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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、新参の騎士編
108/179

97時間目 「特別科目~新参の騎士~」2

2016年8月11日初投稿。


続編を投稿させていただきます。

ちょっと時間が空いてしまいましたが、リアルが忙しすぎた弊害ですのでご了承くださいませ。


ただ、今回は少し長めに尺を取って書かせていただきました。

濃厚かつ、やや重苦しい話が続きますが、こちらもご了承くださいませ。


97話目です。

この章も、遂にクライマックスへと向かっております。

長々と続いておりますが、お付き合いの程お願いいたします。

***



 レストランでの一幕から、丁度1時間。


 ヴァルトの案内に任せるがまま到着したのは、彼の本拠地であろう、事務所の地下室だった。


 以前、拷問部屋として使われたのとは違う、普通の倉庫のような場所。

 武器商人としての仕事は、当然の如くやっているのだろう。


 倉庫には、木箱に詰まった武器や魔法具が、大量に積み上げられていた。


 その一角に、仮眠用のベッドが一つ。

 そして、寛ぐスペースか何かだったのか、簡易なソファーが二対とローテーブルが一つあった。


 ベッドにハルを寝かせたヴァルト。


 その後は、食料か何かの貯蔵用の箱から、酒を取り出してソファーにどっかりと座った。


「まぁ、座れ。テメェ等も飲むなら、グラスを用意するが?」

「結構だ」


 ソファーに進められるがままに座る。

 酒も遠慮しよう。

 今日は、飲みたい気分には到底なれそうにない。


 だが、ゲイルは応じなかった。

 オレの背後に立ったままだったのである。

 警戒しているのかもしれない。


 ヴァルトからは、剣呑な視線が向けられる。

 びくりと、背後で痙攣した気配がした。


「座れと言われたら、座れ。

 そもそも、酷い顔色していやがるんだから、素直に従え…」

「…ッ、そ、れは、その…、うッ…ぷ」


 ヴァルトが恫喝の声をあげる。

 しかし、それを渋ったゲイルだったが、次の瞬間にはまた吐き気を催したらしい。


 ………完全に、ヴァルト相手にトラウマ植え付けられてんな。

 目線と声だけで、既に戦闘不能ギブアップじゃねぇか。


 ポーチの中に持ち歩いていたポリ袋を取り出して、ゲイルに差し出してやる。


 口元を押さえて青白い顔をしていた彼は、受け取るや否やその中にぶちまけた。

 胃液ばかりで、既に吐くものも無いだろうに。


 可哀想に。

 そんな情けない彼の姿は、こちらとしても心苦しい。


 背中を摩ってやるが、げぇげぇと彼は嘔吐を繰り返していた。


「………病気か?」

「いや。

 ………言うなりゃ、アンタ達の拷問が原因のトラウマだ」

「………。」


 先程は言っても栓が無かった。


 しかし、窮地を脱し、ハルも生きている今。

 オレとしても、堪える必要は無い。


 案の定、原因だと真っ向から言われたヴァルトが黙り込んだ。


「アンタに会うと分かってから、朝の時点で既にこの状態。

 完全に、心的外傷後ストレス障害の典型的な症状だよ」

「………し、心的、外傷後、なに障害だって?」

「アンタ達に会うのが精神的に負担になって、恐怖心やらなにやらで吐き気や嘔吐が止まらないって事」


 詳しく説明してやってもいいが、これ以上は聞いているゲイルにも、聞かされている側のヴァルトにも酷だろう。

 折角、今は報復云々は抜きにして、護衛目的でここにいる。


 歩み寄りの機会が、オレの軽い口の所為で台無しになっても困る。


「………はぁ。だから、校舎に置いて来たんだ。

 アンタ達と顔を合わせて、こうならない保証はどこにも無かったからな、」

「………。」


 ただ、許されるなら恨み言を一つ。

 黙り込んだヴァルトは、ぐうの音も出ないのかそっぽを向いただけだった。


 そのまま、ゲイルはソファーの後ろで座らせておいた。

 顔を合わせているよりは、その方が良いだろう。


 そうして、改めてヴァルトへと向き直る。


「それで?

 ………結局、食事会の目的は、なんだったんだ?」


 わざと、単刀直入に会話を割り振った。

 護衛の件云々で、そのまま食事会で話したかっただろう話を、うやむやにされても困る。


 だが、ヴァルトは酒のボトルを傾けるだけで、口は開かなかった。


 ………むぅ。

 今はまだ、話す気が無いって事だろうか。


 なら、別の質問にしよう。


「なんで、狙われたと思う?

 それに、あの食事会の場所がバレたのも、どうしてだ?」

「………期限があった。

 あの『タネガシマ』を売り捌く、3ヶ月の期限が、」


 そう言って、重い溜息交じりに、ヴァルトは酒のボトルを置いた。

 酒臭かった。


「………お前が気にしていた、頬に傷のある冒険者。

 それが、オレ達の下に『タネガシマ』を売り付けて行ったのは、13月(アヴェリー)の初旬だった」

「今月末で、3ヶ月ってところか。

 ………なのにまだ売り捌いていなかったから、始末されそうになったって事か?」

「ああ、おそらくな。

 ただ、場所がバレたのは、どうしてだか分からない。

 ハルは念入りに尾行を警戒していた筈だし、アイツの索敵には一度も引っかからなかった…」

「………尾行とは別の方法か、それ以上の実力者って事だな」


 結局、あの襲撃者がどうやって、オレ達のこの会合を知ったのかは不明って事だな。


「先に聞いておくが、貴族達を集めたのはお前じゃないんだな?」

「誰が、貴族なんぞ呼ぶかってんだ。

 だいたい、オレ達が来た時にも、あの勢ぞろいした貴族達はやかましく騒いでいやがったが、オレ達には目もくれなかったぞ?」


 なるほど。

 やはり、情報を横流ししたのは、彼等では無いという事か。


 ………まさか、オレじゃないよな。

 情報漏洩が本人だったりなんかしたら、恨まれるのはこっちだぞ。


 いや、例の襲撃者はアグラヴェインの索敵にも、引っかかってはいなかった。

 彼も彼で、相変わらず『探索サーチ』を使った自主的な見回りはしてくれているから。


 それだけの実力者という事なら、まだ頷けるのだが、まぁ、うん。


 しかし、


「あん?」

「うん?」


 その異変に気付いたのは、ヴァルトが早かった。

 彼の声に反応して、オレが気付くのが後だ。


 オレのソファーの後ろで、青白く力無い手が伸びていた。

 ………ぶっちゃけ、ホラーだ。


「………もしかしたら、オレかもしれない」


 そう言って、これまた震える声音を吐き出したのはゲイルだった。


 思わず、驚いてしまう。

 それを白状した事にもだが、コイツが情報漏洩させた事にもだ。


 良くも悪くも、コイツは口が堅かった。

 だからこそ、PTSDなんて言うトラウマを、血を分けた実の兄弟に植え付けられる羽目になっているのだ。


 しかし、


「………オレの懐に、入れてあった、筈の、招待状が、無かったんだ。

 落としたか、無くしたか、どの道、おそらく、情報が洩れていたのは、オレの所為だ…」

「…テメェ、いけしゃあしゃあと…ッ!」

「………おいおい」


 招待状を無くしていたとか、おい。

 思わず呆れてしまったついでに、溜め息が漏れる。


 結果的に、落ち度はこっちかよ。


 これまた恫喝の声をあげたヴァルト。

 ゲイルがソファーの後ろで縮こまってしまっているが、オレとしては両名の気持ちが分かってしまうのでどうにも出来ない。


 ………いや、でも、待てよ?


「………お前、招待状、どこに入れておいたんだ?」

「騎士服の下に来ている、シャツの胸ポケット、に入れた筈だ。

 …ここなら、そう簡単に落とす訳も無いから、と………」


 ふむ。

 それならば、無くす可能性の方が少ない。


 朝の段階で何故調べていなかったのかは不明だが、受け取った段階で仕舞い込んでそのまま消えた。


 考えられる可能性は一つだ。


「………いや、もしかしたら、失くしたんじゃなく盗まれた可能性がある」

「ど、どうやって?」

「ああ?どういうこった…!」


 顎に手を当てて、考える人のポーズ。

 思わず立ち上がったヴァルトも、唸り声をあげるだけで殴りかかっては来なかった。


「忘れたのか?お前、一度騎士服を脱いでいただろう?」

「………あっ!」


 潔く思い出したらしい。

 既に3日前となる、手紙を受け取った、てんやわんやのあの日の事を。


 オレも思い出すと涙が出て来てしまう、女性に振り回された厄日の事だ。


 追って、ゲイルの行動を遡ってみる。

 かくかくしかじか、とヴァルトへの説明がてら、だ。


 手紙を受け取ってから、彼は緊急の要請があって商業区へと足を踏み入れた。


 理由は、ローガンだった。

 そこで、スラム街へと向かっているオレと遭遇した。


 オレを引き留め、手紙を渡し、彼も一緒にスラム街へと同行した。


 だが、思い出しても見ろ。

 余計な問題を避ける為、この時一度、彼は騎士の屯所へと引き返しているのだ。


 そこで、騎士服を脱いだ。

 その時、胸ポケットに入れておいた手紙はどうしたのだろうか。


「………取り出した。

 落としでもしたら困ると思って、」

「そのあと、一度でも見たか?」

「………いや、見ていない。

 騎士服の上にしっかりと置いておいた筈なのに、」


 おそらく、その時だ。


 騎士団の屯所に預けておいた時に、隙を見て盗み出されてしまった可能性が高い。


 ハルを一撃で戦闘不能にできるだけの実力者ならば、巡回部隊の屯所程度なら数秒の間で侵入して抜け出すことは可能だろう。

 実際、オレもやろうと思えば出来る。

 言っちゃ悪いが、『白雷ライトニング騎士団』と違って、巡回部隊はその程度の練度だからだ。


 だから、ヴァルト達の動向も分かった。

 オレ達の動向もだ。


 オレが例のレストランに来るという情報を、貴族達に横流ししたのも、足止めの為にだ。

 オレに邪魔されることなく、スムーズに彼等を始末出来るように。


 思えば、この3日前の時点から襲撃者もこの街に潜伏していた。

 その間に、ヴァルト達の動向を調べるのは、時間的にも余裕があった事だろう。

 会話でも動向でも、とにかくヴァルト達の『裏切り』の証拠を掴めれば、始末に乗り出すには十分な理由になる。


 それに、だ。


「もしかしたら、アイツ等は元々アンタ達を始末する前提で、あの『タネガシマ』を売り付けた可能性は高い」

「………南端で、売る必要は無いものな」

「ああ、他国で売れば良かったからな。

 なのに、このダドルアードで売り付けを行ったのは、オレへの当てつけか、もしくは禍根を残したかったんだろう」


 ゲイルの兄弟を使って、オレを殺したかった。

 その為に、ゲイルの兄弟であり武器商人であるヴァルトが使われたのだ。


 秘密とはなっているが、ヴァルトが元騎士で、ウィンチェスター公爵家の次男であることは、彼と顔を合わせた騎士団や、貴族連中の間では衆知の事実だ。

 それに、ハルが召喚者であることも、噂を探れば容易に出てくる。

 ゲイルが調べた時にも、真っ先に出て来た情報だったからだ。


 それに、例えオレを殺せなかったとしても、害されたとなれば、心情は明らかに偏るだろう。

 ゲイルへの憎しみや禍根に、オレの心情は早変わり。


 王国騎士団とのつながりを、希薄にしたかった。

 オレ達の護衛に、王国騎士団が付いている事が、目障りだった筈だ。

 オレ達を孤立させたかった。


 今回の顛末は、その為の、一種の布石だった訳だ。


 ………ねじがかっ飛んでいる割には、随分と周到な罠を張ってくれるものだ。

 おかげで、本当にその通りになるところだった。

 別の意味で、オレ達自身の過失が原因ではあるが、そうなってしまうところだったのだ。


 危なかった。

 歩み寄りを進めてくれた、女性陣には感謝しないとな。

 後、脅してくれた榊原にも。


「まぁ、どの道、オレ達の落ち度だな。

 悪かったよ。元々は、オレの問題がまわりまわって、アンタ達に迷惑をかけたらしい」

「………いや、関わったからには、オレ達にも落ち度はあった筈だ」


 オレが謝罪するのに、合わせてヴァルトも溜飲を下げた。


「オレも、悪かった」


 そればかりか、彼も同じようにして謝罪を口にした。


「もうちょっと、手段を選んでおけばよかった。

 時間の余裕が無くて、結局無茶な事した所為で、」


 そう言って、背後を振り返ったヴァルト。

 そこには、ゲイルと同じく、これまた青白い顔で寝ているハルの姿。


 失血の為、未だに目覚めていない。

 そんな彼も、一度は心肺停止の状態に陥った。


 お互いの行動一つで、今回は最悪の事態もあったかもしれない。


 もし、ゲイルが駆けつけてくれなかったらハルは死んでいた。

 だが、元を辿れば、あんな誘拐紛いな事をしてまで、オレ達に接触しなければ、彼等も危険な目には合わなかった。


 まぁ、そうなると、『タネガシマ』の行方が大変なことになってしまった訳だが。


 だが、それにしたって、たかが武器。

 人の命には、代えられない。

 出来れば、オレは代えたくない。


 後々の戦争の機運に力を貸してしまうオーバーテクノロジーだとしても、犠牲を払ってまで手に入れる代物では無かった。


 だから、今ではこの状況が、まだ良かったと思える。

 たらればを口にしたら、キリがないのは分かっているから。


「………もう、お互いに過去の事を蒸し返すのは辞めよう。

 だから、出来ればゲイルの事も責めないでやって欲しい」

「ああ、分かってる。

 むしろ、責められるのは、オレの方だ………」


 そう言って、俯いたヴァルト。


 きっと、彼にとっても苦渋の選択だったのかもしれない。

 何が?

 ゲイルへの、拷問の事だ。


 例え忌み嫌っていようが、血を分けた弟にする所業では無かった。

 しかし、そうしてまでも確かめたいことが、聞きたい事が彼等にはあった。


 仕方ない、と割り切るのには無理がある。

 明らかにやり過ぎだからだ。


 しかし、結局のところ、発端は例の冒険者が持ち込んだ『タネガシマ』。

 ヴァルト達も、オレ達も、踊らされただけだ。


「………なら、改めて教えてくれ。

 一応、触りだけなら、アグラヴェインから聞いてはいるが、アンタの口から直接聞きたい」


 もう一度、ヴァルトへと向き直る。


 知らないふりは、もう出来ない。

 彼等の心情の奥底で燻っていた感情が、このような顛末へとどうして向かってしまったのか。


 彼は、俯いていた視線をあげて、ゆっくりと目を瞬いた。


「………長くなる」

「良いよ。どの道、夜はまだ長い」


 酒のボトルを、静かに傾けたヴァルト。

 目の端に涙が溜まっているのを確かに見たが、酒に咽ただけだと、見なかったふりをしておいた。



***



 彼は、ゲイルから聞いた通り、幼少期からあまりゲイルの事を好きでは無かったようだ。

 理由は簡単だ。

 母親が違ったから。


 なのに、母親が違うだけで、彼はなんでも一通りはそつなくこなせてしまったからだ。


 魔法もそう。

 ウィンチェスター家に伝わる、槍術もそう。

 貴族としての礼儀作法や教育も、彼には片手間で出来てしまった。


 天才肌だ。

 彼は感覚だけで、なんでもかんでも習得してしまう。


 そして、母どころか、父にも一目置かれていた。

 自分は、可愛がられない。

 1番上の兄も、それは同じ。


 妹であるヴィッキーさんも、女であることを理由に遠ざけられた。


 ただし、そんな天才肌のゲイルにも欠点はある。


 オレからしてみると、魔法はともかくとして、槍術も礼儀作法もその他あらゆる教育も完全ではない。

 一通りは出来る。

 並み以上に、そして覚えたことは感覚として体に染みついているので、忘れない。

 しかし、極めることは出来ないのだ。

 

 だからこそ、彼は騎士団に入ってから苦労したという。

 その苦労に関しては、彼の姿を見ることが少なかった彼等には分からないだろう。


 なまじ、感覚で覚えてしまうからこその弊害。

 合理を理解出来ない。


 槍の師匠が出来た、と言うのはその為だ。

 極める為には、一歩進んだ教育が必要だったから。


 だが、そんなことは、見ることも少なく、子どもの頃からの色眼鏡を通して見ていたヴァルト達には、分からなかった事だろう。

 完璧に見えた弟が、疎ましかった。


 それでも、最初の内は、表に出さないように心掛けてはいたのだ。

 ゲイルは良くも悪くも素直で、真面目で、それでいて兄達を慕って従順でもあった。


 邪険にするのではなく、成長を見守ろう、と一時は考えたのだという。

 それは、一番上の兄も、ヴィッキーさんも同じだった。


 しかし、彼らが騎士団に入ってから、そんな気持ちは一切無くなってしまった。


 それもこれも、全て父親が仕向けた采配だ。

 あの堅物で狡猾な元騎士団長は、実の息子達を前にして信じられない事を言ったらしい。


『お前達は、穢れた魔族の血が流れている』


『お前達は、私の息子ではあるが、愛されるべき存在では無い』


『アビィの糧になるだけの存在だ』


『あの子が騎士団に入ってからは、お前達には手柄も昇進も無いと思え』


 そう言って、彼等に不遇の職を課した。

 騎士としてではなく、これから騎士団長になるべく英才教育を施されたゲイルの踏み台になる為に。


 最初は、雑用だった。

 ほぼ毎日、訓練と雑用の同時進行で、夜中に帰ってきてはベッドに倒れ込む日々が続いた。


 その次は、雑用も兼任した、書類整理の仕事だった。

 ほぼ毎日あらゆる雑務に忙殺され、終わるのが早くても深夜、酷い時には朝まで掛かったという。


 更には、僻地への連絡係。

 到底、公爵家の子息がやるべきことでも、ましてや騎士がやる仕事ではない。

 連絡は、基本的に騎士見習いの仕事だったからだ。


 これまた、忙殺され、体調を崩すことも少なかったと言う。


 少しでも昇進しよう。

 兄と揃って、ヴァルトこの状況を脱却する術を考えた。


 しかし、結果はすぐに分かる。

 当時の騎士団長は、その不遇の職を課していた張本人(ラングスタ)だ。


 昇格なんてもってのほか。

 配属の希望どころか、現在の職務に関しても改善される見込みは無かった。


 そして、そのうち、ゲイルが13歳を迎えた。

 騎士団に入団することが可能な年齢となった彼は、すぐに騎士団採用試験へと参加。

 そして、見事に合格して見せた。


 その時、彼等はその姿をどこで見ていたか。

 書類仕事で王城の中を行ったり来たりと忙しくしていた傍ら、窓からそれを見ていたらしい。


 自分達は、どんなに望んでも参加できなかった昇格も兼ねた試験。

 そこで、脚光を浴び、満面の笑顔を見せている、疎ましい弟を。


「………いつか、変わるのか?」

「アイツが騎士団長になれば、まだ違うのかもしれんな」


 涙ながらに、彼等はまだ希望が無くなった訳では無いと、信じていた。


 しかし、それも長くは続かなかったようだ。


 ゲイルが騎士団に入団してからは、彼等の仕事は連絡係がほとんどとなった。

 まるで、ゲイルとの接触を、あからさまに禁止されているように。

 僻地を転々とする日々。

 体調の悪化に伴い、荒んでいく精神。


 しかも、その傍らでは、疎ましい弟が功績を上げ続ける。

 

 騎士団では、彼の噂がもっぱらの酒の肴。

 そして、ほとんどが彼の行動を褒め称えるものばかりで。


 彼等は、顔を合わせるたびに励まし合った。

 それでも、彼等の心が晴れることは無かった。


 お互いの存在が、もはや希望でしかなかった。


 そんな中、ゲイルは遂に騎士団長への道を、上り始めた。


 各地への視察の最中、毎度の如く吉報を持ち込むゲイルに、周囲の反応も当然の事と疑う声すら上がらなかった。

 更には、戦地での功績が、拍車を掛けた。


 この時の戦役で、ゲイルもまた色々なものを失った。

 前にも話した通り、槍の師匠や部下達の命や、一部の部下からの信頼。


 騎士団長の任に、彼が付くのは自然な流れとなっていた。

 それも、おそらくは、父親の采配が大きかったことだろう。

 あの狡猾な父親は、ゲイルの為だけに騎士団内でのレールを引き続けていたのだから。


 長兄と次兄の2人の事など、最初から存在しなかったかのように。

 自分の血を分けた息子達を、ただ一人を除いて、おざなりにした。


 そして、最後の采配が終わった。


 ゲイルが、騎士団長になった。


 その時、彼等は既に30代と20代の後半。

 巻き返すこと等、考えられる程の余力も無かった。


 そこで、告げられたのだ。


 父親からの、最終通告を。


『ウィンチェスター姓を捨てるか、僻地で生涯を閉じるかを選べ』、と。


 この時に、2人は思った。

 とうとう、自分達の居場所が騎士団にも無くなったことを。


 しかし、先程も言った通り、30代と20代後半。

 今更、貴族として生きて来た生活も変えられるべくも無く、また最後の矜持で姓を捨てることも出来なかった。


 妹のヴィッキーさんは、さっさと捨てたらしいが。

 兄2人には、まだそこまでの踏ん切りが付かなかったようである。


 だから、2人は選んだ。

 僻地へと赴く、不遇の道を。


 そして、長兄は南端の砦、通称『終着点ハカバ』へと配属された。

 そして、ヴァルトは、当時戦役が終わったばかりで復興も儘成らない、かつては『西拠点(ウエストポート)』と呼ばれた、魔族の支配下とも言える砦へと配属された。


 言うなれば、死地への切符だった。


 お互い、手紙のやり取りは続けた。

 それが、やはり一縷の希望であり、寄る辺だった事もある。


 しかし、内容は大半がその死地の現状を愚痴る内容や、惨状をつづるもの。

 やはり、彼等の心が晴れることは無かった。


 だが、一方でヴァルトにとっては、この死地での出会いが転機となった。


 当時、魔族の支配下だった西砦には、魔族の中でも魔法に優れた種族が集められていた。

 騎士団は、実を言うとこの魔術師部隊の雑用として配属された意味合いが強く、彼もまた雑用として扱き使われた、という実情があった。


 だが、魔族には、基本的に人間社会のような柵は無い。

 要するに、貴族と言う概念が存在しないのだ。


 ついでに、西の砦に集まった魔族は、人間が思う以上に良心的だった。

 ヴァルト達の使役に関しても、偏見はあっても無茶な采配はせず、むしろ騎士団で走り回っていた時よりも安定した生活を遅れたそうだ。


 その中で、出会った魔族の少女。

 獣人だったそうだが、何の獣人なのかは分からなかったらしい。


 しかし、その獣人がキーマンとなった。

 名前を、アディソン。

 

 彼女は、魔法具や魔力付加された武器の扱いに長けた、言うなれば魔法具のエキスパートだった。


 当時、騎士として槍術は出来ても、魔法を表立って使えなかったヴァルトにとって、酷い感銘を受けた存在だったようだ。

 特に感銘を受けたのが彼女の作った、攻撃魔法の魔法陣を搭載した魔法具。


 これならば、自分も扱える。

 魔法の修練は出来なかったが、家柄か何かで魔力には優れていたヴァルト。


 彼にとっては、魔法具こそが再起を図る切り札と思えたのだ。


 すぐに、その女性と懇意となり、様々な魔法具の開発や研究に没頭した。

 騎士団の職務の時間を縫って、あるいは非番の日を利用して。

 それこそ、アディソンからも呆れられる程に、のめり込んでいた。


 ちなみに、肉体関係も何度か持ったらしい。

 他人様の色恋事情なので割愛はするが、なかなか上手くは行っていたらしい。


 ………オレとは大違いだな。


 げふんごふん。

 話が逸れた。


 そんな中、開発に着手したのが、最も武器への付与が難しいとされる『雷』属性を搭載した魔法具だった。

 アディソンにとっては、念願となる魔法具。

 それは、ヴァルトにとっても、同様だった。


 この魔法具を開発し、大手を振って騎士団へと戻る。

 父では無く、国王や魔術師部隊へと直訴すれば、自分達の待遇も変えられるかもしれない。

 功績さえ残せば、昇進昇格だって出来る。


 そして、騎士団でも一目置かれれば、元凶である父も目障りな弟も見返すことが出来る。


 一縷の、希望。

 千載一遇の、好機。

 その希望を、ヴァルトは現実のものとする為に、アディソンと共に寝食を忘れて没頭した。


 それこそ、ヴァルトにとっては、一世一代の大きな賭けだった。

 現状を打破する為の、最良の切り札。


 ………それが、父の放った子飼いに察知さえされなければ。



***



「………まさか、」

「………気付いていなかったオレも迂闊だったが、親父は想像の遥か上を行く狡猾な豚野郎だったよ」


 ぞっとした。

 文字通り、背筋が粟立ってしまう。


 いくらなんでも、やり過ぎだ。

 周到過ぎる。


 あの狡猾な公爵閣下は、この時からあんな性格をしていたらしい。

 もはや、筋金入りだな。


「オレにも、おそらく兄貴にも、子飼いが付いていた。

 それは、間違いないだろう。

 実際、オレ達の行動は、親父には筒抜けになっていたようだからな、」


 そう言って、もう残り少なくなってしまった酒のボトルを、一息に煽ったヴァルト。

 その飲み方は、完全に慣れている者の飲み方だと分かった。

 自棄酒の無茶な飲み方を、体で知っているようにも見えた。


「………研究成果は、表に出すことは出来なくなった。

 オレもアディソンも拘束されたし、保釈を条件に、研究成果に関しても破棄する事しか出来なかったから、」


 徐に席を立ったヴァルト。

 そのまま、彼は新しい酒のボトルを手に戻って来た。


 その姿も、さながら幽鬼のように見えたのは、気の所為ではないだろう。


「………『投擲雷槍ライトニング・ジャベリン』」


 しかし、ふとそこで。

 今まで、聞いていたバリトンとは、少々キーが違う男の声。


 ソファーの後ろで、座り込んだままのゲイルだった。


「射程や出力の問題で、武器や防具への付与が最も難しいとされていた『雷』属性の魔法陣を、比較的大型な投擲槍ジャベリンに搭載し、威力や効果範囲を広げることに成功した数少ない『雷』属性を持った魔法具だ」


 そこで、ふらりと立ち上がった彼。

 表情は悲壮に尽きる。


 そして、そんな彼の表情を見てヴァルトは驚いた様子だった。

 ゲイルが、その『投擲雷槍ライトニング・ジャベリン』なる武器を知っている事。


 いや、この場合は、その発案者がヴァルトだという事を、知っているとは思ってもみなかったからか。


「調べたんだ。

 兄さんが何故、騎士団を辞めたのか」


 紆余曲折はあれど、結局のところヴァルトはその事が一番の原因となって騎士団を辞めている。


 開発した魔法具や武器の技術の手柄を、そっくりそのまま父親に奪われたから。

 騎士団での昇格の為に頑張って来たが、それを父親に全て邪魔され、手柄すらも奪われて、我慢が出来なくなった、というのが本当の理由だ。


「オレも、最初は知らなかった。

 だが、記録を見ると、どうも『投擲雷槍ライトニング・ジャベリン』の出自や、開発者があやふやで、可笑しいと気付いた」


 だから、片っ端から調べたのだと。

 兄と邂逅するだろう事が分かった時から、寝食を削ってまでも。


「丁度良く、父上が退いてくれたから、邪魔をする人間もいなかった事だし、」


 そう言って、苦笑。

 またぼろり、と大粒の涙を零して、ゲイルはソファーの後ろへと引っ込んだ。


 そして、吐く。

 どうやら、精神的なものが関係して、結局体調が安定していないようだ。


 ………難儀な奴だなぁ、もう。


 そんなゲイルの姿は、ヴァルトからはどう見えるのだろう。

 無言のまま、そして難しい顔のまま、彼は酒のボトルを乱暴に煽っただけだった。


 だが、昔語りはこれで終わったらしい。


「………後は、知っての通りだ。

 騎士団を辞めてから、魔法具販売に着手して、そのまま武器商人になった」


 ああ、なるほど。

 確かに武器開発の知識もあるなら、騎士団を辞めてからの仕事は決まったも同然か。

 そして、彼は最初から武器商人では無く、魔法具の販売からスタートしている。


 だからこそ、取扱商品の中に魔法具が含まれていたのだ。


「ハルと出会ったのは、魔法具販売が軌道に乗り始めてからだ。

 最初は冒険者で食いつないでいたようだが、思うようにいかなかったらしくてな。

 路地裏で腐っていたのを見つけて護衛に誘ったのが、そもそもの始まりだったか」

「………そうだっけ?」


 思いがけず、ハルとの出会いも聞くことが出来た。

 なんと、彼は最初、冒険者ギルドに所属していたらしく、ちょっとだけ驚いた。


 ただ、この話には当の本人が食い付いたようだ。


「………ハル…!」

「………起きたか」

「………なんで、生きてんのかは知らないけどな」


 そう言って、ベッドに起き上がったハル。

 しかし、ややあってから頭を抑え、立てた膝の上に懐いて小さくなってしまった。


 あれだけ失血していたのだから、貧血を起こしていても不思議ではない。

 ついでに、造血剤を飲ませたとしても遅効性なので、効果が現れるのはまだまだ先だ。


 だが、目が覚めたとなれば、安心していいだろう。

 しばらくは安静が必要だが、傷も治癒しているし、血液さえ戻れば、これ以上悪化することは無い筈だ。


 良かった良かった。


「………誘われたのは確かだが、別に路地裏で腐ってなんかいなかったけど?」

「馬鹿言え。泥酔して愚痴混じりに「冒険者なんて糞食らえ」だのなんだのほざいていやがっただろうが、」

「……そんなの、言った覚えはねぇ」

「あんだけ、泥酔してりゃあな」


 そして、会話は、先程本人が食い付いた、お互いの出会いについて。


 気安い掛け合いもなんのその。

 なんだか、彼等2人だけの世界があって、口を出すのも気が引ける。


 苦笑交じりのまま、彼等の掛け合いを聞く。


 ………BGMは、ゲイルの嘔吐の声だがな。


 ハルが目覚めた途端、更に酷くなったけど、やっぱり完全にトラウマ発動してんね。

 ヴァルトどころか、ハルのダブルコンボは酷だったようだ。

 ………吐くのはまだ良いけど、追体験フラッシュバックは辞めてね。


 なんて、現実逃避をしている最中。


「しかも、何が魔法具販売が軌道に乗り始めたころだぁ!?

 テメェこそ、顧客をその凶器みてぇな顔と態度で逃がして、泥酔してやがったじゃねぇか!」

「だ、誰が凶器みてぇな顔だ…!?」

「その強面の顔の事だよ、弟と似てるのは目の色ぐらいじゃねぇか!」


 気安い掛け合いと言うか、ちょっとした舌戦になり始めた辺りで苦笑はしていられなくなった。


 ヴァルトも乗るな。

 ついでに、ハルも挑発するな。


 こっちだって、そんな痴話喧嘩が聞きたくてここにいる訳じゃないから。


『誰が、痴話喧嘩か…!』

「………。」


 見事にハモって返って来た台詞に、思わず黙った。


 今日何度目かも分からない既視感デジャブだ。

 ついでに、背後で嘔吐を繰り返していたゲイルも、一時停止した気配がしている。


 ………なんか、似てるよね。

 オレ達のやり取りと。


 ついでに言うなら、オレも何度か言ったことのあるセリフだわ。

 半ば辟易と、ついでに何故かほっこりとしてしまったのは、ご愛敬と言っておこう。


 さて、そんなオレ達も馴染み深い痴話喧嘩問題もさておき。


「『タネガシマ』については、もう売る気も失せた。

 どの道、持っていても売り捌いても、碌なことにはならねぇ代物だからな、」


 そう言って、彼は一旦立ち上がると倉庫の奥へ。

 そこには古めかしい研究机があり、その足下にしまっておいただろう金庫を、徐に開いた。


 ばさり、と丸まった大判の羊皮紙が取り出される。

 一見すると、宝の地図のようだ。

 戻って来たヴァルトが、それをローテーブルに投げ出した。


 意図は読めた。

 その丸まった羊皮紙の紐を解き、中を開く。


 口元をハンカチで抑えたゲイルも、ソファーの背後から覗き見る。

 鼻がグスグス言っているのは、まだ泣き止んでいないからだろう。


 羊皮紙に描かれていたのは、紛れもなく設計図だ。

 宝の地図では無い。

 だがオレ達にとっては、それに匹敵する『タネガシマ』の設計図だ。


「確かに、『タネガシマ』だな。

 ご丁寧にも、当時の火縄銃では最新式の、「フリント・ロック式」だ…」

「あん?」

「どういう意味だ?」

「………お前、また変な知識を、」


 ヴァルト達どころか、ハルにまで首を傾げられながら。


 火縄銃に関しては、オレも銃を扱う手前、知識ぐらいは知っていた方が良いと考えて、歴史を覚えておいた過去がある。

 だから、ハルも変なところで生真面目に、おかしな知識を持っている事を咎めているのだろう。


 それは、さておき。


 そもそも、火縄銃とは、初期の火器形態の1つで、黒色火薬を使用し、更に前装式で滑腔銃身のマスケット銃の中でも、火縄マッチロック式という、点火方式の呼称だ。

 マッチロック式は、板バネ仕掛けに火の付いた火縄を挟んでおき、発射時に引き金を引くと仕掛けが作動して、火縄が発射薬に接して点火する構造である。

 通常、日本では小型のものを鉄砲、大型のものは大筒と称する。

 またマスケットという呼称は初出の1499年には重量級の火縄銃を指していた。

 だが、後にありとあらゆる銃に使われる呼称になったのである。


 ちなみに、それ以前の銃器は、火種(火縄など)を手で押し付けるタッチホール式が多かったことから、扱いが難しく命中精度も低かった。


 その欠点を補う為に、ドイツで考案されたのがS字型金具(サーペンタイン)を挟んで操作するサーペンタインロック式。

 そして、15世紀半ばには、シア・ロック式とスナッピング式が発案され、ヨーロッパや日本にそれぞれ伝わって改良された。

 ちなみに、最古の分解図も、このシア・ロック式である。


 日本では、1543年(天文12年)に種子島に鉄砲が伝来したことから、種子島銃やら種子島と呼ばれるようになった。

 この時は、まだマッチロック式では無かったようだ。


 だが、マッチロック式はそれ以前のタッチホール式以上に、命中精度と射程距離の向上等、銃の性能を大きく変えた。

 

 そして、オレの言っていたフリント・ロック式は、このマッチロック式の次世代火器だ。

 以前の火縄銃は、どうしても火種や火縄を常に持ち歩かなければならなかったし、野戦であるにも関わらず敵に位置を教える事になったり、先込め式で構造上時間が掛かったり、雨天に弱かったりと、かなり不便で改善すべき点も多かった。

 その為、ヨーロッパでは新たにこれらの問題を緩和し、逆に命中精度や操作性を悪化させた点火方式も発案された。

 それが、フリント・ロック式。

 要は、火打ち石や燧石すいせきを鉄片にぶつけて着火する方式だ。


 それが、今回持ち込まれている火縄銃の設計図であり、『タネガシマ』の射法となっている。


 命中精度や操作性が悪くなっても、不便性は改善されたものだ。

 扱いは結構簡単で、フリントになる火打石か鉄片さえあれば、馬鹿でも撃てる。

 しかも、この世界では魔法なんてものもあるから、火種には困らない事もあって、確実に重宝されることだろう。


「………持ち込まれたのは、全部で10丁。

 弾の制作方法に関しても、二枚目で詳しく記されている」

「あ、本当だ。

 玉鋼というか、鉛玉程度ではあるけど、ちゃんと『劣り玉』の製法まで書かれてやがるな」


 彼の言う通り、羊皮紙は2枚あった。

 2枚目には、ローガンの腹から摘出したこともある、鉛玉の製法なんかも詳しく載っている。


 ちなみに、劣り玉というのも、鉛玉の一種。

 火縄銃はどうしても銃腔に火薬の残り滓等のカーボンが付き易く、通常の弾が入らなくなる。

 その為に、砲身を7発程に一度は、洗い矢(槊杖の先に水に湿らせた布を付けたもの)で拭う作業が必要になっていた。

 しかし、戦場ではそんなことをしていられない場合もあるので、『劣り玉』という通常の弾丸よりも一回り小さい玉を用いた。

 これによって、洗い矢で拭う作業をすることなく、ある程度の連射が可能になるのだ。

 その分、通常の適合弾よりも威力も精密さも劣る為、『劣り玉』となるのである。


「………何故、そんなに詳しいのだ?」

「………良く分からねぇが、お前が規格外なのは分かった」

「普通、そこまで詳しくはねぇ…」


 とは、ゲイル、ヴァルト、ハル、と続いた三者三様の返答ではあったが。


 あんれぇ?

 今度は、完全に呆れられている?


 でも、まぁ、オレの脳内の引き出しが多いのは、この際どうでも良いでしょ?


 こうして、設計図を渡された、という事はだ。


「世話になった。

 礼は、これで十分だろう?」


 そう言って、鼻で笑ったヴァルト。

 ご丁寧に、ソファーにふんぞり返って、シガレットまで咥えだした、マフィアの元締めのような動作オプション付き。

 しかし、彼にとっては、これがデフォルトのようである。

 ならば、何も言うまい。


 そして、オレとしても、こうして『タネガシマ』が手に入るのなら、この際文句は無いのだから。

 勿論、何の犠牲も無しに。


「ああ。十分だ」


 大仰に頷けば、ヴァルトも目線だけで頷きを返した。


 交渉成立。

 かなり長引いた感は否めないものの、これでなんとか『タネガシマ』については一件落着ということで良いだろうか。 


 しかし、その後のヴァルトの一言。

 それは、オレにとっては、思いもよらないもので、


「それと、テメェの校舎に融通する分は、あらかた用意しておいた。

 必要な分とその費用はこっちで書面を起こしてあるから確認しておいてくれよ」

「…えっ?…あ、はい?」


 一瞬、言われている意味が分からずに、小首を傾げるほかない。

 突然、何の話だろうか、と目線をヴァルトとハルに交互に動かしていると、


「このメモは、もうお忘れかい?」


 そう言って、徐にヴァルトが胸元から取り出したメモ。

 見慣れたメモ帳だ。

 オレが、書き損じの羊皮紙を折りたたんで使っているものだからな。


「あ゛…ッ」

「………どうやら、完全に忘れていたらしいな」


 悪戯が成功した後の、悪童のような顔をして笑ったヴァルト。

 したり顔、というかどや顔で頷いているハルのその表情すらも鼻に付く。


 完全に存在を忘れ去っていたメモ帳だ。


 最初の火縄銃の交渉の時、あわよくばお願いしようと思っていた武器類のメモ。

 校舎での生徒達のレベルアップに合わせて、武器の扱いを教えようと思っていた為、その武器の融通も念頭に置いてあった。


 まぁ、その最初の段階での交渉は、失敗した。

 その為、この武器の融通の件も流れた事もあって、すっかりと存在を忘れていた。


 いつの間にやら、そのメモ帳がヴァルトの手に渡っている。

 理由は一つだ。

 スられたとしか思えない。


 そこでどや顔をしている、手癖の悪いもう一人の悪童・ハルに。


「テメェ、いつの間に、」

「気付いていないとは、思ってもみなかったけどな」


 そう言って、またしてもどや顔を見せたハルは、鼻で笑う。


「お前達2人を拉致した時に、胸元漁っといたら出て来たんでな」

「悪いが、あの時から『タネガシマ』を売るかどうかは、お前達の返答次第だった。

 だから、ハルがこのメモを見つけた段階で、さっさと用意して取り込む準備はしておいたって事だ」

「………なるほど、用意周到なこった」


 襲撃者(あっち)もあっちで相当だったが、こっちもこっちで用意周到じゃねぇか。

 畜生め。

 今まで気づいてなかったとか、訛り過ぎ。


 そこで、先程の設計図と同じく、目の前のローテーブルに放られた書面。

 ご丁寧に、見積もりまで取ってあるのか、どの武器がどれだけの金額か、と詳しく書かれた紙と最終的な合計金額に請求書まで準備されている。


 そして、その書面の一番上には、『タネガシマ』の文字が躍っている。

 勿論、一番値段が高いのも、この『タネガシマ』である。


「『タネガシマ』に付いては、テメェに全部売り払ってやる。

 分割は認めねぇから、一括でオレ達の損失分を補ってくれや」

「………ちゃっかりしてやがるな、本当」


 思わず苦笑が漏れた。


 この値段に関しては、おそらく彼等が今まで締結していた販売元への卸価格と同じなのだろう。

 だって、魔術ギルドへの寄付金と同じぐらいの額が並んでいるからね。

 それでもまぁ、払えない額な訳でも無く、むしろこの程度の支出ならそれこそ、1ヶ月で戻ってくるので、あまり気にはならない。


「分かった。

 支払いは、後日になるだろうが、構わないな?」

「ああ、後日回収に行ってやらぁ。待ったは無しだ」

「待ったなんてしないさ」


 売ってくれるのであれば、言い値でも構わなかったぐらいだ。

 この程度で済むならば、そして、生徒達の武器の工面までして貰えたならば、オレ達にとっては僥倖である。


 円満解決、という事で、やっと肩の荷が降りた気がした。


 そこで、やっとソファーの後ろで蹲っていたゲイルが顔を上げた。


「…あ、ありがとう、兄さん」

「………まずは、泣き止んでから言え」


 ヴァルトの言う通り、真っ赤な目にぼろぼろと涙を零したゲイル。


 これには、ヴァルトも呆れ気味だ。

 とはいえ、やや気まずそうな顔をしているのは、原因が自分にある事を自覚しているからだろうか。


 ただ、ゲイルの顔色は、どちらかと言えば青から赤へと戻っている。


 円満に解決したことがきっかけで、少しはトラウマも解消されたようだ。

 こちらにも、思わず苦笑が漏れてしまった。


 ヴァルトの後ろで仮眠用のベッドに懐いたままのハルも、言わずもがな。

 苦笑交じり、というか困ったような表情ではあるが、口元を少しだけ緩ませているように思えた。


 ここに来るまで、長かった。

 それでも、最終的にこの状況にたどり着けたのは、なんにせよ良かったと思えた。


 これで、やっと長い夜も佳境だ。



***



 しかし、そんな中、


「……そういや、優男。

 ハルが、お前の事を嫌いな理由、知ってるか?」

「おい、馬鹿ヴァル!余計な事…ッ!」

「へっ?」


 ふと、突然振られた話題に、素っ頓狂な声が上がる。

 それよりも早く、ハルが制止を叫ぼうとして、結局貧血の所為で頭を抑えて蹲る。


 先程、オレが視線をハルに向けたのがヴァルトには分かっていたようだ。

 そこで、気まずげな表情から一転、またしても先程の悪童のような表情になった彼は、何故か突然、ハルがオレを嫌いな理由をカミングアウトしようとしている。


 ………このタイミングって何なの?

 もしかして、オレさっきの痴話喧嘩の腹いせに使われてる?


「………なんでも、テメェの師匠が、ハルにとっては恩人だか恩師だったそうでな、」

「………ッ、師匠が…?」

「ち、違ぇし!…オレにとっては、確かに憧れではあった人だけど、恩人とか恩師とは違って………ッ」


 突然、降って湧いた話題。

 それが、オレにとってのトラウマである師匠の事で、若干戸惑ってしまう。


 オレも顔色が、真っ青になっている可能性が高い。


 だが、反対にハルの表情は真っ赤だ。

 その反応もなんなん?


「………。」

「………。」


 現代からの召喚者2人で、黙り込む構図。

 こちらの異世界の住人2人は、片やハラハラ、片やニヤニヤと、オレ達2人を見守っているだけだ。


 言わなくても分かるだろうが、前者がゲイルで後者がヴァルトだよ。


 いやはや、ヴァルトは完全に腹いせが目的じゃねぇか。

 思わず、苦々しい顔をしてしまう。


 オレもそうだが、当事者のハルだってきっと苦々しい事だろう。

 頭を抱えたまま、どこを見ているのかも定かではない。


「そ、その、大丈夫、なのか…?」

「………駄目だと思ったら、お前が止めてくれ…」


 トラウマを知っているゲイルは、何かと不安げだ。

 ついでに、自分自身も精一杯な状況だったにも関わらず、気にかけてくれているとは恐れ入る。


 もし駄目だったら、オレも同じように吐くから。

 エチケット袋のシェアは御免被るが、その時は背中でも摩ってくれ。


 そんな空気の中、


「お前は、知らなかったんだろうけど、」


 ハルが観念したのか頭を抱えながら口を開く。

 その口元には、先程のような笑みは無い。


「………お前がいなければ、オレが秋峰さんに弟子入りする予定だったんだよ」

「………ッ!」


 そこで、合点が行った。


 同期だというのにも関わらず、あそこまで邪険にされていた理由。

 何も、反りが合わないとか言う問題では無く、もっと根本的な問題だったようだ。


 師匠が、オレの弟子入りを決めた時、実は既に候補は絞られていたのだ。

 そして、その候補が、ハルだった。


 秋峰という名前は、云わば裏社会でのビッグネームだ。

 敵味方関係なく、知らない人間がいない程の実力者がオレの師匠であり、秋峰という名前の『最凶』兵器。


 戦闘と彼に出会った時、それは死を意味する。

 味方にとっては、勝利を意味する。

 絶対的な信頼と実績、ついでに最強の証でもある人型凡庸決戦兵器の名を欲しいままにしていたのが、秋峰という男だったのだ。


 彼へと弟子入りすることは、裏社会での栄誉に他ならない。

 それだけで、箔が付くと言っても過言では無いのだ。


 当時の話では、候補生も100や1000は降らない、と目されていた程だった。


 そんな弟子入りの話に、オレが横入りして、その栄誉を掻っ攫ってしまった形。

 ………実を言えば、そんな横入りもしたくなかったというか、してもしなくても良かったというのは余談だとしても。


「………突然、弟子入りの話が無くなって、オレは施設の訓練所に突っ込まれた。

 そのまま、5年も6年も、あそこで訓練を受ける羽目になって、」

「あー………その、なんつうか、」


 そりゃ、恨みもするわな。

 ついでに、あの訓練所は、3年以上いる人間にとっては地獄と早変わりするらしい。


 良くて2年、悪くて6年が目途。

 6年以上にもなると、そのままチンピラ紛いな枝分かれした組織の下っ端として、死ぬまで扱き使われる。

 その、筆頭にハルが上ってしまったのだろう。

 そして、それを施設関係者、もしくは訓練所関係者からも言われていたのであれば。


 オレを邪険にするのは当然だ。

 蛇蝎の如く嫌われていたとしても、文句なんて言えない。


 しかも、そんなオレも彼が4年目の時に、一度出戻りをしてそのまま訓練所へ。

 2年でデビューしたは良いが、おそらくその年数についてもハルにとっては面白くなかった筈だ。


「しかも、秋峰さん、死んだって聞いた。

 オレにとっては憧れで、一度は弟子入りの話も出ていた凄ぇ人が、突然消えた」

「………ああ」

「なのに、お前は何も言わない。

 聞いても答えようとはせずにはぐらかしやがって………」


 それは、言わなかったんじゃなくて、言えなかっただけなんだけどね。

 口止めもされていたし、オレも既にトラウマでしかなかった当時は振り返るのも怖かった。


「関係者に聞いても、まったく答えて貰えない。

 しかも、それがオレのデビューの時に発覚して、」


「オレにとっては、あの人の隣に並ぶ事が目標だったんだ」


「尊敬していた事もあるけど、純粋にあの人の強さが、オレにとっては憧れだったんだ」


「なのに、その理由は知らなくて良い事だって、教えて貰え無かった。

 お前に聞けって言われても、お前は答えてくれねぇし、結局何も分からなかった」


 悔しかったよ、滅茶苦茶。


 そう言って、唇を噛み締めたハル。

 そんな様子の彼に、オレは黙り込むことしか出来ない。


 言うなれば、逆恨みだというのは分かっている。

 実際、オレが悪い理由と言うのは、言っちゃ悪いが見つからない。


 だが、そうだとしても、ハルにとっては関係ない。

 ぶつける相手が、彼にはオレしかいないのだから。


 まさか、関係者にぶつける訳にも、勿論死んだ師匠本人に向けることだって出来なかっただろう。


 それが、彼にとっての理由。

 オレが彼に嫌われていた理由だった。


「………ただ、お前も言えない理由があったんだよな?」

「………。」


 ふと、唇を噛み締めていたハルが、頭を抱えていた手を退けて、オレへと視線を向ける。


 その視線に、オレは無言で答えるしか出来ない。


 言わないのでは無い。

 言えないのだ。


 今更になって、オレはまた喉が張り付いてしまったかのように、言葉を発する事も出来なくなっていた。


「………その理由も、言えねぇか?」

「………。」


 多少、ハルの視線が厳しくなったような気がした。

 ただ、それでもオレの唇は、閉じられたままで、自分の事ながらも呆れてしまう。


 何から、言えば良いのかも分からなかった。

 ついでに、口を開けば、そのままどうにかなってしまいそうで、怖かった事もある。


 先程ゲイルに、揶揄混じりに考えていた事が現実になってしまう。


 吐くだろう。

 泣くだろう。

 ついでに、前後不覚になって、自棄っぱちになるか、そのまま気絶でもしてしまうのか。


 過去の傷(トラウマ)を晒すには、まだ時間が足りない。


「………。」

「………。」


 またしても、オレ達現代人2人で黙り込む図。

 今度は、ゲイルもヴァルトもハラハラとした様な表情で、見守っているだけとなっていた。


 話を振った癖に回収出来なくなるなら、最初から振らないで欲しかった。


 そんな恨み言を内心で呟く。

 ただの、現実逃避だ。

 そうするしか、気を紛らわせる方法が無い。


 しかし、


「………はぁ。分かったよ」

「……え?」


 溜息と共に、にらみ合いはハルが終止符を打った。

 先程のオレと同じように、彼が口を開くまで待たれると覚悟していたというのに、自棄にあっさりと呆気なく、彼の追求は終わった。


「………あの真っ黒な精霊様に言われたよ。

 テメェは、あの人の死には関係ないって………」

「あ………」


 そうだ。

 そういえば、アグラヴェインもそんな話をしていたではないか。


 オレが、彼等の死に直接的に関係した訳では無い。

 どの道、オレの記憶が無いからには、追求しようが無いというのも一つ。


 アグラヴェインなりに、ハルへの答えはしていた筈だ。

 だからこそ、彼は追及を打ち切った。


「話したくない事なら、それで良い。

 ………今になって思えば、言わなかったんじゃなく、言えなかったんだって、納得は出来るからな」


 そう言って、締めくくったハルはどこか清々しい表情で口元を緩めた。

 先程と同じように、ただ口元だけを歪ませて苦笑のような表情で笑っただけだった。


 オレは、それに対して、どう反応すればいいのかは分からない。

 同じように笑うのも違うし、このまま黙り込んでいる訳にもいかないというのは分かっている。


 なのに、表情は一つも動いちゃくれなかった。

 どうすればいいのか、分からない。

 これで、何度目だろうか、こんな居た堪れない感情を催すのは。


 ついでに、吐き気すらも催しているのは、完全にトラウマを触発されているだけなのだろうが。


「………ちゃんと説明して欲しかった。

 けど、お前にとっては、それすらも苦痛だってんなら、下手に口を割らせる必要も意味も無い」

「………ハル、……オレは、」

「お前が、あの人達の死に関係してねぇってんなら、そのまま黙ってろ。

 下手な事言われたとしても、言い訳にしか聞こえねぇし、折角溜飲を下げたこっちまで空しくならぁ」


 けっ、とそのままの表情で鼻を鳴らしたハル。

 何が要因だったのか、それは定かではない。

 だが、彼の中で、一時だけではあっても、踏ん切りが付いたのは確かだったようだ。


 そんな彼の様子を見て、オレも溜息を一つ。

 溜息と言うよりも、オレのは深呼吸に近かったかもしれない。


 知らず知らずのうちに、息を詰めていたようだ。

 どことなく、体が重苦しいと感じた。


 ただ、黙ってろと言われて、そのまま黙っているのは気が引けた。

 どの道、この異世界での言動は、直接的にあの組織に知られるべくも無いと、オレ自身も吹っ切っていた部分があったからか、


「………師匠が死んだ時の事は、オレも記憶が無い。

 途切れているというよりも、まったく記憶が無いって方がしっくりくる」

「………黙ってろって言わなかったか?」

「け、けど…、」

「テメェが何を隠していようが、もうこっちに来たからには関係ねぇよ」


 ハルは、少し不機嫌そうな表情を見せている。

 黙っていろと言われたのにも関わらず、口を開いているオレが要因だとは分かっているのに。


 ただ、言えない事と言わない事は、違う。

 先程も彼が言っていたように、言い訳にしか聞こえないかもしれない。


 それでも、


「………詳細は、明かせない。

 むしろ、明かそうとしても、オレが前後不覚になるから、言えないと思う………」


 彼が知るべき情報は、まだ言える。

 その範疇だ。


「オレが出戻りした理由が、師匠の死だ。

 11年前の秋に、あの人は死んだ」


 その後は、彼も知っての通り。

 オレが出戻りで施設と訓練所へと戻り、師匠の死の詳細は全て伏せられた。


「口止めされていたから、言えなかった。

 言おうと言えば出来たけど、組織の目がある施設や訓練所では言えなかった、」

「………そうかよ」


 話せたのは、結局そこまで。

 それ以上は、やはりオレも限界だったのか、頭がかち割れそうに痛んでいた。


 彼の言う通り、こっちに来たからにはもう関係ない。

 それでも、オレにとっては過去の傷を晒すのはまだまだ時間が足りないようで。


「………ゴメン」


 それ以上は、何も言えないままだった。

 そして、ハルもそのまま黙って、何も言わなかった。



***



 時間は少しだけ遡る。

 ヴァルトの過去が明らかになり、『タネガシマ』の売買交渉がほぼ一段落した頃だ。


 『異世界クラス』の校舎に帰り着いたのは、ローガン、ラピス、間宮の3人。


 時刻は、既に深夜に差し掛かろうとしていた。

 この時間まで、まだ粘り強く起きていた生徒達もいたが、帰って来たのが彼女達だけだと知ると、やや気配が尖った。


 それでも、ラピスが口で宥めて、就寝を促せば粘っていただけの面々はおのずと部屋へと戻っていく。

 最近の銀次の異変に気付いていた面々は多少渋ったが、ラピス達が出迎える旨を伝えれば渋々と部屋へと戻っていった。


 ダイニングは、一転して静寂に包まれる。

 元々口数の少ないローガンはもとより、口が利けない間宮も一緒だ。

 ラピスが口を開くことさえなければ、後は3人揃って黙り込むだけとなった。


「………なんぞ、喉が渇いたの。

 済まぬが、マミヤ。紅茶でも淹れてくれぬかのう?」

「(了承しました)」


 ふと、表題に上ったラピスが紅茶の催促をしたことで、静寂はあっけなく砕かれた。


 間宮が、キッチンへと消えるのを境に、ラピスとローガンも目配せを一つ。

 そして、ふと重い溜息が漏れた。


「………余裕が、無いと言われたの」

「癇癪とも、言われたな…」

「………本に、あ奴はどうしてこうも、気遣いと言うものが足りんのか、」

「………言葉が足りないのは、仕方ないとは思うのだがな、」

「まったくじゃ…」


 そう言って、ソファーへとどっかりと座り込んだ2人。

 再三の重苦しい溜息を零しつつも、ソファーのクッションや背もたれに懐いてしまう。


 彼女達の心情は、もはやごちゃ混ぜで、遣る瀬無いものへと変わっていた。

 向かった時は、怒りしかなかった。


 しかし、いざ戻って来てみると、怒りは過ぎ去って既に呆れに変わっている。

 ただ、それ以外の怒りは大いに感じているというのに。


 まずは、怒りが一番に先立っているのは間違いなかった。


 どうして、何も言ってくれなかったのか。

 ゲイルの兄であるらしい、ヴァルトと言う男達に会うのが、危険な事だったとは思いもよらなかった。


 なのに、何故一人で行こうとしてしまったのか。


 当初の怒りと同じ内容とはいえ、終わってみればそれも別の怒りへと切り替わった。


 何故、頼ってくれなかったのか。

 一人で行くのが大変な事なら、少しでも自分達を頼って欲しかった。


 もし、連れて行くのも怖いというならば、先に言って欲しかった。

 そうすれば、いかようにもフォローの仕様はあったのに。


 そして、それに付随して、悲しいという気持ちも沸き上がる。


 心配したのに。

 それが一番、悲しい理由だった。


 駆け付けて、文句も言わず(※多少は言ったかもしれないが、)に手を貸したのに、彼からの礼は無かった。

 それどころか、邪険に扱われてしまった。

 ないがしろにされたような気持ちが勝って、悲しかった。


 それが、3割と言ったところだっただろうか。

 怒りの割合と合わせて、それで半分ぐらいが彼女達の心情ではあった。


 勿論、ラピスもローガンも割合の比率は、似たり寄ったりである。


 ただ、その割合と張り合っているのが、恐怖だった。


 実は、それが一番、彼女達には堪えたかもしれない。


「………あ奴は、あんな声も出せたのじゃな」

「ああ。………私も、久しく聞いていなかったから、忘れていた」


 怖かったのは、彼の声音。

 どこか、腹の奥底から滲みだしたであろう、邪気が感じ取れてしまった。


 ラピスは、あまり聞いた事が無い類の声音だった。

 ローガンにとっては、討伐隊の時に聞いて以来の声音だったかもしれない。


 彼女達2人に、恐怖心を与えるには十分な、地を這うような冷たい声音。

 それが、銀次から発せられた瞬間、彼女達も一瞬彼の声とは認識できなかった。


 もしかしたら、彼自身の自分達へ向けられた感情が、そのまま表れたのかもしれない。

 そう考えれば、彼女達は黙るしか出来なかった。


 言い募れば、嫌われるかもしれない。

 ただでさえ、自分達の事もあって、彼に心労を掛けているというのは、分かっている。


 勿論、2人ともそう思っている。

 分かっている。


 だからこそ、お互いに何も言えなかったし、黙り込んでしまった。


「癇癪だのなんだのと、良いように言ってくれる!」

「全くじゃ!こっちは、寿命が縮む思いまでしたというのに…!」

「(………フォローもできません)」


 ただし、本人から離れて、校舎へと戻る道をしばらく歩くうちに、そんな恐怖心も怒りへと変換されたのだが。

 紅茶を淹れ終わり、戻って来た間宮も頷く他ない。


 そんな彼も多少は疲れていたのか、ソファーへと座った。

 それを皮切りに、彼女達の口は性無く緩んだ。


「だいたい、何を悩んでいるのかは分からぬが、なんで言ってくれぬのか!」

「その通りだ。

 私達の事で、多少は心労を掛けたのは分かるが、当人達を前にして何故言ってくれないのか」

「言えないのと言わないのは、違うのじゃ!

 そうとは違うか?」

「アイツの場合は、言わないだけだろうな…」

「(………否定はしませんね)」


 この女性陣2人の剣幕にも、間宮は動じていなかった。

 むしろ、その2人の言葉尻に乗っかって、同意をしている始末。


 間宮も、今回ばかりは、彼の行動には見兼ねていたようだ。


 おかげで、女性陣2人から銀次への叱責とて、拍車が掛かろう筈も無い。

 鬼の居ぬ間に、とはまた違うが、彼女達の口から銀次への愚痴が止まりはしなかった。


「しかも、人が折角心配して駆け付けてやったと言うのに、碌な説明すらしてくれぬとは!」

「余裕が無かったのは分かるが、もう少し言いようを考えて欲しかったものだ…」

「(弟子ながら、呆れたものでしたからね、)」


 紅茶で多少喉を潤した所為か、どちらとも無く饒舌になる。

 ついでに、ローガンに至っては、口を開くには足りないとばかりに酒のボトルを持ってくる始末。


 そのまま、ダイニングで女性2人はグラスを片手に、少年は紅茶のカップを傾けて。

 愚痴り合いと相成った。

 もはや、止める人間などどこにもいない。


「そもそも、最近あ奴は私たちの事以外に、一体何を考え込んでおるのやら」

「一言も言ってくれないからな」

「またしても、秘密主義か!

 私達や青二才の事は問い質す癖をしおってからに…ッ」

「全くだ」


 そして、話題は結局、彼の秘匿癖について。


 言いたい事も、言って欲しい事もたくさんあった。

 むしろ、彼とそろそろゆっくりと話す時間が欲しいというのは、お互いの相違だったのも違いない。


「こうなったら、あ奴が帰ってきてから問い質してくれる!」

「いや、今日は辞めておいた方が良い。

 多分、帰ってきてからは時間が遅いだのと、言い逃れをする可能性があるからな、」

「ならば、明日はどうじゃろうか?

 何の予定があるとも聞いておらぬし、スケジュール帳も白紙になっておった」

「(………助け船も出せません)」


 だが、ふとここでローガンが気付いた。

 それは、彼の回りに回る、華麗な舌技について。


 つまりは、達者に回る舌の事だ。


「………本当の事を言ってくれるかどうかは、怪しいものだ」

「………それもそうじゃな」

「(………。)」


 弟子の間宮すらも思い至った事だ。

 彼は、本当の気持ちも、誤魔化してしまう。


 ましてや、極度の意固地な性格と、見栄っ張りとも付かない逃げ癖。


 誤魔化しや嘘の類は、良い意味でも悪い意味でも卓越している銀次の事だ。

 丸め込まれないとも限らない。


 ならば、どうするべきか。

 ローガンもラピスも考え込むが、間宮はこれに関してはノータッチとするしかない。


 理由の半分程であれば、彼も知っている。

 だが、それを自分の口から言うのは、多少謀られた事もある。


 ただ、そんな間宮を問い質しても、答えが得られないと分かっているのは女性陣2人も一緒だった。

 だからこそ、たどり着いた答えは必然だった。


「調べるしかなさそうじゃな」

「幸い、アイツはいつ帰ってくるかも分からんからな」

「そうじゃ。私の時も、あ奴は答えを知っておきながら、私を問い質したのじゃ。

 言い逃れをさせないように、先に回り込んで逃げ道を塞いでいくような、いやらしいやり方をしたのは、あ奴が先じゃからな」


 そう言って、ラピスがふん、と鼻で笑う。

 しかし、


「(………いやらしいのは、否定できません)」


 その後の間宮の、間違った見解に黙り込むラピス。

 ………ご丁寧にも、お互いがお互いに頬を赤く染めて。


 精神感応テレパスで内容を聞いている訳では無いローガンからしてみれば、意味が分からない2人のやり取りであった。


「………こほん!そう言う意味では無い!」

「(失礼しました。下世話な詮索だったようで、)」


 多少はおませな間宮はさておき。


 その後、彼女達はそのまま、銀次の部屋へと飛び込んだ。

 理由は勿論、大捜索の為。


 銀次の最近の悩み事を暴く為。

 そして、そんな彼の誤魔化しや、それ以上の隠し事を防ぐ為に。


 これまたご丁寧にも、他の生徒達への就寝を妨げない為に、『風』魔法での障壁を張って。


 幸い、銀次の部屋には鍵が掛かっていなかった。


 部屋の中は、主不在の中では暗く、静まり返っている。

 ベッドは畳まれたシーツと毛布があり、洗濯をされてベッドメイキングまで終えているのか整っていた。


 その代わりに、反対側の壁際は忽然としていた。

 元は、衣装棚だったようだが、壁にずらりと並んだ棚には書面が山積してある。

 一部は雪崩を起こして、床に落ちたままだった。

 一昨日に、ローガンが彼を殴りつけた時、床に落ちた書面もそのままのようだった。

 多少、ローガンの眉根が寄った。


 机の上も似たような惨状だったが、そのどれもこれもが校舎に関連する書面である事に、お互いが多少驚いたのは余談である。


 ただ、そのまま部屋を観察していただけでは始まらない。


「………可能性が高いのは、引き出しじゃろうな」

「ああ。………横合いの棚も怪しいが、」

「手分けする事にしよう。お主は、棚を探っておくれ」


 あらかたの役割分担を決めると、ローガンもラピスも部屋の捜索を開始した。


 ローガンの方は順調だった。

 なにせ、元は衣装棚なのだから、引き出しも無く鍵も無い。


 代わりに、てこずったのがラピス。

 机の捜索に手を掛けたは良いが、引き出しが空かずに立ち往生してしまったのだ。


 ただ、基本的に鍵をかけてある引き出しは、ほとんどが元々あったこちらの机を使っている為、鍵はあって無いようなもの。

 間宮がピッキングで、簡単に開けることが出来る代物という事だ。


 間宮も、今回ばかりは止める気は無かった。


 そして、見つけた。

 銀次が隠している、一番の理由を。


「………あ奴は、」

「………言わない訳だ、」


 理由は分かったとしても、彼女達の気持ちが晴れることは無かった。


 それもそのはずだ。

 彼が隠していた理由が、死に直結するとも同義な内容だったのだから。


 見つけたのは手紙。

 そして、その中身は見なくても分かった。


 『天龍族』からのものだったのだから。


 お互いに、表題に上げた事はあった。

 『天龍族』からの接触が、彼自身にどのような結果を齎すかも、理解をしているつもりである。


 だからこそ、隠していたのだ。

 既に、末路が決まったも同然の身の上で、それを言っても栓が無い事だったのだから。


 ついでに分かったのが、『竜王諸国ドラゴニス』南の雄・白竜国からの手紙。

 こちらは内容を見なければ分からないものではあった。

 だが、内容を見るに、彼や、ひいてはこの『異世界クラス』存続に関わっているという事だけは、おのずと理解できた。


 悩んでいる訳だ。

 納得に足る理由を得られたことで、彼女達2人は大仰に天を仰ぐ。


 何故、言ってくれないのか。

 言えるわけも無いだろう。

 これから死ぬかもしれない事等。


 そして、何故頼ってくれないのか。

 頼れるわけも無い。

 頼られたとしても、彼女達とてどうすることも出来ない事ばかりだ。


 怒りは頂点。

 しかし、同時に遣る瀬無さどころか、自らの無力さが煩わしいとすら感じる。


 そんな中で、彼を自分達自身の問題で辟易とさせている事も悲しかった。


「………時間が無い、という事じゃな」

「………ああ」

「(………。)」


 三者三様に、黙り込んだままの室内。


 大捜索を終えて、ラピスはベッドに懐き、ローガンはベッドの側面へと背中を預けてうなだれている。

 間宮も、扉の横で待機したまま微動だにしない。


 そこで、女性陣2人はやっと腹を決めた。

 覚悟を決めた。


「あ奴を問い質すのは、決定事項じゃ。

 まぁ、言い回しは多少変えねばならぬじゃろうが、」

「分かっている。

 責めるのではなく、諭してやるべきだろうな」


 こくり、と頷いたラピス。

 ローガンは、床を見つめたままで、珍しくもころりと涙を落とした。


 ラピスとて、同じだ。

 泣きたい。

 気持ちは分かる。


 彼女は、一度は結ばれている。

 体だけだったとしても、一度は関係を結んだ相手が、近い将来に死ぬ運命であることを知ったなら、おのずと気持ちが沈む。

 ローガンに至っては、一度も気持ちを伝えらえていない。

 生徒達も、言わずもがな。


 そこまで考えれば、2人揃って咽び泣いてしまっても可笑しくは無い状況だった。


「………ローガン、今更言っても詮無い事やもしれぬ。

 済まなかった」

「………いや、もういい。

 お前達の事は、私も祝福するつもりでいたのだから、それこそ今更だ」

「………ありがとう。

 じゃが、その上でお主に、問いたい事があるのじゃが、良いか?」


 そこで、ふとラピスが起き上がった。

 懐いていた枕はそのまま、胸に抱えて知らず知らずのうちに零れた涙を染み込ませる。


 唐突な、問いかけ。

 ローガンが、涙を拭うのもおざなりに顔を上げる。


「………お主は、それでもギンジと結ばれたいと思うかや?」


 ラピスからの問いかけは、多少は驚くべき内容だった。


 ローガンは、眼を丸くするばかり。

 そんな2人のやり取りに、間宮ですらも多少は動揺してしまった程だ。


「………なんだ、いきなり、」

「良いから、答えやれ」

「………。」


 有無を言わさぬ、ラピスの声音。

 ローガンは、多少気圧されながら、


「………見苦しいと思うなら、思えば良い」


 そう言って、そっぽを向いた。

 だが、答えとしては、是。


 それを聞いて、ラピスはやや大仰に頷くだけだった。


 そんな女性陣2人の温度差に、戸惑うのは間宮。

 交互に視線を向けて、小首を傾げるほか無かった。


 ただ、ここで一つだけ、語弊を明かす。

 先程の覚悟は、ラピスとローガンで多少意味合いが違ったかもしれない。


 そんな微妙な空気の中、徐にラピスは口を開いた。


「………お主()、ギンジと結ばれよ」

「………も?」

「(………?)」


 今度は、ローガンも一緒になって小首を傾げる始末。

 ラピスの言葉が、理解不明だったのは何も間宮だけだった訳では無かったようだ。


 しかし、覚悟を決めたラピスは、肝が据わっていた。

 むしろ、後先を考える必要が無くなった、とばかりに清々しい笑顔を見せたのである。


「お主も、ギンジへと気持ちを伝えるのじゃ。

 そして、一夜を共にし、結ばれるが良い」


 それは、あろうことか公然と夫では無く浮気相手へと浮気を許した妻のような一言だった。

 なんとも懐の深い一言だったのである。



***



 交渉も終えて、ついでにハルとの確執についても、多少しこりを残しつつも一段落した時だった。


 気になって懐中時計を見たが、螺子巻きを忘れていたのか止まってしまっていた。

 はぁ、と溜息を零しそうになって、


「そういや、あの姉さん方を先に帰らせて、本当に良かったのか?」

「えっ、あ、………なんの事?」


 ふと、唐突に掛けられた質疑。

 ヴァルトからのものだったが、オレはまたしても思考が止まった。


 えっと、姉さん方?

 ってのは、もしかしてラピスとローガンの事を言っているのか?


「えっと、特に問題は無い筈だけど…?

 間宮も付いているし、ローガンもSランク冒険者だし、」

「いや、そうじゃなくてよ。

 オレが聞きたいのは、彼女達の身の安全じゃなくて、お前の今後の事だ」


 は?

 ………ゴメン、もう一回言って?


「だから、お前が大丈夫なのかって事だよ。

 ………姉さん方、滅茶苦茶怒っていたじゃねぇか。

 なのに、とっとと2人だけで帰らそうとして、挙句の果てには邪険に扱ってよ、」

「………いや、別に邪険に扱ったとかじゃなく、」


 ってか、うん、と?

 彼からの質疑の内容は分かるけど、意味が分からない。


 別に、彼女達が怒っているのは、仕方ないと思っているし。

 校舎に戻ってから、オレが弁解なりなんなり時間を取ればいいだけの話。


 余裕が無いのは、本当だった。

 時間が無いのも、本当だった。

 そして、一番の問題が、彼女達と顔を突き合わせて話をするだけのメンタルが、あの時は足りなかったから。


 こっちだって、相当心労溜め込まされてる。

 それなのに、これ以上癇癪に付き合ってたら、時間だって足りないし。


 それのどこが、問題だったの?


「………お前、」

「オレが頭を抱えていた理由が、まさにそれなんだが、」


 やっとこさ復活したゲイルの一言で、はて?と呆然。

 その瞬間、ヴァルトすらも「オレも両手が空いていたら、頭を抱えていたところだ」とのたまった。


 ハルはまだ寝ていたから、分からない内容だろう。

 しかし、なんとなく察しは付いているようで、何故か達観した様子で溜息なんか零している。


 おい、こら、この野郎。

 テメェが死に掛けたからこその、問題だった筈なんだが?


 そして、今やっと分かった。

 何が?

 ゲイルが頭を抱え、ヴァルトが微妙な表情をしていた理由だよ。


 兄弟揃って、なんなの?と思っていたリアクション。

 それが、つまりはそう言う事。


 今更分かっても、意味なかったけど。


「お前は、本当に鈍感なのだな!」

「折角、心配して駆け付けた男相手に、あんな事言われたら、どんな女だろうが、傷つくだろうよ…」

「………あ~あ、お前の悪い癖が出たよ」


 総スカンを食らうオレ。

 意味が分からず、きょとんとしているのは、もう逃げ道にもならない。


 意味が分かった。

 そりゃ、怒られるわ。

 ついでに、校舎に帰るのには覚悟も必要かもしれない事が分かった。


「ましてや、お前、どちらかと関係を持ったのでは無かったのか?」


 おい、こら、ゲイル。

 それを、今言う必要はねぇだろうが。


 ぎろり、と睨み付けて見ても意味は無かった。

 ゲイルは頭を抱えたままで、自業自得だと呟くだけである。


「そりゃ不味いだろうな」

「………お前、前にもそう言って、ルリとキリノを怒らせてなかったか?」


 そして、ヴァルトも鼻で笑ってから、オレを憐れむような視線を向けるだけ。

 ハルも呆れた、とばかりに溜息を吐いて、ソファーのひじ掛けに腰かけてふんぞり返っている。


 ………対応を誤ったらしい。

 校舎に戻るのが、ちょっとだけ嫌になった瞬間だ。


 ただし、言わせてくれ。


 なんで、オレだけ総スカン!?


 オレだって、彼女達のおかげで睡眠時間皆無と化してますけど!?

 ついでに言うなら、もうオレだって限界なの!

 これから死ぬかもしれないって時に、ぽんぽんと問題が起こった上に、クレームまで受け付けてなんかいられないの!


 なんてことを反論しても、結局意味が無かった。

 むしろ、焼け石に水だった。


『だって、お前が悪い』


 という三者三様どころか、見事に息も揃った一言で轟沈する他ない。


 チクショウめ。

 これから死ぬか、捕まったら死ぬような鬼ごっこで追い回される運命が待っているオレに対して、友人も友人の兄貴も、元同僚も優しくない。



***



 オレが、女性問題でげっそりしたのはさておき。


 その後、細々としたヴァルトとの話の詰め合いを行う。


 『タネガシマ』の売買は勿論の事、校舎で扱う予定の生徒達用の武器の搬入等の調整。

 ついでに、武器とは別に取り扱いのある魔法具・魔導具の取り扱いリストなんかも見せて貰って、必要なものであれば買い付けを行ってしまおうと考えた。


 ふと、そこでむくりと沸いた疑問。


「そういや、招待状失くしていたのに、よく場所が分かったな?」


 思い出したのは、数時間前のやり取りと、ゲイルの招待状紛失問題。

 あのレストランの場所は、招待状にしか書かれていなかった。

 オレ達としては初めて使う場所だったこともあったので、わざわざ迎えの馬車まで使ってオレも足を運んだ。

 そうでなければ、大抵は歩いていく。


 ゲイルも確か、初見のレストランだった筈だ。

 なのに、彼等は時間のロスも少なくさっさと到着していた。


 到着した時の面々に、あのレストランを知っていた人間がいたとは思えない。

 だが、何かしらの魔法具か魔導具を使ったのなら、あの到着速度はある程度納得できる。


「あ、いや、………それが、」


 少々、言い淀んだゲイル。

 目線が気にしているのはヴァルトとハルだったが、耳を傾けるジェスチャーで事足りた。


 懐いていたソファーの後ろから出て来て、まだ赤い鼻を啜っているゲイルはやっとソファーに座っている。

 内緒話と言った体で、ぼそりと落とされたのはオレの疑問の答えだ。


「ラピス殿が、『探索の羅針盤』を持っていた。

 特定の人物を任意の方法で捜索が可能な魔法具なんだ」


 どうりで、あんなに早く駆け付けられた訳だ。

 オレの『探索サーチ』ではないけれど、発信機を取り付ける必要のないGPSだ。


「………それは、内緒にするような話?」

「王国でも滅多に出回ってない商品だ。

 持っているのは、騎士団か貴族の大御所程度で、市場には出回ってはいない」


 はぁ、なるほど。

 希少価値の高い魔法具な訳だ。


 それを持っている事が知れれば、ラピスも身持ちが危ない。

 だからこそ、ゲイルも内緒話で括ったのだろう。


 ただし、


「へぇ………珍しいもんだ。

 『探索』関連の魔法具なんて、随分と久しく市場には出回ってねぇってのに、」

「………。」

「ハルがいるから、基本的に内緒話は出来んぞ?」

「分かってるなら、しなけりゃ良かったじゃねぇか」


 ハルがいるので、大抵の話は筒抜けだ。

 案の定、ハル経由でヴァルトへと話が繋がり、結局耳打ちをされた意味は無くなった。


 出来れば、読唇術でも使って欲しかったものだが、スキルの無いゲイルには酷な話。

 唖然としてしまった彼には可哀想ながら、


 まぁ、ヴァルトもハルも、この情報を手に入れたからと言って悪用するような馬鹿はしないと思われる。

 今でこそ、やっと落ち着いたのだ。

 この状況をぶち壊すぐらいなら、最初からオレ達に『タネガシマ』や武器等の売買契約なんて持ち掛けないだろう。


「………でも、その『探索の羅針盤』?って、魔法具なんだろ?

 なんで、市場に出回ってないんだ?」


 だって、あったら、便利じゃん。

 今回みたいに、彼等が簡単にオレ達のところに駆けつける事が出来たのなら、利用価値は高い。


 しかし、希少価値の高い代物には、それなりの理由がある。

 それは、こちらの世界でも同じだったようだ。


「『探索』関連の魔法具自体が、2世紀前以上の代物さ。

 おかげで、『人魔大戦』の折に、ほとんどが破壊された挙句、探索用魔法陣の知識も人間の間では薄れちまっている。

 物が少ないから複製も出来なくて、複雑な魔法陣だから転写も出来ない。

 そして、その技術者もいない所為で、現存する魔法具が最後だって話だ」


 とは、ヴァルトの談。

 そういや、彼も魔法陣や魔法具の研究をしていたから、詳しいのだったか。


 ………そんだけ知識を詰め込んでいても、無理なの?


「ああ、いくら試しても複写も転写も出来なかった。

 新しく書き上げて構築する事は可能だが、どっかで穴が出来ちまうだろうから、どの道完全版を作成するのは難しいし、魔法陣自体の塗料も特性になる筈だ」

「………そうだったのか」


 今更だけど、ラピスは持ち物からしてハイスペックって事だよな。

 ってか、彼女の知識なら『探索』関連の魔法陣、研究できそうとか思ったのはオレの気のせいだろうか。


 ………書籍どころか、篭手やら魔法具やらも作成したんだし………。


 ふと、そこでまたしても思い出したのは、ちょっとだけ脱線した話だった。


「さっき、魔法具の研究をしていたと言っていただろう?」

「ああ」


 問いかけたのは、ヴァルトへと。

 オレの質問に、「何を当たり前の事をまた聞いてやがる?」なんて言いそうな表情をして、片眉を上げた彼。


「それって、つまりは魔法具関連の武器開発も、アンタなら出来るって事で良い?」

「………出来ると言えば、出来るか。

 まぁ、鍛冶製鉄も錬金も、一応は経験したから多少は知識もあるわな」


 表情はともかく、返答は簡潔。

 つまり、彼は魔法具関連、武器関連であれば、多少知識は偏っているとはいえ、作成も出来るオールマイティー。


 ………この家族、兄と言い弟と言い、どっかこっかでハイスペックなんだから。

 そういや、ヴィッキーさんも、商才に関してハイスペックだったっけね。


 話が逸れた。


 オレが聞きたかったのは、彼等兄弟のハイスペックな一面だけでは無い。


「つまりは、アンタは一人で魔術ギルド相当の仕事が請け負えるって事で合ってる?」

「まぁ、そうなるか」

「たまに、ヴァルトが開発した魔法具とかも、市場には出回ってるぜ?」


 そこで、補足説明をしてくれたのがハルだった。

 指に嵌めたアクセサリーの1つを指さして、「これ覚えてるか?」なんて聞かれても、反応に困ってしまう。


 何を隠そう、オレ達を拉致監禁した時に使用された、指輪型の『雷』属性魔法具(スタンガン)だった。


「本来は、この魔法具ももっと大型だったんだ。

 出回っているのも、トランシーバーみたいなデカいタイプしか無いけど、ヴァルトが小型化に成功してるから、」


 つまり、改良も出来る、という事だ。

 しかも、ハルの指に嵌まっている指輪のサイズは、おおよそトランシーバー系の4分の1サイズ。

 やはり、彼は魔法具関連に精通しているようだ。


「………じゃ、物は相談なんだけど、」

「物によるが?」

「………魔術ギルドに務めるなんて事は、出来るのか?」


 魔法具や魔法陣関連で、思い出したのは魔術ギルドの事だ。

 その中には、最近知り合いとなったランディオ姉妹の事が大いに含まれている。


 彼女達は、再三表題にしているように、種族と性別が問題で、魔術ギルド頂点にいながら抑圧された生活をしている。

 獣人は人間と成長過程がほとんど同じ。

 彼女達も、小柄ではあるが年齢は14歳前後、ということで思春期真っ盛り。


 少しでも息抜き、というか抑圧された生活を緩和してやりたいと考えているのがオレとしての見解だった。

 女子どもに甘い、と言うのは今に始まった事じゃない。


 なまじ、同じ年代の生徒達を抱えている所為か、彼女達の事も少々気がかりとなっているのが事実。

 ………幼女趣味ロリコンは否定出来んかもしれんが。


 もし、ヴァルトが魔術ギルドに務める事が出来るなら。

 勿論、武器商人としての仕事を優先しても構わないものの、ヴァルトの護衛としてハルが付くことによって、ある程度はランディオ姉妹の生活も緩和出来るのではないか、と考えた。

 高望み、と言われればそこまでではあるものの、もし可能であればオレとしても懸念材料が一つ減る。


 それに、実は魔術ギルドの護衛が、騎士団である事も一つの理由。

 ヴァルト達の護衛も含めてしまえば、護衛として割ける人数が抑えられるのである。


 いつまでも、オレ達がくっ付いて回る訳にもいかないからだ。

 ゲイルもそこら辺の察しは早かったのか、ふむ、としたり顔で頷いていた。


 だが、それはあくまで皮算用。


「悪いが、無理だ。

 今抱えている武器商人としての仕事を優先出来るにしても、オレも魔術師達に張り合えるレベルじゃねぇからな」

「………やっぱり、駄目か」


 ヴァルトの了承は、流石に得られなかった。

 結局、彼女達の事はオレがなんとか魔族の排斥運動の風潮を弱める事から始めなければならないらしい。

 急がば回れ、ってのはこのことだ。

 何事も、近道と言うのは無いらしい。


 しかし、


「………護衛の件で、オレに少し考えがあるんだが?」

「あ?」


 ふと、そこで更に言葉を重ねたのは、ゲイルだった。

 ヴァルトからの多少緩和したとはいえ剣呑な視線も、今となってはやっと耐性が付いたのか、少々挙動不審になりながらも苦笑を零した彼。


「兄さん達が、『異世界クラス』に出向してくれれば、事済むのでは無いだろうか?」


 その一言で、この状況は一気に確変された。



***



 かくかくしかじか、という形で、数分に渡って説明を続けるゲイル。

 こういう時ばかりは、自棄に堂に入った騎士団長然りの態度と姿勢で、傍で聞いているオレ達からしてみると、戸惑うやら呆れるやらだ。

 ………普段から、こうしてれば少しは見直せるのに。


 そんなオレ達の内心はさておき。

 ゲイルの説明した内容に、オレ達はほとんど反論をする余地は無かった。


 オレですらそうだったのだ。

 ヴァルトも苦い顔をしてはいるものの、この状況では一番の方法がゲイルの妙案だと言うのは分かっているのか、下手に反抗する気配は見せない。

 ハルは、大あくびをしながらも、その内容を聞いているだけだった。

 内容の理解はしているのだろうが、彼としてはヴァルトの護衛が至上主義。

 判断は、ヴァルトに任せるつもり、という事で良いのだろう。


 そして、最終的な統括としては、


「オレとしても、ゲイルの案に賛成だ」

「………仕方ねぇ。背に腹は代えられねぇからな、」

「ヴァルトが了承したなら、オレも文句はねぇよ」

「なら、決まりだな」

「良かった。これで、今後の目途もなんとか付きそうだな」


 そのまま、ゲイルの妙案は全員一致で可決。

 オレもガッツポーズで、ゲイルもほっと一息だ。


「本当、良い性格してやがるぜ」

「はは、褒め言葉だよ」


 いつぞやの拉致監禁の夜があったとは思えない、朗らかな空気。

 この状況に落ちつけた事が、今は何よりも僥倖に思える。


「だが、こっちだって、貰ってばっかりじゃ名が廃るってもんだ」


 ただ、ヴァルトとしては、してやられたのが本音。

 やられっぱなしは負けん気の強さから我慢ならないのか、


「………もう一個、契約を買い取ってみねぇか?」


 その一言で、またしても、静寂は緊張に早変わり。

 にやり、と悪童のように笑った彼は、恰好からしてまさにマフィアのボスだ。


 隣に侍っているハルが、優男過ぎるのが玉に瑕だろうか。

 まぁ、そんなことは置いておいて。


「ああ、聞こうか?」


 今度は、彼からの申し出だ。

 オレ達も、先程のゲイルの妙案で、多少無茶を通した自覚はある。


 話だけでも、聞くのはやぶさかでは無い。


 言うなれば、交換条件。

 そして、命のやり取りとは違う、クリーンな取引だ。


 今後は、もう彼等と二度と血みどろの抗争が無い事を望むがな。


 なんて脳内で思考が脱線しつつも、ヴァルトからの一言には背筋が思わず粟立った。


「『タネガシマ』の売買契約を行った、相手方の情報だ。

 ………特別価格で、テメェ等に売ってやる」


 どうやら、まだまだオレ達の長い夜は、終わりを見せないようだ。


 先程のゲイルの内容の説明と同じく、ヴァルトからの淡々とした、それでいて理路整然とした説明を聞きつつ、苦笑を零す。

 取引の内容は、簡単だ。

 先程の彼の一言に、全て集約されているようなものなのだから。


 だからこそ、一言。


「アンタこそ、良い性格してやがんじゃねぇの」

「ああ、ありがとうよ。褒め言葉だ」


 交渉成立。

 色々な意味で、契約は締結された。



***



 契約も取引も、お互いが実のある話が出来た。


 時刻は、既に深夜を回っている。

 オレの懐中時計はまだ止まったままだったが、ゲイルの懐中時計は生きていたので時間が分かった。


 例の問題から既に、4時間が過ぎた時間帯。

 オレだけが、校舎へと帰路に就く。


 ゲイルは、護衛目的も含めて、ヴァルト達と共にヴィッキーさんの下へと身を寄せている。

 ゲイルもハルも本調子じゃない事もあって、彼等だけでは多少無理がある。

 その為、多少はセキュリティの高い邸宅に住んでいる(※実は家持ち大金持ちな)ヴィッキーさんのところで、一晩の宿を借りる事にしたらしい。


 まぁ、兄妹、姉弟の水入らずだ。

 邪魔者は退散しよう。


 なんて事も考えつつも、もう一つオレが一人になりたい理由があった。


 行くべき場所が、あるのだ。

 やるべきことが、まだ残っている。


「(やられっぱなしって、癪だからね………)」


 もう、オレの中では決定事項になっている事。

 懸念材料が、いくつか減った今、後手に回るだけではもう、守りたいものは守れない。


 だからこそ、1人で校舎に戻る必要があった。


 校舎の玄関先にいた護衛の騎士達に戻った旨を伝えつつ、玄関を潜る。

 ほぼ無意識に、探るのは校舎内で起きているであろう面々の気配。


 間宮まで、まだ起きているようだ。

 ついでに、多少確執が残っている女性陣2名も起きているようだ。

 しかも、2人揃って、オレの部屋にいる。


 首を長くして、待っていたのだろう。

 ある程度の叱責も、追求も覚悟しているつもりではあるが、今からまた顔を合わせると考えると億劫だった。


 まぁ、どの道、今日はもう説明も何も出来ないのだけれど。


 階段を上る。

 オレの部屋に灯っている灯りと、気配で分かる。


 今頃は、彼女達も怒り心頭だろう。

 扉に手を掛けた時、若干眼がしらが熱くなってしまったのは、いかんせんオレもまだトラウマを抱えている証拠だっただろうか。


「…今、帰った」


 扉を開けて、一言だけの帰還の報。


「おかえり」

「ああ」


 女性陣2人は、やや機嫌が悪そうにしながら、オレを出迎えた。

 怒り心頭ではあろうが、突然暴言を発するような気配も、殴りかかってくる様子も見られなかった。

 どちらかと言えば、落ち着いていると言っても良い。


 ちょっと意外だった。


 だからこそ、オレは判断した。

 まだ、大丈夫だ、と。


「悪いが、まだ用事が終わってない」

「………何がある?」

「………もう、こんな時間だぞ?」


 追及の言葉も厳しい声音だ。

 しかし、折れるつもりも無い。


「ラピス、『探索の羅針盤』とやら、貸してくれないか?」

「………人探しかや?」

「ああ」

「………断ったら、どうするのじゃ?」


 それは、考えた。

 時間の事もあるし、まずオレの体調の事もある。


 だけど、それをねじ伏せる理論は、既に考えておいた。


「断られたら、その時だ。

 ダドルアード一体を、『探索サーチ』で虱潰しにでも探すさ…」

「………また無茶なことを、」


 可能な魔力があるのだから、一日ぐらい大盤振る舞いしたとしても問題はない。


 今日の、食事会の段階で考慮をしていた事だ。

 その魔力の使い道が、別の用途に切り替わっただけで。


「………分かった。無理をするのだろうが、無茶だけはするでないぞ?」


 彼女から、『探索の羅針盤』を預かった。

 なるほど、確かに羅針盤のような形で、魔法陣やら魔石やらと、色々と複雑怪奇に組み込まれている代物のようだ。


 だが、見た限り、作成が出来そうな気がした。

 ………ラピスに頼んでみるのも、ありなのかもしれない。


「考慮はするよ」


 踵を返す。

 ローガンが立ち上がったものの、ラピスが制止した。


 後ろ背に、そんな気配がした。

 けど、振り返らない。


 今やるべきことは、決まっている。

 これ以上、彼女達と顔を突き合わせていても、何の結果も生まれない。


 だから、振り返らない。

 今はまだ、オレの覚悟を揺るがして欲しくなかった。


 先程上った階段を、今度は降りる。

 足が軽いと感じたのは、自身の精神的なものだったのはほぼ間違いないだろう。


 進む足が、こんなに軽やかに感じるのは久しぶりだ。

 現金な内心に、苦笑を零さざるを得ない。


 どうやら、オレとしては、既に女性陣2人の事自体が、トラウマのようだ。


 閑話休題それはともかく


 オレの豆腐メンタルはこの際どうでも良いのだ。

 向かったのは、医療スペース。


「間宮」

「(ここに、)」


 その場で、間宮を呼ばわった。

 すぐに天井裏から降り立った彼の気配を後ろ背に感じながら、金庫を開ける。


 中には、今日、採取して来たばかりの、血痕のついた綿棒が数本ガラス容器に入れてあった。


「………追ってくる。

 校舎の事は、任せたぞ」


 オレのやるべきことは、これだ。


 ラピスから『探索の羅針盤』を借りたのも、この為。

 実は、先程のヴァルト達との密会で、ゲイルの話を聞いた時から、決めていた事がある。


 それが、今からオレがやるべき、仕事だった。


 今日、必要だと思って採取して来た血痕が、まさかこんなに早く入用になるとは思ってもみなかった。

 ガラス容器から、ピンセットで取り出した綿棒の先を切り落とし、『探索の羅針盤』の上に乗せる。

 すると、即座に魔石が反応したのか、淡く光り出した魔法陣。


 色は青。

 多少ゲイルから、詳しく話を聞いたから分かっている。


 半径、4キロに、特定人物がいる。

 例の襲撃者は、まだ近郊にとどまっている、という事だ。


 そこで、ふと袖を引かれた。


 振り返れば、不安げな目を揺らし、苦しそうな表情の間宮がいた。


「(………オレも、連れて行ってはくれませんか?)」


 唇が動いた。

 その唇も、何処か震えていた。


 ああ、分かってしまったのか。

 オレが、最悪の事態も想定しているという事を。


「最悪、死ぬ可能性もある。

 まだ、お前はここで殺させる訳にはいかない」

「(それは、貴方も同じです)」

「………オレのやるべき事と、お前のやるべき事は違う。

 その分、命の価値も違ってくる。

 ………分かるな?」

「………。」


 間宮は黙っていた。

 多分、納得をしようとして、迷っているのだろう。


「オレがいない。

 ゲイルもいない。

 ………この校舎で、一番強いのは、誰だ?」

「(………オレです)」

「なら、分かれ」

「(………御意)」


 間宮は、置いて行く。

 オレに何かあれば、彼が今後は、この異世界クラスの中心になってくれれば、そう簡単に生徒達が死ぬようなこともあるまい。

 言葉が喋れずとも、オリビアとラピスがいれば大丈夫。


「(………ですが、一言だけ、言わせてください)」


 そこで、決意の篭った視線で射抜かれた。


「(この校舎で、貴方の事を大切に思っていない生徒はいません)」

「………ああ、分かってるよ」


 そう簡単に、死ぬつもりは無い。


 だから、彼の言葉に苦笑ともつかない微笑みを浮かべて、頷いた。



***

シリアス過ぎてスランプ。

思った以上の難産に、心が折れそうになりました。


アサシン・ティーチャーもですが、作者も実は豆腐メンタルです。

それでも、覚悟を決めてからの行動が早いのは、アサシン・ティーチャー。

作者も見習いたいものです。

………ダイエットとかね…(笑)


誤字脱字乱文等。

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