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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、新参の騎士編
100/179

89時間目 「課外授業~騎士と武器商人と召喚者~」2 ※流血・グロ表現注意

2016年7月2日初投稿。


続編を投稿させていただきます。

誘拐事変は、あんまりシリアス過ぎても鬱っちゃうので、軽めなタッチでお送りします。


89話目です。

***



 気を失った訳でもないのに、世界は闇の中。


 一瞬で塗り替えられた様は、まさに変貌と言って差支え無かったことだろう。

 気付けば、そこは常闇の世界で、灯り一つも見受けられない。


 先ほど、頭上で目障りに揺れていたランプも無い。


 そこにいるのは、ただただ慌てふためく2人の男と、呆然とした1人。


「………ッ、起きてやがったのか…!」

「目が…ッ!?」

「………ギ、ンジ…?」


 そして、眠っていた筈の、銀色の髪をした男。


 兄さんが、ハルが。

 驚きの声と共に、後退る。


 オレも、名前を呼びはしたが、果たして音となっていたかどうか。


 世界の変貌は、全て隣の男からのものだった。


 怒りを通り越して、いっそ殺意すらも滲んだ威圧感。

 覇気だって、きっと発しているだろう。


 しかも、いくら『闇』属性だからと言って、現実世界を闇に塗り替える事が出来るなんて、彼ぐらいだ。

 腹に精霊を巣食わせているなんて、人間の中では異例中の異例である彼ぐらいでしか、この変貌を引き起こせる人間は思い付かない。


「………好き勝手、よくも………、べらべらと…ッ!」


 そして、その怒りの矛先ももっともだ。


 いつ、目覚めたのかは知らない。

 オレも、先ほど彼の気配が落ちてからは、まったく気にしていなかった。


 だが、流石にここまで話してしまっていては、言い逃れは難しいだろう。

 どこから聞いていたのかは、分からないまでも。


 それは、オレも、彼等も同じ。


「………なんだよ、これは!………人を、こんな茶番に付き合わせやがって…ッ!!」


 また、びきり、と聞こえた音は、なんだったのか。

 がしゃりがしゃり、とかち合う耳障りな金属音も、まだ立て続けに聞こえている。


 邪魔な黒髪(カーテン)越しに見た先。

 オレは、二重の意味で驚いた。


 先ほど感じた威圧感が、眼に見える形となって顕現している。

 バチバチと、まるで帯電しているかのように見えているのも、気の所為ではあるまい。


 ウィッグとやらを剥ぎ取られ、晒されていた銀髪も余波か何かで波打っている。

 その奥に見える瞳も、久々に見るが白とも見える銀色に変異していた。


 しかも、それ以外にも、今まで見た事のない変異が見られた。


 以前は首筋に浮かび上がるだけだった、異世界の技術であるという『白粉彫り』という刺青。

 それが、何故か体中に、鱗のように浮かび上がっていた。


 変異はそれだけでは無く。

 浮かび上がったその鱗が、鼓動に合わせるかのように大きく鳴動しているようにも見えた。

 今までの変異では、絶対に見られなかった光景だ。


 息を呑んで、無様に叫ばないようにするのがやっとだ。

 むしろ、声すらも出せないと本能的に理解した。


 この覇気は、本物だ。

 分かっている。


 この覇気は、以前にも感じた事のある、恐怖心を呼び起こさせるものだ。

 それも、つい最近、感じた事のある覇気と酷似していた。


 以前の騎士採用試験の時に、オレとしても初めて対峙する事になった、涼惇りょうとん

 彼が発していた、息をもつかせぬ覇気にそっくりだったのだ。


「………『天龍族』の、覇気………ッ」


 呆然と、呟いたように思える。

 その途端、銀色に反転していた彼の瞳が、まっすぐにオレに向いた。


「………ッ、ぁ………!」


 一瞬に、呼吸が止まった。

 ついでに、心臓が止まったような錯覚も覚え、体が無様に硬直したのも分かる。


 背筋が凍った。

 それ以前に、射すくめられただけだと言うのに、本当に死を予感した。


 こんな体験は、今までに一度だって無かった。


「………。」


 しかし、オレへと視線を向けた彼は、それ以上を何も言おうとはしていなかった。


 射抜いただけの、視線。

 眼が合っただけ、と言う割には随分と長く見つめ合った気もするが、彼は何も言わなかった。


 言葉を失う程に、オレの様子が哀れだったのか否か。


 だが、


『………チガウ………』


 発せられたはずの彼の言葉が、オレには分からなかった。


 魔族語か、それ以外の言語か。

 いや、もしかしたら異世界の言葉であるかもしれないが、『言葉の精霊』の助けを借りていない今の自分には到底理解できない。


 ただ、ひとつだけ言える事。

 言葉は分からずとも、それだけは分かった。


 今のは、彼の声では無い(・・・・・・・)


「………一体、これは、どういうことだ………?」


 そう考えた瞬間、聞き慣れた彼の声が聞こえた。

 心の奥底から、何故か安堵してしまったのは内密にしておきたい。


 どういうことだ?とそう言って、彼は立ち上がる。

 拘束があった筈なのに、どうやってと思ったのもつかの間、ばきり、とまたしても聞こえた音。


 見れば、彼の拘束具が、あろうことか根元からぼっきりと折れ曲がっている。

 ………一体、どれだけの力を込めれば、そうなるのか。


 同じように拘束されていた筈の脚も、鎖を引きずるようにして動いただけ。

 それだけであっさりと、椅子の脚が壊れたのだから膂力がどれだけだったか頷ける。

 拘束用の器具を備えた椅子は、あっという間に木片と化した。


 厳重に巻かれた鎖も、砕けて散らばり、ほとんど拘束の意味を成していない。

 拘束は、彼を押し留める事すら出来なかったようだ。


「………なぁ、おい。

 ………お前は、なんでそんなに、ボロボロになってんだ………?」


 しかし、ふと問いかけられた言葉。

 先程、黙り込んでいたのは一体、何だったというのだろうか。 


 だが、答えるのはやぶさかでは無い。

 だって、口はまだ、薬のおかげで饒舌なままだ。


「………兄と、ハルから、暴行を、受けただけだ………」

「………なんで?」

「………聞きたい事が、あるとか、で………」

「………何それ?」

「………薬の研究の事や、お前の属性の事や、体質の事も聞かれた………」

「………答えたのか?」

「………答えざるを、得なかった……。

 ………薬を使われて、………秘匿する、以前の、問題………だ」


 なんとも、微妙な間が設けられた会話だった。

 傍から聞いていれば、内容はともかく長閑な田舎の老人達による、世間話にも聞こえただろうか。


 しかし、それを話しているお互いの格好は、程遠い。


 片や、血まみれで、拘束具とナイフでハリネズミ。

 片や、怒髪天を衝くと言っても過言では無いほど、威圧感をまき散らした女にも見える青年だ。


「………何の、冗談だ…ッ!?」

「………あんなの、聞いてねぇぞ…」


 そして、その遠因となった2人の男達が、闇の中で尻もちをついている。


 とはいえ、この状況は一体どうしたものだろう。

 闇の中だと分かっているのに、周りは見えずとも本人達はしっかり視認出来ている。


 オレももちろん見えているし、彼等もこちらを見ている。

 そう思っているうちに、兄と眼が合った。


「………どういうことだ、これは…?」

「………オレも、知らない………」


 聞かれたところで、分かるはずもない。

 唯一分かる事と言えば、この場でどんな選択をしたとしても、彼の怒りが収まるまでは全員が死と隣り合わせである事だ。


「………それは、オレの台詞なんだがなぁ………」


 勿論、彼とはギンジの事で。


 彼は顕現した威圧感のようなものを纏ったまま、波打った髪に構わずに後頭部を掻いた。

 たまに、彼が戸惑った時に見せる癖だ。


 ………戸惑っているというのか?

 今、この状況で、怒りを振りまいて闇で世界を塗り替えた本人である、彼が?


 そこで、再度彼を見る。

 また、目線が合った。


 すると、彼はそんなオレの姿を見て、


「………お前、裏切ったんじゃなかったのか?」

「………いや、裏切った、と言っても、過言では無い………。

 ………この通り、薬の所為で、何もかも、………吐かされた、から………」


 苦笑とは違う、微笑みが浮かぶ。

 言うなれば、達観だろうか。


 ここまで来てしまった以上、彼にとって裏切り行為は明らかだ。

 たとえ、どれだけ言い募ったとしても、校舎へと編入する生徒にまで徹底して、裏切り行為を許さない彼の事。


 今の自分の様子は、贔屓眼に見たとしても畜生にも劣る。

 死を覚悟したと言ったのは揶揄でも何でも無い。


 今日がオレの命日だと、分かっている。

 だからこそ、全てを打ち明けて、彼に殺されよう。


「………お前に、話したかったのは、この事だ………。

 ………3日前の、お前と別れた後も、同じように、…………こうして、」


 彼の体質の事も、過去の事も、こうして吐かされた。

 薬が入っていようが、関係ない。

 オレが、彼の秘密を勝手に、他人に話した事実は変わらない。


 そう言って、全てを話した。

 たどたどしいながら、情けない程に震える呼気の所為で、音になっているのかは怪しいところだったが。


 しかし、ふと彼は顎に手を当て、


「………秘匿しようとは思わなかったのか?」


 どこか驚き混じりに、問い掛けて来た。


 前科があるオレが、何を言ったところで無駄だとは分かっているものの、


「………このような、重大な事を、秘匿出来る程、オレだって、…………図太くは、無い………」


 オレは、そう言って、頭を垂れた。

 黒髪のカーテンがまた視界を遮るが、彼から立ち昇る覇気の所為で揺らいでいた。


 その先で、まだ立ち上がる事も出来ず、呆然とオレ達を見ている兄とハル。

 がたがたと震えたハルに対し、兄はただギンジとオレのやり取りを見守っていた。


 緊張状態である事は間違いないだろうが、逆上等をして不興を買うような真似をしない事が唯一の救いだった。

 今後、どうなるかは分からないまでも。


「………じゃあ、今は薬が入ってるから、全部ぶちまけられるって?」

「………ああ、そういう、ことになる、か………。

 ………どうせ、最後だ。………なんでも、聞いてくれ………」


 もう一つの救いは、彼が短絡的では無かったことか。

 このような状況で、ちゃっかりしているというか、しっかりしているというかは判断に迷う。


 今度こそ、苦笑が漏れてしまった。


「………最後って?」

「………そのままの、意味だ………。

 ………オレは、結局、お前の事を、裏切って、彼等に、むざむざと、情報を抜かれた………。

 ………お前の、反応は、………今見ている、通りだろう………?」


 尋問は、今度からギンジからされる事となった。

 味方がいないこの状況も、最終的にはオレが原因だろうが。


 饒舌な口。

 だけど、彼からの問いかけに対しては、不思議と嫌な気分にはならない。


 最後だと言った手前でもあるからして、こうして開き直って全てを白状したかったのかもしれない。

 最後の最後で、素直に慣れたのは僥倖だったのか、否か。


「………オレに、殺されたかったって?」

「………ああ。

 ………出来れば、全てを、打ち明けて、勝手ながら、全てを託して、死にたかったが、」


 そこまで言ったと同時に、


「………家族が相手だと、お前は全部引っ被ろうとすんだな………」


 ふと、寂しげな声が降って来て、心が痛んだ。

 ああ、今のは彼を傷付けたのだろう。


 また、オレは彼と家族を天秤に掛け、家族を優先させてしまったと分かる。

 ………ラピスの家へと襲撃した時も、同じだったのに。


 ましてや、オレの見境が無くなるのは、全て家族の事だ。

 勿論、友人としてギンジの事を優先したい気持ちはあるが、結局選び取るのは家族の事だ。


「………済まない」

「………何に謝ってんの?

 別にオレは、お前が家族を大切に思う気持ちは、仕方無いって分かってるし、」

「………それでも、オレは、お前を、傷つけた………」

「………だから、ゴメンなさいって?」

「………ああ」


 ただ、この問答はどうやら、ギンジとしてはお気に召さなかったようだ。

 オレへと降って来た寂しげな声は、一転して怒り混じりの声となった。


「………テメェ、何か勘違いしてんじゃねぇのか?

 ………別に、オレはお前が家族を選ぼうが優先しようが、そんなもんにキレたりはしねぇよ………」


 そこで、言われた言葉に、ふと首を傾げてしまいそうになる。

 意味が分からなかった。


 だが、その次に続けられた言葉に、不覚にも腹の奥底が震えたのは覚えている。


「………自分じゃどうしようも出来ない癖に、抱え込もうとしてんのが腹立つんだよ。

 ………なんでも自分一人でどうにかしようとして、結局割り食ってんのがお前一人なんだから………」



***



 ああ、もう、何でコイツはこんな馬鹿なんだろう。


 状況も忘れて、頭の中で沸き起こるのは憤怒。


 前にも言ったよな。

 家族の問題を聞いたからには、オレだって知恵も手も、力も貸してやるって。


 その為に、相談を受けていた事もあるし、元々コイツも相談してどうにかして貰うしか無かったから話したんじゃなかったのかよ。


 今の状況は、その最たる例になってんじゃねぇのか?


 実の兄貴に拷問紛いなことされて、挙句にボロボロ。

 死にかけじゃん。


 薬まで使われて情報吐かされてるのに、コイツは恨み事一つ言いやがらない。


 しかも、結局抱え込んで、オレにぶちまけて、殺されようとして。


 これで幸せになるのは、誰だ?


 シュヴァルツ・ローランか?

 ヴィクトリア・ハリスか?

 以前、オレに相談した一番上の兄貴か?

 それとも、家族問題の遠因となっている父親か?


 冗談じゃねぇ。


「………何が最後だ。

 勝手に何を勘違いしているのか知らねぇけどな、こっちだって馬鹿じゃねぇんだ………!」


 思わず、彼の後頭部を叩く。

 スパーンと良い音が鳴って、彼は痛みに悶絶する。


 ………拷問紛いな暴行受けた後に、これは鬼だと思ったけども。


「家族の問題を解決したいとか言っておきながら、なんでその輪の中に自分が入ってねぇんだよ!」

「………元々の遠因は、」

「遠因が何だ!?テメェだって!?

 違うだろうが!分かれよ、馬鹿!

 遠因は、頭でっかちで融通の効かないテメェの親父だろうが!」


 こいつ、本当に馬鹿なのか。

 それとも、自虐趣味でも持っていたのかは、不明だが。


 家族の問題を打ち明けた時以上に、今の彼は追い詰めている。

 自分自身を、追い詰めている。


 なんでだよ。


 オレがさっき言ってたのは、その事だよ。

 何でもかんでも自分の所為にして、引っ被ろうとしてんじゃねぇか。


 極端すぎるって話だよ。


「自分でどうにか出来なかったから、オレに相談したんだろ!?

 それを、いざ実の兄貴が現れましたってなったら、自分一人で抱え込んで解決できるとでも思ったのか!?」

「………ちがう、」

「いいや、違わねぇ!

 兄貴の事で、お前が何かしら抱え込んでいたのは知っているが、話して貰わなきゃこっちだってどうしようもねぇ!

 なのに、いきなり知らされて、どうしろってんだ!?

 挙句の果てには、こっちの取引の話も全部おじゃんになったって言うのに!!」


 しかも、最終的には、この様だ。

 実の兄貴がここまでやるのも凄いもんだが、ここまでやられてまだ兄貴を恨んでないコイツも大概だ。


 なに、この兄弟。

 揃って、馬鹿なの?


「知ってたさ!テメェが、シュヴァルツ・ローランの事を兄貴だと分かってたことぐらい!」

「………そ、れは、」

「………ッ!?」


 腹立たしかったので、一気に核心に踏み込んだ。

 見るからに狼狽したゲイルと、驚いた様子のシュヴァルツ・ローラン。


 ………確か、ハルにはヴァルトとか呼ばれていたっけなぁ。

 フルネーム面倒臭いから、もうヴァルトで良い。


「確かに打ち明けられるまで知らなかった!

 けど、なんで言わなかったのかって考えたら、すぐに分かる事だろう!?

 8年以上も音信不通の兄貴の情報が入って来たのに、テメェが食いつかない理由がないからな!」


「すぐに考えは及んださ!会いたかったんだろうなって!

 なのに、それを隠そうとして、オレには言い訳ばっかりしやがって!

 素直に言ってくれりゃあ、仕方ないって済んだのに!それで良かったのに!」


「挙句の果てには、薬を使われて拷問紛いなこと受けたのに、何で文句の一つも言いやがらねぇ!?

 恨み事でも一緒に吐いて、情報を抜かれた事を話してくれりゃ、オレだってまだここまでキレたりしねぇんだよ!!」


「それなのに、自分で勝手に抱え込んで死んでいくから、許してくださいだぁ!?

 その後の事をちっとは考えろよ!

 息子や弟を殺しておいて、それでものうのうと生きていられるような家族の問題なんて、誰が解決したいと思うか馬鹿垂れ!!」


 自分自身の状況も忘れて、ついつい怒鳴り散らす。

 言葉がわんわんと響いているようにも感じるが、そんな事を今更気にしていられる余裕も無い。


 ふざけんな、としか言えない。


 何を勝手に自己完結して、死のうとしてんだよ。

 何を勝手にオレに託して、全部投げ出そうとしてんだよ。


 最後まで見届けて、それから逝けよ!

 オレだって人の事は言えないけど、まだ34歳の癖して、全部いらんもん引っ被って死んでいくなんて馬鹿らしい。


 どう男として死ぬなら、女の一人でも二人でも囲って子ども作ってから、その家族の為に死にやがれ!

 オレには出来ない事だろうけど、コイツならその気になれば出来る事だ。


 なまじ、公爵家の息子として、やらなきゃいけないこといっぱいあるんだろうが。

 そのやらなきゃいけない事の中に、家族の問題ぶち込んだのテメェだろうが。


「なんで、全部抱え込もうとして、勝手に死ぬ覚悟までしてんだよ!?

 馬鹿じゃねぇの!?馬鹿なの!?だから、死ぬの!?

 テメェが死んで喜ぶのは、お前の家族じゃなくて、今までお前に煮え湯飲まされてきた敵ばっかりだぞ!?」

「………それは、………困るな」


 そう言って、苦笑を零したゲイル。


 なんだよ、その余裕は。

 ………まだ死のうとしてんじゃねぇだろうな。


 ただの一般市民が死ぬのとは、訳が違うのだ。


 コイツは既に、他国にも顔が知られ『串刺し卿』なんて異名まで持っている騎士団長様で、防衛の要であり抑止力ともなっている。

 オレが死んだら大変なことであるように、コイツが死んでも大変な事になる。


「困ると思うなら、もうちょっと生きる努力をしろよ!

 火縄銃やマスケット銃の存在が無くても、抑止力になってたテメェが死んだと分かれば、これ幸いと他国が進攻してくるかもしれねぇんだぞ!?

 素直に全部ぶちまけて、許してくださいの一言でもあれば、オレだって納得ぐらいはしたさ!

 じゃあ、仕返しに半分殺して、半分生き地獄を味合わせてやろうぐらいも言っただろうしな!!」

 

 一時期は殺そうとしてしまった事も何度かあったが、それでもだ。

 コイツの生死は、コイツ自身にも決める事は許されない。

 それだけの存在だというのに、コイツはオレの秘密を暴露してしまったことを恥じて勝手に死のうとしている。


 オレも共倒れになるじゃねぇかよ、馬鹿野郎。


「………半分殺して、生き地獄って…」

「………ヤべぇ、本気だ………」

「外野は黙ってろ!」


 後でたっぷり仕返ししてやるから、黙って大人しくしていやがれ!

 有言実行は、コイツ等にも有効だ。


 閑話休題。


 コイツがしでかしたことを考えれば、確かにオレだって思うところはある。

 腹立たしいのも事実だ。


 けど、言いたいのは、そう言う事だけじゃねぇんだ。


「人のこと、散々見栄っ張りだの意固地だの頑固だの言っておいて、自分だって同じじゃねぇか!

 人の事言えない癖に、デカイ口叩きやがって!」

「そ、れは、………悪かった………」

「悪かったと思うなら、全部言ってくれねぇかなぁ!!

 隠し事されていると考えるだけでも嫌なのに、それをいざとなった時にぶちまけられても困るんだよ!

 一番上兄貴の事もそうだし、今回の事もそうだ!

 しかも、それを相談すらせずに、勝手に動き回るからなおのこと腹が立つ!!」


 言いたいのは、つまりはこういういことだ。

 秘匿癖があるのは良い。

 もう仕方ない。

 今まで、培ってきてしまった悪い癖だと思って、諦める事は出来る。


 でも、その所為でこっちが振り回されるのは勘弁してほしいのだ。


 オレだって、毎日毎日余裕ぶっこいていられる訳じゃないの。

 忙しいの。

 それを、秘匿されていた情報の所為で、余計な時間を費やされても困る。


 さっきも言ったが、今がその最たる例だ。


 挙句の果てには、トラウマを暴露されて、あてつけのように行使される。

 冗談じゃない。

 なのに、原因となりつつある本人は死のうとしてたり、諦めてたりするし、もういい加減にして欲しい。


「テメェがオレに対して、頼れとか信頼して欲しいと思っているように、オレだって同じ事思ってたんだぞ!?

 なのに、全部ぶち壊されて、怒るなって方が無理じゃねぇのか!?」

「………済まない」


 前にも言ったが、敢えて言わせて貰う。

 謝るぐらいなら、最初からしないでくれ。


 そして、もう一度言わせて貰う。


「テメェの犠牲で全部が全部片付くとか考えてんじゃねぇよ!

 なんでも一人で抱え込んで、全部自分で片付けようとするなよ!

 ぶちまけりゃいいじゃねぇか!

 自己満足だけして、オレ達に迷惑かけんじゃねぇよ!

 出来ない事は出来ない事で割り切って頼ろうともしねぇで、見捨てられた餓鬼みてぇな顔してんじゃねぇ!」


 ごちゃごちゃと、何を勘違いして一人で抱え込んでいるのか。


 だから、馬鹿だと言ったのだ。

 大馬鹿者だと言ったのだ。


 言えないから、言わない。

 言えないから、隠す。

 隠したから、後ろめたい。


 そんなもん当たり前のことじゃねぇか。

 それを、いざ追い詰められたら言い出すって、結局は追い詰められてんだろうが。


 なら、何でそれを先に言わないのか。

 先に言えば、何かが変わった事もあるんじゃないのか。


 ラピスの時もそうだし、武器の買い付けのときだってそうだ。

 今回だって、先にそう言ってくれれば、納得したかもしれないのに………。


「勝手に、死のうとしてんじゃねぇよ!

 殺されたいとか、言うんじゃねぇぞ!?

 なんで、そんな事ばっかり、オレに頼ろうとするんだ!?

 オレだって、好き好んで人殺しなんてしたかねぇんだぞ!?

 まず、それを、理解しろ!」


 駄目だ、もう。

 言いたいことが分からなくなって来てしまった。


 苦し紛れに、ぱこーんとまたしても後頭部を叩く。

 ただ、存外力が篭っていたようで、ゲイルの首が勢いよく前傾してしまった。

 ………更に見苦しくなった。


 ほら、まぁ、要するにあれだ。

 また、オレ達特有の、馬鹿な行き違いが発生していた奴だ。


 最初の時にもあった、オレ達の黒歴史の焼き増しだ。

 ………どうも最近、黒歴史が増え続けている気がする。


「良いか、これ以上オレを怒らせるなよ!

 オレに相談したからには、全部オレに任せておけ!

 これ以上お前が介入すると、かえってややこしくなるんだから…!」

「………し、しかし、」

「返事はハイしか認めない!」

「………はい」


 ああ、もう何でこんな事言ってんのかね。

 しかも、敵が目の前にいると分かっているのに。


 結局、全部知られたって事は、黒歴史量産の瞬間まで記憶されているってことじゃねぇか。

 ………早速、ゲイルの兄貴を一人、始末する羽目になるかもしれん。


 何、問題は無い。

 ハルがなんとか守り切ればいいだけの話だ。


 全部ゲイルが悪い。

 ………って、これじゃ、またあいつが一人で抱え込むターンを回してしまう。


 いや、その前に、


「………それで、結局、お前はこの状況をどうしたい訳?」

「………出来れば、拘束を解いて、くれると、」


 まずは、この状況を全部確認して、必要なら対処するしかないだろう。


 ゲイルの言葉通りに、仕方ないので拘束を外す。

 改めて見た彼の様子は、思った以上に酷い惨状で、思わず眉根を寄せた。


 手の甲に突き立ったナイフやら、脚に刺さっているナイフのおかげでハリネズミだ。

 しかも、相当酷い暴行を受けたのか、顔中が血まみれ。

 今日のオレの組み手の時よりも酷いんじゃねぇのか?


 そこでふと、彼の手を拘束していた鎖を外そうとしたが、南京錠のようなもので外せなかった。


「………鍵」

「ほらよ」


 振り返りがてら、鍵を所望するとハルが放り投げて寄越した。

 隣のヴァルトが吃驚した顔で、ハルとオレを交互に見ている。


 ハルは、良い判断だったな。

 大人しく出さなかったら、蜂の巣にしていたところだったから。


 ………ってか、オレの武器、どこ行った?


 それはともかく、南京錠を外すと、何重にも巻かれていた鎖を解く。

 途中で面倒臭くなって来たので、ゲイルの負傷していた腕に構わずがしゃがしゃ引っ張った。


 ら、


「………あぐ…ッ!?

 ………もう少し、優しく、頼めないか………?」

「………済まん。こっちが壊れるとは思わなかったんだ………」


 鎖を巻かれていた椅子の肘掛け部分ごと外れてしまった。

 腕を乗せていたゲイルは、悶絶している。


 今度は、ヴァルトどころかハルすらも、驚いてオレの様子を見ている。


 こんな程度で、驚くなよ。

 ………オレが実は一番吃驚してんだからさ。


 やっとこさ片方が外れたので、もう片方の鎖に取り掛かる。

 南京錠を外せば、後は自分で出来ると言われたので、脚の南京錠なども外しに掛かってやった。


 数分後、やっと自由の身になったゲイル。

 だが、既に満身創痍で、立ち上がるのも無理そうだ。


 しかし、気になる事が一つ。


「なんで、魔法を使わなかったんだ?

 この程度の拘束なら、簡単に解けただろう?」

「………使おうとしたが、使えなかった。

 ………理由は、おそらく、魔力を封じる、魔法陣が組み込まれて、いるからだと思う……」


 そう言って、自由の身になった途端、これ見よがしに魔法を使ったゲイル。


 治癒魔法は必須として、一応は薬やら毒対策の『解毒アンチポイズン』を掛けたようだ。

 やっとこさ、薬の影響が抜けたらしく、頭を押さえてはいるが意識がはっきりしてきたらしい。

 『聖』属性を持っていると、色々と便利そうで羨ましいな。


 とはいえ、形は南京錠なのに、魔法陣なんて組み込まれていたのか。

 そう思って、南京錠をためすがえす確認していくと、確かに普通の南京錠よりも分厚いと感じた。

 中に魔法陣が隠されているタイプのようだ。


 そこで、ふとオレの腕に目線を送る。

 何の事は無く、オレの腕にも、同じような鎖と南京錠がぶら下がっているようにも見えたからだ。


 鎖は既にほとんどが千切れて、引っ掛かっているだけ。

 ただ、南京錠は健在で、鍵が外れている様子も無い。


 驚いたのはオレだけでは無く、ゲイルまでもが今度は眼を瞠っていた。

 もう、背後で固まったままの2人はどうでも良い。


「………オレのも外して?」

「………他に言う事は、無いのか………?」

「………いっぱいあるけど、外してからにする………」


 鍵がぶら下がっているのもそうだが、鎖でグルグル巻きにされた腕がかなり落ち着かない。

 やっぱり、昔を思い出してしまうからだ。


 ゲイルに鍵を渡して、両腕共に外して貰った。

 今さら気付いたけど、オレのも肘掛けごと外れてぶら下がってんじゃん。


 しかも、左腕が動かないままだって言うのに、そっちも外れているとかどういうこと?


 ………ゲイルに怒鳴るよりも、先にオレの状態を確認するべきだったのかもしれない。


「………オレ、今どうなってんの?」

「………覇気が出ているのと、それが体全体を覆い隠しているように見える。

 ………後、眼の色が反転したままだし、」


 最近になって、発してしまうことが多くなった覇気が、ここでも表れているらしい。

 そして、それがオレの体全体に纏わりつくようにして、眼に見える形で顕現中。


 そして、マジか。

 まぁ、なんとなく察知はしてたけど、眼の色は確かに変異しているだろうね。

 こんな状況だから、さも当たり前だけど。


 と、そこまで考えてから、ふと目線を下げる。


 なんか、邪魔くさいと感じる。

 何が?

 頭の上に生えた、オレの地毛がだ。


 ………なんか、急激に伸びてない?


「髪の毛は、どうなってる?」

「………元の長さがどれだけだったか定かでは無いが、多分伸びていると思うぞ?」


 そう言って、ゲイルがオレの髪を一房掴んだ。

 掴んだ髪をオレの目の前に引いて、見せるようにしてから、


「………多分では無く、かなり伸びているな」

「言われ無くても分かってんだよ!」


 ぼそりと、さも当たり前の事を言ったので、ついついオレはコイツの頭を小突いてしまった。

 ………怪我は治ってんだから、別に良いだろう。


 本当にもう、何でこんな事になってんだか?


 覇気はまだ良いとしても、髪が伸びてるってのはどういうこと?

 気の所為か、肌もウズウズしている気がする。


 意識が飛んでから、コイツ等の話を聞くまでの記憶が、あんまり定かじゃないんだけど………。


「………オレにも、何か薬か毒を使ったのか?」


 振り返り見た、ハル。

 顔色が青白いが、まだ意識は保っているようだ。


 オレが振り返った瞬間に、乾いた悲鳴を呑みこみつつもびくり、と肩を跳ね上げた。

 ………なんでそんなに怯えたの?


「べ、別に、お前には薬も毒も使ってねぇよ。

 ………耐性付けてるのは知ってるし、使った所で効くかどうかも分からねぇから、」

「………じゃあ、これは勝手に何かに反応しているって事だ」


 なんだろう、本当に。

 オレ、こんな状態になりたくてなってる訳じゃないんだけど?

 

「か、解除出来ないのか?」

「………いや、分からない。………なんか、勝手に出てるっぽくて、」


 そう言いつつ、なんとか抑えようと身体の奥底を探る。

 探っているのは、魔力の流れ。


 今自分がどうなっているのかは分からないまでも、こんな超反応は現代では起きた試しが無い。

 ならば、こちらの世界に来てからの要因に、心当たりがある。


 魔法や、精霊と言った、オレの体に馬鹿みたいに宿った魔力関係だ。


「………あれ?」


 しかし、探ってみても、可笑しいところが無いように感じられる。

 小首を傾げて、椅子に懐いたままのゲイルを見るが、


「いや、可笑しいとは思うぞ?

 今まで感じた魔力の中で、今のお前の魔力はかなり高濃度だ」

「濃度なんてあるんだ。

 って、そう言うことじゃなくて、あんまりオレとしても可笑しい感じがしないからなんだけど、」


 そう思って、ぽりぽりと頬を掻く。

 しかし、ここでもまたしても可笑しなことが起きた。


 なんか、肌が硬い?


「うげっ!?………何これ、どうなってんの?」

「そちらにも気付いていなかったのか………。

 お前、体中に鱗のようなものが浮かび上がっているんだが、」

「うえぇええええ!!?」


 思わず悲鳴を上げてしまったが、どうやら本当のようだ。

 触れた肌が、硬いのだ。


 そして、どことなくざらざらしている感触もあるし、右手を持ち上げてみると確かに薄らとではあるが手の甲に鱗のようなものが浮かんでいる。

 しかも、それがどくりどくりと、心臓の脈動に合わせるかのように淡くきらめいている。


 わぁお。

 ………オレにとっては、ホラー映像でしかねぇよ、これ。


「………ひっ…ぅ…!」

「お、落ち着け、お前自身の身体を見て、卒倒なんてするんじゃない…!」


 落ち着けと言われても、落ち着けないから!

 なんで、オレの体にこんなもん浮かび上がってんだよ!!


 蛇なんて、気持ち悪くて見たくも無いのに!

 見たら卒倒する自信もあるのにッ!


「とりあえず、深呼吸しろ。

 それから、この周りの様子をゆっくりと確認して、オレと目を合わせろ」

「………なんで、お前に命令されなきゃいけないんだ…!」

「良いから、そうしてくれ。オレが嫌なら、ハルにでもして貰うか?」

「尚更、結構だ!」


 もう、自棄っぱちのような有様ではあるが、言われたとおりにして見る。

 周りをぐるりと見渡す。

 真っ暗だ。

 むしろ、真っ黒とも言える。


 そこまで見てから、ゲイルにもう一度視線を戻す。


「………この状況に、何か心当たりはあるか?」

「………えっ?」


 意味が分からなかった。

 なんだろう、何かが噛み合っていない。


「………もう一度、周りを見てくれないか?

 この状況が可笑しいと思える筈だから………多分」

「可笑しいも何も、真っ暗なだけだろ?

 ………ランプとか消しただけじゃないのか?」

「………じゃあ、何故オレ達はお互いの顔を視認する事が出来る?」


 ゲイルに言われた言葉を噛み締めてやっと合点が行った。


 はた、と眼を瞠る。


 そう言えば、ランプも何も無いのに、オレは彼の顔を見ている。

 しかも、座り込んだままのヴァルトやハルの顔すらも。


「………あ………ッ!」


 真っ暗な空間である事を、前提にしていたから疑問に思わなかったのだ。

 この状況は異常だ。


 そして、彼の口ぶりからすると、この状況はまたしてもオレが関係しているようで、


「お前が眼が覚める前に、一瞬にしてこの状況になった。

 ………オレもこんな状況に置かれるのは初めてではあるが、………何をしたのか、分かるか?」

「………。」


 答えは簡単だ。

 だけど、答えたくない。


 ………だって、オレにもどうやったらこんな状況になるのか、分からないもの。


「………分からないんだな」

「………うん」


 何が原因で、こんな事になっているのか分らないもの。

 落ち着いて考えてみようとしても、落ち着けない要因があり過ぎて頭がもはやショート寸前である。


「………あ」


 しかし、ふとそこで、気付く。


 明かり一つも見当たらない、真っ暗を通り越して真っ黒な世界。

 しかし、お互いの顔や姿形程度であれば、視認できる。

 過去何度か感じたこともある、落ち着くと感じる世界だった。


 なんとなく、この空間には見覚えがあるかもしれない、ということを思い出す。


「………アグラヴェイン?」


 呟いた名前。

 久しく、呼んでいなかった名前であった。


 そして、『火』の精霊であるサラマンドラと契約して以降、顔すらも合わせていないオレの腹に巣食った精霊。

 『闇』の精霊にして、『断罪』の騎士、アグラヴェイン。

 最近は、対話すらも無かったので、まさに久しぶりと言えるだろう。


「………これ、お前なのか?」


 そう言って、闇の奥底に問いかける。

 返事は、割とすぐに帰って来た。


『………気付くのが遅いわ、鈍間のろまな主めが』


 忌々しそうな声と共に、恨み事を呟きながら。


 彼は、闇の奥底から、ゆっくりと歩み出てきた。

 今日は、スロットには乗っておらず、それでもかなり違う目線が交差する。


 どうやらこの状況は、やはり、彼が齎した干渉か何かだったようだ。


 どこか、辟易とした様子すらも見せるアグラヴェイン。

 対して、それに慣れで応対出来ているオレ。


 以前のパーティーの件でトラウマでも植え付けられているのか、アグラヴェインが出て来た途端にビクビクとしたゲイル。


 そして、闇の中から現れた、初見でもあり大柄な偉丈夫に、驚いてしまっているヴァルトとハル。

 ハルに至っては、その場でガタガタと怯えながら「何の冗談だよ…ッ!」なんて頭を掻きむしっている。


 何の冗談≪こと≫でもなく、オレと契約している精霊様だ。

 表向きには、絶対にお披露目出来ない『闇』の精霊様だ。


『主は気付いておらなんだろうが、一瞬契約すらも途切れそうになったのだ』

「それって、………つまりは、どういうこと?」


 しかし、出て来たかと思えば、途端に訳の分からない事を言い出した彼。

 その話は、オレの質問に答えた結果なの?


『それぐらい、分かれ』

「無茶言うな」


 ………ゴメン、いきなり言われても分からない。


 そこで、大仰な仕草で頭を抱えたアグラヴェインが、溜め息を吐く。

 呆れられるのはいつものことだけど、この状況ではかなり傷つくんだけど。


 やめてね?

 ゲイルやヴァルト達の前で、公開説教とか。


『………余計な事を考えるな』

「………はい」


 結局、怒られた。


『何者かが、干渉して来たと思われる。

 魔力の流れが切られ、我もサラマンドラも、危うく弾き出されるところであったわ』

「………それって、かなり危なかったって事?」

『そうなるな。………なんとか繋いでは見たが、勢い余ってしまったようだ』


 勢い余ってこの状況とか凄いね、アグラヴェイン。

 ヴァルト達なんて、眼が点になっちゃってるじゃん。


 なにはともあれ、この状況はアグラヴェインの能力で間違いなかったようだ。

 まぁ、結局のところ遠因はやっぱり、オレみたいなんだけど。


「元に、戻せる?」

『………今は、無理だ。

 ………主は、何も感じておらぬようだから指摘するが、今の主の身体は、主のものであっても違う』

「………どういうこと?」


 またしても、意味の分からないことを言われてしまって首を傾げるしか出来ない。

 重い頭の所為で、いつも以上に傾いだ視界が気持ち悪い。


『………それが収まるまでは、待った方が良かろう。

 どの道、上手く説明できるとも思わぬし、その様子だと主も理解できるとは思わぬからな………』


 えっと、それはオレの状態を見て言っているの?

 それとも、オレの内心の限界を感じ取って言っているの?


 どっちもだって返ってきそうだから、これ以上は聞きたくないかもしれないけど。


 意味が分からずに問い掛けたのに、それに関しては返答が返ってこなかった。

 ………言い辛いのか、またしても秘匿されているのかは判断に迷う。


「その干渉して来た、何者かって?」

『我にも分からぬ。ただ、見る限りでは、その片鱗が残ってしまった可能性は高い』


 えっと、つまりはどういうこっちゃ?


 片鱗って、もしかして今のオレの状態の事だろうか?


『無論。主の身体には今、『聖』属性が宿っている』

「えっ…?なんで?」

『それがおそらく、干渉して来た者の片鱗だ。

 精霊がいる訳でもなく、魔法の行使も出来ないだろうが、その状態の主には我も干渉は出来ん』


 あ、そっか、そういうことね。

 アグラヴェインは『闇』属性だから、『聖』属性が唯一の弱点だ。


 さっき言ってた、収まるのを待った方が良いって言うのも、このままだと干渉出来ないからって事だろうけど。


「済まないが、オレからも聞かせて貰っても良いだろうか?」

『なんぞ、騎士の坊主』


 ふと、そこで声を上げたのは、ゲイルだった。

 立ち上がって、アグラヴェインを見上げた彼は、どことなく緊張しているように見えるが。


「………今、ギンジが纏っている覇気が、『天龍族』の一人にそっくりなのだ。

 それも、もしかしたら片鱗と言えるのだろうか?」


 彼は、未だに薬の影響が抜けきってはいなかったのか、気になった事も素直に問いただした。


 その質疑に、アグラヴェインは無言で黙り込む。

 しかし、対する宿主である本人オレは、驚きのままに慌てふためいた。


「え、嘘、誰?」

涼惇りょうとん殿だ。お前も、ふらふらだったじゃないか…」


 そこで、お互いに記憶を照合させる。

 あ~、と気の抜けた声と共に、納得した。

 だが、ゲイルはその様子を見て、恐々としてしまっていたのには、残念ながら気付けなかった。

 まさか、忘れていたのか?と思われていたらしい。


『………似ていると言えば否定はせぬが、同じかと言えばそうでは無い』

「というと、似ているだけか?」

『そうだな。………『天龍族』の覇気に似ていると指摘したいのだろうが、』

「ああ。………一番初めに彼から覇気を感じた時も、『天龍族』特有のものだと感じていた」


 ………なにそれ、初耳なんだけど?

 ついつい、恨みがましい視線を向けてしまうが、それにはゲイルは気付かなかった。


 額に冷や汗か脂汗かも付かない汗を滲ませ、アグラヴェインをまっすぐに見上げている。


『………我も詳しく知っておる訳では無いが、可能性は高い。

 『天龍族』は、ある一部の人間に対して加護を齎した時、自身の持つ力の一部を明け渡す』

「………加護?」

「それは、精霊の加護とも、また違うのだろうか?」

『無論、精霊の加護とは比べようも無い。

 精霊の加護は魔法や魔力の素質を左右するものだが、『天龍族』の加護は身体的な能力を底上げする程度だ』


 そんなアグラヴェインの一言で、ふと空気が凍った。


 『身体的な能力の底上げ』と聞いて、オレ達はある一つの事象を同時に思い浮かべたことだろう。

 そして、口に出した当の本人も、思い至ったのか。


『主の持つ、後天的な(・・・・)治癒能力の向上(・・・・・・・)も、『天龍族』の加護のうちに含まれているものと酷似しておる』


 触れたくない話題ではあった。

 ジャッキー達との食事会の時と同じで。

 しかし、それと同時に、避けては通れない話題だとも悟った。


 オレの、身体の変化。

 今まで持っていた、眼球の色素変化の他に、最近抱える事となってしまった異常。


 治癒能力の向上だ。

 今でこそ、受け入れてはいるが、当初はかなり戸惑っていたのを思い出す。


 なにせ、切り傷も火傷も骨折も、ある程度の時間を置けば綺麗さっぱり消えて無くなるのである。

 流石にそれ以前の身体の傷跡や色素沈着は消えてくれなかったが、新規で拵えた傷であれば3時間もあれば元通り。


 しかも、これはまだ間宮にもゲイルにも話してはいないものの、最近ではその回復時間も早まって来ている。

 最高記録が、1時間だ。

 何の傷かと言えば、骨折である。


 2日前にゲイルをぼこぼこにした時に、掠めた脇腹だ。

 実はあの時、マジで痛くて仕方無かったの。

 もしかしたら、骨折まで行かず罅だけだったのかもしれないまでも、痛みが完全に取り払われたのは、たったの1時間。


 新記録と喜んでいいのか、人外が進んでいると嘆けばいいのか微妙なところであった。


 そんなオレ達が言わなくても辿り着いた、オレの身体変化の異常。

 結果から言えば、答えは明白。


『主は、知らぬ間に『天龍族』と接していた可能性が高い。

 その中で、また知らぬ間に加護を受け、今回のように干渉が出来る程の回路を有したのだと思われる』


 アグラヴェインの締め括った一言で、オレの体の謎が一つだけ判明した。

 オレ、知らない間に、『天龍族』とのお知り合いが増えていたらしい。



***


 

 驚愕の事実が発覚した中で、


『………おっと、そろそろ戻るようだな』

「えっ?」


 ふとアグラヴェインが、オレを見て一言呟いた。

 その直後、ふわりと後ろで波打っていた邪魔くさい髪が、背中にどっしりと降りてきた。


 どうやら、某野菜王国の王子張りなオーラは、消え去ったようだ。


 ばさり、と降りた髪の音が、どこか重々しい。

 ついでに、体中に感じる倦怠感には、思わず揺らめいた。


 咄嗟にゲイルが支えてくれたが、彼もまたふらついている。


「………お、おい、大丈夫か?」

「な、なんだよ、これ………。魔力枯渇一歩手前じゃねぇか………ッ」


 吃驚したのは、それだけでは無い。

 何もせずに今まで話をしていただけだと言うのに、オレの魔力総量が既に空になりつつあった。


 まぁ、今まで立ち昇っていただろう覇気が原因だとは分かるのだが。

 それにしたって、体感で約5分~10分程度でここまで消費するなんて、精霊を具現化した時でも無かったのに。


 ………って、あ、今も具現化してるやん。


『我は、今独立して動いておる。

 主の魔力の供給が切れた所為で、わざわざ大気中に漂う魔力をかき集めておるからな』

「………って事は、オレの魔力は使って無い?」

『そうなるな。………そも、そんな事をすれば、今頃死んでおるやもしれんぞ』

「………うへぇい」


 どうやら、命の危険もあったようで、地味に恐怖。

 背筋が粟立ったのは、これで何度目だろう。


 今回のような状況を起こしたのが、仮に『暴走』だとしよう。

 以前、アグラヴェインとの対話の中で、暴走した時よりも明らかに魔力を消費していると感じる。


 無理矢理干渉された挙句に、魔力全部持ってかれた訳?

 あんまりにもあんまりな結果じゃない?


『いや、そうでもないのかもしれんぞ。

 主は既に『魔封じの錠前』を付けられておったのだから、我等ですらどうする事も出来なかった』

「え…っと、それは、さっきの魔法陣が組み込まれた南京錠の事?」

「そうだな。………アグラヴェイン殿の言う通り、『魔封じ』関連の魔法具は、その名の通り、魔と付くものはすべて封じ込めてしまうから、」

『魔力も魔法も全てを封じるが故に『魔封じ』。

 そんなものを付けられている状態であったにも関わらず、情けなくも恐慌を起こして気絶しおった故、なにかしらの危機感を覚えた何者かが、干渉を強めた可能性は高い』


 ………それって、助かったって事なのかな?


 でも、そんな勝手に助けられたとしても、この状況には納得できないよ。

 しかも、何でこんな身体変化まで出ている訳?


 チラリ、と恐る恐る背後を見てみると、そこにはどっしりと重みのある銀色の髪。

 長さは、既にオレの腰を超え、脹脛か最悪足首に届こうとしている。


 更には、なにやら目の前がチカチカするというか、オーブのようなものが見えている。

 非常に、目障りな視界と化していた。


 ただ、体を覆っていた鱗のようなものは、消え去っていた。

 よかった、残らなくて………。

 オレの精神的ダメージが、毎日のように臨界突破してしまう。


「………あ、…ほ、他に、違和感は無いのか?」

「あるよ、わんさか。

 眩暈も感じるし、視界がチカチカしてる。

 後、体中がいろんな意味で重たいのと、今は一番頭が重たい………」

「………だろうな」


 そんなやや辟易としたオレの感想に、苦くも笑ったゲイル。

 オレの背中で、急成長を遂げてぶら下がっている大量の髪に目線を落とし、再三の意味で溜息を吐いていた。


 傷が治ったのは良いが、血みどろなのは変わらない。

 ましてや、脚や手に刺さったままのナイフはそのままなので、結局痛々しい姿なのも変わらなかった。


 出血死の恐れもあるから、ちゃんと治療できる所に逃れてからの方が良いだろうね。


 なんて事を考えながら、実はオレの方も眩暈が強くなって来た。

 そろそろ、卒倒するのかもしれない。


 やだよ、こんな状況で卒倒するなんて。


 そうは言っても、身体の不調は気持ちに関係なく止まってすらくれないが。


 ………明日からも、まだまだ忙しいというのに、連日のこの仕打ちは堪えるものだ。


 明日は、もしかするとオレがギブアップするかもしれない。

 冗談じゃないよ。

 生徒達ならまだしも、試験監督が脱落とか洒落にならないから。



***



 そんな中、


「そろそろ、喋っても良いのか?」

「………いい加減、外野ギャラリーサービスぐらいは良いんじゃねぇの?」


 吞気な声が聞こえた。

 実際には、本人達にそんなつもりは無かったのだろうが、内容が内容だった為、かなり呑気に聞こえてしまったようだ。


 今の今まで、忘れていた事は否定しない。


 闇の中で座り込んだままのヴァルトとハル。

 ハルに至っては、その場で胡坐を掻いて、オレの姿をまじまじと観察していた。


 この状況になってしまった、ある意味元凶とも言える2人である。


 その二対の視線に、心地が良くなる訳でもなく、大仰に溜息を吐かざるを得ない。


「………そもそも、この状況になったの、アンタ等の所為だって分かってんの?」


 口をついて出た一言は、やや攻撃的になってしまうのも当たり前だ。


 それを聞いたヴァルトは、顎に手を当てて、


「分かってはいるが、どうする事も出来ねぇな」

「………兄さん、ちょっとは悪びれてくれないか…!?」

「今更悪びれても、良い事なんかねぇだろうが。

 どの道、こうなった以上は、オレ達の失敗で負け………だろう?」


 そう言って、へらりと笑ったヴァルト。

 その笑みが、どこかの誰かさんと重なったのを見て、また更にオレの溜息が増えた。


 ………本当にもう、似たもの兄弟め。

 どっちも死を覚悟するのが早すぎるってんだよ。


「………そう簡単に、死んで貰っちゃ困るんだけどねぇ」

「おっと………、そう来たか。

 『予言の騎士』様も、流石に堪忍袋の緒が切れれば、鉄錆塗れの中身が覗くもんなんだな」

「………どうとでも言ってくれ」


 そこまで言われても、否定は出来ない。

 ヴァルトの言うとおり、オレだって中身まで聖人君子なんておとぎ話の世界の住人では無いから。


 先ほども言った通り、この状況の元凶は彼等だ。

 オレを拘束してトラウマを穿り返し、ゲイルを暴行して血祭りに上げた。


 今回の事は予期せぬ反撃だっただろうが、そんな事をされてそのまま黙って帰れるか。

 答えは否だ。


 そして、簡単に殺せるような人間ではない。


 しかし、そこでふと声を上げたのは、


『…敵ながら、なかなか見どころのある男どもでは無いか…』


 常夜の世界の住人である、アグラヴェイン。

 あろうことか、呑気な雰囲気すらも纏わせて、自分達の今後を察知しているだろう彼等を、賞賛するようにして笑った。


 ………あ~あ、嫌な予感。


『………しばしの間、我がこの男どもを預かってくれよう』


 とか、のたまいおったアグラヴェインは、それを行動に移してしまった。

 ………有言実行は素晴らしいものだが、せめて宿主オレに一言断ってよ。


「うおっ……!?」

「……うわ、冗談だろ…!」

「兄さん…!?」


 そこで、悲鳴を上げたヴァルトとハルが、文字通り消えた。

 闇の中に、まるで引きずり込まれるかのようにして、文字通り消えたのである。


 ずるり、という舌舐めずりとごっくん、という嚥下する擬音が、相次いで聞こえた気がした。

 ………そんな気がしただけで、実際には鳴っていないのだが。


 そして、その瞬間、ぱちり、と瞬き一つで、眼の前に広がっていた闇の世界も消えた。


 キィキィと、耳障りな音を鳴らして揺れる灯火ランプ

 先ほど、オレ達が壊してしまった拘束椅子も、変わり果てた姿で残っている。


 灯りの中に照らされた部屋の中は、まるで倉庫のようだ。

 黴臭さと食材の饐えた臭いすらも充満するそこに、不釣り合いなテーブルセットとソファー。

 テーブルセットには酒の瓶や、大型から小型までのナイフに、時間潰しでもしていたのかカードが散乱していた。


 先ほど、目覚めた時には、まったく認識出来なかった部屋の状況だ。

 ここはどこだ?とか、疑問は幾つも昇っては来るが、今一番聞きたいことは一つだ。


 闇は消えたが、彼はまだそこにいる。


「アグラヴェイン、どうするつもりだ?」

『何、主の聞きたいことは、我もすべてを把握しておるし、ついでにこ奴等からも必要な情報は抜き出してくれる。

 悪いようにはせぬと、女神ソフィアの名において誓おう』


 つまりは、オレ達がこれから行いたかった尋問等々を、彼が行ってくれるというのである。

 ………体調不良である今は、願ったり叶ったりではあるが。


 だが、オレとしては、実はそっちの方が不安だったりする。


 ………コイツ、手加減ってものを知らない筈なんだけど。


『分かっておるから、安心せよ。

 殺さず壊さず五体満足で、精神汚染も最小限に抑えた上で、しっかり返還もしてやろうぞ』

「………まぁ、それなら良いけど…」


 そこで、気になったのは、もう一人の反応。

 ヴァルトを兄に持っている、似たもの兄弟のゲイルであるが、


『そ奴も一緒に招待する事も可能であるぞ?』

「そういうこっちゃねぇやい!」


 何を勘違いしたのか、まさかのゲイルまで捕食宣言。

 コイツは、先ほどまで瀕死だったので、文字通りトドメになり兼ねないではないか。


 ………もう、やだ、この精霊。

 頭を抱えてしまいそうになったが、自棄っぱちになるには十分だ。


「………終わったら、ちゃんと元の場所に戻しておきなよ?」

『了承した』

「………あんな兄ではあるが、犬猫扱い…!?」


 ゲイルに愕然とされたとおり、間違った感想ではある。

 だが、アフターケアに関しては、この程度で十分だろう。


『では、我は早速取りかかろうと思う。

 ………3日後の夜、対話にて結果を報告してやろう』

「………ああ、よろしく」


 そう言って、彼は来た時と同じように闇の中へと消えていった。

 思わば、彼からの対話の誘いは、久しぶりだと感じた。

 しかも、こうして日時を指定してくれるのは、かなり珍しい事であることにも気付いて、苦笑を零してしまった。


 しっちゃかめっちゃかな状況ではあるが、なんとか窮地は脱したように思える。

 やれやれ、である。


「………ギンジ、時間が、」

「えッ…?」


 しかし、そんな中、気付かなくて良い事に気付いたのはゲイル。

 彼は、どこにあったのか懐中時計を開くと、オレに見えるようにして掲げて見せた。


 時刻は、既に3時半。

 勿論、午前の3時半である。


「うげぇ…ッ、帰って寝れても、2時間程度かよ」

「………お前は、大事を取って休んだ方がいいと思うが?」

「そんな訳に行くか。生徒達ならまだしても、教師が脱落とか洒落にならんわ!」


 そうしたいのは山々ではあるが、そうもいかないのだ。

 試験中であり、貴族達の坊っちゃん達に大見栄を切った手前、その本人が休むなんて事は有り得ない。


 とは言ってみても、


「………ぁ、くそ…ッ、駄目だ…!」

「っ………おっと、」


 先程も思っていたが、体調不良が気力だけでどうにかなる訳でもなく。


 ふらり、とよろめいた足下。

 怒鳴り声をあげたことが、おそらくトドメとなったようだ。

 傾いだ身体をゲイルが支えてくれるが、先ほどと同じく彼もふらついている。


 お互い、満身創痍だ。

 これは、校舎に、あるいは実家に帰るにしても、かなり骨が折れるだろう。


 ………今日は、休むのも難しいかもしれない。


 しかし、


「……終わったの?……シュヴァルツ兄様?ハル?」


 ふと、オレ達の背後にあった、扉がノックされた。


 驚きに、思わず2人して固まってしまったが。


「………ねぇ、大丈夫なの?ゲイルは無事?

 ………『予言の騎士』様も、いらっしゃるのでしょう?」


 声には聞き覚えがあるものだ。

 それは、オレもゲイルも同じだった。


 彼等の兄妹、姉弟である、ヴィクトリアことヴィッキーさんだ。


「…ね、ねぇ、答えて頂戴!……ゲイルも、『予言の騎士』様も、無事なの………!?」


 ノックの音が、だんだんと激しくなっている。

 声音も相当、焦りをにじませているのが分かるが、どうしたものか。


「姉さんなら、………大丈夫だと思う」

「………オレとしては、もうお前等の家族は信用出来んのだが…?」

「それは申し訳ない。

 だが、今は、オレを信じて欲しい」


 そう言って、オレを見下ろしたゲイルは、自棄に頼もしく思えた。

 不覚である。


 しかし、オレもそこまでで限界。


「………目が覚めてから、もっと状況が悪化してたら、今度こそテメェも殺してやるからな…」


 負け犬の遠吠えよろしく、恨み事を呟きながら目を閉じる。

 意識が、睡魔にも疲労にも負けたようだ。


 支えたゲイルも床に座り込んだが、無様に床に倒れ込むことは無かった。

 視界に移った大量の白銀に、マズイと分かっていても、抗えないまま。


「………ッ、姉さん、頼む!」

「げ、ゲイル!?」


 ゲイルの叫び声と共に、ドアが蹴破らんばかりに押し開かれる。


 そこで、オレの意識は途絶えた。

 最後に見たのは、オレを心配そうに見下したゲイルの、一粒だけの涙。


 その後は、おそらくゲイルと彼女がどうにかしてくれることを、期待するほか無い。


 試験日を、後4日も残した夜の事。

 オレ達が秘密裏に受けていた誘拐事件は、こうして幕を閉じた。



***

出来上がってからも、まだしっくり来ていないので、暇が出来たらまた書き直す予定。

今は、こんな感じで、少しずつフラグの解消を図っていきます。


誤字脱字乱文等失礼いたします。

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