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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、新参の騎士編
102/179

91時間目 「課外授業~昼に目覚める野獣~」

2016年7月8日初投稿。


続編を投稿させていただきます。

ただ、今回は申し訳ありませんが、駆け足投稿失礼いたします。



***



 温い風が吹き抜ける。

 2月の初旬を過ぎれば、既にダドルアード王国は、春の様相を見せ始めていた。

 天に昇った二つの太陽が、燦々と日の光を地面に降り注がせて。


 その温い上に、やや高めの気温の中。


 場所は、『異世界クラス』校舎の、裏庭。


 周りを芝生に囲まれながらも、今まで生徒達が踏みしめて来たフィールドは土がむき出しとなった、丁度良い鍛練場となっている。

 その中央で、獣達が爪を砥ぐように、己の立ち位置へとゆっくりと進む。


 片や、黒髪の筋骨隆々とした偉丈夫。

 頭上にひょっこりと生えた獣耳は犬や狼を連想させ、それと共に腰元から覗いたふさふさとした尻尾も同じ。

 獲物である武器は、腰に佩いた持ち手の短い『双子斧』。


 片や、同じ黒髪でも華奢な体躯の青年。

 この異世界では見た事も無い衣服ジャージというズボンを履き、上半身はシャツ一枚と言う出で立ち。

 彼の武器は、同じく腰に佩いた『日本刀・紅時雨』。


 実力を測る事も出来ない素人目であれば、その2人が向かい合った時の結果はおのずと予想が出来る。

 しかも、華奢な体躯の青年は、片目を包帯か何かで覆い隠し、左腕すらも動かす事は出来ない。

 完全に偉丈夫に軍配が上がる事は、火を見るよりも明らかだ。


 しかし、当の本人達と、その実力を知る者達は、固唾を呑んで見守るばかり。


 それも、その筈。

 向かい合った筋骨隆々とした偉丈夫も、華奢な体躯の青年も、見かけだけでは到底判断出来ない戦闘能力を有している。


 冒険者ギルド・ギルドマスターの、ジャクソン(ジャッキー)・グレニュー。

 黒髪の、獣耳を生やした偉丈夫だ。

 現在29年目となる冒険者で、ダドルアード王国の冒険者一同の代表ともなるSランク冒険者。


 そして、そんな彼に向かい合ったのは、『女神の石板』に記された『予言の騎士』。

 『異世界クラス』の教師であり、ジャッキーと同じSランク冒険者でもある銀次・黒鋼。

 シャツ一枚と下はジャージで、籠手ガントレットを付けただけで装備らしい装備もしていないが、その腰に佩いたこれまた異世界では馴染みの薄い日本刀。

 その一点だけが彼の本気である証左。


 その光景を眺める面々の表情は、二つに分かれる。


 戦々恐々として眺めているのは、先ほども言った通り、実力を推し量る事も出来ない貴族達しろうと


 その代わり、眼を爛々と輝かせ、今か今かとその瞬間を待ちかまえている面々。

 彼等は、文字通り彼等の実力を知っている者達である。


 銀次が担当している『異世界クラス』の生徒達や、女神様オリビアは勿論のこと。

 校舎で同じく職を共にしている医療責任者ラピスや、護衛として勤務を続けている王国騎士団長ゲイル等も、苦笑を零してそんな2人の様子を眺めていた。


「準備は良いか?」


 裏庭の中央に向かい合った2人の中間に、一見すると男性にも見える赤髪の女性(ローガン)が進み出る。

 向かい合わせの2人に向けて、必要は無いとは思っても戦闘準備の有無を確認した。


「こっちはいつでも行けるぜぇ?」

「ああ、こっちもだ」


 やはり、確認は不要だったようで、お互いに身構える事も無いまま、2人は口元を歪ませた。

 片や、好戦的で野生の本能を彷彿とさせる笑みで。

 片や、困ったような、それでいてどこか嬉しげな笑みで。


 しかし、次の瞬間には、その笑みも消えた。


 2人の間にいたローガンが手を振り上げ、


「始め!」


 その手を振り下ろしたと同時に、


「おりゃあああ!!」


 ジャッキーが腰にあった双子斧を握って、まっすぐと突進してくる。


「………せぇえッ!!」


 その突進への迎撃に、腰にあった日本刀を鞘から抜いた銀次が迎撃へと構える。


 しかし、そんな銀次の構えも、一見すると受け止めようとしているかのように見えて、実はすぐにでも受け流しを行えるよう計算された、中段の構え。

 それを、突進と共に双子斧を振り上げていたジャッキーが、知る由も無い。


 しかし、


ーーーー「ギィィイイン!!」


 甲高い音と共に、両者の獲物が衝突。


 銀次の受け流しは、一度は成功した。

 しかし、二撃目である斧の受け流しは、失敗した。


 眼を瞠った銀次と、斧越しににやりと口端を上げたジャッキー。

 斧の急襲を受けた日本刀が、歪な音を立てる。


「力比べと行こうじゃねぇの………ッ」

「………はっ、片腕のハンデのある人間に、冗談は止してくれ」


 こめかみに溢れた汗を、隠しも出来ず銀次は焦りを滲ませながらも、笑った。

 心底から、楽しげだと言える程の笑みを見せて。


 彼等2人の、Sランク冒険者としても、いち教育者・あるいは代表としても負けられない一戦。


 殺し合いには、憎悪も嫌悪も憤怒も足りず。

 しかし、ただのじゃれ合いにしては行き過ぎた、お互いの名誉と矜持を掛けた戦いだった。



***



 さて、時間は少し遡る。


 色々と割愛はするが、貴族家の子息・子女達の編入試験として用意した1週間体験入学。

 と、言う名の地獄の訓練。


 その最終日である。


 まぁ、地味に色々割愛したのは認めるよ。

 だって、試験4日目以降は、オレが自主的に休息を優先した所為か、問題らしい問題も起きなかったもの。


 編入試験でも、勿論それ以外のプライベートや業務でも。


 冒険者ギルドのトレーニング馬鹿達との食事会も終わり、今後編入する可能性のある生徒の家族との食事会も終わり、確執のあった友人兼護衛ゲイルとの話し合いもひとまずは終わった。

 隠し事が発覚して激昂した女性陣2人に拉致されたりもしなかったし、子飼いの奴等にストーキングされたりもしなかったし、話し合いの途中で乱入して来た元同僚の召喚者に拉致されたりもしなかった。


 実に、この3日間は、平穏だった。


 まぁ、問題は色々あったけども、そちらは概ね、生き字引達の助言と、この異世界の常識に精通している先生達に相談の上。

 しばらくは保留と言うことになった。

 そもそも、どうする事も出来ないからだ。


 前者である生き字引達の助言は勿論、ラピスとローガン。

 後者である、この異世界の常識に精通している先生たちとは、ゲイルとジャッキーである。


 オレの身体的変化である、眼の色素変化や、治癒能力の加速、突如開花した怪力等など。

 そして、それに付随して、問題とされていた原因の一つが、『天龍族』との接触であり、最終的には13月に騎士団先導の合成魔獣キメラの討伐に繋がった。


 可能性としては考えていたが、やはり間違いは無かったようで。

 あの合成魔獣キメラは、元をたどれば『天龍族』である事が判明した。


 魔水晶を擁していたり、種族特有の治癒能力と『魔法無力化付加魔法マジック・キャンセラー・エンチャント』等の使用で、可能性はほぼ確信へと変わる。


 そして、正当防衛でありながらも、その討伐へと加担。

 それどころか、うち一体を討伐してしまったオレの立場も、理解をせざるを得ない。


 おおよそ数千年前の『人魔戦争』も、きっかけはたった一人の『天龍族』の死だった。

 当時の大陸の人口が、3分の1まで減った、未曽有の大惨事だ。


 なので、オレは目下、『天龍族』を予期せず敵に回してしまっている。


 ついでに、見事に適合してしまったオレは、半『天龍族』化しているらしい。

 そのことから、もし万が一彼等と接触する事があれば、また昨夜のような有様になる可能性は高い。


 あの時も、『天龍族』らしき何者かの、干渉があったからだ。

 これは、アグラヴェインの口数少ない情報と、ラピスが知り得る『天龍族』の情報から、結論付けたものではある。

 だが、『片鱗』と言われたあれは、文字通り『天龍族』からの干渉と考えれば、十分納得に足る理由へと繋がる。


 ラピスは一度、『天龍族』と遭遇したことがあるという。

 その当時の事は詳しく教えて貰えなかったものの、なかなか気安い『天龍族』が相手だったのか、こんな事を言っていた、とのこと。


『『天龍族』は、認めた相手にしか血は見せない。

 血を与える事は契約と同議であり、また絶対の力の共有ともなる』


 当時のラピスには、あまり意味が分からなかったらしい。

 しかし、今のオレの状況を見て、ひとつだけ分かった事がある。


 血を見せないのは、その血にも『天龍族』としての『能力ちから』があるからだ。

 そして、その血を与える事で、『契約』をした『眷属』となり、『契約者』への絶対的な力の『共有』を実現させる。


 オレは、その大事な『契約』とやらを、予期せず行ってしまった。

 合成魔獣キメラ討伐の際に、大量に浴びた血液で。

 今まで、オレの身体能力として表れていた異常は、全てこれが原因だと全員が一致した。


 今まで、後回しになっていた『天龍族』の居城への訪問。

 それは、やはり今後も後回しにした方が良さそうだ。


 今現在は、何の音沙汰も無い。

 しかし、後々の追及を考えると、オレの存在自体が人間にとっての脅威。

 そして、訪問をした際に、万が一オレの体質の事が『天龍族』に知られることとなれば、『予言の騎士』であろうとも人間として、彼等に敵と認定されるだろう。


 奇しくも、以前やってきた『天龍族』の朱蒙しゅもうが言っていた通りになった。


『危険分子は、いずれ戦禍を齎す』


 その意思に関係なく、強大な力を有しているが故に、起こす弊害。

 本人が望もうが望まなかろうが、危険分子はいるだけで戦禍の火種になり得るのだ、と。


 一度は否定したその一言が、今は耳に痛かった。



***



 さて、そんな重苦しい話は、精神衛生上切り替えた方が良さそうだ。

 オレの安眠は、もう既に十分過ぎるほど妨げられている。


 おかげで、この数日で結局眠った時間が4時間程度だ。


 まぁ、それは仕方無い。

 こんだけの問題が立て続けに起きれば、嫌でもそうなる。

 ………オリビアや生徒達には内緒の方向だ。

 また、ラピスの強制睡眠ばかりか、オリビアまで多用するようになるのは、流石に勘弁してほしい。

 今まで通り、オレの癒しでいてくれ、女神様。


 そんなオレの睡眠時間や、癒し対象の反逆はさておいて。


 編入試験最終日となった今日。

 この日は、遂に待ちに待ったメインイベントが待っている。


 実は、交換条件として提示していた、ジャッキーとの約束の日でもあったのである。


 以前の約束をすっぽかした時、交換条件として訓練の見学を申し出たジャッキー。

 それに了承した事で、一度は溜飲も下げられた筈だった。


 しかし、オレはそれに貴族家の編入試験を、ブッキングさせた。

 別に一緒の日に行う必要は無かったのに、オレは何故か一緒にまとめてやってしまおうと考えた。


 勿論、ジャッキーにとっては、あまり良い気分では無かっただろう。

 今でこそ、訓練に参加して、楽しそうにハッスルしたりはしている。

 それでも、魔族排斥を謳う貴族達の手前、気を抜く事は出来ない。

 過剰なストレスにはなっていた筈だ。


 だが、それもオレが更に上乗せで追加した、条件によって呆気なく了承された。


 その条件が、


 『『予言の騎士』VS『冒険者ギルド・ギルドマスター』の一騎打ち』


 と、なっていたのである。


 先に言っておくが、オレは最初からこのような物騒な申し出をした覚えは無い。


 この立ち合いに関しても、かなりの皮算用が含まれている。


 最初は、最終日に組み手でもして、お互いに仲良くしてますアピールでもすれば良いんじゃない?なんて、軽いノリで考えていたのである。


 しかし、彼にとっては、それだけでは満足出来なかったらしい。

 満足と言うよりも、納得しなかった。


 なら、何をすれば納得するのか、と聞いたところ、


「テメェが、オレ相手に、本気を出してくれりゃそれで良いんだよ」


 という肉食獣さながらの、野性味溢れる好戦的で恐怖心を爆発させるような笑みでのたまってくれやがったのだ。


 言っておく。

 あの時のオレに、それをノーと言える訳がない。


 はい、よろしくお願いします。お手柔らかに。

 と、物腰も低いままで、了承の返事をする以外に、他の選択肢は無かった。


 マジで、怖かった。

 断ったら(物理的に)食われるか、殺されると感じたのは、絶対に気の所為じゃなかった。


 と言う訳で、



***



「どりゃあああああ!!!」

「うぉ…ッ!ちょ…っ、加減加減!!」

「手加減無しでの戦闘に了承したのは、テメェだろうが!!」

「だからって、これは死ぬわぁ!!」


 こうして、オレ達はメインイベントとして、一対一(タイマン)での殴り合い。

 武器まで持ち出しているから、既に殺し合いと言っても過言では無い。


 だが、殺意がある訳でもない。

 純粋に、眼の前にいる彼から発せられているのは、闘気と歓喜。


 つまり、この立ち合いを本気で楽しんでいるというだけである。


 しかし、それを受け止めているオレからしてみれば、どうだろうか。

 戦々恐々だよ、マジで。


 ついでに言うなら、彼の発する闘気やら何やらが、全てダブって見えている。

 何に?

 オレの師匠に、決まってんだろうが。


 前にも言った筈だ。

 本人には言ってはいないが、彼はオレの師匠にそっくりだと。


 今現在、生徒達に課している訓練が、飯事のように感じられるような地獄の訓練。

 それを、幼少期のオレに課してくれた、鬼だ。

 でなくば、悪魔か、地獄の閻魔だ。

 いつも生徒達に言われている三拍子は、あの人にこそふさわしい。


 その師匠(人でなし)に、彼は雰囲気が良く似ている。


 そんな人間を相手に、オレの精神衛生上平穏平然としていられると思うか?

 もう、内心は怖くて怖くて、堪らない。

 恐怖心で、今にも後ろにUターンして、そのまま敵前逃亡してしまいたいぐらいだ。


 逃げて良いと言われれば、それこそ脱兎の如く逃げ出すだろう。

 『天龍族』では無く、兎の獣人にでもなってやる。


 しかし、それが出来ない。

 先程も言ったように、今は編入試験最終日。

 そのメインイベントと組み込んだからには当然の如く、ここには参加者の保護者として貴族達がいる。


 貴族達の手前、ましてや生徒達の手前、無様を晒す事は出来ない。

 負ける訳にはいかないというのもあるが、それ以上にまず逃げ出す訳にはいかない。


 それは、ジャッキーも同じだ。


 だから、お互いの名誉と矜持を掛けている一戦なのである。


「せぇえああぁああ!!」

「ち、……くしょッ…!」


 またしても、振り下ろされた双子斧。

 彼の斧は柄の短い手斧が二本で、重量もそれなり。

 機動力を殺さずに、力勝負を仕掛けてくるスタイルは、オレにとっては苦手するタイプだ。


 オレは、何度も言うが、左腕が使えないハンデがある。

 手数で言うなら、圧倒的に劣る。

 ただし、パワーファイターが相手だとしても、ある程度受け流す事で互角まで持っていく事は十分可能だ。


 ゲイルの相手は、いつもその延長線上で行っている。

 しかし、パワーファイターでありながら、且つ機動力もあるという相手は、実際ジャッキーが初めての相手である。


 なまじ、生徒達やゲイル等の、言うなれば格下相手との組み手に慣れ切っていた分、ジャッキーの相手をするのにも、かなり手こずっている。

 手数が多い分、威力が低いかと言えばそうでは無い。

 威力も十分で機動力が高いからこそ、オレには手に余る相手となっている。


 手斧の打ち下ろしを、日本刀で受け流す。

 しかし、その受け流しが終わったと思えば、次の手斧が降ってくる。


 次の受け流しに移る前に、その手斧を受け止めねばならない。

 先ほどから、悲鳴のような鍔競りの音が『紅時雨』から聞こえて、冷や冷やしている。

 いくら師匠の愛刀とはいえ、強度は手斧に比べられる訳も無い。


 眉根を寄せてしまうのは、仕方のないことだろう。

 

「どりゃああああ!!!」

「………ッ、っと…!」

「ああ、こら!逃げんな、テメェ!」

「逃げなきゃ死ぬわ!」


 受け流しを完全に、回避に切り替える。

 最初から無謀とは思っていたが、小手先の勝負はこちらの分が悪い。


 だが、避けたら避けたで、地面を陥没させる程に手斧を打ち付けたジャッキーが理不尽な事を言ってくる。

 そんな唸るような声を上げられたとしても、こっちだって切羽詰ってんだから仕方ないだろ!


「だったら、こっちだって……!」

「…ッ、何の冗談だ…!?」


 ジャッキーは回避に対抗してか、今度は手斧を投げ付けて来た。

 しかも、それを回避したと同時に、懐へと踏み込まれた脚。


 眼を瞠る。


 ジャッキーは見かけによらず、俊敏である。

 流石は狼の獣人で、冒険者としての異名が『双子斧の黒狼』だ。


 投げ付けて来た斧に追い縋るようにして、駆けたジャッキー。

 しかも、その脚がオレの懐に入って来た時点で、オレの日本刀の射程距離圏内。


 振れない。

 ここまで近付かれては、日本刀を切り返す事も出来ない。

 

 そこで、脇腹に異常な音を聞いた。


「……がっ…ぐぅ!」


 攻撃を封じられた途端、オレの脇腹に膝蹴りを叩き込んだジャッキー。

 本気で容赦がないよ。


 4日前の間宮のように、ぶっ飛ばされた。

 地面に背中から叩き付けられて、そのままごろごろと転がるしかない。


 この異世界に来てから組み手と称した立ち合いで、ぶっ飛ばされたのは初めてかもしれない。

 ゲイルに負け越していた時だって、地面に倒されるだけで済んでいたというのに。


 勿論、オレの修業時代はしょっちゅうだったが。


「げぇ……ッ、くそ…っ!」


 吐き気すらも込み上げる衝撃に、眼の前が赤く染まる。

 半分になった視界の中で、警告音アラートが明滅している気分だ。


 転がった体勢を整えるのに、その場で後転を1回にバック転を2回。

 その場でなんとか立ち上がった時には、既にジャッキーがこちらに向かって走り出していた。


 しかも、やはり速い。


「おっしゃああ!!」

「チィッ…!」 


 駄目だ。

 回避に移っても、彼の機動力では追いつかれる。


 振り下ろしの一撃を、回避。

 そこから、二撃目の薙ぎ払いを、日本刀で受け流す。


 更に、回転と共に薙ぎ払われた回転脚ローリングには、同じく脚をぶつける。

 勿論、パワーファイターだと分かっている相手ジャッキーの脚を真っ向から受け止める気は無い。

 触れたと同時に、内側に引く。

 受け流しとはまた違う、衝撃の緩和法。


 その瞬間、ジャッキーの眉根が寄せられた。


「テメェ、本気でやらねぇか!」

「馬鹿野郎!これでも本気でやってるよ!」

「ふざけんな!こんなスッカスカの手応えで、本気なもんか!!」

「骨折するわ!」


 本気でやってるからこそ、開始から既に10分を持ち堪えてんだけど!?

 これがゲイルや間宮あたりなら、もうとっくの昔にゲームセットよ!?


「だったら、テメェは何の為に鍛えてやがったんだぁ!?」

「テメェとオレのウェイトの差を考えろ!!」


 ちょっと待ってよ、なんて横暴理論だ!?

 あれだけ鍛えているからと言って、相撲取りやプロレスラーとアームレスリング出来るとか言う事にはならないからっ!


 なんて言い合いを続けながらも、同じような立ち合いは続く。


 ジャッキーの手斧を回避、受け流し、更に体術での攻め込みに衝撃緩和をぶつけて、なんとかダメージを抑えている。


 先ほどのように脇腹に食らった脚だけで、普通なら一発アウトだ。

 今も既に、肋骨が折れたのか、激しい痛みに襲われている。


 それでも、動き続けているオレを誰か褒めて!

 真面目にやって無い訳じゃなくて、戦闘スタイルの問題なんだからっ!


「ふんぬっ!」

「お、わっ!」


 と言っている間にも、また手斧が投げ付けられる。

 空気を切り裂くように(実際に切り裂いていますけど?)して、迫る手斧を日本刀で弾く。


 今度は、射程圏内に入られる前に、切り返しを済ませた。

 よし、と思った最中。


「ぐるぅあああああ!!」

「ぎ……ッ…!」


 悲鳴を上げそうになって、思わず唇を噛み締めた。


 ぎゃああああああああああ!

 なんで弾丸のようにドロップキックで飛んで来ちゃったの、ジャッキーさんんんん!?


 文字通り、脚を基点に飛んで来たジャッキー。

 これは、流石に受け流しようも無い。


「テメェは、どういう神経してやがんだぁ!?」


 恥ずかしながら、オレはその場で叫び声を上げて回避に専念する他無かった。


 しかも、彼の手には未だに、もう一本の手斧が残っている。

 右か左に紙一重で避けたとしても、その手斧の追撃で致命傷を負わされるのは目に見えている。


 上か下に逃げるという選択肢しかない。

 そこで、オレが選んだのは、上でしかなかった。


「………チッ!」


 ジャッキーの脚に日本刀を持ったままの手で基点を作り、そのまま側転をする要領で彼のドロップキックを緊急回避。

 彼の舌打ちが、すぐ真下から聞こえた。


 側転をしたままのオレと、ドロップキックで下方を通過したジャッキーの視線が交差する。

 一瞬の出来事。


 そこで、地面に着地したと同時。


「-----ッ!?」


 首筋に走った悪寒だけを頼りに、オレはバックステップで更に後方へと飛んだ。

 それだけでは足りないと感じて、またしてもバック転を繰り返す。


 ようやっと、着地した場所で見た先。


 オレが先程着地した場所には、ジャッキーの手斧が叩き付けられていた。

 着地のまま留まっていたら、頭をカチ割られていただろう。


 あろうことか、あの手斧を基点にして、ジャッキーがドロップキックで飛び去っていくのを強制キャンセルしたからだ。

 手斧によって、威力も速度も落とした彼は、その場でスライディング。

 地面に手斧がめり込み、数メートルほど土が抉れていた。

 そのまま、体勢を整えて走り出したかと思えば、先ほどオレが弾いた手斧を拾ってしまった。


 にやり、とその口端が歪められる。


「………避けてばっかじゃ、つまらねぇだろうが!」

「………だから、避けなきゃ死ぬんだってば、」


 再三の呟きは、もはや辟易としていた。


 なんだよ、あの戦闘センスは。

 これが、狼の獣人だからとか言うのは、ナンセンス。


 あれは、完全に戦い慣れしている人間の動きだ。

 しかも、対人戦闘で確実に培ってきた、ある種の本能的な経験値。

 流石は、冒険者歴29年で、ついでにSランク歴も29年の大御所。

 回避すらも一筋縄ではさせてくれないとは、恐れ入った。


「おら!お前もたまには打ちかかって来い!」

「………あのねぇ………、」


 そんな無茶な事を言わないでほしい。


 いや、無茶な事でもなんでも、オレの落ち度が回り回ってこの一騎打ちに繋がっている訳で、了承してしまったオレが悪いのは分かっている。

 ………あの肉食獣の眼をしたジャッキーにノーと言える強者ツワモノがいるなら是非とも見てみたいが。


 それにしたって、打ちかかって行くにも何にも覚悟は必要だ。

 ある種、先ほどから本能的な警告音アラートが鳴りっぱなしである。

 視界は真っ赤だ。

 揶揄ではあるが。


 どの道、ああして言われてしまったからには、打ちかかって行かない事には始まらないだろう。

 焦れて打ち込んできた後の、彼の憤怒も怖いのだ。


「………ったく、戦闘狂バトルジャンキーめ…!」


 恨み事を呟きつつも、日本刀を正眼の構え。


 斬り掛かった際に、すぐにでも上段・下段の切り返し、もしくは受け流しを可能とした万能型。

 にやり、と微笑んだ彼の表情が刀越しに見えた。


 奇しくもこの時、オレも無意識のうちに、彼と同じような表情をしていたらしい。

 それは、この立ち合いを見学していた生徒達とゲイルから言われて、初めて気付く事になったのだが。


 閑話休題それはともかく

 

「はぁあああああッ!!」

「おっしゃ、来いやぁ!!」


 気鋭一声。

 駆け出した。


 獣の咆哮を思わせる声と共に、ジャッキーが待ち構える。

 双子斧は、胸の前で交差クロスされ、防御態勢。


 挑発だと分かっている。


 だが、敢えてそこへと切り込む。

 日本刀を振り下ろし、その交差した中央を穿つつもりで。


ーーーーーー『ギィィ…ン!!』


 甲高い金属音と共に、火花が散った。


 しかし、


「て、テメェは、猿の魔物(バンデッドモンキー)か!」


 ジャッキーの怒りの声に、オレは思わず苦笑した。


 斬り掛かったオレは、既にその頭上へと飛んでいる。


 交差クロスした双子斧に掛けた全体重。

 ジャッキーがそれを受け止められない訳無い。


 だが、そうして受け止めた時点で、力点が出来、その分オレが跳躍したと同時に掛かった重力で動きは制限される。

 彼に刃先が刺さらないよう、基点にしているのも切っ先だ。

 双子斧を受け止める事は出来ずとも、オレの体重ぐらいなら余裕で支えられる筈である。


 そこへ、


「さっきのお返しだ!」

「ごふ…ッ!」


 跳躍の後に、彼の背後へと降りる。

 そこへ、すかさず旋風脚ローリングソバット


 お返しとはいえ、先程受けたのは一発だけでも、オレの体感としては必殺技クラスのダメージだったので、駄目押しも込めて3連撃を叩き込んだ。

 肩、腋、腹と続けて叩き込んだ蹴りに、ジャッキーが前のめりに吹っ飛ぶ。


 手加減はしたつもりだったが、今の怪力具合を考えるとどうも心許無い。

 数日前には間宮も股関節脱臼の憂き目にあった程だ。


 力の加減が出来るまでは、と昨日まで間宮はおろかゲイルとも組み手を行っていない為、どこまで威力を抑えられたかも微妙なところ。


 ぶっ飛んで、顔面から地面へと滑り込み(スライディング)したジャッキーの安否が気になった。

 やり過ぎたか、とあわや固唾を呑み込んだ。


 しかし、


「………やってくれるじゃねぇかよ」


 ジャッキーは、その場で転がると同時に、スライディングの勢いを殺して立ち上がった。

 顎を地面に擦った所為か、擦り切れて血が滲んでいるが、それでも立ち上がった。


 にやりと、先ほどよりも更に獰猛な肉食獣の如き笑みと共に。


 オレはその場で棒立ちになった。

 呆気、と言うよりは、ほとんどダメージになっていない現状に愕然とするばかり。


 どんだけ、頑丈なんだよッ!?


 死んでほしい訳では無いものの、出来ればこの段階である程度は削っておきたい。

 彼の、HP(ヒットポイント)とも言える、体力をだ。


 だが、それが削れたとは思える要素が見えない。

 文字通り、愕然とした。


「………テメェ、今の威力を加減しやがっただろう!?」

「か、加減しないと死んじゃうかもしれないだろ!?」

「本気の組み手で、加減する奴がどこにいやがる、おたんこなす!!」


 いや、アンタ、おたんこなすて………。

 何その低レベルな、罵り文句。


 なのに、その顔がとんでも無い狂相だなんて、眼か耳の錯覚としか思えないよ。

 視界が半分なので、眼の錯覚だと信じたい今日この頃。


「だ、だって、殺したい訳じゃないんだぞ!」

「生ぬるい事言ってんじゃねぇぞ!

 誰が、簡単に殺されるかってんだ!

 それとも、テメェはオレが片手間に殺されるような相手だと思ってるって事か…!?」

「んな…ッ?ち、違う!」


 そんな事思っている訳無いだろう!

 じゃなきゃ、こんなにオレだって、ビクビクオドオドしている訳無いんだから!


 しかし、先ほどのオレの一言は、どうやら彼にとっては許し難い一言だったらしく、


「だったら、嫌でも本気で相手にならせてやるぁあああ!!」


 その場で、手斧を放り捨て、更には着ていたシャツすらも脱ぎ捨てた。

 毛深くも、見事な筋肉美の上半身を晒したかと思えば、その場で地面に両手を付き、相撲取りの四股踏みのような体勢を取った。


 ………おいおい、まさかそのまま突進してくるつもりじゃ…!?

 嫌な予感に、背筋が怖気立つ。


 しかし、その瞬間だった。


 まるで、怒気が膨れ上がるかのような錯覚すらも覚えさせる程、彼の髪が獣の鬣ように逆立った。

 ばちり、と髪留めが弾け飛ぶ音が、ここまで聞こえる。


 しかも、


『ぐるぅああああああおおおおおおおおおおおおん!!』


 その場で、咆哮を上げた彼。 


 びりびりと大気が震え、オレの元まで衝撃派のようなものが押し寄せた。

 咆哮の影響で、耳鳴りがした。


 思わず、顔を覆って、その場で衝撃派に耐える。

 しかし、それが仇となった。


「オレ相手なら、眼をつぶっていても勝てるとでも!?」


 怒声が、眼の前から。

 更には、彼の獣じみた吐息も、眼の前に感じる。


 眼を瞠る。


 しかし、遅かった。


「ガァアアアアアア!!」


 雄叫びを聞きながら、オレは空中を飛んでいた。

 何をされたのか、脳が理解をしていない。


「がふっ…!?」


 だが、腹に走った、今までに何度も感じたことのある激痛を前に、理解せざるを得なかった。

 殴られたのだ。

 それも、オレが眼をつぶっていたあの一瞬のうちに肉薄した、ジャッキーの拳によって。


『先生ッ!!』

『ギンジ!!』

「きゃあああッ!」


 生徒達の悲鳴もどこか遠く。

 気付けば地面に背中から叩き付けられ、そのままごろごろと無様に転がった。

 その痛みにすら、息が詰まる。


 遅れてやって来た鈍痛は、更にその呼吸不全を加速させる。

 更には、込み上げてきた猛烈な吐き気。

 ぶるぶると体を震わせながら、その場で嘔吐する他無かった。


「ぐぇ…ッ、げぇえ!………ガハッ!」


 そして、その吐き出した反吐の中には、確かに赤色が混じっていた。

 血反吐だ、間違うことない。


 内臓が傷付いた証拠。

 しかし、そこまで考えたとしても、オレは地面に蹲って必死に喘ぐしか出来なかった。


 なにせ、呼吸が出来ない。

 明らかに、肋骨がイっているのは分かるが、それ以外は一体どこがどのようにして痛いのかも分からない。


 ここまでぶっ飛ばされたのも久しぶりだが、このような状態になるのも久しぶりだ。

 これまた、おおよそ10年ぶり。

 修業時代には、こんな状態にならない事の方が少なかったと入っても、終ぞ慣れる事は出来なかった。

 慣れろという方が無理だ。


 それが、オレの知る人物からのものでは無いのが、唯一の救いか。

 今は亡き師匠からの淘汰だったとすれば、オレはこのままダウンで終了だ。


 だが、違う。

 もう、10年前とは違う。


 そして、相手も、違う。


「おらぁ!!とっとと、立てや、ギンジィイイ!!」


 間違う事なき咆哮と怒号を上げたジャッキー。


 髪が振り乱されて逆立っている。

 その姿が、記憶の中の師匠と重なり、更に恐怖心を倍増させた。


 ただ、違うと分かるのは、その体躯や狂相。

 その上、先ほどよりも場所が離れているというのに、最後に見た時よりも圧倒的に体躯が大きくなっている。

 丸太のような腕や、巌のような身体は、一回り以上も大きくなっていた。

 首も心なしか太さを増している気がする上に、その肥大化した体を支える脚もだぼっとしていた筈のズボンがパツパツになる程に質量を増していた。


 初めて見たが、おそらくこれが『獣化』なのだろう。

 魔族である獣人だけが持つ、身体強化の術。


 もう、見た目からして凶器だ。

 そして、今しがたあの一回り以上も肥大化した腕で、拳を叩き込まれたのだと分かれば、この威力も納得だ。


「そ、んなの、反則だ…」

「何が反則だぁ!?本気の殴り合いに同意したのは、テメェだろうが!!」


 ………ごもっとも。

 だけども、こんな獣人にとっての隠し玉のようなものまで使われるとは思わなかったんだ。


 ジャッキーめ、本気マジになりやがって………。

 こっちが、何の為にこの立ち合いを提案したのか、気付いてもいねぇのかよ。


 別に殺し合いがしたいとは思っていなかったのもあって、完全に油断した。


 あんなの相手にしていたら、まかり間違うとこっちが殺されてしまう。


 ………今度から、ジャッキーの組み手の要請は受けないようにしよう。

 受けざるを得なくても、『獣化』禁止のルール設定は必須だな。


「………畜生ッ。……こんなに体中が痛いのは、久しぶりだ…」

「たまには、良いんじゃねぇか?

 どの道、この『異世界クラス』でも、お前の事をここまで追い込める奴ぁ、まだいねぇだろう?」


 まぁ、その通りだね。

 ただ、だからって、オレがぼこぼこにされたい訳じゃないの。


 たまには、互角以上の人間との立ち合いも必要だとは思っている。

 けど、こんな状況では、勘弁してほしかった。


「………あ、あんな化け物が、」

「おい、『予言の騎士』様は、大丈夫なのか…!?」

「危険では無いのか!?」

「『予言の騎士』様だけでなく、我等も危険では…!?」


 観覧席からどよめきと共に、五月蠅く囀る貴族達の声がする。

 先ほどの一撃で頭を打った影響で、わんわんと耳鳴りがしているオレからしても煩わしい。


 同じ考えだったのか、ジャッキーも眉根を寄せた。


 忘れているかもしれないけど、ここ貴族が集まってんのよ?


 今はまだ、編入試験の訓練最終日であって、全部が全部終わった訳じゃなかったのに。

 なんでよりにもよって、こんな所でそんなもの見せちゃうの?


 オレが立ち合いを提案した意味、完全に無くなっちゃう。


「お、親父の馬鹿!」

「………ううっ、同感!」

「ジャッキーの奴、何も考えちゃいねぇな」

「………元々、そういう風聞は気にしない質らしいからな…」


 なんて事を言っているのは、親子であるレトとディル。

 ついでに、今日も見学に来ていたヘンデルとカレブだったが、頼むから感想を言う前に、この暴走したアンタ達のギルドのマスター様を止めて?


 心の声が通じたのか、ヘンデルとカレブと視線が合った。

 ………しかし、次の瞬間には「無理だ」と言わんばかりに、首をぶんぶん振られた。


 そうか、無理か。


 ついでとばかりに、観戦しているゲイルへと視線も向けて見た。

 ………これまた、ヘンデル達同様に首をぶんぶん振られた。


 そうか、やっぱり無理か。


 救援は望めないらしい。

 孤立無援で、この戦闘狂ジャッキーの相手は、無謀にも程があるんだけど!?


「余所見してるって事は、まだまだ余裕って事かい!?」

「そ、そうじゃない!た、ただ、現実逃避していただけだ…!」

「そんだけ余裕なら、まだまだ行けんだよ、なぁ!!」


 もう、この状況でそんなに言い募って見ても、彼からすれば挑発に見えるのかもしれない。

 茫然自失で突っ立ったまま余所見をしていたオレに、躍りかかって来たジャッキー。

 膂力は先ほどよりも上昇し、俊敏性も更に上がっている。


 ここで、オレは紅時雨を捨てた。

 手斧を捨てたジャッキーは、文字通り肉弾戦へと移行している。

 切り返しや取り回し、或いは有効範囲が限られた状態での日本刀は、片腕だけのハンデを背負っているオレには残念ながら無謀だ。

 渋々とはいえ、同じく肉弾戦へと移行した。


 それと同時に、ジャッキーの拳が目前へと迫る。


「う゛るぁあああああ!!」

「ーーーッ!!」


 とはいえ、それで簡単に順応できるとは思わないことだ。

 いくら武器が無くなったとはいえ、彼は両腕での攻撃を可能にしている。


 対するオレは腕一本。

 ただ、先ほどよりも受け流しに関しては、スムーズだ。


 まぁ、手数もそうだが、圧倒的な取り回しに関して、ジャッキーが上なのはまだ変わらないが。

 手斧を捨てた分、受け流されてから次の攻撃に移るタイムラグも明らかに短くなっている。


「また、テメェは本気で受けやがらねぇなぁ!!」

「だから、受け流さないと死ぬってば!!」


 しかし、やはりこの受け流しに、ジャッキーの怒りのボルテージは上がっていく。


 今のジャッキーの拳は、言うなれば徳川並みで、4tトラックレベル。

 先ほど、オレがぶっ飛ばされて死ななかったのが、既に奇跡である。


 予期せぬ治癒能力向上のおかげで、今はなんとか踏みとどまっている。

 内臓が傷付いたものは、既に治癒が始まっているだろう。

 しかし、骨折は早くてもまだ2時間は掛かる。

 それまでは、オレもこの意識が飛びそうな程の痛みに耐えながら、彼の猛攻を受け流すしかない。


 ついでに、既に脚にガタが来ている。

 最初の一撃目と共に、先ほどの2撃目で明らかに致命的なダメージを負った。

 おそらく、次は受け切れず、受けたとすれば確実に負ける。

 ついでに、生きるか死ぬかの瀬戸際に立つかもしれない。


 以前感じていた命日云々の話が、現実のものになった訳だ。

 全く、嬉しくないものである。


「余所見の次は、考え事かぁ!?」

「ち、違うってばぁ!」


 子どもの無様な駄々のような声を上げつつ、ジャッキーの一撃必殺の拳を受け流し続ける。

 受け流し、或いは避け、彼の死角を取るような形で、何度も立ち位置を入れ替える。


 間宮に言っていた手前、アクロバティックかつトリッキーな戦法は使いたくないのだが、どうしても彼相手となるとこっちも本気にならざるを得ない。

 時たま、回避の為にバック転や後方宙返り、もしくは跳び箱の要領で彼の突進を飛び越えたり。

 更には、先ほどのドロップキックを避けた時と同じように、彼の腕を基点に側転をしての回避だったり。


 もうこれは、体に染み込んだ習慣のようなものだ。

 ついでに、もう治し様がないぐらい、オレにとっては当たり前の動きとなっていた。


 だが、その回数が増す度に、彼の怒りのボルテージは上がっていく。

 既に額には、青筋が浮かび上がっているばかりか、そろそろ一本や二本切れたとしても可笑しくは無い。


 しかし、


「ジャッキーの『獣化』での攻撃を全部、避けてやがる…」

「………しかも、一発も掠めてないな」

『………凄ぇ…』


 見栄えが良いのは、なんにせよ僥倖。

 ヘンデルやカレブも、見入っているようだ。


 こっちは、必死なのでそんなつもりは皆無だが、見ている側としては手を握る攻防に加えて、かなり見応えはあるだろう。


 彼等と共に、この一戦を見ている生徒達もそれは同じだが、彼等の視線は少々異なる。

 緊張気味であり、それでいて憧憬を含んだ視線は、こんな状況でも背筋がむず痒くなるものだ。


 なんて考えていられるのも、時間の問題だろうがね。


「だぁああああ!手応えのねぇ!!スッカスカじゃねぇか!!」

「ひ、人をへちまのように言うな!

 そんな事言ったって、お前なんかと拳を交えたらこっちが負けるの分かってんだから、出来る訳ねぇだろうが!!」

「試してみろよぉ!!」

「試せるかぁ!!」


 先ほどから打ち込んでも蹴り込んでも、受け流される所為で手応えが無い事を怒るジャッキー。


 なんて無茶を言ってくれるの、この狼さん。

 負けるの分かってんのに出来ないって言ってんのに、試せってどういうこと!?


 ………オレ、アンタの丸太を通り越して一種の凶器と化した腕に対抗できる程、頑丈でも骨太でも無いよ。


 ただ、こっちもいつまでも受け流し続けるのも限界なので、


「だったら、お返しぐらいはしてやらぁ!!」

「おぶ………ぅッ!?」


 回避として選んだ側転。

 回転させた脚が頂点に達した瞬間でキャンセルし、そのまま踵落とし。


 咄嗟に防御したらしいジャッキーがくぐもった呻き声をあげた。

 だが、その次の瞬間には、彼の口元がにやり。


「………その意気だぁ!!ガハハハハッ!!」


 ………ああ、もう本当に頑丈過ぎて、嫌になるわ。

 こっちは、セメントでも蹴ったのかと思う程の衝撃が脚に来てるってのに。


 攻撃しても、こっちまでダメージが蓄積するなんて、どんな冗談だ?

 前に石で出来た人形(ガンレム)相手にも思ったけど、ダメージも負わせられない相手に生身で挑むって無謀じゃねぇ?


 オレからの反撃が嬉しかったのか、ジャッキーは大爆笑。

 そして、更なる攻勢に出てくる。


 腕での拳は当然ながら、次の瞬間には蹴りが飛んでくる。


 しかも、流石は、格闘術を嗜んでいる冒険者かつ獣人。

 柔軟な体から繰り出される攻撃が、オレと同じく踵落としや宙返りからのドロップキック。


 更には、俊敏性が更に上がって、オレの懐に易々と踏み込んでくるようになっている。

 これには、流石のオレも回避の度に、悲鳴を呑みこむ羽目になる。


 ………いや、これ、多分、オレだな。


 先程受けた、強烈な拳のダメージが、呼吸不全として乗っかってきている。

 しかも、まともに鳩尾に受けた所為か、体の動きが鈍って来ている。

 ついでに、頭の回転も。


「っ、くそ…!!」

「おらぁ、脚が止まり始めたぞ!」


 なんて、額に汗を掻きながら、ついでに息を荒げながらもジャッキーは余裕そうだ。


 しかし、掻く言うオレは、彼の言うとおり脚が止まり始めた。

 むしろ、縺れ始めたと言っても良い。


 体のバランスも欠く上に、酸欠の所為か目の前が霞んできた。

 しかも、回避行動の選択を誤って、無茶な動きを連発する所為で更に身体の節々が痛み始めている。


 そこへ、彼の下段蹴り(ヤクザキック)が目の前に迫る。

 回避に専念するあまり、いつの間にかオレはしゃがみ込んでいたらしい。


 目の前に迫ったそれは、転がってでも避けなければ致命傷は免れない。

 最悪、頭がぶっ飛び兼ねない。


 そこで、結局オレが取れた行動は一つだけ。


「おふ……ッ」

「………お前、まだ余裕あんのかぁ?」


 なんて、頭上のジャッキーから呆れた声音を貰ったけども、五体投置である。


 しかも、間抜けな事に手足を全て、伸ばし切って。

 ………この上なく無様で、激しく遺憾な回避法だった。


 ただ、それを笑えるような余裕は、オレにも参観者達にも無かったのは僥倖。

 既に、彼等は目の前の戦闘に見入っていて、それどころではないようだ。

 くすくす笑われる声に心を折られることなく、そのまま横にごろごろと転がった。


 次の瞬間には、オレが今まで寝ていた場所にジャッキーの踏み付け(スタンプ)が降って来る。

 しかも、小規模なクレーターを作る程の膂力を込めて。

 情け容赦も無い。


 ………もう、ここまで来ると、コイツも人型凡庸決戦兵器で間違いないと思うんだ。


 生死が掛かっているとも過言では無い状況で、既に脳内は自棄を起こし、いっそラリっている有様だ。


 ごろごろ転がった体勢を、なんとか立て直して改めてジャッキーへと向き直る。


 しかし、脚が縺れて、結局よろめいた。

 もうそろそろ、オレも限界が近い。


「ハァッ、ハァッ!本当にバンデッドモンキー並にすばしっこい奴だな…!」

「………だ、だから、…避けなきゃ、死ぬんだってば…ッ!」


 息が荒いのはジャッキーも一緒ながら。

 それでも、口元に張り付いた笑みには、まだまだ余裕が見て取れる。

 こっちは、息も出来ないばかりか、余裕も無いというのに。


 あー…もうッ!!

 徳川みたいに、先にバテてくれれば楽なのにぃ…ッ!!


「すぅー、はぁー…ッ」

「なんだぁ?やっと、その気になったとか言わねぇだろうな…!」


 痛む腹を堪えつつ深呼吸。

 それでも、既に荒い息も酸欠も、ついでに齎され始めている頭痛も緩和出来ないが。


 仕方ない。

 ここで、このまま押し込まれて負けるのも癪だ。


 いっそ、全力でぶつかって、玉砕しよう。

 その方が、お互いの為にもなる。


 ………結局、負けているとか突っ込みしないように。


「せぇあああああああっ!!」

「おっしゃぁ!!来いッ!!」


 斬り込んだ時と同じく、気鋭一声。

 地面を削るつもりで踏み込んで、一気に加速した。


 先程も言ったように、玉砕覚悟だ。

 防御は考えず、一点集中でぶん殴るつもりで、駆け出した。


「………ッ、」


 その途端、ジャッキーの眼の色が変わった。

 それもその筈だ。


 ここに来て、初めてオレが彼の懐へと踏み込んだ。

 斯く言うオレも、地味に驚いている。


 しかし、こうして懐に入れたのは、結果オーライ。

 防御の為に交差クロスされた腕目掛けて、渾身の正拳突き。


ーーーー『バシン!!』


 派手な打音と共に、ジャッキーの腕が大きく跳ね上がった。


「ぬお…ッ!?」

「ぐぅ…ッ」


 打ちこんだオレの拳は痛かったが、それでもなんとか持ち堪えてくれている。


 そこへ、そのままの勢いを殺さないままで、半回転。

 ガラ空きの脇腹へと、回し蹴りを放った。


 どん!と腹に響く音と共に、踵がセメントよろしく頑強な筋肉へとぶつかる音。

 またしても、オレの脚が痛みを被った。

 だが、それでもまだ折れていない。


 あれ?ここまで頑丈だったっけ?


 と、頭に疑問が浮かぶも、そのままふらつく脚の所為で地面に転がった。

 痛いのは痛いので、地味にその場で蹲って耐える。


 それとは別に、オレの脇腹への蹴りを受けたジャッキーが、地面を転がって行ったのを横目で確認する。

 ああ、やっと少しはダメージになる攻撃が出来たようだ。


 ただ、やっぱり頑丈な彼は、そのままで終わる筈も無く。

 転がっていた地面を自慢の剛腕で叩きつけると、そのまま跳んだ。


 地面に付く前に体勢を整え、四足を踏ん張って着地。

 先ほど、オレが脇腹を蹴った時と同じどん!という重々しい音を響かせたのは確かに聞いた。


「ガフッ…!そうだよっ、これだよ!!

 ゲホッ、………最初から、このぐらいで来いってんだ!!」


 なんて言いつつ、ぺっと血反吐を吐き出したジャッキー。

 それでもいっそ狂っているのかと思ってしまう程の笑みが、口元に張り付いていた。


 だが、オレが気になったのは、そこじゃない。


 ………なんで、今ジャッキーも血反吐吐いたの?


「お、おい…ッ、大丈夫なのか?」

「ああん!?こんな時に、人の心配している場合か!?」


 いや、それもごもっともなんだけど…。

 でも、さっきまでなんともなかったのに、なんで血反吐?


 血を吐くというのは、すなわち内臓が傷付いた証拠だ。

 口の中を切っただけだとしても、そこまでの血は吐き出す事は無い。


 歯が折れでもすれば別かもしれないが、彼が吐いた血反吐には歯らしき白片は見当たらない。


 ………うわぁお。

 手加減誤ったら、結局オレだってアイツを殺しかねないじゃんか。


「………も、もう止めにしないか?

 オレもお前も、ちょっとダメージがデカすぎたみたいだし…ッ」

「ああ!?何言ってやがる!!

 やっとテメェが本気出したってのに、ここで辞めてたまるかぁ!!

 ガァアアアアアアア!!!」


 ああ、もう、この戦闘狂バトルジャンキー!!

 こっちは、予期せず本気ガチの殺し合いになり兼ねないから、止めようって言ってんのに!!


 聞く耳持たないとはこの事か。

 オレの終了宣言を聞いて激昂し、真っ向否定したからと思えばそのままジャッキーは躍りかかって来た。


 これまた、受け流す戦法を取るしかないオレは、その場で彼の拳へと掌を当てた。

 しかし、


「それはもう良いって行ってんだろぉ、がっ!」

「どわぁああ!!」


 あろうことか、その拳の軌道を無理矢理ねじ曲げて、横薙ぎに払って来た。

 流石にこれには、情けない悲鳴と共に回避を選択するしかない。


 しかし、回避した先を呼んでいたかのように、ジャッキーの蹴りが迫る。

 更にその脚を回避する為に、今度は地面を蹴る。


 空中で反り返ったまま地面を蹴れば、必然的に空中に寝たような形となる。

 またしても、無様な回避手段だ。

 きっと、間宮辺りは内心で笑っているのではあるまいか。


 横薙ぎに払われた手刀を回避し、更に追撃で放たれた蹴りを避け、空中に留まったまま身体を捻った。

 先ほど蹴った地面に、片脚だけを付ける。

 そこで、一気に膝を曲げて回転を止める傍ら、しっかりと踵を地面に噛ませた。


「話を聞けってばぁ!」

「ゴフッ!!」


 そこから、残りの片脚で、蹴りを放つ。

 あまり膂力が込められなかったので控え目ではあるが、彼の鳩尾にしっかりと食い付かせる事は出来た。


 それによって、前のめりになったジャッキー。

 またしても、口端から血反吐が飛んだ。


 しかし、ここでまた距離を開けると、更に彼は喜び勇んで飛びかかってくるだろう。

 もう、こちらとしても限界だ。

 本格的に、酸欠の所為で意識も朦朧とし始めている。


 なので、ここで決める。

 先程も玉砕覚悟だったのだから、ここでもそのつもりだ。


 ジャッキーが吹っ飛ぶ前に、彼の腕を掴んで引き寄せる。

 最近のオレの身体能力の異常のおかげか、片腕だけでも十分に引き寄せられた。

 一緒に吹っ飛ばなくて良かったとも言う。


 更に、その腕を担ぐようにして肩へと持って行き、そのまま背中を向けてジャッキーの懐へと踏み込んだ。


「んなっ…!?」

「どっせぇえぁあああ!!」


 吹っ飛びかけていたので、彼の脚は不安定。

 そこへ、更に脚払いを掛けて弾き、全体重がオレの背中に掛かるように仕向けた。


 それと同時、


ーーーー「ズドォン!」


 地面が衝撃で揺れた。


 オレはそのまま彼を投げた。


 背中から地面に着地する形となったジャッキーの脚が、地面に放り出される。


 いつか、伊野田がシャル相手にやった背負い投げ。

 それを、今回はオレがジャッキーに使ってやった。


 勿論、脳のシャッフルを最小限に抑える為、最後の投げの段階で内に引く。

 終わったら、オレともどもラピスとオリビアに、介抱して貰おうじゃないか。


「がッ…ひゅ…ッ!」


 背中から着地した衝撃で喘いだ彼。

 ただ、意識はある。


 しかも、爛々と燃えたぎった眼が、オレに向けられてもいる。


「そりゃぁ!」

「ふぐぅ!?」


 そこで、駄目押しとばかりに、彼の腕の関節を取った。

 片腕だけとはいえ、関節技が掛けられないという道理はない。


 要は、挟めれば良いのだから、使える三肢全てを使って絞め技に切り替えた。


 腕挫十字固と呼ばれる、アームロックの一種。

 それを、右腕一本でジャッキーの左腕を捕え、肘を極めるように固めた。

 更に、自由に動く二本の脚で、肩と首を圧迫するような形で、このアームロックを炸裂させる。


 これで、生半可な事では抜けられなくなった。

 ………筈である。


「ぐぁ、ッ、ぃだ…だだだ…ッ!」

「ぎ、ッ…ぐ、う…ッ(………頼むから、これで、……決まってくれ…ッ)」


 決め技としても、絞め技としても有効な技だ。

 オレも、過去何度もこの技で、師匠に落とされて来た。

 決まっちゃいけない所に決まると、あっという間に意識を狩り取られる技だから。


 しかしながら、肋骨や内臓を負傷している側としても、このアームロックは負荷が強い。

 ジャッキーの痛みを堪える呻き声とは別に、オレの食い縛った歯の隙間から洩れる呻き声。


 ジャッキーの極めた肘の骨が、ダイレクトに負傷個所を圧迫している。

 しかも、極める為に引いている腕には、未だに有り得ない程の腕力が込められていた。

 気を抜いたら、それこそ振り払われてしまいそうだ。


 必死で振り払われないように力を込めているからには、こっちだってそれ相応の体力は消耗している。

 痛みと酸欠と戦っているのは、オレもジャッキーも一緒の状況だ。


 つまり、どちらか片方が落ちたと同時に、勝敗が決まる。


 いやはや、なんてサドンデスに持ち込んでしまったのか。

 と、今更ながらに後悔した。


「決まったのか…!?」

「ローガン、判定は…!?」

「まだ分からん!2人とも、しっかりと意識は持っているし、」


 まぁ、オレのそんな心情は、参観者からは分からんだろうが。


 傍目には、やはりオレの優位に見えているようだが、結局のところはオレもいっぱいいっぱいだ。


 まだまだジャッキーは、抜けだそうと力を込めている。

 肘を極めている筈だから、相当痛い筈なんだけどぉ………?


 ばたばたと、ローガン達が走り寄ってくる足音が遠くに聞こえるものの、お互いの意識があるうちはまだ試合は終わっていない。

 ただ、ローガン達が、続行不可と判断してくれれば、これも終わるんだが。


 霞がかって来た視界と酸欠で眩暈すらも感じる中で、


「だぁあああッ、くそっ!時間切れかよッ!」

「えッ…!?わっ、ちょッ…!?」


 なんて、ジャッキーの怒号が飛んだかと思えば、極めていた筈の腕が突然ぎゅっと縮んだ気がした。

 慌てて極めなおそうとしたが、それよりも早く抜け出されてしまう。

 マジかよ、縮んだとか…!


 追撃を恐れて、そのままごろごろと地面を転がった。

 しかし、それはジャッキーも同じのようで、地面を転がって腕を抑えて悶絶している。


 地面に転がった格好のまま、そんな彼の様子を伺っていると、先ほどとは明らかに違う体躯である事が分かった。


 先ほどとは逆に、一回り程体躯が小さくなっている。

 丸太のように変貌していた首や、元々の質量以上に太くなっていた腕や足も元通り。

 食い込み気味にぱつぱつになっていたズボンも、今はいつものだぼっとした様相に戻っていた。


 おそらく、『獣化』が解けたのだろう。

 先ほどの彼の言葉、『時間切れ』とはこの事だったのか。


 地獄の時間も、どうやら終了したようだ。


 彼の使った『獣化』とやらが、時間制限ありと言うことが分かった。

 良かったのか悪かったのか。


 後々の対処としては、時間を目安に逃げ回るという選択肢一択であろうとだけは思った。 


「ああ、くそぅ…ッ、もうちょっとだったのに…ッ!」

「も、もうちょっとで、オレが殺せるって、はぁッ、意味なら、今すぐトドメ、刺すけど…!?」

「安心しろぃ!殺そうなんて、思っちゃいねぇ!

 だが、オレだって、冒険者の端くれよ!

 『予言の騎士』様相手から、勝ちをもぎ取ったぐらいの箔が欲しかっただけでぇ…!」


 なんて、地面に転がったままのジャッキーがにやりと、笑った。

 屈託のない、先ほどの肉食獣よろしく獰猛な笑みとは違う、太陽のような笑顔だった。


 それに対し、オレは苦笑を零すしかない。

 ………本当に、後先考えない戦闘狂バトルジャンキーなんだから…。


「それについては、…十分だと思うよ…」

「………ああん?」


 ただ、こっちがこっちで、既に限界だというのは言っておく。

 箔だって、勝手に持って行きやがれ。


 元々、彼から勝ちが拾えるとは思っていなかったんだから。


 呼吸不全は、既に通り越している。

 最初の衝撃で、やはり血流が早くなってしまっていた分の反動が、今になって来ている。

 酸欠も、既に誤魔化し様がない。


「参った。………もう、オレも………無理」

「………オイオイオイオイ…ッ」


 ぶつり、と意識が遠のく感覚の中で、意識が途切れる音を確かに聞いた。


 ついでに降参もとっととしておいて、眠った後も叩き起こされない事を祈るしかない。


 地面に寝転がったまま、力を全て抜き切った。

 寝ている所為で地面に密着している頬に、数名が駆け寄ってくる震動が響くが、そこでオレの意識は途切れた。


「こんな終わり方は認めねぇぞ!

 こんな勝ち方したって、こっちは嬉しくも何ともねぇんだからなぁ…ッ!!」


 なんて、ジャッキーの雄叫びも、既に意識を手放したオレには聞こえない。

 後々の再戦の旨と共に、生徒達にその一言を聞いて、戦々恐々とするのは、まだまだ先の話だ。



***



「ギンジ!」

『先生!!』

「ギンジ様…ッ!!」

「あの馬鹿…ッ!」


 見るからに消耗した姿の上、意識を失ったというのも遠巻きに分かった。

 それと同時に、いても立ってもいられずに駆け出したのは、立ち合いを見守っていた生徒達や女神達。


 その中には、勿論私も含まれていた。


「そこまでっ!勝者、ジャクソン・グレニュー!」

「………ああッ、クソ!また戦えってんだ!」


 彼もまた、酸欠の気があったのか、立ち上がる事は出来なかったようだ。

 しかし、地面を這いずってでも、ギンジの元へと向かおうとしている気概を見て、内心では焦ってしまう。


 咄嗟に、審判者としての立場を思い出して、その場を収めたものの。


 ジャッキーからしてみれば、自分は折角の舞台を邪魔した無粋者。

 剣呑な視線をいただいてしまい、内心では恐々としていたが、


「大馬鹿者!お互いに瀕死になっておきながら、まだ戦いを臨むでは無いわ!」


 ぱこーん!という良い音と共に、そんな彼の頭は傾いだ。

 その前に聞こえ声は、勿論独特の訛り口調からして、ラピスのものだ。


 ギンジ達の回収の為に、私とゲイル、生徒達が駆け出した後を追って来た彼女が彼の後頭部をひっぱたいたようだ。


 だが、今までの立ち合いで、こちらも相当な(・・・・・・・)ダメージを(・・・・・)被っていたらしく(・・・・・・・・)、もう一度地面に突っ伏して悶えていた。


「これっ、頭を打っている可能性もあるから、動かすでは無いぞ!!」

「あ、は、はいっ!」


 そんなラピスは、ギンジの元へと辿り着いた生徒達を制止。

 生徒達は、寝転がったままのギンジを囲むが、それ以上は何も出来ずにオタオタとしている。


 斯く言う、私も同じ有様である。


「この大馬鹿者の治癒は、青二才に任せるぞ!」

「えっ、あ、ああ…」

「オリビアはこ奴の魔力を吸い取っておき!

 腹の治癒には伊野田、頭は私がやるから、そのままの体勢を維持させよ…!」

『はいっ!』


 そこで、今しがた叩いて黙らせたジャッキーの手当ては、青二才ことゲイルに指示。

 更に、ギンジの治療を、それぞれの担当に分け振った。

 オリビアへ魔力吸収を申し付けたのも、おそらく『ボミット病』対策だろう。


 良くも、この状況でここまで頭が回るものだ、と呆然としたまま感心してしまう。

 ………私は、何も出来ないというのに。

 

「………派手にやり過ぎだ。

 本気で立ち合いばかりか、『獣化』まで見せるとは、」

「アイツが、いくらやっても本気にならねぇからよぉ…!」


 ギンジの治癒が始まったところで、背後のジャッキーの治療も始まったようだ。

 ゲイルが詠唱を施したと同時に、瞬く間に彼の目に見える傷が塞がって行く。

 しかも、あの分であれば内臓まで及んだだろう傷も、回復はしている様子だった。


 歯痒さに、唇を噛み締める。

 こう言う時、私には何も出来る事は無いので、どうすれば良いのかも分からない。


 窘めるゲイルの声に、ジャッキーが食い付く。

 唸り声のようで、聞く人が聞けばそれ以上言い募る事も出来なくなるだろう声だった。

 私だって、きっと二の句を次げない可能性はあった。


 しかし、更にゲイルは呆れたような、それでいて確りとした窘めの言葉を口にする。


「アイツもアイツなりに考えて立ち合いを了承したんだ。

 ここまでお前が本気になって立ち合うなんぞ、思ってもみなかったに決まっている」

「…んだとぉ!?」


 これに驚いたのは、ジャッキーだけでは無かった。

 私も同じ。


 見ている側とすれば、彼等は本気だった。

 本気で死合っていたと、私の目からも見えた。

 ある程度の、力量を見せるのだと言うのは分かっていたが、ここまでとは思ってもみなかったものの。


 だから、戸惑いはしたが、途中途中で挟まれるギンジの軽口や回避の際に見せる曲芸染みた動き。

 ついでに、途中から武器を放り出して、殴り合いへと移行した時も、本当に楽しんで、その上でお互いの本当の実力をぶつけあっていると、勝手に思い込んでいた。


 少なくとも、私にはそう見えていたのだ。


 しかし、


「お前達、家族が獣人である事を気にしていたのは、何もお前達だけでは無い」

「………ッ、そいつは、」

「ああ、分かっている。お前も一番分かっている事だろう。

 それはオレも重々承知しているし、誤解が無いように言っておくが偏見も差別もしていない」


 彼から口に出された内容は、獣人のみならず『魔族』と言う、人間とは違う種族への言及。

 その言葉に、ヒヤリと肝を冷やされた。

 背後でギンジの治療をしていた、ラピスもどことなく動揺した様子が感じられた。


 それは、私達にも当て嵌まる事だ。

 そして、今でこそ平穏な毎日を暮らしてはいるが、過去の人間領での『魔族』の扱いを思い出せば、言っている言葉の意味は嫌が応でも理解出来た。

 それなりに、私とて経験してきたのだから。


「だが、それを見る側としての眼を考えろ。

 ギンジは勿論、生徒達は一切気にしていないし、オレとしてもそうだ。

 だが、それ以外の、それこそ魔族排斥派から見れば、お前の力はどう見える?」

「………。」

「本気で殺し合っている訳では無いと思っていた、オレでも今回のお前の変貌を見て恐怖を覚えた。

 事情を知らない貴族共の眼が、オレと同じとも限らん。

 それ以上の畏怖や侮蔑を伴う可能性が無い訳でもあるまい?」


 その通りだ、と口には出さずに肯定した。

 いつの間にか、ジャッキーの背後に駆け付けていた、彼の子ども達も同じだったようで。

 否定をする事も無く、静かにゲイルの言葉に耳を傾けている。

 耳など、いつもの快活な様子が嘘のように、垂れ下がってしまっていた。

 それは、親子揃って、同じながら。


「ある程度の力量を見せるのは、確かに大事だ。

 この『異世界クラス』の編入試験を決めた時のように、この立ち合いも意味がある」


 そうだ。

 ギンジには、酒の肴のような形で、聞いた事のある本心。


 意味が、あるのだと。

 この編入試験も、貴族達を招いた中で、こうして力量を見せ合うことも。


 ギンジは、敏い。

 その上、行動にはすべて道理を通してきた。


 おそらく、今回の事もその道理を通すための、道順の一つだったのだろう。


 ただ、一つ誤算があったのは、当人達が決めた約束事。

 『本気』での立ち合いという名目の中に、ジャッキー本人の自重が含まれていなかった事だ。


「だが、それが、危険だと判断されては、まったく意味がない。

 今回はなんとかギンジも上手いこと立ち回っていたが、もし一方的にお前が圧勝するような形になってしまえば、その力はその意思に関係なく、暴虐として捉えられてしまう。

 そうなれば、お前だけでなくお前の家族も危険と判断されてしまうだろう?」

「………ああ」


 今、ゲイルに窘められている言葉は、なにもジャッキーだけに当て嵌る事では無い。


 もし、私自身が怒りや欲求を優先し、迂闊な行動を取れば、妹やそれこそ引いてはギンジに迷惑を掛ける。


 意味を理解したと同時に、背筋に氷塊を落とされた気分となった。


 ジャッキーもおそらく、今同じ気分を味わっているだろう。

 むしろ、窘められている本人としては、もっと居た堪れない気分を味わっている筈だ。


 ましてや、彼とて父親としての役回りに加え、冒険者ギルドの筆頭ともなるギルドマスター。

 自身の浅慮な行動で、どのような末路が待っているかは分かっていて然るべき。


 ………もし、分かっていないのであれば、嫌でも味合わせてやらねばなるまい。


「………オレも散々彼に迷惑を掛けて来た手前、どの口が言うのかと呆れられるだろうが、これだけは知っていて欲しい」


 そこで、ふとゲイルは窘める口調を、悲しげな声音に切り替えた。


 私やジャッキーも、思わず固唾を呑んでしまう。


「ギンジは、1度懐に入れた相手は、絶対に見捨てない。

 例え、どんな問題を起こそうが、自分自身がどのような犠牲を払おうが、躊躇はしない。

 ………だからこそ、無理もする。

 守る為なら、無茶も引き受け、命を簡単に投げ出そうとする」


 悔しいが、彼の言いたいことは分かった。

 そして、その通りだ。


 妹を助け出してもらった日の夜、彼は無理も無茶もした。

 出会って間もない妹の為、ひいてはたった一度助けただけという恩を見せびらかした私の為に。


 もし、今回の事でジャッキー達親子の寄る辺が、不安定なものへと変わったら。

 きっと、彼はまた無茶を押し通す。

 誰の為でもなく、自分自身の矜持の為に。


「………出来る限り、今後は行動に注意をしてくれ。

 既にギンジは、お前達家族と生徒達も含めて懇意にしている事実を喧伝している。

 口性の無い貴族家からの追求に対する、言わば牽制のようなものだ」


 そして、その牽制も、これからの為に必要な布石となる。


 治療が終わっただろうゲイルが、それだけ言ってジャッキーから手を離した。


「………。」


 黙りこくったジャッキーは、ガタイは良くても所在無さげな子どものように見えてしまった。

 親に叱られて尻尾を丸めた、罪悪感を隠し切れない表情。


 思わず、私も唇を噛み締めた。

 彼の今の心情は、私も痛いほど良く分かる。


 他人事ではない。

 同じ種族ではないとはいえ、同じ魔族の括りにあるからこそ分かる。


 人間の社会では、守ってもらう事しか出来ない。

 それが、武力の面でならばまだ違うといのに、政治的な側面を持たされてしまうと完全に私達の範囲外。

 想像の埒外である。


 その政治的な側面の中で、一番力を持っているのは勿論ギンジ。

 歯痒く、それでいて空しい気持ちに、腹の底が重たくなった。


 ふと、そこでゲイルの目線の先を追う。

 ラピス達に介抱されていたギンジが目覚めたのか、丁度体を起こした所だった。


 生徒達からも、安堵の溜息が零れる。

 斯く言う私も、詰めていただろう息を吐いた。


「アビゲイル、さん……」


 ふと、そんな時だった。

 少しだけ掠れ気味でありながら、通る少女の声。


 呼ばれた名前は自分ではなかったというのに、思わず振り返ってしまった。


「レトくん?どうした?」


 その声は、ジャッキーの娘である、レトのものだったようだ。

 父親同様に、尻尾を丸めて所在無さげに佇む彼女。


 その視線は、俯き気味ながらもしっかりと、ゲイルを見上げていた。

 身長差の所為か、既に18歳だと聞いている彼女も、ゲイルの前ではまるで子どもだ。


 振り返り見たゲイルも、少しばかり驚いた表情を見せながら小首を傾げた。


「…あ、の………、ありがとうっす。

 親父が馬鹿やったのも、ごめんなさい……」

「あ、…っと、いや。オレも賢しら口を叩いてしまったのだが、」

「良いんす。………今まで、こうやって親父を叱ってくれる人、いなかったすから」


 レトからの一言は、暴走をした父親へ苦言を呈したゲイルへの感謝と謝罪。

 ゲイルが目を丸めた先で、彼女はぺこりと頭を下げた。


 娘からのそんな一言に驚いたのか、ジャッキーも地面に座ったままで目を丸めている。


「………親父は、見ての通り馬鹿っす。

 そりゃうち等の事も考えて色々と忙しそうにしてはいるけど、根本的に考えが足りない人っす」

「………おい、レト…」


 さらに続いた娘からの叱責の声に、ジャッキーがついに眉根を上げた。

 しかし、情けなさの先立つ現在の様子では、威厳も半減している。


 レトは、そのまま父親へと視線を向けることもなく、ゲイルを見上げて苦笑した。


「考えが足りなくて、失敗したことも結構あるっす。

 なのに、指図とか指示とか、そういうのが受けるのが嫌いで、結局ぽんぽん決めちゃって………。

 ………正直、見ている側からしてみれば、冷や冷やしていたのが本音っす」


 そう言って、振り返り見た父親へと舌をべっと出した。

 その姿を見て、渋面を作るのは勿論の事だが、今しがたの失敗もあってか言い返す言葉がないらしい。


 親子らしい一幕に、ついつい苦笑が漏れてしまった。

 一緒になって見ていたゲイルも同じだったようだ。


「だから、注意してくれて、ありがとうっす。

 こうやって、立場も考えながら、親身になって叱ってくれたのは、アビゲイルさんが初めてっす」


 レトはそこまで言って、再度頭を下げた。

 娘として、父の汚名を甘受せずに、素直に謝辞を述べる姿は年相応とは思えなかった。


 謝辞を受けたゲイルも、最初は目を丸めていたものの、


「………気持ちは分かるが、頭を上げてくれ。

 オレは君達から謝罪が欲しくて、彼を叱ったわけではないのだから……」


 しゃがみ込み、幼子へと応じるように目線を下げたゲイル。

 手を伸ばして、父親と同じ黒髪の柔らかそうな癖っ毛を撫でまわし、驚いて顔を上げた彼女に微笑みかけた。

 そんな彼の穏やかな微笑みは、私としても久しぶりに見た。

 討伐隊で出会った時以来、彼はずっと難しい表情をしていた覚えしか無かったからだ。


 その微笑みに、目を丸めていたレト。

 途端に、頬が赤らめられた。


 ああ、分かるぞ。

 今のゲイルの顔は、私から見ても男として魅力的な顔をしている。


 ジャッキーが、ぐるると喉を鳴らしたようにも聞こえたが、敢えて無視をしておこう。


「ギンジも目覚めたし、もう大丈夫だろう。

 それに、本気でやり合ったのは、実はアイツも一緒だからお互い様だ」

「………えっ、あ…、ふふっ!そうっすね」


 そう言って、今度は悪戯気味に笑ったゲイルに、釣られてレトも笑った。

 なかなか、良い雰囲気だと思ったのは、私の気の所為ではないだろう。


 父親ジャッキーは少し気に食わないらしいが、邪魔をするようなら今度は私が窘めてくれよう。


「………誰が、お互い様だってんだよ」


 そんな中、若干情けない声音とともに、ぼそりと零された一言。

 その言葉が聞こえたと同時に、彼の末路が決まったと感じてまたしても苦笑を零してしまった。


 ………懲りないものだ。


「恨み言呟く前に、自分の身を省みなしゃんせ!!」


 スパーン!と良い音が響いた。


 怒鳴り声の主は勿論ラピスであり、その打音を響かせたのもラピスだ。


 彼女からの叱責とともに後頭部を叩かれたのは、これまた勿論ギンジであった。

 先ほどの、ジャッキーとの焼きまわしにも見える。


 その姿を見て、今度こそ笑みが漏れた。

 私だけではなく、生徒達からも同様で、ついでに微笑み合っていたレトとゲイルも同じ。


 そんな夫婦漫才さながらの彼の様子を見て、ジャッキーも苦笑を零していた。

 先ほど自分も同じ有様だったのは、忘れているのか否か。


 このやり取りは、もはや通例だ。

 ここ最近は、常にギンジの隣で待機したラピスが、こうして彼を叱っている。


 羨ましく思う。

 それと同時に、胸に鉛を落とされたかのように痛みを感じる。


 だが、そのやり取りを見ているのは嫌いではない。

 見ていて飽きない。


「(………指を咥えて、見ているだけは御免なのだがな)」


 邪魔をしようとは思わない。

 邪魔したくはない。


 けど、それを黙って見ていられるか、と言えば話は別だ。


 苦笑と共に重い溜息を吐き出して、足を一歩踏み出した。


「私からも、言っておいてやろう」


 そう言って、


「お前はもっと、反省しろ」

「あだぁッ!!」


 私もラピスと同じように、彼の高等部へと平手を叩きこんでおいた。

 怪我は全て完治しているようだし、これぐらいは良いだろう。


 悲鳴を上げて蹲った彼だけが悪いとは思わんが、それでも一言言っておかなければ気が済まない。


 ジャッキーもそうだが、コイツも自重はしていなかった。

 でなければ、あの『双子斧の黒狼(ジャッキー)』が、一時であっても立ち上がれなくなる(・・・・・・・・・)訳がないのだから。


 本当に、男というのは度し難い程の負けん気だな。

 ………一瞬、他人事ではないと思ったのも事実ではあるが。


「………踏んだり蹴ったりだ…」

「おやまぁ、まだ口答えするのかや?」

「………たった2発では足りなかったようだな」

「ゴメンナサイ、反省シマス」


 最初からそう言っていれば良かったのに、本当に懲りない男である。


 まぁ、そんな男だから放っておけないと分かっているのだがな。

 ふと下からの視線を感じたので見てみれば、私を見上げているラピスと目が合った。


 目が合ったと同時に、彼女は苦笑とも付かない微笑みを浮かべた。

 同性であるにも関わらず、彼女の微笑みは綺麗だと思った。


 悔しいが、彼女の美貌にだけは素直に白旗を上げられる。

 それ以外は、絶対に負けるつもりも無いのだが。


 話はそれたが、なんとなく彼女のその表情の意味は良く分かった。

 理解できる。


 お互い、馬鹿な男を好きになったものである。

 好敵手ライバルが彼女だけではないとは分かっていても、通じるものはあるのだ。


 好きになってはいけない相手。

 そういった人間が、悪い意味ではなく本当にいるとは思ってもみなかった。


 それは、ギンジだけではなく、ゲイルもそうなのだろうが。

 そう考えると、あの年相応には見えない小柄な獣人の少女にも、親近感を感じるものだから不思議なものだ。


 苦々しく思いながらも、一緒になって苦笑を零しておいた。


 温い風が、どこか気持ちいい。


 未だ呻き声を上げているギンジ(※そこまで強く叩いたつもりは無かったのだが、)を中心に、穏やかな時間が流れていた。



***

誤字脱字乱文等失礼いたします。

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