表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、新参の騎士編
101/179

90時間目 「課外授業~帰還のち、奔走~」

2016年7月5日初投稿。


続編を投稿させていただきます。

誘拐事変はなんとか完結しましたが、まだまだこの章自体が終了しません。

ううっ、予定では今頃新章として予定していた閑話に入っている予定だったのに、結局イベントをぶち込み過ぎた結果………。


90話目です。

そろそろ、なんとかウィンドウズ10の活用法に慣れが出てきました。

やっぱり、一度履修している分には問題が無かったようです。

そんな作者は、以前パソコン教室にインストラクターとして就業しておりました。

***



 目が覚めると、眼の前にあったのは肌色で。

 きめ細かい肌と共に、少しばかり残った傷痕が、少しだけ物騒に思える。


 毛糸か何かと思った黒い糸は、髪の毛で。

 一瞬、ホラーか何かと錯覚しそうになってしまったが、おかげで意識が鮮明になった。


 そして、眼の前を覆い隠す程の白い波は、シーツである事が分かった。

 これは、流石に言い逃れができない気がする。


「ふぎゃああああああああ!!」

「うおぅ…ッ!?」


 そして、オレの第一声である。

 ………本当に情けない。



***



 眼が覚めると、どこの王宮だ?と思う程の天蓋付きのベッドに寝かされていた。


 しかも、衣服も着替えさせられていたのか、バスローブのような形をした男もののナイトドレス一枚と言う格好だ。

 ご丁寧にも、体にへばり付いていた嫌な汗なんかの類も綺麗さっぱり、爽快な状態である。


 ただし、気分爽快と言う訳にはいかないまでも。


「………なんで、校舎じゃなくてこっちなんだよ?」

「済まん。オレも気付いたら、ベッドの上で………」

「畜生め…!」


 朝から恨み事は呟きたくないものの、この状況に関しては激しく意義を唱えたい。


 まず、ここは彼の部屋である事が判明している。

 彼とは、オレの目の前で正座をし、先ほど殴った為に真っ赤な頬をしているゲイルの事だ。


 なんで、オレはコイツの部屋にいるのか。

 そして、なんで揃いも揃って、ベッドに就寝させられているのか。


 男との同衾なんて、むさくるしくて気持ち悪いだけである。


 昨日の誘拐の件で、満身創痍だったオレ達は揃って気絶してしまったらしい。

 先にオレが気絶したので、その後の詳細は分からない。

 どうやら、ゲイルも途中で力尽きたようだ。


 ………まぁ、ゲイルは暴行まで受けていたから、分からない訳でもないのだが。


「おそらくは、姉さんの計らいだとは思う。

 流石に、オレ達のあの格好のままで校舎に戻ったりしたら、何があったのか丸分かりだったろうからな」

「………それは、そうかもしれんが、」


 だからって、同衾させなくてもと思ったのは、オレの我儘だろうか?


「そ、それよりも時間は大丈夫か?」


 そう言って、ベッドサイドのチェスト(※これまた豪華な引き出し付きのものだ)に置かれていた時計を見て、


「げっ…!」

「………流石に、受付には間に合わんな」


 オレは寝起き特有の低さとしわがれた声で、思わず呻いた。


 時刻は、既に10時を回っている。

 受付は9時半開始で、訓練開始も12時半からである。


 他の準備もあるというのに、完全に遅刻している。


 くそったれ。

 どれもこれも、面倒事を抱え込んでいたコイツの兄弟の所為だ。


「痛っ、イテテテテ!」

「これぐらいで済んでありがたいと思え!」


 ベッドの脇に乗り出していたゲイルの尻を蹴っ飛ばして、ベッドサイドに落とした。

 言葉通り、これぐらいで勘弁してやるのだから褒めて欲しいぐらいである。


 しかし、そこへ、


「お目覚めになられましたか?」


 扉を開けて、仰々しく入って来たのは、見慣れない初老の男性と、その男性に良く似た青年。

 どちらも、黒の猿臂服をかっちりと着こなし、初老の男性などモノクルまでしている。


 ………執事だ。

 生執事だ。

 オレが今まで見た中で、一番執事と言う名に相応しい執事だった。


 いかん、脳内が可笑しくなったようだ。


「………す、済まん、ゲオルグ、ルーク!

 起きているから、先に着替えを頼む!

 それから、ギンジにはオレの昔の礼服を出してやってくれッ」

「承知いたしました」


 オレ達の様子など、なんのその。

 しかも、先ほどのオレの悲鳴に関しても、まったくの無関心を貫いているのか何も聞かれることは無かった。

 そのまま、執事の2人は、すぐに部屋を退出した。


 ちなみに、初老の執事がゲオルグで、青年の執事がルーク。

 2人とも、オレが似ていると思った通り、親子で執事なのだそうだ。


「………お前、マジでお坊ちゃんだったのな」

「それはどういう意味だ?」


 先ほどベッドサイドから立ち直ったばかりの彼に睨まれたが、オレが言いたいのはこんなに出来の良い執事がいるからこそである。


 しかし、そんな彼の表情が、一瞬にして強張り、


「お、おい、お前…!」

「こ、今度は何だよ…!?」


 驚きに染め上げられた。

 いきなりどうしたのか、とこっちまで一緒になって驚いてしまう。


 ………ベッドサイドに落とした時に、可笑しな所に頭を打ったのだろうか?


「………眼が、」

「眼?」


 彼の言葉に従い、眼に触れる。

 違和感は特にない。


 ………いや、まだ何かチカチカしている気がする。


 窓から日の光が燦々と照らし出されているから、てっきり眩しいだけだと思っていた。


 だが、どうやらそれとはまた違うようで。

 しかも、ゲイルの周りだけが、自棄にチカチカしている気がする。


 こんな状況を、昨夜も見た気がする。

 あの時も、心霊写真等で良くお目見えする、オーブのようなものが浮遊しているように見えていた。


 ………やっぱり、眼が可笑しくなっているのだろうか?


 驚きのまま固まった彼が、徐にサイドチェストを探り出す。

 オレは、その行動を見て、また更に唖然とするばかりなのだが。


「見てくれ!まずは、自分の眼で確かめろ…!」

「………鏡?」


 そんな大慌ての彼が、引出しの中から取り出したのは、少し大きめの四角い鏡であった。

 これまた、豪勢な造りが見て取れるが、彼の慌てようを見ているこっちとしては、その装飾よりも自身の変化の方が気になった。


 そして、鏡を見た瞬間、


「………なんだよ、これ…ッ!」


 驚いたさ。

 勿論。


 同時に背筋が粟立つ感触がして、心臓が五月蠅くがなり立てた。


 先ほど、ゲイルに言われたとおり。

 そして、オレの目の前がチカチカしている、原因として可能性の高い理由。


「戻って無い…ッ」


 オレの眼が銀色の変化したままなのである。

 しかも、片目の左だけ。


 色素異常で、心拍の変動や緊張状態の時のみに変化していた眼の色。

 それが、通常通りであるにも関わらず、左眼だけが白とも言える銀色のままだった。


 驚きのあまり、今まで群青色だった右眼までもが銀色に変化した。


「………な、なんで…ッ!?

 いつもなら、時間を置けば元に戻ったのに………ッ!」

「………おそらく、昨夜の件がまた尾を引いているのかもしれんな」


 ゲイルが苦々しい顔を作る。

 オレもそんな顔をしたいものだが、驚愕のままで固まってしまっていた。 



***



「お召し物をお持ちしましたが、」

「何かありましたか?」


 お互いに驚きと渋面のままで固まっている所で、先ほどの執事2名が戻ってきてしまった。

 オレは、咄嗟に眼を隠そうとシーツを被る。


 放りだされた鏡を、ゲイルがタイビングキャッチしたのが横目で見えた。


「あ、い、いや…ッ、その………、悪いが、治療道具も持ってきてくれるか?」

「お怪我をされているので?」

「そ、そうなんだ!………あ、いや、別にそこまで酷くは無いのだが、」

「………治癒魔法は使われましたか?」

「つ、使う程のものでは無い…!」


 なんて、あくせくと、誤魔化しにもなっていない無様な誤魔化しを続けるゲイル。

 気配からして、かなり執事2人も困惑しているようだ。


「お時間が無い事は承知で真に恐縮ですが、お医者様に見せられた方がよろしいのでは?」

「い、いや、大丈夫だ!

 そ、それに、ギンジも医者の心得があるし、校舎に行けば有能な医師もいる…!」

「………かしこまりました。只今、お持ちいたします」


 こちらも有能な執事であったのか、疑いはしていても素直に従ってくれた。

 一人だけ残って、ゲイルの身支度の手伝いはしているが、その間にもオレはシーツを被ったまま、治療道具が来るのを待つしかなさそうだ。


「………お加減がよろしくないのですか?」

「い、いや、大丈夫だ。朝が少し苦手なだけのようだし、」


 残ったのは、若い執事のようだ。

 またしても、無様な誤魔化し様ではあるが、身支度を整えているゲイルの傍らで、それ以上は口を開くことは無かった。


「お持ちいたしました」

「済まない!そ、それと、しばらく、出ていってくれ…!」

「………お召し物はいかがなさいますか?」

「だ、大丈夫だ!」


 そう言って、執事2人が部屋を出たと同時に、引っ被っていたシーツを脱ぎ去った。


「………戻ってねぇな…」

「隠すしかあるまい。………校舎に戻ったら、真っ先にラピスに見て貰え」


 もう一度確認するが、右眼は戻っていても、左眼は未だに戻っていない。

 ゲイルの言う通りにするしか無さそうである。

 真っ先にと言うのは時間の関係上難しいだろうが、ラピスに見て貰うのは必須事項だ。


 溜息を吐きつつ頷くしかなかった。


 彼が受け取った治療道具で、簡易ながら片目に包帯を巻く。

 これも例によって例のごとく、彼にお願いするしかできない。

 現代で言う眼帯なんて言う便利な代物も無いので、やや大げさになってしまうが仕方ない。


 本当に、どうしたものか。

 昨夜の件といい、眼の変異といい、あまりにも立て続けに問題が発生し過ぎてしまっている。


 しかも、身体の調子も可笑しいと感じている。

 先程も言ったように、眼の前がチカチカしている気がしてならない。


 幸いなのは、体に倦怠感や気だるさが残っていないことなのだが、それとは逆に体が軽すぎて違和感を禁じ得ない。


 大仰な溜息が、朝から大連発だ。


「サイズが少し合わないとは思うが、これで我慢してくれ」


 そう言って、ゲイルが差し出して来たのは礼服。

 見れば、オレが普段着ているものよりも、グレードアップしているだろうものだ。


 ………これでも、控え目な方だと言われて、苦笑も漏れない。


「昨夜のは?」

「姉さんか執事が持って行ったようだ。

 財布やシガレットケースなどは置いてあったが、」


 あー………なんか、何から何まですみません。

 洗濯してから、もしくは新調してから返してくれるというので、素直に甘えておく事にしよう。


 借りる手前文句も言えないので、グレードアップされた装飾過多の礼服も素直に着ておいた。

 ………彼の言うとおり、サイズが大き過ぎて合わないのが、地味に凹んだけども。


 それよりも、オレは頭を一旦どうにかしなければならないだろう。

 先ほどから、頭が軽いのは嬉しいのだが、いつもの慣れ親しんだ圧迫感カツラが無いのがかなり心もとない。

 左眼の変調も相まって、頭をがしがしと掻きながら、罰が悪いままで唸る。


 気付けば、オレの髪は襟足を残した、ショートヘアに変わっていた。

 何この、ビフォアアフター。


「お前のカツラなら、多分それだと思うんだが、」

「えっ、嘘…!?ぶっほぉう!?」


 ただ、これまた豪華なサイドテーブルに、まるで売り物のようにオレのウィッグが鎮座しているのを見て噴いた。


 いくらなんでも、こんな扱いをされるのは勘弁してくれよ。

 コイツの家族どころか、使用人にまでオレのカツラの存在が、カミングアウトされてしまったようだ。


 ………本当にもう、情けないよ。


「姉さんからの伝言だが、『髪はこちらで処分しておく』との事だ。

 あの長く伸びて邪魔だっただろう髪は、こちらで勝手に切らせて貰ったが、」

「あ、マジで?それは、ありがたい」


 正直、髪の毛を縛ったりなんだりするのって、手間暇かかってたんだよね。

 別に好きで伸ばしてたんじゃなくて、タイミングが掴めなくてカットに行く暇も無かっただけの伸び放題だったし。


 おかげで、ネットも片手でスムーズ。

 ウィッグを被って位置を簡単に整え、後は一緒に置かれていたピンを差し込んで固定するだけだった。


 ………久しぶりに、一人で自分の頭を調整出来たよ。


 これからは、銀髪を晒すのも嫌だし面倒臭いとは言っても、小まめに散髪ぐらいはしておこう。

 (※その後、自分の仕事が一つ減ったと、間宮に嘆かれたのは別の話だ)



***



 時刻は、遅ればせながら11時半。

 マジで、ギリギリの到着だった。


 重役出勤も甚だしいオレ達の登場に、面食らっていたのは生徒達である。


 それはそうだろう。

 連絡も無く昼まで現れないと思えば、包帯を巻いての登場だ。

 しかも、礼服も今まで着ていたものよりも、格段に装飾が凝っている上に、サイズもだぼだぼ。

 言われなくても、ゲイルから借りたと丸分かりである。


 速効着替える事を決めたが、それよりも先に生徒達に左目の包帯について追及された。

 オリビアには即効、タックルを決められたしね。


「何かあったんですか?」

「眼、大丈夫なんですか?」

「遅いから、心配してたんだよ?」

「どうしたの、その怪我!」

「ってか、なんか2人とも、またやつれてるし…ッ」

「なんでそんな事になってんだよ!?」

「………喧嘩までして来たの?」

「呆れたネ………」

「しかも、背広がまた変わってねぇ!?」

「豪華になってる?」

「本当に、揃いも揃って馬鹿なの!?」


 なんてお叱りも受けながら、


「なんでもない」

「ああ、大丈夫。少し、昨日飲み過ぎただけだ」


 そう言って、2人で示し合せた通り、昨夜の一件は無かった事にする。


 お互いがお互いに、愚痴り合って酒が進んで勢い余って酔い潰れて泊まり込みになっただけだと説明した。

 オレの眼の件も、今はちょっとした喧嘩と言って誤魔化しておいた。


 生徒達には、呆れられてしまったが、不名誉とはいえ今回の事は生徒達に知らせない方が良い。

 ゲイルと予期せず同衾していたのも、知らせない方が良い。


 臭いものには蓋だ。


「(………いくら探しても、お二人が見つからなかったのですが?)」

「悪いな、間宮。ゲイルの家で飲んでいたから、探しまわっても無駄だったんだよ」


 ただ、一人、騙されてくれていなかった生徒もいたが。

 勿論、安定のオレの生徒兼弟子兼執事、間宮だ。


 ………というか、お前探し回ったって言ったな、今。

 アイアンクローと言う名の、お仕置きをば一つ。


「(い、いくらなんでも、遅すぎたので…!)」

「今日も昨日も潰れたくねぇだろうが。休む時にはしっかり休めってんだ!」


 ………まぁ、人の事は言えないんだけどね。


「ほれ、顔を貸せ。怪我ぐらいなら、治癒魔法で、」

「はいですの!あっという間に治しちゃいます!」

「い、いや、大丈夫。本当に、大したもんじゃないし、」


 なんて、ラピスとオリビアには言われたけど、慌てて止める。


 ましてや、オレの異常体質は、こんな怪我なんてすぐに治ってしまう。

 追及されると、面倒くさい。


 本当に怪我した訳じゃないし、掛けられたら掛けられたで包帯を外すように言われても困る。


「あ~、まぁ、名誉の負傷って事で、」

「………本に、どうして男は、こうも馬鹿ばっかりなのか。

 なんぞ、やつれてはおるが、すっきりした顔はしておるから、まだ許せるが………」

「そういうことなら、仕方無いですけど、」

「ゴメンね。痛かったら、早めにお願いするから、」


 案の定、怪訝そうな顔をされてしまったが、これまた誤魔化しておく。


 痛くなろうはずも無いんだけどね。

 まぁ、こう言っておけば、ある程度は追及も控えてくれるだろう。


 そこで、ふと横合いから伸びて来た手。

 頭をやや乱雑ながらも、がしがしと撫でてくれた手は、ローガンのものだった。


「どうやら、仲違いは解消できたようだな」

「………おかげさまで」


 包帯の事や、オレ達のやつれ具合はともかく、元の関係に戻った様子を見てか、ローガンは呆れ混じりながらも安心したような顔をしてくれたのは唯一の救いか。


「すぐ治らないほどの怪我なら、無理をするな………?」

「………いや、怪我ではないんだ。後で話す」


 彼女は、誤魔化されてくれないとは思っていたよ。

 オレの異常体質発覚の際に、一番にカミングアウトしたのは彼女だったから。


 それはともかく。


 まぁ、色々あって、まったく話が出来なかったのは敢えて言わない。

 それでも、前の時よりは、まだマシなレベルには関係は回復しているとだけは、言っておこう。


 まだ、ちょっとわだかまりは残っている気もするが、これからの試験の中で解消(・・)していくことにする。



「………今、悪寒が走ったんだが?」

「気の所為じゃね?」


 さて、結構鋭い、ゲイルの第六感もともかく。


 なにはともあれ、今日も試験開始である。



***



「お前、こう言う時ぐらい、自重しねぇか」

「ははは。………自重したかったんだけど、そうも問屋が卸さなくて…」


 がしがし、と息子を叱る父親のような風情で、オレの頭撫でたジャッキー。

 というか、小突かれた。


 地味に痛いけど、心配されていた気がするので嫌な気分では無い。

 眼の事も心配されたけど、誤魔化すしかない。


 生徒達は勿論、今日も今日とて半分以下に減らなかった参加者達を、ランニングに送り出した後。

 今は、朝から慌ただしくて出来なかったシガレットでの一服中だ。


 ちなみに、オレには豪華過ぎる上に装飾が邪魔くさかった借り物の礼服もジャージに着替えておいた。

 後で、洗って返すよ。


「それにしても、ここまでの訓練を行っていれば、彼等のあの戦闘能力の向上も頷けますね」

「オレでも、ここまで鍛え抜いた試しがねぇな」


 今回の見学や参観は、安定のグレニュー親子と、ついでにライアンとサミーもいた。

 2人からもそれぞれの感想と、安定となりつつある驚きをいただきながら、苦笑を零しておく。


「にしても、2人揃って酔い潰れるまで飲めるとはねぇ…」

「………ジャッキー並か」

「い、いや、オレはさっさと潰れる側だったんだが、」

「………昨日は、オレもイライラしていたもんだから、ちょっと調子に乗っちゃったんだよね」

「それで、怪我までしてたら、世話もねぇな!」

「言うなよ、それは!」


 なんて、呆れ交じりの感想をくれたのは、今日も見学に来ていたヘンデルとカレブだ。

 両者ともに、オレ達に胡乱気な視線を向けて来ている。


 オレがジャッキー並なのは、否定できない。


 ついでに、オレの隣にはゲイル。

 昨夜の事もあって、今日ばかりはランニングには参加せず、鍛練と組み手だけ参加するつもりのようだ。

 今は、オレと同じくシガレットを吹かしていた。


 ヘンデルとの確執が発覚したにも関わらず、彼はあまり気にしていない様子。

 それは、何故かヘンデルも同じようで、目線を向けたりしたとしても全く意に介していなかった。


 ………何があったの?

 口には出さないけども、ジャッキーを見てこてり、と首をかしげて見せる。


 ………何故か、噴き出されたが。


「連日連夜、飲みに行ってそこまで元気なのも大したもんだな。

 ………今日は、オレと行かねぇか?」

「無理。用事があったからであって、好き好んで飲みに出てた訳じゃねぇし」

「………ああ、定例会って奴か。本当にお前も、忙しい奴だなぁ…」

「仕方ないから、諦めてはいるよ。

 ただ、オレも流石にそろそろ身体がもたないから、試験が終わるまでは大人しくしてる」

「そりゃ残念だ。まぁ、飲みに行けるようなら、いつでも誘ってくれや」


 本当に、こっちの酒呑童子は、酒大好きなんだから。

 呆れてしまったけど、オレ達も傍から見たらそうにしか見えないので、口に出すのは辞めておいた。


 しかし、


「んで?………血の臭いがぷんぷんしているのは、その用事の一部なのか?」


 ふと、突然掛けられた声に、びくりと肩を揺らしてしまった。

 例に違わず、ゲイルもである。


「眼の怪我とやらも嘘だろう。

 眼からは、血の臭いはしてねぇ。

 なのに、体に真新しい血の臭いがしてやがる………どういうこった?」


 ジャッキーの目線が、ぎらりと光った。

 それと同時に、ヘンデル達も表情を引き締めている。


 言わずもがな、当のオレ達2人は固まるだけだ。

 そして、大きな溜息を吐くしかない。


 観念すべきだ、今は。


 流石に、この程度で誤魔化されてはくれないか、とジャッキーを侮っていた事を認める半分。


「なんで、今此処で、そういうこと言うかなぁ……」


 結構な人目の多い空間の中で、なんて事を言ってくれるのかと恨み事を呟く。

 しかも、この校舎には、耳の良い生徒も多い。


 今のは、確実に聞かれた事だろう。


「テメェが、誤魔化そうとしてんのが悪い。

 ………オレだけじゃなく、あの赤髪の姉ちゃんも確実に気付いているだろうよ」


 まぁ、それもそうか。


 それにオレの異常体質を知っているのは、間宮も同じ。

 この分だと、下手をすればラピスも気付いていそうなものだ。


 再三の辟易とした気分と共に、大仰な溜息を吐き出した。


「………今日、試験が終わったら残ってくれる?その時に話すよ」

「分かった。………酒はあんのか?」

「あるよ。わんさか」


 ………出来れば、持って帰って欲しいぐらいね。

 酒に関しては、貰い物やら贈り物やらで、調理用と消毒用以外にも溜まりに溜ってしまっているから、ジャッキーに消費、もしくは持ち帰って貰えるならありがたい。


 まぁ、そんな酒の消費出来ない問題は良いとして、結局今日もすぐに休むことは出来ないようだ。

 それでも、生徒達を食事に送り出して、校舎で飲むぐらいなら大丈夫だとは思うけども。


「ゲイルはどうする?

 一応、オレとしては彼等に、全部ぶちまけるつもりではいるけど、」

「元はと言えば、オレが原因なのだから、同行するさ

 何、今日も家人には夜勤だと言っておいたし、問題は無い」


 あ、そうですか。

 多分、朝の見送りの段階で言伝していたようだけども、その言伝を受けた執事達もあんまり良い顔はしていなかったのは見ていたからな?

 ………出来れば、そろそろコイツも、家に帰って欲しいんだけど?


 まぁ、ウチの校舎の警備を考えると、ありがたいとは思う。


 流石に、今日のオレは役立たず一歩手前だろうし。

 それに、最終日の特大イベントの為にも、そろそろ体力を温存しておきたいのが、オレの本音でもあるし。


「じゃあ、そういうことで、よろしく」

「おう、分かった。じゃあ、そろそろオレ達も参加して良いか?」

「………オ好キニドウゾ~」


 頼れるお父さんは、結局体力馬鹿のトレーニング中毒だった。

 いろんな意味で、脱力だ。


 どうやら、オレとの話とは別にウズウズしていたらしく、話が終わったと同時に、彼はランニングへと嬉々として参加しに行った。

 ついでに、レトやディル、ライアンまで。

 サミーはその場に残って、のほほんと笑っていたが、


「………僕、今日は回収係なんですよ。

 レトとディルは、どうやら今日の訓練に全力で参加するつもりらしくて、」

「………ちゃっかりしてんなぁ、おい!」


 つまり、彼もアシスタント要因として、働くから不参加と言うことだった。

 ………でも、それが無かったら、参加するつもりだったと聞いて、こっちもこっちでトレーニング馬鹿だったと再三の脱力である。



***



 さて、今日も今日とて、参加者達がほとんど脱落した。

 ランニング半周すらも超えない者がほとんどなので、もはや参加者達の記録は付けていない。


 残っているのは、安定のディランとルーチェのみ。

 ディランは今日もランニング30周をこなし、ルーチェもまた記録を20周にまで伸ばして来た。


 そして、組み手の時間では、宣言通りにレトとディルも参戦。

 生徒達の一部は、初めての相手との新鮮な組み手を体験できたようだ。


 ちなみに、レトの相手は、様子見としてソフィア。

 ディルの相手は、これまた様子見として榊原。


 勝敗は、レトVSソフィアは、勿論レトの勝利。

 しかし、驚いた事にディルVS榊原では、なんと榊原が勝利してしまった。


 これには、オレも唖然である。

 当の本人達も、少しばかり驚いた様子であったのが、少しだけ笑えたが。


「ううっ、負けた。………ハヤト、強い」

「あはは~。オレも、それなりに頑張って来たからね~」


 なんて、にこやかに終わった対決ではあったが、榊原がオレに対してかなりどや顔をしていた。

 これまた、噴いた。


 しかも、


「これには、ご褒美って出ないの?」

「………考えておくよ」


 またしても、褒賞を強請られたのは少しだけ吃驚。

 前には、リクエストがあるとは言っていたし、何か欲しいものでもあるのだろうか。


 ………まぁ、検討するのはやぶさかでは無いが、生徒達との格差が生まれないように注意はしなきゃね。


 閑話休題。


 今日も今日とて間宮は、オレと組み手。

 ゲイルも同じく。


 しかし、今回は残念ながら、勝手が違った。


「おわっ、間宮ゴメーン!!」

「(………ご、ご無体、です…ッ)」


 オレの情けない悲鳴と共に、開始早々間宮がぶっ飛んだ。

 しかも、運動場の真ん中からほぼ端まで。


 血反吐を吐いているのも見えるし、地面に蹲って動けない様も見える。

 ただの一撃、彼の腹に見舞っただけだというのに。


「お、お前、あれは不味いだろう!」

「分かってるよ!オレだって、あんなに力を込めたつもりなんて無かったんだ…!」


 力加減を完璧に間違えた蹴り。

 今まで、トラウマを触発されでもしない限りは、お見舞いした事のない威力の蹴りだった。


 それが、組み手を開始した、たった数秒の中で出てしまった。

 しかも、オレにとってはいつも通りとも言える、まったく無意識の状態で。


 内心では、昨夜発生した緊急事態の時の事が過る。

 オレが変貌を遂げ、ゲイルも吃驚な怪力を見せていた時の事だ。


 今日は朝からかなり感覚が可笑しいと感じてはいたが、問題があると分かった。

 身体が軽すぎて、力の制御が儘ならない。

 日常生活程度ならば、力を込める事もそこまで無かったのだ。


 しかし、組み手などは別。

 今、間宮をこうして、吹っ飛ばしてしまった事が、良い例だ。


 視界が半分になっている事もあって、眩暈を感じているし、もう色々な意味で頭が痛い。

 冷や汗流しながら、間宮の下へ走った。


「大丈夫か?腹以外に、どこか痛みは?」

「(………こ、腰が、抜けました………)」

「こ、腰………?………うぎゃあああ!股関節、外れてんだけどぉ!」

「この大馬鹿者!」


 駆け付けた時、間宮はほとんど動けない状態だった。


 急いで、オリビアやゲイル、ラピスまでもが治癒魔法を行使したので、おそらく血反吐まで吐いていた内臓のダメージは大丈夫だとは思う。


 しかし、彼が感じている違和感のままに、腰を触れば案の定。

 股関節が外れ、めっこりと外側に大腿骨が迫出せりだしているのを見て、再三の情けない悲鳴を上げる事となった。

 骨が折れて突き出していなかっただけが、唯一の救いだっただろうか。


 背後からラピスに殴られた。

 そして、ゲイルからは呆れられ、オリビアには泣かれた。


 間宮は、しばらく安静だ。


 その所為か、生徒達からの視線も自棄に冷たい。

 そして、オレは最終的に、かんかんに怒ったラピスに説教を受ける。


 ついでに、


「今日は組み手は、辞めじゃ!

 お主も今から、ランニングを走って来い!!」

「イエッサー!!」


 恥ずかしながら、生徒達に申し付けていたお仕置きランニングを走る羽目になった。


 生徒達どころか参加者の前でとは、我ながら情けないものである。


 ………本気出して、15秒フラットで走って来たけど。



***



 なんて、色々問題が発生した所為で、めっこり凹んだ。


 そんな今日も、やっと試験は終了。

 しかも、今日はディランが魔法訓練にも最後まで参加出来た日ともなった。


 これまた、生徒達も含めて、参加者達からも拍手が上がった。


 これで、彼がこの編入試験に合格したとしても、文句が出る事は無いだろう。

 荒削りではあるが、この訓練について来られるのだから。


 ………実はこの訓練、レトやディルも付いて来られないことが判明したからな。


 魔法訓練の時に、彼等はダウンした。

 獣人で魔法を扱う修練はしているものの、それでも種族柄どうしても魔力総量が少ないという彼等。

 案の定、開始10秒で撃沈したのである。

 そこまでって、ローガンでももっともつだろうに。


 ………と言ったら、彼女に殴られた。

 魔力総量云々の件は、彼女にとっては禁句となりつつあるらしい。


 そして、結局サミーの出番が出てきたようだ。

 回収係とは言っていたけども、本当に必要となるとはね………ご愁傷様。


 話は逸れたが、ディランは座禅スタイルではあるが最後まで残った。


 生徒達もこの状況を見れば、ディランの入学が確実だとは分かったようで、口々に労いの言葉を掛けていた。

 照れくさそうにしていたディランの表情が、自棄にあどけなかった。


 それを見ていたルーチェが、ほんの少しだけ悔しそうだったが。

 彼女に関しては、まだ分からないままだ。

 家族の同意も必要だと思っているし、ランニングも魔法訓練も最後まで付いて来られている訳では無いからな。

 でもまぁ、他の参加者と比べれば、彼女も既に合格ライン。

 ディランの時と同じく、事実を秘匿した時点で、口の堅さも既に調査済み。

 最終日が楽しみでもある。


 その後、生徒達も参加者も集めて、解散を申し付ける。


 今日は、馬鹿な貴族家がいない事を願って、ディランもルーチェも見送りは無し。

 まぁ、騎士達が先日の件も含めて気を使ってくれたらしく、同行してくれたようだ。

 ………本当に、気が利く奴らだよ。


 そして、貴族達や国王の見送りも終え、試験の片付けも終え、やっと終わった時間。

 昨日とほぼ同じ午後6時だった。


 ダイニングには生徒達と、これから予定のある大人組が集まっている。

 メンツは、オレとゲイル、ラピス、ローガン、ジャッキーと、完全に飲み目的だろうって連中だったので、生徒達には呆れられたが。


「さて、今日も分かっていると思うが、」

「良いの!?」

「もしかして、試験中毎日とか言うの?」

「うん、勿論。だから行ってらっしゃい」


 そんなこんなで生徒達にお小遣いを渡して、食事へと見送った。


 ただし、今日も間宮は別行動。

 ………というか、コイツは訓練中の股関節脱臼が原因で、今日一日は流石に安静にさせないとまずいだろうから。

 つくづく、申し訳ない。


「先生は?」

「オレは、今日は流石に止めておく。

 それに、大人同士で話すこともあるし、」

「そっか」


 誘われはしたが、今日ばかりはオレももう出歩きたくはない。

 間宮を抜いた生徒達が全員と、ついでにオリビアも一緒に送り出す。


 そこで、3.2.1。


「さて、それで?

 今日も、しっかりと説明はしてくれるのじゃろう?」

「………何があったのか洗いざらい吐いて貰うぞ」

「ははっ。やっぱり、バレてやがったみたいだぞ、ギンジ」


 ぎろり、と向けられた視線の中で、思わずたじろいだ。


 視線の主は、例によって例の如く、我が校舎きっての別嬪さんことラピスと、赤髪の姉ちゃんことローガンで。

 ジャッキーはほれ見た事か、とばかりに苦笑した。


 そんな2人からのプレッシャーを感じつつも、当時者であるオレ達は顔を見合せて、大仰に溜息を吐くばかりである。

 これも、仕方ない。


 大人しく、白状するしかなさそうである。



***



「………なんぞ、このような変化は、初めて見るのう」

「オレも、今まではすぐに収まっていたから、大して問題視してなかったんだけどね」


 場所をダイニングから3階のリビングへ。

 そこで、ラピスに例の色素変化している左眼を見せる。


 色々な事は割愛したものの、ゲイルの兄貴とひと悶着が合ったことは話した。

 その際に、トラウマを触発されてか、魔力の暴走かトランス状態を起こした事も、その影響でオレの体の各所に変異が見られた事も。


 ………まだまだオレの体質の変化は、戻らなかったからね。

 試験が終わった後に確認もしてもたが、結局眼の色が戻ってはいなかった。

 白状するしかなかったのも、本音。


 これには、流石のジャッキーも驚いていた。


 だが、ローガンは割と平然としていたのに、少しだけ驚いた。

 もしかしたら見られたことがあるのかもしれない。

 討伐隊の時に助けて貰った時間は、決して穏やかな事ばかりでは無かったからな。


「ただ、その覇気が『天龍族』のものに、酷似しているというのが気に掛かるのう。

 ………私も直接見たことがある訳では無いが、『天龍族』の一部に、怒りや危機感を覚えた時に眼の色を変えるという話なら聞いたことがある」


 またしても、『天龍族』の話が出てきた。

 オレはどうやら、やっぱりいつの間にか、『天龍族』と関わり合いになっていたようだ。


「………それは、私も聞いたことがあるな」

「オレもだ。

 ………確か『眼の色を変える』って言葉、『天龍族』が語源になってなかったか?」

「私もそう聞いたことがあるのう」


 あらまぁ、なんて偶然なんでしょう。

 語源にまでなる事象が、まんまオレに当て嵌まっているとか。


「他に、違和感は無いのか?」

「それが、眼がチカチカすんだよね。

 周りに、ふわふわと綿毛みたいに光が飛んでたりもするし、」


 気になったことは、この際全部言っておいた方が良いだろう。


 昨夜の時点から、いや正確にはもっと前から、周りに漂うオーブが見えていた事を告げる。

 ほら、例の替え玉受験の時だよ。

 オレだけじゃないのかもしれないけど、自棄に光って見えてた時があったから気付けたんだし。


 そう言うと、ラピスは驚いた表情を見せた。


「………それは、おそらく精霊が見えておるのじゃ」


 そして、オレも驚愕の事実を述べる。

 このチカチカしているのが、もしかして精霊なの?


 今回は、ローガンも驚いていたようだ。

 そう言えば、彼女も種族柄、精霊が視認出来ると言っていなかったか?


 思えば、ラピスやシャルも森子神族エルフって事で、視えているらしい。

 こんな視界だったって事なのだろうか?


「ほれ、青二才ゲイルを見て、色の違いは感じられんか?」


 そう言われた通り、ゲイルを見てみる。

 ………ってか、まだ青二才呼びなのね。


 なんて、思考が逸れたものの、


「………えっと、チカチカしているのは変わりないけど、確かに色が分かれてるっぽい」

「何色に見える?」

「『金色』っぽいのが多くて、『白』っぽいのと『緑』っぽいのが半々ぐらい」

「正解じゃ。こ奴は『雷』に適性が強く、『聖』と『風』を持っているからの」


 あ、やっぱり、このチカチカしてる視界って、精霊の色なんだ。

 ゲイルは『雷』、『聖』、『風』のトリプルだから、オレには色味としてチカチカしているように見える訳だ。


 ………でも、なんか『黒』いのも混じってるけど?


「………おい、お前、まさか『闇』属性も持ってねぇか?」

「………ッ!?」

「なっ…!?」

「………おいおい、」


 そこで、気付いた。


 本当に微かに浮遊しているだけではあるが、確かに『黒』っぽいのがコイツの体に纏わりついている。


 先ほどのラピスの言葉通りなら、これが精霊の色。

 そして、『黒』と聞いて連想出来るのは、『闇』属性だけである。


「………オレも、観念するしかなさそうだな」


 今後は、ゲイルだけが大仰な溜息を吐いて、苦笑を零した。


 おいおい、どういうことだよ。

 こっちが、『闇』属性だからって、苦労している時には何も言わなかった癖に。


「いつからだ?」

「………結構前からだったが、使うことは無かったからな」


 ついつい、険の混じった声を発してしまう。

 しかし、それに対してゲイルは、然程気にしていない風に、掌で『黒』の精霊を遊ばせる。


 ………おいおい、お前も視えてんのかよ。

 ってか、そんな話を、家族問題の暴露の時にも聞いたな。


「………むしろ、使えないと言った方が良い。

 『聖』属性の適性で邪魔をされるし、そもそも詠唱が無いから発現も出来ん」


 あ、そうか。

 そういや、『闇』と『聖』って、属性が反転してるから喧嘩して使えない時があるとか言ってたっけ。


 しかも、『闇』属性の魔法に関しては、そもそも詠唱自体が無い。

 おそらく、以前の幾つかの大戦の時に、破棄されてそのままだって話だったから、詠唱自体が残っていないようだしね。


 ただ、その程度の理由で納得できるかと言えば、それも違う。


「何で言わなかった?」

「………使えないのだから、持っていないのと同じだと考えていたのだ」


 悔しいけど、それは一理あるから仕方ない。

 それに、コイツの場合もオレと一緒で立場があるから、公にする訳にもいかないだろうし、


 ………でも、なんだろう。

 かなり腹立つんだけど。


「………そんな顔をしないでくれ。

 今まで、魔法の概念として教えて来たことは、すべて本当の事だ。

 扱えた事も無いのに対処は出来ないのも本当で、兄達の事を知られていなかったあの時点では、出来る限りオレが『闇』の精霊を持っている事は、知られたくなかったからな」


 ふと、そこで会話を区切ったゲイル。

 酒のグラスを煽り、シガレットを片手に渋い顔。


 ………もう、仕方ないと割り切るしかないのだろうな。

 ゲイルの言っている事も、分からない訳では無いし。


 兄が、『闇』属性というのも、オレは最近知らされた話だ。

 実は、まだ2週間も経っていないうちに聞かされている。


 その時の事を考えれば、確かに伝えたいとは思わなかったのかもしれない。

 特に、あの時はオレも『ボミット病』だったり暴走させたりと、『闇』属性の危険性ばかりが目立っていたから。


「………それよりも、お主の話じゃ」


 ふと、ことでラピスに額を打たれて、話が戻された。


 そういや、そうだった。

 彼の属性の秘匿まで発覚したのはもう良いとして、本題はオレの色素異常だ。

 ついでに、身体変化も挙げる。


「………その眼の変化は、いつ頃からだったんだ?」


 ふと、これまた酒のグラスとシガレットを片手にしたジャッキーに問われて、若干びくりと身体を強張らせてしまう。

 まだ、ゲイル以外のここにいる面々には、色素異常が起こった要因は話せていない。


「………えっと、5年前?………正確には、覚えてない」

「ふむ。………では、その時に何があった?」


 単刀直入に聞かれてしまって、またしても狼狽。


 完全にアウトだっただろうが、これもまた誤魔化す。


「………あ、いや、それも、覚えて無くて、」


 そう言った途端に、ラピスの表情は凍る。

 心なしか、ローガンやジャッキーの視線も鋭くなった。


「お主、人には追及する癖に、自分の事となるとすぐに棚に上げおるのう」


 そう言って、ラピスが額に手を添える。


 ゲイルが、ハラハラした様子で見てはいるが、こればっかりはどうしようもない。

 言いたくないのだ。

 あんな情けないことを言えるわけない。


 ついでに、それを話したと同時に、オレがもっと情けないことになる。


 息を荒げて、もがき苦しむような、過呼吸の姿など見せたくはない。

 特に、ラピスとローガンには、絶対に見せたくないと思っている。


 それが、どういう心境から来るのかは分かっているし、いつかは話さなければならないかもしれないとも分かっている。

 だが、それを今話せと言われて、話せるかと言えば無理な話だ。


 黙り込んだオレに、埒が明かないとラピスも察知したようだ。

 大きな溜息を一つ吐いて、自棄気味にオレの頭をペチリと叩いただけだった。


「その他の異常は、いつからじゃ?」

「………それは、確か、2ヶ月前ぐらい前からだったかな。

 傷の治りが異常に早くなって、今もどんどん早くなってきてる」


 ここでもまた、ジャッキーには驚かれた。

 そして、彼からも剣呑な視線をいただいた辺り、おそらく先程のオレと同じ気分だったのだろう。


 ………彼からの拳骨も覚悟した方が良さそうだ。


 この傷の異常回復については、間宮は勿論のこと、ゲイルもローガンも知っている。

 ラピスには、ローガンからの攻撃の際に、ぽろっと漏らしてしまっていただろう。


 だが、あの時はそれを見せる前にオリビアや伊野田に塞いで貰ったので、詳細は教えていなかった筈だ。


「………はぁ。何故、それを早く言わぬ」


 そこで、ラピスがまた大きな溜息と共に、ソファーに懐いてしまった。


「傷の回復能力は上位の種族の十八番では無いか。

 それにも『天龍族』が関わってくるというのに、何故言わなかったのやら…!」


 そう言われてしまっては、元も子も無い。

 再三の申し訳なさから、黙り込むしかなかった。


「以前、私もそれについて、話をしたのは覚えているか?」


 今まで無言だったローガンが、口を開いた。


「『天龍族』、『吸血鬼ヴァンパイア』、『不死身族アンデッド』。

 驚異的な治癒能力を持っているのは、この三つの種族を置いて他にはないと、言わなかっただろうか?」

「………聞いた」

「その時には、話していなかっただろうが、その治癒能力の速度が変わる種族が一つだけある。

 ………言わなくても、分かるな?」

「『天龍族』か…」


 ここまで言われれば、オレも流石に分かる。

 馬鹿では無かった筈なのに、ここまで言われなければ分らなかったのも考えものではあるが。


 オレもラピスと同じように、ソファーに懐いてしまった。

 目頭を覆い隠して、泣きたい気持ちを堪えておく。


「………早めに、連絡を取るべきだ。

 お前の身体変化は、『天龍族』の持つ異能『昇華』に酷似し過ぎている」


 とは、ローガンの一言で。


 異能とは種族特有の特殊能力のようなもので、獣人ならば『獣化』、亜人ならば『昇華』。

 はたまた、本来の姿に戻ったりする『変化メタモルフォーぜ』なんてものもあるらしいが、いずれにせよ魔族特有の能力と言って良い。


 その中の一つである『昇華』。


 詳しい事は、彼女達も知らないとの事ではあるが、要は『変化メタモルフォーぜ』や『獣化』等も含めた身体的な変化はもとより、治癒能力の速度が上がり、眼に見えない精霊達が見えるようになる。

 ついでに、魔力総量が一気に増えたりもするし、先ほども言われたように身体的特徴も変わったりする。

 眼の色が変わるというのも、その兆候に似ていると言われた。


 それに、昨夜の一件で、分かっていることは、二つないし三つ。

 髪が急激に伸びたことと、オレの体中に浮かび上がった鱗等の見た目の変化と、拘束や魔法具を物ともしなかったあの怪力だ。


 あれは、まさしく『昇華』の兆候だったのでは無いだろうか?


 アグラヴェイン曰く、何者かが干渉したとは言っていた。

 だが、その干渉の片鱗として『昇華』、もしくはその兆候が早まったのだとすれば、納得できるのだ。


 しかも、


「お前、以前『魔法無力化不可魔法マジック・キャンセラー・エンチャント』を使う、化け物と戦ったとか言わなかったか?」


 ジャッキーからの言葉に、背筋に悪寒が走る。

 これも、オレにとっては懸念材料の一つで、もしかしたらの可能性に含まれていたことだった。


「………言った」

「前にも言ったが、『魔法無力化不可魔法マジック・キャンセラー・エンチャント』を使うのは、『天龍族』と『吸血鬼ヴァンパイア』が有名だ。

 もしかしてとは思っていたが、この状況を見るにその化け物が、『天龍族』だった可能性が一番高い」


 考えないようにはしていたが、その通りだ。


 魔水晶もあったし、種族としてしか扱えない『魔法無力化不可魔法』も使っていた。

 『天龍族』、もしくは『吸血鬼』だったかもしれないと、十分判断できる。


「………まさかとは思うが、その化け物の血を浴びたなんて事は、ねぇだろうな?」


 そこで、ふとオレ達は絶句した。

 オレどころか、ローガンやラピス、ゲイルまでもが絶句した。


 体が、震える。


 ジャッキーに言われた通り、オレは血を浴びた。

 それも、大量に。


 中から魔水晶を破壊して、あの合成魔獣キメラを討伐したのだから。


 ローガンに拾われた時、オレは血塗れだったそうだ。

 自身の怪我はほとんど無かったのに、血塗れだったそうだ。

 ついでに、奴の体の一部に足を溶かされ裂傷が出来ていたようだが、その時から治癒能力が開花していた。


 偶然にしては出来過ぎていて、もう否定は出来ない。


 合成魔獣キメラは、やはり『天龍族』のなれの果てだった。

 そして、オレはその『天龍族』を気付かぬうちに、討伐してしまっていたのだ。


 これで繋がった。

 オレの体に起こっていた数々の変調も、アグラヴェインの言っていた、何者かの干渉が出来る程に近付いていた片鱗も。


「連絡手段は、何か無いのかや?

 一度は会っておると言うし、後々の訪問は話しを通しておるのじゃろ?」

「会う約束をしたのは、いつ頃だ?手段は?」


 そう言って、オレの太腿辺りに手を添えたのはラピス。

 身を乗り出して、問いただしたのはローガン。


 彼女達の言うとおり、早めに連絡を取った方が良いだろう。

 ただ、連絡手段は今のところ、彼等からのコンタクトを待つ他は無い。


 訪問の約束はしてあるが、いつになるのかは不明だ。

 あの時、相手にするのも恐々で、とっとと返って貰ったのが今となっては仇となった。


 オレは力無く首を振るしかない。

 そのついでに、絶句したままのゲイルへと視線を向ける。


「………ゲイル、何か無いか?」

「悪いが、連絡手段は王国としても何も無いのだ。

 『天龍族』との連絡手段は、あちらから一方的なものが多く、また居城である『天龍宮』も世界中を飛び回っている所為で、居所も掴めん」


 頼みの綱である王国側も、無理なようだ。

 待つしかないのだ。

 悔しいが、今はそれしか方法が無い。


 だが、ひとつだけ、気になる事が合った。


「………『天龍族』って、討伐されたこと、あるのか?」

『………。』


 今度は、オレ以外の全員が絶句した。


 間宮は少し理解が及ばなかったのかこてり、と首を傾げたが。


 オレが気になっているのは、その1点。

 それも、かなり危険と隣り合わせな、1つの問題である。


「予期せずとはいえ討伐しちゃったオレは、『天龍族』から見て、どう思われるんだ?」 


 討伐をしてしまった。

 それは、もはや変えようがない事実だ。


 それを、本家『天龍族』が聞いたら、どう反応する?


 答えは明白だ。


 なにせ、過去の戦役が、『人魔戦争』が物語っている。


 おおよそ、3000年前の『人魔戦争』。

 この当時の戦争は、今よりも更に過酷な戦場であったと言わざるを得ない。

 なにせ、『天龍族』までもが、人間に牙をむいたのだ。


 今でも歴史書や慰霊碑などで、色濃く伝えられている畏怖の対象ともなっている。

 その発端が何だったか、この世界の人間で知らないものはいない。


 『天龍族』の一人。

 その一人の死によって、世界は戦禍へと巻き込まれたのだから。



***



『最初に流れた血は、赤かった。

 次に流れた血は、黒かった。

 最後に流れた血は、赤と黒が混ざりあい、大地を染め上げた。

 世界は、闇とも見紛う雨雲に覆われ、100年もの間雨が降り止むことは無かった』


 まるで、歌うような声音。

 おとぎ話を語るような口調ではあるが、その声はどこか穏やかで、どこか狂気を滲ませていた。


 この場にどこかの誰かさんがいれば、こう言っただろう。

 そも、言葉が分からないと。


 それは当然だ。

 歌う声音の持ち主は、人間の使う言語は使っていないのだから。


『………貴方が歌うのも、珍しい』


 その歌を聴き付けたのか、青年が一人。

 青年はその足下に侍ると、歌うように朗読をしていた、その数倍は大きな相手を見上げて苦笑を零した。


 その青年に対し、見下す形となった声の主は、無言でその青年を見つめていた。


『なんぞ、………また泣きに来おったのか?』

『いいえ』


 少しだけ、気安い掛け合い。


『今日は、報告だけです』

『ほう。わざわざ、私の元に寄越す報告とは、さぞ幸事であろうな?』


 そこで、ふと青年が口元を彩っていた笑みを消した。


 代わりに滲みだしたのは、狂気。


『見つかりました。今は亡き同胞はらからの恩寵を受けし、『異端の堕龍』が…ッ』


 吐き捨てるようにして、青年は呼気を荒げた。

 後半は既に、掠れた涙声だった。


 動き出した。

 もう、時は止まらない。


 それは、今しがた歌を歌っていた声の主にも、手に取るように分かった。

 だが、声の主はそれを無言で見つめるだけだった。

 

 どうする事も出来ない。

 そうでは無い。

 今は、どうする事も無く、ただただ待てばいいと分かっているからだ。


『………して?また、血で染め上げるのか?』


 そう言って、激昂を露にする青年を見下し、愉快そうな声音で呟くのだった。


 ………何もかもを見通すような、銀色の瞳で。



***

またホモォ疑惑が高まってしまう始まりとなりましたが、彼等のその後とアサシン・ティーチャーの目の変化などをしっかりと描写したかったので、敢えてこのような形にしました。


暴行受けたり魔力枯渇だったりした2人が、自力で校舎や実家に帰れる訳ねぇよな、という考えから屋敷への招待→朝ちゅん→寝起きドッキリなんて方程式。

もはや、脳内洗浄が必要な作者の脳内ですが、こんなホモォ(^O^)/疑惑な展開も作者の作品の醍醐味………なのか?


お目汚し失礼いたします。

そして、相変わらずの誤字脱字乱文等失礼いたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング よろしければポチっと、お願いいたします。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ