが片腕しか使えないからだ。

 ノックバックで、弾道がブレる。


 勿論、そのブレも計算に入れて狙撃はするが、それでも狙えるのは一回だけ。

 次弾装填にも時間が掛かる。


 その間に、逃げられてしまったら、遮蔽物が多い森の中だ。

 もう、追う事すらも敵わないだろう。


 ………どうするか。

 先程と同じ事を考えながら、スコープを睨み付け続ける。


 しかし、転機は意外な程簡単に訪れた。


 スコープの先で、手当てを受けながら、報告でもしていたのか唇を動かしていた襲撃者の少女。

 それに対して、頬に傷のある冒険者であろう偉丈夫が近付き、かと思えば、そっと耳打ちをするような仕草でぴったりと頭を重ねたのである。


 ここだ。

 ここで、仕留めなければ、どちらも取り逃がす。


 そう思って、すぐさまアングルを調整。


 スコープの先の十字アンクルが、頬に傷のある冒険者もろとも、襲撃者の少女の頭へと合わさった。


 瞬間、


「(ーーーーー…ッ!?)」


 手当を受けていた少女が、唐突に振り返った。


 少女と、目が合った。


「(気付かれた…!?)」


 焦った。

 焦りは、そのまま指先へと直結した。


 もっと狙いを付けるつもりだったのに、緊張の為に強張っていた指が制御できなかった。


 トリガーを引いてしまった。



***



 きゅん!と、サイレンサーに掻き消された空気を叩くような銃声が、耳のすぐ横で耳朶を打つ。

 ノックバックで、前後に動いた。


 しかし、スコープからは目を離していない。

 その先で見たのは、


「(………有り得ねぇ…ッ)」


 信じられない光景だった。


 スローモーションのような世界の中で、オレにはしっかりと弾道が視えていた。

 マズルフラッシュと共に、恐るべき回転をしながら飛んでいくライフル弾の先。


 その先で、まず一番に動いたのは、頬に傷のある冒険者だった。


 腰に佩いていたカトラスを抜いた。

 そこで、こちらを向いて呆然としていた襲撃者の少女を、岩の上から転げ落とすようにして軽く押した。


 それと同時に、カトラスを横一文字に自身の前へ。

 切っ先が、少女の胸元を掠める程の位置。

 丁度、先程の少女の頭部のあった場所で、自身の顔の真正面。


 パン!と何かが砕ける音がした。

 スコープの先で、火花が散った。


 だが、その場に立っている人間の数は、変わらなかった。


 変化はある。

 カトラスが、中心から折れて地面に突き立った。


 だが、頬に傷のある冒険者は、手元に残った柄を持ったまま微動だにしない。


 そして、彼の背後と足元で地面が爆ぜた。

 二か所だ。

 つまり、ライフル弾を、弾いたばかりか真っ二つにしたという事だ。


 カトラスが折れたのは、そのライフル弾を真っ二つにした反動だ。

 折れる程の衝撃だったのだろう。

 しかし、頬に傷のある冒険者の手元は、小動もしなかった。


 ぞっとした。

 あの男、最低でも1キロは離れている筈の狙撃を察知したばかりか、完全に対処して見せたのである。


 ローガンですら気付けなかったそれに、あの男は気付いた。

 ローガンですら成す術も無かったそれに、あの男は反応して見せた。


 ましてや、今オレが使っているのは、火縄銃ではない。

 列記とした、射撃を目的としたスナイパーライフルだ。


 そして、あろうことか、まったく意に介した様子も無く立っている。


 ありえない。

 可笑しいとしか、言いようがない。


 この世界には、こんな猛者がごろごろしているなんて。

 今更ながらに再確認したと同時に、背筋が怖気だった。


 しかし、ぞっとしたのはそれだけでは無かった。


「………嘘だろ…!」


 内心で独りごちたつもりが、口に出ていた。

 それだけ、焦ってしまった。


 スコープを覗いていた目が、今度は驚愕によって見開かれる。

 徐に、頬に傷のある冒険者が、こちらへと視線を合わせたのである。


 しっかりと、スコープ越しでも目が合った。

 そう思った。


 にやりと、口元を歪めるようにして笑ったのすら、視えた。

 そして、その頬には確かに耳元まで大きく裂けたような傷口が、くっきりと浮かび上がっていた。


 そして、あろうことか、銃口(・・)をこちらに向けた(・・・)のだ。


 悪寒。

 次いで、スコープの先でフラッシュ。


 マズルフラッシュか。

 いや、あれはただの火薬の引火熱だ。


 『タネガシマ』だ。


 頬に傷のある冒険者は、散々表題に上がってきた『タネガシマ』を、今ここでオレに向けて打ってきたのだ。


 そこまで分かっても、反応出来なかった。

 これまたスコープの先で、赤熱しながら飛来する鉛玉。


 迫っているのが分かっても、オレはその場で動く事が出来なかった。

 弾道が寸分違わず、(ここ)にあると分かっていても動けなかった。


 あんな反応、有り得るものか。

 こんな反撃が、合って堪るものか。


 信じられない光景だった。

 そして、その先に待っているオレの死も、未だに信じられないままだった。


「(………ああ、これは、死んだな…)」


 先程と同じくスローモーションと化した世界の中で、思う。


 完全に直撃コース。

 もうどんな反応をしたところで、間に合わない。


 伏射体勢は、咄嗟の事に反応出来ないから、死亡率も高い。


 スナイパーは基本的に、ツーマンセルで行動する。

 一人が伏射体勢に入れば、周りの警戒は疎かになるばかりか、他の事は一切何も出来なくなる。


 だからこそ、周りの警戒とともに、雑務をサポートするサブスロットがいるのだ。


 だが、オレは今回一人でここに来てしまった。

 そも、今の状況ではサブスロットがいたとしても、大して変わらなかった可能性も高いが。


「(………こんな、簡単に死ぬんだな)」


 この狙撃を行う前に思っていた想像が、現実になった。

 やはり、あの頬に傷のある冒険者は、オレを殺すジョーカーだった訳だ。


 死んだな。

 何も出来なかったな。


 そう思っても、後の祭りで。

 呆気ない程に訪れた、死の予感に体の力が抜ける。


 目の前には、飛来した鉛玉がスコープ一杯に迫っていた。



***



「………ぼさっとしてやがんな!」

「ふごっ!?」


 ガァアン!!と頭上(・・)で、スコープの砕け散る音が聞こえた。


 ………ああ、暗視と熱感知機能も搭載していた最新型だったのに。

 使ったのが、たったの二回だなんて、悲しい末路だったことだろう。


 なんて、突然後頭部と顔面(・・・・・・)に走った激痛(・・・・・・)の為に(・・・)、現実逃避をした脳内でスコープの不運を嘆いた。


 後頭部の痛みは、鈍痛。

 顔面の激痛は、鼻や額を擦った擦過傷の痛みも追加されていた。


 しかし、その前に聞こえた声は、一体?

 聞き覚えはあったが、ここにいるはずがない人物の声だったのに、


「借りるぞ…!」

「……あ」


 そこで、まだ手を放していなかったトリガーグリップがもぎ取られた。

 これまた、聞き覚えのある人物の声と共に。


 スコープの残骸が目の前に落ちた。

 だが、それよりも先に空薬莢が排出されるポンプ音が耳を打った。


 まさか、と目線を上げる。


 じんわりと滲んだ涙の先で、黒い人影はオレのライフルを構えていた。


 きゅん!とまたしても、サイレンサーで掻き消された射出音が響く。

 続けて更に、ポンプ音。

 空薬莢が飛び、地面に落ちる前にまた射出音。


 更にポンプ音、射出音、空薬莢が落ちる金属音と、合計3回は繰り返された後、静かになった。


「チッ…!逃がしたか…ッ」


 舌打ちの音すらも、忌々しげだった。


 その頃には、オレの目の前もクリアになっていた。

 眼を見開きすぎて、涙も乾いた。


「………ハル…ッ!?」


 目の前で、オレのライフをもぎ取って構えていたのは、ハルだった。


 真っ黒だと思っていたのも、黒髪の上に、春先だというのに黒の物々しい外套を羽織っていたからだ。

 おそらく、アクセサリーの反射を消す為のものだろう。


 ………そこまでするぐらいなら、アクセサリーを外せばいいのに、とは思ったが。


 いや、そんなことよりも、


「なんで、ここに?」


 彼が、どうしてここにいるのだろうか。

 確か、彼は出血が多かったので貧血気味で、ヴァルト達と休むと言ってヴィッキーさんのところに向かった筈だったのに。


 そう思って、問いかければハルが振り返る。

 眼元には、モノクルのような片方だけの装着型スコープ。


 その装着型スコープには見覚えがある。

 オレが、持っていくかどうかで悩んで、結局荷物の関係で持ち出せなかったものだったからだ。


 コイツ、人の校舎の物置で、勝手に家探ししやがった。

 しかも、安定のストーキング疑惑も決定だろう。

 じゃなきゃ、コイツがここにいるわけが無いのだから。


 振り返ったハルが、オレの顔を見てはっと鼻を鳴らす。


「言っておくが、オレは家探しなんかしてねぇからな?

 お前の弟子が、行くなら持って行けって渡してくれたのがこれであって、」


 そう言って、得意げに装着型スコープの向こうで、ウィンクを一つ。


 オレは、呆然とするばかりだ。


 まず、なんで俺の思っていたことが分かったのだろう。

 ついでに、弟子(マミヤ)がなんだって?


 校舎に行ったのはおそらく決定事項だが、何の為に?

 そして、行くなら持っていけって、間宮が言ったって事なのか?


 いや、そんなことよりも、


「頬に傷のある冒険者は…ッ?それに、襲撃者の少女も、」

「駄目だ。取り逃がした」


 ハルの事よりも、先にこっちだ。


 装着型スコープを外し、オレへと放って寄越したハル。

 意図は分かったので、そのまま装着型スコープを覗き、先程彼等がいただろう場所を見る。


 森の切れ目で、大きな岩が目印の小川のほとりだ。

 しかし、そこには誰もいない。


 岩にはくっきりといくつか弾痕が残っていた。

 そして、その近くには、折れたカトラスの刃が地面に突き立っている。


 だが、それだけだ。

 死体は無い。


 逃げられた。


 二兎追う者はなんとやら、とは言うけども。

 まさにこのことか。


 悔しさに、歯噛みした。


「……畜生…ッ!」

「………ちょっと見ない間に、腕でも落ちたんじゃねぇの?」


 まざまざと返された皮肉に否定も出来ない。

 確かにここ最近は、遠距離射撃どころか射撃訓練だってまともに行っていなかった。


 いや、それでもあれは(・・・)、いくらなんでも可笑しい。


「………お前が、あの距離からスコープで狙われている事にも気付けて、飛んで来るライフル弾を弾いて真っ二つに出来るならな、」


 オレの言葉に、ハルが絶句した。

 へらり、と悪童のように笑っていた口元が、不格好に引き攣る。


「………マジかよ」


 かろうじて、一言。


 呆然としたハルが、呟いた。

 その一言だけで、彼がどれだけ動転しているか分かる。


「じゃなきゃ、しくじるかってんだ。

 ………おまけに、こっちの居場所(・・・・・・・)を最初から(・・・・・)分かっていた(・・・・・・)ように、反撃までして来られるなんて、誰が思うか…!」

「………無茶だろ、そんなの」


 ああ、無茶だ。

 無理だ。


 オレだって、出来るかどうか怪しい。


 スコープの倍率を見るに、この位置からあの森と小川の辺までは推定約1200メートル。

 1キロ弱だ。


 狙撃を察知できる距離は、オレでもせいぜい500から700までだ。

 それ以上は、難しい。


 なのに、あの頬に傷のある冒険者は気付いた。

 そして、的確に対処して見せた。


 カトラスもきっと、折れてしまうのを承知で構えたに違いない。


 現代の人間でも、あれだけの短時間でそこまで計算できる人間は少ない。


 オレの知る限り、ルリぐらいだ。

 アイツぐらいになれば、1キロ離れた距離からの狙撃でも、あれだけの事はやってのけることが出来るだろう。


 だが、あの男は、こちらの世界の人間だ。

 有り得ないとしか思えない。

 悪夢だ。

 夢なら覚めて欲しいし、誰か冗談だと言って欲しいものだ。


 いや、もしかすればオレやハルと同じ、召喚者の可能性はある。

 可能性が低い訳じゃない。


 いや、待て。

 一緒にいた、フードを被った少女が現代の知識を持った召喚者の筈だ。

 あの子が、現代の知識をあの男にもたらした。


 だとすれば、やっぱり、あの男はこちらの世界の人間なのだろう。

 ああ、もう、頭がこんがらがっちゃう!


「………ありゃ、猛者だな。相当だ」

「ああ。ついでに、あの襲撃者の少女も相当な猛者だよ、既に、」

「………女だったのかよ」

「ああ。………ちっぱいだったけど、確かに女だった」

「………見惚れて、手先が狂ったのか?」

「阿呆言うな!」


 断じて違うし!

 幼女趣味ロリコンじゃねぇし!


 あっちが手当の為に、上半身裸になっていたのが悪いんだ!


「………まぁ、そうだよなぁ。

 …お前、昔から、鈍感過ぎる程鈍感だったし、」

「いきなり、何の話だ…」

「けっ。別に、」


 そう言って、手持無沙汰にいじくっていたライフルをオレに投げて寄越したハル。


 脅威は去った。

 死にかけたけど、まだ生きている。


 なら、少しだけ話を戻そう。


「それよりも、なんでお前がここにいるんだよ?」

「ああ?助けて貰った礼は無しかよ?」

「………ありがとうございました。

 それで?なんで、お前がここにいやがるんでしょうか?」

「誠意が足りない。30点だ」

「誰が採点しろと言ったか…!」


 この野郎、舐めやがって。

 先程凍り付いた表情も、既にへらりと悪戯小僧のような顔に戻っている。


 鼻に付く顔だ。


 ………そっちがその気なら、こっちも叩くぞ。


「………死にそこなった癖に、よく言うよ」

「ぐっ」


 的確に痛い場所を付いてやった。

 効果は抜群だ。


 今回の事は、貸し1つ。

 彼にとっては、我慢ならない事だっただろうが、それでも貸しは貸しだ。


 まぁ、助けて貰ったのは、オレも一緒なんだけど。

 これで、貸し借り無しって事で良いだろう。


「そういや、ヴァルトの夢ってなんだっけ?

 一緒に見るって約束してたんだってねぇ、青いハルくん?」

「………テメェ、これ見よがしに!

 だいたい、死にぞこなったのも、テメェが勝手に連れ戻しやがったから…!」

「ヴァルト、泣いてたぞ」

「………うぐっ」


 ははは。

 これで、ぐうの音も出まい。


 さぁ、ちゃきちゃき吐いてくれ。


「…お、お前が、変な覚悟決めた顔していやがったから、気になったんだよ」

「………覚悟?」

「ああ。戦地に赴く前には、お前が必ずしていた表情だ」

「………ああ、それね」


 特攻覚悟、喧嘩上等の顔ね。

 昔から、よく仲間内でも指摘されてきたけど、結構オレは顔に出やすいらしい。


 しかも、任地が任地で戦争真っ只中が多かったから、余計に。

 おかげで、その度に任務内容がバレるわ、心配性の悪友達が騒いで大変だったっけ。


 そんな顔をいつ、オレがしていたのか。

 ただ、それに関してはオレも覚えがある。


 交渉成立の後。

 貸し馬車屋で彼等と別れる前から、オレはあの襲撃者の少女を追う事を決めていた。


 ゲイルの話を聞いてからは、既に決定事項だったからな。


 ………うう、安定の馬鹿正直加減に、ちょっとしょんぼり。


「…だから、ついて来た。

 けど、途中で結局見失ったから、仕方ないから校舎に向かった。

 そしたら、弟子の間宮とかいう餓鬼が出て来て、説明したら行き先と、ついでにこれを渡してくれた」


 なるほど。

 だから、さっき間宮がどうとか言ってた訳だ。


 そして、間宮。

 グッジョブ。

 つまりは、アイツの機転が巡り巡って、オレが命拾いした訳だ。


 ………もう、本当に出来た弟子なんだから、もう。


 はぁ、と溜息を吐けば、


「お前には勿体無い程の優秀な弟子だな」

「………言うなし、」


 結局、ハルに嫌味を返されて辟易とした。


 その通りだから、否定も出来ない。

 だけど、あげない。

 あの子は、オレが育て上げると決めた第1号の弟子だからだ。


 ………別に、今後2号3号と増える予定がある訳でも無いんだが。


「………そういう意味じゃねぇよ。

 死にたがりなお前と一緒にいるから、あの弟子も可哀想って言ったんだ」

「………っ、」


 それも、否定は出来なかった。

 思わず、落ち着いた筈の呼吸が凍り付いた。


 片手の数は裕に超えた、死亡確率の高いイベント発生率がそれを物語っている。


 ついでに、後数ヶ月でオレも本気で命が終わる。

 そう考えると、本当に可哀想なのは、オレじゃなくて間宮だと思った。


 ………後を追わないように、突き放しておこうか。


「お前、やっぱり分かりやすいなぁ。

 ………また覚悟決めた顔で、何を考えてんだか知らねぇが、」


 べちり、と殴られた額。

 殴ったと言えるような音では無かったのに、地味に痛かった。


「さっきみたいに、簡単に諦めてんじゃねぇよ」


 声音には、どこか怒りが滲んでいた。

 ついでに、何故かその表情には、最近オレが鏡の向こうに見るようになった遣る瀬無さまで透けて見えた。


「弟子もいて、生徒もいて、ましてや好きな女も出来たんだろ?」

「………うん」

「なんで、そんな簡単に諦めてんだよ。

 さっきだって、オレがお前を踏みつけなかったら、直撃してたんじゃねぇのかよ」

「………うん」


 続けざまに吐きかけられる言葉。

 静かに淡々と吐かれている筈なのに、何故か怒られているような気分にさせられた。


 いや、気分ではない。

 実際に、今、オレは彼に叱られているのだろう。


「お前、人の事勝手に連れ戻しておいて、その責任も取らずに先に死ぬつもりだったのか?」

「………べ、つに、」

「ふざけんなよ。

 オレはまだ残していくのが、ヴァルトだけだったから良かったけど、お前は違うだろ?」


 そう言って、もう一度べちり、と殴られた額。

 夜風に冷えた所為か否か、それとも精神的に堪えた所為もあってか。


 先程よりも痛かった。


「弟子も泣きそうな顔してやがったぞ。

 お前の為に駆け付けたとかいう、姉さん方も滅茶苦茶心配してやがったじゃねぇか…」


 それも、否定は出来ない。

 ましてや、今オレが起こしている行動は、間宮は知っていても、彼女達には知らせていない。


 もし、先程ハルが助けてくれなければ。


 オレは死んでいた。

 そして、心配した間宮か、あるいは今のように駆け付けてくれたハルに物言わぬ死体で発見されて、そして彼女達にも生徒達にも知らされる事になったのだろう。


 ぞっとした。


 オレは、思った以上に生徒達にも彼女達にも関わってしまっている。

 簡単には死ねない事を、今更になって自覚した。


「しかも、ヴァルトの弟の馬鹿騎士だって、滅茶苦茶お前に心酔してたじゃねぇか。

 ………そう言う関係には見えなかったけど、アイツだってお前が死んだと分かれば悲しむんじゃねぇのか?」


 ああ、そういやアイツの事もあったな。

 これだけ家族問題に関わっておいて、無責任にもさっさと退場する訳にもいかない。


 オレだって、死ぬのは彼の家族問題を解決してからにしたい。


 ………そういう関係とか、ハルから不穏な言葉を聞いた気もするけども、怖くて追求は出来なかった。


「お前の悪い癖だ。

 すぐ、なんでもかんでも一人で勝手に自己完結して、背負い込んで、解決しようと覚悟決めてとっとと行っちまう。

 だから、ルリもキリノも、気を揉んでたんじゃねぇのか?」


 そう言って、再三のべちり、という殴打。

 気を揉んでいた、と言うのは知らないが、元同僚兼友人と同僚兼悪友の性悪女キリノに怒られていたのは、それもそれで本当の事だったので反論の余地が無い。


「もっと足掻けよ、馬鹿。

 オレだって、今までお前の事逆恨みで毛嫌いしていたのは認めるけど、やっとテメェの事を好きになれそうになったところだったんだからよ、」


 そう言われて、きょとりと目を瞬かせる。


 ハルからの激励、と言うべきなのだろうか。

 戸惑うばかりだ。

 蛇蝎の如く嫌悪していた彼は、一体どこに行ったというのか。


 だが、言われた言葉には、素直に頷ける。


 弟子もいる。

 生徒もいる。

 生徒に関しては、今後、また2人増える予定なのだ。


 友人もいる。

 解消しなければならない、関係者もいる。


 そして、好きな女も出来た。

 それも、無節操と言うなかれ、不確定要素もあるが、2人(・・)もだ。


 だから、死を覚悟する前に、足掻け。

 言われて、その通りだと思っている自分がいた。


 諦め癖は、こんな時まで顔を覗かせてしまう。

 オレの悪い癖の一つで、今まで一度たりとも治ることの無かったそれに、ハルの言葉は何故かぐっさりと突き刺さった。


 その通りだと、納得している自分がいた。


 そして、いつの間にか、簡単に諦めるようになっていた今までの自分が、馬鹿らしくなった。


「………ありがと」

「礼なら弟子に言え。

 ついでに、お前の事信じて死のうとまでした、あの馬鹿騎士にもな」


 弟子(間宮)と、馬鹿騎士ゲイルか。

 確かに、その通りだ。


 苦笑と共に、頷いた。

 それを見てか、ハルもどこか満足そうに頷いてそっぽを向いた。


「………後、あの2人の美人さんにも、よろしく言ってくれよ。

 あの2人のおかげもあって、オレが助かったって聞いてるし、」

「………ああ。そうする」

「後、喧嘩したなら、早めに仲直りしておけよ?

 男女間の喧嘩って、こじれるとかなり長引くし面倒だからよ、」

「………おう」


 そんな堂に入った一言までいただいたのには、苦笑どころか苦い顔しか出来なかった。

 そんなことまで、正確でなくてもいいのに。


 ………そういや、コイツも恋愛遍歴が可笑しかっただろうか。


「………ちなみに、ヴァルトとは?」

「うるせぇ、まだ(・・)ノーマルだ」

「………はぁ、苦労するねぇ、お前も」


 あんまり言いふらすことでもないので話題には上げなかったが、実はハル、ゲイである。


 昔から、イケメンだった彼は良くモテた。

 しかし、悪い女に引っかかる回数が多すぎて、結果的に恐怖症を患ったらしい。


 そして、ゲイへと鞍替えしたという訳だ。


 今現在想いを寄せているのは、ヴァルトらしい。

 まぁ、無理も無いとは思うんだが、応援するのもどうかと思えて自重。


 ただ、なんとなく思う。

 こいつ等は、恋愛感情を抜きにすれば、良いコンビだ。


 悪い方向には、行かないと思う



***



 覚悟を決めよう。

 そう考えたのは、何度目かも分からないまでも、死にかけた事が後押しになった。


 死ぬのとは別の、覚悟。

 腹を括るべきだと、ハルの叱責を受けた時にも思った事。


「(………このまま、終わる事なんて、出来ない)」


 彼から言われた事は、本当の事。


 そして、それに伴って再確認した、自分自身の存在意義と価値。

 そう簡単に、死ぬ事は出来ないのだ。


 いつの間にか、オレもゲイル同様に生死を決められなくなっていた。


 そして、それと同時に思う事がある。

 そう簡単に、死んで堪るものか。


 勝手に、人の生死を決められては堪らない。

 何が『天龍族』だ。

 ただの空飛ぶ蛇だろう。


 ならば、抗ってやる。

 ちょっと怖い程度だ。

 ………いや、ちょっとどころじゃなく、怖いけど。


 それでも、オレが『予言の騎士』である限り、彼等だってそう簡単にオレを排除できない筈だ。

 なら、この際その権限を最大限使って、生きながらえてやる。

 その為の布石は、これから準備していく事になるだろうが、それでもやれるだけの事はやって見せよう。


 そして、覚悟した最後の1つ。


「………今、戻ったよ」


 校舎の前で、ハルと別れて。

 それから、間宮に帰還の報告をして。

 ついでに、彼の機転への労いと礼を述べてから、部屋へと見送った。


 彼がいなければ、ハルも来なかった。

 結果的に、オレは間宮に助けられた事になるのだから、当然の事だ。


 我ながら、弟子に助けられるとは情けないが。


 まぁ、それはともかく。


 間宮を見送った後、部屋に戻った。

 灯りは既に消されて、寒々しい空間の中ではあったが、構いやしない。


 そこに、目当ての人間さえいれば、それで良かったのだから。


 苦笑を零す。

 現金なものだ。


 数時間前には顔を合わせるのも億劫だった筈が、今になってこんなにも愛おしい。

 口元が緩んで、戻ってくれない。


 外套も上着も乱雑に脱ぎ捨てて、ベッドへと寝転がる。

 ベッドを占領してくれている、彼女の真横へと。


「んぁ…ッ」

「邪魔するぞ」


 ベッドには、ラピスが眠っていた。

 ローガンは自分の部屋に戻ったようだが、彼女だけは残っていたらしい。


 どうやら、こんな時間まで待とうとしていたらしく、毛布すらも掛けずにベッドに寝そべっていた。

 そのまま転寝でもしてしまったのだろうが、それでも待っていてくれた事には素直に嬉しさが勝る。


 時刻は、深夜どころか早朝と言っても過言では無い。

 こんな時間まで、良くもまぁこんなどうしようもない男を待っていてくれたものである。


 報いよう。

 そして、覚悟を決めよう。


 考えていた事の最期の1つが、これだ。


「ただいま」

「………おかえり」

「悪いな、遅くなった」

「………それは、私だけで無く、ローガンにも言ってやれ」

「分かってる。ちゃんと、明日必ず説明するよ」


 そう言いつつも、じわじわと、それでいて早急に手を伸ばす。


 寝転がった体勢のままで、彼女の体を抱き締める。

 びくり、と強張った彼女の体を、押さえ込むようにして覆い被さった。


「………オレ、死ぬかもしんない」

「………知っておる」

「………そっか。じゃあ、悪いけど、受け入れてくれる?」


 ズルいとは思っている。


 なにせ、自分自身の命と引き換えに要求しているのが、彼女からの愛情なのだから。


 飢えている。

 それは、素直に認めよう。


 彼女の愛情が、この際誰に向かっていようと構わない。

 それでも、彼女が欲しいと感じたから、オレはこうして一線を越える決意をしたのだ。


「でもさぁ…もう諦めたくないんだ。

 死ぬのも怖いし、ついでにお前の事を手放すのも、もっと怖いからさ」

「………。」


 そう言えば、ラピスはオレに押さえ込まれたままで、赤面していた。

 眼を真ん丸に見開き、頬を赤くした表情は、とても260年以上を生きている女性だとは思えない。


 だが、それが良いのだ。

 彼女だから良いのだ。


 以前、彼女に言われた、了承の言葉を借りるだけで良い。


 彼女だからこそ、オレはこうして接触を望むことが出来る。


「………愛してる。

 だから、お願い………。

 ………短い間に、なるかもしれないけど、………オレのものになって」


 そう言えば、彼女は真ん丸にしていた目を細め、


「本に、………馬鹿な男じゃのう」


 柔らかく、それでいて悲し気にではあるが、微笑んだ。

 オレには、それだけで十分だ。


 それだけで、オレへの了承と受け取れる。

 現金なものだ。

 男は、下半身で恋愛を考えているとかいう話は、本当の事だったのかもしれない。


「ん………」

「ふ…ぅん…ッ、」


 口付けをして、もう一度彼女の体を覆い隠すようにして抱き締める。

 二度目の、接触。


 もう、簡単に諦めたくない。


 覚悟を決めた。

 それもあるけど、オレがこのまま生きていられる期間を考えるなら、もうどうでも良い。


 抗うつもりではいる。

 でも、それが絶対と言える訳では無いと、理解している。


 今夜、死にかけた事で、あの例の冒険者との一瞬の邂逅で、嫌でも分かった。


 それでも、離したくない。

 折角、手に入れられたというのに、手放すことなんて出来ない。


 彼女が、誰を想っていようが、この際もうどうでも良いのだ。


 今、一時だけ。

 この瞬間だけ、オレを見てくれるならそれでいい。


 だから、


「(………それまでは、優越感に浸らせてくれよ…)」


 唇を食み、貪る。

 その合間に、流した涙は汗と混じりあって、流れて落ちた。


 あ、でも一つだけ、忘れてた。

 このまま忘れていちゃ、いけない事が一つ。


「………今更だけど、『風』魔法の防音障壁張って?」

「………本に、今更じゃのう」


 流石に、この時間の騒音は、生徒達にとっては迷惑だろうから。

 ちょっと微妙になってしまった雰囲気の中、どちらともなく苦笑を零して、そのままもう一度口付けを開始した。


 後は、遠慮なんてしない。

 これからも、もう遠慮をする必要は、無い。



***



 その約、数週間後の事だった。


 ヴァルト達との、契約や取引も何とか終了し。

 オレ達の下には、『タネガシマ』やその他、武器類が受け渡された。


 例の冒険者との邂逅の件も、目ぼしい面々には明かしたうえで注意喚起も行った。


 それから、24歳にして悩みに悩んだ、色恋事もなんとかかんとか解消した。

 そんな、数週間だった。


 他にも、色々と問題を片付けながら、各所への挨拶回りや準備を着実に進めていた、2月の末日。


「よぉ、邪魔するぞ、『予言の騎士(やさおとこ)』」

「また、辛気臭そうな顔してやがんなぁ、」


 人の前に出て来ての第一声が、これである。

 半ば、辟易としつつも、苦笑を零してしまった。


「………言うに事欠いてご挨拶だなぁ」


 何の事は無い。


 オレへの呼び名で分かる通りヴァルトと、そして相変わらずの護衛でもあるハルだ。


 片や、若干使い込まれた黒銀の騎士の制服を身に纏ったヴァルト。

 片やいつも通りのじゃらじゃらとしたアクセサリーに埋もれるような異色の格好で現れたハル。

 そんな、相変わらずの2人組。


 オレと間宮も、これには苦笑を零すばかりだ。


 ただ、彼等の存在を表立っては知らない生徒達には、さぞかし微妙な印象を与えたことだろう。

 突然現れた、異色のコンビにやや呆然としている様子だった。


 そんな2人の姿を、後背で苦笑交じりに微笑ましそうに見ているゲイルが、若干恨めしい。

 トラウマやPTSDもすっかり収まり、今では体調も万全だ。

 どうやら、兄貴との仲も、以前とは比べ物にならない程に改善されたらしい。


 騎士団内でも、良く一緒にいるところを目撃されるぐらいには、良好な関係になりつつあるようだ。

 散々な紆余曲折もあったけど、まぁ結果オーライだろ。


 良かった、良かった。


「改めて、挨拶しに来てやったぞ、礼を言え」

「態度からして不遜だな」

「そう言うな。………だいたい、今更オレ達が、改まってテメェに畏まっても、気持ち悪いだけだろうが」


 うん、その通り。

 図星だったので、黙っておく。


「それに、オレ達がこんなじゃなきゃ、ますますお前が辛気臭ぇ顔すんだろ?」

「………余計なお世話だ」


 そう言って、ハルはオレの額を小突いた。

 シルバーが当たって、若干どころかかなり痛かったが、


「まぁ、改めて、ヴァルトは騎士への復帰、おめでとう。

 次いでにハルは、全快祝いでおめでとう」

「ありがとうよ」

「テメェだって、言うに事欠いてご挨拶じゃねぇか」


 以前の取引の件から、数週間。


 ヴァルトは、騎士へと復帰した。

 そんな彼に、相変わらず付き従うように護衛を務めるハル。


 きっかけは、ゲイルの一言だった。


 彼が、ヴァルト達の護衛や職種、家族問題がまとめて片付くだろう、妙案を提示したあの夜の事だ。



***



 魔術ギルドへの就職は、却下されてしまった。

 彼等が魔術ギルドに詰めてくれるならば、ランディオ姉妹の動向に関しても騎士団経由で、こちらに情報を頻繁に仕入れる事が出来るから、何かあってもすぐに対応出来ると考えたのだが。


 まぁ、元は出来れば良いな、程度の皮算用。

 その件は、仕方ないと割り切って、別の案を提示するべきだろう。


 しかし、


「………護衛の件で、オレに少し考えがあるのだが?」

「あ?」


 ふと、そこで言葉を重ねたのは、ゲイルだった。

 ヴァルトからの多少緩和した視線に、挙動不審になりつつも、やっと耐性が付き始めたのか、彼は苦笑だけを零した。


 そして、この状況を大幅に改善できるだろう妙案を、提示したのだ。


「兄さん達が、『異世界クラス』に出向してくれれば、事済むのでは無いだろうか?」

「………あ」

「はぁ?」

「………。」


 彼の妙案が最良だと、とっとと気付けたのは、オレだけだ。

 ヴァルトは「何を言ってんだ、コイツ?」と言った表情で、片眉を上げたまましかめっ面。

 ハルに至っては、デフォルトとも言える無表情で黙り込んだままだった。


 ただし、この妙案。

 オレ達にとっても、またヴァルト達にとっても、現状を攻略する為の布石には持って来いの方法だった。


「………まず、オレとしては兄さんに、騎士団に戻って貰いたいと思っている」

「………オレは、勘弁だな。

 もう、騎士服を着ることも、あの腐れ騎士団に戻るつもりもねぇからよ」


 難色を示すのは当たり前だ。

 一度は去った騎士団に、弟の懇願とはいえ戻れと言われて、すぐに是と言えるとは思えない。


「いや、戻って貰わなければ困る。

 シュヴァルツ兄さんだけでは無く、ヴィンセント兄さんの為にもだ」

「………。」


 だが、ゲイルは折れなかった。

 そして、ヴァルトの事は勿論の事、その上の兄の名前も使った。


 一番上は、ヴィンセントって名前なのね。

 今更だけども、初めて知ったよ、今日。


 閑話休題それはともかく

 そんなオレの内心はさておき、


「新しく、属性を括った騎士団を設立しようと思っている」


 そう言って、オレをちらりと見た彼。

 まぁ、言葉からもその視線からも、意図は読めたよ。


 それは、ヴァルトも同じだったのか、同じ答えに辿り着いたようだ。


「………『闇』属性か」

「そうだ。兄さんには、そこの団長に就任して欲しい。

 それに、兄さん程の魔法陣や魔法具の知識があれば、『闇』属性を武器に転用する事だって不可能では無い筈だ」


 かくかくしかじか、と説明を続けるゲイル。

 どうやら、オレが以前使っていた『闇』属性の魔法から、言われなくても『タネガシマ』への運用方法や、それ以外での『闇』属性の活用方法を見出したらしい。


 ヒントは、オレが以前『天龍族』の面々の御持て成しに使用した、『闇』属性での武器生成。

 例の『ブルドック』の件だ。


 あの時は、実弾を使わない代わりに、魔力で実体化した『闇』の弾丸を使っていた。

 そして、この世界には魔法具と言った形で、そう言った魔法との併用で攻撃を可能にしている武器が存在している。


 ならば、『闇』属性の特性を持たせた武器を作成する事も、十分可能という事である。


「『タネガシマ』を魔法具として、改良してみて欲しい。

 『闇』属性しか使えない、むしろ『闇』属性だからこそ使える『タネガシマ』という武器を、」


 そう言って、こういう時ばかりは、自棄に堂に入った騎士団長然りの態度と姿勢。

 傍で聞いてるオレからしてみると、戸惑うやら呆れるやらだ。

 ………普段からこうしていれば、少しは見直せるのにね。


 なんて、またしても脱線したけども。


「勿論、研究費用に関しては心配いらない。

 オレがなんとかするし、今までは邪魔だった父上ももういないから、」

「………研究に没頭できるって事か」

「ああ。それに、その為の必要な設備も、準備をする事は可能だ」

「それは、オレの方で用意するよ。

 どの道出向して『異世界クラス』に出向してもらう事になるなら、ウチの研究施設を丸ごと使って貰う事になるんだろうから、」


 そう言って、オレからも援護射撃。

 今後、校舎の改築を考えていた事と共に、新たに研究施設を建設予定であった事も明かした。

 勿論、薬と魔法具研究の場所を同じにするつもりは無いが、それでもスペース的には十分な余裕を持って彼等を迎え入れることが出来る。


「それに、ウチの校舎にも『闇』属性の生徒が、5人もいる。

 それだけしか使えないってのが3人で、他にも使えるのが2人なんだが、『タネガシマ』の改良をしてくれれば、ウチの生徒達の為にもなるからさ、」


 こちらもまた、皮算用。

 永曽根や榊原はともかくとして、問題はディランだ。

 彼は、精霊を実体化出来る訳でも無く、魔法として扱う修練は行えていない。


 だからこそ、今回の『タネガシマ』という武器の改良版を扱わせてやりたいと思っている。

 下手な武器で癖を付けるよりも前に、『タネガシマ』を使わせて慣れさせてやるつもりだという事だ。


 そして、その配備に伴って、先程ゲイルが言っていた『闇』属性を集めた、特別部隊の設立への布石に出来る。

 ウチでの転用で、どこまで実戦に耐えられるのかの統計を取るのだ。

 ゆくゆくはそれを実戦に配備する。

 勿論、彼等の存在はまだまだ公にするには問題が多いものの、現状で一番の障害であった父親は失脚している。


 魔術部門のリリアンは、属性に関しては寛容だ。

 実は、オレ達も知らなかった裏事情として、彼女自身が憧れを持っている『太古の魔女』が全属性を扱えたこともあるから、魔法の属性への偏見が無いらしい。

 ラピス様々って事だね。


「騎士団に所属してくれれば、兄さん達の身持ちだって心配いらない」

「余計な護衛を割く必要が無くなるんだ。

 要は、ウチに出向させて、改良なり研究なりして貰えば良いんだから、」

「そういう事だ。

 兄さん達には好きなように仕事をしてもらえるし、護衛も出来る」


 ゲイルの説明した内容に、ついでにオレからの援護射撃。

 反論する余地は、見当たらない。


 ヴァルトは苦い顔をしているものの、この状況では一番の方法だとは分かっているようだ。

 それ以上、下手に反論する気配は見せなかった。


 ハルに至っては、大欠伸を漏らして内容を聞いているだけだった。

 内容の理解はしているのだろうが、彼としては雇い主であるヴァルトの護衛が至上主義という事で考えて間違いないだろう。

 つまりは、ヴァルトの判断に任せる、という事か。


 そして、最終的には、今回ばかりは弟の熱意に負けたのか。

 兄であるヴァルトが、折れた。


「………仕方ねぇ。背に腹は代えられねぇからな、」

「ヴァルトが了承したなら、オレも文句はねぇよ」

「なら、決まりだな」

「良かった。これで、今後の目途も、なんとか付きそうだな」


 そのまま、ゲイルの案で可決された。


 ヴァルトは騎士団に戻り、感覚を取り戻す為の期間は多少設けるものの、オレ達の下へと出向。

 その後は、『異世界クラス』の研究所を使っての、武器開発・改良部門として動くことになる。


「本当、良い性格してやがるぜ」

「はは、褒め言葉だよ」


 取引も、交渉も、成立した瞬間だった。



***



 と言う顛末だった訳だ。

 そのおかげで、こうして彼等が本日をもって、オレ達の下へと出向したという次第。


 元々、ヴァルトは騎士団に所属していた事もあり、騎士の資格は持っていた。

 騎士団の記録にも残っていたので、復帰に関してはゲイルの鶴の一声で事足りたようだ。


 一応の試験は受けたものの、流石は公爵貴族家の元御曹司。

 全く問題なく、軽々とクリアしたと聞いた時には、ゲイルともどもげっそりしてしまった。

 (※オレがかなり苦労した経験がある所為だろうけど、)


 今後は、『白雷ライトニング騎士団』の派生部隊、『黒雷スパーダ』筆頭として、オレ達の護衛に始終。

 ついでに、オレ達の技術開発部門と並行した新たな部署、『魔法具開発部門』の責任者として忙しくしてもらうつもりである。


 以前の仕事であった武器商人としての顔も、勿論残している。

 傘下に収めた武器商人達やそのルートもそのまま、騎士団お抱えとなる訳だ。

 おかげで、彼の好待遇に関して、まったく不平不満が上がらない。


 ついでに、オレ達としても文句の付けようがない。

 言い出しっぺも、実はほとんどがオレとゲイルだしね。


 ちなみに、ハルはそんなヴァルトの、連絡係兼護衛として今後も同じように各所を動き回る予定だ。


 ヴァルトの護衛がイコールで、オレ達の護衛。

 まぁ、優先順位は彼の方が高くても、そこら辺は問題無い。


 連絡係でもあるので、彼の持っている武器商人としてのルートについては彼の担当だ。

 彼も彼で、これから忙しくしてもらう予定となりそうだ。


 彼等の前でも最近では生徒達の前でも、安定の苦笑を零しつつ、


「これから、よろしく」

「………新参者ではあるが、よろしく頼むわ」

「ああ」


 そんな彼等と、握手をして。


 改めて、契約成立。


 新参の騎士が、異世界クラスにやって来た。



***

そして、ラブラブさせました。

やや強引とはいえど、まずはウジウジ愚痴愚痴と悩んでいるアサシン・ティーチャーへのケツバットが必要かと思いまして、わざわざ体調不良の中をハル氏に出張って貰いました。


フラグ回収大変そうな面々も出て来てしまいましたが、それでもね。


次回は、以前話していた女子組の飲み会の模様をお送りします。

グダグダと酒の力を借りて管を巻いた、平均年齢200歳の御婆ちゃんたちの飲み会ですが、お楽しみに。

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